したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

ソロール用スレ

1名無しさん:2011/01/06(木) 19:50:22 ID:tElbSrz.
ソロロール(一人ロールまたはSSなど)用のスレです。
人が居ないときの暇つぶしにもぜひご利用ください。

217終わった教会にて end:2011/08/14(日) 22:22:42 ID:bJBnsqT6

「・・・坊ちゃんはこの事で、なんか反応あったただか?」
「ない!!いつものとおりの笑顔で、弔おう、だけだった!!
 涙もなかったぞ!!」
「あー、やっぱりな。坊ちゃんのアレは止めてもらいてえもんだ」
「見ているこちらが来るものがあるからな!!」

中年ながらもその顔に、綺麗という印象をあたえる金髪の男とは違い、
顔まで包帯のこの者は、その表情は窺い知る事ができない。
はっきり言って不気味そのものである。

「話を変えるぞ農家!!」「最後の地点か?」
「お前が物分りが素敵だぞ!!そうだ!!最後の場所がわかった!!」
「・・・また特殊な場所だな」

そんな二者がいる礼拝堂の、隅に木でできた古びている扉があった。
扉の向こう一室からは、だれかの気配が。
どうやらこの教会にいるのは、この二者だけという訳でもないようだ。

「そうだ神がいない!!メデゥーサの行った寺と似ている感じだな!!
 うぅ・・・メデゥーサ!!なぜ死んだ!!」
「うるせえ、肥料にすんぞ。ともかく・・・変なものを地点にしたな」

「牛神神社だか」

218繋がれた鎖:2011/08/15(月) 22:29:35 ID:/AfNAO.Q
黄泉軍率いる宛誄の勝利に幕を閉じた、森の祠に眠る十種神宝《蜂比禮》を巡る争奪戦。
その翌朝、東雲は出勤の為、久し振りに病院へ向かっていた。
目の前で《蜂比禮》が奪われたのは屈辱に違いないのだが、東雲の目的はあくまで袂山へ近付く危険を除すること。
結果、《蜂比禮》が無くなったことで危険は回避され、袂山に常駐する理由がなくなったからだ。
そしてもう一つ……気掛かりなことがあった。

「っ、う」

突然胸にせり上がる嘔吐感に、東雲は慌てて口を抑えた。
額に浮かんだ冷や汗が顎を伝い落ちる。
……昨晩での戦いの途中からずっと「こう」だ。
激しい咳、眩暈、吐血や嘔吐感が頻繁に襲ってくる。
それだけではなく、全身の脱力感や虚無感といった様々な症状が、突然に現れた始めた。

(気分、が、悪ィ)

時折、視界さえ霞んで見える。
症状は時間が経過するにつれて、確実に悪化していた。
ぐらつく頭は思考力も奪った。
――兎も角、病院に行けば何が分かるかもしれない。
東雲は近くの壁に体を預けると、肩で息をしながら、携帯を取り出した。
震える指先で、ある人間の番号をコールする。



「……ええ、分かりました。お待ちしています」

小鳥遊は穏やかな口調で会話を終わらせると、通話を切った。
しかしその表情はといえば、あの優しい「小鳥遊先生」のものではなく、
企みがものの見事に成功したことを嗤う、「人ならざる者」の顔だった。

(やはりこうなったか)

診療室の椅子に深く凭れ掛かり、堪えるような笑い声を上げる。
これが健常な妖怪に対しての、霊薬の使用結果。
強すぎる薬は強すぎる毒にもなりえる。それは人に対しても、妖怪に対しても言えるという証明になった。

(けれど……、これで実験が終了した訳じゃない)

黒蔵に『東雲に何をしたか?』と問われた際、話した理由。
あれは全てではなかった。
彼と交わした条件である、半妖を人間へ戻す血清薬の開発。これは、小鳥遊にとっても重要なことだ。
よってその時間を短縮するために、霊薬の開発と同時進行で行うことを決めた。
そして作られた、血清薬の「試薬品」。
この実験台に――東雲犬御を用いるのだ。
だが更に、目的はもう一つある。

「東雲さんには、まだまだ借金が残ってますからね」

それはこの実験により、彼に「首輪」をつけること。
簡単に言えば東雲犬御を、血清薬なしでは生きられない体にするのだ。
そうすることで、貴重な実験台に逃げられないように。

「……あなたも性悪ですね」

ほくそ笑む小鳥遊の後ろで、白衣を着た女性が平坦に呟いた。
長い三つ編みをし、平たい皿のような帽子を頭に乗せた女。
彼女もまた妖怪であり、小鳥遊が引き抜いた医者だ。

「血清薬の開発がこんなに早く進んだのも、あなたのおかげっすよ……纏さん」
「いえいえ、私は当然のことをしたまでですよ」

纏と呼ばれた女性は、無表情のまま、片手に握った茄子を丸かじりした。

219交渉材料:2011/08/21(日) 18:45:28 ID:1gBuqmPQ
夜遅く、牛神神社の宴も済んで皆が眠くなった頃。
巴津火が御神木を倒してしまったその償いに、ミナクチが黒蔵と外へ出て来たのが少し前のこと。
倒れた御神木の枝先を取って刺し穂とし、練った泥土に挿したものを敷地の四隅へ植え付けたのだが。

『これらが枯れずに育つように、しばらく私が見守る事にします』
「あの蛇神…今、巴津火が寝ているうちに相談したいことがあるんだ」

ミナクチはその時に黒蔵から、東雲犬御の事で相談を持ちかけられたのだった。

巴津火が小鳥遊という医師を抱え、人の医術で妖の治療をさせようという話はミナクチも聞いていた。
確かに悪くない案ではある。
ミナクチのように傷を癒す力のあるものは限られるし、そのための代償が払えるものばかりではない。
より安価に治療の術があるならばその方が広く役立ち、長としての巴津火を支持する者も増えるだろう。

東雲犬御はその計画の犠牲となるものだった。
弱肉強食のこの世界では、それは取るに足らぬ犠牲なのかもしれない。
格上である巴津火の意を変えることはミナクチにも難しいのだ。

その状況は自分ではどうしようもない、と首を横に振るミナクチに、
黒蔵は意外なことに自分の解任を願い出た。

「俺がこんな事を頼めた立場じゃないのも判ってる。
 ここまで生き延びさせてもらって、こんな頼みは恩知らずだとは思う。
 でも、こうしないと俺には生きてる意味がない」

神使としての任を解き、黒蔵自身を自分のものとして返して欲しい。
それが黒蔵からミナクチへの頼みだった。
その願いへの答えはまだ保留にしたまま、ミナクチは問いを返した。

『私の下から自由になって、そしてどうします?』
「巴津火と取引する。巴津火が欲しいのはこの身体だ。
 だから、俺自身と引き換えに東雲犬御の身の安全を頼むつもり。
 俺の一族の長と蛇神の間の『賭け』も、これで蛇神の勝ちになるだろ?」

(確かにそれで『賭け』に勝ちはしますが、私の意からは外れますね)

「蛇神には手が足りない不便をかけるかもしれない。でも、長の言った結果にはならずに済むんだ」

何時の間に泣き虫だった黒蔵はこんな風に考えるようになったのだろう。
自らが消えるほどのその覚悟があれば、巴津火の魂と競り合って身体を取り戻すことも出来る筈なのに。

『黒蔵。その気になれば、殿下から身体を取り戻すことも可能なのですよ?
 しかし今のままの貴方では、殿下が交渉すら受けてくれるか判りませんね。
 もう少し、自分自身を取り戻しなさい。全てはそれからです』

巴津火と交渉するには、まだまだ黒蔵は弱すぎる。
故に小さな下級の水神は、この時そう答えるだけに留めた。
ミナクチの真意が黒蔵に伝わったかどうか、それが判るのはまだこれからだ。

220東風荘の水町さん(甲):2011/08/21(日) 22:52:00 ID:tElbSrz.

 街の中に立つボロボロのアパート、東風荘の2階にて。
 色のはげた畳敷きの上で、姉御こと極楽鳥は変化もせずにまばゆい光を放ちながら荒れている。
 その周りにて声を上げる2羽の鳥。
 火を噴くニワトリこと波山と、閑古鳥のナイチンゲール(仮)である。

「姉御ぉー、もうやめてくだせぇ! いくらなんでもそんなに竹の実食べてたら身体に悪いですよぉー!!」
「ソウダゼ姉御ォ! イクラ旬ダッテ言ッテモ喰イ過ギダァ! ダチョウ二成ッチマウヨォ!!」
「うるさいですねぇ! いいじゃないですかぁ、どーせこんな街中じゃ飛ぶ必要も無いんだしぃ!!」

 波山が数日間かけて集めた竹の実と、霊水をがぶ飲みする極楽鳥。
 誰がどう見てもずいぶん荒れている。

 そんな最中、いきなり周囲の湿度が上がったような肌に張り付く感覚が全員を襲った。
 波山が慌ててその方を振り向けば、控えめにドアをノックする音がする。

「何事ですかな、あまり大騒ぎしないでくださらんか」
「お、おう! すまねぇな!!」

 いつもとは立場が逆になってしまっている。
 普段は波山が騒ぎ立て、極楽鳥が尋ねてくるこの住人に平謝りをしているというのに。

「・・・なにやら普段と随分勝手が違う様子、私でよかったら相談に乗りましょう」
「い、いや・・・だ、だいじょう――「聞ぃーーーーてくださいよ! 水町さぁあああああん!!」

 姉御、完全に自棄になっている。
 「では失礼しますよ」と、静かに一匹のスッポンがドアから入ってきた。

  ・
  ・
  ・

221東風荘の水町さん(乙):2011/08/21(日) 22:52:33 ID:tElbSrz.
 極楽鳥は先日あったことの全てを話した。
 死体を蘇らせる術、そのとき会った少女、自分の女子力が低いことなど全て。

「ふむふむなるほど。それで飛び出したはいいものの、
 結局何も聞けず、何も言い出せず、何も出来ず、ただ悪戯にその娘の心を傷つけてしまったと」
「はいぃ・・・そうなんですよぅ・・・うっうぅ・・・」

 姉御、今度は泣き上戸に入っている。
 波山とナイチンゲール(仮)はなんともいえない表情で話を聞き入っていた。
 いや、ただ単に話の内容を理解していないだけなのか。

「しかし貴女は元々妖怪である次第、何故そんなことを気にかけているのですかな?」
「それは・・・、そうですけど」

 極楽鳥はクチバシを尖がらせた(仮)。
 スッポンの水町さんは10月の雨のように、穏やかな声で語りかける。

「や、これは失礼。意地悪な質問でしたね。人と妖、その違いを頭では分かっておれど。
 我々はなまじ人に変化できる故に、その垣根を容易に飛び越えてしまう。
 ・・・貴女も飛び越えてしまった、それだけの事です」

「・・・」
「や、これは失礼。つい昔を思い出して話を逸らしてしまいました。
 それで貴女は自分の行いを悔いて居られるのですか」
「・・・はい」

 極楽鳥はちゃぶ台に突っ伏し、泣き言のように溢す。

「私って、いつもこうなんです。いつも・・・肝心なときに何も出来ない。
 ただ慌てて、どうしようもなくって・・・いつも不正解ばっかり選んじゃうんです」
「今の貴女は、何をすれば正解だったと思うのですか?」
「それは・・・わかりません。多分、何もしなくても不正解だったと思います」
「ではよいでありませんか、過ぎたことだ」

 水町さんの声は果てなく穏やかで、宥める様に言い聞かせた。

「貴女がずっと、彼女のことを考えていて、それでも見つけられない答えなのだ。
 きっと全てが不正解だったに違いないではありませんか」
「それは・・・」
「貴女もそのキョンシーも、まだ年端も行かぬ少女なのです。
 そのような事ばかり考えていては切ないではありませんか」

 ポツリ、と目を細めて語りかける水町さんに、
 極楽鳥の自暴自棄もだいぶ収まっていく。

「何を選んでも不正解ならば、何を選ばぬこともひとつの選択です。
 義務感も使命感も先入観も捨てて、今度はちゃんと向き合っておやりなさい」
「でも・・・そんな」
「肝心なところでどうにも成らぬならば、肝心なところは私が引き受けますよ」

 提案めいた水町さんの言い方に極楽鳥は慌てて顔を上げる。

「そ、そんなっ! あなたを巻き込むわけには・・・」
「なに、時間を持て余した年寄りは好きにこき使ってくださって構いません。
 亀の甲より年の功、きっと悪いようにはいたしませんから、私に頼ってくださらんか?」
「・・・」

 極楽鳥はしばらく考えにふけるが、ようやく決心したように顔を上げる。
 水町さんは未だに素性がよく知れぬ妖怪だが、極楽鳥にとって水町さんは2番目の友人だった。
 どこまでも穏やかで、静かなこの老妖怪は・・・確かに信じたくなるような不思議な雰囲気がある。
 この妖怪だったら、少なくとも・・・。

「・・・よろしくお願いします」
「あい、確かに任されましたよ。・・・心配しなくても大丈夫、
 これ以上、その娘を傷つけるようなことはいたしません。私も魂と行き場を無くした者には変わりませんから」

 水町さんはニコリと笑いかけると、少し頭を下げて極楽鳥達の部屋からノソノソと退出した。

(結界消失の件も気になる。今、この町で何が起こっているのか。確かめねば成りませぬ。
 ・・・大家殿、申し訳ありません。しばらく囲碁の相手は出来なさそうです)

222診療所からの手紙:2011/08/22(月) 20:39:46 ID:OKut1sYc
とある蒸し暑い夜のこと。
ブナの小枝に止まった一匹の夜雀が、浅い眠りに浸っていた。
静寂の中うるさいほどの虫の声も慣れたもの。むしろ子守唄のようなものだ。
そこへ突然、茂みの擦れる音が割って入った。
耳ざとく意識を覚醒させた夜雀は、音の正体に意識を傾ける。
その緊張は杞憂に終わるのだが。

「……ん、翠狼だったじゃん」
「休んでる途中悪いな、七生姐さん」

頭を下げてのそのそと現れたのは、深い碧色の毛を持つ送り犬、翠狼であった。
何やら首に巻紙を下げているようで、ブナの根本に近付いてくる。
枝先から飛び立ちながら、四十萬陀が尋ねた。

「それ何?」
「つい先刻預かってきた、姐さん宛の言づてぜよ。犬御の兄貴から」
「!」

着地する寸前、少女の姿に変わると、翠狼の首元に飛びついた。
巻紙の紐を解いて中身を確認する。
翠狼も、小さな肩の後ろからそれを覗き込んだ。

223診療所からの手紙:2011/08/22(月) 20:52:14 ID:OKut1sYc

七生へ
突然の手紙ですまない。
直接会って言うべき内容なんだろうが、いくつかの理由でこの形になった。
だらだら書くのも性に合わないから、要件だけを書くことにする。
近々、小鳥遊の勤め先が変わる。俺はそれに、奴の助手として着いていくことになった。
言っても、仕事内容は雑用係と大して変わらない。
ただ医者が遠出する時は着いていかなきゃならないし、忙しくなる分一日動きっぱなしの日もある。
だからしばらく、袂山に帰れなくなりそうだ。
俺のことは心配するな。体には気を付けるし無茶もしない。   多分。
もしそっちで何かあっても、絶対にすぐ駆け付ける。
離れていても、俺はずっとお前を――

(……これはないな)
「おや。何書いてるんすか、東雲さん?」
「!!」

ぐしゃぐしゃに丸めた紙をごみ箱に投げ入れた直後、東雲の背後に、ぬうっと男が現れた。
思わず肩を跳ねさせて、苦々しい顔だけで振り替える。
待ち受けていたのは、トラウマ並に苦手な小鳥遊の笑顔。
いつの間に、と思わず顔が引き攣った。

「勝手に入って来てンじゃねェよ!」
「すいません。宿直室に不便はないか聞こうと思いまして」

真新しい簡素な家具に囲まれるこの部屋は、新しい診療所に備えられた宿直室だ。
以後は東雲の部屋となる場所でもある。
診療所は川沿いに設立され、既に機器やオフィス家具を運び入れるだけの状態になっていた。
東雲も先日からこちらに移ったのだが……。

「ほうほう、手紙のようですね。この七生とは恋人ですか?」
「俺はずっとお前を……、だってー!! キャッ、お兄ちゃんったら大胆☆」
「!?」

騒がしい声に慌ててゴミ箱の方を見ると、二人の女が捨てたはずの手紙を広げていた。
厚底ブーツにゴスパンク調の服を着た少女は、小鳥遊の霊薬で蘇ったゾンビ、黄道いずみ。
頭に白い皿のような帽子を乗せた三つ編みの女は、纏 患無(まとい かんな)。茄子好きの河童である。
彼女は叡肖より届けられた人員候補の内の一人で、その類い稀な妖怪医学の知識に定評のある「研究者」だった。
診療所においても、医者ではなく、小鳥遊のアシスタントとして働くことになっている。

「捨てたもん勝手に見るなゴラァ!!」
「良いではないですか、クサイ手紙を見られるくらい(笑)」
「お兄ちゃんカノジョいたんだぁ。ちょっと狙ってたのに、いずみ超ショックー(笑)」
「……覚悟できてンだろうな、クソアマ共!!」
「東雲さん」

勢いよく椅子から立ち上がると、柔らかな声に呼び止められた。
東雲の動きがぴたりと止まり、その額に冷や汗が伝う。

「内容は改めてさせてもらいますよ」
「……わかってるっつゥの」
(余計なことを書けば、ってか?)

遠回しでもなんでもない脅しだ。物腰いい振りをして、よくそんな顔ができるものだ。
そんな言葉を噛み潰して答えると、どこからともなくとりだした茄子を食べながら、纏が無表情に言った。

「大丈夫ですよ、東雲犬御。死んでも体は無駄にしません。もぐもぐ……」
「茄子食ってんじゃねえ」
「全身隅々まで解剖して解析しますから」
「テメーにバラされるくらいだったら焼死を選ぶ」

吐き捨てると、纏は無表情のまま唇を尖らせた。
しかしこれは悪態ではなく、本心からの言葉なのだ。
纏に解剖などやらせてしまえば、ぐちゃぐちゃどころか微塵切りになるかもしれない。
なぜなら、

(腕の手当てで、逆に腕を折られたのを俺は忘れねえ)

彼女が怪力で、超がつく程のドジだからだ。
無視してもう一度筆を取ろうとした時、不意に扉が開いた。

224診療所からの手紙:2011/08/22(月) 20:59:48 ID:OKut1sYc
「ようお前ら、集まって何してんだ?」
「「「――!!」」」

全員の視線が一斉に集中した。扉ではなく、纏にだ。
それとほぼ同時に、纏は手に握っていた茄子を素早く隠す。
一連の動作には気付かず、部屋に入ってきた男に、黄道が笑いかけた。

「お兄ちゃんが手紙書くとこ眺めてるのっ」
「同上です」

両手を後ろにやったまま、纏も答える。
ツナギを着た体格のいいこの男は、日野山幽次郎。黄道と同じく、霊薬によって蘇った半妖である。
黄道と違うのは、体が「生きている」こと。彼女に対して、かなり人間に近い存在だ。

「まーたよってたかって犬御イジめてんのかぁ?
 可哀想だからやめてやれって。ほら、おじさん命令だぞー」
「イジめられてねーよ」
「遊んでただけだもん!」
「愛情表現です」
「……テメーら……」
「ははは、お疲れさんだな」

からからと笑いながら、東雲に肩に手を置く。

「荷物運び入れるの手伝ってくれよ」
「おォ」
「えー行っちゃうのぉ?」
「いずみが運んだら腕ちぎれるだろ?」
「私も行きましょうか」
「纏先生は……えっと、まあ、また今度な!」

はぐらかされて、纏は「何ですか二人とも」とまた唇を尖らせた。無表情だったが。
しかし、これでやっと三人から解放される。
日野山に内心感謝しながら、東雲が部屋から出ていこうとすると、突然何かが飛んできた。反射的にそれを掴む。
どうやら、投げたのは小鳥遊のようであった。

「東雲さん、それあげます」

にこにこと微笑む小鳥遊。……嫌な予感がする。
慌てて手の中を見ると、そこにはしっかりと、カロリー○イトが握られていた。
さあっ、と東雲の顔から血の気が引く。

「お仕事、お疲れ様です」
「テッ、テメェクソ医者……」
「………………………犬御」

全身から冷や汗を噴出させながら、ゆっくりと振り向く。
纏はいつの間にか黄道らと共に、部屋の端に避難していた。
ひと時も満たされない「空腹感」と、それによって湧き上がり続ける「食欲」。これが、日野山の副作用。
彼の妖怪名は、「餓鬼」だった。

「それ…………」
「やる! やるから落ち着けこっち来ん」
「食わせろおぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」
「なああああぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

全速力で部屋を飛び出す東雲と、それを追い掛ける日野山。
二人を、小鳥遊はすがすがしい笑みで見送った。
その姿を見て、黄道と纏は同じことを思うのだった。

((楽しんでるなあ……))





「もしそっちで何かあっても、絶対にすぐ駆け付ける。
 じゃあ、またな……」

読み終えた手紙はとても短いものだった。
四十萬陀の背後の翠狼は、はあと溜め息をついた。

「本当に要件しか書いてないぜよ。しかし、犬御兄貴がしばらく帰ってこないとなると、寂しくなるぜよ……」
「……」
「姐さん?」

無言のままだった四十萬陀は、声を掛けられて、はっと顔を上げた。

「な、何でもないじゃん。そうだね、寂しくなるじゃん」
「だぜよ。さあ、皆に内容を伝えに行くぜよ」
「うんっ」

森の奥へ入って行く翠狼の背を追いかけながら、ふと星空を見上げる。
何だか、胸騒ぎがするのだ。
あの狼の身に何か起こっているのではないか。そんな、漠然とした不安感。

(犬御……)

今度、黒蔵に詳しいことを尋ねてみよう。同じ場所で働いてはずだから。
雀の姿に戻ると、夜の森へと消えて行った。

225零なか:2011/08/23(火) 14:08:38 ID:BQ990e1A
黒蔵と七生に出会った日の帰り道。
人通りの少ない道を夷磨璃は歩いていた。

「おい、そこのちっこいの。」

ぽん、と背中を叩かれ、びっくりして振り返ってみる。
そこに居たのは、ローブの男だった。

「あわぁっ、なんでござるか、急に!」
「どわぁっ!!急にでかい声出すんじゃなぇ!」

案外、ローブの男は間抜けだったりする。
夷磨璃に会う前は、自転車に突っかかってドミノ倒しにしてきたとか。

「とりあえず、聞きたいことがあるんだ。
俺様な、人探しをしてるんだ。黒い着物の女と、白い浴衣の少年だ。
どうだ、ちっこいの。知ってるか?」

白い浴衣の少年にはピンと来なかったが、黒い着物の女は直ぐに分かった。
そう、夷磨璃の師匠様である瞳だった。

「黒い着物の人なら、拙者のししょ…ぐぁっ?」
「知ってるならば話は早い。こちらから出向くのは面倒だ。
ちっこいのには餌になって貰うぜ?」

小さい少年に容赦せず、思い切り腹を殴る。
耐えられるはずもなく、吐血した夷磨璃はその場に倒れ込んだ。
地面からは黒い物が動き、少年を包み込む。

「そいつを連れて行け、後は噂を流せば完璧だな。
蒼い着物の少年が連れ去られた、ってね。どうだ?俺様天才?ハハッ♪」

やがて夷磨璃を包んだ黒い物は地面に溶け、ローブの男も姿を消した。

226獏の仔は夢を視る:2011/08/24(水) 00:58:53 ID:???
閑散とした公園に、寂しげな風が吹いた
積もった枯葉が、茂る葉が、かさかさ音をたてる
放置されたピンク色のボールが主を求め、ゆっくりと転がって、いった

街外れにあるこの公園に、殆ど人の往来は無い。
夜は勿論のこと、昼も。

だから、彼は、安心して眠りについていた。

何時間も、何日も。

深い、深い、眠りに。

そうして深淵の内へと、降りていった。

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

…どっぽーん。

身体中に感じる、冷たい感覚。これは、海だろうか。
でも、しょっぱくはない…

「…っはあ…」

ゆらゆら揺れる壁を突き破り、水面に顔を出す。
少年は大きく、息を吸った。近くにあった岩を掴む。
眼を凝らすと向こうに、ぼんやりと、岸が見えたーー…。

《お前が、晴織のところの子だな》

その言葉に少年は、心底びっくりさせられた。いったい何故、その名前を?
そしていつしか、ぼうっとした光に包まれた生き物が、岸辺に姿を顕していた。

「…どう、して?」

声は震えていた。寒いから、なのだろうか。
鳶色の眸を細め、あの生き物の姿を良く見ようとしたけれど、
暖かな光は掴みどころがなく、その姿を良く見せてくれない。
でも、なんだか、懐かしい感じがした

《お前に預かりものがある。……いい眼をするように、なったな。》

光る生き物はそれだけ言うと、何かを岸辺に置いて、踵を返し。
黒塗りの闇へと、ゆっくりその姿を紛らわせていっ。
置いていかれる。何故かそう思って、少年は焦った。

「ち、ちょっと待ーーい"っ!〜〜〜〜〜!!」

ガンッ
引きとめようと慌てて身体を起こした少年に待っていたのは
寝床である土管の、強烈な洗礼であった。

窮屈な其処で、頭を抑え身体を丸めて痛みを堪える。

今のは一体、なんだったのだろうか。
ただの夢にしては、少し、……。
…よし。


ごろん。寝返りを、うつ。

少年は、二度寝することを決心する。

彼の十二の誕生日はこうして、幕を閉じた。

自身の成長に、気づく事も無く。

少年は、幸福な眠りに堕ちていった。

227変人二人の会話:2011/08/24(水) 23:08:50 ID:c1.PBF/s
今日は休みの喫茶店《ノワール》。そこに二人の人がいた。

「美月……私がなんで怒ってるかわかるかな?」ニコニコ
ここの店長である女性――田中 夜は微笑みながらも、いつものようなノンビリとした口調ではなく、普通の口調で目の前の人物に話しかけていた。
笑顔の筈なのに…それは何処か怖かった。

『い…いえ………私にはなんの事やら……』ダラダラ

もう一人の女性――橘 美月は気まずそうに笑いながらも、汗をダラダラ流していた。
ワイヤーで身体をきつく縛られながらイボイボのついた足裏マッサージマットの上を正座され、その上に重りを乗せられていた。

「美月……私と約束したよね?《アレ》にはなるなと……
《アレ》の危険性は貴女が一番知ってるでしょ?」
『だって……非常事態だったし、あのままj「ふざけないで!!!!!」…!?』ビクッ
言い訳をする美月に、夜は涙を流しながら普段は出さないような大声をだした。

「もし《あの時》みたいに意識を乗っ取られたらどうすんの!?
それで危険な目に会うのは周りにいる皆よ!?
それに……それに…………」ボロボロ
真剣に叱りながらも、涙を流す。
声がそこから出てこない…それほどまで泣いている。

『………わかってるよ。夜
大丈夫!もう無茶はしない。コレ以上大事な親友を泣かさないから』ニコッ
「馬鹿……このショタコン……変態……」グスグス
泣き崩れる親友を拘束された状態で慰める美月。


………でも、美月はわかっていた。
『(……ごめん……夜……もうわからないんだよ……今の《私》は《橘 美月》なのか……《藤原 千方》なのか…………)』
自分という存在がわからなくなってしまってるのを……

228穂産姉妹神、復元:2011/08/25(木) 18:53:01 ID:bJBnsqT6
長い眠りからようやく醒めたような、そんな頭の機能の鈍さを感じながら、
姉妹はとある人気の無い森で目覚めた。
二人は寄り添いあって座り、この森の闇のなか暫く呆然とした。
そして、未だに寝ぼけ眼で光の無い目を当たりに向けると、数人の人影が目に入る。
それらは彼女達を円を描いて囲い立っていた。

金髪の農夫、包帯の男、ポニーテルの女性、どの顔も、姉妹のよく知った顔。
不意に、姉妹は同時に彼女達の座る地面へ、視線を向ける。
下にはなにかが大きく刻まれていた。
なにやら複雑な絵、と文字で書かれた陣のようであったが、
それがなにの、何のための陣であるかはすぐに理解した。彼女達の身体の復元のためのものだ。

自分達が復元された理由を思い出し、はっとしたように彼女達は、
先ほどまでの緩慢な仕草とは違って素早く空を見上げる。
姉妹達が見たものは、この数百年間、この街の空を大地を、
うざったらしく覆っていた結界の無くなった、さえぎりの無い空であった。

視線を元に戻して、日子神はそのまま農夫を見つめる。
彼女の問いに答えるように、彼はゆっくりと頷いた。破壊は、成功したのだと。
彼女たちはそれから、深くため息をつき、その達成感にしばらく浸る。

だが、雨子神は不意に何かに気づいたのか、あたりをキョロキョロと見渡し始めた。
最初はその理由がわからず、彼らはそうする彼女を見つめるだけであったが、
直に彼女の探す者が誰なのかを理解した。農夫は雨子神に、黙って首を横に振って見せる。

それに二人は言葉を失い、自責の念にさいなまれうな垂れた。
しかし、俯いて悲しんでいる姉妹をポニーテールの女性は慮ることなく、
彼女は冷淡な調子で、事は第二段階に入ったというむねを伝える。

第二段階、それは坊ちゃんが、この街に訪れるということを意味した。
しばらく黙りこむ二人であったが、次に彼女たちが顔を上げたときには再び目に、
とても強く堅い意思を灯らせる

立ち上がって穂産姉妹は心に、自分達の死をより強く、覚悟した。

229残り時間:2011/08/27(土) 22:15:05 ID:1gBuqmPQ
洗面器に水を受けて、そこに手を浸す。
こうして朝、顔を洗うたびに鏡の中の自分の顔が少しだけ大人びているのにはまだ馴染めない。
以前の身体より視力が良くなっている分、違和感も大きいのだ。

視力はともかく、腕力は今までに比べると笑ってしまうほど弱くなった。
蛇の姿には成れないし、水に入れば溺れかけるし、ちょっとぶつければ簡単に痣になるし、
何よりトイレではまだ戸惑うのだ。

(それでもこれだけは変わらない)

洗面器の水面が鏡に変わり、巴津火に身体を譲った時の光景がそこに浮かぶ。
じっと見つめるうちにその水面が歪み、落ちた雫で映し出された像は崩れた。

『一体何があったのかと思えば』

まさか聞えるとは思わなかった声にはっと顔を上げると、
目の前の蛇口にちょんと腰掛けた小さな人影がいた。

「蛇神…」

ごめんなさい、と震えた唇は音を紡がなかった。
さっき落ちたのと同じ雫が再び洗面器を打つ。

『事情は判りました。私の許可なく取引したのは許しましょう。
 ……これ、そんなに泣くでない』

ミナクチが困ったように笑った。
そのとたん心の堰が切れて溜まっていた感情がどっと溢れだしたが、
それはやっぱり言葉となって喉から出ては来なかった。

『叡肖さんにはまだ言わない方が良いですね。そう、あと70年くらいは黙っておきましょう』

きっとその時、自分の表情には疑問符が浮いていたのだろう。
少し厳しい表情でミナクチが説明する。

『良いですか黒蔵。今のお前が聞くには辛い事ですが知っておかねばなりません。
 その身体は人のそれを元に、なるべく人に近くなるように作られています。
 だから寿命も人と同じ。数十年後には老いてやつれ、器として魂を支えることは出来なくなるでしょう』

冷や水を浴びせられた気分だった。

『だから罪を背負うのもあとそれだけの時間。
 叡肖さんにさえ隠し通せば、寿命と共にお前の罪も終わります。
 私は今ここに「居ない事」になっている存在です。
 その位の間黙していても、私自身は今より格別困った事にはならないでしょう』

もしばれたなら…?

『巴津火との身体の共有が終わったのですから、何らかの刑が執行される筈です』

気づけば涙も出て来なくなっていた。

『残りの時間をどう過ごすか、何をすべきか、じっくり考えて行動しなさい』

自分が使える神の、その気配すら察知できなくなっていた事に黒蔵が気づいたのは
ミナクチの姿が消えた後だった。

230奇跡:2011/08/29(月) 17:47:30 ID:???
深夜の街を歩く男が一人。
まだ、生きている実感が沸かない。
これは夢かもしれない、とまだ思っている。

それもそのはず、目を開けたらいきなりこの世界にいるから。
でもそれが夢であれ現実であれ、彼にはやりたいことがあった。

――数分後、とあるマンションへ到着した。
階段を昇り、目的の部屋へと向かう。
部屋の前に来ると、ゆっくりと扉を開けて、中に入る。
懐かしい匂い、懐かしい風景、胸が高鳴る。
そんな気分が彼を支配した。

そこに寝ていたのは、彼の大好きな少年。
彼を見た瞬間、想いは最高潮にまで達した。
少年を優しく抱きしめ、ゆっくりと自らの唇を彼に近づける。
ゆっくりと、そっと。

「(俺って…最低だな……。でも…永遠と続いて欲しい…。)」

「ん…むぅっ…!?むううぅ?!ぷはあっ。」
「零っ///////」
「こ、黒龍っ!なんで!それに今、私にしたのって……?」
「べ、別にお前の為なんかじゃ//////……あるけど…/////」
「夢…?で、でもまた黒龍に…それも……/////」
「言うなッ////…俺も驚いたよ。でもさ、現実なんだよな。コレ。」
「つっ…//////」
「なっ、零っ、やめ////」

二人はその後、一緒に甘い夜を過ごした。
二人の新しい物語はこうして幕を開けた。

231二百十日:2011/08/30(火) 22:31:43 ID:1gBuqmPQ
「うーん、やっぱり海はいいねぇ」

休暇をとって、久しぶりの海である。
窮屈な人の姿を取らなくても良いため、衣蛸の叡肖は思うさま身体を伸ばして海を堪能する。

「これで余計な仕事さえ飛び込んでこなけりゃ最高なんだけどな」

この門の内では、所定の大きさであるべし。
大きさの違いで起こる揉め事を防ぐための不文律に従い、この竜宮の文官は
再び人に近い姿を取って竜宮の門を潜る。

「で、今度は何の騒ぎなんだい?」

こんなに慌しい竜宮を見るのは先代主、伊吹の死以来だ。
まずは挨拶にと蛸の大臣こと祖父アッコロカムイの部屋へと向かう道すがら、
既知の者を捕まえた叡肖が得られたのは、中途半端な情報でしかなかった。

「野分が来るので今、皆大騒ぎなんでさぁ」

確かにそろそろ二百十日、野分すなわち台風の季節である。
叡肖がその中途半端な聞きかじりを補完できたのは、やはり祖父に会ってからだった。

「今までは先代が風を動かして野分の動きを導いておったから、こんな面倒はなかったんじゃい」

叡肖が祖父に聞いた話を纏めるとこうなる。

神界の取り決めとして、雨量や何時、どの程度降らす必要があるか
水害はどの程度の規模で起すか、を天界と水界・地上界でやり取りすることになっているが、
今年の台風の通り道や雨量が例年以上に定まらないのだ。

「亀族の占いで天に問い合わせてもはっきりした答えが出んのだ。
 こうなったら天界と直にやり取りしながら、野分を動かすしかあるまいて」
 
そして雨師の資格を持つ龍族は急遽集められて、台風の動きを操作することになった。

「だがその数が足りぬ。
 主様が暴れた際、毒の犠牲になったり回復しきらなかった者もおるでの。
 陸に常駐している龍族を呼び戻し、成り上がり組の龍をあわせてもぎりぎりじゃ」

その手配と采配に忙しかったのか、アッコロカムイの表情も元気が無い。
きっと亀の大臣は占いの結果を伝えるだけで実務は蛸の大臣に丸投げし、
何時ものように寝ているのだ。

「へー、そうなん。でも俺は関係ないからちょっと遊んだら陸へ戻るわー」

だって今休暇中だもん、と出て行こうとする薄情な孫の襟首を、アッコロカムイはむんずと掴んだ。

「殿下の養育はきっちりしておるだろうの?
 いずれは殿下には天界へ上がるだけの実力をつけてもらわねば、雨師の数は減る一方じゃ」

「爺ちゃん落ち着いて。一応、当人にも天界へ上る気はあるらしいし。
 こないだ天へ上ろうとして、よじのぼった神木一本へし折ったってさ。
 やる気があるのはいいことじゃない?ね?」

ふん、と鼻を鳴らすと蛸の大臣はぺらぺらと舌の良く回る孫を軽々と持ち上げてぶら下げ、
青い眼でぎろりと睨みつけた。

「お前がついて居ながら何故お止めしなかった。え?
 神木の一本二本程度の神気では、幼いとは言え八岐大蛇を支えきれる筈が無いわ。
 あれ程の格の重みは霊峰の神気でもなければ支えられまいて。
 しかも天まで上りきる力が無ければ、途中で落ちて命を落としかねんのだ。
 爪を持つ龍族ですら、途中で雲を掴み身体を支えながらでなくば天へ駆け上がれないというのに。
 手足の無い大蛇であればどれだけ実力を要するか、お前は判らん程莫迦なのか?」

蛸の大臣のやかん頭からはすっかり湯気が上がっていた。
伊吹の遺言、そしてこの先の水界の安定と地上の天候のためにも
巴津火にはしっかり育ってもらわねばならないのだが、養育係がこれでは……。

「天界へ上れば殿下も風を操る力を得られるだろうが
 それまでの間、雨師の育成が追いつくかどうか……」

役立たずな孫を追い出して、アッコロカムイは重い重い溜息をついた。
魚たちの中に竜門峡へ向かう者も募ったが、あの流れをそう直ぐに上れる者は居まい。
ならばと人界の竜鯉にも文を回したが、人に懐く彼らの応答もはかばかしく無い。

「かと言って大急ぎで育てというのも、後々殿下には酷じゃろうしのぅ」

身体は兎も角心の方はそれなりの時間をかけて育てなければ、
巴津火にもまた伊吹のように辛い想いをさせるばかりだ。

「主様や、どうか良い風を吹かせてくだされい」

今は亡き主に蛸の大臣は祈るように呟くと、机上の虜囚赦免の文書に朱印を捺した。

232坊ちゃんが来た:2011/09/07(水) 00:26:54 ID:bJBnsqT6
「はぁ・・・はぁ・・・かはっ」

私はこの地を、昔から守護してきた。

確かに、最初はとある町娘の用心棒ではあったが、あの娘の可愛さがためではあったが、
それでも娘が死んでからは真面目に、この地を守護しようと決めたのだ。
あの娘が生まれ、生きて、死んだ土地だ。
ならば私は、それを自身の最後まで守るべきである。

事実、私はこの通りこの地に悪意のある人間や、妖怪、
そして神に至るまでも、この地を悪意から見事防いできたと自負している。
私にはそれに適う力量がある。
それも、あの噂の“滝霊王”と並んでしまうのではないかと言うほどだ。
その実力から私が、神格を身に宿してからも久しい。

最近では私の神格を伴った力に恐れおののき、
悪さをする馬鹿も減ってこの地の平和は盤石となっていた。
天国があるのならば、あの娘もその事を見下ろしながら喜んでいることだろう。
だから今日も今日とて、その誓いと力を胸にこの地を守護しようとしていた。

「貴様は・・・一体何がしたいのだ!!」
「それはおらが、代わりに答えてやる。
 平たく言うとだな、お前が守ってるこの土地の結界が邪魔なんだよ」

この男の顔は知らないが、こいつらの中心にいる者の顔は知っている。
まったく、話どおりじゃないか。
こんな時までそんな笑顔で笑っているなんて。

「邪魔だと・・!?あの結界はこの前破壊されたではないか!!」
「あ〜、その話なんだがな。
 実はもう一個、この坊ちゃんにとっての障害があったんだ。

 お前の守ってるこの土地の神社な?
 これ、実は穂産姉妹神の神体のある社を、あれとは別で守護してる結界の根元らしい」
「な・・・。」

体のそこらじゅうが痛む。骨は折れていない部位はあるのだろうか。
傷のほうは、私の血で逆にどれだけあるかわからないな。
肺は片方だけ、それから下の臓器は果たして、何個体に残ってくれているか。

これほどまでに強いとは思っていなかった。
見た目なら年端もいかないのに、事実大した年齢でもないのに、
こいつ一人にここまで私がボロ雑巾にされるとは。

「まあおら達の落ち度だからな、社は無傷にしといてやる。
 第一この結界は、あんたが死ねば解除できるしな。

 じゃ、これで終いだ。偉大な守護神よ」


「ち・・・ちくしょぉぉおおおおおおおおお!!!!」


娘よ。こんな無力な私は、果たしてお前のいる場所へ行けるだろうか。
娘よ。行けたとしたらお前は、私を褒めてくれるだろうか。
娘よ。その時はお前に、最初からの思いを告げていいだろうか。

娘よ、この地の守護は破られた、すまない。

233過去の思い出:2011/09/07(水) 08:55:48 ID:HbHPxpxY
夜の廃墟ビルに身を潜め、そこで眠る白き龍がいた。名はバラウール、人間からは邪悪として恐れられた存在だった。

・・・しかし、そんな彼女も始めから邪悪と言うわけでは無かった。それをそうさせたのは「真実」と「理想」の掛け離れた存在が生み出した「現実」だった。

「ジル兄ィ、今日から我らはここに住むのかっ?」
『そうだ、妖怪と人間の住む町だ。ただ少し荒れてるらしいから・・・。俺らで助け会いながらやらなくてはな。』
「我は凄く楽しみだ!人間や妖怪、そして大好きなジル兄と暮らせるんだからな!!」
『バラウール、呼び方は恥ずいから勘弁な(汗)』

その日の清々しい朝は、今でも覚えている。胸が高鳴り、体に鼓動が走る、あの感じ。
息を整え、我は喜びに満ちていた。だがその馴れ合いなど、一時の『理想』でしかなかった。

『とりあえず、俺が人間と話してくる。待ってろよ。』

ジルニトラはそう言うと、人間の元へと駆け寄り、話し始めた。人間は『守護神が来た!』と大層喜び、ジルニトラを歓迎した。
私も嬉しくなり、張り切って人間に話し掛けた。
だけど、人間は絶望していた。『邪悪なズメイが来たぞ!追い払え!!』と、ね。
そもそも人間の神話では、ジルニトラは守護神。バラウールは邪悪、と定められていた。
神話なのだから、人間はそれを信じ、どう頑張っても我は人間から好かれることはなかった。

「ぐすっ・・・どうして我だけ・・・・・・。」
『バラウール、お前は妖怪の手助けをしてくれないか?お前が傷付くのは嫌なんだ。だから、な。俺が人間でお前が妖怪だ。』
「ジル兄ィ・・・・・・。」

ジルニトラは気を使い、我を助けてくれた。
しかし、その優しさは我の心に更なる妬みや恨みを産んだ・・・・・・。もう我はダメなのだ・・・。

荒んだ我は、真実だけの現実に従い、人間の生活を破壊した。止めようとしたジルニトラでさえも巻き込み、戦争規模になったのだから、我のしたことは最悪な物だ。

それなのに・・・・・・


『俺も罪がある!バラウールの罪と共有するから、バラウールの命だけは奪うな!』


・・・・・・・・・!

「我はまたこの夢を・・・。でも思い出せるのはここまでだ、何故・・・?」

深く考え、そして深い眠りに着いた。
この先の物語の真相を思い出すのは一体いつになるのか。まだ誰も解らない。

234黒い思考:2011/09/09(金) 21:49:19 ID:tElbSrz.

『さぁーて、ここならかがみんにも見つからないよ。そろそろ計画の全貌とやらをお聞かせ願うし』
「・・・そうですね」

 とある陽も届かぬ洞窟の中で宛誄は座り込む。
 目の前には洞窟の全貌を照らすように発光する半透明な少女がふよふよと浮いていた。

「まず最初の計画はですね、とりあえず十種神宝を全部強奪してしまおうというものでした。
 まずなぜ怨念の杭を打ち込むと同時進行で十種神宝を集めているのか、を考えたんです」

 宛誄は岩壁に体重を預け、明朗として語りだす。

「十種神宝と怨念の杭、おそらくこれらは別々の働きをするものでしょう。
 おそらく怨念の杭が【あの妖怪】の三味耶形(神性がこの世に具現化するための媒介)で、
 十種神宝は【あの妖怪】を制御する為のもの、ないしはなんらかの交渉材だと考えました」
『根拠はあるのかよ、現にオレはお前の媒介になってるぜ?』

 静止をかける蜂比礼に少し微笑む。

「それはおそらくありえません、三味耶形は神性と密接に関連するものが基本だ。
 貴女方は清らか過ぎる。唯一【あの妖怪】と関連の深い“道返玉”も本来は敵対関係だ。媒介にはあまりに不向きです」
『ふーん、なるほどね』
「そして十種神宝・・・、ルーツは忌まわしきスサノオがアマテラスに捧げた三種の神器だと聞きます。
 つまり古の神性への捧げ物、交渉材としては申し分ない。僕の中では十種神宝=【あの妖怪】へのプレゼントが成り立ちました」
『十種神宝としてはいい気がしないなぁ・・・、それで?』

「・・・青行灯より先に十種神宝を奪って、僕が代りにその神を利用してやろうと考えたのですよ」
『おいおいそれは話が違うぜ!!』

 軽く言い放つ宛誄に蜂比礼は猛然と抗議する。

『それじゃあ青行灯がお前になるだけじゃねぇか!
 なによりかがみんも結局助かってねぇし! そんな計画ならオレは今すぐ降りるぜ!!』
「最初の計画ですよ! 今は違います!!」

 陰魄の中で下手に暴れられてはこっちの身が危ない。現在は蜂比礼の力の方がずっと強いのだ。
 宛誄は慌てて言い直す。

「なにより桔梗さんとのお話でこの路線はスッパリ諦めました。
 仮にこちらの手に全て集めても、揃っただけで発動するのでは手の打ちようがない。
 それこそあの青行灯とやらの思う壺ですよ」
『む、それじゃあどうする気だよ・・・?』

 首をかしげる蜂比礼に、宛誄は笑いかけた。

「・・・集めるだけ集めて、バックレます」
『は?』

 唖然とする少女をよそに、小さな邪神は自信有り気に話を続けた。

「そう、逆に言えば十種神宝が全て集まらない限り彼等は死にたくても死んではいけないでしょう。
 こちらの手に残りの十種神宝が全てあるならば向こうはこちらに回収しに来ざるを得ないはずだ。
 そして一人一人篭絡し・・・最終的には青行灯を引きずり出して直接叩きます」
『待て待て待て待て! 出来るのかよ、そんなこと!!』
「できますよ、こんな馬鹿げたことだからこそね」

 ニヤリと笑う小さな邪神。
 想像以上の馬鹿っぷりと、不疑っぷりに神器はただただ唖然とするばかりだった。

「チャンスはおそらく一度、杭が完成する前に裏方を引きずり出し・・・倒します」

235不完全:2011/09/16(金) 10:33:54 ID:c1.PBF/s
バキッ!!! バキッ!! メキッ!!

夜の公園に響き渡る打撃音。
それは、まるで音楽のように奏でられる。

『ハハハハハハ!!!!!!!前より強くなったね!!!君を見逃して正解だったよ!!』
「くっ……」
それを演奏するは二人の存在。

闇のような黒い瞳の灰色の髪の少年――いや、《大罪》の《一つ》を背負う《怨霊》
もう一人はボサボサの黒髪で、どこにでもいそうなごく普通の顔立ちの高校生――田中 夕

《怨霊》は背中から自分より一回り大きいどす黒い腕を四本だし、《人間》に襲い掛かる。
《人間》はそれを《右手》で弾き、左手の《レプリカ》で受け流しそれを防いでいく。
《前回》と違い、一方的にやられてた《人間》ではなかった。《八握剣》の力と前回の経験をいかしていくが…それでも防戦一方になっている。

『けどね…やっぱり不完全だよ!!人間!!』
「ふ…不完全?何が…」
《人間》は《怨霊》の言葉に顔をしかめながら、後ろへ跳び距離をとる。


『君の《八握剣》は今二つに別れてるんだよ!!
その証拠に《破邪》の力はあっても《断罪》の力はない!《殴る》ことはできても《斬る》ことができてない!』ニタニタ
《怨霊》は顔を楽しそうにしながら、戦闘体制を解除した。

『君に二つ課題をあげるよ!人間
一つは別れた《八握剣》を探してきなよ
もう一つは――《蜂比礼》。それを狙いなよ
もしかしたら僕の《蜘蛛達》を祓えるんじゃないかな』
「………どういうつもり?」
田中くんはその言葉に疑問を感じた。
何故相手はこちらが有利になる情報を与えてるのかを。

『簡単だよ!もっと僕を楽しませてほしいからね!!
じゃあ、またね。次が楽しみだよ』
無邪気に笑いながら、《怨霊》は闇へと消えていった。

236解かれた封印:2011/09/17(土) 00:04:30 ID:???
音が聞こえる。
パイプオルガンの音色が響き、旋律のメロディーが奏でられる。
その音は美しくそして――不幸の幕開けとなった。

この音が聞こえるのは、古びた城。
その城の中でも著しく高い塔の天辺に、石の棺桶と一人の女性が。

「おい…そろそろ俺様の封印を解いてくんないか?」
『その前に、手順を言え。』
「…ハァ、ったく。最初はお前の狙ってた着物女を捕らえようとしたよ。
だがな、あんな信念の貫いた性格じゃあ痛みを与えても壊れない。

だから…ソイツのの弟子を捕らえた。理由は簡単。
子供ならば苦痛に耐えられまい。デリケートな体質から、「悪」に直ぐ馴染むこともできる。
後はソイツの思うがままにほおっておけば、この世の常識を覆すことが可能だ。」
『子供がそんな強大な力に耐えられるか。体が駄目になっては意味がない。』
「だから強化麻薬を使った。どうだ、もう良いだろ?俺様頑張ったよな!」
『承知した。但し、大きな事件は起こすな。』

女性は、グラスにワインを注ぐと、石桶にそれを流し入れた。
石桶の蓋がゆっくりと開き、紫色の『龍』が現れた。

「さて、ありがとよ。バラウールちゃん。」
『行け、フェルニゲシュ。貴様の無事を祈る。』

彼らの本当の目的は何なのか。
知る者はまだいない。

237青い陰謀は静かに……:2011/09/18(日) 23:09:34 ID:c1.PBF/s
とある街中にて、人通りの少ない路地裏にてまだ《未完成》の杭を打ち込む一人の影

「キヒャァッ……あのチビは蜂比礼と手を組んでるなぁっ」
その影……青行燈は独りごちる。

《アレ》は恐らく、《復活させる妖怪》の力を奪うか、《七罪者》の死を妨害する気だろうと
前者はいい…それで《アレ》が代わりに暴れるように仕向ければいい。だが…そうはうまくいかないだろうが……
問題は後者だ……誰もが死なないハッピーエンドなど《青行燈》は望んでいない。
大禍津日神に身体を貸してるのも《全てを不幸にたたき落としたいだけ》
彼らの《復讐》などどうでもいいんだ。

「……困るんだよなぁっ…ハッピーエンドはよぉっ……きっひゃひゃひゃひゃぁっ」
なら……《裏口》でも《造る》か

そう言いながら見つめるは《その先に見える病院》

「最後に嗤うのは正義でも悪でも大禍津日でも宛誄でもないっ……きっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃぁっ……俺だぁっ」
青紫の明かりを残し《狂気》は消えていった。

238闇へと消える小さな光:2011/10/13(木) 01:43:32 ID:???
とある病棟の隔離部屋のベットで寝ている少年。
薬物の投与からある程度の月日が流れた。

禁断症状は和らいだようにも見えるが、
未だに痛みや不安に悩まされ、体力だけが削られていく。

そんな静かな夜だったが、その病院から多数の妖気が感じられた。
今までにこの病院に居た妖気とは別の、何か強大な妖気。
その中には巴津火のも在った。

その妖気は互いにぶつかり合い、そして時には振動が部屋を揺らす。

「ぐ…ぅぅ…怖いよ……止めて………。ひぐぅっ…ぅぅっ。」

少年は泣き、助けを求めた。ナースコールも押した。
だが不幸にも、それは届かない。
度重なる恐怖からエスカレート、次第に痛みをも伴いベットから転げ落ちる少年。

「ししょぉっ…巴津、…おにいちゃ………ぺト…。」

夷磨璃に残された時間はあと僅か。
この地獄から救ってくれる者は現れるのだろうか。

239昭和妖怪終世絵巻:2011/10/23(日) 20:33:03 ID:tElbSrz.

 明治〜昭和。
 この100年間はこの国にとって激動の連続だった。
 急激に流入した外国の思想、文化、物資。
 幾度にも渡る戦争と技術改革、土地整備。
 急速に進んだ発展は伝統と歴史を置き去りにし、人々は進化と発展を続けた。


 この水神は“暴れ川”と畏れられる川の主として生まれた。
 暴れ川は近隣の村には豊潤な農業用水をもたらすが、長雨や豪雨の度に荒れ狂い。
 田を、畑を、橋を、時には村にまで氾濫し人や家を飲み込んでいった。
 人々はこの暴れ川の災いを妖怪として具象化し、水の中に潜む怪物を創り上げた。
 毎年のたびに捧げられる祈祷と人身御供は信仰として深く根付き、やがて“神格”と呼ばれる因果が発生する。
 こうして暴れ川は三百年間畏れられ、祭われ続けた。


 しかしこの水神もまた、例外なく人々から置き去りにされてしまう。


 昭和30年代、遂に暴れ川も土地整備に着手された。
 長雨の度に崩れた川縁は冷たいコンクリートで塗り固められ、
 流体力学、構造力学で計算されつくした真っ直ぐな堤防が川をガッチリと矯正する。
 流れる水は用水路で丁寧に分配され、田畑を均等に潤して行った。

 如何なる長雨でも川は乱れることは無く、当然人身御供も無くなり、祈祷も廃れていった。
 暴れ川の主は“祭られぬ神”となった。信仰を失った神性は妖怪へと堕落する。
 神として生まれ、その役割から開放されたその水神には他に生き方を知らなかった。
 かつて神と呼ばれていた他の妖怪のように暴れ狂い、祟り、そして退魔師と呼ばれる者達から駆逐される。


 人と妖怪のパワーバランスはとうに崩れていた。
 この100年間で多くの土地神、妖怪は居場所を無くし、消えていった・・・。

240雪と舞う男 狂気の骨:2011/11/03(木) 22:45:32 ID:bJBnsqT6
「――っとまあ、これが今回で把握できたことだね」
「黒と扇、なんとも胸糞悪い構図だ」
「うん?なんか言ったかい?」
「いや、そう言っときゃあ分かってるっぽくね?www
 てか神社がこんだけ広かったらよう、誰かしらが乱入しても問題ねえなwww」

「まあそうだね、しばらく成り行きを見守りながらいざという時は、って感じかな?
 でも、なんでまた急にあねさんあにさんに干渉しようなんて言い出すのかな」
「あ?まあ確かに、
 最初は仲間の贖罪の邪魔はしねえつもりだったんだけどなっていうwww」
「姫も狂骨も、それを今だけは撤回するなんて、
 随分と急な決断だと思わないかい?」

「嫌な予感がする、としか理由がないんだけどなwww」
「それってさぁ、本殿にいた黒い奴の事を言ってるのかな?」
「・・・まああれが黒幕だと思うのが当然だっていう」
「だよね、浮いてたもんね。服装違うから」

「まあともかくとして、状況を見て俺らのうちの誰かが介入するっていう」
「了解、何もなけりゃいいんだけどね」
「場合によっちゃあ、神代には死んでもらうぞ」
「・・・了解」

241目覚めた景色は…:2011/11/25(金) 23:53:34 ID:c1.PBF/s
「んっ……」

なんだろう。身体がダルイな…
僕はいつのまに寝ちゃったんだ?速く起きないと夕にしめしがつかないな…
目をゆっくりあけ、なんだか動きにくい身体を起き上がらせようとした。
……アレ?腕になんかついてる…コレって点滴?
………それに…ここは何処?僕の車じゃないな……

『……ことちゃん?』
見知らぬ場所で、僕が不思議そうに周りを見渡してたら、聞きなれた呼び名と、僕の記憶にある声に似た声が聞こえ、僕はそちらを見た。

ボサボサな黒い髪に、なんか普通な顔のお兄さん。
………僕はそのお兄さんがすぐ誰かわかった。いや…わかってしまった。そして…思い出した。確か突然、車が揺れて……視界がグルリと回って…

「ゆ……う………?」
『ことちゃん……うっ!!…よかっ……た!!……ごめっ…ひぐっ!!…んね…ひぐっ!!…ごめんね……』
僕より小さかった筈の夕の名前を呼びかけたら…夕は泣いた。

………やっぱり大きさは違うけど泣き虫夕だ。

「………はぁ。夕は泣き虫だな…よしよし」
『うぅ……ことちゃん……ごめん…ひぐっ…ぐすっ』
僕はとりあえず夕を泣き止ませようと、いつものように頭を撫でる事にした。


夕の後ろになんだか呆れてる感じの子供たちがいるけど彼らは誰なのか、自分が今どんな状況なのか、お父さんとお母さんが見当たらないのはなんでか、夕がなんで謝ってるのか、色々と情況がわからないし、すごく嫌な予感はするけと……

今は、この変わったけど変わらないず泣き虫夕を泣き止ませるのに集中しよう。

…………コレから僕にどんな運命がくるか身構えながら…

242日本神話人世第34章禁伝第2項:2011/11/28(月) 01:08:47 ID:EK/9fLvc
―大きな力を手に入れた二柱の神は、
 人々に結実豊作と、子宝児童安全の恵みを与え、より江戸の人から信仰を集めていました。
 そしてそんな優しい神々には当時、特に愛おしい存在があったのです。
 それは、悪魔と尊の垣根を超え、固い愛によって結ばれているとある夫婦でした。

 悪の骨頂の彼と、それに相反する巫女がここまでの愛を生み出したのには、
 彼らの間で数々の死闘、論争があって、彼らがそれらを全て超えていったからなのです。

 黒と白、善と悪、それらを二分せず中庸して愛する彼らが子を宿した時、
 同じく中庸を愛する、穂産姉妹神は大変喜びました。
 全ての子を愛する母性神は特にこの子供を可愛がり、
 安産、児童安全、彼女たちの持ちうる全ての力や祈りを用いて祝福しました。

 しかし穂産姉妹には祝福された夫婦の愛も子供も、
 善と悪、絶対的な極端を信ずる天界の神々は決して許しませんでした。
 彼らの不実に激怒した神々は、穂産姉妹神の術を打破しなおかつ死産させるよう、
 数人がかりのアマツカミに命令し、赤子を呪いました。

 秘密裏の呪術を穂産姉妹が知ることはなく、
 更には赤子に重ね重ね祝福を彼女達は続けるのでした。
 そうして知らず知らずに行われた術比べの結果は、誰もが勝つことはなく、
 強いて言うのならば、誰もが完全敗北を喫したのです。

 悪魔の邪、神気の正、胎児が受け継ぐであろう二つの力を両方活性化させ、
 巫女の子宮の中で胎児を、正邪の衝突によって殺す目的の呪術。
 どのような障害があろうと全てを退け、無事に出産を促す祝福。

 これらの力が招いたのは、正邪の衝突を体内で起こしながらも全て中和し、
 その分を外界へ全て発散してしまう、呪われた赤ん坊でした。
 そこから、全てが狂いだしたのでした―

243日本神話人世第34章禁伝第2項  2/3:2011/11/28(月) 01:10:58 ID:EK/9fLvc


―正を邪で焼き、邪を正で滅す。
 完全な二面性を持って生まれたこの赤ん坊は、文字通り化物でした。
 しかし、神がかけた呪いも、赤ん坊がこれから背負う因果も、
 出産に喜ぶ悪魔と穂産姉妹神たちは知る由もありません。

 ただただ、この世に生を受けた赤ん坊を抱きながら悪魔は喜び、
 喜びを分かち合おうと、声に溢れんばかりの歓喜を混じらせ妻の名を呼びました。
 しかしその時彼女の返答はありませんでした。

 なぜなら彼女は、既に絶命していたからです。
 身の内にこの赤ん坊を宿していたということは、直結してこの赤ん坊の呪いを直接受けるということ。
 実は彼女も知らないうちに、赤ん坊によって生命力を奪われていたのでした。
 そして遂に出産の時、胎児の生きる力が一番あふれるこの瞬間にこそ、
 赤ん坊の呪いが最大限の力を持って発動し、
 かつて神世にカグツチがそうしたように、生みの親である母を焼き殺したのです。

 事態の異常さにようやく気づき、穂産姉妹は彼女の元に駆け寄りました。
 事切れて物言わぬ巫女の死骸を抱きあげ、何が起こってしまったのかを確かめようとしたのです。
 ですがそれは、限りなく間違いでした。
 抱きかかえるべきは、駆け寄るべきは、むしろもう死んでしまった彼女などではなく、
 今まさに浄化されて殺されようとしている、父親の悪魔の方なのでした。―
 
 姉妹がその事に気づいて悪魔の方を顧みた時にはもう、
 赤ん坊の呪いが、彼を光の粒へ変え空に散らしていました。―

244日本神話人世第34章禁伝第2項  3/3:2011/11/28(月) 01:17:40 ID:EK/9fLvc


―生まれる日を共に待ち望んだ夫婦は、まさにその赤ん坊によって命を奪われる。
 目の前で愛する者達を失った穂産姉妹神に、
 かつてないほどの悲しみと、どうしようもないほどの憤りが降りかかりました。
 いっそ産後にカグツチがそうされたように、イザナキとして愛の結晶を殺そうかという程の。

 ですが穂産姉妹神は先人の後を追うことなく、
 また、呪いに構わず赤子を優しく抱きあげ惜しみのない祝福をしました。
 そして神々に見つかってしまわないよう、秘密の場所へと封じたのでした。

 祝福を終えた後、自身の身を焼く痛みとともに穂産姉妹神は、
 いや、一部始終を見ていた天界の上位神たち含むこの件の関係者全てが、
 同時にある同様の事を、恐ろしい予感をしたのでした。

 彼らの感じたその予感とは、赤ん坊の、これから進むであろう道筋の事でした。
 親を生まれて直ぐに殺させられて、自身もこのように呪われた体になって、
 それなのに呪いをかけた者たちは安穏と生き伸びている。
 その理不尽はきっと赤ん坊の心を、天すらも焼きつくさんとする復讐の炎にする。

 天界の自分たちへの報復を恐れた神々は、すぐさまに一計を案じる事にしました。
 内容は簡単、赤ん坊の仇をすり替える事でした。
 夫婦と神々の間で起こった真の出来事を、全て封じこみ事実を捻じ曲げ、
 日本神話人世第34章としてこの世に記す。そうすることによって、
 赤ん坊の炎が焼き尽くす相手は強制的に、穂産姉妹へと変わっていく。

 胸に去来する自責の念以上に、赤ん坊がこれからしでかすであろう大惨事を恐れ、
 穂産姉妹神が神々の計に同意したのも、仕方がない事ではありました。
 赤ん坊の内に殺せないのならば、いっそのこと勇者に仕立て上げ穂産姉妹神を討伐、
 後にヤマタケルにならって殺してしまおうとしたのです。―

245降雨、積念、哀譚々:2011/11/28(月) 01:39:37 ID:tElbSrz.

「・・・ふぅ、ただいま」
「おかえり、雨邑ちゃん。ご飯できてるけど」
「いらない」
「あっ、雨邑らぁあああああああ!! 姉上のご飯を要らぬとは何事であるかぁ!!」
「しばらく独りにして欲しい」

 ススス、と襖を開けると。
 雨邑は濡れた服のままベッドに座り込んだ。

 部屋の中央に在る水晶の玉に竜宮の動乱の一部が映っている。

(詰み、だな。天界は完全に竜宮を神代の仲間だと取っている)

 神代に同情しないわけでもない。
 むしろ殺生を極端に嫌ったばかりに、
 あんな面倒な事態に発展させた天界が全ての元凶だろう。

 だがそれでも、天界側に非を求めることはできない。
 そもそも悪魔と巫女の子がまともに生まれる方が奇怪なのである。

 なにより天界の神殺しはやりすぎだ。
 身内が殺されたならば、天界も大手を振って報復を行うことができる。
 竜宮の1つや2つ、潰して新設など朝飯前だろう。

 ポタリポタリと、頬から雫が伝う。
 奥歯を噛み締めながら、雨邑は蹲って呟いた。

「なんで、だ・・・。なんで、あんな奴に肩を持った・・・巴津火・・・っ!」

246言伝:2011/11/28(月) 21:57:03 ID:3FBgi9l6
診療所の地下の物置にて。
黒蔵は簡易ベッドの上で毛布に包まり、湯を入れたペットボトルで暖を取りながら
眠りに落ちていた。

『そうでしたか。織理陽狐さんにそれを』
「うん。まだ全然扱えるようにはなってないんだけど」

夢枕に立って、ミナクチは黒蔵に現状をどう伝えるべきかと迷っていた。
もし竜宮が天界と戦いそして破れることになれば、人間となってしまった黒蔵の処分は
宙に浮くこととなる。

「それと、もうすぐ俺自分の借金は返し終わるんだ。
 いつか狼の分も返し終わったら、生きてるうちにできるだけの罪の償いをしたい。
 前の身体じゃないから血肉で支払うのは出来なくなったけど、
 今の俺でも出来る償い方って何があるのかなぁ?」

ミナクチには返す言葉が無かった。
短くなってしまった残り時間、日々借金の為に目の前のことを片付けることで精一杯
の中で、そんな風に考えることが出来る位に黒蔵も変化してきている。

(陸での時は本当に早く流れるものですね……。
 もし竜宮が消えたら私も消え、そして黒蔵を一族の元へ帰すことはできない。ならば…)

『……償い方についてはその時までに何か考えておきましょう。
 それから黒蔵。理由あってお前には私の一部を託しておくことにします』

ミナクチは以前のように、己の一部を小さな翡翠の輪の蛇に分けて黒蔵の手に握らせた。

『もしもの時には、これを呑むことを許します』
「……え?どういうこと?」

夢の中であるのに、黒蔵はその掌にある滑らかな輪を酷く重く感じた。

『もしもその時がくれば、この輪が自らお前に伝えます。
 必要が無くなれば返してもらいますから、お前はただこれを預かっていなさい』

他にも幾つか言い含めて、黒蔵の夢から蛇神ミナクチは消えた。
その翌日から以前のように、尾を噛む蛇の翡翠の輪が黒蔵の首に下げられることになる。

247失敗と陰謀:2011/12/05(月) 22:37:15 ID:c1.PBF/s
「ちくしょう!!畜生!!チクショウがぁぁっ!!!!」

とある空間にて、青行燈……いや、《青紫の炎》はユラリユラリと浮かびながら《怒り》の声をあげてる。
近くには《青行燈の身体》が横たわっている。

「こんな偶然があるかぁっ!?《娘》に重傷負わされたせいで、《あのガキ》が《予備の器》を解放したぁっ!?
おかげで《保険》が台なしじゃねぇかぁっ!?」
万が一…《神の召喚》が失敗した場合と《十種神宝》が使えなくなった場合に備えての《保険》。
……そう、《怨霊》の《呪い》により、《生きても死んでもいない》状態で、もっとも《死》に近い場所…《病院》で眠っていた《女》――《姫崎 琴葉》の目覚めだ。
本来は失敗した時に、いくつかの条件のあう彼女を《とある神の転成体》にしようと目論んでいた。

「なんでだぁっ!?《あのガキ》が気付く筈ねぇっ!誰が感づいたぁっ!?
それとも《偶然》かぁっ!?いやぁっ!そんな偶然はねぇっ!!」
自問自答をしながら、《青紫の炎》は一つの答えを導きだす。

「…………《怨霊》の野郎ぅっ…アイツが何か気付いたかぁっ?……」
本来、七罪者とは國に怨みがあり、自分達の死により、《大禍津日神》の悲願である《とある神》を現世へと呼び出し《國とある神》への復讐を願う集団だ。

…だが、初期のメンバーは
《大禍津日》《怨霊》《神もどき》《魔人》《死神》の五人であり、まだ《七罪者》という名前ではなかった。
後に《青行燈》……いや、その時はまだ名も無き妖怪であった《妖魔》が入った事により、今の《七罪者》と《その方法》が妖魔自身から考えられた。

だから初期メンバーである《怨霊》は妖魔が余計な手出しをしないようあらかじめ手をうったのだ。
《田中》を《蜂比礼》の持ち主である《宛誄》に接触させようと…


「………まだだぁっ。まだ手はあるぅっ…《死んでも生きてもない存在》ぃっ……
それに《目覚めた女》もまだ利用勝ちがあるぅっ!!」
そう呟くと、《青紫の炎》は《本》になり落ちていった。

248黒と白:2011/12/07(水) 20:53:16 ID:BQ990e1A
虚冥と別れた後、黒龍はとある山奥へと向かっていた。
そこはかつて瞳や夕達と戦った、あの場所へと続いている一本道。
道を外れれば、先は全く見えない程、木々で生い茂っていた。

「(おい、白龍…頼むから出て来てくれ……)」

そんなことを願った矢先、道を外れたところの遥か先に、ゆらりと白い影が見えた。
影に魅了されたかのように、ゆっくりと、そしてまたゆっくりと影へと距離を詰める。

「白龍……ッ。」
『こ…黒龍!?』

二人は何も言わずに、あの場所へ歩き始める。
その小高い丘の天辺には無限に続く空が二人を見つめていた。

『……に、兄さんも蘇っていたのですか?』
「ああ。榊と言う奴によって、な。俺も理由は分かっていないが…。」
『わ、私も榊と言う方に…。しかし同時にバラウール様も復活を遂げました…。』
「榊…。ひとまず、聞きたいことが在る。
なぜ、なぜ蘇ったのなら俺たちの元へ来なかった!!皆心配して…!!」

―――白龍から、小さな雫が零れた。

『兄さん、分かっているでしょう!?私は貴方様の本当の妹では無い…。
天界側が意図的に作り上げた、偽物なんですよ?
バラウールが復活を遂げた今、もう私の役目なんて終わったんです。
妹は……二人も必要ないですから…?』

「…う、違う、俺は認めない、そんな幻想的な物語のような終わり方!!
お前もバラウールも、大切な、大切な妹だ!
だから二度とそんな考えはしないでくれ…。」

黒が白を包み込み、必死に訴えた。

「今はまだ無理だが…。きっとお前もバラウールも、助けてやるから…。
生きろ、何があっても。バラウールの責任はお前の責任じゃない。

お前は絶対…自分を最後まで信じろ……。また、会いに来てやるから…。」

『に…さん、兄さんっ、ありがとう!ひぐっ、ぐすっ!!』

249再来、当今、カタストロフ:2011/12/09(金) 13:05:53 ID:tElbSrz.

 紫狂の家、渋い部屋の中にて、突如とした喪失感が安木を襲った。
 まるで身体の一部を捥がれたような気分だった。

「・・・これは」

 そこにあったものが無くなったような宙ぶらりん感。
 腕を動かそうとしても動かないような空回りのような感覚。

 やがて襖がススス、と滑る。
 そこには虚ろな目をした宛誄が立っていた。

「おぉ、宛誄! 丁度良かった! 己がなんだか妙なのだ!!」
「雨邑が死んだ」

 宛誄が告げた、突然の訃報。
 安木が目を丸くしてただただ呆然としていた。

「・・・なん、だと?」
「雨邑の部屋にあった水晶を見たら、稲妻のような物で貫かれていた一瞬が映っていた。
 しばらくしたら水晶が真っ暗になった。おそらく、殺された」

 安木が言葉を失った。
 宛誄も二の語を次げることが出来ず、ただただ黙ってそこに突っ立っていた。

 冗談だと笑い飛ばせない。
 はっきりとした確証、さっきの喪失感は窮奇の残した3分割の記憶が消失した感覚だったのだ。

 1時間か、2時間か。
 もしくは半日以上なのか。
 ただ2人はなにもせずに、そこに固まっていた。

 日が傾いて、すっかりと部屋が宵を迎える紫に染まったとき。
 安木がようやく口を開いた。

「入江姉さんには言ったのか・・・?」
「言ってない、これからも言うつもりは無い」
「そうか・・・」

 安木から陽炎が上り始める。
 下手すればここら一帯を焦土と化してしまいそうな妖気を必死で堪えていた。

「宛誄、そやつの・・・雨邑を殺した奴の正体はわかるのか?」
「わからないな。見えたのは一瞬だけだったし、見たことも無い奴だった。でも」

 宛誄は鋭く目を光らせる。

「2日あれば特定してやるよ」
「そうか、宛誄」
「ああ」

 2人の目は、宵闇のせいかすっかり紫濁して見えた。

「そいつを殺すぞ」

250宛誄:2011/12/15(木) 01:31:10 ID:tElbSrz.

 僕は自分が冷静な奴だと思っていた。                     キャラ
 万事を深く考え、兄や妹が馬鹿なことをしたら常識的にツッコむのが僕の個性だと思っていた。

 だが、どうやら違ったようだ。

 僕は僕の中にあるスサノオの力で入江姉さんや兄妹を傷つけるのが何よりも恐かった。
 恐くて恐くて、自分でも馬鹿なことを散々したし、無様ながらも延命の術を掴むことができた。
 僕は七罪者達が、自分の仲間が死ぬのを平気で見ているのが信じられなかった。
 死んでいく仲間を割り切って考え平然としている様が、なによりも腹立たしくて邪魔立てしてやりたかった。
 どうやら僕は安木以上に単純で、仲間想いで、馬鹿だったらしい。

 この身体に転生して以来、僕は考えることが増えた。
 この策謀はスサノオの力の一端なのか、牛頭天王の特性なのか、あの女から譲り受けた物なのか。
 はたまた僕のオリジナルなのかはよく分からないが、とにかく僕は思考することが増えた。

 蜂比礼が隅で蹲っている部屋に、びっしりと文字や図面の書かれた紙が散らばっている。
 頭の中に次々と策謀が浮かんでくる。僕はそれが消えないうちに紙に鉛筆を滑らせる。

神代を殺害する方法は無数にある、その中でも暗殺が最もリスクが低くて効果的だが、
神代の行動パターンが特定しにくく仲間が存在することから事前にこちらの動向が把握され、
未然に防がれる可能性も少なからず存在する。
リスクも低いが、なにより神代を殺害した際に神代に与えられる精神苦痛が非常に小さい。
ゆえにできるだけ事前に相手の踏み込む場所を特定し、戦略を用意しておくことがベター
(戦略については(22に記述)。そして正面と向かって殺害できる方法が求められる。
その際には①神代1人の場合、②後から増援に来る場合、③初めから仲間が居る場合、
④初めから仲間が居て後から更に増援が来る場合の4パターンが考えられる。

 はたと手を止め、天井を見る。

「雨邑・・・」

 ビクリ、と部屋の隅に蹲る蜂比礼が震える。

 思い出す、あの電光に貫かれた瞬間。
 巴津火の記憶から見た、神代が語る殺害の動機。

「・・・ざけるなよ」

 なぜだ、そんな理由で雨村を殺したのかふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな
 なんで雨村が死んでお前がのうのうと生きている、なんで雨邑を殺してそんなにヘラヘラと笑っている
 お前が死ねばよかったんだ、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる

 ガリガリと作戦の書かれた紙に鉛筆を突き立て擦り付けていく。
 黒々とした炭素のグチャグチャは紙に皺を作りながら広がっていき、
 やがて紙を破って机をガリガリと削っていく。

 死ねっ、死ね、死んでしまえ。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
 殺してやる、そのへらへら笑った顔に爪をつき立ててその憎い笑顔を抉ってやる
 くだらない妄言ばかり吐くその二枚舌を潰れるほどに摘んで引き千切ってやる
 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる

251安木:2011/12/15(木) 01:35:26 ID:tElbSrz.

――2時間前

「・・・宛誄」

 安木は躊躇いがちに、宛誄の部屋を訪れた。
 宛誄は綺麗に積み重ねられた白紙を傍らに置き、鉛筆を削っていた。
 蜂比礼が感情の無い目で来訪者をジッと見つめる。

「なんですか?」
「その・・・、最初に言い出した己が言うのもなんだが・・・」

 安木は意を決して口を開く。

「もう、引き返せないのか?」
「・・・」

 安木は戦いを前に、己の言動を悔いていた。
 いや、怖気づいているのかもしれない。

「己は死んでも殺すと言ったが、実際そんなことをしてなんになる?
 雨邑を殺した神代は憎い、だが己達まで死んでなんになる?
 己達まで死んでしまったら姉上は・・・入江姉さんはどうなるのだ!?
 残された者達で慰め合うという終り方では駄目なのか!」

 安木は泣きそうな目で真っ直ぐに宛誄を見る。
 宛誄はしばし虚ろな目で見ていたが、やがて目を逸らして紙に尖った鉛筆を滑らせる。

「強制はしないさ、むしろ入江姉さんと一番仲がいい安木が残ってくれるなら安心だ」
「宛誄ッ!!」

 安木は宛誄に駆け寄ると、肩を掴んでこちらを向かせる。

「もう、やめてくれ! 雨邑が殺されてからのお前はまるで死にたがっているようだ!!
 なぜそこまで復讐に拘る!? なぜ報復の為にそこまでのことができるのだ!?」
「憎いから」

 宛誄は目を見開くと、紫の光を爛々と瞳孔に燈して語りかける。
 それは地獄の底から響いてくる呪詛のような言葉だった。

「僕は神代が憎い。これから幸せになるはずだった雨邑の未来を奪っておきながら。
 のうのうと幸せに、あるいは満足に、生きて死ねるかもしれない神代が憎い。
 僕は神代が憎い。幸せだった、穏やかだった紫狂をぶち壊して、ヘラヘラと笑ってる神代が憎い。
 もう戻れない、雨邑が生きていた頃の紫狂には戻れないのに、何も変わらず生きている神代が憎い。
 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い」

 安木は仰け反り、腰を抜かしてしまう。
 目を見開き、冷たい汗を流して、悟ってしまう。

 もうここに居るのは、以前の宛誄とはまったく別物なのだと。
 もうここに居る宛誄は、以前の宛誄には戻れないのだと。

「宛誄、己は――」


――現在

 安木は、泣きながら。入江の部屋の方向に向かって土下座をしていた。
 床には零れ落ちた涙が水溜りを作っていた。

「申し訳ございません、申し訳ございません姉上・・・ッ!」

 安木は顔を上げて、グシャグシャになった顔で言う。

「己は・・・宛誄と共に行きます。たとえそれが、破滅に続く道であったとしても・・・!!」

 殺された妹の為に修羅と化した弟を、見捨てることの出来る兄がどこに居ようか。
 狂ってしまえるほど仲間のことを想える友を、引き止めることのできる者などどこに居ようか。

「ありがとうございました入江姉さん・・・!
 己は、安木は・・・あなたに愛されて幸せでございました!!」

 もう、振り向かない。
 己も狂人となって共に歩き続けよう、修羅の果てまでも。

252出口町 入江:2011/12/15(木) 02:36:44 ID:tElbSrz.

「ご飯できたよー」

 妙に明るく上ずった声が、紫狂の家に虚しく響いた。

「困ったな・・・」

 湯気が立つ4人分の晩御飯を前に、入江は寂しく座って箸をつける。
 この世に生れ落ちて僅か数ヶ月。必死で覚えてやっと上達してきた料理。

 しかし今日の食事は一等おいしくなかった。

「・・・う」

 ポロリ、ポロリと涙が茶碗のご飯に落ちる。
 細い身体を細かく震わせ、とうとう箸をおいて伏せて泣いてしまう。

 雨邑が帰ってこなくなってから全てがおかしくなった。
 宛誄の目は恐ろしいまでにギラつき、安木はなにかに脅えているような、ないしは自分を責めるような表情になることが多くなった。
 元から外出の多かった宛誄だったが、今では家にはめったに居なくなった。
 他の兄妹とは違って、唯一家に居ることが多かった安木まで頻繁に外出することになった。

「・・・う、うぅ」

 涙と共に溢れ出してくる不安と最悪のイメージ。
 やっと見つけた自分の中身が、温かな居場所が、瓦解していくのがありありと感じられた。

「・・・大丈夫」

 心の中で小さく呟く。
 励ますようにすがる様に。

「雨邑ちゃんさえ帰ってくれば、きっと大丈夫」

 雨邑さえ帰ってくれば、きっとこんなのただの夢だったように全て元通りになる。
 雨邑さえ帰ってくれば、きっとここも、前みたいに温かでにぎやかな場所に戻る。
 雨邑さえ帰ってくれば・・・

253青い鳥のリバースデイ:2011/12/29(木) 23:51:14 ID:tElbSrz.

 目の前にはメチャメチャになった4人分の朝食がある。
 ご飯はひっくり返って壁や床にくっつき、お味噌汁は畳にシミを作っている。
 こんなひどい有様になったのは私が一人で暴れたせい。

 早く片付けないとご飯が固まって張り付いてしまうのに。
 お味噌汁のシミが落ちなくなってしまうのに。
 何もする気が起きない。
 動きたくない。
 このまま目を閉じて眠ってしまいたい。


 結局、雨邑ちゃんは帰ってこなかった。
 私たちの幸せな場所は、戻ってこなかった。

 あれ以来、安木くんも宛誄くんも帰ってこない。
 もう無くなってしまったのだろうか、私はなんのために生きているのだろうか。

 頭をよぎる後悔、後悔、後悔、後悔。
 なんであんなに怖い目をした宛誄くんを放っておいたのだろう?
 なんであんなに思いつめた様子の安木くんを放っておいたのだろう?
 なんで私は・・・こんなことになるまで、祈ることしかしなかったのだろう?


 当然の報い


 迫りくる不幸に対して何の対策もしなかった怠惰の罰。
 逃げていく幸せに対して手を伸ばさなかった傲慢の咎。

「あは、はははは・・・」

 任されたのに、託されたのに。
 あっさりと3人を・・・幸せな場所を手放してしまった。

 私などここで朽ち果てるのがお似合いだ。

「あは、ははははは」

 賑やかだった場所に、一人の乾いた笑い声だけが響いていた。






『ただいま、遅くなってごめん』

 私は目だけを動かし、玄関の方を見るが。
 やがて眼を見開き、ズルリと思い身体を引き起こす。

 帰ってきた・・・!
 かえってきた帰ってきたかえってきたかえってきたカエッテキタカエッテキタカエッテキタ

「・・・おかえり」

 カエッテキタ・・・コレデミンナモトドオリ・・・

254『シモベとボク』:2012/01/19(木) 16:09:11 ID:EK/9fLvc

もういやだぁ・・・いやだよぉ・・・
なんで・・・なんで僕だけがこうなの・・・?
それともみんな・・・皆はへいぜんと耐えているだけなの・・・?

ぐすっ・・・痛い・・・痛いよぉ・・・
もう・・・歩きたくない・・・すすむ必要なんてないじゃないか・・・
足も手も・・・あたまもおなかも・・・心も痛いよぉ・・・
うぅ・・・みんなこれだけ痛くなったんだよ・・・?
みんな・・・誰かに会いたかった・・・やりたかったことがあったのに・・・ぐすっ
ぜんぶできなくなったんだよぉ・・・?
悲しいままで・・・みんな死んでいっちゃったんだよ・・・?

いいじゃん・・・これだけがんばったんだから・・・
恨みなんてもう・・・いいじゃん・・・
忘れて暮らそうよ・・・絶対そのほうが幸せだよ?苦しいだけだよ・・・こんなのぉ・・・
どんなにがんばっても・・・救われないよ・・・憎まれるだけじゃないか・・・

だから・・・だからもう・・・
僕を許して・・・ 僕を許してよ!! これ以外なら頑張るから!!!

僕を許して!!!!



「くすくす、何を言っているのですか、これだけ進んでしまったんです。
 止まる事なんて、許される筈がないでしょう?」

255この本を読んだ人へ:2012/03/26(月) 12:04:47 ID:Le01a4oQ
.... I had thought for a long time.
How to help that fellow.
But it has already been late.
White lost white in white and that fellow was lost by that fellow.
They were not the existence itself and two persons that I already know.
et al. and all must be erased.
Because it is my responsibility as .
I would like to help that fellow who continues being in pain, to receive, and to also carry out fellows' compensation which that fellow killed.
Therefore, I use the last magic.
Magic which fulfills one wish by using my life.
I am seeing that fellow to the wished world without pain.
However, it is something to say as more friends that it is regret.
It laughed, and I cried and wanted such every day [ like ].
Although it becomes the last, our existence should be erased when this text is read.
I want you to live as hard as possible to the short life and our part so that it may be long.
It is gratitude to all the lives.

256瞳と三凰 1/3:2012/03/27(火) 17:18:31 ID:SmXQZqJk
瞳「う…ん…ここは?」

夢無「気がつきましたか?」

瞳が目を覚ましたところは、宝玉院家の医務室だった。三凰が担いでここまで連れて来たのだ。

瞳「そうか……私はあの時突き刺されてそのまま……
そうだ!あの妖怪はどうなったんだ!?それに人間達は!?……っ!?」

夢無「えっ?あっ!だ、大丈夫ですか…?」

大声を出した事で傷に響いたらしく、辛そうする瞳。その時、扉が開き呆れ顔の三凰が入ってきた。

三凰「大声を出すからだ、まったく。」

257瞳と三凰 2/3:2012/03/27(火) 17:19:48 ID:SmXQZqJk
瞳「三凰……なあ、あの妖怪はどうなったんだ?」

三凰「あの妖怪なら、どうにか倒す事が出来た。」

瞳「そうか…良かった。じゃあ、操られた人間達は?」

三凰「知らんな。生き延びた奴もいれば、力尽きた奴もいるだろうがな。」

瞳「そ、そんな……私は守れなかったのか……」

その言葉を聞き、落胆する瞳。

三凰「何をそんなに落ち込んでいる?僕達は生きていて、あの妖怪はもういない。それで良いだろ。」

瞳「どうして……どうしてそんな事を言うんだ!?良い訳ないだろ!?……っ!」

怒声を飛ばす瞳。そのせいで再び傷が痛んだようだ。
そして、三凰はそんな瞳を見て機嫌悪そうに話しだした。

三凰「じゃあ、貴様は人間共を守りつつ、あの妖怪を倒せたのか?」

瞳「それは……」

三凰「できなかっただろう?もしあの時貴様一人だったら、人間に攻撃出来ずにそのまま殺されていたぞ。」

瞳「………」

三凰「それにだ。あいつをあそこで倒していなければ、更に多くの妖怪や人間の命が失われていたんだぞ?」

瞳「だ、だけど……それは……」

258瞳と三凰 3/3:2012/03/27(火) 17:20:40 ID:SmXQZqJk
三凰「まぁいい。いくら言おうとも、貴様のような甘い奴には理解できないだろうな。
傷もある程度は回復しただろうし、さっさと出ていけ。」

不機嫌そうな表情で厳しい言葉を浴びせる三凰。

瞳「い、言われなくても……」

それを聞くと、瞳は立ち上がり部屋を出て行った。

三凰「はぁ……まったく面倒な奴だ……」

ため息をつくと、三凰も医務室を出て自分の部屋へ戻って行った。

259人間の味方…?:2012/03/27(火) 17:22:47 ID:SmXQZqJk
飛葉「おや?瞳さんは?」

次いで医務室へ入ってきたのは、飛葉だった。

夢無「さっき帰っちゃったみたいです…」

飛葉「そうですか……少し話したい事があったのですが……また、今度にするしかなさそうですな……」

夢無「あの……飛葉さん。瞳さんって、人間、人間、って変わった方ですね。」

飛葉「彼女は、九十九神。人間によって生み出され、人間に使われた存在ですから。」

夢無「私たちとは、違うんですね……」

飛葉「……そうかも……しれませんね……」

不安そうな表情を浮かべる夢無と、困ったような表情の飛葉だった。

260黒狼の憂鬱:2012/04/16(月) 09:23:36 ID:/AfNAO.Q
「…………ハァ」

その日、東雲犬御は異常なほど落ち込んでいた。
巨体の狼は、現在、鬱蒼とした森の奥に絶賛引き籠もり中だ。
黒くて大きな体を丸め、耳を折り畳み、尻尾はだらんと垂れてぴくりとも動かない。
全身から溢れ出る欝オーラは翠狼でさえ近付けないものがある。
彼がどうしてこうなったのか。理由は単純。――四十萬陀七生のせいだ。

黒蔵が去り際に渡したメモは、東雲の手によって四十萬陀に渡った。
正直、彼にとってこの役目はかなり辛い。
東雲→四十萬陀→←黒蔵という構図で、東雲が黒蔵からの別れ(しかも二度と戻らないかも分からない)の手紙を四十萬陀に手渡すのだから、かなり辛い。
手渡す瞬間なんてもう、心臓バックバクである。命懸けの戦闘より数倍の緊張感だ。和戌姉とかに任せりゃよかったと今さら後悔するが、四十萬陀は訝しげな表情でメモを開いた。

「…………」

丸い瞳が見開かれる。
食い入るようにメモを読み終えると、四十萬陀は焦った表情で東雲を見上げた。
「嘘だよね」とでも、彼に問い掛けるように。
けれどもこれは嘘でもなんでもない。東雲はこれから、黒蔵が既に去ったことを伝えなければならない。

(あのガキ、やっぱ最後に一発殴っときゃァよかった)



――それからの展開は想像するに容易い。
事情を聞いた四十萬陀は、黒蔵が既にいなくなったことを知り、力を失ったかのように膝を落とした。
呆然とした瞳で、メモをもう一度見遣る。
『泣かないで欲しい』
そうかかれた一文が、四十萬陀の黒い瞳に映る。
結局、四十萬陀が泣くことはなかった。
正しく言えば、誰かの前で泣き顔を見せることはなかった。

「……そう、」

小さく呟いた四十萬陀は、ゆっくりと立ち上がった。
まるで生気を失った彼女に、東雲は「昔」の彼女を見ているようで、

「七」
「ごめん」

しかし、その言葉すら遮られてしまう。
四十萬陀は東雲に背を向けると、暗い闇の中に翼を広げていってしまった。
慰めることも止めることも、今の東雲にはできなかった。



(嫌われた、よなぁ……確実に……)ドンヨリ

黒蔵から手紙を受け取り、止めなかったのは事実なのだ。
深いため息は止まらない。四十萬陀に嫌われたら彼はこれから何を生き甲斐に生きていけばいいのだろう。
変態医者の実験動物(モルモット)として、ただ生かされるだけの日々を送らなければならないのか。

(いっそシニタイ)

東雲は頭を丸めると、憂鬱を押し込めて無理矢理眠りなついた。

261夜雀の決断:2012/04/16(月) 09:24:21 ID:/AfNAO.Q




――袂山の奥の奥。
この場所は、袂山に住む妖怪の中で四十萬陀しか知らない秘密の場所だ。
そこで、四十萬陀はぺたりと座り込んでいた。
片手には黒蔵のメモが握りしめられている。

(……黒蔵くん)

どうして、連れていってくれなかったの?
どんなことがあっても、一緒にいる、って決めたのに。
あなたがどんな罪を背負っていても、あなたが妖怪じゃなくなっても。

(なんで……)

しかし、涙は零れてはくれなかった。
まるであの一文に縛られているかねように。
四十萬陀はそっと瞼を閉じる。

(私、泣かないよ、黒蔵くん。
 あなたが戻ってくるまで。


 心は、ここに置いておくね)

262鹿羽町決戦 1:2012/04/27(金) 21:24:54 ID:tElbSrz.

「鹿羽町に巨大な妖気反応! 同場所で複数の爆発も確認されています!!」
「妖気レベルA+! スーパーセルクラスです!!」
「対象特定! 国際指名手配のN⑬、コードは〝バックベアード″!!」
「半径50km圏内の住民に避難勧告発令!!」
「対特殊生物部に出動令! 指定された装備で現場に急行してください!」

 喪服のような黒いスーツで風を切り、芹沢は特殊拳銃と黒塗りの七首を取る。

「とんだVIPのお出ましか・・・」

 鳴り響く警報。重い足を引き摺り、出動する。

(無人地区、町とは名ばかりの最終処分場、鹿羽町ならおおっぴらに秘密部隊も・・・陸上自衛隊すら動かせるということか)

 この危険度Aクラス超えの相手なら確実に話し合いで済まない、殺し合い・・・下手すれば戦争にすらなる。
 また殺すのか、また排除するのか。
 エゴの為に、生態系の中で生き抜く為に。

「話も通じないような外道か、自我すら持たぬ怪物であってくれ。それも駄目ならせめて人類と対等以上の力を持つ存在であってくれ」

 そんな自分勝手で不謹慎な望みを呟くと、瞳を開き鹿羽町へと駆け出した。

263鹿羽町決戦 2:2012/04/27(金) 21:55:46 ID:tElbSrz.

――鹿羽町、某ビル屋上

「派手にやっちゃってまー」

 ペンキが剥げ、赤錆た柵の向こうから双眼鏡を覗く黒服の青年。
 特製の薄型コンピューターから流れ出す情報を眺めている。

「国際指名手配? しかもロンドの元幹部とか・・・」

 指を滑らせ、一通り画面を弄り終えると。
 一息着いてカチャカチャと装備を確認する。

「・・・まー、とりあえず。国際指名手配だろうがロンドだろうが。
 平和を乱す妖怪ってんなら、俺が動かないわけにはいかないな」

 〝スイーパー″安全保障部隊隊員、黒井礼は朽ちた策を蹴破ると。
 屋上から風を切って飛び降り、爆心地へと走り出した。

264鹿羽町決戦 3:2012/04/27(金) 22:22:22 ID:tElbSrz.

「わはははははははははは! 効かぬわぁ!!」

 軍用のアサルトライフルの弾丸も、対妖怪用の銀の弾丸も
 バックベアードの黒雲のような体を素通りしていく。

「まとめて吹き飛んでしまえーーーーー!!」

 大気が変質したかと思った矢先、黒い雪が辺りに降り積もった。
 アサルトライフルが火を噴いたとき、その火花に引火し黒い雪は灼熱の熱風と化した。

「クククク・・・、妖怪を誘うはずがニンゲンが来てしまうとは予想外だった!!
 だがニンゲンごときにこの我輩がやられるはずないわーーーーーーー!!」

 火の海と化した鹿羽町の3番地にて、魔眼の黒雲は高笑いを上げる。
 無双の如き強さを誇るアメリカのこの妖怪は高らかに自らの名を名乗った。

「我輩の妖怪としての名は『ハーバー・ボッシュ、オストワルト法』!!
 下らぬ自然由来の神などではなく! 西暦以来! 最も多くのニンゲンを多く殺した文明の正体よ!!!」



―ハーバー・ボッシュ、オストワルト法―

 大気(水素・窒素)からアンモニアを、アンモニアから硝酸を作り出す化学技術。
 これにより人間は、当時希少だった火薬を無尽蔵に作り出すことが可能となり、
 19世紀末から20世紀の戦争はそれ以前とは比べ物になら無いほどの犠牲者を出すことになった。

 だがこの発明は化学肥料の元でもあり、地球の人間に対するキャパシティを大きく増加させることにもなっている。
 もし化学肥料が無ければ60億の人口のほとんどが飢餓状態にあるだろう。

 あらゆる意味で西暦上、最も人間の個体数に影響を与えた発明であるといえる。

265失いたくないもの 1/2:2012/10/31(水) 13:36:52 ID:SmXQZqJk
稲山家――日が暮れてきたころ、十夜の部屋の扉が開く。

『ただいま、十夜。』

妖気の溜まり場で傷を回復し終わった七郎が、稲山家に帰って来たのだ。

「お帰り、七郎。怪我はもう大丈夫なの?」

『ああ、もうこの通りだ。』

七郎は静かに十夜のベッドに腰掛ける。

『ところでよ。十夜。一つ聞くが…』

「何、七郎?」

七郎が真面目な顔で話し始める。

『どうしてあの森に行ったんだ?あの事件のニュースはお前も見ていただろ?』

「う……それは……その……猫が……」

『猫ってお前……まさか、猫があの森に入って行って危ないと思ったから追いかけたってんじゃねぇだろうな……』

「ごめん!その通りなんだ!」

それを聞いて七郎は怒ったような表情になる。

『ったく……どうしてお前は、そういつもいつも』

「ごめん七郎!でも、放っておけなかったんだ……結局、猫はすぐに見つかったんだけど……」

十夜は、その時の様子を話す。ちなみに猫は無事助かったようだ。

266失いたくないもの 2/2:2012/10/31(水) 13:39:36 ID:???
『それで、お前が迷っちまってあの猿と出くわしたってか?
……十夜、お前自分がどれだけ危険な事をしてたのか、わかってるのかよ!いつも俺が助けに行けるとは限らねえんだぞ!それに助けに行けたとしても、相手に勝てるとは限らねえし、お前を連れて逃げられるとも限らねえんだぞ!今回だって、波洵がいなかったらヤバかっただろう!?』

「七郎……本当にごめんなさい……」

十夜は、目に涙を浮かべながら謝った。

『……まあ、今回は助かったんだ。お前が戻って来てくれて助かったって面もあるしな……
ただ、今度から本当に無茶はするなよ。』

そう言った七郎の顔は、いつもの優しい表情に戻っていた。

「うん……ごめんね七郎。」

『もう、謝んなくていいって。それより、お前そろそろ飯の時間だろ?行って来いよ。あまり遅いと十夜の母さん心配するぞ?』

「あ、そうだった。じゃあ、七郎。また後で」

『ああ。あと、ついでに飯食い終わったらでいいから俺の味噌頼むわ。』

「うん、わかった。」

そうして、十夜は自分の部屋から出て行った。部屋に残った七郎は、腰掛けていたベッドにそのまま寝そべり――

『……本当に無茶はするなよな。相棒を失うってのは辛ぇんだぞ。』

――静かに呟いた。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板