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ソロール用スレ

66宝玉院家のバレンタイン 2/4:2011/02/14(月) 13:53:27 ID:SmXQZqJk
二仙「三凰よ。」

不機嫌そうな表情で歩く三凰に、父親である二仙が話しかける。

二仙「なぜ、チョコを受け取らなかった?女性の好意は無駄にするものではない。」

三凰「見ていたのですか?…僕は、あんな物いりません。だから、受け取りませんでした。」

格下に見ている使用人から個人的な贈り物を受け取るなど、三凰のプライドが許さなかったのだ。
呆れたようにため息をつく二仙。

二仙「三凰よ。彼女の気持ちを考えろ。彼女はお前に救われたのだぞ?そう、彼女にとってお前は大切な存在なのだ。」

三凰「大切な存在?」

目の前の二仙を見つめる。三凰にとって大切な存在の二仙を――

三凰(僕が父上を大切に思うように…彼女も僕のことを…)

三凰の気持ちが変わっていく。
しばしの沈黙の後、三凰が口を開いた。

三凰「…父上。ありがとうございます。大切なことに気づきました。」

その場で礼を言い、小走りでどこかへ行く三凰。
二仙は黙ってその姿を見守っていた。

67宝玉院家のバレンタイン 3/4:2011/02/14(月) 13:54:50 ID:SmXQZqJk
夢無は、浮かない顔で庭掃除をしていた。
そこへ、小走りで三凰がやってくる。

夢無「あ…三凰様…」

三凰「おい。さっきの物を渡せ。」

不機嫌そうではあるが、先程とは違った。

夢無「え?で、でも…」

三凰「いいからよこせ!」

夢無「は、はい。…どうぞ。」

先程と同じように丁寧にラッピングされたチョコを差し出す。
今度はちゃんと受け取った。

三凰「礼は言わんぞ。むしろ、貴様が感謝するんだな。この僕が受け取ってやったことに。」

夢無「はい!ありがとうございます!」

嬉しそうに礼を言った女性使用人。

三凰「…フン」

三凰は礼を聞き終わると黙って去っていった。

68宝玉院家のバレンタイン 4/4:2011/02/14(月) 13:56:48 ID:SmXQZqJk
三凰「まったく…調子が狂うな…」

自室に戻った三凰。さっそくチョコを開けていた。
チョコを一つ口に運ぶ。

三凰「だがまぁ…なかなか美味いじゃないか…」

そう言う三凰の表情は、どことなく嬉しそうだった。

その頃、二仙の部屋では――

夢無「二仙様!二仙様にもこれを。」

先程の女性使用人。嬉しそうに二仙にチョコを差し出している。

二仙「私にもか…悪いな。ありがとう。」

礼を言い、チョコを受け取る二仙。

夢無「いえいえ!二仙様も三凰様も、私の大切な方ですから。」

こうして、宝玉院家のバレンタインは幕を閉じた。

69バレンタインwith露希&白龍:2011/02/14(月) 17:00:30 ID:BQ990e1A
白龍「露希、生クリーム出来たよ。」
露希「ありがとっ、じゃあそこのチョコプリンの上に……」

今日は年に一度の大切な行事。大切な人が出来たため、心を込めて料理♪

白龍「ねぇ、露希は誰にあげるのー?」
露希「えっと、瞳さんとミナクチさん、夜行集団の皆と零かな。」
白龍「本命は…あの雪の人だよね☆」
露希「…食べてくれるかな?」

温かい部屋で女の子同士の楽しい会話、こういうのもバレンタインの一つの楽しみだ。

白龍「露希が心を込めて作るんだから、あの人もきっと食べてくれるよ。」
露希「……////////」

70バレンタインwith露希&白龍:2011/02/14(月) 17:12:43 ID:BQ990e1A
目的のチョコレートはすべて完成し、一息ついた。
テーブルの上にはチョコプリンやホワイトチョコなど、様々な物がラッピングされていた。

白龍「後は、届けるだけだね。」
露希「うん、頑張ってみる。ボクはあの人に気持ちを伝えて…」

後にどうなるかは分からない。
露希のチョコと気持ちは、雪男に伝わるのであろうか?

71水面下で 1/2:2011/02/15(火) 22:44:37 ID:1gBuqmPQ
まったくもって癪に障る。

初めて見たときはなんでこんなガキが登用されているのか、と思った。
弱っちくてなよなよとして、ちょっとつついたら今にも泣き出しそうで
暇なときには苛めてやろうかと思っていたら、あれで神格持ちだという。
立場的に手が出せないことがさらに癪に障った。

それでもいつかは喉元掴んで岩に叩きつけ、首から下を八つに裂いて、
こちらの眷属に引きずり込んでやりたいと思ったから、
この自他共に認める遊び人の自分が、神格を願いこそしなかったものの
祖父も喜ぶ正式な竜宮仕えを希望した筈だったのだ。

しかしたった二百年の間にそのなよっちい奴は目覚しい勢いで育ち、
どういう経緯か角まで貰っている。今にも天に昇る勢いだ。
これでは自分も神格に登らねばならぬかと少しばかり焦ったが、
都合良く竜の姫のごたごたが持ち上がって、奴は力を削がれて左遷された。
お陰で少しばかり、自分にも時間の猶予が出来た。

自分も当初より少しばかり物事を見、賢くなって忍耐もついたと思う。
力押しではなく、搦め手で攻める駆け引きも面白くなってきた。
予定とはまた違った形であるが目的は果たせるかもしれない。
そんな所にまた鳴蛇の件が来た。

―――よし来た!これで勝つる!

そう思って気分良く過ごしていたのである。昨日までは。

先日は見舞いにかこつけて奴を面白くからかい、
昨日は人魚や共潜ぎ等の水妖の若い娘達から人界の祭りにかこつけて有り余る程の贈り物を貰い、
鼻の下を伸ばしていい気分で過ごしていたのに。

お喋り好きの小魚どもが、要らぬ噂を仕入れて来ていた。

「ミナクチ様がね、すごーく上物のお酒持って来たんだよ。しかも米のお酒。
 振舞い酒だよ皆で飲もう、って言ってくれて私も一献頂いたの」
「いいなー、米の酒は力がつくよね」
「米の酒はいいね、やっぱ酒虫が水から醸すのとは違うやね」
「でもあの神様、供物が貰えるような宮には居ないでしょ?なのになんで米の酒?」
「それね、百足の姫様に貰ってるのを見たって川蛍が言ってた」

百足の姫だと?!
竜宮の大臣の一人を祖父に持ち、一族きっての遊び人のこの自分が、
まだ高貴な身分の女性との接触は出来かねているというのに、
穢れ食らいのあの野良蛇は既に2人の姫と関わっていると言う訳か。

―――許せん。

つまらんプライドと笑われてもいい、そこで自分が奴に負けるのは許せん。

腹の底にどす黒いものを感じた。
噴出しそうなそれをぐっと堪えると、ゆらりと長い衣を揺らして立ち上がった。
彼は衣蛸の叡肖。
蛸族の長の孫にして、一族きってのどら息子である。

72水面下で 2/2 叡肖「」とミナクチ『』:2011/02/15(火) 22:56:30 ID:1gBuqmPQ
目的の相手はやはり書物庫に居た。
記録閲覧の申請をしていたのは仕事柄知っていたので、
居るとすればその辺りだろうと見当をつけて衣蛸はそちらへ向かったのだ。

案の定、ミナクチはそこに居た。
というか、小さな体で巻物に埋もれてもがいていた。

『あ…叡肖さん。ありがとうございます』

ほっとした表情で言われて、衣蛸は悪意を隠してへらりと笑みを浮かべた。
別に助けたわけではない。
床に落ちていた巻物の山を拾い上げたら、奴がその下に居ただけのこと。

(今、知らぬ顔で踏み潰しても……いや、それはつまらないか)

そんな思いはおくびにも出さず、叡肖は手を貸してミナクチを書棚の上に乗せてやる。

「降水録?」

ふと、拾った巻物に目が行く。

『はい、私がここに来るよりも前の記録です。
 私の記憶にあるだけじゃなくて、ちゃんと確かめたくて』
「ふーん、てこたぁ二百年以上前ってことね」
『大体三百年前くらいまで、遡って見てました』
「へーぇ、それで何か見つかったかい?」

この蛇が何を探していたのか少しばかり興味が沸いた。

『見つかったような、見つからないような、ですね。
 だいぶ長期に寒さが続いたり、降雨もなかなか安定しなかったのは判りました。
 でもなぜそうなったのか記録には無いんです』

(―――あー、そんな時期もあったねー)

『もし偶然にそうなっただけなら、神界も水界も早々に戻そうとする筈なんです。
 そのままにしたら地上は飢えるのだし、供物だって減ります。
 なのにこれほど天候不順や度々の飢饉が続いたのなら、
 それは何らかの理由で戻せなかったのか、或いはそれも意図的なものだったのか…』

(―――ははーん、ちょっと見えてきたぞ)

叡肖はしめしめと思った。
どうやらコイツは、上の連中への疑問を抱いているらしい。
ここは上手く突付き上げて破滅を誘おうか。

「調べたいなら手伝ってやるよ、俺、文官だしー?」
『いえ、そちらの仕事に差し支えると困るでしょうし遠慮します』

(―――あら。お断りされちゃった。
 こないだからかったせいかね?それとも警戒されたか?)

「別にこの事で贄よこせとは言わないからさー。
 それに、仕事しながら恋文七通書ける技能持ちの俺様だよ?」
『なんで八倍速で仕事しないんですか…』
「だって俺、遊び人だし?
 あんまり仕事頑張って、神格に登れとか言われたら嫌だもんねー」
『それ、お爺様が聞いたら泣きますよ』

あからさまに敵対する相手よりも味方のようなふりをして
親しく絡んでくる相手のほうが実は厄介だ、
と言うことをミナクチは叡肖から学んでいた。……しかし。

『では、その頃の気象に神界の意図がどう関わっていたか、
 それだけ調べてもらえば十分です』

……しかし今は時間が無いのだ。この蛸の手も借りたいほどに。

73狂気の骨、雪化粧の男:2011/02/16(水) 01:31:00 ID:wOfQ6eDc
「おい、氷亜。話があるっていう」
「なんだ?お前がそのテンションなのは珍しいね。なにかあった?」
「この前、お前が凍ってた件なんだがな・・・」
「・・・。それは僕があまりにも寒かったからキレちゃったんだよ。
 自分の体も顧みずにね。ホントに笑い話だ、でもみんな知ってるじゃん?」
「窮奇に合った」
「・・・。あらら〜バレちゃったか、ゴメンね黙ってて」
「俺が聞きたいのはそんな事じゃないっていう。あの時姫か露希ちゃんかを、
 天秤に掛けた時お前、露希ちゃん選んだだろ。それがどういうことか分かってのかっていう?」
「・・・。ああ、そうだよ。僕は露希を選んだ、それは理解している。」
「もし、お前らが・・・」
「ああ、それも理解しているつもりさ。
 それと、もし。僕らが姫と対立したとき、僕がどうなるかも」

「俺はお前を殺す」
「僕はお前を殺してでも生きてやる」


「「それでいい」っていう」

74狂気の骨、天震わす狗:2011/02/16(水) 02:14:53 ID:wOfQ6eDc
「不自然的だな、骨、常の悪戯も省略、神妙な顔で相談とは、何事じゃ?」
「あいも変わらず漢字が多いですね、あなたは。つかれないのですか?」
「日常的だ、疲れぬ・・・敬語も使用し、『鼻』の蔑称も不使用。通常の骨は如何した?」
「話をしっかりしておきたいので、あまり余計なことは避けさしていただきます」
「簡潔的に、か。」
「この集団のなかに、裏切り者がいるかもしれないと、ある妖怪から聞きました。
 それの証拠に、まえに零が渡した紙をそのものが持っていました。」
「粗確定的に、何者かが漏洩した、と言うか。
 然し、其の事実、他人である此の自分に打ち明けて良いのか?
 不意打ち的に儂が裏切り者やも知れぬぞ?」
「あなたは、俺の次に裏切ることのない者だと俺は思っています。
 だから、あなただけに相談したのです。どうか、一緒になかの捜査、していただけますか?」
「愚問的だ、此の集団の害は排除されて叱るべし。勿論強力な協力を約束する。
 して、確認的に質問だが、若し裏切りが発見された時、骨は其の者を如何様に?」
「そんなこと聞くまでもないでしょう?」
「不快的。其の笑顔は余り見たく無い。」

「そういえば今年のバレンタイン、どれほど貰えました?俺はざっと60個です。」
「100。貢物も含めて。圧倒的だな骨、はっはっはっ!!」
「死ね!!」
「此の僕に対して無礼的だ!!貴様が死ね、骨!!」
「俺はもう死んで、グヒデブッ!!」

75迷い狼:2011/02/20(日) 13:06:16 ID:MyMAH3RI
――ヒダル神が新たな名と共に、黒蛇の体から抜けたのと、同刻。袂山の麓。

同情、敵意、憐み。
そんな『元』仲間からの視線を四方八方から受けながら、犬御は傷付いた体を引き摺っていた。
裏切り者として、山から追放されようとしている犬御を、送り妖怪たちは様々な感情を持って眺めているだけだった。

ではなぜ、手を出さないのか。
誰一人とどめを差そうとしないのか。

答えは簡単なものだ。四十萬陀が、それを止めていた。

「ねぇ、このまま逃がしちゃっていいのかな、お姉ちゃん……」
「私だって、逃がして良いなんて思っちゃいないよ」

臆病な送り狼が、遠巻きに犬御を見ながら言った言葉に、
強気な送り狼が、ゆるく首を振って返した。

「だけど、七生が信じているんだ。私たちも信じてやろうじゃないか
 ――東雲、余所でみすぼらしく死んだりしたら、絶対に許さないからね」



「はッ、……ぐ、あ」

醜態だと、そう酷く傷む頭で、自分自身を罵った。
あまりにも醜い。
戦って、負けて、逃げて、瀕死の体で這いずり回る。
その姿を、『元』仲間たちに傍観され、とどめも差されない。屈辱の極みだ。

けれどどうにも、いっそのこと、あの狸に殺されてしまえばよかったなどとは、犬御は思えないでいた。
どんなに無様な姿を晒してでも、生にすがりついている。
(喰らわなければ、)
この傷付いた体では、本能の欲求に応えることもできない。

目的を見失ってしまった。
壊すことしか出来なくなった狼は、雁字搦めの体で足掻くだけ。

(これから、どこへ往こうか)

――とにかく、傷を癒せる場所を見つけなくては。
血雑じりの唾を地面に吐き捨てると、犬御は山を降りた。

76水神代行:2011/02/21(月) 23:25:34 ID:1gBuqmPQ
久しぶりに戻ってきたら、公園の泉が予想外に小さくなっていて黒蔵は焦った。

蛇神に代役を申し付けられても、具体的に何をやればいいのかは何も指示されていない。
ただ、預かったこの泉を枯らしてはいけないだろうことは理解している。
というか、枯らしたら何か色々とヤバいんじゃないかという予感がする。

地下水は冬も温度が下がらない筈なのに、水脈が細り水量が減ったのか
明け方には泉が寒さで凍ってしまった。
次の一日は、水脈を太くしようと泉の底に頭を突っ込んで試してみたが駄目だった。
翡翠の輪になった蛇神が何も喋ってくれないのは、泉が凍るからなのだろうか。

きっと何もかも自分のせいなのだ。
ヒダル神は無事に冥府へ行ったが、自分の罪状は増えたに違いない。
黒蔵は眠れずに、雪を薄く被って、夜中ずっと岩に巻きついていた。

翌朝、朝日が翡翠の輪を照らしたとき。
翡翠の輪の黒い皹が、なんだか前より大きくなっているような気がして、
黒蔵は酷く不安になった。
そして次の朝にもう一度見直したとき、確かに皹は育っていた。

一体何をすればいいのか。黒い蛇は震えながら必死に頭を絞った。
泉も気がかりだが、まず竜宮には行かねばなるまい。
凍っていない水場を探して、黒蔵は走り出した。

77大切な物の意味を探して:2011/02/23(水) 16:41:55 ID:???
ここ数日間、露希と白龍は日本を離れ、異国の土地へ来ていた。

「白龍、ここが有名な修道院【モンサン・ミッシェル】だよ。」

そう、ここはフランス。この土地の人間や妖怪達は明るく、教会などと言ったものがたくさんある。
彼氏や親友が出来たのは良いことだが、本当の意味は知らない。
そこで、場所を離れ、他国の妖怪と交流を交わすことで何か掴めると思った。

早速、中に入ると色々な妖怪達が出迎えてくれた。
台の上には料理が置いてあり、皆で話せるようになっていた。

???「露希ちゃん、白龍ちゃん、こんばんは。」
露希「お招き、ありがとうございます。おじいさん。」
???「ところで、このモンサンミッシェルはね、【大天使ミカエルの丘】と呼ばれているんだ。
露希ちゃんも天使だからね、色々学んでいくと良いよ。」

その日からお祈りや決闘、様々なことをした。
日本では体験できないことをして、成長することが出来た。
そして…本来の目的も少し掴めた気がした。

78続・迷い狼:2011/02/23(水) 21:13:12 ID:ZNNODFSA
重い瞼を持ち上げると、真っ白い天井が視界いっぱいに広がった。

79続・迷い狼:2011/02/23(水) 21:13:42 ID:ZNNODFSA
>>78すいません、ミスです;

80続・迷い狼:2011/02/23(水) 22:16:28 ID:ZNNODFSA
重い瞼を持ち上げると、真っ白い天井が視界いっぱいに広がった。
知らない場所。薬品臭いニオイ。
跳ねるようにして飛び起きれば、体全体がぎしぎしと痛み、犬御は思わず唇から呻きを漏らした。
左腕は固いギプスで固定され、体中に包帯が巻かれている。

「……ここは」

とにかく、白い。
何もかも黒かった自分とは、対照的なほど白い。
床も、天井も、窓を遮る布も、いつの間にか身に纏っていた薄い服も、全てが白い。
――何て場所だ、頭がくらくらする。
人の病院なんて初めて訪れた犬御は、自らの置かれた状況をすぐには理解することができなかった。
だが、ドア越しに感じた人の気配によって、犬御の意識は現実に引き戻された。
ガラガラ音を立てて、白い引き戸が開かれる。
「失礼」と部屋に足を踏み入れたのは、
これまた白い服を身に纏った、人間の男だった。

「おや、目が覚めたみたいすね。
 東雲さん、でしたっけ。珍しいお名前すね」

男は目元をへにょりと垂らすと、犬御が寝ているベッドの、隣に置かれた椅子に腰かけた。
警戒する犬御をよそに、カルテを眺めながら話す男の口調は、ひどくマイペースなものだ。

「全身骨折だらけ。特に左腕は複雑骨折……。
 あとは、内臓がだいぶん傷ついてるすね。喧嘩にしても、行き過ぎてませんか?」

ここまで来ると、さしもの犬御も、ここが病院であることは察しが付いた。
――あの女か。意識を失う直前まで一緒にいた、瞳のことを思い返す。
それに気付いたのか、偶然か、医師の男はやんわりとしたリズムで、

「あの、着物を着た女の人があなたを見付けなかったら、確実に死んでたすよ。
 しかも治療代まで払うなんて、あ、もちろんもらってないすよ。(きっちりあなたに支払ってもらいますんで……)
 あれから、警察の方に連れていかれたすけど――」

81続・迷い狼 終:2011/02/23(水) 22:18:06 ID:ZNNODFSA
「警察だと?」
「あー、事情聴取というやつすね」

ぽりぽり、と鉛筆で頭を掻きながら、医師が言う。
「それで、実際どうなんです?」と、更に重ねるようにして訪ねてきた。

「あの着物の女の人にやられたんすか?」
「……違ェよ」
「そうすか。
 なら警察の方をお呼びいたしますんで、ちゃんと事情話して下さいね」

医師は人当りの良い笑顔を浮かべると、カルテを持ってさっさと出て行ってしまった。

(サツが来んのか……。面倒だな)

この隙に逃げてしまおうか。そうも考えたが、どうにも医師の言葉が脳裏を掠める。

『あの、着物を着た女の人があなたを見付けなかったら、確実に死んでたすよ』
(――チッ)

説明。弁解。あまりにも面倒だ。
面倒だが、このギプスを引っぺがして、回復もしていない体で、
昨晩のようなことを繰り返すことのほうが、よっぽど面倒だ。

犬御は悪態をついて、ごろりと柔らかいシーツに横たわった。
ふと、右腕を見ると、無意識に拳を握りしめていたことに気が付いた。
手を開くと、中から紫水晶の首飾りが顔を出す。

(……騙されている、か)

犬御の胸中で初めて、窮奇に対する疑問が芽生えた。
――確かめなければいけない。
ともかく、全てはこの傷を何とかしたあとだ。
そう決めて、瞼を閉じた。

82お役所 1/4:2011/02/24(木) 21:46:28 ID:1gBuqmPQ
今日はなんだか妙に騒がしい。
緊迫した気配で慌てて走り回る官吏達を見るに、面白そうな気配ではある。
誰かに呼ばれた衛士達が走ってゆく後をついて、一人暢気にゆらゆらと
衣蛸の叡肖は仕事をサボる口実を探しがてら野次馬に出た。

騒動の現場らしい一室の前には、既に人だかりが出来ていた。
そこの扉はもう扉ではなく、壁にぽっかり開いた大穴である。
中からは何かが壊れる音と共に、時折物が飛んでくる。
筆、本、水差しに衝立。不運な野次馬の一人が硯の直撃を受けて墨を被った。
別の一人は飛んできた文鎮に額を割られた。

物に当たらぬよう中を覗いた叡肖は、一瞬、巨大な百足が暴れているのかと思った。
しかしそれは鎌首を擡げた黒い大蛇に衛士の朱蟹がびっしりと集り、
鋏でぶら下がっていたことによる見間違いだった。

さてこの部屋の主はと見ると、大蛇のとぐろの中で半狂乱である。
衣服ははだけて太った腹が除き、冠のほうはどこかへすっ飛んでいる。
叡肖はそれを見て思わず喝采した。

「ひょーっ、海牛が面白いことになってらぁ!」

海牛と書いてうんむし、と呼ばれる牛鬼の一種である。
一部では祀られたりもするので神格の末端にいる妖怪なのだが、
今はその神が顔を真っ赤にして何やらモーモー喚いている。

(女子供で人間釣って喰うような奴が、鼻柱へし折られてやんのざまぁ)

とか思ったことは実際に口にしない叡肖。その代わりに、

「海牛さんよ、それを何とかしたら代わりにあんた何してくれる?」

朱蟹を数匹振り飛ばしまだ暴れる大蛇を指差すと、叡肖は尋ねた。
末端とはいえ神格相手に、面白がっている気配を隠そうともしない不遜さだ。

「貴様、ふざけている場合か!早く何とかせい!!」

「へーいへい、ちょいとお待ちを」

叡肖は小馬鹿にしたように手を振ると、わざとゆっくり菖蒲湯を取りに行った。

83お役所 2/4:2011/02/24(木) 21:47:35 ID:1gBuqmPQ
菖蒲湯を浴びせられた大蛇が大蟹の兵士に縛り上げられ、
すっかり大人しくなってから衣蛸が経緯を確認してみたところ。
大蛇の応対をした海牛は、翡翠の輪を受け取った途端に取り乱して
それを放り投げ、ひどく叱責したようだ。

「とんでもない穢れを持ち込みよって!この蛇めが!場を弁えろ!!」

その言葉と共に投げ返された翡翠の輪は、大蛇に直接ぶつかったために
割れるのだけは免れた。しかし当たり所が悪かった。
丁度喉の逆鱗に当たったため、仔細を説明するつもりだった大蛇の忍耐がぷつりと切れた。
もしかするとそれは、それまで内向きだった怒りや焦れが向きを変えた、
ただの自暴自棄だったかもしれない。
というのもこの大蛇の申し立てを信じるならば、鳴蛇としての罪の重さは
ここで暴れたことの罪の重さとは比較にならないからだ。

大蛇の語った仔細と、荒い息をつきつつ冠を拾い上げた海牛の言葉を総合して、
掌の翡翠の輪を叡肖はためすがめつ眺める。

「―――つまりこの皹は神格持ちにとって危険極まりないってことか」

神格持ちでなければ、特にこの皹に触っても問題ないようだ。

(しっかしこの蛇がアレとはねぇ。面白くなってきたじゃないか)

翡翠の輪がミナクチだと言うことにも、この大蛇が鳴蛇だったことにも、
そして海牛の災難にも、叡肖は笑いを隠せない。

「よし、こいつは俺が預かろう。
 海牛のおっさん、あんたは上への取次ぎだけしてくれや」

叡肖の本心では手続きなんざ糞喰らえだが、正規の流れを無視すると色々煩いのが
お役所の常である。
いつもの仕事よりもずっと面白い筈と踏んで、叡肖はこの件に自ら首を突っ込むことにした。

84お役所 3/4:2011/02/24(木) 21:51:26 ID:1gBuqmPQ
黒蔵は当てが外れて酷く落ち込んだ。
きっと竜宮なら蛇神のために何かしてくれると思ったのに。
暴れたとき、朱蟹に付けられた傷がひりひりと痛む。

連れて行かれた先々で仔細を話し、言葉が足りないところは水鏡で映して補う。
しばらく待たされてまた、別の所で同じことを繰り返す。

「何でこう、何もかも一度に終わらないんだろう」

竜宮に来て唯一、傍で励ましてくれる長衣の優男に黒蔵はぼやいた。

「そりゃね。
 とりあえず事情は聞いてみて、事が大きすぎるからこの部署で対処できない、
 ならば一つ上へ申し送ろう、で済ませるのが役人根性って奴でさ。
 皆、自分が判断を誤って責任を負わされるのが怖いんだよ。
 お前のはまだ上へ上がってるだけマシなんだぜ。
 下手すりゃ案件は上へ上がらずに下の部署でたらい回しだ」

明るく答える優男の台詞に、黒蔵は重くため息をついて首を振った。

「もっと早く来るべきだった。待つ間に蛇神が壊れたらどうしよう」
「へーぇ。焦ってんだ?
 ま、俺の伝手を使えばさくっとに上まで行くっちゃ行くけどよ」
「えっ!」

叡肖が垂らしたあからさまな釣り餌に、獲物は直ぐ食いついた。

「ただ、ちょっとばかし高くつくぜ。お前が払えない程じゃ無いけどな」

しばし躊躇い、そして頷いた蛇に、衣蛸は腹の底でほくそえんだ。
良いように踊らせて、ほどほどに楽しんだ所でコイツを食ってやろう。
贄を横取りされたミナクチは後で怒るかもしれない。
だがそもそも、さっさとこの贄を食っちまわないアイツが悪い。
早く食っていればこんな翡翠の輪っかなぞにならずに済んだのだから。

さて、釣り上げたこの蛇をどう料理してくれようかと、衣蛸は思案し始めた。

85お役所 4/4:2011/02/24(木) 21:53:36 ID:1gBuqmPQ
衣蛸を通した途端に事はあっさり進んだ。
一枚の文書と一通の書状を書いただけで話は全て通ったらしい。
神格持ちが触れることの出来ない翡翠の輪は、一度は衣蛸の手で上の神格の元に運ばれたが、
直ぐ戻ってきて黒蔵の首に紐で下げられた。

「要はその皹の元になる術を使った奴を倒せばいいんだとさ。
 ほれ、これが討伐許可状だ。頑張れよ、少年」

無責任に笑いながら黒蔵の肩をぽんぽんと叩く叡肖。

「これがあれば武具とか装備や薬は必要なだけ貰えるから、絶対無くすなよ。
 何か必要になったら俺のとこ来な。俺は衣蛸の叡肖ってんだ。
 ただし文官だから武具については範疇の外。
 そっちに関しては武官を一人紹介してやるから、その先は一人でやれ」

衣蛸に紹介された武官が既に見知った顔だったのに驚くまで、
あまり急な展開に完全に取り残された黒蔵は、
何だかぼうっとして夢でも見ているような気分だった。

86続々・迷い狼:2011/03/06(日) 23:19:53 ID:/AfNAO.Q

「深夜に病院抜け出した上に、ぶっ倒れてまたここに搬送されるなんて、本当何考えてるんすか、あなたは。見付かったからいいものの、内臓損傷に衰弱、死にたいんすか? ドMなんすか?」
「悪かったって、さっきから言ってンだろ……。この程度、寝りゃあ治る」
「悪かった、で済まされることじゃあないんすよ。反省の色が見えないっすね」

――天逆毎との戦いの、翌朝。
再び入院先の病院に搬送された犬御は、枕元で医師の説教を長々と聴かされていた。
短気な彼が暴れることなく、大人しく説教を聞いていたのは、少なからず医師に心配を掛けたことに責任を感じたからだろう。
泣き腫らした目について何も尋ねられなかったのは、犬御にとってありがたかった。

ところで、カルテを机に置いた医師は、ぎしりと背もたれに体重を預けた。
その紙に書かれた自分の文字と、犬御を交互に眺めて溜め息を付く。
――昨晩は、あれだけ衰弱していたというのに……。
何があったかは知らないが、昨晩の彼はまるで、生命力を使い果たしたような顔をしていた。一晩で人間があそこまで衰弱するというのは、通常考えにくい。
逆に、彼は寝れば治るといったが、事実目覚めた彼はかなり体力を回復していた。……普通の人間ならば、まずありえない回復速度だ。
この男が一般人でないことは、最初に搬送されてきた時から分かっていたが――住所不定で保険証を持ってない時点で怪しすぎる――、どうやら身体(ナカミ)も常軌を逸しているらしい。

曲がらずとも医者である彼は、この(色々な意味で)面倒な患者に興味を抱いていた。
ひとまず、療養先として受け入れてもいいと思うくらいには。
それに犬御には、今回も含めて治療費を払ってもらう必要がある。とはいえ妖怪が保険に入っているわけもなく、その金額は莫大なわけだが――。

「ああ、そうだ。治療が終わったら、借金を返すかわりに、東雲さんにはこの病院に勤めてもらいます」
「ハァァ!? っなこと聞いてねぇぞ!!」
「言ってないっすから。それとも、お金返すアテでもあるんすか?」
「ぐ……」

恨めしそうに顔を歪める犬御とは反対に、ペンをくるくる回しながら、医者は人当たりの良い笑顔を返した。

「そんな顔しないで下さいよ。こんなご時世で、せっかく就職先が決まったんすから、もっと喜んだらどうっすか?
 心配しなくても、医師免許も持ってない東雲さんに専門的なことはさせないっすよ」

医者は、「勤めるっていっても、小学校の保健委員の仕事みたいなもんっすから」と付け加えた。
――つまりは、雑用係である。
妖怪にとって聞き馴れない単語を、犬御は思わず聞き返した。

「ホケンイイン?」
「……」

……何はともあれ、本日付けで送り狼・東雲 犬御は、市立総合病院に(雑用係として)勤務することになった。
おかげで、掃除、買い出し、荷物運びに、果てには夜間警備まで任されるハメになるのを、今の犬御が知る由もなかったのだが。

*

――深夜。
犬御はさっそく医師の言い付けを破り、獣の姿となって、病床を抜け出していた。
しかしそれは、病院から逃げ出すためではない。
人目を避けながら、外庭まで出る。
息をすうと吸い込み、犬御は冬の遠い夜空に向けて、遠吠えを響かせた。
彼女を、一度は決別した夜雀を、――四十萬陀 七生を、招く呼び声を。

87続々・迷い狼 完:2011/03/06(日) 23:27:19 ID:/AfNAO.Q

ヒュウウ、と音を立てて、闇色の翼が冷たい風を切る。
小さな身体で目一杯の速度を出して、四十萬陀は、犬御の声が聞こえた方向へと飛んでいた。

――それは、突然のことだった。

袂山の麓にある神社で、近頃の習慣になりつつある考え事をしていたところ、
遠くの空から、悩みの主な原因でもある、犬御の呼び声が聞こえたのだ。
幻聴かと疑う間もなく、気付いた時には、四十萬陀は弾かれたように飛び出していた。
行かなくては、という思いだけが、四十萬陀の翼に風を切らせたのだ。

後方から、同じく犬御の声を聞いた仲間の中で、四十萬陀と同様の送り雀である五月と二葉も追ってきている。
真面目な五月は、正直言って、この呼び声が犬御の罠であることも懸念していた。
先ほどから「落ち着きなさいよ」と呼び掛けてはいるのだが。
しかし、四十萬陀の耳には全く届いていないようだった。

(犬御……)

急ぐ四十萬陀の胸に渦巻くのは、期待ももちろんだが、少なからず恐怖もあった。
あの時の、悪意に満ちたままの彼だったなら――。
再び、仲間たちを喰らうために、私を呼び出したのだとしたら――。
考えたくもない未来に、四十萬陀はかぶりを振る。

「……五月」
「えぇ、犬御のニオイだわ。あの病院みたいね」

二葉と五月の声に、四十萬陀は今度こそ耳を傾けた。
「都合のいい耳だこと」と、五月のぼやきに、「ごめんごめん」と四十萬陀が苦笑する。
目の前に現れた病院からは、確かに犬御の妖気を感じられた。
直接肌で感じるのが、久方ぶりのように思えるのは、今まで感じていなかった日がなかったからだろう。
翼を僅かに傾けて、風に乗り、病院の外庭に向かって滑空していく。
近付くにつれ濃くなっていくニオイと共に、四十萬陀たちの緊張も高まる。
周囲を囲う針葉樹の並木を抜けて、三匹の送り雀は、地面に降り立った。

*

(このニオイは、五月と、二葉と……七生か)

風に乗って、送り雀たちのニオイが漂ってくる。
遠吠えから十数分ともつかないのに、余程急いで飛んで来たのだろうか。
……一年だって経っていないのに、久しく会っていない気がする。
頭は妙に冴えていた。
追放された元・仲間たちに会うというのに、おかしな話だと、犬御が自嘲気味に口角を上げる。
その場に足を留めていると、しばらくしない内に、送り雀たちが降りてきた。

「……」

狼の紅い瞳て、夜雀の黒い瞳がかち合う。
五月には、心なしか、怯えているようにも見えた。
犬御も、四十萬陀も、だ。
どちらともなく、一言も発することなく、一歩一歩近付いていく。

先に口を開いたのは、犬御だった。

「――すまなかった」

言わなければいけないことが、たくさんある。
だけど、懺悔よりも慟哭よりも先に、犬御は頭を下げた。
その姿を見て、四十萬陀は言葉を詰まらせた。
言いたいことが、たくさんあったのに。
先に言われては、思いのままに責められないではないか。
――何をしていたのか。謝ってすむと思ってるのか。怪我はしていないのか。迷惑かけて、皆、皆心配していたのに。

そんな思いとは裏腹に、
口を付いたのは、今にも泣きそうに震えた、仲間を迎える声だった。

「……おかえり、犬御」

「……ただいま、七生」


――こうして再び、袂山に一匹の送り狼が、仲間として迎えられた。
迷い狼は、もういない。
あるべき場所に、彼は帰りつくことができたのだ。

88傷ついた蝙蝠 1/2 怪我:2011/03/20(日) 13:18:42 ID:SmXQZqJk
丑三との戦いで、額に怪我をおった三凰。当然、父の二仙にも見つかる。

二仙「三凰よ。その額の怪我はどうした。」

三凰「……人間と、人間と戦って負けた傷です…」

言いづらそうに、悔しそうに言った。

二仙「負けたのか…」

三凰「僕の油断が原因です…すみません…」

二仙「三凰よ。戦いにおいて大切なことをもう一度、教えなければならないな。」

三凰「はい。お願いします…父上。」

自分が相手を見くびっていたから、自分の実力を過信していたから負けた。三凰は、それをわかっていた。

89傷ついた蝙蝠 2/2 礼:2011/03/20(日) 13:19:48 ID:SmXQZqJk
二仙「ところで、手当ては誰にしてもらったのだ?」

三凰「たまたま、その場に居合わせた妖怪です。」

このことは、傷を負い意識が朦朧としていたのになぜか鮮明に思い出せる。

二仙「…礼は言ったのか?」

三凰「…言ってません。」

二仙「三凰よ。強い心を持つのは大切だが、強がるのはよくない。今度礼を言いなさい。」

三凰「はい…」

90人間との共存:2011/03/20(日) 14:23:56 ID:BQ990e1A
黒井たちと別れた後の山奥での出来事。辺りは静寂に包まれている。

青年は激しい頭痛と吐き気に襲われていた。
まるで、あの時味わった苦しみが蘇ってくるかのように。
そんな時にも関わらず、頭によぎる言葉。

――人間との共存――

まさかとは思っていた。一人の人間に少し心を許すくらいなら…
しかし、なぜ殺された自分が蘇ったのか、その間、どんなことを考えていのか。
今起きている現実と過去を照らし合わせてみる。

「人を殺すために作られた存在だったら……!」

吐き気が頂点に達し、異様な液体を吐きだした。

「人間との共存なんて無理だ…やはり、あの男の言ったことは間違っている…!

…そうだ、百鬼夜行だ…。主になれば人間を滅ぼせる。まずはあの蝙蝠ヲ。

滅ボシタラ…妖怪モ滅ボシテシマエバイイ、ハハハハハハハ!!!」

山奥には不気味な笑い声が響き渡る。
彼の餌食になるのは人間か、妖怪か、誰も知るよしはないだろう。

91主を目指した理由1/4 語られし過去:2011/03/21(月) 12:47:47 ID:SmXQZqJk
宝玉院家
三凰の怪我は、使用人たちの間でちょっとした騒ぎになっていた。

夢無「三凰様、お怪我なさってましたね。大丈夫でしょうか?」

老使用人「三凰坊ちゃまは、ああ見えて強いお方。大丈夫でしょう。」

この男性老使用人、名は飛葉(ひば)。
若かりし頃の二仙を支え、三凰を幼少時の頃から世話してきた使用人だ。

夢無「あの…三凰様は、百鬼夜行の主になれますよね?」

最近、負け続きの三凰に不安を隠せなかった。

飛葉「……正直に言いますと、今のままでは厳しいでしょうな。ですが、きっと三凰坊ちゃまは主になられますよ。」

夢無「そう…ですよね…
あの…ところで、三凰様はどうして百鬼夜行の主を目指すことにしたのですか?」

飛葉「それはですな。」

92主を目指した理由2/4 父のように:2011/03/21(月) 12:49:40 ID:SmXQZqJk
それは、三凰坊ちゃまが幼少時の頃。

三凰「父上…ころんじゃいました…いたい…」

三凰坊ちゃまは、よく転んで泣いておられました。

二仙「三凰よ。また、転んだのか…」

幼少時の三凰坊ちゃまは、泣き虫の弱い子だったのです。
何度も泣き、そのたび二仙様に慰められる。

三凰「助けて!父上!」

また、三凰坊ちゃまは他の妖怪に襲われることもしばしばありました。しかし、そのたびに

二仙「はあっ!」

二仙様が助けてくれた。そんな二仙様を尊敬し、憧れを抱くようになるのは、自然なことでしょう。

父のようになりたい。弱い自分は嫌だ。
そう思った、三凰坊ちゃまは努力しました。

三凰「ぼくは、強くなって…父上みたいに…」

そして、月日は流れ――

93主を目指した理由3/4 僕の力で:2011/03/21(月) 12:51:16 ID:SmXQZqJk
百鬼夜行の主を決める戦いが、開始されます。つい最近ですね。
ある日の夜、三凰坊ちゃまの部屋で私は聞きました。

三凰「じい、百鬼夜行の主を決める戦いが始まったのを知っているか?」

飛葉「はい。もちろんでございます。」

三凰「そうか。なら、話は早い。僕は、百鬼夜行の主を目指す。明日、父上に許可をもらうつもりだ。」

飛葉「なんと…三凰坊ちゃま…頑張ってください。私も協力しますぞ。」

三凰「じいの手は借りない。父上にも今まで通り稽古をつけてもらうだけだ。
百鬼夜行の主には、僕の力でなる。父上のようになるためにな。」

こうして、三凰坊ちゃまは百鬼夜行の主を目指すようになったのです。

94主を目指した理由 4/4 夢:2011/03/21(月) 12:53:53 ID:SmXQZqJk
飛葉「というわけなのです。」

夢無「そんなことが…私、全然知りませんでした。」

飛葉「三凰坊ちゃまは、まだ若い…これからですよ。
私たち使用人にできることは、見守り、支えること。さあ、これからも頑張りましょう。」

夢無「はい!私、これからも頑張ります!」


その夜

三凰「くっ…」

三凰は、額の怪我が痛み、目を覚ました。

三凰「そういえば、昔よく額を打って泣いていたな…
あの頃に比べたら、僕は強くなっただろうか…父上に近づけただろうか…」

ふと、窓から月を見て笑う。

三凰「フッ…考えるまでもなかったな。」

そして、再び眠りについた。
百鬼夜行の主を夢見て――

95神隠しの山 1:2011/03/23(水) 09:53:41 ID:???

 本当に変な女だった。

 アイツは山の化からも異端視されていた。
 人にやたら肩を持つのもそうだが、妖怪としての名前ではなく『春花』という人間みたいな名前を名乗っていたからだ。
 自分のことを人だと勘違いしている、山の奴等は皆そう言っていた。
 普段から人間への変化をやめようとしない、山の奴等から嫌われようが傷つけられようが。
 アイツはいつも人に近づくことやめようとしなかった。

 だが俺が、妖怪神隠しが居るような。ただでさえ人と妖の境界が厳しい場所だ。
 人は妖怪であるアイツを畏れていた。当然の如く、アイツは人からも妖怪からも孤立していた。

 アイツも面倒くさくなってきたし、適当に食い殺そうと思っていた矢先。
 俺は“界”の神格を持つ大妖怪に呼び出された。
 大妖怪は人と妖怪の理を司る存在だったが、アイツがどこにも居られないことを苦々しく思っていた。
 だから俺に“古の術を執り行う格”と“考えるだけの自我”を吹き込んだ。
 人に成ろうとする妖怪は昔から居なかったわけではない、
 妖怪に近づこうとする人も居なかったわけではない。
 その理と境界を乗り越えるための試練は確かに存在するのだ。

 人が陰の世界に取り入る為には死の淵に立つ、または命の脅威に晒されそこから這い上がることだと。
 妖怪が人の理を得るには、最も近しい人の魂を得ることだと。

 俺は早速、アイツに知らせてやったが、アイツは首を振った。

「私は人になりたいわけじゃない、妖怪として人と仲良くなりたいんだ」

 と、弱々しい笑顔で言った。
 腹立たしいから目でも抉ってやろうかと思ったが、引っ叩く程度でやめてやった。



 季節は流れる、アイツは相変わらず人にも妖怪にも成ろうとしなかった。
 大妖怪様もとうとう匙を投げ、変なことしたらアイツを食い殺せと言い出してくる始末だった。

「お前は何がしたいんだよぉ?」

 アイツは初めて俺がまともに話しかけてきたことに驚きながら、おっかなびっくり口を開く。

「上手く言えないけれど・・・仲良くしたい。私は妖怪も人も好きだから。
 妖怪と人、違うのはあたりまえ。同じ妖怪のあなたと私ですら違うから」

 でもね、と笑いかける。
 弱々しいくせに、譲らぬような表情だった。

「同じだからといって仲良くできるわけじゃないし、違うからといって仲良く出来ないわけでもないと思う。
 ・・・あなたが食べようとした女の子を逃がした時、ありがとうって言ってもらえて嬉しかった。
 私は人とは違うとしても、私は人が好きだから。同じように考える人にも好きになって欲しい・・・から」

 やっぱり訳のわからん答えが返ってきた。

96神隠しの山 2:2011/03/23(水) 09:55:15 ID:???
 さらに時は流れ、とうとうアイツと同じ様な考えを持つ人の男が現れた。
 『風月』、確かそんな名前だった気がする。
 アイツは山を降り、風月と一緒に居た。

・・・楽しそうだった。
 いつもの弱々しい笑みなんかじゃなかった。

 無性に腹立たしかった。
 アイツが人の里で楽しそうにしているのが憎かった。
 人のクセに妖怪を畏れないのが無性に悔しかった。
 今でも理由はよく分からないが、きっと俺が境界に息づく妖怪だからなんだろう。
 男は言う。

「妖怪も人も変わらないさ。きっと共存できる」

 あ、ダメだコイツ。

 俺達のどこが人と同じだ。
 人を食う妖怪を受け入れることが出来るのか?
 人と同じ形をしてりゃ、話せば分かるとでも思ってんのか。
 俺にとって、人の姿なんて人を食う為の疑似餌でしかねぇんだよ。

 全てを報告した。争議は半刻も続かず、アイツの処刑は満場一致で可決だった。
 前々からアイツは疎ましく思われていた故に、反対するものは誰も居なかった。


 星の降る丘でアイツに教え込む。

「そ、そんな。人と・・・あの人と会っただけなのに・・・」
「ケタケタケタ・・・・テメェが今までやってきたこと、忘れたとは言わせねぇぞぉ?
 人が迷い込んだら親切に搬送、格下の妖怪が人を襲えば迷わず妨害、俺の獲物逃がした時もあったよなぁ!?
 逢引なんてただの口実さぁ。テメェの処刑なんて半年以上前から決定事項だったんだよぉ!」

 呆然と、ただ立ちすくんでいる。
 目は虚ろで何も見据えては居なかった。

「いつだったか教えたろ? 妖怪が人の理を得る術をよぉ・・・!
 テメェの言うあの人の魂ならテメェは人の理を得られる。明日の夕刻までに奪い取って喰え。
 中途半端はやめて人に成れ、それなら処刑じゃなくて追放になるまでは口利きしてやってもいい」

 長い長い沈黙の後、コクリと頷く。アイツはかすかに震えていた。




――次の日の夕刻、アイツはあの男の目の前で殺された。
   最後の最後で、アイツは弱々しく笑っていた。

97神隠しの山 3:2011/03/23(水) 09:57:08 ID:???

 数十年後。
 山の神性が弱まり始めていた故に、俺と大妖怪様は山を下った。
 百鬼の主を決める争いに参加し、神性を取り戻すために。

 しかし、その町は異様な光景だった。
 カルチャーショックなどの生温いモノではなかった。

 妖怪が平然と人に化け、人の中でいけしゃあしゃあと暮らしていた。
 人の想いから生まれた妖怪ならまだ分かるが。
 呪いから生まれた者、自然の権化、獣の妖怪・・・皆等しく人の姿をしていた。
 人と妖怪の理や、陰と陽の境界など。気にする者は誰も居なかった。

 当然の如く、大妖怪様は怒り狂って妖怪を粛清しようと試みた。
 しかし・・・敗北した。
 よりにもよってその人の真似事をする妖怪達に。

 流石に気づいた、俺は気づいた。

 あヽ、俺の方が間違えてたのか。
 アイツや、あの人の方が正しかったのか・・・。

 絶望、挫折、否定、劣等、そしてなにより・・・強い嫉妬。
 理を失ったこの妖怪が“徹底した悪意”に漬け込まれるまで・・・そう時間はかからなかった。

98神隠しの山 終:2011/03/23(水) 09:59:34 ID:???


――紫狂・第1アジトにて


「キュウちゃん! 復かーーーーつ!! だよぉ」

 ニタニタと相変わらず気色悪い笑みを浮かべる
 黒いドレスを着た女性の姿をした妖怪が、俺に詰め寄ってくる。
 コイツの名は窮奇。紫狂のリーダーであり、悪意垂れ流しの公害魔である。

「ゲタゲタゲタ、おめでとさんですねぇ!」

 無駄だと分かりつつ、俺は恐怖を悟られないように声色を作って語りかける。
 俺は使いっ走りにされ、徹底して悪用されていた。この紫狂という組織に。
 この女は気に入らない。だけど他のヤツ等よりはずっとマシだから。

 強くて、都合が良くて、善良で、人と仲良しこよしのほかのヤツ等より・・・ずっとマシだから。

「早速だけどさぁ、キミのライバルの瞳ちゃん! あの娘すんごく強くなってるよぉ!!」

 目を閉じる。
 あぁそうか、あいつは元々妖刀だったらしいな。
 じゃあマズいなぁ。あの人の信念を受け継いでるあいつには絶対負けたくないのに。

 気づいていた、いや気づかされた。
 間違っているのは俺だと。強くて正しいのはアイツ等だったと。
 人と妖怪は確かに仲良くできるかもしれない、俺から見ればこの街は十分すぎる程仲が良くて上手くいっている。
 俺が持っていて、アイツが持っていなかった理なんて・・・実にくだらなくて無意味なものだった。
 だけど認めたくない、気づいてはいるけど認めたくは無い。

 記憶の中のアイツまで・・・あの人に奪われたくないから。

「そんなわけだからすごく『良い』話を持って来たよぉ!
 パワーアップできる方法だぉ! 強さこそキミの信念の正しさも証明してくれるだろうねぇ!!」

 金属の箱を取り出す。
 強く? ・・・一体なんなのだろうか。どうせロクなことじゃない事だけは分かる。

「かの大妖怪“おそろし”の核だよぉ!! 金蔓キモ男が拾ってきたんだぁー♪」

99ふり蛙 前:2011/03/26(土) 22:13:45 ID:???

 巨大な妖蛙であるわいらには、妖怪になる以前の記憶が無い。
 蛙にはそんな脳が無いからなのか、はたまた初めから妖怪として生まれたからなのか。

 わいらは山に対する人の畏れから妖怪となった。
 登山者や山の麓の住人なら分かるであろう、あの雄大で広大などこまでも続く緑の山脈。
 そしてあまりに圧倒的に大きい存在の中に立つ、飲み込まれるような怖ろしさ。

 そしてそんな想いから生まれたこの妖蛙は。
 大きな存在や、圧倒される恐怖心を現す『怖い』の字から。『(こ)わい(ら)』と呼ばれて、“土着”の神格を得ていた。

 しかし、いつからか人はわいらを怖れなくなった。
 ある人間がわいらの正体に気づいたからだ。
 蛙という間抜けな正体からなのか、はたまた正体が知れたことで『怖さ』が無くなったからなのか。
 怖くなくなったわいらを、人は這い回るその風貌から『這(は)いら』と呼んだ。

 わいらは人から怖れられ、親しまれ、崇拝された。
 わいらのあまりの大きさに、人はわいらの頭を大岩だと誤解してそこで釣りをしたこともあった。
 面白半分で人に近づいては、人から鉄砲で撃たれたり油を盗まれたりしていた。


 しかし、妖怪の時代は終わりに近づいていた。
 科学が発展し、産業が発達した時代。人は強くなった。見えぬ、分からぬ神など怖くなくなっていた。
 在来の樹は次々と刈られ、材木となる杉ばかり植えられるようになった。
 時には山そのものが崩されようとした。
 わいらは怒った。いや、怒りと言うのは少し大袈裟だ。
 わいらは駄々っ子のように暴れた。人は退魔師などを呼び、古惚けた山神を退治しようと目論んだ。
 しかしわいらは逃走と山中での不意打ちに優れた神格を持つ山神。
 中途半端な退魔師などではまるで歯が立たなかった。

100ふり蛙 後ろ:2011/03/26(土) 22:14:48 ID:???


 時代は進み、人は侵略すらもやめてしまった。
 わいらはたとえ退魔師であっても、人を傷つけることをやめていた。
 しかしわいらの山には退魔師はおろか、樹を刈る人すら入ることはなかった。
 材木は輸入に依存し、住宅地の拡張を停滞。国内の自然をわざわざ開発しないという時代になっていた。
 わいらを怖れた麓の集落は既に消失。かつて樹を刈った人、山を崩そうとした人すら・・・一人残らず他の仕事を始めている。
 共に山に暮らしていた妖怪達は、役目を失い動物や木々や精霊に戻っていく。
 力ある妖怪は人間に変化し、街へと降りていく。
 残ったのは神格で土地に縛られたわいらと、伸びきった杉林だけだった。

――どうしてみんな、ここから去ってしまうのか?
   自分の方が大きいはずだ、自分の方が強いはずだ なのになぜ みんなそんなに自由なのだ

――どうして誰も、ここへ来なくなってしまうのか?
   前よりはずっと良い条件のはずなのに ずっと安全で、奪い取れるモノもずっと多いはずなのに

 人は山から離れ、街で生きる。
 眩暈苦しい忙しさに。怖い山神も、滑稽な妖怪もどんどん忘れ始めていく。
 錆びる様に、砂の城が崩れるように。ごく自然に虚しく、儚く・・・
 そんな孤独で純粋な剥き出しの弱み。
 悪意に漬け込まれるのは・・・実に簡単なことだった。

「やあやあ、おはこんにちばんわぁー。『良い』話を持ってきたよぉ」

 自らを山に縛り付ける神格を弄繰り回し、それでもなお力を酷使することは自壊を意味する。
 しかしこの山神は崇高さと悠久の命を、あっさり悪意に引き渡してしまった。
 以後、わいらは紫狂の使い走りにされてしまう。
 ある時は乗り物扱い、ある時は強い力を持つ兵器として徹底的に悪用される。

 しかし案外、わいらは満更でもなかった。
 人に溶け込んでいる妖怪には嫉妬していたし、罪悪感など蛙の頭には理解できないのだから。

101悪魔と龍 前:2011/04/01(金) 19:15:16 ID:BQ990e1A
なんであんなことをしたのだろう――

少年は一人で考えていた。
忘れようと思った辛い過去、それが昨日のことのように思い浮かんでくる。

人の命をゴミのように扱い、奪って来た。
中には生まれて間もない赤ん坊などもいた。
しかし、後悔したときには遅すぎた……。

もう自分は【悪い】ままでしか生きられないと言う事を悟った。

一人の妖怪の手によって、この少年の心も体も少しずつ、蝕まれていく。

102悪魔と龍 後:2011/04/01(金) 19:36:41 ID:BQ990e1A
零「もしかしたら…無の方が楽なのかな…?」

黒龍「…俺は何も言えない。そこは零次第だ。」

零の心は崩壊しかけ、今まで積み上げてきた物を再び壊そうとしている。
しかし、ある光が差し込んだ。

黒龍「零、大丈夫。俺はお前の友達だ。どんなときでも、支えてやるさ。」

その言葉こそ、零の光になった。

龍は悪魔を抱きしめ、頭をわしっと撫でた。
押し固めてきた思いが壊れて、涙が溢れ出た。
温かい胸の中で、悪魔は泣いた。いっぱい泣いた。

後は悪魔次第。共存を目指すのか、無にするのかは。

103とある昔話:2011/04/02(土) 22:47:46 ID:/shAf7zA


 むかしむかし、たもと山にキツネの妖怪が住んでいました。
 キツネはとてもいたずら好きで、山にやってくる人をばかしては、道に迷わせたりします。
 ある日のこと。
 山道に人影をみたキツネは、いつものようにばかしてやろうと、むすめの姿になりました。
「そこのお人、すみませんが、村までおくっていただけませんか? 足をくじいてしまったのです」
 こう言って、キツネは人を山に迷わせようとします。
 ですが、ふりかえった男の顔をみて、キツネはこしを抜かしました。
「わわ・・・テングさま!?」
「そうだ、ワシはテングだ。おまえが、人をばかす悪いキツネだな」
 テングは、村の人たちの願いを聞いて、キツネをこらしめにきたのです。
 怒ったテングの、それはもう怖いこと。
 キツネはふるえあがりました。
「ひええ」
 キツネはあわてて逃げようとしましたが、テングにつかまってしまいました。
 そして、しっぽをなわで結ばれて、木に吊されてしまいました。
 かんねんしたキツネは、
「い、痛いよう! もういたずらしないから、なわをほどいてください!」
 といって、ワンワンと泣きました。
 テングはなわをほどいてやると、キツネにこう言いました。
「いたずら好きな送り狐よ、これからは良い行いをするのだぞ」
 キツネは泣きながらうなずきました。
 それからキツネは、テングの言いつけどおりに、良い行いをはじめました。
 山で道に迷った人を村までつれていったり、まずしい家にくだものやきのみを届けました。
 キツネが良い行いをすると、みんなきまって「ありがとう」と言いました。
 そのたびに、キツネは嬉しくなりました。
(良い行いをするは気持ちのいいことだなあ)
 こんなに胸があたたかいのは、はじめてです。
 キツネは、もっともっと良い行いがしたくなりました。
 その思いはどんどん大きくなり、ついにキツネは、
「テングさま、あなたについていってもよろしいですか?」
 自分をこらしめたテングに、そうたのみました。
「もちろんだ。そうだ、お前に名を与えよう」
 テングはキツネに、「おりひこ」という名を与えました。
 名をもらったキツネは、テングとともに各地をめぐり、たくさんの良い行いをしています。
 そう、今もどこかで……。

104とある昔話:2011/04/02(土) 22:51:15 ID:/shAf7zA
――――
―――
――



 桜色に彩られる袂山。
 夜空に瞬く星々の輝きに照らされた桜は、昼間とは違う妖しげな雰囲気を飾りたてている。
 暖かくなってきたとはいえ、まだ冷たい夜風が心地よい桜の香りを運び、春の訪れを告げていた。
 袂山の中腹に、一本の大きな桜の木がある。
 四方八方に伸ばした枝には華やかな桜が咲き誇り、穏やかな風に吹かれて見事な花吹雪を散らしている。
 そんな桜の根本。美しい夜桜の花びらが散るひんやりとした石の上に、年老いた送り狐が体を丸めていた。
 彼の名は銀狐(ぎんこ)。この袂山に今の送り妖怪たちを集めた一番の古株であり、仲間から信頼も厚く、慕われている存在だ。
 今晩は雲もなく、良い夜風が吹く日だった。
 桜に映える月でも眺めようと思っていたのだが、銀狐は遠くから自分を呼ぶ声に大きな耳をぴくりと動かした。
 のそりと体を持ち上げると、数十秒も経たない内に、和戌(わいぬ)が山道を駆け上って来た。
 もれなく「ぎ、銀狐さ〜ん!」という情けない声も付いてくる。
「なんだ、騒々しい」
「ごごごごめんなさい……で、でも、そのぉ、ふっ、麓のじじ神社に……」
 臆病な送り妖怪は、たどたどしい話し方で必死に何かを伝えようとしているようだ。
「落ち着け和戌、麓の神社で何があった」
 銀狐がなだめるような声で言うと、和戌は一度深呼吸をした。
「その、知らない狐の妖怪が来て……送り妖怪の長を呼んでこいって……」
「長だと?」
 狐の妖怪に覚えがないわけではないし、知らない妖怪を見て、取り乱した和戌が報告に来るのもいつものことだ。特別なことではない。
 引っかかるのは「長を呼べ」と言ったところ。つまり、こちらと向こうには面識がないということだ。
 銀狐は重たい腰を持ち上げると、ひょいっと和戌の背中に飛び乗った。
 和戌はそれを合図に、背中の銀狐を振り落さないよう、スピードを緩めて山を降っていく。

105とある昔話  終:2011/04/02(土) 22:57:48 ID:/shAf7zA


 しばらくして、二匹は麓の神社までたどり着いた。
 漆塗りの赤い鳥居の奥に、小さな本殿がぽつんとあるだけの袂神社。
 願いを叶える狐が祭られていると聞くが、銀狐が袂山にやって来た時から、一度もその姿を見たことはない。
 言うまでもなく、こんな小さな神社に参拝客はほとんどいなかった。
 時折物好きな人間がやって来る程度で手入れもされない。神社自体も、ひどく劣化してしまっている。
 廃れたはずの袂神社。――しかし、今晩はどこか、謎めいた雰囲気が神社を包み込んでいた。
「!」
 突然、強くなった風が、ざわざわと木々を撓らた。
 桜吹雪が音を立てて巻き上がる。
 雲のない夜空から降り注ぐ月光が、鳥居の上に鎮座する「何者」かに影を落とした。
「お主らが、儂が居ない間に袂山に住み着いた送り妖怪じゃな」
 凛然とした声の主は銀狐らに背を向けていた。
 吹く風に、月に照らされて輝きを増す金色の毛が揺れる。
 地面に落ちた影には、彼の大きな三叉の尾がくっきりと映し出されている。
「……誰だ?」
 銀狐が用心を払いながら尋ねた。
 彼はゆっくりと振り向くと、悠然とした態度で云った。


「儂の名は織理陽狐(おりひこ)――願いを叶える狐じゃ」

106紫狂会議@お花見 前:2011/04/10(日) 23:23:23 ID:???

 深夜ながらも和やかな風が漂う小春の夜。
 古い桜の木が銀色の月明かりに照らされ、夜闇の中に花を散らしている。
 しかし、そんな神聖な風景とは裏腹に。
 その公園は汚濁した圧し掛かるような雰囲気に満ちていた。

「はいはーい、今回はわいらも参加するから屋外会議だよー」
「キュウちゃん! 甘酒などは「うるさいから死んでね」

 ニヤニヤと悪意を振りまく窮奇、着崩した藤模様の和服を着ている。
 他に居るのはパーティースーツの青年、渾沌。そして非現実的な大きさの蛙の頭だった。

「じゃ、浮かれてないでお話し合いだよぉ。
 元・神隠しこと道切りくんはねぇー、心折られて引き篭りになっちゃったー。
 まぁ彼も一回、瞳ちゃんの心を折ってるし一勝一敗ってとこかなぁー」

 ヘラヘラと悪びれもせず言い出す窮奇。
 それとは対照的に、渾沌は驚いた顔で言葉を無くしている。

「じゃ、次はわいらねー。どうだったぁ? あの狸ぃー」

 相変わらずニタニタ笑いながら話を振る。
 巨大な蛙の頭は口を開き、重低音な声を響かせる。

「・・・ヤツは強かった。まともにやりば合えば某でも敵わぬだろう」

 眉間にしわを寄せる渾沌。しかし窮奇は相変わらずニタニタと笑っている。

「だが、やはり貴女が睨んだ通り。小さく、つまらぬ男だった。
 戦いでしか己を語れず、勝利でしか己を正当化できず、胸中の志ではなく感情に任せて拳を振るっている」

 ニタリ、と窮奇は笑った。

「そっかぁー。じゃ、彼は今まで通りスルーの方向で。
 どーせその手のタイプはこっちから戦いを仕掛けないとなにも出来ないしねー」

 手を広げてヤレヤレ、というポーズをする。
 渾沌は少し引きつりながら、語りかける。

「そんな対処の仕方アリですか?」
「真っ当から向かうよりも背中見せて逃げたほうが効果的な相手だって居るんだよぉー。
 相手に出来ない相手は相手にしてあげないことが一番の相手の仕方さ。
 戦い好きにわざわざ争いの種を蒔いてあげるほど私は素直じゃないしねぇ」

 ニタニタと楽しそうな笑みを振りまく窮奇。
 相手の胸中を見抜いて相手の一番嫌がることをすることを趣としていた。

 その後、少しばかり渾沌のマネジメント報告を聞いて会議はお開きとなった。

107紫狂会議@お花見 後:2011/04/10(日) 23:24:59 ID:???

「やぁやぁ道切りくーん、おはこんにちばんわー」
「・・・なんだよぉ」

 部屋の一室にて蹲る少年の姿をした妖怪。
 その志が折れているのをまじまじと眺め、窮奇は気色悪い笑みを浮かべる。

「あっはっはー! ずいぶん元気ないねぇ、そんなにショックだったぁ? ねぇねぇ今どんな気分〜?」
「・・・」

 心に追撃をかけるおぞましき悪意。少年の形は奥歯を食いしばる。

「まぁそんなキミに応援のお便りだよぉ! まずは PN・闇蜘蛛さーん」
「・・・?」

 窮奇はどこからか封筒を取り出して、ふざけた口調で読み上げる。

「『遠縁の一族が公園で絶滅させられてしまいましたぁ。いくら人を食べようとしたからって酷いと思います。
 本来は人を食べる種ではないのに絶滅寸前だから仕方なくです。事情も考慮しない人間なんて大嫌いです。』だねー」
「なんだよぉ、いきなり・・・」

 読み終えた手紙を投げ捨て、「次はPN・牛蜘蛛シスターさーん」などと読み上げる。

「これは読めない、っていうかフェロモンとかその類だから私が要約してあげるねぇ。
『憎い憎い憎い憎い人間憎い 殺してやる殺してやる殺してやる 憎い憎い憎い憎い憎い人間め!』」
「・・・」

「次はPN・肉チュパカブラさーん。『姉が殺されました、おそらく犯人は退魔師です。
 人食いの種だから覚悟はしていましたがやはりいたまれません。どうか・・・どうか敵を討って下さい!』」
「・・・」

 退治されて、迫害されて、憎くて、辛くて。それでも殺されれば、相手は正義は勝つと歓喜する。
 人の世と成ってしまったこの世界から、『悪い』モノだと指され排斥される。
 抵っても、戦っても・・・一度は勝てたとしても、すぐにもっと大きな力が来て叩き潰される。
 妖怪らしいモノから消えていく、人らしいモノだけが残っていく。
 『良い』モノは勝つ、『悪い』モノは負ける。必ずそうであらねばならないと言わんばかりに。

「もういいや、読むのめんどくさくなってきた」

 手紙を投げ捨てる窮奇。
 沢山あるかと思ったが、残りは三通ほどしかなかった。

 そりゃそうだ、今時まともに妖怪してる奴等なんて滅多にいないもんな。

「・・・アンタは一体、何がしたいんですかぁ?
 俺の芯をバッキバキに折ったかと思ったら、折れた今度はその芯を直してきやがる」

 ニタニタと見下したような笑いを作る窮奇。

「んーーまあねぇー♪ キミの人生なんてどーせバッドエンドしか残ってないからねぇ!
 どんなにがんばっても幸せになれない、どんなにがんばっても間違いしか残らない。
 がんばればがんばるほど不幸が拡散して、いろんなヤツが折れていく!」

 あの気色悪い笑いはさらに深くなって、悪意は心を絡め取った。

「だーかーらー! 私は応援するんだよぉーー、あははははははははははははっ!!
 キミが間違いまくって、迷走しまくって、逆走しまくって! 出来るだけ多くのヤツを不幸にしてくれれば最高だからねぇ!!」

 嫌な笑いは心に浸透する。しかしそれが逆に心地『良い』。
 なるほどこれが・・・コイツが“逆神”と呼ばれる由縁か。酷い話だ、確かにやってることは神とは間逆だ。
 だが・・・まぁスッキリした。

 少年の形は立ち上がり、6通の手紙を拾い集めて束にする。

「ゲタ・・・ゲタゲタゲタゲタ!! 投げ捨てないでくださいよぉ!
 どーせ差出人はみんな人食いの有象無象だろうけど、がんばって書いたはずなんですよぉ!!」

 品の無い笑いを振りまき、いつもの・・・神隠しだった頃の調子に戻る道切り地蔵。
 窮奇はその様子を、やはりニタニタと眺めていた。

「まぁ、よく分かりましたよぉ! そうだなぁ、紫狂(ここ)はこういう所だった!」
「あっはっはー、元気が出て何よりだよぉ!」

 道切り地蔵は少年の形を崩す。
 それは本来の妖怪としての姿と、いつも擬態している少年の形の半々のような状態だった。

「じゃあ行って来ますよぉ。アンタの言うように! 出来るだけ多くのヤツをへし折ってやりにねぇ!!」
「そうだねー、期待してるよぉー」

 あの世で指を銜えて見ていろ春花、あとついでに風月。
 テメェ等の綺麗ごとがひっくり返るような、凄惨な光景をなぁ!

108守りたい 1/3:2011/04/15(金) 12:05:39 ID:???
青行燈と紫狂の一件以来、七郎は十夜を守るために強くなろうと決意していた。
彼がまず考えたのは人化。いざという時に十夜を運ぶためだ。

『やってみりゃできるモンだな。』

そこには、20代前半位の姿をした男性。

『後は、火力の強化と…いや、逃げ足をもっと…
…両方だな。半端な覚悟じゃ何も守れねぇ。』

七郎は本気だった。それだけあの2つの悪は強大だったのだ。

『とりあえず、十夜のとこに戻るか…』

十夜は、家族や学校には体調を崩したということにして療養していた。

109守りたい 2/3:2011/04/15(金) 12:06:52 ID:???
『十夜、具合はどうだ?』

十夜の前に現れる。人に化けた七郎。十夜はこの姿を当然初めて見る。

「え…?七郎……さん?」

『なんでさん付けなんだよ。』

「だ、だってなんか…ていうか、なんで?」

慣れないのか、どこか緊張した様子。しかし、すぐにいつもの七郎だとわかった。

『お前を守るためだよ。まぁ、いいけどよ。で、具合は?』

「だいぶよくなったよ。明日からは学校にも行けそう。」

『そうか。まぁ、無理すんなよ。』

「うん。大丈夫だよ。
……ねぇ、七郎。」

『ん?なんだよ?』

「いや、やっぱりなんでもない…」

『?ま、いいか…俺はまた外に行くけど、安静にしてろよ。』

そう言って七郎は、外に出て再び特訓を始めた。

110守りたい 3/3:2011/04/15(金) 12:07:41 ID:???
七郎が外へ行った後、十夜はつぶやいた。

「強くなろう…守ってもらってばかりじゃだめなんだ。」

七郎に言おうとしたこと、でも言ったら『お前が戦う必要なんてねぇって!俺が守るからな!』と反対されるだろう。
だけど、自分のせいで七郎まで危険な目にあわす訳にはいかない。
せめて、自分の身を守れるように――

少年は強く心に誓った。

111本スレ>>627の一方その頃…:2011/04/18(月) 02:14:16 ID:8w5oeMbU
「…んで、ようやくかい?」

『ああ、ようやくらしい』

夜の不気味な山の中、男二人の話し声
一人は白いニット帽の男、一人は馬の被り物を被った男

「やっぱあの爺ちゃん発想がやべえよ、普通地獄の炎で刀鍛冶とか考えるか?」

『考えないだろうな、聞くに妖刀を造りもしたのだろう?』

「らしいな、すごい奴は考える事が違うってな」

『…自らが地獄に縛り付けられると知ってもそれを鍛えたと見るに、余程件の妖刀は危険らしいな』

「…つまりは俺に一番重要な所任せてるんだけどな」

『…やるんだろ?』

「当たり前だ、依頼だからな」

『気張れよ、もし本当に黄泉と現世が繋がればとんでもない事だ、少し楽しそうだがな』

「…ま、出来る所までってこった」

暫くの会話の後、人の足音が遠ざかっていく
遠ざかるニット帽の男は、手渡された白い木刀を手に歩く
託された思いと、ほんの少しの信念を持って
かつての友を、止める為に

112信仰の三柱 主と神崩れ:2011/04/19(火) 02:42:02 ID:ajFsrEio


「ふむ・・・それは初耳的じゃ
 都市伝説から生まれた輩は以前から勿論の事おったが。
 それが仲間意識を持っているなどという事は、この偉大な自分が生誕してから一度も聞いた事がなぞ」
「悪意・・・
 アネさん、そいつは黒い髪の女か?っていう」

「?
 いえ、どちらかというと〝青”の印象を受けた感じでしたが・・・」
『どうしたの・・・狂骨・・・
 なにかそれについて・・・心当たりがありそうな言い方だけど・・・』
「いや・・・さっぱり見当がつかんっていう
 黒い髪とかも適当に聞いてみただけだからな」
「コラコラ、この場なんだから適当な発言は慎みなさい
 確かに、それにしても最近お店で聞く都市伝説の量が増えてきてはいるね」
『どうやらその話の範囲も、作り込みようも・・・劇的に変化している・・・』

「無難的に考えれば、何者かが裏で手を引いておる」
「そう考えるよね普通。
 じゃあ、僕達のお店の方でもその件について、もう少し網を広げてみようかな」
「では私達のお店でもそうしておきますね」

113:2011/04/19(火) 02:43:31 ID:ajFsrEio


「ふむ・・・それは初耳的じゃ
 都市伝説から生まれた輩は以前から勿論の事おったが。
 それが仲間意識を持っているなどという事は、この偉大な自分が生誕してから一度も聞いた事がなぞ」
「悪意・・・
 アネさん、そいつは黒い髪の女か?っていう」

「?
 いえ、どちらかというと〝青”の印象を受けた感じでしたが・・・」
『どうしたの・・・狂骨・・・
 なにかそれについて・・・心当たりがありそうな言い方だけど・・・』
「いや・・・さっぱり見当がつかんっていう
 黒い髪とかも適当に聞いてみただけだからな」
「コラコラ、この場なんだから適当な発言は慎みなさい
 確かに、それにしても最近お店で聞く都市伝説の量が増えてきてはいるね」
『どうやらその話の範囲も、作り込みようも・・・劇的に変化している・・・』

「無難的に考えれば、何者かが裏で手を引いておる」
「そう考えるよね普通。
 じゃあ、僕達のお店の方でもその件について、もう少し網を広げてみようかな」
「では私達のお店でもそうしておきますね」

114天駆ける狗 狂気の骨:2011/04/19(火) 02:44:42 ID:ajFsrEio

「骨、不遜的にもこの僕に隠し事をしてはおらぬか?」
「なんのことだっていう」
「先ほどでのあの疑問的な発言。あれは通常的に受け取ったところで、
 適当な物の言いようではないと思うが」
「・・・あれは本当にてきと」

「儂は以前貴様に
 ―この集団の中で自分の次に、裏切ることのない―
 と言われた事を確定的に覚えておる。それがどう意味か分かっておるじゃろう」
「それはあんたがボケて」
「敬語も使わず失礼な言動、普段的なら俺も激怒するが今は違う。
 はぐらかすな。なめるな。
 貴様がなにを徹底的に隠していた所で、某はそれを吹聴したりはせん」

「・・・
 前に窮奇という妖怪に遭ったっていう」





「はんっ、あの氷亜がのう・・・没愛的な・・・」
「これは俺達の間の事だっていう
 邪魔はゆるさん」
「私にとって禁止など不可能的だと知っておろうに。
 しかしお前らのその強固的な想いは尊重してやる、水は差すつもりはない」

「それとそいつは零の情報からすると天逆毎なのだそうだっていう」
「零・・・ああ、あの不可思議的な悪魔の小僧か」
「問題はそこじゃねえ、
 天逆毎は天狗の祖と呼ばれている大妖怪、いや邪心だっていう。
 鼻は自分の種族の祖、神に歯向かうなんて馬鹿げた事できるか?っていう」
「むん?」
「いざという時に尻凄みしねえかって事だ」
「!?」



「くっはっはっはっはっは!!!!
 骨よ!!貴様、腕を上げたのう!!
 我輩が神に対しておののくなどとは!!くっはっはっはっは!!

 拙者が畏怖するのも、敬意を表するのも、
 姫と自分自身だけじゃ。」

115青い企み:2011/04/19(火) 12:47:20 ID:c1.PBF/s
「きっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!」
「この街は噂が広がりやすいなぁっ!」

とある廃ビルの屋上。そこには青紫色の炎がユラリユラリと燃えている。
気持ちが悪くなるような膨大な悪意と身も毛もよだつような妖気を放ち、不安を煽らせるような声を響かせながら。

「だが…まだ足りない……」
それは小さな子供の姿になり

「恐れも怒りも不安も妬みも悲しみも憎しみも」
それは女性の姿になり

「まだ足りない。全然足りない」
それは老人の姿になり

「邪魔な妖怪も沢山いる。人に溶け込む愚かな妖怪が…」
それは男の姿になり

「なら俺は…僕は…私は…ワシは…あたしは…自分は…」
いくつもの声を響かせ、青紫色の炎は一つの形に絞られていく

「全てを絶望に落とそうぅっ!」
「綺麗な光をあるべき闇へと」
不気味な青い着物を着て、血の気がない青白い肌に、長い青白い髪で、不安にさせるような青い瞳の、美人だが恐ろしい鬼女となり、《ソレ》は嗤う。
その顔には悪意しかない笑顔で、手に持った青い本をパラリパラリと開き。

「《真の物語》の舞台へと変えてみせようぅっ…」
「全ての光を闇に落としぃっ!!今ある闇を飲みこみぃ!!」
「きっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!!!!!!!!」

《悪意》は《嗤う》
街にと言う名の《行燈》にともされた悪意と言う名の《青紫色の炎》は果たしていつ消えるのか?

それは誰もわからない。

116偽者懇談会 竜頭:2011/04/25(月) 02:09:47 ID:???

 黒蔵との戦いと、オロチ誕生の後。
 窮奇に連れられ、紫狂のアジトに黒蔵の身体が運ばれていた。

「んー、まったく彼も災難だねぇ!!」
「なんだと?」

 白々しく、まったく心のこもっていない言葉がかけられる。
 鳴蛇が抜けたかと思えば、今度は古の蛇神に憑り付かれる・・・。
 彼の生まれには死兆星でもついているのだろうか?

 血を垂れ流す黒蔵に入った者は、スカーフのようなもので顔を拭いている。

「うん? いやいやこっちの話だよぉ!!」

 ニタニタと微笑む、不快な笑顔。
 へばり付く様な雰囲気に、黒蔵に入ったものすら眉を寄せる。

「・・・さて、どうしたものか。ねぇ天逆毎、ボクはこれからどうしたら『良い』?」
「うーん、しばらくおとなしくしてた方が『良い』ね。
 ぶっちゃけキミ、現代の勝手わかんないでしょ? 浦島太郎やるよりは潜伏してなよ」

 窮奇の提案には若干不満そうな顔をするが、それもそうだとため息をつく。

「まぁしょうがない。折角転生できたのに、袋叩きはゴメンだからね」
「クローンみたいなものだから、厳密には転生じゃないんだけどねー」

 ヘラヘラと笑い、邪悪な夜は明けていく。
 更に陰惨な夜明けを匂わせて・・・

117偽者懇談会 蛇尾:2011/04/25(月) 02:32:14 ID:???

 その後、恐ろしくテキパキと潜伏の手順は整えられた。
 翡翠の輪の魂の欠片は窮奇に吸収され、ようやく魂の容積は元に戻る。
 逆心を使い、渾沌との記憶は弄繰り回され・・・蓋をされる。
 黒蔵の願いの袋には、ミナクチの魂の破片と逆心を仕込んだ偽者が入れられた。

 オロチは黒蔵の持っていた双剣を偉く気に入っていたりもした。
 そして・・・ミナクチの魂は・・・。

「やっほー、ミナクチくん! キミとははじめましてだよねぇ!!」

 窮奇の逆心に蝕まれ続けたミナクチは息を切らしながら、具現化する。
 ミナクチは息切らしながら、忌々しく目の前の悪意を睨む。

「貴方が・・・窮奇ですか・・・」

 皮肉にも、濁流の如き悪徳に晒され続けた為。
 ミナクチの体は元の大きさまでに戻っていた。
 しかしそのあまりの量と勢いに、消化不良を起こし限界まで体力を削り取られている。

「黒蔵は・・・黒蔵はどこに?」

 魂はおろか、存在や神格すらもバラバラになってもおかしくなかったような負担と圧力。
 それでもミナクチが存在を保っていられたのは、黒蔵の切なる願いとその存在自体の希望だった。

 生きなければいけない、まだ消えるわけにはいけない。
 そんな純然たる思いを・・・窮奇は踏み躙った。

「キミの う ・ し ・ ろ ☆」
「!?」

 そこには黒蔵の身体があった。しかしその中身は既に別物。
 ヘラヘラと神経を逆撫でする笑いを浮かべている。

「だーいじょうぶだよ、殺しはしないさ・・・ボクは後輩には優しいんだ」




 黒蔵は、帰り道にて目覚める。
 昨晩のことはただの悪夢だったかと思うかのように、そう思いたいほど朝の日差しは優しかった。

 ただ・・・黒蔵の渡った橋が、無残に破壊されていたのにすら気付かないだろう。

118出会うことのない筈だった者達:2011/04/25(月) 22:24:52 ID:???
人でも妖怪でも、何かの縁が無ければ出会う筈がない―
出会ったと言うことは何かの縁があると言うこと。
そして、今回もある「縁」をきっかけに会う筈のない者達が出会うのだ――

「ここだね…あの【八岐大蛇】がいる場所は。」

少年が散策していた場所は、山奥の巨大な湖。
普段は人も寄りつかない様な場所で、水は酷く濁っていた。
ふと、水面が動き、波が生じる。途端に現れたのは、五つの頭を持つ大蛇だった。

『お前は誰だ?ここへ何しに来た?』
「君と同じ妖怪だよ。君に会いに来たんだ。」
『…え?』

大蛇は一旦、人の姿に戻ると少年の元に来た。

119出会うことのない筈だった者達:2011/04/25(月) 22:40:12 ID:???
「とりあえず、自己紹介を。悪魔の零です。」
『…澪。で、悪魔が何の用…?』
「頼みごとがあって来たんだ、澪さんにね。」
『頼みごと?…興味ないな。』

興味を示さず、零から視線を逸らす。

「君さ、本物の八岐大蛇なんでしょ?」
『だから?今はもうそんな力なんて…』
「良かった、やっぱり本物なんだ。実は、私の友達に黒蔵って言う子が居て…」
『黒蔵…え、黒蔵!?』

過去に一度会ったことのある、同じ蛇。
勿論、興味を示した。そして、昨晩の出来事をすべて話す零。

「お願い、本物の君の力が必要なんだ…!」
『零…僕は昔のように、強大な力は使えないんだ。悪いが、役には立てない…』
「それを踏まえてのこと、力は黒龍が何とかしてくれる。」
『黒龍?あの伝説の?』

驚きの澪。流石の大蛇でも龍は珍しいようだ。

120悪魔と龍と大蛇―:2011/04/25(月) 22:54:21 ID:???
〖黒龍だ、力の問題だが一時的な復元は可能だ。〗
『ん…あぁ、そうか。(本当に龍が…こいつらは一体…?)』
「…澪さん、お願いは聞き入れてくれますか?」

考え込む澪。
少しずつ時が過ぎて行く―
辺りの草木が風に揺れ、緊張した空気に包まれる。

『…僕が再び、大蛇として何かが出来るなら。零たちの願いは聞き入れる。』
「ほ…本当?澪さん、ありがとう!!
あ、そうだ。しばらくの間、私の家に来ませんか?訳ありの子が居ますけど。」

『訳ありの子?…まぁ、零が言うなら。』
「うん、決まり。くれぐれも、今回のことは内密に。」
『ああ、分かってる。』

こうして、零と澪は知り合った―

121狸の歴史、近況 1/3:2011/04/30(土) 21:09:06 ID:1FOYk5nQ
 平次郎狸は定まった宗派に所属していた訳ではなかった。
 こう言っては語弊があるかもしれないが事実そうなのだから仕方が無い。
 彼は南無妙法蓮華経と唱えることもあれば、南無阿弥陀仏とも、果ては南無釈迦牟尼仏とも唱えてしまう。念仏を唱えるだけでは無く、禅にも取り組むし、公案にも工夫を凝らす。用は色んな宗派のミックスをしてしまっているのだ。

 なぜそうなってしまったのだろう?

 彼の育ての親、僧だったのだが彼は曹洞宗に属していた。禅をなによりも重んじ、食事にすら作法のある厳格な宗派である――の筈だが平次郎狸の育て親はだいぶ適当だったようで、俗人のように振舞っていた。その割には集落では人望のある人物だったのだから呆れたものである。
 平次郎狸は彼の元で道徳を学び、育った。僧として修行していた訳では無かったのだ。ただ酒で酔った親に説教されて育ったのである。しかし酔っ払いの説教と侮る無かれ。その説教が平次郎狸の根幹となっているのだから。
 彼の語った、仏教のなんたるか、大乗仏教における最大の目的とは、解脱と悟りの境地とは、等と様々なことが今でも平次郎狸の心の中に根付いている。
 その中でも一番平次郎狸に影響を与えたのは「利他行」という精神である。これは自身の成仏を求めるにあたって、まず苦の中にある全ての生き物たちを救いたいという心のことだ。この精神にまだ未熟ながらも平次郎狸は感服し、生涯の指針とすることを決めた。
 後に平次郎狸は世界を回る事になる。その仮定で様々なことを学んできた。
 本格的に僧として動き始めたのも旅の途中からだった。一つの宗派だけに限らず、あらゆる宗派の教えにも手を出してみた。天台宗に真言宗、浄土宗、浄土真宗、臨済宗、etc…。肌に合わないと感じたものでも修めるようにはしてきた。
 こうして今の平次郎狸の仏教は完成したのである。

122狸の歴史、近況 2/3:2011/04/30(土) 21:13:45 ID:1FOYk5nQ
 もう一つ――――
 旅の間に育てられてしまったものがある。四百年の間に、発芽し歪に肥大した感情。

 戦いへの欲である。

 いつからだろうか、平次郎狸には正確な自覚はないものの自分の内に燻る炎に気がついていた。
 それは相手がどんな人物であろうと闘う時、狂おしいほどに身を焦がすのだった。
 本人はそれになんの嫌悪も示さず、むしろ好ましいとも思っていたのである。それは己が中の仏教が纏まっていたときにすらそう思っていたのだから相当なものだった。
 その思いは高じて遂に、仏性を戦闘に流用しようと目論んでしまった。
 平次郎狸は一ヶ月の只管打座の末、仏性を高めることに成功する。その高まった仏性と自分の妖術を組み合わせ、とうとう仏に化ける術を会得したのだった。
 一応は秘術に分類し、滅多な事では使わないようにしているが、この町に来てからは違った。次々に訪れる強大な敵との邂逅に、ついつい多用しがちになってしまうのだった。
 それを使って好き勝手やっていたわけである。しかし、二人の神との出会いで全ては変わった。
 一人目は蛇神であるミナクチ様である。彼のお陰で平次郎狸は己が志を取り戻すことが出来た。
 喧嘩は未だに続けるがその中にも何処と無く仏性が感じられた。しかし、それでもまだ傍若無人ぶりは衰えていなかったのだ。
 そんな自分を咎め、説教をする神が現れた。
 恐怖の字を冠するわいらである。
 彼との闘いで平次郎狸は利他行の志を一新することができた。
 しかしまだ引っ掛かることがある。
 闘いは最後、決着のつかないままに終わったのだ。しかも原因が分からない。消化不良だ。
 なので最近、平次郎狸は浮かない顔をして過しているのだった。

123狸の歴史、近況 3/3:2011/04/30(土) 21:16:56 ID:1FOYk5nQ
「いらっしゃーせー」

 なんともやる気の無い挨拶だろうか。半ば投げやりな雰囲気さえ感じられる態度で平次郎狸はコンビニで接客をしていた。
 時間帯は深夜、客足もまばらである。レジで突っ立て居るのにも飽きた平次郎狸は床のモップ掛けをすることにした。
 モップ掛けをしている間にも思索は自然とあの闘いに向かってしまう。

「ありゃぁ、負けなのかなぁ……」

 口を衝いて出たのは勝敗を気にする言葉だった。
 そう、あの戦いを経た今でも戦闘狂いの気は収まる事を知らない。
 しかし、本人はもうそれで良いと思っていた。あれだけ言われても如何こうする気は起きなかったし、治せるものでもないと判り切っていた。
 ただただ気になるのはあそこで何故、勝敗を預けられたのかということだけだ。
 思い返すと、あの志を一新している時はまだあの神も乗り気だった。ならば、その次の闘いに執着を示した俺の言動がなにかしら彼を落胆させたのだろう。きっとそれは彼の言っていた女にも関係があることのはず。
 謎は解けた。
 平次郎狸も爽快な面持ちである。
 やっとこさ床から顔を上げた平次郎狸の目にある本が目に留まった。

 サルにもわかる般若心経

 どこのコンビニでも見ることのできるような安っぽい本だが、妙に平次郎狸の心に引っ掛かった。

「色即是空、空即是色……か……」

 何かに感じ入ったように言う平次郎狸。
 どうやら悟りの時は近いようだ。

124丑と馬が後日談:2011/05/01(日) 18:54:11 ID:8w5oeMbU
「…終わらせたのか?」

「ああ」

「…そうか」

「…あいつは、どれだけの刑を受けるんだ?」

「さあな、俺はただの獄卒だからな…ただ、あれだけの事をしたんだからかなり深くはいくんじゃないか?」

「……………」

「お前の話した事が本当なら、そいつは妹思いのいい兄貴だ、しかしやり過ぎた」
「愛故に、なんて言い訳は地獄では通じんだろう」

「…融通が利かないんだな、閻魔様は」

「融通を利かせて死者は裁けんからな」

「俺も死んだら容赦無く裁かれんのかなー?」

「寧ろ厄介者にされそうな雰囲気だがな」

「厄介者ついでに生き返らせてほしいもんですね」

「戻ったとしても骨じゃないか?」

「勘弁だわそれ」

「所で、死体はどうしたんだ?」

「ああ、そいつの犬に寄越してやったよ、どうするかまでは聞かなかったけど」

「刀は?」

「ん?」

「刀と同化した右腕を切り落としたのなら、その腕を放っておく訳にはいかないだろう?」

「腕……腕…あっ」

「…放っておいたのか?」

「し、ししししししし知らんし俺全く違うし別に哀しくてそれ所じゃなかった訳じゃないし」

「飴を落とす程動揺すると言う事は図星か、知らんぞ、何があっても」

「…まいったなあ…落とし物センターにでもあればいいのに」
「…ちょっくらまだあるか確かめてくるわ」

〜終〜…?

125結局リベンジ挑みますけど:2011/05/01(日) 23:22:10 ID:tNdKl37U
 袂山の中腹に幾つも存在する、入り組んだ獣道を進んだ先には送り妖怪たちの寝床が転々としている。
 大きめの獣が休める程度に開けたそこは、普通の人間では化かされて辿り着けない仕組みだ。
 ただし強力な妖怪や退魔士にかかれば、あっという間に見破られてしまうような虚弱な代物であるが。

 中でも特に、広場のように開けたその場所に、黒長毛をした大きな狼が横たわっていた。
 腹の毛はざっくり刈り取られて、露わになった痛々しい生傷には薬が塗りたくられている。
 狼の隣には、彼に寄り添うように白いセーラー服の少女が腰を降ろしている。

「体に大きな穴が二つ……あの時と同じくらいの重症じゃん」

 傷の少し上を手でなぞりながら溜め息をつく。
 あの時――神代の退魔術によって全身を焼かれた時だ。
 今回のように腹の毛程度では済まず、全身の毛を刈り取った上、送り妖怪の総力を尽くして治療を行ったが、
 ミナクチの助けがなければ今頃命はなかっただろう。

 それと同等の重症を負いながらも、なぜ東雲は生きているのか。

 幸運だったのは、叫び声に気付いた和戌たちがいち早く駆け付けた事と、鹿南の攻撃が退魔の力を持っていなかった事。
 そしてなにより、あの時よりも東雲が遥かに力を増していた事だ。

 四十萬陀は驚きを隠せなかった。体力も回復速度も、段違いに上昇していたのだから。
 穴が塞がるのにはまだまだ時間は掛かるだろうが、順調に治療が続けば一ヶ月程で大方良くなるだろう。

 ――とはいっても、だ。

「だからって無茶していいワケじゃないじゃん、バカ犬御!!」
「うぐ……」

 強い語気に対して、四十萬陀の小さな手が軽くだけ頭を叩いた。
 ぱしんと小気味いい音。傷に響いたのか東雲が僅かに呻く。

「何でっこんな大怪我するじゃん!! 和戌(わいぬ)たちが駆け付けなかったら死んでたじゃん!? 皆に心配掛けてっ、」

 息巻きながら怒鳴り散らすのは、どれだけ心配しているかの表れだ。
 怒りにも増して焦燥を彼女の表情からもそれは見て取れる。
 それを理解しているからこそ――説教するのが四十萬陀だからという理由もないとは言えないが――口答えせず、
 東雲は珍しく反省の色を示していた。

「……すまん……」

 それに件に関しては、東雲も自分の非を認めない訳にはいかなかった。 
 今回の戦闘は必ずしも避けれなかったわけではない。鹿南の挑発に乗ったのは彼の方なのだ。
 しかも喧嘩を買っておいて、生死の境を彷徨うような大怪我を負ったのでは世話がない。

 四十萬陀は手元のプリーツスカートをぎゅうっと握り締めた。
 喉まで出掛った言葉のせいで、息が詰まって苦しくなる。
 
 ――心配で堪らなかった。
 以前のように、目覚めなかったらどうしようと不安で。
 確かに犬御は強くなったかもしれないけれど、
 やっぱり怪我はするし、深い傷を負えば死んでしまうんだから。

「謝ればいいってもんじゃないじゃん、バカ」

 擦れた声に東雲が目を上げると、宝石のような黒い瞳に涙を浮かべた四十萬陀の顔が視界を占領した。
 吊り上がっていた眉はいつの間にかハの字に曲がっていて、
 強く握られた拳は少しだけ震えていた。

「なっ!」

 その表情を見た東雲は、ぎくりと体を震わせた。
 どんなに強力な妖怪より退魔士より、女の涙――特にこの夜雀のもの――が一番厄介なのだ。
 こんな体では満足に頭も下げられないし、謝ろうにも慌てて吃ってしまう。

「お、おいっ。待っ、わァ、悪かったって「でも、」

 吃り気味の謝罪を遮るように、四十萬陀の擦れた涙声がした。
 東雲が驚いて喋りを止めると途端に辺りが静まり返る。

 四十萬陀は顔を隠すように俯かせて、言葉の続きを待つ東雲の上にそっと頭を乗せた。
 ぐしゃり、と狼の柔らかいとはいえない毛並が崩れる。

「無事でよかったじゃん……」

 ――ぼんっ。

 心拍数が跳ね上がって、顔から火が出たように赤くなる。
 ……ぐらいに、東雲は猛烈に照れた。
 幸い四十萬陀は顔を伏せていたから、情けない表情を見せずに済んだのだけれど、
 激しい鼓動が少女に伝わっていないかどうかが心配だった。

(……あー、)

 ひとときの幸せな時間に身を置きながら、
 そういえば木に縛り付けて放置したままの黒蔵はどうしようだとか、
 務めている病院にはどう連絡取ろうだとか、
 かなり重要なことにぼんやり思いを馳せた。

126アンハッピー・バースデイ 1:2011/05/03(火) 01:18:45 ID:tElbSrz.

 妖怪達が争っているこの街の下に。
 人の営みの中に、影なるものが蠢くこの街の下に。
 巨大な竜脈が走っていた。
 妖気をこの地に齎し、陰の世界の礎となるその力の源。
 竜脈の城・・・。そこは地獄とも言うべき位置の岩盤と地下水の狭間にある、
 自然と不自然、陰と陽が交わりて在る・・・最も神性で最も邪悪な場所。

「やぁやぁ、おはこんにちばんはー。探したよぉ・・・こんなところに引き篭もってるなんてさぁ!!」

 大きくて偉大な、暗黒と岩盤の世界に。ぬたくるような気色悪い声が響く。
 竜脈の主にして、魔王とも言うべき存在が・・・その気色悪さの根源である窮奇に返事する。

― お久しぶりです、母上 ―
「うん! 元気そうで何よりだねぇ波旬!!」



=妖怪目録=
『天魔』
 魔羅などとも呼ばれ、仏教において魔王や悪魔と同列にみなされる。
 正体は欲界の最上位である第六天の主、他化自在天だと謂われる。
 その存在は人間のなかに在る“欲”そのものの具現であり、そのものである。



「早速で『悪い』けどさぁー、キミの溜め込んでいる力・・・譲ってくれない?」
― ・・・母上、それはあまりに短絡な提案 ―

 明るく、悪辣な要求に。口をつぐんでしまう巨大な存在。
 その存在は仰々しく、巨大な地下空間を狭そうに転がる。

― この力は・・・陰を統べるに最も相応しく、最も渇望せし者の為に在るべくモノ。
  いかに母上とはいえ、直ぐに引き渡すわけに「だったらやっぱり私にこそピッタリじゃないか!!」

 雄大の言葉を遮る邪悪。ヤレヤレ、というポーズで首を振る。

「冷静に考えてみなよ! 思い出してみなよ!
 本当にこの街で、力とその地位を望む者などいたかい?
 本当にその座に、焼け付くほど固執するものなど居たかい?」
― ・・・ ―

 雄大は言葉を詰まらせる。
 この魔王の心すらも、力なき悪意の前には無力だった。

「居なかったじゃないか。まともに求めるものなど・・・だーーれも!!
 辛うじてそれを目指していたのは、狸とロリコン集団ぐらいだ。でもそいつらもキミのお眼鏡に敵わなかっただろう?」

 悪意は言葉を連ねる。それぞれの想いを、幸せのための胸中を。
 順番に踏みにじっていく。

「ロリコン集団は本気だの姫様だの言っておきながら、結局は自分の幸せの理由付けのために利用しているだけだった。
 心も意味も持たない自分達が、まとまるための理由のためにね! 肝心のその姫さまも求めていなかったし、
 挙句の果てには自分やそのお友達の幸せの為に、平気でその目的を放棄するようなクズばっかりだ!
 酷いお友達自治だ!! 結局ロリコン集団は自分の幸せのことしか考えてなかったね!」

 そしてこの悪意は、魔王の心すら絡め取った。

「狸に関しては目的と行為が逆転してるじゃん!! わかるだろ? 私以上にそれに相応しい妖怪なんていないんだよぉ!!」

 邪悪な言葉が響き渡り、辺りに静寂が訪れた。
 窮奇は満足気な顔をしながら、じっと漆黒を見つめている。

127アンハッピー・バースデイ 2:2011/05/03(火) 01:19:33 ID:tElbSrz.

― 貴女の言葉は嘘ばかりだ・・・。しかし私の心が今、この場で貴女に折られたことも事実 ―
「うん! ちゃんとルール通りだねぇ。まぁ『良い』じゃん!
 この百鬼の主の争いを呼んで居るのはキミだけじゃない・・・もっと沢山黒幕が居るだろう!!
 だったら今この場でさぁ、私に一個ぐらい譲ってくれても『良い』気がするなぁ!!」

 天魔はひとつの形を成し、窮奇の前に跪く。

「かないませんなぁ・・・母上には」
「そりゃそうさ、キミのお母さんだからねぇ」

 天魔は顔を上げる。
 その瞳には何よりも深く、何よりもおぞましい紫の深淵。

「会いとうございました、愛おしゅうございました。母上・・・いえ、主殿」
「うんうん!! もっと甘えて『良い』よぉ!!」

 その天魔は、窮奇をそのまま幼くしたような姿だった。
 そして、今この場で・・・。

 “最低”は、“最凶”へと成り下がった・・・。

128Re:バースデイ:2011/05/03(火) 01:21:32 ID:tElbSrz.



「ピンポンパンポーン、おはこんにちばんはー!」

「この街でお待ちの妖怪の皆様、お待たせいたしましたぁー」

「まもなくぅーー、窮行・破滅行きの夜行が到着いたしまーす」

「なお、この列者はぁー終点まで止まりませんのでご注意くださーい!」

「さてさてぇ、弱い方にも強い方にも! 正しい者にも間違った者にも!
 『良い』妖怪の皆様にも、『悪い』妖怪の皆様にも! 私からこの言葉をお贈り致しまぁーす!!」



Bad Luck !! 皆様の未来に不幸あれ!!

129天貫く狗 狂気の骨 雪化粧の男 神崩れ:2011/05/03(火) 18:54:59 ID:ajFsrEio
「これは・・・マジでどういうことだ?っていう」
「いやだからさ、窮奇ってのが主になったんでしょ?」
『それは知ってる・・・僕達が聞きたいのは・・・』
「いつの間に?と言いますか。
 どうやってなったの?と言いますか。」

「そもそもどうやったら主になるんだよ?っていう、鼻。
 俺はてっきり反抗勢力が全部消えたらと思ってたんだが。」

「・・・方法は、前時代では複数存在したという伝承があるが、
 その大方は何かしらの【多いなるモノ】に認められる事、なのだそうじゃ」

『・・・で、貴方の時のもそうだったの・・・?』
「いや、僕はいかな世代であっても、
 後入りして、後から中枢の一人と呼称されるようになっただけじゃからの・・・」
「つまり知らんってか。
 この役立たずがっていうwwwwなに偉そうに喋ってんだwww
 ほら謝れwww皆の前であやヒデブッ!!」





「・・・。
 今その方法とやらの議論はいいでしょ。

 それよりもどうする?彼女が主になっちゃた事は事実なんじゃない?」
『・・・事実かどうかはともかくとして・・・
 僕達がどう動くべきか・・・』
「考えておいた方が良いのでしょうね」

「現体制に不服なれば、選択されるべし行為も限られてくるというもの。
 
 
 どうじゃ、一度革命でも起してみようかの?」










「『「不必要、どうせ何かしらに潰される」』」

130幸 ト 不幸:2011/05/05(木) 01:18:10 ID:DDrxEC0A

 雲もなくただ闇が広がる天上に、星を携えて二日月が浮かぶ夜。
 太陽の下に生きる獣たちは昏々と眠り付き、月の下に生きる妖怪たちは待ち兼ねたように動き出す。
 袂山をねぐらとする者たちもその循環に例外はない。
 夜行性の獣や、人の間に暮らす妖怪を除いて。

 漆塗りの朱鳥居が構えられた小さな神社に、ぼんやりと提灯の燈が灯っていた。
 それは幻想的な光景であると同時に、惹きこまれるような妖しさがある。
 この神社に祀られる狐は、彼の特等席である鳥居の上に深く腰掛けていた。
 闇の中で鮮明になる白い着物に身を包み、金糸のような柔らかい髪をもった若い男。
 勿論それは借りの姿であり、実際は三叉の尾を持った送り狐だ。

 風も心地よい今晩のような日は、織理陽弧の好きな夜であるはずなのだが、
 転寝もしなければ詩(うた)を口ずさむでもわけでもなく、彼らしくない表情である一点を凝視していた。
 織理陽弧の視線の先にあるのは、己の掌に浮游させた一つの送り提灯。
 「想いの灯」の器であるその提灯が内に燈すのは――煌々と揺らめく濁紫の炎だった。

 織理陽弧が生み出す灯は、誰かの想い自身。言うなればその者の分身。
 濁紫の炎から放たれるのは、窮奇と同じ純粋悪だった。
 ただし操ることができるのは織理陽弧だけであるため、炎自体に害はないが。

「窮奇……」

 織理陽弧は提灯に視線を投げたまま、ぼんやりと彼女の名を呟く。
 己と対をなす存在である窮奇の名前を。

 「全ての者を幸せにしたい」と、そう想い続ける織理陽弧にとって、窮奇の存在は高い壁でもある。
 彼女の想いは「自分以外の者を不幸せにすること」であり、織理陽弧のものとは絶対的に噛みあわない歯車だ。
 窮奇ほどの強い想いを変えることは難しい。
 けれどその歯車を合わせるためなら、織理陽弧は身を投げ出す覚悟もある。

 ――彼女を、幸せにする。

 その想いを象るものは誰もいないけれど、彼の胸の中で確かに炎を上げていた。

131宝玉院家の動き 1/2:2011/05/05(木) 13:20:55 ID:SmXQZqJk
澪との戦いの後、三凰は山中で気を失っていた。あの怪我では当然だろう。

二仙「まったく…勝てもしない相手に挑むとは…」

飛葉「酷い怪我ですな…早く屋敷で手当てをしなければ…」

二人は倒れている三凰を担ぐと屋敷へ飛び立った。


宝玉院家

飛葉「二仙様、三凰坊ちゃまの容態ですが、命に別状はありません。
しかし、動けるようになるのはまだ先になるでしょう。」

二仙「そうか…奴が動けるようになったら、また色々言わねばならんな。
しかし、まだ先か…ちょうどいいかもしれんな。」

飛葉「と言いますと?」

二仙「例の噂だ。三凰の奴は、真相を確かめにまた無茶をしかねん。」

百鬼夜行の主が決まったと言うあの噂だ。

飛葉「例の噂は、私たち使用人でも調べておきます。」

二仙「頼むぞ。飛葉。
場合によっては、三凰に百鬼夜行の主を諦めてもらうかもしれないが…」

飛葉「やはり、危険な存在が動いているとお考えですか?」

二仙「ああ、そうだ。もしかしたら、我々も戦うことになるかも知れん。」

飛葉「準備をしておきます。」

この日から、宝玉院家に緊張が続くことになる。

132宝玉院家の動き 2/2:2011/05/05(木) 13:22:32 ID:SmXQZqJk
三凰の私室の前、一人の女性使用人が不安そうな表情をして立っていた。

夢無「三凰様…」

飛葉「夢無さん、三凰坊ちゃまの命に別状はありません。」

そこに現れたのは、同じく不安そうな表情をした飛葉。
飛葉は、先ほどの二仙との会話を夢無には話さない事にした。夢無は、メンタル面が強くはなく、三凰と二仙のためなら無茶をしかねないからだ。

夢無「あの…三凰様のために、何か出来ることありませんか?」

無茶はさせられない。そもそも、今は夢無のような戦闘能力の無い者を出歩かせることは危険かもしれない。

飛葉「では、私と共に薬草を採ってきましょうか。」

三凰が大怪我をし、精神的に参っているであろう夢無を一人にしたら、何か無茶をするかもしれない。
飛葉自身も情報収集や、薬草採りをしなければならないため、こうするのが一番安全だろうと判断した。

夢無「わかりました。」

夢無(三凰様、待っててくださいね。私が助けます。)

133紫狂とは・・・ 前:2011/05/08(日) 12:55:06 ID:???

「・・・、ああああああああああ!! 腹立つッ!!」

 紫狂のアジト、地下空洞にて。
 窮奇が出鱈目に怒り狂っていた。
 あちこちの岩盤は破壊され、あたりには石英の破片が散らばっている。

「ひっ・・・! 姉さま・・・一体どうして――」
「おやおやぁ! 危ないですよぉ!! ふふふふぅっ!!」

 岩の上に載っていた少女の生首を、松葉杖を付いたパーティースーツの男は拾い上げて避難する。

「! 金ヅルさん・・・」
「いえいえ!! キュウちゃんが姉さまならワタクシのことは義兄さまとお呼びくだ――ぶふぅ!!」

 拳大の瓦礫がものすごい勢いで包帯に巻かれた渾沌の頭を直撃した。
 ようやく完治し掛けた傷口から、じわじわと血がにじみ出ている。

「・・・金づるさん、どうして姉さまはあんなに怒っているの?」
「いつつつ・・・はい? あぁ、多分あの件でしょうねぇ」

 安全な場所まで来ると、ギプスの巻かれた腕でそっと少女の生首を下ろし。
 その場に座って、荒れ狂う百期の主をただ見守る。

「もしかして・・・大きいカエルさんが居なくなっちゃったから?」
「わいらのことですか。確かに長い付き合いでしたし、キュウちゃんにもいろいろ思うところもあったでしょうが・・・。
 彼はどの道、長くありませんでしたからねぇ・・・。ある程度覚悟はしていたことでしょう。ニタニタ笑って見送ってましたしね」

 わいらの死に場として、平次郎との戦いをそそのかしたのはほかならぬ窮奇であった。
 どうやら最近の平次郎の変化に、なにか思惑があったようである。

「それよりも・・・。ほらこの前作った鳥さん、黄昏兄妹。
 彼等が丑三夜中に対して、何の感傷も与えられなかったことがキュウちゃんを苛立たせているのだと思います。
 キュウちゃんは黄昏兄妹のことが大好きでしたからねぇ・・・」
「えっ・・・?」

 目をしばたかせる。自分よりも新入りで、あんな奇怪なバケモノになんの思いがあったのか・・・。
 そんな疑問を察してか、渾沌は少女の生首に微笑みかける。

134紫狂とは・・・ 後:2011/05/08(日) 12:59:27 ID:tElbSrz.

「もちろん黄昏兄妹だけではありません、キュウちゃんは“想い”を持つ者は無条件で大好きなんです。
 貴女もわいらも道切りも、牛神セツコも東雲犬御も四十萬陀七生も瞳さんも黒蔵も・・・。
 みんなみんな大好きで、気に入っているんです。誰よりも心を壊したいからこそ、不幸にしたいからこそ・・・ね」

 何処か誇らしげに、何処か愉しげに。
 渾沌は窮奇のことを語っていく。

「正しくても間違いでも、綺麗でも醜くても、弱くても強くても、自分に有利でも不利でも、『悪い』モノでも『良い』ものでも。
 全部全部、関係ないんです。強くて純粋な“想い”なら・・・キュウちゃんは好きで好きで仕方ないんです」

 暴れ狂う窮奇を愛おしそうに見据える渾沌。

「だからそんな“想い”を持つ者が。その“想い”を理解されず、見向きもされず、向き合おうともされず。
 ただ力と能力だけで捻じ伏せられるのが悔しくて悔しくて仕方が無いんですよ。
 どんな形であれ、“想い”を持つ者が・・・。ただの雑魚や立たせ役のように倒されるのが、嫌で嫌で仕方が無いんです」
「ただの雑魚・・・」

 少女の生首は、自分の過去に考えを巡らせる。
 ただの噂として生まれ、ただのバケモノとして消されかけた自分。
 ただの噂だと・・・見向きもされなかった自分の中身。
 あのまま消えても、あのまま倒されても。
 自分は何一つ残せなかっただろう、何一つ意味を為せなかっただろう。
 ただの気まぐれだとしても、ただの手駒としても、偶々目に付かれただけでも。
 たとえ、不幸への一本道を歩まされるだけだとしても。
 それでも自分は・・・。

 窮奇と織理陽孤、非ずして似ているその心の在り方。
 その向きは真逆であっても、最も意味あると考えるモノは同じだった。
 能力でも、見た目でも、損得でも、カッコよさでも、プライドでもなく・・・“想い”。



 それを・・・、その窮奇の心を。理解できぬものが紫狂の中に1人だけ居た。

「クソッ、クソッ! なぜなのですか・・・なぜ母上は私にここまで感心がないのですか!!
 私は誰よりも優れているのに! 誰よりも強い能力を持っているのに!
 誰よりもカッコよくなれるのに、誰よりも偉大で・・・誰よりも富んでいるのに!!
 その気になれば・・・この町の人! 妖怪! 関係なく・・・全ての長所を倍加して手に入れることが出来るのにぃいい!!」

 薄弱な想いと理性を押しのけ、暴走する欲望。その行き着く先は果たして・・・

135とある機関での出来事:2011/05/08(日) 15:13:21 ID:BQ990e1A

「おお、零か。久しぶりだな。」

「久しぶりです。そう言えばそんな口調でしたっけ?」

「ハハハ、露希ちゃんの前では違う方が良いと思ってな。
ところで、零は主の決定などは知っておるな?」

「ええ、勿論です。現在は夜行の方に協力して…。
良い方ばかりで、凄く安心しています。」

「そうか、それなら大丈夫だな。
ただ、この現状、わしも動かねばなるまいな。」

「…。分かりました。

ですが、貴方はこの立場を隠して下さいね。ばれたら大変ですので。フォード様。」

「大丈夫だ、心配せんでいい。」

136戦場の跡に:2011/05/08(日) 21:18:33 ID:1gBuqmPQ
わいらと平次郎狸の戦いで荒れ崩れた山の一画に、一頭の牡鹿が立っていた。
片目の牡鹿は懐かしむように大気と大地の匂いを嗅ぐ。

一声その声を響かせると、土がその足元から這い上がり
金色の毛並みに泥化粧を施した。
しかしそれは角へ達することは無く、その目の周りまでで止まった。

(逝ってしまわれた)

戦場の中央で鹿は前足を折る。
その大きな角を抱く頭がゆるりと下がり、祈るように地に伏した。
しばしの後、立ち上がって去ろうとした鹿の蹄に、こつりと埋もれかけた金の輝きがぶつかった。
何なのか確かめるようにそっと鹿が鼻を寄せ、地中から金の輝きは丸く転げ出る。

(悪い気は感じない)

見えるほうの目を寄せ、角の先でつついて見ているうちに、
金の珠は芽吹き、鹿のその角に伸びた蔓で絡みつく。

(連れてゆけ、というのか?)

ヤドリギのように片目の鹿の角にくっついたまま、金色の輝きは暗い森の中へと運ばれていった。

137普通じゃない普通な……:2011/05/10(火) 22:29:30 ID:c1.PBF/s
「また来たよ」
そう言いながら、病室にやってくる一人の高校生――田中 夕。
彼は照れ臭そうに笑いながら病室のベットにいる《彼女》を見る。

「今日は何を話そうかな…」
考えるように、右手で顎を触りながら考える。

「退魔師のお兄さんとの話がいい?それとも散歩で出会った鶏で腹話術してたお姉さんとの話?」
いつものように笑い。

「うちの犬と同じ名前の人の話も話したいしな……あ!十夜っていう中学生と会った時の話がいいか?なんか弟してみたい子なんだ」
普通の日常。普通じゃない日常。

「あ…それともここだけの話聞きたい?俺、秘密警察の人達の戦いに巻き込まれた話なんだ。本当は内緒なんだけど」
ただ彼は普通に話す。普通に……普通に……

「そういえば家に家族が増えたんだ。……っといても預かってる子なんだけどメリーって言うんだ」
………それは返事が返って来ないのを知っていて。

「………なあ」
「俺…アレから鍛えてるんだ」
ベットに眠る《彼女》

腕に点滴をされ、口には酸素マスクがされて、周りには様々な医療機器がある…

「も…う……お前に守られない…強い男になったんだ……」
息を詰まらせるような声で、彼は言葉を紡ぐ…

「だから……いい加減…起きろよ……何年…立ってるんだよ……」


「――――」
悲痛そうな声が、《眠り姫》の病室に響きわたった。

138別れ…?:2011/05/12(木) 19:15:40 ID:???
楽しい時間とはあっという間に過ぎてしまうものだ。
たとえ1時間だろうが、1年だろうが、時間の存在を忘れさせる。

俺と零が出会ったのはいつ頃だったろうか、きっともう100年くらいは一緒に居る。
俺は零と契約をした。
自分達を助ける代わりに、武器となって彼らを助けると言うことを。
しかし、その契約期間が過ぎようとしていた。
期限が切れれば、零たちの元から離れることができ自由になれる。
あの頃の俺だったら、この日をどんなに望んでいたか――

『なぁ、零。俺達の期限ってもうすぐ切れるよな?』
「え?…うん、そうだったね。これで黒龍も自由になれるんだね…。」
『ま、まぁな。なんだか嬉しいよ。これで行動範囲も広がるし―』
「……そ、そう…良かったよ…。長い間…お疲れさ…ま…

本当に…ありがとう…【黒龍】」

最後の言葉が心に響いた。どうして嬉しいなんて言ってしまったんだろう。
零と離れるのが嬉しい訳ない…信頼できる友達に酷いことを言ってしまった…
零は顔を見せなかったが、泣いていた。それも凄く辛そうな声で。
少しづつ、俺から離れて行く零の背中を見ると、涙が溢れてきた。

俺が臨んだのは自由だったのか、それは絶対に違う…。
好きと言う気持ちを誤魔化して、こんなことをするなんて俺は――

(伝えなきゃ、俺の気持ちを。)

「零ッ!!待って、俺はお前と離れたくないんだ…」

139別れ…?:2011/05/12(木) 19:41:46 ID:???
「え……?」
『恥ずかしくて、今まで誤魔化してた…。

で、でも俺、本当に零と居た時間が心地よかったんだ。

楽しいこととか辛いこと、二人で頑張って来た時間は良い思い出で…。

だから…また一緒に…お願いだ…。』

「…うん!!」

俺は零と出会えて幸せだった。
あの日、あの時、あの場所で出会えたことは本当に奇跡だ。
この奇跡が無ければ、今の俺は無い。だから感謝しなければならない。
奇跡に、そして俺の友達へ―「ありがとう」

140決戦前に:2011/05/15(日) 12:09:05 ID:SmXQZqJk
夕方、ある人物の墓の前。線香の匂いが漂う中で、黒い着物の少女が立っている。
少女は親友とここに訪れ、親友と別れた後だった。

「風月…どうやら、決戦の時が近いようだ。」

窮奇が百鬼夜行の主になったことは、瞳の耳にも届いていた。そして、それに対抗するため沢山の妖怪たちが動いていることも知っていた。
瞳はこのことから、決戦の時が近づいていると考えた。

「紫狂との…道切り地蔵との…」

瞳は、落ち着かないといった印象だ。
彼女一人では、恐怖や不安などを全て振り払うことはできない。そのためだ。

「正直、怖いよ。だけど、負ける訳にはいかないさ。
支えてくれるみんながいるから、大切なみんながいるからな。」

みんなのために、人間と妖怪が共存する未来のために――
瞳は、全力で戦う覚悟を決めた。

「風月…ありがとう。また、必ずここに戻ってくるからな。
それじゃあな。」

強い想いを込めた言葉で言い、墓の前から立ち去った。

141名無しさん:2011/05/18(水) 17:37:54 ID:???
ある妖怪を捕らえるために、再びこの湖へ訪れた。

零「澪さん…。」 
澪『…巴津火と言いお前と言い…なんでこんなムカツク奴らばかり……』
零「澪さん、無関係な人や妖怪を巻き込み多くの命を奪った罪で、捕まってもらいます。」
澪『…そんなこと出来ないだろ……?だってオマエ、今死ぬからさ…!』

零に放たれた鋭い矢。それは零の腹へと突き刺さった。
腹の奥へと深く、深くめり込んでいく。

零「澪さんは、もっと辛い思いをしたよね…。でも今、解放する。

黒龍、白龍、任せたよ。」

黒の龍と白の龍が、湖から現れた。
黒と白の龍は円を描くように、澪の周りを囲む。
そして、それは一気に澪を包み込んでいく。

澪『(なんだ…?この居心地のいい空間は…。体の重みが消えて行く―。)』

紫の邪気は澪から離れていく…
自分の犯した罪の重さが少しづつ、理解できるようになって来た。
そして、それを止めようとした三凰のことも。

―僕は、どこで間違えたんだ…?多くの命を奪ってまで復讐したかったのか?
人間も妖怪も、皆が皆、悪い奴だったのか?僕は…僕は……!!

零「澪さん、罪を償いに行こうか。もう分かったよね。」
澪「三凰…三凰に、会わせて…くださ…い…。三凰に…謝りたいんだ……。」
零「いいよ、3日、時間をあげる。その間に謝りたい人に会ってきて。」

142決戦後に:2011/05/18(水) 23:31:55 ID:SmXQZqJk
ある人物の墓の前。黒い着物の少女は、再びその場所に訪れることができた。

「風月…私、ついにやったよ。決着がついたんだ。」

勝利の報告。道切り地蔵――長きに渡る因縁の相手との決着を報告した。
けれども、瞳の表情はあまり明るくはなかった。道切り地蔵を救う道があったんじゃないかと考えてしまうからだ。

(私は、奴の心の内まで分からなかった…もしかしたら、奴も窮奇に利用された犠牲者だったのかもしれない…)

とはいえ、考えてもわからないことだ。
それに、道切り地蔵と瞳の決着はついたが紫狂はまだ存在する。

「風月…全て終わったらまた来るよ。」

自分にできることがあればやる。そして、最後まで戦う。
瞳は、真剣な表情で風月にそう誓った。



『決着…ですか。その話、詳しく聞かせていただけませんかな?』

瞳の背後から老人の声がする。

143飛葉の想い:2011/05/18(水) 23:34:15 ID:SmXQZqJk
瞳「!?何者だっ!?」

飛葉「驚かせてすみません。
実は私、百鬼夜行の主である紫狂の窮奇の情報を集めていまして。そうしていたら、気になる単語が聞こえたもので…盗み聞きをするつもりはなかったのですが…」

瞳「その情報を集めてどうするつもりなんだ?まさか、戦うつもりか?」

飛葉「場合によっては戦うでしょうな。もちろん、私一人ではないですが。
しかし、相手の戦力も具体的にわからないまま…なんの対策もしなければ、私達は全滅してしまいます。そうならない為には、少しでも情報が必要なのです。何か知っていることがございましたら、教えていただけませんか?」

飛葉から伝わってくるのは、生きたいという想い。生きて、まだあの方の役に立ちたい。坊ちゃまの助けになりたい。そんな想いが伝わってきた。

瞳「わかった。役にたてるかわからないが、私の知っていることを話すよ。」

その気持ちに答えようと返事をした。

144宝玉院家にて:2011/05/19(木) 07:32:51 ID:SmXQZqJk
宝玉院家
盗み聞きを防ぐため、瞳はここの一室に来ることになった。椅子に座り、テーブルをはさんで飛葉と向かい合う形になる。

飛葉「では、あなたが紫狂の一員である道切り地蔵を…」

瞳「ああ…」

瞳は全てを話したようだ。

飛葉「貴重な話、ありがとうございました。」

瞳「肝心な窮奇の実力についてだが、わからなくてすまないな。」

飛葉「いえ、十分ですよ。」

瞳「そうか、それならいいんだ…
…それじゃあ、私はそろそろ帰るよ。」

飛葉「お忙しいところ申し訳ありませんでした。お気をつけてお帰りください。」

瞳が宝玉院家の屋敷から出て、入り口にある門をくぐろうとする。
その時――ある男が瞳の前に立ちふさがる。

145そんなものが…:2011/05/19(木) 07:34:32 ID:SmXQZqJk
三凰「貴様…本当にその紫狂の一員を倒したのか?」

瞳の前に立ちふさがったのは、三凰。瞳の強さが気になったのだ。

瞳「ああ、一応な。」

三凰「一応?貴様一人で勝ったのではないのか?」

瞳「ああ、奴と対峙し1対1での戦いだったが、私が勝てたのは私の大切だった人や、私を支えてくれる親友たちがいたからだ。
みんなの想いがあったからこそ勝てたんだ。」

三凰の表情が、不機嫌そうな表情になる。

三凰「くだらん!そんなものが力になるのか!?」

瞳「ああ、なるさ。」

三凰「だったらその力――今ここで見せてみろ!」

三凰がレイピアを抜き、迫ってくる。

146瞳VS三凰:2011/05/19(木) 07:36:42 ID:SmXQZqJk
キインッ――
三凰のレイピアと、瞳の刀と化した右腕がぶつかる。

瞳「どういうつもりだ!私は、あなたと争うつもりはない!それに、まだ道切り地蔵との戦いの傷が残っているんだ!やめてくれ!」

三凰「僕だって、以前の戦いの傷が残っている。おあいこだ!」

三凰、再び突きを放つ。

瞳「くっ…やむを得ん!
滅鬼瞳斬!」

右腕に退魔のオーラを集め、三凰のレイピアを狙い振るう。
その攻撃の勢いに負け、レイピアは遠くに飛ぶ。

三凰「なるほど…それなりには強いようだな。」

実際はわかっていた。三凰ではかなわないことが…
悔しそうな表情からもそれが伺える。

瞳「わかってくれたか?もういいだろ。私は帰るからな。」

瞳は、少し機嫌を悪くし帰っていった。
三凰は、門の前でがっくりと肩を落としこう呟いた。

三凰「まさか…本当に仲間の想いの力だというのか…?」

147一人の力とみんなの力:2011/05/19(木) 12:40:07 ID:SmXQZqJk
瞳が去っていき、しばらくたった頃。三凰は、どうしても気になった。本当に仲間の存在で強くなれるのか?
今、その答えを父に求める。

三凰「父上…仲間の存在で強くなれるなど、ありえるのでしょうか?」

二仙「…三凰よ。よく考えろ、気づかないのか?」

三凰「気づく?何にですか?」

二仙「…ふぅ…まだ気づかないか?
では、お前に問う…私は私一人の力でこの実力と立場を手に入れたと思うか?」

二仙はため息をつき、質問をする。

三凰「もちろん、そう思います。」

二仙「三凰よ…残念だな。」

三凰「ざ、残念!?ま、まさか父上も!?」

二仙「やっと気づいたか…そう、私は一人の力でここまでたどり着いた訳ではない。」

二仙が過去を語り出す。

148二仙の過去:2011/05/19(木) 12:43:28 ID:SmXQZqJk
私にはな、過去仲間と呼べる者が三人いた。
一人目は、飛葉。お前もよく知っているあの飛葉だ。飛葉は、私の良き理解者で私の支えだった。

飛葉「いつまでもお供します。あなたは、私の恩人ですから。」

二仙「飛葉よ、頼りにしているぞ。」

二人目は、私のライバルとも親友とも呼べる男。今は、死んでしまったが、私の競争相手として競い合いお互いに良い影響を与えていた。

男「二仙!次は負けないからな!」

二仙「フッ…次も私が勝ってみせるさ。」

飛葉「二仙様、油断してはいけませんよ。相手を見くびったり、己の力を過信することは敗北を招きますから。」

女「そうそう、だって二仙はギリギリで勝ったようなもんじゃない。次は、負けちゃうかもよ。」

三人目は…私の妻…そうお前の母親だ。
彼女は私の何よりの支えだった。私のことを大切に思い、ひねくれていた私を理解し愛してくれた。

149父を信じて:2011/05/19(木) 12:45:55 ID:SmXQZqJk
三凰「母上が…」

二仙「そんな彼女も、お前を生んでからすぐに病気で他界してしまったがな…
話しがそれたな…つまりだ、彼らがいたからこそ私は強くなれたのだ。」

三凰「僕も…僕にもそんな存在が見つかるでしょうか?」

二仙「三凰よ。それは、お前次第だ。探してみなさい。」

三凰「わかりました!見つけてみせます。必ず…」

二仙「それと、三凰よ。無理はするな。少しずつだ。一人では、どうにもならないこともある。
今のお前なら分かるな?」

三凰「はい。もちろんです!」

三凰は、父を信じ強くなろうと仲間を探すことにした。
果たして、この行動がどのような効果をもたらすのだろうか…

150紫狂・始動:2011/05/19(木) 18:08:20 ID:tElbSrz.

「凄いですね! これこそキュウちゃんに相応しき居城!!」
「でしょー♪ わいらと道切りの置き土産だよぉ!」

 ただでさえ少なかったメンバーがさらに半分と成った紫狂。
 3人は異天空間の中の巨大な岩の城の前に立っていた。

「・・・母上、なぜ今になって移転などと?」
「渾沌が金づるですらなくなっちゃったからねぇ、人の場所に本拠地を保有するのは厳しく成っちゃたんだぁー」
「あぁっ! 面目ありません!!」

 その目の前にそびえる、恐ろしいほど巨大で豪勢な巌窟の城。
 幾つもの部屋には渾沌の最後の財産で買い揃えた安物の家具などが並べられている。
 この城の内部の中では一部にしか過ぎないが、それでも広さは大きな一軒家の広さをゆうに超えている。

 百鬼の主の新たなる本拠地、天逆楼である。
 古の正装に身を包んだ窮奇は二人を引き連れ、エントランスホールとも言うべき場所に並べ立つ。

「さてと・・・いろいろ報告することがあるねぇ・・・。
 まずは残念なことに、わいらと道切りはリタイアだ。ここの維持には百鬼の主の力を使っているから問題は無いけどね。
 それと入江ちゃんの一件・・・彼女には『悪い』けどまだこの世に残っていてもらうよ、今は存在の再構成をやってるよぉ」

 パーティースーツの渾沌と、古の神子服を着た波旬、2人は少し黙りこくって窮奇の話に聞き入る。

「さて・・・メンバーも減っちゃったんだ、そろそろ2人には本格的に動いてもらいたい。
 今回の目的はいたって単純だ。2人にはそれぞれ、これから示す標的を倒して欲しいだ」

 波旬は、窮奇の言葉にわずかに体を震わせ、口を開く。

「力で捻じ伏せても『良い』のですか?」
「・・・うん! あのロリコン集団なら全然問題ないよぉ、遠慮無くやっちゃって!」

 少女の形をした天魔が、悪逆にほくそ笑んだ。

「・・・ようやくですかぁ、待ちくたびれましたよ。そういうの!」
「というか彼等は強くてカッコいいからキミ以外じゃ倒せないだろうね。期待しているよぉ、波旬」
「あはっ! お任せくださいな!! 母上が欲しがっているカオスな世界! すぐにでも創り上げて見せましょう!!」

151紫狂・始動 2:2011/05/19(木) 18:09:12 ID:tElbSrz.

 窮奇のへばりつく悪意に慣れている渾沌すらも、波旬の溢れ出す欲深さには少し頬を引きつらせた。
 欲望をばら撒きながら、早速波旬は天逆楼から出て行く・・・。

 そのさまを見送りしばしの沈黙の後、渾沌は口を開いた。

「キュウちゃん、折角二人になれたのですか「黙っててよ」

 いつものように、言葉を遮られるが今回は怯まない様子である。

「入江ちゃんのことです」
「・・・」

 少し感心したように目を見開く。
 渾沌はいつもの歓喜を抑えながら、落ち着いた口調で語りだす。

「彼女の雰囲気・・・というよりも彼女が“パラサイトドレス”と呼んでいたあの技・・・。
 僅かながらですがキュウちゃんと同じような雰囲気がありました。一体彼女に何を教えたのです?」

 ニタニタという笑みを浮かべながら、しばらく渾沌を見つめなおす窮奇。

「・・・よく気づいたね、アレは憑依の発展系。私達が転生と呼んでいるライフサイクルの基礎中の基礎さ」
「道理で・・・つまり彼女を」
「・・・」ニタニタニタ

 気色の悪い笑みを浮かべながら、渾沌を見直したように眺める窮奇。
 突然何か思いついたように指を鳴らし、渾沌に囁きかける。

「渾沌、今晩デートしてあげるよ」

152紫狂・始動 〆:2011/05/19(木) 18:10:33 ID:tElbSrz.

「すいませんがここから先には立ち入り禁止で――がぁっ・・・!」
「あ、ごめんねぇー」

 逆心の触手にあてられ、グシャリと倒れこむ警部服を着た男性。
 音を立てて懐中電灯が転がっていく。

「入るな、なぁんて言われたら余計入りたくなっちゃうよぉ!」
「あの・・・キュウちゃん、デートって・・・」

 失神した警備員を傍目に見ながら渾沌は後についていく。
 侵入者を拒む警備システムも、窮奇を前に次々と雇い主に逆心していく。


「流石はキュウちゃん! 百鬼の主の力をh「さて、ここからが金蔓ですらなくなったキミの仕事だよぉ」

 集められ、強化された新しい兵隊を前に窮奇は語りだす。

「彼らを統率して貰いたい、ここから先の戦いは妖怪の力だけじゃ厳しいだろうからねぇ。
 人の上に立って、人をまとめるの・・・得意だろう?」

 渾沌は後ろを見渡した後、紫に濁った目で窮奇に向き直る。

「・・・なるほど確かに。そうですね、人をまとめるのは得意です。
 おまけにワタクシは彼らの気持ちがよく分かりますからね。必ずやキュウちゃんのご期待に応えましょう」
「おーけー、それじゃあキミ達の標的は・・・セツ子ちゃんの居る牛神神社だ」



 その日から連日のようにニュースが流れていた。
 電気屋に展示される薄型テレビから、キャスターの声が響く。

「犯人とされる男女の2人組みのうち。女性の方はいまだに身元が判明しませんが、
 男性のほうは現在、行方不明中の元・犬井グループ代表取締役である犬井信司容疑者であることがほぼ確定しました。
 なお精神障害犯罪者病院から拉致された22人の内、17人は警察に身柄を確保されましたが5人はいまだに行方が知れません」

153宮仕えなんてするもんじゃない:2011/05/20(金) 21:37:57 ID:1gBuqmPQ
竜宮について衣蛸がまず真っ先に書いたものは、辞表だった。
これを書くことで腹をくくった、とも言える。
書き終えて折りたたんだそれを懐に居れ、それから報告書に取り掛かる。
いつもの衣蛸なら仕事用の筆は一本、他七本は艶文用。
しかしこの度は流石に八本ともがまじめに働いている。

同時に衣蛸は、過去の古い資料に目を通す。確認のためであるが、やはり。
その作業中に訪れた小さな姿には目もくれず、その気配だけで相手を認識した。

「神格相手に片手間な対応で悪いが、今忙しいんだ」
『そのようですね』

紙の色からしてどこかの遊女からの誘い文であろうそれらが開封もされず
無造作に衣蛸の文箱に高く積んであるのを見て、衣蛸に礼を言おうとしていたミナクチは
事の重さを改めて感じ小さく溜息をついた。

「悪いが今回、お前には矢面に立ってもらうしかないぞ」
『覚悟はしてます』
「最悪の場合、俺は逃げるからな」
『判ってます。責めはしません』

「『でもその前に、確かめねば」なりませんね』

窮奇の手駒、紫狂の一員であるヤマタノオロチの巴津火。
あれが本当に、あのヤマタノオロチを元にして呼び起こされたものならば。

「あれが主の次男坊だったら、ヤバイどころじゃねぇ」

スサノオに殺され、後に安徳天皇として草薙剣の分霊をこの竜宮に持ち帰ったヤマタノオロチは
この竜宮の主、海神の次男にして伊吹大明神でもある。

「俺は報告だけまずあげたら、指示が降りてくるまで爺ィのとこに行く。
 蟹には先に陸に上がって、奴を見張っててもらうことにする。お前はどうするよ?」

ここで初めて衣蛸が机の向こうからミナクチを見た。
机の蔭に隠れてしまいそうな背丈の小さな蛇神は、それでも何時もと同じに穏やかに笑んでいた。

『先ほど、私の上役にも事情を話してきました。
 そして、これから会いに行かねばならぬ相手が居ります』
「……。」
『叡肖さん。私を取り戻してくれたことに、感謝します』
「礼なんかイラネ」
『今言っておかないと二度と言えないかも知れません。悔いは残したくないですから』

せわしなく紙面の上を走っていた八本の筆が一瞬、止まった。

「……糞っ!だからアイツは嫌いなんだ」

衣蛸が小さく毒づいたのは、『ありがとう』といい残し、
ミナクチが部屋から居なくなってからだった。

(今思えば、中身が何であれ器の罪人ごとあの山でぶっ殺せば良かった)

イライラを募らせながら衣蛸は筆を置き、書き終えた文書に叩きつけるように印を押した。

154インコレツジ:2011/05/21(土) 20:19:56 ID:BuUSa2Hg
【山】
山と山の狭間
妖怪のみが知る、その秘境に大猿は生まれ出でた。
「我、再び甦り」
大砲が背中に乗っているが、細かいことは気にしないことにした。
大砲を放つ。〈無限の火薬〉が爆ぜ、鉄球が飛ぶ。
その鉄球は、地面を穿つ剛弾。
それを更にもう一発。
山は激震した。
鳥は一斉に飛び立ち、満月の夜に、天敵、大猿を見た。

155コオリ ノ ドクハク:2011/05/22(日) 18:51:25 ID:ajFsrEio
僕に言いようのない不安感が襲った。
それは、僕が近々死んでしまうのではないか、という脈絡の無い不安。
しかし脈絡がないと言っても、僕にこの秘密を吐露させるには十分だ。
だって僕が今から話す事は、僕の死で歴史の中に埋もれて良いようなものではないし、
あの子やあの方がいた事は、忘れ去られてほしくないから。


ご存じの通り、僕が人間であったころの名は、柊木の宮 雪麻呂。
その名前の形式で気付いたかもしれないけど、、
僕は世に言う室町時代における貴族階級をもつ人間であった。

もうひとつ、僕の年齢は500と言っているけど、その年齢は氷猩猩、
つまり人間達の言うところの雪男となってからの年齢だ。
正しくは僕が生を受けたのは西暦1455年。室町の中期。

でも貴族と言ったって僕は所詮、庶民から召し上げられただけの妾との子供。
何か起こらない限り、僕の柊木の宮家の家督継承は不可能な偽物貴族。
それで柊木の宮の人達から僕が、常日頃からのいやがらせを受けるのも当然のことだった。

でもそれで僕は怒ったり悲しんだりはしなかった。
しょうがない事だと思っていたから。
だって僕は同世代の子供たちと比べて格段に物分かりが良い子だったからね。
狂骨はそれを「感情を手放した氷の心」と名づけたけど、
せめてこの回想の中だけは分別のある子供だと言い張りたい。

父親が僕を我が子だと接しなかったのは仕方がない、
だって彼はその事で立場が危うくなると思うほどに臆病だったから。
その側室が僕を何かに付けて罵倒するのも仕方がない、
だって彼女の夫は僕の母に盗られたのだから。
そしてその兄弟が・・・この事については避けよう。

でもほら、こうすると結構色々な事が納得できてしまうんだ。

156コオリ ノ ドクハク:2011/05/22(日) 18:53:26 ID:ajFsrEio
とにもかくにもこう言ったように僕は、自分の置かれた境遇を把握し、
納得する事で自分を守ろうとした。
この家とは誰とも違うという事実から、実母もいない孤独な自分を。

だからこの家で何が起きようと僕に何が起きようと、僕に感情の機微は無かった。
殴られても痛いだけで悲しくない、罵られても耳が痛くなるだけで寂しくない。
狂骨が言った感情を手放したというのは間違いだ。
何せ僕にはもともと感情など無かったのだから。
物心つく前から納得づくだった僕の心に、
感情みたいな非合理的なものが発生できるような、そんな温かい隙間なんて無かった。


だから、応仁の乱から逃れるための都落ちの時に皆が逃げる中で、
僕一人だけがどさくさにまぎれて捨てられた時も、悲しくなんてなかった。

そして僕はお腹を空かせながら各地を彷徨う事になる。

この時代、道端に食べ物が落ちていることなんてある筈も無かったが、それは関係ないと言える、
なぜなら普段から僕は生きたいなんて思っていなかったので、
誰かに食べろと命令されるまでは食べ物を口にする事はなかったからだ。
お腹が減っても辛くは無かったし。

そんな生きる気力どころか死ぬ気力もない僕が、
とある雪山のふもとで力尽き、ただのたんぱく質の塊となったのは必然だ。

157コオリ ノ ドクハク:2011/05/22(日) 18:54:53 ID:ajFsrEio
僕が再び目を覚ました時、見知らぬ僕と同じくらいの年齢の女の子が側にいた。
その子はとても優しそうだけど気が強そうで、
それでいてもどこか妖艶な雰囲気がある子だった。そう、彼女は雪女だ。

寝起き(死に起き?)の僕に彼女は自分の紹介をした。彼女の名前は「雪花(せっか)」らしい。
とても活発で、どうみても一般の雪女と知られているのとは違う女の子だった。

次に僕は、一度人間として死に、そして彼女によって今度は雪男として生まれたのだと説明された。
信じられなかったが疑う気もなかったし、
死んだままの筈だったあんたにとって私は、絶大的なほどの恩人なのよ、と胸たかだかに言ったから嘘でもないだろう。

この雪山には、雪の妖怪の様々な種族が一つの群れで暮らしているらしいとも言っていた。
そして彼女の育ての親に当たるのが、この山の主である氷猩猩。
この方はとても優しい方で、見ず知らずの僕を笑いながら迎えてくれる懐の大きさだった。

最後に、雪の妖怪としての生き方は雪花が教えてくれるそうだ。
生き方なんて知る気はなかったけど、この修行は彼女の命令だった。

何故僕なんて拾ったのかと最後に形式上聞いてみたが、それに答える事は無かった。



雪花が僕に雪の妖怪の妖術やもろもろを教えるようになってから、結構しばらくの時間がたった。
だれでも時間さえかければそこそこの実力にはなるもので、
僕の妖怪としての力も格段に上がって、彼女と並ぶかもしれないくらいらしい。

それとついでに雪花は、僕が生きたがらないという事に関して怒っていた。
だから彼女とは『自分に命の危機があったら、殺してでも生き残る』と約束した。
この山でも、よそ者があなたの命を狙うかもしれないから、だそうだ。

そして僕が初めて人から生気をすえた時は雪花も喜んでいた。
自分の教え子が出来るようになるのは嬉しい事らしい。
形式上だけどこういう時は言った方がいいらしいので、ありがとう。雪花のおかげでできるようになった、
と言ったら彼女の頬が赤くなっていた。

彼女がほほを赤らめる事は月日が経つにつれて、その頻度が高くなっていった。
大体そういう時はなにがあったのか僕の顔を見ていた後の事が多く、
その時は大体、僕が雪花の方に振り向くと彼女は赤面して目をそらしていた。

僕にはそれがなぜなのか理解できなかった。
女性の生理現象にあるものなのだと思っていた程だ。

158コオリ ノ ドクハク:2011/05/22(日) 18:55:57 ID:ajFsrEio
しかし僕もまた四季が廻るにつれて(雪山は年中冬だけど)、彼女になにか、
本当に今までなかった為に把握できない何かが僕の心に発生していた。
ふとした時に雪花の顔を見ていて、ふとした時に彼女の事を考えていた。

二人がたまに何も話さなくなる時間が生まれた。
どこかぎこちなくなった二人の関係だけど、それでもそれがまた心地よかった。

だからある時僕は一大決心をしたんだ。別にその時に葛藤や緊張があったのではないけど、
ともかく僕はこの心に浮かんだ正体が何かを突き止めるために決心した。
ある事をやる事にしたのだ。

その内容は簡単。
雪花に誰にも話さないという約束で、誰も立ち寄る事の無いとある洞窟に来てもらう。それだけ、のはず。
でもそれを言った時彼女の顔は、
彼女のその白い肌とあいまって赤がより強調された驚き顔になっていた。

うん、ともじもじしながら返答した彼女もまた、一大決心をしているようで。

そして約束の時が来た。
山の日は落ち切って、あの時あたりは月光が照らす以外に光は無かった。
でもその月光のおかげで雪たちが、昼とは違った銀をたたえていた。

これが山の仲間の言うところの『ムードはばっちり』なのだろう。
だから不安はなくとも喋りづらくなった僕の雪花を待つ心は、少し楽だった。

しばらく待っていたら、洞窟の入口に人影が見えた。
彼女の姿が見えた時に僕の心は初めて、荒れ狂う海の様に大きく波立った。

それは彼女が来たからだけではない。
洞窟に入る彼女の後ろには雪山の妖怪達が勢ぞろいしていたからだ。
ふと雪花の方をみると、彼女は薄笑いを浮かべている。
まだ状況がつかめていなかった僕に彼女は言った。そう、言ってしまった。

僕が数年前から雪花と言う雪女の魅了にかかっていたという事を。

159コオリ ノ ドクハク:2011/05/22(日) 18:57:15 ID:ajFsrEio
雪花が座ったままの僕を抱きしめ、艶めかしい声で色々話してくれた。
主を決める戦いが始まったという事から、それで彼女が主を目指した事。
それで力をつける為に死んでいた僕を雪男にして、鍛え上げた上で共食いする事で強くなろうとした事。
そしてまんまと魅了された僕が秘密の約束を全員にばらされ、
今、逃げれない状態で殺されようとしている事まですべて。

それから彼女は僕に、今は死にたくないと思うかしら、と質問してきた。
もちろんその時の僕の返答はこうだった。死にたくないと思っていない。生きたいとも思っていない。
そのとき彼女はどういう反応だったのか、今ではそれは思い出せないけど。

ひきつった顔で笑った彼女が僕の命を断とうと、僕とまた見つめあった時、
彼女のその腹には、僕があけた大きな風穴があった。

それに気づい時雪花は耳が痛くなるほどの悲鳴をあげていた。そして、
死にたくないと思っていないと言ったのに、なぜ?、
と倒れこみ、混乱しながら僕につぶやく彼女。だから僕は彼女に言った。
自分の命は相手を殺してでも守るという約束を貫いたのだ、と。

そしてその時、まさに雪花のおかげで僕には初めて、感情が生まれた。
それはなによりも僕の周囲にいた感情で、一番理解しやすいものであった。

だから僕は雪花に言ったんだ。心のおもむくまま。

「この、あばずれが」

僕に初めて浮かんだ感情は侮蔑、だった。
他者を蔑み、すべてにおいて軽んずる感情。

僕がそう言って彼女は、神に見捨てられたような、全てを失ったような、
それでいてそれこそ全て忘れて笑ってしまおうかという、
僕にはさっぱり理解できない表情を浮かべ、力尽き、ただの雪の塊となった。

160コオリ ノ ドクハク:2011/05/22(日) 18:58:17 ID:ajFsrEio
雪花の死にいち早く声を上げたのは、彼女の父親の雪猩猩であった。
当たり前である。主の為にと苦渋の決断をした愛娘が、
今この自分の目の前で貫かれ、罵られた上に死んでしまったのだから。

彼が自分の怒りにまかせて僕の命を断とうとするのも当然の流れ。
ただ彼は、僕が雪花の命令をいまだに守り続けた為に抵抗する事、
そして僕のその抵抗が、自身を凌駕してしまう事は予想できていなかった。
二人の力の拮抗は、やがて僕が押し切る形になった。

そしてあの方の死体の上に立って僕は、大きく深呼吸をした。
その深く吸い込んだ息で、騙しといてごめんはないのですか、
と、そこから続けて出た罵倒の始めの言葉として言い切った。

罵り終えてから僕は、山の主を殺めてしまった僕は当然この山にはいられないだろうし、
だからなにも言わずに山から去ろうとした。しかしとある妖怪が僕に。

―お前は殺したいほど憎い。
 しかしお前まで消えてしまっては、この山の縄張りを守れるような強者がいなくなる。
 そうなってしまっては本当に俺達は破滅だ。
 
 だから俺は、その身を全て八つ裂きにしても足りないほど憎いお前に懇願する。
 お前がこの方の体に憑依して、この山の主になって欲しい、と―

僕は彼の頼みに別に断りたいと思う事もないし、
この方を殺めた事に罪悪感なんてなかったから僕はあっさりと、うん、と答えた。


そうして雪花とその父親は死に、桔梗姫が僕の氷を溶かしてくれるまで、
この雪山の山脈は、絶対零度の心の僕に支配される事になった。

161青い怪異現象と色香の魔女:2011/05/23(月) 00:45:48 ID:c1.PBF/s
「きっひゃひゃひゃひゃっ……まったく、あの女は色々やるなぁっ」

ユラリユラリと青紫に光る炎が、とある屋上の上に燈される。
ソレは人の形となり、不気味な笑顔で街を見下ろす。

「まぁっ!俺にとっては街に《餌》が溢れるからぁっ!問題はないけどなぁっ」
青行燈――《怪異現象》は不気味に嗤い、街を見下ろす。

「ソレに《噂》の配置も陰に隠れできるしなぁっ!後は舞台が調うを待つだけかぁっ!」
きっひゃひゃひゃひゃっと不気味に笑いながら、彼は右手に一つの《杭》を出し、下に広がる道に向かい、《杭》を撃ち放つ。

この《杭》――様々な《負の感情》を練り込み作り上げたモノ。それは《噂》による《負の感情》やこの街から出る《負の感情》を集め練り上げたモノだ。

ソレは地面に刺さると、《溶け込み》消えていった。この地面の下には《龍脈》が流れてるのだが……《今は》影響がないようだ。

「まずは一つ目ぇっ…きっひゃひゃひゃ」
『あら?まだ一つ目なのかしらぁ?』
「……おいおいっ!!そりゃぁっ!ないぜぇっ!コレでも《頑張ってる》んだぜぇっ!?」

その背後に一人の女性が立っていた。
誰もが振り向くような美貌。
露出度が高いセクシーな服とはちきれんばかりの胸。
風に靡かれ、月夜に照らされる美しい金の長髪は、まるで男を誘うように踊る。
赤い瞳は、まるで宝石のように輝き。その潤った唇は、何かを求めるように色っぽい。

『貴方の頑張ってるは、信用できないわねぇ。《怪異現象》。貴方の造った《玩具》が二個も人に取られたみたいじゃない』
「きっひゃひゃひゃひゃひゃっ!!言うねぇっ!《魔女》ぉっ!!テメーこそ《捜し物》は見つかったのかぁっ!?」

『《10個》もあるのよ?全部はまだ見つからないわよ』
「きっひゃひゃひゃひゃひゃっ!なら数個は場所わかったんだなぁっ?」
『秘密よ。秘密。女性は秘密があればあるほど美しくなるからね』
クスクスと《魔女》は嗤う。この女もまた――この街に降りた《悪意》の一人。

「きっひゃひゃひゃっ!相変わらずだなぁっ!」
『貴方こそね。クスクス…《計画》に支障が出ないようにお互いがんばりましょうね』

さてさて……《物語》はこの先どう動くのだろうか?
ソレはまだ…わからない

162二人が誕生するまでVER零視点1:2011/05/24(火) 07:26:47 ID:???
私の名前は零=イノセント。元々は1700年代のヨーロッパの貴族として産まれた。

当時は身分階級と言う物があり、貴族、平民、奴隷の3種類に分けられた。

貴族は娯楽の一つとして、奴隷殺しを見物するのが流行っていた、そう目の前で殺すと言うね・・・。

勿論、世間に流され私はそれを楽しんだ。泣き喚く奴隷共、そいつらが虫けらのように死ぬのを。

そんなことをしていたからかな、私はもう普通の人間じゃなかった。

『殺シタイ、人ヲ、動物ヲ。モットミタイ・・・!』

そう、自分にはもう一人の自分『悪魔』がいたようだ。
ソイツは不意に出てくると、自分の体を使い人を殺した。いつも気づけば、死んだ肉塊が目の前にあった。

163悪魔のタンジョウ:2011/05/24(火) 07:58:39 ID:HbHPxpxY
悪魔がいるなんて信じられなかった。でも気づくと目の前にある物、すべて自分がやったこと、悟ってしまったのだ、私は。

体が勝手に動き、家族を殺した。友達を殺した。ペットを殺した。そしてー妹も。

「ゴホッ、零?その包丁・・・何?」

『エ・・・露希ヲ殺シタイカラ。(露希逃げて、止めて!)』


記憶はあったのに、意識もあったのに、止められなかった。体を刺す間隔がよく分かった。自分が露希を殺したこともよく・・・


なすすべなく、どうしようも無くなり、思い立ったこと、それがあの自殺。

電車に跳ねられたアノ・・・
楽になれると思った・・・
しかし悪魔はそれを許さなかった。

「モット殺ソウ、オマエガ悪魔となって!」

なぜそうしたかは覚えてない。私はこの契約を結んだ・・・

164名無しさん:2011/05/24(火) 08:28:39 ID:HbHPxpxY
悪魔となって、何日も過ぎた。人間時の記憶も薄れてきた頃の話。

とある民家で殺していると、紺色の服と白服を着た兄妹がいた。どこか不思議な雰囲気を持つ二人。

私はその二人をも手に掛けた。妹を刺し、次は兄を刺す。

そこに、当たり前の光景があった。兄が妹を庇う、自分が出来なかったことを。
「俺の妹には何もしないでくれ・・・」

その瞬間、人間時の記憶が鮮明に蘇った。

あの、懐かしい記憶。妹と過ごしたあの時を。

「露希・・・!」
・・・この後は皆が知っている通り、黒龍や白龍と出会い、露希と再開し、今に至る。

だが、更にこの物語には裏がある。その話はまた今度にしよう。

165その後、竜宮では。:2011/05/29(日) 14:13:45 ID:1gBuqmPQ
窮奇により毒竜と化した主、伊吹を鎮める戦いの後。

(ちょっと待て)

拾い上げた神格名簿を手に、休養中の叡肖は自室で眉をひそめていた。

回復までの間、溜まっていた誘い文への返信を済ませてしまおうと思った叡肖は
文箱を取ろうとしてその袖を引っ掛け、名簿を机から落としてしまったのだ。
その一つを拾い上げた時、薄く消えかけていたミナクチの名前が
墨色鮮やかに回復しているのに叡肖は気がついたのだ。

(まさか返ってきたということか?)

叡肖が以前に取り戻した半分は失われたようだが、
残り半分のミナクチは、あの巴津火が捕らえ封じたままで生きてはいる。
しかしあの巴津火が大人しく人質を返す様には思えないのだ。

少しの間思考を巡らせて衣蛸は部屋を出る。
傷に響かない程度に急いで、この衣蛸が向かった先はミナクチの所属先。
そこを統括する官吏に尋ねてミナクチが戻った事を聞いた叡肖は、その所在を尋ねた。
そして

「ここか」

しかし、その深い海の底へと続く暗い回廊の扉の前で、衣蛸は守衛に止められた。
叡肖が身分を明かしても首を横に振る守衛と押し問答をした結果、
中に居る筈のミナクチを呼んでもらう所まではなんとか漕ぎ着けられた。


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