したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

ソロール用スレ

166虜囚:2011/05/29(日) 14:16:39 ID:1gBuqmPQ
分厚い扉の向こうに、気配がした。

『そこに居るのは、叡肖さんですか?』

弱くはあるが聞き覚えのある声が、格子のはまった暗い覗き穴の向こうから聞こえてきた。

「やっぱり返ってたんだな、お前」
『ええ、御蔭様で』
「出てこられないか?内密で話がしたいんだが」

申し訳ありませんがそれは出来かねます、と淡々と答える声に叡肖は苛立った。

「はぁ?お前のほうから挨拶くらい来てもいいところだろ?」
『それが実は、私がここを出ないことを条件に返されましたもので』
「どういうことだ?」
『今ここでは申し上げる事ができません。どうかお引取り下さい』
「何だよおい、俺には秘密ってか?」

それっきり声は消えた。

「…ちっ!」

これではまるで囚人ではないか。
叡肖は腹立ち紛れにがつんと扉を蹴飛ばし、まだ治りきっていない殻の皹に痛みが走る。

玩具を取り上げられた子供のようにむっつりと不機嫌になった衣蛸は、
おそらく何か知っているであろう祖父の元へと向った。

(あの爺ィ、何か企んでやがるな)

167傀儡:2011/05/29(日) 14:38:06 ID:1gBuqmPQ
『確かに、わしが提案したことだ』

叡肖の問いに、アッコロカムイはあっさりと答えた。

確たる主が居ない今は特に厳格に、規則に則って組織を動かす必要がある。
蛸の大臣としては、鳴蛇の暴走を止められなかったミナクチを公に罰しなくては
ならない。
そして黒蔵の処分にもまた裏がある。

『お前から来たなら丁度いい。殿下には陸で自由に過ごして頂くことにした。
 お前も一緒に行って貰おう』
「は?陸で目付けしながら匿ってろってこと?無理だね、俺はお断りだ」

窮奇が現れたら面倒な事になる、と衣蛸は言下に断った。

『それなら他の者にやらせようかのぅ。わしの駒は何もお前一人ではないぞ』

嫌な笑いを含んで、祖父の片目は孫をちらりと眺めた。

『今の殿下はまだ赤子も同然。さらに陸でなら殿下の力はここよりもずっと制限される。
 もし陸で多少の悪戯をなさったところで、全ては罪人のしたことに出来る。
 今の殿下には「ただ生きていて」もらえさえすればそれでいいのじゃよ』

蛸の大臣は野心的な笑みを浮かべて見せた。

(爺ィはアイツを陸に遠ざけておいて、ここの実権を握るつもりかよ。
 それなら俺も爺ィの公認で遊ばせてもらうとするか)

なるほどそういうことか、と衣蛸は裏を読んでにやりと笑った。

「なら陸での俺の自由も許してくれよ。それなら俺もその仕事引き受ける」

168蜘蛛の糸:2011/05/29(日) 15:08:01 ID:1gBuqmPQ
『むぅ、そう来たか』

しぶしぶと言った風に許可を出した蛸の大臣は、内心ほくそえんでいた。
巴津火の出した条件は、ミナクチから黒蔵を取り上げる事と自分の行動の自由だった。
蛸の大臣のほうは、それを認めた代わりにこの竜宮へ紫狂を入れない事を巴津火に約束させている。

『遊ぶのもいいが、殿下はしっかり手懐けておけ。陸で必要なものは全て揃えよう』

今回の叡肖の様子で、ミナクチへの執着がある事は十分確かめられた。
あの穢れ喰らいの蛇神があれば、飽きっぽい孫を辞めさせず
この仕事に縛っておく事が出来るだろう。

今は処罰を口実にミナクチに汚れ掃除を押し付け、同時にまた力を回復する機会を与えた。
あとは頃合を見て叡肖の前にぶら下げる餌に、ミナクチを使えば良い。

叡肖がアッコロカムイの元を辞してから、部屋の隅にあった法螺貝の置物がことりと動いた。

「ほんとに、貴方ってば人が悪い」
『そうかの?』
「ええ、そうですよ。可愛いはずの身内や殿下を、人形か駒の用に操って」
『可愛い子には旅をさせよ、と言うでは無いかい』

飽きっぽいながらあの孫に野心があるのはいいことだ、しかしそればかりではいつか足元を掬われる。
祖父が孫に結んだ蜘蛛の糸は、命綱か傀儡の糸か。
 
「この先も長い目で見てゆくとしましょうか」
『ほほっ、永い付き合いのおぬしが居てくれて、わしも助かるわぃ』
「ミナクチのことは、悪いようにはしないでくださいね」
『うむ、わしにできることはしよう』

法螺貝から顔を覗かせた赤い龍は、くすりと笑うとまた貝の置物に戻った。
人の悪い笑みを浮かべて、アッコロカムイもまた竜宮を立てなおす為の政務に戻った。

169壊れてしまった物:2011/05/30(月) 06:40:24 ID:???
先日の夜から数時間が経った。
白い龍は赤くなってしまった眼をこすりながら家へと戻った。

「白龍?その眼…どうしたの?」
『露希、聞いて。もう黒蔵君は戻ってこない…』
「ちょっと待ってよ、なんで?」

露希が問うと、再び泣きだしてしまった白龍。
それは辛そうに、とても悲しそうに。
しかし、少しづつ口を開いて訳を話して行った。

「白龍、ボクはそんなの認めないからね。

黒蔵君はボク達の友達だ。絶対に呼びとめて見せる。」

露希は純粋だった。友達だから、その縁は切るに切れないと。
白龍も少しだけ笑顔を見せた。

「よし、黒蔵君を探しに行こうか。」

170壊れてしまった物2:2011/05/30(月) 06:55:06 ID:???
一方、零は山の中に居た。
少しづつ込み上げる悲しみに、涙を流さずにはいられなかった。

『零、お前らしくないよ。なんで泣いてる?』
「私のせいで黒蔵は傷ついた。私は黒蔵に酷いことをしてしまった…。」
『零は、黒蔵とそのまま別れるのか?もう会わないのか?』
「だって私……」
『へぇ。自分が悪いのに謝らないんだ。それに、お前の考える友情って軽いのな。
零にはがっかりだよ。もっと分かる奴だと思ってた。』

黒蔵を悲しくさせ、黒龍には見放される。
どうしてこうなってしまったんだろう。
情報のせい?神格をばらしたせい?…違う。すべては自分自身のせい。

零はこの先どうするべきか、泣きながら考えた。

171狼と雀の前日譚 プロローグ:2011/05/30(月) 23:04:50 ID:DDrxEC0A
 現代から遡ること、凡そ四百年前。
 見える風景こそ違うものの、青空から燦々と陽を降らす太陽は今と変わらない。
 時は慶長。一般に「江戸時代」と称される、将軍・徳川家康が江戸に幕府を開いた時流である。

 季節は、冬枯れの木々が芽吹き、山が鮮やかな緑に染まり始めた頃。
 木々の間を吹き抜ける穏やかな薫風が、細い山道を昇る旅人の三度笠を微かに揺らした。
 竹の皮を編んだ笠を指で持ち上げて、風に揺れる木の葉を見上げるのは、振り分け荷物を担いだ男。
 彼の名は市蔵。旅篭へ向かう途中の旅人である。

「ふう……少し一休みするか」

 市蔵は一人ごちると、適当な木陰に腰掛けた。
 遮る雲もない麗らかな春陽で、額には僅かに汗が浮かんでいた。
 手拭いで汗を拭い終えると、水の入った瓢箪の木栓をきゅぽん、と引き抜く。
 傾けて喉を潤しながら、ふと視線を逸らした市蔵は、視界の端に、何かの影が映ったことに気が付いた。

 「?」

 怪訝に思った市蔵は、眉を顰めて、三度笠の下から影を凝視した。
 よくよく見ると、影の正体は、高いムクノキの側に佇む二人の子供であった。
 一人は、少女と見紛うような愛らしい顔をした少年と、もう一人は、長く美しい髪をもった人形のような少女だ。どちらも木綿の着物に身を包んでいる。
 ――何だ。胸を撫で下ろしたのも束の間、今度は市蔵の頭に様々な憶測が頭を飛び交う。

 (地元の子かな。あまり似ていないが、兄妹だろうか?
  ……しかし、全然気付かなかった。近くにいたなら、気配や足音の一つや二つあっただろうに)

 子供たちは、何か言いたげな視線を、じっと市蔵のほうに投げていた。
 ふうむ、と市蔵は唸ると、瓢箪を振り分け荷物に仕舞ってから、よっと腰を持ち上げた。

「やあ、どうしたんだい」 
「おにいさん、旅のお人?」

 近くに寄って話し掛けると、不思議な色の瞳をした少年が、市蔵に訊ね返した。

「そうだよ」
「本当? じゃあ、山を降りる方法も知っているよね」

 眉をハの字に曲げ、困ったような顔をする。

「僕ら、迷子なんだ」

 少年によると、どうやら親の言いつけで山菜を採りにいった途中、寄り道をして、帰り道が分からなくなったらしい。 
 しかし、麓からそう離れていないとはいえ、今から引き返すとなると旅篭に着く時間がなあ……、と市蔵は口元に指を置く。
 すると少年は手招きをして、市蔵の耳元に唇を寄せた。

「山から降りられたら、僕ら、なんでもしてあげるよ」
「……!?」

 驚いた市蔵は、慌てて少年から離れると、子供たちの顔を見た。
 少年の唇は弧を描き、悪戯げな八重歯が覗かせている。少女は先程から無表情のままだが、市蔵から目を離さない。
 中性的な顔。未発達な身体。陶磁器のような肌。柔らかそうな肉。
 ――見れば見るほど、蠱惑的な魅力をもった子供たちだった。
 市蔵に本来そんな性的嗜好はないはずであるが、春のせいか、一人旅のせいか、据えられた膳にごくりと唾を飲み込んだ。

「わ、わかった……」
「やった! おにいさん、ヤサシイね」
 
 少年は無邪気に飛び跳ねる。
 自らの欲を隠すように、市蔵はせかせかと道を引き返し始めた。
 その、後ろで。

(あーあ、人間て、どうしてこう“魅入られ”やすいんだろうね――)

 少年が勝ち誇ったような笑みを浮かべたのに、旅人は気付く事ができなかった。


――――
――…
―…


172狼と雀の前日譚 1:2011/05/30(月) 23:06:59 ID:DDrxEC0A





 その昔、四百年前の袂山に、二匹の幼い送り妖怪がいた。
 一匹は、黒い毛をもった送り狼。
 明るく素直な性格で、人懐っこく、仲間から愛されている。
 もう一匹は、黒い羽をもった送り雀。
 気弱でもの静かな性格で、仲間ともあまり話さなかった。
 二匹の送り妖怪の名を、犬御と七生といった。

 同じ黒い姿、生まれた時期も同じ、そんな共通点があったからか、二匹は常に行動を共にしていた。
 特に犬御が七生を気に入って、大人しい彼女をよく引っ張りまわしていたのだが。
 七生も決してそれが嫌だったわけではなく、むしろ繊細な雀が一番心を許していたのがこの狼だ。
 そして稀有なことに、幼少から変化の術に長けていた二匹は揃って、人を主食とする送り妖怪たちにとって貴重な存在でもあった。

「お疲れ様、犬御」

 ――ぐちゃっ、ぐちゃ、ばきり、ぬちゃり。
 血が跳ねる音、骨が砕ける鈍い音が絶えず聴覚を刺激する。
 その中で、白い送り鼬が凛とした声で送り狼を労わった。
 狼は鼬を振り向くと、にいっと犬歯を覗かせる。
 彼らの後ろでは、多数の送り妖怪たちが、元は「旅人だったもの」の肉塊に群がっていた。

「このくらい、何てことないよ。なあ、七生」
「……うん」

 狼の頭上に居座る黒い雀は短く答える。

「頼もしいわね。これからもよろしくね、犬御、七生」
「任せてよ、天多(あまた)!」

 天多と呼ばれた送り鼬は、まるで自らの娘や息子にするように、優しく微笑んだ。
 袂山の送り妖怪たちは仲間意識が強く、家族より固い絆で結ばれている。
 二匹を産まれた時から見てきた内の一匹である天多は、二匹を自分の子供のように思っているし、
 犬御も、表には出さないが七生でさえも、天多を実の母親のように慕っていた。

173狼と雀の前日譚 2:2011/05/30(月) 23:08:14 ID:DDrxEC0A



 それから、百年の月日が過ぎ去った、初夏の訪れを感じさせる蒸し暑い夜。
 その日は雲で月が隠れて、山は深闇に飲み込まれていた。
 昼間に生きるものたちが寝静まり、刻を迎えた妖怪たちが姿を現しはじめる。
 百年が経過し、体が一回り成長した犬御も、前足で眠り目を擦りながら、巣から這い出てきた。

「あれ? 七生は?」

 きょろりと送り妖怪の集団を見渡すが、黒い雀の姿は見受けられない。
 起きるなり七生を探す犬御に、先に起きていた天多は、呆れたような笑みを零した。

「おはよう、犬御。七生なら水浴びに行ったわよ」
「な〜んだ……」

 単純な犬御は、首を垂らしてしょげる。天多は、今度こそ噴き出してしまった。
 落とした首を慌ててもたげて憤慨する。

「わ、笑うなよ!」
「あはは、ごめんごめん、だって可笑しくって」
「なーんだ? また犬御が七生を追っ掛けしてる話か?」

 次いで、続々と起きてきた仲間たちが集まってくると、今度は恥ずかしげに、「うう」と唸って俯いた。
 感情がすぐ顔に表れてしまタイプだので、仲間たちにもよくからかわれているのだ。……特に、七生の事に関して。

 しかし、平和なその場所へ、
 ――近付いてくる影が一つ、あった。

 ダッ、ダッ、ダッ、ダッ……

「お前は本当、二言目には七生だなあ」
「うるさいなあ。別にいいだろ!」

 ハァ、ハァ、ハァ……

「強引なのは嫌われるわよ?」
「えっ、う、嘘!? だ、大丈夫かなあ……」
「あははは! 大丈夫よ、七生も――


「み、みみみ皆! すっ、すす住処に隠れて!!」


 悲鳴に近いような声を上げて、荒い息を巻いて、足をもたつかせながら、
 送り狼の和戌(わいぬ)が、全速力で駆け込んできた。
 何事かと首を伸ばす送り妖怪たちに、和戌は体を震わせながら叫んだ。

「お……陰陽師が大勢で来たんだよおおぉっ!」
「――!!」

 和戌の言葉に、一気に集団がざわめいた。
 ある者は驚きに目を見開き、ある者は顔面を蒼白させ、ある者は恐怖に声を上げる。
 そして、幼い狼は、その体に一瞬の戦慄を走らせた。
 脳裏に走ったのは、いまだこの場に戻っていない雀のこと。

「それは本当か!?」
「女子供は戻れ! 早く!!」
「和戌、銀狐爺を呼んでくれ!」
「は、はははいいっ」

 陰陽師に敵う戦闘力などほとんど持たない彼らにとっては、命の危機が目前に迫っているということだ。
 人に見つからないよう対策はしていたが、それでも今回は誤魔化しきれなかったらしい。
 寸刻を争う事態に、送り妖怪たちは右往左往し始める。
 天多は、その場に茫然と立ち竦む犬御を急き立てるように声を掛けた。

「犬御、あなたも早く!」

 だが、犬御は動かない。

「犬御!!」

 再び大きな声で名前を呼んだところで、天多は気が付いた。
 彼が、わなわなと体を震わせていることに。
 犬御は小さく「行かなきゃ」と呟いた。
 嫌な悪寒が、幼い胸の中で渦巻いていたのだ。

「!? 待ちなさい、犬御!」

 勢いよく土を蹴り上げ、犬御は今や危険でしかない森の中へ駆け出した。 
 七生が水浴びをしているであろう川を目指して。
 その耳に、天多の制止が届くことはなかった。

174狼と雀の前日譚 3:2011/05/30(月) 23:09:53 ID:DDrxEC0A



 高い木が多い茂り、深闇の中でも一層、一寸先も見えない程の暗闇の中。
 今にも消えそうな小さい妖気と、複数の人の気配があった。

「はっ、はっ」

 翼を傷つけられた一匹の黒い送り雀が、力なく地に臥していた。
 小さな体は激しく上下して、荒い呼吸を繰り返している。

 彼女を取り囲むのは、無紋の白狩衣に身を包んだ四人の陰陽師だ。
 ――といっても、彼らは民間信仰を主とし占筮や天体予測を職掌とする陰陽師であり、妖怪退治は専門外なのだが。
 今回来たのは、袂山の付近に住む村人から、退治して欲しいとの依頼があったからだ。
 始めは渋ったものの、下級の送り妖怪ならば複数でいけば大丈夫だろうと、こうして来た経緯があった。

「夜雀が一匹か」
「まだ仲間がいるはずだ。二、三匹狩って持っていけば、村人も安心するだろう」 

 陰陽師たちはひそひそと言葉を交わすと、掻き集めておいた呪符を取り出した。
 弱りきった七生に、とどめを刺す為に。

「……けんご……」

 霞んだ視界の中で、己を見下ろす男たちを見上げて。
 七生は、恐怖で震える声で、惜しむように狼の名前を呼んだ。

 もっと皆と、犬御と、一緒にいたかった。
 思いを前に出すのが苦手で、ずっと黙ることしかできなかったけれど。
 こんなことなら、もっと早くに言えばよかったんだ。
 ありがとう、って。

「けんご……!」

「――七生ぃ!!」

 まるで、それに応えるように。
 離れかけた手を掴むように、狼の声が闇夜に木霊した。
 暗闇で奥の見えない茂みの中から、犬御が姿を現した。
 陰陽師たちが揃って、犬御に足を向ける。

「送り狼!?」
「仲間が助けにきたか」
「慌てるな! 所詮下級妖怪だ!!」

 それぞれが呪符を構えるその脇で、
 彼に手を掴まれた七生は、今度は惜しむわけでもなく、ただ嬉しくて、震える声を絞り出した。

「犬、御」

 もし彼女が人間の姿であったなら、その黒曜石のような瞳から大粒の涙をこぼしていただろう。
 その声に、犬御は地に臥した七生の姿を見付けた。
 赤い瞳が激しい殺意を纏い、陰陽師を睨みつける。敵意と牙を剥き出しにする彼から、下級妖怪のそれとは思えぬ妖気が滲み始める。

「……みを、」

 それは変化とは違う、もう一つの彼の「才」。

「七生をッ、傷付けやがったな……!?」

 ざわり、と黒い毛が逆立つ。
 怒りが生み出す妖力と、彼の操る風の力によって。
 鎌鼬を爪に、牙に纏わせ、犬御は土を掘り返す勢いで地を蹴った。

「うおおおおおぉぉぉっ!!」

 ヒュン、と風切音。
 鎌鼬を纏った鋭い爪が、咄嗟に頭を下げた陰陽師の立烏帽子を切り刻む。
 人が攻撃を受けたならば、その肌は簡単に裂けて今に血塗れの細切れになってしまうだろう。

「ヒィ!」

 烏帽子を吹き飛ばされた陰陽師が尻餅を付く。
 そこを狙って、一度着地した犬御は、間を置かずに再び突撃した。
 人の急所である喉元に狙いを絞り、牙を突き立てようとする。

 ――だが、陰陽師は一人ではない。
 経験が浅いこともあるが、頭に血が昇った犬御は、背後に迫る二人に気付かなかった。
 噛みつく寸でのところで気配に気付き、振り返ったが、もう遅い。 

「は、はははは!! 終わりだ!」

 二人の陰陽師は、構えていた呪符を犬御に向けて放った。
 成長したとはいえまだ幼い体が退魔の力を受ければ……。
 それこそ、今度はこちらが血塗れになる番だ。

(やばっ……)

175狼と雀の前日譚 4:2011/05/30(月) 23:11:07 ID:DDrxEC0A

 ぎり、と歯を食いしばる。
 だが、呪符は犬御を襲うことはなかった。
 変わりに彼の眼に飛び込んだのは、見たことのある真っ赤な炎。
 肌を焦がすような熱気が、一気に空間を支配した。

「!?」

 陰陽師、犬御、七生、それぞれが驚いた。
 突然の乱入者。炎が噴き出した方向に、全員が素早く視線を遣る。
 木々が焼け焦げる臭い。黒煙が立ち上る。
 暗闇から浮かび上がったのは、

「逃げるのよ、七生、犬御」

 ――白い送り鼬であった。
 小さな口から、赤い炎が息巻いている。
 炎を操る彼女が、犬御の怒声を頼りに追ってきたのだ。

「天多……!?」
「ちい、小癪な!」

 標的を天多に切り替えた陰陽師たちは、一斉に呪符を白鼬に投げつけた。
 それを身軽に、ひらりひらりと避けていく。
 木々の間を掻い潜り、陰陽師たちを攪乱させる。
 彼女は送り妖怪たちの中でも、数少ない戦闘員の一匹だった。

「さぁさ、あんたたち、こっちよ! 鼬一匹退治できない、能無し陰陽師!」

 天多は挑発しながら、陰陽師たちを山から降ろす算段らしい。
 だが、彼女が存分に力を発揮するのは、仲間たちと共に戦う時。
 四人の陰陽師たちを一人で相手取るのは、下級の送り妖怪にとっては、厳しかった。
 最初こそ攪乱に成功していたものの、時間が経つにつれて劣勢になっていく。
 
 ――逃げるのか、仲間を呼んでくればいいのか、加勢すればいいのか。
 その幼さゆえ、犬御の判断に迷いが生まれる。
 目の前の光景を見ているだけ。足が、動かない。

「ぐ、!」
「あ、天多!!」

 そうしている間に、太い幹に、吹き飛ばされた小さな体が突き飛ばされた。
 天多の白い毛は土と血に塗れ、ぼろぼろになっていた。
 犬御の悲痛な声を後目に、陰陽師たちは「爆」と書かれた呪符を構える。
 
 今頃になって、狼はやっと足を踏み出した。しかし、もう遅い。何もかも遅かった。
 最後を悟った天多は、こちらに向かってくる犬御に視線を投げた。
 首を振る。犬御が目を見開く。
 そして、できる限りの声と、想いを乗せて。

「犬御、生きるのよ!! 必ず七生を守――」


 ドォン!!!!


 爆発音は、一瞬だった。
 短い破裂音と共に、土煙と共に、血と肉片があちらこちらに飛び散る。
 それは、あまりにあっけなく。まるで彼女の生きてきた何百年を否定するように。
 最後の言葉も、伝えきれぬまま。
 
 びちゃり、と嫌な音をたてて、天多の肉が犬御に張り付いた。

「あ」

 どろり、
 頬を伝う血。

「あ、ま……」

 母のように慕った天多との思い出が、狼の脳裏を駆け巡る。
 そして――




「ああぁああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁああああ゛あ゛あ゛」




彼の中で、何かが切れた。

176狼と雀の前日譚 エピローグ:2011/05/30(月) 23:11:43 ID:DDrxEC0A








 異変に気が付き、駆け付けた送り妖怪たちが見たのは、異様な光景だった。

 ぐちゃぐちゃになった肉塊、血だまりの上に、片牙を失った狼が呆然と立ちつくし、

 その傍らでは、「けんご、けんご」と、翼を赤く濡らした雀が、ずっと彼の名前を呼んでいた。


 ――その日を境に、二人は変わった。

 送り狼は、強さを憎み、同時に強さを求めて凶悪に。

 送り雀は、強さに怯え、それを隠すために明るく振舞うように。

 心の底に刻まれた傷は深く、そして、今を生きる彼らの糧となっているのだ。

177とある男の半生 1:2011/06/02(木) 00:14:48 ID:???

 彼は資産家の次男としてこの世に生を受けた。
 幼少の頃。親との思い出こそ少ないが、養子として迎えられた沢山の子供達と楽しく過ごしていた。
 おもちゃは好きなだけ与えられ、ヘルパーや親戚にも愛されてすくすくと育った。

 小学生の頃は成績は中の下。しかし元々育ちのいい子供達だけが入れる学校なので充分大したものである。
 活発で人見知りをしない彼は友達も多く、健全そのものたる小学生だった。

 しかし彼が13歳、中学校の初めて夏休みの時に彼の人生は一変した。
 彼の叔父の衰弱し、それと同時に彼は昏倒し、激痛に叫びを上げながら病院へと運ばれていった。
 病状は叔父とまったく同じく、謎そのものだった。視力を初めとする五感の急激な低下、そして絶え間ない痛みと苦しみ。
 彼はそのまま集中入院という名目で、その資産化が直属する暗い隔離病棟へと幽閉された。


 犬神の術というものを知っているだろうか?
 比較的霊性の高い動物である犬を、苦痛の中で死に至らしめ、その怨念を式神として使役する術である。
 彼の一族はそれを人、特に幼い子供で同じこと百年に渡り続けていたのだ。
 座敷童子とは『幸せになりたい』と願う不幸な子供の念から生まれた妖怪であることが多い。
 彼の一族は養子として迎えた子供のうちの数人を、延々と続けた拷問の果てに殺し。
 人工的に妖怪・座敷童子を作り上げるまでにその術を発展させていた。

 しかし犬神の術は幾代か後に祟られる様に、彼の術も繁栄の反動はあった。
 それはその代の内の誰かに、犬神の呪いとは比べ物にならない祟りを与え、
 対象が死すれば次の一族の誰かに呪いが移るというものだった。


 彼は生かされ続けたのだ。一族の呪いの受け皿として、延々と。


 光も闇も、自分も他も無い、混沌そのものだった。
 3年の後、終ることのない苦痛の果てに彼は光を見つける。
 それは毒々しくも神々しい、あえて言うなら紫色の光だった。

178とある男の半生 終:2011/06/02(木) 00:16:41 ID:???

「やっほー、おはこんにちばんはー」

 3年ぶりに彼の目が光を感じ取った。
 そして始めて見たのは、歳は小学生程の怪しい少女。
 彼女の妖しい術は彼の呪いを反転させ、逆の働きを引き起こすようにしてしまったのだ。

 彼は少女の手を握り、生涯の愛を誓う言葉を吐くのに些かの躊躇いもなかった。
 しかし・・・

「んーー、『悪い』けどさぁー。私、金持ってない男に興味ないんだよねぇー」

 その言葉が彼の半生を決めた。



 その後、彼は奇跡の快方としてあの隔離部屋から退院した。
 一族は呪いの行方と座敷童子の力の変化に脅えながらも、負い目もあってか彼を暖かく歓迎した。
 その後、3年のブランクをあっという間に埋めるほど。彼は目覚しい成長を続けた。
 逆転した呪いが後押ししたのもあってか、彼は学業を通常の人間の半分の期間で完了させ、一族の財団に入社する。

 彼は人の10倍は挑戦し、人の50倍は成功を収め、人の100倍は失敗を経験した。
 そんな彼の昇進と伴う実績は実に妥当であり、彼は27才という若さで代表取締役まで上り詰めた。

 しかし彼はその僅か半年後、一族の者達を事故に見せかけ、完璧なアリバイを基に殺害した。
 動機は憎しみなどではなく、彼女に捧げるべく金に困ったために“家計”を削ろうとしたことだった。

 罪悪感や抵抗もあったが、それ以上に簡単すぎて拍子抜けしていた。
 反転した呪いは彼の身体と脳を逆方向に蝕み続け、超人の域までとうに達していたのだ。
 その後は受け継がれた座敷童子の力と、その狂人とも言うべき成功への情熱により。
 彼は輝かしい栄光と共に、途方も無い金額を彼女のために捧げ、やがて紫狂という組織を結成するまでに至らしめた。
 彼は彼女に捧げるたびに心を満たし、大きな喜びと存在意義を確信していた。

 しかしその動きに周囲は不信感を爆発させる。
 その最大のきっかけは巴津火の元ともなった“神剣・天羽々切”を購入するために家を売り払った件だ。
 途方も無い金を手にしている筈なのに、一族代々の豪邸を売ってアパート暮らし。
 怪しいと思わぬ方が不自然である。

 プロの密偵や興信所により徹底的に洗いざらいされ、やがて銃火器の密輸入という綻びを掴まれる。
 彼にとってはそれは彼女のために捧げた金額のごく一部に過ぎなかったが、株主総会で解雇を呼びかけるには充分すぎる事実だった。
 しかし解雇を呼びかけられたとき、彼は深々と頭を下げ、自ら辞表を書いて謝罪の言葉を述べた。

 その時は既に、彼女は百鬼の主となっていたのだ。
 もう自分の人としての助けも地位も存在も必要ないと判断したのである。
 捧げられるものは全て捧げつくした。これ以上自分が捧げられる物はこの魂だけである。


 悪意に魅せられた、とある男の肖像。

179とある昔話―――《村を救った巫女の話》その1:2011/06/07(火) 17:33:57 ID:c1.PBF/s
昔々ある村に仲の良い姉妹がいた。


二人は村の神社の巫女であり、村人達からも信頼されていた。

特に姉はとびきりの美人で、村の男たちから告白されたり、わざわざ彼女の為にくる武士などもいたが、彼女は全て断っていた。

理由を聞けば「私が嫁に言ったら妹を誰が見ますか?私は妹を置いて嫁に行くなどできません」との事で、大変な妹思いだった。

180とある昔話―――《村を救った巫女の話》その2:2011/06/07(火) 17:34:22 ID:c1.PBF/s
ある時、村は流行り病に犯されてしまった。
それは……妹にも牙をむいた…

村には医者はおろか薬を買うお金もありません。わずかに生活する分のお金しかないのです。
無事な姉や他の村人達がどうするか悩んでいると、噂を聞き付け、近くの城の城主の家来がやってきました。

家来は、姉を半ば強引に城まで連れていかれました。村人達は止めたのですが、お侍たちにかなわずただ姉が連れていかれるのを見てるしかありませんでした。

お城に連れてかれた姉を待っていたのは、この城の主でした。
彼は言った「私の嫁になれば腕の良い医者達を村に連れていこう。そうすれば貴女の妹も助かるぞ」っと。

姉は悩みました…「妹と離れ離れになってしまう…けど、私が嫁げば、妹は村人たちは助かる」っと……
悩みに悩んだ結果、姉はソレに応じ、嫁いだのだった。

コレで安心。村には無事に医者がいき、病もたちまち治り、無事に村は元に戻りましたとさ…

めでたし、めでたし

………………っとは行かなかったのさぁっ!きっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!!

181とある昔話―――《村を救った巫女の話》――真実と復讐:2011/06/07(火) 17:35:26 ID:c1.PBF/s
「……何故ならソレは嘘なんだよぉっ!!」
「ただアイツは自分の嫁にしたいが為についた…《色欲》により産まれた嘘ぉっ!!」
「村はもう滅びたんだよぉっ!!この城の奴らがぁっ!!コレ以上の感染を防ぐ為に村を封鎖したんだぁっ!!美人で有名なぁっ、お前だけでも無事だったら自分のモノにするためになぁっ!!きっひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!」

突然、現れたこの《妖怪》は私にそういった。
神社の巫女であり、陰陽師でもある私は警戒していたが、いつの間にか《その話》を聴き入ってしまった。
信じたくなかった…知りたくなかった……
しかし、その《妖怪》が消えたあと、私は夫の弟を誘惑し、真実を確認した……


本当だった……

私は絶望した…自分の《色》により惹かれた《男》に騙され…私は《村》を《妹》を見捨ててしまった…
それと同時に…心の奥底から沸き上がるモノがあがった……
ソレから私の復讐は始まった。
私の罪でもある《色》を使い、夫の弟を誘惑して、殺すように仕向けたの。
アイツは簡単に私の言う事を聞いたわ。ありましない罪を夫になすりつけ殺してしまった。

………けど私の復讐はない。更に別の男を惑わし、また別の男を惑わして、《村を見捨てた連中》と《この国》を破滅させていった……

182とある昔話―――《村を救った巫女の話》――《魔女》の誕生:2011/06/07(火) 17:38:13 ID:c1.PBF/s
……気付いたら私は《飛縁魔》になっていた。


《男を惑わし破滅させる妖怪》

今の私にはピッタリね…
そういえば……私はなんでこんな事したのかしら?美味しい《餌》だったから?
……アレ? ナンダッケ? ナニ ガ モクテキ ダッケ? オモイダセナイ
アイサレタイ カラ シタンダッケ?

「きっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!最高じゃねぇかぁっ!!《魔女》」

……後ろを振り向くと、あの《妖怪》が笑っていた。誰もいない城の中、私とソイツだけ。

「今日からお前は《アリサ》だぁっ。《七罪者》が一人《色欲》の《大罪者》だぁっ!!」
「この国は小せぇっ!《日本》の中でも特になぁっ!こうしても滅びても歴史にも何も語られねぇっ!!誰も気にしねぇっ!!」
「だから一緒によぉっ!《誰もが不幸な物語》を造り語ろうぜぇっ!!」

言ってる事はよくわからない……けど、私の《餌》はまだいるんだ…じゃあ、アナタに着いていこう。





こうして、本来の目的を忘れた《悲しい魔女》が産まれたのでした。

めでたし、めでたし

183雪化粧の男 狂気の骨:2011/06/11(土) 16:13:02 ID:ajFsrEio
夜行集団の館

「・・・。」
「やっと起きたのかっていうwwwwやることやったからってお前寝すぎだろwww
 どんくらい寝すぎかって言ったら蜂蜜が」
「・・・黒蔵君たち、やってくれたみたいだね」
「てめえwwwせっかくの俺の例え話さえぎんじゃねえよwww
 ところでお前、なに知らん奴に送ってもらってんだwww一瞬誰か知らんで戸惑ったっていうwww

 あとお前黒蔵とかに表の方は丸投げだったらしいじゃねえかwwwサボりwww」

「う〜ん、一応僕も精神世界では戦ってたんだよ?
 そのおかげで本来の力よりかはちょっとばかし弱く・・・」
「はいはい言い訳ごちそうさま。」
「確かにね!!今頃言うなと言う話だけどね!!
 でもさでもさ、話そうとしたらね、もうあの二人戦ってたんだよ?どうやって説明できるんだよ」

「え?www黒蔵そんなキャラだっけかっていう?www

 まあいいや、ところで。」
「ん?」
「お前完全な雪男になったんだろ?www具体的にどこが変化したんだよwww
 俺からしたら従来通りの氷亜さんなんだけどっていうwww」
「だからさぁ、まだだっていったじゃん。あともう一個大事な事があるの。
 氷猩猩の件は力の相性の関係で、君たちには手伝ってもらえなかったけど、
 こっちのほうもまた夜行の仲間じゃどうしようもないんだよね。」

「はいはいwww俺たちはお前の成長に期待して待つだけですよっていうwww」
「そういうこと、そういえばさ狂骨」
「なんだっていう?www」
「お前ってさ、寝起きには胃もたれするよな・・・
 じゃあ僕は部屋に戻っておくよ。」タッタッタ・・・



「・・・あ〜効いた。
 今のボディブローは流石に効いたっていう。」

184露希視点VER:2011/06/12(日) 11:10:44 ID:BQ990e1A
とある日曜日のマンションで、天使と龍が話をしていた。

「露希、気になってたんだけど、どうやって人間から天使になったの?」
「えぇっと…話して無かったっけ?」
「うん、もしよければ聞きたいなぁ。」
「…分かった。教えてあげるよ。ボクはね――」

頃は1700年代のヨーロッパ、私は零の妹として生まれたんだ。
でも生まれながらにして体が弱く、発作とかアレルギーとか結構あったんだ。
余命も余り無いと言うことで、ただ少しでも長く生きる為に、とある病院へ入院した。
正直言って、この時の私は生きる気力を失ってたなぁ。早く死にたかった。

入院後、私はとある男の人に出会った。
色白で、黒い長髪、いつも笑顔の…素敵な人だった。
そんな彼は、私に話しかけてきた。

「君も入院?お互い大変だね。名前は?」
『私…?……ロキ。』
「ロキって言うんだ。とっても良い名前だね。ボクは……
それよりさ、ロキ。ボク達、友達にならない?同じ部屋だしね、いいでしょ?」

名前はなぜか教えてくれなかった彼。
でも暗かった私に話しかけてくれ、とても嬉しかったのは今でも覚えている。

そんな彼との生活はとても楽しい物だった。
本を読んだり、ゲームしたり、看護師さんには内緒でお菓子を食べたり。
生きる希望を忘れかけていた私が彼に心を開いた瞬間だった。

……なのに彼は逝ってしまった。私よりも先に。

185露希視点VER:2011/06/12(日) 11:34:14 ID:BQ990e1A
私が寝ている間に、酷い発作を起こたらしい。
当時の医療技術ではナースコールなどなく、来るのが遅すぎたのだ。

私が気づけば彼は生きていたのかも知れない。
自分自身を悔やんだ。そして、泣いた。何日も泣き続けた。

しばらくして、体の調子がよくなったので一時退院することになった。
信頼できる兄の元へ戻れるのだから、彼の死は忘れられるものだと思っていた。
でも、悲劇は起きた。

「お兄ちゃんッ、痛い、よ…やめ……」

何度も包丁で刺され、酷い苦痛を味わった。
少女の悲痛な叫び声は少しづつ小さくなり、やがて途切れた。


―――ここはどこだろう。
気付くと、黒と白の場所。水平線の様な物が広がっている何もない場所。
きっと、死んだ者が来る空間だろう。…そこには懐かしい顔の彼が居た。

186露希視点VER:2011/06/12(日) 11:51:52 ID:BQ990e1A
『君は…!わ、私、凄く会いたかった…!ねぇ、また一緒に過ごそう?』

「…ううん、ロキ。それは出来ないよ。」

『な…なんで…?私は君と一緒に居たいよ…。一人は嫌だよ…。』

「ロキ、よく聞いて。ボクは天使なんだ。
ボクは多くの人を幸せにするって言う役割を持っていた。
でもボクも病気を持っていたから、何もできなかったんだ…。
とても悔しいけど、嬉しいことが一つあった。
それは、君と出会えたことだよ。妖怪と人間って友達にはなれないと思ってたけど…
ボクは君と友達になれた。ロキには感謝しなきゃね。」

『うぐっ…ひぐっ……』

「ロキ、お願いがあるんだ。この天使の力は君に授ける。
だから生き返って…たくさんの人を幸せにして欲しいんだ。」

『無理だよ、…君が居なくなったら私……』

「ロキ、笑って。君の笑顔はボクを幸せにしてくれた。
大丈夫、ボクは君の心の中で行き続ける。
それにこの大空の下に君が居る限り、いつでも見守っててあげるから。」

辺りは蒼い空に包まれた、温かな場所になっていた。

『う…うんっ…!!』

「ロキ…ありがとう…!!最後に…ボクの名前を教えなきゃね。
【エミ】って言う名前なんだ。」

優しく彼は私を抱いてくれた。そして光となって大空へと彼は消えた。
ふと優しい風が吹いた。

―――ロキ、本当にありがとう。きっと君自身も幸せになれるよ!!

187露希視点VER:2011/06/12(日) 11:58:50 ID:BQ990e1A
「それでね、彼が居なかったら、今のボクは居ない訳なんだ。」

「……露希…。」

「ボクはね、彼に凄く感謝してる。
もう一度、彼に会えるなら、きちんと御礼をいいたいなぁ。」

夕焼けに染まった空を見る露希。
ふとそこに、あの風が通り過ぎて行った。
声は聞こえなかった、でも彼の温もりがボク達を包んでくれた気がした。

188真逆の場所からあなたへ:2011/06/12(日) 20:20:16 ID:9sTbjS2w

 獄門鳥・・・それは地獄の針山に住む、女性に化ける鳥である。
 亡者達を針山の頂で誘惑し、もうすぐ手の届くという所で麓のほうへ飛び去ってしまう。
 亡者達は再びその女性に触れようと針山を降りるが、寸でのところでまた山頂へ飛び去ってしまう。
 そうして針山の登り下りを繰り返すうちに、亡者達はその身を針で裂かれズタズタになってしまうという。
 罪の執行人の1人であり、恐ろしく嗜虐的で、残忍な妖怪である。

 そんな伝承を基に、獄門鳥はこの街へ具現化した。
 妖怪としての特性を色濃く受け継いだ彼女は、ただ本能と存在意義のままに悪いことばかりやり続けた。
 弱き妖怪を串刺しにし、強き妖怪を誘惑し、人を襲い、その果てに退魔師や妖怪達に倒される。
 ボロボロの翼で逃げ続け、やがてとある場所で力尽きた。
 薄れ行く意識と消滅への体感の中で、1つの奇妙なものを見つける。

 それは妖しい輝きを放つ1つの勾玉だった。
 その色はどういうわけか白でもなく、黒でもなく。
 赤でもなく青でもない・・・。紫の輝きが、つるりとした光沢を放っていた。
 その勾玉は・・・細く、か細い見えざる触手を伸ばし。獄門鳥の魂に触れる。

―消えたくないのなら、我を取り込むがいい―

 魂に響く、逆心的な悪意のこもった声。

―小さき者よ、ここでただ霞の如く消えてもよいのか? ただ生まれた道理に従い、生きてきた汝の生涯。
 主はどうして消えねばならぬ、何を持って主が悪いと決められたのか。何が故の道徳だ、妖怪がなぜ人の道理に縛られねばならぬ―

 ただ弱々しく小さな声に耳を傾け、獄門鳥は躊躇無くその勾玉を飲み下した。
 しかしその表情は、救いでも必死さでも迷いある執着でもなく、ただ愉快そうに歪んでいた。

「分かってないね、大きい者さん。私は消えることは確かに恐いが、人の道理とか理不尽とか。
 そういうのは気にしたことは無いんだよ・・・。ていうかみんなさぁ、妖怪なのによくそんなこと一々悩んでいられるね!」

 魂の融合、つまり転生態の依り代となることで。
 湧き上がり、増大した力が獄門鳥の傷を塞いでいく。
 いやむしろ、妖怪・獄門鳥は今この場で大妖怪・天逆毎に完全に存在を取って代わられたのだ。
 ただ、その心の在り方を除いて・・・。

―なんと不可思議、考える力が在れど獣のままに生きるというのか―
「だって獣だもん、哲学的なこと言われてもチンプンカンプンさ」

 ただ魂の内側に語りかける、妖怪・天逆毎。

「幸せなヤツほど不幸にしてやりたい、不幸なヤツほどその想いに色んなヤツを巻き込んでやりたい。
 在り方なんてそんなもんでいいんだよ、『良い』だの『悪い』だのはその場その場でテキトーに言ってりゃ『良い』じゃないか!」

― ・ ・ ・ 。―

 押し黙る、勾玉だったもの。
 しばらくして声を発したとき、その響きは実に明朗としていた。

―なるほどこの魂、よくなじむわけだ。主と巡り合えたのは運命としか思えぬ。
 小さき者よ、魂の在り方は全て主に譲ろう。主の考えは我の在り方そのものだ。
 道理を否定し運命に逆らえ。思いを否定し、想いを遂げさせよ。我と主は今この場より私となろう―

「かたじけないねー、大きい者だった私!」

 獄門鳥のものだった黒い翼の色は反転し、純白へと変わる。
 彼女の身体からは、見えざる悪意という触手が活発に蠢いていた。


 この日より、彼女はその純然たる悪意を実行するだけの力と存在を受け継ぎ、融合した。
 彼女はその性格と特性から。善人を喰らい、悪人を称えると云われる伝説の獣・・・窮奇と呼ばれることになる。

189真逆の場所からあなたへ 追記:2011/06/12(日) 20:20:59 ID:9sTbjS2w
そして現在、何も語らぬ夜行神の前にして。
 ただ言葉を投げかける窮奇。

「考えてみれば不思議なもんだよねー」

 ささやきかける真意の篭った悪意の言葉。
 紫狂の者達が、自分と出口町を除いて全滅した後のことだった。
 自分の正しさを主張する人食い、もう居ない者に心の囚われた境界の魔物、人との関わりを忘れられない山神・・・あとなんかウザいの。
 紫狂の多くの者が、自分と相反する想いに敗北したとき。自分は何処か満足していた。
 自分が開放形体になりながら犬御に負けたときすらも・・・。

「どうやら私は不幸にすることじゃなくて、誰かの想いに逆らうこと自体が好きらしい。
 幸せになる者ほど不幸せにしたくて、不幸せになる者ほど幸せにしてあげたかったんだろうね」

 だからこそ自分は叡宵や丑三が気に食わなかったのだろう。
 心に弱みを持たない者は、自分の幸福だけを願う者は。どう足掻いてもその想いに逆うことができないからだ。
 だからこそ自分は瞳や紫狂の者たちが好きだったのだろう。
 心の弱みを持つ者は、強くて脆い想いを誰かに抱く者は。簡単に不幸にし、自分に逆らわせることが出来るからだ。

「さぁて、やってくれるよね夜行神。同窓会の準備なんてほんのついでで『良い』からさ・・・」

 ニタリと笑い、その幹に手を添えた。
 これからやってくる、自分と真逆の者・・・。自分が唯一、勝つことも負けることも出来る存在。

「お膳立て、よろしく頼むよ」

 窮奇は瞳を閉じ、自分に真っ直ぐに向かってくるものに想いをはせた。
 ようやくこの街で会うことが出来た・・・自分が唯一勝つことも負けることも出来る相手だ。

「負けないよ、織陽陽狐くん」

190悪巧みは何処かで…:2011/06/15(水) 20:49:54 ID:c1.PBF/s
とある異空間。円卓のように並んだ7つの座布団。
回りには青紫の火の玉が約100個浮いている。

そこにソレゾレ座る《6人》の《大罪者》達

「《魔女》の奴やられるの速くね?…ったく、死ぬなら《餌》をもうちょっと集めてから死ねばよかったのによ?使えねえな」
胡座をかきながら座る
短い金髪に、毛皮のコートを着て、右耳にピアスをした今時の若い男が
怠そうにしながら、タバコを吸う。
その言葉には仲間の《死》を悲しむそぶりはなかった。

「フォフォフォッ!《暴君》は厳しいのう?少しぐらいは《悲しむ》事をしたらどうかのう?」
紳士のような格好をした初老の男は、正座をしながら自分の髭を撫でながら、《暴君》に注意をする、だがこの男も悲しんでる様子はない。

「あっ?俺様に指図するのか?《神もどき》が!
なんで俺様がそんな《無駄》なマネをしなきゃいけねえ?
今すぐテメーの首を切るぞ?」

「フォフォフォッ!やれるもんならやってみい?」
《暴君》と《神もどき》は、互いに不気味で気分の悪くなるような妖気を放ちながら、《武器》といえるそれぞれの《気配》を出そうとする。

「……ヤメロ……」
「はぁ……貴方たち?ソレこそ《無駄》だと思わないの?久しぶりに集まって喧嘩とか……」

それに反応し、止めに入るは、二人の《大罪者》

一人は、黒い鎧を着た黒い肌の白髪の大男――《魔人》が二人の間に、鉄塊のような巨大な太刀を振るい。

もう一人、金髪に赤い口紅をした今時の普通な女子高生――《悪魔》が体操座りをしながら、パタンっと、読んでいた恋愛小説を閉じ、呆れたように注意する。

「……ちっ!!」
「フォッフォッフォッ……命拾いしたのう?」
《暴君》と《神もどき》は渋々と、妖気を引っ込ませる。

「……………」
口元を黒い布で隠し、灰色マントみたいなのを着た、赤い髪の男――《死神》は正座をし、静かにその場を見ている。

「君達…そろそろ来るよ?」
そう口を開くは、正座をした、闇のような黒い瞳の灰色の髪の少年――《怨霊》。


その瞬間……空いてる7つ目の座布団の上に青紫の炎が現れ、ソレが人の形になっていく。

「きゃっひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!!お久しぶりだぁっ!!《七罪者》の諸君っ!!」
「《暴君》《神もどき》!!相変わらず仲悪いなぁっ!!」
「《魔人》!!お前はまた武器を変えたなぁっ!」
「《悪魔》!今度はその身体かぁっ!?」
「《死神》!!テメーェッ!喋れよぉっ!!」
「《怨霊》!!お前の一部の封印が解かれてから4年かぁっ!?まだ完全じゃねぇだろうがぁっ!頑張れぇっ!!きっひゃっ!!」
《怪異現象》――青行燈の妖魔が不気味な笑顔を向けながら6人を見つめた。

「さぁ……《物語》を始めようかぁっ……」
「きっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!!!!!!!」

191そして始まる。《物語》:2011/06/15(水) 20:51:00 ID:c1.PBF/s
「まずよぉっ…街全体に《噂》たちを使いよぉっ!《下地》は完成したぁっ!!
後は残りの《杭》を打ち込めば完成だぁっ!まだ《色欲の杭》しか打ち込めてねぇがよぉっ!
まぁっ!《魔女》がやられる前でよかったがなぁっ!!」
《怪異》は笑いながら、6人の《大罪者》に言う。

「……っで、俺達は《罪》を集めて、好きに遊べばいいんだな?」
「《十種神宝》の方は、《必要なモノ》以外も集めていいんじゃろ?アレはワシらの驚異になるからのう」
《暴君》は獰猛に笑い、《神もどき》は髭を触りながら真面目な顔で《怪異現象》を見る。

「きっひゃひゃひゃひゃっ!それだけじゃねえがぁっ!集めといて損はないぜぇっ?」
「なら僕は《八握剣》を狙うかな?アレを取り逃がした僕だしね」
《怪異現象》の言葉に《怨霊》はニコリと微笑む。

「私は好きに遊ぶわ。アナタが作った《噂》で私好みがあったし」
「ワシは《食事》と《観察》しながら捜すかのう?《魔女》が残した《記憶》にも興味深いのがいたしのう…フォフォフォッ!!」

「きっひゃひゃひゃひゃっ!!好きに動けぇっ!《魔人》《死神》テメーらはどうするんだぁっ!?」
「スキにウゴク…」
「…………」コクリ
《魔人》と《死神》はそう言いながら、その場から消えた。


「きっひゃひゃひゃひゃっ!!気がはえぇなぁっ!!」
「んじゃぁっ!解散だぁっ!!俺は《準備》をやっとくぜぇっ!!」
そう《怪異現象》が言い終わると、残りの《大罪者》も消えていった。

残った《怪異現象》の顔は、無表情になり一人呟く。

「……もうすぐだ。もうすぐ《復活》する…」
「きっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ!!!!!!!!」

異空間に嗤い声がこだました。

192帰らない蛇、帰ってきた蛇。:2011/06/15(水) 22:50:20 ID:1gBuqmPQ
黒蔵が喫茶店ノワールに拉致されたその後。

衣蛸の叡肖は、借りた家の自室で朝を迎えた。
どうせ朝には帰ってくるだろうと思っていたのに、逃げ出した黒蔵は一向に帰ってこないのだ。
その行方を占おうと衣蛸が水に浮かべた紙片のうち、最初に沈んだ紙片の文字は「街」であった。
まさか褌一つでうろついているわけでもあるまい。となると蛇の姿のまま潜伏しているのだろうか。

新しく文字を記す紙を取ろうとしたその時、文箱のなかでことことと音がしたので
叡肖は訝しく思いつつ箱を開けた。

「ミナクチ、お前がなんでここに?」

文箱の中身にあっけに取られた叡肖が尋ねたが、掌に載るほどの小さな蛇神は
箱の中にあった文香の匂いにむせながらこう答えた。

『何故って、私をここに置いたのは叡肖さんでしょう?私はずっとここに居たんですから』

ミナクチが指差す先には、窮奇が本物と似せて作った、まがい物の翡翠の輪。
巴津火が黒蔵の守り袋に入れて持たせていたミナクチの破片と窮奇の逆心を封じた輪は
確かにあの後、叡肖が自分の文箱に保管していたのだった。

「ああ?つまり、これから自力で出てこれたのか?欠片のお前が?」
『ええ。私を封じていた窮奇の力が…なんというかその、変質しまして』
「変質?」
『そう表現するしかないんです。確かにその力はここに残っているのですが
 私を封じるのではなく、むしろ逆に力を発揮させるものに変わったようなんです』

織理陽狐による窮奇への影響が、こんな所でこんな形に現れたのである。

「つまり、窮奇がそれまでの窮奇ではなくなった、と言う事か」
『そのようです。何者かが窮奇の百鬼夜行を阻止したのでしょう』
「それは新たな主が立った、ということなのか」
『その可能性もあります』

窮奇退治が必要なくなった代わりに書類仕事が一つ増えた、と叡肖は溜息を付いた。
それは同時に今の、気楽に遊べる陸での業務が終わる可能性をも示している。

『ところで、私の本体は今どこにあるんでしょうか?』
「あー、それなんだがな」

頭をがしがしと荒っぽく掻きながら、衣蛸はこの蛇神の欠片が知らないであろう事を
かいつまんで説明した。

『では巴津火はやはり、主様の…』
「ああ、癪にさわるだろお前も。器として取られちまったのはお前の贄だもんな」
『いえ、実はむしろほっとしてます。お蔭であれを食べずに済みそうですから』
「そういや前にも聞いたが、お前なんであの贄を食おうとしないんだよ?」
『私の意地と、ある方との約束というか賭けというか、まあそんなものがあるんです。
 …ところでその、黒蔵はどこに?』
「それが、昨夜逃げ出して帰ってこない」

…こうして掌サイズの蛇神も、衣蛸と一緒に黒蔵を探しに出ることになった。

193夢ではよくある事:2011/06/17(金) 00:12:50 ID:8w5oeMbU
…あれ
何処だ、ここ?
やべえマジやべえなんだここ、建物乱立ってレベルじゃねえ、ビルが縦にも横にもまるで木の枝のように生えている
おまけに道路や水路が縦横無尽に走ってたり、和洋折衷では済まないくらいに様々な物がカオスに並ぶのが見える

「…俺、何してたっけ?」

何があってこんな訳が解らない世界にいるんだ俺は、ていうかここは何処だ

「ふむふむ成る程、どうやら君の夢はかなり混沌としているようだ」

ぼっ立ちの俺の右側から女の子が声がして、隣を見れば逆さまの女の子が天井に立って今まで俺が見ていた場所を見ていた
逆さまなのにそのミニスカは全く捲れる様子は見えない、しかし太股までピッチリと覆うオーバーニーは評価しよう

「夢とは精神の鏡であると言うが私もここまでカオスな夢は見た事が無いな、まるで秩序が無いようでその状態こそが一つの秩序となっている」
「妖怪と呼ばれる者達とも気兼ね無く触れ合える人間は、こうも精神が他と掛け離れているのか、若しくは君個人がそうなのか?何にしろ暫くは楽しめそうだ」
「それはそれとして一体全体この姿はどういう事か?君はこのような趣味があったのか、いや、女ならばなんでもよいのか?まあ私にとっては姿なぞどうでもいい物か、忘れてくれたまえ」

こいつは誰に話しているんだ?俺?俺なのか?
わざとそうしているのか大分早口だし、大半を聞き逃した、だが気になるワードは拾った

「夢?これは夢なのか?」
「ああ夢だ、夢だとも丑三夜中君、若しくはイカレ帽子屋、または御主人」
「まあそれを今種明かしした所で起きればすぐに忘却しているだろう、逆に言えばそれは私の口から何でも聞き出せるという事でもあるのだが」

成る程、夢だと言うのならこの訳が解らない世界も納得だ、ていうかやばいな俺の夢

「それじゃあ、お前は誰だ?」
「私は君の知っている物さ、知っている筈さ、名前も既に君が知っている筈」
「…まるで意味が解らないな」
「そりゃそうさ、わざとそういう風に答えているのだからね」

ケラケラと笑う少女の顔はとても可愛らしい、だがちょっと態度は気に食わない

「おっとそろそろ時間だ、君はここから帰っていただこう、なあにいつか近いうちにあっちでも合間見えるだろうさ」
「随分勝手だな、ここは俺の夢だろ?」
「君じゃろくに整地も出来ないんだ、私が居を構えようと問題あるまい?」

「それでは、良い現実を―――」

シャリン、何処からか鈴が鳴る音がした気がした
同時に目の前が段々と暗くなり、ニヤニヤと笑う少女の姿さえも、見えなくなって気を失った

194普通な………………異常:2011/06/17(金) 23:50:14 ID:c1.PBF/s
それは……喫茶店《ノワール》にミナクチが来た時まで遡る。

ズゥン!!!!ザァァァン!!ドシュッ!!!

「ぐっ……だぁぁあ!!!」
ボサボサの黒髪で、どこにでもいそうなごく普通の顔立ちの高校生――田中 夕は《赤く》染まっていた。
身体をズタズタに切り裂かれ、フラフラになりながらも、目の前の《何か》の攻撃を喰らいながらも、《何かの顔面》に《拳》を放っていた。

「アハハハハハ!!!いやぁ!今のは痛かったよ《人間》!けど《弱い》《弱すぎる》
まあ、僕が《強すぎる》だけだけどね」

その《何》かは嗤う。嗤う。顔面を殴り付けられたのに傷一つ……いや、血を一滴も出さずに。
闇のような黒い瞳の灰色の髪の少年――いや、《大罪》の《一つ》を背負う《怨霊》は背中から自分より一回り大きいどす黒い腕を二本だし《人間》の胴体を切り付け吹き飛ばした。

「《人間》には勿体ないね?けど《頑張った》と思うよ?」

彼から溢れ出す、吐き気をもよおすような《妖気》と《悪意》は、霊感も何もない田中でも、それははっきりと感じる。

「普通の《人間》ならソレにあてられたら、倒れちゃうのに君は平気だ!
自慢していいよ?《剣》の力が眠ってるのに君はここまで頑張った。
君は《成長》しt…「黙れよ……」

《怨霊》が楽しそうに喋ってると、《人間》は今にも倒れそうな身体を起き上がらせ、その言葉を遮った。

「……へぇ?まだ立つ?」
「……ごちゃごちゃ……うるせえ……お前は…誰だ?いきなり襲って来て……」
未だに立ち上がる《人間》を見て、《怨霊》は楽しそうに嗤う。
いい玩具を見つけた子供のように。

「わからない?わからないかぁ〜。そうだもんね?だって君は《気絶》してたもん。
本当は《あの時》にトドメさせたんだけど、《アレ》が君と一体化しちゃったし、《一部とはいえ》僕を一回引かしちゃったからね。だから《まだ息があった子》に《置き土産》をしてあげただけだし」

「………あっ!?」
その言葉に《人間》は動いた。全身の体重を前に押し出し、右足で地面を蹴り跳ぶように《怨霊》に接近し殴り付けた。

だが《怨霊》は片手でソレを止めて見せた。

「アハハハハハ!!!!怒った?思い出した?君のおかげで《僕の一部》は解放されたんだ。
けど驚いたよ。《アレ》の力が使えてないのにここまで頑張れるって」ヒョイッ
「ガッ!?」ドンッ!!

《怨霊》はそのまま腕を掴むと《人間》を放り投げた。


「アハハハハハ!!!面白いよ!面白いよ!!君は!!!気に入った!!
今日は見逃してあげるよ!!!だからもっと成長して僕を楽しませてよ!!
それまで………《命》と《八握剣》は君に預けてあげる!!
……まぁ、聞こえてないよね?」

アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!

笑い声と共に《怨霊》は消えた。

残ったのは荒れ果てた公園と……

血まみれに倒れた《人間》だけだった。

195普通な痛み/八握剣の行方:2011/06/19(日) 23:35:37 ID:c1.PBF/s
「………まさか、一日で二回も死にかけるなんて」
ボサボサの黒髪で、どこにでもいそうなごく普通の顔立ちの高校生――田中 夕は、起き上がる。

まだ、身体が痛む。上手く動かせない。寝違えただけで激しい痛みが侵食してくる。

「にしても蜥蜴って喋れるのは驚いたな……後でサイン貰おう」
そんな事を言いながら、唯一普通に動かせる《右腕》を彼は見る。

昨日の《アイツ》の発言…そして、傷一つおわないこの右腕を見て、彼はため息をする。

「今まで俺と一緒にいたのか…お前は」
「あの時、俺が無事だったのはお前のおかげだったんだ……」
「…………けど、守れなかった。彼女が傷ついて呪われたのも、おじさん達を死なせてしまったのは…間違いなく俺のせいか」
泣きそうな声をだし、一人呟く。

「…………《アイツ》が俺を狙うなら好都合だ。もしかしたら《アイツ》を倒せば、彼女は目覚めるかもしれない」
右手を強く握り、彼は右手を見る。

「一緒に頑張ろうな……《八握剣》」

その言葉に反応するかのように、彼の右手の甲に《丸い円に八つの棒が生えてる模様》が浮かび上がった。

196妖怪を狙うモノ:2011/06/28(火) 21:55:44 ID:DDrxEC0A

息が抜けるようなコンピュータの駆動音と、時折聞こえる水泡の弾ける音が、静かな空間を満たしている。
実験器材が並べられたデスクと、見慣れない巨大な機械で十歩と歩けない狭い部屋において、
ノートパソコンのディスプレイから発せられる青光だけが唯一の光源だった。
その暗く狭い一室で、デスクに向かい合っていた人間が、突然椅子から立ち上がった。

「出来た……」

疲労と達成感を滲ませた声色は、若い男のものだ。
男は眼鏡を取ると、鼻根を親指と人差し指で摘みあげた。
疲れ目を振り切って、目下の、赤黒い血のような液体が入った実験フラスコを持ち上げる。

「試作品第一号、ってところだな」

満足げに口角を吊り上げながら、フラスコを左右に振る。
どろりと揺れる赤い液体は、見るからに普通ではなかった。――奥に秘められた異質《妖気》を、例えば妖怪なら、感じ取ることができるだろう。

男はデスク側の壁に引っ掛けられた数本の鍵束を手に取ると、椅子を回転させて振り向いた。
暗い部屋にわずかな緑の光を浮かべるのは、巨大な機械に隠れるようにして置かれた小型金庫だ。
鍵束から小さな鍵を選び、暗証番号と共に金庫の扉を開けた。

「この研究室じゃラット実験しかできないな。
 早い内にどこか別の場所を見つけないと……」

金庫の中身は空だった。
ひんやりと冷たいのは冷蔵機能が着いているからだろう。金庫というより、小型冷蔵庫に近いかもしれない。
男は蓋をしたフラスコを中にしまうと、扉を閉め、再び鍵を掛けた。

「全く、東雲さんも黒蔵さんも非協力的で困るよ」

ぼやきながら背筋を伸ばすと、間接が音を立てる。
用が済んだらしい男は出入口に向かう。ロックを縦に回し、扉をスライドさせるとカラカラと軽い音がする。
いきなり飛び込んで来る光に、暗闇に慣れていた目を細めた。

緑の廊下に白い壁。清潔な病院中には独特の香りが漂う。
床を叩く靴音を聞きつけ、男は後ろ手で扉を閉めた。
鍵束からもう一つ鍵を選んで施錠する。これで病院中のどの鍵でも開かない、彼だけにしか開けられない扉になった。

鍵束を大事にポケットに収めた頃、足音の主が男に気付いたようだ。
白いナース服を着た初老の女性が、男に頭を下げた。

「あら小鳥遊先生、おはようございます」
「どうも、おはようございます、三国さん」

男――小鳥遊 療介は、ぐしゃぐしゃの黒髪を掻きながら、看護士に挨拶を返した。
白衣も皺だらけで、丸眼鏡の奥の瞳も疲れている。一目見れば、寝ていないのが分かるだろう。
どこか抜けた笑みを浮かべる小鳥遊に、看護士も思わず笑いを漏らした。

「今日は夜勤でいらしたんですか?」
「そうなんすよ。ちょっと、」

ふと、
一瞬だけ小鳥遊が纏う雰囲気が変わったことに、看護士は気付かなかった。
いつも通りの笑顔、だがその視線の先は窓の外にある。
ガラスの奥にあるその瞳は、院内へ向かう二匹の狼と蛇に向けられていた。

「調べたいことがありまして」

197とある夕暮れ:2011/07/01(金) 17:44:02 ID:???
『ん……ぷはぁ………ここは…?』

俺は眼を覚ました。
大罪者との戦いで、俺は死んだのだ。
しかし、そこに広がる風景は何気ない日常の世界だった。

テーブルの上には、白龍と露希特製のお菓子。
壁には時を刻んでいる時計。
ガラス張りの窓から見えるのはしとしと降る夕立ち。

「ぁぁ…黒龍…。やっと眼を覚ましたね。大丈夫だった?」
『零…?俺、死んだんじゃ?』
「良かった、黒龍。確かに一度魂は抜けた。でもあのおじさんが…」

零が車椅子と言うこと以外、何も変わっていなかった。
俺は零から、その直後のことを聞いた。暴食のことも紫狂のことも…。

でも耳に入る訳無かった。第一、状況把握することに戸惑う。
それに零の無残な姿は……見てられなかった。

「…手もやられちゃったし、足も動かない。あはは、参ったね。
これじゃあ情報収集どころか、一人じゃ何もできないね。」

俺はその時、悲しげに笑う少年を見ていることしか出来なかった…。

198敗北と… 1/3:2011/07/02(土) 20:58:41 ID:???
宝玉院家の一室。三凰の手当てを終えた飛葉は、二仙に報告をしていた。

二仙「三凰の奴は、また負けたのか?」

飛葉「そのようです。恐らくは、以前負けた人間に再び負けたのかと」

二仙「うーむ…やはり、奴はまだまだ未熟か…
百鬼夜行の主も諦めてもらうか…」

飛葉「そのことですが、紫狂の窮奇は百鬼夜行の主の座から降りたとのことです。」

二仙「なんと…だから情報が集まらなかったのか。
しかし、そうなると主の座を巡る戦いは激化するな…やはり、三凰には…」

飛葉「もう少し、様子を見てみませんか?
三凰坊ちゃまは、敗北はまだまだ多いですが、確実に成長しておられます。まだ、三凰坊ちゃまをどうするのか判断するのは早いかと…」

二仙「……しかし…いや、そうだな。親の私でも、夢を諦めさせるなど簡単にしてはいけないな。
とはいえ、やはり奴が無茶をしないよう厳しくやっていかねばな。」

今は息子を信じよう。二仙は、心に誓った。そして、三凰はきっと強くなるだろう。

199敗北と… 2/3:2011/07/02(土) 21:00:32 ID:???
三凰「僕は何をやっているんだろう…」

ベッドの上で呟く三凰。
何度目だろうか…敗北して帰ったのは

三凰「こんな様じゃ、父上のようにはなれないな…
もっと、父上を理解しなくてはな…」

ゆっくりと起き上がる。飛葉の手当てもあって、回復は早かったようだ。
ゆっくりと歩き、父の部屋の扉をノックする。

三凰「父上。失礼します。」

二仙「三凰か。もう怪我は平気なのか?」

三凰「もちろんです。父上、僕を更に鍛えてください!今のままでは、駄目だとわかったのです!」

二仙「そうか…気づいたなら良かった。その前に、お前に話さなければならないことがある。」

200敗北と… 3/3:2011/07/02(土) 21:01:40 ID:???
二仙は話した。紫狂の窮奇が、百鬼夜行の主の座から降りたことを――

三凰「そんなことが…では、やはり戦いは激化するのでしょうか?」

二仙「そうなるな。三凰よ。覚悟はいいか?」

三凰「もちろんです。僕の戦いはこれからです。」

三凰のやる気は今まで以上。今回の敗北が成長に繋がったようだ。

飛葉「三凰様…あなたを全力で支えます。」

どうやら、宝玉院家は良い方向へ進んでいるようだ。



一人を除いて――

夢無「三凰様…また、人間に…やっぱり人間は…」

夢無の人間に対する恐怖心が増してしまったようだ。
彼女の行く末は果たして……

201真夏の夜のなんちゃら:2011/07/17(日) 22:42:36 ID:8w5oeMbU
季節も夏に突入し、うだるような暑さが増して来るそんな昼の街、一角にある小さな探偵事務所
ビルに三方を囲まれて日当たりが悪い蒸し暑い室内の中、扇風機の音とニュースキャスターの声に包まれた空間で、埃っぽいソファーにかけて、男はニュースを眺めていた
「この左下の数字ってなんなの?これのせいでワイプのタレントの反応が見えないんだけど」
「主人よ、もう一週間を切っているぞ?」
ソファーに持たれて愚痴る男に、背もたれに座る紫とピンク色の縞猫が答える
買い替えの済んでいないテレビの画面左下にはでかでかと数字が写り、それは日に日に数が減っていった、まるで現金徴収のカウントダウンのように
「あー、これ絶対電機屋の陰謀だよ、テレビ局と電機屋が組んでんだよ」
「…主人、話がある」
「わーってるよ、今度買ってくるよ大型薄型プラズマテレビ」
「それもそうだが、そうではなくてだね」
「じゃあなんだね?猫缶のグレードアップ?」
「最高に甘美な響きだね、だが違う、いややはりそっちの話にするべきか?」
「結局、なんの話だよ?」
「うむ、やはりその話だな」
スタン、と猫が背もたれから飛び降りると、男の前にある応接用のテーブルに腰掛ける
「主人が調べている事件の事について、そして」
「何か今突っ込み所があったような気がするんだけど」
「そして、私の正体について、そろそろ隠す必要もないと思ってな」

202真夏の夜のなんちゃら:2011/07/17(日) 22:44:01 ID:8w5oeMbU
時と所が変わる
「グッ、ガッァ!!」
そこにある物はすべてがとても無秩序で、上も下も右も左もめちゃくちゃになったように建ち並ぶ建物の逆さまの屋上で、それは起きていた
「おやおや、随分と拙いじゃないか、それでよくあんな事が出来たものだ」
「ァァアァアァッグッ!!!」
そこではまるで重力が逆転したように、ピンク色の髪も、紫とピンクのストライプ模様のスカートも、体の向きさえも上下逆向きな様子の少女が立っている
少女は金色の目を輝かせ、右手に持った物を弄び、それを馬鹿にした眼差しを浮かべている
「ァアアァアァァッ!!ユメ!夢ヲ夢をユメをォォオ!!!」
少女が対するそれは、人間の形ではある、ではあるのだが、少女とは違い明らかに人間とは違う物だと見て取れる
タキシードを着ている体には所々風船のように穴が空き、中から黒い靄が湧き出している
同じように割れ、隙間から靄が出て来る頭を掻きむしり、目をかっぴらいて目玉を露出させ(左目は周囲の皮膚が砕け本当に目玉が見えている)、うがいのような音が混ざる声でひたすらに叫び、もがいている
「どうしたのかね?この夢の主はこの先だぞ?」
「夢ッ!ゆめっ!ユメっユメユメユメ夢ェォォォ!!!」
「理性すらも無くしてしまったのかね?…いや、寧ろそちらの方が元なのかな?」
「ァァアアァァアアァァアアァアァアァ!!!」
「当ててみせようか?君は未完成な夢魔だ、人を夢ごと取り込む事で形や精神を保つ、だがそれも長くは続かず定期的に吸収を必要とする、そうだろう?」
「と、なれば、だ、君が吸収するのを妨害していれば、いつしか君は理性を失い、なりふり構わず人を襲うようになる、今まで避けていた相手もね」
叫ぶそれに、聞いてるのかも解らない言葉を自分勝手に吐きつける少女、その右手の得物は決まった形を持たず、そこにないのに剣と感じ取れる武器が握られていた
その剣は形を持たない、正体不明の形態を持つ、少女の力の一つである
「そら、叫んでばかりでは楽しくないぞ?」
「ギッァァガァァアアアアアアァァ!!!」
少女は手元で小さく剣を振るう、それだけで数mは離れているそれの右腕が切り裂かれ、靄が吹き出る隙間が増える
形を持たない刃が一瞬で形を作り、深緑の刃が蛇の様に伸びてしなり切り裂いた

203真夏の夜のなんちゃら:2011/07/17(日) 22:45:20 ID:8w5oeMbU
「どうだい?ここは一つ、逃げてみてはいかがか?」
右手の剣を形の無い形に戻して、それを見据えて少女は話す
その場で仕留める気は無い、寧ろ、仕留めては面白くはない
「見逃してあげようではないか、同じ夢魔のよしみだ、私とて同族を手にかけるのは気が引ける」
「私は私の主さえ無事ならそれでいいんだ、騙し討ちはしない、神に誓おう」
「カ、ミ………」

「神!カミ!カみ!神!神ィィィぃぃイイイイイ!!!!」
それはひとしきり叫び、暴れると、黒い雲のようになって消えていった
「…さて、と…少しは泳げるかな」
「…で、なんだったのあれ」
「おや主人、見ていたのかね?」
「そりゃ俺の夢だしな」
「まあ、私にも何かは解らないが、後は現実での話だ」
「じゃあ俺の仕事?」
どこからか出て来た男と会話をかわしながら、いつの間にかそこにあったティーセットでお茶の用意を少女は始める
差し出されたカップを男が手にとって、飴をくわえながら口にする
「まあ、どうなるかな、私が出るかもしれないし、出ざるをえないかもしれない」
「なんだそれ」
「これは予感だが…あれはただ倒すだけでは終わらない気がしてね」
「…一面ボス的な?」
「まあ、そんな所かな、あくまで予感だが」
「とりあえず、今はゆっくりしようじゃないか、主人の夢だけどね」
それは、その平穏は、もうすぐ終わるのかもしれない
この夢から覚めた時、彼等は―――



覚。

204そして始まる:2011/07/19(火) 02:37:41 ID:8w5oeMbU
「…そうですか、彼が…」
薄暗い何処かの室内で、人の声と本を閉じる音がする
声以外にも、細かい所までは見えないながらもそこに誰かがいると解る
少なくとも一人だけ、ではないようだ
「いえ、彼はよくやってくれていました、人々に理想の救済を…その職務を全うしてくれました」
「だが許せねーな、何も殺す事ねぇだろ、そいつらには愛が足りねーな」
《正しいと言えば何でも許される》
<正義など所詮そんな物>
「…言うではないか犬共よ、では我々の翳す正義もそのように勝手な物だと?」
《………》
<………>
「そこまでです、みなさん」
ダン、と一人が台に上ると、周りで話していた他が黙る
それらの視線がすべて、一つに集まった
「彼の死は悲しい事です、ですが歎く暇はありません、あと少しで至高の救済が完成します」
「皆さんはこれまで通りに人々に救済を、理想の救済がいなくなったのは痛手ですが、そうですね…新たな方法を考えましょう」
《………》
<………>
「よし解った、俺に任せてくれよ」
「了解した」
「頼みました皆さん、全てが救われる時はもうすぐです」
ここは何処かにある廃墟、誰もいない建物を利用した教会の中
これから始まろうとする事は、真に救済か…

205黒と白の物語:2011/07/19(火) 15:27:05 ID:???
昔々のお話です。
あるところに、村が在りました。
そこには人と妖怪が住んでいました。
しかし、お互いの仲は悪く、そのせいで村は荒れて行きました。
人と妖怪、どちらが勝ってもおかしくない状況の中、とある者たちが村を訪れました。

黒い体、青い眼を持つ龍と白い体、赤い眼を持つ龍でした。
黒い龍は人間を、白い龍は妖怪を説得し、争いごとを無くしました。
そして、独自が持つ力で、黒い龍は炎で人間を、白い龍は水で妖怪を手助けしました。
黒い龍は人を白い龍は妖怪を愛し、それはそれは平和な村になりました。

しかし...黒い龍と白い龍、兄妹でありながら、とても仲が悪かったのです。
それが影響し、人と妖怪の均衡が崩れました。人と妖怪は戦いました。
龍もまた、互いに戦い、傷付け合いました。

ずっと戦って、いっぱい傷付け合って、龍は自らの間違いに気が付きました。
だけど、時は遅かった。皆死んでしまった。その村は無くなっていました。
それを見かねた天空の神様は、二人に罰を与えました。

罰を受けた龍は互いの力を封印されました。
お互いの眼を変えられてしまいました。
そして…。

『陰にだって陽はあり、陽にだって陰はある。
主らの眼の色が戻った時、主らは再び多くの物を巻き込み、殺し合うだろう。
そうならぬ為にも、人と妖怪とは深く関わるな。ひっそりと暮らせ。』

神様はとても怒っていました。
いつ死ぬか分らぬ体を動かし、二人の龍は人間に化け、今も何処かで暮らしているそうだ。

――パタン、と本を閉じる音がした。

206案内人の独白:2011/07/20(水) 23:59:40 ID:ePa9Shgs
自殺した奴は、天国には行けない。
そんな事をのたまったのは、伴天連の宣教師どもだったか。
あの禿げ頭の連中が正しい訳では無いが、結果として彼らは地獄に送られる。
地獄の長の裁きを受け、更なる深い地獄へ行く。

私の記憶は、そこから始まる。
目を覚ました時にはすでに、あの大王に睨まれ、裁かれていた。

地獄へ行くのだろうな、と思った。
それもいい、あんな世界にいるぐらいなら地獄で焼かれた方がマシだ。

私は一度、死んだ。
今でもあの哀しさと絶望はうっすらと残っている。
私の首に縄がかかり、役人がそれを両側から引く。
ぼろ布のような衣に身を包んだ民衆から好奇に満ちた視線が注がれ、泣きたくなるほど惨めな気分だった。
息が詰まり、言い知れぬ快感が始まり、そして最後は寒く、暗く堕ちていった。

今、地獄の大王は私に指示を下す立場となった。
自ら命を絶つ者の魂を探し、導けと。

数々の魂を送った。
子を殺して命を絶った両親。
失恋して手首を切った女。
手を取り合って崖から身を投げた男女。
最近では、妙な有毒の気体を作り出して自殺した奴もいたな。

命を絶とうという者がいるのなら、覚えておくといい。


自らの命を絶つ大罪は、死んだぐらいでは償えないのだ。

207終了の開始:2011/07/21(木) 22:38:49 ID:d.Sq2D9c
日常とは堅固でありながらも、崩れるときはあっさりと崩れるものだ。
それが常に笑いに包まれた者でも、常に悲しみに溺れるものでも、
時が来たとき、それはあっさりと終焉を迎える。

「あ、こんなところに蛇・・・」
『待って・・・この蛇は・・・』

そのさだめはこの姉妹でも同じ。

「手紙・・・を持ってるね?」
『やはり・・・彼女の・・・』

とある蛇が、使いとして持ってきた手紙を読んだとき、
彼女達もその事を実感した。
逃げることのできない宿命も、存在していることを。

『・・・!!』
「そう・・・ですか。
 やはり・・・そうなりましたか・・・」

―親愛なる崩れた姉妹へ

     あいさつは省略させてもらうぜ。ガラじゃねえからな。
    すまない、やはり俺達でもあいつは止められなかった。
    お前達も、それ相応の覚悟を決めてくれ。

                    同じ誓いを立てた同胞より―

208インコレツジ:2011/07/27(水) 11:19:56 ID:XOqdYxzE
散らばる骨。傘が崩れて 地面は真っ赤だ 傘お化けの生命などそんなものだ(そもそも生きているのか(不明)だが) 骨はからからと口の(歯の)中で(破裂)し)音を立てて(壊れた よかった美味しい、もっと食べたい。喉に引っかかって苦しい、(この傘お化けは俺を食らう気か、と聞(きたくなる 楽しい時間は(『終わり」)を告げた
消えてゆく生命 砕かれていく体 与えられた魂魄は美味しくて楽しい料理に早代わり「そもそも本能において食らう食らわれるとは自然の摂理なのだ)愛してやって欲しい、生命の輝きを。そう言われたことがある。自分は本能のおもむくままに生きる性だ――変えようもあるまi イェイ

209とある悪夢の鬼ごっこ:2011/08/04(木) 22:41:03 ID:c1.PBF/s
「もーいいかい?」

「まだだよ!!!」

「もぉぉぉぉ、いぃぃぃかぁぁぁあい?」
「まだだよっ!!!!」

ああ………またこの夢か………

逃げるは女の子。追い掛けるは一人の鬼。

女の子は身体中が泥で汚れながらも必死に逃げている。眼は真っ赤で濡れている。決して楽しい《鬼ごっこ》ではない。

だって……

コレは《本当の鬼ごっこ》なんだから………

「はぁ……はぁ……はぁ………」
女の子は…《私》は必死で走り、何回も転びながらも、森の中を走ってる。

助けを求めながら、人を探しながら、上手くいかない術を使いながら

必死で…必死で逃げている………

けど……無駄だよ?


だって………

「みぃぃぃぃつけたぁぁぁぁあ!!!!」

《私》からは

「ひっ……いやっ……」
「つぅぅかぁまえたぁぁぁあ!!!!!」



ニ ゲ ラ レ ナ イ



―――――――――――――――――――――――バキバキ―――グチャッ――――ブチッ―――――――――――――――――ガブガブ―――――ムシャムシャ――――――――――――――――――――――――アア―――オイシカッタ―――――――















「はっ!?」
気がついたら大量の汗をかきながら《私》は起き上がった。

「………いつ見ても気分が悪いよね…」
部屋にあった鏡を見て《私》を《確認》しながら起き上がる。

《私》は………《どっちの私》?


「………………ああ…気分が悪いや…黒蔵きゅんの部屋に夜ばい仕掛けようかな?」
もっとも先輩に必ず邪魔されちゃうけど……そんなの関係ねえ!!

……まっ、ショタは愛でるだけだけだからそんな事しないけどね。

ちょっと夜風でも当たるか……

私はふらつく頭を押さえながら、立ち上がり、部屋から出ていった。


《私はどっちの私?》

210生と死の境を超えるモノ:2011/08/05(金) 01:02:19 ID:Vd.IXEAk
明かりもなくカーテンも閉め切られ、光を全て遮断した診察室は、まるで人の存在を拒んでいるようだった。
そう感じるのは、的外れではないだろう。
なにせこの狭苦しい空間に、“人間は”一人もいないのだから。
暗闇に支配された診察室の主は、ありきたりなビジネスチェアの背に深く凭れ掛かっていた。
外面は一つも変わっていないように見える。
強いて言えば、眼鏡を掛けていないことくらいだろう。
しかし、変わっていた。普通の人間にとっては、「何か」としか形容しようがない変化があった。
虚ろな瞳をした小鳥遊は、真っ暗な天井を茫然と見上げたまま、ここではない遠い過去を思い返していた。


――遡ること数年前。
大学を卒業した小鳥遊青年は、研修医として病院に勤務していた。
学生時代から成績優秀で、両親の社会的な地位から、いわゆる「エリート」かと思えばそうでもなく、
またそれに伴う実力とカリスマ性を持ち合わせていた彼は、研修医の身でありながら周囲からの高い信頼を得ていた。
ただ、一つの問題を除いて。
それは彼が幼少の頃より抱える、虚弱体質のことだ。
小中学校の頃は欠席・早退が日常的で、しょっちゅう病気もしたし、風邪を引けば一週間は寝込んでいた。
常に貧血気味で、軽く走るだけでも体が保たなかった。
それでも成績は良かったが、家が「お金もち」だったことも加わり、小鳥遊は恰好の虐めの対象だった。
体を押して登校する度に罵倒を受け、痛めつけられ、生きる意味も存在も否定された。
だが、小鳥遊は決して虐めに屈しなかった。同級生よりも遥かに大人びていた少年には、幼いながらのプライドがあったからだ。
けれどもその精神的な強さは、彼にとっては不幸だったのかもしれない。
幼少時代の辛く苦い経験によって、少年の心の奥深くに、異常な程の生への執着と死への恐怖を植え付けた。

高校は進学校に入学してからは、今まで以上に勉学に励み、努力を重ねる日々が続いた。
この頃には、あまり学校を休むこともなくなった。虚弱体質も成長するに従い、なりを潜めはじめていたのだ。
将来の道にいくつかの選択肢を与えられた時、小鳥遊は医師になる道を選んだ。
自身の体質を改善したいという思いもあったが、同時に、死に脅かされる人々を救いたいという思いもあってのことだ。
小鳥遊にとって死への恐怖は、自分に対してだけではなく、他人のものに対しても同様だった。
大学に入学後は上記の通り、積み重ねてきた努力と才能が花開き、小鳥遊は充実した生活を送っていた。

(今思えば、あの時代は毎日夢を見ているようだった)

――大学を卒業して、僅か数年後のことだった。
小鳥遊の体に、原因不明の病が発症した。
症状は、「虚弱体質の急激化」とも例えられるようなものだ。
その異変に最初に気付いたのは、もちろん小鳥遊本人だった。
隠し通さねば――小鳥遊はそう考えた。
この事実が発覚すれば、確実に医師としてやっていけなくなる。
耐え忍んで努力し、やっとここまで来た道を無駄にしてなるものか、と。
だがその日を境に、これまでの生活は本当に夢になってしまった。
症状を隠して働きながら、小鳥遊は何とか治療法を見付けだそうとした。
だが完全に有効なものは見つからず、良くて症状を改善させる程度のものばかり。
診察を受けることもできないため、本格的な治療もできなかった。
さらに時が経過し、少しずつだが確実に悪化していく症状に、小鳥遊は自分でも信じたくない事実に気が付いてしまった。

僕は、死ぬ。

全身の力が抜け、汗が吹き出した。身の凍るような悪寒が体を駆け抜けた。
絶望も嘆きも、何の救いももたらさない。
必死にもがき病の進行を遅らせても、もってあと数年かそこらだろう。
 嫌だ!!
小鳥遊は変えがたいその事実から逃れようと、なんとしても方法を見つけ出そうとした。
 諦めるものか……生きてみせる、死んでなるものか!!
非情にも現実は、一切の進展をみせなかった。
それでも、彼は諦めなかった。
 あの頃の苦しみに比べれば……!!

――そして、小鳥遊はついに見つけたのだ。
否、それは計らずも向こうからやってきた。



「東雲さん、でしたっけ。珍しいお名前すね」

211生と死の境を超えるモノ 終:2011/08/05(金) 01:03:07 ID:Vd.IXEAk




沈みかけていた意識を浮上させた小鳥遊は、凭れ掛かっていた椅子から体を起こした。
随分昔のことを夢に見ていたのような気がする。
良い事も悪い事もあったが、今となっては過去のこと。
これから永遠の時間を生きるであろう自身の、人間であった頃の記憶になるのだ。
だが、きっとすぐに忘れてしまうだろう。
小鳥遊はふらふらと診察室を歩くと、部屋の奥の扉を開いた。こちら側にも明かりはない。
部屋の奥のベッドには何者かが横たわる影があった。
その体は細くまた小さく、少年か少女のように見える。
しかしおかしなことに、眠っているように見えるその影の胸は全く上下していなかった。どころか、生気そのものを感じさせない。
まるで、そう――。
ベッドの側によった小鳥遊は、薄ら笑いを浮かべながら、壁際の棚に置かれた小さなフラスコに手を伸ばした。

「万病を治療する薬……ならば、死すらも超えるものでなければいけない」

横たわる人影の口許に、フラスコを傾ける。
どろりとした血のような中身が、だらしなく空いた口の中に侵入していく。
溢れだした薬が口端から伝い落ちる。
そして、

「                     、」

影が、その瞳を開いた。

212紫光の残照:2011/08/06(土) 20:55:57 ID:???

 最近、自分が自分じゃなくなっていく時間が増えてくる・・・。


 夜行神から生まれた3人の中で。
 自分だけはお母さんと同じ・・・転生体だった。

 転生体とは大妖怪や強大な神性の依り代であり、“生まれ変わり”や“垂迹”と謂われている。
 転生体の末路は悲惨・・・とは限らないが、奇異な運命に振り回されることとなる。
 よほどのことが無いかぎり、母さんのようにその存在軸を同一化できない限り、
 やがて拠り代の存在は、転生した大妖怪や神性に取って代わられてしまうのだ。
 平家の天皇がヤマタノオロチに存在が飲まれたように。
 大日如来がアマテラスの力によって神聖化していったように。


 最近、気が付くと・・・大好きな入江姉さんや2人を殺そうとしていることがある。
 邪霊を滅し、神性に取って代わられようとする“自分”が居る。


 ・・・嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
 神性なんかに自分の“存在軸”を奪われてたまるか!

 “幸せ”になるんだ・・・。
 母さんが言ってくれてたように・・・幸せになるんだ!!
 なんだって利用してやる、絶対に自分のままで居てやる・・・!!

 だが・・・狂気には走らない、まだ絶望もしない。
 まだ手段がある、まだ“幸せ”になれる方法がある。



 十種神宝・・・、絶対に手に入れてやる。

 多勢であり、絶対的に有利な『良い』奴等の仲間についてもかまわないが、
 奴等は自分が行おうとする『悪い』使用を決して認めないだろう。
 となると、今から取り入るべきは・・・。


 七罪者・・・。
 まぁ、紫狂的には・・・当然の選択だな。

213妖と人を兼ねるモノ:2011/08/11(木) 23:35:48 ID:0rvvBuFg
「うっひゃひゃひゃひゃ! 超ウケるー!!」

ゴスパンク調のパジャマを身に包んだ黄道は、巨大な液晶に映ったバラエティー番組を見ながら腹を抱えて爆笑していた。
高級そうなソファーベッドに俯せで寝転び、無造作にスナック菓子を貪る。その様子を、白いYシャツを着た小鳥遊が遠目から伺っていた。
ここは小鳥遊の住む、持て余す程の広さを有する高級マンションの一室。無駄なものは一切省かれた簡素な部屋だ。
言っても、モノクロ調でかっちり纏められた家具はどれも一目で高級品と分かるものばかりなのだが。
そして黄道は、事実上――というか、実際に死人であるため、彼の家に居候している状態なのだ。
甲高い笑い声を上げ、足をばたつかせていた黄道は、ふと思い立ったようにソファーベッドの背もたれに身を乗り出した。

「ねーセンセー」
「……ええ、手配通りに……それでは」

丁度通話していたらしい携帯を畳むと、小鳥遊はソファに歩み寄った。
ガラスデスクに飲み掛けのコーヒーカップを置いて少女の隣に座り、優しげに微笑みかける。

「はいはい、何っすか?」
「えっとね〜」

それに返すように、黄道も幼さを前面に出した笑い顔をして、あっけらかんと言い放った。

「蛇のお兄ちゃんに会ったよ☆」

その途端、小鳥遊の表情が、止まった。
満面の笑みだった黄道の口端がひくりと持ち上がる。
昨晩黒蔵に出会ったことについて隠す訳にもいかないため、軽いノリで話して流してしまおうという計画だったのだが、失敗したようだ。
黄道は慌てて手を前に突き出すと、おどけたように首を傾げた。

「って言ったら、怒る? アハハ、冗談冗談――「黄道さん」

抑揚のない単調な声色に遮られ、黄道はびくりと顎を引いた。
光のない虚ろな瞳が、ただ静かにこちらを覗き込んでいる。
……ああ、他にもう二人会ったって、言わなくてよかった。心臓が動き出しそうなほどの緊張感の中で、心底そう思う。

「な、なーに?」
「今後一ヶ月は外出禁止っす」

「「……」」

「えええー!? やだやだやだやだやだ絶対やだ!! 超ありえないんですけど!!」

ただでさえいつもだだっ広い部屋で一人寂しくしているというのに、夜間の外出まで禁じられたら、ストレスで死んでしまう。いや、死なないのだが。
自業自得だというのも忘れ、全身全霊で駄々を捏ねていると、釘を打つように小鳥遊が睨みを効かせた。

「黄道さん」
「う……」

俯いたり、唸ったり、視線を逸らしたり、上目遣いをしてみたりなど試してみるが、当然どれも効果はない。
念を押すように小鳥遊が「分かりましたね」というと、黄道は渋々ながらも「……はぁ〜い」と間延びした返事をした。

214妖と人を兼ねるモノ 終:2011/08/11(木) 23:36:24 ID:0rvvBuFg
「でさっ、小鳥遊センセー! 話は変わるけど次の実験はいつなワケ?」

話は終わったとばかりに、けろりと態度を変えた少女に、小鳥遊は呆れたように肩を落とした。
しかし彼に先程までの威圧感は既になく、いつもの「小鳥遊先生」に戻っている。

「今から運ばれてくるそうっす」
「マジ!? ねぇねぇそいつ男? 女? いずみイケメンか超カワイイ子がいいなーっ」
「あなたより随分年上の男性らしいっすよ」
「キャーッ!! 超ヤバい! はやくしてよセンセー!」
「はいはい」

困ったように苦笑しながら立ち上がる小鳥遊に続いて、黄道も立ち上がる。

「薬の調合は変えてるんでしょ?」
「えぇ。あなたの時は体を再生させる機能は発達していましたが、体自体が脆くなってしまいましたからね」

無理矢理引っ張ったり激しくゆすったりすれば、少女の体は簡単に壊れてしまう。
その代わり、肉体の再生機能が著しく発達しているのだ。
同時に自身の肉体を使役する能力まで得てしまったのだが、それは小鳥遊が望んだ結果ではなかった。
恐らく霊薬を妖怪寄りに調合し過ぎたのだろう。

「ん〜〜……難しいこといずみ分かんないからさぁ、超簡単に言ってよ!」
「そうっすねえ。簡単に言えば、僕は人間を作りたいんす」
「はぁ?」

意味が分からなさそうに眉を潜める黄道に、小鳥遊は続けた。

「この霊薬は強力だ。だから黄道さんのように「副作用」が起きる。僕は今、その「副作用」をなくす作業をしてるんすよ」

この場合でいう「副作用」――例えば黄道のように体が脆かったり、「能力持ち」の場合、人間としての通常の生活は困難になる。
だが、それでは意味がないのだ。
小鳥遊は妖怪を作りたい訳ではなく、あくまで人間を救いたいのだから。
しかし強力な霊薬であるが故に、その微妙な調整には時間がかかる。

「ふ〜〜〜ん……。でもさ、センセー。完全に副作用を消すなんてできんの?」
「どうでしょうね」

肩を少し上げてはぐらかす。
けれど、小鳥遊には結論が見えていた。

(……無理、だろう。妖怪の血が交じる以上、半妖化は避けられない。
 だが、抑えることはできるはずなんだ。普通の人間として生きれるまでには……)

口許を抑え、昂ぶる感情を静かに抑える。

「さあ、そろそろ行きましょうか」
「ねえねえ、着いていっていい?」
「出入り禁止、って言わなかったすか」
「ぶ〜……」

むくれる少女を横目に、小鳥遊は玄関に向かった。
今から運ばれてくる「ある物」を手にする為に。

215「よく来たな」:2011/08/12(金) 22:29:37 ID:tElbSrz.

「わざわざありがとうございます」

 幼い邪神はとあるモノの下に訪ねていた。
 非力な自分では、どうしても行動とできることに限界がある。
 それはすなわち己の中の神性を食い潰す力を、手に入れるチャンスすらないということだ。

 実際の神性を潰す為の、自らの“蓄え”にならずとも。
 とにかく力を手に入れる事が先決だった。
 その為には武器に頼ることが一番手っ取り早い。

「これが例の物だ」
「・・・これは」

 黒布に包まれた長物が幼い邪神に手渡される。
 それは一振りの“妖刀”だった。
 ・・・いや、刀と呼ぶにはあまりに大雑把な造形である。
 それは鯨の油を切り裂く大鉈のようであり、小さな獣の腹を割くためのペティナイフのようでもあった。

「本当にいただいていいのですか?」
「あぁ、構わんとも。好きに使えばいい」
「ありがとうございます」

 妖刀を大事そうに抱え込むと、幼い邪神はペコリと頭を下げた。

 準備は整った・・・。
 手を振る送り主に目を配らせながら、ニタリと微笑む。

216終わった教会にて:2011/08/14(日) 22:21:36 ID:bJBnsqT6
とある、亜空間の忘れ去られた教会。
二つの人影が教会のバラバラの位置にある、古びた長椅子にゆったりと腰掛けていて、
身体からは二者とも、膨大かつ邪悪な妖気を感じさせた。

「農夫!!メデゥーサの情報はマジか!!」
「・・・んだ。それにあの女が言うんだ、間違いねぇんじゃねえか?」

内部は荒れ果てその椅子以外は、無残に破壊されている。
おそらく彼らはここに根を張る気はなく、気まぐれで少し寄っただけのようだ。

「なんだその態度は!!お前は仲間の死を悼む心は、もっていないのか!!ロボットなのか!!」
「持っててもあんたみてぇに、
 そんな他人の目の前で涙だらだら流すようなマネはせん。声も大きくせん。
 布がぐしょぐしょになっとるぞ」

この場にいるのは金髪で、一枚布の服とズボンを履いている男と、
全身どころか顔にまで包帯がまかれその間から、
黒い髪をはみ出させている者だけである。

217終わった教会にて end:2011/08/14(日) 22:22:42 ID:bJBnsqT6

「・・・坊ちゃんはこの事で、なんか反応あったただか?」
「ない!!いつものとおりの笑顔で、弔おう、だけだった!!
 涙もなかったぞ!!」
「あー、やっぱりな。坊ちゃんのアレは止めてもらいてえもんだ」
「見ているこちらが来るものがあるからな!!」

中年ながらもその顔に、綺麗という印象をあたえる金髪の男とは違い、
顔まで包帯のこの者は、その表情は窺い知る事ができない。
はっきり言って不気味そのものである。

「話を変えるぞ農家!!」「最後の地点か?」
「お前が物分りが素敵だぞ!!そうだ!!最後の場所がわかった!!」
「・・・また特殊な場所だな」

そんな二者がいる礼拝堂の、隅に木でできた古びている扉があった。
扉の向こう一室からは、だれかの気配が。
どうやらこの教会にいるのは、この二者だけという訳でもないようだ。

「そうだ神がいない!!メデゥーサの行った寺と似ている感じだな!!
 うぅ・・・メデゥーサ!!なぜ死んだ!!」
「うるせえ、肥料にすんぞ。ともかく・・・変なものを地点にしたな」

「牛神神社だか」

218繋がれた鎖:2011/08/15(月) 22:29:35 ID:/AfNAO.Q
黄泉軍率いる宛誄の勝利に幕を閉じた、森の祠に眠る十種神宝《蜂比禮》を巡る争奪戦。
その翌朝、東雲は出勤の為、久し振りに病院へ向かっていた。
目の前で《蜂比禮》が奪われたのは屈辱に違いないのだが、東雲の目的はあくまで袂山へ近付く危険を除すること。
結果、《蜂比禮》が無くなったことで危険は回避され、袂山に常駐する理由がなくなったからだ。
そしてもう一つ……気掛かりなことがあった。

「っ、う」

突然胸にせり上がる嘔吐感に、東雲は慌てて口を抑えた。
額に浮かんだ冷や汗が顎を伝い落ちる。
……昨晩での戦いの途中からずっと「こう」だ。
激しい咳、眩暈、吐血や嘔吐感が頻繁に襲ってくる。
それだけではなく、全身の脱力感や虚無感といった様々な症状が、突然に現れた始めた。

(気分、が、悪ィ)

時折、視界さえ霞んで見える。
症状は時間が経過するにつれて、確実に悪化していた。
ぐらつく頭は思考力も奪った。
――兎も角、病院に行けば何が分かるかもしれない。
東雲は近くの壁に体を預けると、肩で息をしながら、携帯を取り出した。
震える指先で、ある人間の番号をコールする。



「……ええ、分かりました。お待ちしています」

小鳥遊は穏やかな口調で会話を終わらせると、通話を切った。
しかしその表情はといえば、あの優しい「小鳥遊先生」のものではなく、
企みがものの見事に成功したことを嗤う、「人ならざる者」の顔だった。

(やはりこうなったか)

診療室の椅子に深く凭れ掛かり、堪えるような笑い声を上げる。
これが健常な妖怪に対しての、霊薬の使用結果。
強すぎる薬は強すぎる毒にもなりえる。それは人に対しても、妖怪に対しても言えるという証明になった。

(けれど……、これで実験が終了した訳じゃない)

黒蔵に『東雲に何をしたか?』と問われた際、話した理由。
あれは全てではなかった。
彼と交わした条件である、半妖を人間へ戻す血清薬の開発。これは、小鳥遊にとっても重要なことだ。
よってその時間を短縮するために、霊薬の開発と同時進行で行うことを決めた。
そして作られた、血清薬の「試薬品」。
この実験台に――東雲犬御を用いるのだ。
だが更に、目的はもう一つある。

「東雲さんには、まだまだ借金が残ってますからね」

それはこの実験により、彼に「首輪」をつけること。
簡単に言えば東雲犬御を、血清薬なしでは生きられない体にするのだ。
そうすることで、貴重な実験台に逃げられないように。

「……あなたも性悪ですね」

ほくそ笑む小鳥遊の後ろで、白衣を着た女性が平坦に呟いた。
長い三つ編みをし、平たい皿のような帽子を頭に乗せた女。
彼女もまた妖怪であり、小鳥遊が引き抜いた医者だ。

「血清薬の開発がこんなに早く進んだのも、あなたのおかげっすよ……纏さん」
「いえいえ、私は当然のことをしたまでですよ」

纏と呼ばれた女性は、無表情のまま、片手に握った茄子を丸かじりした。

219交渉材料:2011/08/21(日) 18:45:28 ID:1gBuqmPQ
夜遅く、牛神神社の宴も済んで皆が眠くなった頃。
巴津火が御神木を倒してしまったその償いに、ミナクチが黒蔵と外へ出て来たのが少し前のこと。
倒れた御神木の枝先を取って刺し穂とし、練った泥土に挿したものを敷地の四隅へ植え付けたのだが。

『これらが枯れずに育つように、しばらく私が見守る事にします』
「あの蛇神…今、巴津火が寝ているうちに相談したいことがあるんだ」

ミナクチはその時に黒蔵から、東雲犬御の事で相談を持ちかけられたのだった。

巴津火が小鳥遊という医師を抱え、人の医術で妖の治療をさせようという話はミナクチも聞いていた。
確かに悪くない案ではある。
ミナクチのように傷を癒す力のあるものは限られるし、そのための代償が払えるものばかりではない。
より安価に治療の術があるならばその方が広く役立ち、長としての巴津火を支持する者も増えるだろう。

東雲犬御はその計画の犠牲となるものだった。
弱肉強食のこの世界では、それは取るに足らぬ犠牲なのかもしれない。
格上である巴津火の意を変えることはミナクチにも難しいのだ。

その状況は自分ではどうしようもない、と首を横に振るミナクチに、
黒蔵は意外なことに自分の解任を願い出た。

「俺がこんな事を頼めた立場じゃないのも判ってる。
 ここまで生き延びさせてもらって、こんな頼みは恩知らずだとは思う。
 でも、こうしないと俺には生きてる意味がない」

神使としての任を解き、黒蔵自身を自分のものとして返して欲しい。
それが黒蔵からミナクチへの頼みだった。
その願いへの答えはまだ保留にしたまま、ミナクチは問いを返した。

『私の下から自由になって、そしてどうします?』
「巴津火と取引する。巴津火が欲しいのはこの身体だ。
 だから、俺自身と引き換えに東雲犬御の身の安全を頼むつもり。
 俺の一族の長と蛇神の間の『賭け』も、これで蛇神の勝ちになるだろ?」

(確かにそれで『賭け』に勝ちはしますが、私の意からは外れますね)

「蛇神には手が足りない不便をかけるかもしれない。でも、長の言った結果にはならずに済むんだ」

何時の間に泣き虫だった黒蔵はこんな風に考えるようになったのだろう。
自らが消えるほどのその覚悟があれば、巴津火の魂と競り合って身体を取り戻すことも出来る筈なのに。

『黒蔵。その気になれば、殿下から身体を取り戻すことも可能なのですよ?
 しかし今のままの貴方では、殿下が交渉すら受けてくれるか判りませんね。
 もう少し、自分自身を取り戻しなさい。全てはそれからです』

巴津火と交渉するには、まだまだ黒蔵は弱すぎる。
故に小さな下級の水神は、この時そう答えるだけに留めた。
ミナクチの真意が黒蔵に伝わったかどうか、それが判るのはまだこれからだ。

220東風荘の水町さん(甲):2011/08/21(日) 22:52:00 ID:tElbSrz.

 街の中に立つボロボロのアパート、東風荘の2階にて。
 色のはげた畳敷きの上で、姉御こと極楽鳥は変化もせずにまばゆい光を放ちながら荒れている。
 その周りにて声を上げる2羽の鳥。
 火を噴くニワトリこと波山と、閑古鳥のナイチンゲール(仮)である。

「姉御ぉー、もうやめてくだせぇ! いくらなんでもそんなに竹の実食べてたら身体に悪いですよぉー!!」
「ソウダゼ姉御ォ! イクラ旬ダッテ言ッテモ喰イ過ギダァ! ダチョウ二成ッチマウヨォ!!」
「うるさいですねぇ! いいじゃないですかぁ、どーせこんな街中じゃ飛ぶ必要も無いんだしぃ!!」

 波山が数日間かけて集めた竹の実と、霊水をがぶ飲みする極楽鳥。
 誰がどう見てもずいぶん荒れている。

 そんな最中、いきなり周囲の湿度が上がったような肌に張り付く感覚が全員を襲った。
 波山が慌ててその方を振り向けば、控えめにドアをノックする音がする。

「何事ですかな、あまり大騒ぎしないでくださらんか」
「お、おう! すまねぇな!!」

 いつもとは立場が逆になってしまっている。
 普段は波山が騒ぎ立て、極楽鳥が尋ねてくるこの住人に平謝りをしているというのに。

「・・・なにやら普段と随分勝手が違う様子、私でよかったら相談に乗りましょう」
「い、いや・・・だ、だいじょう――「聞ぃーーーーてくださいよ! 水町さぁあああああん!!」

 姉御、完全に自棄になっている。
 「では失礼しますよ」と、静かに一匹のスッポンがドアから入ってきた。

  ・
  ・
  ・

221東風荘の水町さん(乙):2011/08/21(日) 22:52:33 ID:tElbSrz.
 極楽鳥は先日あったことの全てを話した。
 死体を蘇らせる術、そのとき会った少女、自分の女子力が低いことなど全て。

「ふむふむなるほど。それで飛び出したはいいものの、
 結局何も聞けず、何も言い出せず、何も出来ず、ただ悪戯にその娘の心を傷つけてしまったと」
「はいぃ・・・そうなんですよぅ・・・うっうぅ・・・」

 姉御、今度は泣き上戸に入っている。
 波山とナイチンゲール(仮)はなんともいえない表情で話を聞き入っていた。
 いや、ただ単に話の内容を理解していないだけなのか。

「しかし貴女は元々妖怪である次第、何故そんなことを気にかけているのですかな?」
「それは・・・、そうですけど」

 極楽鳥はクチバシを尖がらせた(仮)。
 スッポンの水町さんは10月の雨のように、穏やかな声で語りかける。

「や、これは失礼。意地悪な質問でしたね。人と妖、その違いを頭では分かっておれど。
 我々はなまじ人に変化できる故に、その垣根を容易に飛び越えてしまう。
 ・・・貴女も飛び越えてしまった、それだけの事です」

「・・・」
「や、これは失礼。つい昔を思い出して話を逸らしてしまいました。
 それで貴女は自分の行いを悔いて居られるのですか」
「・・・はい」

 極楽鳥はちゃぶ台に突っ伏し、泣き言のように溢す。

「私って、いつもこうなんです。いつも・・・肝心なときに何も出来ない。
 ただ慌てて、どうしようもなくって・・・いつも不正解ばっかり選んじゃうんです」
「今の貴女は、何をすれば正解だったと思うのですか?」
「それは・・・わかりません。多分、何もしなくても不正解だったと思います」
「ではよいでありませんか、過ぎたことだ」

 水町さんの声は果てなく穏やかで、宥める様に言い聞かせた。

「貴女がずっと、彼女のことを考えていて、それでも見つけられない答えなのだ。
 きっと全てが不正解だったに違いないではありませんか」
「それは・・・」
「貴女もそのキョンシーも、まだ年端も行かぬ少女なのです。
 そのような事ばかり考えていては切ないではありませんか」

 ポツリ、と目を細めて語りかける水町さんに、
 極楽鳥の自暴自棄もだいぶ収まっていく。

「何を選んでも不正解ならば、何を選ばぬこともひとつの選択です。
 義務感も使命感も先入観も捨てて、今度はちゃんと向き合っておやりなさい」
「でも・・・そんな」
「肝心なところでどうにも成らぬならば、肝心なところは私が引き受けますよ」

 提案めいた水町さんの言い方に極楽鳥は慌てて顔を上げる。

「そ、そんなっ! あなたを巻き込むわけには・・・」
「なに、時間を持て余した年寄りは好きにこき使ってくださって構いません。
 亀の甲より年の功、きっと悪いようにはいたしませんから、私に頼ってくださらんか?」
「・・・」

 極楽鳥はしばらく考えにふけるが、ようやく決心したように顔を上げる。
 水町さんは未だに素性がよく知れぬ妖怪だが、極楽鳥にとって水町さんは2番目の友人だった。
 どこまでも穏やかで、静かなこの老妖怪は・・・確かに信じたくなるような不思議な雰囲気がある。
 この妖怪だったら、少なくとも・・・。

「・・・よろしくお願いします」
「あい、確かに任されましたよ。・・・心配しなくても大丈夫、
 これ以上、その娘を傷つけるようなことはいたしません。私も魂と行き場を無くした者には変わりませんから」

 水町さんはニコリと笑いかけると、少し頭を下げて極楽鳥達の部屋からノソノソと退出した。

(結界消失の件も気になる。今、この町で何が起こっているのか。確かめねば成りませぬ。
 ・・・大家殿、申し訳ありません。しばらく囲碁の相手は出来なさそうです)

222診療所からの手紙:2011/08/22(月) 20:39:46 ID:OKut1sYc
とある蒸し暑い夜のこと。
ブナの小枝に止まった一匹の夜雀が、浅い眠りに浸っていた。
静寂の中うるさいほどの虫の声も慣れたもの。むしろ子守唄のようなものだ。
そこへ突然、茂みの擦れる音が割って入った。
耳ざとく意識を覚醒させた夜雀は、音の正体に意識を傾ける。
その緊張は杞憂に終わるのだが。

「……ん、翠狼だったじゃん」
「休んでる途中悪いな、七生姐さん」

頭を下げてのそのそと現れたのは、深い碧色の毛を持つ送り犬、翠狼であった。
何やら首に巻紙を下げているようで、ブナの根本に近付いてくる。
枝先から飛び立ちながら、四十萬陀が尋ねた。

「それ何?」
「つい先刻預かってきた、姐さん宛の言づてぜよ。犬御の兄貴から」
「!」

着地する寸前、少女の姿に変わると、翠狼の首元に飛びついた。
巻紙の紐を解いて中身を確認する。
翠狼も、小さな肩の後ろからそれを覗き込んだ。

223診療所からの手紙:2011/08/22(月) 20:52:14 ID:OKut1sYc

七生へ
突然の手紙ですまない。
直接会って言うべき内容なんだろうが、いくつかの理由でこの形になった。
だらだら書くのも性に合わないから、要件だけを書くことにする。
近々、小鳥遊の勤め先が変わる。俺はそれに、奴の助手として着いていくことになった。
言っても、仕事内容は雑用係と大して変わらない。
ただ医者が遠出する時は着いていかなきゃならないし、忙しくなる分一日動きっぱなしの日もある。
だからしばらく、袂山に帰れなくなりそうだ。
俺のことは心配するな。体には気を付けるし無茶もしない。   多分。
もしそっちで何かあっても、絶対にすぐ駆け付ける。
離れていても、俺はずっとお前を――

(……これはないな)
「おや。何書いてるんすか、東雲さん?」
「!!」

ぐしゃぐしゃに丸めた紙をごみ箱に投げ入れた直後、東雲の背後に、ぬうっと男が現れた。
思わず肩を跳ねさせて、苦々しい顔だけで振り替える。
待ち受けていたのは、トラウマ並に苦手な小鳥遊の笑顔。
いつの間に、と思わず顔が引き攣った。

「勝手に入って来てンじゃねェよ!」
「すいません。宿直室に不便はないか聞こうと思いまして」

真新しい簡素な家具に囲まれるこの部屋は、新しい診療所に備えられた宿直室だ。
以後は東雲の部屋となる場所でもある。
診療所は川沿いに設立され、既に機器やオフィス家具を運び入れるだけの状態になっていた。
東雲も先日からこちらに移ったのだが……。

「ほうほう、手紙のようですね。この七生とは恋人ですか?」
「俺はずっとお前を……、だってー!! キャッ、お兄ちゃんったら大胆☆」
「!?」

騒がしい声に慌ててゴミ箱の方を見ると、二人の女が捨てたはずの手紙を広げていた。
厚底ブーツにゴスパンク調の服を着た少女は、小鳥遊の霊薬で蘇ったゾンビ、黄道いずみ。
頭に白い皿のような帽子を乗せた三つ編みの女は、纏 患無(まとい かんな)。茄子好きの河童である。
彼女は叡肖より届けられた人員候補の内の一人で、その類い稀な妖怪医学の知識に定評のある「研究者」だった。
診療所においても、医者ではなく、小鳥遊のアシスタントとして働くことになっている。

「捨てたもん勝手に見るなゴラァ!!」
「良いではないですか、クサイ手紙を見られるくらい(笑)」
「お兄ちゃんカノジョいたんだぁ。ちょっと狙ってたのに、いずみ超ショックー(笑)」
「……覚悟できてンだろうな、クソアマ共!!」
「東雲さん」

勢いよく椅子から立ち上がると、柔らかな声に呼び止められた。
東雲の動きがぴたりと止まり、その額に冷や汗が伝う。

「内容は改めてさせてもらいますよ」
「……わかってるっつゥの」
(余計なことを書けば、ってか?)

遠回しでもなんでもない脅しだ。物腰いい振りをして、よくそんな顔ができるものだ。
そんな言葉を噛み潰して答えると、どこからともなくとりだした茄子を食べながら、纏が無表情に言った。

「大丈夫ですよ、東雲犬御。死んでも体は無駄にしません。もぐもぐ……」
「茄子食ってんじゃねえ」
「全身隅々まで解剖して解析しますから」
「テメーにバラされるくらいだったら焼死を選ぶ」

吐き捨てると、纏は無表情のまま唇を尖らせた。
しかしこれは悪態ではなく、本心からの言葉なのだ。
纏に解剖などやらせてしまえば、ぐちゃぐちゃどころか微塵切りになるかもしれない。
なぜなら、

(腕の手当てで、逆に腕を折られたのを俺は忘れねえ)

彼女が怪力で、超がつく程のドジだからだ。
無視してもう一度筆を取ろうとした時、不意に扉が開いた。

224診療所からの手紙:2011/08/22(月) 20:59:48 ID:OKut1sYc
「ようお前ら、集まって何してんだ?」
「「「――!!」」」

全員の視線が一斉に集中した。扉ではなく、纏にだ。
それとほぼ同時に、纏は手に握っていた茄子を素早く隠す。
一連の動作には気付かず、部屋に入ってきた男に、黄道が笑いかけた。

「お兄ちゃんが手紙書くとこ眺めてるのっ」
「同上です」

両手を後ろにやったまま、纏も答える。
ツナギを着た体格のいいこの男は、日野山幽次郎。黄道と同じく、霊薬によって蘇った半妖である。
黄道と違うのは、体が「生きている」こと。彼女に対して、かなり人間に近い存在だ。

「まーたよってたかって犬御イジめてんのかぁ?
 可哀想だからやめてやれって。ほら、おじさん命令だぞー」
「イジめられてねーよ」
「遊んでただけだもん!」
「愛情表現です」
「……テメーら……」
「ははは、お疲れさんだな」

からからと笑いながら、東雲に肩に手を置く。

「荷物運び入れるの手伝ってくれよ」
「おォ」
「えー行っちゃうのぉ?」
「いずみが運んだら腕ちぎれるだろ?」
「私も行きましょうか」
「纏先生は……えっと、まあ、また今度な!」

はぐらかされて、纏は「何ですか二人とも」とまた唇を尖らせた。無表情だったが。
しかし、これでやっと三人から解放される。
日野山に内心感謝しながら、東雲が部屋から出ていこうとすると、突然何かが飛んできた。反射的にそれを掴む。
どうやら、投げたのは小鳥遊のようであった。

「東雲さん、それあげます」

にこにこと微笑む小鳥遊。……嫌な予感がする。
慌てて手の中を見ると、そこにはしっかりと、カロリー○イトが握られていた。
さあっ、と東雲の顔から血の気が引く。

「お仕事、お疲れ様です」
「テッ、テメェクソ医者……」
「………………………犬御」

全身から冷や汗を噴出させながら、ゆっくりと振り向く。
纏はいつの間にか黄道らと共に、部屋の端に避難していた。
ひと時も満たされない「空腹感」と、それによって湧き上がり続ける「食欲」。これが、日野山の副作用。
彼の妖怪名は、「餓鬼」だった。

「それ…………」
「やる! やるから落ち着けこっち来ん」
「食わせろおぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」
「なああああぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」

全速力で部屋を飛び出す東雲と、それを追い掛ける日野山。
二人を、小鳥遊はすがすがしい笑みで見送った。
その姿を見て、黄道と纏は同じことを思うのだった。

((楽しんでるなあ……))





「もしそっちで何かあっても、絶対にすぐ駆け付ける。
 じゃあ、またな……」

読み終えた手紙はとても短いものだった。
四十萬陀の背後の翠狼は、はあと溜め息をついた。

「本当に要件しか書いてないぜよ。しかし、犬御兄貴がしばらく帰ってこないとなると、寂しくなるぜよ……」
「……」
「姐さん?」

無言のままだった四十萬陀は、声を掛けられて、はっと顔を上げた。

「な、何でもないじゃん。そうだね、寂しくなるじゃん」
「だぜよ。さあ、皆に内容を伝えに行くぜよ」
「うんっ」

森の奥へ入って行く翠狼の背を追いかけながら、ふと星空を見上げる。
何だか、胸騒ぎがするのだ。
あの狼の身に何か起こっているのではないか。そんな、漠然とした不安感。

(犬御……)

今度、黒蔵に詳しいことを尋ねてみよう。同じ場所で働いてはずだから。
雀の姿に戻ると、夜の森へと消えて行った。

225零なか:2011/08/23(火) 14:08:38 ID:BQ990e1A
黒蔵と七生に出会った日の帰り道。
人通りの少ない道を夷磨璃は歩いていた。

「おい、そこのちっこいの。」

ぽん、と背中を叩かれ、びっくりして振り返ってみる。
そこに居たのは、ローブの男だった。

「あわぁっ、なんでござるか、急に!」
「どわぁっ!!急にでかい声出すんじゃなぇ!」

案外、ローブの男は間抜けだったりする。
夷磨璃に会う前は、自転車に突っかかってドミノ倒しにしてきたとか。

「とりあえず、聞きたいことがあるんだ。
俺様な、人探しをしてるんだ。黒い着物の女と、白い浴衣の少年だ。
どうだ、ちっこいの。知ってるか?」

白い浴衣の少年にはピンと来なかったが、黒い着物の女は直ぐに分かった。
そう、夷磨璃の師匠様である瞳だった。

「黒い着物の人なら、拙者のししょ…ぐぁっ?」
「知ってるならば話は早い。こちらから出向くのは面倒だ。
ちっこいのには餌になって貰うぜ?」

小さい少年に容赦せず、思い切り腹を殴る。
耐えられるはずもなく、吐血した夷磨璃はその場に倒れ込んだ。
地面からは黒い物が動き、少年を包み込む。

「そいつを連れて行け、後は噂を流せば完璧だな。
蒼い着物の少年が連れ去られた、ってね。どうだ?俺様天才?ハハッ♪」

やがて夷磨璃を包んだ黒い物は地面に溶け、ローブの男も姿を消した。

226獏の仔は夢を視る:2011/08/24(水) 00:58:53 ID:???
閑散とした公園に、寂しげな風が吹いた
積もった枯葉が、茂る葉が、かさかさ音をたてる
放置されたピンク色のボールが主を求め、ゆっくりと転がって、いった

街外れにあるこの公園に、殆ど人の往来は無い。
夜は勿論のこと、昼も。

だから、彼は、安心して眠りについていた。

何時間も、何日も。

深い、深い、眠りに。

そうして深淵の内へと、降りていった。

ーーーーーーーー

ーーーーー

ーーー

…どっぽーん。

身体中に感じる、冷たい感覚。これは、海だろうか。
でも、しょっぱくはない…

「…っはあ…」

ゆらゆら揺れる壁を突き破り、水面に顔を出す。
少年は大きく、息を吸った。近くにあった岩を掴む。
眼を凝らすと向こうに、ぼんやりと、岸が見えたーー…。

《お前が、晴織のところの子だな》

その言葉に少年は、心底びっくりさせられた。いったい何故、その名前を?
そしていつしか、ぼうっとした光に包まれた生き物が、岸辺に姿を顕していた。

「…どう、して?」

声は震えていた。寒いから、なのだろうか。
鳶色の眸を細め、あの生き物の姿を良く見ようとしたけれど、
暖かな光は掴みどころがなく、その姿を良く見せてくれない。
でも、なんだか、懐かしい感じがした

《お前に預かりものがある。……いい眼をするように、なったな。》

光る生き物はそれだけ言うと、何かを岸辺に置いて、踵を返し。
黒塗りの闇へと、ゆっくりその姿を紛らわせていっ。
置いていかれる。何故かそう思って、少年は焦った。

「ち、ちょっと待ーーい"っ!〜〜〜〜〜!!」

ガンッ
引きとめようと慌てて身体を起こした少年に待っていたのは
寝床である土管の、強烈な洗礼であった。

窮屈な其処で、頭を抑え身体を丸めて痛みを堪える。

今のは一体、なんだったのだろうか。
ただの夢にしては、少し、……。
…よし。


ごろん。寝返りを、うつ。

少年は、二度寝することを決心する。

彼の十二の誕生日はこうして、幕を閉じた。

自身の成長に、気づく事も無く。

少年は、幸福な眠りに堕ちていった。

227変人二人の会話:2011/08/24(水) 23:08:50 ID:c1.PBF/s
今日は休みの喫茶店《ノワール》。そこに二人の人がいた。

「美月……私がなんで怒ってるかわかるかな?」ニコニコ
ここの店長である女性――田中 夜は微笑みながらも、いつものようなノンビリとした口調ではなく、普通の口調で目の前の人物に話しかけていた。
笑顔の筈なのに…それは何処か怖かった。

『い…いえ………私にはなんの事やら……』ダラダラ

もう一人の女性――橘 美月は気まずそうに笑いながらも、汗をダラダラ流していた。
ワイヤーで身体をきつく縛られながらイボイボのついた足裏マッサージマットの上を正座され、その上に重りを乗せられていた。

「美月……私と約束したよね?《アレ》にはなるなと……
《アレ》の危険性は貴女が一番知ってるでしょ?」
『だって……非常事態だったし、あのままj「ふざけないで!!!!!」…!?』ビクッ
言い訳をする美月に、夜は涙を流しながら普段は出さないような大声をだした。

「もし《あの時》みたいに意識を乗っ取られたらどうすんの!?
それで危険な目に会うのは周りにいる皆よ!?
それに……それに…………」ボロボロ
真剣に叱りながらも、涙を流す。
声がそこから出てこない…それほどまで泣いている。

『………わかってるよ。夜
大丈夫!もう無茶はしない。コレ以上大事な親友を泣かさないから』ニコッ
「馬鹿……このショタコン……変態……」グスグス
泣き崩れる親友を拘束された状態で慰める美月。


………でも、美月はわかっていた。
『(……ごめん……夜……もうわからないんだよ……今の《私》は《橘 美月》なのか……《藤原 千方》なのか…………)』
自分という存在がわからなくなってしまってるのを……

228穂産姉妹神、復元:2011/08/25(木) 18:53:01 ID:bJBnsqT6
長い眠りからようやく醒めたような、そんな頭の機能の鈍さを感じながら、
姉妹はとある人気の無い森で目覚めた。
二人は寄り添いあって座り、この森の闇のなか暫く呆然とした。
そして、未だに寝ぼけ眼で光の無い目を当たりに向けると、数人の人影が目に入る。
それらは彼女達を円を描いて囲い立っていた。

金髪の農夫、包帯の男、ポニーテルの女性、どの顔も、姉妹のよく知った顔。
不意に、姉妹は同時に彼女達の座る地面へ、視線を向ける。
下にはなにかが大きく刻まれていた。
なにやら複雑な絵、と文字で書かれた陣のようであったが、
それがなにの、何のための陣であるかはすぐに理解した。彼女達の身体の復元のためのものだ。

自分達が復元された理由を思い出し、はっとしたように彼女達は、
先ほどまでの緩慢な仕草とは違って素早く空を見上げる。
姉妹達が見たものは、この数百年間、この街の空を大地を、
うざったらしく覆っていた結界の無くなった、さえぎりの無い空であった。

視線を元に戻して、日子神はそのまま農夫を見つめる。
彼女の問いに答えるように、彼はゆっくりと頷いた。破壊は、成功したのだと。
彼女たちはそれから、深くため息をつき、その達成感にしばらく浸る。

だが、雨子神は不意に何かに気づいたのか、あたりをキョロキョロと見渡し始めた。
最初はその理由がわからず、彼らはそうする彼女を見つめるだけであったが、
直に彼女の探す者が誰なのかを理解した。農夫は雨子神に、黙って首を横に振って見せる。

それに二人は言葉を失い、自責の念にさいなまれうな垂れた。
しかし、俯いて悲しんでいる姉妹をポニーテールの女性は慮ることなく、
彼女は冷淡な調子で、事は第二段階に入ったというむねを伝える。

第二段階、それは坊ちゃんが、この街に訪れるということを意味した。
しばらく黙りこむ二人であったが、次に彼女たちが顔を上げたときには再び目に、
とても強く堅い意思を灯らせる

立ち上がって穂産姉妹は心に、自分達の死をより強く、覚悟した。

229残り時間:2011/08/27(土) 22:15:05 ID:1gBuqmPQ
洗面器に水を受けて、そこに手を浸す。
こうして朝、顔を洗うたびに鏡の中の自分の顔が少しだけ大人びているのにはまだ馴染めない。
以前の身体より視力が良くなっている分、違和感も大きいのだ。

視力はともかく、腕力は今までに比べると笑ってしまうほど弱くなった。
蛇の姿には成れないし、水に入れば溺れかけるし、ちょっとぶつければ簡単に痣になるし、
何よりトイレではまだ戸惑うのだ。

(それでもこれだけは変わらない)

洗面器の水面が鏡に変わり、巴津火に身体を譲った時の光景がそこに浮かぶ。
じっと見つめるうちにその水面が歪み、落ちた雫で映し出された像は崩れた。

『一体何があったのかと思えば』

まさか聞えるとは思わなかった声にはっと顔を上げると、
目の前の蛇口にちょんと腰掛けた小さな人影がいた。

「蛇神…」

ごめんなさい、と震えた唇は音を紡がなかった。
さっき落ちたのと同じ雫が再び洗面器を打つ。

『事情は判りました。私の許可なく取引したのは許しましょう。
 ……これ、そんなに泣くでない』

ミナクチが困ったように笑った。
そのとたん心の堰が切れて溜まっていた感情がどっと溢れだしたが、
それはやっぱり言葉となって喉から出ては来なかった。

『叡肖さんにはまだ言わない方が良いですね。そう、あと70年くらいは黙っておきましょう』

きっとその時、自分の表情には疑問符が浮いていたのだろう。
少し厳しい表情でミナクチが説明する。

『良いですか黒蔵。今のお前が聞くには辛い事ですが知っておかねばなりません。
 その身体は人のそれを元に、なるべく人に近くなるように作られています。
 だから寿命も人と同じ。数十年後には老いてやつれ、器として魂を支えることは出来なくなるでしょう』

冷や水を浴びせられた気分だった。

『だから罪を背負うのもあとそれだけの時間。
 叡肖さんにさえ隠し通せば、寿命と共にお前の罪も終わります。
 私は今ここに「居ない事」になっている存在です。
 その位の間黙していても、私自身は今より格別困った事にはならないでしょう』

もしばれたなら…?

『巴津火との身体の共有が終わったのですから、何らかの刑が執行される筈です』

気づけば涙も出て来なくなっていた。

『残りの時間をどう過ごすか、何をすべきか、じっくり考えて行動しなさい』

自分が使える神の、その気配すら察知できなくなっていた事に黒蔵が気づいたのは
ミナクチの姿が消えた後だった。

230奇跡:2011/08/29(月) 17:47:30 ID:???
深夜の街を歩く男が一人。
まだ、生きている実感が沸かない。
これは夢かもしれない、とまだ思っている。

それもそのはず、目を開けたらいきなりこの世界にいるから。
でもそれが夢であれ現実であれ、彼にはやりたいことがあった。

――数分後、とあるマンションへ到着した。
階段を昇り、目的の部屋へと向かう。
部屋の前に来ると、ゆっくりと扉を開けて、中に入る。
懐かしい匂い、懐かしい風景、胸が高鳴る。
そんな気分が彼を支配した。

そこに寝ていたのは、彼の大好きな少年。
彼を見た瞬間、想いは最高潮にまで達した。
少年を優しく抱きしめ、ゆっくりと自らの唇を彼に近づける。
ゆっくりと、そっと。

「(俺って…最低だな……。でも…永遠と続いて欲しい…。)」

「ん…むぅっ…!?むううぅ?!ぷはあっ。」
「零っ///////」
「こ、黒龍っ!なんで!それに今、私にしたのって……?」
「べ、別にお前の為なんかじゃ//////……あるけど…/////」
「夢…?で、でもまた黒龍に…それも……/////」
「言うなッ////…俺も驚いたよ。でもさ、現実なんだよな。コレ。」
「つっ…//////」
「なっ、零っ、やめ////」

二人はその後、一緒に甘い夜を過ごした。
二人の新しい物語はこうして幕を開けた。

231二百十日:2011/08/30(火) 22:31:43 ID:1gBuqmPQ
「うーん、やっぱり海はいいねぇ」

休暇をとって、久しぶりの海である。
窮屈な人の姿を取らなくても良いため、衣蛸の叡肖は思うさま身体を伸ばして海を堪能する。

「これで余計な仕事さえ飛び込んでこなけりゃ最高なんだけどな」

この門の内では、所定の大きさであるべし。
大きさの違いで起こる揉め事を防ぐための不文律に従い、この竜宮の文官は
再び人に近い姿を取って竜宮の門を潜る。

「で、今度は何の騒ぎなんだい?」

こんなに慌しい竜宮を見るのは先代主、伊吹の死以来だ。
まずは挨拶にと蛸の大臣こと祖父アッコロカムイの部屋へと向かう道すがら、
既知の者を捕まえた叡肖が得られたのは、中途半端な情報でしかなかった。

「野分が来るので今、皆大騒ぎなんでさぁ」

確かにそろそろ二百十日、野分すなわち台風の季節である。
叡肖がその中途半端な聞きかじりを補完できたのは、やはり祖父に会ってからだった。

「今までは先代が風を動かして野分の動きを導いておったから、こんな面倒はなかったんじゃい」

叡肖が祖父に聞いた話を纏めるとこうなる。

神界の取り決めとして、雨量や何時、どの程度降らす必要があるか
水害はどの程度の規模で起すか、を天界と水界・地上界でやり取りすることになっているが、
今年の台風の通り道や雨量が例年以上に定まらないのだ。

「亀族の占いで天に問い合わせてもはっきりした答えが出んのだ。
 こうなったら天界と直にやり取りしながら、野分を動かすしかあるまいて」
 
そして雨師の資格を持つ龍族は急遽集められて、台風の動きを操作することになった。

「だがその数が足りぬ。
 主様が暴れた際、毒の犠牲になったり回復しきらなかった者もおるでの。
 陸に常駐している龍族を呼び戻し、成り上がり組の龍をあわせてもぎりぎりじゃ」

その手配と采配に忙しかったのか、アッコロカムイの表情も元気が無い。
きっと亀の大臣は占いの結果を伝えるだけで実務は蛸の大臣に丸投げし、
何時ものように寝ているのだ。

「へー、そうなん。でも俺は関係ないからちょっと遊んだら陸へ戻るわー」

だって今休暇中だもん、と出て行こうとする薄情な孫の襟首を、アッコロカムイはむんずと掴んだ。

「殿下の養育はきっちりしておるだろうの?
 いずれは殿下には天界へ上がるだけの実力をつけてもらわねば、雨師の数は減る一方じゃ」

「爺ちゃん落ち着いて。一応、当人にも天界へ上る気はあるらしいし。
 こないだ天へ上ろうとして、よじのぼった神木一本へし折ったってさ。
 やる気があるのはいいことじゃない?ね?」

ふん、と鼻を鳴らすと蛸の大臣はぺらぺらと舌の良く回る孫を軽々と持ち上げてぶら下げ、
青い眼でぎろりと睨みつけた。

「お前がついて居ながら何故お止めしなかった。え?
 神木の一本二本程度の神気では、幼いとは言え八岐大蛇を支えきれる筈が無いわ。
 あれ程の格の重みは霊峰の神気でもなければ支えられまいて。
 しかも天まで上りきる力が無ければ、途中で落ちて命を落としかねんのだ。
 爪を持つ龍族ですら、途中で雲を掴み身体を支えながらでなくば天へ駆け上がれないというのに。
 手足の無い大蛇であればどれだけ実力を要するか、お前は判らん程莫迦なのか?」

蛸の大臣のやかん頭からはすっかり湯気が上がっていた。
伊吹の遺言、そしてこの先の水界の安定と地上の天候のためにも
巴津火にはしっかり育ってもらわねばならないのだが、養育係がこれでは……。

「天界へ上れば殿下も風を操る力を得られるだろうが
 それまでの間、雨師の育成が追いつくかどうか……」

役立たずな孫を追い出して、アッコロカムイは重い重い溜息をついた。
魚たちの中に竜門峡へ向かう者も募ったが、あの流れをそう直ぐに上れる者は居まい。
ならばと人界の竜鯉にも文を回したが、人に懐く彼らの応答もはかばかしく無い。

「かと言って大急ぎで育てというのも、後々殿下には酷じゃろうしのぅ」

身体は兎も角心の方はそれなりの時間をかけて育てなければ、
巴津火にもまた伊吹のように辛い想いをさせるばかりだ。

「主様や、どうか良い風を吹かせてくだされい」

今は亡き主に蛸の大臣は祈るように呟くと、机上の虜囚赦免の文書に朱印を捺した。

232坊ちゃんが来た:2011/09/07(水) 00:26:54 ID:bJBnsqT6
「はぁ・・・はぁ・・・かはっ」

私はこの地を、昔から守護してきた。

確かに、最初はとある町娘の用心棒ではあったが、あの娘の可愛さがためではあったが、
それでも娘が死んでからは真面目に、この地を守護しようと決めたのだ。
あの娘が生まれ、生きて、死んだ土地だ。
ならば私は、それを自身の最後まで守るべきである。

事実、私はこの通りこの地に悪意のある人間や、妖怪、
そして神に至るまでも、この地を悪意から見事防いできたと自負している。
私にはそれに適う力量がある。
それも、あの噂の“滝霊王”と並んでしまうのではないかと言うほどだ。
その実力から私が、神格を身に宿してからも久しい。

最近では私の神格を伴った力に恐れおののき、
悪さをする馬鹿も減ってこの地の平和は盤石となっていた。
天国があるのならば、あの娘もその事を見下ろしながら喜んでいることだろう。
だから今日も今日とて、その誓いと力を胸にこの地を守護しようとしていた。

「貴様は・・・一体何がしたいのだ!!」
「それはおらが、代わりに答えてやる。
 平たく言うとだな、お前が守ってるこの土地の結界が邪魔なんだよ」

この男の顔は知らないが、こいつらの中心にいる者の顔は知っている。
まったく、話どおりじゃないか。
こんな時までそんな笑顔で笑っているなんて。

「邪魔だと・・!?あの結界はこの前破壊されたではないか!!」
「あ〜、その話なんだがな。
 実はもう一個、この坊ちゃんにとっての障害があったんだ。

 お前の守ってるこの土地の神社な?
 これ、実は穂産姉妹神の神体のある社を、あれとは別で守護してる結界の根元らしい」
「な・・・。」

体のそこらじゅうが痛む。骨は折れていない部位はあるのだろうか。
傷のほうは、私の血で逆にどれだけあるかわからないな。
肺は片方だけ、それから下の臓器は果たして、何個体に残ってくれているか。

これほどまでに強いとは思っていなかった。
見た目なら年端もいかないのに、事実大した年齢でもないのに、
こいつ一人にここまで私がボロ雑巾にされるとは。

「まあおら達の落ち度だからな、社は無傷にしといてやる。
 第一この結界は、あんたが死ねば解除できるしな。

 じゃ、これで終いだ。偉大な守護神よ」


「ち・・・ちくしょぉぉおおおおおおおおお!!!!」


娘よ。こんな無力な私は、果たしてお前のいる場所へ行けるだろうか。
娘よ。行けたとしたらお前は、私を褒めてくれるだろうか。
娘よ。その時はお前に、最初からの思いを告げていいだろうか。

娘よ、この地の守護は破られた、すまない。

233過去の思い出:2011/09/07(水) 08:55:48 ID:HbHPxpxY
夜の廃墟ビルに身を潜め、そこで眠る白き龍がいた。名はバラウール、人間からは邪悪として恐れられた存在だった。

・・・しかし、そんな彼女も始めから邪悪と言うわけでは無かった。それをそうさせたのは「真実」と「理想」の掛け離れた存在が生み出した「現実」だった。

「ジル兄ィ、今日から我らはここに住むのかっ?」
『そうだ、妖怪と人間の住む町だ。ただ少し荒れてるらしいから・・・。俺らで助け会いながらやらなくてはな。』
「我は凄く楽しみだ!人間や妖怪、そして大好きなジル兄と暮らせるんだからな!!」
『バラウール、呼び方は恥ずいから勘弁な(汗)』

その日の清々しい朝は、今でも覚えている。胸が高鳴り、体に鼓動が走る、あの感じ。
息を整え、我は喜びに満ちていた。だがその馴れ合いなど、一時の『理想』でしかなかった。

『とりあえず、俺が人間と話してくる。待ってろよ。』

ジルニトラはそう言うと、人間の元へと駆け寄り、話し始めた。人間は『守護神が来た!』と大層喜び、ジルニトラを歓迎した。
私も嬉しくなり、張り切って人間に話し掛けた。
だけど、人間は絶望していた。『邪悪なズメイが来たぞ!追い払え!!』と、ね。
そもそも人間の神話では、ジルニトラは守護神。バラウールは邪悪、と定められていた。
神話なのだから、人間はそれを信じ、どう頑張っても我は人間から好かれることはなかった。

「ぐすっ・・・どうして我だけ・・・・・・。」
『バラウール、お前は妖怪の手助けをしてくれないか?お前が傷付くのは嫌なんだ。だから、な。俺が人間でお前が妖怪だ。』
「ジル兄ィ・・・・・・。」

ジルニトラは気を使い、我を助けてくれた。
しかし、その優しさは我の心に更なる妬みや恨みを産んだ・・・・・・。もう我はダメなのだ・・・。

荒んだ我は、真実だけの現実に従い、人間の生活を破壊した。止めようとしたジルニトラでさえも巻き込み、戦争規模になったのだから、我のしたことは最悪な物だ。

それなのに・・・・・・


『俺も罪がある!バラウールの罪と共有するから、バラウールの命だけは奪うな!』


・・・・・・・・・!

「我はまたこの夢を・・・。でも思い出せるのはここまでだ、何故・・・?」

深く考え、そして深い眠りに着いた。
この先の物語の真相を思い出すのは一体いつになるのか。まだ誰も解らない。

234黒い思考:2011/09/09(金) 21:49:19 ID:tElbSrz.

『さぁーて、ここならかがみんにも見つからないよ。そろそろ計画の全貌とやらをお聞かせ願うし』
「・・・そうですね」

 とある陽も届かぬ洞窟の中で宛誄は座り込む。
 目の前には洞窟の全貌を照らすように発光する半透明な少女がふよふよと浮いていた。

「まず最初の計画はですね、とりあえず十種神宝を全部強奪してしまおうというものでした。
 まずなぜ怨念の杭を打ち込むと同時進行で十種神宝を集めているのか、を考えたんです」

 宛誄は岩壁に体重を預け、明朗として語りだす。

「十種神宝と怨念の杭、おそらくこれらは別々の働きをするものでしょう。
 おそらく怨念の杭が【あの妖怪】の三味耶形(神性がこの世に具現化するための媒介)で、
 十種神宝は【あの妖怪】を制御する為のもの、ないしはなんらかの交渉材だと考えました」
『根拠はあるのかよ、現にオレはお前の媒介になってるぜ?』

 静止をかける蜂比礼に少し微笑む。

「それはおそらくありえません、三味耶形は神性と密接に関連するものが基本だ。
 貴女方は清らか過ぎる。唯一【あの妖怪】と関連の深い“道返玉”も本来は敵対関係だ。媒介にはあまりに不向きです」
『ふーん、なるほどね』
「そして十種神宝・・・、ルーツは忌まわしきスサノオがアマテラスに捧げた三種の神器だと聞きます。
 つまり古の神性への捧げ物、交渉材としては申し分ない。僕の中では十種神宝=【あの妖怪】へのプレゼントが成り立ちました」
『十種神宝としてはいい気がしないなぁ・・・、それで?』

「・・・青行灯より先に十種神宝を奪って、僕が代りにその神を利用してやろうと考えたのですよ」
『おいおいそれは話が違うぜ!!』

 軽く言い放つ宛誄に蜂比礼は猛然と抗議する。

『それじゃあ青行灯がお前になるだけじゃねぇか!
 なによりかがみんも結局助かってねぇし! そんな計画ならオレは今すぐ降りるぜ!!』
「最初の計画ですよ! 今は違います!!」

 陰魄の中で下手に暴れられてはこっちの身が危ない。現在は蜂比礼の力の方がずっと強いのだ。
 宛誄は慌てて言い直す。

「なにより桔梗さんとのお話でこの路線はスッパリ諦めました。
 仮にこちらの手に全て集めても、揃っただけで発動するのでは手の打ちようがない。
 それこそあの青行灯とやらの思う壺ですよ」
『む、それじゃあどうする気だよ・・・?』

 首をかしげる蜂比礼に、宛誄は笑いかけた。

「・・・集めるだけ集めて、バックレます」
『は?』

 唖然とする少女をよそに、小さな邪神は自信有り気に話を続けた。

「そう、逆に言えば十種神宝が全て集まらない限り彼等は死にたくても死んではいけないでしょう。
 こちらの手に残りの十種神宝が全てあるならば向こうはこちらに回収しに来ざるを得ないはずだ。
 そして一人一人篭絡し・・・最終的には青行灯を引きずり出して直接叩きます」
『待て待て待て待て! 出来るのかよ、そんなこと!!』
「できますよ、こんな馬鹿げたことだからこそね」

 ニヤリと笑う小さな邪神。
 想像以上の馬鹿っぷりと、不疑っぷりに神器はただただ唖然とするばかりだった。

「チャンスはおそらく一度、杭が完成する前に裏方を引きずり出し・・・倒します」

235不完全:2011/09/16(金) 10:33:54 ID:c1.PBF/s
バキッ!!! バキッ!! メキッ!!

夜の公園に響き渡る打撃音。
それは、まるで音楽のように奏でられる。

『ハハハハハハ!!!!!!!前より強くなったね!!!君を見逃して正解だったよ!!』
「くっ……」
それを演奏するは二人の存在。

闇のような黒い瞳の灰色の髪の少年――いや、《大罪》の《一つ》を背負う《怨霊》
もう一人はボサボサの黒髪で、どこにでもいそうなごく普通の顔立ちの高校生――田中 夕

《怨霊》は背中から自分より一回り大きいどす黒い腕を四本だし、《人間》に襲い掛かる。
《人間》はそれを《右手》で弾き、左手の《レプリカ》で受け流しそれを防いでいく。
《前回》と違い、一方的にやられてた《人間》ではなかった。《八握剣》の力と前回の経験をいかしていくが…それでも防戦一方になっている。

『けどね…やっぱり不完全だよ!!人間!!』
「ふ…不完全?何が…」
《人間》は《怨霊》の言葉に顔をしかめながら、後ろへ跳び距離をとる。


『君の《八握剣》は今二つに別れてるんだよ!!
その証拠に《破邪》の力はあっても《断罪》の力はない!《殴る》ことはできても《斬る》ことができてない!』ニタニタ
《怨霊》は顔を楽しそうにしながら、戦闘体制を解除した。

『君に二つ課題をあげるよ!人間
一つは別れた《八握剣》を探してきなよ
もう一つは――《蜂比礼》。それを狙いなよ
もしかしたら僕の《蜘蛛達》を祓えるんじゃないかな』
「………どういうつもり?」
田中くんはその言葉に疑問を感じた。
何故相手はこちらが有利になる情報を与えてるのかを。

『簡単だよ!もっと僕を楽しませてほしいからね!!
じゃあ、またね。次が楽しみだよ』
無邪気に笑いながら、《怨霊》は闇へと消えていった。

236解かれた封印:2011/09/17(土) 00:04:30 ID:???
音が聞こえる。
パイプオルガンの音色が響き、旋律のメロディーが奏でられる。
その音は美しくそして――不幸の幕開けとなった。

この音が聞こえるのは、古びた城。
その城の中でも著しく高い塔の天辺に、石の棺桶と一人の女性が。

「おい…そろそろ俺様の封印を解いてくんないか?」
『その前に、手順を言え。』
「…ハァ、ったく。最初はお前の狙ってた着物女を捕らえようとしたよ。
だがな、あんな信念の貫いた性格じゃあ痛みを与えても壊れない。

だから…ソイツのの弟子を捕らえた。理由は簡単。
子供ならば苦痛に耐えられまい。デリケートな体質から、「悪」に直ぐ馴染むこともできる。
後はソイツの思うがままにほおっておけば、この世の常識を覆すことが可能だ。」
『子供がそんな強大な力に耐えられるか。体が駄目になっては意味がない。』
「だから強化麻薬を使った。どうだ、もう良いだろ?俺様頑張ったよな!」
『承知した。但し、大きな事件は起こすな。』

女性は、グラスにワインを注ぐと、石桶にそれを流し入れた。
石桶の蓋がゆっくりと開き、紫色の『龍』が現れた。

「さて、ありがとよ。バラウールちゃん。」
『行け、フェルニゲシュ。貴様の無事を祈る。』

彼らの本当の目的は何なのか。
知る者はまだいない。

237青い陰謀は静かに……:2011/09/18(日) 23:09:34 ID:c1.PBF/s
とある街中にて、人通りの少ない路地裏にてまだ《未完成》の杭を打ち込む一人の影

「キヒャァッ……あのチビは蜂比礼と手を組んでるなぁっ」
その影……青行燈は独りごちる。

《アレ》は恐らく、《復活させる妖怪》の力を奪うか、《七罪者》の死を妨害する気だろうと
前者はいい…それで《アレ》が代わりに暴れるように仕向ければいい。だが…そうはうまくいかないだろうが……
問題は後者だ……誰もが死なないハッピーエンドなど《青行燈》は望んでいない。
大禍津日神に身体を貸してるのも《全てを不幸にたたき落としたいだけ》
彼らの《復讐》などどうでもいいんだ。

「……困るんだよなぁっ…ハッピーエンドはよぉっ……きっひゃひゃひゃひゃぁっ」
なら……《裏口》でも《造る》か

そう言いながら見つめるは《その先に見える病院》

「最後に嗤うのは正義でも悪でも大禍津日でも宛誄でもないっ……きっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃぁっ……俺だぁっ」
青紫の明かりを残し《狂気》は消えていった。

238闇へと消える小さな光:2011/10/13(木) 01:43:32 ID:???
とある病棟の隔離部屋のベットで寝ている少年。
薬物の投与からある程度の月日が流れた。

禁断症状は和らいだようにも見えるが、
未だに痛みや不安に悩まされ、体力だけが削られていく。

そんな静かな夜だったが、その病院から多数の妖気が感じられた。
今までにこの病院に居た妖気とは別の、何か強大な妖気。
その中には巴津火のも在った。

その妖気は互いにぶつかり合い、そして時には振動が部屋を揺らす。

「ぐ…ぅぅ…怖いよ……止めて………。ひぐぅっ…ぅぅっ。」

少年は泣き、助けを求めた。ナースコールも押した。
だが不幸にも、それは届かない。
度重なる恐怖からエスカレート、次第に痛みをも伴いベットから転げ落ちる少年。

「ししょぉっ…巴津、…おにいちゃ………ぺト…。」

夷磨璃に残された時間はあと僅か。
この地獄から救ってくれる者は現れるのだろうか。

239昭和妖怪終世絵巻:2011/10/23(日) 20:33:03 ID:tElbSrz.

 明治〜昭和。
 この100年間はこの国にとって激動の連続だった。
 急激に流入した外国の思想、文化、物資。
 幾度にも渡る戦争と技術改革、土地整備。
 急速に進んだ発展は伝統と歴史を置き去りにし、人々は進化と発展を続けた。


 この水神は“暴れ川”と畏れられる川の主として生まれた。
 暴れ川は近隣の村には豊潤な農業用水をもたらすが、長雨や豪雨の度に荒れ狂い。
 田を、畑を、橋を、時には村にまで氾濫し人や家を飲み込んでいった。
 人々はこの暴れ川の災いを妖怪として具象化し、水の中に潜む怪物を創り上げた。
 毎年のたびに捧げられる祈祷と人身御供は信仰として深く根付き、やがて“神格”と呼ばれる因果が発生する。
 こうして暴れ川は三百年間畏れられ、祭われ続けた。


 しかしこの水神もまた、例外なく人々から置き去りにされてしまう。


 昭和30年代、遂に暴れ川も土地整備に着手された。
 長雨の度に崩れた川縁は冷たいコンクリートで塗り固められ、
 流体力学、構造力学で計算されつくした真っ直ぐな堤防が川をガッチリと矯正する。
 流れる水は用水路で丁寧に分配され、田畑を均等に潤して行った。

 如何なる長雨でも川は乱れることは無く、当然人身御供も無くなり、祈祷も廃れていった。
 暴れ川の主は“祭られぬ神”となった。信仰を失った神性は妖怪へと堕落する。
 神として生まれ、その役割から開放されたその水神には他に生き方を知らなかった。
 かつて神と呼ばれていた他の妖怪のように暴れ狂い、祟り、そして退魔師と呼ばれる者達から駆逐される。


 人と妖怪のパワーバランスはとうに崩れていた。
 この100年間で多くの土地神、妖怪は居場所を無くし、消えていった・・・。

240雪と舞う男 狂気の骨:2011/11/03(木) 22:45:32 ID:bJBnsqT6
「――っとまあ、これが今回で把握できたことだね」
「黒と扇、なんとも胸糞悪い構図だ」
「うん?なんか言ったかい?」
「いや、そう言っときゃあ分かってるっぽくね?www
 てか神社がこんだけ広かったらよう、誰かしらが乱入しても問題ねえなwww」

「まあそうだね、しばらく成り行きを見守りながらいざという時は、って感じかな?
 でも、なんでまた急にあねさんあにさんに干渉しようなんて言い出すのかな」
「あ?まあ確かに、
 最初は仲間の贖罪の邪魔はしねえつもりだったんだけどなっていうwww」
「姫も狂骨も、それを今だけは撤回するなんて、
 随分と急な決断だと思わないかい?」

「嫌な予感がする、としか理由がないんだけどなwww」
「それってさぁ、本殿にいた黒い奴の事を言ってるのかな?」
「・・・まああれが黒幕だと思うのが当然だっていう」
「だよね、浮いてたもんね。服装違うから」

「まあともかくとして、状況を見て俺らのうちの誰かが介入するっていう」
「了解、何もなけりゃいいんだけどね」
「場合によっちゃあ、神代には死んでもらうぞ」
「・・・了解」

241目覚めた景色は…:2011/11/25(金) 23:53:34 ID:c1.PBF/s
「んっ……」

なんだろう。身体がダルイな…
僕はいつのまに寝ちゃったんだ?速く起きないと夕にしめしがつかないな…
目をゆっくりあけ、なんだか動きにくい身体を起き上がらせようとした。
……アレ?腕になんかついてる…コレって点滴?
………それに…ここは何処?僕の車じゃないな……

『……ことちゃん?』
見知らぬ場所で、僕が不思議そうに周りを見渡してたら、聞きなれた呼び名と、僕の記憶にある声に似た声が聞こえ、僕はそちらを見た。

ボサボサな黒い髪に、なんか普通な顔のお兄さん。
………僕はそのお兄さんがすぐ誰かわかった。いや…わかってしまった。そして…思い出した。確か突然、車が揺れて……視界がグルリと回って…

「ゆ……う………?」
『ことちゃん……うっ!!…よかっ……た!!……ごめっ…ひぐっ!!…んね…ひぐっ!!…ごめんね……』
僕より小さかった筈の夕の名前を呼びかけたら…夕は泣いた。

………やっぱり大きさは違うけど泣き虫夕だ。

「………はぁ。夕は泣き虫だな…よしよし」
『うぅ……ことちゃん……ごめん…ひぐっ…ぐすっ』
僕はとりあえず夕を泣き止ませようと、いつものように頭を撫でる事にした。


夕の後ろになんだか呆れてる感じの子供たちがいるけど彼らは誰なのか、自分が今どんな状況なのか、お父さんとお母さんが見当たらないのはなんでか、夕がなんで謝ってるのか、色々と情況がわからないし、すごく嫌な予感はするけと……

今は、この変わったけど変わらないず泣き虫夕を泣き止ませるのに集中しよう。

…………コレから僕にどんな運命がくるか身構えながら…

242日本神話人世第34章禁伝第2項:2011/11/28(月) 01:08:47 ID:EK/9fLvc
―大きな力を手に入れた二柱の神は、
 人々に結実豊作と、子宝児童安全の恵みを与え、より江戸の人から信仰を集めていました。
 そしてそんな優しい神々には当時、特に愛おしい存在があったのです。
 それは、悪魔と尊の垣根を超え、固い愛によって結ばれているとある夫婦でした。

 悪の骨頂の彼と、それに相反する巫女がここまでの愛を生み出したのには、
 彼らの間で数々の死闘、論争があって、彼らがそれらを全て超えていったからなのです。

 黒と白、善と悪、それらを二分せず中庸して愛する彼らが子を宿した時、
 同じく中庸を愛する、穂産姉妹神は大変喜びました。
 全ての子を愛する母性神は特にこの子供を可愛がり、
 安産、児童安全、彼女たちの持ちうる全ての力や祈りを用いて祝福しました。

 しかし穂産姉妹には祝福された夫婦の愛も子供も、
 善と悪、絶対的な極端を信ずる天界の神々は決して許しませんでした。
 彼らの不実に激怒した神々は、穂産姉妹神の術を打破しなおかつ死産させるよう、
 数人がかりのアマツカミに命令し、赤子を呪いました。

 秘密裏の呪術を穂産姉妹が知ることはなく、
 更には赤子に重ね重ね祝福を彼女達は続けるのでした。
 そうして知らず知らずに行われた術比べの結果は、誰もが勝つことはなく、
 強いて言うのならば、誰もが完全敗北を喫したのです。

 悪魔の邪、神気の正、胎児が受け継ぐであろう二つの力を両方活性化させ、
 巫女の子宮の中で胎児を、正邪の衝突によって殺す目的の呪術。
 どのような障害があろうと全てを退け、無事に出産を促す祝福。

 これらの力が招いたのは、正邪の衝突を体内で起こしながらも全て中和し、
 その分を外界へ全て発散してしまう、呪われた赤ん坊でした。
 そこから、全てが狂いだしたのでした―

243日本神話人世第34章禁伝第2項  2/3:2011/11/28(月) 01:10:58 ID:EK/9fLvc


―正を邪で焼き、邪を正で滅す。
 完全な二面性を持って生まれたこの赤ん坊は、文字通り化物でした。
 しかし、神がかけた呪いも、赤ん坊がこれから背負う因果も、
 出産に喜ぶ悪魔と穂産姉妹神たちは知る由もありません。

 ただただ、この世に生を受けた赤ん坊を抱きながら悪魔は喜び、
 喜びを分かち合おうと、声に溢れんばかりの歓喜を混じらせ妻の名を呼びました。
 しかしその時彼女の返答はありませんでした。

 なぜなら彼女は、既に絶命していたからです。
 身の内にこの赤ん坊を宿していたということは、直結してこの赤ん坊の呪いを直接受けるということ。
 実は彼女も知らないうちに、赤ん坊によって生命力を奪われていたのでした。
 そして遂に出産の時、胎児の生きる力が一番あふれるこの瞬間にこそ、
 赤ん坊の呪いが最大限の力を持って発動し、
 かつて神世にカグツチがそうしたように、生みの親である母を焼き殺したのです。

 事態の異常さにようやく気づき、穂産姉妹は彼女の元に駆け寄りました。
 事切れて物言わぬ巫女の死骸を抱きあげ、何が起こってしまったのかを確かめようとしたのです。
 ですがそれは、限りなく間違いでした。
 抱きかかえるべきは、駆け寄るべきは、むしろもう死んでしまった彼女などではなく、
 今まさに浄化されて殺されようとしている、父親の悪魔の方なのでした。―
 
 姉妹がその事に気づいて悪魔の方を顧みた時にはもう、
 赤ん坊の呪いが、彼を光の粒へ変え空に散らしていました。―

244日本神話人世第34章禁伝第2項  3/3:2011/11/28(月) 01:17:40 ID:EK/9fLvc


―生まれる日を共に待ち望んだ夫婦は、まさにその赤ん坊によって命を奪われる。
 目の前で愛する者達を失った穂産姉妹神に、
 かつてないほどの悲しみと、どうしようもないほどの憤りが降りかかりました。
 いっそ産後にカグツチがそうされたように、イザナキとして愛の結晶を殺そうかという程の。

 ですが穂産姉妹神は先人の後を追うことなく、
 また、呪いに構わず赤子を優しく抱きあげ惜しみのない祝福をしました。
 そして神々に見つかってしまわないよう、秘密の場所へと封じたのでした。

 祝福を終えた後、自身の身を焼く痛みとともに穂産姉妹神は、
 いや、一部始終を見ていた天界の上位神たち含むこの件の関係者全てが、
 同時にある同様の事を、恐ろしい予感をしたのでした。

 彼らの感じたその予感とは、赤ん坊の、これから進むであろう道筋の事でした。
 親を生まれて直ぐに殺させられて、自身もこのように呪われた体になって、
 それなのに呪いをかけた者たちは安穏と生き伸びている。
 その理不尽はきっと赤ん坊の心を、天すらも焼きつくさんとする復讐の炎にする。

 天界の自分たちへの報復を恐れた神々は、すぐさまに一計を案じる事にしました。
 内容は簡単、赤ん坊の仇をすり替える事でした。
 夫婦と神々の間で起こった真の出来事を、全て封じこみ事実を捻じ曲げ、
 日本神話人世第34章としてこの世に記す。そうすることによって、
 赤ん坊の炎が焼き尽くす相手は強制的に、穂産姉妹へと変わっていく。

 胸に去来する自責の念以上に、赤ん坊がこれからしでかすであろう大惨事を恐れ、
 穂産姉妹神が神々の計に同意したのも、仕方がない事ではありました。
 赤ん坊の内に殺せないのならば、いっそのこと勇者に仕立て上げ穂産姉妹神を討伐、
 後にヤマタケルにならって殺してしまおうとしたのです。―

245降雨、積念、哀譚々:2011/11/28(月) 01:39:37 ID:tElbSrz.

「・・・ふぅ、ただいま」
「おかえり、雨邑ちゃん。ご飯できてるけど」
「いらない」
「あっ、雨邑らぁあああああああ!! 姉上のご飯を要らぬとは何事であるかぁ!!」
「しばらく独りにして欲しい」

 ススス、と襖を開けると。
 雨邑は濡れた服のままベッドに座り込んだ。

 部屋の中央に在る水晶の玉に竜宮の動乱の一部が映っている。

(詰み、だな。天界は完全に竜宮を神代の仲間だと取っている)

 神代に同情しないわけでもない。
 むしろ殺生を極端に嫌ったばかりに、
 あんな面倒な事態に発展させた天界が全ての元凶だろう。

 だがそれでも、天界側に非を求めることはできない。
 そもそも悪魔と巫女の子がまともに生まれる方が奇怪なのである。

 なにより天界の神殺しはやりすぎだ。
 身内が殺されたならば、天界も大手を振って報復を行うことができる。
 竜宮の1つや2つ、潰して新設など朝飯前だろう。

 ポタリポタリと、頬から雫が伝う。
 奥歯を噛み締めながら、雨邑は蹲って呟いた。

「なんで、だ・・・。なんで、あんな奴に肩を持った・・・巴津火・・・っ!」

246言伝:2011/11/28(月) 21:57:03 ID:3FBgi9l6
診療所の地下の物置にて。
黒蔵は簡易ベッドの上で毛布に包まり、湯を入れたペットボトルで暖を取りながら
眠りに落ちていた。

『そうでしたか。織理陽狐さんにそれを』
「うん。まだ全然扱えるようにはなってないんだけど」

夢枕に立って、ミナクチは黒蔵に現状をどう伝えるべきかと迷っていた。
もし竜宮が天界と戦いそして破れることになれば、人間となってしまった黒蔵の処分は
宙に浮くこととなる。

「それと、もうすぐ俺自分の借金は返し終わるんだ。
 いつか狼の分も返し終わったら、生きてるうちにできるだけの罪の償いをしたい。
 前の身体じゃないから血肉で支払うのは出来なくなったけど、
 今の俺でも出来る償い方って何があるのかなぁ?」

ミナクチには返す言葉が無かった。
短くなってしまった残り時間、日々借金の為に目の前のことを片付けることで精一杯
の中で、そんな風に考えることが出来る位に黒蔵も変化してきている。

(陸での時は本当に早く流れるものですね……。
 もし竜宮が消えたら私も消え、そして黒蔵を一族の元へ帰すことはできない。ならば…)

『……償い方についてはその時までに何か考えておきましょう。
 それから黒蔵。理由あってお前には私の一部を託しておくことにします』

ミナクチは以前のように、己の一部を小さな翡翠の輪の蛇に分けて黒蔵の手に握らせた。

『もしもの時には、これを呑むことを許します』
「……え?どういうこと?」

夢の中であるのに、黒蔵はその掌にある滑らかな輪を酷く重く感じた。

『もしもその時がくれば、この輪が自らお前に伝えます。
 必要が無くなれば返してもらいますから、お前はただこれを預かっていなさい』

他にも幾つか言い含めて、黒蔵の夢から蛇神ミナクチは消えた。
その翌日から以前のように、尾を噛む蛇の翡翠の輪が黒蔵の首に下げられることになる。

247失敗と陰謀:2011/12/05(月) 22:37:15 ID:c1.PBF/s
「ちくしょう!!畜生!!チクショウがぁぁっ!!!!」

とある空間にて、青行燈……いや、《青紫の炎》はユラリユラリと浮かびながら《怒り》の声をあげてる。
近くには《青行燈の身体》が横たわっている。

「こんな偶然があるかぁっ!?《娘》に重傷負わされたせいで、《あのガキ》が《予備の器》を解放したぁっ!?
おかげで《保険》が台なしじゃねぇかぁっ!?」
万が一…《神の召喚》が失敗した場合と《十種神宝》が使えなくなった場合に備えての《保険》。
……そう、《怨霊》の《呪い》により、《生きても死んでもいない》状態で、もっとも《死》に近い場所…《病院》で眠っていた《女》――《姫崎 琴葉》の目覚めだ。
本来は失敗した時に、いくつかの条件のあう彼女を《とある神の転成体》にしようと目論んでいた。

「なんでだぁっ!?《あのガキ》が気付く筈ねぇっ!誰が感づいたぁっ!?
それとも《偶然》かぁっ!?いやぁっ!そんな偶然はねぇっ!!」
自問自答をしながら、《青紫の炎》は一つの答えを導きだす。

「…………《怨霊》の野郎ぅっ…アイツが何か気付いたかぁっ?……」
本来、七罪者とは國に怨みがあり、自分達の死により、《大禍津日神》の悲願である《とある神》を現世へと呼び出し《國とある神》への復讐を願う集団だ。

…だが、初期のメンバーは
《大禍津日》《怨霊》《神もどき》《魔人》《死神》の五人であり、まだ《七罪者》という名前ではなかった。
後に《青行燈》……いや、その時はまだ名も無き妖怪であった《妖魔》が入った事により、今の《七罪者》と《その方法》が妖魔自身から考えられた。

だから初期メンバーである《怨霊》は妖魔が余計な手出しをしないようあらかじめ手をうったのだ。
《田中》を《蜂比礼》の持ち主である《宛誄》に接触させようと…


「………まだだぁっ。まだ手はあるぅっ…《死んでも生きてもない存在》ぃっ……
それに《目覚めた女》もまだ利用勝ちがあるぅっ!!」
そう呟くと、《青紫の炎》は《本》になり落ちていった。

248黒と白:2011/12/07(水) 20:53:16 ID:BQ990e1A
虚冥と別れた後、黒龍はとある山奥へと向かっていた。
そこはかつて瞳や夕達と戦った、あの場所へと続いている一本道。
道を外れれば、先は全く見えない程、木々で生い茂っていた。

「(おい、白龍…頼むから出て来てくれ……)」

そんなことを願った矢先、道を外れたところの遥か先に、ゆらりと白い影が見えた。
影に魅了されたかのように、ゆっくりと、そしてまたゆっくりと影へと距離を詰める。

「白龍……ッ。」
『こ…黒龍!?』

二人は何も言わずに、あの場所へ歩き始める。
その小高い丘の天辺には無限に続く空が二人を見つめていた。

『……に、兄さんも蘇っていたのですか?』
「ああ。榊と言う奴によって、な。俺も理由は分かっていないが…。」
『わ、私も榊と言う方に…。しかし同時にバラウール様も復活を遂げました…。』
「榊…。ひとまず、聞きたいことが在る。
なぜ、なぜ蘇ったのなら俺たちの元へ来なかった!!皆心配して…!!」

―――白龍から、小さな雫が零れた。

『兄さん、分かっているでしょう!?私は貴方様の本当の妹では無い…。
天界側が意図的に作り上げた、偽物なんですよ?
バラウールが復活を遂げた今、もう私の役目なんて終わったんです。
妹は……二人も必要ないですから…?』

「…う、違う、俺は認めない、そんな幻想的な物語のような終わり方!!
お前もバラウールも、大切な、大切な妹だ!
だから二度とそんな考えはしないでくれ…。」

黒が白を包み込み、必死に訴えた。

「今はまだ無理だが…。きっとお前もバラウールも、助けてやるから…。
生きろ、何があっても。バラウールの責任はお前の責任じゃない。

お前は絶対…自分を最後まで信じろ……。また、会いに来てやるから…。」

『に…さん、兄さんっ、ありがとう!ひぐっ、ぐすっ!!』

249再来、当今、カタストロフ:2011/12/09(金) 13:05:53 ID:tElbSrz.

 紫狂の家、渋い部屋の中にて、突如とした喪失感が安木を襲った。
 まるで身体の一部を捥がれたような気分だった。

「・・・これは」

 そこにあったものが無くなったような宙ぶらりん感。
 腕を動かそうとしても動かないような空回りのような感覚。

 やがて襖がススス、と滑る。
 そこには虚ろな目をした宛誄が立っていた。

「おぉ、宛誄! 丁度良かった! 己がなんだか妙なのだ!!」
「雨邑が死んだ」

 宛誄が告げた、突然の訃報。
 安木が目を丸くしてただただ呆然としていた。

「・・・なん、だと?」
「雨邑の部屋にあった水晶を見たら、稲妻のような物で貫かれていた一瞬が映っていた。
 しばらくしたら水晶が真っ暗になった。おそらく、殺された」

 安木が言葉を失った。
 宛誄も二の語を次げることが出来ず、ただただ黙ってそこに突っ立っていた。

 冗談だと笑い飛ばせない。
 はっきりとした確証、さっきの喪失感は窮奇の残した3分割の記憶が消失した感覚だったのだ。

 1時間か、2時間か。
 もしくは半日以上なのか。
 ただ2人はなにもせずに、そこに固まっていた。

 日が傾いて、すっかりと部屋が宵を迎える紫に染まったとき。
 安木がようやく口を開いた。

「入江姉さんには言ったのか・・・?」
「言ってない、これからも言うつもりは無い」
「そうか・・・」

 安木から陽炎が上り始める。
 下手すればここら一帯を焦土と化してしまいそうな妖気を必死で堪えていた。

「宛誄、そやつの・・・雨邑を殺した奴の正体はわかるのか?」
「わからないな。見えたのは一瞬だけだったし、見たことも無い奴だった。でも」

 宛誄は鋭く目を光らせる。

「2日あれば特定してやるよ」
「そうか、宛誄」
「ああ」

 2人の目は、宵闇のせいかすっかり紫濁して見えた。

「そいつを殺すぞ」

250宛誄:2011/12/15(木) 01:31:10 ID:tElbSrz.

 僕は自分が冷静な奴だと思っていた。                     キャラ
 万事を深く考え、兄や妹が馬鹿なことをしたら常識的にツッコむのが僕の個性だと思っていた。

 だが、どうやら違ったようだ。

 僕は僕の中にあるスサノオの力で入江姉さんや兄妹を傷つけるのが何よりも恐かった。
 恐くて恐くて、自分でも馬鹿なことを散々したし、無様ながらも延命の術を掴むことができた。
 僕は七罪者達が、自分の仲間が死ぬのを平気で見ているのが信じられなかった。
 死んでいく仲間を割り切って考え平然としている様が、なによりも腹立たしくて邪魔立てしてやりたかった。
 どうやら僕は安木以上に単純で、仲間想いで、馬鹿だったらしい。

 この身体に転生して以来、僕は考えることが増えた。
 この策謀はスサノオの力の一端なのか、牛頭天王の特性なのか、あの女から譲り受けた物なのか。
 はたまた僕のオリジナルなのかはよく分からないが、とにかく僕は思考することが増えた。

 蜂比礼が隅で蹲っている部屋に、びっしりと文字や図面の書かれた紙が散らばっている。
 頭の中に次々と策謀が浮かんでくる。僕はそれが消えないうちに紙に鉛筆を滑らせる。

神代を殺害する方法は無数にある、その中でも暗殺が最もリスクが低くて効果的だが、
神代の行動パターンが特定しにくく仲間が存在することから事前にこちらの動向が把握され、
未然に防がれる可能性も少なからず存在する。
リスクも低いが、なにより神代を殺害した際に神代に与えられる精神苦痛が非常に小さい。
ゆえにできるだけ事前に相手の踏み込む場所を特定し、戦略を用意しておくことがベター
(戦略については(22に記述)。そして正面と向かって殺害できる方法が求められる。
その際には①神代1人の場合、②後から増援に来る場合、③初めから仲間が居る場合、
④初めから仲間が居て後から更に増援が来る場合の4パターンが考えられる。

 はたと手を止め、天井を見る。

「雨邑・・・」

 ビクリ、と部屋の隅に蹲る蜂比礼が震える。

 思い出す、あの電光に貫かれた瞬間。
 巴津火の記憶から見た、神代が語る殺害の動機。

「・・・ざけるなよ」

 なぜだ、そんな理由で雨村を殺したのかふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな
 なんで雨村が死んでお前がのうのうと生きている、なんで雨邑を殺してそんなにヘラヘラと笑っている
 お前が死ねばよかったんだ、殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる

 ガリガリと作戦の書かれた紙に鉛筆を突き立て擦り付けていく。
 黒々とした炭素のグチャグチャは紙に皺を作りながら広がっていき、
 やがて紙を破って机をガリガリと削っていく。

 死ねっ、死ね、死んでしまえ。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
 殺してやる、そのへらへら笑った顔に爪をつき立ててその憎い笑顔を抉ってやる
 くだらない妄言ばかり吐くその二枚舌を潰れるほどに摘んで引き千切ってやる
 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる

251安木:2011/12/15(木) 01:35:26 ID:tElbSrz.

――2時間前

「・・・宛誄」

 安木は躊躇いがちに、宛誄の部屋を訪れた。
 宛誄は綺麗に積み重ねられた白紙を傍らに置き、鉛筆を削っていた。
 蜂比礼が感情の無い目で来訪者をジッと見つめる。

「なんですか?」
「その・・・、最初に言い出した己が言うのもなんだが・・・」

 安木は意を決して口を開く。

「もう、引き返せないのか?」
「・・・」

 安木は戦いを前に、己の言動を悔いていた。
 いや、怖気づいているのかもしれない。

「己は死んでも殺すと言ったが、実際そんなことをしてなんになる?
 雨邑を殺した神代は憎い、だが己達まで死んでなんになる?
 己達まで死んでしまったら姉上は・・・入江姉さんはどうなるのだ!?
 残された者達で慰め合うという終り方では駄目なのか!」

 安木は泣きそうな目で真っ直ぐに宛誄を見る。
 宛誄はしばし虚ろな目で見ていたが、やがて目を逸らして紙に尖った鉛筆を滑らせる。

「強制はしないさ、むしろ入江姉さんと一番仲がいい安木が残ってくれるなら安心だ」
「宛誄ッ!!」

 安木は宛誄に駆け寄ると、肩を掴んでこちらを向かせる。

「もう、やめてくれ! 雨邑が殺されてからのお前はまるで死にたがっているようだ!!
 なぜそこまで復讐に拘る!? なぜ報復の為にそこまでのことができるのだ!?」
「憎いから」

 宛誄は目を見開くと、紫の光を爛々と瞳孔に燈して語りかける。
 それは地獄の底から響いてくる呪詛のような言葉だった。

「僕は神代が憎い。これから幸せになるはずだった雨邑の未来を奪っておきながら。
 のうのうと幸せに、あるいは満足に、生きて死ねるかもしれない神代が憎い。
 僕は神代が憎い。幸せだった、穏やかだった紫狂をぶち壊して、ヘラヘラと笑ってる神代が憎い。
 もう戻れない、雨邑が生きていた頃の紫狂には戻れないのに、何も変わらず生きている神代が憎い。
 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い 憎い」

 安木は仰け反り、腰を抜かしてしまう。
 目を見開き、冷たい汗を流して、悟ってしまう。

 もうここに居るのは、以前の宛誄とはまったく別物なのだと。
 もうここに居る宛誄は、以前の宛誄には戻れないのだと。

「宛誄、己は――」


――現在

 安木は、泣きながら。入江の部屋の方向に向かって土下座をしていた。
 床には零れ落ちた涙が水溜りを作っていた。

「申し訳ございません、申し訳ございません姉上・・・ッ!」

 安木は顔を上げて、グシャグシャになった顔で言う。

「己は・・・宛誄と共に行きます。たとえそれが、破滅に続く道であったとしても・・・!!」

 殺された妹の為に修羅と化した弟を、見捨てることの出来る兄がどこに居ようか。
 狂ってしまえるほど仲間のことを想える友を、引き止めることのできる者などどこに居ようか。

「ありがとうございました入江姉さん・・・!
 己は、安木は・・・あなたに愛されて幸せでございました!!」

 もう、振り向かない。
 己も狂人となって共に歩き続けよう、修羅の果てまでも。

252出口町 入江:2011/12/15(木) 02:36:44 ID:tElbSrz.

「ご飯できたよー」

 妙に明るく上ずった声が、紫狂の家に虚しく響いた。

「困ったな・・・」

 湯気が立つ4人分の晩御飯を前に、入江は寂しく座って箸をつける。
 この世に生れ落ちて僅か数ヶ月。必死で覚えてやっと上達してきた料理。

 しかし今日の食事は一等おいしくなかった。

「・・・う」

 ポロリ、ポロリと涙が茶碗のご飯に落ちる。
 細い身体を細かく震わせ、とうとう箸をおいて伏せて泣いてしまう。

 雨邑が帰ってこなくなってから全てがおかしくなった。
 宛誄の目は恐ろしいまでにギラつき、安木はなにかに脅えているような、ないしは自分を責めるような表情になることが多くなった。
 元から外出の多かった宛誄だったが、今では家にはめったに居なくなった。
 他の兄妹とは違って、唯一家に居ることが多かった安木まで頻繁に外出することになった。

「・・・う、うぅ」

 涙と共に溢れ出してくる不安と最悪のイメージ。
 やっと見つけた自分の中身が、温かな居場所が、瓦解していくのがありありと感じられた。

「・・・大丈夫」

 心の中で小さく呟く。
 励ますようにすがる様に。

「雨邑ちゃんさえ帰ってくれば、きっと大丈夫」

 雨邑さえ帰ってくれば、きっとこんなのただの夢だったように全て元通りになる。
 雨邑さえ帰ってくれば、きっとここも、前みたいに温かでにぎやかな場所に戻る。
 雨邑さえ帰ってくれば・・・

253青い鳥のリバースデイ:2011/12/29(木) 23:51:14 ID:tElbSrz.

 目の前にはメチャメチャになった4人分の朝食がある。
 ご飯はひっくり返って壁や床にくっつき、お味噌汁は畳にシミを作っている。
 こんなひどい有様になったのは私が一人で暴れたせい。

 早く片付けないとご飯が固まって張り付いてしまうのに。
 お味噌汁のシミが落ちなくなってしまうのに。
 何もする気が起きない。
 動きたくない。
 このまま目を閉じて眠ってしまいたい。


 結局、雨邑ちゃんは帰ってこなかった。
 私たちの幸せな場所は、戻ってこなかった。

 あれ以来、安木くんも宛誄くんも帰ってこない。
 もう無くなってしまったのだろうか、私はなんのために生きているのだろうか。

 頭をよぎる後悔、後悔、後悔、後悔。
 なんであんなに怖い目をした宛誄くんを放っておいたのだろう?
 なんであんなに思いつめた様子の安木くんを放っておいたのだろう?
 なんで私は・・・こんなことになるまで、祈ることしかしなかったのだろう?


 当然の報い


 迫りくる不幸に対して何の対策もしなかった怠惰の罰。
 逃げていく幸せに対して手を伸ばさなかった傲慢の咎。

「あは、はははは・・・」

 任されたのに、託されたのに。
 あっさりと3人を・・・幸せな場所を手放してしまった。

 私などここで朽ち果てるのがお似合いだ。

「あは、ははははは」

 賑やかだった場所に、一人の乾いた笑い声だけが響いていた。






『ただいま、遅くなってごめん』

 私は目だけを動かし、玄関の方を見るが。
 やがて眼を見開き、ズルリと思い身体を引き起こす。

 帰ってきた・・・!
 かえってきた帰ってきたかえってきたかえってきたカエッテキタカエッテキタカエッテキタ

「・・・おかえり」

 カエッテキタ・・・コレデミンナモトドオリ・・・

254『シモベとボク』:2012/01/19(木) 16:09:11 ID:EK/9fLvc

もういやだぁ・・・いやだよぉ・・・
なんで・・・なんで僕だけがこうなの・・・?
それともみんな・・・皆はへいぜんと耐えているだけなの・・・?

ぐすっ・・・痛い・・・痛いよぉ・・・
もう・・・歩きたくない・・・すすむ必要なんてないじゃないか・・・
足も手も・・・あたまもおなかも・・・心も痛いよぉ・・・
うぅ・・・みんなこれだけ痛くなったんだよ・・・?
みんな・・・誰かに会いたかった・・・やりたかったことがあったのに・・・ぐすっ
ぜんぶできなくなったんだよぉ・・・?
悲しいままで・・・みんな死んでいっちゃったんだよ・・・?

いいじゃん・・・これだけがんばったんだから・・・
恨みなんてもう・・・いいじゃん・・・
忘れて暮らそうよ・・・絶対そのほうが幸せだよ?苦しいだけだよ・・・こんなのぉ・・・
どんなにがんばっても・・・救われないよ・・・憎まれるだけじゃないか・・・

だから・・・だからもう・・・
僕を許して・・・ 僕を許してよ!! これ以外なら頑張るから!!!

僕を許して!!!!



「くすくす、何を言っているのですか、これだけ進んでしまったんです。
 止まる事なんて、許される筈がないでしょう?」

255この本を読んだ人へ:2012/03/26(月) 12:04:47 ID:Le01a4oQ
.... I had thought for a long time.
How to help that fellow.
But it has already been late.
White lost white in white and that fellow was lost by that fellow.
They were not the existence itself and two persons that I already know.
et al. and all must be erased.
Because it is my responsibility as .
I would like to help that fellow who continues being in pain, to receive, and to also carry out fellows' compensation which that fellow killed.
Therefore, I use the last magic.
Magic which fulfills one wish by using my life.
I am seeing that fellow to the wished world without pain.
However, it is something to say as more friends that it is regret.
It laughed, and I cried and wanted such every day [ like ].
Although it becomes the last, our existence should be erased when this text is read.
I want you to live as hard as possible to the short life and our part so that it may be long.
It is gratitude to all the lives.

256瞳と三凰 1/3:2012/03/27(火) 17:18:31 ID:SmXQZqJk
瞳「う…ん…ここは?」

夢無「気がつきましたか?」

瞳が目を覚ましたところは、宝玉院家の医務室だった。三凰が担いでここまで連れて来たのだ。

瞳「そうか……私はあの時突き刺されてそのまま……
そうだ!あの妖怪はどうなったんだ!?それに人間達は!?……っ!?」

夢無「えっ?あっ!だ、大丈夫ですか…?」

大声を出した事で傷に響いたらしく、辛そうする瞳。その時、扉が開き呆れ顔の三凰が入ってきた。

三凰「大声を出すからだ、まったく。」

257瞳と三凰 2/3:2012/03/27(火) 17:19:48 ID:SmXQZqJk
瞳「三凰……なあ、あの妖怪はどうなったんだ?」

三凰「あの妖怪なら、どうにか倒す事が出来た。」

瞳「そうか…良かった。じゃあ、操られた人間達は?」

三凰「知らんな。生き延びた奴もいれば、力尽きた奴もいるだろうがな。」

瞳「そ、そんな……私は守れなかったのか……」

その言葉を聞き、落胆する瞳。

三凰「何をそんなに落ち込んでいる?僕達は生きていて、あの妖怪はもういない。それで良いだろ。」

瞳「どうして……どうしてそんな事を言うんだ!?良い訳ないだろ!?……っ!」

怒声を飛ばす瞳。そのせいで再び傷が痛んだようだ。
そして、三凰はそんな瞳を見て機嫌悪そうに話しだした。

三凰「じゃあ、貴様は人間共を守りつつ、あの妖怪を倒せたのか?」

瞳「それは……」

三凰「できなかっただろう?もしあの時貴様一人だったら、人間に攻撃出来ずにそのまま殺されていたぞ。」

瞳「………」

三凰「それにだ。あいつをあそこで倒していなければ、更に多くの妖怪や人間の命が失われていたんだぞ?」

瞳「だ、だけど……それは……」

258瞳と三凰 3/3:2012/03/27(火) 17:20:40 ID:SmXQZqJk
三凰「まぁいい。いくら言おうとも、貴様のような甘い奴には理解できないだろうな。
傷もある程度は回復しただろうし、さっさと出ていけ。」

不機嫌そうな表情で厳しい言葉を浴びせる三凰。

瞳「い、言われなくても……」

それを聞くと、瞳は立ち上がり部屋を出て行った。

三凰「はぁ……まったく面倒な奴だ……」

ため息をつくと、三凰も医務室を出て自分の部屋へ戻って行った。

259人間の味方…?:2012/03/27(火) 17:22:47 ID:SmXQZqJk
飛葉「おや?瞳さんは?」

次いで医務室へ入ってきたのは、飛葉だった。

夢無「さっき帰っちゃったみたいです…」

飛葉「そうですか……少し話したい事があったのですが……また、今度にするしかなさそうですな……」

夢無「あの……飛葉さん。瞳さんって、人間、人間、って変わった方ですね。」

飛葉「彼女は、九十九神。人間によって生み出され、人間に使われた存在ですから。」

夢無「私たちとは、違うんですね……」

飛葉「……そうかも……しれませんね……」

不安そうな表情を浮かべる夢無と、困ったような表情の飛葉だった。

260黒狼の憂鬱:2012/04/16(月) 09:23:36 ID:/AfNAO.Q
「…………ハァ」

その日、東雲犬御は異常なほど落ち込んでいた。
巨体の狼は、現在、鬱蒼とした森の奥に絶賛引き籠もり中だ。
黒くて大きな体を丸め、耳を折り畳み、尻尾はだらんと垂れてぴくりとも動かない。
全身から溢れ出る欝オーラは翠狼でさえ近付けないものがある。
彼がどうしてこうなったのか。理由は単純。――四十萬陀七生のせいだ。

黒蔵が去り際に渡したメモは、東雲の手によって四十萬陀に渡った。
正直、彼にとってこの役目はかなり辛い。
東雲→四十萬陀→←黒蔵という構図で、東雲が黒蔵からの別れ(しかも二度と戻らないかも分からない)の手紙を四十萬陀に手渡すのだから、かなり辛い。
手渡す瞬間なんてもう、心臓バックバクである。命懸けの戦闘より数倍の緊張感だ。和戌姉とかに任せりゃよかったと今さら後悔するが、四十萬陀は訝しげな表情でメモを開いた。

「…………」

丸い瞳が見開かれる。
食い入るようにメモを読み終えると、四十萬陀は焦った表情で東雲を見上げた。
「嘘だよね」とでも、彼に問い掛けるように。
けれどもこれは嘘でもなんでもない。東雲はこれから、黒蔵が既に去ったことを伝えなければならない。

(あのガキ、やっぱ最後に一発殴っときゃァよかった)



――それからの展開は想像するに容易い。
事情を聞いた四十萬陀は、黒蔵が既にいなくなったことを知り、力を失ったかのように膝を落とした。
呆然とした瞳で、メモをもう一度見遣る。
『泣かないで欲しい』
そうかかれた一文が、四十萬陀の黒い瞳に映る。
結局、四十萬陀が泣くことはなかった。
正しく言えば、誰かの前で泣き顔を見せることはなかった。

「……そう、」

小さく呟いた四十萬陀は、ゆっくりと立ち上がった。
まるで生気を失った彼女に、東雲は「昔」の彼女を見ているようで、

「七」
「ごめん」

しかし、その言葉すら遮られてしまう。
四十萬陀は東雲に背を向けると、暗い闇の中に翼を広げていってしまった。
慰めることも止めることも、今の東雲にはできなかった。



(嫌われた、よなぁ……確実に……)ドンヨリ

黒蔵から手紙を受け取り、止めなかったのは事実なのだ。
深いため息は止まらない。四十萬陀に嫌われたら彼はこれから何を生き甲斐に生きていけばいいのだろう。
変態医者の実験動物(モルモット)として、ただ生かされるだけの日々を送らなければならないのか。

(いっそシニタイ)

東雲は頭を丸めると、憂鬱を押し込めて無理矢理眠りなついた。

261夜雀の決断:2012/04/16(月) 09:24:21 ID:/AfNAO.Q




――袂山の奥の奥。
この場所は、袂山に住む妖怪の中で四十萬陀しか知らない秘密の場所だ。
そこで、四十萬陀はぺたりと座り込んでいた。
片手には黒蔵のメモが握りしめられている。

(……黒蔵くん)

どうして、連れていってくれなかったの?
どんなことがあっても、一緒にいる、って決めたのに。
あなたがどんな罪を背負っていても、あなたが妖怪じゃなくなっても。

(なんで……)

しかし、涙は零れてはくれなかった。
まるであの一文に縛られているかねように。
四十萬陀はそっと瞼を閉じる。

(私、泣かないよ、黒蔵くん。
 あなたが戻ってくるまで。


 心は、ここに置いておくね)

262鹿羽町決戦 1:2012/04/27(金) 21:24:54 ID:tElbSrz.

「鹿羽町に巨大な妖気反応! 同場所で複数の爆発も確認されています!!」
「妖気レベルA+! スーパーセルクラスです!!」
「対象特定! 国際指名手配のN⑬、コードは〝バックベアード″!!」
「半径50km圏内の住民に避難勧告発令!!」
「対特殊生物部に出動令! 指定された装備で現場に急行してください!」

 喪服のような黒いスーツで風を切り、芹沢は特殊拳銃と黒塗りの七首を取る。

「とんだVIPのお出ましか・・・」

 鳴り響く警報。重い足を引き摺り、出動する。

(無人地区、町とは名ばかりの最終処分場、鹿羽町ならおおっぴらに秘密部隊も・・・陸上自衛隊すら動かせるということか)

 この危険度Aクラス超えの相手なら確実に話し合いで済まない、殺し合い・・・下手すれば戦争にすらなる。
 また殺すのか、また排除するのか。
 エゴの為に、生態系の中で生き抜く為に。

「話も通じないような外道か、自我すら持たぬ怪物であってくれ。それも駄目ならせめて人類と対等以上の力を持つ存在であってくれ」

 そんな自分勝手で不謹慎な望みを呟くと、瞳を開き鹿羽町へと駆け出した。

263鹿羽町決戦 2:2012/04/27(金) 21:55:46 ID:tElbSrz.

――鹿羽町、某ビル屋上

「派手にやっちゃってまー」

 ペンキが剥げ、赤錆た柵の向こうから双眼鏡を覗く黒服の青年。
 特製の薄型コンピューターから流れ出す情報を眺めている。

「国際指名手配? しかもロンドの元幹部とか・・・」

 指を滑らせ、一通り画面を弄り終えると。
 一息着いてカチャカチャと装備を確認する。

「・・・まー、とりあえず。国際指名手配だろうがロンドだろうが。
 平和を乱す妖怪ってんなら、俺が動かないわけにはいかないな」

 〝スイーパー″安全保障部隊隊員、黒井礼は朽ちた策を蹴破ると。
 屋上から風を切って飛び降り、爆心地へと走り出した。

264鹿羽町決戦 3:2012/04/27(金) 22:22:22 ID:tElbSrz.

「わはははははははははは! 効かぬわぁ!!」

 軍用のアサルトライフルの弾丸も、対妖怪用の銀の弾丸も
 バックベアードの黒雲のような体を素通りしていく。

「まとめて吹き飛んでしまえーーーーー!!」

 大気が変質したかと思った矢先、黒い雪が辺りに降り積もった。
 アサルトライフルが火を噴いたとき、その火花に引火し黒い雪は灼熱の熱風と化した。

「クククク・・・、妖怪を誘うはずがニンゲンが来てしまうとは予想外だった!!
 だがニンゲンごときにこの我輩がやられるはずないわーーーーーーー!!」

 火の海と化した鹿羽町の3番地にて、魔眼の黒雲は高笑いを上げる。
 無双の如き強さを誇るアメリカのこの妖怪は高らかに自らの名を名乗った。

「我輩の妖怪としての名は『ハーバー・ボッシュ、オストワルト法』!!
 下らぬ自然由来の神などではなく! 西暦以来! 最も多くのニンゲンを多く殺した文明の正体よ!!!」



―ハーバー・ボッシュ、オストワルト法―

 大気(水素・窒素)からアンモニアを、アンモニアから硝酸を作り出す化学技術。
 これにより人間は、当時希少だった火薬を無尽蔵に作り出すことが可能となり、
 19世紀末から20世紀の戦争はそれ以前とは比べ物になら無いほどの犠牲者を出すことになった。

 だがこの発明は化学肥料の元でもあり、地球の人間に対するキャパシティを大きく増加させることにもなっている。
 もし化学肥料が無ければ60億の人口のほとんどが飢餓状態にあるだろう。

 あらゆる意味で西暦上、最も人間の個体数に影響を与えた発明であるといえる。

265失いたくないもの 1/2:2012/10/31(水) 13:36:52 ID:SmXQZqJk
稲山家――日が暮れてきたころ、十夜の部屋の扉が開く。

『ただいま、十夜。』

妖気の溜まり場で傷を回復し終わった七郎が、稲山家に帰って来たのだ。

「お帰り、七郎。怪我はもう大丈夫なの?」

『ああ、もうこの通りだ。』

七郎は静かに十夜のベッドに腰掛ける。

『ところでよ。十夜。一つ聞くが…』

「何、七郎?」

七郎が真面目な顔で話し始める。

『どうしてあの森に行ったんだ?あの事件のニュースはお前も見ていただろ?』

「う……それは……その……猫が……」

『猫ってお前……まさか、猫があの森に入って行って危ないと思ったから追いかけたってんじゃねぇだろうな……』

「ごめん!その通りなんだ!」

それを聞いて七郎は怒ったような表情になる。

『ったく……どうしてお前は、そういつもいつも』

「ごめん七郎!でも、放っておけなかったんだ……結局、猫はすぐに見つかったんだけど……」

十夜は、その時の様子を話す。ちなみに猫は無事助かったようだ。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板