[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
| |
黒の月―― Lucifer went forth from the presence of Jehovah
1
:
管理人
:2016/03/18(金) 01:21:29 ID:???0
【海馬市山中・次元の狭間・『幻影城』】
かつて多くの悪魔や眷属たちでにぎわっていた幻影城には、今やただ一人の悪魔しかいない。
一台のピアノに向かい、一心不乱に美しい音を奏でる悪魔――始祖悪魔ルシファは、長い交響曲を奏で終えると、ゆらりと立ち上がった。
「万能の私が、人間の都市一つ手に入れられないなんて……なんて美しくて華やかな混乱なんだろう。
私を愛したものたちが死に、しかし私はまた、彼らの名、すら、思い出せぬ……」
ルシファにとって【堕天六芒星】の幹部の死や失踪など、とるにたらない些事なのかもしれない。
それでも、気まぐれに欲したこの街を、いまだ手中にいれられない現実はここにある。
そのことに、ルシファは笑う。笑い転げる。高らかな笑い声――
不意にルシファは、自らの脇腹に手を突き刺した。
そしてその右手から出てきたものは、自らのあばら骨だ。
唇から呪詛がこぼれ出ると、骨はみるみる肉を纏い、ルシファとうり二つの姿に変形する。
「”コピールシファ”……百万分の一の力しか持たない君に、【黒の月】を託そう。
この街を私から守り抜いた人間たちと、
この街を手に入れ損ねた悪魔たちへの手向けだよ。
君の目で、耳で、肌で、舌で、霊感で……もしあの街が、魔界になったらどんな風になるか。
……つぶさに見ておいで」
腹から血を出し続けるルシファは、その血からソフトボール大の玉を、あばら骨だった「コピールシファ」に手を出す。
コピールシファはそれを受け取ると、滑るように床を滑空し、幻影城の外へ出た。
【 3月17日。】
その日、海馬の上空に、バスケットボール大の玉がプカリと浮かんでいた。
だが、その玉の存在に気づくものは居ない。
しかし、その気配に気づくものは――
6
:
稲葉竜也
◆3wYYqYON3.
:2016/03/19(土) 02:16:09 ID:DUOXuzWM0
「あぁぁ……退屈だ」
深夜の、長い間入居者のいないビルが立ち並ぶ路地の裏。
稲葉竜也は、月明かりが照らす、錆びた鉄製の階段に座り込み、そうぼやく。
竜也にとっては、全く以ていつも通り、平々凡々といったところか……
……その周りに、数人ほどボロボロの状態で蹲っていることを除けばの話だが。
それらの恰好はバリエーションに富んでいた。
いかにもなチンピラ。
背広を着た荒事に慣れているとは思えないような男。
さらには、人型の下級悪魔……
共通点は、「衝動的に竜也に襲い掛かり、叩きのめされた」。ただその一点のみであった。
「つまらねェ……どうしてどいつもこいつも、面白くもない奴らばかりなんだ……」
海馬市に、渦巻こうとしている狂気と非日常の中。
何人が竜也へ暴走した本能を向けようと、それが取るに足らない物であれば退屈は満たされず、黒の月が目覚めさせる恐ろしいものは、竜也はすでに持っている。
稲葉竜也は、確かに「正気で」「日常を過ごし」ていた________
7
:
四羽 音久
◆UBnbrNVoXQ
:2016/03/21(月) 15:28:13 ID:R3rU1bJo0
(
>>4
の流れを汲んでいます)
学期末であるため平常時より早く訪れた放課後。
四羽が適当な理由をつけて保健室に顔を出すと、養護教諭はノラの様子について簡単な説明をしてくれた。
貧血、というには血の気はさほど引いていなかった。むしろ目が虚ろで、微熱等により意識が朦朧としている者の様子だった。
また、不安に駆られたような表情が見てとれた。養い親を亡くしたばかりだと聞く、心因性のものの可能性が高い。
腕を庇うようにしていたことも気にかかる。自傷などする子ではない、不安を溜め込む無意識の癖ではないだろうか。
受け持ちでもない教員に向けるには十分すぎる情報だ。
四羽は、心配で笑いそこなったような表情をわざと作って養護教諭に軽く一礼する。
「ありがとうございます。
保健室に向かうときの様子が、遺伝性の病気を持ってる友人と似ていて、気になったもので。
……もしも、クラークもその可能性があるなら、本人から連絡貰えるよう伝えて頂けますか」
嘘八百を並べ立て、電話番号の書いてある名刺を差し出す。先生の退職までまだ時間あるでしょう、と笑いながらも受け取られた。
ノラと直接の面識は、陽動作戦の夜に同じ場に居合わせたきりという、あってないようなものだ。
だが、四羽が元APOHだという話は、ヴァイオレット……は無理でも、他の学生や佐倉から聞いている可能性が高い。
そうであれば、「遺伝性」という言葉から、ノラがハーフ悪魔だと知っていることを察するのに苦労はないだろう。
助けが求めたいのであれば、手を伸ばす先として思い浮かべられるかもしれない。
//おそらく不要かなと思いつつ、ノラさんから四羽への連絡ルート作成してみました。
//PLもPCもノラさんが頼るなら他の生徒が自然だと考えていますので、万一必要であれば、ぐらいに考えて頂ければ幸いです。
8
:
四羽 音久
◆UBnbrNVoXQ
:2016/03/21(月) 15:30:52 ID:R3rU1bJo0
黄昏時の廊下を歩く四羽。反対側から歩いてくる生徒は窓から差し込む西日で判然としない。
向こうが立ち止まり目礼したところで、誰だかようやく知れた。
この世代の少年にしては高い背、鋭い目つき、……あの夜岬にいた退魔師の一人だ。
会釈ひとつで通り過ぎようとして、ふと思い立ち、彼の名前を呼ぶ。
「春日」
「何でしょうか」
周囲に人の気配はない。職員に今学期終了後の件で呼ばれた後、友人の待つ教室へ戻るといったところだろう。
それにも関わらず生真面目に立ち止まり向き直る姿に、単刀直入に切り込む。
「確証はないが、演習のときのクラークのあれは彼女個人の問題じゃない可能性がある。
桜井と、……一応、咲羽が体調を崩していないか、近くにいる時だけでいいから見とけ」
「はい」
「お前の主観でいいから、少しでも違和感あったら、これに連絡寄越せ」
名刺を投げる。危なげなく受け取った春日は、書かれている番号に不思議そうな顔をした。
「連絡ならば、無線を使えば……」
言いかけて、はっとする春日に、ひとつ頷く。
桜井と咲羽。佐倉にも頼まれた、この学園の『懸案事項』だ。二人について詳細を知らせるわけにはいかない人物がいる。
仲間内での情報傍受は、敵対勢力のそれよりも犯人特定が疎かにされがちだ。
「僕は鳥だから、蛇が嫌いでな。
……二人が問題ないなら、この三日間に何かあったとき、お前らを『本隊』と見做す。それでいいならお前の連絡先も教えろ」
駄目押しとばかりに二つ名になぞらえた物言いをし、来るかもしれない戦いの覚悟を問う。
おそらくは迷いなく頷くだろうが、友を巻き込むことを憂うなら春日ごと学生たちを頭数から外す。
そう考えていた四羽の前で、春日は眉根を寄せた。
「……それは、自分の加勢だけであれば、お一人で戦うほうが良いということでしょうか」
声音はあくまで平坦だ。だが、自分はまだAPOHの人間として認められていないのかという感情が透けて見える。
なるほど、そうくるか、と笑い出したくなる心境を抑えて、平然と告げる。
「ああ」
「っ!」
「……って僕が頷いても、お前は、例えば僕が殺されかけたら迷いなく助けに来るだろ。その割り切りを買ってるからな」
春日が形容しがたい表情を浮かべる。褒められたのか侮られたのか判断しかねているのだろう。
頭の中で言葉を選び、指示を重ねる。
「まあ、だからって純粋な戦力としては半人前扱いされるのは、お前の実力考えりゃ不当か。
……今夜から、お前に状況連絡入れる。
それ把握して、僕が最後の報告って言ったとき、生き残れる確信あったら、一人でも他の奴等連れてでもいいから、来い。
じゃなきゃ来るな。
僕の生死は僕の責任だが、お前とお前の友人の生死はお前の責任。それでいいなら、連絡先寄越せ」
睨むも同然の眼光で、春日を見据える。生き抜く手段と強さを持たない人間を、四羽は同列の仲間とは認めない。
亡霊烏と相対した少年は、一度目線を外し、深く大きな息を吐く。そして毅然と顔を上げる。
「筆記用具、お借りできますか」
携帯の類ぐらい手元にあるだろうに敢えてそう聞いたのは、名刺で差し出されたことへの意趣返しか。
ボールペンと手帳を貸してやれば、書道のお手本のような字で自身の名前と電話番号を記し、返した後に一礼される。
律動的に去る背中に、負ったものの重みは感じられない。それが、彼の強さなのだろう。
反対側へと歩き出しながら、四羽は携帯電話を取り出す。
春日の番号を即座に出せるよう登録し、元々すぐに呼び出せるよう設定している番号のひとつを押す。
「――斎? 今いいか?」
『……何かあった?』
「いや。嫌な予感がするから、今日と明日の夜、勝手に動く。
僕と学生どもだけで対処出来なさそうなら援護頼むから、日付変わる頃まではいつでも動けるようにしといてくれるか」
『了解』
論拠どころか詳しい推論さえ告げていないにも関わらず即座に返る答えに目を細める。
頼むな、と告げて電話を切ると、職員室に向かった。既に受け持ちのクラスや部活のない職員は帰って差支えない時間だ。
外套を羽織り、近くの教員に軽く挨拶して、校外へと出る。
ここからは、遊撃部隊としての仕事だ。
//使っていただければというお言葉がありましたので、ありがたくお借りしました。
//ここから春日さんと佐倉さんには随時四羽からメールで状況報告が入ると思って頂ければ。
9
:
四羽 音久
◆UBnbrNVoXQ
:2016/03/21(月) 15:35:40 ID:R3rU1bJo0
(
>>6
の流れを汲んでいます。
時間軸としては、
>>6
の次の日、
>>4
及び
>>5
>>7
>>8
の日の夜のイメージです)
ゴーストタウンのように静まり返る最新鋭の建物群の中を、バイクの音が轟く。
適当な場所でバイクを停め、降り立った四羽は、周囲の様子を窺いながら細道へと入っていく。
「……僕は気配探知は不得手なんだが……それでも分かる瘴気ってどういうことだよ」
嘯きながら瘴気の残滓を辿る。腐ってもかつてはAPOHの精鋭だ、悪魔が殺戮を繰り返せば気配は追える。
しかし、裏を返せばそれに類する事件が近くで起こっているわけで、警戒は怠れない。
路地の片隅、ゴミ箱の横に一塊にされた人影に足を速めた。近づいて意識と呼吸を確かめる。気絶しているが、生きている。
これなら不良の喧嘩扱いで救急を呼べば済むか、と考えたところで、殺気に背筋が粟立った。
振り向き飛び退けば、外套の裾を切り裂く光弾。
「そこで何をしてる『亡霊烏』ッ!!」
「……怪我人見つけたから検分してただけだ。出会い頭に術式放って来んなこの二流陰陽師」
怒気も露わに表れたのは、四羽はろくに名前も覚えていないAPOH職員だ。新たに符を構えたところを見るに、戦意を収める気はないらしい。
「嘘をつくなッ!! お前も『世界蛇』も、いつまでもこの街に留まって、一体何を企んでる!?」
「少なくとも僕はあの蛇の腹心じゃねえよ。奴の思想にまで賛同するなんて考えただけで反吐が出る」
煽りながら、じり、と距離を取る。何か相手の情報を覚えていないかと脳内の知識全てを叩き起こし、照合したそれに戦慄する。
先の陽動作戦で、大宮たちとは別の神社仏閣を守っていた男だ。
直情型の性格が災いして出世は遅れているが、一撃の重さはおそらく、……四羽を、凌ぐ。
策謀を巡らせれば倒すことは不可能ではないが、それは殺すことも視野に入れた算段だ。人間相手に、それは出来ない。
「なら何故、お前と共闘した日から日々菜は消えた!? お前と合流したヴァイオレットさんがすぐに死んだのは何でだ!?
お前が、全てお前がっ……!!」
冷静に考えればまるで整合性のない言葉。激情のままに、第二撃が放たれる。光の龍があぎとを向く。
身を隠した四羽の代わり、ゴミ捨て場が焼かれて焦土と化す。すぐに気配を辿られるのを覚悟の上で、四羽は走り出す。
去り際、僅かに生き残ったゴミ箱を蹴倒して職員の追跡に小細工を施すが、焼け石に水だろう。
「ちっ、……言いがかりつけて仲間割れしてる余裕、今のAPOHにあると思ってんのか!!」
見る者がいれば敗走にしか見えない形も厭わず、バイクのもとへと向かう。
怪我人たちを放置することに罪悪感が欠片もないわけではないが、この場は戦線離脱が最優先だ。アクセルを開ける。
三撃を、紙一重で回避する。
――此処は、先日竜也が幾人もの男を叩きのめした場所の、すぐ近くだ。
もしも竜也が場所を移動していないならば、怒りに狂った陰陽師の姿を見つけることは容易だろう。
そして、彼の呪詛にも似た言葉から、『世界蛇』『亡霊烏』という、テツからは得ていない退魔師の情報を得てしまうかもしれない。
//キャラクターの特性を踏まえると、竜也さんvs四羽がやりづらいので、ちょっと情報面で失態を犯してみました。
//キャラクター上、退魔師の情報は別に要らないとのことでしたら、このモブ陰陽師をさくっと殺して頂ければ。
10
:
大宮陽子(巫女さん女子高生)操作フリー
◆sF/KB3MJeA
:2016/03/21(月) 17:28:22 ID:gpgdJ0H20
>>4
出演:黄昏向日葵 大宮陽子 春日縁 ノラ・クラーク
「……ねえ、陽子ちん、……ノラちゃん大丈夫かな?」
卒業式の演習の終わりに、学年違いの黄昏が陽子に話かけてきた。
放課後の教室、クラス委員の大宮は細かな雑事が大宮の周りに残っているが、
黄昏はそんな作業中の大宮にかまうことなく話しかける距離も近い。
でも、そんな距離の近さも、この数か月でだいぶ慣れてきたのだった。
「うん……なんか今日、体調悪いみたいで」
「溜まってた疲れが出たのかな……。マザーさんの事もあるし」
陽子も小さくうなづくものの、あの強化合宿を経て、修羅場を潜り抜けたノラが、簡単に体調を崩すのは不思議には思っていた。
「ウチの直人もインフルエンザにかかっちゃうしさー。
こんなことじゃあ、『イマドキの若い退魔師は、体を鍛えてないから病気になるんです!』って風祭さんに……」
口にしてから、黄昏は口をつぐんだ。
馬鹿まじめで風邪なんか一切ひかない風祭一太郎は、悪魔との戦いで命を落とした。
そのことが、いまだに信じられない気持ちで、整理できないでいる。
そんなことを察してか、大宮は話題を変えた。
「向日葵は、さ。帰っちゃうの? APOHの本部に」
「……親には、帰れって言われてるんだよねーん」
APOHの本部から、帰還命令が出されていると噂だ。
だがその帰還命令を、新任の局長・草薙が握りつぶしているらしいことも公然の秘密となっている。
草薙は、まだこの街に脅威が残っていると訴えるが……あの日以来、悪魔事件は全くと言っていいほど起きていない。
そういえば、フリューゲルスこと咲羽翼音の姿もここ最近見かけないのだ。
映画館、岬、神社……かつてこの街のあちこちに、悪魔が出現し、侵食しつつあった。
だが今は全くの悪魔の気配もない。
そう、おとといの夜までは――。
「陽子ちんさ……。このまま私が、この街に残った方がいいと思う?」
「どういうこと?」
「陽子はさ。この街の古くからある神社の巫女で、この地域を守る退魔師じゃん。
だけど私は……別にこの街に縁もゆかりもあるわけじゃないし。
親に行けって言われてきただけ。厄介払いされるようにね。
悪魔がいなかったら、それを倒す私の居場所も、ないんだよなあって。」
「何を気にしてるの。向日葵らしくないわね。
……あなたの居場所は、ここにあるわよ。
悪魔なんか倒さなくても、あなたはあなたでしょ?」
大宮は特に力んだつもりで言ったわけではなかったが、黄昏は沈黙している。
おや、と大宮は思い、黄昏の顔を見ると、黄昏の目には涙が浮かんでいた。
「ちょ、ちょっと、何泣いてるのよ!」
「んー……わかんない。わかんないけどさあ……。
陽子ちん。……ありがとうね。」
黄昏はふっと顔をあげると、陽子に笑顔を見せた。
11
:
大宮陽子(巫女さん女子高生)操作フリー
◆sF/KB3MJeA
:2016/03/21(月) 17:32:41 ID:gpgdJ0H20
>>8
そんな空気を読まず、教室に入ってきたのは春日縁であった。
「大宮、黄昏。桜井は本当にインフルエンザなのか?」
「は?」
相変わらず春日の無駄を排する態度は横柄にも見える。
この学校に来てからこの態度が改まる様子はない。
「うん。だって、熱が40度以上もあるし……体も痛いって。
これ、ホンコンA型だねーって」
「私たちも感染しないようになるべく桜井君には近づかないようにしているの……」
「それは、何日前からだ」
春日には、思う所があった。
2日前、不意に草薙から「帰還準備を解除し、海馬に残るよう」指示が突然入った事。
そしてその日を境に、何か退魔師のカンなのか、異様な瘴気を感じることなど……
「……2日前よ」
大宮にもその予感があるのか、春日の強い言葉に反応して声をかける。
「フリューゲルス……咲羽が学校をさぼりだしたのも2日前だな。」
「春日君……どうしたの?」
「……お前たちなら言ってもいいか。四羽さんが、何かを察知した。
四羽さんは、ノラの体調不良と、『蛇』の挙動、そしてここ最近の空気に何かを感じている。
四羽さんの指示でな、何か事件があれば、俺が『本体』として部隊を組めという話だ」
歴戦の遊撃部隊の直感である。
前回の戦いで、彼の有能ぶりは身にしみている……
その時だ!
シュッ、と一本の小型の矢が、どこからともなく出現し、大宮の目の前の書類に突き刺さる。
「これは……」
「おばあちゃんの能力、矢文……?」
大宮家の護符矢の巫女同士の通信である。
矢文には小さく「ナオト・キキ」とだけ記されている。
『「 直人・危機 !?」』
二人は声を合わせて読み上げる。大宮の家で養生している桜井に、何かあったのだろうか?
「大宮、俺と一緒に桜井のところへ行くぞ」
「待って、私も行く!」
「いや、黄昏は、ノラの様子をみてきてくれ。同じ学年だろ」
「どうしてよ!」
「……ノラと桜井は、同じ悪魔の力を使う退魔師だ。
悪魔全体の様子がおかしいとあらば、当然二人も影響を受けるだろう」
「……!?」
「それに、四羽さんからの指示だ。俺が『本体』だ。黄昏、指示に従ってくれ」
「わかったわよ。直人の事……任せたからね!」
そういうと、黄昏はノラのいる保健室に急行する。
もしノラに何かあれば、APOHと連絡を取って処理するつもりだ。
そして、大宮と春日は、急変があったらしい桜井の下へかけつけんと、学校を出た。
12
:
キャンデロロロミーナ
◆sF/KB3MJeA
:2016/03/21(月) 17:36:18 ID:gpgdJ0H20
時刻は午後。
黒の月は、いつの間にか巨大な雲のごとく肥大化し、
中天にまたたく太陽の端を食らうかのように、ゆっくりと侵食していく。
姿を消していたと思われていた悪魔たちは、その黒の月の蝕を受けた光を浴びると――
理性が保ちがたくなり、一斉にその攻撃衝動を放ち始めた!!
「……脳みそを……溶かせ……うじゅるじゅるじゅるるるるる」
地下アイドルの野外ライブ会場は、突如猛毒のガスに充満し、
ライブに来ていた300人のファンやスタッフたちは次々と倒れていった。
キャンデロロロミーナは、その姿を醜悪な巨大ナメクジに姿を変え、
倒れた人々を次々と食らっている。
いままで、これほどまでに攻撃衝動にかられたことはなかった。
まるで、魔界の一番底にいるような……そんな感覚がする。
アイドルとして人間界でささやかに自己掲示欲を発し、時たま人を食らっていれば満足だった悪魔・キャンデロロであったが、
今は何もかもかなぐり捨て、ただ破壊し、ただ人を殺したい。
そんな気持ちのまま、醜悪な巨大ナメクジに姿を変えて殺戮の限りを尽くしていた。
すべて、太陽のせいだと彼女は思った。
太陽が、おかしい。あの太陽は、まるで魔界の月のようだ。
キャンデロロは海馬の山中で、シークレットライブの観客を食らいつくしている……。
■ ■ ■
『黒の月』は、いよいよその効力を発して、海馬市全体を狂わせ始めた。
人々の中でもとりわけつよい悪意や悪性をもっている人間は、自分でも操作できない攻撃衝動に駆られ、暴れ出す
暴動と悪意の火種は、ゆっくりと……山中から都市部へと移り始めていた!!
13
:
管理人
:2016/03/22(火) 04:48:12 ID:???0
春日とともに大宮は自分の神社に急行する。
春日とこうして戦う事は、ここ数か月で何度もあった。
何度か、いやいやながら出席した守護四家の会合で顔を合わすこともあったが、
その時からもずっと嫌な奴だ、とは思っていた。
それでも、彼の能力について、強直な性格について、少しづつ理解することもあった。
事実彼に、助けられた事もあった。
ここ数か月の思い出が、彼の真横にいて思い出される
「春日縁。あなたは、この事件が終われば、守護四家の下に帰るの?」
不意に大宮が切り出す。
合宿の成果か、このくらいの移動では息が上がらず会話もできる。
「退魔師には二つの役割がある。
その地域に根差し、悪魔の出現を封じる役割。。
もう一つは、出現した悪魔に立ち向かい、これを撃退する役割。
俺は後者だ。守護四家とAPOHの指示があれば、どこへでも向かう。
帰る、というよりは、行く、という方が正しい」
相変わらず硬い答えが返ってきた。
「そう。じゃあ、この街の事件が収束すれば、あなたはこの街から去るのね」
「ああ」
「この先も、ずっと闘い続けるつもり?」
「大宮はどうなんだ。」
春日は足を止めた。大宮も同時に、動きを止める。
会話のためではない。異様な気配を感じ取り、移動体勢から警戒態勢に移ったのだ。
「私は、護符矢の巫女――この街の守護者。
それと同時に、私は私の生活も守るつもりよ。
母さんが、世界と戦っても得られなかった"日常"のために……私は戦うの」
大宮神社に続く、竹林の一本道。
風が通り過ぎるたびに、さらさらと竹の触れ合う音がこだまする。
しかし、何かかが……おかしい。
その気配に二人が気づいたのは同時だった。上空を見上げる。
「太陽――! いや……あれは?」
太陽が、欠けている。
蝕がはじまったのだ。
「日蝕――? そんなの、聞いてないわ。」
「文献にいう。尋常ならざる蝕は、悪魔の災いなる、と。
間違いない。あれは、悪魔の仕業だ。この街の悪魔、いや――心を持つすべての生き物を
太陽の蝕を引き起こして狂わせるつもりか!」
遠くで、くぐもった声が聞こえてきた。
「……桜井……くん?」
のし、のし……と直立する黒い獣がこちらに近づいてくる。
赤い目玉に、黒の体毛。イヌのような耳はピンと立っている。
「……大宮、春日……」
意識は、切れ切れあるのか、よだれだらけの口が開き、その名を呼ぶ。
「すまねぇ、どうやらオレ、しくったみてぇだ。
俺を……殺してくれ。」
「……らしくないぞ、桜井直人。簡単にあきらめるな」
「春日は……相変わらずきびしいナァ……」
春日は懐から札を取り出し、戦闘態勢となる。
「直人くん……直人くん!!」
「……大宮……今までありがとうな。」
かすかに、笑ったように見えた。しかし――
山犬の咆哮。
それと同時に、黒獣の筋肉は膨張し、2メートルを超す巨大な悪魔獣と変化した。
14
:
大宮陽子(巫女さん女子高生)操作フリー
◆sF/KB3MJeA
:2016/03/22(火) 04:50:43 ID:fZ6SeY/I0
出演 春日縁 大宮陽子 桜井直人 ベオルクスス
>>13
つづき
『……太陽の光が、これほどの心地よさとはな。』
「貴様か。桜井の中にいた悪魔は」
『――会うのは2度目か。若き退魔師たちよ。』
「桜井君を……どうしたの! あの太陽はあなたの仕業なの?」
『……あれは、「黒の月」だ。悪魔の魂を増幅させ、この地を一時的に、魔界に変える』
「黒の月……」
『とはいえ、永遠ではない。おおかたルシファ様の戯れであろう。
我もまた、今の生は戯れとともに生きておる。
強欲大将と言われたベオルクススともあろう我が、ただ一人のニンゲンの子どもと共に過ごすというのはな』
黒獣はじりじりと距離を詰めていく。二人は凍り付いたようにその場に立ち尽くしている。
『しかし、圧倒的すぎる力には、意思の力などこの程度か。
サクライナオト、その意思のきらめきは、億年の退屈を少しは慰めた。敬意を表する。
だが――我は、強欲なのだ。
内なるサクライナオトよ、聞いておるか……
もっと……もっと我を、楽しませよ。
業を見せよ、抵抗せよ、我の中で、戦え。さもなくば――』
黒獣は、跳んだ!
「!」
大宮は間一髪、体をそらす。
制服のスカートの端が食いちぎられた。もし、一瞬判断が遅ければ、大宮の体の半分は食いちぎられていただろう。
『この二人を殺すぞ』
黒獣が、高らかに笑う。
二人はすぐに体制を立て直し、悪魔に対峙する。
「あの速度……逃げるのは、無理ね」
「大宮……俺は貴様を守らんぞ」
「春日縁……それは私のセリフよ。あなたなんかには絶対に守られない。」
大宮は、破れた制服のスカートを投げ脱ぐと、中に着ていた巫女服姿となる。
巫女の直観か、今日はこんなこともあろうかと、退魔師としての全力を出せる巫女服を着こんで今日は登校していたのだ。
「あの悪魔を払って、桜井君を奪還する。」
「それには……同意だ」
一瞬、頭の中に四羽の事が浮かんだ。
何かあれば連絡を密にする――。だが、この状況で、四羽に連絡できるスキがあるかどうか……
この戦いは、相手に打ち勝つのが目的ではない。
桜井の奪還が最大の目的だ。それに「黒の月」の情報もAPOHに持ち帰る必要もある。
そのためには、なんとか生き残り、四羽らに連絡ができるかどうかがカギとなるだろう。
春日・大宮と堕天六芒星。明らかな戦力差のあるバトルが、静かに始まろうとしていた。
15
:
◆CELnfXWNTc
:2016/03/22(火) 20:35:45 ID:FE1TMtmY0
>>11
夜桜学園、保健室。電気も付けず、カーテンも締め切られているそこで、ベッドの布団の中、未だ一人震えているノラの姿があった。
「マザー……私……」
「ノラちゃん!大丈夫!?」
そこへ勢い良く扉を開く音と共に、ノラの同級生、黄昏向日葵の声が響いた。
彼女が、退魔師だということは知っているし、友人だと思っている。私のことを心配して来たのだろう。だけど……
「黄昏さん……?入っちゃ駄目です!出ていって下さい!!」
「ノラちゃん……?」
これまでのノラからは、考えられないような拒絶の言葉。余程、辛いのだろう。けれど、ここで出ていく訳にはいかない。黄昏は、ノラの様子を確かめるべく、ベッドへと近づいていく。
「駄目です!!私に近付いちゃ!制御が出来ないんです!!このままじゃ、黄昏さんを傷付けてしまいます!だから……」
布団の中、自身の身体を抑え、必死で黄昏を遠ざけようと叫ぶノラ。だが、黄昏は足を止めなかった。
「だから……?だから、あんたを見捨てろって?……ふざけんな!!そんなの退魔師失格じゃんか!」
「悪魔の脅威から、人を助けるのが退魔師!だから、ノラちゃんを見捨てるなんて選択肢は、最初からない!」
「でも……私、怖いんです!この力で、誰かを傷付けてしまうのが!……うっ……ああっ……」
何がなんでも、ノラを助ける。黄昏は、そう意気込み、ベッドへと近付くと、ノラの様子が急変した。ついに、力を抑えきれなくなったのだろう。
布団から飛び出すと、悪魔化した腕でベッドの横にあった自身の鞄を掴むと、黄昏に向かって投げつけた。
「くっ!」
黄昏は、それを回避し、反撃の為の破魔の炎を手に灯すが……
(駄目だ……炎じゃノラちゃんを傷付けちゃう……)
それを使えば、ハーフ悪魔であるノラの身体に、大きなダメージを与えてしまう。故に、炎を放つことが出来なかった。
「う……あああっ……」
「っ!?」
そして、そこに生じた黄昏の隙を突き、ノラは拳を振り上げ殴りかかった。黄昏は、殴り飛ばされ、壁へと激突する。
「だ、駄目です……やはり、逃げて……」
「何度も言わせるな!アタシは、退魔師として、友達として、ノラちゃんを助ける!」
勇ましく言う黄昏。だが、ノラの悪魔の力は強く、未だ立ち上がれない。それに、起死回生の手段も、思い浮かば無い。
陽子達の応援を呼ぶ?いや、彼女等は桜井の方に向かっている。今から呼んでも、間に合わないだろう。
ならば、ノラに呼び掛けてみるか?だが、今のノラは、すっかり気弱になってしまっている。何か切欠があれば、また強く成長したノラに戻るかもしれないが……
黄昏は、合宿には参加しておらず、ノラとも唯の友達止まりだ。ノラのことをよく知らない彼女には、どうすれば良いのか分からなかった。
(くっ……どうすれば……)
どうにか力を振り絞り、立ち上がる黄昏。その時、右手
が何か細長い物に触れる。
(これは……そうだ、これならきっと!)
黄昏は、ノラが投げた鞄から溢れたと思われる“それ”を掴むと、ノラに向き直り……
「う……あ……駄目です……逃げ……ああああっ!!」
「逃げない!あんたは、マザーさんから何を教わったの!?」
「そうやって、一人で抱え込むこと!?違うでしょ!?」
「あ……マ……ザー……」
「思い出せぇぇーっ!!」
掴んだ“それ”、生前ヴァイオレットが愛用していたキセルを、ノラに向かって投げつけた。
ノラをよく知らない黄昏にも、ノラがヴァイオレットを本当に大切に思っていたことは、分かった。だから、キセルを見つけた時、これしかないと思ったのだ。
それが、ノラの額に当たった瞬間、ノラの暴走は止まり、その瞳から涙が零れ出した。
「マザー……」
そうだ、私ったら……仲間というのは、守り合い助け合うものだってマザーから教わったのに……また……でも、大丈夫、今、思い出しました……
ありがとうございます、マザー。ありがとうございます、黄昏さん。
16
:
◆CELnfXWNTc
:2016/03/22(火) 20:36:17 ID:FE1TMtmY0
◆
「落ち着いた?」
数分後、暴走を止めたノラに、黄昏は声を掛けた。胸のポケットには、ヴァイオレットのキセルが入っている。これが、あれば強い心を持てるらしい。
「はい、もう大丈夫です。」
強い心を持ち、仲間を傷付ける可能性を否定する。それにより、ノラは暴走を抑えられたようだ。
「私の力は、皆を守るための力ですから。傷付ける為にある力じゃありません。」
「じゃあ、もう大丈夫だね!」
再び暴走する可能性を指摘されるかと思ったノラだったが、黄昏はそれをしなかった。自ら暴走を止めた、ノラの強さを目の当たりにしたからだ。きっと彼女なら、大丈夫。黄昏は、ノラを信じることを心に決めた。
◆
そして黄昏は、今回の事態で、分かっていることをノラへと説明した。それを聞いて、ノラは
「それなら……咲羽先輩を探しましょう。ハーフの私が、ここまで苦しんだのだから、きっと咲羽先輩はもっと苦しんでいる筈です……」
「咲羽……」
咲羽翼音、彼女と黄昏は色々あった。だが、ノラも信頼しているようだし、放って置くわけにはいかないだろう。
「おっけー、それじゃあ行こうよ!」
ノラの提案を了承し、二人は保健室を後にした。咲羽の居場所に宛は無いが、ノラのように暴走しているとしたら、目立つため、きっと直ぐに見つかる筈だ。
17
:
メモリー、篠崎マヤ・マユ
◆3wYYqYON3.
:2016/04/01(金) 23:06:23 ID:DUOXuzWM0
「とうとう始まりましたか」
ニューシネマ海馬の、光の届かない一室。
手にしているタブレット端末に表示されたニュース画面には、交通事故や殺人事件等で海馬市の名前が多く載っている。
更には、スパイからのAPOHの動向……これらを総合すれば、今起きていることは並大抵ではないというのは容易に想像がつく。
六芒星のほとんどが堕ち、残ったものも動ける状態でないこの状況で、このような派手な事を起こせる存在は、ただ一人……
「……ルシファ」
その名を呟く口調は、どこか忌々しげだ。
というのも、この事態がメモリーの予想の範疇を逸脱した事に原因はある。
メモリーの予想は、六芒星を失ったことでルシファは海馬から撤退せざるを得なくなるだろう、というものであった。実際、そこまでは当たっている。
そこにメモリーは目をつけ、当分の間大人しくしてAPOHの撤退を待ち、ゆっくりと海馬を支配していくという計画を立てていたのだ、が。
「とんでもない置き土産を残してくれたものです……」
≪黒の月≫。
直接お目にかかったことこそないが、メモリーとて悪魔の端くれ。それにまつわる話なら聞いたことがある。
今起こっている現象は、まさしくそれと一致している。
それが真の力を発揮すれば最後、この街は魔界と化すことは間違いないだろう。
そうなれば最悪街は滅び、支配するも何もあったものではない……
「……許せませんね」
その怒りは、断じて正義ではない。
寧ろ、「自分の思い通りにならないことに対しての怒り」という意味では、ルシファと同じ種類のそれであろう。
「マヤ、マユ」
『はいはーい!呼んだ?』
[何……?]
「出番です。この街の全体を、式神で探ってください」
『え〜、スパイの人たちじゃ駄目なの〜?』
「貴女たちじゃないと駄目です」
黒の月が出ているならば、下級悪魔は使い物にならない。支配している人間も、どこまで無事か怪しい。
しかし、無事な人間を探って手駒にしようにもメモリー自身が外に出れば、瞬く間に狂気に呑まれるだろう。
万全を期すためには二人を使うのが最適、という考えだ。
『もう、あたしだっていろいろ忙しいんだよ?まあ、良いけど!行くよ、マユ!』
[(コクリ)]
二人が紙人形へ印を切れば、瞬く間に数十体の式神が映画館の外へと放たれていく。
果たして、有力な情報を得られるか、否か。
18
:
◆CELnfXWNTc
:2016/04/15(金) 21:56:32 ID:ivsKXtrQ0
>>15
,
>>16
「たあっ!」
切り裂かれ、炎上する眷属。行く手を阻む下級悪魔達を、蹴散らして行く二人の少女、ノラ・クラークと黄昏向日葵。
だが、彼女らが探している悪魔フリューゲルスこと、咲羽翼音は、未だに見つからなかった。
「ふぅ……流石に数が多いね。」
「ええ。それにしても、見つかりませんね……咲羽先輩……きっと今頃……」
眷属を片付けた二人は、闇雲に探しては手遅れになると思い、考える。咲羽は、こういう状況に陥った場合どうするかを。そして、暫くしてノラは口を開く。
「咲羽先輩も、私達を傷付けない為に、どこかに閉じ籠ってるかもしれません。」
「ああ、ノラちゃんが、保健室に閉じ籠ってたみたいに?でも、それって……?」
「……心当たりは有ります。」
◆
ノラの言う心当たり、それはかつてノラが、小黒無甚により連れ拐われ、監禁されたあの廃ホテルだ。
あのホテルは、周囲が林に囲まれており、身を隠すにはうってつけだ。事実、無甚は長い間、悪魔ルイアをそこへ隠していた。隠れるのならば、高確率でそこを利用するだろうと、ノラは考えた。
……そして、それは事実であった。
「ここなら……誰も来ない筈……」
壁や床、辺り一面が氷に覆われた廃ホテル。それは、まるで氷の城とでも言うべき有り様であった。入り口も窓も、氷で塞がれ、咲羽自身は、ホテルのロビーにて、十字の氷塊に腕と足を埋め込み、張り付く形で、自身を拘束している。だが、ここまでしても、自身の力を抑えられるかが分からない。
この状況は、ルシファが最後の策を使ったのだろうとすぐに分かった。黒い月、永い時を生きた咲羽は、勿論知っていた。この最後の策が解決されればきっと、暴走も治まるだろう。だが、それまでに意思を失いそうだ。
もし、意思を失ったら、私は彼らを彼女らがを傷付けてしまうのだろうか?そうなるのなら……
そんな後ろ向きな気持ちを持ち始めた咲羽の元へ、二つの影が辿り着いた。
◆
「凍ってる……」
「居る……みたいですね……」
凍り付いたホテルは、ここに咲羽が居ることを示していた。しかし、入り口は氷に覆われ、並大抵の者では入れなくなっていた。だが、黄昏とノラ、二人は炎を扱える。
「せーのっで行くよ!」
「はいっ!」
「「せーのっ!!」」
故に、氷の扉を融解させるのは、然程難しいことでは無かった。同時に放たれた二つの炎は、氷を溶かし、中の様子を明らかにした。
「貴方達……何故……」
そこには、十字の氷塊に貼り付けになり、苦しそうな様子を見せる咲羽の姿があった。
いてもたっても居られず、ノラと黄昏は駆け出していく。
「咲羽先輩!」
「逃げなさい……死ぬことになるわよ……」
「逃げるわけないでしょ!!」
だが、二人が咲羽の元へと辿り着くことは無かった。無数の氷柱が、咲羽の意思とは無関係に精製され、二人の進行を阻んだからだ。
「くっ……激しい!」
咲羽の意思に反し、氷柱は勢いを増していく。ノラは二本の剣と炎で、黄昏は掌から放たれる炎で、二人は氷柱を溶かしていくが、攻撃は激しく、どんどん強さを増していく。やがて、巨大な氷塊により、二人は吹き飛ばされる。
「うっ……」
「ああっ……」
19
:
◆CELnfXWNTc
:2016/04/15(金) 21:57:06 ID:ivsKXtrQ0
◆
これが、悪魔フリューゲルスの実力なのか……勝てない。ノラ、黄昏、二人とも思った。だが……
「貴方達に勝ち目は無いわ……逃げなさい……まだ、私の意思があるうちに……」
「いいえ……逃げません!」
マザーから、仲間とは守り合うものだと教わった。咲羽先輩は、あの神社での戦いの時、私と大宮先輩を助けに来てくれた。だから、今度は私が咲羽先輩を助けるんだ!
決意し、立ち上がるノラ。そして、黄昏も……
「あんたには、謝って欲しいことがあるしね!勝手に意思を失うとか、許さないから!」
直斗のマンションでの一件、あの時は酷い目に合わされたもんだ。あの事を謝らないで意思を失うだなんて、身勝手過ぎる!それに、あんたが死んだりしたら、直斗や陽子ちんはきっと……
黄昏も力を振り絞り、立ち上がった。
「貴方達……勝ち目は無いと言うのに……う……ああっ!?」
二人が立ち上がったのと、ほぼ同時に、咲羽はとうとう意思を失ったらしく、自らを拘束していた十字の氷塊を砕き、ロビーを狭く感じさせる程の特大の氷塊を一瞬にして作り出すと、二人の元へと飛ばした。
「勝ち目なんて無くても良い……だって……」
「私達の目的は、咲羽先輩を倒すことじゃなく、救うことですから……」
きっと、本気で思いをぶつければ、咲羽は自身を取り戻してくれる。二人はそう信じて、特大の氷塊と向き合う。そして……
「二つの力を一つに!ヴァイオレット・ソウル!」
二本の剣を構え、赤と青、二つの炎を融合させ、紫の炎を放つノラ。だが、それでも、氷塊は溶けることは無い。
◆
「う……く……やっぱり私じゃ……」
ヴァイオレット・ソウルは、ノラの思いの強さによってその力を増していく。逆に、ノラの思いが弱まれば、その力も弱くなる。
故に、氷塊を押し止めていた紫色の炎は、ノラが弱気になったことにより、徐々に弱まっていく。
「弱気になるな!ノラちゃんは一人じゃない!」
「黄昏さん……そうですね。力を合わせましょう!」
そんなノラだったが、それにすぐさま黄昏は、叱咤を入れた。そして、彼女は拳に炎を纏うと、その拳でノラの放つ炎に触れ、二人の炎を混ぜ合わせ、紫色の炎を拳に纏った。
更に、ノラの思いも再び強まったことにより、氷塊を包んでいた紫色の炎も火力を増した。
「「いっけえええぇぇ!!!」」
そのまま、黄昏は、紫色に変化した炎の拳を氷塊へと叩き付ける。
すると、遂に氷塊は音を立てて崩れ落ちた。
◆
「やっ……た……」
「黄昏さん!?」
だが、力を使い過ぎたのか、黄昏はその場へ倒れてしまう。そこへ、近づくのはノラと……意思を失ったと思われる咲羽であった。
「咲羽先輩……」
戦うしかないのか、そう思い剣を構えるノラ。だが、咲羽が倒れている黄昏を傷付けることはなく……
「……本当、無茶をする子達ね。でも、助かったわ。ありがとう。」
「あ……意思を取り戻したんですね!」
優しく黄昏の頭を撫でるだけであった。黄昏が気を失っているからこそ、出来たことだろう。
「困難に立ち向かう貴方達を見て、気が付いたわ。如何に巨大な壁でも、精一杯羽ばたけば、乗り越えられるってね。」
「だから、ルシファの思惑も越えてみせる。貴方達も行くんでしょ、私も協力するわ。」
だって空は、私のものだから。私が自由に羽ばたける、この街の空。それは、あんな黒い月が汚していいものじゃない。
そう思い、黄昏を背負うと咲羽も彼女らと共に行くことを決意した。
20
:
◆UBnbrNVoXQ
:2016/04/16(土) 20:51:32 ID:R3rU1bJo0
>>14
出演 春日縁 大宮陽子 桜井直人 ベオルクスス
APOHに所属する者ならば誰もが知る悪魔の記録に曰く。
――"嵐ニ届ク者"、ベオルクスス。その気紛れに百が絶え、その酔狂に千が滅びる。
その脅威を、春日と大宮は身をもって痛感していた。
一拍前まで春日がいた延長線上の石灯籠が砕かれ、大宮が一時凌ぎに盾にした老樹が薙ぎ倒される。
「大宮、走れ!」
「分かってる!」
轟音と共に倒れる幹の下敷きとならぬよう、大宮は近くにあった鳥居へと走る。
追い打ちを防ぐため、春日は強化符を拳に貼り付け殴りかかった。ベオルクススが振り向き、嗤う。
『フン。――温い』
狙いすましたかのような獣のあぎとに、即座に結界符を取り出し、展開。だが迫り来る突風のごとき影の勢いは殺せず、そのまま吹き飛ばされる。
無意識に受け身をとったものの、砂利道に叩き付けられ痛みが走った。
一瞬呻いた春日、そのまま喉笛を食いちぎろうとする黒獣に、大宮は小さく悲鳴をあげた。
叫んでいる場合ではないと大宮の理性は糾弾するが、ここから弓をつがえても間に合わないと絶望する。
窮地の僅かな幸いは、「逆説符」を持つ春日家の嗣子が、結界符を構えた状態で横倒しにされたこと。
「──ッ!!」
『!? 何……!?』
結界符と逆説符、排斥の力が発動する。咄嗟に打った拳での一撃ではあったが、ベオルクススの頬を掠め、悪魔は大きく後ずさる。
肩で息をしながら立ち上がる春日に、かつての強欲大将はにやりと笑った。
『ほう……。脆弱な小僧かと思えば、面白い技を持つ』
「面白がられる謂れはない。全て、貴様らを討ち果たすためのものだ」
毅然と言い張った上で、春日の視線が泳ぐ。何かを探すような仕草だ。
大宮に彼の意図は掴めない。だが、今なら。
「二対一だってことを、忘れないでちょうだい!」
破魔矢を放つ。この程度の横槍は想定内だったのだろう、ベオルクススは飛び退くことで軽々とそれを回避した。春日と距離が空く。
その隙を狙って、土符を放つ。ベオルクススが先刻破壊した老樹と相まって、敵方から二人の姿が視認しにくくなる。
もっとも、桜井の獣化と同等、もしくはそれ以上の能力を持つはずだ、その気になれば跳躍して越えてくるだろう。
大人しく待っているのは、大方こちらの出方を見て悠々と反撃をする心づもりといったところか。大宮の柳眉が寄る。
「すまん。助かった」
「お礼なんて要らないわ」
「む……。……ならば、もう一つ、頼まれてくれないか」
視線はベオルクススのいる方向に向けたままとはいえ、真摯な声音。反論する意味もないと、大宮は素直に耳を傾けた。
「俺が殴りかかったときのこと、どう思う」
「……無茶をすると思ったわ」
「それを言うならお前もだ。鳥居に走って奴にそれまで砕かれたらどうする。今度こそ逃げ場が減るぞ」
的確な指摘にぐうの音も出ない。
巫女である大宮にとって、鳥居の中は神聖な場所だと刷り込まれているのだ。他の者にとっては境界線ですらないと分かっていても、無意識の感覚は抜けない。
腕を組んだ春日が、だが、と言葉を接ぐ。
「おかげで、突破口が見えた」
「え?」
「奴は俺が殴り掛かったとき、既に俺に標的を定めていた。つまり、お前を標的から外した。鳥居の近くにいる、お前をだ」
「……巫女の力、もしくは聖なる力全般が、苦手ってこと? まさか……」
最強を謳うと言っても過言ではない悪魔の弱点として、それはあまりにも広大すぎやしないだろうか。
反論しかけた大宮の脳裏に、桜井の姿がよぎる。正確には、黒獣となった彼の姿。その姿を見たのはいつも、太陽の下ではない場所。
確証はない。だが、否定材料も、ない。
「仮に、単に厭うというだけでさしたる影響力はないとしても、避けられるなら避けたいと思わせる程度のものではあるはずだ。
なら、策はある。最後が多少賭けになるのが心許ないが……力を貸してくれ、大宮」
大宮は、黙ったままで頷いた。春日の声が、即席にして彼らにとって最善たる、作戦を紡ぐ――。
21
:
◆UBnbrNVoXQ
:2016/04/16(土) 20:53:38 ID:R3rU1bJo0
>>20
二人がベオルクススの前から姿を消したのは、時間にして数分にも満たない。
そろそろ蹂躙してくれようかと獣が低く構えた矢先、再び破魔矢が飛ぶ。そして、続けて土符。
『二番煎じか。防御を固めようと言うなら、甘い、この程度の壁、何の障壁にもならぬわ……!』
先ほど出来た土壁ごと矢を飛び越える。二陣の土符は避けて交わす。
踏み込んだ境内は神社の清浄な力が満ちる場所、獣の脚力が僅かに落ちるが、それだけの話。すぐに決着をつけてしまえばいい。
『(…………おおみ、や……?)』
身の内で少年の呟きが零れる。彼にとっては神社の空気は即ち長く時を共に過ごした友人たる巫女の纏う空気なのだろう。
まだ抵抗するには弱いが、自我を取り戻す呼び水にはなったようだ。
『ならば、友の血に塗れた姿にどのような顔をするかを愛でるのも、また一興』
獣は走る。次々と方向をずらして飛んでくる符の位置から、相手の所在が知れる。広く鎮守の森すらある神社とはいえ、場所は限られるものだ。
赤い瞳が、少年と少女を見つける。少女は符の連発で消耗していることが見て取れ、少年は先の反撃が響いたのか瞑目し視線を地面に落としている。
――屠るに、容易い。
『さあ、喚け。泣き叫べ。その断末魔を愉しんだ後に、あの小僧の業を見極める贄として、存分に嬲り殺してくれよう……!』
獣が吠える。悪魔が嗤う。それに応えて大宮が前を見据える。
「悪いけど」
一枚の符を懐から抜き、構えた。
「悪魔に、それも桜井君を苦しめる悪魔に、殺されるつもりは、ないっ!!」
放ったのは、金符。虚飾でありながら鮮烈な光がベオルクススの目を焼き、たまらず目を閉じる。
それは眼前の少女とて同じだろうと思い、いや待てと幾千の戦を笑って抜けたがゆえの思考が否定を弾き出す。
低い声が響く。
「厭うものへの対処と目の作りは獣と同じようで、何よりだ」
土符を避けて来るならば、経路の絞り込みは可能。
どちらから来るか分かっているならば、己が恐れさえ捨てれば目を閉じてその時まで待つことも可能。
目を閉じていれば、金符の影響を回避することも、可能。
春日が声を張り上げる。
「――ルシファぶっ飛ばすんだろうが、戻ってこい桜井!!!!」
『……っ!!?』
それは、あの合宿での殴り合いの果てに重なった言葉。あの時と同じ構えで、あの時とは違い結界符と逆説符を貼り付け、一撃を眉間に叩き付ける。
ベオルクススなら、避けることは出来ずとも多少位置を変える程度、出来ただろう。しかしその体が、一瞬、不自然なまでに硬直した。
拳をまともに喰らえば符のダメージは余すことなく与えられる。
何かを紡ごうとした獣の口からはイヌ科のそれに似た短い悲鳴があがり、そのまま地面に倒れ、沈黙した。動き出す気配はない。
「っ、ちょっと! 殺してないでしょうね!?」
「軽い脳震盪を起こす程度に殴った。それ以上でもそれ以下でもない」
慌てて桜井に駆け寄った大宮が治癒の水符を彼に貼る。気が動転していても彼女とて退魔師だ、暴走状態を落ち着かせる木符を貼ることも忘れない。
その様子を見ていた春日は、大きく息を吐くと携帯を取り出した。四羽と……多少虚偽を含んだ報告にはなるだろうが、APOHにも連絡を入れなければ。
「……これで良し、っと」
「大宮。どこか桜井を休ませる場所はないか? 俺がそこまで担ぐ」
「……桜井君が寝起きしてた部屋に案内するわ。こっちよ」
桜井が目を覚ませば、彼もまた、春日や大宮たちに加わってくれるだろう。
22
:
◆UBnbrNVoXQ
:2016/04/17(日) 01:03:05 ID:R3rU1bJo0
>>17
海馬市山中。朽ち果て、時と共に埋もれるに任せた神社。
社の屋根に腰かけ「黒の月」を見るでもなく眺めていたコピールシファが、ふと視線を落とした。
人ならざる……しかし同族でもない気配が近づいていることを察知したのだ。
賽銭箱から伸びる石畳から鳥居へとゆっくり観察の眼差しを向ける。動く影はなく、落ち葉が風に揺れるばかり。
しばらく、形だけなら警戒ともとれる姿勢をとっていたコピールシファだったが、攻撃も殺意も飛んでこない静寂に、再び空を見上げた。
横顔は美しく、しかし全てに飽いたかのように無機質だ。
そして、悪魔の頂に立つ存在を模す者からそう離れてはいない場所、耳の欠けた狛犬の影に、人を模した紙が隠れていた。
マヤとマユの放った式神である。目鼻のない紙人形でありながら、まるで人間そのものであるかのように、上空を仰ぎ、社の上を見はるかす。
コピールシファの興味が完全にこちらにないことを確認すると、式紙は枯葉に混じるようにして、その場を飛び去った。誰も見る者はなかったが、もしもいれば、慌てふためいて主人のもとへ戻るようにも見えたかもしれない。
*
式神から情報を得た双子の姉妹は、顔を見合わせる。
放った数十体の式神のうち四割ほどが狂気に呑まれた悪魔や悪意を持つ人間たちに破壊されたこと、そのことから堕天六芒星に匹敵する上級悪魔たちも狂い出していると推測できたことも問題だったが、念のため山中まで飛ばした式神が持ち帰った情報は、それ以上だ。
「えっ……」
「ルシファ!? なんで、本当に本物!?」
ルシファの姿かたちは、同じ悪魔であってもまともに見たものはいない。
悪魔の陣営に与していても人間に過ぎないマヤとマユには、ルシファ本人であるかどうかなど、判断などつくはずがないだろう。もっとも、直接相対すれば醸し出す気配等で違ったかもしれないが、式神越しの情報であることが更に状況を難しくさせる。
「マヤ姉、どうする……?」
「えっと、まずメモリーに報告! その後は、……えーっと、えーっと、なるようになる!」
「全然具体的じゃない……」
姉の言葉に嘆息するマユだが、彼女とて具体的な方策が思いついているわけではない。メモリーへの報告は必須だろう、という意味ではマヤの意見にさほど異存があるわけでもないのだ。
「……この情報と、他の状況も、メモリーに伝えれば命令があるはず。それに従う。命令がなかったら、その時に考える……?」
「よし、それで! 式神ちゃんたち、行くよ!」
小首を傾げる妹に、マヤは大きく頷いた。無事使命を果たした式神たちにも声をかければ、風もないのに紙で形作られた存在たちがぶわりと舞い上がる。
街がどんな状況であろうとも、「メモリーの命令に従う事が最高の幸せ」という姉妹の記憶の改竄は変わらない。マヤとマユは連れ立って、式神が見聞きした情報をメモリーにそのまま伝えるべく、駆け出した。
//メモリーさんの中の方はいらっしゃるので、黒幕発見の物語ロールはここまでで。
もしもメモリーさんのロールまで手が回らないとのことでしたら、更に進めさせていただきます。
23
:
四羽音久
◆UBnbrNVoXQ
:2016/04/25(月) 01:30:12 ID:R3rU1bJo0
(時間軸の都合上、コピールシファの情報が既に共有されたという前提です。ご了承願います)
春の黄昏、本来であれば桜の蕾を夕日が照らし世界が紅に染まる頃合い。
海馬市は日蝕により其処彼処に深い陰が落ち込んでいた。吹く風は生温く、人々の髪を乱しては肌に纏わりつく。
悪魔と何の関わりのない人間であっても、ある者は自身の悪意に狂い始め、ある者は太陽の異変に気付き始めた。
そんな雑踏から遠い場所、市内の山中に踏み入る影があった。
近辺が無人であることをいいことにバイクを麓に乗り捨てた四羽である。
典型的な優男のなりをしているが、遊撃部隊は野戦も儘あるものだ、獣道に分け入ることさえ造作もない。
加えて、連絡のあった山中の社までの道は、陽動作戦の際に地図を熟読していたため頭に入っている。
その道程まで全体の七割ほど進んだところで、四羽は足を止めた。
向かって右側に抜ける道……野外ライブなどに使われる開けた場所への道から、瘴気が漂っている。
少しでも敵の首魁と向かう際への戦力を温存するため捨て置くか、後に続くだろう者たちの安全を考えて討伐するか。
後続が確実に来ると分かっていて、向かう相手が全力だろうがそうでなかろうが一人では勝てない相手の場合、悩むまでもない。
瘴気の方向へと逸れ、しばらく歩いたところで、開けた場所に出る。
目に入るのは、倒れ伏した人の山。漂うのは、甘酸っぱさこそ感じるもののどこか嫌悪を催す臭い。
呼吸と足音を抑え、この会場のスタッフと思われる服装の男へと近づく。息はなく、指先は硬い。
目を眇めたところで、視界の端で影が動いた。
目測、彼我の距離は10M弱、並の人間や悪魔では構えも何もなしに攻撃を放てる距離ではない、が。
「ロロのために死ね死ね死ねええええ!!!!」
「――ちっ!!」
相手が吐き出したものの確認をするより先に、自身の外套を剥ぎ取るように脱いで盾代わりにする。
四羽を寒暖以外のものからも守るために作られた黒は、しかし瞬きの間に溶けた。
内に仕舞っていたものが落ちて盛大な音を立てたのは、諸共溶けなかっただけいっそ僥倖だろうか。
布の端を投げ捨て、落ちたものから即座に必要なものを判断して拾い、相手……こちらへと近づく大ナメクジを見る。
体表から流れる液の正体は聞かずとも知れ、四羽は素早く視線を走らせた。
積み重なる骸、無人のステージ、今となっては虚しいほどに多い照明とカメラ、場所柄を思えば比較的大きな控室。
手近なカメラを蹴倒して向かってきたナメクジを怯ませ、控室へと駆ける。
焼石に水とは分かっているが向かう先の扉は全て閉め、行き着いた場所の机上、スタッフが飲み食いしていただろうものを漁った。
途中、臓腑につきりと痛みが走り、机に手をつく。
「……少し、吸ったか」
敵の得手とするものが毒だということは、状況を思えばすぐに推測が立った。
外套の末路を思えば、布ひとつで防ぎきれるものではなかったのだろう。拾い上げた解毒薬を机に置く。
携帯端末とバイクのキーは胸ポケットに入れていたから良かったが、それ以外は全て溶かされただろう。
祓い煙草を持っていかれたのがキツいな、と思いながらスポーツ飲料に手を伸ばし、開ける。
24
:
四羽音久
◆UBnbrNVoXQ
:2016/04/25(月) 01:31:37 ID:R3rU1bJo0
>>23
刹那、扉が音を立てて溶けた。
「させるかああああ!!!!」
捕食者の絶叫をあげるキャンデロロロ。狂気の中でも相手が解毒の手段を持っていると察したのだろう。
しかし。
「安心しろよ、戦闘中に解毒なんて賭けはしない」
百戦錬磨、時に同胞の屍さえ踏み越えて生き残ってきた四羽に対して、解毒第一という推測は、単調に過ぎる。
「お前を殺すまでは、な……!!」
「っ!?」
持っていたスポーツ飲料を、振りかぶりキャンデロロロに投げつける。
何の細工もない、人間には無毒どころか時として有益にさえなる液体だ。
――そう、脱水症状を催した人間には、有益な……水分と、塩分の塊。
「ぎゃああああああああああ!!!!」
ナメクジであるキャンデロロロにとっては、体を溶かす、まさに猛毒。
のたうち回る姿は、仮の姿の幼女であれば憐憫を覚えることもあったかもしれないが、今はひたすらにおぞましい。
そして、四羽は元より、憐憫をもって攻撃の手を緩めるような性格はしていない。
「一応確認だ。お前は、今回の事態の首謀者、もしくは関係の深い協力者じゃないな? 万一そうなら全部吐け」
断末魔をあげているキャンデロロロに対し、わざわざ手近な木の板をぶつけ、その上から踏みつけた。
もっとも、すぐに溶けることは承知の上、祓い煙草その他諸々を消費された苛立ちを足癖の悪さで解消するためだけの所作である。
繰り返すが、今のキャンデロロロは巨大ナメクジだ。これが人間形態であればただの幼女虐待ともいえよう。
一瞬で嬲り殺しと転じた形勢の中、黒の月で狂ったキャンデロロロには、元の狡猾さのかけらもない。
ただ、叫び、泣き、迫る最期に絶望するだけ。
「いたい、あつい、やだああああああああ!! 死ねええええ!!」
板が溶け、四羽が足を離した直後、怨嗟とともに飛びかかるが、それも最早、時すでに遅し。
海馬市で毒殺を続けていた悪魔は、自身が毒液と化すことで、その最期を迎えた。
25
:
四羽音久
◆UBnbrNVoXQ
:2016/04/25(月) 01:35:05 ID:R3rU1bJo0
>>24
「……おう、そのルートで来い。それが一番安全だ」
キャンデロロロとの遭遇後、四羽は春日と連絡を取っていた。
毒を撒き散らす悪魔自体はいなくなったとはいえ、毒ガスはまだ残っている可能性がある。
別の道から来れるのであれば、それに越したことはない。
――その『別の道』は先日の戦いで傷を負った堕天六芒星が社までの帰路として使った道なのだが、それはまた別の話。
解毒剤も使い切ったしな、と呟いた四羽の視線が、もたれかかる老樹越し、振り向く形となる。
「そっちの状況も分かった。……春日」
『はい』
「『これが最後の報告だ』。お前たちが掴んだ情報は、間違いじゃない」
視線の先……季節と風雨に晒された神社は、目と鼻の先。
登山用の道ではまだ少しかかるが、誂えたように繋がっている獣道ならば数分だ。
大方、悪魔が浸出してきて間もない頃に、山中の獣と小競り合いでもあったのだろう、と不自然に開けた現在地に思う。
『……先に、お一人で、向かうおつもりですか』
「ああ。言っとくが、僕はあくまで遊撃部隊だ。――自分と仲間の命に責任持てるんなら、さっさと来い」
『了解』
返答は淀みなかった。片手の掌に傷をつけると老樹にその手をつき、もう片手でそのまま携帯端末を操作する。
『……はい、こちら佐倉』
「こちら四羽。斎、今回の事件が終わったら防毒マスクつけた職員十人、山中に向かわせろ。ライブ会場で死者が出てる」
『了解。オト、』
「心配すんな。単独で動いてる時に毒の備えのひとつもしてないなんてことになったら、隊長に叱られる」
隊長とは言うまでもなく彼らがかつて所属していた“天羽々斬”の長だ。
既に鬼籍に入った彼の声は、二人の中では今も鮮やかで、佐倉はそうだねと柔らかく返す。
安堵の息さえついた佐倉。しかし瞬きひとつで一転、硬質な声が飛ぶ。
『待った、解毒したってことだよな? だったら、今は』
「ご明察。ちょっと血の巡りが良くなってるな」
敢えて軽薄な声音で綴る。手をついた幹に、樹液のように垂れる緋色。傷口と比例していない、量が多い。
解毒剤の副作用だ。
怪我がない、もしくは少ない状態であれば戦線離脱するだけで済む症状だが、今、四羽が負うものとしては相性が悪すぎる。
『……オト』
「皆まで言うな。この状態で僕の戦い方じゃ失血死の可能性が高い、だろ? 自分が一番分かってる。
……これぐらい想定に入れずに、単独で動くなんて言うかよ」
緋色に指を浸す。まるで赤い文字を描くように、己が血をなぞる。
予め流れる量が分かっているならば、多少の対策は立てられる。
「相手はルシファ……まあ、瘴気の度合いやこっちにまだ気づいてない感じ、本物じゃなさそうだが……どっちにしろ半殺しぐらいは喰らうさ。学生どもも無傷で帰せない。
――けど、絶対に全員生きて帰る、生きて帰す。
だから悪い、全部終わったら回収頼む」
己が命を賭け金に、望むのは己と己が陣営の生還、己が陣営の勝利。
強欲なまでにそれらを望む四羽は、それ以外の犠牲を厭わない。
佐倉が次に言葉を紡ぐまでの時間は長く、返答は短かった。
『了解』
「おう、任せた」
まるであの日の、立場を変えての再演だなと胸中思い、今度こそ老樹から離れると、獣道へと踏み出した。
26
:
四羽音久
◆UBnbrNVoXQ
:2016/04/25(月) 01:40:19 ID:R3rU1bJo0
>>25
冬の山道には落ち葉が多い。全てを避けることは難しく、従って足音を完全に消すことも難しい。
しかし、無頓着ゆえかそれとも余裕か、コピールシファが石畳へと視線を流したとき、既に四羽は鳥居を越え、片手に緋色の打刀を構えた状態で、悪魔の首魁を見上げていた。
意に介する風情さえあまりないままに、コピールシファはふわりと優雅に舞い降りる。
「君は、誰?」
整った顔に悠然とした笑み、僅かばかり問いかけで色を変えた楽しげな声で、美しき悪魔は小首を傾ける。
その姿は少女とも少年とも、また、淑女とも紳士ともとれるだろう。
少なくとも現時点では害意のひとつも感じられない悪魔を相手に、四羽は足を肩幅に開き、片手持ちのまま刀の切っ先を向ける。
見据えるのは、コピールシファと、その背後の黒の月。
……害意があろうとなかろうと、有望な命を、守りたいと願う命に仇なすのであれば、それは四羽にとっては悪。
「『独立戦闘部隊の遊撃三羽烏』が一人、四羽音久。
お前ら『停戦』する気のない悪魔ども全員の、……敵たる、『正義』だよ」
そして、四羽は自分の悪に仇なす敵となるために在る。
凍てつく風が吹き、落ち葉が舞い上がる音が鳴る。本来ならその後訪れる静寂は来ない。代わるのは、石畳を蹴る音。
四羽が踏み込む。笑みを浮かべたままのコピールシファへと、刃を突き立てる。一度ではなく、二度、三度。
過日にサヴァノックに用いた四羽の十八番だ。
かの腐敗の悪魔が避け切ったのが第一撃だけであったことが示すように、連撃を避けることは容易ではない。
しかし、コピールシファは、風に吹かれる柳のごとく、その容易ではないことを髪一筋を犠牲にやりきってみせた。
四羽としてもここまでは折込済みだ。そもそも刀でありながら刺突の技に持ち込むのは、そこから斬撃に繋げやすいからである。首を刎ねんと切り上げる。
その刃を、コピールシファが無造作に掴んだ。攻撃を受けるにしてもあまりにも我が身を省みない方法に、四羽の手が止まる。
コピールシファの深遠な瞳が、四羽の赤い双眸を捕えた。老若男女を狂わせ堕とす美が、ぐいと近づく。
悪魔が笑う。艶やかに、嫋やかに。全てを絡め取る絡新婦のように。
――コピールシファの技がひとつ、魅了。
四羽の目が何かを堪えるように揺れ、瞼が落ちる。手の力が抜け、緋色の刀がコピールシファの手に渡る。
刀を投げ捨て、コピールシファは両手を広げた。手招くように。
「ふふ。ほら、おいで。君の『正義』とやらも、もう私のもの。君は君の『正義』のままに、全てを屠ればいい」
四羽がぎこちなく頷く。コピールシファに引き込まれるように、距離が縮まる。
この世の何より美しいと、悪魔たちに称賛される存在が、駒となる存在を抱き寄せ、微笑む。
響くのは、笑声。
「……ははっ」
その笑い声の主は――――。
「――――え……?」
……コピールシファではなく、四羽。
散るは、朱色。貫く緋色。
人形と化したはずの四羽の左手に握られていた短剣が、コピールシファの脇腹を抉る。
四羽もまた、柄ではなく刃の根元を握り、掌から血が溢れてはそれが短剣に幅を増やさせる糧となる。
彼はずっと、これを狙っていた。
片手持ちだったのは、もう片手で短剣を握り続けるため、痛覚をもって幻覚の類を打ち破るため。
佐倉との電話の時点で自ら傷を負い老樹に血を塗ったのも、これこそが理由のひとつ。白い顔で、彼は口端を釣り上げる。
「……生憎と、僕は不変のものを一番美しいとは思えない性質(たち)でな」
この世で一番美しいものをもう見てしまったから、尚更。
失血で僅かに声を掠れさせながらも飄々とそう宣った四羽が、力任せに短剣を引き抜く。
痛苦の声を洩らしたコピールシファの顔から余裕が剥がれ感情が浮かび上がる。その激しい情の名は、怒り。
自身を姦計に嵌めた人間への、激昂。
「赦さない……!!」
27
:
四羽音久
◆UBnbrNVoXQ
:2016/04/25(月) 01:43:42 ID:R3rU1bJo0
瞬く間に空が黒雲で覆われる。四羽が見上げる時間もあればこそ、迸るは神の怒り、悪魔の鉾、科学で形容するところの落雷。
視界を焼き、地面を焼き、反射で展開された血の盾を焼く。それでも半拍間に合わず、生じた熱が、四羽の頬を、肘を、腿を焼く。
雷を受けて四肢欠損に至る怪我を負わなかったのは幸運中の幸運だ。それでも体勢は崩れる。容赦なく叩き込まれる拳を、火傷で動きづらくなった右腕で無理に受け流す。骨に過大な負荷がかかり、不吉な音が鳴る。
唇を噛んだ四羽が後ずさった。再び盾を展開。目くらましと言わんばかりに走り去る。火傷を負った足では常の歩調は維持できず、石畳を踏み鳴らすように殊更音が響いた。
勿論追わないルシファではない。盾を壊し、近くにあった狛犬を崩し、小癪な人間を追う。森の中に入ったと見るや、雷を落とし焼き払う。
獣道を進み、先程春日や佐倉と連絡を取った場所の近くまで戻ってきていた四羽は、振り向いて戦慄した。
「……ありかよ、そんなの」
自分が元来た道が、焦土と化している。狙いが少しでもずれていれば四羽自身も焼かれていただろう。
腕を押さえ、足を引きずり、どうにか開けた場所まで出る。息をつく。
そのまま呼吸を整えようとした四羽の背に、影が落ちる。
「捕まえた」
それは巨大な悪魔の腕。身体の一部分だけ巨大化したコピールシファの、人ひとり捕まえるに容易い悪魔の手。
振り向く間すらなく、四羽の身体が宙に浮き、木へと叩き付けられる。先ほど手をついた老樹であったのは、何の偶然か。
コピールシファが追いつき大きさが戻った手は、されど四羽の気道を的確に圧迫し、呼吸を奪う。
「もう逃がさないよ、君の命が続く限り嬲って、殺してあげる」
苛立ちを愉悦に変え、コピールシファは狂った喜色を浮かべた。呻くことすら儘ならない獲物に、くつくつと笑う。
ひとしきり首を締め上げたところで、気が済んだのか、悪魔は気紛れを働かせた。
「そうだ。君が恐怖で狂う前の最期の言葉、聞いてあげるよ。何か、言いたいことはある?」
唐突に全ての圧迫を解かれ、四羽は崩れ落ち、咳き込んだ。ずるずると、老樹の根元に座り込む形で相対する。
「……ああ、じゃあ……」
掠れきった、最早血も気力も尽きただろうと知れる声で。
「さっきの言葉、そっくりそのまま返すぜ、美人さん」
四羽は、笑った。
相対する悪魔がルシファでなければ、背筋が凍る心地さえ覚えただろう表情。
女を口説くような低い声で、囁く。
「『捕まえた』」
老樹が輝く。否、輝いているのは四羽の血。先程指を浸すほどに幹に塗り込んだ、それ。
敵のもとへ向かう前にわざわざ手を切ったのは、予め武器を用意するためだけでも、幻覚に抗うためだけでもない。
もしも自分が逃げるしかなくなったとき、ここで確実に足止めするため。
黒銀の液体が刀となり、太刀となり、大太刀となる。コピールシファを貫き縫いとめる枷となる。
悪魔は再び、絶叫をあげた。
……苦痛に歪むコピールシファの面差しは、四羽の視界にはない。
流れた血は、相応の対価を彼に求める。今やその目は霞み、何も映し出すことが叶わない。
手足は痛みを訴え、傷口から緋色は止まらない。ならば、と、四羽はゆらりと手を伸ばす。
木から伸びた血の太刀から逃れようと足掻くコピールシファの動きを封じていられるのは、精々数分。距離は大太刀の刃渡りそのまま。
例えこれ以上攻撃を行えば失明は免れないとしても、彼は何の躊躇いもなく切り札を切るだろう。
――彼が攻撃をやめるのは、彼が認めた『本隊』が駆け付けた時だけだ。
//現在の四羽の状態:一時的な失明、右手足に中度の火傷、左手からの流血。現状影響はないが首に絞首の跡。
//四羽とコピールシファの距離:約3メートル。大太刀は四羽が能力を解除するか彼が失神すれば血に戻ります。
28
:
◆CELnfXWNTc
:2016/04/29(金) 21:43:30 ID:FNWTVh1I0
「やれやれ、どこもかしこも騒がしいなァ。こんな騒がしいと、俺も人暴れしたくなるが……」
あちこちで騒動が起こる街に現れたのは、黒コートにサングラス、見るものに威圧感を与える赤黒い肌の大男、堕天六芒星の悪魔ヴェルゾリッチ。
本来なら、こんな最上級の悪魔には、多数の退魔師で挑むのが定石なのだが、彼に相対するのは、たった一人の少年であった。
APOHの退魔師は、未だ到着していない。フリーの退魔師である彼が、一早くヴェルゾリッチの元に辿り着いたのだ。
「俺一人が相手じゃ不満か?こう見えて、一派の当主なんだが。秋宮一族……聞いたことあるか?お前ら悪魔に沢山殺され、没落まで追い込まれた一族だよ……」
ヴェルゾリッチに相対する帽子の少年、秋宮渚は、静かに自身を語る。だが、その内には、悪魔に対する確かな敵対心と一族に対する誇りを持っていた。
そして、その誇りを胸に抱くと、日本刀を構え、臨戦態勢に入った。
「秋宮……ああ、聞いたことあるぜ……皆、強かったって話だ。悪魔も沢山殺された……お前も強いんだよな?」
そして、この悪魔も、鉄の壁と形容される程の大剣を構え、臨戦態勢となった。
「秋宮一族が当主、秋宮渚。お前を討伐する!」
「暴虐の使徒、劫炎の権化。六芒星を背負いし紅蓮の化身、ヴェルゾリッチ。参るぜ!」
相手が堕天六芒星だと判明する。秋宮渚の、いや、秋宮一族の戦ってきた悪魔の中で、間違いなく一番の強敵だろう。だが、それを知っても秋宮は、怖じ気付いたりはしなかった。何故ならーー
「六芒星……だが、負ける訳にはいかない!」
ここで逃げるような男に、一族を救うことなど不可能だからだ。かくして、最上級悪魔との戦いは幕を開けた。
◆
大剣と日本刀がぶつかり、火花を散らす。その衝撃に怯んだのは、秋宮。対するヴェルゾリッチは、大剣を構えたまま微動だにしなかった。
「チッ……」
まともにぶつかり合っても、勝ち目は無い。そう判断した秋宮は、一旦引き、体勢を立て直そうとするが、ヴェルゾリッチはそれを許さなかった。
引こうとバックステップをした直後には、ヴェルゾリッチはもう既に大剣を振るっていた。間一髪で、大剣を避けるも、大剣を振るうことで発生した風圧により、吹き飛ばされ、近くの建物へと激突する秋宮。
(ぐっ……これが六芒星の力……)
「もう終わりか?もっと抗ってみろよ!」
圧倒的な力により、窮地に立たされる秋宮。とどめをささんと、秋宮に近付き、焔を纏った大剣を降り下ろそうとしたその時……
「助太刀に参りました!」
上空、建物の上より飛来する少年が一人。APOHからやっと辿り着いた退魔師。矢張身夕、秋宮と同じく退魔師の一族の剣士である。そして、秋宮と同じく、一族の仲間を悪魔に殺された過去を持っていた。
上空より飛来した矢張身は、手にした日本刀“白夜”を構え、大剣を振り上げているヴェルゾリッチの、がら空きになった顔面を狙い、火球を放った。
「っ!?」
火球が顔面に直撃し、怯むヴェルゾリッチ。その隙に、秋宮は体勢を立て直すが……
「やってくれるじゃねぇか。このサングラス、気に入ってたのによぉ!」
火球が直撃したというのに、ヴェルゾリッチは、皮膚を少し焦がし、サングラスを破壊された程度で、ダメージが殆ど無かった。サングラスに隠されていた、威圧的な眼光が二人を刺すように捕らえる。
「……助太刀、感謝する。けど、見ての通り、あいつは強いぞ。覚悟は出来てるんだろうな?」
「ええ、でなければ、ここへ来てませんよ。あと、一応聞いておきますが、その覚悟って、死ぬ覚悟じゃないですよね?」
「……当たり前だ。覚悟ってのは……」
強大なヴェルゾリッチを前にしても、決して引くことは無い秋宮と矢張身。二人の覚悟は本物だ。だが、それは死ぬ覚悟じゃない。その覚悟は、絶対に生き延びる覚悟。二人は、負けられないのだ。
「秋宮の……」
「矢張身の……」
「「一族の誇りにかけて、生き延びる覚悟だっ!」」
29
:
◆CELnfXWNTc
:2016/04/29(金) 21:45:52 ID:FNWTVh1I0
◆
負けられない、生き延びる覚悟は出来ている。そういった気持ちが、力になることはある。事実、秋宮と矢張身、両名はヴェルゾリッチにとって、強者と呼んでも差し支えが無いくらいには強かった。
だが、それでもまだ、実力の差は埋まらない。右手に大剣を持ち、左手に大槍を持つヴェルゾリッチは、迫る矢張身の刀を右手で持った大剣で軽々と防ぐ。
その間、斬激の軌跡を足場にし、上空から攻撃を仕掛ける秋宮に対し、左手の大槍から焔を放ち迎撃。さらに、右手に力を込め、矢張身を弾き飛ばす。
「ぐはっ!?」
「チェックメイトだな。なかなか楽しかったぜ。終わらすのが惜しいくらいにな……だが、終わりは訪れる!」
強い。やはり、六芒星の称号は、伊達ではなかった。
膝を付き、肩で息をする二人。二人の連携はかなりのものだったが、ヴェルゾリッチは圧倒的な力でそれを打ち破ったのだ。そして、再び、今度は二人まとめて葬らんと、大槍から螺旋状の焔を放った。渦を巻く焔は、二人に迫り来るが……
「間一髪だね。」
「さすが我が妹!誉めてつかわす!あたしも負けてられないね!」
式神を用いた結界が姿を現し、焔から二人を守った。
続けて、もう一体の式神がヴェルゾリッチに向かい飛んでいくと、彼の頭部付近で爆発を起こす。
◆
「この式神は……!」
矢張身には、救援に現れたこの式神達に見覚えがあった。あの合宿の時に、何度も近くで見たあの姉妹が操るものだからだ。
「マユ先輩、マヤ先輩!来てくれたんですね!」
「……え、ええと?」
「えーと……あ、あったりまえじゃん!可愛い後輩のピンチに、このマヤ先輩が駆けつけない訳無いって!」
合宿で共に戦った篠崎姉妹に、親しげに話し掛ける矢張身。だが、姉妹はメモリーにより、記憶を抹消されている為、彼が誰だか分からなかった。
しかし、ヴェルゾリッチを倒すことは、メモリーからの命令だ。それには、矢張身の協力も必要だろう。故に、姉妹は話を合わせることにした。
いや、メモリーからの命令だから、それだけの理由では無いだろう。記憶には無くとも、何故だか矢張身のことを放っておけない感じがしたのだ。だから、可愛い後輩のピンチに駆けつけない訳が無い、この言葉には嘘偽りは無かった。
そして、マユが矢張身に手を差し出すと、それを取り立ち上がった。
「さて、反撃開始だな!」
続けて、秋宮も立ち上がると、未だ消えぬ闘志を宿した視線を、爆煙が晴れ姿を表したヴェルゾリッチに向け、反撃宣言をした。
恐ろしいことに、攻撃に長けたマヤの式神の爆発をくらっても、未だヴェルゾリッチは軽傷と言える程度しか、傷を負っていなかった。だが、状況は四対一。まだ、勝負は分からない。
30
:
◆CELnfXWNTc
:2016/04/29(金) 21:48:07 ID:FNWTVh1I0
◆
「おぉ!いい動きするじゃねぇか!」
矢張身が熱を込めた白夜を構え突撃すると、それを右手で持った大剣で弾き飛ばすヴェルゾリッチ。
続けて、秋宮が駆け出し、斬激の軌跡を足場にし、上空から攻める。が、左手の大槍を横に薙ぎ、接近される前に吹き飛ばす。秋宮の学帽が宙を舞う。体は地面に向かい、そのまま叩きつけられようとするが、そこをマユの式神が受け止める。
そして、宙を舞った学帽は、ヴェルゾリッチの足元に落下し……爆発を起こした。
「うお!?なんだっ!?」
矢張身が突撃している間、秋宮はマヤから式神を受け取り、帽子に仕込んでいたのだ。この爆発は、ヴェルゾリッチを怯ませるも、威力は不充分。大きなダメージには、ならなかった。
「今だ!行くぞ!!」
「はい!」
だが、それも今までの戦いで四人には計算済みだ。生半可な攻撃では、簡単に防がれ、ダメージにはならない。ならば、必要なのは、隙を作り、強い攻撃を与えること。だから、この爆発の目的は、隙を作ることだった。
その狙いは成功。その隙を突き、秋宮と矢張身の二人が、刀を構え突撃する。
「くらえ!!」
「これが退魔の一族の力だ!!」
二つの太刀筋が、ヴェルゾリッチの身体に走る。流石にこれは、防ぎきれなかったようで、その身体から流血する。
だが、それでも、ヴェルゾリッチは膝を付くことすらしなかった。そして、高笑いを始め……
「ククク……はははははは!!後釜どもが育ってるってのは、嘘じゃなかったってことか!楽しいっ!楽しいぜぇっ!!この戦い!!」
なんだ、ちゃんと後釜たちも育ってるじゃないか。この4人から、あの風祭に似た強い意思を感じる。これが、退魔師としての誇りか?ならば、その意思と誇りに敬意を示して、こっちも全力の捨て身で行くか。
そう決意したヴェルゾリッチは、大剣を天へと投げ、大槍を地面へと突き刺すと、詠唱を始める。
「"侵略せよ、蹂躙せよ
我が焔は全地を焦がし、織天を滅する
森羅万象は滅却されし、故に我こそが真理なり
我が望むは破壊と瓦解、全知は既に焼却されし"」
「おい!マズいぞこれ!」
「止めましょう!」
「あたし達も!」
「うん!」
ただならぬ力の収束を感じ、側に居た秋宮と矢張身は、すぐに詠唱を阻止しようと動き出す。更に、マユとマヤも、式神をヴェルゾリッチへと飛ばす。しかし……
「遅ぇな……《灼熱振るう赤鉄の紅骸》ッ!!!」
周囲に発生した熱風が、秋宮と矢張身を吹き飛ばし、姉妹の式神を消し炭にする。そして、遂にそれは発動してしまった。
31
:
◆CELnfXWNTc
:2016/04/29(金) 21:48:41 ID:FNWTVh1I0
◆
遂に発動してしまった《灼熱振るう赤鉄の紅骸》ムスペルヘイム。
上空の大剣と地面の大槍を中心に、凄まじい熱を広げていく。周囲の建物は、灼熱により融解し、焦土と化していく。まるで、地獄とでも言わんばかりの光景。その範囲は徐々に広がっていく。このままでは、この街一帯が焦土と化してしまう。
これに対する四人の退魔師達は、マユの式神の結界の中に入り、なんとか持ちこたえていた。
「くっ……なんて力だ……!」
「このままじゃ、この街は……」
「まずい……もう結界が……」
「マユ!」
だが、この灼熱の前では、結界も長くは持たない。この結界が破れる。そうなれば、四人もこの街もおしまいだ。
「マユ先輩!結界を少しだけ緩められますか!?僕があの技を相殺します!」
「出来る……」
「俺も手伝うぞ!あの槍にありったけの攻撃をぶつけるんだよな!?」
「それなら、あたしも!」
故に、ここでなんとしても、あのムスペルヘイムを止めなくてはならない。
絶対に、あの技を止めてみせる。四人全員がそう決意する。
「行くよ……みんな!」
そして、マユの合図と共に、結界が緩められた。その一瞬、地面へと突き刺さった大槍に向け、秋宮は四つの斬激の軌跡を一気に放ち、矢張身は直径三メートル程の巨大な火球を放つ。更に、マヤは、ありったけの式神を飛ばした。
「いっけえぇぇぇ!!」
「これがっ!!」
「俺達退魔師のっ!!」
「「「誇りをかけた一撃だあああぁぁっっ!!!」」」
式神が爆発を起こし、火球がその威力を高める。だが、それでも、大槍は僅かに皹が入るだけであった。だが、そのひび割れに、四連続で斬激がぶつかる。そして……
「なんて奴等だ……はは……こりゃあ、負けを認めざるを得ねえ……な……」
盛大な音を立て、大槍は四散した。そして、灼熱の中に居た反動により、ヴェルゾリッチは気を失う。それでも、立ったまま。結局、ヴェルゾリッチは最後まで膝を付くことすらなかった。
とは言え、大槍が破壊されたことにより、灼熱地獄は消え失せ、ムスペルヘイムの被害拡大は阻止された。これは、間違いなく退魔師達の勝利だろう。
「やった……」
「俺達の勝利だ……」
「あたし達、勝ったんだね……」
「うん……でも……」
だが、彼等は全力を出しきった。結界は消え、一人、また一人と、その場に倒れていく。
当然だ、あれだけの強さを誇ったヴェルゾリッチと戦っていたのだから、消耗が激しくなる。早く、治療をしなければ、危ないかもしれない。だが、動けるものなど、この場には誰一人居なく……
◆
「驚いたな、たった四人で六芒星を退けるとは……」
気を失った四人、彼らを回収する影が幾つか。セリエ=A=サラスフィール、華野平馬、他複数のAPOHの退魔師達だ。
「今、APOHに運び、治療を施す。華野と数名の退魔師は、逃げたと思われる悪魔の行方を追え。」
「分かりました。そして、見つけ次第、殺害します。」
セリエは、華野にヴェルゾリッチの捜索を頼む。
そして、秋宮、矢張身、マヤ、マユ。四人の誇り高き退魔師達は、APOHへと運ばれ、治療を施された。皆、怪我は浅くはなかったが、命に別状は無かったようだ。
◆
「セリエさん。周囲を隈無く捜索しましたが、悪魔の姿は見当たりませんでした……」
暫くして、華野から悪魔の行方が分からないとの報告が届いた。目を覚ました四人からは、気を失いすぐには動けなさそうだと聞いたのだが……もしや、何者かに回収されたのだろうか?
気にはなるが、ヴェルゾリッチの戦線復帰はまだだろう。今は、他の所で起こる暴動を鎮圧しなくては。
こうして、不穏な影を残しつつも、ヴェルゾリッチとの戦いは幕を閉じた。
32
:
メモリー
◆3wYYqYON3.
:2017/07/09(日) 02:56:44 ID:a0Xux50o0
「さて」
再び、ニューシネマ海馬の一室。
ひとり肘掛け付きの上等な椅子に座るメモリーの目の前には、海馬市一帯の地図が広げられている。
地図には、いくつかの大小さまざまな点や印や円が記されている。
マヤとマユの式神により得た情報を反映したものだ。
最終目標────コピールシファのいる山頂へと続くルートは、2つのひときわ大きい円で塞がれている。
この円は、その地帯に送った式神があらかた破壊されたということを示している……すなわち、六芒星級の強力な悪魔の凶暴化、あるいはそれに匹敵するだけの状況のどちらかが起こっている可能性が極めて高い。
「一手、足りません」
左手で、世界的に有名なアニメーション映画のキャラクターとキュートなフォントの「MAYA」の文字がデザインされたカバーのついたスマートフォンを弄びながらつぶやく。
当初のプランでは、コピールシファの居所を突き止めた後、マヤになりすまし情報を流すことでAPOH側の退魔師を送り込むといった算段だったが、そのルートに堕天六芒星が立ちふさがるとなるとそう簡単ではない。
コピールシファは強大だ。最善のコンディションの最大戦力をぶつけても勝てるかどうかといったところだろう。連戦など論外だ。
故に本丸へ切り込ませる前に露払いが必要となるのだが、抑えなければいけない二か所に対して、特攻を前提としないなら動かせる手駒は一組のみの上、すでに動かしてしまった。どちらか片方が野放しになってしまう。
その状況に対し打てる手は、現状メモリーにはない。即ち────
「私が、負ける?」
右手に握っていたペンが、メシリと音を立て「く」の字に曲がる。苛立ちが、隠し切れない。
激情に擬態が解けた右腕にわずかに視線を向けた後、大きくため息を一つつき、折れたペンを放り投げた。
2つに分かれたそれは机の上を転がり、デスクマットの下に敷かれた上映スケジュールの紙の上で止まる。
まるで、記された映画のタイトルを指し示すかのように────。
「────その手が、ありましたか」
脳裏に浮かんだ一手は、確実というわけではない。狙い通り動くかどうかもわからない。だが、何も手を打たないよりは、はるかにましだろう。
口元に、歪んだ笑みが浮かぶ。
その先端は、「恋愛映画」と「稲荷を題材としたホラー映画」を指していた。
33
:
◆UBnbrNVoXQ
:2017/07/09(日) 16:21:09 ID:R3rU1bJo0
海馬市中心部、市役所に程近い場所。黒の月の影響を享受し破壊の限りを尽くす悪魔達を討伐するため、此処にもまた職員達が派遣されていた。彼ら自身もまた影響を受けないわけではなく、現状に対する溜息や舌打ちが増える。
「ったく、きりがねえ! いつになったら終わるんだ、上は何してんだよ……」
「まったくだ。……、っ!」
悪魔の力を借りる者でありながら現在の地位にまで上り詰めた者が愚痴を零していると、相槌を打っていた職員が、突如目を見開き後ずさった。どうしたのかと不思議がるように手を伸ばす。
「……え?」
「うわああああああああっ!!」
呆けたような声は絶叫にかき消された。何事かと振り返る仲間たちの目に映ったのは、腹部を赤く染めて倒れる者と、すぐ傍で立ち尽くす者。伸ばされている手に武器はない、しかし。
「お前っ……!」
「違う、俺じゃない、俺じゃないって……!!」
一斉に向けられる猜疑の眼差し。先刻まで仲間だったはずの人間たちが、彼を確保しようと取り囲んだ。どうして信じてもらえないのかという反射的な苛立ちが黒の月によって増幅し一気に膨らむ。駄目だ、と思うより先に能力が顕在化してしまう。
「っ、くそ……!!」
職員同士の争いが必至の局面で、数少ない冷静さを保っていた者が倒れこんだ職員に近づき、彼が持っていた無線で連絡を取る。増援を、さもなくば撤退許可を、という懇願に対し、聞こえてきた声は非情だった。
『指示は変わらんよ。持ち場を固守だ』
「しかしっ……、職員の一人が、その、暴走しまして……っ! 自分たちには何をしたのか確認することすら出来なかったのです!」
『ああ、やはりね』
まるで今の事態が予見できていたかのような、その上で惨状を理解していないような口ぶりに薄ら寒さを覚え、上官の名前を呼ぶ。
「それは、どういうことでしょうか、草薙次官補」
クックと笑う声は、軍隊でいえばたかだか一兵卒の伝達に彼が出てきている違和感を覆い隠す。粛清という名の同士討ちが始まろうとする只中で、無線越しの声が残酷に告げる。
『悪魔の力を利用する者は要粛清対象との中央からのお達しでねぇ。今回暴走した者は事態を予見出来なかった責任を取って同じ部隊で粛清せよ、討ち果たすまでは帰還は許さん、とのことだよ。なに、攻撃が見えなかろうが一対多、優秀な君たちなら造作もなかろう、頑張りたまえ』
形ばかりの激励に立ち尽くす職員のすぐ近く、にたりと笑う影が刃へと手を伸ばした――。
34
:
◆UBnbrNVoXQ
:2017/07/09(日) 16:25:30 ID:R3rU1bJo0
>>33
無線が最後に伝えたのは、皮膚が切り裂かれた音と無線自体が破壊された音だった。
異常事態が発生しているとはいえ形態としては夜勤であるため日頃より人影の少ない第三会議室で、草薙はひとりごちる。
「見えない攻撃、ねえ」
陳腐な言い回しに、元来嘲笑の形に歪んでいる草薙の口元が正しく嘲りを伴った。
彼自身、周囲には「サイコキネシスの一種」として能力の説明をしているが、そのようなものにはすべからく仕組みがある。
今回で言えば、そもそも見えない攻撃ではない。攻撃ですら、ない。
倒れこんだ職員は、今回の出動に伴い草薙の指示で血糊を仕込んでいた、と言えば皆まで説明する意味もないだろう。
現状でなければ、通用するかどうか怪しい子供騙しである。
しかし今は、混乱が混乱を呼び、愚行が愚行に連鎖する夜だ。
無線での連絡が終わったと見るや否や大股で近づいてきていた足音に、敢えて気づかないふりで書類精査を再開する。
「草薙次官補っ」
「何かね」
「おそれながらっ……自分たちに救援要請を出してはいただけませんでしょうか!!」
焦れたような声の主と、机越しに向かい合い睥睨する。
確か先程の無線の相手と旧知の仲だったか、と記憶の片隅にあったつまらない情報を拾い上げた。
経歴も実力も並、特筆すべきは愚直さと正義感のみ。取るに足らない人材だ。
「君の持ち場は此処だろう? 例外は認められんね」
「しかし、先程の連絡は、増援要請だったのでしょう!? いくら人員が足りないとはいえ、助けを求める仲間は見過ごせません!」
深々と息をつく。貸しを作ってやろうかとも思ったが、草薙への反抗心を隠しきれていない。
視線を滑らせれば、場にいる者は多かれ少なかれ同意を示していた。
セリエ達実力者が出払っているというのに、反骨精神だけは一人前らしい。
否、実力者という評価を受けているが概ね草薙に従順な……と、草薙本人は認識している……佐倉がこの場にいないからこそ、表面化してきたのかもしれない。
黒の月の影響もあろうが、堪忍袋の限界といったところか、このまま黙殺すれば反旗を翻すことすら辞さないだろう。
ふむ、とひとつ頷き、指を組む。
「敵は不可視の攻撃を仕掛けてくるそうだ。君は、そんな敵と遭遇して勝つことが出来るとでも驕っているのかね?」
「勝ち負けの問題ではありません! 自分たちで力を合わせて立ち向かえば、救える命があるかもしれないと申し上げているのです!」
改めて場にいる人間を見渡す。
ハーフ悪魔擁護派が三人、今までにも表立って草薙に反抗してきた者が二人、かつて草薙が蹴落としてきた者と多かれ少なかれ繋がりを持つ者が四人。
よくもまあ綺麗に揃ったものだ。
「よろしい」
十分だ。草薙は、闇を見続けてきた三白眼で嘲笑う。組んでいた指を解く。
「では、力を合わせて立ち向かう、とやらをやってみたまえ」
全てが終わるまで、数秒の出来事だった。
職員たちが次々と首元を掻き毟る仕草をしては倒れ、逃げ惑う者を容赦なく書類棚や机が押し潰す。
彼らに選べたのは絞殺と圧死のどちらが楽かという二択のみ。
戦いに慣れた者でなければ見ることも叶わない触手で惨状を造作なく作り上げた草薙はこきりと首を鳴らす。
「……いかんね、年を取ると、一人残して恐怖を刷り込み手駒にする、という手加減を忘れてしまう。もっとも、それで寝首を掻かれる可能性のほうが高い場合は今回のやり方でベストなわけだが……」
ぶつぶつと呟きながら形だけでも避難をするかとゆっくりと歩を進める。
幸か不幸か、近くに控えている職員はいない。
英雄に仕立て上げる候補として目星をつけていた者も、呼び戻すには少々時間がかかり過ぎる。
「ふむ。そのまま職員達の反乱としても良いが、私が席を外した隙に悪魔が襲来したとするほうが無難だろうね」
ちらりと金時計を見やる。一時間はこの場に誰も来ないだろう。
手近なところで暴れている悪魔を捕まえて全ての責任を擦り付けるかと、草薙は静かに外へと歩き始めた。
35
:
四羽音久
◆UBnbrNVoXQ
:2017/07/09(日) 16:38:28 ID:R3rU1bJo0
>>27
人間は、五感のひとつが途絶えると、それ以外が鋭敏になる。
既に能力の反動で一時的な失明状態に陥っている中で、四羽の聴覚はこちらに近づく気配を捉えた。
百戦錬磨の悪魔の幹部であるならば、このような失態は犯すまい、
つまりは、未成熟であることと引き換えに多大な可能性を持つ者たちだ。
もっとも、こちらに気取られないよう細心の注意は払っているだろう。
四羽とて、気配自体は見出したが何人来ているかまでは推し量れない。
激昂のままに四羽の血の拘束から逃れようと暴れるコピールシファは気に留めてすらいないに違いない。
深く二度、息を吸って吐く。何も映さない視界であればと瞼を落とす。
流した血全てを再構成、コピールシファを縫い止める枷を強化する。
焼け石に水、拘束時間は延びて数十秒だろう。
しかし払うべき代償は多い、ここから数日は四羽の目は使いものにならない。
失血による寒気で手が震え始めているとはいえ、短刀に変えて攻撃を図るほうがまだ効果があったかもしれない。
それでも。
──賭けると決めた。戦友の教え子に。
暗闇に沈む世界で、唯一まともに動く左手を持ち上げる。
これ見よがしに動いた掌はおそらくは血の色をなくして白く、追撃を狙う動きとしてコピールシファに見えるだろう。
突き刺さる殺意を感じる。悪鬼もかくやという形相で睨まれているに違いない。注意は完全にこちらにある。
仮に拘束が解けたとしても、四羽の左腕を叩き落としに来るのが定石だ。
そうなってしまえば、四羽にはコピールシファを倒せない。
全てを承知の上で、四羽はこの賭けに出た。
追撃をするにしてもしないにしても、そしてそれが当たるにしても当たらないにしても。
本隊の初手が完全に不意打ちとなるのならば、露払いのお膳立てとしては十分だろう。
36
:
ノラ
◆SWPOXuu/ls
:2017/07/10(月) 00:32:43 ID:XcQX46DQ0
「う……ん……ここは…………」
桜井直斗が目を覚ますと、そこは彼にとって見慣れた部屋であった。いつもの布団に包まれ、いつもの天井が瞳に写る。自分がいつも寝起きしている部屋、いろいろあって、大宮達と過ごすことになった家だ。
「俺……生きて……」
もう戻れないと思っていた。自分はあの場所で、死ぬのだ死ぬべきだと思っていた。だからだろうか、このいつもが凄く尊く思え、身に染みた。思わず、涙が溢れてくるくらいに。
「涙を流すのは、まだ早いんじゃない?」
「気がついたみたいね。」
そんな桜井に声を掛けたのは、桜井と同じく先程まで暴走をしていた咲羽翼音と、咲羽と桜井の二名が再び暴走しないよう監視していた大宮陽子であった。
「咲羽?大宮も……」
いったい今、何が起こっているのか?二人にそれを尋ねようとする桜井だったが、その言葉は突如開かれた扉により、遮られる。
「皆さん、黄昏さんが目を覚ましました!あっ、桜井先輩も目を覚ましたんですね。」
扉を開いたのは、ノラ・クラーク。どうやら、先程の戦いで同じく気を失っていた黄昏向日葵が、目覚めたことを報告しに来たようだ。
「お、直斗も目ぇ覚めたんだ。じゃあ、揃ったね。」
「揃った……?それってどういう?というか、今、どうなってるんだよ?」
ノラの後ろから顔を出した黄昏が、嬉しそうに言う。これで揃ったと。しかし、桜井にはなんの事だかわからない。いったいどういう事かと、尋ねる桜井。
「それは、今から俺が説明する。」
それに答えたのは、先程まで四羽と連絡を取っていた春日縁であった。
◆
「つまり、俺達が本隊としてこの事態を解決するって訳か。」
桜井は春日から、事態の説明を受ける。揃ったとは、そういうことかとすぐに納得できた。
「一人でも欠けたら、この事態の解決は出来ない。目覚めたばかりで悪いが、協力してくれるな、桜井。」
「当たり前だろ!ルシファをぶっ飛ばすって、約束したじゃないか!」
あの合宿の時の約束。そして、先の戦いでの春日の一撃を思い出す。まだ痛むくらいだ。だが、その痛みが実感させる。
――自分はまだ生きていていいんだと。
「一刻を争う事態だ。皆、動けるな?」
「ああ!」「ええ!」「はい!」「OK!」
春日の問いに、皆が頷く。
そんな中、桜井は思う。
この戦いが終わったら、俺は……いや、今は戦いに勝つことだけを考えよう。きっと、なんとかなる。この事態だって、きっと……
◆
決意の元、皆が出発した。途中、眷属の襲撃はあったものの。今の彼らに苦戦する理由は無い。疲れはあまり見えないが、春日は嫌な予感を覚えていた。ここまで雑魚にしか出くわさないのは、有り難いが逆に不気味だと。
「ここか……」
やがて、一行が辿り着いたのは、禍々しい雰囲気を放った山の麓であった。肌で感じられる、間違いなく、ここがこの騒動の中心地であると。
四羽から聞いた情報によると、登山道は使えない為、獣道を使えとのこと。険しい道になるが、早く目的地まで辿り着けるようだ。
「なんか、不気味ね……」
「だ、大丈夫ですよ。皆で進めば。」
「そうそう!大丈夫だって!」
道中の不気味な雰囲気に、怯みつつも、警戒は怠らない。上空からは、咲羽が周囲を偵察している。
「皆!避けてっ!前方から何か来るわっ!」
「!?」
その咲羽から、指示の声が飛ぶ。そのお陰か、飛んできた無数の血のレイピアには、誰一人として当たることは無かったが……
「なんだ……この威力……」
レイピアが直撃した場所は、地面が大きく抉れ、近くの大木はへし折られていた。間違いない、こんな威力の攻撃が出来るのは……
「堕天六芒星……」
攻撃が来た方向を見れば、黒い体毛に覆われ、牙を生やしたコウモリの特徴を持つ大男。【堕天六芒星・憤怒中将】ブロンドバロン・ジェントルハウスの姿があった。
「櫻殺斎では無かったか……だが、奴の教え子達……好都合だ……」
黒の月の影響もあって、最早その血走った瞳には、櫻殺斎への復讐心しか残っていないかのようなブロンドバロン。
「ベオル殿も居るが、最早関係ない!貴様らの全員の首を櫻殺斎へ送ってやろう!!」
その姿、その狂気に、一同は身構えた。
37
:
佐倉
◆kmP3XI7i0M
:2017/07/10(月) 01:02:52 ID:Zp4VpA3k0
>>33
>>34
にたりと笑う影が、無線機を持つ職員に背から斬りかかろうとした瞬間。
「どぉーん、ネ。」
── 一閃されたのは、影の持つ刃ではなく、更にその背後から放たれた刃だった。無線機が取り落とされ、たたらを踏んだ影に踏み潰される。
背にナイフが刺さった草薙の部下が振り返ると、顔面に拳が繰り出され、昏倒。当然の出来事に、その場の全員が凍る。刃の主は、続いて視線を“血を流して倒れた職員”に。
彼でなくとも、冷静な判断力を持った者が見れば、ひと目でフェイクだと分かる。走り寄って跳躍し、鳩尾に両足で着地してやると、ぐぇ、と蛙のような声を出した。
こっちの方には、側頭部に蹴りをやると、これまた昏倒。──そこまで好き勝手暴れまわられた後で、漸く、職員たちの一人が声を振り絞る。
「……お、お前は誰──、 」
「無線機貸してネ。」
「は?い、いや、お前は一体、 ……い、いや、そもそも、コイツ等は──」
「──嗚呼、もう説明するのも面倒ネ。“世界蛇”らしい、ややこしい話ヨ。」
動揺する職員たちの輪を割って、“彼”──ゆったりとした拳法着の様な服を纏った細身の青年は、“悪魔”の能力を有する職員に近寄る。
糸のように細い目を僅かに開き、職員の状態を見る。驚きから若干落ち着いてはいるが、未だ、一歩間違えば悪魔の力を暴走させてもおかしくない状態。
「お、俺は、何も──し、信じ ── 」 「信じるケド、面倒臭いから寝とくといいネ。」 「ご、ほ、ッ──!?」
青年は怯える職員の腹に、容赦なく拳を叩き込む。素養のある者が見たならば、拳には霊力のようなモノが纏われていたと分かっただろう。
糸の切れたように職員は倒れる。──滅茶苦茶な方法だが、これで、この場の職員の間で争いが起こる事態は免れた。
「これで分かりやすいネ。はよ無線機貸す。危急存亡ヨ。」
◆
海馬市内を制限速度無視で走る車内。助手席の佐倉斎は、鳴り響いた無線に話しかける。
「フォン。そっちはどうだ。」
『……アー、マイクテス、マイクテス。ウーン、この無線機、使い方よく分かんないネ。ゴミみたいヨ。
こんな物しか支給されない僻地に飛ばされてるなんて、同情ネ先輩。涙ちょちょぎれ。』
「使えないのはお前がアホなだけだ。真面目にやれ。」
『分かってる、“二人抑えた”ネ。これから別のところも回るヨ。』
無線の向こうから聞こえるのは、若い男が話す大陸訛りの日本語。──“天羽々斬”時代から変わらないので、実は普通に話せると踏んでいるのだが。
とにかく、街中で降ろしてきた奴の方は、概ね予定通りに行動できているらしい。頼んだのは“草薙の動いている証拠を集めろ”という事だったが、息の掛かった人間を抑えたのは大金星だ。
ここまで草薙の命令に唯々諾々と従って来たのは、絶好機を抑えるためだ。奴が何かを企んでいる、それに間違いはない。
その企みを防ぐための最善手は草薙を常時監視することだが、向こう側の息がかかっている人間の数は計り知れない。
必要なのは、“動いたところを抑える”ことと、そのための“信頼できる手駒”。──前者は、待っていればいずれ、時は来る筈だった。
だが、問題は後者だ。佐倉寄りで、更に「黄金の英雄」である草薙に対抗しうる人間など、増援要請を出しても通るわけがない。なら、どうするか。
結論としては、こうだ。草薙が動く可能性が高い時期を見計らって、直接“候補”に接触し、APOHを通さずに連れて来る。
草薙による通告が出た1時間後には、佐倉は海馬市を離れている。──四羽達と電話で連絡を取っていはいたが、彼らにも、自らの行動は伝えていない。
──いつでも動けるようにしてくれ、と言われた時は少し焦ったが、動き出している以上はどうしようもなかった。
そして、“候補”として考えていたうちの二人を、半ば拉致するような形で海馬市まで連れて来たのだ。
二人共、元“天羽々斬”。加えて反骨心溢れる──という訳でもないが、こういう対応力が必要な案件には適任だ。
一人は“フォン”と呼ばれていた青年。そしてもう一人は、運転席に座る、麗人、といった風の女性だった。
「馨、あとどれぐらいかかる。」
「初めての道だから正確には分からないけど、10分ぐらいかな。……いや、フォンが珍しく頑張っているみたいだし、私も先輩に良い所を見せようか。
今ここで応援してくれるなら、1分。頭を撫でてくれるならもう1分。ハグしてくれるなら私はもう、どうしようもなく──」
「いいから頑張れ、馨。全速力だ。」
「あぁ、佐倉先輩はそういう所があったね。思い出したよ。でも、少しだけ言うことを聞いてくれる辺りは悪くない。寧ろ焦らされてるみたいで燃える。
── ハグは、四羽先輩に期待しようか。」
海馬市の夜闇を切り裂く弾丸のように、車は市役所へ直線に向かっていた。
38
:
佐倉
◆kmP3XI7i0M
:2017/07/10(月) 01:03:36 ID:Zp4VpA3k0
>>37
◆
「遅かったね。」
佐倉達が海馬市役所第三会議室に到着したのは、草薙がその場を去ってから数分後だった。
思わず目を背けたくなるような惨状だが、二人は表情を崩さず、素早く痕跡を調べる。佐倉には見知った顔もあったが、悼むのは後だ。
これをやったのが草薙だと確定はできないが、その可能性が高い。数分調べた後の結論は、そんな落とし所だった。
「どうしようか、先輩。街に草薙を狩りに行くかい。それとも、四羽先輩達の救援に向かうか。
……この事態の中心に“ルシファの偽物”が居るのだとすれば、後者の方が賢い気もするね。」
馨の分析は的確だ。現状、草薙の策謀にフォンが──場当たり的にも程があるが──対処している以上、身柄を押さえる必要性は高くない。
居場所の分かっているルシファをまず撃破し、悪魔が引き起こしている混乱に終止符を打った方が、草薙の捜索も容易だろう。
だが、佐倉の考えはそのどちらでもなかった。
「いや。 ──、 俺はここで、司令部機能を維持する。馨も手伝ってくれ。」
会議室に備え付けられた通信設備には、絶え間なく、海馬市中に散らばった退魔師達からの通信が入っている。
草薙が去り、他の者達は殺された状況で、司令部機能は完全に麻痺していた。このままでは、各個撃破されるのも時間の問題だろう。
成程、それは戦局全体を考えれば、最も効果的な手段と言ってよいものだった。佐倉は通信機器の前に座り、マイクとイヤホンに手を伸ばす──が。
「佐倉先輩。」
その手を、馨の手が止めた。
「確かにそれは、納得できる。先輩がそうしろと言うなら、私はそれに従おう。……でも、その選択のリスクを納得した上で、選択しているのかい。
そうでないなら、私はいますぐ此処を飛び出そう。相手がルシファだろうが何だろうが、先輩達の為に、狩ってみせる。」
四羽や教え子達を、最悪の場合、見殺しにする可能性がある。そのことを指して、彼女は佐倉に問うている。
少しの迷いでも見せれば、馨は制止も聞かず飛び出しただろう。だが、佐倉はなんとも無い様子で、僅かに笑みさえ浮かべて、断言する。
「お前に心配されるほど、鈍ってないよ。オトも“アイツら”も、そう簡単にくたばったりはしない。
それどころか、俺達が着く頃には倒してる可能性すらある。それぐらいオトは強いし、アイツらは強くなった。俺やお前が行っても邪魔だ。
── 、それに、此処に“隊長”が居たら、きっとこう言うだろ。
〝 海馬市に居る退魔師は全員、俺の仲間だ。これ以上死なせはしない。 〟 ってな。」
「流石、“櫻殺斎”。惚れ直したよ。」
「その名前、今度呼んだら普通に殴るからな。」
◆
39
:
◆kmP3XI7i0M
:2017/07/10(月) 22:43:47 ID:Zp4VpA3k0
>>36
「……クックック 、ハハッ 、 あははハッハッハは!!!!!
いいぞ、“その顔”だ!!その顔のまま凍り付け小童共!!首を切り落として、櫻殺斎にはこう言ってやろう!!
“貴様の教え子は皆、恐怖に打ち震えて死んで行った” とな ──!!!!」
「 走れ!!」
春日の号令で、一斉に、獣道を駆ける。逃すまいとブロンドバロンは血のレイピアを放つが、上空の咲羽が、氷の矢で以って半数ほどを撃ち落とす。
残りの半数は逸れるか、すんでの所で回避。──ブロンドバロンは、上空の咲羽を撃破することが先決と考えたのか。右腕に“血槍”を形成する。
それを、振りかぶり、放とうとした刹那。“山頂の方向”から、ブロンドバロンに飛びかかる影。即座に標的を“影”に変更し、正体も判然とせぬそれに、振り落とす。
「── ッ!!」
ブロンドバロンに飛び掛かっていたのは、春日。“逃げた獲物”が再び戻って来るなど、普通は思いもしない。完全に虚を突いた形だったが、ブロンドバロンの反応が勝った。
咄嗟に避けた春日の頬を、槍が掠める。だが、後退はしない。この距離は春日にとっても効果範囲だ。強化符を貼り付けた拳を振るうが、折り返した血槍と衝突。
金属を叩きつけたような音と、春日の体が地を滑る音。反動はどうどでもなるが、体重差は如何ともし難い。──そして、ブロンドバロンは隙を見逃さない。
槍が突き出される──、が、その瞬間、春日とブロンドバロンの間に、咲羽が氷の柱を落とす。回避のため、ブロンドバロンもまた、後退。
獣道は氷に塞がれ、ブロンドバロンによりそれが打ち砕かれるであろうまで、幾ばくか、“時間”ができた。
「助かった、翼音。」
「どーいたしまして。──行くわよ、縁くん。こんな奴、いちいち相手にしてちゃ時間が勿体無いわ。」
春日は氷の向こうを見据えたまま、“先に行け”とハンドサインを送る。その意味が分からないほど、咲羽は青くないし、頷くほど薄情でもなかった。
──ブロンドバロンの力の大部分は、先の戦闘で佐倉に削ぎ落とされている。それでも、威容は一行の足を止めるのに十分。
否。復讐に燃えるその姿は、相対する者に根源的な恐怖を呼び起こす。この悪魔は“退く気がない”のだと。
天秤の片方に心臓を載せる悪魔には、等価を差し出さねばならない。──或いはそれは、捨て石とも呼べる。
「……貴方、正気?」
「正気だ。振り切れたとして、誰かが此処で止めておかないと、挟み撃ちを食らうだろう。」
「それなら、私がする。」
「空からの援護は必要だ。」
「あのねぇ。いい加減、馬鹿みたいな破滅願望はやめなさい。
貴方が残ったらどうなるかなんて、分かってるでしょう。私なら飛び回って時間が稼げる。」
「破滅願望? ──いや、自分はコイツを討ち果たしてから、すぐに向かうつもりだが。」
「……呆れた。合宿で無理して死にかけた癖に、馬鹿は死んでも治らないって本当なのね。長いこと生きてきたけど、実例を見たのは初めて。」
「馬鹿はどっちだ。お前こそ、あの“月”のせいで本調子ではない筈だろう。」
話し合いは平行線を辿る。このままでは、結局二人で相対するしかなくなるだろう。──だが、それは最悪だということも理解している。
ブロンドバロンが血槍を振るい、氷に罅が入る。春日が結界を、咲羽が氷の壁を、他方の前方に張ろうかと思い至った、その瞬間──
「 ──── 、その役目なら、私が務めますわ。縁様。 」
夜に溶け込み、それでも、再び浮かび上がる。墨色の長髪を靡かせる少女が、彼らの眼前に立っていた。
40
:
◆kmP3XI7i0M
:2017/07/15(土) 00:51:38 ID:Zp4VpA3k0
>>39
夜桜学園の制服に身を包んだ、妖しく、美しい少女。──〝黄泉の前〟。思いもかけぬ者の登場に、咲羽は目を見開く。
「 貴女…… 、──ッ、気をつけて、二人共!!」
轟音を立て、氷塊が崩れる。ブロンドバロンの瞳が捉えたのは、先程まで対峙した二人と、その前に立ち塞がる少女。
──否。ブロンドバロンには見覚えがある。その少女は、存在は知れていたが、捨て置いていた“悪魔”だった。
その様が、怒りに狂ったブロンドバロンの思考を、幾分か冷やした。──「私に比べて、愚かすぎる」。滑稽だ。憐れですらもある。
「……く、クックック、 〝黄泉の前〟。 無理をするな。この〝黒の月〟。貴様も凡そ、正常ではあるまい。何故、そこまでして人間を守ろうとする。
またくだらぬ“愛”とやらに身を焦がしているのか? ──、思い返せ。これまで、幾度人間に裏切られた。利用され、棄てられた。
仮に──、万が一にも有り得ぬが──私に勝ったとして、その後は、貴様が殺されるだけであろうよ。
それこそが、“貴様”だ。人に“受け入れられる”など有り得ない。幾ら人に寄り添おうとも、貴様が愛されることなど有り得ぬ。
そしてそれこそが、“人間”だ。定命にして、それが故に、自らの利だけを追う。我々の崇高な視点な、 ── 、ど、ッ!? 」
悦にいったように語り続けるブロンドバロンに、黄泉の前の脇から飛び込む。言うまでもなく、それは春日だった。拳がブロンドバロンの腹を捉え、巨体を吹き飛ばす。
直撃した所以は油断もあったが、それだけではない。春日の動きは先程よりも、間違いなく“疾かった”。──その身に貼ったのは、“重化符”の“逆説”。
一足跳びに、飛ぶが如くその身は距離を詰めた。だがその分、拳の威力は減衰する。「当てる」ことに重きを置いた一撃だった。
「【憤怒中将】が聞いて呆れる。達者なのは口だけか、ブロンドバロン・ジェントルハウス。」
──しかし。 春日が今、そのような攻撃を繰り出す必要など、どこにもなかった。
「その口も、誉められたものではない。妄言で人を惑わすのみならず、同族を惑わすとは言語道断。
否。貴様の言は、妄言ですらない。そもそも、言っていることの意味が分からん。貴様が話しているのは、過去の話だ。
さっさと口は閉じて、かかって来い。──、〝守護・春日家〟春日縁。貴様を討滅する上で、一切の手心は加えん。」
「……縁、様。」
先程までの攻防でも、防がれこそすれ、十分に速さでは渡り合うことができていた。むしろ差があったのは、膂力。
そうであるとすれば、多少の速度は犠牲にしても、確実に相手に「受けさせ」、単純な“重化”の符で以って、押し切った方がいい。
彼がそれをしなかったのは、何故か。 ──単純な話だ。ブロンドバロンの語りが頭にきたから、一撃、入れてやりたかっただけ。
「 常世。お前は“そんなもの”ではない。 〝悪魔殺し〟 は自分の仕事だ。 下がっていろ。 」
春日縁は、〝悪魔〟を決して、赦しはしない。それは種族の問題ではなく、“在り方”の問題だと、彼は理解し始めていた。
41
:
◆kmP3XI7i0M
:2017/07/15(土) 00:54:39 ID:Zp4VpA3k0
>>40
かつて、彼女は彼を、「同類」だと言った。彼女は“愛”に執着し、彼は“悪魔”に執着しているからだ、と。
彼女はその執着を、決して悪だとは考えない。──だが、彼女はこうも言った。「悪魔にも様々な者が居る」、と。
春日が憎む、ブロンドバロンの様な悪魔も居れば、彼女のように、愛を願う悪魔も居るのだ、と。
その言葉は、ある意味で、この上なく自分勝手で、甘いものだ。どちらにせよ、人間に害を加え、自らの願いを果たそうとしていることには変わりない。
そして、そのことは彼女自身も、分かり切っていた。分からない筈がない。──それが故に人に裏切られた。それが故に、自らは悪魔の身に堕ちた。
それでも、彼女はただ、理解して貰いたかった。
この嫉妬も、執着も、澱のように溜まったすべてが、彼女自身なのだと。
そして、教えてほしかった。言って欲しかった。
それらすべてを棄てたとしても、彼女の中にはまだ、何かが残っているのだと。
◆
「 ──── ありがとうございます、縁様。 私は、その言葉だけで。 」
◆
黄泉の前が、小刀で自らの腹を切る。──春日の驚いた顔が見えた。本当は引き込みたいぐらいだけど、もう、これでいい。
巻き込むのは、あの悪魔だけ。世界が切り離される。血潮の様に紅い満月が上がり、荒野が広がる。怨嗟の声がそこかしこに響く。
酷く、醜い心象風景。幾年も愛を求めて生きていた末路がこれだ。自らの身体からは醜悪な触手が生え、容貌さえも、人のそれではなくなっていく。
黄泉の前は、ここが嫌いだった。
だけど、あの人はこれを見た筈なのに、私が“こんなものではない”と言ってくれた。
なら、私もそう信じよう。それは泡沫の夢のようにあやふやで、さっきの事なのに、掴めないほど朧いでいるけれど。
「 あァ、次から次へと、 お前達は、──── 私をォォォォおぉおおオオォォォォォォォ!!! 」
こんな夜になら、彼女は、躊躇いなく、その想いと一緒に沈めるのだろうから。
42
:
稲葉竜也
◆3wYYqYON3.
:2017/07/18(火) 02:42:10 ID:KWGlvlj60
>33
>>34
そこに、一本の電話がかかってくる。
画面を見れば、草薙の息のかかった職員で固めた支部のリーダーからのものだった。
「私だが」
『じ、じ、次官補!強力な悪魔が出現、我々では手に負えません!だ、大至急救援を頼みます……!」
救援要請にため息をつく裏で、草薙は思索を巡らせる。見捨ててもいいが、アリバイ作りにはちょうどいい。
それに、みすみす味方を減らすのは、この戦いの次を考えれば好ましいことではない。
「超能力者中心の社会」を作る過程でAPOHを牛耳ることは必要になる。マイナス評価となりうる要素はできる限り少ないほうがいい。
「構わん、今から向かおう」
電話を切りほどなくして、高級車のアクセルを踏み草薙は通用門を抜ける。
普段は運転手に任せているが、余計なリスクを減らすためにはやむを得ない。
「……妙だ」
フロントガラスから見える街は荒れ果て、あちこちに鮮やかな赤が塗られている。
しかし、その血の量からしてあってしかるべき死体がどこにもない。
荒れ果て方も、よく見れば明らかに警察のものではない大口径の弾による銃痕や爆発物の形跡など、暴徒や悪魔によるものと考えるには不自然だ。
そうしているうちに、目的地へと辿り着く。
「……何が、起きた」
そこに広がっていたのは、おおよそ悪魔がらみの事件で出会う凄惨な光景とは、少しばかりカテゴリが違う────いわば、戦場だった。
悪魔も、退魔師も、一般人も分け隔てなく辺りに散らばり、建物は煌々と燃える。
橙色の光に浮かぶのは、無骨な鉄の塊────機関銃を片手に持つ男と、そのもう片腕で首根っこをつかまれ虫のようにもがく2つのシルエット。
「ほっ、ほら、そこっ、あなたの望みの相手ですっ!だがら、はなじでっ!?あ˝っ˝……!」
木の枝が折れるような音が鳴り、もがいていた影が力を失えば、その身体は0と1へ変換され、もう一つの影に吸収されていく。
草薙へ向けられる、獣めいた視線。
にたりと、嗤って。
「あぁ……嬉しすぎてつい力が入りすぎた────────────待ちくたびれたぜ?」
43
:
ノラ
◆SWPOXuu/ls
:2017/07/18(火) 21:06:28 ID:XcQX46DQ0
>>39
「はぁっ……はぁっ……!!」
四人分の走る足音と、乱れる呼吸の音が山中に響く。ブロンドバロンの襲撃から逃れた本隊の者達だ。だが、その中には、リーダーである春日縁と、上空から索敵を行っていた咲羽翼音の姿は無かった。
「ねえっ!これで良かったの!?二人を置いてきちゃって……」
足を止めて、二人を置いて進んだことを不安に思い、声を上げたのは、黄昏だ。
「このままじゃ、二人とも殺されちゃうよ!今からでも戻って……」
「……駄目だ。この先にこの事態の元凶も居るんだ。戻ってる余裕何て無い……」
「じゃあ、二人はどうするの!?まさか、見捨てるなんてこと」
「落ち着いて、そんなこと誰も言ってな
いでしょう。」
声を荒らげる黄昏に、大宮は宥めるように言う。
「信じましょう二人を……」
「ああ、あいつらなら、きっと本隊に戻って来るさ。黄昏は知らないかもしれないけど、あいつら凄く強いんだ。」
「だから、大丈夫。私たちは、進みましょう。」
ああ、三人ともあの二人を信頼しているんだな。
黄昏には、すぐにわかった。春日、咲羽、桜井、大宮、ノラの五人は、それぞれ信頼しあっているんだなと。それもその筈、彼らは合宿や陽動作戦といった困難を乗り越えてきたのだから。
けれども、黄昏は別件で動いていた為、その場には居なかった。それ故、彼女は、これを羨ましく思った。
「……わかったよ。二人を信じる。それとさ……陽子ちんには言ったけど、私、今回の一件が終わってもこの街に残るって決めたんだ。」
「だから、その……この戦いが終わったらさ、もっとみんなのことを知りたい。だから、絶対に勝とう!」
「ああ!」「勿論!」「はい!」
けれど、絆は紡げる。生きてさえいれば、会うことさえ出来れば、きっといくらでも仲良くなれる。より信頼出来る関係になれる。
その為にも、絶対に勝たなければならない。誰一人として欠けることなく。
皆が、新たに決意し、再び走り出す。そして、遂に辿り着く……最終決戦の舞台へと……
そこには、血の太刀により拘束されたコピールシファと、多量の失血により、気を失いかけている四羽の姿があった。
◆
山中の社、血の大太刀により拘束されたコピールシファは、ほくそ笑んでいた。自らを縛る拘束が弱まりつつあるからだ。拘束が解ければ、この男を殺し、自身の勝利。そう思っていたコピールシファ。だが、ふと考える。この男の狙いは、自分を倒すことではなかったのではないかと。
「そうか……そういう……っ!?」
気づいた時には、もう彼らは迫っていた。先陣を切ったのは、桜井だ。狼男と化した彼の爪が、コピールシファの頭部を破壊せんと、振るわれた。
続けて、大宮の日符と黄昏の炎がコピールシファに迫る。ノラは、その隙に四羽の元へ駆け寄った。
「四羽さん!お待たせしました!」
「待て……お前達、春日と咲羽はどうした……?」
四羽を助けようと近づいたノラに、彼は二人の姿が見えないことを尋ねた。この戦いは、本隊の六人全員で戦わなければ、勝てる筈が無い。
だと言うのに、今、この場に辿り着いたのは、四人だけ。しかも、リーダーの春日が居ない状態だ。何かあったのか?不安に思えたが…
「二人は、きっと……いえ、絶対に此方に合流します!」
信じよう。そう決めたじゃないか。
ノラの強い意思の宿った瞳を見れば、そう思わざるを得なかった。
やがて、ノラは四羽を少し離れた木陰へと運ぶ。
「……もう奴の拘束は続かない。お前もあいつらの元へ……」
「分かりました。必ず勝ってきます!」
コピールシファの元へ走るノラ。四羽は、薄れ行く意識の中、その背中を見送ることしか出来なかった。
◆
44
:
ノラ
◆SWPOXuu/ls
:2017/07/18(火) 21:08:01 ID:XcQX46DQ0
◆
コピールシファの拘束が解かれて数分。コピールシファ自身も四羽との戦いで消耗している筈だというのに、その力は未だに本隊の者達を凌駕していた。
「くっ……なんて力……だけどまだ……」
「私たちは負けないっ!!」
宙に浮かぶルシファに、矢を放つ大宮。隣の黄昏は、その矢に自身の掌から放たれた炎を融合させ、力を増させた。
しかし、上空から放たれる黒の月の力を帯びた雷撃が、大宮の日符の聖なる光の矢と黄昏の破魔の炎が合わさった物を一瞬にして消し去った。まるで、浮かぶ黒の月が、空を侵食するかのように。
「だったら俺がっ!!……うわっ!?」
次は、桜井が跳躍し、狼の爪を振るうが……
コピールシファは、あろうことか人差し指一本でそれを止め、桜井を地に叩きつけた。
「つまらないな。先程の男の方がずっと強かったよ?」
退屈そうにため息を吐くコピールシファ。そこへ、一人の少女が。此方へ戻ってきた、ノラだ。
「私達の力は、まだまだこんなものじゃありません!」
「ノラちゃん!」
「よしっ!今度は三人で合わせよう!!」
再び放たれた大宮の日符の矢、今度は先程の二者の破魔の力に、ノラの炎も加わり、更に力を増した。それをコピールシファは、再び黒の月の力を帯びた雷で打ち消そうとするが……
増幅した破魔の力は、簡単には消えず、雷撃を押している。
「消せない……?」
「行けるっ!今だよ直斗!!」
「ああっ!」
そして、太陽を喰らわんとする月を逆に喰らうが如く、黒の月の力を帯びた雷を燃やし尽くした。
その瞬間、僅かに驚愕し隙を見せたコピールシファに、桜井が迫り、その爪を振り下ろした。
……が、爪は届かない。桜井は攻撃をすんでのところで止めてしまったようだ。
「…………よ」
爪が届く直前に、コピールシファが何かを呟いたからだろう。
しかし、何を?何を言われたら、桜井は攻撃を止めてしまうのだろうか?その答えは……
「……目覚めよ。ベオルクスス……」
ベオルクススに対する目覚めの言葉であった。
「え……?桜井君……まさか……」
『……ク、ククク…………そのまさかよ。劣化複製品とは言え、ルシファ様の元まで辿り着くとは、称賛に値するぞ、小童ども。だが、しかし、このベオルクススを黒の月の影響下にある中心地に導いたことは、誤算であったな。』
「ベオルクスス……」
そこに居たのは、少女達の仲間の桜井直斗ではなく、堕天六芒星・強欲大将ベオルクススそのものであった。
『複製品とは言え、ルシファ様の放つ蠱惑的な輝きの前では、人の心など霞んでしまう。つまり、洒落では無いが、サクライナオトは、自信を失い自身を失ったという訳だ。』
コピールシファが行ったのは、魅了の力の応用だろう。彼のもたらすあまりにも眩しすぎる光を前に、人は自身の存在などちっぽけなものだと錯覚することになる。
桜井は、その光に当てられ、自分を見失ったのだ。結果、強い精神力で押さえ込んでいた筈のベオルクススが、目を覚ました。
◆
45
:
ノラ
◆SWPOXuu/ls
:2017/07/18(火) 21:08:47 ID:XcQX46DQ0
◆
ベオルクススが目覚め、戦況は完全に逆転した。黒の月の下、ただでさえ強大な彼の力は、もはや少女達では止められない程であった。それを見越してか、コピールシファは、より上空へと移動しようとする。離れた場所から、ベオルクススの戦いぶりを見物しようとでもいうのだろう。
そうはさせまいと、ノラは自身の翼を使い、飛び立とうとするが、ベオルクススが瞬時に跳躍し、その翼を爪で引き裂いた。
「うあっ!?」
「ノラちゃん!……うわっ!?」
更に、ノラを助けようと駆け付けた黄昏にも、ベオルクススは一撃を加える。
まさに、絶体絶命。その最中、大宮陽子は考える。
まずい、このままじゃ二人が来る前に、皆が殺されちゃう!なんとか……なんとかしないと……
自身の手にあるのは、出発前に祖母から受け取っていた二枚の切り札、ラゴウ符とケイト符であった。しかし、祖母は『これは時として太陽すらも喰らう力』の為、使いどころを誤れば、身を滅ぼすと言われていた。
けれど、躊躇している場合じゃない!今が使いどころなんだ!
しかし、狙いはどうするべきだろうか?勿論、桜井を狙う訳にはいかない。ならば、コピールシファを狙うべきだろうか?だが、決定打になる可能性は低い。避けられる可能性もある。
コピールシファを傷つければ、ベオルクススに隙が出来るかもしれないが……
「ええい!迷ってる時間は無い!上を狙うわっ……!!」
しかし、こうして迷っている間にも、ノラと黄昏は傷ついていく。もうやるしかない。
「これが護符矢の巫女の奥義よ!いっけえぇぇ!!」
そして、大宮は上空へと狙いを定めた。破魔矢にセットしたのは、ラゴウ符。それをそのまま、上空へ移動するルシファ目掛け放った。やがて、ラゴウ符の矢は空を駆ける巨大な龍へと姿を変える。龍は、咆哮とともにコピールシファへ迫るが……
「残念、当たらないよ。」
それは軽々と回避されてしまう。やはり、人よりも悪魔の方が一枚上手だ。そう思うコピールシファであったが……
「当たらないことくらい想定済みよ!あまり護符矢の巫女を舐めないでね!」
大宮の真の狙いはコピールシファに非ず、真の狙いはコピールシファの上空にある黒の月だ。
「なんだと……」
ラゴウ符は大口を開けると、黒の月へ向かい、それに食らい付いた。そして、月の一部を喰い契り、龍ごと消滅した。これぞ、月も太陽すらも喰らう力の真骨頂。
恐らくは一時的なものであろうが、黒の月を半月状に欠けさせ、その効力を弱体化させた。
『ぐっ……黒の月の力が弱ったせいか?余の中のサクライナオトが暴れている……』
それにより、ベオルクススの中の桜井が再び抵抗を始めた。
苦しむベオルクスス。それを見て、大宮も黄昏もノラも、桜井が戻ってくると思っていた。だが……
『面白い……この期に及んで抵抗とは……だが、まだ……まだ余を抑え込むには足りぬぞっ!!』
「そんな……」
あと一押し。あと一押しで、桜井は戻ってくるというのに。足りない。きっと、桜井の『ルシファをぶっ飛ばす』という信念が、弱まってしまったせいだろう。これを取り戻すには、あの日合宿の日、ルシファをぶっ飛ばすと誓いあった相手の春日縁、彼が必要不可欠だろう。
そして、上空へ移動したコピールシファ。黒の月の修復にでも向かったのか、もう見えなくなっている。彼を捜しだし、地に引きずり下ろすのは、翼を引き裂かれたノラでは無理だ。これが出来るのは、咲羽翼音、彼女しか居ないだろう。
そう、これは本隊全員が力を合わせなければならない戦い。二人が合流すれば、状況は良くなるのだが……
46
:
◆UBnbrNVoXQ
:2017/07/30(日) 16:17:40 ID:R3rU1bJo0
>>42
不自然なまでに荒らされた街で、一般人が持てば確実に警察の御用となるものを片手に嗤う男。元より部下に大した感慨を持たない草薙にとって、注視すべきはそちらだけだ。そして、単なる戦闘狂と見くびって侮るようでは、曲がりなりにも「黄金の英雄」は務まらない。
草陰からじっと獲物を狙いすますように、白目の多い三白眼が眼前の男を睥睨する。竜也のぎらつく瞳は獣めいた獰猛なものだが、草薙の部下だったものを吸収した際に現れた光は、相反するように0と1を模したものだった。
「……ふむ、なるほど」
沈思は数秒。草薙もまた、常の嘲笑うような表情を顔に張り付ける。
「当代の『オメガ』の契約者は君かね」
冷戦時の混乱期よりAPOHに所属していた草薙が、組織から『一級』の指定を受けている悪魔の存在を知らないはずがない。
車のキーを背広の裏ポケットに戻しながら、そこにある小型の機械に触れる。悪魔との遭遇かつ何らかの事情で詳細の連絡が厳しい際の通信機だ。ある程度上位の人間であれば持っているため、今夜の第3会議室は該当の通信が鳴りっぱなしで気に留められる可能性は低いだろうが、草薙が、となれば話は別だろう。
何より、今の時点で本部に誰もいなければ……既に佐倉達が辿り着いているのでこの目論見は半ば破綻しているのだが……位置情報を伝える連絡はかなり明確なアリバイとなる。
そして、防衛省の長官とも繋がりを持つ草薙の知識はそれだけではない。両腕を広げて大仰に嘆いてみせる演技をしながら続ける。
「随分と残虐な真似をしてくれたじゃァないか。流石指名手配犯殿といったところか、迷いがない」
戦況を見渡すふりをして、彼我の間にある障害物を確認。「常人であれば」動かせない大きさのコンクリート片が3つほどあることを視認した後に、不可視の触手を展開した。
左手の触手をそっと地面に這わせながら、右手をあたかも後方の部隊に指示するように振り上げる。
「私は、貸しを作るのは好きだが借りを作るのは大嫌いでねェ……部下の分と待たせた分、一気に返させて貰おうか。
――どれが私の攻撃か、当ててみたまえ」
振り下ろす右手。目を凝らせば僅かに軌道が見えるかという速度で四本分の触手が飛ぶ。不可視の弾丸、と一見した限りでは映るだろうか。
そして数秒後、左手の指三本分の触手が竜也に最も近いコンクリート片を砕き、まるで時限式の爆弾が作動したかのように襲い掛かる。
『後方の部隊に不可視の弾丸を撃たせ、草薙自身は爆弾を作動させた』か『草薙自身が能力で不可視の弾丸を撃ち、離れた場所にいる人間が爆弾を作動させた』と誤認させるための動きだ。こう思い込んでしまった今までの敵はすべからく自滅した。
万一、……今までそのような敵はおらず、よって草薙もそれを狙ってはいないが……技の観察目的で全く動かないのであれば、致命傷と引き換えに『全て草薙の攻撃で、不可視の何かで操っている。糸状、もしくは棒状の何かだ』と気づけるだろう。
もしくは攻撃の仕組みなど一切気にせず回避にだけ専念するのであれば、全て避けることも可能だろう。
47
:
◆kmP3XI7i0M
:2017/08/05(土) 23:55:55 ID:Zp4VpA3k0
>>46
「──、こちら佐倉。悪いが援軍出してる余裕はない。
……いや、違う。落ち着け。ルートを送るから、二手に別れて走れ。以上。 ── 馨、。」
私は答える。
「もう送ったよ。130秒後に挟み撃ちになる。次は──ここかな。港方面の戦力がだぶついてるから、街に回した方がいいね。」
「……ちょっと待て。」
何か、気づいたところがあったのか。佐倉先輩はヘッドセットを外すと、立ち上がった。会議室の壁に貼られた海馬市の地図には、夥しい数の点と線が記されている。
半分は私が引いたものだが、もう半分は彼が引いた。──今朝、私達の元に現れた時も思った。こんな器用なことをできるような人間ではなかったのに。
孤狼じみた勘と、血の滴る暇すら許さぬ刃。輝き煌く、剥き出しだったそれらは、喪われたのか、隠れているだけなのだろうか。
後者なら、気に入らないけれど、まだいい。前者なら、本当につまらない。もしそうなら、私は彼を“こう”した、あの女を許さないだろう。
地図を前に考え込む彼の背から目を離すと、通信機器がまた光っていた。
先程から何度も職員の通信を受けているが、この反応パターンは少し変わっている。手元の表と照合すると、
「(……、ふ、ぅ、ん。)」
草薙・フランケ・秀逸。名高き“黄金の英雄” にして、我らが愛しき標的。それがわざわざ、居場所を教えてくれている。
アリバイ作りのつもりだろうか、それとも、本当に危機の只中なのだろうか。いや、どっちでもいい。出向いて殺し尽くせばいいだけの話だ。
あぁ、愉しみだ。黄金の英雄は、どんな風に受けるのだろう。避けるのだろう。私を斬るのだろう。しかも、それと切り結ぶほどの悪魔のオマケつきかも知れない。
嗚呼、でもまずは、どう、佐倉先輩に言い訳するか考えないと。草薙を殺したらきっと、怒るだろう。その辺は固いんだ、昔から、
「 ── 、る 、── 馨! 」
無線反応を切る。漸く蝸牛に届いたらしい声に、私はゆっくりと振り向いた。──此方を見据える瞳だけで言いたいことは分かる。
草薙から通信反応があった、ということは分かっていないだろう。それでも、私がどういう類のことを考えているのかは分かっている。
「……どうかした、先輩?」
「もう一度確認しておく。お前は今日、俺の傍を離れるな。」
「あはは、そんな事言われると照れるなぁ。分かってる、今夜の私は先輩の物だ。
さぁ、何か考えたのなら、早く伝えて。──夜は短いよ。」
48
:
◆kmP3XI7i0M
:2017/08/05(土) 23:57:06 ID:Zp4VpA3k0
>>45
──風を切る音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には、四名の前に人影が、転がるように落ちてくる。
立ち上がったその姿は、春日。──そして、空を見れば、咲羽。彼女はさらに上空へと向かっていく。
ここまで春日を運んできた彼女は、神社の上空に差し掛かった所で、「落としてくるから準備してて」、との言葉とともに、春日を放り投げたのだった。
「春日先輩!」
「…… ──ブロンドバロンは、心配ない。こっちはどうなってる。」
「そ、それが、直斗がベオルクススに──、 」
黄昏が掻い摘んで春日に説明を加える。更に大宮の言うことには、彼女の“ラゴウ符”で以って、一旦、仕切り直しの状況まで持っていったということだ。
ベオルクスス/桜井は、唸り声を上げながら、渋面を作っている。──桜井が必死の抵抗で以って、押さえ込んでいるのだろう。双方、話す余裕もない。
三人としては、春日の影響により、桜井が正気を取り戻すことを期待していたのだが──
「それは、桜井が自ら乗り越えるべき戦いだ。」
「……出た。」 「はぁ?」
大宮が頭を押さえ、黄昏が信じられない、という表情を作る。
「貴方ねぇ、分かってるの!?男の意地だとか何だとか知らないけれど、そんな事言ってる状況じゃないのよ!!」
「そういう話ではない。自分が殴って解決するなら、もう殴っている。」
「……あの、春日先輩の言ってること、少しだけ分かる気がします。」
「ノラちゃん!?貴女まで──」 「 “自分を信じないと”、いけないんです。 」
ノラの言葉には、強い意志が込められていた。その迫力に大宮の言葉が止まる。
「私、分かるんです。自分の中に“悪魔”が居るってことが、どんなに恐ろしくて、辛くて、苦しいか。
桜井先輩も、きっと、怖くて仕方なかったんだと思います。──でも、私もそうで、きっと皆が居るから、それを誤魔化せるんです。
それでいいって、マザーは言ってました。仲間に守られるなら、それでもいいって。その分、誰かを守ればいい、って。
……でも、それも。それでいいんだ、って、自分を信じられないと、きっと、ダメなんです。」
ノラは、ヴァイオレットが遺した言葉を思い出す。あの言葉のお陰で、彼女は、弱い自分を認めることが出来た。強くなると、決意することが出来た。
でも、桜井はきっとまだ、それができていない。支えられている自分を認められなければ、きっと、何度でも今夜を繰り返すだろう。
大宮にも、それは分かっていた。これまで桜井が暴走した際には、自分たちが強制的に元に戻してきたのだ。
だけれど、それは対症療法にすぎない。──では、根本的な治療をこの切迫した状況で行う必要があるのか。少し前なら、そう詰め寄っていただろう。
でも、今は不思議と、そういう気持ちにならない。
「……信じる、か。」
自分たちも、桜井を信じなければならない。そしてそれはもう、彼女達にとって、そう難しいことでもなかった。
49
:
◆kmP3XI7i0M
:2017/08/05(土) 23:58:19 ID:Zp4VpA3k0
>>48
「……ふふ。」
まさか、“黒の月”を半身ながらも、欠けさせる者が居るなんて。──これだから、人間は面白い。そう、ルシファは思った。
コピーであるが故に、彼の思考は“彼”と寸分違わない。この狂騒は、彼にとって、この世で最も甘美な響きでもある。
全能の彼であっても、自ら響かせられるのは独奏曲にすぎない。協奏曲こそ、美しい。彼のソロ・コンチェルトを支えるのは、やはり、人間で在るべきだった。
「でも、そろそろ飽きたかな。」
だけど、この曲にもそろそろ飽きた。黒の月の修復が終われば、終わらせようと思う。
主演奏者でありながら、指揮者でもある彼は、そう思った。この街が終われば、次の街で奏でるだけだ。或いは、この世全てを舞台にしてもいい。
──人間は不完全だ。空に飛んだぐらいで追って来ることができない。その不完全さは、時にして美徳だが、基本的には悪徳だ。
必要に迫られて安易な手を打つと、こうして、醒めることになる。これぐらいで途絶える曲なら、もう、名残も惜しみもありはしない──
その、筈だった。
ルシファの上空から飛来する巨大な“氷塊”。それを認めたルシファの振るう右手が、一瞬で、それを粉々に割る。氷の向こうに見えたのは“悪魔”。
割られたことも予想通りだったのか、即座に次の氷塊が放たれる。次は左手で砕くと、ルシファは“神々しい”笑みを浮かべた。
「君は悪魔だね。この月の下で私を攻撃できるなんて、面白い存在だ。」
「あら、もしかして上下感覚逆転してる?私が居るのは、その月の“上”よ。」
次なる氷塊を投げつけながら、咲羽も笑みを浮かべた。──口で紡ぐほど、余裕がある訳がない。この大きさの氷塊を放つのは、一度でも苦しい。
それを幾度も放っては、砕かれる。身体が氷のように冷たくなっていくのを感じるのは、気のせいではない。純粋に体力を削られる。
それに、似姿とはいえ、ルシファに相対するということが悪魔としての根源的な恐怖を呼び起こす。本当なら、いますぐにでも飛び去ってしまいたい。
「でも、手慰みにもなりはしない。所詮君は、つまらない悪魔だ。」
10個目の氷塊が砕かれる。最早、咲羽に新たな氷を作り出す力は残っていない。つまらない悪魔。確かにそうかも知れなかった。
──だけど、それでも。彼女はここで退くわけにはいかなかった。その理由は今更言うまでもない。青臭すぎて笑えてしまうから、言いたくもない。
こんな馬鹿なこと。悪魔の風上にも置けない。それに、彼女は所詮悪魔で、人間が好むような自己犠牲とか何だとかは、大嫌いだった。
「 あら、そう。なら暇潰しに、これでも喰らいなさい。 」
だから、此処に来たのは、もう一度彼らと笑い合う為でしかない。
そして、彼女はそれをつまらないなんて、死んでも思わない。
「……なるほど。」
砕け散り、水分と化して宙空に漂った水分が再び凝結する。象ったのは巨大な“氷の鎖”。ルシファが反応し、砕くよりも疾く。その身を絡め取る。
ルシファの口には笑みが浮かんでいた。つまらない、と言ったのは間違いだった。悪魔にも、美しい者が居る。久方ぶりに、それを思い出した。
重力に囚われた彼の身体は、真っ直ぐと、神社へと堕ちて行く。──この先には、どんな美しい人間達が待っているのだろうか。
50
:
◆kmP3XI7i0M
:2017/08/06(日) 00:28:44 ID:Zp4VpA3k0
>>49
そこは、果てのない草原だった。
青々とした草が生い茂り、水平線はどこまでも真っ直ぐに走り続ける。──だが、そこに陽の光はない。
宙空に在り、この世界を照らすのは、“黒の月”にも似た、儚く煌めく球体。だが光量は僅かにすぎない。
人の眼であっては、一寸先も見えぬ闇と変わりなかった。 だが、桜井にはそれでも、この世界を優に見渡すことが出来た。
≪ここは……。≫
桜井は、獣だった。黒い色をした獣。天と地とを塗り潰す色。四足で歩む世界に風はない。闇から脚を抜き、また刺すように、前へと進む。
しばらく歩むと、水辺が見えた。覗き込むと、そこには獣の姿ではなく、少年の姿が映っている。
≪そうだ、俺は── 、 これ、は …… ≫
だけど、それが“誰”なのか分からない。自分なのか、他人なのか。人間なのか、悪魔なのか。
懊悩に紛れて、後ろに気配を感じた。唸り声を上げて振り向くと、そこには、水面に映る少年が立っていた。
≪貴様は、獣だ。≫
≪獣であれば、余が統べてやろう。 それこそが、貴様の安楽。≫
≪最早、狭間で苦しむこともあるまい。──さぁ、傅け。跪け。頭を垂れろ。≫
≪余の器であった功に報いて、この地で永遠に、歩み続けることを許そう。≫
少年は、獣に語りかける。その声を聴くと、獣は不思議と、そのような気がした。だって、人間であっても獣であっても、同じだ。
俺は取り込まれては、周りの皆に助けて貰った。──そんな自分が厭で、醜くて、必死に努力した。それでも、押さえきれない。
今日だって、同じだった。なら、ここで終わってしまう方がいい。そうすれば、皆に迷惑をかけることもない。
春日も、大宮も、ノラも、四羽も、黄昏も、きっと、その、方、が ── 、
「 …… 、良いわけ、ないよな。どんだけ甘えるんだよ、俺はッ──!! 」
次の瞬間には、桜井は立ち上がり、拳を握りしめ、目の前の“偽物”を強かに殴りつけていた。
幻想の中だからだろうか。それは笑ってしまうほど吹き飛んで、地平線の彼方に消え去る。──気分爽快だ。
自分のことなんて、どうでもいい。あの仲間たちを助けないと。アイツらは、良い奴だ。俺は沢山、助けて貰った。
なら、アイツらのことも助けないと。それぐらいの事も出来ないほど、桜井直斗は弱くなった積もりはない。──それは、ノラの言う“自信”に違いなかった。
「……おい、ベオルクスス!!お前とは後でじっくり話してやるから、今日は二度と出て来るな!!
力だけ俺に寄越して寝てろ!!今度出て来たら、ぶっ飛ばすぐらいじゃ済まさないからな!!」
闇の中に叫ぶと、桜井は背後の水辺に飛び込む。光輝く水底に沈み、それから、浮かぶ感覚。
水面からは、獣の、この上なく上機嫌な遠吠え。──、ベオルクススが彼に望んでいたのは、この“強さ”だったのかも知れない。
◆
「……ぷはっ!!」
「目が醒めたか、桜井。さっさと構えろ。」
春日が告げる。桜井の方を振り向きもしない。他の仲間たちも、一瞥こそすれ、すぐに上空に向き直った。
桜井は苦笑して立ち上がる。結構キツかったのに、まるで自分で打ち破って当然だ、みたいな反応。
──それが、桜井には本当に嬉しかった。
51
:
ノラ
◆SWPOXuu/ls
:2017/08/14(月) 13:36:50 ID:XcQX46DQ0
氷の鎖に捕らわれ、もがきながらも落下するコピールシファ。だが、魔鳥フリューゲルスの氷はそう簡単に砕ける代物ではない。例え相手がコピールシファであろうとも……
やがて、壮大な落下音とともに、コピールシファは社へと激突した。社は完全に崩壊し、辺りには、社の破片や砂鉾が飛び散り、視界を遮る。地上に居る皆は、桜井が戻ってきたことを喜ぶ暇も無く、戦い続けねばならないと悟り、崩壊した社の方を注視する。
「く……くくく……」
やがて、視界が開け、さも愉快そうに立ちあがり笑うコピールシファが姿を現した。しかし、その身体には未だに氷の鎖が巻き付いており、動きが制限されているようだ。
「今がチャンスだ!」
「待て!何かがおかしい!」
咲羽の作ったチャンスを無駄にするものか!そう思い駆け出したのは、桜井だ。それを制止したのは、コピールシファの様子がおかしいと感じた春日であった。
「くく……ははははは…………」
「な、なんか大きくなってない!?」
「まさか……まだ力を隠して……」
足を止め、コピールシファを見ると、徐々に大きくなっているのがわかった。氷の鎖にも、皹が入っている。やがて、コピールシファが全身に力を込めると、氷の鎖は引きちぎられ――
「この月の元に、ふさわしい役者は揃った……さあ、第2ラウンドを始めようじゃないか。」
コピールシファは10メートル程の巨体へと、変化していた。もし、あのまま接近していたら、あの肉体の餌食になっていただろう。そう考えると、背筋が寒くなる桜井であった。
◆
「くっ……」
コピールシファの攻撃は凄まじく、強大なベオルクススの力を持つ筈の桜井ですら、受け止めるのがやっとであった。
コピールシファの巨大な拳を両の腕で受け止める桜井。
単純な力ならば、やや桜井が劣っている程度だろう。決して勝てない相手ではないように見える。だが、コピールシファの恐ろしさは、単純な力だけではないと、これまで戦ってきた本隊の面々は理解していた。
「流石はベオルクスス……けど、良いのかな?このまま私に触れていて」
突如として、桜井が受け止めていた巨大な拳に、電流が流れる。コピールシファが操る雷の力だ。
「うわあああああ!!」
全身に電流が流れる痛みに、悲鳴を上げる桜井。そのまま、地に伏してしまう。そこへコピールシファは、落雷を落とす。
「桜井君!!」
落雷は周囲の木に引火し、その赤を広げていく。まるで地獄のように……
しかし、桜井は落雷の餌食にはならなかった。春日が咄嗟に救いだしていたのだ。
「外したか……まぁいい、炎でじわじわと体力を奪われるが良い……」
「桜井は大丈夫だ!それより、炎を!」
「早く消火を!このままじゃまずいです……」
52
:
ノラ
◆SWPOXuu/ls
:2017/08/14(月) 13:37:42 ID:XcQX46DQ0
◆
木々は、燃え盛り、個々の消耗も激しい。皆が焦り始めた中、指示を出す者が
「陽子!あれよ!」
咲羽翼音だ。彼女は、この状況を打破する方法を知っていた。
「あれ……?……そうか!分かったわ!えぇい!!」
この状況を打破する力、それは、大宮が持つ九曜護符の水符だ。大宮は咲羽の指示をすぐに理解すると、水符を付与した破魔矢を、上空へ向けて放つ。すると、辺りに雨のように水が溢れだした。それにより、炎は鎮火する。
それだけではない、さらに、滝のような水流がコピールシファへと降り注ぐ。大宮、咲羽、ノラには、見覚えのある光景だ。
「今よ!咲羽さんっ!!」
「ええ!」
「「凍りなさい!!」」
咲羽がコピールシファに手を向けると、たちまち周囲の水が凍りついていく。
そう、これはあの時、合宿や陽動作戦の時に使用した咲羽の能力と大宮の護符を合わせた策だ。二人は、水符を使用した時から、この策を使うと相互理解していたのだ。
「悪魔と退魔師が力を合わせたか……だが、これで終わりかい?」
退魔師と悪魔の合わせ技に、驚愕を隠せないコピールシファ。だが、巨体と化した彼を完全に凍り付かせるのは、二人の力を合わせたとしても、不可能だった。
胴や足は凍り付いても、腕や頭は動かせる。その両の腕を伸ばし、近くの咲羽と大宮を掴もうとするが……
「まだ終わりではありません!ヴァイオレット・ソウル!!」
「今度は私達の連携だよ!」
「「いっけえええぇ!!」」
右の腕を、紫の炎を纏った銀と黒の二つの剣が。左の腕を、激しく燃え盛る炎を纏った拳が。それぞれ、切り裂き、打ち砕き、燃やしていく。ノラと黄昏の連携だ。
「くっ……」
それにより、コピールシファに、大きな隙が生じた。事態は完全に好転した。少年少女達のこれまでの経験に、生まれたばかりのコピールシファは追い付けていないのだ。
「今だ!桜井!動けるよな!?」
「当たり前だ!ぶっ飛ばす相手が目の前に居るのに、倒れてなんかいられるかよ!」
その隙を、春日と体勢を立て直した桜井は、見逃さなかった。二人は、息を合わせ、跳躍し……
ああ、そうだ。俺達は、このために戦ってきたんだ。
「俺は復讐の為に……」
「俺は平和の為に……」
「「 ルシファをぶっ飛ばす!!! 」」
二つの声が重なったその瞬間、春日の逆説結界を貼った拳と、桜井の獣と化した拳が、コピールシファの両の頬へとめり込んだ。
「っ…………!!?」
大きな音を響かせ、遂にその巨体を倒したコピールシファ。やがて、その身体から黒い煙を上げ、徐々に消えていく。それと同時に、上空の黒の月も、透けていく。つまり、長き戦いは終わり、本隊の少年少女達の勝利を意味していた。
◆
戦いを終えた少年少女達は、消耗し動かない体を休めつつ、その勝利を確かに実感していた。
「やった……遂にやったんだな、俺達……」
「ああ、遂にルシファをぶっ飛ばした……」
複製品とは言え、感覚は共有している筈だ。つまり、二人の拳は、間違いなくルシファに届いたのだ。
「やっと、あの忌々しい月も消えたのね。やっぱり、この街の空には、あんな物似合わないわ。」
「同感。珍しく意見が合ったわね。」
黒の月が消え、見渡すことが出来るようになった夜空を見上げれば、なんだか憎らしい程に綺麗に輝く明けの明星。日の出がもう近いようだ。一同は、暫く、それを見ていた。
「見てください。日の出です。」
「綺麗……なんだか、まるで、私達の勝利を祝うようだね。」
やがて、明けの明星も、昇る太陽の光により、見えなくなっていく。それは、まるで、彼らの勝利を祝うかのように美しかった。
◆
……しかし、忘れてはいけない。明けの明星は、太陽の光によって見えなくなっているだけで、そこに存在しているということを……
「………………」
幻影城の玉座にて、口元から一筋の血を流したルシファ。その表情は、暗い闇に覆われ、誰にも伺うことが出来ない。ルシファがこの戦いで何を思ったのか、今は誰にも分からない。
53
:
黄昏 向日葵
◆WnQfyNHn5I
:2017/08/16(水) 11:41:51 ID:EA.i.G8.0
【数日後ーーー】
「うん、私はここに残るよ。大丈夫…パパこそ、身体壊さないようにね。」
コピールシファとの戦いが終わって数日が経ち、陽子と直斗の勧めで実家に居る父親に電話を掛けている。
私が陽子の家に押し入ってから、一回も実家に連絡してなかったからね。
引越した事も実家に言ってなかったけど、パパが海馬市のAPOH職員に連絡して大宮神社に居る事を知ったらしい。
パパは仕事ばっかりのママの代わりに家事をやりながら退魔師の仕事をこなしている。
私には三人の姉貴が居るけど、みんな家を出て退魔師としての仕事をしてるからね…
それを陽子と直斗に話したら、今直ぐ実家に連絡しろって言われたわけだ。
「色々あった。うん、解ってる。みんなに良くしてもらってる。」
私は海馬市で起こった事をパパに話す。
直斗との出会い、陽子に良くしてもらってる事、風祭さんが陽子の事を紹介して貰った事…
そして、コピールシファとの戦いの事…
「後ね…姉貴達と会ってた…あれって…」
みんなが退魔師としての強化合宿に参加してた時の事だ。
私が参加出来なかった理由…
あの時、私は三人の姉貴達と一緒に悪魔達の討伐に向かってた。
姉貴達は突然、海馬市の市役所にやって来て、私を車に乗せて悪魔討伐へと向かったワケだ。
悪魔達は手強かったけど、姉貴達と力を合わせて倒せたってワケだ。
後から聞いてみれば、あれはパパが勝手に許可したらしい。しかも海馬市を通して…
そこまでしてあの場所に行った理由は解らない。
主導してた姉貴の一人は教えてくれなかったし、
他の姉貴も他の仕事を止めてたって話だったからね。
だけど…主導してた姉貴が言ってた“宮子”って言葉…
友達かな…姉貴は教えてくれなかったけど、
パパに聞いてみれば、“宮子”って人は独立部隊って言うのに所属してたらしい。
姉貴の一人もそこに居たって言ってたっけ。
そう言えば、独立部隊に居た人って海馬市に居たような…
私はパパから話を聞いた後、電話を切り、その場を後にする。
妙な胸騒ぎを残しながら…
あの時は気にして無かったのに、今になってどうして…
54
:
稲葉竜也
◆3wYYqYON3.
:2017/08/20(日) 03:35:09 ID:KWGlvlj60
>>46
「へぇ……よく知ってんじゃねえか。光栄だな」
硝煙が銃口からたなびく機関銃を、ゆっくりと草薙へ向ける竜也。
オメガから与えられた悪魔や退魔師に関する知識はさわり程度のものだ。オメガについての過去も、目の前の人間が何者かも、竜也には知る由もない。
……もっとも、その辺りの話を竜也は気にしないのだが。
「あぁ、悩む間もなくつぶれちまった。お前はもう少し、骨があればいいんだが……な˝っ!?」
引き金を引こうとしたその瞬間、唐突に竜也のそばの瓦礫が爆ぜた。
本物の爆発に勝るとも劣らない不可視の一撃は数十の破片をばらまき、そのいくつかはあっさりと竜也の身体を貫き、赤を無造作にまき散らす。
そして、数十キロ単位の破片のシャワーによる追撃。竜也の肉体は今や原形をとどめたパーツのほうが少なく、自らで作った惨状にあまりに見合ったものとなった。
「……ぁあぁ……いいねぇ……やってくれるじゃねえか」
だが、周囲の電波局や電子機器からの緑色の光により、その身体は見る見るうちに再構築されていく。
「オメガ」によるバックアップの起動。陽動作戦の時、神社で見せたものと同じだ。
「一体どうやってくれたんだか、知らねえが……」
竜也はデータ化され、強度を底上げされてはいるものの、素の戦闘技能においては荒事慣れしたやくざ程度(武器はその都度オメガにより使い方をインストールされている)故に、草薙の攻撃の種を見抜くことはかなわない。
しかし、その手元にはひときわ大きな鉄の棒状の物が形成されていく……。
「お返しだ」
瞬く間に作り上げた、人間の身体で持つにはあまりに不釣り合いなその兵器────戦闘機用のガトリング砲を両手で腰だめで構え、大きく口元を歪ませる。
草薙の先ほどの攻撃が触手によるものであれ爆弾によるものであれ部下によるものであれ、竜也にとっては些末な、実にどうでもいいことに過ぎない。
楽しめ、最終的に潰せれば、それでいいのだから。
それが吐き出す毎分数千発の大口径弾を、竜也幼児がホースで水をばらまいて遊ぶかのように撃ち込む。
草薙だけでなく、その後ろの部下たちも含めた面制圧攻撃。
しかし、戦車の装甲さえ撃ち抜く威力の代償たる数トンの反動を受け、データ人間たる竜也も無事ではない。強化された肉体に守られているはずの臓器はいくつか潰れ、耳も至近距離の発射音のためにもはや機能しない。
それでも、竜也は嗤いながら、引き金を引き続けるだろう。
55
:
◆UBnbrNVoXQ
:2017/08/27(日) 13:53:19 ID:R3rU1bJo0
>>54
オメガの存在を知っていた草薙が、そのバックアップによる再起動を知らないはずがない。
竜也は知る由もないだろうが、周囲の電子機器のうち幾つかは、再生までの間に触手によって破壊されていた。
それにも関わらず即座に舞い戻ってきた姿に、草薙は珍しく演技ではなく素の表情で目を見開く。
――これには、皮肉にも彼がAPOHの中でも上位の幹部クラスであることが起因していた。
地位が上がれば自ずと交渉事が増え、比例してそれ以外の仕事からは遠ざかる。
前線に立つことは勿論、些細な事務作業からもだ。
そして、そもそも出世が早く名だたる戦績と言えば冷戦の頃に遡る草薙にとっては、一般にここまで電波局や電子機器が普及した風潮は、知識として知っていても感覚として追いつかない。
事実、二十年も前であれば、今の破壊活動でオメガの息の根は止めれずともバックアップを妨げるには十分だったのだ。
「…………老いるとは、嫌なものだねェ。食事も戦闘も女を抱くことも、若いというだけで青二才どもが邪魔をする」
吐き捨てた言葉は、ガトリング砲を生成する竜也に届いただろうか。
人命の為の防衛戦とも言えるこの状況を世俗的なものと並べて語るその語調は、かつての部下が聞けば眉を潜める者もいたかもしれないが、幸か不幸か此処にはいない。
草薙が築き上げてきた、全てを手中に収めるための人脈(コマ)は、此処にはいない。
暴風雨という例えでは温過ぎる、鉄の塊の嵐が草薙に向かって降り注ぐ。
無差別な面制圧攻撃は、草薙にとって対抗することの難しい攻撃のひとつだ。
本来であれば避けるべき局面、それを避けられなかったのは。
たかがアリバイ作りという捨て置いても自分への疑惑が多少薄れる程度の理由のために戦場に出てしまったためか。
あと十数年機会を待てば自ずと現れたかもしれない野心成就の機会が、可能性は低くともいち早く現れたことによる、時代の誤認と慢心か。
――それとも、長らく自身が作り上げた権力の庇護で隠されていた、強者として混沌とした戦場を愛でる男の側面が、本人の生存という一点においては最悪の形で、顔を出してしまったのか。
果たして、嗤いながら引き続けられた弾丸の先、手元に残していた触手全て……否、展開していた10本の触手全てと引き換えに、草薙は生きていた。
尤も、その姿は、既に命があっただけでも奇跡と言える様相を呈している。
膝をつき、彼のために仕立て上げられたスーツは見るも無残な姿となり、右手は落ちて金時計が地面に転がっている。ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら、草薙は尚も獲物を見据える蛇の眼光で、竜也を見据える。
「……あと、少しなのだよ……あと一手、あと一度……私の……能力者の、世、界……」
それは既に、「黄金の英雄」でもなければ「APOH西日本統括次官補」でもない、一人の男の野心と妄執の成れの果て。
「さァ、続けよう、じゃア、ない、か……ククッ……」
それでも彼が嗤うのは、彼にはもう野心しか見えていないからだ。
十数秒も待てば触手が復活し、眼前の敵を絞めて、殺せずとも再起動の時間に持っていくことは出来ると考えているからだ。その間に周囲の電子機器を壊してしまえば良い、と。
――互いに満身創痍、されど再生という意味では既に人間とは言えない竜也に対し、いかに戦闘に優れ交渉に秀でていようとも草薙はあくまで人間で、仮に手を下されずとも後は死を待つばかりという戦況が、血と冬の寒さで霞んだ目には、もう見えていないのだ。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板