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黒の月―― Lucifer went forth from the presence of Jehovah

55 ◆UBnbrNVoXQ:2017/08/27(日) 13:53:19 ID:R3rU1bJo0
>>54

オメガの存在を知っていた草薙が、そのバックアップによる再起動を知らないはずがない。
竜也は知る由もないだろうが、周囲の電子機器のうち幾つかは、再生までの間に触手によって破壊されていた。
それにも関わらず即座に舞い戻ってきた姿に、草薙は珍しく演技ではなく素の表情で目を見開く。

――これには、皮肉にも彼がAPOHの中でも上位の幹部クラスであることが起因していた。
地位が上がれば自ずと交渉事が増え、比例してそれ以外の仕事からは遠ざかる。
前線に立つことは勿論、些細な事務作業からもだ。
そして、そもそも出世が早く名だたる戦績と言えば冷戦の頃に遡る草薙にとっては、一般にここまで電波局や電子機器が普及した風潮は、知識として知っていても感覚として追いつかない。
事実、二十年も前であれば、今の破壊活動でオメガの息の根は止めれずともバックアップを妨げるには十分だったのだ。

「…………老いるとは、嫌なものだねェ。食事も戦闘も女を抱くことも、若いというだけで青二才どもが邪魔をする」

吐き捨てた言葉は、ガトリング砲を生成する竜也に届いただろうか。
人命の為の防衛戦とも言えるこの状況を世俗的なものと並べて語るその語調は、かつての部下が聞けば眉を潜める者もいたかもしれないが、幸か不幸か此処にはいない。

草薙が築き上げてきた、全てを手中に収めるための人脈(コマ)は、此処にはいない。

暴風雨という例えでは温過ぎる、鉄の塊の嵐が草薙に向かって降り注ぐ。
無差別な面制圧攻撃は、草薙にとって対抗することの難しい攻撃のひとつだ。
本来であれば避けるべき局面、それを避けられなかったのは。

たかがアリバイ作りという捨て置いても自分への疑惑が多少薄れる程度の理由のために戦場に出てしまったためか。
あと十数年機会を待てば自ずと現れたかもしれない野心成就の機会が、可能性は低くともいち早く現れたことによる、時代の誤認と慢心か。
――それとも、長らく自身が作り上げた権力の庇護で隠されていた、強者として混沌とした戦場を愛でる男の側面が、本人の生存という一点においては最悪の形で、顔を出してしまったのか。

果たして、嗤いながら引き続けられた弾丸の先、手元に残していた触手全て……否、展開していた10本の触手全てと引き換えに、草薙は生きていた。
尤も、その姿は、既に命があっただけでも奇跡と言える様相を呈している。
膝をつき、彼のために仕立て上げられたスーツは見るも無残な姿となり、右手は落ちて金時計が地面に転がっている。ぜいぜいと荒い呼吸を繰り返しながら、草薙は尚も獲物を見据える蛇の眼光で、竜也を見据える。

「……あと、少しなのだよ……あと一手、あと一度……私の……能力者の、世、界……」

それは既に、「黄金の英雄」でもなければ「APOH西日本統括次官補」でもない、一人の男の野心と妄執の成れの果て。

「さァ、続けよう、じゃア、ない、か……ククッ……」

それでも彼が嗤うのは、彼にはもう野心しか見えていないからだ。
十数秒も待てば触手が復活し、眼前の敵を絞めて、殺せずとも再起動の時間に持っていくことは出来ると考えているからだ。その間に周囲の電子機器を壊してしまえば良い、と。
――互いに満身創痍、されど再生という意味では既に人間とは言えない竜也に対し、いかに戦闘に優れ交渉に秀でていようとも草薙はあくまで人間で、仮に手を下されずとも後は死を待つばかりという戦況が、血と冬の寒さで霞んだ目には、もう見えていないのだ。


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