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はぴねす! リレーSS 本スレ

1七草夜:2012/06/07(木) 03:07:52
■参加メンバー
・名無し(管理人)
・七草夜
・TR
・叢雲の鞘
・Leica
・ネームレスⅠ
・八下創樹

■物語
・那津音さんの生存IF
・秘宝事件終了時からのハートフルラブコメディ

■ルール
・投下終了の宣言はキッチリとすること
・長さの制限は特に設けないが長過ぎても短過ぎても次の人が困るのでよく考えること
・合いの手や感想はまとめスレで。こちらはリレーSSのみ

■禁則事項
・他作品キャラ、許可された以外のオリキャラの使用
 →ただし一話内で退場するモブ程度なら許可
・過度な無茶振り、及びそれに繋がると思われる行為
・原作キャラを不必要に貶める等の過度な扱い

■参考サイト
・ういんどみるでーたべーす(ttp://happinessdata.fc2web.com/)

      (⌒ヽ__〃⌒ヽ
       `ヽヽ____|/⌒’
       /二二二二ヽ  ∫
      ヽイ/rノハヽハ/
        イirァ^ヮ^八 ゞ二フ)    楽しいリレーSSにな〜れ♪
 ミ≡=、   ノリヽi允iヽ、{(・ω・ `)
 ミ_三{}===(≪/_j咫_》う))==☆
 彡≡'"   `ー(_ノ丿‐'
☆+。+  。"`,
 + ★  ☆+
 *`゚ 。  ゚
゚。 + ♂
o°.。

2Leica:2012/06/08(金) 22:47:02
 きっかけなんて些細なものだった。
 ただ単に思った事をそのまま口にしただけ。
 他意なんて何もなかった。
 信じて欲しい。

「だったら遊びに行きませんか? きっと那津音さんの知らない事ってまだまだいっぱいありますよ」

 たとえ。
 その一言で。
 辛うじて保たれていた俺たちの均衡が。

 粉々に砕け散ったとしても。



『はぴねすりれーっ!』 いちっ  ――Leica



「那津音姉さまが、お主に会いたがっている」

 秘宝事件から1週間が過ぎた頃。
 昼休みに雄真たちのクラスへとやって来た、伊吹からの一言。

 式守那津音。

 式守家の“前”当主である。
 秘宝事件直後、長らく植物状態に陥っていた彼女が目を覚ました。
 今まであらゆる方面から処置を施してきたにも関わらず、一向に回復の兆しが見えなかった彼女がだ。
 確たる証拠は無いものの、当然事件と何かしらの因果関係があったとみていいだろう。

 御薙・高峰・式守の三家の見解は、『秘宝暴走による精神の解放説』で一致した。

 式守の秘宝は、過去にも一度暴走をした事がある。
 信哉と沙耶の父親が、蘇生魔法を発動させる為に秘宝を乱用した時だ。
 当時式守家当主だった那津音は、その膨大なる魔力を自身の魔力と同調させる事で収めようとした。

 結果として、その企みは成功する。
 代々式守家の人間が扱っていた、一種の魔法具とも呼べるものが式守の秘宝なのだ。
 秘宝が蓄えていた魔力の性質が、式守家の血を色濃く受け継いでいる那津音のものと同質であっても不思議ではない。

 しかし、ここで1つ問題が発生する。
 同質の魔力を同調させた事で、切り離しができなくなってしまったのだ。
 切り離せなかった那津音の精神と魔力は、成す術無く発動した封印術により秘宝内部へと封印されてしまった。

 そして、今回伊吹が起こした秘宝事件へと繋がる。
 再び暴走した式守の秘宝は、その内部にため込んでいた魔力を躊躇いなく解放した。
 当然、その中には那津音の精神と魔力も含まれている。
 『秘宝暴走による精神の解放説』とは、それが解放され無事に那津音の元へと還ったという考え方である。

 『解放説』が、数ある仮説の中でもっとも高い信憑性を理由は2つ。
 1つめは、秘宝暴走時に那津音と伊吹が陥った現象の類似点だ。
 ここでいう類似点とは、秘宝が対象者の魔力を吸い取ろうとしたところにある。
 那津音は封印という手段を取る為に。
 伊吹は解放という手段を取る為に。
 意識的にであろうと無意識的にであろうと、両者は確かに秘宝と同調した。
 魔力回路をリンクさせる。
 この同調という過程こそが、秘宝起動による一連の事件へと繋がったと考えられるからである。

 2つめは、雄真と伊吹が共に体験したという証言だ。
 荒れ狂う魔力の中、2人は確かに見て、そして聞いたと言う。
 那津音の姿を。
 そして声を。
 雄真が力づくで秘宝を黙らせた時。
 伊吹が絶望の淵で精神を手放そうとした時。

 確かに見えたという那津音の虚像は、もしかすると本物だったのかもしれない。

3Leica:2012/06/08(金) 22:47:35
「前回は病院側による検査もあり、あまり面会時間が取れなかったからな。
 雄真、那津音姉さまが改めてそなたに礼を言いたいそうだ」
「そんなに畏まらなくてもいいんだけどなぁ……」
 伊吹からのセリフに、恐縮する様に呟く雄真。
「それに、あれはみんなの力あっての事だったし」
「その点については式守家も重々承知しておる」
 雄真からの返しに、伊吹は深く頷いた。
「近く皆にも席を設ける。
 一生をかけても返せぬ程の恩を貰った」
 小さく。
 ほんの少しだが、伊吹は揃った面々に頭を下げた。
 秘宝事件の最中なら考えられなかったその仕草。
 その行動に。
 春姫は優しく微笑み。
 杏璃は照れ隠しに胸を張り。
 信哉と沙耶は突然の主の行動に慌て。
 雄真は、笑った。
「礼なんて必要ないさ。
 俺たちはやりたいようにやった。
 結果として今のお前がここにいる。
 それだけで、俺は、俺たちは十分だ」
「……雄真殿」
「……小日向さん」
 信哉と沙耶が、深く頭を下げる。
 伊吹は「敵わぬな」と含み笑いを漏らした。
「まぁ、その話は追々するとしよう。
 こちらとしては式守家としての面子の問題でもあるのだからな。
 で、だ。
 那津音姉さまがそなたを呼んでいるのは、礼がしたいからというだけではない」
「?」
 その言葉に雄真が首を傾げる。
「私も先日知った事だが……。
 雄真、そなた那津音姉さまと面識があったのか?」
「どうもそうみたいなんだよなぁ」
「……みたい?」
 自身の事なのに曖昧な答えを口にする雄真に、伊吹が眉を吊り上げた。
「昔、俺が魔法使いを一度辞める前に……。
 母さんが、あ、御薙先生の方な?
 母さんが式守家をよく出入りしてたみたいでさ。
 ついて行った事があったらしいんだけど、その時に……」
「そうか」
「何かあったのか?」
「いや、那津音姉さまはその時、そなたの事を大層気に入ったようでな。
 今回命を救われた事もあり、もう一度会いたいという事だ。
 礼もそうだが……今回の本命は寧ろこっちであろうな」
「なるほど」
「どうする? こちらとしては、是非来てもらいたいところではあるが」
「いいよ、別に」
 昔会った事など覚えていなかったが、自分に会いたいと言ってくれるのなら断る必要も無い。
 そう考えた雄真は、特に悩む事もなく即答した。
「ね、ねぇ雄真くん。私も行っていいかな?」
「私も私も」
「え?」
 雄真の後ろから、春姫と杏璃も参加の表明をする。
 信哉と沙耶は見ているだけだったが、伊吹の従者だ。
 行くのは確定事項だからなのだろう。
「えーと、伊吹。春姫と杏璃もいいか?」
「それは別に構わぬが……。
 礼の席は別で設けるのだぞ?」
「分かってるわ。そういうのじゃないから」
「式守那津音ってすごく綺麗な人だったから、ちゃんと見張ってなきゃね」
「ん?」
「うぅん、なんでもないっ!!
 (杏璃ちゃん、声に出しちゃダメだよっ)」
「(ご、ごめん)」
「……? おかしな奴らだな。
 まぁ、それでも良いと言うのなら構わぬ」
「よ、よろしくねっ!」
「よろしく!」
 春姫と杏璃の愛想笑いに首を傾げながら承諾する伊吹。

「それでは、放課後に校門で待ち合わせるとしよう」

4ネームレスⅠ:2012/06/10(日) 03:12:52
きっかけなんて些細なものだった。
ただ単に思った事をそのまま口にしただけ。
他意なんて何もなかった。
信じて欲しい。

「だったら遊びに行きませんか? きっと那津音さんの知らない事ってまだまだいっぱいありますよ」

たとえ。
その一言で。
辛うじて保たれていた俺たちの均衡が。

粉々に砕け散ったとしても。


『はぴねす!』リレー小説
フラン「第2フェイズを開始しましょう」


放課後、校門前

「スピードだ!我らにはそれが必要だ!」
「いきなり何を言っているのだ、雄真よ」
「いや、何となく言わなきゃいけない様な気がして……」

どこぞの黄道星座集団六番の双子座が登場時に叫んだ台詞を叫ぶ雄真。
やたらと貫禄たっぷりである。

「でも実際早く行かないと面会時間終わっちゃうわ」

雄真の台詞に概ね同意する杏璃。
だが、問題を挙げるとするなら……

「入院している病院遠いぞ、どうすんだよ……」

那津音さんが入院している病院が瑞穂坂駅から10駅先にあるという点だろう。
理由:入院先が最新設備完備だから

「安心しろ、転移魔法を使えば問題なかろう」

自信たっぷりに宣言する伊吹。
確かに転移魔法を使えば一瞬で辿り着けるだろうが、雄真には一つ不安が……

「魔法使って大丈夫なのか。特に病院敷地内は?」
『…………』

雄真の発言に黙ってしまう一同。
そう、もし魔法で病院内にダイナミック突入なんかした暁には国家権力の犬達に包囲されるのがオチである。
仮に近くに転移したとしても、バレたら色々アウトである。

「…………明日にするか?丁度休みだし」
「そうね……」

雄真の提案によって本日はお開きとなった。

5ネームレスⅠ:2012/06/10(日) 03:13:35


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「またか……」

小日向家のポストに詰め込まれた様々な企業のチラシ。
しかもその大半は魔法関係ばっかりである。

「俺、まだ魔法科に移るつもり無いんだか……」

何処から漏れたか、雄真が魔法使いとして稀有な才能を秘めていると判明してから送られるようになったチラシ群。
これには彼もウンザリである。

「しかも幾つかは絶対に頼っちゃいけないような気がする」

主にアスピナとかトーラスとかキサラギとか……
とりあえずチラシ群は全部ゴミ箱にパージし、リビングで一息。
そして、テレビのスイッチをいれる。
やっていたのはニュースだった。

複数の誘拐及び四人の技術者殺害で立件されていた某社社長がビルから飛び降りて自殺したとか、某国解放軍が祖国を解放して逆に相手国の首都に侵攻したとか、女性にしか反応しない兵器に男性が反応したとか、とある機関直属特殊部隊が火星でクーデターを起こしたといった内容だった。

ぶっちゃけ本編と何ら関係ない。
関係ないといったら関係ない!
↑これ重要

内容が内容なのでテレビを消す雄真。

「最近物騒すぎるだろ……」

そんな感想を漏らす雄真であった。


その後は皆で夕食を取って、風呂に入り、そして就寝。
色々とアレな一日が終了した。




「………はじまる」

夜遅くの学園の屋上でトランプを持った少女がそんなことを呟いていた。


……誰だお前!!

6八下創樹:2012/06/10(日) 22:33:17
 きっかけなんて些細なものだった。
 ただ単に思った事をそのまま口にしただけ。
 他意なんて何もなかった。
 信じて欲しい。

「だったら遊びに行きませんか? きっと那津音さんの知らない事ってまだまだいっぱいありますよ」

 たとえ。
 その一言で。
 辛うじて保たれていた俺たちの均衡が。

 粉々に砕け散ったとしても。


『はぴねす! リレー小説』 その3!―――――八下創樹


「ん・・・・・・」
 窓辺の陽射しを目蓋越しに受け、静かに意識が覚醒する。
 気怠さを感じるけれど、寝たり無さは感じず、徐々に目が覚めてくる。
「えっ・・・・・・と」
 なんとなく、今の状況が解らず、少しだけ混乱して―――――すぐに、ため息が漏れた。
 リクライニングベッドで少しだけ起こされた背中。
 一枚布の患者衣にシーツが掛けられただけの状態。
 これで窓が開いていたなら、間違いなく風邪を拗らせたなぁ、と呑気に思う。
「よい、しょっ・・・・・・と」
 テーブルに置かれた水差しに手を伸ばし、喉を潤す。
 そのまま、何冊か積まれた本に手を伸ばそうとし―――――結局、手を引っ込めた。
「さすがに、読み飽きたわね・・・・・・」
 結局、何をするでもなく、窓の外を眺めることにした。

 とどのつまり、式守那津音は暇だった。
 もうこれ以上ないくらいに。
 実家から10駅分も離れている為か面会者も少なく、定時検診ぐらいしか人と会う機会がない。
(そういえば・・・・・・伊吹、どうしたのかしら)
 昨日、伊吹からお見舞いに行くと訊かされていた。
 その際に彼、“小日向雄真”が一緒にお見舞いに来ると聞かされ、少し楽しみにしていたのだが。

 ――――などと思い耽っていると、
 ――――唐突に、病室のドアが心地良いくらい全力で開かれた。

「―――――」
「―――――」
 思わず、ドアを開けた訪問(乱入)者と目が合う。
 長い髪を両サイドで結んだ、可愛らしい少女。
 開けたままの姿勢と、張りのある目で、一目で快活な性格を見抜けるほど。
 それはともかく、見知らぬとはいえ訪問者が嬉しくて、自然と微笑んだ。
「・・・・・・こんにちは」
「うえ!? あ、えーと・・・・・・失礼シマシタ・・・・・・」
 開けられた豪快さはどこへいったのか。
 ツインテールの少女はなんとも恥ずかしそうにしながら、扉を閉めてしまった。
「・・・・・・?」



「・・・・・・どうしたの、杏璃ちゃん」
 春姫が実に言いにくいことをハッキリと言ってくれる。
 つい先ほどまで、
“元気の無い人に会うんだから、こっちが元気でいくもんでしょ!!”
 などと言い切っていた杏璃だが、素晴らしいクイックリターンで引き返していた。
 もっと言えば、あれは元気に、ではなく、ただの突撃に等しい。
 そして病室を訪問する際、あの速度と勢いでドアを開けてはならない。断じて。
「あ、えっと・・・・・・病室間違っちゃった?」
「や、間違ってねーぞ」
 見上げれば、病室プレートにはしっかり『式守那津音』って書いてるし。
 つーか確認なしで突撃するか、フツー。
「えぇぇ!? うっそだぁ!? あの人がこんな伊吹のお義姉さん!?」
「・・・・・・それはどぉいう意味だ、柊」
 言葉の節々に殺意が見える伊吹サン。
 今からお見舞いだってのになんて空気だい。
「あれ。信哉と上条さんはノーコメント?」
「・・・・・・俺にどうしろと言うのだ。雄真殿」
「兄様と同じく、何も申し上げられません・・・・・・」
 まさに従者の鑑のようなお2人。
 だがしかし、そんなこと言ってる時点で言いたいことはあるってことではなかろーか。
「・・・・・・とりあえず、他の人に迷惑だし、入ろうぜ春姫」
「あ、うん」
「あ、待ちなさいよ!」
「まったく・・・・・・」
 少しだけ呼吸を整え、改めて病室の扉を開けた。

7八下創樹:2012/06/10(日) 22:33:58
 ――――瞬間、視界が白く濁った気がした。

 真っ白な、無機質とすら呼べる病室。
 その中でただ一つ、静かに存在する女性。
 一瞬、森の中で佇む聖女を幻視する錯覚。
「―――――」
 そんな、呆然とする俺に、それでも優しく微笑んでくれる女性。
 伊吹に少し似た――――けれど、その身に纏う雰囲気はあまりに現実離れした可憐さ。
 それが、伊吹の義姉の、式守那津音だった。
「あ、えっと・・・・・・」
 咄嗟に言葉が出てこない。
 何を言うべきか。
 何を話せばいいのかが、情けないくらい浮かんでくれない。
 それは春姫たちも同様で、そろって何を言えばいいか立ち往生していると――――
「・・・・・・お久しぶり、ですね。小日向雄真さん」
 なんて、透き通るような声で、自然と声をかけられていた。

 ――――けれどそれで、かえって身体の力が抜けてくれた。

「そう、ですね。お久しぶりです」
「何年ぶりかしら。――――もっとも、“あの夢”を加えるなら、ごく最近ぶりですけどね」
「あはは。ですね」
「ともかく・・・・・・ようこそ、小日向さん。伊吹も、ありがとう」
「・・・・・・那津音姉さま」

 とりあえず、まずは花瓶の水を換えたり、窓を開けて空気の入れ替え等を行った。
 で、ようやく7人という大所帯で落ち着けたわけだが。

「そういえば、小日向さんと伊吹は、お付き合いしているの?」
「ぶほっ!?」
 頂いてたお茶が吹き出す前に、神速の速さでハンカチガード。
 おかげでシーツは綺麗なままだ。
「な、那津音様・・・・・・?」
「あら、違った? だって、秘宝事件の時、それこそ命がけで伊吹を助けようとしてくれたのだから・・・・・・」

 まるで世間話をするかのように、那津音さんは楽しそうに話している。
 それはいい。
 いいのだが、何故か背後で機嫌が悪くなる、伊吹を除く女性陣3名。
 断じて誓うが、俺は何も悪くないぞ。

「違いますよ、那津音さん。伊吹とはただの友達ですよ」
「そうなのですか。失礼しました」
 事実をありのままに告げただけ。
 だっていうのに、今度は伊吹の機嫌も静かに悪くなってきた。
 やだなぁ。なんていうかこの孤立無援な空気が。
 信哉に助けを求めようにも、現在進行で壁向いてやがった。
 不穏な空気を察してか、もはや他人事のソレである。
「なら、私にもまだ――――」
「え?」
「な、なんでもないですよ?」
 誤魔化す那津音さんがなんだか可愛い。
 が、もうシャレにならないレベルで冷たい視線が背中に突き刺さっている。
 なんだか胃が痛くてしょうがない。
「あ、そうそう。もう一つお聞きしたことがあるんです」
「な、なんですか?」
 内容より、もはや質問される時点で悪い予感がしてならない。
 で、そんな覚悟装填済みで構えたのに、
「雄真さんは胸の大きい方が好きなんですか?」
「ちょーーっっ!?」
 なに言ってんのコノ人!?
「あれ、違いました?」
「何故にその内容!? というか、その話題の出所は何処!?」
「えっと、鈴莉さん・・・・・・から」
 オカーン!!
 あんた何言いふらしてんだー!!
「ほら。私は胸が小さくないですから、そうだったらどうしましょ、って」
 どうするんだとは聞けない。
 というか那津音さんって実は天然だったのだろーか。
 そして背後4名の視線が恐ろしいコトになっております。
 若干2名(伊吹、沙耶)に至っては、のはや視線で呪い殺せる魔眼レベルだ。
「あ、もう検診の時間ですね。すみませんが・・・・・・」
「あー・・・・・・です、よね」
 帰りたくねー。
 それは那津音さんが名残惜しい。――――ではなく。
 帰りが間違いなく地獄絵図になるのが容易に想像できてしまえるからである。
「じゃ、じゃあ帰ろうぜ、みんな」
「「「「・・・・・・」」」」
 怖えー。
 無言の重圧が恐ろしすぎる。
 が、それはそれとして、真面目に検診なら退室しなければならない。
 もはや完全に無言と化した5人の背中を押して、部屋から退室する間際。

「今日はありがとう、小日向さん。また学園で」

 なんて、不吉すぎる言葉が背中に届く。
 若干、疑問に思いつつも乾いた笑みを向け、退室した。

 そんなコトがあってから1週間。
 騒動の始まりとも呼べた、あの日が訪れた。

8名無し@管理人:2012/06/12(火) 00:38:24
 きっかけなんて些細なものだった。
 ただ単に思った事をそのまま口にしただけ。
 他意なんて何もなかった。
 信じて欲しい。

「だったら遊びに行きませんか? きっと那津音さんの知らない事ってまだまだいっぱいありますよ」

 たとえ。
 その一言で。
 辛うじて保たれていた俺たちの均衡が。

 粉々に砕け散ったとしても。

「はぴねす!リレーSS」――その4 名無し(負け組)

 那津音さんとの再会から1週間が経った。
 それまでの間、何となく彼女のことが気にかかっていた。
 その理由までは分からないが、とにかくまた那津音さんに会いたいなと思った。
 出来れば、2人きりで会って話をしたかった。
 まぁ、先週会った時に、春姫達の前で変な雰囲気になった以上、伊吹も許可してくれるとは思わないけどな。
 あー、どうしたものか。
「小日向」
 いいタイミングというべきか、悪いタイミングというべきか。
 伊吹が2年の教室に訪れてきた。
「どうした?」
「那津音姉様が、またそなたと会いたがっているのだが……」
 何故、ただの連絡でそう険しい表情をしているんだ、伊吹さんよ。
 別に、俺は那津音さんと、どうこうなろうという気はないぜ?
 ……もっとも、向こうはどう思っているのか分からないがな。
「どうなされますか?」
 沙耶ちゃんまで何やら不穏な気配をまとって俺に確認してきた。
「私もまた行かせてもらおうかなぁ」
「あたしも」
 みんな怖いなぁ……。
 俺に凄んだところで何も出てこないのに。
「それで、どうされるのだ、雄真殿」
 ピリピリと雰囲気の中、動じない信哉が俺の意志を改めて確認してくる。
 ……こいつ、大物になるかもしれないな。
 そんなどうでもいい感想は置いといてだ。
 さて、どうするべきか。
 いつもの俺だったら、迷わず行こうって答えていただろうが、今の俺は迷っていた。
 別に那津音さんに会いたくないわけじゃない。
 むしろ、会いたいと思っていた。
 ただ、2人きりで会いたいと思っていたので、みんなと一緒で会うことが躊躇われた。
 だからと言って、みんなと一緒に会うのが嫌ってわけでもないんだけどな。
 ……本当に迷うな。
「雄真殿?」
「ごめん、悪い。今回はちょっと思うところがあるから、断らせてもらうわ」
 結局、誘いを断ってしまった。
 考えて結論を出すつもりだったんだが、結局は反射的に結論を出してしまったな。
 ……これで、良かったのか?
「小日向! そなたは那津音姉様に会いたくないと抜かすか!?」
 ……行くって言っても、行かないって言っても怒られるんじゃ、どうしろって言うんだよ。
「……そんなんじゃねーよ」
「雄真くん?」
「とにかく、俺は行かないから、悪いけど、那津音さんによろしく頼む」
 居た堪れなくなって、つい席を外す。
 ……本当に良かったのか、これで。
 何度も考えたが、俺の結論が正しいのか間違っているのか分からずじまいのまま放課後を迎え、悶々とした気持ちのまま、病院

に向かう春姫達と別れて、1人帰路へ着くのだった……。

9七草夜:2012/06/13(水) 23:09:57


「はぴねす!リレーSS」――その後のその5 七草夜


 帰宅途中、コンビニに寄ることにした。
 理由は至って単純で、単に小腹が空いただけだ。
 しかしあまり重たい物を食って帰るとかーさんとすももが泣くので肉まんだ。
 これだけでも十分に腹はそこそこ膨れ、そして一個くらいなら夕食に響く事も無い。

 と、ふとコンビニを出たところですももにも買って行ってやるかと思い、再びコンビニに入る。
 今物買って出て行こうとした矢先にまた入ってきて同じ物頼むとか頭おかしいんじゃないかコイツという店員の視線を浴びつつ注文を済ませ先に入れて貰った袋に追加分を入れて貰って今度こそ帰路に戻ろうとコンビニを再び出た際の事である。

「あら……貴方……」

 うちの学校の制服を着た見知らぬ女生徒がいきなり近付いて来た。
 年頃は同じくらいだと思う。小雪先輩のように長く黒い髪だが先輩と違ってツリ目なのが印象的だった。

「もしかしなくても小日向雄真ね」
「俺を知っているのか?」

 そう聞きはしたものの、最近の俺はいろんな意味で有名になってしまっているので知っていてもおかしくない。
 普通科にいた魔法使いだということもそうだし、御薙先生――母さんの実子であるということもそうだ。
 あと多くは無いが中には秘宝事件の事を簡単に知っている者もいるらしい。情報規制はある程度かかってるので精々噂レベルだろうが。

「最近有名だもの」
「ちなみにどういった方面で?」
「神坂さんと柊さんが毎日飽きもせずに同じ話をしてくる事で」

 あぁ、なるほど。今回の情報源はあの二人か。という事はこの子、魔法科の生徒なのか。
 二人が出てくるってことは同じクラスか何かなんだろう。

「小日向雄真はとにかく格好良い! 素敵! 抱いて欲しい男ナンバーワン! 魔法使い歴代最強の魔王! その頭脳はホームズをも上回る!」
「何か俺の知らないところで俺という存在のハードルが上がってる!?」
「誰もが気付かなかった工藤新一=江戸川コナンじゃないかという説を立てた男!」
「それ色々ネタで言われてるけど一巻で分かることだよな!?」
「野良犬に噛まれたい男ナンバーワン!」
「どういう意味のランキングだそれ!」
「そのうち魔法科に来るからよろしくねとも言ってたわ」
「今の聞いて行きたくないって心から思ったよ俺は!」

 そもそもまだ魔法科に行くって決めかねてるのに何であの二人は既に行く事前提にしてるんだ。
 ……いや、多分行く事になるだろうとは思ってるんだけどな、現状ほったらかしじゃ制御の問題とか色々あるし。
 子供の頃のアレを繰り返さないためにも行くべきだってのは分かってるんだが……今の生活を気に入ってるのも事実なんだよなぁ。
 つか今の変な噂流されて行く方が勇気がいるんだが。

「安心しなさい、あの二人が高めた貴方のハードルは……」
「あ、もしかして下げておいてくれたのか?」
「えぇ、小日向雄真は幼女と妹にしか発情出来ない立派な紳士だと下げておいたわ」
「下げ過ぎだよ! 何で俺のハードル見知らぬ人に変体紳士に突き落とされてるんだよ!?」
「ぶっちゃけあの二人から毎日貴方ののろけを聞かされてイラッとしたからよ」
「それは何か色々とスマン」

 その少女のイライラは俺のせいと認めがたいものの、俺が原因ではあった。
 今度会ったらいい加減あの二人には注意しておくべきなのかもしれない。

「それで? 式守那津音に会いたくて仕方ないけど皆で行くのは何か嫌だな、といった表情をして何をしているのかしら」
「ピンポイント過ぎんだろ! 全部分かってんじゃねぇか! ってか他にも色々突っ込みたいがそもそもなんでお前那津音さんの事知ってるんだよ?」

 え、なに、コイツ俺が知らない式守関係者な訳?
 一族は伊吹と那津音さんだけだろうし、信哉とか上条さんのご同類の方?
 それとも小雪さんのように那津音さんに世話になったとかで関わりのある子なのか?

「真面目に答えると私の兄が色々と知ってるのよ。式守一族の事も、秘宝の事も。加えて言うのなら貴方自身の事もね」
「何で俺の事まで……まぁいいや」

 要するにコイツは知り合いの知り合いという事なのか。
 ……まぁ春姫達のクラスメートという時点でそうか。

10七草夜:2012/06/13(水) 23:13:09

「で、本当に俺に何の用なんだよ?」
「別に用なんてないわ。たまたまコンビニから貴方が間抜け面して出てきたから挨拶をと思っただけよ」

 と、さらりとそんなことをのたまう。
 少女はおもむろに肉まんを食べつつ続ける。

「どうせ貴方はいずれ私達の側に来る事になる。式守那津音・伊吹という当主・元党首から気に入られてる上にあの御薙先生の実子、顔を合わせて損は無いと思ったのよ」
「結構計算高いんだな」
「えぇそうよ」

 と、突然少女は両手を大げさに広げ、無駄に演技がかった仕草で名乗る。

「そう、私は神月ミサキ……頭も良くて器量も良い一輪の美しく咲く花」
「……言ってて恥ずかしくないかそれ」
「恥じることなんて何一つ無いわっ!」

 などと言うがこれまで全くブレる事の無かった声の調子がブレたうえ、頬が若干赤く染まってる辺りそうでもないらしい。
 何と言うか、妙なインパクトはあったが悪い奴じゃないことはよく分かった。

「まぁ……なんだ、いつになるかは分からないし、まだ決め兼ねてるから絶対ではないけど魔法科へ移った時にはよろしく頼む」
「そうね。あの腹立たしい胸した二人がいなければよろしくしてあげるわ」

 そう言って互いに手を差し伸べ握り締める。
 腹立たしい胸の二人って……。

「それ、春姫と杏璃の事か?」
「さぁね……私は神月ミサキ、未だ咲かない一輪の花。そう、未だ咲いてないだけなのよ」
「さっき美しく咲くでミサキって言ってなかったか」
「記憶に無いわ」

 頬を染めた慎ましい胸の少女はそんなダメな政治家みたいな返答をしてきた。
 それが何だかおかしくて、どこか微笑ましかった。

「お近付きの印に一つアドバイスをあげるわ」

 と、唐突に神月はそんな事を言ってきた。

「アドバイス?」
「心のままに真っ直ぐ動きなさい。きっと貴方の心は貴方を正しい方向へと導いてくれるわ」

 分かるような、分からないような、そんなアドバイス。

「つまり?」
「全てが思い通りになるよう思うままに行動しなさいって事よ。誰かがいるとか、誰かがいないとか、そんなつまらない事を気にするよりもまず先にやるべき事があるでしょう?」

 そこまで言われて、やっぱりこの少女は悪い奴じゃないと改めて感じた。
 彼女は最初から俺の事を知っていた。俺がココで一人でいる理由を知った上で。
 そのうえでのアドバイス、忠告とはそういう事か。

「ん、ありがとな。そうしてみる」

 そうだ。
 春姫達がいるとか、伊吹が許可するとか、そういう事は二の次だ。
 まずはあの人に知って欲しい、あの人が守った物が今はどうなっているか。
 そして更に知って欲しい。その思いを繋ごうとした俺たちが、どんな人物であるのかを。

「アドバイス、サンキュな。初対面なのに何か色々と悪いな」
「初対面と言ってもこちらは一方的に知っていたから。それにお代は既に頂いてるからお礼は結構よ」

 サラリと長い黒髪をはたかせ少女は背を向け去っていく。
 夕日を背景に少しだけこちらに顔を向け、不敵に妖しく微笑む。

「また会いましょう、いずれ兄共々……それまではひとまず、さようなら。コ・ヒ・ナ・タ、君」

 わざとらしい妙なイントネーションで謡うように俺の名前を囁き彼女は去ってゆく。
 夕日へと消えてゆく彼女の姿は何処となく絵画のようでもあった。

「心のままに、か」

 一人コンビニの前で立ち尽くす俺は呟く。
 もう一度機会を作って那津音さんに会ってみよう。
 そして俺の知らないあの人の事、あの人の知らない俺の事。
 そうして互いを知っていく事が今のお互いにとって一番良い事のはずだ。

「もう一度会ったら、聞いてみるか」

 きっと、それはあの人と二人だけでも、皆と一緒でも楽しい事のはずだから。



 きっかけなんて些細な事だ。
 ただ単に思った事をそのまま口にすればいい。
 他意なんて何もいらない。
 信じて聞けばいい。

「遊びに行きませんか――?」

 と。




 ちなみに彼女が「お代」と称して俺がすももの分にと買った肉まんを食っていった事に気付いたのはその直後。
 三度目のコンビニの来店に店員に「お前馬鹿なの? 何のために生きてんの?」といった視線を浴びる事になったのはどうでもいい事である。

11TR:2012/06/14(木) 00:37:50
あれから数日が経った。
伊吹から『那津音姉さまが悲しんでおられた』と責められたりしたのはご愛嬌という物だ。

(行くと言えばジト目で睨まれ、行かないと言えば責められる………うん、四面楚歌だな)

俺は一人納得する。
と、俺が今どこにいるのかって?
今俺がいるのは、二つの理由がある。
だが、それを説明する前に約1時間ほど前の事を、話した方がいいだろう


『はぴねす!』リレー小説 その7っ!――TR


それは放課後のこと。
何となく今日は一人で帰りたい気分だったため、俺が誰かに呼び止められる前に教室を抜け出した時の事だった。
廊下を早足で歩いていると、前方に分厚い本を広げながら器用に歩く人物がいた。

(よく歩けるよな)

そんな事を思いながら、俺は特に気に留めずに前に進む。

「今日は、神坂達は那津音さんの所へは行けない。お見舞いに行くチャンスだ」
「なッ!?」

そしてすれ違いざまに掛けられたその言葉に、俺は慌てて後ろを振り向くが、その人物の姿はなかった。

「………何なんだよ」

思わず悪態をつくが、気を取り直して歩いた。





(………どうするか)

校門の前までたどり着いた俺は、校門に寄り掛かると考えをめぐらせる。
那津音さんの所にお見舞いに行きたくないと聞かれれば、答えはNoだ。
だが、今行ってしまえば、もう二度と元には戻れない。
そんな予感めいたものを感じていた。
だが、俺の耳にふと悪魔が囁きかけてくる。
”今日行けば、誰にも邪魔されずに話が出来るぞ”と。
そして、『今日は、神坂達は那津音さんの所へは行けない。お見舞いに行くチャンスだ』という謎の人物の言葉。

(心のままに……か)

俺は、数日前にコンビニで出会った人物のアドバイスを思い出すと、歩き出した。
校門を出ると俺は、左へ曲がった。
そこは、瑞穂坂駅のある方向だ。
幸い今日は土曜日だ。
半日授業なのだから、時間は十分にあるだろう。

(これでいいんだ。これで)

そう自分に言い聞かせながら、俺は駅の方へと向かうのであった。

12TR:2012/06/14(木) 00:38:26
「やっと行ったか」

そこは普通科校舎の屋上。
雄真が校門を後にする姿を見て呟く、一人の男子学生がいた。
その男子学生は、少しばかり長めの黒髪に分厚い本を携えているのが特徴的な人物だった。

「ミサキは、彼女たちをかく乱中………ここから出るまで今しばらくかかるだろう」

男子学生は、意地の悪い笑みを浮かべる。

「役割分担とはよく言ったものだ。あと数日もすれば那津音は退院する。退院さえしてしまえば、彼女側からアクションは起こせるようになる」

男子学生はオレンジ色に染まりつつある景色に興味がないのか、分厚い本を読み始めた。

「一番確実なのは、瑞穂坂学園に教師としての勤務と言った所か」

まるで、どこかの預言者のごとく予想を口にした。
そんな時、男子学生のポケットから着信音が鳴り響く。

「……もしもし」
『もしもし、兄さん』

男子学生の電話口から、少女の声がした。

「何かあったのか?」
『別に、何もないわよ。神坂さん達には少しばかり散歩をして貰っているわ。あと30分くらいは散歩し続けると思う』

男子学生の問いかけに、ミサキは真面目な声色で答える。

『それにしても、さすがは兄さん。小日向君の決意の妨げになりそうな人たちを足止めさせておくなんて。そんな策士に痺れるわ〜』
「褒めてないだろそれ………」

ミサキのほめてるのか皮肉を言っているのかが微妙な言葉に、男子学生は呆れた様子でつぶやく。

『ふふ、冗談よ。それじゃ、彼女たちが暴れそうだから切るね』
「ああ、気を付けろよ」

そう告げると、男子学生は電話を切った。

「どっちにしても、俺達”オブサーバー(観測者)”は見ているだけ。ならば、少しでも最高の結果が欲しい物だ」

男子学生はそう呟き、分厚い本を閉じるとそのまま屋上の出入り口の方へと足を向ける。

「今後訪れるであろう大きな問題……さて、君どう対処していくのかな? 小日向 雄真君」

その問いかけは誰に向けてのものなのか、それは誰にもわからない。





きっかけというのは、本当に些細なものなのだろう。
ただ単に思った事をそのまま口にするだけ。
他意なんて何もない。
信じて耳を傾けてほしい。

「だったら遊びに行きませんか? きっと那津音さんの知らない事ってまだまだいっぱいありますよ」

その一言が、すべてを変える鍵になるものだと信じて

13叢雲の鞘:2012/06/18(月) 14:24:14
それは白くて無機質で……

厚く重たい扉はまるで……

彼女と世界を隔てる壁のような気がした。

『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 8  by叢雲の鞘

目の前にあるのは真っ白な1枚の扉。
少し視線を傾ければ『式守那津音』と書かれたプレートが見える。

そう、俺は今…那津音さんの病室の前に立っていた。
ここを訪れた理由をあげるなら
・ 先日出会った少女のアドバイス
・ 見知らぬ男からの助言
といったところだろう。
……いや、これじゃ訳がわかんないな。
さっきから緊張してるのか、思考がおかしくなってる気がする。

ともかく、今日は春姫たちが来れないらしい。
なので、先日出会った少女『神月ミサキ』のアドバイスどおり、
思うままに行動してみることにした。
という訳で那津音さんの見舞いに来たのだが……

「落ち着け、小日向雄真。これは単なるお見舞い、単なるお見舞いタンナルオミマイ……」
扉1枚隔てた先に那津音さんがいるはずなのだが、どうにも動けずにいた。
緊張のためか、手のひらは汗で濡れている。

とはいえ、このまま立ち続けるわけにもいかない。
意を決してドアに手をかけ、いきよいよく引いた。

ガラッ…

「那津音さん、こんに……」
「え!?」

やや緊張気味に入室しようとした雄真の思考がフリーズする。
雄真の視線の先には那津音がいる。
……病院着をはだけさせた状態で。

「………………」
雄真の目に映るのは那津音の裸身。
雪のように白い肌。
なだらかな、それでいてしっかりと“女”を意識させる双丘。
そしてその双丘の頂きにある桜色の―――

「あ、あれ?……鍵、かけ忘れてたみたいね」
「………………」
「ゆー君?」
「………………」
「えっと……、とりあえず外で待ってもらえると嬉しいんだけど………」
「………………」

那津音の言葉に無反応な雄真。
思考がフリーズしてしまっていた。

「ゆ、ゆー君!?」
「………………え?」
再度那津音に呼びかけられ、雄真の思考が復活する。

「その……せめてドア、閉めてくれないかな?」
那津音がはだけた病院着を手繰り寄せ、自身の裸体を隠しながら恥ずかしそうに呟く。

「あ………す、すみません!?」
自分がどういう状況なのか理解した雄真は慌てて部屋の外に出る。

ガラッ………バタンッ!!………(ズルズルズル)………………

ドアの前でへたり込む雄真。

「(うあ〜〜〜やってしまった〜〜〜〜〜!?)」
顔を真っ赤にさせながら悶え始める。
「(お見舞いに来て着替えを覗くとか、これなんてエロゲーだよ!?)」
「(でも……那津音さんの身体、綺麗だったなぁ………)」
「(………っじゃなくて!あとで謝らなきゃ!)」
「(………那津音さんの肌、白かったなぁ)」
「(………だからそうじゃなくって!?)」
結局、着替え終わった那津音が呼びに来るまで、雄真は悶々とした時間を過ごしたのだった。

14叢雲の鞘:2012/06/18(月) 14:25:19
「さっきはホントにすみませんでした!」
那津音に病室に招かれて入室した瞬間、雄真は光の速さで土下座していた。

「そんな、私も鍵をかけ忘れてたのが悪いんだし…ね?」
「でも、やっぱり女性の…その……身体を見ちゃったわけですし………」
「こんなオバサンの身体を見てもしょうがないでしょ?」
「そんなことないですよ!?那津音さんは……綺麗ですし………」
「ふふ…、ありがとうございますね」
「いえ、その………」
「ゆー……小日向さんはお優しいんですね」
那津音の微笑みに顔を赤くする雄真。
ちなみに、那津音の身体は年不相応に若々しい。
というよりも秘宝事件の際に眠りについたときから那津音の身体は成長も老化もしていなかったのである。
雄真にしてみれば身近に見た目と実年齢が一致しない女性が2人もいるため特に気にしていないのだが、病院や魔法関係者からは今も議題の1つにされている。
現状では、秘宝に取り込まれ、肉体と魂が別離したことで仮死状態と似たような状態に陥り、成長や老いが抑制された……という考えが有力だった。

夢の中で邂逅した時よりも若く見える那津音の姿に動悸が早まるのを感じた雄真が視線を彷徨わせると、那津音の傍らに積まれた本の山が目に入った。

「本、お好きなんですか?」
「そうですね、嫌いではないですが……なにぶん入院中の身ですから暇を持て余していまして」
「暇……なんですか?」
「えぇ……」
「お見舞い、とかは……?」
「お見舞いは……伊吹がよく来てくれますが、あの娘も忙しい身ですし」
「他には……」
「鈴莉さんやゆずはさんも来てくれましたが、あの2人もお忙しい身ですからね」
「他の……その、那津音さんの友達、とかは………?」
「みんな、仕事とか家庭とかがありますしね………もともと多くはありませんでしたし」
「す、すみません………」
「気にしないでください。名のある家で育った以上わかっていたことですし……」
「けど……」
「本当に……ゆーく……小日向さんは優しいんですね」
「あの………」
「なんですか?」
「さっきから……俺のこと『ゆー君』って呼ぼうとしてません?」
「ご、ごめんね?昔はそう呼んでたからつい……でも、お年頃な小日向君はそういうの嫌だよね?」
「いえ…その……那津音さんがよければ、構いませんよ」
「………本当にいいの?」
「はい…それに……みんな名前で呼ぶから愛称で呼ばれるのがなんか新鮮………」
「そっか…」
「それに、那津音さんに『ゆー君』って呼ばれると、どこか懐かしい気がして」
照れているのか、雄真の顔に赤みが差す。

「そう、じゃぁ………ゆー君?」
「………はい」
那津音の呼びかけに雄真は顔を赤らめながら、そしてどこか嬉しそうに答える。

「…………ゆー君!」
「わ!?」
唐突に、那津音が雄真を引き寄せ抱きしめる。

「な、那津音さん!?」
「あぁ、ゆー君だぁ。本当にあのゆー君なんだね………」
「………那津音さん」
いきなり抱き寄せられ、オカマな友人では決して得ることのできない女性特有のやわらかさ(+女性の象徴部分のやわらかさ)に慌てる雄真だが、嬉しそうな那津音の声にすぐに気持ちが落ち着いた。
その安心感は記憶にはなくとも、どこか懐かしいもので。
つい頭の中に響いた“那津音お姉ちゃん”という言葉をと口にしそうになり、慌てて口を噤むのだった。

「嬉しいなぁ。もう『ゆー君』に会うことなんてできないと思っていたから………」
腕の中の雄真を愛おしそうに抱きしめる。

「でも、おもしろいよね。私の知らない“小日向雄真”さんの中に、私の知ってる“ゆー君”がいるんだから……」



きっかけというのは、本当に些細なものだった。

『ゆー君』と自分を呼ぶ彼女の声が本当に嬉しそうだったから、とか

暇だと言った彼女の横顔が寂しげに見えた、とか

その程度のこと。

だから、ただ単に思った事をそのまま口にするだけ。

他意なんて何もない。

信じて耳を傾けてほしい。

「だったら遊びに行きませんか? きっと那津音さんの知らない事ってまだまだいっぱいありますよ」

その一言が、すべてを変える鍵になるものだと信じて

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16名無し@管理人:2012/06/21(木) 09:22:53
「はぴねす! リレーSS」 第9楽章――名無し(負け組)

「だったら遊びに行きませんか? きっと那津音さんの知らない事ってまだまだいっぱいありますよ」

「……ふぇっ!?」

 俺の口から、自然と漏れた誘いの言葉に、那津音さんは素っ頓狂な悲鳴をあげ、頬を急激な勢いで赤くした。

 そんな彼女が、歳上なのに不謹慎ながら可愛いと思ってしまう。

 ……が、次の言葉を聞いて、俺も激しく動揺することになる。

「そ、それって……もしかしなくても、逢引の誘い!?」

「あい……びき?」

 えっと、確か、今で言うデート的な意味の言葉だったよな。

 正確に言うと、もう少し人目を忍んでやるものらしいが。

 …………って。

「ち、違います! 俺は、別にデートのつもりで誘ったわけじゃあ……」

 俺と那津音さんが2人きりだったら、緊張のあまり何を喋ればいいか分からない。

 だから、伊吹達も含めて、みんなと一緒に遊びに行くというニュアンスで言ったつもりだ。

 だが、彼女はそうは取らなかったらしい。

「じゃあ、どういうつもりで誘ったの?」

 試すような目で俺を見る那津音さん。

「ぐっ……」

「じぃ〜〜」

 ジト目で見られ、居心地が悪くなる。

 彼女としては、逢引……もとい、デートの方が良かったっていうのか?

 でも、そんなことを誘う勇気は、まだ俺にはないぞ。

 どう答えればいいんだ?

 俺が言い訳を探そうと必死に頭を回転させていると……。

「くすっ」

17名無し@管理人:2012/06/21(木) 09:24:02
 那津音さんが可笑しそうに吹き出した。

「ごめんね。ゆー君が可愛いから、ついからかっちゃった」

「か、からかわれたのか、俺?」

 じゃあ、デートが良かった、みたいな態度は冗談だっていうのか?

「はぁ〜……なんだよ、真剣に考えたのに……」

「ごめんごめん。ゆー君が言いたかったのは、伊吹たちも一緒でって意味でしょ?」

「分かってたんなら、心臓に悪いこと言わないでくださいよ……」

 おかげで、こっちはまだ落ち着かないぜ。

でも、私としては、逢引のほうが良かったかな」

「はいはい。からかわないでくださいよ」

「もう、拗ねないの。男の子なんだから」

 俺がいじけさせた張本人が何を言うか。

 反論したい気持ちを抑え、ツンとそっぽを向いていると、ふと俺の頭が柔らかい感触を覚える。

「よしよし、いい子いい子」

 そう、那津音さんに頭を撫でられていたのだ。

「ちょっ、何してるんですか!?」

「何って、ゆー君がいじけてるみたいだから、頭を撫でてあげているだけど。……もしかして、嫌だった?」

 上目遣いで尋ねられた。

 そんな顔されたら、嫌って言えるわけじゃないないか。

 元々、嫌ではなかったけどさ。

 俺は、観念して本音を吐露する。

「嫌じゃないです。ただ、こんな歳にもなって、頭を撫でられるのは、ちょっと気恥ずかしいです」

「そう」

 那津音さんは穏やかに微笑んで、俺の頭を撫で続ける。

 放してくれとは言えなかったし、言う気もなかった。

 されるがままに撫でられて、少しずつ気持ちが穏やかになっていく自分が実感できたからかもしれない。

 それに、那津音さんの手の感触が気持ちいいというのもあるかもしれないな。

 結局、彼女が自分からやめるまで、俺は頭を撫で続けられた。

 おかげで、心が随分落ち着いた気がする。

「ごめんね。ゆー君の頭、撫でていて気持ちよかったから、ずっと撫でちゃった」

「いえ……俺も気持ち良かったですから、気にしてないです」

「そう? なら、良かったわ」

 ほっとした表情を見せる那津音さん。

 そんな彼女の顔を見て、俺は不思議な気持ちを覚えた。

 上手く言葉で表現できなかったが、この那津音さんの表情を見ていたら、すごく心が落ち着く気がした。

「小日向雄真くん、お願いがあります」

 そんな俺を尻目に、真剣な面持ちで、俺の目を見据えて、那津音さんが口を開く。

「私を遊びに連れて行ってくれませんか? 私には、まだまだ知らないことっていっぱいあると思いますから」

 それは、俺が他意もなく口にした言葉をそっくりそのまま返すような言葉だった。

 しかし、彼女は最後に一言付け加える。

「できれば、2人きりで……ね?」

 まるで同級生のようにウインクする那津音さん。

 そんな彼女に出せる俺の答えは1つだった。

「はい。分かりました、2人で遊びに行きましょう」

「うん、約束ね」

 こうして、俺は那津音さんと2人で出かけることになった。

 しかし、このことが、辛うじて保たれていた俺たちの均衡を粉々に砕くきっかけになるとは、全く考えていなかった。

18TR:2012/06/29(金) 22:43:24
那津音さんの病院にお見舞いに行ってから二日が経った月曜日。

「…………」

窓から空を眺めると、清々しい青空であった。
だが、俺の心はこの青空ほど清々しくは無かった。

(絶対に何か言われるよな)

土曜の夜にすももからお小言をいただいたのだから、これは間違いないだろうと確信している。
え? どんなお小言だったかって?
それは………

「学園を出ようとするとなぜか教室にいるんです。兄さんはどこにもいないし携帯電話はつながらないし。とても怖かったんですよッ!」

という物だった。
携帯電話はマナーモードにして入れておいたが、那津音さんの元に行くという極度の緊張から着信に気付いていなかった。
ちなみに、春姫達の不在着信もあった。

「はぁ………」

ふとため息を漏らした時だった。

「兄さん起きて……ますね」

ノックをしながら扉を開けるすももは、俺が起きているのを確認するとよかったという表情を浮かべた。

「どうしたんだ?」
「あ、兄さんに電話です」
「電話? こんな朝早くに誰だよ」

すももの要件に俺は、時計を確認しながら聞いた。
時間は朝の7時30頃。
いくらなんでも早くに電話をするのはおかしい。
いや、俺がおかしいのか。

「それが、名前を言わないんです。とにかく兄さんを呼んでほしいの一点張りで」
「分かった。制服に着替えたらすぐに行くから少しだけ待ってもらうように言っておいてくれるか?」
「分かりました」

俺の言葉に、すももはそう答えると、そのまま部屋を後にした。
俺は、誰だろうと首を傾げながら制服に着替えるのであった。


『はぴねす!』リレー小説 その10っ!
――電話と箱と再会と


「はい、お電話変わりました」
『遅いッ!』
「のわぁ!?」

制服に着替えてリビングに向かい、受話器を手にして話すと、帰ってきたのは怒鳴り声だった。
俺は思わず受話器を手放しそうになった。

『普通、レディーを10分も待たせますか? 全く、制服に着替えてから降りるのは真面目なのやら、生真面目すぎるのか』
「す、すみません」

電話口での女性のため息交じりの言葉に、俺は謝るしかなかった。

19TR:2012/06/29(金) 22:44:44
『取りあえず、退院することになりましたので。また後で会いましょう、それでは』
「え? ど、どういう意味で……って切れてるし」

一気に言い切って切られてしまった。
俺は訳が分からなくなってしまい、呆然と立ち尽くすことしかできなかった。






「――それで、永遠の迷路に閉じ込め続けられて、出られるかが分かんなかったのよッ!」
「俺は普通に出れたけど?」

通学路で、ハチ達と合流すると、やはり準が小言を漏らした。
話をまとめると、忘れ物をしてハチを連れて教室に取りに行ったらしい。
そしていざ教室を出ようとしたら、女子トイレに出てしまったらしい。
ハチの場合は気付いたら準が消えていたとのことだったが。
それで昇降口で準が来るのを待つあたり、ハチは本当にいい奴なのだと思ったのは余談だ。

「ところで、その謎の電話も気になるわね」

すっきりしたのか、それとも思い出したくないだけなのか、準は話題を変え今朝の電話の話になった。

「そうなんですよ。兄さんの話だと用件だけを言って切られちゃったらしいです」
「でもよ、その人の怒る気持ち、わかる気がするぜ」
「私も同感。誰だって長い間待たされたら、頭にきちゃうもんね」

すももが説明すると、ハチと準が俺の行動について呆れた感じで口にした。

「俺も、悪いことしたなって思ってるところだよ」

二人の言葉を受けて、俺はため息を一つ漏らした。
どうして俺はあの時、制服に着替えてから降りるという考えに至ったのだろうか?
今考えてもさっぱりわからなかった。

「それで、その電話の相手、心当たりとかはないの?」
「いやこれと言って」

俺の答えに、準は誰なんだろうと口にして考えていた。
この時、俺は一つだけ嘘をついていた。
心当たりはあったのだ。
あの声色は、明らかにあの人の物だった。

(何だか嫌な予感がする)

俺は、そんな予感を抱きながらも学園へと向かうのであった。





そう言った予感は必ず的中するという事を、身に染みて味わうことになってしまった。
教室に入ると、杏璃と春姫が一昨日の事について愚痴をこぼしていた。
二人の場合は同じ場所を言ったり来たりという状態になっていたらしい。
そんなこんなで授業を告げるチャイムが鳴り、生徒が席に着くが5分経っても先生が来る気配がない。

「確か最初の授業は日本史だから、佐々木先生じゃなかったか?」
「お休みなのかな? 確認しに行った方がいいよね」

俺の声に、春姫は首を傾げながら呟くと席を立とうとする。
俺と春姫はクラス委員の為、こういった面で色々と苦労をするのだ。
尤も、これを言ってしまえば男子たちからは嫉妬の目で見られることになるだろうが。

「でも、佐々木先生だったら職員玄関に置いてある箱をにやにやしながら眺めてたけど」
「「………」」

俺もそれに倣って席を立ちあがろうとしていると、いつの間に近づいていたのか、俺の席の前に立っていた順がそう告げた。
俺達は固まらざるを得なかった。
そんな時、教室の扉が開かれる音がした。
教卓の前に立つ人物に、喧騒に包まれていた教室が静寂に包まれる。
その人物は、銀色の髪に赤い目、そして若い女性を彷彿とさせる俺達がよく知る人物だった。

「遅れてしまって申し訳ありません。担当の佐々木先生が箱に夢中のため、代理で教鞭を振るうことになりました。式守 那津音です」

那津音さんは、唖然とする生徒たちに微笑みながらそう告げるのであった。

20八下創樹:2012/07/02(月) 02:55:05
「遅れてしまって申し訳ありません。担当の佐々木先生が箱に夢中のため、代理で教鞭を振るうことになりました。式守 那津音です」


『はぴねす! リレー小説』 その11!―――――八下創樹


「―――――」
絶句。
突然の、それでいて常軌を逸した事態に、クラスが見事なまでに静まり返った中、
「ちょ!? なー!?」
ただ1人、バカ正直に反応してしまった。

「あら、どうしましたか? ゆーくん」
「どうしたじゃなくて! 佐々木先生は!?」
「だから箱に夢中ですから・・・・・・」
「求めてないです、そんな答え!――――てかなにその理由!?」
「ゆーくんは見ない方がいいかなぁ。というより、見たら泣いちゃうかも」
「泣く!? 誰が!?」
「私」
「何故に!?」

とまあ、気づけば教壇の目の前でボケとツッコミを続ける、教師と生徒。
ある意味、これを曲解してみれば、仲睦まじい(バ)カップルのよーに見えなくもない。
そう、つまり素直に見ないとそう見えるわけで。
クラス中に、つまりはそー見えていたりした。

「ゆぅぅぅぅまぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!」
「な、なんだよハチ?」
怒髪天が如く、嫉妬の炎で揺らいで見えるハチに、さすがに引いた。
なんていうか、感情だけで人ってここまで進化できるんだなぁ、って常識外れな部分に。
「お前は・・・・・・!! おのれというやつは・・・・・・!!」
神速の速さで胸倉を掴まれる。
すげー。
まるで反応できなかった。
「なんだってそう・・・・・・!! 俺たちの夢を、俺たちの目標を! 俺たちの理想を!! 悉く潰し、奪っていきやがんだ・・・・・・!!」
「・・・・・・はい?」

何か泣いてるし。しかも血涙。
動機はともかく、意気込みはマジである。

「春姫ちゃんに始まり、小雪さん、杏璃ちゃん・・・・・・あろうことか沙耶ちゃん、伊吹ちゅわんまで・・・・・・!! その上、すももちゃんという妹がいやがりやがってぇぇぇ!!!」
待て。
それは俺が悪いのか?
「あーまぁ・・・・・・考えてみるとすげーな。うん」
「・・・・・・お前さぁ、空気が重苦しくなるとかねーのかよ?」
「? 無いんじゃないか?」
(((そんなわけあるかぁ!!)))

なんか凄まじい負の思念を感じるけど、気にしない。
というより、今はとっくに授業時間。
那津音さんもなんか、やる気バリバリで教鞭振るう気配だし。

「はい。それじゃあ授業を始めましょう?」
静かに、あくまで大人な対応で、那津音さんが告げる。
本人に自覚は無くても、その華やかで優しげな微笑みは、言葉を失わせた。
「――――」
「―――!」
ふと、一瞬だけ那津音さんの視線が向けられる。
応える術なんかまるでなく、無言で席に座るしかなかった。


―――――結論から言えば、それは完璧に近い授業だった。
特別、解りやすい説明・解説をしているわけではない。
言ってしまえば、教科書通りの規則正しい授業。
ただ、那津音さんのあまりに真摯な言葉。
それが、教室の生徒全員に響くほど、耳と心に届くほど。
“言霊使い”に近いモノを、那津音さんは無自覚で発揮しているのだ。
ある意味、教職に天性的に向いているほどに。

21八下創樹:2012/07/02(月) 02:55:42
「――――はい。それじゃあ今日はここまでですね」
授業終了3分前。
段取り、ペースも教員の鑑と呼べるほどに完璧。
加えて、他のクラスより数分でも早く終われるのは、学生にとってこれ以上ない程に嬉しく感じる。
「起立! 礼!」
春姫の号令で、クラスメイトがまばらに寛いでいく。
そんな中、クラスの半分以上は那津音さんに夢中だった。

「す、すごいね、那津音さん」
「ほんとねー。さすがの人気ってトコ?」
群がるクラスメイトを眺めながら、春姫と杏璃が実に率直な意見を告げる。
「さながら、転入生みたいなノリよねー」
「転入生って、那津音さんがか?」
「だって、見た目からしてアタシたちより少し年上、じゃない? そりゃー親しみやすいわよ」

準の意見に至極納得する。
実際、那津音さんは普通に若い。
まぁ仮死状態だったというか、目覚めるまでの肉体時間が停止していたらしいし、事実若いままなんだろう。
まともに考えれば、それは人気が爆発するのも頷ける。

「それはそうと・・・・・・助けに行かないの? 雄真」
「?」
「ホラ」
言われるままに視線を向けると、クラスメイトの波に阻まれ、未だに教室から出れていない那津音さん。
その表情は笑顔のままだけど、さすがに苦笑の色が出てきていた。
「・・・・・・だな。ちょいと行ってくる」
「いってらっしゃ〜い♪」

準の声援の背中に、覚悟を決めて教壇へ向かう。
・・・・・・生徒の波中にハチの姿が見えてた気がしたが、無視。
つーか、なにやってんだアイツは。

「あ! ゆ―――小日向くん!」
那津音さんの助けを求める声がなんだか可愛い。
無論、アイコンタクトで了解し、教壇の上のプリントを抱えた。
「なつ―――式守先生。このプリント、どの教室まで運びます?」
「あ・・・・・・それじゃあ一緒に行きましょう。――――はい、ごめんなさいね」

言って、ようやく人の波は解散した。
さすがに次の授業がある先生を、いつまでも拘束するわけにはいかないと、さすがに自粛したんだろう。きっと。


「・・・・・・ありがとう、ゆーくん。助かっちゃった」
「あはは・・・・・・いーですよ、別に」
休み時間の廊下を、那津音さんと2人で歩く。
すれ違う同級生たちは、教師と手伝わされてる生徒、としか見てない感じ。
それは別にいいのだが、なんだか釈然としなかった。
「あ、そうだゆーくん。昼休みって空いてる?」
「空いてますよ。まだ誰とも約束してないですし」
「じゃ、じゃあ・・・・・・私が予約しても、いい・・・・・・です、か?」
「―――!」

一瞬で心臓が跳ね上がる。
そのくらい、今の那津音さんの声に、胸の高鳴りが治まってくれない。

「それじゃあ、昼休みに魔法科校舎の屋上で、待ってるから・・・・・・」
目にも止まらぬ早さでプリントを奪われ、走り去る那津音さん。
それを、まるで馬鹿みたいに呆然と、顔を真っ赤にしながら見送ることしか出来なかった。

22名無し@管理人:2012/07/05(木) 09:13:58
 昼休み。

 様々な友人の追求を振り切り、屋上へとやってきた。

 来た頃にはすでに那津音さんの姿があった。

 彼女は、屋上に来た俺を見ると、ぱぁっと顔を輝かせる。

 俺はそれを見ると、小走りで那津音さんの元へと駆け寄った。

「すみません。待たせてしまって……」

「いいのよ。私が待ちきれなくて、早く来すぎただけなんだから」

 どのくらい待たせたのか気になるところだが、突っ込まないことにした。

 授業放棄なんてことはしてないと思うから、そんなに待たせたってことはないだろうしな。

 そう考えておくことにした。

「それより、俺を呼び出した用件を教えてもらえませんか?」

 昼休みって指定したんだから、飯関係か?

 けど、Oasisで一緒に食べるなら、わざわざ屋上に呼び出す必要はない。

 まさか、那津音さんが俺の分まで弁当を作ってきたってことはないだろうしな。

 だとしたら、違う用件か。

 なら、手短に終わってほしい。

 腹ペコペコだからな。

「えっと、ゆーくん、自分の分のお昼ご飯、用意してないよね?」

「はい。でも、それがどうかしたんですか?」

「実はね……作ってきたの」

 そう少し気恥ずかしそうに言って、那津音さんは弁当箱を2つ、俺に見せた。

 ……ちょっと待てよ。

 那津音さんは、ひとりで弁当箱2つ分食うようには見えない。

 で、俺を昼休みの屋上に呼び出した。

 つまり……。

「もしかして、ひとつは俺の分?」

「うん。久しぶりに作ったから、上手くできているか自信はないけど、それでもゆーくんに食べてもらいたかったから……」

「那津音さん……」

 今、ジーンってきた。

 退院して間もなくて、急に教師になって、授業の準備とか大変だっただろうに、わざわざ俺のために弁当を作ってきてくれるとは。

 これで、喜ばない男がいるだろうか。

 いや、いない。

 そんな風に思うくらい、那津音さんが弁当を作ってきてくれたことが嬉しかった。

「開けてもいい?」

「ええ。でも、大したものは入ってないから、がっかりしないでね」

「がっかりなんてしないって。それじゃ、早速……」

 俺が那津音さんお手製弁当の中身を確認しようとしたその時だった。

「ちょっと待ったぁー!」

 突然、屋上に響き渡る知った声に、手の動きを止めさせられた。

 ……何で、こんなところに彼女が?

23七草夜:2012/07/09(月) 23:56:41

「はぴねす!リレーSS」――13話、爆ぜろ雄真 七草夜



「ちょっと待ったぁー!」


 突然、屋上に響き渡る知った声。
 その声の正体は……

「すもも?」

 俺の妹、すももだった。

「兄さん! 私がいつも料理作っても何も言ってくれないのに那津音先生のお弁当に対してのその反応は何なんですかぁ!?」
「あ、注目する所はそっちなのね」

 那津音さんがぽつりとそんな事を口からもらした。
 てっきり俺も那津音さんと二人っきりで弁当貰った事が問題なのかと思った。

「私が料理してもいつも「美味しいよ」としか言ってくれなくていえ嬉しいですよ嬉しいんですけどさも日常茶飯事の当たり前のように言われて色々工夫してるのに結局どれも「美味しい」としか言ってくれなくてどういう味付けが好みか把握するのにも一苦労するくらいなのにただお弁当貰っただけであっさりと見た事ないようなその反応をするなんて不公平ですよぉ!」
「落ち着くんだすもも、言いたいことは分かったから息継ぎをするんだ」

 わりとたまに暴走する事があるすももだが今日は何かこわい。

「というわけで兄さん!」
「はい」

 あまりの迫力に思わず敬語になる。
 そんな俺の前にドンッと音を立てて何かが置かれる。

「おべんとうです」
「……うん?」
「食べてください」

 目の前に置かれる二つ目の弁当。
 しかしすももは別に俺のために二つ用意したわけじゃない。
 つまりコレは自分の分という訳で……。

「いや、これ食ったらすももの分が無くなるだろ?」
「いいから食べてください! 那津音先生のと一緒でも良いですから!」
「はい」

 圧倒的に弱かった俺。
 二人で、と言われたのに三人目が参加する事を那津音さんに詫びつつ、三つの弁当を広げて昼食に入る。
 結果的に一人一つ分ずつあるものの、那津音さんもすももも互いの料理を食べ比べとの事で三つの弁当を全員で突っつく形になる。
 そして味の方はというと……率直に言おう。どちらも普通に……いや、かなり美味い。
 毎日食べているすももは当然の事、入院生活等でかなり忙しく料理に触れる機会もめったに無かったであろう那津音さんの弁当も決してそれに劣らない。
 どちらも比べようの無いくらいレベルの高い料理で甲乙付け難い……と、俺は思っていたのだが。

「ま、負けました……」

 しょぼーんとすももが唐突にそんな事を言った。

「お料理には自信あったんですけど、流石伊吹ちゃんのお姉さんです……この気遣いの発想は私にはありませんでした……」
「あ、あはは……ありがとう、すももちゃん」

 食べ始める前は「これなら私も負けません」と言わんばかりにアレほど自信たっぷりだったすももが意気消沈していた。
 しかも完全なる敗北宣言、どういう事だこれは。

「ど、どうしたんだすもも? そりゃ確かに那津音さんの料理は退院したてにしては美味いが……お前の料理もそれに負けないくらい美味いと思うぞ?」
「いえ、そうじゃなくてですね……」
「そういうことではないのよ、コ・ヒ・ナ・タ、君」

 これまた唐突に割り込んでくる四つ目の声。
 その独特のイントネーションに聞き覚えがあった。
 振り返ると予想通り、かつてコンビニの前で人の肉まんをかっぱらった少女、神月ミサキがいた。

「お前、なんでココに……?」
「そんなことはどうでもいいでしょう? それよりもコヒナタ君、まず那津音先生が君に用意してくれたお弁当の卵焼きを食べてみなさい」
「卵焼き?」

 言われて食べてみる。
 しょっぱめの味付けで、俺好みの味の見事な卵焼きである。

「とにかく美味いが?」
「じゃあ次は那津音先生が自分用にと用意したお弁当の方の卵焼きを食べてみなさい」
「はぁ……?」

 それで何が分かるんだと思いつつ言われたとおり、失礼しますと言って那津音さんの目の前の弁当から卵焼きを一つ食べる。

「……ん?」

 何か、違った。
 何となくレベルではあるが、

「……貴方、女性の気持ちだけでなく味覚まで鈍感なの?」
「いや、ちょっと待ってくれ。何か違うってのは分かったんだが」

 何がどう違うのか、それがいまいちハッキリしてこない。

24七草夜:2012/07/09(月) 23:58:50

「えっとですね、兄さん。那津音先生、同じ料理でも兄さん用のと自分用ので味付けを変えてるんです」
「具体的に言うとコヒナタ君のはしっかりと火を通した若干辛目の味付け、一方で那津音先生の方はそこまで火を通さずに中が半熟気味になってる甘めの味付けなのよ」
「え〜と……すももちゃんはともかく、なんで貴女は一口も食べてないのに分かるの……?」

 那津音さんが微妙に信じられないものを見る眼差しでミサキを見つめている。
 しかしちょっと待ってくれ、基本的に料理はかーさんかすももに任せっ放しの俺ではあるが同じ料理でも味付けを変えるという作業が手間なのは流石に分かる。
 ただでさえ体が本調子でないうえに教師という新たに加わる事となった仕事の忙しさの中、那津音さんはそれをやってのけたというのか。

「だから妹さんは敗北宣言したのよ。相手の好みに合わせて自分のと味付けを変える。それがいかに手間がかかってかつ思いやりのある行動か、知っているからよ」
「そういうことですね。私だったら多分、どちらかの好みに合わせてまとめて作ってしまいますから……那津音先生、凄いです」
「あ、あのごめんなさい。褒めてくれてるのは分かるけど、本人いる前で解説されるとちょっと照れるのだけれども……」

 と、この中で一番年上なのにも関わらず、盛大に縮こまる教師が一人。
 それを可愛いと内心盛大に思いつつ、表に出さないよう努力する。

「まぁ、とはいえこの鈍感男が全然気付かないと意味の無い事だけれどもね。その分、貴女は凄いわ妹さん。ちゃんと気付いてしかも自分が劣っていることを認められるのだもの。大丈夫、きっと貴女もこれから負けないくらい料理上手になるわ」
「ふぇ!? あ、ありがとうございます」

 微妙に失礼な事を言いつつ、すももを褒めるミサキ。
 ミサキもミサキで年上のなんか凄そうな人間に褒められたのが照れくさいのか、顔を真っ赤にする。

「えーと、もう、本当になんというか……えと、とにかく、ありがとうございます。それとごちそうさまでした」
「あ、うん。お粗末さまでした。味付けの事はこっちで勝手にしたことだから気にしなくていいよ」
「それでも、本当にありがとうございます。気を遣っていただいて」

 そういって俺は食べ終わった弁当箱を那津音さんに返す。
 正直、お弁当を作ってくれたというだけで中々の感激物だったというのにココまでの気遣いがあったとは。

「にしても、さっき那津音さんも言ってたけど、お前食べてもないのによく分かったな?」

 食ってすぐに理解して正直に負けを認めたすもももすももで凄いがそれ以上にコイツ意味不明なベクトルで凄過ぎる。
 俺なんか連続で食ってようやく違和感持ったくらいなのに。
 そういうとミサキはいつぞやと同じようなポーズを取り、名乗る。

「そう、私は神月ミサキ……見ただけであらゆる先を読める美少女」
「お前本当に好きだな、その口上」

 まさにいつぞやと同じような名乗りを上げるミサキ。
 結局コイツのミサキという名前はどういう漢字を当てるのか。
 そんな疑問を持っていると突然PiPiPiと電子音が彼女の腰の辺りから鳴り始めた。
 多分携帯だろうと思ってると彼女は教師の目の前でそれを取り出し、堂々と通話を始めた。

25七草夜:2012/07/09(月) 23:59:37

「あぁ、兄さん? えぇ、言いたいことは分かってる。余計な事はしてない。ただ――」

 チラッとすももを見ている。

「同じ『妹』としてちょっと思うところがあっただけ。それだけだから」

 そう言ってそのまま返事を待たずにピッと通話を切る。

「先生、今の校舎内での携帯の使用はオフレコでお願いしますね。私も先生が一生徒にお弁当を作ってきたことは黙ってますんで」
「え? あ、ええ、はい、分かりました……」
「それじゃ私は兄に呼ばれたのでこれで。またね、妹さん、コ・ヒ・ナ・タ、君?」

 那津音さんには丁寧に、すももにはやさしく、そして俺には怪しく微笑みミサキは校舎内へと帰っていく。
 俺達は呆然とその後姿を見送っていった。
 ふと思う。

「……兄といえばそういえば、アイツの兄が那津音さんと知り合いだそうですね?」
「え?」

 那津音さんは逆に「何それ?」と言わんばかりの表情だった。
 ……え、なにこの反応?

「名前の方は知りませんけど……神月って苗字の知り合いいません? アイツこの前自分でそう言ってたんですけど」
「神月、神月……?」

 暫くは首を捻るように思い巡らしていた那津音さんだが突然その動きが止まる。

「え、まさか……?」
「あ、やっぱり知り合いなんですか?」
「知り合いというか、一応昔馴染みの中でそういう苗字の人はいたんだけど……」

 若干苦い顔で那津音さんはミサキが去っていった屋上の出入り口を見つめる。

「まさか……ね……」

 その思いもよらぬ反応に俺とすももは「?」と顔を合わせるだけだった。

26Leica:2012/07/14(土) 00:20:15
 屋上で濃密な(?)時間を過ごし、教室に戻って来た。
 本当なら昼休みが終わるまで一緒に過ごすはずだったのだが……。
 校内放送で那津音さんが呼び出されてしまった為、お開きになったというわけだ。
 まだ次の授業が始まるまで時間はあるが、まあ教室で時間を潰すのもいいだろう。
 そう思い教室の扉を開ける。
ガラララララッ
ギロッ
「……失礼しました」
ガラララララッ
 一礼して扉を閉める。
「さ、さて。まだもう少し時間あるし、どこかで時間潰すかな〜」
 良く考えたら教室にいてもすることないしな。
ガラララララッ
 踵を返すより先に目の前の扉が開かれる。
 そこには満面の笑みを浮かべる準の姿があった。
「おっかえり〜。どこへ行くつもりだったのかなぁ?」
「え? い、いや、まだ時間あるし散歩でも……」
「はい! 1名様ご案内〜!!」
「どこへ!?」
 俺は強引に教室へと引きずり込まれた。



『はぴねすりれーっ!』 その14っ!  ――Leica



「被告人、前へ」
「……もういるけど」
「口応えするんじゃあない!! 死刑確定!!」
 バンバンと大仰にハチが机を叩く。
うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!
 それにクラスメイトたち(但し男子に限る)が同調し太い声をあげた。
「極刑までの展開が早過ぎるだろおい!!」
 周りのクラスメイト(但し男子生徒に限る)も賛同してんじゃねぇよ!!
 強制的に教卓へと立たされた俺は、思わず頭を抱える。
 ……何でこんな事になってんの?
 時間は未だ昼休みのまま。
 別に俺は教鞭を振う為にここへ立っているわけではない。
 なんと俺は。

 裁判にかけられていた。

 教卓に立つ俺の目の前には、一組の机。
 そこには裁判長(のつもりでいると思われる)・ハチ。
 その左サイドにも同じく一組の机。座すは書記(であろうと思われる)・準。
 反対側には春姫・杏璃・伊吹・沙耶・信哉。
 重要参考人なのか検察官なのかは分からない。が、俺の弁護人ではない事だけは断言できる。
 だって、そんなフォローしてくれそうなオーラじゃないもん。
 で、この主要メンバーの後ろ(教室の後ろ半分)には、机を廊下へと放り出し椅子だけでこの場を傍聴するクラスメイトたち。
 ……何なんだ、この団結力は。
 さっきのノリで分かる通り、男子生徒は当然味方ではない。
 ならば女子生徒はと思ったが、この空間を作り上げる事に積極的に協力していたあたり期待はできなさそうだった。
 ……昼休みが早く終われと思ったのなんざ、生まれて初めてだぞ。
「余所見をするな! 雄真罪人!!」
「俺まだ被告人だったろうが!!」
 思わず反論する。
「どうやら多少の罪の意識はあるみたい」
「当たり前でしょ。無いならホントに死刑でいいわ」
「あやつの鈍感ぶりはもはや犯罪だからな」
「……」
「ふむ」
 ……好き勝手言われていた。ま、まさか春姫が挙げ足を取ってくるなんて。
 いつもの優しい春姫はここにはいないらしい。
「裁判ちょー、裁判は公平なものでなければならないと思います。私情は控えるべきかと」
「う、うむ。準書記官の言う通りだ」
 ……。
 書記に裁判が何たるかを説かれてんじゃねぇよ裁判長。
「では、裁判を始める!!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
「……」
 テンションがおかしい。傍聴する人間が煽ってんじゃねぇよ。
「まずは人定質問である。お前は小日向雄真。年は同い年。職業はたらし。本籍はハーレム王国。間違いないな?」
「あってるのは名前と年だけです裁判長」
「どうやら、本人である事は間違いないようだ。では、準書記官」
「おい」
「では、被告人の起訴状を朗読いたします」
 ……あれ、起訴状って検察官が朗読するんじゃなかったけ?
 まあいいかどうでも。この茶番が平和に迅速に終わってくれれば。
 準ならそんなひどい事には……。
「被告人の起訴にあたり、いくつかの罪が挙げられていますが最たるものと言えば、その浮気性でしょう」
「浮気性でしょう。じゃねぇよ!!」
 何さも当たり前みたいに言っちゃってんの!?
「被告人はかねてよりそのたらしについて指摘されてきましたが。
 今回新たな女を作った、という疑惑が浮上しております」
「それはいかんな!! 許すまじ!!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!
「裁判長が民衆を煽るのやめろ!!」
 公平公正はどこへいった!!

27Leica:2012/07/14(土) 00:22:27
「名前は式守那津音。今回重要参考人としてお招きしている式守伊吹の姉です」
 席に座る伊吹が厳かに頷いた。
「被告人は、既に複数人の女を作っており」
「作ってねぇよ!!」
「学園においても常に誰かしらの女を侍らせているにも関わらず」
「侍らせてねぇよ!!」
「新たな女を作ったという事で」
「流石に那津音さんに失礼だろ!!」
「今回、起訴されています」
「取り下げろ!!」
「うるさいぞ被告人!! 君に発言を許可した覚えはない!!」
「お前に仕切る権限を与えた覚えもねぇよ!!」
 何もかも無茶苦茶だった。
「ごほん。準書記官、続けてくれたまえ。それで、この被告人は我が国のどの法を犯しているのかね?」
「刑法174条公然わいせつ罪です」
「これまでの経緯と何の脈略もないんスね!?」
 よりによってわいせつかよ!! かすりもしてねぇけど一番嫌な罪だな!!
「うむ。ご苦労。座ってくれ」
 ハチの言葉に一礼し、準が腰かける。
 ……ノリノリだった。準なら、と思った俺は間違っていたらしい。
「では、被告人。これからちんじゅちゅ……ち、ちん、ちん」
「は!?」
 何こいつ!? いきなり何!? こわっ!!
「さ、裁判ちょー、陳述です……」
 準が肩をプルプル震わせながら指摘する。
「そう、その通りだ。それに入る前にだな――」
「わいせつの塊はお前じゃねぇか!!」
「被告人!! 君に黙秘権はない!!」
 俺の言葉を掻き消すように、裁判長・ハチが負けじと叫んできた。
 っていうか、え!?
「無いの!?」
「あるわけないだろう!! 行使すれば君の立場は圧倒的に悪くなる!! 慎むように!!」
 まじかよ。
「それでは、検察官。ちんじゅ、じゅ、……アレをする前に。
 被告人のアレが先か。被告人、何かアレがあるかね?」
「……」
 お前もう裁判長やめろ。アレアレうるせぇよ。陳述くらいちゃんと言え。
「俺は無実だ。準が言った内容は何一つとして真実が無く、まったく濡れ衣である事をここに宣言する」
「ふざけるなっ!!!!」
「裁判長であるお前が被告人の陳述を罵倒するんじゃねぇ!!」
 グダグダすぎるだろ!!
「ふんっ。まあいいぜ、じゃない。まあいい。後で苦しむのはお前だ」
 最悪な裁判長だ。黒すぎる。
「さて、次は、えーっと」
 手元のカンペをがさがさ漁るハチ。
 流れくらい覚えてからその場に立て。
「証拠……と犯罪の立証……か。よし、割愛!!」
「はぁ!?」
「被告人の罪は明らかであるからして、やる意味は無い!!」
「じゃあ裁判する意味もねぇだろ!!」
「うるせぇ!! えーっと、次々、ろんこくきゅうけい?。きゅうけい? ……あ、次休憩あるのか」
「さ、裁判ちょー。求刑です。刑の言及の事です」
 準が肩をプルプルさせながら指摘する。
「お前もう下がっとけよ」
 自分の顔に泥ぬりまくりだぞ。
「そ、そうか。よし、論告・求刑!!」
「おい!! 俺の話を――」
がたんっ
「っ」
 椅子を鳴らし立ち上がった春姫と目が合う。
 その辛辣な表情に思わず息を呑んだ。
 いったい何を言われるのか。敵だとこれほどのプレッシャーになるのか。
 才媛・春姫。恐るべし。思わず出かけた言葉を飲み込み、春姫からのアクションを待つ。
「雄真く……被告人には、今回を機に無事更生して頂きたいと思います。以上です」
 そのまま席に着いた。
「……」
 ……。
「それだけ!?」
 被害者の関係者みたいな発言だな!!
 しかも俺の悪い所の具体性がまったくない。
「次は私ね!!」
がたんっ
 杏璃が立ち上がった。
「最近アンタは調子に乗り過ぎなのよ。こっちがちょっと目を離した隙に新しい女作って!!」
「濡れ衣だ!!」
「じゃあ今日のお昼は誰とどこで何してたのよ!!」
「っ、も、もくひ……」
「黙秘権はない!!」
「うるせぇ!!」
 口を挟んできたエセ裁判長を黙らせる。
「誰と!! どこで!! 何をしてたのよ!!」
「だ、だからなぁ」
「誰と!! どこで!! 何をしてたのよ!!」
「……」
「裁判長、この男に極刑を!!」
「決断が早ぇつってんだろ!!」
「ふんっ!!」
 杏璃は鼻息荒くドカリと椅子に腰かけた。
「次」
「……小日向雄真、許すまじ……」
「……」
「……」
「……つ、次」
 こわっ、伊吹こわっ!!
「……わ、私は結構です」
「俺もだ」
 上条兄妹は発言を辞退した。

28Leica:2012/07/14(土) 00:23:07
「うむ。では最後かな?」
「裁判ちょー。判決の前に、被告人の最終陳述がありますが」
「割愛!!」
「すんなよ!!」
 こんだけ冤罪積み上げられて黙ってられるか。
「俺は無実だ!! 何も悪い事なんて――」
「おい、誰が発言の許可を――」
ガラララララララッ
 俺とハチがお互いの発言を掻き消そうと声を張り上げていたところで、扉を誰かが開いた。
 皆の意識がそちらに向く。
 そこには。
「あら?」
 小雪さんがいた。
 教室の外に机が放り出されている事。
 そして教室内のこの現状。
 流石の小雪さんも、この状況にはついていけていないようだ。
「こ、小雪さん、あの……」
 何とか現状を理解してもらい、助けを乞うしかない。
 そう思い声をかけたのだが。
 小雪さんは俺の言葉に対して、あろうことかニヤリと笑った上で。

「雄真さん。昼休みは私と2人っきりで一緒に居てくれる約束ではなかったのですか?
 私ずっと待ってたんですよ?」

 そう言った。
「ぶっ!?」
 思わず吹き出す。
 まさか一瞬でこの現状を把握し、俺が最もして欲しくない嘘発言をするなんて!!
 天才だ……やっぱりこの人生粋のいたずらっ子だよ!!
「「「「「小日向雄真ァァァァァァァ!!!!!!!」」」」」」
 クラスの男子生徒が同時に咆哮した。
「雄真くんどういうこと!?」
「2人っきりって何よ雄真ァァァァ!!」
「小日向雄真……殺す」
スッ(沙耶がサンバッハに手を伸ばす音)
カチャリ(信哉が風神雷神に手をかける音)
「そ、そんな誤解だ!!」
 言ってももはや聞き入れてくれないことは分かっていた。
 教室は既に地獄と化している。
「判決を言い渡す死刑!!」
 何の躊躇いも句読点も無くハチが叫ぶ。

 俺は大衆の渦に呑まれた。
 そこで昼休みの終わりを告げるチャイムも鳴った。

29叢雲の鞘:2012/07/17(火) 22:17:00
あ、危なかったぁ〜〜(汗)
あいつら、チャイムがなっても構わず襲い掛かってきやがって………。
まぁ、チャイムと同時に戻ってきたクラスメイトたち(裁判非参加)が抑えてくれたから良かったけど………。
あれは今までの高校生活の中でも1番の危機だったな。
………なに?秘宝事件?
その秘宝事件で敵味方に分かれた人間が全員襲ってきたんだ、察してくれ。
しかも、目が血走った男子生徒たちまで一緒になって襲ってきたんだからな。
………なに?アニメ版?
なに言ってるんだ………アニメ版なんてなかったよ(遠い目)


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 15  by叢雲の鞘


あいつらのおかげで午後の授業中、クラスの連中はとても静かだった。
というのも昼休みの一件で、桜・金・白・薄紅色の魔法(ほうげき)で俺以外の男子生徒が全員黒コゲになって気絶してたからなんだけどな。
ちなみに、春姫たちは無傷だった………信哉以外は。
まぁ、信哉が頭をピ○チューされた後……「OHANASI」されそうになって、慌てて降伏したからなんだけどな。
………人柱にされた信哉、憐れ。

「雄真くん!」
「雄真!」
ホームルームの終了と同時、春姫と杏璃がものすごい勢いでやってきた。

「一緒に帰ろう!」
「一緒に帰るわよ!」
そして、ものすごい剣幕で誘われる。
つーか怖すぎです、二人とも(汗)

「それじゃ、行こ!」
「行くわよ!」
そして返事を待たずに二人は俺の両手を掴み、歩き出そうとする。

「2人ともちょっと待てって、俺まだ鞄持ってな……!?」
後ろでハチが騒いでいるが、無視する。
とりあえず、鞄を取ろうと踏み止まろうとしたその時……。

………ピンポンパンポン〜〜♪………

『2年○組、小日向雄真君。至急、職員室まで起こしください。繰り返します……2年○組、小日向雄真君。至急職員室まで起こしください』

………ピンポンパンポン〜〜♪………

「雄真?」
「雄真君?」
突然の呼び出しに春姫たちも止まり、こちらに顔を向けてくる。

「あんた、なにか問題でも起こしたの?」
「いや、特には………」
「ハ〜〜ハッハッハ!!どうやら雄真も年貢の納め時のようだなぁ!」
沸いて出たハチが勝利宣言のように指を突き出しながら高笑いする。

「雄真のハーレムっぷりに、ついに学園側も動き出したようだなぁ!!」
ものすっげぇどや顔でハチが語る。
………あまりのアホっぷりに頭が痛くなってくる。

「だが安心しろ。雄真亡き後、残された姫ちゃんたちは全員俺が「エルートラス・レオラ!!」ぎゃあああっ!!!!」
全てを言い終わる前に吹っ飛ばされたが………まぁ、自業自得か。
つーか、勝手に殺すな。

30叢雲の鞘:2012/07/17(火) 22:18:05
「んじゃまぁ、待っててあげるからさっさと行ってきなさいよ」
「いや、どれくらいかかるかわかんないし先に帰ってても――」
「待・っ・て・る・か・ら!」
「わ、わかりました(汗)」
鬼でさえ逃げ出しそうなくらい素敵な笑顔に降参するしかなかった。
ていうか杏璃さん。
パエリアを大鎌のように首に突きつけないでください(汗)


「失礼します」
というわけで、職員室まで来たのだけど………。

「遅かったわね、雄真君」
「………は?」
待っていたのは母さんだった。

「は?じゃないわよ。呼び出しまでしたんだからすぐに来てくれなきゃ」
「………いや、なんで御薙先生がこっち(普通科)に?」
一応、他の先生たちがいるので母さんとは言わない。

「ヒドいわねぇ、せっかく気を利かしてあげたのに」
「え?」
「ま、いいわ。行きましょ……」
そう言って、職員室から出て行く母さん。
なにか言っていた気がしたがよく聞こえなかった。
とりあえず、職員室を出て母さんを追いかけた。


「雄真くん、いらっしゃーーい♪」
母さんに連れられ、やってきたのはOasisだった。
かーさんに案内され、席に着く。
目の前には母さん(御薙鈴莉)とかーさん(小日向音羽)が座る。

「それで、那津音とはどこまでいったのかしら?」
これが、地獄の開始を告げるゴングとなった。

31七草夜:2012/07/21(土) 18:24:58

 おっす、俺小日向雄真二年生。
 教室の修羅場から逃げ出してきたら母さんとかーさんに年上教師との関係聞かれたなう。


 『はぴねす!リレー小説』 七草『十六』夜


「えーと……お母様方?」

 もう周りの目とか気にしない。
 公共の場でいきなりぶっ飛んだ事を聞いてくるような連中に気遣いなどしない。

「わざわざ名指しの放送で職員室に呼び寄せてその後移動して聞く事って……それ?」
「ええ」
「そうよ」

 二人の返事は即答だった。

「……帰りますね」
「ゴメンナサイ、待って、お願いだから待って」
「謝るから、謝るから!」

 いやだって。
 人前で名指しで放送呼び出しされてコレて。
 アレかなり注目浴びて恥ずかしくて居た堪れなくなるのに人待たせておいてこのオチて。
 今も魔法科の教師とOasis責任者と対面しているというだけで人の目集まってるのに。

「そもそも、俺那津音さんと直接会うの、今日で三回目ですよ?」

 病院へのお見舞い、皆で一回。俺一人で一回。
 そして今日、この学園に那津音さんが教師として初めて姿を現したのが三回目である。
 まぁ何か今日だけで怒涛の一日過ぎて那津音さんが今日教師生活初日だという事を忘れてそうな人間も何人かいそうだが。
 夢での会合を合わせても四回、それ以前も会った事があるそうだがそれに関しては俺の記憶にない。
 母さんの記憶操作云々じゃなく、単に幼過ぎて忘れたのだろう。そうなるとそれはカウントし難い。
 三回にしたってうち二回は面会時間の関係もあってそんなに長いはしてない。

「それで関係どうこう聞かれても……」
「まぁ、そうなのだけれども、ね……」

 そう言って若干深刻な表情をする母さんズ。

「実はね、鈴莉が言うには今回の那津音の教員採用、何だか不自然だって言うのよ」
「不自然? 確かに時期的には急だとは思うけど……」

 いきなり代弁取る羽目になった佐々木先生も下駄箱に入ってた箱に夢中って……あれ?確かに不自然だ。
 今まで全員普通の反応取ってたから気にして無かったがそもそもその箱入れたの誰だよ。

「母さんやかーさんは那津音さんが何かしたって考えてるわけ?」
「いえ、そこまでは考えてないわよ。ただ、ね」
「彼女がうちの教師になりたいという書類を出してきて、こちらも偶々先日の事件の処理とかで人手が必要だから採用して、そして初日の今日になって偶々佐々木先生の不手際で貴方のクラスの代理になったのだけれども……」
「だったら完全に偶然じゃないですか」

 そりゃ最初になんで教師に、とは思うだろうが。
 しかしいくら式守の元当主とはいえ病み上がりのこの状況でその立場に返り咲くはずが無い。伊吹の立場もあるし。
 そうなると時間なんていくらでも余る。そこで働こうと考えるのは別におかしい事じゃない。むしろ真面目な性格の那津音さんらしいとも言える。
 この学校には伊吹を初めとした式守関係者だっているし、知識を教えるという教師という職業はそこまで病み上がりの身体の負担にもならない。
 むしろかなり合理的に考えられていると思う。

「そうね、学校も身内がいて病み上がりの身体でも無理なく通える範囲、となるとうちしかないわ」
「……いまいち母さん達の言いたいことが読めないんだが」
「ココまでの動きがいくら式守元当主のあの子だからといってもスムーズに動き過ぎなのよ」

 つまり、母さんが言うには。
 一見書類上に不自然な点はない。
 本人の心情的にも、身体的な面においても彼女がこの学園の教師になるのは決しておかしくないという。
 しかし。

「退院して三日もしないうちに教員として働き始める……なんていうのは流石にね」
「あ」

 言われてみれば。
 俺が前回お見舞いに行ったのは二日前である。その時の扱いはまだ「入院中」だった筈だ。
 教員採用の話がそれより前に行われていたというのも退院翌日というのはいくらなんでも急過ぎる気がする。
 そしてそうなると他の自然とも思える点が逆に不自然に思えてきて……。

「え、でも流石に那津音さんがそのために無理したとかそういう訳じゃないですよね?」
「えぇ勿論。彼女の採用の件は普通に行われたし、本人がどういう理由で教鞭を取ったかも私が直接聞いてるわ」

 そこは流石母さんというべきか。
 教員としても先輩である母さんと那津音さんは既にコンタクトを取って裏付けもしっかりしてたらしい。

32七草夜:2012/07/21(土) 18:25:43

「わたしも休憩の甘いにちょこっとお話したけど、十分いい子よ。多分、あの子自身は至って普通に行動してたわ。ただ……」
「本人が箱入りのせいで若干世間知らずだから自分の採用がいかに不自然か、気付いてないようだけれどね……」

 ……そういえばあの人はいいとこのお嬢様だった。
 色々何でもそつなくこなすうえにそこそこ気さくだからすっかり忘れてた。

「式守の人たちが裏から手を回したとかっていうのは?」
「そういう点があるのならまだ安心したのだけれどもね。それすらなく、全てが通常の審査を通してきたからおかしいのよ」

 つまり。
 那津音さんが教師になるというその経緯において不自然な所は何一つ無い。
 しかしそのスピードだけがやけに異常で、不自然が無いというのが逆に不自然になっていると。

「……え、この流れってひょっとしてまた事件の匂い?」
「無い、とは言い切れない。ただ、そうなると目的があまりに不明瞭なの。秘宝以上の物はもう無いし」

 その秘宝すらも前の事件があった以上、どうこうすることは出来ない。
 完全に偶然なのか、誰かが関わってるのか、それすらまだはっきりしない。

「ただねー」

 とかーさんが急に悪戯っぽく笑い出す。

「これが誰かの仕業なのだとしたらやけに雄真君と那津音ちゃんを仲良くさせたがってるなと思って」
「……は?」

 なんだそれ。

「ここまでの全てが何者かの計算だと考えた場合、那津音が貴方達のクラスの代理で教鞭を取ったのも策だという事になるわ」
「まぁ、そうですね」

 確かにそれ偶然じゃ……ないのか。
 謎の箱を佐々木先生の下駄箱に入れたってのがそいつの仕業になるわけだから。

「でもそれと俺個人を結びつけるのは……」
「雄真君、貴方二日前にあの子のお見舞い行ったでしょう?」

 え、なんで急にそんな話に。

「行ったけど……」
「あの子から聞いたのだけれど、どうして一人で行ったの? いえ、何で他の子達は行かなかったのかしら?」

 その言葉は俺が一人で行った理由でなく、何故後からでも皆は来なかったのかというのがメインの質問。
 そして思わず思い出したのが一つの言葉。

『今日は神坂達は那津音さんの所へは行けない』

 あの言葉通り、確かにあの日春姫達は那津音さんの病室には来なかった。
 そしてその理由を皆は言っていた。

『学園を出ようとすると何故か教室にいるんです』
『永遠の迷路に閉じ込め続けられて、出られるかが分かんなかったのよッ』

 明らかに作為的な、何者かが施したとしか思えない状況。

「……まさか?」
「心辺りがあるようね?」
「じゃあやっぱり、誰かが雄真君と那津音ちゃんを仲良くさせたがってるみたいね」

 いや、待って欲しい。
 確かに状況的にはそういう事になるけれど。

「それをして、そんな事をしている奴に一体、何の得があるんだ?」
「それは分からないわ。でも、キチンと忠告しておこうと思うの。貴方達はひょっとしたら、何者かの目的に利用されているかもしれないという事を」
「特に那津音ちゃんはまだ病み上がりだしねー。ここは雄真君にしっかりして貰わないと」

 なるほど。
 それは確かに今後、気をつけた方がいいかも知れない。

「……で、それと最初の質問の何の関係があるんですか?」
「いえ、偶然か作為か分からないけど折角そういう状況になっているのだし」
「いつも同年代の女の子侍らせてる雄真君も年上教師にクラッときたんじゃないかなーと思って」

 そういうオチかよ!

33七草夜:2012/07/21(土) 18:26:40

「どうやら存在に気付かれたみたいだけれど?」

 三人から離れた席。
 そこに二人の男女が座っていた。
 少女――神月ミサキは目の前のパフェをつつきながら更にその奥にいる兄に問いかける。

「流石は御薙鈴莉、だが彼女でも読めるのはここまでだ。ここから先は彼女には正解へと辿り着くことは出来ない」

 男は分厚い本を広げ、ペラペラと早いペースで読み進める。
 視線は妹であるミサキも、観察対象である人物達にも向けてはいないが全ての会話は彼の耳に入っていた。

「随分な自信ね、兄さん」
「先日の秘宝事件の存在がある。アレがあった以上、真面目な彼女は物事を大きく最悪の事態の方向で考えてしまう……故に気付けない。俺たちの狙いはもっとふざけたもので、俺の叶えたい願いは些細な事である事に」

 全くその調子を上げることなく、男は淡々と言う。

「連中は今後、俺たちは小日向雄真と式守那津音に何かをさせるために狙っている、と考える。しかし事態そのものがハッキリしていない以上、護衛は付けられない」
「だから本人達に知らせて本人達同士で気遣わせる、と。なるほど、気付かせることそのものが狙いという訳ね」

 ミサキは関心しながらパフェを口にする。
 とろける甘さに自分の表情もとろけそうになるのを目の前の兄の存在から必死に我慢する。

「そうすれば自然と二人でいる時間も増える。教師と生徒という問題もあるけれど、それは裏を返せばいつ会っていてもおかしくないという事でもある訳ね。流石兄さん、よく考えてるわ」
「……ここまでは裏方だったがそろそろ俺も表舞台に立つとしよう。事態を把握し、思い通りに動かすにはその方が都合がいい」

 ペラペラとずっと捲っていたページが最後のページまで辿り着き、そして裏表紙が閉じられる。
 男はずっと下げていた視線を上にあげる。

「これにて第一幕は終幕。観測者としての立場も終え、ここから先は俺たちもまた登場人物となる」
「それじゃあこれからは兄さんの素敵なところ、もっと見られるのね」
「見せてやるさ。俺は――」

 男は立ち上がる。


「俺の名は神月カイト――あらゆる運命を解き開く者」


 男――カイトは遠く離れた席に座る少年に目を見やる。


「『約束』は、必ず守る……そうだろう? 小日向雄真」


 読み終え閉じられた本がテーブルの上に置かれている。
 その本の墨の方には一人の名前が書かれていた。


 ――『しきもり なつね』と。

34Leica:2012/07/25(水) 23:43:19
『実はね、鈴莉が言うには今回の那津音の教員採用、何だか不自然だって言うのよ』
『不自然? 確かに時期的には急だとは思うけど……。
 母さんやかーさんは那津音さんが何かしたって考えてるわけ?』
『いえ、そこまでは考えてないわよ。ただ、ね』
『彼女がうちの教師になりたいという書類を出してきて、
 こちらも偶々先日の事件の処理とかで人手が必要だから採用して、
 そして初日の今日になって偶々佐々木先生の不手際で貴方のクラスの代理になったのだけれども……』
『だったら完全に偶然じゃないですか』
『そうね、学校も身内がいて病み上がりの身体でも無理なく通える範囲、となるとうちしかないわ』
『……いまいち母さん達の言いたいことが読めないんだが』
『ココまでの動きがいくら式守元当主のあの子だからといってもスムーズに動き過ぎなのよ』



『退院して三日もしないうちに教員として働き始める……なんていうのは流石にね』




『はぴねすりれーっ!』 じゅーなな  ――Leica



 母さんたちと別れて、教室へと戻る帰り道。
 俺はさっきまでの会話について再び考え込んでいた。

 ……確かに、不可解な点ではある。
 今の今まで意図せずして流されていたが、やはりおかしい。
 常識的に考えてみて、病み上がり(それも退院してたった3日)の人間が学園の教鞭をとれるか?
 それも、もともと学園にいた教師じゃない。1から着任手続きをとった上での、だ。

『式守の人たちが裏から手を回したとかっていうのは?』
『そういう点があるのならまだ安心したのだけれどもね。
 それすらなく、全てが通常の審査を通してきたからおかしいのよ』

 仮に式守側が介入していたのなら、通常の審査で通過できるはずがない。
 第一、そんな事伊吹が許すはずがない。那津音さんの為に秘宝事件まで起こした奴なのだ。
 何かしらの思惑があろうとアイツが黙っているはずがないだろう。
 那津音さんは、体調面が両校であろうがまだ目覚めたばかりなのだ。

『……え、この流れってひょっとしてまた事件の匂い?』
『無い、とは言い切れない。ただ、そうなると目的があまりに不明瞭なの。
 秘宝以上の物はもう無いし』

 不明瞭。確かにそうだ。
 この状況が誰かの手によって操作されているのだとしたら、何がしたいのか分からない。
 本当の目的から、母さんや俺たちの目を欺くための布石なのか?
 それにしたって大胆すぎる。

 式守那津音の意識を誘導し。
 母さん含む手練れの魔法使いの面々を欺き。
 僅か3日で就任手続きを完了させた。

 精神干渉系の魔法?
 大規模な操作系の魔法陣?

 原因を突き止められるだけの知識を、俺は持ち合わせていない。
 そもそも、ソイツは那津音さんを学園へ招き入れて何がしたいんだ。
 何の得がある。

 目的が、分からない。
 一体何のために……。

『これが誰かの仕業なのだとしたらやけに雄真君と那津音ちゃんを――』

35Leica:2012/07/25(水) 23:44:51
ドンッ!!

「うっ!?」
「お?」
 考え事をしていたせいで、前方への注意が疎かになっていたらしい。
 反対側から歩いてきた誰かと、真正面からぶつかってしまった。
「す、すみません」
 相手の顔を見るよりも先に、頭を下げた。
 こっちの不注意なのだ。先に頭を下げるのは当然だ。
 すると、ぶつかってしまった人が持っていたのだろう。
 落ちた本が廊下を滑っていくのが見えた。
 慌てて拾い上げる。
「ほ、本当にすみません」
 分厚い本だった。何が書いてあるかは分からない。
 タイトルを見るよりも先に相手へと差し出した。

 そこで、初めて目が合った。

 少し長めの黒髪に端正な顔立ち。
 男である俺でも格好いいと素直に思える人だった。
「ありがとう」
「あ、はい、あの、ホントすみません」
「気にしなくていい。後輩に頭をペコペコ下げさせるのは、趣味じゃない」
 それだけ告げると、俺の横をそのまま通り過ぎて行った。
 無意識の内に振り返る。
 黒髪をゆらゆらと揺らしながら、その男子生徒はこちらを一度も振り返る事無く姿を消した。
「……あんな人も学園にいるのか」
 何かをされたわけではない。
 それなのに、肌にピリピリとした感覚が残っていた。
 まるで秘宝事件の時のような――。
「アホか」
 そこまで思考が至ったところで、俺は頭を振った。
 母さんたちから思わせぶりな話を聞かされたせいで、
 いろいろと思考回路がおかしくなってきているようだ。
 何でもかんでも事件に結び付けようとするんじゃねぇよ。
 初対面で会った人からそこまで考えてしまう俺って――――。
 ……。
「あれ?」
 そこで、ふと思考が止まった。
「……あの人と、俺。会った事ないよな?」
 無い、はずだ。あんな人、出会ったらそうそう忘れるようなもんじゃない。
 それなのに。

『気にしなくていい。“後輩”に頭をペコペコ下げさせるのは、趣味じゃない』

 ……。
 あの人は、確かに俺の事を後輩と呼んだ。 
 初対面だったにも関わらず当然のように。
「誰なんだ、あの人……」

 その呟きに応えてくれる人は、当然いない。

36Leica:2012/07/25(水) 23:45:29
「これまた意地悪な趣向ね、兄さん」
 カイトは、廊下を曲がったところで掛けられた声の方へと目を向けた。
「ミサキか」
 そこには壁に寄りかかって兄を待つ、ミサキの姿があった。
「教室に戻ったんじゃなかったのか?」
「兄さんが教室に戻らなかったからね」
「お前の教室と俺の教室は別の場所にあるだろうに……」
「いいじゃない、気になったんだから」
 そう言いつつカイトの横をぴょんと通り過ぎ、ミサキは角から顔を覗かせてみた。
 そこでは丁度、雄真が踵を返して教室へと戻るところだった。
「観測者から登場人物へ。
 さしずめ今のは第二幕の始まり、彼とのファーストコンタクトってところ?」
「同時に小日向雄真へのサービスシーンでもあったわけだが。
 残念ながら、既に2つのうち片方は潰されてしまったよ」
 言葉とは裏腹に少しも残念そうな表情を出さず、カイトは片手で本を弄んだ。
 隅に書かれている文字を指でなぞる。
「この文字さえ目に留まれば、物語は一気に加速したのだがな」
「そう言いつつ、ホントは欠片も見られるとは思ってなかったんでしょ?」
「もちろん。予想通りの慌てぶりだったな」
 何の悪びれも無く言い切る兄に、ミサキは苦笑した。
「うーん、その調子じゃあもう1つもダメなんじゃない?」
「俺は、小日向雄真をそこまで低く評価してはいない。
 あの男は仮にも秘宝事件解決の立役者だ」
「仮にもって……。まあ、兄さんが言うのならそうなんだろうけどさ」
 ミサキの不満顔にカイトは肩を竦めて見せた。
「俺たちは強制したいわけじゃないんだ。両人の意思はできる限り尊重したい。
 だからこそ、チャンスは与えてやらないとな」
「それが今のシーンってこと?」
「そうだ」
 カイトは深く頷いた。
「現状では、小日向雄真から俺へ到達するのはほぼ不可能だ。
 お前の兄という立場だけでは少し弱い」
「繋がるかな?」
「言葉というものは、実に面白い」
 ミサキの質問に対して、カイトは一見的外れのような回答をした。
「後輩、という言葉の意味は単純だ。今回の件に関して言えば、何の関係もないただの言葉。
 にも関わらず、これまでの物語を孕んだうえで改めて読み解いてみろ。
 実に様々な意味合いが生まれてくる」
 手元の本をパラパラとめくりながら、カイトは続ける。
「フィクションであろうがノンフィクションであろうが、関係ない。
 言葉とは、一文字たりとも聞き逃してはならない。
 文字とは、一文字たりとも読み逃してはならない」
パタンッ……
 静かに、本が閉じられる。

「楽しみにしているよ、小日向雄真。
 君がその文字からいったい、どんな可能性を生み出すのかを」

37ネームレスⅠ:2012/07/30(月) 00:32:58
「I am the bone of my sword.……おぉ、失礼」

深い闇の中、スポットライトに当てられた丸椅子に座る左目に眼帯をつけた男性。

「もし宜しければ皆様にこのリレー小説をご説明させて頂きましょう」

赤いスーツを身にまとい、髪は黒いスポーツ刈り。

「そもそもこのリレー小説の元となるゲームは一人の男性を巡り六人のうら若き乙女たちが鎬を削る作品。時に協力しあい、時に出し抜きながら最後まで残ったヒロインが恋人の座を得るというもの……なんとスポーツマンシップに溢れた戦いを作り出したことか。ですが、残された問題が一つ、ゲームメイカーと呼ばれる者たちの中にやたらと物騒かつ変態な人物が混じっていること」

男の名は、ストーカーと呼ばれていた。

「しかし、今回のリレー小説はなにやら様子が少し違うようです」

「あぁ、そこの君。この写真の人々を見たことないかい?」

透明なビニール傘をを持った黒い男。
男は優雅な仕草で写真をストーカーに投げる。
投げられた写真をストーカーは掴むと、左手を顎に当てながらしげしげと眺め始めた。
写真に写っていたのは、幼い神月ミサキに神月カイト、そしてこれまた幼い小日向雄真と式守那津音だった。

「さて、この写真の人物たちがどのようなファイトの嵐を吹き荒れさせるのか……」

男の口がとまる。そして……

「それでは!」

赤いスーツを投げ捨て、眼帯を掴み、叫ぶ!

「はぴねすファイト、レディィィ、ゴォォォォォォッ!!!」



『はぴねす!』リレー小説
GA職員「こちら第18AF(アームズフォート)部隊、これより支援を開始する」



「成程……どうしてあの時"私達"が学園に閉じ込められたり、那津音姉さまがこの学園に赴任してきたのか……その理由がわかりましたわ……これはお仕置きが必要ですね」

学園のとある場所、そこで小雪が見る者を凍えさせるような笑みを浮かべていた。
そんな彼女が電話を手に取り、どこかに掛け始める。

「あ、もしもし、トーラス社ですか?……えぇ、そうです。頼みたいものが……大至急、VOB配達で……では、お願いします……あ、そうですわ。仲介人のあの人に今度コジマについて語り"あい"ましょうと言伝をお願いします、それでは、また」

彼女が頼んだものがまさかあんな事になろうとは、この時誰も気づかなかった……

38ネームレスⅠ:2012/07/30(月) 00:34:42
「なんか凄いのいるんだけど……兄さん」
「目を合わせるな、ミサキ。奴は危険だ」

放課後、ミサキとカイトの前に現れたのは魔法服に身をまとい、大量のタマちゃんを浮かべた小雪だった。

「貴方たちの仕業なのはわかってますよ、ミサキさん、カイトさん……」
「何を言っているのですか、高峰先輩」
「我々には何のことやら?」

とぼける神月兄妹。
だが、それが彼女にはお気に召さなかったようだ。

「あくまでとぼけますか……仕方ありません、これを使うしかありませんね」

小雪が呟いた瞬間、タマちゃんに異変が起きた。
タマちゃんのボディに皹が入り、そして、割れた。
現れたのは……

「あんなものを浮かべて喜ぶか、変態が!」

叫ぶミサキ。
無理もない、タマちゃんがアレになったのだから……

「ソルディオスだと……」

怯えるカイト。
仕方あるまい、目の前に変態共の狂気の産物があるのだから……

39ネームレスⅠ:2012/07/30(月) 00:35:14
「兄さん逃げて!コイツは、ヤバイ!!」
「逃がしませんよ……貴様も、春姫達も、私の邪魔をするものは皆死ねばいい!!」

どこぞの警備隊長みたいなことを叫びながらミサキ達に襲い掛かる小雪。

その日、学園に緑色の粒子が吹き荒れた……


「何だよコレ……」

忘れ物を取りに学園に戻った雄真が見たものは、何度かあったあの少女と小雪がバトルを繰り広げている光景。

「逃げよう!」

回れ右をして急速退避しようとする雄真。
しかし……

「えっ……」

雄真目掛け飛来する流れ弾ならぬ流れコジマキャノン。
そして、雄真はその光に飲み込まれた……筈だった。

『神は言っている、ここで死ぬ運命(さだめ)ではないと……』

瞬間、まるでビデオの巻き戻しの様に総てが元に戻っていく。



何もかも……

お見舞いも、秘宝事件も、総てが……

そして……



『はぴねす!』リレー小説
フラン「第2フェイズを開始しましょう」


「いや、戻し過ぎだろ!!」
「ゴメンゴメン、戻しすぎちゃったよ(笑)」



「はっ!?今学校に戻っちゃいけない気がする」

雄真が学校への道でそんなことを呟き……

「逃げて正解だったね、兄さん」
「あぁ、まさか白昼夢があんな形で現実になるとは……」

神月兄妹がソルディオスを大量に引き連れた小雪から身を隠していた。


これは、日常のほんの1ページ。
やがて忘れ去られる、一時の夢。

これ以上はやめておこう
それは、私の語るべき物語ではない
ふさわしい語り部がいるのだから……




オマケ
時が巻き戻る前にあった事……

買い物が終わり、寮に向かう那津音。
そんな彼女の前に一人の男が……

「僕と契約して魔法少女になってよ」

「いかん!時が変わってしまうっ!タイムパラドックスだ!!」


ASCENSION OF THE METATRON

40名無し@管理人:2012/08/02(木) 09:43:54
「はぴねす! リレーSS」第19話 ――名無し(負け組)

 一言で言えば「悪い夢を見た」。

 小雪さんがタマちゃんだけではなく、巨大ロボットまで操るだなんて、想像したくもないぜ。

 最近は、那津音さん絡みで色々あったからな、悪い夢を見たのもそのせいかもしれない。

 さて、夢のことを考えるのはここまでにしよう。

 ……正直、思い出したくないしな。

「あら、雄真さん」

 忘れようとした矢先に、夢で恐ろしい真似をしていた小雪さんが現れた。

「げっ」

「ひどいです。まるで、私に会いたくなかったみたいな反応をされるなんて」

 不満そうに口を尖らせる姿は可愛らしく見える。

 だが、どうしても、昨夜見た夢を思い出して、何かやらかすんじゃないかと恐ろしく感じてしまう。

 まぁ、本人はそんなこと、口が裂けても言えないが。

「ちょっと、間が悪かっただけで、別に会いたくなかったというわけでは……」

「間が悪かった、ですか?」

「いえ、こっちの話なんで、気にしないでください」

「はぁ、そうですか……」

 きょとんと首を傾げる小雪さん。

 納得はしていないようだが、追求はしないでくれるようだ。

 ……助かった。

「それより、雄真さん、一つ忠告があります」

「忠告、ですか?」

「はい」

 なんだろう。

 那津音さんに関することだろうか?

 だが、俺の予想はどうやら外れのようだ。

「……神月という苗字の生徒に気を付けてください」

「神月、ですか?」

 どこかで聞いたことがあるな。

 確か…………そうだ、最近よく会う神出鬼没の女生徒の苗字が神月だった。

「それで、その、神月って生徒がどうかしたんですか?」

「……私に言えるのはそれだけです。それでは」

 険しい表情をして、小雪さんは去っていった。

41名無し@管理人:2012/08/02(木) 09:44:36
 なんだったんだろうな、一体。

 けれど、彼女が言う神月って生徒には警戒しておいたほうがいいだろう。

 何をしでかすか全く読めないからな。

 そう結論づけて教室に戻ろうとしたところで……。

「あら、ゆー君」

「那津音さん」

 今、俺が最も気になっている人物と鉢合わせした。

「こんなところで会うなんて奇遇ね。何をしていたの?」

「ちょっと小雪さんと会って話してただけです」

「小雪ちゃんと? どんな話をしていたのかしら?」

「ちょっと忠告を受けただけです」

 神月という生徒に気をつけろってな。

 しかし、その真意はよく分からない。

 まぁ、小雪さんのことがよくわからないのは以前からだが。

「ふぅーん。でも、小雪ちゃんの忠告は守ったほうがいいと思う」

「はい」

 小雪さんの忠告は当たるからな。

「それはともかく、いつ私を遊びに連れて行ってくれるのかな?」

「唐突ですね……」

 以前、病院で交わした約束のことだ。

 いつ行くかまでは決めてなかったんだよな。

「私、楽しみにしてるんだけどなぁ……」

「俺はいつでも構わないんですけど、那津音さんは先生になったんだから、いつでもってわけにはいかないでしょう」

「それはそうだけど。……ゆーくんはいつでもいいのよね?」

「まぁ、基本的に暇してますから」

 たまに、春姫や杏璃たちから誘われることはあるが、基本的に予定は入っていない。

「それじゃあ、次の休みの日でも、どうかしら?」

「ちょっと気が早いですね」

「善は急げ、よ」

「そうですか? まぁ、那津音さんがいいなら、俺に異論はありませんけどね」

 確かに、早めにこなしておいたほうがいいだろう。

 引き延ばしたら、それこそ忘れてしまいかねないしな。

「良かった。それじゃあ、次の休みの日の9時にこの学校の前で待ち合わせね」

「分かりました」

「楽しみにしてるわね。じゃあ、私は次の授業の準備があるから行くわね」

「はい」

 こうして、俺は那津音さんと別れた。

 しかし、今度の休みは、那津音さんとお出かけか。

 ……楽しみだな。

 自然と緩みそうになる頬をこらえながら、俺も教室に戻った。

 しかし、俺は気付いていなかった。

 那津音さんとの遊びに行く予定を決める会話を、影から聞いていた人物が存在していたことに……。

42叢雲の鞘:2012/08/06(月) 21:52:31
物事の主観と客観とは、時に正反対の答えを出すことがあります

恋の争奪戦もそのひとつ

その光景は、世のモテない男性からすればとても羨ましく思えるもの

しかし、その中心にいる者にとってはどうでしょうか?

恋する乙女たちの想いは時として枷となり、壁となることもあるでしょう

―――さて。

異性として意識し始めた女性「式守那津音」と逢引の約束をした「小日向雄真」ですが、

なにやら、その様子を影から覗いていた輩がチラホラといたようです。

彼女たちの行動はどのような物語を紡いでいくのでしょう。

それでは!

はぴねすファイト、レディィィ、ゴォォォォォォッ!!!


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 20  by叢雲の鞘


授業と授業の間の休み時間。

お花を摘みに行った(変な想像しちゃダメよ☆)あたしは、

雄真と式守先生が話しているのを目撃した。

……ついでに、それを影から覗いている杏璃ちゃんも。

なにか面白そうな予感がしたあたしは、杏璃ちゃんと一緒にこっそり覗くことにした。

雄真と式守先生はなにか真面目な話をしてるみたいだった。

この様子だといい収穫はなさそうだと思った矢先、

「それはともかく、いつ私を遊びに連れて行ってくれるのかな?」

なんとも素敵な言葉を聞いちゃった♪

雄真ったら、みんなに隠れて式守先生とデートの約束をしてたみたいね。

「ねぇ、準ちゃん…………」

なにかしら?

「これって、デートの約束よね?」

そうね、間違いなく“デートの約束”ね。

「そっか、やっぱりそっか。あたしの聞き間違いでもなく、白昼夢でもなく、やっぱりそっか。――よし、殺(や)ろう」

杏璃ちゃん、それは危険すぎるセリフ……って、ちょっと杏璃ちゃん!?

目からハイライトが消えた杏璃ちゃんがパエリアを片手に雄真のもとへ向かおうとしていた。

杏璃ちゃん!……いくら杏璃ちゃんが【ツンデレ】、【ツインテール】(【暴力(すぐに手が出る)】)属性持ちだからって、それは危険すぎるわ!?


結局、なんとか杏璃ちゃんをなだめてバレずにすんだけど、日時とかの詳しい情報はわからずじまいだったのよねぇ。

こんな面白いイベント、逃がしてなるものですか!
……あ、ハチにだけはバレないようにしとかなきゃね♪

43八下創樹:2012/08/10(金) 23:18:33
「ゆーまはどこへ行ったぁぁ!!」
日曜日の午前中。
瑞穂坂から2駅ほど離れたところにある、ショッピングモール“コンプレックス”
その中心に位置する噴水広場に、杏璃ちゃんの叫びが響き渡る。
朝早い時間帯なおかげで、人が少ないのがせめてもの救い。
・・・・・・や、それでも怪奇の視線はあるけどね。もう。

「でもほんと、どこ行ったんだろ。雄真に那津音さん」
「むぅ・・・・・・相変わらず危険感知はハンパないわね。野生じみてる」
(杏璃ちゃんが言うと説得力あるなぁ・・・・・・)
同類評価というか。
杏璃ちゃんの直感力だって尋常じゃないけどなぁ。野生的と呼べるほどに。
「にしても、雄真も雄真よ! 大人の女性とのデートに、フツーに買い物なんて・・・・・・」
「んー雄真にしては及第点だと思うけどなぁ」

雄真は面倒くさいと思うと、家から出ない。むしろ部屋から出ない。
ある意味、ニート予備軍かもしれない。いやほんと。
それだけ、休日は家で寝て過ごしたい人種なのだ。
その雄真が、どこか世間ズレした年上お姉さん相手にデートである。
考え抜いた末のショッピングなんだろうけど、あながち間違いじゃないなぁ、とあたしは思ってたりする。

―――――と、なんか隣のツインテール少女から、可愛らしいお腹の音が聴こえた。

「・・・・・・あ、あはは」
「ふふっ。ちょっと休憩しよっか、杏璃ちゃん」
「さんせー♪ あそこのアイス食べるーっっ」
先程までの不機嫌はどこへやら。
上機嫌で全力ダッシュする杏璃ちゃんの後を追うように、あたしも食べたいアイスを思案することにした。


『はぴねす! リレー小説』 その21っ!―――――八下創樹


「―――はっ!?」
刹那に全身を巡る、例えようのない“何か”に、思わず身体が反応。
それを、テーブル向かいに座る那津音さんは、不思議そうに見ていた。
「ゆー君? どうかした?」
「・・・・・・なんか嫌な気配を感じたもんで」
「・・・・・・殺気?」
「や。あえて言うなら・・・・・・謂れなき八つ当たりな気?」
「ゆー君って、想像力豊かねぇ」
にっこりと微笑む那津音さん。
それはいーんだけど、優しすぎる目がなんだか悲しい。
実際、ほんとに妄想じゃなくて、ここ最近に目覚めた危機感知だと思うんだけど。
「さてさて。デザートも頼んじゃおうかしら♪ ゆー君はどう?」
「あ、じゃあホットコーヒーで」

手を上げて店員を呼ぶと、程なく注文を取りに来てくれた。
で、店員さんが去ったのを確認してから、那津音さんがずいっ、と身体ごと乗り出した。
顔と顔の距離、30㎝。
大したことないかもしれないが、女性相手にこの距離はちょっと心臓によろしくない。
さながらドラムのように鳴り響くくらいには。

44八下創樹:2012/08/10(金) 23:19:22
「・・・・・・前から思ってたけど、ゆー君ってブラック派なんだ?」
「まあ、どちらかと言えば。別にカフェオレが嫌いなわけじゃないですけどね」
「ふぅん・・・・・・大人ねー」
セリフに微かな悪意を感じる。
この場合は、むしろ嫉妬に近いなにかだけど。
「そういう那津音さんは?」
「はい?」
「いや、コーヒーならどっちかって。俺、あんまり那津音さんがコーヒー飲んでるとこ見てないですし」
「まあ・・・・・・家柄? 的にあんまり飲む機会なかったから。・・・・・・飲み慣れてない、と言えば正しいかしら」
「・・・・・・・・・ああ、なるほど」

よーするに、お茶メインな生活だったんだ。
いやまぁ、解らんでもないけど。
巫女装束の格好で、コーヒーとか紅茶は飲まない。
というかシュールだ。
小雪さん辺りなら、逆になんとも思わないかもしれないけど。

「お茶かぁ・・・・・・やっぱ緑茶ですか」
「ですねぇ」
「あー、それって・・・・・・えーと、玉露、とか?」
「・・・・・・・・・・・・まぁ、それなりには」
おおセレブだ。
俺なんか人生で一度も玉露なんか飲んだことないぞ!
「・・・・・・個人的には麦茶とかほうじ茶も好きですよ?」
「俺はもっぱらそっちばっかですけどね」
「ふふ・・・・・・なら今度、ゆー君が家に遊びに来てくれたらご馳走しちゃおっかな」
「マジですか! よっしゃ!」

思わずガッツしてると、那津音さんは楽しそうに笑ってくれた。
なんていうか、少し恥ずかしいけど、こんなことで喜んでくれるなら、まぁ悪くない。
と、店員さんが俺のコーヒーと、那津音さんのデザートを持ってきてくれた。

「パフェですか」
「パフェなんです」
「・・・・・・これまた珍しい」
「何気に食べたことなくって♪」
声がすでに舞い上がってらっしゃる。
那津音さんはお辞儀もそこそこに、パフェを美味しそうに食べ始めていた。
そんな、まるで同級生のようにはしゃぐ那津音さんが、なんだか幸せそうで・・・・・・
自然と、笑顔がこぼれていた。

45八下創樹:2012/08/10(金) 23:19:57
「・・・・・・そういえば、ゆー君」
唐突に、那津音さんが訊いてくる。
パフェの中身は半分以上、無くなっていた。
「はい?」
「ゆー君は進路とか、どう考えてる?」
「進路・・・・・・ですか」
「ええ。やっぱり、魔法使いの道?」

言葉が、詰まった。
気にしてないといえば、嘘になる。
今更、普通科には戻れない気がした。
だけど、春姫や杏璃のように、夢と希望に溢れる未来を想像することも、無理に等しかった。

「・・・・・・ごめんなさい。気に障った、かしら」
「いえ、そうじゃないですよ」

申し訳なさそうにする那津音さん。
むしろ、こっちが申し訳なく思ってしまう。
那津音さんは、単に話題を振っただけなのに、俺個人の事情で空気を悪くしてしまった。
なんていうか、苦しい。
答えられず、場を和ますことも出来ない、自分が。

「・・・・・・那津音さんは」
「?」
「那津音さんは・・・・・・魔法使いを辞めたいって、思ったことあります?」
「―――ないですね」
キッパリと、微塵の迷いもなく、そう答えていた。
「・・・・・・そうですか」
「――――というより、それ以外の道が無かった、というのが正しいけれど」
「・・・・・・」

それが家柄、家名を継ぐことなのだと、那津音さんは言った。
生まれながらにして、決められたレールを進むしかなかった人生。
そこに果たして、幸福などありはしたのだろうか。

「空を自由に飛べない、凧みたいなものですね」
「それで言うなら、今の私は糸の切れた凧ですよ?」
「・・・・・・いい表現ですね」
「ゆー君こそ」

パフェを食べ終え、満足気に座り直す那津音さん。
合わせるように、カップに残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
(・・・・・・)
喉元を通りすぎるカフェインを感じる。
苦味が舌先にまで届き、微かに涙腺が肥大化する。
それに煽られたのか、弱音が口からこぼれていた。

「・・・・・・那津音さんは」
「???」
「魔法を使ってて、幸せでしたか・・・・・・?」
「んー・・・・・・ええ、そうね」
「―――――」

やっぱり、この人は凄い。
自分には無い、強い意志と自信がある。
俺なんかの悩みなんて、きっとこの人にはなんてこと―――――

「だって、ゆー君と逢えたから」
「―――――へ?」
「少なくとも、私も、ゆー君も、魔法使いじゃなかったら、出会ってなかったんじゃないかな・・・・・・」
「・・・・・・」
「そしたら、ほら。それだけでも意味はあるって思えないかな?」

微笑んでいた。
なんていうか、これ以上ないくらい満ち足りた笑顔で、幸せそうに―――――
那津音さんは、笑顔であふれていた。

「――――はい! この話はこれでおしまい!」
「え?」
「せっかくのゆー君とのデートなんだから。もっと楽しく、ね?」
「―――――」

あぁ、なんていうか。
敵わないなぁ。
今更ながらに、那津音さんに、見惚れてしまった。
こんなに楽しそうな那津音さんに、つられて笑顔になる自分。
単純だけど、でも良かった。
そんな理由で。それだけで幸せを感じるなら、きっとそれが、何よりの――――――


時刻は丁度お昼時。
今日という日はまだ終わっていない。
さぁ、午後からも那津音さんと、買い物巡りと行きますか。

46TR:2012/08/11(土) 01:16:08
昼食を終えたあたし達は、ショッピングモール内のベンチに腰かけていた。

「よーし、お昼を食べて元気満タンッ!」
「そ、そう。それはよかったね」

あたしは苦笑しながら杏璃ちゃんの言葉に答える。
今日ほど春姫ちゃん達がすごいかが分かった日はないほどに、あたしは杏璃ちゃんの勢いに押されていた。

(まあ、機嫌が直ってくれたんだからいいのかな)

おいしい料理は、怒りすらも忘れさせてくれると聞いたような気がするから、きっとそれだよね。

「さて、それじゃあ……ゆーまを探すわよぉっ!」
「あ、あはは……」

あたしは、杏璃ちゃんの気合に満ちた声を聴きながら、雄真たちを探すべく歩き出すのであった。


『はぴねす! リレー小説』 その22ッ!――――TR


昼食を終えた俺と那津音さんはショッピングを再開させていた。
今の状況を簡単に説明しよう。
腕を組まれている、以上だ。
我ながら本当に分かりづらい。
正確には、レストランを後にした時にはすでに腕を組まれていた。
俺は横に歩く那津音さんの方を横目で見てみた。

「……♪〜」

ご機嫌だった。
これ以上ないほどの幸せに満ちた表情をしていた。

「ん? なにかな、ゆー君?」
「あ、えっと……」

俺の視線に気が付いたのか、那津音さんがキラキラと光り輝く表情で聞いてきた。

「どうして腕を組むんですか?」

突然の事で頭が真っ白になっていた俺は、致命的な質問をしてしまった。

「それはもちろん、組みたかったからです……もしかして、お嫌でしたか?」

那津音さんの前半部分の答えに、ツッコむ余裕は俺にはなかった。
さっきまでの嬉しそうな笑顔がまるで嘘のように消え、ものすごく悲しげな表情を浮かべていた。

(や、ヤバいッ!)

俺の脳内には地獄絵図が繰り広げられた。

『小日向雄真ぁッ! そなたよくも那津音姉さまを悲しませたなッ! 成敗してくれるッ!』

怒り狂う伊吹と、目の前に迫ってくる大量の魔法弾。

(…………それだけは防がなくてはっ!)

「い、いえ。嫌ではないですッ!」
「そうですか、安心いたしました」

ほっと安心した様子の那津音さんに、俺は胸を撫で下ろした。
とにかく、たとえ怒り狂ったとしても、伊吹はあんなことは言わないはず。
………たぶん。
どうもこの間の”悪夢”等が、少しばかり影響しているのかもしれない。
それはともあれ、俺は那津音さんを連れてのショッピングを再開させるのであった。

47TR:2012/08/11(土) 01:17:30
「一杯あるわね〜」
「まあ、服屋ですからね」

那津音さんが目を付けたのは、よくある服屋だった。
那津音さんは服屋に入ると、目を輝かせて洋服を見ていた。

「うーん、どれも似合いそう」
「だったら、試着をしてみたらどうですか?」

目に入った青地のジャケットを手に悩んでいる那津音さんに、俺はそう言った。

(あ、試着について説明した方がいいかな?)

「それもそうね。じゃあ、ちょっと着てみるね」
「あ、はい」

どうやら俺の心配は思い過ごしに終わったようだ。
那津音さんはいくつか洋服を手にすると、すぐそばの試着室へと向かった。
俺は、その場で待つことにした。

(まあ、当然だよな)

試着室の事を知らないなんてことは、那津音さんにあるわけないよな。
いくら箱入り娘だったとしてもそのくらいの知識は持っている。

「ゆー君」

那津音さんに対して失礼な事を考えてしまったなと心の中で反省していると、那津音さんから声が掛かった。

「はい、どうしたんです……か」

那津音さんがいるであろう方向に目を向けた時、俺は思わず言葉を失った。
それは那津音さんの服装にあった。
白地のシャツの上に着ている青地のジャケット、そして水色のスカートと言う姿は俺の知っている那津音さんとは別人だと思い込ませるほどにまで似合っていた。

「どうかな……似合っているかな?」
「あ、はい。とても似合ってます」

俺の答えに、那津音さんは笑顔で喜んで元の服に着替えると告げると再び試着室のドアを閉めた。
結局那津音さんは、手にしていた洋服を買うことにしたようだ。

「彼氏さんですか?」

会計していると、レジに立っていた女性が俺の方を見ながら那津音さんに聞いた。
俺と那津音さんの背丈はさほど変わらない。
若干那津音さんの方が大きい方だ。
だからこそ、間違ってもおかしくはないのだ。

「はい♪」

それに対して那津音さんは笑顔で頷いた。

「………」

その笑顔を見ていると、否定をしようとしていた気持ちはまるで煙のように消えて行った。

(今日の俺はどうかしてるな)

俺は心の中でそうぼやいた。
どうも今日は心を揺さぶられるのが多い日だ。
それは良いことに見えるだろうが、俺にとっては少しだけ怖くもある。
俺が知っている自分ではなくなっていくような感じがするからだ。
そんな事を思っていると、会計は終わり俺達はお店を後にするのであった。

48TR:2012/08/11(土) 01:18:13
「本当に良かったんですか?」
「いいのいいの。ゆー君にお金を出させるのは教師として、彼女としていけないからね」

先ほどの服の代金は那津音さんが全額支払っていた。
更に言えば昼食代までもだ。
那津音さんの言葉に俺は、少しだけ甲斐性がないよなと自分で思ってしまうあたり、とても心が痛かった。

(そうだっ!)

その時、俺は那津音さんにプレゼントしようという案が思い浮かんだ。
今日の記念にと渡せば那津音さんはきっと喜ぶだろうし、俺自身も申し訳なさが少しは和らぐかもしれないと思ったからだ。

(後は、どうやってそのことを悟られないようにするかだ)

プレゼントを買いに行くことを知られたら万事休すだ。
やはりこういう事は驚かせてナンボだ。

「あ、那津音さん」
「なにかな? ゆー君」

一通り計画を練った俺はさっそく実行に移すべく那津音さんに声をかけた。

「すみません。ちょっとお手洗いに行ってくるので、待っててもらっていいですか?」
「ええ、ここで待ってるね〜」

俺は那津音さんに一礼すると、駆け足で那津音さんの元から離れた。

(さすがに下品だったよな。あれは)

どうやって離れるかを考えた結果が『お手洗いに行く』ことだった。
そうでなければ那津音さんもついて行くと言いかねないからだ。

「今更悔いても仕方ないし、とっととプレゼントを買うか。幸い何を買うかはもう決めてあるし」

俺はすぐさま気を入れ替えると、先ほどより速度を上げてプレゼントを買うためにお店の方へと向かうのであった。



★ ★ ★ ★ ★



この時、小日向雄真は大きなミスを犯していた。
それは、那津音から離れる言い訳ではない。
離れた場所にあった。
そこはショッピングモールの端側の方で、お店の数も少なく人通りがあまり少ない場所だったのだ。
つまりは……

「君可愛いね〜、今一人?」
「俺達と遊びに行かねえ? 良いお店知ってるんだぜ」

那津音に声をかける金髪の男二人組。
それは、所謂ナンパであった。

49七草夜:2012/08/16(木) 16:24:43



 式守那津音は困っていた。
 デート相手の小日向雄真がいなくなった途端、ナンパをしてきた二人組。
 何だかんだで箱入りのお嬢様である彼女は無碍に追い払うことが出来ずにいた。

「あの、人を待ってますんで……」
「それって女の子? なら一緒に行こうって」
「そうそう、野郎だとしても君みたいな女性を放っておいてるような奴ならどうでもいいって」

 好きな人のことを悪く言われ、ムッとするものの強く出れない。
 今まで出会った多くの人物が年下だったので多少余裕を持って接することが出来た。
 雄真の前に至ってはお姉さんぶってたくらいだ。

 だが、しかし。彼女はつい最近まで眠りについたままで、ようやく目覚めたばかりなのだ。
 外見こそ年相応に成長しているものの、中身は眠りについた当時となんら変わりない。
 「式守家当主の後継として相応しい自分」を演じていたあの頃のまま。

 あの時、立場をまったく気にせず遠慮なしに接してくる人間は少なかった。
 伊吹も小雪も那津音を理想の姉として接し、彼女自身もそうであろうと努力してきた。
 ゆえに本当の彼女に触れた者は実のところかなり少ない。
 その数少ない一人が雄真であり、そしてもう一人――

「なぁ、取り合えず店の前にでも行こうって」
「そーそー、その後付き合うかどうかはその後で判断してくれりゃ良いからさ!」
「えと……あの……困ります……」

 とにかく、そういう立場でもあったので彼女にこのような邪まな考えを持つ人間が近づくことはなかった。
 護衛が常にそばにいたし、そもそも式守家当主後継者という立場上、こうして外へ自由に歩き回ることすら簡単にはいかなかった。
 ゆえにこういった時の対処の仕方が彼女には分からなかった。
 返事がしどろもどろになって困り果てたその時。

「こらぁぁぁぁぁぁ!!! アンタ達那津音さんに何してんのよぉぉぉぉ!!!」

 元気いっぱいの声が辺りに響いた。



 「Happiness! Relay SS」Episode23



 一度は二人を見失った杏璃と準だったが実のところ、探すあてが無い訳じゃなかった。
 何せ二人とも雄真がどういった人物であるか、ある程度熟知してるからである。
 特に準は既に何度も雄真と二人で買い物に出かけたこともあり、ある程度思考パターンは分かっている。
 面倒くさがりな雄真が女性好みの店を把握してる訳が無く、積極的にエスコートするとは思えない。
 かといって自分が行きたい場所に優先して行くほど無神経なわけでもない。
 そうなると那津音の行きたい場所に彼が合わせる、という構図が容易に浮かぶ。
 那津音が自分達よりも年上であり、生徒を引っ張る教師であるというのがその想像をより容易くする。
 では那津音の好きそうな場所へ行けば良い……とはいえ、彼女達はまだ那津音との付き合いは長くないゆえに流石にそこまでは分からない。
 だが自分達は伊吹で見慣れてきている故に忘れがちだが銀髪の赤い目という要素はとにかく目立つ。
 故に探すのはそこまで難しい事ではなく、「雄真が一人じゃまず行きそうにない場所」で「銀髪の目立つ容姿の女性」という具合に二人を探し始めた。
 そしてわりとあっさり見つけることが出来た。……いさささか状況は想定外だったのだが。

「こらぁぁぁぁぁぁ!!! アンタ達那津音さんに何してんのよぉぉぉぉ!!!」

 那津音がナンパに困っているという状況を見ると杏璃はそれ以上深く考えることはなくすぐさま怒鳴りながら割って入った。
 正直、準としては隙を突いて那津音を強引に連れ出すというのが自身の経験上、もっとも理想的だったのだが早速破綻したことを理解した。

「(まぁ、あの方が杏璃ちゃんらしいもんね)」

 嘆息を吐きつつも準は周囲を見渡し、雄真がこの辺りにいないことを確認する。
 なんてタイミングの悪い、と思いはしたものの取り合えず自分も二人にもとへと駆け寄った。

「那津音さん困ってるでしょ! さっさと離れなさいよ!」
「あぁ、なーんだ、待ち合わせって女の子だったのか。だったら君達も一緒に行こうよ」
「話聞きなさいよ! というかアンタ達のような連中となんて絶対にお断りよ!」
「あの、杏璃ちゃん? あまり挑発するような事は……」

50七草夜:2012/08/16(木) 16:31:02

 準はファッション雑誌の読者モデルとして活動していることもあって何度かこういうことは経験したことがある。
 大体は笑って誤魔化して断るのがお互いにとって後腐れなく、最も良い方法だったのだがそれすらも今は無理そうだ。
 尤も、正義感の強い杏璃がこの場面を見て黙って見てるはずがないのである意味想定内ではあるのだが。
 しかし杏璃の行動が想定内であっても相手の男達の行動は準には読めなかった。

「あーあ、なんか面倒くせぇなぁ、もう」
「ちょい強引にでも連れてくか?」
「(ちょっ!?)」

 まさかここまで簡単に痺れを切らしてしまうとは予想してない。
 男達のあからさまに物騒な発言に内心あせり始める。

「何よ、アンタ達なんて私の魔法で――」
「杏璃ちゃん、それは駄目。こんな人通りの多いところで魔法なんて使ったらどんな被害が出るか……」
「……くっ!」

 男達の発言に魔法を行使しようとした杏璃をすぐさま止める那津音。
 休日の賑わいを見せる商店街では確かにちょっとした間違いで無関係の人間を巻き込んでしまいかねない。
 杏璃自身、性格上ここぞという時に魔法を暴発してしまい兼ねない悪癖がある。この状況で使えるはずが無かった。

「(弱ったわね……)」

 準はどうこの場面を切り抜けたらいいか、考える。
 一番良いのは出来る限り時間を稼いで雄真がこの場に戻ってくるのを待つことだ。というよりも、それ以外に選択肢が取れない。
 周囲でこちらを見ている人間がいるものの、遠巻きに見ている以上助けを求めることは恐らく適わない。
 迂闊に武力行使をするわけにもいかない以上、「男がいる」ということで場のアドバンテージを取り戻したい。
 準自身も性別は男ではあるものの、知らない人間にそう見られる事がないのは誰よりも理解している。
 となると何をしているのかは知らないがいずれ戻ってくるであろう雄真に賭けるしかない。
 問題は――

「ほら行こうぜ、悪いようにはしないからさ」
「絶対にイヤッ!」

 ――それまで黙っていられない相手と杏璃だろうか。
 負けず嫌いな性格の杏璃はとにかく舐められて黙っている筈が無い。
 それは時にトラブルを引き起こすものではあるが、こういう状況では心強くある。
 おかげで準もこうしてどう対処したものか、考えることに集中していられるのだから。
 しかし相手もそのチャラついた外見に相応しく、簡単に切れるとなると油断出来ない。
 この人ごみの中、下手に逃げるようなことをしたらそれはそれで周囲の人間に何をするか分からない。
 さてどう時間を稼いだものかと再び頭を働かせようとした時である。


「佐東カズアキ、年齢24歳、職業フリーター、こんな休日の日中から働き口を探すこともせず暇なことだ」


 人ごみの中から一人の男が現れた。
 文庫本を手に持ち、能面のような表情で淡々と呟きながら。

「な、なんだてめぇ……なんで俺のこと知ってやがる!?」

 ナンパ男のうち片方が少々青い顔をしながら反応する。
 どうも知り合いではないようだが、少なくとも今現れた男の方はこの男達のことを知っているらしい。
 いや、彼だけではない。

「あの人は……」

 那津音もまた妙な反応を見せたのに杏璃と準は気がついた。
 どうやら那津音もまた彼のことを知っているようだ。
 男は一瞬だけ那津音に視線を向けるとすぐさまナンパ組に戻し、呟きを続ける。

「御堂ケイタ、年齢25歳、職業同じくフリーター、ただし人には大っぴらに言えないある手段で収入を得ている」
「俺のことまで……マジでテメェなにもんだ!?」

 淡々と二人のプロフィールを上げ、そしてそれが事実であることが二人の態度から判明する。
 今までずっと言い寄られていた三人も呆気にとられ始めていた。

「誰でも良い。お前達が理解すべきなのは、俺がお前達の事を知っているということだ。なんならもっと語ろうか? お前達の住所、そして――」

 男はツラツラと特定の住所や個人情報を口にする。
 それが事実であることは最早表情を見なくても明らかだった。

「な、な、なんで……」
「さて何故だろうな。だが今最も気にすべきことはそれか?」

 全く声音を変えることなく淡々と自分達のプロフィールを口にする男に二人は恐怖を覚えた。
 理解する。この男は――例え普通の人間なら躊躇することであろうと平然とする、と。
 今口にされたこと。そして口にはしなかったがある程度知られている以上ほぼ間違いなく知られている事。
 蟻を踏み潰すように社会的に抹殺され兼ねないと。


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