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はぴねす! リレーSS 本スレ

50七草夜:2012/08/16(木) 16:31:02

 準はファッション雑誌の読者モデルとして活動していることもあって何度かこういうことは経験したことがある。
 大体は笑って誤魔化して断るのがお互いにとって後腐れなく、最も良い方法だったのだがそれすらも今は無理そうだ。
 尤も、正義感の強い杏璃がこの場面を見て黙って見てるはずがないのである意味想定内ではあるのだが。
 しかし杏璃の行動が想定内であっても相手の男達の行動は準には読めなかった。

「あーあ、なんか面倒くせぇなぁ、もう」
「ちょい強引にでも連れてくか?」
「(ちょっ!?)」

 まさかここまで簡単に痺れを切らしてしまうとは予想してない。
 男達のあからさまに物騒な発言に内心あせり始める。

「何よ、アンタ達なんて私の魔法で――」
「杏璃ちゃん、それは駄目。こんな人通りの多いところで魔法なんて使ったらどんな被害が出るか……」
「……くっ!」

 男達の発言に魔法を行使しようとした杏璃をすぐさま止める那津音。
 休日の賑わいを見せる商店街では確かにちょっとした間違いで無関係の人間を巻き込んでしまいかねない。
 杏璃自身、性格上ここぞという時に魔法を暴発してしまい兼ねない悪癖がある。この状況で使えるはずが無かった。

「(弱ったわね……)」

 準はどうこの場面を切り抜けたらいいか、考える。
 一番良いのは出来る限り時間を稼いで雄真がこの場に戻ってくるのを待つことだ。というよりも、それ以外に選択肢が取れない。
 周囲でこちらを見ている人間がいるものの、遠巻きに見ている以上助けを求めることは恐らく適わない。
 迂闊に武力行使をするわけにもいかない以上、「男がいる」ということで場のアドバンテージを取り戻したい。
 準自身も性別は男ではあるものの、知らない人間にそう見られる事がないのは誰よりも理解している。
 となると何をしているのかは知らないがいずれ戻ってくるであろう雄真に賭けるしかない。
 問題は――

「ほら行こうぜ、悪いようにはしないからさ」
「絶対にイヤッ!」

 ――それまで黙っていられない相手と杏璃だろうか。
 負けず嫌いな性格の杏璃はとにかく舐められて黙っている筈が無い。
 それは時にトラブルを引き起こすものではあるが、こういう状況では心強くある。
 おかげで準もこうしてどう対処したものか、考えることに集中していられるのだから。
 しかし相手もそのチャラついた外見に相応しく、簡単に切れるとなると油断出来ない。
 この人ごみの中、下手に逃げるようなことをしたらそれはそれで周囲の人間に何をするか分からない。
 さてどう時間を稼いだものかと再び頭を働かせようとした時である。


「佐東カズアキ、年齢24歳、職業フリーター、こんな休日の日中から働き口を探すこともせず暇なことだ」


 人ごみの中から一人の男が現れた。
 文庫本を手に持ち、能面のような表情で淡々と呟きながら。

「な、なんだてめぇ……なんで俺のこと知ってやがる!?」

 ナンパ男のうち片方が少々青い顔をしながら反応する。
 どうも知り合いではないようだが、少なくとも今現れた男の方はこの男達のことを知っているらしい。
 いや、彼だけではない。

「あの人は……」

 那津音もまた妙な反応を見せたのに杏璃と準は気がついた。
 どうやら那津音もまた彼のことを知っているようだ。
 男は一瞬だけ那津音に視線を向けるとすぐさまナンパ組に戻し、呟きを続ける。

「御堂ケイタ、年齢25歳、職業同じくフリーター、ただし人には大っぴらに言えないある手段で収入を得ている」
「俺のことまで……マジでテメェなにもんだ!?」

 淡々と二人のプロフィールを上げ、そしてそれが事実であることが二人の態度から判明する。
 今までずっと言い寄られていた三人も呆気にとられ始めていた。

「誰でも良い。お前達が理解すべきなのは、俺がお前達の事を知っているということだ。なんならもっと語ろうか? お前達の住所、そして――」

 男はツラツラと特定の住所や個人情報を口にする。
 それが事実であることは最早表情を見なくても明らかだった。

「な、な、なんで……」
「さて何故だろうな。だが今最も気にすべきことはそれか?」

 全く声音を変えることなく淡々と自分達のプロフィールを口にする男に二人は恐怖を覚えた。
 理解する。この男は――例え普通の人間なら躊躇することであろうと平然とする、と。
 今口にされたこと。そして口にはしなかったがある程度知られている以上ほぼ間違いなく知られている事。
 蟻を踏み潰すように社会的に抹殺され兼ねないと。

51七草夜:2012/08/16(木) 16:31:37


「今、この場を立ち去ればこの情報も忘れよう。が、あまりゴネるようであれば――」

 ポイッと男は二人に対して持っていた文庫本を放り投げ、二人組の片方の胸元に当たって地面に落ちる。
 準たちの位置からでは見えなかったが男達はその本のタイトルを眼にした途端、ますます顔を青くさせた。
 そして互いに顔を見合わせると声も上げずに一目散にその場を逃げ出していった。

 見えなくなると男は無言で落ちた本を拾い、パッパッと埃を落とす。
 そこで準にはようやく本のタイトルが見えた。タイトルは――『告発』。

「やれやれ……妹の付き合いついでに本屋に寄ろうと思ったらこのような場面に出くわすとはな。何事もないようで何よりだ」

 若干疲れたような口調になって男からそれまで張り詰めていた雰囲気が無くなった。
 杏璃も準も自分達を助けてくれたのだとようやく理解し、ようやく一息ついた。

「あの、ありがとうございました」

 那津音が男に対して頭を下げる。

「気にしないでくれ。本当は放っておくつもりだったんだが貴女の王子様の到着が遅れているようなんで勝手に手を出しただけだ」

 男は手を振ってそう言う。

「王子様って……ひょっとしたアンタ、那津音さんに連れがいるって知ってたの?」
「あ、杏璃ちゃん、流石に失礼じゃ……」

 発言に引っかかったのか、杏璃が途端に訝しげに男を問い詰める。
 今助けてもらったばっかりの人間に対しそれは無いだろと準が諌めようとすると男は軽く笑う。

「先日赴任したばかりのうちの教師が生徒と歩いていたらそれだけで目立つに決まっているだろう」

 その発言にようやく三人はこの男が瑞穂坂学園の生徒なのだと理解した。
 同じ学園の生徒であるのなら、先ほどの謎の情報通っぷりを見せた彼なら確かに那津音と雄真の関係を知っていてもおかしくない。
 那津音としてはむしろそれはそれで別の問題が発生するのだが――

「あぁ、特に言い触らすような真似はしないんで安心してくれ。個人の男女関係にまで口を挟む気は無い」

 こちらの表情から察したのか、特に口にするまでもなく男はそう言った。
 安心したとまでは言わないものの、そう言ってくれたことである程度、落ち着くことが出来た。

「それにしても雄真の奴、こんな時に何やってんのよ!」

 と、そこで杏璃が思い出したようにこの場にいるはずの人間に対しての不満を漏らした。
 準もまた苦笑しながら同調する。

「確かに今回は間が悪かったわねー」
「仕方ないわよ。ゆー君、お手洗いに行っちゃったから」
「だからとしてもこんな時に女性待たせるなんて本当にアイツはー!」

 怒る杏璃にそれを宥める準と那津音。
 男はその様子を苦笑して見つめながら口にする。

「まぁ、彼のことはあまり責めないことだ。多少不用意ではあったが彼の行動にはある意図がある」
「意図?」

 明らかに何か知ってるだろという男の様子に女性陣三人は聞き返す。
 男はそれ以上の情報は口にせず、ただ「すぐに分かる」と返すだけだった。

「さて、俺もこう見えて妹とデートの約束でね。あまり待たせると文句言われそうなんでそろそろ行かせてもらう」

 多少冗談めいた調子で男は会話を打ち切る。
 これ以上は何も喋る気はないと理解した三人も渋々追及することを諦めた。

「改めて困ってたところを本当に、ありがとう」
「礼ならもう受け取った」

 那津音の改めての礼に対して男はあっさりと言う。
 これ以上は言っても無駄だと理解し、ただ一言。

「じゃあ、また学校でね」

 短い言葉に、手を上げることで返事を返し男は再び人ごみの中に紛れて行った。
 去り行くその背中を見つめて那津音はふと思う。

「(どこかで会ったような……?)」

 そう思うものの首を横に振って否定する。
 彼が生徒であるということは雄真達とほぼ同年代だ。
 そして自分の記憶は昔のある時点で止まっており、過去の事に関しては他の人間以上に覚えている。
 昔会ったのなら伊吹や小雪、そして雄真同様がすぐに思い浮かぶはずだ。単なる既視感だろうと那津音は判断し、それ以上考えるのをやめた。

「そういえば、貴女達はどうしてここに?」

 疑問を今目の前にいる二人に移し、目を泳がせる二人に何かあるなと思い問い詰めることにした。
 こうして雄真が戻ってくるまでの間、三人で過ごし続けていた。

52名無し@管理人:2012/08/19(日) 14:07:07
はぴねす!リレーSS 24話 担当―名無し(負け組)

「プレゼントを買うのに、思ったより時間がかかっちまったな……」

 早く戻らないとな。

 何か嫌な予感がするし……。

 そう思って早足で那津音さんと別れた場所へ向かおうとした矢先のことだった。

「あら、奇遇ね。小日向雄真」

 知った女子の声を聞いて、つい足を止めてしまう。

 振り向くと、そこには最近よく見る美少女の姿があった。

 確か、名前は……。

「神月ミサキ。人呼んで、呼ばれなくても飛び出るいい女」

「それ、はた迷惑じゃね?」

 そもそも、いい女は呼ばれなかったら出てこないと思うんだが。

 あと、誰がこいつのことを、そんな風に呼ぶのだろうか。

 俺の疑問は疑問が絶えないが、突っ込んだところでキリはないので、やめておくことにした。

「で、お前はこんなところで何を?」

「単なるデートの待ち合わせよ」

「ふーん」

 彼氏いたんだ。

 まぁ、自分で言っていたけど、見た目はいいし、いてもおかしくはないか。

「ちなみに、彼氏じゃないわよ」

「そうなのか? ……って、何故、俺の考えていることが分かったんだ?」

「私は神月ミサキ。見ただけであらゆる先が見える女」

「その口上、好きなのか?」

「別に」

「あっそ」

 何かペースが狂うなぁ……。

「小日向雄真。差し詰め、あなたは、デートの途中でプレゼントを買うために、お手洗いと偽り一緒に出かけている女性と別行動中ってところね」

「……」

 水を口に含んでいたら、神月の顔に向かって全力で吹き出しかねないくらいに驚いた。

 こいつ、どこまで分かっていると言うんだ……?

「それはさておき、早く戻ったほうがいいかもしれないわね。今、少々、あなたにとって面倒なことになっているかもしれないから」

「なんだって……?」

 それは聞き捨てならないな。

 一刻も早く戻らなければ。

「……そもそも、神月が声をかけなきゃ、俺は早く戻れたんじゃね?」

「責任転嫁は良くない」

 ですよねー。

「そういうわけで、俺はもう行くからな。神月も早く相手が来るといいな」

「ええ。では、また会いましょう」

53名無し@管理人:2012/08/19(日) 14:07:49
 こうして、俺は神月と別れた。

 出来れば、あまり会いたくない気もするけどな。

 なんて、感想を抱いて、駆け足で那津音さんが待っているであろう場所に向かっていると、1人の男とすれ違う。

 本来なら、そんなこと気にもとめないんだが、その男に何故か既視感があったので印象に残ったのだろう。

 そして、その男に、すれ違いざまに、言葉をかけられたような気がした。

「己の目的を果たすためだとはいえ、女性を1人にするとは感心できないな」

 と。

 どうして、俺が那津音さんを待たせていることを知っているのか疑問に思ったが、一瞬だけ足を止めて振り返ると、その男の姿は人ごみに消えていて見当たらなかった。

 なので、すぐにまた駆け出し、那津音さんの待つ場所まで戻ってくる。

 だが、彼女の傍には、何故かよく知った2人のクラスメイトの姿が見えた。

 ……何故、あいつらが、那津音さんと一緒にいるんだ?

 疑問を覚えつつ、俺は3人の元へ近付いていくのだった。

54TR:2012/08/19(日) 22:40:03
「みぃつけたぁッ!」
「のわぁ!?」

近づいていくとクラスメイトの一人である杏璃は、般若も逃げだしたくなるような恐ろし形相で、パエリア片手に迫ってきた。
その時間、およそ3秒。
なんという素早さなのだろうと、どうでもいいことを考えることが出来るあたり、俺もずいぶんと余裕があるんだなと実感した時であった。


はぴねす!リレーSS その25――――TR 『意外な一面と別れ際のXX』


「雄真、一体今まで何をやってたのよ!」
「いや、それをそのままお前たちに返し――「い・い・か・ら、答えなさい!」――ちょっとお手洗いに行ってただけだ」

俺の疑問を言葉の節々に、殺気を放ちながら遮ってきたため、俺は那津音さんにしたのと同じ言い訳を口にした。

「仮にもデートなのに、普通女の人をここに放置する? だからナンパ男が寄ってくるのよッ!」
「いや、これはデートじゃ………って、ナンパ男?」
「そうよッ! さっきまでナンパ男に声を掛けられてたのよッ!!」

今にもパエリアを振り上げようとする勢いで声を荒げる杏璃に、もう一人のクラスメイトの準が必死に押さえていた。
何ともまあ異色の組み合わせだった。

(いつもは春姫がこういう時に抑えていたためだが)

「あたし達がたまたま那津音さんの姿を見かけて割って入ったからいいけど」

杏璃の言葉に、準が不自然に視線を逸らした。
それはともかく、考えても見れな那津音さんを一人にさせたのは男としてはダメな行動だったことは確かだ。
なので俺は那津音さんの前まで移動すると、頭を下げた。

「すみませんでした」
「いいのよ。良い社会勉強にもなったわ。それに、今度来たときは”丁重に”お引き取り願いますから。フフフフ……」

俺の謝罪に、那津音さんは快く許してくれた。

「「「……」」」

だが、俺達は口元に手を当てておしとやかに笑う那津音さんの姿に、違う意味で固まっていた。

(あの”丁重”というのは、話し合いだよな? そうだよな!?)

とてつもなくだが、ナンパ男が宙を飛ぶ姿を想像してしまった。
それを想像させるほどに、那津音さんの笑う姿にはぞっとさせられたのだ。

(那津音さんって、もしかして腹黒かったりして)

そんな那津音さんの意外な一面を見つけた俺だが、一つだけ問題が残っていた。

「準たちはこれからどこに行くんだ? 俺達は向こうの方に行こうと思ってたんだが」
「き、奇遇ね。あたし達もあっちに用事があるのよ」
「「………」」

今度は俺と那津音さんが固まる番だった。
俺の中で、この二人がここにいる理由がようやく分かった。
それは、俺達を付けてきていたからだ。
だとすれば、このままでは非常にまずい。
もしこのままだと、俺のかった那津音さんへの”プレゼント”が渡しづらくなってしまう。
だとすれば、俺達のすることは一つだけだった。

「そうか。それじゃ、行来ますか? 那津音さん」
「ええ」

那津音さんも俺が何をしようとしているのかが分かっているのか静かに頷いてくれた。
そして、そのまま俺が指さした方向へと歩き出す。
俺と那津音さんが前で杏璃達が後ろと言う形だ。
少し歩いたところで、俺と那津音さんは視線を交えた。
そして小さく頷くと、一気に駆け出した。

「あ、待ちなさいッ!!」

駆けだしたのと少しだけ間をおいて杏璃達が追いかけてきた。
だが、そのことは織り込み済みだ。
那津音さんがいなければ、撒くことはできなかっただろう。
つまりは……

「――――――」

那津音さんが唐突に詠唱を始めた。
そして、呪文を紡ぎ終えた瞬間、俺達は一瞬中に浮かんでいるような感覚がした。
そして気づけばそこは俺達がいつも学園に向かう時に通っている、通学路であった。
それは那津音さんの転移魔法であった。

「なんとか撒けたわね」
「まあ、これで撒けなかったらすごいを通り越しますけどね」

那津音さんの言葉に、俺は苦笑を浮かべながら返した。
あの転移魔法について行けるのだとすれば、相当のやり手だろう。
それも伊吹クラスの。
そして俺達は再び歩き出す。
式守家方面に向かう道と、小日向家へと向かう分かれ道まで。

55TR:2012/08/19(日) 22:40:50
「今日はありがとね。とても楽しかったわ」
「いいえ、こちらこそ」

夕暮れ時、分かれ道に差し掛かると那津音さんは静かに口を開いてお礼を述べた。

「あ、那津音さん」
「何かしら? ゆー君」

俺は出すのならこのタイミングしかないと思いついに切り出すことにした。

「那津音さんに渡したい物があるんです」
「え?」

俺の言葉に驚く那津音さんをしり目に、俺は上着の内ポケットから一つの紙袋を取り出した。

「プレゼントと言うのには及びませんが、一緒に歩き回った記念でどうぞ」
「あ、ありがとう。開けてもいいかな?」

呆然とした様子の那津音さんの問いかけに、俺はどうぞと答えた。
那津音さんは紙袋の封を開けて中身を取り出した。

「うわぁ……」

それを見た那津音さんは、感嘆の声を上げる。
俺が買ったもの……それはネックレスだ。
先端の方にはクリスタルがつけられている。

「こんなきれいなもの、本当に私がもらってもいいの?」
「はい、ぜひとも貰っちゃってください」

貰うのを渋っている那津音さんに、俺はそう答えた。

「ありがとう。でも、これ高かったですよね?」
「高くはありましたが、お店の記念で安くなってたんですよ。だから心配しないでください」

那津音さんの心配そうな問いかけに、俺は笑顔で答えた。
実際の所は、セールで安くなっていた商品を、さらに値引き交渉をしていたのだが。
最初のころは店員も断っていたが、事情を説明すると渋々といった様子で値引き交渉に応じてくれた。
とは言え、すももにお小遣いの前借を頼む必要はあるだろうが。

「付けてみてください。きっと似合うはずですから」
「そう? それじゃあ……」

俺が付けるように促すと、那津音さんはネックレスを首につけた。

「どうかしら?」
「はい、とても似合っていますよ」

ネックレスを付けた那津音さんの姿は、全く持って違和感など感じられなかった。
那津音さんに会った時の印象とそっくりだと感じた石だったので、合うと思っていたためにこれにしたのだ。

「ありがと、ゆー君」
「それじゃあ、また明日」

那津音さんのお礼に、俺は一礼するとそう告げて俺の家の方向へと、分かれ道を進んだ。

「あ、待って」
「な、何ですか?」

俺は那津音さんに呼び止められたので振り返った。

―ちゅ―

「え?」

突然の事に、俺は頭の中が真っ白になった。
振り返るのと同時に、俺の頬に柔らかい物が触れたかと思うと、それはゆっくりと離れた。

「じゃあね、ゆー君」

夕日の中で輝く笑顔を見せながらそう告げると、那津音さんは式守家の方向へと歩いて行った。
それを俺は只々立って見ているしかできなかった。
それがキスをされたのだと知ったのは数分後の事であった。
こうして、休日の那津音さんとのお出かけは幕を閉じたのであった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


同時刻、ショッピングモール内

「ねえ、ここさっきも通らなかった?」
「だぁー!! また迷路に閉じ込められたぁッ!!」

同じところをぐるぐると歩き続けている金髪のツインテールの少女と、紫色の髪の少女の姿があったとかなかったとか。

56七草夜:2012/08/23(木) 17:08:54



「もし、君が正義の魔法使いになっていつの日かあの人を救うというのなら、俺は――」




はぴねす!リレーSS その26 七草夜 『やらないか』



 色々あったデートから翌日。
 前日にどんなことがあろうと時間はいつも通り進み、平日となって俺達はまた学校へ行く。
 いつものようにすももと一緒に家を出て、いつものように準とハチと合流する。
 流石に準には昨日の事があったので責められたので一応理由を話して謝った。
 それを聞いたハチがまた訳の分からない事を言って暴れたり、すももが「そんな事があったんですね〜」とジト目で拗ねたりとあったがまぁ、いつも通りだ。

「それでまた同じところグルグル回ってたのよぉ、暫くしたら元通りになったけど」
「前にもあったアレですか……何なんでしょうね、あれ」

 準からのその後を愚痴られているとそんな事を聞かされた。

「でもよぉ、俺も昨日その時間その辺りにいたけど特になんとも無かったぜ?」

 ハチがそう言った事でただでさえ謎だった現象が更に謎になった。
 そもそも一人であんな繁華街に何しに行ってたんだと気になりもしたがハチなのでスルーした。

「て、ことは完全にいつぞやと同じ現象な訳か」
「そうねぇ……周囲にも大勢の人いたけど、ループしてたの私達だけだったみたいだし」
「まぁその場にいた人全員がそんな事になってれば大騒ぎになってますよねぇ」

 原因は何なのか、と考えればこの場にいる全員が――ハチは知らんが――すぐに思い浮かぶ。
 魔法だ、としか言いようが無い。それが人なのか、アイテムなのかはまだ分からないがそれ以外にそんな事が出来る要素はない。
 では誰が・何が・何故という点は一切情報が無い。

「前起きたのは……確か雄真が一人で帰ろうとしてたからそれを追いかけた時よねぇ」
「あ、私もそうです。兄さんを見かけたんで追いかけようとしたら気がついたらあんな事に……」

 未だに皆には話してないが、今言ってるのは一人で那津音さんのお見舞いに行った日のことだろう。
 確かあの時は皆はお見舞いに行けないと妙な男が――

「――ん?」

 そこまで考えておかしい事に気づく。
 件の謎のループ現象は少なくとも、春姫達にしか発生していない。
 ハチが普通に出られた事や先ほどの繁華街の状況からも一般人には何も影響は無い。
 なのに何故、彼は知っていたのか。いや、そもそも――

『今日は、神坂達は那津音さんの所へは行けない』

 何故、彼はあの時既に那津音さんのことを知っていたのか。 
 そこまで思いついた時に急速に過去の情報が思い浮かぶ。

『気にしなくていい。“後輩”に頭をペコペコ下げさせるのは、趣味じゃない』

 あの時、ぶつかった人間に対して初対面であることに疑問を覚えた。
 そして俺が後輩であることを彼は知っていた。

『己の目的を果たすためだとはいえ、女性を1人にするとは感心できないな』

 昨日俺がプレゼントを買おうと思ったのはその場での思い付きだ。
 であるのに昨日すれ違った人物は何をしていたのか、知っていた。

 ――いや、違う。注目すべき点はそこじゃない。

 謎の助言をした人物。不注意からぶつかってしまった先輩。昨日すれ違った男。
 これら全て整った顔立ちの黒髪の人物であり――常にその手に本を持っていた。
 そして現象が起きる直前に俺の前に姿を現していて……。

「……まさかな」

 そこまで考えて否定する。
 特徴的に同一人物なのは確かだろうし意味深な発言を繰り返し続けてはいるがそれでも考えが強引過ぎる。
 例の現象にしたって彼が起こしてるにしても現状考える限り何もメリットがない。
 ちょっと神経質に考え過ぎた。

「兄さん? どうかしたんですか?」

 黙りこくっていた俺を心配したのか、すももが顔を覗き込んでくる。
 いかんいかんと首を振り、すぐに不安を取り除くよう笑顔を見せる。

「いや、なんでもない。ちょっと考え過ぎな事を考えてただけだ」

 そういって俺達は瑞穂坂学園の校門をくぐる。
 今日もまた、学園生活が始まろうとしていた。




 結局このとき、俺は何故彼が那津音さんの事を知っていたのか、という疑問に答えを既に貰っていたのにも関わらず気づいていなかった。
 特に大きな問題が起きたわけではないが、このとき気づいていれば後に真実を知った時、特に驚かずに済んだんじゃないかと思う。

57Leica:2012/08/27(月) 00:06:15
「……」
「……」
「……」
「……」
 ……。
「……なあ」
「なーに?」
 俺の呼び声に、準が反応する。
「そろそろ教室に戻ってもいい?」
「いいわけないでしょうが!!」
「へぶしっ!?」
 パエリアでのフルスイングが俺の頬を的確に捉えた。
 瑞穂坂学園、屋上。
 昼休み。昼食を買いに行く事も敵わず、俺はいつもの面々に拉致られていた。



『はぴねすりれーっ!』 にじゅーななっ  ――Leica



「で、納得のいく説明ができるんでしょうねぇ」
「……納得するかしないかは、お前が人の話を聞くか聞かないかに懸ってると思う」
「何ですってぇ〜!?」
「あ、杏璃ちゃん、どうどう」
 更なるヒートアップを遂げる杏璃を、春姫が宥める。
 屋上のベンチに座らされた俺は、その光景を見てため息を付いた。
 まさか思いつきで決行した那津音さんとのお出かけが、ここまで影響を及ぼすとは。
 春姫・杏璃・伊吹・沙耶・信哉・準・ハチ。そして、今回は小雪さんまでいる。
 理不尽だと分かりつつも非難めいた視線を送ってみる。
 すると。
「どうしましたか、雄真さん。正妻は私、ということでよろしいのでしょうか」
「視線が合っただけで!?」
「冗談です」
「そうでしょうとも!!」
 そうじゃなきゃ困る。この年で婚約とかやだぞ、俺。
「即答されたらされたで釈然としないのはなぜなんでしょう」
 そんなの俺が知った事ではない。
「いいから話進めようぜ、午後の授業が始まっちまう」
 ハチの言葉に、俺を除いた一同が頷いた。くそ、こんな時に限って建設的な意見述べやがって。
 春姫は今一度屋上の扉に結界がかかっている事を確認しながら、改めて仕切り直しの言葉を口にした。

「それじゃあ聞かせてもらおうかな。那津音さんのつけていたネックレスのお話」

58Leica:2012/08/27(月) 00:06:48



 事の発端は、本日の2時限目。
 那津音さんが教鞭をとる授業まで遡る。



ガラッ
「きょーつけー、れー」
「「「「「お願いしまーす」」」」」
「はい、今日もみなさん元気ですね」
 素敵な笑顔を携え、那津音さんが教卓へ立つ。
 手にしていた資料を置き教科書をペラペラとめくる。
 1日2日で随分とサマになってるなーなんて。
 頬杖付きながらそんな事を考えていた時だった。
「はいはいはい、式守先生!!」
「……? どうしましたか? えー、と。高溝君」
 静かな空間に、場違いな声。
 那津音さんは目をぱちくりさせたものの特に慌てた様子は無く、手元にあった名簿でハチを名指しした。
「はいっ。その素敵なネックレスはどうなされたのですか!!」
「え」
 ……げ。
 流石にその質問は予想外だったのか、那津音さんの動きが止まる。
 表情もピシリと固まった。
「前回の授業の時にはつけてなかったと思います!! どうされたのですか!!」
 ……。
 相手の傷口を抉るように。相手の退路を片っ端から爆撃していくように。
 もはや言い訳無用と言わんばかりのハチの追及が那津音さんを襲う。
 嫌な予感しかしない。
 俺は未だに固まったままの那津音さんに、心の中で手を合わせて拝んだ。
 ……頼みます。うまいこと切り抜けて下さい。
 そんな願いが届いたのか。
 ふと、那津音さんと俺の目が合った。
 綺麗な白い肌に、ほんのりと赤みがさす。
 そして、一言。
「な、内緒、です」
 ……。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「「「「「「「……」」」」」」」
 ……。
 いきなりつけてきたネックレス。
 追及され、固まる。
 1人の男子生徒へ視線を向ける。
 顔が赤くなる。
 内緒と言う。
 ……。
 うん。
 詰んだね。これ。

「「「「「「「小日向ァァァァァァァァァァ!!!!」」」」」」」

 以上、回想終わり。

59Leica:2012/08/27(月) 00:07:31



 ……。
 那津音さんがネックレスを付けて来てくれた事については、何ら言及する気はない。
 むしろ、気に入ってくれたようで嬉しい。そう、そこは問題ない。
 当然、それに気が付く人はいるだろう。ネックレスは隠して付けるような物でもない。
 それを指摘され、うまく誤魔化せなかった事も責めるつもりはない。
 俺だって逆の立場だったら何を言ってたか分からないしな。
 そう。別に悪いと言ってるわけじゃないんだ。

 敢えてムカつく点を挙げるとするならば。

「何でよりによってお前が気付くんだよ!!」
「ああ!? 八つ当たりか!? ふざけんじゃねぇぞ雄真!! ふざけんじゃねぇ!!」
「2回言うな!! それに八つ当たりしてんのはお前じゃねぇか!!」
「ふざけんじゃねぇ!! ふざけんじゃねぇぞ雄真ァ!!」
「ボキャブラリー少なっ!?」
「うるせぇ!!」
「うるさいのはアンタの方よ!!」
「ぎゃびびびびびびびびっ!?」
 杏璃の魔法の一撃が、ハチを一瞬で灰にした。音も無く崩れ落ちる。
 ……こわ。
「で、言い訳があるなら聞くけど」
 一仕事終えた杏璃が、とっとと話した方が楽になるわよ的なノリで言う。
 言い訳っていってもなぁ。
「別に悪い事したわけじゃないんだぜ?
 そりゃ、買いに行ってる間ほったらかしちゃったのはまずかったけどさ」
 今回の論点はそこじゃないみたいだし。
「……罪の意識、無し、と」
「メモんのやめろ」
 準のメモ帳をひったくる。
「そもそも、今回連れ出したのだって、
 今までずーっと入院してた那津音さんの気分転換のつもりだったんだ。
 伊吹、俺余計なお世話だったか?」
「う。……いや、そう言っているわけでは」
 もごもごと口ごもる伊吹。
 その反応を見て確信する。このまま正攻法で押し切れば勝てる、と。
「退院して気を休める暇も無く教鞭取ってんだ。息抜きも必要なんじゃないのか?」
 同意を求めるように春姫へ目を向けると、さっと逸らされた。
「那津音さんを無理やり連れだしたならまだしも、乗り気でいてくれたんだぞ?
 両者公認じゃないか。何か不都合な事でもあるか?」
「……それは。……それとこれとは話が別と言うか……もにょもにょ」
 さっきまでの威勢は何処へやら。杏璃は振り上げかけていたパエリアを背に隠す。
「プレゼントしたネックレスだってそうさ」
「」
 ハチは何の反応も示さない。ただの灰だった。
「折角の息抜きだったんだ。何かあげたいって思ったって悪くないだろ?」
「……そりゃあ、まあ」
 準が渋々頷く。
「無理強いして押し付けたつもりもない。那津音、家で迷惑そうにしてたか?」
「……い、いえ」
「……学園に自ら付けてきた事から、嫌ってはいないだろうな」
 俺の質問に、沙耶と信哉が答えた。
 よし。よし。
 やれる。
 押し切れる。
 勝てるぞ、俺。
 目前に控えし勝利を半ば確信しつつ、最後の鬼門へと目を向ける。
 そこには。

「ひぃふぅみぃ……。ちょっと心許ないというのが本音ですが、まあこれだけあれば十分でしょう」

「ちょ、それ俺の財布!?」
 俺の財布の経済状況をチェックしている小雪さんの姿が。
 想定外すぎる光景に、思考が一瞬止まる。
 が、直ぐに身体は動いた。取り返そうと腕を伸ばす。
「か、返してくだばっ!?」
 目の前が緑一色に染まったと気付いた時には、もう遅かった。
『おうおうおう、姐さんにいきなり抱き付こうとするなんざええ根性しとるやないの!!』
「ぎゃあああああああああっ!?」
 タマちゃんからの痛恨の一撃が、俺の顔面を襲う。痛みに屋上を転げまわった。
「正論ばかりで女心をまるで分かってない匿名希望のY.Kさんより言伝です。
 こほん。『そのお詫びとして今日の昼食は俺が奢る!!』
 以上です。男前ですね、匿名Y.Kさんは」
「ぺ?」
 鼻頭を抑えながら呆然とする俺。
 痛みに朦朧とする思考。しかし、状況は待ってくれない。
 皆、そういうことならと食堂へと足を向ける。
「ちょ、ちょっと待って!? おかしくない、この流れ!!」
 慌てて立ち上がり追いかけようとするが、目の前で屋上の扉が閉められる。
「あ、あのネックレスそれなりの経済的打撃をワタクシに与えていてですね!!
 これ以上財布を刺激されると今月何もできなく――って」
がちゃがちゃがちゃ
「開かねーっ!?」
 魔法か!?
 魔法だな!!
「まずいってホント!! 謝るごめん!! 財布許して!!」
がんがんがんがんがん!!!!
 答えは、当然のように帰ってこない。

 昼休み。
 屋上で、2人の男子生徒が灰になった。

60叢雲の鞘:2012/08/31(金) 15:42:11

雄真たちがいる屋上とは反対側の校舎の屋上。

…………シュッシュッ……

静かな空間にトランプを切る音が響く

…………ッシャ………バララララ…………

「“ショット・ガン・シャッフルはカードを痛めるぜ!”」
「“私にはこのやり方が慣れていましてね……”」

『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 28  by叢雲の鞘


「いきなりのネタ振りで妹を弄んだ兄上様がなんの用かしら?」
「弄んだとは穿った物言いだな。なに、ただの気分転換だ」
「そう、それで……なにかあったの?」
「……あまり手を出しすぎるのも良くないのだが、そうも言ってられなくてな」
「どういうこと?」
「……あれだ」
カイトが示したのは反対側の屋上で黒コゲになっているハチと、どこかのボクサーの末路のごとく真っ白になっている雄真だった。

「あぁ、そういえばなにか騒いでたわね」
「肉体的や精神的なダメージなら放っておくんだが、経済的な痛手は今後のことを考慮すると」
「経済力のない男はモテからねぇ〜」
「…………金に執着するのも問題だが、なにをするにも先立つ物は必要だ。俺たちが工面するわけにもいくまい」
「了解。じゃ、ちゃちゃっと行ってくるわね」
そう言ってミサキは屋上を後にした。

「俺の名は神月カイト――諧謔(カイギャク)に富む者……なんてな」
誰もいない屋上でポツリと呟く。

61叢雲の鞘:2012/08/31(金) 15:45:20

その日、Oasisでは7人の男女が大量の注文していた。

「あらあら、そんなに頼んじゃってお財布の方は大丈夫なの?」
「いいんです!食べなきゃやってられませんし、どうせ雄真の奢りなんですから!!」
「そうなの?じゃあ、どんどん持ってくるわね」
「「「「「「お願いします!」」」」」」
次々と積み重ねられていく皿の数々に、チーフの音羽はホクホク顔であった。
Oasisの売り上げに繋がっていることもそうだが、これで金欠になった雄真をバイト代を楯にこき使うことができるからと踏んでいるからである。
きっと那津音へのプレゼントが原因なのだろう。
音羽は雄真が那津音とデートした日の夜、ボーッとしている雄真からデートの様子をあれこれ聞きだしていた。
ただ、肝心の最後の所を聞く前に雄真が気付いてしまったので全てを知ることは敵わなかったのだが。
それで雄真に好意を持ってるみんながOasisに来ることは予想できたので、いつもより多めに食材を用意してある。
ある意味、1番の勝者である音羽は嬉々として料理を用意していた。

「なぁ、沙耶よ……もう少し加減したらどうだ?いくら雄真殿の奢りとはいえ、このままでは雄真殿が無一文になってしまうぞ?」
「それは、そうなんですが……」
雄真に好意を持つ女性陣(+オカマ)の中でも穏健派な沙耶は兄の言葉に食べるペースが鈍るのだが………、

「構うものか、たまには小日向雄真にお灸を据えるべきなのだ!」
2人の主人たる式守伊吹は信哉の言を真っ向から切り捨てる。

「しかし、伊吹様……此度、雄真殿は那津音様への気晴らしにと気を利かせたまでのこと。斯様な処遇は行き過ぎではありませんか?」
さすが、雄真と同格……あるいは雄真以上に男女の機微に疎い信哉。
今回みんなが怒っている原因……というか、女性陣(+オカマ)の嫉妬という感情にこれっぽっちも気付いていなかった。

「そういうことではないのよ、唐変木さん」
そこに新たな声が加わる。

「あれ?ミサキじゃない」
「本当だ。神月さん、こんにちは」
突然現れたミサキに魔法科クラスでクラスメイトだった杏璃と春姫が声をかける。

「そう、私は神月ミサキ――〈魅惑〉という花を咲かす女」
お約束の前口上で返すミサキ。

「なんなのだ、こやつは……」
「こういう奴なのよ。……で、こんなとこまでなんの用なのよ?」
「別に。ただ、Oasisで暴飲暴食を繰り返す勇者がいると聞いて見物に来たのよ」
「勇者って……」
「だってそうでしょ?これだけ飲み食いして、“何も起きないわけがない”」

…………ピタッ…………

女性陣の持つフォークの手が止まる。

「楽しみね。あなた達はこのあと地獄を見るわ……」
「だ、大丈夫よ!?そのために普段から節制してるんだから……ねぇ、春姫?」
「そそそ、そうだよ。いつも頑張ってるから、ちょっと多めに食べたぐらいじゃなんともない、よ?」
ミサキの言葉に動揺しつつも、冷静に返す2人。
しかし……、

「そう……そしてその腹立たしい“駄肉”が更に増えるというわけなのね」
ミサキの言葉にみんな(信哉以外)の視線が春姫と杏璃に向かう。
特に春姫の方に……。
思わず春姫は顔を赤らめながら胸を隠す。

「ちょっ!?駄肉ってどういうことよ!」
「男1人篭絡できず、肩がこるとしか主張できないような肉を“駄肉”というのよ」
「あんた、自分が小さいからって僻んでんじゃないわよ!」
「あら、慎ましさは美徳よ。それに、真に女性たるもの駄肉に頼ったりはしないわ」
「なんですっ「その通りです!!」……え?」
ミサキの言葉に激昂しかけた杏璃だが、同意するすももの声に遮られてしまう。

「大きい胸がなんですか!小さくたって良いじゃないですか!?」
「その通りだすもも。日本人女性の美徳は古来より慎ましさ、外見よりも内面を重視するものだ!」
貧乳組の主張により、場は貧乳組と巨乳組に二分されようとしていた。

「罪なものね……私は神月ミサキ――時には友情すら引き裂く、魅惑の華」
「あなた、それが言いたかっただけなんじゃ……」
自らに陶酔するかのようなミサキの台詞に準が静かにツッコんだ。

62叢雲の鞘:2012/08/31(金) 15:47:34

「さて……当初の仕事をこなしますかね」
さんざん春姫たちを引っ掻き回したミサキはその後、Oasisを離れていた。
Oasisに行った本来の目的は雄真の財布の確認のためである。
どうやら彼の財布はあの場にいたオカマ(渡良瀬 準)が持っているようだった。
テーブルの上に置かれてたらやっかいだったが、彼女(?)は自らの鞄の中に入れているようであった。
これなら問題ないだろう。

「さぁ……出番よ、ユーカー」
ミサキはポケットからトランプを取り出す。
デッキをシャッフルし、5枚引く。

「コールフラッシュ、ショーダウン」
ミサキが引いたのはダイヤの1・5・7・Q・K。

「いい役ね」
ダイヤは財を象徴するカード。
5枚のカードが光ると、ミサキの手には雄真の財布があった。

「しかしあの子たち……いくら乙女の嫉妬は理屈じゃ制御できないとはいえ、こんなことばかりしてたらいつかあの男に愛想尽かされるって思わないのかしら?……いや、あのお人好しが愛想尽かすことはないか。でも、確実にフラグは圧し折ってるわね……」
そんなことを呟きながらミサキはどこかへと移動する。


「……はぁ、俺が何したってんだよ(汗)」
さすがは我らが朴念仁、小日向雄真。
今日の仕打ち“も”己の行動に対する彼女たちの嫉妬によるものだと気付いていなかった。

「辛気臭い顔してるわね、小日向雄真」
「神月?」
顔を上げると目の前に神月ミサキが立っていた。

「ちなみに、ド○えもんの声優陣が入れ替わってリメイクされたとき、作中で“辛気臭い場所だなぁ”と発言したせいで大山のぶ代世代の視聴者から“ドラ○もんがそんな台詞言っちゃあいけません!”って好感度がだだ下がりだったそうよ」
「へー」
「あなた、本当に小日向雄真?いつもの切れの良いツッコミがないわ」
「俺の判断基準そこ!?」
「それでこそ小日向雄真だわ」
「いいんかい!」
「それで……何でそんな辛気臭い顔をしてるのかしら。周囲の湿度と不快度指数が梅雨並みでカビが生えそうだわ」
「酷い言い草だな」
「…………あなた、本当に「それはもういいから!」……残念だわ」
「………まぁ、いろいろあってな」
「そう……あなたを悩ましているのはこれかしら?」
「…………!?」
ミサキが掲げたのは雄真の財布。

「そ、それをどこで!?」
「偶然拾ったのよ。諭吉様が入ってたから思わずネコババしそうになったわ」
「それ、一応犯罪だからな」
「冗談よ……それじゃあね」
「おい!?」
「なにかしら?」
「とりあえず、財布は返してくれ」
「………………」
「……おい?」
「返して欲しいときはどうするべきかしら?」
「…………返してください」
「誠意が足りないわ」
「返してください、お願いします」
「……そこまで言われたらしょうがないわね」
ミサキは雄真に財布を返却した。

「ありがとうな。今度お礼でもするよ」
「別にいいわ。すでにもらってるし」
「は?」
「それに、あの腹立たしい駄肉たちの惚気話に一矢報いたと思えば充分よ」
「駄肉?」
「こっちの話よ。じゃあね」
「おう、またな」
「……あなたはもっと自分の言動に気をつけるべきだわ」
ミサキが呆れたようにボソりと漏らす。

「何か言ったか?」
「別に……」
自覚なきプレイボーイは今日も健在のようだった。

ミサキが立ち去ったあと、雄真は財布を確認する。
ミサキの言葉を疑っているわけではないが念のためである。
すると諭吉様は無事だった。
代わりにらいてう様がいなくなり紙切れが1枚入っていた。
そこには……、
『拾った拾得物を届けたら1割もらえるってよく聞くけど、実際は2〜3割と変動するらしいわ。というわけで、ありがたく頂戴するわね』
と書かれていた。

「神月ーーーーー!!」
昼の校舎に雄真の叫び声が響いた。

ちなみに、会計の際に雄真の財布がなくなっていることに気付いた女性陣+αは自腹を切るしかなく、その月の小遣いをほとんど使い切ってしまうのだった。
また後日、女子寮や式守の屋敷、小日向家では女性の阿鼻叫喚な叫び声が響いたとか。

63八下創樹:2012/09/03(月) 19:16:10
「以上が、兄さんのデータです」
「むう・・・・・・」
「・・・・・・」
薄暗い部屋の中(伊吹の私室)にて、すもも、伊吹、沙耶の3人が集まっていた。
この三人、珍しい組み合わせのようで、何気に3人とも占い研究会部員である。
だが、この3人にはそれ以上の悲しいほどの共通点があった。
「・・・・・・なにか、切ないものがありますね」
「言うな沙耶! そのような戯言、この部屋に入る前に捨てておけ!」
「そうですよ沙耶さん! 今更後には引けません!」
よーするに、この3人の共通点とは―――――――――

――――――はぴねす!を代表するロリ担当3人集!!
――――――言い換えればつるぺた担当3人集!!

「やかましいわーっっ!!」
「人の気も知らないで・・・・・・っっ!!」
「どれだけ惨めな思いしてきたと思ってるんですかーっっ!!」
もはや慟哭のソレに近い叫びが、虚しく部屋に響いた。


『はぴねす! リレー小説』 その29っ!―――――八下創樹


「ふふふ・・・・・・ようし、完成だ!」

取り出したるは不気味なお薬。っていうか見た目毒。
飲んだら味云々の前に、見た目のイメージで死を迎え入れられそうな雰囲気である。
しかもバッチリ煙がもくもくと上がるオプション付き。
誰がどう見ても致死量の毒である。
間違っても飲んではいけません。

「―――で、これを小日向に飲ませれば・・・・・・ミラクルッ!!」
「わーい! 伊吹ちゃん素敵なまでにモノローグ無視してますー!!」
「・・・・・・というか、飲んでくれるのでしょうか? 小日向さん」

至極、正論すぎる意見を告げる沙耶。
まっとうな人も愉快な人も、ちょっとこの薬は頂けない。
さながら罰ゲームに等しい。

「大丈夫です! 私がお願いすれば兄さんはきっと飲んでくれます!」

さらりと悪魔のような発言をするパーフェクトなシスター。
むしろ死刑宣告である。

「心配いらぬ! イザとなれば柊杏璃の料理にでもぶち込めばよかろう!!」

血の雨上等の爆弾発言。
かんらかんらと笑う伊吹を、沙耶だけが青ざめて見ていた。

64八下創樹:2012/09/03(月) 19:17:40
「おおぅ!?」
那津音さんと一緒に廊下を歩く途中、例えようのない寒気が肌を突き抜けた。
言い換えるならば真冬の寒さを遥か彼方へ吹き飛ばしてしまえるほどの。
「ゆー君? どうかした?」
「いや・・・・・・なんか本能的な寒気が・・・・・・」
「・・・・・・なにソレ?」
ワケのわからないといった感じで、那津音さんは首を傾げている。
実際、口で説明できるものじゃないんだけどね。
「なんだろ・・・・・・例えるなら杏璃の料理を無理やり食わされる感覚に近いかも」
「言葉が身もフタも無いわねー」
「んーでもそうとしか例えられないですし」

実際、考えてもどうしようも無いので、那津音さんと一緒に首を傾げる。
なんてことをしながら1階渡り廊下に出ると――――――嵐は向こうからやってきた。

「にぃぃぃぃ、さぁぁぁぁんっっっ!!!!!!!!」

まるで怨念でも込められたかのような声を出しながら、校舎のほうから突っ込んでくる3人衆。むしろ呪詛に近い。
人影から察するに、あれはすももと伊吹と上条さんではなかろーか?

「? あら、あれって・・・・・・」
「あぁ・・・・・・嫌な予感ってほんと外れないなぁ・・・・・・」
がっくりと項垂れる。
が、向こう3人衆はそんなことお構いなし。
グランドを砂塵を巻き上げながら猛突進してくる。
さながら闘牛のように。
「兄さん!!」
「小日向!!」
「小日向さん!!」
「お、おぅ3人とも。・・・・・・で、なに?」
「こ、これを飲んでくださいっっ!!」

差し出されるは不気味なお薬。っていうか見た目毒。
飲んだら味云々の前に、見た目のイメージで死を迎え入れられそうな雰囲気である。
しかもバッチリ煙がもくもくと上がるオプション付き。
誰がどう見ても致死量の毒である。
もっと言うならば、せめて容器は移し替えて欲しい。
三角フラスコのままってどういうことよ?

「・・・・・・なに、コレ?」
百歩譲って薬品だとしても、普通じゃないオプションが盛りだくさんすぎる。
即死魔法でも込められてるんじゃなかろーか。
で、そんな訝しげな視線をしてるっていうのに、当の本人たちも首を傾げていた。
「なにって・・・・・・特製青汁?」
「嘘つけやぁっっ!!ぼこぼこ泡立ってる青汁がどこの世界にある!! つーか“?”をつけるな!!」
「(多分)大丈夫です!(きっと)健康第一な飲み物(のハズ)です!!」
「説得力全然ねぇよ!!」

などと、怒涛のツッコミを入れつつ、暴走するすももの勢いを止める。
というか、未だに状況がちっともわからんのですが。

「・・・・・・なんだ、これ何かの罰ゲーム?」
「失礼なことを言うな小日向!! これは私と沙耶とすももが半日かけて作り出したのだぞ!!」
「・・・・・・それだけ作るのに半日も? へー・・・・・・」
もはや完全に他人事のように見つめる那津音さん。
が、那津音さんの言うことはもっともだ。
半日も時間を掛けておいて、実際の量は見た目200cc程度しかない。
つまるところそれってどうよ?

「沙耶ちゃん、どういうこと?」
「ええっと、その・・・・・・正直に申し上げますと、魔法薬なんですけど」
「や、それは最初から解ってるから」

なんていうか、見た目で。
が、なんでか沙耶ちゃんはその返答に少なからずショックを受けた様子。
今更だけど、これカムフラージュ率ほぼ0%ですからね?

「・・・・・・ですが、さすがに雄真さんでもこれがどういう薬かまではご存じないかと」
そりゃそうだ。
というか今までの人生の中で、ここまで怪しい薬を飲んだ試しがない。
あって、罰ゲームで母さんにアルコールを無理やり飲まされたぐらいだ。
「・・・・・・で、とどのつまり俺に飲んで欲しいと?」
「はい、そうです!」
「うむ、そうだ!」
「よろしくお願いします!」
「安全性は?」
「「「知りません!!」」」
「飲むかぁぁぁっっっ!!!!!!!!!」
ワザとか? わざとやってるのか?
綺麗にハモる辺りが一層、ムカつくゾー?

65八下創樹:2012/09/03(月) 19:18:36
「まぁまぁゆー君」
「いやだって、許せますフツー!?」
「気持ちはわかるけど・・・・・・」

那津音さんのフォローでも止まらない。
つーかなんだ、これはまたしても嫌がらせなのか。
つい先日、屋上でサイフをパクられるという、謂れなき八つ当たりを受けたばかりなのに。
もはや犯罪を通り越して暴力と言っていいレベル。
しかし、3人衆はそれでも折れていない。
なんていうか、目の奥の闘志が尋常じゃない。

「それでも・・・・・・それでも私は・・・・・・っっ、飲んで欲しいんですっっ!!!」
「格好良く言ってもダメ!!」
「くっ・・・・・・この鬼、悪魔!! 兄である貴様がすももの気持ちをわからんでどうする!?」
「お前にだけは言われたくねーよ!!」

それが原因で、秘宝事件を起こした張本人のセリフにはとても思えません。
つーか、なんなのこの必死さは。
むしろここまでされると、その魔法薬の効能が気になって仕方がない。

「・・・・・・というかさ、いい加減、なんの薬か気になるんだけど」
「ふふん、それはですね! 杏璃さんのパエリアさんの一部を元に、飲めば誰でもつるぺたず――――!!」
「ええい、すもも! それ以上言うな!!」

はて。
今なにか果てしなくやべーセリフが聞こえたんだけど。

「ええい! いいから飲め! 飲んだら結果が解る!」
「当たり前すぎるわ!! 絶対に飲まん!!」
「この分からず屋がっっ!!」
「にいさ―――きゃっ!?」

瞬間、時間が停止する。
逃げ出そうとする俺を、逃がすまいと走りかける伊吹。
同様に、俺を捕まえようと走りかけたすももが、足をつまずかせて―――――伊吹にぶつかった。

「「「「あ」」」」

ぶつかった拍子に、ぽーい、と放物線を描いて宙を舞う危険薬品X。
宙を舞う中、見事なまでにフタが外れ、中身が真下に垂直落下。
もはや笑えるレベルの出来事だ。
しかし、すでに走り出していた俺には全然届かない。
―――――が、その中間。
薬品の落下地点に居たのは、他人事のように傍観していた那津音さんに他ならなかった。

「はい?」

直後、ピンク色の爆煙が吹き荒れた。
「ちょーっっ!?」
「バカな! 爆発しなかった!?」
「驚くのそこ!?」
「おかしいですね・・・・・・比率を間違えたのでしょうか」
「それ一番最初に気付くべきポイントだな!!」
「わーキレーですね〜」
「あーもーっっ!!」
ともかく、慌てて那津音さんの無事を確かめようとして―――――思いの他、桃色の煙は早く飛び去った。
その中心、人影が立っていることに安堵を覚える。
「那津音さん! 大丈夫です、か・・・・・・?」

あれー?
気のせいだろうか。
なんか人影がえらく小さく見えるのは。
ありー?

「えーと・・・・・・」
煙が晴れるのを待つと、中に居たのは少女だった。
なんというか、見た目が伊吹そっくし。
が、目つきが柔らかく、張り詰めた感がまるでない。
そして何より、服のサイズがまるで合わず、ダボダボを通り越してもはや十二単みたいになってた。
その服。それは、間違いなくさっきまで那津音さんが着ていたスーツだ。
・・・・・・ということは、だ。
信じたくないけど、つまりこの娘は・・・・・・

「な、那津音さん!?」
「な、那津音姉さまが・・・・・・」


「「「「縮んでるぅぅぅぅぅっっっっ!!!!???? 」」」」

66TR:2012/09/03(月) 22:23:47
「……うーん」

小鳥のさえずりと窓から差し込む光が、朝だということを告げていた。
今日も今日とて新たな1日が始まろうとしていた。
徐々に布団の中が恋しくなってくる季節柄、俺はこの幸せなホッカホカな空間から出たくない。
もっともすももが起こしに来れば、嫌でも起きる羽目になるのだが
ということで俺はもう一度極楽の地へ……

「ん……ぅ」

付こうとした瞬間、左手が柔らかい何かに触れた。
ついでに誰かの声まで聞こえてきた。

「…………」

今、俺には眠気というものは全く残っていない。

(落ち着け………まずは状況を整理しよう)

俺は自分にそう言い聞かせると今の状況を整理する。
ここは明らかに俺の部屋だ。
そしてここは俺の寝ていたベッドだ。
それじゃあ、この左手の柔らかい感触はなんだ?
嫌な予感がした俺は、一気に布団をはがした。
そこには俺の横でぐっすりと眠っている小さくなった那津音さんの姿があった。

「のわぁあああ!!!」

俺は叫びながら、慌てて壁際に逃げた。

「んぅ……あれ? ゆー君、起きたんだ……おはよう」

俺の叫び声で目を覚ましたのか俺のベッドに寝ていた那津音さんが、上半身を起こして寝ぼけた目をこすりながら、挨拶をしてきた。

「お、おはようございます。那津音さん」
「うん、おはよう♪」

俺のあいさつに万弁の笑みで返してくる那津音さんは、それはもう美しくて―――

「じゃなくて!! なんで俺のベッドの中にいるんですか!!?」
「え? ゆー君と一番早く挨拶するのは、私だからに決まってるじゃない♪」

俺の問いかけに、那津音さんは万弁の笑みで答える。

「だからって、なぜにベッドの中に?」
「ふふ、良いじゃないゆー君。だって私たちはデートをした中なんだから♪」

未だに慌てている俺に対して、那津音さんは笑顔で返した。

「ねえゆー君。おはようのキスは?」
「しませんからっ!! というより色々と間違ってますからっ!!」

那津音さんのトンデモ発言に、俺は半ば喚き散らすように突っ込み口調で答えた。

「ふふ、慌てちゃってかわいい♪」
「からかわないでください!!」

俺の心境などどこへやら、那津音さんは笑顔だった。
まるで子供のように楽しんでいるその姿に、俺はなぜか注意をするという気力がなくなってしまった。
だが、俺は知らない。
今迫ってきているであろう悲劇を

「兄さん、起きてるんですか?誰としゃべって―ー」

ノックと共に入ってきたのは、俺の義妹のすももだ。
さて、もう一度今の状況を説明しよう。
壁際にいる俺にベッドで上半身を起こしている那津音さん。
おまけに那津音さんの着ている巫女服が若干着くずれしていた。
誰がどう見ても、そっちの方に捕らえられてしまうような状態だ。
つまりは……

「兄さん。私の前に立ってください」
「は、はいッ」

すもものただならぬ威圧感に、俺は自分でも信じられない速さで、すももの前に直立で立った。

「すー」

そしてすももが息を思いっきり吸った。
その両手にあるのは俺を起こすと気に使うお玉とフライパン。

「兄さんのばか〜〜〜〜!!!!!」
「ぎゃああああああ!!!」

この日、俺の悲鳴とフライパンとお玉がぶつかった際に出る音が響き渡った。

67TR:2012/09/03(月) 22:25:14
そもそものことの発端は、前日にすももたちが持ってきた危険薬品Xだった。
ちょっとした不幸が重なって、液体が那津音さんの元に降り注いでしまったのだ。
そして、その結果………

「な、那津音さん!?」
「な、那津音姉さまが・・・・・・」

「「「「縮んでるぅぅぅぅぅっっっっ!!!!???? 」」」」

ということになったのだ。
その後、慌てて俺達は母さんの研究室へと向かった。
ちなみに小さくなった那津音さんは、沙耶ちゃんが背負っていた。

「なるほどね……」

俺達から事の次第を聞き終えた母さんは、那津音さんを魔法を使って調べた後、顎に手を当てながら呟いた。

「雄真君達が考えている通り、こうなった原因はこの液体ね」

そう言って母さんが俺達の前のテーブルに置いたのは、三角フラスコに微量に残っていたあの危険薬品Xだ。
もっとも、それ以外に原因などありはしないのだが。

「どういう理屈かは分からないけど、液体に含まれる物質が化学反応を起こした結果、若返り薬となったようね」
「那津音さんはどうなるんですか?」

俺は、一番不安だったことを聞くことにした。

「普通であれば何日か経てば効果が切れて元に戻るわ。ただ、このケースだと、それがどのくらいかは分からないけど」
「もしかして一週間とか?」
「あり得るわね。かなり前にそう言った薬を誤って服用して1年間若返ったままになった人もいたらしいし」

母さんの答えに、俺達は茫然としていた。

「でも、これからどうするんですか?」
「そうね………ちょっと待ててくれるかしら」

俺の問いかけの趣旨が伝わったのか、母さんは目を閉じて考え始めるとすぐに答えが出たのか、そう告げて椅子から立ち上がると奥のプライベートルームへと姿を消した。。
那津音さんは瑞穂坂学園の教師だ。
その教師が今は少女の姿なのだ。
見ず知らずの人が見れば、学生だろうと即答するほどだ。

「これ、予備の制服だけど合うかしら?」
「え?」

母さんの予想外の行動に、俺だけでなくすももたちも固まった。

68TR:2012/09/03(月) 22:26:24
「何だか、すごいことになっちゃったわね」
「そうですね」

魔法科校舎の廊下で、苦笑を浮かべる那津音さんにそう返した。
その手には紙袋が握られていた。
母さんの答え、それは『元に戻るまで学生として通いなさい』であった。

「うぅ、でもなんだか恥ずかしい。私はゆー君にとってお姉さんなのに……」
「だ、大丈夫ですよ。那津音さんがどんな姿だって、那津音さんは那津音さんですから」
「ゆー君」

恥ずかしそうに俯く那津音さんに俺がそう言うと、那津音さんは顔を上げて俺の方を見た。

「ありがとう、ゆー君」
「ッ!?」

一瞬。
本当に一瞬。
那津音さんは笑顔でお礼を言っただけなのに、それなのに俺はなぜか鼓動が早くなったような気がしたのだ。
きっと少女の姿をしているからに違いない。
俺はそう自分に言い聞かせる。

「そ、そう言えばあの三人はまだ絞られて………ますよね」
「そうねー、スーちゃんの怒りよう凄まじかったもんね」

俺は母さんが見せた笑顔を思い返した。
その瞬間、目の前に母さんはいないはずなのに背筋に寒気が走った。
それほどまでに恐ろしかったのだ。
この時俺は、母さんだけは怒らせないようにしようと心に強く決めたのは、言うまでもない。
先に帰ろうかと思ったが、それはさすがにかわいそうすぎるので、廊下で待つことにしたのだ。
結局、三人が解放されたのはそれから2時間後の事であった。
三人とも顔が青ざめていた。
その後、三人は母さんの姿を見るたびに怯えるようになったのは、どうでもいいことだろう。





そんなこんなで今日に至るわけだが……

「………」
「……」
「………」

小日向家の朝食は、只々無言だった。
ちなみに俺の横には那津音さん、前にはすもも、そして横にはかーさんと言う席順だ。
那津音さんは朝食に舌鼓を打ち、すももはどこか不機嫌な様子で、かーさんはそんな俺達の姿を楽しそうに見ながら朝食を取っていた。

(今日は厄日かもしれない)

俺は心の中で思わずそう呟いてしまった。
だがこの後、予感のような物が現実のものになるという事を、俺はまだ知らなかった。

69七草夜:2012/09/07(金) 23:13:11


「クククッ……面白い。あぁ、実に面白い」

 いつもは滅多に表情を崩さない神月はカイトは今、珍しく心から笑っていた。

「そろそろ新しい動きを、と思っていたが……まさかこんな事になるとはな」
「いや、まぁ……若返るなんていうのは流石に予想できないわよね、兄さんでも」

 屋上から一人の人物を見る兄妹。
 対象は彼らがある目的をもって小日向雄真と行動を共にさせている式守那津音。
 その彼女は今、隣に歩く彼よりも明らかに年下の姿で歩いていた。

「確かにあの姿は予想していないが……計画に支障は無い。今後もこれまで通りで十分だろう」
「……もしかして兄さん、今回の事も想定済みとか言わないわよね?」

 どう考えても今の彼女の状態は事故だ。
 狙って出来るものではないし、そもそも狙ってやるのもアホらしい出来事。
 だというのにミサキには兄がこのように誘導したように見えて仕方なかった。
 それに対してカイトは表情を普段通りに戻し、ミサキに答える。

「自分達の想い人が、自分達とは全く逆のタイプの異性を意識しだした。そうなれば彼女達が行動を起こす事は容易に思い浮かぶ」
「でも流石にあの姿になるのは予想外でしょう?」
「実のところ、そうでもない。柊杏璃のワンドの存在と彼女らの中に式守伊吹がいる、この二点を繋げれば辿れる要素ではある」

 ミサキは思った。
 言われて見れば確かに予想出来た事であるように聞こえる。だがそれは全て事が起こった後だからこそ納得できることだ。
 実際にそれを繋げて「予め過去に予想する」となると相当無理がある。何せワンドの持ち主と式守次期当主は小日向雄真という存在を通した知り合いでしかない。
 いや、そもそも普通の人間ならばまずそれらを繋げて考えようという発想そのものがない。
 だというのにそれを読んでていたという兄、一体彼はどこまで先の未来を見通しているというのか。

「無茶苦茶ね……」
「何を言う。今回、そもそも発端はお前だ、ミサキ」
「私……? 何かしたっけ?」

 兄の指示でその都度、彼らに接触したが自分から何かをした覚えは全くない。
 カイトはからかうようにミサキに答える。

「――時には友情すら引き裂く、魅惑の華」

 ピキッ、と固まった。

「今回のそもそもの引き金はあの時だ。お前の発言が彼女達に自分と相手の差を思い知らせた故に」
「待って待って、お願い待って……」

 これまた珍しく顔が真っ赤になるミサキ。
 他の誰に見られるなら「そういう奴」として思われるので構わない。
 兄のような人間を目指している身としてはむしろ同じような存在として見られることに快感すら覚える。
 が、彼女にとって完全に自身という存在を知られ尽くされた敬愛する兄の前ではそれが逆に恥ずかしかった。

「……兄さん、ひょっとしてそれを狙って私に行かせたの?」
「俺はあの時、お前に行けと言った覚えは無いがな」

 確かに言ってはいない。が、暗に行けと命じてはいた。
 表で動くのは自分、裏で動くのが兄、その形が定着していたという理由もある。
 計画の概要や目的を知っている妹すら欺き、人の心すらも完璧に誘導し、思い通りに動かせてしまう兄に叶う存在が他にいるのだろうか。
 幼い頃ならば三人ほど出し抜いた者達がいたが今の兄が誰かに策で負けるという姿が想像つかない。

 そこまで考えてふとミサキは思った。

「……ねぇ兄さん、全ての物事を思い通りに動かせるのは凄いと思うわ。でも……それで兄さんの人生は楽しい? 本当に幸せなの?」

 神月カイト、解き開く者。彼に解けない問題はなく、開けない扉は無い。
 しかしそれ故に、彼には「満ち足りる」という事が少ない。
 だからこそミサキは兄の行動に手を貸している。
 妹として、誰よりも兄に幸せになって欲しいと願っているから。
 カイトは苦笑した表情を妹に向ける。


「もちろん――――全然楽しくない。だからこそ幸福になれるよう楽しくしたいと思っている」



 はぴねす!リレーSS その31 七草夜 『幸福と不幸、これまでとこれから』

70七草夜:2012/09/07(金) 23:13:47

「那津音先生、どうしてちっちゃくなっちゃったのー?」
「ちょっと魔法薬の事故でね……」
「こうして見ると一年の式守さんそっくりだねー、やっぱり姉妹なんだー」
「そうね、昔は私もこんな風に伊吹みたいなものだったのよ?」
「若返るってどんな気分?」
「結構新鮮ね。視点が今までより低くなったせいか、いろんな物が全く別物のように思えるわ」

 学校で教鞭を取っている人間の存在を隠すなんてことは無理な訳で。
 那津音さんは学校について早々、自身の状態を授業を担当する生徒に普通に説明した。
 今まで大人の雰囲気を放っていた那津音さんは小さくなった影響で逆に親しみやすくなり、ただでさえ人気があったのが更に急上昇。
 「大人の女性」「お姉さんのような教師」という壁が消えた事によって生徒達は遠慮がなくなっていた。特に女子。
 一方男子は見た目は子供、頭脳は大人状態のギャップにやられる人間多数。ちっこい体で一生懸命指導棒を振りながら授業を行う姿に吐血した人間数名。
 思わず手を出そうとした男子一人に他の男子生徒による一斉ラリアット炸裂。半径85センチを楽に越えるほど吹っ飛ばされて強制沈黙させられた。然もあらん。
 そんな訳で縮んだ那津音さん――通称ちびねさん。別称ロリねーさん――は初日以上の人間に囲まれつつも何だかんだで自分の状態を満喫していた。


「と、いってもいつまでもそのままじゃ拙いですよねぇ……」
「私は意外と楽しんでるのだけれど?」
「授業の準備、いつも以上に手間取ってたじゃないですか」

 これまでの身長差及び体力・筋力等が体に合わせたものになってしまい、今まで通りの感覚で仕事をしようとして失敗した回数は数知れず。
 授業の資料は持ち切れず、板書は上の方に全く書けなくて一部の生徒が見えず、魔法でフォローしようにもこれも上手くいかない。
 誰かがサポートしなきゃ話にならんという事で雄真がその役目を請け負っている。
 立候補者は多数出たがちびねさんが涙目で「ゆー君がいい」と言っただけで全てが収束した。理由は言わずもがな。

 ――現在教室では多数の死体が鼻から血を流して汚ぇ花火となっている。然もあらん。

「でも戻る宛なんて無いでしょ? 御薙先生ですらお手上げだし」
「そうなんですよねぇ……元々が『失敗』と『事故』っていう二つの要素が重なったせいで通常と違って難しいって話だし、どうしたもんだか……」

 案外寝て起きたら治るんじゃないかと思った事は言わない。
 現実の睡眠はRPGの宿屋ほど便利ではないという事を理解した雄真であった。

「となると時間が経つのを待つしかない、ということね」
「……那津音さんは戻りたくないんですか?」
「そんな事はないけど……でもいつか必ず戻るなら、どうせなら今はこの姿を満喫したいって思うわ」

 そういえば、と雄真は思い出す。
 式守那津音は幼少の頃から次期当主としての訓練を受けていた。
 そのため、普通の子供達がするようなことをせずに大人になっていった。
 加えてかつての秘宝事件から昏睡状態が続き、長い時を眠って過ごしてきた。

 普通の人間が、当たり前にしてきた事をこの人は知らないのだと。

「……なら、今度その姿でないと出来ないような事してみます?」
「あら、一体どんなことかしら?」
「遊園地に行ってメリーゴーランドに乗ったり、映画館で子供料金で映画を見たり、とかですかね」
「それも何だか楽しそうね……確かにこの姿じゃなきゃ出来ないわ」

 そう言って那津音は笑う。
 まさに子供の笑顔と言った彼女の笑顔は見ているこっちまで楽しくなりそうだった。

「なら今度は皆誘って何処かへ行きましょう。何も言わないとどうせ皆勝手に着いてきちゃいますし」
「そうね、それじゃあ今度は年上のお兄さんとしてエスコートしてくださいね、 お・に・い・ちゃん♪」


 三秒後、馬鹿は汚い花火となった。

71名無し@管理人:2012/09/09(日) 13:02:29
 小さくなった那津音さんとデートの約束をした、その日の放課後のこと。

 俺は一人屋上で黄昏れていた。

 そして、あることを考えていた。

「俺は那津音さんのこと、どう思っているんだろう……」



はぴねす!リレーSS 32話 「安らかな一時」



 少なくとも断定できることは、好感を持っているということだ。

 どうでもいい相手であれば、こんなに気にすることはないだろうしな。

 しかし、この好きの気持ちが、異性に対するものなのかどうか分からない。

 そもそも、俺は恋をしたことがないからなぁ……。

 どんな感情なのかさえ分からない。

「近いうちに、嫌でも知ることになるのかな」

 何となくそんな気がしてきた。

 今も、那津音さんのことを考えると、平常心じゃいられなくなるからな。

 またデートをできるってことも、すごく嬉しく思っているし。

 きっと、俺はそれだけ、那津音さんに夢中になっているんだろう。

 どういう意味でっていうのは、ひとまず置いておくことにしよう。

 今の俺には、考えたって分からないだろうしな。

 なんて結論づけて、フェンスにもたれかかって、風に吹かれることにする。

 最近は色々なことがありすぎた。

 少しぐらいは、ぼーっとしたってバチは当たらないだろう。

 なんて、思い始めた矢先のことだった。

72名無し@管理人:2012/09/09(日) 13:03:05
「ゆーくん、こんなところにいたの」

「那津音さん」

 さっきまで考えていた女性(……今は少女というべきだろうか、姿形的に考えて)が現れたので、反射的にフェンスから離れる。

「こんなところで何をしていたの?」

「いえ、ただぼーっとしようと思って」

 那津音さんのことを考えていたということは伏せた。

 本人にそのことを話すのは、何か気恥ずかしく思った。

 何でそう思ったのかってことは分からなかったが……。

「そう。じゃあ、私もそうしよっかな」

 那津音さんがベンチに腰掛けた。

 それから、俺のことを手招きする。

「おいで、ゆーくん」

「じゃあ、失礼します」

 一体何を考えているのか分からなかったけど、俺は彼女の誘いに乗って、隣に腰掛ける。

 すると、那津音さんが、俺の膝に自分の頭を乗せるようにして倒れこんだ。

「えへへ、ゆーくんの膝枕だぁ♪」

「な、那津音さん?」

 ロリ化した担任教師の突然の行動に、俺は戸惑うしかなかった。

「ゆーくんみたいにぼーっとしようと思ってね」

「そ、そうですか」

「何も考えないようにするのも、たまにはいいよね」

 そう言って、那津音さんは目を閉じた。

 5分もしないうちに、すやすやと安らかな寝息を立てていた。

 ……想像以上に疲れていたのかな。

 ふと、そんな風に思った。

 やはり、小さくなった体で、教師の仕事をこなすということは、大人よりずっと大変なんだろう。

 そう考えると、起こす気には到底なれなかった。

 幼くなってもその艶やかさは変わらない長い髪を撫でていると、俺にも眠気が襲ってきた。

「……少し、寝るか」

 願わくば、誰も来ませんように。

 最後にそれだけ思って、俺は目を閉じた。

73八下創樹:2012/09/12(水) 23:11:29
ふと、夢を見た。
夢を夢と感じられるのに、覚めないユメ。
そんな暗澹とした夢の世界を、漂う自分を認知した。

(・・・・・・なんか、久しぶりに見るかな。こーいうのは)

誰にも話したことは無いけれど、こーいう夢は何度か経験があった。
自らを主観とする夢ではなく、第三者として傍観する夢。
言ってしまえば、舞台に立つ役者と、それを眺める観客のようなもの。
現状、今の自分は後者に違いなかった。

(―――――)

いつか、訊いたことがある。
強大な魔力を保有する人物は、同じく魔力を保有する人物と、深層意識化で“接続”することがあると。
同調・共振に近いものだと、記憶している。
まぁよーするにだ。
誰かさんの無意識化を覗いてしまうということ。
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、この場合?
“誰”かなんて、考えるまでもなく。
眠る直前に膝枕してた那津音さんに違いないんだろーけど。


『はぴねす! リレー小説』 その33っ!―――――八下創樹


―――――結論として、夢はあっと言う間に終わった。

というより、内容らしきものが欠片もない。
見えたモノは、少しだけ昔の、那津音さんに違いなかった。
鈴莉、ゆずは、音羽のかーさんズたちとの、仲良くしていた頃。
幼い伊吹と一緒に、ご飯を作ったり食べたりしたこと。
式守家の重圧に負ける事なく、次期当主としての実力と才能を伸ばし、努力し続けたこと。
そんな、他愛のない日々。
それしか見えなかった。
それしか、なかった。
那津音さんには、それしかなかったんだ。

(・・・・・・なんていうか、これ・・・・・・)

檻籠のようだと、思ってしまった。
敷かれたレール。
期待された未来。
定められた運命。
だけど、那津音さんは笑ってた。
与えられた条件、状況、環境。
それでも、その中で最善を選び抜き、笑っていた。

―――――幸せだって。
―――――他の誰でもなく、自分自身を誇るように。

(・・・・・・)
誰かの、声が聴こえた気がした。
どこかで訊いた、兄妹の声に、よく似た。

あぁ、そういうこと。
俺が、好意を寄せている女性とは、つまりはこういう人なのだと。
決まりも縛りも宿命も。
その全てを受け入れた上で、それでも幸せを得ることの出来る女性なのだと。
それに釣り合うだけの、資格が俺にはあるのだろうか。

一度は魔法を捨て、絶望したお前が。
幸せへと至る道を諦めたお前が、本当に。

―――――彼女を、幸せにできるのか?
―――――彼女の為の、正義の魔法使いになれるのか?

夢は、そこで終わりを迎えた。

74八下創樹:2012/09/12(水) 23:12:11
「・・・・・・」
無言で意識が覚醒する。
寝ぼけ眼のまま視線を下に。
ロリ化した那津音さんは、今だ幸せそうにスヤスヤと寝息を立てていた。

「なんというか・・・・・・たまんないなぁ」

イロイロと。
ほんとにいろいろと。
あんな夢を見てしまって、けれど当の本人はこーしてまぁ、幸せそうに眠ってらっしゃる。
こっちはおかげで、若干グロッキーな気分なのにさ。

「でも、そんなもんだよなぁ。誰だって。・・・・・・多分」

誰かに聞かせるわけでもなく、言い聞かせるように呟く。
というか、いつもいつも思うのだが。
どーしていつもこちら側主観なのだろうか。
たまには受信じゃなくて、送信側になりたい気分だ。

「・・・・・・那津音さん」

呼びかけに起きる気配はナシ。
というか、この状況はいい加減ヤベーんじゃなかろうか。
なんというか、思春期の男子的に。

「・・・・・・・・・じゃ、ちょっとだけ」

言って、眠る那津音さんの髪をすく。
優しく、優しく、撫でるように、ゆっくりと。
・・・・・・心なしか、那津音さんのふにゃっぽさが増した気がする。
「・・・・・・へへ」
なんだかこっちまで嬉しくなって、そのまま撫で続けた。
変わらず那津音さんは目を覚まさないし。
だんだんどんどんふにゃふにゃしてくるし。
なんていうかもう、こっちまで顔がデレっとしてしまう。
あぁ、いいなぁ。
彼女が出来るとしたら、こんな感じなのかなぁ。


―――――途端、カシャリと。
―――――無慈悲なシャッター音が聞こえた。・・・・・・目の前から。


「・・・・・・はい?」
なんというか、バカみたいに真顔のまま顔をあげる。
そこには、なんともまー楽しそうな顔で携帯電話のカメラを撮りまくる、実の母の姿があった。
「あら、おはよう雄真くん」
パシャリ。パシャリ。
「・・・・・・や、なにしてんですか・・・・・・」
「なにって・・・・・・せっかくだし、ね?」
パシャリ、パシャリ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
パシャパシャパシャパシャパシャ!!!!!!
「連撮しすぎ!! というか止めて!!」
「あららーごめんね雄真くん。可愛くなった那津音と雄真くんを見てたら、つい止まらなくって♪」
「・・・・・・」
「というか、もうすぐ閉門時間よ。そろそろ那津音を起こしてあげておいて」

じゃねー、と機嫌良さそうに屋上を後にする実の母。
対して、顔面蒼白になりつつある俺。
今の撮影データ、母さんだけならまだしも、他のみんなに知れ渡るのは非常にマズイ。
厳密に言えば、命の危機。エマージェンシーばりに、脳内サイレン鳴り響いてるし。

(これは・・・・・・やばい、かも)

母さんの、あの写真データ。
どうにかして、削除にこぎ付けないものだろーか?

75TR:2012/09/13(木) 03:35:43
「な、何じゃこりゃああッ!?」
「何なの、これはぁッ!?」

その日、瑞穂坂学園で二人の絶叫が響き渡った。
それが誰のものなのか、そしてそこまで至る経緯を説明するには、少しばかり時間を戻すことにしよう。


『はぴねす! リレー小説』 その34っ!―――――TR 「その写真は何をもたらすか?」


朝と言うのは誰にでも平等に訪れる。
俺は微睡の中でいつもの朝を感じていた。
小鳥のさえずる声、窓から差し込む朝日と思われる光。
そして冬の季節にはこれ以上ないというほどの、ホカホカなベッドのぬくもり。
まさに天国だった。
そして右手の柔らかな感触は朝の象徴だ。

「ぁ……ん」

そう、こうして耳元で聞こえる声も朝の象徴――――

「なわけあるかッ!」

ガバッという音を立てながら上半身を起こし、自分で思っていたことにそうツッコむと、俺は慌てて布団をはぎ取った。

「…………」

その光景に、俺は固まるしかなかった。
なぜならそこには、服をまとっていない那津音さんが横たわっていたのだ。

「ぅ……ん。あれ、ゆー君起きたんだ」
「な、なななななな那津音さん、どうしてベッドで寝てるんですかっ?! というよりどうして裸なんですかッ!?」

目をこすりながら体を起こす那津音さんに、俺は矢継ぎ早に質問を投げかける。

「むぅ、私の事は”那津音”って呼んでって言ったはずだよ? だって、私たち恋人なんだもん」

そう言いながら、那津音さんは恥ずかしいのか頬を抑えた。

「な、なななな何だってぇっ!?」

那津音さんから告げられた衝撃の事実に俺は驚きを隠せなかった。
というより、いつそんな関係になったんだ。
(って、俺も裸じゃねえかよッ!)
「大きな声で騒いでどうしたんですか兄さ―ー」

俺の大きな声に何事かとばかりに駆けつけてきたのはすももだった。
すももは、俺達を見て固まっていた。

「い、いやすもも。これはだなッ!」
「兄さんの………」

俺の釈明も空しくすももは、その手にあるフライパンを振り上げる。

「エッチっ!!!!」

そして俺に目掛けて投げ飛ばした。

「ぎゃああああああ!!!」





「はッ!?」

気が付くと、そこは教室だった。

(なんだ。夢か)

俺は今までのが夢だと気付くとほっと一息ついた。
道理で突拍子もないはずだ。

「良かった」
「私としては、全然よくないけどね」

ほっと呟いた俺に、真横(というより少し下の方)からそんな声が返ってきた。
その方向を見ると、そこには

「し、式守先生ッ!?」

那津音さんの姿があった。
那津音さんは笑っていた。
それはもう万弁の笑みを浮かべて。

「今は授業中よ。居眠りをした挙句に大声を上げるとはね……」
「す、すみませんでした」
「……今度からは気を付けるようにね」

そう告げると、那津音さんは教卓の方へと戻って行く。
気づけば俺にクラス中からの視線にさらされていた。

(最悪だ)

俺は心の中でごねた。
なぜ居眠りをしたのか、それはすもも時間が発動して、何時もより少し早い時間に登校し、教室に入った瞬間に『成敗ッ!』と言いながら、風神雷神を振り下ろす信哉から逃げ回ったためだ。
なぜ信哉が朝早くにここにいたのか、そしていきなり成敗されるような理由は見当もつかなかった。
ちなみに、信哉は沙耶ちゃんによって強制的に眠らされていた。
どうやってかは、あえて触れないようにしておこう。
そんなこんなで授業も終わり、昼休みを迎えるのであった。

76TR:2012/09/13(木) 03:36:24
昼休み、俺はオアシスにいた。
それは俺の意志によるものではなかった。

「あ、あの春姫さん」
「何かな? 雄真君」

俺の呼びかけに、万弁の笑みで用件を聞いてくる春姫。

「なぜ、俺はここに連れてこられているのでしょうか?」
「自分の胸に聞いてみなさい」

俺の疑問に、目の前でものすごい笑顔の杏璃が答えた。
笑顔なのに、手の骨をぽきぽき鳴らしてる。
まさに恐怖だった。
そこにいるのは春姫に杏璃、そして小雪さんに沙耶ちゃんにすももそしてなぜか準だった。
俺は昼休みに入るや否や、彼女たちによってオアシスへと強制連行されたのだ。

「えっと、思い浮かばないから聞いてるんですが」
「自覚はないようね………だったら準ちゃん、例のあれを見せてあげて」

俺の答えを聞いた杏璃が、横に座っていた準に一声かけると準は形態を取り出し何やら操作を始めた。

「はい、これ」

そう言って準が俺に見えるように携帯を差し出してきた。
俺はその携帯の画面を見た瞬間、固まった。
それは写真であった。
何のかと言えば、俺の膝枕ですやすやと眠る那津音さん。
そしてそんな那津音さんに俺は自分でも恥ずかしくなるほどデレッとした顔で髪を撫でている姿が写し出されていた。
そして、ようやっと出た言葉が………

「な、何じゃこりゃああッ!?」

であった。

「さて、雄真。この写真について」
「正直に」
「話してくれますか?」

そして、俺は地獄を味わうこととなった。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「何なの、これはぁッ!?」

その日、瑞穂坂学園でもう一人の絶叫が響き渡った。

「どういうことなのですかッ! 那津音姉さまッ!!!」

そして絶叫を上げた人物の妹の声も。
それは、たった一枚の写真がもたらしたものであった。

77叢雲の鞘:2012/09/17(月) 19:53:14
「な、何じゃこりゃああッ!?」
「何なの、これはぁッ!?」

説明しよう!
放課後、屋上で黄昏ていた雄真のもとを訪れた那津音は雄真に膝枕をしてもらっていた。
その寝顔に頬を緩ませる雄真だったが、その様子を実母の御薙鈴莉に携帯のカメラで撮られてしまう。
次の日、春姫たちに連行された雄真に突きつけられたのは件の写真であった。
一方、那津音もまた義妹の伊吹に同じ写真を突きつけられていたのである。


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 35  by叢雲の鞘


「……で、この写真はいったいどういうことなの?」
「いや……それは………」
「それは?」
「那津音さんに頼まれて……。疲れてるみたいだったし、それくらいならいいかなって……べ、別に他意はないぞ!?」
「そうなんだ……じゃぁ、どうしてこんなに鼻の下を伸ばしてるのかな?」
「別に伸ばしてなんか……」
「嘘!こ〜〜〜〜んなにデレッデレッな表情しておいて!!」
「……う(汗)」
説明しよう!
今回は明確な証拠があるせいか雄真にとってかなり不利な状況である。

「くっそ〜〜〜!?雄真ばっかり美味しい思いしやがって〜〜〜!!」
「まぁ、ハチがまともに膝枕なんかできないと思うけどねぇ」
「んなわけあるか!?俺が那津音さんに膝枕をしてあげるんだったら、それはもう眠り姫を起こす王子様のような顔で寝顔を見つめてるさ!……ハァハァ………ハァハァ……でへへ♪」
「キモッ」
説明しよう!
ハチの頭の中では当社比10倍ほどに美化された自分が那津音に膝枕をしているが、それを妄想しているハチ自身は息を荒げ、モザイク規制がかかりそうなほど崩れたキモい笑顔を浮かべているのだ。

「それで、納得のいく説明はもらえるのかしら?」
「………………その…だな」
「なによ……」
「…………(無言でダッシュ)」
ドタドタドタ…………。

「あ、逃げた……」
「雄真くん!?」
「待ちなさい!!」
説明しよう!
雄真の逃げ出す姿は、まるでどこぞの銀色な流動体生物のごとき素早さだったという。

78叢雲の鞘:2012/09/17(月) 19:54:29

一方……。

「那津音姉さま、これはいったいどういうことですか!?」
「どうしたの伊吹、そんなに慌てて……」
説明しよう!
今日もお弁当を作ってきた那津音は雄真を探していたのだが、突然現れた伊吹に詰め寄られてしまっていた。

「どうしたのじゃありません。これはどういうことですか!」
「これって写真?……って、えぇぇぇぇ!?」
伊吹に突きつけられたのは春姫たちが持っているものと同じ写真であった。

「何なの、これはぁッ!?」
「しらばっくれないでください。どうして那津音姉さまがこんな羨ま……じゃなかった、小日向雄真にひ、ひ、膝枕をしてもらっているんですか!?」
「そ、それは…………」
……シュン…………
答えに窮した那津音は転移魔法で逃げ出した。

「那津音姉さま!?」
説明しよう!
那津音が消えた瞬間、伊吹の脳裏には1日18時間も寝るキツネ顔で、ポケットサイズのボール型カプセルで捕獲される使い魔が脳裏に浮かんだが、世俗に疎い伊吹にはそれがなんなのか理解できなかった。


「こら〜〜〜、待ちなさ〜〜〜〜い!!!」
「雄真君、どうして逃げるのかな?かな?」
「待てるか〜〜〜!?」
昼休みの校舎内では雄真達による逃走劇が繰り広げられていた。

「このっ、止まりなさいよ!!」
「おわっ!?杏璃、魔法を使うな〜〜〜!!」
「だったら止まりなさいよ!このっこのっこのっおぉぉぉ!!!」
「ひぃ〜〜〜〜〜!?」
「タマちゃん、GO!」
「アイアイサーーー」
「ぎゃーーーーー!?」
説明しよう!
雄真は飛び交う魔法を、アルセーヌな3代目の世界一な大泥棒のごとく回避していた。

「当たったら死ぬ!?捕まったら死ぬ〜〜〜!?」
悲壮な叫びを上げながら曲がり角をタイルのわずかなデコボコを利用した必殺のVターンで一気に曲がる雄真。
しかし、

「あ!?」
「え?」
目の前には伊吹から逃走中の那津音。

「きゃ!?」
「危ない!!」
雄真と衝突し、吹っ飛ぶ那津音を雄真は瞬時に抱き寄せ庇う。
体を反転させて那津音が床に激突しないように入れ替わるのだが…………

「あ」
「え?」
…………チュッ…………

説明しよう!!!!
ラブコメで衝突の際のKISSはお約束である(笑)

「………………」
「………………」
流れる沈黙、そして……

「「「雄真(君・殿)〜〜〜〜〜〜!!!」」」
「「小日向(雄真・さん)〜〜〜〜〜〜!!!」」
小日向雄真の更なる地獄が幕を開けた。

79名無し@管理人:2012/09/21(金) 09:19:59
「あー、酷い目に遭った……」

 不運な事故とはいえ、那津音さんとキスしてしまった俺は、あっさりと捕まり、数時間に渡る断罪裁判を受ける羽目になった。

 しかし、どうして、ただ、那津音さんを膝枕をして頭を撫でてニヤけていただけで、こんな目に遭わなくてはいけないのか。

 世界は、本当に俺にとって理不尽にできていると感じた。

「母さんのせいだ」

 あんな場面を写真に撮るような真似をしなければ、俺も那津音さんも平穏なままでいられたのに。

「どうにかして、データを手に入れないと……」

 そうじゃないと、いつまでも、膝枕していた写真で、延々と弄ばれるだけだ。

 しかし、盤石の防御を敷いているであろう母さんから、どうやったらあの写真の元のデータを手に入れることができるのか、まるで想像もつかなかった。

「どうしたものか……」

「相変わらず、間抜けな顔をしているわね、小日向雄真」

「この声は……」

 聞き覚えのある声が聞こえて振り返ると、最近良く見る女生徒の姿があった。

「神月ミサキ……」

「随分とまた疲れた顔をしているわね。差し詰め、キスしたところを見られて、嫉妬した友人達に断罪されていたってところかしらね」

「まるでどこかで見てたみたいだな」

「驚かないのね」

「一方的に断罪させられたせいで、驚く気力もないんだよ……」

 それに、神出鬼没な彼女のことだ。

 俺の知らないところで見てたとしてもおかしくはないと思った。

「そう。でも、お疲れのところ悪いけど、ちょっと付き合ってもらえない?」

80名無し@管理人:2012/09/21(金) 09:20:52
「俺に何か用でもあるのか?」

「ちょっと貴方に会いたがっている人がいるのよ」

「俺に会いたがる人ねぇ……」

 どんな物好きなんだろうか。

 神月の知り合いってことは、やっぱり変わり者である気はするが。

「ま、変わり者であることは、否定しないわ」

「だから、心読むなよ……」

 それだけ、俺が分かりやすい奴なのかもしれないけどさ。

「それで、どうするの? ちなみに、残念だけど、相手は男よ」

「そうだな……。って、別に相手が男だからって落胆はしねーよ」

「そう? あれだけ女子に空かれているのだから、女じゃないと喜ばないかと思ったわ」

 ハチじゃあるまいし、そんな女じゃなきゃ会わないってことはないな。

 しかし、俺に会いたがっている男か。

 ちょっと興味はあるな。

「分かった。会うよ」

 会ったらすぐに断罪されるってことはないだろう。

「そう。じゃあ、案内するわ」

 俺の決断に無感動に頷いて神月は、踵を返して歩きだした。

 俺はその後ろをついていく。

 話がないまま、瑞穂坂学園の校舎内を移動すること約5分。

 辿り着いた屋上には、1人の男子生徒の姿があった。

 その男には、何故か見覚えがあるように思えた。

 どこで会ったんだろうかと思い返しているうちに、神月の知り合いである男が俺のほうに視線を合わせる。

 それから、ゆっくりとした足取りで近付いてきて、口を開く。

「よく来たな。俺は神月カイト。君を案内した神月ミサキの兄だ」

 神月の兄貴だったのか……。

 俺が戸惑いを隠せぬまま、神月兄妹を交互を見やっていると、神月兄が顔に笑みを作る。

「さぁ、話をしようか」

81TR:2012/09/21(金) 10:51:20
「話ってなんだよ?」
「一応俺は先輩なんだが………まあいい。そう急がずに、まずはこれを見て欲しい」

俺の問いかけに、神月兄はそう言うと自然な動作でポケットからデジタルカメラを取り出した。
そしてそれを手に何やら操作をすると、画面を俺に見えるように手渡してきた。

「って、これは!?」
「そう、君が疲れている原因にもなっている”あの”写真さ」

デジタルカメラに映し出されていた映像は、俺が那津音さんを膝枕にしているものだった。

「どうしてこれを……」
「それは私が御薙教論が持つ写真データを盗………譲ってもらったからよ」

今、盗んだって単語が聞こえたのだが、気のせいだよな?
気のせいだと信じたい。

『はぴねす! リレー小説』 その37!――――TR『取引』

「その写真のデータを消してもらえないか?」
「ただでは無理だな。俺の出す条件を呑んでもらえたのであれば、データを消そう」

神月兄の言葉に、俺は体がこわばるのを感じた。
何となくだが、いやな予感がしていた。
ものすごい無理難題を吹っかけられそうで怖い。

「気にしなくてもいいわよ。とても簡単な物だから」
「だから人の心を読むなよ」

静観していた神月妹が声を上げるが、俺は何度目かのツッコミを入れる。
というより、俺ってそんなに心を読みやすいのか?

「とてもな」
「だから人の心を読むなって!!」

神月兄の答えに、俺は思わず大声でツッコんでしまった。

(そういえば、さっきからずっとため口だけど………まあ、そんなに怒っているわけでもなさそうだし良いか)

「それで、条件って?」
「条件は簡単。つい最近にリニューアルオープンした遊園地は知ってるか?」
「ああ。確か『瑞穂坂遊園地』だったよな。そこがなんだ?」

――『瑞穂坂遊園地』
つい最近にリニューアルオープンした遊園地だ。
様々なアトラクション等が追加されたらしいが、詳細は俺も知らない。

「そこに、雄真と那津音の二人でデートをする。それが条件だ」
「でッ!?」

神月兄の出した条件に、俺は一瞬固まってしまった。
それっぽいのは前にしたが、あれはあくまでも”ショッピング”だが、彼が言ったのは”デート”だ。
前回の様子を思い浮かべると、どうにもデートと同義語になりそうな感じではあったが、前提が違えば意味合いも大きく違う。

「行く日は何時でも構わない。雄真から彼女を誘うこと。これも条件だな」
「もしほかの誰かにばれても気にしないで。この私が美しく咲く花のように、他の人を惑わせるから」

俺の混乱もどこ吹く風、神月兄妹は話をどんどんと進めて行く。

「ちょっと待ってくれッ! 俺は行くだなんて一言も―――」
「でも、またどこかに彼女と共に出かけようと考えていただろ?」
「ッ!?」

神月兄の指摘に、俺は声も出なかった。
確かに心の奥底ではまた行きたいと思っていた。
そんな俺を見て神月兄妹はお互いに顔を見合わせた。

「まだ色々と話したいことはあるが、今日はここまでだ」
「わざわざ来てもらって悪かったわね」
「ちょっと待て、それってどういう―――――」

神月兄の言葉に、俺はその意味を問いただそうとしたが、突然の突風が俺を襲う。
俺は目を腕で覆うことで、風の直撃を避けた。
そして、風が止み二人がいた場所を見る。

「いないッ!?」

だが、そこにはすでに二人の姿はなかった。

(………やるしか、無いのか?)

俺はさっきよりもさらに疲れ感じつつ、その場を後にするのであった。

82TR:2012/09/21(金) 10:51:56
★ ★ ★ ★ ★ ★


「本当に良かったの? 兄さん」
「ああ。あれで良かったんだ」

夜、学園の屋上で景色を眺めていたカイトにミサキが尋ねた。

「微かな進展はあるものの、停滞し始めているのは明らかだ。ここらで大きな波を起こす必要がある」
「それもそうだけど。あのようなマネは私はあまり好まないわ」

カイトの意見に賛同しつつも、ミサキは複雑な表情で返した。
彼女としては、兄の行動が揺すりの典型のようなものに見えたらしい。

「勘違いしないでほしい。雄真がどういった行動を取ろうと、これをどうする気もない。それをするのは俺達の役を大きく逸脱することになる。俺がやるのはあくまでも物語を新たな捨て時に……あの二人の仲をさらに進展させること」
「………」

カイトの言葉に、ミサキは静かに息を吐き出した。

「俺達の行動はすべて導かれているのさ」
「そうね……」

カイトの呟きにミサキはそう答えると、二人は空を仰ぎ見た。

「「全ては”月”の導くままに、ね(な)」」

その日の月は、満月であった。

83七草夜:2012/09/24(月) 01:20:10
 そしてこれまで幾度となく自分に助言をくれたミサキから紹介された兄、神月カイト。
 彼との正式な二度目の会合は、今日の放課後の事だった。


 はぴねす!リレーSS Turn38 七草夜 『未来知る者』


「デートをしろ、と言いはしたが特にこちらから細かい希望はない。当日はお前の好きにしてくれていい」

 いつもの如く神出鬼没に現れたミサキに誘われ、昨日同様屋上でカイトから「取引」の説明を受ける。
 ちなみにミサキは現在いない。本人曰くの「美しく咲く花のように、他の人を惑わせる」事で他者の介入を阻止しているらしい。
 この際、かつての見舞いに他の誰かがいけなかったのも彼女の仕業ということを説明された。

「希望はないって……じゃあなんでそんな事を取引にするんだ?」

 雄真の疑問は最もだった。
 式守那津音とデートをしろ、という事を指示されたからには何か狙いがあるとしか思えなかった。
 実際、だからこそ彼女とまた出かけたいと思っていても――人に言われてというのがイヤだというのもあるが――一晩考えても承諾しかねていた。
 だというのにいざ次の日再び会って最初に出てきた指示がこれだ。

「それをすること自体が俺達にとっての……いや、俺の目的だからだ」
「那津音さんと俺がデートをする事がか?」
「そう、お前と彼女が、だ」

 余計に疑問に思う。
 何故自分と那津音がデートをする事がこの男の望むことなのか。
 そこで何かをさせようという方がまだ分かりやすくていい。
 何を企んでいるのか、さっぱり分からないというのが一番不気味だ。

「何を考えているのかは大体分かる」
「……またかよ」
「いや、今のはお前でなくとも疑問に思うのが当然だというだけだ」

 はぁ、とため息を吐いて額に手をやる。
 昨日の流れが流れだったのでまた心を読まれたのかと思ってしまった。

「とはいえ、今の事が俺の目的に関係する事ではある」
「どういうことだ?」
「俺にはあらゆる先が分かる。今起ころうとしている事、これから起こるであろう事、今こうして話しているお前が今後どういう成長を遂げるのかすらも」

 何を馬鹿な、そう言おうとして、すぐに口を閉ざす。
 カイトは至極真面目な表情をしていたからだ。

「と、いっても未来予知をしている、という訳ではない。直感的に閃いている、というのが恐らく一番正しい表現だろう」
「かなり鋭い勘をしている、ってことか?」
「そうだな、その方が分かりやすい」

 それが一体何の関係があるのか。
 雄真のそんな疑問にカイトもまた言葉を続ける。

「俺が直感した未来は殆どその通りの流れを辿っている。だがその中で三人ほど、未来が外れたことがある。そのうちの一人が……式守那津音だ」
「那津音さんが……?」

 それは驚きもあったが、ある意味納得もした。
 確かにあの人ならば、この男の予想をも超えるかもしれない、と。
 そうなってもおかしくはない、あの人はそういう存在だと。

「最初の秘宝事件……あの時、式守那津音は本来であれば死んでいた。いや、今考えても生きているのがおかしいくらいだ」
「それは……」

 確かに分からないでもない。
 実際、あれほどの規模の事件が二度も起きたにも関わらず、被害はあまりに少ない。
 那津音の容態が植物状態で済んだ、というのも確かにその方が不思議だ。

「だがそれは奇跡なんて安っぽいものではない。彼女は生き残るべくして生き残った……その原因が、お前だ。小日向雄真」
「俺……?」
「お前と式守那津音の出会いが彼女の心にある変化をもたらした。それによって彼女は死の淵にて醜くも抗い、その命を繋ぎ止めた。そうして俺の予測を超えた」

 そこまで語り終えるとカイトは柵の方へと歩きだし、柵に腕を乗せる。
 そのまま眼下の景色を眺めながら再び口を開く。

「あの時、彼女の死亡が確定しなかった時、俺は歓喜した。自らの知らぬことを知るというのは、こういうことなのかとな」
「……まさかアンタの目的って」

 話の流れでとうとう雄真も彼の目的が何なのか、予想がつく。
 景色を眺めるカイトが振り返るとその予想が正解であることを示すかのように不適に微笑んでいた。

84七草夜:2012/09/24(月) 01:20:40


「そうだ。俺の知らぬ世界を再び見ること、それが俺の目的だ」


 だから、なのかと納得した。
 自分と那津音がデートをしさえすればいいという条件は。

「アンタが指示したら確かに何の意味もない条件だ。アンタの言うとおりに動いたらアンタは何も見ることができない」
「そういう事だ」

 嘘は言っていないだろうと思う。
 ハッキリと分かるほどの接した訳じゃないが、彼はある意味、那津音の対とも言える存在だ。

 未来を決められた式守那津音と、未来が決まっていた神月カイト。
 敷かれたレールを歩くしかなかった式守那津音と、敷かれたレール以外の道が存在しなかった神月カイト。
 そして小日向雄真という存在から全く同時に影響を与えられ、その後の人生が変わった二人。

 二人の歩む道は、あまりにもとても似ていた。
 だから雄真は那津音が自分に対して嘘を言っていない事が分かる以上、彼もまた嘘を言っていないことを感覚で受け取っていた。

「式守那津音の未来は今でも見える。そして、お前もまた。故に俺はお前達二人の組み合わせが影響するのではないかと考え、そのために動いた」
「……もしかして那津音さんの退院して、その後すぐにうちの学校に来たのも?」
「そうだ。人を通じて彼女にそう考えるよう動いた。あくまで選んだのは彼女自身だが、そうするように誘導はした」

 かつて母達が言っていたこと。
 那津音の行動の裏には誰かがいるかもしれないということ。
 そして自分と那津音を接触させたがっているということ。
 全てが、ようやくつながった。

「さて……目的の話はここまでだ。次は取引の話といこうか」

 と、唐突に話を打ち切ってカイトはポケットから二枚の紙切れを取り出し、雄真に差し出す。

「これは……」
「件の遊園地のチケットの優待券だ。期日はいつでもいいとは言ったが、出来れば期間内で行ってもらえると助かる」

 まだ行くとも言ってないのについ反射的に雄真はチケットを受け取ってしまう。
 もちろん、それはやはり自分も那津音とデートしたいという願望があるゆえだが。

「リニューアルオープン、というのが話題を呼び、暫くは多くの人間で混雑する。そのチケットを持っていれば優先して入れるから少なくとも入場の混雑を無視できる」
「なるほど……それで春姫達に気づかれてもある程度撒くことはできる、ってことか」
「そうだ。仮に突破したとしても混雑する関係上から追跡も難しく、人ごみゆえに迂闊に魔法を使うわけにも行かない。混雑している今が環境的に最も適しているわけだ」

 加えて先日言われたミサキの協力もある。
 これほどまでに万全を期していれば確かに邪魔はまず入らないだろう。

「あとは……そうだな、頼みを聞いてくれるというのなら例の写真とは別に一つ、お前に報酬を出そう」
「報酬?」
「今後、何か困ったことがあればミサキを通してくれれば相談に乗る。俺の情報量と直感力を、お前に貸してやる」
「そ、それは!」

 思わず口元に手を当てる雄真。自分の年収の少なさに気付いた大人並の衝撃を受けた。
 それは地味に雄真にとってものすごいありがたいものだった。
 何故なら彼には悩みを抱えつつも「誰かに相談する」ということが出来なかったからだ。
 那津音に関しての事は特にだ。春姫達に相談しようものなら問答無用でフルボッコなのは最近の出来事から火を見るより明らか。
 男性陣に相談しようにも信哉は立場上、主である伊吹と妹の沙耶を立てるしかない。準は逆に面白がって自体を引っ掻き回す。ハチに至っては論外、然もあらん。
 かといって大人に相談しようにもそもそも今回の騒動を引き起こしたのがその大人な訳で。

 それに対して今、目の前にいる上級生はその態度から少なくとも薮蛇になる事は無い。
 どれほど頼りになるかは今後次第だが「相談できる相手がいる」というだけで雄真の精神的負担は大分軽くなる。
 加えて彼が味方になるという事はその妹であるミサキも味方になるという事だ。何の気兼ねもなく女性の意見を聞けるのはでかい。
 ここまで思いついた雄真の判断は素早かった。

「よろしくお願いします先輩!」
「……そこでいきなり先輩扱いするのか、お前は」

 両手でカイトの右手を握り締め頭を下げる。
 想い人とデートのお膳立てしてくれてその後の相談にも乗ってくれるアフターケアもばっちり。
 加えてその目的の理由も聞かされてる以上、どう考えてもメリットしかなかった。

85七草夜:2012/09/24(月) 01:21:11

「とはいえ、デートかぁ……なんて誘おう……」

 チラッ、とカイトを上目遣いで見つめる雄真。
 早速権利を行使しようとしていた。

「そればかりは自分で考えてくれ。そうでないと俺の目的は果たされん」
「……だよなぁ」

 自分が見てないものを見ようとしてるのに聞いたところで答えてくれる筈が無かった。
 そうして頭を抱える雄真にカイトは少し、優しげな声で助言する。

「自らの心の思うままに真っ直ぐ進め。お前の心はきっとお前をお前の望む方向へと導いてくれる」

 そう言って、ポンッと肩を叩くと分厚い本を持ったその青年は校舎へと帰っていったのだった。


 ★ ★ ★ ★ ★ ★


「何て言って誘ったら良いんだ……」

 二枚のチケットを手にベッドの上をゴロゴロ転がる雄真。
 誘う気は満々なのだがいざデートと称して誘うとなると中々に気恥ずかしい。

 大人っぽく誘って見るか、いやだけど背伸びしてるみたいに思われたら嫌だしなぁ、でもなぁ。

 そんな感じで何度もゴロゴロ転がる雄真。
 妹が見たら間違いなく引く光景だった。

「えぇい、もう当たって砕けろだ!」

 藪から棒に起き上がり、携帯を手にする。
 登録された番号を押す。コールがかかる。
 出るのか、いやもしかしたら忙しくて出れないかもしれない。
 いやきっと出れないだろう。仕事も忙しいし、うんそうだそうに違いない。
 そんな脳内妄想をよそにぷつっとコールが途切れる。

『もしもし、ゆー君? どうしたの?』

 頭が真っ白になる。
 やばい何言おう何て言おう今日の天気良いですねかいや今日そもそも一緒だったしヤバイヤバイヤバイYA・BA・I!
 完全にパニクッた頭の中で何とか言葉を搾り出す。




 きっかけなんて些細な事だ。
 ただ単に思った事をそのまま口にすればいい。
 他意なんて何もいらない。
 信じて聞けばいい。

「遊びに行きませんか――?」

 と。

86八下創樹:2012/09/28(金) 21:09:09
日曜日の穏やかな午前中。
時刻的にはまだ朝の9時。
休日を積極的に遊ぼうとする人以外は、悠々と睡眠を貪る時間である。

そんな平和な休日の朝。
普段はほとんど着る事の無い洋服を着こんで、ルンルン気分で靴を履く女性――――もとい、少女。
とどのつまり那津音さんは、現状、雄真を取り巻く死屍累々の関係図など、ハナから気にせずに、本日のデートをとっても楽しみにしていた。


『はぴねす! リレー小説』 その33っ!―――――八下創樹


「? 那津音様?」
「あら、沙耶。行ってくるわ」

たまたま玄関ですれ違った沙耶だが、那津音さんは意にも介さず出ていこうとする。
本能的に何かマズイと直感したのか、珍しく沙耶は、那津音を呼び止めていた。

「どこか、おでかけですか?」
「ええ、そうよ」
「・・・・・・どちらまで?」
「ちょっと遠くまで♪」
「はぁ・・・・・・」

釈然としないけど、沙耶の性格上、これ以上の追及は無理だった。
そんな沙耶を微笑ましく思ったのか、那津音も微笑を浮かべていた。

「あ、そうだ沙耶。伊吹に伝えて欲しいのだけど」
「はい。なんでしょうか?」
「居間にね、伊吹と信哉と沙耶の、3人分のお昼ご飯を作っておいたの」
「え・・・・・・私たちの?」
「ええ。だから、3人で仲良く食べてね」

返事を待たず、いってきまーす、と那津音は出て行ってしまった。
遠い、昔の記憶からか。
久しぶりに那津音の手料理を味わえると、少なからず沙耶は喜んでいた。



―――――無論、これが那津音の立派な“足止め”なのは、言うまでもなかった。



しばらく歩いて、駅前。
なんというか、独特のオブジェの噴水広場で、那津音は雄真を待っていた。
遡ること、一昨日の夜――――――

「遊びに行きませんか――――?」
「わーい♪」

という流れで、デートの約束が決まった。
なんというか、なんかもう嬉しすぎる。
元々、消極的ではないけれど、ゆーくんは積極的でもない。
そんなゆーくんからデートのお誘いだなんて―――――!!

「・・・・・・とはいえ」

今更ながらに、自分の服装をチラチラ見る。
白いブラウスに、朱色のフレアスカート。
伊吹や沙耶の見立てで、お墨付きをもらったのだけど、なんというか――――――

「今更だけど、色合いが巫女装束と一緒なのよね・・・・・・」

上が白くて下が朱い。
服の雰囲気は違っても、配色パターンがほぼ同じ。
なんというか、見慣れてて新鮮味が無いんじゃないかナ。

「んー・・・・・・でも、帰って着替える時間は無いし・・・・・・」

とはいえ、ゆーくんとの初デート。
見た目が同い年(もしかしたら年下かも)だけど、中身は一応、お姉さんなんだから、そこはビシッと決めたいところ。
無論、女性的にも。
うんうん。

「・・・・・・似合ってるって、言ってくれるかなぁ・・・・・・」

優しいけれど、こーいうことは照れてなかなか言ってくれなさそう。
その分、やっぱり言ってくれると嬉しいんだけど。
なんていうか、舞い上がっちゃうくらいに。

87八下創樹:2012/09/28(金) 21:10:09
――――――それよりも!

ゆーくんと2人で並んで、周りからはなんて見られるだろうか?
カップル・・・・・・かなぁ。
兄妹・・・・・・はないか。
姉弟・・・・・・もないわね。
従妹・・・・・・あるかも。
親子・・・・・・凹む。
教師と生徒・・・・・・うそん。
若夫婦・・・・・・だったらいいなぁ。
主人と下僕・・・・・・・・・・・・いやいやいや。
師匠と弟子・・・・・・むしろどう?

「ううん。大丈夫、大丈夫よ。今の私はイイ感じに縮んでるし!」
「縮むて」
「自信を持って! きっと仲睦まじい、主人公とヒロインのよーに!!」
「・・・・・・那津音さんやーい」
「ぴゃあ!?」

驚き振り返ると、そこには首を傾げるゆーくん。
それでも苦笑しながら笑顔を向けてくれる優しさに、心がヒートアップしそうですヨ?

「すいません、待ちましたか?」
「ううん、大丈夫」
「そうですか」
「待つのは退屈じゃないし♪」
「・・・・・・・・・・・・スイマセン」
「?」

んん?
なんで謝られたんだろ。
なんか可笑しなこと言ったかな。
・・・・・・まぁいいや。嬉しいし。

「あ、ねえねえゆーくん」
「はい?」
「ど、どうかな。この服・・・・・・初めて着たんだけど」
思わず、その場でクルリと1回転。
浮かれすぎかなーって思ったけど、じーっと見てくれたゆーくんは頷き一つ、
「うん。凄く可愛いですよ」
なんて、瞬間沸騰しそうなクリティカルな感想を言ってくれた。
「・・・・・・えへへ」

嬉しいな。
こんなことで喜んでくれて、こんなことで幸せになれる自分が。
ほんとに。・・・・・・本当に。

「さて、それはそれで那津音さん!」
「はいはい」
「詳細は昨日、お伝えした通りです」
「はい、わかってますよ」
「じゃ、行きますか!」

言って、手を差し出してくれる、ゆーくん。
なんていうか、格好良い。
私が縮んでるのが原因かどうかは解らないけど、当社比3倍増しぐらいに。
率直に言えば、惚れちゃうくらい。

手を握り、両手でしっかり包み込む。
そのままゆーくんを見て、微笑んで――――――瞬間、転移魔法を発動。
時間短縮と尾行を振り切る2つの理由で、あっという間に目的地の遊園地に到着。

さてさて。
それじゃあ、今日はいっぱい楽しむのしましょうか。

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89叢雲の鞘:2012/09/30(日) 15:20:08
「「「あ、逃げられ(まし)た!?」」」
「……逃げられてしまいましたね」
「くっそ〜〜、雄真の奴〜〜〜!!」
雄真と那津音が転移魔法で転移した瞬間、物陰から6つの影が飛び出してきた。
春姫、杏璃、小雪、すもも、準、ハチである。


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 40  by叢雲の鞘


「高位魔法である転移魔法を平然とお使いになるなんて……さすが那津音様です」
「小雪さん、今は感心してる場合じゃ……」
「くぅ〜〜!?また、逃げられた〜〜!!」
「ばれてた……のかな?」
「前も杏璃ちゃんと尾行したことがあるからねぇ」
春姫たちが雄真のデートを知ったのは今朝のことである。
家を出た雄真と入れ替わりで小日向家に遊びに来た準が、休日にも関らず惰眠を貪ることなく早起きをし、出掛けていった雄真の話を聞いて春姫と杏璃に収集をかけたのである。
ちなみに、小雪は気付いたら合流していた。
あいかわらずの神出鬼没である。
ついでにハチは、そこら辺をうろついていたのを確保した。

「これでは何処に行ったのかもわかりませんし、どうしましょう?」
「大丈夫だよ、すももちゃん」
「そうなんです?」
「小雪先輩、お願いします!」
「ではスケさんカクさん、カムヒア〜〜」
杏璃たちに頼まれた小雪がダウンジングロッド《スケさん》《カクさん》を取り出す。

「それじゃ、雄真を追いかけにレッツゴー!」
「ぐふふふふ、雄真めぇ……貴様ばかりに美味しい思いはさせんぞ〜〜!!!」
小雪を先頭にして、春姫たちは雄真たちを追いかけ始めた。
ちなみに、端から見ればハチも美少女6人(内1人はオカマ)と行動しているという世のモテない男たちからすれば充分に勝ち組な立ち位置にいるのだが、那津音とデートをするというさらに勝ち組状態な雄真に気を取られて気付いていなかった。
まぁ、全員雄真に心が向いているため、気付いて浮かれるだけ無駄なのだが……。


そんな一行は自分たちも陰から監視されていることに気付いていなかった。


「……こうも簡単に気取られるとはな。賞賛するべきなのか、呆れるべきなのか」
「まぁ、あのオカマちゃんとかけっこう切れ者だしねぇ」
物陰から春姫たちを覗いていた神月兄妹は、動き出した一行を尾行し始める。

「ねぇ兄チャマ。またユーカーでループさせる?」
「いや……あまりやりすぎるとバレるなり、対処策を用意されてしまうだろう。そのために混み合う時期を選んだわけだからな」
「それもそうね」
「……とはいえ、高峰小雪の探知魔道具はやっかいだな」
小雪のダウンジングロッドなら混雑をものともせず2人を見つけるだろう。

「しかたない、遊園地についたら探知系阻害の魔法を使ってくれ」
「了解よ、おにいたま」
ミサキはポケットの中のマジックワンドを確認して了承する。


「それにしても……」
「どうした?」
「デートで転移魔法ってどうなのかしら?」
「……効率的ではないのか?」
たしかに転移魔法を使えば目的地に一瞬で着けて、さらには尾行もまける。
しかし……。

「やっぱり目的地への移動もデートの醍醐味だと思う。手を繋いで一緒に歩いたり、電車やバスで隣に座ったり……」
「……それは、お前の願望か?」
「な!?ちょ…ちがっ!?」
「まぁいい。それは次からの課題にするとしよう」
「うぅ〜〜」
敬愛する兄にからかわれ、ミサキは顔を真っ赤にさせながら俯いていた。

90Leica:2012/10/04(木) 00:05:30
 広大な敷地各所に設置されたスピーカー。
 そして、そこから流れる軽快なリズムの電子音。
 なぜそれは、聞く人の心を容易に揺さぶるのだろうか……。
「と、いうわけで、今の俺は凄いテンションが上がっています」
「……の、わりには冷静な分析ね」
 隣で那津音さんが苦笑する。
 こんな何気ない会話1つでも、ウキウキしてくるのだから不思議なものだ。
 なんだかんだで、那津音さんもそわそわしてるし。
「さて……と」
 “取引”と称し渡されたチケットをポケットから取り出す。

 目の前の人ごみは、このチケットの前では無に等しかった。



『はぴねすりれーっ!』 よんじゅーいちっ  ――Leica



 瑞穂坂遊園地の入場ゲート付近では、開演前にも関わらず既に人でごった返していた。
 リニューアルする為に1年間も閉鎖していたそこは、もはや廃れた遊園地の雰囲気は微塵も持ち合わせてはいない。
 3つある入場ゲートその全てに長蛇の列が出来上がっていた。
「……うわぁ。少し早めに来たつもりだったんだけど、これでも甘かったのかしら」
「ですね」
 那津音さんの言葉に相槌を打つ。
 こちとら移動手段を丸々省略して、文字通り一直線にここへきたのだ。
 ここまで来る楽しみというものを微塵も味わっていないにも関わらず、これだ。
 正規手段で出向いたであろう方々は、一体何時に家を出たのだろうか。
「ひとまず、チケット売り場の列に並びましょうか」
 既にチケットを購入し、入場ゲートに並んでいる人々の列より遥かに伸びている列を指して、那津音さんが言う。
「いえ、平気です」
「はい?」
 そう言えば、那津音さんに優待チケットの話をしていなかったな。
「じゃーんっ」
 見せ付けるように那津音さんの前でそれを開いて見せる。
「こ、これはっ」
「買う必要はありません!! 並ぶ必要もありません!!
 おまけに待つ必要もありません!!
 必殺の優待チケットですっ!!!!」
「そ、そんなものが……」
 ふるふると手を震わせながら、那津音さんがそのチケットを受け取る。

91Leica:2012/10/04(木) 00:06:23

 優待チケットはいくつかの特典を有している。
 まず、言うまでも無く、チケット売り場に並ぶ必要はない。
 次に瑞穂坂遊園地の開園は10時からだが、このチケットを有している人間は9時から入れる。
 最後に、中の飲食店全て5%OFF。

 学生の懐にも優しいチケットなのだ。
 ……個人的には、中のアトラクションの待ち時間等でも優遇してほしかったが、
 そこまで欲するのはいけない事だろう。
「じゃ、じゃあもう入れるの?」
「そういや、そうですね」
 時計を見てみる。9時40分だった。
「とっくに入れるじゃないっ!!」
 言うが否や那津音さんは俺の腕を掴んで走り出した。
「ちょっ、那津音さんっ!?」
「何でこんな素敵なものがあるって早く言ってくれないのっ!!」
 いや、驚かせようと思って。
 喉まで出かかったそのセリフを、俺は何とか飲み込んだ。
 多分、俺よりも。俺以上に今日のデートを楽しみにしてくれていただろう事が直ぐに分かったから。
 言外に放たれた「分かっていればもっと早く待ち合わせてたのに」という言葉を、
 何ともむず痒い気持ちで受け止めた。
 叩き付けるように従業員へそのチケットを見せる那津音さん。
 それを見て、思わず笑みが零れた。

 雄真、那津音。
 瑞穂坂遊園地へ入場。



「誰もいないのかと思ってたんだけど、意外と人はいるのね」
「そうですね」
 恨めしい数々の視線を受け流し、本来ならば後20分は開かぬ扉の先へ足を踏み入れる。
 すると、ちらほらと先客が見えた。
 ネコのきぐるみを来た授業員が、ちっちゃな子に風船を渡している。
 遠目に見えるジェットコース―ター等のアトラクションにも、既に乗っている人がいるようだ。
「むむむっ」
 寄って来たくまのきぐるみから違和感なく風船を受け取った那津音さんは、
 入場時に受け取ったパンフレットとにらめっこしている。
「ゆーくんゆーくんっ、どこ行くどこ行く?」
「そうですねぇ」
 普段はお姉さんである那津音さんの幼い一面に和みながら(しかも今はホントに幼い)、
 広げられたパンフレットを覗き込む。



ピロリロリン♪

『ゆうま の まえ に せんたくし が あらわれた !』

『どこ へ いく ?』

→ 1.ビックリサンダーマウンテン
     遊園地の定番、それはもちろんジェットコースター!!

  2.ホーンテッドアパートメント
     むふふを期待、暗闇の中で何かが起こる!!

  3.自分も風船を貰いに行く
     なぜ那津音さんだけなのか、抗議しに行く!!

  4.帰る
     急に冷めちゃった、てへぺろ!!

92叢雲の鞘:2012/10/12(金) 20:34:40
ピロリロリン♪

『ゆうま の まえ に せんたくし が あらわれた !』

『どこ へ いく ?』

→ 1.ビックリサンダーマウンテン
     遊園地の定番、それはもちろんジェットコースター!!

  2.ホーンテッドアパートメント
     むふふを期待、暗闇の中で何かが起こる!!

  3.自分も風船を貰いに行く
     なぜ那津音さんだけなのか、抗議しに行く!!

  4.帰る
     急に冷めちゃった、てへぺろ!!


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 42  by叢雲の鞘


「……………… (いやいやいや、3と4はないだろ。てゆーか、『てへぺろ!!』ってなんだよ……(汗))」
某お馬鹿タレントの真似をした自分を想像してしまい、ちょっぴり鬱が入る。
しかし、それが那津音なら…と想像して悶絶し、トリップしかけるが……。

「ゆー君、どこに行こうか?」
「そ、そうですね……」
那津音の声によって現実に引き戻される。

「なら、まずは《ビックリサンダーマウンテン》にしましょう」
「ビックリサンダーマウンテン?」
「ジェットコースター……いわゆる絶叫系の乗り物ですね。絶叫系は人気がありますから、今のうちに乗っておきましょう」
「うん、わかった!」
絶叫系のアトラクションはどこの遊園地でも人気である。
とくに《ビックリサンダーマウンテン》はこの遊園地の目玉アトラクションの1つであり、
一般客が入園してくれば2時間待ちなどざらである。
ちなみにこのアトラクションは世界でも有数の絶叫系アトラクションとして有名である。
傾斜80度の昇りと90度の垂直落下に始まり、レールが捩れたり螺旋下降したり、3連ループに捩れ垂直落下などととにかくキチ○イなコースのオンパレードのフルコースなのである。
当然、初心者が挑戦するなど論外な代物であり……

「きゅ〜〜〜〜〜」
ものの見事に那津音は失神していた。
雄真はギリギリのところで無事だったが。
というのも幼なじみメンバーや小日向一家で遊園地に来た際に、準や音羽によって様々な絶叫系に乗せられており耐性ができていたからである。
それでも、幾度となく失神しかけたが。
ちなみに…以前雄真は小雪のステッキに乗った際に悲鳴をあげていたが、それは絶叫系のような安全装置が一切付いていない状態で亜音速な空中サーカスをされたことが原因である。

「とりあえず、那津音さんが起きるのを待つかな……」
雄真は近くのベンチに座り、那津音に膝枕をしながら、那津音が遊園地初心者であることを改めて考慮しつつ今後の計画を考えるのだった。

93Leica:2012/10/16(火) 22:01:59
 数分後にはものの見事に復活していた。
「いえ、ですからもうちょっと休まれた方が……」
「私は平気よ!!」
 那津音さんの勢いにたじろいでしまう。
 数分とはいえ、情けない姿を晒してしまい、恥ずかしくて仕方がないのだろう。
 ただ……。
「気を失っていたんですから、せめて――」
「だ、誰が気を失うものですかっ!」
「え、だって今の今まで――」
「あっ、あれは、そ、そう! ちょっと感傷に浸っていただけよ!」
 ……感傷?
 自分でも見苦しい言い訳だと感じているのか、那津音さんはぼっと顔を赤らめた。
「と、とにかく平気。ダイジョウブ!!」
 もはや、言葉を重ねるたびに不安になる。
 が、これ以上押し問答を続けても平行線になる事は目に見えていた。
「しょうがないですね……」
 1つため息を付く。
「無理はしないこと。きついと思ったらすぐに言ってください。いいですね?」
「ええ、もちろん!!」
 素敵な笑顔だった。
 ホントに、

 ……どちらが年上なのか分からなくなるくらいの。



『はぴねすりれーっ!』 よんじゅーさんっ  ――Leica



「さて、次はどこに行きましょうか」
「ジェットコースターに乗りましょう!」
「……」
 失礼である事は重々承知しているが。敢えて問いたい。

 正気ですか、と。

「な、なに? その白けた目は」
「いえ」
 だって、ねぇ?
「あ、あのスリル感は何物にも代えがたいものがあるわね。クセになっちゃいそうだわ」
「なら目線を固定して言ってください」
 白々しいにもほどがある。どれだけ自由奔放に泳がせてるんだ。
「わ、私は気を失ったりしないんだってば!」
「そんな事は一言も言ってませんけど」
 完全に墓穴を掘っている事に気付いていない。
「う……。い、いいもんっ。なら私1人ででも」
「分かった分かった分かりました! 付き合いますから!!」
 本当に1人で歩き出そうとするところを慌てて押し留める。
 ……妙なところで負けず嫌いな人だな。
 まるで弔い合戦にでも赴かんと言わんばかりのオーラを放っている。
「ホント!?」
 目をキラキラさせていらっしゃる。
「但し」
 こほん、と咳払いをして続ける。
「ビックリサンダーは止めておきましょう」
「えぇ〜」
 露骨に不満そうな顔をされる。
 分かってますか那津音さん。
 同じアトラクションで続けて失神したら、言い訳効かないんですからね。
「まぁまぁ落ち着いてください」
 可愛い声で唸る那津音さんを宥める。
「折角遊園地に来たんですよ? 同じのばっかりじゃなく、色々なものを楽しみましょうよ」
「うっ……、それは、そうだけど」
 俺の正論に、那津音さんがたじろいだ。
 よし、このまま絶叫系から遠ざけられれば。
「分かったわ。で、でも、乗るのはジェットコースターだからねっ!!」
 バサッと。自分の両手いっぱいに園内マップを広げる那津音さん。
 縮んでいるせいでマップの大きさが許容オーバーしているらしい。腕がぷるぷるしている。
 それに、どうやら次も絶叫系で決まりのようだ。
 ……先手を打たれてしまった。思わず苦笑してしまう。
「う〜ん、う〜ん」
 唸っている。
 これはもう一回ジェットコースターに乗らないと治まらないだろう。
 仕方がない。
 ここはひとつ、初心者向けのジェットコースターへ上手く誘導してあげるとしよう。

94Leica:2012/10/16(火) 22:02:32
 小日向雄真のトーク力が試される時間だった。



ピロリロリン♪

【瑞穂坂遊園地には4つのジェットコースター(絶叫系)があります】

1.ビックリサンダーマウンテン【攻略済みです。選択できません】
 瑞穂坂遊園地の目玉!! 2時間待ちなど所定の超人気アトラクション。
 世界でも有数の絶叫系アトラクションとして有名。
 傾斜80度の昇りと90度の垂直落下に始まり、レールが捩れたり螺旋下降したり、
 3連ループに捩れ垂直落下などのオンパレードのフルコース。
 当然、初心者が挑戦するなど論外な代物。

2.マインドクラッシュマウンテン
 ビックリサンダーマウンテンと双翼を成す人気アトラクション。
 レールの上では無く、水の上を走るボート形式である為厳密に言えばジェットコースターではない。
 が、ボートだからと言って侮るなかれ。メルヘンな風景を楽しみながら進む航海は最初だけ。
 だんだんと上下運動が激しくなり、終いには滝の様な傾斜から真っ逆さまに落ちていく。
 最後に残るのは後悔だけである。(←うまいこと言った)
 当然、初心者が乗ろうものならそのマインドは粉々に打ち砕かれる事になるであろう。

3.スモールスペースマウンテン
 その名の通り、小さな空間に敷かれたレールを縦横無尽に走り回る室内型のジェットコースターである。
 ビックリサンダーマウンテンやマインドクラッシュマウンテンとは違い、広大な敷地を使用していない為、
 とにかくカーブが多い。酔う。おまけに長いレールを狭い空間へぎちぎちに詰めているので、非常に危ない。
 頭上すれすれを鉄筋が通過する。怖い。室内はその恐怖を緩和する為か照明は暗め。それがまた逆に恐怖を煽る。
 細々とした白いライトたちがまるで宇宙であるかのような空間を提供するが、
 このジェットコースターの名称として使われているのは『空間』のスペースであり、『宇宙』では断じてない。

4.カセットのゴーゴーコースター
 小さな小箱をイメージしたコースターが走り回る子ども向けのアトラクション。
 早さは全力で漕いだ自転車くらい。ゆるゆると昇ったあとはゆるゆると落ち、
 ゆるゆると曲がり、ゆるゆると終わる。寝れる。但し、乗車時間は僅か60秒ほど。
 気持ちの良いそよ風を堪能できる一品。1歳から乗れる。



 ……まあ、どれをチョイスするかは考えるまでもないだろう。
「那津音さん」
 ちょんちょんと肩を叩く。
「決めたわ!!」
 ほぼ同時に那津音さんが声を挙げた。
「これに乗るわよ!!」
 ずびしっと効果音が鳴り響きそうな勢いで人差し指をマップへと向ける。
「……え?」

 その示されていたアトラクションを見て、俺は絶句してしまった。

95七草夜:2012/10/20(土) 23:47:18

ニア 2.マインドクラッシュマウンテン

「……え、これにするんですか?」
「ええ!」

 ビックリサンダーと対を成すハードルの高さ。
 初心者が乗れば文字通り心砕かれること間違いなし。

「……マジでこれに乗るおつもりですか?」
「勿論!」

 ここまでやる気になってるともはや止められない。
 どうしたものか、と雄真は頭を悩ませているとあることに気付く。

「(そういえば……)」

 先ほどのビックリサンダーはジェットコースターにあるべきものがなかった。
 本来どこの遊園地でもあるはずのもので、重要視されるはずのものが。
 もし先程乗った奴は目玉であるが故に特別な仕様になっていたとしたら、もしかしたら。

「……まぁ、行くだけ行きましょう。たぶん無駄だと思いますけど」


 『はぴりれ!』 44 ――七草夜


 結論から言えば、彼らはジェットコースターに乗ることは出来なかった。
 いや、その理由を考えればむしろその方が当然なのかもしれない。

「まさか……身長制限に引っかかるなんて……」
「正直なんで最初の奴に引っかからなかったのかが俺としては疑問なんですけど」

 雄真の想像通り、現在の那津音の身長の高さはジェットコースターに乗る安全基準の身長制限に引っかかったのだった。
 そのため、いざ順番が回ってきた際に案内人にやんわりとお断りされてしまった。

「う〜……小さいのも良いことばかりじゃないわね」
「ま、仕方ないですよ」

 正直に言うと雄真としてはこの展開はありがたかった。

「『乗れないのだから仕方ない』ですよ、何か他のアトラクションに行きましょう」
「……そ、そうよね、『乗れないんだから仕方ない』わよね! あー乗ってみたかったな〜」

 年下にみっともないところを見せてムキになっているのは明らかだった。
 なのでこれならばお互い「乗れないのだから仕方ない」で済ませられる。
 那津音のメンツも雄真の気遣いも守られる結果なのでこの展開はまさに理想の結果といえるだろう。

 ――ついでにさり気無く再びビックリサンダーに乗るという選択肢を潰す辺り、抜け目ない雄真だった。

「さて、そうなると次は何処へ……っと、失礼します」

 地図を眺め、最寄のアトラクションを眺めているとポケットの中が震える。
 この人ごみでは音では気付かないだろうとマナーモードに設定していた携帯の振動だった。
 確認するとメールが届いていた。相手は神月カイト――今回のデートの協力者。
 干渉はしないと言っていた彼からメールが来るとは何かあったのか、と思いチェックする。

『たった今、神坂達が遊園地内に到着した。妨害しているが念のため今から一時間ほど入り口付近のアトラクションには来ないように』

 マジか、と汗がたらりと流れる。
 正直バレてはいるだろうと予想はしていた。
 あまり隠し事は得意じゃない方だし、準達はとにかく鋭い。
 朝のすももの何処へ行くかという追求に対しても上手くかわせたとは思っていない。
 だからこそ、念を入れて転移魔法で一直線に来たというのにもうそのアドバンテージが消えた。
 一体何があいつらを突き動かしているんだ、と彼女らの好意にまるで気付かない鈍感は訳の分からない勢いに恐れおののく。

「どうしたの、ゆー君?」

 メールを見て突如固まった雄真の様子を心配したのだろう那津音の声にハッとする。
 そうだ、何を恐れる必要がある。今までと違って今回は優秀な支援者がいる。
 このようにして皆の情報を逐一報告してくれるならこちらから接触することはないだろう。
 そうでなくても彼らは妨害行動してくれると言っていた。そうだ、何も恐れる必要はないじゃないか!
 そう考え雄真は安堵する。

 ――こうしてこのアホは自ら旗を立ててしまったことに気付いていない。

96七草夜:2012/10/20(土) 23:51:17
 さておき、雄真は安心した表情で那津音に向き合う。
 この事は隠しておくべきではないと判断し、正直に言う。

「春姫達がどうもここまで辿りついたらしいです」
「え!?」
「一応、知り合いが時間稼ぎしてくれてるらしいんですが念のために入り口付近には来ないように、との事です」

 雄真の言葉に那津音もまた汗をたらりと流す。
 全く同様の思考回路を辿って春姫達に恐れつつもその行動の早さに呆れていた。

「そ、そう……じゃ、じゃあ奥の方のアトラクションから攻めましょうか。それで手前に戻ってくる形に」
「そうですね、そうしましょう」

 当面の行動方針を決め、移動する。
 入り口からはそこまで離れていないため、取り合えず今はその場から移動することを優先する二人だった。





 所変わり、先程のジェットコースター中心の多いエリアから施設系のアトラクションを中心としたエリアに移動した二人。
 この辺のなら那津音さんにも問題無さそうだな、と辺りを疑いつつ那津音に尋ねる。

「それじゃあ改めて、次は何処へ行きましょうか?」

 園内地図を広げ、二人で覗き込む。
 と、またも那津音が凄い勢いでビシッと指差す。

「ここにしましょう!」

 そのアトラクションとは……。

97名無し@管理人:2012/10/22(月) 00:29:44
「観覧車……ですか?」
「うん。敷地の一番奥にあるし、ちょうどいいかなって思って」

 確かに観覧車なら、身長制限もないはずだし、時間稼ぎにはちょうどいいアトラクションではある。
 けど、まだ早すぎる気もした。
 漫画やラノベの読み過ぎかもしれないけど、観覧車ってデートの締めに乗るものだと考えてたしな。
 今回も乗るとしたら、最後のつもりで考えていたから、こんな早くに乗ることになるだなんて思ってもみなかった。

「ひょっとして、ゆーくんは他に乗りたいものがあったの?」
「え?」
「何だか微妙そうな顔をしていたから。もし、ゆーくんが乗りたいものが他にあるなら、私はそれでも構わないわ」
「いや、別に、他にどうしても乗りたいアトラクションがあるわけじゃないんですよ」
「そうなの?」

 自分の考えが外れたからか、那津音さんがきょとんとした表情を浮かべる。

「はい。ただ、観覧車に乗るのは、勝手に最後だと思い込んでいただけですから、那津音さんが乗りたいのなら、今乗るのでも全然構いません」
「そう。でも、どうして最後なの?」
「大した理由じゃないんです。俺が読んだ漫画や小説でそういう描写があった。それだけのことです」

 本当、くだらない理由だな。
 口にしてみて、改めてそう思う。
 しかし、那津音さんは俺のくだらない発言に笑うことはなかった。

「なるほど。ねぇ、ゆーくん」
「なんですか?」
「今度、あなたが読むっていう本を貸してくれないかしら?」
「別に構いませんが、どうしてまた?」
「単純に、もっとゆーくんと共通の話題を作りたいなって思ったから。それに、家柄のこともあって、漫画って読んだことがないから、一度読んでみたいのよね」

 確かに式守家は、漫画なんかとは無縁そうな感じはする。
 読むこと自体は、禁止とかはされていないんだろうけど、買う機会とかはなさそうだ。

「そういうことなら、今度適当に見繕ってきますね」
「ええ、お願いね」

 頷いて笑う那津音さん。
 小学生の見た目で、大人のような笑い方をするから、すごくアンバランスに見える。
 そのアンバランスさがまた、俺の心を揺さぶるんだよなぁ。
 ……って、何考えるんだ、俺。

「それじゃあ、観覧車に乗りに行きましょうか」
「そうね」

 俺がふと手を差し出すと、自然と那津音さんがその手を取った。
 握りしめたら壊れそうなぐらいの柔らかさをその手に感じつつ、歩いて観覧車へと向かうのだった。

98TR:2012/10/22(月) 01:48:57
瑞穂坂遊園地入口付近
そこには、明らかに異様な光景が広がっていた。

「だぁッ! いつまで追いかけてくるのよ!!」
「わ、分かりません!」

全力疾走で走る杏璃や春姫達。
その原因はその後ろにあった。
彼女たちを追いかけるように走っているのは、黒づくめの服に黒いサングラスを付けた男だ。
その人数なんと50人。
追いかけ始めてから既に数分が経過している。
ちなみに、準とハチはすぐに確保されている。
恐ろしいのは男達の足の速さと持久力だろう。

「同じところを何度も何度もぐるぐると走らされているわ、ね」
「しかも、何度も走らされているのが、上り坂だけというのはっ! 悪意を感じますッ!」

もっとも、一番恐ろしいのは全力疾走をしているのにもかかわらず、普通に会話が出来る彼女たちだが。

「あいつらに掴まったら準ちゃん達みたいになるから、気を付けるわよ!」
「うん! (はい!)」

杏璃の言葉に、すももと春姫が頷く。
二人は男の一人に確保された瞬間、姿が消えたのだ。
その恐怖感から、四人は走り続けることを余儀なくされたのだ。
しかも、隠れられるような場所もないことが走り続けることを確定させた。










どれくらいの時が経っただろうか。

「も、もうだめ」
「私もです〜」
「私も、もうだめ」

長く続いた追いかけっこは、あっけなく幕を閉じた。
男達に確保され、春姫達は遊園地から姿を消した。
こうして、追跡者を追い払うことに成功するのであった。

99TR:2012/10/22(月) 01:50:17
「それにしても、よく考えた物よね」

その光景を少し離れた場所で見ていたミサキは感心した様子で感嘆の声を上げた。

「ループ系の魔法をただ掛けるだけでは対処されるけど、そこに恐怖心をプラスさせて対処をさせ辛くさせるなんて。でも、よかったの? ”あれ”を勝手に持ってきちゃって」
「まあ、小言の一つは言われるだろうな。それも計算積みだ」

ミサキの心配そうな声に、カイトは本に目を落としたまま答えた。
神月兄妹が行った妨害は、ループ系の魔法だけだ。
だが、そのままでは少し前の甲斐との口にした通り、対処されていたりばれたりと厄介な事態になる。
しかしそこに追いかけられるという恐怖心が加わればどうだろうか?
逃げるのに必死になって対処をする暇も与えられなくさせる。
そこでカイトの指示によってミサキが召喚したのが、黒づくめの男達だった。
彼らの正体は某追いかけっこのゲームで使用されるアンドロイドだ。
そのアンドロイドを無許可で使用したのだ。

「あのアンドロイドの制作した人の友人がいるから、彼を通して謝れば十分だろう」
「まあ、そうよね」

彼の交流はどこまで広いのかを疑問に思った人は、正しい反応である。
そんな時であった。

「あれ?」
「どうした?」

突然声を上げたミサキに、カイトが何事だとばかりに声をかける。

「ループ系の魔法が消えて行って……まずいッ!」
「おい、彼らが散り散りに走って行くぞ!」

ミサキの行使していたループ魔法が突如として消滅したのだ。
さらに男達はまるで檻の中から解き放たれた動物のようにばらばらに走り去って行った。
その先々で悲鳴が聞こえる。

「ミサキ! すぐにあいつらを送還しろ!」
「え、ええ!」

ミサキは慌ててポケットからトランプを取り出す。
さらにデッキをシャッフルし、5枚引く。

「コールフラッシュ、ショーダウン!」

ミサキが引いたのは、ハートの10とダイヤの10、クローバーの5にスペードのA、そしてハートのQだった。

「ものすごく、不安のある役だけど、これでっ!」

ミサキによって走り回っている男達は元の場所に強制送還された。

「これで、なんとかなる……かな?」
「なればいいが。一番俺達が恐れているのは……」

二人の言葉を遮るようにして、響き渡ったのはアナウンスだった。


『はぴねす! リレー小説』 第46話 「想定外の事態」

100TR:2012/10/22(月) 01:50:56
「うわぁ、見てみて瑞穂坂商店街が一望できる!!」
「そ、そうですね」

観覧車に乗ってゆっくりと上に上がって行くと当然見晴らしもよくなる。
窓の外に広がるのは那津音さんほどではないが瑞穂坂商店街が見渡せそうなほど見晴らしが良かった。
少しばかり見る場所を変えれば、のどかな海まで見えた。
これでもまだ途中なのだから、一体てっぺんに行ったらどんな見晴らしになるのやらと心の中で思っているのは誰にも知られないようにしよう。

「ねえ、ゆー君」
「何ですか?」

今までの明るさはどこへやら、その声は幾分か真面目そうな雰囲気を纏っていた。

「ゆー君は好きな人がいるの?」
「ッ!? い、いきなりどうしたんですか?!」

まさか那津音さんの口からそんな問いかけをされるとは思ってもいなかった俺は、あからさまに動揺してしまった。

「神坂さんも、柊さんも、伊吹もゆー君に好意を寄せているわ。もちろん私もね。それなのに、ゆー君は決めようとしない。ううん、考えようともしてない」
「……」

那津音さんの言葉に、俺は反論できなかった。
よくよく考えれば、俺は真剣に考えたこともなかった。
それは事実だ。
最近ドタバタしていて考える暇がなかったなんて、ただの屁理屈なのだ。

「このままだとあなたを巡って騒動が起こるわよ。それにみんながかわいそうだよ」
「………」

那津音さんの言葉は正論だった。
最近の騒動、俺の財布が取られたり、那津音さんの体がすももたちの作った薬で小さくなったのも、もとはと言えば俺の優柔不断さに原因があったのは事実だ。

「俺は……」

那津音さんに、”俺はどうすればいいのでしょうか?”と問いかけようとした時だった。
今までゆっくりと動いていた観覧車が突然止まったのだ。

「な、何!?」

突然の事態に、那津音さんは慌てた風に辺りを見回す。

『瑞穂坂遊園地に、ご来場の皆様にご連絡いたします。現在、黒づくめの不審人物が侵入しております。お客様の安全が確保されるまでの間、全アトラクションをすべて停止させていただきます。ご理解とご協力をお願いします。繰り返します―――』

そんな時に聞こえてきたのは、そんなアナウンスだった。

101Leica:2012/10/26(金) 22:09:45
『はぴねすりれーっ!』 よんじゅーななっ  ――Leica



 鈍く軋む音を立てて、ゴンドラが停止する。
 外から悲鳴が聞こえた。
 窓を開けられるだけ開けて無理やり顔を出してみる。
 他のゴンドラを見てみれば、家族やカップルが各々抱き合うようにして不安を解消しようとしていた。
 あんあ恐怖を煽る放送が流れたのだ。当たり前の光景だろう。

「……どうなってんだよ、これ」

 思わず、そんな声が漏れ出る。
 黒づくめの不審人物が侵入?
 安全が確保されるまでアトラクションは停止?
 意味が分からない。いったい何が起こっているのだろうか。
 そこまで考えて、那津音さんの存在を思い出す。

「な、那津音さん。大丈夫で――っ!?」

 先ほどまで慌てふためいていた彼女など見る影も無かった。
 対面に座る人が那津音さんである事は間違いない。
 しかし。

 今日一緒に遊園地で遊んでいた那津音さん。
 学園で先生と生徒として過ごした那津音さん。
 デートをして、ネックレスをプレゼントした那津音さん。
 病室で、久しぶりに対面した時の那津音さん。

 今まで積み重ねてきたイメージが全て崩れ落ちてしまいそうなほどに。
 あの温かな、陽だまりの様な笑みを浮かべていた彼女とは似ても似つかぬほどに。

 対面に座る那津音さんは、根本的に何かが違っていた。

 そこにいるのは。

「……不可思議な魔力の流動が止まったわね」

 ポツリ、と。
 呟くように口を開いた。

 御薙鈴莉。
 高峰ゆずは。
 魔法使いの中でも別格。
 高名な2人に肩を並べる大魔法使い。

 ――――そこにいたのは、式守家の誇る英才・式守那津音だった。

102Leica:2012/10/26(金) 22:10:20


 目を瞑り、瞑想するかのようにそこに坐す那津音さん。
 何をしているのか見当もつかないが、ただ状況が進展するまで待っているというわけではないだろう。
 謎の薬によって縮んでいる彼女だが、外見など関係ない。
 幼女のような姿であっても、身を震わすほどの貫録が、確かにそこにはあった。

「魔法の発信源には、2人」
「……」

 彼女の瞼の裏には、何が映し出されているのだろうか。 
 魔法使いの初心者という言葉すらおこがましい身分である俺には、皆目見当もつかない。
 でも。
 那津音さんなら、直ぐに解決できてしまうのではないだろうか。

 そんなお気楽な考えが脳裏を掠めた時だった。

「うち、1人は魔法使いでは……なさそうね」
「っ」

 その言葉に、心音が不自然に跳ね上がった。
 ある意味で。今まで他人事だと思っていた侵入者に、心当たりができてしまったからだ。

 カイトは、ミサキは。
 春姫たちを足止めするために尽力してくれていたはずだ。
 どんな手段を使って? 当然、魔法に決まっている。
 正攻法で止まってくれるような面子じゃない事くらい、考えてみるまでもない。

 ならば、この騒ぎの元凶とは――。

 思わず携帯電話を取り出していた。
 早まる鼓動を無視して、目当ての番号を呼び出す。
 耳に押し当て無機質なコール音を聞いていると。

「ゆーくん」
「は、はい」
「……誰にかけてるの?」

 それ以上に無機質な声と視線が、俺を貫いた。
 心臓が跳ね上がるかのような錯覚を覚える。
 失敗した。
 どう考えてみても、この場でするような事では無かったのに。

「え、えと……は、春姫たちは無事かな、と」

 咄嗟にそう嘯く。
 しかし。

「そう。それじゃ繋がったら私にも代わってもらっていい?
 話しておきたい事もあるし」
「え」
「……? 何か問題でも?」
「い、いえ……」

 まずい。
 もはやこの電話は、繋がってはならない。
 不意に切ってしまうのも不自然だ。
 こうなるとコールするだけして、相手方が出ないという状況に持ち込まねばならない。
 しかも、それは俺の努力でどうにかなるものではない。
 完全に運だった。

 ……仮に繋がってしまったら、どう言い訳すればいいのだろうか。
 掛ける相手を間違えたで通じるか?
 ……いや。
 俺は言ってしまっている。
 春姫たちがここへ辿り着いたという情報を、

 “時間稼ぎをしてくれている知り合い”から聞いた、と。

 言い訳は効かない。繋がれば、アウト。
 どんな理由にせよ、これだけの騒ぎを起こしているのだ。
 1つがバレてしまえば後は芋づる式だ。

 那津音さんは幻滅するだろう。
 大勢の人を巻き込んででも、自分の事しか考えられなかった俺に。
 このデートの本当の発起人が俺では無かったという事実に。 

「……」
「……」

 静かなゴンドラに、携帯電話のコール音だけが響く。
 電話で呼び出しをしておきながら、出て欲しくないという矛盾。

 ――――1つひとつのコール音が、嫌に長く聞こえる。

103名無し@管理人:2012/10/29(月) 00:01:31
はぴねす!リレーSS その48 作:名無し(負け組)

 Prrrrr……。
 繋がるまでを待つ間、那津音さんはまばたき1つせずに、電話が繋がるかどうか見守っていた。
 もう彼女はひょっとしたら、俺のついた嘘に気付いているのかもしれない。
 それなら、もし神月カイトに繋がったら、何を話すというのか。
 何にしろ、穏やかな話ではなさそうだ。
 俺は繋がるなと心の中で念じながら、無機質なコール音を聞き続ける。
 そして、待つこと数十秒。

『現在おかけになった電話は、電波の届かないところにあるか電源をお切りになっている可能性が――』

 留守電に繋がった。
 向こうも電話に出ている場合ではないのかもしれない。
 何はともあれ、ホッとした。
 俺は携帯を耳から離す。

「どうしたの?」
「どうやら、電話に出られる状況じゃないみたいで、繋がりませんでした」
「そう。ところで、ゆーくん」
「なんですか?」
「随分とホッとした様子だけど、何か電話が繋がったらまずい事情でもあったの?」

 顔に出てしまったようだ。

「……そ、そんなものはないですよー」
「どうして棒読みなの?」
「気のせいですって」
「……ねぇ、ゆーくん。あなた、何を隠しているの?」
「別に、何も隠してなんか――」
「じゃあ、何で私から顔を背けているの?」
「う……」

 俺って考えていることが、態度に出やすいのかなぁ……。
 もう少し考えていることが悟られないようにしたいもんだ。
 まぁ、生来の癖を直すのは簡単じゃないと思うけどさ。
 なんて思っていると、那津音さんが俺に体を近付けて、上目遣いで覗きこんできた。

「ねぇ、ゆーくん、隠していることを話して?」
「……」

 どうする?
 言われたとおりに話すべきなのか?
 止まったゴンドラの中で、小さくなった那津音さんに上目遣いで見つめられたままの状態で真剣に悩む俺。
 そして、考えた上で出した結論は――。

104叢雲の鞘:2012/11/01(木) 23:02:04
「……ねぇ、ゆーくん。あなた、何を隠しているの?」

迫られた決断は―――。

「ねぇ、ゆーくん、隠していることを話して?」

いくつもの運命を巻き込んで―――。

「……」

物語を加速させていく―――。


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 49  by叢雲の鞘


「ゆーくん?」
――決めた。
「那津音さん」
「なに?」

暖かい陽だまりのようないつもの彼女とは異なる凛々しい姿。
それもまた式守那津音の“本質”なのだろう。
ここで逃げれば、彼女の隣を歩くことなどできなくなる。
彼女に釣り合うための資格を失うことになる。
故に、雄真は逃げなかった。

「実はですね――「そこからの説明は俺がしよう」――え?」
言葉を遮られ、声の主の方に振り向くとそこには神月カイトが立っていた。
ゴンドラの外にいるカイトは大きいトランプのようなカードの上に立っていた。

「あなたがこの騒動の黒幕なのかしら?」
「一応そういうことになるな」
「いったいなんのために?そして、あなたは何者かしら?」
突然のカイトの登場もそうだが、式守家元当主として威圧感を放つ那津音の姿に雄真は声を出せずにいた。

「この騒動については素直に謝罪しよう。これは俺にとっても予想外でな」
ククク、と忍び笑いをするカイトに那津音は訝しげな視線を送る。

「ずいぶんと楽しそうね」
「いや、すまない。この場で笑うなどよくない事とわかっているのだが、なにぶん自分の考えが正しかったと思い知らされてな」
「どういうことかしら?」
「この騒動は俺にとっても予想外だが、“予想外なことが起きる”ことは想定の範囲内だったということだ」
「……なんですって?」
「俺は生まれてこのかた知らないことはないと言っても過言ではない。だが、そんな中に例外がいた。それが式守那津音、お前だ」
「…………」
「お前は本来死すべき運命にあった。しかし、小日向……いや、御薙雄真との出会いがお前を生かし、例外たらしめた」
「…………!?」
知る者はほとんどいないはずの雄真の本名を口にしたカイトを驚きの目で見つめる那津音。

「“自らが知らぬということ”を知った俺は歓喜した。故に、俺はお前達を近づければ再びあの喜びを感じれると思い、お膳立てをしたというわけだ」
「そんなことのために……」
「しかし、お前にとっても好都合なのではないか?死すべき運命を回避したとはいえ、本来お前と小日向雄真が交わる縁など極々小さなものだったのだからな」
「…………」
那津音は顔を俯かせ、黙りこくってしまう。

105叢雲の鞘:2012/11/01(木) 23:03:14
「……とりあえずこの騒動はこちらで対処する。あとは好きにするがいい」
そう言って、カイトは踵を返す。

「そうだ。誤解のないよう言っておくが……俺はお膳立てこそしたが、選んだのはお前達」自身だ。あまり介入しすぎると、先が分かってしまうのでな……」
今度こそカイトはゴンドラから離れていった。

「那津音さん……」
「………………」
ゴンドラに静寂が広がる。
結局、騒動が鎮静化してゴンドラが動き出すまで2人の間に言葉は無かった。


おまけ

「兄君……あそこまでしてよかったの?」
「しかたないだろう。確かに危険ではあったが、あのままでは小日向雄真1人に責任を負わせることになる。ヒール役が必要だった」
「でも……あれじゃぁ2人があのまま終わっちゃうかもよ?」
「その時はその時だ。己の不甲斐なさを嘆くだけさ」
「…………」
「どう転ぶかは小日向次第だ」
「そうだね……」
「それよりも、奴らはちゃんと対処したのか?」
「もちろんよ。おかげで魔力がスッカラカン」
「そうか。なら帰りに甘いものでも食べて帰るか。俺の奢りでな」
「ほんと!?」
「あぁ、本当だ」
「兄チャマ大好き!」
「まったく調子のいい……」

106七草夜:2012/11/05(月) 23:26:30



HRSS Part50 アホとテストと情報収集能力



「前から一度聞こうと思ってのだけれども」

 屋台で買ったクレープを齧りながらミサキは口を開く。

「お兄さんの『先読み』って具体的何なの?」
「何なの、と聞かれても質問が漠然とし過ぎてるぞ……」

 近くの自販機で買ったミネラルウォーターを飲みながらカイトが答える。

「純粋に、どういったものなの? 本当に未来が視えてるわけじゃないんでしょう?」
「当たり前だ。未来などという形のないものが視える訳がない」

 ゴクリ、と一口飲む。

「予言・予知というよりは予想・予測と言ったほうが正しいものだ。相手の癖や特徴、周囲の情報を把握する事で相手の行動を『先読み』する、スポーツなどでよくある特技だ」
「でもそれだけではないでしょう?」

 さらりとそう言いのけるが、それで納得するミサキではない。
 当然のことながら、カイトの『ソレ』はそんなレベルのものではないからだ。

「俺の場合、瞬間的な情報把握量が圧倒的に多い。大体の人間が予測できるのは目線でどちらに行こうとしているか、その程度だろう。だが俺は――」

 風が吹き抜ける。
 花が散る。
 カイトは舞い散るその花びらの一片を掴み取った。

「気圧の変化から風が来る、予測される大きさから花びらが散る、その風向きから俺の方に飛んでくる。普通の人間ならば見逃すレベルの情報さえも取得する……してしまう。これだけの情報があれば誰でも先がどうなるか、分かるというものだ」

 掴んだ手を広げ、握り締められ更に細かくなった花びらが再び散ってゆく。
 その行方を目で追いながらハムッとミサキはクレープを一齧り。 
 そうしながら考える。
 自身に出来ることは、他の誰にでも出来る状況にあるという事実。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「つまり……兄さまの異常なところは先読みそのものではなく――情報収集能力の方ってことね」

 情報の多さが先読みを容易にさせるのであれば、非凡なのはその情報の方になる。
 取捨選択する情報の量が多ければ多いほど、確かに先読みは確かなものになっていくだろう。

 しかし。
 
「(でもそれじゃあ説明が付かないことがまだあるのよね……)」

 何故、小日向雄真と式守那津音という組み合わせがその情報を狂わせるのか。
 単に人数が増えたというだけではないだろう。現に今日だって神坂春姫達の行動を先読みし、妨害するよう指示していたのだ。
 そしてどちらかが狂わせる要素を持っているという訳でもない。個人個人の事なら読めると既にカイトは言っている。
 つまり、二人という組み合わせが歯車を狂わせる要因なのだ。互いに噛み合わない部分同士を無理矢理繋げることによって不確かな出来事が起こる。
 ではそれは何故か。そこが未だにハッキリしない。

 そしてもう一つ。

「(兄さんの下に集まる情報は、一体何処から来たものなのか)」

 兄が異常たる根幹とも言える部分。
 その圧倒的ともいえる量を処理する兄の脳内も凄まじいが、そこまで情報を手にいられる手段というのが思い付かない。
 当然のことながら人間の目は前しか見えない。にも関わらずその情報量はあらゆる角度で見ているとしか思えない。
 まるで兄が複数人いるような――

「……いえ、それは流石にありえないわね」
「どうした?」
「何でもないわ」

 彼にこれ以上聞いても無駄だろう。
 「知らないものを見たい」という願望ゆえか、カイトは妹であるミサキにすらあまり多くは話さない。
 だから一つ一つ、こうして自ら仮説を立てていかなければカイトの真の狙いは彼女にも気付けない。
 そういう意味では彼女もまた雄真達と同じ側に立つ人間とも言える。
 とはいえ、企みが何なのか分からないからといって兄の手伝いをしたくないということになる訳ではないが。
 むしろ最近はその企みを暴くのが兄から妹へのテストだと受け取っている。
 そうして謎を解いていく事が観測者としての自分のこの物語への楽しみ方だ。
 ならば今後もそれを貫き通すことにしょうとミサキは決め、クレープの最後の一切れを口に入れ、咀嚼する。

107七草夜:2012/11/05(月) 23:27:00

「ふぉれで、おにいふぁま?」

 喋りながら話す妹の姿にカイトは「行儀が悪い」とペットボトルを放り投げる。
 受け取ったミサキはわずかに残った水を飲み干す。

「……んっ! ヒールとして姿を現したところで式守那津音が彼を糾弾しようとすることには変わりないと思うのだけれど?」

 小日向雄真が自分達を使って何か企んだのは明らかにバレている。
 カイトが矢面に立つことによってある程度は緩和されたかもしれないが、その事実がある以上追及は避けられないだろう。

「追求はすることになるだろう。が、特に問題はないさ」

 カイトは不敵に微笑みながらその理由を口にする。









「お疲れ様でした。このたびは大変ご迷惑をおかけしましたが今後も当アトラクションをよろしくお願いします」

 案内人のそんな言葉と共に二人は観覧車を降りる。
 そこで雄真は那津音に見えないように気をつけながらホッと安堵の溜息を吐く。
 神月兄妹との協力がバレ、本来良いムードで過ごすはずの密室は全くの無言で凄まじく居辛い空間だった。
 特に悪い事をしたわけではないが後ろめたい雄真としてはその無言がとにかく責められているように感じたのだ。
 しかも件の二人はあくまで自分達のために行動してくれたうえにアフターケアまでしてくれたのでこちらを責める事も出来ない。地獄か。

「……ゆー君?」
「はいっ!?」

 那津音の声がやけに低く感じたのは自分の中に後ろめたい気持ちがあるゆえか。
 やたら恐ろしく思えるその声に雄真は恐る恐る振り返る。

「……はぁ」

 そこには普段通りの表情で溜息を吐く那津音の姿があった。
 え、なんか怒られるんじゃないの? とビクビクしてたアホは一瞬で呆気にとられた。
 そんなアホの様子に全く気付くことなく、那津音はその小さい体を精一杯背伸びして指を立てて言う。

「せっかくの休日のお出かけだし、今は何も聞かないことにするけど後で話してもらうからね?」

 結局、那津音もなんだかんだで察してはいた。
 突然現れた謎の男と雄真がなんらかの取引をしていた事も、それが自分とのこのデートのためだということも。
 だからこそこれ以上雰囲気を壊すのは良くないとあの居心地の悪い遊園地の中で悟った。

 ――そう、聞くタイミングを逃して同じく針のむしろにいたアホがもう一人いたのである。

 自分だけが除け者にされたようで気分は良くないが、自分とのデートのためにそこまでしてくれたという嬉しさもある。
 そんなメンドくさい乙女心を心の内だけで無駄に発揮しながら表ではしっかりもののお姉さんとしてそういう風に結論付けたのである。
 内心思いっきりアワアワしていたのを余裕ぶった表情で取り繕うとして必死になり、雄真の様子になど欠片も気付いていなかった。
 ぶっちゃけその心の葛藤を表に出すだけでこの朴念仁もコロッとあっさり堕ちるところまで堕ちそうなものなのだが。

「……はい、分かりました。後で必ずお話します」

 怒られている訳ではない、という事実だけに気付いた雄真はそう言って笑顔を返す。
 悲しいまでに互いに察するべき部分を察せないすれ違いが起きていた。

「さて、それじゃ次はどうする?」
「そうね……観覧車だったとはいえ、なんだか少し疲れちゃったし、何処かで一旦休憩としてお昼でも食べましょうか」
「そうですね。それじゃ、適当に休めそうな場所を探しましょう」

 二人は地図を眺め、休憩場所を探しながら考える。

「(アイツらが帰ったということはこれ以降は準達の邪魔はない……ならゆっくりと時間をかけて那津音さんと良い雰囲気に……!)」
「(流石にもうこれ以上おかしな事態も起きないでしょう。この辺りで落ち着いたところを見せてお姉さんとして名誉挽回しないと……!)」

 本当に、哀れなまでにすれ違う二人であった。
 なお、この様子は周囲の人々から「背伸びしてる幼い妹にマジで説教されてる駄目兄貴」という風に認識されていたそうな。然もあらん。







 なお、後に妹は兄が問題ないと言った理由をこう語る。

「あの二人は、アホだからだ」

 然もあらん。

108名無し@管理人:2012/11/09(金) 00:04:41
はぴねす!リレーSS その51 名無し(負け組)

 昼食を摂るべく、観覧車から近かったカレー専門店に入った。
 メニューを見る限りでは、レジャー施設ならではというか、値段が高いと感じた。
 いくらチケットのおかげで割引されるとはいっても、それでも高いなと感じるほどだ。
 何せ一番安いカレーでも1000円超えてるぐらいだからな。
 でも、この店でこういう価格設定だったら、他の店でもこんな値段設定なんだろう。
 そう思って諦めることにして、軽くメニューに目を通して注文する品を決める。
 一方で、俺の向かい側に座る那津音さんは、必死にメニューとにらめっこしていた。
 多分、カレーを食うのが初めてだから、意外と豊富なメニューでどれを頼めばいいか迷っているのだろう。
 そんな彼女に微笑ましい気持ちを抱く。
 まぁ、時間もまだまだあるし、那津音さんがメニューを決めるまでゆっくり待つか。
 そう思って、俺は必死にメニューとにらめっこを続ける那津音さんをぼんやり見やった。

「ゆーくん、もう決めたの?」

 俺がメニューを広げていないことに気付いたのか、そんなことを尋ねてきた。

「ええ。でも、那津音さんはゆっくり食べたいものを探してくれていいですからね」
「いいえ、決まったから大丈夫よ」

 那津音さんが首を横に振って、メニューを閉じた。

「本当に大丈夫ですか?」
「ええ。だから、店員さんを呼んでちょうだい」

 言われるままに、俺は手を挙げて店員を呼んだ。

「ご注文うかがいます」
「ビーフカレーの辛口を」

 この店では、辛さを甘口、中辛、辛口の3つから選べるとメニューに書いていた。
 辛いものが割りと好きな俺は、辛口を選んだ。
 さて、那津音さんは何を頼むんだろう?

「同じ物をもう一つ」
「……へ?」

 今、何て言った?
 聞き間違えじゃなけりゃ、俺と同じものって言った気がするんだが……。

「オーダー復唱します。ビーフカレーの辛口がおふたつ。以上でよろしいでしょうか?」
「ええ」

 俺が口を挟む間もなく、那津音さんが肯定した。

「かしこまりました。お料理ができるまでしばらくお待ちください」

 ウェイトレスは俺達の注文に何の疑問も持たずに、オーダーを厨房に届けに行った。

「いいんですか? 多分、かなり辛いですよ?」
「いいの」
「辛すぎて食べられないってことになるかもしれませんよ?」
「大丈夫だって。ゆーくんは心配しすぎよ」

 引く気はなさそうだ。
 本当に大丈夫かなぁ……。
 若干、不安を感じつつ、注文した料理が来るのを20分ほど待つ。
 そして、オーダーしたカレーを一口食べてみて思った。
 ――予想以上に辛いな、と。
 これじゃ、カレーに慣れていないだろう那津音さんは――。

「〜〜〜〜〜〜!!!??」

 案の定というか何と言うか、悶絶していた。
 やっぱり、止めておくべきだったか……。
 少しだけ後悔する俺だった。

109Leica:2012/11/13(火) 23:26:59
『はぴねすりれーっ!』 ごじゅーにっ  ――Leica



「さへ、ろんろんいくはひょ!!」
「……ひとまず日本語を勉強し直してからもう一度お願いします」

 突っ込みどころ満載な幼女に、思わずそんな言葉が漏れる。
 可愛いおめめできっと睨まれた。

「はらひがひゃれっれんろふぁふぁいふぉはらひほんほよ!!」
「すみません。遂に翻訳ができなくなりました」

 カレーショップから出るなり前方を指さして叫んだ当たり、
 最初の言葉は『さて、どんどん行くわよ』で間違いない。
 が、残念ながら今の言葉は全く以て理解できなかった。

「ふぁひふぉ! はるふぇふぁふぁふぃふぁふぁふぇえひふぁふぇふぁふぃふぁふぃふぁ!!」
「怖いわ!!」

 本当に意味のある言葉を喋っているのかすら疑問に思えてしまう。

「とりあえず……」

 ため息を1つ。
 目に留まった屋台を見て今後の方針について打診してみた。

「甘いもので口直しでもしますか?」



「……こ、この食欲を誘う甘い香りっ」
「……」
「このサクサクとした歯ごたえっ」
「……」
「この口いっぱいに広がる甘みっ」
「……」
「この食べた後に残る充実感っ」
「……」
「っ!? ま、間違いないわ。これは世紀の大発明よっ!!」
「……」

 ちなみに。


 食しているのはチュロスです。


「〜♪」
「……」

 鼻歌を歌いながら、ちびちびチュロスを口にする那津音さんを見て和む。
 カレーショップで無茶をやらかした時はどうなる事かと思ったが、この選択は正解だったらしい。
 甘いもので見事復活を果たせるあたり、やはり女の子の身体とは不思議なものだと改めて痛感した。



「さて」

 チュロスの包み紙をゴミ箱へと捨てて。
 優雅な仕草で口周りをハンカチで拭った那津音嬢が、改めてこちらへと向き直る。
 実に満足そうな表情だった。

「次はどこに行きましょうか?」
「そうですねぇ」

 バサッと園内マップを広げる。
 今日の那津音さんを見て思った事がある。
 それは、どうやら那津音さんがやたらと背伸びをしたがっているという事。

 それは身長という意味では無くて(今はホントにこじんまりとしてしまっているけれど)、
 年上らしく振舞いたいが失敗してしまっているという感じ。
 それはジェットコースターしかり、先ほどの昼食しかり。

 見ていて可愛らしいのは事実だが、このまま無茶を続けても那津音さんは楽しめないだろう。
 ……無論、どんどん自爆してしまっているという意味で。

 それを踏まえた上で。

 次はどこに行くべきか。

110七草夜:2012/11/17(土) 14:16:18


 何処へ行くか、なんて考えはしたものの行くべき場所は結構限られてくる。
 まず遊園地の定番と言ってもいいジェットコースター、遊園地は既に乗った。
 他の定番といえばお化け屋敷だがそのお化けもどきになっていた経験がある那津音からすれば面白いものではないだろう。何より、またやらかす予感がビンビンする。

 そもそも遊園地という場所は本来、子連れの家族向けのアトラクションが多い。
 かの有名な夢と魔法の国レベルならまだしも、大抵の一都市にあるテーマパークとなると子供向けのゴーカートやご当地キャラクターとの触れ合う場が基本だろう。
 そしてそうでないアトラクションといえば……大半が絶叫系に限られてくる。
 が、その絶叫系はやめた方が良いのは言うまでもない。
 ほぼ確実に那津音は苦手でも無理をして大人ぶり、そして自爆するだろう。
 昼食のメニューにすら意地を張る式守那津音がそこで張らない筈がない。

 そうなるとやはり、まったりするのが目的の場所が良いだろう。
 先程の観覧車は妙なトラブルが起きたがアレはいくらなんでも稀過ぎる現象だ。
 もう起こることはないだろう、とフラグを立てるようなことを考えつつ行き先を取捨選択する。

「(メリーゴーランド……は前に提案したが今の那津音さんだと切れそうだな。動物触れ合い広場にでもするか……ん?)」

 思考中の雄真の視線にある建物の姿が映る。
 やけに巨大で、外にアトラクションらしいものは何もない。つまり室内アトラクションということになる。
 はて、あの建物はなんだったろうかと手持ちのパンフレットを覗き、その建物の名を探し、


 雄真の目がカッ! と見開かれた。


 那津音が少し引いた。

「……那津音さん、次はあそこへ行きましょう」
「何か今日はなんだかんだでゆー君に場所誘導されてるような……まぁ年下にリードされるのもそれはそれでいいんだけど……ってあそこは!?」

 アホみたいに真面目な顔して目的地を指差す雄真。
 ソレに対してアホな思考を口から垂れ流しながらその目的地を見て固まる那津音。
 ギギギと言う音が聞こえそうな感じにゆっくりと振り向く那津音、笑顔でサムズアップする雄真、意味が分からない。

「さぁ行きましょう那津音さん!」
「ゆ、ゆー君? わわわわ、私としても別に行きたくない訳じゃないんだけど、あそこに行くには何の用意もしてないんだけれど……」
「大丈夫です。中で道具の貸し出しをやってますので」

 そう言ってパンフの隅っこを指差す。
 確かに書いてあった。無駄に抜け目がない。

「で、でも私今ちっちゃいし!」
「那津音さん、何の理由にもなってません」
「ほら! ちんちくりんだし!」
「那津音さん、最早意味がわかりません」

 必死に謎の言い訳をして拒否反応を示す那津音。
 子供の姿といかにも子供っぽいその仕草に雄真は気持ち悪い笑顔が浮かびそうになるのを必死に我慢する。
 だがしかし、隠しきれていない。唇の端が不自然に持ち上がっているのに本人と那津音は気付いていない。
 そんな二人の様子に周りが引いていた。

「さぁ、行きましょう!」
「うぅ……ど、どーしても行かなきゃ……だめ?」
「ぐっ!?」

 上目遣い・若干涙目・首を軽く傾けながら可愛らしく「だめ?」のコンボに鼻血噴出しかけた。
 急に顔を――正確には鼻を――抑えながら地に膝着く駄目男に那津音は何事かと心配する。

「だ、大丈夫ゆー君!? 一体急にどうしたの!?」
「大丈夫……問題はありません。えぇ、問題ありませんよ。被害は軽微ですから、俺は……俺はまだ戦れます!」
「一体何と戦ってるの、ゆー君!?」
「大丈夫です、今の俺は悟りの書を垣間見ました。きっと此処へ入れば賢者になれるはずです!!」
「ここはダーマ神殿じゃないわよ!? 貴方は一体何を見たの!?」

 貴女の萌える姿を、とは間違っても言えない。

「うー……分かったわ、入るわよ。入れば良いんでしょう……」
「では行きましょうか!」

 雄真の体調不良(誤解)を考え渋々そう言うとクソムカツク程良い笑顔で雄真はサムズアップした。
 顔面に魔法を叩き込みたくなる衝動を抑え、那津音も覚悟を決めて施設内に入ってゆく。


 そんな二人が入っていった施設の名は「ウォーターワールド・海イルカ」
 水をテーマとし、あらゆる場所で水と戯れる――早い話がプールである。
 つまり、ぶっちゃけ雄真はただ那津音の水着姿が見たいだけなのであった。
 然もあらん。

111TR:2012/11/17(土) 23:36:02
「那津音さん、遅いな」
『ウォーターワールド・海イルカ』に入って水着に着替えるため分かれてから、数分。

あと数十秒すればそれも十分と言わなければ不適切になるであろう時間が経過したが、未だに那津音の姿はなかった。

「それにしても、水着を見たいからって、ここは………」

雄真は先ほどまでの自分のアレな思考に、後悔をしながら前方の方に視線を移す。
そこには水着姿ではしゃぐカップルと思わしき男女の姿。
勿論、中には親子連れがいたりするが、カップルと思わしき男女の数が圧倒的に多かった。
海やプールが恋人たちの”戯れる”定番だからであるのは、言うまでもない。
このアトラクションに恋愛成就の噂があるからということは一切ない。
それはさておき、このアトラクション、プールだけではなくウォーター・スライダーなどのようなものも用意されていたりする。
簡単に言えば遊園地内の室内プールという方が最適だろう。
――閑話休題


はぴねす! リレー小説  第54話「そこは遊園地の水場スポット?」


「………ゆー君」
「うおっ!?」

何かあったのではないか、と考え始めた雄真の思考を遮るように那津音が雄真に声をかける。
その声の低さに雄真は慌てて飛び退いた。
その水着は薄いピンク色のビキニタイプの水着だった。
スクール水着タイプもあった(なぜあるのかは不明)が、那津音は頑として来ようとはしなかった。
理由は”私は大人のレディーよ”という物であった。

112TR:2012/11/17(土) 23:36:39
「な、那津音さん」
「鼻の下伸びてるわよ」

ジト目で雄真を見ながら声を上げる那津音に、雄真は「う゛っ!?」と呻いた。

「そうよねゆー君は、私の水着姿よりも、神坂さんとか他の女の人の水着姿の方がいいわよね」

ヨヨヨと俯きながら呟く那津音に、雄真は慌てて声を上げる。

「そんな事はないですよ! 那津音さんもきれいですから!」
「っ!? ほ、本当?」

雄真の言葉にガバッという擬音が上がりそうな勢いで顔を上げて問い詰める那津音に、雄真はもう一度頷いた。

「はい、那津音さんの水着姿、とても似合っていますよ」
「〜〜〜〜〜ッ!」

その雄真の言葉に、那津音は嬉しそうに悶える。
それを見ていた一般客たちは『なんだ?』という視線で雄真たちを見るが、そんな視線に二人は気付くはずもなかった。
もしこの一般客たちの中に彼女が式守家の人間だと知るものがあれば、凍りついているだろう。
それは置いといて、我らが主人公の雄真は呆然とそれを見ていた。

「な、那津音さん」
「ッ!? な、何?」

雄真に声を掛けられ、はっとした那津音は恥ずかしさで顔を赤くしながら雄真に用件を聞く。

「せっかくだから、泳ぎませんか?」

今度は純粋な心で提案することが出来た。

「えっと………」

そんな雄真の言葉に、那津音の返事は歯切れが悪かった。

「私、その泳げない……の」
「………」

恥ずかしそうに顔を赤らめながら告げる那津音の言葉に、雄真は固まった。

「や、やっぱりおかしいよね?」
「い、いえ。人には誰にでもできないことってありますよ」
「そ、そう? 良かったこれでゆー君に幻滅されたらどうしようって不安だったの」

そう言って胸を撫で下ろす那津音。
この時雄真が、『那津音さんでもできないことはあるんだ』と心の中でつぶやいていたのは知らない方が良いだろう。

「そうだ。もしよければ泳ぐの教えますよ?」
「本当!? それじゃ、お願いしようかな」

雄真の申し出に、那津音はリベンジだと言わんばかりに闘志をみなぎらせながら答えた。
そんな那津音の様子に、雄真は苦笑しながら那津音を促すとプールの方に足を向けるのであった。

113Leica:2012/11/21(水) 21:45:27
『はぴねすりれーっ!』 ごじゅーごー  ――Leica



「それではこれより、不肖小日向雄真による臨時水泳教室を開催します」
「わーっ」

 ぱしゃぱしゃと水を波立たせながら、那津音さんがノッてくれる。
 ひとまず一番大きなプールを選んで入ってみたのだが、周囲は人、人、人。
 恋人やら家族連れやらカップルやら学生の集団やら男女の2人組やらで溢れかえっていた。
 泳ぎの練習をするにはベストな環境であるとは言い難いが、
 25mプールの方はガチな方々で占領されており、「失礼ですがどこかの大会で優勝した経験でもおありですか?」
 と問いたくなるほどのスピードで20人くらいが行ったり来たりを繰り返している。
 あの場に水泳どころかプール初心者の女の子と、素人に毛が生えた程度の俺が乱入しようものなら、
 軒並みペースを狂わせた挙句ポイされるのがオチだろう。

「……と言うか」

 凄いな。1人、犬かきであのスピードに加わっている奴がいる。
 あ、あ、あっ!! 前のクロールしてる奴を抜いた!? マジかよ、犬かきってあんな早いものなのか!?

「ゆー君?」
「あ、はい、す、すみません」

 那津音さんに呼ばれて我に返る。どうやら犬かきの新たなる可能性に魅入られていたらしい。
 ……今度試してみるか。

「こほん」

 そんな事を考えつつ、軽く咳払い。
 
「それじゃあ泳ぎの練習を始めようと思うんですけど」
「結構な人ごみだけれど、大丈夫なの?」
「ええ、平気ですよ」

 別に平泳ぎやバタフライを教えるわけではない。
 プールすら初めてだと言うのならば、最初は泳ぎよりも水に慣れる事からだろう。
 と、いう事で。

「まずは水に顔をつけてみましょうか」
「……」

 那津音さんの笑顔が、若干引きつった気がする。

「あれ、どうかしましたか?」
「ゆー君。それは私を馬鹿にしてるのかな?」
「え」

 那津音さんは頬をふくらましながら言う。

「私は由緒正しき式守家で、当主まで務めた身なんだよ?
 顔を水につけるくらい、できるにきまってるじゃない」

 どうやらあまりに初歩的なところから入ったせいでご立腹らしい。

114Leica:2012/11/21(水) 21:46:00


「あ、そうですよね。すみません」
「そうよそうよ。水に顔をつけるなんてこと。そこらへんの小学生だってできるんだから」
「おっしゃるとおりで」
「水につけるくらいまったく問題ないわ。だって、顔をつけるだけなのよ?」
「え、ええ」
「良く考えてごらんなさい。朝起きたら顔を洗うでしょ?
 顔に起こる変化なんて、それと大して変わらないわけじゃない?」
「……はぁ」
「いい? 人間の身体っていうのはね。60パーセントは水分でできているのよ?
 つまり、水に顔をつけるという仕草は、隣人への挨拶みたいなものなわけ」
「……はぁ」

 ……それは違うと思う。

「久しぶりに再会できた無二の親友との友情の確かめ合いと言い換えてもいいわ」
「……はぁ」

 ……余計わけわからん。
 ……。
 ……もしかして。

「人間の身体を覆う、皮膚という物質を挟んでいるだけであって、
 内面と外面は共に水分であるわけだから――」
「那津音さん」
「――つまり、って。なに? どうしたの? ゆー君」
「取りあえず、簡単にできるってことは分かったんで先に進めましょう。
 早く顔を水につけてください」
「え”……」

 那津音さんの笑顔が、今度こそ凍り付いた。
 が、直ぐにぷるぷると震えだす。

「あ、あのね、ゆー君。今私は説明していたわけだけど――」
「ええ。那津音さんがこのくらい簡単にこなせるであろうことは分かりました。
 なので、早く水につけてください。それから次のバタ足の練習です」
「……」
「……」

 無言の時が流れる。
 周囲の喧騒のボリュームが、少しだけ上がって聞こえた気がした。

「……」
「……」
「……」
「……えへ」

 那津音さんは逃げ出した!!

「ふふ、甘いな」

 那津音さんは言うまでも無く、泳げない。
 水の抵抗に負け、緩やかな動きしかできない陸上生物が、両生類から逃れられるはずもない。
 那津音さんの決死の逃亡は、ものの2秒で幕を閉じた。
 直後。

「ぎにゃああああああああああっ」

 幼女の悲鳴が、ここら一帯に轟いた。

115叢雲の鞘:2012/11/25(日) 21:44:05
那津音の逃亡劇(未遂)からおよそ1時間。

「…………プハッ………………プハッ……」
「いいですよ那津音さん、その調子です」

那津音はビート板にスイムヘルパー(背中に付ける円柱状の道具)という完全装備で雄真にビート板を引かれながらバタ足の練習をしていた。


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 56  by叢雲の鞘


あの逃亡未遂劇後、那津音は真面目に練習をしていた。
というのも……那津音の悲鳴に駆けつけ、事情を簡潔に聞いた監視員の男性(20代前半くらい)に、

「大丈夫だよ、お嬢ちゃん。お兄さんが手を引いてくれるから恐くはないからね」
と、優しく諭されてしまったのである。
しかも、その監視員の男性はビート板とスイムヘルパーまで持ってきてくれた。
複雑な感情を抱きつつそれらを受け取った那津音さんと雄真は練習を始めた。

ちなみに、30分ほど練習して那津音が水の中に10秒ほど潜れるようになったときには、

「ゆー君、やったよ!!(ダキッ)」
「那津音さん!!(ダキッ)」
と、モブキャラバカップルのように抱きつきあったとか。

116八下創樹:2012/11/26(月) 23:07:14
那津音さんとの即席水泳教室を始め、気が付けば1時間。
一度、軽めの小休止を入れたけど、那津音さんにせがまれ、授業は2時限目に突入。
どうやら、水の感覚が楽しくなってきたらしい。

「いいんですか? もうちょい休憩してからでも」
「ううん、大丈夫! せっかくゆーくんが教えてくれるんだし!」
「ん、了解です」

いつもは教師と生徒の立場で、俺が那津音さんい教わることが当たり前。
だから、こんな感じでたまには立場が逆になるのもいいかなー、と思う。

「それに、出来れば伊吹より先に泳げるようになりたいから・・・・・・」
「え。伊吹って、泳げないんですか?」
「――――多分。私と同じで泳げないかと」
「へー」
「だから、姉としては妹に対し、アドバンテージは持っておきたいんです!」
「・・・・・・」

なんというか。
ほんと、背伸びしたがる“お嬢さん”だなぁ。


『はぴねす! リレー小説』 その56っ!―――――八下創樹


そんなわけで水泳教室再開。
とりあえず、

1、 水に慣れる。
2、 浮く。
3、 基本のバタ足。

まで出来たので、お次は「進む」である。


―――――ワケなんだが・・・・・・


「な、なるほど。こんな感じ・・・・・・かな?」
静かなバタ足で、パシャパシャと水を叩く。
さすがのセンスというか、無駄な力が入ってない辺り、さすがは那津音さんである。
「いいですよ。ほんじゃ、お次は手を使って水を掻く練習に―――――」
「ちょ、ちょっと待って! それは、その、早すぎるんじゃないかなーって・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・えへ」

なんというか、那津音さんは自覚してないみたいだけど、この上達ぶりは正直凄い。
多分、勢いで手を離してもなんとかなると思ったり。

「あ! ゆーくん、手を離しちゃダメだからね!? そんなことしたら怒るからね!?」
なんて、必死にしがみつくような勢いで、掴まる那津音さん。
若干、泣きそうな顔で、頑なに俺の腕を離そうとしない。
正直、理性崩れそー。
「えい、とっ、やっ―――!!」

真剣な顔で頑張ってる那津音さん。
――――には、ひじょーに申し訳ないのだが、那津音さんの身体はお構いナシに魅惑的すぎた。
泳ぎの本格練習するに辺り、長い髪をポニーテールにして括っており、まず雰囲気が違う。
それでなくても、ロングヘアーの銀髪は目を奪われるのに充分すぎる。
加えて、白くきめ細やかな肌。
スラリと、なめらかに動く手足は、見た目少女を吹っ飛ばす程に色気を感じてならない。
正直、人目さえなければ抱きしめてるところだ。うん。

「―――――ゆーくん?」
「うぇ!? は、はい!?」
「ぼーっとしてるけど、どうかした?」
「や、なんでもないですよ!?」
「・・・・・・?」

顔が熱い。
なんというか、那津音さんを直視できない。
少しでも誤魔化せるようにと、水泳指導に少し真剣に取り組んだ。


―――――で、更に30分ほど経過。


「やーさすがですね」
「えっへん♪」
小っちゃな胸を誇らしげに張り、満面の笑顔を見せる那津音さん。
密かに、褒めて伸びるタイプだと思ったことは黙っておく。
「それじゃ、どうします? もう結構泳ぎましたけど」
「んー・・・・・・」
しばし思案した後、にこやかに顔を上げる。
「ゆーくんが決めて? 私はまだ全然泳げるし!」
「そうですか。・・・・・・うーむ」

とはいえ、実質2時間近く泳いでいる。
水泳って全身の筋肉を動かすものだから、ちょうど良いところで終わらないと、後日、全身疲労に襲われてしまう。

けど、那津音さん自身はまだ泳ぎ足りない感じ。
水泳教室を進めるなら、次は水泳方法別に教えるしかに。
つまり、クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライ、等の専門特化させた教え方になる。
ためにはなるだろうけど―――――

はてさて。
どうしたもんか?

117七草夜:2012/11/30(金) 22:34:08


 ミサキの兄、神月カイトは昔から奇抜な子と呼ばれていた。
 最初に奇抜と言われたのはいつだっただろうかと思い出そうとすると、子供の頃の将来の夢は世界を救えるセロハンテープになることだと言ったのが最初だった。頭が痛くなった。
 とにかくやる事なす事、大人には想像も付かない事をし続け、子供達からも奇異の視線を浴び続けていた。
 今で言うイジメなどの陰湿な被害にあったことも多々あった。全て人間砲弾と化してストラックアウトされる羽目になったが。
 さておき、ミサキはカイトが子供の頃からそんな奇抜であったのは全て分からないはずの未来が分かってしまう事なのだろうと考える。
 シナリオ展開が読めてしまうゲームだってつまらないのだ、先が決定した人生などクソゲーに決まっている。
 だから兄はいつもつまらなさそうな顔をしていて、周囲はその様子を「クールだ」と思っていた。
 クールなんじゃない、ただ彼は「見たことがないもの」を見たいだけなのだ。

 そんな兄が先程の遊園地での出来事で珍しく表情を思いっきり崩していた。
 いや、さっきだけじゃない。ここ最近の兄は本当に楽しそうで、イキイキとしている。
 傍目からは分からないだろうが何となく雰囲気で分かる。彼はこれまで以上に高揚していると分かるのだ。
 時折不適に微笑む様子にミサキは妹ながらも兄の姿にドキッとし――


 ――なお、この話は本編とは全く関係がない。



『はぴねす! リレー小説』 「壁殴り代行。貴方の壁、粉57にします」―――――七草夜



 今後の行動を考えるうちに無意識に周囲を見回す。
 そうして雄真は自分のいる場所のことを思い出した

「(そうだ。ここはプールだけど、俺達は別にプールに遊びに来たわけじゃないんだ)」

 雄真はようやくそのことに気付き、提案する。

「それじゃあ那津音さん、ちょっとこの施設を色々見て回りませんか? ここも一応アトラクション施設ですし、何かあると思うんです」



 ★ ★ ★ ★ ★ ★



「わぁ……これはちょっと凄いわね……」

 基本的なプールから少し離れるとすぐに自分達がテーマパークに来ていたということを思い出す光景があった。
 水に浸かりながらも横に見えるのも頭上に見えるのも水、そして魚達。
 一般的に流れるプールと呼ばれるそこは周囲を透明なガラスで囲み、そして魚達がその外を泳いでいる。
 利用客たちもまた彼らと共に泳いでいると言わんばかりの錯覚を起こす水族館顔負けの光景だった。
 
「圧巻だわ……」
「まさに『ウォーターワールド』の名前に相応しい景色ですね」

 周りを魚達で囲まれたこの水の世界で泳ぐ自分達はまさに海のイルカとも言えるだろう。
 ゆったりとした流れに身を任せ、ちょっとした幻想的なその光景に雄真も那津音も見入っていた。

「上も下も横もガラスだから本当に海を泳いでる気分だわ」
「これは結構リラックス効果ありそうですねぇ……」
「あ、あの魚ちょっと小さくて可愛い!」
「あっちの魚はちょっと不思議な形してますね」

 流れの中、自然と二人は手を繋ぎながら空いた手で周囲の魚達をアレコレと指差す。
 その行動に全く大した意識もなく、時に更に身を寄せ合って魚を覗き込み、時に周りの勢いに飲まれかけて更にその手を強く握り締める。
 そうした動作を何気なく互いにやり合い、マッタリと時を過ごしていた。

118七草夜:2012/11/30(金) 22:34:42

「こーゆーのも良いわねー……今までのアトラクションは何だかんだで結構バタバタしてたし」

 仰向けになって二人で流されながら空中に浮かぶ魚達を眺めながら那津音がポツリと呟く。

「そうですね。初っ端からジェットコースターに連続で乗って、息抜きも兼ねて乗った観覧車でもあんな事件発生したせいで心休まらなかったですし」
「昼食もねー……今考えるとちょっと背伸びし過ぎてたわ、私。せっかく楽しみに来てるんだし、もっと肩の力抜かないと駄目ね」

 開放的な空間が今まで頑なだった那津音の心も少しずつ開いていた。
 二人は今、年下の生徒と年上の女教師というわけではなく。
 また外見のような兄と妹のようでもなく。
 互いの心は極めて近い場所にあった。

 ふと雄真は顔を横に向けた。
 すると同時に那津音もまた雄真に向かって顔を向けていた。
 そのタイミングの重なり具合がなんだかおかしくなり、二人してフフッと笑う。


 そして。

「(しまったしまったしまったしまったしまったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁあああぁああ!! なんで自然に手繋いでたのにロマンチックな一言も言えないんだ俺はぁぁああああああああ!!!)」
「(ゆー君の顔あんなに近かったのに何で私魚なんかに夢中になってるのよぉぉぉぉぉ!! まるっきり子供感丸出しじゃないのよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)」

 終わった辺りでようやく自分達が何をしていたのか気付くのである。遅い。然もあらん。



 ★ ★ ★ ★ ★ ★



「もうそろそろ良い時間ねー」

 時計を見ながら那津音が呟く。
 水泳練習が終わってからもずいぶんと長いことウォーターワールドにいたらしく、日は既に傾きかけていた。

「そうですね。もうあと一箇所が限界ですかね」

 帰りも転移魔法で一瞬とはいえ午前中からハイペースで飛ばしたのもあってもうヘトヘトだった。
 限界というのは体力的な意味も含んでのことだ。

「それじゃあと一回何処かに行って、その後伊吹たちのお土産でも買って帰りましょうか」
「ですね。じゃあ最後、どこへ行きます?」

 これまでは大体雄真が先導していたが最後は那津音に選ばせようと思い、尋ねる。

「それじゃあ……これにしましょう!」

 那津音はパンフレットにある一部分を指差した。



 デートの終わりは、近い。

119叢雲の鞘:2012/12/03(月) 00:06:47
あ…ありのまま今起こったことを話すぜ!
“那津音さんを庇おうと抱き寄せて下敷きになったら、いつのまにかキスしてた”
な…何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何が起きたのかわからなかった。
頭が沸騰してどうにかなりそうだった…。
催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 58  by叢雲の鞘


「夕焼けがきれいだねぇ……」
「そうですね」
今、俺と那津音さんは観覧車のゴンドラの中にいる。
なぜかというと、那津音さんが最後に選んだアトラクションが観覧車だったからだ。

「でも、本当によかったんですか?最後に乗るのが観覧車で……」
「うん。さっき乗ったときは見晴らしの良さに目が行っちゃってたからね。それに、ジェットコースターに乗ったり、プールで泳いではしゃぎすぎたから、最後はゆっくりしようと思って」
「そうですか」
「それに、ゆー君さっき言ってたじゃない。観覧車はデートの最後に乗るものだって……」
「いや、たしかに最後に乗ることが多いってだけで、無理に最後にしなくても……」
「いーの。私は遊園地に来るのが初めてなんだから、デートの定石に従うものなの」
「むぅ……」
那津音さんの言い分に自分を納得させる。

「それに、ね……」
「那津音さん?」
「次もゆー君と来れるとは限らないから、できるだけのことはしたくって……」
「……どういうことですか?」
「さっきも言ったでしょ。ゆー君はいろんな娘から好意を持たれてる。今は答えを出そうとしてないけど、いつか答えを出さなきゃいけない時が来る……」
「…………」
「そうしたら、もう一度私と一緒に遊園地でデートしてくれるとは限らないでしょ?」
そういって微笑んだ那津音さんの笑顔はどこか寂しげで、俺の胸を強く締め付けた。
その笑顔は、どこか俺と那津音さんを遠ざける壁のようなものに思えて……。

「那津音さ……(ガコッ) ……わ!?」
立ち上がろうとした瞬間に突然起きた揺れにバランスを崩してしまう。

「ゆー君!?」
とっさに那津音さんが立ち上がろうとするが同じくバランスを崩してしまう。

「あぶな……!?」
このままでは2人ともぶつかって倒れこんでしまう。
そう思った俺は那津音さんを抱え込むと、その下敷きになるようにして背中から倒れこむ。

ゴンッ!!

ゴンドラに鈍い激突音が響く。

『観覧車にお乗りのお客様にお知らせします。ただいま現在、システムの不調によりゴンドラの動きが停止しております。システムが復旧するまで静かにお待ちください。繰り返します――』

そんなアナウンスが聞こえた気がしたが、今の俺…いや、俺たちはそれどころの状態ではなかった。


「…………」
「…………」
目の前の那津音さんの顔がこれでもかというほどに近い。
というか、目しか見えない。
当然だ。今、俺と那津音さんの顔の距離は0なのだから。
……そう、“0”なのである。
ぶっちゃけ、那津音さんとキスしてる。

「…………!?////」
「…………!?////」
自分の顔が急激に真っ赤になり、体温が上昇していくのがわかる。
どうする……どうする俺!?

120八下創樹:2012/12/06(木) 22:24:51
その瞬間、時間が停止した。
小日向雄真と、式守那津音。
刹那と呼べるほどの時間でも、確かに。
2人の時間は、停止していた。


『はぴねす! リレー小説』 その59っ!―――――八下創樹


状況は良くない。
本当なら、今すぐにでも那津音さんを押しのけないといけない。
だっていうのに。
何より、自分自身の全てが、その行為を拒否していた。

「――――」
「―――っ」

お互いの視線は交わったまま、瞳が捕えて離さない。
触れ合う唇が柔らかく、混ざり合う互いの唾液が、これ以上ないくらいに思考を溶かしていく。
直に感じる、那津音さんの体温が心地良い。
鼻孔をくすぐる香りも。
微かに感じる、身体の重みも。
その全てが、停止した思考の解凍をひたすらに拒んでいた。

「・・・・・・ん」
「・・・・・・あ」

ゼロだった距離が、微かに離れる。
互いの唇に残る、自分じゃない唾液が、必要以上に艶めかしく感じた。

「・・・・・・ゆーくん・・・・・・」
「那津音、さん・・・・・・」

まるで、誘惑のような金縛りだ。
身体はちゃんと動くのに。
お互い、この状況に縛られているかのように、離れられない。
抱きしめている腕は解けない。
理性なんて、とっくに吹き飛んでいる。
だから、なのか。
両腕に更なる力を込めて、より抱きしめた。

「っっ」

拒否、しない。
むしろ那津音さんは、まるで全てを受け入れたかのように、全ての体重を預けてきた。

「――――っっ」
「・・・・・・」

再び、両者の距離はゼロになる。
邪魔するものは何もなく、彼も彼女も、止まる気は無かった。
今度は触れ合うだけでなく、互いに求め合うように―――――――

121八下創樹:2012/12/06(木) 22:25:26

『観覧車にお乗りのお客様にお知らせ致します。応急処置により、システムが復旧致しました。ゴンドラが始動致しますので、揺れにご注意ください。―――――この度は、誠に申し訳ございませんでした。引き続き、アトラクションをお楽しみ下さい』


「・・・・・・」
「・・・・・・」
途端、急速に思考が冷めていき、我に帰る2人。
瞬間沸騰の如く、冷めた熱が一気に上がり、今更ながらに慌てて飛び退いた。

「あ、あ、あああああの! えと、その、なんていうかっ」
「い、いいいいやいやいやいや! なんというか、あの、その!」

室内は暗いけど、間違いなく、2人とも顔は真っ赤だ。
というより、このなんとも言えない気恥ずかしさをどうする!?

「あ、あのねゆーくん!!」
「は、はいっ!!」
「えと・・・・・・ありがとうございましたっ!!」
「お礼!? なんか違わなくないですか!?」
「あ、あああ、そ、そうね!・・・・・・こほん」

咳払い一つ、那津音さんは表情を落ち着けて、

「ごちそうさまでした!!」

ちがーうっ!!
致命的に!!
何かが!!

「あ、これも違う? え、ええと、じゃ、じゃあ・・・・・・」

深呼吸一つ、那津音さんは呼吸を落ち着けて、

「――――いただきましたっっ!!」
「なにを!?」

よーするに。
那津音さんはまったく、これっぽっちも落ち着けていなかった。
なんていうかもう、舞い上がっちゃってる感じ。
表情がもうずーっとニヤニヤしてるし。
や、まぁ、多分俺も、だけど。

「・・・・・・」

だけどまぁ。
確かに、謝られるのもおかしな感じだ。
そういう意味では、那津音さんの言葉は正しいのかも。
・・・・・・まぁ、多分。



観覧車から降りて、ふにゃふにゃの那津音さんを引きずって、とにかく出口へ。
なんだか最後まで締らない遊園地デートだったけど。
けどまぁ、楽しかったな。うん。
そういう意味では、今度、あの兄妹に感謝しなくちゃな。
なんか、迷惑かけちゃった感もあるし。



ちなみに余談ではあるが。

帰りがけ、従業員の人に観覧車の停止原因を尋ねたところ、制御版に激突していた魔法弾が原因とのこと。
ちなみに那津音さんは、制御盤に残ってた魔力残滓を読み取っており、その魔力が俺等も良く知る、トラブルメーカーな彼女のものだったということまで突き止めていた。

こうして俺と那津音さんは人知れず、トラブルメーカーな彼女の弱みを一つ握ったらしい。
それが、那津音さんとの円滑な関係を進める上で非常に有効な手段になる。
それに俺が気づくのは、もう少ししてからの話だったりする。

122名無し@管理人:2012/12/08(土) 12:04:25
「はぴねす!」リレーSS 第60話 by名無し(負け組)


 那津音さんとの遊園地デートの翌日。
 学校で何か色々言われるだろうなと覚悟していたら、遊園地で――神月兄妹の仕業だと思われる――黒づくめの男に追い回されたことを愚痴られた。
 しかし、それ以上は特に何か言われるようなことはなかった。
 追い回されたことが相当堪えたのかもしれない。
 あと、那津音さんの姿が元に戻っていた。
 3ヶ月ぐらい小さくなっていたように思ったが、実際はまだ数日しか経ってないんだよな。
 ちなみに、3ヶ月がどこから出てきたかは内緒だ。
 とにかく、大人の姿に戻った那津音さんを見て、みんな驚いていた。
 無論、俺もだが。
 いつ戻ったのかと休み時間に聞いたら、今日の朝起きたらこの姿になっていたということだ。
 小さくなったり大きくなったり大変だなと思いながらも、元に戻って良かったと俺は安堵した。
 それ以外は特筆するようなことはなく、放課後になった。


「『ウィッチズガーデン』発売されたのか。そのうち買いに行かないとな」

 雑誌を見ながら、注目していた新作ゲームの記事(決してエロいゲームではない)を見ていた。
 何でも、城壁に囲まれた観光都市を舞台とした作品らしい。
 実際にそんな街があったら行ってみたいな。
 そんな感想を抱きながら、新作ゲームの記事を食い入るように見ていると。

「雄真くん、ちょっといいかな?」

 春姫が俺の顔を覗きこんできた。
 俺は読んでいた雑誌を閉じる。

「別に大丈夫だけど、どうしたんだ?」
「ここじゃ、ちょっと……場所を変えて話しましょう」
「……分かった」

 人のいる前ではできない話か。
 一体、なんだろうな。
 春姫の話の内容が全く予想できず、彼女に先導されるまま屋上にやってきた。
 春姫は誰もいないことを確かめて、ホッと一息を吐いたのが分かった。

「それで、何の話なんだ?」

 俺が話を振ると、春姫が何やら決意を込めた目で俺を見て、口を開く。

「あのね――」

123Leica:2012/12/12(水) 00:09:47
『はぴねすりれーっ!』 ろくじゅーいちー  ――Leica



「雄真くんは、那津音さんの事が好きなの?」

 春姫の口から発せられたその言葉は。
 透き通るような音色で俺の耳へと届いた。

「……え」

 呆けた声が出る。
 春姫は今、何て言った?

 好き?

 誰が。

 俺が?

 誰を。

 那津音さんを?

 そこまで考えが至ったところで、顔が真っ赤になった事を自覚する。
 そんな俺を見て、春姫は少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。

「私は、ね」

 俺の答えを待つ事無く、春姫は続ける。

「雄真くんの事、好きだよ」

 その言葉を聞いて鼓動が高鳴る。

「大好き」

 春姫はもう一度念を押すように言った。

「もう、雄真くんは知ってたと思うけどね」

 春姫は茶化すようにペロリと舌を出す。
 そう。俺は知っている。
 春姫からは一度告白を受けていた。
 その返答を先へ先へと引き延ばしていたのは。

 俺だ。

「だから、雄真くんが本当に嫌がっているような事、したくない」

 くるりと身を翻し、俺に背を向け歩き出す春姫を視線で追う。
 春姫はそっと自らの右手をフェンスへと添えた。

「もし、もし……。雄真くんが那津音さんの事好きなら……。
 私は、……私は」

 フェンスを握る力が強くなったのだろう。ガシャリと音が鳴る。
 春姫はゆっくりとこちらへ振り返った。


「どうすればいいのかな……?」


「っ」

 震えた声でそう聞いてくる。
 春姫は、泣いていた。

 ――――諦めないから。

 そう告げられた日の事を思い出す。
 強いな、と思った。
 俺には真似できない、と思った。
 その彼女が、今俺の前で泣いている。

 諦めるべきかと問うてくる。

「……」

 俺は、気付いてしまった。
 春姫のあの一言が、俺にどれだけ精神的な余裕を与えていたのかを。
 諦めないと春姫は言った。
 今までと同じように好きでいるからと。
 今までと同じ関係でも構わないと言ってくれた。
 友達としてまた隣にいるからと。

 あの時、必死な春姫の覚悟を聞いて。


 俺はほっとしていたんだ。

124Leica:2012/12/12(水) 00:10:40


「……最低だ」

 ポツリ、と。
 春姫には聞こえない程度の音量で呟く。
 最低だ、俺。
 最低だよ、俺。

 今の春姫の涙は、全て俺に責任がある。
 今か今かと待ち望んでくれていた春姫への回答を、無意味に先延ばしにして。 
 俺は自分の事だけ考えて、勝手に舞い上がっていた。
 それがどれだけ春姫を傷付けていたのか。
 そんな事、少し考えれば分かるはずだったのに。

「……」

 春姫は無言で俺の回答を待っている。
 覚悟を、決めなくてはならない。
 もう遅すぎる、その覚悟を。

 遅すぎるからこそ、これ以上先延ばしにはできない。
 俺の今の気持ちを春姫にはしっかりと伝えなければならない。
 それはこの現状を作り出してしまった、俺の責任と義務だ。

「……春姫」
「っ」

 俺からの呼びかけに、春姫は肩をビクリと震わせる。
 もう俺から伝えられる答えに、薄々と勘付いているのかもしれない。
 しかし、それでも。
 春姫は答えを求めてきた。

 当たり前だ。
 これは俺と春姫、2人のけじめだ。

 息を大きく吸う。
 一言。
 たった一言を告げるだけで相当な勇気を要する事を知る。

 これを、春姫はやってのけたのだ。
 ここで俺が逃げるわけにはいかない。

 覚悟を、決めた。

「俺は――――」


「はぁ〜!! るぅ〜!! ひぃ〜!!!!!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンッ!!!!!!!!

「「っ!?!?!?」」

 突然の怒声と金属を叩き鳴らす音に、俺と春姫はほぼ同時に飛び上がった。
 い、今の声……杏璃か?

「そこにいるのは分かってんのよ!? あ〜け〜な〜さ〜い!!!!
 春姫ぃ〜!!!!!」
「春姫ちゃぁんっ! 抜け駆けはだめよ〜!!」
「神坂春姫!! ここを開けぬか!!」
「姫ちゃん!! これはフェアじゃないと思いますっ!!」
「神坂様!! 早くここをお開け下さい!!」
「雄真さんとそこにいるのは分かっているんですよ。
 早く開けて頂かないと、私のタマちゃんが……ふふふふふふふふ」
「……」
「……」

 どうやら関係者は全員集合しているようだった。
 不意を突かれたその事態に、暫し呆然としてしまう。
 まじまじと扉を見つめていると、後ろから小さく息を付いた音が聞こえた。

 振り返る。
 そこではごしごしと目を擦る春姫の姿が。
 俺の視線に気付いた春姫は弱々しくもニコリと笑うと、
 俺の横をすり抜けるようにして扉の元へと駆け出した。

「……」

 また先延ばしにしてしまった。
 そして、それにほっとしている自分がいる。
 扉に掛けていた呪文を解除している春姫の後姿を視界の端に捉えながら思う。



 そんな自分が堪らなく嫌いだった。

125八下創樹:2012/12/15(土) 19:16:14

誰かが泣いているのは嫌だった。
誰かの涙を見るのは嫌だった。
それは、昔から変わらない自身の根底にある信念。

誰も悲しませたくないから、魔法を捨てた。
誰にも泣いてほしくないから、全てを受け入れてきた。
過去の辛さも、悲しみも、何もかも。
―――――だけど、俺はまた、道を間違ってしまった。


『はぴねす! リレー小説』 その62―――――八下創樹


春姫が屋上を後にしてから、俺は1歩も動けないでいた。
何より、あのまま春姫の後を追う事も。
平然と、何事も無かったかのように振る舞うことなんて、出来るわけがなかった。
―――――なんて、1人ベンチに座っていると、不意に人の気配を感じた。

「・・・・・・準」
顔を上げなくたって解る。
こいつは、こーいう時に、必ず現れる奴だから。

「春姫ちゃん、目が赤かったわよ」

ザクリと、準の言葉が突き刺さる。
返す言葉がなく、ロクな言い訳も浮かばず、肯定するように押し黙った。
「・・・・・・」
言葉が出ない。
何を話せばいいのか。
準に話してどうするというのか。
だけど、この無音が、何より自分を責めているように感じてならなかった。
「・・・・・・雄真」
やがて、それすら見据えていたのか、準の方から口を開いた。

「・・・・・・雄真が優しいのは、私は誰よりも知っているつもり」
「・・・・・・っ」
「決断できず、優柔不断なのも、それはきっと、雄真が優しいからだと思う」

それは、詭弁だ。
誰か1人を好きだと公言すれば、他の人たち全員を傷つけることになる。
なら、“言わなければ”“決断しなければ”、仲の良い、楽しい友人のままでいられる。
―――――そう、思ったんだ。

「・・・・・・けどね、男女の関係において、みんながみんな幸せになるなんて、そんな選択肢は無いと思う」
「・・・・・・っ!」
「雄真が望もうと望まないと、それでも春姫ちゃん“たち”は、雄真を好きになったのよ」
「・・・・・・」
「決断しないと、誰も先に進めない。―――――雄真も、みんなも、ずっと・・・・・・立ち止まったままだわ」

だから、切り捨てるしかないと。
続きを言わず、けれど準はそう伝えてきた。
誰もが幸せになるなんて、あり得ない。
大好きな人の隣、恋人という特等席に座れるのは、たったの1人だけ。
故に、それ以外は切り捨てるのだと。
―――――それを、選べっていうのか、準・・・・・・

「・・・・・・雄真。今、酷い顔してる」
「――――」
「私、そんな顔の雄真・・・・・・もう、見たくなかった・・・・・・」

それ以上は何も言わず、準も屋上を後にした。

「・・・・・・」
言葉が、思考が、何も浮かばない。何も動いてくれない。
凍りついた心が、溶けることなく。
その度に、後悔が襲いかかる。
「・・・・・・俺の、せいだ」
自身の甘えが。
みんなの、春姫の優しさに甘えていて、それに気づきもしなかった。
そんな奴が、誰かを幸せにしたいなんて、滑稽すぎる。

「・・・・・・あぁ、そっか・・・・・・」

俺は結局。
あの時から、なにも変わっていないんだ。
虐められて、泣いていた女の子を助ける為に魔法を使った自分。
けど今の俺は、あの時助けた女の子を、自分自身の手で、泣かせていた。

126八下創樹:2012/12/15(土) 19:17:05

あれから、どうなったか解らない。
無意識のままに歩いた。
と、自然にここへと足が動いていた。
考える思考はなく、突き動かされるように、扉をノックした。

「はいはい。どなた・・・・・・って、あら、雄真くん?」

少しだけ驚いた後、少しだけ嬉しそうに、御薙先生――――母さんは、研究室に迎え入れてくれた。



「どうしたのこんな時間に。なにかあったのかしら?」
対面するように椅子に座り、母さんは話しかけてくる。
それに、どう話せばいいのか解らず、顔を俯くしかない。
それが―――――息子が助けを求めていることだと、母親が気づかないはずなかった。

「―――――どうしたの? 私が、聞いてあげられること?」

その言葉が。
何より、理屈抜きで息子を愛してくれているのが解る、その声が。
それが、どうしようもないくらい、涙を溢れさせた。

「母さん・・・・・・俺、おれ・・・・・・!!」
「雄真くん・・・・・・?」
「俺・・・・・・っ、春姫を泣かせた・・・・・・女の子を、泣かせたんだ・・・・・・っっ」

涙が止まらない。
自己嫌悪が。後悔が。贖罪を求める心が、止まることなく涙腺を崩してくる。

「俺のせいだ・・・・・・!! 俺が、俺がみんなに甘えて、みんなを傷つけた・・・・・・!!」
「・・・・・・」
「俺には、誰かを好きになる資格なんて、無かったんだ・・・・・・っっ、なのに、俺・・・・・・っっ」

涙と共に、思いの全てを吐き出してしまう。
自分自身を好きになれない俺が、誰かを好きになるなんて、滑稽すぎる。
なのに、それに気づきもせず、那津音さんを救えた気になって、目も向けず。
その結果が、このザマだ。
俺は、俺は――――――!!

「――――いいのよ、雄真くん」

そっと、暖かい何かに包まれた。
それが、母さんが優しく抱きしめているのだと、理解するのに時間はいらなかった。

「他人を傷つけない人なんて、いないわ。――――私だって昔、雄真くんを傷つけたもの」
「・・・・・・っ、――――!!」
「誰かを傷つけてしまっても、それは、雄真くんが望んだわけではないんでしょ?」
「でも・・・・・・でも、俺の、せい・・・・・・っっ」
「だから、いいのよ。雄真くんは優しい子だって、私は解ってるわ」
「ちが・・・・・・ちが、う・・・・・・俺は・・・・・・」
「ううん、違わない」

抱きしめられる力が和らぎ、母さんと視線が合う。
その顔は、本能が求める安らぎである、優しい微笑みだった。

「こうやって今、春姫ちゃんのために泣いてあげられる雄真くんだもの」
「――――っっ」
「少しだけ臆病かもしれないけど、優しくて、誰かを想ってあげられる、私の自慢の息子よ。雄真くんは・・・・・・」
「――――ぁ、ぁぁぁ・・・・・・」

涙は、止まってくれなかった。
ぐちゃぐちゃになった感情のままに、止めどなく、溢れるままに。
それを、そんな俺を、母さんはずっと、抱きしめてくれていた。
優しく、優しく、ずっと、ずっと・・・・・・・・・・・・



―――――雄真くん、昔も教えたわよね。
―――――誰かを泣かせちゃったり、自分が悪いって思ったのなら、素直に。
―――――“ごめんなさい”って・・・・・・・・・

127叢雲の鞘:2012/12/19(水) 22:56:37
たった六文字の言葉。

けれどもそれは、

口にするには勇気のいるもの。


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 63  by叢雲の鞘


母さんの研究室を出た俺は、辺りをぶらついていた。
やるべきことは見つかった。
けれども、胸に渦巻く“何か”が俺の行動を阻んでいた。

「……む?雄真殿ではないか」
声の方へ顔を向けると、そこには信哉がいた。

「いかがなされた。このようなところで」
「うん……まぁ、な……」
信哉の質問に言葉を濁してしまう。

「ふむ……。…………付いて来られよ」
何かを察したのか、信哉は付いて来るよう指示するとそのまま歩き出した。


……………………。

……………………。

………………30分後、俺の目の前には『瑞穂坂小学校』と書かれたプレートがあった。


「なぁ信哉、こんなところにいったい何の用があるんだ?」
「…………すまない雄真殿。武道場へ行こうと思ったんだが、少々道を間違えてしまったようだ」
「少々どころの問題じゃないよな!?なんで学園の敷地から出た時点で気付かないんだよ!!」
「なんと!?……それもそうだ。俺としたことが……では、改めて学園の武道場へ――」
「そっちは学園と反対方向だからな!?」
そんなこんなでもう30分かけて俺たちは学園へと戻った。
幸い武道場は普通科の体育でも使うから場所を知っていて、今度は迷わずに武道場へと行けた。


「……で、武道場に何の用なんだ?」
「うむ、それはこれだ。」
そう言って、信哉が何かを投げてくる。
それは、剣道部が使っている竹刀だった。

「ではまず、素振りを1000回だ」
「…………はい?」
突然のことに驚く俺に構わず、信哉は隣で素振りを始める。

「いやいやいや!?なんでいきなり素振りなんだ?」
「うむ、なにやら雄真殿が悩んでいたようなのでな」
「だからって、素振りは関係ないだろ!?」
「そんなことはない。今の雄真殿は雑念が多いように見受ける」
「……!?」
信哉の指摘に息を呑む。

「雑念が多く、思考がまとまらないのなら一度その雑念を忘れるといい」
「……そう簡単にできるわけないだろ」
「だからこそ素振りをするのだ。一振り一振りを丁寧に行い、心を“無”にするのだ。さすれば自ずと答えは出よう」
修行バカな信哉らしい言葉だったが、それだけにその言葉には“重み”があった。

「………………」
俺は渡された竹刀を見据えると、授業で習った構えを思い出しながら正眼に構える。

「……1!、……2!、……3!、……4!、…………」
素振りの1本1本、心を込めて振る。

「……うむ!」
信哉はその様子に納得すると、素振りを再開した。


当然のことだが、普段から信哉のように身体を鍛えてない俺には1000本の素振りは地獄のようなもので、振り終わる頃にはクタクタになって倒れこんでしまった。
……でも、おかげで胸の中で渦巻いていた“何か”が消え去り、代わりにある感情が心を占めていた。

そうだ、あの人のところに行こう。
こんどこそ、自分の答えを出すために――

128TR:2012/12/20(木) 00:50:41
”ごめんなさい”

それはたった六文字の何の変哲もない言葉。
でもその言葉には不思議な力がある。

―――それは仲直りを促すもの
―――それはただ純粋に謝るもの
―――それは決別を切り出すもの

俺が口にするその言葉は、どれに当たるのだろうか?


『はぴねす! リレー小説』―――TR
第64話「すべきこと」


武道所を後にした俺は、学園の職員室に向かう。

「はぁ……はぁ………」

俺は一旦呼吸を整える。

「失礼します」

そして、職員室の扉を開けた。

「式守先生」
「ぁ………何かしら? 小日向君」

俺に呼び掛けられ、一瞬頬を赤く染めた那津音さんだったが、すぐさま”教師”の顔に戻る。

「話したいことがあるんですが」
「…………分かったわ。場所を変えましょう」

俺の言葉の意図に気付いた那津音さんはそう告げると、椅子から立ち上がって歩き出す。
俺は、那津音さんの背中を追うようにして職員室を後にした。

129TR:2012/12/20(木) 00:51:29
「ここにしましょう」
「はい」

やってきたのは誰もいない教室。
教室は夕焼けによってオレンジ色に包まれていた。

「それで、話は何? ゆーくん」
「………」

俺の呼び方が変わった。
それにも気づかないほど、俺は緊張していた。
俺がすること。
それは今までの関係をすべて変えることとイコールだ。
それを俺はしようとしている。

(何怖気づいてるんだ? いまさらじゃないか)

「俺……那津音さんの事が……一人の女性として……好きだっ!」

そして俺は告げた。
俺の本当の気持ちを。

「……ッ!」

俺の告白に、那津音さんが息をのむ。
俺は焦らずに、じっと那津音さんの答えを待つ。
それはどの位経ったころなのだろうか?

「嬉しいよ」

那津音さんが口を開いた。
それは、俺にはOKサインにも思えた。

「でもね……ん」

だが、その言葉には続きがあった。

「ごめんなさい。私は、あなたとは付き合えない」
「………」

一瞬唇に感じた柔らかい物は、那津音さんの唇だった。

「あなたには、他にしなければいけないことがあるはずよ」
「あ……」

那津音さんの言葉で、俺はその意味を理解した。

「俺、やるべきことをやったら、もう一度会いに来ます!」
「うん。ここで待ってるわね」

俺の言葉に、那津音さんは柔らかく笑いながら答えた。
俺は那津音さんに一礼すると教室を後にした。

「雄真」

那津音さんの声を背に受けながら。

130TR:2012/12/20(木) 00:52:12
「どこに行く気だ? 雄真」
「アンタ……」

外に出た瞬間、俺の行く手を遮るように現れたのは神月兄だった。

「退いてくれないか? 今急いでるんだ」
「つれないな。せっかく有益な情報を教えようとしたのだが」
「………その情報を教えてくれ」

神月兄の物言いに、引っ掛かりを覚えた俺は、情報の事を聞き出すことにした。

「神坂春姫は、雄真がいつも歩く通学路のそばにある公園にいる」
「なッ!? どうしてお前が知ってるんだよ!」
「それは秘密だ」

俺の問いに神月兄が答えたことで俺の中ではほぼ答えは出ていた。
鋭い勘のようなものなのだと。

「ありがとうございます、先輩!」
「………」

俺は神月兄にお礼を言って、俺は駆けだした。
全ては『勇気のいる六文字の言葉』を告げるために。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「ミサキ、行ったぞ」
「どうして隠れろなんて言ったの?」

雄真の姿が完全に消えたのを確認したカイトはそばにあった植木の方に声をかけると、不思議そうな表情を浮かべながらミサキが姿を現した。

「その方が、都合がいいからだ」

そう答えると、カイトはさらに言葉を続ける。

「ミサキ、お前の魔法で雄真にループの魔法をかけてくれるか?」
「別にいいけど、なぜ?」
「時期に分かる」

不敵の笑みを浮かべ応える。
ミサキはそんな兄の様子に不安を覚えつつ、ポケットからトランプを取り出す。
さらにデッキをシャッフルし、5枚引く。

「コールフラッシュ、ショーダウン」

出たのはダイヤの9、クローバーの9、ハートの4、スペードの1だ。

「まずまずの役ね」

そして、雄真にループの魔法が掛けられた。

「次だ。次の人物に恋心増強魔法と、思ったことを何でも口にする魔法を掛けてくれるか?」
「なッ!?」

カイトの指示にミサキの目が見開かれた。

「それは、一歩間違えれば禁呪になるよ!?」

カイトの指示した魔法は”魅了”に触れるか触れないかの境目に位置する魔法だったのだ。

「別に、不本意な恋心を抱かせるってわけじゃない。心の中に秘めた恋心を解き放立てるだけだ」
「………なるほど」

カイトの答えに、ミサキはカイトの意図が分かった。

「それが終わったら今度は恋心を抱く人物の元に駆けつける衝動を起こす魔法も掛けてくれ。この魔法に関しては、最低でも10分の時間差で効き目が出るのが望ましい」
「了解! お兄様。で、その人物は?」
「神坂春姫、柊杏璃、式守伊吹、上条沙耶、小日向すもも、高峰小雪6人だ」

告げられた人物の名前に、ミサキは首を傾げる。

「どうした? 誰か抜いたか?」
「準さんはどうする?」
「………」

ミサキの言葉に、カイトが固まった。
今、彼の中では様々な結論が出ては消え、出ては消えを繰り返しているだろう。
長考の末導き出された答えは

「ミサキに任せる」
「わ、分かったわ」

丸投げだった。

「コールフラッシュ、ショーダウン!」

こうして、神月兄妹によって雄真にさらなる試練がもたらされることとなったのであった。

131八下創樹:2012/12/24(月) 20:08:40

何をどこで間違ったかが、解らない。
だけど今、自分がすげーヤバイ状況だってのは、嫌になるくらい解る。
神月兄妹から教えてもらった通り、春姫に会うために公園に向かったのに、どーしてかたどり着けず。
挙句、5人の友達に、周囲を完全に包囲されていた。
しかも、これが普段の調子なら良かった。
だけど今、俺を囲む5人は、どう考えても普通じゃなかった。

「雄真! 私は、雄真のことが大好き! なんだかんだ言っても、いつも私をフォローしてくれたり、いろんなことに付き合ってくれるところが、もう激ラブッ!!」
「あ、杏璃・・・・・・?」
「私、兄さんのこと・・・・・・初めて会った時からずっと大好きでした!! ぶっきらぼうでも優しくて、いつも私を待っていてくれるところが、もう一番っ!!」
「すもも! それフツーに照れる!!」
「小日向さん・・・・・・私、兄様以外の殿方と、こんなに長く、親交を深めたのは、小日向さんが初めてです・・・・・・。いつの間にか、その、ずっと・・・・・・お慕いしていました・・・・・・!!」
「沙耶ちゃんガチすぎ! というかハチの存在は!?」
「こ、小日向・・・・・・その、私はあの日から、そなたに尽くすと決めたのだ。だ、だから、私は・・・・・・そ、そなたのことを好いておる! 悪いか!!」
「何故最後が逆ギレ!?」
「雄ぅ真。アタシの初めて、全部雄真にあげちゃうわよ♪」
「普段と全然変わらんな準!!」
「うふふ・・・・・・今日はもう、本気だからね?」
「やめんかいっ!!」

何があったか解らないけど、なんでまたこう、暴走気味なんだろう。


『はぴねす! リレー小説』 その65―――――八下創樹


「修羅場とは、まさにこの事だな。これをどうする? 小日向雄真」
時を同じくして、魔法科校舎屋上にて、神月カイトとミサキは様子を伺っていた。
実際、遠見の魔法で様子を見ているのはミサキのみ。
カイトは、持前の“先駆の目”とも呼ぶべき、卓越した先視により、現状を見ずとも状況を理解していた。

「・・・・・・」
「? どうかしたか、ミサキ」
「お兄様、気になってること、言ってもいい?」
「どうした」
「今、彼を囲んでるのは5人。私が魔法をかけたのは、“7人”なんだけど」
「ああ、解ってる。誰がそこに来ていないのかもな。・・・・・・神坂春姫と、高峰小雪だろう?」
「・・・・・・なんで見なくてわかるのよ?」
「お前の反応で解る。・・・・・・しかし、やはり軍配はこちらが不利だったか」
「え?」
『―――そういう、ことです―――』

瞬間、意識の全てが、そちらに奪われる。
これは、魔法による言葉の接続―――――!!
脳内に直接届く、静かな怒りを込めた言葉が響いていた。



同時刻。
塀に追い詰められた雄真が、覚悟を決めようとした――――――その、直後。
「いっっくでぇぇぇぇ〜〜〜〜〜ッっっ♪♪♪」
「――――へ?」

視界を埋めるオールグリーン。
いつになく上機嫌な“緑玉”が、なんの容赦もなく俺を上空へ吹っ飛ばしていた。
「なんでさぁぁぁ〜〜〜っっっ!!!???」
で、空中を浮遊すること、約2秒。
「こういうことです♪」
それはもう楽しそうな笑顔と声で、小雪さんのワンドに空中キャッチされていた。

132八下創樹:2012/12/24(月) 20:10:21

「高峰先輩!?」
「ふむ、やはりな」
再び、神月サイド。
状況を監視していたミサキは、唐突に現れた小雪に、驚愕を顕わにした。
「なぜ!? 確かに、あなたにも魔法をかけたハズ・・・・・・!?」
『それは、こういうことです』

小雪は何もない中空に。
けれどそれは、遠見の魔法で視ているミサキに、バッチリ視線を合わせた場所。
一瞬、ミサキの背筋がゾクリとした。

「え・・・・・・悪魔?」

小雪が見せたのは、占いで使われる、タロットカードの“悪魔”の逆さ向きだった。

「逆位置の悪魔・・・・・・“悪循環からの目覚め”か。・・・・・・皮肉か?」
『はい、皮肉ですが?』
「ちょ、ちょっと待って! 説明になってないわ! 貴女に魔法が効いてないのは・・・・・・!!」

直後、微かな笑みと共に、小雪の両手が広げられた。
その中に漂う、無数のタロットカード。
それが、何よりの答えだった。

『神月さん。あなたが使う魔法は、トランプを基盤にした可変魔法です。――――そして、私が占いにも“魔法”にも使うのは、トランプの原型である“アルカナカード”です。つまり―――――』
「子が親に勝てないように、ミサキの魔法は、お前には効果が薄いということか」
『特に、状況・空間ならともかく、個人に対しては、ですが』

小雪の表情は変わらない。
元より、感情の起伏の薄い人だが、それでもいつもはにこやかに表情をころころさせていた。
だが今、その表情は鋼のように変わらなかった。
それが、彼女の怒りであると、理解に時間が掛からなかった。

「・・・・・・そしてもう一人。神坂春姫は、純粋にミサキの魔法に耐えた、ということか」
「――――!」
『そうですね。恐らく、神月さんの魔法でも、今の神坂さんの気持ちを操作するには至らなかった、と』
「・・・・・・なるほど。それは確かに、私の未熟のせいね」

これだけの魔法の重ねがけ。
加えて、対象の多さ。一つ一つの魔法のクオリティが低下するのもやむを得ない。
何より、神坂春姫。
魔法の才能は詰まる所、揺れ動かない“抗魔力”も優れているということに他ならない。
・・・・・・もっとも、今回の要因はそれだけではないけれど。

『――――さて、神月さん』
届く言葉が、身体を凍りつかせる。
冷や汗が、背筋を流れていく。
『呪詛返しって、ご存じですか?』
「知ってる、けど・・・・・・」
『正確には“返し”ているのではありませんけど・・・・・・まぁ、お返しですから似たようなものですね』

直後、小雪の両手の中を漂っていたタロットカードが、中空に7枚、展開された。

『アルカナ・スプレッド―――――セブン・テーリング』

小雪が展開した7枚のカード。それを1枚掴み取り、放つ。

『アルカナ―――――逆位置の“戦車”』

その意味・効果は―――――“暴走”

「きゃっ!?」
瞬間、ミサキが小雪にかけようとしていた魔法が暴走、その全てがミサキ自身に降りかかってきた。
即ち、“恋心増強魔法、思ったことを何でも口にする魔法、恋心を抱く人物の元へ駆けつける衝動を起こす魔法”その3種だった。
「え・・・・・・これ、私どうなるの?」
「知らん」
「お兄様、無責任すぎよ・・・・・・」

133八下創樹:2012/12/24(月) 20:11:04

「こ、小雪さん?」
「ちょっと待ってくださいね、雄真さん。―――――アルカナ、“女教皇”の正位置」

まるで、ついでのようにカード魔法を使う小雪さん。
ちなみに、効果は“平常心”。杏璃たちにかけられた魔法効果を打ち消すらしい。

「さて、それじゃあ行きますよ?」
って、相変わらず説明ナシで全力行動する小雪さん。
ちなみに今、ワンドに跨ってる状況なので、小雪さんにしがみ付くしかない。
ひょっとしたら、ワザと楽しんでるのやも知れん。
小雪さんだし。

「あの、えーっとですね」
「はいはい」
「状況が全然わからないんですけど、とりあえず、どこに行くんですか?」
「――――神坂さんが待ってる公園に決まってるじゃないですか」
「え――――」

言葉に詰まる。
それを返事と受け取ったのか、小雪さんは何も言わず、ワンドに魔力を込めて飛行した。

「ちょ、ちょっと待って下さい! なんで・・・・・・!」
「私は、雄真さんのことを、いつでも、ずっと、視てますから」
「・・・・・・!」
「お風呂場でも視てますから」
「プライバシーッ!?」

台無しだ!
なにもかも!

「だから・・・・・・解りますよ。雄真さんの気持ちが、誰よりも」
「だからって、なんで・・・・・・小雪さんは・・・・・・」
「だって、雄真さんのこと、好きですから」

あっさりと、だけどハッキリと。
小雪さんは臆面もなく、言い切った。

「雄真さんのことを好きだから・・・・・・だから、雄真さんがしたいことを手助けしてもいいのでは? と、思ったわけなのです」

赤面するしかない。
何を、どう、言葉にすればいいのか。
敵わない。
改めて、この人には敵わないと、心の底から痛感した。

走っても一向に辿り着けなかった公園。
空を飛ぶとやはり早いのか、1分程であっさりと到着した。
何も言わず、下ろしてくれた小雪さんに、無言で頭を下げ、公園内を進む。
心を決め歩む先――――――大木に背を預ける、春姫の姿が見えた。

134名無し@管理人:2012/12/24(月) 23:58:47
「雄真……くん」

 俺の接近に気がついた春姫が顔を上げる。

「春姫……」

 俺は視線を浴びながら、彼女のすぐ近くまで接近して、足を止める。

「何か、用?」

 春姫の表情と声は硬い。
 まるで、俺に会いたくなかった様子だ。
 無理もないか。
 春姫は俺ほど鈍くない。
 俺の用件ぐらいもう察しているだろう。
 だからこそ、伝えないといけない。

「春姫に、言いたいことがあってな」
「……何かな?」

 硬い春姫の声を受けて、俺は言わなければいけないと思った一言をついに口にする。

「ごめんなさい」

 頭を下げる。
 また、目の前で泣かせてしまうかもしれない。
 あるいは、怒らせてしまうかもしれない。
 だけども、前に進むために、この言葉を彼女に直接伝えないといけなかった。
 俺は頭を下げたまま、春姫の反応を待つ。

「……頭を上げて」

 俺を好きだと言ってくれた学園のプリンセスの言葉を受けて、言われた通りにする。
 しかし、頭を上げた時に見えた彼女の表情は、俺にとって以外なものだった。

「一つ言わせて」

 春姫は悲しんでいる表情でも、怒っている表情でもなかった。

「どうして、私に謝ったの?」

 きょとんとした表情を浮かべていた。
 しかも、俺から見た感じでは演技ではなく、本気で訳が分からないという様子だった。
 ……俺は困惑した。
 だが、彼女が本気で訳が分からないと言うのなら、ちゃんと説明しないといけない。
 俺は説明するために、口を開く。

「俺が、春姫にごめんなさいって言ったのは――」
「待って」

 しかし、俺の説明は途中で止められた。

「何となく、その話は聞きたくない」
「春姫……」

 やっぱり、分かってるんじゃないのか?
 そう思ったが、俺には確かめることができない。
 春姫が俺の話をちゃんと聞いてくれないことには、待っている那津音さんの元へは戻れない。
 どうしたものか。
 俺が悩んでいると、急に春姫に手を掴まれた。

「ねぇ」
「どうしたんだ?」
「デートしない?」
「は?」

 この状況でいきなり何を言い出すんだ?
 春姫の言動にさらに戸惑う俺に、彼女は小悪魔的な笑みを浮かべて、口を開く。

「デートしてくれたら、話を聞いてあげてもいいよ?」
「……」

 困った。
 これは、デートしないと意地でも話を聞いてくれないと考えて間違いない。
 いつもは聞き分けのいい春姫が、こんな我儘になるなんて。
 いや、聞き分けがいいのは猫を被っているからで、本来は今のようにもっと我儘な性格だったのかもしれない。
 そう考えると、俺は春姫のことを全然分かっていなかったんだなと思い知らされる。
 でも、反省は後だ。
 今はデートなしで、彼女に話を聞いてもらわないとな。

「春姫、俺は――」

 那津音さんのことが好きだ。
 そう続けようとした瞬間のことだった。
 ちゅどーん!
 急に春姫が背中を預けていた樹の側で爆発が起きた。
 そして、俺は言葉を言い切れないまま、手を繋いだままだった春姫ごと体を投げ飛ばされるのだった。

135Leica:2012/12/28(金) 21:29:48


 突然の爆発でそれ以上紡ぐことができなかった。



『はぴねすりれー ろくじゅーなな』 Leica



「ゆ、雄真くん、大丈夫っ!?」
「あ、ああ……いつっ!?」

 後方からの爆風で吹き飛ばされてきた春姫を受け止め、地面をスライディング。
 肘を擦りむきはしたが、春姫を守る事はできたようだ。
 咄嗟の判断にしてはベストであったと言える。
 それにしても。

「……何が起こったんだ?」
「わ、分からない……」

 つい先ほどまで春姫が身体を預けていた樹は、半壊していた。
 爆発の衝撃からか、幹に亀裂が入っている。
 隣には大きなクレーター。どう見ても魔法絡みの現象だ。
 もうもうと立ち込める煙の中、乾いた音が断続的に響き渡る。

「……? 何か聞こえる?」

 先に立ち上がった春姫に助け起こされながら、その問いに頷く。
 シャアッ、シャアッという小気味の良い音は、煙の先から聞こえてきているようだった。

「……っ」

 春姫が意を決したように、そっと背中に手を伸ばす。
 ソプラノは無言で春姫に従った。

 ……おいおい。 何この展開。敵襲? 敵襲なの? ここで熱いバトルに突入しちゃうわけ?
 おかしいでしょどう考えても。
 ただ春姫に謝る為に来ただけなのに、何で公園にクレーターできてんの?

 思考がうまくまとまらない。
 それが当たり前の事なのかもしれないが、そうも言ってはいられない。
 音の発信源へと鋭いまなざしを向け、ソプラノを構える春姫の前に出る。

「ゆ、雄真くん?」
「春姫は下がってろ」
「なっ!? 何言ってるの!? 相手が誰だかは分からないけど、多分――」
「魔法使いだろうがなんだろうが、関係ないだろ」
「っ!?」

 俺の言葉に、春姫は目を真ん丸にした。
 俺も馬鹿な事を言ってるのは分かってる。
 魔法が満足に使えない俺が前線に出たところで、何がどう変わるわけでもない。
 けど。


 それが、女の子を盾にして俺が蹲っていていい理由にはならない。

136Leica:2012/12/28(金) 21:30:18


「……雄真くん」

 理由は話さずとも、俺が何を考えているかはきちんと伝わったらしい。
 春姫はいつも通りの柔らかな笑みを浮かべてくれた。
 そして、俺の隣に立つ。

「分かった。でも、どちらかに下がれって言うような仲じゃないでしょ?」
「……そうか。そうかもな」

 春姫の言葉に、頷く。

 秘宝事件の時もそうだった。
 俺は結局口先だけの役立たず。
 優秀な春姫の後を付いて回って、いざと言う時にはいきなり前に出て。
 いつも迷惑をかけた。
 考え無しに突っ込む俺に、春姫は最大限のフォローをしてくれていた。
 それが定位置。
 確かに、どちらかがずっと後ろって事は無かったかもしれない。

 同じ位置に立てているとは思っちゃいない。春姫は俺よりずっと優秀だ。
 それでも。

 春姫は、いつも俺の歩調に合わせて歩いてくれていたんだ。

 俺の視線に気付いた春姫と目が合う。

「感傷に浸るのはひとまず後回し、かな?」
「ああ」

 今度は、2人で前を向く。
 この騒ぎの元凶が何なのかは全く分からない。
 俺たちを狙ったのかもしれないし、偶々暴発しただけなのかもしれない。
 でも、理由はどうあれ元凶はまだそこに居る。
 そして、どんな理由であれ折角の決意まで吹き飛ばされたのだ。

 取りあえず一発殴らないと気が収まらないな。
 私怨と言われようが知った事か。
 殴る。
 殴らないと気が収まらない。
 もう一度言う。
 殴る。
 殴らないと気が収まらない。

 少しずつ晴れていく煙。
 相手のシルエットがうっすらと浮かんだところで、俺は声をかけることにした。

「そこにいるのはだ――」
「あー、鬱陶しい鬱陶しい。
 安くて軽いラブコメなんて、いつまでも展開してんなっつの。
 需要ねーんだよそんなモン」

 俺の声が相手に届くより先に、煙の中の元凶は言う。
 ……ちょっと待とう。

「こっちはどれだけアンタに尽力したんだっての。
 なのに成果はあがらない、脇道に逸れる、ウジウジ悩む。
 ふざけんじゃないわよ」

 この声、聞いた事ある気がするんですけど。

 煙が、晴れる。

「だから、私が直々に終止符を打ちに来ちゃった(はぁと)。
 貴方を再起不能にすることでネ」
「ミサキさーんっ!?!?!?!?」

 現れたのは俺のサポート役を買って出ていたはずの、ミサキだった。

137Leica:2012/12/28(金) 21:31:03




 カイトがミサキに掛けるよう命じた魔法は次の2つ。

 『恋心を抱く人物の元に駆けつける衝動を起こす魔法』
 『思ったことを何でも口にする魔法』

 ミサキはその魔法を忠実に実行し、小雪はその魔法を『暴走』という形で忠実にミサキへ返した。
 それはある意味で忠実に制約を守った上で、ミサキに行動を強制している。 

 ミサキは、恋心を抱いた雄真の元へ駆けつける衝動に囚われた。
 サポート役に回り、常々思っていた事をなんでも口にするようになった。

 1つめの制約は、『自分が恋心を抱く人物の元へ』とするべきだった。
 2つめの制約は、『自分の恋心に反しない範囲で、思ったことを』とするべきだった。

 もう遅い。
 限定されていない魔法は、ミサキにとって一番違和感の無い形となって昇華される。
 魔法の与えた制約に従い、ミサキの行動は確定する。



 ――――すなわち、雄真のフルボッコタイム突入である。

138八下創樹:2013/01/01(火) 02:10:50

「あらら?」
雄真を送り届けてからその後。
本人の趣味からか、浮遊しつつ上空から様子を眺めていた小雪だが、さすがに今の状況には首を傾げるしかなかった。
自分なりに雄真の手助けをしたつもりだったが、事態はまるで好転していない。
むしろ悪化している。
「・・・・・・慣れないことをするものではないですね」

ちなみに、この場合の慣れないとは、タロットカードを使った魔法―――――ではなく。
雄真の手助けにある。
基本、彼の悪い未来を宣告して、それを傍観して楽しむのが彼女のスタイル。
無論、根底は本当に彼に注意を促しているのだが・・・・・・小日向雄真という人物はそれを面白いまでに覆し、悪い運命を手繰り寄せてきた。
もはや笑いの神が降りているレベル。
主人公補正にしても行きすぎである。

「うーん・・・・・・ま、いいということで」

タロットカードで更に雄真を援護しようと考えたが、
まぁ、眺めてた方が面白いかなーと判断。傍観することにした。
根っこが悪魔的な辺り、なんとも小雪らしかった。


『はぴねす! リレー小説』 その68!―――――八下創樹


「うおわぁぁぁっっっ!!??」
ミサキの放った魔力弾が地面に激突し、足元から大きく吹っ飛ばされる。
「雄真くんっ!!」
為す術もなく吹っ飛んでいると、ソプラノに乗った春姫にキャッチされ、植木の影に隠れこんだ。

「あー・・・・・・死ぬかと思った」
「神月さん、もう完全に雄真くんしか狙ってないみたいね。・・・・・・何したの?」

謂れなき非難の目を向けられる俺。
間違ってもそんなことした覚えないんだが。

「まぁ、女泣かせだもんね。雄真くんって」
「待てぃ!? なにその言われなき不条理な称号!?」
「この上なく客観的に、尚且つ常識的な意見を踏まえた上での話だけど?」

機嫌がよろしくないのか、すこぶる意地悪な春姫。
原因の中に俺も含まれてるとはいえ、酷くないか。これ。

「なんていうか、ここまでくるともう、罪人の域よね」
「・・・・・・もーそれでいいけどさ。マジな話、アイツには何もしてねーよ。そりゃ、何度か話すことはあったけどさ、むしろ兄貴の方だったしな」
「お兄さん?・・・・・・え? 何話してるの?」

春姫からすれば、それはそれは気になることだったらしい。
んが、今のこの状況で、加えてあの兄妹に協力してもらってたなんて、口が裂けても言えやしない。
その場合、あの2人も間違いなく標的にされかねないし。

「まぁ・・・・・・試験の傾向と対策?」
「・・・・・・」

途端、痛いくらいの哀れむ視線が突き刺さる。
おかげで目も合わせられません。
―――――と。

「あら? 随分と仲がよろしいことで?」
「「きゃーーっっ!!??」」

唐突に頭上から現れたミサキの、あまりの形相に、春姫と2人で絶叫。
一目散に逃げ出した。
「逃がすかぁぁぁぁっっっ!!!!」
で、それを逃がすまいと、鬼神の如き勢いで猛追してくるミサキ。
もうミサイルにしか見えない。

「雄真くん・・・・・・!! それ、女の子にはすごく失礼・・・・・・!!」
「全速力で逃げながら言うことかーっっ!!??」

と、全速力で逃げる先。
丁度、公園の出入り口に差し掛かった辺りで、思いもよらぬ人物と目が合う。

「あ、ゆーくん♪」
「那津音さんんんんんっっ!!??」
このタイミングは、もはや面白いを通り越して恐ろしい!
「ゆーくん!? なにその仲良過ぎる呼び方!?」
「しぃぃぃまったぁぁぁぁぁ!!!」
思いっきり春姫に聞かれた!
もはや収集などつきそうもないのに、加えて背後からミサキが迫る恐怖感。

「ゆーくん?」
「雄真くん・・・・・・!!??」
「小日向雄真を、フル☆ボッコ〜ッッ!!!!!!!!」

あーもう!!
誰かこの状況、なんとかしてー!!

139七草夜:2013/01/07(月) 23:18:12

 神月カイトは傍観する。
 眼下に広がる光景には自身の実妹が関わっているというのにそれすらも彼の興味はない。

「どこまでも思い通り……か。やはり何処までもつまらない……」

 見た事がないものを見たい。
 自分の知らないものを知りたい。
 それは誰にでもある欲求。
 しかし、彼に限っては。それはとてつもなくハードルの高い欲求だった。
 ――ありとあらゆる未来を知り尽くしてしまう彼にとっては。

「随分と落ち着いているんですね」

 彼の背後から少女の声が響く。
 高峰小雪、それが声の主の名である。
 雄真達の状況を傍観を決めた彼女ではあったがこの状況になっても依然態度を変えない神月兄の様子が気になり引き返してきたのだ。

「全て思った通りだからな。この程度で予測が外れるならば、俺はここまで退屈などしていない」

 去ったはずの彼女の声が聞こえることにすら驚かない。
 一度去り、そしてまた戻ってくることを予想することなど彼にとって造作もないことだ。

「では今回の事も?」
「君とは学科が合同になる以前からの付き合いだ。やられっ放しでいるはずがない、と考えるのは容易い」

 「君は意外と負けず嫌いだからな」と、振り返ることもせず呟く。
 それを聞いて小雪はやはり戻ってきて正解だったと考える。
 行動の一つ一つが完璧に読まれ、どう動こうが彼の描く物語の歯車とされる。
 故に彼は油断ならない。
 小雪は何があっても対処出来るように頭を働かせ――

「……君は判断を間違えた」

 ――その一言で全ての思考が一瞬で中断された。

「……え?」
「君は俺が、俺自身が何かをすると思い、俺の行動を、その源たる妹を妨害した。その行動はある意味では正しい……だが」

 振り返る。
 常に冷静で、感情を全く乱すことのない彼が――嗤っていた。

「俺達はオブサーバー、外側から傍観するのが本来の役目。故に物語を動かすのは俺の役目ではない」

 噴出すのをこらえるように言うその言葉に小雪は考える。
 行動するのは自分ではないというカイトの言葉。ならば誰がそうなのか?
 普通に考えれば実妹であるミサキだろう。事実、今まで大半の行動を彼は妹に取らせてきた。
 魔法が使える彼女の方が適しているからというのもあるだろう。
 しかしカイトは今、「俺達」という言葉を口にした。
 彼が誰かを自分の領域に含めるのならば、それこそ妹であるミサキの事を指す。
 ならば彼女もまた傍観者であるということになる。
 そもそもそのミサキは現在、渦中の最中にいる。それは予想外の事とはいえ自分がやったことだ。
 では誰が? 今、あの場にいるのは――

「……まさか!?」

 そこまで考えて気付く。
 あの場にいるのは雄真と、雄真に好意を抱く人物達。
 『物語』の登場人物達と言うべき人間が揃っている。

「アイツを行動不能にした事で勝ったつもりかもしれないが、まず俺に行動そのものをさせてしまった時点で君の負けだ」

140七草粥:2013/01/07(月) 23:18:45



『はぴねす! リレー小説』 No,69―――――七草粥



 どうすればいいのか。
 小日向雄真の思考はずっと同じ事を繰り返し考え続けていた。
 神月ミサキからは物理面、神坂春姫からは精神的に追い詰められ、考えをまとめる余裕が全くない。
 一番理想的なのは外部からの救援だが妹がこの状態だというのに兄が来る様子はない。
 目的からして何処かで見てるのは間違いないだろう。ということはこれも彼にとっての「予想外」なのだろうか。

「(少なくとも俺にとって予想外なのは明らかだけどな……)」

 そう心の中で愚痴る。

「ゆー君?」
「雄真君!?」
「小日向雄真ァッ!?」

「――はいっ!?」

 そして三人の声に――というか最後の一人の殺意の篭った声に――現実に呼び戻される。

「これ、一体何が起きてるの?」
「一体全体どうして何で那津音さんからそんな呼ばれ方されてるの?私だってまだ――じゃなくって! 本当に何があったの!?」
「相変わらずの女ったらしっぷりねぇ小日向雄真少しは兄さんを見習ったらどうなのかしら兄さん外見結構格好良いけど女性にここまで言い寄られたりはしないわよだって兄さんどちらかといえば寡黙だし無愛想だからまぁそこが私としては理想の兄という感じでいいんだけどそれはどうでもよくて貴方何こんなに大勢の女の子侍らせちゃってハーレムでも作る気馬鹿なの死ぬのいえ死んだ方が良いんじゃないのというか今ここで殺してあげるわゆっくりじわじわとなぶり殺しにしてあげるわえぇそうここで殺してあげる殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺」

「こえーよお前っ!?」

 純粋に疑問な式守那津音。
 焦りを交え問いただそうとする神坂春姫。
 もうとにかく殺意しか見えない神月ミサキ。
 その全てが自分に迫り怖かった――特に最後のリアルに色々ヤバイ奴が。

 そんな時。

「雄真ぁぁぁぁぁっっ!!!」
「兄さーん!」

「げっ!」

 振り切った他の五人達が追いつき始めていた。
 もうマジでどうなるんだこれと冷や汗かきながら雄真は更に思考する――元々全く働いてないとは言ってはいけない。
 どうしようどうしようマジどうしようと思考のループに嵌ってる最中の事であった。




「雄真――好きっ!」


 時が一瞬止まった。

141七草粥:2013/01/07(月) 23:19:18


 ★ ★ ★ ★ ★ ★


 神月カイトが指示し、神月ミサキがかけた三つの魔法。

「『恋心を増長させる魔法』、これは元々本人が抱いている想いを強くするもの……本人達に自覚を促す意味合いを兼ねてやった」

 そうして『彼女』は自らの想いを深く理解する。

「『恋心を抱く人物の元へ駆けつける衝動』、これは一種のレーダーのような役割を果たす。これによって離れていても彼女達は小日向雄真の元へ辿り着く」

 そうして『彼女』は彼の元へ辿り着く。

「そして『思った事を口にする魔法』、本来ならば必要のないものだ。想いが強まれば誰しも自ずと口にするだろう。素直でないものを除いて」

 素直じゃない者を素直にするために。

「本当ならば全員にかける必要など微塵もなかった。だが、全員にかければ誰を目的としたか分からなくなる。加えて君は必ず防ぐだろうと思った。そしてそんな魔法を使った俺達の元に報復のためにやってくるだろうと確信していた」

 その考えは見事にその通りになった。
 高峰小雪は神月カイトが何かをしかけてきていると考え、今こうして対峙している。
 自らが表立って行動することで、本命たる歯車を隠し通したのだ。
 彼の言うとおり、魔法そのものを使わせてしまった時点で確かに小雪の負けであった。

「これらの魔法の効力は全て既に消えた。君の魔法と術者たるミサキが暴走したことによって。だが……抱いた想いまでが消えるわけではない」
「その想いを抱かせるのが、目的なのですか?」

 だがしかし、それでは。
 人の想いを勝手にさらけ出すようなその行為は。

「(あまりにも……勝手過ぎる)」

 そんな考えに小雪はカイトをジッと見つめる。

「想いは心に導として残り、一つの決断をさせる……後は心の導くままに進むだろう。全体を見れば意図して操作したことだが、全ての行動は本人の心のままだ」

 確かに、最初の恋心増幅もそれを口にしてしまうのも、元々本人の心にあったものだ。
 多少の操作はあったとしても、無かったものを生み出したわけではない。

「小日向雄真は現状に甘え過ぎた」

 多くの少女に囲まれて過ごすという日常。
 彼はそれにすっかり慣れ、それが当たり前となってしまった。
 それは決して優柔不断というものではなく、ただ一途だっただけだろう。
 だから周りの少女に迫られても誰かに決めることはなく、流されるまま過ごしていた。
 堕落と言ってはおかしいだろうが、限りなくそれに近い状態。

 もしかしたらそちらの道の方が幸せだったのかもしれない。
 ぬるま湯のような人生のままでいた方が、彼にとっては幸福といえるのかもしれない。
 だがそれはあくまでも自己満足による幸福。
 自分で生み出したものではなく、誰かから与えられたもの。
 誰かを選ばないのは彼女達に――何より自分自身に失礼だ。

「行動するのに勇気はいる。だから恥ではない……しかし行動するというのはそこから逃げないという事でもある」
「貴方は……その行動をさせようと? そのために逃げ道を塞いだというわけですか……?」

 徐々にではあるが小雪には少し、彼が何を考えていたのか分かってきた。
 もし、自分の考えが当たっているのならば、この先悪いことにはならないのかもしれない。
 だからといって警戒を解く気もないが。

「では、貴方が今回ターゲットに選んでいたというのは誰なんですか?」

 自分でもなく、ミサキでもない。
 どころか小日向雄真でも式守那津音でも、今回の原因ともいえる神坂春姫ですらない。
 彼が本当に魔法をかけるつもりだった、物語を動かす一人とは。

「……気付いていないのか?」

 カイトは意外そうな顔で小雪を見た。
 彼は明らかにとっくに気付いているものと思っていたらしい。
 ということは今までの会話にヒントがあるということになる。
 ではそれは誰か――そこまで考えてすぐに分かった。
 その答えをカイトもまた同時に口にする。


「――柊杏璃だ」

142七草粥:2013/01/07(月) 23:19:58

 ★ ★ ★ ★ ★ ★


「私は、雄真! アンタが大好き!」

 ところ戻って公園。
 神月カイトが物語を動かすと称した柊杏璃が雄真に再びその想いをぶつけていた。
 小雪の魔法によって正気に戻ったはずのその言葉。
 自分を追いかけてきた他の者達が目を丸くしてることから正気に戻っているのは確かだろう。
 つまり、この台詞は杏璃自身の内から出てきた言葉なのだ。

 そこまで考えようやく雄真も我に返る。そして同時に恐怖する。

「あ、杏璃……俺は……」

 また、なのか。
 また俺は誰かを悲しませるのか、と。
 たった今春姫を悲しませたのに、と。
 しかし。

「魔法失敗しても傍にいてくれる雄真が好き! 一番じゃなくても受け入れてくれる雄真が好き!」

 杏璃は言葉を続ける。
 顔を真っ赤にしつつも、溢れるように告白の言葉が出てくる。

「取り柄が無くても一緒にいてくれる雄真が好き! 口では何だかんだ言っても私の事を気にかけてくれる雄真が大好きっ!」

 最後の「大好き」を大声で言い切った後、真っ赤なままの顔が微笑み

「……全部、言っちゃった」

 そう、締めた。

「さっきは何か流されてるようだったから、最後に改めてもう一回言うわ。私は――柊杏璃は小日向雄真のことが好き」

 雄真はさっきまで自分が何を考えているのか、すっかり忘れてしまった。
 杏璃の告白はそれほどまでに唐突で――しかし清清しかった。

「春姫への対抗心とかじゃない、何かに操られてるわけでもなく、アンタのことが好き」

 誰もが見惚れるような笑顔で杏璃は言い切った。
 雄真も、春姫も、那津音も、共に雄真を追いかけてきた仲間達も、殺意を剥き出しに暴走していたミサキですら何も言わずに黙っていた。

「きっと、こんな気持ち他に抱くことはないと思う。自分で言うのも何だけど、私のことを受け入れてくれる人ってそんなにいないと思うから」

 失敗したくない、誰かに認められたい。
 そんな想いから努力を忘れず、しかし本番で暴発してしまう彼女の悪癖。
 そんな彼女に対して悪意を抱く人間は決して少なくない。
 「歩く災害スプリンクラー」、その蔑称が知れ渡っていることから明らかだろう。
 そんな彼女を受け入れてくれたからこそ、彼女は小日向雄真という人間に惹かれたのだ。

「だから、先のことはハッキリとは言えないけれども、私はアンタが他の誰を好きになろうと、当分アンタの事が好きなままだと思う」

 その言葉に雄真は惑う。
 自分はどう答えれば良いんだ。
 その気持ちは嬉しいと受け止めればいいのか、それとも他に好きな人がいるからとハッキリ言うべきなのか。
 しかしそんな思いを察したかのように、杏璃は更に言葉を続けた。

「でもね、私のそんな想いを、アンタに受けて止めて欲しいなんて言わないわ」
「……え?」

 それは誰の声だったか。
 雄真自身だったような気もするし、隣にいた春姫だったかもしれない。
 いや、もしかしたらそれはこの場にいる誰もが呟いた言葉なのかもしれない。

「アンタはアンタの想う通りで良いの。私はそんなアンタに惚れたから。私が告白したからってそれに無理に応えようとするアンタは私が好きな小日向雄真じゃない。何より私の性に合わない」

 どこまでもサッパリとして清々しいその言葉は、ある意味自分の迷いを払うようだった。
 確かにそれは彼女の望む「小日向雄真」ではないだろう。

「これからすべきなのはアンタが今誰が好きであろうと、この先の未来、それ以上に私に好きになってもらうようにすること。つまり――」

 ニヤリ、と杏璃は笑う。



「――アンタがこの先、今好きな人を好きでい続けられるか、それとも私に惚れることになるか、私と勝負よ!」


 自らの恋すらも勝負に変えてしまう。
 しかしそれは実に彼女らしいと、雄真は思った。

143七草粥:2013/01/07(月) 23:20:28

 ★ ★ ★ ★ ★ ★



 神月カイトは傍観する。
 全てが思い通りになる、この世界を。

「いかなる過去もあらゆる未来も、決して俺の心を奪えなかった。ただ――」

 カイトは暫くそれ以上は口にしなかった。
 数秒の沈黙を挟み、再び口を開く。
 どこか嬉しそうに、ただゆっくりと。

「――ただ幸福な夢だけが、俺をも幸福の元へと導いてくれる」

 素直でない少女を素直にさせるための『魔法』。
 それがカイトがミサキを通して杏璃にかけた『魔法』の正体。
 ハーレムなどという現実的ではないものに対し、皆が決して不幸とならないための策。
 『最悪の予想外』など彼も望んでいない。彼が望むのはあくまでも万人にとっても普通の予想外。
 そんなものが発生するくらいならば、つまらなくとも思い通りになった方がはるかにマシだ。
 そのためにヒールを演じ、人の心すら操り、自らの心の思うまま動いた。

 この先どうなるかは分からない。
 途中まで共にその瞬間を見ていた高峰小雪は柊杏璃の最後の台詞を聞いて嬉しそうに急いで彼女達の元へと飛んでいった。
 魔法を使えるものはもうこの場にはいない。現場を直接見るにはこの場所は離れ過ぎている。
 故にもう、カイトにはそれ以上を見る手段はない。
 だが悪いようにはならないだろうと確信している。
 何故なら、ここは。この世界は。

「この世界は、幸せに満ちている……」

 どこか楽しそうなその独り言は、夕日の彼方へと消えていった。

144Leica:2013/01/11(金) 23:22:35
「……夢じゃ、なかったんだよな」

 朝。
 寝ぼけた頭から導き出された俺の第一声はその一言だった。



『はぴねすりれー ななじゅう』Leica



 ゆっくりと意識が覚醒していくにつれ、徐々に昨日のハチャメチャな騒動が鮮明に思い起こされていく。
 よくもまぁあれだけの騒ぎを起こしておいて死人が出なかったものだ。
 それも寸でのところでミサキを止めてくれたあの先輩のおかげか。
 けど……。

「もうちょい早く来てくれよな、もう」

 ミサキを止めてくれたのは、本当に寸でのところだった。
 なにせあと一歩遅ければ俺の喉元にトランプのカードが突きたてられるところだったのだから。

「……魔法が掛かっていたらしいミサキも謝ってはくれたけど」

 そういう問題ではない。
 その魔法とやらのせいで、事態は更に悪化してきている。
 春姫に頭を下げて謝罪をすれば済む話じゃ無くなってしまった。


『私は、雄真! アンタが大好き!』

『魔法失敗しても傍にいてくれる雄真が好き! 一番じゃなくても受け入れてくれる雄真が好き!』

『取り柄が無くても一緒にいてくれる雄真が好き! 口では何だかんだ言っても私の事を気にかけてくれる雄真が大好きっ!』


 まさかあの流れから杏璃にまで告白されてしまうとは。
 事態をややこしくしやがって、とは当然思わない。
 好きだと言ってくれるのはもちろんうれしい。
 けど。

「俺には、もう――」

 好きな人がいる。
 それが、今までの俺との違い。

 まだ自分の気持ちに整理がつかないから。
 まだ好きという感情がよく分からないから。

 そんな言い訳はもう通用しないのだ。


『……全部、言っちゃった』


「!?!?!?!?」

 その普段の杏璃らしからぬ恥じらう物言いを思い出し、1人ベッドで転げまわる。
 第三者からすればさぞかし気持ち悪がられる光景だろう。

「……女の子って、卑怯だよな」

 あのギャップは破壊力があり過ぎる。
 そんなバカ丸出しの思考回路を中断させ、現実に戻る。

「あれ、そういや目覚まし鳴ったっけ」

 ふとそう思い時計を見てみる。
 自分がセットした目覚まし時間まで、あと1分を切っていた。
 と言うか、

「あ、鳴る」

ピピピピピピピピピピピピピピッ!!

 宣言通り喚きだした目覚ましを止める。

「さて、と」

 ベッドから降り、掛けてあった制服に手を伸ばす。

「どんな顔して行けばいいんだろうな」


 どう向き合っていけば、いいんだろうな。

145叢雲の鞘:2013/01/15(火) 22:49:22
その日、小日向雄真を取り巻く“世界”は一変した。

ぬるま湯のような現実逃避から逃れられぬ現実へと。

それはビターチョコのようにほろ苦く、

けれども砂糖菓子のように甘い物語。


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 71  by叢雲の鞘


昨日の1件により俺の日常は大きく変化した。
昨日の放課後、春姫に告白をされた。
改めて自分の心と向き合い、本当の気持ちに気付いた。
自分の不甲斐なさを清算しようとしたら神月ミサキの魔法によって4人の女の子(杏璃、すもも、沙耶、伊吹)に告白された。
その騒動の最中に小雪さんにも告白された。
騒動の後、杏璃に本気の告白をされた。
……1人忘れている気がするが、思い出してはいけない。
俺は異性愛主義者なんだ。断じてゲ○ではない。

もう、逃げることは赦されない。
全てにケリをつけてもう一度那津音さんに自分の気持ちを伝えるのだから。
なにより、ずっと俺を好きでいてくれた春姫や自分の気持ちを真摯に伝えてくれた杏璃のためにも逃げることはできない。

「……とはいえ、簡単に解決しそうなことでもないんだよなぁ(汗)」
最初は春姫に自分の気持ちを伝えればいいと思っていた。
けれど……、

『私は、雄真! アンタが大好き!』
『魔法失敗しても傍にいてくれる雄真が好き! 一番じゃなくても受け入れてくれる雄真が好き!』
『取り柄が無くても一緒にいてくれる雄真が好き! 口では何だかんだ言っても私の事を気にかけてくれる雄真が大好きっ!』
普段からなかなか素直になれない杏璃からも告白されてしまった。
しかも極め付きに真っ赤なままの顔で微笑みながら……、

『……全部、言っちゃった』
である。
凄まじい破壊力だった。
それはもう永遠な神剣で「素直になれないわがまま姫」な少女が自分の気持ちをさらけ出した時ぐらいのものだ。
危うくツンデレに目覚めるとこだったよ。

……冗談はさておき、単に告白されただけならまだ良かった。
春姫と同じく正直に自分の気持ちを伝えれば良いのだから。
まぁ、また自分を好きになってくれた女の子をまた悲しませるのかと思うと胸が痛いけどね。
でも、杏璃の告白は一癖も二癖も違った。
なにせ……、

『でもね、私のそんな想いを、アンタに受けて止めて欲しいなんて言わないわ』
『アンタはアンタの想う通りで良いの。私はそんなアンタに惚れたから。私が告白したからってそれに無理に応えようとするアンタは私が好きな小日向雄真じゃない。何より私の性に合わない』
『これからすべきなのはアンタが今誰が好きであろうと、この先の未来、それ以上に私に好きになってもらうようにすること。つまりアンタがこの先、今好きな人を好きでい続けられるか、それとも私に惚れることになるか、私と勝負よ!』
と、負けず嫌いな杏璃らしい告白だったからだ。
どうやら俺は恋する女の子のバイタリティというものを見誤っていたようだった。
……ただ、告白を拒否したあとも今の関係が壊れることがないということに俺は安堵していた。

146叢雲の鞘:2013/01/15(火) 22:50:45
さて……ここまで杏璃のことばかりを考えてしまっていたが、
今の俺はある意味杏璃以上にやっかいな問題を抱えている。
……すももだ。
魔法による告白だったから真意まではわからないけど、充分赤面レベルのことを言われた。
おかげで昨日は家に帰ってからお互いギクシャクしてしまった。
まともに顔は見れないし、すももは食事や風呂の時以外は部屋に引きこもるし。
まぁ、バサバサという音や時折壁に衝突する音からどんな状態なのかは容易に想像がついたけど。
そんなわけで、俺は戦々恐々としながら居間へと向かった。


「おはよう、かーさん」
「おっはよ〜♪」
居間にはかーさんしかいなかった。

「……すももは?」
「(ニヤリ)」
瞬間、かーさんの目の奥が怪しく光り、口元になんとも言えない笑みを浮かべた。

「うふふふ……♪。すももちゃんなら『兄さんに会わせる顔がありませ〜〜〜〜〜〜ん!!!』って、先に行っちゃったわよん♪」
「……ぐふっ」
分かっていたとはいえ、やはりダメージはでかいな。
ちなみに、かーさんには昨日あったことは大体知られてしまっている。
というか、帰ったときには大方の事情を知っていた。
いったいどれだけの情報網を持っているんだか……(汗)
なんとか那津音さんを好きなんだと自覚したことと、那津音さんに告白したことは守秘したが、少し粘っただけであっさり引き下がったので隠しきれたのか怪しいところだ。
本当は知っているんじゃないかと勘ぐってしまう。

結局、俺は平穏な朝食を迎えることはできずに始終かーさんにからかわれ続けるのだった。

147TR:2013/01/16(水) 00:09:11
「それでよ、俺はこう言ったわけだ! 『それは魔王ではなく大賢者だろ!!』ってな」
「………」
「……」

俺達通学路で、ハチ達と合流していつものように学園に向かっている。
そう”いつも”のように。
準はさっきから満足げに笑っている(しかも俺を見てだ)
すももは俺の方をちらちらと見て、目が合うと慌てて視線をそらす。
……何気にショックだぞ。

「ここで俺はさらにこう――――ぎゃふ!?」
「ねえハチ聞いてよ! あたしすごく良い夢を見たのよ〜」

何かの話をしていたハチの背中をたたきながら興奮気味に準が語りだした。

「な、何の夢だ?」

背中を叩かれたハチは咳き込みながら、準に続きを促した。

「それがね〜、雄真に告白をする夢なのよ〜!」
「ぶっ!?」
「っ!?」

準の口から出た言葉に俺は思わず吹き出し、すももは息をのんだ。

「何だよ、その怖い夢は」
「これはきっと正夢に違いないわ! ふふふ、今から楽しみ〜」

”いや、告白をしたのはお前なんだから、楽しみに待っていても何も起こらないと思うぞ。”
というツッコミは出来なかった。
それが、”夢でないのを”知っているから。

「そう言えばすもも」
「ひゃい!?」

俺の呼びかけにすももは声を裏返しながら反応した。

「すももは楽しい夢を見たことはあるか?」

それは一種の鎌かけだった。
もし俺の仮説が正しければ、すももの答えは一つに決まっている。

「そ、そんな恥ずかしいこと言えませんよ! 兄さんの馬鹿ぁ〜〜〜〜ッ!!」
「あ、すももちゃん!?」
「ふふふ」

俺の問いに大きな声で叫ぶと、すももは顔を赤くしながら駆けだした。

(よ、予想以上に分かりやすい答えだ)

何だかものすごい痛い代償と共に、俺の仮説は正しいという証明となった。
それは、昨夜の一連のそれが”夢”であると思い込んでいるという物だった。

(それが分かったからと言って、好転したわけではないんだよな)

148TR:2013/01/16(水) 00:10:56
そうだ。俺の成すべきことはまだ解決すらしていない。
夢だと思い込んでいるんだから、そう思わせておけばいい。
そんな考えは全く浮かばなかった。
それは、杏璃に………告白をしてきたみんなの気持ちを踏みにじるものだから。
こうなったのは、すべて俺に原因がある。

――思い返せば、春姫からのアプローチがあった。
――思い返せば、杏璃からオアシスを手伝って欲しいと何度もしつこく誘われたこともあった。
――思い返せば、沙耶ちゃんから魔法を見て欲しいと言われたことがあった。
――思い返せば、すももが腕を組んでくる頻度が増えていた。

彼女たちは誤差はあれどちゃんとサインを出していた。
だが、俺はそれを”友人だから”と露にも疑わなかった。

(最低だ、俺)

思わずため息をつきそうになる。
だが、それではだめだ。

(俺がまいた種だ。俺が、なんとかしないと)

そう心の中で自分を奮いたてた。

(でも、向こうは夢と思い込んでいる。どうしたもんだか)

突然立ちはだかった壁に、考えをめぐらそうとしている時だった。

―――そうか。ではお前にいいものをやろう―

「っ!?」
「どうした、雄真?」
「あ、いや。なんでもない」

突然の声に、慌てて周囲を見渡す俺に、ハチが不思議そうな表情を浮かべながら問いかけてきた。

「そうか?」

俺の答えに首を傾げつつも、納得したのかハチは俺から視線を外した。

――ズボンの右ポケットを確認してみろ。決して出すな――

(右ポケット?)

頭に直接響く声に、言われるがまま俺は右ポケットに手を入れると、何も入っていないはずのポケットに何かが入っていた。
手の触覚からそれは、棒状の物だと思われる。

――それを見せれば、昨日告白した人物に見せることで、夢ではなく現実であることを理解させることが出来る。雄真のこれからしようとすることに非常に役にたつはずだ――

(………なるほど)

その声は、やはり”アイツ”だろう。
俺は心の中で、ある意味きっかけを与えたであろう人物にお礼を言った。
そして、俺達は瑞穂坂学園へと向かうのであった。


――俺の成すべきことを果たすということを心の中で強く誓いながら。

『はぴねす! リレー小説――――TR
第72話 己が罪と成すべきこと

149七草粥:2013/01/20(日) 20:51:37


 会いたい人がいた。

 会って何を伝えればいいのか。

 どんな顔をすれば良いのか。

 分からないけれどもそれでも、会いたかった。

 会って、話がしたかった。

 だから俺は迷わず駆け出した――





『はぴねす! リレー小説』 多分73くらい、話は恐らく「恋は戦争」―――――七草粥




「話せなかった……」
「貴方馬鹿じゃないの?」

 机の上に顔を伏せる雄真に対し、神月ミサキはスパゲッティを食べながら情け容赦の無い言葉をかける。

「夢ということにしたとはいえ、あんな大胆発言した連中がまともに貴方の顔を見れるわけがないでしょう?」
「言われて見ればそうだった……」

 夢ということにされた昨日の出来事。
 それを現実のものだと改めて認識させることの出来るアイテムを使い、何かしらの責任を取ろう、と思ったものの。
 ほぼ全員、今朝のすももと似たような状況になって逃げられてしまった。
 そんなアホな展開を各休み時間ごとに繰り返し、現在の昼休みに至る。

 その理由は当然、今朝のすももと同じである。
 ミサキの言うように思い人に告白する夢を見て、それを鮮明に覚えていて顔を合わせていられるはずがない。
 特に最も大胆なことをした杏璃など目と目があっただけでその瞬間に顔が真っ赤に染まっていた。
 そして全員、最後には猛ダッシュで逃げ去っていくのだ。ちなみにそれを沙耶にやられた時などは信哉に何かしたと誤解されて殺されかけた。洒落になっていない。

 仕方なくどうしようもないところを廊下を歩いていたミサキをとっ捕まえ、昨日の暴走をネタに昼食を共にしがてら相談に乗ってもらっていた。
 さり気無く相手の退路を絶つ辺り、雄真も中々エグイ。

「どーすれば良いんだよ……何も出来ずに今日という日が終わってしまう……」
「……え、まさか貴方、今日中に全員と話して全部解決するつもりでいたわけ?」

 信じられない馬鹿を見たという表情を作りながらミサキはそれまで手に持っていたコップをテーブルの上に置いた。

「当たり前だろ」

 さも当然という雄真の言葉にミサキは「ハァ……」と深い溜息を吐く。

「貴方ね……男女の問題で今までのことを一日で解決出来るなんて相手の女性チョロいってレベルじゃないわよ。それも全員なんて」
「……そこまでハードル高いのか、今回の問題」
「人が人を真剣に好きになるのがたった一日だけで出来ると思う? 本来は長い日数を経て育んでいくものなのよ? ねぇ――?」

 同意を求めるようにミサキは隣に座る人物に同意を求めた。

「――兄さん?」
「俺は誰かを真剣に好きになったことがないからそんな事を言われても賛同しかねるが」

 隣に座る男――神月カイトはいつものように本を読み、会話相手に視線を合わせようとしない。
 時折、テーブルのうえにあるサンドイッチを読むペースはそのままでつまんでいる。

「そもそも昨日のことを夢と思わせるようにしたのも、お前に考える時間が必要だと判断したからだ」
「……俺に?」
「神坂春姫から始まり、連続的に告白を受けた今の君にまともな思考が出来ると思えない」

 酷い言われようだが思わず納得してしまった。

「一日で出した結論が正しいものとも思えない。無論、早いに越したことはないだろうが、だからといって早急に出すのも良くはない」
「……つまり、程ほどによく考えてそこそこ早く結論を出せ、ってことか?」
「早い話が、そういうことだ」

 ポンッ、と読み終わったのかカイトは本を閉じ、机の上に置く。いつも何を読んでいるんだと気になる雄真はタイトルを見る。
 置かれた本は「ウィリアム・シェイクスピア 『ハムレット』」、恋が原因で多くの死を招く悲劇を目の前に置くのは何かの皮肉かと思った。

「あら、今日はシェイクスピアなのね」

 置かれた本にミサキもまた興味を示す。
 残った一切れのサンドイッチを水で飲み干しながらカイトも応える。

「かの劇作家は様々な名言を残しているからな。後輩に気の聞いた台詞でも教えてやろうと思ってな」
「まぁ珍しい」

 冗談めいたその台詞にミサキは本気で珍しがっていた。
 他人との繋がりに基本的に無頓着な兄がそこまでするとは思ってもいなかった。

150七草粥:2013/01/20(日) 20:52:20

「それじゃ早速、そこで誰ともまともに顔を合わせる事すら出来ずに凹んでいる彼に何か名言でも言ってあげてもらえるかしら?」
「さっきからお前なんか酷くね?」

 やたらと毒舌叩かれ流石に酷いと感じ雄真は講義するもミサキは平然とスルーする。
 カイトもまたそんなのはどうでもいいと言わんばかりに無視。
 変わりに口を開いたのはこんな言葉だった。

「『誰の言葉にも耳をかたむけろ。誰のためにも口を開くな』」
「……それ、何の引用かしら?」
「コイツだ」

 ミサキの言葉にカイトはそう言ってテーブルの上に置かれたハムレットを一瞬持ち上げる。

「多くの言葉をその身に受け、されど自分は余計なことは言うな、そういうことだ」
「……こっちから何かを言うんじゃなくて、まずは皆からの言葉を聞けってか?」
「何か今までと何も変わらなさそうね……」

 最後のミサキの言葉に雄真も心の中で同意する。
 確かにソレは今までの自分と同じだ。
 だが、と同時に思う。
 今までと全く同じ事をしろとカイトが言うとも思えなかった。
 そう思える程度には、雄真はこの目の前の先輩の事を信頼し、頼りにしていた。

「人の心とは結構面白いものでな、目の前にあるのは全く同じ物だというのに自らの気分次第で全く別の物に見えることがある」

 雄真は少し考え、思いついたことを聞く。

「ホラー映画を見た後で夜のトイレが怖くなる、みたいな感じか?」
「それが比較的分かりやすい部類だな」

 続いてミサキが発する。 

「生理の日にアワビを見ると共食いしてるみたいな気分になるアレね」
「それは知らん」
「お前、一応食事中なんだからそういうの止めろよ……」

 カイトは速やかにスルーし、自らの海鮮スパゲッティを見下ろしながら雄真はうんざりとした表情で抗議する。
 なお言った本人も同級生の前で失言に流石に気付いたようで頬を赤く染めていた。

「まぁ、なんとなく言いたいことは分かった。アイツらの気持ちに気付いた今の俺なら今までと同じことでも些細な変化を見抜けるって事だな」

 つまりはそういうことなのだろう。
 今まで自分が見たものとこれからの自分が見るものの違いを見分けるということ。
 口を開くのはそれからにしろ、と。

「正確には気付かされた、だがな。君自身が自力で気付いた訳ではあるまい」
「むしろ告白されなかったら一生気付かずに仲の良い友達で終わってたんじゃないかしら」
「お前ら本当に地味に酷いよね、ハチのように馬鹿な事でじゃなくて的確にこっちの弱いところ突いてくるからスゲー厄介」

 サラリと毒を吐く神月兄妹に急所を突かれ、グウの音もでない。
 目線を含めて抗議をするものの、二人揃ってスルーされる。

「柊杏璃が言っていただろう。今後、君を取り巻く環境は『君に好きになってもらうか否か』ではなく『君を惚れさせられるか否か』になる」

 受動的なものから能動的なものへの変化。
 守りから攻めへの変化は争いが激化することを簡単に予想させる。

「言ってみれば皆が昨日の事を夢だと思ってるうちは、その戦いの前のインターバルね」
「新たな戦いが始まる前に、君には準備が必要だ。そのためにもまずは些細な変化を見分ける目と勘を養え」
「あと女の子の気持ちがどういうものかというものもね」

 あぁ、それも重要だなとカイトは同意し、水を呷る。
 さらりと言われているものの、雄真の中には緊張が走っている。
 二人は雄真に明らかにこう言っているのだ。

 これからは戦いが始まるのだと。

 誰かが誰かを傷付けあうものではない。
 しかし、それでも間違いなく最終的に誰かが傷付くことになるであろう戦争が。

「俺は……」
「君がすべき事も柊杏璃が言っていただろう。君は君のままでいればいい、ある程度の変化は許容範囲だろうが無理に大きく変わろうとする必要は無い」

 どうすればいい、という言葉を言わせることなくカイトは結論を告げる。
 確かにそれしかないのだろう。彼女の言葉を信じるなら。
 だが……

「けど、俺は那津音さんが……」
「……ねぇ、さっきから思ってたのだけれど、貴方勘違いしてない?」

151七草粥:2013/01/20(日) 20:52:55
「え?」

 ミサキの突如の言葉に唖然とする。
 一体、何を勘違いしているというのか。

「貴方が式守那津音に惚れていることと、貴方に惚れている女の子達が何かをすることは全く別の事よ? 前者は貴方が自分でどうにかすべき問題で、後者は貴方の心の話なんだから貴方は何もしなくていい話」
「もはや告白を断ってごめんなさいで済む段階を通り越しているからな。ハッキリ言って君自身が彼女達にしてやれることは、ほぼない」

 心揺り動かされて告白を受けるのなら話は別だが、と付け加えて補足する。

「今まで言ったのはあくまで君自身が抱える問題の解決法だ。実行するか否かは君の判断に任せるものの、あくまでも前者に繋がる手段としてのアドバイスだ」
「貴方が好きなのは式守那津音、とハッキリしているんだから本当ならそれだけ見てれば良いの。それを貴方がウジウジ思い悩んでるから私達は善意で協力してるだけよ?」

 ありがたく思いなさい、と言わんばかりの態度で告げる二人に雄真も確かにその通りだと認識する。
 二人が協力してくれるのは自分と那津音という組み合わせのため、それが雄真自身の付き合いたいという考えと一致したうえで共闘。
 本来なら他の人間は関係が無いことだ。この事に関して協力する義理はない。
 ならば、本当に今回はただの善意と言うことなのだろう。

「君が深く考えるべきは式守那津音との事だけで良い。他のことは自らの思うまま行動すればいい。それで壁にぶつかったならば相談されればアドバイスくらいはしてやる」
「そうそう。そもそも貴方、何かを色々考えるキャラじゃないわ、似合ってない」
「ひっでー!」

 ミサキの冗談に雄真は一頻り笑い、そこでとうとう昼休み終了のチャイムがなる。
 カイトは無言で立ち上がり、トレイに自らのコップと雄真とミサキの食器を載せる。

「俺は次の授業は移動教室だからここから近い。片付けはやっておくからお前達は先に戻るといい」
「じゃあお言葉に甘えるわね、兄さん」
「……んじゃ悪いけど、お願いします先輩」
「君は本当に都合の良い時だけ、俺のことを先輩扱いするな」

 苦笑し、食器を片付けに行くカイトを背に雄真とミサキは自分達の教室へと戻り始める。

「小日向君」

 教室の前の廊下に着き、自分の教室に入ろうとした雄真を自らの教室の入り口の前のミサキが呼び止める。

「私達が初めて会った時に言った言葉を覚えているかしら?」
「初めて会った時?」

 そんなに昔のことじゃないはずなのに、ここ数日の怒涛の展開のせいかなんだか半年以上も過ぎているような気がする。
 そのせいか、すぐには思い出すことが出来なかった。

「思い出せないなら別に構わないわ。今ここでまた言ってあげるから」

 ふぁさっ、と自らの長い黒髪をかきあげ、少々格好つける。
 不敵に、かつ妖しい微笑みは、確かに見覚えがあった。

「心のままに真っ直ぐ動きなさい。きっと貴方の心は貴方を正しい方向へと導いてくれるわ」

 それはいつぞやと同じ。
 分かるような、分からないような、そんなアドバイス。

「つまり?」

 思わず雄真もあの時と同じ言葉で聞き返す。
 この先の言葉は、あの未来を読み切る先輩でなくとも知っている。分かっている。

「全てが自らの思い通りになるよう、自らの思うままに行動しなさい。つまらない事を気にするよりもまず先に、やるべき事があるでしょう?」

 それはかつて那津音への思いを自覚していなかった頃。
 無意識ながらに周りの少女達に対する気遣いを気にしていた時に言われた台詞。
 そしてミサキは更なる言葉を繋げる。

「あの頃よりはマシになれたところを少しくらいは見せて欲しいわね、コ・ヒ・ナ・タ、君?」

 そう、久しぶりのわざとらしい妙なイントネーションで名を呼び、始業のチャイムと共にミサキは黒い長髪を靡かせ自らの教室へと姿を消した。
 本当に、なんだか懐かしい気分だった。
 あの時は、ここまで続くとは思わなかった。彼女との関係が。
 あの時は、こんな事になるとは思わなかった。自らの恋が。
 あの時は、こんな風に思うようになるとは思わなかった。自分達の絆を。

「そうだな、少しはマシなところを見せないとな」

 そう決意し、雄真もまた己の教室へと入っていく。





 そうして小日向雄真はものの見事に次の授業に遅刻した。

152八下創樹:2013/01/24(木) 20:50:16

昼休み終了のチャイムが鳴る中、那津音は1人、屋上への階段を上っていた。
今からまさに5時限目の授業なのだが、担当する授業枠が無く、こうして遅めの昼食を頂くところ。
・・・・・・実際、昼休みもしっかり仕事していたのだから、文句を言われる筋合いなど無いはず。

―――――時間にして1分もかからない内に階段を上りきる。
そのまま屋上への扉を開けたのだが―――――どうやら先客がいる模様。

「あれ」

先に―――――というか、どう考えても昼休みから居たであろう人物はこちらに気付いていない。
ベンチに座り、空を見上げで煙草を燻らせていた。


『はぴねす! リレー小説』 その74―――――八下創樹


「―――鈴莉さん」
「・・・・・・! あら、那津音。珍しい所で逢うわね」
「ほんとですね。鈴莉さんもお昼ですか?」
「違うわ。ちょっと一服」

言葉通り、ほんとに一服なんだろう。
とはいえ、特に気にすることもなく、隣に座って弁当箱を広げた。

「いただきます」
「あら、手作り? 相変わらず料理上手なのね」
「・・・・・・鈴莉さん程じゃないですよ」

苦笑しながら、自信作の出汁巻き卵を口へ運ぶ。
うん。今日もなかなかの出来。

「―――鈴莉さん、最近料理しないんですか?」
「そうねー。ほとんどラーメンかな」
インスタントの、と付け加えられた。
(・・・・・・)
何気なしに口にした話題だったけど、なんだか重苦しい。
少なくとも、箸はあまり進まなくなった。

「その、どうして?」
「そうねぇ・・・・・・やっぱり、1人分だけ作るのって億劫なのよね」
「はぁ・・・・・・そうですか」
「そーいうものよ。独身になれば解るわよ」

金平ごぼうとご飯をぱくり。
むぐむぐ・・・・・・ごっくん。

「そういえば、鈴莉さんって煙草吸ってましたか?」
「まぁ、ね。愛煙家ではないけれど」

大きく吸って、ゆっくりと吐いた。
特有の臭いと一緒に、煙は大気に混じり、溶けていく。

「ちなみにいつ頃からですか?」
「そうね・・・・・・だいたい10年前?」
「あぁ、まだ私が生きてた頃ですか」
「今現在が死亡中と思わせる発言はともかく、そうね」

鈴莉の一言に頷き、箸を置いて、お茶を一口。
緑茶の美味しさを喉下を過ぎるまで味わってから、一言。

「それって、もしかしなくとも私のせいですか?」
「悪びれてる気が全然無いのが気になるけど、だいたいそうよ」
「あちゃー」
「あぁ、そんな一言で片づけられるんだ・・・・・・」
「いや、悪いと思ってますよ? 申し訳ないなぁ、と」
「・・・・・・誠意って言葉、知ってる那津音?」
「信用と信頼の違い、知ってますか、鈴莉さん」

あはは、と笑い合う。
それが乾いた笑いなのは言うまでもなく。


無論、言うまでもなく、御薙鈴莉が煙草を吸いだしたり、炊事について悪化の一路を辿ることになったのは、雄真を音羽に預けてから。
で、よくよく考えてみると、そういう原因の一端に、那津音の存在は間違いなく含まれているであろうと。
平和な時代の、平和な頃の、平和な人たちだからこその、ぼやき合いだった。

153八下創樹:2013/01/24(木) 20:51:16

「そういえば那津音。訊きたいことがあるのだけれど」
「なんでしょう?」
「今の雄真くんを取り巻く状況・・・・・・あなたは傍観してていいの?」
「そっくりそのまま返していいですか、その質問」

煙草1本で満足したのか、鈴莉は那津音の緑茶を分けてもらってすすっていた。
しばらく間が空く。
ちなみに鈴莉は考えているのではなく、単にお茶を味わっているだけである。

「まぁ私はねー、変にちょっかい掛け過ぎるのもどうかと思うし」
「はぁ」
「それに、なんだかんだ言っても、春姫ちゃんたちも子どもだしねー。私が出しゃばっちゃうと、それこそ空気読めー、って感じじゃない?」
「うーん・・・・・・神坂さん、子どもですか? 充分、大人だと思いますけど」

こう、胸の辺りが。
むちむちと。

「いや、そこじゃなくて」
「わかってますよ。ただ、幻想級だなぁって。神坂さんの胸」
「ファンタジーって・・・・・・・・・・・・いえ、ファンタジーなのかしら」

――――――閑話休題。

「で、どの辺りが子どもなんですか?」
「まぁ、直球なところかしら」
「アプローチだけなら、もはやナックルボールクラスですけどね・・・・・・」
「そんなことないわよ。知ってる那津音? 実はストレート自体が変化球なのよ。その実、一番重力に逆らわず、正しい運動力学で投げられる球種って、フォークなの。つまり、フォークこそ直球と取れるわけ」
「いや、それってどうなのでしょう・・・・・・」

標的直前で視界から消え、足元ギリギリを狙う恋模様ってどんなだ。
それはもはや、スカートめくりではなかろーか。

「まぁ、ほんとに最近、変わってきたけどね」
「そうですか?」
「ええ。今まで“雄真くんに惚れさせる”だったのが、“雄真くんを惚れさせる”具合に」
「・・・・・・そんなに違いますか?」
「大違いよ。“に”と“を”じゃね」

ははぁ。と解ったふりをしておく。
正直に言うと、その辺りはあまりよく解らない。
ここ最近まで、そういったことへの関心―――――というか、機会が無かったのだから。

「―――――で、話を戻すけど、那津音はどうなの」
「私、は・・・・・・・・・・・・正直に言えば、危機感に気付けていない、というか」
「でしょうね。そんなことだと思ったわよ」

溜息まじりに、鈴莉が呟く。
というか、本来そこまで年齢は離れていないのに、なんだろうこの違いすぎる言葉の重み。
これが既婚者か!

「まぁ確かに現状、雄真くんは那津音に魅かれているわ」
「てへへ」
「照れない。――――けど、最近は周りの彼女たちがいろいろ変わってきているからね。・・・・・・・・・・・・あんまりうかうかしてると、心変わりさせられるわよ」

雄真くんが、と付け加える。
まぁ、その、確かに、そうなのだと思う。
けど正直、だからといってどうすればいいのかが解らないのである。
なんというか、神坂さんや伊吹を見てると、気圧されるというか。

「そうね・・・・・・威張るつもりはないけれど、母親として言わせてもらえば」
「はぁ、母として」
「神坂さんたちには悪いけど・・・・・・一番、私が理解しているのは那津音よ」
「――――」
「そういう意味で、母親としては太鼓判を押してあげられるのだけれど。那津音には」

なんとなしに鈴莉を見つめる。
言葉というか、気持ちの真意を見据えるかのように。
でも当の本人は、そんな私の視線をまるで気にせず、なんていうか楽しそうに微笑んで―――――

「ま、頑張んなさい。那津音」

それだけ言って、さっさと屋上を後にしてしまった。


「・・・・・・むむ?」

なんというか。
今のは間違いなく、背中を押してくれたのかな。
傍観してるだけじゃなく、自分なりに積極的に動いてみなさい、と。

少しだけ考え―――――まぁ悩むより会おう。と結論し、屋上を後にする。
5時限目ももう終わり。
休憩時間だし、顔を見に行こうと思いながら、屋上の扉を閉めた。

154TR:2013/01/25(金) 01:35:37
5限目も終わり、残すは6限目の授業のみとなった。
いつもであれば、あと1,2時間で訪れるであろう自由な時間に胸を躍らせる所だが……

「っ!!」
「……はぁ」

思わずため息が漏れてしまった。
神坂さんは俺の方に視線をやっては、目が合うと慌てて戻すのを繰り返している。
杏璃の場合は……朝あってからすももと同じような状態に。
”今日中に解決してやるぜ!!”といった心意気はものの見事に打ち砕かれることになった。
信哉からはものすごい音をたてている木刀の形をしたマジックワンド、『風神雷神』を片手に半殺しにされかけた。
……最後は沙耶ちゃんに”いつもの”ように静かにさせられていたが。

「………」

(いつまで睨んでくるんだ。信哉)

俺の背中に突き刺さる痛い視線に、俺は心の中で問う。
勿論、答えなど返ってくることはない。
きっと、周りの男子からの”殺気”のようなものも、俺の考え過ぎだろう。

『ちくしょう小日向の野郎、神坂さんだけじゃなくて柊さんにまで手を出すとは』
『ボディープレスでもしてやろうか』

だから俺が今耳にした声は、きっと俺の気のせいだろう。
そうに違いない。

(考えろと言われても、なあ)

俺はどう考えてもこの思いは変わるとは思えない。
勿論”絶対”とは言えないが。
俺は”那津音さんが好き”でも、それを言うにはわだかまりを失くさなければならない。

(結局は、俺が悪いんだよな)

全ての元凶は俺なのだ。
ならば、今のこの状況は俺への罰なのだろうか?
先の見えない地獄。
解決の糸口もなかなかつかめない。

「はぁ……ん?」
「………」

再び口から洩れたため息にふと教室のドアの方を見ると、銀色の髪が見えた。
あの高さから考えると伊吹ではないようだ。
――私は、チビではないわ!――
何故か誰かの声が聞こえたような気がした。

(………伊吹に会う時は覚悟しておこう)

”何を”とは言わずもがなだが、俺はそんな覚悟を決めた。

もっとも方向が全く違うが。
それはともかく、

(行くか)

俺は徐に席を立ちあがると、廊下の方へと足を進める。
その人物はすぐに見つかった。

「式守先生」
「っ! ゆー………小日向君。どうしたのかしら?」

声をかけると肩を震わせて、元の呼び方をしようとしたが、先生としての呼び名に戻した。

「いえ、授業でもないのに、式守先生が俺達のクラスに来ていたので、何か用事でもあるのかと」
「……べ、別にないわよ。小日向君に逢いたくなったから来たなんてことは、ないんだからね」
「………」

本心を言っていることを那津音さんは気付いているのだろうか?
そして、那津音さんはツンデレを目指していたりするのだろうか?

「あの―――」

俺が口を開いたのと同時に、5限の授業が始まることを告げるチャイムが鳴り響いた。

「あ!? 授業の準備まだだったわ!! それじゃ、失礼するわ!」

那津音さんは慌てた様子で廊下を駆けて行った。

「………」

その後ろ姿を、俺は茫然と見つめていた。

「何を言おうとしたんだ?」

俺は自分の口から出ようとした言葉に、怒りにも似た罪悪感を覚えた。

(俺がもたらしたこの事態を、那津音さんに相談しようだなんて。俺はどこまで根性なしなんだよ)

俺は自分に叱咤する。
きっと明日になれば、解決の糸口は見えるはず。
だからこそ。


―――今は冷静に考えよう。

155TR:2013/01/25(金) 01:36:17
『はぴねす! リレー小説』 その75 ―――TR
「糸口と悪役」


「駄目ね」

屋上のベンチに腰掛けつつ、那津音はため息交じりに呟く。

「逃げ出すなんて我ながら情けないわね」

那津音には6限目の授業はない。
つまり、那津音は文字通り逃げ出したのだ。

「ここぞという時に覚悟がしきれないのは、昔から変わらないわね」

昔を懐かしむように口を開く那津音。
その言葉を聞くものは”年寄りか!”と突っ込んでいただ―――

「誰! 私を”年増”って言ったのは!!」

徐に立ち上がると辺りを見回す。
その表情は般若のごとく恐ろしい物であった。
口は災いの元、気を付けよう。
閑話休題

「ゆー君悩んでたわね」

那津音が立ち去ろうとしたのは、雄真の辛そうな表情によるものだった。
要するに声をかけるタイミングを失ったのだ。

「とは言え、ゆー君に問題がないというのも言えないよね」

はぁ、とため息を漏らすと那津音は徐に立居上がった。
オレンジ色の光を放つ夕日を目に、那津音は静かに呟いた。

「あまり気が進まないけど、やるしかないわよね」

その眼には、強い決意が見て取れた。

「もしかしたらゆー君に嫌われるかもしれないけど、私がやらないといけないよね」

那津音はゆっくりと出入り口のドアの方に足を進める。

「いつだって、大人は”悪役”なのだから」

その言葉には、何故か重みを感じた。
それは、彼女の生きてきた期間によるものか、それとも強い決意によるものかは定かではない。

「まずは、神坂さんね」

その呟きと共に、屋上から人の姿が無くなった。


―――那津音の行動がどう物語を動かすのか。
それは、まだ誰も知らない

156七草夜:2013/01/29(火) 23:42:30


「自らの意思で行動する気になったのはありがたいが、その行動は待ってもらおうか……式守那津音教諭」
「貴方は……」

 道を阻む者。それは……

「今、アンタに干渉されると色々困るんだ」

 神月カイト。
 


『はぴねす! リレー小説』 File,76「空に浮かぶのは月と太陽」―――――七草粥



「話をするのは良いのだけれど……なんでこんな場所なのかしら?」

 会話をするために二人が移動した場所。
 それは地元で話題のスイーツショップだった。
 若い女性や明らかにカップルと思わしき二人組みが席を占めており、ハッキリ言って場違い感が半端ない。

「半額デーが今日までなんでな。食べたことの無い奴を今のうち食べておこうと思ってな」

 と、ここまで誘った張本人はそんな事をのたまい全く気にすることなく早速注文したザッハトルテにフォークを伸ばしていた。
 何となく孤高の人間、あるいは全ての黒幕というイメージだったカイトだけにギャップが凄い。

「そんな理由でカップルと女学生だらけの環境に連れてこないで欲しいんだけれど……」
「ならば今度はカップルを振舞って来れば良い。誰と、とは言わんが」

 そう言われて那津音は想像する。
 自分と雄真でこの店に入る。周りからはどういう風に思われるだろう。
 こういう店なら食べさせ合いっこも合法だろう。互いに違うのを注文して味を知りたいと言えばどちらも「あ〜ん」が出来る。
 そんな未来の妄想に思わず那津音は「でへへ」と表情が崩れた。

「……そういうところをアイツの前でも見せればもう少し互いに歩みよれるだろうに」

 完全にトリップしてしまってる那津音を敢えて現実に呼び戻すことはせず、携帯を片手で弄りながらそのまま放置するカイト。
 実際、那津音はわりと隙の多い人間である。
 式守家という名家の箱入り娘であり、かつ精神は暫くの間の植物人間状態で見た目ほど成長していない。
 なので隙が多いのは別に不思議ではないのだが、どうも彼女は年下の前では年上っぽく振舞いたがる。
 特に雄真相手は分かりやすい。惚れた人間に対して実際がどうであろうと年上ぶりたいのはある意味では子供っぽい思考であり、当然だろう。
 そしてその雄真と交友関係が深い友人達に対してもそのように振舞う。何故なら行動が違ければ雄真にも伝わってしまうからだ。
 そう考えると今、こうして仮にも年下で生徒のカイトの前で崩れた表情を見せる那津音の姿は貴重である。
 最も、カイト自身とても学生とは思えない大人びた生徒であるのが原因なのだろうが。

「ハッ! そうじゃないそうじゃない……それで、話って?」
「やれやれ……」

 急に真顔になって取り繕う那津音を見ると真面目にやってる自分が時々馬鹿らしくなってくる。
 自分のスタイルを否定するつもりはないが時には何も考えず、適当にやってた方が楽な気がしてきた。

「単刀直入に言う。今回の問題にアンタは請われでもしない限りは手は出すな」

 最早生徒が教師に言う態度ではない。
 それでも那津音は気分を害した様子も無く、ただ一言返した。

「何故?」
「今回の問題はアイツから始まり、アイツにしか答えは出せず、そしてアイツが解決しなければならない事だ。余計な手をあまり加えて欲しくない。それに……」

 ふっ、と溜息を吐き

「大人が子供に喧嘩にでしゃばるのも良くはあるまい」

 それは那津音が鈴莉に言われたことでもあった。
 そしてそこから始まったのが今回の行動でもある。
 なので前者に関しては突っ込まない。

「……これ、喧嘩なのかしら?」
「喧嘩だよ、心と心の」

 呆れたように呟き、フォークでデザートを切り分け更に一口含む。

「結局のところ、皆どうすべきなのかは本人達が一番分かっている。彼らは皆そこまで幼くはない」
「それは……そうでしょうけど。でも、誰かが悪役にならないとあの子たちは前へ進めないと私は思うのだけれど」
「ヒールが必要なら、俺と妹が既にしている。特に俺なんかアンタの妹の従者以上に無愛想な人間だ。少々それっぽい態度を取れば勝手に向こうがそう判断してくれる。だが、アンタには無理だ」

157七草夜:2013/01/29(火) 23:43:04

 確かに那津音が悪役を演じるのは難しい。
 既に多くの人間に愛嬌のある人間として振る舞い、そう認識されている。
 鈴莉のように公私をキッチリ分けている人間ならばともかく、裏表の無い人間として思われてしまった以上、悪役を演じてもどこが疑念が残るだろう。

「……小日向は太陽だ。アイツの明るい光の下に多くの人間が集う。しかしただ近付くだけではイカロスのようにその身を焼かれるだけだ。今回の問題はそれを防ぐための壁だと考えてくれ」
「あの子達に、自力で乗り越えさせようと言うの?」
「俺はそうなって欲しいと考えている」

 そこまで言い終えるとカイトは紅茶の残り分を一気に飲み干し、伝票を持って席を立ち上がった。

「俺からは、それだけだ」
「……言いたいことは分かったけど、約束は出来ないわよ?」

 例え自分にそれが合わないとしても、あの子達のためならばやはりきっと自分は動くだろう。
 どんなに大人気なくとも、彼が笑っていると自分も幸せになれるから。
 だからきっと何かあれば迷うことなく動くだろう。

「もとより、ただの願いだ」

 カイトもそれだけ呟いて会計を済ませて店内から去っていった。
 一人残った那津音は「ふぅ」と溜息を吐いて片手で頭を抱える。

「まさか一日に同じことを二人から言われるなんてなぁ……」

 それも片方は年下の生徒に。
 そんなにも自分は分かりやすいのだろうか。
 そんなにも自分の行動は考えなしなんだろうか。
 ちょっと自信が無くなりそうだった。

「……何してんですか、那津音さん?」
「ふぇっ!?」

 聞き覚えのある声を耳にして顔を上げると、そこには先程までの会話の中心人物の雄真がいた。

「ゆ、ゆー君!? なんでここに!?」
「あー、いや。知り合いの先輩からメール貰いまして」

 そういえば先程、一瞬だけ携帯を弄っていたなと思い出す。
 あの時にメールしたと言うのか。何のために。

「まぁ那津音さんが『一人で』ここにいるってあっただけで特に何かしろと言われたわけじゃないんですが……まぁ、何となく」

 苦笑しつつ雄真は勝手に目の前の席に座る。
 先程の妄想がまさかの現実になっていた。
 しかも直前までカイトは共にいたことを欠片も教えてない辺り抜け目ない。

「へぇ、今日半額デーなんだ……せっかくなんだし俺もなんか食べようかな……あ、那津音さんはもう何か食べたんですか?」
「え? い、いいえ……紅茶飲んだだけよ」

 流石にただの生徒の前でケーキを食べる姿は見せたくは無かったため、お茶以外に注文はしなかった。
 ただ、目の前で美味そうなスイーツを食べられるのは中々羨ましかったが。

「じゃあ何か食べましょうよ、今日くらいの値段なら俺、奢りますよ?」

 半額デーじゃ格好付かないですけど、と苦笑いする雄真の姿を見て那津音は先程まで思いや何でいたことを忘れることにした。
 自分が彼の前で格好付けるように、彼もまた自分の前では格好付けたがるのだ。
 なら、格好良いところを見せてもらおう、と。

「そうね、じゃあ私はザッハトルテにしようかしら」

 そうして那津音は笑顔で注文をした。

158Leica:2013/02/02(土) 00:40:01
『はぴねすりれー ななじゅうなな』Leica


「で。何で私はまたここへ呼び出されてるわけ?」

 むすっとした表情を隠そうともせずにミサキはそう言う。
 昼食時のOasisの喧騒に包まれながらも、その不機嫌そうなオーラは異様に際立っていた。

「いや、現状こんな相談お前にしかできないだろう」

 俺とって本心からの回答だったのだが、ミサキからすればお気に召さなかったらしい。
 ミサキは渋い顔で、目の前のほかほかと湯気を立てるスパゲッティにズカッとフォークを突き立てた。

「何なの貴方。攻略フラグ立て間違えてない? 私を狙ってるわけ?」
「狙ってねぇしフラグとか言うな!!」

 カランと音を立てて倒れるフォークをもう一度持ち上げ直し、ぐるぐるとスパゲッティを掻き回し始める。

「ひとまず言いたい事は分かったわ。
 貴方に与えられた課題、『些細な変化を見分ける目と勘を養え』。
 それに協力して欲しい、と」
「そうそう」
「お断りね」
「即決かよ!!」

 俺の突っ込みを右から左に聞き流し、ミサキはスパゲッティを持ち上げては落とし持ち上げては落としを繰り返している。
 繰り返していくうちに冷めてしまったようで、もう湯気は無くなっていた。

「何で私なのよ。貴方には身近にこれでもかというくらい女性がいるじゃない」
「……それもう練習とかすっ飛ばしてぶっつけ本番だろ。
 一歩間違えたらその場でゲームオーバーなんだぞ」
「貴方にもその程度の危機感はあったのね。少し安心したわ」
「……酷い評価だな、それ」
「……」
「……」

 しばらく無言が続いた。
 ぱさっ、ぱさっと。ミサキがスパゲッティを皿に落とす音だけが俺たちのテーブルを支配する。
 無音過ぎて周囲の喧騒が少しだけ大きくなった気がした。

「お前って猫舌だっけ」
「……何でそう思うのかしら?」

 ただの間を繋ぐ為の質問だったのだが、思いの外強いプレッシャーを与えられる。
 やたらとドスの効いた質問返しだった。答えをミスれば即ぼこぼこにされてしまいそうな威圧感。
 それでも、こちらとしては思った事を口にするしかない。

「いや、だってそれ冷ましてるんだろ?」
「冷ましてんじゃないわよ!! 口に運ぶ意欲が湧かないだけよ!!」

 どうやら間違いだったらしい。

「意欲って……。せっかく俺が奢ってやったというのに」

 こっちだって財布に余裕があるわけじゃないんだぞ。
 それなのにミサキの肩は何やらぷるぷると震えていた。

「……奢ってくれるのは、まあありがたいとして。
 何でコレなわけ?」
「何でって。昨日も食べてたじゃないか。好きなんだろ?」
「……なるほど、ね。……ふ、ふふ、ふふふ」
「お、おい。ミサキ、さん?」

 ガタリと音を立てて立ち上がるミサキ。スパゲッティの皿を持って。
 正直、嫌な予感しかしない。

「私のお気に入りの味を貴方にも味あわせてあげるわおりゃー!!」
「もがぐぶべぼむぐぐぐぐぐぐぐぐっ!?!?!?!?!?!?!?」

 冷めてたのがせめてもの救い。
 そう、せめてもの、だ。
 一度に大量のスパゲッティを無理やり口の中へと流し込まれる。

159Leica:2013/02/02(土) 00:42:39
「んー!! んー!! んうー!?」

 ミサキの肩をタップするが当然受け入れてはもらえない。

「ええ好きよ好きですとも!! 私はスパゲッティ大好きよ!!
 けどね!! 連日連日毎日毎日同じメニュー頼んでるわけないでしょ!!
 飽きるのよ!! これ女心云々の話じゃないわよ!! 貴方対人コミュニケーション能力皆無なわけ!?」
「んーぶっ!? んーん!? んー!?」
「なぁーに言ってるかさぁっぱり分かんないわね!!
 反省してるのしてないのどっちなの!?」
「んーんんっんーっ!?」

 質問されても答えられるような状況じゃない。
 皿の傾きがどんどん大きくなるにつれて、反比例するように俺の意識も徐々に遠くなっていく。
 あ、ダメだこれ。
 俺の死因スパゲッティだわ。

 そう思った時だった。


「うっさいわね!! いつまで騒いでんのよそこ!!」


ガィンッ!!!!!!


「はぶでびっ!?」
「うきゃあ!?」

 後頭部を強かに打ち付けられる感覚。
 その勢いで口の中へたらふく詰め込まれていたスパゲッティが噴き出た。
 そのお蔭でようやく息ができるようになる。
 それでも。

「あぅ、ぐぅ、いう……」

 訳の分からない言葉しかでない俺。
 後頭部を押さえてみると凄い熱を持っており、ちょっとだけ膨れていた。
 足元を見てみると、銀色のトレイ。どうやらこれが俺の頭にぶち当たったらしい。

 誰が投擲してきたのか、見てみるまでもない。

「いってぇな!! 何しやがる杏、り、……」

 勢いよく振り返ろうとしたが、その途中で視線はロックされてしまった。
 具体的には俺の直ぐ隣。そこには。


 顔から下まで全身をスパゲッティまみれにしているミサキ。


「……」

 ミサキは微動だにしない。
 投擲してきた杏璃もそのプレッシャーからか二の句が継げないようだった。

「え、えと」

 これはどうなんでしょう。

160Leica:2013/02/02(土) 00:43:10

 スパゲッティを無理やり口の中に詰め込まれていたのは俺。
 つまり被害者。

 銀のトレイを頭に打ちつけられたのは俺。
 つまり被害者。

 スパゲッティを噴出してしまったのはその反動。
 つまり被害者。


 つまり、俺は何も悪くない。


「そんな図式が成立すると思うのですが?」

 いかがでしょうという感じで聞いてみる。
 返答は。

「……ふ」

 なし。

「ミサキ、さん?」
「……ふ、ふふ、ふふふ」
「あの?」
「ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「……」

 これは、ヤバいかもしれない。過去最高に。

「……貴方が」

 ポツリと呟く。

「貴方がその気なら、いいじゃない」

 ……。
 その気とは。
 間違いなく俺が最初に持ちかけた『些細な変化を見分ける目と勘を養え』の件ではないだろう。

 スッと。
 ミサキは懐に手を伸ばした。

 取り出したのは、トランプの束。

「貴方がその気だってんなら」
「ちょっとミサキさん? ここOasisで――」

「受けて立ってやろうじゃない上等よこらァァァァァァ!!!!」

 スパゲッティを撒き散らしながらミサキが吼える。

 直後。



 Oasisの一角で爆発が起こった。

161八下創樹:2013/02/06(水) 00:23:17

現時刻、PM13:30。
つまりは、とっくに午後の授業が始まっている時間。
だっていうのに、こんな狭い部屋で2人して並んで正座してる自分は何者なのだろう。
ちなみに、隣で正座してる同罪人は、まるでこの世の終わりのような顔で、青ざめていた。
言わずもがな、神月ミサキ、その人である。

「・・・・・・さて」

唐突に、目の前の人物が話し始める。
パイプイスに座り、足を組みながらこちらを見下ろす様は、ほとんど処刑人にしか見えない。
ちなみに、みんな大好き御薙鈴莉先生です。
一応、雄真の実の母親のはずなのだが、もはや母の愛など微塵もなかった。

「それじゃあ、始めましょうカ?」

語尾が恐ろしすぎる。
何故なら普段、この先生はそんな言い方しないから。
つまり、そーとーキテるってことだった。

死を覚悟しつつも、ふと、何故こんなところにいるんだろう。
と、生活指導室で正座しつつ、思い耽る雄真だった。


『はぴねす! リレー小説』 その78―――――八下創樹


――――――で、だ。

とどのつまり、どうしてこんなコトになっているかと言うと、
・・・・・・言わずもがな、昼休みのOasisの一件が原因だったりする。
というか、何も破壊してないのに、なぜ隣で正座する破壊王・トランプの悪魔と同じ扱いなのか。

「それはね、むしろ雄真くんが原因の発端だと訊いたからだけど」

何も言い返せない。
そりゃあ確かに、ミサキに『些細な変化を見分ける目と勘を養う』話を持ちかけたのは俺だけど。
加えて、奢ったスパゲティとか、話の持って行き方とかで、ミサキを生けるダイナマイトにしてしまったのも、あるいは俺なんだろう。
けど、けれどだ。
その導火線に烈火を放ったのは、あのウエイトレスなトラブルメーカーですよ?
そして、その導火線が異常に短いのは、それはもうミサキ本人のせいじゃないのだろうか。

「それじゃあ、はいこれ」

と、俺とミサキの前に置かれた、なにやら一枚の紙切れ。
ミサキはどうしたのか、完全に恐怖に怯えているので、代わりに目と通す。

「えーっと・・・・・・?」
「どうしたのかしら、雄真くん?」
「すいません母上。この紙の数字ってなんですか?」
「金額よ」
「なんの?」
「修理代に決まってるじゃない。Oasisの」
「・・・・・・」

正気かこの人。
冗談抜きで、学生身分の生徒2人に、諭吉さんを100人近く献上しろと仰ってらっしゃるのか!

(ヒソヒソ・・・・・・ミサキ、お前、金ある?)

ブンブン首を振るトランプの悪魔・ジョーカーミサキ。
というか、なぜにそこまで怯えてらっしゃるのか、コイツは。

「すいません、無理です」
「あら。じゃあこの修理費はいったいどこから算出されるのかしら」
「えーっと・・・・・・保険?」
「無駄に賢くなっちゃったわねぇ、雄真くん」
「すいません、マジで勘弁して下さい」

怖い。つーか辛い。
もはや生き地獄と化したこの空間から、とにかく逃げ出したい。
ミサキも同意見なのか、無言で頷いていた。

「そう。それじゃあ、はいコレ」

言って、差し出されたるは、別の紙切れ。
今度は数字ではなく、文字は少々。
それをさらっと読――――――――――

「「―――――は?」」

思わずハモる。
同時に絶句。
つまり、この紙切れに従えってことなんだろう。
恐ろしい額の請求書を楯にされているので、逆らえない。
が、それにしたって、これはあんまりだった。
その内容が、

『一週間の期間限定で、小日向雄真と神月ミサキの両名をカップルに認定する』

・・・・・・だった。

すいません。
これ、マジで誰得?
そして、誰の差し金なんだ。いやマジで!

162叢雲の鞘:2013/02/10(日) 21:59:03
あ…ありのまま今起こったことを話すぜ!

“Oasis爆破の一件で生活指導室に行ったら、修理費の代わりに神月ミサキと恋人にされた”

な…何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何が起きたのかわからなかった。

頭が沸騰してどうにかなりそうだった…。

催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてねぇ。

もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ



『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 79  by叢雲の鞘



と、いうわけで恋人ができました!

……相手は春姫や杏璃でもなく、ましてや那津音さんでもない。

なぜか協力者のはずの“神月ミサキ”なんだけどな(汗)

そういえば、前に小雪さんが言ってたな。

友人の恋を応援してたらそのうち自分が本気になってしまうって……。

まぁ、今回のコレはそんな甘ったるい話じゃないわけなんだが(汗)

「まったく、どうして私が貴方と恋人にならないといけないのかしら……」

「それを言われても困る。決めたのは母さんだし。第一、あんな金額学生の俺達が払えるわけないだろ?」

株とかFXとかしてるわけでもないしな。

「それはそうでしょうけど……。そもそもの原因は貴方のせいでしょ?」

「否定はしないけどな……」

確かに発端は俺だろう。会話の持っていき方に問題があったのも認める。

ただ、キレてスパゲッティを俺の口にブチ込んだり、杏璃のせいで吐き出した大量のスパゲッティを被ってさらにキレてOasisを破壊したりと直接の原因はミサキが原因かと……。

もっとも、後が怖いので口には出さないが……。

163叢雲の鞘:2013/02/10(日) 22:00:04
「……ところで、貴方はいつまで私の手を握っているのかしら?」

そう、俺の片手は今ミサキと繋いでいる状態だった。

「しょうがないだろ?あの後ミサキがブツクサ言いながら俯いて反応しなくなったから、引っ張ってくしかなかったんだよ」

「だったらもういいでしょ。こんなところ誰かに見られでも「ギャーーーーーーーーーー!?」……したら?」


ミサキの言葉を遮るように突如汚い悲鳴が上がる。

慌てて背後を振り返ると、今2番目に出会ってはいけない男―ハチ―がいた。

1番?そりゃ準に決まってるだろ?

「ゆゆゆ、雄真が女の子と親しげに手を繋いでるだとーーーーーーー!!!!!!」

ハチの大絶叫が校舎の窓を揺らす。

あぁ、これは学校中に響いたかもな。

「なんてこった!!!俺より先に雄真に彼女ができるなんて、明日は世界の終わりなのかーーー!!」

ちょっと待て、なんでハチより先に彼女を作っただけで世界が終わるんだよ!

むしろ、ハチが俺より先に恋人が作ることのほうが世界を滅ぼしかねないぞ!!

「……いや待てよ、雄真が姫ちゃんや杏璃ちゃんたち以外の女の子とくっついたとなると……でへへ、これはこれは俺の時代(ハーレムフラグ)がキタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!!」

ハチの顔がモザイクが必要なほどに崩れる。……すげーキモい。

というか、俺が春姫たちを選ばないだけで自分が選ばれると思ってるんだろうか。

「待っててください、姫ちゃん!この不肖、高溝八輔が貴方の傷ついた御心を癒してさしあげますよーーーーー!!!待っててね!姫ちゃん、杏璃ちゃん、すももちゃん、小雪先輩、沙耶ちゃん、伊吹ちゅわぁーーーーーーーーーん!!!!!!!」

……うん、死んだなアイツ。

「…………………………………………」

隣でミサキが固まっていた。

多分、学校中の噂になってしまうことに気付いたのだろう。

ミサキの気持ちはよく分かる。

「なぁ、ミサキ……」

「…………なによ?」

目が据わっていて大変恐ろしい。

だが、俺はそんなミサキにトドメをささなくてはならない。

「ちなみに、公衆の面前で風紀に反しない程度に恋人らしいことをしないと期限は延びるそうだ。無期限に……」

「…………は?」

まぁ、そうなるよな。

俺も母さんから聞かされたときそんな感じだったから。

「……つまり、みんなの前でイチャつけと?」

「有り体に言えばそうなるな」

「つまり……朝校門で魔導書を読みながらいじらしく待ったり、お弁当を作って『あ〜ん♪』しながら食べさせたり、魔法の練習に付き合ってもらったり、2人で究極のケーキを作る為に大冒険したり、公園で絨毯敷いて腕枕でお昼寝したり、ワンドで亜音速で飛行しながら空中デートしたり、Oasisでカップルジュース飲んだり、朝起こしにいってオハチューしたり、少女漫画みたいなデートをしたり、そのままホテルで一夜を明かしたり、教員の研究室で2人っきりで荷物整理したり、誕生日に魔法で編んだ光のウェディングヴェールプレゼントしてもらったりしろっての!?」

「やけに具体的だな……したい、のか?」

「するわけないでしょ!!」

ちなみに、ミサキが恋人らしい行動の例を挙げるたびに校内数箇所から女の子のくしゃみが聞こえたのだが気にしてはいけない。

「なんでこうなるのよーーーーーー!!!」

ミサキの悲痛な叫びが校舎に響いた。

雄真はまだ知らない。

この一件がこの先大きな火種へと変わっていくことに。

そして……ハチによって雄真に恋人(しかも那津音ではない)できたと聞いた雄真ラヴァーズの面々から地獄のような尋問が待ち受けていることに。

ちなみに、ハチは雄真ラヴァーズからの攻撃(物理&魔法&精神)によって消し炭になってしまったとか。



「ふふふ……さて那津音、貴女はいつまで余裕を見せていられるのかしらね♪」
研究室の前の廊下で鈴莉が煙草を燻らせながら、楽しげに笑っていた。

164TR:2013/02/11(月) 01:25:02
大人になれば一週間なってあっという間に流れるという話をよく聞く。
それは仕事仕事で忙しく、今日が何曜日だと数える暇がないからなのか、それとも時間間隔が学生のころとは違う物になるからなのか。
その理由は不明だ。
学生にとってはある意味羨ましくもなるだろう
つまり、俺が何を言いたいのかというと

「これで三日目か」

俺は自分の部屋で卓上カレンダーを眺めながらそう呟いた。
地獄のようなペナルティの言い渡しをされてから三日目。
まだまだ始まったばかりだが、これほど早く日が経ってほしいと思ったことは無い。

(一昨日と昨日は大変だったな)

俺はそう思いながらこの二日の事を振り返ってみた。


「はぴねす! リレー小説」―――TR
第80話『迫る選択』


まずは初日。
学園に着くと、門に背を預けて魔導書を読んでいるミサキの姿があった。

「……おはよう。随分遅いわね」
「わ、悪いな。いつもこのくらいなんだよ」

俺が来たことに気付いたのか、ミサキは読んでいた魔導書を閉じると不満げに口を開いた。

「ど、どうしたんだ? いきなり手を差し出したりして」
「繋ぐに決まってるでしょ!」
「うわ!?」

思いっきり怒鳴られながら俺は手を取られた。

「ほら行くわよ! とっとと変なペナルティ何て終わらすんだから!」

何だか若干やけになっているミサキに、俺はこの一週間が波乱に満ちた物になりそうな気がしていた。
そして、その予感は当たることになる









「雄真、話してもらうわよ!」
「どういうことなのか、じっくり聞かせてね」

昼休みになるや否や、杏璃に連れられてやってきたのは校舎裏だった。
そこには伊吹達もいて、そして最初に戻る。

「いや、どういうこともなにも先生にペナルティとしてだな……」

俺は伊吹や春姫達のまるで拷問を受けているほどのプレッシャーが込められた視線にさらされながら事の経緯を説明する。
結局この話し合いが終わったのは、昼休みが終わった頃だった。

165TR:2013/02/11(月) 01:25:44
「あなた、少し早く来ようという気はないの?」
「必要に迫られない限りは」

二日目、俺は初日と同じ時間帯に学園に行くと、ため息交じりに聞かれた。

「手を出しなさい」
「……はい」

さすがに言葉が意味することは分かっているので、俺は手を差し出す。
乱暴に自分の手を絡めると、ミサキは早足で歩き始める。
お互いの校舎手前まで手をつなぎ続けた。

「昼休み、屋上に来なさい」

別れ際にそんな事を言われた。





昼食時、俺はミサキに言われた通り、屋上に向かった

「遅い!」

屋上に着くや否や掛けられた言葉は怒号だった。

「私より早く来なさいよ」
「無茶言うなよ」

これでもかなり急いだ方だぞ。

「……まあいいわ。どうぞ」

ミサキは少し横に移動して手を出して座るように促す。
俺は言葉に甘え、ミサキの横(とは言っても)かなりの間はあるが

「仕方がないから雄真に昼食を用意してあげたわ。感謝しなさい」
「お、おう」

ぶっきらぼうに言いながら乱暴に手渡されたのは、ピンク色のお弁当箱だった。

(一体中身は何だろう?)

俺はごくりと喉を鳴らせると弁当箱を開く。

(お、普通だ)

中身は普通だった。
白いご飯にから揚げにウインナープチトマト等々。

(毒とか入ってないよな?)

何だか地味にやりそうで怖い。

「毒なんて入れてないからさっさと食べなさい」
「わ、分かってるって」

俺の心を読んだのか食べろと促すミサキに答えると、俺はそう答えながら覚悟を決めて弁当箱と一緒に渡された箸を使ってから揚げを口に入れる。

「う、うまい」
「……そう」

思わず口から出た感想に、ミサキは頬を赤らめたままパンを黙々と食べる。

「いつもパンなのか?」
「違うわよ。どこかの誰かさんが私のお弁当を使ってるからよ」

何となくだがいつにも増して不機嫌な理由が、分かったような気がした。

「だったら食べさせてやろうか?」
「やってみなさい。その瞬間あなたは紐なしバンジーをするでしょうね」

俺の提案に、ミサキは恐ろしいことを口にしたため、俺は断念することにした。
さすがに死にたくないので。
そんなこんなで三日目となったのだが。
この日は色々と違った。

166TR:2013/02/11(月) 01:26:21
「おはよう。雄真」
「あ、ああ。おはよう」

昨日と同じように校門を背に魔導書を読んで俺を待つミサキは、俺に挨拶をしてくるが、俺が感じたのは戸惑いだった。
いつもは皮肉の一つでも飛んできていた。
だが、今日はどうだ?
何時ものように無表情ではあるが、皮肉の一つも飛んでこない

「どうしたの?」
「いや、なんでもない」

首を傾げて聞いてくるミサキに俺はそう答えつつ、差し出された手を取る。

(な、何で顔を赤らめる?)

あえて言おう、三日目にして、俺は彼女の変化に戸惑っていると!
そして昼休み。

「あら、今日は早いわね」

屋上に来るなり掛けられた言葉は、それだった。
一応言おう。
時間的には昨日と大して変わらない。

「さあ、どうぞ」
「あ、ああ」

俺は言われるがままミサキの横に腰かける。

「雄真の為に、お弁当を作ってきたわ。どうぞ」
「ありがとう」

昨日よりもやや近い状態で渡されたのはピンク色の弁当箱。
昨日と同じようにおかずに手を付けたところで、隣から視線を感じた。

「な、何だ?」
「私、今日何も食べる物持ってきてないの」
「……………それで?」

俺は何となく嫌な予感を感じながらも、間違っていてほしいと心の中で願いながら尋ねた。

「もう、言わせないでよ……アーンして食べさせて」
「…………」

その言葉を聞いた瞬間、俺の中で時間が止まったような感覚を襲った。
一体昨日別れた後に何があったんだ?
今ミサキは目を閉じている。
その表情に込められているのは”期待”だ。
だが、俺には感じる。
後ろの方から殺気を飛ばしている人物の存在を。

(これって、明らかに『恋人らしいこと』だよな?)

俺は今、重大な選択を迫られている。
ミサキの要求を断り、後ろの妬みが混じっている殺気を失くすこと。
もう一つがミサキの要求通りに食べさせるかだ。
前者の場合は、殺気はなくなっても期限が伸びる。
校舎の場合は期限は伸びなくても殺気が強まるだろう。

「雄真ぁ、早く〜」

さあ、どうする?!

167名無し@管理人:2013/02/13(水) 09:42:41
 しばし悩んで、俺は結論を出した。
 箸で掴んでいたおかずを、恐る恐るミサキの口元へと運んでいく。

「あ、あーん……」
「あー」

 俺の声に合わせて、ミサキが口を開く。
 おかずを開けられた口の中に入れようとしたその時だった。

「ダメェーーーッ!」

 突然、女性の叫び声が聞こえて、手を止める。
 だが、ミサキに差し出しそうとしたおかずは彼女の口の傍まで来ていた。

「ん」

 ミサキは匂いでおかずの位置を特定できたのか、自ら動いておかずを口の中に入れる。
 よく咀嚼してから、おかずを飲み込み、目を開いて彼女が一言。

「美味しい。さすが私」

 自画自賛。
 これぞまさしく神月ミサキだと言うべきか。
 妙に俺はホッとした。
 だが、向けられる殺気がより強くなるのを感じていた。
 まぁ、結果的に俺がミサキに食べさせたことになるから、それが気に食わなかったんだろうな。
 それにしても、さっきの叫び声……。
 よく知っている人のものだったな。
 なんて思っていると、持っていた箸をミサキから奪われた。

「何すんだよ」
「決まってるじゃない。今度は私が雄真に食べさせてあげるのよ」

 つまり、食べさせ合いをするってことか。
 確かに、それは恋人らしいかもしれない。
 でも、当然のことながら、恋人らしいことをしようとすれば、妬みの混じった殺気の篭った視線は強くなるわけで……。
 ミサキは視線に気付いているのかいないのか、どっちなのか分からないが、殺気めいた視線を意に介さず、箸でおかずを掴んでいた。
 そして、掴んだおかずを俺に向けて差し出す。

「あーん」
「……」

 どうする俺?
 ……って、迷う必要はないか。
 何だかんだでミサキに食べさせた格好になったわけだし、ここは俺もミサキから差し出されたおかずを食べるべきだろう。
 まぁ、殺気はより強くなるだろうが、今のところ手を出してくる様子はないみたいだしな。
 なんて考えて、俺はミサキから差し出されたおかずにかぶりつこうとした。
 だが。

「だから、ダメだって、言ってるでしょう!?」

 またしても女性の叫び声。
 そして、俺達の前に飛び出してきたのは……。

「……那津音さん?」

 俺の想い人だった。

「……」

 一方、箸で掴んだおかずを差し出した状態のままで那津音さんに目をやったミサキは、獰猛な笑みを浮かべていた。

168叢雲の鞘:2013/02/17(日) 15:55:04
危機感に気付けていない、などといったのはいつのことだったか。

あの時の言葉に偽りはなかった。

しかし、たかだか数日にも満たない中でその考えは一変した。

親友思いの道化が仕組んだ、たった一つの変化。

それはとても小さく、まるで小石のようなもの。

しかし、いくつもの波紋が広がる池に小石を投じるがごとく、その変化は大きな波紋を呼んだ。



『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 82  by叢雲の鞘



初めに「小日向雄真に恋人ができた」と聞いたときは驚いた。

御薙鈴莉に指摘されたことが現実になったのかと思った。

しかし、その相手が春姫や杏璃でもなく、ましてや小雪やすももでないと知り混乱した。

相手は神月ミサキ……最近、なにかしら自分の周りで動いている青年の妹だった。

不思議に思い調べてみると、案の定本人たちの同意ではなくOasisを爆破したペナルティだった。

そのペナルティを課したのは鈴莉。

いったい何がしたいのかと思ったが、その理由は数日立つまで気がつかなかった。


ペナルティ1日目。

2人が偽装の恋人関係をどうやってこなすのか気になり、その様子見をすることにした。

朝、校門前でミサキが雄真を待っていた。

雄真がやってくると、ミサキは不満気な顔で雄真と手を繋いで登校した。

ちなみに、恋人としての行動を取らなければ期限が延びることは事前に知っていたので特に驚きはしなかった。

というか、不満気なミサキと不安顔の雄真を見れば誤解しようもなかった。

ただ、手を繋ぐ2人を見るとなぜか心がざわつき苛立った。

その後、授業の際にやたらと雄真に問題を答えさせた。

ちょっとだけ心が軽くなった。

169叢雲の鞘:2013/02/17(日) 15:56:32

ペナルティ2日目。

昨日と同じく校門前で2人は手を繋ぎ、登校した。

別れ際、ミサキは昼休みに屋上へ来るよう雄真に指示していた。

気になったので、昼休みになると転移魔法を使って屋上へ向かい結界を張って隠れた。

ミサキの方が先に屋上へ現れ、遅れてきた雄真に怒号を発していた。

女性誌とかだと『女は男を待たせるもの』と書いていたが、遅れてきた男を笑顔で許し、迎え入れなければ女の器量が問われるというものだ。

弁当の中身はいたって普通だった。

心の中でガッツポーズをする。

雄真がミサキの弁当を美味しいと言うと、ミサキが照れた。

ちょっとだけ心の中が冷えた気がした。

そんな彼女はパンを食べていた。

どうやら雄真が食べているお弁当の箱は普段彼女が使っているらしい。

つまり……雄真は今、彼女と間接キスをしているにも等しいことをしている訳で。

そう思うと、さらに心が冷えてた。

しかも、そんなミサキに雄真は自分のお弁当を食べるかと問う。

それは、今度こそ間接キスとなるわけで。

どんどん心が冷えていった。

すでに心の中は極寒地獄(コキュートス)にも等しい。

でも、自分は間接ではない本当のキスをしたんだと思うと心が軽くなる。

というか、事故とはいえ自分は二度も雄真とキスをした。

しかも、二度目…遊園地デートの時、自分は彼のキスを受け入れた。

熱に浮かされたように、自然と彼の唇を受け入れ行為に没頭した。

そう思うと、思わず身悶えしてしまう。

悶える様は人に見せられないようなものだが、幸い結界のおかげで見られることはない。

少なくとも鈴莉やゆずはレベルの魔法使いでなければ……。


ペナルティ3日目。
この日は始まりから全てがおかしかった。

雄真と手を繋いだミサキはいつものような不満顔ではなく、顔を赤らめたのだ!

大切なことなのでもう1度言うが、顔を赤らめたのだ!

雄真もミサキの態度の変化に戸惑っているようだが、こっちの同様はその比ではない。


そして、ついにその時が訪れた。

170叢雲の鞘:2013/02/17(日) 15:57:16

昼前に授業が入っていたので、授業チャイムが鳴ると慌てて道具を片付けて屋上へ向かう。

その際にお弁当も持っていく。

転移魔法を連続使用して急ぎ、ミサキが来る前に結界を慌てて張る。

一部失敗してしまい、遮音機能が作動しなかったが声を出さなければ問題ない。

そして、昨日と同じく雄真を出迎えるミサキだが今日は遅れた雄真を怒らなかった。

しかも、雄真のためにお弁当を作ってきたと言ったのだ。

昨日は仕方ないからって言ってたのに〜〜〜〜!!!!

しかも、今日はミサキの方からアーンしてと言ったのだ。

一瞬、時間が止まった気がした。

アウトーー!アウトーー!!アウトーーーーーーー!!!!

頭の中で警報が鳴り響く。

と、同時に私の中で何かが沸々と煮え始めた。

そして、ゆー君が神月さんにアーンしようとしたところで思わず、

「ダメェーーーッ!」

って叫んじゃった。

ゆー君はその声にびっくりして動きを止めたけど、神月さんはそのおかずを食べちゃった。

私だってゆー君にアーンして欲しいのに〜〜〜!!

ゆー君のバカバカバカーーーーーー!!

しかも、今度は神月さんがゆー君から箸を取り上げてアーンして食べさせようとするんだよ!

しかもゆー君、アーンしちゃダメって言ってるのに神月さんの差し出したおかずを食べようとするんだもん。

だから思わず、

「だから、ダメだって、言ってるでしょう!?」

って、言いながら飛び出しちゃった。

171八下創樹:2013/02/21(木) 22:07:41

異様な空気に包まれた昼休みの屋上。
生徒2人と教師1人、三者三様で見事に凝り固まっている。
視界の端、屋上の扉を開けかけた男子生徒が、本能レベルで脱兎の如く逃げ出した辺り、本気で尋常じゃない空気らしい。
――――――で、その空気の発信源なのだが、

「・・・・・・むぅ〜」

とまぁ、ほんとに年上なんだろーかと疑問符が浮かびかねない声を出してらっしゃる。
見た目、ただの可愛い焼きもち屋さんなのだが、高まる魔力的にはもはやハリケーン。
とまぁ、そんな大災害直前の空気の中、

「はい」
「むぐっ!?」
「あーっ!?」

あえて空気を読まず、ミサキに出汁巻き卵を無理やり口に突っ込まれた。
―――――あ、でもフツーに美味いなコレ。


『はぴねす! リレー小説』 その83!―――――八下創樹


「・・・・・・これはどぉいうことですか?」

鬼神の如き猛る魔力を募らせる、最強の若教師、式守那津音。
対して、嵐台風なんのその、神月ミサキ。
そして、一番発言権がないであろう、小日向雄真――――俺だった。

「どうって、恋人らしい行為ですね」
「こ―――!?」

顔を真っ赤にして絶句する那津音さん。
いつもは冷静で口も達者なのに、怒りで暴走しかかってる今、口上戦では明らかにミサキの方が有利と見た。
多分、えげつない意味で。

「まあ、不本意ながら、これが私と雄真に科せられた懲罰ですから」
「・・・・・・嫌なら無理して弁当じゃなくてもいいんだぞー?」
「気にしないで。嫌なことはしないタイプだし、私」

それは遠回しにOKの意でしょうか?
後、ミサキってなんていうか、ツンデレではなくクーデレだったのか。
―――――それはそれとして、

「・・・・・・」

こう、背後に突き刺さる殺意に似た視線をどうにかしてくれないだろうか。
ある種、見たことのない那津音さんで可愛いのだが、放たれた重圧がシャレにならない辺り、まさに命がけに感じる。
―――――と、ここでミサキが反撃に転じた。

「というか、なぜ式守先生が怒るんです?」
「え!? ・・・・・・だ、だって、私とゆーくんは・・・・・・」
「・・・・・・式守先生。常識的に考えて、教師と生徒の恋愛が許されると思ってるんですか?」
「う!?」

おぉ、正論だ。
対して、衝撃的な顔で固まる那津音さん。
あれ? もしや本気で考えて無かったのだろーか?

「加えて・・・・・・式守先生って、今何歳ですか?」
「へ!?」
「そりゃあ眠ってた期間、肉体の老化は無かったのか、とても若く見えますけど・・・・・・でも、実年齢は、“眠ってた間”も加算されますよね?」
「!!」
「そうして仮に結婚した場合・・・・・・親子ばりに歳の離れた夫婦を、世間はどう見ると思いますか?」
「うぅ!?」

ズガーン、的な顔で固まる那津音さん。
正論すぎる正論の正攻法で、完全に那津音さんを圧倒するミサキ。
というか、ある意味、目を背けまくってた俺や那津音さん以上に、その辺りを熟知してるミサキは何者なのか。
改めて、神月兄妹の恐ろしさを痛感していた。

172八下創樹:2013/02/21(木) 22:08:30

「うぅ・・・・・・」
「式守先生・・・・・・こんな悪条件が連なっていて、それでもまだ雄真を好きだなんて―――――」
「あ、でも俺、那津音さんのこと好きだぞ」
「「――――!?」」

一瞬、空気が瞬間凍結される。
見事なシンクロっぷりでこちらを見つめる2人に、なんだか首を傾げる自分がいた。

「ちょ――――!?」
「ゆーくん・・・・・・!!」
「ええい、式守先生は黙ってて!」
詰め寄られるが、同じく首を傾げるしかない。
「や、なんでだろな?」
「コッチのセリフよ、この朴念仁!!」

さり気に酷いコト言われたけど、この際スルー。
というか、自分も含めて誰も反論しない辺り、真実味がかかっている。

「確かに・・・・・・みんなも前なら無理なのに、なんでかミサキの前だと普通に言えるなぁ?」

よもや気づくまい。
春姫たちならいざ知らず、ここまで冷え切った交友関係+そもそもミサキにはあまり遠慮が無い辺りこそが、那津音に対する想いをズバリと言い切れたのだということが。
無論、9割方、鈴莉の思惑通りなのだが。

「ふーん・・・・・・そう」
「ミ、ミサキさん・・・・・・?」
「なるほどね・・・・・・いいわよ。一緒に流れに乗せられるのは癪だけど、上等」
「おーい・・・・・・? 発言がヤベーことになってるぞー?」

淀む空気は、先程の比ではない。
ゆらりと立ち上がり、ミサキは鋭い目を更にキッ、と向け、

「見てなさい雄真。後4日間で、私に・・・・・・雄真を惚れさせてやるんだからねーっっ!!!」

とまぁ、実に可愛らしいセリフを叫び、屋上からダッシュで逃げるミサキ。
――――率直な所、いったいどういう事態になったのだろう?
少しは進展したのか、もしくはカオスと化しつつあるのか。
多分、彼女の兄なら、その辺り読んでいるんだろうけど。


―――――とりあえず、思ったこと。
―――――やっぱミサキはツンデレ派なのかなー、と。

173Leica:2013/02/27(水) 23:35:14
『見てなさい雄真。後4日間で、私に……雄真を惚れさせてやるんだからねーっっ!!!』



 その宣誓がいかに恐ろしいものであったのかを悟ったのは、早くもなんとその日の放課後だった。



『はぴねす! リレー小説』 そのはちじゅうよん―――――Leica



キーンコーンカーンコーン
 授業終了のチャイムが鳴る。

「ふああああっ」

 思わず漏れた欠伸を逆らう事無く放出させた。
 身体の節々がポキポキと音を鳴らす。

(……終わったか)

 授業中ずっとウトウトしてしまっていたせいで、まだ頭がぼーっとしていた。
 教室は早くも帰宅モード、部活モードに切り替わっておりみんな慌ただしく動き始めている。

「……俺も帰ろうかな」

 正直なところ色々と放課後寄って帰りたいところはあったが、俺の直感が告げていた。

 この一週間は余計なことはせず大人しくしていろ、と。

 ていうかどう控えめに考えてみても何か起こるに決まってる。
 こういう日はとっとと帰って自室に引きこもっておくに限るのだ。
 流石に自分の部屋で何かが起こるような事はあるまい。
 そう考え、腰を浮かせたところで。

「小日向君」
「ん?」

 1人のクラスメイトが声を掛けてきた。

「廊下で小日向君の事呼んでるよ」
「へ? 誰だろ……って」

 廊下。
 半開きになった教室の扉からこちらを窺うように立っているのはミサキだった。
 手早く帰り支度を整えミサキの下へと急ぐ。

「何してんだお前。らしくないぞ。用があるなら普通に入ってくれば――」
「……よ、用が無いと、……来ちゃダメなの?」
「え」

 もじもじと。
 鞄を抱きしめるようにして持つミサキは、上目づかいで言う。



「だ、だって、私、貴方の、その、……か、彼女……でしょ?」



 時が止まった。

 体感ではない。本当に時が止まった。
 どうやら神様はあまりの衝撃に職務を放棄してしまったらしい。
 後方。
 教室内の誰かが息を呑んだのが分かった。
 その音が鮮明に聞こえてしまう程の静寂。
 放課後の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

「え、……えと。ミサキ、さん?」

 震える声を絞り出す。

「か、彼女が彼氏を迎えにくるのは、……当然だし。め、迷惑だった?」
「いや、その、彼女とか……。現状は理解して頂けてます? いきなり何の真似ですか?」

 何しに来たのねえ何しに来たの?
 嫌がらせ嫌がらせなの?
 これ以上状況を引っ掻き回すのは得策じゃないよ?
 いきなり何を言い出してるんだコイツ。

174Leica:2013/02/27(水) 23:35:59


「な、何の真似って……、だって私、雄真クンの彼女で……」
「雄真クン!? い、いや呼び方はこの際どうでもいい!! フリだよね!? 俺とお前が彼氏彼女の関係なのはフリだよね!?」

 周囲にもちゃんと聞こえるよう敢えて叫ぶように言う。
 しかし。
 俺の切実な叫びは目の前の女子生徒には届かなかったらしい。

「フ、フリ……って」

 驚愕の表情を浮かべるミサキ。
 その大きな双眸から綺麗な雫がポロリと――、

 雫がポロリ!?
 
「……ひ、ひどいよ、雄真クン。うぅっ」
「ちょっ!? なに泣いて――っ!?」

 ざわめく教室と廊下。
 当たり前だ。傍から見ればどう控えめに見積もっても男が女を泣かせた様子にしか見えない。

「うっ、うっ……ひぐっ、うええ」
「お願いホント何の罰ゲームよこれさめざめ泣かないでまじリアル!!」

 突然泣き出してしまったミサキにあたふたする俺。
 どうしたものかと対応に迷う俺を余所に、ミサキは第二の爆弾を投下した。



「ひっく……。私の事は、……遊びだったの?」



 時が止まった。

 体感ではない。本当に時が止まった。
 どうやら神様は(以下略)

ドサッ

 何かが落ちる音。
 その音で我に返りそちらを見てみれば、ちょうど伊吹とすももがやって来たところで伊吹が鞄を取り落としていた。
 なのに鞄には見向きもしない。
 こちらを凝視したまま動きを止めている。
 そしてそれは伊吹の隣に立つすももも同様だった。

「……こ、小日向、……雄真。貴様……」
「兄さん……」
「待て、色々待て。お前たちは何か致命的な勘違いをしている――ぞおっ!?」

 俺の顔面スレスレを魔法球が通過した。
 ――――って、魔法球!?
 その軌道元を辿ってみれば、マジックワンドを構えた春姫と杏璃が。

「雄真君。これってどういう事なのかな?」

 遠目に見ても春姫の額に青筋が浮かんでいるのが分かる。
 あれは相当怒っている。
 そりゃそうだ。
 那津音さんが好きかもって雰囲気を醸し出したあの屋上での出来事はなんだったの的な展開になっているのだから。

 野次馬たちはその生存本能が警笛を鳴らしたのか、徐々に距離を取り出した。
 遅れて沙耶ちゃん、信哉、小雪、準、ハチまで到着する。
 オールスターだった。
 完全に包囲される。

「みんな落ち着こう。何より落ち着かないといけないのはまず俺かもしれないが、まずは落ち着こう。
 一旦仕切り直すべきだと思うんだ俺は。深呼吸しよう。ね? 何でみんなそんなに怖い顔してジリジリ迫ってくるの?」

 裏表のない純粋な笑みを浮かべているのは準だけだ。
 後はみんな顔に影が差している。マジ怖いんだけど。
 そしてそれは俺のすぐ近くにいた問題の女子生徒も同様だったらしい。

「ゆっ、雄真クン!! こ、怖いっ!!」
「ちょっ!?」

 向き合っていたミサキがいきなり抱きついてきた。
 その光景を見てオールスターがビシリと固まる。

「ホント何なのお前!? 何が目的――っ!?」

 ミサキが。
 あれだけいじらしい雰囲気を出していたミサキが。
 俺にだけ分かるよう髪や抱きついてきた腕で隠しながら。



 ニヤリと笑って見せてきた。



「お、おまっ!?」

 やっぱり全部演技かよ!!

「雄真ァァァァァァァァァ!!!!!!」

 ハチの咆哮を合図に。
 俺の友人たちは修羅と化した。

175名無し@管理人:2013/03/02(土) 23:35:43
はぴねす!リレーSS その85

 先に言っておく。
 昨日のことは思い出したくない。
 ……何せ、生きた心地がしなかったからな。

「雄真、デートに行くわよ!」

 ミサキの4日間で惚れさせてやる発言の翌日の放課後。
 机越しに恋人(仮)がそんな宣言をしてきた。
 一体、何を言い出すのかと思ったが、よくよく考えれば、学生カップルが放課後にデートすることは何らおかしくない。
 当たり前のことを言っているだけだなと思った。
 今日は(断じて「今日も」ではない)、予定もないし付き合ってやるか。

「いいぜ。それで、どこ行くんだ?」
「……」

 何故か、誘ってきた本人が面食らっていた。
 まさか、俺がすんなり受け入れるとは思っていなかったのだろうか。
 まぁ、那津音さんっていう好きな人もいるし、抵抗するほうが自然だったのかもしれない。
 でもなぁ、拒否する理由もないのに、抵抗するって馬鹿らしいだろ?
 なら、さっさと受け入れたほうが気楽だ。
 そういうわけで、ミサキの誘いに乗った俺だった。

「おい、ミサキ。どこでデートするんだ?」
「……は!? 別に雄真がすんなり受け入れたことに対して呆気にとられていたわけじゃないんだからね!」
「エセツンデレ乙。で、何処行くんだ?」
「それは、付いてからのお楽しみよ」

 そう言って、ミサキはナチュラルに俺の手を取った。
 体の肉付きはあまりよくないが、手は女の子らしく柔らかいなぁと感じる。

「今、失礼なこと考えなかった? 考えたわよね」
「……何のことやら」
「まぁいいわ。目的地についてから問い質すことにするから」

 ……おっかねぇな、やっぱり。
 こいつの前で、あまり変なことは考えないようにしよう。
 そう決意を固めて、引き摺られるようにして教室を出ようとした時だった。

『ちょっと待ったぁ!!!!』

 複数の呼び止める女性の声が聞こえた。
 振り返ると、教室の中から春姫に杏璃に沙耶ちゃん。
 そして、逆の出入り口に那津音姉さんが俺(達)に視線を向けていた。
 ……今日の放課後も面倒なことになりそうだ。

176TR:2013/03/03(日) 00:49:02
『ちょっと待ったぁ!!!!』

複数の女性の声に呼び止められた俺達。
それはある種の地獄の到来を予感させるものだった。


『はぴねす! リレー小説』―――TR
第86話「どうしてこうなった」


「あら、何かしら?」

ミサキはいつも通りの余裕を秘めた表情で答える。

「”何かしら?”じゃないわよ! 何勝手に雄真を連れてこうとしてるのよ!」
「勝手じゃないわよ。だって雄真はさっき『いいぜ。お前とだったら地獄の底まででも行ってやるぜ』って言ってくれたわ」

ミサキの正論に、杏璃は返す言葉がなく……って

「俺、地獄の底まででも行くとは言ってないぞ!?」
「そっそれならあたしだって、雄真に荷物持ちをして貰う約束を!」
「いやいやっ?! それどのくらい前の話だよ! というより予約が100年分埋まってるって言ったぞ!」

杏璃のある意味嘘の言葉に、俺は訂正するようにツッコむ。

「雄真君とは、イチゴ狩りに行く予定なの! け、決してイチゴが食べたいだけじゃないんだからねッ!」
「ツンデレ風に言っても、誤魔化されませんよ春姫サン!?」

というよりそもそも行くなんて約束してないし。

「みんな、嘘はよくないですよ」
「そうだよ。那津音さん、ありがとう」
「雄真君は私の荷物整理をするんだから」
「うん、全然ありがたくなかった!」

なぜだかどんどんと俺の予定が作り上げられていく。
これで伊吹とかは来ないよな?
というより来ないでくれ!!

「残念だけど、雄真は私にぞっこんなのよ。昨日は熱烈な抱擁をしてもらったし」
「したけど、あれってミサキが一方的に……いつっ!?」

訂正しようとしたら、思いっきり足を踏みつけられた。

「そ、それでしたら私は雄真さんと夫婦の契りを――――」

げっ!?
沙耶ちゃん、貴女様は何と言う爆弾を投下したんだッ!?
今、教室の温度が確実に下がったぞ!?

177TR:2013/03/03(日) 00:49:36
「なぁにぃ!! 雄真、説明し――パルーチっ!?」

それを聞いていて暴徒と化したハチが俺に掴みかかろうとしてきたが、その後ろにいた人物によって潰された。

「それはどういうことだ、雄真殿!」

その人物――信哉は俺の体をものすごい力でつかむと、体を揺さぶりながら問いただしてくる。
信哉の表情は完全に鬼の顔と化していた。

「ギブギブギブギブ!」

ものすごい勢いで揺さぶられると気分が悪くなってくる。

「どういうことなのだ! 雄真殿」
「ええい!!」
「ゲボァっ!」

鬼と化していた信哉は沙耶ちゃんの一撃で、無力化させられた。

「だ、大丈夫ですか? 雄真さん」
「あ、ああ。サンキュな」

とりあえず助けてくれた沙耶ちゃんにお礼を言うことにした。
もっとも、発端を作ったのは沙耶ちゃんだけど。

「雄真、大丈夫だった!」
「ああ大丈夫……って、俺をどこに連れてくつもりだッ!?」
「どこにって、そんな事を聞くの? 雄真って罪な男ね」

どこかに引っ張って行くミサキに問いかけた俺に、ミサキはどこかテンションが高い様子で答える。
微妙に怖い。

「……」
「……」

そんなミサキの前に立ちはだかるのは那津音さんだった。

「退いて下さい」
「退きません」
「退いて」
「退かない」
「退け!」
「退かない!」

二人の間で繰り返される言葉の応酬。
何だかどんどんと二人の言葉の応酬が怖くなってるような……。
どうしてこうなった!!
結局、教室から出られたのは30分後の事だった。

「誰か……俺の安否も……確認して……くれよ………ガクっ」

巻き添えになった男子学生は地面で蹲りながら呟いていたとか。

178叢雲の鞘:2013/03/07(木) 23:26:31
どういうことなのだ! 雄真殿」
「ええい!!」
「ゲボァっ!」



『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 87  by叢雲の鞘



大変な事態だ!

これは上条家始まって以来の一大事だ!

秘宝事件が終結してからというもの、沙耶の雄真殿への応対が前よりも積極的になっていることには気付いていたが、よもや夫婦の契りを交わしていたとは!!

いかに雄真殿が俺たちの恩人とはいえ、沙耶を傷物にしたとあっては万死に値する!

こうなれば、雄真殿を我が風神雷神の錆にしてくれる〜〜〜〜〜〜!!!!

………………。

………………。

………………いや、落ち着くのだ上条信哉よ。

雄真殿を危めれば沙耶が悲しむだろう。

いかに雄真殿憎しと言えど、沙耶の想い人であるならあまり非道なことはできぬ。

なにより、怒った沙耶が恐ろしいからな………………(ガクガクブルブル)

それに、百歩譲って沙耶を誰かに嫁がせるというのなら雄真殿以外には考えられまい。

ハチ殿には申し訳ないが、彼は論外だ。

伊吹様や那津音様には申し訳ないが、既に沙耶が夫婦の契りを交わしたのならばお二方には引いてもらうしかない。

それから今、雄真殿と恋仲だというミサキ殿にも諦めてもらおう。

聞けば、2人は付き合い始めてまだ数日だという。

世間の一般常識には疎いので、「いんたーねつと」とやらの「やほー」とかいうもので調べてみたのだが……どうやら恋人同士の逢瀬には段階があり、夜ごとに気になる女性の寝所へ赴き、愛を詠った和歌を送って了承を得られれば恋人となり、その後はしばし男が恋人のもとへと通い、文の交し合いや交換日記なるものを通じて親睦を深めていくらしい。

となれば、まだ2人は夫婦の契りを交わしてはいないはず。

いかにして雄真殿が俺の目を掻い潜り、沙耶との逢瀬を重ねたのかはわからぬが……秘宝事件の折、一時的に沙耶のもとを離れた時があったがゆえ、その時にでも逢瀬を繰り返したのだろう。

契りを交わしたのだ。雄真殿には責任をとってもらわなければ。

ついでに、沙耶という将来を誓った相手がいながら他の女性に手を出した雄真殿には少々お灸を据えてやらねばならないな。

よし、待っておれよ沙耶!!

必ずや雄真殿をお前の婿殿に迎えてやるからな!!!

「待ってておれよ沙耶〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

おぉ、そうだ。

奥手な2人のことだ。

「三日夜の餅」を食してはいないだろうから、あとで餅を買って行かなくてはな!

179八下創樹:2013/03/11(月) 00:42:36

「じゃ、行ってきます」

玄関で靴紐を結びながら、誰に宛てたわけでもなく、挨拶を告げる。
ミサキがデートの約束をした翌日。
土曜日ということもあり、今日は朝からデートに出かけることになっていた。
ちなみに、ミサキとの強制恋人期間終了まで、今日を入れて2日。
つまり、この土日の休日でめでたく終了するわけである。
――――――と、立ち上がったところで、気配を感じて振り返った。

「なんだ、すももか」
「兄さん・・・・・・ホントに行くんですか?」
「なんだよお前まで・・・・・・そんなに反対か?」
「だって、その・・・・・・」
「・・・・・・まぁ確かに、あのミサキとデートするのもどうかと思うよ」

言ってて、自分自身で何を言っているんだろうと、若干躊躇う。
が、聞いてるすももを見ていると、誤魔化すのもなんだか気が引けた。

「でもさ、約束しちゃったしな。それを破るのは、なんていうか、最低だ」
「―――――」
「つーわけで、行ってきます。晩飯はいるからよろしくっ!」

言って、返答を待たずしてドアを開ける。
背後で“律儀すぎ・・・・・・”とかなんとか聞こえた気がするが、気にしない。
むしろ、ここで気力を消耗したら、これから先のデートがどうなるか予想もつかないし。


『はぴねす! リレー小説』 その88!―――――八下創樹


「随分な言い草ね、小日向くん?」
「うわぉ!? いたのか!」

どんなカラクリか、(つーか魔法か)心の内が思いっきりバレてらっしゃる。
というか、いきなり人の家の前で待ち構えてるとはこれいかに。
待ち合わせ場所を指定しなかったのはこれが狙いか!

「失礼ね。忘れてただけよ」
「そりゃー失礼だな! 約束持ちかけてきた側としてはな!」
「あら? こういうドジな部分って、男心をくすぐるんじゃないの?」
「バカなの? お前って実はバカなの!?」

こちらの悪態に悪びれる様子もなく、仕切り直しとばかりに、ミサキは髪を掻き上げた。

「さて・・・・・・雄真、待った?」
「人ん家の前で言うセリフじゃねーぞ」
家を出たとこだ。
むしろ、待ってたのはミサキである。
「・・・・・・遅いわよ、雄真」
「一応、約束の時間の30分前だぞ?」
場所を指定されなかったが、多分駅前だろうと踏み、気を遣って早めに家を出たのだ。
詰まる所、付け入る隙が無かった。
「・・・・・・中々紳士的ね、雄真」
「俺にはむしろ、お前が幻視的に見えてきたぞ」

つまり、先程から(というか会ってから)ミサキにはいつもの毒舌めいたキレが、まったく無かったのだ。
言ってしまえば、本調子ではないということ。

「なんだミサキ。お前、緊張してんの?」
「な―――!?」
「らしくねーな。もっと気楽に―――――ミサキ?」

振り返ると、俯き気味になり、前髪で表情を隠しているようにも見える。
不思議に思い、何気なしに覗き込むと―――――

「――――?」

真っ赤だった。
そりゃあ、もう、ゆでだこのように。

「あのー・・・・・・ミサキさん?」
「・・・・・・・・・・・・さ、察しなさい、バカ」

なんだか照れ隠しに怒られてしまった。
首を傾げつつも、とりあえず家の前でこれ以上続けるのは身の危険を感じるので、場所移動することにした。

180八下創樹:2013/03/11(月) 00:43:20

「―――――で、どこいくんだよ?」
結局、駅前まで来てしまった。
ミサキの顔もすっかり冷めて、ようやく落ち着いてきた。
「とりあえず、喫茶店ね。後は買い物巡りしながら、昼食。その後は映画よ」
「・・・・・・えらく用意周到だな」
そしてフツーだ。
なんの変哲もない、ありきたりすぎるデートコース。
むしろ当たり前すぎて、今では誰も実行しない程に。
「・・・・・・無計画で行くほど、私は時間を無駄にはしないわ。なんの変哲もないのも、計算の内よ」
「ほほう。・・・・・・で? なんの変哲もないのも計算の内ってのは?」

この際、心のセリフにツッコんだのは気にしないでおいた。

「多分、誰かしら邪魔に来るでしょ。その対策」
「・・・・・・お前、邪魔される前提でデートプラン組んだのか?」
「そうよ。天才的でしょ?」

むしろ天然的と言っておこう。
あらゆる意味で。

「けどさ。もし仮に、なんの邪魔も無かったらどうすんだよ?」

間違いなく、ただの平凡なデートに終わる。
いやまぁ、それがデートと言えばデートなんだが。

「大丈夫よ。貴方がいるから」
「は? 俺?」
「そうよ。雄真はなんの変哲もない日常でも、面白おかしくできる、立派な才能があるじゃない」
「ちょ、待て!? お前、なに言ってんの!?」

さらっと、とんでもなく高いハードル設置しやがった。
加えて、それは続きを物語る人(つまり執筆者)にも多大なる高いハードルを与えると知っているのか!?

「たまにはいいんじゃない?」
「暴論にも程があるぞお前!?」



―――――で、夕方。
誰からの邪魔もなく、無事にデートは終了した。



「ちょっと待って!?」
「なんだよ。今、じゃあなーって別れたとこじゃんか」
「かつてない程に展開飛ばしすぎよ!」
「むしろ他の方々への迷惑千万をぶった斬ったと言って欲しい」
「・・・・・・腑に落ちないわ。まったく」

ぶつくさ文句を言ってる割に、表情はそんなに悪くない。
まぁ、何の変哲もないくらいフツーのデートだったのだが、それはつまり、普通にデートを楽しんだということである。
実際、惚れてはいないが、昨日よりはミサキと格段に仲良くなったと思う。
―――――と。

「え?」
なにやら、見逃せないモノが視界の端を掠めた。
「なに? どうかした?」
「や、その、なんだ」

一瞬、事態が理解出来なかったが、深呼吸してから、ありのままを口にする。

「今、那津音さんらしき人が見えた」
「――――へぇ。それで?」
「見えて、店の中に入っていた。・・・・・・あの」
「あの?」

指さす先を辿り、ミサキも視線を向ける。
と、さすがのミサキも一瞬、怯んだ。
いやだって、仕方がない。
あの店は、通称“龍の穴”
同人誌の委託販売を行う、全国チェーンの有名店なのだ。(ちなみにハチも利用してるらしい)
が、問題は、その店にあの“那津音さん”が入った、ように見えたのだ。
気になる。
気になるのだが・・・・・・なにやらそっとしておいた方がいいかもしれん。
しれんのだが―――――

「気になる?」
「めっさ」
「じゃ、決まりね。私たちも行きましょ」
「い!? お、俺たちも!?」
「大丈夫よ。どういう店か知ってるし、雄真がどんな趣味嗜好でも気にしないわよ」
「えらい言われようだなオイ」
「あ、でも1対複数好みだったら、ひくわ」
「なに言ってんのお前!?」

とはいえ、確かに気になってしょうがない。
えらく乗り気なミサキが気になるが、この際、腹を括ろう。
そうして、ミサキと2人、那津音さん(?)を追って、“龍の穴”店内へ入っていった。

181TR:2013/03/11(月) 04:55:08
”龍の穴”店内。
店内に足を踏み入れた俺達は、那津音さんらしき人物の姿を探すことにした。
のだが……。

「聞いて良いか?」
「……なによ」
「ふつう、店の中で迷うか? しかも出口を探すのに」
「し、仕方ないじゃない!」

俺の言葉にミサキは頬を赤く染めながら反論してくる。

「ここの中がこんなに複雑だなんて知らなかったのよ!!」

そう、今俺達は迷子なのだ。
しかも出口が分からないという。


はぴねす! リレー小説――――――――TR
第89話「ループ」


そのきっかけはほんの数十分前……”龍の穴”店内に入った頃にさかのぼる。

「さて、問題は那津音さんはどこにいるのかだよな」

”龍の穴”は店内が迷路のように入り組んでいることでも有名。
下手に入ると迷って出られなくなる迷宮と化す。
故に、無暗に歩き回るのは危険なのだ。

「だったら私が行くわ」
「は?」

突然前に出たミサキに、俺は思わずすっとんきょな声を上げてしまった。

「なによ、問題でもあるの?」
「いや、迷うと思うんだけど」
「私は方向音痴じゃないから迷わないわよ」

俺の指摘に、ミサキは失礼だと言わんばかりに答えるが、ここは方向音痴でなくても迷ってしまう迷宮だ。

「って、待てよ!」

ずんずんと進んでいくミサキを追うようにして、俺も足を進めるのであった。










「見つからないわね」
「そうだな」

探し出して少し経ったころ、那津音さんがなかなか見つからないため、俺達は諦めかけていた。

「なあ、出ないか?」
「そうね。そうしましょう」

だからこそ、俺の提案にミサキが頷いた。
そして、出口へと向けて歩き出して今に至る。

「こうなったらとことん歩く!」
「それ、逆にひどくなると思う」
「良いじゃない。何もしないよりはましよ。それに、こういう時こそ貴方が前に立ってリードするのよ」

最後の方がよく聞き取れなかったが、こうなっては仕方ないと割り切って俺は徐に歩き出す。

「ほら、行くぞ。ミサキ」

いつまでも歩き出さないミサキに、俺は声をかけて促す。

「………本当に、分からない人ね」
「何がだ?」
「何でもないわ。私の話よ」

そう答えつつすたすたと歩いていくミサキの答えに、俺の疑問はさらに増すばかりだった。

182TR:2013/03/11(月) 04:57:42
「ねえ雄真君」
「何だ?」

どれほど歩いたのか、未だに出口と思わしき場所にたどり着けない中、ミサキはとある場所を見ながら俺に声をかけてくる。

「あれ、見て」
「何をだ…………」

ミサキの視線の先を見てみると、そこには那津音さんの姿があった。
しかも那津音さんの手には何やら一冊の本があった。

「ちょっと近寄ってみましょう」
「………ああ」

那津音さんが何を立ち読みしているのかが気になるという好奇心に負けた俺は、ミサキの提案に頷き那津音さんの近くに歩み寄る。
見つかるのではないかとひやひやしたが、那津音さんは本を読むのに集中して、俺達の事には気づいていないようだた。

「雄真君、那津音さんが読んでいる本のタイトルを」
「ああ。……えっと『男の落とし方〜これで、あなたも恋愛マスター〜』……」

那津音さんが読んでいる本のタイトルを追見上げた俺は、そのタイトルに言葉が続かなかった。
というより、一体何ていう物を読んでいるんですか那津音サン?!

「ふふふ。これでゆー君を落とせるわね」
「それよりも前に、あなたが幻滅されると思いますよ? 式守先生」
「ふぇ?」

不気味な笑みを浮かべる那津音さんに掛けられた声に、まるで壊れかけのロボットのような動きで俺達の方に振り返る。

「ゆ、ゆゆゆゆゆゆ!!!!?」
「な、那津音さん。落ち着いてください!!」

俺達を見て気が動転している那津音さんを、俺は慌てて落ち着かせた。

「だって! あなたがゆー君を盗るんだもん!」
「別に盗ってはないわよ?」

那津音さんの言葉にミサキはさらりとかわす。
しかし、状況ひとつで子供になるんだなと、まったく関係ないことを思っていた。

「うぅぅぅぅ!!! ラ・ディヴィウス!!」

那津音さんは真っ赤な顔のまま、呪文を紡ぐ。

「って、魔法は卑怯よ!!」
「うわぁ!?」

そんなミサキの文句諸共白い光は俺達を飲み込むのであった。










「あれ?」
「どうして、私たちはここに? って、ここはどこッ?!」

俺達は気付くと、知らない場所に来ていた。

(おかしいな。商店街を歩いていたはずなんだが)

どうもそこから先の記憶が無くなっているようだ。
今俺達がいるのは、本が敷き詰められている棚があるのを見る限り、本屋と思われる。
そして、不思議なことに目の前には那津音さんがいる。

「あの、式守先生。これは一体……」
「二人とも、迷ってここに来たのよ」

ミサキの疑問に答えるように、那津音さんは視線を俺達から逸らしながら答えた。

「さあ、二人とも。ここを出ましょう」
「でも、俺達出口の場所なんて」

入った記憶もないのだから、出口の場所など知る由もない。

「大丈夫。私が覚えているので」

さすがは大人だ。
何時もの言動があれだから忘れがちだが、那津音さんはしっかりと”大人”なのだ。

「それなら安心だ。な? ミサキ」
「へ? ええ。そうね」

俺の言葉にミサキは首を安堵も傾げながら応える。

「さあ、行くわよ」

そして、俺達はこの本屋の出口へと向かうのであった。

183TR:2013/03/11(月) 04:58:36
「聞いて良いですか?」
「……な、なにかな?」
「普通、店の中で迷います? しかも一度入った出口を探すのに」
「し、仕方ないじゃない! ここの本屋迷路みたいなんだからっ!!」

俺の言葉に、叫びながら反論する那津音さん。
そう、今俺達は迷子なのだ。
しかも出口が分からないという。

「………ああッ!!」

そんな時、ミサキがいきなり大声を上げた。

「どうしたんだ?」
「雄真君、あなた彼女に記憶を消されてるわよ!!」

突然肩を掴んで揺らしながら言ってくるが、どうも実感がわかない。

「今記憶を戻すわ!」

そう言ってトランプを出して何かをすると、まるで水が湧き上がってくるように景色が頭の中を駆け巡る。

「あぁッ!!」

そして、俺もまたミサキと同じく大声を上げた。
そう、俺は那津音さんを追って”龍の穴”に入ったんだ。
そして、那津音さんを見つけて記憶を消されたのだ。

「っち、もう気付いたのね」

そんな俺達を見ていた那津音さんは舌打ちをする。

「酷いじゃないですか!」
「しょうがないのよ! これもゆー君に嫌われないため。だから、もう一度忘れて!! ディヴィウス」

俺の言葉に反論しながら、那津音さんは再び呪文を紡ぐ。
それはすべてを忘れる魔法だ。
そして、また俺達は成す術もなく白い光に飲み込まれた。










「あれ?」
「ここはどこッ?! というよりどうして、私たちはここに?」

俺達は気付くと、知らない場所に来ていた。

(おかしいな。商店街を歩いていたはずなんだが)

どうもそこから先の記憶が無くなっているようだ。
今俺達がいるのは、本が敷き詰められている棚があるのを見る限り、本屋と思われる。
そして、不思議なことに目の前には那津音さんがいる。

「あの、式守先生。これは一体……」
「二人とも、迷ってここに来たのよ」

ミサキの疑問に答えるように、那津音さんは視線を俺達から逸らしながら答えた。

「さあ、二人とも。ここを出ましょう」
「でも、俺達出口の場所なんて」

入った記憶もないのだから、出口の場所など知る由もない。

「大丈夫よ。私が覚えているので」

さすがは大人だ。
何時もの言動があれだから忘れがちだが、那津音さんはしっかりと”大人”なのだ。

「それなら安心だ。な? ミサキ」
「へ? ええ。そうね」

俺の言葉にミサキは首を安堵も傾げながら応える。

「さあ、行くわよ」

そして、俺達はこの本屋の出口へと向かうのであった。

184TR:2013/03/11(月) 04:59:09
「聞いて良いですか?」
「……な、なにかな?」
「普通、店の中で迷います? しかも一度入った出口を探すのに」
「し、仕方ないじゃない! ここの本屋迷路みたいなんだからっ!!」

俺の言葉に、叫びながら反論する那津音さん。
そう、今俺達は迷子なのだ。
しかも出口が分からないという。

「………ああッ!!」

そんな時、ミサキがいきなり大声を上げた。

「どうしたんだ?」
「雄真君、あなた彼女に記憶を消されてるわよ!!」

突然肩を掴んで揺らしながら言ってくるが、どうも実感がわかない。

「今記憶を戻すわ!」

そう言ってトランプを出して何かをすると、まるで水が湧き上がってくるように景色が頭の中を駆け巡る。

「あぁッ!!」

そして、俺もまたミサキと同じく大声を上げた。
そう、俺は那津音さんを追って”龍の穴”に入ったんだ。
そして、那津音さんを見つけて記憶を消されたのだ。
しかも2回も。

「っち、もう気付いたのね」

そんな俺達を見ていた那津音さんは舌打ちをする。

「酷いじゃないですか!」
「しょうがないのよ! これもゆー君に嫌われないため。だから、もう一度忘れて!! ディヴィウス」

俺の言葉に反論しながら、那津音さんは再び呪文を紡ぐ。
それはすべてを忘れる魔法だ。
そして、またまた俺達は成す術もなく白い光に飲み込まれた。

(一体、俺達はいつになったら、ここから出られるんだ?

そんな疑問と共に。

185七草夜:2013/03/15(金) 23:17:21


「あのお客さん、いい加減にして貰えます?」

 何度目のループか知らんがそんな言葉と共に俺達はまとめて店の外に放り出された。
 まぁ店内で何度も魔法使って何度も同じやり取りの騒ぎを起こしたら注目を浴びないわけがないよね。
 皆、店の中では静かにな!



『はぴねす! リレー小説』 File,90「」―――――七草粥



 それから特筆するような出来事は起きず、三人で歩いた。
 デート自体はもう終わってるのだから解散で良いような気もするのだがミサキ曰く「デートのシメがアレじゃ最悪でしょう」と言われ、まだ共にいる。まぁご尤も。
 そしてそんなミサキが離れないもんだから負けずと那津音さんも着いて来ている。
 途中で小腹が空いたのでコンビニに寄っておでんを買った。
 特に何もせずただそれだけなのに店員にすげー変な目で見られた。何故だ。はんぺんうめぇ。

「やっぱりコンビニのおでんは最高ね。安い癖にっ……!」
「褒めておきながら何で苛立ってんのお前」
「うるさいわね!」

 乙女心は複雑なのよっ! と喚き散らす。いや、コンビニのおでん如きに乙女心を発揮されてもな。

「私、コンビニのおでんって初めて食べたわ」
「そういえば何だかんだで那津音さんってお嬢様でしたね、忘れてました」
「忘れてた!? ゆーくん流石にそれは酷くない!?」
「すみません、言い換えます。今初めて那津音さんがお嬢様であるということを実感しました」
「遠まわしに馬鹿にされてる!?」

 いや、だってただでさえ大人であることを忘れそうになるんだもの。
 伊吹のように偉そうに威張り散らしてたらまだ実感出来るんだが。

「それにしてもいつ食べても美味いわね……特に大根、味が染みていてどれだけ食べても飽きないわ」
「こっちのちくわも良いわ。ふんわりとした柔らかい歯応えに噛んだ時に出てくる汁が舌を遊ばせてくれる……」

 なんで二人ともグルメ漫画みたいな解説してんの?

「やはりおでんと言えば大根ね」
「貴方、何を言っているの? おでんと言えばちくわでしょう」
「は? ちくわごときが大根の何処を勝っているというの?」
「大根ごときがちくわを勝ってる部分なんて思いつかないわよ?」
「あ?」
「あ?」
「何いきなりきのこたけのこ戦争みたいな争い始めてんだアンタら」

 周り歩いてる人間がドン引きしてんぞ。
 那津音さんに至ってはガラまで悪くなってやがる。

「あら、では貴方は当然きのこ派よね?」
「ゆー君はたけのこ派に決まってるわよね!」

 話が変な方向にシフトしたうえで飛び火しやがった!

「ハッ! たけのこなんて周りにうっすらチョコの皮を被っただけのクッキーじゃない!」
「チョコにクラッカーを突き刺しただけのきのこの分際で調子に乗らないで欲しいわー」
「きのこが無ければ生まれもしなかった癖に。キャンペーン回数はこちらの方が上よ」
「微妙な味を生み出したところで意味は無いわ。人は常に正しい方へと惹かれるのよ」
「なら真実を言ってあげなさい小日向雄真、たけのこなんてバリエーションの利かないただの座薬だって」
「あら、ゆー君は現実に目を向ける事が出来る男の子よ。きのこ如き時代遅れの卑猥物に目を向けないわ」

 なにこれ微妙にエロい。
 というか二人とも発言がイロイロと危険な事に気付いてるのかしら。
 一応ここコンビニの周辺だから人いるんだけど。

「さぁっ!」
「どっち?」
「悪いけど俺、すぎのこ村派なんで」
「「何ソレ!?」」

 てめーら(きのこ・たけのこ)の戦火に巻き込まれてたった一年で廃村となった村だよ!
 争いとは醜いものと悟り、名前を変えて今はひっそりと製菓界に存在しているというのに。

186七草夜:2013/03/15(金) 23:18:04

「それよりもミサキ、お前まだ帰らないのか?」
「何、とっとと帰れって言いたいの? 私のような目付きの悪い女はさっさと部屋に引き篭もって観葉植物でも睨み付けてろってこと?」
「すげー言いがかりだな、おい。そうじゃなくて那津音さんと会う直前の時点でデートは終わりだったろ。幕引きがアレだったから暫く付き合ったがもう良いんじゃないか?」

 少なくとも、もうコレ以上付き合うのは時間的に拙いと思う。
 もう日は暮れている。

「そうね……」

 ミサキは少々何かを憂うような顔を見せたかと思うとまたすぐに普段のキリッとした表情に戻した。
 その一瞬の変化に、何か妙な違和感を感じるも俺は何も気付くことはない。故に特に問い詰めなかった。

「明日で私と貴方の関係は終わるわ」
「まぁ、そうだな」

 もう今日と言う日をカウントする必要は無いだろう。
 つまり、日曜日である明日が母さんが提示した条件の最終日となる。
 そこから何も問題が起きなければ、ではあるが。
 Oasis爆破事件からつまり、一週間が経とうとしている事になる。
 そういえばこの一週間、ミサキの兄にして俺のアドバイザーたるカイトを一度も見なかったのが何となく気になった。
 これも彼にとっては予想通りの事だったのだろうか。それともこれは想定外故にそれを外から見て楽しんでいるのだろうか。

「この一週間、何だかんだで私は楽しかったわ」

 唐突に彼女はそんな事を言い出した。

「はじめは御薙先生もなんて条件を出してくれたものだ、なんて思いもしたけれど。それでも男の子と出かける機会はそんなに多くなかったから……そうね、三番目くらいには楽しかった」
「三番目かよ。一番と二番は?」
「一番は当然、兄さんよ。兄さんにとっての予想通りは私にとっての予想外だからね。兄さんは複雑かもしれないけれど、私にとってはとても面白かった。二番目は秘密よ」

 女は秘密を着飾って美しくなるものだから、と。
 随分中途半端な秘密だなと思いはしたものの、ミサキは本当に楽しそうだから敢えてつっこまないことにした。

「でも明日で終わりにしないとね」
「俺を惚れさせるって奴は?」
「別に諦めたわけじゃないけど……そうね、雄真君。ちょっと目を閉じてくれない?」
「は?」

 いきなりコイツは何を言うんだ。

「あ、貴方ゆー君に一体何をする気!?」
「別に何もしませんから式守先生は黙っててください。さぁ、閉じなさい。それとも無理矢理閉じられたい?」
「閉じますすぐ閉じますハイ閉じた!」

 物騒な発言に慌てて目を閉じる。
 何をされるのか分からないドキドキ感が俺を襲う。
 ポンッ、と肩に手が乗る。え、ちょっと待って、マジで何されんの俺?
 サスッ、と背中に手が回る。おい、待てコラ、オイ!?
 ハァッ、と吐息が顔にかかる。待って待ってちょっと待って!? 那津音さんの前で何してんのコイツ!?

 ――と、唐突にそれらが一瞬で消えた。

「は?」

 那津音さんの呆けた声が響く。
 何だ、一体俺は何をされたんだ。というかまだ開けちゃいけないのか。

「え、え〜と……ゆー君、多分もう開けて良いと思う……」

 何故か那津音さんがその許可を出したので俺は恐る恐る目を開く。
 そこにはー―何も無かった。
 目を閉じるまで目の前にいたはずの神月ミサキの姿は無かった。

「……は?」

 一体どういうことだこれは。
 そんな思いを込めて一部始終を見ていたであろう那津音さんを見る。

「何か……ゆー君に近付いて一瞬こっちをニヤリって見たと思ったら魔法でどっか行っちゃった……」

 マジで特に何もしなかった。しかもそのまま消えやがった。
 そこでようやく俺はからかわれてたことに気がついた。

「なんだよ……」

 ガックリと項垂れる。俺のドキドキを返せよ。
 那津音さんが安心した表情でクスクス笑っているのが聞こえてくる。

「遅くなっちゃったから私もそろそろ帰るわね」
「送って行きましょうか?」
「良いわ、一応今日はゆー君とあの子のデートだし、その後で私を送るってのもどうかと思うしね」

 それもそうだ。

「それじゃまた学校でね」

 そう言って那津音さんは笑顔で去っていった。
 俺はと言うと、このドキドキを収めるために暫く夜風に浸っていた。
 からかわれたにしても、彼女が俺に急接近したのは事実で。
 彼女の素肌の温もりや微かな吐息を感じて俺の心はスゲーバクバクで。
 多分、なんて言うまでも無く、俺の顔は真っ赤だろう。

187七草夜:2013/03/15(金) 23:19:30


「はぁ……アイツも最後の最後でスゲーことしやがる……」

 トンッと背中を近くの壁に付ける。と、クシャッという音が聞こえた。

「ん?」

 ポスターか何かに背中があたったかと思って見てみるも壁にはなにもない。
 ふと思い当たって背に手を伸ばす。すると指先から感じる紙の触感。

「あんにゃろ……」

 多分、さっき背中に手を回したときに貼り付けたのだろう。
 那津音さんに見られないように自分と俺を死角にして。
 小学生のイタズラかよ、と呆れつつも何とか腕を伸ばして背中に貼り付けられた紙を取る。
 薄い無地のルーズリーフに書かれていたのは、彼女と思われる字でこの一文。

『最後の一日にもう一度だけ。貴方を夕食にご招待するわ』

 それと共に待ち合わせ時間とどこかの店のものと思わしき住所が書いてあった。
 内容はその文に書いてある通り、夕食のお誘い。
 ただそれ以上に俺の気を引いたのは。


『最後の一日』


 そこから先がどうなるとしても。
 俺は一つの関係が終わりに近付いているのを感じていた。

188名無し@管理人:2013/03/21(木) 00:49:43
はぴねす!リレーSS 第91話―名無し(負け組)

 ミサキが俺のことを全力で惚れさせようとするのも今日で最後か。
 そう考えると、ちょっと寂しい気もするな。
 でも、これで平穏な日々が戻ってくるんだから、喜ぶべきかもしれない。
 そんなことを考えながら、昨日ミサキが紙に書いた地図を片手に、彼女が指定した場所へと向かう。
 その途中で、俺の進路を塞ぐように立つ1人の男と遭遇した。

「信哉……?」
「雄真殿、待っていたぞ」
「どうしたんだよ? 俺はこれから用事が――」

 言葉を言い切るより先に、信哉はマジックワンドである木刀の風神雷神を構える。

「……何のつもりだ?」
「申し訳ないが、雄真殿には、今日の予定を変更してもらう」
「は?」
「そなたにはこれから俺に付き合ってもらう。力づくでも、な」

 信哉の言葉を聞いて、背中に嫌な汗が流れた。
 やばい。
 こいつ、本気だ。
 後ずさりする俺。
 隙を作らず、自分の間合いに詰めてくる信哉。
 ……どうにもならないんじゃね?

「雄真殿。痛い目を見たくなければ、用事を諦め、俺に付いて来るのだ」
「……」

 どうする?
 信哉の言葉に従うべきか?
 今分かることは、曖昧な対応では許されないということだ。
 俺、今日、ミサキに会うことができるんだろうか……。

189叢雲の鞘:2013/03/25(月) 23:12:46
(地図から)顔を上げると、そこには―――

シスコンがいた。



『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 92  by叢雲の鞘



「雄真殿。痛い目を見たくなければ、用事を諦め、俺に付いて来るのだ」

「……」

「無言は肯定と見なすぞ」

「……何が目的なんだ?」

「知れたこと。己が心に問いかけてみるがいい」

「…………」

さて、心当たりか……。

にしても、今日の信哉の雰囲気はいつにもまして威圧的だな。

こんなの秘宝事件の時だって感じなかったぞ。

……いや、1度だけあるな。

あれは確か……そうだ、最初に沙耶ちゃんと話した時に沙耶ちゃんを誑かしてると勘違いして襲い掛かってきたときの雰囲気に近いんだ。

つまり……

「沙耶ちゃんのことか……」

「その通りだ」

はて……今はその誤解も解けてるから、敵意を向けられる謂れはないんだが。

なにかしたっけな。

沙耶ちゃん絡みで信哉を怒らせるような……。

「…………(はっ)!?」

……あった。あったよ(汗)

そうだ、秘宝事件の時に沙耶ちゃんと×××したんだっけ。

そしてそれを沙耶ちゃんがこの間暴露してしまったんだっけか……。

「…………(汗)」

「どうやら思い至ったようだな……」

「……お、俺をどうするつもりだ?」

「しれたことよ……」

ヤバい!?どう考えても死亡フラグしか見えないんだが……。

「まず、雄真殿には歌を詠んでもらう!」

………………は?

190叢雲の鞘:2013/03/25(月) 23:13:53

「恋人としての段階を踏まずして夫婦の契りを交わすとは雄真どのは男女の恋愛への常識が欠けている!それでは、沙耶を嫁に迎えても周りに恥をさらすだけだ!!」

…………え〜と?

「故に雄真殿には沙耶への想いを綴った和歌を詠んでもらい、改めて沙耶と男女の『すてっぷ』とやらを踏んでもらう!」

……和歌?男女のステップ?

「……おい、信哉?」

「どうした、雄真殿?」

「いったい何の話をしてるんだ?」

「……なっ!?雄真殿は俺の話を聞いていなかったのか?雄真殿と沙耶が恋人の“すてっぷ”とやらを踏まずに夫婦の契りを交わしたというから改めてその“すてっぷ”とやらを踏んでもらおうと言っているのだ!!」

え〜と、つまり……

「俺と沙耶ちゃんが恋人にならずに×××をしたから、改めて恋人から始めろと?」

「そうだ!!」

う〜ん……なにやらこんがらがって来たぞ?

え〜と……、俺が沙耶ちゃんと恋人にならずに×××したから責任取って恋人になれって話……なんだよな?

でも何で和歌……?

あ、いや待てよ……確か以前歴史の授業で…………。

「なぁ、信哉?」

「どうした雄真殿?」

「もしかしてその和歌って、お前ん家の塀越しに詠むのか?」

「もちろんだ!」

「んで、沙耶ちゃんから返事の歌をもらったら恋人関係になるのか?」

「そうだ!」

「……そしたら夜毎、沙耶ちゃんの寝所に忍び込んで、その……×××する、と?」

「そ、そうだ!」

「そして、夜が明けたら家に帰るってことか?」

「なんだ、分かっているではないか!」

「………………」

そりゃ、平安時代の恋愛事情と『婿取り婚』の話だろうが〜〜〜〜〜〜!?

「うむ、分かっているなら話は早い。早速、行こうではないか!安心しろ『三日夜の餅』とやらも用意したし、沙耶にも歌を考えておくよう置き手紙をしておいた!」

それは結婚して三日目に夫婦で食べる物だろ〜〜〜〜!!

…………いや、マジでどうするよ?(汗)

191TR:2013/03/26(火) 00:08:35
「さあ、どうするのだ! 雄真殿!」

俺はとてつもない究極の選択を迫られていた。
もっとも、ある種の自業自得ともいえるが。


はぴねす! リレー小説―――TR
第93話「選択」


「さあ、答えられよ! 雄真殿!!」

マジックワンド『風神雷神』を手に迫ってくる信哉。

(どうすればいいんだよ)

俺は二通りの結末を考えてみた。
例えば、もしこの後和歌を詠み……『婚取り儀』の話通りにしたとしよう。

「ゆー君……」

那津音さんのある意味絶望にも似た表情が浮かんできた。

「雄真………」

杏璃の怒りにも似たような鋭い視線が浮かんできた。

「やっぱり雄真君は小さいのがいいのね」

変な方向で落ち込む春姫の表情が浮かんできた。

「さあ、雄真殿! これから毎朝鍛錬をするぞ! なに、素振り千回すれば沙耶の婿にふさわしい男になるだろう」

信哉のにこやかな笑みと肩に置かれた手の光景が浮かんできた。
では、逆にこの場から逃げたらどうなるだろう。

「ッ!!」
「逃がすか! 雷神の太刀!」

不意を打って駆けだしたはずの俺に即座に反応する信哉。
そして信哉の持つワンドから聞こえる雷のスパーク音。
それは一気に放たれ、俺の方へと向かって行く………。

(って、どっちを選んでもろくなことにならねえっ?!)

これが万事休すという物なのだろうか?
進んでも戻っても地獄だ。
なら、どうすればいい?
その答えはある意味当然の物であった。

「信哉。ひとつ聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「良いぞ、雄真殿。一つと言わず好きなだけ聞くとよい」

最初のアプローチは成功だ。
後は、次の段階だ。

「信哉は約束を破ったり嘘をついて女性を誑かすような男が、沙耶ちゃんと婚約を結ぼうとしたらどうする?」
「そんなの当然のことだ。その不届き者を性根から叩き潰す。男たるもの約束をも成し遂げられないのでは論外だ」

俺の問いに信哉は清々しさを感じるくらいの速さで答えた。
だが、この瞬間俺の作戦は成功したにも等しい。

「俺は、この後夕食を食べる約束をしている」
「それがどうした? 雄真殿」

首をかしげる信哉に、俺はその一言を告げることにした。

「もしこのまま信哉と共に行けば、その約束を破ることになる」
「なにっ!?」
「それって、”約束を破る”ということにならないか?」
「………」

俺の追究に、信哉は言葉を失い考え込み始めた。
そう、俺のやった手段は”引き延ばし”だった。
信哉の立派な男性と言う一種の価値観が、たまたま合ってくれたからこそ成り立った方法だ。
今この場では無理でも時間を稼げれば最良の方法が見つかるはずだ。
俺に必要だったのは”時間”なのだ。

「分かった」

しばらく考え込んでいた信哉は、静かに口を開いた。

「雄真殿の言い分も然りだ。ご学友との約束を成し遂げると良い」
「……ほっ」
「ただし」

俺は上手く行ったことに胸をなでおろしていると、信哉は鋭い目で俺を見てきた。

「逃げられるかもしれないから、俺も同伴させて貰おう。なに、中には入らずに外で待つ」
「分かった」

俺の狙いは”時間稼ぎ”逃げることは全く考えていなかったため、その条件は信哉に対して信用性を持たせるものとしては有効だった。

「では、そのご学友の元へと向かうとしよう」

こうして俺は信哉を引き連れてミサキの元へと向かうのであった。

192七草夜:2013/03/31(日) 00:28:53


 小日向雄真と上条信哉はある意味とてもよく似ていた。
 二人とも互いに妹を大事にし、自らが掲げる信念の元に命を燃やしている。
 そんな彼らだからこそ、気が合い、秘宝事件のようなことがあった後でも友人でいられたのだ。

 だからこそ、この出会いは必然だったのかもしれない。



『はぴねす! リレー小説』 File,94「誰よりも真っ直ぐに」―――――七草粥



 ミサキにメールを送る。
 本人は外にいると言ってくれはしたが流石に急に一人増えたことを知らせずに行くのも問題だと思ったのだ。
 返事はすぐに返ってきて、内容は簡素に「構わない」の一言だった。

「一応アイツも良いってさ」
「ふむ、急に押しかけても確かに失礼というもの。許可が下りて良かった」

 こうして武人気質で真面目なところは実に信哉らしい。
 礼を尽くすということが、コレほどまでに似合う男もそうはいないだろう。

「そうだ、雄真殿。時間はまだあるか?」
「まぁ多少の余裕は持って出たからあるけど……どうした?」
「なに、念のため手土産でも用意しておくべきかと思ってな」

 至極真面目に言うその様子に本当に真面目な男だな、と感想を抱かずにはいられなかった。
 終始外にいるつもりなのに土産を用意するとは。

「中には入らないんだろう?」
「無論、その約束だ。だが俺が外に待機していることで気分を害してしまうやもしれぬ」

 気にし過ぎなような気もしたがそれ以上何かを言うのは止めることにした。
 結局、信哉はとにかく礼を気にする男なのだ。
 本人がそうすることで気が晴れるのならそうすべきなのだろう。

「分かった。じゃあ少し寄り道をして行こう」
「かたじけない」
「良いさ、俺も一応アイツとの関係の最終日だし、何か用意した方がいい気がしたしな」

 終わりは前々から決まっていたとはいえ、夕食に誘われたのは昨日の夜だ。だから何も用意などしていない。
 関係ない信哉が用意する以上、俺も曲がりなりにも『彼女』であったミサキに何かを贈るべきだろう。

「とはいえあまりのんびりとしている余裕はないし、指定された場所の付近で適当に探すので良いか?」
「雄真殿がその方が都合が良いならばこちらとしても依存は無い」

 そう言ってくれたので俺達は行く先を微妙にズラすことにした。



 * * *



 幸いにも、互いに目的のものはすぐに見つけることが出来た。
 俺は以前、那津音さんに買ってあげたアクセサリーショップでアイツに似合いそうなのを。
 信哉はその付近の店で適当な菓子折りを買った。
 元々、女性に何かを贈ると言ったら過去の経験からあそこくらいしかすぐに思い浮かばなかったのだがそれが逆に良かったようだ・
 ただあまりにもスムーズに行き過ぎたので結局時間が余ってしまい、俺達は目的地へゆっくりと歩くことにした。

193七草夜:2013/03/31(日) 00:29:38
 時間もあることだし……この際だから聞いておくことにしようか。

「ちょっと前から思ってたんだが」

 隣を歩く信哉に俺はそう切り出し始める。

「信哉は俺を、沙耶ちゃんに相応しい男だと思っているわけか?」
「無論だ。むしろ雄真殿以外の男で相応しい者がいるなどとは到底思えん」

 キッパリ言い張る信哉。
 そこまではっきりと言われるといっそ清々しく、こちらとしても何だか誇らしく思えてくる。
 だけど。

「でも俺は、沙耶ちゃん以外の女の子にも言い寄られてる……それでも、俺はまだ何の答えも出せていない」

 今だってそうだ。
 ミサキとの約束を盾に、俺は信哉に対して答えを出すことを避け続けている。

「この前なんか杏璃にハッキリと告白された。だけど俺は現状維持が可能であることを良い事に逃げ続けている」

 相手の気持ちを知り、理解しておきながら。
 あの時、杏璃は言ってくれた。

『アンタはアンタの想う通りで良いの。私はそんなアンタに惚れたから』

 その言葉は、純粋に嬉しかった。
 俺の事を考え、そのうえで自分の想いを伝えてきてくれた、彼女の気持ちに。
 だけど今は少し揺らいでいる。


 何故なら俺は未だにあの時の記憶を誰一人として返していないのだから。


 俺には時間が必要だから、とあの男は言った。その間に必要なものを身に付けろとも。
 それは決して間違いじゃない。確かに俺にはあの時、ゆっくりと物事を冷静に考える時間が必要だった。
 けれど、あれからもう一週間以上が過ぎている。俺は未だにアイツに出された課題を達成出来たとも思っていない。
 そんな揺れ惑う俺の心はどうしても考えてしまってならない。


 ――杏璃が好きになってくれたという俺が想う通りの俺とは、一体なんなのだろうか。


「……俺はそれでも、信哉にとって沙耶ちゃんを預けるに足る男だと思ってくれるのか?」

 仮にすももがそういう男を好きになった場合、俺は決して受け止められるとは思えない。
 何よりも大切な家族を、そんな簡単に預けられるとは……。

「雄真殿、それを聞いたうえで再び言おう。それでも俺は雄真殿以外に相応しい者がいるとは思えない、とな」

 だが、信哉はいとも簡単に答えを出してきたのだった。

「信哉?」
「雄真殿は自分の境遇を悩んでいるようだが、俺からすればその悩む姿勢こそが沙耶を任せるに相応しいと思っている」

 まるで迷う事無く、信哉はただ真っ直ぐに俺を見つめてくる。

「雄真殿が複数の女性から好かれるのは雄真殿自身の人徳だ。責めるべきではない」

 そういう彼はどこまでも真っ直ぐで。

「そして雄真殿は皆の気持ちを受け止めたうえで今も答えを出そうと悩んでいる。答えを見出せない自分に、苛立ちを覚えている」

 誰よりも真っ直ぐで。

「そんな雄真殿だからこそ沙耶は雄真殿に惚れ、そして――」

 眩しかった。

「そして俺自身も、そんな雄真殿の友であることを誇りに思っている」

 嬉しかった。

「あるいは雄真殿に仕えるのも決して悪いものではない、と心からそう思っている」

 誰よりも男らしく。
 誰よりも誇らしいこの友人にそう言われることが。
 たまらなく、心地良かった。

「だから雄真殿、悩むことなど無い。他の誰がどう思おうと俺のこの考えがきっと変わることはない」
「信哉……」

 どこまでも真面目で実直な信哉だからこそ、その言葉は真っ直ぐ俺に伝わってきた。
 嘘偽りがないとハッキリ分かるその思いが俺の心に届いてくる。
 だからこそ、俺もいつかは真っ直ぐと返さないといけない。

「……今回のことが終わったらさ」
「うん?」
「きっとちゃんと答え、出すから。信哉に納得してもらえるかどうかは分からないけど、自分なりにしっかりと考えて決めるから」

 信哉は何を、とも何故、とも聞かずにただ一言。

「うむ、待っている」

 そう言ってくれた。
 それがまた、嬉しかった。

「では少し急ぐとしよう。のんびりとし過ぎたやもしれぬ」
「そうだな」

 俺達は目的地へと揃って再び歩き始めた。

194Leica:2013/04/04(木) 23:38:27
『はぴねすりれー きゅうじゅうご』Leica



「……なんで貴方がここに居るんですか」

 地図に記された目的地へ辿り着いたは良いものの、そこで待ち構えていたのはミサキでは無くカイトだった。

「『なんで』? おかしな事を言う。
 実の妹に悪い虫が付いたのに、払いに来ない兄がいると思うか?」
「……悪い虫って」

 いきなりひどい言われようである。
 確かに、昨日のデートだって今日の食事だってカイトに話していたわけではない。
 しかし、わざわざ許可を取る必要もないのだ。お互いそんな年齢でもない。

「趣向返しのつもりか? 御薙鈴莉も面倒な提案をしてくれたものだ」

 ため息交じりにカイトは言う。

「まさかミサキをキャストとして迎え入れてしまうとは。
 確かに俺を舞台に上げるには、一番効果的な方法だと言わざるを得ないが」
「……何の話をしているのか、もう少し分かりやすく言ってもらえませんか」

 悪い虫呼ばわりされたうえ、理解のできない話を勝手に進められる。
 流石にこちらも気分を害するというものだ。

「……分からないのか、まだ。俺の言いたい事が。本当に?」

 一語一語、区切るようにカイトは問うてくる。
 しかし返答するより先に、隣で黙っていた信哉が一歩俺の前に出た。

「誰かな君は」
「俺は――」
「名は上条信哉。上条沙耶の兄にして式守伊吹の従者。
 所持するマジックワンドは風神雷神という名の木刀。
 近接戦を主としており、遠距離戦や回復魔法、防御魔法を苦手とする。
 扱える魔法にはClassAに匹敵するほどの威力を持つものもあるが、現在Classは所持していない。
 言っておくが俺が今求めている問いは、この程度のプロフィールでは無いぞ」
「……」

 信哉の表情が微妙に歪んだ。

「ちょ、ちょっと……」

 そのあからさまな挑発に待ったを掛けようと声を出したが、信哉に手で制されてしまう。

「俺は、『この雄真殿の友人』だ」
「……そうか、失礼した。それは中々に興味深い人物と言えそうだ」

 信哉の回答に、カイトはニヤリと笑って見せた。

「雄真殿に謝罪してもらおう」
「何に対して」
「答えねば分からぬほど愚鈍な輩には見えぬ」
「これは手厳しいな」

 カイトは両手を挙げる事でそれに応えた。
 笑いが苦笑に代わる。

「が。謝罪するに値するかどうかは、今からこの男が取る行動によって変わるな」
「……どういう事だ?」

 信哉が眉を吊り上げた。

195Leica:2013/04/04(木) 23:39:05

「ミサキは、既に店の中に居る」

 その言葉は、間違いなく俺に向けられた言葉。

「……正直に言って、俺は今のミサキにお前を会わせたくはない。言っている意味が分かるか」

 信哉から視線は外さずに、それでもカイトは俺へと問いかけてくる。

「……貴方の、兄としての個人的な感傷に付き合っている暇は無いんですが」
「0点だ。ふざけているのか、雄真。それとも本心からその言葉を述べているのか?
 どっちだ雄真。前者なら来た道を引き返せ。二度とミサキの前に顔を出すな。
 後者だとすれば、もはやお前を救う手だてを俺は持ち合わせていない」
「……」

 いつもの達観した表情とは違う、自らの意志を込めたセリフだった。
 その迫力で、思わず答えに窮してしまう。

「こういった事は他人の口から言うべきではないが……。
 いかんせん、本人もまだ知らぬ未来の事だからな」

 もう一度ため息を吐いてから、カイトは改めて口を開いた。

「ミサキは既に、お前へ少なからずの好意を抱いている」
「っ!?」
「ここが分岐点なのだ。運命のな」

 カイトは後ろ手にミサキが既に居るというレストランを指す。

「お前が今日、ミサキにここで会えばミサキは自分の感情を自覚する。
 雄真、お前が好きだという感情をな」

 ……ミサキが、俺を好きになる?
 あのミサキが?
 まさか、そんなはず……。

「無い、と言い切れるのか?
 女心の欠片も理解できぬ、お前に?」
「……」

 またもや答えられぬ俺を見て、カイトは鼻で嗤った。

「ミサキがお前を好きになる。それ自体に問題は無い。
 そう、人が誰を好きになるかは個人の自由だ。
 いくら妹とて、俺はそこまで干渉する気は無い。
 だが、問題なのはこの次」

 聞きたくない、と思った。
 本能がその続きを聞くことを拒否していた。
 それでもカイトは続ける。続けてしまう。

「ミサキがお前に好意を寄せ、それをお前に告げたとしても。
 その結果が伴う事は未来永劫ない。
 なぜなら、お前には既に好きな人間がいるから」

 式守那津音。
 言外にその人物を告げられた気がした。

「実らない恋を植え付けるつもりか、雄真。
 鈍感なお前だ。ミサキの感情の機微まで正確に理解していろ、とまでは言うつもりも無い。
 しかし。お前は今、ここで答えを知った。この先に続く道の答えを知ったんだ。
 もう無知や鈍感では許されないぞ」

 カイトは二本の指を立てた。

「店へ入るか、引き返すか。ここで決めろ。
 後者なら俺に言う事は何もない。ミサキにもそれなりの理由を付けて話してやる。
 明日以降も引き続き、妹と“これまで通りの”お付き合いを頼む。
 が、前者を取ると言うならば覚悟を決めろよ」
「っ」

 カイトの身体から、威圧的な何かが漏れ出る。



「選択するにあたり、最後の忠告だ。この二択はミサキとの約束を守るか守らないかじゃない。
 お前自身がどうしたいのか、その二択だ。適当な理由づけで俺の横を通り抜ける事は許さん」

196TR:2013/04/05(金) 02:45:35
小日向雄真を取り巻く状況は、非常によろしくない。
既に8人の女子(性別上でカウントするかの疑問がある一人に関しては、女子としてカウント)に好意を寄せられている。
初恋の人だから等々、その理由は様々だ。
そしてそこにまた一人加わろうとしていた。
名を神月ミサキ。
ある目的を持って雄真に接触をする兄の手助け(?)をしているうちに好意を持ってしまった。
もし彼女のそれを”被害者”とするのであれば、小日向雄真は加害者と言うことになる。
それはもちろん比喩でもある。
だが、この現状は彼に責がないと言えばそれは嘘となる。
そして今、そのツケが雄真の身に押し寄せようとしていた。


はぴねす! リレー小説―――TR
第96話「決断」


「…………」

もはや、引き伸ばしはできない。
それはすでに雄真も悟っていた。
入るか否かの二択。
簡潔に見えるそれは、雄真にとっては究極の選択にも感じられた。
目を閉じている雄真に、カイトは答えを急かすようなまねはしない。
それは、しっかりと考えたうえで答えさせるというカイトができる最低限の譲歩なのか、それとも試しているのかは定かではない。
信哉も固唾をのんでその様子を見ていた。
やがて、雄真は閉じていた眼を開くとカイトに視線を向ける。

「答えは決まったようだな」
「ああ」

そう答える雄真の目は少しばかり泳いでいたが、少なからず気持ちは固まったのだろう。

「では、聞かせて貰おうか。 店へ入るか、引き返すかを」

そう理解したからこそカイトは促した。

「俺は………」

雄真は一度深呼吸をする。
そして、答えた。

「先に進ませて貰う」
「ほぅ」
「雄真殿」

雄真の出した結論に、カイトは面白いと言わんばかりに目を細め、信哉は目を見開かせた。
その表情にあるのは怒りなのか、それとも別の感情なのかを窺い知ることはできない。

「ならば、理由だ。理由を聞かせて貰おうか? まさか『約束を守るため』という物ではないだろうな?」
「当然だ」

雄真は揺らぐことなく答えると、その理由を口にする。

「もし、仮にアンタの妹が……ミサキが俺に好意を寄せていたとしたら、俺は彼女のその行為に向き合わなければいけない」
「………」

カイトの目が細まる。
それと同時に威圧感も増す。

「もしここから引き返せば、確かに簡単だ。でも、それは結局逃げているだけだし、ミサキの気持ちを”冒涜”するだけだ」

(そう来たか)

カイトは雄真の出した理由に呆れとも取れない様子で心の中でつぶやいた。
カイトの出した選択肢の意味を、雄真はしっかりと考えている。
そのうえでそう告げているのだ。
このまま返せば妹でもある、ミサキには心に傷を負うだろう。
もっとも、負うか否かは不明だが。
確かに、引き返すのであれば、それでおしまいだ。
後はカイトの方で動けばいい。
しかし、それを雄真は自分でやろうとしている。
雄真自身気持ちが固まっているということはない。
未だに揺れ動いている。
ただその揺れが大きいか否かの違いだ。

「雄真、今口にしたことは本気なのか?」

カイトが口にした問いに込められた意図の一つは、最後の決断のチャンスだった。
まだ引き返すことは十分に可能な状態。
仮に雄真がやけになって出てきた言葉なのであれば、答えを変えることも可能だと言外で告げる。

「当然だ。俺は逃げない」

だが、雄真はそのチャンスすらをも切り捨てた。

「なるほどな」

もう後戻りはできない。
カイトは、静かに呟くと雄真の方に一歩踏み出した。

197叢雲の鞘:2013/04/07(日) 19:29:58
「では、聞かせて貰おうか。 店へ入るか、引き返すかを」

「俺は……先に進ませて貰う」



『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 97  by叢雲の鞘



「なるほどな」

カイトは、静かに呟くと雄真の方に一歩踏み出した。

「…………!?」

「……なら、さっさと行け」

そう言って、カイトは雄真の横を素通りする。

「……いいのか?」

「どうせ、分かりきっていたことだ」

「どういうことだ?」

「理由はどうあれ、お前が引き返すという選択肢は最初から予想の範疇になかったということだ」

「なんでだ?」

「……わからないか?」

「?」

「……ふぅ。お前は神坂春姫を始め、多くの女性から好意を寄せられている。ルックス、知能、運動神経等……特に秀逸なモノを持たず、平凡とした人間であるにも関わらずだ」

「…………ぐっ!?」

“平凡”という言葉が雄真の心に突き刺さる。

なまじ当人にも自覚があるため、ダメージは決して小さくない。

「だが、それでもお前は多くの人間から慕われている。そこの上条信哉のように、お前に好意を抱く女性以外からも含めてな」

「…………」

「それはお前が誰に対しても真摯に向き合い、相手の良い点を見つけて全て受け入れる懐の広さを持ち合わせているからだ」

「それって別に特別なことじゃ……」

「そう思っているのはお前だけだ」

「え?」

198叢雲の鞘:2013/04/07(日) 19:31:14

「柊杏璃が良い例だ。彼女はよく神坂春姫に対抗して問題を起こすトラブルメーカーだ。故に、彼女に対して悪印象を持つものも少なくない」

「でも、あいつにだって良い所はあるぞ」

「そうだな。だからお前を始めとした交友関係から見限られることなく“友達”としていられた」

「…………」

“友達”と強調された言葉に複雑な表情を浮かべる雄真。

しかし、カイトは意に介さず言葉を続ける。

「だが、悪印象というのは好印象よりも目立つ。それ故、よく知りもせずに彼女から距離を置いたり、忌避する者もいる」

「…………」

「しかしお前は、そんな悪評など意にも介さずに柊杏璃を受け入れた」

「でも、それは春姫たちも一緒だろ?」

「同性と異性では感じ方や反応が異なる。ましてやお前は普通科の生徒だ。彼女の容姿の良さがある程度緩和しているとはいえ、魔法科の事情に疎い者からすれば彼女を畏怖の対象と見ても不思議ではない。それに加え、お前はたびたび彼女の暴走の被害を被っていたわけだしな」

「……う(汗)」

杏璃の数々の所業とダメージを思いだし、ちょっと気落ちしてしまう。

「それでもお前は彼女という人間を受け入れ続けた。彼女の欠点を補うだけの利点に気づいていたからな。お前が彼女に告白されたときも言っていただろ?自分を受け入れる者などほとんどいないと」

「…………う////」

杏璃に告白された時のことを思い出し、顔が赤くなる。

「だ、だったらハチはどうなんだ?アイツだって杏璃のこと受け入れてるぞ!?」

照れ隠しかハチを引き合いに出す。

「アレはそれ以外のマイナスが強すぎるんだ」

「ですよね〜〜」

「同様のことが他の者にも言える。優等生として崇拝されていた神坂春姫。式守家の次期当主として他者を寄せ付けなかった式守伊吹といったようにな。式守伊吹にいたっては公にこそなっていないが、秘宝事件の黒幕であったことをお前は熟知していたはずだろ?」

「た、たしかに……」

「説明が長くなったが、要はお前の相手に向き合う姿勢、そしてそのために努力する姿が人を惹きつけるということだ」

「な、なるほど……」

「わかったなら、さっさと行け。これ以上、妹を待たせるな」

「お、おう……」

「……最後に1つだけ忠告しておく」

「なんだ?」

「とりあえず、今日のところは引き下がるが。生半可な答えの出し方で妹を泣かすようなら……」

「……出すなら?」

「二度と表を歩けなくなると思え……」

その瞬間、周りの気温が下がった気がした。

まぁ、あの妹にしてこの兄ありといったところか。

「い、イエッサー!」

敬礼をして返事をした雄真は急ぎ足で店へと入っていった。

199叢雲の鞘:2013/04/07(日) 19:32:38



「それと、上条信哉」

「む、俺になにか……?」

「今日の所はいったんお帰り願おう」

「なにゆえそのような……」

「今日は妹にとって特別な日になる。仮初めとはいえ初めての恋人と過ごす最後の日であり、同時に新たな始まりの日でもある。そんな時に無粋な真似は止してもらいたい」

「……そちらの事情はあい分かった。しかし、こちらとて引けぬ事情がある」

「同じ妹を持つ身としての願いでもか?」

「できれば聞き届けてやりたいが、これも沙耶のため。許されよ」

「そうか、それは残念だ」

「すまぬな」

「いや、構わんさ。………ところでだな」

「まだなにか?」

「今日のことを上条沙耶は知っているのか?」

「詳しい話はしていない。だが一応、置き手紙はしてきた」

「なるほど。なら、これを見てほしい」

そう言って、カイトは自分の携帯のリダイヤルページを見せる。

「これは……?」

「こっちがお前の家の電話番号。そしてこっちが式守家の電話番号だ」

「む……?なぜ、我が家と式守家の番号を知っている!」
「簡単だ。学園の名簿に書いてあるからな」

「そ、そうだったか。取り乱してすまなかった」

「構わんよ」

「それで、この電話番号がどうしたのだ?」

「ここをよく見ろ。俺が電話をかけたのはいつごろになっている?」

「ん?……いまから30分ほど前のようだな」

「そうだな。つまり……そろそろいい頃合いだと思わんか?」

「……なんの頃合いだ?」

「ここから式守家及び上条家の屋敷までが徒歩50分程度なのだが、走れば30分ほどで着く」

「なるほど」

「後ろを見てみろ」

「ん?」

カイトに促されて後ろを振り向く信哉。

そこには3匹のご隠ky…じゃなかった。鬼が居た。

「は!?い、いや待て沙耶…こ、これはだな…………」

「伊吹様!?そ、それに那津音様も!?……いえ、ここここれはですね…………」

「ぬあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

それはまさに地獄絵図だったとか。

こうしてドナドナのごとく信哉は引っ立てられていった。

「さて……」

4人を見送ったカイトは信哉が急用で帰ったという旨を綴ったメールを雄真に送り、去っていった。

200Leica:2013/04/11(木) 22:10:01

『はぴねすりれー きゅーじゅーはち』Leica



 店内には優雅なクラシックが流れていた。

 ファーストフード店やファミレスで良く見かけるありふれた光景など無い。
 客も従業員も必要以上の会話はせず、喧騒など皆無のレストランだった。

「……」

 従業員はみな正装。
 テーブルに料理を運ぶ従業員が俺の前を通り過ぎる。
 銀のカートに乗せられた数々の料理は、今まで俺が見た事もないようなものばかりだった。

「……」

 ちょっと待とう。

 状況を整理した方がいい。
 何で俺こんな店にいるの。場違いにも程があるでしょ。
 いや、カイトの後ろ手にこのレストランを見ていた時点で嫌な予感はしていたんだ。
 洒落た外装に、何て書いてあるのか見当もつかぬ店名(もはや何語かも読めなかった)。
 そして店先に出されていた、何て書いてあるのかまたもや見当もつかぬ見開きのメニュー。
 こちらも何語かすら分からず、おまけに値段など印刷ミスにしか見えなかった。

「……」

 おかしい。どう考えてもおかしい。
 やめた方がいい。引き返せ。今ならまだ間に合う。
 そんな意味不明な思考に陥りかけていたとき、不意に声をかけられた。

「いらっしゃいませ」
「――っ!?」

 思わず肩を震わせる。
 いきなり声をかけてきたうえに「イラッシャイマセ」だと?
 ここは日本なんだからせめて挨拶くらいは日本語でしろと思ったところで、
 よく考えてみるまでもなく「いらっしゃいませ」は日本の挨拶だという事に気が付いた。

 つまりは相当テンパっているらしい。

「御一人様ですか?」
「え? え、と、その……」

 店内の雰囲気に圧倒されているせいか、不可思議な呪文にしか聞こえない。
 た、助けてミサキさーんっ!?
 そう心の中で叫んだ直後だった。

201Leica:2013/04/11(木) 22:10:45

「遅い」
「……は? ……あ」

 レジの近くに備え付けられていたソファー。
 そこに優雅に腰かけていたのは見紛う事なきミサキその人だった。

「ミサキ!!」

 良かった!! 神はいた!!
 そんな俺の歓喜を余所に、ミサキはズカズカと寄ってきてもう一言。

「遅い」

 半眼で睨まれる。

「……え、うそ」

 嫌な汗が背中をつたった。
 慌てて腕時計が刻む時間を見てみる。
 そこには、待ち合わせ時間まであと10分を知らせる表示がなされていた。

「……。間に合ってんじゃん」

 驚かせんじゃねーよ。
 ホント早めに出てきてよかったよ。人生何が起こるか分かったモノじゃない。
 しかし、目の前のミサキはそれはもう盛大にため息を吐いて見せてきた。

「お、おい。あのさ――」
「ねえ、聞いた? 今の男の子のセリフ」

 そのあんまりな態度にミサキへ言い返してやろうとした俺だったが、
ちょうど会計を終えたところだったのか壮齢のカップルの話し声が聞こえてきた。

「間に合ってる、だって」
「ははは、初々しい感じがいいじゃないか。でも大丈夫だよ。俺はこれからも時間に関係無く、君を待たせたりなんかさせないさ」
「やだ、もうお上手ね」
「当然さ。それはそうと、夜景の楽しめるホテルを取ってあるんだ。この後もお付き合い願えるかな?」
「素敵……」

 ……。

「……」
「……」

 綺麗なベル音が響き、レストランの扉が閉まる。
 相対する俺とミサキの間に痛い沈黙が生まれた。

「……」
「……」
「……分かった?」
「……」

 つまりはそういう事よ、と。
 ミサキが言外に投げかけてくる。
 俺は無言で頷いた。

 お詫びにここで死ねばいいですかね。
 マジ恥ずかしくて死にそうなんスけど。

202七草夜:2013/04/15(月) 23:05:52

 カラン、と音を立てながら氷の入ったグラスに水が注がれていく。
 やたらと高価そうなグラス、場の雰囲気を壊さない意匠のこらされたピッチャー、明らかにただの水道水ではないっぽい雰囲気ただよう水。
 改めて雄真は自分の場違い感を実感していた。ぶっちゃけ案内された席に座るのに10秒ほど覚悟を要したくらいだ。
 こんな高級そうな店、一度たりとも来たことが無い。

「適当なタイミングで頼んでおいたコース、お願いします」
「かしこまりました」

 一方、ミサキは平然と座り、自分のグラスにも水を注ぐウェイターにそう注文する。
 声音もいつも通りの大胆不敵さで、迷いや緊張なんて欠片も感じられない。

「……お前、こういう店によく来るのか?」

 思わずそんな事を聞いてしまう。
 ミサキは注がれたグラスを早速手に一口飲んでから

「兄さんと何度かね」

 と答えた。

「お前、どっかの企業のお嬢様とかだったりするのか?」

 ただの水をやたら優雅に飲むその姿が似合ってるだけに雄真は続けてそう質問する。
 春姫がお姫様、伊吹と那津音がお嬢様ならば彼女はまるで中世の城の王女様のようだった。

「まさか、父はただのしがない会社員。母もどこにでもいる専業主婦、両親共にごく普通の一般家庭よ」
「だったら普通、こんな所によく来るなんてありえないだろ……」

 見るからに高そうな意匠の店。
 メニューもファミレスと違って名前のみで写真やイラストなんて入っていない。
 匠がデザインしたとしか思えない店内の雰囲気の良さといい、一般家庭の人間ではどう考えても気後れして入ることすら躊躇いそうだ。
 例外があるとすれば、先程のカップルのような組み合わせくらいなものだろう。
 そんな店に、まるでそこにいるのが当然かと言わんばかりに馴染んでいるミサキが色々と信じられない。

「言ったでしょう、この店には兄さんと来たのよ。家族と、ではないわ」
「……え、じゃあいつも支払いとか全部カイトが?」
「えぇ、ちなみに今日の分も既に兄さんが支払ってくれてるから安心して良いわよ」

 不敵に微笑みながら「気にしてたでしょう?」とミサキは目で問いかけてくる。
 確かにそこばかりは雄真もずっと気にしていた。多くの人物に慕われようと彼の財布事情だけはそこらの学生となんら変わりないからだ。
 しかし、それはそれでまた別に気になってくる。

「でもカイトも学生だろう? なんでそこまで……」
「未来を見通すほどの力を持ってる兄さんが、自分の小遣いを稼ぐことに苦労するとでも? 宝くじだろうが株だろうが、何だって当てられるわよ、あの人は」

 平然と言ってのけるミサキに雄真は改めてカイトの能力の凄まじさを実感した。
 確かに今までも、言っていることは大体当たっていたし、アテにもしていた。
 だがそれは相手が人物であったがゆえに、癖や行動を把握していれば予測できないことではない。
 しかし、宝くじや株はそうはいかない。物に癖などありはしない。

「……なんというか、本当に凄いんだな、あの人は」

 素直にそう思い、雄真は呟いた。

「……それだけなの?」

 しかしミサキはさも意外そうな顔をして雄真に聞き返した。
 そう言われても雄真にはそれ以外に感想が無い。

「凄い以外に言葉なんてあるか? あいにく、ボキャブラリー不足なんで他に言いようが無いんだが」
「そういう事ではなくて……いえ、そういう人だったわね、貴方は」

 ミサキはふぅ、と溜息を吐く。
 水を一口飲むと彼女は少し寂しそうな表情をして再び口を開く。

「……ここへ家族と来ない理由はね、両親が兄を恐れてるから」
「恐れている?」
「未来すら読む洞察力、あらゆる行動を躊躇わず起こせる凡人には計り知れない独善主義……普通の人間である両親には、兄さんはとにかく異物に見えるのよ」

 天才ではなく、異才。
 新種ではなく、異種。
 ごく普通の家庭に、ごく普通の流れで生まれたはずの存在。
 なのにそれは何もかもが普通である両親とは異なっていた。

「魔法が使えたなら言い訳も出来たけど兄さんには魔法使いの素質は無かった。逆を言えば魔法も使えないのに魔法よりも凄いことが出来るというのが恐れられてる原因」

 何を言えば良いのか、分からなかった。
 雄真からすれば彼は、時折意地が悪いが頼りになる先輩という認識でしかない。
 つい数ヶ月前までは同じ普通科であるにも関わらず存在すら知らなかった。
 そんな人物の苦悩を知らされて、何を言えばいいのか。

203七草夜:2013/04/15(月) 23:07:04

「あ、気にしないで。別に兄さん自身はそんな事苦に思ってないから。というよりも、それすらも興味の対象外だった、というところかしら」

 雄真のそんな思いが表情に出たのか、慌ててミサキがそうフォローする。
 それは嘘ではないのだろう、知り合ってそれほど経ってないが、確かに彼はそんな事を気にするような軟な心はしていない気がする。
 だが雄真が気にしたのはそこだけじゃない。

「でも、お前はそんなカイトの背中を見て育ったんだろ?」
「――――」
「お前がカイトの事が大好きなのは知ってる。でもだとしたら、そんな大好きな兄の存在が実の両親から恐れられてるなんて、お前の方が辛かったんじゃないか?」

 確かにカイトは他者からどう思われようと気にしないだろう。
 大人以上に達観している彼ならば、幼少時代も容易に切り抜けられただろう。
 彼は大人よりも大人だ。だから、子供のフリをして、楽しむフリをすることが出来る。
 実際そうやってカイトは今まで周囲に溶け込んでいたのだろう。だからこそ、今までその存在が目立つことはなかった。

 じゃあミサキは?

 兄の本当の姿を知っている彼女は、そんな兄の姿に何を思ったのだろうか。
 一際異才を放つ兄に対し、魔法という正当な才能を持つ彼女は家族からどう扱われたのか。
 優秀過ぎる兄と比べられて育ったのか、あるいは常識の枠組みに収まったゆえに安心されたのか。
 どちらにせよ、それはミサキの心を決して救いはしなかっただろう。
 彼女は兄と比べられて評価されたかったわけじゃないのだから。

「……兄さんの予測が外れたのは三度、外した相手は三人いたわ」

 ミサキは答えない。だが彼女は『応え』た。

「一人は式守那津音、確定した出来事を覆した存在。もう一人は貴方、予想外の事が起きると予想したうえで想定外の出来事が起きるという意味で読めない存在」
「最後の一人は?」
「貴方の知らない人、多分この先出会う事のない人。彼は兄さんですら何も読めなかった。何が起きるのか、どうなるのかさっぱり分からないと言っていたわ」

 でも、と続ける。

「この三人の存在を知ったとき、兄さんは笑っていたの。とても自然に、綺麗な笑顔で」

 それがミサキが見た唯一の、兄の人間らしい素顔。
 たった三回しか存在しない、過去の顔。

「私はね、雄真。兄さんのあの顔をもっと見たいと思ってるの。兄さんの背中を見て育ったからこそ、もっとさせてあげたいと考えてる。あの顔が見れると思えるなら、私は――」
「でも辛くないわけじゃないだろ」
「――――っ」
「ミサキがカイトほどの強い心を持ってるならそれだけで大丈夫なんだろうさ。けど、ミサキはそうじゃない。だってミサキは――」

 あぁ、とミサキは思う。
 なんでコイツはこんなに人が心の奥底に仕舞い込んであるものに、こうも容易く気付くのだろう。
 女心も分からず、女性に対する気遣いすら出来ない癖に。

 普通ならば、この流れならば兄の方に同情するべきなのだ。
 恐れられていたのは兄の方で、常識の範囲内で収まったミサキの方など気にかけるはずがない。
 いくらこの場に兄がいなくて、目の前にいるのは自分だからといって。
 普通の人が気付かない部分に、何故、彼は。

「――ミサキは、普通の女の子なんだから」

 どうして、踏み込んでこれるのだろう。

「…………」
「……ミサキ?」

 あぁ、そうか、と納得する。
 一定期間恋人になれ、と言われ本気で反抗しなかったのも。
 途中から恋人同士らしいことをする事に抵抗感がなくなったのも。
 くだらないことで那津音に張り合いたくなったのも。
 まだ待ち合わせの時間内であるのに、中々来ない雄真にイライラしていたのも。
 この感情は――。

204七草夜:2013/04/15(月) 23:09:26

「……さっき、兄さんに会ったわね?」
「うぇぇっ!?」

 いきなりズバリ言い当てられ、隠すことも出来ずに雄真は動揺する。
 なんでいきなりそんな話になったのか。ていうかなんでバレたのか。

「貴方、やけに私に対して気遣いみせてるもの。貴方自身でそんなことが出来るならそもそもこんな事にはなってないし、貴方が私に関して話を聞ける相手なんか兄さんしかいないもの」
「ぐっ……」

 普通にバレバレだった。
 凄く否定出来ない理由で思いっきり推測されていた。

「それに私は兄さんのように他の人の考えなんか読めないけど、兄さんの行動なら少しくらいは分かるわ。何を考えて、どうしたいのかも」

 きっと、最初から気付いていたのだろう。
 この一週間、カイトは大して雄真とミサキに干渉してこなかった。
 こうなることを読んでいたのだとしたら。
 これがきっと自分にとって必要なことだから。

 兄が危惧していることは、もう理解している。
 そんなことが分からないほどミサキも馬鹿ではない。
 ではどうすればいいのか、その答えもミサキは知っている。
 ミサキが知っている以上、兄もその可能性には気付いているだろう。
 ならば。

「きっと、これが正しいのね」
「は? 一体……」
「――お待たせ致しました」

 丁度そこでウェイターが料理を運んでくる。
 見るからに出来たてほやほやの、上等そうな料理。
 しかもコースだからまだ来る。

「うぉ……」
「メインディッシュも来てないのに一々驚いてたら持たないわよ」
「仕方ないだろ、俺こういう店に慣れてないんだから……」
「……はぁ、仕方ないわね」

 ミサキは溜息を吐き、顔を上げる。
 いつものような表情で、でもどこか優しげに。

「……ゆっくり慣れていきましょう。お互いにね」
「お互い?」
「そう、私は神月ミサキ――」

 ようやく気付いた、その思いに。
 ゆっくりと。

「いずれ美しく咲いて見せるわ」

 ――貴方を、貴方の思い人以上に魅了するために。



『はぴねす! リレー小説』 File,99「神月 美咲」―――――七草夜

205叢雲の鞘:2013/04/19(金) 22:08:01
怒涛の1週間は終わりを告げた。

しかし、それは終わりではなく新たな始まり。

複雑に絡み合った糸は解けることなく、より深く絡み合い始め周囲を巻き込んでいく。



『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 100  by叢雲の鞘



扉を開けると、そこには――

「おはよう」

元カノがいた。

「なんでさ!?」

「あら、元カノに向かってずいぶんな言い草ね」

神月ミサキとの仮の恋人期間が終わりを告げ、いつもの日常が帰ってくるはずだった。

もちろん、やるべきことは多々ありいつもの日常とは言い難いが、それでもミサキとの一件はこれで終了し、また“知り合い”という間柄に戻るはずだった。

「いやだって、恋人期間は終わっただろ?なのにわざわざ来なくても……」

といっても、恋人期間の時でさえ家にまで迎えに来ることはなかったけどな……。

「私が来たかったのよ、悪い?……それとも、迷惑だった?」

迷惑かと聞くミサキの表情は少し悲し気である。

「いや……そんなことはないけど」

ハチじゃないが、さすがにそんな表情をされると断れない。

まぁ、特に拒否する理由もないしな。

「なら、問題ないわね」

「お、おう……」

「……………………」

「じゃ、行きましょ♪」

そう言って、ミサキは俺の腕に自分の腕を絡める。

「ちょ!?ま、まてミサキ!なんで腕を組むんだ!?」

「いいじゃない?元カノの特権よ♪……それに、昨日言ったでしょ。“ゆっくり慣れていきましょう”って」

「それは確かに……って、それとこれとは別問題じゃないのか!?」

「いいから。気にしないことね」

そのまま、ミサキに引きずられるように歩き始める。

波乱の登校の始まりだった。


「(こここ、これは大変です〜〜〜〜〜!?)」

兄と突然の訪問者である神月ミサキの後を追いかけながら、すももはパニックに陥っていた。

「(お昼休みに姫ちゃんや伊吹ちゃん達を呼んで、話し合わなくては〜〜〜〜〜〜!?)」

206八下創樹:2013/04/23(火) 18:42:55

「はい雄真」

待ち伏せされて、腕を組まされながらミサキと2人で登校中。
突然、暗記モノに必須の単語カードを渡された。

「? なにこれ」
「現国の漢字カード。今日小テストでしょ」
「ああ、だな」
「で、どーせなんの準備もしてないであろう雄真の為に、元カノの私が暗記カードを用意してあげたってワケ」
「へー」
「感激した?」
「感謝はな」

手渡された暗記カードを、そのまま返す。
同じものをペラペラ捲っていたミサキだが、急に不機嫌な顔になっていく。

「どういうつもり?」
「今日に限って、予習済み。多分大丈夫かな、と」
「・・・・・・」
「・・・・・・ミサキ、さん?」

しばらく睨まれた後、思いついたように顔を上げ、

「せっかくだし、記憶をちょっとデリートしてみないかしら?」
「!?」
「せっかく私が作ってあげた暗記カードが無駄になるのは忍びないじゃない?」
「・・・・・・お前、俺を助けたいのか陥れたいのかどっちだよ・・・・・・」

後、地味に怖い。
ミサキにかかれば、短期間の記憶消去がお手軽な辺りが。実に。


『はぴねす! リレー小説』 その101!―――――八下創樹


「・・・・・・ったく、なにやってんだよ」
「あら。元カノらしく、甲斐甲斐しく世話を焼いてるだけよ」
「甲斐甲斐しいという言葉の意味を問い詰めたいな」
「私は雄真の嗜好を問い詰めたいわね」

時々、ミサキはワケのわからないことを言う。
そしてミサキの嗜好感覚はもっとわからない。
解りたいわけじゃないけど。

「それにしても、中々良いものね」
「なにが」
「元カノって響き」
「・・・・・・俺からすれば、元カレになるんだが」
「おめでとう雄真。バツ1よ」
「おめーもですよ!? あと離婚ほど重苦しいもんじゃねーよ!?」

もっと言えば、離婚ですらない。
感覚で言えば、付き合うから10段飛ばしな程に。

「冗談よ。・・・・・・まったく、これだから雄真は」
「・・・・・・その長年連れ添った間柄みたいな言い方はやめい」
「あら、元カノの特権よ。幼馴染の次に分かり合ってる間柄ね」
「・・・・・・」

なんだろう。
なんか、今のミサキには絶対勝てない気がする。
なんていうか、舞い上がってる感がすごい。
ま、不機嫌よりは全然いいんですが。

207八下創樹:2013/04/23(火) 18:43:30

―――――という、雄真とミサキの2人での登校が見られたその日。
―――――2人を目撃+すももの情報もあり、ヒロインズが招集されていた。

「由々しき事態ね」
「春姫の言う通り、マズイわね」
「激ヤバです!」
「・・・・・・・・・」

ちなみに、占い研究会部室にて。
場所の提供主も、当然のように鎮座してます。

「小雪さん。雄真は今なにを?」
「今のところ、雄真さんトイレですね」
「「「「「「―――――」」」」」」

室内絶句。
その情け容赦ない監視っぷりに。

「そ、そうですか」
「ちなみに、おっきい方です」
「い、いいですから。そーいう情報は」
「更に言うと、トイレットペーパーが無くて狼狽えてます」
「ちょ!? だったら助けてあげて下さい!?」
「わかりました。では、タマちゃん。お願いしますね〜」

水晶玉を見ながら、タマちゃんに指示する小雪さん。
とりあえずほっとしたところで、もう一つの疑問に直視する。

「で、だ」
「ええ」
「・・・・・・なんでここに居るんです?」

室内に居る、7人中、6人の視線が集中。
当の本人はどこ吹く風、といった感じで座っていて、

「いい加減、そろそろ空気になりそうだったので」
「なにその理由!?」

実ににこやかな顔で、那津音さんが鎮座されていた。

208名無し@管理人:2013/04/29(月) 23:52:50
『はぴねす! リレーSS』 弟102回――名無し(負け組)

 俺は溜息をつきながら、廊下を歩いていた。

「はぁ……まさか、トイレットペーパーが切れていたなんてな」

 あの時は本当に焦った。
 タマちゃんがタイミングよくトイレットペーパーを運んでくれなかったら、恥ずかしい思いをしないといけないところだった。
 ところで、何であのタイミングでタマちゃんが来たんだろうな。
 まさか、小雪さんの命令で、とか。
 ……いや、ないな。
 もし、そうなら、俺はすごく恥ずかしいところを彼女に見せてしまっていることになる。
 トイレでオロオロしているところを知られてしまっていたのなら、俺はしばらく小雪さんにまともに接することができないだろうな。
 なんてことを思いながら、歩いているうちに教室に着いた。

「あっ、雄真」

 戻ってきて早々に準が俺の側までやってくる。

「どうかしたか?」
「あのね。今日の放課後、時間ある?」
「今日か? ……特にこれといった予定はないな」

 そもそも、部活に入ってないし、バイトもしてないんだから、予定がある日のほうが珍しいが。
 でも、最近はミサキに付き合わされていたわけだから、暇ではなかったんだが。

「じゃあ、ちょっと付き合ってくれる?」
「ああ。いいz「ちょっと待った」」

 俺が準の誘いに頷きかけたところで、冷静な女子の声に遮られる。

「ミサキ」

 以前と比べて2割増しで可愛くなった神月ミサキが俺と準の間に入る。

「悪いけど、雄真には先約があるから、貴方の誘いは断らせてもらうわ、渡良瀬準」
「あら、そうなの? でも、何であなたが言うのかしら?」

 微妙に準の表情が険しくなる。

「決まってるじゃない。今日の放課後、雄真は私と出かける用事があるからよ」

 あれ?
 今日はミサキと約束なんかしてなかったと思うんだが……。

「でも、雄真は放課後は暇だって言ってたわよ?」

 準も指摘する。
 だが、ミサキは動じない。

「今、出来たのよ」
「無理矢理だな」
「細かいことを気にしたらハゲるわよ、雄真」
「は、ハゲてねーし!」

 これから50年はその予定もねーし!
 ……多分。

「えーと、つまりあなたは、雄真と一緒に出かけたいから、アタシの誘いを取り下げてほしいと言いたいのね?」
「まぁ、そういうことになるのかしら」
「なるほど、話は分かったわ。だけど、拒否させてもらうわ」
「……そう」

 ミサキの表情が険しくなる。

「ええ。恋する女の子の気持ちは痛いほど分かるけど、今日は譲ってもらえないかしら?」
「嫌だって言ったら?」
「そうね。ちょっと強引にも納得してもらうことになるかしら」

 そう言い放って、準は構える。

「じゃあ、私もそうさせてもらうわ」

 ミサキもマジックワンドであるトランプを手に取る。

「……」
「……」

 睨み合う2人。
 いつ、どちらが仕掛けてもおかしくない状況だ。
 止めるべきなのか?
 迷っていると、2人がほぼ同時に動き出す。
 だが。

『ちょっと待ったぁ!!!!!!!』

 7人の女性が教室が入ってきたことで、2人が動きを止める。
 あー、これもう分かんねぇな。
 あまりにカオスの状況。
 どうして、こうなったんだろう。

『兄さんのせいやでー』

 ……ですよねー。
 意思を持った緑色の球体による的確な指摘に、俺は項垂れるしかなかった。

209七草夜:2013/05/06(月) 01:50:32


「なんだかなぁ……」

 小日向雄真はぼんやりと呟く。
 コーヒーの入った紙コップを持ちながら窓から外を見る。
 多くの人間が行き交うのを見て、やっぱり何やっても時間は流れるんだな、と至極当たり前の事を思う。

「マジでどうしたら良いんだろ……」
「なに、悩むことはあるまい。雄真殿はただ俺にこう言えば言いのだ――沙耶を嫁に下さいとな」

 至極真面目にそう言ってのける信哉に雄真はただ苦笑してそれに返す。
 彼との以前の約束も、今現在雄真の頭を悩ませる原因の一つだ。

「もうさ、どうでも良いから誰かとくっ付いちまえよお前。準とか準とか準とかゲバァッ!?」
「準一択じゃねーか」

 アホなことをのたまうハチに裏拳をかます。
 最早日常レベルにまで発展しているそれに一切の躊躇も容赦も無い。

「……何故、俺までここに」
「頼む、こんな空間で俺を一人にしないでくれ!」

 聞く人間が聞けば勘違いしそうなことをカイトに言う。
 周囲の女性陣が妙な反応をしているのは気のせいだろうか。

 雄真、ハチ、信哉、カイト。
 この場に彼らのよく知る女性陣は誰一人としていない。
 そう、まさにここは――



『はぴねす! リレー小説』 File,103「漢パラダイス」―――――七草夜



 女性陣の押し問答をハチの存在を引き合いに出して逃げ出した雄真。
 こういう時、男の名前を出すと女性陣は渋々ながら納得するものである。
 最も、こういった場合引き合いにだされた男性が後々貧乏くじを引くのだが、それは「ハチだからま、いっか」で済ませようとしている雄真も中々外道だった。
 そして名前を出した手前、雄真は実際にハチと下校し、信哉が後からそれを付けてきて、途中でカイトを見つけたので巻き込んだというのが現在の状況である。
 そのまま男連中で近くのコーヒーショップに入り、こうして駄弁っている。

「つーかよ、いい加減多過ぎじゃねーか、あのパターン」

 ハチがそう言い、グッと言葉に詰まる。
 誰か一人が抜け駆けし、その後残りの全員が押しかけてくる。
 あのハチですらそう思ってしまうほどに繰り返されていた。
 その事に頷きながら補足するように信哉は言う。

「俺には皆、何かに焦っているように感じられた」
「それは十中八九、うちの妹のせいなんだが」

 とカイトは呟きながら雄真を見る。

「元を正せば全てお前のせいなのだがその辺り、どう思う?」
「はい、仰る通りでございます……」

 そう言われて雄真はガクッと頭を下げる。
 正直、ミサキに好意を抱かれるということに関して軽く考えてたとしか言いようが無い。
 勿論本人としてはそれなりに真剣に考えたつもりだったが、現状を見る限りそれすらも甘かった。

210七草夜:2013/05/06(月) 01:52:14

 言うなれば皆、心に爆弾を抱えていたのだ。
 しかし爆弾を持っていても導火線に火を着けさえしなければ何の問題も無かった。
 それを着火しまくったのが、神月ミサキという少女の存在だった。

 爆弾を抱えつつ、牽制しあってそれなりに突出することなくバランスよく築いていた関係。
 それは少女達が皆、元から仲が良かったことによって出来たバランスだ。
 しかし、ミサキはそのコミュニティからは外れた存在で、だからこそ他の少女達に気兼ねすることなく攻めることが出来る。
 ミサキ自身、自ら攻めるのに臆す事がない性格だったのもあるが気兼ねなく自由に行動出来るという立場は強かった。
 おまけに元カノという本来ならばマイナスイメージを抱くような立場も彼女は利用し、簡単に雄真の懐に入ってくる。

 そうなると周りの女性陣も黙ってはいられない。
 ハチの言うようにパターン化して回数が増える、というのも仕方のないことだった。

「だからよぉ、お前が誰か一人にとっとと決めれば良いんだろうがよっ!」
「ハチ殿の言う通りだ! 雄真殿、かつての盟約の通り、沙耶に!」
「頼むから俺をこれ以上悩ませないでくれよ!」

 そう嘆きつつチラッとカイトを見る。
 アイコンタクトで「なんか打開策くれ」と告げてみる。

「……妹が渦中にいる以上、あまりこういうのは好ましくないのだが」

 と前置きをしてカイトは言う。

「分かっているとは思うが、既に今回の騒動はお前の手を半分離れている。彼女らの行動原理はお前を惚れさせるか否か、になっているのだから」
「……でも、あの時の事の記憶は今はないだろ?」

 その部分だけ小声で聞く。
 それを知っているのは雄真とカイト、そしてここにはいないミサキだけだからだ。

「記憶は消えても、心に導として残る。心のままに行動すれば、同じ道を辿ることになる。だが……」

 ふう、と溜息を吐く。
 どこか疲れたような表情をしているこの男を見るのは、どこか新鮮だった。

「それもまた、お前が解決しなければならない問題の一つ、ということを忘れていないだろうな?」
「う……」

 一週間以上前の、杏璃の告白とそれによる周囲の状態変化。
 その思いに真っ直ぐ向き合うための準備期間として記憶を消し、元に戻す手段は雄真の手に既にある。
 確かにこれもまた、雄真が向き合わなければならない事柄の一つだった。

「それらを解決したうえで、お前が一人をしっかりと選ぶというのが全ての解決なのだが……」

 カイトの目がジトッとしたものに変わり、そのまま呆れたように――否、呆れてるがゆえの口調で言う。

「それが全く出来ずにグダグダになっているのが今のお前の現状なわけだ」
「かえすことばもありません」

 さて、どうしたものかとカイトは考える。
 己の力を使えば普通の解決案はいくらでも浮かぶ。しかしそれでは意味がない。
 どうすれば事態を前向きに進行させる事ができ、かつ自分も目的を果たすことが出来るか。
 恐らく、このまま適当なアドバイスをしかけて本人に任せても結局は同じことの繰り返しになるだろう。
 ならば別のアプローチが必要になってくる。
 自分が見ている方向とは、全く別の――

「――いや、そうか。そういう手もアリ、か」

 今、想定していることが上手くいけば最悪、目的は果たせずとも楽しめることは出来る。
 加えて今の状況を、良くも悪くも間違いなく進展させることは出来る。
 頭の中でプランを立てていく。
 未来を描くのではなく、そのための設計図を一から組み立てていく。

「……カイト?」

 急に黙り込んだカイトに雄真は声をかける。
 ハチも信哉も、自らの視線をカイトへと向ける。
 やがて頭の中で計画の設計図を組み終えたカイトは告げる。

211七草夜:2013/05/06(月) 01:53:07


「――――ゲームをしよう」


 大胆不敵に、告げる。

「俺は妹を。高溝八輔は友人として渡良瀬準を。上条信哉は妹である上条沙耶をそれぞれサポートし、この優柔不断男を振り向かさせるゲームだ」

 そんな、突拍子もない事を。

「……はぁっ!?」

 いきなり悪口と共にそんな事を言われた素っ頓狂な声を上げた。
 が、ハチと信哉はむしろ冷静だった。

「それ、俺達にどんなメリットがあるんだよ?」
「それぞれがサポートする人間とこの男がくっ付くことと、ソレによって発生する状況。それがメリットと言えないか?」
「ふむ、確かに俺は沙耶が雄真殿と人生を添い遂げられれば良いと思っているゆえ、確かにそれは遊戯の賞品としてあっているものだ」

 そう言われ、信哉は納得する。中々乗り気だった。
 一方のハチはまだ渋る。

「でも俺が準をサポートしたところでなぁ……」
「確かに渡良瀬準とコイツがくっ付いたところでお前にメリットはない。だが、同時に失うものもない。そして二人がくっ付けば……他の少女達はどうなるかな?」
「はっ!?」

 そう言われてハチはようやく気付く。
 準は性別上、男だ。だから準が雄真とガチでくっ付いたところで彼は痛くも痒くもない。
 そしてカイトの言うとおり、二人がくっ付けば一気にフリーになる女性が大量発生する。
 それはつまり、自分にとってチャンスなのでは、とハチは考えた。
 ――最も、彼女らが雄真にフラれたところで彼になびく可能性がある訳ではないのだが彼はその事に気付かなかった。然もあらん。

「アンタ天才か!? 俺は乗った!」
「俺もこの賭けに乗ろう。雄真殿が未だ悩むのならば、その悩みを吹き飛ばすほど沙耶の魅力を見せ付ければ良いだけの事だ!」

 こうして二人はあっさりとカイトの思惑に嵌った。

「ちょ、ちょ、ちょっと待てーっ!」

 一方、渦中の中心にいるのに何故か蚊帳の外にいる雄真がようやく口を挟んだ。
 自分を置いてドンドン勝手に進行していく事態に横槍を入れる。

「お前ら、なんで勝手にそんな!?」
「うるせぇっ! そもそもお前がいい加減さっさと一人に決めれば良いだけのことだったろうが!」
「左様。しかし雄真殿はその優しさ故、決断が出来ない様子。ゆえに俺はそんな雄真殿のため、沙耶の良さをもっと知ってもらって決断を出来るようにしようと思う」

 怒鳴るハチに諭す信哉。
 思惑は全く正反対ながらも二人の意見は正しく一致している。
 ぐうの音も出ないほどの正論に言葉を渋る雄真を見てカイトはクックッと笑う。
 予想通りの事ではあるが、こればかりは面白いものだった。

「三人だけ、というのではフェアではないからな。神坂春姫と柊杏璃は教師である御薙教諭に、小日向すももとその友人である式守伊吹は小日向音羽チーフに、高峰小雪は理事長にサポートしてもらうよう話を通しておく。あの連中ならば話せば恐らくこのゲームに乗るだろう」
「……那津音さんは?」

 一人だけ名前が挙がらなかった存在に雄真は疑問を覚える。
 が、カイトの返答はこれまた全うなものだった。

「彼女にサポートの必要性があるか?」
「……ないな」

 今現在、雄真が惚れているのは彼女なわけなのだから。
 これでサポートなどしたらむしろ他に勝ち目が消えてしまうだろう。

「細かいルールは特に設けない。それぞれが担当するものにコイツが心を揺り動かせればそいつの勝ち。自身の想いを貫き、全てに決着をつけたうえで見事告白すれば雄真、お前の勝ちだ」

 反論が無くなったことでカイトはどんどん話を進めていく。
 雄真はもう自分の手から離れていく事態を見守ることしかできない。

「女性陣をサポートするうえで自力で調べるのが困難な情報等が必要な場合、俺に聞いてくれて構わない。それに関しては妹を抜きにして、公平に情報を与えることを誓う」

 カイトが告げ、ハチと信哉が頷く。
 二人とも凄いやる気だった。

「ではこれより、ゲームスタートだ」



 雄真は最後に思った。
 もうどうにでもなーれ、と。

212TR:2013/05/06(月) 02:37:50
ん……」

俺は、いつものように目を覚ます。

「――――ゲームをしよう」

カイトの言葉が脳裏をよぎる。
最初はどうなるかと不安になったが、何のことはない。
すでに伝えている状態にもかかわらず、すももたちはいたって普通だった。
まあ、現状が普通の状態であるとするならばという前提はつくが。
この手の話に関して尤も乗り気なかーさんでもああなのだから、このゲームは、そこまで恐ろしい物ではない。
まさか、横を見ればすやすやと寝息を立てている義妹がいるなんてことはない。

「ない……と信じたかった」

俺の視線の先にはすやすやと気持ちよさそうに眠るすももの姿があった。

「あ、おはようごふぁいまふ」

寝ぼけ眼で俺を見ながらあいさつをするすもも。
その姿は服装からして完全に乱れていた。
普通の男ならばドギマギするだろう。
だが……

「何やってんだお前?」

俺の句問から出てきたのは、自分でも驚くほどの呆れたような口調だった。

「うぅ、お母さん〜!」

そんな俺の問いかけを受けたすももは涙目になりながらサポート人であるかーさんの元へと駆けて行った。
――前言撤回
このゲームは非常に恐ろしい物になりそうだ。
俺は、この朝の一幕だけでそれを悟ったのであった。


はぴねす! リレー小説――――――――TR
第104話「混沌ゲーム開幕!」

213TR:2013/05/06(月) 02:38:47
既にゲームは始まっている。
ターゲットは俺、商品も俺。
一人二役をこなしている俺自身は、納得もしていないわけだが、始まってしまったものはしょうがない。
とは言え、このゲームには問題があった。

(期限はどのくらいだよ)

誰が誰をサポートするかは指定したが、期限は指定されていない。
一歩間違えれば半永久的に続く可能性すらある。

(いや、指定はされてたか)

タイムアップがないだけで、終了条件は指定されていた。

『それぞれが担当するものにコイツが心を揺り動かせればそいつの勝ち。自身の想いを貫き、全てに決着をつけたうえで見事告白すれば雄真、お前の勝ちだ』

要するに、俺が春姫達に心を揺り動かされれば、その人物の勝ちで、俺自身の想いを貫いて告白をすれば、俺の勝ちという事だ。

”決着”という言葉が持つ意味は火を見るより明らかだ。

(ていうか、人の想いを決めるのにゲームって)

俺が原因の一旦なだけに複雑な心境だった。
問題はいまだに山積み。
いや、さらに増えたと言っても過言ではない。
そんな前置きは置いておいて、今俺達はいつものように通学路を歩いているわけだが……

「………」
「……」

いつからこの通学路は、殺伐とした雰囲気を生み出す空間と化したのだ?
いや、もう理由は分かっている。
すももと準の無言の駆け引きだ。
その名も『誰が俺の腕に抱き着くか』だ。

(いくらなんでも殺伐としすぎだろ)

俺はため息を漏らしそうになるのを必死に堪えた。
今、俺は言動に注意をしなければいけないのだ。
一言間違えれば、とんでもない方向に行くのだから。

「ゆ、雄真! あたし、雄真の事が――「お――」――お?」

決めたそばから条件反射で”お断りします”と言いそうになった。

(あ、危ねえ)

俺は内心でほっとすると、すぐに軌道修正する。

「オムライスはどうすればうまくできるんだろうな?」
「………」

あ、準が目を丸くして固まった。
というより、こんな準の姿始めて見た。
それはともかく、俺は何とかピンチを脱したのであった。

(気を付けないとこの後持たないぞ)

そうだ、まだこれはほんの序章だ。
なにせ、学園には恐ろしい強敵を伴った狩人たちがいるのだから。

(ああ、戻ってこい。のどかな日常よ)

俺は心の中で嘆きながら、学園へと向かうのであった。
そして、人から見れば男の敵と言われかねない地獄の一日が始まるのであった。

214叢雲の鞘:2013/05/11(土) 00:44:36
高溝八輔は考えていた。

無い頭を必死に振り絞って考えていた。

いかにすれば「渡良瀬 準」と「小日向雄真」をくっつけられるのかを。



『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 105  by叢雲の鞘



昨日、上級生の神月カイトから提案されたゲームは俺にとって願ってもない解決策だった。

そうだ、準と雄真がくっつけば良いんだ。

そうなれば姫ちゃんや杏璃ちゃんはおろか、最近ちょくちょく見かけるようになったミサキちゃんでさえ俺に振り向くに違いない。

雄真は優しい男でだが、優柔不断でもある。

しかし、ナイスガイな俺は違う。

俺なら迷わず、

“俺は、みんなのことを愛してるぜ!!”

と言える。

そうなれば、俺も姫ちゃんたちもみんなでハッピーさ!!

215叢雲の鞘:2013/05/11(土) 00:46:04
というわけで、どうやって雄真と準をくっつけるか考えてるんだがさっぱり思いつかん。

なので、俺はあるものを参考にすることにした。

……そう、恋愛物の漫画やゲームだ。

こいつらに出てくるイベントを2人にこなさせていけば、きっと恋人になるはずだ!

さて、どのイベントをさせようか……。

お……そうだ、アレにしよう。

何かしらのアクシデントでぶつかって転び、押し倒したり押し倒されたりで顔が急接近。

それを機に互いのことを意識し始めるというイベントだ!

とはいえ、何もない通学路だとそんなアクシデントは起きづらい。

ならば、俺が起こすしかないだろう。

そうすれば……


〜ハチ妄想シアター〜

『おっと、すまん(妙に役者がかった感じで)』

『きゃ!?』

『おわ!?』

『イタタタ……雄真、大丈夫?』

『あ、あぁ……』

『どうしたの?妙に顔が赤いけど……』

『い、いや…その……』

『?』

『お前って、その……けっこう…いや、かなり可愛かったんだな……』

『え!?』

『お、俺…お前のことが……!』

『雄真〜〜〜〜〜!!!』

『『ちゅ〜〜〜〜〜』』

〜ハチ妄想シアター END〜


完っ璧じゃねぇか!!

216叢雲の鞘:2013/05/11(土) 00:46:56
そうなったら当然、姫ちゃん達は……

「でへへ♪」

「ちょっとハチ、なにさっきから気持ち悪い笑いをしてるのよ」

気持ち悪いとはなんだ!

せっかくお前のためにいろいろ考えてやってるというのに……。

まぁいい、紳士でナイスガイな俺は赦してやるのさ。

じゃぁ、ミッションスタートだ!

「オット、スマンテガスベッタ(ちょー棒読み)」

「きゃ!?」

「おわ!?」

「へぁ!?」

ん?なんか悲鳴が1つ大きい気がするんだが……。

「もう〜〜いきなりなにするのよ、馬鹿ッパチ!」

あれ?準が倒れてないぞ?

「イタタタ……大丈夫かすもも?」

なんだってーーーーーー!?

「ふぇあ!?ににに、兄さん!?みみ、道端でいきなりこういうのは…ででででも、兄さんが望むのでしたら……!?」

「いや…とりあえず落ち着け、な?」

「雄真!なんで準じゃなくてすももちゃんを押し倒してるんだよ!?これじゃあ計画が狂っちまうじゃねぇか!!」

「ふ〜ん、計画…ねぇ?」

「その…(ゼエゼエ)…話詳しく……聞かせ…て…(ハアハア)…もらお…(ゼーハー)…う…かしら?」

「ミサキ?」

「ちょ……ちょっと、(ゼエゼエ)寝坊しちゃ…(ハアハア)…って…(ゼーハー)…ね」

「だ、大丈夫か?」

「だ……」

「だ?」

「だ…ダイジョ…ダメ……ダ、ダ………だめじょ」

「じょ!?」

ミサキちゃん、息切れきつそうだな。

まま、まさか俺と一緒に登校するために!?

「まったく……」

ってこらぁ!?なにさらっとミサキちゃんの背中を撫でてるんだーーー!!!

「ハ〜チ〜〜」

い、いやですね……私(わたくし)はアナタ様の応援をしようと…………。

「「問答無用!」」

ギャーーーーーーーーーーーーーーー!!!!


……………………。

………………………………。

……………………………………。

お、おのれ雄真……お、おぼ…覚えてろよ〜〜〜〜〜〜〜(ガクリッ)

217名無し@管理人:2013/05/15(水) 09:56:59
はぴねす! リレーSS 106回――名無し(負け組)

「そういやさ」

 とりあえず、ミサキに尋ねてみる。

「何よ?」
「ミサキって、どうしてわざわざ俺らの通学路まで来たんだ?」

 神月家に行ったことはないが、別れる時はいつも校門で、彼女は俺達とは反対の方向に向かって歩いていたことは知っていたので、こんなところまで来たことは不思議に思っていた。

「まぁ、いいじゃない、細かいことは」
「細かい……かなぁ?」

 でも、ミサキの言うとおりかもしれない。
 細かいことが気になってしまうのが俺の悪い癖だって、社会科の先生に言われてるぐらいだし、直すべきなんだろう。
 まぁ、ちょっとやそっとの努力で改善されるものでもないだろうけど。

「ところで、雄真」
「何だ?」
「今日の放課後は暇よね」
「断定するな」

 暇なのは否定出来ないけどさ……。

「何にしろ、昨日は逃げられたけど、今日こそは付き合ってもらうわよ」
「はぁ……しゃーないか」

 あまり気乗りはしないが、昨日逃げ出したことに対する埋め合わせはしなければならん。

「話が早くて助かるわ」
「はいはいどうも」

 適当に流して話を終わらせようとしたその時だった。

「ちょっと兄さん!」

 すももが焦りつつ、それでいて若干怒ったような表情で声をかけてきた。

「どうした、すもも?」
「最近、ミサキさんのこと贔屓してませんか?」
「贔屓?」

 まぁ、確かに最近は罰ゲームもあってか、放課後はミサキと一緒に過ごすことが多かったが……。
 でも、特別ミサキに甘くしてるつもりもないぞ。
 ……多分。

「そうね。ちょっと前ならミサキちゃんの誘いとか、絶対に何か裏があるからとか何とか言って拒否してたイメージだけど、最近はあまり抵抗もせずに乗っている感じがするわ」

 準もすももに同乗した。
 うーん……言われてみればそうかもしれないな。
 慣れって恐ろしい。

「2人とも。雄真を責めないであげて」

 ミサキが面白くなさそうな2人に向けて口を開く。

「雄真が私が可愛すぎることに気付いただけなんだから」

 フォローじゃなくて自画自賛だった。
 でも、まぁ。

「ミサキが美少女なのは否定しないがな」

 これで性格が良ければ問題ないんだが。
 だからと言って、別に悪いとも思っていない。
 さて、そろそろ早足で行ったほうがいいかな。
 そう言おうと思って、準達のほうを振り向くと……。

「へぇ……雄真ってばミサキちゃんみたいなのがタイプなんだぁ」
「知りませんでしたねぇ、準さん」

 何だか2人の少女(1人は違う気がする)面白くなさそうな様子をしていた。

「いや、ミサキは客観的に見たら美少女だって言っているだけで、別にタイプってわけじゃ――」

 そもそも、俺の好きな人は別にいるし。

「もう、照れなくていいのよ」

 ミサキが心なしか嬉しそうな表情で、自然に腕を絡めてきた。
 ……これも、ゲームの発案者であるカイトの入れ知恵なのか?
 少し困惑していると、準とすももの怒気が大きくなる。

「雄真、鼻の下が伸びてるわよ」
「兄さん、デレデレしないでください」

 ……すももはともかく、準までこういう態度を取るとは思わなかった。
 本当にどうすればいいんだろうな。
 色々と打開策を考えながら、ミサキと腕を絡めたまま、通学路を歩いて行く。

218名無し@管理人:2013/05/15(水) 09:59:02
 結局、突破口を見出だせないまま、学校に着いて、ミサキが名残惜しそうに腕を離した直後のことだった。

「おっと、腕が滑ったァ!!!」
「ぐがっ!?」

 ハチが背後からエルボーを食らわせてきたため、油断していた俺はバランスを崩してしまう。

「きゃっ!?」

 揺らめきながら、期せずして準を押し倒してしまう格好になってしまう。
 そして……。
 ちゅっ☆
 唇と唇が触れてしまう。

「「!!」」

 それも、多くの生徒がいるところで。
 つまり……。

『きゃーーーーーっ!!!!!!』

 目撃者は大騒ぎ。

「やったぜ」

 この事態を引き起こす引き金を引いたハチは、何故か満足そうな表情を浮かべていた。

「お前が男色趣味だとは、知らなかった」

 カイトが相変わらず全ての事実を悟った様子で、からかってきた。

「兄さん……不潔です!」
「雄真、ギルティ」

 共に通学してきた2人の少女は、殺気を纏っていた。

『貴様ァ! 準様の純潔を奪ったこと、万死に値する!!』

 準の親衛隊が魂を燃やす。
 そして、事故とは言え、俺が唇を奪ってしまった準は、頬を赤めて、目を潤ませ、どことなく嬉しそうな表情で――。

「雄真っ、幸せになろうね!」

 今度は、準の方から唇を重ねてきた。

『えんだぁぁぁぁぁぁ!!!!』
『いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

 瑞穂坂学園は阿鼻叫喚の様相と化した。



 その後、俺は職員室に連行された。

「不純異性交遊は校則違反です!!!」

 那津音先生が阿修羅すら凌駕する存在に見えた。
 そして、俺の弁解を全て聞いた上で実の母である御薙鈴莉先生は楽しそうな表情で、処分を言い渡す。

「10000字の反省文と1周間の停学および自宅謹慎ね」
「え」

 人生初の停学処分を受けた俺は、逆らう術を知らず、1時間目の授業中に帰宅を始めるのだった。
 なお、準は被害者ということで、処分なしで済んだ模様。
 ……全く、理不尽な世の中だぜ。
 通学路にある自販機で買ったサ◯トリーの缶コーヒーをぐいっと飲み干した。

219八下創樹:2013/05/20(月) 21:48:24

「えーっと・・・・・・」
自宅にて、棚からコーヒーの素を手に取ろうとして、一瞬躊躇した。
普段なら迷わずコーヒーを出すけど、相手が相手だけに、今回は控えた方がいいのだろうか?

「ゆーくん?」
棚を前に硬直している俺が気になったのか、リビングから那津音さんがてこてこやってきた。
「別になんでもいいのよ?」
「や、そーいうわけには、はは」

まぁ。
よくよく考えれば、相手は毎日玉露クラスのお茶を飲んでるかもしれないお嬢様。
同じ土俵の緑茶で勝負したって、勝ち目はゼロだ。
ならば、せめて違う土俵で。
・・・・・・ということで、コーヒーをスプーンですくい、ケトルからお湯をそそぐ。

「・・・・・・しかしまぁ」
改めて、この不思議な空間は如何なものでしょうか。
時刻は午前10時。
場所は自宅。(小日向家)
そんな平日の午前中、のんびりとお茶してる我々は何者なんだろーか。


『はぴねす! リレー小説』 その107―――――八下創樹


ちなみにさくっと回想すると・・・・・・・・・・・・

・自宅へ帰ってる途中、那津音さんが追いかけてきた。
・ノリで言ったけど、やっぱり自宅謹慎は厳しすぎると。(反省文はアリ)
・で、折角ずる休みしたし(那津音さんが)そのまま家に上がり込んだ、と。

以上、3行で解る経緯でした。
ちなみに、自宅謹慎は抹消されたけど、今日はもう休みで良いとのこと。反省文を書く時間にするように、とのことらしい。


(ま、見事に無理でした、と)
コーヒーをすすりながら、気楽にのほほんと過ごす。
対する那津音さんも同感なのか、なんだかにこにこしている。
(・・・・・・)
というか、那津音さんと2人になるのは、ほんとに久しぶりだ。
本音を言えば、俺は那津音さんとこーいう風に過ごしたいだけなんだけどなぁ。

220八下創樹:2013/05/20(月) 21:48:58

「ねぇねぇ、ゆーくん」
「なんです?」
「ゆーくんは、渡良瀬さんのこと、好きなの?」
「ぶほっ!?」

噴出したコーヒーを、神速の速さでテッシュガード。
おかげでテーブルは無事である。

「な、な、なぜに!?」
「や、満更でもなんじゃないかな〜って」
「どこをどー見たらそうなるんですか!!」
「でも、嫌いじゃないでしょう?」
「そ――――いや、まぁ、イイヤツとは、思ってますよ。友達として」
「・・・・・・そーいうところなんだろうなぁ」
「へ?」

コーヒーを口へ運んでから、ちょっとだけ呆れた様に、那津音さんは微笑んだ。

「それにしても、凄い状況ね。今のゆーくんを取り巻く環境は」
「う―――」
まったく反論できやしない。
それを那津音さんに言われてる為、気分はまさに針の莚のようである。
「それがゆーくんの魅力なんだけどね。まぁ、最大の欠点でもあるけど」
「うぅ・・・・・・」

すいません。
これなんの地獄ですか?

「あ、あのー那津音さん?」
静かな怒りの雰囲気は気のせいではないのかもしれない。
何やら怒気を目視してしまいそうなんですが。
「でもまぁ多分、みんながみんな、ゆーくんのそーいう所に甘えてるんだと思うわ」
「へ? 甘え?」
「そう、甘え。ゆーくんは誰も傷つけたくない、みんなが辛い思いをするのは嫌だって・・・・・・そう思ってるじゃない?」
「はぁ・・・・・・まぁ」
「だから、みんながみんな、“ああいう”行為に至ってしまうんじゃないかしら?」
「???」

思わず首を傾げてしまう。
それすら那津音さんには楽しいらしく、始終クスクス笑っていた。

「ゆーくん・・・・・・ほんとに怒らないのね」
「怒る? なにに?」
「・・・・・・私も含めて、かもしれないけど、あんな無茶なことばかりされて、これからもまだまだ続くかもしれない、アプローチによ」
「あー・・・・・・まぁ確かに、もうほとんど暴力ですよねー」
笑って言っているが、かなり本気でそう思う。
「でも、ゆーくんは怒らない。だから、みんなが増長して、もっともっと激しくなるんじゃない?」
「・・・・・・そんなことないですよ」
「かもね。でも、みんなもきっと心のどこかで思ってるんじゃない? ゆーくんに怒られないってことは、嫌われる心配が無いってことだもの」
「・・・・・・」
「――――怒って、いいんじゃない?」
「・・・・・・誰かを、嫌えってことですか?」
「端的に言えば、そうね」
「――――!」

少し、以外だった。
那津音さんが、こんなことを言うことが。
いつだって、まるで聖母のように優しくて―――――――って。

「あ・・・・・・」
「ふふ。今、ゆーくんの中に浮かんだ感情は、怒り? 不安? 悲しみ?」
「えっと・・・・・・」
「きっとね。そういうことじゃないのかな。―――――何より、私が見てられないもの」
「・・・・・・何をです?」
「・・・・・・そうやって、悩んで、苦しんで、傷ついてしまう、ゆーくんが」
「―――――!」
「不思議じゃないわよね? 好きな人が苦しんでたら、助けてあげたいって思うのは、当然の感情だって思うもの」
「・・・・・・那津音、さん」

思わず、見入ってしまう。
そのくらい、優しくて、綺麗で―――――そんな言葉で表すことが難しいぐらい。
だから、改めて認識したんだ。
俺はやっぱり、この人のことが――――――

221Leica:2013/05/24(金) 22:32:06

 思わず、見入ってしまう。

 そのくらい、優しくて、綺麗で

 ―――――そんな言葉で表すことが難しいぐらい。
 
 だから、改めて認識したんだ。

 俺はやっぱり、この人のことが――――――

「な、那津音さんっ」
「ん? なに?」

 そう。
 改めて気付いた時には、もう口は動いていた。
 流れも雰囲気もへったくれも無い。
 今、この時。
 ここで言っておかなければならないと思った。
 だから――――、



『はぴねすりれー』108 Leica



「俺、なつ――」

ガッシャァァァァァァァァンッ!!!!

「きゃあっ!?」
「うおおっ!?」

 言葉を紡ぎ終えるより先に、小日向家リビングの窓ガラスが粉々に砕け散った。
 無論、言うまでもなく祝福のBGMなんかではない。

「て、敵襲!?」

 どんな敵がいるかもわからないが思わずそう叫ぶ。
 だって、普通に生活しているだけならリビングの窓ガラスが木端微塵に吹き飛ぶなんて事はあり得ないわけで。

「ゆ、ゆーくん、大丈夫っ!?」
「え、ええ!! それより那津音さん、危ないですからこっち、に……」

 原因がどうあれ、何か脅威が迫っている事は間違いない。
 何よりもまず那津音さんに避難してもらおうと声を張り上げたところで、“奴”は姿を現した。

「……突然知らないフリーアドレスからおかしなメールが届いたと思ったけど。
 どうやら内容は真実しか書かれてなかったみたいね」
「あ、杏璃ー!?」

 もはや桟(さん)しか残らぬ窓枠に手をかけ、杏璃がゆらりとリビングに侵入してきた。
 土足で。

「靴脱げよ!!」
「突っ込むところそこなの!?」

 まさかの那津音さんからの突っ込みを頂戴してしまった。
 いや、そんな事はどうでもいい。言うべき事は言わねばならん。

222Leica:2013/05/24(金) 22:33:11

「お前、人ん家に何してくれてんだ!!」
「アンタこそ何で反省文喰らったか胸に手を当てて考えてみなさいよ!!」
「あぁ!? それとこれとは関係な」
「不純異性交遊!!」
「だから!! それとこれとは関係な」
「不純異性交遊!!」
「だからそれとこ」
「不純異性交遊!!」
「だか」
「不純異性こ」
「うるせーっっっっ!!」

 今もっとも聞きたくない言葉を連呼すんな!!

「ゆ、ゆーくん、ちょっと冷静に――」
「何、第三者の立場にいる風を装ってるんですか!! 那津音さん!!」

 今度は那津音さんにパエリアを突きつけつつ杏璃が怒鳴る。

「お、お前、仮にも教師である那津音さんにマジックワンドを!!」
「か、仮にも!? ゆーくん酷い!!」
「突っ込むところそこなの!?」

 なぜかさっきと立場が逆転した。
 いや、どう考えてもパニックになって3人とも頭がおかしい事になってる。

「不純異性交遊で反省文喰らってるくせに、何サボって不純異性交遊してるのよ!!」
「お、お前!! ただちょっと那津音さんとお茶してただけで不純って言うな!!」
「ただちょっと!? ただちょっとお茶してた!?
 学園サボってただちょっとお茶してただけですってぇ!?」
「どうしたお前今日やたら沸点低いな!?」
「うっさ――」

「杏璃ちゃーんっ!!」

「っ!?」
「こ、この声って……」

 遠くから聞き覚えのあり過ぎる声が聞こえてくる。
 那津音さんもそれに気付いたのか、視線を窓の外へと向けた。
 そこには。

「春姫!! 遅いわよ!!」
「杏璃ちゃんが早いんだよ!! 授業中だったんだよ!?」
「何よ今どういう状況なのふざけんじゃないわよ雄真!!」
「ふふふふふ……。雄真さんも知らぬ間に大人の階段をお上りになって」

 春姫・ミサキ・小雪が空から襲来してくるところだった(ミサキは春姫のマジックワンドに相乗りしていた)。

『おうおうおう!?
 ウチの姐さん差し置いて真昼間から愛人と洒落こむざなんざ舐めた真似してくれんじゃないの!!』
「タマちゃんこわっ!?」

 完全にその手の人の発言にしか聞こえない。
 そう思っているうちに家の中からも何やらガチャガチャと音が聞こえだした。
 直ぐにその音はドタバタという足音に代わる。

「に、兄さん!? いったい何が――って……」
「きゃーっ!? なにこれリビングがーっ!?」

 すもも、次いでかーさんがリビングに飛び込んでくる。
 どうやら律儀に玄関から入ってきたらしい。
 ……?
 あれ、律儀って言うかそれが普通なのか。もう訳分からん。

「邪魔するぞ!! なっ!? 敵襲!?」
「失礼致します!! あ、ああっ!?」

 すももとかーさんの後ろから、伊吹に沙耶ちゃんまで現れた。
 かーさんと同じくリビングの惨状を見て叫ぶ。
 伊吹が真っ先に俺と同じ結論に至ったのが、なぜか無性に面白かった。

223Leica:2013/05/24(金) 22:34:24

「みんな聞いて!! 報告通り、やっぱり雄真は不純異性交遊をしていたわ!!」
「なっ!? お前馬鹿な事言うんじゃないよ!!」
「ちょっと待って!!」

 再び杏璃と言い合いになりそうだった俺。
 また、杏璃の言葉に殺気立った面々。
 泥沼の抗争に陥る、まさにその寸前で那津音さんが待ったをかけた。

「状況を整理させて頂戴! 杏璃ちゃんの言ってる報告っていうのはなに?
 さっきフリーアドレスでって話してたような気がするんだけど」
「それは……」

 杏璃がスカートのポケットから携帯電話を取り出す。
 何やらポチポチと操作をした上で、画面を俺と那津音さんに向けて差し出した。
 那津音さんがそれを受け取る。俺も横から覗き込むようにして視界に捉える。
 そこにはこう書かれていた。



『雄真 逢引 危険』



「……」
「……はぁ?」

 なんだこの簡潔過ぎるが故、逆に何を言ってるのか分からない文章は。

「それ、私も来たの」
「え?」

 春姫も取り出した携帯電話を見せてくる。

「私も貰いました」
「私も受け取ったわ」
「すももに強引に連れ出されてみればこのザマだ」
「私は伊吹様が学園を抜け出されるところを見ましたので」

 すももとミサキも謎のメールを受け取ったらしい。
 伊吹と沙耶ちゃんは、まあ予想通りの感じだった。

「私は文面が違うけどこんなメールが来たの」

 かーさんの携帯電話にはこう書かれている。



『リビング 窓 要確認』



 送り主は、どう見てもこういった事象が起こると知っていたとしか思えない。

「小雪さんも貰ったんですか?」

 唯一答えなかった小雪さんに目を向けてみる。

「私は何やらよからぬ気配を感じましたので」
「……」

 動機としては、これが一番怖かった。

224Leica:2013/05/24(金) 22:35:16

「そのアドレスが誰のものかみんな知らないの?」

 那津音さんからの質問に、一同皆頷く。
 那津音さんは首を傾げながら俺にペタペタ触ってきた。

「な、何ですか?」
「うぅん? 盗聴、追跡系の魔法なんて掛かってないのに……」

 怪訝な顔をしつつ、俺の身体をまんべんなく調べる那津音さん。
 ……ただ、俺には誰がこのメールを送りつけたのか既に想像できていた。
 ふと、ミサキと目が合う。
 誰にも見えないよううまく顔を隠しながら思いっきり舌を出された。
 それで確信する。

 カイト、か。

『女性陣をサポートするうえで自力で調べるのが困難な情報等が必要な場合、俺に聞いてくれて構わない。
 それに関しては妹を抜きにして、公平に情報を与えることを誓う』

 ゲームのルールを説明された時、カイトが話していた内容を思い出す。
 どうやらさっそくカイトの言う“フェア”な取り決めが行使されたようだ。
 それにしても。

「……一度行使されただけでこれかよ」
「ん? どうしたのゆーくん?」
「いえ……」

 サポート対象にならなかった那津音さんと、俺との仲を妨害するようなプログラムだ。
 これは正直、酷いんじゃないか。逆にフェアじゃなくなっている気もする。

 そんな事を考えていると、不意にかーさんの携帯が鳴りだした。

「げ」

 画面を見て、かーさんの顔が見る見る青ざめる。

「ど、どうしたかーさん?」

 俺の質問には答えず、震える手つきで通話を始めるかーさん。

「は、はい。……は、はい音羽です。……。は、……え? ええ。わ、分かったわ」

 耳元から携帯電話を遠ざける。
 かーさんは全身を震わせながら携帯電話をスピーカーモードへと切り替えた。

225Leica:2013/05/24(金) 22:35:49

「な、なに? ホントどうしたの?」
『すぅぅ……』
「?」

 なんか今携帯越しに息を大きく吸い込むような音が――、



『みんなみんないーい度胸じゃない!! 授業勝手に抜け出して今どこにいるのかしらぁ!? 先生困っちゃうわぁこんな堂々とボイコットされたの初めて!! 教室の窓からワンドで颯爽と空を飛んでいった子もいるって話ね!? 魔法は許可なく使っちゃダメって教え忘れちゃったのかしらそれじゃあしょうがないわもう一度教え込んであげなきゃ骨の髄までしっかりとねぇ!? ただ魔法を使ってボイコットしたことだけが罪じゃないのなんでこんな集団で学園を抜け出したのかなぁなんて事を聞かせて頂きたいわじっくりとたっぷりとね!!』



「母さーんっ!?」

 通話の相手は御薙鈴莉その人だった。
 その相手と内容に、この場に居る全員の顔が一瞬にしてかーさんと同じように青ざめる。

『高峰ゆずは!!』
「はいっ!!」
『神坂春姫!!』
「はいっ!?」
『柊杏璃!!』
「はいぃっ!?」
『上条沙耶!!』
「はっ、はい!!」
『神月ミサキ!!』
「はいっ!!」
『小日向すもも!!』
「ひぃっ!?」
『式守伊吹!!』
「う、うむ!?」
『そして小日向雄真ァ!!』
「は、はいぃぃぃぃっ!!!!」
『今回はいい加減堪忍袋の緒が切れたわ今すぐ理事長室に来なさい5分以内!!!!!!』

「「「「「「「「カシコマリマシタ!!!!!!」」」」」」」」

 皆、5分以内とか不可能だ、なんて命知らずの発言はしない。

『最後にぃ……小日向音羽!! 式守那津音!!』
「はい!?」
「ふぁい!!」
『……』
「?」
「?」
『……ふ、ふふ』
「!」
「!」
『ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ』
「!?」
「!?」
『……』
「……」
「……」
『……ふ。貴方たちはひとまず居るべき場所に戻りなさい? それぞれ授業と料理の仕込みがあるでしょう?』
「え」
「へ?」

 それはそれは。
 とても慈愛に満ちた声色だった。
 拍子抜けしたのか、かーさんと那津音さんが呆気に取られたかのような声をあげる。
 ただ。

『その代わり……』

 当然。



『放課後、私の研究室に来なさい? 瑞穂坂学園関係者としての立場が何たるか。
 その重要さを来世まで引き摺らせてアゲルから……ふふふふふふふふふふふふ』



「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
「きゃああああああああああああああああっ!?」


 それで終わるはずも無かった。
 ここにいる全員の、地獄行きが決定した瞬間だった。

226七草夜:2013/05/25(土) 01:21:59

 扉を抜けると、そこは阿修羅だった。

「全員そこに並びなさい」

 理事長不在の理事長室に着いて早々、そんなこと言われた。
 そして何を言われても反抗出来ない俺達がいた。



『はぴねす! リレー小説』 No,109「罪と罰」―――――七草夜



「『ゲーム』の事に関しては知っているわ、話は一応聞いていたもの。でもね、節度ってものがあるでしょう貴方達、分かってる?」
『『『『はいっ!』』』』
「貴方達何のために学校に来ているの? 青春するため? それは授業を投げ捨てでもやらなくちゃいけないことかしら?」

 母さんの正論に全員ぐぅの音も出ない。
 現在は女子連中が説教を食らっている、俺は後との事。
 ……ぶっちゃけ、先に恐ろしい光景と罰を与えられる姿を見せられるというのはそれ自体が既に罰な気がする。
 どんな拷問されるのか、こえーよ。

「そもそも授業中に携帯を弄るというのがアウトよね。それを堂々と扱ったうえにそのまま教室抜け出すとか舐めてるの貴方達?」
『『『『スミマセン………』』』』
「ただでさえ此処のところの騒動で注目されてるせいで他の学年の先生方からまで苦情が私の所に来たのだけれど、何か申し開きはあるかしら?」
『『『『重ね重ねスミマセン……』』』』

 そういえば最近メチャメチャ目立ってたよな……那津音さんがちっちゃくなったり皆に追われたりミサキに迫られたり皆に追われたり学食爆破したり皆に追われたり。
 ……あ、目立たない方がおかしいなコレ。

「……最近の頻繁な無許可の魔法使用といい、今回の授業ボイコットといい、そろそろいい加減貴方達の態度も改めないといけないようね」

 そう静かに怒りながら言う母さんに全員が怯えてる、あの小雪さんすらも体を震わせているのが何だか珍しい。
 俺? 諦めた。俺の人生は慣れと諦めだけが友達さ。愛さんも勇気君もいない。ちくしょう。

「取り合えず授業ボイコットの罰として今後暫く、貴方達全員、放課後別々の教室で補習をしてもらいます。あと反省文も毎日提出ね」
『『『『え゛っ!?』』』』

 皆一斉に嫌そうな表情をする。こればっかりは俺だって嫌だ。貴重な放課後が……。
 だが、母さんはそんな悲鳴を聞いて怒ったまま笑顔になる。

「あら、全員授業中に抜け出すくらいなのだからこれくらい余裕でしょう? 授業が余裕過ぎて退屈だから抜け出して青春しにいったんでしょう? だったらこれくらいなんて事無いわね」

 あかん、これは拙い。
 周りの人間の考えてることは分からないが、こればっかりは皆思っていることだろう。
 母さんはいつになく怒ってる。下手すると秘宝事件の時よりも怒ってる。
 怒りを秘めた笑みほど恐ろしいものはない。学園を騒がした大事件よりも集団ボイコットの方が恐ろしいってどういうことだ。

「まぁ、あまり長期間やるのも他の活動の邪魔になるし、取り合えず一週間ってところかしらね」

 その言葉に皆ホッと安堵の息を吐く。
 辛いものではあるが、一週間ならばアッという間だろう。
 それだけで済むなら軽い方だ。

「あ、言っておくけどこれはあくまで今回のボイコットの罰よ? 魔法不許可使用とかその他諸々はまた追って別の罰を与えるからね?」

 全員の目が一瞬にして死んだ。
 持ち上げてから落とすとか母さんマジ鬼畜。
 希望を与えられてそれを奪われるその瞬間こそが最もの罰だったようだ。
 だが限界突破を果たした母さんの怒りはまだ止まらない。

「さて、何にしようかしらね……基本的なルールも守れないようだし校則の書き取り毎日100回とかにしようかしら? それとも社会性を学ぶために半年間奉仕活動でもさせようかしら?」

 地味に恐ろしい提案をスラスラと述べて行く母さんの前に、春姫達が灰になるのを俺は感じた。
 ……こんな場面で言うのもアレだが、すまねぇ、俺に関わったばっかりに。

227七草夜:2013/05/25(土) 01:22:44

「まぁそれは追々考えるとして……次は雄真君、貴方の番ね」

 そう言って母さんの怒りの矛先はとうとう俺へと向かった。
 ……さあ来い! 俺は一発食らうだけで死ぬぞ!

「あ、安心してね。貴方への罰はもうしっかり考えてあるから。長々とするのも面倒だし、雄真君に何が利くかもよく分かってるからこの場で済ませちゃうわね」

 全く持って安心出来る要素が無い!?

「さて、ここにマリオテニスが入ったゲームキューブがあります」

 そういってどこからともなく母さんの手に現れる紫色の立方体。
 一瞬何でそんなものを取り出したのか分からなかった俺だが側面についた特徴的な傷跡と中に入ったソフトから一つの事が思い浮かぶ。

「ま、まさかそれは俺の!?」

 発売して以後、ずっと共に暇な時間を過ごして来た俺の相棒。
 カーブショットを極めるため、200時間を超える時をテレサとともにボールを追いかけたあの日々。
 そんな俺のパートナーを手にした母さんはニッコリと笑う。

「これを、こうします」

 グシャァァッ!

「テレサぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 母さんの魔法によって容赦なく粉みじんにされる立方体。
 長い時をともに過ごして来た俺達の友情の絆は、あっさりと引き裂かれた。
 最後にうっすらと聞こえた気がした、「雄真くん、今まであ・り・が・と・う」という幻聴に思わず涙しそうになるが耐える。
 ダメだ、まだ泣くな。ここで泣いたらテレサは無駄死にだ。幽霊だけど。

「さて、次はここにポケモンの入ったDSがあります」

 だが阿修羅と化した母さんに情け容赦は無かった。

「そ、それは俺が500時間をかけて厳選に厳選を重ね、鍛え上げた……俺のパーティ!」
「これを、こうします」

 グシャァァッ!

「ペンドラぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁ嗚呼あっぁああぁあぁあぁぁぁっっっっ!!!!」

 最初に貰ったポケモンを速攻で預け、序盤でゲットしたフシデを鍛えに鍛えエースと化した俺にとってのピカチュウポジション。
 ムカデの癖して愛嬌のある顔をした俺の相棒。
 物語中盤までをハードローラーで一方的に蹂躙し、対人戦においても先制メガホーンであらゆる敵を沈めてきた俺のエース。
 砕け散る寸前、二つのスクリーンに一瞬俺は奴を見た。

「まけないで」

 そう、俺に向かって呟いていた気がした。
 大丈夫、大丈夫だ……アイツらが信じてくれている限り、俺は負けない……っ!
 俺はまだ屈しない!

「さて、今度はここにモンハンが入ったPSPがあります」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛゛!!!」

 泣いた。そして屈した。

228<削除>:<削除>
<削除>

229ななしあっとまーくかんりにん:2013/05/26(日) 18:21:46
はぴねす!りれーえすえす だい110わ――ななし(まけぐみ)


 そのひ、ぼくはたいせつにしていたものをばつだといわれて、いろいろとうしなった。
 やりなおせばいい。
 さいしょはそうおもったけれど、みなぎせんせいは、やりなおすことすらゆるさなかった。
 ぼくのうしなったげーむきとげーむのかずかずはしゅうめつさせられ、おこづかいもてっていてきにかんりされることになり、おひるごはんいがいじゆうにつかえるおかねはなくなった。
 ぜつぼうした。
 そもそも、このひははちのさくりゃくでじゅんとこうしゅうのめんぜんできすしたことにたいするばつとしてそうたいさせられて、10000じのはんせいぶんをかくようにめいれいしたくせに、じぶんたちのいしでまほうをつかってじゅぎょうをぬけだしたのは、かみさかさんたちのほうだ。
 ぼくはきもちをはっきりとさせていないこといがいはわるくないはずなのに、どうしてこんなめにあわなくてはいけないのか。
 りふじんだ、このよのなかは。
 しかも、じぶんからよびだしてゆうがたまでせっきょうしたくせに、きょうじゅうにじゅんときすしたことにかんするはんせいぶんをかかなきゃ、ほしゅうのきかんをのばすなんてこともいってきた。
 ……やってられないよ。
 ぼくは、よみちをひとりかたをおとしてあるきながら、きょうのことがゆめだったらいいのにとおもった。
 だけど、いえにかえるときょうのことがげんじつだということをたたきつけられた。
 へやにいままであたりまえのようにあったげーむきのかずかずがすべてなかった。
 もう……いやだ。
 いやだよぉ……。
 ぼくはかーさんやすももにめいわくをかけないように、こえをおしころしてないた。
 そして、ばんごはんをたべることもきがえることもおふろにはいることもなく、ぼくはなきつかれてねむってしまった。
 ……けっきょく、はんせいぶんはかかなかった。

230ななしあっとまーくかんりにん:2013/05/26(日) 18:23:03
 つぎのひのあさ。
 せいふくすがたのままめざめたぼくは、こうおもった。
 がくせいのほんぶんはべんきょうだ。
 げーむやまんが、そしてこいなんかにうつつをぬかしてはいけなかったんだ、と。
 きのうのことはだれがわるいわけでもない。
 ぼくがあそびすぎていたのがいけなかったんだ。
 かわろう。
 きょうからはべんきょうひとすじだ。
 いっぱいいっぱいべんきょうして、いいだいがくにはいって、こうむいんになって、かーさんやすももにうんとらくさせてあげるんだ。
 こうけついしたぼくはさっそく――。
 きのうかけなかったはんせいぶんをあわててかきはじめた。
 おこったみなぎせんせいはほんとうにこわかったからね。
 あのひとをあれいじょうおこらせてはいけない。
 だから、とうこうじかんぎりぎりまで、はんせいぶんにとりくんで、ようやくかんせいさせた。

231ななしあっとまーくかんりにん:2013/05/26(日) 18:26:23
 それから、ぼくはひたすらべんきょうにうちこんだ。
 じゅぎょうちゅうはいままでみたいにねることもなくしゅうちゅうしつづけ、やすみじかんになるとつぎのじゅぎょうのよしゅうふくしゅうにつかった。

「あ、あのさ、ゆうま……」

 べんきょうにねっしんにとりくむぼくのひょうへんぶりに、じゅんはしんぱいになったのかこえをかけてくることがあったけど……。

「ごめん、べんきょうのじゃまだからはなしかけないでくれる?」
「あ、うん、ごめんね……」

 ふりむきもせずに、そうこえをかけると、かえっていった。
 それから、はちやしんや、かみさかさんやひいらぎさんやかみじょうさん、たかみねせんぱいやしきもりさんなんかも、いろいろといってきたけど、ぼくはまともにあいてにしなかった。
 おひるごはんはたべるじかんがもったいなかったので、きほんてきにかろりーめいとやうぃだーいんぜりーやそいじょいといったものをたべて、のこりじかんをぜんぶべんきょうにあてた。
 だけど、さすがにそんなぼくのしょくせいかつをしんぱいしたのか、きづけばかーさんやすももからまいにちべんとうがわたされるようになった。
 もちろん、みなぎせんせいがかしたほしゅうにもまいにちさんかした。
 ほうかごにもべんきょうできるきちょうなじかんだ。
 いやだというほうがおかしい。
 だけど、かこのたいどのせいか、みなぎせんせいにはいまのぼくがおかしくみえたようで、さいしょのうちはかなりあやしまれた。
 でも、そのしんらいのなさにめげることなく、べんきょうにうちこんでいるうちにわかってくれたのか、なにもいわれなくなった。
 そして、ほしゅうのさいしゅうび、なぜかみなぎせんせいにかんしんされた。

「それにしても、えらいわ」
「なにがですか?」
「あなたがいちばんさぼりそうなきがしていたんだけど、いちにちもやすむことなくしゅうちゅうしてほしゅうをうけて、ちゃんとしたきもちがつたわるはんせいぶんまでかいてくれた。どうやってにげだそうかかんがえていたほかのこにみならわせたいぐらいだわ」
「あはは、なにいってるんですか。がくせいのほんぶんはべんきょうですよ。どうしてさぼらなきゃいけないんです?」
「ええ、まぁ、そうよね。あなたのいうとおりだわ」

 すこしとまどったようすだったけど、ぼくのことばになっとくしてくれたようだ。

「ところで、せっかくほしゅうがおわったことだし、これからみんなでいっしょにしょくじにいきましょ?」
「ごめんなさい。かえってべんきょうしたいんで、おことわりさせていただきます」

 がいしょくだとぜったいによるおそくまでかえれないからじかんがもったいない。

「そう。こまったわね。おとはもすももちゃんもくるんだけど」

 ふたりがいないなら、ぼくのしょくじをつくってくれるひとがいないから、ついてこないとばんごはんがたべられないってことを、みなぎせんせいはいいたいんだろう。
 だけど、ぼくにはもんだいがなかった。

「だいじょうぶです。かえりにこんびにでうぃだーかかろりーめいとかそいじょいでもかうんで」

 さいきんは、ひるごはんにべんとうをつくってもらえるので、しきゅうされているごはんだいがういていた。
 だから、さいわいにもばんごはんをかえるだけのおかねはある。
 そうおもってことわったのだけど、みなぎせんせいはなっとくしてくれなかった。

「もう、そんなしょくじだとけんこうによくないわよ」
「かろりーはせっしゅできるのでもんだいないです」
「そういうもんだいじゃないのよ。それに、そんなにべんきょうばかりしていたら、いきがつまるわ。だから、みんなでいっしょにごはんたべてりふれっしゅしましょ」

 そういって、みなぎせんせいはてをさしのべてきた。
 ぼくは、そのてをそっとはらいのける。

「……どういうつもり?」
「さっきからぼくはべんきょうしたいから、はやくかえりたいといっています」
「そうね。だけど、わたしはあなたといっしょにごはんがたべたいのよ」
「だからいやだといっています」

 ぼくのはんのうに、みなぎせんせいはしだいにいらいらしたようすをみせるようになる。
 そんなうみのおやに、ぼくはしょうじきにおもっていることをつげる。

「ともだちやかぞくといっしょにごはんをたべにいくなんて、いまのぼくにとってはじかんのむだだといってるんです」

232ななしあっとまーくかんりにん:2013/05/26(日) 18:26:54
「ゆ、ゆうまくん……?」
「なれなれしくよばないでください。ここはがっこうのなかですよ」

 いくらちのつながりがあるとはいえ、こうしこんどうはいけない。

「ほんとうにどうしたの? ともだちやかぞくよりもべんきょうがだいじだなんて、あなたらしくないわ」

 けわしいかおで、みなぎせんせいがぼくのかおをのぞきこむ。

「どうもしていませんよ。ただ、きづいただけです」
「なにをよ?」
「がくせいのほんぶんはべんきょうであって、こいやあそびにうつつをぬかしているひまはないってことです」

 それだけいうと、ぼくはかばんをもって、へやからでた。

「まって、こひなたくん!」

 みなぎせんせいは、すこしおくれてぼくをよびとめようとしたけど、それをきにせずぼくはきょうしつをあとにした。
 ひのくれたこうしゃにひとのけはいはなく、だれにもそうぐうすることなくこうもんまでたどりついた。
 だけど、そこでぼくをまちぶせしているひとがいた。

「ゆーくん……」
「しきもりせんせい」

 ぼくをよびかけるこえにはんのうすると、なぜかかのじょはさみしそうなかおをした。
 それにしても、しきもりせんせいもみなぎせんせいからしょくじにさそわれているはずだけど、こんなところにいるってことはことわったのかな?
 なんておもっていると、しきもりせんせいはぼくにちかづいてきた。

「あのね、よかったらとちゅうまでいっしょにかえらない?」

 さそってきた。
 こいにうつつをぬかしているひまはないから、ことわるべきなんだろうけど、いっしょにかえりみちをあるくだけならもんだいないかな。
 そうかんがえて、きょひはしなかった。

「はやくかえってべんきょうしたいんで、よりみちとかながばなしなんかしなければいいですよ」
「ながばなしもよりみちもするつもりはないから、しんぱいしないで」
「わかりました。それでは、かえりましょう」

 こうして、かえりみちをしきもりせんせいとふたりであるくことになった。

233八下創樹:2013/05/30(木) 10:09:22

式守先生と、2人並んで歩く、下校道。
一緒に帰っているとはいえ、式守先生は何も話しかけてこない。
好都合だ。
変に話をしてのんびり帰るくらいなら、授業の内容を頭の中でも反芻させながら帰った方が、よっぽど有意義な時間と言えるし。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
2人、並んで歩く夕焼け道。
静かな時間は、とても勉強しやすい。
ただまぁ、気になると言えば、本当に何も話しかけてこない式守先生だ。
少しだけ悲しそうな顔をしていた気がするけど、さして気にならなかった。


『はぴねす! リレー小説』 その111―――――八下創樹


そんな彼を、1歩下がった位置から、私は見ていた。
痛々しいとか、そんなことじゃない。
今のゆーくんは、自らの心を・・・・・・精神、自我、なにより自分自身という存在に対する、極度の自己防衛に入ってしまっている。
理由はどうあれ、ゆーくんはこれ以上、心を傷つけられ、蔑ろにされる事に対し、拒否反応を起こしてしまっている。
(・・・・・・)
話す話題なんてない。
だけど、こんな彼を見て、そのままにするなんて、出来るはずが無かった。

「――――ゆーくん」
「なんですか?」

返事は、ちゃんとしてくれる。
今の心が本当のゆーくんかなんて解らないけど、なんとかしないと。

「どうして、そんな急に勉強ばっかり?」
「学生の本分だからです。当たり前でしょう」
「そう、ね。それは、間違ってないわね」

声をかけた時。
ゆーくんは、微かに首を動かしただけ。
以前なら、身体ごと正面からこちらに向き直ってくれたのに。
それが、心に痛んだ。

「でも、御薙先生に・・・・・・実のお母さんにあの言い方はいけないわ」
「正しいと思ったことを言ったまでです」
「でも、家族でしょう・・・・・・?」

その言葉に感じるものがあったのか、ゆーくんの足が止まる。
学園を出てから、誰も気遣わず、自分のペースで歩き続けた足が。

「式守先生。家族の定義って、なんですか?」
「え・・・・・・?」
「同じ家で衣食住を共にし、生活する関係が家族でしょう」
「・・・・・・間違って、いないわ」
「なら、例え家族でも、1人の意志を捻じ曲げて振り回すことはいけないことです」
「だから、断ったの? 家族の食事を」
「勉強の時間の方が大切です」

キッパリと。
一切の迷いすら見せず、ゆーくんは言い切った。
再び歩こうとするゆーくん。
それを、決死の思いで、掴み止めた。

「・・・・・・離してください、式守先生。袖が伸びます」
「・・・・・・・・・・・・ちがう」
「?」
「違う・・・・・・そんなの、間違ってる・・・・・・っっ」

袖を掴む手が、震えていた。
理解してしまったから。
もう、ゆーくんの心は限界すら超えてしまったんだ。
引き返せない所まで堕ちた、心の成れの果て。

「なにが違うっていうんです。式守先生も、自分の都合を押し付けるんですか?」

こんな―――――
こんな言葉を言わせてしまうまで、誰一人助けてあげれなかったなんて。

「・・・・・・私は、ゆーくんが本当に嫌がることは、したつもりはないけれど・・・・・・」
「――――そうでしたね。式守先生は、そういうことしませんでしたよね」
「――――!」

打ちひしがれそうだ。
表情をまるで変えず、感情すら無くしたように、そんなことを言われた。
誰が。
なんで。
どうして。
こんな、抜け殻のような顔にさせてしまったんだろう。


「足、止まってますよ。行きましょう。時間が勿体無い」
「―――――」
「式守先生?」
「・・・・・・ゆーくん、話が、あります」
「だから時間が勿体な―――――」
「話を聞いて・・・・・・っっ!!」
「――――」

あまりの剣幕に、思わず立ち止まる。
心なしか、声も震えていた気がする。
それが一瞬、勉強だけを考えていた思考を消し飛ばしていた。

234八下創樹:2013/05/30(木) 10:10:51

「ゆーくんは、どうして勉強するの?」
「学生の本分だからです」
「勉強して・・・・・・その先に望むのは、なに?」
「いい大学に入って、いい仕事について、かーさんやすももにラクさせてあげたいからですよ」
「それを、誰が望んだの・・・・・・?」
「自分で考えた。それだけです」
「――――っっ」

一度、式守先生は大きく息を吐く。
震える足が、揺れる心が、滲む瞳が、何よりも雄弁に語っている。
それが――――――失くしてしまった心に、何かが灯った気がした。

「・・・・・・もし、ゆーくんが真剣に考えて、心からそう決めたのなら、私はそれを肯定します。・・・・・・だけど、違う。ゆーくんは、本当は――――!!」
「・・・・・・勝手なこと、言わないでください。全部、自分で考えた末です」
「違う・・・・・・!! 本当にゆーくんが、心から決めた事なら・・・・・・誰かが悲しむ選択を、するハズがないでしょう・・・・・・!?」
「・・・・・・誰が悲しんだんです? 少なくとも、望まれたことをしただけですよ」
「貴方は、本当に何も感じて来なかったの・・・・・・? その心さえ、忘れてしまったっていうの・・・・・・!?」

一瞬、思考がスパークする。
家での、かーさんやすももの態度。
教室での、クラスメイトや準、ハチの言葉。
話そうとも、関わろうとも思わなくなった、女友達のみんな。
そして、今。目の前で涙を零す、最愛に想っていた、女性。
それに、心が何も感じない―――――――――ハズが、なかった。

「・・・・・・じゃあ、どうすればよかったんですか・・・・・・」
「――――!」
「俺が悪いから・・・・・・? だから、何もかも失ったんでしょ・・・・・・?」
「・・・・・・」
「だからでしょうが・・・・・・。だから、こうするしかないだろうが・・・・・・っっ!!」

1週間、忘れていた、沈めていた感情が、一瞬にして目覚める。
泣くことでしか、悲しみ逃げることでしか、あの時の心を保てなかった。
だけどその事実に、“怒り”が無い、ワケがない。

「解ってくれとも、解ってもらうつもりもないですよ!! でも、もう何かを失うのは嫌なんだ!! だったら、言われた通り、残されたモノに縋り、突き詰める以外に何がある!?」
「・・・・・・ゆーくん」
「俺が怒られる理由も! その手段も! どういう神経であんなことをしたのかなんて、解りたくもない!! 何より・・・・・・やっていいコトとダメなコトがあるだろうがっっ!!」

それが誰に向けられた言葉かなんて、考える気にもなれない。
だけど、溜まりに溜まった怒りの感情は、どうしたって対象が必要。
ならば、実行犯以外に、誰が当てはまるというのか。

「俺は・・・・・・っっ、もう嫌なんだ!! 誰かの為にと考えて、解らないなりに、バカなりに考えてやってきて、誰も悲しんで欲しくなかっただけなんだ!!」
「・・・・・・」
「朴念仁とも優柔不断とも言われてもよかった!! それでも誰も傷つけたくなかった!――――でも、だからって・・・・・・自分が傷ついてもいいなんて、言ったつもりはないのに!!」

ぐちゃぐちゃだ。
頭の中がぐちゃぐちゃで、思考も感情も、何もかもがぐちゃぐちゃだ。
1週間、誰にもぶつけられなかった、当たり前の感情。
それを、目の前にいるこの人は、俺自身が忘れてしまった心を、それでも心配してくれた。

「・・・・・・ごめんなさい」
「―――!」

なのに。
なんで、この人は謝るんだろう。
解らない。
もう、自分自身の心が、何も解らないんだ・・・・・・

235八下創樹:2013/05/30(木) 10:11:21

「もっと早く気づいてあげるべきだったのに・・・・・・ゆーくんの助けを求める声を、私は聞き逃してしまったのね・・・・・・」
「・・・・・・っっ」
「・・・・・・私は、ゆーくんの家族じゃない。親戚でもない。ただ、プレイベートで知り合いなだけの、教師と生徒の間柄」
「・・・・・・」
「でも・・・・・・でもね。それでも、ゆーくんを助けてあげたいって。あらゆる全てのものから、守ってあげたいって、心から思う」
「・・・・・・どう、して」

知らない内に、涙が流れてた。
そんな、ボロボロで見るに堪えない顔だから、俯いていた。
なのにこの人は、当たり前のように顔を近づけて、それでもただ、微笑んで―――――

「――――だって、私はゆーくんが大好きだから。1人の男性として、心から想っているもの」
「・・・・・・那津音、さん」
「ふふ・・・・・・やっと、前みたいに名前で呼んでくれたね」

そして、俺は泣いた。
泣きたかったわけじゃない。同情して欲しいわけでもない。
だけど、感情が、心が、涙を零してしまうのを、止めてくれなかった。
だから俺は、よく解らないままに。感情のままに。心の底から。
涙を流した。


(・・・・・・!)
涙を流すゆーくんを抱きしめていて、ふと、視線を感じた。
道の先、塀の隅から、見覚えのなる顔ぶれが見えた。
鈴莉さんに、神坂さん、神月さんだ。
彼女たちがいるということは、多分塀の向こうには、他にも人がいるんだろう。
(・・・・・・)
視線の先、鈴莉さんは後悔したように目を伏せ、そのまま壁の向こうに去って行った。
合わせて、神坂さんたちも去る中、私は追うつもりも、声をかける気もなかった。
今はただ、ゆーくんを休ませてあげたい。
彼女たちと会うことが、ゆーくんにとって安寧でないのなら・・・・・・・・・
(私が・・・・・・私一人で、ゆーくんを・・・・・・)



――――――チクタクチクタク。
時計は針を動かし、心臓はリズムを刻む。
頭の中は、心と同じく回っている。
くるくるクルクル、まわる回る。
変わることを恐れた、1人の心の時間。
刻む針は過ごした時間で、時計そのものが彼自身。
そこに、今日、確かに。
彼じゃない、彼を想う彼女の歯車が、合わさった。

――――――チクタク、チクタク。
刻むリズムは変わることなく、雄弁に時を刻む。
だけど、少しだけ。
刻んだリズムが、変わった気がした。

236TR:2013/05/30(木) 10:47:31
最初その人物に出会ったのは俺が子供の時だった。
その時はお姉さんっぽい人だなと思った。
とても優しくて、とても面倒見がいい女性だった。
時代が経って大人になればその考えは変わるという。
俺は彼女にどのような気持ちを抱いているのだろうか?

――僕は式守先生をどんなふうに見ているんだろう?
答えなど決まっている。
彼女は一人のどこにでもいる純粋な女性。

――彼女は僕たちの教師
これは俺の罪

――これは僕の罪

流れに身を任せようとした自分への罰だ
そう、だからこそ

――だからこそ

今こそ、すべてを解決しよう。
もし解決しなくても、その架け橋になれば


はぴねす! リレー小説――――――TR
第112話「懸け橋」


その時、神坂春姫らは衝撃を覚えた。
――小日向雄真の精神崩壊
原因があれではあるものの、非常によろしくない状態となってしまったことに気をもんでいたのは彼女たちも同じだ。
だからこそ声をかけたわけだが結果はすべて空振り。
そんな中、目の前に広がる光景に春姫達は衝撃を覚えた。

――どうして式守先生は泣いているのだろうか?
――どうして抱き合っているのか?

徐々に黒い感情が自身の中に渦巻くのを感じた。

「ッ!」
「春姫!?」
「神坂春姫! 待たぬか!」

そんな自分の黒い感情を振り払うように、那津音たちのいる場所から正反対の方向に逃げるように走る春姫を杏璃達は慌てて追っていく。
何となくではあるが、彼女たちは何かが変わるような気がしていた。
きっとそれは”予兆”であった。

237TR:2013/05/30(木) 10:48:47
「はぁ……はぁ」

一人逃げるように走った春姫が辿り着いたのは、公園であった。
そこは彼女にとって思い入れのある場所

――魔法使いを志すきっかけとなった場所
――初恋の人物と再会した場所

その場所で、春姫は肩で息をしていた。

「春姫」
「……杏璃ちゃん」

自分に掛けられた声に、春姫は顔を上げ声のする方へと顔を向ける。
そこには息を切らしていない杏璃の姿があった。
おそらくは空を飛んでいたのだろう。

「他のみんなは?」
「皆あたしに押し付けて帰って行ったわよ。絶対に後で何かを奢らせてやるんだから」

いつもの杏璃の様子に、春姫は心なしか肩の力が抜けたような気がした。

「どうして逃げ出したのよ」
「分からない」
「分からないってね、あんた」

春姫の受け答えに、杏璃は呆れた声で返す。

「あの二人を見て嫉妬したからなのか、それとも悲しくなったからなのか。分からないの」
「………」

春姫が続けるようにつぶやいたその言葉に、杏璃は何も言えなかった。

「だったら分からなくてもいいんじゃない」
「え?」

杏璃の言葉に、春姫は目を見開かせる。
あの時、杏璃も複雑な気持ちを感じていた。
でも――

「うじうじ悩んでいる暇があるんなら、あたしは考えない。だって、考えているだけ時間の無駄じゃない。いつ誰かに先を越されるかもしれない。その方がとっても後悔するとあたしは思う」
「杏璃ちゃん……」

杏璃の言葉に、春姫は彼女らしいと感じた。
だが、今はそんな彼女の考えに従ってみるのもいいかもしれない。

「ありがと、杏璃ちゃん」
「ふん! これで貸し借りは無しよ!」

そう言ってずんずんと歩いていく彼女の後姿を見ながら、春姫は心に誓う。

(明日雄真君と話そう)


――だが、その決意は翌日脆くも崩れることになる。

学園で準たちに聞かされた一言によって

「雄真君が行方不明!?」

238名無し@管理人:2013/06/03(月) 01:20:31
はぴねす! リレーSS 113話――名無し(負け組)

 午前2時。
 踏切に差し掛かったところで、ベルトに結んだラジオから天気予報が流れる。
 今日の天気は、晴れのち好きの予報――。
 雨は降らないらしい。
 傘持ってなかったから、良かった。
 もっとも、今の所持金は野口さん1人分だから、買おうとしても安物のビニール傘ぐらいしか買えないんだが。
 なんて思いながら、踏切を渡っていく。
 日を跨いだ今日も平日で、本来なら家で寝ている時間なのだが、俺は夜道を歩いていた。
 財布以外は持っていないので、かなり身軽だ。
 もっとも、手持ちは心許ないので、徒歩ぐらいしか移動手段はないんだけどな。
 そもそも、何で深夜に財布だけ持って歩いているかと言えば、那津音さんに住所が記された紙を手渡され「ここに書かれている場所に行ってほしい」と真剣な顔で頼まれたからだ。
 まぁ、正直なところ、指定された場所に行くだけなら、休日に行けばいいと思った。
 しかし、彼女に遠いから夜から出かけることを強く勧められたこともあり、俺は結局家族が寝静まってから動きやすい格好に着替えて、家を発った。
 荷物は瑞穂坂学園に入学した時ぐらいに買った携帯ラジオと財布だけだ。
 ちなみに、携帯も持ってない。
 これも、理由は教えてもらえなかったが、那津音さんに言われたことで、最初は誰にも連絡が取れない状況だと遭難したらどうしようもなくなるので拒否していたのだが、彼女はかなり必死にどうしても頼むと頭まで下げられたので、俺は最終的には従わざるを得なかった。
 ……なんつーか、我ながら那津音さんの言いなりだなぁ。
 これはあれか。
 尻に敷かれてるってやつだろうか。
 …………そんなことないはずだ、うん。
 無理矢理自分にそう言い聞かせて、夜道を歩いて行く。
 まだ1時間ほどしか歩いておらず、都会からそう離れてもいないので、街灯もあって、今は歩くには困らない。
 だが、那津音さんから渡された紙に書かれている住所は、行く前に調べてみたら結構田舎っぽいところだったので、目的地が近付いてきたら街灯もなくなるだろうし、ちょっと怖いと思った。
 それに、着ているのは私服だとは言え、実年齢は勿論のこと容姿的にも未成年そのもので、身分を証明できるものも学生証しかないので、警官あたりと鉢合わせしたらやばい。
 そんなわけで、歩いているだけで正直冷や冷やものだった。
 那津音さんは一体何を考えて、俺に指定した場所に行くように言ったのか。
 まぁ、あの人のことだから、悪いことにはならないだろう。
 ……と信じたい。
 だが、目的地が都道府県を跨いでいることもあり、今のペースで歩いて行くと到着まであと5時間ほどかかることを考えたら、嫌がらせじゃないかと思わずにはいられない。
 色々とげんなりする要素はあるが、ラジオを聞き流しながら、黙々と歩いて行く。
 辿り着ける場所が、聖域-サンクチュアリ-であることを信じて。
 俺の挑戦、名付けて『オペレーション・サンクチュアリ』は、今始まったばかりだ。

『何気ない通学路に咲いているあの白い花の名前が分からずに困っています』

 ラジオからはそんなメールをパーソナリティが読み上げていた。
 俺の通学路にも、名前の知らない花が咲いてるなぁと思いつつ、俺はサ◯トリーの自販機で立ち止まり、『虹の山』という商品名の缶コーヒーを買った。
 特別舌が肥えているわけではないが、缶コーヒーはこれに限る。
 グイッと一思いに飲み干して、さっと空き缶用のゴミ箱に入れて、また歩き始める。
 財布の中身は880円になったが、まぁ大丈夫だろう、うん。

239叢雲の鞘:2013/06/12(水) 22:10:12
『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 114  by叢雲の鞘



「雄真君が行方不明!?」

雄真と話をしよう。

そう意気込んでいた春姫の想いは、準たちから告げられた知らせによって無残にも打ち砕かれてしまった。

「雄真が行方不明ってどういうことよ!?」

「そんな、小日向さんが……」

春姫の隣で聞いていた杏璃もまた、その知らせに驚いていた。

「それがね……今朝、すももちゃんが雄真を起こしに行ったら部屋に居なくて、机の上に“ちょっと出掛けてくる。ちゃんと帰ってくるから”って置き手紙があったらしいの」

「携帯は?」

「それが、机の上に置きっぱなしで……財布は持って行ったみたいなんだけど……」

「嘘!?じゃぁ、連絡する手段がないってこと!!」

「そうね。雄真から連絡してこないかぎりは……」

「すももちゃんと音羽さんは?」

「一応学園には来てるけど……正直、かなりまいってるわね。すももちゃん、ずっと泣いてたし……」

杏璃と春姫の質問に答える準も顔色が悪く、声のトーンもいつもより低い。

「すももさん……」

「まったく、雄真の野郎……すももちゃんだけじゃなく、みんなにも迷惑かけやがって……」

悪態をつくハチだが、その語気もまた弱い。

「…………探しに行かなくちゃ」

「「「「え?」」」」

春姫の呟きに杏璃たちの視線が集まる。

「雄真君を探さなきゃ!」

「探しに行くって、どうやって?」

「どこに居るのかもわからないんだぜ?」

「そ、それは……」

闇雲に探したところで簡単には見つからない。

連絡手段を絶っていることから考えて、瑞穂坂から出ている可能性も充分に高い。

何らかの手がかりが必要である。

240叢雲の鞘:2013/06/12(水) 22:12:29
「…………そうだ、小雪さん!」

「そっか、小雪さんに占ってもらえば……!」

「なら善は急げね、さっそく――「ダメよ」――え?」

今にも駆け出しそうな勢いはいつの間にか来ていた那津音の一言によって削がれてしまう。

「みんな、これから授業が始まるのにどこに行くつもりなの?」

那津音はいつもと変わらぬ様子で春姫たちを諌める。

「先生!!雄真君が行方不明だって……」

「知ってるわ」

「だったら探しに行かないと!」

「どうして?」

「どうして、って……先生は心配じゃないんですか!」

「心配よ」

「だったら……」

「でもダメよ」

「どうしてですか!!」

声を荒げる春姫だが、那津音はどこ吹く風といった様子。

「あなた達はつい先日、授業をボイコットして御薙先生に怒られたばかりよ。その処罰が終わってもないのに、また抜け出すつもり?」

「でも、クラスメイトが行方不明なんですよ!」

「だからと言って授業をボイコットしていいわけじゃないわ」

「探す人が多い方が見つけやすいじゃないですか!!」

「そうね。でもそれは保護者や教師……“大人”の仕事よ。あなた達子どもはまず“学生”としての本分を全うすることが先決。小日向君の捜索はその後……もちろん、補習まで終わらせてからね」

「そんな……」

ただでさえ放課後から探しに行くというだけでも大変なのに、補習が終わってからとなると探せる時間はさらに短いものになるだろう。

「わかったなら席に戻りなさい」

「……先生は」

「なに?」

「先生は探しに行くんですか?“大人”だから……」

那津音に対し疑惑の眼差しが集中する。

「……はぁ。そのつもりなら、最初から私はここには居ないわ。私も教師としての仕事を終わらせてから行くつもりよ」

「本当、ですか……」

「えぇ……じゃないと、彼に会わせる顔が無いもの」

「会わせる顔……」

「自分のすべき事すら満足にできないような人間に彼を探しに行く“資格”はないから。……好意を向けること資格も、ね」

「「「「…………」」」」

「それに……みんな、しばらく小日向君とは距離を置くべきだと思うの」

「「「「え?」」」」

「あなた達は小日向君の気持ちを考えたことある?」

「「「雄真(君)の気持ち……」」」

「小日向さんの……」

「たしかに小日向君は自分を取り巻く状況に甘えていたわ。でもそれは誰も傷付けたくないって彼なりの優しさでもあった」

「「「「…………」」」」

「そして、みんなもそんな彼の優しさに甘えた。 “好き”って気持ちに“好き”以外の気持ちで返されるのが嫌で……それを認めたくなくて。だから、自分の気持ちを押し付けるばかり。……小日向君がどう思ってるか、考えてなかったんじゃないかな?」

「「「「…………っ」」」」

「だから、彼の本心と自分の“弱さ”に向き合えるまでみんな距離を置いた方がいいと思うの。小日向君自身も自分の“弱さ”と向き合うための時間が必要だから」

那津音の言葉は静かに、そして深く、重く杏璃たちの心に染み渡る。

241叢雲の鞘:2013/06/12(水) 22:13:52

しかし、

「…………先生がそんなこと言えるのは、雄真君に自分の好きって気持ちが受け入れてもらえるってわかってるからじゃないんですか?」

「「春姫(ちゃん)!?」」

「神坂さん!?」

「だってそうじゃない!!」

杏璃と準、沙耶の静止も聞かず、春姫は那津音を激しく攻め立てる。

「私たちがいくら好きだって言っても雄真君は応えてくれない!でも、先生は……先生だけは応えてもらえるから、自分の弱さに向き合う必要がないから、だからそんなことが簡単に言えるんですよ!!」

その言葉はけっして春姫だけのモノではなく、雄真に恋をし、また雄真に応えてもらえない者全員の心の声とも言えるモノだった。

「…………」

図星なのではない。

しかし、彼女たちの言葉は客観的にみれば事実でもある。

故に、今の彼女たちに自分の言葉が届くのかが分からず那津音は言葉に詰まらせた。

「ほら、先生だって何も言えないじゃないですか。だったら、そんな身勝手な――「そこまでにしておきなさい」――……御薙先生?」

春姫の言葉を遮ったのは鈴莉だった。

「御薙先生、どうして……」

「どうしても何もSHRはとっくに終わってるのよ。なのに、神坂さん達が来てないからまたボイコットでもしたのかなって」

「「「「「す、すみません」」」」」

「申し訳ない」

素敵な笑顔を浮かべる鈴莉に怯えながら謝る6人。

「すみません御薙先生。私のせいで……」

那津音も頭を下げようとしたが、鈴莉はそれを静止する。

「いいのよ。式守先生は授業を抜け出そうとした生徒を止めていただけですから」

「……はい」

「さて……渡良瀬さんと高溝君も移動教室でしょ?急いで準備をしていってらっしゃい」

「は、はい!」

「わっかりました〜〜〜〜!!」

準とハチは慌てて必要な教科書や筆記具を用意すると教室から出て行った。

「……さ、貴方達も急いで準備をしなさい」

「「「「はい(承知した)……」」」」

鈴莉に促され、春姫達も授業の準備を始める。

「式守先生。あとは私が引継ぎますから、先生はご自分の仕事に……」

「わかりました。よろしくお願いします」

鈴莉の言葉に頷いて、那津音は教室を出て行った。

242叢雲の鞘:2013/06/12(水) 22:14:57

「…………神坂さん、柊さん」

授業の用意をする春姫達に鈴音は静かに声をかける。

「「なんでしょう(か)?」」

「あんまり那津音を……いえ、“大人の女”を嘗めないことね」

その声は静かであったが、とても力強いものだった。

「「え?」」

「さっき貴方達が那津音に言っていたことよ。貴方達は式守那津音という人間に対して嘗めてかかっている。ううん、それだけじゃない。“恋”も“大人”も貴方達は嘗めて考えている」

「そんなこと……」

「ない、とは言わせないわよ。まぁ……雄真君自身の自業自得な所もあったし、あまり大人が口を出すのもどうかと思ったからあまり口出しはしなかったけど……当人の善意に一方的な嫉妬心をぶつけて解消する事しかしないような娘達に自分の息子を託すなんて、私は御免だわ」

「「「…………」」」

「那津音の言う通り、貴方達は雄真君の気持ちを考えず、自分の気持ちを一方的に押し付けてばかりだった。雄真君の優しいところに甘えてね……」

「でもそれは式守先生だって!!」

「だから貴方達は那津音を嘗めてるって言っているのよ」

「「え?」」

「考えてないわけないでしょ。そればかりか貴方達が思ってもない……ううん、思うことすら出来ないことも含めて、あの子は考えて動いているのよ」

「私達が考えることすらできない、こと……?」

「えぇ。だってあの子は雄真君よりずっと年上なのよ?年齢差や教師と生徒という関係とかいろいろとね。それに、幼い頃に若干の面識があったとはいえ雄真君と過ごした時間はそんなにないし、まして秘宝事件時の貴方達のように親密になったわけでもない。だから貴方達よりもスタートラインはずっと後ろだったのよ。それに、貴方達と違っていつも一緒に居られるわけでもないし」

「「「………………」」」

「しかも、あの子ったら自分の恋敵に塩を送るようなことまでしようとするし……」

呆れているのか、その一言だけはやけに感情が篭っていた。

「塩……ですか?」

「えぇ、そうよ。まったく……せっかく発破かけてやったってのに、それでもまだ自分以外の心配ばっかりしてるし……(ブツブツ)」

「えっと……御薙先生?」

「っ!?……コホン。ともかく、那津音は自分のことだけじゃなく、雄真君や貴方達のことまで考えながら動いているわ。だから、那津音なら雄真君を任せてもいいって思ってる。けど、今の貴方達に雄真君を任せる気にはならないわ。……少なくとも“今の私”は、ね」

「「「そ、そんな……!?」」」

「だから、那津音の言っていたように一度雄真君から離れて、じっくり考えて、変わっていくことね。雄真君の隣を歩くに相応しいと思われるように」

「「「…………はい」」」

「分かればよろしい。心配で考えられないというなら探すなとは言わないけど、少なくとも授業と補習はきちんと受けてからにしなさいね。それも1つの評価ポイントだから……」

「「「はい!」」」

鈴莉の言葉に春姫達はしっかりと頷く。

「さ、急いで行きましょうか。みんなが待ってるわ。…………あ、それと」

「「「なんですか(しょうか)?」」」

「音羽は自分が見てて楽しそうなら平然とOK出しそうだから言っておくけど、雄真君の“母親”はわ・た・し!だからね。音羽が良いって言っても私がOK出さないと意味ないから」

「「「は、はい……」」」

最後の最後で微妙に閉まらない鈴莉だった。

243叢雲の鞘:2013/06/12(水) 22:17:03



昼休み。

春姫達はOasisを訪れていた。

もちろん昼食を食べるためでもあるのだが、小雪の元を訪ねる意味もあった.

Oasisですももや伊吹と合流して小雪の元へと向かう。

「「「小雪さん!」」」

「これはこれは皆さん、おそろいでどうかしましたか?」

「小雪さんに占って欲しいことがあるんです」

「…………それは“雄真さんの居場所について”、ですね」

疑問ではなく断定の言葉で返す小雪。

「だったら話は早いわ!」

「小雪さん!!兄さんは今どこに……!?」

「………………」

「……小雪さん?」

「高峰小雪……なぜ答えぬのだ?」

「小雪様?」

「……すみません」

小雪の口からか細く紡がれたのは謝罪の言葉。

「すみませんって……どういうことなんですか?」

「見えないんです」

「…………っ!?」

「見えないって……」

春姫達に驚きの感情が広がる。

「ルーンだけでなく水晶玉やタロット……様々な方法で試したんですが、場所が特定できないんです」

「そんな……」

「どうして……」

「恐らく、今は知るべき時ではないのでしょう……」

「知るべき時……」

「単に時間的なものなのか、あるいは何かをしなくてはいけないのか……」

「「「…………」」」

春姫、杏璃、沙耶の脳裏に那津音と鈴莉の言葉が浮かぶ。

「お力になれず、申し訳ありません……」

「いえ……私たちもいきなりすみませんでした」

「いえいえ、またいつでもいらしてください。そのときはきっと占ってみせますから……不運を」

「こ、小雪さ〜〜〜ん!?」

「ふふふ……」

そうして春姫たちは小雪と別れ、昼食をとることにした。

その際、春姫たちが那津音や鈴莉に言われたことをすももや伊吹、途中で居なくなった準にも聞かせる。

その日の昼食はとても静かで、どこか雰囲気が暗かった。

244叢雲の鞘:2013/06/12(水) 22:17:54


「…………これでよかったのですね那津音様」

春姫達を見送った小雪は小さく零した。

「小雪姉さん……」

そんな小雪をタマちゃんが心配そうに見つめる。

実は春姫たちに告げた言葉は真実ではない。

小雪は雄真の居場所を占ってはいなかった。

しようと思ったのだが、那津音に止められたのである。

『みんな……少し考える必要があるの。だから、ね?』

小雪もまた、那津音から春姫達と同じようなことを言われ……雄真の居場所を占わず、春姫達が来ても答えぬよう頼まれた。

そして、そのことを納得したからこそ先ほどのように春姫達の頼みを断った。

しかし、それが小雪に小さな罪悪感を抱かせる。

「それにしても……那津音様はズルいお人ですね」

「なにがズルいんや?」

「神坂さん達が聞きに来ても答えないように、占わないように……ワザと私に頼んだのですよ」

「……?それのどこがズルいん?」

「だって……那津音様から言われて私が占わなかったと言えば、皆さんのお怒りの矛先は私ではなく那津音様に向きますから。“悪役”を演じるつもりなんですよ……本当にズルいお方です」

「…………」

「さ、私たちも占いに頼らず、皆さんと一緒に地道に探しましょうか」

「ワイもぎょうさん頑張るで〜〜!」

「期待してますよ、タマちゃん♪」

245叢雲の鞘:2013/06/12(水) 22:21:31



「さて……とりあえず、雄真を探しに行きたいんだけど」

「手がかりがさっぱりなのよねぇ?」

放課後。

補習も含めてしっかり終わらせた春姫達は教室に集合していた。

「時間も無いし、闇雲に探しても非効率だし……」

小雪の占いでも分からなかったため、手詰まりとなっていた。

「ん〜〜〜〜〜…………あ!?」

唸っていたハチが声を上げる。

「どうしたのハチ?」

「どうせしょうもないことでしょ」

「それもそうね」

「あ、杏璃ちゃんに準さんも……」

「ムキ〜〜〜!?せっかくいいアイデアが浮かんだってのにーーー!」

「はぁ……一応、聞いてあげるだけ聞いてあげるわ。で、なに?本当にしょうもなかったら蹴るからね」

「一言余計なんだよ!……ほら、神月カイトって居ただろ?ミサキちゃんのお兄さんの」

「で、その人がどうしたの?」

「いや、その人なら知ってるんじゃないかって……」

「「はあ?」」

ハチの提案に杏璃と準はそろって疑問符を浮かべる。

「なんでそのミサキのお兄さんが雄真の居場所を知ってるのよ?」

「いや……自分で調べるのが難しい情報が欲しいときは聞けば教えてくれるって言ってたし」

「……はぁ、それってなんの根拠もないじゃない」

「そうよ。やっぱりハチの頭はダメダメじゃない……」

「け、けどよ……雄真が謹慎喰らった時にメールが来ただろ?あれ、きっとそいつが送ったものだぜ」

「あ〜〜、確かにそういうのあったわね」

「わたしもそのメール貰いましたよ」

「……え?なにそれ?あたしそんなメールもらってないんだけど?」

「「「「「「「え?」」」」」」」

「え?」

「………………」

「………………」

「ま、まぁとりあえずだ……。なんか情報通っぽいし、もしかしたら知ってるんじゃないか、と……」

「……本当に知ってるのかなぁ?」

「ですが、彼なら知っててもおかしくは……」

「小雪さん、知ってるんですか?」

「少々面識が……それに、同じ3年ですから」

「なるほど」

「となれば、行ってみるしかないわね」

「手がかりがないのだ。藁にも縋る思い、というやつだな」

「じゃぁハチ、その先輩の所まで案内しなさい!」

「知らん」

「「「「「「「………………」」」」」」」

「………………」

「「「「「「「………………(ニッコリ)」」」」」」」

「………………(デヘヘ♪)」

「「「「「それじゃあ意味ないじゃないーーーーーーーー!!!」」」」

「ぎゃーーーーーーーーーーーー!?」

246叢雲の鞘:2013/06/12(水) 22:22:27


「とりあえず、3年の教室に行ってみましょう」

「そうね。もしかしたら居るかもしれないし」

黒コゲとなったハチをほったらかしにして春姫達は3年の教室へ向かう。

しかし……

「悪いがそれは教えてやれん」

幸運にもカイトはすぐに見つかったのだが、にべもなく断られてしまった。

「どうしてなんですか?」

「お前たちだけでなく、小日向雄真自身にも一人になり、自分と向き合う必要があるからだ」

「と、さっきからこんな調子なのよ」

カイトの言葉に呆れた声を上げているのはミサキである。

ミサキが居るのは春姫達よりも先にカイトの元を訪れていたからである。

ちなみに、2人が言い争っていた(騒いでいたのはミサキだけだが)ため春姫達はすぐにカイトを見つけることができたのである。

「もう日も暮れる。手がかりがないのなら、今日のところはいったん帰って自分の心とも向き合ってみるのだな」

結局、この日は雄真の捜索を断念するしかなかった。

247八下創樹:2013/06/16(日) 21:49:22

その日は、雨だった。
和室から続く庭の窓は開け放たれていて、湿気が入って来ないのが不思議だった。
「・・・・・・」
広い、畳張りの和室部屋。
柱にもたれ掛かり、何することもなく外を眺め続ける雄真。
それが壊れかけた人形だと、他でもなく彼自身が自覚していた。


『はぴねす! リレー小説』 その114―――――八下創樹


「・・・・・・今日は雨か」
「―――」
不意に気配なく、声をかけられる。
それはここ数日で当たり前な光景。
さして驚くこともなく、そのまま外を眺め続けた。
「一緒にお茶でもどうかね、小日向くん」
「・・・・・・緊張して、お茶どころじゃなくなりますよ」
「ハッハッハッ! はっきりと物を言う!」
「・・・・・・」

この数日、この人と話すことが多い。
といっても、この家には俺と彼の2人だけしかいないのだから、当たり前だった。

―――――3日前。
那津音さんに指定された場所に、夜通し歩き続けて辿り着いた場所。
そこは、人気の無いところに建てられた、古めかしい日本家屋。
そこにいた彼と、なにやら奇妙な共同生活をするコトになっていた。
―――――正直な話、俺は苦手意識を持っていた。

「・・・・・・前から訊こうと思っていたんですけど」
「む?」
「・・・・・・忙しくはないんですか? 護国さん」

―――――那津音さんの実の父、式守護国という、人物のことが。

「そうだね。少なくとも、君よりは忙しいな。――――もっとも、その件について、君を責める気はないがね」
「・・・・・・」

事実、そうだった。
ここ数日の何もしなさっぷりは、完全にニートのソレに等しい。
だけど、そう望んだのは自分の本心かもしれない。
出なければ、携帯電話やその他の私物を全て置いて、自らの痕跡を失くして家を出るなんてこと、するハズがないのだから。

「・・・・・・君を見ていると、昔の那津音を思い出す」
「昔の、那津音さん・・・・・・?」
「ああ。あの頃の那津音も、今の君も、まるで同じだ」
「・・・・・・」

昔の那津音さんと聞いて、気にはなったが追及はできない。
なんとなく、それは訊いちゃいけない気がした。
少なくとも、那津音さん以外の人からは。

「・・・・・・小日向くん」
いつの間にか近くに座っていた護国さんに、感情の無い瞳を向ける。
正座して、真正面に自分を捉える護国さん。
それが、真逆の姿を映し出す鏡だと、心のどこかで思った。

「――――君が思う以上に、君を取り巻く世界は難しく、君が考えるより、君が取り巻く世界は単純なものだと、私は思うがね」
「どういう、ことです・・・・・・?」
「なに、ちょっとした戯言だよ。――――さて、お茶でも飲むとしよう」

静かに微笑む、護国さん。
何故この人なんだろう。
那津音さんは、なぜここに俺を呼んだんだろう。
ここで俺に、俺を、何を、どうするのか。
考えるのは面倒で、考えないことはラクで。
心が震えるほどに、“この世界”は空白で、一切の他者による圧力が無かった。
自分だけを見て。
自分だけの事を考え。
自分のことだけを――――――

それが、“逃避”の世界だった。

触れ合いを無くすとは、他者との関係、擦れ、もつれの全てが無くなる。
人が生きていく為に、他人との相互作用を必要とするならば。
逃避することは悪なのだろうか?
そんなハズはない。
だって俺は、今こんなにも―――――安らかで、穏やかで、快適で・・・・・・・・・

けど、幸せでは、無かった。



「・・・・・・」
なんとなく、部屋に居るだけなのが居た堪れなくなってくる。
喉の渇きも覚えたし、護国さんと一緒にお茶するのも悪くないかもしれない。
そう思い、気怠い身体に鞭打って、廊下に出ると、
「あ」
「あ」
バッタリと。
那津音さんとはち会った。

248Leica:2013/06/20(木) 00:20:57
「那津音……さん」
「お久しぶりね、ゆーくん。と言っても、まだ数日しか経ってないんだけど」

 流れるような銀髪を撫でながら、那津音さんがはにかむ。
 心の奥底が、じわりと熱を持つのを感じた。



『はぴねすりれー』116   Leica



「どうして、ここに」
「どうしてもなにも。この場所を指定したのは私よ? そんなことも忘れちゃったの?」

 ああ、そうか。そうだった。
 そんな当たり前の事すら、直ぐに思い浮かばなかった。

 学生証も、保険証も、携帯電話も。
 自分を自分だと証明し得る全ての物を置き去りにして、ここに来た。
 ここにいたのは、俺と、知人というカテゴリーに含められるのか微妙なラインの護国さんだけ。

 ―――自分が、自分では無いような。

 そんな錯覚すら覚え始めていた。
 思っている以上に、今の思考回路は錆びついてしまっているのかもしれない。

「調子はどう?」
「……悪くは、無いです」

 多分、そうだと思う。
 調子が良いとか悪いとか。
 そんな事すら今はどうでもよくなっていた。

 今日は雨が降っている。

 暑苦しくは無いものの、じめじめとした気候だ。
 特に木造の奥ゆかしい建物だからか、余計に湿気を感じる。
 だから、少し憂鬱。

 その程度だ。
 でも――――。

「それだけ?」

 那津音さんが首を傾げる。
 少しだけ、寂しそうな目をして。

「本当に、それだけ?」
「……何がですか」

 聞かれている内容は大したものではない。
 日常でありふれている単なるあいさつ文の1つ。

 それなのに。

「……はい。それだけ、ですけど……」

 どうして、これほど心の中がざわつくのだろうか。
 俺の、少し震えた声での返答を聞いて、那津音さんは少しだけ目を細めた。

「みんなはね、うまくやってるよ」
「え?」

 俺から目線を外し、雨の滴る窓際へと寄りながら那津音さんは続ける。

「最初はみんなびっくりしてたけどね。ゆーくんが居なくなった、って。
 聞いた話じゃ、すももちゃんは泣き出しちゃったらしいし」

ずきんっ

 心のどこかで、何かが悲鳴をあげた気がした。

249Leica:2013/06/20(木) 00:22:00

「春姫ちゃんも、杏璃ちゃんも。初日なんかその話を聞くなり授業をボイコットしようとしたのよ?」

 あれだけ鈴莉さんにお灸を据えられたのにねー。
 と、那津音さんは苦笑いする。

「小雪ちゃんのところへ行ってゆーくんの居場所を占ってもらおうともしてたし」

 みしみし、と音が聞こえる。

「毎日毎日、補習が終わるなりみんな教室を飛び出して」

 手が。

「日が暮れるまで走り回って」

 足が。

「伊吹なんか日付が変わるころに帰宅してお説教されてるし」

 震える。

「でもね」

 那津音さんがこちらへ振り向く。
 そして。
 両手を広げてこう言った。



「それだけ!!」



「……え」

 何を言われたのか分からなかった。
 いや、何に対して『それだけ』と言ったのか、理解できなかった。

「他は特に何も変わりないよ、ゆーくん」
「……他は、……って」

 意味が、分からない。
 それだけの事態に陥っておいて、他は、だって?

 心の中でもやもやとしたモノが叫んでいる。
 何を? 分からない。
 それでも。

「那津音さん。それは――」
「うん。こちらは至って平常運転」

 あんまりじゃないですか。
 そう言う前に、那津音さんは更に言葉を重ねてきた。

「誰かが学園を辞めたとか、重い病気に掛かって完治する見込みがないだとか。
 ましてや死んじゃったなって事はないからね」
「当たり前でしょうそんなことはっ!!!!」

 意図せずして、叫んだ。
 我ながらびっくりするほど声が出た。
 家じゅうに響き渡ってのではないかと思う程だ。

「はっ、……はっ」

 運動をしたわけでもないのに息が切れる。
 那津音さんは口を開かない。
 背にした部屋から時計の時間を刻む音だけが響く。

「当たり前でしょう? ……そんな、ことは」

 震える声でもう一度言った。
 なぜか、視界が少しだけ歪む。

 那津音さんは笑みを消して頷いた。

「そうだね。ゆーくん。それが当たり前なんだよ」
「……え?」

 盛大な?マークが浮かび上がる。
 それを知ってなお、那津音さんは続ける。

「ゆーくんがあそこに居ようが居まいが。当たり前の事なんだよ。
 みんな、ゆーくんが居なくたってね。生きていけるの」

「っ!?」

 心を。
 鷲掴みにされたような気がした。

「すももちゃんは、今日もちゃんと学園に来ました。
 春姫ちゃんは、いつも通り真面目に授業を受けました。
 杏璃ちゃんは、……今日も残念ながら魔法実習で失敗しちゃいました。
 沙耶ちゃんは、いつも通り礼儀正しい挨拶をしてくれました。
 ミサキさんは、いつも通りOasisでスパゲティを食べてました。
 小雪さんは、いつも通りOasisで占いをしていました。
 伊吹は、いつも通りビサイムの手入れをしていました」
「……」

250Leica:2013/06/20(木) 00:23:38
「ほら、いつも通り。当たり前でしょう? みんな当たり前の事を当たり前のようにして過ごしてる」

 那津音さんは、言う。



「ほら。ゆーくんがそこに居なくても。ちゃんと世界は回ってる」



 何を当たり前な事を、と笑い飛ばすことができない。
 心が、ぎしぎしと耳障りな音を立てる。

「ねぇ、ゆーくん」

 表情が無い。
 完全に無表情のままで、那津音さんは再度俺へと問う。

「調子はどう?」
「っ」

 出かかった言葉が詰まった。
 この身体中に広がるやるせなさのようなものが、口にできない。

「どうしたの? ゆーくん」

 知っていたはずの言葉であったはずなのに。
 それほど難しい言葉ではなかったはずなのに。

 言葉に、できない。

「何を難しく考えてるのかな」

 那津音さんはそんな俺を見て首を傾げる。

「ゆーくん、ここでの生活は楽しい?」
「……いいえ」

 楽ではある。
 何も考えなくていい、自分だけの時間。
 何も考えなくていい、自分だけの領域。
 それでも。
 護国さんには申し訳ないけど。

 楽しくは、ない。

「ここでの生活と、今までの瑞穂坂での生活。どっちが楽しい?」
「それは……」

 直ぐに回答できなかった。
 楽しさだけで言うなら、間違いなく瑞穂坂。
 でも。
 向こうの生活は、楽ではない。

「何で悩むの?」

 不思議そうな顔をして、那津音さんは問う。

「ここでの生活は楽しくないと言った。それは答えられた。
 でも、瑞穂坂と比べると答えられなかった。どうして?」

 どうしてと言われても。
 比べるには、2つの内容が違いすぎる。

「ゆーくん。さっき私が言ったこと。貴方が当たり前だと言った内容。ちゃんと理解してる?」
「……?」
「みんなはね、ゆーくん無しでも生きていけるんだよ」
「っ」

 心が、軋む。

 やめてくれ。
 なんでまたそんなことを言うんだ。

「ゆーくんが居なくても、瑞穂坂は代わり映えのしない平穏な日々を送れるの」

 そんな当たり前のことを。
 なんで。

「貴方が居なくても――」
「もう止めてくださいっ!!」

 叫んだ。
 いや、吼えたと言った方が適切なのだろうか。

 鼻が鳴る。
 ぽたぽたと、雫が落ちる。
 どうやら泣いていたらしい。
 いつから泣いていたのかすら分からない。
 もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。

「ねえ、ゆーくん」

 肩が震える。
 潤んだ視界を手で無遠慮に拭い去り、呼びかけてくる人へと視線を戻す。

「調子は、どう?」
「っ、最悪、ですよっ!!」

 この期に及んで何を聞こうとしているのか。

251Leica:2013/06/20(木) 00:24:33

「どうして最悪なの?」
「どうしてって!! そんな話をされたら、……誰だって!!」
「今、ゆーくんが感じているものは何?」
「え?」

 感じている、もの?

「ゆーくんはどう思った? 何を感じた? どうしたいと考えた?」

 那津音さんの視線から目が離せない。

「聞かせて? 今、感じている貴方の心の声」

 そんなもの。
 そんなこと。

 決まってるじゃないか。



「寂しいですよっ!!!!」



 格好悪いと思った。

 情けないと思った。

 こんな涙で顔をぐちゃぐちゃにして。
 自分の蒔いた種で勝手にふさぎ込んで。
 いろんな人を巻き込んで。
 全てを放り出してここへ来て。

 それで出た結論は何のことは無い。
 子どもでも答えられるただの我が儘だ。

 それでも。

「みんなに会いたい!! みんなと笑いたい!! みんなと遊びたい!! みんなと、みんなと一緒にいたい!!」

 もう、止まらない。
 塞き止めていたはずの感情が濁流のように放出されていく。

 意味の無い事を知りながら。
 目の前に立っている、那津音さんに向けて。

「駄目ですか!? 俺がみんなと一緒にいたいと思う事は駄目なんですか!?
 もう俺はみんなの前に立つ事すらできないんですか!?
 もう俺は―――」
「駄目じゃないよ、ゆーくん」

 ふわりと。
 優しい香りがした。

「あ……」

 気が付けば。

 俺は那津音さんに抱きしめられていた。

「駄目なんかじゃないよ、ゆーくん。それはゆーくんが持っている、誰にも侵害する事の出来ない大切な権利」
「な、那津音、……さん?」
「一緒にいたいと思うから一緒にいる。一緒に遊びたいと思うから一緒に遊ぶ。
 一緒に笑い合いたいと思うから一緒に笑う。何もおかしい事なんてない」

 優しい吐息が聞こえる。

「だって、それは恋愛とは関係ないから」
「っ」

 ほぼ条件反射で後退しようとしたが、那津音さんはそれ以上の力で押し留めた。
 抱きしめ合ったまま、至近距離で見つめ合う構図となる。

「ゆーくんが1人を選んだら、多分選ばれなかった人は悲しい思いをする。
 それは当たり前の事。でも、言い方は悪いかもしれないけど、それだけ。
 他の何かが変わるわけじゃない」
「……」
「だって、その人は――」
「俺が、いなくても、……生きていけるから」

 那津音さんが頷く。

 どうしてだろう。
 肩の力が、少しだけ抜けた気がした。

252Leica:2013/06/20(木) 00:26:26

「ゆーくんは少し考えすぎ。そしてみんなのことを背負いすぎ。
 ゆーくんにとって、みんな大切な人だってことは分かってる。
 でも、だからって全てを背負う必要はないでしょう?」
「……はい」

 俺の肯定に、那津音さんは柔らかな笑みを浮かべた。
 ゆっくりと身体が離れる。
 少しだけ、ほんの少しだけ名残惜しいと感じてしまったのは、決してやましい気持ちから来たものでは無い。

「ねえ、ゆーくん」
「何でしょう」

 後ろ歩きをしながら那津音さんは言う。

「ここの生活と瑞穂坂での生活。どっちの方が楽しい?」
「瑞穂坂です」

 今度は即答した。
 即答、できた。

「じゃあ、さ」

 肌の白い、綺麗な手を広げて那津音さんは笑う。



「帰ろっか」

253名無し@管理人:2013/06/20(木) 09:55:35
はぴねす! リレーSS 117回――名無し(負け組)

「具合はどうかね?」
「……まぁ、マシにはなりました」

 那津音さんに、俺の本心を気付かせてもらってから2日経った。
 俺は、未だに式守家の別荘にいた。
 別に、春姫やみんなと会うのを怖がって、帰るのを躊躇したわけではない。
 むしろ、一刻も早く、瑞穂坂に戻りたいと思ったぐらいだ。
 しかし、那津音さんによって、気持ちを楽にしてもらった直後に、39℃の高熱を出して、倒れてドクターストップがかけられたため、残らざるを得なかったのだ。
 で、護国さんに看病してもらっている。
 那津音さんは、俺が倒れた次の日に夜通し看病すると、教師としての仕事を全うするために、一足先に瑞穂坂に戻っていった。
 ほとんど寝てない様子だったのに、睡眠不足を全く顔に出さないあたり、大人ってすごいなぁと思った。
 私事にも仕事にも妥協しない。
 そんな彼女だからこそ、式守家の当主に選ばれたのだろう。
 本当に凄い人だ。
 素直にそう思った。

「今、君は那津音のことを考えていたね」
「……そんなに分かりやすいですか?」
「顔に出ていたからね」

 愉快そうに微笑する護国さん。
 うーん……直したいなぁ。
 まぁ、無理だろうが。

「ところで、1つ聞きたいのだが」
「なんですか?」

 微笑から一転して、真面目な表情になった護国さんを見て、俺の中で緊張感が走る。

「君は、那津音のことが好きなんだね?」
「……はい」

 この人には隠し事はできない。
 だから、素直に頷いた。

「そうか」

 俺の好きな人の父親は、何を考えているのか悟らせない表情で頷いた。

「今の俺には、まだ認めてもらえないのは分かってます。ですが――」
「ああ、勘違いしているようだけど、私は別に君と娘が契りを結ぶことを反対するつもりはない」
「……そうなんですか?」
「ああ。那津音はもう大人だ。伊吹ならともかく、あれが決めたことならその意志を尊重するつもりだ」

 えっと……俺と那津音さんが結ばれることに反対する気がないなら、何で俺が那津音さんのことが好きか聞いてきたんだろう?
 不思議に思っていると、護国さんが再び口を開く。

「小日向くん。君は、那津音を愛する意味――”式守”を背負う覚悟はあるか?」
「は?」

 どういう……ことだ?

254TR:2013/06/20(木) 10:32:09
「小日向くん。君は、那津音を愛する意味――”式守”を背負う覚悟はあるか?」
「は?」

護国さんから言われた言葉の意味が、俺には分からなかった。


はぴねす! リレー小説―――――――TR
第118話「愛する意味」


「那津音は辞退しているとはいえ式守家の正式な後継者。君なら、ここまで言えば分るはずだ」
「……………」

今まで考えないように(考えられなかっただけだが)していた事だった。
那津音さんは式守家の魔法使い。
次期当主から降りてはいるが、正式な後継者であることには違いない。
そんな彼女と結ばれれば、俺は間接的にとはいえ式守を背負うことになる。

「はっきり言うと、あまり生易しい物ではない。常に名家として……式守家としての責務が付きまとう。その覚悟はあるのか?」
「……」

答えられない。
まるで体が鉛になったかのように言葉が出てこなかった。
”式守家を背負う”というのは、婿養子の場合に限ったものではない。
仮に那津音さんが”小日向”になったとしても”式守家”という名前はついて回る。
逆もまたしかり。
”関係ない”、”知らぬ存ぜぬ”ではやっていけない。
那津音さんを愛する意味――それは俺にとって重い十字架のようなものだ。
護国さんの言うとおり、それ相応の覚悟をしなければならない。

「まあ、そうすぐに答えを決めずともいい」

答えられない俺の様子に、護国さんはそう告げた。
その声色からは失望感のようなものは感じられなかった。

「ただ、もし那津音と契を交わすつもりであるのなら、これだけは理解してほしい」

護国さんはそこで言葉を切る。
その表情は父親のような眼差しであった。
まあ、那津音さんの親なのだから当然かもしれないが、そう言う物ではないような気がした。

「”那津音を愛する意味”それをよく考えて欲しい」

それは護国さんの優しさなのかもしれない。

「はい」

今度はしっかりと返事が出来た。
正直、まだその意味を問われた時、答えられる自信はない。
だが、考える時間はある。

――それを逃げの口実にしてはいけない。
――与えられた時間を有効に使わなければならない。

「さあ、しばらく休むと良い。治りかけに無理をする方が危険だ」
「はい」

護国さんに促らされ、俺は護国さんに宛がわられた部屋へと戻る。
そしてもう一度眠りにつくべく布団へともぐりこんだ。

「………」

意識が闇に包まれるまでの間、俺は”那津音さんを愛する意味”――――式守家を背負う覚悟があるのかを考え続けるのであった。

(まずは、瑞穂坂に戻ることが先決、かな)

そんな自分の行動の順番が違っていることに苦笑しながら、意識は闇の中へと飲み込まれるのであった。

255Leica:2013/06/21(金) 23:29:06
『はぴねすリレーss』119    Leica


「……ん」

 ふわりと。
 意識が浮上する感覚。
 その流れに逆らわずにゆっくりと瞼を開いた。

 真っ暗。
 最初の感想はまずそれだった。
 本当に何も見えない。
 そして、何も聞こえない。

「あれ? 確かこの辺に……」

 手さぐりで明かりを探し、点ける。
 目が眩みそうになるほどの強烈な光が視界を覆った。

「んぅ……」

 徐々に徐々に、瞼を上げていく。
 そこで気付いた。窓の外はまだ暗い。
 どうやら深夜に目を覚ましてしまったらしい。

「喉、乾いたな」

 最後に布団に入ったのはいつだったか。
 何時間寝たのかさっぱり分からない。
 それでも、その代わりに。

 立ち上がってみる。
 風邪のとき特有の気怠さのようなものは無くなっていた。
 どうやら完治したようだ。
 那津音さんはもちろん、護国さんにもお礼言っとかないとな。

 そんなことを考えつつ、飲み物を探して廊下に出る。
 明かりのまったく点いていない日本家屋というのは中々に怖いものだ。
 ギシギシと鳴る廊下の音にすら恐怖を感じてしまう。

「……?」

 それにしても、おかしい。
 人の気配がまったくしない。
 いくら寝静まっているとはいえ、そういう類の静けさではない気がする。

 ……。

 失礼を承知の上で、護国さんの寝室の前まで来た。
 大丈夫。何かをするわけじゃない。
 ちょっと開けて中を見て、寝ているようだったら気のせいでしたで済む話だ。

 そろーりそろーりと襖を開ける。
 しかし。

「まじか」

 本当に居なかった。
 起きてどこかに行ったという感じでもない。
 そもそも布団が敷かれていなかった。

 少しだけ早歩きで台所へと向かう。
 真っ暗な台所にて、手さぐりで明かりを探す。
 躊躇いなく点けた。

 そこにも人の気配はない。
 ……どこかに出かけたのだろうか。
 こんな時間に?
 時計に目を向けてみると、まもなく午前2時になろうかというところだった。

「ん?」

 台所に置いてある1枚の紙に目が行く。
 置手紙だった。

256Leica:2013/06/21(金) 23:29:47

「……俺宛、だよな?」

 誰に聞くでもなくそう呟く。
 どうしようかと悩みつつも目を通してみた。



『おはよう雄真君。
 申し訳ない。式守の方で少しトラブルがあってね。
 いや、なにそれほど心配させるようなものではないのだが。
 とにかく。私は一足先に本家へ戻る事にする。
 病人である君を置いて戻るのは忍びないが、許してほしい。
 代わりと言ってはなんだが、その家にあるものなら好きに使ってもらって構わない。
 私には、那津音と伊吹も同行する事となった。
 なので、その家には那津音も戻らない。
 君がもし瑞穂坂に戻る決心をしたのなら、戻っておいで。
 その家の鍵は、君に預けておく。
 護国』



 安心した。俺宛だった。
 ……。

 ……。

 ……は?

「戻ってきてくんないの!?」

 全然安心できる内容じゃなかった。

 思わず手紙に向かって叫ぶ。
 式守の事情がどうなっているのかももちろん気になるが、残念ながらこちらも問題だ。
 一応明日から学園にも復帰しようと思っていた。
 名家である式守のみなさまから、ワープみたいな魔法でチョロッと家に帰してもらえると期待していたのだが……。

 歩いて帰るのか。
 またあの道を歩いて引き返すのか。
 いや、まあ全部俺のせいなわけで。
 これが当然と言えば当然の結末なのかもしれない。

 が。

「明日から学園行く気ならもう出ないと間に合わねぇじゃねぇか!!」

 急いで借りていた自室へと引き返す。
 敷きっぱなしだった布団を畳む。
 本当なら洗って干してとしたいところだが、今は真夜中。
 洗って放置するわけにもいかない。

 一度瑞穂坂へ戻り、放課後誰かの手を借りて再び戻ってこようと決意する。

「急げ急げ急げ!! 忘れ物は忘れ物は!?」

 無駄にドタバタと走り回る。
 部屋の隅。
 放り捨てられたような場所に、見覚えのある財布があった。

「あ」

 動きを止める。
 ゆっくりと近づいて、手に取った。
 中には880円と。

「……そっか」

 瑞穂坂学園の学生証。



 俺が俺である、証。



 無為に過ごしていたこちらの生活で、持ってきていた事そのものを忘れてしまっていた。
 携帯電話も保険証も何もかも置いてきて。
 自分を故意に捨てようとしていながら、それでもこれだけはと持ってきていたもの。
 今なら、何となく分かる。
 口ではあれだけ拒否しておきながらも。

 本当は、切りたくなかったのだ。
 本当は、繋がっていたかったのだ。

「ははっ」

 笑ってしまう。
 あれだけ難解に思えた那津音さんの問いに、今では簡単に答えを出せてしまう。

 いや、違うか。

「最初から、知っていたんだもんな」

 俺は、俺の気持ちを。
 みんなとずっと一緒にいたいという、本心を。

257Leica:2013/06/21(金) 23:30:17





 午前2時。
 廃れた踏切をしり目に田舎道を歩く。

 ベルトに結んだラジオから天気予報が流れた。
 雨は降らないらしい。傘持ってなかったから、良かった。
 所持金880円あればビニール傘の1つは買えるものの、残念ながら買う場所が無い。

 自動販売機すらない。
 あの家を飛び出すようにして出てきてしまったので、喉はカラカラのままだ。 
 今こそ『虹の山』を飲みたいところだったが、無いものは仕方がない。

 まだ1時間ほどしか歩いておらず、一向に都会へ向かって歩いている感覚は無い。
 街灯もなくでこぼこした道の為、歩くのには結構苦労する。

 そうせなら警官の1人でもパトカーでやってきて保護してくれないだろうか。
 学生証ならあるんだ。瑞穂坂の住人である事くらい直ぐ証明できる。

「……いや、自分の足で歩いて帰らないと意味ないもんな」

 そうだ。
 そう自分に言い聞かせておかなければならない。
 甘ったれた事など考えないように。

 そう。
 所詮あと5時間程度の道のりなのだ。
 なんとかなる……、だろう。

 色々とげんなりする要素はあるが、ラジオを聞き流しながら、黙々と歩いて行く。
 辿り着いた先にある場所が、俺の求める場所である事を信じて。
 
『ハルジオンだったんです。多分、今もどこかの誰かの足元で、何気なく咲いている花なんですけど。
 僕にとってはとても大切な花だったんです』

 ラジオからはそんなメールをパーソナリティが読み上げられていた。
 ハルジオンかぁ。
 そういえば瑞穂坂の通学路にも咲いてるなぁと思いつつ。



 俺は夜の道をひたすら歩き続ける。

258七草夜:2013/06/26(水) 01:54:44
 歩く。

 夜の黒が徐々に朝の白へと変わっていく。

 歩く。

 学校が始まるまであと一時間を切る。

 歩く。

 休憩なしの長時間の行動で足が痛む。

 それでも、俺は歩く。

 皆が待つ、瑞穂坂に向かって。


『はぴねす! リレー小説』 No,120「歩くような速さでただいま」―――――七草夜


 途中で軽く慣れない道に迷いつつも、ようやく見覚えのある町並みが見えてくる。
 ここまで来ればもう迷うことはないだろうが、少々時間が妖しくなってきた。
 なにせ今の俺は学生証と財布以外何も持っていない。
 教科書やその他の必需品を取りに一度家に戻らないといけない。
 だが、ここからだと家は学校を挟んで反対の方向にある。
 事実上、家と学校を往復しなければならないのは手間で、その時間を考えると間に合うか少々怪しくなってくる。
 だが、その心配は無用だと言うことがすぐに明らかになる。

「……やっぱり居たか」

 道行く先の電柱。
 神月カイトがそこに寄りかかって本を読んでいた。

「予想より遅かったな。もう少しのんびり登校できると考えていたのだが」
「悪かったな、こちとら病気が治りたての状態で夜通し慣れない道を歩いてきたんだよ」
「道に迷うのはそれとは関係ないと思うがな」

 正論にぐぅの音も出ない。

「ふん」

 ヒョイッとカイトは俺に傍においてあった鞄を放り投げてくる。
 確かめるまでも無く俺の鞄だ。中身もしっかり入ってるのだろう。

「取ってくる都合上、お前の母にだけは先に事情を話した。弁当も入ってる。後で改めて今回の件の謝罪と礼を伝えておけ」
「あぁ、助かった。おかげで一度帰る手間が省けた」

 一度帰って顔を合わせるというのもマヌケだし、帰る途中で誰かに会ったらただの道化だ。
 かといって遠回りしたり誰も通らない時間帯まで待つなどとしていたら本末転倒だろう。

「……もう言うまでもなく気付いているだろうが」

 カイトは珍しくしかめっ面をしながら口を開く。

「お前達のコミュニティの中心は間違いなくお前だ。だが、別に世界の中心までもがお前と言うわけではない」
「あぁ、俺が居なくても皆、ちゃんとやっていける。迷いはするし、戸惑いもする。けど、皆進むことは出来るんだよな」

 それが今回の旅とも言うべき流れで、見つけた一つの答え。

「皆が進むなら、俺も進まなくちゃいけない。いつか離れ離れになるとしても、それでも俺は歩くんだ」

 そう告げるとカイトは目を閉じた。
 暫く何かを考えているようで、それはこの男にしてはとても珍しい行動だった。

「……お前は今までの日常を続けたいと願っていた。だが世界は常に変化し、動いていく。遅かれ早かれ、お前達の関係の終わりは確実にあった」

 それは分かっていたことだった。
 少なくとも、小雪さんは来年になれば卒業してしまう。目の前にいるカイトだってそうだ。そうなれば何かしら関係は変わってくる。
 再来年になれば俺もまた瑞穂坂を卒業する。皆が皆、同じ進路に行く訳が無い。
 俺達の関係の終わりは、確かに明確にあったのだ。ただ、先の事と思って考えようとしなかっただけで。

「いつかは過去として切り捨てなければならない時が来る」
「それでも、皆が歩いてくれるのなら、俺もまた歩くだけだ」

 たとえどんなに遅くても。

「歩いて、歩いて、一歩でも先に進む。俺が居なくとも皆が歩いたように、俺が歩くことで皆も歩いてくれるのなら」

 それは――

「――それはとても、尊いことだと思うから」
「……本当に、お前は……いや、お前達は面白い存在だ」

 カイトは閉じていた目を開き、そういって微かに――微笑んだ。

「そこまで分かっているなら、もう俺から言うべきことは何もない」

 すぐに普段通りの仏頂面に戻るとカイトは踵を返した。

「行くぞ」
「え?」
「学校へさっさと行くぞ。このまま話してたら遅刻する。そうなったら何のためにお前に鞄を持ってきてやったのか分からない」
「……そりゃご尤もだ」

 慌てて俺もその後を着いていく。
 渡された鞄をしっかりと手に握り締めて。

259七草夜:2013/06/26(水) 01:55:25
 そうして歩いて、俺達は始業の前に学校に着く。
 だが時間はギリギリで、もう皆教室に入ってしまったようだ。
 昇降口には誰もいない。しかし各教室からガヤガヤと声が聞こえてくる。
 たった数日の間のことなのに、それが酷く懐かしいもののように思えた。

「……この学校って、こんなに賑やかな場所だったんだな」

 一度離れてみて、皆に会いたいと思って。
 そうして改めて訪れるとふとそんな感想を抱いた。
 ただ来ないだけなら長期休みで来ていないというのに。

「何も変わってなどいない。ここは最初からこうだ。もし変わったと思うのならそれは雄真、お前自身が変わっただけだ」

 そうなのかもしれない。
 この学校からすれば、一人生徒が数日間来なかったという事実があるだけで他には何も無い。
 俺が来ていないなどということを、知らない生徒の方が圧倒的多数だろう。

 世界の中心は俺じゃない。

 だから俺が居なくても、こうして時計の針は進んでいくのだろう。
 なんだか時間に置き去りにされたようで、それが少し寂しくもあった。
 そしてその寂しさからか、今は無性に皆に会いたかった。

 三年の教室へと向かうカイトと別れ、俺は自分の教室へと向かった。
 皆はどうしてるだろう、会ったら何て言われるだろう、自分は何を言えば良いんだろう。
 いろんなことを考えているうちに、教室に前に辿り着く。
 そして俺はその扉を開く。

 ガラッ、と教室内に響くその音に、皆が振り返った。

 いろんな顔があった。
 ずっと休んでいた俺が来て驚く顔、ホッとする顔、無関心にすぐに興味を失くした顔。
 そして目の前にはよく見知った顔があった。
 今までずっと傍に居てくれた顔達が。

「雄真君」
「雄真」
「雄真さん」

 見知った顔達は、ただ皆笑顔で一言。 


「「「おかえりなさい」」」


 その言葉に俺はそれまで考えていた言葉を全て忘れ。
 同じくただ一言を返した。


「……ただいま」


 俺はようやく、帰ってきたのだと実感した。
 窓の外に見える通学路のハルジオンが、とても綺麗に咲いていた日の出来事だった。

260叢雲の鞘:2013/07/01(月) 02:03:16
俺こと小日向雄真の家出騒動から3日。

午前の授業が終わり、今は昼休み。

学生たちが思い思いに昼食をとる中、

俺は――

「すみませ〜ん、注文いいですか〜〜?」

「はい!少々お待ちください!!」

戦場に居た。



『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 121  by叢雲の鞘



式守家の所有する屋敷から戻ったその日。

それはもうとにかく大変だった。

……という程ではないが、やっぱり大変だった。

俺が戻ってきたことを知ったのか、昼休みにすももが教室に飛び込んできた。

そして泣かれた。

しかも大泣きも大泣きの特大級。

宥めすかすのにはかなりの労力を要した。

それほどまでに心配をかけたことに良心の呵責を覚えながらも、どこか嬉しさを感じた。

……そして俺は忘れない。

文字通りと言っても過言ではない勢いで教室に飛び込んできた妹によって、星となった悪友のことを。

その後、Oasisでみんなと昼食をとることにした。

Oasisに付いたとき、かーさんがいつも通り迎えてくれた。

かーさんに会ったとき真っ先に謝ったが、

『それも青春よね〜♪』

と、笑って許してくれた。

教室に戻ると、みんなが俺が休んでいた間の授業のノートのコピーをくれた。

家出中全く勉強をしておらず、遅れを取り戻さないといけないことに憂鬱な気分となったが、みんなの心遣いはありがたかった。

261叢雲の鞘:2013/07/01(月) 02:03:57

家に帰ると母さんが来ていた。

かーさんの発案で、夕飯を一緒に食べることになったらしい。

母さんは俺を見るなり近づいてきて、そっと抱き寄せると謝罪してきた。

いきなりのことで色々と驚いたが、こっちも勝手にいなくなったことを謝罪した。

少し……母さんとの距離が近くなった気がした。

久々のかーさんの料理はいくら食べても食べ足りないくらいで、かなりの量があったにも関わらず、残さず食べきってしまった。

かーさんは満足顔だった。

その様子に母さんは複雑そうな表情を浮かべ、今度は自分が作ると言っていた。

ただ、母さんはここ何年も料理をまともにしていなかったらしく、しばらくはリハビリ期間が必要と言われた。

今からその時が楽しみだ。

こうして夕食会はつつがなく終了した。

とはいえ、何も楽しいことばかりだったわけではない。

経緯はどうあれ、親に無断で家を出たことは平然と流してよいものではなく、家族会議が開かれた。

その結果、1週間の奉仕活動を命じられた。

具体的には昼休みにOasisで働き、放課後は母さんの手伝いである。

俺も自分の非は認めていたので、すんなり了承した。

ちなみに、Oasisでの労働はタダではなく(いつもよりは少なめだが)ちゃんとお給金がもらえるとのこと。

それと、お小遣い等も以前と同じように戻すとのことだった。

Oasisでの労働はタダでもいいと思ったんだが、母さんに受け取るように言われた。

それと、今回の件でいろいろと動いていた那津音さんに感謝するようにと。

貰ったお給金でデートなりプレゼントするなりするように、とも。

そう言われればこちらとしても拒否できようもなく、改めて奉仕活動を承諾した。


とまぁ、そういった経緯で俺は昼のOasisという戦場を駆け巡った。




それと、これは蛇足だが……

夕食会と家族会議をした日、俺の元にはあの日失ったモノたちが還ってきた。

俺はその日ほど“魔法”という存在に感謝したことはない。

おかえり、テレサ。

おかえり、ペンドラー。

おかえり……ボクのトモダチ。

262八下創樹:2013/07/04(木) 09:29:20

「かーさん、業者から届いた、このポーションとガムシロップ、どこにしまえばいい?」
「倉庫の棚に置いといてー」
「あいさー」

Oasisの手伝いを初めて、もう4日目。
臨時従業員といえど、簡単ながら勝手が解ってきたところ。
その為か、何やら楽しんで仕事をしていた。
あれだ。これが労働意欲というやつか!

「ゆーうま、あたし先上がるねー」
「おう。お疲れ杏璃」
「雄真もね。お疲れさま」
にこやかに手を振って、杏璃はOasisを後にした。
「・・・・・・」
気のせいじゃなければ、学園に復帰して以来、みんなが妙に優しい。
まぁ以前が暴走気味だったと考えるなら、単に普通に戻っただけなのかもしれない。
けど、居心地良く感じるのは、嘘じゃない。
「・・・・・・うっし!」
気合充分、倉庫の備品整理に張り切って取り組むことにしよう。


『はぴねす! リレー小説』 その122!―――――八下創樹


「お疲れさま、ゆーまくん」
「うん、お疲れかーさん」

既に他の従業員は帰ったのか、Oasisには俺とかーさんしかいなかった。
夕暮れ時の静かな時間。
遠くのグランドで、運動部の遠い掛け声に、なんだかしんみりくる。

「最近、随分頑張ってくれるのねぇ」
「まぁね。なんか労働の楽しさに目覚めつつあるかも」

言って、コーヒーを淹れてくれるかーさん。
疲れた体にカフェインが染み渡る。
疲労は確かに蓄積されてるけど、それ以上に気力が溢れて仕方がない。
明日以降も、問題なく頑張れるだろう。

「ふぃー、ご馳走様」
「そういえば雄真くん。この1週間で溜まったお給金、使い道決まってるんだって?」
「うん」
「あらま。それって那津音ちゃん関係?」
「ご明察」
「ふふ、妬けるわねぇ」
「お礼をしたいだけだよ」

少し小悪魔的に微笑むかーさんに、苦笑するしかない。
けど、お礼をしたいのは本音だ。
あの時、自分の内、殻の中に閉じこもった俺を、あの人らしいやり方で引き上げてくれたんだから。

「それで、なにするか決めてるの?」
「うん。那津音さんに直接訊こうと思ってる」
「んー?・・・・・・でも、“お礼”なら、アリなのかしら?」

実際、プレゼントならともかく、御礼ならば失礼な物を贈るわけにはいかない。
直接本人に訊くのもどうかと思うけど、そこはしっかりしないと。

「それで? 那津音ちゃんに訊いたの?」
「いや・・・・・・それが最近なかなか会えなくて」
「まぁ、鈴莉ちゃんの手伝いにOasisの手伝いもしてもらってるんだし、当然と言えば当然よね」
「うん。おかげで今だ何もビジョンが湧かなくて・・・・・・」
「そう、大変ね・・・・・・」
「でしたら、リクエストありますよ?」
「そう、あるんですね―――――ってうわぉ!?」
「ひゃああっっ!?」
「久しぶり、ゆーくん。会いに来ちゃった」
「いや、来ちゃったって・・・・・・」

相変わらず、神出鬼没な人だなぁ。
いきなりカウンターの下から出てきたのだから、そりゃ驚くよ。

「びっくりした〜・・・・・・にしても、私とも久しぶりねぇ、那津音ちゃん。なにか飲む?」
「いえ、お構いなく。もう片付け終わっているのでしょ?」
「気遣い無用よ〜。まぁ欲しかったら言ってね」
「有難う御座います。音羽さん」

片付けがあると、かーさんは一人、裏に入る。
それが、気を遣ってくれたことくらい、俺にだって解った。
だからまぁ、今は俺と那津音さんしかOasisに居ないわけで――――――

「あのさ、那津音さん」
「はい?」
「その・・・・・・なんていうか、やっぱりこの前の事で、那津音さんにお礼がしたくて・・・・・・」
「別にいいって言ったのに・・・・・・・・・でも、改めて断るのは失礼よね」

力一杯頷く。
それに、那津音さんは楽しそうに微笑んでいた。

「それで、さ―――――」
「リクエストならありますよ♪」
「―――――」

狙い澄ましたかのように、怖いくらいに笑顔を向ける那津音さん。
いや、まぁ、別に今回のお給金は全額使うつもりだったけどさ。
なにを要求されるんだろうか。
若干、危険感知センサーが反応してる気がしなくもないんだけど。
はてさて―――――どうなることやら。

263名無し@管理人:2013/07/06(土) 23:00:00
はぴねす!リレーSS 123話――名無し(負け組)

 ある土曜日の昼食後。
 俺は学校から帰って、私服に着替えて外を出歩いていた。

「この週末はきっとねきっとねあなたとお出かけしたい♪」

 ……まぁ、こんな歌を口ずさんだところで、アンドロメダまで1時間で行けるようになるわけじゃないけどな。
 心の中でツッコミを入れたところで、俺は行きつけの散髪屋に辿り着いた。
 今日、ここに来たのには、色々と事情がある。
 まぁ、自分でもかなり髪が伸びたなっていう自覚があって、切ろうか考えていたっていうここともある。
 寝癖とか酷い時は治すのに、遅刻寸前までかかる時だって珍しくないしな。
 でも、今回は俺の気分だけで散髪をすることになったわけではない。
 先日、那津音さんにしたいことを聞いた時に、返ってきた答えが最大の理由である。

――次のお休みに一緒にお出かけしましょう? あ、でも、その前に雄真くんは髪を整えてちょうだい。

 こんなこと言われたら、散髪に行かないわけがないだろう!?
 他ならない好きな人からのリクエストだしな。
 今なら、呪いをかけられた那津音さんに「跪け!」と命令されたら、反射的に「ははぁ」と言って頭を下げられるだろう。
 ……まぁ、彼女がそんなことをする姿は想像できないが。
 ただ、同時に見てみたいという好奇心も強く持っているのは事実だ。

「って、いつまでも店前で突っ立ってたら迷惑だな」

 立派な営業妨害である。
 もっとも、あまり混んでいるところは見たことはないけどな。
 子供の時から使っている店に対して失礼なことを思いながら、建物の中に入った。
 ……後から考えれば、いつも使っている店に失礼なことを考えた罰が当たったのだろう。
 この時の俺は、この店の中で(俺にとって)悲劇が起こるなんて、微塵も想像していなかった。



 約1時間後。

「ありがとうございましたー」
「……」

 満面の笑みを浮かべた中年の理髪師に見送られて、店を後にする。
 ただ、俺は肩を落としながら歩いていた。
 理由は他でもない、今の髪型だ。
 自分の頭に手を伸ばしてみる。
 しかし、髪の触感はなく、あるのは皮膚、つまり頭皮の触感のみ。
 そう。
 俺は丸坊主になっていた。

「……どうしてこうなった?」

 思い返してみても、やはり馴染みの理髪師のおっちゃんの口車に乗ったことが原因だろうな。

『ちょっと君に試してみたい髪型あるんだ。半額でいいから俺に任せてくれないか?』

 もう10年以上、髪を切ってもらっている人の言葉を素直に信じた俺が馬鹿だった。
 まさか、試してみたい髪型が、丸刈りだったとは……。

『今まで一度も丸刈りを頼むお客さんがいなくてね。現役でいるうちに一度やってみたかったんだ』

 剃り終わってからの理髪師のおっちゃんの言い訳じみた言葉を思い出す。
 色々な髪型にチャレンジしてみたいって気持ちは分からなくもないけどさ。
 けど、さすがに今の時代、丸坊主はないだろ。
 別に俺は高校球児ってわけでもないんだからさ。
 まぁ、嘆きたい気分だし、髪を切る前の俺に戻りたいって思いもある。
 だが、悪いのは結局俺だ。
 理髪師のおっちゃんの誘いに乗らなきゃ、こんなことにはならなかったんだ。

「……『式守の秘宝』の力が使えたらなぁ」

 もっとも、強大な力をコントロールしきれずに、暴走させてしまう可能性のほうが高いだろうが。

264名無し@管理人:2013/07/06(土) 23:00:33
「これからどうしよう……」

 とりあえず、知り合いに今の俺の頭を見せたくない。
 隠すために帽子でも買いに行こうか。
 これからの行動に関して悩んで立ち尽くしている時だった。

「――あら。随分面白い頭をしてるわね」

 知った声の女子に話しかけられた。

「…………この声は」

 嫌々に振り返る。
 そこには澄ました顔で俺の頭を見つめる神月ミサキがいた。
 ……ついてねぇな。
 まさか、知り合いに見せたくないと思った矢先に、知り合いに会うとは。

「奇遇ね。そして、久しぶりね」
「……ああ、そうだな」

 言われてみれば、ここ2週間ぐらい、顔を見なかった気がする。
 そういえば、兄のカイトも、『ゲーム』に関する提案をしてから、ロクに会っていない気がするな。

「色々と大変だったみたいね」
「……まぁ、な」

 誰かから事のあらましを聞いたのだろうか?
 俺は話してないし、春姫達から聞いたわけでもなさそうだが。
 ……考えたところで分かるものでもないか。

「会わないうちに、センスのないイメチェンをしたみたいだけど」
「やっぱり似合わないか?」

 俺自身が、鏡を見た時に似合わないと思ったぐらいだしな。
 容姿にうるさい女子が見たら、そのことがより分かるのだろう。

「ええ。高溝や上条ならまだマシかもしれないけど、雄真には全く似合ってないわ」

 断言された。

「……だよな」

 少し肩を落とす。
 俺自身、合ってないとは思っていたが、さすがに他人にここまではっきり言われるのは、やっぱり凹む。

「たかが髪型で失敗した程度って何をそんなに落ち込んでいるのよ」
「……簡単に言ってくれるな」
「実際そうでしょ。もう二度と髪の毛が生えてこないってわけでもないんだから」
「それはそうかもしれないが……」

 もしも二度と生えてこないんだったら、飛び降りを検討するかもしれない。

「似合ってない髪型をしていることは確かだけど、それで私も式守那津音も嫌うことはないわ。だから、顔をあげなさい」
「その言葉、信じていいんだな?」
「ええ。何なら、大合唱してもいいわ」

 どこに大合唱する必要があるんだろうか?

「それはさておき、ようやく顔を上げたわね」
「つい、那津音さんの名前に反応してな……」
「そう」

 無感情の表情で頷くミサキ。
 相変わらず、よく分からない奴だ。
 まぁ、兄ほどじゃないけど。

「ところで、今日はこれから暇かしら?」
「急ぎの用事はないな」
「なら、少し付き合いなさい」
「……ああ」

 有無を言わせぬ雰囲気を纏っていたので、反射的に頷いてしまった。
 これからどうなることやら。

265叢雲の鞘:2013/07/10(水) 22:19:06
昔、とある男の魔法使いの話を読んだ。

その男は金持ちで毎日湯水のように金を使いまくっていたが、火事で家が燃えて全財産を失った。

しかも、その時のショックで髪が抜け落ちた。

それから男は僅かに残った金で毛生え薬の研究をした。

しかし、その金も尽きて研究ができなくなった時、“女神”から魔法の力をもらった。

男は魔法を使って金を集めた。

いつしか“金”に執着するようになった男はやがて、“女神”を倒すと誓った“大魔王”によって倒された。

そこで男は思い出した。

自分が欲したのは“金”ではなく、昔のようにフサフサな“髪の毛”だったことを。

“女神”は自分の欲しかったものは何一つ与えてくれなかったことを。

男はやり直すことを願ったが、“女神”の部下によって殺されてしまう。

……全てを失った火事の犯人こそ“女神”の仕業であったことを知り、絶望とともに。



『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 124  by叢雲の鞘



俺、あの時は『髪の毛ぐらいでw』なんて思ったが、今ならその時の気持ちがよく分かるぜ。

なぁ……ガ○ャロ、髪の毛が無くなるって辛いな………………。

「……で、なにを黄昏てるのかしら」

「いや、ちょっとな……」

「そう」

「んで、どこに行くつもりなんだ?」

「ここよ」

ミサキの有無を言わさぬ雰囲気で連れていかれたのはド○キ・○ーテだった。

食料品からパーティーグッズ、果ては電化製品やエロいグッズまで置いてあるディスカウントショップだ。

「ここでなにするんだ?」

「いいから付いて来なさい」

連れて来られたのはパーティーグッズコーナー……の奥にあるコスプレグッズのコーナーだ。

さらに奥には18歳未満お断りなショッキングピンクな空間がある。

……ちょっと、ドキドキだ。

「ドコ見てるのかしら?」

ミテマセン、イカガワシイ トコナンテ ミテマセンヨ?

「ま、いいわ。そういうのはもっと仲が進展してからね(ボソり)」

……………………え?

「と、とにかく……今日、用事があるのはこっち!!」

266叢雲の鞘:2013/07/10(水) 22:19:54

ミサキに手を引かれ、いろいろなカツラが置いてある棚にやってきた。

ミサキの顔が少しばかり赤かった気がするのだが、気にしてはいけないのだろう。

「とりあえず、コレからかしらね?」

そう言うと、ミサキはどんどんかつらを付け替えていく。

「あの……ミサキさん?」

「なにかしら?」

「これはどういう……」

いきなり着せ替え人形的な扱いを受け、少々混乱気味である。

「なにって、見ればわかるでしょ。あなたに合うかつらを選んでるのよ」

「何故にかつら……」

「髪が生え揃うまでは必要でしょ?あなたの場合、坊ちゃん刈りみたいな極端に短い類の髪型は似合わなそうだし」

「あーー……」

「それに、その似合わないスキンヘッド姿で隣を歩かれるのはゴメンだわ」

「……嫌いにはならないんじゃないのか?」

「それはあなた自身に対する評価の話であって、その姿を許容できるかどうかとは別の話よ」

「さいで……」

「……ま、こんなところかしらね?次に行くわよ」

再びミサキに手を引かれ、今度は衣料品のコーナーへとやって来る。

「さて、ここからが本命ね……」

ミサキは帽子が置いてある棚からソフト帽を取り出すと雄真に次々と被せていく。

「本命?」

「そうよ。初めてのプレゼントがかつらだなんて情けないでしょ?だから、こっちが本命」

どうやら、ミサキが買ってくれるらしい。

「いや、それくらい自分で買うぞ?バイト代もあるし……」

「馬鹿ね。少しは女心を理解しなさい」

そう言って却下された。

「……これとこれ辺りが良さそうね」

気に入ったのがあったのか、ソフト帽を2つ選ぶとかつらと一緒にレジに持っていく。

「あとでかつらには本物っぽく見えて、見た目の違和感がなくなるようにしてあげるから当面はそれで過ごしなさい」

「お、おぉ……」

「それと服装も、当面はカジュアルな物に限定しておくことね。Tシャツとかだとあまり似合わないから」

「わかった」

普段から出掛ける時の服装はカジュアルシャツやネルシャツの類が多いので、それは助かる。

「じゃ、せっかくなんだし、もう少しブラブラとしましょうか。買ってあげたんだからそれくらいは付き合いなさい」

そういわれてはしかたないので、ミサキに付き合うことにしてブラブラとすることにした。

267TR:2013/07/13(土) 23:23:20
人はなぜ、カツラをかぶってまでも髪の毛があることにこだわるのだろうか?
俺はカツラのCMを見るたびに感じていた疑問だ。
それの理由を今、俺は身を以って知ることになった。
とは言え、あまり知りたいとも思ってはいなかったのだが。


はぴねす! リレー小説――――――――TR
第125話「夕暮れ時にそれは現る」


カツラとそれに合いそうな服を買ってもらった俺は、ミサキと共にぶらぶらしていた。

「この釣竿とアロハシャツのセットは何をしたいのかしら?」
「さ、さあ」

雑貨店に置かれていた、釣竿を買うとアロハシャツがついてくるキャンペーンを知らせるチラシを見て目を細めるミサキに、俺はとぼける。
これって完全に”○・ボルグ〜”で有名な人物の奴だろ。

(この周辺に海とかあるのか?)

そんなどうでもいい疑問を抱いてしまう。

「ま、いいわ。行きましょう」
「お、おう」

ミサキはすぐに興味を失くしたのか、チラシから眼を外すと歩き出す。
俺もその横を歩く。
だが、どうやら今日は色々とおかしいようだ。

「ねえ雄真、これを食べられる人はいるのかしら?」
「いないだろ」

即答だ。
ファミレスの看板に貼られている『カツカレー超特盛』という名前に添えられた写真に写るのは、ラーメン用のどんぶりにこれでもかと乗せられたカツとカレーだった。
しかもその横には普通サイズのカツカレーがあるし。
締めくくりには『食べきった人には英雄の称号をプレゼント』だった。
もうどこからツッコめばいいのやら。

「雄真、食べてみれば?」
「いや、食べないし。というより食べれない」

食べきってまで英雄の称号は欲しくない。
しかも料金も地味に高い。

「ま、いいわ。行きましょう」

俺の返事を聞いて興味を失くしたのか、そのファミレスから視線を外すと再び歩き出した。
俺はファミレスの方から聞こえるうめき声(のようなもの)を、聞かなかったことにしてその場を立ち去るのであった。

268TR:2013/07/13(土) 23:25:11
「楽しかったわ、ありがと雄真」
「どういたしまして」

周囲がオレンジ色の光につつみこまれる。
それが今の時間が夕方であることを告げていた。
そして俺の両手には大量の袋があった。
あの後、ミサキの買い物魂に火がついたのはあっちこっちに回って気づけば俺の荷物が増えて行ったのだ。
これ以上は持ちきれないところまで行く頃には満足したのか、ミサキは買い物を止めて店の外に出て今に至る。

「あの、ミサキさん」
「何かしら?」
「出来れば、この荷物を少し持ってくれませんか?」
「男なんだから、最後まで持ちなさい」

何、この理不尽。
いや、理には適うんだがここからミサキが住んでいる場所まで行くのを考えると、どうにも気分が落ち込む。

「分かった。ならさっさと行くか」

結局割り切ることにした俺は、そう口にして荷物を持ち直す。

「そうね、それじゃ―――」
「あら、ゆ……小日向君達じゃない」

ミサキの言葉を遮って現れたのは、今出来れば一番会いたくない人物であった。

「何をやってるの? デート?」
「あ、いや。これは……」

頭の方で聞かれなかったのが幸いだが、これはこれで別の意味でピンチだ。

「私が汗をかいて働いているのに、あなたはデートを楽しむなんて、すごいわね〜」
「あの、ですから……」

那津音さんのとても冷たい視線が浴びせられる。

「働いているということは、式守先生は、ここで何を?」
「私は校長に雑貨品の買い出しを頼まれたのよ。まったく一番下だときついわ」

俺の様子を見かねてミサキが話題を変えると、那津音さんは疲れたような表情で愚痴をこぼした。

「まったく、やれお茶を組めだの肩を揉めだの、私を何だと思ってるのかしら? あの禿げ頭は」

何やら愚痴の方向性がどんどんと危ない方面に向かっている。
とは言え、名家の人をこき使う校長先生はある意味最強と言っても良いだろう。

「あの禿げ頭、いつか頭をつるつるになるまで磨いてやるんだから」

ぶつぶつと恐ろしいことを口走りながら去って行く那津音さんを、俺達は何もできずに見送る。
そんな俺達に唯一出来ることは

「い、行こうか」
「そうね」

その場を立ち去ることぐらいだった。

269八下創樹:2013/07/17(水) 04:08:29

「ヤバい気がする」
ミサキと2人、並んで歩く中、思わず呟く。
「そうね。尋常じゃないレベルで同意するわ」
同じく、同意するミサキ。
声色は変わってないが、表情から察するに、それなりに真剣に考えている模様。
ちなみに、何故にこう思いつめるに至るかは、つい先ほどの那津音さんの発言に由来される。

―――――私を何だと思っているのかしら? あの禿げ頭は?
―――――あの禿げ頭、いつか頭をつるつるになるまで磨いてやるんだから。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「やっぱ俺も磨かれるのかな!? 照り輝くまで!? 防水加工されるほどに!?」
「し、知らないわよ!」

『はぴねす! リレー小説』 その126!―――――八下創樹

「ともかく、最善を尽くすべきだと思うわけだよ。俺は」
「・・・・・・私なりの最善は、尽くしたと思うけど?」
「それ関しちゃ、ほんとに感謝してる。ありがとな、ミサキ」
「――――。・・・・・・それで? 雄真の考える最善の手って?」

改めて問われ、凄まじい勢いで思考を巡らせ、回転させていく。
今はなんであれ、微かな可能性を見つけるしかない。

「――――率直な話、育毛の魔法ってあるのか?」
「聞いた試しが無いわ。・・・・・・まぁ、一時研究されていたって言う、冗談のような本を読んだことがあるくらいかしら」
「それって、どんな?」
「えっと・・・・・・早い話が、要は髪の成長、代謝ってことよ。幸い、雄真は毛根が死滅したんじゃなくて、髪が見えないくらい刈られただけだし」

まったくもって事実なのだが、改めて言われると戦慄しかける。
ここに悪気が無い辺り、ミサキの性質の悪さが感じてしまう。

「つまりは、髪の成長・代謝・再生が重要というわけ」
「ふむふむ」
「差し当たって、今回は時間が無いのなら、“再生”を重要視する必要があるわ」
「再生・・・・・・」
「ええ。・・・・・・といっても、そんな再生力に特化した魔法材料なんて、そうそうは・・・・・・」

再生、と言われ考え込む。
再生。つまりは破壊されても即座に元に戻る物質。
そんな素敵な夢素材、確かにどこを探しても見つかりそうも――――――

「――――いや待てよ?」
「? どうかした?」

そんな素敵なチート素材。
なんか、すごく知ってる気がする。
すごくぞんざいに扱われ、食用にもなり、ただし副作用が冗談のような嗜好に変貌させるという、元が羽ペンの・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・パエリアだ」
「? シーフードなんか食べてどうする気?」

ああ、そうか。
ミサキは知らないんだな。
あの、歩くトラブルメーカー所有の、あらゆる意味でチートなマジックワンドの事を。


――――――結論から言えば、可能性はあった。
――――――副作用が若干、不安要素だが、パエリアから抽出したエキスを、魔力加工して育毛剤として使えば、あるいは急速に髪が戻ってくるのかもしれない。
――――――が、


「どう考えても、彼女から借りれそうにないけれど」
「そこなんだよな・・・・・・無断拝借しようにも、さすがに俺たちだけじゃ・・・・・・」
「お兄様に助力を頼もうかしら?」
「・・・・・・多分、とっくにバレてるんだろうけど、遠慮しとく」

なんか怖いし。
また事態を引っ掻き回されそうだし。

「それならそれで、別の協力者が必要ね。魔法薬の調合は私がやってあげてもいいけど、無断拝借に関しては難しいわね」
「協力者、ね・・・・・・」

いやまぁ、正直に言えば考えるまでもない。
ただ、なんというか。
やっぱり今の俺の頭部について、これ以上知られたくないのが本音。
本音、なのだが・・・・・・

「背に腹は代えらん、ってのは、こーいうことなんだよな」
「なに、どういうこと?」
「・・・・・・ミサキ、着いてきてくれ。というか、ミサキがいないと入れない」
「?」

――――――で、つまりどういうことかと言うと。

「ゆ、雄真くん!?」
やってきたのは、瑞穂坂学園女子寮―――――春姫の部屋である。
まぁ、案の定というか。すげぇ驚かれた。
「ど、どうしたの!? 何があったの!?」
「い、いや、春姫。まずは話を聞いて欲しいんだけど――――」
「まさか、ミサキさんのせい!? そうなの!?」
「そんなわけ無いじゃない。いくら神坂さんでも、ブチギレるわよ? 私」
「えぇい! ちょっと待てぃ! 春姫! 率直に協力して欲しいことが―――――」
「うん、解ってるわ雄真くん。ミサキさんから解放してあげる!」

話聞いてねー。
というか、泣かれるほど驚愕されるものなんだなぁ。
急に坊主にされるのって。

270名無し@管理人:2013/07/17(水) 23:11:12
はぴねす! リレーSS 第127回――名無し(負け組)

「――とまぁ、そんなわけで、俺はパエリアの羽がほしいんだよ」

 泣くほどに取り乱した春姫を、ミサキと2人がかりで必死に宥めて、ようやく話を聞いてもらうことに成功した。

「話は分かったわ。そんな理由なら、杏璃ちゃんはパエリアの羽を分けてくれないでしょうね」

 食用ならまだしも、育毛剤の材料だからな……。
 俺の坊主頭を見せれば、ひょっとしたら協力してくれるかもしれないが、末代の恥を晒すことにもなるので、できれば避けたかった。

「どうすれば、あいつが素直にパエリアの羽を分けてくれると思う?」
「御薙先生が魔法の研究で使いたいっていう話にして、私が材料集めのお使いで杏璃ちゃんの部屋に行くっていうのは、どうかな?」

 うん、さすが春姫。
 不自然じゃない作戦だ。

「悪くないわね。お礼として、あなたのその邪魔っぽい、胸部の脂肪の一部をもらってあげてもいいわ」
「あ、あはは……遠慮しときます」

 春姫が苦笑する。
 つか、ミサキは割りと貧乳気味なことを気にしてたのな。
 もっとも、口に出したら、間違いなく酷い目に遭うことは目に見えているので、そんなヘマはしないが。
 代わりに、春姫に向けて口を開く。

「でも、俺の個人的なことのために、協力してもらっていいのか?」
「他でもない雄真くんのためだもの。別に恥ずかしいこととか難しいことを頼まれたわけでもないし、全然平気だよ」
「……ありがとな」

 いい友達を持ったものだ。

「それに、いつまでも髪のない雄真くんを見るのも、その……辛いし」
「……」

 そんなに俺の坊主頭って不愉快かなぁ。

「まぁ、好きな男の逆立ちしても似合わないヘアスタイルを見るのは、かなり苦痛よね」

 まぁ、ミサキは、坊主頭に見えないようにする魔法とかかけてたしな。
 よほど、俺と坊主の噛み合わせは悪いのだろう。
 ……今度から、理髪師の言葉をそう簡単に信じないようにしなきゃな。
 改めて決心した俺だった。

「それじゃ、ちょっと杏璃ちゃんの部屋に行ってみるね」
「ああ、頼んだ」

 春姫が頷いて、自室から出ようとしたその時だった。
 ピンポーン。
 この部屋のインターホンの音が鳴り響く。

「? はーい」

 この時間の来客は珍しいのだろう。
 春姫が少し驚いた表情で、客を確かめるために小走りで玄関に向かう。
 そして、ドアを開いた先にいたのは……。

「え!? 式守先生!?」
「!?」

 春姫の声を聞いて、反射的に玄関の方向を見た。
 そこには――。

「こんばんは」

 不機嫌なオーラを出した、最も俺の坊主頭を見られたくない人である式守那津音さん、本人がそこにはいた。

「ちょっと、小日向くんが神月さんを女子寮に連れ込んだって話を聞いて、寄らせてもらったわ。入らせてもらってもいいかしら?」
「その、えっと……」

 春姫が戸惑って、明確な返事を出せないでいると、那津音さんが有無を言わせぬ笑顔を浮かべる。

「いいわね?」
「……はい」

 迫力に負けて、この部屋の主は頷いてしまう。

「ありがとう。お邪魔するわね」

 迫力ある笑顔を浮かべたまま、担任教師は俺の元へと一直線に向かってくる。
 そして、俺の頭を凝視して、口を開く。

「小日向くん、そんな頭になったってことは、出家しようとしているのかしら?」

 見られてしまった。
 知られてしまった。
 俺は言葉で言い表せないほどのショックを受けていた。

271Leica:2013/07/21(日) 22:08:20
はぴねすりれー128 Leica



「しゅ、しゅっけ……」

 聞き馴染みの無い言葉を放たれ、思わず同じ言葉を繰り返してしまった。
 いや、もちろん言葉の意味は知っている。
 が、それを自分にまさか投げかけられる日々が来ようとは……。
 あ、あはは。
 女子寮に侵入していることを知られ挙句那津音さんにこの髪型も見られちゃったし、どうでもよくなってきたナ〜。
 本当に出家してもいいかもナ〜。
 あはははははは。

「ちょ、雄真くん!?」
「虚ろになってる目が虚ろに!!」
「はっ!?」

 両肩を春姫とミサキに揺さぶられて我に帰る。

「……両手に花というわけね。随分と良いご身分ですこと」

 那津音さんがジト目で睨んできた。

「私が校長の御使いに行っている間もデートしてたみたいだし」
「ゆ、雄真くん!? デートなんて聞いてないよ!?」

 那津音さんのその一言に、春姫が過敏に反応する。

「いったいどこの誰とデートしたの!?」
「いや、あの」
「杏璃ちゃん!? 小雪さん!? 式守さん!?」
「ふふん」
「っ!? ま、まさか」

 俺の直ぐ近くで勝ち誇ったかのような笑みを浮かべるミサキ。
 それを見た春姫の視線が露骨に嫌な色を帯びた。

 もういやだしにたい。

「……そう。敵は直ぐ近くにいたってわけ」
「先手必勝、弱肉強食。この世の心理よ」
「……あのー、俺を挟んで話進めるの止めません?」

 ここから熱いバトル展開なんて誰も望んでないんだが。

「ちょっと私を置いて話を進めないでよ!!」
「式守先生は黙っててください!!」
「外野は口を挟まないで!!」
「が、外野!? 私だって内野よ!! 内野安打なんだから!!」
「あ、安打!?」
「それどういう意味で使ってんのよ!!」

 まさかの三つ巴の戦いに発展した。

「後から入って来て変なこと言わないでよね。私たち今忙しいんだから!!」
「そうですそうです!!」
「い、忙しい!? 女子寮の一室に男女が集まって忙しい!?」
「妄想力豊かっスね!!」

 ヤケクソ気味に叫ぶ。

「うっさいわね!! 隣でいったい何騒いでんのよ!!」

 杏璃まで乱入してきた。部屋の扉を開けっ放しで騒いでいるんだ。
 そりゃあうるさいだろう。
 って、杏璃!?

「ゆ、雄真!? 何その頭!? ぷふっ!?」
「笑わないで!?」

 思いっきり吹き出された。
 辛辣な表情をされるのもきついが笑われるのはもっときつい。

「な、なに、ア、アンタ、それはぷぷっ、反省の証なの? ぷくくっ」
「違ぇよ!! これにはなぁ、めちゃくちゃ深いワケがあるんだよぉ!!」



〜状況説明中〜



「はぁ」
「それは災難だったわねぇ」

 杏璃と那津音さんはそんなごく普通の感想を口にした。

「それでですね、なんとかパエリアの一部を恵んで頂けないかと……」
「あのさ」

 俺の言葉を遮り、杏璃は怪訝な顔でその言葉を口にする。

「杏璃の『アムンマルサス』で元に戻せないわけ?」



雄・春・ミ「」

272TR:2013/07/22(月) 23:59:32
「これは……」

突然だが俺、小日向雄真は大きな意味で危機を迎えていた。

「まずいぞ」

鏡に映る”半透明な”自分の体を見て、俺はそう口にしてしまった。
このきっかけはそう……数日前の事だろう。


はぴねす! リレー小説――――――TR
第128話『存在感=0=幽霊?』


あの忌々しい坊主事件(それほど大袈裟でもないけど)は魔法という素晴らしい物で一気に解決へと至った。
とは言え、まだ一部の人の視線が痛い。
特に杏璃はいまだに坊主頭の事を思い出すのか吹き出しそうになるし。
春姫やミサキは頭を凝視する始末。
那津音さんに至っては恨めしそうな視線で見てくる。
そして、それを見たり感じたりするたびに、心が辛くなる。

(ああ、今だけ存在感が0になりたい)

話をかけ無ければ、俺の存在に気付いて貰えなくなるようになったらどれほど素晴らしいか。
そう思っていた矢先だった。

「な、何だッ!?」

突然発せられた光に、俺は思わず声を上げた。
その光は徐々に俺を包み込んで、

「う、うわッ………あれ?」

まるで何もなかったかのように消えてしまった。
俺は自分の体を確認するが、特に異変のようなものは見当たらなかった。

「何だったんだろう?」

恐る恐る髪の毛に手を伸ばすと、手にはふさふさとした髪の毛特有の感触を感じた。

「まあいっか」

俺は、その時それで安心してその場を後にし帰路についた。
その後は、いつものように夕食を食べ、お風呂に入り寝るといういつも通りの行動で一日の幕を閉じた。
その翌日に起こるであろうことも知らずに。










最初の違和感に気付いたのはそう……朝起きた時。

「ふわぁ〜……ん?」

俺は自分の体の違和感に首をかしげた。

(何だか体がいつもより軽いような……)

本来感じる体の重さのようなものがそれほど感じられなかったのだ。
まるで重力そのものが半減したかのようにも感じられた。

「気のせいか」

俺はそう考えることにした。
寝起きで少しばかりそう感じるだけなんだと自分に言い聞かせていた。

「着替えて下に降りるか」

時間は、すももが起こしに来るのよりも少しばかり早い時間だ
着替えて下に降りれば早起きをした功績にすももは驚くことだろう。
そんなすももの姿を想像しながら、俺は素早く着替えるとリビングに向かうのであった。

273TR:2013/07/23(火) 00:00:26
「おはよう」

朝の挨拶をしながらリビングに足を踏み入れる。
だが、それに返事は返ってこなかった。

(忙しいのか?)

首を傾げながらも、俺はそう思うとテーブルに着こうとして

「すももちゃん、そろそろ雄真君を起こしてくれる?」
「はーい」
「いや、俺はここにいるぞ」

かーさんは俺がいるのに気付いていないのか、すももに指示を出すとすももはリビングを後にする。

「さーてと、支度支度♪」

そしてかーさんは鼻歌交じり配膳などをしている。

「かーさん!」
「お、お母さん!! たた、大変です!!」

俺が声を上げるのと、すももが慌てふためいてリビングに駆け込んできたのとほぼ同時だった。

「ど、どうしたのすももちゃん?」
「兄さんが、兄さんがいません!」
「えぇ!?」
「いや、ここにいるから!!」

すももの言葉に目を見開かせるかーさん達に、俺は声を張り上げるが何も聞こえていないのか大騒ぎしていた。

(どういうことだ……)

俺は今自分に起こっている現象に理解が出来なかった。
そんな俺が自室に戻ったのは、きっと本能的な何かによるものだったのだろうか、それとも俺自身が何かを感じ取っていたのか、それは定かではない。

「一体何が……」

俺は部屋を見渡してみる。
特に変な物は見当たらない。

「…………は?」

ふと視界に入ったのは、壁につけられている少し大きめな鏡だった。
それに映った光景に、俺は一瞬違和感を感じた。
だが、もう一度鏡を見ることで、それははっきりと表れた。
俺の体が半透明なのだ。
ただの半透明ではない。
透明に近い半透明だ。

「これは……」

それを確認した俺は、ポツリとつぶやいた。

「まずいぞ」

と。

(だ、誰かに相談した方が良いよな)

俺自身に死んだという記憶がないため、幽霊ではないのは確実だ。
だとすると、この光景は一体なんなのかということになるが、俺には全く見当がつかない。
こういうことは他の誰かに相談するに限る。
だが、問題があった。
それは、

「俺が見えるかどうか」

であった。
例えこの原因に心当たりがあっても、見えなければ意味がない。

(考えるだけ無駄か。取りあえず、片っ端から行くっきゃねえか!)

俺はそう考え付くと自室を後にし、家を飛び出した。
俺が見える人を見つけ、自分に降りかかっている問題を解決するるために。

274八下創樹:2013/07/27(土) 22:03:29

―――――しかし、それにしても違和感が拭えない。

こうして普段通りの通学路を歩いているのに、誰にも気づかれない。
いやまぁ、知り合い以外に話しかけられないのは当たり前ではあるが。
『でもなぁ・・・・・・』
知り合いで無くても、話しかけられたら、大抵は応えが返ってくるもの。
が、今は完全にガン無視。
正直、これはキツイ。
なにより会話が誰とも成立しない辺りが。
『・・・・・・』
恨みがましく、半透明な自分の両手を見つめる。
何がどうしてこうなったのやら。
ともあれ、脳裏に浮かぶ、数少ない可能性に懸け、こうして一人、学園に向かっていた。


『はぴねす! リレー小説』 その129!―――――八下創樹


「おはようございます」
「おはよー、元気―?」

多数の生徒が挨拶を交わす校門。
けど誰も気づいてくれやしない。
そのど真ん中に突っ立っているというのに―――――面白半分で上半身裸になったのに。
とりあえず、なんだか気持ち良い解放感は味わえたけど。
――――――と。

『あ、小雪さん』

いつかの朝のように、小雪さんは校門周辺の花に水を撒いていた。
その、理屈をすっ飛ばす、エプロンポッケ直に伸びるホースから。

「さて・・・・・・こんなものでしょう。―――――ん」

水やりを終え、それじゃあ校門を抜けようとした所で、小雪さんの視線が止まる。
その、バッチリ俺の方向を見て。

『小雪さん! 俺が見えるんですか!?』
「・・・・・・? んん・・・・・・?」

叫んでみたが、反応ナシ。
どうやら見えてるわけじゃない。―――――ハズなのだが、小雪さんの視線は俺を一直線に見てらっしゃる。

「・・・・・・タマちゃん、タマちゃん」
『はいは〜い! お呼びですか〜♪』
「・・・・・・ここに雄真さんが見える?」
『え〜? 見えへんで〜?』

タマちゃんの返事を受けても、それでも小雪さんは目を細め、じーっと見つめる。
・・・・・・なんだろう。この必死にピントを合わせようと頑張ってる姿。
首を傾げつつ、再度、確認の意味を込めて声をかけてみる。

『小雪さん! 俺が見えますか!?』
「・・・・・・何故か、ここに上半身裸の雄真さんが見えるような・・・・・・」
『うおぉ!? しぃぃまったぁぁぁっっ!!??』

今頃気づき、慌てて服を着込む。
あまりの解放感にナチュラルに当たり前だと思っちまった!
・・・・・・まぁ見えてないんだろうけどさ。
―――――などと考えてると、

「おはようございます、高峰先輩」
「あ、おはようございます、神坂さん」
『春姫!』

喜び勇んで声をかけるが、当たり前のように無視。
どうも、春姫には見えてない様子。

「・・・・・・丁度良かったです。神坂さん、少し相談したいことが」
「え? なんですか?」
「ここに、雄真さんが見えませんか?」
「え!?」
慌てて振り返る春姫。
その後、左右を見まわし、上下の確認も済ませ、ホッとした顔で小雪さんに笑いかけた。
「もう、びっくりするじゃないですか〜。雄真くん、どこにも居ないじゃないですか」
「む〜・・・・・・」
「小雪さん・・・・・・?」

どうも先程の状況から察するに、春姫には見えてないが、小雪さんには薄ら、疑う程のレベルで見えてるような感じ。
なぜ小雪さんだけが? と思ったが、単純に考えて、魔法使いとしての実力の高さなのでは、と推察する。
高い次元の魔法使いなら、視界・視線自体が物理的なものだけでなく、魔力の波長にピントを合わせてしまうと、以前那津音さんが言ってたし。
――――――と、僅かな望みを見つけかけた途端。

「おはよう。小日向くん、高峰さん、神坂さん。今日も元気そうね」
式守邸から徒歩で通勤してきた那津音さんが、いつものように挨拶を――――――え?

「お、おはようございます・・・・・・?」
「? どうして疑問形?」
「あの、式守先生・・・・・・雄真くん、どこかにいるんですか?」
「え? いるじゃない。貴女の隣に」
「・・・・・・」
「んん・・・・・・?」
首を傾げる春姫に、更に目を細める小雪さん。
が、そんなことより。
『な、那津音さん!! 俺が見えるんですね!?』
「きゃ!? きゅ、急に抱きついてどうしたの!?」

こう、アッサリと。
半透明(なハズ)の俺の姿が、那津音さんには当たり前のように見えていた。

275名無し@管理人:2013/07/29(月) 02:06:11
はぴねす! リレーSS 130話――名無し(負け組)

「本当にあなたってば、いつもトラブルに巻き込まれているわね」

 実の母である御薙鈴莉が半透明になった俺を呆れ顔で見る。
 校舎前で俺が那津音さんに魔法使いとしての能力が高い人以外には見えなくなったことを説明すると、母さんに匿ってもらえばいいと言われたので、魔法科校舎にある御薙研究室に行って、部屋の中で母さんに事情を説明して、とりあえず今日は授業がないということなので、放課後まで置いてもらえることになった。

「面目ない……」

 俺は項垂れながら、母さんに入れてもらったコーヒーを啜る。
 これ、ほとんどの人は俺の姿を見ることができないから、カップだけ浮いている一種のホラー状態だよな、どうでもいいけど。

「こういうところは、あの人に似たのかしらね」
「あの人?」
「大義くんよ。あなたのお父さん」
「親父?」

 親父もトラブルメーカー気質だったのか?
 そう言えば、親父の昔の話なんて聞いたことがなかったな。
 それに、今は単身赴任で会うことはおろか、電話で話すことすら滅多にない。
 ちょっと興味が有るな。
 そう思って、質問してみることにした。

「親父って、昔はどういう人だったんだ?」
「あら? 聞きたい?」
「まぁ、話してもらえるなら」
「いいでしょう。自分の親のことだもの。子供には知る権利があるからね」

 頷いて、母さんはひとまず間を置くために、自分の分のコーヒーを啜った。

276名無し@管理人:2013/07/29(月) 02:06:42
「一言で表すと、魔法が使えなくてスケベになった雄真くんってところね」
「はぁ……」

 魔法が使えなくて、スケベになった俺ねぇ……。
 何故だろう。
 ハチの顔が脳裏に浮かんだ。

「でも、見た目は悪くなかったし、正義感が強くてお人好しだったから、学生時代は貴方みたいに多数の女子から好意を寄せられていたわ。おかげで、私や音羽やゆずははかなりやきもきさせられる羽目になったわ」

 当時を懐かしむように、眼を細める母さん。
 そんな彼女の話を聞いて、俺はふと浮かんだ疑問をぶつける。

「そう言えば、母さんと親父ってどんなきっかけで出会ったんだ?」
「あら? 大義くんや音羽から聞いてなかったかしら?」
「いや……。ただ、かーさんと母さんが学生時代からの友達だったってことは知ってるけど」
「そうだったの。なら、教えてあげるわ」

 母さんが一拍置いてから、親父との出会いについて話す。

「私が大義くんと出会ったのは、瑞穂坂学園の前身となった学園に入学した時のことよ」

 そう言えば、この学校って歴史が浅いんだっけな。

「音羽が出会ったのもその時だったわ。補足すると、大義くんと音羽は幼馴染で、私とゆずはも幼馴染。こうして学園時代の私は、大義くんと音羽とゆずはの4人で行動することが多かったの」
「そうだったのか」
「ええ。で、まぁ、大義くんにはよくセクハラされたわ。その度に何度も報復してあげたけど」

 楽しそうに学生時代を語る母さん。
 ……親父、学生時代に何してんだよ。

「でも、それ以上に、あの人のかっこいいところや優しいところを見せてもらったわ。だから、2年になる前には、自然と好きになってた」

 母さんが頬に手を当てて、愛おしむのような表情で当時の気持ちを振り返る。
 ……こんな表情の母さんを見るのは、初めてだな。
 とても新鮮な感じがした。

「あの頃は、今みたいに魔法の存在もポピュラーじゃなかったから、私が魔法使いだってことを知ったら怖がられるかもしれないって思ったけど、彼は私が魔法使いだってことを知っても変わらずにいてくれた。それが、一番嬉しかったわ」
「そっか」
「ええ。で、入学前から大義くんのことが好きだった音羽や私と同じぐらいに好意を自覚したゆずはと3人で、彼を争っていたの。そして、卒業式の日にあの人から告白してもらって、付き合い始めて、大学を卒業してすぐに結婚したわ。……まぁ、話が大きく脱線した気がするけど、そんなところよ」

 話し終わった母さんは、何か照れていた。
 学生時代の話とは言え、自分の恋の話をするのは多少恥ずかしかったのだろう。
 でも、俺としてはとても嬉しかった。

「ありがとう、母さん」
「どういたしまして。私も久しぶりに昔のことを話せて楽しかったわ」

 はにかむ母さん。
 今日は見たことのない産みの母の表情を色々と見れた。
 それが何か嬉しく思えた。

「気持ちよく、話させてもらったお礼として、1つだけアドバイスさせてもらうわ」
「アドバイス?」
「ええ。女の子はね、せっかちなように思えるかもしれないけど、男の子が思っている以上に我慢強いの。だから、急ぎすぎなくてもいいのよ」
「あ……」

 これって、もしかしなくても、俺の恋に対するアドバイスだよな。
 急ぎすぎなくてもいい、か。
 確かに、俺の中には、はっきりと自覚できる気持ちはある。
 だけど、色々な覚悟や決心ができてない。
 だから、ゆっくり固めていこう。
 俺の答えを。

「ありがとう、母さん」
「少しでも役に立てたのなら、嬉しいわ」

 母さんが過去の話をしていた時の恋する少女の顔ではなく、母親として息子の成長を見守る顔で微笑んだ。
 ああ、やっぱり、この人は俺の母さんなんだな。
 俺は、当たり前の事実を再認識するのだった。

「さて、雄真くんは一刻も早く、半透明状態から戻らないといけないわね。自由にこの部屋にある資料を見せてあげるから、とりあえず解決法を自分で探してみなさい」
「……うん」

 さっきまでいい話をして、心がかなり和んだけど、まだ俺は透明なままなんだよな……。
 良い解決策が見つかるといいなぁ。

277TR:2013/07/30(火) 15:57:35
資料探しを始めてどれくらいたっただろうか?
俺は今、非常に深刻な問題を抱えていた。

「読めねえ」

資料は確かに豊富にあったのだが、内容が全く分からないのだ。
しかも資料の一つの厚さは教科書よりもかなり厚いのだ。
要するに、捜索は難航していた。
母さんは授業があるとのことで、研究室を後にしているため、俺一人の捜索を強いられていた。

「さて、どうするか……」

このままでは資料探しは難航するどころか、突破口すらも見つからない可能性が大だ。
俺の出した結論は、

「母さんが来るのを待とう!」

何とも情けなく思えてきた。


はぴねす! リレー小説――――――TR
第131話 「押してダメなら引いてみよう」


「それにしても、母さんの研究室にはいろんなものがあるよな」

一人での資料捜索を諦めた俺は、研究室の見学をすることにした。
ここにはそれほど来るわけでもなく、来たとしてもこうしてじっくりと見ることもできなかったのでいい機会でもあった。

「これって、マジックアイテムって言う奴か?」

そこの一角に置かれた棚に入れられている様々な道具は、確かに魔法の道具っぽくもあった。

(これ触ったら怒られるよな)

厳重に管理されている感が漂っているものを見つけると、ついついいじりたくなる。
俺は触りたくなる衝動を抑え、棚の方を見るにとどめた。

(ん?)

そんな時、ふと違和感を感じた。
俺はその違和感の正体を知るべく、もう一度マジックアイテムが置かれた棚を見る。
別段、おかしなものがあるわけではない。
等間隔に並べられたアイテムから、母さんの几帳面さが伺える。
ほぼ真ん中に空いている隙間は、アイテムを分類するためのものだろうか?

「何をしてるのかしら?」
「うお!?」

突然背後から掛けられた母さんの声に、俺は飛び跳ねる勢いで驚いた。
その驚きは後ろの棚を震わせるほどであった。
いや、棚だけではなく周囲の物が震えていた。

「ぽ、ポルターガイスト……これじゃまるで透明人間ではなくて幽霊ね」

その光景を見ていた母さんがポツリとつぶやく。

「母さん、これなんだけど」
「マジックアイテムがどうか……………」

母さんにマジックアイテムが置かれている棚を指し示すと、棚の方に目を向けた母さんが固まった。

「雄真君」
「は、はい!?」

何時もの母さんからは想像もつかないほどの低い声に、俺は思わず背筋を正した。

「触った?」
「さ、触ってないです!」

有無も言わせない鋭い視線に、即答で答えた。
その答えに母さんは険しい表情をしたまま棚に視線を移す。
その視線の先にはぽっかりと空いているスペースがあった。

「もしかして、何か無くなった?」
「………」

俺の問いに、母さんは俺の方を見ずに無言で頷く。

「それってどんな奴?」
「簡易型の転移装置よ。念じるだけで500mの範囲ではあるけど転移することが出来る。ただ、ものすごい欠陥が見つかったから使わないようにしまっておいのだけど」

何だか無性に嫌な予感がした。

「その欠陥って」
「肉体を吸収して、精神体だけにするのよ。気づくのがあと少しでも遅かったら、危うく精神体に…………」

そこまで言って母さんは俺の方を見る。
その表情は少しではあるが青ざめて見えた。

「それって、どんな形をしてるんだ?」
「ペンダントみたいな首飾りよ」
「ペンダント………」

何だろう、ものすごくどこかで見たことがあるような気がするのは。

「とにかく探すしかないわね。あれがないと雄真君は元に戻らないんだし」

原因は分かったが、解決までの道のりはかなりあるような気がしてならないと感じてしまうのを堪えて、ペンダントを探すこととなった。

278八下創樹:2013/08/03(土) 17:52:41

よく解らないが、この透明な状況から元に戻るには、例のペンダントが必要らしい。
ちなみに、母さん曰く、「精神体にならなかったのは、雄真くんが直接触れて発動していないから」とのこと。
ならば、なぜ、帰り道の途中で俺個人という局地的な対象に対し、このマジックアイテムが発動したかどうかは、原因不明だそうだ。
とりあえず、母さんはその原因を探るらしく、役割分担ということで、俺がペンダントを探すことになった。
――――――とはいえ、だ。

『・・・・・・どこを探せって言うんだよ』

捜索開始早々、途方に暮れる俺がいた。


『はぴねす! リレー小説』 その132!―――――八下創樹


まず、状況を整理しよう。
母さんの話だと、半径500mの範囲に転移するモノらしい。
つまり、母さんの研究室から半径500mの範囲にある。―――――地図上で考えれば。
が、この世界は残念なことに3次元。
つまり、母さんの研究室を軸点とした上で、円球上、つまり上下四方という意味で考えた上での500mなのである。
母さんの研究室は魔法科校舎C棟の4階。
つまり、1階〜屋上を含めた上で、A、B、C全ての棟を探さないといけないわけだ。
ちなみに、A棟は教室。B棟は職員・事務室等。C棟が実験室等の実技棟である。

『つまり・・・・・・探す範囲が多すぎるんだよな・・・・・・』

ほとんど校舎全部である。むろん、魔法科、普通科込みで。
姿が見えないおかげで、現在授業中であるにも関わらず、平然と校舎を歩けるのは助かるが、一人では探しきれないのが現状。
といっても、誰にも見えない以上、協力者は皆無。
かろうじて見えていた(?)のが小雪さんだ。おそらく、伊吹であっても同様だろう。

――――――で、探すこと30分。
『・・・・・・はぁ』

とりあえず、C棟は探し終えたけど、疲労はハンパない。
項垂れるまま、自販機前のベンチに座って、空を仰ぐ。

『・・・・・・なんで俺ばっか、こんな目に・・・・・・』
「あら? サボりかしらゆーくん?」

正面からの声に、驚き体制を崩しかけるが、なんとかセーフ。
声をかけた人物が誰かなんて、声で解るし、なによりその“呼び方”は、あの人しかしないんだから。

『那津音、さん』
「今、授業中なんだけど?」
『い!? や、ちょっとこれは、その色々と事情が・・・・・・っっ!!』
「―――ふふ。うそうそ。鈴莉さんから聞いてるわよ」

悪戯に成功したのを喜ぶかのように、微笑む那津音さん。
すんごい可愛いんだけど、今はそれ以上に心臓に悪いデス。いやほんと。

「それで? なにしてるのかしら? 元に戻る為の資料探しの休憩?」
『えー、いや。事情を説明するとわけ解んないんですが・・・・・・』

――――――事情説明中・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・成程。それでペンダント探しを」
『そーいうわけです。まぁ理屈は解んないですけど』
「そう? 考えれば意外と簡単よ?」

なんてことない顔で、平然と言ってのける那津音さん。
嫌味がまるで感じられないのは、那津音さんの仁徳のおかげといったところか。
改めて、この人の魔法使いとしての知識・実力を認識する。

「恐らく鈴莉さんは、ゆーくん専用の魔道具でも作ろうとしたんじゃないかしら?」
『俺専用の? なんで今更』
「ふふ。あるのは今でしょうけど、作られたのは“いつ”なのかしら?」
『・・・・・・』
「ともあれ、個人用の魔道具を作るなら、単純にその人の一部を媒介に創るのが自然ね」
『そうなんですか?』
「ええ。女性の魔法使いにとって、髪が最後の切り札であるように、男性にもあるのよ」
『ちなみに、それって?』

途端、押し黙る那津音さん。
あれ。なんかマズイこと言ったかな。

「――――まぁ鈴莉さんがゆーくんから採取したとは考えにくいし、次点として“血”を媒介にしたんじゃないかしら?」
(さらっと流した!)

すごい気になるんだけど、訊いたら大変なことになるという、直感がすごい。
おかげで、気になるのに訊けやしない。
まぁいいけど。

279八下創樹:2013/08/03(土) 17:53:18

「それはそうと、血を媒介にしたのなら、ペンダントは多分、そのまま紅くなると思うわ」
『はぁ、そうなんですか』

それはそうと、さっきから気になってるんだけど。

『その、なんでそのペンダントの影響で、こんなことに?』
「憶測だけど・・・・・・ゆーくんの一部を素に創られた魔道具なのに、ゆーくんが手元に置いていなかったから――――――だから、ペンダントがゆーくんを求めたとか?」
『・・・・・・そんなことって、あるんですか?』
「可能性としてはね。あのペンダントは言ってしまえば、ゆーくんから切り離された、ゆーくんの一部、とも言えるわ。・・・・・・私たちは、まだまだ“魔法”という幻想について全てを知っているわけではないのよ、ゆーくん」

言い聞かせるかのような言葉。
那津音さんの言葉は伝わるけど、でも、この人の真意はまるで理解できない。
でも、それは那津音さんは望んでいないんだろう。多分。



「さて、それじゃあ私も手伝ってあげる」
『え? でも、那津音さん・・・・・・授業は?』

というか、今更だが、ちょくちょく授業時間なのに授業してないことが多くないだろうか。
・・・・・・あれか。新種のボイコットとか。

「失礼ね。私は“一応”臨時職員よ? 授業時間全てに講義カリキュラムはないのよ」
『ああ、そうなんですか』

良かった。
那津音さんが大人なサボリをしてなくて。
失礼極まりないけど、なぜかこの人は平然とやれそうな印象がすごくある。
何故だ。

「それじゃ、私は職員室のあるB等を探すわ」
『え?』
「・・・・・・その“え?”の真意は気になるところだけど、まぁ適材適所ね。ゆーくんは教室を中心に探して?」

そりゃ、ちょっとは誘惑あったりしたけど、そろそろ試験期間ということもあり、テスト問題を覗けたりとか、そんなことは微塵も考えなかった!
断じて!俺は!覗くつもりはない!
・・・・・・まぁ、目に入るかもしれないけどさ。

「それじゃあ、ゆーくん」
『あ、那津音さん!』
「ん?」

咄嗟に呼び止めてしまったが、話すことは何もない。
言葉に困り、考えた末に、言い忘れてたことを思い出した。

『その・・・・・・ありがとうございます』
「いいのよ。ゆーくんが困ってるんだもの。助けるのは当然だから」

さらっと、当たり前のように告げられた。
“当然だから”と、それこそ当然のように。
いつかの護国さんの言葉が思い起こされる。
俺はいつか、あの人に相応しく――――――なにより、背負えるのだろうか。
あの人の何もかも全てを。
『・・・・・・・・・』
考えても答えがでるはずがなく、
那津音さんを見送ってから、教室棟へ足を向けることにした。

280Leica:2013/08/09(金) 00:09:13
『はぴねすりれー』 133―――――Leica


『と、いうわけで。我が教室に来てみました』

 自分の教室の前に立って、そんなことを言ってみる。
 まだ授業中の為、教室も廊下も静まり返っていた。俺のクラスって今何の授業してたっけ。
 そんなことを考えながら、教室の扉に手を掛ける。
 ま、どうでもいいか。どうせ俺の姿なんて皆には見えないんだし。

 ガラッと。
 躊躇いなく扉を開けて中へと踏み入れる。
 瞬間。

 クラスメイトの視線全てが、俺へと向けられた。

『……え?』

 皆が俺の方を向いて、目を丸くしている。
 あれ、見えないんじゃないの?
 まさか……。

『み、みんな、もしかして俺のこと――』
「……何だ、いたずらか? 柊、ちょっと扉を閉めてくれ」
「あ、はーい」

 ……ですよね。
 そうか。見えないのは俺の存在だけであって、俺が触れたものは動くしそれは見えるわけだ。
 その証拠に、俺がやってきたハチを避けてもクラスメイトの視線は追って来ない。
 ただのぬか喜びで終わってしまった。

 杏璃は俺の存在など気にも留めずに、言われた通り扉を閉める。

 そこで気付いた。



『扉閉められちゃ、俺出れないじゃん!!』



 叫ぶ。
 あらかさまに扉を開けて入室してしまった以上、二度目が起きれば流石に教師も何かあると判断するだろう。
 いたずら犯がいるとかいう流れになって、いざこざが起こるのはもっとまずい。
 俺は見つからないだろうが、騒ぎが起きた原因を母さんが知ればチェックメイトだ。
 これ以上の厄介ごとなんてごめんだぞ。

 つまり。
 この授業が終わるまで俺は外に出られない。

 そして。
 授業中であっても学園は徘徊できるが、人がいるところで物は動かせない。

 ……無理だろ。
 どう考えてみても。
 制約が多すぎる。姿形が見えない? だからどうしたぐらいの規制っぷりだ。

『……日が暮れるまでに見付けられるんだろうなぁ?』

 泣きそうになるのを必死で堪えながら、俺は自らの教室探索に踏み出すことにした。

281七草夜:2013/08/13(火) 23:53:29



『リレー オブ はぴねす』 「ペンダントって?」「あぁ! それって134話?」―――――七草夜



 出られないものは出られないので諦めて教室の中を探し回ることにする。
 机や椅子を動かしたりロッカーを開けたりなどしたら流石に気付かれるが床に落ちてないか。
 あるいは目立つところに置いてあったりしないかを確かめるくらいのことは出来る。
 見つからないなら見つからないでそれでいい、ここにはないということ自体が収穫になる。
 どうせこの状態では他にやれることもない。ならばやれることをやっておくべきだろう。
 ……授業? ……え、なんだって?(難聴)

『まぁ、見つかるわけないけどな!』

 探すこと十分程、探せる範囲が限られるので何度見直したところですぐに調べ尽くせる。
 少なくとも見える所にはないのは間違いない。
 他も探したいところだがこれ以上は音を立てずに探すのは不可能だし、教室から出るのも無理。
 となるとやることがない。授業が終わるのを待つしかない。
 そう考えて一息つこうと思うと周りが馬鹿みたいに静かなことに気付く。

『テストやってんのか』

 まぁよく考えれば一年もしないうちに俺たちは三年になるのだし、これからもこういう機会はもっと増えるだろう。
 ……ここ最近休みまくってるんだが俺の内申とか今どうなってんだろ。
 そろそろ学内版ニュー速辺りにでも『小日向雄真がまた休んでる件』とかいうスレが立ちそうだ。クソスレ乙。
 色々と不安になってきたのでせめてやってる内容くらい確認しておこうと近くにいた杏璃の答案用紙を見る。
 何故杏璃なのかは見ても罪悪感が薄いからだ。大丈夫、バレてもあとで魔法でエクスプロージョンされるだけで済む。
 杏璃の答案用紙は思いの外綺麗な字で書かれ、そして途中で止まっている。
 必死に杏璃の頭を悩ませる問題は何なのか、問題を見る。


「シイゼエボオイ・エンドゼエガアル」
「スピンアトップ・スピンアトップ・スピンスピンスピン」


 おい馬鹿なんて問題引っ張ってきやがるんだ! 明治大正時代の小説を問題にするのはやめろと言ったじゃないか!
 いくらセンターの問題引用するにしたってもっと解きやすい奴があるだろ!
 なんで現代文のテストで情報処理なんかしなくちゃいけないんだ! 解読から始める現代文なんて聞いたことないぞ!
 しかもこの文章は問題に一切関係ないからこれで混乱しても何の言い訳にもなってくれない。ちくしょうめ。
 そんな俺の嘆きも何のその、杏璃は一回何か閃いたかと思うとスラスラと回答を埋めていく。なんで解けるんだ。いや、解ける問題だけどさ。

『……いかんいかん、これじゃ覗きだ。なんて有難味のない覗きなんだ』

 ようやくその事実に気付く。
 答えを見たからと言っても俺の今回のテストは既に無得点が決定している。
 ……真剣にそろそろ俺、進級とか色々ヤバイんじゃないだろうか。

『……この授業だけでも真面目に受けておくか』

 どうせもうこれ以上やることないし。
 と、思ったがノートを取るとか出来ない以上、先生の話を聞いてる事くらいしかできない。
 ……後で春姫にノート写させてもらおう。そうしよう。

 こうして俺は椅子にも座れず立ったまま授業を聞き続けていた。なんかの罰ゲームかこれは。
 ちなみに授業後も軽く教室を探したけど目的の物はどこにも無かった。

282八下創樹:2013/08/18(日) 13:24:13

授業終了を告げるチャイムが鳴り響く中、那津音は丁度、職員室を後にしたところだった。
(それにしても、困ったわね・・・・・・)
3時限目の授業時間(50分)をまるまる使ったというのに、ペンダントはまるでみつからない。
しかも、物理的に探すのではなく、探索魔法による広域範囲を探ったというのに、だ。
なにせ、ペンダントという形状は解っていても、実物を見たわけではない。
なら、魔力感知に任せた方が早いと踏んだのだけど・・・・・・・・・・・・

(・・・・・・今更、ゆーくんの魔力反応を逃すとは思えないし)

これに関しては自信がある。
なにせ、今現在でもゆーくんの反応を感じとれるし。
・・・・・・まぁ3時限目の授業中、ほとんど動いていない辺り、教室に入って出れなくなったんだろうけど。
―――――話が逸れたが、ゆーくんの物質的な肉体を取り込んでいる以上、例のペンダントにもゆーくんの反応があるハズなのだけど。
(・・・・・・むむむ)
らしくなく、行き詰る那津音であった。


『はぴねす! リレー小説』 その135!―――――八下創樹


3時限目と4時限目の間の休憩時間。
僅かな憩いの時間でも、多くの生徒は教室から出て、思い思いの時間を過ごしてる。
「あ、式守先生!こんにちは〜」
「はい。こんにちは」

すれ違う生徒と挨拶を交わしつつも、内心、焦りを感じてならない。
幸い、4時限目も担当授業はないのだが、昼からは全て担当授業で埋まっている。
事実上、昼休みまでに見つけないと時間が無い。

(とはいえ、どうしたものかしら)

ゆーくんの話では、実技棟はすでに探し終え、たった今、自分が職員棟の探索を終えた所。残るは教室等だけなのだが、さすがに教員である自分が探しにはいけない。
その辺り、姿の見えない彼が適任なのだけど・・・・・・・・・
(・・・・・・)
ゆーくんって、しっかりしてるようで、抜けてる所は抜けてるからなぁ。
まぁ、そんなところがイイんだけど。
なんていうか、母性的な意味でも。
―――――などと考えていると。

「あら、那津音」
前方に鈴莉さんを発見。
腕に抱えてる教材から、授業の後なんだろう。
「お疲れさまです、鈴莉さん」
「ありがと。――――貴女もね、那津音」
「?」
「察しはつくわよ。雄真くんの物探しを手伝ってくれてるんでしょ?」
「え、ええ、まぁ・・・・・・」

なんだろう。
なんで解ったんだろう。
そんなに考えてることが顔に出やすいのだろうか、私は。

283八下創樹:2013/08/18(日) 13:24:49

「ごめんなさいね。私も手伝ってあげたいけど、やることが忙しくて」
「? ですけど、鈴莉さんは4時限目の授業は無いのでは」
「無いことは無いけどね・・・・・・まぁ、校長と教頭と理事長・・・・・・ゆずはと話し合いをね」

さすが鈴莉さん。
魔法科教師として一目置かれていても、立場的には一介の教師でしかない。
だというのに、そんな重役クラスの人たちと、会議、乃至は打ち合わせをしているなんて。

「雄真くんの内申についていろいろと裏工さ――――――いえ、正当な評価の説明を」
「―――――」

なんだろう。
今、ものすごい不吉なコト言わなかったかな、この人。
まぁ、これも母の愛・・・・・・なのかな。

「大丈夫です鈴莉さん! いざとなれば式守家に婿養子に迎えますから!」
「――――それに関しては反対しないけど、けどせめて高校まではちゃんと卒業させてあげたいのよ」
「・・・・・・・・・」
「え。な、なに?」
「・・・・・・母の愛ですねぇ」

実に実に。
度を超えた行動も、母の愛と聞くと、全てが正当化されそう。
いつか、子どもが出来たら私にも解るのだろうか。

「・・・・・・もう。からかわないでよ、那津音」
「ふふ・・・・・・」



鈴莉さんとの会話を楽しんだ後、引き続きペンダント探しを続行。
とはいえ、休憩時間も残り僅か。
一度、ゆーくんと合流した方がいいのかもしれない。
―――――と。

「――――」

神月兄妹とすれ違う。
なにやら会話で夢中で私には気づかなかったみたいで――――――

「? ミサキ、そのペンダントどうしたんだ?」
「さっき拾ったの。どう兄様、いいでしょう?」
「・・・・・・紛失物を所有物にすると、普通に窃盗罪だが?」
「し、失礼ね! 持ち主が見つかるまで預かってるだけよ!」
「その割には気に入ってるようだな」
「ん、まぁ。なんだろ・・・・・・なんていうか、安心感っていうか、安らぎっていうか・・・・・・」
「珍しいな。ミサキがはっきりしないとは」
「・・・・・・正直、気に入ってるといえば、気に入ってるわ。否定はしないわ」

・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・?

「んんんっっ?!」

すれ違った後、思わずミサキさんを二度見。
思いっきり凝視してしまった。
彼女の魔力のせいで、ゆーくんの反応が見えなくなったのか。――――それはさておき。

「・・・・・・なんというか、まぁ」

またややこしい人の手に渡っちゃってるなぁ・・・・・・・・・
授業開始1分前。
廊下で考え込む那津音だった。

284叢雲の鞘:2013/08/23(金) 00:54:03

『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 136  by叢雲の鞘


「……と、言うわけでそのペンダントを渡して欲しいの」

結局、私は昼休みにミサキさんの元を訪ね、正直に話すことにした。

「これが、ねぇ……」

ミサキさんはペンダントを眺めながら相槌を打っている。

その顔はどこか嬉しげでもあった。

多分、先ほど言っていた安心感の理由に気付いたからだろう。

「小日向君も困ってるし、お願い」

「わかりました」

再度お願いすると、あっさりとミサキさんは了承してくれた。

「ありが――「そのかわり」――……なにかしら?」

「私もご一緒してよろしいですか?拾ったのは私ですし」

交換条件として、同行を求められた。

まぁ、これはしょうがないと思う。

私も人の手柄を奪うつもりはないし。

「わかったわ」

ちょっとだけ不安を感じるけど……。

285叢雲の鞘:2013/08/23(金) 00:54:48

そんなこんなで無事にゆー君は身体を取り戻したのだけど……。

「ねぇ、小日向雄真?拾得物の返却時にはお礼として1割もらえるのよね」

「たしかにそれは一般論だが……」

「今回、私が拾ったのは貴方の“身体”。例え1割と言え、それ相応のものはもらってもいいわよね?」

「……な、なにを要求するつもりだ?」

ミサキさんの申し出にゆー君はポケットを……正確には、その内側にある財布を押さえながら後ずさる。

普段から彼がこういった時に何を要求されるのか想像が付き、少し不憫に思う。

「なら、次の土日……私とデートしなさい」

「……は?」

「……なによ?」

「いや……Oasisとか駅前の喫茶店で飲み食いし放題、とかじゃないんだな」

「…………貴方はその方がいいのかしら?」

「やめて許して勘弁してください、お願いします」

それはもう、引きちぎれて飛んでいくんじゃないかってぐらいに首を振るゆー君。

「安心しなさい。デート中の食事は折半だし、日曜の夕飯は私が作るから財布の負担はそんなに大きくはないわ」

「まぁ、そういうことなら……」

曲がりなりにも好きだと言った相手の目の前で別の女の子とデートのお誘いを受けるというのはどうなのだろう……。

とはいえ、ゆー君らしいと言えばゆー君らしいし、一応ミサキさんの要求にも正当性はある。

ここで拒否してさらなる難題を要求される可能性を考慮すれば妥当なのかもしれない。

その後で私も誘えばいいのだし。

「なら、まずは次の土曜日ね。待ち合わせ場所と時間はあとでメールするわ」

「お、おう……」

「あぁ、それと、前にも言ったことだけどね……」

「ん?」

「拾得物のお礼は実際には2〜3割程度らしいわ。つまり……2日分のデートで1割ならお礼には足りない、だから……」

ミサキさんは素早くゆー君の顔を掴むと、自分の顔へと近づけ……。

「ん……」

「んんっ!?」

思いっきり、キスしてた……。

…………………………え!?

「あにゃほうぇあ×△□%$#」

「ふふ……それじゃ、またあとで、ね」

艶のある笑顔をゆー君に向け、ミサキさんは教室へと帰っていった。

やっぱり、ややこしい人の手に渡っちゃってたなぁ……。

286七草夜:2013/08/27(火) 03:37:56

 頭を下げる、ということを繰り返してはいけない。
 簡単に繰り返し人に頭を下げていては本当に大事な時にその誠意は伝わらない。

 そんなことは分かっている。
 だが、それでも小日向雄真には下げなくてはならない事情がある。
 だから。

「金、貸してください」

 金をせびりに土下座していた。




『はぴねす! リレー小説』 No,137「施す者」―――――七草夜



「……何故金貸しの相手に俺を選んだんだお前は」

 頭を抱えて汚物を見るような目つきでカイトが雄真を見下ろす。

「曲がりなりにもお前のデート相手の兄だぞ、俺は」
「いや、俺もアレだと思ったけどさ! 母さん達に頼むのは何か後が怖いし、ハチや信哉でも色々煩く言われそうだし!」

 頭を伏せたまま、その上でポンッと両手を合わせる。
 あまりにも間抜けな様に呆れつつもカイトは尋ねる。

「そもそも何故借りる必要がある。この前の騒動の後、バイトしていただろう」
「そうだけどあれは那津音さん用にと貯金したものだし、だからといって曲がりなりにもデートで女子に金多く払わせるのもアレだし……」
「言っていることは最もだが、同時に言っていることがどうしようもなく情けない」

 ハァッと溜息を吐く。どことなく更なる頭痛を覚えた気もする。
 カイトは大人びてはいるし、その精神も殆ど大人のそれと比べて遜色ない。
 だが同時に彼は未だ学生であるというのも事実だ。そしてその歳相応の喜びというのもある。
 後輩に頼られる、というのはまさにそれだろう。だというのにその内容があまりにもあんまりだった。

「……貸すのはやぶさかではない。だが、俺が貸す以上はちゃんとアイツを一通り満足させろ。良いな」

 だからといって妹のために、と言われては断れない。カイトは財布から諭吉を取り出して差し出す。
 阿呆らしい理由だとしても、彼としてはいつも自分の欲求に応えようとしてくれる妹を喜ばせたいという気持ちはある。
 たとえ、目の前にいるのがちょっとアレな人間だったとしても。

「あぁ、恩に着るよ」
「ちなみに返済期間は一か月、過ぎたらトイチ(十日で一割)だ。踏み倒そうなどと考えるものならば俺の負債回収剣(エクスカリバー・ガラティーン)がその財布を奪うことになる」
「……必ず返します」

 恐ろしく物騒な事を言われて目途が付いたら即返そうと紙幣を仕舞いながら雄真は決心する。
 と、同時に思う。この人にもやはり何かお返しとかするべきなのだろうか、と。
 元々本人は自身の欲求を満たすために様々な協力をしてきたとはいえ、彼の知識にも回答にも何度も助けられている。
 自分の思うままに行動すればそれが彼の愉悦になるとはいえ、何かしらすべきではないだろうか。

「……俺への恩返しをしよう、などと考えていそうな面だ」
「あ、やっぱ分かる?」

 一瞬で看破された。
 伊達に彼もその事で悩んでなどいない、ということでもある。

「余計な気遣いなど必要ない。何らかの物で俺が満たされることは少ないし、そもそも金がないから俺に無心に来たのだろう、お前は」
「う……」

 図星で正論だった。

「そのままで良い。お前がミサキを、俺の妹を喜ばせてくれたのなら、それはそれで俺の一つの喜びになる」

 そう言うカイトは、いつもと少々違う表情を見せていた。
 憮然とした顔つきでもなく、何かを楽しむようでもなく。
 強いて言葉にするならば、それは何かを慈しむような。
 例えば、出来の悪い弟を暖かく見守る兄のような――

「……けどさ、俺にしてもミサキにしても、それにハチや信哉だってアンタの世話になってる。何かを返したいという気持ちは、当然だろ?」
「一つ誤解しているようだから訂正させてもらうが、それは別にお前たちに限った事じゃない」

 だがそれはほんの一時。
 すぐにいつも通りのカイトへと戻る。

「俺は請われれば大抵の相手に施しを与える。俺が様々な知識を持っているのは周知の事実だし、それを利用しようと考える者も当然いる」
「……そうなのか?」

 雄真の中ではカイトはいつも一人か、誰かといたとしてもミサキと二人というイメージしかない。
 確かに彼の能力は誰もがあてにするものだろう、だけど彼からは孤高の文字しか感じない。
 もちろん、これらを指して「誤解」と称しているのだろうが。

「俺は道理さえ通れば大抵の願いは聞く。その結果が良いものだろうが悪しきものだろうが関係な」
「自分が悪く思われても良いのか?」
「結果は最初から見えているからな。上手くいかないことを承知で告げる以上はそう思われて当然だろう。ならば、それもありだ」

 そうカイトは淡々と言った。

287七草夜:2013/08/27(火) 03:38:49

 デート当日を翌日に控え、ベッドの上で横になって雄真は考える。
 明日のプラン、というのもあるがそれ以上にカイトの事が引っかかっていた。
 本当にこのままで良いのだろうか、と。
 彼との関係は短いものではあるものの、彼に感謝しているのは事実なのだ。
 やはり形として、自分の気持ちを正直に届けるべきじゃないだろうか。
 何をすれば彼が喜ぶのかは想像も付かないが、彼ならばどんなものでも受け入れそうな気がする。
 自分が悪く思われるのすら「それもあり」で通してしまうのだ。逆に彼が嫌がるという姿が想像付かない。

 そう考えてしばらくして「あぁ、そうか」と雄真は実感した。
 「道理さえ通れば」「結果は関係なく」「それもあり」
 全てをそれで済ませてしまうカイトの思考は、間違いなく常人より高い所にある。
 だから雄真は彼を「孤高」と見なしたのだ。

 以前ミサキはそれを「異物」とも称していた。
 魔法を使わず、魔法以上の事ができる。そんな彼の行動は凡人では読むことが出来ない。
 それどころかその気になれば彼は平然と周囲に溶け込める。秘宝事件が解決されるまで彼の事を全く知らなかったように。
 普通に考えればそれは恐ろしい事だと思うべきなのかもしれない。
 恐らく彼はその気になれば誰にも知られることなく世界すら引っくり返せる。
 だから彼は両親から疎まれることになった。それすら気にしない人ではあるのだけれども。
 だけど、それを気にした人物が一人だけいて――

「……よし」

 一つ、思いついて雄真は電話を手に取る。
 かける相手は、明日のデート相手だ。
 それほどコールすることなく、電話は繋がる。

『もしもし』
「よう」
『珍しいわね、貴方の方から電話してくるなんて』
「あぁ、実はな、明日のデートだけど、一つだけ目的を加えても良いか?」
『……これまた珍しいわね、貴方がデートにそんなに積極的になるなんて。一体何かしら?』

 きっと、これは正しい事だと信じて。
 何故なら自分は――

「カイトへの、プレゼント探しさ」

 彼にとっての「予想外」なのだから。

288Leica:2013/08/31(土) 22:31:49
はぴねすりれー 138 Leica


「カイトへの、プレゼント探しさ」
『……』

 ……。
 沈黙はたっぷり10秒ほど続いた。

「……あのー? ミサキさん?」

ブチッ

「……ブチ?」

 異音を感じて思わず携帯電話の画面を見つめる。
 ……通話が切られていた。
 それも一方的に。

「ちょ!? 何で!?」

 すぐさま掛けなおす。
 3コールほどで繋がった。

『……もしもし』
「何で切ったんだよ。電波が悪かったのか?」
『どちらさま?』

 ……おい。

「俺の番号登録してあるだろ」
『……新手のオレオレ詐欺なのかしら』
「俺だよ俺!! 小日向雄真!!」

 意図せずして典型的なオレオレ口調になってしまった。
 ただ、一応はそれで通じたらしい。

『あら……。珍しいわね、貴方の方から電話してくるなんて』

 は?
 そこからやり直すの?

「……いや、まぁ。
 実はな、明日のデートなんだけど、1つだけ目的を加えてもいいか?」
『これまた珍しいわね。貴方がデートにそんなに積極的になるなんて。
 いったい何かしら』

 ……ふざけてるんだろうか。

「ああ。実はカイトへのプレゼント探しを――」

ブチッ

「……」

ツーツーツー

 無機質な電子音しか発しなくなった携帯電話をまじまじと見つめてみる。
 電波はMAXである。感度良好である。つまり、通話が切れた原因はこちらではない。
 リダイヤルする。
 今度はたっぷり7コールほど鳴ってからようやく繋がった。

『……もしもし?』
「何で切ったんだよ。電波悪かったのか?」
『どちらさま?』
「ふざけてんのか」

 これで電波が原因でないことがはっきりした。

『ふざけてんのはそっちでしょうが』
「は?」

 しかし、思わぬ反撃がきた。

「俺が何をふざけてるっていうんだよ」

 こっちは何もしてないぞ。
 勝手に通話を切ってるのはそっちだ。

『私は今非常に腹が立っているわ』
「何だ、お腹空いてるのか?
 気持ちは分からなくはないが、空腹で八つ当たりなんて子供がすることだぞ」
『死にたいらしいわね』

 駄目だ。
 噛み合っているようで会話がまったく噛み合っていない。

「分かった分かった。冷静に話し合おう」
『こっちは最初から冷静よ』
「冷静な奴は勝手に通話を切ったりしない」
『そりゃ貴方がふざけたこと言うからでしょうが』
「ふざけたこと?」

 お互いに日本語で会話しているにも拘わらず、完全に理解し合えていないようだ。

289Leica:2013/08/31(土) 22:32:41

『私が選ばれなかったのは、……まあ100歩譲って……。
 いえ、100万歩譲ってしょうがないけど。
 まさかよりによって男色に目覚めるとは……。
 迂闊だったわ……』
「……」



 ……は?



『この鈍感男がプレゼント? それほど本気だってこと?
 嘘でしょそんなフラグいつ建ったのよ兄さんとこの男にそんな機会は……。
 ……、……あったか。結構あったわね確かにあったわ何回も。
 気付くべきだったわそうよあれだけレベルの高い女の子に囲まれておきながら
 この男は誰にもなびかなかったのよそうよそうじゃない。
 なぜなびかなかったのかを考えてみれば一目瞭然だったのよ。
 ずばり、この男は女の子に興味が無かった』
「ぅおい!!!!」

 ブツブツと念仏のように唱えられる言葉の羅列の中、聞き逃してはいけないものが聞こえた。

『このデートで思い知らせてやるしかないわね。女の魅力ってやつを』
「ねえちょっとねえ!! 何今後の方針は決まったみたいな感じ出してんのさ!!
 お前は誤解してる!! 誤解してるぞ!! 俺が言いたいのは――」

ブチッ

「――カイトにはいつもお世話になってるから、ここらで……、……1つ――」

ツーツーツー

「……」

 画面を確認する。
 通話は一方的に切られていた。
 直近の発信履歴を再度プッシュする。

「……」

 が。
 残念ながら、コール音は鳴りやまなかった。

290名無し@管理人:2013/09/03(火) 09:18:49
はぴねす! リレーSS 139話――名無し(負け組)


「どうしよう……」

 俺は途方に暮れていた。
 カイトが好きな物について、妹のミサキに尋ねようとしただけなのに、それだけでホ○と勘違いされて、まともに取り合ってくれない。
 この調子だと、他の知り合いにアドバイスを求めようとしても、ミサキと同じような反応をされて、ちゃんと話を聞いてくれない気がする。
 誰かの力を借りることは諦めて、俺だけで探すしかないのか。
 まぁ、そもそも、俺が勝手にカイトにプレゼントをしようと思ったんだから、本来は俺個人で探さなきゃいけないんだけどな。

「仕方ない。1人で探そう」

 そんな決意を口にしてみたものの、どんなプレゼントを贈っても喜ばせられる自信はなかった。
 でも、やると決めたからやる。
 それが正解であると信じて。

「よしっ」

 俺はパソコンを立ち上げて、カイトへのプレゼントについて調べ始める。
 だが、闇雲に探しているだけでは、到底プレゼントとしていいものが見つかるはずもないということに気づくまで、そう時間はかからなかった。


「……はぁ」

 俺は1時間も調べないうちにパソコンの電源を落として、溜息を吐いた。
 そもそも、カイトの趣味嗜好を知らないんだから、漠然と探しても無意味だ。
 かと言って、俺が好きなものを選んでも、あの人は喜ばない気もするしな……。
 ふーむ。

「カイトの好きそうなモノ、か……」

 呟いてみたが、思いついたものは、「彼にとっての想定外」しかなかった。

「あの人の予想外なんて、そう簡単に用意できるものじゃねーよな」

 俺にとっての想定外なんて、いくらでもあるんだが。
 まぁ、比較しても仕方ないか。
 結局、この日は何も光明を見出すことができず、考えているうちに自然と眠りこけてしまった。
 そして、ミサキとのデート当日を迎える――。

291TR:2013/09/04(水) 12:53:58
瑞穂坂学園職員室。
放課後を迎え、生徒たちが返っていく中、教師達は様々な作業に追われていた。

「はぁ」

そんな中、一人の女性教師が深いため息をついていた。

「どうしたのよ? 深いため息なんてついて」
「す……御薙先生」

一瞬、”鈴莉さん”と言いかけた女性……式守 那津音は鈴莉が一瞬発したオーラにあわてて言い直した。

「何だか私最近存在感がなくなりかけてると思うのよ」
「知らないわよ」

那津音のボヤキに、鈴莉はあきれたようなため息をつきながら返した。

「存在感云々の前に、もう少ししっかりしないと。新人とはいえあなたは先生なんですから」
「はい」

悩みを告げたら逆にお小言をもらうというしっぺ返しにあったら那津音は、静かに事務作業を再開させる。

「でも確かに、微妙に存在感がなくなりかけてるわね」

静かに紡がれたその言葉は職員室内の様々な音にかき消されるのであった。


はぴねす! リレー小説―――――TR
第140話「始まりをつけるデート」


チャイムが鳴り、HRも終わった生徒たちは放課後への解放感に酔いしれていた。
明日は休日。
それも相まって明日はどうしようという声もちらほらと聞こえてくる。

「……」

そんな中、俺は一種の憂鬱な気分になっていた。
いや、人から見たらある意味うらやましいのかもしれない。

(デートにプレゼント探しだもんな)

前者が原因なのではなく、後者のほうが問題なのだ。
カイトへのプレゼントが決まらなかったのだ。
今日も一生懸命どんなプレゼントがいいのかを考えてみたが結局何もいい案は出なかったのだ。

(そういえば、すももたちの誕生日プレゼントも当日になるまで決まっていなかったような……)

何だか自分が情けなくなってきた。

「何、面白い顔してるんだ? 雄真」
「面白い顔なんてしてねえよ」

突然横にやってきてなんだか失礼なことを言ってくるハチに、俺は軽くにらみながら反論した。

「そんなことよりもさ、俺がつかんだ情報によればゲーセンに新しい機種が出たらしいぜ」
「おぉ、それはすごい」

ハチからの情報に、俺は相槌を打った。

「でだ、今日行かねえか?」
「あー。悪い今日は用があっていけない」
「そうか? お前この頃付き合いが悪いがよ、大丈夫なのか?」

いつも浮かべている表情ではなく、本気で心配しているような様子で聞かれてしまった。

「大丈夫だ。いつか必ず行くからさ」

俺はハチにそう答えると、席を立つ。

「そ、そうか。ならいいんだけどよ」
「じゃあな」

俺はハチに手を振りながら教室を後にした。
そして俺は数日前に岬に指定された、待ち合わせ場所へと向かうのであった。

292Leica:2013/09/07(土) 00:04:38
はぴねす! りれー 141 Leica



 急ぎ校門へと向かうと、既に待ち人はそこに居た。

「遅い!!」

 第一声がそれである。

「遅いもなにも、まだ放課後のチャイムなって10分しか経ってないぞ」

 これでも走ってきたのだ。
 コイツいつからここに居るんだ。

「男が女を待たせること自体があり得ないって言ってるの。
 待ち合わせ30分前行動するくらいの度量は見せなさいよね」
「授業サボれってか!?」

 過去、既に色々とやらかしている俺がそんなことしてみろ。
 いよいよ俺の学園生活は幕を下ろすことになるぞ。

「さて、と。行きますか」

 身体を預けていた柱から背を離し、ミサキは軽い調子で言う。
 手にしていた文庫本を鞄へとしまっ――、

「それだっ!!!!」
「きゃあっ!?」

 天啓がひらめいた瞬間だった。
 文庫本をしまおうとしていたミサキの手を握りしめる。

「え、ちょ、ゆ、雄真!?」
「これだよこれ!! こいつだよ!! 何で気付かなかったんだろうなぁ!!」
「なっ、何なのよいきなり!!」
「はははははっ!! ホント盲点だった!!」
「だから何の話かって聞いてんのよ!?」
「いやぁホント何でこんな簡単なことすら気付けなかったんだろうなぁ!!」
「……」
「ミサキ!! お前のおかげだありがとう!! ようやく見えたぞ俺は!!」
「い、い、か、げ、ん、にぃ」
「ははははははっ!! そうと決まれば早速」
「しろやこらァァァァァァァァ!!!!!!」

 ちゅどーん、という漫画の擬音のような爆音が、辺り一帯に響き渡った。

 放課後の瑞穂坂学園の正門付近で謎のテロ行為があった、と後の新聞記者は語る。

293Leica:2013/09/07(土) 00:06:07



「はぁっはぁっ……」
「ぜぇっ!! ぜぇっ!! な、何なんだよいきなり……」
「そりゃこっちの台詞よ!!」

 ミサキが吼えた。
 ミサキの魔法は幸いにして人を巻き込むことは無かった。
 道を焦がした程度で他に損壊は見られなかった為、俺たちは早々にして逃げ出してきたのだ。
 人通りの多い商店街に差し掛かったところで、ようやく足を止める。

「何なわけ? いきなり人の手握ってくるわテンション上げるわ変態なの?」
「その最終的な回答に行きつくまでの展開が早過ぎるぞ!! もっと他の可能性を見出す努力をしろ!!」

 俺の抗議に対してミサキは鼻を鳴らす。

「で。実際のところ何なの? 読みたい本でもあったの?」
「いや、カイトのプレゼントさ」

 ミサキは露骨に顔をしかめた。

「……アンタにデリカシーが無いのは知ってるけどさ。
 デートの最中に他のオトコの話するんじゃないわよ」
「俺は正常!! オンナノコにしか興味はありませんっ!!」
「バッ!?」

 俺の突然の宣言に、商店街の人たちの視線が一気に集まる。

「アンタ、この往来で何言い出してんのよ!!」
「後ろめたいことなんて1つもありませんな!!
 俺が好きなのはオンナノコ!! 間違いない!!
 オトコなんて友達以上の関係にはなれないもんね!!」
「分かった分かった分かりました!! 私の勘違いだったからとりあえず黙れ!!」
「へっぶし!?」

 顔を真っ赤にしたミサキから平手打ちをかまされた。

「何すんだよ!!」
「何するってアンタが変な事叫びだしたのが原因じゃない!!」
「変な事!? 変な事ってなんだよ!! 俺はただ自分の趣味趣向を述べただけだ!!
 ビバ・オンナノコ!! ノーモア――」
「はいはいはいはい!! 分っかりました私が悪かったです!!
 アンタは女の子大好きな普通の男の子よね!!
 それでそんなアンタは兄さんのプレゼントに何を選んだのかなぁ!?」

 ヤケクソ気味に叫ぶミサキ。
 内心どう思っているかは知らないが、表向きだけでも俺のほにゃらら疑惑が無くなったのは救いである。
 恥ずかしい思いをしたかいがあったというものだ。

「キーワードは本だった」

 声のトーンを戻してそう告げる。
 思えばカイトと最初に出会った時に、アイツが持っていたのも本だった。
 最初からそのことを思い出せていれば、もっと早くこの結論に辿り着けていただろう。

294Leica:2013/09/07(土) 00:07:05

「本ねぇ。確かに兄さんはよく本を読んでいるけど……。
 貴方、兄さんの趣味知ってるの?」
「まさか。それに、言っただろ、キーワードって。本そのものを贈ろうとは思っていない」

 その言葉に、ミサキは目を丸くする。

「じゃあブックカバーってこと? 本って色々なサイズがあるのよ?」

 分かってんのアンタ、みたいな顔で言われた。

「知ってるさ。そういうケースバイケースでしか使えないものは無しだ」
「じゃあ何だってのよ」

 勿体ぶらずに早く言えよという表情を隠そうともせず、ミサキは口を尖らせる。
 こちらとしても長引かせるつもりはない。

「栞さ」
「あぁ……」

 ミサキが頷いた。
 そう。栞ならどんな本にも使える。
 デザインにも趣味はあるだろうが、そこらへんは無難な物を選べば問題ないだろう。

「よしっ!! そうと決まれば善は急げ!! 早速選びに――」
「ストップストップ!!」

 いざお店へ!!
 といったところでミサキから肩を掴まれる。

「何だよ」

 駆け出そうとした足を止め、空気の読めないストッパー・ミサキに目を向けた。

「何だよじゃないわよ!? アンタ分かってんの!? 今、私とのデート中なんだけど!!」

 ミサキの言い分に、思わずため息が漏れ出てしまう。
 まさか、こんなことも言ってやらなければ分からない奴だったとは。

「……ミサキ」

 駆け出そうとしていた体勢を改め、ミサキに向き直る。
 その肩に、そっと手を置いた。

「ちょっ!? ゆ、雄真!?」

 頬を染めるという難解な反応を示す目の前の少女に、諭すように告げてやる。

「いいか。物事にはな、優先順位ってやつがあるんだ」
「……」

 目を見開くミサキ。
 青天の霹靂といった表情だった。
 ようやく気付いたようだな。自分の過ちに。

「――っのかよ」
「ん?」

 さて。
 ミサキも説得できたところで本題に戻るかと思っていると。
 目の前の少女が何やらぶつぶつ言っていた。

「おいミサキ、お前何言って――」



「私とのデートより、兄さんのプレゼント選びの方が優先度高けぇのかよ!!」



 ちゅどーん、という漫画の擬音のような爆音が、辺り一帯に響き渡った。

 放課後の瑞穂坂商店街の一角で謎のテロ行為があった。
 これは瑞穂坂学園前のものと同等の手口であり、連続犯の可能性が高い、と後の新聞記者は語る。

295叢雲の鞘:2013/09/13(金) 00:00:04
「え〜と……つまり、だな…………」

「………………」

「カイトにはいつもお世話になってるわけで……」

「………………」

「その、今回のデートに憂いもなく出掛けられたのもカイトのおかげでして……」

「………………」

「今日ならミサキもいることだし、一石二鳥かなって……」

「………………」

「み、ミサキさ〜ん…………?」

爆発の余韻でチリチリアフロな雄真は弁解を試みるも、けんもほろろなミサキにたじたじであった。


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 141  by叢雲の鞘


「…………てー」

「え?」

「最低だって言ってるのよ!!」

「な!?」

沈黙から一転、突如浴びせられた罵倒に雄真が驚く。

「えぇ、えぇ…分かってましたとも。貴方が大層朴念仁で、デリカシーがなくて、気配りが出来なくて、空気が読めない、どうしようもない自分勝手で紳士という言葉からは月とスッポンなほどにかけ離れた人間だってね!!」

「そ、それは…言い過ぎなんじゃ……」

「なによ、本当のことじゃない!!!こちとら約束を取り付けた日から今日という日を楽しみにしてたってのに、前日になって電話してきたと思ったら兄さんへのプレゼント探しがしたいですって?デートするのは私なのに、私のことはそっちのけですか?二の次三の次ですか?そりゃ、家族以外の誰かに感謝のプレゼントなんて貴方らしからぬ行動と相手がまさかの兄さんで邪推した私も非が無いとは言わないけどさ!で、絶対に振り向かせてやるんだって意気込んで、早起きして2人分のお弁当を用意して、いつも以上に身だしなみとケアに気をつけて、校則に反しない程度に化粧までして気合い入れてたのに、来てみれば私よりも兄さんのプレゼントのことばっかり、挙句の果てには私とのデートよりも兄さんへのプレゼントの方が優先ですって?バカにしてるの!!!」

ミサキの怒号が響き渡る。

「お、おいミサ……っ!?」

ミサキを宥めるために声をかけようとする雄真だが、ミサキの目の端に光るものを見つけ言葉に詰まる。

『お前がミサキを、俺の妹を喜ばせてくれたのなら、それはそれで俺の一つの喜びになる』

その瞬間、先日のカイトの言葉がその時に浮かべていた表情と共に頭の中でフラッシュバックする。

「(そうだよな、カイトに何かをプレゼントすることばかりに目がいって、大事なことを見落としてたな。このデートにきちんと取り組むこともカイトへのプレゼントになるんだから……)」

296叢雲の鞘:2013/09/13(金) 00:03:12

「なぁ、ミサキ……」

「なによ!プレゼント探しでもなんでも勝手に行けばいいでしょ!私のことなんてほっといてさ……」

「……一緒に選んで欲しいんだ」

「え?」

「ほら、栞を買うとは決めたけどどんなのがいいかとか、カイトはどんなのが好きなのかわからないからさ」

「別に私じゃなくても……」

「ミサキがいいんだ」

「…………」

「ミサキと一緒に探したいんだ。……なぁ、頼むよ?」

「……あんたは卑怯者だわ」

「ごめん」

「…………はぁ、わかったわ」

「ありがとう」

「ただし!」

「ん?」

「条件があるわ」

297叢雲の鞘:2013/09/13(金) 00:10:54

「条件?」

「そう。まず、今日と明日のデートでは探さないこと」

「……はい?」

「当然でしょ。今回は私とのデートなんだからそっちが優先。なにより……」

「なにより?」

「お金はどうするのよ?今回の軍資金は兄さんから借りてるんでしょ?兄さんのお金で兄さんへのプレゼントを買ってたら本末転倒じゃない」

「……あ」

「だから、兄さんへのプレゼント購入は後日改めて一緒に探すの。わかった?」

「……はい」

「それと、もうひとつ……」

「なんだ?」

「この後のデート。昨日の分とさっきの分の贖罪も含めてしっかりと私を楽しませなさい」

「……了解」

「よろしい♪」

泣いた鴉がなんとやら……。

先ほどまでの怒りと悲しみを微塵も感じさせず、ミサキは自然に雄真の腕に自らの腕を絡めた。

298七草夜:2013/09/19(木) 05:24:06


「ねぇ、雄真?」
「何だ」
「私、確か美味しいデザートを御馳走して貰えるのよね?」
「あぁ、だからこの店に連れてきたんだ」

「……なんでラーメン屋なのよ!?」




『はぴねす! リレー小説』 No,142「あまくてあまい」―――――七草夜




 仏頂面で目の前に座るミサキに雄真は堂々とその不機嫌そうな視線を受け止める。
 そこに先ほどまでのヘタレっぷりはなく、最早お前誰だと言いたくなるような自信っぷりだった。

「……で?」

 半眼で睨みつけてくる。
 辺りからは餃子を焼く匂いがする。

「なんでデザートでラーメン屋なのよ?」
「安心しろ、ここのラーメン屋の杏仁豆腐は絶品なんだ」

 しれっと返す雄真。
 目の前には確かに、場違いなほど甘そうな杏仁豆腐があった。

「そういうことが言いたんじゃないわよ」
「まぁ言わんとしてることも分かっちゃいるんだが」

 少々暗い雰囲気の店。
 自分たち以外の客は大人の男が一人か二人程度の単位でいるのみ。
 到底「デート」と称される場所で訪れるような場所ではない。

「今更シャレた店に颯爽と入って堂々と注文を頼むような奴か、俺は」
「そんな姿を見たらまず貴方が本物かどうか疑ってしまうわね、私は」
「……聞いたのは俺だがひどい反応だなぁ、オイ」

 即座に返ってきた返事に軽いショックを受ける。
 似合わないことは分かっていたことではあるが、こうも断言されると流石に痛い。

「まぁ、雰囲気も大事だとは思うけどさ。一番重要なのは味だと俺は思うんだよ。どんなに良い感じの場所でも味が悪ければ一気に微妙な感じになるだろ?」
「言いたいことは分かるけれども」
「取り合えず食ってみろって。俺がデートっぽい雰囲気を捨てでもお勧めしたい店なんだ、ここは」
「……良いわ、そこまで言うなら食べましょう。不味かったら貴方の顔にぶつければ良いだけだし」

 そんな物騒なことを言いながらミサキはスプーンを手に取る。
 だが言われた側である雄真は自信たっぷりにその様子を見ていた。
 雄真には確信があった。一口だ、一口だけでも口にしてしまえば――

「……!?」

 ――コイツは落ちると。

「え、何これ。本当に美味しいんだけど……?」

 さも意外そうに目を見張るミサキ。雄真の言など欠片も信じていなかった。然もあらん。

「何この絶妙な甘さ。ここ、ラーメン屋よね……?」
「あぁ、前にすも……家族と食いに来たんだけどこの店、ラーメンは何処にでもあるような味の癖して杏仁豆腐だけはどういう訳か目茶目茶美味いんだよ」

 一瞬「すももと来た」と言いそうになったものの、瞬間にミサキの目が不機嫌そうになったのを見て言葉を変える雄真。
 いい加減「デートの最中に他の女性の名前を出さない」ということくらいは覚えたらしい。
 その判断が良かったのか、あるいは食べ続ける杏仁豆腐の美味さ故か、ミサキは特にそこに突っ込もうとはしなかった。

「……侮ったわ、これなら確かに雰囲気より味と言えるわ……」
「だろ?」

 そう笑って雄真もようやく自分の杏仁豆腐に手をつけた。
 珍しくミサキの鼻を明かせたことに満足しつつ、この後の事を考える。
 最初に立ててた予定はショッピングだったがそれはカイトへの贈り物を考えての事だ。
 それは後日と言われた以上、この予定は変えた方が良いだろう。
 そこへ行ってしまえばどうしても意識してしまいそうだからだ。
 もし行くとするならばミサキの買い物に付き合う、という形にした方が良い。
 だが、そうするのもまた後だ。
 今日はとにかく「謝罪も含めて自分を楽しませろ」と言われている。
 であるならば、なるべく自分がエスコートするのが当然だろう。例えそれが自分の得意とすることでなかったとしても。

299七草夜:2013/09/19(木) 05:24:43


「この後の事なんだが……」
「あら、もう次の予定? 次は何処へ連れてってくれるのかしら?」

 そう言って何処となく微笑むミサキ。
 なまじ今回当たりを引いてしまっただけに雄真は妙にハードルが上がってる気がした。

「えーとだな、映画に行こうかと思う」
「まぁデートには定番のコースよね」
「ただ予定が当初と狂ったのもあって急遽思いついた予定だから今何をやってるのか知らん」
「……急に不安になったのだけれど」
「まぁ取り合えず行ってみて面白そうな奴の時間が合えば観ればいいし、無かったのなら近場のアミューズメントスポットででも遊んで行こうと思っている」

 映画館のある場所には大抵、近場にゲームセンターやショッピングモールなどがある。
 上映開始までの時間を無駄なく潰すためだ。……熱中し過ぎて上映開始時間を過ぎてしまうのもご愛嬌だが。

「……間違いなく場当たり的なのにわりとしっかりと物を考えているなんて……貴方一体今日はどうしたの!?」
「お前今日マジで失礼だな!」

 本気で驚いているミサキの言葉に同じく本気でショックを受けている雄真。
 詫びも兼ねてしっかりと考えているというのにいざしっかりしたら色々疑われるというのは一体どういうことか。

「お前が楽しめる場所って何処かなって考えたら自然とよくあるデートスポットとかが思い浮かんだんだよ。お前結構乙女な部分あるし、カイトの指示聞いて動き回ってるから体動かすのとかも好きそうだし、決して俺自身が観たい映画があるから丁度良いやとか、体を思いっきり動かして心底溜まったストレスを発散したいです」
「途中から本音がダダ漏れよ貴方!? そこは否定しなさいよ!?」
「いや違う、違うんだ。そりゃここ最近あちこち歩き回ったり体壊したり存在消えたりハゲたりホモ疑惑かけられたりと心身共に色々とアレだけど別に映画館でリラックスしてのんびりと映画鑑賞しようとかボーリングとかして気持ちの良い汗を掻きたいとか――――そういう事をしたいと心から思ってます」
「だからせめてその嘘を貫き通しなさいよ!? 何で最後には本音しか言えない体になってるのよ!? 笑わない猫に建前でも盗られたの貴方!?」

 そこまで一気に言ってから「はぁ」とミサキはため息を吐く。
 雄真の言は確かに本音なのだろう。
 考えてみればここ最近の彼は激動と言っても良い日常を過ごしている。
 特に一度心を壊しかけたあの事件からまだそれほど日も過ぎていないのだ。
 那津音によって少しは前向きになったとはいえ、体を壊して完治したと思えば今度は夜通し歩き。
 ハゲた姿を知り合いに見られて色々とアレなショックを受けたかと思えば今度は自分の姿を感知されないという状況に陥り。
 まるで心の休まる暇が無い。半分ほど自分に責任があったような気もしたがそこは気にしない。
 ともかく、ここらで一度ガス抜きした方が良いのかもしれない、少なくともこれ以上は明日以降のデートに差し支える可能性もある。
 少なくとも今の雄真は明らかにヤバイ。本音を隠す余裕すら無くなっている。
 最も、その状態に追い込むトドメを指したのは間違いなく兄への贈り物の事で色々怒鳴った自分なのだが。

「ちょっと辛くあたり過ぎたかしらね……」
「どうした?」
「なんでもないわ。……ねぇ?」

 もう少し、甘えてみよう。今の自分に必要なのはそれだから。
 もう少し、甘えてもらおう。今の彼に必要なのはそれだから。

「……エスコートして貰っておいて悪いけれど、予定変更よ雄真」
「うん?」
「明日にしようかとも思ったけれど、今こういう物を持っているの。貴方のリラックスしたい、気持ちの良い汗を流したいという願いはどちらも叶えられそうよ」

 そう言ってミサキが取り出したもの。
 それは近場にあるスパのチケット。

「今日はここで一緒にのんびりしましょう?」

 とろけるような笑顔でミサキは杏仁豆腐の最後の一欠けらを口に含んだ。
 雄真はそんな笑顔に釣られたのか、無言で頷き自分も最後の一口を食べた。

 ――とても、甘かった。

300名無し@管理人:2013/09/22(日) 02:25:59
「はぴねす!」リレーSS 143話――名無し(負け組)

 スパに着くと、こんなところに来ると思っていなかった俺は、レンタル水着を選びに行った。
 男物も結構種類があって驚いたが、別に拘りはなかったので、適当に蒼いトランクスタイプの水着を選んで履いて、泡の出る風呂の中で寛ぎながら、ミサキを待つことにした。
 ……気持ちいいなぁ。
 泡の心地良い刺激と少し熱い程度の湯加減が絶妙で、気を抜いたら寝てしまいそうになる。
 さすがに、デート中に風呂の中で寝るなんて恥だし、失礼なのは分かる。
 分かるんだが――。

「……ぐぅ」

 パシン!

「寝るな」

 意識が落ちそうになった瞬間、後頭部に鋭い衝撃が走り、一気に意識が覚醒する。
 慌てて振り返ると、冷たい目で見下ろす水着姿のミサキがいた。
 オレンジ色のセパレートタイプのものを着ていた。
 肉付きがいいとは言えないが、余計な脂肪がほとんどないため、理想の痩せ型体型と言えるだろう。
 そんな彼女のためだけに用意されたかのような、フィット感を醸し出していた。

「ミサキ、水着似合ってるぞ」

 つい、正直な感想を口に出していた。
 俺の言葉を聞いたミサキは、一瞬面食らった表情を浮かべるが、すぐにいつものキリッとした顔に戻して、俺のことを見る。

「全く……こっちが尋ねる前に、感想を言われるだなんて思わなかったわ。でも、折角言うのなら、今みたいな小学生並の感想じゃなくて、もっと具体的なことを言ってもらいたかったわね」

 一見、冷静な表情で憎まれ口を叩くミサキだったが、口元の笑みは隠しきれていなかった。
 彼女が言うように小学生にでも言えるような感想だったが、褒められたことが嬉しかったことは確かなようだ。

「さて……今度はこっちの番ね」

 ミサキがすっと目を細めつつ、俺が入っている風呂に浸かり、しれっと密着してきた。

「――気持ちよくしてあげるわ」

 耳元で俺に囁きかけながら、妖艶な表情を見せるミサキ。
 そんな彼女に対して、俺は大きな不安は勿論そうだが、同時に期待を覚えるのだった。

301TR:2013/09/23(月) 02:31:49
「――気持ちよくしてあげるわ」

ミサキのその言葉に、不安と期待を覚えた俺だったが……

「あの、ミサキさん?」
「何かしら?」

俺は今の状況に、思わず聞きたくなってしまった。

「なぜ、俺は寝そべっているのでしょうか?」
「なぜって、寝そべらなければ気持ちよくならないじゃない」

何を言ってるのと言いたげな表情で答えるミサキに、俺は何も言えなくなってしまった。
俺は今、一番端っこのほうでうつぶせに寝かされている。
というのも、ミサキが風呂から半ば引きずり出すように上がらさせられて隅のほうに寝そべるように指示されたのだ。

「いったい何をする気だ?」
「マッサージよ」

(ですよねー)

横になれと言われた時からなんとなく予感はしていたのだが、本当にマッサージだとは思ってもいなかった。

「それじゃ、始めるわよ」
「お、おう」

そして、ミサキによるマッサージが始まるのであった。


はぴねす! リレー小説――――――TR
第144話「痛いハプニング」

302TR:2013/09/23(月) 02:32:34
「んっしょ、んっしょ」

ミサキのマッサージというのは指圧マッサージであった。
とはいっても俺の上に馬乗りになって全体重をかけて、だが。

「どう? 気持ちい」
「あ、ああ。とても気持ちいいけど」
「けど、何?」

ミサキの問いかけに答えた俺は、内心疑問に思っていることを聞くことにした。

「どうしてここに寝そべってるのに他の人は何もない風に通っていくんだ?」

先ほどから人が行き来するのを見ていたが、誰一人足を止める者はなかった。
まるで、俺たちが見えていないかのように。

「なぜって、魔法で私たちの姿が見えない風にしているからよ」
「下手に便利だな、魔法は」

ミサキの答えに俺は思わずそう返していた。
そんなこんなで、ミサキのマッサージは再開されたのだが……

(不安だ)

俺は気持ちいい感じとは別にある不安を感じていた。
それは、漫画などでおなじみのマッサージをしている際に間違えて相手に強烈な痛みを与えてしまうことだ。
今のところ、そんな予感を感じさせるようなことはない。
だが、怖いものは怖い。

(ミサキって、マッサージの経験とかあるのか?)

もしあれば、俺の不安は気にしすぎということになる。

『あるわけないだろ』
「ッ!?」
「きゃ!? どうしたのよ、いきなり起き上がろうとして」

ここにいるはずのない人物の声に驚いて起き上がろうとする俺に、ミサキが驚いた様子で声をかけてきた。
ミサキが上に乗っているのを忘れていた。

「い、いや、何でもない」
「……? 本当に変な人」

俺の答えに首を傾げるミサキは再びマッサージを再開した。

(というか、いつの間に来たんだ? カイト)

頭の中に響いたカイトの声に、俺は心の中で問い返した。
口に出すとまたミサキに不振がられる。
もうすでに変な人扱いされかかっていたりするので、これ以上悪化するのは避けたい。

『俺はそこにはいないぞ』
(いないって、それじゃどうやってこっちの様子を知ることができるんだ?)

ものすごい疑問が生まれてしまった俺は、聞かずにはいられなかった。

『細かいことは気にしない。それが男というものだ』

なんとなく不には落ちなかったが、感じた疑問は闇に葬ることにした。
まあ、カイトだから何でもアリだろうということで理解することにした。

『で、本題だが、ミサキはマッサージなどやったことはない。今やっているのはおそらくは我流だ。つまり、適当』
(…………)

ものすごく嫌な予感がしてきた。

『まあ、生きて出られればいいな』
(なんか意味深なことを言われたぞ!?)

その後、カイトの声は聞こえなくなったが、もはや不安は頂点に達していた。

303TR:2013/09/23(月) 02:33:20
(頼むから、何も起こらないでくれ)

「ん……次は上のほうを」

必死に心の中で祈る俺の心境などどこ吹く風、ミサキはマッサージをする場所を変えた。
尤も難易度の高い場所へと。

(骨だけはやめてくれよ。骨だけは)

唯一骨のある場所が多い個所なだけに、俺は心の中でさらに祈っていた。
それがまずかったのだろうか。

「ッ!!?」

一瞬走ったのは、凄まじいほどの痛み。
それはまるで、みぞおちにパンチが入ったぐらいの痛みだ。
要するに、

「痛っつ?!」

見事に骨にやられたのだ。
全体重を乗せた指圧マッサージを。

「ちょっと、雄真! 暴れたら危ないって、きゃあ!?」
「うわぁ!?」

さらに、運が悪いことに俺が痛みにのた打ち回ろうとしたため、上に乗っていたミサキはバランスを崩して後ろのほうへと倒れそうになったのだろう。
それを防ぐために、俺の首をつかんだが結局はそのまま後ろのほうへと倒れこんでしまった。
しかも、俺はのた打ち回ろうとしていたのだ。

「痛た……だ、大丈夫か? ミサ―――――」
「ええ。背中が少し痛いけど大丈――――」

俺は目の前の光景に、時間が止まったような錯覚を覚えた。
俺のすぐ近くにミサキの顔があるのだ。
普通であれば、ときめくような状態だろう。
だが、俺は違う意味で鼓動を感じていた。
それは俺の右手だった。

「……雄真」
「は、はい」

何度も言うが、俺はのた打ち回ろうとしていたので、両腕はある意味俺の意図しない動きをしていた。
後ろに引っ張られる際に両腕を前に思いっきり突き出したまでは覚えているが、果たしてその先の場所が、地面だったのか。
答えは否。

「私の胸を触っていることに対する言い訳は?」
「………これは不可抗力であって、事故だ。わざとではない。でも、ごめんなさい」

俺の右腕はまるでピンポイントにミサキの胸をわしづかみしていた。
ミサキのドスの利いた言葉に、俺は慌てて言い訳と謝罪を口にする。
とはいえ、俺のこの先の運命はすでに確定しているようなものだけど。

「分かったわ。それじゃ、遠慮なく行くわね」

そう言ってミサキの片方の腕がピクリと動き出す。

「どこ触ってんのよ! この変態!!」
「ぎゃああー!!!」

本気のビンタをもらった俺は、その勢いで横に大きく吹き飛ばされた。

「だから言ったんですよ。雄真さんには女難の層がありますよって♪」

何でだろう。
小雪さんに少し前に言われた言葉が頭の中に響いてくる。
それを考えるよりも早く、俺は意識を手放すのであった。

304叢雲の鞘:2013/09/27(金) 22:13:48

『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 145  by叢雲の鞘

世の中にはお約束というものがある。

物語の主人公が異性の特定の言葉にのみ難聴になったり、恋心に鈍感だったり、ラッキースケベなどなど。

ならば、俺もそのお約束とやらに準じてみるのも一興か……。

後頭部になにやら柔らかい感触を感じつつ、意識が浮上し始めた俺はかの有名な台詞を思い出しながら目を開ける。

「知らないt……」

「……………………っ!?」

だけど、それは予想外の出来事で中断させられた。

「……………………」

「……………………」

先ほどよりもさらに近い距離にミサキの顔があった。

その顔は何故か90度ほど傾いている。

そして、熟れたトマトのように真っ赤だ。

「……………………」

「……………………」

「………………あの、ミサキさん?」

「………………なによ?」

「なにをしていらっしゃるので?」

顔が真っ赤になるのを自覚しつつも、努めて冷静に振る舞う。

「あ〜〜…………お詫び?」

「なぜに疑問系?」

「う、うるさいわね!?意識飛ぶほど強く叩いちゃったからお詫びよお・わ・び!!べべべ、別に膝枕するチャンスだ、だからとか思ってないんだからね!?」

ツンデレ台詞ありがとうございます!!

てか……。

「膝…枕〜〜〜!?」

道理で後頭部に柔らかい感触がすると思った。

「あ〜〜その……ありがとうございます」

「いいわよ、別に……好きでやってることだし」

「………………」

「………………///」

「………………///」

「………………///」

「…………重く、ないか?」

「全然。…………気持ちいい?」

「…………最高です」

「そう……ならもう少しこのままで居てあげるわ」

「ありがとうございます」

人々の喧騒がどこか遠くのように聞こえ、雄真は心休まる一時を満喫した。

305八下創樹:2013/10/01(火) 12:08:20

生クリームのような甘ったるい膝枕タイムを互いに堪能しきった後、雄真とミサキは時間帯もよいとのことで、ランチタイムにすることにした。

「この辺でいいんじゃない?」
「あ、おう・・・・・・」

今更ではあるが。
お互い水着姿で、同級生の女の子と一緒にいるっていうのは、とてつもなく恥ずかしいものがある。
たとえお互いがパーカーを羽織っていても、本当に“羽織っている”だけなので、一番肝心な所は微塵も隠れちゃいない。
今更すぎるが。
意識すると恥ずかしくて堪らないものがあるのだ。

「・・・・・・あのね、雄真」
「お、おう!? なんだ!?」
「男の子が考えてる以上に、女の子って男の子の視線に過敏なのよ?」
「う―――?」

えぇっと、それはつまり、
モロバレってことですか?

「―――――ま、別にイヤではないけれど」
「え? なんだって?」
「なんでもないわよ。痴漢みたいな目で見ないでくれる?」
「言いがかりにも程があるわ!!」


『はぴねす! リレー小説』 その146!―――――八下創樹


ともあれ、ミサキ手作りの弁当を頂くことになったのだが。
「・・・・・・」
「? どうぞ食べていいわよ」
「あーいや、うん」

どこかうきうきしながら出されたランチボックスには、綺麗に並ぶサンドウィッチが見える。
チキンソテーにジェノベーゼソース添え、定番のマヨタマにBLT等々。添えのオニオンサラダが尚、見栄えを引き立てている。
つまり、完璧なサンドウィッチである。・・・・・・・・・なのだが、

「〜♪」

なぜミサキは更にボックスを取り出しているのだろう。
もっといえば、どうしてそっちの中身はおにぎりなんだろう。
更に言えば、たくあん、梅干しを添えてあるという、完璧なおにぎりセット。
や、和洋混合にしても、この組み合わせはいただけない。
節操がなさすぎる。

「あ、あのー、ミサキさん」
「なによ」
「ミサキってパン嫌いなのか?」
「別に?」
「じゃあごはんが苦手なのか?」
「むしろ好きだけど」
「・・・・・・じゃあなんで、サンドウィッチにおにぎりの組み合わせ?」
「え? だって雄真がどっちか苦手だったら困るじゃない? 前もって訊いてなかったから、両方用意しただけよ」

だけよ、と平然というミサキ。
が、なんだろう。
説明できない感動が込み上がるのはなぜだろう。
一瞬、口は悪いが良妻の姿を垣間見た気がした。

「じゃ、いただきます」
「どうぞ。感動しながら召し上がりなさい」

どこか偉そうな態度を取りつつも、ちらちらと様子を窺うミサキ。
そんな彼女をどこか微笑ましく思いながら、サンドウィッチをいただく。
―――――美味しい。
どのサンドも具材が適度な大きさで、はみ出ることがなく、ソースもべた付かない適量。大前提として、味は自分じゃ真似できない程の美味しさ。
あまりの旨さに感動しつつ、突き動かされるようにおにぎりに手を伸ばす。
―――――美味すぎる。
ご飯を固めたのではなく、空気を含ませ、柔らかくしっとりと包み込む。
握るのではなく包む辺り、もはや素人では真似できない達人クラスの腕前。
正直、味はもちろん、細かな気配りが感じられ、すももに匹敵するほどミサキの弁当は美味しかった。
―――――だって言うのに、

「・・・・・・ど、どう? 口に合ったかしら?」

当の本人はまったく自覚が無いらしく、何やら不安な顔で見つめてきた。
なんだろう。
こう、びっくりするくらい心を鷲掴みにされてる気分になってしまう。

「うん、美味しい。すごいな、正直驚いた。ミサキってすげぇ料理上手なんだな」
「そ、そう?」

おにぎりを口に頬張りながら、こくこく頷く。
そんな一心不乱にがっつく姿を見て、ミサキは安堵とも喜びとも取れる溜息をついた。
なんだ。
普通にしてれば結構可愛いんだよな、ミサキって。

306八下創樹:2013/10/01(火) 12:09:37

―――――で、昼食後。

食後の一服とばかりに、ベンチでのんびりする。
ミサキは明らかに食べた量が少なすぎるが、まぁ本人が満足してるらしいのでいいんだろう。
とはいえ、時刻はまだまだ真昼間。
お腹も落ち着いてきたし、もう一度泳ぎに行こうとして―――――――

「ゆーくん?」

聞き覚えのある声が、頭の上から聴こえた。

「・・・・・・え? 那津音さん?」

見上げた視線の先、水着姿の那津音さんがいた。
メリハリのあるボディを引き立てる、白いビキニ。
正直、若者には刺激が強すぎます。

「あ、やっぱり。見覚えのある腹筋だと思ったわ」

いや、どこで判断しているのか。
というか見せた覚えないんだけど。
「―――――?」
というか、あれ?
何かがヤベーセンサーが凄いくらい警報鳴らしてるんだけど?

「――――随分、問題のある発言ですねぇ? 式守先生」

直後、真後ろから響く、邪哭のように響く黒オーラボイス。
言わずもがな、先程までスウィーツな空気を溢れ出していたミサキその人だった。

「あらミサキさん。またゆーくんを引っ張りまわしてるのかしら?」
「な、那津音さん・・・・・・?」
「失礼な。落し物(雄真の肉体)を拾った当然の権利です。金魚のフ○のようなストーカー紛いの人に言われたくないですね」
「み、ミサキー!?」

センサーの針が振り切れる。
チクショウ! ほんとに無いのな! 平穏な一日って!

「あらあら、随分な物言いね。落し物を拾って、自らその報酬を本人に要求する浅ましさは驚愕ものだわ」
「ご自分で探せなかったからって、八つ当たりはやめてもらえます?」
「デートに誘われないからって自分から引っ張りまわしてる人に言われたくないわぁ」
「人のこと言えるんですか?」
「言えますよ? 私、ゆーくんから誘われたことあるから」(38話、39話参照)
「・・・・・・・・・・・・がふっ」

あ、吐血した。ミサキが。
話がこじれるから言わないけど、あれって半ばカイトから強制されたんだけど。
ま、確かにデートに誘いたかったし、結果的には嘘じゃないけど。

307八下創樹:2013/10/01(火) 12:11:43

「というか、どうして那津音さんがここに?」
「いえ折角のお休みだし。一度来てみたかったの」

ミサキと口論で屈服させたからか、やたら上機嫌な那津音さん。
一方、拳を握りしめ崩れ落ちてるミサキ。
両者の対比が、なんかコントみたいに見えた。

「――――え? 一人でですか?」
仮にも元・箱入り娘。
自由になったとはいえ、よく式守家が一人で放り出したものである。
「いえ、1人じゃないですよ。条件代わりに付き添いを一人付けろと言われて・・・・・・」
「―――――那津音様?」

唐突に現れる、聞き覚えのある声。
間違えるはずもなく、クラスメイトの上条信哉だった。

「どうされました――――――と、雄真殿?」
「―――――え。信哉が? 付き添い? 那津音さんの?」
「・・・・・・何やら凄まじく悪意を感じるぞ、雄真殿」

よく許可したなぁ、式守家!
逸れたら間違いなく終わりを迎えてしまう、“ういんどみる”で1、2を争う迷子キャラだぞ!?

「まぁ思惑は知らぬが、今日の俺は那津音様の従者。那津音様のぼでぃーがーど、という使命があるのだ」
「そういうわけなの。だからゆーくん―――――――ゆーくん?」

・・・・・・・・・・・・ふぅん。
・・・・・・・・・・・・へぇ。
・・・・・・・・・・・・信哉がねぇ。
・・・・・・・・・・・・ふーん?

「ゆ、ゆーくん?」
「・・・・・・気のせいだろうか、雄真殿。雄真殿の視線が呪詛のように感じるのだが」
「ははは。ソンナワケナイダロウ?」
「怖っ!?」

なぜだか笑顔が溢れて仕方がない。
なのに、腹の底に宿るこのドス黒さはなんなのだろう?
―――――まぁ、いいや?

「おっと手が滑った」
「パラソル!? 凶悪すぎるぞ雄真殿!? 悪意がまるで隠れておらん!!」
「おっと更に」
「待て!! どこをどう手が滑ったら、テーブルが卓袱台返しになるのうわぁっ!?」
「いけないけない。足まで滑りだした」
「滑っておらん! もはやそれは確実にイスを蹴り飛ばしている!!」


――――――なんだろう。なにか、珍しいものを見ていた。

「・・・・・・雄真?」
今まで、さんざん謂われなき嫉妬を受けてきた彼だけど、
そういえば、雄真が嫉妬するのって初めて見た気がする。
恐らく、式守先生の従者が男性+知り合いの男子、ってのが、雄真の眠れる嫉妬心に炎を点けたんだろう。
や、なんと申しますか。
正直、私たちより怖いんですけど?

「・・・・・・えへへ。ちょっと嬉しいなぁ」

などと、当の本人は幸せそうに微笑む始末。
とりあえず、どうしましょうか?

―――――なんて考えてると。
―――――なにをどうやったのか、上条信哉が10メートルの飛び込み台から、水面に向かって垂直に叩き落されていた。

断言します。
自覚のない嫉妬ほど怖いものはないんだって。

308七草夜:2013/10/07(月) 21:52:41


 あの後、繰り返し手が勝手に動いて信哉に物が飛んでいったり信哉自身が飛んでいったりしたものの。
 ほったらかしにしたせいでキレたミサキの「いい加減にしなさい」の一言と共に飛んできたカードが頭に刺さり、ようやく俺は我に返った。
 そうして俺たちがその後どうしたかというと……

「はぁ〜……」
「ふぅ……」
「むぅ……」
「こうしてゆっくりするのも悪くないわね」

 まぁ、いる場所が場所なので。
 いがみ合っても仕方ないので俺たちはのんびりとスパを楽しむことにした。



『はぴねす! リレー小説』 No,147「┌(┌^o^)┐」―――――七草夜



「はぁ……やっぱ何度入っても気持ちいいわ……」

 一通り泳いだ後、また風呂に入る。
 遊ぶのは勿論悪くないのだが、今回はミサキの「疲れを癒す」という気遣いからここにきている。
 ので、遊び過ぎると疲れを忘れてはしゃいでしまいそうなので今回俺はこちらをメインに楽しむことにしている。
 本当は三人にも好きにしていいとは言ったが本日のデート相手にして誘った張本人のミサキが俺を放ったらかすわけがなく。
 それに釣られるように那津音さんも傍にいるといい、その護衛とした信哉も同意したことで四人揃ってまったりすることが決まった。

「あぁ〜……たまには大勢でお風呂というのも悪くないわね〜」
「そうですね。うちなんか普通の庶民風呂ですから誰かと入るなんてこと出来ませんし」
「私は昔は伊吹と一緒に入ったりしたんだけれどね〜。たまにはまた一緒に入ろうかしら」

 それにしても流石風呂のリラックス効果というか、あれほど目の敵にし合っていた二人が凄い落ち着いた顔して楽しそうに談話している。
 風呂の力は偉大だ。流石はリリンが生み出した文化の極み……いや、あれは歌か。

「……ふむ」

 そんな感じでこちらもこちらでのんびりとしているとふと隣の信哉が真剣な目付きでこちらを見ていることに気付いた。

「なんだ、どうした?」
「いや、雄真殿の体も随分と逞しくなってきたと思ってな」
「……そうか?」

 言われて自分の体を見てみる。
 確かに、四月頃からと比べれば結構力とかはついた方かもしれない。

「まぁ、ここ最近も色々あったしなぁ。気付かないうちに鍛えられてたのかもしれないな」
「うむ。少々腕を曲げみるがいい……ほら、このように見事なコブが出来ている」
「お、マジだ。こうして目に見える形で実感するとなんか嬉しくなるなぁ」

 少々自分でも触ってみる。
 そこまで力を入れているわけでもないのに硬い感触が手に伝わってくる。

「そういや信哉の方はどんなもんなんだ?」
「俺か? ふむ……むっ!」

 信哉はお湯から腕を出し、曲げて力を入れる。
 するとそれはそれは見事な厚くて太い力コブが発生した。

「うお、大きい……やっぱ凄いな、信哉は。流石護衛として鍛えてるだけあるな」
「何、俺などまだまだよ。未だ未熟の身だ」
「未熟の身でこれなら将来どうなることやら……ちょっと指入れてみても良いか?」
「あぁ、好きにすればいい」

 許可を貰ったので信哉のコブを軽く触ってみる。
 明らかに俺とは違う感触が伝わってきて軽く驚く。

「硬いな! 押した指が弾かれそうだ」
「はは、まぁその程度は無いととても式守の護衛などとは言えぬからな」
「俺もこんな立派になれるもんかなぁ」
「雄真殿ならば何の心配もあるまい。鍛えていけば自ずとなるだろう……いや、むしろなって貰わねばな!」
「え、なんでだ?」
「何、雄真殿には沙耶を貰って貰わなければならぬからな! 兄としては妹を守れる人間になって貰いたいと思うのは当然だろう!」
「そういえばその話もあったな……というか信哉の中ではまだそこで止まってたのか……」
「雄真殿! 何なら俺が雄真殿を立派な成人男子になれるよう鍛えてやってもいいぞ! 何、体を鍛えることは決して無駄にはならぬ!」
「あ、ありがたい申し出ではあるんだが落ち着け信哉、興奮し過ぎだ。のぼせるぞ……ん?」

 一人でどんどん勝手に盛り上がる信哉を宥めていると急激な寒気を感じる。

309七草夜:2013/10/07(月) 21:53:13
 あれ、おかしいな、俺は今風呂に入っているはずなのに。

「む、なんだ、急に怖気が……」

 どうやらそれは信哉も同じようで急速に彼の興奮も冷めて冷静になっていった。
 もしや、と思いギギギと擬音を立てながら首を横に向けると――那津音さんとミサキがこちらを見つめていた。

 ――ただしその目にハイライトはない。
 
「ど、どうしたんだ?」
「い、如何されましたか?」

 及び腰で問いかける日本男児二人に対してシラ〜とした視線が突き刺さる。

「いえ〜」
「別に〜」

 棒読みで返ってくる返事がより一層不気味さを漂う。
 なんだ、俺たちはまた何か失敗をしたのか?
 女性陣を放ったらかしにして盛り上がったのが不味かったのか?

「うーん、こちらのこと忘れて男二人で盛り上がるのもまぁイラッときたけどねぇ〜」
「そこはまぁこっちも微妙に同じだったから良いんだけど〜」

 そうだ、女性陣同士で盛り上がったからこっちも男同士で盛り上がっただけだというのに。
 俺たちの一体何が悪かったと言うんだ!?


「逞しい(意味深)」
「大きい(意味深)」
「好きにして(意味深)」
「入れる(意味深)」
「立派(意味深)」
「興奮する(意味深)」


「「あっ(察し)」」


 俺たちは揃って叩きのめされた

310TR:2013/10/13(日) 14:34:07
スパで、腕のこぶのことで盛り上がっていた俺たちは、那津音さんとミサキの二人によってお仕置きをされようとしていた。

「雄真、覚悟はいいわね?」
「いや、待ってくれ! これは誤解なんだ!!」

隣では覚悟を決めたのか目を閉じて無言を貫く信哉に代わり、俺は二人に釈明する。

「「問答無用!!」」
「うわああ! ……あれ」

二人から叩きのめされるというところで、目の前の光景が一変した。
見ればそこは天井だった。

「…………そうか」

それで理解した。
ここは自室。
あの後、二人に叩きのめされた俺たちは夕食を食べたのち解散となったのだ。
尤も、その時の那津音さんとミサキの夕食代は俺と信哉がすべて払うことになったが。
信哉は財布を持っておらず、また信哉に責任を取らせるのもためらわれたため、俺が全額支払うことになった。

『雄真殿っ! 貴殿は男の中の男だ!』

信哉の感心した様子の言葉が記憶に新しい。

「はぁ……着替えるか」

俺はため息を一つつくと、着替えることにした。


はぴねす! リレー小説――――――TR
第148話『制裁は遅れてやってくる』


私服に着替えた俺はリビングへと降りる。

「おはよう」
「おはよう、雄真君」

リビングにはお皿を片手にテレビのニュースを見るかーさんの姿があった。

(そういえば、カーさんが出てくるのってかなり久々じゃ)

そんなあいろいろな意味で危ないことを思いつつ俺はカーさんから視線を外すと、現在彼女のテリトリーでもある台所の方へと視線を向けた。

「あ、おはようございます。”大きい胸が大好きな”兄さん」
「………」

俺を出迎えたのは笑顔のすももだった。
だが、表情は笑顔でも言葉にはとげがあった。

「あ、あの、すももさん?」
「私びっくりしましたよ。”大きな胸くて逞しい胸”しか興味ないんですからね〜」

何か追加されている!?

「い、いったい誰がそんなことを?」
「お花さんですよ。昨日の夜に、お花さんが”兄さんは大きくてたくましい胸にしか興味がない”って教えてくれたんです〜」

顔が怖い。
嘘を言っているように見えないところ、本当なのだろうが、一番恐ろしいのは花のような気がした。

「はい、兄さん。朝ごはんですよ」
「お、おう……って、ちょっと待て」

テーブルに配膳されていく、朝食に俺は思わず声を上げてしまった。

「なんですか? 兄さん」
「なぜに俺のだけキャベツの千切りしかないのでしょうか?」
「……………」

無言だった。
とてつもない威圧感を纏ったすももの表情は、異論を許さないと告げているような気がした。

「食べないんですか?」
「た、食べます!」

朝食抜きよりはましなため、俺はキャベツの千切りを口にするのであった。
食事中、俺はなんとなくむなしさを感じてしまうのであった。

(これ、絶対に昼食を早めにとることになりそうだな)

ミサキの不機嫌な表情が一瞬脳裏をよぎってしまった。
これがまさに進むも地獄、戻るも地獄と言うことだろう。
そんなことを思いながら、俺は朝食をとるのであった。

311八下創樹:2013/10/17(木) 20:10:31
「あー・・・・・・やっぱダメだ」

キャベツの千切り“だけ”という、あんまりな朝食後、雄真は自室で思わずぼやく。
あれから1時間も経ってないのに、お腹もう空腹で鳴いていた。
昨今、草食系男子が流行っているとはいえ、リアルに草食を用意しなくてもいいと思う。
要するに、炭水化物とたんぱく質が足りてない。まるでぜんぜん。

「昨日の夕食のせいで大分、キツイけど・・・・・・」

背に腹は代えられない。
鳴き続けるお腹をさすりながら、中身の少ない財布をポッケに突っ込む。
目指すは、炭水化物とたんぱく質(だけ)を豊富に摂取できる場所。
つまり、ファストフード店だった。


『はぴねす! リレー小説』 その149!―――――八下創樹


―――――で、家を出たところ。
―――――待ち構えている女性が一人。

「あ、奇遇ね、ゆーくん♪」
「・・・・・・家の前で待ち伏せしてるのは奇遇とは言いませんよ?」

やたらとご機嫌そうな顔で、那津音さんがいらっしゃった。
対して、昨日の夕食のおごりもあってか、こっちはそうご機嫌ではない。
言ってしまえば、普通に不機嫌だった。

「それじゃ、俺はこの辺で」
「ちょっとちょっと!? え? まさかの放置プレイ!?」
「プレイじゃないです。俺、行くとこあるんで」
「・・・・・・え? もしかしてゆーくん、怒ってない?」

怒ってます。
ええ怒ってますとも。
そしてそれ以上に、空腹でイライラしてます。
真面目な話、八つ当たりはまだしも、食事に手を出してくるのは理不尽だと思うのですよ。マイシスター。

「あー・・・・・・ついうっかり、すももちゃんに話しちゃって」
「那津音さんだったの!?」
「うん? 正確にはミサキさんと2人で、だけど」
「―――――」

なんだろう。
那津音さんとミサキはいつの間にそんなに仲良くなったというのか!
ある種、敵わないツーコンビなので、厄介なことこの上ない。

「――――ああ、それで。お腹が空いてるんだ?」
「・・・・・・ええ、まぁ」
「それじゃ、ちょっと小腹を満たしに行きましょう?」


――――――などと、那津音さんに連れられてきたのは、


「ゆーくん、なにする?」
「・・・・・・」

――――――当初の目的地だった、ファストフード店だった。

・・・・・・まぁいいけど。
お腹減ってるのは事実だし。
元々、来ようと思ってた場所だし。

「・・・・・・じゃあ、マジカルマフィンセットで。ドリンクはリアルゴージャス」
「じゃあね、私はラジカルマフィンセットで♪ ドリンクはお茶で」

財布を出すより早く、那津音さんがお札を出してくれた。
察するに、ここは奢ってくれるらしい。
・・・・・・昨日の夕食とは比べものにならないけど。値段的に。

近くのテーブル席までプレートを運び、対面する形で那津音さんと座る。
ともあれ、空腹はそろそろ限界に近い。
高速で手を合わせてから、マフィンバーガーにかぶりついた。
うん。
単調でジャンクな味だけど、そこがいい。
こう、空きっ腹にドカン、とパンと肉が入ってくるのが。

「ふふ。ゆーくん、やっと笑ったね」
「・・・・・・」

気づいてなかったけど、いつの間にか頬は緩んでたみたいだ。
やっぱり人間、空腹では機嫌は悪くなるんだろう。

「まぁ。まさか学生が先生に夕食を奢らされるとは夢にも思ってなかったですしね」
「う・・・・・・ゆーくん、まだ怒ってたり?」
「怒ってないです。ただ財布が軽くて寒くて震え上がってるだけです」
「だ、だからこうして、ここは奢ってるじゃない!?」

額が違います。
それこそ桁が一つ足りてない。
・・・・・・まぁ、それはそれとして。
こうして半泣きになりつつある那津音さんを見れただけで、気持ち的には充分すっきりしたんだけどさ。
「・・・・・・」
ああ、でも。
今日の夕食はミサキとなんだけど、那津音さんと2人で夕食は、あまり・・・・・・というか、ほぼ無い。
一度、ちゃんとこちらからお誘いしないといけない。
いい加減、ハッキリと想いを告白したいって思っているのだから。

312七草夜:2013/10/21(月) 23:59:46

 ――では、その少年の話をしよう。
 少年の恋は、いつだって一途で愚かだった。

 自ら恋焦がれたモノに対して相応しい自分になりたいと願っていた。
 ソレそのものがその事を求めているかどうかは関係ない。
 ただそうなる事こそが男にとって隣に立つ第一の条件だった、ただそれだけの事だ。

 少年は困っている少女がいれば手を差し伸べた。
 苦しんでいる仲間がいれば救い続けてきた。
 それは深い考えがあった訳ではない、むしろ目の前の事象に衝動的に動いていたと言って良い。
 「あの女性の隣に立つ男ならば、きっとそうするだろう」、そんな無意識の考えに後押しされて。

 気が付けば少年は「英雄」になっていた。

 多くの少女たちから慕われ、友人から男として憧られ、母達の見る目も大きく変わった。
 時折嫉妬の視線を受けるようになったものの、それも仕方ないと割り切る事は出来る。
 確かに彼女たちは皆素敵で、魅力的な者たちばかりなのだから。
 だからそれまでの行動に後悔は無い。それは間違いない。

 ただそれでも時折少年は思うのだ。もしもこのしがらみがなければ、と。
 自らの想いを愚直なまでにぶつける事が出来たのではないだろうかと。
 だがもうそれはできない。出来ないようになってしまった。
 少年が慕う女性はこのしがらみを切り捨てるような事を良しとはしない。
 それは一途なあまりに一途になりきれず、愚かなあまりに愚かになれきれなかった少年の夢。

 ――彼は「少女たちの英雄」などよりも、ただ一人の女性のための「理想の男」になりたかった。


『はぴねす! リレー小説』 No,150「ただ一人への想い」―――――七草夜


 ファーストフード店で食事を終えた俺たちは揃って店を出る。
 いつか想いを告げなきゃいけない、というのは分かっているが今は止めておくことにした。
 何せ今から俺はミサキと夕食を共にするのだし、その後もカイトへの恩返しのためのプレゼント探しをする約束をしている。
 この状況で告白などしたら軽薄も良い所だろう。少なくともそれは、これらの件が片付くまでは後回しだ。
 今は目先の問題に取り掛かる。

「それじゃ那津音さん、俺はこれで」
「え?」

 まだ夕食まで時間はあるが何もしないで過ごす訳にはいかない。
 手持ちは心許ないが、食事に御呼ばれされている以上、手土産の一つくらいは用意せねば。

「ゆ、ゆーくん、やっぱり……まだ怒ってる?」
「え?」

 唐突に半泣きの那津音さんが――可愛いなぁ!――不安げに尋ねてくる。
 確かに先ほどまで軽くイラつきはしていたが食事をとってカルシウムも十分満たされたことで既にそのイライラはないのだが……。

「えっと……なんでです?」
「だってお店出るまでずっと黙ってて、そのうえで別れようとするから……」
「……あー」

 黙ってたのはあくまで今後の予定を考えていただけで、特に不機嫌だからという訳ではない。
 ただ、難しい顔をしていたのは事実だろう、それを那津音さんは直前の状況と合わせて誤解したらしい。

「もう怒ってませんよ、本当に。食事も奢ってもらいましたし」
「ほ、ほんとう!?」
「本当です。いつまでも引き摺るような事はしませんって」

 そう言って苦笑すると那津音さんの顔がパァッと笑顔になる。
 なんだか主人の言いつけを守って褒められた飼い犬のようだ。

「で、でも何でここで別れようとするの? せっかく会えたのに」
「会えたというか、那津音さんが勝手に待ってただけですけどね……」

 そしてすぐに表情が崩れる。本当に犬みたいだ。なんだか頭の上にペタンと垂れた犬耳まで見えた気がした。可愛い。

「考えてもみてください、一応俺、この後ミサキと食事するんですよ? それまでを別の女性と過ごしてたら俺、最低な奴じゃないですか」
「そ、そうだけどぉ〜……」

 年上とは思えぬ泣きそうなのを我慢した涙目の表情で抗議してくる。
 その表情にクラッとくるがあるが流石に昨日に続いて今日までも同行を許すわけにはいかない。

313七草夜:2013/10/22(火) 00:00:56

「今度、機会があればまたちゃんと遊びのお誘いしますから。今日は流石に勘弁してください」
「う〜……分かった……我慢する」

 そこまで言ってようやく渋々と納得する那津音さん。
 ……やっぱ犬だこの人。犬音さんと呼ぼう。いつぞやのチビ音さん共々並べて撫で回したい。あっちは猫耳が似合いそうだ。

「……絶対だからね?」
「分かってますよ。ただ今日邪魔したら那津音さんの時も他の皆が邪魔してきても文句言えませんからね?」
「う……わ、分かってるわよぉ〜!」

 一応互いにしっかり釘を刺すことを忘れない。
 これでもう今日一日は大丈夫だろう。

「それじゃ、今度こそ今日はこれで」
「仕方ないわね……約束、忘れないでよ?」
「忘れませんて」

 最後までそれをしきりに呟く那津音さんに俺は苦笑いをしながらも別れを告げた。
 そう、忘れる筈がない。俺が本当に想いを伝えたい人との約束を。



 もしもその「時」が訪れたのなら。
 きっと今度こそ俺は愚直なまでにこの想いをぶつけるだろう。

314名無しさん:2013/10/28(月) 00:12:11
はぴねす! りれー 151 Leica



 携帯電話の画面に表示された地図を頼りにひたすら歩く。
 デートの約束を取り付けられたその日に、
「迷って行けませんでした」とは言わせないとばかりに送られてきたものである。

(そう言えばミサキの家って行ったことないんだよなぁ)

 ふと、そんなことを考えたところで雄真は1つの疑問を抱いた。

(そういや、ミサキって女子寮住まいじゃないんだな。何でだ?)

 春姫も、杏璃も。
 2人とも寮住まいだ。
 伊吹や沙耶ちゃんは例外としても、結構珍しい部類に入るのではないだろうか。

(まぁ、聞いてみりゃ分かるか)

 結局、そんな結論に落ち着けつつ、雄真は携帯電話を閉じた。
 もう地図は不要。
 次の道を曲がれば直ぐのはずだった。



 あの嫌に“思わせぶり”な神月兄妹のことだ。
 いったいどんな蝙蝠が飛び交う屋敷にお住まいか、
と若干身構えていた雄真だったが、それは完全に杞憂というものだった。

 ふつーの一軒家。
 取り立てて説明することなど何もない。
 小日向家の隣に立っていたって違和感の無い、本当に普通の一軒家だった。

「ふむ。ある意味で期待外れだな」
「そうだな。そして、お前は期待通りふざけた回答をしてくれたものだ」
「うおっ!? カイト!?」

 家の前に立ち意図せず漏れた独り言は、ばっちりそこの住人に聞こえてしまっていた。
 いかにも不機嫌そうな顔をしたカイトが門を開けて出てくる。

「何だよ、これからどこか行くのか?」
「お前を待っていたんだ」

 うんざりしたと言わんばかりの表情で言われた。

「わざわざお出迎えしてくれたのか。そりゃ悪かったな」
「……出迎えてみれば、まさか門前でいきなり家の悪口を言われるとは思わなかったが」
「いや、ホントすみませんでした」

 雄真は光の速さで土下座をした。

「おい、人様の家の前で地に額を擦りつけるんじゃない。
 ご近所様に変な噂が立ったらどうしてくれる」
「す、すまん」

 その言葉に雄真は慌てて立ち上がる。

「本当に何をしでかすか分からん男だな」
「……それは褒め言葉と解釈していいんだろうか」
「強引過ぎる解釈だ」

 カイトは苦笑しながらそう言った。
 が。雄真はこの解釈が強引だとは思わなかった。
 “あの”カイトに、何をしでかすか分からないと言われたのだ。
 それも自然に。

(……それって実は凄いことじゃないのか?)

「……何をそんなにアホ面している」
「……え? あ、いや、悪い、何でもな――アホ面言うな!!」
「ははは、まあ入れよ。ミサキはもう待ちくたびれているぞ」
「お、おいっ」

 笑いながら踵を返し、門をくぐっていくカイトを、雄真は慌てて追いかける。
 そこで、先ほどのどうでもいい疑問の答えが勝手に頭の中に入って来た。

(ああ、そうか。すももと一緒だ。
 瑞穂坂学園に近いところに家があれば、寮に入る必要も無いもんな)

 どうでもいい疑問の答えは、実に当たり前で、それこそどうでもいい回答だった。

315名無し@管理人:2013/10/30(水) 01:35:13
はぴねす!リレーSS その152--名無し(負け組)

 神月邸に入るやいなや、ポケットの中に入れていた携帯が震えた。
 ただ、3回ほどでバイブレーションが収まったので、メールだとすぐ分かった。
 カイトの後を歩きながら、差出人を確認する。

『神坂春姫』

 学園のプリンセスだった。
 なんだろう?
 内容が予想できなかったため、カイトに付いていきつつ、メールの本文を見る。

『ねぇ、今どこ?』

 この文面を見て、反射的にこう返信した。

『地球ん中』

 宇宙飛行士じゃないからな。

「……妹に会いに来ているのに、他の女子とのメールとは、感心しないな」

 ちくりと釘を差された。
 何で確認もしていないのに俺のメール相手が、女子であることが分かったのかなんて突っ込みをする気はない。

「悪い、気を付ける」

 一応、デート相手の兄に平謝りしておいて、この場を収めた。
 それからは、特に会話らしい会話もなく、ミサキの部屋まで案内された。

「ここだ」

 ドアを指さしてから、カイトが妹の部屋をノックする。

『いいわよ』

 ドア越しにミサキの了承の返事が聞こえた。

「あとは、お前達が好きなようにするんだな」

 それだけ言い残して、カイトは背中を向けて立ち去ろうとしていた。

「案内してくれて、ありがとう」

 とりあえず、礼は言っておく。

「……くれぐれも、妹を悲しませるなよ」

 表情は見せずに警告だけ残して、廊下の先へと消えていった。
 謎が多い男の背中を見送ってから、俺は同級生の女子の部屋のドアを開けた。
 すると、いきなり腕を掴まれた。

「クローゼットの中に隠れるのよ!」

 ……は?
 俺は困惑してリアクションすらできずに、ミサキに引っ張られるがまま2人でクローゼットに入れられた。

「閉じ込められた!」

 ……罠か。
 まるで意味が分からんぞ。

316七草夜:2013/11/04(月) 22:39:11
「……で、何がしたいのお前」

 キツキツのクローゼットに押し込められた俺は体が密着するのに色々なものを耐えながらミサキに問いかけた。

「狭い密室での第一声がお前とナニをシたいだなんて過激ね」
「言ってねぇよ! 意図的に悪意のある改変をするな!」
「……冗談よ、閉じ込めたのにはそれなりに意図があるけれど、ね」

 そう言うミサキは、いつになくマジメな雰囲気だった。

「……ミサキ?」
「雄真、真剣に答えてちょうだい。でないとここから出さないわ」

 そう前置きしてから切り出した。


「貴方――いつまでこうして逃げ続けてるつもり?」



『はぴねす! リレー小説』 No,153「真っ直ぐ前に」―――――七草夜



「逃げる、って……」
「私は貴方の事、好きよ」
「ぶっ!?」

 脈絡のない告白に思わず吹き込んでしまう。
 いや、思いっきり態度に出てたし色々積極的だったからそれは知ってはいたのだが、こんな密着状態で言われると色々クルものがある。
 背丈の関係上、上目遣いになるうえに頬を赤らめるなんて芸当までしてるからタチが悪い。

「でも正直、最近の貴方は前に感じたほど素敵だとは思わない」
「え……?」

 自分の中の熱が、急速に引いていくのを感じていく。

「今の貴方からは何かに対して我武者羅に突き進もうとする意思を感じない。むしろ及び腰になっている」
「別に俺は逃げてなんて……」
「なってる」

 言い訳のように――いや、まさに俺の言い訳をミサキは一瞬で遮り、俺はそれ以上の言葉が出ない。

「貴方は誰も傷付けまいと必死になっている。けれどね、ハッキリ言うわ。この恋に、もう誰も傷付かないということは有り得ない。だって――私は、既に好きな人がいる貴方を好きになったのだから」

 そう言われてハッとする。
 彼女は最初からカイトと共に、その目的のために俺たちに近付いて来た。
 ミサキだけは、俺の気持ちが誰に一番向いているのか、最初から知っていたのだ。

「だからと言って諦めるつもりはない。私は私のやり方で貴方の気持ちを私の方へと向かわせてみせる。でもね、貴方がそれじゃいつまでたってもこの物語は終わらないの」

 キッと睨み付けられる。

「だからこれは忠告よ」

 耳元にミサキの柔らかそうな艶やかな唇が近付いてくる。
 ――そして、彼女は告げる。

「誰も傷付けたくないなんて選択は、私が許さない。その選択は間違いなく私が傷付くから」

 俺の逃げ道を塞いで行く。

「曖昧にするくらいなら、いっそ振って頂戴。でないと私は前に進めない」

 俺の甘さを打ち砕いてゆく。

「これ以上逃げないで。いつか『彼女』が言った言葉を思い出して」


 ――覚悟はしていたはずだった。
 ……いや、そもそも俺は最初から分かっていた。
 ただ、ミサキの言うように居心地の良い今に甘え、逃げ込んでしまっただけだ。


 俺の事を、好きだと言ってくれた少女たちがいた。
 俺の事を、信じると言ってくれた仲間たちがいた。


 いつかは選ばないといけない。
 その一言を、他の誰でもないたった一人に向けて言わなければならない。
 貴女のことが――■■だと。

 分かっていた。
 『彼女』の病室へと向かう前から、理解していた。

 ――たとえ、その一言で。
 辛うじて保たれていた俺たちの均衡が。


 粉々に砕け散ったとしても。


 それが怖かった。
 今ある全てが無になってしまうのが、たまらなく恐ろしかった。

317七草夜:2013/11/04(月) 22:43:42

「あぁ、でも――」

 確かに希望を与えてくれた言葉があった。
 それは遠い昔ではないけれど、思い出になりかけていた言葉。

『先のことはハッキリとは言えないけれども、私はアンタが他の誰を好きになろうと、当分アンタの事が好きなままだと思う』

 未来が分からずとも、他の誰かを好きになろうと、傍にいてくれると言ってくれた。

『でもね、私のそんな想いを、アンタに受けて止めて欲しいなんて言わないわ』

 無理に受け止める必要は無い、背負うことはないんだと言ってくれた。

『アンタはアンタの想う通りで良いの。私はそんなアンタに惚れたから。私が告白したからってそれに無理に応えようとするアンタは私が好きな小日向雄真じゃない。何より私の性に合わない』

 俺がすべきことを、どうすればいいかを導いてくれた。

『これからすべきなのはアンタが今誰が好きであろうと、この先の未来、それ以上に私に好きになってもらうようにすること。つまり――』

 ――あぁ、そうだ。俺はどうするべきかなんて答えは、とうに教わっていた。

『――アンタがこの先、今好きな人を好きでい続けられるか、それとも私に惚れることになるか、私と勝負よ!』

 そうだ。これは勝負だ。
 俺の信念が揺らぐか、突き通せるか。
 俺と、あの人と、彼女たちの。

 たった一度限りの、真剣勝負(ゲーム)なんだ。

 不意にポケットに手を突っ込む。
 ずっと仕舞ったまま、存在の確認すらしていなかった物を取り出す。
 あの日、いつの間にか入っていて、けれども一度も使わなかった物。

 ――皆のあの日の『夢』を、現実に取り戻すための道具。

「あ――」

 それは、小さな一本のクレヨンだった。
 白い、何色にも染まっていない、無地の色。

「……俺自身の力で描けってことかよ」

 それはある意味、当たり前のことでもある。
 先がどうなるか分かるのなんて、それこそあの男くらいしかいないのだから。

「……それを取り出した、ということは」
「あぁ、そろそろ色々な事に決着を付ける、その準備を始めようかと思う」
「そう」
「俺はきっと、この想いを言葉にしてみせる。そして皆を――フッてみせる」

 言葉にするのは辛い。
 けど、そろそろこの覚悟を、俺は持たなければいけない。

318七草夜:2013/11/04(月) 22:45:04

「初めて会った時の言葉――覚えてる?」

 不意にそんな事を言われた。

「あぁ、今度は……今度こそ、しっかり覚えてる」

 前は覚えていなかった。けれど、今はよく覚えている。

「――もう何度か、繰り返した言葉だけれど……折角だから今、もう一度あの言葉を貴方に送るわ」

 ミサキは柔らかく微笑んだ。

「心のままに真っ直ぐ動きなさい。きっと貴方の心は貴方を正しい方向へと導いてくれるわ」

 それを言われたのは、どれくらいぶりだろうか。
 今となっては、あの夕日のコンビニすらも懐かしい。

「キチンと心に正直になりなさい。これ以上みっともないところ晒すようなら――」

 ヒュッという音がした。
 そう思ったら首元に彼女のワンドであるトランプ――ユーカーが突きつけられていた。

「刺しちゃうからね?」

 耳元でそんな、とても可愛らしい声で、恐ろしい事を告げられた。

「……気をつけるよ」

 俺はそうなんとか声を絞り出し、返事する。

「そう」

 ミサキは再び微笑み、顔が徐々に近付いて――


「……っ!?」


 ――頬に、口づけされた。


「これくらいは、御代として貰っていくわね」

 柔らかい表情のまま、頬を紅く染めたミサキは淡々とそんなことをのたまった。

「おま、ま、ま……」
「さてそろそろお料理仕上げないとね。まずは貴方の胃袋を掴む事から始めさせて貰うわ」

 急ぎ早にそう述べるとミサキは閉じていたクローゼットの扉を開き、そのまま部屋へと戻った。
 一方俺はもう拘束するものはないはずなのに、一歩も動けずにいた。
 そんな間抜けな俺の様子をミサキは面白がり、黒い髪を靡かせて――

「……フフッ♪」

 ――もう一度、可愛らしく微笑むのだった。

319TR:2013/11/05(火) 22:57:03
――全ては輪廻する。
よくよく考えれば、わかりきったことだった。

――全ては輪廻する。
躱したと思っていても、それはただ遠回りをしただけ。

――全ては輪廻する。
俺自身がはっきりしない限り、この連鎖は止まらない。

――すべては輪廻する。
だからこそ、俺は

――この終わりなき輪廻(物語)を終わらせる――


はぴねす! リレー小説――――TR
第154話「終わりなき輪廻」


週が明けた月曜日。
周りではいつもと変わらぬ日常が繰り広げられている。
そんな中で俺は

「……」

その日常から切り離されていた。
いや、厳密に言うと日常になじめていないだけだが。
ちなみに、あの後ミサキお手製の夕食を食べた。
とはいえ、ミサキの言葉がずっと脳裏をよぎっていて味はおろか何を食べたのかさえ覚えていないという状態だ。
ミサキが知ったらきっと怒るに違いない。

「雄真!」
「うお!? な、なんだ?」

覚えていないことは墓の中まで持っていこうと心の中で決めた時に、突然かけられた声に俺は思わず飛び跳ねる勢いで驚いてしまった。

「なんだじゃねえよ。さっきから声をかけているのに無視しやがって」

声をかけた主であるハチは若干苛立ちをあらわにする。
どうやら相当声をかけ続けていたらしい。

「わ、悪い」
「別にいいけどよ、これからゲーセンに行かねえか? 新しいカードが入荷したらしいぜ」

謝る俺にハチはそう返すと、そう言って誘ってきた。

(ゲーセンか。でも……)

今日はカイトに渡す栞を探す予定があった。

「悪い。今日ちょっと用事があるんだ」
「またか。雄真最近付き合いが悪いぜ」

ハチに言われるとおり、最近ハチの誘いを断り続けているような気がした。

「悪い」
「いや、別にいいけどよ。何か悩んでいるんなら相談しろよ。親友なんだからな」

この時ほど、ハチの”親友”と言う言葉に心打たれた日はない。
尤も、本人には言わないが。

「さんきゅ。必要になったら聞くことにする」
「そうか。じゃあな」

俺の答えを聞いたハチはそう告げて教室を後にした。

320TR:2013/11/05(火) 22:58:02
「さて、俺もそろそろ向かいますか」

俺は帰り支度をすると、鞄を手に席を立つ。
そしてそのまま教室を後にして廊下に出る。

「はい、待ちなさい」
「うぐぇ!?」

突如襟首を掴まれ垂れた俺は、非常に変な声を上げてしまった。

「な、何を、げほっ、するんですか!」
「何って、事情聴取かしら?」

俺の抗議に襟首をつかんだ張本人である那津音さんはさらりと悪びれることもなく答えた。

「一体どこに行くつもりかしらねぇ?」
「ちょっと栞を買いに行くだけです」

何だか浮気するかしないかを聞かれる夫の図だなと、どうでもいいことを思いながら俺は那津音さんに答えた。

「だったらちょうどいいわ。私も同行させてもらうわね」
「え?」

にこやかな笑みを浮かべながら告げる那津音さんに、俺は思わず聞き返してしまった。

「問題ないと思うわよ。だって私教師だもん」
「それ、ちょっと無理すぎやしませんか?」

いくら教師でも放課後に生徒の寄り道の引率をするなどと言う話は聞いたことがない。

「細かいことはいいの。それとも小日向君は、先生に引率されると困ることでもあるのかな?」
「い、いや。ありません」

那津音さんからのプレッシャーに、俺は負けてしまった。
あのプレッシャーに勝てる人がいるのなら、俺はそいつを英雄と呼んでもいいと思う。
尤も、いそうで怖いが。
主に鈴莉母さんとか。

「それじゃ、行きましょうか」

こうして俺はなぜか那津音さんと共にカイトへプレゼントする栞を界に向かうのであった。










「ここが雑貨店と言うところね」

学園を後にして商店街へとやってきた俺たちは、さっそく雑貨店に入る。
ちなみに、今の言葉は那津音さんのものだったりする。

「那津音さん。まさか雑貨店に来た事って」
「ええ、ないわよ。それにしてもいろいろあるのね」

中に入った那津音さんは俺の問いかけに答えるや否や、いろいろと見て回り始めた。
最初は懐中電灯から、化粧品売り場に茶碗売り場などなど。
興味深げに探し回る那津音さんをしり目に、俺は目的の物を探すことにした。

(ぶつって、なんかやばいものでも探しているような感じだな)

そんなことを思いながら、店員さんに栞がある場所を聞いたりして、ようやく栞売り場にたどり着いた。

(栞と一言で言ってもいろいろあるんだな)

何かのアニメのキャラクターが描かれたものから動物の模様や花の模様などなど。
様々な種類の栞がそろっていた。

(うむむ、こうしてみるとどれがいいのだろうか)

思わず悩んでしまう俺だったが、とある栞に目が映った。
それはこの季節ではかなり似合わない植物の模様の入った栞だった。
それは―桜―。

321TR:2013/11/05(火) 22:58:42
なぜだか、俺はその桜の花びらの模様が入った栞を手にすると、会計を済ませるのであった。
こうして、栞を買うというミッションは成し遂げた。

「あ、那津音さんの回収するのを忘れていた」

外に出ようとしたところで、俺はここに入ってから品物を物色する那津音さんのことを忘れていることを思い出した。

「あ、ゆーくん。こっちよこっち」
「那津音さ……ん」

急いで探しに行こうとした俺の背中にかけられた声は今まさに探している人物であった。
俺が言葉を失ったのは、那津音さんが予想外の場所にいたからではなく、その手にあるものが原因だった。

「何を買ったんですか?」
「急須よ。家に帰ってお父様に渡そうと思うの」

よほどいいものだったのだろう、那津音さんは満面の笑みを浮かべながら俺の疑問に答えていた。

「さて、行きましょう」
「あ、はい」

那津音さんに促されて、俺はその場を後にするのであった。










どれほど歩いただろうか。
気が付けば、俺達は公園のような場所にたどり着いていた。
人の気配がまったくと言っていいほどない。

「あの、那津音さん。どこに行くつもりですか?」
「ここだったらいいわね」

俺が声をかけると、那津音さんはその足を止め俺の方に振り返る。
その表情はどことなく真剣なものであった。

「ゆー君に聞きたいことがあるの」
「な、なんですか?」

とてもまじめな話だと思った俺は、背筋を正して那津音さんの口から告げられるであろう言葉を待つ。

「ゆー君は、誰が好きなの?」
「………ッ」

その問いに、思わず息を呑んでしまった。

「ゆー君少し前になるけど私に”好き”って言ってくれたわよね」
「……」

頷くことしかできなかった。

『俺……那津音さんの事が……一人の女性として……好きだっ!』

いつの日にか一世一代の賭けに出た際の告白の言葉が脳裏をよぎる。

「でも、私は付き合えないって言った」
「……」

『あなたには、他にしなければいけないことがあるはずよ』

それが那津音さんの返事だった。

「でも、ゆーくんはそれをするから待っていてほしいって言ってくれた。とても嬉しかったのよ」

『俺、やるべきことをやったら、もう一度会いに来ます!』

那津音さんの言葉で、俺の言葉が次々に脳裏に浮かんでくる。

「今ゆー君は皆に告白されて、ミサキさんと仲が良くて……何だかもう分からなくなっちゃったの」

その言葉に、俺が感じたのは罪悪感だった。
今まで何もしなかった。
いや、しようともしなかった。

「ねえ、教えて。貴方が本当に好きなのは、誰?」
「………」

那津音さんの問いかけはとても確信めいたものであった。
このまま逃げ続けるのはよろしくない。

『心のままに真っ直ぐ動きなさい。きっと貴方の心は貴方を正しい方向へと導いてくれるわ』

ふと、彼女に送られた言葉が浮かんできた。

「俺は―――」

そして、俺は送られた言葉に背中を押されるようにして口を開くのであった。

322名無し@管理人:2013/11/09(土) 02:05:07
はぴねす! リレーSS 155回――名無し(負け組)


「――俺は、式守那津音さん、あなたのことを、誰よりも愛しています」

 紛れも無い本心を口に出した。
 すると、彼女は、即座に嬉しそうな表情を浮かべた。
 けれど、それからすぐに、悲しそうな表情を浮かべた。
 ……何故だ?
 何故、那津音さんは、そんな顔をしてるんだ……?
 困惑することしかできない俺に対して、愛しい人は覚悟を決めたかのように俺を正面から見据える。

「小日向雄真くん」
「……はい」
「はっきり言います。あなたの気持ちはとても嬉しいです。すぐにでも受け入れて、恋人になりたい」
「それなら……」
「だけど、簡単に受け入れるわけにはいかないの」
「……どうしてですか?」

 納得できない。
 式守の家のこともあるし、教師と生徒の恋愛が道徳的に問題があるのかもしれないが、そんな大人の事情だけで、引き下がりたくない。

「私は――式守だから」

 反論しようと思った。
 だが、俺はこの時護国さんの言葉を思い出した。

『小日向くん。君は、那津音を愛する意味――”式守”を背負う覚悟はあるか?』

 あの時はよく分からなかったけど、つまりは、そういうことなのか?
 俺が困惑していると、那津音さんが俺を睨んできた。
 明確な敵意を示して。

「小日向雄真。私を愛するというのなら、覚悟を見せなさい」

 まるで別人のような冷酷な彼女の様子に戸惑いは隠せない。
 だけど、覚悟を見せないと、本当の意味で、俺は彼女を、式守那津音を愛する資格を手に入れることができないのだろうということは、すんなり納得できた。
 だから、俺は迷いをすぐに消し去って、歩み寄るのだった。

323八下創樹:2013/11/13(水) 16:06:50

覚悟を示せと。
向けられたことのない―――――向けられる覚えの無い、明確な敵意を向けられた。
最愛で、愛おしくて、大切で。
愛すると決めた、女性から。

優柔不断だから?
今までのみんなとの関係性が壊れるのを恐れたから?
いや、どれも違う。
那津音さんは『式守だから』と。それだけを口にしていた。

ああ、でもまいった。
正直なところ、護国さんにも言われた“式守を背負う覚悟”の意味なんて、
これっぽっちも、解らないんだから。


『はぴねす! リレー小説』 その156 ――――― 八下創樹


それでも、俺は歩み寄っていた。
動かした足は止まることなく、那津音さんの目の前へ。
「――――」
「・・・・・・」
見つめ合う視線。
吐息が混じりそうなほどの距離。
互いが互いを睨むような視線をぶつけたまま、時間だけが流れていく。

―――――実に1分近く、鼻先が触れる程の距離を保ったまま、

「――――あるわけないでしょ、そんなもの」

冷酷な敵意の視線を、真っ向から突っ返した。

「・・・・・・なんですって?」
「あるわけないって、そう言ったんです」
目前の那津音さんの表情が、見る見る不機嫌になっていく。
ただそれでも、困惑の感情が見え隠れしている辺り、やっぱりこの人は、那津音さんだった。
「第一、説明されてるわけでもないし、意味が全然解らないですし」
「・・・・・・」
「っていうか、護国さんもそうだけど、那津音さんもだよ。そっちの都合ばかりで、大人の事情しちゃってさ。そんなの、学生の俺に解るわけないじゃないですか」
「・・・・・・そう、その程度、なのね」

那津音さんの言葉が、胸に突き刺さる。
落胆した、幻滅の感情の声が、退路を完全に塞いだ。
でも、止まらない。
歩み寄った足と同じように、これこそが、俺の示せる“覚悟”だって言うのなら―――――!!

「そうですよ、その程度ですよ。―――――第一、前提がおかしいじゃないですか」
「・・・・・・?」
「なんで俺だけが“式守”を背負うんですか」
「・・・・・・え?」

純粋な疑問だからか。
那津音さんの表情が“素”に戻る。

「なら、同じように那津音さんにも訊きます。――――那津音さんは俺のややこしい家庭事情を、“小日向”と“御薙”の両方を背負う覚悟があるんですか?」
「な―――?」
「でないと不公平じゃないですか。俺がそっちの背負うなら、那津音さんはこっちを背負ってくれるんですよね?」
「そ、それとこれとは事情が違うわ・・・・・・!!」
「違いませんよ!!」

那津音さんの肩を掴んで、感情のままに叫ぶ。
違うはずが無い。
だって、そんなものなんて。
そもそも、必要ですらないのだから。

324八下創樹:2013/11/13(水) 16:07:33

「・・・・・・俺が言えた義理じゃないですけど、卑怯ですよ。今のこの瞬間に、そんなコトを言うのは・・・・・・」
「・・・・・・」

結局、俺にとって護国さんの言葉も、那津音さんの言葉も、
都合のいい大人の都合でしかなかった。
それを、今だ大人に成りきれていない俺に問うのは、やっぱり卑怯だ。
―――――でも。

「・・・・・・それでも。那津音さんが、それでも俺に覚悟を示せって言うのなら――――っっ」

愛することだけじゃなく、好きとか欲するとか、そんな単純な感情じゃない。
きっと、俺には那津音さんが望む答えは出せない。
だったら、俺は俺が信じた“心”のままに。

「“式守”なんか知らない・・・・・・けど、那津音さんなら、“那津音”の全てを背負う!」
「・・・・・・!」
「だから俺は! 那津音さんが好きなんだ!!」

もう一度、想いを告げる。
これが、今の俺の精一杯。
俺は大人じゃなくて、でも幼いわけでもない。
そんな、未熟な青臭い若者らしい、少年だからこその答え。
感情が全てで、――――――けど、それ以上に正しく尊いものはない。
“式守”の重さとか使命とか、真名の“使鬼護”とか、
そんなのは全部、大人になってから考えて、改めて、その責任を負えばいい。

問題の先送りじゃなく、未来の自分に懸けただけ。
俺が信じる、ミサキが信じた自身の心の答え。
それが、“今の俺”が出せる、最善の覚悟だった。

「・・・・・・私の“全て”を、どうして背負えると・・・・・・?」
「・・・・・・俺は那津音さんと、生きたいって決めたんだ。なら、すべてを受け止めるのは当たり前です」

那津音さんは何も言わない。
敵意は無くても、俯いた顔は感情を見せず、真意は解らず仕舞い。
結局、求めた覚悟を示せたのだろうか。
言葉は足りず、感情だけが先走っただけの、情けないだけの告白。
でも、理解も出来ない責任を背負う“無責任さ”だけは、嘘をついて背負えるとは言いたくなかった。

「――――」

しばらくして、那津音さんは顔をあげた。
那津音さんは何も言わなかった。
でも、那津音さんの幸せに満ちた微笑みが、何より確かなモノだった。

「那津音、さん・・・・・・?」
「・・・・・・ゆーくん」

納得したのか。
満足のいく答えだったのか。
それらを確かめる術はなく、――――――それ以上のモノを、那津音さんは返してくれた。

「私、式守那津音は・・・・・・小日向雄真さんを、心から愛しています」

触れ合う指先は、いつしか絡まり、
混じる吐息は憂いを帯びた熱となる。
頬を染めた那津音さんは、小さな、消え入るような声でそっと―――――

「雄真さん・・・・・・私と、結婚を前提に、お付き合いしてくれますか・・・・・・?」

続きを言わせることはなく、
口を唇で塞ぐことで、返事をする。
それでも、言葉にしないといけない気がした。
離れた唇は、それでも距離を空けず、触れ合う程の距離のまま。

「――――もちろん、喜んで」

那津音さんの全てを受け入れる、“覚悟”の言葉を示していた。


こうして、この日。
俺の何かが確実に変わった。
那津音さんという女性を背負う覚悟。
そして、選んだ以上、他の彼女たちにケジメを示す覚悟を。

―――――いつの日か。
―――――“あの頃は大変だった”って、笑い合えるように。
―――――俺は自らの意志で、彼女たちの想いを、切り捨てる。
―――――みんなが、ちゃんと前に進むためにも。

325七草夜:2013/11/17(日) 22:35:48


 この公園は、ある意味始まりの場所だった。
 この場所で魔法を使ったのが小日向雄真という存在のルーツだ。

 あの日、春姫を助けるために魔法を使わなければ、今の「小日向雄真」という存在は生まれなかった。

 

 これは一つの関係の終わりの始まり。
 そして新しい未来への始まりの終わりだ。



『はぴねす! リレー小説』 No,157「Re:set of Hppiness」―――――七草夜



「お待たせ、ちょっと遅れてゴメンね」
「こんな所に呼び出して何の用なのよ?」

 その日その時、雄真は二人の少女を呼び出した。
 神坂春姫と柊杏璃。この場所で出会った少女と、この場所で告白された場所。全ての始まりの相手と、全てを変えた相手。
 この二人に、真っ先に話を通すのが筋だと彼は最初から思っていた。

「……二人とも、これを見て欲しいんだ」

 雄真は二人の前に手を広げ、ソレを見るように促す。
 そう言われて二人の注目も当然そちらに移る。


 ――無地の色のクレヨンを。


「あ――」

 一瞬春姫は悲しげな表情をし。

「うぼぁあぁああぁぁっぁああああぁ!!!」

 杏璃は真っ赤にした顔を慌てて隠した。
 二人とも、あの瞬間の『夢』を現実に取り戻したのは誰の目に見ても明らかだった。

「雄真君……」
「ち、違うの! あれ本音だけどそうじゃないの! 雄真の事大好きだけど違うから! 心の内全部曝け出したけど誤解だから!」

 直前の雄真との会話を思い出し、雄真が何故自分達の記憶を戻したのか既に察している春姫。
 直後の雄真への告白を思い出し、今更になってそれが恥ずかしく思えて暴走している杏璃。
 地味に酷い温度差だった。
 何かを言いたそうにする春姫と未だ暴走する杏璃を雄真は手で制する。

「皆の記憶を消したのは俺じゃない。けど、悪かった。俺はその状態に甘えて答えを今までずっと先延ばしにしていた。そして今二人にその記憶を戻して改めて言わせて貰う」

 そこで一度、言葉に詰まる。
 言わなくてはいけない。
 覚悟はしていたはずなのに、それを口にするのがどうしようもなく怖い。
 ……だが。

『曖昧にするくらいなら、いっそ振って頂戴。でないと私は前に進めない』

 あの言葉を思い出す。
 これは決して傷付けるだけじゃない。
 皆が前に進むために、必要な儀式なのだ。
 だから――雄真は頭を下げてその言葉を口にする。


「――ゴメン、俺は君達とは付き合えない。俺は那津音さんと付き合うことにした」

326七草夜:2013/11/17(日) 22:36:35

 カシャンと、頭の中にずっと辛うじて繋がっていた均衡がついに粉々に砕けちった音がした。

 言ってしまった、と雄真は思う。
 言う事ができた、とも雄真は思う。

 必要なことだった、と納得しようとする。
 でも彼女達を傷付けた、とも考えてしまう。

「……そっか、やっぱりそうなんだね」

 幾ばくかの間を置いて、先に気を取り戻したのは、やはりというべきか春姫だった。
 彼女は、最初から知っていたミサキを除いて唯一真っ先に雄真の想う先が分かっていた。
 ずっと好きだったから、ずっと見ていたから、だから彼女にだけはもう最初から分かっていたのだ。
 その覚悟も、あの時から出来ていた。あの時、一度「ごめんなさい」と言われた時から。

「……」

 一方の杏璃は顔を思いっきり伏せていた。
 感情表現が最も豊かな彼女の、その表情が一切分からない。
 それはとても怖い事なんだと雄真はこの時、初めて知った。
 更に幾秒かして、杏璃は顔を上げ――


「なーんだ、そうだったんだ!」


 笑顔で、そう言い放った。

「……え?」

 そんな呟きをしたのは雄真なのか、春姫なのか、あるいは両方だったかもしれない。
 ただ杏璃はいつも以上に明るい笑顔で、笑っていた。

「全くもう……深刻そうに言うから何かと思ったじゃないの!」
「……怒らない、のか? なんで笑うんだよ……なんで!」

 怒られた方が気が楽だった。悲しまれるよりかは罵倒された方がいい。
 だというのに彼女は笑っている。それが理解できなかった。

「……分からない? 雄真、アタシは前にアンタに言ったはずよ。生憎思い出したのは今だけどさ」

 そう笑いに苦味を多少含ませながらも格好付けながら言い放つ。

「アンタが今、那津音さんの事が一番だったとしても未来の事までは分からない。永遠にあの人を好きでい続ける保証はない。アタシだって今日のアタシ以上に明日アンタを好きでいるとも限らない。この勝負は、今この瞬間に決まるものじゃないもの」

 言われてみれば、その通りではあるだろう。
 こうして自分達の関係が変化した以上、先にある那津音との未来も変化しないとは限らない。
 それこそ、彼女にはまだチャンスはあると言って良い。

「アタシはこの恋愛に悔いを残したくない。だからアタシはアタシの気持ちが変わるまで、アンタに好きになって貰うよう努力し続けるだけよ」
「……杏璃らしいな、それは」

 今好きな人を好きでい続けられるか、それとも彼女に惚れることになるか。
 彼女は振られた今もなお、その勝負を続けているのだ。

「言っておくけど、アタシは結構しつこいからね! アンタが見惚れるくらいの良い女になってクラッときても知らないわよ?」

 冗談めかして言う杏璃のその言葉に雄真は思わず軽く笑ってしまう。
 なんていう清々しさなのだろう、思わず彼女の心を羨ましく思えてしまった。

「……そっか。じゃあ、私にもまだチャンスはあるんだね」

 突如、ずっと黙って話を聞いていた春姫も笑顔を浮かべる。

「雄真君って優柔不断なところあるし、油断してたら雄真君のこと奪っちゃうかも」
「は、はは……」

 可愛らしく恐ろしいことを言われて雄真も思わず笑ってしまう。どこか乾いたものではあったが。

「……そんなわけだからさ、アタシ達の事はあまり気にしないで」
「うん、そうだよ。私達は私達で、ちゃんと前に進むから」


「だからね、雄真君」「だから雄真」


「「ちゃんとフッてくれて、ありがとう」」

 二人の言葉に、雄真は無言でもう一度だけ、頭を下げた。

「さーて、お腹空いちゃったし春姫、何か食べに行こ! 今日はやけ食いしてやるんだから! あ、雄真は勿論来ちゃ駄目よ? これからフラれた者通しの慰め合いするから。アンタは精々那津音さんとイチャついてればー?」
「もう、杏璃ちゃんったら……ゴメンね、雄真君。私も今日は色々考えたいから」
「あぁ……分かってる。気をつけて帰れよな」

 引っ張る杏璃に促され春姫は手を振って雄真と別れる。
 その胸のうちはどうあれ、確かにその別れは皆、笑顔だった。

327七草夜:2013/11/17(日) 22:37:54

★ ★ ★ ★ ★ ★

「……もう、雄真は見えないわよね」

 二人で歩く帰り道。笑顔を浮かべた杏璃がポツリと呟く。

「うん、もういないよ」

 春姫はそう答えた。

「もう、声は聞こえないわよね」

 もう一度、杏璃は春姫に尋ねる。
 同じように春姫も返した。

「うん、きっと聞こえないよ。だから杏璃ちゃん――もう我慢しなくて、良いんだよ」

 その言葉が最後だった。


「う……うわぁぁああぁぁぁぁぁぁぁああぁあぁぁ!!!」


 杏璃の表情は途端に崩れ、人目も憚らず大声で泣きボロボロと涙を流し始めた。
 春姫はそんな杏璃の顔を自身の胸元に引き寄せる。自分も僅かに涙を流しながら。

「フられた……ゆうまに、フられちゃったよぉ……!」
「ありがとう……杏璃ちゃん。杏璃ちゃんが頑張ってくれたから、私も雄真君も笑っていられたよ。本当に、ありがとう」

 本当は溜まらなく悲しかった。
 本当はどうしようもなく苦しかった。
 どんな攻撃魔法を食らったものよりも、心が痛かった。

 それでも、悲しげな親友の姿が隣にいて。
 とても苦しそうな大好きな人が目の前にいて。
 無理矢理にでも笑顔を浮かべずにはいられなかった。

 今までどおりの関係が無理だとしても、今までどおりの笑顔が見たいから。
 だから彼女は、折れかけた心を無理矢理繋ぎとめて笑ったのだ。
 自らの心の痛みに、ずっと耐えながら。

「杏璃ちゃんは本当に凄いよ、偉いよ……私なんかより、ずっと立派だったよ……」

 何も言えず泣き続ける杏璃の頭を春姫はそっと撫でる。
 周りは皆、春姫の方が凄いと言い続けてきた。
 魔法にせよ、勉強にせよ、杏璃と春姫が比較された時、必ず春姫の方が持ち上がっていた。

 だけど春姫は知っている。一つだけ、自分が杏璃に敵わないところ。
 何度失敗しても、決してくじけず前を見続けてきた。
 取り柄が無いと自負しながらも決して諦めることのなかったその心の強さに、どれだけ自分が救われたことか。
 今回だって救われた。だから、今だけは、今こそは、自分が彼女を救うのだ。

「大丈夫、一緒にいるよ。私と杏璃ちゃんは、ずっと親友だもの」

 春姫は杏璃を抱きしめて、そう言って微笑みかける。


 二人の少女の初恋が、終わりを告げた。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「――今なら、思いっきり泣けそうだな」

 一人になった雄真が一瞬そんなことを呟くもすぐに顔を振り、パンッと自らの両頬を叩く。
 痛みによって弱気になっていた自分の心を無理やりにでも奮い立たせる。

「どんなに辛くとも、俺に泣く資格はないだろう……それに――今泣いたら当分立ち直れなさそうにないな……俺にはまだ、やらなくちゃいけないことがあるんだから」

 彼にだって分かっている。杏璃のアレが虚勢でしかないことに。
 自分達に苦しみを与えないために、頑張っていつも通りに振舞ってくれたあの心優しさを。
 分かっていてなお、自分は彼女のその優しさに乗っかった。結局、自分は最後の最後まで彼女に甘えてしまったのだ。
 そうと分かっていてなお自分は終わらせなければならなかった。
 皆を新しい道に向かわせ、そして自身も過去とのケリをつけるため。

 人は学び、成長する。成長とは変化、変化無くして成長はありえない。
 変化を恐れ、現状への過度の執着依存はいずれ倦怠する。
 熟れ過ぎた果実が腐り落ちるように、バランスが安定しきったものは望む望まないに関わらず内側から崩壊してゆく。
 例えどれほど今が楽しくても、人は明日へと向かわなければならない。

 今を変えるのは、とても恐ろしいかもしれない。
 素敵な今がずっと続けば、そう思ってしまうのは罪ではないだろう。
 だが、そう思って立ち止まることは、罪なのだろう。

 だって、明日はもっと素敵な日なのかもしれないのだから。

 だから、立ち止まれない。
 立ち止まってなど、いられない。

 ――この別れと痛みは、そのための約束なのだ。


「……さて、俺も何か食って帰ろうかな」

 そんな呟きが風と共に消えていった。

328Leica:2013/11/21(木) 23:37:56
はぴねすりれー 158 Leica



「おっ、雄真じゃねぇか」
「何でこのタイミングでお前が出てくるんだよ!! 空気読め空気!!」

 空を見上げながら「何か食って帰ろうか」と呟いた瞬間これである。
 ここはカメラワークが徐々に空へと向いた後、ゆっくりフェードアウトしていく場面ではないのか。
 いや、そんな場面だったはずだ。
 それで『翌日……』とか、そういう展開になって然るべき場面だった。
 間違いない。
 そんな状況下でも平気でぶち壊してくるのがこのハチという男なのだ。

「な、なんで登場からいきなり怒鳴られてるんだ? 俺」
「さあ、貴方何か雄真にしたんじゃないの?」
「してねーよ!!」

 ……準も一緒だった。
 もういいやどうにでもなればいい。
 潤み始めていた目頭を、二人に気付かれないようそっと拭う。

「俺ら飯でも食って帰ろうかって話になってたんだが、一緒に行かねーか?」
「すももちゃんがご飯作ってくれているなら遠慮しとくけど」

 二人から呑気な提案が漏れる。

「そうだなぁ……」

 誘いにのっておくか。
 たった今、二人の女の子を振ってきた奴の考えることじゃないかもしれないが、
今のこの沈んだ気持ちを落ち着かせるには、こいつらと馬鹿騒ぎした方がいいかもしれないと思った。

「じゃあ、一緒に行こうかな」
「おっしゃ!! そうこなくちゃな!!」
「わぁい!! じゃあハチはもういらないわよ、お疲れ様!!」
「おう!! お疲れ様ってなんでじゃあ!!」

 ハチが叫ぶ。
 いつも通りのアホな会話を聞いて、何となく心の中が穏やかになるのを感じた。

329Leica:2013/11/21(木) 23:38:32




 のだが。

「で、何があったの?」

 不意打ち過ぎるのその問いに、雄真は危うくドリンクバーのグラスを取り落としそうになった。

「……、……え、何の話?」
「……それで誤魔化せると本気で思ってないわよね?」

 とぼけるにしても、少々間が開きすぎてしまったらしい。
 準の目がジト目に変わったのを見て、俺はしらばっくれることができないと瞬時に悟った。

「雄真。貴方、自分が思っているほど今の感情をうまく隠せていないわよ」

 顔に書いてあるもん、バレバレ。と、準が苦笑する。

「何だよ、悩み事か」

 メロンソーダをストローでちゅーちゅー吸いながらハチが言う。
 対して表情は真面目だ。
 こういう時だけ真面目な表情をしてくるのは反則だと思う。

「えーと、だな」

 ただ、待ってほしい。
 この二人にいったい何を相談しろというのか。

 春姫と杏璃を振ってきて、ちょっと落ち込んでます。
 とでも言えと?
 馬鹿か。言えるわけがない。
 どれだけ情けない奴なのか、という以前に、あの二人に顔向けができない。
 あの二人は俺よりも遥かにキツイはずなのに、笑顔で別れてくれたのだ。
 その気丈な態度に対する回答がそれじゃあ、後ろから刺されたって文句は言えないだろう。

「俺らでよければ相談に乗るぜ」

 だからそんな真顔で言うんじゃない。

 かと言って。
 那津音さんと付き合うことにしたから、みんな順番に振っていくことにしたんだ。
 これからのことを考えると、ちょっと憂鬱でさ。
 とでも言えと?

 ……。
 うん。死んだ方がいい。
 もし俺の近くにそんなことを言う奴がいたら、とりあえず殺すだろう。

 ていうか準ならともかくハチにこの関係の相談ってどうよ。
 年がら年中彼女に飢えているこの男に、多すぎる彼女候補を削っていく宣言してどうする。
 どこからどう見ても自慢にしか聞こえない。それも相当嫌味な部類の。
 まともなアドバイスが聞けるとは思えないし、そもそもこれは俺が自分で片付けるべき懸案だ。
 他人の意見を借りるのは止めておいた方がいい。

 どうやらこいつらと飯を食いにきたのは失敗だったようだ。
 いかに話題を逸らし、飯を食って帰るか。それが重要だ。

 この場をどう切り抜けるか。
 考えろ、小日向雄真。

330八下創樹:2013/11/24(日) 22:40:00

「まぁ大方、女の子をフッて凹んでるんでしょ」
「ゴフッ!?」

だって言うのに、なんだってそうアッサリ核心を突いてくるのか、コイツは!
空気を読むのも程がある!


『はぴねす! リレー小説』 その159! ――――― 八下創樹


「な、なんで・・・・・・?」
「だって、雄真が今までに見た事の無い顔で凹んでたから。もしかしたらーって」
「くっ・・・・・・」

カマを掛けられたってことですか。
まぁこの際、バレてることに関しては仕方ない。
仕方ないのだが、

「・・・・・・ほぉう?!」

メロンジュース入りのカップを握り潰しているあ奴(ハチ)をどうすれば・・・・・・っっ!!

「・・・・・・まぁねぇ、ようやく決断したことはイイと思うけどサ」
「雄ぅ真ぁ!! テメェ! 誰をフったってんだぁ!?」
「相当、贅沢な悩みの部類よね。もうプレイボーイさながらの」
「まさか初っ端から、姫ちゃんとか杏璃ちゃんとかじゃあ、ねぇだろぅなぁっっ!?」
「あはは。いきなりダブルでフってたら、さすがに引くわー」
「・・・・・・」

言ってることは通じてないようで、その実しっかりツープラトンされてる辺り、どうかと思う。
というか、なんだこれ。
新手のイジメですか?

「・・・・・・、・・・・・・」
「ねえ、雄真」
「なぁ、雄真」
「「なぜ目を逸らす?」」

察してください。
というか、こうなるだろうって解ってたから、どうにか誤魔化そうとしたのに。
あ、だめだ。
さすがにメンタルが持ちません。

「・・・・・・うぅ」
「あらー? どうして涙声?」
「歯ぁ喰いしばれやぁぁっっ!?」

非難轟々。
それでも、ノリでも謝らないのは、謝る必要がないから。
というより、謝ってしまうと、春姫と杏璃に“したこと”そのものに詫びることになるから。
それだけは、どうしたってしちゃいけないから。

「――――まぁ冗談だけどね」
「――――へ?」

途端、声のトーンが戻って、思わず顔を上げる。
そこには、何事もなかったかのようにパスタやハンバーグを食す、準とハチが居た。

「へん! ハーレムな状況を作るからだろーが! 悔い改めやがれってんだ!」
「・・・・・・えーっと?」
「まぁ、ハチは嫉妬成分多すぎだけどね」
「へん!」

状況がイマイチ理解できない。
なんだというのか。
八つ当たりでもしに来たと言うのか。
いやまぁ、あのメンタルにガチにくる陰湿イジメは勘弁願いたいですが。

「なんだよ・・・・・・マジで驚いたぞ」
「それだけ思うところがあったのよ〜?」
「それで? そうなってるってことは、誰かに決めたのかよ?」
「・・・・・・ああ。っていうか、ずっと前から決まってた、っていうか・・・・・・。でも、決めたんだ」
「・・・・・・ふぅん」

準が意味深に頷く。
合わせてハチが視線を逸らしつつ、ご飯を掻っ込んでいた。

「・・・・・・」

こういう時、俺たちは解っていた。
敢えて言わないだけで、言葉にしないだけ。
でも、それを敢えて問い詰めることはしない。
奇妙な偶然から成り立った、俺たち3人の友情。
それを察したから、俺は何も訊かず、いつものように雑談をきりだした。

331八下創樹:2013/11/24(日) 22:42:35

―――――それから、雄真は先に帰っていった。

残された私とハチは、ドリンクバーのドリンクをチビチビと飲んでいた。
まるで場末の酒場みたいだ。

「・・・・・・まさか、那津音さんとはねぇ」
「姉さん女房ってやつかー。・・・・・・以外と雄真には合ってるかもな」
「・・・・・・」

ハチの言葉に、なんだかイラっとする。
けど、それこそ八つ当たりでしかないので、ぐっと堪える。

「ところでよ、準は告らねーで良かったのか?」
「ごふっ!?」

だって言うのに、どうしてこういう時に鋭いのかハチは!
ここは空気を読んでそっとしておいて欲しい!

「・・・・・・突然、何言い出すのよアンタは」
「いや、この機会に言うんじゃねーかと思ってたんだが」
「・・・・・・別に、いいわよ」
「ほーん? まぁ準がそう言うなら別にいいけどよ」
「・・・・・・そういうハチこそ、雄真にかなり嫉妬してたんじゃないの?」
「んー・・・・・・」

ドリンクの氷ごと飲み干して、ガリガリと噛み砕くハチ。
なんていうか、考え事してるのに、ここまで何も考えていないように見えるのも珍しい。

「まぁ、そうだけどよ。雄真があそこまでガチで凹んでるんだぜ? するわけねーだろ」
「うん・・・・・・そうよね」

静かに納得して、グラスに残ったオレンジジュースを飲みほした。
なんだろう。
別に、全然、まったく、本気で、そういうつもりはないけれど。
ハチと話してると、なんだかホッとしてきた。


―――――本音を言えば、言いたい気持ちもあった。
―――――雄真からすれば冗談だろうけど、私には確かな本気が含まれていたから。

でも、それを今の雄真に言うのは酷だった。
那津音さんを選び、だからこそ曖昧な他の女の子たちとの関係にケリを着けると。
自分より、誰かを傷つけることを嫌う雄真だから、その苦悩は計り知れない。
なのに、そこに私まで告白してしまっては、その“負責”を更に背負わすだけだ。
それこそ、ハチが言ったように、私たちはそんなこと、するわけがないのだから。

「あ〜あ・・・・・・しょっぱいなぁ」
「いいじゃねーか、しょっぱくて。俺は激痛だったんだぜ?」
「・・・・・・っぷ、何よソレ」
「いや、振られて顔面ひっぱ叩かれたからよ」

ハチの痛々しいフラレ話を訊きながら、新たに淹れてきたコーヒーを口に運ぶ。

―――――在りし日の面影を思い出しつつ、
―――――私、渡良瀬準の初恋は、こうして終わりを迎えた。

332名無し改め叢雲の鞘:2013/11/28(木) 23:56:05


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 160  by叢雲の鞘


「あ、兄さんお帰りなさい」

ハチたちと別れ、家に帰り着いて早々にすももと遭遇してしまった。

できれば誰とも会わずにそのまま寝てしまいたかったのだが、神様は逃げることを許してはくれないようだ。

「あぁ、ただいま」

「帰りが遅かったので私とお母さんは先に食べたんですけど、兄さんはどうします?要るなら今から温めますけど」

「いや、ハチたちと食べてきたからいいや」

「そうでしたか。でも兄さん、お夕飯がいらないときはちゃんと連絡してくださいね」

「あぁ、すまん」

「……あの、兄さん?」

「ん?」

「なにかあったんですか?元気がないみたいですけど」

「分かるか?」

「分かりやすいですから。それに、兄さんのことですし」

「…………」

「兄さん?」

あぁ……自業自得とはいえ、本当に神様は残酷だ。

「そうだな。……なぁ、すもも。少し話があるんだが、いいか?」

「いいですよ。……あ、そうだ。なら先にお風呂に入ってきてもらえます?洗濯もありますし」

「分かった。俺も風呂に入りながら、話すことを整理しておくよ」

「はい。では兄さん、また後で」

「あぁ」

すももと別れて、俺は風呂場へと向かった。

333名無し改め叢雲の鞘:2013/11/28(木) 23:58:22

「すもも、入っていいか?」

「はい、どうぞ」

風呂から上がった俺はすももの部屋に来ていた。

「それで、話ってなんです?」

「……その前にコレを見て欲しい」

そう言って、俺は手に握り締めていたものをすももに見せる。

「これは……クレヨンですか?」

「あぁ」

そう、先ほど春姫と杏璃にも見せた無地のクレヨンだ。

「あ…………ああ、あwすおgfらkbれ!?」

すもももあの時のことを思い出したのか、顔を真っ赤にして慌てだす。

「あああ、あのででですね、兄さん!あのと、時の事はわわわ……」

「……なぁ、すもも」

「ひゃい!?」

「俺、小日向の家に来れて本当に良かったと思ってる。母さんやすももと家族になれて本当に良かった」

「……はい」

「すももに好きだって言われて、照れくさかったけど嬉しかった。けどな……」

「…………」

「俺にとってすももは家族であり“妹”なんだ。今までも、そしてこれからもずっと…………だから、ごめん」

自分の気持ちを素直に口にして、頭を下げた。

「……やっぱり、そうでしたか」

「あぁ。……すまん」

「謝らないで下さい。……相手は那津音さんですか?」

「そうだ」

「……なら、那津音さんは私のお義姉さんになるんですね」

「ん?……ま、まぁそうなるだろうな」

「そうですか……」

「…………?」

「なら私と伊吹ちゃんは親戚に……姉妹になるということですね!!!」

「は?」

334叢雲の鞘:2013/11/28(木) 23:58:59

「あ〜〜、私が伊吹ちゃんのお義姉さんになれるんですね!!」

いや……確かに俺が那津音さんと結婚できれば、伊吹は俺の義妹になるわけだが……すももが伊吹の義姉になるとは限らないんだけどなぁ(汗)

「感激です〜〜〜♪」

「あの、すももさ――コンコンッ――……ん?」

目をキラキラさせるすももへの反応に困っていると、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「誰……って、母さんしかいないか」

扉を開けると

「やっほ〜〜☆」

案の定、母さんだった。

「お帰り、雄真君」

「あ、あぁ……ただいま」

そういえば、帰ってすぐに風呂場に直行したから母さんとは会ってなかったっけな。

風呂場からもここに直行したわけだし。

「なにか用?」

「うん。もう夜も遅いから、そろそろ寝たほうがいいんじゃないかと思って」

「ん?あ、あぁ、けど…………」

ちらりとすももの方に顔を向ける。

変にテンションが高いすももだが、それが強がりだというのは百も承知だ。

伊達にすももの“兄”をやってたわけじゃない。

「人の心配より、まずは自分の心配をすべきだと思うわ。すももちゃんのことはお母さんに任せておきなさい」

……敵わないなぁ、って思った。

どうやらお見通しのようだ。

「分かった。それじゃぁ、おやすみ」

「うん、おやすみなさい」

部屋に入ってくる母さんと入れ違いに部屋の外に出る。

扉を閉めると、程なくしてすすり泣く声が聞こえてきた。

俺はその声をしっかりと胸に刻み付けると、自分の部屋へと足を向けた。

335名無し@管理人:2013/12/01(日) 17:50:42
はぴねす! リレーSS その161――名無し(負け組)

 家族に那津音さんと付き合うことになったことを報告してから一夜明けた。
 いつもなら、目覚ましが鳴ろうがある程度騒がしくても起きられない俺だったんだが、今日はアラームをセットした時間よりも早くに目が覚めた。
 その上、眠気もだるさも全く感じられなかった。
 しかし、気分はあまり良くない。
 春姫、杏璃、すもも。
 俺が那津音さんと思いを通わせたことで、辛い思いをさせてしまった彼女達の笑顔が脳裏に浮かんだ。
 罪悪感は感じている。
 だけど、後悔するつもりはない。
 してはいけない。
 自分の本心に嘘をつくことになるし、那津音さんにも好きになってくれた女の子達も侮辱することになるからな。
 だから、前を向いて進もう。
 近い未来、俺と那津音さんが祝福の鐘の音を聞けるように。
 改めてそう決意して、俺は制服に着替えて、部屋から出る。

「あ……」

 すると、階段を降りようとしたところで、俺を起こそうとしていたらしいすももと鉢合わせすることになった。

「……」
「……」

 兄妹の間に、沈黙が走る。
 昨日、フッたばかりだし、すすり泣く声も壁越しに聞いていたし、元にすももの目元が微かに赤いし、ちょっと気まずい。
 とは言っても、これからも家族なんだから、無言で無視するわけにもいかないしな……。
 どう反応するべきか、迷っていたら、妹は満面の笑みを俺に向けてくる。

「おはようございます、兄さん♪」
「お、おう……おはよう」

 何故、そんな笑顔を浮かべられるのだろう。
 俺が戸惑っていることも意に介さず、すももは笑顔を浮かべたまま、再び口を開く。

「休みでもないのに、わたしが起こすより先に起きるだなんて、今日は雪が降るかもしれませんね♪」
「……そんなわけないだろ」
「あはは、冗談ですよ。でも、できることなら、明日からもわたしが起こさなくても起きれるようにしてくださいね」
「まぁ、善処する」
「頼みますよ? ――いつまでも、わたしが兄さんを起こすことができるわけじゃないんですから」
「……ああ」

 いつまでも俺を起こせるわけじゃない。
 このすももの言葉で、改めて妹を失恋させたことを自覚した。

「それじゃ、もう朝ごはんの用意はできていますから、早く降りましょうか」
「おう」

 俺達は、並んで階段を降りていった。
 そして、取り留めのない世間話をしながら、朝ごはんを平らげ、見出しなりを整えて、2人で家を出た。
 何の変哲もない、いつもの日常光景。
 でも、違うものになっていることも確かだった。

336叢雲の鞘:2013/12/08(日) 00:10:53
那津音さんに改めて告白してOKをもらい、春姫、杏璃、すももを振った。

そのことで日常の光景が大きく変化してしまうのではないかと不安になっていた部分もあったが、さして大きな変化は見られなかった。

いつものようにすももや準たちと登校し、学園でも春姫や杏璃とは今までと変わらない様子で話した。

昨日までとたいして代わり映えのしない日常。

曖昧であったものがはっきりとしたカタチを持っただけ。

昨日までと同じようで、それでいて昨日までとははっきりと違う日常がそこにはあった。


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 162  by叢雲の鞘


神様というのは本当に厳しい性格をしているようだ。

みんなとの関係に白黒を付けると決めた時から、謀ったかのように次々と機会が訪れてくる。

まるで急かされてるかのように……。

「雄真殿……」

SHRが終わると、信哉が俺の机にやってきた。

「話がある。昼休みになったら時間を作ってもらいたい」

いつになく真剣な目つきの信哉。

おそらく話の内容は……。

「沙耶ちゃんのこと、か?」

「然様」

「わかった。……けど急だな?前の事で散々説教を受けたと思うんだが」

「あぁ……しかし、急を要する事態が発生したのでな」

「急を要する事態?」

なにかあったのだろうか?

「(…………あ!?)」

もしかして……。

「昨日のことだ。ご帰宅なされた那津音様がとても上機嫌でな。それはもう幸せそうな雰囲気でいらっしゃったのだ」

やっぱり。

「何をするにも鼻歌を歌いながらでな。理由はわからぬが、俺の直感がただ事ではないと判断し、事を急がねばと思ったのだ」

「そ、そうだったのか」

な、那津音さ〜〜〜〜〜ん!?

「そういうわけだ。雄真殿、沙耶とのこと色よい返事を期待しているぞ。子どもの名前ももう決めているのだ」

そう言って、信哉は自分の席へと帰っていった。

……春姫たちを振った時とは別の意味で憂鬱だ(汗)

337七草夜:2013/12/14(土) 04:51:00

 答えを出す、と約束した。
 納得して貰えないかもしれない、それでも自分で考えて決めてみせると告げた。

 信哉はあの時からずっと待ってくれていた。
 煮え切らない俺に態度に、それでも沙耶ちゃんを好かせてみせると言った。

 ――なら、答えを告げよう。
 
 俺は既に回答を持ってしまっているのだから。



『はぴねす! リレー小説』 No,163「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は」―――――七草夜



「呼び出しておきながらこちらが遅れてすまない、雄真殿」
「気にするなよ、俺も大して待ってないし」

 待ち合わせた場所は屋上。
 もう、ここ最近で何度この場所に来たことだろうか。
 目まぐるしく変化していく日常の中で、この場所は何も変わりはしない。

「さて、雄真殿。早速だが――」
「……その前に信哉、俺から一つ、君に言わなければならないことがある」

 信哉の台詞を遮る。
 黙っているわけにはいかない。
 告げないでいられるはずがない。
 だって、これは、約束だから。

「俺は、那津音さんと――」
「――付き合うことになった、そうだな、雄真殿」

 今度は信哉が俺の台詞を遮った。
 それは、俺がまさに言わんとしていた言葉だった。
 憮然とした信哉の表情に、俺もまたそれほど驚く事はなかった。

「……気付いていたのか、やっぱり」
「雄真殿も那津音様も考えていることが表情によく出るからな」

 話に聞いた那津音さんの事は確かにそうだろう。
 だが自分自身もそうだとは思わなかった。
 結構心に秘めていたつもりだったのだが、俺の心は信哉にすら見抜かれるくらいに分かりやすかったようだ。

「だが……正直そうでなければ、と思っていた」

 嘘だと言って欲しかったと。
 出来る事ならば信じたくなかったと。
 信哉の表情はそう語っていた。

「……俺は一手、遅れてしまったのだな」
「正直、沙耶ちゃんにもだけど……信哉には本当に済まないと思ってる」

 信哉には本当に色々助けられたというのに。
 あれほどまでに俺の事を、俺以上に評価してくれたというのに。
 俺が返したものは、これだ。
 こんな結果に、謝る以外に何をすればいいのか。

「……信哉の気が済むなら俺は別に殴られても」
「それ以上言うな、雄真殿。そんな事をしたところで何の意味もない。これはただ、俺が遅々としていたゆえにしくじった、ただそれだけの事だ」

 そう言うだろうとは思った。
 今の今まで、皆が皆、俺の事を許してくれた。
 誰も俺を責める人はいなかったから。

「……だが、そうだな。一つだけ恨み言を言わせて貰っても良いだろうか」

 しかし唐突に信哉はそんな事を言った。
 それは、今までに無かった事だった。

「え? あ、あぁ……勿論言ってくれ」

 突然の事に少し驚きながらも続きを促す。
 信哉は頷き、その「恨み言」を口にする。

「もし雄真殿が家族になってくれたのならば、きっと毎日が幸せになると思っていた」

 それは――

「沙耶だけではない、雄真殿という人物が俺の義弟になることで俺にもきっと良い影響を与えてくれると……それが叶わぬというのが、実に残念だ」

 それは信哉の、自分自身の本音だった。
 沙耶ちゃんのためにと行動し続けてきた信哉だったが今の言葉は本当に、自分にとって残念な事だと告げたのだ。
 それを理解した俺は何も言い返すことが出来なかった。

338七草夜:2013/12/14(土) 04:51:35

「……聞いての通りだ、沙耶」

 ふと、突如信哉はその言葉を口にする。
 するとガタンッと屋上の入り口の扉から音がする。
 驚きはしたものの、そこに誰がいるのかは明白だった。

「……沙耶ちゃん」

 扉の影から後ろ姿しか見せないが、そこにいたのは間違いなく上条沙耶という女の子だった。
 俺は近寄ろうとして、しかし隣にいた信哉が無言で手を伸ばして俺を止めた。
 そして変わりに自身が彼女の下へと歩いてゆく。

「……聞いての通りだ、沙耶」

 そうして再び先ほどの言葉を繰り返す。

「雄真殿は、もう既に那津音様を選んだとの事だ。……済まない、不甲斐無い兄で、お前にそのような想いをさせて」
「い……いえ……い、良いんです、兄様……覚悟は……決めて、いましたので……」

 震える肩。
 途切れる声。
 俺はその段階になって初めて、沙耶ちゃんが泣いていることに気が付いた。
 何が原因かなんて、考えるまでもない。

 だけど信哉は最初から気付いていて、だから俺を止めたのだ。
 彼女を受け入れない以上、それはアイツの役目だから。

「分かって……分かっては、いたんです。き、昨日の……那津音様のお顔を見てから……」
「……そうか。本当にすまなかったな」

 そう言って信哉は沙耶ちゃんを抱きしめる。
 そしてその耐性のまま、顔をこちらに向ける。

「雄真殿。申し訳ないが今日はこれにて失礼する」
「……あぁ。俺が言えた義理じゃないけど――沙耶ちゃんをよろしく頼む」
「無論だ。俺は兄だからな」

 自信満々にそう告げ、信哉は沙耶ちゃんの肩を抱きながら扉の奥へと消えてゆく。
 二人揃って消えた屋上に一人取り残され、考える。

「……そうだな、本当に俺と信哉が兄弟になったのなら、毎日が楽しかっただろうな」

 どこまでも真っ直ぐな信哉とそれを一歩引いてフォローする沙耶ちゃんと共に歩む。


 そこに混じって三人で心から素直に笑い合う、そんな未来を想像して、そんな未来を歩んでいた想像の自分が少々羨ましかった。

339TR:2013/12/15(日) 05:07:18
人の告白を断ること、それすなわちフルというものである。
それは勝ち組にしかないことだろう。
なぜなら、告白され、ふるというのであれば、それはモテるという意味でもあり、なおかつ人に好かれやすい勝ち組になるのだから。
もっとも、それだけで勝ち組とか負け組とかを決めるというのは人としてどうかと思うが。
つまり、何を言いたいのかと言えば。

「こうも、人のふり続けるのがダメージになるなんてな」

人の告白を断るというのは、それはかなりの精神的なダメージにもつながる。
相手を悲しませたという事実に、俺は潰されそうになる。
それは、自業自得のような気もしなくはない。
だって、それは相手も同じことなのだから。
いったい俺は、何人の<ruby><rb>少女たち</rb><rp>(</rp><rt>大事な人</rt><rp>)</rp></ruby>を傷つけたのだろうか?
俺はどれほどの傷を与えたのだろうか?

「………今更、だよな」

そこまで疑問を募られた俺は、そう斬り捨てた。
今更なのだ。
それを覚悟の上で、俺は<ruby><rb>この道</rb><rp>(</rp><rt>那津音さん</rt><rp>)</rp></ruby>を選んだのだ。

「さあ、男の責任を果たそう」

そして、この日も俺は動く。
これは俺の身勝手な男のけじめなのだと信じて。


はぴねす! リレー小説―――――TR
第164話「男として」


「小日向です」
「どうぞ」

放課後、俺が訪れたのは占い研究会の部室であった。

「雄真さんが来てくださるなんて、珍しいですね。これはタマちゃんでも降ってくるのでしょうか?」

小雪さんの許可を得て、部室内に足を踏み入れた俺にかけられた声は、あんまりなものであった。

「それ、ひどくありませんか? その通りですが」

尤も、その通りの為に、言い返すこともできないわけなのだが。

340TR:2013/12/15(日) 05:08:09
「それで、どうされたんですか? もしかして、占い研究会に入部を―――」
「違いますから、申請用紙を取り出しながら笑顔で言わないでください」

どこから取り出したのか、部活への入部申請用紙を取り出す小雪さんを、俺は止めた。

「あと、頼みますから、勝手に名前を書いて提出とかはやめてください」
「残念です」

念のためにくぎを刺したところ、小雪さんは本当に残念そうにつぶやくと申請用紙をどこかにしまった。

(本当に書く気だったのか)

釘を刺しておいてよかったと、俺は心の中で胸をなでおろす。

「それでは、どのようなご用件で?」
「……」

小雪さんのその問いかけに、俺は何も言えなかった。
否、言いにくくなってしまった。
それは、俺の弱さ。
覚悟のなさだ。
だから、俺は覚悟をもう一度決めるべく深呼吸をする。

「……」

し終った頃には、小雪さんの表情から笑みは消えていた。
その表情は真剣そのものだった。

「おれは、小雪さんのことが好きだ!」
「ッ!?」

その言葉に、小雪さんは目を見開き息をのむ。
俺はそれに”だけど”と言葉を続ける。
持ち上げて落とすような感じだが、突破口がこれ以外思いつかなかったのだ。
もしかしたら、ほかにもベストな入り方があったのかもしれない。

「俺は、小雪さんとは付き合うことができない」
「……理由をお聞かせいただけますか?」

数瞬の間をおいて、小雪さんが理由を尋ねてくる。

「それは、好きな人がいるからだ」
「それは、私よりも……ですか?」

その問いかけに、俺は無言で頷くことで答える。

「そうですか……」

返ってきた言葉は、たった一言だった。
うつむきながらも悲しみも、怒りも感じさせない無表情の声。
だが、それが俺に恐怖を与える。
底知れぬ恐怖感が背中を伝う。

「あの、小雪さん?」
「………」

無言のまま立ち上がった小雪さんはそばに置いてあったマジックワンドを手にする。

「タマちゃん」
「は、はいな」

無感情の声色に、タマちゃんも慌てた様子で小雪さんのもとに向かう。

「小雪さん、まさか……」
「ええ。雄真さんには、文字通り”星”になっていただきます」

その顔を見たとき、俺は背筋が凍りついた。
表情は無感情。
だが、その表情の裏には底知れぬ冷たい怒りのようなものが渦巻いているようにも思えた。

「女性の乙女心を傷つける者は、星になるんですよ」
「そ、それは初めて聞くんですが」

軽口をたたいているが、頭の中で警鐘が鳴り続けている。
危険だ、このままでは危険だ、と。

(どうする……どうすれば……)

なんとなくわかる魔力のようなものが次第に渦巻いていく中、俺はそれに考えをめぐらす。

「それじゃ、サヨウナラです」

そんな俺をあざ笑うように、小雪さんは無表情のままワンドを振り降ろ―――

341名無し@管理人:2013/12/16(月) 10:04:18
はぴねす! リレーSS その165――名無し(負け組)

「痛ぇ……」

 俺はボロボロになって、芝生に横たわっていた。
 そうなった理由は他でもない。
 乙女心を傷つけられた小雪さんにぶっとばされたからだ。
 ただ、体は節々が痛むが、入院が必要になるような重症にはならず、制服にも傷ひとつない。
 その辺りに、彼女の優しさが感じ取れた。

「情けねぇな……」

 俺は痛みを感じながら、自嘲する。
 心を傷付けた本人から気を遣われるなんて、とんでもなくカッコ悪い。
 けど、そういう一面も、高峰小雪という俺を好きになってくれた女性の魅力だ。
 そのような人から、愛情を向けられたこと。
 そして、その愛情を受け入れなかったこと。
 このことを忘れずに、進もう。
 でも、今は――。

「……しばらく、こうしていよう」

 俺が傷付けた人の痛みを知っておくために。
 多分、俺が今感じている痛みなんか、俺がフッたみんなの痛みと比べちゃいけないぐらいに大したものじゃないだろう。
 でも、俺にとっては、前に進むために必要な痛みだと思った。

「ありがとう、小雪さん」

 俺に痛みを教えてくれて。
 頬をゆるめて目を閉じるのだった。

「おい。独りでに感傷に浸っているそこの男」

 とても冷たい声を聞いて、ハッと瞼を開いて、体を起こす。
 見上げた先には……。

「伊吹」

 出会ったばかりの頃のとても冷たい目をした、妹の親友で、俺の恋人の妹である少女が仁王立ちしていた。

「話がある。面を貸してもらおうか」

 機械のような、感情の篭っていない言葉を聞いて、俺は無言で頷き立ち上がった。
 今まで以上に、厄介な相手だ。
 背中に冷たい汗が流れた。

342叢雲の鞘:2013/12/22(日) 23:57:59

『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 166  by叢雲の鞘


「今朝、教室に登校してきた時のことだった……」

ビサイムを突きつけながら、伊吹が話し出す。

「すももが私の元へやってきてこう言い放ったのだ!!」

『私、伊吹ちゃんのお義姉ちゃんになるんですよ♪だから今度から私のことは“すももお義姉ちゃん”って呼んでくださいね!!!』

すももさ〜〜〜〜〜〜〜ん!?

あれってただの強がりじゃなかったんですね〜〜〜!!!

「昨晩の那津音姉様の様子から薄々感じてはいたが……。まさか貴様に伝えられる前にすももから、しかもあんな訳のわからぬ物言いで伝えられるとは思ってもみなかったわ〜〜〜〜〜〜〜!!!」

そりゃ俺も予想外すぎるわ!?

……てか、伊吹から見てもバレバレだったんだな、那津音さん。

「当たり前だ!!何をするにも鼻唄交じりで終始ニヤついているし、部屋では布団の上で“ゆー君ゆー君”と枕を抱きしめてゴロゴロと転げまわっていたのだからな!!」

うわ〜〜、信哉以上にいろいろ見られてるし(汗)

「……さて、小日向よ。私に通さねばならぬ義理があるのではないか?」

伊吹が唐突に切り出した。

「…………伊吹」

通さぬ義理とはやはりあれしかないだろうな。

343叢雲の鞘:2013/12/22(日) 23:59:18

それを自分から切り出すあたり、伊吹のプライドの高さが見て取れる。

そして、その結末を知っててなお切り出せる勇気に素直に尊敬の念を抱かずにはいられない。

だから、

「俺、那津音さんのことが好きだから伊吹の気持ちには応えられない」

そんな彼女の義兄になろうという俺は、けっしてその姿勢に目を背けてはいけないんだ。

「…………うむ。まぁ、正直なところ悔しい気持ちでいっぱい、だ。だが、那津音姉様が相手なのだから、仕方がない。素直に……しゅ…祝、福……しよ、う…………っ」

身体を震わせながらも気丈な態度を崩さずにいる。

「…………だが、これだけはこ、心しておくが良い。私もまだこの気持ちに当面、区切りを付けられそうにない。初恋、なのだからな……。だから容赦などせぬゆえ、気をつけるが良い。そなたはシスコンらしいからな。せいぜい新たな義妹の色香に惑わされるよう気を引き締めて置け」

そう言って、伊吹は足早に去っていった。

「…………」

最後のは軽口のようなものだろう……本気の可能性も充分ありそうだが。

伊吹の想いをしっかりと胸に刻み込み、俺はその場をあとにした。

344Leica:2013/12/27(金) 20:51:17
はぴねすりれー 167 Leica



「さあ、ラスボスは私よ!!」

 夕日を背に校門前で仁王立ちしていたのはミサキだった。
 ……ラスボスって。
 下校していく学生がチラチラと視線を送ってくる。
 正直、めっちゃ恥ずかしい。

「……ゲームのやり過ぎか?
 悪いんだけど、今日はお前の冗談に付き合ってやれないんだが」
「ほぉう?」

 ミサキが眉を吊り上げた。

「あれだけの猛者たちをリアルにばっさばっさと薙ぎ倒しておきながら、
 自分が勇者である自覚が無い……と?」
「……何の話だよ。俺がいつばっさばっさと、……」

 そこまで考えて、ミサキの言わんとするところに気が付いた。

「そういうことか」
「そう。一通り回って来たんでしょ?
 まさか私のところへ来ないつもりだったとは言わせないわよ。
 プレイボーイさん」

 プレイボーイ言うな。
 でも、……そうか。
 わざわざきっかけを作ってくれたということか。
 こいつもこいつなりに俺を気遣ってくれたのだろう。

「で? 来なさいよ、いつでも」

 ちょいちょいと指で促してくる。
 どうやらあくまでも強気な姿勢でいくつもりらしい。

 足こそ止めてはいないものの、周囲には下校していく学生が多くいる。
 この中で返事をするのか。羞恥プレイもいいところだ。

 ふと、そこで正面に立つミサキに目が行く。
 震えていた。
 下唇を噛み、小さく肩を震えさせている。

 そうか。そりゃそうだ。
 今からする話は、決して良い話ではない。
 そしてそれを、ミサキも既に知っている。

 それでもこうして自分から進んで来たのは、
 彼女の勝気な性格ゆえか。
 それでもこうした場を自分から用意したのは、
 臆病になりそうな自分を奮い立たせるためか。

345Leica:2013/12/27(金) 21:02:18

 ならば。
 俺もその気持ちには精一杯の誠意で応えなければならない。

「ミサキ」
「うん?」

 笑顔で、力いっぱいの笑顔で促してくれる。
 本当にこいつには。

「俺には好きな人がいる」

 頭が、上がらない。

「だから、お前とは付き合えない」

 ここまで来れたのは、こいつのおかげだから。

「本当にごめん」
「うん。知ってた」

 ミサキの答えは、実に簡潔なものだった。
 呆気なさ過ぎて、思わず二度見してしまうくらいに。

「良い顔、するようになったね」
「え?」

 ゆっくりと。
 こちらに歩を進めながらミサキは言う。

「最初のナヨナヨしていた頃が信じられないくらいに、
 良い顔をするようになった」
「……お前の、お前たちのおかげだよ」

 俺だけでは、ここまで来れなかった。
 現状を壊すのに怯え、自分の心を押し殺し、うわべだけの付き合いをして。
 たぶん、取り返しのつかないところまできて、取り返しのつかないことをしていただろう。

「ふふっ」

 ミサキが俺の前に立って笑った。

「……何だよ」
「あーあっ!!」

 くるりと踵を返しながら、ミサキは残念そうな声色で言う。
 
「この男がここまで美味しく育つって知ってたら、
 もっと早くから行動してたのになぁ。
 ……。
 はっ!? そうか。つまりこれはそれを教えてくれなかった兄さんのせいね!?」
「ちょっと待て!!」

 今、この目の前の女はどんな結論を導き出した!?

「みんな振られたのは兄さんのせい。
 そう、そうなんだわ。このやるせなさをぶつける先、ようやく見つけた!!
 兄さんには雄真の代わりに犠牲になってもらう他無いわね!!」
「待て待て待てマジで待って!!
 頼む。ただでさえ不安定なの今の俺の人間関係!!
 これ以上おもしろおかしく引っ掻き回すのやめてくれる!?」

 冗談のように笑うミサキを追いかけて、俺も地面を蹴った。

346八下創樹:2013/12/31(火) 21:03:44
結局、冗談のような逆恨みを解消することなく、ミサキは1人、家へと戻っていった。
さすがに、フッておきながら一緒に帰るなどということはしない。
いくら俺でも少しは成長しているのだ。

「え、と・・・・・・これで全員だよな」

今までフッた人物を実に失礼ながら、指折り数え、確認していく。
我ながら凄い人数の女の子をフッたものである。
それこそ『自爆しやがれ』などと言われてしまいそうだけど、それはそれ。
ちゃんと筋を通し、ケジメはつけることはできたはずだ。
―――――ふと、なんでか気になる点が一つ。
「・・・・・・」
タマちゃんが激突した腹部をなんとなしに摩る。
別に気にしてないけれど、フッた相手で反撃されたのは、小雪さんだけ。
別に気にしてないけど、気にはなった。
はて。
そんなに酷いこと言ったっけ?

『はぴねす! リレー小説』 その168 ――――― 八下創樹

「言いましたよ」
「うをぅ!?」

背後から気配も無く現れるのは、思案中の当の本人、小雪さん。
相変わらず心臓に悪い登場の仕方は、もはや恒例と成りつつある。

「こ、小雪さん」
「驚きましたか?」

驚きましたよ。
登場の仕方よりも、考え事に返答してきたことが。すごく。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

さて、それはそれとして。
やっぱりというか、気まずさは未だにある。
こちらから話題を振るわけにもいかないし、どうしたものか。

「ミサキさん、1人で帰っていましたね」
「え。あぁ、うん。ですね」
「いいんですか?」
「・・・・・・いいんですよ」

それだけで、小雪さんは納得してくれた。
ここまで状況を察することが出来るのが小雪さん。
それだけに、やっぱりあの“やつ当たり”とも言えるタマちゃんの一撃が理解できないんですが。

「――――雄真さん」
「へ。あ、はい」
「その、ですね」
「はいはい」
「・・・・・・すみませんでした」

なんて、主語を抜いて、唐突に謝罪されてしまった。

「え? なんで謝罪?」
「それは、その・・・・・・」

しばし考え込む小雪さん。
やがて、その整った顔立ちの表情そのままに、首を傾げ―――――

「――――なんででしょうか?」
「えー・・・・・・」
「なんていうか・・・・・・とにかく、雄真さんに謝りたかったんですよ。ええ」
「・・・・・・まぁ、いいですけど」

なんだか釈然としないけど。
とりあえず、謝ってもらえたのだから、それはそれで受け取っておいた。
問題は、謝った本人が何について謝っているのかを理解してないことなんですが。



雄真と別れ、1人寮へと足を向ける小雪。
ふと、さっきはああ言ったけど、少し自問自答してみた。
雄真さんにフラれた途端、ほとんど反射的にタマちゃんを構え放っていた。
謝った理由といえば、間違いなくそれについてんだけど。
今思い返してみても、どうしてそんなことをしたのか行動原理が解らないのである。

「――――まぁ、解らないものは解らないということ、ですね」

時間にして3秒。
それだけで、答えが見つからないと悟り、アッサリ考えるのをやめてしまう小雪。

彼女は気づいていない。
小雪が雄真にしでかした行動の理由が、それこそ存在しないことに。
何かに熱中したことがなく、春姫や杏璃みたく、恋に貪欲になることもなかった。
だから、雄真にフラれた言葉を聞いた瞬間、理性を通過して本能が飛び出した。

――――彼にフラれたことが。
――――自分を選んでもらえなかったことが。
――――その悲しさと悔しさ、行き場の無い感情を本人に返してしまっただけ。

それは、感情的になることのなかった小雪が。
感情以上に雄真に魅かれていたことを、何より自分自身が理解していなかったのだ。

―――――まぁ、つまり。
小雪は実のところ、想像以上に幼くて。
一言で言えば、まったく理由のない、ただの逆ギレに過ぎないということ。
小雪がそれに気づき、雄真に平謝りするのは、それはまた別のお話。

347七草夜:2014/01/06(月) 16:50:11


 終わりはいつか必ずやってくる。

 どんなに楽しくとも、その訪れは避けられない。

 だって、終わりは次の始まりなのだから。


『はぴねす! リレー小説』 No,169「次への一歩」―――――七草夜


 もう、この場所を彼と訪れるのは何度目になるだろうか。
 学校の屋上、その場所に雄真とカイトは並んでいる。
 雄真は柵に背中を預けて空を見て。
 カイトは同じような姿勢でいつものように本を読む。

 特に会おうと言ったわけではなかった。
 約束も何もしていない。ただ、片方が来たらもう片方がたまたまいた、ただそれだけ。
 だけど雄真はこの機会を好機だと思った。

「ミサキを……皆を、振ったよ」

 そして、そう切り出した。
 これまで、それこそ兄のように支えていてくれた彼に、報告する義務がある。

「那津音さんと付き合うことにして、そして皆を振った。今までの関係を、終わらせてきた」

 気を抜けば震えそうな声で雄真はなるべく淡々と告げる。
 自分のしたことに後悔は無い。だけど、何も感じなかったかと言えば嘘になる。
 何せ一つのコミュニティを壊したのだ。他ならぬ、自分自身の手で。
 それが必要な事だったとはいえ、罪悪感を感じられずにはいられない。

「……皆、こんな俺のことを許してくれたよ」

 そんな雄真を、皆は許した。
 勿論、気持ちとしては割り切れないものがあっただろう。
 だけど全員、雄真自身の気持ちを尊重したのだ。
 それが何よりも嬉しく、そして同時に雄真の心に重く圧し掛かる。
 何かを変えるという事は、それまであった何かを失うことだ。
 変化と喪失は表裏一体。雄真は自身が一番に想う人と結ばれたことにより、これまで得た皆との関係を二度と手に入らぬ場所へと追いやったのだ。

「……そうか」

 そんな雄真の内面を知ってか知らずか、カイトは本から視線を上げることなくそう相槌を打つ。
 たったそれだけの一言ではあるが、雄真にもようやくその言葉の中に一つの暖かさがあることに気付いている。
 全ての先を知るこの先輩は、いつだって自分のことを心配してくれていたのだ。それこそ、自分よりも先に。

「悪印象は好印象よりも目立つもの……確かにお前は今までの仲間との関係を失った。だが、本当にお前は失っただけか?」

「――断じて、それはない。それを認める事は、俺以外の皆にも侮辱になる事だ」

 カイトの問いに雄真は即答する。
 その目には、確かな力強さがあった。

「俺は俺がいなくても皆ちゃんと前に進んでくれる事をもう知っている。世界の中心が俺でない事も、今までの関係もいつかは切り捨てないといけない事も。そして俺は皆が歩くためにも俺自身も歩き続けると自らにアンタの前で誓った」

 かつて自暴自棄になった自分が、式守の屋敷で教わった事。
 皆に会えなくて寂しいと思い、だけど世界はそれでも動き続ける事。
 自分が居なくても、皆自分の足でしっかりと歩き続ける事。
 あの6時間の道程の果てに、ハルジオンの咲いた通学路で彼と会った時、雄真は確かに言った。


「歩いて、歩いて、一歩でも先に進む。俺が居なくとも皆が歩いたように、俺が歩くことで皆も再び歩いてくれるのなら――」

 ――それはとても尊いことだ、と。

「……そう、か」

 カイトの読んでいた本の最後のページがめくられる。
 そしてカイトはずっと読み続けていた本をゆっくりと閉じる。
 一つの関係が終わったように、彼もまた一つの物語を読み終えたのだった。

「ならばこれより先、お前は式守那津音と幸福への道をただひたすら歩き続けろ。お前達の歩みこそが彼女達への手向けとなる」

 一つの終わりは、即ち新たな変化の起こり。
 カイトはこの終わりを、一つの方向へと導こうとする。

「もう後ろを振り返るな。お前達はその道に迷いだらけの無様な生涯を歩き続け、先に進みこの退屈な世の中の幸福の華となるが良い」

 それはきっと、他の誰かには出来ない事。
 一人の男として、先輩として、迷える後輩を先導してやる。

「お前達の旅ならば、きっと俺にとっても見応えのある物語となるだろう」

 そう言ってカイトは読み終わった自身の本を雄真に差し出した。

「……カイト」
「俺にはもう、必要のない物だ」

348七草夜:2014/01/06(月) 16:50:43

 それは単に読み終わったから要らないという事か。
 あるいは雄真を『楽しみ』としていた彼にとって、自身の退屈を紛らわす物語はもう必要ないという事か。
 その真意は雄真には分からない。雄真には彼ほど人の気持ちを察する力はない。
 ……だが。

「……そんな事は無いさ」

 雄真はそう言って差し出された本を受け取る。
 そしてそれを鞄にしまうもすぐに別の本をカイトへと差し出した。

「終わらないさ、だって新しい物語が始まるんだ」

「――――……」

 ポンと手に置かれる新しい本。
 それは先日発売されたばかりの文庫本。
 包装は解かれているものの、新品であるものは間違いない。

「それ、今までのお礼。それとこれからもよろしくの挨拶も兼ねて!」

 朗らかに雄真は微笑む。
 男相手だというのに、何故か妙に照れくさかった。

「今までアンタには本当に世話になった。アンタとの出会いが無かったら、多分俺はまだ皆に対する罪悪感で沈んでいた。けどそれじゃ駄目だなんだってカイトが教えてくれたから」

 先行く者として先導してくれたから。
 だから自分もまだ立っていられる。歩く事が出来る。

「これからも俺と那津音さんの日常を精々楽しんでくれよ。歩く速さの旅路だろうけど、それでもきっと、アンタを満足させてみせるからさ!」

 そう言うと雄真は鞄を背負う。 
 渡す物も渡せたので今度は言われたとおり、那津音と一緒に居ようと思ったのだ。

「それじゃ、またな!」

 そう言って雄真は屋上を去っていく。
 と。

「あ、兄さん! やっぱりここに居たのね」

 入れ替わるように妹のミサキが現われた。
 言いたいことが山ほどあるのか、最近彼女は再びよくカイトの周りにいるようになった。
 彼女は未だ言い足りないのか、兄の元へと近付くとふと手元にある本に気付く。

「……あら、新しい本?」
「あぁ――」

 カイトはふと、手にした本を開いてみる。
 間に入っていた栞を手にして彼は笑う。

「……生まれてはじめた貰った、サプライズプレゼントだ」

 ――桜の花びらの模様が入った栞には「Thank you」の言葉が入っていた。

349Leica:2014/01/12(日) 00:04:29
 とんとんとん、と。
 階段を上る軽やかな音が聞こえる。
 閉じた視界に、うっすらと柔らかな光が射しこんでいることを自覚する。
 徐々に、徐々に。
 意識が覚醒していく。
 うっすらと目を開いた瞬間に。

「おはようございますっ!! 兄さんっ!!」

 何かが終わり。
 何かが始まった日。

 それでも世界は、今日も何食わぬ顔で平常運転。



はぴねすりれー 170 Leica



 朝ごはん冷めちゃいますよー、という声に返事をして起き上がった。
 固まった身体を解しながらベッドから降りる。
 その際、昨日寝る前に机の上に置いた本が視界に入った。

 昨日、カイトから貰った本だった。
 結局まだ開いていない。
 タイトルすら見ていなかった。

 他人からしてみれば、
「当然の報い。とりあえずリア充爆ぜろ」的な展開だったとしても、
自分からすればとてつもないことをやり切った感触だった。

 だからこそ、昨日は速攻で寝てしまったのだ。
 パジャマを脱ぎ、学ランへと手を伸ばす。

 気持ちの良いぬるま湯から抜け出すことが、
あれほどに大変で、心絞めつけられるものだとは思わなかった。

「終わったんだな」

 思わず、そう呟いてしまう。
 見当違いな発言なのは分かっている。
 確かに、自らへと好意を寄せてくれていた女の子たちの恋は終わった。
 だが、それを自らの手で終わらせた人間がそれを言うのは間違っている。

 自分は選んだ。
 式守那津音という女性を。
 他の誰でもない。
 彼女をただ1人の人として大切にすると誓った。

 ならば、今日は始まりの日。
 始まったんだな、と言うのが正解。

 それでも。

「……終わったんだな」

 そう呟かずには、いられなかった。

350Leica:2014/01/12(日) 00:05:23



 世界は、今日も正常運転のようだった。



 まるで今日から新しい日常がスタートしたかのような。
 まるで昨日までの日常は決して取り戻せない過去の遺物と化してしまったかのような。
 何か取り返しのつかないことをしでかして、
それでも俺は「後悔はしていないぞ」と必死で自分を取り繕っているかのような。

 アンニュイな気分に浸って。
 勝手に作り上げた雰囲気に浸かって。
 ……そんな感じで今日を迎えたのは、どうやら俺だけらしい。

 すももはいつも通りの笑顔で俺が降りてくるのを待っててくれたし。

 かーさんはいつも通り元気に送り出してくれた。

 登校の最中に、ハチや準と合流して。

 ハチが準にパトリオットミサイルキックをお見舞いされているのをしり目に、学園へ向かう。

 校門前では春姫がにこやかに出迎えてくれて。

 その隣では、杏璃が勝負だ何だと騒いでいる。

 昇降口で占いをやたらと勧めてくる小雪さんを何とか退けて。

 下駄箱で靴を履きかえていた伊吹には、すももが突貫する。

 それを上条兄妹は微笑ましそうに眺めていた。
  
 自然と手を振り、別れる。

 昼休みはOasisで、という約束を取り付けるのは忘れない。

 始業のチャイムは、教室に着いたと同時に鳴りだした。



 世界は、今日も平常運転のようだった。



 教室の扉が、音を立てて開かれる。
 綺麗な銀髪をなびかせて、俺の頭の中からどうしたって離れてくれない女性が現れた。

 彼女は、流れるような所作で教壇へと立つ。
 出席簿を開きながら、笑顔で教室を見渡す。

 ふと、彼女と目が合った。
 頬をうっすらと染めながらも、はにかむような笑みを向けてくれる。

 今まで気にしていなかった自分の鼓動が、急に意識されるようになった。
 どんな表情を返したのか、自分では分からない。
 心臓を鷲掴みにされたような感覚に、ただただ戸惑うだけだった。

351Leica:2014/01/12(日) 00:06:06



 世 界  は   、    ――――、



 そう。
 まだ、何も終わっちゃいない。
 まだ、始まってもいない。

 俺たちは、次のステージへと進んだだけだ。

 今度は。

 俺のことを式守に。
 彼女のことを小日向と御薙に。

 2人の関係を、認めてもらわなければいけないんだ。

352TR:2014/01/13(月) 00:26:19
「よし」

放課後、俺はいつものように席を立つ。
荷物をまとめて帰り支度をした俺は、そのまま教室を後にする。
この日、ハチから声がかかることはなかった。
もしかしたら、俺の動きが早すぎるだけなのかもしれない。
それほど、俺は急いでいるのだろう。

「待て」
「カイト」

廊下を歩いて(と言うよりは半分走っているのだが)いると突然カイトに呼び止められた。
前にもこのようなパターンがあったのではないかと思うが、それを頭の片隅へと追いやる。

「何だよ? 俺、急いでるんだけど」
「彼女ならば、屋上だ。行くといい」

相変わらず先を読むのがすごい。
もう俺が何をするのかお見通しなのだろう。

「サンキュ」

俺は、お礼だけを告げて屋上の方へと駆けだす。
屋上で待っているであろう那津音さんのもとに。


はぴねす! リレー小説―――TR
第171話「覚悟」


屋上に出る扉を開くと、そこには黄昏ている那津音さんの姿があった。

「那津音さん」
「ゆーくん」

俺の呼びかけに、那津音さんは俺の方に視線を向けた。

「式守を継ぐ者として……なにより、男としての覚悟を俺は示しました」
「……分かってるわ。ちゃんと見ていたから」

俺の言葉に、那津音さんはあしらうわけでもなく、疑うわけもなく頷いてくれた。
どうやってなのかは、この際関係ないだろう。

「その上で、もう一度言わせてください」

そして、俺はもう一度あの言葉を那津音さんに投げかける。

「俺は、式守那津音さん、あなたのことを、誰よりも愛しています」
「………………」

その告白で、沈黙が走る。
その時間はわずか数秒程度のことだろう。
だが、俺には数十倍の長さに感じた。

「ふふ」

沈黙を破ったのは那津音さんの笑い声だった。

「こうして、ゆーくんに告白をされるのは何度目かしら?」
「分かりません」

那津音さんの問いかけに、俺はそう答えたが、回数を覚えている。
約三回だ。
俺の記憶違いでなければだが。
最初は、学園で。
次は公園で。
そして、また今回が屋上で。
全ての告白の時とで、状況が異なっている。
告白が一種のターニングポイントのようなものではないかと、俺は感じるようになっていた。
ならば、これで俺は何かが変わるのだろうか?

「前の告白で、課題にしていた式守の名を継ぐ者としての覚悟……確かに見させてもらったわ」

淡々とした、それでいて嬉しそうな声色の那津音さんの言葉に、俺は静かに耳を傾ける。

「周りからの好意全てを切り捨てる。それは並大抵の覚悟じゃできないわ。でも、雄真君はそれをした。相手を拒絶し、たった一人を選ぶために。それが覚悟以外の何物でもない」

那津音さんの言葉が、今では俺の体に染みるようだった。
周りからの好意に胡坐をかいているのが、あの時の俺だったのだろう。
だが、それももう終わった。
自らの手で、その好意を拒絶したのだから。

「だから、私も応えなければいけない。雄真君の覚悟に……私の自分の気持ちに。だから、聞いてほしい」

初めて気づいたことがあった。
夕日で良く見えなかったが、那津音さんの頬はこれでもかというほどに赤かった。
きっと、それは俺も同じなのかもしれない。
視線を右往左往させて、いる那津音さんのそのしぐさは、とても愛らしさを感じさせてしまう。
尤も、それを本人に言おうものなら罰が下ることは確実だが。

「私は、小日向雄真君のことが――――」

そして、俺は那津音さんからその言葉を告げられるのであった。

353名無し@管理人:2014/01/16(木) 23:50:09
はぴねす! リレーSS 172回――名無し(負け組)


「私は、小日向雄真君のことが――」

 俺の目をしっかりと正面から見据えて、彼女がその言葉を口にする。

「――好きです」

 待ち望んでいた言葉を耳にした時、俺の全身が震えて、熱くなった気がした。

「貴方のことを、愛しています」

 そう言って、那津音さんははにかんだ。
 正直、すごい可愛くて困る。
 学校の中じゃなかったら、反射的に抱きしめていただろう。

「一生、一緒にいてくれや……!」

 盛大に噛んだ。

「〜〜〜!!!///」

 恥ずかしそうに顔を真っ赤にして、口元を抑えていた。
 あー、もうっ!
 何で歳上なのに、この人はこうも可愛いんだ!
 堪えきれなくなって、俺は本心の赴くまま抱きついた。
 途端に、女性特有の柔らかさといい香りが伝わってきて、体が熱くなった。

「もうっ、駄目よ雄真くん。ここは学校なんだから」

 口では俺のことを注意しているものの、那津音さんは俺のことを突き放すどころか、むしろ彼女の方からも抱きしめ返してきた。
 ドクンドクンドクン…………。
 互いの心臓の鼓動がとても大きく聞こえてきた。

「すみません。我慢できなくなっちゃって……」
「そう。なら、仕方ないわね」

 那津音さんは満面の笑みを浮かべる。
 俺も思わず頬が綻ぶ。
 何はともあれ、これで本当に恋人同士になった、ってことでいいのかな。
 けど、ここがゴールじゃない。
 終わりは始まり。
 そして、それは永遠に続くのだから――。
 とりあえず、今はようやく掴んだ幸せを満喫しておこう。

354叢雲の鞘:2014/01/20(月) 23:03:59

『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 173  by叢雲の鞘
「魚を咥えたアヴリルを裸足で追いかけるオトハさん」

ようやく掴んだ幸せのスタートライン。

今はただ、それをゆっくり満喫しようと――

「「うふふふふふ」」

満喫しようと――

「さ〜〜て、来週の『はぴねす!』は!」

満k――

「鈴莉です。何年も生き別れていた息子と再会できたと思ったら、その息子が恋人を連れてきたわ。しかも年上。母親恋しさに「ちょ!?鈴莉ちゃん!雄真君には私っていう母おy――」黙ってなさい。母親恋しさに年上趣味に走ったかと思うと複雑な心境です」

…………。

「さて次回は『雄真、交際宣言』、『2人の母親』、『第1次嫁姑戦争勃発』の3本です」

「来週もまた見てね。じゃんけん…ポンッ!うふふふふふふふ」

どうやら、まだまだゆっくりできないらしい。

神様は本当に意地が悪い(汗)

「母さんたちはそこでなにしてんのさ!?てか、なんで『じゃんけん棒』までしっかりと用意してるわけ!?」

そんな雄真の叫びが屋上に木霊した。

355八下創樹:2014/01/24(金) 11:01:19

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・さて」

先程まで聞こえていた、冗談のような予告を振り払う。
というか、限りなく近視感を覚えてならないんですが、しかし。
ともあれ、あの実にノリのいい母さんの言う事は一理ある。
というより、現実的に確かな話である。

「とりあえず、那津音さん」
「なぁに?」
「ここからは、俺たち2人で攻略していきましょう!」
「え? どういうコト?」


『はぴねす! リレー小説』 その174!―――――八下創樹


―――――と、言うワケで作戦会議です。

「あのー・・・・・・ゆーくん?」
「はい? なんですか?」
「私、イマイチ状況呑み込めてないんだけど?」
「・・・・・・」

まぁ、ちょっとノリに乗りすぎたというか。
先程からずっと那津音さんの顔が困惑したままなので、少々反省。
いやまぁ、自分が那津音さんにこんな顔させてる―――――って事実に、なんとも言えない征服感を覚えてたりしたのだが。

「那津音さん。とりあえず現状ですが、俺はみんなとの関係にちゃんとケジメをつけました」
「ええ。私も、私なりの覚悟と誠意でゆーくんに応えたわ」
「そうですね。―――――まぁそういうわけで、残る最後の関門です」
「え? 他になにかあったかしら?」
「――――」

時々、というか常日頃思うのだけど、那津音さんって天然成分が高い。思った以上に。
現に、今でもなんだかほわほわした雰囲気だし。
・・・・・・実は何も考えていないんじゃないだろうか。

「・・・・・・両家の親への挨拶ですよ」
「それってそんなに問題かしら? 鈴莉さんはむしろ後押ししてくれたし、お父様も反対することはないと思うわ」

むしろ必要なのは俺の覚悟です。――――とでも言ってるような気楽さ。
まぁ確かに、母さんはもちろん護国さんは、面識はあっても緊張するけど・・・・・・まぁなんとかなる。
だが、問題はそこではない。

「那津音さん、1人忘れてます」
「え?」
「俺の今の名字、“小日向”ですよ」
「うん? そんなことわかって―――――――」

言いかけて、固まる那津音さん。ようやく事態を理解してくれた模様。
そう、むしろ一番の難敵とは母さんでもなければ護国さんでもない。
音羽かーさんに他ならない。

「え、でも鈴莉さんは後押ししてくれたのに?」
「無理です。というか、その辺りの事情をまるで把握してないと思う」
「・・・・・・鈴莉さんに援護もらうとか、どう?」
「いや、多分無理かと。・・・・・・というか」

無理もない。
いくら旧友とはいえ、那津音さんは解らないだろう。
そのくらいあの相手は、ぶっ飛んでいらっしゃるのだから。

「そういった理屈なんか、まるで通用しないんじゃないかな。多分」
「・・・・・・」

なんていうか、いい意味でも悪い意味でも本能で生きる人だし。
利害なんてどこへやら。
自分のしたいこと、望むことに対して一切容赦が無いのが音羽かーさんである。
そして、その才能を確実に引き継いでいるのがすももだったりする。

「ゆーくん」
「なに?」
「――――作戦会議をしましょう」
「ええ、いい考えです」

何時になく真剣な顔で向き合う俺と那津音さん。
最後の強敵、というかラスボスへの対抗手段を早々に見つけねば。
とりあえず、初めは一番安全パイでもある、母さん―――――御薙鈴莉攻略戦といきましょうか。



―――――この世で一番怖いモノ?
金で動かない人と、自分の欲望に素直な人、それと、天性の魔性を持つ女、この3つ。
それで言うなら、彼女は―――――――全部だ。

―――――小日向大義の日記より。

356七草夜:2014/01/28(火) 23:57:31

 攻略戦、と言っても雄真も那津音も鈴莉に関してはそれほど心配していない。
 先に那津音が言ったように鈴莉は率先して雄真と那津音をくっ付けようと後押しした人物だ。
 元から筋を通せばちゃんと分かってくれる人間であるし、子供である雄真は勿論、同僚である那津音にとっても身近な存在故に難易度は然程高くはない。

 護国に関しても那津音は心配していないが、雄真はそれほど彼と面識がある訳ではない。
 先日の一件で多少の話はしたものの、雄真自身が会った回数は多くないので完全に相手の事を理解できていると言うわけではない。

 なので話を通す順番は鈴莉→護国→音羽という順になる。
 故にまず最初は鈴莉に話を通そうとするわけだが――


 ――ちなみに既に一度話をしたような気がするがそんな事はない。



『はぴねす! リレー小説』 Ep,175「両親攻略戦(オコサンヲジブンニクダサイ)・序」―――――七草夜



「そう、ようやく付き合うことなったの。良かったわね」

 二人が呆気に取られるほどあっさりと鈴莉は二人の仲を祝福した。

「あれ、母さん……? 他に何も無いの?」
「なーに? 何かお祝いでも欲しいの? 駄目よ、結婚する時ならまだしも付き合ったくらいで」
「そうじゃなくて! 俺、もうちょい何か色々言われるんだと思ってたんだけど」
「失礼ながら、私も……」

 確かに鈴莉は二人の仲を最初から応援していた。
 しかし、もう少し何か言われると思ったのだ。
 御薙という血筋も、式守という血筋も決して軽いものではない。
 どちらも優秀な魔法使いとしての血筋だ。
 だから、賛成してくれるにしても何かしらの心構えやら何やらを言われるだろうと二人は考えていた。

「……正直ね、私は二人に家の事とか言っても意味無いと思っているの」
「え?」
「だって二人とも、自分の心が「こうだ!」と決めたら家の事情なんてきっと省みないもの」
「「う……」」

 そう言われてしまうと返す言葉も無い。
 目の前で困ってる人がいて、その人を助ける事が家訓に背くことであったとしても二人は迷わず助けるだろう。

「それにそこら辺はどうせ式守の方で何かしら言われるだろうしね。私の方から二人に対して言う事は何も無いわ。でも……」

 そうね、と一呼吸置いてから

「今後の事は、ちゃんと二人で考えて相談し合って決めなさい。貴方たちはどちらも一人で抱え込む悪癖があるから」

 そう言って笑う鈴莉に雄真は思わず冷や汗を流す。
 自分の事ゆえに心当たりがあまりに多過ぎた。特にここ最近の出来事で。

「勿論、音羽の事もね。あの子の説得もちゃんと自分達でなさい。ちなみに私は手を貸さないからそのつもりで」
「……やっぱり、そうですよね」

 那津音は思わずため息を吐く。
 もしかしたら僅かながらの可能性で協力してくれるのではないか、と期待はしたものの返事は予想通り。
 微レ存は所詮微粒子レベルだった。

「両親の説得にもう片方の親が出るのは拙いから」
「だよなぁ……やっぱちゃんと考えてから話さなきゃ駄目そうだな」

 雄真もまた、隣にいる那津音と同じようにため息を吐く。
 まだ少し先の事とはいえ、気が滅入る。
 引くわけには絶対いかないうえに避けて通ることも不可能なだけに、なおさらだ。

「ちゃんと話せば分かってはくれると思うわよ。ただ理性が納得いかないだけで」
「それが一番厄介なんだと思うんですけど」

 自らの欲望に素直な人間を厄介な人間は居ない。

「でも、こう考えなさいな。貴方達には幸せな報告を出来る親が三組もいる。それはそれで、きっと素晴らしいことよ」
「それは……まぁ」
「そう言われればそうかもしれませんが……」

 確かに見方を変えれば親が多いというのは、幸せなことかもしれない。
 それは大変なことでもあるが、一線を超えれば家族がそれだけ増えるということでもある。
 家族の多さは、ある意味最も分かりやすい幸せの形だろう。

「しっかりしなさい。貴方達が今まで乗り越えてきた困難を考えれば、親への報告なんて軽いものよ。あの子だって反対をしているわけじゃないのだし」
「いや確かにそうだけど。ある意味今までの苦労の方がマシな気分だよ……」
「なら、これも試練だと思うことね。この程度のことも乗り越えられずに恋人同士になんてなれるものか、ってね」

357七草夜:2014/01/28(火) 23:58:21

 そこまで言われてようやく那津音は気付く。

「……鈴莉さん、何か楽しんでません?」
「あら、バレちゃった?」

 鈴莉は鈴莉であっさりとそれを認めた。
 ペロと舌を出す実の母親のお茶目な姿に雄真も呆れる。

「母さん……」
「若い二人の青々しい行動を見て楽しむのも、親の特権よ。貴方達にはまだ分からないでしょうけどね」

 そう言われてしまえば返す言葉も無い。
 自分達はまだ子供なのだから。

「ま、取り敢えず次は式守の方にお許し貰ってきなさいな。まずはお互いの実の両親に話は通さないとね」
「……そうするよ」

 これ以上からかわれるのを避けるためにも二人は席を立つ。
 雄真が先に部屋から出、那津音もそれに続こうとし――

「――那津音」
「はい?」

 鈴莉は那津音に声をかける。
 優しい、親としての顔を見せて鈴莉は那津音に願う。

「雄真君のこと、よろしくね」
「……はい」

 二人は朗らかに微笑んだ。

358Leica:2014/02/02(日) 23:53:01
はぴねすりれー 176話 Leica



「それじゃあ、とりあえずは第一関門突破ってことでいいのかしらね?」
「うーん、まあ」

 那津音からの質問に、俺は曖昧に頷いた。
 親への挨拶という観点から見れば、間違いなく成功だろう。
 母さんは俺たちのことを祝福してくれたし、
 那津音さんの俺の親への挨拶は大成功と言ってもいい。
 しかし。

「突破はしましたけどノルマは達成できませんでしたって感じかなぁ」

 なぜ、鈴莉母さんを最初に選んだかと言うと、
 音羽母さんを説得する上で後押しをしてくれる人が欲しいから、であった。
 しかし、実際にはすっぱりと断られてしまったわけである。

 護国さんは音羽母さんを説得する際、後押しをしてくれるとは思えない。
 というか、2人の接点ってあったっけ? というレベルだ。
 期待はしない方がいいだろう。

 つまり。
 これで俺と那津音さんは、2人の力のみで音羽母さんを捻じ伏せないといけなくなったわけだ。

「順番通りに次はゆーくんが式守に挨拶しに来るとして……。
 援護はして、もらえないわよねぇ」

 どうやら那津音さんも同じ結論に至ったらしい。

「そもそも、音羽さんってこの件に関してどう思ってるのかしら。
 私たちのことを報告したら何て言うと思う?」
「う〜ん。そりゃあ……」

359Leica:2014/02/02(日) 23:54:01

 思い浮かべてみる。
 人懐っこい笑みを浮かべたかーさんが直ぐに浮かんできた。
 そして。

『え〜っ!? 雄真君、すももちゃんを選んでくれなかったの!?
 じゃあもう知らない!! 家から出ていって!! 今すぐに!!』

「いやいやいやいやいや!! それはないでしょう!!」
「どっ、どうしたの!? ゆーくん!?」
「はっ!?」

 那津音さんの声で我に返り、首を振る。
 どうやら俺は想像相手につっこみを入れていたらしい。

 一回落ち着け。
 いくら音羽母さんでもそんな理不尽なことを言ってきたりはしないだろう。
 ちょっと思考がネガティブになっているだけだ。
 そうに違いない。

 心配そうに声を掛けてくれる那津音さんに大丈夫だと伝え、
 もう一度考えてみることにする。

『え〜っ!? 雄真君、年上好きだったの!?
 だったら私を選んでくれれば良かったのに!!』

「いやいやいやいやいや!! それはないでしょう!!」
「だっ、大丈夫!? ゆーくん!?」
「はっ!?」

 那津音さんの声で我に返り、首を振る。
 どうやら俺は想像相手につっこみを入れていたらしい。

 ちょっと本当に落ち着け俺。
 いくらあの人でもまさか自分を売ってくるようなことは――。
 ことは――。
 ……ことは――。

 あるかもしんない。

「はっ!?」

 おかしな方向へと流れだした思考を、無理矢理リセットする。
 変なことを考えるんじゃあない。
 今考えるべきはそんなことじゃないはずだ。

 心配そうに声を掛けてくれる那津音さんに大丈夫だと伝え、
 もう一度だけ考えてみることにする。

『え〜っ!? ふ、ふたりはいつから面白いことになってたのよ〜!!
 私だけ除け者扱いってこと!? 許せない!!
 今更挨拶に来たって遅いんだから!!』

「……」

 ああ、ダメだ。
 何度シュミレーションしてみても、快く祝福してくれる姿が思い浮かばない。
 これは。
 これは……。

「ゆ、ゆーくん?」

 無反応になった俺を心配してか、那津音さんが声を掛けてくれる。
 そちらへ向き直る。

「那津音さん」
「な、何かな?」
「ういんどみるが修正パッチファイルを出してくれるまで待ちましょう。
 このままじゃ攻略できません」
「ええっ!?」

 そう。
 これはバグだ。
 製作者側が攻略不可能のルートを作ってしまったに違いない。

360TR:2014/02/03(月) 05:55:32
結局、あの後予定通りに護国さんに挨拶に向かうこととなった。
パッチと言う名の手ほどきを待っているほど時間は残されていないのが一番の理由だ。
決して、パッチが出る見込みがないからというわけではない。
そうなのだ。

「それじゃ、ゆー君が式守に挨拶に来れるように準備をするから、待っててね」
「はい……分かりました」

とにもかくにも、前に進むことが重要だ。
それは、裏を返せば何も考えていない行き当たりばったりなだけであったりもするのだが。

(まあ、かーさんにどう説明するかとか挨拶をするシュミレートとかをしていればいいか)

反応ではなく、どのように説明するかのシュミレートをすることにした俺は、那津音さんと別れて自宅へと戻るのであった。


はぴねす! リレー小説――――――TR
第177話「人生と挨拶は迷い道」


(とは言ったものの、どういうべきか……)

いきなり”娘さんをください”などと言うほど、俺は命知らずではない。
しかもこの場合の娘さんはいったい誰を指すのだろうか?
一歩間違えると、大惨劇が繰り広げられる。

(とはいえ、遠まわしに言うのもあれだし)

遠まわしで話すのが一番だが、それをやった場合絶対に迷惑がかかる。
なにせ、それはただの”時間稼ぎ”でしかないのだから。

(やっぱり、その場で考えるしかないのか)

それに、これは一種の試練。
護国さんを軽視はしていないが、これを越えなければラスボスと言う異名を手にした人物の前に立つことはできない。

(いやいや、魔法使いで知っていなければおかしい程のすごい家系の当主を上回る存在っていったい……)

ふと浮かんだ疑問を、俺は慌てて振り払う。
確実にハードルを上げる自信があったからだ。

「雄真殿」
「信哉?」

悶々と、答えのないことを悩んでいる俺に声をかけてきたのは、意外にも信哉だった。

「那津音様から、迎えに行くように申し付かったため、貴殿を迎えに参った」
「那津音さんが……なるほど」

信哉の要件に、俺は何を意味するのかを理解した。
そう、これから俺は式守家に挨拶に向かうのだ。
この間、那津音さんが口にしていた準備(おそらくは護国さんに面会のアポを取ることだと思うけど)が整ったのだろう。

「分かった。すぐに荷物をまとめる」
「うむ。俺は廊下で待っている」

俺の返答に、信哉はそう告げると静かにだが隙のない動きで、その場を去っていった。
俺も急いで荷物をまとめると信哉の待つ廊下へと向かうのであった。

361TR:2014/02/03(月) 05:56:48
「なあ、信哉」
「なんだ?」

式守家に向かう中、俺は先ほどから一言も話さずに俺の前を歩く信哉に声をかけた。

「俺は、大丈夫だと思うか?」
「ふむ……何のことを指しているのかが俺には分からないが、雄真殿がそれでいいと思うのであれば、よいのではないか?」

俺の疑問に一瞬考え込むように唸った信哉の答えは、ある意味的を得た物であった。
おそらく、信哉は俺が何を指しているのかを知っている(というよりは見当がついている)はずだ。
根拠はない。
ただ、なんとなくそう感じただけだ。
だからこその返答なのだろう。
”自分自身で考え、決めろ”というメッセージを込めた。

(本当にかなわないな)

秘宝事件の時、敵として対峙することとなった時から、俺は信哉に敵いそうなものを見つけることはできずにいた。
まあ、それで当然なのだが。

(もしかしたら近い将来信哉の弟子になって武術とかを習うことになったり……)

ふと、その光景を想像してみた。
毎朝、俺の家まで出迎えに来る信哉は満面の笑みで俺を連れて森の奥深くへ。
そこで木刀を100回振り、たまに現れるクマと模擬戦(と言う名の実戦)をする。
何気にありえそうで怖かった。
もしそうなったとしたら、俺はおそらく逃げるだろう。
いくら何でもクマと戦うのは勘弁願いたい。

「ところで信哉」
「どうした、雄真殿?」

考えに没頭していたために、気づくのが遅れたが俺は信哉に尋ねずにはいられなかった。

「本当に、こっちの方向であってるのか?」
「うむ。当然であろう。この先に式守家本家のお屋敷があるのだ」

力強く頷く信哉だが、徐々に森の奥に入っているような気がしてならない。
そもそも、前に一度式守家に訪れたことがあるが、このような道を通った記憶はない。

(もしかしたら俺が知らない抜け道とか?)

俺のような一回訪れたようなものにはわからない抜け道なのかもしれない。

(そうだ。そうに違いない。まさか自分の住んでいる場所に行くことができないはずがない……よな?)

俺は信哉の欠点である”方向音痴”の恐ろしさを知っているが、自分の住んでいる場所は大丈夫だろうというある種の希望的観測にすがるしかなかった。

「む!? 雄真殿、この先に試練がある」
「試練ってなんだ……って、おい信哉!!」

突如立ち止まった信哉は俺に向かってそう告げると、突然森の奥の方へと走り去ってしまった。
俺は追いかけるようにして駆け出すのであった。

その数秒後、周囲に俺の叫び声が響き渡るのであった。
人生は迷路のようなものと言うが、本当に迷路のようなところに入ることになるとは………何とも言い難い心境だった。

362名無し@管理人:2014/02/09(日) 18:42:10
はぴねす! リレーSS 178話――名無し(負け組)

 信哉を追いかけて、森の奥へ走っていく。
 全面的にこのクラスメイトの道案内を信じていいのかという気持ちもあるが、式守家の場所を知らない以上、信じるしかない。
 でも……。

「フォォォォォ!!!!!」

 熊と対面することになることは、全く想定してなかった。
 どうしてこうなった。

「ハァァァァチミィィィィィツ!!!!」

 ハチミツって鳴き声だったのか……。
 なんてことに、驚愕していると、木刀を構える信哉がより表情を険しくする。

「雄真殿、来るぞ!」

 信哉の鋭い言葉に、思わず体が強張る。

「ハチミィィィィィッツ!!!!」

 大きな腕を振り上げ、俺に向かって一直線に襲ってきた。

「ッ!?」

 避けないと!
 しかし、体の筋肉がすっかり硬直してしまっていて、咄嗟に動かせない。

「雄真殿!」

 俺と距離があった信哉がクマを止めようとするが届きそうにない。
 やばい、やられる――!
 俺は、せめて命が残っていることを願って、目を閉じた。
 だが。

「危機の際、咄嗟に動けないのは先が思いやられるのう」

 信哉とは違う穏やかながらも威圧感がある男性の声を聞いて、ハッと目を開く。
 すると、俺とクマの間に、見覚えのある妙齢の男性が立っていた。

「久しぶりといったところかな。小日向雄真君。いや――」

 クマを牽制するような体勢を取っていたその人は、クマに背を向け、俺に穏やかな笑みを浮かべる。

「――婿殿、と言うべきかな」

 けれど、彼は確かに他の同年代の人にはないオーラを持つ式守護國さんだった。
 ……信哉の道案内、本当にあってたのか。
 未だに危機的状況には変わりないのに、友人に失礼なことを考えていた。

363叢雲の鞘:2014/02/15(土) 23:58:17

『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 179  by叢雲の鞘


俺は護國さんに連れられ、本家の屋敷へ向かっていた。

え?ハニーベアはどうしたのかって?

……うん、アレはすごかったとしか言いようがない。

ニュースで聞いたことはあったけど、本当に熊を投げ飛ばせる人がいたなんてさ(汗)

思わず『虎殺し』ならぬ『熊殺しの護國』なんて考えてしまったぜ。

あ、本当に殺したわけじゃないからな。……気絶してたけど。

「さっきは助けていただきありがとうございます」

「よいよい、婿殿に何かあれば那津音が悲しむでの」

「申し訳ありません。私が護衛として側についておりながら……」

「うむ、ハニーベアは今の信哉でも容易に敵うものではないゆえ、此度のことは不問に致すが……ゆめゆめ精進を怠るでないぞ」

「は!」

信哉でも敵わないとかどんだけだよ……ってか、よくプルトニウム素材ツアーの時生きてたな俺(汗)

「しかし、婿殿があの様であれば少々先が思いやられるのお」

なぬ!?

「那津音もあれでハニーベアなど片手間で退治できる力量ゆえ、夫婦喧嘩をしようものなら……ゲフンッゲフンッ……あ〜〜式守家の人間はその格式の高さゆえに狙われることもあるでのお。少なくとも危機に瀕した際にすぐ逃げれるくらいにはなっておらんと困ることもあるじゃろう」

なんか恐ろしいことを言われた気がする。特に前半分!?

……那津音さんがアレを片手間で?

ももも、もちろん“魔法で”ですよね!?

後ろ半分については俺も考えていなかったわけじゃないから、すぐに納得できた。

「というわけで、魔法にしろ体術にしろ鍛えていた方がいいじゃろう。魔法に関しては家系的な部分もあるゆえ、御薙鈴莉に任せた方が良かろうな。なので体術に関してはこちらで鍛えてはいかがかな?」

「おぉ!それはいい名案です!なあ、雄真殿!!」

護國さんの申し出に信哉も賛同する。

「そうですね……よろしくお願いします」

そう言って俺は頭を下げた。

364叢雲の鞘:2014/02/15(土) 23:59:40

「うむ、任された」

「雄真殿、俺も可能な限り助力しよう」

「ありがとな、信哉」

「おう!ではさっそく明日から始めよう!3時には迎えに行くゆえ待っていてくれ!」

……は?

「まずは身体を温めるために10kmマラソンだ。そして戻ったら俺と木刀を使っての稽古。学校が終わってからは日が暮れるまで様々な鍛錬をしていくぞ!」

ちょ、ちょっと待て〜〜〜〜!?

「む?どうしたのだ雄真殿?」

「どうしたじゃないだろ!?なんなんだよそのハード過ぎるスケジュールは!!」

「この程度のことへこたれてどうするのだ!そんなことでは天下は目指せぬぞ!」

いやいやいや……。

「まったく……少しは落ち着かぬか信哉よ」

そこに助け舟を出してくれたのは護國さんだった。

「は、すみません。嬉しさのあまり少々取り乱してしまいました」

「まず婿殿は武芸に関しては素人も同然なのだ。その様な鍛錬では婿殿の身体が先に壊れてしまうだろう。お主と同じ尺度で考えてはいかんぞ」

「……申し訳ありません」

「それにすぐさま鍛え上げねばならぬわけでもない。まずは少しずつ身体を作っていくことからじゃな」

「は!」

「それとのお……放課後の時間をあまり拘束してはいかんぞ」

「それは何ゆえでしょうか?」

「それはもちろん、婿殿と那津音が“でえと” ……つまりは逢い引きをするためじゃ」

“でえと”て……。

ちょっと昔の人っぽい物言いにびっくりしてしまう。

「なるほど、それは盲点でした」

「というより、婿殿を独占してみい?那津音がなにをするやら……」

「…………は!?(ガクガクブルブル)」

突然信哉の顔が青くなり、全身が震えだす。

「というわけで、当面は筋トレを中心にして土台をつくるのじゃ」

「わ、わかりました(汗)」

…………うん、護國さんがいて本当に良かった(汗)

365TR:2014/02/17(月) 00:02:57
式守家の婿としての鍛錬の話がこれ以上続くと肝心の話題に入れなさそうなので、俺は話を変えることにした。

「えっと、改めてご挨拶をしても?」
「どうぞ」

そんなある意味無礼な行動をした俺に、嫌な顔一つすることなく護国さんは先を促してくれた。

「では……ゴホン」

俺は一つ咳払いをして自分の心を落ち着かせると、口を開いた。

「式守 那津音さんとお付き合いさせていただいている小日向雄真です」
「うむ……那津音の父親の護国じゃ」

ものすごい馬鹿馬鹿しいというより、もっと他に言うべきことはあるだろうとは思ったが、俺にはそれしか言えなかった。
というよりも、ある意味茶番に近い俺の挨拶に付き合ってくれる護国さんはとてもノリがいい人なのかもしれない。

「して、那津音とは付き合うだけかい?」
「いえ。結婚を考えております」

護国さんの問いかけに、俺はしっかりとした口調で答えていく。
決して護国さんからは視線を外さずに。

「左様か……では、君が式守家の婿になるという覚悟があるととっても良いということじゃな?」
「そう取ってもらっても構いません」

そう答えた俺だが、この答えではまだ不完全な状態のような気がした。

「婿とかそういう形で、俺の気持ちは変わりませんから」
「ほぅ……」

付け加えるようにして口にした俺の言葉に、興味深そうに目を細める護国さん。

「私としては、結婚に関しては反対ではない。先も申した通り、少々鍛錬をしておいてはもらいたいがのう」
「精進します」

まるで念を押されるように言われた俺は、そう頷くしかなかった。
だが、考えてみればそれは当然のこと。
式守家は魔法使いであれば知らなければおかしいほどの名家。
そこの婿になるのであれば、それなりの腕は必要になる。
例え少々抜けているようなところがある那津音さんでも。

(な、何か今殺気が……)

まるで心を読んでいるかのようなタイミングでどこからともなく殺気を飛ばされた俺は、それ以上考えるのをやめた。
でないと俺の命が持たない。

「無論、交際にも賛成じゃから、異論はない」

護国さんはそこまで口にすると”じゃが”と言葉を区切った。

「婿になるために必要な条件を一つ提示させてもらおう」
「それはなんですか?」

護国さんから告げられた”条件”の内容を、俺は尋ねた。

「それはじゃな……」

そして告げられた条件は、俺が考えている以上に苦難なものであった。










「それでは、お邪魔しました」
「うむ。待っておるぞ」

話も一区切りが付き、護国さんと信哉がわざわざ俺を門のところまで見送りに出てくれた。
護国さんの言葉の意味は、俺でもわかる物であった。

「本当に、送っていかなくてもいいのか? 雄真殿」
「あ、ああ。道はもう覚えているから大丈夫だ。気持ちだけ受け取っておくよ」

どこか申し訳なさそうに訊いてくる信哉に、俺は苦笑しながら答えた。

(言えない。信哉が方向音痴で今度はどんな目に合うのかが怖いから一人で帰るとは絶対に)

本当の理由はそんなところであった。
とはいえ、護国さんにはそんな俺の真意などお見通しなのか苦笑していた。
もしかしたら、信哉の方向音痴については護国さんも問題視していたりするのだろうか?

(まあ、いいか)

下手に訊くわけにもいかなかったので、俺はその疑問を頭の片隅へと追いやった。
そして俺は二人に一礼すると、式守家を後にするのであった。
ポケットに護国さんからもらった”条件”の用紙を入れて。

366七草夜:2014/02/23(日) 17:01:50


『はぴねす! リレー小説』 Ep,181「期待の資格」―――――七草夜



「これが護国さんから渡されたものです」

 とある店。二人は音羽攻略会議を兼ねて食事に来ていた。
 そこで雄真は那津音と向かい合って護国から出された式守家の婿となる条件の書かれた紙を差し出した。

「なになにー……」

 そこにある条件は以下の通りだった。

『・二人が周囲から認められた証を最低二つ以上、手に入れる事』

 ただ、それだけだ。
 書いてあることは酷く単純で、要するに二人が付き合うお祝いの品を周りから貰って来いというものだ。
 だがそれだけの事が、雄真はとても難しいように思えてならない。

「……どう思います、これ」
「……多分、お父様はゆー君の、上に立つ者としての素質を計ろうとしていらっしゃるんだわ」

 物品を集める、というのは即ちその人に慕われているという証明。
 式守として、魔法使いを牽引する立場の者として、それは必要なものだ。
 護国は条件と称して雄真がそれをどの程度のレベルで持つ者なのか、それを探っているのだ。

「式守の魔法使いともなれば預かった物がどれほど大事にされたものかなんてすぐ分かる。物に宿った想いを読み取るのは容易いから」
「つまり、物の価値によって信頼の重さを計る、ということですか」

 最低二つ、としているのは単純にこちらの事情を知っているからというのと、この試練をそこまで重要視していないからだろう。
 一つというのでは簡単過ぎる。かと言ってあまり多く制限をする必要も無い。護国自身は既に二人の付き合いに賛成しているからだ。
 二つ以上というのは雄真に親が二組いるのを知って、最低でもその二人からは貰ってこいということだ。
 既に説得を終えた鈴莉の方は事情を話せばすぐに何かしらの物品を用意してくれるだろう。
 そうなると何が何でも音羽の説得も成功させねばならない。元より筋は通すつもりでいたが、こういう条件があるのであれば更にやる気は出る。

「……しかし、二人以上、ってことは別に母さん達じゃなくても良い、ってことですかね?」
「そうね。……でも、正直言って、その方が難易度が高くなると思うわ」
「……そうか、俺達が他に誰かからそう言った物を貰おうと思ったら、アイツらになるのか」

 たった数日前に振ったばかりの少女達と、自分達を支え続けてくれた男達。
 自分にとって大事な物を渡してくれるとしたら、彼女達しかいない。
 だが、雄真は曲がりなりにも彼女達を振ったのだ。自らの言葉の刃を持って、彼女達の想いを切り裂いたのだ。
 そんな彼女達に対し、那津音との交際を認めてもらうために大事な物を自分に預けてくれ、などというのは酷な話だろう。
 それは、彼女達を支え続けてきた男達だって良い顔をするものではない。

「数の指定も二人以上、ということはあの子達から預かる事も構わないし、持っていけばそれだけの素質をお父様に見せる事が出来る。でも、強制はしない……そんなところね」

 物の価値が慕われる強さの価値。
 物の数が慕われる人間の数。
 その二つを持って、護国は小日向雄真という人間が上に立つ人間としてどれほどの者か、それを知りたがっている。
 無論、大した価値ではなく、大した数でなかったからといって護国は約束を反故にしたりはしないだろう。それならば最初から反対している。

 これは護国の、雄真に対する『期待』だ。
 小日向雄真は自分が想像した人物通りなのか、それとも更にそれを上回るのか。
 二人というのは、その一種のラインだ。

「どうする、ゆー君? 私はゆー君の意思に従うわよ?」

 那津音は雄真に答えを求める。
 元よりこれは雄真に対して出された課題だ。那津音に多少の意見を聞く以上を事を求めるつもりはなかった。

「……取り合えず、まずはかーさんに筋を通しましょう。その後の事は、その後で考えます」

 雄真はひとまず、そう結論付けるのであった。

367名無し@管理人:2014/02/28(金) 00:16:39
はぴねす! リレーSS その182――名無し(負け組)


 俺と那津音さんで相談して、かーさんに挨拶することになり、すぐに2人で我が家に向かった。
 出発する前に、かーさんに「大事な話がある」と連絡してあるので、入れ違いになることはないだろう。
 折角、恋人同士が2人並んで歩いているというのに、護国さんから課せられた試練のこともあってか、口数も少ないまま家の道を進んでいく。
 ……せめて、手ぐらいは繋ぎたいなぁ。
 なんてことをぼんやり考えていたら、メールの着信でマナーモードにしていた携帯が震えたので、那津音さんに了解を取って、内容を確認する。

『ごめんねー。ちょっと準備しなきゃいけないことがあるから、1時間ぐらい外で時間つぶしてきてちょうだい?』

 ……準備ってなんだよ。
 そんなツッコミを口に出したくなる衝動を抑えつつ、メールの文面を那津音さんにも見せた。

「……どうしましょうか」

 困惑した顔で、俺の意見を求めてきた。
 そんな彼女に、咄嗟に願望を口にする。

「俺、那津音さんとデートしたい」
「……ゆーくん?」
「駄目、かな? 折角、恋人になったんだから、それらしいことをやってみたいって思ったんだけど……」

 そう言いながら、俺は恋人に左手を伸ばす。
 一瞬、きょとんとした彼女だったが、すぐに笑顔を浮かべて、右手で俺の手をしっかり握った。

「駄目なわけないでしょう?」
「……ありがとう」
「お礼なんかいいわ。私達、恋人なんだから」
「うん」

 俺は小さく頷いた。

「それに、ゆーくんと恋人らしいことがしたかったっていうのは私も一緒よ。音羽さんの準備に時間がかかるってことだから、この辺りをお散歩しましょうか」
「そうだね」

 いつ頃、準備が終わるかなんてことは、かーさんはメールで書いてなかったけど、1時間ぐらい見積もればいいだろう。
 そういうわけで、俺達はデートに洒落込むのだった。

368Leica:2014/03/06(木) 22:00:44
はぴねすりれー 183 Leica



 デートと言いつつも、1時間という時間では、大したことなどできない。
 那津音さんの手を握ったまま歩き出す。
 いつもの見慣れた景色だったとしても、
 好きな人と歩くと全く別の景色に見えるから不思議だ。

 特に目的地の無い散歩。
 次はあそこの道を曲がってみよう、だとか。
 次の信号は直進してみよう、だとか。
 そんなどうでもいいような、1つひとつのことでも、とても楽しい。

 何をしているわけでもない。
 ただ歩いているだけなのに。
 この感情をどう表現すればいいのだろうか。

 穏やかなのに、凄く、どきどきしてる。

「あら、こんなところに公園があったのね」

 那津音さんの声で、我に戻る。
 公園。
 その公園は、俺にとって身に覚えがあり過ぎる場所だった。

 ――――それはかつて、俺が魔法を捨てた場所。

「少しだけ寄っていく?」
「そうしましょうか」

 那津音さんの言葉に頷く。
 ゆっくりと足を踏み入れた。

 少しだけ。
 胸の奥がざわついた気がした。

 滑り台や砂場を見て回りながら、目についたブランコへと腰かける。
 金属の擦れる音を鳴らしながら、2人でゆっくりと漕いでみた。

 2人で他愛のない話をする。
 学校はどうだ、とか。
 宿題がどうの、だとか。
 先生がああだ、とか。

 ちゃんと会話はしているし、受け答えもできている。
 それでも、この公園で話しているからだろうか。

 ――――あの時の光景が、視界に焼き付いて離れない。

 那津音さんは、この場所がどんな場所なのか知っているのだろうか。
 いや、知らないのだろう。
 那津音さんは一番最初にこう言った。
 『あら、こんなところに公園があったのね』と。

 全ては、那津音さんが眠りについてしまってからのお話。
 それでも。
 多分、俺が魔法を一度捨てた経緯については聞かされているはずだ。
 ただこの場所がそうだとは知らなかっただけ。

 ふと、思った。

 あの時。
 那津音さんが健在だったとして。

 幼い春姫を無茶な魔法で救い、その力に恐怖した俺が「魔法を辞める」と言い出した時。
 那津音さんがそれを耳にしてくれていたら。

 この人は、俺になんて声をかけてくれたのだろう、と。

 昔話なんてガラじゃないけれど。
 こんな情けない話なんて、生涯に渡って口にしたくはないけれど。
 けれど。

 どうしても、この人の口から、この人の言葉が聞いてみたかった。

 だから。

「那津音さん、そろそろ行きましょうか」

 ブランコから降りて、手を差し伸べる。
 思わず目を逸らしてしまいそうになるほど眩しい笑顔で、那津音さんはその手を取ってくれた。

「うん」

369Leica:2014/03/06(木) 22:01:20

 いつか。

 俺たちの関係がみんなから認められて。
 2人のペースでこれからの人生をゆっくりと歩んで。
 それでも目まぐるしく過ぎていく日々の中で。
 ふと、後ろを振り返って見たいと思った時に。

 話してみよう。

 俺のどうしようもない過去の話を。
 俺の恥ずかしい過去の話を。

 だからこそ。

「さあ、一気に決めてしまいましょう」
「あら? なんか急に気合が入ったみたいね」

 そんな軽口を交わしながら。
 繋いだ手を強く握り直し。

 俺たちは、小日向家へと足を向けた。

370八下創樹:2014/03/10(月) 10:17:53

「はいどうぞ。――――それにしても、久しぶりねー那津音ちゃん」
「はい、ご無沙汰してます、音羽さん」

人数分のコーヒーを淹れ、それぞれに差し出す音羽かーさん。
那津音さんという来客の為か、いつもは使わない高級品のカップを使っており、見た目も素晴らしいことこの上ない。
が、肝心のかーさんの格好がいつも通りのエプロン姿。
狙ってるのか、ツッコミ待ちなのか。
知ってか知らずか、これから切り出そうとする話の腰を初めから折りに来るという、早くもラスボスの先制攻撃に動揺が隠しきれやしない。

「というか・・・・・・あれ? 久しぶりって・・・・・・学園で会ってないの?」
「やぁねぇ、ゆーまくん。学園だと仕事中じゃない。プライベートで、ってことよ〜」

またしてもツッコミ所ッッ!!
嘘だ。
だってこの人、本気で忙しい時以外、平然とプライベートな話を持ちかけてくるじゃいか!
隣に座る那津音さんも同様なのか、何かを必死に我慢してらっしゃる。プルプル震えながら。
くそう。まさか戦う前からこっちを瀕死状態まで追い込むとは。
しかも相手は無自覚。
これを化け物と呼ばずしてなんと呼ぶ。

「それで? どうしたの2人揃って」

やっぱり無自覚だったのか、平然と話を振ってくるかーさん。
正直、台無しな空気だし、何もかも忘れてこのままお茶を楽しみたいほど。
しかし今更後には引けない。
せっかく来たのだ。
敵わないにしても、せめて一矢報いるぐらいには―――――!!

(ゆーくん、ゆーくん! もはや目的がズレてない!? というか何言ってるの!?)

何やら視線だけでツッコミを入れてくる那津音さん。
しかし、もう後には引けないんだ!
―――――てなわけで、意を決し、真剣な表情でかーさんを見据え、

「かーさん」
「なーに?」
「俺、那津音さんと結婚するから」

シン、と場が静まりかえる。
表情が永久凍土のように固まったかーさん。
が、その表情は徐々に溶け始め――――――

「え〜っ!? ふ、ふたりはいつから面白いことになってたのよ〜!?
  私だけ除け者扱いってこと!? 許せない!!
  今更挨拶に来たって遅いんだから!!」
「まさかのシュミレーション通りっっ!!」

まるで、8話前の自分を焼き増しして見ている気分だった。


『はぴねす! リレー小説』 その184!―――――八下創樹


「・・・・・・ふ、ふふ。やるわねゆーまくん。変なこと言うから、お母さんびっくりしちゃったわ」
「えー・・・・・・」

無かったことにされた。
別名、現実逃避とも言う。
一大決心して言ったのに、酷い扱いである。

「・・・・・・その割には言葉のチョイスが実に、どうでもよさげ、だったけど」
「なに言ってるんですか! 護国さんと違って、かーさんには緊張感が通じないんだから、これ以上ない的確なセリフだったのに!」
「・・・・・・えー」

とにかく。
かーさんの姿勢を立て直したことだし、改めて向き合う。

「・・・・・・かーさん」
「・・・・・・なーに?」
「俺、那津音さんを愛してるんだ。だから、那津音さんと一緒になりたいんだ」

ピシ、と場が凍結する。
隣の那津音さんが照れる中、目の前のかーさんは笑顔のまま固まった。
やがて、その笑顔はまるで般若のように形を変え――――――

「え〜っ!? 雄真君、すももちゃんを選んでくれなかったの!?
 じゃあもう知らない!! 家から出ていって!! 今すぐに!!」
「チクショウ! またしてもかーっっ!!!!!」

もはや誤字、脱字なんてレベルじゃない。
どこだ。
修正パッチはどこなんだ――――!!

371八下創樹:2014/03/10(月) 10:19:04

「ふぅ・・・・・・最近疲れてるのかしら。幻覚や幻聴がよく聞こえるのよねー」
「えー・・・・・・」

聞かなかったことにされた。
というか、それはもはやヤバいんじゃないでしょーか?
さながら終末医療のよーに。

「・・・・・・ね、ゆーくん。もう、日を改めた方がよくない?」
「いや駄目だ那津音さん! そしたらまた初めからやり直しなんだ!」
「そうかなぁ・・・・・・正直、難しいと思うけど」
「大丈夫、多分あと一押しだから!」
「ゆーくんがそういうなら・・・・・・応援するわ。頑張って!」

しかし手伝ってはくれない。
というか、小日向家に来てるんだから、挨拶しなければいけないのは那津音さんのハズなのに。
もはや他人事のソレである。

「か、かーさん・・・・・・」

挫けそうなメンタルを奮い立たせ、再度向き合う。
こうなったら、ちゃんと受け入れてくれるまで―――――――って、

「?」
「・・・・・・っぷ、ぷぷ・・・・・・」

なにやら笑いを堪えている。
その目はさっきまでと違って、溺れた魚のような目ではない。

「か、かーさん?」
「音羽さん・・・・・・?」

思わず、那津音さんと顔を見合わせ、首を傾げてしまう。
で、ひとしきり笑い終えてから、涙を拭ってこっちを見てきた。

「じょーだんよ、ゆーまくん! 解ってるわよ。何もかも、ね」
「え・・・・・・? それってどういう・・・・・・」
「こう見えても母親よ。大事な息子のことを何も知らないはずないでしょー」

しれっと言ってのけるかーさん。
そのあまりの変わり身―――――ではなく、
何も言われなくても、何も伝えなくても。
それでも知っていてくれて、解っていてくれた。
それが―――――言い表すこのできない、何かを痛感した。
それを自分自身にすら説明できないのを、悔しく思うほどに。

「那津音ちゃん」
「あ、は、はい!」
「ゆーまくんのこと、お願いね。貴女になら安心して雄真くんを任せられるから」
「・・・・・・はい。有難う御座います、音羽さん」

にこやかに微笑むかーさん。
その瞳が、少しだけ潤んで見えた気がする。
それは、きっと気のせいなんかじゃなくて―――――――


「それで? ゆーまくんは那津音ちゃんのどこを好きになったの?」
「い!?」

唐突に悪魔のようなコトを言ってくれやがった。
しかも隣の那津音さんの期待感溢れる視線がハンパない。
初めから退路が存在しないという状況にするとは恐れ入る・・・・・・!!

「そ、それは、その・・・・・・・・・」

説明できないわけじゃない。
わけじゃないけど、それを言葉にするのはまた別問題。
なので、好きになった要素としては小さく、けれど嘘ではない、まだ言える部分をチョイスしてみた。

「まぁ、理由の一つとしては、年上・・・・・・だからかな?」
「ゆーくん、そうだったの?」
「理由の全部じゃないですよ? でも、まぁ個人的に、年上の女性が好きかなーって」

なんて、好みのタイプを口走った。
―――――口走ってしまった。

「え〜っ!? 雄真君、年上好きだったの!?
 だったら私を選んでくれれば良かったのに!!」
「まさかのパーフェクトぉぉぉっっ!!!!!」

台無しにされた。
というか、前の2つも含めて。
8話前にシュミレーションしたことは、かーさんにとって冗談でもなんでもなく、
実に正直な、本音でしかなかった。

372叢雲の鞘:2014/03/16(日) 23:03:14
『はい、御薙です。どちら様でしょうか?』

「あ、鈴莉ちゃん。わたし、わたし!」

『ごめんなさい。自慢の息子なら今目の前にいるからワタシワタシ詐欺は間に合ってるわ』

「ちょ!?雄真くんなら今、那津音ちゃんを送って行ってるとこだからそっちにいるわけないじゃない!ていうか、携帯なんだからわたしの名前が出てるはずでしょ〜〜!!」

『はいはい、わかってるわよ音羽。……それで、なんの用なの?』


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 185  by叢雲の鞘


『……それで、なんの用なの?』

「実はねぇ、さっき雄真くんが那津音ちゃんを連れてきてねぇ〜……」

雄真が那津音を送るために出て行った後、音羽は雄真の実母である鈴莉に電話を掛けていた。

内容はもちろん、先ほどの結婚宣言についてである。

「も〜〜びっくりしちゃったんだからね!まさか雄真くんがわたしに隠れて那津音ちゃんとお付き合いしてただなんて思ってもみなかったわ。しかも、学生結婚するつもりみたいだし……」

『………………は?』

「でも、さすがはわたしの息子だわ!普通にはできないことを平然とやってのける。そこにシビれて憧れるわぁ♪」

『……………………』

「だからねだからね、今度はわたし達もあの2人をびっくりさせたいと思わない?」

『何をするつもりなの』

「それはねぇ……」

音羽は嬉々としながらサプライズの概要を語る。

『それは…………面白そうね』

「でしょ〜〜?♪」

『なら護国……式守家にも手伝ってもらおうかしらね。結納も本人たちに気づかせないようにしながら済ませて』

「いいわねぇ〜〜♪」

こうして母親2人の策略によって、当人達の預かり知らぬ場で着々ととんでもない計画が進められようとしていた。

373Leica:2014/03/22(土) 21:27:22
はぴねすりれー 186 Leica


「ふぅ……」

 受話器を電話に戻し、式守護国は重いため息を吐いた。
 まさかこんな事態にまで発展しているとは。
 それが今抱いた、護国の感想だ。

 今日は自分の愛娘が恋仲の男の子を連れてきた。
 それも結婚を前提とした、本気のお付き合いであるという。

 結構なことだ、と護国は思った。
 一時、那津音は式守の秘宝のせいで植物状態となってしまっていた。
 治す見込みも無く、このまま生涯を終えてしまうのではないかとも考えていた。

 それが今では一般の健常者と同じ生活を送れている。
 それだけでも奇跡だと思えたのに、その那津音が生涯を共にする伴侶を連れて来たのだ。
 嬉しくないはずがない。

 それもお相手は、その命の恩人ときた。
 おまけに学生の身でありながら、もう身を固める決心までしている。
 護国にとってこれほど嬉しいことは他になかった。

 ただ、少し。
 その当事者2人のことを、周囲はどのようにとらえているかを知りたかっただけ。

『二人が周囲から認められた証を最低二つ以上、手に入れる事』

 護国が出したお題には、それを図るという意図もあった。
 しかし。

「何がどう回ってこうなったのやら」

 深く刻まれたしわを撫でながら、護国は呟く。

 つい先ほどまでの電話相手は、御薙鈴莉。
 那津音の恋仲、つまりは相手方の母親だ。

 あの2人の仲を反対するとは、護国も思っていなかった。
 けれども相手方の母親の考えは、護国の想像の斜め上を突き抜けていた。

 要約するとこういうことになる。

『本人たちに気付かれぬよう、式を執り行ってしまえ』

 最初は何の冗談かと思いつつも聞いていたら、どうやら相手方は本気らしいことが分かった。
 そのために色々と2人の周囲にいた友人にも、声を掛けて回るつもりだとも。

 こうなると、護国の出したお題は、あまり意味を成さなくなる。
 鈴莉が言った内容を共に準備してくれる友人が周囲にいるということは、
 それがもう護国が見せて欲しかった答えへと直結するからだ。

 まさか、たいして繋がりの無い人間の晴れ舞台に、一枚噛んでやろうなどという物好きもいまい。

「うーむ」

 どうしたものか、と。
 護国は、自らの顎をゆっくりと撫でた。

374名無し@管理人:2014/03/24(月) 21:06:56
はぴねす! リレーSS その187――名無し(負け組)


「しかし、どうやって護国さんの課題をクリアすればいいんでしょう?」

那津音さんを送る途中、ふと今の問題について口に出した。

「そうね。私とゆーくんが恋人になったことに、まだ複雑な感情を抱いている人も多いでしょうしね」

彼女の方も、困った顔で頷いた。

「こっちから、何かお祝いの品をくれってねだるわけにもいきませんしね」

そんな厚かましくなれない。

「確かにね。だけど、そこまで身構えなくてもいい気がするわ」
「何でですか?」
「解決策が身近にある気がするの」
「……だといいですけどね」

個人的にはそこまで楽観的に考えられないが……。
他ならぬ、恋人の言葉だ。
信じる以外の選択肢はない。

「そんなことより、せっかく恋人になれたのだし、これからやりたいこととか考えましょう?」
「それ、悪くないですね」

顔を見合わせて、笑い合う。
くすぐったくて、胸が暖かくなる。

「私は……そうね。ゆーくんと一緒にお泊りとかしてみたいな」
「それは――」

俺が学生のうちには無理じゃないですか。
そう軽い気持ちで答えようとしていたのだが、言葉を遮るように携帯が震えた。

「ちょっとすみません」

断りを入れてから、俺は携帯を確認する。
かーさんからのメールだ。
えっと……。

『ごめーん。今日は那津音ちゃんのお家にお泊りしてきて♪』

「……」

俺達の会話をどこかで監視してきたかのようなタイミングのいいメールだった。
しかし、泊まってきてって、一体家で何をやっているんだ……?
この時点の俺は、かーさん達の恐ろしい企みを知る由もなく、首を傾げるしかなかった。

375龍夜(TR):2014/03/25(火) 11:24:01
那津音さんの家(というより式守家だが)に泊まることになった俺だが、まだ那津音さんからOKをもらっていない。
もしNoと言われれば、俺は野宿をすることになるだろう。

「どうかしたの? ゆーくん」
「あ、その……実は――」

言っていいものかどうか悩んだが、言わなければ話は進まないため、俺は事情を説明した。

「なるほど、そう言うことなのね」

話を聞き終えた那津音さんはフムフムと頷いていた。

「だったら別にいいわよ」
「そうですよね、ダメですよね……って、今なんと?」

那津音さんの返答に、俺は思わず聞き返してしまった。

「だから、泊まってもいいわよ」
「え? い、いいんですか?」

俺は信じられずに那津音さんに尋ねてしまう。

「良いに決まってるじゃない。私たちは、その……恋人……なんだから」
「そ、そうですよね」

頬を赤くしながら答える那津音さんに、相槌を打つ俺の頬も、きっと赤くなっているのかもしれない。

「それじゃ、行きましょう」
「は、はい!」

こうして、俺は那津音さんの家である式守家で止まることになるのであった。


はぴねす! リレー小説――――――By.龍夜(TR)
第188話「お泊りとトラブルと」


式守家到着した俺たちは、客間と思われる場所で無言で向き合っていた。

「……」
「……」

護国さんはなぜかいなかった。
那津音さんいわく護国さんは忙しい身なので、今日もどこかの会議に向かっているのではということだった。
ということは、実質的には俺と那津音さんの二人っきりということになるのだ。
それがさらに気まずい雰囲気を加速させていた。

「あ、そう言えばゆー君」
「は、はひ!? なんですか那津音さん?」

突然声を掛けられたため、思わず返事をする声が上づってしまったが何とか返事をすることができた。

「今日、課題出てたわよね。今やってしまいましょう」
「そ、そうですね」

恋人の家にいるのに課題をするというのはいかがなものかと思うが、このまま沈黙と言う気まずい時間を過ごすことになるのよりは、とても効率のいい時間の過ごし方だった。
きっと、この課題を終えるころには普通の雰囲気になれるだろうと信じて。










「よし、終わった」

どれほどの時間が経ったのかはわからないが、無事に課題を終わらせることができた。

(結局普通の雰囲気になれなかったな)

終始無言で課題に取り組んでいたため、普通の雰囲気になるという目的は果たすことができなかった。

「あれ、那津音さんは?」

那津音さんの姿がないことに気が付いた俺はあたりを見回してみる。
だが、客間にはその姿を見つけることができず、俺は那津音さんを探すべく客間を出た。

「あ、ゆー君」

客間を出て廊下を歩いていると、すぐに那津音さんは見つかった。

「ちょうどよかった、これからお夕飯にしようと思ってたから、食べましょ」
「あ、はい」

那津音さんに促されるように、俺は食事をとるべく那津音さんの後をついていった。

376龍夜(TR):2014/03/25(火) 11:25:59
「うわ、すごく本格的」

那津音さんと共に客間に戻ると、そこにはテーブルに並べられた本格的な料理の数々があった。
肉じゃがに伊吹が言っていた、伝説のだし巻き卵と白いご飯にお味噌汁というラインナップだ。

「さあ、食べましょ」

そして俺と那津音さんはお互いにテーブルを挟むようにして座りあうとお箸を手に取り、

「「いただきます」」

と手を合わせて口にした。

「ゆー君」
「何ですか?」

那津音さんが料理に手を付けだしたのを確認して、俺も肉じゃがに手を付けようとしたところでそれを那津音さんに遮られた。

「はい、あーん」
「…………え?」

突然のことに状況が呑み込めなかった俺は、思わずそんな声しか発すことができなかった。

「だから、”あーん”よ。恋人同士ならそうやって食べさせあうのが普通だって言ってたわ」
「………そうですか」

ある意味あってなくもないが、微妙に間違っている知識を植え込んだ人物になんとなく想像がついた。
それはともかくとして。

「だから、はい。あーん」
「あ、あー」

これも微妙な雰囲気を打開させるチャンスだと考えて、恥ずかしいのをこらえて那津音さんに応じる。
そして俺は肉じゃがに舌鼓を打つ。

「ど、どう?」
「とてもおいしいです」

ジャガイモにはしっかりとだしが染みており、柔らかすぎずかといって硬すぎずという絶妙な煮込み具合だ。
白いご飯とよく合う。

「それは良かったわ。じゃ、はい。あーん」
「…………」

今度は自分が口を開けた。
その行動の意図することぐらい理解している。
つまりは、俺にもやれと言うことだ。
だが、口を開けて待つ那津音さんの姿はまるで、親鳥が餌を持ってやってきたときに口を開けて待つひな鳥を彷彿とさせる。

「あの、ゆー君。できれば早めにお願いできないかな? 開けっ放しってつらいの」
「あ、すみません。口を開けて待つ姿がとてもかわいかったので」
「ッ!? もう、ゆー君のイジワル!」

俺の言葉に顔を赤くして怒った様子でプイッとそっぽを向く那津音さん。

「すみません。はい、あーん」
「あーん」

肉じゃがを箸にとって那津音さんに差し出すと、凄まじい変わり身の早さで応じた。
こうして、俺たちは甘い(?)夕食を過ごすのであった。

377龍夜(TR):2014/03/25(火) 11:26:36
★ ★ ★ ★ ★ ★


同時刻、小日向家にて。

「すもも、これはこのような感じでいいか?」
「はい、ばっちりです。伊吹ちゃん♪」

すももに確認を取る伊吹にすももはOKを出しながら抱き着く。

「こら! 抱きつくなと何度も申しておるであろう!」

彼女たちは結納の準備を着実に進めていた。

「杏璃ちゃん、一体何を作ってるの?」
「もっちろん。二人をお祝いするための杏璃ちゃん特製のシチューよ!」
「…………」

大きな鍋で料理を作っている杏璃に問いかけた春姫は、色々ツッコみたいのをあえて抑えた。

・どうしてシチューが紫色になっているの?
・そのシチューに時より見える動物の足みたいな物体は何? 等々

本人にしてみれば、本気で喜んでもらえると思っているらしいので、春姫はあえて何も言わないことにした。

「後は、食べた人をコロッとさせちゃうこの魔法の粉を入れて」

杏璃は、そう言って”魔法の粉”を投入した。

………

……



その数秒後、瑞穂坂に爆音が鳴り響いた。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「ッ!?」

夕食も終え、客間でくつろいでいる中で突然、寒気のようなものに襲われた俺は息をのんだ。

「どうしたの?」
「あ、なんでもないです」

俺の様子に首をかしげながら尋ねてくる那津音さんに、俺は手を振りながら答えた。
那津音さん自身も深く追求することはなかった。

(何だか、嫌な予感がする)

まるで俺の命にかかわるような嫌な予感が。
できれば当たってほしくないが。

「それじゃ、お風呂に入りましょう。もう準備はできてるはずだし」
「分かりました。それじゃ、那津音さんが先にどうぞ」

ここの住人である那津音さんが先に入るべきだと考えた俺は、那津音さんにそう促した。

「何を言ってるのよ」

そんな俺に返ってきたのは、若干ではあるが呆れたような声だった。

「一緒に入るに決まってるじゃない」
「え゛!?」

頬を赤くして、本日一番の衝撃的な一言を告げた那津音さんに、俺は固まってしまった。
那津音さんの目は真剣で、断るのは難しそうだった。
この状況にどうする、俺!?

378七草夜:2014/03/31(月) 23:57:09

 カンコーン、なんて音がする風呂に自分が入ることになるなんて、ぶっちゃけ考えもしていなかった。
 流石は式守家と言うべきか、一般庶民の家庭で暮らした自分からすれば温泉宿にでも来たのかと錯覚するほどの豪華で広い風呂だ。
 古風な家のイメージに合わせた和風の雰囲気。風呂で泳ぐ、なんて表現があるがそれくらいは余裕で出来るくらいの広さだ。

 だが、風呂なんてでかければ良いなんてものじゃない。
 これほどの広さの風呂を独占出来る、というのは一種の優越感があるがその一方でこれほど広いのに自分しかいない、という物寂しさもある。
 広い空間にただ一人だけという孤独感は、風呂に入っているというのにどこか寒々しく感じてしまうものだ。
 だが――


「はい、ゆー君。頭洗ってあげるからあっち向いててね」


 ――だからといってこの解決法はおかしい(確信)。



『はぴねす! リレー小説』 Ep,189「背伸び」―――――七草夜


 体にバスタオルを巻いた那津音さんが俺の頭をワシャワシャと洗う。
 まぁそもそもこの手のパターンで自分が断れきれた試しがないのでぶっちゃけ最初から諦めてはいた。
 どうする!? なんて考えたところで自分の中に明確に断る理由がなければ押し切られるのは眼に見えている。
 ……というか、ぶっちゃけ自分の中の煩悩に負けただけな気もする。だって惚れた人と風呂だし。

「かゆいところ、ない?」
「いえ、特には。大丈夫です」
「そう。何かあったら言ってね」

 と、俺の頭を洗う那津音さんの軽い笑い声が背後から風呂場に響く。
 しかし何というか、完全に子供扱いである。
 前々からやけに年上ぶろうとするところはあったが、この風呂というアレなシチュエーションでこの扱いはなんかイケナイ雰囲気を感じる。

「……こうして改めて間近で背中を見ると、ゆー君って本当に大きくなったわね」
「いや別にナニも大きくは……じゃない。まぁ、そりゃ俺も男で成長期ですから。好きな人より背が高くなりたいって願望だってありますよ?」
「あら、私はこうして頭を撫でて上げられるくらいのゆー君も好きなのだけれど?」
「……それでも、やっぱり俺も男ですから」

 好きな人に頼られたい。頼りになると思われたい。
 その事と背の高さは直接は無関係ではあるが、それでも高いに越したことはない。
 人としても男としても、心も背も大きな男として好きな人を守り、見守ってゆきたい。
 そんな、ちっぽけだけど大きなプライドがある。

「……うん、やっぱりゆー君は大きくなったわ」
「だからそりゃあ……」
「そういうことじゃないの。でも、本当に大きくなったわ」

 そこまで言ってそれ以上は那津音さんはただ笑う。
 正直、何を言っているのか分からなかったが那津音さんは、那津音さんにしか分からない何かを感じ取ったのかもしれない。

 思えば那津音さんが植物状態から目覚めるまでは、直接会ったのは幼少の頃の俺だ。
 そして寝たきりだった那津音さんからすれば、それは然程遠い過去ではない。
 そんな那津音さんからすれば、子供の俺がいきなり大きくなったようなものだろう。
 妙に年上ぶろうとするのにも、そんな背景があるからだ。多分、那津音さんにとっては俺は変わらず幼い頃の俺なのだろう。

 ……いや、そうじゃない。そう思われているだろうと、俺が勝手にそう思っていた。
 だから俺は大きくなりたかった。那津音さんに、並びたかった。
 俺はこの人の恋人なのだと、堂々と胸を張って言える存在になりたかった。
 でも。

「……那津音さん」
「なーに? ゆー君」
「俺、那津音さんに会えて、そして付き合うことが出来て、本当に幸せだと思ってます。この幸せを、長く続くものにしたいと思ってます」
「えぇ、それは私もよ」
「……だから、今日はこれで一つ、背伸びをするのを辞めようと思います」
「……そっか」

 それが何か、とは聞かない。
 たったそれだけのことに喜びを感じるのは、きっとそれほど自分はこの人が好きだからなのだろう。

 背伸びをしても、背が高くなる訳じゃない。
 そんな状態で隣に並んでも、疲れるだけ。
 認めよう、俺はまだ子供で、この人は大人なんだ。

「那津音さん」
「なに?」
「今日は一日、甘えても良いでしょうか」
「……えぇ、勿論」

 誰もいない今日と言う一日だけ。
 俺も素直になろう。





「へっくしゅ!」
「……そろそろ流して湯船に入りましょうか」

 そんなオチもあった。

379Leica:2014/04/07(月) 23:23:22
はぴねすりれー 190 Leica



「良いお湯だったね」
「そ、そうですね」
「どうかした?」
「……なんでもないです」

 駄目だ、那津音さんと目を合わせられない。
 さっきまでこの人と一緒にお風呂入ってたんだぞ。
 平常心のままでいられる方がどうかしてる。

「ホントどうしちゃったの、ゆーくん」
「いえ、本当に何でもないんで」

 こちらを覗き込もうと身を乗り出してきた那津音さんを、やんわりと押し留める。
 さっきまでこの人とはいわゆる裸のお付き合いをしていたわけで。
 だからそういうことを考えるのやめろ。

 苦し紛れに、テーブルに置かれたお茶を飲む。

「あ、おいしい」
「でしょう? 今、私のお気に入りのお茶なの」

 俺の感想がお気に召したのか、那津音さんが嬉しそうにそう言う。
 この人の笑顔は、本当にいつ見ても眩しい。

 それに今はお風呂上りなのだ。
 白い肌が熱を持ち、ほんのりと赤く染まっているところとか。
 綺麗な銀髪がしっとりと水気を含んで肌に張り付いているところとか。
 だからそういうことを考えるのはやめろっつってんだろ。

 煩悩退散煩悩退散。

「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」

 那津音さんが空になったコップを台所へと持っていく。
 この後の予定は特に無かった。
 この屋敷には娯楽なんてものがない。
 なんとなく予想できていたが、完全に予想通りだった。

 そしたらもう寝るしかないわけで。
 いや、他意はない。ないぞ。

「そろそろお布団の準備しようか」
「あ、はい」

380Leica:2014/04/07(月) 23:24:02




 当然のように別室でした。
 そりゃ当たり前か。

 与えられた客間(びっくりするくらい広い)の中央に敷いた布団に寝ころぶ。

「……かーさん、何やってるんだろうな」

 1人になって気持ちが落ち着いて、改めて疑問が生まれてきた。
 あの人の気まぐれに付き合わされたことは数えきれないほどあるが、
流石に一日帰ってくるなという命令は初めてだ。
 いったい家で何をやっているというのか。

 携帯電話を開く。

『ごめーん。今日は那津音ちゃんのお家にお泊りしてきて♪』

 メールの文面だけを見ると、
俺と那津音さんの距離を縮めようと配慮してくれたようにも読める。
 裏表を考えずに、あくまで文面だけを見るならば。

 あの人に限ってそれはない。
 あってもそれが表に出てくるのは、宝くじで一等賞を取るくらいの確立だろう。
 どう考えてみても裏があるようにしか思えない。

 幸いにして、『今日は』となっていることから、明日には結果が出るだろう。
 それが良いことなのか悪いことなのかは分からないわけだけれども。

「……寝るか」

 何を考えても無駄だ。
 明日のことは明日、考えることにしよう。
 かーさんだって、本気で俺たちが嫌がることはしないはずだから。

381八下創樹:2014/04/11(金) 12:47:16

式守家に1泊させてもらった翌日。
唐突にかーさんから送られたメールで、

『12時前に帰って来てー♪ あ、もちろん那津音ちゃんも一緒にねー』

とのこと。
実に身勝手この上ないけど、こんなメールが来る時点で抵抗は無意味に等しい。
というわけで、那津音さんと2人、小腹が空いてくる昼前に小日向家まで帰ってきていた。
―――――ちなみに、それまでは式守家にいました。
那津音さんの自室で、ここぞとばかりに寛いで(甘えて)きました。
いやぁ、うん。
極上でした。


『はぴねす! リレー小説』 その191!―――――八下創樹


「・・・・・・」

で、只今家の前。
別段、変わりは無いけど、まるで物音1つしないのは実に不気味。
なのに人の気配だけはしっかりするんだから、もはや嫌がらせにしか思えない。
詰まる所、入りたくないです。はい。

「? ゆーくん、どうしたの?」
「あー・・・・・・いや、なんでもないです。はい」

今更引き返すわけにもいかないし。
那津音さんに背中を押される形で、玄関の扉を開けた。

「・・・・・・ただいまー」

呼びかけるが、反応はナシ。
それどころか電気の一つも点いてやしない。

「・・・・・・誰もいないんですか?」
「・・・・・・そういうことにしておきましょう」

だってリビングの向こうからガサゴソ音してるし。
もっと言えば小声で話してるのも聴こえなくもない。
(・・・・・・ヤだなぁ)
サプライズなのかトラップなのかが、まるで解らない。
だがしかし。
このまま背を向けて逃亡しようものなら、恐ろしい形相で誰かが猛追してることは間違いない。
そんな、平和な休日に命張るレベルの鬼ごっこなんてさらさらごめんである。

「・・・・・・開けますね」
「? どうぞ?」

何も考えてないのか、危険感知スキルが無いのか。
那津音さんは疑問符を浮かべながら、笑顔で同意。
その笑顔に励まされながら、重い(心理)ドアノブを引いた。



「「「「「「「「「「「「結婚、おめでとーっっ!!!!」」」」」」」」」」」」

ドアを開けた瞬間、盛大に鳴らされたクラッカー。
それと重なる形で、春姫、杏璃、小雪さん、すもも、伊吹、沙耶ちゃん、ハチ、準、信哉、かーさんズ、護国さんの、12人の賛辞と祝いの声が重なった。

「・・・・・・え?」

一瞬、何が起きたか解らなくて、頭が真っ白になる。
隣を見れば、那津音さんも同様で、驚いた顔で硬直したままだった。

「え、と・・・・・・どういうこと?」
「何言ってるのよゆーまくん! さっき言ったじゃない。“結婚おめでとー”って」

むむむ?
今だ思考が停止したままなので、まだ解らない。


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「いやいやいや!? なにやってんの!?」
「え? だから結婚おめでとーって」
「それをなんでみんなが知ってるのさ!?」

俺の記憶が正しければ、みんなには、
“那津音さんとお付き合いします”
とは宣言したけど、
“那津音さんと結婚します”
なんて宣言した覚えはないんですががが。

「そこはもちろん! 私が言いふらしましたー♪」
「そして私も賛同しましたー♪」
「チクショウッ!!」

例によって、このサプライズ(トラップ)の黒幕は母さんズの模様。
どうやら気を遣ってくれたらしいけど、振った女性に数日もしない内に結婚祝いの招待を持ちかけるのは、瘡蓋をフォークで抉り、塩をぶっかけるレベルのおぞましさだと思んですが。

382八下創樹:2014/04/11(金) 12:48:39
「と、というか、ちょっと待って!」
「?」
「なによー?」
「な、那津音さんとは、そりゃ、将来は結婚するつもりだけどさ、今すぐってわけじゃ・・・・・・」
「そんな優柔不断なゆーまくんに、ハイ♪」

と、手渡されたのは何かの紙。というか記入用紙。
そのトップには、しっかりとした字で『婚姻届』が書かれていた。

「何やってんのかーさん!?」

そりゃあ確かに結婚するとは言った。
が、この婚姻届を前にすると感じる、この生々しさはなんだ。

「いやいやでもでも!! 確かこれって証人2名の署名が必要だし――――!!」
「・・・・・・ゆーくん、やけに詳しいのね?」
「そ、それは・・・・・・!? ひ、必要知識と思いましテ!?」

が、そんなことなどお見通しなのか、かーさんズは悪魔の微笑を崩さない。

「ふふん。あまいわね雄真くん」
「・・・・・・え?」

母さんに指さされ、確認した先は、『証』記入欄。
そこにばっちりと、“御薙 鈴莉”と、“式守 護国”の名前が記入済み。
おまけに音羽かーさんの名義も付箋で張られている始末。

「っておぉい!?」
「・・・・・・ゆーくん、それ以前に」
「へ?」

よくよく見れば、夫婦記入欄に、すでに“小日向 雄真”と“式守 那津音”がバッチリ記入されていた。
それも、字体が完全に本人が書いたものと同一に。

「私が魔法で再現しましたっ(キリッ」
「きゃー鈴莉ちゃん素敵ーっ♪」
「ちなみに印鑑も押印済みよ」
「ほんとに何してんの!?」

人権とはなんだったのか。
っていうか、ほぼ犯罪レベル。
だって言うのに、本気で拒めず怒れない自分を、確かに自覚していた。


「――――那津音」
「あ・・・・・・お父様」

ぎゃいぎゃい騒ぎながら、みんなの輪の中心に居る雄真を、一歩引いた距離で眺める。
いつも通りで、当たり前のような光景。
これが、なによりも尊いモノだってこと、出会った時から気づいていた。

「私の出した条件は、達成されたな」
「え?」

記憶が確かなら、『2人が周囲から認められた証を最低2つ以上、手に入れる事』・・・・・・だったような。

「まず一つは、ほれ」
「・・・・・・あぁ、婚姻届ですか」

実際、役所に申請すれば誰でも貰えるけど。
それでも言うなら、“署名済みの婚姻届”ということ。

「それで、もう一つは?」
「――――」

続きは言わず、視線で促すお父様。
その先は、さっきまで私が見ていた光景――――ゆーくんだった。

「敢えて言うなら、絆、かの」
「絆・・・・・・ですか」

若干、クサいと思ったけど口にはしない。
ご自分の年齢を考えてますか? とも思ったけど。

「これほどの友人たちに囲まれ、幸せを広められる魔法使いを、私はそうそう知らぬよ」
「・・・・・・そうですね」
「・・・・・・もっとも、彼が持つこれほどの絆を“一つ”に捉えるのは、あまりに失礼だったが」
「そうですよ、ほんとに」

縁を結び、絆を繋ぐ。
これほど簡単そうに思えて、その実難しいことはそうそうない。
彼が周りの女の子たちに対し、煮え切らない態度をしていたのも、それがゆーくんの持った優しさだから。
彼女たちを悲しませたくない、不幸せにさせたくない。少しでも幸せであってほしい。
そう願った彼が、必死で足掻き続けた結果なのだから。
それを“逃げ”だと言う人もいると思う。
けれど、私は違う。
彼の、ゆーくんのそんなところに、私は惹かれたのだから。

「さぁ、那津音。彼を助けに行ってあげなさい」

そんなことも含め、全てを解ったかのように、お父様は背中を押す。
言われなくても、そのつもり。
何より、誰よりも。
私が、ゆーくんを助けてあげたい、幸せにしたいって想ったのだから。

「はい、お父様!」

笑顔で応えて、ゆーくんが結び、繋いだ絆の輪に入る。
一緒に戸惑って、でもきっと心の中で感謝してるに違いない。
そんな、トラップみたいなサプライズを受け入れて、私たちは祝福された。

383叢雲の鞘:2014/04/18(金) 00:00:31
「おっと、そうはいかないわよ那津音」

「え?」

ゆー君の元へ行こうとした私を鈴莉さんが掴む。

「貴女には今から大切な準備があるの。だから、雄真くんのところに行くのはちょっと待ってね」

「準備、ですか?」

「そうよ。ってなわけで音羽、すももちゃん、神坂さん、柊さん、高峰さん、式守さん、上条さん、カムヒア〜♪」

「「「「「「「は〜い♪」」」」」」」

「それじゃ、張り切って行くわよ!」

「「「「「「「アイアイサ〜〜♪」」」」」」」

「え?え?え?」

突然のノリに戸惑う暇なく、私は鈴莉さんたちの手によって拉致されてしまった。


「それじゃぁ、雄真も準備しなくっちゃね♪」

「……は?」

「うむ、俺たちでしっかりと雄真殿を着飾らなければな」

「泥船に乗ったつもりで安心してくれ」

「いや、泥船じゃダメだろ。ってか、準に信哉にハチ。何をするつもりなんだ!?」

あ、ゆー君も拉致られてる。


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 185  by叢雲の鞘


雄真と那津音がそれぞれ友人や教え子たちに拉致られてからおよそ1時間。

雄真は目隠しをされた状態で立たされていた。

この目隠しは雄真が準たちに連れられ、自室に戻ってきた際に付けられたものである。

その後、なにかスーツのようなものに着替えさせられ、再び居間へと戻って来たのである。

少々やつれている気がするが、気にしてはいけない。

「なぁ、この目隠しいつになったら外せばいいんだ?」

「もう少しよ」

「準、向こうも準備できたってよ」

電話で離れていたハチが戻ってくる。

「うむ、では参るとするか」

「参る……ってどこにだよ!?」

「それは着いてからのお楽しみよ♪」

「はぁ?」

「じゃあ、いくわよ!せ〜の!!」

準に手を引かれたままの雄真は突如として魔法の発動と浮遊感にみまわれた。

384叢雲の鞘:2014/04/18(金) 00:44:16
「さぁ、もういいわよ」

準の言葉と共に目隠しが取り払われる。

「まったく、なんだったん…だ……」

視界が戻った雄真の目に飛び込んできたのは……。

「ゆー、君……///」

純白のウェディングドレスに身を包んだ那津音だった。

「…………」

「ど、どうかな?///」

「…………」

「……ゆ、ゆー君?」

何も反応を返さない雄真の目の前で手を振る那津音。

「…………は!?」

「ゆー君、大丈夫?」

「あ、いえ……突然のことでびっくりしちゃって」

「うん……それで、どうかな?」

「……綺麗、です。他の言葉が何も浮かんでこないくらい綺麗、です……」

「そっか……えへへ♪///」

「う……ぁ…………」

雄真の賛辞に那津音ははにかみながらも嬉しそうに微笑み、それを見て再び思考が停止する雄真であったが……

「ちょっとーー!いつまでも2人の世界でイチャついてないで、さっさと式を続けなさいよー!!」

杏璃の声で我に返る2人。

「っていうか、式ってなに!?」

慌てて周りを見渡すと、そこは教会風に装飾されたOasisだった。

そして、周りの友人や母親たちは皆ドレスアップしている。

385叢雲の鞘:2014/04/18(金) 00:45:08

「何って、2人の結婚式を挙げるんだけど?」

「結婚式!?」

「そうよ〜♪結納やって入籍準備もしたんだから、これはもう挙式までやらなくっちゃってね〜〜♪」

「ウソ〜ん!?」

か−さんズからのトンデモ発言に驚くしかできない。

「私としては神前婚の方が良かったんだが……」

「護国さんまで……」

もはや口が塞開いたがらない雄真。

「それは、2人が正式に結婚する時にでもすればいいわ。」

「そうそう。和装もいいけど、やっぱり女の子の憧れはウェディングドレスだものね〜♪」

「いつの間に衣装を作ったんですか……サイズとかわからないのによく作れましたね」

「なに言ってるの。雄真くんの身体測定データと那津音の入院時の身体測定データを見たに決まってるじゃない」

「どうやって手に入れたんですか!?」

「“御薙”と“式守”の名前を出せば楽勝よ♪」

御薙と式守の名をそんなことに使っていいのだろうか。

「いいのかそれで!?ってか、時間は!?」

「それはもう主に杏璃ちゃんが徹夜で♪」

「使えるツテや道具はフルに活用したわ!」

「マジか!?」

「そうよ!……おかげで、私は体感時間でだけど、三日間一睡もしてないけどね」

よく見れば化粧で隠しているようだが、杏璃の目元には薄っすらとクマが見える。

「それは……すまん」

「違うわよ」

「ん?」

「こういう時に欲しい言葉はそうじゃないでしょ」

「……そうだな。ありがとな杏璃」

「よろしい!」

友人の好意に素直に感謝する雄真だった。


「さぁ、式の続きをしましょうか」
鈴莉に促され、那津音と共に正面を向く。

とんでもないサプライズウェディングはまだ始まったばかりである。

386龍夜:2014/04/19(土) 00:56:42
「それでは、新郎新婦の登場です」
「…………………」

扉が開き、奥まで続く道。
その両端には楽しげに俺たちを見るかーさんズたちの姿が。

「さ、行こう。ゆー君♪」
「は、はい」

那津音さんに言われるがまま、俺はゆっくりと足を前に進める。
もちろん腕を組んで。

(何? この急展開)

あまりの急展開さに、俺の頭がついていかない。
”それは、最初からか”と心の中で反論できるあたり、俺はまだまだ余裕があるのかもしれない。


はぴねす! リレー小説――――――By,龍夜
第193話「誓いと大定番」


いきなり表に追い出された俺たちは神父(護国さんだが)に促されるように中に足を踏み入れて今に至る。

「きゃ〜★ 様になってるわよ、雄真〜」
「うんうん、さすが採寸通り」

色々な方向から声が飛んでくる。
とりあえずそれらの声は無視することにした。
そして新婦の前までたどり着いた僕たちは、足を止めた。

「それではこれより新郎、小日向 雄真と新婦式守 那津音の結婚式を執り行う」

護国さんの目が、かすかにひくついている。
まるで何かをこらえるみたいに。

「新郎、小日向 雄真。貴方は健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、これを愛し、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」

神父のその言葉に俺は即答で答えた。
それは一種の護国さんに対しての誓いの言葉のようにも感じられた。

「新婦、式守 那津音。貴女は健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、これを愛し、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」

続いて那津音さんもはっきりと頷いて答えた。

(あれ、そう言えば結婚式と言えばこの後って)

俺はここにきて肝心のことを思い出した。
それは結婚式の大定番、

「それでは、誓いのキスを」
「「………」」

誓いのキスだ。
僕と那津音さんは当然固まった。
護国さんは目を閉じているが、唇が震えている。
もし本当にキスでもしたら大爆発が起きかねない。

「雄真―、ぶチュッとやりなさい、ぶちゅっと!」
「兄さん、覚悟ですよ!」
「がんばってー!」

(応援してくれるのは嬉しいけど、完全に場違いだよ)

僕は心の中でツッコんだ。

「ゆー君。ん……」

何かを決心したのか、僕の方を振り向いた那津音さんは目を閉じて唇を突き出した。

「え? ほ、本気ですか?」
『恥ずかしくないでしょ? だって、前にキスしてるじゃない』

小声での俺の言葉に、那津音さんは念話で返事を返してきた。
確かにしたが、あの時は誰もいなかった。
そして今は周りに大勢の、しかも注目されている状況だ。
できるわけがない。

(ええい。こうなったらやけだっ!!)

「んっ!?」

徐々に周囲の雰囲気が黒くなり始めているのを察した俺は、もうどうにでもなれと言う投げやりな気持ちでそれに応じた。

「はむ……ちゅ……んむ」

突然の口づけに驚いた那津音さんだったが、すぐに応じた。
そこから先の記憶はすっぽりと無くなっていた。
ただ、覚えているのは、

「はわ……はわわわわ!?」
「あー、ハチに知らせなくてよかったわ」
「きゅぅ〜」

目を回しているすももに、マイペースに胸をなでおろしている準と、目の前の光景に何かが吹っ切れたのか失神する春姫たちの姿だった。

387八下創樹:2014/04/25(金) 12:51:53

「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

麗らかな休日の真昼間。
そんな平和な日曜日の町中を、奇声をあげながら爆走していく人物。
言わずと知れた、雄真の悪友にして親友。
そして前話にて、空気のように会場に呼ばれなかった、高溝八輔その人だった。


『はぴねす! リレー小説』 その194!―――――八下創樹


「ちぃくしょぉぉぉぉぉっっっ!!!」

先程、というかすでに10分以上、休むことなく全力で走り続けるハチ。
その無尽蔵のスタミナを支えるのは、単に怒りが原因だった。
まあ実際、あれだけ一緒に小日向雄真と式守那津音の結婚式の準備を手伝ったのに、肝心の転移の際、どーいう理屈か、ハチだけ置いてけぼりを喰らったわけである。

「ぬあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

で、大体5分ぐらい、ゆっくりじっくり彼なりに状況を分析した結果、置いてかれたという結論に至ったらしい。
しかも迎えが来ない辺り、完全に忘れられているレベル。
不憫なんてものじゃない。
ほんとに。

「・・・・・・・・・ぜぇ、ぜひぃ、ぜふぅ・・・・・・」

と、流石の彼も、15分近くの全力疾走は流石に無理の模様。
仕方なく、走るのを辞めて歩くことにし、息を整えるのに専念し始めた。

「ちっくしょう、みんな覚えてろよ・・・・・・はぁ、ふぅ」

憎まれ口を叩きつつ、よくよく考えてみれば、今更急いだところでどうにでもなるもんでもなし。
なんだか毒気を抜かれた気分で、開き直ってのんびり行くことにした。

「にしても雄真のヤツ、結婚かぁ・・・・・・」

正直なハナシ、実感なんてまるでなし。
第一、 女の子と付き合ったことすらねーのである。
今回の協力に応じたのだって、羨ましいという嫉妬より、そのあまりの流されっぷりに同情した為だし。
だから、だろうか。
ふと、考えてしまう。
アイツは、雄真は今――――――“幸せ”なんだろうか。

「・・・・・・」
「ねえ、そこの礼服をまるで着こなせていない、冴えない男子」
「・・・・・・えぇー」

出会いがしらに、これでもかと言うほどに嫌味と毒をぶちかましてきやがった。
こんなことする知人は1人しか知らねー。
というか、喧嘩売ってんだろうか。

「あー、えー、ミサキちゃん、だっけか」
「首傾げながら呼ばないでくれる? というか、相手の名前をしっかり憶えてないってどうなの? 人として」
「―――――」

あれ? マジで喧嘩売られてる?
いや買う気は微塵もねーけど。
あー、うー、なんだ。
もしかして機嫌悪いのか。

「それで? こんなところで何してるのよ、そんな恰好で」
「いやーそれがよ、転移魔法で置いてけぼりくらったから、仕方なしに走ってたんだよ」
「無様ね」

ピシャリ、と。
実にキツイことを言いやがる。
黙ってれば可愛いのに。
つーか、雄真ならともかく、初めっから喧嘩腰の女の子を相手するスキルは、俺にはねーし。
まいったぜ・・・・・・こいつは苦手だ。

388八下創樹:2014/04/25(金) 12:52:38

「うー、えー、ってか、ミサキちゃんは何してたんだ? 雄真の結婚式、行かねーの?」

俺はともかく、春姫ちゃんたちが声をかけないはずはない。
多分だけど、ミサキちゃんにだって式の招待はいってるはずだろうけど。

「――――行くわけないでしょ」
「ほへ? なんで?」
「法的に認可されるはずのない、ただのお遊び。言うなれば“ごっこ”よ。馬鹿馬鹿しいわ」
「ふーん・・・・・・」
「なによ」
「いや、別に。――――でもいーじゃん、ごっこで」
「は? なに言って―――――」
「だってよ、楽しいじゃん。みんな楽しそうで、笑ってて・・・・・・楽しいぜ!」

うむ、それだけは間違いねぇ。
式守先生が赴任してきてから、なんだか右往左往ばっかして、大分苦しかった時期もあったらしいけど。
でも今、間違いなく。
アイツは、笑ってる。
昔から、ずっとアイツの友達だったからこそ。
それだけは、心の底から祝ってやりてぇ、って思ったんだ。

「――――単純ね」
「おご!?」

だってのに、ミサキちゃんには微塵も伝わらなかったみたいだ。
いやまぁ、そんなつもりもねーんだけどさ。

「それに、行けるわけないじゃない。・・・・・・彼にフラれておいて、結婚式にのこのこ顔を出すとか」
「なんだそんなことかよ」
「・・・・・・なんですって?」
「そんなややこしいこと、誰も考えてねーから、こんなぶっ飛んだことしてるんじゃん?」
「――――!」

っていうか、そんなこと考えてるならマジでやべー。
なにせ、友人の大半(ってかほぼ全員)雄真にフラれてるもんなー。

「そんなわけで! ミサキちゃん、一緒に行きませんか?(キラーン)」
「お断りよ」
「ごはっ!?」
「少なくとも、貴方と一緒にとか死んでもゴメンだし。っていうか死ねばいいのに」
「すんげーデスられてる!?」

うーむ、またしても空振りになっちまった。
なにがいけねーのかな。
自分的にはナイスな誘い方だと思ったんだけど。

「・・・・・・ああ、でも」
「?」
「お祝いはしてあげる、って、彼によろしく伝えといて」
「? だったら直接言いに行けばいいじゃんか」
「少しは察しなさい。だから彼女が出来ないのよ」
「ぐぎ!?」

結局、最後の最後まで毒を吐きながら、ミサキちゃんは手をひらひらさせて立ち去っていった。
うーむ・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
これは、脈アリだろうか?(俺に)

「ま、いいか」

おかげで、息は整って、体力も戻ってきたし。
もうひとっ走り、行くぜぇ!!


自分にとって、都合よく物事を考えてしまうハチ。
悪く言えば、途方もないバカ野郎で、
けれど誰よりも、真っ直ぐで揺るぎない。
そんなハチの言葉が、ミサキにどう届いたかなんて。
ハチにとって、どうでもいいことで。
だから、きっと、コイツはこんなにも――――――

389叢雲の鞘:2014/05/01(木) 22:53:28
気が付くとそこには知らない天井――。

「あ、気がついた?」

ではなく最愛の人の穏やかな笑顔があった。



『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 195  by叢雲の鞘



どうやらあのキス(誓いの口づけ)の最中に気絶したらしい。

顔を真っ赤にして目もグルグルしていたとのこと。

きっと、幸せ過ぎたんだな。

この上なく恥ずかしい。黒歴史とはまさにこのことだ。

「あれから、ちょっと大変だったんだよ?」

気絶したのは俺だけではなかったらしく、春姫や杏璃たちも気絶したのだとか。

いろいろ刺激的だったのに加え、今回の強行軍で疲れが溜まってたのだろう。

複雑な思いもあるが、それ以上に感謝の気持ちでいっぱいだ。

無事だったのは大人組と準、信哉だけだったとか。

ちなみに、色々と耐性のある準と違い、さすがの信哉にも刺激が強い光景だったらしく……。

『そ、某は…しょしょしょ、少々、精神のたたた、鍛錬、んん、んに……行ってくるでござる〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?』

と、何時もとは違う方向にぶっ飛んだ様子で出ていったのだとか。

なんとも硬派というか純情派というか……。

その後はとりあえず、母さんと護国さんの魔法で気絶した俺たちを運び(春姫たちは保健室で、俺は母さんの研究室だそうだ)、ちょうどいいからと披露宴代わりの食事会の準備を始めたらしい。

当然、先頭に立つのは我らがOasisのチーフ、かーさんだ。

元々食事会は予定してたので、特に問題はないらしい。

春姫たちがダウンしてるので人手が足りないんじゃないかと思ったが、どうやらOasisのスタッフにまでこのサプライズウェディングの話を持ち掛けていたらしく、人手は充分とのこと。

かーさんも母さんや護国さんたちとは別の方向で規格外のようだ。

「ねぇ、ゆー君」

「なんですか那津音さん?」

「幸せ、だね」

それはもう、本当に幸せだという表情で。

「……はい。幸せ、ですね」

きっと、俺の顔も幸せそうに笑っているのだろう。

それから俺たちは、準備のできた母さんたちに呼ばれるまでイチャついていた。

……………………………………。

…………………………………………。

………………………………………………。

…………何か忘れてる気がしたが気のせいだろう。

…………多分。







一方その頃。

「うおおおおおおおおおおおおおお!?ここは、どこなんだーーーーーーーーー!?」

我らが高溝八輔は未だにOasisにたどり着くことができず、森の中を彷徨っていた。

ちなみにこれは、気絶した春姫たちのことを心配した準発案、鈴莉実行による魔法トラップによるものなのだが、二人とも準備に夢中ですっかり忘れていたため、春姫たちの回復後も解除されていなかった。

390名無し@管理人:2014/05/04(日) 14:26:33
はぴねす! リレーSS 196回――名無し(負け組)


結婚式の翌日。
俺の奢りでハチと2人でラーメンを食っていた。
結婚式の準備を手伝ったのに、本番に参加できなかった、贖罪というか埋め合わせのためだ。

「……なぁ、俺って扱い悪くねぇか?」
「…………悪かった」

男2人カウンター席でラーメンを啜りながら黄昏れるのは、傍から見たらシュールだろうなとふと思った。

「別にいいけどよ。こうしてラーメン奢ってもらえたわけだしな」
「そう言ってくれると助かるよ」
「でも、雄真と那津音先生が愛を誓い合ったところは見たかったぜ」
「……」

個人的には抵抗感が強い。
嫌だということはありえないが、恥ずかしかったのは否定できないしな。
本音を隠すためにスープをレンゲで啜った。

「そういやさ」

ハチが突然思い出したかのように、顔を上げる。

「?」

俺はなんだろうと思い耳を傾けつつも、自分で頼んだ麺を啜る。

「あの日、ミサキちゃんと会って、伝言を頼まれたんだよ」
「……早く言えよ」

忘れちゃいけないことだと思うんだが。

「今思い出したんだから、仕方ねーだろ」
「まったく……。で、あいつは何て?」
「確か…………『お祝いはしてあげる』だったっけな」
「……そうか」

直接言ってこないあたり、ミサキらしいなって思った。
出会ってからの時間は短いが、ここ最近ではすごく絡んだ相手でもある。
また会えるかどうかはさておき、神月ミサキという少女のことを忘れることはないだろう。

「……何か嬉しそうだな、雄真」

自然と頬が緩んでしまったようだ。

「知り合いに祝福されたら、誰だって嬉しいもんだろ」
「ま、そりゃそうだけどよ」

ハチは俺の言葉に頷きながら麺を啜る。
しかし、まぁ、那津音さんに出会って、那津音さんと結婚を約束した仲になるまでそう時間はかかってなかったはずなのに、物凄く長い時間がかかったような気もする。
体感時間にしたら2年ぐらいか。
それだけ、濃密な日々を過ごしたってことだな、うん。
自己完結して、残りのラーメンを一気に掻き込もうとした時だった。

「隣、いいか?」

聞き覚えるのある声に、反射的に振り向くと――

「神月カイト…………先輩」
「申し訳ない程度の敬意はいらん」

那津音さんと結ばれるまでの間、かなり世話になった先輩がそこにいた。

「でも、折角だ。一杯ご馳走になるとしよう」

そう言って、俺の隣に座り、早速注文するカイト。
少し理不尽に思うが、恩があるのは確かだ。
特に奢ることに抵抗感もないし諦めるか。

「すみません、替え玉お願いします」
「はいよー」

切り替えた俺は無料サービスの替え玉を楽しむことにした。

391名無しさん:2014/05/09(金) 15:24:28
はぴねすりれーss 197 Leica



 男3人。
 無言でラーメンを啜る。
 並んでラーメンを啜る。
 ずるずると啜る。

 ……。
 うん。気まずい。

 こういう時に頼りになるハチも、今回は無言だ。
 そういえば、ハチとカイトはあまり絡みが無かったんだっけか。
 空気を読んで黙っていてくれているのかもしれない。

「結局、式守那津音にいったか」

 そんな事を考えていると、カイトの方から話を切り出してきた。
 案の定、そっちの話か。

「予想通りでしたか」
「そうだな。多少脇道に逸れはしたが、行き着くところは一緒だった」

 欠片も表情を変えずにカイトは言う。

「ミサキと恋人まがいのことをしていただろう。
 あの時の忠告を忘れたか」
「あぁ……」

 あのバカ高いレストランで食事をした時か。
 ミサキと待ち合わせをしていた場所で、俺を待ち構えるようにして待っていたカイト。
 その時、カイトはこう言った。



『ミサキがお前に好意を寄せ、それをお前に告げたとしても。
 その結果が伴う事は未来永劫ない。
 なぜなら、お前には既に好きな人間がいるから』

392名無しさん:2014/05/09(金) 15:25:07



 直接名前を出されたわけではない。
 それでも、確かに俺は自分の心中を言い当てられた気がしたのだ。
 もうすでに、あの段階でこの男は気付いていたということだろう。

 式守那津音が好きだ、という俺の気持ちに。

「悪かったですね」
「……何がだ」

 視線をようやく俺の方へと向けてくれた。
 俺を値踏みするような視線だったが。

「結局、貴方のことを楽しませてあげることができなかったみたいです」

 俺のその言葉に、カイトは僅かにだが目を見開いた。
 大方、ミサキのことについて俺が謝罪したとでも思ったのだろう。
 ミサキのことは確かに悪かったと思っている。
 だけど、それはミサキ本人に対してであって、この男に謝るべき事柄ではない。

 それはミサキに失礼だ。

 そういった諸々の心情までも汲み取ったのか、
カイトは少しだけ間を置いてからニヤリと笑った。

「言っただろう? 多少、脇道に逸れはしたが、と」

 ゆっくりと席を立ち、カイトは言う。

「楽しませてもらったさ。道中、色々とな」

 ごちそうさま、と一言添えて。
 カイトはその場を後にした。

「楽しませてもらった、か」

 俺の、俺たちの行動は。
 カイトの予想を上回ることができたのだろうか。
 できたのだとしたら、どの場面で?
 分からない。
 多分、聞いても答えてはくれないだろう。

 それになにより、何度思い返してみても俺の不甲斐ない姿しか思い出せない。
 駄目だ。だんだん気分が重くなってきた。

「……あの人もなかなか謎な人だったよなぁ」

 ハチの何とも言えないお気楽な声だけが、その場に残った。

393叢雲の鞘:2014/05/15(木) 22:56:26

『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 198  by叢雲の鞘



「で、兄さんとしては満足のいく結末だったってわけ?」

雄真たちと別れたカイトを待っていたのは彼の実妹、ミサキだった。

「お前は不服か?」

「当然よ。人生初の恋が失恋で終わったんだから……」

「だがそれは分かっていたことだろう?」

「……………………」

「もとより勝ち目の薄い戦いだったんだ」

「……負けるつもりなんてなかったわ」

「っふ……お前がそこまで入れ込むとは、俺にも予想外だったよ」

「自分でもびっくりだわ」

「そうだな……ククッ……今まで他人に対して碌に興味を抱かなかったお前がアイツを振り向かせようと必死になる姿は見ていて滑k……いや、新鮮だったぞ。思わず『恋は人を変える』という言葉を信じそうになった」

その様子を思い出したのかカイトはおかしそうに身体を震わせる。

「な!?///」

「まぁいい。結果的にお前は失恋したが……悪くはなかったのだろう?」

赤面する妹にそう言うと、カイトは答えを聞かずに歩き出した。

「…………そうね。悪くはなかったわ。私が気づかなかっただけで、世界にはこんなにも幸せが満ちているんだって知ることができたから」

小日向雄真に恋い焦がれ、彼を想ったとき、彼と触れ合ったとき、彼と共に在ったとき。

確かに神月ミサキは幸せだった。

「そう、私は神月ミサキ。未だ咲かぬ者。今回はまだ美しく咲くときではなかったというだけ。覚えてなさいよ、小日向雄真。私を本気にさせたのだから……これからも引っ掻き回してやるから、せいぜい落とされないことね」

そう言いながら不敵に笑うと、ミサキは兄を追いかけて歩き出した。

394七草夜:2014/05/21(水) 07:31:30

 ――これは最後から二番目の物語
     そして一つの物語の終わり




 ガラッ、と部屋の扉が開かれ雄真が待つその部屋に那津音が入ってくる。


「お待たせ、ゆー君……じゃない、小日向君」
「二人っきりなんだから別にその呼び方でも良いと思いますけどね」
「駄目よ、ケジメが大事なんだから。今の私は先生として君の前にいるんだからね!」

 そう可愛らしく言う姿にあまり教師としての威厳を感じない。
 思わず軽く苦笑してしまう雄真に、流石に自分でもおかしかったのか、那津音も軽く笑い返した。


「それじゃ始めましょうか――進路相談」




 気が付けば、あれからあっという間に月日は過ぎ去っていた。
 皆とは今までと変わらない日常を過ごし、これまで以上の騒がしさと楽しさで明るく学園生活を謳歌していた。
 そんな過ぎ去る日々の中、とうとう雄真達は進路というものについて考えなくてはならない時期になっていた。
 そして、その時間の変化はもう一つのある事実をも指し示していた。

「それで、小日向君は何かなりたい職業とかあるのかしら?」
「なりたい職業といっても……なつ――式守先生も知っての通り、俺は今後式守の一族としてのあり方を学ばなければならないのでしょう?」

 結婚式こそ挙げたものの、未だ二人の関係は教師と生徒。
 役所への正式な手続き等は雄真の卒業を待つ事となっている。
 逆を言えば、雄真が卒業したその時点で、雄真は式守の名を背負うことになる。
 だから当然、その手の帝王学などを学ぶことになるのだろうと雄真は漠然と思っていた。
 だが那津音はやんわりと首を振る。

「そんな事はないわよ。お父様が存命な以上、当主の代替わりがすぐに行われるわけじゃないから当分は私達も伊吹も自由、とまではいかないけど制限は然程無いわ」
「そうなんですか?」
「えぇ、何処かで学んできた何かが式守の役に立たないという保障はないしね。だから取り合えず進学するというのもアリよ? 式守のいろははその後でも学べるしね」

 そう言われて雄真は悩む。
 いつだって自分は目の前だけを見続けて進んできた。
 しかしここにきて、遠い未来の自分を想像しろと言われてもすぐにピンとは来ない。
 何せ今回の進路相談についてなど式守の名を背負いずっと那津音の傍にいるということしか考えてきていなかったのだから。

「取り合えず他に選択肢としては、魔法使いとしての才能を活かす方向で行くのもあるわね。鈴莉さんのように研究職として就くか、あるいは現場で働くようなタイプにするか、という点でも別れるわ」
「確かに、俺自身の魔法の才能を考えるとそういう方向もありなんでしょうけど……」

 それが悪い、とは思わない。
 むしろどちらのタイプになるにせよ魔法で人助けが出来るのならそれらは間違いなく、式守家にとってもプラスになり、ひいては那津音の力にもなれるのは間違いない。
 ただ、自分には才能はあっても技術や知識には長いブランクがある。
 春姫や杏璃には現時点で遠く及ばないだろうし、日常において使う時も那津音やミサキに頼りがちだった。
 そんな状態なのでもっと早い段階から学んでる人間達に大分遅れを取っている以上、その段階に至る道はとても険しい。
 だからとても自分が目指すのに適しているとはいえ、その難易度から軽々しくこの場で頷けるものではなかった。

「今すぐに決めるべき、とまでは言わないけれど……なるべく目指す方向だけでも早めに決めておいた方が今後の何を学べば良いのか、その指針になるわよ?」
「うーん……」

 イエスともノーとも答えられない。
 何処か、ぼんやりとした何かが自分の中で答えを出すことに躊躇させていた。
 そんな思い悩む雄真の様子に那津音は苦笑する。

「大丈夫、きっと君なら色んな人を幸せにする道が見つかるわ」
「……はい」

 結局、雄真はこの時点では答えは見出せなかった。

395七草夜:2014/05/21(水) 07:33:10


「進路、か……」

 屋上でベンチに座ってボーッと空を眺める。
 思い描くのは先ほどの那津音との進路相談の事もあるが、雄真にとってはもう一つの事実が重く圧し掛かってきていた。

「随分と黄昏ているな」

 ふと、気が付けば一つ隣のベンチにカイトが座っていた。
 空を見上げるために上を向く雄真に対し、本を読むために視線を下げているカイト。
 対となる構図で、二人は並んでいる。
 思えば雄真はなんだかんだでこの先輩にずっと頼ってきていた。
 年上の男という、父親も不在がちな雄真にとって貴重なこの存在は時には壁であり、そして時には支えでもあった。
 そんなカイトが横にいるせいか、普段は口にするのも嫌だった事実を簡単に呟く事が出来た。

「……もうすぐカイトも、小雪さんも卒業するんだよな」

 そう、雄真達が進路を決める時期に来ているということは。
 既に進路を決めている上級生達が卒業する時期が近付いているということでもある。
 それはつまり、以前から語られてきていた明確な、一つの関係の終わりが近付いてきていることを意味していた。

「終わりはいつか必ずやってくる。どんなに楽しくとも、その訪れは避けられない。だって、終わりは次の始まりなのだから」

 落ち込む雄真にカイトは視線を上げずに応える。

「華は散る。だが散るのは次咲くために種を残すためだ。故に散る事を惜しむな。この別れも、次に出会うためと考えろ」
「分かってる。分かっては……いるんだ」

 以前、春姫達を振った時にもこの同じ場所で同じようなことをカイトから言われた。
 自分は失うだけではない、それ以外にも得たものは確かにあった。
 ゆえに自分は歩み続けると、そう誓った。
 その誓いを、折るつもりはない。

「でも、そんな事とは関係無しに、寂しいものは寂しいんだよ……」
「……全く、素直で手間のかかる奴だ」

 その言葉には少しの憤りと微かな笑いが混ざっていた。
 珍しいカイトのそんな感情の篭った言葉に、雄真も空元気ながらも気力を搾り出す。

「……カイトは、卒業したらどうするんだ?」
「お前達のおかげでミサキももう一人にしても問題無さそうだしな。都会の方にでも出て、一人暮らしを始めるつもりでいる」

 単純に進路の事を聞いたつもりだったのだが、若干ズレた答えが返ってきた。
 いや、むしろ全てを知るカイトだからこそ、ズラして答えたのかもしれない。
 今まで通り、雄真自身に全ての行動を決めさせるために。

「いい加減、父や母を脅えさせるのも、その事でミサキを悲しませるのも億劫になってきたからな。当分は本に埋もれた隠居生活でも満喫しようかと思っている」
「あ……」

 そういえば、と以前ミサキから聞いたことを思い出した。
 魔法を使えないのに、魔法使い以上の事ができるカイト。それ故に彼は両親から疎まれていたと。
 そしてそんな兄を見てきたからこそ、兄が大好きなミサキが悲しんでいた事を。

「そんな顔をするな。未知なるものに恐怖を感じるのは当然の事だ。父や母に落ち度は無い、故に俺は二人を恨んだことは一度とない。俺の人生は、決して不幸なものではなかった」

 いつも通りの表情でカイトは雄真を諭す。
 実際、カイトがそこまで苦痛を感じたとは思わない。それは、最初にその話を知った時から思っていた事。
 ただ改めて本人からその事実を告げられてショックを受けたのは確かだが。

「……分かってる、お前がそういう奴だってのは。でも、それじゃどうするんだ? その言い方だと今後は俺とも那津音さんとも関わらないみたいだけど」

 未知なる世界を見たいと言った。
 そうして自分と那津音に彼は関わってきた。
 その今後の未知を、彼は手放すと言う。

「もう、お前達の未来は俺の予想を覆す事は無い。そんな事は、決して起こりえない」
「なんでそう言い切れるんだよ」

 もっと傍に居て欲しかった。
 これからも自分を導いて欲しかった。
 関わった期間こそ最も短い相手ではあったが、雄真にとっては最も信頼できる相手だった。
 だからこそ、最後まで見届けて欲しかった。
 雄真にとっても、ある意味で彼は兄のような存在だったから。
 だが、カイトは決定的な言葉を言い放つ。

396七草夜:2014/05/21(水) 07:37:41

「お前達の未来は、幸福に満ちているに決まっているからだ」

 そう、言い切る。言い切られて、しまった。

「……カイト」
「そうでなくては、想い叶わず散っていった少女達も浮かばれない」

 それは確信であり、確定。
 雄真は自分を思ってくれた少女達を振って一人を決めた。
 そこまでしたからこそ、そうなるに決まっているし、そうならなければならない。

「……確かに。その未来は、絶対に覆せない」
「あぁ。こればっかりは、絶対だ」

 であるが故に。
 雄真はカイトをこの地に留める事も出来ない。
 彼の見たいものを、見せてやる事がもう出来ないのだから。

「俺の事は気にするな。もとより俺はオブサーバー、観測者だ。多少暇でも気は長い方だからなんとでもなる」
「……分かった。これ以上は、何も言わない」

 もとより、心配する必要は無かったのかもしれない。
 だって彼はいつだって、雄真の先を行く人物だったのだから。

「……雄真、これは、在学中の最後のアドバイスだ」
「アドバイス?」
「道に迷うと思うのならば、しっかりと道を踏み締め。迷ってしまったのならば、歩いてきた道を見ろ。迷いに不安があるのならば足跡を見直せ」

 それは今までにない、曖昧な言葉。
 その正しい意味を、雄真は自分が理解できているかは分からない。
 だが、その一言一句を聞き逃してはならないと思った。


「お前の手にした幸福は、決して特別なものではなかったはずだ」


 それが、神月カイトの最後のアドバイスだった。

397七草夜:2014/05/21(水) 07:38:22

 自分にとって姉のような人物は、「未来を考えろ」と言った。
 自分にとって兄のような人物は、「過去を見返せ」と言った。
 二人の言葉は全く別の方向を向いているようで、だけど雄真には同じ事を指しているように思えてならなかった。
 実際、そうなのだろう。過去を見て、未来を見定める。そうしたうえで、自身の進路を決めろ、と言っているのだ。

 幸せ、と二人は言った。

 自分ならできると。自分はそれを得ていると。
 雄真は考える。幸せとは一体、何だろう。
 自分がそうか否か、と聞かれれば間違いなくイエスだ。
 愛する恋人がいて、告白を振ってからも祝福してくれた少女達がいて、期待に応えることが出来なかったのに喜びを分かち合ってくれる友人達がいて。
 母も二人いて、父もいずれ二人になる。そんな自分が、幸せでないはずが無い。

 人を幸せにする、というのはどういうことだろう。

 例えば、自分に起きた出来事と同じ道を歩ませることが幸せになる道だろうか。
 多分それは違う。この道は決して安寧の道ではなかった。
 途中で心が折れかけたこともあった。不安で押しつぶされそうになったこともあった。
 それを他の誰かに強要することは、良い事ではないと思う。
 本当に大切なのは。

 たとえ大切な何かを失うことがあっても、明日のために歩き出せることだ。

 傷付いた少女達の傍に誰かがいたように。
 世界の中心が自分でないことに気付いた自分を慰めてくれた那津音のように。

 ――幼い頃に苛められた春姫を助けたあの時の自分のように。

「あぁ、そうか……なんで、当たり前のことを忘れていたのだろう」

 目指すべきものは、最初から自分の中にあった。
 様々なものを得た中で、失ってしまっていたもとからあった心。
 それはどんな大人になろうとも、決して手放してはいけない夢。
 幼い頃から、ずっと考えてきた理想の自分。
 全てが思い通りになるようなる、思うままの行動。
 それは。

「俺の夢は――魔法で人を幸せにすることだ」

 雄真の道は、決まった。



 カチ コチ カチ コチ カチ コチ。

 運命の歯車は音を刻み、そのリズムを決して崩さない。

 変わらず時は廻る。一人の人間がどうあろうと世界は絶え間なく動き続ける。

 これは最後から二番目の物語、そして一つの物語の終わり。

 繋がれてきた幸福の物語はそれぞれの結末へと進んでゆく。


 さぁ――


『はぴねす! リレー小説』 Ep,199「それでは、これからの話をしましょうか」―――――七草夜

398龍夜:2014/05/22(木) 01:51:34
時は移ろう。
ゆっくりとゆっくりと。
季節は春から夏へ、夏から秋へと過ぎていく。
時間にして朝4時。
瑞穂坂市内にある公園。
そこに二人の人影があった。

「さあ、小日向君。これで最後よ」
「はい! 那津音さん」

小日向と呼ばれた青色を基調とした服に身を包む青年は、那津音と呼ばれた白色の巫女服のようなものに身を包んでいる女性に威勢よく頷き返すと、前方に手を掲げ目を閉じる。

「エル・アムダルト・リ・エルス……」

青年の詠唱に呼応するように、青年の前に置かれた木製の箱の周辺に光が満ちていく。

「……ディ・アムレシア!!」

力強いその言葉とともに、木箱はゆっくりと浮上を始めやがて青年の目の高さにまで浮上した。

「…………っ」
「小日向君、集中して。その状態であと5分キープ」

女性の呼びかけに、青年は手をかざしている手首をもう片方の手で押さえるようにして力を込めていく。
木箱は揺れがあるものの、浮上し続けている。

「くっ……」

だが、それは青年の苦痛に満ちた声と共に一瞬で地面に落下した。

「あらら、大丈夫?」
「は、ハイ……なんとか」

極度の集中状態にあったためか、肩で息をしている青年に、女性が心配そうに尋ねた。

「3分15秒……始めた当初に比べれば飛躍的な上達だけど、まだまだね」
「ええ……」

女性の評価に、青年は真摯に受け止めていた。
青年が行っていたのは物体浮遊魔法の練習だ。
青年の魔法を使う際の集中力を鍛えるために組まれたものだ。
当初は30秒が限界であったが、現在は6倍までタイムは伸びていた。

「それじゃ、休憩したらもう一回やるわよ」
「えぇ〜」

女性の言葉に、青年は不満げな声を漏らす。

「何よ、その不満そうな返事?」
「疲れて力が出ません」

そう告げると青年はわざとらしく地面に大の字で寝そべった。

「全くもう……それだったらどうすればやる気を出してくれるの?」
「それは……分かってますよね?」

問いかけに問いかけで返す青年に、女性の頬は赤くなる。

「本当に手がかかるんだから。ん……」

青年の横に腰掛けた女性は青年と唇を合わせる。

「はむ……ちゅ……ぢゅる……」

最初は軽い口づけが、深い物へと変わっていく。
それはしばらくの間続いた。

399龍夜:2014/05/22(木) 01:52:24
日が昇り、午前8時ごろの通学路。
そこを歩く二人の青年と三人(一人に関しては触れないでおこう)の人物がいた。

「って、自慢かぁ!!」
「のわぁ?! いきなり叫ぶなよ、ハチ」

突如として大きな声で叫び声を上げるハチと呼ばれた青年。
本名は高溝八輔。
外見は二枚目、だが口を開くと評価は下降するというある意味かわいそうなタイプの人間だ。
しかし、そんな中に見せる友人思いの一面があることを知っている者は少ない。

「ハチが雄真に叫びたくなる理由、分からなくないわね」
「準まで言うなよ」

準と呼びかけられた少女(?)の本名は渡良瀬 準。
外見はどこからどう見ても美女だが、その正体は男性だ。
一種の男の娘だ。
もう一人の青年に恋い焦がれる乙女だった人物だ。
そして、雄真と呼ばれた青年こそが、我らが主人公、小日向雄真だ。
複数の女子に好意を抱かせ、あまつさえそれらを一人を残して蹴ったという、世の男性が知れば嫉妬の炎が浴びせられること間違いなしの存在だ。

「那津音さんも、飽きませんよね」
「え? そう? だって、私たちは夫婦だもんね〜♪」

そして、呆れたような声色を漏らす特徴的なリボンをつけた少女の名は、小日向すもも。
彼女もまた、雄真に好意を寄せ、そして断られた人物だ。
現在は、自分のテリトリーが侵食されかけているため、気が気でなかったりするというのが本人の話だ。
そして、雄真の腕に自分の腕を絡まらせて満面の笑みを浮かべる女性こそが、我らが(?)ヒロインの、式守 那津音だ。
徐々に徐々に雄真に恋焦がれていった女性だ。
紆余曲折を経て、二人は遂に結ばれさらには婚礼まで済ませた。
いわゆる、学生婚というものだ。

「でも、苗字は変わってないけどね」
「あら、再来年には”式守”になるわよ」

雄真の言葉に、那津音はきょとんとした表情で答えた。
かーさんズ(御薙 鈴莉と小日向 音羽の二名)と式守家当主である護国氏との話し合いで、高校を卒業するまでは小日向の姓でもよいということにされている。
つまり、卒業と同時に雄真は”式守 雄真”として、生きていくことになる。

「さあ、行きましょうアナタ。私たちの輝かしい未来に」
「ええ……那津音」

二人は頷きあうと、通学路を走り始めた。

「グォラァ! 待てぇ! 一発でいいから殴らせろぉぉ!!」
「やれやれ、いつもいつも飽きないわねぇ」

嫉妬のあまりに性格がおかしくなったハチの後に、呆れた表情を浮かべる準たちが続く。

400龍夜:2014/05/22(木) 01:53:10
その様子を、どこからともなく見ている二人の男。

「あははは、本当に面白いな」
「あの」

一人の男が満足げに笑う中、もう一人の青年……神月 カイトが声を掛ける。

「なんだ?」
「本当にあれでよかったか?」
「当然」

カイトの疑問に、男は即答で答えた。

「私は、ただ別の物語(世界)を見たかっただけだ。私のいない、あったかもしれない未来をね」
「…………」

男の言葉に、カイトは何も言えなかった。

「向こうの雄真には、いろいろ迷惑をかけたが、やはり本質は変わらない物だな。性格は向こうとこっちと同じだ」
「前から気になっていたんだが、あんたはいったい何者だ?」
「……………」

カイトの疑問に、男は押し黙った。

「俺にもわからない。突然現れたかと思えば、彼にちょっかいを出すように指示を出したその目的が」
「だから、言っただろ? 私は別の物語(世界)を見たかっただけだ。とね」

カイトの鋭い視線に臆することもなく、笑みを消した表情で答えた。

「君は非常に素晴らしい働きをしてくれた。おかげで私の満足のいく結末を見ることができた」
「まだ、物語は終わってはいない」
「確かに。だが、時期に終わる。この物語を描いている人物が宣言をすることによって」

男は空を見上げる。
空は変わらず白い雲が流れていく。

「では、神月カイト。君はいったいどのような結末を望む?」
「…………」

男の問いかけに、カイトは何も答えない。

「ならば、目を閉じてみろ。そうすれば、結末を狭間見ることができるはずだ。この世界とは別の5つの世界の結末を」

男はそう告げると、空気に溶け込むように消えていった。

「……お疲れ様」

カイトが告げたのは労いの言葉。
カイトは、彼の存在に関してある仮説を立てていた。
彼は、この世界を形成させた人物の分身であるという仮説。
だがそれはどうでもいいこと。
カイトは男に言われた通り、目を閉じた。
次の瞬間、カイトはその光景を目の当たりにする。
5つの世界を作り上げた者たちが綴る、結末を。


はぴねす! リレー小説――――――――龍夜
第200話「物語の結末feat.恋はパニック」

401Leica:2014/05/22(木) 20:47:16
はぴねすりれー 最終話
Leicaばーじょん



 その日は、桜舞い散る穏やかな快晴だった。



「おめでとうございます」
「今までありがとう。これからは貴方たちが、この部活を引っ張っていってね」

 送る言葉と、別れの言葉。

「せ、せんぱいぃ〜、行かないでぇ〜」
「ああもう。ほんとに君は世話が焼けるんだから!」

 そこにあるのは、涙と笑顔。

「なぜそんなにも面白い顔をしているんだ? 雄真」
「……面白いは余計だ」

 振り返る。
 そこには珍しくやつれた顔をしたカイトが立っていた。

「どうしたんです? やたらと服が乱れてますが」

 見れば着ている学ランも皺だらけだ。
 この先輩らしくない。
 前ボタンも無い場所がある、まるで毟られた後のような……。

 ……。
 あー。そういうことか。

「会場を出るなりミサキに毟り取られてな」

 予想通りの展開だった。

 奪われたのか。
 第二ボタンを。

 ……実の妹に。

「それこそ、予想できたことでしょうに」
「こうなることが一番良いと思った結果だ」

 肩を竦め、やたらと悟ったかのような口調で言う。

「ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとう。まあ、多少は感慨深いものもある」

 カイトは卒業証書が入った筒を手で弄びながら答えた。

「それなりに楽しめた。期待以上だったな」
「それはなによりです」

 正直、この晴れ舞台にそういった感想しか出てきていない時点でどこかずれている。

「良い物件は見つかったんですか?」
「まあな。またしばらくはのんびりさせてもらうさ」

 この人がどこに進学してどこに居を構えるのか。
 俺はまったく聞かされていない。
 おそらく、聞いても教えてはくれないだろう。
 面と向かって言われたわけではないが、なんとなくそんな予感があった。

 ……。
 そうか。
 もしかしたら、これがこの人との最後の会話になるのかもしれないのか。

402Leica:2014/05/22(木) 20:48:41

「おっと。それでは邪魔者は退散するとしよう」

 気の利いた別れの言葉でも口にしようと思ったのだが、それよりも先にカイトが動いた。

「元気でやれ、雄真。あまり失望させてくれるなよ」

 肩を叩かれる。
 横をすり抜けるようにして歩き出したカイトを目で追おうとして。

「雄真さん」

 その声に呼び止められた。

「小雪さん」

 一瞬の、わずかなズレ。
 後ろを振り返った時には、もうカイトの姿は雑踏に紛れどこにもなかった。

「どうかされましたか?」
「あ、いえ」

 問いかけられ、視線を小雪さんに戻す。
 そうか。
 小雪さんはカイトには気付かなかったのか。

 なんて考えていたら、違和感に気付いた。

「あれ?」
「なんでしょう?」

 小雪さんがエプロンをしていない、……だと。

 小首をかしげる小雪さんは、瑞穂坂学園の制服を着ているだけだった。
 怪しい帽子なんかも被っていない。至って普通の恰好をしている。

 い、違和感がすげぇ。
 どんな時でもあの奇抜なスタイルを貫いていただけに、いきなりそれがなくなると……。

 卒業式。
 この人の最後の一線はここにあったのか。

「雄真さん?」
「あ、すみません。なんでもないです」

 落ち着け俺。
 悟られるな俺。
 平常心平常心。
 失礼すぎるぞー。

 ……。こほん。
 心の中で咳払いをしておく。

「ご卒業、おめでとうございます」
「はい。貴方を愛しています」

 ……。
 ……。

 ?

 ……。

「え、えーと? ご、ご卒業、おめでとうございます」
「はい。貴方を愛しています」

 ……。
 ……、……?
 ……。

「……」
「……(にこっ)」

 ……。

 ……、……。

 ……、……、……。



 は



「はああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 いきなりなに言い出しちゃってんのこの人!?
 大絶叫をしてしまったせいで、周囲の視線が一気に集まる。

403Leica:2014/05/22(木) 20:49:24

「あー! こんなところにいた!!」

 杏璃が駆け寄ってきた。
 今の俺のシャウトで気が付いたのだろう。
 後ろには春姫や準、ハチ、信哉、沙耶ちゃん、伊吹にすももといったいつもの面々がいた。

「どうしたの? いきなり大声で叫んじゃって。凄い注目浴びてるわよ。
 まあ、こっちはそのおかげで気付けたから良かったんだけどさ」

 準が聞いてくる。

 だがしかし。
 残念ながら教えるわけにはいかないな。

 ちょっと小雪さんの真意も測りかねるし。
 何より正直に白状しようものなら大騒ぎに――、

「たった今、私が雄真さんに告白をしたところです」
「ぶっふっ!?」

 それを聞いたハチが、何も口に含んでいないはずなのにむせた。

「こ、告白!?」
「どういうつもりなのよ雄真ァ!!」
「『どういうつもり』ってなんだよせめて『どうするつもり』って聞いてくれ!!
 あと春姫!! 近い近い近い!!」

 春姫と杏璃が鬼気迫る表情で詰め寄って来たので何とか押しのける。
 が。

「雄真くん説明して!!」
「雄真ァ!!」
「ちょっと落ち着いてほんとになにこれチカラつよっ!?
 い、伊吹助け――」

「こ、こくは、こくはく? こくは〜?」
「えぇい落ち着かぬかすもも!!」
「すもも様!? お気を確かに!?」

 伊吹と沙耶ちゃんはショックで目をぐるぐるさせているすももの介抱をしていた。
 だめだ。助けにはなりそうにない。

「ふふふ。貴方たちは相変わらず賑やかねぇ」
「ここにいたんだー。みんなー、暴れて怪我しちゃだめよー」
「人気者なのねー。ゆーく、じゃなかった小日向君は」

 母さんたちまでやってきてしまった。

「これ、どうしたの?」
「これ呼ばわりしてないで助けて!!」
「答えて雄真君!!」
「さっさと答えなさいよ雄真ァ!!」
「当たってる当たってるいろいろやーらかいものが当たってるって!!」

 俺たちを指差して質問したのは母さん。
 そしてその質問に答えたのは。

「はい。ちょうど私が雄真さんへの告白を済ませたところでして」
「……はぁ?」
「これ以上カオスにさせてどうオトシマエをつけるおつもりなんですかねぇ小雪さぁん!?」

 し、しかも、母さんの後ろには。

「あらあら〜。もう次の女の子にちょっかい出し始めてるの? 流石は色男ね雄真くんは」

 かーさんと。

「ふ、ふぅん。告白されちゃったんだぁ。ゆーくんってモテモテなんだぁ?」

 那津音さんがいるのにぃぃぃぃぃぃぃ!?

「い、いいねぇゆーくん。可愛い女の子に告白されて詰め寄られちゃってさぁ?
 嬉しそうだねぇゆーくん。よかったねぇよかったねぇ」

 ああ。
 笑顔は笑顔なのだが頬がひくひくと痙攣していらっしゃる。

 これは。
 まずい。

「那津音さん聞いてください!! いったい今!! 何が起こっているのか!!
 実は当事者であろう俺もよく分かっていないのです!!
 俺はただ!! 小雪さんに!! 『卒業おめでとう』と言いました!!
 ええ、それだけだったんです!! そうだそれだけだったはずだ!!
 なのに!! けれども!!でも!! しかしながら!!
 どうしたことでしょう!? このとおりなんです!!!!」

 両手を広げ、今の俺の心情と現状を分かりやすく力説する。
 大丈夫だ。これほど論理的かつ簡潔に説明すれば、きっと那津音さんも分かってくれる!!

「ふ、ふぅん? そうなんだー?
 べ、別にゆーくんが誰に告白されようと、私には関係ないしぃ?」
「めちゃめちゃ動揺している今の貴方がそれを言っても説得力無いわよ」

 母さんがため息交じりにつっこんだ。
 公私混同はしないとか言ってたくせに「ゆーくん」と呼んでいる時点で、そこはもうお察しだろう。

404Leica:2014/05/22(木) 20:50:02

「ま、まあまあ」

 俺に掴み掛る勢いで迫っていた春姫(実際は色々と柔らかい部分が当たっていた)と、
 実際に掴み掛っていた杏璃(春姫より小さいくせに密着度が高かったおかげでとても柔らかかった)。
 その2人を引き剥がしつつ、かーさんが仲裁に入ってくれる。

「この晴れ舞台で気持ちの整理をつけたい、って学生は意外と多いのよ?
 小雪ちゃんもその覚悟で告白したはず。
 それなのに、周囲のみんながこんなに騒いでちゃ失礼だと思わない?」

 かーさんの正論に、静まり返る一同。

 春姫が静かに俺から離れ、杏璃も視線を逸らしながら俺を掴んでいた手を離した。
 みんなも気まずそうに姿勢を正す。

 良かった。
 とりあえず落ち着いたか。

 かーさんが笑顔でうんうんと頷く。

「ごめんなさいね。せっかくのタイミングでみんな騒いじゃって。
 小雪ちゃんだって、まさか那津音ちゃんから雄真君を奪っちゃおうとか考えてないもんね?」
「考えてますけど」
「……」

 ……。

 再び静まり返る一同。
 というか、みんな固まった。

 唯一、固まっていない人物が続ける。

「ちなみに。今日の私のすろーがんは、『りゃくだつあい』です」

 ドヤ顔で。
 そんなことをのたまった。



「はあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」



 絶叫。
 もう誰のものかは分からない。
 誰か1人だったのかもしれないし、みんなだったのかもしれない。
 そんな些細な事は、もうどうでも良かった。

 そこから先は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図となってしまったのだから。

「りゃ、りゃくだ? りゃくだりゃくだ、そうです。らくださんなのです」
「す、すもも様!! ま、まずは深呼吸を!! 小雪様!! いい加減になさってください!!」
「落ち着けと申しておろうがすもも!! 沙耶、そっちを支えろ!!
 小雪ィ!! 貴様何の精神攻撃だ!!」
「そんな。私のぴゅあな告白になんてことを」
「略奪愛にピュアもクソもあるか!!」

 目を回しぶっ倒れそうになるすももを必死に支える沙耶ちゃんと伊吹。
 ブチギレの伊吹相手に素知らぬ顔で答える小雪さん。
 ……それを珍しくおろおろと眺める信哉。

「略奪!! 略奪ですって!! なんて甘美で背徳的な響きなのかしら!!」
「……準、とりあえず俺たちは大人しくしてような」
「なによハチ。こんな状況、貴方なら真っ先に暴れ出す場面でしょうが」
「いや……。今回のはちょっとヘビーすぎるっつーか。
 正直なところ、うまくネタとして終わらせる自信がねーよ」

 傍観を決め込む準とハチ。

「これは流石にもうどうしようもないかも」
「お疲れ音羽。貴方はよくやったわよ」
「ありがと。それにしても聞いた鈴莉ちゃん。略奪愛ですって」
「若いわねぇ。まあ、恋愛の形なんて当人たちの自由だし」
「きゃー、ここにきてまさかの昼ドラ展開なのねー」
「護国さんがブチギレても私は関知しないからね」
「あ、それ私もー」

 同じく傍観を決め込む母さんに、
 最後の導火線へ無責任に火を放っておきながら我関せずを決め込むかーさん。

405Leica:2014/05/22(木) 20:51:31

「なになに? 修正パッチダウンロードしたの?
 略奪ルート解放? ちょっと説明しなさいよ雄真どういう状況よこれ」
「お前どっから湧いて出たミサキ!?」
「失礼ね。貴方のあるところ私有りよ」
「あらかた迷惑だよ!!」
「だ、だったら私も略奪する!! 略奪しちゃうよ雄真くん!!」
「ええ!? いやいや春姫それはちょっと人としてやっちゃいけない領域というか流石に私もヒくっていうか」
「とめないで杏璃ちゃん!! 私だって引き下がれないんだから!!」
「そこは引き下がってお願い!! ちょっと春姫さんあんま抱きつかないで凶悪凶悪それ凶器だって!!」

 ミサキに春姫に杏璃。
 四つ巴となって揉みくちゃにされる俺。

 しまいには。

「小日向がまた女を囲ってるぞー!!」
「なにぃー!? あ、あいつ式守先生だけじゃ飽き足らずに学園の綺麗どころを!!」
「許すまじぃ許すまじぃ!!」
「ひいいいいいいいいいっ!?」

 できあがる名も無き男子生徒たちの包囲網。

 もうむっちゃくちゃだった。
 そして。
 その中で。

「……ぐすっ」

 その音を。
 俺の耳は確かに聞いた。

「――――だあああああああらっしゃああああああああああああああああああ!!!!」

「きゃっ!?」
「ゆ、雄真くん!?」
「雄真!?」

 ミサキ、春姫、杏璃を引き剥がす。
 迫りくるモブキャラたちを押しのけて、その音の発信源へと手を伸ばす。

「那津音さん!!!!」

 その手を。
 掴む。

「きゃあっ!? ゆ、ゆーくんっ!?」
「走りますよ那津音さん!!」
「えぇ!?」

 答えも聞かずに走り出す。

「であえー!! であえー!! 聞け野郎ども!!
 小日向雄真が幸せを1人占めにしようとしているぞ!!
 これはこの国の法、独り占め禁止法に違反している!!」
「……独占禁止法ね」
「……ごほん!! そこの名も無き男子生徒諸君!!
 やつをひっ捕らえろ!! 生きて帰すなぁぁぁぁ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「……ちょっとハチ。貴方、傍観するんじゃなかったの?」
「うるせぇ!! 恋愛ブルジョアジーをこのまま野放しにしておけるか!!
 俺も行くぜ!! 恋に焦がれる野郎ども!! 小日向雄真を俺の前に引きずり出すんじゃああああ!!」

「ひいいいいいいいいいいいい!?
 なんかすげぇ怒号が響き渡ってるぅぅぅぅ!?」
「ゆーくんどうするのどうなるのこれぇぇぇ!?」

 走る。
 走る。

 正門を抜ける。
 商店街に出る。

 それでも怒号と地響きは止まらない。

406Leica:2014/05/22(木) 20:52:01

「雄真くぅぅぅぅん!!」
「雄真ァァァァ!!」
「雄真待ててめえこのやろぉぉぉぉ!!」
「ゆぅぅぅぅううううううまぁぁぁぁぁぁ!!」
「ふふふふふ。答えを聞いてませんよー。雄真さーん」

「なんか身内も交じってるー!?」

 春姫とか杏璃とかハチとかいる!!
 ミサキと小雪さんは空から追ってきてる!?

「はぁ、はぁっ!! ど、どこまで行くの!? ゆーくん!!」
「ぜぇっぜぇっ!! そ、そりゃあ、みんなが追ってこないどこかにですよ!!」
「で、でも、みんながっ」
「そんなもの!! 後回しで良いんです!!」

 振り向く。
 涙で濡れたその顔に。

「だって俺が好きなのは!!」

 誠心誠意。
 俺の気持ちの全てを込めて。



「貴方なんですからっっっっ!!!!」



はぴねすりれー 最終話
Leicaばーじょん・完

407名無し@管理人:2014/05/26(月) 22:00:44
はぴねす! リレーSS 名無し版最終回――名無し(負け組)


今は冬の真っ只中だ。
ニュースでもしつこいぐらいに言われていたが、週に1度のペースで雪が積もるぐらいの厳冬となった。
愛しい恋人と待ち合わせしている今日も大粒の雪が降っていた。
……今日も積もりそうだな。
少しげんなりとした気持ちになりながら、手袋がなくかじかみそうな両手を息を吐いて温める。

「ゆーくん、お待たせ」

何度聞いても飽きない愛しい女性の声が聞こえて、自然と振り返る。
艷やかな銀髪を靡かせ、寒そうに手に息を吹きかけながら若干急ぎ足で駆け寄ってきた。

「寒いですね、今日も」
「ええ、本当に」

顔を見合わせて苦笑しあう。
それから、どちらともなく手を出し、自然と触れてしっかり握りしめる。
その瞬間から、手だけではなく、体の芯から暖かくなった。

「ぽかぽかするわ」

那津音さんがはにかんだ。

「……うん」

俺も頬に熱さを感じつつ頷いた。
今の俺は、まだまだ未熟だ。
人間的な意味でも、魔法使いとしてのレベルも。
だけど、好きな人の心も体も暖められる魔法は使える。
これだけは、誰よりも自信を持って誇っていいものだと思う。
だから、ずっと使い続けていきたい。
これこそ、俺の理想の魔法なのだから。


〜終〜

408八下創樹:2014/05/27(火) 09:49:15

そうして、時はそれなりに流れて・・・・・・・・・・・・

大学院生として過ごす、2年目のある日のこと。

・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・む」

唐突に目が覚めた。
気分的にはまだ寝たりなさがあるけど、寝ぼけ眼で見た時計の時刻を見て二度寝の気分は吹っ飛んだ。
只今、午前11:00。
昨日、日付が変わるまでレポートを書き上げていたとはいえ、少々寝過ぎである。

「・・・・・・っく、ふぁ」

大きく背中を伸ばし、ばきぼき骨の鳴る音を聞きながら眠気を飛ばしていく。
なんて、のんびりしていたら扉の向こうから“失礼”なんて声が聴こえ、

「雄真様、おはようございます」
「おはよ、信哉、沙耶」

この数年、誰よりも親密に関わることになった、信哉と沙耶が挨拶に来てくれた。
でも、気になることが一つ。

「雄真様、那津音様からそろそろ起こすよう言付かってきたのですが―――――」
「うん、ちょうど起きたとこ。・・・・・・というか、信哉」
「何か?」
「他の人の前ならともかく、俺たちだけなら普段通りにしてくれって言ったじゃん」
「む・・・・・・しかしだな、雄真殿。やはり普段からこういったことは」
「兄様。雄真さんがそう望んでるのですし」
「うんうん、沙耶ちゃんは話が解るなー」

高校を卒業した後、宣言通り、俺、小日向雄真と那津音さんは正式に結婚した。
それから当然、式守家に婿養子に入ったのだが、不慣れなこともあって、最近になって信哉と沙耶が俺専属の従者に付いてくれることになったのだ。
正直、同い年だし、何かと相談したり助けてくれたりと非常に助かってます。
が、従者と仕える主人という関係を非常に尊重され、信哉と沙耶から敬語で話された日は眩暈がしたほどである。
まぁ、話合いの結果、俺たちだけの時は、昔のように友人として接してくれるように妥協してくれたわけである。
こういった見栄えも、ある意味必要なんだとか。
とまぁ、そういう経緯もあって。
俺は今、式守雄真として生きている。

「正直、2人がいつも助けてくれるのは嬉しいけどさ、やっぱ友達として接したいんだ、俺は」
「・・・・・・だが、雄真殿。俺は、雄真殿に仕えることができて、正直嬉しく思うぞ」
「私もです、雄真さん」
「む・・・・・・それはどうもありがとう」

なにやら嬉し恥ずかしい告白に、寝起き早々、なにかの汗が止まりやしない。
というか、そろそろ着替えたいんだけど。

「む、着替えか。ならば俺が手伝って―――――」
「いーって! こんくらい1人で出来る」
「だが俺は雄真殿の従者だ! 主の着替えくらいできずして何が従者か!」
「お前は俺のADL(日常生活動作)まで奪う気か!!」


『はぴねす! リレー小説』 最終話―――――――――八下創樹


「まったく、信哉は・・・・・・」

普段着に着替え、廊下を歩きながら、信哉の暴走っぷりに思わず頭を抱えてしまう。
ちなみにあの後、沙耶が一言了承を得てから、大ホームランをかっ飛ばしていた。
無論、ボールは信哉で、バットはサンバッハである。

「気持ちは嬉しいんだけど、俺は普段通りに接して欲しいんだよな・・・・・・」
「なにがです?」
「信哉のこと。いろいろ世話焼いてくれるのは嬉しいけど、ちょっと暴走気味っていうか・・・・・・」
「彼、ゆーくんをお世話できて嬉しくって仕方がないのよ。ね?」
「そんなもんですかね・・・・・・」

今ではこんな神出鬼没な会話にも慣れたもの。
首を傾げながら後ろを振り返り、微笑みかける。

「おはよ、那津音さん」
「おはよう、ゆーくん」

そこには、いつもと変わらない自分の伴侶、妻である那津音さんが微笑んでいた。

409八下創樹:2014/05/27(火) 09:50:10

「そういえば、昨日はレポート作成お疲れさま。もう終わったの?」
「ある程度はね。―――――というか、那津音さんもありがと」
「え?」
「昨日の夜食。丁度小腹空いてたから嬉しかったですよ」
「いえいえ。旦那様が頑張っているんですから、良き妻として当然のことですヨ」

話して、思わずお互いに失笑していまう。
何かが面白いとか、そういうんじゃなくて。
恋人よりもお互いの生活の中で、互いが互いを本当に解っているという事実。
それが、なんていうか嬉しくって仕方がない。

「今日はゆっくりできるのかしら?」
「そだね。夜遅くまで頑張ったかいがあったもんだ」
「――――ね、ゆーくん! 今日はどこかに出かけない?」
「お、いいですね。どこ行きます?」
「どこでも。それこそ近場のお買い物にでも。これからお昼だし、デートするにはちょっと時間が足りないし」

そうなんだよなぁ。
式守家での食事って、外食するより高級で豪勢だから、最近は外食がめっきり減ってしまったのである。
最近になって、伊吹がファーストフードを絶賛していた気持ちが解ってきた。
人間、たまにはジャンクなモノを食べたくなるものである。


―――――で、その豪華にして高価すぎる昼食を、那津音さん、伊吹、護国さんの4人で摂ってたんだけど。


「―――――そういえば、雄真くん」
「はい? なんですかお義父さん」
「そろそろ孫の顔が見たいのだが」
「ああ、うん。そうですね。僕も見たいです―――――ってハァ!?」
「そろそろ孫の顔が見たいのだが」
「2度も言わなくたって解ってます!!って何言ってるんです!?」

一緒に暮らすようになった解ったことだけど、護国さんは大抵のことをストレートに言ってくる。
回りくどくないけど、せめてもうちょっと言葉を選んで欲しいと思うのは、俺の贅沢なのか。

「い、いきなりそんなこと言われても・・・・・・ね、ねぇ? 那津音さん」
「・・・・・・お待ちしております」
「なにを!?」
「ま、孫・・・・・・那津音姉さまの子どもか。・・・・・・そうなると、私は叔母になるのか」
「そんな見た目の叔母さんがいてたまるかっ!!」

よくてお姉さん。もはや兄弟に見られること間違いなし。
ってそーじゃなくて!!

「あ、あのー・・・・・・いくらなんでも学生の身分で子持ちは、ちょっと・・・・・・」
「そろそろ孫の顔が見たいのだが」
「拒否権どこいったー!?」
「ゆーくん! やっぱりこの後、出かけるんじゃなくて夫婦の部屋で・・・・・・」
「ナニする気ですか!!」
「雄真義兄様! 是非娘で一つ!」
「伊吹まで何言ってんのー!?」


式守家に婿入りする時、しきたりとか多いんだろうなー、とか思ってたけど。
蓋を開けてみれば、そこにはなんてことはない、当たり前の家族の姿があった。(それでもかなりセレブだけど)
変わってしまった、周囲の環境、自身の生き方。
けど場所が変わったって、どこだって。
大切な人が傍にいるし、なんでも相談できる友人や、新しい義妹もできてしまった。
ああ、だから大丈夫。
あの頃は大変だった、って呟きながら。
俺はここで、式守雄真として生きていける。
願い、望んだだけの幸せを、幸福に噛み締めながら・・・・・・・・・

俺は、これからも生きていく――――――

410八下創樹:2014/05/27(火) 09:51:13

こうして、1つの物語に区切りが着いた。
幸せを願い続けた彼と、幸せを祈り続けた彼女。
奇妙な縁と不思議な巡り合わせの果て、2人は“幸せ”へと辿り着いた。

その過程、多くの人の想いや願いを切り捨ててきたけれど、
その果てに在ったモノは、きっと、誰もが望んだもの。

運命に翻弄され続けた2人が、この先ずっと平穏などと、到底想像できない。
でもそれは、ここで語るにはあまりに場違いで、あまりに分相応。
それでもその過程、その軌跡を誇れるものなら、
2人はきっと、幸せだから・・・・・・・・・・・・


―――――――――
―――――――――
―――――――――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・


不意に、一陣の風が吹いた。
窓辺のレースが捲りあがり、室内に風の息吹が廻る。
なぜか、不思議な場所だ。
式守家でもなく、小日向の家でもない。
見たことが無いのに、記憶にしっかりと刻まれているような、そんな場所。
その感覚のまま、眠り着こうとしたけれど、お腹に飛び乗ってきた小さな重みが、それを許してくれなかった。

「パパー♪」
「・・・・・・静音、重い」
「はやくおきてー♪ ママをちゃんとみおくらないと」
「ああ・・・・・・そうだったね」

せがまれるまま、上半身を起こす。
この、そっくりではなく、どう見ても那津音にしか見えない、幼い少女。
静音(しずね)と、自然とその名が口にでた。
だって言うのに、“この”俺の記憶は、娘が生まれたという事実を、どうしても思い出せなかった。

「ね、パパ」
「ん?」
「わたし、パパのことだいすき♪」
「ん、パパも静音のこと大好きだよ」

よっこらせっと、静音を抱き上げる。
すると、腕の中の少女は、嬉しそうに頬を摺り寄せて――――――

「・・・・・・パパ」
「ん」
「・・・・・・だいすきだよ」
「うん」
「だから、ずっと一緒にいて・・・・・・?」
「・・・・・・うん、ずっと一緒だ」

言葉の真意は図らない。
だって、これは夢だから。
きっと夢だから。
目を閉じた意識の奥。
耳元で囁かれる声は、紛れもない那津音の声。
時の気まぐれが見せた夢は忘れ去り、俺は、俺の現実を見続けていくのだから。

夢から現実へと連れ戻してくれる、大切な人の声。
その笑顔に応えるようにと、俺は、目を覚ました。



いつか見た、夢の続き。
俺たちはその先を、2人で生きていく。

END


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