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はぴねす! リレーSS 本スレ

1七草夜:2012/06/07(木) 03:07:52
■参加メンバー
・名無し(管理人)
・七草夜
・TR
・叢雲の鞘
・Leica
・ネームレスⅠ
・八下創樹

■物語
・那津音さんの生存IF
・秘宝事件終了時からのハートフルラブコメディ

■ルール
・投下終了の宣言はキッチリとすること
・長さの制限は特に設けないが長過ぎても短過ぎても次の人が困るのでよく考えること
・合いの手や感想はまとめスレで。こちらはリレーSSのみ

■禁則事項
・他作品キャラ、許可された以外のオリキャラの使用
 →ただし一話内で退場するモブ程度なら許可
・過度な無茶振り、及びそれに繋がると思われる行為
・原作キャラを不必要に貶める等の過度な扱い

■参考サイト
・ういんどみるでーたべーす(ttp://happinessdata.fc2web.com/)

      (⌒ヽ__〃⌒ヽ
       `ヽヽ____|/⌒’
       /二二二二ヽ  ∫
      ヽイ/rノハヽハ/
        イirァ^ヮ^八 ゞ二フ)    楽しいリレーSSにな〜れ♪
 ミ≡=、   ノリヽi允iヽ、{(・ω・ `)
 ミ_三{}===(≪/_j咫_》う))==☆
 彡≡'"   `ー(_ノ丿‐'
☆+。+  。"`,
 + ★  ☆+
 *`゚ 。  ゚
゚。 + ♂
o°.。

361TR:2014/02/03(月) 05:56:48
「なあ、信哉」
「なんだ?」

式守家に向かう中、俺は先ほどから一言も話さずに俺の前を歩く信哉に声をかけた。

「俺は、大丈夫だと思うか?」
「ふむ……何のことを指しているのかが俺には分からないが、雄真殿がそれでいいと思うのであれば、よいのではないか?」

俺の疑問に一瞬考え込むように唸った信哉の答えは、ある意味的を得た物であった。
おそらく、信哉は俺が何を指しているのかを知っている(というよりは見当がついている)はずだ。
根拠はない。
ただ、なんとなくそう感じただけだ。
だからこその返答なのだろう。
”自分自身で考え、決めろ”というメッセージを込めた。

(本当にかなわないな)

秘宝事件の時、敵として対峙することとなった時から、俺は信哉に敵いそうなものを見つけることはできずにいた。
まあ、それで当然なのだが。

(もしかしたら近い将来信哉の弟子になって武術とかを習うことになったり……)

ふと、その光景を想像してみた。
毎朝、俺の家まで出迎えに来る信哉は満面の笑みで俺を連れて森の奥深くへ。
そこで木刀を100回振り、たまに現れるクマと模擬戦(と言う名の実戦)をする。
何気にありえそうで怖かった。
もしそうなったとしたら、俺はおそらく逃げるだろう。
いくら何でもクマと戦うのは勘弁願いたい。

「ところで信哉」
「どうした、雄真殿?」

考えに没頭していたために、気づくのが遅れたが俺は信哉に尋ねずにはいられなかった。

「本当に、こっちの方向であってるのか?」
「うむ。当然であろう。この先に式守家本家のお屋敷があるのだ」

力強く頷く信哉だが、徐々に森の奥に入っているような気がしてならない。
そもそも、前に一度式守家に訪れたことがあるが、このような道を通った記憶はない。

(もしかしたら俺が知らない抜け道とか?)

俺のような一回訪れたようなものにはわからない抜け道なのかもしれない。

(そうだ。そうに違いない。まさか自分の住んでいる場所に行くことができないはずがない……よな?)

俺は信哉の欠点である”方向音痴”の恐ろしさを知っているが、自分の住んでいる場所は大丈夫だろうというある種の希望的観測にすがるしかなかった。

「む!? 雄真殿、この先に試練がある」
「試練ってなんだ……って、おい信哉!!」

突如立ち止まった信哉は俺に向かってそう告げると、突然森の奥の方へと走り去ってしまった。
俺は追いかけるようにして駆け出すのであった。

その数秒後、周囲に俺の叫び声が響き渡るのであった。
人生は迷路のようなものと言うが、本当に迷路のようなところに入ることになるとは………何とも言い難い心境だった。

362名無し@管理人:2014/02/09(日) 18:42:10
はぴねす! リレーSS 178話――名無し(負け組)

 信哉を追いかけて、森の奥へ走っていく。
 全面的にこのクラスメイトの道案内を信じていいのかという気持ちもあるが、式守家の場所を知らない以上、信じるしかない。
 でも……。

「フォォォォォ!!!!!」

 熊と対面することになることは、全く想定してなかった。
 どうしてこうなった。

「ハァァァァチミィィィィィツ!!!!」

 ハチミツって鳴き声だったのか……。
 なんてことに、驚愕していると、木刀を構える信哉がより表情を険しくする。

「雄真殿、来るぞ!」

 信哉の鋭い言葉に、思わず体が強張る。

「ハチミィィィィィッツ!!!!」

 大きな腕を振り上げ、俺に向かって一直線に襲ってきた。

「ッ!?」

 避けないと!
 しかし、体の筋肉がすっかり硬直してしまっていて、咄嗟に動かせない。

「雄真殿!」

 俺と距離があった信哉がクマを止めようとするが届きそうにない。
 やばい、やられる――!
 俺は、せめて命が残っていることを願って、目を閉じた。
 だが。

「危機の際、咄嗟に動けないのは先が思いやられるのう」

 信哉とは違う穏やかながらも威圧感がある男性の声を聞いて、ハッと目を開く。
 すると、俺とクマの間に、見覚えのある妙齢の男性が立っていた。

「久しぶりといったところかな。小日向雄真君。いや――」

 クマを牽制するような体勢を取っていたその人は、クマに背を向け、俺に穏やかな笑みを浮かべる。

「――婿殿、と言うべきかな」

 けれど、彼は確かに他の同年代の人にはないオーラを持つ式守護國さんだった。
 ……信哉の道案内、本当にあってたのか。
 未だに危機的状況には変わりないのに、友人に失礼なことを考えていた。

363叢雲の鞘:2014/02/15(土) 23:58:17

『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 179  by叢雲の鞘


俺は護國さんに連れられ、本家の屋敷へ向かっていた。

え?ハニーベアはどうしたのかって?

……うん、アレはすごかったとしか言いようがない。

ニュースで聞いたことはあったけど、本当に熊を投げ飛ばせる人がいたなんてさ(汗)

思わず『虎殺し』ならぬ『熊殺しの護國』なんて考えてしまったぜ。

あ、本当に殺したわけじゃないからな。……気絶してたけど。

「さっきは助けていただきありがとうございます」

「よいよい、婿殿に何かあれば那津音が悲しむでの」

「申し訳ありません。私が護衛として側についておりながら……」

「うむ、ハニーベアは今の信哉でも容易に敵うものではないゆえ、此度のことは不問に致すが……ゆめゆめ精進を怠るでないぞ」

「は!」

信哉でも敵わないとかどんだけだよ……ってか、よくプルトニウム素材ツアーの時生きてたな俺(汗)

「しかし、婿殿があの様であれば少々先が思いやられるのお」

なぬ!?

「那津音もあれでハニーベアなど片手間で退治できる力量ゆえ、夫婦喧嘩をしようものなら……ゲフンッゲフンッ……あ〜〜式守家の人間はその格式の高さゆえに狙われることもあるでのお。少なくとも危機に瀕した際にすぐ逃げれるくらいにはなっておらんと困ることもあるじゃろう」

なんか恐ろしいことを言われた気がする。特に前半分!?

……那津音さんがアレを片手間で?

ももも、もちろん“魔法で”ですよね!?

後ろ半分については俺も考えていなかったわけじゃないから、すぐに納得できた。

「というわけで、魔法にしろ体術にしろ鍛えていた方がいいじゃろう。魔法に関しては家系的な部分もあるゆえ、御薙鈴莉に任せた方が良かろうな。なので体術に関してはこちらで鍛えてはいかがかな?」

「おぉ!それはいい名案です!なあ、雄真殿!!」

護國さんの申し出に信哉も賛同する。

「そうですね……よろしくお願いします」

そう言って俺は頭を下げた。

364叢雲の鞘:2014/02/15(土) 23:59:40

「うむ、任された」

「雄真殿、俺も可能な限り助力しよう」

「ありがとな、信哉」

「おう!ではさっそく明日から始めよう!3時には迎えに行くゆえ待っていてくれ!」

……は?

「まずは身体を温めるために10kmマラソンだ。そして戻ったら俺と木刀を使っての稽古。学校が終わってからは日が暮れるまで様々な鍛錬をしていくぞ!」

ちょ、ちょっと待て〜〜〜〜!?

「む?どうしたのだ雄真殿?」

「どうしたじゃないだろ!?なんなんだよそのハード過ぎるスケジュールは!!」

「この程度のことへこたれてどうするのだ!そんなことでは天下は目指せぬぞ!」

いやいやいや……。

「まったく……少しは落ち着かぬか信哉よ」

そこに助け舟を出してくれたのは護國さんだった。

「は、すみません。嬉しさのあまり少々取り乱してしまいました」

「まず婿殿は武芸に関しては素人も同然なのだ。その様な鍛錬では婿殿の身体が先に壊れてしまうだろう。お主と同じ尺度で考えてはいかんぞ」

「……申し訳ありません」

「それにすぐさま鍛え上げねばならぬわけでもない。まずは少しずつ身体を作っていくことからじゃな」

「は!」

「それとのお……放課後の時間をあまり拘束してはいかんぞ」

「それは何ゆえでしょうか?」

「それはもちろん、婿殿と那津音が“でえと” ……つまりは逢い引きをするためじゃ」

“でえと”て……。

ちょっと昔の人っぽい物言いにびっくりしてしまう。

「なるほど、それは盲点でした」

「というより、婿殿を独占してみい?那津音がなにをするやら……」

「…………は!?(ガクガクブルブル)」

突然信哉の顔が青くなり、全身が震えだす。

「というわけで、当面は筋トレを中心にして土台をつくるのじゃ」

「わ、わかりました(汗)」

…………うん、護國さんがいて本当に良かった(汗)

365TR:2014/02/17(月) 00:02:57
式守家の婿としての鍛錬の話がこれ以上続くと肝心の話題に入れなさそうなので、俺は話を変えることにした。

「えっと、改めてご挨拶をしても?」
「どうぞ」

そんなある意味無礼な行動をした俺に、嫌な顔一つすることなく護国さんは先を促してくれた。

「では……ゴホン」

俺は一つ咳払いをして自分の心を落ち着かせると、口を開いた。

「式守 那津音さんとお付き合いさせていただいている小日向雄真です」
「うむ……那津音の父親の護国じゃ」

ものすごい馬鹿馬鹿しいというより、もっと他に言うべきことはあるだろうとは思ったが、俺にはそれしか言えなかった。
というよりも、ある意味茶番に近い俺の挨拶に付き合ってくれる護国さんはとてもノリがいい人なのかもしれない。

「して、那津音とは付き合うだけかい?」
「いえ。結婚を考えております」

護国さんの問いかけに、俺はしっかりとした口調で答えていく。
決して護国さんからは視線を外さずに。

「左様か……では、君が式守家の婿になるという覚悟があるととっても良いということじゃな?」
「そう取ってもらっても構いません」

そう答えた俺だが、この答えではまだ不完全な状態のような気がした。

「婿とかそういう形で、俺の気持ちは変わりませんから」
「ほぅ……」

付け加えるようにして口にした俺の言葉に、興味深そうに目を細める護国さん。

「私としては、結婚に関しては反対ではない。先も申した通り、少々鍛錬をしておいてはもらいたいがのう」
「精進します」

まるで念を押されるように言われた俺は、そう頷くしかなかった。
だが、考えてみればそれは当然のこと。
式守家は魔法使いであれば知らなければおかしいほどの名家。
そこの婿になるのであれば、それなりの腕は必要になる。
例え少々抜けているようなところがある那津音さんでも。

(な、何か今殺気が……)

まるで心を読んでいるかのようなタイミングでどこからともなく殺気を飛ばされた俺は、それ以上考えるのをやめた。
でないと俺の命が持たない。

「無論、交際にも賛成じゃから、異論はない」

護国さんはそこまで口にすると”じゃが”と言葉を区切った。

「婿になるために必要な条件を一つ提示させてもらおう」
「それはなんですか?」

護国さんから告げられた”条件”の内容を、俺は尋ねた。

「それはじゃな……」

そして告げられた条件は、俺が考えている以上に苦難なものであった。










「それでは、お邪魔しました」
「うむ。待っておるぞ」

話も一区切りが付き、護国さんと信哉がわざわざ俺を門のところまで見送りに出てくれた。
護国さんの言葉の意味は、俺でもわかる物であった。

「本当に、送っていかなくてもいいのか? 雄真殿」
「あ、ああ。道はもう覚えているから大丈夫だ。気持ちだけ受け取っておくよ」

どこか申し訳なさそうに訊いてくる信哉に、俺は苦笑しながら答えた。

(言えない。信哉が方向音痴で今度はどんな目に合うのかが怖いから一人で帰るとは絶対に)

本当の理由はそんなところであった。
とはいえ、護国さんにはそんな俺の真意などお見通しなのか苦笑していた。
もしかしたら、信哉の方向音痴については護国さんも問題視していたりするのだろうか?

(まあ、いいか)

下手に訊くわけにもいかなかったので、俺はその疑問を頭の片隅へと追いやった。
そして俺は二人に一礼すると、式守家を後にするのであった。
ポケットに護国さんからもらった”条件”の用紙を入れて。

366七草夜:2014/02/23(日) 17:01:50


『はぴねす! リレー小説』 Ep,181「期待の資格」―――――七草夜



「これが護国さんから渡されたものです」

 とある店。二人は音羽攻略会議を兼ねて食事に来ていた。
 そこで雄真は那津音と向かい合って護国から出された式守家の婿となる条件の書かれた紙を差し出した。

「なになにー……」

 そこにある条件は以下の通りだった。

『・二人が周囲から認められた証を最低二つ以上、手に入れる事』

 ただ、それだけだ。
 書いてあることは酷く単純で、要するに二人が付き合うお祝いの品を周りから貰って来いというものだ。
 だがそれだけの事が、雄真はとても難しいように思えてならない。

「……どう思います、これ」
「……多分、お父様はゆー君の、上に立つ者としての素質を計ろうとしていらっしゃるんだわ」

 物品を集める、というのは即ちその人に慕われているという証明。
 式守として、魔法使いを牽引する立場の者として、それは必要なものだ。
 護国は条件と称して雄真がそれをどの程度のレベルで持つ者なのか、それを探っているのだ。

「式守の魔法使いともなれば預かった物がどれほど大事にされたものかなんてすぐ分かる。物に宿った想いを読み取るのは容易いから」
「つまり、物の価値によって信頼の重さを計る、ということですか」

 最低二つ、としているのは単純にこちらの事情を知っているからというのと、この試練をそこまで重要視していないからだろう。
 一つというのでは簡単過ぎる。かと言ってあまり多く制限をする必要も無い。護国自身は既に二人の付き合いに賛成しているからだ。
 二つ以上というのは雄真に親が二組いるのを知って、最低でもその二人からは貰ってこいということだ。
 既に説得を終えた鈴莉の方は事情を話せばすぐに何かしらの物品を用意してくれるだろう。
 そうなると何が何でも音羽の説得も成功させねばならない。元より筋は通すつもりでいたが、こういう条件があるのであれば更にやる気は出る。

「……しかし、二人以上、ってことは別に母さん達じゃなくても良い、ってことですかね?」
「そうね。……でも、正直言って、その方が難易度が高くなると思うわ」
「……そうか、俺達が他に誰かからそう言った物を貰おうと思ったら、アイツらになるのか」

 たった数日前に振ったばかりの少女達と、自分達を支え続けてくれた男達。
 自分にとって大事な物を渡してくれるとしたら、彼女達しかいない。
 だが、雄真は曲がりなりにも彼女達を振ったのだ。自らの言葉の刃を持って、彼女達の想いを切り裂いたのだ。
 そんな彼女達に対し、那津音との交際を認めてもらうために大事な物を自分に預けてくれ、などというのは酷な話だろう。
 それは、彼女達を支え続けてきた男達だって良い顔をするものではない。

「数の指定も二人以上、ということはあの子達から預かる事も構わないし、持っていけばそれだけの素質をお父様に見せる事が出来る。でも、強制はしない……そんなところね」

 物の価値が慕われる強さの価値。
 物の数が慕われる人間の数。
 その二つを持って、護国は小日向雄真という人間が上に立つ人間としてどれほどの者か、それを知りたがっている。
 無論、大した価値ではなく、大した数でなかったからといって護国は約束を反故にしたりはしないだろう。それならば最初から反対している。

 これは護国の、雄真に対する『期待』だ。
 小日向雄真は自分が想像した人物通りなのか、それとも更にそれを上回るのか。
 二人というのは、その一種のラインだ。

「どうする、ゆー君? 私はゆー君の意思に従うわよ?」

 那津音は雄真に答えを求める。
 元よりこれは雄真に対して出された課題だ。那津音に多少の意見を聞く以上を事を求めるつもりはなかった。

「……取り合えず、まずはかーさんに筋を通しましょう。その後の事は、その後で考えます」

 雄真はひとまず、そう結論付けるのであった。

367名無し@管理人:2014/02/28(金) 00:16:39
はぴねす! リレーSS その182――名無し(負け組)


 俺と那津音さんで相談して、かーさんに挨拶することになり、すぐに2人で我が家に向かった。
 出発する前に、かーさんに「大事な話がある」と連絡してあるので、入れ違いになることはないだろう。
 折角、恋人同士が2人並んで歩いているというのに、護国さんから課せられた試練のこともあってか、口数も少ないまま家の道を進んでいく。
 ……せめて、手ぐらいは繋ぎたいなぁ。
 なんてことをぼんやり考えていたら、メールの着信でマナーモードにしていた携帯が震えたので、那津音さんに了解を取って、内容を確認する。

『ごめんねー。ちょっと準備しなきゃいけないことがあるから、1時間ぐらい外で時間つぶしてきてちょうだい?』

 ……準備ってなんだよ。
 そんなツッコミを口に出したくなる衝動を抑えつつ、メールの文面を那津音さんにも見せた。

「……どうしましょうか」

 困惑した顔で、俺の意見を求めてきた。
 そんな彼女に、咄嗟に願望を口にする。

「俺、那津音さんとデートしたい」
「……ゆーくん?」
「駄目、かな? 折角、恋人になったんだから、それらしいことをやってみたいって思ったんだけど……」

 そう言いながら、俺は恋人に左手を伸ばす。
 一瞬、きょとんとした彼女だったが、すぐに笑顔を浮かべて、右手で俺の手をしっかり握った。

「駄目なわけないでしょう?」
「……ありがとう」
「お礼なんかいいわ。私達、恋人なんだから」
「うん」

 俺は小さく頷いた。

「それに、ゆーくんと恋人らしいことがしたかったっていうのは私も一緒よ。音羽さんの準備に時間がかかるってことだから、この辺りをお散歩しましょうか」
「そうだね」

 いつ頃、準備が終わるかなんてことは、かーさんはメールで書いてなかったけど、1時間ぐらい見積もればいいだろう。
 そういうわけで、俺達はデートに洒落込むのだった。

368Leica:2014/03/06(木) 22:00:44
はぴねすりれー 183 Leica



 デートと言いつつも、1時間という時間では、大したことなどできない。
 那津音さんの手を握ったまま歩き出す。
 いつもの見慣れた景色だったとしても、
 好きな人と歩くと全く別の景色に見えるから不思議だ。

 特に目的地の無い散歩。
 次はあそこの道を曲がってみよう、だとか。
 次の信号は直進してみよう、だとか。
 そんなどうでもいいような、1つひとつのことでも、とても楽しい。

 何をしているわけでもない。
 ただ歩いているだけなのに。
 この感情をどう表現すればいいのだろうか。

 穏やかなのに、凄く、どきどきしてる。

「あら、こんなところに公園があったのね」

 那津音さんの声で、我に戻る。
 公園。
 その公園は、俺にとって身に覚えがあり過ぎる場所だった。

 ――――それはかつて、俺が魔法を捨てた場所。

「少しだけ寄っていく?」
「そうしましょうか」

 那津音さんの言葉に頷く。
 ゆっくりと足を踏み入れた。

 少しだけ。
 胸の奥がざわついた気がした。

 滑り台や砂場を見て回りながら、目についたブランコへと腰かける。
 金属の擦れる音を鳴らしながら、2人でゆっくりと漕いでみた。

 2人で他愛のない話をする。
 学校はどうだ、とか。
 宿題がどうの、だとか。
 先生がああだ、とか。

 ちゃんと会話はしているし、受け答えもできている。
 それでも、この公園で話しているからだろうか。

 ――――あの時の光景が、視界に焼き付いて離れない。

 那津音さんは、この場所がどんな場所なのか知っているのだろうか。
 いや、知らないのだろう。
 那津音さんは一番最初にこう言った。
 『あら、こんなところに公園があったのね』と。

 全ては、那津音さんが眠りについてしまってからのお話。
 それでも。
 多分、俺が魔法を一度捨てた経緯については聞かされているはずだ。
 ただこの場所がそうだとは知らなかっただけ。

 ふと、思った。

 あの時。
 那津音さんが健在だったとして。

 幼い春姫を無茶な魔法で救い、その力に恐怖した俺が「魔法を辞める」と言い出した時。
 那津音さんがそれを耳にしてくれていたら。

 この人は、俺になんて声をかけてくれたのだろう、と。

 昔話なんてガラじゃないけれど。
 こんな情けない話なんて、生涯に渡って口にしたくはないけれど。
 けれど。

 どうしても、この人の口から、この人の言葉が聞いてみたかった。

 だから。

「那津音さん、そろそろ行きましょうか」

 ブランコから降りて、手を差し伸べる。
 思わず目を逸らしてしまいそうになるほど眩しい笑顔で、那津音さんはその手を取ってくれた。

「うん」

369Leica:2014/03/06(木) 22:01:20

 いつか。

 俺たちの関係がみんなから認められて。
 2人のペースでこれからの人生をゆっくりと歩んで。
 それでも目まぐるしく過ぎていく日々の中で。
 ふと、後ろを振り返って見たいと思った時に。

 話してみよう。

 俺のどうしようもない過去の話を。
 俺の恥ずかしい過去の話を。

 だからこそ。

「さあ、一気に決めてしまいましょう」
「あら? なんか急に気合が入ったみたいね」

 そんな軽口を交わしながら。
 繋いだ手を強く握り直し。

 俺たちは、小日向家へと足を向けた。

370八下創樹:2014/03/10(月) 10:17:53

「はいどうぞ。――――それにしても、久しぶりねー那津音ちゃん」
「はい、ご無沙汰してます、音羽さん」

人数分のコーヒーを淹れ、それぞれに差し出す音羽かーさん。
那津音さんという来客の為か、いつもは使わない高級品のカップを使っており、見た目も素晴らしいことこの上ない。
が、肝心のかーさんの格好がいつも通りのエプロン姿。
狙ってるのか、ツッコミ待ちなのか。
知ってか知らずか、これから切り出そうとする話の腰を初めから折りに来るという、早くもラスボスの先制攻撃に動揺が隠しきれやしない。

「というか・・・・・・あれ? 久しぶりって・・・・・・学園で会ってないの?」
「やぁねぇ、ゆーまくん。学園だと仕事中じゃない。プライベートで、ってことよ〜」

またしてもツッコミ所ッッ!!
嘘だ。
だってこの人、本気で忙しい時以外、平然とプライベートな話を持ちかけてくるじゃいか!
隣に座る那津音さんも同様なのか、何かを必死に我慢してらっしゃる。プルプル震えながら。
くそう。まさか戦う前からこっちを瀕死状態まで追い込むとは。
しかも相手は無自覚。
これを化け物と呼ばずしてなんと呼ぶ。

「それで? どうしたの2人揃って」

やっぱり無自覚だったのか、平然と話を振ってくるかーさん。
正直、台無しな空気だし、何もかも忘れてこのままお茶を楽しみたいほど。
しかし今更後には引けない。
せっかく来たのだ。
敵わないにしても、せめて一矢報いるぐらいには―――――!!

(ゆーくん、ゆーくん! もはや目的がズレてない!? というか何言ってるの!?)

何やら視線だけでツッコミを入れてくる那津音さん。
しかし、もう後には引けないんだ!
―――――てなわけで、意を決し、真剣な表情でかーさんを見据え、

「かーさん」
「なーに?」
「俺、那津音さんと結婚するから」

シン、と場が静まりかえる。
表情が永久凍土のように固まったかーさん。
が、その表情は徐々に溶け始め――――――

「え〜っ!? ふ、ふたりはいつから面白いことになってたのよ〜!?
  私だけ除け者扱いってこと!? 許せない!!
  今更挨拶に来たって遅いんだから!!」
「まさかのシュミレーション通りっっ!!」

まるで、8話前の自分を焼き増しして見ている気分だった。


『はぴねす! リレー小説』 その184!―――――八下創樹


「・・・・・・ふ、ふふ。やるわねゆーまくん。変なこと言うから、お母さんびっくりしちゃったわ」
「えー・・・・・・」

無かったことにされた。
別名、現実逃避とも言う。
一大決心して言ったのに、酷い扱いである。

「・・・・・・その割には言葉のチョイスが実に、どうでもよさげ、だったけど」
「なに言ってるんですか! 護国さんと違って、かーさんには緊張感が通じないんだから、これ以上ない的確なセリフだったのに!」
「・・・・・・えー」

とにかく。
かーさんの姿勢を立て直したことだし、改めて向き合う。

「・・・・・・かーさん」
「・・・・・・なーに?」
「俺、那津音さんを愛してるんだ。だから、那津音さんと一緒になりたいんだ」

ピシ、と場が凍結する。
隣の那津音さんが照れる中、目の前のかーさんは笑顔のまま固まった。
やがて、その笑顔はまるで般若のように形を変え――――――

「え〜っ!? 雄真君、すももちゃんを選んでくれなかったの!?
 じゃあもう知らない!! 家から出ていって!! 今すぐに!!」
「チクショウ! またしてもかーっっ!!!!!」

もはや誤字、脱字なんてレベルじゃない。
どこだ。
修正パッチはどこなんだ――――!!

371八下創樹:2014/03/10(月) 10:19:04

「ふぅ・・・・・・最近疲れてるのかしら。幻覚や幻聴がよく聞こえるのよねー」
「えー・・・・・・」

聞かなかったことにされた。
というか、それはもはやヤバいんじゃないでしょーか?
さながら終末医療のよーに。

「・・・・・・ね、ゆーくん。もう、日を改めた方がよくない?」
「いや駄目だ那津音さん! そしたらまた初めからやり直しなんだ!」
「そうかなぁ・・・・・・正直、難しいと思うけど」
「大丈夫、多分あと一押しだから!」
「ゆーくんがそういうなら・・・・・・応援するわ。頑張って!」

しかし手伝ってはくれない。
というか、小日向家に来てるんだから、挨拶しなければいけないのは那津音さんのハズなのに。
もはや他人事のソレである。

「か、かーさん・・・・・・」

挫けそうなメンタルを奮い立たせ、再度向き合う。
こうなったら、ちゃんと受け入れてくれるまで―――――――って、

「?」
「・・・・・・っぷ、ぷぷ・・・・・・」

なにやら笑いを堪えている。
その目はさっきまでと違って、溺れた魚のような目ではない。

「か、かーさん?」
「音羽さん・・・・・・?」

思わず、那津音さんと顔を見合わせ、首を傾げてしまう。
で、ひとしきり笑い終えてから、涙を拭ってこっちを見てきた。

「じょーだんよ、ゆーまくん! 解ってるわよ。何もかも、ね」
「え・・・・・・? それってどういう・・・・・・」
「こう見えても母親よ。大事な息子のことを何も知らないはずないでしょー」

しれっと言ってのけるかーさん。
そのあまりの変わり身―――――ではなく、
何も言われなくても、何も伝えなくても。
それでも知っていてくれて、解っていてくれた。
それが―――――言い表すこのできない、何かを痛感した。
それを自分自身にすら説明できないのを、悔しく思うほどに。

「那津音ちゃん」
「あ、は、はい!」
「ゆーまくんのこと、お願いね。貴女になら安心して雄真くんを任せられるから」
「・・・・・・はい。有難う御座います、音羽さん」

にこやかに微笑むかーさん。
その瞳が、少しだけ潤んで見えた気がする。
それは、きっと気のせいなんかじゃなくて―――――――


「それで? ゆーまくんは那津音ちゃんのどこを好きになったの?」
「い!?」

唐突に悪魔のようなコトを言ってくれやがった。
しかも隣の那津音さんの期待感溢れる視線がハンパない。
初めから退路が存在しないという状況にするとは恐れ入る・・・・・・!!

「そ、それは、その・・・・・・・・・」

説明できないわけじゃない。
わけじゃないけど、それを言葉にするのはまた別問題。
なので、好きになった要素としては小さく、けれど嘘ではない、まだ言える部分をチョイスしてみた。

「まぁ、理由の一つとしては、年上・・・・・・だからかな?」
「ゆーくん、そうだったの?」
「理由の全部じゃないですよ? でも、まぁ個人的に、年上の女性が好きかなーって」

なんて、好みのタイプを口走った。
―――――口走ってしまった。

「え〜っ!? 雄真君、年上好きだったの!?
 だったら私を選んでくれれば良かったのに!!」
「まさかのパーフェクトぉぉぉっっ!!!!!」

台無しにされた。
というか、前の2つも含めて。
8話前にシュミレーションしたことは、かーさんにとって冗談でもなんでもなく、
実に正直な、本音でしかなかった。

372叢雲の鞘:2014/03/16(日) 23:03:14
『はい、御薙です。どちら様でしょうか?』

「あ、鈴莉ちゃん。わたし、わたし!」

『ごめんなさい。自慢の息子なら今目の前にいるからワタシワタシ詐欺は間に合ってるわ』

「ちょ!?雄真くんなら今、那津音ちゃんを送って行ってるとこだからそっちにいるわけないじゃない!ていうか、携帯なんだからわたしの名前が出てるはずでしょ〜〜!!」

『はいはい、わかってるわよ音羽。……それで、なんの用なの?』


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 185  by叢雲の鞘


『……それで、なんの用なの?』

「実はねぇ、さっき雄真くんが那津音ちゃんを連れてきてねぇ〜……」

雄真が那津音を送るために出て行った後、音羽は雄真の実母である鈴莉に電話を掛けていた。

内容はもちろん、先ほどの結婚宣言についてである。

「も〜〜びっくりしちゃったんだからね!まさか雄真くんがわたしに隠れて那津音ちゃんとお付き合いしてただなんて思ってもみなかったわ。しかも、学生結婚するつもりみたいだし……」

『………………は?』

「でも、さすがはわたしの息子だわ!普通にはできないことを平然とやってのける。そこにシビれて憧れるわぁ♪」

『……………………』

「だからねだからね、今度はわたし達もあの2人をびっくりさせたいと思わない?」

『何をするつもりなの』

「それはねぇ……」

音羽は嬉々としながらサプライズの概要を語る。

『それは…………面白そうね』

「でしょ〜〜?♪」

『なら護国……式守家にも手伝ってもらおうかしらね。結納も本人たちに気づかせないようにしながら済ませて』

「いいわねぇ〜〜♪」

こうして母親2人の策略によって、当人達の預かり知らぬ場で着々ととんでもない計画が進められようとしていた。

373Leica:2014/03/22(土) 21:27:22
はぴねすりれー 186 Leica


「ふぅ……」

 受話器を電話に戻し、式守護国は重いため息を吐いた。
 まさかこんな事態にまで発展しているとは。
 それが今抱いた、護国の感想だ。

 今日は自分の愛娘が恋仲の男の子を連れてきた。
 それも結婚を前提とした、本気のお付き合いであるという。

 結構なことだ、と護国は思った。
 一時、那津音は式守の秘宝のせいで植物状態となってしまっていた。
 治す見込みも無く、このまま生涯を終えてしまうのではないかとも考えていた。

 それが今では一般の健常者と同じ生活を送れている。
 それだけでも奇跡だと思えたのに、その那津音が生涯を共にする伴侶を連れて来たのだ。
 嬉しくないはずがない。

 それもお相手は、その命の恩人ときた。
 おまけに学生の身でありながら、もう身を固める決心までしている。
 護国にとってこれほど嬉しいことは他になかった。

 ただ、少し。
 その当事者2人のことを、周囲はどのようにとらえているかを知りたかっただけ。

『二人が周囲から認められた証を最低二つ以上、手に入れる事』

 護国が出したお題には、それを図るという意図もあった。
 しかし。

「何がどう回ってこうなったのやら」

 深く刻まれたしわを撫でながら、護国は呟く。

 つい先ほどまでの電話相手は、御薙鈴莉。
 那津音の恋仲、つまりは相手方の母親だ。

 あの2人の仲を反対するとは、護国も思っていなかった。
 けれども相手方の母親の考えは、護国の想像の斜め上を突き抜けていた。

 要約するとこういうことになる。

『本人たちに気付かれぬよう、式を執り行ってしまえ』

 最初は何の冗談かと思いつつも聞いていたら、どうやら相手方は本気らしいことが分かった。
 そのために色々と2人の周囲にいた友人にも、声を掛けて回るつもりだとも。

 こうなると、護国の出したお題は、あまり意味を成さなくなる。
 鈴莉が言った内容を共に準備してくれる友人が周囲にいるということは、
 それがもう護国が見せて欲しかった答えへと直結するからだ。

 まさか、たいして繋がりの無い人間の晴れ舞台に、一枚噛んでやろうなどという物好きもいまい。

「うーむ」

 どうしたものか、と。
 護国は、自らの顎をゆっくりと撫でた。

374名無し@管理人:2014/03/24(月) 21:06:56
はぴねす! リレーSS その187――名無し(負け組)


「しかし、どうやって護国さんの課題をクリアすればいいんでしょう?」

那津音さんを送る途中、ふと今の問題について口に出した。

「そうね。私とゆーくんが恋人になったことに、まだ複雑な感情を抱いている人も多いでしょうしね」

彼女の方も、困った顔で頷いた。

「こっちから、何かお祝いの品をくれってねだるわけにもいきませんしね」

そんな厚かましくなれない。

「確かにね。だけど、そこまで身構えなくてもいい気がするわ」
「何でですか?」
「解決策が身近にある気がするの」
「……だといいですけどね」

個人的にはそこまで楽観的に考えられないが……。
他ならぬ、恋人の言葉だ。
信じる以外の選択肢はない。

「そんなことより、せっかく恋人になれたのだし、これからやりたいこととか考えましょう?」
「それ、悪くないですね」

顔を見合わせて、笑い合う。
くすぐったくて、胸が暖かくなる。

「私は……そうね。ゆーくんと一緒にお泊りとかしてみたいな」
「それは――」

俺が学生のうちには無理じゃないですか。
そう軽い気持ちで答えようとしていたのだが、言葉を遮るように携帯が震えた。

「ちょっとすみません」

断りを入れてから、俺は携帯を確認する。
かーさんからのメールだ。
えっと……。

『ごめーん。今日は那津音ちゃんのお家にお泊りしてきて♪』

「……」

俺達の会話をどこかで監視してきたかのようなタイミングのいいメールだった。
しかし、泊まってきてって、一体家で何をやっているんだ……?
この時点の俺は、かーさん達の恐ろしい企みを知る由もなく、首を傾げるしかなかった。

375龍夜(TR):2014/03/25(火) 11:24:01
那津音さんの家(というより式守家だが)に泊まることになった俺だが、まだ那津音さんからOKをもらっていない。
もしNoと言われれば、俺は野宿をすることになるだろう。

「どうかしたの? ゆーくん」
「あ、その……実は――」

言っていいものかどうか悩んだが、言わなければ話は進まないため、俺は事情を説明した。

「なるほど、そう言うことなのね」

話を聞き終えた那津音さんはフムフムと頷いていた。

「だったら別にいいわよ」
「そうですよね、ダメですよね……って、今なんと?」

那津音さんの返答に、俺は思わず聞き返してしまった。

「だから、泊まってもいいわよ」
「え? い、いいんですか?」

俺は信じられずに那津音さんに尋ねてしまう。

「良いに決まってるじゃない。私たちは、その……恋人……なんだから」
「そ、そうですよね」

頬を赤くしながら答える那津音さんに、相槌を打つ俺の頬も、きっと赤くなっているのかもしれない。

「それじゃ、行きましょう」
「は、はい!」

こうして、俺は那津音さんの家である式守家で止まることになるのであった。


はぴねす! リレー小説――――――By.龍夜(TR)
第188話「お泊りとトラブルと」


式守家到着した俺たちは、客間と思われる場所で無言で向き合っていた。

「……」
「……」

護国さんはなぜかいなかった。
那津音さんいわく護国さんは忙しい身なので、今日もどこかの会議に向かっているのではということだった。
ということは、実質的には俺と那津音さんの二人っきりということになるのだ。
それがさらに気まずい雰囲気を加速させていた。

「あ、そう言えばゆー君」
「は、はひ!? なんですか那津音さん?」

突然声を掛けられたため、思わず返事をする声が上づってしまったが何とか返事をすることができた。

「今日、課題出てたわよね。今やってしまいましょう」
「そ、そうですね」

恋人の家にいるのに課題をするというのはいかがなものかと思うが、このまま沈黙と言う気まずい時間を過ごすことになるのよりは、とても効率のいい時間の過ごし方だった。
きっと、この課題を終えるころには普通の雰囲気になれるだろうと信じて。










「よし、終わった」

どれほどの時間が経ったのかはわからないが、無事に課題を終わらせることができた。

(結局普通の雰囲気になれなかったな)

終始無言で課題に取り組んでいたため、普通の雰囲気になるという目的は果たすことができなかった。

「あれ、那津音さんは?」

那津音さんの姿がないことに気が付いた俺はあたりを見回してみる。
だが、客間にはその姿を見つけることができず、俺は那津音さんを探すべく客間を出た。

「あ、ゆー君」

客間を出て廊下を歩いていると、すぐに那津音さんは見つかった。

「ちょうどよかった、これからお夕飯にしようと思ってたから、食べましょ」
「あ、はい」

那津音さんに促されるように、俺は食事をとるべく那津音さんの後をついていった。

376龍夜(TR):2014/03/25(火) 11:25:59
「うわ、すごく本格的」

那津音さんと共に客間に戻ると、そこにはテーブルに並べられた本格的な料理の数々があった。
肉じゃがに伊吹が言っていた、伝説のだし巻き卵と白いご飯にお味噌汁というラインナップだ。

「さあ、食べましょ」

そして俺と那津音さんはお互いにテーブルを挟むようにして座りあうとお箸を手に取り、

「「いただきます」」

と手を合わせて口にした。

「ゆー君」
「何ですか?」

那津音さんが料理に手を付けだしたのを確認して、俺も肉じゃがに手を付けようとしたところでそれを那津音さんに遮られた。

「はい、あーん」
「…………え?」

突然のことに状況が呑み込めなかった俺は、思わずそんな声しか発すことができなかった。

「だから、”あーん”よ。恋人同士ならそうやって食べさせあうのが普通だって言ってたわ」
「………そうですか」

ある意味あってなくもないが、微妙に間違っている知識を植え込んだ人物になんとなく想像がついた。
それはともかくとして。

「だから、はい。あーん」
「あ、あー」

これも微妙な雰囲気を打開させるチャンスだと考えて、恥ずかしいのをこらえて那津音さんに応じる。
そして俺は肉じゃがに舌鼓を打つ。

「ど、どう?」
「とてもおいしいです」

ジャガイモにはしっかりとだしが染みており、柔らかすぎずかといって硬すぎずという絶妙な煮込み具合だ。
白いご飯とよく合う。

「それは良かったわ。じゃ、はい。あーん」
「…………」

今度は自分が口を開けた。
その行動の意図することぐらい理解している。
つまりは、俺にもやれと言うことだ。
だが、口を開けて待つ那津音さんの姿はまるで、親鳥が餌を持ってやってきたときに口を開けて待つひな鳥を彷彿とさせる。

「あの、ゆー君。できれば早めにお願いできないかな? 開けっ放しってつらいの」
「あ、すみません。口を開けて待つ姿がとてもかわいかったので」
「ッ!? もう、ゆー君のイジワル!」

俺の言葉に顔を赤くして怒った様子でプイッとそっぽを向く那津音さん。

「すみません。はい、あーん」
「あーん」

肉じゃがを箸にとって那津音さんに差し出すと、凄まじい変わり身の早さで応じた。
こうして、俺たちは甘い(?)夕食を過ごすのであった。

377龍夜(TR):2014/03/25(火) 11:26:36
★ ★ ★ ★ ★ ★


同時刻、小日向家にて。

「すもも、これはこのような感じでいいか?」
「はい、ばっちりです。伊吹ちゃん♪」

すももに確認を取る伊吹にすももはOKを出しながら抱き着く。

「こら! 抱きつくなと何度も申しておるであろう!」

彼女たちは結納の準備を着実に進めていた。

「杏璃ちゃん、一体何を作ってるの?」
「もっちろん。二人をお祝いするための杏璃ちゃん特製のシチューよ!」
「…………」

大きな鍋で料理を作っている杏璃に問いかけた春姫は、色々ツッコみたいのをあえて抑えた。

・どうしてシチューが紫色になっているの?
・そのシチューに時より見える動物の足みたいな物体は何? 等々

本人にしてみれば、本気で喜んでもらえると思っているらしいので、春姫はあえて何も言わないことにした。

「後は、食べた人をコロッとさせちゃうこの魔法の粉を入れて」

杏璃は、そう言って”魔法の粉”を投入した。

………

……



その数秒後、瑞穂坂に爆音が鳴り響いた。


★ ★ ★ ★ ★ ★


「ッ!?」

夕食も終え、客間でくつろいでいる中で突然、寒気のようなものに襲われた俺は息をのんだ。

「どうしたの?」
「あ、なんでもないです」

俺の様子に首をかしげながら尋ねてくる那津音さんに、俺は手を振りながら答えた。
那津音さん自身も深く追求することはなかった。

(何だか、嫌な予感がする)

まるで俺の命にかかわるような嫌な予感が。
できれば当たってほしくないが。

「それじゃ、お風呂に入りましょう。もう準備はできてるはずだし」
「分かりました。それじゃ、那津音さんが先にどうぞ」

ここの住人である那津音さんが先に入るべきだと考えた俺は、那津音さんにそう促した。

「何を言ってるのよ」

そんな俺に返ってきたのは、若干ではあるが呆れたような声だった。

「一緒に入るに決まってるじゃない」
「え゛!?」

頬を赤くして、本日一番の衝撃的な一言を告げた那津音さんに、俺は固まってしまった。
那津音さんの目は真剣で、断るのは難しそうだった。
この状況にどうする、俺!?

378七草夜:2014/03/31(月) 23:57:09

 カンコーン、なんて音がする風呂に自分が入ることになるなんて、ぶっちゃけ考えもしていなかった。
 流石は式守家と言うべきか、一般庶民の家庭で暮らした自分からすれば温泉宿にでも来たのかと錯覚するほどの豪華で広い風呂だ。
 古風な家のイメージに合わせた和風の雰囲気。風呂で泳ぐ、なんて表現があるがそれくらいは余裕で出来るくらいの広さだ。

 だが、風呂なんてでかければ良いなんてものじゃない。
 これほどの広さの風呂を独占出来る、というのは一種の優越感があるがその一方でこれほど広いのに自分しかいない、という物寂しさもある。
 広い空間にただ一人だけという孤独感は、風呂に入っているというのにどこか寒々しく感じてしまうものだ。
 だが――


「はい、ゆー君。頭洗ってあげるからあっち向いててね」


 ――だからといってこの解決法はおかしい(確信)。



『はぴねす! リレー小説』 Ep,189「背伸び」―――――七草夜


 体にバスタオルを巻いた那津音さんが俺の頭をワシャワシャと洗う。
 まぁそもそもこの手のパターンで自分が断れきれた試しがないのでぶっちゃけ最初から諦めてはいた。
 どうする!? なんて考えたところで自分の中に明確に断る理由がなければ押し切られるのは眼に見えている。
 ……というか、ぶっちゃけ自分の中の煩悩に負けただけな気もする。だって惚れた人と風呂だし。

「かゆいところ、ない?」
「いえ、特には。大丈夫です」
「そう。何かあったら言ってね」

 と、俺の頭を洗う那津音さんの軽い笑い声が背後から風呂場に響く。
 しかし何というか、完全に子供扱いである。
 前々からやけに年上ぶろうとするところはあったが、この風呂というアレなシチュエーションでこの扱いはなんかイケナイ雰囲気を感じる。

「……こうして改めて間近で背中を見ると、ゆー君って本当に大きくなったわね」
「いや別にナニも大きくは……じゃない。まぁ、そりゃ俺も男で成長期ですから。好きな人より背が高くなりたいって願望だってありますよ?」
「あら、私はこうして頭を撫でて上げられるくらいのゆー君も好きなのだけれど?」
「……それでも、やっぱり俺も男ですから」

 好きな人に頼られたい。頼りになると思われたい。
 その事と背の高さは直接は無関係ではあるが、それでも高いに越したことはない。
 人としても男としても、心も背も大きな男として好きな人を守り、見守ってゆきたい。
 そんな、ちっぽけだけど大きなプライドがある。

「……うん、やっぱりゆー君は大きくなったわ」
「だからそりゃあ……」
「そういうことじゃないの。でも、本当に大きくなったわ」

 そこまで言ってそれ以上は那津音さんはただ笑う。
 正直、何を言っているのか分からなかったが那津音さんは、那津音さんにしか分からない何かを感じ取ったのかもしれない。

 思えば那津音さんが植物状態から目覚めるまでは、直接会ったのは幼少の頃の俺だ。
 そして寝たきりだった那津音さんからすれば、それは然程遠い過去ではない。
 そんな那津音さんからすれば、子供の俺がいきなり大きくなったようなものだろう。
 妙に年上ぶろうとするのにも、そんな背景があるからだ。多分、那津音さんにとっては俺は変わらず幼い頃の俺なのだろう。

 ……いや、そうじゃない。そう思われているだろうと、俺が勝手にそう思っていた。
 だから俺は大きくなりたかった。那津音さんに、並びたかった。
 俺はこの人の恋人なのだと、堂々と胸を張って言える存在になりたかった。
 でも。

「……那津音さん」
「なーに? ゆー君」
「俺、那津音さんに会えて、そして付き合うことが出来て、本当に幸せだと思ってます。この幸せを、長く続くものにしたいと思ってます」
「えぇ、それは私もよ」
「……だから、今日はこれで一つ、背伸びをするのを辞めようと思います」
「……そっか」

 それが何か、とは聞かない。
 たったそれだけのことに喜びを感じるのは、きっとそれほど自分はこの人が好きだからなのだろう。

 背伸びをしても、背が高くなる訳じゃない。
 そんな状態で隣に並んでも、疲れるだけ。
 認めよう、俺はまだ子供で、この人は大人なんだ。

「那津音さん」
「なに?」
「今日は一日、甘えても良いでしょうか」
「……えぇ、勿論」

 誰もいない今日と言う一日だけ。
 俺も素直になろう。





「へっくしゅ!」
「……そろそろ流して湯船に入りましょうか」

 そんなオチもあった。

379Leica:2014/04/07(月) 23:23:22
はぴねすりれー 190 Leica



「良いお湯だったね」
「そ、そうですね」
「どうかした?」
「……なんでもないです」

 駄目だ、那津音さんと目を合わせられない。
 さっきまでこの人と一緒にお風呂入ってたんだぞ。
 平常心のままでいられる方がどうかしてる。

「ホントどうしちゃったの、ゆーくん」
「いえ、本当に何でもないんで」

 こちらを覗き込もうと身を乗り出してきた那津音さんを、やんわりと押し留める。
 さっきまでこの人とはいわゆる裸のお付き合いをしていたわけで。
 だからそういうことを考えるのやめろ。

 苦し紛れに、テーブルに置かれたお茶を飲む。

「あ、おいしい」
「でしょう? 今、私のお気に入りのお茶なの」

 俺の感想がお気に召したのか、那津音さんが嬉しそうにそう言う。
 この人の笑顔は、本当にいつ見ても眩しい。

 それに今はお風呂上りなのだ。
 白い肌が熱を持ち、ほんのりと赤く染まっているところとか。
 綺麗な銀髪がしっとりと水気を含んで肌に張り付いているところとか。
 だからそういうことを考えるのはやめろっつってんだろ。

 煩悩退散煩悩退散。

「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」

 那津音さんが空になったコップを台所へと持っていく。
 この後の予定は特に無かった。
 この屋敷には娯楽なんてものがない。
 なんとなく予想できていたが、完全に予想通りだった。

 そしたらもう寝るしかないわけで。
 いや、他意はない。ないぞ。

「そろそろお布団の準備しようか」
「あ、はい」

380Leica:2014/04/07(月) 23:24:02




 当然のように別室でした。
 そりゃ当たり前か。

 与えられた客間(びっくりするくらい広い)の中央に敷いた布団に寝ころぶ。

「……かーさん、何やってるんだろうな」

 1人になって気持ちが落ち着いて、改めて疑問が生まれてきた。
 あの人の気まぐれに付き合わされたことは数えきれないほどあるが、
流石に一日帰ってくるなという命令は初めてだ。
 いったい家で何をやっているというのか。

 携帯電話を開く。

『ごめーん。今日は那津音ちゃんのお家にお泊りしてきて♪』

 メールの文面だけを見ると、
俺と那津音さんの距離を縮めようと配慮してくれたようにも読める。
 裏表を考えずに、あくまで文面だけを見るならば。

 あの人に限ってそれはない。
 あってもそれが表に出てくるのは、宝くじで一等賞を取るくらいの確立だろう。
 どう考えてみても裏があるようにしか思えない。

 幸いにして、『今日は』となっていることから、明日には結果が出るだろう。
 それが良いことなのか悪いことなのかは分からないわけだけれども。

「……寝るか」

 何を考えても無駄だ。
 明日のことは明日、考えることにしよう。
 かーさんだって、本気で俺たちが嫌がることはしないはずだから。

381八下創樹:2014/04/11(金) 12:47:16

式守家に1泊させてもらった翌日。
唐突にかーさんから送られたメールで、

『12時前に帰って来てー♪ あ、もちろん那津音ちゃんも一緒にねー』

とのこと。
実に身勝手この上ないけど、こんなメールが来る時点で抵抗は無意味に等しい。
というわけで、那津音さんと2人、小腹が空いてくる昼前に小日向家まで帰ってきていた。
―――――ちなみに、それまでは式守家にいました。
那津音さんの自室で、ここぞとばかりに寛いで(甘えて)きました。
いやぁ、うん。
極上でした。


『はぴねす! リレー小説』 その191!―――――八下創樹


「・・・・・・」

で、只今家の前。
別段、変わりは無いけど、まるで物音1つしないのは実に不気味。
なのに人の気配だけはしっかりするんだから、もはや嫌がらせにしか思えない。
詰まる所、入りたくないです。はい。

「? ゆーくん、どうしたの?」
「あー・・・・・・いや、なんでもないです。はい」

今更引き返すわけにもいかないし。
那津音さんに背中を押される形で、玄関の扉を開けた。

「・・・・・・ただいまー」

呼びかけるが、反応はナシ。
それどころか電気の一つも点いてやしない。

「・・・・・・誰もいないんですか?」
「・・・・・・そういうことにしておきましょう」

だってリビングの向こうからガサゴソ音してるし。
もっと言えば小声で話してるのも聴こえなくもない。
(・・・・・・ヤだなぁ)
サプライズなのかトラップなのかが、まるで解らない。
だがしかし。
このまま背を向けて逃亡しようものなら、恐ろしい形相で誰かが猛追してることは間違いない。
そんな、平和な休日に命張るレベルの鬼ごっこなんてさらさらごめんである。

「・・・・・・開けますね」
「? どうぞ?」

何も考えてないのか、危険感知スキルが無いのか。
那津音さんは疑問符を浮かべながら、笑顔で同意。
その笑顔に励まされながら、重い(心理)ドアノブを引いた。



「「「「「「「「「「「「結婚、おめでとーっっ!!!!」」」」」」」」」」」」

ドアを開けた瞬間、盛大に鳴らされたクラッカー。
それと重なる形で、春姫、杏璃、小雪さん、すもも、伊吹、沙耶ちゃん、ハチ、準、信哉、かーさんズ、護国さんの、12人の賛辞と祝いの声が重なった。

「・・・・・・え?」

一瞬、何が起きたか解らなくて、頭が真っ白になる。
隣を見れば、那津音さんも同様で、驚いた顔で硬直したままだった。

「え、と・・・・・・どういうこと?」
「何言ってるのよゆーまくん! さっき言ったじゃない。“結婚おめでとー”って」

むむむ?
今だ思考が停止したままなので、まだ解らない。


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「いやいやいや!? なにやってんの!?」
「え? だから結婚おめでとーって」
「それをなんでみんなが知ってるのさ!?」

俺の記憶が正しければ、みんなには、
“那津音さんとお付き合いします”
とは宣言したけど、
“那津音さんと結婚します”
なんて宣言した覚えはないんですががが。

「そこはもちろん! 私が言いふらしましたー♪」
「そして私も賛同しましたー♪」
「チクショウッ!!」

例によって、このサプライズ(トラップ)の黒幕は母さんズの模様。
どうやら気を遣ってくれたらしいけど、振った女性に数日もしない内に結婚祝いの招待を持ちかけるのは、瘡蓋をフォークで抉り、塩をぶっかけるレベルのおぞましさだと思んですが。

382八下創樹:2014/04/11(金) 12:48:39
「と、というか、ちょっと待って!」
「?」
「なによー?」
「な、那津音さんとは、そりゃ、将来は結婚するつもりだけどさ、今すぐってわけじゃ・・・・・・」
「そんな優柔不断なゆーまくんに、ハイ♪」

と、手渡されたのは何かの紙。というか記入用紙。
そのトップには、しっかりとした字で『婚姻届』が書かれていた。

「何やってんのかーさん!?」

そりゃあ確かに結婚するとは言った。
が、この婚姻届を前にすると感じる、この生々しさはなんだ。

「いやいやでもでも!! 確かこれって証人2名の署名が必要だし――――!!」
「・・・・・・ゆーくん、やけに詳しいのね?」
「そ、それは・・・・・・!? ひ、必要知識と思いましテ!?」

が、そんなことなどお見通しなのか、かーさんズは悪魔の微笑を崩さない。

「ふふん。あまいわね雄真くん」
「・・・・・・え?」

母さんに指さされ、確認した先は、『証』記入欄。
そこにばっちりと、“御薙 鈴莉”と、“式守 護国”の名前が記入済み。
おまけに音羽かーさんの名義も付箋で張られている始末。

「っておぉい!?」
「・・・・・・ゆーくん、それ以前に」
「へ?」

よくよく見れば、夫婦記入欄に、すでに“小日向 雄真”と“式守 那津音”がバッチリ記入されていた。
それも、字体が完全に本人が書いたものと同一に。

「私が魔法で再現しましたっ(キリッ」
「きゃー鈴莉ちゃん素敵ーっ♪」
「ちなみに印鑑も押印済みよ」
「ほんとに何してんの!?」

人権とはなんだったのか。
っていうか、ほぼ犯罪レベル。
だって言うのに、本気で拒めず怒れない自分を、確かに自覚していた。


「――――那津音」
「あ・・・・・・お父様」

ぎゃいぎゃい騒ぎながら、みんなの輪の中心に居る雄真を、一歩引いた距離で眺める。
いつも通りで、当たり前のような光景。
これが、なによりも尊いモノだってこと、出会った時から気づいていた。

「私の出した条件は、達成されたな」
「え?」

記憶が確かなら、『2人が周囲から認められた証を最低2つ以上、手に入れる事』・・・・・・だったような。

「まず一つは、ほれ」
「・・・・・・あぁ、婚姻届ですか」

実際、役所に申請すれば誰でも貰えるけど。
それでも言うなら、“署名済みの婚姻届”ということ。

「それで、もう一つは?」
「――――」

続きは言わず、視線で促すお父様。
その先は、さっきまで私が見ていた光景――――ゆーくんだった。

「敢えて言うなら、絆、かの」
「絆・・・・・・ですか」

若干、クサいと思ったけど口にはしない。
ご自分の年齢を考えてますか? とも思ったけど。

「これほどの友人たちに囲まれ、幸せを広められる魔法使いを、私はそうそう知らぬよ」
「・・・・・・そうですね」
「・・・・・・もっとも、彼が持つこれほどの絆を“一つ”に捉えるのは、あまりに失礼だったが」
「そうですよ、ほんとに」

縁を結び、絆を繋ぐ。
これほど簡単そうに思えて、その実難しいことはそうそうない。
彼が周りの女の子たちに対し、煮え切らない態度をしていたのも、それがゆーくんの持った優しさだから。
彼女たちを悲しませたくない、不幸せにさせたくない。少しでも幸せであってほしい。
そう願った彼が、必死で足掻き続けた結果なのだから。
それを“逃げ”だと言う人もいると思う。
けれど、私は違う。
彼の、ゆーくんのそんなところに、私は惹かれたのだから。

「さぁ、那津音。彼を助けに行ってあげなさい」

そんなことも含め、全てを解ったかのように、お父様は背中を押す。
言われなくても、そのつもり。
何より、誰よりも。
私が、ゆーくんを助けてあげたい、幸せにしたいって想ったのだから。

「はい、お父様!」

笑顔で応えて、ゆーくんが結び、繋いだ絆の輪に入る。
一緒に戸惑って、でもきっと心の中で感謝してるに違いない。
そんな、トラップみたいなサプライズを受け入れて、私たちは祝福された。

383叢雲の鞘:2014/04/18(金) 00:00:31
「おっと、そうはいかないわよ那津音」

「え?」

ゆー君の元へ行こうとした私を鈴莉さんが掴む。

「貴女には今から大切な準備があるの。だから、雄真くんのところに行くのはちょっと待ってね」

「準備、ですか?」

「そうよ。ってなわけで音羽、すももちゃん、神坂さん、柊さん、高峰さん、式守さん、上条さん、カムヒア〜♪」

「「「「「「「は〜い♪」」」」」」」

「それじゃ、張り切って行くわよ!」

「「「「「「「アイアイサ〜〜♪」」」」」」」

「え?え?え?」

突然のノリに戸惑う暇なく、私は鈴莉さんたちの手によって拉致されてしまった。


「それじゃぁ、雄真も準備しなくっちゃね♪」

「……は?」

「うむ、俺たちでしっかりと雄真殿を着飾らなければな」

「泥船に乗ったつもりで安心してくれ」

「いや、泥船じゃダメだろ。ってか、準に信哉にハチ。何をするつもりなんだ!?」

あ、ゆー君も拉致られてる。


『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 185  by叢雲の鞘


雄真と那津音がそれぞれ友人や教え子たちに拉致られてからおよそ1時間。

雄真は目隠しをされた状態で立たされていた。

この目隠しは雄真が準たちに連れられ、自室に戻ってきた際に付けられたものである。

その後、なにかスーツのようなものに着替えさせられ、再び居間へと戻って来たのである。

少々やつれている気がするが、気にしてはいけない。

「なぁ、この目隠しいつになったら外せばいいんだ?」

「もう少しよ」

「準、向こうも準備できたってよ」

電話で離れていたハチが戻ってくる。

「うむ、では参るとするか」

「参る……ってどこにだよ!?」

「それは着いてからのお楽しみよ♪」

「はぁ?」

「じゃあ、いくわよ!せ〜の!!」

準に手を引かれたままの雄真は突如として魔法の発動と浮遊感にみまわれた。

384叢雲の鞘:2014/04/18(金) 00:44:16
「さぁ、もういいわよ」

準の言葉と共に目隠しが取り払われる。

「まったく、なんだったん…だ……」

視界が戻った雄真の目に飛び込んできたのは……。

「ゆー、君……///」

純白のウェディングドレスに身を包んだ那津音だった。

「…………」

「ど、どうかな?///」

「…………」

「……ゆ、ゆー君?」

何も反応を返さない雄真の目の前で手を振る那津音。

「…………は!?」

「ゆー君、大丈夫?」

「あ、いえ……突然のことでびっくりしちゃって」

「うん……それで、どうかな?」

「……綺麗、です。他の言葉が何も浮かんでこないくらい綺麗、です……」

「そっか……えへへ♪///」

「う……ぁ…………」

雄真の賛辞に那津音ははにかみながらも嬉しそうに微笑み、それを見て再び思考が停止する雄真であったが……

「ちょっとーー!いつまでも2人の世界でイチャついてないで、さっさと式を続けなさいよー!!」

杏璃の声で我に返る2人。

「っていうか、式ってなに!?」

慌てて周りを見渡すと、そこは教会風に装飾されたOasisだった。

そして、周りの友人や母親たちは皆ドレスアップしている。

385叢雲の鞘:2014/04/18(金) 00:45:08

「何って、2人の結婚式を挙げるんだけど?」

「結婚式!?」

「そうよ〜♪結納やって入籍準備もしたんだから、これはもう挙式までやらなくっちゃってね〜〜♪」

「ウソ〜ん!?」

か−さんズからのトンデモ発言に驚くしかできない。

「私としては神前婚の方が良かったんだが……」

「護国さんまで……」

もはや口が塞開いたがらない雄真。

「それは、2人が正式に結婚する時にでもすればいいわ。」

「そうそう。和装もいいけど、やっぱり女の子の憧れはウェディングドレスだものね〜♪」

「いつの間に衣装を作ったんですか……サイズとかわからないのによく作れましたね」

「なに言ってるの。雄真くんの身体測定データと那津音の入院時の身体測定データを見たに決まってるじゃない」

「どうやって手に入れたんですか!?」

「“御薙”と“式守”の名前を出せば楽勝よ♪」

御薙と式守の名をそんなことに使っていいのだろうか。

「いいのかそれで!?ってか、時間は!?」

「それはもう主に杏璃ちゃんが徹夜で♪」

「使えるツテや道具はフルに活用したわ!」

「マジか!?」

「そうよ!……おかげで、私は体感時間でだけど、三日間一睡もしてないけどね」

よく見れば化粧で隠しているようだが、杏璃の目元には薄っすらとクマが見える。

「それは……すまん」

「違うわよ」

「ん?」

「こういう時に欲しい言葉はそうじゃないでしょ」

「……そうだな。ありがとな杏璃」

「よろしい!」

友人の好意に素直に感謝する雄真だった。


「さぁ、式の続きをしましょうか」
鈴莉に促され、那津音と共に正面を向く。

とんでもないサプライズウェディングはまだ始まったばかりである。

386龍夜:2014/04/19(土) 00:56:42
「それでは、新郎新婦の登場です」
「…………………」

扉が開き、奥まで続く道。
その両端には楽しげに俺たちを見るかーさんズたちの姿が。

「さ、行こう。ゆー君♪」
「は、はい」

那津音さんに言われるがまま、俺はゆっくりと足を前に進める。
もちろん腕を組んで。

(何? この急展開)

あまりの急展開さに、俺の頭がついていかない。
”それは、最初からか”と心の中で反論できるあたり、俺はまだまだ余裕があるのかもしれない。


はぴねす! リレー小説――――――By,龍夜
第193話「誓いと大定番」


いきなり表に追い出された俺たちは神父(護国さんだが)に促されるように中に足を踏み入れて今に至る。

「きゃ〜★ 様になってるわよ、雄真〜」
「うんうん、さすが採寸通り」

色々な方向から声が飛んでくる。
とりあえずそれらの声は無視することにした。
そして新婦の前までたどり着いた僕たちは、足を止めた。

「それではこれより新郎、小日向 雄真と新婦式守 那津音の結婚式を執り行う」

護国さんの目が、かすかにひくついている。
まるで何かをこらえるみたいに。

「新郎、小日向 雄真。貴方は健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、これを愛し、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい。誓います」

神父のその言葉に俺は即答で答えた。
それは一種の護国さんに対しての誓いの言葉のようにも感じられた。

「新婦、式守 那津音。貴女は健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、これを愛し、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」

続いて那津音さんもはっきりと頷いて答えた。

(あれ、そう言えば結婚式と言えばこの後って)

俺はここにきて肝心のことを思い出した。
それは結婚式の大定番、

「それでは、誓いのキスを」
「「………」」

誓いのキスだ。
僕と那津音さんは当然固まった。
護国さんは目を閉じているが、唇が震えている。
もし本当にキスでもしたら大爆発が起きかねない。

「雄真―、ぶチュッとやりなさい、ぶちゅっと!」
「兄さん、覚悟ですよ!」
「がんばってー!」

(応援してくれるのは嬉しいけど、完全に場違いだよ)

僕は心の中でツッコんだ。

「ゆー君。ん……」

何かを決心したのか、僕の方を振り向いた那津音さんは目を閉じて唇を突き出した。

「え? ほ、本気ですか?」
『恥ずかしくないでしょ? だって、前にキスしてるじゃない』

小声での俺の言葉に、那津音さんは念話で返事を返してきた。
確かにしたが、あの時は誰もいなかった。
そして今は周りに大勢の、しかも注目されている状況だ。
できるわけがない。

(ええい。こうなったらやけだっ!!)

「んっ!?」

徐々に周囲の雰囲気が黒くなり始めているのを察した俺は、もうどうにでもなれと言う投げやりな気持ちでそれに応じた。

「はむ……ちゅ……んむ」

突然の口づけに驚いた那津音さんだったが、すぐに応じた。
そこから先の記憶はすっぽりと無くなっていた。
ただ、覚えているのは、

「はわ……はわわわわ!?」
「あー、ハチに知らせなくてよかったわ」
「きゅぅ〜」

目を回しているすももに、マイペースに胸をなでおろしている準と、目の前の光景に何かが吹っ切れたのか失神する春姫たちの姿だった。

387八下創樹:2014/04/25(金) 12:51:53

「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!」

麗らかな休日の真昼間。
そんな平和な日曜日の町中を、奇声をあげながら爆走していく人物。
言わずと知れた、雄真の悪友にして親友。
そして前話にて、空気のように会場に呼ばれなかった、高溝八輔その人だった。


『はぴねす! リレー小説』 その194!―――――八下創樹


「ちぃくしょぉぉぉぉぉっっっ!!!」

先程、というかすでに10分以上、休むことなく全力で走り続けるハチ。
その無尽蔵のスタミナを支えるのは、単に怒りが原因だった。
まあ実際、あれだけ一緒に小日向雄真と式守那津音の結婚式の準備を手伝ったのに、肝心の転移の際、どーいう理屈か、ハチだけ置いてけぼりを喰らったわけである。

「ぬあああああぁぁぁぁぁ!!!!!」

で、大体5分ぐらい、ゆっくりじっくり彼なりに状況を分析した結果、置いてかれたという結論に至ったらしい。
しかも迎えが来ない辺り、完全に忘れられているレベル。
不憫なんてものじゃない。
ほんとに。

「・・・・・・・・・ぜぇ、ぜひぃ、ぜふぅ・・・・・・」

と、流石の彼も、15分近くの全力疾走は流石に無理の模様。
仕方なく、走るのを辞めて歩くことにし、息を整えるのに専念し始めた。

「ちっくしょう、みんな覚えてろよ・・・・・・はぁ、ふぅ」

憎まれ口を叩きつつ、よくよく考えてみれば、今更急いだところでどうにでもなるもんでもなし。
なんだか毒気を抜かれた気分で、開き直ってのんびり行くことにした。

「にしても雄真のヤツ、結婚かぁ・・・・・・」

正直なハナシ、実感なんてまるでなし。
第一、 女の子と付き合ったことすらねーのである。
今回の協力に応じたのだって、羨ましいという嫉妬より、そのあまりの流されっぷりに同情した為だし。
だから、だろうか。
ふと、考えてしまう。
アイツは、雄真は今――――――“幸せ”なんだろうか。

「・・・・・・」
「ねえ、そこの礼服をまるで着こなせていない、冴えない男子」
「・・・・・・えぇー」

出会いがしらに、これでもかと言うほどに嫌味と毒をぶちかましてきやがった。
こんなことする知人は1人しか知らねー。
というか、喧嘩売ってんだろうか。

「あー、えー、ミサキちゃん、だっけか」
「首傾げながら呼ばないでくれる? というか、相手の名前をしっかり憶えてないってどうなの? 人として」
「―――――」

あれ? マジで喧嘩売られてる?
いや買う気は微塵もねーけど。
あー、うー、なんだ。
もしかして機嫌悪いのか。

「それで? こんなところで何してるのよ、そんな恰好で」
「いやーそれがよ、転移魔法で置いてけぼりくらったから、仕方なしに走ってたんだよ」
「無様ね」

ピシャリ、と。
実にキツイことを言いやがる。
黙ってれば可愛いのに。
つーか、雄真ならともかく、初めっから喧嘩腰の女の子を相手するスキルは、俺にはねーし。
まいったぜ・・・・・・こいつは苦手だ。

388八下創樹:2014/04/25(金) 12:52:38

「うー、えー、ってか、ミサキちゃんは何してたんだ? 雄真の結婚式、行かねーの?」

俺はともかく、春姫ちゃんたちが声をかけないはずはない。
多分だけど、ミサキちゃんにだって式の招待はいってるはずだろうけど。

「――――行くわけないでしょ」
「ほへ? なんで?」
「法的に認可されるはずのない、ただのお遊び。言うなれば“ごっこ”よ。馬鹿馬鹿しいわ」
「ふーん・・・・・・」
「なによ」
「いや、別に。――――でもいーじゃん、ごっこで」
「は? なに言って―――――」
「だってよ、楽しいじゃん。みんな楽しそうで、笑ってて・・・・・・楽しいぜ!」

うむ、それだけは間違いねぇ。
式守先生が赴任してきてから、なんだか右往左往ばっかして、大分苦しかった時期もあったらしいけど。
でも今、間違いなく。
アイツは、笑ってる。
昔から、ずっとアイツの友達だったからこそ。
それだけは、心の底から祝ってやりてぇ、って思ったんだ。

「――――単純ね」
「おご!?」

だってのに、ミサキちゃんには微塵も伝わらなかったみたいだ。
いやまぁ、そんなつもりもねーんだけどさ。

「それに、行けるわけないじゃない。・・・・・・彼にフラれておいて、結婚式にのこのこ顔を出すとか」
「なんだそんなことかよ」
「・・・・・・なんですって?」
「そんなややこしいこと、誰も考えてねーから、こんなぶっ飛んだことしてるんじゃん?」
「――――!」

っていうか、そんなこと考えてるならマジでやべー。
なにせ、友人の大半(ってかほぼ全員)雄真にフラれてるもんなー。

「そんなわけで! ミサキちゃん、一緒に行きませんか?(キラーン)」
「お断りよ」
「ごはっ!?」
「少なくとも、貴方と一緒にとか死んでもゴメンだし。っていうか死ねばいいのに」
「すんげーデスられてる!?」

うーむ、またしても空振りになっちまった。
なにがいけねーのかな。
自分的にはナイスな誘い方だと思ったんだけど。

「・・・・・・ああ、でも」
「?」
「お祝いはしてあげる、って、彼によろしく伝えといて」
「? だったら直接言いに行けばいいじゃんか」
「少しは察しなさい。だから彼女が出来ないのよ」
「ぐぎ!?」

結局、最後の最後まで毒を吐きながら、ミサキちゃんは手をひらひらさせて立ち去っていった。
うーむ・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・
これは、脈アリだろうか?(俺に)

「ま、いいか」

おかげで、息は整って、体力も戻ってきたし。
もうひとっ走り、行くぜぇ!!


自分にとって、都合よく物事を考えてしまうハチ。
悪く言えば、途方もないバカ野郎で、
けれど誰よりも、真っ直ぐで揺るぎない。
そんなハチの言葉が、ミサキにどう届いたかなんて。
ハチにとって、どうでもいいことで。
だから、きっと、コイツはこんなにも――――――

389叢雲の鞘:2014/05/01(木) 22:53:28
気が付くとそこには知らない天井――。

「あ、気がついた?」

ではなく最愛の人の穏やかな笑顔があった。



『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 195  by叢雲の鞘



どうやらあのキス(誓いの口づけ)の最中に気絶したらしい。

顔を真っ赤にして目もグルグルしていたとのこと。

きっと、幸せ過ぎたんだな。

この上なく恥ずかしい。黒歴史とはまさにこのことだ。

「あれから、ちょっと大変だったんだよ?」

気絶したのは俺だけではなかったらしく、春姫や杏璃たちも気絶したのだとか。

いろいろ刺激的だったのに加え、今回の強行軍で疲れが溜まってたのだろう。

複雑な思いもあるが、それ以上に感謝の気持ちでいっぱいだ。

無事だったのは大人組と準、信哉だけだったとか。

ちなみに、色々と耐性のある準と違い、さすがの信哉にも刺激が強い光景だったらしく……。

『そ、某は…しょしょしょ、少々、精神のたたた、鍛錬、んん、んに……行ってくるでござる〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?』

と、何時もとは違う方向にぶっ飛んだ様子で出ていったのだとか。

なんとも硬派というか純情派というか……。

その後はとりあえず、母さんと護国さんの魔法で気絶した俺たちを運び(春姫たちは保健室で、俺は母さんの研究室だそうだ)、ちょうどいいからと披露宴代わりの食事会の準備を始めたらしい。

当然、先頭に立つのは我らがOasisのチーフ、かーさんだ。

元々食事会は予定してたので、特に問題はないらしい。

春姫たちがダウンしてるので人手が足りないんじゃないかと思ったが、どうやらOasisのスタッフにまでこのサプライズウェディングの話を持ち掛けていたらしく、人手は充分とのこと。

かーさんも母さんや護国さんたちとは別の方向で規格外のようだ。

「ねぇ、ゆー君」

「なんですか那津音さん?」

「幸せ、だね」

それはもう、本当に幸せだという表情で。

「……はい。幸せ、ですね」

きっと、俺の顔も幸せそうに笑っているのだろう。

それから俺たちは、準備のできた母さんたちに呼ばれるまでイチャついていた。

……………………………………。

…………………………………………。

………………………………………………。

…………何か忘れてる気がしたが気のせいだろう。

…………多分。







一方その頃。

「うおおおおおおおおおおおおおお!?ここは、どこなんだーーーーーーーーー!?」

我らが高溝八輔は未だにOasisにたどり着くことができず、森の中を彷徨っていた。

ちなみにこれは、気絶した春姫たちのことを心配した準発案、鈴莉実行による魔法トラップによるものなのだが、二人とも準備に夢中ですっかり忘れていたため、春姫たちの回復後も解除されていなかった。

390名無し@管理人:2014/05/04(日) 14:26:33
はぴねす! リレーSS 196回――名無し(負け組)


結婚式の翌日。
俺の奢りでハチと2人でラーメンを食っていた。
結婚式の準備を手伝ったのに、本番に参加できなかった、贖罪というか埋め合わせのためだ。

「……なぁ、俺って扱い悪くねぇか?」
「…………悪かった」

男2人カウンター席でラーメンを啜りながら黄昏れるのは、傍から見たらシュールだろうなとふと思った。

「別にいいけどよ。こうしてラーメン奢ってもらえたわけだしな」
「そう言ってくれると助かるよ」
「でも、雄真と那津音先生が愛を誓い合ったところは見たかったぜ」
「……」

個人的には抵抗感が強い。
嫌だということはありえないが、恥ずかしかったのは否定できないしな。
本音を隠すためにスープをレンゲで啜った。

「そういやさ」

ハチが突然思い出したかのように、顔を上げる。

「?」

俺はなんだろうと思い耳を傾けつつも、自分で頼んだ麺を啜る。

「あの日、ミサキちゃんと会って、伝言を頼まれたんだよ」
「……早く言えよ」

忘れちゃいけないことだと思うんだが。

「今思い出したんだから、仕方ねーだろ」
「まったく……。で、あいつは何て?」
「確か…………『お祝いはしてあげる』だったっけな」
「……そうか」

直接言ってこないあたり、ミサキらしいなって思った。
出会ってからの時間は短いが、ここ最近ではすごく絡んだ相手でもある。
また会えるかどうかはさておき、神月ミサキという少女のことを忘れることはないだろう。

「……何か嬉しそうだな、雄真」

自然と頬が緩んでしまったようだ。

「知り合いに祝福されたら、誰だって嬉しいもんだろ」
「ま、そりゃそうだけどよ」

ハチは俺の言葉に頷きながら麺を啜る。
しかし、まぁ、那津音さんに出会って、那津音さんと結婚を約束した仲になるまでそう時間はかかってなかったはずなのに、物凄く長い時間がかかったような気もする。
体感時間にしたら2年ぐらいか。
それだけ、濃密な日々を過ごしたってことだな、うん。
自己完結して、残りのラーメンを一気に掻き込もうとした時だった。

「隣、いいか?」

聞き覚えるのある声に、反射的に振り向くと――

「神月カイト…………先輩」
「申し訳ない程度の敬意はいらん」

那津音さんと結ばれるまでの間、かなり世話になった先輩がそこにいた。

「でも、折角だ。一杯ご馳走になるとしよう」

そう言って、俺の隣に座り、早速注文するカイト。
少し理不尽に思うが、恩があるのは確かだ。
特に奢ることに抵抗感もないし諦めるか。

「すみません、替え玉お願いします」
「はいよー」

切り替えた俺は無料サービスの替え玉を楽しむことにした。

391名無しさん:2014/05/09(金) 15:24:28
はぴねすりれーss 197 Leica



 男3人。
 無言でラーメンを啜る。
 並んでラーメンを啜る。
 ずるずると啜る。

 ……。
 うん。気まずい。

 こういう時に頼りになるハチも、今回は無言だ。
 そういえば、ハチとカイトはあまり絡みが無かったんだっけか。
 空気を読んで黙っていてくれているのかもしれない。

「結局、式守那津音にいったか」

 そんな事を考えていると、カイトの方から話を切り出してきた。
 案の定、そっちの話か。

「予想通りでしたか」
「そうだな。多少脇道に逸れはしたが、行き着くところは一緒だった」

 欠片も表情を変えずにカイトは言う。

「ミサキと恋人まがいのことをしていただろう。
 あの時の忠告を忘れたか」
「あぁ……」

 あのバカ高いレストランで食事をした時か。
 ミサキと待ち合わせをしていた場所で、俺を待ち構えるようにして待っていたカイト。
 その時、カイトはこう言った。



『ミサキがお前に好意を寄せ、それをお前に告げたとしても。
 その結果が伴う事は未来永劫ない。
 なぜなら、お前には既に好きな人間がいるから』

392名無しさん:2014/05/09(金) 15:25:07



 直接名前を出されたわけではない。
 それでも、確かに俺は自分の心中を言い当てられた気がしたのだ。
 もうすでに、あの段階でこの男は気付いていたということだろう。

 式守那津音が好きだ、という俺の気持ちに。

「悪かったですね」
「……何がだ」

 視線をようやく俺の方へと向けてくれた。
 俺を値踏みするような視線だったが。

「結局、貴方のことを楽しませてあげることができなかったみたいです」

 俺のその言葉に、カイトは僅かにだが目を見開いた。
 大方、ミサキのことについて俺が謝罪したとでも思ったのだろう。
 ミサキのことは確かに悪かったと思っている。
 だけど、それはミサキ本人に対してであって、この男に謝るべき事柄ではない。

 それはミサキに失礼だ。

 そういった諸々の心情までも汲み取ったのか、
カイトは少しだけ間を置いてからニヤリと笑った。

「言っただろう? 多少、脇道に逸れはしたが、と」

 ゆっくりと席を立ち、カイトは言う。

「楽しませてもらったさ。道中、色々とな」

 ごちそうさま、と一言添えて。
 カイトはその場を後にした。

「楽しませてもらった、か」

 俺の、俺たちの行動は。
 カイトの予想を上回ることができたのだろうか。
 できたのだとしたら、どの場面で?
 分からない。
 多分、聞いても答えてはくれないだろう。

 それになにより、何度思い返してみても俺の不甲斐ない姿しか思い出せない。
 駄目だ。だんだん気分が重くなってきた。

「……あの人もなかなか謎な人だったよなぁ」

 ハチの何とも言えないお気楽な声だけが、その場に残った。

393叢雲の鞘:2014/05/15(木) 22:56:26

『はぴねす! リレー小説』―――SEQUENCE 198  by叢雲の鞘



「で、兄さんとしては満足のいく結末だったってわけ?」

雄真たちと別れたカイトを待っていたのは彼の実妹、ミサキだった。

「お前は不服か?」

「当然よ。人生初の恋が失恋で終わったんだから……」

「だがそれは分かっていたことだろう?」

「……………………」

「もとより勝ち目の薄い戦いだったんだ」

「……負けるつもりなんてなかったわ」

「っふ……お前がそこまで入れ込むとは、俺にも予想外だったよ」

「自分でもびっくりだわ」

「そうだな……ククッ……今まで他人に対して碌に興味を抱かなかったお前がアイツを振り向かせようと必死になる姿は見ていて滑k……いや、新鮮だったぞ。思わず『恋は人を変える』という言葉を信じそうになった」

その様子を思い出したのかカイトはおかしそうに身体を震わせる。

「な!?///」

「まぁいい。結果的にお前は失恋したが……悪くはなかったのだろう?」

赤面する妹にそう言うと、カイトは答えを聞かずに歩き出した。

「…………そうね。悪くはなかったわ。私が気づかなかっただけで、世界にはこんなにも幸せが満ちているんだって知ることができたから」

小日向雄真に恋い焦がれ、彼を想ったとき、彼と触れ合ったとき、彼と共に在ったとき。

確かに神月ミサキは幸せだった。

「そう、私は神月ミサキ。未だ咲かぬ者。今回はまだ美しく咲くときではなかったというだけ。覚えてなさいよ、小日向雄真。私を本気にさせたのだから……これからも引っ掻き回してやるから、せいぜい落とされないことね」

そう言いながら不敵に笑うと、ミサキは兄を追いかけて歩き出した。

394七草夜:2014/05/21(水) 07:31:30

 ――これは最後から二番目の物語
     そして一つの物語の終わり




 ガラッ、と部屋の扉が開かれ雄真が待つその部屋に那津音が入ってくる。


「お待たせ、ゆー君……じゃない、小日向君」
「二人っきりなんだから別にその呼び方でも良いと思いますけどね」
「駄目よ、ケジメが大事なんだから。今の私は先生として君の前にいるんだからね!」

 そう可愛らしく言う姿にあまり教師としての威厳を感じない。
 思わず軽く苦笑してしまう雄真に、流石に自分でもおかしかったのか、那津音も軽く笑い返した。


「それじゃ始めましょうか――進路相談」




 気が付けば、あれからあっという間に月日は過ぎ去っていた。
 皆とは今までと変わらない日常を過ごし、これまで以上の騒がしさと楽しさで明るく学園生活を謳歌していた。
 そんな過ぎ去る日々の中、とうとう雄真達は進路というものについて考えなくてはならない時期になっていた。
 そして、その時間の変化はもう一つのある事実をも指し示していた。

「それで、小日向君は何かなりたい職業とかあるのかしら?」
「なりたい職業といっても……なつ――式守先生も知っての通り、俺は今後式守の一族としてのあり方を学ばなければならないのでしょう?」

 結婚式こそ挙げたものの、未だ二人の関係は教師と生徒。
 役所への正式な手続き等は雄真の卒業を待つ事となっている。
 逆を言えば、雄真が卒業したその時点で、雄真は式守の名を背負うことになる。
 だから当然、その手の帝王学などを学ぶことになるのだろうと雄真は漠然と思っていた。
 だが那津音はやんわりと首を振る。

「そんな事はないわよ。お父様が存命な以上、当主の代替わりがすぐに行われるわけじゃないから当分は私達も伊吹も自由、とまではいかないけど制限は然程無いわ」
「そうなんですか?」
「えぇ、何処かで学んできた何かが式守の役に立たないという保障はないしね。だから取り合えず進学するというのもアリよ? 式守のいろははその後でも学べるしね」

 そう言われて雄真は悩む。
 いつだって自分は目の前だけを見続けて進んできた。
 しかしここにきて、遠い未来の自分を想像しろと言われてもすぐにピンとは来ない。
 何せ今回の進路相談についてなど式守の名を背負いずっと那津音の傍にいるということしか考えてきていなかったのだから。

「取り合えず他に選択肢としては、魔法使いとしての才能を活かす方向で行くのもあるわね。鈴莉さんのように研究職として就くか、あるいは現場で働くようなタイプにするか、という点でも別れるわ」
「確かに、俺自身の魔法の才能を考えるとそういう方向もありなんでしょうけど……」

 それが悪い、とは思わない。
 むしろどちらのタイプになるにせよ魔法で人助けが出来るのならそれらは間違いなく、式守家にとってもプラスになり、ひいては那津音の力にもなれるのは間違いない。
 ただ、自分には才能はあっても技術や知識には長いブランクがある。
 春姫や杏璃には現時点で遠く及ばないだろうし、日常において使う時も那津音やミサキに頼りがちだった。
 そんな状態なのでもっと早い段階から学んでる人間達に大分遅れを取っている以上、その段階に至る道はとても険しい。
 だからとても自分が目指すのに適しているとはいえ、その難易度から軽々しくこの場で頷けるものではなかった。

「今すぐに決めるべき、とまでは言わないけれど……なるべく目指す方向だけでも早めに決めておいた方が今後の何を学べば良いのか、その指針になるわよ?」
「うーん……」

 イエスともノーとも答えられない。
 何処か、ぼんやりとした何かが自分の中で答えを出すことに躊躇させていた。
 そんな思い悩む雄真の様子に那津音は苦笑する。

「大丈夫、きっと君なら色んな人を幸せにする道が見つかるわ」
「……はい」

 結局、雄真はこの時点では答えは見出せなかった。

395七草夜:2014/05/21(水) 07:33:10


「進路、か……」

 屋上でベンチに座ってボーッと空を眺める。
 思い描くのは先ほどの那津音との進路相談の事もあるが、雄真にとってはもう一つの事実が重く圧し掛かってきていた。

「随分と黄昏ているな」

 ふと、気が付けば一つ隣のベンチにカイトが座っていた。
 空を見上げるために上を向く雄真に対し、本を読むために視線を下げているカイト。
 対となる構図で、二人は並んでいる。
 思えば雄真はなんだかんだでこの先輩にずっと頼ってきていた。
 年上の男という、父親も不在がちな雄真にとって貴重なこの存在は時には壁であり、そして時には支えでもあった。
 そんなカイトが横にいるせいか、普段は口にするのも嫌だった事実を簡単に呟く事が出来た。

「……もうすぐカイトも、小雪さんも卒業するんだよな」

 そう、雄真達が進路を決める時期に来ているということは。
 既に進路を決めている上級生達が卒業する時期が近付いているということでもある。
 それはつまり、以前から語られてきていた明確な、一つの関係の終わりが近付いてきていることを意味していた。

「終わりはいつか必ずやってくる。どんなに楽しくとも、その訪れは避けられない。だって、終わりは次の始まりなのだから」

 落ち込む雄真にカイトは視線を上げずに応える。

「華は散る。だが散るのは次咲くために種を残すためだ。故に散る事を惜しむな。この別れも、次に出会うためと考えろ」
「分かってる。分かっては……いるんだ」

 以前、春姫達を振った時にもこの同じ場所で同じようなことをカイトから言われた。
 自分は失うだけではない、それ以外にも得たものは確かにあった。
 ゆえに自分は歩み続けると、そう誓った。
 その誓いを、折るつもりはない。

「でも、そんな事とは関係無しに、寂しいものは寂しいんだよ……」
「……全く、素直で手間のかかる奴だ」

 その言葉には少しの憤りと微かな笑いが混ざっていた。
 珍しいカイトのそんな感情の篭った言葉に、雄真も空元気ながらも気力を搾り出す。

「……カイトは、卒業したらどうするんだ?」
「お前達のおかげでミサキももう一人にしても問題無さそうだしな。都会の方にでも出て、一人暮らしを始めるつもりでいる」

 単純に進路の事を聞いたつもりだったのだが、若干ズレた答えが返ってきた。
 いや、むしろ全てを知るカイトだからこそ、ズラして答えたのかもしれない。
 今まで通り、雄真自身に全ての行動を決めさせるために。

「いい加減、父や母を脅えさせるのも、その事でミサキを悲しませるのも億劫になってきたからな。当分は本に埋もれた隠居生活でも満喫しようかと思っている」
「あ……」

 そういえば、と以前ミサキから聞いたことを思い出した。
 魔法を使えないのに、魔法使い以上の事ができるカイト。それ故に彼は両親から疎まれていたと。
 そしてそんな兄を見てきたからこそ、兄が大好きなミサキが悲しんでいた事を。

「そんな顔をするな。未知なるものに恐怖を感じるのは当然の事だ。父や母に落ち度は無い、故に俺は二人を恨んだことは一度とない。俺の人生は、決して不幸なものではなかった」

 いつも通りの表情でカイトは雄真を諭す。
 実際、カイトがそこまで苦痛を感じたとは思わない。それは、最初にその話を知った時から思っていた事。
 ただ改めて本人からその事実を告げられてショックを受けたのは確かだが。

「……分かってる、お前がそういう奴だってのは。でも、それじゃどうするんだ? その言い方だと今後は俺とも那津音さんとも関わらないみたいだけど」

 未知なる世界を見たいと言った。
 そうして自分と那津音に彼は関わってきた。
 その今後の未知を、彼は手放すと言う。

「もう、お前達の未来は俺の予想を覆す事は無い。そんな事は、決して起こりえない」
「なんでそう言い切れるんだよ」

 もっと傍に居て欲しかった。
 これからも自分を導いて欲しかった。
 関わった期間こそ最も短い相手ではあったが、雄真にとっては最も信頼できる相手だった。
 だからこそ、最後まで見届けて欲しかった。
 雄真にとっても、ある意味で彼は兄のような存在だったから。
 だが、カイトは決定的な言葉を言い放つ。

396七草夜:2014/05/21(水) 07:37:41

「お前達の未来は、幸福に満ちているに決まっているからだ」

 そう、言い切る。言い切られて、しまった。

「……カイト」
「そうでなくては、想い叶わず散っていった少女達も浮かばれない」

 それは確信であり、確定。
 雄真は自分を思ってくれた少女達を振って一人を決めた。
 そこまでしたからこそ、そうなるに決まっているし、そうならなければならない。

「……確かに。その未来は、絶対に覆せない」
「あぁ。こればっかりは、絶対だ」

 であるが故に。
 雄真はカイトをこの地に留める事も出来ない。
 彼の見たいものを、見せてやる事がもう出来ないのだから。

「俺の事は気にするな。もとより俺はオブサーバー、観測者だ。多少暇でも気は長い方だからなんとでもなる」
「……分かった。これ以上は、何も言わない」

 もとより、心配する必要は無かったのかもしれない。
 だって彼はいつだって、雄真の先を行く人物だったのだから。

「……雄真、これは、在学中の最後のアドバイスだ」
「アドバイス?」
「道に迷うと思うのならば、しっかりと道を踏み締め。迷ってしまったのならば、歩いてきた道を見ろ。迷いに不安があるのならば足跡を見直せ」

 それは今までにない、曖昧な言葉。
 その正しい意味を、雄真は自分が理解できているかは分からない。
 だが、その一言一句を聞き逃してはならないと思った。


「お前の手にした幸福は、決して特別なものではなかったはずだ」


 それが、神月カイトの最後のアドバイスだった。

397七草夜:2014/05/21(水) 07:38:22

 自分にとって姉のような人物は、「未来を考えろ」と言った。
 自分にとって兄のような人物は、「過去を見返せ」と言った。
 二人の言葉は全く別の方向を向いているようで、だけど雄真には同じ事を指しているように思えてならなかった。
 実際、そうなのだろう。過去を見て、未来を見定める。そうしたうえで、自身の進路を決めろ、と言っているのだ。

 幸せ、と二人は言った。

 自分ならできると。自分はそれを得ていると。
 雄真は考える。幸せとは一体、何だろう。
 自分がそうか否か、と聞かれれば間違いなくイエスだ。
 愛する恋人がいて、告白を振ってからも祝福してくれた少女達がいて、期待に応えることが出来なかったのに喜びを分かち合ってくれる友人達がいて。
 母も二人いて、父もいずれ二人になる。そんな自分が、幸せでないはずが無い。

 人を幸せにする、というのはどういうことだろう。

 例えば、自分に起きた出来事と同じ道を歩ませることが幸せになる道だろうか。
 多分それは違う。この道は決して安寧の道ではなかった。
 途中で心が折れかけたこともあった。不安で押しつぶされそうになったこともあった。
 それを他の誰かに強要することは、良い事ではないと思う。
 本当に大切なのは。

 たとえ大切な何かを失うことがあっても、明日のために歩き出せることだ。

 傷付いた少女達の傍に誰かがいたように。
 世界の中心が自分でないことに気付いた自分を慰めてくれた那津音のように。

 ――幼い頃に苛められた春姫を助けたあの時の自分のように。

「あぁ、そうか……なんで、当たり前のことを忘れていたのだろう」

 目指すべきものは、最初から自分の中にあった。
 様々なものを得た中で、失ってしまっていたもとからあった心。
 それはどんな大人になろうとも、決して手放してはいけない夢。
 幼い頃から、ずっと考えてきた理想の自分。
 全てが思い通りになるようなる、思うままの行動。
 それは。

「俺の夢は――魔法で人を幸せにすることだ」

 雄真の道は、決まった。



 カチ コチ カチ コチ カチ コチ。

 運命の歯車は音を刻み、そのリズムを決して崩さない。

 変わらず時は廻る。一人の人間がどうあろうと世界は絶え間なく動き続ける。

 これは最後から二番目の物語、そして一つの物語の終わり。

 繋がれてきた幸福の物語はそれぞれの結末へと進んでゆく。


 さぁ――


『はぴねす! リレー小説』 Ep,199「それでは、これからの話をしましょうか」―――――七草夜

398龍夜:2014/05/22(木) 01:51:34
時は移ろう。
ゆっくりとゆっくりと。
季節は春から夏へ、夏から秋へと過ぎていく。
時間にして朝4時。
瑞穂坂市内にある公園。
そこに二人の人影があった。

「さあ、小日向君。これで最後よ」
「はい! 那津音さん」

小日向と呼ばれた青色を基調とした服に身を包む青年は、那津音と呼ばれた白色の巫女服のようなものに身を包んでいる女性に威勢よく頷き返すと、前方に手を掲げ目を閉じる。

「エル・アムダルト・リ・エルス……」

青年の詠唱に呼応するように、青年の前に置かれた木製の箱の周辺に光が満ちていく。

「……ディ・アムレシア!!」

力強いその言葉とともに、木箱はゆっくりと浮上を始めやがて青年の目の高さにまで浮上した。

「…………っ」
「小日向君、集中して。その状態であと5分キープ」

女性の呼びかけに、青年は手をかざしている手首をもう片方の手で押さえるようにして力を込めていく。
木箱は揺れがあるものの、浮上し続けている。

「くっ……」

だが、それは青年の苦痛に満ちた声と共に一瞬で地面に落下した。

「あらら、大丈夫?」
「は、ハイ……なんとか」

極度の集中状態にあったためか、肩で息をしている青年に、女性が心配そうに尋ねた。

「3分15秒……始めた当初に比べれば飛躍的な上達だけど、まだまだね」
「ええ……」

女性の評価に、青年は真摯に受け止めていた。
青年が行っていたのは物体浮遊魔法の練習だ。
青年の魔法を使う際の集中力を鍛えるために組まれたものだ。
当初は30秒が限界であったが、現在は6倍までタイムは伸びていた。

「それじゃ、休憩したらもう一回やるわよ」
「えぇ〜」

女性の言葉に、青年は不満げな声を漏らす。

「何よ、その不満そうな返事?」
「疲れて力が出ません」

そう告げると青年はわざとらしく地面に大の字で寝そべった。

「全くもう……それだったらどうすればやる気を出してくれるの?」
「それは……分かってますよね?」

問いかけに問いかけで返す青年に、女性の頬は赤くなる。

「本当に手がかかるんだから。ん……」

青年の横に腰掛けた女性は青年と唇を合わせる。

「はむ……ちゅ……ぢゅる……」

最初は軽い口づけが、深い物へと変わっていく。
それはしばらくの間続いた。

399龍夜:2014/05/22(木) 01:52:24
日が昇り、午前8時ごろの通学路。
そこを歩く二人の青年と三人(一人に関しては触れないでおこう)の人物がいた。

「って、自慢かぁ!!」
「のわぁ?! いきなり叫ぶなよ、ハチ」

突如として大きな声で叫び声を上げるハチと呼ばれた青年。
本名は高溝八輔。
外見は二枚目、だが口を開くと評価は下降するというある意味かわいそうなタイプの人間だ。
しかし、そんな中に見せる友人思いの一面があることを知っている者は少ない。

「ハチが雄真に叫びたくなる理由、分からなくないわね」
「準まで言うなよ」

準と呼びかけられた少女(?)の本名は渡良瀬 準。
外見はどこからどう見ても美女だが、その正体は男性だ。
一種の男の娘だ。
もう一人の青年に恋い焦がれる乙女だった人物だ。
そして、雄真と呼ばれた青年こそが、我らが主人公、小日向雄真だ。
複数の女子に好意を抱かせ、あまつさえそれらを一人を残して蹴ったという、世の男性が知れば嫉妬の炎が浴びせられること間違いなしの存在だ。

「那津音さんも、飽きませんよね」
「え? そう? だって、私たちは夫婦だもんね〜♪」

そして、呆れたような声色を漏らす特徴的なリボンをつけた少女の名は、小日向すもも。
彼女もまた、雄真に好意を寄せ、そして断られた人物だ。
現在は、自分のテリトリーが侵食されかけているため、気が気でなかったりするというのが本人の話だ。
そして、雄真の腕に自分の腕を絡まらせて満面の笑みを浮かべる女性こそが、我らが(?)ヒロインの、式守 那津音だ。
徐々に徐々に雄真に恋焦がれていった女性だ。
紆余曲折を経て、二人は遂に結ばれさらには婚礼まで済ませた。
いわゆる、学生婚というものだ。

「でも、苗字は変わってないけどね」
「あら、再来年には”式守”になるわよ」

雄真の言葉に、那津音はきょとんとした表情で答えた。
かーさんズ(御薙 鈴莉と小日向 音羽の二名)と式守家当主である護国氏との話し合いで、高校を卒業するまでは小日向の姓でもよいということにされている。
つまり、卒業と同時に雄真は”式守 雄真”として、生きていくことになる。

「さあ、行きましょうアナタ。私たちの輝かしい未来に」
「ええ……那津音」

二人は頷きあうと、通学路を走り始めた。

「グォラァ! 待てぇ! 一発でいいから殴らせろぉぉ!!」
「やれやれ、いつもいつも飽きないわねぇ」

嫉妬のあまりに性格がおかしくなったハチの後に、呆れた表情を浮かべる準たちが続く。

400龍夜:2014/05/22(木) 01:53:10
その様子を、どこからともなく見ている二人の男。

「あははは、本当に面白いな」
「あの」

一人の男が満足げに笑う中、もう一人の青年……神月 カイトが声を掛ける。

「なんだ?」
「本当にあれでよかったか?」
「当然」

カイトの疑問に、男は即答で答えた。

「私は、ただ別の物語(世界)を見たかっただけだ。私のいない、あったかもしれない未来をね」
「…………」

男の言葉に、カイトは何も言えなかった。

「向こうの雄真には、いろいろ迷惑をかけたが、やはり本質は変わらない物だな。性格は向こうとこっちと同じだ」
「前から気になっていたんだが、あんたはいったい何者だ?」
「……………」

カイトの疑問に、男は押し黙った。

「俺にもわからない。突然現れたかと思えば、彼にちょっかいを出すように指示を出したその目的が」
「だから、言っただろ? 私は別の物語(世界)を見たかっただけだ。とね」

カイトの鋭い視線に臆することもなく、笑みを消した表情で答えた。

「君は非常に素晴らしい働きをしてくれた。おかげで私の満足のいく結末を見ることができた」
「まだ、物語は終わってはいない」
「確かに。だが、時期に終わる。この物語を描いている人物が宣言をすることによって」

男は空を見上げる。
空は変わらず白い雲が流れていく。

「では、神月カイト。君はいったいどのような結末を望む?」
「…………」

男の問いかけに、カイトは何も答えない。

「ならば、目を閉じてみろ。そうすれば、結末を狭間見ることができるはずだ。この世界とは別の5つの世界の結末を」

男はそう告げると、空気に溶け込むように消えていった。

「……お疲れ様」

カイトが告げたのは労いの言葉。
カイトは、彼の存在に関してある仮説を立てていた。
彼は、この世界を形成させた人物の分身であるという仮説。
だがそれはどうでもいいこと。
カイトは男に言われた通り、目を閉じた。
次の瞬間、カイトはその光景を目の当たりにする。
5つの世界を作り上げた者たちが綴る、結末を。


はぴねす! リレー小説――――――――龍夜
第200話「物語の結末feat.恋はパニック」

401Leica:2014/05/22(木) 20:47:16
はぴねすりれー 最終話
Leicaばーじょん



 その日は、桜舞い散る穏やかな快晴だった。



「おめでとうございます」
「今までありがとう。これからは貴方たちが、この部活を引っ張っていってね」

 送る言葉と、別れの言葉。

「せ、せんぱいぃ〜、行かないでぇ〜」
「ああもう。ほんとに君は世話が焼けるんだから!」

 そこにあるのは、涙と笑顔。

「なぜそんなにも面白い顔をしているんだ? 雄真」
「……面白いは余計だ」

 振り返る。
 そこには珍しくやつれた顔をしたカイトが立っていた。

「どうしたんです? やたらと服が乱れてますが」

 見れば着ている学ランも皺だらけだ。
 この先輩らしくない。
 前ボタンも無い場所がある、まるで毟られた後のような……。

 ……。
 あー。そういうことか。

「会場を出るなりミサキに毟り取られてな」

 予想通りの展開だった。

 奪われたのか。
 第二ボタンを。

 ……実の妹に。

「それこそ、予想できたことでしょうに」
「こうなることが一番良いと思った結果だ」

 肩を竦め、やたらと悟ったかのような口調で言う。

「ご卒業、おめでとうございます」
「ありがとう。まあ、多少は感慨深いものもある」

 カイトは卒業証書が入った筒を手で弄びながら答えた。

「それなりに楽しめた。期待以上だったな」
「それはなによりです」

 正直、この晴れ舞台にそういった感想しか出てきていない時点でどこかずれている。

「良い物件は見つかったんですか?」
「まあな。またしばらくはのんびりさせてもらうさ」

 この人がどこに進学してどこに居を構えるのか。
 俺はまったく聞かされていない。
 おそらく、聞いても教えてはくれないだろう。
 面と向かって言われたわけではないが、なんとなくそんな予感があった。

 ……。
 そうか。
 もしかしたら、これがこの人との最後の会話になるのかもしれないのか。

402Leica:2014/05/22(木) 20:48:41

「おっと。それでは邪魔者は退散するとしよう」

 気の利いた別れの言葉でも口にしようと思ったのだが、それよりも先にカイトが動いた。

「元気でやれ、雄真。あまり失望させてくれるなよ」

 肩を叩かれる。
 横をすり抜けるようにして歩き出したカイトを目で追おうとして。

「雄真さん」

 その声に呼び止められた。

「小雪さん」

 一瞬の、わずかなズレ。
 後ろを振り返った時には、もうカイトの姿は雑踏に紛れどこにもなかった。

「どうかされましたか?」
「あ、いえ」

 問いかけられ、視線を小雪さんに戻す。
 そうか。
 小雪さんはカイトには気付かなかったのか。

 なんて考えていたら、違和感に気付いた。

「あれ?」
「なんでしょう?」

 小雪さんがエプロンをしていない、……だと。

 小首をかしげる小雪さんは、瑞穂坂学園の制服を着ているだけだった。
 怪しい帽子なんかも被っていない。至って普通の恰好をしている。

 い、違和感がすげぇ。
 どんな時でもあの奇抜なスタイルを貫いていただけに、いきなりそれがなくなると……。

 卒業式。
 この人の最後の一線はここにあったのか。

「雄真さん?」
「あ、すみません。なんでもないです」

 落ち着け俺。
 悟られるな俺。
 平常心平常心。
 失礼すぎるぞー。

 ……。こほん。
 心の中で咳払いをしておく。

「ご卒業、おめでとうございます」
「はい。貴方を愛しています」

 ……。
 ……。

 ?

 ……。

「え、えーと? ご、ご卒業、おめでとうございます」
「はい。貴方を愛しています」

 ……。
 ……、……?
 ……。

「……」
「……(にこっ)」

 ……。

 ……、……。

 ……、……、……。



 は



「はああああああああああああああああああああああああああああ!?」

 いきなりなに言い出しちゃってんのこの人!?
 大絶叫をしてしまったせいで、周囲の視線が一気に集まる。

403Leica:2014/05/22(木) 20:49:24

「あー! こんなところにいた!!」

 杏璃が駆け寄ってきた。
 今の俺のシャウトで気が付いたのだろう。
 後ろには春姫や準、ハチ、信哉、沙耶ちゃん、伊吹にすももといったいつもの面々がいた。

「どうしたの? いきなり大声で叫んじゃって。凄い注目浴びてるわよ。
 まあ、こっちはそのおかげで気付けたから良かったんだけどさ」

 準が聞いてくる。

 だがしかし。
 残念ながら教えるわけにはいかないな。

 ちょっと小雪さんの真意も測りかねるし。
 何より正直に白状しようものなら大騒ぎに――、

「たった今、私が雄真さんに告白をしたところです」
「ぶっふっ!?」

 それを聞いたハチが、何も口に含んでいないはずなのにむせた。

「こ、告白!?」
「どういうつもりなのよ雄真ァ!!」
「『どういうつもり』ってなんだよせめて『どうするつもり』って聞いてくれ!!
 あと春姫!! 近い近い近い!!」

 春姫と杏璃が鬼気迫る表情で詰め寄って来たので何とか押しのける。
 が。

「雄真くん説明して!!」
「雄真ァ!!」
「ちょっと落ち着いてほんとになにこれチカラつよっ!?
 い、伊吹助け――」

「こ、こくは、こくはく? こくは〜?」
「えぇい落ち着かぬかすもも!!」
「すもも様!? お気を確かに!?」

 伊吹と沙耶ちゃんはショックで目をぐるぐるさせているすももの介抱をしていた。
 だめだ。助けにはなりそうにない。

「ふふふ。貴方たちは相変わらず賑やかねぇ」
「ここにいたんだー。みんなー、暴れて怪我しちゃだめよー」
「人気者なのねー。ゆーく、じゃなかった小日向君は」

 母さんたちまでやってきてしまった。

「これ、どうしたの?」
「これ呼ばわりしてないで助けて!!」
「答えて雄真君!!」
「さっさと答えなさいよ雄真ァ!!」
「当たってる当たってるいろいろやーらかいものが当たってるって!!」

 俺たちを指差して質問したのは母さん。
 そしてその質問に答えたのは。

「はい。ちょうど私が雄真さんへの告白を済ませたところでして」
「……はぁ?」
「これ以上カオスにさせてどうオトシマエをつけるおつもりなんですかねぇ小雪さぁん!?」

 し、しかも、母さんの後ろには。

「あらあら〜。もう次の女の子にちょっかい出し始めてるの? 流石は色男ね雄真くんは」

 かーさんと。

「ふ、ふぅん。告白されちゃったんだぁ。ゆーくんってモテモテなんだぁ?」

 那津音さんがいるのにぃぃぃぃぃぃぃ!?

「い、いいねぇゆーくん。可愛い女の子に告白されて詰め寄られちゃってさぁ?
 嬉しそうだねぇゆーくん。よかったねぇよかったねぇ」

 ああ。
 笑顔は笑顔なのだが頬がひくひくと痙攣していらっしゃる。

 これは。
 まずい。

「那津音さん聞いてください!! いったい今!! 何が起こっているのか!!
 実は当事者であろう俺もよく分かっていないのです!!
 俺はただ!! 小雪さんに!! 『卒業おめでとう』と言いました!!
 ええ、それだけだったんです!! そうだそれだけだったはずだ!!
 なのに!! けれども!!でも!! しかしながら!!
 どうしたことでしょう!? このとおりなんです!!!!」

 両手を広げ、今の俺の心情と現状を分かりやすく力説する。
 大丈夫だ。これほど論理的かつ簡潔に説明すれば、きっと那津音さんも分かってくれる!!

「ふ、ふぅん? そうなんだー?
 べ、別にゆーくんが誰に告白されようと、私には関係ないしぃ?」
「めちゃめちゃ動揺している今の貴方がそれを言っても説得力無いわよ」

 母さんがため息交じりにつっこんだ。
 公私混同はしないとか言ってたくせに「ゆーくん」と呼んでいる時点で、そこはもうお察しだろう。

404Leica:2014/05/22(木) 20:50:02

「ま、まあまあ」

 俺に掴み掛る勢いで迫っていた春姫(実際は色々と柔らかい部分が当たっていた)と、
 実際に掴み掛っていた杏璃(春姫より小さいくせに密着度が高かったおかげでとても柔らかかった)。
 その2人を引き剥がしつつ、かーさんが仲裁に入ってくれる。

「この晴れ舞台で気持ちの整理をつけたい、って学生は意外と多いのよ?
 小雪ちゃんもその覚悟で告白したはず。
 それなのに、周囲のみんながこんなに騒いでちゃ失礼だと思わない?」

 かーさんの正論に、静まり返る一同。

 春姫が静かに俺から離れ、杏璃も視線を逸らしながら俺を掴んでいた手を離した。
 みんなも気まずそうに姿勢を正す。

 良かった。
 とりあえず落ち着いたか。

 かーさんが笑顔でうんうんと頷く。

「ごめんなさいね。せっかくのタイミングでみんな騒いじゃって。
 小雪ちゃんだって、まさか那津音ちゃんから雄真君を奪っちゃおうとか考えてないもんね?」
「考えてますけど」
「……」

 ……。

 再び静まり返る一同。
 というか、みんな固まった。

 唯一、固まっていない人物が続ける。

「ちなみに。今日の私のすろーがんは、『りゃくだつあい』です」

 ドヤ顔で。
 そんなことをのたまった。



「はあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」



 絶叫。
 もう誰のものかは分からない。
 誰か1人だったのかもしれないし、みんなだったのかもしれない。
 そんな些細な事は、もうどうでも良かった。

 そこから先は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図となってしまったのだから。

「りゃ、りゃくだ? りゃくだりゃくだ、そうです。らくださんなのです」
「す、すもも様!! ま、まずは深呼吸を!! 小雪様!! いい加減になさってください!!」
「落ち着けと申しておろうがすもも!! 沙耶、そっちを支えろ!!
 小雪ィ!! 貴様何の精神攻撃だ!!」
「そんな。私のぴゅあな告白になんてことを」
「略奪愛にピュアもクソもあるか!!」

 目を回しぶっ倒れそうになるすももを必死に支える沙耶ちゃんと伊吹。
 ブチギレの伊吹相手に素知らぬ顔で答える小雪さん。
 ……それを珍しくおろおろと眺める信哉。

「略奪!! 略奪ですって!! なんて甘美で背徳的な響きなのかしら!!」
「……準、とりあえず俺たちは大人しくしてような」
「なによハチ。こんな状況、貴方なら真っ先に暴れ出す場面でしょうが」
「いや……。今回のはちょっとヘビーすぎるっつーか。
 正直なところ、うまくネタとして終わらせる自信がねーよ」

 傍観を決め込む準とハチ。

「これは流石にもうどうしようもないかも」
「お疲れ音羽。貴方はよくやったわよ」
「ありがと。それにしても聞いた鈴莉ちゃん。略奪愛ですって」
「若いわねぇ。まあ、恋愛の形なんて当人たちの自由だし」
「きゃー、ここにきてまさかの昼ドラ展開なのねー」
「護国さんがブチギレても私は関知しないからね」
「あ、それ私もー」

 同じく傍観を決め込む母さんに、
 最後の導火線へ無責任に火を放っておきながら我関せずを決め込むかーさん。

405Leica:2014/05/22(木) 20:51:31

「なになに? 修正パッチダウンロードしたの?
 略奪ルート解放? ちょっと説明しなさいよ雄真どういう状況よこれ」
「お前どっから湧いて出たミサキ!?」
「失礼ね。貴方のあるところ私有りよ」
「あらかた迷惑だよ!!」
「だ、だったら私も略奪する!! 略奪しちゃうよ雄真くん!!」
「ええ!? いやいや春姫それはちょっと人としてやっちゃいけない領域というか流石に私もヒくっていうか」
「とめないで杏璃ちゃん!! 私だって引き下がれないんだから!!」
「そこは引き下がってお願い!! ちょっと春姫さんあんま抱きつかないで凶悪凶悪それ凶器だって!!」

 ミサキに春姫に杏璃。
 四つ巴となって揉みくちゃにされる俺。

 しまいには。

「小日向がまた女を囲ってるぞー!!」
「なにぃー!? あ、あいつ式守先生だけじゃ飽き足らずに学園の綺麗どころを!!」
「許すまじぃ許すまじぃ!!」
「ひいいいいいいいいいっ!?」

 できあがる名も無き男子生徒たちの包囲網。

 もうむっちゃくちゃだった。
 そして。
 その中で。

「……ぐすっ」

 その音を。
 俺の耳は確かに聞いた。

「――――だあああああああらっしゃああああああああああああああああああ!!!!」

「きゃっ!?」
「ゆ、雄真くん!?」
「雄真!?」

 ミサキ、春姫、杏璃を引き剥がす。
 迫りくるモブキャラたちを押しのけて、その音の発信源へと手を伸ばす。

「那津音さん!!!!」

 その手を。
 掴む。

「きゃあっ!? ゆ、ゆーくんっ!?」
「走りますよ那津音さん!!」
「えぇ!?」

 答えも聞かずに走り出す。

「であえー!! であえー!! 聞け野郎ども!!
 小日向雄真が幸せを1人占めにしようとしているぞ!!
 これはこの国の法、独り占め禁止法に違反している!!」
「……独占禁止法ね」
「……ごほん!! そこの名も無き男子生徒諸君!!
 やつをひっ捕らえろ!! 生きて帰すなぁぁぁぁ!!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「……ちょっとハチ。貴方、傍観するんじゃなかったの?」
「うるせぇ!! 恋愛ブルジョアジーをこのまま野放しにしておけるか!!
 俺も行くぜ!! 恋に焦がれる野郎ども!! 小日向雄真を俺の前に引きずり出すんじゃああああ!!」

「ひいいいいいいいいいいいい!?
 なんかすげぇ怒号が響き渡ってるぅぅぅぅ!?」
「ゆーくんどうするのどうなるのこれぇぇぇ!?」

 走る。
 走る。

 正門を抜ける。
 商店街に出る。

 それでも怒号と地響きは止まらない。

406Leica:2014/05/22(木) 20:52:01

「雄真くぅぅぅぅん!!」
「雄真ァァァァ!!」
「雄真待ててめえこのやろぉぉぉぉ!!」
「ゆぅぅぅぅううううううまぁぁぁぁぁぁ!!」
「ふふふふふ。答えを聞いてませんよー。雄真さーん」

「なんか身内も交じってるー!?」

 春姫とか杏璃とかハチとかいる!!
 ミサキと小雪さんは空から追ってきてる!?

「はぁ、はぁっ!! ど、どこまで行くの!? ゆーくん!!」
「ぜぇっぜぇっ!! そ、そりゃあ、みんなが追ってこないどこかにですよ!!」
「で、でも、みんながっ」
「そんなもの!! 後回しで良いんです!!」

 振り向く。
 涙で濡れたその顔に。

「だって俺が好きなのは!!」

 誠心誠意。
 俺の気持ちの全てを込めて。



「貴方なんですからっっっっ!!!!」



はぴねすりれー 最終話
Leicaばーじょん・完

407名無し@管理人:2014/05/26(月) 22:00:44
はぴねす! リレーSS 名無し版最終回――名無し(負け組)


今は冬の真っ只中だ。
ニュースでもしつこいぐらいに言われていたが、週に1度のペースで雪が積もるぐらいの厳冬となった。
愛しい恋人と待ち合わせしている今日も大粒の雪が降っていた。
……今日も積もりそうだな。
少しげんなりとした気持ちになりながら、手袋がなくかじかみそうな両手を息を吐いて温める。

「ゆーくん、お待たせ」

何度聞いても飽きない愛しい女性の声が聞こえて、自然と振り返る。
艷やかな銀髪を靡かせ、寒そうに手に息を吹きかけながら若干急ぎ足で駆け寄ってきた。

「寒いですね、今日も」
「ええ、本当に」

顔を見合わせて苦笑しあう。
それから、どちらともなく手を出し、自然と触れてしっかり握りしめる。
その瞬間から、手だけではなく、体の芯から暖かくなった。

「ぽかぽかするわ」

那津音さんがはにかんだ。

「……うん」

俺も頬に熱さを感じつつ頷いた。
今の俺は、まだまだ未熟だ。
人間的な意味でも、魔法使いとしてのレベルも。
だけど、好きな人の心も体も暖められる魔法は使える。
これだけは、誰よりも自信を持って誇っていいものだと思う。
だから、ずっと使い続けていきたい。
これこそ、俺の理想の魔法なのだから。


〜終〜

408八下創樹:2014/05/27(火) 09:49:15

そうして、時はそれなりに流れて・・・・・・・・・・・・

大学院生として過ごす、2年目のある日のこと。

・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・む」

唐突に目が覚めた。
気分的にはまだ寝たりなさがあるけど、寝ぼけ眼で見た時計の時刻を見て二度寝の気分は吹っ飛んだ。
只今、午前11:00。
昨日、日付が変わるまでレポートを書き上げていたとはいえ、少々寝過ぎである。

「・・・・・・っく、ふぁ」

大きく背中を伸ばし、ばきぼき骨の鳴る音を聞きながら眠気を飛ばしていく。
なんて、のんびりしていたら扉の向こうから“失礼”なんて声が聴こえ、

「雄真様、おはようございます」
「おはよ、信哉、沙耶」

この数年、誰よりも親密に関わることになった、信哉と沙耶が挨拶に来てくれた。
でも、気になることが一つ。

「雄真様、那津音様からそろそろ起こすよう言付かってきたのですが―――――」
「うん、ちょうど起きたとこ。・・・・・・というか、信哉」
「何か?」
「他の人の前ならともかく、俺たちだけなら普段通りにしてくれって言ったじゃん」
「む・・・・・・しかしだな、雄真殿。やはり普段からこういったことは」
「兄様。雄真さんがそう望んでるのですし」
「うんうん、沙耶ちゃんは話が解るなー」

高校を卒業した後、宣言通り、俺、小日向雄真と那津音さんは正式に結婚した。
それから当然、式守家に婿養子に入ったのだが、不慣れなこともあって、最近になって信哉と沙耶が俺専属の従者に付いてくれることになったのだ。
正直、同い年だし、何かと相談したり助けてくれたりと非常に助かってます。
が、従者と仕える主人という関係を非常に尊重され、信哉と沙耶から敬語で話された日は眩暈がしたほどである。
まぁ、話合いの結果、俺たちだけの時は、昔のように友人として接してくれるように妥協してくれたわけである。
こういった見栄えも、ある意味必要なんだとか。
とまぁ、そういう経緯もあって。
俺は今、式守雄真として生きている。

「正直、2人がいつも助けてくれるのは嬉しいけどさ、やっぱ友達として接したいんだ、俺は」
「・・・・・・だが、雄真殿。俺は、雄真殿に仕えることができて、正直嬉しく思うぞ」
「私もです、雄真さん」
「む・・・・・・それはどうもありがとう」

なにやら嬉し恥ずかしい告白に、寝起き早々、なにかの汗が止まりやしない。
というか、そろそろ着替えたいんだけど。

「む、着替えか。ならば俺が手伝って―――――」
「いーって! こんくらい1人で出来る」
「だが俺は雄真殿の従者だ! 主の着替えくらいできずして何が従者か!」
「お前は俺のADL(日常生活動作)まで奪う気か!!」


『はぴねす! リレー小説』 最終話―――――――――八下創樹


「まったく、信哉は・・・・・・」

普段着に着替え、廊下を歩きながら、信哉の暴走っぷりに思わず頭を抱えてしまう。
ちなみにあの後、沙耶が一言了承を得てから、大ホームランをかっ飛ばしていた。
無論、ボールは信哉で、バットはサンバッハである。

「気持ちは嬉しいんだけど、俺は普段通りに接して欲しいんだよな・・・・・・」
「なにがです?」
「信哉のこと。いろいろ世話焼いてくれるのは嬉しいけど、ちょっと暴走気味っていうか・・・・・・」
「彼、ゆーくんをお世話できて嬉しくって仕方がないのよ。ね?」
「そんなもんですかね・・・・・・」

今ではこんな神出鬼没な会話にも慣れたもの。
首を傾げながら後ろを振り返り、微笑みかける。

「おはよ、那津音さん」
「おはよう、ゆーくん」

そこには、いつもと変わらない自分の伴侶、妻である那津音さんが微笑んでいた。

409八下創樹:2014/05/27(火) 09:50:10

「そういえば、昨日はレポート作成お疲れさま。もう終わったの?」
「ある程度はね。―――――というか、那津音さんもありがと」
「え?」
「昨日の夜食。丁度小腹空いてたから嬉しかったですよ」
「いえいえ。旦那様が頑張っているんですから、良き妻として当然のことですヨ」

話して、思わずお互いに失笑していまう。
何かが面白いとか、そういうんじゃなくて。
恋人よりもお互いの生活の中で、互いが互いを本当に解っているという事実。
それが、なんていうか嬉しくって仕方がない。

「今日はゆっくりできるのかしら?」
「そだね。夜遅くまで頑張ったかいがあったもんだ」
「――――ね、ゆーくん! 今日はどこかに出かけない?」
「お、いいですね。どこ行きます?」
「どこでも。それこそ近場のお買い物にでも。これからお昼だし、デートするにはちょっと時間が足りないし」

そうなんだよなぁ。
式守家での食事って、外食するより高級で豪勢だから、最近は外食がめっきり減ってしまったのである。
最近になって、伊吹がファーストフードを絶賛していた気持ちが解ってきた。
人間、たまにはジャンクなモノを食べたくなるものである。


―――――で、その豪華にして高価すぎる昼食を、那津音さん、伊吹、護国さんの4人で摂ってたんだけど。


「―――――そういえば、雄真くん」
「はい? なんですかお義父さん」
「そろそろ孫の顔が見たいのだが」
「ああ、うん。そうですね。僕も見たいです―――――ってハァ!?」
「そろそろ孫の顔が見たいのだが」
「2度も言わなくたって解ってます!!って何言ってるんです!?」

一緒に暮らすようになった解ったことだけど、護国さんは大抵のことをストレートに言ってくる。
回りくどくないけど、せめてもうちょっと言葉を選んで欲しいと思うのは、俺の贅沢なのか。

「い、いきなりそんなこと言われても・・・・・・ね、ねぇ? 那津音さん」
「・・・・・・お待ちしております」
「なにを!?」
「ま、孫・・・・・・那津音姉さまの子どもか。・・・・・・そうなると、私は叔母になるのか」
「そんな見た目の叔母さんがいてたまるかっ!!」

よくてお姉さん。もはや兄弟に見られること間違いなし。
ってそーじゃなくて!!

「あ、あのー・・・・・・いくらなんでも学生の身分で子持ちは、ちょっと・・・・・・」
「そろそろ孫の顔が見たいのだが」
「拒否権どこいったー!?」
「ゆーくん! やっぱりこの後、出かけるんじゃなくて夫婦の部屋で・・・・・・」
「ナニする気ですか!!」
「雄真義兄様! 是非娘で一つ!」
「伊吹まで何言ってんのー!?」


式守家に婿入りする時、しきたりとか多いんだろうなー、とか思ってたけど。
蓋を開けてみれば、そこにはなんてことはない、当たり前の家族の姿があった。(それでもかなりセレブだけど)
変わってしまった、周囲の環境、自身の生き方。
けど場所が変わったって、どこだって。
大切な人が傍にいるし、なんでも相談できる友人や、新しい義妹もできてしまった。
ああ、だから大丈夫。
あの頃は大変だった、って呟きながら。
俺はここで、式守雄真として生きていける。
願い、望んだだけの幸せを、幸福に噛み締めながら・・・・・・・・・

俺は、これからも生きていく――――――

410八下創樹:2014/05/27(火) 09:51:13

こうして、1つの物語に区切りが着いた。
幸せを願い続けた彼と、幸せを祈り続けた彼女。
奇妙な縁と不思議な巡り合わせの果て、2人は“幸せ”へと辿り着いた。

その過程、多くの人の想いや願いを切り捨ててきたけれど、
その果てに在ったモノは、きっと、誰もが望んだもの。

運命に翻弄され続けた2人が、この先ずっと平穏などと、到底想像できない。
でもそれは、ここで語るにはあまりに場違いで、あまりに分相応。
それでもその過程、その軌跡を誇れるものなら、
2人はきっと、幸せだから・・・・・・・・・・・・


―――――――――
―――――――――
―――――――――
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・


不意に、一陣の風が吹いた。
窓辺のレースが捲りあがり、室内に風の息吹が廻る。
なぜか、不思議な場所だ。
式守家でもなく、小日向の家でもない。
見たことが無いのに、記憶にしっかりと刻まれているような、そんな場所。
その感覚のまま、眠り着こうとしたけれど、お腹に飛び乗ってきた小さな重みが、それを許してくれなかった。

「パパー♪」
「・・・・・・静音、重い」
「はやくおきてー♪ ママをちゃんとみおくらないと」
「ああ・・・・・・そうだったね」

せがまれるまま、上半身を起こす。
この、そっくりではなく、どう見ても那津音にしか見えない、幼い少女。
静音(しずね)と、自然とその名が口にでた。
だって言うのに、“この”俺の記憶は、娘が生まれたという事実を、どうしても思い出せなかった。

「ね、パパ」
「ん?」
「わたし、パパのことだいすき♪」
「ん、パパも静音のこと大好きだよ」

よっこらせっと、静音を抱き上げる。
すると、腕の中の少女は、嬉しそうに頬を摺り寄せて――――――

「・・・・・・パパ」
「ん」
「・・・・・・だいすきだよ」
「うん」
「だから、ずっと一緒にいて・・・・・・?」
「・・・・・・うん、ずっと一緒だ」

言葉の真意は図らない。
だって、これは夢だから。
きっと夢だから。
目を閉じた意識の奥。
耳元で囁かれる声は、紛れもない那津音の声。
時の気まぐれが見せた夢は忘れ去り、俺は、俺の現実を見続けていくのだから。

夢から現実へと連れ戻してくれる、大切な人の声。
その笑顔に応えるようにと、俺は、目を覚ました。



いつか見た、夢の続き。
俺たちはその先を、2人で生きていく。

END


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