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ダンゲロスSS4 幕間スレ
126
:
柊時計草(風月藤原京)
:2014/11/16(日) 23:50:22
prrr……。
電話が鳴ったのはその時だった。わたくし遠藤(中略)菖蒲がただの菖蒲と呼ばれるのはいつの日だろう。つい一月前の事だが、当たり前の姓と名だけに呼び名を変えた同期が少し羨ましかった。
「はい、もしもし。わたくしです。あ、向日葵(ひまわり)? どうですか、元気してました? え、いえそれはいいので。
うん、うん。ごめんね。それで――」
pi!
電話を切る。想定の範囲内とは言える。許容できるかは、微妙なところでしたが。
「情報が出揃いました。探偵が殺人鬼に敗れたそうです。遺留品は一切なし、こちらの動向は一切向こうに気取られていません、ご安心ください」
わたくしが向こう側から発ち、こちら側に出戻って数日のことだった。
わかっていたことでしたが、流石に堪えるものです。
「声が震えています。他流派とは言え、同胞が討たれたことは流石に堪えましたか」
「……はい。おそらく、御両人の敗因は相手を人間と見誤ったことであろうと。現代妖怪、人が変じたそれであるなら納得のいく話でしょう……。わたくし、ショックです」
シーツ一枚で立ち上がった麗人「芽月(ジェルミナル)・リュドミラ」に指摘され、すごすごと立ち去ろうとするわたくし。
まさか、二級相当と推定される彼女らが敗れるとは、四級として、どうにも、こうにも、腹立たしい。
叶うならこのドアを蹴破りたいと野卑な願望に身を委ねたくなる、そんな一瞬だった。
――まて。
幼い声だった。持ち込まれた電話ボックスの中に座るのは、この場を治める芽月(めつき)の盟友たる「葡萄月(ヴァンデミエール)・アマリリス」。
古式ゆかしき電話ボックスに、ナポレオンコートを着たローティーンの少女が居座っている。
これは彼女の私物なので全く責められる筋合いはないのだが、たとえこの電話ボックスが公共の乗り物であったとしてもそれを咎める者は誰もいないだろう。一人と一つはそれだけ調和していた。
古都の風情と枯れた技術の美しさ、そんな老成された雰囲気をこの少女は放っていた。
言葉を引き継ぐのは芽月である。
「……仇討は許さないよ。これは君らのボスから念を押されたこと。
名探偵はこのことも計算に入れていた口振りだったよ。で、その日車とやらは君にしか連絡を寄越さないそうだが、それはどうなっているんだい?」
「わたし達も風月(ヴァントーズ)という姓(席)をわたしたのよ? 確実なとどめがさされたと百パーセント確証できないとこまるの。わたしたちの同胞になりたいとねがっている人たちのためにも」
ええと、要は空席になってくれないと自分の息のかかったものを送り込めないと?
そんな悪魔の証明を、いえ。そうではなく。
「は? そんなここ数日の事ですよ。てっきり、わたくし経由で姉様(あねさま)に回すものと――」
「アマリ―、あまり苛めるのはよして。風月の椅子なら特に問題はないから忘れて。
情報は双方向に……、君の友人、いや探偵? は君のことも監視していたんだ」
127
:
柊時計草(風月藤原京)
:2014/11/16(日) 23:52:26
「そうですか」
陰口と誹(そし)られるようなことはやった覚えはないし、かと言って向日葵は根も葉も無いことを告げる様な心根を持った探偵ではない。
ただ、籍を入れたばかりの伴侶「伊藤迷路」様相手に逃げ回っているのは確からしいし、人工探偵風情にと、気に入らない方々が僅かな瑕疵でも見つけ騒ぎ立ててやろうと感ずるには十分だろう。
言っては何だが、わたくしは睨まれるような経歴の持ち主だ。相互監視が機能するにはあまりにぐだぐだな関係過ぎる。言ってはなんですが、我々に甘々すぎますよ、花鶏(あとり)様。
ですが――、ここは乗っかりましょう。何を今更と、おっしゃられるかもしれませんがわたくしは大げさに声をあげる。ついでに顔を蒼褪めさせてもみる。そして、ここで乗っかってこられるのがこの方だ。
わたくしは信頼する。交渉相手にも、犯人相手でも、まず相手を信じるところから推理ははじまる故。
「そんな、花鶏様から? どうして――」
「そのどうしての意味について二つ答えましょう。ひとつめ、私達が君らを呼び寄せることが出来たのは私が受けた恩義のこともあるが、このアマリ―が伊藤園と言う姓を名乗っていた頃の縁もあるんだよ。
ふたつめ、組織の長と言うものは時に清濁を併せ持たねばやっていけないと言うこと。
君はあのメフィスト派にやたら肩入れしていたようだが、そんなことでやっていけるのかい?
日車さんはあちら側からも山禅寺ショウ子を追っていたが、淡々とした尾行に留まったそうだよ」
(大方、シシキリの本名が堀町臨次と言うことにも気付いていたんじゃないか?)
いや、流石にこのリューダもそこまでは口に出さないが、探偵連中は一体どこまで掴んでいた?
パイプ役になっている目の前の菖蒲(あやめ)もよくわからない存在だし、果たして我々はこのまま「迷宮時計」を追っていていいのか?
参加者も中々捉(つか)まらないし、おこぼれをもらうなんて消極案ですら覚束なくなっていないか?
わざとらしい。ああ、じつにわざとらしい。だが、気障(きざ)にもこう言わざるを得ない。
「ふ、分からないなら聞き流してくれ、何さほど重要なことを言った覚えはない」
慣れないことをするものではなかった、考えてみれば私はこの菖蒲に知らず知らずのうちにペースを握られていたような気がする。ああ、そう言えばアマリ―が連れて来たのですね、探偵は。
私は、ついこの間再会したこの友人を胡乱な眼差しで見つめるほかやることがなかった。
あとのことはこの子が聞いているはずだ。
「あなたが、ここに来たときにちかった言葉をもういちどおねがいします」
「はい、探偵とは――事件を未然に防ぐのが探偵の仕事ではない、以上です」
「そう、あなたたち探偵は、わたしたちに協力してくれている。けれど、どうじに止めるけんりも有している。それは、ひどく曖昧なせいじと正義のつなひき、と言ったところだけど。
法偵のていたらく、その程度であゆみを止めるほどに、リューダ! あなたはじぶんの意志というものをもってしまったの?」
「……アマリ―」
押し黙るしかない。何だかんだで、私は彼女達に期待していたのだから。
我々の下に迷宮時計を持って帰ってくれるなんて、甘い幻想を抱いたほどに。
そうか――! 目の前の犠牲に目が曇っていたのは私も同じだったのか……。
128
:
柊時計草(風月藤原京)
:2014/11/16(日) 23:52:36
「閣下からのたっしです。主客をころばせましょう。
ここからは探偵が主役、我々はそれにきょうりょくする端役なのです。
これを読めばわかってくれるでしょう。われわれの敵はスズハラ機関もそうですが、あやかし、妖怪変化のそれもひとしいということを!」
電話ボックスが開かれ、中から一枚の便箋がわたくしに渡される。
そこには『あやめ から ひまわり だから』と書いてあった。
「これは……?」
困惑しながらも、封を開けるとそこに書かれていたのはまるで意味不明の暗号だった。
たおやかな平仮名は、さらりと何でもないようでいても、一筋の流墨を一時に垂らし込んで長大な文面を作り上げたような感覚を与える。もしや――?
「はい、それは遠藤花鶏殿直筆、しょざいふめいの伊藤日車から送られたあんごうぶんのうつしです。
ちなみにあてなには当初『あとり から ひまわり だから』とかかれていましたが、そこをかえたのは差支えないからということでした。本文は一字一句かわりないですよ」
待って――! 一体これはどういう意味? なぜ、わざわざ連絡を閉ざした向日葵が姉様に――?
友人のマリッジブルーに、放浪の旅を勧めたばかりに何かよくない事が起こっていると――?
「ああ、それと『咎無くて死す』、がヒントだそうです。ついで、木様であるからこそ、単純であってもわからなくなってとうぜん。気を落とすことはないともおおせでしたね」
……、気を使われた!?
まずは文面の解読を手早く済ませましょう。
そして、数刻してわたくしは向日葵、いや日車の真意を知った。
----
タイトルは『探偵を巡る別世界からの反応(その2)』でお願いします
129
:
千葉時計草(伊藤日車)
:2014/11/17(月) 00:43:02
伊藤日車から遠藤(中略)菖蒲への手紙
あやめ から ひまわり だから(宛名)
ゆすみこ ちろ さもゆけ きせめふ むけヰれ へか まきふう ちろ ろぬに をねかへ ねくか
あひきま ちろ ふめへの ろぬに ヰこおつ そのねを へか やむよ たうそぬ ぬそをに
あまら そのねを ろぬに へか まきふう ちろ るつわほ こみてお あひきま はるほ
よむれり ちろ もすゆ そのねを ねくか ひせき ヰこおつ るつわほ まきふう せめ
あまら そのねを ろぬに ちろ さもゆけ ゆしく ちろ ぬそをに
れヰつる ヰこおつ ねくか ろぬに ふめえの たうそぬ やさけむ えしく はるほ
130
:
千葉時計草(伊藤日車)
:2014/11/17(月) 00:44:05
ミスを発見したので差し替えお願いします。
お手数おかけします
131
:
千葉時計草(伊藤日車)
:2014/11/17(月) 01:06:47
伊藤日車から遠藤(中略)菖蒲への手紙
あやめ から ひまわり だから(宛名)
ゆすみこ ちろ さもゆけ きせめふ むけヰれ へか まきふう ちろ ろぬに をねかへ ねくか
あひきま ちろ ふめえの ろぬに ヰこおつ そのねを へか やむよ たうそぬ ぬそをに
あまら そのねを ろぬに へか まきふう ちろ るつわほ こみてお あひきま はるほ
よむれり ちろ もすゆ そのねを ねくか ひせき ヰこおつ るつわほ まきふう せめ
あまら そのねを ろぬに ちろ さもゆけ ゆしく ちろ ぬそをに
れヰつる ヰこおつ ねくか ろぬに ふめえの たうそぬ やさけむ えしく はるほ
132
:
千葉時計草(伊藤日車)
:2014/11/17(月) 01:08:27
伊藤日車から遠藤(中略)菖蒲への手紙
あやめ から ひまわり だから(宛名)
ゆすみこ ちろ さもゆけ きせめふ むけヰれ へか まきふう ちろ ろぬに をねかへ ねくか
あひきま ちろ ふめえの ろぬに ヰこおつ そのねを へか やむよ たうそぬ ぬそをに
あまら そのねを ろぬに へか まきふう ちろ るつわほ こみてお あひきま はるほ
よむれり ちろ もすゆ そのねを ねくか ひせき ヰこおつ るつわほ まきふう せめ
あまら そのねを ろぬに ちろ さもゆけ えしく ちろ ぬそをに
れヰつる ヰこおつ ねくか ろぬに ふめえの たうそぬ やさけむ えしく はるほ
長々と申し訳ありません。
これで確定です。
133
:
梶原恵介
:2014/11/18(火) 22:46:24
インタールードファッキュー
澤「梶原、澤の、インタールードファッキュー!」
梶原「いぇ*顗*
澤「そういうわけでね、キャンペーンを超えて人の企画をパクっちゃいましたね梶原さん」
梶原「漫拳がそもそもパクりで成り立ってるからな」
澤「それもそうですね。梶原さんの『G戦場ヘブンズドア』により、もりのほん先生の可愛らしい絵柄でお送りしています」
梶原「俺達の外見は今こんな感じ(tp://touch.pixiv.net/member.php?id=258411
)なので、脳内に浮かべながら読んで欲しい」
澤「好きな人が見たらキレそう」
澤「最初の質問。『こいつ漫画読めてねえなと思う瞬間はどんな時ですか?』」
梶原「進撃の巨人を糞味噌に叩く奴を見た時だな」
澤「わかる*顗*
澤「次の質問。『梶原さんはいつもペンを咥えたまま喋ってるんですか? どうやるんですか?』」
梶原「『雷』のことか。そうだな。国民的海賊漫画に口に刀を咥えたまま喋る剣士がいるが、あいつと同じ原理だ」
澤「(結局どういう原理なんだよ……)そもそも何で咥えてるんですっけ」
梶原「一つには、鍛錬。こいつはタングステン製で重い。こいつを咥えることで顎、漫画を描くのに使うことで指を鍛えている。それに武器にもなる」
澤「花の慶次の煙管みたいな?」
梶原「叩くこともできるが、主には……」ポロッ
澤「あっ! 梶原さんがいつも咥えてるペンを落とした!」
ゴッ!!
澤「うわーペンが落ちただけなのになんて重い音なんだーびっくりして視線をそちらに向けてしまうー」チラッ
梶原「金剛!」ペタン
澤「グワー」バタリ
梶原「後、キャラ付という意味もある。漫画では外見でキャラを特徴づけるのは基本だからな」
澤「梶原さん」
梶原さん「なんだ」
澤「これ、文章なんですよ? ラノベみたいに挿絵も無いのに見た目でキャラ付ってそんな意味あるんスか? 『漫画では』とか言ってますけどメディアの違いを理解せよって言葉知らないんスか?」
梶原「……」
梶原「ワラワラワラ! 皆、俺達のことがわかって楽しかったワラ? これからもどしどし送ってほしいワラ!」
澤「…………キモ」
梶原「金剛!!」
終わり
134
:
にゃんこ師匠
:2014/11/19(水) 04:45:41
にゃんこ師匠危機一髪! 〜拙者、にゃんこになっちゃったニャ!?の巻〜
紅葉舞い散る秋の野山。しめやかに流れる清流のほとりで、男が一人静かに佇んでいた。
上下共濃紺の作務衣に古びた草履。一尺余の小枝を握る手は節くれ立ち、
胸元から覗く引き締まっているが張艶に欠けた肌と相まって年季を感じさせる。
異様な事に、その頭部は首元までびっしりと手触りの良さそうな黒毛で覆われていた。
丸みを帯びた流線型のシルエットの頂点には、ぴんと尖った耳が二つ。
頬からは白く長い髭が生え、今は閉じられた瞼の奥にある瞳は謎めいた金色である。
臀部に開けられた小さな穴からは、頭部の毛と同じ黒くしなやかな尻尾が飛び出していた。
一言で要するに、男は猫人間とでも呼ぶべき風体であった。
不意に男が右手を撓らせ、目前に舞う落ち葉を小枝で以て両断した。
更に目にも留まらぬ速度で枝が振るわれ、小気味良い音と共に葉を紅い霧へと変えて行く。
都合六度切り抜いた後、男は細く静かに息を吐きながら残心した。
宙に舞う紅葉を断つ程の速さで振られたにも係わらず、小枝は折れる事も無く形を保ち続けている。
彼は小枝を正眼に構えながら、かつて教えを乞うた師の言葉を思い出していた。
(やれ木の葉が地面に落ちるまでに何分割しただの、やれ人が乗ったままの座布団を気付かれずに両断しただの、そういった類の腕自慢を耳にした事、主らもあろう)
師は夜な夜な道場で門下生を集めては酒を喰らい、このような愚痴とも訓話とも付かぬ説教を吐いていた。
(正に笑止千万。そのような剣技は所詮客寄せの大道芸に過ぎぬ。そのように惰弱な真似をせねば弟子も取れぬ腰抜けの所業よ)
師の半ば狂気めいた笑みが蝋燭の火に照らされ、その言説に得も謂われぬ迫力を添えていた。
(肝に命じよ。剣の上達に斯様な道は無し。唯人を斬る事のみに専心せよ。己を剣と成せ。然すれば対手(てき)なぞ自ずから刀身に飛び込んで来よるわ)
剣は人を斬る為の道具故――と、師は決まってこの言葉で話を結んだ。
当時は雲を掴むような例えであったが、それを実現足らしめるだけの実力が師にはあった。
故に男は遮二無二に斬った。一心に斬った。無心に斬った。只管に斬った。
そして、屍山を積み血河を拓いて得た物は、人には余る力と、猫の頭と尻尾。失った物は……。
男は己が腰に帯びた刀の柄頭を抑えるように掌で包んだ。
肉球を象った鍔がかたりと鳴った。
135
:
にゃんこ師匠
:2014/11/19(水) 04:48:59
「お師匠さーん!」
己を呼ぶ声に、男は目を開いた。
声の方角を見れば、こちらに向かって手を振りながら山道を軽快に駆け来る見慣れた顔の娘が一人。
背に負う竹籠には山と積まれた雑多な品の数々。その多くは彼の知識に無い物品である。
彼は低く嗄れた、しかし張りのある声で娘の名を呼んだ。
「サヨさん、わざわざこちらまで来られずとも庵で休んで居られればよかろうに」
「えへへ、山菜採りのついでですからお気になさらず。今日も色々持って来ましたよ、
干菓子とか、お茶葉とか……あ、櫛のいいのも入ってます!」
「うむ……かたじけにゃい。戻ってじっくり見せて貰おう」
腰に下げた煙草入れからまたたび粉と煙管と燐寸を取り出しつつ、男はゆるりと山道を下り始めた。
庵に戻ると、古びた戸口の前に一人の青年が立っていた。
山中には似つかわしくない背広姿で、頑丈そうな銀のスーツケースを下げている。
老人と少女が男の姿を認めると同時に、男も二人に気付いた様子で、七三にぴっちりと撫で付けた頭を下げて来た。
「あ、どうもお初にお目にかかります。私、然る御仁の用命にてこちらに参りました、鈴木と申します。
失礼ですが、そちらの作務衣の方がにゃんこ師匠様で間違いありませんでしょうか」
鈴木と名乗る若い男は慇懃な口調でそのように尋ねた。
新潟の県境に程近いこの山中を尋ねる人間は多くない。老人はやや眉間の皺を深めた。精確には、そのように見えた。
猫は比較的表情豊かな生物であるが、ヒト科のそれとは表情筋の作りからして違う。故にその顔色を読む事は難しい。
サヨは目を丸くして、控えめに両者の顔を窺い見た。
「確かに、わたしがにゃんこ師匠です。自ら師匠と名乗るにゃどおこがましいとは御思いでしょうが、これも故あっての事。何卒お許しあれ」
「いえいえ、事情の程は主より伺っております。なんでも別の世界から来られたとか……ところで、そちらのお嬢さんはどのような?」
「あ、あたしは里の行商人です。サヨって言います」
大荷物が零れ落ちない程度にお辞儀するサヨを見て、サラリーマン然とした男は薄く笑った。
136
:
にゃんこ師匠
:2014/11/19(水) 04:49:53
「なるほど、このような山間に在っては一人暮らしも難儀でしょうからねぇ。貴女が里との物流を文字通り担っておられる訳ですな」
「わたしについて随分詳しく調べておられるようだが」
煙管を煙草入れに仕舞いつつ、にゃんこ師匠が金色の瞳を鋭く光らせた。
「どのような御用向きかにゃ。然る御人の用命と仰ったが」
「ええ、その件についてなんですが……えー、単刀直入に申しますとですね」
男はスーツケースの留め金を外し、おもむろに開いて見せた。
中にぎっしりと詰まっているのは手の切れるような新札である。
うわァ、とサヨが驚嘆とも悲鳴とも取れる頓狂な声をあげた。
「そちらの、お腰の物を譲って頂けないかと」
にゃんこ師匠の片眉が僅かにつり上がった。
鋭い牙の並ぶ口が何か言いかけるより先に男が言葉を継いだ。
「勿論、不足であれば言い値を支払わせて頂きます。このお金は手付金として受け取って頂ければと……。
ご希望ならば新しい刀を用意する事も可能です。既存のものは勿論、新たにお気に召す一振りを打ち上げる事も。
現金以外のものをご所望であれば、当方が用意できる限りのものなら何でも揃えましょう。
……あるいは、『魔女の呪い』を解く手段を探す事も出来ます。魔人能力には無限の可能性が」
「失礼にゃがら」
両腕を組んだにゃんこ師匠が、やや憮然とした口調で男の流暢なセールストークを遮る。
「この剣にそこまでされるようにゃ価値はありませぬ。名刀業物どころかなまくらも良い所、葱すら禄に切れはせぬ。
そこらの民家にある出刃包丁の方がまだ切れ味は良いでしょう。なにか勘違いをされておられるのではにゃいか?」
「ご謙遜を」
男の貼り付いたような笑みが深みを帯びた。三日月型に穿ったような、穏やかながらも何処か剣呑な笑み。
「他人から見ればガラクタとしか思えぬ物に目玉の飛び出るような金を払う人間も居ります。
ましてやそれが金剛不壊を謳う魔剣とあらば尚の事」
「……本当によく調べておられるようですにゃ」
猫頭の老剣士は、いっそ忌々しげに吐き捨てた。
にゃんこ師匠の愛刀、魔剣にゃんにゃん棒は刀の形をした結界である。
その性質を端的に表すならば、いかなる力を加えようとも決して折れず曲がらず原型を保ち続ける呪いだ。
切れ味は悪いものの、どんなに荒く使おうが壊れぬ刀と言い換えれば需要は数多。
故ににゃんこ師匠は己が剣について口外した事は無い。
(後半へ続く)
137
:
キュア・エフォート
:2014/11/19(水) 14:32:13
■アルティメット・ゴッドモード その3■
「ヒューッ!」
ええっと、左手の……なんでしょうソレは……。
あとそのピチピチの服はどういうことですか……。
「やったぁあああああああああああっ!! 神よ、感謝します!!
むさっくるしいオッサンと二人っきりで、気が狂うかと思ったぜ!
歓迎するぜお嬢さん! やったーーカワイイーーーっ!!」
年上っぽい男の人が大声をあげました。
あ、よかった、こちらは普通の人っぽいです。
机に積んであるちょっと口に出すのも憚られるような姦淫な雑誌が気になりますが、それは見なかったことにしましょう。
「ここ、使っていいから!」
そう言って、男の人は物の仮置き場となっていたであろう机の上のものを、乱暴に床へと落としました。
ドォォーッ!!
次の瞬間、ピチピチの服の方の左手の……形容し難い兵器(あとから「サイコガン」だと教えてもらいました!)が光り、机の上をエネルギー砲が通過していきました。
エネルギー砲がかすめた机の表面は、まるでワックスがけをしたかのようにピカピカになっていました。
「っぶねーな!! 地獄に落とすぞ!」
「よろしく」
普通っぽい男の人の苦情は無視されました。
片目をつむったピチピチの人にそう言われました。
あ、はい、よろしくお願いします。
こほん、と普通っぽい男の人が咳払いをして言いました。
「見ての通りこのおっさんは荒事担当。俺は心霊担当だ!」
……心霊というと、お化けさんや妖怪さんをどうこうするのでしょうか。
「おう、そうそう。実家が寺だったんでね。
そういうのが得意なのさ。」
色欲にまみれているような気がしますが……あまつさえ、さっき「神よ!」とか言ってた気がしますが、破戒僧というやつなのでしょうか。
ビーッ! ビーッ!
アラートが鳴り、部屋の中央に三次元的映像が流れました。
映し出された映像は……どこかの山の集落でしょうか。
山が燃えています。バチバチと音を立てて木が倒れていきます。
全長80mほどの怪獣が、怪光線を吐き、村を、逃げ惑う人々を焼いています。
「うげぇえ! これはちょっとしんどそうだな……」
「おっさんいけるか?」という言葉を受けて、ピチピチの人が諸手をあげて、大仰に首を振りました。
「とはいえ、やらないわけにはいかないし……」
そう言って、普通っぽい男の人は足元に落ちていた袈裟を着はじめました。
ピチピチの人も、トランクを開け、サイコガンの調整をはじめました。
――――あの。
「ああ、大丈夫。配属早々あんな化物とやらせたりしないよ。
お嬢さんは俺たちの最高にカッコいい姿をここで見てな!」
いえ、そうじゃなくて。
もしお困りなら、
――――私が行ってきましょうか?
「ヒューッ!」
「……ぷっ、あっはは!
仕事はじめで張り切るのはわかるけど、無理すんなよ」
ちょっとだけ、ムッとしました。
顔に出ていなかったなら良いのですが。
無理なんてしていません。
「前に」、もっと大きな怪獣と戦ったことがあります。
宇宙から飛来してくるそれらは天文学的数でした。
確か、その時一緒に戦った科学者さんの話では、30億匹くらいだったと思います。
その時は地球から見える宙(そら)の8割が、怪獣によって黒く染められていました。
巨大質量を持ち光速の99.99%で飛来するそれらが、一匹でも地球に到達すると負け(滅亡)という厳しい戦いでした。
そんな戦闘経験が私にはあります。
だから、たぶんこれくらいなら……。
……あれ、私、何か変なこと言いましたか?
「ははっ、いや。頼もしい新人が来たもんだ!
お嬢さん、……いや、アンタ。 『前』は何してたんだ?」
私ですか?
私は、…… 元(もと)・ ――――
138
:
にゃんこ師匠
:2014/11/20(木) 04:27:16
にゃんこ師匠危機一髪! 〜おい、ダッシュで煮干し買って来い。の巻〜
「異世界から参られた貴方様には理解し難い事やもしれませんが、一口に魔人能力と申しましても、その力は多岐に亘っておりまして。
例えば見ず知らずの人間の素性をたちまちに解き明かしてしまうようなものも存在するのでございます」
鈴木はスーツケースを閉じながら言った。表情は能面のように崩れない。
「貴殿がそうだと?」
「いえいえ、とんでもない事でございます。私などただのしがない使い走りに過ぎません」
「いずれにせよ」
にゃんこ師匠は再び腰の煙草袋から煙管を取り出した。またたびを火皿に詰め込みながら男を半目で見据える。
「いかにゃ大金を積まれようともこの刀は売れませぬ。お引取りを」
「いやあ……そこを何とか、ご検討頂けませんか」
「お引取りを」
頭を掻きながら食い下がる鈴木ににべも無く告げる剣士の目は冷たい。
両者の間に何か得体の知れぬ磁場めいたものを見た気がして、サヨは思わず瞼を擦った。
「弱りましたね……それではわざわざご足労頂いた、我が主に申し訳が立たない。ほら、ご覧になられますか?
あの背の高い樫の木の、頂上におわします主の姿が」
男の指し向ける掌の方角……山の頂上付近には、確かに樫の高木が聳えていた。しかしその樹上に人間はおろか、生物の影も見当たらない。
何の事かしらんとサヨが首を捻ったその瞬間であった。
139
:
にゃんこ師匠
:2014/11/20(木) 04:28:29
『にゃーん』
母親に甘える仔猫のような、愛らしくも物悲しい鳴き声が響いた。ほぼ同時に、金物を激しくぶつけ合ったような甲高い衝突音。
思わず振り向いたサヨが見たものは、引き抜いた刀を背後に回したにゃんこ師匠と、何かを振り抜いたような姿勢で固まる男の姿であった。
不可視の力に対抗するかのように右腕を力ませつつも、水晶球に浮かぶスリット状の金色は真ッ直ぐにほくそ笑む男の姿を見据えていた。
「なっ……えっ、えっ?」
「お見事。この初撃に対しまともに反応出来た者は実際何人も居りません」
困惑するサヨを他所に、男はぎりぎりと両腕に力を込めつつ、先程までとなんら変わらぬ口調で言い放った。
「初太刀を止めただけでも賞賛されて然るべきお手前。不覚にも抜刀の瞬間は目で追う事すら叶いませんでした。
しかし恐れながら申し上げますと、ここは体をかわすべきでございました。
私の上段は鞘で受ければそれごと両断致します故、それ以外に先はありません」
表情一つ変える事無く、語気に不遜を滲ませる鈴木。
一方にゃんこ師匠は猫の額に汗を滲ませながらも冷静に状況を分析していた。
視線誘導からの不意打ち。しかしその手は確かに空であった筈。
にも関わらず背後より感じた確かな殺気、そして衝撃。まず何らかの能力の使い手と見て相違あるまい。
右腕より伝わる剣圧は相当なものだ。僅かでも気を緩めれば瓜でも割るように体を両断されるだろう。
にゃんこ師匠は束の間、過去の戦場で刃を交えた敵の姿を思い出していた。
特A級ギロチニスト・デュラハン=ドラグニル。
身の丈二十尺にも及ぶ巨体を活かし、恐るべきギロチン殺法を用いて死の嵐を巻き起こす難敵であった。
ギロチニストの称号に恥じず、相対した敵の身長体重体調趣味嗜好、及び当日の天候気温湿度地形を考慮した上で
当人にぴったりのギロチンを召喚し、様々な速度・角度・タイミングから最も快適な処刑を行う戦術を得意とする。
ギロチン召喚に加えてドラグニル自身もギロチン台で叩き潰さんとして来る為、にゃんこ師匠は全方位に極限の警戒が必要とされる苦しい戦を強いられた。
鈴木と名乗る男の能力も恐らくこれと同じ類であろう。相手の虚を突けば一撃で死に至らしめる事の出来る技。
140
:
にゃんこ師匠
:2014/11/20(木) 04:29:13
「さて、如何になさいますか?貴方様の腕力ではこの状況を打開する事は叶いません。
さりとて時間を稼げば事態が好転する訳でも無し。むしろ……」
鈴木は己の優位を誇示するかのように、ゆっくりと左腕を掲げた。その手の形はまるで、目に見えぬ刀の柄を握るような。
「……悪くなっていくばかり。振るえる剣が一刀ばかりとは限りません。何卒懸命なご判断を。
今なら最良の形で交渉を終える事が出来ますが、機を逸すれば……」
見えない刀を大上段に構える左腕はそのままに、男はサヨを見た。細い目に光る瞳はさながら爬虫類の如く感情を宿さない。
機械的な殺意に当てられたサヨは、声を上げる事すら出来ずにその場で硬直した。蛇に睨まれた蛙のような、覆しようの無い立場の差。
「私も無闇な殺生は好みません。どうかご決断を」
「お引取りを」
懐柔の響きを帯びた甘言を一蹴するかの如く、にゃんこ師匠の低音が場を打った。
男が眉を顰める。
「今退かれるならば追いはしませぬ。命惜しくばここで剣を収められませい」
「驚きましたね、まだそんな事を仰る余裕がお有りとは。老練の境地というものですかな?」
「然り。この身は老いれども、斯様にゃ小手先の技に遅れを取るほど耄碌してはござらん」
「……小手先と?」
男の表情に、初めて明確な感情の色が浮かんだ。自身の矜持を深く傷付けられた故の、憤怒の形相だ。
にゃんこ師匠の右腕にかかる圧力が俄かに増した。
「負け惜しみにしてもうまくありませんな。こういった場合、潔く負けを認めて首を晒すか、さもなくば
命乞いの一つでも打つのが常套の法ではありませんかな」
「ふむ、言われてみれば。今度命の危機に瀕した際にはそうしてみるとしよう」
文字通り鎬を削る修羅場にそぐわぬ惚けた口調であった。
鈴木の口角がつり上がり、生来の暴性を剥き出しにしたかの如き凶相を形作る。
「……どうやらご自分の立場というものを理解しておられぬようだ。私がこの腕を振り下ろせばどうなるか、想像すら及ばぬと?」
「無論心得てござる。それが貴殿の命尽きる瞬間(とき)と」
「救えぬ御仁だ。呪いのついでに正気までも失われましたか」
激情に流されるまま、男は左腕に持った不可視の刀を振り下ろした。その狙いは相対するにゃんこ師匠では無い。
刀の切っ先は狙い過たずサヨの左肩へ。そのまま袈裟掛けに体を両断し、以て己が浅慮を知らしめる。
男は狂気に顔を歪めた。鮮血が弧を描き、紅の蓮華が宙に咲く。
「愚かな」
静かに呟いたのはにゃんこ師匠である。一拍の後、絹を裂くような悲鳴が上がった。サヨのものだ。
鈴木の左腕が肘の辺りから断たれ、壊れた水道管めいて断続的に血液を噴出していた。
何が起きたか男が理解するよりも早く、一足に間合いを詰めたにゃんこ師匠の掌打が細い顎を捉えた。
激しく揺すぶられた脳に追い討ちをかけるが如く、柄頭を鼻筋にぶち当て、昏倒した男の首筋に刃を突きつけた。
(真・後編に続く)
141
:
祝薗盛華
:2014/11/20(木) 08:32:53
tp://t.co/nxwxXi59rt
駅その3、朗読用テキストを作成しました。新字新仮名です。
というか、その1その2を朗読して欲しい! お願いします!
142
:
ツマランナー
:2014/11/20(木) 12:36:53
『リンクポイント』
迷宮時計争奪戦にて敗北し、平行世界に残された存在はリンクポイントとなる。
彼、あるいは彼女の存在こそが基準世界と平行世界間での物質の移動の証明となるのだ。
また、基準世界に戻った勝者が平行世界から持ってきた物質が存在するならば
それもリンクポイントとして活用できるかもしれない。
『迷宮時計の使い方・その5』
もし貴方が優勝し、完成された迷宮時計の所有者となった場合、願いを叶える方法は
いくつも存在する。優勝者にはその全てを教えるが現時点では手段の一つ、
最も簡単な方法だけ教えよう。基準世界にて迷宮時計を使い、貴方が望む現状をイメージするのだ。
貴方が望む現状を迎える為に必要なフラグを満たしている平行世界からその結果を切り取り
基準世界に上書きする。たったこれだけである。なお、この手段をとる際に役立つのが
リンクポイントである。平行世界との繋がりの証明であるリンクポイントが
多ければ多い程、貴方の願いは小さな労力で叶うのだ。
平行世界や上書き前の基準世界の事を心配する必要は無い。貴方が望むなら
基準世界の改変を行ったという記憶を消去する事も出来る。
『世界標準時計』
この時計を持っている参加者は幸いである。貴方の肉体に浮かび上がる時計盤の数は
迷宮時計が把握している平行世界数と一致する。迷宮時計の力を誰よりも肌で感じる事が
出来るのが貴方なのだ。
「何が幸運やボケェ・・・」
ツマランナーからすれば愛する友が殺し合いに巻き込まれて死に、
自分もそれにまきこまれたた時点で幸運でも何でもない。
さらに言えば、ツマランナーは迷宮時計から得られる情報で自分が平行世界人
である事を知ってしまっている。
「大体、こんな見た目じゃサウナにも行かれへんやん。サブイネンはこんなもん
身に着けてずっと耐えとったんか。寺育ちってやっぱ凄いんやな」
サブイネンこと佐分山珍念は生まれてすぐに何度目かの関西滅亡で家族を失い、
その場に偶然いた禅僧に育てられた。その禅僧が人の言葉と心を理解する
レッサー禅僧だったのは幸いと言えるだろう。
禅僧に珍念と名付けられた子供は18の時に独り立ちし、希望崎大学に入学した。
そして学費を稼ぐために選んだ道がバンド活動であり、そこで彼はツマランナー達と出会った。
143
:
ツマランナー
:2014/11/20(木) 12:37:49
「カミマクリン、ツマランナー、イクでえ!」
「はいな!」「おうよ!」
ポクポクチーン!ポクチーン!ゴーン!ポクチーン!ゴゴーン!
軽快な打撃音と共にタイバン相手が4人まとめて壁まで飛んでいく。
「ああーっと!ここでサブイネンの32ビートパンチが決まったぁー!鮮やかなKO!
これで今回のイベントの興行収入の5割はオモロナイトファイブのものとなります!」
名目上のリーダーはツマランナーだったが、タイバンの時に仕切っていたのは
いつもサブイネンだった。複数のバンドが共同でイベントをする際、
演奏順や分け前を決める為に行われるバンド同士のバトル、通称タイバン。
サブイネンはこのタイバンに置いて無敵とも言える強さを誇り、
「寺育ちのT(TIN-NEN)」と呼ばれ恐れられていた。
「サブイネンの強さは本物やった。タイバンに乱入したレコード社の部長倒して
プロデビューまで決めてしもたぐらいや。ワイに出来るんか、サブイネンの様に
勝ち続ける事が。よし、取りあえずベースの練習して落ちつこ」
ジャカジャカジャカ
「痛っ」
突如右手の先端に痛みを感じてベースを弾く手を止める。
爪が割れたのかと思い手袋を脱いで確認すると、人差し指の爪が時計盤に置き換わっていた。
「ワオ!ワイの爪無料でデコられちゃったー!ラッキーラッキーってアホか!
時計盤が増えたって事は、またどこかで迷宮時計争奪戦があって、誰かが置き去りにされたんやろなあ・・・」
人差し指を口に含み、爪と置き換わったばかりの時計盤をガジガジと齧る。
「くっそー、出来立てならもしかしたらと思ったけどやっぱり取れん。
幸いまだ顔や首には時計盤出て来んけど、最終的にワイどうなんねん。
誰か教えてくれや」
(世界標準時計を手にした貴方は幸いである)
「お前には聞いとらん!聞くだけでイラつくから勝ち進んで新たな情報が出るまで喋んな!」
ツマランナーはシステムメッセージを脳内でリピートする世界標準時計に激しくツッコんだ。
144
:
山禅寺ショウ子
:2014/11/20(木) 21:28:30
『馴染おさなの証言』
嫌いな生き物はネコ。
何の苦労もせず人から愛されて、冷めた目でこっちを見下してくる生き物。
あれを見ていると、思いっきり泥水をぶっかけてやりたくなる。
まあ見た目は可愛いから、実際にはそんな事しないけど。
……って、誰がツンデレよ!
とにかく私は、天然で人と仲良くなれるような、生まれつきコミュ力のある人間が嫌い。
山禅寺ショウ子を見て一目でわかった。私の嫌いなタイプだ。
私が『俺君』と出会って、今の『私』になる前。まだ教室の隅で机と同化していた頃。
どのクラスにも一人はいた、誰に対しても別け隔て無くへらへら話しかけてくる子。あの頃は全部無視してれば良かったけど、今はそうもいかない。
試合開始3時間前。
吉祥寺のカフェへ逃げ込んだ私は、山禅寺に借りたリバーシブルな帽子を裏返し、何食わぬ顔で他人の席についた。
山禅寺はそのテーブルの下に隠れた。この探偵に恥というものは無いらしい。
店外の私服警官が過ぎ行くのをじっと待つ。
基準世界で飯田カオルに喧嘩を売った山禅寺ショウ子は警察に追われる身の上にあった。
一体どうやって私の居場所を調べたのか。試合前、彼女の方からノコノコやって来て『幼馴染み』になってくれたのは良かったけど……。
「ジンジャーブレッドラテのショート……おさなちゃん、どれがいい?」
「ちゅ、注文してる場合じゃないんじゃ……えっと私はクランベリーブリスホワイトチョコレートフラペチーノ」
私は彼女に巻き込まれ、かれこれ3時間以上、こうして逃げ回っている。
……連れまわされていると言うべきか。
「試合まであとどれくらいかなー」山禅寺がかざす左腕に巻かれているのは、アンティーク調の腕時計。
その手の先には、懐中時計のような物が握られていた。植物の蔦が絡みついた意匠のそれは、どこかで見覚えがあった。
「メリー……?」思わず呟いた。
メリーの体は半分が機械だった。時計の欠片がメリーの体と融合していたのなら、山禅寺の時計の欠片がメリーに似ていてもおかしくは無い。きっとあれが、山禅寺の時計の欠片なのだろう。
……とか思ってたら、そっちでは無く、腕時計の方が声を発した。『あと3時間でごわす!どすこい!』
何がどすこいだ!!!
どういう趣味してんの!?この女!どうして時計の欠片が力士なの!?
馬鹿じゃないのッ!?!?!
私は頭を抱えた。
あの日から、ちょっとおかしい。他人の懐中時計にメリーを幻視するなんて、どうかしてる。
冷静になった私が山禅寺を見ると、耳を押さえて何者かと会話してる。まただ。さっきも同じことをしていた。
「え……事件?警察に追われてるのはいつもでしょ。ふくろう君、どうしたの?おさなちゃんは昔から私の幼馴染みだよ?私と同じ欠片の所有者なんて、凄い偶然だよね〜」
何なの?二重人格なの?
訊ねた所、『ふくろう君』は山禅寺の相棒らしい。『ふくろう君』が長年の相棒なら、私の能力が彼の幼馴染み的立場を奪った事になる。まあ、どうでもいいけど。
ただ、相棒との会話で私の『幼馴染み感』を奪われるのは困る。もう一人の対戦相手の素性も居場所もわからない以上、山禅寺を捨て石として敵にぶつけるのが今回は最善なんだから。
山禅寺の気をそらす為に話しかける。
「ね、ねえ、ショウちゃんの能力なんだけど、私の知らない応用方法とかあるの?試合前にあらかじめ知っておきたいなぁ、なんて……」山禅寺の能力を知っている風を装って探りを入れる。
「おさなちゃんの知らない応用?うーん応用かあ、むしろ、おさなちゃん以外に知ってる人少ないんじゃないかな。一応私も探偵組織に属してるけど、私の相棒が妖怪なのを向こうが警戒してるのか、全然連絡とれないし」
「へ、へぇー……」
「あ!ほら、昔、おさなちゃんと一緒に私の能力について色々危ない実験とかしたよね?それで大人の人に叱られたりさ。えへへー、楽しかったなあ!あれ」
「そ……そうだねっ!」
知るか!そんな事!
やっぱり、この人、過去捏造タイプの幼馴染みだ。
こういう輩は決まって昔っから幼馴染みを求めていて、自分に幼馴染みがいたらこうするのに〜、とか、普段からバカみたいな妄想にふけっているのが常だ。この人、意外と寂しい子供時代を過ごしたのかも。幼馴染み『耐性』が限りなく低い。
145
:
山禅寺ショウ子
:2014/11/20(木) 21:28:46
山禅寺は顎に手を添え、続けた。
「応用じゃないけど、一番使えるのはやっぱ、精神強化だね。やって見せよっか?最大で禅僧の約6倍の精神力まで上げられるし、飯田カオルさんくらいの精神攻撃じゃなきゃ――」
「ちょちょちょっと待って!禅僧の……6倍!?」
化け物か!!
禅僧なんてあんなの狂った神父と同じじゃない!
私の能力は精神攻撃だ。相手の心が弱っているほど有効に作用する。
禅僧の6倍の精神力にそれが通用するとは思えない。私は必死で山禅寺を止めた。私の注文したカフェをおごったりした。
そして、やっと一息ついた所で、それはやって来た。
店内に爆音が鳴り響き、山禅寺が私に覆いかぶさる。――ちょっと、どこ触ってんの!
目の前を白い破片が埋め尽くし、私はたまらず目を瞑る。
やっと目を開けた時、私はもう山禅寺に抱きかかえられていて。
瓦礫の中、立ち上がる客は全員無傷。
なるほど。
今の襲撃は魔人能力ね、無関係の人は傷つけない正義の魔人能力ってわけ?
私は私の手の平をみる。
だったらどうして、私の頬から血が出てるのよ。
◆
山禅寺は思ったよりも強かった。
本気を出せば小型ミサイル以上の攻撃力を出せるらしく、並の魔人警官は一撃で撃退。
それでもなお執拗に襲い掛かる魔人警官相手に合気道のパクリみたいな動きで応戦しながらも、背後で逃げ回る私の身の安全を図る。
「あああっ!もうッ!」思わず悪態をつく。
私の能力は不特定多数を相手取るのに向いてない。運動神経は悪くないけど、肉弾戦なんて無理。
そもそも何で私まで逃げなきゃいけないの。
あいつら、私にまで銃を向けてきた。探偵の共犯扱いされるなんて、最悪。
「ねえねえ!どうするどうする!?おさなちゃん!そろそろだけど!」
「ハァ……ハァ、何!?何がよ!?」
路地裏を抜け、ゴルフ場を抜け、駅前を駆け抜け、ようやく追手を撒いた私達は代々木公園まで来ていた。
「試合が始まってからのこと、どうする?もう一人の対戦相手、私、心当たりあるけど、悪い人じゃないと思う。話せばわかってくれるかも。駄目なら、私が何とかぶっ飛ばすしかないけど。それより問題は、私達」
「私達?」
「おさなちゃんが欲しいって言うなら、あげるよ!欠片の時計!」
「嘘!ほんと!?」反射的に山禅寺に詰め寄った。
「ち……、近いよおさなちゃん」
おっといけない、落ち着け、私。「で、でもショウちゃんはそれでいいの?」
「うん、転校生になって、失くした家族の記憶を取り戻したいっていう目的はあるけど、君の為なら構わないよ」山禅寺は微笑んだ。「それとも、私が『代わり』に集めてこよっか?おさなちゃんの目的が何なのかまだ知らないけど、あまり危険な目に……」
「…………代わりに?」私はつい声色を変えてしまった。
ああ、『またか』。
急にふっ、と肩に入った力が抜ける。
今までも、『時計を手に入れたら異世界から助けてやる』と言ったのが13人。『代わりに集めてやる』と言ったのが3人。どちらも信用してこなかった。
当然だ。命を賭けてるんだ。なのに、そんな気安く約束してくる奴、信用できるわけが無い。
それに、私が本当に信じる幼馴染みは一人だけ。
「はァ〜……」ため息。
「……あ、あれ?あれあれ?」山禅寺が初めて戸惑いの表情を浮かべる。
イジワルだけど、彼女の困り顔を見るのは少し愉快かも。
「そうだね、教えてなかった。私の目的」私は言った。「私の目的は……幼馴染み」
「幼馴染み?」
「そう、幼馴染み、アナタじゃないもう一人のね。昔、独りだった私に唯一、仲良くしてくれた幼馴染み。俺君って名前で、顔も思い出せないんだけど……とても大切な人。私の目的は、俺君に会うこと。……あとはそれ以外にも、まあ、お金や、名誉や、時間も。全て手に入れて……私を馬鹿にした連中を、見返してやるの。それ以外のことは、知らない。世界平和とか世界征服とか、どうでもいい。私は、自分の為に時計の力を使って、俺君と一緒に生きるの」
噴水の音が聴こえる。
山禅寺はぽかんとした間抜け面で私を見た。
「結構ふつうだね。いい目標だよ、私も協力する!」
馬鹿にしてんの?
……というよりは、割りと普通に受け入れられたみたい。私もどうしてこんなこと話しちゃったんだろう。よほど山禅寺が嫌いで、嫌われても良いと思ったのか。
いけない。私は拳をぎゅっと、握りしめる。
「そう、ありがと」
146
:
山禅寺ショウ子
:2014/11/20(木) 21:29:04
もう時間が無い。受け入れられたのは好都合。
今の『証言』と矛盾してしまうが、『やる』なら今だ。周囲には噴水。夕焼けの公園。幼馴染み度を最高まで高めて、真の幼馴染みを作り上げるには、絶好のシチュエーション。
「嬉しいな、わかってくれて」もじもじと手を後ろに。丹田操作で顔を赤らめ、上目遣いで山禅寺を見る。
この人のことは好きになれない。むしろ嫌いだ。でも、確実に勝つ為には、やるしかない。
「私……、そうやって、私のこと何でも受け入れてくれる、ショウちゃんに、昔から……言いたいことがあったんだ……」
さあ……。
さあ、言え!私!
「おさなちゃん?」
「えっと……」
さっさと言え!
「……私」
さあ!
「そ……の」
私が今まさに告白せんと口を開いたその時、陽の光を反射する黄色いそれが目に入った。
山禅寺の右手に握られたそれを見た私は、思わず叫んでいた。
「メリー……!」
それは、メリーによく似ていた。メリー・ジョエルの胸元に取り付けられていた円形の装置に。
「何で!?何でアナタがこんな物……!」思わずそれをひったくる。
いや、山禅寺は初めからこれを持っていた。
あの時は私が、山禅寺の腕時計の力士に気をとられて気付かなかったんだ。
「あ、それ?私を追ってくる魔人警官のリーダー格の人が持ってたんだよ!おさなちゃんに会えたのもその装置を
使ったからなんだ〜!へへへ!オーバーテクノロジーって言うのかな。警察も扱い慣れてないみたいで……きっと時計の欠片を解析して造った…………あ、それ……欲しいなら、あげるけど…………おさなちゃん?」
「メリー……どうして」やっぱり、メリーだ。胸元で掌に包み込み、顔に近づける。
植物の蔦の塊みたいな円盤の中心に、透き通る翅が羅針盤のように浮かんでいた。
透き通ったエメラルドの翅――あの子が行ってしまった、あの時の後ろ姿だけが、いつも、瞼の裏に焼き付いて離れない。あの時、私は、ごめん、としか言えなかった。私のことばかり考えてくれたあの子に、ごめん、と。私が微笑むだけで喜んでくれるあの子を、喜ばせてあげられる言葉なら、もっとたくさんあったはずなのに。
あれ?
あれ?
あれ?
頬の傷が痛い。
どうして私は泣いてるんだろう。
私の大切な人は俺君だけ、そのはずだったのに。
『試合まであと60秒でごわす!』
何がごわすだ。力士の声が響く。
「もう時間か……残念」山禅寺が言った。「ありがとう、おさなちゃん。こんなに長くゆっくり、友達と話せたの、私、生まれて初めてかも。きっと、おさなちゃんのおかげだと思う。私、おさなちゃんの為だったら、何だってするからね」彼女は片耳に触れた。「さっきはごめんねふっくん。いつも私の幸せを考えてくれて……ありがとう」
私は察した。
山禅寺はもうずっと前から、私の能力から脱していたんだ。
精神力についての話をした時点で。
禅僧の6倍の精神力とやらで。
「「「動くな」」」
銃を構える音がして振りかえる。
嘘でしょ。また魔人警官?もう、次から次へと……。
敵の銃口はやっぱり、私にも向けられている。どうして警察がメリーを?本物のメリーは一体、何者なの?
「何が……どうなってるのよッ!」
何もかもわけがわからない。混乱で頭がどうにかなりそうだった。
『あと30秒でごわす!』
「大丈夫だよ、おさなちゃん」山禅寺は私を庇うように歩み出た。「――三千字探偵・山禅寺ショウ子……ただ今より、馴染おさなに生まれたこの疑問、三千字で解決してみせます!」ドヤ、と胸を張る山禅寺。
私はまた泣きたくなった。
「わけがわからない。やっぱり嫌いよ……アンタなんか……」
銀色の光が私達を包み込む。「てゆうか――」
――三千字って何。
私の疑問は銀の風音にかき消された。
◇
147
:
上毛早百合
:2014/11/23(日) 00:46:46
【外呪の「虚」拾の段】
「とーりょー。話があるのだ」
迷宮時計の調査任務が命じられるより前のこと。上毛早百合は、上毛衆頭領に相談を持ちかけた。
「……なんだね」
静謐さを携えた厳かな声で、頭領は答える。
「私の外呪『虚』についてなのだ。『虚』が拾の段になったらどうなるのだ?」
呪術師は他の呪術師に自身の呪法について秘匿するのが基本。しかし、それはあくまで対等な相手との間にある暗黙の掟だ。師や上司に関しては例外である。
そして、早百合にとって頭領は師でありまた上司でもある。
「拾の段とは一種の極地だ。『虚』であれば、透過時間は無限に等しくなるであろう」
「無限に、か。玖の段の時点で一秒しか全身透過できないのに、一つ等級が上がるとそんなに違うのだな?」
「左様。玖と拾ではそれだけ大きな溝がある。故に、拾の段の修得は難しいだろう。話とは、拾の段へ到達できないという相談かね」
「そうなのだ。なぜ拾の段へ上がれない? 確か等級を上げるのには呪法の使用頻度、つまり経験値が必要なのだろう? それならば、毎日修練しているぞ」
「……ふむ。私から見ても早百合は熱心に己を磨きあげている呪術師だからな、そう思う気持ちは分からなくもない。もしかしたらほんの僅かの経験値が足りないだけで、あと数回の実戦で拾の段を身につけられるかもしれないな」
「なるほど。つまり実戦中に修得出来る可能性もあるのだな?」
「そうだ。まぁ、そう都合良く実践中に覚醒できるとは思えないがな。現実は都合の良い奇跡などそう簡単には起こらん。そして先程言ったように拾の段は他の等級とは修得難度が格段に違う。玖の段までは、等級が上がった瞬間その等級の力を十全に使えるが、拾の段は段階的にしか力を解放できないだろう。まぁ、いずれにしても修練次第だな。今後も励むが良い」
「うむ。とにかく頑張ればいいのだな。単純明快なのだ! ありがとうなのだ!」
そう言って、早百合は頭領の部屋から元気よく出て行く。
「――ふん。あいつなら、本当にすぐに拾の段に上がれるかもしれぬな」
頭領は、独りごちた。
【END】
148
:
上毛早百合
:2014/11/23(日) 00:54:37
>>147
誤字があったので修正しました
【外呪の「虚」拾の段】
「とーりょー。話があるのだ」
迷宮時計の調査任務が命じられるより前のこと。上毛早百合は、上毛衆頭領に相談を持ちかけた。
「……なんだね」
静謐さを携えた厳かな声で、頭領は答える。
「私の外呪『虚』についてなのだ。『虚』が拾の段になったらどうなるのだ?」
呪術師は他の呪術師に自身の呪法について秘匿するのが基本。しかし、それはあくまで対等な相手との間にある暗黙の掟だ。師や上司に関しては例外である。
そして、早百合にとって頭領は師でありまた上司でもある。
「拾の段とは一種の極地だ。『虚』であれば、透過時間は無限に等しくなるであろう」
「無限に、か。玖の段の時点で一秒しか全身透過できないのに、一つ等級が上がるとそんなに違うのだな?」
「左様。玖と拾ではそれだけ大きな溝がある。故に、拾の段の修得は難しいだろう。話とは、拾の段へ到達できないという相談かね」
「そうなのだ。なぜ拾の段へ上がれない? 確か等級を上げるのには呪法の使用頻度、つまり経験値が必要なのだろう? それならば、毎日修練しているぞ」
「……ふむ。私から見ても早百合は熱心に己を磨きあげている呪術師だからな、そう思う気持ちは分からなくもない。もしかしたらほんの僅かの経験値が足りないだけで、あと数回の実戦で拾の段を身につけられるかもしれないな」
「なるほど。つまり実戦中に修得出来る可能性もあるのだな?」
「そうだ。まぁ、そう都合良く実践中に覚醒できるとは思えないがな。現実は都合の良い奇跡などそう簡単には起こらん。そして先程言ったように拾の段は他の等級とは修得難度が格段に違う。玖の段までは、等級が上がった瞬間その等級の力を十全に使えるが、拾の段は段階的にしか力を解放できないだろう。まぁ、いずれにしても修練次第だな。今後も励むが良い」
「うむ。とにかく頑張ればいいのだな。単純明快なのだ! ありがとうなのだ!」
そう言って、早百合は頭領の部屋から元気よく出て行く。
「――ふん。あいつなら、本当にすぐに拾の段に上がれるかもしれぬな」
頭領は、独りごちた。
【END】
149
:
上毛早百合
:2014/11/23(日) 00:57:10
>>148
直ってなかったので再投稿です。スレ汚しすみません。
【外呪の「虚」拾の段】
「とーりょー。話があるのだ」
迷宮時計の調査任務が命じられるより前のこと。上毛早百合は、上毛衆頭領に相談を持ちかけた。
「……なんだね」
静謐さを携えた厳かな声で、頭領は答える。
「私の外呪『虚』についてなのだ。『虚』が拾の段になったらどうなるのだ?」
呪術師は他の呪術師に自身の呪法について秘匿するのが基本。しかし、それはあくまで対等な相手との間にある暗黙の掟だ。師や上司に関しては例外である。
そして、早百合にとって頭領は師でありまた上司でもある。
「拾の段とは一種の極地だ。『虚』であれば、透過時間は無限に等しくなるであろう」
「無限に、か。玖の段の時点で一秒しか全身透過できないのに、一つ等級が上がるとそんなに違うのだな?」
「左様。玖と拾ではそれだけ大きな溝がある。故に、拾の段の修得は難しいだろう。話とは、拾の段へ到達できないという相談かね」
「そうなのだ。なぜ拾の段へ上がれない? 確か等級を上げるのには呪法の使用頻度、つまり経験値が必要なのだろう? それならば、毎日修練しているぞ」
「……ふむ。私から見ても早百合は熱心に己を磨きあげている呪術師だからな、そう思う気持ちは分からなくもない。もしかしたらほんの僅かの経験値が足りないだけで、あと数回の実戦で拾の段を身につけられるかもしれないな」
「なるほど。つまり実戦中に修得出来る可能性もあるのだな?」
「そうだ。まぁ、そう都合良く実戦中に覚醒できるとは思えないがな。現実は都合の良い奇跡などそう簡単には起こらん。そして先程言ったように拾の段は他の等級とは修得難度が格段に違う。玖の段までは、等級が上がった瞬間その等級の力を十全に使えるが、拾の段は段階的にしか力を解放できないだろう。まぁ、いずれにしても修練次第だな。今後も励むが良い」
「うむ。とにかく頑張ればいいのだな。単純明快なのだ! ありがとうなのだ!」
そう言って、早百合は頭領の部屋から元気よく出て行く。
「――ふん。あいつなら、本当にすぐに拾の段に上がれるかもしれぬな」
頭領は、独りごちた。
【END】
150
:
にゃんこ師匠
:2014/11/24(月) 00:50:24
にゃんこ師匠危機一髪! 〜肉球ってなんとも言えない匂いがするのニャ!の巻〜
「先の一刀にて左腕を斬り申した。その事にすら気付かれぬようでは手合い違いも甚だしい。
二度とわたしの前に姿を見せぬと誓われるのであれば、命ばかりは見逃しましょう。
この世界の医者は切れた腕を接ぐ事も出来ると聞く故、今下山すればその傷も癒えるやも知れぬ」
「がっ、ぐほっ、……わ、私の、腕……」
鈴木はもがくように残った方の腕で宙を掻いた。
切断された左腕の出血は未だ勢い衰えず、このまま手当てをしなければ程無く絶命する事は明白と思われた。
にゃんこ師匠の眉間の皺が深まる。
「潔くされい。今ここで死ぬるか、恥を捨て生き延びるか」
「あ……あ……」
男の右手が、魔剣にゃんにゃん棒の切っ先を掴んだ。
素手で刀を掴んだ所で何が出来る訳でもなし。やぶれかぶれの抗命であろうか?……否。
見よ、鈴木の瞳に滲む邪悪にして残虐な光を。
「甘い、ですねぇ」
鈴木はにゃんこ師匠を見据えながら、狂気じみた笑みを浮かべた。その歯と歯の間に不自然な空白がある。
丁度刀の柄一本分程度の隙間だ。鈴木は躊躇う事無く一息に首を振った。
刀を振るうは腕ばかりに非ず。柄を口に加えても、例えば柔らかな首元などを穿つ事は造作も無い。
彼は既に命を捨てていた。例え己が死んでも、これ程の腕を持つ剣豪に瑕疵を付けられたのであれば上等、という歪んだ思考が鈴木を支配していた。
故に狙いは、先程と同じ行商の女。頚骨を断てぬまでも、動脈と気道を別てば即死には足りる。
鈴木は喜悦の笑みを堪えられず、悲鳴にも似た甲高い笑声を上げた。
それが彼の末期の言葉となった。
魔剣にゃんにゃん棒の刀身に、一瞬紫電の光が走った。
にゃんこ師匠の手より放たれたそれは、鈴木の行動を数秒停止させるに十分な威力であり。
その間に首筋へ切っ先を突き立て、即死に至らしめる事もまた容易であった。
「御無礼、平に御容赦(ゆる)しあれ。人命に関わる火急故」
刀を薙いで血を祓い、無駄の無い動作で鞘に収めたにゃんこ師匠が仏頂面で零した。
片掌を立てて瞑目し、簡単な祝詞を唱える。死者に対する彼なりの礼儀である。
「……また繰り返してしまった。空しき哉」
「お、お師匠さん」
151
:
にゃんこ師匠
:2014/11/24(月) 00:51:33
その場にへたり込んだサヨが、どうにかにゃんこ師匠を呼んだ。どうも腰を抜かしているらしい。
つい先刻まで平和そのものであった山中でこのような酸鼻を繰り広げれば無理も無しと、にゃんこ師匠は少女の側に寄った。
「だっ、大丈夫ですか、お怪我は……あの、し、死んだんですか、あの人」
「うむ、わたしに大事はにゃい。彼は死んだ。首元を穿った故」
「あの、すみません、腰が……こ、こんな事、初めてで……いや、えと、元はといえばあたしがあの人を連れて来たから」
「サヨさん」
片膝を付いたにゃんこ師匠が、サヨの肩にぽんと手を乗せた。
「まずわたしを見て、ゆっくりと息を整えにゃされ。あの男に関して貴方が責を負う事も、またわたしがそのように感ずる事もにゃい」
「あ、はい、あの……ありがとう、ございます。あたし、助けられたんですよね」
ほんの一分にも満たぬ戦闘の合間、サヨは鈴木がこちらを狙っている事に気付いていた。
にゃんこ師匠はサヨを守る為に人を殺したのだという事にも。
老剣士は頭を下げるサヨに向かってゆっくりと首を振った。
「礼には及びません。何となれば、いざという際には貴方を見捨ててあの男を斬る腹積もりであった故。貴方が助かったのは偶々です」
下手な嘘だと思った。常に相手の瞳を見てはっきりと話す老人が、この時ばかりは目を伏してぼそぼそと喋ったからだ。
サヨが答えあぐねていると、彼は血溜りの中のスーツケースを拾い上げ、中の札束を一掴み取って懐に仕舞った。
そして残りを取り出し、サヨの目の前に積み上げる。
「あの、このお金は」
「死人には無用の長物故、あの男を弔った後は好きにされよ。あの男の申していた主とやらは恐らく方便であろうから、
追手が差し向けられる事はありますまい。とはいえわたしがここに居てはまた迷惑をかけるやも知れぬ故、すぐに発つとします。
今までまことに世話ににゃり申した」
「お師匠さん!?そんな、迷惑だなんて言わないでください!あなたがなんて言おうと、あたしの命の恩人である事には変わりません!」
「……いや」
首を振るにゃんこ師匠の金色の瞳に、雁の群れに似た暗い影が過ぎったような気がした。
「本心を申そう。もう疲れたのだ。殺したり殺されたりにうんざりし申した。未熟故に剣を抜かねば物事を解決出来ず、また抜けば斬らざるを得ぬ。これからは誰とも会わず、独りで静かに暮らしとうござる」
「……」
訥々と話すにゃんこ師匠の言葉には、深い憂いと、沼の底に凝(こご)った泥のような疲労感が滲んでいた。
時の重さにゆっくりと押し潰され、泥炭の如く堆積した疲弊を覗かせるその声色を聞くと、サヨは何も言えなくなってしまった。
「……む」
すっくと立ち上がり、サヨに背を向けたにゃんこ師匠は、絶命した男の懐からまろびでた奇妙な物体に目を留めた。
それは小さな円形の絡繰で、短針と長針が文字盤の上に配置され、チクタクと動き続けている。
それが無性に気になったにゃんこ師匠は、吸い込まれるかのように血濡れのそれに手を伸ばした。
望むと望まざるとに関わらず、運命は淡々と秒針を進める。
人ならざる身となった老剣士も例外ならず――さながら修羅道に囚われた亡者の如く、彼は再び殺し合いの渦中に投げ出される事と相成るのであった。
(本戦へ続く)
152
:
刻訪結
:2014/11/24(月) 20:52:55
【幕間Ⅰ:シセン】
***
瞳の無い眼が、見つめている
――わたしを、みないで
***
◆◇
あの日、あれからどうやってうちに帰ったのかはあまり覚えていない。
扉を開けてママの顔を目にしたとき、緊張が緩んだのか知らないけどママに駆け寄ったのは覚えている。
絆創膏だらけの私の手を見てママは心配したようだが、何も言わずに抱きしめてくれた。
パパが帰ってきた後で、私は迷宮時計の話をした。
二人とも驚いて、どうしてあなたがとか戦わないといけないのかとか言ってたけど、私がやるしかないんだと言ったらあきらめたようで、できる限りサポートしてくれるみたい。こういうとき、二人は本当に頼もしいな。
真実のことは言えなかった。
私がここでお仕事をする理由はもちろん二人も知っているから、話せば理解はしてもらえたと思う。
でも私は話したくなかった。
親友を、真実を殺したこの許されざる事実を、口にすることが恐ろしかったのだ。
現実から視線を逸らして、私は私の世界のリアリティを保っていた。
次の日の学校は大変な騒ぎになっていた。
あたりまえだ。生徒会長がバラバラになって殺されてたんだから。
真実の死体を見つけたのは、夜間の見回りに来た宿直の警備員さんだったらしい。
きっとこの人の心にも私は消えない傷を負わせてしまっただろう。……ごめんなさい。
これだけの喧騒の中にも、マスコミの姿はほとんどない。聖アークは都内で最も平和な学園の中のひとつだったけれど、それでも思春期の女子学生が集まる場所なのだ。突然覚醒した魔人による惨殺事件は皆無とまではいかない。今回の事件も、世間では日常の範疇を出るものじゃないのだろう。実際、朝のテレビは有名バンドメンバーの突然の自殺でもちきりだった。……あのバンドは、去年真実と一緒に見に行ったバンドだ。けっこう好きだったのに。
全校集会が開かれ、私たちは祈りを捧げた。泣いてる子もたくさんいる。
私の目から涙が零れることはない。でも、悲しそうに見えたんだろう。実際そうだ。
真実と一番仲が良かった私を心配して、皆が慰めの言葉をかけてくれた。
私は、学校には行かないことに決めた。
通学時間がかかるので、途中で何されるかわからないということはある。
パパは闇討ちの可能性があるから学校には行くなと言っていた。
しかしそれ以上に私は、私に向けられる視線に耐えられなかった。
この状況を作ったのは私。真実を殺したのは私。悪いのは私。
その私が、糾弾の視線ではなく憐憫の視線を送られる。そんなことを神様が、真実が許してくれるはずがない。
このまま学校に通い続けたら頭がおかしくなってしまう。
そう思った私は、うちで日課の鍛錬をしながら「対戦相手」が決まる日を待つことにした。
体を動かしている間は、余計なことを考えないでいられた。
153
:
刻訪結
:2014/11/24(月) 20:53:11
そしてその日は、案外早く訪れた。
◇◆
都内の某所にある四階建てのビルの3階に、『刻訪』会員の共有スペースと、私たちの家がある。
ちなみに1階がカフェバー、2階が相談事務所、4階がトレーニングなどもできるスタジオになっている。
いま、時刻はあのときと同じ、16時半を回ったところ。空はもう赤を通り越して、黒に近づいている。
鍛錬から戻った私は共有スペースの隅においてあるお地蔵さんをソファの前に引っ張ってきて、話しかけてみた。
「これでお別れかもね。今まで守ってくれてありがとう。…………だいすきだよ、みんな。もっと一緒にいたいなあ」
このひとは刻訪守くんといって、れっきとした魔人だ。
彼は人としての生活を放棄することと引き換えに、自分の居る家の居住者に害を為そうとするものを消し炭にする能力『家の守り人』を常時発動している。
このビルがまだ掘っ立て小屋だった頃、パパのおじいちゃんの代からずーっと私たちを守ってくれているらしい。
一度だけうちにパンチパーマのおじさんたちがカチコミに来たことがあるけど、懐に手を入れた瞬間に消し炭になった。それ以来、うちにそういうお客さんがやってきたことはない。
「どんな人が私の相手なんだろ。意地悪な人じゃないのがいい。黙って時計をくれはしないと思うけど」
対戦相手は上毛早百合さん、場所は過去の闘技場だった。
上毛といえば上毛衆……グンマーの戦闘民族だ。早百合さんもたぶんそうだろう。
私はお仕事でぶつかったことはまだないけど、パパが会員の人から聞いた話では、相当の使い手揃いらしい。
県外に出ることがあまりない上に隠密性が高いので、情報がほとんどないという話だ。
探さんにきいたら色々もっと分かると思うけど、あの人はいま海外だし、私にはちょっと高すぎる。
まあ、私は私のできることをするだけ。
闘技場。開けた場所はあまり好きじゃないけど、闘技場には武器があるかもという話だし、やりようはいくらでもある。過去っていうのは気になる……いつ?
今朝パパとママに試合のことを言いがてらそのへんの話をしていたら、パパが部屋の奥からなにかを持ってきた。
ひとつは刻訪戦器ロ零捌『堕藍美〈たらんちゅら〉』。仰々しい名前がついてるけど、ゆびぬきのついた革の手袋だ。ゆびぬきのところは金属になっていて、操絶糸術を使っても痛くないようになっている。
もうひとつは、パパがお兄ちゃんの家から持ってきたらしい。形見だね。
消耗品の武器も少し買った。銃は持ってかないの?ってママにきかれたけど、手がしびれると糸がうまく使えないからやめにした。入る物はきういのポーチに忘れないようにいれておく。そういえば、このポーチも形見になっちゃったな。
「怖い、けど、だいじょぶ……。お兄ちゃんが一緒だから」
試合開始は明日の午前零時。
準備はバッチリだ。
ソファに丸まってママが作るちょっと早めの夕食ができあがるのを待つ。
カレーの匂いがする。
試合前だからカツカレーなんて、おばさんぽいからやめてよね。
でも、その気持ちはうれしい……ありがとう。
***
瞼を閉じると、感じるシセン
その向こうにあるもの、それは――
***
(本文ここまで)
154
:
刻訪結
:2014/11/24(月) 20:57:34
GK様へ:【】でくくったタイトルは、転載時に本文には織り込まないで頂けると嬉しいです。
155
:
門司秀次
:2014/11/24(月) 22:47:10
「人、齢七十にして婆と成る、恐ろしき哉」
とは吉田兼好の言葉である。
ババアとは人成らざる者である。
鬼婆、山姥、古庫裏婆、鍛冶が婆。
全国に残る婆の伝承が其れを示していた。
即ち、ババアとは人を喰らうのだ。
奥州、現在で言うところの東北地方にはウバステという儀式があった。
“あった”とは正確ではない。
東北に住む人々はババアを恐れた。
東北の冬は厳しい、食料は少なく何よりも寒い。
だが東北に住む人々の死因の一番はババアによる殺戮であった。
ババアは人を喰う怪である。
遠ざけねば禍を招く。
それ故に恐山マスドライバーは七十になった老人を宇宙に葬る為に古代人が生み出した退魔の祭壇なのだ。
恐山の神官は半人半婆のイタコと呼ばれる異形の民である。
人であって人でない彼女達の言葉を人々は畏れをもって聞いた。
恐山の神官達は人々にこう説いた。
ババアになる前に極楽浄土に葬る。
極楽浄土でババアは心安らかに暮らす事ができ穢は払われる。
人々はこれを信じ、片道の燃料だけを積んだロケットに老人たちを乗せた。
イタコはいう、天の果てにババアの為の極楽浄土が有る。
宇宙ババアステーション、即ちウバステ。
奥州では今も老人は姥捨てされる。
国土地理院所蔵「姥捨山考 国枝邦夫」より
156
:
門司秀次
:2014/11/24(月) 22:48:05
それは宇宙を彷徨っていた。
それは怒りに燃えていた。
どこに宇宙ババアステーションがあるというのだ。
怒りだった。
ただそれだけだった。
最初は小さな怒りだった。
その怒りはババアの怒りだった。
ババアの怒りは怒りを呼ぶ。
宇宙空間で生き残ったババァ達は時間をかけて集まっていった。
其れはロケットの欠片である。
其れは宇宙を漂うゴミである。
其れは宇宙に生きる生命体である。
其れは死んだババアの肉体である。
ババアの怒りは其れを寄せ集めババアの大地を創った。
大地には植物が芽吹き、生命が育まれた。
地を走る獣、空を翔ぶ鳥、川を泳ぐ魚、海深くに棲む海獣。
そして人。
其れには漏れなくババアの怒りが染み込んでいる。
その大地の名を北海道という。
彼らはいつの日か地球への帰還を望んでいるのだ。
エゾババアはいつか地球に戻る。
157
:
しお
:2014/11/26(水) 23:43:36
「なあ、あんたの『願い』……教えてくれよ」
「その『願い』さ、俺が叶えてやるよ。だからもうちょっとだけ……待っててくれないか」
そう言うと、『彼女』が微笑んだ気がした。
------------------------------------------------------
『カーテンコールは誰がために』
------------------------------------------------------
そこは不思議な空間だった。
舞台には巨大なスクリーン。
それを囲むように広がる観客席には顔のない観客。
唯一、隣の観客の顔だけが鮮明に見えた。
おそらく、この娘が『時計』に表示された『対戦相手(紅井景虎と言ったか)』なのだろう。
年は自分と同じくらい。若いながらも修羅場を潜ってきた眼をしている。
攻撃を仕掛けてくるかと思ったが、彼女は席を立とうとし……出来なかったようだ。
こちらも試しに立ち上がろうとするが……出来ない。
「これは。貴方の能力……ではないようね」少女が呟く。
「ということは、君の能力でもないのか。おいおい、マイッたぜ、こりゃ」
あきらめて椅子に深く座り直す。
すると舞台のスクリーンに光が灯った。
(なんだ?何が始まるんだ?)
画面に映るは異形の存在。
「何故……私が!こんなこと……、契約、違反……」
その存在は何者かに拘束され、消え入りそうな声で呟く。
だがその声は、別の声にかき消される。
「うるせえよ『転校生』。おとなしくその『力』を渡しておけば痛い目にはあわなかったんだよ」
その男は、見るからに禍々しい剣を構え――
「この『福本剣』ならば貴様がどれほどの化物であろうと必殺できる」
そして、振り下ろした。
「じゃあな。『時逆順』」
158
:
しお
:2014/11/26(水) 23:44:00
-----------------------------------------------------
時間を操る力。
それは強大な力。
間違った人間が持ってはいけない力。
(――だから私は、間違った人間が使わないように。最後の力で『迷宮時計』をばらまいた)
力の残滓は時を渡り、様々な世界に飛び散った。
(元は同じ力。時計同士は引き寄せ合う)
だが、無数に分かれたとはいえ強大な力だ。
その力に目を付け、悪用しようとするものも現れた。
(違う。私は――そんなことを望んではいない)
-----------------------------------------------------
(何だ、これは。何を見せられている)
紅井景虎は困惑した。隣に座る男(おそらく菊池一文字とやらだろう)も難しい顔をしている。
何者かの魔人能力か。しかしこの映像は――
(わからない。わからないが、なにか大事なことのような気がする)
彼女は、再びスクリーンに目を移す。
-----------------------------------------------------
「やれやれ、私の(迷宮)時計は気まぐれでね、持ち主の意志を無視して時間を標示するから困っているんだ」
「そうだなあ。人生は山あり谷ありだ。そういうこともたしかにあるだろう。
だがな、少年よ。吾輩からはこんな言葉を贈ろう。『探せば、ある』!」
「いいえ……、未来・過去、亜空間を含むすべての多次元並行宇宙に存在する善良な人々を……!」
「助けたいッ!!」
「果て無き闘争。強者との死合。俺の望みは未来永劫それッきりだ。納得したか?したな?
じゃあ戦ろうぜ。なあ闘ろうぜ」
「こんなに小さいのに、こんなに一生懸命に、こんなにボロボロになっても戦うなんて
その眞雪?ってヤツがよっぽど大切なんだなって思ったら似たもの同士なのかもなって、ま、俺の勝手な思い込みかもだけど」
「……私には……どうしても……叶えたい願い事があるんだ……
……だから、負けるわけにはいかないんだ」
「アーーーーーーー」
(到底、現実的じゃないわね。
けれど、じゃなきゃ勝てない。生き残れない……)
「だから茶番だ。ぜ〜んぶ茶番だ」
「勝つにはお前らの力が必要だ。引き続き、分析頼む」
「盛華は天国に行かなければいけないんだ……だから俺は殺す……達磨にした連続殺人者を十三人積み上げて、盛華が天国に昇るための階段を作るんだ……」
「『わからない』」
「花恋。あんた。まっすぐじゃあないね。
――そんな拳じゃア、アタシを『貫けない』よ」
「そういうのをすぐにやろうって言えちゃう徹子はすごいと思うし、そういうところに憧れてたし、本当を言えばコンプレックスさえ抱いていたよ」
159
:
しお
:2014/11/26(水) 23:44:46
-------------------------------------------------------
めまぐるしく変わっていくスクリーンの画面。
その中に、知っている顔を見つけた。
「……おいおい、母さんじゃねーか。……両方共、かよ」
-------------------------------------------------------
「何考えてるのかわかんねえけどさ、それ止めといた方が良いと思うなッ!!」
「私と、デートして貰えませんか。」
「私が優勝したら元の世界に戻してやるさ」
「The Green, Green Grass Of Home」
「こいつが俺の筋力だ」
「存在するものは毅然としてあり、空間の中に一点の肖像を映し出す……」
「山禅寺ショウ子さん、あなたを優秀な能力を持った探偵と見込んで頼みがあります」
「――――タイムリミット」
「あなたは迷宮時計は持ち主に合わせて姿を変えるのだと言いました。そして、時計の持ち主になる事で、迷宮時計がどんなものであるかをも知る、と」
「こん世界のことは、こん世界のもんのものやきなあ……」
「懐かしいあの日に、会いにゆこう」
「私は貴方が何者であるは存じません。ただヒントは出せれると思いますよ。」
「詫びに、元の世界に戻してやるよ。最後に覚えてたら」
(この戦いで、あたしが出来る限りどんな犠牲も出させない。間違った人間に、迷宮時計の力を手に入れさせない)
「迷宮時計の使用者を/バトルロイヤルの優勝者を、わたしは許さない。
世界を荒廃へ導くものよ。
おまえを殺して、迷宮時計はこのわたしが破壊する。」
「……気にならない訳がないじゃない」
「ヒッヒヒャーーーーッ! 注射の時間ですよぉーーーっ!」
「もうこうなったら正面から……いや背面からテメーを叩き潰す!」
「動けば、セックスする――」
「僕は……戦闘空間に取り残された幼馴染を助けたいんです。ヒナを一人にしたくない、ヒナに伝えてないことがまだたくさんある――ヒナと一緒に居たい。それが、僕の願いです」
160
:
しお
:2014/11/26(水) 23:44:59
--------------------------------------------------------
いくつもの戦闘の風景が流れ、消えていった。
(この世界自体が、一つの『劇場』)
再び、時逆順の声。
(誰かが言った。「茶番」と。そうなのかもしれない)
(だから私は、あなたに賭けたい。イレギュラーである、あなたに)
(あなたは枝分かれした未来の一つの可能性。『基準時間』とは異なる時間の住人)
(あなたなら、この茶番を終わらせることができるかもしれない)
「ちょっと待って!勝手に話を進めないでよ!……じゃあ、私の願いは?美鳥は?」
紅井景虎が声を上げる。
(……確かに迷宮時計の欠片をすべて統合すれば、時間を支配することもできる)
(でもそれは、『転校生』である私の能力。あなたが使いこなせるかどうかはわからない)
(願いが叶うなんて、所詮噂)
「……」
紅井は立ち上がり、スクリーンに飛びかかろうとして……できなかった。
「あんたはどうなんだ?」
菊池一文字が問う。
「なあ、あんたの『願い』……教えてくれよ」
そいつはこの世界を茶番といった。
それを終わらせてくれといった。
ならば。『最初の適合者』である時逆順にも、叶えたい願いがあったのだろうか。
(……)
(……たすけて)
無表情だったスクリーンの顔が、涙をこぼす。
「その『願い』さ、俺が叶えてやるよ。だからもうちょっとだけ……待っててくれないか」
そう言うと、『彼女』が微笑んだ気がした。
------------------------------------------------------
かくして劇場の幕は降りる。
そして二人の戦いの幕が上がるのだ。
161
:
ウィッキーさん
:2014/11/27(木) 06:06:33
神父様2回戦突破を記念して
みなのこころが、かれのもとひとつになっていたので、そのいぎょうをたたえたいとおもいます。
―SS―
みんなのうた【『しんぷさまをたたえるうた〜こうどうver〜』】
さくし:神父様讃え隊
うた:粉塵爆破し隊
もとねた:tps://www.youtube.com/watch?v=4B1V511BVck
===============================
Powder〜 Powder〜 Powder〜
とおくで よんでる〜 声がする〜
きてよ〜 神父様〜ぼくのところへ〜
きてよ〜 粉塵(パウダー)わたしのところへ〜 ココロ おどる〜合言葉
Powder〜 Powder〜 Powder〜(「粉塵爆破ですよ〜」)
逝くよ まってて〜 ともだちに なろう(「人と人とはわかりあえるものなのです。」)
てとて ココロとココロ つらなり、みんなで 逝こうよ〜
あの天国(ソラ)へ
Powder〜 Powder〜 Powder〜
どかんと一発☆みんなPowder〜
==================================
現在、飛翔中の神父様(パワっち!)談
「普段の2倍の粉塵に、通常の2倍の火種!そしてイツモノ4倍の私の信仰力!!
これで貴方達の致死量を遥かに超える1200充満パウダーですよ!!!
ケヒャ、ケヒャヒャヒャ、ヒャヒャヒャヒャヒャヒャ――――――――!!!(ちゅどーーん!!!2秒後自爆)」
「…とんだ計算違いです。どう掛け合わせても十二の数になるはずないのに」
「あー(なんかこの人どこでも楽しそう)」)
「ちなみに粉じん爆発は英語でDust explosionですからPowder 全く関係ありませんネ」
162
:
祝薗盛華
:2014/11/29(土) 06:54:18
Twitterで公開済みの絵とか貼ります―。
(特にネタバレ要素なし)
柊時計草さん&風月藤原京さん
tps://twitter.com/homarine/status/521456249238347777
シシキリさん(怖い)
tps://twitter.com/homarine/status/521664527532716032
『シシキリマン と トングさん』 ※SS3の聖槍院九鈴ちゃんです
tps://twitter.com/homarine/status/522001750970994689
飴びいどろさん(2枚)
tps://twitter.com/homarine/status/529278687900753920
『三年前の夜』キュア・エフォートのプロローグより
tps://twitter.com/homarine/status/533818463316217856
『にせもの』※トリニティぷらす雨竜院畢
tps://twitter.com/homarine/status/535405282147303425
ミスター・チャンプ!
tps://twitter.com/homarine/status/538445073919115264
(一回戦マッチング後)
『オリカミ』vs『花いっぱいの街』
tps://twitter.com/homarine/status/521638454837272578
(一回戦終了後)
2コマまんが『さばんな』
tps://twitter.com/homarine/status/524920396617764864
3コマまんが『クラブとロリ』 ※工場その2の解説
tps://twitter.com/homarine/status/525272845568327680
ダルマカワイイヤッター
tps://twitter.com/homarine/status/525550316830224384
(二回戦終了後)
『幼女が増えたーッ!?』豪華客船その3より
tps://twitter.com/homarine/status/537958345651400704
163
:
綾島聖
:2014/11/29(土) 10:51:37
『イシノオ』
その夜、”音楽屋”のイシノオがエド・サイラスの店を訪れたとき、綾島聖は不在だった。
エド・サイラスのバーはいつもと変わらない。
営業しているのかどうか、表通りからでは判別もつかなかった。
しかし実際のところ、エド・サイラスにそのような商売人らしい
最低限の心得を求めることは無意味だ。
客は自由に彼の店に押しかけ、好きなだけ彼を苛立たせることができた。
「綾島なら、一週間前から姿を見ていない」
と、エド・サイラスは迷惑そうな顔で答えた。
「あいつの顔を見てると吐き気がするんだよ。
まだ気分が悪いね」
「わかりますよ、エド」
イシノオは話を合わせた。
いつだって、エド・サイラスを怒らせるのは得策ではない。
「そういえば、あの人はなんだって神父なんかやってるんですかね?」
「他にどんな商売ができるって言うんだ?」
「さあ」
イシノオはそれ以上の言葉を続けなかった。
もとより、綾島聖の話題を続けるほど興味もない。
代わりに、店の隅のピアノを一瞥した。
「弾いてもいいですか? 今日は、私が」
「冗談じゃない」
エド・サイラスは一杯の酒すら、イシノオに勧めようとはしなかった。
むしろ彼は、彼自身のグラスに透明な液体を注ぎ、それを呷った。
「俺は騒音が嫌いなんだ」
「ピアノの音楽は騒音ですか?
だったら、なんで置いてあるんです」
「知るか。黙れ」
はっきりと怒りを孕んだ声だったので、イシノオはそれ以上の追求を止めた。
代わりに、自分で勝手にビールサーバに手を伸ばす。
「最近、この店には人が来ないですね。今日は私だけですか」
「誰も来ない方がいい。だが」
エド・サイラスは鼻から息を吐いた。
店内には、静かに換気扇が回る音だけが響いている。
「この前は”ソルト”ジョーが来た。綾島の情報を売って儲けるんだと」
「それはいい。私もそうしようかな」
イシノオは笑う。
「いまなら高く売れますね。そしてあの人がブチ殺される阿呆ヅラを見ながら、
みんなで美味しい酒が飲める」
「結局、俺が仕入れてやったエモノは使ってねえ」
「想像を絶する阿呆なんですよ、綾島さんは。
自分が何をしたいかすら理解していないんです」
「どうかな」
少し憂鬱そうに顔をしかめて、エド・サイラスはグラスの酒を飲み干した。
「本当に自分が欲しいものを理解している人間は、そう多くないぞ。
綾島聖は知っている」
「誰だって、自分が欲しいものくらい、わかってるでしょう」
「それは金か? それとも――いや。いい。どうでもいいな」
エド・サイラスはイシノオから目を逸らすと、店の入口を指さした。
「お前、もう帰れ。飽きた」
「酷いですよ、いま来たばかりじゃないですか」
「帰れ」
こうなると、エド・サイラスに取り付く島はない。
イシノオは肩をすくめた。
「また来ますよ。今度は、みんながいる時に」
「二度と来なくていい」
こうして、また店は無人となった。
164
:
しらなみ(ウィッキーさん)
:2014/11/29(土) 11:46:16
ウィッキーさん敗戦SS『Tai-kansoku last edition S.B.M.』その1
そして私は瞑り閉じた眼を開ける。
誰もが望まない朝が来る。
私はこの光に晒された傷跡を心に刻もう、流れる涙を受け入れよう。次の一歩を踏み出すために。
○二回戦終了後「並行世界NY」
ニューヨークに差した日の光に眼を向けると私の前には”何もなかった”。
そう何も。
あるのは喰われ空白となった大地ばかり。
眼を凝らすと流れ込んだ海水が底に溜まり、全てを飲み込むような黒く淀んだ水たまりを作っているのが見えた。
地に降りたった自分の周りを私は見る。世界有数の景観を誇る都市は、北海道の動物達に蹂躙され、
見る影もない瓦礫の山と化していた。
遠めに連なるビル群からは黒煙が立ち上り、墓標のような悲壮感を醸し出している。
私は背筋をのばすとその光景を目に焼き付ける。声にならない人々の悲鳴の声を心に留める。
気づくと私は地に座り正座をしていた。正座した上で、NYに向かい手のひらを地に付け、額が
地に付くまで伏せ、しばらくその姿勢を保った。
理性によることではない、この不要で不毛な争いがために犠牲となった人々やそのFamily達への
ただ湧きあがる心より突き動かされた結果だった。
††
どれほどそうしていただろうか。
彼はまた立ち上がる。請け負った仕事は”まだ”終わってはいない。
依頼主への『報告』だ。
リークス・ウィッキーは、ゆっくりと懐に仕舞った携帯電話を取り出すと短縮のボタンを押す。
記録された0120から始まるダイヤルは表示される数字が10を越えたが、
その電話はどこへにも繋がることがなかった。当たり前だった。
何故ならばダイヤルはまだ粛々と続いているからだ。
…20…30…ダイヤルは続く。
異常に長い。
そして表示され続ける数字が「50」に達した時、ようやく機は表示を止め、コールをはじめた。
そしてワンコール半。
電話口を通じてウィッキーの耳に以前聞いた、聞き覚えのある能天気な声が響いた。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
「『転校生』はご利用ですかー こちら転校生派遣サービスです。ウィッキーさんグッドモーニング!」
「Mr.siki.残念ながらミッション失敗です。『彼』に繋いで貰えますか?」
――
―――
―――
ここより全ての『物語』の価値は反転する。
165
:
一切空 (1/2)
:2014/11/29(土) 22:58:52
『フィクシング・ア・ホール』
ターミナル駅から国道を約三十分、民家の赤煉瓦よりもやがて田畑の土が色濃くなるころに、かつて町工場として使われていた蔦の絡まる古びた一軒家が見えてくる。安楽椅子探偵・古沢糸子が夕方に訪れたとき、そのアトリエの主は部屋に明かりを残したまま住処を留守にしていた。糸子は閉ざされていた扉を手際よくこじ開け安楽椅子のまま無人の屋内へと足を踏み入れた。
扉を開けてすぐ左手には、倉庫を改造した作業場が見える。そのまま廊下を進み、仮眠室と手洗いを過ぎると、未洗浄の食器がうず高く盛られた調理場がある。頭上の棚の左側、上から二段目、椅子のままでは手を届かすのにやや苦労するが、ともかくいつもそこに紅茶の葉がしまってある。二人分の水を火にかけた薬缶は、結局家主が不在のまま蒸気を吹き上げはじめてしまったから、彼女は自分の分だけの湯をポットの茶葉に注いだ。
アールグレイ、オレンジペコ。安物ではないが、決して高級品でもない。何もかもが昔のまま。
窓から覗く夕日が教会の尖塔に隠れるころ、ようやく丸瀬十鳥は彼のアトリエへと戻った。買い物袋をぶら下げた幾分か間の抜けた格好で、住家のキッチンで堂々とくつろぐ不法侵入者を見とめる芸術家の素顔は、ガラスを通した夕日に頬の輪郭を色濃く陰どられて幾分か痩せたように見えた。
「やっぱりお前かよ。人ン家のカギ、ブッ壊しやがって」
彼はため息とともに、袋から大量生産品のスープ缶を取り出し次々と戸棚へとしまい入れる。全て同じメーカー、全て同じ味。
「壊れるカギが悪いんじゃないの……不用心なのよ、あんたは」
糸子はつとめて年に不相応な傍若無人さを崩さなかった。それは七つの皺と七十の白髪と引き換えに失った歳月への、彼女なりのささやかな抵抗であったのかもしれない。
「俺の茶は」
「ん。無いよ。自分で淹れたら」
もちろんそれが彼女に生来染み付いた性癖であった可能性は否定しがたい。
「……その足、どうしたんだ。どこで無くした」
「落っことしたのよ。誰かさんが拾ってくれないから」
「二度と面ァ見せんなって言ったのはテメェのほうだろ……」
安楽椅子に腰掛ける彼女の身体は、ひざ掛けから下にあるべきものを欠いていた。路地裏の掃き溜めを共に駆け抜けたハードボイルド探偵の面影はそこにはなかった。失ったものは決して戻ることはない。それは偉大なる芸術家にとっても同じであった。
「で。まさか人の茶ァ飲みにわざわざ来たわけじゃねェだろ。何の用だ」
丸瀬の問いかけに、糸子は冷え切った紅茶を一息に飲み干すと、伏し目がちに話を切り出した。
「一切空」
「……依頼か。誰のだ」
「不用心なのよ、あんた。迷宮時計を身に宿す生きた芸術。あたしの耳にまで入るくらいよ、藁人形の連中どころか近所のガキだって知ってるわよ」
「いや、いいさ。終わった話だ」
「終わった……」
「そうさ。未完の傑作は、未完のままついえた。お笑い種だろ」
そう語る彼の口にはしかし、一切の笑みは無かった。
「死んだ」
「……帰って来られないだけかもしれないじゃない。別世界に連れて行かれて……」
「いや、死んだ。俺にはわかる。あいつは死んだ」
その言葉はあまりに決断的であったから、残されたアリバイが皆無であることを彼女は悟った。丸瀬十鳥はぽつぽつと告解をはじめた。それは解答編と呼ぶにはあまりにも伏線を欠く粗末なものであったが、糸子はそれをただじっと聞いていた。
● ● ●
166
:
一切空 (2/2)
:2014/11/29(土) 22:59:26
● ● ●
「あいつを見つけたのは本当に偶然だ。一目でわかった。スラムの路上で、時計を手に握り締めたまま、あいつの肉体はとうに死んでいた。だから反転させてやった。迷宮時計の因果を。
迷宮時計の持ち主は、死ぬとその所有権を失う。裏を返せば、時計が所有権を認めている限り、そいつは生き続けているんだ。だからそう定義してやりゃあいい。そう作った。魔人と時計。無の空間が無限の時間を内包する。それが『一切空』だ。
なんとか命は繋いだ。だが完成はしていなかった……時計の欠片が足りなかった。望もうが望まいが、時計の争奪戦にあいつは巻き込まれた。要するに俺があいつを先の無い死闘の只中に放り込んだんだ。不完全なまま。そのままくたばらせときゃァよかったものをな。
あいつは俺を憎んでいた。母親を殺し、自分を殺しておいてなお身勝手な俺を、殺したいほどに。だがそれでよかったんだ。殺されるべきだった。製作者である丸瀬十鳥自身が、自ら生み出した空たる概念の手にかかり消滅する、そのときにこそあいつは本当に純粋な……」
彼の独白が最後まで紡がれることは無かった。言うより早く、糸子の右拳が丸瀬の顔面へと突き刺さっていたからだ。
「……私の仕事のことだけど、時計とは無関係。依頼人はね、あの子の母親だよ。もう十年以上前になるけどね。次あんたがまたナメたこと言ったらブン殴ってくれって」
丸瀬の体はキッチンの流し台に叩きつけられた。積みあがった皿の山が崩れ、そのいくつかが乾いた音を立てて割れた。
「あの子がまだ赤ん坊のころに会ったんだ。そりゃあんたはひどいことをしたさ。でも彼女は決して自分のことを不幸だなんて言わなかった、それにね」
糸子は懐から古びた小さな紙片を取り出しながら言った。
「悪いね、留守中にちょいと物色させてもらった。あの子が枕の中に隠し持っていた手紙……母親があの子宛に書いたんだね。最後はこう締められているよ。あんたのことを、許せとさ」
「見せ……てくれ……」
丸瀬は体を起こし糸子から手紙を受け取った。月日の流れが劣化した紙面に丸い穴を穿ち、先頭に書かれた宛名を覆い隠していた。
「あの子はそれを毎晩読み返してたんだよ。そりゃ複雑だっただろうさ。だけどあの子のあんたに対する感情が、あんたの考えてたようなもんじゃなかったってことくらい、分かるだろ」
丸瀬は微動だにせず手紙を読んだ。そして糸子に背を向けると、口を開いた。
「……ハッ、本当に悪趣味だな。ひでェもんだ。あいつらが死んで、俺みてェな悪人がのうのうと生き残る。なんだよ……なんだよこの筋書きは。どう収拾付けるつもりなんだ、なァ? 阿呆くせェよなぁ。阿呆くせェ」
「……あんたは悪人じゃないよ」
丸瀬に投げかける糸子の言葉は、それまでの何よりも優しかった。
「そんな不細工な顔で泣きじゃくる悪人が、どこの世界にいるのさ」
「……俺があいつを殺した。俺のせいだ。俺に力がもう少しあれば、あいつを助けられたんだ。俺はまだ、あいつの名前も知らないんだぞ。なんでだよ。なんでだ。教えてくれ! おかしいだろうが。なあ。俺が生きてて、あいつが死んで! 俺のせいだ! 俺が、あいつを殺した! 俺が! 俺が……!!」
丸瀬は今や安楽椅子の上、糸子の欠けた両足にしがみついて嗚咽していた。小さく丸まった背中が小刻みに震えた。
「頼む……なあ、生き返らせてくれよ…………娘を……」
糸子はそんな丸瀬の頭を優しくかき抱いた。そして告げた。
「無理よ……無理なんだよ…………」
二人はしばらくそうしていた。傾いた夕日が不完全なシルエットを彩った。やがて赤い夕日が教会の裏に隠れたとき、その姿も影の中にかき消えた。
アトリエを立ち去る際、安楽椅子探偵・古沢糸子は空の作業場を見た。今は何も無いこのがらんどうの空間から、いずれまた数多の至高芸術が生み出されていくことだろう。芸術家・丸瀬十鳥はそうしなくては生きられない人間だ。胸に空いた穴を埋めていくように、ひとつずつ、ただひとつずつ。そうして作られた芸術品は、きっとまた目を見張るほどの高値をつけ、人々の心を揺り動かす。芸術家の想いなど知る由も無く。
糸子は安楽椅子のエンジンに火を入れた。小気味良い唸りとともに彼女が走り去ったその場には、ただ夕闇でほんのりと赤みを帯びた白煙だけが残された。
167
:
祝薗盛華@お花の天国
:2014/11/30(日) 21:18:13
エピローグ雑文『ほりりん・さいりくす』
聖杯をもじるのなら素直に「ほりりん・ぐれいる」と名付ければ良いものを、更に捻って耳慣れない「サイリクス」などという単語を持ち出してしまう所に、ほりりん氏の人柄が偲ばれる。
“さいりくす”は、ほりりん氏がかつて開設していたウェブサイトの名である。
当時の雰囲気を一言で表すならば「ほめぱげ」と言えば伝わりやすいかもしれない。
もっとも、往時の彼に向かって「ほめぱげ」などという単語を使おうものなら、ホームページという呼称がいかに不適切かを述べた長文の電子メールが飛んでくるのがオチだろうが。
ほりりん氏は、雑文書きであった。
雑文書きとは、大雑把に説明するならば今で言うブロガーに近い人種である。
ブログ作成サービスが誕生する少し前の時代、雑文書き達は手書きのHTMLによるテキストを、各自のサイトで競うように発表していた。
雑文に、決まった型はない。
日記風フィクションであったり、正味日記であったり、エッセイ、小論文、ファンタジー、SF、何でもありだった。
共通点は、読み物として書かれていて、読者を面白がらせることを主題とした短いテキスト文書であること、だろうか。
画像が用いられることは稀で、フォントを大きくしたり着色したりする表現もあまり好まれなかった。
そういう意味では、ダンゲロスSSも一種の雑文と言っても良いかもしれない。
後に小説家となったジャッキー大西氏ほどの人気を博していた訳でもないが、ほりりん氏の雑文もそこそこの読者を集めていた。
読者という言葉を使ったが、その多くは私も含めて同業の雑文書きである。
雑文書き達は相互リンクによって緩やかなコミュニティを形成し、時折オフ会も開催されていた。
この辺もダンゲロスと似ているかもしれない。
当初、ほりりん氏の作風は、理知的でシニカルな、やや冷たい印象を受けるものであった。
だが、『タンポポを支える妖精に出会った』と題する短編ファンタジーを発表したことを境に、彼の作風は大きく変わった。
温かみのある日常の情景をユーモラスに描いた作品が増え、ネット越しにも「ははあ、こいつめ彼女ができやがったな」ということが伝わってきた。
だから、彼が「来年結婚します」とサイト上で発表した時には、手作りCGIで動作する掲示板は山のような祝福の言葉で埋め尽くされたのだった。
彼の訃報を聞いたのは、忘れもしない1998年12月13日、日曜日。
凄惨な殺人事件を告げるニュースに、オフ会で見慣れた顔が映されたのを見て、私は我が目を疑った。
堀町臨次という本名は、その時はじめて知った。
あまりの衝撃に私は、なるほど、堀町臨次を略して「ほりりん」なのか、と間抜けな感想しか抱けなかった。
その後、バラエティー番組で連日のように流された彼や婚約者の生活は、雑文越しに想像していた彼らの日常と寸分たがわぬものであった。
犯人は捕まらなかったどころか、噂話に尾ひれが付いて都市伝説化してしまう始末。
氏を忍ぶオフ会は、彼にゆかりの深いレストランで数回開催されたが、美しい花に囲まれながらも明るい話題もなく、その後開かれなくなった。
168
:
祝薗盛華@お花の天国
:2014/11/30(日) 21:18:55
だが、それも終わりだ。
我らがミスター・チャンプが、やってくれたのだ。
皆さんは、チャンプの最新試合動画をもうご覧になっただろうか。
対戦相手は、あの煉鉄の元・魔法少女キュア・エフォートと、都市伝説の怪物・シシキリである。
ほりりん氏の命を奪ったシシキリが、まさか実在していたなんて。
そして、チャンプがそれを倒してしまうなんて。
例のコピペそのものだが、プロレスラーってすごい。改めてそう思いました。
先日、ほりりん氏を偲ぶオフ会が、件のレストランで十数年振りに開かれた。
かつて雑文の腕を競いあった戦友達。
今でも雑文を書き続けている者はほとんどいないが、同じ時代を生きたかけがえのない仲間達だ。
興奮がちにチャンプの戦いぶりを讃える我々は皆、長年の憑き物が取れたような顔をしていたと思う。
ほりりん氏と、婚約者さんの冥福を祈って杯が掲げられた。
故人を偲ぶ席だから、しめやかに黙祷を捧げるのが本来あるべき姿かもしれないが、今回ばかりは特別だ。
「ウィー! アー!! チャンプ!!!」
全員揃って景気の良い音頭を取り、ワイングラスをかち合わせて澄んだ音を響かせる。
花いっぱいの落ち着いたレストランに相応しくない騒ぎだが、店主の女性も微笑んでくれていた。
彼女の視線は、我々ではなく、我々の後ろに飾られていた美しい花々でもなく、綺麗な花の更に奥に注がれていたような気がしたが、その意味はよく解らなかった。
(おしまい)
※ダンゲロスSS4はフィクションであり、実在のダンゲロスプレイヤーやその配偶者と、堀町臨次、祝薗盛華およびDr.デイドリームはそれほど関係ありません。
169
:
monae
:2014/12/03(水) 22:42:09
綾島聖: tps://twitter.com/monae/status/529899691542982656
撫津美弥子と三人の幼女: tps://twitter.com/monae/status/540074059459862528
170
:
本葉柔
:2014/12/06(土) 08:16:20
■本葉柔・真剣勝負!■
迷宮時計を握り締める手に、力がこもる。
真剣勝負――絶対に負けられない。
勝って、私は、大好きなあの人のことを手に入れる。
本葉柔の大きなおっぱいの中には、おっぱいよりも大きな想いが詰まっていた。
「ピ」「ピ」「ピピ」「ピ」
慎重に、迷宮時計へ数字を入力していく。
何度もやってたことがある操作なのに、今日は緊張感が半端じゃない。
手のひらにじっとりと汗がにじんでいる。
大きなおっぱいの奥で、心臓がバクバク爆音を響かせていて爆発しそう。
これは、時間との戦いだ。
必ず勝つ。
祈りを込めて、迷宮時計のSTARTボタンを押す!
「ピピピピッ! お料理はじまりーっ!」
陽気な電子音声で、迷宮時計が宣言する。
あらかじめ分量をはかっておいたデュラムセモリナを、沸騰した鍋に投入。
パスタは茹で時間が命……!
今日この日、私は最高のアルデンテを決めて見せる!
そしてそして、私は大好きなあいつと……!
本葉柔の持つ迷宮時計は、料理好きな彼女の特質を反映したのかキッチンタイマー型である。
2年前、柔は時計の所有者となったが、その後とくに対戦カードは組まれなかった。
迷宮時計の都市伝説なんて、やっぱり嘘だったのかな、と最近は思いはじめた。
万が一の事態に備えて特訓は欠かさないけど、今はそんなことより恋のが大事!
私は、今日、告白するのだ。
「ピピピピピピピピピピ。お料理、できあがりだよー!」
迷宮時計が茹で上がり時間をコールする。
プルルルルル。
同時に来客を知らせるインターホンの音。
あわわわわ、ど、ど、どうする!?
どっちが先!?
えええーいっ、アルデンテーッ!
素早く鍋をひっくり返して流しのザルにパスタを上げる!
流しがベゴンと音を立てる!
ザルを二度振ってお湯を切り、インターホンを取る。
手が滑って受話器が床に落ちる。あわてて拾う。
「も、もしもし、ほ、ほ、本葉です!」
いよいよ勝負!
パパとママが出掛けてる今日が、最大のチャンスだから!
万が一の事態に備えて、下着だって完璧だし!
††††
結局、告白はできなかった。
精魂込めて作った必殺のペペロンチーノは、過去最高にアルデンテで、とても美味しいって言ってもらえた。
問題は、迷宮時計だった。
学校のことを話したり、先輩がいかに強くて格好いいか熱弁したり、楽しい食事だった。
体の大きな彼は、四皿も食べてくれた。
大食いだけど、それでいて太らないのが不思議。
食べれば食べるほど、おっぱいに無駄な肉がつく私とは大違い。
そして、私と彼が初めて出会ったあの日の思い出ばなし。
そんな話、しなきゃ良かった。
あの日、私は迷宮時計の所有者となった。
その事を話した途端に、彼の表情が変わった。
それからは、迷宮時計の話ばっかり。
どうして先輩がそんなに迷宮時計に興味があるのか、私にはわからなかった。
そして……、最後まで……私は……、先輩に……想いを……伝えることは……できな……かっ……た……
■END■
171
:
本葉柔
:2014/12/06(土) 10:48:23
>>170
題名を ■本葉柔・真ケン勝負!■ に訂正御願いします。
というわけで、裏トーナメントのSSに登場する本葉柔ちゃんです!
チャームポイントは、おっぱいが大きいことです!
よろしく御願いします!
172
:
ナキ
:2014/12/08(月) 20:28:01
4.蒿雀 咲(あおじ えみ)
昔から。
私はとても迷った時しばしば、頭で考えているのとは逆の事をしてしまう。
いつか私がそうこぼした時、そんな事は誰にでもある事だと彼は笑った。私の目から見て、いつでも落ち着いて構えた彼にそんな時があるとは思えなかった。
その彼が今さっき口にした言葉に、私は黙ってしまった。
私自身、今までそれを考えた事が無かったかと言えば嘘になる。二日に一度くらい、そうなる事を想像しては、浮ついたり不安に襲われたりしていた。
自分で想うのと、彼の口から聞かされるのとではこれほど違うものなのか――
彼は言った。私と夫婦になりたいと。
――ホタルなんて、これっぽっちも飛んでいないじゃない。
おばあちゃんに聞いてやってきたホタルの見られる沢というのは、実に期待外れだというよりなかった。夜空が落ちて来たような景色は想像していなかったが、まさかただの一匹も見られないとも思ってはいなかった。
それでも僅かばかりの期待を胸に沢を上流へと上っていくものの、行く手には真っ黒な澪筋が続くばかりだった。
「水に映った月が、綺麗」
月明かりにきらめく夜の川も悪くない景色じゃない? 私は河原にしゃがみ込むと、そうやって自分を無理やり励ました。しばらくそうやって川を眺めていると、後ろからじゃり、じゃり、と誰かが沢へ下りてくる足音が聞こえた。
振り返ると私と同じか少し年下、15、6歳くらいの男の子が水桶を片手にこちらに歩いてくる。こんなところに住んでいる人が居るとは。私は、彼の事をまじまじと見つめてしまっていた。
「なぜあなたは、そんなにも私の顔を睨みつけているのですか?」
「え? あ、ごめんなさい。こんなところにも人が住んでるんだな、と思って」
少年が少し怪訝そうな表情をしたので、私は自分が失礼な事を言ってしまったのだと思い、慌てて「こんなところに住んでいるなんて素敵だ」と付け足した。
「ここにホタル見に来たんだけど、もしかして場所が違ったのかな?」
「ホタルですか。最近は随分数が減りましたかね」
「あー、そうなんだ」
うなだれる私のすぐ横に、いつの間にか少年が立っていた。あまりの近さに、私は思わず脇をぎゅっと締めて硬直する。
そんな私をよそに、少年はしばらくきょろきょろ目を走らせると、やがて向こう岸の暗闇の中を一点指差した。
「何も見えない……あ!」
黄緑色の光が二つ、暗闇の中に浮かび上がった。その光は数秒ほどで消え、しばらくしたら少し離れた場所でまた光り出す。
「すごい! なんでわかったの?」
思わず彼の方へ向き直ると、私はそういえば彼がとても近くに立っていたのだと思い出した。改めて、近い。
「ここに住んで長いですからね」
彼はそう言うと私から離れて、水桶に水を汲んだ。そして、来た時と同じように、じゃり、じゃり、と音を立てて沢道の方へと歩いてゆく。その背中を私は咄嗟に呼び止めていた。
「私、咲(えみ)って言います! あの、あなたの名前、教えてもらえませんか?」
何故か敬語になってしまったのが、自分でも少しおかしく思えた。少年は「ナキ」と短く名乗ると、ふいっと再び背を向けて斜面を歩いて行ってしまった。
私は彼の名前を心の中で何度も唱えた。
173
:
ナキ
:2014/12/08(月) 20:29:03
「咲さん?」
私があまりにも黙ったままでいるものだから、彼が不安そうに私の名前を呼んだ。その彼の顔があまりに真剣過ぎて、悪いと思いつつちょっと可笑しい。
(あなたはいい人だ。でも……)
黙っていないで何か言わなくては。そう思っても口に出せたのは「あ、うん」の一言、それだけだった。彼の表情は私のぎこちない態度を見て、いよいよ深刻だ。
「……迷惑だったでしょうか?」
「あの、ごめんなさい」
私が謝ると、彼は小さな動揺を見せた。彼に気を遣わせてしまった事に対して謝っただけのつもりだったが、そうだ、この場でこの言葉は別の意味を持ちかねない。私はあわてて取り繕った。
「あ、違う。そういう意味じゃなくて……その! ごめん! いや、ごめんじゃなくて……」
どもる私に、彼の表情が少しだけほころんだ。なんだか、とても、申し訳ない。
「いえ、大丈夫です。少しも狼狽えるところが無かったかと言えば嘘になりますが」
「ほんとにごめんなさい。その、すぐには答えられなくて」
「ですよね。私としたことがつい、急かしてしまいました」
二人の間に沈黙が流れた。気恥ずかしく、でも少しだけ幸せな沈黙だと思う。こんなに気まずい、でももう少し長く続いてくれて構わない。そんな空気が私たちの間に今、ある。
結局、私はその日は返事をせずに彼と別れた。
彼の事は好きだ。でも私は迷っている。
ナキの家は鬱蒼と茂った森の奥にある。最初はこんなところに人が住めるものなのかしら。と思ったほどだ。彼は人ではないのだけれど。
ナキがもののけである事は、私しか知らない。それでも私の両親は、口には出さないもののナキの事を快くは思っていない様子だった。
プロポーズを受けて明日で一週間が経つ。返事は一週間、つまり明日まで待ってほしいと言ってあの日は別れた。
なのに、まだ答えを決められないまま、私はナキの家に来ていた。
合鍵を使って、ナキの家に入った。誰も居ない事は来る前から分かっていたが、その静けさに私は少しだけ心細さを感じた。
玄関を上がり、少し時代遅れな長い廊下は左に曲がって広い縁側に繋がっている。ナキはよく縁側に座って庭を眺めていた。放っておくと何時間でもそうしていた。よく飽きないものだ。そう思いながら、私も飽きもせずそんなナキを見ていたりした。
「それも楽しかったけど、だいたい二時間くらいでちょっとくらいは構ってほしくなってくるんだよね」
今は雨戸が閉められている縁側の突き当り、ナキの書斎に私は断りもなく足を踏み入れた。小さな机と棚があるだけの書斎だ。その棚の中段に収められた桐の箱に私の目は止まった。まだお互いにぎこちなさが抜けきらない頃、この箱には何が入っているのかを訊いたことがある。
――舌切? かわいいような、物騒なような分からない名前だね、それ。
箱には舌切という小刀が入っているのだと、彼は私に教えてくれた。箱は長さが60センチほどの細長い形をしている。確かに、小刀をしまうにはちょうど良い大きさをしていた。
「そう。骨を断つほどの強かさは持ちませんが、肉を斬るにはこの上なく適している。故に名を舌切」
へぇ。と感嘆する私からナキは箱を取り上げると、棚にしまった。
「見せてくれないの?」
「危ないですからね」
「そんなにどんくさくないよ」
私の抗議に、ナキは苦笑した。「そういう危うさではない」のだと。
「舌切は私の妖気を宿した妖具なんです。そして、私の傍にいるあなたの体にも私の妖気が染み込んで溜まっています。あなたが舌切に触れると、その妖気が増幅して濃くなる恐れがあります」
「濃くなって、どうなるの?」
「何も起こらないかもしれないし、もしくは体が妖怪化を引き起こすかもしれません」
「悪くないじゃない。私も妖怪になれば、ひょっとしたら赤ちゃん出来るよ」
「雀から人に化けた私の妖気で妖怪化するという事は、人の姿から雀の姿に変わるという事ですよ? それどころか、不完全に妖怪化して人と雀がまだらに混ざった姿になってしまうかもしれない」
「それは、ダメだね……」
174
:
ナキ
:2014/12/08(月) 20:30:30
人と雀がまだらに混ざった半妖怪。オペラ座の怪人のような姿になった自分を想像して、箱の中身を見せてもらうのは諦めた。それでもじっと木箱を見ている私が、いかにも名残惜しそうに見えたのか、ナキが言った。
「見た目は本当にどうという物ではない小刀ですよ」
「もしも私がオペラ座の怪人みたいな見た目になっても、ナキは私の事好きでいてくれるの?」
別にどんな答えが返ってきても構わなかった。ただ、すこし困らせたくて訊いた。
「私はあなたのことが好きですよ」
狡く、逃げられたと思った。
「オペラ座の怪人、か」
オペラ座の怪人とまでは行かなくても50年後の私は今の私と同じ姿では居られない。そんな私でも、ナキは変わらず好きで居てくれるのだろうか。
そんな不安が私の中に生まれたのは、あの時からだった。
私は書斎から舌切の入った木箱を持ち出した。それを縁側の床に置いて雨戸を開くと、ほとんど手入れのされていない荒れた庭がそこにあった。私は木箱の横に座って、いつかナキがそうしていたように庭を眺めた。もうずいぶん寒い。
「ナキ、あなたが居なくなってから、もう8年経つよ。私、33になった」
ある朝突然、ナキは私の前から居なくなった。そして次の日も、その次の日も、そのまた次の日も、とうとう彼は帰ってこなかった。
もののけと、ナキと生きてゆく事への不安が与える痛みより、ナキが居なくなってしまった事の痛みは比べ物にならない程大きかった。
そんな大きな胸の痛みも薄情なもので、いつまでも私の傍には居てはくれなかった。
私は今でもナキの事が好きだ。でも――
「ナキの事、好きだった事しか覚えてないのよ。たまに少し構ってほしくてイライラしたり、将来の事を考えて不安になったり、もっと色々あなたの事を想っていた筈なのに」
もはやキラキラ光るだけの思い出が、かえってナキの事をぼんやりと滲ませていた。
私は木箱の上に右手を置いた。この木箱からナキの残滓を感じ取れるような霊界の力は私には無い。それでも、そうする事に意味があるような気がしていた。
「だから私、結婚するね。あの人は、とても良い人よ」
私の胸が、にわかに痛みを訴える。その痛みを少しだけ心地よく感じてしまうなんて、気の迷いだと分かっていた。
――月が大きいね。
私は少し離れた岩の上に座るナキに話しかけた。
ナキの家の近く、この沢では季節になると数は多くないけどホタルを見る事が出来る。
「ええ」
ナキはややそっけない口調で返事した。今日のような満月の夜、彼は一人になりたがった。今日に限って私がそれを許さなかったことに、少し困っているのか、或いは怒っているのかもしれない。
ナキは満月の夜にひと月分の齢をとる。それを私に見られたくないのだ。
「6年前かな。おばあちゃんにホタルがいるって教えてもらってここに来たのは」
「期待外れだったでしょう?」
「そう。おばあちゃんの家からここまで40分もかかるのに! 見れたのはたったの二匹だけ」
6年前、16歳の私はここでナキと初めて出会った。ナキが指差す先でぽつりと二つ黄緑色の光が灯った瞬間の感動や、彼が初対面の私のすぐ横に遠慮なく立っていた事、なぜか最後だけ敬語になってしまった事など、覚えている。
「あれから何回か、ひょっとしたらあなたに会えないかと思って、ここにしょっぱいホタルを見に来たよ」
「ずいぶんと健気な事で」
「でしょう? それなのに次に会えたのが都会の駅だったんだから、実に愛すべきだよ、当時の私ときたら」
ナキに二度目に会った時、私は二十歳になっていた。彼が初めて会った時と同じ姿をしていたことに少し戸惑いつつも、それ以上に気持ちが舞いあがったものだ。
いつからか、私はそのナキの本当の姿を見ていない。ナキが私に合わせて齢をとってくれるようになったからだ。
「あなたは私が満月の夜にあなたを遠ざける理由を知っているはずなのに、今日に限ってはなぜ?」
「たまには一緒に月を見ようよ」
「それが本心なら、喜んで」
175
:
ナキ
:2014/12/08(月) 20:31:31
ナキはぼんやり月を眺めている。こういう時のナキは、まるで時間が止まってしまったように見えた。そう見えるだけじゃなく、彼を取り巻く時間は私からすると止まっているのと同じくらい、ゆっくり流れている。
私はそれが怖くて、自分が本当に覚悟を持てるのか不安で、今日はナキの傍にいたかった。彼にお願いしたい事があった。
――私は、もう一度ナキの姿が見たい。
それは、満月の夜にしか叶わない私の願いだった。出会ってから6年分、私とは齢が離れてしまった彼を見ても揺らがないでいられるかを知りたい。
それを切り出す勇気が出せないまま、どんどん月は高く位置を変えてゆく。その淡い光が私の本音をはぐらかしてしまう。
ナキの本当の姿がいったいどれほどのものだというのだろう。知らないふりをして生きてはいけないのか? だから今日はもうナキを一人にしてあげよう。
そう考え始めていたその時、月が雲に隠れてぼやけてしまった。
「私がここに来たのは、あなたに会いたかったから」
「うん?」
「ナキの、本当の姿がもう一度、見たい」
「……どうして?」
いっそ、ナキの本当の姿が大きな雀そのものだったなら、それともオペラ座の怪人だったならどれくらい楽だっただろう。彼の本当の姿はそれよりずっと残酷な、あの時と同じ少年のまま。私がおばあちゃんになって死んでしまう時が来ても、きっとそう。
私が死んだあと、私と過ごした時間よりずっと長い時間をナキは生きる。いずれ彼の中で私はちっぽけなアバンチュールに変わってしまうのだろうか。
私は下を向いた。やはり、ナキの本当の姿なんて見たくなかった。見ればきっと、私は彼と一緒にいる覚悟を全部なくしてしまう。
いつの間にか、ナキが私のすぐ近くに立っていた。あの時のように緊張したりしない。むしろ、自分からもうすこし寄り添うことだって出来る。でも、今はそうしない。
ナキが私の耳に口を近づけ、小さな声で囁いた。
「今の、何?」
彼の顔を見上げて、訊いた。
「あなたは私の霊界の名を知った。霊界の名で呼ばれれば、私はあなたに姿も何も偽る事は出来なくなる」
ナキは私の顔をじっと見ている。6年間でこんなにも変わってしまった私の事を、このもののけはどう思って見ているのだろう。
「ナキと最初に出会った時から比べて、ずいぶん大人らしくなったでしょう?」
「ええ」
「もう一度あなたの姿を見てしまったら、私はあなたの隣に居たくなくなるかもしれない。それでも、あなたの名前を呼んでもいいの?」
「……ええ」
ナキは今まで見せたことが無い顔をした。
そして、私はナキの名前を呼んだ。
なぜだろう、昔から。
私はとても迷った時しばしば、頭で考えているのとは逆の事をしてしまう。
もののけと人、ナキと私は一緒には生きられない。やっぱり、そう思った。
最後に顔を目に焼き付けたくて、見つめる。そして、お別れを告げようと口を開いた。
――ナキ。結婚しようか、私たち。
床の上に、蓋の開かれた桐の箱が置かれている。箱の中には絹で包まれた棒状の物が入っていた。私はその絹の包みを解こうとしていたが、指が震えて巧くいかない。
気の迷いだと分かっていた。
これが何なのか。舌切が私にとってどんなに恐ろしいものなのか。ナキが教えてくれたのではなかったか。
こんなに指が震えている。箱に蓋をして棚に戻そう。それにしても、なんて滑らかな絹の手触りだろう。
絹の包みの中から現れたのは、とてもちっぽけで、何の変哲もない小刀だった。
ほら、ナキの言った通りなんてことのない。こんなものがなんだというのだろう。もう月が出ている。少し寒いけど、ここに座って綺麗な月を眺めていよう。
明日、私はあの人と会う。あの人はもう一度、私に「結婚してください」と言うだろう。
私は「はい」と答える。いつか、あの人の子供を産むのだと思う。
――そうしていいか、あなたが決めて。
私は舌切の柄に手を伸ばす。
176
:
撫津美弥子
:2014/12/11(木) 13:03:24
■れいかの想い
「二人ともおかしいの」
豪華客船から帰ってきてからというもの、美弥子とタロマルの様子がどこかおかしいの。
美弥子は光を失った目で落ち込んでいるしタロマルはタロマルで妙にもじもじしているの。
一体戦闘先で何があったというの?対戦相手の門司秀次や猟奇温泉ナマ子に何かされたの?
聞いてみても、「お願いだから聞かないで」としか帰ってこないの。
「……ねえ、美弥子、タロマル……れいか……親友、だよね?
……それは、一緒には、戦えなかったけど……」
「うっ……」
自分でも少し卑怯だとは思うの。でも、仲間はずれは嫌なの。
「……ほんとに、ほんとに絶対に内緒だからね」
「わかってるの」
――――――
「……み、美弥子の、ファーストキスが……ッ!」
「お、大きな声出さないで!!」
美弥子がれいかの口を塞いでくる、あ、美弥子の手がれいかの唇を……じゃなくて!
「むぐぐ、み、美弥子のファーストキスが失われるなんて……世界の損失なの……許されないの……」
「あの、本当に、何度も言わないでもらっていいかな……」
そういうと美弥子はがくりと肩を落とす、なんてかわいそうな美弥子なの。
聞くも恐ろしいビッチとはこっそり調べて知ってはいたけれどまさか美弥子に手を出すなんて……
「れいタン……あたしの心配はないでしたか?」
「タロマルは強い子だから平気なの」
「おお」
「いや、騙されてるよシェルロッタ」
「ああ、美弥子……こんなことなられいかがちゃんともらっておくべきだったの……」
「麗華?本気じゃないよね?」
もちろん冗談なの、とだけ言っておいたの。
すると美弥子が再びはあ、とため息をつく。
やっぱりショックが大きかったのかと聞いたけど、そういうわけではなかったの。
「……あの時……結局、シェルロッタを引き上げる事が出来なかったんだ」
「みやタン……でもあたしは無事だったのでしたし、みやタンが助けてくれただけで嬉しかったのがありました」
「でも、今回みたいな状況じゃなかったら……私、シェルロッタの事、やっぱり助けられなかったんだな、って」
「……美弥子」
――――――
れいかはその時、何も言えなくて。
一度美弥子の部屋を出て、少し考える事にしたの。
「あら、麗華ちゃん。うふふ、また来てたのね」
そういえば……今日も美弥子の部屋に直接飛んでたから、挨拶していなかった事を思い出したの。
「美弥子のママ、ごめんなさい、まて来てしまって」
「いいのよ……美弥子、あの時から元気ないから……お友達がたくさん来てくれた方がきっと美弥子ちゃんも元気になるもの」
「……はい」
美弥子のママはいつもすごく優しくて、魔人のれいかや眞雪やタロマルが来てもいつも通りなの。
本当に、すごく優しくて、れいかは美弥子のママに憧れているの。
「ねえ麗華ちゃん。美弥子ちゃんが最近私に何か隠しごとしてる気がするんだけど……麗華ちゃん、何か知ってる?」
胸がどきりとした。ファーストキス……のことじゃなくて、きっと、迷宮時計の事なの。
もちろん、こんなこと、れいかから美弥子のママに言えるわけがないの。
「……うふふ、ごめんなさい、麗華ちゃんが美弥子ちゃんの秘密を勝手に話してくれるわけないわよね」
「あ、あの……」
「私がいじわるでした。ごめんね」
そういうと美弥子のママはてへっと笑って、頭を撫でてくれて。
嬉しい気持ちと、罪悪感が一緒になって、微妙な笑顔を返すことしか出来なかったと思う。
「でもね、いつも私はみんなのことを大切に思ってるからね。何かあったら言ってくれていいのよ?」
そういう美弥子のママの目はとても優しくて。
れいかはあの時の事をふと、思い出したの。
177
:
撫津美弥子
:2014/12/11(木) 13:05:30
―――――
「みーやーちゃん!授業終わったし遊ぼうぜー!」
「わあっ!ちょ、ちょっと待ってよ!」
「お、れいれいだ!遊ぼうぜれいれいー!」
「……れいかはお稽古があるから、あんたたちなんかとは遊ばないの」
それはまだ、美弥子がまだほんの少しだけ今よりやんちゃで、タロマルが転校してきていなかった五年生の頃の話。ああ、眞雪は大して変わってないの。
「毎日それだな!」
「当然なの……あなたたちとは違うの」
その頃のれいかは、美弥子の事も眞雪の事も見下してたの。
だって、彼女達は、魔人だったから。
魔人と付き合ってはいけないって言われてたから。
「なー、いつだったら稽古ないん?」
「明日も明後日もあるの」
「休みの日は流石にないんでしょ?」
「あるの」
「ええー!?本当に!?」
いつまでも二人はしつこく話を聞いてきて、本当に迷惑だと思ったのを覚えているの。
「その次の次の次の日もお稽古だからあなた達とは遊べないの、じゃあね二人とも」
「……なんでついてくるの」
「一緒に帰るくらいはいいじゃーん」
「眞雪は言い出したら聞かないんだから」
「みやちゃんだってついてきたかった癖にー!」
正直とても鬱陶しかったし、勘弁してほしいと思ったの。
こんなところをもしママに見つかったら、きっとまた……って思ってたの。
「んじゃあまたな!」
「麗華、また明日」
「……」
もう来なくていいの。そう思ってたのに、毎日毎日しつこくやってきて。
「麗華ピアノ弾けるの?すごいなー」
「れいれいすごい!」
「……れいれい?」
「あだ名つけた!ないと不便だろ!」
「いや……」
「不便なことはないでしょ別に!」
勝手にツッコミされるし。本当にもうなんなの。
毎日毎日好き勝手言ってばっかりだったの。
「れいれい、今日は何行くの?」
「今日は、バレエ……」
「バレエ!すごい!」
「すごくないの……バレエはあんまり得意じゃなくて……」
「面白くないの?」
「……そうじゃないけど、得意じゃないの」
「ふーん」
いつのまにか、れいかは二人にいろいろ話すようになってたの。
この時の事を話すと美弥子はいつもごめんねっていうけど、本当はとても安心出来ていたの。
「今日は華道なの」
「それ面白い?」
「れいか的にはあんまり」
「花見ててもどうしようもないしな!」
「ええー、お花いいじゃん」
「れいかも見てるだけならいいけど」
「なら見てごらん、あそこにいるのが人食い花だよ」
「いないよそんなの!!」
「その血で赤く中身が詰まった果実がスイカとなるんだよ」
「そんなグロいものじゃないから!!」
「ふふふ」
この頃になるとれいかは、自分から声をかけて一緒に帰るようになってたの。
もう、最初の頃の考えなんかすっかり消えていて、れいかはすっかり二人と話すのが楽しくなっていたの。
でも、ある時。
178
:
撫津美弥子
:2014/12/11(木) 13:06:04
―――
「麗華、少しこっちに来なさい」
「え……は、はい」
「昨日あなたはそろばん塾に遅刻したそうですね」
「あ……そ、その、それは」
「まさか一分だけだから、等という言い訳をするつもりではないでしょうね」
こう言われると、れいかは頭がちかちかして、涙が出そうになってしまうの。
でも泣いてしまうともっと怒られてしまうから、れいかはただ正座して聞いているしかないの。
遅刻した理由は……
「あの魔人の子達でしょう」
「……!」
そう、れいかは……塾に向かう途中に美弥子達に会って、思わず少しだけのつもりで遊んじゃったの。
だからほんの少しだけ遅れてしまって……
「あの子達に何を唆されたの」
「そ、それは……!」
「麗華」
「……」
「あなたはしっかりとした教養を身につけてもらわないと困るの」
「……」
れいかの顔は多分真っ青だったと思うの、少し気持ち悪くなって、でも必死に泣くのはこらえていたの。
「その喋り方の癖も直さないといけないの、わかっているの?」
「は、はい……」
「もっとしっかり」
「はい……」
「……これからあの子達と話すのは禁止。すぐ家に帰って、塾に真っ直ぐ向かいなさい」
「それは……!」
「麗華」
「……!」
「いいわね」
「……はい」
言い返したかったのに、れいかは何も言い返せなかったの。
ママに逆らう事なんてやっぱり出来ないの。
もう、美弥子と眞雪とは話せないんだって、ただそれだけ考えていたの。
―――
「れいれーい!一緒に帰ろうぜー!」
「麗華、行こう」
「……」
れいかは二人を、無視しなきゃいけないの。
二人を、通りすぎて、家に帰らなきゃ。
「れいれーい?」
「麗華?」
行かなきゃ、二人の顔を見ないように。
「れいかは、あなたたちとは違うの、あんたたちなんかとは遊ばないの」
そう言って麗華は素早く立ち去るしかないの。
ごめんね、ごめんね。そう思っていたの。
179
:
撫津美弥子
:2014/12/11(木) 13:06:48
―――
「ただいま……」
「おかえりなさい麗華、今日はバイオリンの塾ね」
「……はい」
バイオリン……行きたくないな。
そう考えてしまって、美弥子と眞雪の顔が浮かんで、どうしようもなくなって。
なんだか二人の声が聞こえてきた気がしたの。
「れいれーい!」
「麗華ー!」
「……!」
れいかは二階の窓を開けて外を見たの。
そしたら、そこには確かに二人がいて、れいかに手を振っていたの。
れいかは思わず行きたくなって、駆け出して。
「駄目よ麗華」
「……!……ママ」
「あの子達と遊んではいけません」
「……」
「麗華、もし魔人と付き合って貴女に何かあったら……」
「でも」
「わかってほしいの。麗華」
でも、でも、麗華は。
「……れいれい、こないな、どうする!撃つか!」
「馬鹿!そんなことしたらそれこそ一生遊んでくれなくなるっての!!」
「でもみやちゃんは遊んでくれるじゃん」
「へ、返答に困ること言わないで!」
れいかは……
「れいれい!ちょっとだけでもいいから遊ぼうぜー!」
「麗華!もし迷惑だったら言ってくれていいけど……でも、私も麗華と遊びたいよ!」
れいかは……!
「……れいかは……行きたい……!」
「麗華……!」
「ごめんなさい、ママ、でも……
……美弥子、眞雪……!れいかは……れいかは、二人と、一緒に、遊びたいの!!」
その時、れいかの体がふわりと浮かんだ気がしたの。
……ううん、実際にれいかの体は浮かんで……気が付いたら、さっきまで家の中にいたのに、美弥子と眞雪の目の前にいて。
れいかは、ふわりと、二人に抱きかかえられるように、落ちて。れいかを含めて三人分の短い悲鳴が聞こえたの。
「……れ、麗華?」
「……あれ……?ここ……」
「……みやちゃん、なんかした?」
「するわけないじゃん、ってか出来るわけないじゃん……」
「……これ、って……」
その瞬間、れいかは、魔人になったの。
180
:
撫津美弥子
:2014/12/11(木) 13:07:21
―――
「……麗華、あなた」
「……あ、あの……その……」
れいかは、ママに会うのがとても怖かったの。
だって、あんなに魔人と遊んじゃいけないって言われてきたのに、れいか自身が魔人になっちゃうなんて、しかも、ママの目の前で。
もうママには嫌われてしまうんだって思って、家の中に入る事が出来なくて。
でも、そうしていたらママの方から家を飛び出してきて。
「……麗華……」
「……ご、ごめんなさい……!!」
れいかは、能力を使ってどこかへ消えてしまいたいと思って。
何も考えずに能力を使って……でも。
「人が急に移動するなんてあるわけないじゃない!」
そんな言葉が聞こえてきて、れいかは、消えてしまうことができなくて。
「大丈夫だよ麗華」
「……え……?」
「だって、麗華のお母さん……うちのお母さんと同じ目してるもん」
何を言ってるんだろうって、その時思ったの。
「麗華」
「は、はい」
「……そんなにその子達と遊びたいの?」
「……はい」
「……」
ママはとても怖い顔をして、もう、れいかは我慢できずに泣いていたかもしれないの。
美弥子はそれを見て頭を撫でてくれて、眞雪もそれを見て背中をさすってくれたの、ちょっと乱暴だったけど。
「……あなた、ピアノを続ける気持ちはあるの?」
「うっ……」
「ピアノはまだやりたいのと聞いているの」
「あ、あの、その、やり、たいです……」
「正直に答えなさい」
れいかはもう生きた心地がしなくて、でも。
二人がそばにいてくれたから、多分素直に話す事が出来たと思うの。
「ぴ、ピアノは、やりたい、の」
「バイオリンは」
「あ、あの……あんまり……」
「……そう、じゃあバイオリンはもうしなくてよろしい」
「……あの」
「そろばんは」
「ご、ごめんなさい、やりたく、ないの」
「バレエは、あまり成績はよくないけど」
「ば、バレエは、続けたい、の……」
「そう」
れいかは、質問の意味がわからなくて、でも、ママはしゃがみこんで、れいかの顔を見てきて。
泣いてたらまた怒られると思って、涙を無理にぬぐおうとして、だけどママはそんな私の涙を優しく拭いてくれたの。
「……その子達と遊びたいなら、それくらいの時間は用意してあげる」
「……ママ?」
「あなたが魔人になってしまうくらい思い詰めていたなんて思っていなかったの。本当にその子達に騙されてるんだって思ってたのよ。
……ごめんなさい、麗華」
その後の事は、もう、泣き続けいてた事だけしか覚えていないの。
でも、それは悲しかったからでも、怖かったからでもなくて。
「よかったね、麗華」
「……美弥子……ママ……ありがと、なの……っ!!」
「……あれ!?私は!?」
そしてれいかは、美弥子と眞雪と、一緒にたくさん遊べるようになって。
タロマルが転校してきて。一緒にいろんなところへ行って。美弥子の事も……ついでに眞雪とタロマルの事も、どんどん好きになっていって。
……そして、今。
181
:
撫津美弥子
:2014/12/11(木) 13:07:55
―――――
「……あの、美弥子のママ」
「どうしたの?」
「……その、もし、言える時があるとしたら、その……」
「うん」
「……ごめんなさい、なんでもないの」
美弥子のママは、ふふっと笑いながらそう言ってまた頭を撫でてくれたの。
ごめんなさい。でも今は、やっぱりまだ言えないの。
―――――
「美弥子、さっきの話だけど」
「う、うん」
れいかは美弥子の部屋に戻ってくると、美弥子のベッドに座って少しだけまとまった気がする自分の考えを言う事にしたの。
こういう事が言えるようになったのは、きっと美弥子達のおかげね。
「美弥子はれいかの事をたくさん助けてくれたの」
「麗華……」
「だかられいかは、美弥子を助けるって決めてるの。でも、上手く行かないことのほうが、とっても多くて、れいかは、あんまり美弥子の役に立てないの……」
「……!……そんなこと、ないよ!」
美弥子ははっきりと言ってくれる。そうなの、それが美弥子なの。
「……美弥子、れいかも、多分タロマルも同じなの。上手く行くとかじゃなくて……助けようとしてくれるのが、それが、それだけで、嬉しいの、ね?」
「……!」
「おお!それでした!みやタン!な!だから平気でしたな!」
「……麗華……シェルロッタ……」
「ね、美弥子?だから、安心してほしいの、ね?」
「……うん」
今度はれいかが美弥子の頭を撫でてあげるの。
……もし、美弥子に何かあったら。美弥子が帰って来れなかったら。
その時に美弥子のママに説明するのは、きっとれいかの役目なの。
でも、れいかは……れいかは、そんな事、嫌。したくないの。
だから、れいかに出来ることは……少しでも、美弥子を安心させてあげること。
美弥子が無事に帰って来てくれるように……れいかも、美弥子の力になるの。
182
:
山口祥勝
:2014/12/11(木) 15:26:16
【新世界の神、始めました】
「おい、こら、時ヶ峰。目を逸らしてるんじゃねえ」
山口祥勝は激しく唾を飛ばしながら、時ヶ峰健一に詰め寄った。泥だらけのランニングシャツに作業用ズボンというラフな身なりで、肩に担いだ鍬を今にも時ヶ峰に振り下ろさんとばかりに睨みつけている。
「何をそこまで怒っているのか、さっぱり分からんな」
対する時ヶ峰は相も変わらず2m50cmの偉丈夫に神々しい後光を纏わせながら、しかしどこかバツの悪そうな表情を浮かべている。希望崎最強にして創世神・時ヶ峰健一。どこまでも我を通す強さを持つがゆえに、嘘や誤魔化しの下手な男であった。
「バレバレだ。マントの下に隠してるもんを、見せてもらおうか」
「断る。そんな義理はない」
「今日からお前のメシは三食全てもやしにするぞ」
渋々といった顔で、時ヶ峰はマントを払う。兄妹と思しき幼い少年と少女が、身を寄せ合って震えていた。
「まぁ〜〜〜〜〜〜〜た人に相談もなく連れてきやがって。アレか? ゴリラ優しさか? 見た目だけでなく心根まで優しいゴリラ・ゴリラ・ゴリラになってしまったのか? クソッタレ」
「ちゃんと俺が面倒を見る」
「そのセリフを聞くのももう三度目だ。お前は捨て犬を拾ってきて毎日散歩するって約束したくせに翌週にはもうゲームに夢中になる子供か? 俺はお前の代わりに犬の世話をするお母さんか? あーん?」
「捨て置けば良かったと? まだ食糧の貯えには余裕があるだろう」
「せめて相談してから連れてこいって話だよ! あとお前もたまには修行とかなんとかいって出かけずに畑仕事なりなんなりしろ。世界創世したからには責任を取れ、主犯!」
それから小一時間ほどの説教が続いた後、結局山口も幼い兄妹の面倒を見ることを了承した。時ヶ峰は何かぶつぶつと呟きながら、また早々にどこかへ出かけてしまった。
(……自由人か! 全く面倒見てねえじゃねえか。言ったそばからなんて野郎だ)
183
:
山口祥勝
:2014/12/11(木) 15:27:32
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ほら、お前ら。勢いだけで農具を振り回そうとするな。まずはしっかり足をついてだな」
「ヨシカツのおっちゃんがいじめる」「トキガミネサマのほうがやさしくて好きー」「そーだそーだ」
「クソガキども、畑の養分にしてやろうか」
元『世界の最終処分場』こと新世界は、人が住むにはなかなか過酷な環境である。建造物の一部やら、機械部品、瓦礫の山――中途半端に切り取られた文明の欠片はほとんどその意味を成さない。しかも、気候や地形の形質を無視してそこかしこに氷河や砂漠、サバンナや湿地や火山地帯などが点在している。環境が落ち着くまでにはしばらく掛かるだろう、というのが時ヶ峰の言だった。
加えて自然界には、時に魔人をも食い殺す危険な猛獣が存在しうる。山口は勿論、時ヶ峰にとってすら例外ではない。このサラダボウルのように乱雑で無秩序な世界は、基準世界以上にそういった危険を孕んでいた。
当然のことではあるが、子供たちの仕事ぶりは拙い。開墾にせよ狩りにせよ建築にせよ。教えながらの作業になる分、山口一人でやった方がまだ効率が良いほどに。
それでも、親鳥から口移しで餌を受け取る小雀のように育てるつもりはなかった。そう簡単にくたばる気はないが、何せ花恋が優勝するなり他の手段が見つかるなりすれば、山口は元の世界に帰るつもりなのだ。
『基準世界に連れてくればいいじゃない』
「それが出来るとは限らねーだろ。誰か一人しか帰れないとかなら俺は自分を選ぶぞ。それに、どっちにしろ甘やかすとお前みたいに育つからダメだ」
『あなたって本当に最低のクズね。いっそそっちに永住したらいいのに』
「俺は慈善家じゃねえ。ただの配信者だ」
『そう』
『A子メシ食いながらスマホいじんな』『行儀わるいやつらめ』『オマエモナー』『無限ループってこわくね?』
「お前ら、人がひもじい思いをしてる間にオフ会してんのか? いい度胸だな」
『タンうめぇwwwwwww』『祥勝の不幸でメシが美味い』『#雑草で糊口を凌ぐ祥勝に励ましの肉画像を送ろう』
“掃き溜め”のクズどもは、山口が死なない程度に酷い目に合う展開が三度のメシよりも好きな連中である。
『私達が我慢したって、恵まれない子供たちにおいしいごはんが届くわけじゃないし』
そういう事を言っているんじゃない。言い返そうとした時、足元が大きく揺れて思考を遮られた。
地震――にしては、揺れが小刻みで規則的だ。それに、少しずつ大きくなって……震源が、近づいてきている?
子供の一人が、あっ! と声を上げて指差した。時ヶ峰だった。全長80mはある巨大な何かを、素手で引き摺っている。
「すごーい!」「トキガミネサマ、かっけー!」「この世界、あんなのもいるんだ!」
「貴様の言う通り仕事をしてきた。これで文句はないだろう」
「Grrrrrrr……」
巨獣は、まだぴくぴくと震えていた。時ヶ峰が今一度腹を殴ると、完全にその動きも止まった。
「今日は熊鍋だ」
(もう嫌だこの世界。早く帰りてえ。潜衣、お前だけが頼りだぞ……)
184
:
山口祥勝
:2014/12/11(木) 15:30:56
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
基準世界、某所。
「なんか悪いな。成り行きで協力してもらってるのに、こんな歓迎会まで開いてもらっちゃって」
「堅い事言いなさんな」「そーそー」「酒飲める口実みたいなもんだし」
その日は”掃き溜め”のメンバーのうち、希望崎圏内に在住し都合のついた10名ほどによる新歓オフ会であった。
「本当に私はお金出さなくていいのか? ここ、結構いい店じゃないのか」
「良いのよ。っていうか、今日は誰もお金出さないし」
「えっ?」
花恋の疑問に、庄司愛子はメニュー票を捲りながらこともなげに応える。
「祥勝の武器の補充とか、興信所に払う調査費とかが浮いてるから、今日の支払いはそこから出すの。すいません店員さん、一番高いお肉ってどれですか?」「祥勝のカネで食う肉がうまい!」「生ビールの奴挙手!」「ヘイ!」「はーい!」
(あいつも結構大変なんだなぁ……)
同情半分、呆れ半分に思いながら、花恋は塩ホルモン焼きに箸を伸ばした。
185
:
本葉柔
:2014/12/12(金) 23:12:52
『本葉柔 vs 時ヶ峰堅一(その4)』
川沿いに植えられた桜の花もあらかた散って、葉桜の季節になろうとしている。
連休を間近に控え、誰もが浮き足立っている四月下旬。
私は交差点の角の塀の陰にこっそりと隠れて、あいつが来るのを待ち受ける。
(遅刻遅刻ー、ってね)
左手には、こんがりキツネ色に焼けた美味しいバタートースト。
誰が見ても一切怪しくない遅刻しそうになって慌ててる美少女だ。
尾行を重ねることによって、時ヶ峰堅一の通学ルートは完全に把握した。
偶然を装って角から飛び出して、激突する。完璧な計画。
塀の向こうから、時ヶ峰の足音が聞こえてきた。
足音だけでも、はっきりと彼だとわかる。
歩幅が広く、力強い足音を聴いてるだけで、背の高い彼が真っ直ぐに背筋を伸ばして姿勢よく歩く姿が目に浮かぶ。
バタートーストを口にくわえて突撃準備。
自分のおっぱいに手を当てる。
緊張で早鐘のように鼓動が鳴り響いている。
おっぱいに当てた手に、ぐっと力を込める。
弾力のあるおっぱいに、手がふんわりと包み込まれる。
更に手に力を込める。
おっぱいがふにゃりと押し潰されて変形する。
更に更に力を込める。
時ヶ峰が近付いてくる。
曲がり角まであと3歩、2歩、1歩……今だっ! 突撃っ!
「ボンバーッ!!」
私は叫んだ! バタートーストが宙に舞う!
角から飛び出し、時ヶ峰に突っ込む!
射程距離内! 右腕をおっぱいから解き放つ!
おっぱい弾力により急加速した拳が時ヶ峰を襲う!
バヅン! 拳が音の壁を突き破る破裂音!
おっぱい柔術奥義・スーパーソニック当身!!
超音速アンブッシュで死ね! 時ヶ峰! 死ねェーッ!
私の正体を見た奴は生かしておくものかァーッ!
マッハ5の拳が時ヶ峰の筋肉の鎧を貫き、右肩を貫通する!
赤い血を撒き散らしながら千切れ飛ぶ、丸太のように太い右腕!
クリティカルヒットォオーッ!
希望崎に入学して以来、最大のダメージを与えてやったぜェェェーッ!
衝撃波がゴウと広がり、桜の小枝をへし折り残り少なくなった花弁を全て吹き飛ばす。
民家の窓ガラスがビリビリと震えて砕け散る。
186
:
本葉柔
:2014/12/12(金) 23:15:42
もちろん私も無傷では済まない。
右拳はグシャグシャに複雑骨折し、撓骨尺骨は解放骨折して前腕から突き出し、右肩は完全に外れた。痛い。
だが、時ヶ峰のダメージのが大きい!
好機を逸さず追い打ち!
左のおっぱいから左腕を解き放ち、トドメの左スーパーソニック当……ゴボォーッ!?
時ヶ峰の左ショートフックが、私の脇腹に叩き込まれる方が先だった。
私は桜並木を飛び越え、鮮血混じりのゲロを吐きながら川の向こう岸を目指してキリモミ飛行。
おのれ時ヶ峰、手加減しやがってー!
右腕一本を失ってなお、内蔵破裂で済む程度の優しいパンチであしらってくる余裕が憎たらしい!
桜の花弁が散らばった川の土手に突き刺さるように華麗な着地を決める私!
これで一勝三敗! 入学してからは三連敗! おのれおのれー!
一敗目は人気のない学園の森の奥に呼び出して、“真の姿”に変身して戦ったが勝てなかった。
二敗目は東京湾の海上で船ごと沈めて水中戦に持ち込んだが、それでも駄目だった。
基本的に時ヶ峰が油断してなければ“真の姿”でも全く勝ち目は無いと言って間違いなかった。
こいつ人間じゃねえ。
だから今回は不意打ちで一気に殺すつもりだったが、それでも届かなかった。
強い……。
187
:
本葉柔
:2014/12/12(金) 23:16:10
「おーい、本葉ぁー、大丈夫かぁー?」
土手に刺さりっぱなしの私の所に時ヶ峰がやってきて、よいしょと引き抜いた。
大丈夫なわけないだろ。
私の耐久力を完全に把握した上で、きっちり行動不能になるだけのダメージを入れといて白々しい。
ほんとコイツむかつく!!
もう右腕が再生してやがるし!
腕と一緒に学生服の右袖も千切れ飛んだので、右腕は素肌が剥き出しだ。
ほんと、筋肉たっぷりで逞しい右腕。惚れ惚れするほど憎たらしい。
「こいつを持っとくといい。超再生能力があるエクスカリバーの鞘だ」
きらびやかな装飾の施された剣の鞘が、私のお腹の上に置かれた。
説明されなくても知ってる。
私自身には王の器はないのでエクスカリバーを使うことはできないが、時ヶ峰の側に居ればこうやって鞘による回復の恩恵を受けることができる。
剣の持ち主本人ほど超再生はしないけど、腕とお腹の痛みはずいぶん楽になったし、傷口も徐々に塞がってゆくのがわかる。
「そして、こいつがフラガラッハ。必中属性を備えた剣で、慣れれば手に持った感触で隠れてる敵の位置が判ったりもする」
「なっ! それじゃ私の不意打ちは完全にバレてたの!?」
「まあな。だが、思ってた以上に速かったんで、喰らっちまったよ。いいパンチだった」
「おのれー、そうだったとは。油断の無い奴めー!」
「本葉以外にも俺を狙ってる奴は多いからな。少しでも油断してたら、あの世行きさ」
そして、時ヶ峰は私のことをひょいと抱え上げると、いわゆるお姫様抱っこで運び出した。
こうやって時ヶ峰に医務室へ運ばれるのもたぶん三度目だ。
以前の二回は完全に気絶していたわけだけど、うっわー、こいつは恥ずかしいな!
私のおっぱいにはM44エナジーが沢山詰まってるので、見た目はおっぱい以外は細い体つきにもかかわらず、体重は2トン以上ある。
それをここまで軽々と運ぶとは、時ヶ峰やっぱりバケモノだ。
しかし、こうやってコイツの逞しい腕に抱えられて運ばれるのもなかなか……いや待て、私は今、何を考えた!?
なんということだ。私はついに気付いてしまったのだ。
どうしよう、顔が熱い。
一度気付いてしまうともう駄目だった。
坂道を転げ落ちるように、私の心はあっと言う間に決まってしまった。
熱い熱い。ほっぺたが燃えるように熱い。どうしよう。
私が時ヶ峰堅一に執着していた理由は、当初の殺意からいつの間にか摺り変わってしまっていたのだ。
スーパーソニック当身がたぶん通用しないことも、やる前からわかっていた。
父親にじゃれつく子供のように、受け切られることを期待して甘えていたのだ。
まさか私が、相手の腕を吹っ飛ばしてしまう程の重度のツンデレだったなんて!
うわあああ、恥ずかしいいい!
私の顔は、私の真っ赤な髪の毛よりも、もっともっと真っ赤だったことだろう。
恥ずかしいついでに、一番気になることをついつい訊いてみた。
「あのさ、時ヶ峰は私の“真の姿”を知ってるでしょ? アノ姿のこと、正直、どう思ってる?」
「あー、あのカニかぁ……」
時ヶ峰は、少し困った顔で考え込んだ。
うあああああ、しまった聞くんじゃなかったあああ!
何聞いてんだよ私のバカああああ!
そして、時ヶ峰の答えはこうだった。
「うーん、あれはあれで可愛いんじゃないか?」
ウソだっ! 変な気を使いやがってコイツめー!
……ん? “あれはあれで”って言った?
じゃあさじゃあさ、もしかしてもしかすると、普段の私は“これはこれで”ってことになる!?
もしかして両想いなのかも!?
冷静に考えてそんなわけ、なかったのだけれど、その時の私は天にも登るような気持ちで、幸せだったんだ。
そして、ケンちゃんの腕の中で揺られながら、いつまでも医務室に着かなければいいのに、とか思ってたんだ。
(おしまい)
188
:
ツマランナー
:2014/12/13(土) 12:08:31
【希望崎大学生のバイト】
ジャーン!
「聞いて下さい。『ウオッチウイッチ』」
「ワン、ツー、ワンツーさんし」
ジャカジャカジャカジャカ
「運命を捻じ曲げる時計の欠片 それが全ての始まりだった
私は時計の魔女と化し 世界を巡るの」
ジャカジャン!
「避けられぬ戦いの運命 望み抱く戦士達
時計の欠片かき集め 願い叶えるのは誰」
ジャーン!
「うん、取りあえずここまでやね。澤君カメラ止めてーや」
「ハイ」
こんにちは、希望崎大学生の澤です。
俺は今、ツマランナー先輩が未完成の新曲を歌ってるとこを撮影するというバイトをしていた。
カメラ構えてるだけで10万貰えるとか、ツマランナー先輩なのにコミックソングじゃないとかもあるが、
俺が一番驚いたのは先輩の見た目だった。
ゴス服も黒パンも履かず、スッポンポンでベース持って歌う先輩の全身は時計盤だらけになっていた。
どうしたんですかと聞くと知り合いにしてもろた特殊メイクやねんという返事。
だが、俺はそれが嘘であるだろうと思っている。歌詞の内容や最近の先輩の言動も合わせて考えると、
おそらく先輩は迷宮時計の所有者だ。
俺が迷宮時計の実物を見るのはこれで二度目になる。
それにしても、梶原さんの腕に書かれたヘタな腕時計と全然違うじゃないか。
あれを見せられた時は大笑いしたなあ。それでその後に金剛くらったんだっけ。
「澤君、どしたん?上手く撮影できへんだん?」
「うわっ!」
迷宮時計の事について考え込んでいる俺の目の前にツマランナー先輩の股間が飛び込んでくる。
ハンドクリームの蓋ぐらいの時計盤が数個埋まっているそこには男性器は見当たらない。
「先輩、近いです!」
「え、ナニ?ワイのここ気になるんや。やーん、澤君のエッチー。見られると身体熱くなってくるわー」
股間周囲の時計盤がドクドクと脈打つと、時計盤の隙間が徐々に広がっていき、
そこから勃起したチンチンが出てきた。
「澤君のせいでこんなになってもうたわー、これは一発ヌカんと収まらへん!」
「せ、先輩、冗談ですよね?まさかバイド代10万ってこれも含めて・・・」
「ゴメンゴメン、冗談に決まっとるやん。ワイはホモやけど澤君はタイプじゃないから」
チンチンを萎ませて時計盤の隙間に押し込むと先輩は万札の入った封筒を俺に手渡す。
「そんじゃこれ約束の10万」
「でも本当にいいんですか?こんなに貰って」
「ええの!ワイな、急に今のワイを記録として残しておきたくなったんや。
前にも言ったけど、ワイが信じられるのは澤君ぐらいしかおらんかったから。
そんじゃあこれから色々ドタバタするから暫く会えへん思うけど、一段落したら
焼肉でも食べに行こ?」
「梶原さんも誘っていいですか?」
「そやな!梶ちゃんと三人で行こか!」
「梶ちゃんって、その呼び方だと別の漫画キャラになりますよ」
「え?でも梶ちゃんこないだギャラクティカ孫六使えるって言ってたで!
梶ちゃんのペンネームって嘘喰いからやろ?」
梶原さんの名前を出した時の先輩の反応で俺は確信した。
ツマランナー先輩は梶原さんが迷宮時計の所有者だと知らない。
いずれ戦うであろう相手の名前を出されてあんな笑顔でいられるわけがない。
ツマランナー先輩は嘘とか隠し事とかすげー苦手なんだ。
迷宮時計を特殊メイクと言った時も目が泳いでいたし、俺に迷宮時計の知識が無くても
何かおかしいと気づけただろう。
でも、梶原さんの事についてはおかしな反応は無かった。そういう事だ。
自宅に戻った俺は梶原さんのスマホに電話する。
「おう澤、お前の用意してくれたモノ中々役に立ったぞ。で、今日はなんだ?作戦会議はまだ先のはずだが」
「迷宮時計所有者が一人見つかりました。梶原さんも良く知ってる人です」
To be continued.
189
:
ミスター・チャンプ
:2014/12/14(日) 03:12:16
とても――とても遠くまでやってきた気がする。
距離はそこまで離れていない。自転車を使えばすぐそこだ。
けれど、ここまでの道のりは目の前の巨大な橋を見たときに感じる気持ちと同じ――ただ、長かった。
希望崎学園の正門へ続く、東京湾に架かった巨大で力強い、そして無骨な希望崎大橋。
まっすぐ続く橋のずっとむこうに、冬の白みがかった空をバックに希望崎学園が見える。
ここまで来て、それでもこれ以上は近付こうと僕には思えない、遠い遠い場所。
そんな場所へ、彼女は悠々と歩いていった。
自分の居場所ではないこと。自分の想い人は居ないこと。残酷な事実を知るだけの行為を、平然と。
そして今、彼女は橋を渡り、再びこちら側へと帰ってきた。
「あの……どうでした?」
「何処の馬の骨とも知らん男が生徒会長をやっていた」
「ええと……その、残念でしたね……やっぱり……」
「阿呆が。初めから分かっていたことだ。私の目で確認したかっただけだ」
異国の地で、異なる時間軸の旅先で巡り合った時と同じ――彼女は凛々しく強かった。
僕が怖くて近寄れなかった場所へ行き、僕が見ることのできなかった事実をしっかりと見る。
いつか、僕も彼女のように歩くことが……いいや、できれば、彼女と共に歩くことができれば……。
「あの! 斉藤さん!」
あの日――
たとえ同じに見える希望崎があっても、そこは自分の求める場所ではない。
そうだろうが、少なくとも何百年も前の外国に置き去りよりは百倍マシだと、僕達と共に来た彼女を。
せめて、この世界に来て良かったと思わせられたならばと、精一杯に心意気だけは格好つけて、
僕は、なけなしの声量を振り絞った。
続く言葉は……これから考える!
――――――
その時、聴き馴染みのあるテーマソングが脳内に鳴り響いた。
***
190
:
ミスター・チャンプ
:2014/12/14(日) 03:23:07
人喰みの陽炎を倒しても、この世界の不穏な空気は変わらなかった。
泥濘の不知火を倒しても、この世界の焦げ臭い瘴気は消えなかった。
怨嗟の黒潮を倒し、吸魂の雪風を倒し、落命の初風を倒し、足切りの親潮を倒し、
獄炎の夏潮を倒し、沈降の早潮を倒し、致死の天津風を倒し、悲哀の磯風を倒し……
陸を走る『世界の敵』を、『世界の敵』の一部を倒し続けた。
――キュア・フレンドシップ!
あの日の沖縄旅行で見た夏の青空をイメージさせる、自慢の髪色を魔力で黄色く染め上げて、
飛行機を一つ拝借し、魔力回路のリンクによって精神操作。己の足場として使い……
烈火のティーガー、極光のセンチュリオンなど、空を暗雲に染め上げてきた、
空翔る『世界の敵』の一部を倒し続けた。
――キュア・ビクトリー!
皆で一緒に素潜りした夏の海をイメージさせる、自慢の髪色を魔力で赤く燃え上がらせ、
手にした剣で一刀両断。噴き上がる魔力をまとわせた武器は、この世で最も切れ味が良い。
魔法使いの全力疾走による水上走行を邪魔する過飾のヘルキャット、虚栄のアベンジャーを切り落とし、
波に潜む『世界の敵』の一部を倒し続けた。
――キュア・テンカウント!
辿り着いたのはヨーロッパの奥地。『世界の敵』の頭である“白い家”。
“白い家”は強かった。空に浮かび自転を続けるこの敵は、自身の回転により世界を回す。
“ふとっちょ”、“のっぽ”のサブユニットが全ての存在を白く塗りつぶす。
だが、それでも私は負けはしない。漆黒の髪色で白を黒く塗り替えて、彼の物語に終止符を打つ。
十週間で全てを終えて、闇の晴れた世界に一人、私はゆったりくつろいでいた。
ここ、ハワイのオアフ島の、ラジオが陽気な音楽を奏でるビーチで、常夏の空と海を堪能する。
とにかくずっと笑い続けて、お腹が痛くて仕方なかった沖縄旅行。
次はハワイだ! ――言い出したのは、誰だったろう。
「……かつ!」
全身を満たす達成感に揺らされながら、空と海から切り取られたような青髪を、
ちょこんと白い砂浜に広げ、大の字になった。
目をつぶり、ただ、ラジオパーソナリティーが語る言葉に聴き入っていた。
『Yeah! もう1941年も残すところあと僅かとなったが皆は今年もハッピーだったかい?
そんな本日12月7日! ここパールハーバーは最高の晴れ空で俺は実にハッピーさ!
さて、最高にハッピーな俺がお届けする次なる曲は最高にエキサイティングなナンバー――』
―――――――
その時、聴き馴染みのあるテーマソングが脳内に鳴り響いた。
***
191
:
ミスター・チャンプ
:2014/12/14(日) 04:23:05
ドアを押し開けると、チリンと小さな鈴の音が鳴った。
見れば、花を象った可愛らしいドアベルがくっついていて、なるほどと思う。
店内は壁にも、席と席との間取りにも、山ほどの生花が飾られた店内にふさわしい意匠だ。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥から声をかけてきたエプロン姿の綺麗な女店主に導かれ、
席に着くと適当に女店主の勧める料理を頼み、一息つく。
店内の奥、視線は自然と蔦を絡ませ花に彩られたフラワーアレンジメントに吸い寄せられる。
「噂には聞いていましたが、綺麗な店内ですね。いや、実に。特にあの奥の花飾りは」
「あら、ありがとうございます。素敵でしょう?」
「しかし、これは全部、生花ですか。その分、下世話ですが維持費も大変そうだ」
「そうですねえ。それは苦労もありましたけれど、やっぱり私が花好きでして」
店内には私以外の客もいないため、女店主と適当な話をして過ごす。
全ての座席は事前に私が偽名を使い分けて予約済みであるだけに、遠慮なく話を続けられる。
来ない客に首をひねる女店主の様子を横目に、運ばれてきた料理を食べた。
「あの、もし違っていたらごめんなさい。……お客様はもしかして、エルフ小林さん?」
「ほう! メイクもしていないのに、よく分かりましたね」
「あら、まあ! やっぱり! 私、代々木ドワーフ採掘団のファンでして、声が同じだなって」
食後の紅茶を飲みつつ、いつ話を切り出そうかと考えていたところに、相手からの渡し船。
これは重畳、とティーカップをソーサーに置いた。
花柄の陶器がキンと高い音をたてた。
「先日は私共の応援メッセージコーナーに出演して頂いて、私からもお礼を述べさせて頂きますよ」
「いえ、お礼だなんてそんな。私、もう、あれからずっと気分が良くて、ねえ。
あらごめんなさい。こんな一人で笑っちゃって」
「いえいえ、美人の笑顔を間近で見られるなんて、世の男共の嫉妬を買うくらいですよ」
「まあ、お上手で」
――それでは始めよう。
「今日はですね、実はプロレスの方ではなくて、二足の草鞋を履いている裏の仕事の最中でしてね」
「まあ、『裏』なんて、なんだか物騒な響き」
「実際は地味で地道な裏方作業ばかりですがね。ちょっと、ほら、私共の団体にイタコがいるでしょう?」
「はあ。ええ、ミスター・チャンプの一件で注目されていましたねえ」
「こう、ですね。死者の念だとか、そういったものまで辿って、まあ面倒な作業を続けてきた訳です」
「まあ! よく分かりませんけど、なんだか聞いているだけで怖そうなお話」
――裏の世界の魔法使いのお仕事。
「いや、しかし何度見ても素晴らしいですね。あの花飾りは」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。この店の自慢ですのよ」
「あの大きさでは飾り付けも大変でしょう? 人の身体が一つすっぽり入ってしまいそうですし」
「好きでやってますからどうってことないんですよ? 慣れもありますしね」
「生花を扱うのがお好きなんですねぇ。実に」
「ええ。好きなんです。生花」
――三人の犠牲を出したチームリーダーの、けじめという奴を。
「あら、何か落とし――」
コトリとスーツの裾から転がり出たものを見た瞬間、女店主が言葉を上擦った短い悲鳴に変えた。
絹を裂くような悲鳴とはまさにこのことか、などと暢気な台詞を頭に浮かべ、
ゆっくりとした動作で床に転がる手のひらサイズのダルマをつまみ上げた。
「おやおや、どうしました? ただのダルマですよ? 店主さんは何かダルマに怖い思い出でも?」
「いえ……その……」
「ああ、いいんですいいんです。思い出したくないようなことなら言われなくても結構ですよ。
いやはや、すみませんねぇ。怖がらせてしまいまして。これも仕事の関係で持ち歩いていまして。
ええ、いやしかし、店主さん。私はそれで幸いにも、初めて笑顔以外を拝むことができましたよ。
店主さんの。はは、いや、美人は笑顔も良いですが、泣きそうな顔というのも実に趣きがある」
そして、ダルマをゆっくりとポケットの中に仕舞い込んだ。
「すみませんね。本当に。私は美人を見たらつい虐めたくなる性分でして」
――――――
その時、聴き馴染みのあるテーマソングが脳内に鳴り響いた。
***
192
:
ミスター・チャンプ
:2014/12/14(日) 04:45:14
「ほう? これは」――山奥で滝に打たれていた修行僧姿の男が。
「おやおやァ」――鬱蒼とした林の藪の中から、嗄れた男の声が。
「あっ! この音楽!」――都会のマンションの一室で、少年が。
「……ん」――コンビニ店員が、レジを打ちながら小さく呟いた。
その音楽を知る人々が、都会で、田舎で、楽しげに、忌々しげに、
老若男女、世界中の、世界中で、一瞬間――揃って耳を傾けた。
その曲は世界を股にかけるプロレス団体、代々木ドワーフ採掘団の一人――
ミスター・チャンプのテーマソング。
『
皆様お待たせ致しましたッ!
これより始まるは代々木ドワーフ採掘団のスーパーヒーローッ!!
“双頭のバズーカ”ミスター・チャンプの命を懸けた闘いですッッッ!!!
』
ヒーローは、いつもファンの前に。
『刻に奉げるカプリッツィオ 〜完〜』
193
:
しお
:2014/12/15(月) 21:52:32
tp://www.pixiv.net/novel/show.php?id=4667837
劇場の呪いがまだ体内に残留していたので放出します。
194
:
刻訪結
:2014/12/16(火) 05:05:57
【幕間Ⅱ:あわい】
(本文ここから)
「いち、に! さーん、し!」
「ここでまわって〜」
「せーのっ」
「はいハイ!」
放課後、学園の屋上。
まだ陽射しは強く、踊り始めてから30分程でけっこう汗をかいてしまった。
『シスター』である真実が会長権限でゲットした鍵を使い、私たちは誰もいない屋上でダンスの練習をしている。
再来週に開かれる文化祭で披露するのだ。
なんでこうなっちゃったのかはよくわかんないけど、気がついたらそういうことになっていた。
ダンスなんてやったことないから大変……変な所が筋肉痛になるし。
でも、4人で踊っているときは、最高に楽しいのだ!
「さて、休憩にしましょうか」
「そうだねー」
「ノドが渇いたのだ」
「あっ、ボクのお茶飲む?」
モデルみたいに手足が長くて美人なのは、糸音ちゃん。
切れ長の目も凛としててかっこいい。
小麦色の肌が健康的な印象を与えているのは、早百合ちゃん。
ちっちゃくて元気がよくてかわいい。
見た目によらず気がきくボクっ娘は、真実。
私の幼なじみで、親友だ。
入学してすぐの新入生合宿で同じ部屋だった私たちは、1年半の月日が経った今もこうしていつも一緒にいる。
学園生活イコール4人でいる時間といっても過言ではない。
私たちが揃えばなんだってできる、そんな気さえしていた。
「うーん、やっぱり結丹の花飾りはカワイイのだ」
「でしょ? 真実が選んでくれたんだもんねっ」
「あらためてそう言われると恥ずかしい〜…」
私が頭につけている花飾りを、早百合ちゃんが羨ましそうに見ている。
これは、真実がこないだ私にくれたものだ。
ずっと4人でいるとさっき言ったばかりだけど、真実からそれを渡されたときはふたりきりだった。
背中合わせでも真実がもじもじしているのがわかって、めちゃめちゃ可愛かった。
ツバキをあしらった花飾りは学校にしていくにはちょっと派手だけど、私は毎日必ずつけていく。
その髪よりも赤くなった真実をうりうりしていると、糸音ちゃんがおずおずと切り出した。
「あ、あの…早百合」
「なんだー?」
「え、えーと、その……」
「??」
うつむいて人指し指をつっつき合わせる糸音ちゃん。
きょとーんとしている早百合ちゃんをよそに、私たちは視線を合わせる。
(これはあれだね、真実)
(あれですな、結丹ちゃん)
(真実もあんなかんじだったのかな〜 見たかったな〜)
(さ、さあね! 内緒だもん!)
ひそひそと私たちが会議している横で、糸音ちゃんも心が決まったようだ。
カバンに手を突っ込むと、中から綺麗にラッピングされた箱を取り出して、早百合ちゃんに差し出した。
「これ! あげますから!」
「おー、ありがとう。開けてもいいのか?」
「どうぞ!」
糸音ちゃんの絹のように白い肌が真っ赤っかになっている。
早百合ちゃんが箱を開けると、小さな白百合のイヤリングがちょこんと台に座っていた。
はっきり言おう。センス良すぎだよー!
「うわー!! かわいいねー!」
「これって百合の花だよね! 早百合ちゃんにぴったり!!」
きゃいきゃい騒いでる私たちをよそに、早百合ちゃんはいまだ無言だ。
じっとイヤリングを見つめていて、表情はうかがえない。
糸音ちゃんが不安そうに言う。
「ど、どうですか……? 早百合が結丹さんの花飾りをいつもじぃっと見てたので、買ってみたんですけど……。こんなプレゼントはイヤ、でしたか?? うう……」
緊張感が私たちの間に走る。
そして、早百合ちゃんがゆっくりと口を開いた。
「糸音……」
「は、はい!」
泣きそうな顔になっている糸音ちゃん。
はらはらしながら見守る私と真実。
195
:
刻訪結
:2014/12/16(火) 05:08:44
しかし、早百合ちゃんは満面の笑顔を向けると、
「ありがとうなのだーー!!」
と叫びながら、糸音ちゃんに飛び込んでいったのだった。
ホッとする私たち。
「ちょっ、ちょっと早百合……!?」
「すっごいうれしい! 糸音だいすき!」
早百合ちゃんに抱きつかれててんやわんやになってる糸音ちゃんをみていると、私も真実も表情が緩んでしまう。
「いやぁ、青春ですねえ」
「うん、青春だね!」
満足したのか、早百合ちゃんが糸音ちゃんの上から起き上がった。
すっかり堪能したようだ。
ごきげんな様子の彼女の視線が、ふっと私の方を向いて止まる。
「あれ、どうしたのだ? 右腕」
「かさぶたになってますね」
「ほんとだー。 結丹ちゃん大丈夫?」
言われて見てみると、制服の袖をまくったことであらわになっている私の腕に、確かに黒いかさぶたのようなものができていた。
いつのまにこんなのできたんだろう?
記憶を辿ってみる。
チクリと傷跡が軋んだ。
その感覚を私はよく知っていた。
私はこのアトを見たことがある。
なぜ刻まれたのかももうわかる。
痛みはどんどん強くなっていく。
「でもそのかさぶた、不思議な形をしています」
「そうなのだ、これってまるで、黒い花――
******************************
――瞼を開けると、私のよく知っている天井が広がっていた。
ソファから起き上がって周りを見渡す。
テーブルは昨夜のままだった。
上毛早百合ちゃんを斃して闘技場から戻ってきた私を、パパとママはぎゅっと抱きしめてくれた。
それで気が緩んだ私は、そのあと泥のように眠った。
そして一夜が明け、昨日は祝勝会をしたのだ。
といっても、ちょっと夕食が豪華だっただけだけど。
迷宮時計の戦いに私が巻き込まれていることを知っているのはパパとママだけなので、宴会の名目は私の依頼達成祝いということになっていた。
でも、会員の人も結構来てくれて、嬉しかった。
いっぱい食べていっぱいおしゃべりして、気がついたらソファで寝ていたらしい。
毛布をかけてくれたのはママかな。ありがとう。
それにしても、久しぶりに良い夢が見れたと思ったらこれだ。
本当にうんざりする。
もう私には幸せになる権利はないけど、ちょっと疲れたな。
夢の中では真実も早百合ちゃんも元気で、もうひとりの子は糸音ちゃん? 早百合ちゃんがチラっと口にしてた名前だったと思うけど、その子も楽しそうだった。
私の腕が綺麗だったり真実と親友なだけじゃなくて幼なじみだったり微妙に現実と違ったけど、どこまでが現実でどこからが夢なのかも、もはや判らなくなってきている。
右腕がじくじくする。
刺繍した糸はいつも、お仕事が終わったらすぐに痛くないようにしながら解いてもらっている。
でも、今回はなぜかそうするのが躊躇われた。
あの子が私と同い年だったから?
あの子が真実に似てたから?
わからない。
とはいえ、これ以上刺繍したままにしておくのは良くない。
玉結びを切って、糸を少しずつ腕から抜いていく。
糸が肉にこすれる音がする。
ぽたぽたと血が、空いた穴から流れている。
けれどもその痛みが、私に今いる世界が現実であることを教えてくれた。
夢でないことを確かめるためによくほっぺをつねったりするって言うけど、私を夢と現実のあわいから引き戻すのは、腕から脳に伝わる感覚だったのだ。
糸をようやく腕から外し終えた私は、机の棚の中にしまってあるクロスを取り出す。
そこには、黒い刺繍がいくつもいくつも施されていた。
196
:
刻訪結
:2014/12/16(火) 05:09:44
私は針を用意すると、早百合ちゃんと私の血が混ざりあった糸を通す。
そして、右腕のときと同じように、クロスに糸を刻みこんでいく。
ほどなくして、黒い百合の花が小さく咲いた。
ぱたぱたと栗色の小動物が飛んできて、刺繍に付いていた私の血をなめる。
この子はりすずめ。私の可愛いペット。
体つきやしっぽはシマリスのそれだが、肩からは羽が生えており、その柄はスズメのそれだ。
より正確に言うと、シマリスの体にスズメの羽が黒ずんだ糸で縫い付けられている。
私の特殊能力『赫い絲』は、血染めの糸を媒介に特性を移植する能力だ。
そして糸を私の血で染めたときは、その糸を使って生き物と別の生き物の一部を縫い合わせることで、主となるものにもう片方の特性を追加することができる。
たとえば羽を縫い付けられたリスは、スズメのように空を飛ぶことができるようになる。
私の血が黒に近づくまでに縫わないとダメだとか、それぞれの生き物の大きさが違いすぎたらダメだとか、糸の長さが1mを下回ると再現率が下がるとか、いろいろ条件はあるけど、一度成功したら主となった生き物が死ぬまで有効だ。
例外は魔人の特殊能力で、これは糸が黒になるまでしか効果が無い。
もっとも、自分の体に他の魔人の体をくっつけようなんて人はそうそういないから別に問題ないけど。
私は絶対にイヤだし。
りすずめは気が済むまで血をなめると、私の懐にもぐりこんできた。
くすぐったいけど可愛いから許してあげよう。
窓の外をみると、黒猫がベランダの柵の上を歩いていた。
久しぶりにこの子の仲間を増やしてあげてもいいかもしれない。
何とくっつけるのがいいかなあ。
そんなことを考えていたら。
ガチャリとドアが音を立てて開いた。
「あれ、お嬢だけか。久しぶりぃ。…………おいおい、なんて顔してるんだよ、まったく」
ドレッド・グラサン・色黒と、何がとは言わないが三拍子をそろえた、いかついニイチャンが私をみている。
これが街中なら悲鳴を上げて助けを呼んでもおかしくない状況だが、その人は私のよく知っている人だった。
「……まっつん」
「その呼び方はやめろって」
刻訪祀。魔人商工會『刻訪』の最高戦力。
私やお兄ちゃんがここに来たとき、とりわけ親身になって、家族のように支えてくれた人のひとりでもある。
約1年ぶりの帰還だった。
(本文ここまで)
※よろしければ
>>80
>>81
>>82
もどうぞ! そちらの後編は…今年中に書けたらいいな…。
197
:
刻訪結
:2014/12/16(火) 05:15:19
訂正失礼致します。
>>195
***…のあとすぐ
×いっぱい食べていっぱいおしゃべりして、気がついたらソファで寝ていたらしい。
○いっぱい食べていっぱいおしゃべりして、いつの間にかソファで寝てたみたい。
198
:
古沢糸子
:2014/12/19(金) 01:03:16
『グラス・オニオン』
「あら、おはようございます。お待ちしておりました」
工房内で私を待ち構えていた胡乱な侵入者は熟練の笑顔で臆面も無くそう言ってのけた。ガラス越しの逆光に照らされた異様なシルエットの輪郭にスペクトル光が帯びる。入り口の戸を破壊したのも、こいつか。私は鞘に収められた剣の柄に右手を添えた。
「……ああ、おはよう。で、貴様は誰だ。そのでかい図体の邪魔な椅子ごとたたっ斬られたくないならば、直ちに出て行くがいい」
「お仕事がお忙しいところ申し訳ありません。直接伺わないとお会いできないようでしたから。足が悪いものでして、このままで失礼致しますわ」
「誰かと聞いている。名を名乗れ。或いは死ね」
戯言を吐き出すその喉元へと、瞬きの間に剣先を突きつける。しかしその腹立たしい作り笑いが消えることは無い。その顔に露骨にもう一度にっこりと笑顔を作ると、その女は語った。
「失礼、申し遅れました。私は古沢糸子と申します。少々お時間をとらせてはいただけないでしょうか。樹脂あくりるさん?」
古沢糸子。その名は一ガラス職人に過ぎない私にも耳に覚えがある。ドブ周りをうろつく小汚いネズミだ。それもその汚らわしい牙と爪に毒を持っていると聞く。
「ふん、噂には聞いていたぞ。探偵め。貴様か、あのクズを失職させたのは。それ自体は愉快痛快で至極結構、だがおかげで私の臨時収入も粉々だ。今度は何をやらかすつもりだ?」
「いやですわ、人聞きの悪い。それに今回はただの人探しでして……」
「……ほう。ろくな予感はしないが、言ってみろ」
私は剣を鞘に収めると、次の言葉を待った。そして発せられたその単語は、やはり私を落胆させるに十分であった。
「――飴石英さん。たがね、せきえい。彼が今どこにいるか、ご存知ありませんか?」
しばしの間、私と探偵とは視線を交わし睨み合った。その目にはこちらの動作を一片たりとも逃すまいとする気迫が満ち溢れている。探偵にとって言葉とは口から放たれるものだけではない、そのことは重々承知。だが餌を待ちわびるその態度はあまりにも拙速に見えた。
「随分焦っているようだな、探偵。余裕が感じられんぞ。生憎だが奴の行く末なんぞ私は知らん」
視線を外し、安楽椅子の横を通り抜ける。
「どけ」
安楽椅子探偵は、ため息を吐くとおとなしく引き下がった。私は見向きもせず工房の先へ進み、珪砂の袋を溶解釜へと開け入れた。もはやあれは居らぬものとして日々の作業を始めることとする。
「……最後にもう一つだけ」
だが探偵はしぶとく食い下がる。
「キリコという名の女性に心当たりは……?」
そのときの私は、随分と間抜けな顔をしていたように思う。なぜこうも呆気にとられたか、己にも心あたることはない。
「……なんだ? 奴がまた新しい女でも作ったのか? 知らんな」
その言葉を聴いて、探偵は今度こそ心底からにまりと笑った。理由はわからぬが、実に腹立たしい。
「無駄足だったな、探偵。もう交わす言葉は一片も無い」
「貴重なお話を頂き、感謝極まりないですわ。それではまた」
「二度と来るな」
そうして古沢糸子は去って行った。その日製作した板ガラスは、透明度、厚みの均一さ、どこをとっても低品質極まりないものとなった。とても重要顧客に納品できるような代物ではない。全く無駄な一日であった。
一日を一枚のガラスに喩えるならば、人生はそれは一枚一枚重ねていく作業である。重ねるごとに、透ける風景はゆがみ、よどみ、沈んでいく。それを全て砕いていったとき、最後には現れるものは何であろうか。或いは何も残らないのかも知れぬ。
199
:
古沢糸子
:2014/12/19(金) 01:07:26
上記誤字訂正をお願いいたします。失礼いたしました。
最終文、 ×最後には → ○最後に
お手数をおかけいたします……
200
:
古沢糸子
:2014/12/19(金) 01:24:26
もう一点、最終段落(上の訂正も文ではなく段落でした)
×人生はそれは → ○人生はそれを
誠に申し訳ないです……
201
:
その日、久坂俺と (馴染おさな:1)
:2014/12/20(土) 01:49:32
「ヤベーッ! 遅刻遅刻! うおおおお!!」
オレ、即ち久坂俺はこの時、大慌てで駅の階段を駆け上っていた。焦れったいような低段差の階段を、二段飛ばしで登っていく。 階段の中腹に差し掛かった頃、頭上から出発のメロディーが響いてきた。ヤバイ! 駅員のよくわかんねえアナウンスも聞こえてくる。ヤバイ!! コレに乗り遅れたら次の電車は13分後! このままでは蜜柑崎探偵事務所のアルバイトに遅れてしまう! ちなみに蜜柑崎探偵事務所の所長である蜜柑崎檸檬のアネキは世間には知られていないが睨んだ相手に隠しておきたい真実を自白させてしまう能力を持つ魔人であり、このままだとオレは遅刻の罰でベラベラと隠しておきたい真実を垂れ流すマシンとなってしまうのだ! 効果時間は24時間なので明日学校で色々と隠しておきたい真実を明かしてしまう事になってしまうし、これは一度やられると良く分かるのだが、すごく喉が渇く!
『ドアー、シャーッリッサー』
「うおおおおおお!!」
最後の階段を五段飛ばしで登りきり、ホームで踏ん張る。オレの長い足はぐっと押し縮められると、伸びた勢いでバネの如くオレを射出! 閉まるドアの隙間を飛翔突破! 回転! 着地! 顔面着地! 顔面セーフ! じゃない! いてえ!
「ハーッ……だがどうだ……オレは間に合ったぜ……!」
『カケコージョーサー、オヤムケダシェー』
どうやらオレの駆け込みにより電車のドアは一旦開いていたらしい。オレの後ろで再びドアが閉まる。クソッ! そんな事ならオレが飛び込まずとも発車を待ってくれよ! っていうかもっと聞きやすい喋り方してくれよ!
「俺…………君?」
「誰だ!」
そんなこんなして汚れっちまった服をパンパンとはたいていると、名前を呼ばれた。女の子だ! 声の主を見れば……おう! 良い感じの美少女じゃないか! いや、美少女っつうにはちょっと大人っぽい。美女? 美女ってのもなんか違うな。おしゃれした新社会人ってカンジだ。これからデートと見た! いや、でもその割にはオレに声をかけたな? ん? オレの名前知ってる?
「……キミ、どこかで会ったっけ」
「あ」
そう言うと女の子は目に見えて動揺する。おっと、こんな事では檸檬のアネキに叱られちまう。探偵たるもの、他人とは上手く付き合え。オレは練習したイケメニズム溢れるスマイルを顔に作った。
「ごめん、急に声かけちゃったりして」
「あ……その、私」
「オレ、久坂俺って言うんだ。君は?」
「あっ……えと……桃園、めぐみって言います」
「名探偵コナン」
「え?」
そのままするりと私の隣に座った彼、久坂俺は、突然そんな事を言った。
「名探偵コナン。知ってる?」
「あ、はい、一応……」
「オレ、その探偵やってるんだよね。だから気になっちゃうんだよな。会った事ない人に名前呼ばれちゃうと」
「……そう、なんですか」
「もしかしたらオレの探偵としての素質を恐れた刺客なのかもしれない! ってね。……どう思う?」
「考えすぎだと思います……」
「あちゃー。でもオレの名前知ってたのは本当だよね、めぐみチャン。どこで知ったの?」
「え、と……ごめん、なさい。わかりません」
「へえ?」
目を丸くする彼に、私は続ける。
「ごめんなさい。変ですよね。でも、確かに会った事があって……」
「あーハイハイ。オレの顔は知ってた。名前も。一致した。だけどいつ知ったかは分かんないと。まーよくあるよな。オレだって初めて立って歩いたのはいつどこでとか聞かれてもわかんないし」
「そう、そんな感じで……」
それからしばらく、私は彼と話をした。彼はクルクルと表情を変え、明るく、忙しく、途切れる事なく色々な事を話してくれた。
だが、そんな時間も長くは続かない。車内アナウンスがその地名を告げた時、私は彼から視線を外す。彼は目ざとかった。
「次で降りる感じ?」
「はい」
「そっか。なんか残念だな。色々話せたのに。初めて会ったって感じしなかったよな? なんかホントにオレとキミ、どっかで会ってたかも……」
「……思い出せました?」
「いや全然! でもさ、仮に昔会っててそれを思い出せなくても、今こうやって会って仲良くできたって事が結構大事だと思うな、オレ……あ、そうだ」
202
:
その日、久坂俺と (馴染おさな:2)
:2014/12/20(土) 01:50:16
彼はポケットをゴソゴソと漁り、名刺のようなものを取り出して私に差し出した。蜜柑崎探偵事務所、とある。
「コレさ、オレの勤め先」
「勤め……?」
バツが悪そうに頭を掻く彼。
「ゴメン、ちょっとカッコつけた。バイトしてんだ、そこで。助手としてね」
「どうしてですか?」
「まあ、人生何でも経験っつうじゃん? オレ、将来刑事になりたいんだよね。だから若い内から色々知っときたいなって思って」
電車が速度を落とし始める。
「それで探偵助手って、随分前のめり」
「いや、でもコレがなかなか奥深くって! ……あっといけねえ、長話もできないんだよな。ま、何かあったらさ、頼ってくれよ。サービスするぜ?」
「……うん」
私は素直に頷き、それを受け取る。
「名探偵コナン」
彼の手が、私の手首を掴んだ。
強く、固く。
「知ってる? ……主人公の江戸川コナン。本名、工藤新一っつうんだけど、なんで江戸川コナンって名乗ってるのか」
「え……?」
状況をつかめない私など関係なしに、彼は語り続ける。その表情から、さっきまでの明るさや軽さは消えていた。
「あいつは毒を飲まされて、身体が子供になった後、幼馴染みの毛利蘭に見つかって、名前を聞かれた。だが、新一が生きていると知られれば、新一を殺そうとした連中が放って置かない」
「あの、何の話……」
「だから偽名を使ったんだよ。とっさに目に入った二つの名前……江戸川乱歩の苗字と、コナン・ドイルの名前を借りてさ。江戸川コナンだ」
さっと、身体の血液がどこかに引いていくような感覚。あるいは、心臓が縮こまるような。
「『桃園』香織は今月新刊を出した女作家だったな。秋江『めぐみ』は今週のヤンマガの巻頭グラビア担当。どっちも中吊り広告に名前がデカデカ出てるぜ」
「あ……」
「別にキミの本名なんてどうでも良いんだ。たださ……なんで咄嗟に偽名なんて名乗った?」
電車が止まった。ドアが開く。私は咄嗟に彼の手を払い、駆け出した。振り返らない。履き慣れないヒールで、それでも走る。転ばないように。
「……っ!」
けれど、私の中では注意より焦りが勝った。些細な凹凸に引っかかり、前へとつんのめる。視界が揺らぐ。階段はまだ何段も続いて――
――思わず目を閉じた私の身体に、衝撃が走る。だけど思っていたよりも痛くない。浮遊感。
「危ねえ」
「!」
すぐ後ろから、彼の声。それで気付いた。転びかけた私の身体を、咄嗟に俺君が支えてくれたんだ。まるでそれは、後ろから抱きすくめられるみたいで。
「〜〜っ!」
「あ、悪い。悪ぃ!」
彼が私の態勢を整えつつ身体を離した。爆発しそうなくらいに拍動する心臓を服の上から押さえつけつつ、俺君の顔を見上げる。少しバツが悪そうに、視線を逸らして、頭のてっぺん辺りを掻いて。
昔から変わらない。俺君の照れ隠し。
「……電車、行っちゃいますよ。急いでるんじゃないんですか」
「いや、別にそれは良いよ。それよりキミの事だ」
「偽名を使ったから?」
「それもあるけど、それだけじゃない。キミの目。すごく辛そうだった」
「つらそう?」
「話してる最中もたまにそんなだったけどさ。さっき、オレの手を振り払う時……なんつうのかな。悪事がバレて逃げようとするヤツとは違ってて。なんつうか。ゴメン、オレもよく分かんないんだけど」
発車ベルが俺君の背後で鳴り響く。だけど彼は、ちっともそれを気にする様子を見せない。
203
:
その日、久坂俺と (馴染おさな:3・完)
:2014/12/20(土) 01:50:47
「……もしさ」
「ん……」
「もし、もしさ! ……オレが何かキミに、気づかない内になんかしてたら、ホントごめん。いや、とりあえず謝っとくみたいのはダメだとオレは思うんだけど!」
電車のドアが閉まった。ゆるやかに速度を上げながら発車していく。
「でも、もしそうじゃなくって、オレと関係のない所で、キミが本当に辛い思いをしてるなら、オレ、力になれる事、ないかな」
「力、に」
「ほら……オレ探偵だぜ! 秘密は厳守! 家族にも友達にも言えない事、相談してくれて構わねんだ! 問題解決! ……ほら、今なら無料で良いぜ!」
調子はずれなくらいに明るい口調で言う俺君の様子に、つい私は笑ってしまった。俺君も安心したように、自然な笑いを浮かべた。やっぱり、昔から変わらない。
笑顔も、他人の心に敏感なのも、いざという時は損得勘定なんて真っ先に放り投げて、困った人を助けずにはいられない所も、全部。
――変わらないね。
喉元から出てきた言葉を飲み込む。そんな事を言えば、また彼の心を乱すだけだ。代わりに私は少し考え、口を開く。
「目的が、あるんです」
「目的?」
「はい。ずっと……ずっと果たしたかった事が。ううん、果たせるだなんて思ってもいなかったけど、突然目の前にチャンスが来て」
「そっか。チャンスを掴んで逃がさないのは大事だよな」
「それで……そのために、今日までずっと頑張ってきて。あとちょっとで、届くんです」
迷宮時計に表示される参戦者人数は、順調に減少してきている。このペースでいけば、残りあと二、三度の戦いで、勝負は決するだろう。それがおさなの見通しだった。
「その、チャンスについて、詳しくは言えないんですけど」
「うん」
「……応援、してくれませんか」
「応援?」
「私の目的を、です。俺君に応援してもらえば、私、頑張れるから」
目をしばたたかせる彼。でもすぐに笑って、明るく言った。
「おう、頑張れ! 何だか分かんねえけどさ! 応援するぜ! 努力は必ず報われるさ!」
「……ありがとうございます」
赤くなる顔を咄嗟に伏せて、俺君へ背中を向ける。
「なあ!」
俺君の声。私は振り返らない。
「また会えるか? ……また話、できるか? 今話せなかった事、全部話して貰えるか!?」
――許されるなら。
今すぐ手にしたすべてを捨てて、彼にすべてを話したい。
何もかも打ち明けて、彼に抱きしめてもらって、彼の胸の中でたくさん泣いて。
そんな事ができたなら、私はもう死んだって良い――いや、できるだろう。彼はきっと、それを許してくれる。
でも。
それは私の望みじゃない。
私が欲しいのは、彼の同情や哀れみなんかじゃない……そんな物で私が救われる領域は、もうとっくに終わっているんだ。
「……会えますよ」
階段を降りきった所で、私は振り返った。階段の上の方、陽射しの下に立つ彼を眩しく見上げて。
「目的を果たして、会えたら。たくさん話したいです」
「……そっか!」
その笑顔を刻みつけ、私は踵を返し、今度こそ振り返らずに歩き出した。
表情を引き締める。温かな記憶はすぐに脳の奥底へ仕舞い込み、これからすべき事を考える。
――まずは撫津弥生を探さなければならない。
心が静かに冷えていくのを感じて、また少し、私の胸が痛んだ。
204
:
稲枝田
:2014/12/24(水) 14:28:32
ウィッキーさん tp://p.twipple.jp/tU9FP
リュネット tp://p.twipple.jp/YMbol
刻訪結 tp://p.twipple.jp/8C8OE
折笠ネル tp://p.twipple.jp/XM5V2
雲類鷲ジュウ tp://p.twipple.jp/UbTdQ
梶原恵介 tp://p.twipple.jp/XirPH
205
:
ツマランナー
:2014/12/26(金) 14:32:41
『迷宮ウオッチ』
歌とダンス:ベースのお姉やんとはっぱガールズ(ヨツバニャン・ボンバニャン・ワカバニャン・コウ)
「そんじゃはじめるでー、迷宮体操第一〜」
ジャンジャカジャカジャカジャン!
「ワンツー、さんし」
戦闘戦闘戦闘戦闘 戦闘空間出れへんねん
戦闘戦闘戦闘戦闘 戦闘避けるのできへんねん
自分も対戦相手も 願いが大事やで
迷宮迷宮迷宮 ウオッチッチ!
ネガワク・ケヒャケヒャ・オイオイ・ツッコミ・オレクン・ウィーアー・ウオッチッチ!
今日は学校遅刻した インタビューをされたんや
どうして彼が来たねんな? どないしてウイッキーさんおるんやねん?
どわっはっは〜 迷宮時計のせいやねん そうやんな?
ウオッチ後何人? めっちゃ多い〜 死ねや!
ジャンジャカジャカジャカジャン!
戦闘戦闘戦闘戦闘 戦闘空間出れへんねん
戦闘戦闘戦闘戦闘 戦闘避けるのできへんねん
自分も対戦相手も 願いが大事やで
迷宮迷宮迷宮 ウオッチッチ!
ツラヌキ・ウエット・サンゼン・ヒーロー・カリバー・アーアー・ウオッチッチ!
タイマン勝負だったのに 世界の敵も現れた
どうしてこんなん倒すねん? どっからこんなん来たんやねん?
どわっはっは〜 基準世界のせいやねん そうやろな?
ウオッチ後何人? まだ多い〜 死ねや!
ジャンジャカジャカジャカジャン!
戦闘戦闘戦闘戦闘 戦闘空間出れへんねん
戦闘戦闘戦闘戦闘 戦闘避けるのできへんねん
自分も対戦相手も 願いが大事やで
迷宮迷宮迷宮 ウオッチッチ!
セックス・テンソウ・フェンリル・ボヘミヤ・グリズリ・フェデール・ウオッチッチ!
今日は五感がおかしいで 何だか色々おかしいで
どうして味覚に色あるねん? どうして視覚に味あるねん?
どわっはっは〜 蒿雀ナキのせいやねん マジ妖怪や!
ウオッチ後何人? 増えとるやん〜 死ねや!
ジャンジャカジャカジャカジャン!
戦闘戦闘戦闘戦闘 戦闘空間出れへんねん
戦闘戦闘戦闘戦闘 戦闘避けるのできへんねん
自分も対戦相手も 願いが大事やで
迷宮迷宮迷宮 ウオッチッチ!
トレジャー・アルベド・ショドー・コロンダ・トショカン・キュアキュア・ウオッチッチ!
政治家爆発四散した 全裸のオッサン現れた
どうしてこないになったねん? マジでほんまにどないやねん?
どわっはっは〜 迷宮時計のせいなんか これはちゃうやろ?
ウオッチ後何人? ループした〜 死ねや!
ジャンジャカジャカジャカジャーン!
206
:
千葉時計草(伊藤日車)
:2015/01/01(木) 23:06:23
『探偵を巡る別世界からの反応(その3)』
某世界妃芽薗学園・某時間にて
「花撰集;枝折(アンソロジー;ブックマーク)」
菖蒲(あやめ)が校門を背中合わせにして梅枝(うめがえ)を折ると、周囲は仄かな芳香に包まれた。
それも、冬の風に攫われて長続きしない。息を吐くと白い。留め置けた気がした。夏の花は、遠い。
栞は本に挟む標(しるべ)。持ち主に居場所を知らせる花撰集(アンソロジー)の一頁は、
花鶏から貸し与えられた能力のひとつを意味した。
「……様」
菖蒲は呟く。待ち合わせは花鶏様、此度の顛末を報告せねばならない。
日車は死んだ、死んだのだ。その一助を担ったのは自分だと言うのに、何を。
「向日葵は、枯れましたか?」
何を聞いているのだろう。わたくしが見送ったというのに、死出の出立を。
「いいえ、枯れていませんよ。それも長くは持ちませんが」
ま・た。枯れるでしょうね。
ぽんとかじかむ手にからめられる、大きく。意図不明の慰めを聞いて、理解しようと脳を働かせる。
振り返らない、そこに答えがあるのに、これは矜持だ。解答編を読むのは答えを出してからだ。
どうしてだろうか?
数多の探偵を殺めてきた菖蒲はその体温の在処を知らない。学園と外界を挟んだ境界線は、揺らぐ。
「ええ、時計草はまた現れたそうですよ。このままでは幾らの探偵が無駄に枯らされることか?」
日車がその役目のいくばくかを担ってもらえるなら、それは嬉しいことですね。
第一級探偵は心の中で呟いた。
これが漏れ聞こえることはないだろう。ははは、何の意味があるかは知らないけどね。
だって……?
「時計草は、”彼女”の意志は伊藤日車と名のつく、魂を同じくするすべての人工探偵に
憑いて回ります。お前は、その一翼を担ったのだから、感謝しなければいけませんね」
お前が、下らない下心を出したばかりに数多の伊藤迷路は未亡人ですよ。
事実だ。
伊藤迷路は泣いている。菖蒲の知る迷路もまた、日車の無残な姿を見て泣いていた。
女の身で女型(めがた)の探偵を押し付けられた、そう思っていた。
あわよくばと思ってしまった淫らな私を咎めるように、葬列の場でもいたたまれなくなり菖蒲は逃げ出した。
「それは……何を、どんな意味でおっしゃられたのですか? わたくしはそのような――」
菖蒲は努めて平静を保ったが、声の調子でようやく感づいたらしい。
横恋慕をしていたと言うのは正確ではない。だが、良からぬ気持ちを僅かなりとも
抱いてしまったと言うのは正しかった。
いや、気付いたところで遅いのだが。振り向こうとする間にも言葉は放たれた。
天から降り注ぐ言葉は上の言葉であり、神の声に似ていた。
「そう言うなら這いつくばるのは止めにして、真冬の太陽を仰ぎ見てはどうか?
ササニシキは泥砂とキスをして生きるのでなく、人と探偵、顔を突き合わせることを選んだのでは?」
気が付くと、菖蒲は仰向けになっていた。
草履の裏が視界を占めて、太陽が、見えない。
207
:
千葉時計草(伊藤日車)
:2015/01/01(木) 23:06:58
「さて、地の文はここで終いにしましょうか」
……それは、
「黙りなさい。何かを変えたいのなら口に出して言うのです。
私、工藤之新本格月宮ヶ雷花(くどうのしんほんかくつきみやがらいか)が言っているのですよ。
木様の友人が無様に敗れたために、私の存在が泡沫の如く、語られる機会が消え失せてしまったのですよ?
責任を取りなさい。伊藤日車はこれからも、どこかで死に続けます。
遠藤之本格古笹ヶ菖蒲(えんどうのほんかくふるざさがあやめ)、木様には敵を討つことも、
迷宮時計の謎を解くことも叶いません。そこで足の裏を舐めながら、口を噤んで私の推理を黙り聞け。
時計草は『欠片の時計』と一体化した参加者です。
いや、むしろ。どこからが卵で鶏なのか? 死ぬために生まれる彼女達は相方たる人工探偵が
何度死のうと乗り換えて復活します。
双子のきょうだい藤原京と、何度この戦いに挑んで散っていったか、私は面倒なので数えていません。
しかし、そこまで際限のない問題ではありませんでした。
何故なら、はじまりがあっておわりがなければ――時計ではないからです。
藤原京を見失った時計草は日車を手に入れました。二歳児を言い包めること、容易かったでしょうね。
花鶏が木様に何を目的として、この戦いの観測を言いつけたのか?
分かる気がしますよ。迷宮時計の副産物、繋がり続ける平行世界の発見と時計草の破壊です。
迷宮時計はね、部外者が関わること自体が時間の無駄なのですよ。
あれはね、エゴを貫き通すための小道具なのですよ。参加者の皆様も理解しているでしょうが、
個々人が主張する『迷宮時計』の正体など、最後の一人が確定させるまでは妄想に過ぎないのです。
たとえ、ループしていようが一つの世界を現実に破滅に導こうが、そんなものは大河から弾き出された
飛沫のひとつに過ぎない。ふふ、滑稽、滑稽!
そんなもののために、みんなが泣いて笑って怒って、散らすなんて!
馬鹿の集まりですね、なぜ時計そのものが願いを叶えてくれると思いました?
願いを叶えるのはどうあったって、その者の意志に違いないじゃないですか?
全能足り得ても、全知足り得ない、己の手の届く範囲しかどうこう出来ない、そんな不完全な魔法のランプ!
どうして信じられないんでしょうね?
百人、千人、百万人にも、チャンスを与えてくれたのですよ? 時逆順は、優しいじゃないですか?
それなのに、どうしてみんな、幸せになろうと思わないのでしょうね?
迷宮時計を残酷なものにしたがって、みんなを不幸にしたかった魔法少女は、だから消えたのかな?
結局、思いの強いものが生き残って、真実(エゴ)を押し付ける。
時を遡り、設定を書き換える。糸目の正体ひとつとっても、千差万別。
けれど、生き残る。真実は収束する。
誰も、この戦いの中でひとりひとりが求める世界、そこに基準世界が近づいていることに気付いていない。
一度でも勝った時点で自分の世界はより強固なものになっているというのに。
ん? もごもごと口を動かしてどうしましたか?
ええ、地の文が否定された以上は会話文がすべてですからね。
勝手に解釈しますよ。
『時だってぶたれちゃたまらない』と、気違い帽子屋は言いました。
藤原京と時計草、ふたりについて調べなさい。
人間の方々は魂の在処を知りたがっていますが、
人工探偵のそれはもうどこにあるのか確立されているのだから。
私は一つしかいない。魂は一探偵に一つだから。
木様も一つしかない。魂は一探偵に一つだから。
ふたりはひとつのところにしかいない。
だから、これを読んでいるすべての参加者に、決勝戦に歩を進めようと言う者に告げましょう。
時計草を破壊せよ! 彼女を永久に眠らせよ! さもなくば――、痛い!」
208
:
千葉時計草(伊藤日車)
:2015/01/01(木) 23:08:07
「――随分、好き勝手やってくれたものだ。
木君の言い分を借りれば、参加者でも何でもない雷花が喚きたてている。
語るべき言葉を持つは日車、あの子だけだとなぜわからない?
先に言っておこう。私、遠藤花鶏は愚妹『雷花』の首を完全にきめて、あと一歩で落とす状態にいる。
足を動かすことは出来ない。
ジメジメと、やかましい。キノコ栽培でもしていなさい」
「ぐ――、花鶏。木様――」
「姉様(あねさま)と呼びなさい、と言いながら更に極めます」
「が――、三十路越えの若ブリっ子が、私よりチビッ子なくせにお姉さんぶるんじゃねーよ……」
「……、いつも座っている木身に合わせるためにわざと背を縮めてあげているのですよ……」
「ぎ、ぇ……」
落雷!
地の文が戻って来た時、そこに電気椅子探偵の姿はなかった。
この雷は何ら物理的に影響を与えるものでは無いと言えど、菖蒲の目を晦ませるには十分で。
菖蒲が視力を回復させた時、背中合わせに立たされていた。
果たして、今度は上手くやれるだろうか? 菖蒲にはわからなかった。
振り返った時、そこにあるのは圧倒的な過去そのもの、自らの手で時代を築き上げた先人の姿だ。
菖蒲は第一級探偵を見たことは今まで一度もない。
振り返り、見たのは小さな自分だった。過去はいつだって、小さく美しく見える。
非正規の、望まれぬ人工探偵の正体がはじまりの人工探偵のクローンだったとはどんな皮肉だろう?
「雷花は馴染おさなにも先の話をしているかもしれない。
日車には悪いけれど、彼女に優勝してもらった方が丸く収まる、そういうこともあり得ると覚悟して。
あの女なら時計草を破壊してくれるかもしれない。なら、日車が人柱になった甲斐もあると言うもの」
菖蒲は首肯の言葉を吐いた。
「はい、お母様……」
209
:
ツマランナー
:2015/01/05(月) 15:51:36
『ツマランナーエピローグ』
ジャーン!
「聞いて下さい。『糸目射止める』」
「ワン、ツー、ワンツーさんし」
ジャカジャカジャカジャカ
「ワイには一つ下の後輩がいる〜 しょっちゅう喧嘩した奴がいる〜
ワイが漫研に遊びに行って澤君を誘惑する度に〜 梶ちゃんにどつかれた〜」
ジャカジャカジャンジャン
「漫研の男〜 漫拳の漢〜 今日は漫拳使い梶原惠介の〜 必殺技を教えよう〜
半年前漫研に遊びにいった時〜 目を細めながら梶ちゃんはこう言った〜」
ジャン!
「『おいカマ野郎、漫画世界の糸目って全体的に強キャラなんだぜ』確かにそうだね!」
ジャカジャカジャン
「糸目 糸目 ビバ糸目 糸目のニンジャ(左衛門兄様)
糸目 糸目 ビバ糸目 糸目の超人(ラーメンマン)
糸目 糸目 ビバ糸目 糸目の立海(データテニス)
糸目 糸目 ビバ糸目 そんな糸目で今日もワイは漫研から追い出された〜 サンキュー!」
ジャーン!
パチ パチ パチ
「いい曲じゃねえか。この末期がんの身体にも感動が伝わってくるぜ」
「飯田ぁ!よくもヌケヌケとワイの前に出れたなあ!」
再会は突然だった。ツマランナーが次のツアーで発表する新曲を練習している所に突如
拍手と共に飯田トオルが出現した。ツマランナーはさっきの曲で得た力で糸目オーラを纏い
遠慮無しの全力で蹴りかかる。
「死ねや!百戦百勝脚ー!」
「おっと」
飯田トオルはツマランナー渾身の蹴りを片手で止める。
「ひでえな、かつての仲間にいきなり本気の攻撃か?」
「こちとらお前が色々怪しいのはとっくに御存知なんじゃい、ボケ!」
世界標準時計との融合が解除され迷宮時計自身から情報を得る事は出来なくなったが、
本葉柔、そしてワカバウツキとの情報交換はツマランナーに多大な知恵をもたらした。
勉強はロクに出来ない彼だったが、他世界の事情通達の意見からようやく飯田トオルの
存在のおかしさに気付き、飯田トオルが認識操作と時空移動を行いながら迷宮時計争奪戦を
監視しているという結論に至っていた。
「15年以上全然年とらんし、四葉との勝負を当たり前の様に実況するし、マジふざけんなや!」
「お前の知らない世の中にはな、初対面の相手を幼馴染にする魔人もいるんだぜ。
頼れるけど病気のオッサンを演じ続ける能力があってもいいだろ?」
「ドアホ、飯田の能力の原理とかはどーでもええねん?質問するから答えろや」
「よし、この末期がんの俺が答えられる事なら教えてやろう。お前は俺のお気に入りだからな、
三つまでなら許そう」
三十秒が経過しツマランナーの糸目が解除される。漫画的糸目パワーに12ビートを乗せた
連撃を会話の合間に放ち続けていたが飯田トオルにダメージを与える事は出来なかった。
殴るだけムダと考えたのかツマランナーは構えを解き、苦々しい顔をしながら質問タイムに入る。
210
:
ツマランナー
:2015/01/05(月) 15:53:41
「そやな、まず絶対聞きたい事一つ目、四葉とウツキとコウ、それから本葉ちゃんには何もしてへんやろな?」
「おやおや、復讐鬼そのものだったツマランナーさんが随分と甘い事言う様になったもんだな」
「ええから答えろや」
「俺が興味あるのは優勝の可能性のある迷宮時計所有者だけさ。四葉の所には一度行って
ドーナツ一緒に食べただけだ。で、この世界に来てからは真っ直ぐお前に会いに行ったから
何の心配もいらないぞ。ボンバーなんてのは知らん」
「そうか、ほなら質問タイムは以上や。こっからは拷問タイムや!」
ツマランナーが両手を大きく振り回すと地面から金属製の糸が舞い上がり飯田トオルの身体に巻き付いた。
「うおっ!?」
「漫拳はフェイント、これが糸目射止めるのホンマの狙いや」
高速の打撃に合わせてベースの弦で糸の結界を作り出す、それがツマランナーの新曲
『糸目射止める』の真の効果だった。
ベーシストだから糸使いのスキルが使えるという展開に無理を感じる読者もいるだろうが、
そういう人は『ピアノ線を手にしたラトン先生』を想像して欲しい。
どうだろうか?ピアノ線を使って相手をバラバラにするラトン先生が容易にイメージ出来ないだろうか?
だったら、相手を一時的に捉える程度の糸技術をツマランナーが使っても問題ないだろう!
「また成長したなツマランナー。だが、並の魔人ならともかく、こんなんで俺の動きを止めたつもりか?」
「今やコウ!やったれー!」
「はい!」
飯田トオルの背中に衝撃が加わると両手を同時につかみあげられる。
ステルスを解除したコウが飯田トオルをパロスペシャルの体勢でガッチリ固定していた。
「確か・・・ワカバウツキの所持品のコウちゃんか。お前、いつからここにいたんだ?」
「ツマランナーさんが新曲歌ってる時の合いの手、あれ私です」
「なるほどな、だがやめておけ。お前の技は俺には効かない。ボスキャラにデバフやバステが効くか?」
「いや、以前緊急脱出装置で飯田ぶっとんどったやん。コウの技術も普通に効くんちゃうの」
全員しばし沈黙。
やがて飯田トオルが黒幕めいた表情のまま口を開いた。
「やめてくれコウちゃん、その技は俺に効く。というか無力化は既に効いてる」
「・・・」
「・・・」
「やめてくれ」
「・・・コウ、やってまえ。魔人能力無効化とスタンガンと万力の三点セットや」
「了解」
211
:
ツマランナー
:2015/01/05(月) 15:54:35
【数分後】
「こんな小汚いのが迷宮時計争奪戦の元凶?」
「おいおい、出会って早々酷いなウツキちゃん。ところでこのパロスペシャル外させてくれない?
手首骨折していて痛みが尋常じゃないんだけどなー」
「お幸、絶対離さないで」
飯田トオルに反撃する力が残って無い事を確認したツマランナーはウツキを呼び寄せて
事情を説明した。戦闘力の無いウツキはもしもの時の為、三メートルほど距離をとりながら
尋問に参加する。
「状況は理解しとるな飯田?三つと言わず知っとる事全部話さんかい。この戦いは誰が仕組んだのか、
誰を倒せば終わるのか、敗退したワイらに出来る事はあるのか、いずれ世界が終わるとしたら
タイムリミットは存在するのか、それからえーと、とにかく全部や!!」
「そんなん知らねー、俺は通りすがりの末期がんホームレスだって」
「無関係なホームレスがどうやって20世紀末の梅田からここまで来るねん!コウ、電撃や」
「アジャパー!わかったよ、説明するから紙とペンくれ。どーせお前もアホだから
紙に書かんと理解できないだろうからな」
ツマランナーはウツキからボールペンを借りると飯田トオルの口に押し込み、
裏返しにした楽譜を地面に置いた。飯田トオルの両手はパロスペシャルで固定されたままだ。
飯田はブツブツと文句を言いながらも口でペンを振り回し、楽譜の裏に器用に字を書いてみせた。
【支配者】迷宮時計完成まで辿り着きその支配権を得た人物(目的は戦いを永遠にを楽しむ事?)
【中間層】俺(支配者からの注文に従い迷宮時計争奪戦を調整する手駒。俺以外にもいるかも?)
【下層】迷宮時計参加者(迷宮時計の力を高める為の器や争奪戦を運営する手駒候補)
【介入者】日本政府、スズハラ、ニャントロ、探偵(迷宮時計を利用しようとしている?俺も詳しくは知らん)
【最終処分場】迷宮時計の力によるループで生じた未来無き滅びた世界。
(かつて最終処分場として滅ばされた世界があったが、争奪戦がループし続ける限り
歪みは増え続け、第二第三の処分場が生まれるだろう)
【迷宮時計裏ルール】迷宮時計所有者は殺意を刺激され多かれ少なかれ戦闘による解決を望む様になる。
(俺の観察では様々な人間がこの効果で戦闘行為に躊躇しなくなった。ツマランナー、お前もそうだっただろ?)
【迷宮時計争奪戦今迄の流れ】
1:一人の転校生がバラバラになる
2:欠片になった転校生、復活の為に自分を集めた者の願いを叶える事にする
3:転校生の欠片が揃う、だが集めた人物は願いの力で完成を拒絶し争奪戦のループが始まる。
4:何度目かのループで俺、飯田トオルが優勝手前まで行き真実を知り手駒となる。
212
:
ツマランナー
:2015/01/05(月) 15:55:41
「・・・これ本当?」
ウツキの顔には怒りとも呆れともつかない感情が浮かんでいた。
彼女自身迷宮時計の行いには熟知しており、飯田が書いた事の半分以上は既に知ってはいた。
だが知らなかった部分、そのどれもこれもウツキの想像を超える最悪の情報だった。
「俺の想像の部分もあるが、俺が優勝直前で出会った奴が黒幕かそれに近い人物だと考えている。
迷宮時計の目的が全パーツ合体しての復活なんだから、何度もループさせてるのは迷宮時計の意思とは
別の存在であり、その上で迷宮時計の力を自在に使える人物って事になるだろ?」
「お前何が目的やねん?何でそんな奴に従ったんや」
「協力すれば世界を元に戻してやると持ち掛けられた。俺の居た世界は最終処分場に巻き込まれ
滅びかけていたからな。本当は優勝して世界を修復したかった。自分の世界が消える原因になった
あいつをぶっ倒して終わらせたかったんだが・・・今は見ての通り『ホームレス』さ」
ツマランナーは飯田が自分にやたら干渉してくる事の理由にようやく気付いた。
この男は自分と同じ目的で戦っていたのだ。迷宮時計の影響で自分の世界が滅ぼされる可能性を無くす為に
優勝を目指した自分。迷宮時計のループにより消えていく世界で時計の欠片を手にし、
元凶を倒す為に動いていた飯田トオル。
飯田トオルはツマランナーと同じ、いや、遥かに過酷な状況で迷宮時計による危機と戦っていたのだ。
「コウ、パロスペシャル解除して治療してやれ」
「よろしいのですか?」
「私からもお願い、お幸。この人には敵意は無いわ」
偽ギブアップは千里眼。戦闘力が無い代わりに話術に長けたウツキは
飯田トオルの本心を見抜いていた。二人の言葉に従いコウは飯田の拘束を解除する。
「おー、だいぶ楽になった。で、改めて質問はあるか?」
「飯田さん。貴方に命令を下していた人物の名前を聞いておきたいのですが」
「ああそうだな、参加者の中には奴の名を知っているのも結構いるしもったいぶる必要もないな。
あいつはマジもんの戦闘狂でさ・・・」
飯田トオルが黒幕(かもしれない人物)の名を語ろうとしたその時、横からツマランナーが口を挟む。
「そや飯田、さっきの話聞いて気づいたんやけどお前のおったっていう世界、もう救われとるぞ」
「マジでか!?」
「最終処分場やろ?ワイらに勝った本葉ちゃんは復興したそこから来たねん」
「聞いてねえぞオイ・・・よし、ちょっと確認してくる」
飯田トオルは空に向かって手をかざし、カーテンをめくる様に空間を引っ掻いた。
「開け、異界門!」
しかし、何もおこらなかった。
「開け異界門!開けっての!俺は迷宮時計争奪戦調整者飯田トオルだぞ!」
「すみません、何してるんですか?」
「普段はこうやって平行世界を移動してるんだが・・・開けーっ!!お、来たっ!」
空間に亀裂が入り、空が割れ闇が流れ込む。闇の中心には千を超える時計を組み合わせて作った
巨大な龍がとぐろを巻いており、その龍が大きく口を開くと地面に闇色の息が吹きかけられ、
その部分は瞬時にモザイク化して砕け散った。この様子を見たツマランナー、ウツキ、コウの三人は
SANチェックです。
「おいコラ飯田ーっ、何ちゅうもん呼んどるんや!」
「タイミング的に俺が呼んだみたいに見えるけど俺じゃねえよ!」
「で、明らかにヤバイあれは何ですか?」
「時計龍、ループによって生じた歪みをエネルギーにして動き、召喚された場を最終処分場と同じ状態に
するまで暴れ続ける存在で、俺をこき使ってきた奴の切り札の一つだ。平行世界移動が封じられた状況と
合わせて考えると、俺が裏切ったと認識した奴がこの世界ごと俺を切り捨てる為に送り込んで来たんだろうな」
「つまり飯田さんのせいなのですね」
「しゃあない、皆でアレ止めるで」
「頑張れよー」
「「「お前も戦えよ飯田トオル!」」」
飯田トオルに命令し迷宮時計の力で永遠の闘争を楽しんでいたという人物は誰だったのか?
そいつが本当に黒幕なのか?だが、まずはこの世界の危機をなんとかせねばならない。
戦えツマランナー!時計龍を打ち倒しこの世界を救うのだ!
ツマランナー編 終わり
213
:
稲枝田
:2015/01/07(水) 03:05:27
古沢糸子
tp://p.twipple.jp/5piXT
214
:
本葉柔
:2015/01/07(水) 08:26:52
『ディスコ突入五時間前』
いやいや、コレないでしょ。
いくらなんでもコレは恥ず過ぎるんですけど!?
なんで、この服こんなに体にぴったり張り付いてるのー!?
こんなの服の上からでもおっぱいの形とか体型とか丸わかりじゃないの!!
やだあああーっ!!
「おーい、本葉ぁー、まだ試着終わんないのかー?」
「あううー、今終わったけど見ちゃダメーっ!」
次の戦闘空間は過去のディスコ。
ツマランナーさんと若葉卯月ちゃんの迷宮時計はとても強力で、戦闘空間の情報は前よりもずいぶんと詳しくわかるようになった。
今度は間違いなくAD1980年代の日本。
(※基準世界等では時ヶ峰紀元のATではなく、ADと書くらしい。なんかヘンな感じだ)
ケンちゃん達と時代考証を重ねた結果、ディスコに溶け込むためには『ボディコンシャス』というタイプの服がベストという結論になったんだけど――
こんなの恥ずかしくて着れないよーっ!!
これ着てってさ、もし図書館の時みたいに服装ミスって回りは普通の服着てたらどうするの?
はっきり言ってこれ完全に痴女だよチジョ!
警察に逮捕されて連行されて即場外負けだよおおっ!
この服ってケンちゃんの趣味なんじゃないの!?
ケンちゃんの変態っ! 変態変態へんたーいっ!
††††
すごく恥ずかしいボディコンシャス服を2着買ってから、フライドチキンを頬張りながら作戦の再確認。
パパとママに迷宮時計のことを説明したので、軍資金はばっちりなのが心強い。
というか、コレって完全にデートだよねデーート!!
この点では迷宮時計に感謝しなくもないね!
「日下景、という人物はこの世界では見つけることができなかった。完全に別世界の人間か偽名だな。能力のヒントもないので怖い」
うん。怖いよう。
もし即死能力とか持ってたらどうしよう。
「図書館では失敗したけど、今回もフラガラッハでサーチ・アンド・アンブッシュでいいんだよね?」
ケンちゃんがうなづく。
ふううー、ケンちゃんが保証してくれると心強いぜー!
「本当は変身して開幕直後にフィールド全体を焼き尽くすのが一番勝率が高いんだが、無関係の人を大量に殺しかねないからそれは出来ない。だが、ヤバいと思ったら即変身するんだぞ」
うん。できるだけ人は殺したくない。
でも、ケンちゃんの所に帰るためならば、いざとなったら殺す。
その覚悟はできてる……つもり。
スパイシーなチキンをがぶりとかじる。
おいしい。
ケンちゃんと一緒に食べると、ただでさえ美味しいチキンが超おいしい!
「ところでさ、前から聞きたかったんだけど、本葉の本名って“堀町”なのになんで“本葉”って名乗ってるんだ?」
おおお、ケンちゃんが私のことに興味持ってくれてる!
これは偉大なる一歩ではなかろうか!?
「ほら、私って孤児だったでしょ。今のパパとママの所に養子に貰われて戸籍は変わったけど、“本葉”ってのは本当の両親の名前みたいなんだ」
だから、もし本当の両親がまた私に会いたいと思った時にすぐ判るように、普段は“本葉”の方を使うようにしてる。
もちろん、堀町って名前が嫌なわけじゃないし、今のパパとママは大好きだよ。
私のことを引き取ってくれて立派に育ててくれたんだから、感謝してもしきれない。
「悪い。立ち入ったこと聞いちまったみたいだな」
あわわわ、ケンちゃんがまた変な気遣いしてやがる!
ケンちゃんならば、どんどん立ち入って来てオッケーだよ!
もっと来なさい! ウェルカム!
「ぜんぜん! ママだって本葉って名前はステキだって言ってくれてるし大丈夫!」
「あー、あの人、草花なら何でも大好きな感じだもんなあ」
「うん。ママの花好きには困ったもんだよねー」
店内には観葉植物がたくさん置かれていて、ファーストフード店にしては緑がやけに多い。
これは、この店に限ったことではなく、ママが住んでるこの街では普通のことだ。
窓から見下ろす街にも、花と緑が溢れている。
ディスコの戦いまで、あと五時間。
今回も私は絶対に勝ってみせる。
そして、ケンちゃんとパパとママが暮らしている花いっぱいの街に、必ず帰ってくるんだ。
(本編に続く)
215
:
上毛早百合
:2015/01/16(金) 21:48:04
【もし早百合と糸音が協力していたら】
これは、もし早百合と糸音が協力して迷宮時計探索任務を請け負ったらという、「もし、たられば」の話である。
◇◇◇
とある深夜。
迷宮を無事手に入れた早百合達は、活動拠点である隠れ家で一休みをしていた。
早百合はストーブを前に腰掛け、手に入れた腕時計型の迷宮時計を手の中で弄んでいる。
糸音は手織り機で黒い布を織っていた。
ふと、早百合が口を開いた。
「……この時計を手に入れるまでの旅は、ひたすら長く感じたのだ」
「まぁ、実際苦労しましたからね。事前に調べていた欠片の時計があるであろう在り処、あるいは持ち主の情報が偽物だったり、既に誰かに取られたりしていて時間を結構費やしましたからね」
「でもそれだけの時間をかけてグンマーの外を動き回った甲斐もあって、素晴らしい外界の思想を学べたのだ。グンマーの様な全体主義ではなく、個人を大切にするという個人主義。この違いを学べたのは大きいと想うのだ」
「そうですね。全体主義に完全に染まっていた頃の早百合は、手を切ろうとしたりしましたもんね」
「うっ。それは恥ずかしい過去なのだ……」
◇〜回想〜◇
それは任務に出かける前日の夜のことであった。
用事があって糸音は早百合の部屋を尋ねた。
「早百合、明日の任務のことですが――」
しかし途中で糸音の言葉は止まった。
早百合が持っている物、そして早百合が今から行おうとしていることに気づいて言葉を無くしたからだ。
「なんだ? 用件があるなら早く言うのだ」
「『なんだ?』じゃないですよ! 貴方、今何をするつもりで裁断機なんかに左手を……!」
「見れば分かるだろう。今から切断するのだ」
「切断!? そんな、なんの為にそんなことを……!」
「それは――」
左手を使った策のことを、早百合は詳細に説明した。そしてそのために今から左手を切断するのだと。
「勝利の為に、これは致し方ないことなのだ」
「……」
「糸音……?」
「……ッ!」
パァン、と激しい音がした。
「いと、ね……?」
早百合は頬を押さえる。糸音に頬を打たれたのだ。
「やめて下さい……!それは、あなたの、大事な左手でしょう!!」
「だが、ハマればこの策はかなり有効に働くはずなのだ……グンマーの為には仕方のないことなのだ」
「策がどうこうではありません! 戦闘空間での戦闘ならいざ知らず、この基準世界で切断したら二度と左手は戻ってこないのですよ!?」
「そんなこと、分かっているのだ。でも」
「でもじゃない! そのハマるかどうかも分からない策なんかより、手の方が大事に決まってるでしょう!? お願いですから、そんな馬鹿げたことはやめて下さい……!」
縋りつくように早百合の左手を両手でつかむ糸音。
普段冷静な糸音の必死な訴えに早百合は。
「……分かったのだ。糸音がそこまで言うなら、しょうがないのだ」
「本当ですか? 後でこっそり切断したりしたら怒りますよ」
「そんな面倒なことはやらないのだ。でもなんでそんなに必死に止めたのだ……? 別に糸音の手を切断するわけでもないのに」
「それは……なんででしょうね? グンマーの教えに沿うなら、グンマー人はグンマーの宝。だから体も無闇に傷つけてはいけない、ということでしょうか。うーん、でも少し違う様な……よく分からないですけど、とにかく衝動的に止めなくてはいけないと思ったのですよ」
「ふーん。優等生の糸音にも分からないことはあるのだな。そういえば、ここに来た用件はなんだ?」
「あ、それはですね。集合時間を早めに変更しないかって話なんですけど――」
◇◇◇
「思えば、私のあの時の感情は『他人を想う』ということだったのでしょうね」
「うむ。グンマーに居た頃はそんな単純なことも知らなかったのだ。グンマーでは損得を第一に考えるよう教えられてきたからな」
「えぇ。他のグンマーの皆さんにも……他人を想うということを……教えたい……もの、です……」
「……糸音?」
「……」
早百合が無言になった糸音の方を見ると、糸音は眠ってしまっていた。
それを見て、思わず微笑んだ。
「まったく、しょうがない奴なのだ」
早百合は布団を持ってきて、糸音の肩に掛けてやった。
この任務を受けてから得たもので一番大きかったもの。
それは糸音との強い絆だろう、と早百合は思う。
糸音の隣に椅子を持ってきて、早百合も布団に包まって眠り始めた。
【END】
216
:
フランシスカ(西)
:2015/01/21(水) 21:39:13
【フランとゴリラの大冒険!迷宮時計編】
『VSシスターセシル』
フランとゴリラはとっても仲良し。
いつも一緒にお散歩するの。
「今日は懐かしのアリマンヌ児童館に行こう!」
「ウホウホ……じゃねーよ!何で俺がゴリラなんだよ!」
「えー、だって人類よりゴリラに近くない?」
「酷いなお前……」
フランとゴリラが聖アリマンヌ教会附属のなかよし児童館に行くと、美しいピアノの音色が聞こえてきました。
「これ弾いてるの、きっとセシルだよ」
「ふむ、ずいぶん上手いな。プロ級じゃないか?」
「ふふふー、自慢の幼馴染みです!」
「だが、何だろう。この曲の美しさの中に感じられる深い哀しみは……」
「おおう、音楽センスも冴えてるぜ流石だぜ。――そうなの。彼女も私と同じで捨て子なんだ。ま、児童館のみんなはそんな子が多いけどね」
「……ふむ」
そして、フランとゴリラは児童館の中に入っていきます。
フランの予想は大正解!
礼拝堂のピアノを弾いていたシスターセシルが来客に気付いて出迎えました。
「久しぶり。この方が例の彼氏?素敵な人じゃない!フランったらやるねー」
「ただいま、セシル。あんまり児童館に顔を出せなくてゴメンね」
「ドーモ、彼氏のゴリラです」
「えっゴリラ!?」
だけど、おやおや?児童館のみんなの様子がおかしいです。
なにやらひどく落ち込んでいます。
「どうしたの?」
「ウホウホ」
シスターセシル達が言うには、シスター長が教会の金を横領してホストに貢いだ挙句に夜逃げしてしまったそうです。
お陰で、元々苦しかった聖アリマンヌ児童館の台所事情は火の車。今にも閉鎖の危機に瀕しているのです。
「そうだったとは・・・」
「ウホウホ」
「そうだ、こんなところにパスタがあるわ」
「ウホウホ」
フランはキッチンタイマーとパスタの束を取り出して、得意の料理を児童館のみんなにふるまいました。
それはもう最高にアルデンテな出来映えで、シスターセシルと児童館のみんなは少し元気が出てきました。
でも、たった一食のパスタでは台所事情が抜本的に改善するわけもありません。
それに、フランの作ったシーフードパスタはとっても美味しかったけど、魚介類が苦手な子どもも多いのです。
リュネットちゃんみたいに、海の幸が大好きな子ばかりならいいんですけどね。
「そうだ、こんな所にキノコがあるわ!」
「いや、キノコじゃなくて剣だが」
「まあまあ、キノコも剣もアレの隠喩だから一緒一緒!」
「おい……俺のキャラ壊しすぎだろ……」
そう言いながらも、ゴリラはどこからともなく『けんの山』を大量に取り出しました。
『けんの山』とは、基準世界における『きのこの山』のニッチを占める人気のお菓子です。
歴史の復元力によって、この世界の歴史と文化は基準世界とほとんど同じ経過を辿っていますが、このように細部は色々と違いもあるのです。
ともかく、チョコレート菓子が嫌いな人間なんてほとんど居ません。
セシルもみんなも『けんの山』を食べて大喜び!
「ピアノ弾くぞ!ピアノ弾くぞ!ピアノ弾くぞ!」
「昆布で殴るぞ!昆布で殴るぞ!昆布で殴るぞ!」
「ボンバー!ボンバー!ボンバー!」
「俺の筋肉だ!俺の筋肉だ!俺の筋肉だ!」
217
:
フランシスカ(西)
:2015/01/21(水) 21:39:39
チョコレートには、人間の脳を活性化させる魔法のような効果があることは皆さんご存知ですね!
そして、ゴリラが良いことを思い付きました!
「そうだ。今度、女性限定の世界格闘大会が開かれるって話、聞いてないか?俺も女装して参加しようと一瞬思ったんだが」
「やめて!」
「賞金がすごいって話だぜ。誰か腕っぷしの強いシスターとか居ないか?」
「うーん、フラン、出てくれる?」
「うー、ゴメン。わたしちょっといま別件でたてこんでて……」
「はいっ!私が出ます!」
「駄目。大事な話の最中だからリュネットちゃんは向こうで遊んでてね」
「私つよいのに……」
シスターセシル達は、リュネットちゃんが兵器であることを、まだ知らないのです。
「そうだ、マリー!」
「あ、マリーならば行けそう行けそう!」
シスターマリーは、ちょっと不良っぽい女の子ですが正義感に溢れていて、我流の喧嘩殺法も中々の強さです。
よし、マリーに頼んでみよう、とフランが腰を上げましたが、セシルは引き止めました。
「慌てないで、フラン。マリーをその気にさせるには、まずはエルザに話した方が早いよ」
「なるほど!」
シスターエルザは、幼い頃からのマリーの親友で、マリーの扱いならば聖アリマンヌ教会で最も上手いのです。
でも、実はエルザは重い病を患っていて……というお話は別の機会にいたしましょう。
これは、フランシスカとゴリラの物語ですからね!
「目的のシスター服ももらえたし、今日もいい事したね!」
「ウホウホ!」
「あの……ゴリラ扱いしたの怒ってる?」
「べつに」
「ううー、ごめんなさい」
「気にしてねぇよ」
「ふふ、明日も一緒に出掛けようね!」
「おう」
めでたしめでたし。
(裏決勝戦【過去】地下墓地に続く)
218
:
本葉柔
:2015/01/23(金) 20:16:11
>>216-217
特にトリックとか仕掛けてはいなくて、普通にフランシスカ=本葉柔です。
ゴリラ扱いされてるのは、時ヶ峰堅一くんです。
本葉柔はクリスチャンで、洗礼名がフランシスカであるということを説明する主旨のSSですので、深読みする必要はありません。
219
:
本葉柔
:2015/02/13(金) 21:55:27
『スプリング・ハズ・カム・フォー・マイ・フェア・レディ』
切り裂きジャックが死んだらしい。
とんだ間抜け野郎だ。
だが、ロンドンの闇がすべて排除されたと思ったら大間違いだ。
まだ俺がいる。
切り裂きジャックの義兄弟、バネ脚ジャック様がな!
(題名のスプリングって、そっちのスプリングなのーっ!?)
なんだ? 時空を超えた突っ込みが飛んできたぞ?
まあいい。
俺は、切り裂くだけしか能がないリッパーの奴とは違う。
両足をバネに変える最強の能力『ドクター・ナカマツ』で、世界を恐怖で染め上げてやる。
(能力名が時空を超えてるんだけどーっ!? ていうか、シェルロッタの能力の完全下位互換で最強とか言ってるーっ!?)
誰だよお前、うるさい幼女だな!
能力ってのは本体性能が伴ってこそ最強なんだよ!
見よ、ロンドン橋を軽々と飛び越えるこの身体能力!
(私は、友達を止めてくれた子の様子を見に来たんだ。ところで、そっち行かない方がいいよ。――もう遅いけど)
「ぐあっ!?」
ロンドン橋の上空で、俺は目に見えない網に絡まれて宙吊りになった。
なんだこれは!?
何が起こっている!?
眼下のロンドン橋には、二人の少女。
銀のマントを身に纏い、赤い花の髪飾りを付けた黒髪の少女が言った。
「――霞絡(ミスティックキャッチャー)。霧の町ロンドンでは全然見えなかったでしょ?」
もう一人のオリエンタルな作業着の少女が、キラキラとした物を放り投げた。
あれは――硝子玉?
硝子玉はシュー、と音を立てながら霧の尾を引いて高速で飛んでくる。
そして、俺の目の前で爆発した!!
「ぎゃあーっ!」
硝子玉の砕けた破片が目に入り、俺の視界は奪われた。
さっきから、何が起きてるのかまったく解らねえ!
(上から来るよ。気をつけて!)
「えっ?」
いや、気を付けろって、何にだよ?
どう気を付ければいいんだよ!?
「スーパー爆ν百貫落としッ! ボンバーッ!!」
上空から降ってきたのは、とてつもない大きさの……おっぱい!!
「グギャボェーッ!!」
とてつもない重さのおっぱいに押し潰され、俺はロンドン橋に叩き付けられた。
俺は……世紀の殺人鬼バネ脚ジャックは……おっぱいに潰されて死ぬのか……。
それは、けして悪い気分ではなかった。
220
:
本葉柔
:2015/02/13(金) 21:56:10
††††
「ふー、一丁あがり! ……この人、死んでないよね?」
と、おっぱいの大きな赤い髪の少女、本葉柔。
「さあ? 天国に行ったような顔してるけど?」
と、椿の髪飾りを付けた銀マントの少女、刻訪結。
「大丈夫。まだ息はあるみたい。あとは警察に引き渡せば事件解決だね」
と、作務衣を着た琥珀色の瞳の少女、飴びいどろ。
三人は、なんかこうスラップスティックな理由で、ロンドンを騒がす殺人鬼を捕まえなければならない立場に追い込まれてたっぽいのだ。
(いや、もうちょっと理由ちゃんと煮詰めてからSS書こうよ!?)
と、ツインテールで半透明な幼女、撫津美弥子。
「ところで、私たちがバネ脚ジャックを捕まえたりして、歴史が変わっちゃわないかな? ちょっと心配」
本葉柔は、超必殺技で乱れた着衣を整え、こぼれかけた大きなおっぱいを包み隠した。
「別にいいんじゃない? 少なくとも、切り裂きジャックの時よりは影響小さそうだし」
バネ脚ジャックを糸で縛って拘束しながら、刻訪結が答えた。
「うん。それに、この人は本物のバネ脚ジャックじゃないんだ。切り裂きジャックに感化されて、自分がバネ脚だと思い込んじゃった別人なの」
この時代に来てから少し時間の経っている飴びいどろは、他の二人よりも事情に詳しい。
「ふーん、それで殺人鬼になんちゃったのか。怖いね」
(いやいや、結さんも比較的怖い殺人鬼寄りのキャラだからね!?)
「思い込みの激しい人もいるもんだねえ」
(自分がボンバー星人だと思い込んでる人にだけは言われたくないと思うよ!?)
その時!
ミシミシ、ドガジャガース!!
おっぱい柔術の破壊力に、ロンドン橋が崩壊した!!
「きゃあああーっ!!」
「うわーっ!?」
「柔ちゃんのおっぱい馬鹿ぁーっ!!」
春とはいえまだ冷たいテムズ川に落下する3人の少女とバネ脚ジャック!
(題名の『マイ・フェア・レディ』って、ロンドン橋の歌詞ーっ!?)
「ボンバーッ!!」
本葉柔が遮光ゴーグルを外して巨大蟹ボンバーνに変身!
オール状の第四歩脚でテムズ川を華麗に泳ぎ、結とびいどろとジャックを救出する!
「ボンバー……(ふふ、ケンちゃんと三度目に戦ったときのことを思い出すな……)」
テムズ川に浸かりながら本葉柔は、大好きな彼との思い出を振り返った。
三度目の対戦は、船ごとケンちゃんを沈めて水中戦に持ち込んで、負けた。
強かったなあ、ケンちゃん。
ケンちゃん。大好きなケンちゃん。
私は、19世紀のロンドンでも元気にやっています。
結ちゃんと、びいどろさんとも、仲良くできてます。
ケンちゃんの声が聴けるから、寂しくなんかありません。
でも、できるだけ早く迎えに来てね。
――愛してるよ、ケンちゃん。
(ちょっと待って!! しんみりとした感じで締めてるけど、大惨事起こしたの柔さんだからね!?)
(本葉柔エピローグ、おしまい)
221
:
本葉柔
:2015/02/13(金) 23:22:21
>>220
誤「ふーん、それで殺人鬼になんちゃったのか。怖いね」
正「ふーん、それで殺人鬼になっちゃったのか。怖いね」
訂正ですー。
222
:
minion
:2015/02/22(日) 01:43:53
山禅寺ショウ子。
tp://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=48890983
制約の関係で対戦相手としては敬遠されがちでしたが、ゆるふわ愛され系でイメージアップを図ります。
223
:
ゆとりのぽこぺん
:2015/03/01(日) 20:40:29
野試合風SS
梶原惠介対ツマランナー
戦闘空間:反省会会場
ジャーン!
ツマ「黒パン一筋ツマランナー!」
ジャーン!
梶「仏教一筋サブイネン!」
ツマ「待て」
ジャーン!
梶「色々浮気中カミマクリン!(裏声)」
ツマ「待てちゅーに」
ジャーン!
梶「どうもー!ワイら三人合わせて〜オモロナイトファイブ!」
ツマ「待たんかい!」
梶「どうしたんやツマランナー、このサブイネン&カミマクリンに何かおかしい所でもあったんか〜?」
ツマ「お前は!漫研の!梶ちゃん(本名は山崎智樹)やろが!」
梶「馬鹿な、つかみのネタまで完璧に覚えたのにどうしてバレたんだ!」
ツマ「顔の半分だけメイクして左右で別の衣装着るとかの努力は認めるが、そんな一人二役すぐばれるわい」
梶「ふっふふ、よくぞ見破ったなツマランナー。そう、俺は梶原惠介だ!」
バアァーン(変装解除)
梶「どうやらこの女装用のズラもスキンヘッドに見せる為のハゲズラも無意味に終わってしまった様だな」
ツマ「お前は元々スキンヘッドやからハゲズラは本当に無意味やったな。で、本物の二人はどこ行ったん?」
梶「デート中だ。だから今日は俺とお前で漫才するぞ」
ツマ「勝手に決めんなや!」
梶「えー、大会ですが糸目の神父がぶっちぎりで優勝してしまいましたねー」
ツマ「え?本当にやんの?今日そういう流れ?」
最前列でカメラを構えたスタッフが『お二人はメタな流れ全部把握しているという設定でお願いします』
というカンペを構えていた。仕方なくツマランナーは漫才を続行する。
梶「どうですぅ〜?ツマランナー先輩はアレと当たったら勝ちの目が見えますぅ〜?」
ツマ「うっわ、むっちゃムカツク敬語やな。普通に喋れや」
梶「で、どうなんだよ。あんたはアレに勝てるか?」
ツマ「ワイに勝った本葉ちゃんや梶ちゃんに勝った風紀バカを倒した探偵がほぼ一方的にやられたんやで。
勝てる気が全くせーへんわ」
梶「俺は勝てる!!」
ツマ「何でそんなに自信持って言えるねん。魔人の勝負は相性ってよく言うけどアレは別格すぎやろ」
梶「忘れたかツマランナー先輩。この梶原惠介にはまだ未公開の『漫拳三大奥義』が残っている事を」
ツマ「あー、そんな設定あったような無かったような」
梶「あったんだよ。マジでゴイスーな奥義があったんだ。本編で使う機会は無かったがな」
ツマ「ほー、んじゃ神父にも通じるという三大奥義見せてみろや」
梶「びびるなよ〜、まずは三大奥義その一、全ての生物から中二力を貰って放つ『魔人玉』!」
ツマ「要は元気玉やね」
梶「おっし、んじゃやるぜ!迷宮時計によって生まれた全ての平行世界の生物よ、
オラにちょっとずつ中二力を分けてくれ!!」
ツマ「いやそれはスケールでかすぎやろ!でもまあ確かにそれなら神父も死ぬ、間違いなく死ぬわ」
梶原が両手を上にあげると小さな光の玉が発生し、それは少しずつ、本当に少しずつ大きくなっていく。
手を上げてから二十秒後にはそれはビー玉ぐらいの大きさにまで成長していた。
224
:
ゆとりのぽこぺん
:2015/03/01(日) 20:42:32
梶「いいぞ、もっと集まれ」
ツマ「なあ梶ちゃん、これいつまでかかるの?」
梶「ウィッキーさんのカメハメ波を超えるのに三十分、神父を確実に消すとなると北海道を完全消滅
させるぐらいの威力でないと確実じゃねえから8時間両腕上げっぱなしだ」
ツマ「効率悪すぎやろ!そりゃあ本編で使う機会無いわ!」
梶「効率を上げる方法もあるにはある」
ツマ「お、サタン方式か?」
梶「そうだ、人々両手を上げてくれれば効率はダンチだ。つーわけで会場の皆さんにお願いしよう」
ツマ「せやな」
梶「こらーっ、貴様ら何で俺のいう事を聞かねえんだー!世界が滅びようとしてるんだぞー!」
ツマ「それアカン頼み方やー!」
梶原の頼み方は明らかにアカン頼み方だった。だが会場内の観客の一部は両手を上げて行った。
観客1「ケヒヤヒャー!俺の中二力であの腐れ神父が死ぬのなら喜んで協力しますよぉぉぉー!」
観客2「魔人玉で良い奴に生まれ変わってまたな!死ヒャアー!」
何という事だ、観客に紛れていた糸目達の中二力で魔人玉の色が変色していく!
これはもう糸目玉ではないか!約束された敗北の玉は梶原のコントロールを外れて重力に引かれるように落下。
両腕の間をすり抜けて梶原の頭部に直撃。ゴキリという嫌な音と共に首が曲がっちゃいけない方向に曲がった!
ツマ「梶ちゃーーーーーーーーーーーーん!」
梶「ふう、自分から頸椎を外さなきゃあ死んでたぜ」
ツマ「梶ちゃん、生きとったんかワレ!でもアカンやん、この技」
梶「そうだな、糸目の力が強制的に混ざる時点でこの技では神父には届かねえ。次いくぞ次!
梶原三大奥義その2!えー、この技は俺の元ネタの一つ喧嘩商売より引用した技です。
ツマランナー先輩、ちょっとそこに寝てくれ。奥義その2はダウン後の追撃技なんだよ」
ツマ「はいな」
BOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!
ツマランナーが横になった直後、梶原の尻からむっちゃ臭い屁が吹き出し顔面に直撃した!
梶「奥義その2、『梶原メタン』!!」
ツマ「がっ、ぐあああこれうっぐうううう幕張おおおおおおおじざああああああああ」
梶「その臭さ数字にしてクサヤの一万倍以上!!」
tマ「テラフォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
喧嘩商売全く関係無かった。
だが最早ツッコミすらままならなかった。ツマランナーは顔中の穴から液体を流し叫び続ける。
やがてツマランナーは鼻の穴に指を突っこみ強引に鼻全体を抉りとった。
ジャーン!
ツマ「ぎ、聞いてぐだざい『ケアルガエスナ』」
ジャカジャカジャカジャカ
ツマ「バーディにひどりはひづよう、がいふぐやぐ〜、ぎょうもたのんまずブリーズド〜」
ジャカジャカ
ツマ「はーい、びつよーなのばHPがいぶくでずが?ぞれどもバズデでずが?
えーいめんどうりょうぼうかげればぜんがいふぐ〜」
ジャーン!
ツマランナーに染みついた臭いと抉った鼻が修復されていく。
歌唱時間が少なかったので完治とはいかないが普通に喋れる程度には回復した。
225
:
ゆとりのぽこぺん
:2015/03/01(日) 20:44:17
ツマ「よっし、7割がた治った。まだ髪の毛とか臭いし鼻ヒリヒリするけど」
梶「どうですぅ〜、俺の奥義その2の感想は〜、どうですぅ〜」
ツマ「驚いたけど、これで神父倒すのは無理や」
梶「なにぃ!」
ツマ「だってあいつバステの類完全無視してくるやん。悪臭浴びせても体色を七色にしながら
襲ってくるだけな気がするで」
梶「そう言われるとそんな気がしてきた。それじゃあ期待できるのは最後の奥義だけか。
この奥義はあまり使いたくなかったんだがなあ」
ツマ「もったいぶってないで使えや。ワイはもう死んでもいいぐらいの覚悟はできたで」
梶「でもなあ、正直この技は危険すぎるわけだ。三大奥義の中でも禁じ手としてずっと封印してきた奥義だ。
その名は・・・『G・ファイナル』」
ツマ「なんかカッコイイやん!どんな技や?」
梶「この技は段差が無いと使えないんでな。先輩、ちょっとステージと客席の間の階段まで移動してくれ」
ツマ「もう放屁は勘弁やで」
梶「その階段はすべるぞー!」
ツマ「は?」
梶原がそう言った瞬間ツマランナーは足を滑らせた!
ツマ「うわああああーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」
階段を転げ落ちると共に服が脱げて行き、全裸になり床に転がった。
その時である!いつの間にか一緒に転がっていた猟奇温泉ナマ子と本葉柔、
そして日下景が上から降ってくる!
ビターーーン!
鏡餅の様に積み重なる4人!もろちん全員全裸!そして心なしか全員の顔がエンピツで書いたかの様な
汚い輪郭かつ中途半端な劇画風になっている!
ツマ「うう・・・」
ツマランナーは動けない、落下のダメージもあるが上に乗っている柔の体重はトン単位なのだ。
自分以外は全員気絶している様でどうにも動きようが無い。
どうしたものかと悩む暇は無かった。
プップー
ツマ「はうあ!?」
突如クラクションの音がなったかと思うと・・・室内だというのに居眠り運転のトラックが
ツマランナー達に向かって突撃してきた!
ツマ「ギャー!」
全裸で動けない状態でトラックに直撃したツマランナー達は当然バラバラ死!
ツマランナー、柔、ナマ子、日下、梶原の肉片が路上に転がる!
そう、いつの間にかトラックが突っ込んでもおかしくない路上へと場所は移っていた!
そして、サラリと死者に混ざっている梶原惠介!
梶「G(画太郎)・ファイナル、それはギャグキャラほど大ダメージを受ける最終奥義。
だが、対象は必ず複数選ばれ、最初の一人以外は完全ランダムとなる。
ぐっ・・・やはり制御しきれなかったか。グハァ!!」
生首だけになった梶原は自分の技を解説後力尽きた。辺りに死〜んという擬音が響いた後
トラックからビールとピザを持った糸目の神父が降り近くの酒場に入っていった。
戦場:路上
梶原惠介対ツマランナー対猟奇温泉ナマ子対本葉柔対日下景対綾島聖
勝者、綾島聖!
オチがついたので終わる
梶原さんとの勝負が書きたくて書きたくて書いてしまいました。
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