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【ノベール】RED STONE 小説upスレッド 七冊目【SS】

1ルイーダ★:2008/05/03(土) 01:08:47 ID:???0
【重要】以下の項目を読み、しっかり頭に入れておきましょう。
※このスレッドはsage進行です。
※下げ方:E-mail欄に半角英数で「sage」と入れて本文を書き込む。
※上げる際には時間帯等を考慮のこと。むやみに上げるのは荒れの原因となります。
※激しくSな鞭叩きは厳禁!
※煽り・荒らしはもの凄い勢いで放置!
※煽り・荒らしを放置できない人は同類!
※職人さんたちを直接的に急かすような書き込みはなるべく控えること。
※どうしてもageなければならないようなときには、時間帯などを考えてageること。
※sageの方法が分からない初心者の方は↓へ。
http://jbbs.livedoor.jp/game/19634/storage/1117795323.html#562


【職人の皆さんへ】
※当スレはあくまで赤石好きの作者・読者が楽しむ場です。
 「自分の下手な文章なんか……」と躊躇している方もどしどし投稿してください。
 ここでは技術よりも「書きたい!」という気持ちを尊重します。
※短編/長編/ジャンルは問いません。改編やRS内で本当に起こったネタ話なども可。
※マジなエロ・グロは自重のこと。そっち系は別スレをご利用ください。(過去ログ参照)


【読者の皆さんへ】
※激しくSな鞭叩きは厳禁です。
※煽りや荒らしは徹底放置のこと。反応した時点で同類と見なされます。
※職人さんたちを直接的に急かすような書き込みはなるべく控えること。


【過去のスレッド】
一冊目 【ノベール】REDSTONE小説うpスレッド【SS】
http://jbbs.livedoor.jp/game/19634/storage/1117795323.html

二冊目 【ノベール】RED STONE 小説upスレッド 二冊目【SS】
http://jbbs.livedoor.jp/game/19634/storage/1127802779.html

三冊目 【ノベール】RED STONE 小説upスレッド 三冊目【SS】
http://jbbs.livedoor.jp/game/19634/storage/1139745351.html

四冊目 【ノベール】RED STONE 小説upスレッド 四冊目【SS】
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/19634/1170256068/

五冊目【ノベール】RED STONE 小説upスレッド 五冊目【SS】
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/19634/1182873433/

六冊目【ノベール】RED STONE 小説upスレッド 六冊目【SS】
http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/game/19634/1200393277/

【小説まとめサイト】
RED STONE 小説upスレッド まとめ
ttp://www27.atwiki.jp/rsnovel/

511◇68hJrjtY:2008/10/26(日) 08:04:03 ID:TGA7oD/s0
>スイコさん
おぉ、避難所への投稿もありがとうございます!
改めて後で避難所の方の作品も読ませてもらいますね。
思えばWikiも作ったのに多忙にかまけて放置してるなぁ…(´・ω・`)
時間のある時にちょいちょい編集作業していきますね。

>ESCADA a.k.a. DIWALIさん
相変わらず、幼女の書き方が上手い…っと、ハロウィン小説ありがとうございます(笑)
ハロウィンと聞くと楽しいという雰囲気を思い浮かべる私、このような悲しい話に仕立てられていると
意外ながら新鮮な気持ちです。でもちゃんとハッピーエンドで結んでくれたのは嬉しかったですけれど(´;ω;`)
リタがジャックと一緒に冒険に出たのはまた別のお話。それこそが彼女たちの本当の物語の始まりですね。

>黒猫&白頭巾さん (笑)
おおぉぉ、なんかすごいスレが伸びてるってか伸びすぎ!コラボ小説ありがとうございます(ノ∀`*)
なるほどなるほど、示し合わせた上でのコラボだったのですね。長編好き同士さすが、息が合ってますね!
長いとはいえギャグ小説みたいなノリで笑いながらサクッと読んでしまいました(笑)
ふぁみたん命名の「けしずみさん」にはホントに笑わせてもらいました…あわれアーティはん。
お二人の色んなキャラの色んな一面大公開ッ!小説でしたね(*´д`*) 本編でも見たかった…!(笑)
あ、私はいけめんさん×おねーさまの「いけおねさん(謎)」で!(何

512甘瓜:2008/10/27(月) 01:29:19 ID:hPdg4DVc0
落ちた知識人

駆け出しのウィザードの私は、宿代を稼ぐために古都で仕事を探していた。
すると、うしろから男に声をかけられた。
彼は、クレンドルと名乗った。
「研究材料の飛海月のサンプルを探してるんだけど、引き受けてくれないかな?」
私はその仕事を難なくこなし、報酬を受け取る。いくらかの金と<帰還巻物>だ。
「あの、良かったら研究のほうのお手伝いもさせてください」
研究やら、実験やらに興味のあった私はそう申し出る。
報酬は出せないよ、とのことだったが、問題は無い。私がほしいのは知識だ。

それ以来クレンドルの手伝いを頻繁にこなした。
そんなある日、
「君もそろそろ自分の研究を始めてみないか?」
そうクレンドルに言われたのをきっかけに、
私は自分の研究をするようになった。
いつか他人の役に立てるような研究家に…!
それが、このとき私が心に決めたことだった。

たくさんの研究をした。
実験材料の採取にも実験道具を使った。
そんな中で、私の実験道具が昔より力を増した。
これは、私の研究<愛着による道具への思念の憑依>の実例といえる。
そして、私はそれを複製する機械もつくりだした。

513甘瓜:2008/10/27(月) 01:31:14 ID:hPdg4DVc0
そんな私に目をつけた組織がある。
レッドアイである。
手荒な組織であるのは噂で聞いたことがあるが、
設備のよさにほれ込んで、入信した。
それからは、自室で寝食を忘れ研究に没頭した。

研究所に冒険家がはいってくると、
「私の邪魔ばかりしよって!もう許さないぞ!」
と怒り狂って得意の魔法を連射する。
ことわっておくが、私はかなり上級のウィザードだ。
この辺りで狩をするような奴らでは束になっても倒せないだろう。
研究の過程で材料採取などをするうちに強くなったのだろう。
「ちっ!撤退だ!皆逃げろ!!」
リーダー格の戦士仲間を逃がし、自分が囮になる。
「ふんっ、仲間は上手く逃げたが、お前はどうする気だ!?」
「こうするのさ」
 !!
戦士は<帰還巻物>を取り出したのだ。
別に、巻物に驚いたのではない。
昔を思い出したのである。
私に研究家になるきっかけをくれた人がくれた巻物。それが過去の記憶を思い出させた。
─いつか他人の役に立てるような研究家に…!─
戦士が去った後、私はちにひざをつけて倒れこんだ。
そうだ、大切なことを見失っていたんだ…研究の過程で!
だが、いまさら組織を抜けれるはずは無い。
こんなに大きな組織に狙われて逃げきる自信はない。
ならどうする?
答えの出ぬまま自室に戻る。
ぼーっとしていた所為で論文の山をひっくり返す。
…!!これだ。<愛着による道具への思念の憑依>…。

514甘瓜:2008/10/27(月) 01:32:40 ID:hPdg4DVc0
「私の邪魔ばかりしよって!もう許さないぞ!」
ククク。なにが人のために、だ。完全に私利私欲じゃないか…
自分がかつて言っていたセリフが今はとても可笑しい。
「止めだっ」
バタッとレッドアイ所長…もといその影武者が倒れる。
「手袋ゲットー」
「何もとれなかった…」
「指輪あったら買うよ〜」
「白衣しかないや><」
「杖と靴ひろったv」

私は、影武者をつくり、冒険者に試練を与えている。
もちろん、倒せる程度の強さだ。
それ故、実力の衰えと本部に判断され、減俸…
「どうか私の力が、彼らの力になりますように…」
そう聞こえない程度の声で呟く。
さて、ひさしぶりに古都にでも行くか。金も稼がなくてはいけないしな。

古都で<所長の実験道具>を売りさばくウィザードを見かけたなら、
もしかすると、それは本物のレッドアイ所長かもしれません。

Fin

実は所長のセリフもうろ覚えの癖にこんな話書いてしまいました。
間違っていたら教えてください
そして、改行下手すぎ…。文章も下手ですけどね…
お目汚し失礼しました

515ドワーフ:2008/10/30(木) 18:37:47 ID:AepyIIHk0
子供たちの夜

 エバンスはつい最近この村にやって来たばかりの自称文豪。街の喧騒を離れて新作の執筆に打ち込むためにわざわざ辺境の村に大きな別荘を構えた。
 実際のところ、エバンスの本は一冊として売れたことはない。ただ作家という職業の雰囲気が好きな彼が富豪だった親の遺産を食いつぶしているだけだ。常に琥珀のパイプを手放さず高慢な態度をとる虚飾家、村の人々は彼を"先生"と呼ぶ。
 ある日、近所に住むフランコがエバンスを訪ねてきた。フランコは大きな袋を抱えてのしのしと玄関に上がりこむと、その袋をどさりとエバンスの前に置いた。
「なんだねこれは」
「お菓子ですよ、先生。明後日はハロウィンですから。自分でお菓子を用意しない家には、こうして子供達に配る分のお菓子を私が用意して配分してるんです」
 フランコが朗らかな笑顔で言った。エバンスが袋の口を開けてみると、確かに袋の中には小さなキャンディーがいっぱいに詰まっていた。300個は詰まっているだろうか。
「これはまた、随分と多くないかね」
「いえいえ、まだありますよ」
 そう言ってフランコは外へ出ると、さらに同じ袋を二つ抱えてきてエバンスの前にどすんと置いた。
 エバンスは怪訝そうに3つの袋を見下ろすと、パイプを口にくわえて吸った。そして煙を吐いて落ち着いて計算を始めた。エバンスが見た範囲ではこの村の子供の人数は10人程度、目の前のキャンディーが900個として…。
「一人につき90個くらいかね」
「まさか!3個だけで十分ですよ」
 エバンスは眉間に皺を寄せ、パイプの口でフランコを指差すように示しながら尋ねた。
「ちょっと待ちたまえ、このキャンディーは全部でどれだけあるんだね」
「1000個です。余った分は召し上がっても結構ですよ」
「いらん!キャンディーなど何百個も食べられるか!」
「100個もあまる事はないと思いますが…」
 エバンスは口をぽかんと開けた。訳が分からない。
「待ちたまえ。どうも話があってないぞ。この村の子供の人数はせいぜい10人ぐらいだろう?」
「よく見ておいでですね。11人です」
「では、どうして1000個もキャンディーが要るんだね」
 エバンスの質問に、フランコは大きく頷いて納得したように手を打った。
「ああ!そういえば先生はまだこちらに来たばかりでしたね。この村ではハロウィンの夜に子供が増えるんですよ」
「増える?子供が?」
「ええ。増えるんです」
「何故だね」
「さあ」
 エバンスは不快そうに眉を吊り上げて、怒ったように声を張り上げた。
「君は私をからかっているのかね」
「いえいえ、滅相もない。ただ、私も理由をとんと存じないので」
「ふざけるな!そんな訳の分からないことで勝手に人の家の玄関にこんな邪魔な物を置きおって」
「まあまあ先生、落ち着いてください」
「うるさい!この邪魔な袋を片付けて、さっさと失せろ!」
 エバンスの言葉にフランコは驚いたように声を上げた。
「先生、それは困ります」
「うるさいと言ってるだろう。大体私は子供が大嫌いなんだ。うるさくて品がなくて、その上汚らわしい!」
「しかし…」
 何か言いかけたフランコを、エバンスはじろりと睨みつけて黙らせた。何を言っても無駄だと思ったのか、フランコは持ってきた袋を持ち上げた。
「イタズラされても知りませんよ…」
 フランコはそう言い残してエバンスの家を後にした。
「ふん、ガキのイタズラがなんだと言うんだ」
 エバンスはフランコが開けていった扉をバタンと大きな音を立てて閉じた。

516ドワーフ:2008/10/30(木) 18:38:56 ID:AepyIIHk0
 次の日エバンスが村の中を散歩していると、村人達が自分を見て何やらひそひそと噂をしているらしいのが目に付いた。エバンスが噂している村人達を不快そうに睨むと、彼らは白々しく明後日の方を向いた。
『まったく、何だと言うんだ』
 エバンスは内心毒づいた。彼の頭の中では、フランコの言っていたハロウィンに子供が増えるという件は自分の富に嫉妬した村人達の悪ふざけという事で完結してしまっていた。
『貧乏人の田舎者どもめ、こんな土地に別荘など建てたのが間違いだったな』
 エバンスは悪態の代わりに煙草の煙を口から吐き出すと、遠くで農作業をしている村人達を侮蔑するような目で見た。そのとき、背後の民家から子供の大きな声が響いてきた。
「あ痛っ!」
「こら!これは配る分だから食べちゃ駄目だって言ってるでしょうが」
 どうやら子供がつまみ食いしようとしていたらしい。
 気になったエバンスが窓から家の中をちらっと覗くと、母親が子供を叱りつけているのが見えた。どこにでもある光景だが、エバンスは目を見張った。そこにはなんと、テーブルの上に信じられない量のクッキーの山が鎮座しているではないか。
「ちょっとぐらい良いじゃないかよー」
「だーめ、外の子達にイタズラされたくなかったら、あんたも袋に詰めるの手伝いなさい」
 どうやらあのクッキーを小さな袋に小分けに詰めているらしい。あの量では夕方まであの作業をすることになるだろう。
 エバンスは少し気味の悪いものを感じつつも、平静を装ってその母子の家の前をゆっくりと通り過ぎた。
 エバンスは歩きながら考えた。果たしてあんな量のクッキーを作ってまで人をからかいたいものだろうか。そこまで手の込んだ事をするものだろうか。
 エバンスは不安になった。もしかすると、本当にハロウィンの夜に子供が増えるのかもしれない。もしそうだとしたら、その子供達はどこからやってくるのだろうか。
 エバンスはあの母親の言葉を思い出した。
「外の子達だって?」
 "外の子"とはどういうことだろうか。他の村から子供がやってくるということなのだろうか。だが一番近い隣村でもここまで歩いて2、3時間はかかってしまう。子供の足ならもっとだろう。
 なにより隣村だってそれほど子供は多くないし、ましてや何百人もの子供なんてこの村の周辺に居はしない。
「おや先生。お菓子の準備はもうお済みですか」
 エバンスが考え込んでいると、たまたま通りがかった村人が声をかけてきた。村人は大きな袋を抱えており、チョコレートの甘ったるい匂い漂ってきた。
「いや、まだだが」
「ええええ!?」
 否定するエバンスに村人は素っ頓狂な声を上げた。あまりの驚きようにエバンスはたじろいでしまった。
「先生、早く準備しないと間に合いませんよ!?」
「い、いや、私はハロウィンなどという行事には興味がないものでね」
「何を言ってるんですか!」
 村人が詰め寄ってくると、チョコレートの匂いがより一層強くなった。服に匂いがついてしまいそうだった。
「興味あるか無いかなんて事は、あいつらには関係ないんですよ!?」
「あいつら?」
「去年はお菓子が少し足りなかったばかりに、ベジェンの奴は……あぁ怖ろしい!先生、今すぐフランコの家に行ってお菓子を貰ってきてください。いいですね?忠告しましたからね!」
 村人はまくし立てるようにエバンスにそう言うと、エバンスの声を無視して怖ろしい怖ろしいと呟きながら早々に歩き去ってしまった。
「一体、何だと言うんだ…」
 その場に立ちつくして、エバンスはぽつりと呟いた。

517ドワーフ:2008/10/30(木) 18:40:23 ID:AepyIIHk0
 ハロウィン当日の夜、エバンスは別荘を完全に締め切って"あいつら"の襲来に備えた。結局エバンスはフランコからお菓子を貰わなかった。フランコの家の前まで行ってはみたものの、一度追い返してしまった手前、怖ろしくなったからといって頭を下げてお菓子を貰う気になどなれなかった。
 屋敷の中の明かりを全て消し、蝋燭一本の灯りの中でエバンスは毛布を羽織って小さくなっていた。
「く、来るなら来い。怖くなど…」
 明かりを消して居留守を決め込もうとしたのだが、それが逆にエバンスの不安を煽っていた。周囲の民家からも離れているため、外の音は虫の声しか聞こえてこない。
 長い長い時間が過ぎたような気がした。こんなことならフランコからお菓子を貰っておけば良かったなどとエバンスは後悔し始めた。
 ドンドン…ドンドン…
「うヒィッ!?」
 玄関扉が何者かによってノックされた。毛布をぎゅっと握り、エバンスは漏れかけた悲鳴を押し殺した。
 ドンドンドン…ドンドンドン…
 扉を叩く音が強くなっている。エバンスは早く行ってくれ、今は留守なんだよと祈るように心の中で声を上げていた。
「あれぇ?いないのかなー」
 ドンドンドンドン…
 小さな子供の幼い声が聞こえてきた。エバンスはふっと顔を上げた。なんだ、ただの子供じゃないか。
 エバンスはすっくと立ち上がると、燭台を片手に玄関へと歩いていった。なにやら無性に腹が立っていた。
『何でたかがハロウィンにこんなにビクビクしなきゃならんのだ?外に居るのはただのガキだ。やっぱり誰かが仕組んだイタズラだったに違いない。貧乏人どもめ!よくもこの私をここまでコケにしてくれたな』
 今頃自分のことを笑っているであろうフランコの顔が目に浮かび、エバンスの腹の中は煮えくり返っていた。
 ドンドンドンドンドン
「もしもーし?」
「うるさい!」
 エバンスは怒りに任せて外の子供に向かって怒鳴ると、ドアノブを掴んで扉を勢い良く開けた。扉の向こうでは小さな子供達数人がエバンスの怒った顔を驚いた顔で見上げていた。エバンスは子供達を見下ろし、大きな声で怒鳴り散らした。
「黙れクソガキども!いくら叩いても菓子はやらん。とっとと失せろ!」
 エバンスの激しい剣幕に驚いた子供の一人が、しゃくりあげ始めた。
「ウゥ…ヒック…」
「ふん、泣いたところで菓子は出ないぞ。さっさと……」
 エバンスはふと顔を上げた。暗くて気づかなかったが子供達の他にも、その後ろに誰かが居るようだった。エバンスと同じくらいの身長で、子供達の親かとも思ったがどうも様子が違う。エバンスは手元の燭台を顔の高さまで持ち上げた。
「うぐぐ…グルル……」
 そいつは小さく唸った。ごつごつとした岩のような肌、口から覗く涎に濡れた鋭い牙、それはオーガだった。
「…………」
 エバンスは口をあんぐりと空けた。
「キキッ」
 足元からした鳴き声を見下ろすと、そこには小さなコボルトがいた。それだけじゃない、大蜘蛛、蠍、狼、熊、ガーゴイル、原始人に鳥人間……etc。大量のモンスターの群れによってエバンスの別荘は完全に包囲されていた。
「…………はぅっ」
 エバンスは白目を向くと、その場に倒れて気を失ってしまった。

 フランコに介抱されてエバンスは自分の部屋のベッドで目を覚ました。フランコは説明不足だったと何度も謝ったが、エバンスは呆けたような顔で聞き流していた。
 すっかり風通しの良くなった部屋に秋の夜風が吹き込んできた。ギャアギャアとうるさい魔物どもの鳴き声も遮るもの無く響いてくる。
 すぐそばではフランコの妻がエバンスが配るはずだったキャンディーをモンスターたちに配っている。
 しばらくすると事情を知っている村長が玄関を通らずやってきて、ハロウィンにやってくるモンスターたちについて話し始めた。
 昔、この時期になると村にはロマの旅団が毎年立ち寄っていた。彼らは面白がって周囲のモンスターにハロウィンを教え込み、お菓子を配っていたのだがやがて来なくなってしまった。ロマの旅団が居なくなった後もモンスターたちはハロウィンの日を覚えており、以来この村には毎年ハロウィンの夜になると、村の子供達と一緒にモンスターの子供たちがお菓子を求めて民家を巡るようになってしまったという。
 しかし、やはりこれもエバンスの耳には入っていなかった。
 やがてエバンスは恐怖のあまり失っていた正気を取り戻すと、そそくさと村を出て二度と戻ってこなかった。彼は死ぬまで街で暮らし、絶対に外には出たがらなかったという。

518ドワーフ:2008/10/30(木) 18:49:30 ID:AepyIIHk0
あとがき

またミスって右端まで文章が延びちゃってますね。
読みにくかったらごめんなさい。

なんとかハロウィンに間に合いました。
なんだか楽しい感じの話でなくてすみません。

519ドワーフ:2008/10/30(木) 18:52:37 ID:AepyIIHk0
レムフェアバルターとドラケネムファンガー

お前はこの世のあらゆるちっぽけな命よりも下等だ
生きようと足掻く事もなく 生きたいと求める事もなく
操り糸に導かれるままに動くだけ
だがどうやら お前にも命はあるらしい
操り糸はお前にやろう その命もお前にやろう
生きられるかどうかは お前次第だ

 地下遺跡の奥深く、それはただただ立っていた。大きな人の形をした人形、ともすれば鎧を着た人間のように
も見える。それは両の手に剣と盾を持ち、まるで彫像のように立っていた。どれだけの時をその人形はこの場所
で過ごしたのだろう。何十年、何百年…、それは誰にも分からない。
 そこに一つの人影がやって来た。どうやら盗掘をしに来たらしい。その人物は人形を見つけると驚いたように
飛び退いた。
「な、なんでぇ、ゴーレムかよ。しかも動いてねーみてーだな……」
 盗掘者はゴーレムに近づくとコンコンとその外殻を手の甲で叩いた。
「ふん、脅かしやがって」
「…………」
 ゴーレムは微動だにせず、沈黙していた。
「ん?なんだこいつ。変わった剣と盾を持ってやがる。こいつは高く売れそうだな」
 盗掘者はゴーレムの手にある剣と盾に目をつけると、その手を無理矢理開かせてまず剣をもぎ取ろうとした。
だが、ゴーレムの手は固く握られており中々剣を奪えない。
「くそっ、この……んぎぎぎぎ」
 盗掘者はゴーレムの腕にしがみ付くと、力任せにゴーレムの指を引っ張った。すると少しだけ指が動いて剣を
持つ手が緩んだ。
「おし、あとちょっとだ」
「………う…」
「あん?」
 どこからか聞こえてきた声に盗掘者は手を止め、辺りを見回した。だが周囲には誰もおらず、何かが潜んでい
る気配すらない。
「空耳かぁ?」
 再び盗掘者はゴーレムの指に手をかけた。すると、今度は先ほどよりもはっきりと声が聞こえてきた。
「…う…う……うお」
 驚いた盗掘者が顔を上げると、今まで全く反応がなかったゴーレムが呻き声を上げていた。
「な、なんだぁ?」
「うお……おおぅ」
 ゴーレムは剣を持つ手を振るって、腕にしがみ付いて居た盗掘者を振り払った。盗掘者はもんどり打ってひっ
くり返ると驚いた顔で起き上がった。
「いてて…なんだよこいつ。動いてないんじゃなかったのかよ!」
 盗掘者は立ち上がってゴーレムに背を向けると、逃げようと駆け出した。
「うおお…ぉおおおおおおおおおお!!」
 ゴーレムは雄叫びを上げると、男の背中を追って走り出した。巨体を激しく揺らし、盗掘者との距離をあっと
いう間に縮めた。
「は、はやっ…ひ、ひぃぃぎゃああああああ!!」
 ゴーレムは盗掘者の背中めがけて剣を振り下ろした。
 盗掘者の死体をその場に置き去りにして、ゴーレムは遺跡の中を歩き出した。叫び声を上げながら。
 その声はどことなく生まれたばかりの人間の赤ん坊の泣き声のようだった。 

一週間後、地上の日差しの下に彼はいた。
己の中の"生"を自覚することなく過ごした永い時の果てに、彼はようやく自分自身に目覚めたのだ。
彼を操る剣と盾はもう彼自身のもの、もう誰にも彼の自由を奪う事は出来ない。
しかし、彼はまだ自分がどういう存在なのかを理解できていなかった。
温かい日の光を浴びながら、彼は動けなくなっていた。
その姿は、何かを地面から拾い上げようとしていたかのようだった。
剣があった筈の手に剣は握られておらず、伸ばした指の先には小さな花が咲いていた。
はじめて見る綺麗なものに心を奪われ、彼は自らの自由を地面に捨ててしまったのだ。

一ヵ月後、彼の元から剣と盾は無くなっていた。

520ドワーフ:2008/10/30(木) 19:10:26 ID:AepyIIHk0
あとがき
もう一つ、書きあがったユニークの話も出しておきます。

>甘瓜さん
初めまして。
新しい書き手さんが来てくれて大変嬉しいです。
最近はすっかり落ち着いてしまいましたから。
うーん、セリフはどうだったか…覚えてませんね。
かつての情熱を持っていた自分を思い出すくだりや、
街で商売を始めるところなど、よく出来た話ですね。
改行などについては、さほど気にかける必要はないかと思います。
>>1にも書いてある通りの場所ですので、これからも思いついたら是非書きに来てください。

521名無しさん:2008/10/30(木) 22:39:44 ID:uUxvekr20
赤石のアンソロ計画があるらしいですね。
どうやら小説も募集しているらしいですよ。

522◇68hJrjtY:2008/10/31(金) 08:22:30 ID:dglgdhAI0
>甘瓜さん
初投稿ありがとうございます♪
初心者向けクエのひとつである「クレンドルの研究」からスタートしたレッドアイ所長の物語。
<愛着による道具への思念の憑依>、つまりは人のためになる研究。彼はついにそれを発見できたのですね。
そういえばあのクレンドル研究クエ、サブキャラ以降で初体験したら帰還ばっかりだったのに辟易した事もありましたが
帰還一個の1000Gでもひぃひぃ言ってた頃をこの小説のレッドアイ所長のように思い出さなければなりませんね(ノ∀`*)
次回の投稿お待ちしております!

>ドワーフさん
一度に二話分の投稿、ありがとうございます!
さてさて、まずはハロウィン小話。戦慄系ハロウィンでちょっと怖いながらも、童話のような語り口で
実際にハロウィンの夜に子供たちに聞かせてあげても問題ないような不思議なお話でしたね。
ハロウィンをバカにしてしまうとどういう事になるか。「イタズラ」の実態も含めて、どこかユニークで面白く感じました。
そういえばRSモンスターって結構お菓子落としますよねぇ、実は大好物なのかもですね(笑)
一方、ゴーレムを操る二つのユニーク装備をめぐる悲しいお話。
ゴーレムというと私もそう同感ですが「自然を愛する優しい心を持つ」というイメージがあります。
ほとんど無敵のようになったゴーレムが、剣と盾より大事に選び取ったもの…。心温まりました(*´д`*)
またの投稿お待ちしています。

523スメスメ:2008/10/31(金) 23:30:07 ID:ddy6MTJU0
小説スレ5 >>750
小説スレ6 >>6-7 >>119-121 >>380-381 >>945-949
小説スレ7 >>30-34
小説スレ7 >>349-352

私達のグループが解散してからの事はあっと言う間だった。
予め、俺達の様な子供でも良い、と言う働き口を探してくれていたようだ。
仲間達は二度と悪さを働かないと言う条件で仕事に就いていった。
元々食う為に盗みなどを働いてきた連中だ。
食える環境にあるならそんな事には手を出さないだろう。
みんなも年相応の表情に生き生きとしたモノをみせながら働いている。
私はと言うと……


「――なぁ、坊主。名前は何て言うんだ?」

あの人が、仲間を一通り就職口へ送り届けてからのことだ。
私はそのままどこにも紹介もされず、
「取り敢えずオレの家に来い」と言う事で、あの人の家までの道を二人で歩いていた。
そんな時にふと訪ねてきたのだ。

「名前なんて無い。別に今まで必要でも無かったし」
「なるほどな、じゃあお前はこれからクニヒトだ。クニヒト=エヴァーソンと名乗れ」
突然の話に、彼の言っていることが一瞬理解できなかった。

「俺の息子にならないか?」
この言葉を聞いたときの気持ちは今も覚えている。
物心付いてから初めて嬉しいと感じた瞬間だった。
もちろん、同意し私は以降クニヒトと名乗ることになる。


養子として迎えられた後、私は学問、戦闘技術、作法……とにかく様々な事を必死に学んでいった。
ただ義父に応えたい一心で。

少し前まで生きることにしか執着できなかった奴が本気で人に認められる為に何かをしたいと思ったのだ。
誰かに見て貰いたい、誉めて貰いたい。
心無い連中からは理不尽を強いられようと、その気持ちの前ではそれほど苦にはならなかった。
みんなもこんな気持ちなのだろうか?
だが、そんな努力も評価してくれる相手が居て初めて価値があるもの……。


あの人がそんな事なんて気にする訳がない。
私を養子した後も義母と私をおいて旅に出る事もしょっちゅうだ。
それも一度出かけると、半月程帰って来ないことも当たり前だった。
義母に、それを何度も問い質しても、
「あの人が納得するまで好きにさせてやって?」
と笑顔で返すだけだった。
あの人にも事情があってあちこちを巡り歩いている。
頭では理解出来る……、理解できるがどうしても納得がいかない。
そんな風に葛藤しつつ、生活にも徐々に慣れてきて、私がここの家族となってから季節が一回りしてきた頃だ。
あの人が1ヶ月振りに帰ってきた。

それも見知らぬ少女を抱き抱えて。
抱き抱えられた少女は、ここへどうして連れてこられたか判らないようだった。
歳は4・5才だろうか?義父を掴んでいる手は心なしか震えており、その琥珀色の瞳は怯えているように感じた。


「お〜、クニヒト。ただいま〜」
右腕で少女を抱き抱えたまま、片方の腕で髪の毛がクシャクシャになるまで私の頭を撫でる義父。
義父が久し振りに帰ってきたことよりも、どうしても意識せずにいられない腕の中の少女。

「その子、誰ですか?」思うままに義父に訪ねると、
「今日からお前の妹になる子だ。 仲良くしてやれよ?」
と、少女の琥珀色で透き通った頭を撫でながら答える義父。

妹と聞いても、私にはいまいちピンとこなかった。
そして、その時に芽生えた感情に当時の私は名前を付けることが出来なかった。

524スメスメ:2008/10/31(金) 23:34:05 ID:ddy6MTJU0
「……ソン。エヴァーソンッ!」
その呼びかけにハッと気づき辺りを見渡す。
非常に大きな円卓に椅子が整然と並べられ、それに腰を掛けた制服の面々がこちらを伺っている。

――そう言えば今は会議中でした。
私としたことが居眠りしてしまったようです。

「失礼いたしましたっ!」とっさに立ち上がり敬礼をしながら詫びる。
ドッと笑いが周りから聞こえる。
「らしくないぞ。……では次の報告を頼む」

ここは【古都王宮騎士団】中央会議室。
元は遙か昔の王政の時代より、ブルン歴4804年に王政が崩壊するまでの長い間、王族直属の親衛隊として構成されていた組織だ。
しかし【シュトラディヴァリの反乱】によって王政は瓦解し、当然騎士隊も解散されるはずと思われた。
しかし当時、時の人であったバルヘリ=シュトラディヴァリによって軍隊だけは残されたが殆どが退役してしまい、少数での遊撃隊としてでしか機能しなくなってしまった。だが、これが功を奏して数々の手柄を立てていった。
そして百年以上の月日が流れた今では古都唯一の戦力である【古都防衛隊】の精鋭部隊となっている。

昔は何千と言う規模の人員で構成されていたが、今では1小隊を約7人前後で構成され、全7隊で構成される。
少数精鋭と言う事で、当然求められる能力は高く、採用試験も非常に狭き門となっている。
仕事内容は古都周辺の治安維持や対抗勢力の情報収集といった工作員としての性格もあるが、ブルンネンシュティグ中央議会や要職の護衛を中心に果ては有事の際の各指揮官としてを命負う事にもなる。
そうした任務を円滑に行うため、定期的に会議を行い今後の方針を決めている。
「――以上で報告を終わります」
隊員の一人が敬礼して報告を締める。
すると円卓の上座に座り込み一人だけ風格のある男が、
「皆も知っての通り、ここ最近鉄の道周辺における強盗事件が多発している。
恐らくは『例の奴ら』だろう、近日中にこれらの追討命令が来るはずだ。
各員、頭に入れておいてくれ。
以上、解散」
全員が立ち上がりその男へ向かって敬礼をし、
そして一気に場の空気がさっきまでの張りつめたモノから一転して和やかな空気へと変わった。

何人かの隊員が、からかい半分に私の席へやってきた。

「おう、クニヒト寝不足かぁ?」
「真面目にお勉強も良いけど、寝ないと今日みたいなヘマをしちまうぜっ」
「勉学で寝不足でしたら本望ですよ」
今朝の事を思い出し、溜息が漏れる。
その様子を見て隊員の一人が、

「ま、まさかお前、彼女が……」
その後に出てくる言葉は容易に想像がつき、
「ははは、まさか居――」るはずないと、否定しようとした矢先だ。

「「「な、なんだってぇぇぇ!?」」」
普通、全隊員が反応しますか?


過激な反応を見せた直後、一人の隊員がポンと肩を叩き、何故かうっすらと涙を目に浮かべ
「やっとお前も目覚めたか」
「こんなヤツでも良いっていう娘がいるなんてなぁ」
「おい、今日は寮長に頼んでお赤飯だ!」
皆、一様に反応を示し異様に盛り上がる。


あぁ、もう! どうしてこうも『仲が良い』んですか、この人たちは!
うるさい人達ですねっ!
と目一杯机を叩き叫びたいのをどうにか堪え、笑顔の体裁を整えながら
「そう言った訳ではないですよ。ただ明け方に思いも寄らぬ客人が来た為に若干寝不足なだけです」

525スメスメ:2008/10/31(金) 23:36:33 ID:ddy6MTJU0
するとそんな喧噪の中、先程会議を締めた男が私の方へやって来た。
比較的線の太い隊員が多い中、それでも大きく見える

「御疲れ様」
「お疲れさまです、隊長」
声を掛けられ反射的に敬礼の格好になる。

この『隊長』こと、レオフ=エギハルド。
【古都王宮騎士団】の第一小隊の隊長であり、その団体全てを統括する騎士団長でもある。
戦闘面では他の追随を許さないのはもちろんだが、普段は食事と仕事内容以外で口を開くことは殆どなく、更に周りとは一歩遅れたテンポの持ち主だ。
しかもボケているのかと、聞き正したい程に会話にならない。
才ある者は常人と少し離れた処があるとはいうがこの人はその典型なのだろう。

「飯はしっかり食っておけ。いざという時に力を出せぬぞ」
この様な感じで会話にならない事が多々ある。

よくこれで歴史ある騎士隊の隊長が務まるものだと思うが、これも不思議な事に業務には一切支障がないのが凄いところなのだろう。
……そう言えば今朝は思わぬ客人が来た為、ロクに準備も出来ていない状態でした。今回はあながち間違ってはいないのかもしれませんね。
「失礼しました。以後気をつけます」とまた敬礼をすると、
うむ、と頷いて去っていこうとした。が、
「そうそう、一つ調査任務を頼みたい」

首だけをこちらへ向け、その威圧感のある顔を近づけて話を切り出してきた。
「な、何でしょう?」
この人の行動には大分慣れたつもりだが、突然に顔を近付けられるのだけはどうしても慣れない。
思わず引きつった笑みを返して答えると、
「昨夜、西部地区の地下墓地にて大規模な戦闘があった、と言う証言が多数出ている。それを確認してきて欲しいのだ」

どんな用事かと思えば、
「確かにあそこにはバインダーと言う要管理対象も居るので大事を見てと言う事なら分かります。しかし雑魚とは言え他のモンスターが居るのですし、戦闘はあっても不思議ではないと思いますが」
「そうだ。だが『大規模な』と言う点が気になってな」
すると、その大きくタコまみれの手が私の頭頂部を覆い被さり、
「頼めるか、クニヒト?」

この人の手を他人の頭に置く癖。
これはこの人がプライベートの時にする癖みたいなものだ。
どうも個人的に気になっているらしい。
『例の作戦』の準備もあるのだが、幸いなことに今日は本部待機だ。
「判りました。では早速他の隊員に仕事の引き継ぎをして、向かうことにします」
敬礼をし、受け答える私。
レオフ隊長も頷くと踵を返し、自分の席へと戻っていった。
そして自分も同僚に引継作業をしてから支度をし、現地へと向かった。



古都西部地区集合墓地、通称【地下墓地】
ここに一体のモンスターがいる。

名をバインダー、かつて古都にて最大の大富豪だった男。

だが同時に戦争によって身を滅ぼしていった人物でもある。


当時、戦争容認派であったバインダーは様々な物質、武器などを古都やその同盟国に提供していった。
しかしそれと同時に敵対国家へも同様に様々な物質を売り捌いていたことが判った。

彼は所謂『死の商人』と言われる人物だったのだ。

その死の商人の最期は呆気ないもので、商談の最中に戦火に巻き込まれ亡くなったそうだ。
それも自分の売り捌いた商品によって。

526スメスメ:2008/10/31(金) 23:37:15 ID:ddy6MTJU0
だが彼の死後、非常に不可解な事が起こる。

ここからの話は不確定な情報からの推測も入るが、彼はとある新興宗教にも属しており、多額の寄付をしていたらしい。
彼の死後葬儀も遺族の意志を無視してその宗教が行ったそうだ。
その宗教とは必ずと言って良いほど、今迄の歴史に関与していると言う話まである位その筋では有名な話だ。
しかしそこまで有名な団体ならばある程度の事が判りそうなものだが、不思議な事にその目的どころか名前すら不明と言う事らしい。
とにかく彼の葬儀が終わり、埋葬してから半年余りが経った頃にそれは起こったのだ。
ある日、息子が墓参りに行くと墓の中のモノが無くなっていた。
しかも外側から掘り返された形跡はなく、内側から這い出てきた感じで……。

数日後、定期巡回の為に地下墓地を見回りに来ていた兵士によって新種のモンスターが発見された。
いつの時代か不明な祭壇、その近辺に普段見る骸骨剣士より一回り大きな骸骨剣士が現れる。
更に数日後、このモンスターをバインダーと断定。

決め手は当時首から掛けていた家紋入りのミスリル製の首飾り。
これはバインダーが生前、職人に作らせたもので世界でただ一つのモノだった。
それを新種のモンスターが身につけていたのだ。

このバインダー性質は非常に獰猛で、同じモンスターにですら襲いかかるほどだ。
その所為で追いやられた他のモンスターが地上に現れ、一般人に危害を加える可能性が出てきてしまった。
その為、バインダーを討伐するために王宮騎士団の1小隊が派遣される事となる。

しかし知っての通り、バインダーは幾度となく復活・再生を繰り返し、その度に猛威を振るっていた。
そこでとある魔術師に調査・研究を依頼し、バインダーについて調べてもらった。
結果としてバインダーは体内に超高度な何らかのエンチャントが施されており、それによって復活・再生を行っているらしい。
しかもこのエンチャント、現在でも解明されていない未知の技術で構成されていると言う話だ。
だが何故か現在のバインダーの祭壇の付近からは決して外に出ようとはしなかった。
幾度始末しても復活する上、行動範囲に制限があるため、要管理対象とは認定したものの、それ以上には関わらないようにすると言う対処が決定した。
当然、若干名の人間が異を唱えたが、その決定がその後も覆ることはなかった。



そして現在の地下墓地。
現在では本来バインダーの付近に居たモンスターが追いやられ、入り口付近にかなり大規模な集団を作っている。
一体一体は大して驚異ではない。
実際に一般の冒険家でも倒すことの出来るモンスターだが、流石に何十体も集団で居座っていると厄介だ。
しかし、我々治安を守るものとしては、非常に危うい状況ではあるが、モンスター全てを一掃する訳にはいかず、対処方法が見つかっていないのもまた現実である。

私は廊下沿いに設置されている松明を手がかりに地下墓地へと入っていった。
石畳の廊下を少し進んでいくとすぐに仕切られた小部屋がいくつかある。
この小部屋に先ほどの集団が何組かあるわけだが、今では王宮騎士団の甲冑をみると攻撃してくるモンスターは居らずそのまま素通りできるのは楽な限りだ。

そして目的地半ばまで進んできたところで一つの異変に遭遇する。

一カ所だけ大きく穴が空いているのだ。
しかも反対側の壁にも同じ様なあとがあるように見える。

「……何でしょうか、これは?」
思わず一人心地に呟きつつ近づいて調べてみると、破片の飛び散り方や壁の痛み具合からどうも墓地の中心地、つまりは私の目的地から外側へ『何か』が削りながら飛んでいった様な形になっている。
中心へ向かう穴から覗くと何カ所か通路があり、その奥30メートル程からうっすらとだが例の祭壇が見える。
反対側の穴を見るとまだ勢いが止まらず削り取られ、筒抜けとなっている部屋がさらに奥に見える。


ちょっと待って下さい。
あっちからここまで勢いが衰えることなく破壊しているというわけですか?
そう考えた途端、背中に寒いモノを感じた。

「ハハ……、悪い冗談ですかね」
こんな破壊力を一個人で出せるわけがない。
かと言って兵器の類をここへ持ってきているなら道中に何かしらの運んできた痕跡が残っているはずだ。

仮に出せたとしても魔術以外に出せるはずがない。

527スメスメ:2008/10/31(金) 23:37:55 ID:ddy6MTJU0
その考えに至った瞬間、ある一つの事を思い出した。
そう、アルの話だ。
アルは助けられたと言っていた。

誰に?

通りすがりの魔術師に。

ある一つの結論に至ると、私は居ても立ってもいられなくなり、空いている穴から一直線に穴を作った元凶が居たと思われる祭壇へ駆けていた。
進む毎に強くなって鼻に突いてくる腐臭。
そして息を切らせながら辿り着いて見た光景は、

「―――ッ」
想像以上の惨状だった。


あちこちの壁や柱を彩っている血痕。
床の一部にも同様に血痕と血溜まりが出来上がっていた。
周りの壁はもちろん地中で存在する為に必要な強固な柱や、
何の装飾もされていない無骨な石畳の床までが粉々に粉砕されていた。
その大半の破壊され方が今まで通ってきた壁と同じ様になっている事から同一の手段であると考えられる。
しかし何事もないかのようにそこにある祭壇。
もはや灰となって何だが判別のつかないのモンスター。
何よりおぞましいのは、

血溜まりの中央に転がっていた、元は3メートルはあろうと思われる今まで見たこともないような巨大なモンスターの下半身だ。

ここまでならば魔術師が何らかの理由から、魔法を用いて破壊工作をしていた、と言う推論に大きく関わっているのは間違いないと考えられた。
だが、それを覆す確たる物証が目の前に転がっているのだ。

非常に強力な力で握りつぶされ、引き千切られた腕、無造作に転がっている腕に近づき見てみると。
握り潰された腕に残る手の痕から人間の、それも若干小柄な人間のものだと言う事が判る。

となると当然バインダーの仕業ではない。
奴は持っている得物でしか攻撃をしないからだ。
アルが会ったという魔術師?
いや、仮に壁などの破壊行為には説明がつくが魔術師も人間だ、これほどの身体能力を有する人間なんて有り得ない。
仮に肉体強化の術法があっても果たしてここまでの力を手にすることが出来るか?
しかし、この引き千切られた腕に残る痕は人間のそれだ。
考えれば考えるほど解らなくなる。


もはや唯、呆然と立ち尽くすしか他になかった。

528スメスメ:2008/10/31(金) 23:42:55 ID:ddy6MTJU0
とりっくぉあとりぃとぅ!
どうも、スメスメです。
本当はハロウィンネタも書きたいところですが……

ぶっちゃけもっと話が進行していないと書けないネタだったんですよ。

仕方が無いので隔離板に投稿しようかと思うのですがネタバレでも載せてよいものなのだろうか?
と、言う訳(どう言う訳?)でしばらく待ってみる事にしてみます。
今日はもう充電しないと自分のバッテリーが無くなりそうなのでこれにて失礼をば……

529◇68hJrjtY:2008/11/01(土) 17:07:29 ID:mG9qPNmA0
>スメスメさん
お久しぶりです!続きのほうありがとうございます。
アルを視点とした物語が一転、義兄であるクニヒトを主体とさせた物語になりましたね。
シリアスな流れに息を呑みつつ、調査官として祭壇へと赴いた彼の見るものに同様に驚きです。
そして改めて、キリエがいかに異常な状況に置かれていたのかが分かりますね。
何やら推理モノのような雰囲気を漂わせつつ、続きを楽しみにお待ちしています。
---
ハロウィンネタができあがっているということでしたらぜひ読みたい!とは思いますが
本編のその部分が終わってからじっくりという事にさせてもらいます(ノ∀`*)
投稿は隔離板で構わないと思いますよ。ツリー掲示板となってリニューアルしてます、隔離板(笑)

530名無しさん:2008/11/02(日) 19:22:19 ID:WrGT.WaE0
ESCADAが相変わらず酷いままなのでNGワードにしますたwww
名前変えないでねw

531名無しさん:2008/11/03(月) 21:41:26 ID:7Z2OWj9k0
もうひとつの赤石

俺は赤石を探す勇者だ。しかし目覚めるとPCなるものの前にいた、
そう、俺は勇者ではないニートだった(とほほ・・・

532ドワーフ:2008/11/05(水) 18:46:52 ID:AepyIIHk0
報告:

宇宙暦XXXXXX年XX月XX日

E-3TO星天上界最高管理責任 神

 去るブルン暦4423年6月(当該惑星時間)、E-3TO星の天上界最重要機密に属するレッドストーンを地下界の悪魔
に奪取された事をここに報告致します。

 これは、一部天使長の職務における怠慢が原因であり、また私の危機管理についての指導の甘さに因るもので
あります。現時点でレッドストーンは地上界にその存在を確認されており、天使を派遣しての大規模な捜索活動
を展開しているところであります。
 事件当時の具体的な被害は現在調査中でありますが、悪魔との交戦で多数の天使が負傷及び死亡し、また記憶
障害を負った者も一部確認されておりますが、天上界の管理・防衛に何ら影響はありません。また事件後の地上
及び地下界での悪魔の活動も以前より多少の活性化は見られるものの、問題として取り上げるほどの物ではない
と思われます。現時点での事件の影響は極めて軽微ではありますが、次第によっては星系内に重大な損害を与え
かねない不始末であり、星系及び関係各位に対し、心からお詫び申し上げます。

 今後は各天使長に注意を呼びかけ、警備システムの見直しを進め事件の再発防止に努めていく所存であります
。レッドストーンの捜索につきましても、所在地域の特定まで漕ぎ着け、その回収も時間の問題と思われます。
与えられた職務に対し自覚と責任を持つよう教育を促し、私自身も二度とこのような過ちを繰り返さぬことを誓
います。つきましては、何卒寛大なご処置のほどをお願い申し上げます。
以上

Re:報告:

 事件発生から報告までに500年以上経過していることについて説明を要求します。また事件当時の具体的な被害
状況についても、至急報告するように。
 委員会は本件を最重要緊急課題に指定し、近く会議にて対策を討議しますので、貴方も責任者として出席する
ように。

通告:

 先の会議での決定通り、E-3TO星に対し事件の早期解決のためE-3TC星より応援としてリトルウィッチを派遣し
ます。彼女達の地上における活動が円滑に進むよう、支援してください。

Re:通告:

 リトルウィッチの活動支援について報告致します。彼女達の地上における立場を人間の最高位に近いプリンセ
スとしました。これにより地上の如何なる場所への侵入も許可され、また地上での生活も保障されます。この通
り事件解決に向けて如何なるご命令にも誠心誠意取り組んで参りますので、解決後の私の処遇につきましては何
卒寛大なご処置のほどをお願い申し上げます。

Re:Re:通告:
 貴方の処遇については、事件解決後に話し合われますので、そのつもりで。

533ドワーフ:2008/11/05(水) 18:54:39 ID:AepyIIHk0
あとがき

今回はちょっと発想を変えまして、
人間でも悪魔でも天使でもなく神様の視点で書いてみました。
REDSTONEの世界では神様が確かに存在するようですので、
実体を持たせようと少し人間臭くしてみました。
人間臭いというか、かなり情けないですね。

星の名前や委員会だとかはただの思い付きです。

534◇68hJrjtY:2008/11/09(日) 19:31:32 ID:R/Ut8hFo0
>ドワーフさん
謎に包まれたプリンセス/リトルウィッチの実態がまたひとつ明らかに…。
神様の感覚からすれば、地球(RS世界)は管理するべき場所で、そこで紡がれる歴史や事象も
データや報告書にまとめられるようなものなんでしょうね…なんて、悟ったような事を言ってみます(ノ∀`*)
小説とは異なるSFチックな短編、ありがとうございました!

535FAT:2008/11/12(水) 22:03:03 ID:07LLjSJI0
    『水面鏡』あらすじ

 物に魔力を付加することを生業としているエイミーとラスのベルツリー親子。
ラスの父親は地下界の魔物であり、ラスを地下界へと連れ戻そうとしている。
 ラスの父親の存在を記憶から消そうとしていたエイミーはその男との再会に
強いショックを受け、寝込んでしまう。
 そんな彼女の姿に居た堪れなくなったエイミーの親友、レンダルとデルタは
その男より先に旅に出ているラスを連れ戻そうと決意。誰の居場所をも念じれば
見えるという水晶を求めて廃抗の奥深くにひそむというチタンを目指す!






第一部 『双子の天才姉妹』 二冊目>>798(最終回)

第二部 『水面鏡』

キャラ紹介 三冊目>>21
―田舎の朝― 三冊目1>>22、2>>25-26 
―子供と子供― 三冊目1>>28-29、2>>36、3>>40-42、4>>57-59、5>>98-99、6>>105-107
―双子と娘と― 三冊目1>>173-174、2>>183、3>>185、4>>212
―境界線― 三冊目1>>216、2>>228、3>>229、4>>269、5>>270
―エイミー=ベルツリー― 三冊目1>>294、2>>295-296
―神を冒涜したもの― 三冊目1>>367、2>>368、3>>369
―蘇憶― 五冊目1>>487-488、2>>489、3>>490、4>>497-500、5>>507-508
>>531-532、7>>550、8>>555、9>>556-557、10>>575-576
―ランクーイ― 五冊目1>>579-580、2>>587-589、3>>655-657、4>>827-829
>>908>>910-911、6>>943、7>>944-945、六冊目8>>19-21、9>>57-58、10>>92-96
―言っとくけど、俺はつええぜぇぇぇぇ!!― 六冊目1>>156、2>>193-194、3>>243-245
>>281-283、5>>385-387、6>>442-443、7>>494-495、8>>703-704、9>>705-706、10>>757-758
11>>759

536FAT:2008/11/12(水) 22:05:54 ID:07LLjSJI0
―12―

 鉄鉱山から潜り、はしごをいくつも下って気付けばもう廃坑地下十階。冒険者たちで賑
わっていた地下九階が嘘のように静まり返っている。無音。そこは生物など何も存在して
いないかのような静けさで、空気すら止まっているようである。
「嫌な静けさだ」
「なんだか不気味ですわ」
 長いこと誰も立ち入らなかったのか、足跡は一つもない。三人は新しい足跡をつけなが
ら、マップの端から端まで隈なく地下への道とチタンを探し歩いたがそのどちらも見つけ
出せなかった。
「廃坑って十階までだったのか。人間の足跡がないのは分かるけど、魔物の足跡の一つも
ない。こりゃ完全にジム=モリさんにやられたね」
「ガセ……だったのでしょうか」
 デルタがぽつんと漏らす。
「殺す……しかないでしょう」
 レンダルがデルタのまねをしてぽつんと漏らす。
 虚しくなった三人は、とぼとぼと来た道を引き返す。するとデルタが壁に光る鉱物に目
を光らせた。
「まぁっ! 見てください、お姉さま方! こんなにきれいな鉱石が壁にびっしりです
わ!」
「ほんとだ。廃坑になったとは言え、元々はかなりの鉱物が産出されたって話だからね。
これはなんの鉱石かな?」
「えらい濁った色だなぁ。銀かなんか、金属系の元か。それにしてもよ、廃坑にするんな
らこんなもの残しとくかね。もったいね」
 またもレンダルが無意識に放った言葉にマリスとデルタはハッとする。そうだ、ここは
廃坑。廃棄された鉱山。鉱物が残っているはずがない。
「二人とも、離れろぉ!!」
 マリスが叫ぶ。すると突如、壁が割れ、銀灰色の魔物が現れた。見た目はコロッサスそ
のもの。ただ、全身は銀灰色の金属で出来ているかのように鈍く輝き、重々しい。割れた
岩壁の破片が乾いた音を響かせ、地面に散らばる。銀灰色の魔物は三人を見下すように仁
王立ちし、暗い眼光を覗かせる。
「おおお、出た出た出たっ! こいつがチタンか! デルタ、いくぞっ!!」
 デルタは体を曲刀と二又の短剣に変化させ、レンダルの手に納まった。
「だぁりゃぁぁぁぁぁっ!」
 レンダルは大股で踏み込むと腕をしならせ、勢いよくチタンを切りつける。しかし、相
手はコロッサス以上の皮膚の硬さ、キィンッと火花を散らし、その肉体には傷をつけるこ
とも出来ない。
「あたしに任せてよっ!」
 マリスは気を込めた拳をチタンのみぞおちにぶち込む。しかし、チタンは微動だにしな
い。マリスは拳の感触に違和感を感じた。
「なんだこいつっ! まるで中身がからっぽみたいに軽い手ごたえだ。衝撃がうまく伝わ
らない」
 その言葉でレンダルは思い出した。チタンは体内の水晶で動いているとジム=モリは言
っていたことを。
「おい、ひょっとしたらそいつ、水晶の力だけで動いてるんじゃないか」
「あっ、なるほど。ラスちゃんみたいに水晶の力でコントロールされていれば、ただの金
属が形を作りあげて動くこともできますわね」
「つまりは、その水晶を壊せばこいつは止まるってことか。でも、その水晶がほしくって
こんな所まで来たんだろう?」
 おしゃべりを嫌うかのようにブォン! とチタンが壁を蹴り上げる。砕け、弾かれた岩
石が散弾のように三人を襲う。

537FAT:2008/11/12(水) 22:06:45 ID:07LLjSJI0
「くっそ、いってーな! 何とかしてよお、こいつを引き裂いて水晶をいただこうぜ! デ
ルタぁ、でっけー斧だっ!」
 レンダルはデルタを巨大な斧へと変身させ、両手で構える。
「よしっ、あたしが動きを止める。隙ができたらやってちょうだい」
「おうっ!」
 マリスは素早い動きでチタンの拳をすり抜けると、その背後に回り、両膝の裏を突く。
がくんと膝をついたチタンの首についた防護板に腕を回し、がっちりとホールドした。
「今だっ!」
 レンダルは地面をいっぱいに踏み締め、腰を捻り、全身をしならせて巨大な斧を振り下
ろした。ガギィンと鈍い金属音が響き一瞬の火花が散る。全力の攻撃もチタンの体には傷
の一つもつけられない。
「ちぃっ!」
 レンダルが斧を引きずり、再度振り上げようとした瞬間だった。がっしりと首を固定し
ているマリスを引っ付けたままチタンは立ち上がると、勢いよくバックステップし、壁に
マリスを叩きつけた。
「ぐはっ」
 少し坑道が揺れた。マリスはチタンの硬い背中とごつごつした岩壁に挟まれ、その小さ
な体は力なく、どさっとチタンの足元に落ちた。
「マリスぅぅぅぅっ!!」
 チタンはマリスの小さな頭を踏み潰そうと足を高らかに上げた。レンダルは焦りながら
も、手をマリスのくれたジム=モリの巻物に伸ばしていた。
「マリスを助けてくれ、ジム=モリぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」
 巻物を広げると、何の詠唱をしなくとも、火の鳥が飛び出した。ところ狭しと翼を広げ
た火の鳥は超高速でチタンに突っ込むと、チタンの頭を咥え、投げ捨てた。
「ぐごぉぉぉぉぉぉぉぉ」
 咥えられた頭部は熱で変形し、空洞の胴体からは悲鳴のように炎の燃え盛る音がこだま
し、空いた穴から漏れ出した。
「マリスっ!」
 レンダルはマリスに素早く駆け寄ると優しく頭を腿に乗せ、大きなポーションを口に流
し込ませた。
「ごっほごっほ、すまない、足を引っ張ってしまって」
 マリスは全身の痛みに耐え、顔をチタンに向ける。その眼前にはチタンを翻弄する火の
鳥の姿があった。
「すごい魔力だ。あんな完全な形の鳥を魔力で創り出せるなんて」
「ジム=モリおじさまは鳥が大好きなのです」
「腐っても、あいつはベルツリー家の人間だからな」
 火の鳥は相手の体内にあるものの重要さを理解しているかのように、チタンの頭、腕、
脚を熔かせた。そして鉤爪で胴をぱりっと引き裂くと、役目を終えたことを示すように空
気に溶けていった。

「なんだかジム=モリに全部持ってかれた感じだな」
 レンダルはどろどろに溶け、もはや原型を留めていないチタンの胴部から丸く透き通っ
た水晶を取り上げた。
「きれいですわねえ」
「ほんと、まるで澄んだ空気のように透き通ってるね」
 水晶は一度手を離れれば、もう見つけられなくなってしまうかと思わせるほど透明だっ
た。三人がその透き通った美しさに見惚れていると、突然その水晶の内部に半身獣、半身
人のあの男が映し出された。はっと息を呑んだ瞬間、それはすでに目の前の現実となって
いた。

538FAT:2008/11/12(水) 22:07:54 ID:07LLjSJI0

―13―

「どうした? エイミー」
 ジョーイは突然上半身を起こしたエイミーを驚いた青い瞳で見た。
「来るわ、来た、来たのよっ!! レンダル、デルタっ!!」
 怯えた表情で髪を振り乱すエイミー。また悪い夢を見たのかと思い、ジョーイは優しく
肩に手を当て、エイミーをなだめる。
「落ち着いて。大丈夫、レンダルもデルタも元気にしてるよ」
「だめっ! だめなのよ! 誰か、誰か助けてあげて! レンダルが!! デルタが
っ!!」
「おいっ! しっかりしろ、エイミー!」
「お願いお願いお願いお願い!! だれかぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
 激しさを増すエイミーの感情の高ぶり。壁にかかっている額をカタカタと鳴らせるほど
の激情。感情が魔力の制御を狂わせる。エイミーの魔力は目に見えるほどその体内から溢
れ出し、破壊を始めようとしていた。
「くっ! 龍よ、抑えてくれっ!!」
 ジョーイは左目を覆っている眼帯を外し、その窪みでエイミーを強く見た。奥深く、暗
い窪みの中から青い魔力が飛び出す。青い魔力はエイミーを包むと優しく、なだめるよう
に溢れ出した魔力をエイミーに戻した。そしてエイミーは再び眠りについた。
「ありがとう。戻ってくれ」
 ジョーイの目の窪みに青い魔力が吸い込まれる。いや、流れ込んでくる。眠ったエイミ
ーの白い顔を確かめると、ジョーイは一つ、大きく安堵のため息をついた。
「なんて奴だ。ここまでこの娘の心を不安定にさせるなんて。男の風上におけない奴だな」
 ジョーイは知らない。エイミーが発狂した本当の理由を。
 暖かな太陽が牛の食欲をそそる。町はいつも通り穏やかで、のんきな牛がエイミーの家
の裏に生えた草をむしりとってはもしゃもしゃと食べていた。ジョーイはそんな光景を窓
から眺め、そのうち、うとうとと浅い眠りに落ちた。
 エイミーの感知した危機は、ジョーイには伝わらなかった。

539FAT:2008/11/12(水) 22:15:00 ID:07LLjSJI0
皆様お久しぶりです。初めましての方もたくさんいらっしゃいますね。
また半年以上も間が空いてしまいました。読んでくれていた方々には
本当に申し訳ないです。
またしばらくお世話になりますが、どうぞ宜しくお願い致します。

540◇68hJrjtY:2008/11/14(金) 15:40:02 ID:.AHgCHoA0
>FATさん
うわーい、FATさんお久しぶりです!この物語の続きが読めるとは(´;ω;`)
エイミーやデルタ、レンダル然り、面々も懐かしくて画面が見えないよママン。
でもでも、物語はしっかり続いているようで安心しました。チタンも撃破完了ですね。
ジム=モリさんのあの性格が見れると思うと…そこにマリスを加えたカオスが見れると思うと楽しみです(笑)
ラス&レルロンドの方も楽しみにしつつ続きお待ちしてます♪
---
私信ながら、チャットイベやらのお知らせでFATさんのブログに何回か書き込みしてしまいましたが
ちょっとコメントをすべき記事が分からなかったもので一番新しい記事のほうにコメしてしまいましたorz
「イベント開催なんて知らなかった!」って事になってましたら、私の不手際です。申し訳ありません<(_ _)>

541防災頭巾★:削除
削除

542柚子:2008/11/16(日) 14:44:24 ID:JNF/MKiM0
前作 最終回 六冊目>>837-853
登場人物 
・イリーナ 今作の主人公。魔導師の女性。バトンギルドに所属する。
・ルイス 美貌の戦士。バトンギルドに所属する。
・アメリア バトンギルドの若き女性ギルドマスター。
・アルトール バトンギルドの副ギルドマスター。
・グイード ブランクギルドのギルドマスター。重剣士。
・ディーター ブランクギルドの副ギルドマスター。武道家。
・マイア ブランクギルドの副ギルドマスター。召喚士。
・コルネリウス 古都ブルンネンシュティグの国王。
・ヘルムート 古都聖騎士団の隊長を務める戦士。
・エレナ 近衛師団の一員。魔獣使い。
・リュカ 近衛師団の一員。大魔導師。
・トール 近衛師団の一員。大天使。
・ダグラス 砂漠都市アリアンの国王。
・エルネスト 元古都聖騎士団の隊長。
・カルン ピーシング盗賊団の一員。
・バジル ピーシング盗賊団の党首。
・ノエル 街を回る獣医。
・ソロウ 謎の子供。
・ミシェリー イリーナの前に現れた少女。2ヶ月前に死亡した。

543柚子:2008/11/16(日) 14:45:41 ID:JNF/MKiM0
Avengers

5年前――

燦々と照らしつける太陽。
砂混じりの風は火薬の臭いを乗せて人々に吹きつける。
絶えず鳴り続ける爆音と剣戟の音が、この一帯で何が起きているのかを存分に語っていた。
ここは砂漠都市アリアンから数キロ程離れた砂漠。
そこでアリアン軍とブルン軍との小規模の戦闘が行われていた。
小規模と言っても、動員数は数百人数千人単位で、時々村で起きる紛争などの比ではない。
そういった戦闘がいくつにも合わさって1つの戦争となっているのだ。
無論、ここで行われている戦いもその内の1つ。
「第二防衛線、突破されました!」
様々な怒号が乱れ飛ぶ中、兵士の声が響き渡った。
「3番隊はどうした!」
「だめです、連絡が取れません!」
次々と送られてくる厳しい状況報告に、指揮官である男の表情が歪む。
戦いは既に激しい交戦状態にあった。
しかし戦況は一方的でアリアン軍が有利だ。
「エルネスト隊長、ご指示を!」
魔石を媒体にして魔力で言葉を伝達する魔力通信で指示を求める声が届く。
それも1つや2つではない。
その1つ1つにその指揮官――エルネストは的確な指示を与えていく。
この状況にありながら、まだ保っていられるのは彼のお陰だと言っても過言ではなかった。
彼らは古都聖騎士団と呼ばれる、数ある集団の中でも名実共に1位のエリート集団だ。
様々な武器を操り、時には馬も駆る。
男なら必ず一度は憧れると言われる最強の集団。
その集団を束ね頂点に立つのがこのエルネストであった。
そんな彼らが、今初めての窮地に立っていた。
それも無理はない。なにしろ相手は初めの情報より10倍以上の兵士量なのだ。
「く、王国からの増援はまだか……!」
エルネストの表情に苦渋の色が浮かぶ。
連絡は既に取ってある。彼らの本拠地である古都からの援軍はそろそろ来るはずだ。
そうすれば形勢逆転の契機はいくらでもあるだろう。
『隊長!』
「どうした」
魔力通信越しに兵士からの連絡が入る。
兵士は少しばかり声を震わせながら応えた。
『たった今、古都からの連絡が入りました』
「本当か!」
待ちに待った連絡。だが、その期待は簡単に裏切られた。
『増援は検討中。聖騎士団は最後まで奮闘せよ。とのことです……』
「何だと!」
それは、増援は来ないと言っているに等しい。
彼らは国から切り捨てられたのだ。
「そうか。そういうことですか、国王……」
その伝令を聞いたエルネストは絶望に暮れるのでもなく、なんと笑い出した。
人の何倍も頭が回る彼は気づいてしまったのだ。
彼らの君主は初めから彼らを切り捨てていたことに。誤りの情報を持たせて。
そしてそうする真意さえも。
それはこうして今も思惑通りに進められている。
ならばやるべきことは1つ。
「我が軍に告げる。これより一点突破を計る。敵の陣形を崩すのだ!」
『応!』
無理のある作戦であるにも関わらず、騎士たちは従順に従う。
そんな部下たちにエルネストは胸中でこれ以上ないほどの感謝と謝罪をした。
「全軍、我に続け!」
そしてエルネストたちは必死の特攻を始めた。

544柚子:2008/11/16(日) 14:46:53 ID:JNF/MKiM0
「へえ、そんな訳で入団をねえ」
「ええ。以前ふと皆さんの噂を小耳に挟みましてね」
古都ブルンネンシュティグから東に位置した荒野。
そこで若い男女が歩きながら親しげに会話を交わしていた。
2人は草木を避けながら人気のない方へと歩いていく。
「でもあんた、今まででこういった経験は? とてもそういう風には見えないが」
「こう見えても腕には自信があるんですよ」
そう言って若い女性が外套を捲り上げてみせる。
現れた細い腰の脇から、鈍い光を放つ鋭い剣が顔を出した。
「まあ、期待しているさ。それに」
「何です?」
男は急に言い淀み、女の顔を吟味するように眺め回す。
「あんたくらいなら、他にも役所はありそうだしな」
そう言って、男の細長い顔がいやらしく弛む。
そんな男に、女が笑顔で応える。
「ええ。私で良ければいつでもお相手致しますよ」
「へへ……」
照れているのか、男は歩む速度を上げた。
しばらく歩き続けると、小さな木造の小屋が見えてきた。
「ここですか?」
「そうだ」
男は先ほどの表情から一変し、鋭い雰囲気で周りを見渡す。
誰もいないことを確認すると、男は安堵の息をついた。
「やけに慎重ですね」
「俺たちがやっていることはそういう職柄だからな」
男はそのまま小屋に入ろうとするが、ふと立ち止まった。
「そういや忘れていたが。あんた、名前は?」
意外だったのか、女は少し驚いた後すぐに笑顔に戻した。
「イリーナって言います。イリーナ=イェルリン」
「良い名だな。では歓迎するよ、我々盗賊団一味へ」

545柚子:2008/11/16(日) 14:48:11 ID:JNF/MKiM0
小屋の中は盗賊のアジトとは思えない殺風景な内装だった。
それどころか、全く人の気配が感じられない。
イリーナが不可解に感じていると、見透かしたように男が口を開いた。
「二重のカモフラージュだよ。本命はこっちだ」
そう言って、男は足で床を叩いた。
男はそのまま奥へ進むと、何の変哲もない床に手を当てた。
「こっちだ」
男が手招きをする。
イリーナが近づくと、男は手に当てていた床を掴み、ゆっくりと持ち上げた。
すると、なんと階段が現れたではないか。
イリーナが思わず感嘆の息を漏らすと、男は得意げに笑った。
「へへ、驚いたかい。これが今でも俺たちが捕まっていない理由さ」
階段を降りると、更なる驚きがイリーナを待っていた。
「広い……上の数倍はありますか?」
「そうだ。ちなみに更に下が倉庫となっている。後で案内しよう」
地下の空間は上の数倍に値する広さを誇っていた。
驚くべき所はそれだけでなく、ここが迷路状の造りになっている所だ。
「なかなか凝っているだろう。仲間があんたを待っている。急ごう」
幾度にも渡り角を曲がると、ようやく人の賑わいが聞こえてきた。
どうやらイリーナのために待っているらしい。
最後に細長い道を曲がると、小広い空間に躍り出る。そこが盗賊達の溜まり場になっていた。
イリーナ達にいち早く気づいた団員が2人に手を上げた。
「来たか。待っていたぜ!」
それを発端にして、次々と他の団員も歓迎や労いの言葉を掛けていく。
「よく来たな、歓迎しよう」
党首らしき男が人々の間から躍り出る。
野蛮そうだがどこか落ち着いた気風を見せる、悪党共を束ねるに相応しい人物だった。
「初めまして。イリーナ=イェルリンと申します」
イリーナが丁寧に頭を下げようとすると、それは手で制止された。
「悪党に堅苦しいのはいらん。まあ、飲もうや」
党首が言うと、どっと周りが沸いた。
「ほらほら、こっちに来いよ!」
「さあさあ、飲もうぜ」
次々と掛けられる温かい言葉に応えようとイリーナが踏み出すと、奥の方で鉄塊が落ちるような音がした。
いや、それは比喩などではない。本当に鉄塊よりも重い物が落下してきたのだ。
続いて悲鳴が沸いた。
その悲鳴の中心にそれは居た。
全身を纏う銀色の鎧。その頂上に位置する深い青髪。
そして何よりも象徴的な物が鮮血で染まった大剣であった。
その大男は剣を一閃して血糊を払う。
その迫力に盗賊たちは思わず後退した。その瞬間、大男は一歩を踏み込んだ。
さらに一歩踏み込み、獰猛な一撃が盗賊たちに向けて振るわれる。
巨大な刃は前方の2人の胴に絡み、そのまま分解した。
「う、うわぁあああ!」
盗賊たちが悲鳴を上げる。広場は一瞬にして混乱に陥った。
しかし大男は止まらず、1人、また1人と死体を積み上げていく。
訳が分からない団員達は無抵抗のまま次々と絶命していく。
「敵に好きにさせるな、足を止めさせろ!」
党首からの一声で怯えきっていた盗賊達の目に闘志が宿った。
流石はこの大人数をまとめるだけはある、威厳のある声だった。
盗賊達はそれぞれに短剣や手裏剣、手斧などを構え、大男に狙いを絞る。
それでも構わず、男は走りを緩めずに突進してくる。
「斉射っ!」
党首の号令と共にそれぞれの獲物が一斉に放たれる。
男は大剣を盾にして頭を守る。飛来した刃物は鎧を貫けず床に落ちる。
男は全くの無傷。外れた短剣や手裏剣が虚しく壁や床に刺さるだけだった。
「それだけか」
男の顔に初めて感情が表れた。それは残酷な笑み。
男は跳躍し盗賊達の目の前に着地。そのまま大剣を振り抜いた。
刃は前列にいた数人の首を刈り取りながら回転、床に突き立てられる。
続けて放った斬撃の勢いを利用した中段蹴りが脇に居た盗賊の肋を砕く。
痛みに悶え倒れた盗賊の顔面を踏み潰し、さらに男が前進する。
「後退、後退!」
党首の指示で盗賊達は短剣を放ちながら後退した。

546柚子:2008/11/16(日) 14:49:15 ID:JNF/MKiM0
イリーナはさらに後方の場所で立ち尽くしたままだった。
急すぎる殺戮に動くことができない。
「おい、新人。お前も援護してくれ!」
道案内の男だった。
男の声でやっとイリーナは我に返る。
「は、はい!」
イリーナは腰から銀色に光る細身の剣を抜く。
柄には複数の魔石や補助魔石が嵌り、剣というよりも杖と呼べる代物だった。
イリーナは剣を強く握り締め、前を見据える。
眼前では地獄の光景が広がっていた。
息を吸い、吐く。覚悟を決め、イリーナは走り出した。
突き出した剣が背中から胸に抜ける。刀身はイリーナに道案内をした男の胸から生えていた。
剣の根元はイリーナが握っていた。
「な、ぜ……」
何故刺されたのかも分からず、疑問を浮かべたまま正確に心臓を貫かれた男は絶命する。
「すまない」
男の疑問に答えるかのように呟き、イリーナは刺さった剣を抜き取った。
空いた穴から一気に赤い血が滝のように流れる。
絶命した男は自立出来ずに自らの血で作られた血の池に沈む。
しかしその音は他の団員達の怒号や悲鳴でかき消された。
イリーナはさらに呪文式を紡ぐ。
呪文が完成。魔法陣の代わりとなった、剣に嵌められた魔石が光を発し空中に魔法陣を描く。
イリーナが紡いだ呪文は難易度3のジャベリンテンペストだった。
剣の周りに不可視の風の刃が発生、発射。風の刃は後方で奮闘している盗賊の胸を貫いた。
苦鳴と血を吐いて男は絶命する。隣に居た他の盗賊が悲鳴を上げた。
その男の胸にもジャベリンテンペストが放たれ、男が倒れる。
連続して団員が倒れることで、ようやく誰かがイリーナの無謀に気がついた。
「お前、何をして……」
最後まで言えずに、首を失った死体が後方に倒れる。遅れて首が床に落ちた。
倒れる死体は後ろに居た他の団員を巻き込んで転がる。
その光景を見て、残りの団員達もイリーナを敵と認識し始めた。
尚も魔術を紡いでいるイリーナに対して短剣や手裏剣が放たれる。
予想していたイリーナは予め紡いでいた難易度3、トルネードシールドを展開。
イリーナの周囲に発生した風の防護が飛来してきた投擲物を弾き返す。
弾き返された投擲物はそのまま盗賊達に突き刺さった。
苦鳴を上げる団員の間を抜ける影。一味をまとめる党首だった。
「この騒ぎの原因はお前か」
党首は刃の視線でイリーナを睨む。イリーナは全く臆せずに剣を向ける。
「慣れない演技は苦痛だったよ」
イリーナは続ける。
「向こうで馬鹿みたいに暴れている馬鹿をここへ誘導したのは、な。私達は依頼されてここへ来た」
党首の顔に苦い物が浮かんだ。追い詰められた犯罪者の顔だった。
「ここへ辿り着くのにはなかなか苦労した。だが、お偉いさん達を敵に回したのが間違いだったな」
古都のような冒険者やギルドが集まる国ではその数に比例して有能なその手の情報屋も多くなる。
いくら拠点を隠そうが、数人の情報屋に狙われればこんな小さな一味の拠点などすぐに見つかってしまうのだ。
「お前達は今まで通りにこそこそとしていれば良かったんだ。あれと組むべきではなかった」
言葉の刃が党首に突き刺さる。既に表情は違っていた。
「そうか。全て見透かされていたか。ならば」
党首の足に力が籠もる。
「ここで貴様らを倒すしか、生き残る道はあるまい!」
党首が疾走する。
いくら高位の魔術師とはいえ、近接戦闘では盗賊である党首の方が有利。
イリーナは動けない。党首の顔に勝利の確信が浮かぶ。
その時、2人の間に金色の羽毛が舞い降りた。いや、羽毛のように無音で着地したのだ。
党首は咄嗟に疾走を止める。だが、慣性の力が働き止まらない。
疾走は棒のような物にぶつかることでようやく止まった。
棒は胸に刺さっていた。
「ごふっ……」
小さな咳のようなものをこぼし、次に大量の血液を吐き出す。
棒のような物が抜かれる。
支えを無くした党首は呆けた表情のまま後方に倒れた。

547柚子:2008/11/16(日) 14:50:13 ID:JNF/MKiM0
「分かっていても心臓に悪いな」
呆れたようにイリーナが胸を撫で下ろして見せた。
「あら。こういう登場の方がインパクトがあるでしょう?」
そう話すのは女の声だった。
金色の軽鎧に包み込んだ身体は女性らしいラインを描き、同じく金色の髪が光を反射する。
その下から見せる容貌はまだ若く、美しかった。
手にはその容姿とは似つかない、鋭い光を発する短槍を握っている。短槍からは未だに血が滴っている。
「半分はルイスに任せるとして、こっちは私がやるわ。イリーナは端っこで驚いていなさい」
言いながら槍を軽く振るい、血糊を払う。
「支援ならしますよ。ルイスはともかくマスターになら」
「いらないわ」
女が自信満々に言い放つと、イリーナは大人しく下がった。
反対側では大男のルイスが盗賊達を圧倒していた。
「おい、半分はこっちを応戦しろ!」
「あの党首がやられたのか!?」
「くそ、化け物め!」
盗賊達は党首がやられたことにより統制が乱れていた。
それでも何人かは女の方へ向かってきた。
「では、行きますか」
女は爪先を何度か床に叩く。それを両足交互に行う。
その足が止まる。瞬間、女は短剣を投げようとしていた男の眼前にいた。
腕が閃き、高速の接近よりも速い刺突が放たれ、引く。
男は投擲の姿勢のまま死んでいた。
「は、速い!」
一瞬の殺人に盗賊達が怯む。それでも勇気のある数人が短剣や手裏剣を投擲する。
女は槍を縦回転。槍が綺麗な円弧を描き投擲物を弾く。
「遅いわ!」
「え?」
盗賊達の背後には数人の同じ容姿、風貌の女が5人ほど立っていた。
5人は一斉に同じ動きで短槍を放つ。それぞれが正確に心臓を貫かれ即死した。
女が指を弾くとそれらは霧散して消えた。
偶然狙われず生き残った内の1人が女に無謀の特攻をする。目は焦点が合っていなかった。
女は短槍を捻る。すると柄の部分が倍近く伸び、2メートル大の長槍となった。
一瞬の間合いの変化に対応し切れずに男は長槍の餌食となる。
「その分身術にその槍、あんたバトンギルドの虚勢のアメリアか!」
女の戦闘を見ていた1人が絶望にも似た声で叫んだ。
「そうだけど。知る必要はないわ」
アメリアの返答に盗賊達がどよめく。
「ならこっちの男は狂戦士ルイスか!」
名の知れた戦士達に盗賊達は動揺する。
統制が崩れ、戦意を失った盗賊達は2人の脅威とはなり得なかった。
アメリアが正確無比の槍の射撃で確実に心臓を貫いていけば、もう一方ではルイスの獰猛な刃が盗賊達の体を分解する。
イリーナは見ているだけでよかった。
光景は一方的な虐殺にも見えた。

548柚子:2008/11/16(日) 14:51:33 ID:JNF/MKiM0
最後の1人がアメリアの槍に貫かれ倒れる。
「戦闘終了。開始から3分52秒ってところね」
アメリアが歯車細工の時計を取り出し呟く。
「この場所を突き止める時間と労力を考慮すると馬鹿らしくなるな。
ルイスが事故か何かで死んでいれば少しは有意義になるかもしれないってことで、試しに死ね」
「イリーナよ、貴様もこの中に入るか?」
美貌の剣士がイリーナを睨む。
辺りは盗賊達の死体で埋め尽くされている。生きているのはイリーナ達だけだった。
その光景を眺め、アメリアの表情に翳りが差す。
「こんな任務……」
何かを言いかけ、止める。
「いえ、これは誰かがやらなくてはいけない任務よ。悪党に同情はいらないわ」
言い聞かせるようにアメリアは呟いた。
「敵に同情などかければ死ぬのはこちらの方だ」
ルイスが嫌みたらしくイリーナを見る。
「私は同情などかけていない」
「ああ、だが俺もイリーナに騙され殺された哀れな男だけには同情しよう」
「なんだと」
イリーナが剣に手を掛ける。ルイスは微動だにもしない。
「はいはい、喧嘩すんな。まだ仕事は終わってないわよ?」
アメリアは笑顔だった。いつもの彼女だった。
2人は鼻を鳴らし、イリーナも剣から手を離す。
「イリーナ。貴方が炎魔法を使えない理由だけど、聞き出したのよね?」
アメリアが婉曲的に意思を伝える。イリーナは頷く。
「ええ。ここのさらに下にあるらしいですよ。燃えやすい場での炎魔法は不便に過ぎる」
イリーナは足で床を叩いて隠し倉庫の場所を示す。
それを聞いてアメリアは少し驚く。
「地下迷路も驚いたけどさらに下とは驚きね。どこもそうなのかしら」
「いや、ここは特殊だと言っていたな」
依頼には拠点を破壊せず位置を報告することも含まれていた。
盗賊が残した財宝が欲しいという依頼主の汚らしい思想が目に見えていた。
「それにしても貴方の演技なかなかだったわよ。会話と魔力通信を同時にこなすとか普通できないわ」
「ああ、迫真の演技だった」
「え、だからこそ私がその役になったのでは? あとルイスに言われるとむかつく」
イリーナの疑問にアメリアは不思議そうに首を傾げる。ルイスは皮肉げに鼻を鳴らした。
「いいえ、貴方がそれ以外に役立ちそうもなかったからだけど」
「……そうですか」
本気でそう言っているようなので、イリーナは少し落ち込んだ。
ルイスが軽く笑ったのが不快だった。
確かに後衛の魔導師であるイリーナと、槍術師のアメリアや戦士のルイスとでは体の構造は大きく違う。
魔術や知識に長ける魔導師に対し槍術師は速さ、戦士は頑丈さや筋力に長ける。
さらに前衛は体中に身体強化の魔術を恒常的に施しているので驚異的な体術が可能となる。
確かにこれは妥当な采配と言えるだろう。
しかし理解はできても納得がいかない。明らかにイリーナが1番苦労役だからだ。
イリーナが反撃の言葉を考えていると、後方で足音。
イリーナに言われずとも前衛の2人は即座に反応する。
「誰だ」
ルイスの無機質な声に足音が怯える。数瞬後に影が飛び出して来た。
飛び出して来たのはまだ幼い少女だった。両手で短剣を握り、小刻みに震えている。
「よ、よくもお父さんを」
震える声で倒れている男を見据える。アメリアが殺した盗賊の党首だった。
次に他の団員達を眺め回し、最後に3人に戻る。
瞳に映るのは憎悪だけだった。
「許さないっ!」
少女が走り出す。狙われたのは前方に居たルイスだった。
少女がルイスに衝突し、甲高い金属音が鳴る。
短剣は空中に舞っていた。
呆気に取られる少女をルイスが組み伏せる。衝撃で少女の口から苦痛が漏れる。
「哀れだな」
押さえつけながら、ルイスが嘲笑う。
少女は痛みと悔しさから声にならない悲鳴を発していた。
「悪党の父親を持ったことが不運だったな」
「違うっ!」
少女の否定の言葉を無視し、ルイスの手が背中の大剣へと伸びる。
「ルイス!」
イリーナの制止も聞かずルイスは大剣を片手で振り上げる。
「楽になれ」
「ルイス、私たちの任務は関係者全ての抹殺よ」
アメリアの声でルイスの手が一瞬止まる。そして振り下ろした。
大剣は少女の顔の隣に刺さっていた。少女は極限の恐怖で気を失っている。
「分かっている」
ルイスが剣を戻し、少女を担ぐ。
アメリアは満足そうに頷き、イリーナは胸を撫で下ろした。
「そうする気なら先に言え、心臓に悪い」
「イリーナにいちいち報告するなど苦痛作業だ」
返そうとするイリーナの言葉をアメリアの声が遮断した。
「さて」
アメリアが槍を仕舞う。
「帰りますか」

549柚子:2008/11/16(日) 14:52:38 ID:JNF/MKiM0
古都ブルンネンシュティグの極東に位置するバトンギルド事務所本部。
本部と言っても支部は存在しない。
古めかしい造りの建造物の扉をアメリアが勢い良く開けた。
広がる景色は外面とは違い清潔感が漂う内装だった。
「ただいまー」
アメリアが奥の客間に座っている人物に声をかける。
その人物は胸に十字が象られた聖職者の格好をした男だった。手の上には本が置かれている。
その男はアメリアに気づくと読んでいた本をそっと閉じた。
「お帰りなさい、マスター。おや、その子は?」
落ち着いた男の声。男はアメリアの背中を見ていた。
アメリアの肩から覗く幼い少女の顔。表情は安らかとは程遠い物だった。
「拾ってきちゃった」
「猫や犬とは違うのですから」
アメリアの返答に男は苦笑する。
アメリアは少女を長椅子に寝かすと自らも椅子を引いて座る。
「色々あって。アルトール、後でこの子を孤児院に預けてきてくれない? 流石にここで引き受ける訳にはいかないし」
アルトールと呼ばれた男は軽く頷く。
「それはそうと他の2人はどうしました?」
「古都に着くなり寄るところがあると言ってどっか行っちゃったわ」
困ったようにアメリアは息を吐く。様々な疲労を感じさせる重い息だった。
それがギルドマスターに課せられた性なのだろう。
アルトールはそんな若きギルドマスターを案じるように見つめる。
「あの、大丈夫ですか?」
アメリアの表情が固まる。そして自嘲するように微笑む。
「こんな子に刃を向けられると……ね」
アメリアは横目で少女を眺める。
少女は依然としてうなされていた。
「少し休んだらいかがですか?」
アルトールの気遣いに、アメリアは首を振って断った。
「ありがとう。でもすぐに出るわ。報告を済ませないとね」
アメリアは立ち上がり雑多に並べられている書類の中から1枚の用紙を取り出した。
それから扉に向かおうとすると何かを思い出したように立ち止まる。
「あ、それと」
疑問顔のアルトールに悪巧みを考えついた子供のような笑みを向ける。
「この前ちょっと大きな仕事が入って。後で会うことになっているのよ」
「マスターのちょっとは信用なりません」
アルトールは深い苦味の入った溜め息を吐いた。

550柚子:2008/11/16(日) 14:53:32 ID:JNF/MKiM0
透き通るような蒼穹。空から伸びた光輪を1番背の高い十字が跳ね返していた。
続く下には様々な装飾、七色の硝子。
そこは大陸一大きな教会だった。
この大聖堂を中心に聖都アウグスタの街並みは広がる。
アウグスタは古都とは違い、商人の宣伝も都民同士の喧騒も聞こえない。
あるのは決まった聖堂の参列者と世間話をする人々、子供の走り回る姿だった。
「ここはいつも通りに平和だな」
軽く皮肉を込めたように話すのは女の声。
「祈るだけが能の国だ。全く居心地が悪い」
青髪の美貌の男が呟く。背中には大きな剣を背負っている。
「思考しないことが能のルイスに言われてはアウグスタも憤慨するだろうな」
「ではよく考えて貴様を斬ろう」
方向性のない会話は続かない。会話はすぐに途切れた。
イリーナとルイスはアウグスタの街を並んで歩いていた。
盗賊の件が終わり古都に着いた後、すぐに街のポーターを使い向かったのだ。
2人の足が止まる。目的地に着いた。
眼前に広がるのは無数の十字架。そこはアウグスタ集合墓地だった。
「行くぞ」
ルイスが静かに頷く。
踏み込む足は僅かに抵抗が有るように思えた。
数々の尊大な墓石を素通りし2人は奥の方へと向かう。
立ち止まった前には小さな墓石があった。
墓石には家名は無く「ミシェリー」とだけ彫られていた。
イリーナは脇に抱えていた花束を前に捧げた。
「もう2ヶ月か。いや、ようやくと言うべきか」
2人はあれから定期的にこの場所に訪れていた。
イリーナは独白を続ける。
「初めは希望を持ちここへ目指していたのだがな。今では違う目的で訪れている。皮肉なものだな」
「そうだな」
ルイスが短く返す。双眸は墓石に注がれていた。
イリーナは屈むと手を合わせ黙祷する。ルイスもそれに倣う。
暫く黙祷を捧げ、ようやくイリーナが立ち上がる。
瞳には強い意志が籠められていた。
「この場は私達の戒めだ。忘れてはいけない、許されない」
ルイスは何も言わない。冷たい風が青髪をさらっていく。
この街は彼女等にとって辛い記憶の塊だった。
正確にはこの近くの森がそうだった。あの時の傷痕は未だに森に深く残っている。
そこで2人は少女を守り切れずに死なせてしまった。
その事実は2人を深く傷つけている。
しかしイリーナは決して涙を流すことはしなかった。
涙を流すことも、彼女を哀れむこともしない。
そのような行為は少女を殺したも同義なイリーナに許されることではない。
そうイリーナは思っていた。
「帰るか」
「ああ」
身を貫くような痛みに堪えながら墓石を背にする。
1度も振り返らずにイリーナはその場を後にした。
墓地から出るとすぐにポーターが居る場所へ向かう。
途中でイリーナが歩を止めた。
「どうした、貴様も墓の中へ入りたくなったか」
「ルイスより先に入る気はない。ここは葡萄の名産地だったよな」
イリーナが遠くにある本格的な農地を指す。
「そうだが、それがどうした」
「いや、マスター達の土産に葡萄酒でもと思って」
その言葉にルイスが軽く驚く。
「何を企んでいる?」
「ただの美しい善意だ。でも、見返りが無さそうなのでやめておく」
ルイスが鼻で笑う。
「言葉が前後で矛盾している」
「私は限りなく現実主義者なだけさ」
そう言って会話は途切れる。
この会話の意味を2人共理解した上で実行しただけだ。
こんなくだらない会話でもしないととても耐えられなかった。
今度こそ2人は古都へ向かった。

551柚子:2008/11/16(日) 14:54:20 ID:JNF/MKiM0
イリーナ達が去ってから数分後。
再び墓地を訪れる小さな影があった。
その影は他の墓石には目もくれず、イリーナ達が通ったのと同じ道を進んでいく。
影が踏んだ草花が枯れる。見れば影が通った道には生命という生命が死に絶えていた。
立ち止まった前には同じ墓石があった。
「ミシェリー」と名前だけ彫られた墓石の前に影が立ち尽くす。
「花……」
墓の前には花束が添えられていた。
呟いた声は少年とも少女とも取れる幼い声だった。しかしその声から子供が持つべき無邪気さは全く含まれていない。
影が添えられた花束を持ち上げる。
血のように赤い花々はみるみる色を失い、やがて枯れ果て地面に落ちた。
それを影は無言で見つめていた。
影は掌を1度強く握り締め、脱力したように下ろす。
「……ミシェリー」
声は死者のように暗かった。

552柚子:2008/11/16(日) 15:01:07 ID:JNF/MKiM0
お久しぶりです。半年以上ぶりなので、初めまして。
続かないとか言っていた気がしましたが、曲がりなりにも続かせてみました。
話の内容は新しいので、前作読んでなくても大丈夫なはずです。
これからこそこそと連載していこうと思います。

>FATさん
お帰りなさい! と自分が言うのもおかしいですね。
また続きが読めてうれしいです。お互い頑張っていきましょう。

553名無しさん:2008/11/17(月) 01:47:28 ID:WcNvBC2g0
ROM専のものですが、初めて書いてみました。
テストみたいな感覚でプロローグ的なものですので、ヤマもオチもありまry

もうそろそろ12月も近い。大陸の中でも比較的温暖なこの土地にもついに、今年初めての雪が降って来た。
今の時刻は午前8時だが、基本的にかなりスローライフなこの小さな町の住人は、今頃になってやっと起床し始める頃だろう。
静まりかえっていた民家の中からやがてポツポツと明かりが灯っていく。
数時間遅れて、この町にもやっと朝がやって来たようだ。

そんな村の風景の片隅にひとつ、いつまで経っても眠ったままの家がある。

薄く雪の積もった路地に足跡を点々と残しながら、そこに急ぎ足で向かう少女の姿があった。
ウェーブのかかったセミロングの髪を揺らしながらずかずかと家の前までやってくると、
少女は遠慮無しに窓から中を覗き込む。
次にコンコンと軽く窓ガラスを叩き、反応が無いと見るや、勝手に窓を開けて「よっこらせ」と中に乗り込んだ。

その現場を目撃した人々も数人いたが、その家に限ってはそれが当たり前のことらしい。
特に誰も驚いたり警察に通報したりする様子もないようだ。

「ねぇ、いる?……もしかしてまだ寝てる?久しぶりに来たのに」

(悪い意味で)生活感が無い部屋に、今度は埃の足跡を残しながらドアを開けて進んでいく。
ドアを二回開けて階段を上り、廊下を少し歩いたあと、またドアを一回開ける。
たどり着いた部屋のベッドに、目当ての人物が無防備に眠っているのを見つけ、彼女は鞄の中から分厚い重そうな本を取り出した。
それを開いて読む……のではなく、おもむろに本を高く掲げ、力一杯布団に叩きつけた。

ボフッ

意外にも軽い音と手応えに首を傾げ、はっと何かに気づくと勢いよく布団を捲る。

かかったなアホがッ!

「ありがちなパターンだろ!!」

一瞬の間のあと部屋中に響き渡った甲高い叫び声に、外にいた人々は何事かと振り返る。
少女は「かかったなアホがッ!」と胴体に書かれたダミー人形(布に綿を詰めただけの塊である)を窓の外に放り投げた。


(今日中に探し出して一発殴ってやろう)
息を切らしながらベッドの上に倒れ込んで、布団にまだ体温が残っているのに気付く。
それに人形に書かれた字は几帳面な彼にしては粗末な走り書きだったし、
もしかしたら彼女の訪問に直前で気付いて慌てて逃げ出したのだろうか。

「あいつ…まだ近くにいるのね」

それから何気なく視線を横に移して、そこにあったものを見つける。そして少女は拍子抜けしてがくりと脱力した。
視線の先の、現場から2メートルも離れていないソファで爆睡しているのは紛れもない、
彼女が殴ってやりたいと思っている“あいつ”。もちろんダミーではなく本物である。

もちろん、この直後に殴られた。

554名無しさん:2008/11/17(月) 02:06:34 ID:WcNvBC2g0
一応主人公っぽい二人組の職と名前までは考えてありますが、肝心のストーリーはすっからかんでどうなることやら…。
女の子の方は髪型でジョブが大体バレてるとは思いますが、王道というかありきたりな組み合わせの二人ですw
勢いだけで書いてしまいましたので推敲…していません、すみませんorz

一日置いてからチェックしてみると良いとよく聞きますが、
一晩おいてから冷静なアタマで見てみると恥ずかしくなっていつも削除してしまいまs


もう夜も遅いので感想は直前のレスの柚さんにだけさせていただきます。短いですが…。
多分絶対きっと朝に起きられなくなるので!

ルイスの野生児っぽいところが好きだったので、また会えるのが嬉しいです!
前回の話が悲しい終わり方だったので、楽しそうに喧嘩する二人をまた見られるように祈っています(笑)

555◇68hJrjtY:2008/11/17(月) 06:02:58 ID:oSOQoEBQ0
>柚子さん
わぉ、FATさんに続いて柚子さんまで…お帰りなさい!(*´д`*)
イリーナとルイスの皮肉合戦も久しぶりでもう嬉しい限り。いきなりトバしてますけどね(笑)
前作では顔出ししかしなかったアメリアの戦闘シーン、バトンギルドの他の面々の活躍もなるかっ!?(笑)
拾われた盗賊の子供ですが、ミシェリーをどうしても連想してしまいます。ちゃんと墓まであるようで嬉しい(´;ω;`)
その墓に忍び寄る一人の影……まったく展開が見えないイリーナとルイスの新しい物語、続きお待ちしています。

>553さん
モノを書いたらあなたはROM専ではなく、立派な書き手さんです!というわけでデビューおめでとうです♪
雪の降るRS世界が非常に見たい私にはなかなか良いシーン…っていきなり本で叩かれてますが(笑)
少女の目的も気になるところながら、撲殺されかかった誰かさんがぼかされてて興味津々!
このままでは私の脳内で「撲殺され君」とか名前付けちゃいますよ!(こら
続きお待ちしてます(笑)

556ESCADA a.k.a. DIWALI:2008/11/17(月) 15:13:34 ID:OhTl4zsk0
>>448からの続きです〜・・・100スレ近くも空いちゃった;;;


 ミカエルは怒っていた・・・それはもう文字通り、拳に燃え盛る炎を纏うほど怒っている。
 対するはラティナの父親である燈道。鬼のような形相を浮かべるミカエルに動揺すら見せず
 それどころか彼を小物扱いするような表情で彼は仁王立ちのままだ・・・

「消し炭になりてェか?おっさんよォ・・・」
「その言葉、そのまま貴様に返してくれるわ・・・若造、名を何と言う?」
「てめぇに名乗るくらい、俺の名はそれほど安くはないんでね。」

 一触即発、一歩も引かない静かな舌戦が繰り広げられる中、ティエラはファミィとミリアを保護していた。
 彼女の華奢な腕に抱かれるミリアは親指をしゃぶっている。泣きそうな声で「うみゅぅ〜」と愚図っている。
 ティエラは彼女をなだめながら、さらに灼熱の炎を纏うミカエルを見ながら震えていた・・・

「(ヤバい・・・ミカっちの奴、ぷっつん来てるじゃない!!あそこまでくると止められないし・・・くそっ!!!)」
「おう、ティエラ。悪いけどミリアとファミィを頼んだぜ・・・俺の"炎帝"としての姿、見せないでやってくれ。」
「・・・え?わ、わかったわ!ミリアちゃん、ファミィくんっ、逃げるわよ!!?」
「ふぇ!?いやだいやだぁ〜!!いやなのぉ〜!!!ミリアはお兄ちゃんと一緒にいるの〜!!」

 泣きじゃくって兄と共にいることを叫ぶミリア、小さな体を懸命に動かすもティラに抑えられてしまう。
 しかしミカエルはそれを拒んだ。ミリアは彼にとってはかけがえのない大事な妹・・・彼女を巻き込みたくないがため
 彼は唇を噛み締めて、叫んだ・・・!!!

「ミリアっ!!!・・・頼む、兄ちゃんはお前が無事ならそれでいい。
 ・・・だから、だからはお前はティエラと一緒に逃げろ!!俺は誰にも負けないから!!!」

 兄の叫びに、ミリアは泣く一歩手前の顔でありながらも無言で頷く・・・
 ティエラもその様子に頷くと、そのまま跳躍して場を離れた。彼女が踏み台にした木の枝がガサガサと揺れる。
 そのせいで落ちてきた木の葉が途中で燃え尽きる・・・ミカエルの周りには既に灼熱の炎が燃え盛っていた!!
 彼の傍らには無詠唱で召喚された炎の霊獣、ケルビーもいる。『グルルル・・・』と獣のような唸り声を発していた。
 そしてミカエルが指をパチン!と鳴らすと、ケルビーは瞬時に第三形態となって人型の姿をとる。


「はじめようぜオッサン・・・フランデル大陸十三大冒険者、第7位『炎帝』はミカエル。俺の炎はハンパねぇぜ、灼熱に抱かれな」

 炎を纏った手で中指を突き立て、彼は燈道を挑発し返す・・・!!
 言い返さないまま燈道は槍を旋回させてミカエルとケルビーもろとも吹き飛ばそうと突撃した!!!

557ESCADA a.k.a. DIWALI:2008/11/17(月) 16:43:34 ID:OhTl4zsk0

 ――――・・・トラン森の中。木漏れ日が差し込む森の小道を二人の少女が走っている。

「はぁ・・・はぁっ、もう〜お父さんてばァ!!!ティエラさん大丈夫かな、お父さんあれでも一応バカ強だから・・・」
「それよりも早く急ぎましょうラティナさん!!あの方は暴れだすと見境なく壊し尽くすタイプですわ、早く止めないと!!」
「う、うんっ!!(それに・・・わたしが急にいなくなったんだもん、トレスヴァントが追いかけてきたり・・・っ//////)」

 恋人トレスヴァントが自らを追いかけに来てくれたのでは?と妄想して頬を赤らめるのは槍使いラティナ。
 そしてその隣を走るのは、ついさっきまで彼女と激闘を繰り広げて仲直りしたリトルウィッチ、エレナ。
 森の中へと持ち込まれた燈道とティエラの戦いを止めるためにひたすら走り続けているのだ・・・
 すると彼女達の目の前に何者かが降りてきた!!無意識のうちにラティナたちは身構えるがその者の姿を確認すると構えを解除した。
 褐色のキャラメル色の肌、銀髪の長いポニーテール、そしてスレンダーな肢体と露出度の高い部族的な衣装。
 そして流通の少ない希少な槍『ホースキラー』・・・間違いない、ティエラ本人である。

 ・・・が、しかし。

 彼女の腕には一匹のファミリアと一人の幼女が抱かれていた。
 エレナはこの状況に目が点になっていたが、ラティナは抱かれている小さな少女に目を丸くした。

「え・・・まさかこの娘、ミリアちゃん!?何でまた子供に戻ってるのよ〜!!?!」
「うにゅ〜、ミリアにもわかんないの〜・・・おひるねしてたらちっちゃくなっちゃてたのよ〜」

 困った顔で、そして子供らしいあどけない声でミリアが話すが、傍ではエレナが鼻血を出して悶えていた・・・
 
「あぁラティナちゃん・・・実はミリアちゃんね、何か変な物を食べさせられたせいで若返っちゃったみたいなの。
 さっきここから少し行ったところで、ミリアちゃんのお兄ちゃんと、さっきあたしが戦ってたおっさんとで
 いきなりバトルになっちゃって・・・で、お兄ちゃんが若返ったミリアを保護してくれって、こういうことなのよ。」

「そうなんですか・・・あ、じゃぁティエラさん!!わたしのお父さんは向こうで戦って・・・」

 ラティナが話すその時、ティエラが指した向こうから巨大な火柱が挙がった・・・!!!
 轟音を響かせて燃え上がる炎が木々の間から見えてくる。ミリアはティエラの胸にうずくまって震えていた。

「・・・っ、言い忘れてたけど、ラティナちゃんのお父さんと闘っているのはあの『炎帝』ミカエル。まさかここまで怒ってるとは
 予想の範囲外だったわ、やっぱり止めないと森全体が焼け野原になっちゃう!!!ラティナちゃんっ、行くよ!!?」
「え、あ、はははいっ!?あ、でもエレナちゃんはどうしましょ・・・」
「今はそれどころじゃないってぇの!!エルフの皆が怒り心頭になる前にまるごと『鎮火』するのが先っ!!!」
「はぁ・・・わかりましたっ!!(なつかしいなァ・・・また『アマゾネス』に戻ってきたみたい。)」

 鼻血を垂らしたまま
 「あぁ、なんて可愛らしい娘なんですの?この愛おしさは一体何?どうしてあんな小さな幼女に萌えてしまうの?」
 と、ぶつくさ一人問答をするエレナをその場に残して、ミリアとファミィを抱いたままのティエラとラティナは
 爆炎に怒りを任せるミカエル(と彼を怒らせた燈道)を止めるために急遽引き返すのであった。

558ESCADA a.k.a. DIWALI:2008/11/17(月) 16:44:02 ID:OhTl4zsk0

 〜同時刻、エルフの集落・バスルーム〜

「やっ、ダメぇ・・・恥ずかしいよぅミゲルぅ////////」
「何言ってるんだ、こうしてまた一緒になれたんだぜ?これくらいどうってことないだろ?な?」
「やぁ〜んっ//////////」

 ・・・・別にイヤらしいことじゃありません、バカップルがただ背中を流し合ってるだけです。
 ミゲルとニーナは同じ大浴場にいた。ミゲルが恋人ニーナの背中をゴシゴシと洗っているのだが、ニーナは勝手に恥ずかしがっている。
 妙にもじもじとした彼女だが、気にもかけずにミゲルは泡立ったタオルを彼女の背の上で往復させていた・・・
 二人きりの幸せな時間・・・だがそこへ急な知らせが入るのもまたお約束。
 ダダダダと何者かが走ってくる音が徐々に大きくなる。すると・・・

ガラガラピシャァーンっ!!!!!
 
 勢いよく開けられた戸から、エルフのクレイグが姿を現した・・・が、飛んできた桶が彼の顎にクリーンヒット!!
 風呂場ではニーナがパニクって「ひゃ〜んっ!!いやぁ〜んっ///////」と喚いているが、ミゲルはすぐに何事かと身構える。

「おうクレイグ・・・そんなにバタバタしてどうしたよ?何か緊急の事態でもあったのか?」
「う・・・う〜ん、あ!そうだよそれそれ!!実はさっき、郊外の森から火柱が上がって火事が起きたんだよ!!
 だからその・・・そうだニーナさんに用があったんだ、彼女の水を操る力で消火して欲しいんだけど・・・」

 ミゲルの背後で未だ混乱状態のニーナは『力を貸して欲しい』という言葉に目を輝かせ、瞬時にクレイグの目の前に現われた。

「くくくクレイグくんっ!!?!わわわわたわたわたしの力が必要なのねっ!!?!!!」
「う・・・うん。」
「ふわぁ〜、わたしもついにこの力を役立てるときが来たのね〜!?スーパーガールになれるのね〜!!?」
「いや、だからそう大した話じゃないんだけど・・・」
「オッケー!!そうと決まれば出動しちゃうんだからっ!!スウェルファー、カモォ〜ンっ☆」

 指をパチンと鳴らして、水のエレメントを持つ霊獣スウェルファーを彼女は召喚した。
 裸の上にタオルを巻いただけの姿で、彼女は事の詳細を確認しないまま飛び出していく・・・
 ミゲルやクレイグの突っ込みすら許さないほどのテンションとスピードを伴って、だ。

「人の話聞こうよ・・・ってか服、着ていかないんだね。」
「あぁ思い出した・・・あいつ、スイッチが入れば人の話は聞かないしこの世のドジ成分を集めても足りないくらいの
 天然系ドジっ娘なんだよなァ。あ、クレイグ?」
「ん?なに?」
「せっかく風呂場に来たんだ、入っていけよ。」
「そうだね、猛ダッシュしたせいで汗かいちまったし。」

 暴走する水のサマナーに唖然とした二人は、森での状況がどれだけカオスなのかも知らずに風呂に入るのだった。


to be continued・・・・

559ESCADA a.k.a. DIWALI:2008/11/17(月) 16:48:57 ID:OhTl4zsk0
なんだ、この名前でも書き込めるじゃねぇか。お久しぶりですDIWALIです。
そろそろ本編も進めないとな〜と重い腰を上げて頑張ってみました;;;
最近は某モンスター狩猟アクションゲームにハマっていてREDSTONEから遠ざかっていましたが・・・
やっぱり慣れ親しんだ場所には戻ってきちゃうんですよね。

ここしばらく他のサイトでの小説板などを回りながらスキルを磨いてきました・・・そう変わってませんけどorz
昨日新しいノートPCが我が家にやってきたDIWALIでした。

そしてFATさん、おかえりなさい!!

560名無しさん:2008/11/17(月) 23:06:31 ID:WcNvBC2g0
冷静になったアタマで読み返してみたらやっぱり恥ずかしい事この上無し!ですね。精進します…

>柚子さん
あちゃーすみません…
前の書き込みで名前が「柚さん」になっていました。馴れ馴れしい…

>68hJrjtYさん
早速感想をありがとう御座います。登場人物がぼかされてるのは別に伏線というわけでもなく、
単純に細かい設定をまだ決めてないので書こうにも書けなかっただけだったりします。(笑)

>ESCADA a.k.a. DIWALIさん
「くくくクレイグくんっ!!?!わわわわたわたわたしの力が必要なのねっ!!?!!!」
あ、あれ?ニーナさんこんなキャラだったっけ?と軽く吹き出しかけました(笑
その後のテンションがどことなくあの人のお姉さんに似(ry


今思えば最初の書き込みの時点で挨拶もろくにしていませんでした…すみませんorzそしてはじめまして!

561FAT:2008/11/18(火) 22:42:39 ID:07LLjSJI0
第一部 『双子の天才姉妹』 二冊目>>798(最終回)

第二部 『水面鏡』

キャラ紹介 三冊目>>21
―田舎の朝― 三冊目1>>22、2>>25-26 
―子供と子供― 三冊目1>>28-29、2>>36、3>>40-42、4>>57-59、5>>98-99、6>>105-107
―双子と娘と― 三冊目1>>173-174、2>>183、3>>185、4>>212
―境界線― 三冊目1>>216、2>>228、3>>229、4>>269、5>>270
―エイミー=ベルツリー― 三冊目1>>294、2>>295-296
―神を冒涜したもの― 三冊目1>>367、2>>368、3>>369
―蘇憶― 五冊目1>>487-488、2>>489、3>>490、4>>497-500、5>>507-508
>>531-532、7>>550、8>>555、9>>556-557、10>>575-576
―ランクーイ― 五冊目1>>579-580、2>>587-589、3>>655-657、4>>827-829
>>908>>910-911、6>>943、7>>944-945、六冊目8>>19-21、9>>57-58、10>>92-96
―言っとくけど、俺はつええぜぇぇぇぇ!!― 六冊目1>>156、2>>193-194、3>>243-245
>>281-283、5>>385-387、6>>442-443、7>>494-495、8>>703-704、9>>705-706、10>>757-758
11>>759 七冊目12>>536-537、13>>538


―14―

 レンダルの胸には沸々と、様々な感情が沸きあがっていた。恐怖、怒り、憎しみ、恨み、
殺意。そして、絶望。ここが地下深くにあるという証明のような息苦しさ。
 突如現れたラスにレンダルはもちろんのこと、デルタも、そして初対面であるマリスも
時が止まったかのように硬直してしまった。殺意ではない。だた、そこに居るだけ。それ
でもラスの放つ空気は威圧的で、体重の何倍もの足枷を嵌められ、尚、地中に埋められた
ようだった。
「わざわざ門に寄ってくるとは、お前たちとは余程縁があるのかもな。いや、お前の案内
のおかげか、闇の魔力を持つ者よ」
 ラスはマリスの芯を指差す。レンダルもデルタも驚きの目でマリスを見る。しかしマリ
スはきっぱりと、力強い声で否定する。
「あたしは闇の魔力なんて知らないよ。あたしのは気って言うんだ。あんたたち地下界の
汚れた力と一緒にしないでくれ」
 ラスはあごに手を当て、考える。
「確かに。その魔力はお前のものではないな。与えられたもの。ふむ、ネクロマンサーの
生狂操術とやらの被検体か」
「あのネクロマンサーを知っているのか!?」
「奴は落ちこぼれ。一度は俺たちの世界から追放された。しかし人間を生きたまま操れる
術を開発したと意気揚々、戻ってきた。俺にとってはあんなもの、何の価値もないがな」
「なめやがって!」
 怒りを露にし、怒気を纏うマリス。しかしレンダルが腕を掴み、それを抑える。ラスは
もうマリスには興味が無さそうに顔を背けると、デルタと向き合った。
 デルタの胸に湧き上がる懐かしさ。心の奥に温かな火が灯る。その灯火はレンダルやマ
リス、エイミーの与えてくれるものよりももっと深いところで灯っていて、ふいにデルタ
は表情を緩めた。ラスに対するデルタの異変にレンダルは気付いたが、どうにかしたい衝
動をじっと抑え、マリスの腕を放した。
「お前は何だ」
 ラスはデルタに問いかける。ラスもまた、デルタに特別な感情を抱いているようだった。
「私は、あなたが嫌いです。エイミーお姉さまにあんなことをして、レンダルお姉さまを
殺しかけ、ラスちゃんを連れ去ろうとする。私の大事なものを全て奪おうとする人。だか
ら私はあなたが嫌いです。嫌い……なのに」
 デルタの大きな目からぽろぽろと涙が零れる。抑えたいのに、抑えられない。流れ出る
涙に悔しさを感じ、どうか、どうか止まってほしいと願う。
「そのセリフ、その姿。俺には見覚えがある。そいつは俺の産み親。お前はそいつの親縁
の者か」
 ラスの言葉に思いがけなく、レンダルはハッとする。デルタは里子。本人はゴッドレム
夫妻の本当の子供だと思っているが、実際には出生の知らない里子なのである。ただ、誰
もそのことをデルタには話していなかった。デルタを囲む環境は恵まれていたし、デルタ
はまだ十六歳。真実を語るには早いと思われていた。

562FAT:2008/11/18(火) 22:43:33 ID:07LLjSJI0
 レンダルが知っているのはデルタが里子だということだけ。どこの誰の子だなどという
ことは知らされていなかったし、恐らく町中の誰も知らない。ラスの言葉が真実ならば、
デルタの親族の内、誰かが犠牲になっている可能性が高い。神の悪戯な縁はデルタとラス
を結ぶのか。
「一緒にくるか? そうすればそいつに会わせてやろう」
 ラスは大きな手を差し伸べた。デルタにはその手が悪魔の手にも、天使の手にも思えた。
悪魔についていけば悲惨な運命が待ち受けているだろう。天使についていけば真実を知る
ことができるだろう。デルタは何もかもを忘れ、ただその手をじっと見、考えた。
「迷うな! デルタっ! お前は行っちゃいけない、そっちに行ったらお前がお前じゃな
くなっちまう!!」
「そうだ、デルタ、あたしからも頼む! 元気なエイミーさんに戻ってほしいんだろ! な
ら、あなたがそっちに行っちゃだめだ!!」
「なに、エイミーも直に連れて行く。それに、お前がいたほうがエイミーも喜ぶだろう」
 まるで魔法でも掛けられたかのように、デルタの瞳はまっすぐにラスを見つめている。
栗色の瞳が揺れ、ラスの眼が応える。それはレンダルたちの知るものと遥かにかけ離れて
いて、デルタの心の天秤が振れる。
 デルタの手が動いた。
「デルタぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!! 思い出せっ!! 俺たちと、エイミーをぉ
ぉぉぉぉぉぉっっ!!」
 叫びはただ坑道を虚しく突き抜けていくだけ。ぼーっとしたような、まどろんだ表情の
ままデルタの腕がラスのほうに伸びていく。レンダルはもはや何を言っても無駄だと悟り、
ジム=モリの巻物を一枚広げた。
「野郎! デルタから離れろっ!!」
 ジム=モリのかけた魔法は氷の鳥。空気を切り裂くように鋭く飛びかかり、ラスを突き
飛ばそうとする。が、ラスはデルタに差し伸べている手をそのままに、もう片方の手で闇
を創り出すとジム=モリの鳥は押し縮められるように吸い込まれ、消えてしまった。
「なかなかの魔力だが、俺の前では無に等しい」
 デルタとラスの手が触れる。デルタが行ってしまう。デルタがいなくなってしまう。
「いやだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
 レンダルは最後の巻物を広げた。瞬間、景色が変わり、見慣れた家具と二羽の小鳥がデ
ルタの代わりに居た。
「あ……? ああっ!!」
 突然現れたレンダルに小鳥が慌てて羽ばたき、悲鳴を上げる。レンダルの隣には呆然と
したマリスがいた。青い顔でレンダルはぐるっと部屋を見回した。どこにもデルタの姿は
ない。
「ああっ!! あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁ!!!!!!!!」
 取り返しのつかないことをしてしまった。
 力だ。己の力を信じずに、ジム=モリの力を頼った結果だ。何て無力で、何て情けない
んだ。
 レンダルは自分への怒りから激しく床を叩いた。拳を握り、繰り返す。皮がむけようと
も、血が噴き出そうとも、拳が砕けようともけっして力を緩めることはなかった。
「よせ! やめろ! そんなことをしてなんになる!」
「ちくしょう!! ちっっっっっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ
ぉ!!!!!!!」
 マリスの言葉はレンダルには届かない。なぜ、なぜ巻物を開いてしまったのだろう。ジ
ム=モリの愛する小鳥は二羽。当然、残りの一枚には何か別の魔法が掛けられているのだ
と、冷静に考えればわかったことなのに。ジム=モリをよく知っているレンダルだからこ
そ、分からなければ、気付かなければいけなかったのに。
「自分を責めるな! レンダル!! 自分を責めることで何が生まれる! こういうとき
だからこそ、冷静になれ!」
 似たような経験をマリスはしている。だからこそ、レンダルを止めたい。こんな姿は見
たくない。しかし、レンダルの自責の念を止めることはできない。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ
っ!!!!!!!!」

 もう戻ってこない。デルタの、あのかわいらしい笑顔が、あの甘ったるい声が、あの妹
のようなデルタが……。

「デルタぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 レンダルは泡を噛む思いで自分を責め続けた。ジム=モリが帰ってこようとも、レンダ
ルの怒りは治まらず、床を叩き続ける痛々しい音がデルタのいないハノブの夜空に虚しく
響いた。

563FAT:2008/11/18(火) 22:47:05 ID:07LLjSJI0
こんばんは。今夜は雪が降るみたいですね。指がかじかみます。

>>◇68hJrjtYさん
お久しぶりです!春はPC触れなかったのでイベントの開催も知りませんでした(。。)
でも68hさんのせいじゃないので、気にしないで下さい。もし次回がありましたら、そ
ちらでは参加させていただきたいです。

>>柚子さん
ただいまです!ミシェリー篇の最後、感慨深いものでした。愛らしいミシェリーの姿が印
象的で、なのにそれを守れなかったイリーナたちの悲しみ、国という存在の大きさに対す
る無力感、でも、日常を紡いでいく……そんなイリーナたちに感動しました。
今作では前作活躍の場がなかったアメリアの活躍を早速みれたり、またも国王の悪巧みが
裏で動いていたり、ミシェリーを知る不気味な影が現れたりと、今回も期待が高まってま
す。

>>553さん
初めまして。初めての投稿はすごく緊張しますよね。ようこそ、いらっしゃいです(笑)
意外と(?)王道ストーリーはない気がしますし、書き進めていくとだんだん個性がでて
くるものなんですよね。これからも投稿期待してます。

>>ESCADA a.k.a. DIWALIさん
ただいまです!熱くなってる森にニーナは飛んで火に入る夏の虫状態になってしまうので
しょうか?次回もハプニング期待してますよ!
新しいノートPCうらやましいです。私のはまだ2003年物で、いろいろ限界を感じてます(。。)

564◇68hJrjtY:2008/11/20(木) 04:47:18 ID:/kfbotLU0
>ESCADA a.k.a. DIWALIさん
お久しぶりです〜!なんだか懐かしい面々が揃ってきて嬉しいですよ〜。
ミカエルと燈道という押しも押されぬ強者のぶつかり合い、どちらが勝つのかまったく分かりませんね。
思えばミカエルもまだ本気バージョンを見ていませんし、燈道も隠し技がありそうな予感。決戦とはまさに。
そこへラブラブ中(笑)だったニーナが参戦なるか!?うーん、鎮火には適任と見ましたが…さてはて。
怒涛のバトル展開に終結は来るのか…続きお待ちしています。

>FATさん
なにやら不穏な様子のラスの登場もそこそこに、デルタとの離反。
いつレンダル&デルタ編とラス編が繋がるかと楽しみにしていましたが、これは予想を覆されました。
エイミーの予感然り、ラスに起きた変化の原因こそが全ての黒幕なのでしょうか…。
レンダル、マリスの苦悩が痛いほどに伝わりました。ラスたちを取り戻せるのはもはやこの二人だけなのでしょうか。
続きお待ちしています。
---
過去ログを読んでもらえたら分かると思いますが、イベントはなかなか楽しく終わりましたよ。
FATさんもお忙しそうでしたし、お手を煩わせまして申し訳ないです<(_ _)>
Wikiのほうにまでコメしに来てくれてありがとうございましたー、リンクの件など了解しました。

565名無しさん:2008/11/22(土) 00:04:53 ID:HzJ9owLQ0
553続きです。


初雪と共に乱入してきた少女はまるで嵐のように過ぎ去っていった。
2、3㎏はあろうかという分厚い本で、文字通り「叩き」起こしたばかりの可哀想な彼をソファから引きずり降ろし、
「5分後に街の西口まで来ること、時間厳守!」とだけ残してさっさと出て行ってしまったのだ。
……ふと時計を見ると既に4分経過している。
彼は重い溜息をつきながらやっと身支度を始めた。

そして約束の時間から20分後。
彼が少女の元にようやくたどり着いた時には、彼女は肩と頭に雪を積もらせてすっかり凍えてしまっていた。

「で、用件は何?フラン」

フランと呼ばれた少女はやや呆れた表情で彼を見た。
積もった雪を払い落として詰め寄ると彼の襟首を掴んで口元に耳がくるように引き寄せる。

「……用件なら一週間前にブリッジヘッドで会ったときに言ってた筈だけど?」
「あ」

そこまで言われてようやく彼は何かに気付いたようだ。
彼女の深緑の瞳から目をそらしながら気まずそうに呟いた。

「オオカミ駆除の依頼ね…あぁ……スマン、今思い出した」
「フラッツ…あたし二日前からこの街に来て待ってたわ…。あんたってほんとにマヌケね」

フランはあまり反省の色がない彼をジトリとした目で睨み付けると街の外に向かって歩き出した。
彼フラッツも素直にフランのあとに従う。

「人里に侵入してくるようになったんだって?」
「そうね。いまのところ人に危害は加えてないらしいけど、やっぱり危険だからね」

山の麓に位置するこの街は少し歩くとすぐに林や森の中にさしかかる。用心のため、フランは愛用の笛を取り出してしっかりと手に握った。
街から離れるにつれて深くなっていく雪を踏みしめながら会話を交わす。

「冬だからなぁ……餌でも漁りに来たのかな。……いや……それも無いか」

彼の街では今日が初雪だが、山の方では一週間前からとっくに雪は降り積もっている
深い雪の中では狩りの成功率も下がるし、何よりも草食動物の餌である草が雪に埋もれてしまうことで獲物自体の数も少なくなる。
それでも、狩りの名手であるオオカミ達が、わざわざ人里に餌を求めてくる程に飢えるとは考えづらい。

「……」

フラッツが急に黙り込んで足を止めた。
それを見てフランは笛を口元に持って行きながら彼の方に目配せする。

「オオカミかしら?」
「いや人間みたいだ。山賊か追い剥ぎ強盗じゃない?」

遠くでビィン、と弓の弾ける音が響いた。

566名無しさん:2008/11/22(土) 00:06:26 ID:HzJ9owLQ0
フラッツは片足を引いて半身をずらし飛んできた矢を避ける。
背後の軌道上にはフランがいるが彼女なら放っておいても大丈夫だろう。

「ひゃー!!あの野郎ぶっ殺す!」

一方、てっきり彼が矢を防いでくれるとばかり思っていたフラン。
情けない悲鳴を上げながらも笛を振ると、燃え上がる炎と共に赤い大きな犬が出現した。

フランのように自然元素の神獣を呼び出し自在に操る能力を持っている者をサマナー、または召喚師と呼ぶ。
今彼女が出現させた赤い犬は火の召喚獣であるケルビー。
彼女らが扱える四種類の召喚獣のなかでは一番初歩的な技術でも呼び出せる神獣だが、
炎に関しては上級のウィザードはもちろん、地下界の悪魔でさえ足下にも及ばないほどの力を誇っている。

犬はまるで召喚される前から自分のやるべき事を把握していたかのように、彼女が命令を下すまでもなく長い尻尾を振るって矢を弾いた。
今度は続け様に放たれた矢に素早く反応し、赤い犬は全て体で受け止める。
彼(彼女かもしれないが)の体に傷をつける事も出来ずに鉄製の矢が焼け落ちるのを見届け、フランは前方に笛を突き出す。

瞬間、火の神獣は弾かれたように駆け出した。
たった二回の跳躍だけで10メートル前方の藪に飛び込み姿を消す。すぐに藪の中から悲鳴が上がった。

「よし!いい子よ」

駆け寄ってきたケルビーの頭を撫でてやりながら油断無く辺りを見回す。
あの怠け者の相方はフランをたった一人残してさっさと逃げ出してしまったようだ。

「まだ居るの?あなた達の目的は何?」
「ただ小遣い稼ぎに来ただけのシーフさ、あんたもテイマーなら金目の物ぐらい持ってるんだろう?」

「あたし?テイマーでも低マでもないわ。……サマナーよ」

フランが笛を口元に構えた。同時に四方から短剣を持った男達が次々と飛び掛かる。

「ケルビー、死なない程度にね」

すっと息を吸い込み笛を鋭く吹き鳴らす。
それを合図にケルビーの体から膨大な熱が発生し、一瞬にして膨れあがり熱風と化した空気は数人のシーフ達を巻き込み吹き飛ばした。

「っ……第一段階でこれほど……なんて力だ!」

なんとか踏みとどまった残りの数人にも次々と尻尾の一撃を食らわせ昏倒させていく。
しかし相手も全員馬鹿ではない。残りの二人は接近戦は不利と判断すると巧みに尻尾の攻撃をかいくぐりケルビーの射程外まで飛び退いた。

「シーフをなめやがっ…!!」

すぐさま彼女がケルビーに指示を与える隙も与えず、二人同時に短剣を投げつける…筈だったが。

「……」

一人は短剣が自分の足下に勢い無く落ちるのを見て、自分の手首がおかしな方向に曲がっているのにやっと気付く。
もう一人は急に軽くなった手に違和感を感じて見ると手首から先が無い。痛みよりも先に驚愕の表情を浮かべている。

「いえ、シーフなんかじゃないわ。ただのゴロツキよ」

混乱しきって言葉も出ない男達を尻目に、フランは落ち着き払って呟いた。

567名無しさん:2008/11/22(土) 00:34:42 ID:HzJ9owLQ0
553番で初投稿した者ですがID変わってるような気もしないでもないような…
まだコテハンをつけていないので分かりづらくて申し訳ないです(_ _;

とりあえず二人のジョブをはっきりさせないと、と思いましたのでいきなり戦闘シーンです。
噛ませ犬のシーフ達はおそらくmobのシーフだと思います。はい。
中二病っぽくならないように頑張ってはみたのですが、案の定です。はい

>FATさん
うわああ、大好きなデルタがついに…
レンダルが痛々しくてもう……レンダルはデルタが帰ってくるまでずっとあの調子なのかな…心配でたまらないですorz
デルタの声って本当に甘ったるいようなイメージがありますよね。
なんかこう…猫撫で声というか…いや上品な猫撫で声というか…なんだろう(笑)

568柚子:2008/11/23(日) 18:32:24 ID:JNF/MKiM0
Avengers
前作 最終回 六冊目>>837-853
登場人物 >>542
1. >>543-551


冷たい風が頬を撫でる。
生まれるように男は目覚めた。
「あ」
間が抜けた女性の声。
視界から様々な情報が飛び込む。
1度目を閉じ、再び男は目を開いた。
眼前で顔を覗き込んでいる女の顔が双眸に映る。
「目覚めました……よね?」
不思議な物でも見るような表情で女性がさらに顔を覗き込んでくる。
視界が焦点を取り戻してきたことにより女性の顔も鮮明に映った。
黒曜石の瞳に漆黒に染まる肩下まで流れる髪。
浅く焼けた健康的な肉体。顔立ちは未だ少女の面影を残していた。
「あの……」
「ここはどこだ」
戸惑う女性に男の鋼の声が刺す。
男は周りを見渡した。
周りでは見知らない人間達が談笑をしている姿や武器の手入れを行っている男達が見えた。
「……私は何を」
男は寝ていた半身を起こす。直後に激痛。
あまりの激痛に男は身を折り曲げる。
「まだ起きちゃいけません!」
女性が男を押さえつけて無理矢理に寝かせる。
「すごい怪我なんですから。それも死んでもおかしくないような」
「私は……」
男は目覚める前の記憶を辿る。脳裏に現れたのは地獄のような戦場だった。
「私は生きているのか」
男は呟く。そして大事なことを思い出した。
「他の仲間はどうした!」
女性は静かに首を振った。
「あの場で息をしていたのは貴方だけでした」
「そうか」
男も静かに返した。握り締めるにも手に力が入らなかった。
男は最後の特攻を思い出す。
眼前に迫る10倍の兵力。正面からアリアン軍とぶつかった彼等は散った。
「私は……生きているのか」
もう1度彼は呟いた。
気づくと彼の手は自然と震えていた。
「そうです。生きていますよ」
女性が優しく男の手を握り締めた。手の震えが止まる。
「そういえば、お名前を聞いていませんでしたね。私はカルンと言います。ただのカルン」
女性が微笑み、男に同じことを問う。
「エルネストだ」
彼も名乗り返す。
「そして、ここは?」
エルネストは初めの質問をする。
カルンはにこやかに答えた。
「ここは盗賊団の拠点。私達は盗賊団の一味です」

569柚子:2008/11/23(日) 18:34:28 ID:JNF/MKiM0
平衡感覚を失った体が再び重力を取り戻す。
目を開けると既に視界は古都ブルンネンシュティグの街並みを映し出していた。
タウンポータルによる魔術によって2人は古都に戻ってきていた。
強力な魔術による魔力干渉からの魔力の逆流は防げたが体は未だ平衡感覚を失ったままであった。
こればかりはどうしても防ぎようがない。
ふらふらと揺れる体に力強い手が掛けられる。
「立ち方を忘れたのか?」
見上げると嘲弄するようなルイスの眼があった。
イリーナはこのときばかりは前衛の頑丈さを羨ましく思った。
「新しい拷問を思いついた。タウンポータルをかけ続けられるんだ」
軽口を叩きながらイリーナはルイスの手を退ける。
高位の魔術師であるイリーナだからこそこの程度で済むが、力も魔力も持たない一般人はそうはいかないらしい。
一般人は専用の防護道具を使うと聞く。それでも初めは吐くらしいのだが。
2人はポーターに礼を言い薄暗い路地裏を進む。
古井戸を通り過ぎ、明るい中央広場へ躍り出た。
目に飛び込む無数の人間。思い思いの場所に露店を立てる商人にPTの募集やギルドの勧誘。
視界の隅には喧嘩が殺し合いに発展していた。周りには野次馬が取り囲んでいる。
それはいつも通りの街の景色だった。
その景色に飽き飽きしながらイリーナは中央広場を横断する。目的地である事務所はここを越えたさらに向こうにある。
通りがかるごとに掛けられる露店商の声を無視しながら歩く。
近くで露店商と話す見知った声が聞こえた。
「良い品だ。どこで仕入れた?」
「それは商業的に秘密さ」
イリーナは耳を疑うが、何度聞こうとそれはルイスの声だった。
「おい。勝手にはぐれるな。商談を進めるな」
「何だイリーナか。悪いが取り込み中だ」
今気づいたようにルイスが顔を向ける。
手には小さな指輪が握られていた。
「これはかの有名な鍛冶職人の逸品でね。魔力抵抗を4.38%上昇させるだけでなく筋力も2.87%上昇させるんだ」
さらに続く商人の熱弁にルイスは興味深そうに頷く。
遠くでは先ほど殺し合いをしていた人らが警察団に連行されるのが見えた。
熱弁が止み、ルイスが意を決したように目を見開く。
「いくらだ?」
「やめろ!」
イリーナが半ば飛びかかるように指に摘まれた指輪を奪い取る。
「何をする、返せ」
「よし、返そう」
イリーナは指輪をルイスの手を越えて商人の手に返した。
「どういう気だ?」
憮然とした双眸がイリーナに訴えかける。
「金銭的に余裕がない。現在のお前の手持ちはある程度知っているし、何よりお前が銀行を利用している姿を不思議と見たことがない」
「利用したことがないのだから当たり前だろう?」
ルイスの返答にイリーナの方が面を食らう。
「金の利用は計画的にしろよ!」
ルイスがつまらなそうに鼻を鳴らし、再び指輪に手を伸ばそうとする。
「数秒前の記憶を忘れた?」
「貴様の金がある。俺の分を足し、それで足りる」
ルイスがあっさりと言い切る。
「お前に投資する価値がこの世に1ミリも存在しないのだが?」
「酒に投資しようとした金があるだろう?」
イリーナはアウグスタでの会話を思い出す。
「その理屈が理解出来ない以上にルイスがそんな大昔の会話を覚えていることにびっくり」
「そういう訳だ。貸せ」
どこ辺りがそういう訳なのか理解出来なかったが、ルイスがせがんでくる。
無論、渡す気は毛頭ない。
「仕方ないな、条件を呑むなら貸してもいいぞ」
「良いだろう、言ってみろ。今日の俺は心が広い」
懐は狭いけどね、という言葉を飲み込み、イリーナは言ってやる。
「私から金を絶対に借りない、という条件を呑めば貸してやるぞ」
つまり、この条件を呑めば今借りようとしている金も受け取れないことになる。
期待させて落とす。嫌がらせの基本テクニックだ。
その代わり相手を選ばないといけない危険な技でもあった。
「仏の顔も1度までだ」
ルイスの瞳が怒りで震える。
「ほぼ鬼じゃねえか! 広い心はどうした! それと借金返せ。ついでに死ね」
イリーナは今のうちに言いたいだけ言っておく。
「良いことを閃いた。貴様が死ねば借金も消える」
本気でそう思ったらしいルイスが背中の大剣の柄に手をかける。
危険を察知したイリーナも脳内で呪文を全力で紡いでいた。

570柚子:2008/11/23(日) 18:36:00 ID:JNF/MKiM0
「お、良い品じゃん」
背後から若い男の声が聞こえた。
振り返ると、青年が先ほどの指輪を摘み上げて吟味していた。
そんな青年に商人がルイスにしたのと同じ説明をしていく。
数瞬後、青年が意を決したように目を見開いた。
「いくらだ?」
青年は既に目が指輪に釘付けであった。
「待て、小僧。それは俺が先に目を付けた品だ」
イリーナに向けられていた殺気はそのまま青年へと向けられていた。
「あ? 何だテメー」
圧力のあるルイスの殺気を向けられながらも臆することなく青年も睨み返す。
チンピラだと思ったが違うようだ。それともただの馬鹿なのか。
「それは俺が購入する物だ。返せ」
「嫌だね。買ったもの勝ちだ」
ルイスと青年の視線が空中で激しく絡み合う。
「まだ買っていないだろう。買うから、寄越せ」
「嫌だね。馬鹿かお前」
互いが互いの自己主張をぶつけ合う。
驚くほどどうでもよいことだったので、イリーナは空を眺めていた。
古都の昼の空模様は曇り。夜には雨が降りそうだ。
「じゃあ、強いほうが勝つ」
「良いだろう」
いつの間にそんな結論が出たのか、2人は街中で喧嘩を始める気らしい。もはや止める気も起こらない。
イリーナは、馬鹿と単純さは等号で結べるのではないのかと考えた。
「やめるのじゃ、ディーター。勝手に騒ぎを起こそうとするでない」
離れた場所から老人、のように話す少女の声があった。
「げ、マイア!」
威勢の良かった青年が一歩下がる。
青年が見つめる方向には赤いフードを被り、金髪で可愛らしい少女が腕を組んで立っていた。
周囲には召喚獣が居ることから召喚士のサマナーだろう。イリーナの目算では歳は10代半ば辺り。
その歳とは釣り合わない魔力から、少女が相当のやり手であることが窺えた。
「またギルドの仕入れの途中ではぐれおって。見つけたと思ったらこれじゃ」
マイアと呼ばれた少女が老人言葉を流暢に紡ぐ。
明らかに普通ではなかったが、ギルドに入るような人間はどちらかというと変人の比率の方が高いのでこの際気にしない。
「だってよ、そもそも何で俺達がそんな仕事しないといけないのさ」
ディーターと呼ばれた青年が居心地悪そうにぼやいた。
「今は多忙で人手が足りないのじゃ。ゆくぞっ!」
マイアは争いの元となった指輪を店主に返すとディーターの襟首を掴んだ。
ディーターは子供が玩具を取り上げられたような目で指輪を眺めていた。
途中で目が合う。
「まさかとは思うけど、お前もギルドの人間?」
「そうだ。悪いかよ」
心外だと言わんばかりにディーターが不機嫌そうに返す。
見てみれば、ディーターの服装は漆黒のマントの裏から覗く短剣に各種防魔装備と戦闘用の物だった。
両腰には他より数回り大きい短剣が差してある。
物騒だが、黒い帽子の下から見せる整った顔はまだ幼い。成人はまだだろう。
落ち着きのなさから気付かなかったが、確かにディーターはそっちの世界の人間だった。
「別に悪いとは言っていない。もう会うことはないだろうしな」
ディーターが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「身内の者が迷惑をおかけしました。ゆくぞ、ディーター」
マイアはディーターの襟首を引っ張って元の道へ戻り、人ごみの中へ消えた。
イリーナは息を吐いた。随分と無駄なことで疲れた気がする。
ただ、ルイスは満足そうだった。
「これで敵は消えた。イリーナ、金を出せ」
「私具合が悪くなったので帰ります」
イリーナは事務所の方へと歩き出す。
「おい、どこへ行く」
ルイスが引きとめようとするが、無視する。
イリーナは、馬鹿は構わなければいいということに今更気がついた。
露店の前ではルイスだけが立ち呆けていた。

571柚子:2008/11/23(日) 18:39:16 ID:JNF/MKiM0
ようやく事務所に着く。
古めかしい造りの扉を開くと聖職者の格好をした男が迎え入れた。
「お帰りなさい。ご苦労様でした」
男が穏やかな笑顔で2人を労う。
「ただいま、アルトールさん」
イリーナもつい微笑んで返してしまう。
アルトールには相手を穏やかな気持ちにさせる不思議な力がある。
しかし穏やかそうに見える彼はイリーナを超える実力の持ち主だ。
そんな彼だからこそ、このギルドの副ギルドマスターという大役を務めることが出来るのだろう。
返事を言わず、イリーナを追い越してルイスが椅子に腰をかける。
様子からしてまだ指輪が買えなかったことを根に持っているのだろう。
ルイスの態度にもアルトールは全く気に留めない。
変人揃いのギルドでも彼は常識人で善人なのだ。
「まだ気にしているのか。その内もっと安くて良い品も見つかるだろうさ」
イリーナ自身は全く同情していなかったが、後で根に持たれるのも面倒なので気を使っている風に振る舞っておく。
「いや、そんなことはどうでもよい」
「へ?」
ルイスは気にしないどころか全く違うことを考えているらしい。
イリーナは自分が馬鹿らしくなってきた。
「じゃあ何を考えていたんだよ。興味は微塵もないけど」
「これだ」
ルイスは鞘から大剣を抜き放ってみせる。
分厚い刀身から鋭い光が反射した。
「次はこれを強化する武具を買おうと思ってな。さて、何が最適か」
ルイスが男臭い笑みを浮かべる。この男の金の使い道は武具と食費以外に向くことはないのだろうか。
イリーナは無意識的に大剣に目を落とす。
ルイスの話によれば、この剣は無名の鍛治士に打ってもらった逸品らしい。
柄の中央に3つの三角形型に並べられた魔石が鎮座し、その中心には補助魔石が嵌め込まれている。
柄の先端には最重要とも言える重力機関があり、刀身の周りに軽い重力効果が働き威力が底上げされている。
切れ味より破壊力を重んじる戦士にとって理想的な剣だろう。
しかしこれ以上どう強化しようというのか。
「剣は分野外なのでよく分かりませんね。マスターに聞いては?」
アルトールが答える。
確かに改造好きのアメリアなら何か良いアドバイスをくれるかもしれない。
現に彼女の槍は1メートル弱から2メートル超まで伸縮自在の改造が施されている。
他にも何かあるかもしれないが、イリーナは知らない。
「確かにアメリアなら何か良い方法を知っているかもしれんな。後で聞いてみよう」
「そのマスターは今どこに?」
アメリアは現在不在のようだった。
「マスターは依頼の報告と、ある打ち合わせに出掛けましたよ」
アルトールが苦味を含んだ笑みを浮かべる。
「それに私も後でその子を孤児院へ預けてきます」
アルトールの指は近くの長椅子を差している。
そこでは随分穏やかになったとはいえ、未だ苦しそうに眠る少女が居た。
ここまで連れてきたことをすっかり忘れていた。
「孤児院に預けるんですか?」
「ええ、色々大変でしょうが、ここよりはましでしょう」
「確かに、仇と住めるわけがない」
イリーナは、2ヶ月程前にそこで同じように眠る少女を思い出した。
イリーナは孤児院に預けようとしたが、結局引き取ることにした。
その結果、少女を死なせることとなってしまった。
あの時、少女を孤児院に預けていれば違う結果になっていたのかもしれない。

572柚子:2008/11/23(日) 18:40:01 ID:JNF/MKiM0
「どうかしたのですか?」
アルトールが顔色を窺うように見つめていた。
「あ、いいえ、大丈夫です」
イリーナが表情を取り繕う。
イリーナが決して話そうとしないため、ルイスを除く団員はミシェリーのことを詳しく知らないのだ。
「俺は少し出る」
ルイスが椅子から立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
「資金集めだ」
「方法は?」
ルイスが固まる。
「アルトール、何か良い依頼はないか?」
「そうですね、最近話題の殺人犯を追っては? 懸賞金もかけられていますよ」
アルトールが提案したのは、最近古都を賑わせている連続殺人犯だ。
ただの無差別殺人ではなく、古都の重役人のみを狙った犯行なのが懸賞金を吊り上げる種となっている。
「なるほど、行ってくる」
ルイスが事務所を出る。
情報も無しにどう探すのか全く不明であった。
「馬鹿は元気ですね」
イリーナが言うとアルトールは軽く笑った。
「私もすぐに出ますし、イリーナさんも休んでは?」
アルトールが付け加える。
「疲労は美貌の敵とも言いますし」
「あれ、口説いてます?」
「そうかもしれませんね」
アルトールが笑ってみせる。
これもアルトールなりの励まし方なのだろう。
イリーナも微笑んで、アルトールの言う通り休むことにした。
「では、お言葉に甘えて」
階段を上がり、自室に入る。
内装は女性らしくない、質素な物だ。
イリーナは外套を脱ぎ、ミシェリーの唯一の形見である白いリボンを解いた。
肩下まである髪が一気に解放される。
寝台に体を預けるとすぐに眠気が襲ってきた。疲労が溜まっている。
イリーナは眠る為、目を閉じた。

573柚子:2008/11/23(日) 18:40:55 ID:JNF/MKiM0
古都に夜が訪れる。昼に溜まった雨雲はついに夜になって降り出した。
「ふう、ひどい雨だね」
エドアルドは濡れた額を袖で拭った。脇には2人の部下を従えている。
連日の残業で彼は酷く疲弊していた。
最近、革命軍やら、連日殺人事件などの騒ぎで古都の役人やギルドは多忙を窮している。
特に、殺人犯は重役人だけを狙っているというではないか。
古都の西区長である彼にとってはたまったものではなかった。
だからこうして武闘派の部下を連れている。
「だいたい、どうしてこう事件が続くのかね」
エドアルドは曇天の空に愚痴を吐いた。
「時間が解決してくれるでしょう」
脇に長剣を差した男が答える。
「革命軍はともかく、殺人事件は早急に片付けないといけませんね」
「そう言ってもう5日が経つのだがね」
そう言われ、もう1人の長い杖を持った男が苦笑する。
「ああ、早く帰って妻と子供に会いたいよ。そこだけが私の癒しの場だ」
思い出したようにエドアルドは歩を早める。
3人は角を曲がり、住宅街へと繋がる路地裏へ出る。
「ん?」
エドアルドは目を疑う。
路地裏の真ん中で小さな子供が道を立ち塞いでいた。
子供は傘も差さず、全身を覆う大きな外套を雨に濡らしている。
「君、こんな時間に外に出ていると危ないよ」
エドアルドはなるべく圧力的にならないように話しかけた。
「危ないのはおじさん達だよ」
「え?」
思いもしない言葉にエドアルドは思わず聞き返した。
「……ここは最近、人殺しが出るから」
影が差すような声。声色には子供が含まれるべき無邪気さの成分が全く含まれていなかった。
「ああ、そういうことかい」
エドアルドは引きつった笑顔を浮かべる。
エドアルドは、目の前の子供に何故か怯えている自分に気が付いた。
「……西区長のエドアルドだな?」
子供の物とは思えない陰鬱で残酷な声が目の前の子供から発せられる。
瞬間、子供の周りの圧力が増した。
「な……」
エドアルドは声を失う。
子供は外套の顔の部分だけを捲り上げる。表れたのは死者を象ったような白い仮面。
エドアルドは、ようやく自分が噂の事件に遭遇しているのだと理解した。
「区長、お下がりください!」
部下の2人が飛び出す。
剣を持った男が仮面の子供に斬りかかる。子供は片腕を出して受け止める。
細腕を両断して進むはずの剣は、何故か止まっていた。
「下がれ!」
後方の杖を持った男が叫ぶ。剣士が離れると同時に男は難易度2、ファイアーボールを放った。
3つの火球が空中に顕現し、弾丸となって子供に殺到する。
しかし、3つの火の玉は子供の前方で霧散して消えた。
雨で威力が軽減されているといっても、ありえない現象だ。
再び剣士が仮面の子供に斬りかかる。子供の腕が閃き、拳で剣を粉砕する。
驚愕する剣士の顔へもう一方の手が伸び、顔面を掴む。
子供の手に触れた瞬間、男は壮絶な叫び声を上げた。
やがて痙攣する体が止まり、男が絶命する。
怯える魔導師がもう1度火球を放つ。しかしまた火球は3つとも寸前で霧散した。
さらに魔術を紡ごうとする魔導師に死の手が伸びる。
手は杖を掴むと、一気に破砕。そのまま魔導師の顔を掴む。
魔導師は同じようにして絶命した。
「ひ、ひい……」
エドアルドが後ずさる。仮面の子供は早足で近づいていく。
「な、何が目的だ。わた、私には妻と子供が……」
「死ね」
無情な死の手がエドアルドの頭を掴む。手に触れるとエドアルドは全身から激痛を感じた。
搾り出すようにエドアルドは絶叫する。しかし、絶叫は雨音にかき消される。
絶叫は長く、長く続いた。

574柚子:2008/11/23(日) 18:43:59 ID:JNF/MKiM0
こんばんは。毎日のように雷が鳴ってます。雪も降り始めそうです。

>>553さん
感想ありがとうございます。前作も読んでもらっていたと分かるだけで嬉しいですね。
呼び方など何とでもどうぞ。自分も掲示板で敬語を使うのはあまり慣れていないですし。
王道は好きです。王道の中でも個性は出ますしね。
これからお互いに頑張っていきましょう。

>FATさん
前作の感想を聞けて嬉しいです。
あの終わり方ではいけないとも思ったので、今回は何とか救いのある終わり方にしたいですね。
ラスからしてみるとあのネクロも小物ってめちゃ強そうですね。底が知れない。
デルタと次会うときはいつものように明るく話せそうもないですね。
それでも何とか取り戻してあげたいですね。
これからの展開を期待しています。

>68hさん
感想ありがとうございます。
自分も再びここへ戻ってこれて嬉しいです。
文章では会話を書くのが1番楽しいのでそういった会話は無駄に増えるかもしれないです。
それとこれも避難所に載せたほうが良いのでしょうか?

575◇68hJrjtY:2008/11/25(火) 17:31:57 ID:VtW6eWEg0
>558番さん (笑)
とか勝手にコテハン(?)つけちゃいましたが、いずれ正式なコテハンがつく日を楽しみにしております(笑)
さて、雪深い村里のちょっとしたオオカミ事件…という予想を裏切ってのシーフたちの襲撃!
予想を裏切ってと言えばヒーロー(?)であろうフラッツ君がいの一番で逃走してる(ノ∀`*)
サマナ主役ということでワクテカなのですがしかし「手首から先が無かった」とか恐ろしい。。
ほんわか風味なお話な印象でしたがこれは何か別の展開になりそうですね。
続きお待ちしています!

>柚子さん
辛辣な二人のジョークにちょっと憧れてます、こんにちは68hです。こんな友人(?)が欲しい(笑)
一作目冒頭も同様ですが、新登場ということでいいのかどうか、エルネストとカルン。
イリーナとルイスの物語にこの二人がどうリンクしてくるのかが大変楽しみになってきました。
政府や軍隊が背景ににおいますが、そういえば前作のミシェリーの物語も国家が裏にありましたよね。
もしかして今回の連続殺人犯も何らかの深いつながりがあるのでしょうか。ワクワク。
ルイスは金銭管理が苦手という新事実が判明しながら(笑)、続きお待ちしています。

576◇68hJrjtY:2008/11/25(火) 17:37:23 ID:VtW6eWEg0
スレ消費申し訳ないですorz
書き忘れ。

>柚子さん
> それとこれも避難所に載せたほうが良いのでしょうか?
避難所の管理人さんの意向では「どちらに載せるのも書き手の自由」とのことでした。
つまりはこちらに載せてもあちらに載せても両方に載せてもなんら問題はありませんよ、って感じですね。
避難所は保管庫的な意味合いもありますし(Wikiとは別の)、ツリー形式なので書きやすい&見やすいのはあります。
まあぶっちゃけ、柚子さんの方針に任せます(笑)

577蟻人形:2008/11/27(木) 21:05:24 ID:/PV5lAOo0
  赤に満ちた夜

 前話 >>466-469(七冊目)

 0: 秉燭夜遊 Ⅰ … Are you still glowing?


「実に幸運でしたね、あなた方は。今日という日に感謝すべきでしょう」
 剣士がその言葉を耳にしたのは、口を開いた男が剣士の砕かれた右肘を治療していたときだった。今にも崩れてきそうな天井の下、瀕死の仲間が皆彼と同じように簡易ベッドに寝かされていた。
「どういう意味だ?」
 苦々しく毒を吐く剣士。先程の己の無力さが許し難く、堪らなく悔しかった。
「もし訪れたのがこの日でなかったのなら、ここがあなた方全員の死地となっていた。そういうことですよ」
 男は渋ることなく自分の見解を述べた。過去の経験から導いた、適切で正確な『事実』を包み隠そうとはしなかった。更に男は淡々と続けた。周囲にその声を阻むものは何もなかった。
「西に墓地があります。ここで人間が活動していた頃の被験者は勿論、不運にも厄日に訪れてしまった冒険者たちもそこに眠っているんですよ」
 彼は物理的な治療を終え、すぐに魔力による治癒を施した。みるみるうちに負傷した肘は癒えた。その時の剣士はただ、黙することしかできなかった。


 崩壊した要塞の門が開かれる。
 あの戦闘から約半年、十六人いたメンバーは五人にまで減っていた。四人の同志を引き連れた剣士は表情を固くし、相手側の対応を待った。
 やがて一般的な女中の格好をした背丈の低い女性が早足で五人の前に現れた。女性は深々とお辞儀をし、さわりの良い挨拶で五人を出迎えた。
「遠方よりはるばるお越しくださりありがとうございます。主人が中でお待ちです」
 言い終えると女性は踵を回らし、もと来た道を辿った。剣士たちもそれに続いた。

 一行は無言で歩みを進めた。五人が皆何かを考えていたのか、それとも何も考えられなかったのかは分からない。
 崩れかけた家の前で、女中は唐突に立ち止まった。剣士たちはそれに倣った。しかし理由を聞くには至らなかった。彼らがそうする前に、彼女は何かに溶けるように姿を消してしまったからだ。彼女の在った場所に残されていたのは蝋が尽きて火が消えた蝋燭、それを支える受け皿の二つだけだった。
 一行がそれに驚く間もなく、何者かがそれらを優しく拾い上げた。剣士は今まで以上に表情を強張らせた。
 彼の目の前には男がいた。剣士を始めとした半年前のメンバーを治療したあの男が。
「大変失礼しました。手の空いた者がいなかったので、彼女に向かわせたのですが……」
 後半は寧ろ独り言のように、男は話した。直前の出来事についての細やかな説明はそれ以上続かなかった。しかし、彼の表情は飽くまで友好的だった。
「ようこそ御出でくださいました。お休みになられますか?」
「いや。すぐにでもお手合わせ願いたい」
 剣士は振り向くことなくそう答えた。しかし意義を唱える者はいなかった。

 夕映えは深く、日輪は既に大部分が地平下に没していた。即時の決戦を当然の如く期待している、その五人の意思を感じたのだろうか。男は僅かに自らの表情を正した。
「そうですか。私も、それが賢明だと思いますね」
 彼は実に静かに同意した。間もなく闇に包まれるはずの要塞は静寂な空気の中で、六名の会話の成り行きをひっそりと見守っていた。

578蟻人形:2008/11/27(木) 21:06:30 ID:/PV5lAOo0

 灯火が室内の夜を照らしていたため、その部屋は存外くっきりと映し出されていた。一方外界の残照は内の光に掻き消され、小さな枠の向こう側の闇はますます鮮明になっていた。
 部屋の壁には等間隔にランプが設置され、各自が無心に周囲を明るませていた。また、訪問者と住人を二つに分かつ境界には火の灯った蝋燭が一本だけ置かれていた。

「久しぶりね、来てくれると聞いて楽しみにしていたの」
 深く腰掛けた揺り椅子から立ち上がる少女。にこやかに一行の到着を迎える態度は特に異質を感じさせるものではなかった。敢えて不自然な点を挙げるとすれば、歓楽の声色の中に妙な落ち着き様を見出せることくらいだろう。
 彼女は着席を促すが、剣士は座らなかった。彼の背後に控えていた四人の仲間も同様であった。ギルドの長として、彼は眼前の存在に正面から挑戦状を叩き付けた。
「その男が何を言ったのか知らないが、俺たちは遊びに来た訳じゃない」
 軽く男に視線を移しつつ、剣士は口を開いた。平素よりもずっと低い声だった。
 少女の傍らに控えていた男はそれを聞くと、顔にちらりと不安を見せる。一方その主人はというと――早くも椅子に腰掛けており、少々残念そうに肩を落としただけだった。
「なら、今回も?」
 トーンを少し下げて言葉を返した彼女に対し、剣士は攻める態度を崩さなかった。男が警告めいた視線を送っていることすら気づいていない。彼の全てが眼前の蝋燭の火を越えて、正面の少女に向けられていた。まさに何者も恐れぬと言わんばかりの大胆さで、剣士は言い放った。
「そうだ、一刻も早く始めたい。そっちの用意は?」

 予め言っておこう。男は悟っていたということを。
 剣士は努めて平生に近い声色を意識していた。それに、彼は人間なのだから、憂さを晴らすことに悦びを覚えるのは仕方のないことだと。
 完全に理解していて、一瞬にして成った思索も含めての行動だった。この場にいる己以外の全員を重んじて、彼は動いたのだ。

「アドラー!」
 今度は少女から鋭い警告が飛んだ。
 男の挙止は主人の発声と共に止み、直後に他四名が止まった。彼の掌は剣士の鼻先一寸というところで静止していた。
 五人と一人は数秒の間、互いに視線を逸らそうとしなかった。その後各々が渋々、男を阻まんと出した手を解いた。主人の冷静さに内心胸を撫で下ろし、男は在るべき場所へと戻った。
 何事もなかったかのように、何もかもが元通りの場所に収まった。……火が消え白煙を天に昇らせている、対立の中央に置かれた蝋燭以外は。
 その部屋では、古いテーブルを挟んで七名が対峙していた。

 最初に口を開いたのは当然の如く少女だった。彼女以外の人間が静寂を破ることは叶うはずもない、その中での再構築が開始された。
「……こちらの手落ちね。すぐに準備させるわ」
 初めの一言を拾った瞬間から、六名は何か得体の知れないものに肌膚をチリチリと蝕まれるような感触を覚えていた。
 泰然とした挙措。古雅の原点を彷彿とさせる尊厳。彼女の態度には最早あどけなさなど欠片もなく、容姿にそぐわない理性的な物言いが際立って不相応であった。

 だが。
「待ってくれ!」
 打って変わって真摯な態度を声に示す。その主は対岸の剣士。特異な存在に向かう気構え、不可解な恐怖に臆しない精神は賞賛に値するものであろう。
 同様の考えを持ってか少女は彼の提言を許し、自らは傍聴の側へと移った。剣士は躊躇う事無く続けた。
「戦う場所のことだ。要塞から出た場所、ドレム川の河口にしてほしい」
 心なしか、後方に下がった四人の表情が険しさを増したようだった。男はほんの僅かに顔を俯けただけで、他の一切の所作を差し控えていた。
「いいわ。そうしましょう」
 相手の真意を把捉した少女は表情を和らげ言った。口元からは歓迎時のような温かみを見受けることができない代わりに、控えめな待望が目に見えて広がっていた。
「そちらは準備万端のようね。十分程度、私たちに時間を頂けないかしら?」
 微かに、彼女の声色は揺れていた。
 無言の了承があった後、五名は速やかに戦地へと向かった。五人が五人共、自分の感情を抑えられないような疾走であった。

579蟻人形:2008/11/27(木) 21:07:25 ID:/PV5lAOo0

 訪問者が退出した後、部屋は平素の在るべき雰囲気を取り戻しつつあった。
 少女はおもむろに腰を上げ、火の無い蝋燭に歩み寄った。受け皿ごと床に移し置き、その芯を優しく摘むように指で撫でる。途端に芯の先から滾々と湧き出るように炎が生まれ、客人を待っていた時のように再び燃え上がった。
 更に彼女は燃える火を覆うように諸手を真っ直ぐ差し出す。するとそれまで普遍的なものに止まっていた火勢が忽ち猛り立ち、熱を帯びた旋風が少女の銀髪を激しく靡かせた。
 ようやく少女が双手を戻して立ち上がった頃、火炎は少女の身の丈を大きく超える程に膨大な火球の塊となっていた。球形の猛火は大きく揺さぶれていたが、次第に温順さを取り戻していった。
 そして輪郭が完全不変のものとなると共に渦巻いていた炎が取り払われると。火球の在った場所に一人の青年が、何の不自然さも無く直立していた。
「彼を手伝ってあげて」
 少女は男を手で示し、青年に向かって静かに命じた。
「お任せください」
 青年はなめらかな口調で答え、男の始動を待った。
「その前に、少しよろしいでしょうか?」
 それまで黙然としていた男が青年の返答を足掛かりとして口を開いた。

 一瞬の空白。部屋中のランプの火が一斉に、同じように揺れ動いた。
「……これ以上待たせるのは失礼よ。手短に済ませて」
 相変わらず悠然とした口調ではあるが、その言葉には柔らかい棘が込められていた。男は慣れた様子ではあったが、それでも多少の緊迫を含んだ声で話した。
「一つだけ。決して冷静さを失わないように、くれぐれもお気をつけ下さい」
「分かってる。そう簡単に殺されたりしないわよ」
 彼は返事に閉口した。その憂慮の面持ちが胸中の苦悩を映し出していた。
 それが終わらぬうちに、少女は再び男に向けて言葉を発した。

「あ、言い忘れたけど――」

 たった一言に、彼の胸中は大きく波立った。
 直前と比べても明らかに鋭く磨がれた棘。冷静さを超えた冷ややかさ。自らの役割を果たすため、男は己の足を地に着け離さぬよう辛労しなければならない程であった。
「何があっても黙って見てなさい。手出しは許さないからね」
 やはりか、と言わんばかりに眉間に皺を寄せる男。恐怖と葛藤に苛まれながらも、男は言わないわけにいかなかった。
「しかし――」

「何?」

 部屋の空気が大きく震え、十数ある火が一斉にその姿を晦ました。闇と共に外気が流れ込んだかのように寒気が部屋を占拠し、窓から飛び込む月明かりは少女の影を浮き彫りにすることさえ遠慮しているようだった。
 青年は暗がりに溶け込み所在すら分からない。漆黒の中で少女の紅い眼精が二つ、まるで姿が見えているかのように、男を不動の視線で捕らえていた。男は懸命に耐え忍び、やがておずおずと苦言を呈した。
「……相手は人間です。それをお忘れなく、と……」
 一瞬にして、透き通った双眼が大きな円となる。やがて円が緩やか且つ柔らか味を帯びたものに変わるとようやく、男はそれまでの絶望的な重圧から解放された。
「さあ、もう行きなさい」
 少女の紅が暗闇の中に沈むと同時に、冷静で穏やかな平素の声が部屋に響いた。
 全てが伝わったことを知り、男は部屋から立ち去った。闇に紛れた一人分の足音も彼の軌跡を辿って行った。

580蟻人形:2008/11/27(木) 21:08:00 ID:/PV5lAOo0
お久しぶりです。
Avengers編の真っ最中でしたが、どうしても書きたくなって書いてしまいました。
ハロウィンに関係した話を書いてみようと思い立ったところ、そもそもハロウィンがどんなものか知らないことに気づいた次第で……。
結局自分の作品に走ってしまいました。なんとも申し訳ないorz

581白猫:2008/11/27(木) 22:39:04 ID:RqcjKFjo0

小さなパートナー



今日、私は久々にアリアンの土を踏んだ。実に二週間ぶりの懐かしい感覚し、張り詰めていた緊張もようやく解れる。
今回のシア・ルフト討伐はなるほど、確に厄介な依頼だった。
こちらは選りすぐりの腕利きを集めたのにも関わらず、一人の死者を出し私もまた傷を負った。
だがそれ相応の報酬も受け取った。しばらく旅の費用は心配せずに済みそうだな。

しかし、久々のアリアンはやはり暑い。流石は砂漠の町だろうか……暑さに慣れていない私には少々辛い。
早く旅館へ行き疲れたきった体を休めたかった……が、私にはまだやることがあった。




アリアンの町中、至るところで開いている露天商の数々。
この露天商で並んでいる品々。これらを歩きながら眺めるのが、私の数少ない楽しみの一つだ。
特別探している品があるわけではない。ただ並んでいる品を眺める、それだけ。
商人にしてみればいい冷やかしである。だが、これくらいは誰でもしているので多目に見て欲しい。
もしも何か必要になった時、品の値段が分からなければ話にもならないという理由からも、私はこの習慣を欠かさなかった。




アリアンの北区、倉庫の立ち並ぶ地域に入ることは滅多になかった。
柄の悪い者たちも少なくなく、冒険者も滅多に立ち入ろうとしないからだ。そんな場所に、わざわざ出向くほど私も暇ではない。
だがどうしてだろうか、私の足は何故かそこに向かっていた。
そして、襤褸布で全身を覆ったシーフが開いていた露店に並ぶ品の中、見つけたのだ。奇妙な品を。

噂に聞いたことはあったが、実物を見たのは初めてだった。
手で掴めてしまいそうなほど小さな、深い緑色の小袋。
ミニペット――異世界の妖精が封じ込まれた、魔法の込められしポーチ。
市場には滅多に出てこない、かなり珍しい品だ。
興味をそそられた私の視線に気付いたのか、露天商のシーフが私に笑いかける。

 「どうした旦那。ミニペットが気になんのかい?」

そうだ、私は正直に頷く。はっきり言って、かなり興味深い品であった。
精霊の封じ込められたポーチだ。金に余裕のある今なら、値段次第では購入してもよかった。
私に買う気があるのが分かったようで、シーフは満足げに笑う。

 「ふふん、おいらはミニペット大商店っていう名前で有名でね。
 旦那もミニペットが欲しいなら、是非是非この店を利用してくれ!」

このシーフはククルと名乗った。
彼の後ろに大量に積まれたミニペットポーチは、全てウィザードの友人から安く仕入れているという。
時間が経つと消えてしまうらしいポーチを軽々と仕入れるのだから、相当な商売上手なのだろう。とても私には真似できない。

 「旦那は剣士だろ? ならこいつだ!」

と言いながら取り出したポーチを、シーフは私の鼻先に突き出した。正直、この暑さでこの陽気っぷりはかなり鬱陶しい。

 「こいつは風の精霊シルフィーだ。攻撃速度や敏捷性を高めて、攻撃の補助や回復までしてくれる便利な奴だぜ!」

と自慢げに話すククル。確に話の内容からすると便利なものだろう。
回復もしてくれるとなると、もしかするとポーションを持ち歩く必要すらなくなるかもしれない。
いくらだ? と首を傾げた私に、ククルは目を細めた。何か妙な質問をしただろうか?


 「旦那は――……声が出ないクチかい?」

ククルの問いに、私は頷いた。頷きつつ、内心驚いていた。
今までこれほど早く、私の喉に気付いた者はいなかったからだ。
私は幼少の頃、事故で喉を潰した。今でもその傷痕が深く残り、声を出すことができない。
だが、私はこれをコンプレックスに感じたことは無かった。
あざ笑われようとも、蔑まれようとも――どんな仕打ちを受けようとも私は強く在らんとしてきた。
今までも、当然これからもだ。

 「そうか……なら、特別にサービスだ!」

そう言うが早いか、彼は私の手にポーチをぐいと押し付ける。
ククルの突然の行動に、私は呆気にとられる。結局いくらなのだ? これは。
だがククルが笑いながら腰に手を当てる姿を見、ようやく頭が追いついてくる。つまり――これを私にサービスする、と?
……このポーチは、確か数先万の価値があったはずである。私も当然、それくらいの値は出すつもりであった。
しかし彼は、なんの躊躇もなくそれを私に手渡したのだ。

 「そいつを大切に育てる。それが旦那に求める代金だ」

ニカッと笑うククル。その顔は「金は受け取らない」と語っていた。
この天晴な彼の好意に、私は甘えることにしたした。ポーチを片手で抱え、私はククルに頭を下げる。
感謝と、必ずそうするという意を込めて。

582白猫:2008/11/27(木) 22:39:28 ID:RqcjKFjo0

旅館の部屋、固いベッドに倒れ込んだ私は、手に持ったポーチゆっくりと眺める。
確に、奇妙な魔力を感じるポーチである。今まで見てきたどんなものでもない。
鬼が出るか蛇が出るか――いや、出てくるのは精霊だったな。
そんな薄い思考を流し、私はポーチの口を止めている紐をゆっくりと解いた。

瞬間、部屋中が光に包まれた。私にはその表現が限界だった。
とにかく、目も開けていられないほどの光が部屋中に溢れたのだ。
混乱しなかった、と言えば嘘になる。むしろ半ばパニックになり、思わず腰の剣に手を据えてしまったほどだ。

だが、眩い閃光は一瞬で収まった。ミニペットのポーチとは、開く度にこれほど閃光が辺りを包むものなのだろうか。
不意の光から視力が戻ったのを感じ、私は特別な変化がないか辺りを見回す。
白い壁に、特別広いというわけでもないがとにかく固いベッド。バスローブの入ったクローゼットに……緑色の紐。

さて――これは何だ?
空中にぷかぷかと浮かぶ、長く緑に染まった紐。
ちょいちょいと突いてみようとするが、紐は嫌がるように私の指をひょいと避ける。
なんなんだ、これは? ひょっとしてこれが精霊なのか?
どう見ても紐です。本当にありがとうございました。

……と、冗談はさておいて、だ。
問題は紐の先っぽに付いてるコレだ、コレ。
逃げる紐をひっつかみ、引っ張った先っぽに付いている小人。
体表が黄緑色なので少々不気味だが、よくよく見れば少女の姿をしている。後耳が異常なほど長い。頭二つ分はあるぞ?
この紐のようなものは少女(?)の後頭部から伸びている――ということは、これは髪か? いやいや、触覚という可能性も捨て切れない。
うーむ、と唸る私の眼前で少女はパタパタと紐を私の手から引き抜こうとしている。なるほど、これがどうやら精霊らしい。
名は確かシルフィーだったか。確か、古い文献にあった風の精霊の名はシルフィードだったと記憶している。このシルフィーも、きっと

風属性なのだろう。
ここでシルフィーが本気で痛がってきたので、紐から手を離してやる。
安心したようにふわふわと浮かぶシルフィーを見、私は部屋の端へと歩く。
そこに乱暴に置かれた(私が置いたには違いない)袋の中から、一振りの剣を取り出した。
薪割り斧。幼い頃から使い続けたものの、最近エンチャントに失敗し無残に壊れた私の元相棒だ。
その斧をシルフィーに差し出してみると、シルフィーは子供のように斧に飛びついてカリカリと刃をかじり出す。
本当に武器を食べている。いや、逆か。シルフィーは武器しか食べないんだったな。
確か食べると、死にはしないもののシルフィーに深刻な問題が起こるんだったか? これは気をつけなければ。
さて……いい加減疲れた。今日のところは眠るとしよう。


朝だ。久々の旅館で迎える朝は、どうしてこうも清々しいのだろう。アリアンの固いベッド万歳だ。
少々分厚い上着を脱ぎ、昨日洗ってから干してあったシャツに袖を通す。
太陽に照らされたシャツの方が着心地も良いのだが、この砂漠の町で日干しなどしたらとんでもないことになる。
……そういえば、日干しにした後の「おひさまの香り」というのは、ダニなどの死骸が放つ臭いだったか? 知らないというのは怖いも

のだな。
私の上で眠っていたシルフィー(冷たいベッドが温まるまでいい湯たんぽ代わりだった)もごそごそと這い出て、うーんと両手(と紐)を伸

ばす。
とりあえず朝食を取ろう……そうしたら、久々にあの厄介な塔を登ることにしよう。


アリアンを出いつものタクシー屋を使った私は、ものの数分で目的地へと到着した。
テレポーターを使って最寄りの町から出ても丸一日はかかる距離にある、恐ろしく高く……そして、大量の魔物を飼う塔。
通称は「スウェブタワー」。ようやくこの塔で狩る実力になったのがひと月ほど前。今となっては六階まではなんとか狩ることができる


ちなみに、今日は一人ではなく右肩にシルフィーが乗っている。朝食のランスはどうやらお気に召しているようでカリカリと一生懸命か

じっていた。
お前は喋るのか? とシルフィーをじっと眺めるが、精霊に人間の言語を話せというのは少々無理があるか?
というか、私が喋れないのだからコミュニケーションが取れん、と私は小さく溜息を吐いた。

583白猫:2008/11/27(木) 22:40:08 ID:RqcjKFjo0

スウェブタワー七階――とうとう私は、今日その階層へと足を踏み入れた。
といっても、六階と大した変化は見られない。生息している魔物たちが六階と変わらないからか?
愚鈍な動きで振り下ろされる斧を左手の盾で鋭く弾き、無様にバンザイをした斧兵の胸を斬り払い、蹴り飛ばす。
私の攻撃の合間に背後から飛び掛かってきたレッドアイ所員、その鞭を私は騎兵刀で斬り捨てる。
奴らとの戦いは、既に体に刻み込まれている。この階層では、相手にすらならないだろう。
だがやはり被弾することにはする。避けきれない、ブロックしきれない一撃に傷を負うことも確かだ。
そんなときに、シルフィーはかなり役に立ったといえる。
まるで狙い澄ましたかのように、的確にヒーリングを飛ばしてくる。いや、正式にはリゼネイションだったか。
とにかく、シルフィーの飛ばす回復魔法のお陰で私はベルトのポーションを使わずに済んでいた。ククルの言うことに間違いはなく、私

の予感もまた外れなかったようだ。
今度は比較的素早い速度で斧槍を振り下ろしてくる斧兵、私はその体を上下真っ二つに両断した。

何時間敵を薙ぎ払い続けただろう、そんなとき。
地面に崩れ落ちた剣をシルフィーに食べさせていると、足元に古ぼけた羊皮紙が落ちているのを見つけた。
どうやらこの階層に眠る宝を記した地図らしい。しかも比較的近い場所にある。ここから向かえば数分もかかるまい。
私は背後の所員には全く目もくれず、剣を納めて走り出す。シルフィーは勝手についてくるため、無視しておいた。

やはりそう甘くはないか。
空の宝箱を忌々しく思いながら、私は手に持った地図を握り潰す。
このように偽物の地図があることは珍しくない。現に、魔物が持っている地図の三割ほどは偽物か、たとえ入っていたとしてもハシタ金

しか入っていない。
運がなかった、と諦めて狩場に戻ろうと剣に手をかけた、

その時だった。


   ――――――!!


恐ろしいほど巨大な雄叫びと、遅れて上がる男性の悲鳴。
一つ上の階層から響いたその音に、私は数センチ飛び上がった。シルフィーに至っては剣の残骸を喉に詰まらせている。
しばらく続いたその二つの音も、やがて収まり何事もなかったように消え、静寂が再び訪れた。
一体、今の悲鳴は何だ? それにあの雄叫び。剣士の[ウォークライ]にも劣らないほどの衝撃だった。
疑問に思う一方で、私はもう一方で結論を出しつつあった。

Zinだ。

この先に、Zinの力を持つ魔物がいるのだ。
スウェブタワーの八階に棲む――血に塗れた不死の剣闘士が。
行くべきではないだろう。私ひとりの力では、恐らく不死の力を持つ剣闘士には勝てない。
だが、一方で震えていた。歓喜していた。
ようやく私の実力が試せる――シア・ルフトのときではない、純粋な私の力が。
気付いた時にはもう、私は階段を上り始めていた。魔物の血で染まった剣を片手に。




   やはり――でかい。

初めて"それ"を見たときの第一印象が、これだった。
凄まじく大きなアンデッドだ。これほど大きな魔物は、正直初めて見た。
私の肩に乗るシルフィーが、一生懸命クロークを引っ張っているのを感じる。だが、こればかりは譲るわけにはいかなかった。
素早く盾に魔力を注ぎ込み、宙へと放り投げる。普段は使わないこの術だが、格上の相手となれば話は別だ。
宙をフワフワと舞い私を保護する盾――シマーリングシールド。これで、通常の物理攻撃はよっぽどの威力を持たない限り私には届かな

い。

584白猫:2008/11/27(木) 22:41:09 ID:RqcjKFjo0
が、

剣闘士の炎を纏った斧の一撃。
その一撃は、難なく盾ごと私を遥か後方まで弾き飛ばした。


   強い――一筋縄どころか、一瞬でも油断すれば命はない。

壁に激突し、ようやく止まった私はポーションを喉に流し込みながら軽く思考を流す。
シルフィーが逆風を起こしてくれたお陰か、思ったほど激突のダメージは少ない。だが、今の一撃で分かった。
奴には、ブロックはあまり期待できない。通常の一撃程度なら防げるだろうが、今のように特殊な攻撃に対して私のシマーはまだ無力だ


だが、勝てないわけでもないはずだ。迫り来る剣闘士を睨み、私は両手で騎兵刀を握る。
久方ぶりだ。たった一人でZinを相手に死闘を繰り広げるのも……以前はルルリバーのドラゴンタートルだったか? 大分時間が空いてし

まったな。
さあ――見せてやろう。剣士の剣士足る所以を。

軽く、しかし鋭いステップを連続して刻んで剣闘士へと飛び掛かる。
が、剣闘士は軽々しく2mはあるであろう斧を振り上げ、私へと物凄い勢いで振り下ろしてくる。
その、巨獣をも両断するほどの一撃をしかし宙に浮いた盾が受け止める。一瞬盾が砕けるかとも思ったが、シマーの発動中に盾が大破す

ることはない。
斧の一撃を凌ぎ、私は空中で十字斬を剣闘士へと放つ。右腕の上腕に直撃するが――やはり、大した傷を与えるには至らない。
だがそれは想定の範囲内だ。そもそも[十字斬(サザンクロス)]にダメージは期待していない。
地面に着地し、剣を構える。同時に魔力を体内で練り上げ、術を発動させた。
瞬間、剣闘士を半円状に囲むように無数の分身が生成される。[パラレルスティング]――剣士の技能の中で最上級の威力を誇る一撃。


   ――ギャリィイインッッ!!


全ての剣が剣闘士に直撃したのを見、私は即座にその場を退避する。
今攻撃したのは奴の右足に過ぎない。こんな一撃で仕留められるほど、奴も甘くはないはずだ。
だが慢心もしていた。自身の決め技を足に受けたのだから、もう速い一撃は放てないだろう、と。
そして、その甘すぎる考えが。
次の剣闘士の一撃へ反応するのを、ほんの一瞬だけ、遅くした。






 「全く――びっくりしちゃった。ZINに単騎で飛び込むなんて」

次の瞬間、私の目の前には女性が座っていた。その後ろには、地に倒れ絶命している剣闘士の姿が。
一体何なんだ、どうして剣闘士は既に倒れている?
半ば混乱していた私に、ちょっと落ち着いてと女性が両肩を掴んでくる。というより、この女性は誰だ。
 「えっとね。いっこずつ説明しよう。いっこずつ」
明らかにどう説明しようか悩んでいた様子の女性は、とりあえずと私にそう言う。だが、私も説明してくれなければ何が何だか分らなか

った。


話を要約すると。

私のパラレルで足を負傷した剣闘士は、しかし即座に炎を纏った斧で一気に私との距離を詰め。
油断した私へと斧を振り抜いたが、咄嗟に割って入ったシルフィーがなんとか私の致命傷を防ぎ。
しかしやはり腹を切り裂かれた私は、同時に気絶して。
そこへ通りがかったこの女性が、傷ついた剣闘士を倒して私を施療したのだという。

なるほど、そういうことか。だがあの剣闘士を倒せるとは、彼女は相当手練のようだ。

……待て、シルフィーはどうなった? シルフィーは一体、どこへ行った?


辺りを見回す私に気付いた女性が、少しバツの悪そうな顔で脇のバスケットに手を伸ばす。
そこから取り出されたのは、小さな体をズタズタにして眠るシルフィーだった。
慌てて彼女の手からシルフィーを取り、その顔をそっと撫でる。

 「精霊だから死ぬことはないわ。大丈夫。きっと三日くらいで起きると思うから」

585白猫:2008/11/27(木) 22:42:23 ID:RqcjKFjo0
なんてこったい、sage忘れたorz


――女性の言葉を信じ、アリアンへと戻ってから二日が経った。
一向に目覚めないシルフィーをじっと眺めながら、私は目を閉じて思考を流す。
たった一日一緒にいて、たった数時間共に闘った。それだけだった。
だが、それでも私にとって。
シルフィーは私にとって大切な、初めて出来たパートナーだ。
それなのに私は何をしているんだ。

シルフィーの回復魔法を当たり前の顔をして受けて、
シルフィーが一生懸命止めようとしてくれたのにも関わらずそれを聞かず、
挙句の果てに、シルフィーに無駄な怪我をさせてしまった。

すべて私の責任だ。一体私は、何をやっているんだ?
シルフィーが起きたら、とびきり高い武器を食わせてやろう。あいつはどうやら槍が好みらしいから、ホースキラーあたりが喜ぶんじゃ

ないだろうか。
私としては青龍偃月刀が好みなのだが、まぁ高級と言えばホースキラー一択だからな。明日なんとしても露天商を捕まえなければ。
ひょっとするとククルとも会えるかもしれない。またあの、治安の悪い倉庫街へ足を運んでみるとしよう。
そんなことを考えているうちに、私の思考はいつの間にか深い眠りに落ちていた。



朝だ。あっという間に朝になってしまった。
未だに私の体から疲労はぬぐい切れていない。やはり少々無理をしすぎたのだろうか?
と、
ふと利き腕を見ると、そこには自分で巻いた覚えのない包帯が不器用に巻かれていた。自分で巻くならここまで歪にはならない。
ならば誰が? ――その私の疑問は、ぴょろんと飛び出た細い紐で全て解決された。
私の枕もとに寝そべる形で、なぜか包帯でぐるぐる巻きな姿のシルフィーが気持ち良さそうに眠っていた。

その姿を見た途端、体中の力がフッと抜け私は壁にもたれかかった。
そうか、この包帯はシルフィーがやったのか。どうりで下手糞なわけだ。あんな小さな手では包帯など巻ける筈がない。
こうしてはいられない。シルフィーが起きる前に、早く町で武具商人を見つけなければな。
眠ったままの小さなパートナーを起こさないように忍び足で扉の前まで歩き、私は静かに部屋の扉を開いた。

---
どうも、白猫です。
ハロウィン企画が終了して真黒に燃え尽きた白猫が帰ってきましたよ!←
今回は主人公の剣士さん視点のお話。ミニペットを題材にしたSSはそういえばまだ書いてなかったなぁと。
そういえばRSのSSでは未だにテイマ物を書いたことがありませんね……ビスルのSSは書き始めて5行で挫折しましたし……(・ω・`)
今度機会があれば書いてみようと思います。でも次はコテコテのバトルものが書きたいなぁ、アクションいいよアクション←
そしてsage忘れ申し訳ないです、エンターキーめorz
そしてさらに前半、メモ帳の保存形式をミスって改行がおかしいことになってます。なんというgdgdorz

586白猫:2008/11/27(木) 22:43:24 ID:RqcjKFjo0

前回コラボでやりそこねたコメ返し

>◇68hJrjtYさん
サマナ話の長編化はいまのところ考えてなかったりします。長編は今は書き上げる自信がありませんorz
実のところサマナものも今回が初めてなので、初めてなら意外性を求めて男の子採用。ヘタレな男の子こそ至高←
ケルちゃんは粋がって[煉獄悪魔]なんて名乗ってますが実際のところアレだったりします。通称「お湯屋(笑)」。
---
コラボ作品は終盤になって「あれ? 長すぎじゃね?」ってことになり終盤の集合写真まくら投げetcが削られていたりします。削られて

なおあの長さだから異常。
たぶん避難所にもっと長いのが投稿されるはずです。燃え尽き症候群真っ只中なので確実に年は越しますけど←
もともとギャグ小説の方が書くのは好き(下手の横好きレベル)なので、ギャグ小説として書く方が楽しかったりします。ツンデレ天然関

西弁ゴスロリなんでも揃ってるよ!←
パペットはこれからイベント要員として使おうとかもくろんじゃったりしてます。
---
何かお手伝いできないかとwikiの方もときどき覗いてたりしますが、
うーむ、やっぱり初心者はいぢらない方がいいですね。そっとしておきます(・ω・`)


>>476さん
ROM専だけど感想しちゃう→ROM専だけどSS投下しちゃうですね分かります。
変化としてはしばらく指示語を減らすことに重点を置いて行くつもりなのです。だから実際のところ書き方はあまり変わらないっていう(

笑)
長編は大きな物語が書けるのが売りですが、数スレにまたがるととっつきにくくなるのがネックですね、私も最近感じるようになりまし

た。
サマナものの第二弾とはなかなかハードなリクエストだぜ兄貴……期待しないで待ってほしいんだぜ。
399さんはぜったいにツンデレ。


>黒頭巾さん
精霊じゃなくて悪魔と契約するなんてほんとかわいそうなサマナ君・゚・(ノД`;)・゚・←
まぁ所詮お湯屋(笑)ですし、きっとお風呂の沸かし方に厳しいだけだと信じる、うん。
あとコラボおつかれさま! 燃え尽き症候群ゆっくり回復していってね!!


今回は若干脳内がgdgdになってしまいました、次回からは気をつけることとしましょう。
それでは、白猫の提供でお送りしました。

587◇68hJrjtY:2008/11/28(金) 04:01:58 ID:VtW6eWEg0
>蟻人形さん
小物短編になるのでしょうか、はたまたまだまだ続くのでしょうか、ともあれ執筆ありがとうです!
読む者に展開を予想させない、突然起きるさまざまな事件と物語。
剣士を主体とする五人、そして少女とアドラーと呼ばれた男…謎だらけなのがミステリアス。
剣士たちの目的が戦いに向けられているようですがさて、真相を含めて続きお待ちしています。
もちろん、いいところで切れた本編の方も待ってますよ♪

>白猫さん
ハロウィン小説ぶりですね、短編ありがとうございます!
なるほどサマナ少年君のお話も短編なのですね、しばらくは短編屋さんとして書いてくれるのでしょうか(ノ。・ω・)
そういえばパペットのほうでもアーティ、カリンなどはいましたが、また違うタイプの剣士殿。
ミニペットも好きですが、剣士殿の朴訥な性格がなんだか好みです(*´д`*)
無骨な剣士と可愛い風のミニペットが繰り広げる冒険にさちあれ(笑)
---
Wiki編集はそんなに怯える(謎)ことなく、気軽にどうぞー(笑)
もしなんかミスっても消しちゃえばいいですし、私が気がつけば適当に修正しますし。
というより私がやれって話なんですけどねorz 面目ない。
コラボ小説はもっと長かったんですか!?うーん、全部を読んでみたいと思いつつ(笑)
次回アップ予定という避難所小説も楽しみにしております〜!

588防災頭巾★:削除
削除

589蟻人形:2008/12/04(木) 13:38:27 ID:/PV5lAOo0
  赤に満ちた夜

 前話 >>577-579 (七冊目)

 0: 秉燭夜遊 Ⅱ … Savage friction


 各々が己に合った下準備を行っている様子を、少女は無感情に眺めていた。
 剣士は自分の甲冑や短剣に目もくれず、四人から離れた場所で専ら巨大な盾の手入れに精魂を傾けている。
 軽度を重視した木製の鎧を着用する槍遣いは準備体操やストレッチで体を温めている。
 短刀のような杖を持ったウィザードは徒に魔方陣を描き、杖に魔力を移動するタイミングを確かめている。
 非常に美しい撓りを保った弓を背に負う射手と闇に溶け込むような黒のコスチュームを身に纏う武道家は、お互い身振りを交えながら真剣な話し合いを繰り返している。
 彼ら五人の姿を浮き彫りにするのは約二十メートル四方、そして正方形の中央に設置された五つのランプの光であり、それらを準備したのは男と青年であった。
「今の時間は?」
 唐突に男に対して問いかける少女。男は主人の質問を受け取ると速やかに明かりの傍に赴き、懐から袂時計を取り出した。
「二十時五分前ですね。大体約束の時間です。彼らにも伝えましょうか?」
 男は時計をしまいながら、配意して尋ねた。少女は数秒間唇に指を当て考えたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「ええ、そうね。私が教えてくるわ」
 男が異論を唱える暇を与えず、彼女は単身、何の躊躇いも無く敵陣に踏み込んでいった。
 行く末を按じて主人を阻もうと踏み出した男だが、十も歩まぬうちに思い留まり足を止めた。彼は自分を諭し、憂えるような表情で主人の動向を見守ることを選んだ。

 突然の相手方の接近により、ギルド側は静かに動揺していた。少女が近づくと二名は口を噤み、二名は各々の手を止めた。
「……何か?」
 短髪の槍遣いが言葉少なに尋ねた。その場にいた何名かは彼女の槍を持つ手に力が入る様子を捉えていた。
「あと五分程で八時になるの。切りもいいし、その時間に始めてもいいかしら」
 言葉が周囲に響くと共に、ふっと緊張が途切れる。空気の変化を瞬時に悟り、少女は密かに眉を顰めた。
「ちょっと待って」
 武道家が言って剣士に向き直る。一瞬の間を置いて剣士が顔を上げた。恐らく魔力の通信を用いて意見を示し合わせているのだろう。
 どうやら剣士は即答したようだ。五人が顔を見合わせていた時間はものの十秒程であった。
「オーケーだ、こちらは構わないよ」
 今度は槍遣いが、剣士に代わって返事をよこした。
「本当に? 彼、まだ調整中みたいだけど」
 再び盾に注意を戻した剣士から視線を外さず、少女は他の仲間に念を押した。
「そっちこそ、そんな格好で闘うつもりかよ?」
 胡坐をかいていた射手が素早く切り返した。
 確かに指摘は的確だった。彼女が身に着けているのはなんと短いドレス、靴も外貌を重視したものであり、腕や脚に至っては素肌を晒す程に無防備であった。
 少女の視線が射手に飛んだ。対して射手は怯まず少女を睨み返した。
 やがて彼女は不敵にも、眼前の男に穏やかに微笑んだ。その笑みは間違いなく優しさを醸し出していたが、それと同じくらい切なげでもあった。
 彼女はそのまま無言で踵を返し、自陣へと戻っていった。四名はその様子をゆっくりと目で追っていった。

「如何でしたか?」
 敵の陣営から何事も無く帰還した主人を出迎え、男は言った。そうやって質問することも彼の役目の一つであった。
 半ば失望した様子で、少女は男に鈍い視線をやった。男は困惑しつつも主人の気持ちを汲み取った。
「行かなきゃよかったわ」
 シルバーブロンドをのろのろと掻き撫でながら、少女はやるせなさそうに呟いた。

590蟻人形:2008/12/04(木) 13:39:54 ID:/PV5lAOo0

『開始二分前です。任意の位置に移動してください』
 男の非常に物静かな声が、魔力によってハンヒ山脈を揺るがすほどのものに拡声される。しかし、それほどの大声が必要とされる場面ではない。
 声帯を中心とした発声器に魔力を集中させることで爆発的な空気の振動を起こし、広範囲に自分の声を届ける『叫び』の技術。男がそれを使用する場面は滅多に無いため、魔力の分量の調整を誤っただけのことであった。
「もっと音量抑えてよ。煩くて堪らないわ」
 少女が静かに怒りを示した。落胆から平常心が崩れ、転じて些細な出来事に対して敏感になっていた。
 男はこれまでになく焦っていた。残された道は深謝しかなかった。
 残念なことに、彼は主人の機嫌を取り戻す術を持ち合わせていなかったのだ。幾つか彼女の好む事柄は把握していたが、どれもこの場面で役立つものではなかった。
 彼の謝罪を受け取ると、少女は早くも戦場に足を向けた。
 男は風船のような不安を自分の中に押さえ込んだまま、主人を戦場へと送り出した。

 一方ギルド陣営では、既に全員が場所割を済ませていた。
 剣士は自分の場所に移動した後も気にかかる箇所があるのか、座り込んで盾の調整を続けていた。
 槍使いや武道家は軽く体を動かし、射手は精神の統一に耽っていた。それは三人にとって普段と同じ行動なのだろう。
 ただ一人、ウィザードだけが違った。青い液体が満たされた瓶を開け、内容物を一気に飲み干す。
 そして蓄えた魔力を一気に、仲間に対して付与した。槍使い、武道家、射手、自分、最後に駆け寄り剣士に。それは風の魔力を用いる最上級の魔術、行動速度上昇の魔法であった。
 掛けられた者が次々に、驚愕の表情を示す。ウィザードはそれを眺め、皆に向けてしたり顔で微笑んでみせた。
 唖然としていた四人の中で逸早く我に返った射手が足早にウィザードに歩み寄った。
「どういうことだ?」
 声色から先程の瞑想の効果が完全に失われているのは明らかだった。そんなことは一切気に掛けず、ウィザードが得意げにニヤッと笑った。
「無いよりマシな程度だけどな。持って二分だ」
 立つと一回り大きい射手がウィザードの目の前に立ちはだかった。彼の拳が勢い良くウィザードの胸に伸びる。
「タコ、そんなこと言ってるんじゃねぇ!」
「な……何すんだよ!?」
 胸倉を取られ、彼は驚き入って叫んだ。どうやら何故自分に怒りの矛先が向けられているのか全く理解できないらしい。
 全員の視線がウィザードに釘付けで、開始一分前を告げる男の叫びが耳まで届いたメンバーはほとんどいなかった。

 早くも平常心を取り戻した剣士が二人の間に割って入った。
「時間がないんだ、コイツを責めてる場合じゃない。もう定位置に着けよ」
 声を潜めながら剣士は二人を諫めた。
 射手は暫くウィザードを睨み付けていたが、掴んだ右手を解くと同時に肩を落とした。
「あぁぁもう、どうして練習中に出さないんだ、お前って奴は……」
 悲痛な呻きだった。ウィザードは平然としてそれに答えた。
「お前らを驚かせたかったんだよ。今ここで公開するなんて、最高に美味しいじゃないか!」
 射手は僅かに血の気を取り戻しウィザードに殴りかかろうとしたが、それを剣士が懸命に阻んだ。震える射手の右拳が振り下ろされ、音も無く空を裂いた。
 彼はもう一度、思い切りウィザードを睨み付けた。
「畜生っ、だから持続時間が伸びねぇんだよ。当然のことじゃ――っ」
 持続時間という言葉に剣士が反応し、咄嗟に射手の脇腹を小突いた。
「後にするんだ、さっさと準備しろ!」
 射手の悪態を妨げて剣士が声を張り上げた。剣士は喋り過ぎだと射手に囁き、指で背中越しに少女を指差した。
 小競り合いを無言で観戦していた少女は相変わらず、微かに顰めた眉だけで感情を表していた。
 呆れた様子で三人を見守っていた槍遣いと武道家も、剣士の怒号を聞くと我に返り、各々の定位置に戻っていった。
 全員が定まった位置に戻る頃、試合三十秒前を告げる男の叫び声が響き渡った。

591蟻人形:2008/12/04(木) 13:42:48 ID:/PV5lAOo0

平日の真昼間から失礼します。
前回は話を書き上げただけで万々歳で、それ以外の事に頭が回りませんでしたorz
普段もあまりまともに働いている頭ではありませんが、一応あれこれ考えて読ませていただきました。
それでは、一先ず今回から前々回の投稿までの感想を。



>>474 & >>587 ◇68hJrjtYさん

毎回感想を書いて下さってありがとうございます。いつも感想に対してコメント返してなくて申し訳ないです。
自分もプレイしている職としていない職の理解の差が激しいですが、なるべく偏らないように書いていこうと思ってます。
多数対一人の戦闘が書いてみたくて始めたことなので、今回の話は続きます。
戦闘前からややこしいことになってますが、戦闘に入ったらもっとややこしくなりそうです(汗


>>581-585 白猫さん

なんと言ってもククルが一番輝いてました。そして、剣士の義理堅さと優しさには口元が綻びましたね。
ところでシルフィーの挙動が一々可愛いのは仕様ですか? 違った意味で口元が……orz
ほんの二月程前まで九割方引退故にミニペットの存在を知りませんでしたが、この話を読んで少し傾きました(笑
今までペットが人間の姿をしていることに気づきませんでした。目を磨いでいかなければ。
やはり短編の物語なんでしょうか。声の出ない主人公ですが、周囲の目に負けず頑張ってほしいですね。


>>542-551 & >>568-573 柚子さん

本格的な戦闘は勿論、冗談がテンポ良く飛び交う会話に楽しませてもらってます。
特にルイスのぶっきら棒な喋り方が好きです。短くて単純、なのに要点が絞られている感じで。
そして仮面の子供、ソロウの特異な力が気にかかりますね。彼(彼女?)も国王の実験と関わった者なんでしょうか。
ミシェリーと何らかの接点がありそうですし、イリーナたちとどういう関係になるのかも気になるところです。


>>553 & >565-566 >>553さん

自分も勝手ながらレス番号で呼ばせていただきます。
王道には安心して読めるという利点がありますし、何より書いていくうちに>>553さんの個性が物語に現れるはずです。
……どこかで聞いたような理由ですが、とにかく王道で悪いことはありません。どうかお気になさらずに。
主人公の一人がサマナーなのは嬉しいですね。プレイしても続かなかった経験から応援したくなる気持ちと、逆に失礼かなと思う気持ちが混在してますが、やっぱり何となく好きなんです。
一方のフラッツはいろいろな意味で大丈夫なんでしょうか。彼の行く末が少し心配ですが、二人の密かな進展を応援したいところです。


>>535-538 & >>561-562 FATさん

以前から拝読させて頂いていましたが、再び続きを読むことができて嬉しい限りです。
ここでラス父の登場は思いつきませんでした。その悪役っぷりは流石ですね。
行ってしまうデルタに共感しつつ、レンダルと同じ種の憤りと不理解が心に残りました。
前に少しだけ書かれていたデルタの両親とどのような形で再会するのか、恐れつつ楽しみにしています。


>>485-488 & >>556-558 ESCADA a.k.a. DIWALIさん

最初のハロウィンで涙、12年目のハロウィンで涙。ジャック、一年に一度の案山子にしておくには勿体ない漢っぷりでした。
台無しになってしまいますが、>>489さんの一言には同意せざるを得ないです(笑
そしてまた、堂々と妹愛を叫ぶミカエルを始めとした仲間たちのハチャメチャな人間模様が再開しましたね。
一方でのんびりお湯に浸かる男二人、後々報いを受けそうな予感が……。

592蟻人形:2008/12/04(木) 13:43:52 ID:/PV5lAOo0

やっぱり一回では無理でしたorz
スレ消費申し訳ありません。



>>479-481 & >>515-517 & >>519 & >>532 ドワーフさん

まるで本物の歴史資料を読んでいるような感覚でした。
ユニークアイテムの設定についても感心するばかりで、もしこれが公式のものだと教えられたとしても、そのことに疑いすら持たないだろうと思ってしまう程です。
ハロウィンの話では、祭りのイメージと直接結びつかない勧善懲悪(?)の流れが分かりやすく、楽しんで読めました。
報告の内容が企業的に見えてしまうのは気のせいでしょうか。身近にあってもおかしくない報告書でしたね。


>>523-527 スメスメさん

対照的な義兄弟のそれぞれの動向から今回の一件が解き明かされていくんでしょうか。
盗みをやって生きてきたクニヒトがここまで丸くなったのも、何か並々ならない事件が過去にありそうですね。
次回はどちらの視点から物語が進むのか、アイナーは何処に消えたのか。事件の底が見えてきません。
また今回の書き込みではありませんが、前に書かれた元素戦争に関してアルの纏め方が非常に上手いと思いました。彼の性分も併せ、その器の大きさを垣間見たような気がします。


>>512-514 甘瓜さん

ウィザードの話かなと思いきや、レッドアイ所長の物語でしたか。
自分はまだ戦ったことが無い敵ですが、初心者向けのクエストを受ける姿を想像すると親しみが持てるような気がします。
あの姿で古都に出向いたら冒険者はどんな反応をするんでしょうか。地下水路にはよく似た人がいますけど(笑
所長の冒険者への見えない配慮が特に好印象でした。


>>490-509 白頭巾さん&黒猫さん

コラボお疲れ様でした。自分は経験ありませんが、一つの話を二人で作っていく過程は一人よりも断然面白そうです。
イベントに金がかかるのは当然ですが、彼らの場合文字通り桁が違いますね。一億近い請求書、いくらネルでも「それなり」では済まないはず。
楽しむ者がいる一方、悲しむ者あり。数え切れない程のハロウィンの犠牲者たち(民家Aの方々を含む)に神のご加護を。
初めのうち、『はんらさん』の意味が分からなかったのはご愛嬌です。
そして黒頭巾さん、前々回は感想をありがとうございました。
馴染み深いスキルでも細かい設定を足していくと全然別物になったりして味わい深いですよね。
亀な上にまとめて書いてしまって申し訳ありません(汗


>>471-473 スイコさん

ゲームの中にある世界の人物から見た視点で書かれている小説が多い中で、現実からゲームをしている視点で書かれる物語は少し、心に響く物があります。
二人から数歩離れたところに立つ『私』に自然と感情移入することができました。
三人三様の言葉は勿論、一人の中にもネットと現実の間のギャップがありますし。
普段どおりにパソコンに向かっている自分の生き方を振り返らせてくれる作品でした。



すみません、感想書くの滅茶苦茶難しいです。
素直に思ったことを書けばいいのに、格好いい言葉で……なんて考えてしまい。
結局感想になってないようなコメントになって書き直し。これがパターン化してる次第です。
次はこんなに長くならないようにしなければ……orz
大変失礼しました。

593柚子:2008/12/07(日) 14:55:07 ID:nrkoYs4w0
前作 最終回 六冊目>>837-853
Avengers
登場人物 >>542
1. >>543-551 2.>>568-573


「ここが盗賊団だって?」
カルンの告白にエルネストは目を丸くした。
「はい。名前もあるんですよ。前代党首の家名を取ってピーシング盗賊団っていうんです」
得意げにカルンが答える。
エルネストは彼女の言葉が信じられなかった。
カルンが盗賊には全く見えないし、そもそも盗賊団が人命救助など聞いたことがない。
「あ、まだ信用していませんね?」
カルンが覗き込んでくる。
「いや、盗賊が人命救助をするなんて信じられないんだ」
エルネストの言葉に、カルンはなるほど、と手を合わせた。
「確かにそうですね。あのですね、ここは普通の盗賊団とは違うんですよ。色んな意味で」
カルンの含んだような言い方にエルネストは怪訝な表情をする。
いまいち意味が掴めなかった。
カルンは言うかどうか迷うように口を開きかけては閉じるを続けていた。
そして意を決したようにエルネストに向き直った。
「ここの構成員は、全員が難民なんです」
カルンの表情に翳が差す。
「元犯罪者や職を失った人も居れば、貴方のように死にかけた所を救われた人もいます」
「なら、君も」
エルネストの問いかけに、カルンはどこか寂しげな笑顔で答えた。
「はい。私の場合、捨て子なのでここのみんなが家族のようなものです」
寂しい笑みは優しい微笑みに変わった。
「すまない。余計なことを聞いてしまった」
「いえ、いいです。アリアンのような国ではよくあることなんですよ」
カルンの強さにエルネストは驚きを隠せなかった。
彼女の言葉を聞いたら、周りで談笑している男達も違って写ってくる。
エルネストは自分がエリートとして特に何の挫折もなく進んできた自分が恥ずかしくも思えた。
「君たちは強いな」
「そうでしょうか?」
「ああ。こんなにも生きようとしている。生き続けようとしている」
「そう真っ直ぐに言われると、少し恥ずかしいです」
カルンが照れたような笑みを浮かべた。
そして何か思い出したように立ち上がる。
「そろそろご飯の支度なんで、手伝ってきますね」
「そんなこともやるのか?」
「ええ。後でエルネストさんの分も持ってきますね。体が動かないでしょうから、私が食べさせてあげます!」
「それは……」
エルネストの言葉を待たず、カルンが走り出す。女性の甘い香りが風となって届いた。
小さく息を吐き、エルネストは笑った。その瞬間、表情は驚愕に変わる。
「私は今、笑ったのか……?」
作り笑いではなく、本当に笑ったのはどれくらいぶりだろうか。
エルネストは疑問を振り払うように目を閉じる。次に目覚めるのはカルンが来るときだろう。
そしてエルネストは深い眠りに落ちた。

594柚子:2008/12/07(日) 14:56:21 ID:nrkoYs4w0
窓から射す光でイリーナは目覚めた。
時間を確認するまでもなく、朝だった。
仮眠を取るつもりだったのだが、熟睡して朝まで寝明かしてしまったようだ。
「うげ、疲労って怖いね」
感想を言い、階下へ降りる。
冷水で顔を洗い、まだ僅かに残っている眠気を吹き飛ばす。
共同部屋に入ると、中にはアメリアとアルトール、ついでにルイスが居た。
「あ、おはようイリーナ。よく眠れた?」
向かいに居たアメリアが手を上げて朝の挨拶をかけてくる。
「ええ、お陰様で」
イリーナも挨拶を返す。
「おはようございます、イリーナさん」
「朝からあまり間抜け顔を見せつけるな」
アルトールとルイスがそれぞれに挨拶をかけてくる。
イリーナは片方を無視して、様々な依頼の紙が貼ってある掲示板の所へ向かった。
「あれ?」
何か違和感がある。よく見るまでもなく、依頼の紙が1枚もない。
「はは、どこに隠れたんだ。私の楽で平和な、かわいい依頼用紙たちは」
「イリーナに触られるのが怖くて、どこかに逃げたのだろう」
何か聞こえた気がするが、無視。
イリーナがさらに探ろうとすると、後方から穏やかな声がかけられた。
「ある事情により、全てキャンセルになったんです。詳しくはマスターに」
後ろのアルトールへと振り返り、視線を平行移動させる。笑顔のアメリアが居た。
「マスター、これは何かアメリアンジョークとか、そんな感じですか?」
「いいえ、たまには良いでしょ?」
何か嫌な予感がした。
「今度大きな仕事を全員で手分けしてやるから、それまで休んで良いわよ」
予感は的中していた。
「私、辞退します。辞退して小さな依頼を引き受けます。民間人の為なら努力を惜しまないつもり……」
イリーナの舌が止まる。
アメリアが笑顔で睨んでいた。
「勘違いしているかもしれないけど、これは命令よ。言うでしょ、働かざるもの生きるべからず、だっけ?」
わざと間違える辺りが怖い。イリーナは泣きそうになった。
「あと、会うのは夜の会食でだから、それまで好きにしていてよいわよ」
「因みに誰と会うのですか?」
「ブランクギルドのグイードさんよ」
アメリアが誇るように言った。
「ブ、ブランクギルドォ!?」
イリーナは思わず叫んでいた。
他の2人も聞かされていなかったのか、それぞれ顔を跳ね上げる。
ブランクギルドと言えば、古都の数あるギルドの中でも一角を張る巨大ギルドだ。
そんなギルドとイリーナたちのような弱小ギルドが会食とは、夢か何かだろうか。
イリーナはアメリアが張り切るのも分かる気がした。
「重剣士のグイードか。1度剣を交えてみたいと思っていた」
ルイスが武人の笑みを浮かべる。
ルイスにとって強い人間は皆好敵手なのだろう。
「これを機に、超有名になって弱小ギルド脱出よ!」
アメリアは燃えていた。
それに反比例してイリーナは疲労が既に溜まり始めていた。

595柚子:2008/12/07(日) 14:58:44 ID:nrkoYs4w0
例の会食まで時間があるので、イリーナは武器の手入れをすることにした。
特別好きなわけではないが、いざという時命を分かつかもしれないので必要な作業である。
新聞紙を広げ、その上に短槍と尖剣を置く。
柄から魔石を外し、丁寧に拭いていく。次に刃油で刀身を磨く。
イリーナは鼻歌混じりに作業を進めていく。
「ん?」
イリーナは敷いていた新聞紙に目を落とす。日付は今日だった。
様々な記事の中から気になる記事だけを見つけ出す。
相変わらずの革命軍の記事を飛ばし読みし、見出しの記事を読む。
そこには連続殺人がまた起こったことが書かれていた。
今回の被害者は古都の西区長だそうだ。どんどん被害者は大物になっている。
ここまでくれば軍も動かざるを得ないだろう。
しかし、イリーナたちの事務所は南区寄りの東区なので、正直どうでもよいことだった。
ギルドへの依頼があるとしても西区のギルドだろう。
作業を続ける。
そういえばアルトールが、例の少女が無事孤児院に引き取られたと、嬉しそうに言っていたことを思い出す。
イリーナはアルトールのように、他人の幸福で喜べるほど善人ではなかった。
「これでよし!」
魔石を嵌め込み、作業を完了する。
時計を見れば既に正午を回っていた。
急に空腹感が襲い、まだ昼食を取っていないことを思い出した。
イリーナは新緑の外套を羽織り、白いリボンで髪を結ぶ。
そして昼食を取る為に外に向かった。


深紅の夕焼けが落ち始め、だんだんと夜に近づいていく。
会食までの時間は迫っていた。
「さーて。行くわよ!」
派手な金色のドレスで着飾ったアメリアが声を上げる。
鎧を脱ぎ、着飾ったアメリアは、生まれ持った気品も相俟って、まるで貴族のお嬢様だった。
しかし、決定的に違う所は背中に背負っている物騒な槍だろう。
それにしても、どうしてこの女は金色に拘るのだろうか。
それと比較すると、イリーナは何とも地味な格好だった。
何時もの格好と何ら変わりがない。違うのは髪の結び方くらいだ。
「イリーナ、貴方も女の子なら外出用の服くらい一着や二着持っておきなさいよ」
「いや、そもそもこんな事態に遭遇するとは思いもしなかったので」
皮肉で言ったつもりなのだが、アメリアが気づく気配はない。
気分が高まっているばかりに、頭の回転が幾分か遅くなっているようだ。
「貴方だって素材は良いんだから。そういう所は気をつけなさい」
「善処します」
イリーナは大人しく引き下がる。
今のアメリアに噛みついて良いことなど1つもない。
次にアメリアは叱りつける対象を変えた。
「そこの男2人! どうして服装が何時もと変わらないのよ!」
「すいません。イリーナさん同様こんな機会が訪れるとは思わなくて」
「右に同じ」
アルトールとルイスがそれぞれに答える。
「全くウチの男共は!」
散々と声を荒げるアメリアにアルトールがそっと声をかける。
「マスター。失礼ながらそろそろ行かないと間に合いません」
はっとして、アメリアが時計を見る。
「……仕方ない。行くわよ」
アメリアの号令で、ようやく4人は出発した。

596柚子:2008/12/07(日) 14:59:59 ID:nrkoYs4w0
40分ほどカーペットに乗り、ようやく指定の店に着いた。
何とも奇妙な組み合わせなので、周りからの好奇の目が痛かった。
指定の料理店は明らかに雰囲気が違う。
いわゆる高級料理店というやつだろう。
「……すごい店ね」
流石のアメリアもこの店の前には緊張するらしい。
他も同じようなものだった。
「これは私たちに対する嫌がらせか?」
「いや、善意だろう」
イリーナの言葉にルイスが答える。
ルイスの言うように、相手からしてみれば善意なのだろう。
「貧乏人の嫉妬心は怖いねってことか」
イリーナが結論を下した。
しかし、同業者にこれほどの差を見せつけられて喜ぶ人間が居るはずがない。
嫉妬心を感じてしまうのも当たり前な現象だ。
中に入ると、すぐに受付の女性が反応した。
「この時間に予約が入っているバトンギルドですけど。確認をお願いできる?」
受付の女性が用紙を取り出し、すぐに確認を済ませ、顔を上げる。
「バトンギルドさんですね。あちらへどうぞ」
女性が手を示した先には別の男が立っていた。
「こちらへ」
男性がついて来るように手で示す。
男性に導かれるまま、4人は階段を登っていく。
この店は珍しい5階建てで出来てあり、4人が案内されたのはその最上階だった。
階段の所々に見られる飾りでさえ高級品なのだから何とも嫌みな店だ。
イリーナは逐一驚くような愚行はせず、黙って付いて行った。
階段を登り切ると、絶景が広がった。ついつい感嘆の声を漏らしてしまう。
「お気に召されましたか?」
男性が誇らしそうにイリーナを見ていた。
「ええ、とても」
イリーナも微笑んで答える。
「では、こちらへ」
男性が指定の席へ導こうとするが、その必要はなかった。
明らかに他とは違う雰囲気を放つ男が1人居たからだ。
燃えるような赤い髪と髭に、ルイスをも超える巨体は熊を想像させる。
そして腰に下げる長曲刀は何よりの証。
噂に聞く、重剣士のグイードだ。
大物は雰囲気からまず違った。
2ヶ月前に死闘をした聖騎士団のヘルムートも鋭い威圧感を持っていたが、この男はそれとは違う威圧感を放っていた。
隣を見るとルイスが激しい敵愾心を放っている。同じ剣使いとして思う所があるのだろう。
男という生き物はどこまでも優劣を決めないと気が済まない生き物のようだ。
4人は進み、遂にグイードと対面する。
両者の間に鋭い緊張感が走る。
「昨日は使いを送ったりしてすまなかった。私がグイードだ」
大男が分厚い手を差し出す。
「アメリアよ。今回の件に関しては感謝しているわ」
アメリアも白く華奢な手を差し出し、両者が握手を交わす。
それにより張り詰めた空気が少し緩和された。
「いや、どんな豪傑かと思えば、大変可憐なお嬢さんだ」
「どうも」
賛美の言葉なのかどうか判断に困り、アメリアが曖昧に答える。
「紹介しよう。こちらは我らが副マスターを務めるディーターとマイアだ」
「ん?」
どこかで聞いたような名前にイリーナが疑問の声を上げる。
よく見ると、グイードの両脇に座っているのは露店で会ったあの2人であった。
グイードばかり見ていたので気がつかなかった。
「あ、お前ら!」
あちらもイリーナたちに気づいたようだ。
イリーナとルイスはちょうどアメリアたちの後ろに居たので分からなかったのだろう。
合わない背広を着た、黒髪に黒い瞳で全身漆黒のディーターが身を乗り出してくる。
「お前らは気に食わない奴293号に294号!」
「1号と2号じゃないのかよ」
イリーナは呆れる。どちらがどっちだか聞く気にもならない。
ディーターは威嚇するように睨みつけ続けている。
「これ、やめんかディーター」
召喚士のマイアがディーターを止める。
マイアは黒いドレスを身に纏い、まるで人形のようだった。
この妙な会話に他の面子が不思議そうに眺めていた。

597柚子:2008/12/07(日) 15:02:59 ID:nrkoYs4w0
「何だ、お前らの知り合いか?」
「違うって!」
グイードの問いかけをディーターが全力で否定する。
「こいつらは敵だ!」
「ディーター、お前は少し黙っておれ」
マイアに釘を刺されディーターは大人しく引き下がる。
ようやく全員が席につき、頃合いを見計らいグイードが口を開いた。
「ここは気に入ってくれたかな?」
「とても素敵な嫌がらせだったよ」
「堅苦しくて好きではない」
イリーナとルイスがほぼ同時に答える。
ディーターが凄い形相で睨んできたが無視。
「ちょっとイリーナにルイス、何を言っているのよ!」
小声でアメリアが注意してくるが聞こえないふりをする。
今は機嫌が悪いのだ。
「あまり部下の教育が行き届いていないみたいですな」
「恐縮です」
アメリアが頭を下げる。
アメリアから放たれる殺気がすごい。
「だが、そのような若者は嫌いじゃない。そこまで肝が座っているのは珍しい」
グイードは豪快な笑みを浮かべる。
「そう申されますと?」
「ええ、とても気に入りました。期待以上だ」
どうやら合格点が貰えたらしい。ただ嫌みを言っただけだったが。
「それで、私たちを選んだ理由は? そもそもこの面会の意味は?」
イリーナが問いかける。
気に入ったというのだから遠慮はいらない。
「ふむ。そうだな、分かる通り我々も多忙でね。人手が足りない」
グイードが髭を撫でながら答える。
「今回必要なのは数ではなく粒なのだ。そこで少数精鋭と聞く君たちに依頼をしたのだ」
なるほど、納得した。
多忙なのは昨日副マスターの2人がわざわざ買い出しをしていたことからも本当らしい。
「もう1つの方は特に深い意味はない。初対面でいきなり物騒な話も嫌だろう?」
グイードの答えにイリーナたちが面を食らう。
どうやらここへ誘ったのは、単にあちらの誠意を伝えたかったかららしい。
ルイスが嫌そうな顔をする。イリーナも同じような顔をしているだろう。
大物は、この会食もただの余興のようなものに過ぎないらしい。
もしかしたら、金持ちと心の広さが比例するというのは事実なのかもしれない。
そんなことを考えていると料理が運ばれてきた。
見た目も良いが、何より匂いに惹かれる。
料理が丸テーブルに置かれると、不審の目で見られるのも構わずルイスが食し始めた。
「良い腕をしている」
飲み込んだついでに、男性に言葉をかける。
「はあ……」
料理を運んできた男性はルイスの食べっぷりに対して圧巻にとられていた。
「何だ」
イリーナが目を向けていると、ルイスが疑問を口にする。
「お前なあ……」
「まあ良いではないか。後の小難しい話はマスター同士で話をつけよう」
そう言って、グイードがアメリアと通信番号を交換する。
下っ端のイリーナが何か出来るわけでもないので、後は任せて自分も食事を始めることにする。
「あ、美味い」
料理を口に運ぶと素直に感想が漏れた。
イリーナに続いて、ディーターにマイア、アルトールも食べ始める。
イリーナは外を眺めた。
窓越しに見える景色には、古都の街並みがどこまでも広がっていた。

598柚子:2008/12/07(日) 15:22:51 ID:nrkoYs4w0
しまった! かわいい女の子がいない!
こんにちは、忙しいせいか筆が止まっていました。
これからしばらくスローペースになるかもしれません。

今回は以前から書きたかった古都などの町の中を中心に書いています。楽しいです。
分かりにくいですが、エルネストの部分は依然と5年前のままです。
時間軸がずれているので混乱するかもしれませんが。

>68hさん
なるほど、アドバイスありがとうございます。
それでは、しばらくはここの掲示板でのみに載せていくことにします。

>蟻人形さん
感想ありがとうございます。
こちらから感想を返せないのは本当に申し訳ありませんが。
今は忙しいですが時間があるときにゆっくり読ませていただきます。

599FAT:2008/12/07(日) 18:07:26 ID:07LLjSJI0
第一部 『双子の天才姉妹』 二冊目>>798(最終回)

第二部 『水面鏡』

キャラ紹介 三冊目>>21
―田舎の朝― 三冊目1>>22、2>>25-26 
―子供と子供― 三冊目1>>28-29、2>>36、3>>40-42、4>>57-59、5>>98-99、6>>105-107
―双子と娘と― 三冊目1>>173-174、2>>183、3>>185、4>>212
―境界線― 三冊目1>>216、2>>228、3>>229、4>>269、5>>270
―エイミー=ベルツリー― 三冊目1>>294、2>>295-296
―神を冒涜したもの― 三冊目1>>367、2>>368、3>>369
―蘇憶― 五冊目1>>487-488、2>>489、3>>490、4>>497-500、5>>507-508
>>531-532、7>>550、8>>555、9>>556-557、10>>575-576
―ランクーイ― 五冊目1>>579-580、2>>587-589、3>>655-657、4>>827-829
>>908>>910-911、6>>943、7>>944-945、六冊目8>>19-21、9>>57-58、10>>92-96
―言っとくけど、俺はつええぜぇぇぇぇ!!― 六冊目1>>156、2>>193-194、3>>243-245
>>281-283、5>>385-387、6>>442-443、7>>494-495、8>>703-704、9>>705-706、10>>757-758
11>>759 七冊目12>>536-537、13>>538、14>>561-562


―光選―

―1―

 闇が薄れ、星々が姿を消そうとも、抵抗はしない。もはやそこに悲しみはなかった。こ
の立ち昇る朝日のように煌々と輝くのは胸中のランクーイが残していった希望。
 ラスとレルロンドは夜明けと共に出発した。激しい熱で結晶化した砂はランクーイの墓
標。いずれ波がさらってこの広大な海に沈むだろう。しかし、ランクーイはなくならない。
レルロンドと共に生きるのだ。
「師匠、どこに向かいましょう」
 バッグを肩から下げたレルロンドは満たされた思いを胸に、ラスに期待の眼差しを向け
た。そこには子供が憧れを手にしたときような輝きもあり、大人が誇りを持ったときの力
強さもあった。
「俺に考えがある。そこでうまくいけばお前の実力も多少はつくだろう」
 ラスは優しい目で応える。以前では考えられなかった表情が当たり前のように、それが
彼本来の姿であったかのように自然に現れ、レルロンドの気は更に弾む。
「よぉし! ランクーイのためにもがんばります!」

 初めは誰かが歩いた足跡が一つあっただけ。誰かがその足跡を追い、また誰かがその足
跡を追う――。多くの人々が行き交うことで道はその幅を広げ、やがて馬車が通るように
なり、大通りとなった。馬車はハノブ鉱山から産出される大量の鉄を忙しく毎日、昼夜な
く都市へ供給するために奔走した。そんな歴史が名前の由来となった、鉄の道を北に進む。
 雲一つない青空が広がり、それが無限に続いているようだった。太陽が山から離れ、そ
の姿を惜しみなく地上の生物達に見せつける時分、道には商人の引く馬車や冒険者たちの
姿が見え始めた。人々の顔を眺めながら、今の自分以上に生き生きとした表情の者はいな
いな、とレルロンドは密かに嬉しく思った。
 影が短くなってきた。レルロンドは小腹が空いたのでカバンからパンを取り出すとその
まま口に放り込む。ひどく硬いが辛抱し、噛み続け、唾液を滲みさせると徐々に柔らかく
なり、同時に甘みも出てくる。この甘みがレルロンドは好きだった。

600FAT:2008/12/07(日) 18:08:37 ID:07LLjSJI0
 パンを食べ終えても、ラスは変わらず北を向いて歩く。道を北上すると、あまり見かけ
ない服装の女性がそわそわと辺りを見回していた。気に掛かったレルロンドは声をかけた。
「お嬢さん、どうかなさいましたか?」
 声をかけられた女性は長身、長い陽のような金色の髪を頭の両側で結んでいて、豊かな
胸元に柔らかなフリルのついた、体にピタッと貼りついたような洋服、目を惹きつける純
白のフリルがついた短いスカート、ももまである長い白のハイソックス、そして手に持っ
た先端が星型のワンド、ととても奇妙な服飾であった。
「あっ、あのぉ、私、こまってるんです」
 女性の口調は特徴的などもりと、どこかぬけているような、言葉足らずな印象だった。
「どうなさいました?」
「わっ、わからないんですけど、こまってるんです」
 レルロンドはラスを仰ぎ見た。折角丸くなっていたラスも長時間歩きっ放しだったのと、
“女”というもの――特にレンダルやデルタのような特異な女性――に対して、苦手意識
を持っていることから、彼は少し不機嫌そうだった。
「弱りましたね。何に困っているのかわからないんじゃ、僕らではどうすることもできま
せんね」
「あっ、あなた、そこのあなた」
 突如、ピシっと指を差されるラス。その無礼な指先に、ラスは明らかに不機嫌そうだっ
た。
「私、あっ、あなたについていきます」
 唐突な宣言にぽかーんと口をあけるレルロンド。指差されたままのラスはとても不機嫌
そうだ。
「さ、い、行きましょう」
「おいおい、ちょっと待てよ」
 ようやくラスが重い口を開く。
「はひ?」
「勝手に決め付けてもらっちゃ困るんだよ、俺たちには俺たちの事情が、あんたにはあん
たの事情があるだろう。俺たちは急いでるんでね、わりいがおさらばさせてもらうぜ」
 ウェスタンハットを押さえながら、女性の横を冷たく通り過ぎ、立ち去ろうとするラス。
しかしその腕に女性はしがみ付く。
「こっ、こまります。私、そうされるとこまります」
 ぶんぶんと大きく腕を振りまわし、その手を振り解こうとするラス。しかし女性の手は
ピタッとラスにくっついたまま、離れない。
「ちっ。おい、言っとくけどな、俺たちは修行に行くんだ。あんたみたいな変なやつに構
ってられないんだよ」
「はひ? だ、大丈夫です。私、自分の身は自分で守りますから。だ、だから、あなたに
ついていきます」
 なんとも強引、強情な女だ。こういう強引さはデルタのそれに似ている。付いてくると
言い出したら絶対に折れなかったな、と女性にデルタを重ねるとラスは諦め、女性の顔を
睨んだ。
「勝手にしろ。ただ、この手だけは離してもらおうか」
「はひー」
 女性は手を離すと、その場で優雅にくるりと一回転してから自己紹介した。
「わ、私はソシア=モニテールと言います。得意なのはお、応援することです。仲良くし
ましょお」
 しかしこいつは底無しの馬鹿かも知れない、と呆れ顔のラス。声をかけたレルロンドを
睨む。
「僕はレルロンド=アラジャラン。師匠の名はラス=ベルツリーと言います。どうぞよろ
しく」
 そんな師匠の目に気付かないのか、レルロンドは爽やかにラスの分まであいさつした。
「ご、ご丁寧にどうも。仲良くしましょお」
「レルロンド、あんまり馴れ馴れしくしてると見捨てるぞ」
 深くウェスタンハットを被り直すラス。無愛想な昔の雰囲気に戻ってしまった。
「わったしっはみっらくっるまっほおつか〜い♪ てっんしっのっこえっでっしっあわっ
せさ〜♪ ららららら〜♪」
 能天気に聞いたこともないような恥ずかしい歌を歌うソシア。不機嫌さからラスはいそ
いそと二人から離れるように早足で歩いた。

601FAT:2008/12/07(日) 18:09:47 ID:07LLjSJI0

―2―

「へぇ〜、ソシアさんって海の向こうから来たんですね。どうりで、この辺りでは珍しい
格好だと思いましたよ」
 レルロンドはソシアの全身を頭の天辺から足下に目線を落としながら良く観察した。細
く高めの背、長くきめ細やかで蕩けて宙に舞ってしまいそうな金色の髪からは悪戯に女性
の香りが振り撒かれる。西洋人形のような整った顔立ちで、肌はシルクのように美しく艶
めき、触れようものなら指先が滑ってしまいそうだ。豊潤な胸、大胆に開いた胸元にキュ
ッとくびれた腰元、風が吹けば捲れてしまいそうなふわふわとしたフリルが棚引く短いス
カート、そのスカートと白のハイソックスの間からは色っぽい純白のふとももが覗いてい
る。レルロンドの青年としての本能が疼いた。
「そ、そうなんですっ。だから私、こまっていたんです」
 ソシアはそんなレルロンドの視線に気付かずに、無頓着に大手を振って歩いた。一歩ご
とに揺れる胸がレルロンドの視線を釘付けにする。
 一方のラスはと言うと、これまたソシアの胸が気になるようでいつの間にか二人と肩を
並べて歩いており、深く被ったウェスタンハットの陰からちらちらとソシアを見ていた。
ラス七歳、レルロンド十七歳。突然の魅力的な女性との接近に二人の男としての性が目覚
め始めていた。
「ソシアさんはお若く見えますがいくつくらいでしょうか? 僕より少し上かなと言う気
がしますが」
「あ、えっと、たしか……」
 ソシアは言葉を濁す。やはり女性に年齢を尋ねるのは失礼か。行き過ぎた探求にレルロ
ンドは唇を噛んだ。
「に、二十三です!」
 二十三。若すぎず、しかし若さを感じられる歳。女性として一番輝ける歳ではないだろ
うか。二十一歳の体を持つラスと十七歳のレルロンドは一層ソシアに惹かれた。
「おい、海の向こうから来たと言っていたな。海の向こうのどこから来たんだ?」
 ラスが興味を示した。他人に無関心だったラスも男の性には正直だ。
「はひ、えっと、いいところです」
 バカバカしい答えに二人は笑った。
「し、白い砂がきれいで、とても明るいんです。し、白い建物がたくさんあって、とても
明るいんです」
「ふうん。アウグスタみたいなとこだな」
「それでソシアさんは明るく育ったんですね」
「はひ、ふわふわしてて気持ちよくって、い、一年中お日様が暖かいんです」
 ソシアは太陽を浴びるように両手を広げた。二人の男の目は大胆な胸元に集まった。
「なぜお前は海を渡った?」
 冷静を装うラス。なんだかんだでソシアのことを色々と知りたがっている。
「はひ、ふ、船で来ました」
「違いますよ、来た手段じゃなくて、来た理由です」
「あっ、えっと、やらなきゃいけないことがあって、き、来ました」
 ラスは不審な目を向ける。
「お前、やるべきことがあるのなら、俺たちに構っている暇はないんじゃないのか」
 鋭い、獲物を狙う目だ。ラスは答え次第ではすぐにでも斬り掛かろうと剣の柄に手を忍
ばせた。
「や、やらなきゃいけないことは、今、しています」
「なに?」
「わ、私、応援するのが得意なんです。だ、だから、応援しにきました。あなたたちを、
お、応援することが、私のやるべきことなんです」
 ラスの思考が一瞬止まる。本当にこいつは底抜けに馬鹿なのか。誰とも構わず、応援す
るためだけに海を渡ってくるなんて、そんな理由があるのか?
「ははっ、なんだか不思議な人ですね、ソシアさんは。でも、ソシアさんらしい理由だと
僕は思います。なんて、まだ知り合ったばかりなのにおかしいですよね」
 ラスの心を知らずに、レルロンドはすけべなたれ目の焦点をソシアの胸元に当てたまま、
にこやかに笑った。
「ま、旅をするのにそういう理由もあるか」
 ラスは納得し、誰にも気付かれない内に手を戻した。そして目はソシアの胸にいった。
「はひっ! い、いっぱい応援するのでがんばってくださいっ」
 ソシアは無防備にも両手で万歳をした。たわわに揺れる胸に、凝視した二人の男の首も
揺れていた。

602FAT:2008/12/07(日) 18:14:47 ID:07LLjSJI0
皆様こんばんわ。久しぶりのラスパートです。こんなリトルウィッチでごめんなさい。
どうしても三人組で書きたがるのはきっと書きやすいからです。

>>◇68hJrjtYさん
場面が変わるたびに新キャラ出してる気がしますが、今回も新キャラです。これで出てな
い職は悪魔だけのはず。
またしばらくはのほほんで行きたいと思います。

>>553さん
サマナな誇りがかっこいいです。やはりサマナはこうでなくっちゃ!!
このゴロツキたちが果たしてオオカミの進出と関係があるのか、逃げちゃったフラッツの
動向も含め続きが気になります。
>デルタの声
甘えんぼなお嬢様のイメージで書いてるので、上品な猫撫で声という表現は近いものがあ
る気がします。ほんとはもっと萌っ子にもしようかと×。×;

>>柚子さん
エルネストとカルンの出会い。彼は軍人から盗賊に転身するのでしょうか?彼らが今後イ
リーナたちとどのように繋がってくるのか、楽しみです。
ルイスとディーターはとても仲よしになれそうですね。でもギルドが違うということは敵
対しなければならないということになるのでしょうか?
白い仮面を被った子供……お恐ろしいです。触れただけで生を失わせる程の力、この子供
とミシェリーとの関係を考えれば浮かび上がるのは国王の存在ですが、襲われているのは
古都の重役人のみ……謎が深まりますね。
続きを楽しみにしています!

……と感想を書き込もうと思ったら続きが投下されてる!
なるほど、盗賊団と言っても義賊のような存在なのですね。カルン一人を見ただけでもう
この盗賊団を信頼してしまいそうです。
ブランクギルドとの同盟(?)になり、イリーナとルイスの厭味合戦の中にディーターが
交じってくるのも楽しみにしてます。
かわいい女の子いたじゃないですか……み、ミシェリー(;×;)



>>蟻人形さん
巧みな言葉遣いで、毎回毎回勉強させて頂いております。
戦闘前の緊張感と一挙一動が鮮明かつ繊細に描かれていて時間をかけてじっくりと読みた
くなる作品です。
次回は遂に戦闘開始といった処で期待が膨れ上がっています。

>>白猫さん
おお、ミニペット!まだ一度も買ったことありませんが、なるほど、便利……いえ、良い
相棒になれそうです。
今回の話では剣士が喋れないということもあって、よけいにシルフィーとの絆が強く描か
れているように思いました。
またの作品投下、お待ちしております。

603◇68hJrjtY:2008/12/09(火) 00:24:08 ID:ZhkvvSJE0
>蟻人形さん
コメ返しありがとうございます!
さてさて、先に小説のほうをば…なるほど、両チームがフィールドに配置され、Gvを思わせる展開になってきましたね。
WIZ君の気持ちがとってもよくわかります!こっそりひっそり練習しておいて本番で発揮(*´д`)
Gvやこうした戦争系物語を読んだり見たりすると、つくづく一介の兵士にだって性格や生き様があるんだなあ、
と思ってしまいます。(もちろん蟻人形さんの小説の主旨はそれとは違うと思いますけど(笑))
対する少女はしかし、不敵といいますか怪しげな雰囲気。両軍衝突なるか!?続きお待ちしています。
---
感想については私もまともにちゃんと書けたかなといつも心配しーしーです、はい(;´Д`A
小説書き手さんには及ばずながらも、読んでその時に感じたことを素直に文章にできるかどうかというのは
同じくらい難しいものがあるんだなー、と達観したかのように言ってみます(苦笑)
長い事こんな感想屋をやらせていただき、書き手の皆様ありがとうございます<(_ _)>

>柚子さん
続き投稿ありがとうございます♪
大手ギルドとして登場したブランクギルド。このギルマス、グイードの思惑も連続殺人事件のひとつと結びついているのでしょうか。
しかし格の違いと言いますか、文面からでもグイードのカリスマ性みたいなのが伝わる気がします。
そして意外な再会となった二人組。私の中ではディーター君は可愛い男の子設定なので大丈夫ですよ♪(何が
しかしやっぱり、意識しなくてもエルネストとカルンがルイスとイリーナに重なる気がします(笑)
両方が全く違う性格であるというのもなんだか意味深で、続き楽しみにしています。

>FATさん
久しぶりのラスパート、投稿ありがとうです!
うわー、なんかイイなぁこのリトルちゃん…応援したいからついてくって(*´д`)
なるほど、自由奔放な異国娘みたいな設定なのでしょうか。異星娘よりもこっちのほうがしっくりします(笑)
ランクーイを失ったばかりのラスとレルロンドも彼女のお陰で少しは癒され…るのでしょうか(ノ∀`*)
レンダル&デルタパートとは異なり、ラスの方は順調で何より何より。続きお待ちしています〜。

604蟻人形:2008/12/11(木) 20:27:15 ID:/PV5lAOo0
  赤に満ちた夜

 前話 >>589-590 (七冊目)

 0: 秉燭夜遊 Ⅲ … Covert Dissonance


 敵陣から戻った主人が髪を掻き分ける仕草を眺める男、その心の内では不安が増長しつつあった。
 手渡す言葉を選んだのも、時間の通告を阻むことを止めたのも、全ては主人の感情を荒立てないことを一番の目的とするからに他ならない。
 もし万が一のことがあれば、挑戦者五名は間違いなく命を落とすだろう。
 新たな冒険者の亡骸を供養する自分。幾度も起こった惨事を避けるべく、数ヶ月も前から、男は慎重に物事を進めていた。

 そんな中で持ち上がった一つの疑惑。平和な戦闘を一突きで崩落させる根本的な問題が、その当日になって浮上した。

 主従関係にある彼らは以前から、二人の間で唯一取り決めを行っていた。内容は「主人は自分の体調を偽り無く従者に伝えること」、それだけである。
 それだけのことなのだが、当事者二名は当然、周囲の者たちの命にまで関わる重要な事柄であり、今までその約定が破られたことはなかった。
 彼女は当日、体調は万全だと話していた。感情を乱さない自信がある、と。そのときの男は普段どおり、彼女の言葉を疑いもしなかった。

 しかし主人と挑戦者の対面時、その認識はぐら付いた。
 剣士が場所について要望を述べ、少女がそれに答えたとき、男は密かに戦慄していた。主人があれほど悦ぶ様を拝んだことがなかったからだ。
 虐殺ばかりを経験してきた彼女の目には、条件の交渉をする余地があるような戦闘がどのように映ったのか。
 普通の人間よりずっと控えめに歓楽を表し対話を進める主人を前に、彼は問題について深く考え直さなければならないことに気付いた。
 更に戦闘二分前。自分の失態については釈明しないだろうが、彼の胸中に芽生えた主人への疑念は、このとき疑いの枠に止めておける物でなくなった。
 懸念は危惧と名を改め、謝罪後の態度、殊にその表情は状況の深刻さを鮮明に物語っていた。
 このまま進めば最悪の結末しか残されていないということを、彼は最も早く悟っていた。

 だが、男がどんなに望んだとしても、最早戦いを止めることは叶わない。
 体のいい理由付けは通じない。かといって、正直な告白によって互いの面子を潰してしまうわけにはいかない。何より彼は自分を投げ打ってでも止めるという気概を持っていなかった。
 彼は真実に気付きながらも僅かな可能性に縋り付き、何処までも他人の顔色を窺う自分が堪らなく嫌だった。


 ランプが置かれた中央に陣取る少女は沸き立つ苛立ちを抑え、相手の一挙一動を入念に窺っていた。
 夜気に抱かれ頭が冷えていくにつれて、直前の接触によって生じた消沈も薄まっていった。
 しかし彼女は戦闘の深み、即ち勝負の行方は必ずしも実力のみで決するものではないということを、この頃は未だ知らなかった。
 彼女は敗北が失敗と等号で結ばれることを信じ、それらは何れも恥ずべき汚名であると考えていた。

 戦闘において彼女が自ら認めた敗北は一度のみ、それも三年前に喫したものである。
 敵は複数、実力は全員がはるか上。しかも彼女が自身の『力』の使い方をまだはっきりと把握していなかった時分のことだった。
 それにも拘らず、傷口は今も生々しく塞がらないまま心の奥底で剥き出しになっている。
 ふとしたきっかけで思い起こせば赤面を免れず、自ら身を焼いてしまいたいという衝動に駆られるのみならず、当時の相手方の会話が脳内で蘇り、その度自尊心を深く抉られるような強い屈辱感を味わっていた。

 もしも少女が敗北を知らないまま生きていたなら、この日の戦いはなかっただろう。
 ギルド側が即日の再試合の提案を了承したという連絡を男から伝え聞いたとき、彼女は驚きを隠そうとはしなかった。彼女にしては珍しいことだ。
 敗北の恐怖に打ち勝ってこの場に立った彼ら挑戦者たちへの敬意、僅かな嫉妬。そしてまた、元来秘める下への傲慢。胸中にそれら三つが共存するために、彼女は五人に対して攻撃的な優しさを纏いながら関わっていたのだ。
 だが、今の彼女は認めようとはしないだろう。理由は二つある。一つは根拠なく自分の上に人間を置くことを承知しないからであり、もう一つは、彼女の中で今一番大きな感情はそれではないからだ。
 戦闘前という一種独特な雰囲気を噛み締め、次第に吊り上る頬が彼女の本心を浮き彫りにしていた。
 そうして湧き上がる情熱と自尊心から生まれる油断が、男に対して初めて自分の具合を偽った原因であった。

605蟻人形:2008/12/11(木) 20:32:09 ID:/PV5lAOo0

 北側、つまり正面で槍を構えた女性から左右、そして背後。少女は順々に視線を移していく。
 武道家は西、射手は東。剣士は南と、四方を固めてはいるが釣り合いが悪く意図の読めない陣形である。
 だからこそ。彼女の笑みはいよいよ顕著になり、白く並びの良い歯が見え隠れするほどであった。
 再び仲間に風の魔法を掛けて回っていたウィザードが剣士と同じ側で足を止めた頃、男が開始十秒前を言い渡した。

 少女が口を覆ったのは己の感情を自制するためであり他意はなかったのだが、前方に立った槍遣いは違った受け取り方をしたようだった。
 無感情を作り上げていた顔の造形が根本から覆ると、槍遣いの怒気は誰の目にも明らかなものになった。
 加えて背後に立つ剣士、この二名が戦闘開始と同時に少女に牙を向く。彼女は直感的にそれを悟った。
 銀色の前髪で少々隠れる程度の位置にある紅の瞳。その目に映る、三方向から照らされた金属槍。それが突如、光の反射を一段と強めたように感じられた。

 男は五秒前を宣言し、続けてカウントダウンに入る。途中、左右を気にする少女の瞳は敵方の数人が臓器のような異物を口に含む様子を捉えた。
 だが彼女はほとんど気にも留めなかった。狙いは既に決定していたからだ。

『――試合、開始っ!』

 コールと共に少女は左足で地を蹴った。自分との距離を置いての攻撃が可能で、且つ単独である射手を真っ先に叩くために。
 駆け出して右、先程までの後方が一瞬目に入る。剣士が少女の背後に回り、更に後ろにウィザードが走る。少女にとって十分、想定できる範囲の行動だった。
 だが目標の射手が目を見開いたのも一瞬、さっきのお返しだと言わんばかりに意地悪く笑う。そう、なんと弓も構えずに。
 どうやら少女の狙いは直線的過ぎたようだ。少女と射手の距離が半分程度に縮まったところで、ブーツが地面を削る音と共に彼女の眼前に槍遣いが現れ、彼女の行く手を遮った。
 予想外の速力。
 しかし風属性の魔法に移動を助けられた反面、槍遣いは慣れない空気抵抗に戸惑いを隠すことができなかった。ブレーキをかけた左足に普段以上の負担が掛かったことに、ほぼ全員が気付いていた。

 理由まで詮索する余裕はなかったが、槍遣いに生まれた一瞬の隙を少女は見逃さなかった。
 左足に重心がずれて体勢を崩す槍遣いの右、少女にとって左側であるが、そこに軽快に回りこむ。飽くまで最初の標的は射手。
 直後、槍の柄が正確に少女の脇腹を突く。予想外の追撃を許した少女は射手への猛進を阻まれ、体勢が左方に傾く。
 瞬時に左手を地に着け、腕を軸に弧を描いて勢いを殺し転倒を避ける少女。直前の攻撃に吐き気を催すが、咳一つで持ち直し次の攻防へ体勢を立て直そうとする。
 しかし時間が圧倒的に足りなかった。少女に殆ど備える暇を与えず、右から剣士、正面よりやや左から槍遣いが迫る。
 敏捷性に長けた槍遣いが早いことを知り、左手を含めた三本の足で右へ跳ぶ。間一髪、左から鋭く突き出された金属槍が空を切った。
 盾を持つ剣士は守護の要であり、ギルドマスターとしての彼は仲間の支えである。加えて二人目の敵が槍遣いであることも大きな意味を持つ。それにこの状況では、誰がいいなどと贅沢も言っていられない。
 心を決めると一旦逃した射手を諦め、剣士に真っ向から向かっていった。

606蟻人形:2008/12/11(木) 20:33:11 ID:/PV5lAOo0

 彼女が変異に気付いたのは剣士が短刀を引き、突撃の構えをとる瞬間だった。見れば戦闘直前まで調整していた巨大な盾は見受けられず、代わりに左手用の短剣が握られている。
 そのことについての考察の重要性を一瞬で判断し、彼女の思考は別の観点へと向き直った。
 剣筋は直線的で回避は容易いが、下手に突っ込んでは他方の剣の餌食になる。確認する必要はないが、背後には槍遣いが後方に逃れようとする場合に備えて待機しているに違いない。
 途端に移り変わる少女の表情。哀を奏でてはいるが、それは決して諦めを示すものではなかった。


 残念極まりないといった色を見せる少女に剣士は違和を感じたが、深刻に受け止めることはなかった。それ相応の自信が、今の彼には備わっていたからである。
 一方走る速度を緩め、双手を不自然に開く少女。二つの丸みを帯びた掌から生み出されるのは小火球だった。
 しかし、それは前回の戦闘で種が割れている技術である。彼女が炎を扱うことは承知の上で、火炎に対する抵抗や耐熱性の防具を準備していないとは考えにくい。
 案の定剣士の口元が僅かに緩んだ。勿論、彼女はそれを攻撃として使う気は全く無い。
 剣士の短刀が少女を貫く直前。少女は出来るだけ素早く両側から挟むように、また少しだけ掌を相手側に傾けることを忘れずに、その両手で剣の刃を受け止めた。
 驚愕。次に目を見開き、己の失策を恨む剣士。彼の表情は激しい光に飲み込まれ、小さな爆発音が周囲に響いた。

 戦闘に関しての経験は圧倒的に少ない少女だったが、この日の戦闘を自分なりに楽しむため、彼女は相手方の五人と同じようにできる限りのことをしてきた。
 自分に対しての制約を掲げ、実際に男を相手にした実戦練習を行うこと以外に、思いを凝らして『作戦』を組み立てるような努力もしていた。
 今の彼女の行動もその一つで、己を守る鎧を多種の魔法で保護する者はいくらでもいるが、武器に抵抗系の魔力を付加する者は極めて少ないことを前もって考慮してのことである。
 事実、剣士が扱っていた武器に施された魔力は大半が攻撃能力を強化するものだった。両方向からの熱量に耐え切れず刀身は呆気無く焼ききられ、一旦上空に煽られた剣の先端が落下して地面に刺さった。

 剣士自身も爆風により後方に押され、数メートルに及ぶ二本の足跡を地上に刻み込んでいた。彼は俯いたまま、右手に残った握りを場外に放り投げた。
 だが、半年前のように試合まで投げることはしなかった。それどころか、彼はこのとき一切の負の感情を拭い去ろうと努めていた。
 故に剣士は吼えた。雄叫びによって不安や怒り、悲しみを残らず吐き出しながら、戦場に立つ者全員の時間を揺るがし、その挙動を止めた。
 発声を止めると彼は大きく息を吸った。新鮮な空気は彼の肺に快く収まり、体の隅々に新しい力を行き渡らせた。
 紅い視線を感じ取り、剣士は再び走った。ただし少女の許へ向かってではない。仲間が作る障害物、その陰に素早く滑り込んだ。
 勝利のために。早くも欠けてしまった自分たちの戦略を練り直すべく、剣士は不本意ながら前線から退くことになった。

607蟻人形:2008/12/11(木) 20:34:17 ID:/PV5lAOo0

 攻撃から小爆発が生じる合間に、少女は手早く後方を確認した。当然、相手の持つ剣の刀身が熱によって歪んだことを見届けてからの行動だ。
 彼女の予想通り、槍遣いは背後で待ち受けていたようだ。しかし逸早く魔力行使の目的を察知し、現在は二名から離れて様子を窺っていた。
 武器を失う兵士にこれ以上の攻撃は必要無いと判断した少女は、次の攻撃対象を槍遣いに定めた。剣の爆裂から生じる爆風を上手く使って加速しながら、正面に立つ槍使いとの距離を一気に縮める。
 迎え撃つ体勢の槍使いを見据えながら、彼女は別の攻撃の気配を捉えた。まずは風を切る音、少々遅れて視界に矢が現れた。
 一瞬動きを目で追ったが、避ける必要はなかった。それほどまでに矢のコースが進路から外れていたためだ。
 それを射た主に目を向ける余裕は無い。眼前の槍遣いが迫り来る少女を払おうと大きく槍を振るっていた。

 細い左腕で軽く槍を受け止めた瞬間、彼女はその妙な感触に必要以上に気を取られた。その影響で狙っていた木製の鎧の隙間への打撃は非常に緩いものになった。
 更に攻撃の最中に敵の手応えが完全に消え、思わず視線をそちらに向ける。丁度分身の陰から現れた槍の刃が真っ直ぐ、少女の脳天を目指して突き進んでいた。
 瞬時に頭を左に反らせ、辛うじて致命傷を回避したが、鋭利な刃先によって少なくとも十数本の髪の毛が刈り取られてしまった。しかしその行為に対して怒る様子は無く、寧ろ満足そうに笑みを浮かべている。
 そして反撃に転じようとした矢先、突然の轟音が彼女の体の自由を奪った。

 先刻の男の比ではない、音の波が体を襲う衝撃が実感できる程の爆音は剣士の口から発せられている。まるで動物が何かを訴えるような叫び声だった。
 少女の視線は槍遣いに向けられたままであった。少なくとも相対する槍遣いも同様に、何らかの力に縛られ動くことができないようだ。
 長い束縛が終わり、彼女は真っ先に視線を剣士に移した。瞬間二人の視線が合致し、直後に剣士が逃走を始めた。
 目の前に槍使いを認めていた少女は動くことなく、目だけで彼の行方を追った。そして『彼女等』を目にすることになった。

 主に激しい戦場となった北東側のフィールドとは逆、南西側に立つ『彼女等』はまさしく武道家だった。
 戦闘用の黒い衣装を身に纏う武道家がざっと二十人はいるだろうか。魔力の気配が少女にその正体を悟らせた。一体一体が精密に作り出された分身だ。
 更にここで、少女の脳裏に据え置きにした問題が蘇った。巨大な盾がなくなっていたのは何故だろうか?
 あれほど気に掛けていた盾が剣士の手から離れていた理由は一つ。盾は外の者を護っていた。それは間違いない。
 また武道家に盾を託すことはない。現状最も見つかりにくい彼女であるが、盾が目印となり、分身かどうかを見分ける手がかりとなってしまうからだ。
 ならばウィザードか射手か。そのどちらの姿も、武道家が作り上げた分身の中から見出すことはできなかった。
 これまでに経験したことの無い汗が、ゆっくりと少女の頬を伝っていった。

608蟻人形:2008/12/11(木) 20:35:08 ID:/PV5lAOo0
こんばんは。内容は別として、戦いを書くのは楽しいです。
初めての全うな戦闘で色々盛り込もうとしましたが、結局何が書きたいのか分からなくなってしまいました。
またも感想を返せなくて申し訳ありません。次に投稿するまでにしっかりと読ませていただきます。

609FAT:2008/12/14(日) 20:04:44 ID:07LLjSJI0
第一部 『双子の天才姉妹』 二冊目>>798(最終回)

第二部 『水面鏡』

キャラ紹介 三冊目>>21
―田舎の朝― 三冊目1>>22、2>>25-26 
―子供と子供― 三冊目1>>28-29、2>>36、3>>40-42、4>>57-59、5>>98-99、6>>105-107
―双子と娘と― 三冊目1>>173-174、2>>183、3>>185、4>>212
―境界線― 三冊目1>>216、2>>228、3>>229、4>>269、5>>270
―エイミー=ベルツリー― 三冊目1>>294、2>>295-296
―神を冒涜したもの― 三冊目1>>367、2>>368、3>>369
―蘇憶― 五冊目1>>487-488、2>>489、3>>490、4>>497-500、5>>507-508
>>531-532、7>>550、8>>555、9>>556-557、10>>575-576
―ランクーイ― 五冊目1>>579-580、2>>587-589、3>>655-657、4>>827-829
>>908>>910-911、6>>943、7>>944-945、六冊目8>>19-21、9>>57-58、10>>92-96
―言っとくけど、俺はつええぜぇぇぇぇ!!― 六冊目1>>156、2>>193-194、3>>243-245
>>281-283、5>>385-387、6>>442-443、7>>494-495、8>>703-704、9>>705-706、10>>757-758
11>>759 七冊目12>>536-537、13>>538、14>>561-562
―光選― 七冊目1>>599-600、2>>601



―3―

 無心に物事に取り組むと人間は視野が狭まり、時間の経過も短縮されたように感じる。
「そういえば師匠、どこに向かっているんでしたっけ?」
 ふと、レルロンドは顔を上げ、辺りを見渡した。ソシアの胸ばかり見ていたレルロンド
の位置感覚は完全に崩壊していた。道の脇には樹木が立ち並び、どこにでもありそうな、
平凡な光景だ。
「ん? ああ、それは俺に任せとけ。着いた場所が目的の場所だ」
 無心にソシアの胸ばかり見ていたラスは突然声をかけられうっとうしく思った。そして、
すぐに視線は元の場所に戻る。
「ちなみにここは鉄の道から外れた宝石の川の下流地帯に向かう道だ。ここを通ればハノ
ブを経由しなくてもプラトン街道に出れる。裏道ってとこだな」
「へえ、そんな道もあったんですね。僕、知りませんでしたよ」
「わはー、ラスさん、く、詳しいのですね」
 両手をぱちぱち叩いて感心するソシア。ぷるぷる震える胸に二人も大満足だ。
「まあな。ベルツリー家の教育は厳しいんだぜ。エンチャット士は賢くなければならない
なんて言われて毎日勉強ばっかりだったからな」
 ちょっぴり得意気なラス。ランクーイのおかげか、ソシアのおかげか、ラスの口数も増
えたものだ。
「羨ましいですね。僕なんてろくに教えてくれる人もいなかったもので」
「わ、私もあたま、わ、悪いので、あこがれますっ」
 ソシアの発言は冗談っぽくなかったので二人は黙って胸を見ていた。

 ハノブ鉱山から流れ出る鉱物に起因するのか、白く、明るかった地面は鈍い赤茶色とな
り、木々が減った代わりに剥き出しの岩石が目立つような荒野となった。暗い地面の色が
反映されたのか濃灰色の厚い雲が太陽を遮り、もたらされていた光熱は極端に弱まり、少
し肌寒く、空気が重く湿ったようだ。
 そんな中でもソシアは明るい。ラスとレルロンドが黙れば恥ずかしい歌を陽気に歌い、
話かけられればはひはひ笑顔で答えた。
 ソシアは応援するために海を渡ってきたと言っていたが、かけがえのない人を失ったば
かりのラスとレルロンドの心の隙間を埋めるには、温かな応援が一番重要なことなのかも
知れない。その証拠に、今の二人の目は生き生きと光り輝いている。別の意味でだが。
 ソシアは足元に突き出している岩や朽ちた木の根に足を取られないよう、気をつけなが
ら足を出す。度々上下するソシアの体の一部に夢中な二人は何度も岩に足を引っ掛け、転
びそうになった。体勢を崩し、地に片手をついたとて、それでも見るのをやめない。二人
に行き過ぎた男の根性を見た。

610FAT:2008/12/14(日) 20:05:26 ID:07LLjSJI0
「おっと、行き過ぎちまった」
 ラスは思い出したように立ち止まると進行方向を南に変え、再び原野を歩き出した。
「あ、もしかしてあれですか」
 レルロンドは前方を指差す。そこには人の背丈の二倍ほどある尖った大岩があった。そ
してその側面には人間一人が入るのにちょうど良さそうな楕円形の穴が開いている。
「そうだ。ここはキャンサー気孔と呼ばれている。簡単に言えばカニの巣だな。なぜ俺が
ここを選んだか分かるか?」
 ラスはソシアの胸を見た。
「いえ、わかりません」
 レルロンドもソシアの胸を見た。
「わ、私も、わかりません」
 ソシアは顔をぶんぶんと横に振った。黄金の長い髪がでんでん太鼓のようにソシアの顔
を小気味良いリズムで打つ。連動して胸も小刻みに横に揺れる。二人はこの瞬間を見逃さ
なかった。
「な、なんでなんですか?」
 美しい横揺れに見惚れてラスは正解の発表を忘れていた。
「あ、ああ、ここには水の元素を持つ魔物が多く生息している。レルロンド、お前の受け
継いだ元素はなんだ?」
 ラスはようやくレルロンドの顔を見た。
「ランクーイが使っていたのは火と、あの回復魔法は……大地、ですか?」
 レルロンドもようやくラスのウェスタンハットの奥に隠れた目を見た。二人の視線がソ
シアから外れたのは久方ぶりだ。
「そうだ。火は水に消され、大地は水を吸うが逆に水に支配されることもある。つまり、
お前の最も苦手な元素は水だ」
「なるほど。つまり、僕がここで水に負けないような強力な火力と、水を吸い上げれるほ
どの豊かな大地の力を得れば良いわけですね」
「口で言うのは簡単だが、その力を身につけるのは困難だぞ」
 レルロンドのすけべだったたれ目がきりっと上がる。
「やりますよ。僕の中にはランクーイがいる。ランクーイと僕が力を合わせればどんな試
練だって乗り越えられます!」
 力強く答えるレルロンドに、ラスは
「か、かっこいい〜」
「よし、んじゃ行くか」
「はいっ!」
 きりっとしたラスとレルロンドは視線をソシアの胸に戻し、キャンサー気孔へと足を踏
み入れた。入り口は段差になっていて、弾むソシアの胸を真剣に見ていた二人は仲良く前
のめりに転んだ。


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