レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。
漫画講座論
-
>>868
『上質のストーリーとは、世界中が耳を傾けたいと思うような、語るに足るものを言う。それを見つけるのは孤独な仕事だ。
まず才能がなくてはならない。誰も思いつかない形で物事をまとめ上げる創造力を、生まれながらに具えている必要がある。
目指すべきなのは、上質のストーリーを「巧みに語る」ことだ。
技巧というものは、観客を深く引き込んで離さず、つまるところ、感動や意義深い経験を提供するためのさまざまな手法の総和である。
技巧を持たない脚本家にできるのは、せいぜい最初に浮かんだアイデアを頭から引っ張り出すくらいで、あとは自分の作品を前に、なすすべもなく坐して、恐ろしい問いかけを自らにぶつける。
「これは良い作品なのか? それともクズなのか? クズだとしたら、どうすればいい?」
この恐ろしい自問に取りつかれると、意識が潜在意識を封じこめる。
けれども、技巧の実践という客観的な作業へ意識を向けておけば、自発性が自ずと浮かび上がる。技巧を習得することで、潜在意識が解き放たれるわけだ。
芸術家は決して衝動に任せて創作したりしない。意図的に技巧を用いて、直感とアイデアの調和を生み出すのである。
直感型の天才なら、一度くらいは良質な作品を書けるかもしれない。だが、訓練を受けていない直感だけの書き手は、完成された作品を続々と生み出すことはできない。』
『文才とストーリーの才能は全く別物であるばかりか、互いの関連も無い。
文才が用いる素材は言葉だが、ストーリーテリングの才能が用いる素材は人生そのものだ。
ストーリーテリングの達人は些細な題材から人生をすくい取るが、下手な語り手は深遠な題材を陳腐なものにする。
つまり最も重要なのはストーリーの才能で、文才は不可欠ではあるが二番目だ。
これは映画やテレビの絶対原則であり、劇作家や小説家は認めたがらないだろうが、演劇や小説もしかりである。
ストーリーの才能は希有のものだが、あなたにもその片鱗はあるはずだ。そうでなければ、書きたいなどと思うはずが無い。
ならば、そこからありったけの創造力を絞り出して書くことだ。
ストーリーテリングの技巧についての知識を総動員しなければ、ストーリーを作ることはできない。』
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板