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漫画講座論
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>>868
『昨今の映画ファンは、あなたの作品を見るまでに、すでに何万時間も費やしてテレビや映画、小説や演劇に親しんでいる。
誰も見たことが無いものをどう作り出せばいいのか。真に独創性のあるストーリーはどこにあるのか。クリシェとの闘いにどう勝つのか。
観客が不満を持つとき、根底にあるのはクリシェである。
はじめから分かりきっていた結末にうんざりしつつ、本を閉じたり劇場から出たりするのは珍しくない。
幾度となく目にしてきた陳腐な場面や登場人物には辟易する。
全てのクリシェの源をたどれば、ただ一つのことに行き当たる。作り手が自分のストーリーの世界を理解していないのだ。
その手の脚本家は、設定を決めたあと、実際には知りもしない自分の架空世界を知っているものと思い込んで執筆に取りかかる。
題材を求めて考えを巡らせても、何も見つからない。そこで頼るものは何か。同じような設定を持つ映画やテレビ、小説や演劇だ。
他の作家の作品から、見たことがあるシーンを盗み、聞いたことがある台詞を言い換え、登場したことがある人物の外見を変えて、自分の作品として売り出す。
そんなことをするのは、才能のあるなしに関わらず、自分のストーリーの設定と、そこに登場する全てに対する理解が足りないからだ。
自分のストーリーの世界を知って、深く考えを巡らすことこそ、独創性に富んだ優れたストーリーを書くための基礎である。』
『ストーリーテリングが巧みな脚本は、たいがい想起させるイメージが鮮やかで、台詞の切れ味もいい。
一方、話が展開しない、動機が嘘くさい、登場人物が多すぎる、サブテクストが空っぽ、矛盾が見られるなど、ストーリーに欠陥があれば、味気なくつまらない脚本になる。
つまり、文才だけでは不十分だ。ストーリーを語ることができなければ、何ヶ月もかけて美しいイメージや巧妙な台詞を完成させても、すべて紙の無駄となる。』
『我々が世界のために作り出すもの、世界が我々に求めるものはストーリーだ。それは今もこれからも変わらない。
何の面白みもないストーリーを、凝った台詞やていねいに作り込んだト書きでゴテゴテと飾りたて、なぜ自分の脚本が日の目を見ないのかと首をかしげる脚本家が跡を絶たない一方で、
目立った文才があるわけでもないのに、強烈なストーリーテリングの力を持ち、自分の夢がスクリーンの中で息づくのを見て深い喜びを味わう脚本家もいる。
脚本に注がれる創造的努力のうち、七十五パーセント以上はストーリー設計に費やされる。
登場人物はどんな人間で、何を求めているか。それはなぜなのか。どうやってそれを手に入れようとしているのか。それを阻むものは何か。その結果、どうなるのか。
こうした大きな疑問に対する答えを見つけ、ストーリーに仕立て上げるのは気の遠くなるような創造的作業だが、脚本家にはまさにそれが求められる。
ストーリー設計において、脚本家は成熟度、洞察力、さらには社会や自然や人間心理についての知識を試される。
ストーリーを作るには、生き生きとした想像力と力強い分析的思考が必要だ。』
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