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汎用スレpart1

81【2】 ◆Tg./UqnJ52:2012/11/16(金) 08:19:30 ID:276WmNrY

「ともあれ、そんな日々が続いておりましたが、ある日、弟子達の腕がどこまで上がっているかを見るために、試合を組んだことがありました。
 まあ良くある稽古試合ですな。その中でミリアともう一人、アベルという青年が試合をしたのですが、このアベルが奇妙な負け方をしました。
 新陰流は活人剣(かつにんけん)……ここでいう「活人剣」は剣術の上での語句で、
 世に溢れる勧善懲悪ものの小説などで知られる心構えとしての「活人剣(かつじんけん)」と字は同じですが意味が違い、
 相手を誘って相手に先に打たせ、その動きを読んで「後の先」、つまりはカウンターですが、これを叩き込むことが肝要とされています。待ちの剣術なわけですな。
 そんなわけですので、新陰流を学んだ者同士が戦う際、基本的に「先に必殺の意をもって動いた方が不利」であります。
 ですが、相手も待ちかまえて動かないと、待っていても埒が明かない。そのための撹乱の技もあり、そういった技の中に必殺の一撃を紛れ込ませて先手を打ち、
 勝つことも可能でありますので、一概に先に動いた方が負けるかというとそうでもありません。
 前置きが長くなりましたが、「先に動いた方が負ける確率が高い」というのが皆の共通認識であったことだけは覚えておいてください。
 そうした認識があって、私も他の弟子達も、ミリアとアベルの試合も先に行われた数試合のように、剣によるかけひきが行われる、そう、思っていたのです。
 ですが、結果はそうではありませんでした。
 試合が始まり、ミリアとアベルがやや斜めの正眼に構えたまま相手の剣がぎりぎり届かないくらいの間合いに至ってすぐ、ミリアが踏み込みました。
 そして次の瞬間には、ミリアの竹刀がアベルの胴を打っていました」

三輪老人は手振りを使って、その時の様子を表現する。

「それだけなら、ミリアのスピード勝ちのように聞こえるでしょう。
 しかし先に述べたように、新陰流を学ぶ者にとって、相手が先に仕掛けてくるというのはまたとない好機なのです。
 ミリアの相手をしたアベルも、特別不出来な者ではなく、むしろ優秀な方だったのですが、何故かその時アベルは正眼に構えたまま棒立ちで負けてしまったのです。
 奇妙に思った私はアベルを呼び、何故棒立ちだったのか? と問いました。その問いに対し、アベルはこう答えました。「何もかもが見えなかった」と。
 ショックを受けている様子の彼を休ませ、全ての稽古試合が終わった後、弟子達を部屋に帰した私はミリア一人に残るように言い、
 アベルとの試合で何をしたかを問いました。するとミリアは、「試してみたかったことがあったので、それをやった」と答えました。
 何でも彼女が言うには、今まで剣を習ってきて、何度か試合をしてわかったことだが、剣を持って向き合う際、
 相手と剣には独特の「気」のようなものが感じられる。打ち込んでくるときなどは、それが顕著に感じられる。
 相手の打ち込みを受ける際、視覚、聴覚による情報はもちろんであるが、この「気」を肌で感じてそれに反応しているふしがあることに気がついた。
 ならば、その攻撃の際の膨れあがる「気」を消し、出来る限り素早く打ち込めば、自分と剣は不可視の剣となるのではないか、と」

話し相手が失笑を禁じ得ないことに気がついた三輪老人は、つられるように微笑みを返したが、すぐに真面目な顔になって、

「ええ、あなたが今お感じになったように、私も「そんなバカな」と思いました。私も剣を握ってそろそろ四十余年になろうかという歳、
 ミリアの言う打ち込みの際の大きくなる「気」のことはよくわかっておりますし、あれを受けて体が反応している、というのも頷ける話です。
 ですがその「気」を消す、などということを言い始めたのはミリアが初めてでした。アベルの言うことを疑うつもりはなかったのですが、どうにも信じられませんでした。
 当然、失笑を堪えて変な顔になった私に、ミリアはふくれっ面で抗議し、「疑うのなら見せてやる」と言い、自分の竹刀を引っ掴みました。
 私も道場にあった竹刀を持ち、ミリアの言う「不可視の剣」とやらを受けてみるか、と軽い気持ちで彼女と向き合って」

テーブルの上で組まれていた三輪老人の手、その左手が、右手首をさすった。


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