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【お題で嫁を】お題で簡単にSSを作ってみようか【自慢するスレ】

195「仕事場」「時間」:2010/06/29(火) 04:06:39 ID:S67dBAUY0
あのひとの仕事場は少し狭い。とはいっても十畳を超えるから絶対的に考えれば狭くないのだけど、地霊殿の他の部屋と比べて、その上仕事場であるという事実を加味して考えれば、やっぱり相対的には狭いと言わざるをえないのだった。
「狭い場所で時間に追い込まれるのが好きなの?」
「そうでもありませんよ」
 ここには空き部屋もたくさんあるのだから、もっと広い部屋を使えば良いのに。
 少しの本棚、そこにめいっぱい詰め込まれた分厚い本、ひとつの古びた書斎机、小さな窓。古い本からにおうようなちょっと鼻につくにおいが、じんわりと染みついている。空間から切り取られたみたいに、時間の流れがここだけ遅く感じる不思議な部屋。このひとの仕事部屋。
「そう言うこいしこそ、どうして今日に限ってここにいるんです」
 落ちるような言葉。耳に少し残る声。嫌いじゃない。むしろ好き。
「仕事と時間に追い立てられるお姉ちゃんを観察するのも悪くないかなって」
「良い性格してる」
 私の方を見ようとはしないで紙面に眼を通しながら、喉の奥の方で笑う音がした。
 こーん、こんこん。
 この声の落ちる音があるなら、きっとこんな音だろう。
「遊ぶ時間とか出掛ける時間とか、そういう余剰の時間は幾らでもあるしね」
「時間は有限ですよ」
「今のお姉ちゃんにとっては、でしょ?」
「まぁ、ね」
 万年筆をがりがり動かす音がし始める。私はふらふら仕事部屋を歩き回りながら、時々その姿を見ていた。何をする訳でもなく。何をしたい訳でもなく。時々本棚に視線をやって、適当な本を手に取って、小難しい内容に頭が痛くなったり。窓の向こう側の、いつも通りの曇り空からこぼれる陽の光の先を眺めたり。
 何秒経ったか、何分経ったか。この部屋に時計は無い。仕事場なんだから必要なんじゃないの、と聞いた事がある。その答えは、「仕事場だからこそ、時間を忘れるべきなのです」。言い得て妙かな、と一瞬思ったけれど、後になってよく考えれば、そりゃそうかもしれないけどやっぱり必要でしょうに、現実問題。このひとの考えは、ちょっと私にはよく判らない事が往々にしてある。
「ねぇ、お姉ちゃん」
 声をかける。返事は、無い。
「お姉ちゃん?」
 しぃん。冷たい部屋に、じわり私の言葉が落ちた。
「こいし?」
 その三つの眼は、とうとう私を捉えなかった。
 ――あぁ、そう。

 三つの眼はしばらくきょろきょろと部屋を見渡してから、その後小さく嘆息つき、そして作業に戻っていった。
「またあの子は、これだから」
 がこん。ばつ、ばつ。
 この声の落ちる音があるなら、きっとこんな音だろうね。お姉ちゃん。..


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