[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
ごめんなさい……
322
:
中途半端自殺未遂者
:2010/07/03(土) 16:19:36
>>320
>>321
小さい頃、私は文章を書くのが本当に嫌いだったんです。
小学校の時の作文なんてまともに書いた覚えはないですし、
読書感想文なんか、書きたくなくて仕方がありませんでしたし、
読書も進んでしようとはしませんでした。
文章というものに興味が湧いてきたのは
中学校に上がってからだったでしょうか。
貪るように本を読んでいましたし、文章を書いてみたりもしました。
今となっては、あれほどのやる気は
今は何処へ行ってしまったのだろうかと思うのですが。
今、小説が書けません。読書も出来ません。
時間はあるのですが、気力がありません。
でも、それはそれで良いと思っています。
最近、小説を書くことにあまりこだわらなくなりました。
書けなくてもいいかな、と何となく諦めてもいます。
以前は、書けなくて死にたくなるほどだったのにもかかわらず。
言葉はいろんなことに使われるのではないかと私は思います。
例えば何かメッセージを伝えたいという時、それは自己表現ではなくて、
意志の伝達ではないでしょうか。こうして欲しい、という気持ちを
相手に伝えるというのは自己表現だけでは出来ないと思うんです。
相手の立場に立って、自分ではなく他人を表現するって大事だと思います。
でも、考えようによっては全部自己表現になってしまうかも知れません。
最終的に、考え、表現するのは自分でしょうし。
私は、自分も他人も完全に理解することは
出来ないのではないかと思っています。
人には自分にも他人にも見えない部分が何処かしらにあって、
でも、その見えない部分が案外自分の中の大きな部分を
持っているのではないかと思います。
だから、自分を完全に理解するつもりはありません。
でも、見える部分だけでも理解出来ればいいなとは思っています。
以前は、自分が何をしたくて生きているのか分からなくて、
いつも悩んでいたのですが、今となっては、ここで誰かの話し相手に
なることがその答えです。
ハルユキさんの言う「自分を理解するのは、他人の言葉が必要」という
ことはこの1年間で身を持って体験しました。
だから、今度は誰かに自分を理解してもらいたくて、
今、私はここにいます。非力でもやれるだけのことはやりたいんです。
大分長くなってしまいました。すみません。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板