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Prequel a later date
1
:
十南
:2014/05/06(火) 14:48:27 ID:/tY2ichk0
副題:白鐘製薬事件から約一か月後の話
4
:
十南
:2014/05/06(火) 14:51:22 ID:/tY2ichk0
店の外へ三人が赴くと、確かに16歳前後の少女が耳を寒さで赤くしながら突っ立っている。ダッフルコートにジャージのズボンという組み合わせのファッションの、中世的な雰囲気を孕んだ少女だ。
「もし、お嬢さん」
氷雨が声をかけると、少女ははっと顔を上げた。
「ここって、『ヘリオン』で間違いないっすよね?」
「あ、ああ……今は休業中だが」
「あの、じゃあ、ここに……こういう人物、来てないっすか?」
そう言い、学生鞄から生徒手帳を取り出すとそこに挟んでいた写真を氷雨に見せる少女。
「……来てない」
しゅんと肩を落とす少女へ。
「――今は」
「え……」
「常連客の顔くらい覚えてる。一見だって忘れない」
その言葉に、つられて写真を覗き見る月と桜良。月はきょとんとした表情のままだが、桜良のほうは思い当たる節があったようで「あ」と声が漏れた。
「うん、この人、よくお店に来てた」
「ホントすか?!」
「わたしのポンコツみたいな頭でも覚えてるくらいの常連さんだよ。いつもエスプレッソしか頼まない人だよね、こう……霧雨の中で突っ立ってそうな、うすら陰気っていうか」
「そうそうそう、うすら陰気!」
ようやく物事を腑に落とした少女は、安堵し微笑んだ。
「じゃあ、もしコイツが現れたら連絡ください! ……あ、書くもの書くもの」
少女はいそいそと鞄から星柄のシャープペンを、ポケットから適当なレシートをそれぞれ取り出し、生徒手帳を下敷きにしてレシートの裏に名前と携帯電話の番号を書き出す。
「マジ、頼みます!」
「ああ、わかった」
レシートを託した氷雨に直角のお辞儀をし、少女は駆け足で去っていく。何気なくそれを表側にめくると、氷雨の口元が微かに緩んだ。
(……ガナッシュか)
スーパーマーケットの名前の下には、生チョコレートの材料が羅列されている。
「氷雨、どうしたの?」
「いや、青春だなーって思っただけだ」
「??」
愛想笑いを浮かべる桜良の傍ら、レシートの内容を『遠見』した月は首を傾げた。
夜。
「……」
まだ壁時計の針は9を指していないが部屋の照明は消え、月は二段ベッドの下段に潜っている。梯子の傍らには、コンビニで桜良と買ったチョコレート菓子入りのビニール袋が鎮座していた。
「……」
いつもなら寝入っているのだが、今宵に限ってなかなか寝付けずにいるらしい。月は布団の中でごろごろと全身を動かしたり、じっとしたりを繰り返している。
「……」
枕元に置いていたマリアを抱き、静かに目を閉じる。
上の階にいる桜良の姿、街の中にいる氷雨の姿、遠方にいるヘリオンの面々の姿。
彼ら彼女らは『遠見』できるのに、透子を『遠見』できたことは一度もない。
彼女を追おうとすると、いつも暗闇に行き着いてしまう。
それで、真っ暗闇に恐れて泣き出しそうになる前に、現実へ脱出するのが常だ。
「ねぇマリア。透子はどこにいっちゃったんだろうね」
マリアを抱いたまま布団の中から抜け出し、窓際へ移る。絞められたカーテンをめくり窓の外を見上げると、上弦の半月に薄雲がかかってた。
「――」
窓を開け、深呼吸を一つ。凍えた夜の空気が肺に沁みる。
初めて出会った時のように『念動』を使ってここから飛び降りれば、透子に会えるだろうかと考えたこともあった。
だが今の月は、能力を派手に扱えば銀に迷惑がかかることを少しずつ理解し始めている。
先日、念動で物を飛ばして窓を割った時があったのだが、その際に月は一切のお咎めを食らわず、銀が彼の上司にこってりと叱られていた……それも月の目の前で。
――お兄ちゃんが、わざとガラスを割ったんじゃないってこと、わかってるよ――
銀はそう言って苦笑いしていた。今では、窓を割った理由が故意か過失か月本人にも解らない。
ただ、それから薄々と理解したことがあった。
透子を追いかけ続けることで、銀を困らせてしまうと――。
5
:
十南
:2014/05/06(火) 14:51:55 ID:/tY2ichk0
(銀ちゃんは、なにしてるかな)
ぼうっと半月を見つめながら、遠い場所を『遠見』する。
……雪原だ。そこに大勢の人間と多数の機材がいる。大きな照明がそのうちの何人かを照らしていた、銀もそこにいる。
雪の上に在って、銀は薄着だった。いつかテレビで見た『温泉』の『浴衣』をボロボロにしたようなものを着て、長い刃物を両手に構えている。そして同じように刃物を持った面々が彼へ目掛けそれを振るっていく。
(どんなお仕事なんだろう?)
時代劇、というものを月はまだ分からない。分かるのは、なんとなくだが戦う『フリ』をしていることだけだ。
だが、途中で斬り合いの流れが止まる。監督のカットが入ったのだ。
(……怒られてる)
『見る』ことはできても『聞く』ことはかなわない。故に、なぜ銀が叱咤を受けているのか月にはわからない。銀はそれに受け答えするとベンチコートを羽織り、紙コップに注がれた温かいお茶を受け取っていた。
(だいじょうぶかな、銀ちゃん)
月の件で叱られてへこんだ時とは違う、銀の沈んだ表情。猫舌で、すぐには熱いものを口にできない銀は、カップの水面をずっと眺めているようだった。
(あ)
と、銀が顔を上げ、半月をじっと見つめる。
(――)
目が、合った。天上の月を介して。それが嬉しくて、反射的に月は微笑む。
「がんばれ、銀ちゃん」
つい、小さく呟くと、銀が微笑んだ。向こうは『遠見』ができないが、月が意識を『飛ばした』おかげだろうか。銀の心に『喜び』が戻ったことも感じていた。
(銀ちゃんは、だいじょうぶだね)
胸の奥に温かさを感じると、不意に月は思いついた。コンビニ袋を『念動』で手繰り寄せると、中から一口チョコのアソートパックを取り出す。本当は茶菓子用に桜良が買ったものなのだが、そんな事情もどこ吹く風とばかりに月は袋を上のギザギザから縦に裂いて開いた。
「みんなに」
大好きだったり、ちょっと好きだったり、好きかどうかわからないけれど知り合った人々に向けて。
「届け――」
外にばら撒いたチョコが『念動』で四散していく。半月の光を浴びたアルミの包装紙が、蛍のような流れ星になり、あちらこちらへ飛んでいく。
「……寝よう、マリア」
目を閉じ、窓を閉めてそちらに背を向ける。そのまま『念動』で毛布を引っ張るように自分のもとへ手繰り寄せ、マリアを左腕で抱きながらこれに包まった。
翌朝。
ぱち、と布団のサナギの中で目を覚ました月は、カーテンで仕切られ日の光が薄く届く部屋の中で『遠見』した。
かつて月が過ごした施設に似た、白い天井に白い壁の一室。視点は、おそらくそこに備えられた寝台からのものだ。
今、月はその寝台の主の『眼』になっている。
その主は、何かを両手で包み込むように持っていた。
「征海君、どうしたのそれ?」
白いリネンと、女性にしては少々角ばった白い手に映えるそれは、アルミの包装紙から開けられた一口チョコだ。
「透子……――っ!」
声を出した途端、視点はテレビのチャンネルを変えるように現実へ戻る。
「……透子?」
『眼』になった相手へ、女性が声をかけていた……だが、透子のものではない。
ならば、自分は一時ばかり透子の『眼』になっていたのだろうか。違う名前で呼ばれていた気がするが、銀のように別の名前を使っているのかもしれない。
「透子も、大丈夫」
もう一度、誰にともなく呟き。
「おはよう」
笑って立ち上がると、月はカーテンを引き開けた。
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