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『劇場版プリキュア』を楽しもう!

187makiray:2020/12/29(火) 22:23:45
以上です。
お騒がせしました。

188名無しさん:2020/12/30(水) 09:34:20
>>187
楽しませて頂きました!
キュアエコーが、プリキュアみんなの輪の中に普通に居るってだけで凄く嬉しい。
今回のフーちゃんは何だかいじらしいです。

189ゾンリー:2021/05/29(土) 21:20:50
こんばんは、ゾンリーです。
「映画 ヒーリングっど❤プリキュア ゆめのまちでキュン!っとGoGo!大変身!!」のSSです。
ネタバレありですので、DVD含めこれから映画を観る方はご注意下さい。
2レス使わせて頂きます。

190ゾンリー:2021/05/29(土) 21:22:43
 柔らかい毛布のぬくもりを感じながら、私は目を覚ました。腕を枕にして突っ伏していたからか、麻痺してるのかどうにも腕の感覚が薄い。大きく伸びをして感覚を取り戻していると、とある人物と目が合った。
「あら、お姫様のお目覚めね」
「おはようございます……ふあぁ」
 静かに食器を片付けるこの人こそ、のどかちゃんのお母さん――花寺やすこさんだ。
「……早起きなんですね」
「慣れているだけよ。まだみんな起きるまで時間あるでしょうし、寝ててもいいのよ?」
「ううん、手伝います」
 やくそく通り開かれた私のお誕生日会。楽しい楽しいパーティーは夜遅くまで続き、私もお母さんものどかちゃんたち皆も、いつの間にか眠っていたらしい。
 ……その反動で、部屋はひどい有様なんだけどね。
「じゃあ、こっちのゴミを纏めてもらえるかしら」
 手渡されたコンビニエンスストアのレジ袋に、次々とお菓子の空き袋やらを入れていく。
「手際がいいわね。お家でもよくお手伝いしてたの?」
「お母さん、研究に夢中になるとすぐ散らかしちゃうから」
 そう言って苦笑しながら、セレブ堂シュークリームの空き箱を畳む。「箱は潰してから捨てる」お片付けの常識だ。
 散らかったゴミを纏めれば、随分と部屋がすっきりした。
「……このくらいだったら、みんなが起きてからでも大丈夫そうね。そうだ、ちょっとお散歩にでも付き合ってくれないかしら? 朝ごはんも買いに行かないといけないし」
 優しく微笑みかけるおばさま。私はお母さんがまだ熟睡しているのを確認して、大きく頷いた。時刻はまだ午前六時半前。設えられたメモ紙を置手紙にして、私たちはホテルの一室を後にした。

 高く、まだ日が昇りきらない白んだ空。海沿いの公園を私たちは歩く。吹きすさぶ、強いくらいの潮風が寝ぼけ頭に心地よい刺激になっていた。
「この時間でも、やっぱり人はそこそこいるのね」
 公園には散歩に来た人くらいしか見当たらないけど、少し遠くに目をやれば、スーツ姿のサラリーマンが何人も歩いているのが確認できた。
「うん、そろそろ通勤ラッシュ……私も学校に行くときぎゅうぎゅうに押されて、もう大変で」
「あら、すこやか市にくればそんなこと無くなるわよ?」
「ホント? 行ってみたいなぁ……!」
「大歓迎。いつでもいらっしゃい」
 未だ見ぬのどかな風景に想いを馳せながら、それでも愛しいこの街を港越しに眺める。ゆめアールの大規模実験が終了して一日。街はいつもの風景を取り戻していた。
「……この前は、大変だったわね」
 手すりに体重を預け、おばさまが静かに問いかける。おばさまは、私が夢の力の精霊――人間じゃないことを知らない。それなのに心配してくれたのが嬉しくて、でもお母さんの想いが伝わって無いっぽいのが悔しくて、私は息を漏らした。
「うん、ちょっとだけ。でも、私はお母さんの研究を応援する。これからも、ずっと」
 欄干に佇んでいたカモメが一羽、群れを見つけて羽ばたいていく。目で追った先にある太陽が眩しくて、染みた。
「そう……よね」
「だから、また東京に遊びに来てください! その時はもっとすごいゆめアールを見せますから!」
 これはお誘いと、自分への決意。研究を絶対に成功させて、お母さんのイメージアップを実現する。名付けて「お母さんキラキラ大作戦」! ……ちょっとダサいかな? まあいっか。
 私の熱量に押されたのか、おばさまの表情に笑顔が戻る。私は朝の空気を目いっぱい吸い込むと、それに負けじと大きく口角を上げた。
「そろそろ戻りましょうか。のどかたちもそろそろ起きるんじゃないかしら」
「朝ごはんも買わないと、ですね!」
 少し短くなったシェルピンクの髪を揺らしながら、市街地を歩く。港沿いの公園から数分、私行きつけのパン屋さんにたどり着いた。
「ここのサンドイッチ、すごく美味しいんですっ」
 ショーケースに並んだ、色とりどりの断面。まだ目が覚めて間もないのに、どんどん食欲がわいてくる。
「確かに、すごく美味しそう! カグヤちゃんはどれが好き?」
「えーっと、たまごも好きだし……あ、この海老カツもプリプリで美味しいんですよ! のどかちゃん好きそう……ひなたちゃんはこの照り焼きチキンとか?」
 そんな調子で夢中でショーケースを覗いていると、店内で流れるラジオが七時を告げると同時に、私のお腹が盛大に鳴った。
「……ぅ」
「うふふ。それじゃあさっきのやつと……これとこれ、あとこれもお願いします」
「あいよっ!」

191ゾンリー:2021/05/29(土) 21:23:16
 袋いっぱいに入ったサンドイッチを受け取って、再びホテルへと向かう。
「あらほんと、急に人が増えてきたわね」
 行き交うスーツ姿の人、人、人。駅の近くを通るときには、まったり横並びでーなんて言ってられないくらいに混んでいて。
「私のクジラさんで行きます?」
「あら、そんなことしたら目立っちゃうわよ?」
「あ……そっか」
 この人混みの中を空飛ぶクジラで一飛び。きっとすごく盛り上がるんだろうけど、それで騒ぎになったらもっと混み合っちゃうもんね。
「さ、そろそろうちの眠り姫達はお目覚めかしら」
 自動販売機であったかいカフェオレを七本(!)買ってから、エレベーターで上がっていく。数十分ぶりにホテルの部屋へ戻ると、ちょうどのどかちゃん達が目を覚ましたところだった。
「んぁれ? カグヤちゃん起きてたんだ……ふわぁ」
「おはよっ、のどかちゃん」
「んー……おあよーみんなーおやすみー」
「ほら、ひなた二度寝しないの。おはようございますカグヤちゃん、おばさま」
「二人とも、随分と早起きされたんですね」
 ひなたちゃん、ちゆちゃん、ひなたちゃん、アスミちゃんも、続けて起き上がる。
「あとは……」
 黒いポロシャツ姿でコクンコクンと船を漕ぐ、私のお母さん。
「おかーさんっ、みんな起きてるよ!」
「ん? あ、ああもちろん起きてるぞ……はうあっ!」
 目覚まし代わりに、熱々の缶をおでこにピタリ。その様子がおかしくって、みんな一斉に笑い出す。
「カグヤぁ……」
「えへへ、目が覚めたでしょ?」
「覚めたには覚めたが……むぅ」
 どこか不満そうなお母さんの手を引っ張って、大量のサンドイッチが並ぶテーブルへ。
「さあ、好きなものを取って頂戴」
「あったしこれー! 照り焼きチキン!」
「お、カグヤちゃんの予想通り」
「うそマジ? エスパーじゃん!」
「じゃあカグヤはこれか? 人参たっぷりサラダ」
「た、食べれるもん!」
 強がってみたけど、やっぱり別のにしておけばよかったと一口で後悔。お母さんめ、仕返しのつもりだ。

 そういえば、と置きっぱなしの置手紙を手に取る私。大きな窓からはさっきまで散歩していた公園が遠くに見えた。流れる水は変わることなく煌めいていて、空木に小さな撫子色の花が咲いている。

(うん、生きてるって感じ!)

 いつの間にか横にいたおばさまと笑い合う。
 私の心には、今日もすこやかな風がそよいでいた。

192ゾンリー:2021/05/29(土) 21:24:09
以上です。どうもありがとうございました!
(ネタバレありですので、ご注意を!)

193ゾンリー:2021/05/29(土) 21:26:42
書き忘れた💦
タイトルは「空木に撫子色浮かべて」です。

194名無しさん:2021/05/31(月) 22:41:04
>>190
>>191
匂いや彩り、光が漂ってくる、良い作品でR

195ゾンリー:2021/11/23(火) 22:23:03
こんばんは、ゾンリーです。
引き続き「映画 ヒーリングっど❤プリキュア ゆめのまちでキュン!っとGoGo!大変身!!」のSSです。
長くなったので前後編に分けました。
まずは前編、投稿します。5、6レス使います。

196ゾンリー:2021/11/23(火) 22:25:12
「空と春(前編)」


 爽やかな風が髪を揺らす。ガタンと小さく車が揺れた衝撃で、私──我修院カグヤは目を覚ました。
視界いっぱいに広がる緑と青。その清々しさは、寝ぼけた私の意識を覚醒させるのに十分すぎる程で。
「わぁ……!」
「ようやくお目覚めか。もう入ったぞ、ここがすこやか市だ」
 車のルームミラー越しに笑いかけるのは、私のお母さん──我修院サレナ。
 私たち二人とたくさんの荷物(現に私が座っている後部座席の八割も、段ボールに浸食されている)を乗せた軽自動車は、軽快に……とは言えない乗り心地で前進していく。
(のどかちゃんたち、驚くかな?)

 時は一ヶ月ほど前に遡る。
「こうすれば何とか……しかしそれだとカグヤの学校が……」
 仄暗い部屋でひとりパソコンとにらめっこするお母さん。何かに行き詰まると、それなりの声量で独り言を言うのはいつもの癖。もう、前と違って隣に人が住んでるっていうのに。
 ゆめアールの一件以降、私達は住んでいた家を引き取って、都内のマンションで暮らしている。お母さんは「窮屈な思いをさせるな」って謝ってたけど、私にとってはこのくらいが丁度いい……というか元々が広すぎたんだよね。
「どーしたの? お母さん」
 さて、私関係なら無視するわけにいかない。部屋の明かりを点けてから、私はお母さんに話しかけた。
「ん? あぁ、いや、実は精霊……エレメントに関する現地調査の目途がようやく立ったんだが、時期がな……」
「時期?」
「現地調査は三週間。本来ならカグヤの夏休みに合わせておきたかったんだが、一か月後しかスケジュールが合わせられそうにないのだ」
 パソコンに表示された予定びっしりのカレンダー。一か月後というと、三学期の終わりごろと春休みの始めが重なるあたり。
「うーん……」
 私がここで「三週間くらい一人でも大丈夫だよ」なんて言えたらカッコいいんだろうけど、恥ずかしながら料理も洗濯もまだまだ一人じゃ満足にできないのが現状。
「でもさお母さん、春休みも重なるし、二週間くらいなら……学校休んでもいいんじゃない? なんて」
「……」
 あれ? 冗談のつもりだったのに、真面目に考え込み始めたお母さん。そしてまた漏れる独り言。
「確かに、撮影の仕事と言い張ればなんとかなるか……? いやしかし成績に影響が……となると学校へ行くのは必須。待てよ? 別段今通っている学校である必要は無いのだ。よし、カグヤ、転校だ!」
「えええええ?」
 あまりにも話が飛躍しすぎて理解が追い付かないけど、要するに「現地調査の間だけ近くの中学校に転校する」ってことでいいのかな。
「よし、こうしては居れん、早速必要書類をまとめなくては。カグヤも荷物を纏めておいてくれ」
「う、うん」
 ドタバタといろんな所に連絡を入れ始めたお母さんを邪魔したくなくて、部屋に戻ろうとする私。でも一つだけどうしても気になっちゃって、お母さんの方に振り向いた。
「現地調査って……どこなの?」
 お母さんの手が止まる。刹那、待ってましたと言わんばかりに眼鏡が鋭く光った……気がした。
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたな。現地調査の場所、それは……」

「すこやか市、着いた〜!」
 車から降りると、私は全力で身体を伸ばす。全身で感じる優しい風は、まるで私たちを歓迎してくれているようだった。
「数時間揺られっぱなしだったもんな。疲れただろう」
「ううん、お母さんこそ運転お疲れ様」
「……あの子たちに会いに行くか?」
 途端、お母さんの目が優しくなる。現地調査だなんて言ってたけど、半分くらいは、私をのどかちゃん達と会わせるのが目的なのかもしれない。けれど、私は静かに首を振った。
「今日は日曜日だし、どこか出かけてるかも。それにね、折角なら……とびきりビックリさせたいじゃない?」
 お母さんに向かって得意の目元ピース! そして小さいポーチから一枚の紙を取り出す。そこには「お客様控え」の文字と「すこやか制服店」のロゴが。
「私、取りに行ってくるね!」
「一人で大丈夫か?」
「だいじょーぶ。地図アプリだってあるし、お母さんと違って方向音痴じゃないもん!」
「流石だな。何かあったら連絡するんだぞ」
 スマートフォンとお財布、制服注文の控えをショルダーバッグに入れて、私は駆け出した。
 知らない景色、どこか懐かしい風。まだ太陽は沈む素振りを見せたばかり。
 ここから三週間、どんなに楽しいことが待っているんだろうか。それを考えただけで胸の奥からワクワクがどんどん湧き上がってくる。
 スマートフォンに表示されたマップはまるで宝の地図。私は時折身体をくるくるさせて向きを確認しつつ、探索ついでに進んでいく。のどかな自然公園に、東京とはまた違う賑わいを見せる商店街。

197ゾンリー:2021/11/23(火) 22:25:44
「すごいすごい、生きてるって感じ!」
 すっかり伝染ってしまった口癖を零しながら、商店街を一つ一つ見て回る。すっかり地図アプリはスリープ状態に入っており、私の目の前にはおいしそうに蒸しあがった饅頭の湯気が広がっていた。
「お、ここらじゃ見ない顔だね。お一つどうだい? すこやか市名物、すこやか饅頭」
「じゃあ……一つと言わず二つ下さい!」
「ぬおっ? そんな顔で言われちゃあ断れねえ。ほれ持っていきな! ただし、美味しかったらお友達にも宣伝してくれよ?」
 コンビニエンスストアの肉まんよろしく、紙に包まれたすこやか饅頭が二つビニール袋に入って手渡される。
「もっちろんです! ありがとうございますっ!」
 受け取った饅頭をカイロ代わりにして再び歩き出しす私。そこから数分ほど歩いただろうか。ついに目的の制服店へとたどり着くことができた。
「我修院さんね。用意できてますよ」
「よし、これで私も……!」
 店員のおばさんから受け取ったのは、ビニールに包まれたすこやか中の制服。ピーコックグリーン──クジャクの羽のような緑色を基調にしていて正に「健やか」って感じだ。
「来年度から中学生? 頑張ってね」
 う、密かにコンプレックスにしてることを突かれた……「もう中学二年生です!」って反論したかったけど、おばさんの慈愛に満ちた笑顔に押されてなにも言えなかった。
「ありがとうございましたあ」
 制服店を出ると、空は真っ赤に染まっていて。
「そろそろ帰らないとだよね。お土産いっぱいになっちゃった」
 制服店のおばさんから持たされたジュースやお菓子でバッグが重い。両手で制服を大事に抱えて、私は来た道を戻っていく。
(のどかちゃん、どういう反応するかな……? ふふっ、思わず「えー?」って叫んじゃったりとか! あ、でもそれはひなたちゃんかも。ちゆちゃんは……)

 太陽が海岸線の彼方に沈んで、薄明の空に細い月が浮かぶ。

 この月が沈めば、また新しい一日が始まるんだ。

 私は太陽に「またね」と月に「こんばんは」を語り掛けて、もう一度彼女の口癖を真似てみた。




「生きてる……って感じ」


 翌日。目覚ましよりも二十分早く起きた私は、起きるや否やベッドを飛び出し、冷え込んだ部屋のカーテンを勢いよく開いた。寒過ぎて太陽の暖かさはまだ感じられないけど、すこやか市に来て初めて迎える朝は明るくて、眩しくて。
 壁にかけられた制服を背伸びして取って、早速腕を通してみる。長袖のブラウスにある袖のボタンをとめて、ジャンパースカートの構造にちょっとだけ悪戦苦闘。
(あれ? ここのボタンがここで……うぅ、こんなことならもったいぶらずに昨日着ておけばよかった)
 なんとか着替えを終えて、寝癖たっぷりの髪の毛をセットし終えたところで、止め忘れていた目覚ましがジリリリと鳴った。
「……よし!」
 すっかり上った太陽に照らされる部屋を後にして、通学カバンを持ってリビングへ。併せて設われたキッチンでは、お母さんが慣れない手つきで卵焼きを焼いている最中だった。
「おはよう、お母さん」
「おはよう。ふふ、よく似合っているぞ」
「えへへー」
  ・
「忘れ物は無いか?」
「何回も確認したよ。お母さんこそ大丈夫? 何か忘れてても私届けに行けないよ?」
「あぁ。カグヤを見習って私も確認したからな」
 東京から持ってきた、使い慣れたローファーに履き替えて、お母さんと二人外に出る。
 お互いに「行ってきます」を言って、私は中学校の方へと歩き始めた。海岸線から少しずつ山の方へ近づくにつれ、同じ制服を着た人が増えていく。
(あ)
 角を曲がって、ひらけた視界のその先に、私は見慣れた人かげを見つけた。見つからないよう細心の注意を払って、その三人組に近づく。
「のどかっちー! ちゆちー! 大ニュース大ニュース??」
「おはよーひなたちゃん」
「どうしたの? 藪から棒に」
 ハイテンションのひなたちゃんがのどかちゃんとちゆちゃんの元へ駆け寄る。
「ウッソ、私そんなに感情無い??」
(?)
「ひなた、それを言うなら『ぶっきらぼう』。藪から棒って言うのは『いきなり』とかそういう意味」
「おぉ?なるほど! さっすがちゆちー!」
「それでひなたちゃん、大ニュースって?」
 心当たりがあり過ぎて、立てている聞き耳がピクンと動く。

198ゾンリー:2021/11/23(火) 22:26:19
「そうそう大ニュース! なんと、今日うちのクラスに転校生が来るんだって!」
(! さっすがひなたちゃん、情報早いなー)
「ふわぁ?! 一体どんな子なんだろうね」
 後ろ後ろ、ここに居ますよー……って言いたいのをグッと我慢して、歩いていると、いつの間にか校門がすぐそこまで迫っていた。
 私は少しずつのどかちゃん達と歩調をずらし、気づかれないように校門をくぐった。
「……またね」

八時三十五分、朝のHRを告げるチャイムが鳴る。私は円山先生に連れられて教室の少し手前まで歩いてきた。
「それじゃあ、しばらくしたら先生が合図するから」
 そう言い残して先生は教室の中へ。一人取り残された私は、自分の鼓動が急速に早まっていることに気づいた。
(ワクワクしてる……それとも緊張? ふふっ、どっちもかな)
「はい席についてくださーい」
「せんせー! 転校生が来るってほんとですかー??」
 教室の外からも聞こえるひなたちゃんの声。それは私に「早く教室に入りたい」とより強く思わせるには十分で。
「平光……ちゃんと紹介するから、まずは席について」
 否定しなかった先生の言葉に、もっとざわつく教室。それも一瞬で収まって、すこやか中学校のHRは順調に進んでいく。
「……えー、それじゃあ、平光の言う通り転校生を紹介します。親御さんの都合で今日から修了式までの丁度二週間ですが、皆さんと一緒に勉強するお友達です。それじゃあ入って」
 ガラガラガラと木製の引き戸が開かれて、みんなの姿が目に入る。手を当てた心臓のバクバクが最高潮に達して、自然と口角が上がった。
「おはようございます!」
 クラスの生徒全員から集まる視線。モデルのお仕事で慣れっこなはずなのに、妙にソワソワしてしまう。
 教室前方から見て右奥にのどかちゃん達を見つけて、少しだけ肩の力が抜ける。……代わりに彼女達がすごく驚いてるようだけど。
「それじゃあ、自己紹介を」
「我修院カグヤです。東京から来ました。えっと……短い間ですけど、よろしくお願いします!」
 拍手もそこそこに、教室内が再びざわつき始める。「カグヤちゃんってあのゆめプリの?」「うっそ、サイン貰わなきゃ」えとせとらえとせとら……。
「それじゃあ席は花寺の後ろで。あ、でも教科書がないのか」
「先生、それじゃあ今日だけ私の隣でもいいですか?」
 のどかちゃんがそう発言して、後ろにある机を動かす。私とちゆちゃんとのどかちゃん、三人横並びのような感じだ。
「ふわぁ、ビックリしたよぉ」
「こっちに来るなら連絡してくれればよかったのに」
「えへへ」
「カグヤちゃんと一緒とかメッチャ嬉しい!」
 暖かみのある木製の机に荷物を下ろして、椅子に座る。東京の学校で座っていた椅子とは全然座り心地が違ったけど、ずっと立ちっぱなしだった体には丁度よくて、私は悟られないように四肢の力を抜いた。
「なんだ、知り合いだったのか。それなら、昼休みにでも学校の案内をお願いできるかな?」
「「「はい!」」」
 四人で笑いあって、再びHRが進んでいく。ワクワクは未だ衰えることのなく私の中から溢れ出してきて、東京の学校とは変わらないチャイムでさえも、愛おしく感じた。

「それじゃあ号令をお願いします」
「きりーつ、礼」
「「ありがとうございましたー」」
「んーーー四時間目終わったぁ!」
「カグヤちゃん、内容分かった?」
「うん、向こうでもうやった内容だったから」
 他愛もない話をしながら、教科書やノートを片付ける。四時間目が終わったということは、みんな大好きお昼休みの時間!
「ねぇ、のどかちゃん達はいつもどこでご飯食べてるの?」
「天気がいい日はお外のベンチかなぁ」
「カグヤちゃんも一緒に来るよね!」
 いの一番にお弁当を取り出したひなたちゃんが振り返る。
「もっちろん!」
「学校の案内もしないといけないし、丁度いいわね」
 四人で教室を出ようとすると、扉の外に大きな人だかりが。のどかちゃんと二人「何だろう?」と首をかしげながら近づくと、何故か視線はこちら側。
「ちょっちょっちょ、のどかっちカグヤちゃんストーップ!」
「「?」」
「あの人だかり絶対カグヤちゃん目当てだって!」
 確かに、目線はのどかちゃんというより私向き。中にはペンとノートを掲げてる人まで。
 のどかちゃんもそれに気づいたようで、少し顔を引きつらせて「どうしようっか」って尋ねてきた。

「うーん、じゃあ全部対応しちゃおう!」

199ゾンリー:2021/11/23(火) 22:27:21

「「「「いただきまーす……」」」」
 結局、私達が解放されたのはお昼休みが終わる十分前。三人とも突発的なサイン&握手会の手伝いをしてくれて、何とかお弁当までありつけた。
「ふわぁ、大変だったね……」
「アハハ……ごめんね、手伝ってもらっちゃって」
「全然かまわないわよ。放課後まで人だかりができるほうが大変だし」
「そうそう、ちゆちーの言う通り! ……てゆーか、ベンチめっちゃ狭くない?」
 裏庭のベンチ一脚に、ぎゅうぎゅうに座る私達四人。ひなたちゃんのツッコミにごもっともと思いつつ、久々に触れる彼女たちの体温が懐かしくて温かくて。私は楽しみにしていた玉子焼きを大きく頬張った。
 木枯らしが凪いで、木漏れ日が笑い合う私達を優しく包む。ずっとこんな時間が続けばいいな……って思ったけど、お昼休みはもう残り僅か。急いでお弁当を食べ終わったところで、終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
「そうだ、今日から掃除場所変わったんだった。私……どこだっけ?」
「私とひなたは体育館でしょ。ということだから、また教室で」
「うん、またね」
 二人が体育館の方に歩いて行って、私とのどかちゃん、二人きり。まだ掃除当番は知らさせてないけど、のどかちゃんの提案で、彼女と同じ教室掃除をすることに。
「ここって、お昼休みの後に掃除なんだね」
「カグヤちゃんのところは違うの?」
 児童玄関で靴を履き替えて、再び教室へ向かう。
「うん、こっちは六時間目終わってからなんだ。お仕事が入ると途中で抜け出すことが多かったから、先に授業やってくれてありがたかったなぁ」
「へぇー、ん? そういえばモデルのお仕事は? ここから東京に行くのってすごく大変なんじゃ……」
「うん。だからここにいる間のお仕事は全部終わらせてきた! 結構大変だったんだよ?」
 二階へ続く階段を上って、少し歩く。窓から見えた教室内ではもう既に机を後ろへ運んでいる最中で、私達は少し急いで掃除用具入れから箒を手に取った。

 あっという間に五時間目と六時間目が終わって、放課後。ちゆちゃんは部活、のどかちゃんは委員会のお仕事があって、学校案内はひなたちゃんと二人で行くことに。
「んでー、ここが家庭科室! 昨日調理実習でシフォンケーキ作ってさ、それがメッチャ美味しかったの!」
「いいなぁ、私も食べてみたかったー」
「え、じゃあさじゃあさ、作ったの家に余ってるから食べに来ない?」
「いいの?」
「もち! のどかっちもちゆちーも誘ってさ、そんなに遅くまで居れないかもだけど……プチパーティしようよ!」
「パーティ?」
 パーティ。その言葉を聞いただけで、胸が高鳴る。
「いよーっしそれじゃあ張り切って次行こー!」
「おー!」
 家庭科室を後にして、歩く廊下が木の板からコンクリートに変わった。

「「「「かんぱーい!」」」」
 部活と委員会を終えた二人と合流して、向かったのはひなたちゃんのお姉さん――平光めいさんがやっているカフェワゴン。テーブルの上に出されたのは、昨日三人が作ったというシフォンケーキと、このカフェの名物、グミ入りというワンダフルなジュース。
「カグヤちゃんどう? この町は」
「とっっっっっても素敵! みんな凄く生き生きしてて、見てるだけでこっちまで元気いっぱいになっちゃう」
「よかったぁ」
「ふふ、のどかもすっかりすこやか市民ね」
 そっか、のどかちゃんもすこやか市には引っ越して来たんだっけ。ふざけて「のどか先輩」なんて言ってみたら、途端に顔を紅潮させて、かわいかった。
「あー、アスミンやニャトランたちにも会わせてあげたいなー」
 そう言って、ジュースを飲み干すひなたちゃん。器用にストローでグミを口に頬張った。
「仕方ないわよ。そう簡単に何度もヒーリングガーデンには行けないし……」
「向こうにはエゴエゴとクジラさんが行ってるよ。ちゃんと仲良くできてるかな……?」
「「「あー……」」」
 あはは、だよねー。でも、エゴエゴもお母さんの協力に意欲的だし、クジラさんも居るからきっと大丈夫。
「でも三週間だけかー……もっと長かったらいいのに」
「私もそうしたいんだけどね。でもさ、また絶対来るよ! あ、でも皆にもまた東京に来てほしいな」
「行く行く絶対行く!」
「私も!」
「私も」
 よかった。あの一件以来、東京に行きたく無いって思われてたらどうしようって思ってたけど、どうやら杞憂だったみたい。小さな肩の荷が一つ降りて、胸のあたりがスッと軽くなった。
「お嬢さん方?、宴もたけなわですけど、そろそろ閉店の時間ですよー」
 その後も他愛のない話に花を咲かせていると、めいさんに声をかけられてはっと時間を確認する。五時四十五分、もう帰らないと「学校で色々あって」とは言い訳し難くなる時間だ。

200ゾンリー:2021/11/23(火) 22:27:51
「わ、本当。それじゃあ、また明日ね!」
 お土産にと持たされた大量のシフォンケーキ(一体どれだけ作ったんだろう……)を手にして帰路につく私達。「また明日」の言葉がなんだか嬉しくって、砂利道を進む感覚を噛み締めながら、私は明日も訪れる学校生活に思いを馳せた。

「ただいまー……って、お母さん今日遅いんだっけ」
 電灯に照らされたテーブルの上には置き手紙とお金。プロジェクトの決起集会で食べて来るって言ってたこと、すっかり忘れちゃってた。
「うーん、どうしよう?」
 地図アプリを起動して、飲食店で検索。惣菜店はギリギリ閉まってて、他のお店は料亭だったり居酒屋だったり、中学生一人で行くのには結構ハードルが高い。

 外食は諦めてお弁当にしようとスーパーで再検索をかけようとしたその指を、呼び鈴の音が遮った。
「はーい」
(宅急便、お母さん頼んでたかな?)
「ごめんくださーい」
 ドア越しに聞こえたのは、予想外な子供の声。驚きつつもドアを開けると、そこには小学生くらいの女の子。愛くるしい二つ結びで、手にはお鍋が握られていた。
「あれ? あなた確か……」
「あ、えっとえっと、私、隣に住んでる……」
 そのキーワードでビビっときた。
「りりちゃん!」
「!」
 私とお母さんが越してきたのは、こじんまりとした小さなレンガ造りのアパート。そのお隣さんとして昨日ご挨拶に行ったのが、このりりちゃんが住んでいる部屋。
「どうしたの? こんな時間に」
「その……シチュー作りすぎちゃったんで、お裾分けに……」
 そう言って、顔を赤らめるりりちゃん。お鍋からは濃厚な甘い匂いが漂っていた。
「ホント? 丁度晩御飯どうしようって思ってたんだ! ありがとう」
「……? 我修院さんも一人なんですか?」
 あれ、我修院さん「も」? その含みのある言い方に追及すると、どうやらりりちゃんもお母さんの帰りが遅いらしい。それも、今日だけとかじゃなくて、結構頻繁に。
「じゃあさ、一緒に食べようよ!」
「えっ、いいんですか?」
「もっちろん! それと、カグヤでいいよ」
「……!」
 りりちゃんはもっと顔を赤らめて「カグヤおねえちゃん」とはにかむ。私はその天使のような笑顔に悶絶しながら、りりちゃんを家へ招き入れた。
「おじゃましまーす……ふふっ」
「どうしたの?」
「部屋の形はうちと一緒なのに、ここまで違うんだなーって」
 そう言われて、挨拶に行ったりりちゃんの部屋を思い出す。言われてみれば、家具の配置は一緒なのにカーテンの色とか食器の置き方で、まるで別の部屋みたいに見える(実際別の部屋なんだけど)。
 私はシンクの下にある棚からパックご飯を二つ取り出しレンジで温めて、同時進行でりりちゃんから受け取ったシチューをコンロで温めなおす。あとはそれをお皿に盛り付ければ、シチューライスの完成。グラスに注いだ麦茶をりりちゃんに運んでもらえば、すべての準備が整った。
「「いただきまーす!」」
 大きく掬ったシチューライスを口に運ぶ。バターのコクと甘みがゴロゴロと入った具材と混ざり合い、更にご飯と絡んで口の中を駆け巡る。
「おいしい! これ本当にりりちゃんが作ったの?」
「えへへ、初めて作ったわりには上手にできたかな」
「初めて? 凄いね」
 発見したサツマイモとシチューの相性の良さにも驚きながら、会話が弾む。
「そうだりりちゃん、よかったら一人の時はこうやって食べに来ない?」
「いいの?」
「うん、お母さんもきっと良いって言ってくれるよ。まあ、三週間だけなんだけど……」
 りりちゃんが、伏し目がちになる。でもすぐに納得したように笑顔になってくれた。
「気にしないで! ジョセフィーヌのおかげで寂しくなんかないもーん」
「ジョセフィーヌ?」
「あ、えっとね、私が前に拾ったペンギンさんでね。お別れしちゃったんだけど、勇気をもらったんだ」
 りりちゃん、強い子だなぁ。
「そっか。ねぇねぇ、シフォンケーキもあるんだけど……?」
「? 食べたい!」
 夜が更けていく。ふんわりとした甘さが口と心に広がって、なんだか温かい。
 二人っきりの女子会は、りりちゃんがコクンコクンと船を漕ぐまで続いた。

201ゾンリー:2021/11/23(火) 22:28:22
続いて後編、お願いします!
やはり5、6レス使わせて頂きます。

202ゾンリー:2021/11/23(火) 22:28:57

「おはよう!」
「おっはよーカグヤちゃん」
「おはよー、カグヤちゃん」
「おはよう。カグヤちゃん」
 三者三様の「おはよう」を受けながら三人の輪の中へ。転校初日から三日。少しずつこの町の生活にも慣れてきた私は、学校生活を満喫していた。
「そういえば今日理科の小テストじゃなかった?」
「ひなたちゃん、この前補習受けてたよね……」
「ふっふっふ、今回はちゃーんと復習してきたから完璧! なんなら勝負してもいいよ〜?」
 にやり顔のひなたちゃんに、心の底から驚いたような表情ののどかちゃんとちゆちゃん。
「そう言うってことは、随分と自信があるようね」
「ふわぁ、負けないよ!」
「私も私も! 理科は得意なんだ」
 四人で笑いあってると、校門はすぐそこに。けれど歩調を遅らせる必要なんてどこにもない。
「えーじゃあさ、一番点数低かった人が一番高い人のお願い一個聞く罰ゲームってのは?」
「自分の首絞めることになっても知らないわよ……?」
「ふふっ、面白そう!」

 そして。
「どおぉぉぉぉしてぇぇぇぇぇぇぇ……!」
 ひなたちゃんが九十二点、のどかちゃんとちゆちゃんが横並びで九十六点。そしてなんと、私が全問正解の百点! ということで……。
「ほらひなた、言わんこっちゃない」
 崩れ落ちるひなたちゃんを苦笑交じりのちゆちゃんがなだめる。
「カグヤちゃん、お願いはどうする?」
「うーん、そうだなぁ……」
 几帳面に間違った箇所の修正を終えたのどかちゃんに言われて、迷う。
「うぅどうか神様カグヤ様優しいの、優しいので願いしますぅ」
「アハハ……あ、こういうのはどう? 『カグヤっち』呼び……なんて……」
 言ってて自分で恥ずかしくなっちゃった。まるでステージの上で眩いライトに照らされているかのように、顔が熱くなる。
 
 直後、テスト用紙を放り投げたひなたちゃんに抱きつかれた。

「もちろんだよ! 『カグヤっち』」
「じゃあ……私も、カグヤ」
「?」
 ちゆちゃんにも呼び捨てにされて、思わず目を見開く。やっと、みんなと一緒の目線に立てた気がして、目が潤んだ。
「わーごめんカグヤっち、痛かった?」
「ううん、なんだか嬉しくって……」
「じゃあ私も呼び方変えてみようかな? カ、カグ……んー、カグヤん?」
 珍しくおどけるのどかちゃん。三人同時に吹き出して、腹を抱える。しかものどかちゃんはいたって真面目だから、余計に面白くって。
「ちょっとのどかっち! なにカグヤんって?!」
「もぅのどか笑わせないでよー」
「えー、いいと思ったんだけどなぁー」
「アハハハ、カグヤんなんて初めて呼ばれたよ」

203ゾンリー:2021/11/23(火) 22:29:30
 その後も、私の呼び方についてはしゃいでると、教室の人気がなくなってることに気づいた。
「あれ、次移動教室じゃなかったっけ?」
「あわっ、いつの間に」
「よしじゃあ行こ、カグヤん」
「それ採用なの??」
「いやぁ冗談冗談」
  ・
 こっちに来てからもうすぐ一週間をむかえる、金曜日。お母さんの調査の方も順調みたいで、「追加調査だー」って夜遅くまで帰ってこないこともしばしば。
 今日も学校から帰るとスマホにお母さんからのメッセージ。
『すまない、今日も遅くなりそうだ』
 寂しい……って思わないわけじゃ無いけど、私とお母さんの夢のためだもん。そのためなら、この位我慢できる。
「とは言うものの……今日はりりちゃん、お母さんとお出かけだって言ってたよね」
 独り言が狭い部屋に物悲しく響く。気丈に振る舞ってはいても、胸の下あたりが沈んだように重くなった。
『?♪』
 不意の着信音にはっと視線を戻す。リズム良く震えるスマホの画面に表示されていた名前は、ちゆちゃん。
「もしもし」
『あ、カグヤ? ちょっといいかしら』――

 着信から十数分後。夕暮れに染まるアスファルトを駆け抜けて、上がった息が白く寒空に溶けていく。
「ちゆちゃん!」
「カグヤ!」
 出迎えてくれたちゆちゃん。私は、旅館沢泉に来ていた。
「今日はよろしくお願いしますっ」

『ご迷惑じゃなければなんだけど……今からウチに来ない?』
「えっいいの?」
『じつはお客様にお出しする予定の料理が余ってしまって。せっかくだし、温泉も紹介したかったし……どうかしら?』
「行きたい行きたい? 丁度ね、今日お母さん夜遅くなるっていうから困ってたの」
 足をブラブラさせながら、耳にあてたスマホに神経を集中させる。

『それなら……泊まりに来ない?』



 ついさっきの通話を反芻しながら、旅館の裏口を通ってちゆちゃんの部屋に。取り急ぎまとめた着替えを入れたショルダーバッグを一旦置いたところで、お盆を持ったちゆちゃんが戻ってきた。
「ありがとう、助かっちゃった」
「こちらこそ。それに、一度は泊ってほしかったし。まあ……客室じゃないのだけれど」
「ぜんっぜん! わぁ畳懐かしい〜!」
 井草の感覚を味わいながら、住んでいた家の寝室を思い出す。暖房で温められた畳はぽかぽかで、夜なのに日向ぼっこしてるみたい。
「お腹空いたでしょ? ついでにいろいろ貰ってきたから、あったかいうちに食べましょ」
 お盆にかけられた布巾を外すと、まるで旅館で出てきそうな料理の数々。実際旅館なんだけどね。
「おいしそう……!」
「カグヤはいつもどうしてるの? 遅くなるってことは我修院博士お忙しいんでしょう?」
 並ぶ料理はどれもお客さんに出す予定だったものだからか、見てるだけで美味しさが伝わってくるようだった。
「うん。だからいつも隣に住んでる子と一緒に食べてるんだ。その子も親の帰りが遅くてね、りりちゃんっていうんだけ」
「りりちゃん?」
 食い気味に身を乗り出してきたちゆちゃん。その珍しく驚いた表情に圧倒されながらも、「知ってるの?」と聞き返す。興奮したように話そうとする彼女を、空気を読まない私のお腹の音が遮った。
「わーごめんごめん、続けて?」
 顔を真っ赤にして話の続きを催促する私。それにツボったちゆちゃんは、ひとしきり爆笑した後、お櫃からホカホカのご飯をお茶碗に盛り付けてくれた。
「うぅーありがと……いただきます」
 一番気になっていたお刺身を一口。さっくりとした脂身と、ねっとりとした甘みのある赤身がコクのある醤油と最高にマッチして、無意識にご飯へ手か伸びる。続いて、茄子の天ぷら! サクッと小気味い音を立てた途端に感じるみずみずしさ。岩塩が優しいお茄子の甘さを引き立てて、これまた最高。
「すごい……こんなにおいしいの初めて!」
「ふふっ、よかった」
「そうだ、話のつづき! ちゆちゃんってりりちゃんと知り合いだったの?」
 一旦お箸を止めて続きを催促。ちゆちゃんは温かい緑茶を啜ると、「少し前の出来事なんだけどね」と前置きしてことの顛末を話してくれた。

「そんなことがあったんだね……」
「ヒーリングガーデンに帰る前までは、私もペギタンを連れて時々行ってたんだけど……最近行けていなかったから」
「うん、ちゃんと学校のことも話してくれるし、今日だって、お母さんとお出かけするんだ?って楽しそうだったから、大丈夫だと思うよ」
 安堵したような表情のちゆちゃん。私は最後のお味噌汁を飲み干して、「ごちそうさまでした」と手を合わせた。


204ゾンリー:2021/11/23(火) 22:30:03
「おぉ〜広い!」
 温泉特有の蒸気にあてられながら、裸足で平たい石畳の上を歩く。夜風が洗った後の身体に直撃して、私たちは足早に岩で囲まれた湯船に向かった。
「「あったか〜い」」
 トロトロのお湯に四肢を揺蕩わせて、力を抜く。家のお風呂とは違う非日常感も、このリラクゼーション効果の前ではまるで無力で、私は岩に背中を預け、大きく息を吐いた。
「気持ちいぃ……毎日こんなお風呂入ってるの?」
「流石に家のお風呂と旅館の温泉は別よ。使ってるお湯は一緒だけどね」
 髪を下ろしたちゆちゃんと肩を触れ合わせながら、話題は東京の温泉施設について。
「向こうは、あんまり温泉旅館って無いわよね?」
「うん。温泉はあるけど、ホテルとか旅館になってるところはあんまり無いかな……スーパー銭湯とかって聞いたことない?」
「確かに! 旅館よりはそっちのイメージが大きいわね」
「でしょ! あーあ、近所にもこんな旅館できればいいのに」
 掬い上げたお湯を満点の星空に透かしてみる。手から零れ落ちる光が優しくて、私はもう一度お湯を顔に流した。

「それじゃあ、電気消すわね」
「うん」
 ちゆちゃんが紐を引っ張るタイプの電気を消して、目を開けてるのに視界が真っ暗に染まる。それも暫くすると慣れてきて、ちゆちゃんのシルエットくらいなら判別できるようになった。
「……ありがと。今日は誘ってくれて」
「どうしたの? そんな改まって」
 寝返りをうつ私。お日様の匂いに包まれたお布団が、小さく擦れる音を立てた。
「私、こっちに来てから何かしてもらってばかりだなーって」
「そんなこと無いわよ」
「ううん。そして、私は何もお返しできてない……」
 小さな自嘲にも似たため息が、音もなく漏れ出す。
「……私は、カグヤが嬉しそうだったら、楽しそうだったらそれで十分なんだけどな」
「ちゆちゃん……」
「さ、もう寝ましょ? 朝は六時に起きてランニングの予定なんだけど……」
 ちゆちゃんからの提案。私はその小さな無力感のせいなのか、勢いで「私も行きたい!」と即答した。
「それじゃ決まりね。おやすみ」
「うん、おやすみ」
 その朝、ランニングで悲鳴を上げたのは言うまでもない……かな。
 それから数日後の放課後、土曜日じゃないけど、今日は午前授業(半ドン)の日。
「ひーなたちゃん」
「お、カグヤっちー」
 平光アニマルクリニック前に集まった二人。ちゆちゃんものどかちゃんも日直の仕事が残ってて、後から合流。
「いっよーしそれじゃあ〜、ゆめぽーとに出発!」
「おーっ!」
 ひなたちゃんが教えてくれた「裏道」を進んでいけば、目的地まで十数分ほどらしい。かわいい花が咲き乱れるその道を進みながら、私は前を行くひなたちゃんに声をかけた。
「ねぇ」
「んー?」
「ひなたちゃんはさ、何かしてほしいこととか……ない?」
 ちょっとストレート過ぎたかな? と思いつつ、ひなたちゃんの返事を待つ。彼女は少し悩んだ後「特に無いかなー」って両手を伸ばした。
「って、急にどしたの?」
「あー、えっと」
 このままはぐらかしてしまいたい欲求をぐっと抑え、駆け寄って手をつなぐ。
「んーん、なんか、皆にお返ししたいなーって」
「何それめっちゃ偉いじゃん! よし、私も手伝う……てか手伝わせて!」
「もー、それじゃお返しの意味ないよ。でも、ありがと! ひなたちゃんが手伝ってくれるなら百人力! といっても、何すればいいか全く思いつかないんだけど……」
 二人して口を尖らせ、考える、考える、考える……。結局何も思いつかないままゆめぽーとに到着したところで、私たちはひとまず目の前のショッピングを楽しむことにした。
「いよーし、まずはこの店! カグヤっちはさ、どのブランドで買ったりする?」
「私、撮影でもらった物だったり、マネキンそのままだったりするから……実はあんまり詳しくないんだ、あはは」
「うっそマジー?」
「マジマジ。前に東京で買ってもらった服、すっごく可愛くて、ついそればっかり。アレンジとかできるのほんと凄いと思う!」
 そんな話をしながらも、既にひなたちゃんの腕には大量の洋服が。
「ほうほうほう、嬉しいことを言ってくれるねぇ。それじゃあ一皮むけますか!」
 それを言うなら「一肌脱ぐ」じゃないかな……なんてツッコミは手渡された洋服に塞がれて。私は言われるがままに試着室へと向かった。

205ゾンリー:2021/11/23(火) 22:30:35
「おまたせ!」
 勢いよく試着室のドアを開けて、くるっと一回転。まだまだ練習中のポージングを決めて、ひなたちゃんの反応を伺ってみた。
「いい! やっぱカグヤっち最高だよ!」
「ひなたちゃんのファッションセンス、流石だよ。デニムのフレアパンツで大人っぽさと脚を細長く見せていて、フリルの襟付きブラウスで可愛さも表現してる!」
「コメント百点! ……ってこれだああああああああああ! カグヤっちこれだよ!」
「え、どれどれ?」
「これだよこれ、ファッション! モデルやってるんだからファッションショーで決まりっしょ!」
 次々におしゃれな服を私にあてがいながらハイテンションのひなたちゃん。
(ファッションショー……かぁ)
 ずっとお仕事でやってきたけど、思えば誰かのために自分からなんてやったこと無かったな。私の中に、小さな好奇心が生まれた。
「それ、賛成、大賛成!」
「でしょ? じゃあいろいろ買わないとじゃない〜?」
「これは買うしかないねぇ〜」
 うわぁ、私もひなたちゃんもカメラに映せないような、悪の組織みたいな表情しちゃってるよきっと。

「おーい、ひなたちゃーん、カグヤちゃーん」
「おまたせー」


「お〜っ、これはいいタイミングに来ましたなぁ? カグヤ殿」
「そうですなぁひなた殿」

「ど、どうしたの……?」
「この二人、意外と危険だったのかも……」
「「ふふふふふ……」」
 のどかちゃんとちゆちゃんも巻き込んで、一世一代の大ショッピング。言葉の通り端から端まで行ったり来たり、時折あまーいスイーツで休憩をはさみながらも、空が真っ赤に染まるまで私たちは洋服を私の体にあてがっていた。

 もう残された時間は多くない。ファッションショーの準備は急ピッチで進んでいく。……まあ、今日は小テストの勉強会も兼ねてるんだけど。
「じゃあ次の問題、『ありきたりなさまを表す言葉。明治中期まで続いた句合が語源』」
「はい!」
「カグヤちゃん」
「月……月……並み?」
「せいかーい」
「やった!」
「ふふ、今日はこのくらいにしとこっか」
 国語の教科書を勢いよく閉じて、代わりに一冊のルーズリーフを開く。そこにはファッションショー兼お別れパーティの計画がびっしり。
「カグヤちゃん、お料理のほうはどう?」
「うーなんとか! りりちゃん先生様様だよ」
 そう、今回の料理はぜーんぶ私が作るんだ。りりちゃんに頼み込んで、絶賛修行中。
「あ、お母さんとお父さんに許可取れたよ〜。家使ってもいいって」
「ありがと! じゃあ会場はのどかちゃん家で」
「そうだ、お客様からもらった花火あるんだけど、よかったらやらない?」
「いいね、やろうやろう!」――

 準備と学校生活であっという間に時間は過ぎていき、とうとう修了式。
「えー、皆さんご存じの通り、我衆院さんは今日で東京に戻ります。それじゃあ……我衆院から一言お願いします」
「はい」
 これで最後だと木で出来た机をそっと撫でて、席を立つ。でも来週のパーティーがあるから、お別れって感じはあんまりしなくて。
「この中学校で過ごした二週間、絶対に忘れません! これから受験とか大変だと思うけど、体調に気を付けて頑張ってください! 私もまた遊びに来ますっ」
 湧き上がる拍手。円山先生も涙ぐんでるけど……だめだめ、まだ泣くような時じゃない。
「カグヤちゃん、また来週ね〜」
「バイバーイ」
「うん、またね!」
 そう、本番は来週。でも今だけは、この学校との別れを惜しんでもいいよね。

「カグヤっち、こっちは準備OKだよ、どうぞ」
 トランシーバー代わりのスマホ通話越しにざわめきが伝わってくる。
「うん、こっちも大丈夫。どうぞ」
「よしじゃあカグヤっちのタイミングで行っちゃって!」
 通話終了のSEが耳元で鳴って、大きく深呼吸を一つ。みんなと隔てられた扉を開けて、私は勢いよく飛び出した。
「みんなー! 今日は……そして今日まで本当にありがとう! ひなたちゃんプロデュースの特別なファッションショー名付けて『すこやかコレクション』、いっくよー!」
 仲間内の歓声が妙に心地よくて、すぐにモデルの感覚を取り戻していく私。

206ゾンリー:2021/11/23(火) 22:31:36
「まずはこれ、ピンク色のギンガムチェックスカートに白いジャケット。これだけだと結構纏まりがないんだけど、中に着た深緑のシャツが一つにまとめているんだ!」
 控室で早着替えをしている裏で、私がつくったお料理が運ばれる。運んでくれるのは、私のお師匠りりちゃん先生。
「続いて〜、桃色を基調としたお花柄のワンピース! ちょっと子供っぽいかなーとも思ったけど、流石ひなたちゃん、ハットを被れば意外にピッタリでしょ?」
 みんなのお父さんやお母さん、円山先生も思い思いのお酒を手にもって「おぉ〜」と良いリアクション。
「どんどんいくよ、これは前開きの黄色いパーカーにボーダーシャツとデニム生地のショートパンツ。シュシュを使って元気はつらつなポニーテール風!」
「厚底サンダルとシースルースカートの組み合わせ! あえてシンプルなアクセサリーが透明感を引き立ててるんだよね〜」
 その後もくるりくるりとカグヤ七変化。その度にみんなの驚く顔と瞳が私の目の前できらきらと輝きを放っていく。

「さあさあ、パーティはこれからだよ、楽しんでいってね!」

 お酒で顔を赤らめたお母さんの慈しむ表情に、私はとびっきりの笑顔ではにかんでみせた。

「いたいた」
 一人ベランダで黄昏ていると、のどかちゃんが乳酸菌飲料の注がれたグラスを両手に持ってこちらの方に。私は差し出された片方のグラスを受け取って、カチンと小さく打ち鳴らした。料理でお腹いっぱいのはずなのに、後を引かない爽やかな甘味が自然と喉の奥へ流れ込んでいく。
「……カグヤちゃん、今日はありがとう」
「ううん、私だけじゃないよ。ちゆちゃんにりりちゃん、ひなたちゃん、そしてのどかちゃん。みんなが居たから、今日のパーティーは成功した」
「でも、その中心になって動いてくれたのは……カグヤちゃん、貴女なんだよ」
 のどかちゃんの優しく包み込むような笑顔が夕日に照らされて、私の胸の中がじんわりと温かくなる。肩の力を抜いた私は、「ありがと」とのどかちゃんの方へ肩を寄せた。
「大人の皆さんは、すっかり出来上がっちゃったみたいだよ」
「ふふっ、お母さん久々のお酒で二日酔いにならないといいけど」
「うちも。でも、そういう機会じゃないと飲まないから」
「「ねー」」
 親ラブな私たちの思いを知ってか知らでか、お母さんとのどかちゃんの両親の楽しそうな会話が遠くで聞こえる。
「……私、みんなに恩返しできたかな?」
 オレンジ色に染まった芝生が、風に吹かれてサワサワとそよぐ。直後、真下からりりちゃんの大きな笑い声が聞こえてきて、私達は顔を見合わせて微笑んだ。
「ふふっ、聞くまでも無いんじゃない?」
「……うんっ」
 いつの間にかグラスの中身は二人とも空になっていて、ベランダからまっすぐ見える海岸線が、ゆっくりと淡い紫色に染まっていく。
「あ、一番星」
「えーどこどこ? あ、あった!」
 
 明るく浮かぶ光の粒。それは今日という特別な一日を祝福してるようで、同時にその終わりを告げているようで。
「いよいよ明日、かぁ……なーんか全然、そんな気しないんだよね」
「私もだよ。でも、同じ空の下で繋がってるから……なんて」
 照れたようにはにかむのどかちゃん。気づけば空は随分と暗さを増していき、部屋から洩れる明かりでようやく、彼女の表情が伺えるくらいの明るさになっていた。
「……なんて、ベタすぎたかな?」
「あ、のどかちゃん、ベタじゃなくて……」
「「月並み!」」
 キレイにハモって、同時に吹き出す。
「アッハハハ! ううん、でもその通りだよね。東京じゃ、こんなきれいな星は見えないかもだけど、同じ空の下にいる。それに、もう二度と会えないわけじゃないし」
「うん! また絶対、東京に行くね。やくそく」
 真っ暗な手元で数回指をぶつけながら、小指で指切りげんまん。
「そうだ、せっかくなら皆で色んな所に旅行行きたいな」
「ふわぁ〜それもいいね! カグヤちゃんだったらどこに行きたい?」
「三重かなぁ? 実はね、シュークリームの生産量が日本一なんだって! のどかちゃんは?」
「えーとじゃあとびっきり飛んで……北海道とか沖縄とか! 一度飛行機乗ってみたいんだぁ」
 まだまだ冷えるベランダで肩を寄せ合いながらそんな話をしていると、階段をトントントントンと上ってくる音が。
「あー二人ともこんなところにいたー!」
「風邪ひいちゃうわよ?」
 音の主は、心配して私たちを捜しに来てくれたちゆちゃんとひなたちゃん。その手には、季節外れの花火セットが握られていた。
「わ、花火だ!」

207ゾンリー:2021/11/23(火) 22:32:06
「ふふ、今ね、みんなで旅行行きたいねーって話してたんだぁ。ちゆちゃんとひなたちゃんは何処に行きたい?」
 一階へと戻りながら、話を広げるのどかちゃん。意外なことに、二人とも即決だったみたいで。
「私は兵庫。温泉の有名どころは抑えておきたいもの」
「はいはいはいはい! 私はねー福岡! だって美味しいものいっぱいあるんでしょ〜、行ってみたいよねぇ」

 旅行の話は尽きないけど、玄関ではみんなが蝋燭と水入りのバケツを用意してお待ちかね。
「カグヤお姉ちゃーん」
「はーい! みんな行こ」
「よっしゃ花火だー!」
 各々好きな色の花火を手に取って、火をつける。鮮やかな閃光とともに、火薬の匂いが鼻孔をくすぐった。
「ねぇ、次はこれやってみない?」
 私が取り出したのは花火の代表格、線香花火。カラフルな「こより」といった風体のそれを、私は三人に手渡した。
「じゃあ誰が一番長く残せるか勝負だ!」
「またー? 二連敗しても知らないわよ?」――

 あの後、案の定二連敗を記したひなたちゃん。楽しい時間ほどあっという間に過ぎて行って、心地よい疲労感とともに迎えた、引っ越し当日。
「カグヤお姉ちゃん……ほんとに行っちゃうんだね」
「うん……ごめんね」
 通いなれたアパートの階段。その裏側で、りりちゃんの頭をそっと撫でる。
「ううん、大丈夫だもん!」
(本当に、強い子だなぁ)
 りりちゃんの目じりに浮かんだ水滴(なみだ)。私はそれを小指で拭って、ポケットから取り出した花のヘアピンを、そっと彼女の前髪に付けた。
「……!」
「よく似合ってるよ」
 スマホの内カメラでりりちゃんを映す。「なんだか自分じゃないみたい」とはしゃぐ姿に、一安心。
「それじゃ、行くね」

「待って!」

 そんな私を呼び止めたのは、りりちゃんでも、りりちゃんのお母さんでもなく……
「のどかちゃん! ちゆちゃんにひなたちゃんも!」
「よかったぁ間に合って」
 三人とも息が荒く、ここまで急いできたことが伺える。
「もー、ひなたが遅刻するから……」
「ほんっとゴメン! 作ってたら夢中になっちゃってさ」
「作る?」
 不思議そうに首を傾げる私に、ひなたちゃんは一冊のノートを差し出した。
「これ、私流のファッションアレンジまとめてみたんだ! 開けてみて」
 ページを開くと、昨日のファッションショーで着たコーディネートの解説が。蛍光ペンでアンダーバーが引かれてて、とってもわかりやすい。
「次は私。これ、よかったら車の中で食べて」
 ちゆちゃんから受け取ったのは、風呂敷に包まれたお弁当箱。中身を聞いたら「開けてからのお楽しみ」ってはぐらかされちゃった。
「私、ちゆちゃんみたいにお料理上手じゃないし、ひなたちゃんみたいにファッションセンスもないから……これ」
 のどかちゃんからは、淡い桃色のお花があしらわれたフォトフレーム。その中を見ると、写真の代わりに手紙が入っていた。
「は、恥ずかしいから車の中で読んでほしいな……」
「……うん。ありがとう」
 感情が高ぶって、うまく言葉が出てこない。本当はもっと、素敵なこと言えたらよかったのに。
「ねぇ、フォトフレームなんだから、みんなで写真撮らない?」
 そう提案した私は、お母さんにカメラを起動したスマホを渡して、皆のもとへ駆け寄る。
「ほら、もっと寄って寄って!」
 おしくらまんじゅう状態に固まった私たち。
 お母さんがスマホを構えると、全員でおそろいの横ピース! 図らずも全員っ被ったそのポーズにひとしきり大笑いして、ようやく踏ん切りがついた私は、大きなリュックを背負い車へと歩き出した。
 
 
 
 
「みんな……またね!」

208ゾンリー:2021/11/23(火) 22:32:39
 来た時よりも多くなった荷物に後部座席を占領されながら、自動車が緩やかな坂を上っていく。ずっと手を振ってくれていた皆もすぐに見えなくなって、カーオーディオから流れ出す懐メロがなんだかやけに胸に響いた。
 ちゆちゃんからもらったお弁当(豪華な天むすだった!)を二人で平らげて、きちんとお手拭きで手を拭いてからフォトフレームの手紙を取り出す。
『カグヤちゃんへ
 一緒に過ごしたこの三週間、良い思い出が多すぎて、いきなり何を書こうか迷っています。
 東京でカグヤちゃんに出会って、色んなことがあって。こうしてまた会えたことが何よりも嬉しかったです。ぎゅうぎゅうのベンチで一緒にお弁当食べたり、めいさんのカフェでプチパーティしたり、小テストの点数で勝負したり、ファッションショー開いてもらったり、ってほんとにキリがないくらい。だから、カグヤちゃんとのお別れは少し……ううん、とても寂しい。
 
 そうだ、このフォトフレーム、自分で作ってみたんだ。ダイヤモンドリリーっていうお花なんだけど、カグヤちゃんの髪の色とそっくりなんだ。花言葉は……自分で調べてみて!
 
 最後になっちゃったけど、体に気を付けて、元気で過ごしてね。カグヤちゃんの行く先が、希望と夢にあふれていますように。
花寺のどかより』


 彼女の声で再生されるその手紙に見つけた、三粒ほどの小さな水シミ。それを優しくなでていると、私の頬をツーっと何かがつたっていく感覚。それが涙だと分かった途端、目頭が熱くなった。
 
(おかしいな? ちゃんと笑顔でお別れできたのに。ちゃんと……またねって言えたのに)
 せっかくもらった手紙に、一つ、二つと新しいシミが増えていく。だんだんと潤んでいく視界に、太陽の光がやけに眩しく突き刺さって。

「……コンビニで、写真プリントアウトしていくとするか」
「うんっ……!」


 三週間ぶりの懐かしい制服に袖を通して、これまた懐かしい通学かばんを手に取る。
「お母さーん、私先行くね〜」
 棚の上に置かれた、「また会う日を楽しみに」の花言葉を冠した花のフォトフレームに入れられた三週間前の写真。私はあの時の感覚を思い出しながら、使い古したローファーに履き替えた。
「行ってきまーす!」
 ドアを開けた途端に、歓迎するような陽光。それを体いっぱいに浴びながら、階段を下っていく。

 高く、どこまでも続く青空と、これからまた始まる青春。それらに想いを馳せながら、私は精一杯の握りこぶしを突き上げて、走り出した。

「生きてる……って感じー!」

 (終)

209ゾンリー:2021/11/23(火) 22:33:18
以上です。ありがとうございました!

210名無しさん:2021/11/30(火) 01:36:19
読んだー!
丁寧な描写でカラフルな世界が広がる、って感じです。
最初から最後まで、一本筋が通っているのが凄いと思いました。
次回作も楽しみにしています!

211makiray:2023/01/10(火) 20:29:03
ご無沙汰しています。
年も改まり、デパプリがラストに向けて盛り上がっている中、昨秋の映画『夢みるお子さまランチ』でキュアエコーを活躍させるお話をお届けします。
タイトルは“Juvenile”
11 スレ、お借りします。

212makiray:2023/01/10(火) 20:31:16
Juvenile (01/11)
----------------
〈コドモイガイハ ハイレマセン〉
「え…?」
「どういうことですか?」
 坂上あゆみはその声に振り向いた。
 ドリーミア。
 子どもたちのための、おいしい料理とエンターテイメントの楽園。おいしーなタウンの近くにオープンした夢の遊園地に、学校の友人とともにやってきたが、その入園ゲートで、聞き覚えのある声を耳にした。
〈コドモイガイハ ハイレマセン〉
「私は小学生です。入れないとはどういうことですか!」
「亜久里ちゃん」
 声を上げているのは円亜久里だった。隣で困惑しているのは、友人の森本エル。
 ちょっと待ってて、と仲間から離れる。あゆみは亜久里に駆け寄った。
「どうしたの」
「あゆみ…」
 一瞬、笑顔になりかけたが、亜久里は視線を入園ゲートのアテンダント ロボットに戻した。
「私を小学生だと認識してくれないのです」
 ロボットを見る。目が合うと、そのロボットは〈ヨウコソ、ドリーミアへ〉と言った。あゆみは「子ども」に分類されたようだった。
「お友達は?」
「エルちゃんは大丈夫でした」
 小さくうなずくエル。
「さぁ、もう一度、確認なさい。最後のチャンスですわ」
 その意味を理解したのか、ロボットはやや時間をかけて亜久里をスキャンした。
〈コドモイガイハ ハイレマセン〉
「もう結構! 世紀の発明家・ケットシーの技術力も大したことありませんわね。
 あゆみ、エルちゃんをお願いします」
「亜久里ちゃん!」
「私は入れませんが、エルちゃんはドリーミアに来るのを楽しみにしていたので」
 あゆみはエルを見た。エルはあゆみを見てはいなかった。
「私は嫌だよ」
「でも」
「亜久里ちゃんと一緒に来たかったんだもん!」
 はっきり言う様子に、あゆみはいくらかのうらやましさを感じた。
「エルちゃん…」
 ふたりは、かすかに目元を潤ませながら、お互いを見ている。あゆみは静かにそこを離れ、友人たちのところに戻った。
「どうしたの?」
「私の友達なんだけど…ロボットが子どもじゃないって言い張ってて、入れないんだって」
「えぇー」
「しっかりしろよ、ケットシー」
「私、心配だから送ってく」
「え、帰っちゃうの?」
「うん…ちょっとほっとけない」
 振り向くあゆみ。亜久里がエルの涙をぬぐっていた。
「…だね」
「ごめんね。また誘って」
「おう。それが大人の務めってもんだな」
「ありがとう。
 あ、それから」
 あゆみは友人たちを見つめた。
「みんなも気をつけて」
「何に?」
 想像もしなかったからか、三人が同じことを言った。
 自分でもなぜそんなことを言ったのかわからない。しかし、かすかな胸騒ぎがした。
「え、っと…いよいよ食べるぞー、っていう時に、やっぱり中学生は大人だ、とか言い出すかもしれないし」
「あー、そうだねー」
「デジタルは信用できんなー」
「じゃ」
 戻る。お互いに涙を拭き終わった亜久里とエルはもう歩き始めていた。
「あゆみ、あなたは別に」
「うん。また来ることにした」

213名無しさん:2023/01/11(水) 00:50:24
>>212
おお、makirayさんのキュアエコーが活躍する映画SS、キター!
これは続きが楽しみです。
「亜久里ならなぁ……」
と思わず頷いてしまうヒドい大人がここに……

214makiray:2023/01/11(水) 20:02:18
Juvenile (02/11)
----------------
 ここはおいしーなタウンだし、何か食べていこう、と言ってみたが、エルはすっかり意気消沈していた。亜久里が拒絶されたことが相当にショックだったらしい。そのまま帰りの電車に乗った。あゆみは何度か、エルの気を紛らわそうと話しかけてみたが、元気のない返事が返ってくるだけだった。亜久里とエルは、黙って手をつないでいた。
 大貝町のエルの自宅まで送り届ける。早すぎる帰宅に母親は驚いていたが、あゆみが「システムエラーで入れなかった」と説明すると、「まったくデジタルはねぇ」と、友人と同じことを言った。
 次は、亜久里を送り届けて、と思っていると、亜久里が口を開いた。
「あゆみ、グレルとエンエンはどうしていますか?」
「家で留守番しているけど」
 友人たちと遊びに出かけるときは連れて行くわけにはいかない。それはいつもの約束ではあるのだが、今回は説得に手間がかかった。ふたりとも「お子様ランチ」には大いに興味があるようだった。
「一緒にドリーミアへ行きませんか?」
「え?」
「確認したいことがあるのです」
 グレルとエンエンのことを聞いたのはなぜか。プリキュアの力が必要になるかもしれない、と考えているからだ。何が、と言われれば困るが、自分も胸騒ぎを感じたのは事実だった。
「実は今日、クローバータワーでイベントがあって、みんなそちらに行っているのです。私はエルちゃんとの約束があって行けなかったのですが」
「ひょっとしてアイちゃんも…」
「はい」
 亜久里の表情が厳しい。つまり、亜久里は今、キュアエースになれない。
「お願いできますか」
「うん」

 母親は仕事で家にいないので、どうしたの、と聞かれることもなかった。あゆみは、グレルとエンエンが飛び込んだトートバッグを肩にかけてすぐに家を出た。
「久しぶりですわね、グレル、エンエン」
「元気だったか?」
「おかげさまで。フーちゃんもそこにいますわね」
〈フーちゃんはいつもあゆみと一緒〉
 あゆみの襟のエコーキュアデコルが輝いた。
「何があったの?」
 グレルは、どうやらお子様ランチが食べられるわけではなさそうだ、ということに気づいてがっかりしていたが、エンエンは心配そうな声だった。
 電車の中、ほかの客から離れたシートに座ると、亜久里は小さな声で言った。
「実は、ありすが以前から、おいしーなタウンが気になる、と言っていたのです」
「ありすちゃんが?」
「新しい仲間がいる可能性を指摘していました」
「仲間――って」
 その単語を声に出して言うわけにいかず、あゆみは口だけで「プリキュア?」と言った。
「ドリーミアの開園はいいチャンスでした。私はその偵察もかねて向かったのですが…的確過ぎました」
「何が?」
「私が子どもではない、という判定をしたことです」
 もう一度、亜久里を見る。
 円亜久里は、トランプ王国の王女、アンの魂だ。この世界の人間ではない、そして、一度は大人だったことがある。
「レントゲンを撮ったところで、それがわかるわけではありません。
 ですが、この世界のものではない技術、あるいは魔法、魔術のようなものがドリーミアを成立させているとしたら、私という異質な存在を検知――」
 あゆみは亜久里の手を握った。強く。
「ありがとうございます。心配してくれたのですね」
「だって」
「あゆみは大人ですね」
「そんなことない」
「いえ。せっかく友達と一緒に遊びに来たのに、私やエルちゃんのことを心配して一緒にいてくれる。立派なレディです」
「…」
「あなたが友達についてどういう経験をしたかは私も聞いています。その約束をくつがえすのが大変なことだ、ということもわかります」
「私は」
「俺たちもついてるだろ」
「ちょっと、グレル」
 バッグからぬいぐるみがこぼれた、というふりをしてグレルとエンエンが亜久里の膝に乗った。あゆみは慌てて周囲を見回したが、誰かが気付いた様子はなかった。走っている電車の中のことで、ぬいぐるみがしゃべっているところを聞かれてもいないようだった。
「元気出してよ、亜久里ちゃん」
〈フーちゃんも亜久里の友達〉
「ありがとうございます」
「アイちゃんがいなくて寂しいだろうけど、今日は俺が相手してやるからよ」
 いい加減にしなさい、とあゆみはグレルをコツンとやった。亜久里が笑った。

215makiray:2023/01/12(木) 20:23:34
Juvenile (03/11)
----------------
「開かない…」
 あゆみはドリ―ミアの門の大きな扉を何度か動かした。びくともしない。
「ランチタイムが終わった、というわけでもないでしょうに」
「あれ…なんだろう」
「ぬいぐるみでしょうか」
 ゲートのところにいくつもぬいぐるみのようなものが落ちている。売店で売られていたのだろうか。それがなぜゲートに。あんなにたくさん。
「何かが起こっていると考えるべきでしょうね」
「子どもたちは?」
 目を凝らす。ゲートの向こうでアトラクションが動いているのは見える。だが、そこに人が――子どもたちがいるかどうかはを見極めるには遠すぎた。
「変身すれば飛び越えられそうだけど」
 ふたりは高い塀を見上げた。
「それしかないでしょうね」
「お、行くか?」
 グレルはなぜか嬉しそうだった。
「まずは上空から偵察がいいと思います。いきなり入るのは危険です」
「わかった。フーちゃん、グレル、エンエン、お願い」
 あゆみとグレルとエンエンが成す三角形を、エコーキュアデコルからほとばしるフーちゃんの光が満たす。その光がはじけ飛ぶと、あゆみの姿は、長いツインテール、草色の飾りが走る白いドレスの、キュアエコーに変わっていた。
「思いよ届け。
 キュアエコー」
「気をつけて」
 光の力の助けを借りてジャンプ、キュアエコーはドリーミアを一望できる高さにまで飛び上がった。
「?」
 ドリーミアの敷地に赤い点がいくもか浮かぶ。
「エコー、ロボットが!」
 亜久里の声。ゲートの隙間から、入口にいたアテンダント ロボットよりははるかに屈強なロボットたちが見上げているのが見えた。その目が赤く光ったかと思うと、ロボットたちは腕を上げた。
「!」
 その腕が飛んでくる。手は不気味に開閉を繰り返し、キュアエコーを拘束しようと迫ってくる。キュアエコーは身軽にかわしはしたが、数が多かった。よけきれず、手や足、体にぶつかってきた。ついにはバランスを崩し、地上に落下した。
「エコー!」
 亜久里が駆け寄る。グレルが亜久里の腕から飛び降り、キュアエコーの腕をとらえた機械の手をいつもの剣で叩くと、それはパカっと開いて外れた。
「隠れましょう」
 亜久里が駆け出す。キュアエコーがその後を追う。エントランスから遠く離れた岩場の陰に隠れると、ロボットの手はふたりを見失ったようで物音も聞こえなくなった。
「警備ロボットまでいるなんて」
「悪いことをしていると白状したようなものですわ」
 ということは、いきなり戦い、ということになる。自分がどこまで役に立つかは疑問だ、とキュアエコーは思った。
(キュアエコーは戦うプリキュアじゃない。だとしたら)
 中に入って状況を確認する。もし「敵」があの中にいるのなら、その思いを捉えたい。これまでだって、害をなす存在がすべて「敵」なわけではなかった。こちらの「思い」を届けて、あちらの「思い」を受け入れれば、戦わずに解決することはできるかもしれない。
「どうしたの?」
 亜久里が首を振っていた。
「マナたちに連絡が取れないかと思ったのですが、圏外です」
「圏外?」
 道や時間を確認するために何度もスマートホンを見ている。さっきまでは使えたはずだった。
「電波妨害を始めたのでしょう。さすが世紀の発明家、手抜かりはありませんわ。
 ということはやはり、私を排除したのは、子どもかどうかということではなかった、と考えるべきでしょう」
「私は子どもだったんだ」
 キュアエコーは笑ってみせた。
「変身していなかったのですからね。現に、今は攻撃対象となっています」
 亜久里は岩陰からわずかに顔を出した。門のあたりにロボットたちが立っている。
「帰ったかも、とは思ってくれないようですわね」
「亜久里ちゃんは、やっぱり大人だね」
 落ち着いている。
 当然だ。亜久里はトランプ王国の守護神、アン王女なのだから。
「いいえ」
 言下に否定する亜久里。頼りにしている、と続けるつもりだったキュアエコーは言葉を失った。
「今は無力な子どもに過ぎません。足手まといになっています」
「そんなこと」
「私がいなかったら、キュアエコーは中の敵と思いを通わせるためにとっくに突入していたと思います。あなたにはそういうところがあります」
「うん…」
 それがいい結果をもたらし得たかどうかは難しいところですが、と小さな声で言う。

216makiray:2023/01/13(金) 20:10:55
Juvenile (04/11)
----------------
「やっぱり子どもだなぁ…私」
「まっすぐ突き進むことが必要なこともあります」
「亜久里ちゃんに指示してほしいな」
「私など」
「頼りにしてる」
 ふたりは見つめあい、やがて微笑んで拳を合わせた。
「おいおい、仲間外れかよ」
「僕たちもいるんだよ」
「頼りにしろよな」
「うん」
 その上にグレルとエンエンの小さな手が載せられる。デコルも明滅し、フーちゃんの気持ちを伝えてきた。
「それにしても、やはり中に入りたいところですわね」
「うん――亜久里ちゃん!」
 キュアエコーは突然、亜久里を抱き寄せた。その小さい体を放り投げるようにして入れ替わると、ロボットが降り下ろした手を両腕で受け止めた。
「!」
 手首から激痛が走った。だが、引かない。一度、体を下げると、足のパネでロボットを跳ね上げた。
「プリキュア ハートフル・エコー、コルティーナ!」
 両手から広がる光がカーテンのようになり、続々と押し寄せてくるロボットたちを食い止める。
「エコー!」
「逃げて!」
 振り向く亜久里。岩の隙間や切れ目をたどって上に登る道が見えた。
「上に逃げるのは得策ではないのですが、止むをえませんわね」
 グレルとエンエンをカーディガンのポケットに収めるとそれを上り始める。岩を二つよじ登ると振り向いた。
「エコー、早く!」
「やぁっ!」
 光の力ーテンを押しやる。ロボットたちがガラガラと倒れていった。亜久里の後に続く。岩はやがて土の獣道となった。しばらく進むとふたりは止まり、息を整えた。
「追ってこないね」
「あの図体でこの山道は無理でしょう。あるいは、細身のロボットと交代、ということはあるかもしれません」
「そうだね」
 油断はできない、と辺りを見回すキュアエコー。
「腕は大丈夫ですか?」
「うん」
 キュアエコーは赤く腫れた腕に手を当てた。亜久里に見せないように隠しているようにも見えた。
「…」
「地震?」
 思わず体を低くする。長い。
「エコー、あれを!」
 亜久里が指さす。木々の間を透かして、カラフルな色が揺れている。左右だけでなく上下にも。それはまるで暴れているようだった。
「ドリーミアが」
「テーマパークが巨大ロボット…!」
 高い壁はさらに強固になって隙間を埋め、手と足が生えている。それが踏み出すたびに、足元が揺れた。
「…。
 まりちゃん。
 みなちゃん、めいちゃん!」
 キュアエコーが突然、叫ぶ。
「一緒にいらしたお友達ですか」
「あの中に、みんなが!」
 足を進めようとするキュアエコー。まだ揺れる地面がそれを阻んだ。それでも立ち上がり駆け出そうとする。亜久里もバランスを崩しそうになり、ポケットからスマートホンがこぼれた。
「お待ちなさい!」
「だって!」
「落ち着いて。電話番号を覚えていますか」
「電話?」
 何を言っているのかわからない。

217makiray:2023/01/14(土) 20:24:13
Juvenile (05/11)
----------------
 このタイミングで電話とは。堂々巡りしているうちに揺れは収まった。
「電波が戻っています」
 亜久里がスマートホンを見せた。
「あの形態になったことでエネルギーが必要になったとか、そんなところでしょう。であれば、お友達に電話してみる価値はあります」
「でも」
「パニックになって出られない、ということはあるかもしれません。でも、出てくれるかどうか、それが一つの情報になります」
「…うん」
「どなたでも構いません。思い出せますか」
「え、と。0…0」
「深呼吸して。落ち着いて」
 いつも電話帳から名前で呼び出してかけるから、そもそも覚えているのかどうかも怪しい。だが、友人たちの中で、スマホを手に入れるのが最も遅かったのがあゆみで、何度も公衆電話からかけた。思い出せるはずだ。目を閉じ、その時のことを思い出しながら、キュアエコーは 11 桁の番号を言った。
「これで間違いありませんか」
 亜久里が見せた画面の数字を、声に出して読む。キュアエコーはうなずいた。
「かけます。
 もしもし」
 電話があっさりつながったことにはどちらも驚いた。
《えーと、どちら様》
 亜久里の耳に、朗らかな、というよりは楽しそうな声が飛び込んできた。
「円と申します。さきほど、坂上あゆみさんに送っていただいて」
《あー、ケットシーに意地悪された子》
「皆さんにご迷惑をおかけしたので、お電話しました。あゆみ…さんの電話はなんだかバッテリーが切れたようで」
《あ、そうなんだー。わざわざありがとうねー》
 亜久里は、その明るさが理解できないまま、スマホをハンズフリー モードに切り替えた。キュアエコーに目くばせする。
「まりちゃん?」
《あー、あゆみちゃん。無事にお努め果たした?》
「うん。そっち――みんな、どうしてるの?」
《楽しいよー。今はね、スペシャル イベントで気球に乗ってる》
「気球?」
 360 度を見回す。エンエンが、あれじゃない? と指さした。
「どこに向かっているのですか?」
《んー、聞いてないけど、なんか海の方に向かってるね》
 間違いない。あの気球だ。
「楽しそうですわね」
《楽しい! 今度、あなたも一緒に行こうよ》
「是非、お願いしますわ」
 通話を終えると、亜久里とキュアエコーはうなずきあった。理由はわからないが、ドリーミアは巨大ロボットに変形する前に、子どもたちを排除したのだ。
「戦いの邪魔になると思ったのかもしれませんわね。人質にされなくてなによりです」
「ドリーミアを止めよう」
 ドリーミアだった巨大ロボットは地面を踏みしめながらおいしーなタウンに向かっている。キュアエコーと亜久里は、警戒しながら来た道を戻り始めた。今となっては小型と言うことになってしまうロボットたちは見当たらないが、右側はドリーミアが巨大ロボットに変形した影響で崖になっていた。
「掴まりながら行きましょう」
 左側の木やツタを、引っ張って抜けないことを確認してから、しっかりと握って降りる。気は急くが、とても走り下りることができる状態ではなかった。
「…」
 ふたりは同時に立ち止まった。振動を感じる。音はしない。かなり先を行っているドリーミア ロボットの足音だけだ。ほっと息をつく。
「!」
 突然、足元が抜けた。キュアエコーの長いツインテールの先に、遥か地上の土が見える。足元の岩がすべて崩れ落ちた。
「亜久里ちゃん!」
「エコー!」
 背一杯、手を伸ばす。亜久里の小さな手を握った、と思った瞬間、キュアエコーの手に激痛が走った。ロボットの攻撃を受け止めたところだ。歯を食いしばる。だが、力が弱まった一瞬で、亜久里の小さな手はキュアエコーの手を滑りぬけていった。

218makiray:2023/01/16(月) 21:34:24
Juvenile (06/11)
----------------
「亜久里ちゃん!」
 キュアエコーの体も後を追いかけるように落下していく。だが、どれだけ手を伸ばしても、亜久里には手が届かなかった。
「プリキュア ハートフル・エコー、コルティーナ!!」
 光のカーテンがブランケットのように亜久里の体を包む。それがクッションになってくれれば。
 亜久里は、体が暖かなぬくもりで包まれている、と感じた。
 一瞬、転落の恐怖を忘れそうになる。―直線に落下していた体がゆっくりと回転し、仰向けになったとき、光のカーテンの向こうに見えたキュアエコーの姿に亜久里は息をのんだ。
 キュアエコーは目を閉じている。腕や足に力が感じられない。そして胸元の宝石の光が弱い。
「エコー!」
「あいつ…加減を考えろよ」
「エコー、目を覚まして!」
 グレルもエンエンも叫ぶ。だが、声は届かない。キュアエコーも答えない。
「グレル! エンエン!」
「え…?」
「私に力を貸してください」
「どうしたの?」
「キュアエコーの光を分けてもらって、今、私の中に力がみなぎっています。
 後は、妖精の力があれば」
「俺たちに、アイちゃんの代わりをやれって言うのか?」
「疲れていますか」
「そんなことないよ。でも」
「できるのかよ?!」
 わからない。キュアエースは、ほかのプリキュアとは違う。アンの魂である亜久里が、アンの肉体であるアイの力によって変身するのだ。
 それに、グレルとエンエンはキュアエコーの妖精である。だが、初めからキュアエコーの妖精だったのではない。ほかのプリキュアに力を貸すことはできないか。
「お願いします」
「無茶だろう」
「助けたいのです!」
 亜久里が叫んだ。それは悲鳴だった。
「あゆみと!
 あゆみの友達と!
 子どもたちを、助けたいのです!」
「亜久里ちゃん…」
「こんな、なにもできない子どものまま終わるのは嫌です!
 私をプリキュアにしてください! お願い!」
 グレルとエンエンは、カーディガンのポケットから這い出してきた。力強くうなずきあい、手をつなぐ。
 そして、グレルの右手は亜久里の左手に、エンエンの左手は亜久里の右手に。
「!」
 その新たなトライアングルを新たな光が駆け巡る。三人の胸に確信が生まれた。
「行けるぞ」
「変身だ!」
「プリキュア ドレスアップ!」
 いつもとは異なる純白の光をまとう亜久里。まばゆく輝くドレスに、真紅の髪の毛が重なった。
「愛の切り札、
 キュアエース!」
 落ちてくる岩を足掛かりにジャンプする。
「エコー!」
 キュアエースはキュアエコーの体を抱きしめた。息はある。
(よかった…)
 再び、岩の急流を渡り、ドリーミアがあった場所に降り立つ。中央部は大きな沼になっていた。浜にあたる場所に、キュアエースはキュアエコーの体をゆっくりとおろした。
「エコー」
「…。
 あ」
 キュアエースに触れていた短い時間で、力を取り戻したらしい。キュアエコーはすぐに目を覚ました。
「エース!」
「ありがとう。助かりましたわ」
「変身できたの?!」
「はい。
 グレルとエンエンが力を貸してくれました」
 横でグレルとエンエンが胸を張っている。

219makiray:2023/01/17(火) 21:03:18
Juvenile (07/11)
----------------
「すごい…」
「さすがですわね」
 ふたりに向かってほほ笑むキュアエース。
「あれ…でも」
 キュアエコーはゆっくりと立ち上がった。キュアエースも続く。
「いつもと違うような気がする」
「そうですわね」
 キュアエースはドレスの裾をもって軽く振ってみた。
 真っ赤な髪はいつもの通りだが、スカートがブラウンだった。そして白いドレスの縁取りはクリーム色。
「宝石も違う」
「え?」
 キュアエースは水際に駆け寄った。自分の顔を映してみる。
「本当ですわ」
 髪飾りの宝石はひし形、胸元の宝石はハートだったが上下が違う。
「あ」
「?」
「グレルとエンエンの模様だ。額の」
「ということは、このブラウンとクリーム色も」
「そうだよ」
「すごいですわ、グレル、エンエン!」
 キュアエースはいつもと違う装いになっていることを純粋に喜んでいるようだった。むしろ、グレルとエンエンの方が、何がそんなにうれしいんだ、という顔をしていた。
「では、参りましょうか」
 表情を引き締める。巨大ロボットとなったドリーミアはおいしーなタウンに向かっている。止めなければ。
 高いジャンプ。キュアエコーからキュアエースへ、キュアエースからキュアエコーヘバトンのように渡された光の力は、そのたびごとに増幅されていたとでもいうのか、キュアエコーに疲労の色はなかったし、キュアエースにもぎこちなさはなかった。
「もうすぐです」
「うん――えっ」
 突然、ふたりの目の前からドリーミアが消えた。
「…これは」
「気球も」
 海の方に向かっていた気球も姿が見えなくなった。
「みんな」
「エコー、待って」
 キュアエースが言い終わらないうちに、キュアエコーの体は何かにぶつかったように弾き飛ばされた。再びキュアエースに抱きかかえられる。
「大丈夫ですか」
「何…今の」
 キュアエースは足元の石を投げてみた。それは、何の音もたてず、だがキュアエコーと同じように跳ね返された。
「何か…ありますわね」
 ゆっくりと歩いていくふたり。抵抗があった。
 何が見えているわけではない。見回しても、さっきと同じ森が続いているだけだ。だが、進もうとすると押し返そうとする力を感じる。
 グレルはキュアエースの肩に飛び乗ると剣を抜いた。
「気をつけてくださいね」
「心配すんな」
 剣が届くように半歩、前に出るキュアエース。グレルが剣を突き出すと、その先端が消えた。グレルが慌てて剣を引っ込めると、元の長さに戻った。折れたり欠けたりはしていない。
 その剣が消えたポイントにそっと手を当ててみる。やはり何かある。ゆっくりと手を伸ばしてみると、キュアエースの手が見えなくなった。同じように慌てて引く。これも何も起こらなかった。
「空間が歪められているとか、そういうことでしょうね」
「異次元、とか?」
「おそらく。
 ドリーミアはこの向こうにいるのでしょう」
「気球も一緒に」
 うなずくキュアエース。
「行こう」
「お待ちなさい」

220makiray:2023/01/18(水) 21:19:09
Juvenile (08/11)
----------------
「みんな、私の友達も、子どもたちもみんな、この中に閉じ込められている、ってことなんでしょう?」
「わかりません」
「でも、今」
「ドリーミアは、閉じ込められているのかもしれませんが、自分の本拠地に逃げ込んだのかもしれません」
「だったら、今すぐ行かないと」
「さっきも言ったはずです。無闇に突入するのは危険――」
「私は、行く」
 反論しようとするキュアエースを無視してキュアエコーはつづけた。
「ドリーミアが捕まっているとしても、ドリーミアの本拠地だとしても、子どもたちはいるべき場所にいるんじゃない、ということに変わりはない」
「…」
「私はみんなを助けに行く」
 キュアエースはキュアエコーを見ていた。睨んでいるようでもあったが、キュアエコーは譲らなかった。
「わかりました。ご一緒します」
 エンエンがエコーの肩に乗ると、キュアエースとキュアエコーは手を伸ばした。中指の先が見えなくなる。
「私の感触で、証拠があるわけでないのですが」
 キュアエースが言った。
「悪いものではない、という気はします」
「うん」
 それはキュアエコーも感じていた。
「違和感はあります」
「うん」
「例えていうなら、同じ『光の使者』である、ほかのプリキュアと出会った時のような。同じではないけれども、大きく違っているわけでもない、という感じと言えばいいでしょうか」
「それは私にはわからないな」
 キュアエースは空いている右手で、キュアエコーの空いている左手を取った。それは、キュアエコーがどこのチームにも属していないからだ。
「今は、私があなたのパートナーです」
「新ユニットだね」
 エンエンが笑顔で言った。
「エコーとエースだから、『えぇコンビ』でどうだ」
「グレル…」
「この状況でダジャレとは、余裕ですね」
 苦笑するふたり。
「だから、大丈夫です」
「うん。
 行こう」
 一歩。視界から森が消えた。代わりに、様々な色の光が乱舞していた。オーロラの中に入ったらこうだろうか、と思われた。
 だが、体が浮いている感じはない。森の下生えの感触ではないが、しっかりと前に進むことはできる。
 正面から真昼の日差しが差し込んできた
「あそこですね」
「待ってて…みんな」
 ふっと、オーロラが消える。出るときには何の抵抗もなかった。
「え?」
 そこに広がっていたのはまったく予想外の光景だった。
「砂漠?」
「テレビで見たような…」
 一面の砂。それを取り囲む、岩肌の露出した崖。ここは、一体、どこだ。
「いたぞ!」
「気球もいる!」
 その疑間を吹き飛ばす、グレルとエンエンの声。
 キュアエコーとキュアエースの目は、その中間に注がれていた。きらきらと光を反射しながら、ドリーミアに挑むその姿は。
「プリキュア?」
「プリキュアです!」
 四葉の調査網が捉え、ありすが気づいた、新しい仲間。彼女たちがドリーミアと戦っている。

221makiray:2023/01/19(木) 21:01:18
Juvenile (09/11)
----------------
「何人いるんだ?」
「1…2…3…わかんないよ」
 激しく動いているため数えられない。エンエンは諦めてしまった。
「ペアを組んでいるようですね。四組…?」
「地上にもいるみたいだね」
「プリキュア教科書を書き直さないと」
「何ページ使うつもりだよ」
「参りましょう」
「うん」
 走り出す。
 プリキュアの戦いがはっきり見えるようになってくる。やがて、キュアエコーは足を止めた。キュアエースも止まる。
「どうしたのですか?」
「なんか、戦い方が…」
「私も気になっていました」
 全員で当たっているわけではなく、一組のプリキュアをドリーミアにたどり着かせようとしているように見える。ほかのメンバーはその援護をしている、という様子だ。
「どういうことでしょう」
「思いを届けようとしてるのかな…」
 キュアエースはそう言ったキュアエコーを見た。そして、うなずく。
 何度も見てきた。悪事をなすものがすべて敵とは限らない。この巨大なドリーミアもそうなのではないか。
「であれば、キュアエコーの出番ではありませんか」
「おい、ちょっと」
 グレルが空を指さす。見上げたエンエンが恐怖にひきつった声を上げた。
「空が割れている…!?」
 砂漠に似つかわしい強い日差しで埋め尽くされた真っ青な空に、黒いひびが入っている。そこから崩れ落ちてくるのではないか、とエンエンはキュアエコーの首に縋りついた。
「この空間が壊れ始めているのかもしれませんね」
 誰が、なんのために作った空間なのかはわからない。しかし、百メートル単位の直径を持つあのドリーミアが暴れているのだ。何らかの影響を受けているとしても不思議ではない。そういえば、ドリーミアが足を踏み下ろしたときの振動が強くなっているような気もする。
「支えよう」
「どうやって」
「エースが言ったでしょ。
 この空間は悪いものではない、って」
「ええ」
「もし、この空間が、あそこで戦っているプリキュアが作ったものだとしたら、私たちの『光』が役に立つんじゃないかな」
 キュアエースは黒いひびを見上げた。ひびは少しずつ伸びていっている。
「私たちの『光』で補強しよう、ということですか」
「思いを届けることは、あのプリキュアに任せていいと思う」
「…え?」
 キュアエースは、それ以上を表情に出さないように努めた。
 キュアエコーは「思いを届ける」役割をほかのプリキュア――かどうかはわからないが―――に委ねようとしている。
 いいのか、それを許して。
 所属するチームのないキュアエコーは常に、自分の役割を手探りしている。強い技を持っているわけではないことに引け目を感じている様子もある。
 だが、「届ける」時であれ「受け止める」時であれ、「思い」が重要な役割を持つとき、その中心にはキュアエコーがいた。それを他者に任せることを見過ごすのは正しいことなのか。
 いや。
(プリキュアたる者、いつも前を向いて歩き続けること)
 分別臭く他の仲間を導こうとするキュアエースの役割は、ジコチューとの戦いが終わったとき、同時に終わったはずだ。キュアエコーが次のステップを進もうとしている。キュアエースも続くべきだ。
「事情を知らない私たちが参加してからでは時が過ぎます。その環境を整えるほうが適切かもしれません」
 それが「勘」に頼った判断であることはふたりともわかっていた。あの光がプリキュアのものかどうかはわからない。まして、この空間が悪いものではない、というのも「感触」に過ぎない。
 だが同時に、この判断は間違っていない、という確信もあった。
「彩れ、ラブ・キッス・ルージュ!」
「プリキュア ハートフル・エコー!」
「ショット・コルティーナ!!」
 ふたりの体から伸びた光が天に突き刺さった。青い空が金色に染まっていく。その金色がしみこむように消えた後、ひびは跡形もなく消えていた。
「ひびが消えました!」
 それが合図になったように、先頭の一組がドリーミアの中に消えた。
(思いよ、届け)
 キュアエコーは息を整えると、両手を合わせて祈った。

222makiray:2023/01/20(金) 20:54:39
Juvenile (10/11)
----------------
 フォローの必要がなくなったわけではない。ふたりは妖精たちとともにプリキュアの元へ走った。だが、ペースが上がらない。
 どちらも歯を食いしばっている。キュアエースはやはり本来とは異なる形で変身していることが大きい。キュアエコーには疲労の色が見える。「ハートフル・エコー」を何度、放ったのだったか。
 だが、あと一息の筈だ。
「エコー、ロボットが」
 グレルが指さす。エンエンがつぶやくように言った。
「消えていく…」
「首尾よくいったようですね」
 地上にいるメンバーが慌てている様子がない。キュアエースはほっと息をついた。
「気球…気球は?!」
 キュアエコーは激しく頭を巡らせた。それはまだ空に浮かんでいた。だが。
「下降していませんか?」
 早い。加速がついているようにも見える。
「まりちゃん! みなちゃん! めいちゃん!」
 キュアエコーの息が荒い。回復していないのは明らかだった。
「ここから」
 キュアエースの手を振り払うように手を伸ばす。
「エコー」
「フーちゃん、お願い」
〈うん〉
 ゆっくりと息を吐くと、キュアエコーは右手を気球に向けた。
「お手伝いいたします」
 その左手を取るキュアエース。だが、この空間に入った時と比べて力が弱いような気がした。
「大丈夫。
 だれも傷つけさせはしません」
 キュアエースが左手を上げた。呼吸を合わせる。
「グレル、エンエン。もう一度、お願いします」
「任せろ!」
「僕たちだってプリキュアだもん」
 ふたりの手のひらに光の珠が生まれた。
「プリキュア ハートフル・ショット・コルティーナ!」
 ふたりの前に広がった光のカーテンは、魔法のカーペットのように飛んでいく。それは次第に速度を増して落下していく気球の下に滑り込んだ。
「間に合った」
「…。
 速度が」
 いくらかゆっくりになった、という程度だった。もう地面が近いのに、スピードは十分に落ちていない。
「もう一度――あ」
 キュアエコーとキュアエースは、もう一度「ショット・コルティーナ」を放とうとそれぞれの手に力を込める。その瞬間、ふたりの周囲で光が飛び散った。
「変身が」
 坂上あゆみと円亜久里の姿に戻ってしまっただけなく、ふたりは砂漠に膝をついてしまっていた。立ち上がろうにも力がはいらない。
「みんなを、助けないと」
「変身…ですわ」
 両手で体を支えて立とうとする。だが、厚い砂はそのわずかな力を吸い込んでしまう。
「早く」
「もう一度」

223makiray:2023/01/21(土) 21:11:45
Juvenile (11/11)
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「プリキュア パーティ・アップ!」
 光が空間を満たしたように見えた。「ショット・コルティーナ」よりも明るい光が気球を包み込む。
 止まったように見えた気球はゆっくりと着陸した。
「よかった…」
「大丈夫?」
 大人の男性の声だった。グレルとエンエンはあゆみの背後に隠れた。
「はい」
 やっとの思いで立ち上がったがバランスを崩しそうになる。あゆみを青いドレスの少女が、亜久里をカラフルなドレスの少女が支えた。
「みなさんがプリキュアなんですのね」
「はにゃ! わたしたちの秘密が!」
「どうしてそれを…」
 チャイニーズドレスの少女が飛び上がって驚き、和服を思わせる装束の少女が首をかしげる。
「な、なんだ、おまえ!」
「ふたりは妖精コメ?」
「あなたも妖精?」
 あゆみの足元では、グレルとエンエンが、見たことはないが、全く知らない雰囲気でもない動物たちに目を自黒させている。驚いてるのか、フーちゃんのエコーキュアデコルも不規則に点滅した。
「え、妖精?
 ということは?」
 初めて見る少女たちが顔を見合わせている。
「ふたりもプリキュア!?」
 その声が砂漠の砂に吸い込まれていく。
「あの!」
 沈黙を破るあゆみ。
「ドリーミアに来ていた子供たちを助けないと!」
「そうよ。
 そうだわ」
 男性は手を鳴らすと、両手を組み合わせた。そのまま踊るように振ると、さっき見たオーロラのような光に続いて景色が戻った。砂漠は跡形もなく消えていた。
 ドリーミアも、建物に傷はついているようだが、元の場所に戻っていた。気球も、元あった場所に格納されている。あゆみがほっと息をつき、亜久里がほほ笑んだ。
「あのね、たくさん、お話したいことがあるの」
 ピンクの服を着た少女が言った。
 それはあゆみと亜久里も一緒だった。
 みんなの帰宅を見届けて、このプリキュアたちのことを知って、自分たちのことも知ってもらって、フーちゃんやグレルやエンエンの友達になる妖精たちも紹介してもらって。
 亜久里を家に送り届けて、その前に、エルちゃんと一緒に出かける計画も相談したい。
 まだまだ盛りだくさんの一日になりそうだった。

224makiray:2023/01/21(土) 21:12:50
お騒がせしました〜。

225名無しさん:2023/01/22(日) 00:11:23
>>224
意外な組み合わせ!
でも入り口のシーンでは、確かに彼女なら……でした。
相変わらず一生懸命なあゆみと、グレル、エンエン、フーちゃんとの組み合わせが好きです。
楽しませて頂きました。


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