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海未「私が悪の組織の怪人に!?」

1 ◆JaenRCKSyA:2017/07/30(日) 17:20:49 ID:.NYd9Kao
海未「くっ、もう追いつかれてしまうのですか…!」

なぜこんなことになってしまったのか、と海未は自問する。

「おまたせ、魔法戦士ホムラだよ!」

「キャプテンアンカー、到着であります!」

「瞳に翠玉、髪に黒曜!胸に秘めるは――」

海未(ええ、そんな自己紹介をされずとも当然知っています…私たちの暮らしを守るヒーローですから)

海未(昨日まではあの姿をテレビの中に見ていたはずなのに、どうして私は)

海未(怪人として相対しているのでしょうか?)

海未「ああもう!考えていても始まりません!とにかく生き延びさせてもらいます!」

海未(とは言っても、本当にどうしてこんなことになってしまったのか…朝はいつもの日常だったというのに…)

44 ◆JaenRCKSyA:2017/08/14(月) 23:40:45 ID:yCrBUtPM
海未は跳躍した先にある壁が目の前に迫ったところでタイミングよく壁を上向きに蹴り出し、反対側の壁に向かって飛び移る。

海未(いったい何度こんなことを続ければいいのか…)

屋上は先ほどまで海未がいた階の3つ上であり、壁を蹴り出すことでのぼれる高さは微々たるものだ。
幸いなことに怪人に変身しているおかげで体力がなくなる心配はしなくてもよさそうではあるが、気の遠くなることには違いない。

時折、頭上から降りているワイヤーに飛びついてしがみつきながら上へ上へと昇っていく。

海未「ようやく…!」

暗い中に天井が見え、さらに壁面に先ほどまでに何度か通り過ぎたものと同じ扉が目に入る。

海未「ふっ!」

海未はその扉に飛びつきながら刀を振るい、肩をぶつけるようにして扉の残骸を崩して屋上へと転がり出る。

海未「疲れました…精神的に、ですが…」

45 ◆JaenRCKSyA:2017/08/14(月) 23:50:52 ID:yCrBUtPM
屋上広場にはイベント用の簡易ステージ、そしてその前に整列していたはずのベンチがなぎ倒されている。

海未(ベンチは倒れていますが、血がついていたりということはない…犠牲者は出ていないと願いたいものです…)

そして海未は、簡易ステージの横にある建物に目を止める。屋上に唯一存在する建物であり、おそらくそこはフロアスタッフの事務所やイベント出演者の控室として使われているのだろう。

海未(逃げ遅れた人がいるならここしかないでしょうね)

海未はその建物に慎重に近づき、ゆっくりとドアノブを回してドアを開いていく。中を覗き込むと、通路の壁に一つドアが備え付けられており、そのすぐ先に曲がり角がある。

海未(ドアには大きめののぞき窓、ここから見える分には中に誰もいない…ですが、問題はその先の曲がり角)

海未(もし怪人が中に入り込んでいるとしたら、ドアを開けた音でこちらの侵入はばれている…そしてそこの角は待ち伏せをするには絶好の場所――刀で牽制をするべきか)

そう心に決めた海未は、曲がり角まで息を殺して進む。通路の壁に体を押し付け、刀を構えて呼吸を落ち着かせる。

海未(よし…行きます!)

角から躍り出て切っ先を通路の先に向けた海未の眼前には、桃色の銃口が突きつけられていた。

46 ◆JaenRCKSyA:2017/08/14(月) 23:52:09 ID:yCrBUtPM
「悪いけど、こっから先は一歩も通さないわ」

海未に銃を向けて立っているのはピンク色でファンシーな衣装に身を包んだツインテールが特徴的な少女。

海未(今の言葉、そしてこの姿…怪人ではない!)

海未「待ってください!私は避難し遅れた人を助けに来たのです!」

海未は両手を頭上に挙げ、敵意が無いことを示すが少女の刺すような視線は変わらない。

「はあ?そんな見るからに怪しい黒ずくめで何言ってんのよ?今すぐ消えないと撃つわよ」

海未「もう分かりました…!これなら信じてもらえますか!?」

ジュエルから問答無用で襲い掛かられたことを思い出し、海未がもはややけくそ気味に自身の変身を解いてみせると、少女も態度を少し和らげてみせる。

「ちょ、正気?けど、明らかにあんた怪人よね…?」

海未「不本意ながら怪人に身をやつしています…あ、そうです!正義の心に目覚めた怪人なんですよ!すごいでしょう!」

「子ども扱いすんじゃないわよ!」

階下での少女とのやり取りを思い出して口にするも、目の前の少女からは怒鳴られてしまう。

47 ◆JaenRCKSyA:2017/08/14(月) 23:59:05 ID:yCrBUtPM
「っはあー…ま、一応は信じてあげるわ、ほんとに襲ってくるつもりならわざわざ変身なんて解かないだろうし」

そう言って少女は銃を下し、興味深そうに海未の事を見つめる。

「それにしても、女の子があんなにいかつい格好してたのね…」

海未も緊張が解け、ようやく目の前の少女の事を観察できる。

「あによ、人の事じろじろ見て」

海未の頭の中で少女の姿と、今日ショッピングモールに着いた時の記憶が重なっていく。

海未「…ああ!もしかして怪しい系アイドルヒーロー・ぷりぷりスマッシュでしょうか!」

「愛され系アイドルヒーロー・プリティ♡スマイルよ!バカにしてんの!?」

海未「す、すみません、そういったものに疎くて…音ノ木の生徒と聞いていましたがまさか1年生とは…」

「3年生よ!」

海未「と、年上…!?」

「どこ見てしゃべってんのよ!!」

48 ◆JaenRCKSyA:2017/08/15(火) 00:10:16 ID:AJYCm3hs
「あーほんとバカバカしくなってきた…」

海未「なんだかすみません…あの、話を始める前に名前を聞いてもいいでしょうか?」

「もう忘れたの!?だから愛され系――」

海未「いえそっちではなく!名前で呼び合った方が便利かと思いまして…っと、先に私が名乗るべきですね――園田海未、音ノ木の2年生です」

「あー、そういうことね…ま、いいわ、にこ、矢澤にこよ」

海未「にこ先輩、ですね、これからよろしくお願いします」

にこ「よろしくされても困るんだけど…ま、こうしてあったのも何かの縁よ、呼び捨てで呼ぶことを許してあげるわ」

海未「分かりました、にこ」

にこ「遠慮ってもんはないのね…」

にこは独り言ちるも、にこにこ顔の海未には聞こえていないようだった。

49 ◆JaenRCKSyA:2017/08/15(火) 00:21:07 ID:AJYCm3hs
海未「さて、にこのさっきの言動から察するにこの奥に逃げ遅れた人がいるのですね?」

にこ「ええ、人数で言えば20人くらいかしら…私のイベントが終わってからも屋上に残ってる人がいたからね」

海未「20人、結構多いですね…その人たちを連れて避難設備まで行くことは?お客さんも高校生や大人が多いのでしょう?」

海未は今日、ショッピングモールの入り口で自分にぶつかってきた三人の姿を思い浮かべながら話す。

にこ「いや、その時のイベントがちょうどちびっこ向けの時間帯でね…もう一つ早い回なら大人ばっかだったんだけど、今逃げ遅れたのは小さい子が多いのよ」

海未「そういうことですか…」

海未(では、あの方たちはその時間帯のイベントに参加したということですね)

海未「ん…そういえばにこも銃を構えていたということは戦えるはずですよね?それなら、にこがヒーローなりを呼んでくることもできたのでは…」

にこ「それはできないわ」

にこはぎゅっと目を閉じて口を開く。そして再びまぶたを開いた時そこには強い意志がこもっていた。

にこ「この奥にいるのは私のファンでいてくれている人たち…その人たちの笑顔を守るのが私の仕事なの――だから、私がここを離れることで、一瞬でも不安な気持ちになんて絶対にさせちゃいけない」

にこ「申し訳ないけど、私にできるのはせいぜいこの屋上にきた連中を追っ払うことぐらい」

50 ◆JaenRCKSyA:2017/08/15(火) 00:27:22 ID:AJYCm3hs
海未は、アイドルというものがどういうものか全く知らず、さらに目の前のアイドルもどこかコミカルでどこか軽いものだと考えている節があった。
しかし今の言葉は、にこの事を信頼し、少しばかり尊敬するに至るものであった。

海未「では、にこはここにいてファンの方を守ってあげてください――私が、助けを呼んできます」

にこ「…大きいこと言っといてあれだけど、任せても大丈夫?あんた、正直言ってさっきのかっこじゃヒーローに怪しまれて終わりよ?」

海未「そのあたりは…どうにかします!それに、さっきヒーローのジュエルを見かけましたから、何とかもう一度会ってここまで誘導してみます」

まあ本当は戦ったんですけどね、と海未は心の中で続ける。

にこ「分かった、今はなんとかにもすがりたいからね…あんたのことを信じるわ――海未、お願いね」

海未「ええ、まかせてください!――変身!」

そう言って姿を漆黒に染めると海未は踵を返し、建物の外へと出て行った。

51 ◆JaenRCKSyA:2017/08/15(火) 00:40:56 ID:AJYCm3hs
海未(さて、気は進みませんがジュエルを探しに行きましょうか…)

彼女がいるとすれば、先ほど戦った階の上下くらいだろう、とあたりを付けて歩き出す。

しかし、広めの屋上の中央近くまで来たところで、いまだ太陽は高いはずなのに周囲が暗くなっていることに気が付く。

海未(この暗さ…何かおかしい!?)

海未はこの暗闇は自然のものでないと判断し周囲を注意深く見渡すと、黒い霧のようなものが漂っていおり、それを警戒するように刀を鞘から抜く。

そして、海未は自分が怪人となったあの日、巨大な怪獣が現れる際の光景が頭に思い浮かぶ。

海未(そうか、怪獣が現れる時にこの霧のようなものが発生して…)

海未はもう一つ、この黒い霧をどこかで別の場所で見た覚えがあるような気がしたが、その考えがまとまる前に黒い霧の方が集まり、凝り固まっていく。

そして、海未を取り囲むようにして先ほども少女と一緒に遭遇した小型の怪獣が姿を現した。

52 ◆JaenRCKSyA:2017/08/15(火) 00:55:00 ID:AJYCm3hs
海未(数は、10体…いや、もう少し多いでしょうか)

喉を鳴らしながら海未を睨みつける怪獣に気を払いながら海未は思考をまとめる。

海未(とにかくにこがいるあの建物に近づかないよう命令すればどうにかなるはず)

海未は左手を刀から離し、手のひらを怪獣に向けながら語り掛ける。

海未「いいですか、私からの命令です…あの建物は我々の重要拠点ゆえ、近づいてはなりません、いいですね?」

海未(私が離れた後もこの命令が有効なのかどうかが怖いですが…)

そんなことを思っていた海未だが、やがて異変に気が付く。先ほど命令した際にはその言葉を聞き入れるそぶりをみせていたが、自分を取り囲む怪獣はいまだに喉を鳴らし続けている。

海未(命令を聞かない…!?裏切り者扱いが随分早いようですね…!)

海未は即座に戦闘態勢に入ろうとするも、獣の肉体の方が俊敏であり、自分を取り囲んでいるうちの正面にいる1体が牙をむいて海未に飛び掛かかる。

53 ◆JaenRCKSyA:2017/08/15(火) 01:01:15 ID:AJYCm3hs
海未(早い…!)

この間合いでは刀で斬りつけることはできないと判断した海未は、後ろに倒れこむように背中をそらし、殴りつけるように右手の刀の柄を怪獣に向かって振り抜き、その顎を砕く。

殴りつけた怪獣の後ろからもう1体の怪獣が迫ってきているのを視界にとらえた海未は、そらした上半身はそのままに、突っ張るように左足を体の後ろに踏み出す。

海未「はあっ!」

そして殴りつけた勢いのままに体の左側にまで振り抜いた刀の柄に左手を添え、重心を右足に移動させながら刀を振り下ろし眼前の怪獣を両断する。

怪獣を一体退けても海未の緊張は解けない。両断したのち黒い粒子となって消えた怪獣を尻目に、体重をかけていた右足で地面を蹴り出し、後方へと跳躍することで左右に控えていた怪獣をけん制する。

当然海未の意識は自分の背後にも向けられており、獲物が近づいてきたと判断して飛び掛かってきた怪獣にも気が付いている。

海未「ふっ!」

先に着いた左足を軸にして、直後に地に着いた右足を間髪入れず横に蹴り出しバスケットボールのピボットのようにして半回転、その勢いをもって怪獣を撫で斬る。

54 ◆JaenRCKSyA:2017/08/15(火) 01:05:56 ID:AJYCm3hs
しかし、いかに周囲に気を配ったところで人間の目は一方向にしか付いていない。海未の死角から飛び出してきた怪獣が海未の足に食らいつく。

海未「ぐうっ…!」

海未は痛みに歯を食いしばりながらも噛みつかれている足を振り抜き、怪獣を宙に放ると、刀を切っ先からねじ込み黒い粒子へと変える。

海未(囲まれていてはいずれやられる…包囲の外へ!)

海未は正面から飛び出してきた怪獣を後ろに飛びのいてかわし、手にした刀を怪獣ごと地に突き立てる。そしてそれと同時に刀から手を離し跳躍する。

海未(このジャンプだけでは包囲を抜けられない…ですがっ!)

地に突き立てた刀の柄に杭を打つようにして自分の足裏を叩きつけ、さらに高く飛び上がる。

海未(この刀を手放してしまったらどうなるのかと考えました…が、変身の際に生成されるアーマー、それと同じだとすれば…!)

海未は先ほど斬撃を放った時を思い起こす。

海未(あの時に感じた力の流れ…それをコントロールして!)

自らの左腰に手を伸ばすと、そこには刀が生成されて鞘に収まっており、海未はそれを素早く抜き去る。

海未「閃刃・裂空!」

体を空中でひねり、先ほどまで自分がいた方向を見やると同時に刀を振り抜き、斬撃を飛ばす。
海未が着地すると、目の前の怪獣は片手で数えられるまでに数を減らしていた。

55 ◆JaenRCKSyA:2017/08/15(火) 01:09:30 ID:AJYCm3hs
この数ならばもうどうにでもなる、そう考えて少し緊張を緩めた海未であったが次の瞬間、突如として感じた悪寒に背筋を震わせる。

海未(恐怖…いや違う、冷気?)

一瞬、死角から怪獣が襲ってきたのかと勘違いしたが、すぐに屋上を包む異様な冷たい空気に気が付く。

海未(いったい、これは…?)

そして感覚を研ぎ澄ました海未の耳に、何か細かい破片を砕くような音が届く。

海未(ガラス片を踏みしめるような音ですが、この冷たさ――まさか!?)

海未は気が付く。砕けているのが氷であることに。
海未は思い至る。氷を纏う悪しき存在に。

屋上から階下へと伸びる階段、そこからひときわ大きい氷を砕く音と共に姿を現す。

その姿は氷を乱雑に砕いたような水色の武骨な鎧が全身を覆い、踏みしめた大地には真冬を迎えたかのように氷が広がる。

海未「怪人、グレイシア…!!」

幾度となく街に甚大な被害をもたらし、討伐のために対峙したヒーローをことごとく打ち破ってきた怪人、それが海未の眼前に立ちふさがる。

56名無しさん@転載は禁止:2017/08/15(火) 14:49:00 ID:6Kca4Jl2
待ってた

57名無しさん@転載は禁止:2017/08/15(火) 16:29:24 ID:JtiruUDw
待ってたわよ。もっと続けて、どうぞ

58名無しさん@転載は禁止:2017/08/20(日) 01:44:50 ID:YdCQJKWk
待ってるわよ。

59 ◆JaenRCKSyA:2017/08/22(火) 00:40:12 ID:dJDosh5M
海未(ここにいるのは私一人、私を仕留めにきたと見て間違いない…とにかくあの建物にだけは近付けないようにしなくては――ですが…)

海未は対峙する相手が無手であることを見てさらに委縮する。海未は自身の剣に自信を持っており、たとえ相手がジュエルであっても自分の間合いに持ち込めれば通用すると考えている。

しかしグレイシアは武器を手にしておらず、得意とする間合いが近距離で無いことは明白。

その事実は海未の心を暗くし、その不安は切っ先の震えとして現れる。

「……」

グレイシアはそれを見ると鼻先で笑うかのように肩を震わせ、右手を海未に向かって振りかざす。

「ヘイルストーム」

そう発した声はがらんどうの中を響くようにくぐもり、本来の声がどのようなものかを分からなくしていた。
そしてその声と同時に、海未の頭上に拳ほどの大きさをした氷の塊が無数に降り注ぐ。

60 ◆JaenRCKSyA:2017/08/22(火) 00:45:41 ID:dJDosh5M
海未(やはり遠距離からの攻撃…!)

降り注ぐ氷は海未のみならず、その場に残っていた怪獣をも打ち抜いていく。

海未は嵐のように襲い来る氷弾を致命傷になり得る物のみをかわし、刀で打ち払いながらグレイシアに向かって駆け出す。
いなしきれなかったものは体に当たるにまかせて、グレイシアを自らの間合いにまでとらえようとする。

「……」

今度はそれを見つめながらグレイシアは手を払うように振る。その瞬間、単調に降り注ぐのみだった氷弾の動きに変化が現れる。

水色がかった冷たい弾丸は上下方向の動きに加え、左右から海未の動きを追うようにして乱れ舞う。

海未(やはりさっきのは様子見ということですか!)

全方向から襲う氷弾に海未は足を止めざるを得なくなり、その場で苦し紛れに刀を振るう。

海未「かはっ…!」

しかし全てをさばききれるはずもなく脇腹に氷が突き刺さり、その衝撃で海未は地面を転がる。

61 ◆JaenRCKSyA:2017/08/22(火) 00:52:34 ID:dJDosh5M
「アイシクルスピア」

海未は地面を転がる中でくぐもった声と、振り下ろされる腕を視界の隅にとらえる。

海未(まずい、こんな状態ではただの的でしか…)

床に刀を突き立てて無理やり体を止めると、自分を中心として大きな影が落ちていることに気が付く。

海未「上!?」

瞬時に頭上を見上げると巨大なつららが鋭くとがった先端を下に向けて落下しているのが視界に広がる。

海未(まずい、これを食らったらひとたまりも…)

先程の脇腹を撃ったダメージが残る体にむち打ちながらその中心からはい出そうとするも、いまだにつららの真下から逃れられないと分かると海未は無理やり体を起こしながら刀を握る手に力を込める。

海未(斬撃を飛ばした所で意味がない…力を刀に収束させる…!)

つららが落ちきる寸前、海未は後ろに飛びのきながら渾身の力を込めて刀を振るう。

海未「閃刃・断空!」

刀に黒い力がほとばしるも、それは斬撃として飛び出さずに刀にとどまり続けてつららを直撃する。しかし砕くには力が足りなかったのか、つららは轟音を上げて落下する。

62 ◆JaenRCKSyA:2017/08/22(火) 01:03:06 ID:dJDosh5M
「……」

氷の破片が飛び散り、さらに霧のように冷気があたりを包み込む中をグレイシアは身じろぎ一つせずに見つめ続ける。

霧が晴れると、そこは恐らくグレイシアが想像したであろう光景とは違っていた。

つららの落下に巻き込まれた海未だったが、無傷ではないもののいまだ健在であり片膝をついて刀を構えていた。海未は最初からつららを砕こうとは考えておらず、刀を振るった際の反動で直撃を避けようとしていたのだった。

海未(なんとかしのげましたが、これでは防戦一方…少しでもミスを犯せばやられる…)

頭に浮かんだ悪いビジョンを振り払い、海未は立ち上がる。

戦意を失わない相手を物珍し気に眺めていたグレイシアだったが、海未が立ち上がるのを見て再び動き出す。

「ヘイル――」

「ラブリーバレットォ!」

腕を振り上げかけたグレイシアの背後から突如としてピンク色の光弾が雨あられと浴びせかけられる。

にこ「ったく…ヒーロー呼んでくるって言ったくせに、なんて奴呼び寄せてくれてんのよ…」

そこには、辟易とした表情でファンシーな銃を構えるにこの姿があった。

63 ◆JaenRCKSyA:2017/08/22(火) 01:19:23 ID:dJDosh5M
にこ「この屋上に今私たちを見てる人はいない…どういうことか分かるわね!?」

海未「ええ、分かっています!」

ヒーローシステムはプラスの感情をエネルギーとして稼働しているものの、それは使用者本人の感情のみではとても賄えるものではなく、周囲にいる人間の感情を収集してエネルギー源としている。

声援や期待を力に変えて戦っていると言い換えてしまってもいい。にこの活躍を見ている人がいない今、長時間戦い続けてしまえば彼女のスタミナ切れが起きる可能性が出てくるため、二人の考えは一つ。

((狙うは短期決戦!))

必ずしも勝つ必要はない、痛手を与えて撤退させることができればそれでいいのだ。

海未「閃刃・裂空!」

「スノウプランク」

海未が刀を振り抜き黒い斬撃を飛ばすも、グレイシアは手のひらをかざし雪の結晶を巨大化させたような盾を出現させてそれを防ぐ。

64 ◆JaenRCKSyA:2017/08/22(火) 01:23:18 ID:dJDosh5M
海未「ぜいっ!」

しかし斬撃自体がブラフ。正面の視界を遮った海未はグレイシアのすぐ左側に現れて刀を振るう。

「……」

グレイシアが見えない鞘から刀を抜くような動作をすると、氷でできた剣が作り出されていく。そしてその剣で海未の刀を受け止める。

海未(接近戦までこなすとは…!)

ギリギリと音をたてて刀と剣は交わるがグレイシアにはつばぜり合いを続ける気はなく、早々に刀を打ち払い後ろへと飛びのく。

にこ「おおっと!キープアウトリボン!」

「――っ!?」

しかしグレイシアが飛びのいた先にはピンク色のテープが幾重にも張られ、グレイシアの後退を阻む。
グレイシアが周囲に目をやると先ほど放たれたピンク色の弾丸が宙にとどまっており、それらがつながるようにしてテープが作り出されていた。

にこ「ここから先は関係者以外立ち入り禁止ニコ〜」

「……!」

鬱陶し気に氷の刃を振るって自分に絡みつく拘束を引きちぎり、海未に注意を向けるもすでに刀を振り上げて眼前に迫っている。

海未「閃刃・断空!」

海未の繰り出した刃は黒い閃光となってグレイシアを襲う。

65 ◆JaenRCKSyA:2017/08/22(火) 01:27:57 ID:dJDosh5M
「――っ!」

瞬時に刀と自分の間に氷壁を作り出すも、黒い斬撃の前に砕け散りグレイシアの体に衝撃が走る。

しかし、そのダメージも意に介さずにグレイシアはその場から大きく跳躍し、銃を構えているにこに迫る。

にこ「うげっ…!」

「アイシクルスピア」

今度はつららを落下させるのではなく腕に纏わせ、鋭い切っ先で薄いにこの胸板に風穴を開けようとする。

にこ「お触りはご法度だって、の…!」

にこがいまだ漂っている自分が打ち出した光球に銃口を向けて引き金を引くと、そこからピンク色のロープが伸びていく。
そしてそれが光球にまで達すると、にこの体を引き寄せるようにロープが縮み、グレイシアとの間に距離が開く。

海未「私を忘れないでもらいたいですね!」

にこをとらえ損ねたグレイシアの背後に海未が迫り、刀を水平に振り抜く。

「……!」

グレイシアはその場で体を回転させ、海未の刀を腕に纏わせたつららで跳ね除ける。

66 ◆JaenRCKSyA:2017/08/22(火) 01:31:17 ID:dJDosh5M
「チリーブロウ」

追撃をしようとした海未の体めがけ、グレイシアは手のひらから吹雪を叩き込む。

海未「くっ…!」

にこ「ラブリー――」

「ヘイルストーム」

にこが背を向けたグレイシアに銃口を向けるも、背を向けたまま手を振りかざして氷の礫を降り注がせる。

にこ「やばっ!」

にこは縦横無尽に襲い来る氷の嵐の中を駆け抜けながらさっきと同じように銃口を浮かぶ光球に向けようとする。

にこ「うっそでしょ…!?」

にこが狙いを定めようとした先に光球は残されていない。グレイシアは広範囲に氷を届かせることでにこの細工を崩していた。
逃げ場を失ったことで一瞬足を止めてしまったにこは氷の弾丸に打ち抜かれ、地面に転がってしまう。

にこ「ぐ、ぇ…」

海未「このっ!!」

海未は槍投げのように腕を振りかぶり、そのままの勢いで刀を切っ先から投擲する。

「……」

しかしグレイシアはそれを難なくかわし、丸腰となった海未に肉薄して手のひらをかざす。

67 ◆JaenRCKSyA:2017/08/22(火) 01:34:55 ID:dJDosh5M
海未(そう、丸腰になったと思わせる…!)

海未は刀を投擲してすぐに新たな刀を鞘に生成、そしてすでに手はその柄を握りしめている。

さらに海未の目はグレイシアの背後にまで向けられている。

にこ「――っ!」

海未の視線の先には体を走る痛みに歯を食いしばりながらこらえ、銃を真っすぐに構えるにこの姿。

にこが地面に投げ出されたのは一瞬のこと、グレイシアの視線が外れたのを見計らって跳ね起き、グレイシアの背後にまで迫っていた。

にこ(取った!ゼロ距離!)

海未(鞘にエネルギーを集中!この前後からの挟撃で…!)

にこ「プリティ――」
海未「冥凶――」

グレイシアは前後からの攻撃を前に頭を一度振り、空を見上げる。そして――

「アイスエイジ」

世界は、氷雪に包まれた。

68 ◆JaenRCKSyA:2017/08/22(火) 01:37:11 ID:dJDosh5M
グレイシアを中心にして吹き荒んだ吹雪は屋上広場の大半を雪と氷で覆い尽くした。

当然至近距離にまで迫っていた海未とにこもその猛威に巻き込まれている。

海未「そん、な…ここまでの力を…」

にこ「ほんっと、化け物…!」

地面へと這わされた二人は身体に力を入れようとするも、負ったダメージに加えて全身を包む冷たさに、体を起こす事すらままならない。

にこ(立ち上がれたって、戦えっこないわよ…!)

破壊の中心で立ち尽くしていたグレイシアは、思い出したように足を進める。しかしその動きは油の切れかかった機械のように緩慢なものだった。

海未(まさかあちらも消耗している…?ですが今の私とにこの状態では…)

海未(誰かっ…!)

海未の願いは確かに届いたのかもしれない。しかしそれが叶ったところで事態が好転するとは限らない。

69 ◆JaenRCKSyA:2017/08/22(火) 01:43:30 ID:dJDosh5M
海未「あれは…」

にこ「カード…?」

二人が目をそらしたわけでもないのに、まるで最初からそこにあったかのようにグレイシアの近くに2m弱ほどのカードが浮かんでいた。

「……」

屋上の三人が見つめる中、まるで目に見えない手がめくるようにそのカードはくるりと回転する。

そのカードから現れたのは、サーカスのピエロかカジノのディーラーを模したような衣装に身を包み、顔をのっぺりとした仮面で覆った姿。

その姿かたちは海未とにこが噂としてのみ聞いたことのあるものであった。

にこ「最っ悪…怪人、アルカナムじゃない…!」

その神出鬼没さからヒーローが交戦したという報告は出てきていないものの、グレイシアと並ぶほどの被害が報告されている怪人。

海未「ここにきて敵の援軍なんて…!」

70 ◆JaenRCKSyA:2017/08/22(火) 01:48:53 ID:dJDosh5M
しかしアルカナムは二人の覚悟をよそにグレイシアへと歩み寄り、にこの事を一瞥するとグレイシアに顔を寄せて何事かをささやいた。それを聞いたグレイシアは軽く肩をすくめたあとに小さくうなずく。

アルカナムはおもむろにカードを一枚取り出すとそれを軽く宙に放り出す。するとカードは巨大化してアルカナムとグレイシアの姿を覆い隠す。

先ほどアルカナムが現れた時のようにカードが回転すると、すでに二人の姿はそこから影も形も無くなっていた。

にこ「嘘…?」

海未「助かった、のでしょうか…」

海未とにこはいまだ寒さに固まる体を起こし、対峙していた敵の消えた場所を呆然と見つめる。

海未「分からないことだらけですが、今は生きているだけで十分ですね…」

にこ「安心するのはいいけど、あんた変身解いときなさい…ヒーローが来たらとどめ刺されるわよ…」

海未「それは困りますね…あとは怪獣も撤退していることを祈るだけです…」

海未は変身を解いたのち、少しためらいながら口を開く。

海未「あの、にこ…私の事なのですが…」

にこ「秘密にしろってことでしょ?分かってるわよそんな事…誰に言うつもりもないし、そもそもグレイシアにぼこぼこにされてるんだから疑う理由もないっての…」

海未「ありがとうございます…」

海未はにこの言葉を聞くと安心したように目を閉じ、床に大の字に横になった。

71名無しさん@転載は禁止:2017/08/22(火) 17:03:55 ID:I7yb6aAw
待ってたわよ

72名無しさん@転載は禁止:2017/08/22(火) 19:56:53 ID:manr.rA6
更新乙

73名無しさん@転載は禁止:2017/08/23(水) 08:34:29 ID:eqVcxVH2
おつおつ

74名無しさん@転載は禁止:2017/09/05(火) 02:23:14 ID:BII8ZWG6
待ってるぞ

75名無しさん@転載は禁止:2017/09/05(火) 12:35:02 ID:dZMBuKho
待ってるわよ
ゆっくりでもいいからエタらないでちょうだいね

76 ◆JaenRCKSyA:2017/09/06(水) 19:16:16 ID:jCHHj6Zs
海未「全くどうしてこんな目に…けれど買い物が済んだ後だったのが幸いでしょうか…」

海未はすっかり陽が落ちて暗くなった帰り道で一人呟く。

あの後、ショッピングモール内の怪獣がいなくなったことで屋上にも救助の手が入り、騒動は収束に向かっていった。

海未は怪獣に襲われずに屋上に向かえたことを疑問に思われつつも、避難をし損ねたところをにこに保護されたという形で落ち着いた。

再会してすぐに心配そうな顔で縋りついてきた幼馴染二人をなだめつつ家まで送り届け、一人で帰路に付いているところだった。

海未「しかし、なぜとどめを刺すのに絶好の機会だったというのに撤退していったのか…あそこで仕留めるほどの脅威と思われなかったか、あるいは…」

考えをまとめるようにして言葉としてそこまで呟いたところで海未は立ち止まり、曲げた人差し指を口元に当てて頭の中で続ける。

海未(それに、私が怪人になってから何もコンタクトがなかったので組織立っていないと思っていましたが…怪獣が命令をきかなくなったことや撤退のタイミングを考えると…)

海未(…考えたところで答えが出るわけでもありませんね)

これ以上足を止め帰宅が遅くなって母を心配させるわけにもいかないと海未が歩き出そうとすると、暗い路地に声が響く。

「あなたよね?黒ずくめの怪人の正体」

77 ◆JaenRCKSyA:2017/09/06(水) 19:17:13 ID:jCHHj6Zs
海未「!?」

海未(私の正体を…?いったい…)

海未「…何の話かはよく分かりませんが、私に用があるのなら姿を見せてほしいものですね」

「……」

海未が暗闇に声を投げかけるも、しばしの間沈黙のみが返ってくる

「用があるのは事実だけど、あなたが危険人物じゃない証拠なんてないもの」

海未は相手の声を注意深く聞きながら思考を巡らせる。

海未(断言はできませんが、恐らくは女性…それに私に対して敵意を持っているわけでもない、か…)

海未「私の言葉を信じろ、とは言いませんが話を聞くくらいの分別は持ち合わせている、とだけは言っておきましょうか」

「そう…それはこっちにとっても好都合――けど、ここで話すつもりもないわ」

「月曜日の放課後、音ノ木の音楽室まで来なさい」

海未(音楽室…ならば音ノ木の生徒?冷静ではあるようですが、素性がばれるようなことを口にする…交渉事がうまいわけではない?)

海未「わざわざあなたが指定した場所に行くことで、私には何もメリットはありませんが…私はそこで何を得られるのでしょう?」

「……」

78 ◆JaenRCKSyA:2017/09/06(水) 19:18:27 ID:jCHHj6Zs
「私は、あなたの纏うソレについての情報を持ち合わせてる…けど、あなたに聞きたいこともあるの」

海未「情報交換、ということですか?」

「ええ、あなたをどうこうするつもりなんてないし…どうなのよ?」

海未(私の正体が知られている以上、断ったことで発生する問題の方が対処しづらい…)

海未「分かりました、月曜日の放課後、音楽室で」

「ええ、それでいいわ」

その返事を最後に、路地は静寂に包まれる。

海未(…もう話しかけてはこない――気配も無いようですね)

海未は息を吐き出し、どうしてこうも次から次へと厄介ごとに巻き込まれるのか、と頭を抱える。

海未「今度こそは乱暴なことが起きなければいいのですがね…」

愚痴を吐き出しながら足取りも重く、海未は自分の家へと向かうのだった。

79 ◆JaenRCKSyA:2017/09/06(水) 19:22:13 ID:jCHHj6Zs
待たせてしまって申し訳ない…それなのに短くて申し訳ない…

80名無しさん@転載は禁止:2017/09/06(水) 20:07:24 ID:oAwO.a4Q
おつかれさん
たのしみにしてまっせ

81名無しさん@転載は禁止:2017/09/06(水) 21:15:51 ID:Nf/MZjXE
更新乙乙待ってた
好みの世界観だからゆっくりでもエタらず書き切ってほしい

82名無しさん@転載は禁止:2017/09/07(木) 07:59:48 ID:A47nrJcM
乙かれさま
待ってたわよ!少しでも投下してくれてすごく嬉しいわよ

83 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 21:13:38 ID:pD318zVg
週が明けた朝、海未は一人通学路を歩いていた。基本的に朝は幼馴染二人と一緒に通学をしているが、弓道部の朝練であったり、考え事をしたい時には一人にしてもらっているため、海未にとってそこまで珍しいことではなかった。

海未(放課後の事を考えると、今日の授業に集中はできそうもありませんね…穂乃果にいい口実を与えてしまうことにはなりますが)

海未(しかしあの声の人物、いったい何が目的なのか…私のシステムについて知っているようでしたが――)

「もし、そこのお嬢さん」

海未「っ!?」

海未は考え事をしていたところに声をかけられ、自分の正体を暴かれたような気持ちで振り向く。

「ちょ、そんなに警戒しなくてもいいやん…」

建物の間から体をのぞかせていたのは、フード付きのローブを目深にかぶり水晶玉を手に持った女性。

海未(身長はそこまで高くない…それにこの声の感じ、年は私とそう変わらない程度でしょうか…?)

84 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 21:18:46 ID:pD318zVg
海未「…何の御用でしょうか?」

「ふふふ…お嬢さんも悩み事、困り事、そういうのを抱えてるんやない?うちの占いを聞いていったらたちまち――」

海未「急いでいるので失礼します」

「ちょ、待って待って!話くらい最後まで聞いて!」

ただの胡散臭い占い師、そう判断して足早に立ち去ろうとした海未だったが、焦ったように縋りつかれてため息をつきながら足を止める。

海未「はあ…学校もあるので手短にお願いします…聞く価値が無いと思ったら行かせていただきますからね」

「ふっふっふっ…やっぱり気になるんやね?ウチの占いは――」

海未「ごきげんよう」

「わーうそうそ!ちょっとふざけただけやん!」

「ゴホン!…けど、本当にウチの占いはよく当たるって評判なんよ?実際、ウチには手に取るように見える…その胸の内にある、真っ黒い悩み、秘密…」

その言葉を聞き、海未は心臓をつかまれたように感じる。

海未(真っ黒な、秘密…)

その海未の反応を見て、フードの中で口角を上げる。

85 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 21:28:52 ID:pD318zVg
「詳しく話をしたいなら、こっちに着いて来てな?」

海未「…分かりました」

少しの可能性、この少女が自分の事を知っているかもしれないという不安から、海未は用心しながらも路地裏へと着いて行く。

「…ふらふらと着いて来て、随分と不用心やん?」

海未「…っ!」

海未は後ろから差す光が薄くなったことに気が付き、弾かれたように後ろを振り返る。

「にゃっふっふっふ…」

路地をふさぐように立っているのは、占い師の少女と同じく目深にパーカーのフードを被った小柄な影。

海未(挟まれた…!?やはり迂闊でしたか!)

「さあ覚悟するにゃー!!」

「恐れおののけー!!」

前後から両手を掲げて迫る二人を視界に入れながら海未は素早くカバンからシステムを取り出して腰に装着する。

海未「変身!」

86 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 21:38:24 ID:pD318zVg
「えー嘘!怪人!?どうしよう希ちゃん!」

「うろたえたらダメや凛ちゃん!ウチらのこれまでの特訓の成果を見せる時やん!」

「りょ、りょーかい!」

二人は海未の前後で言葉を交わすと、足に力を込めて飛び上がる。

海未(来る!)



「「すみませんでしたー!!!」」



海未「は…?」

平身低頭、平伏叩頭。海未の前後対称に見事な土下座が並んでいた。

87 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 21:43:45 ID:pD318zVg
海未「…つまり、感情エネルギーを集めるために通行人を騙して路地裏に連れ込んでいたと?」

凛「はい…」

希「そういうことです…」

占い師の格好をしていたのが東條希、あとから現れたのが星空凛というのが二人の名前であること、その二人ともが怪人であること、そして感情エネルギーを集めるためにこのようなことを続けていたということを海未は聞き出していた。

海未「音ノ木の生徒だったとは…それにあなたは確か生徒会副会長だったはずでは…?」

凛「でもでもっ、絶対ケガさせたりはしてないよ!二人で驚かせてただけ!」

希「うんうん!それは誓って本当!」

今にも泣き出しそうな凛と首を痛めかねない勢いで首を振る希を前に、海未もこれ以上強く追及する気はなくなる。

海未「はあ…まあいいです…けれど、どうしてこんなに効率の悪いことを?言い方は悪いですが、怪人ならもっと簡単に感情エネルギーを集める方法なんてあるでしょう」

凛「自分のために人の事ケガさせたりするのは嫌だし…」

希「……それともう一つ理由があるんよ」

88 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 21:48:20 ID:pD318zVg
希「ウチらに埋め込まれた怪人のコアが、なんていうか不良品だったみたいなんよ…それで、まともに変身もできない――だからまずそもそも人を襲うなんてできなくて…」

凛「それでも感情エネルギーが無くなったら死んじゃうから仕方なく…」

海未「なるほど、そういう事情が…では、二人とも一般人とは全く変わらないということになるのですか?」

希「うーん、それともちょっと違うかな?少しだけ怪人に近いというかなんというか…」

凛「例えば凛だったら鋭い爪と猫耳が出せるよ!」

希「ウチは占いが良く当たる!」

海未「それは…何とも言えませんね…」

凛「それは言わないでほしいにゃ…」

89 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 21:53:13 ID:pD318zVg
凛「そうだ希ちゃん!海未ちゃんにも悪の組織に入ってもらおうよ!」

海未「悪の組織!?さっき人を襲ったりはしないと――」

希「あーごめん海未ちゃんそういうことやなくて…」

凛「凛と希ちゃんの二人で悪の組織!…って言っても何かするわけじゃないんだけど――」

凛「凛ね、仲良い子はいっぱいいるんだけど、やっぱり自分一人だけ怪人っていうの心細くって…それで、希ちゃんと会えてうれしかったんだ!やっと一人じゃないーって!だから、もしよかったら、海未ちゃんとも仲良くなれないかなー…って」

海未「凛…」

その孤独感は海未にも覚えがあるものだった。いくら幼馴染に悲しい思いをさせたくなかったためとはいえ、秘密を抱えながらヒーローにも怪人にもおびえながら過ごす事への不安はそう簡単にぬぐえるものではない。

海未(三人きりの悪の組織…それも悪くはないですね)

海未はクスリと笑い、芝居がかったように声を上げる。

海未「…いいでしょう!ホムラやジュエル、キャプテンアンカーから逃げ切ったこの私がいれば百人力です!」

90 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 21:55:06 ID:pD318zVg
希「おお!それならば海未ちゃんには悪の組織幹部の座を与えようではないか!」

凛「えー!なんで新入りなのに凛よりも上なの!希隊長!」

希「ふっふっふ、この世は実力主義なのだよ凛二等兵…でも隊長のウチよりも上は明け渡さぬのだ…」

凛「職権濫用だにゃー!」

海未「ほら、遊ぶのもいいですがこのままでは遅刻してしまいますよ?生徒会副会長が遅刻だなんてもってのほかです!」

「「はーい…」」

91 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 22:03:37 ID:pD318zVg
海未「昇降口でようやく実感するのも変な話ですが、私達三人とも学年が違うんですよね…」

凛「希ちゃんって3年生で副会長なのにせんぱいーって感じがないもんね」

希「ひどいなあ、親しみやすいって言ってほしいやん?」

「責任感が無い、とも言うんじゃないかしら…?」

三人が昇降口で話していると、急に前から凛とした、けれどあきれ返ったような声が響く。

海未「あ、絢瀬生徒会長…!」

凛「お、おはようございます!」

希「あ、えりち…えっと…おはようさん?」

絵里「おはよう、じゃなくておそよう、じゃない?私は事前に今日の集合時間を伝えてあったはずなんだけれど…それは私の記憶違いだった?」

希「いやいや実はこれには海よりも深ーいわけが…」

絵里「あら、それはさっきまで私が処理していた山のような書類よりも高いものなのかしら?」

希「いや、その…」

絵里「今すぐに来なさい」

希「はい…」

92 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 22:08:48 ID:pD318zVg
絵里「ごめんなさい、ちょっと希を借りてくわね?」

海未「あ、あの、すみませんでした、まさか生徒会の仕事があったとは…」

絵里「あら、だって知らなかったんでしょう?そんなことで目くじらを立てたりはしないわ」

希の両肩をしっかりと捕まえながら涼しげな笑顔で絵里は応じる。

海未「いえ、それでも…」

絵里「そうね…それじゃあ今度から希がサボってそうだったら私に言いつけてくれるかしら?どうしても浦女との交歓会が控えていて忙しいのよね…」

海未「ええ、分かりました」

希「海未ちゃんウチの事裏切るん!?」

絵里「希?」

希「なんでもありません」

希が口を開くも、絵里が半目で睨み付けるとすぐに黙り込む。

絵里「それじゃあ、失礼するわね」

そう言って海未と凛に背を向けて少し歩くとすぐに立ち止まり、首だけを回して振り返る。

絵里「それと最後にもう一つだけ――希と仲良くしてくれてありがとうね」

93 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 22:14:16 ID:pD318zVg
希「…えりち、その…」

絵里「もう、そんな顔しないでよ…別に気にしてないから」

希「けど…」

絵里「いいの、楽しそうに過ごしてくれている方が希らしいわ」

希「ん…ありがと」

絵里「だけど、やらなきゃいけないことは、ね?」

希「うん、それは大丈夫…ウチにまかせて?」

絵里「ありがとう…それと――ごめんなさい」

94 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 22:20:02 ID:pD318zVg
凛「生徒会長さんかっこよかったねー…」

海未「ええ…人前に立っているときの感じから勝手に冷たい雰囲気なのかと思っていましたが、気さくで生徒会長になるべくしてなったような方でしたね」

凛「凛はあんな素敵なれでぃーにはなれそうにないにゃ…」

海未「何を言っているのです、凛だって十分にかわいらしいではないですか」

凛「にゃっ!?何言ってるの!そんなことないよ髪だってこんなに短いし…」

海未「おや、ショートカットがそれだけ似合うのは美人だからだと思いますよ?」

凛「うー…ダメダメ!もうこの話終わりー!」

顔を真っ赤にしてバタバタと手を動かす凛の事を見ながら海未はおかしそうに笑う。

海未(もし妹がいたらこんな感じなのかもしれませんね)

しばらく頬を膨らませていた凛だったが、ふと海未の後ろに目を向けるとぶんぶんと手を振り始める。

凛「あ!かーよちーん!おはよー!」

95 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 22:32:35 ID:pD318zVg
「あ、凛ちゃん…おはよう」

凛「もーなんで無視して行っちゃおうとするのー?」

「えっと…お話してるかな、って思って…」

海未「凛のお友達ですか?」

海未はおずおずとこちらを伺いながら話す少女に幼少期の自分を重ねながら話しかける。

「は、はい…えっと、凛ちゃんの幼馴染で、小泉花陽と言います…」

海未「花陽ですね、よろしくお願いします。私は2年生の園田海未の申します」

そう言った後で、学年はリボンの色で分かりましたね、とほほ笑む。

花陽「よ、よろしくお願いします、海未先輩」

海未「直接の先輩というわけでもなんですし、そんなにかしこまらなくても大丈夫ですよ?と言っても難しいかもしれないですけれど…」

凛「そうそう!海未ちゃんはちょっぴり厳しいけど優しいんだから!」

花陽「え、えっと、私も海未ちゃんって呼んでも、いいんですか…?」

凛「もっちろん!」

海未「なぜ凛が答えるのですか…ですがもちろんいいですよ」

96 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 22:37:14 ID:pD318zVg
花陽「あっ、ごめんなさい!ちょっと飼育委員の仕事があるので失礼します…!」

そう言って花陽は海未に向かってぺこりと頭を下げ、凛には手を振りながらパタパタと駆けだしていく。

海未「飼育委員というと…あのアルパカですか?」

凛「うん!かよちんはアルパカさんとすごい仲がいいんだよ」

海未「なんというか…変わっていますね…」

けれど花陽の優しげな雰囲気なら動物とも仲良くなれそうだ、と海未は思い直す。

凛「ねえねえ、そういえば海未ちゃんは浦女の人と会った事ってあるの?」

海未「浦女ですか?ああ、交歓会も近いですもんね――ですが残念ながら私の知り合いにはいませんね…」

黒澤ダイヤと戦ったことを除けばですが、と心の中でつぶやく。

凛「凛の友達にもいないからなー…けど、その分楽しみだにゃ!」

海未「ふふ…ええ、楽しみですね」

海未(浦の星女学院――どんな方がいるのでしょうか?)

97 ◆JaenRCKSyA:2017/09/08(金) 22:40:40 ID:pD318zVg
今日はここまで
次回は浦女編

98名無しさん@転載は禁止:2017/09/09(土) 00:06:42 ID:VUl2jkrg
乙かれさま、待ってたわよ
リリホワが3人怪人っていうのにとてもワクワクしてるわ

99名無しさん@転載は禁止:2017/09/09(土) 00:51:29 ID:cItShMLc
更新おつおつ、安定のリリホワ組
浦女編も楽しみ

100名無しさん@転載は禁止:2017/09/09(土) 18:45:43 ID:O6.NeNXg
休日利用して読み返した
凄く面白いしこの先の展開にも期待

101 ◆JaenRCKSyA:2017/09/10(日) 22:26:37 ID:iP/woMWQ
時間は少しさかのぼって朝。

携帯にセットしたアラームが部屋に鳴り響くと、布団から伸びた手がその音を止める。そのままもそもそと探るように動いて、近くに置いてあった眼鏡ケースの中身を手にとる。

曜「ふああ…ねっむい…」

広がった髪を手櫛で梳かしながら、大きくあくびをして曜は居間への階段を下りていく。

曜「いただきまーす」

朝食を口に運びながらテレビのニュースに耳を傾ける。

『関東地方の週間天気――』

『日経平均株価の――』

『秋葉原のショッピングモールに怪獣が現れた事件――』

曜「うわーこれ近所じゃん…しかも千歌ちゃんが見に行きたいって言ってたアイドルのイベントこの日じゃなかったっけ…」

幼馴染に他の予定があってよかった、と胸をなでおろすとともに、その日のうちにこの事を耳に入れられなかったことに少し後悔する。

曜(ま、それはしょうがないか…)

朝食を食べ終えた曜は身支度を済ませ、玄関から飛び出そうとしたところでふと立ち止まる。

曜「っとと…これ忘れたらダメだよね…いってきまーす!」

慌てて手首に巻き付けたのは、小さな操舵輪をあしらったブレスレットだった。

102 ◆JaenRCKSyA:2017/09/10(日) 22:34:06 ID:iP/woMWQ
曜「うーん、もうこのビル群にもすっかり慣れたなあ…」

曜は元々静岡の沼津に住んでいたのだが、5年前に起きた静岡の怪獣被害によって退去を余儀なくされた。

曜が受験をしようと考えていた私立浦の星女学院も存続できないところであったが、東京に移設できることになり、学区がたまたま近かった曜は当初の考えの通りに志望校に通うことができている。

学校が近づいてきたころ、曜は自分の前を歩く良く見慣れた後ろ姿を見つける。

曜「おっ…!千歌ちゃーん!おはヨーソロー!」

千歌「あっ、よーちゃん!おはヨーソロー!」

二人は向かい合って敬礼をしながら笑いあう。

千歌「曜ちゃん今朝やってたニュース見た?あのショッピングモールの…」

曜「見た見た、あそこってこないだ千歌ちゃんが言ってたイベントの会場だったでしょ?」

千歌「そうなんだよね…いやー普通怪獣の私にこんな運がいいことがあっていいのか!って感じだよねえ」

曜「それは言いすぎだと思うけど…っていうか千歌ちゃん別に運悪くないじゃん」

千歌「そうかなあ…」

103 ◆JaenRCKSyA:2017/09/10(日) 22:42:28 ID:iP/woMWQ
千歌「あれ、梨子ちゃんまだ来てないの珍しいね?」

曜「ほんとだ、いつも私達よりも早く来てるのにね」

教室に入った二人はいつも一緒に行動しているクラスメイトの姿が無いことに気付き、きょろきょろと見回す。

曜「けど、もう少ししたらくるんじゃない?ほら、梨子ちゃんって…」

千歌「うんうん、普段真面目なのにたまーに変になるからねー」

曜「そんなこと言ってるとまた怒られるよ?…あ、噂をすればなんとやらだ」

二人が教室の扉に目を向けると、肩で息をしながら教室に入ってくるクラスメイトの姿があった。

千歌「わー、梨子ちゃん今日はワイルドだねえ…」

曜「何かあったの?」

いつもはきれいにまとめられた髪も乱れている友達の息が整うのを待って二人は話しかける。

梨子「犬が…通学路に…」

曜「犬はどこにでもいるでしょ…野犬でもいたらそりゃ大事件だけど…」

梨子「それはそうだけど…怖いものは怖いんだもん…」

104 ◆JaenRCKSyA:2017/09/10(日) 22:51:34 ID:iP/woMWQ
千歌「さっき曜ちゃんとも話してたんだけど、ショッピングモールの事件あったでしょ?あそこ、私が行こうとしてたイベントの会場だったんだよ!」

梨子「ええっ…だ、大丈夫だったの?巻き込まれたりとか…」

曜「いやいや、千歌ちゃんが行こうとしてただけで、他の予定が入って結局行かなかったんだよね」

千歌「そう、私にしては運がいいなーって!」

少しつり上がった目と反対にハの字に眉を下げておたおたとする梨子を見ながら千歌はへらりと笑って言葉を続ける。

千歌「けど、最近本当に怪獣の事件って多いよねー…ヒーローが多いから助かってるけど…」

曜「ついこないだも近所ですごい大型の怪獣が出たもんねえ」

ホムラがちゃちゃっと倒してたけど、と苦笑いしながら曜は続ける。

梨子「そういえば、あの時に現れた怪人もショッピングモールにいたっていう話なんだよね…それと、まだ確かな情報じゃないけど、グレイシアもいたかも、って…」

105 ◆JaenRCKSyA:2017/09/10(日) 22:57:33 ID:iP/woMWQ
曜「あー、あの黒ずくめの…あの時逃げられちゃったからなあ…」

千歌「逃げられちゃった?」

梨子「曜ちゃん…」

曜「あ!いや!ほら色んなヒーローがいたのに逃げられちゃったっていう意味で!」

千歌「?」

ぽかんと口を開ける千歌、半目で見つめる梨子に挟まれながら曜は慌てたように話し続ける。

曜「けど、浦女の近くに怪獣とかが来ても大丈夫でしょ!我らが梨子ちゃんがいるのでありますから!」

千歌「うんうん!友達がヒーローだなんて安心だし私も鼻が高いよ!」

梨子「もう、私は支援専門のヒーローっていっつも言ってるのに…それになんで千歌ちゃんが鼻を高くするの…」

梨子はいつも通りに明るいクラスメイト二人を見ながらため息を吐いた。

106 ◆JaenRCKSyA:2017/09/10(日) 23:06:30 ID:iP/woMWQ
曜「まあでも、生徒会長さんがいるんだからほんとに心配いらないんじゃない?」

梨子「それはその通りかも、すっごく強いもんね」

千歌「確かに強いしかっこいいけど、なんかヒーロー!って感じしないんだよねー…怖いっていうか…」

曜「あーそれはちょっと思うかもなあ…怪獣や怪人を倒すだけ!みたいな?」

梨子「生徒会長さんって妹がいて、私の友達が同じクラスみたいなんだけど、その子はすごいおとなしい子みたいなんだよね…」

曜「そうなんだ…まあ姉妹で性格が全然違うなんてのは千歌ちゃんちを見てればそんなもんだよね、って感じかな」

千歌「そんなもんだよねえ、美渡ねえなんてあんなに乱暴だし」

梨子「千歌ちゃんは…二人のお姉さんの元でのびのび育ったのかな…?」

腕組みをしながらしきりに頷く千歌を見ながら苦笑いをしていた梨子だったが、珍しくいたずらっぽく笑う。

梨子「そういえばさっきの話だけど、千歌ちゃんはどのヒーローがヒーローっぽいって思うの?やっぱりホムラ?」

千歌「うーん…ホムラもかっこいいと思うんだけど、やっぱり私はキャプテンアンカーかな!なんとなくだけど!」

曜「げほっげほっ!」

107 ◆JaenRCKSyA:2017/09/10(日) 23:16:49 ID:iP/woMWQ
梨子「私、ちょっと職員室に行ってくるから二人はお昼先に食べちゃってて?」

千歌「はーい」

曜「行ってらっしゃーい」

午前の授業が終わり、昼休みになると梨子はそう言って教室を出て行った。

千歌「そーいえば、そろそろ音ノ木との交歓会だよね?楽しみだけど、場所が浦女じゃなくあっちだから行くのがめんどくさいよ…」

曜「それは仕方ないよ…音ノ木は避難設備もあるし、校内に怪獣が入れないようなシステムだって完備してるみたいだし」

千歌「そりゃ怪獣に襲われるよりは少し歩いた方がいいかあ…なんでこんなに浦女はお金がないんだろ…」

曜「移設できただけでも奇跡みたいなものだからね…」

いつもの昼休み、いつもの日常、その中に異質な音が混じる。普段はめったに鳴ることのない、教室に取り付けられたスピーカーから放送が流れだす。

ダイヤ『お昼時に失礼いたします!周辺地域で怪獣の発生が確認され、ヒーローによる討伐が行われましたが複数の個体を取り逃がし、浦女の方へ向かっているとのことです!落ち着いて、迅速に体育館まで避難を行ってください!繰り返します――』

108 ◆JaenRCKSyA:2017/09/10(日) 23:24:20 ID:iP/woMWQ
途端に騒がしくなる教室の中、クラスの中心になる生徒が声をかけて落ち着かせようとする。

千歌「うそ…また怪獣!?曜ちゃん!私達も逃げないと!」

曜「え、えっと、ごめん千歌ちゃん!私トイレに…!」

千歌「ええ!?さすがに今いっといれなんて言ってられないよ!曜ちゃんってば!」

千歌の視線から逃げるように曜は教室から飛び出していき、それと入れ違いになるようにして梨子が教室へと戻ってくる。

梨子「千歌ちゃん!他のクラスも避難を始めてるから私達も――」

千歌「どうしよう!曜ちゃんがいきなりトイレとか言って出ていっちゃって、それで…!」

梨子「ト、トイレ…!?あー…曜ちゃんなら、大丈夫じゃない、かな…?」

千歌「曜ちゃんがいくらすごいって言っても怪獣に襲われちゃったら…!」

梨子「え、っと…ほら、私もみんなの避難が済んだら学校回るから、その時に私が見つけてくる、ね?」

千歌「…曜ちゃん、大丈夫、だよね?」

梨子「大丈夫!だから心配しないで?――みんな!このクラスの避難誘導は私がするから着いて来てください!」

今にも泣き出しそうな千歌をなだめ、梨子はクラスに声をかける。そして前髪を留めているヘアピンを、ポケットから取り出したものに付け替えて口を開く。

梨子「変身!」

109 ◆JaenRCKSyA:2017/09/10(日) 23:35:14 ID:iP/woMWQ
曜「とっとっと…よし、誰もいない…!」

曜は教室を飛び出してから、少し離れた場所にあるトイレの個室に入っていた。

曜「はあ…千歌ちゃんにいつ打ち明けよう…」

ため息交じりにそう独り言ちると、曜は手首に付けたブレスレットの操舵輪を指で弾いて回転させる。

曜「けど、危険にはさらせないもんね…!」

曜「変身!」

曜がその言葉を口にした次の瞬間、その姿は海軍の制服のようなアーマーと海賊帽のような仮面によって覆われていた。

曜「キャプテンアンカー、出動であります!」

110 ◆JaenRCKSyA:2017/09/10(日) 23:48:14 ID:iP/woMWQ
曜(怪獣対策ってことで学校の周りは高い塀で覆われてる…だからきっと入ってくるなら校門の方から!)

トイレから飛び出した曜は昇降口へと続く廊下を駆け出す。

曜(ビンゴ!さっそくだよ…!)

廊下の向こう側から現れたのは大型犬ほどの大きさをした狼のような怪獣が二匹。

曜「この程度の怪獣なんて…!」

曜はスピードを落とすことなく廊下を駆け抜けながら、その手に銛のようなものを生成する。

曜「ぜえいっ!」

加速したまま怪獣に迫る瞬間、最後の一歩を強く踏み込みながら銛を怪獣に向けて力の限りに突き出す。

怪獣はその一撃を避けることも叶わず、真正面から貫かれて黒い粒子へと消える。

廊下に残されたもう一匹の怪獣は攻撃を終えて真横を向いている曜めがけて飛び掛かる。

曜「ほっ!」

曜はその場で軽く真上に飛び上がり、体のひねりを使って回し蹴りを叩き込む。

曜「終わりっ!」

そして壁に叩きつけられた怪獣に銛を突き刺し、黒い粒子へと変える。

111 ◆JaenRCKSyA:2017/09/10(日) 23:58:06 ID:iP/woMWQ
曜「取り逃がしたって言ってたけど、いきなりこれだし、もしかしてかなりの数が入り込んでんるんじゃ…」

銛を肩に担ぎながら試案するも、考えがまとまる前に先の廊下から悲鳴が飛んでくる。

曜「逃げ遅れた人…!?」

即座に曜は走り出し、曲がり角の先から聞こえてきた悲鳴の元へと向かう。

角を曲がると廊下の先に、腰を抜かしたのか尻餅をついて後ずさろうとする女子生徒二人の姿と、そこに向けて走ってくる怪獣の姿が見えた。

曜(さっきのよりも大きい!)

先程倒した怪獣をそのまま二回りほど大きくしたような姿を見据えて曜は廊下を駆け抜ける。

曜「動かないで…ねっ!!」

女子生徒に近付くと曜はその勢いのままに跳躍、へたりこんだ二人の頭上を飛び越えながら背中を大きく反らすようにして銛を振り上げる。

曜「タイダルハープーン!」

叫びながら銛を投げつけると、銛からは水が勢いよくほとばしりながら怪獣の体を貫く。

曜「っふー…もう大丈夫!立てる、かな?それじゃあ体育館に…」

曜(あー、けどそれよりぱっぱと怪獣を倒した方がいいのかな?困ったな…)

どうしようかと悩む曜の後ろから声がかかる。

梨子「ようちゃ…じゃなくて、キャプテンアンカー!」

112 ◆JaenRCKSyA:2017/09/11(月) 00:05:48 ID:Mk3Kjkyo
パタパタと駆けてくるのは、音符やピアノの鍵盤の意匠をあしらった薄ピンクのスーツ、そしてヘッドホンを身に着けた梨子であった。

曜「えっと…ハルモニアリリーって呼んだ方がいいのかな?」

梨子「私は普通でいいから!」

顔を赤らめながら言い返し、そばでへたり込んでいる女子生徒にちらりと目を向ける。

梨子「この二人は私が連れて行くから、曜ちゃんはまだ校舎にいる怪獣をお願いしていいかな?」

曜「まかせて!それと、怪獣ってどれくらい入り込んでるか分かるかな?」

梨子「ちょっと待っててね…」

そう言うと梨子は目を閉じてヘッドホンに手を当てる。

梨子「――ちゃんと把握できたわけじゃないけど、小型の怪獣はかなりたくさん侵入しちゃってるみたい…けど、これは私でもなんとかなる、と思う…」

曜「もしかして、もっとおっきいのもいたりする感じ…?」

梨子「うん…中型の怪獣が何体か――」

曜「よーし、私はおっきいのを追いかけつつ、通りすがりに小さいのをやっつけてけばいいね!」

113 ◆JaenRCKSyA:2017/09/11(月) 00:11:33 ID:Mk3Kjkyo
梨子「ごめんね、私も戦えればよかったんだけど…」

曜「いいのいいの!適材適所って奴!」

曜の言葉に少しほっとしたような笑顔を見せる梨子だったがすぐに険しい顔を作る。

梨子「そういえば、いつになったら千歌ちゃんにこの事ちゃんと伝えるの?毎回ごまかすの大変なんだから…」

曜「うう、面目ない…なんていうか、言うタイミングを逃しちゃって…」

悪さした子供じゃないんだから、とため息交じりに言うと、女子生徒に手を貸して立ち上がらせる。

梨子「それは二人の問題だからあんまり強く言えないけど、早く言った方がいいと思うよ?…それじゃあ、またあとでね!」

そう言い残して梨子は女子生徒を先導して走り去って行ってしまう。

曜「私も分かってるよお…って、今はそんなこと言ってる場合じゃないか…」

曜はそう呟いて、校舎の中を駆け出した。

114 ◆JaenRCKSyA:2017/09/11(月) 00:20:02 ID:Mk3Kjkyo
ここまで
レス返してないけどめちゃくちゃうれしいです

115名無しさん@転載は禁止:2017/09/11(月) 00:23:10 ID:phtx4ugY
乙ー
よかった

116名無しさん@転載は禁止:2017/09/11(月) 15:57:56 ID:uxcQeK0I
更新おつー続きが気になる展開
レス喜んでもらえてるならこっちも嬉しい

117名無しさん@転載は禁止:2017/09/11(月) 21:17:56 ID:oketmDBM
おつおつ

118名無しさん@転載は禁止:2017/09/12(火) 02:04:28 ID:chj.Tyfc
お、更新されてる 待ってたよー

119名無しさん@転載は禁止:2017/09/14(木) 15:49:43 ID:81rrHW12
乙よ
気づいたら来てたわね
レスは自分が返したいときに返したら良いわよ
また待ってるわ

120名無しさん@転載は禁止:2017/09/17(日) 19:03:09 ID:2hZv643g
時間は少し前、お昼休みまでさかのぼり、同じく浦の星女学院の一年生の教室。

善子「うう…不幸だわ…」

ルビィ「わっ善子ちゃんびしょ濡れ…手洗いに行っただけなのに…」

花丸「さすがにここまでくると気の毒だよね…呪われてるとしか思えないずら」

善子「善子じゃなくてヨハネよ…ずら丸の家でお祓いとかできないの…?」

花丸「そういうの頼むなら神社じゃないかな?うちでは善子ちゃんに座禅を組んでもらうくらいしかできないずら」

善子「私が座禅組んでどーするのよー!それに堕天使は座禅なんて組まないの!」

花丸「あっ、おっきいタオルとかは常備してるんだね?準備万端ずら」

善子「そりゃ毎度こんなことがあるなら準備するようにもなるわよ…こないだのショッピングモールだっていきなり怪獣が出てくるし…ほんと神に見放されてるわ…」

ルビィ「うゅ…ごめんね、ルビィがアイドルのイベント見に行きたいなんて言ったから…」

花丸「大丈夫、あれはルビィちゃんのせいじゃないよ?善子ちゃんの運の悪さにオラたちも巻き込まれただけずら」

善子「ちょっと!私のせいにするのやめてよね!」

花丸「えへへ、冗談ずら」

121 ◆JaenRCKSyA:2017/09/17(日) 19:10:27 ID:2hZv643g
ルビィ「けどお姉ちゃんも花丸ちゃんも善子ちゃんもヒーローで…なんだかルビィが偉くなったみたいに思っちゃうなあ」

善子「しーっ!私の事は秘密だってば!」

ルビィ「あっ、ご、ごめんね?」

花丸「ヒーローな事ってそんなに必死に隠す事なのかなあ?」

善子「当たり前でしょ!身バレしたらなんて考えたら…もう生きていけない!」

花丸「そんなに気にするならいつもやってる…配信?放送?っていうのをやめたらいいと思うずら…」

善子「何言ってるのよ!あれは私のアイデンティティ!レゾンデートル!欠かすことができないものなの!もう、分かってないわね!」

花丸「マル、当然のことを言っただけだと思うんだけど、なんで責められてるのかな?」

122 ◆JaenRCKSyA:2017/09/17(日) 19:28:36 ID:2hZv643g
三人が話していると、廊下の方からお昼時に似つかわしくない騒ぎ声が聞こえてくる。

花丸「ご飯食べる時間なのになんだか騒がしいね?」

善子「なんかあったのかしら?ちょっと見てくるわね」

善子が席を立ち廊下に向かって歩き出すのと同時に、クラスの生徒が教室の放送用スピーカーの音量つまみをひねったことで、教室に放送が流れだす。

ダイヤ『――を行ってください!』

ルビィ「あ!お姉ちゃんだ!」

花丸「待ってルビィちゃん様子が――」

花丸は放送からいつもと違う様子を感じ取り、自慢の姉の声が聞こえてきたことで目を輝かせながらスピーカーを見上げたルビィの事を制しながら聞き逃さないように耳を澄ませる。

「きゃあああぁぁぁ!!」

しかしそれはクラスメイトの大きな悲鳴によって意味のないものとなる。

花丸「――っ!」

花丸が悲鳴の聞こえた方を振り返ると、狼のような怪獣が一匹教室に入り込もうとするところであった。

花丸は腕輪のように手首に巻いた数珠に触れる。

花丸「変身!」

123名無しさん@転載は禁止:2017/09/17(日) 19:31:09 ID:2hZv643g
次の瞬間には花丸の体は狩衣を模したようなスーツに包まれ、手には身の丈を超えるほどの錫杖が握られている。

花丸「ずらっ」

今にも生徒に飛び掛かろうとする怪獣を見据えながら花丸は錫杖を軽く地に打ち付け、シャン、と澄んだ音が響くと同時に怪獣の足元が白く輝き出す。

花丸「縛!」

花丸がそう唱えるとそこから白く輝く鎖が何本も現れて怪獣をがんじがらめに縛りつけた。

花丸「オラ、じゃなくって…私が誘導するから着いて来てください…!これもあんまり長くはもたないし…」

教室にそう声をかけて移動を始めようとすると、ルビィが肩を叩いておずおずと口を開く。

ルビィ「ねえ花丸ちゃん、善子ちゃん戻ってきてなくない…?」

花丸「え…?ほ、ほんとだ…!どこいっちゃったんだろ…」

すると先ほど悲鳴をあげた生徒がそのやりとりを聞いて話し始める。

「あ、あのね、この教室に入ってきたのは一匹だったけど、ほんとはもっとたくさんいて…実はそれが全部津島さんのことを追いかけていっちゃって…」

ルビィ「…」

花丸「…」

友人の安否が心配ではあったが、それよりもその不幸さに唖然とするばかりであった。

124 ◆JaenRCKSyA:2017/09/17(日) 19:40:28 ID:2hZv643g
善子「ひいいぃぃぃん!!もうやだああぁぁぁ!!」

花丸たちが怪獣と対峙した少しあと、善子は何匹もの怪獣に追い掛け回されながら校舎内を疾走していた。

善子「階段んんん!!」

階段の下からも怪獣が駆けてくるのが目に入ると、逃げ場所が無いことを理解しながらも善子は屋上へ続く階段を駆け上がって扉を蹴り開ける。

善子「たすけ――へっ?」

屋上を駆け抜けた善子は自分が予想していた以上の距離を走り抜けたこと、そしてその身に感じた浮遊感に思考が止まってしまう。

善子「な、なんで柵が無くなってるのよおおぉぉぉ!!」

駆け抜けた先の柵が破れており、そこを飛び出してしまった善子は悲鳴と共に落下を始める。

善子「いやああぁぁぁ!!」

落下しながらも善子は自分の制服をまさぐり、やっとのことで取り出した黒い羽根を自分の頭に作ったシニヨンに突き刺して悲鳴を言葉に変える。

善子「変身んんん!!」

125 ◆JaenRCKSyA:2017/09/17(日) 19:45:49 ID:2hZv643g
善子「あああぁぁぁぁぁ!!」

無我夢中で善子は自分の手の中に自分の背丈と同じくらいの大鎌を作り出して自分の真上に円を描くように薙ぐ。

その湾曲した刃は校舎壁面の出っ張りに引っかかり、振り子のように運動の方向を落下から円へと変える。

善子「ひいいいいぃぃぃ!!」

必死で大鎌にしがみついていた善子は身体が振られるがままにまかせ、その体で窓ガラスを突き破って教室に投げ出される。

善子「ぎゃん!――ヨ、ヨハネ、降臨!」

なんとか立ち上がってポーズを決めるも、教室の中の異様な雰囲気を感じ取って辺りを見回す。

生徒の影は見えず、教室の机はなぎ倒され、白くべたついた太い糸があちらこちらにまとわりついている。

善子「何よこれ…この白いやつ…もしかして、蜘蛛の糸――」

そこまで口にした善子は、嫌な予感を感じてそろりそろりと視線を上に上げていく。そして目に入ったのは、天井近くに張られた蜘蛛の巣に絡めとられた何人もの生徒の姿だった。

善子「い、生きてる、わよね…?」

遠目に見る限り、衰弱はしているものの息があると分かって安堵するも、そんな善子の前に耳障りなカサカサという音と共に巨大な影が躍り出る。

126 ◆JaenRCKSyA:2017/09/17(日) 19:50:39 ID:2hZv643g
善子「ひっ…!気持ち悪…!」

その怪獣の下半身は八本の足と紡錘形に膨らんだ腹と蜘蛛のものであったが、そこから伸びるのは筋骨隆々の肉体に牛の頭。そしてその太い腕には巨大な斧が握られていた。

善子「…けど、ここで私が逃げるなんてわけにはいかないわよね!来なさい!」

善子が鎌を自らの前で斜めに構えるのと同時に、怪獣は鼻息を荒げ、足を蠢かせながら善子へと迫り斧を振り上げる。

「ブモオオォォ!!」

善子「そんな大振り、当たる方が難しいわよ!」

頭上からまっすぐに振り下ろされた斧を横に飛び退いてかわし、自分の背に付くほどに振りかぶった鎌を振り抜く。

刃は怪獣の胴体の肉をえぐるもその傷は浅く、8本の足を動かしてその場で回転するように善子に向き直る。
そして足の内の1本の先にある鋭い爪で善子の事を引き裂こうとする。

善子「っくうう…!」

善子はその場に踏ん張り、大鎌の柄でそれを受け止める。

127 ◆JaenRCKSyA:2017/09/17(日) 19:55:22 ID:2hZv643g
善子(まずいわよねこれ…!)

押し返そうと大鎌に力を込めるも、蜘蛛の足は微動だにしない。そればかりか視界の端で鈍い光が煌めくのが目に入る。

善子「こんのっ!」

頭上に迫る斧にすくむ身を奮い立たせ、善子は手にした大鎌の柄の刃の付いていない側を真上に蹴り上げる。

それによって柄は斜めに傾き、競り合っていた爪もその傾きに沿って滑り始める。

善子「ピアシングシェイド!」

柄の傾きが大きくなり、刃が教室の床に埋まると同時に善子は声を上げる。その声に呼応するようにして、怪獣の巨体が作り出した影から漆黒の棘が突き出し、斧を振り下ろす怪獣の腕を貫く。

「ブルオオォォ!!」

善子「よっし!このままいけば――」

攻撃が決まり、気を抜いた善子の目の前から突如として怪獣の姿が消える。

善子「えっ?どこに――きゃっ!」

死角から突進してきた怪獣の巨体に善子は吹き飛ばされる。

128 ◆JaenRCKSyA:2017/09/17(日) 20:44:37 ID:2hZv643g
善子(なんで気付かなかったのよ…!蜘蛛なのよ蜘蛛…!)

怪獣はその八本の足で跳躍、そして自身の張った巣の上を自在に動き回っていた。

善子(けど、あんな巨体でジャンプ力があるなんて普通思わないわよね…)

善子は怪獣の姿が視界から外れないように注意しながら、教室のそこかしこにはびこっている蜘蛛の巣に狙いを定める。

善子「せえい!」

善子は高く跳躍するとともに大鎌を振りかぶる。そして壁と床、天井をつなぐように伸びた白い糸を善子が振るう刃が次々と刈り取っていく。

善子「――っ!」

床に着地するとともにその場で半回転、その体の振りはそのまま大鎌の勢いへと変わり、背後から振り下ろされていた大斧を受け止める。

善子「んぎぎっ…!む、無理…!」

すんでのところで受け止めたはいいものの善子の細腕では跳ね除けることはおろか、長く持ちこたえることすらもできないと悟り、大鎌を地面へと振り下ろすようにして斧を受け流す。

129 ◆JaenRCKSyA:2017/09/17(日) 20:53:06 ID:2hZv643g
善子「はっ!」

善子は怪獣の斧が地にめり込んだ隙をついて8本の足の内へと潜り込み、鎌を一閃させて足の一本を刈り取る。

「ブモオオォォ!!」

怪獣は咆哮を上げながら斧を振り回すも、自身の真下にいる善子にはかすりもしない。

善子(あれ?もしかしてここって安置じゃない?)

ふとそんな考えがよぎった善子の目の前に突き出されたのは、紡錘形に膨らんだ怪獣の腹部の先端。
そこから勢いよく吐き出されたのは柔らかそうな見た目に反して粘性を帯びた白い糸であり、それは善子の足元へとまとわりついて足を固める。

善子「ちょ、ちょっと嘘でしょ!?待って待って待ってえ!」

カサカサと善子の真上から移動した怪獣は善子を視界にとらえると斧を高く振り上げ、善子めがけて振り下ろす。

善子「っぐうぅ…!」

善子は自身を真っ二つに引き裂こうと迫る斧に向かって渾身の力で鎌を振り抜きその軌道をそらす。

130 ◆JaenRCKSyA:2017/09/17(日) 21:00:20 ID:2hZv643g
怪獣は斧が床に埋まるのを待つこともなく、足の先にある鋭い爪で善子の事を貫こうとする。

善子「いやああぁぁ!」

善子は両足が完全に固定されているのをいいことに、体を思い切り弓なりに反らしてそれをかわす。そしてそれと同時に鎌から片手を離し、その手を地面に付ける。

善子「こんのおおぉ!!」

床に置いた手を突き出して体を跳ね上げ、その勢いを使って鎌を振るい再び自身に迫っていた斧を跳ね除ける。

善子(む、無理…!こんなの死ぬから…!)

再び迫ってきた爪に狙いを定めて善子は鎌を振り切る。

善子「ブラッディサイズ!」

怪獣の足と交わる直前、鎌の刃は赤黒く染まりながらうなりをあげる。足を半ばから刈り取ったその刃からはその軌跡をなぞるように三日月形の斬撃が飛んでいき、怪獣の巨体へと直撃する。

131 ◆JaenRCKSyA:2017/09/17(日) 21:10:28 ID:2hZv643g
善子「よっし命中!」

その一瞬をついて善子が鎌を地に突き立てると、自身の足元の影から黒い触手が伸びて足に絡みついた糸を斬り裂く。

善子「あいつは…!?」

放った斬撃による粉塵が晴れ、目の前に怪獣の姿がないことが分かると善子は上を見上げる。

善子「くっ!」

怪獣は自身の腹部から吐き出した糸を天井に張り付け、ターザンロープのように宙吊りのままスイングしながら斧を振り迫っていた。
善子は床に腹ばいになるように飛び込んでそれをかわす。

善子「元気に飛び回ってるようだけど…もう瀕死なのはわかってるのよ!」

怪獣は糸を断ち切り、自身に残された足で教室の壁に張り付く。しかしその体には大きく傷が刻まれており、そこから黒い霧が漏れ出ている。

怪獣は再び糸を吐き出すとそれにぶら下がるようにして善子へと迫る。

132 ◆JaenRCKSyA:2017/09/17(日) 21:19:18 ID:2hZv643g
善子「迎え撃ってあげ…って無理ぃ!」

善子は飛び掛かってくる怪獣に鎌を叩き込もうとするも、先ほどと違い足を広げて抱え込もうとする姿に恐れをなしてその場から飛びのく。

善子「もう!なんなのよ気持ち悪い!」

善子が振り返ると、怪獣は糸にぶら下がったまま振り子が戻るようにして再び善子へと襲い掛かる。

善子「これで終わりにしてあげる!」

タイミングをつかんだ善子はその場から大きく跳躍、そのまま怪獣の体を飛び越すと鎌を振り抜いて天井へと伸びた糸を断ち切る。

善子「私の勝ち――っ!?」

自分の鎌が怪獣の体を斬り裂く未来を確信した善子の着地した場所にあったのは、なぎ倒された机に入っていたであろう一枚のプリント。それを踏み込んだ善子は足を滑らせてその場に顔面から転倒してしまう。

自身を吊り下げる糸を斬られて床に投げ出された怪獣は、少し離れた場所から鼻息も荒く善子に迫ろうとする。

133 ◆JaenRCKSyA:2017/09/18(月) 00:17:06 ID:Nj45rh/k
善子「クリミナルアビス――」

顔面をしたたかに打ち付けた善子の口から発されたのはつぶれたような声だったが、それと共に怪獣の体は自身の影から伸びた黒い触手に絡めとられ、影へと沈んでゆく。

善子「これくらい予想できてなきゃ、不幸だなんて名乗れないのよ!」

赤くなった鼻で得意げにする善子の手に握られた鎌の先端は地に突き立てられていた。

善子「随分手こずらせてくれたけど、これで終わりよ!」

足の根元まで影に沈み、斧を振り回しながらもがく怪獣へと歩み寄り、善子は腰を落として鎌を斜めに振りかぶる。

善子「デッドリーパニッシュ!」

善子の振り抜いた刃はどす黒い軌跡を残しながら、怪獣の体を真っ二つに斬り裂く。薄らいでいく黒い霧を残してその体も完全に消滅していった。

善子「――疲れたあぁ!」

黒い霧が完全に晴れたのを見て、善子は声をあげて床に大の字に寝転がる。

134 ◆JaenRCKSyA:2017/09/18(月) 00:28:55 ID:Nj45rh/k
善子「…そういえば必死すぎて気にしてなかったけど、捕まってた子たち巻き添え食らってないわよね?流れ弾とか…」

急に心配になった善子は上体を起こしてきょろきょろと教室を見回すと、自身の周囲は荒れ果てているものの蜘蛛の巣に絡めとられた生徒たちには戦いを始める前とほとんど変わらない状態だった。

善子「ふう、大丈夫そうね…って駄目じゃない助けなきゃ!」

安堵したように床に寝そべろうとしたが自身の勘違いに跳ね起き、鎌で教室に張られている巣を斬り裂いていく。

善子「にい、しい、ろお…七人ね」

救出した七人の生徒を床に寝かせながら思案する。

善子(さすがに私一人じゃ全員移動させるなんて無理だし…やっぱりここにいた方がいいかしら?けどいやーな予感がするのよね…私の不幸さを考えると)

まあそれはその時考えればいいか、と思い直し、教室の扉から怪獣が飛び出してくる想像をしながらも気楽に構えるのだった。

135 ◆JaenRCKSyA:2017/09/18(月) 00:33:53 ID:Nj45rh/k
ここまで

136名無しさん@転載は禁止:2017/09/18(月) 00:40:53 ID:Irt5Skz2
待ってたぜ

137名無しさん@転載は禁止:2017/09/18(月) 22:33:59 ID:kV8r6k3M
おつおつ

138名無しさん@転載は禁止:2017/09/19(火) 17:10:49 ID:Q.paQHfc
乙よ、乙!

139 ◆JaenRCKSyA:2017/09/21(木) 23:44:47 ID:8eb/55qg
怪獣が現れる直前のこと、ダイヤは浦女に怪獣が向かっているという連絡を受けて理事長室へと向かっていた。

ダイヤ「失礼します!」

鞠莉「ダイヤ!」

律儀にノックをし、ひと声かけてからドアを開けたダイヤを出迎えたのは、今しがた通話を終えて受話器を置いた理事長、小原鞠莉だった。

ダイヤ「鞠莉さん!さっきの連絡は本当なのですか!?」

鞠莉「ええ…大型の怪獣はもういないみたいだけれど、小型、中型の怪獣が相当数散らばったみたいなの…」

ダイヤ「怪獣の人が多い場所に引き寄せられるという性質を考えれば――ここにくるのは必然ということですか…」

ダイヤが歯を軋ませるのと同時に、鞠莉の座るデスクの電話機が着信を告げる。

鞠莉「ダイヤ、悪いんだけれど校内放送お願いしていいかしら…?使い方は生徒会室のと同じだから――」

ダイヤ「ええ、任せてください」

ダイヤは放送機材の前に立ち、マイクに向かって話し始める。

ダイヤ「お昼時に失礼いたします!周辺地域で怪獣の発生が確認され、ヒーローによる討伐が行われましたが複数の個体を取り逃がし、浦女の方へ向かっているとのことです!落ち着いて、迅速に体育館まで避難を行ってください!繰り返します――」

140 ◆JaenRCKSyA:2017/09/21(木) 23:50:29 ID:8eb/55qg
ダイヤが放送を終えて振り返ると、ちょうど鞠莉も通話を終えたところであった。

ダイヤ「連絡の方は大丈夫そうですか?それと一つ聞きたいことが…あの不良学生の姿を今日一度も見ていないのですが…」

鞠莉「ああ…私も見ていないから、果南はまた…サボりかしらね?」

ダイヤ「こんな時に…!まったくあの人は私たちに心配ばかりかけて…!」

ダイヤは安否すら確認できない友人に腹を立てるも、今怒っても仕方がないと自分を落ち着かせる。

ダイヤ「まあ果南さんならば大丈夫だと信じましょう…さ、鞠莉さんも早く避難を!」

鞠莉「いいえ、私はここに残るわ」

ダイヤ「…本気ですか?いくらここの部屋に防衛機能があると言っても最低限のものでしか――」

鞠莉「それでも、私を頼ってここに逃げ込んでくる子がいるかもしれないでしょう?それなら私がいてあげなくちゃ」

ダイヤ「ですが…」

鞠莉「No problem! だからそんな顔しないの!せっかくの吊り目が台無しよ?」

ダイヤ「どういうことですか全く…けれど、それがあなたのやるべきことだと言うのなら、分かりました」

ダイヤは首から下げたペンダントトップを握りながら続ける。

ダイヤ「私の成すべきことは一つ――変身!」

141 ◆JaenRCKSyA:2017/09/21(木) 23:54:00 ID:8eb/55qg
ダイヤ「怪獣も怪人も全て…滅ぼし去るまで!」

フルプレートの鎧を身に纏い、手にはレイピアを握りしめてダイヤは振り返ると、そこにあったのは鞠莉の寂しそうな笑顔。

ダイヤ「そんなに心配しないでください…私の強さは分かっているでしょう?――では、行って参ります!」

そう言い残してダイヤは理事長室を飛び出していく。

鞠莉「怪人も全て、か…」

自分しかいなくなった部屋で鞠莉はそう零したのだった。

142 ◆JaenRCKSyA:2017/09/22(金) 00:19:50 ID:5RsMlP.o
ダイヤ「一年生の教室に――いえ、それは公私混同が過ぎるというものですわね…」

妹の元へと向かいたい気持ちを抑え、ダイヤは思考を巡らせる。

ダイヤ(各教室の避難は浦女に在籍しているヒーローの方が行ってくれるはず…わたくしは校舎内の怪獣の排除に当たるべきですわね)

考えをまとめたダイヤは、校舎をぐるりと回るルートを頭の中に思い浮かべて走り出す。

ダイヤが廊下を駆け抜け、一つの教室の前を通り過ぎようとしたところで、その扉を貫いて槍が突き出される。

ダイヤ「ふんっ!」

奇襲を受けたにもかかわらずダイヤは動じることなくその槍を手にしたレイピアで跳ね除ける。

ダイヤ「随分と姑息な真似…ですが汚らわしい怪獣にお似合いですわ…!」

怒りを隠さずにダイヤはレイピアを煌めかせて扉を切り刻み、教室の中へとその切っ先を向ける。

生徒が去った後のがらんとした教室にいたのは甲高い鳴き声をあげる、それぞれ槍と棍を手にした猿のような怪獣だった。

143 ◆JaenRCKSyA:2017/09/22(金) 00:40:28 ID:5RsMlP.o
「キキッ!」

ダイヤが教室へ飛び込むのと同時に猿は高く跳ね上がり、手にした武器を振り上げながら飛び掛かる。

ダイヤ「はあっ!」

ダイヤはその攻撃に向かって身を躍らせて槍の刺突をかいくぐると、振り下ろされている棍をレイピアに力をこめて弾く。

ダイヤ「星の瞬きに散りなさい!スターラピスラズリ!」

槍を持った猿が着地すると同時にダイヤに迫ろうとするが、ダイヤの撃ち出した無数の光弾に貫かれて床に転がる。

「キキャッ!」

その隙にダイヤの真横にまで接近したもう一匹の猿はその脇腹をめがけて水平に棍を振り抜く。

ダイヤ「小賢しいですわ!」

即座にダイヤはレイピアを打ち下ろして棍を地面に叩きつけると、棍と共に床に這った猿の脳天にかかとをめり込ませる。


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