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穂乃果「勇者は剣を引き抜いた」

1 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/16(土) 23:54:27 yylN8jsU

決して大きくはない村。そのスミの方に、他の家屋から大きく離れポツンと建っている一軒家。




穂乃果「やあ!とおー!」ブン ビュオッ


カァン!


雪穂「あ!しまっ…」

ほの母「そこまで!」






穂乃果「やったー!これで私の勝ち越し!?」ピョンッ

雪穂「むー… おねーちゃん、剣術はホント得意だよね」


2 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/16(土) 23:55:23 yylN8jsU
ほの母「調子にのらない」ポコン!

穂乃果「あいたっ」



ほの母「剣術は確かにギリギリで互角以上かもしれないけどね、魔法も知識も大きな差があるんだから」

穂乃果「う」グサ

ほの母「もっと精進なさい あなたお姉ちゃんでしょ」

穂乃果「ゔうっ!」グサグサー

雪穂「ま、まあまあ… 結構おねーちゃんも頑張ってるよ? 魔法の練習は」

ほの父「……」

ほの母「雪穂、甘やかさないのっ」ピシャリ




海未「おじさま!おばさま!」タタッ


3 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:00:13 lqyJ26KE
ほの母「あら、海未ちゃん」

海未「これ、おすそ分けです うちで採れた野菜なんですけど、結構豊作で」

穂乃果「海未ちゃんだ!おはよーっ!」ブンブン



海未「おはようございます、穂乃果」

ほの母「ありがと〜!いつも悪いわねー」

海未「いえ、こちらこそ いつもお世話になってます」ペコリ






ほの母「…無理しないでいいのよ  ウチに構いすぎると、あなたの家まで何か…」

海未「無理なんて!私は… うちがやりたくて、やっているのですから」バッ

雪穂「……」



穂乃果「おかーさん!今日の特訓はここまででいいよね!海未ちゃんと遊びにいってくるー!」ダッ

海未「え!? ちょっ  あわわ、引っ張らないでください!」

ほの母「な!?コラッ!待ちなさい! まだあと2時間は…!」


4 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:02:19 lqyJ26KE

<イッテキマース!


ほの母「…全く」フゥ

雪穂「いいじゃん、今日くらい」クス



雪穂「せっかく… 友達がいてくれるんだから  遊べるときに遊ばなきゃ」

ほの母「…ごめんなさい」

ほの父「……」グ

雪穂「別に謝らなくていいってばー 大丈夫大丈夫」ニコ





この小さな村で、村八分のような扱いを受けながらひっそりと暮らしているのが、高坂家。


5 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:03:03 lqyJ26KE

タタッ


穂乃果「ゆーきほーっ!」

雪穂「え」

穂乃果「一緒に来ないのー!?遊ぼうよー!」



雪穂「あ… で、でも」チラ

ほの母「いってらっしゃいな」ニコ

雪穂「…! うんっ!」パァァ


タッタッタ…


ほの母「森と祠には近づいちゃ駄目よー!」


6 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:06:31 lqyJ26KE
ほの父「……」ザッ

ほの母「あの子たちには、本当に申し訳ない… でも、受け入れなければならない運命もある」


ギュ…


ほの母「先々代の刻んだ封印は弱まっている…  もしもの時のため、あの子たちには力をつけておいてもらわないと  『高坂一族の末裔』として」






ほの母「『勇者』の血をひく者として」

ほの父「……」






ほの母「…世界を救わなくてもいい  でもせめて… そのもしもが起きた時、せめて自分たちの身は、自分で守れるように」

ほの父「……」コクリ


7 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:08:26 lqyJ26KE
穂乃果「ダーイブッ!」バシャーン!


澄んだ川に思いっきり飛び込む。特訓で汗をかいた体には冷たくて心地よい。


海未「穂乃果!危険な事はやめなさい!」

穂乃果「海未ちゃん口うるさいー」ブー

雪穂「海未ちゃん、もうおねーちゃんも子供じゃないんだし別にいいじゃない」

海未「むしろこの年代であそこまで無邪気にはしゃげるのが驚きですよ 逆に尊敬します」ハァ

雪穂「……ん」クス



雪穂「…ほら、私たちはさ  小さいころ、あんまり満足に遊んだりできてないから」

海未「……あ」ハッ



海未「す、すみません…」ペコ

雪穂「ああいや、いいのいいの!こっちこそなんかゴメンね!」アセアセ


8 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:09:55 lqyJ26KE

海未「…雪穂は、大人になりましたね」

雪穂「そ、そうかな?まあおねーちゃんがあんなだし…///」テレ



穂乃果「むー」



バシャー!

海未「きゃ!」

穂乃果「なに、ふたりだけで話し込んじゃってるの!こっちこーい引きずり込んでやる〜!」グワー

雪穂「…やったなー!応戦だー!」バシャアー

海未「なにを!私はどっちにも引けをとりません!」ワー






「…おい、アレ見ろよ」


9 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:10:48 lqyJ26KE
チャポン!

穂乃果「?」



穂乃果(魚が跳ねたかな…?)チラ

雪穂「! おねーちゃ」ハッ


ガツッ!


穂乃果「いたっ…!」フラ

海未「穂乃果!?」

雪穂「あ…」


10 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:12:05 lqyJ26KE

ものが飛んできた方向に目を向け、雪穂は気付いた。


「見ろよ 高坂の家のやつらだ」ゾロゾロ

「呑気に遊んでやがる」ゾロゾロ


雪穂「……」ギロ

海未(…! しまった、油断していました…)グ


村の悪ガキたちだった。彼らが投げた石が穂乃果に当たったのだ。
いつも「こういったこと」が起きないよう、気を配っていた雪穂と海未。
しかしここは川でもかなり上流の方で、人がめったに来ないため気が緩んでしまっていた。


リーダー格の少年が、石を構えて忌々しげに睨む。




「ヘラヘラしてんじゃねーよ、厄病神!」ブンッ




………………

…………

……


11 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:12:58 lqyJ26KE

ガララ…


ほの母「おかえり ご飯できてるわよ」

穂乃果「ただいま…」

ほの父「…?」



ほの母「…何かあった?」

穂乃果「! ううん、だいじょうぶ!」パッ

ほの母「あら、おデコ怪我してるじゃない  今、治癒魔法を…」


バッ!


穂乃果「いや、いいよ! …ちょっと食事前に、軽く特訓してくる!」タタッ

ほの母「ちょっと!怪我は…」

穂乃果「いい!自分で治す!」

ほの母「あなた治癒魔法一番ニガテでしょうが!  …もう」


12 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:16:49 lqyJ26KE

雪穂「…おねーちゃんのところ、行ってくるよ」

ほの母「雪穂!やっぱり何か」

雪穂「だいじょーぶ!心配ないから 行ってきますっ」タタ




ほの父「……」

ほの母「…すぐ、大丈夫って言うのよね あの子たち」









………………

…………

……



穂乃果「……ひっく」グスン


13 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:17:45 lqyJ26KE

雪穂「…やっぱり、ここにいた」ヒョコ

穂乃果「!」ゴシゴシッ



姉が時々、ここでこっそり泣いているのを雪穂は知っている。
両親の前では強がるし、いつも明るくふるまうけれど。意外と打たれ弱いところがあるのだ。



雪穂「おねーちゃん」

穂乃果「ちょ、ちょっと特訓の休憩!してただけだからっ!」ブンブンッ






雪穂「じゃあさ、ちょっと私と話さない?」

穂乃果「……えと」

雪穂「休憩中なんでしょ 息抜きに、ね? かわいい妹とのコミュニケーション! ほら、座って座って」ポムポム


14 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:19:11 lqyJ26KE
穂乃果「……雪穂は、すごいなあ」ストン


言いながら、腰かける。生乾きの服に風が冷たい。だいぶ日も落ちてきた。


雪穂「なんで?」

穂乃果「…大人だなって  私はいつまでも、子供みたい」



雪穂「そんなことないよ 私は…」

雪穂(人の悪意に、慣れてしまっただけ  それでも、平気なわけじゃないけど…)



慣れる、と、気にならなくなる、は違う。



穂乃果「…石、ぶつけられた  でも、当たらなかったとしても、すごく痛い」ギュ

雪穂「……」


15 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:20:26 lqyJ26KE

穂乃果「占い…  災厄をもたらす血族、かぁ…」

雪穂「……」



………………

…………

……



『おい、大ババ様にお告げがおりたらしいぞ!』

『大変な予言らしい!村長に伝えろ!』



ワイワイ ザワザワ



ほの母『村が… さわがしいわね』

ほの父『……』ヨシヨシ

雪穂『あー、あー』モゴモゴ

穂乃果『おねーちゃん! ゆきほ!ほのかが、おねーちゃんっ』ニコニコ



ほの母『雪穂が生まれて、一週間… そろそろ退院、できるかしら…』


16 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:22:30 lqyJ26KE

『大ババ様!村長もいらっしゃいました!』

『お告げを、おきかせください!』

大ババ『……』



大ババ『世界に… 災厄が起こる』

『!?』

『せ、世界に!?』



大ババ『その災厄をもたらすものが眠るのは… この村じゃ』

『なんだと…!』

『この村が世界に災厄をもたらすってのか!?』



大ババ『して、その災厄の引き金となるは―――』


17 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:23:48 lqyJ26KE

ガラッ!


『はぁ、はぁ…!』


ほの母『あら、園田さん  どうされました?』


『ッ…!』






『大変、です…! 高坂さん!とにかく今は、うちに避難してください!人目につかないように!』

ほの母ほの父『!?』


18 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:24:32 lqyJ26KE
ほの母『な、なにがあったんですか…』

『…大ババ様に、お告げが』

ほの父『!』

ほの母『…まさか』ゴクッ



ほの母『その内容は?』

『その、内容は…』






『…世界に大きな災厄が起こる  そしてその引き金を引くのは、この村の高坂一族だ、と』


19 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:26:49 lqyJ26KE
『村人は今、混乱しています…! 中には、何かが起こる前にあなたたちをどうにかしてしまおうなんていう人たちまで…!』




ほの母『…「その時」が近づいているのね』


『え…!?』


ほの母『…あなた』

ほの父『……』コクリ

穂乃果『なに…? おかーさんたち、こわい』

雪穂『ウエエエエン! ビエエエエエエエン!』






ほの母『とりあえずは…   しばらくの間、お世話になってもいいかしら 園田さん』



………………

…………

……


20 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:28:56 lqyJ26KE
雪穂「…私は、産まれてすぐに嫌われ者になった  だからちょっと… そういう事に関して、麻痺してるところもある」

穂乃果「…雪穂」

雪穂「でもおねーちゃんは…」

穂乃果「ううん、雪穂とそんなに変わらないよ… 2歳くらいの頃の事なんて、ほとんど憶えてないし」

雪穂「いや、きっと大きく違うんだよ  家族以外との普通の繋がりを知ってるか、知らないかで」

穂乃果「……」



雪穂「…あはは  海未ちゃんには… 園田さんのおウチには、だいぶお世話になったらしいけどね?」

穂乃果「そ、そうだよ  海未ちゃんを忘れちゃダメだよ」


21 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:29:36 lqyJ26KE

穂乃果「……」

雪穂「……」



穂乃果「…でも、いつか見返せる」

雪穂「え?」

穂乃果「証明できる 私たちは、災厄を起こすんじゃなくて… 災厄から皆を救うんだ」






穂乃果「だって… 私たちは、『勇者』の血をひいてるんだから!」


22 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:32:45 lqyJ26KE

顔を上げた穂乃果の力強い言葉に、自然と雪穂の顔は緩む。


雪穂「…おねーちゃん」ホッ

穂乃果「今は誤解されてるだけだもん おかーさんたちだって、この状況を申し訳なさそうにはするけど」



穂乃果「自分たちが高坂一族であることを嘆いたりはしないもんね  自分の血に誇りを持ってるって、わかる」ニコッ

雪穂「うん… そうだよね」



穂乃果「だから私も、生まれを恥じるつもりはないんだっ  災厄が起きたって、私がハネ返して」バッ






穂乃果「私は、私たち高坂家は   …みんなのヒーローなんだって証明するんだ!名実ともに勇者になる!! それが、私の夢!!」


23 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:34:48 lqyJ26KE
雪穂「ふふ、頼もしいよ おねーちゃん」

穂乃果「…でも」シュン

雪穂「?」



穂乃果「いつも思うけど、せめて雪穂は追い越さないとなあ  もしも勇者がひとりだったとしたら、雪穂がそうなのかなぁ」ウー

雪穂「…あはは 確かにおねーちゃんは私よりダメダメだもんね」



穂乃果「むぅーっ!言ったな!」プンスコ

雪穂「でもね、私は勇者なんてガラじゃないよ」



穂乃果「え、どうして?」

雪穂「私は… なんていうのかな、大きく前に立つ勇者の後ろで」


24 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:35:30 lqyJ26KE
雪穂「基本静かに見守りつつ、時々助言とサポートをする… そういう立ち位置が向いてるんじゃないかな、って」

穂乃果「け、謙虚だ… 大人だ」

雪穂「…そうだね  大人なのかも 悪い意味で」



雪穂「その点おねーちゃんは子供っぽいよね  いい意味で」ニッコリ

穂乃果「い、いい意味で!?全然褒められてないじゃん!?」ゴーン



雪穂「褒めてるよ なんかさ、勇者っぽいもん」クス

穂乃果「ぜーったいバカにしてるーっ!」プンスコ


25 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:36:09 lqyJ26KE


雪穂「…さて、そろそろ戻らないとおかあさんたち心配するね」


月明かりが眩しい。太陽はとっくに見えなくなっている。このあたりに魔物はいないはずだけれど、用心するに越したことはない。


穂乃果「うん…  あ、そうだ!ちょっと待って!」ピッ

雪穂「なに?」






穂乃果「せっかくふたりでここまで来てるんだし ちょっとさ…   祠に行ってみない?」

雪穂「えええっ!?」


26 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:37:34 lqyJ26KE

村の外れに、祠があるという。おおよその場所は穂乃果も雪穂も両親から聞かされていた。しかし同時に、近づくことを固く禁じられていたのだ。



雪穂「なんで急に?いっつも入っちゃダメって言われてるのに…!」

穂乃果「実はこの前、おかーさんの部屋で魔法関係の書物あさってたんだけどさ」

雪穂「うわっ 部屋も勝手に入るなって言われてるのに、おねーちゃん…」

穂乃果「いちおう訊いたよ?入っていいー?って そしたらおかーさん「んー…」って言ったから」

雪穂「寝ぼけてただけでしょ…」



穂乃果「そしたらね、なんか巻物を見つけて」

雪穂「ふむぅ」


27 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:38:58 lqyJ26KE
穂乃果「あれは… 多分、高坂家の家系図だったのかな?その中にね、かなり古くなった紙が挟まってたんだよ」

雪穂「家系図… 高坂の」

穂乃果「それでね、その紙にね」



穂乃果「この村の簡単な地図が描いてあって とある場所に赤マルがつけてあったんだ」

雪穂「とある場所… それが」ピーン

穂乃果「そう!話で聞いてた祠の場所と一致するんだよ!」



雪穂「それで?宝探しでもするつもり?」フー…

穂乃果「ふっふーん ちょっとチガウんだな〜これが」



ヒュウ…



穂乃果「その赤マルにはね…  封印、っていう文字と! 大きな剣が刺さってる絵が描かれてたんだ!」


28 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:40:04 lqyJ26KE


雪穂「封、印……?」


夜風がふたりの体を撫でる。


穂乃果「そう!」






穂乃果「きっとあれだよ…!選ばれし勇者だけが引き抜ける剣!それが封印されてるんだ!」

雪穂「…う、うーん」



突拍子もない話に首をひねる雪穂。しかし、存外馬鹿にできない説でもある。
両親が何か隠し事をしていることに感づいてはいたし…
母はふたりが成長するのに合わせて、段階を踏むかのように秘密にしていた何かを少しずつ教えてくれたりするのだ。



雪穂「私たちが勇者と呼べるくらいにまで成長すれば教えるつもりだった… とか…?」

穂乃果「だよね!そんな感じなんじゃないかな!一人前になればその剣に認められる、とかさー!」キャッキャッ


29 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:41:11 lqyJ26KE
雪穂「…で、でもだよ? おかあさん達が隠してるってことは、まだ私たちは知らなくていいっていう話でしょ」

穂乃果「そうかも知れないけどぉ……」



穂乃果「…気になるんだ  スゴク、気になるっ!」ムフー キラキラ

雪穂「あー…」



雪穂は姉の様子を見て、諦めた。こうなってしまったら母でも父でも止められない。



雪穂「…一緒にいくよ おねーちゃんだけ怒られるのもカワイソーだし」ハァ

穂乃果「あ、もう怒られること前提なんだ…」


30 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:42:00 lqyJ26KE

………………

…………

……



雪穂「うわ、暗…」

穂乃果「雪穂!光魔法!」

雪穂「はいはい…  光魔法、照明っ」ポン



ボゥッ…



雪穂「…そんなに深くはないはずだけど」


祠は洞窟の奥にあるようだ。入口からでは灯りを向けても最奥は目視できなかった。


穂乃果「だ、大丈夫 進もう」

雪穂「こわいの?」ニシシ

穂乃果「こわくないよ!」


31 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:45:32 lqyJ26KE

穂乃果「いやあ、こういうとき便利だよねえ 私たち」


雪穂の右手に浮かぶ光魔法を指さしながら、穂乃果は言う。


雪穂「そう思うならおねーちゃんも魔法ちゃんと使えるようにならなくちゃ  …確かに、この暗さじゃ普通の人は光魔法出せないね」

穂乃果「すごいよねー、高坂家」


一般的に魔法とは、自然のエネルギーを変換するものだ。例えば、どんな上級者でも相応の光量が手元に無ければ光魔法は使えない。
しかし、高坂一族は例外であった。


穂乃果「血液と一緒に魔力が流れてるんだっけ?」

雪穂「そう、それで血液に含まれてる魔力がなくならない限りは自然のエネルギーを利用することなく魔法が使える 血液の魔力は時が経てば自然と回復する」

穂乃果「体内の魔力を直接魔法に変換できる… それが、高坂一族の特徴 普通の人には、無いちから」



穂乃果(………あれ? でも、そういえば…  魔法、おとーさんもおかーさんも同じように使えるよね…? それって)

雪穂「これおかあさんから習ったの、7歳くらいの時だったよね  よく憶えてたなあ、おねーちゃん」

穂乃果「雪穂… やっぱり私のこと、バカにしてるでしょ」ジト


32 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:46:38 lqyJ26KE


雪穂「おっ、何か見える…」

穂乃果「あった! ……剣だ!」タッ


洞窟をまっすぐ歩いてしばらくすると、そこには穂乃果が想像していたとおりの物があった。


雪穂「すごー… 本当に… 剣が刺さってる」

穂乃果「かなり大型の剣だね… 思ってたより、無骨な見た目だし」


地面に無造作に突き刺さった大剣が光に照らされ反射した。しかし、それを囲うように不可視の魔法がかけてあることに雪穂は気付いた。


雪穂「おねーちゃん… 気付いた?これ、不可視の魔法がかかってる」

穂乃果「へ?うそっ  …あ!ほんとだ!」

雪穂「私たちには見えるようになってたけど… これって」


不可視の魔法は、対象者を設定できる。ふたりが対象から外されていたとも考えられるが…


33 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:48:00 lqyJ26KE
雪穂「いや… 単に私たちが高坂一族だから、効かなかっただけかも」フムゥ


そう。彼女たちふたりは高坂一族。魔法に関する耐性が一般人の比ではない。


穂乃果「普通の人がかけた弱い魔法だっていうなら、そうかもねー… でもでも、高坂一族を設定でわざと除外にしてあるって可能性もあるよ!」

雪穂「…もし、そうだとするなら」






雪穂「やっぱり… これを封印?したのは   高坂一族の誰か…ってことになる  のかな」


34 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:49:06 lqyJ26KE
穂乃果「…ちょっと、引っ張ってみようよ!ね!」ワクワク

雪穂「ふー…  まあ、そう言うと思った」



雪穂「こんなの勝手に触って…  おかあさんから大目玉だろーなー… 多分」ゲンナリ

穂乃果「よーし、まずは私から!」タタッ



ガシッ!  スゥッ…



雪穂(え? 今、不可視の魔法が…)

穂乃果「さあ、いくぞーっ  せえ、の…!」



ズッ…!



穂乃果「…あれ?」


35 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:51:39 lqyJ26KE

思いの外抵抗がなく、穂乃果の手によって剣はあっさりと地面から―――



雪穂「!!  おねーちゃ」ゾク



引き抜かれる、瞬間。雪穂の目は、地面から滲むように広がった黒い靄を捉えた。



そして、瞬時に理解した。

あれは。





雪穂「っ! 逃げてーーーーーっっ!!!」ダッ!





 災 厄 だ 。


36 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:52:44 lqyJ26KE

穂乃果「へ!?なに、ぐぇ」ガシッ!



咄嗟に駈け出した雪穂の右手が穂乃果の服の襟を掴む。
そして、穂乃果を『それ』から遠ざけるように思い切り引き倒し…



ドシャァッ! ザス…

穂乃果「げほ! コホッ…!  う、く  もー、なに…?いきなりひどいよ雪」




ポタ…  ポタッ




穂乃果「穂……  え」


37 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:54:23 lqyJ26KE


ポタッ ポタッ  ポタッ



理解が追いつかない。何が起こったのか、穂乃果には事態が全く飲み込めなかった。


雪穂「…ぁ」ズプ…

穂乃果「っと…  え、え???」


うっすらと、黒い靄が雪穂を包んでいる。

そして、まるで穂乃果を庇うように立ちはだかった雪穂の背中からは…




穂乃果「……雪穂?」




金属のように鈍く光る漆黒の刃が、血に塗れながら突き出していた。



フッ…


38 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:57:37 lqyJ26KE

だらり、と。力なく垂れ下がった雪穂の右手から、輝きが失われる。

光が、灯が、消えた。



「マリョク、ダ…!」



穂乃果「っ!?」ゾワ


不快な声が聞こえた。足元から体を這い上がってくるような気持ち悪さだ。


ガ パァッ


穂乃果「ちょっ、と」


靄の一部が、鮫のクチのような形をとって具象化した。それが





 ゴ グ チ ョ ッ … !





雪穂の頭を、齧った。


39 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 00:59:41 lqyJ26KE
穂乃果「ひっ……!?!?!?」ガク


ガリッ! ボキ! ペチャッ…


穂乃果「あ…………っ  あぁ……!?」



グチ!ミチ!ブチィ   ベ ギ ン ッ !   ……ゴキュンッ



「プハ! サイッこう…! ま導の血族、しかもこれは」ピチャ…  ペロッ ジュルル…




雪穂は、いなくなった。 いや、文字通り、その場から綺麗に『無くなった』。 服も、血も、跡形もなく。




「忘れもしない…  私を封印しやがった!  あのクソ生意気な、高坂の血だッ!!!」




穂乃果「いやあああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!???」


40 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:01:02 lqyJ26KE

「あん?何、お前……   いや!お前も高坂!?」


穂乃果「ああああああああ!!!? わああああああああああああっ!!!!」ブン ブンッ


「あっはっはっは!!!なんなの!?私が眠っている間に世界はどう変わったの!どうしちゃったの人間はッ!?随分と私にヤサシクなったものね!!?」



黒い靄は、穂乃果を眺めながら嬉しそうに捲し立てる。



「封印が解けたと思ったら!抵抗もできないゴチソウがふたりも用意されている!おかげでもう意識がハッキリするほどにチカラが戻ったッ!!!」ブアッ!

穂乃果「ひぃぃっ…!?」ゾワッ!  ガチ ガチ

「震えちゃって可愛いわねぇ!生贄かしら!?お前は私に喰われるためにここにいるの!?ねぇ教えて!」モワン



靄は穂乃果にまとわりつく。小ばかにするように。そして、恐怖心を煽るように。



穂乃果「…っ!」カチ カチ


41 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:02:50 lqyJ26KE

穂乃果「…あっ  ………ぁなた、は  なに?  ゆきほ、かえして……」プル プル


震えながらも、なんとかか細い声を絞り出す。


「なんだ、知らないの? 私は『魔王』」

穂乃果「!?」


魔王。

勇者という存在にとって、最大の敵。
そうだ。魔王がいるから、勇者がいるんだ。人類を代表するのが勇者なら、魔物を代表するのは…


「そして… ゆきほ?さっきの高坂のことかしら」



にやり、と。
…靄が笑ったような気がした。



「見てたでしょ?喰っちまったわよ  血の一滴も残さずね」


穂乃果「……ぁ」ガクン…


42 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:04:34 lqyJ26KE

違う。 そうだ、違う……



穂乃果(ちがう えっと… さっきまで雪穂と、仲良く話してて…   そう、だから)


「さ、お前も喰ってしまおうかしら  まだガキとはいえ高坂ふたり チカラの半分は戻りそう」


穂乃果「…………雪穂っ  帰ろう!ごめんね付きあわせちゃって!」アハハ


「……ふーむ」




穂乃果「おかーさんには私が怒られるからさ! ほら、出てきてよ…… ね?  もう、帰ろう」ニコー


「…………ふふっ」モワ…




靄が、穂乃果の眼前に広がる。


43 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:06:18 lqyJ26KE
穂乃果「ゆきほー…!」パァッ

「お前はイイおもちゃになりそうね  あっさり殺すのもツマンナイし」ゾルゥ…   ビッ!


 ズ パ ッ ! !


穂乃果「ッ!? あ゙あっ…!!」ドシャッ



靄が作り出した刃が、穂乃果の右目を切りつけた。



グジュウ……!!



穂乃果「熱…!?痛い!痛いぃっ!!」バタ バタ

「プレゼント♪ あなたがこれからどうなってくのかが楽しみ」


44 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:07:02 lqyJ26KE

熱い?痛い?右目に酸でも流し込まれたかのような感覚に穂乃果は苦しみ悶える。


穂乃果「うあ゙、ああぁ…!」ギリリ

「大丈夫よ すぐ馴染むわ  …それじゃ、いつかどこかで また会いましょう?」フワ…



そう残し、魔王と名乗る黒い靄は消えてしまった。






こうして、災厄の時代が幕を開けた。



………………

…………

……


45 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:08:27 lqyJ26KE


穂乃果「……」ボー…


あれから、何時間たっただろうか?穂乃果はただ、虚ろな左目で剣の刺さっていた場所を眺めていた。


穂乃果「……」


一度、あまりの痛みに気絶してしまった。目を覚ました時には痛みは完全に引いていて、悪い夢を見ていたのではと疑いたくなった。
しかし、手元の大剣と開かない右目が現実逃避を許さなかった。






穂乃果「………ゆき  …ほ」






喰われた。


46 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:12:12 lqyJ26KE

ズキン!


穂乃果「ぁぐ…! う、ぅ  ああっっ!!!!」ズキン ズキン






喰われた。 喰われた。   ……喰われた!!!






穂乃果「ああああああああッッッ!!!!?? 嘘だああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!」ガン! ガン! ガンッ!



認めたくない記憶を、思い出してしまうまいと。己の頭を地べたの岩盤に叩きつける。

川で石をぶつけられた時の傷が、開いた。



穂乃果「ふぐぅううう……!!」ゴッ! ジャリ…



………………

…………

……


47 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:13:46 lqyJ26KE


穂乃果「………………そう、だ   ……おかーさん」フラ



知ってたはずだ。ふたりは知ってたはずだ。魔王?封印?
私が、私たちが、知らなかったことを。



穂乃果「おとーさん…」ザリ…



とにかく、報告だ。雪穂を、取り返さないと。だいじょうぶ、だいじょうぶ……
ふたりなら、なんとかしてくれるはず。



ガラン ガラン ガラン…



引き抜いてからそのまま掴みっぱなしの大剣を引きずり、家路についた。


48 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:15:57 lqyJ26KE

穂乃果「…?」


洞窟を出ると、夕暮れだった。
でも確か、洞窟に入る前は夜になっていたから…


穂乃果「…どのくらい、経ったんだろう  ふたりとも、心配してる… きっと」ヨロ


ガラン  ガラン


少なくとも丸一日…
もしかすると、気絶していた時間が長かったのだろうか。それともただ呆けていた時間が長かっただけなのか。


穂乃果「…怒られる、よね  でもできればその前に、雪穂を……  っ!?」ドクン!




我が家の玄関から、人が出てきた。

父じゃない。母じゃない。海未じゃない。


49 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:17:02 lqyJ26KE


穂乃果「え…」ドクン  ドクン


なぜだろう。胸騒ぎがする。とても悪い予感がする。
誰からも嫌われ、白い目で見られている自分の家に。どんな理由で知らない人が―――




「おい、もたつくな…!」ズッ

「そっちは女だから軽いんだろ こっちは筋肉質な男なんだ 重いんだよ」ズリッ…




穂乃果「!!」ズキンッ!




穂乃果の知らない中年の男ふたり。それぞれが何かを、引きずるようにして家から運び出している。


「あ、おい!あの娘は…!」

「でけえ声出すなっ! …ん?」


50 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:18:57 lqyJ26KE
穂乃果「…おとーさん? おかーさん………」パク パク


「み、見つかっちまった!ここのガキだ! こ、こ、これは!村長の命令でだな!仕方なく…!」

「落ち着け! ……パニクるなよ なにも問題ねえだろ」






引きずられているのは。

血を流し脱力しきっている、穂乃果の両親の身体だった。






「この家のふたりのガキも、『粛清』の対象だ  探す手間が省けたじゃねえか」


51 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:19:53 lqyJ26KE
穂乃果「おとーさん!!? おかーさん!!!」ダッ



「すぐ同じところに送ってやるよ  テメエの生まれを呪うんだな  ……いや、今回はマジの原因か」チャキ…



ガチャ!

「!? おいっ、家にまだ誰か、あぐっ!」ガァン!

「何ッ!?もう一人のガキか!」バッ



海未「穂乃果!逃げなさいっ!!!」ブオンッ!


52 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:20:34 lqyJ26KE
穂乃果「え…! 海未ちゃん」


家から飛び出してきたのは、高坂家のフライパンを構えた海未だった。


海未「早く!?私の家にっ… いや、とにかく!誰からも見つからないところに!急いでっ!」ブン!

「こいつは、園田の…!? クソッ、めんどくせえ」

穂乃果「で、でも   おとーさんとおかーさんが」チラ









海未「殺されましたッ!!!」


53 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:21:57 lqyJ26KE

穂乃果「………は」


海未「この村にいてはいけません! 雪穂にも…!伝えてっ、きゃ!」ガッ

「お前に手ぇ出すと上のお偉いさんから怒られちまうんだよ、園田の嬢ちゃん…  勘弁してくれや」グイッ

穂乃果「!」




海未「ッッ…!  逃げて!! 生きて!くださいっ!! ……ご両親の分までっ!!!!」ポロ ポロ

穂乃果「!?」ビクッ



ジャリ…







穂乃果「………………………ぁ」フラ


知らず知らずのうち、踵を返していた。


54 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:22:52 lqyJ26KE


タッ タッ タッ


穂乃果「あ、あ、あ」




『おねーちゃん』




体が勝手に走り出す。逃げなきゃ。逃げなきゃ。




『かわいい妹とのコミュニケーション! ほら、座って座って』




「チッ、逃げられる…! ……おいっ! とうとう災厄を引き起こしてくれたなァ!?お前らのせいなんだろお!!?なんとか言えや高坂のガキぃ!!!」



  ガラン! ガラン! ガラン…!


55 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:23:29 lqyJ26KE

大剣を引きずる音が、すぐ後ろ。まるで自分を追い立ててくるみたいだ。逃げなきゃ。逃げなきゃ。



穂乃果「ああ、あああっ」ポロ




『もっと精進なさい あなたお姉ちゃんなんだから』

『……』コクリ




左目から、涙が溢れる。逃げなきゃ。逃げなきゃ。




穂乃果「あああああっ  うあああああああああああああ」ポロポロポロ




もう、すぐそこまで来てる。厄が…!


56 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:25:21 lqyJ26KE

『ヘラヘラしてんじゃねーよ、厄病神!』




無駄だ。逃げ切れない。だって…




『見てたでしょ?喰っちまったわよ  血の一滴も残さずね』




穂乃果「うああああああああああああああああああああああああああああ」ボロボロボロ




『殺されましたッ!!!』




私自身が、厄を引き寄せてしまっているのだから。


57 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:26:45 lqyJ26KE

………………

…………

……


穂乃果「っく、ひぐ…  ぅっ」ポロ ポロ



もう、真っ暗だ。無我夢中で走っていたから、自分がどこにいるのか全く分からない。

でも、どうでもよかった。



 ガラン…

穂乃果「……」ズビ



私の家族は。家で私の帰りを待っていてくれる人は。
もう、ひとりもいないのだ。


58 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:27:54 lqyJ26KE

穂乃果「……っ」グイ  ポイッ…


ガラァンッ!


今迄ずっと掴んだままだった大剣を放り投げた。なぜ、ここまで手放さず持ってきてしまったのか。自分でも、よくわからなかった。

でも、どうでもよかった。









グルル…!


59 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:28:44 lqyJ26KE
穂乃果「…ぁ  魔物……」

魔物「ヴゥ……」ヌッ



ということは、村を出てしまったのだろうか?
それともここは…



穂乃果「森……  立ち入り、禁止の」



どうやら、一度入ると生きては出られないと言われている禁止指定区域の森に迷い込んでいたらしい。
村内で魔物が現れる場所は、限られている。


60 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:29:40 lqyJ26KE
穂乃果(戦う…?いや、もういっか… 別に)


どうせ、私には何もない。生き延びたって、辛いだけ…


穂乃果(それに…)


どうせ、無駄だ。





穂乃果「証明、しちゃったもんね…  高坂が  いや、穂乃果が  災厄を引き起こす…  本当に、厄病神だったんだ」ヘラッ





私は、勇者などではなかったのだから。


61 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:32:07 lqyJ26KE
魔物「ガオァ!! グルルルルッ…!」

穂乃果(…私を狙ってる  このまま食べられちゃうのかな  無抵抗のまま…)







雪 穂 み た い に 。







穂乃果「ッ!」ジグ…!


 ズズ…ッ!


62 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:33:14 lqyJ26KE
『…それでいいのかしら?』

穂乃果「!?」ブチ…!



不快な声が脳内に響く。 
右目の傷が、疼いた。



穂乃果「…なにを どの口がそんな」ギリ






ビキ!

穂乃果「お前の、せいだ!お前が!お前が!雪穂を!!おとーさんおかーさんが殺されたのもっ!!」ガアッ!

『いいや、お前のせいさ 高坂穂乃果』



不快だ。不快だ。不快だ。


63 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:34:19 gDIXARBw
凄い投下速度やな支援


64 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:34:40 lqyJ26KE
穂乃果「私たちが悪いことした…!? ただ、生まれてきただけ!なのになんで!?」

『お前が洞窟に誘わなければ』




不快だ。




穂乃果「災厄の血族!?占いごときで!!どうして家族ごと人生狂わされなくちゃいけないっ!!」

『お前が剣を抜かなければ』

穂乃果「あああああああああああっっ!!!」




不快だ。不快だ。




穂乃果「 あ あ ! そ う だ よ ! そうさ悪いのは全部私だッッ!!!!」ガシッ!

『お前の家族が死ぬことはなかった』




不快だ不快だよおねがいだからやめてよ不快なんだ。

わかってるから。ちゃんとわかってるからさ。

……もう、いちいち正論を吐かないでよ。






ジャキッッ!!


65 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:35:41 lqyJ26KE

また、無意識に。大剣を掴んでいた。


穂乃果「くっそおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」ヴンッ!!


ゾ バ ッ ッ !


魔物「グゲァッ!?」ヨロ


穂乃果「あ゙アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」ゴ!!!



グチ…!  メキ!メキ!

魔物「ガ…」



剣筋も何もあったもんじゃない。ただ、体重をありったけ乗せてのフルスイング。



  グシャア!


66 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:37:35 lqyJ26KE

 チャキ…


穂乃果「ちくしょうっ!!」ゾブ!!

魔物「」



既に魔物は絶命している。獣型の、この森にいる魔物の中では低クラスの種だ。
穂乃果も雪穂も、何度か母によって村外で訓練の一環として戦わされ、ひとりで討伐したことも多々あった。



穂乃果「ちくしょうッ!!!!??」ズブッ!!



その魔物の亡骸に。穂乃果は大剣を突き立てる。



穂乃果「ちくしょおおッッッ!!!!!!!」ゾブンッッ!!!



目の前の魔物(現実)に。穂乃果は剣(怒り)を突き立てる。


何度も。 何度も。


 何度も………






穂乃果「うああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!」ザシャ!ザシャ!ザシャ!ザシャ!


  『力を欲するならば、与えよう…  いつでも、呼ぶといい…  なんてね、ふふっ♪』


67 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:39:54 lqyJ26KE

……――― それから、2年の月日が流れた。



魔王の復活によって世界中に魔物が溢れかえり、それまで比較的大人しかった魔物たちも狂暴化。
人々の安寧は失われた。




海未「く…!  はぁ、はぁ」タッタッタ




園田海未は、今もあれからずっと村で暮らしている。
しかし、以前のように平和な暮らしはできなくなっていた。


海未(山奥まで入りすぎました…  しかし麓では、もう山菜すらまともに集まらない…)


海未は現在、魔物に追われていた。


魔物「ギィ!ギィ!」ズザザザ

海未(まずい… どんどん村外の方へ追いやられている)


68 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:40:32 lqyJ26KE

人が多く暮らしている村の中心地にはバリケードが張られているため、そこまで辿り着ければやりすごせるのだが…



海未「う、ごほっ…  ぜぇ、ぜぇ」タッ タッ

魔物「ギュイイイッ!!」ザザザ



海未は、その逆方向へと追い立てられていた。



海未(どうすれば…! というか、こっちの方角は確か…!?)



………………

…………

……


69 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:41:55 lqyJ26KE


海未「はぁ、はぁ、  はぁっ…」ザッ

魔物「ギィィィ……」ギチチ



とうとうここまで来てしまった。
海未の前方には散々自分を追い回してくれた巨大な虫型の魔物。
そして後方は…



海未「禁止… 指定、区域……」コホッ



入れば生きては出られないと言われる、村で定められている『唯一』の立ち入り禁止の地。



海未(このままでは… どうせ喰われる  さて、覚悟を決めますか…)ゴクリ


70 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:43:18 lqyJ26KE
魔物「……」ズリ

海未「……っ」ジリ…


魔物と目線で牽制しあう。
落ち着け。森に飛び込んだらすぐに身を潜めて、深入りせずにやり過ごす。
大丈夫だ、なんとかなる…!



ガササッ!


海未「!?」ビクゥ!



背後の茂みから、気配を感じる。
森に住む、魔物―――!?



海未(そん、な……)ゾッ



一気に絶望が海未を襲う。森からも魔物が現れ、正面の魔物と自分の肉を貪り奪い合う画が頭に浮かんだ。
もう、逃げられない。どこにも…


71 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:44:20 lqyJ26KE

ガサッ…!


「…ん? ぁ……」


海未「っ!!!」バッ!


思わず海未は振り向いた。言葉だ!
言語を真似るヒト型の知能が高い魔物も存在するが、もし人間だったなら…!







海未「…………え?」







人、だった。


森から現れたのは。 人間だった。


園田海未が、昔から……  よく知っている、人物だった。


72 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:45:14 lqyJ26KE
海未「……穂乃果!!!??」


穂乃果「海未…  ちゃん」チャキ!



ブ ン ! !



海未「きゃ!?」バッ




ザスッッ!!

魔物「ギ…!? ィィ」ズルリ…


73 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:47:24 lqyJ26KE

穂乃果が何かを投げてよこした。その突然の動作に海未は驚いて目を閉じてしまった。
それから少し遅れて聞こえてきた魔物の声に振り返ると、魔物の体には深々と、大きな剣が突き刺さっていた。



ズダッ!

穂乃果「……久しぶり、だ」ズボ! ズチュ!

魔物「……!!?」ジタ バタ



小さく何か呟きながら、すぐさま獣のように飛びかかり。
魔物のクチと眼球にそれぞれ両腕を突き入れ…




……ブチ!  グチィ!!

海未「な……」


乱暴に。 内側から。 こじ開けるかのように。
穂乃果は魔物の顔面を、力任せに引き裂いた。






穂乃果「あれから…  どれくらい、経ったんだ」


 ボタ… ボタ…


74 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:51:14 lqyJ26KE

………………

…………

……



海未「えっと…  あの、っ」グルグル


頭が少し混乱している。海未は改めて、その人物をよく見てみた。
見れば見るほど、不安になった。本当に…


海未「あなた、は……  あなたは、穂乃果、…ですか?」


確認せざるを得なかった。

ずたずたの大きな布をマントのように羽織り、先程投げた大剣を引き抜いて担ぎなおす姿はまさに、狩猟者という表現がピッタリだ。
抜き身の大剣は、とっくに何かの血で錆びきってしまっている。




穂乃果「穂乃果だよ  ……高坂の、穂乃果さ」




そう言って、初めて目を合わせてくれた人物の貌。
右目と額を隠すように、既におよそ清潔とは言い難くなってしまっている包帯を、眼帯さながらに巻きつけている。
左目は…  暗く濁り、虚ろな目をしていた。


これが、あの穂乃果?


75 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:53:08 lqyJ26KE

海未「……っ」ギュ


それでも。再会できたことを喜ぶべきか。2年間ずっと、生死、行方ともに不明のままだったのだから。
この懐かしい声は、間違いなく穂乃果なのだ。



海未「よく、わかりませんが…  とにかく生きていてくれて、本当に良かった…!」ポロ



涙が自然と零れる。
魔物の危機も去って、安心して力が抜けてしまった。




穂乃果「…安全なトコまで、送るよ」


76 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:54:33 lqyJ26KE

スタ スタ…


穂乃果「あの魔物は?」

海未「山の奥で遭遇しました…  魔王が復活してからは、安全な場所の方が少なくなってしまって」

穂乃果「そう  …もう魔王が復活したってのは、周知の事実なんだ」

海未「え、ええ…  その、あの日…  おそらく復活してすぐ、大ババ様が」

穂乃果「……大したもんだ  占いってやつは」

海未「……」



昔から穂乃果は、大ババ様のお告げや予言のことを「占い」と言いかえる。
それに穂乃果のどんな気持ちが込められているのか、立場の違う海未には理解してやれなかった。
理解したつもりになるのは、傲慢だと思った。


77 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:55:31 lqyJ26KE
穂乃果「海未ちゃんには色々迷惑かけたね  ごめん…」

海未「迷惑だなんて、別にそんな…    あの、それより」



海未「穂乃果…  雪穂は……?」

穂乃果「死んじゃった」

海未「!!?」ズキ



穂乃果「あたしの、せいでね…  目の前で、殺された」

海未「そん、な…!  嘘……」ポロ



信じたくはなかったが、冗談には聞こえない。
だとすると穂乃果は、ひとりぼっちになってしまったということだ。
両親は確実に殺されている。
……海未はそれを、間近で目撃したのだから。



海未「っ…!」ズビ


78 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:56:43 lqyJ26KE

雪穂は、海未にとっても妹のような存在だった。聡明で、謙虚で… かわいい妹分だった。
そのご両親にも、とてもよくしてもらった。なにより海未は幼少期を、高坂家と家族ぐるみで共に過ごしていたのだ。
高坂家全員が、自分の家族のような存在だったのだ。

もちろん、穂乃果も…


海未「……穂乃果、これからは園田家で暮らしましょう  大丈夫です 歓迎します」グシッ

穂乃果「……」


あれから。魔物のせいで生活が脅かされるようになってから。確認の取れない穂乃果と雪穂の行方を捜索する動きはほぼ無くなった。
そんなことに構っているヒマが無くなったのだ。皆、今を自分たちが生き残るために必死だ。


海未「喜ばしいことではありませんが、時代は変わりました  おそらく、見つかってもいきなり殺されるようなことは… ひっそりと暮らしていれば」

穂乃果「ごめん、ありがとう  でもあたしは、旅に出る」

海未「…え?」


79 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:57:55 lqyJ26KE
穂乃果「この村を出る  魔王を、討ちにいく」

海未「!」

穂乃果「…だから、今日で多分お別れだ  本当に今までありがとう、海未ちゃん」






穂乃果は海未にも、物心ついたときから常日頃自分の夢を語ってきかせていた。
今とは真逆の、澄んだ瞳を輝かせながら…



海未「…勇者だから、ですか?」

穂乃果「いいや違う あたしは勇者じゃない」クッ


穂乃果は自嘲気味に顔を歪める。


80 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:58:36 lqyJ26KE
穂乃果「もう知ってるかな? 魔王の封印を解いたのはあたし   …あたしが正真正銘、災厄の引き金だよ」パッ

海未「!? それは!違います…!」バッ



穂乃果「違わないよ」

海未「だってあなたのご両親は、あの時…! ……あの、時」グ



穂乃果「……」

海未「……」ギリッ



海未「………その責任を感じて?罪滅ぼしのつもりですか…」



穂乃果「そんなお綺麗な理由じゃない」


81 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 01:59:42 lqyJ26KE


穂乃果「……まだ右目がさ、疼くんだ  アイツの声が、聞こえてくるんだ…」ギチ

海未「は…?」


…ギギッ!


穂乃果「ヤツに潰された右目が言うんだ…! 早くこっちに来いってッ!!」

海未「穂乃果!?」


ギリィィッ!!


穂乃果「フザけやがって雪穂の体を喰って今度は、あたしの心を喰おうとしてやがるっ!!!?? いい度胸だァっっ!!!」ゴオ!

海未「お、おちついてくださいっ!!?」ガシッ



ギラ!



穂乃果「だからイッてやんだよ!!こう思ったのさだったらあたしが飲み込んでやるって!!逆にお前を!!喰らい尽くしてやるってね!!!!」ガアッッ!!


82 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:00:47 lqyJ26KE
海未「……!!」


愕然とした。穂乃果はこんな汚い言葉遣いをする子ではなかった。
先程まで死んだように濁っていた左の瞳が、ギラギラと殺意をたたえて血走り爛々と光っている。



海未(いったい、何が…  いや、そんなの考えるまでもない)



己の家族しかいなかった。周り全てが敵だった。
そんな子が…  一度に全てを、家族全てを失った。
何があったか、だなんて。原因はわかりきっているじゃないか。



海未「穂乃果…」

穂乃果「フーッ!フーッ! フーッ……」


83 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:01:51 lqyJ26KE
海未「…………私は…! あなたのこと、本当の家族みたいに思っています…!」


妹のようで。なのに時々、姉のような。
子供っぽいのに、頼りになる。
見てて心配になる。でも誰よりも、信頼できる。


海未「どうか…  だから、どうか…」




それが海未にとっての、高坂穂乃果だから。




海未「自分で、自分のことを…!  災厄の原因みたいな言い方、しないでくださいよ……っ  あなたはっ」ジワ

穂乃果「………」






穂乃果「…もうすぐ、村だ」

海未「…はい」グスッ


84 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:03:37 lqyJ26KE

穂乃果「おお  なんだ、アレ…」

海未「魔物対策のバリケードです 張られたのはいつだったか……  あなたがいなくなって、もう2年も経っていますからね」


穂乃果「2年か… そんなに   …いや、そんなもんか ずっと森にいたからなぁ」

海未「ずっと…?  ……も、森にっ!? 2年間あの時からずっと!?」


穂乃果「とにかく、何も考えたくなくて…   アイツの声を振り切りたくて、ただ無心に魔物を殺してた  目に映る魔物を… アイツに見立てて」

海未「…!」ゴクリ

穂乃果「いっそ死んでしまいたいとも何度も思ったけど  やっぱりギリギリになると、どうしても生きようと、もがいてしまう」

海未「……」

穂乃果「だから、殺した 殺せないやつも、殺せるように努力して、殺した そうやって殺していったら、殺す相手がいなくなった  だから森を出た…」

海未「…森の魔物を、一匹残らず狩ってしまったとでも?」

穂乃果「はは、しばらくはあの森が一番安全なんじゃない? 食えるものいっぱいあるから今度入ってみなよ」


85 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:05:10 lqyJ26KE

ワー! ギャー!


穂乃果「なんか、騒がしくない…?」

海未「なんでしょう… 確かに様子が変です」タッ



ふたりがバリケードまで近づくと、そこでは…



「どうすんだ!警備のやつはなにしてる!」

「もうやられたよ!とにかく逃げろって!」

「アレほっといていいのか!?このままじゃどこに逃げたって同じだろ!」

「どうにかして殺せよ!誰かっ!」


ワー! ワー!


魔物「グヒァ…!」ザッ




海未「なっ…!?魔物!なぜバリケードの内側に!?」

穂乃果「うわっ、ヒト型じゃん  だからってそれでバリケード通過て、ガバガバすぎでしょ」


86 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:05:56 lqyJ26KE

ガシ!

「うああっ…!?」


海未「! 誰かが、捕まった…」ゾッ

穂乃果「…まあ、ほっといたら海未ちゃんも今後困るだろうし」ダッ!



「ひいい…!」ガタガタ

魔物「ゲゲッ!」ガパァ

ザッ!

穂乃果「好き勝手やってんじゃないよ」ブン!


ガキン!


穂乃果「…さすが、ヒト型   お前、そこそこ知能はあんの?」ググ

魔物「ゲグ…?」ギョロリ

「あ…  あひ…?」ガクガク


87 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:06:58 lqyJ26KE

一太刀目を防がれる。ヒト型は総じて戦闘能力に長けている場合が多い。
加えてなにより、知能が高い。


穂乃果「…喋れないタイプか  ならどうでもいい」ガシッ!

魔物「ギ!?」


ギチチ…!


片手で剣を支えつつ、そのまま空いた手で魔物の首を鷲掴みにする。


ギュウゥ…ッ!  メキ




穂乃果「……」グッ!!

魔物「ゲ」


ブ チ ン ! !


88 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:08:11 lqyJ26KE

海未「っ…!」タタッ


魔物「」ゴロン

穂乃果「……」カチャリ


この程度なんでもない、といった様子で大剣を背中に収める穂乃果。
海未がその場に追いついたときには、魔物は首がほぼ千切りとばされており、体と頭が皮一枚で繋がっているような状態で死んでいた。



「たす… かった…?」ヘタリ


ワー! キャーッ!


「村長!ご無事で!」

「いったい誰なの? あの人」

「すげーぞアンタ!魔物をひとひねりだ!」


89 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:09:01 lqyJ26KE

遠巻きに様子を窺っていた村人が囃し立てる。しかし、それを聞いた穂乃果の目は冷え切っていた。




穂乃果「なんだ…  村長さんでしたか」

村長「お前は…! 高坂の!!!」ハッ!?



 ピタリ…



魔物に捕まっていたのは、この村の村長だった。
村長の大声で、村人たちの雰囲気がまた変わる。


「え  あいつが、生き残りの子供…?」ヒソヒソ

「あれが高坂の…  禍々しい風貌だ  災厄を呼び込むというのも頷けるぞ」ヒソヒソ

「よくこんなとこまでノコノコと出てこれたよな あの魔物もアイツが連れてきたんだ、きっと」ヒソヒソ



海未「っ…!」ギリ

穂乃果「……」


90 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:11:37 lqyJ26KE
穂乃果「はっ  もう少しのんびり様子を見てればよかったかな? そしたらそこそこ面白いものが見れたかもしれなかったのに」クス


歯噛みする海未とは対照的に、穂乃果はさも楽しそうにそう言った。


村長「……厄病神め!」キッ

穂乃果「なんにも言い返せないね  言われなくても、それはあたしが一番よくわかってるよ」チャキ



ビュッ…!

村長「ひいぁっ…!?」ピタリ

穂乃果「アンタにも厄をおすそ分けしようか  …なあに、両親にしてくれたことに対するお返しさ  受け取っておくれよ」



大剣とは思えぬ速度で剣が抜かれ、錆びついた刃が村長の首筋にあてがわれる。


91 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:12:39 lqyJ26KE
海未「ほ、穂乃果…!」アセッ


穂乃果「アンタは賢かった アンタの判断は多分、間違ってなかったと思うよ?  なんせあたしは間違いなく、世界に災厄を運んでしまった」

村長「!  だ、だろう!?私はな…! 村の為にっ」ビク ビク


…スゥッ


穂乃果「ただ、結果論だけど…  無関係だった両親を、巻き込んじゃったね?  だからその分、おしおきだ」






「ちょっと待ってくれ!」バッ!






海未「!  あいつ、は…!」ズキン!

穂乃果「……」ピクリ


92 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:13:52 lqyJ26KE
中年「とにかく、まずは落ち着け  村長を放してやってくれ  高坂の娘」



口をはさんだのは、あの日穂乃果の家で穂乃果の両親を殺し…
海未に邪魔されながらも、最後の最後まで穂乃果を糾弾していた、あの中年男だった。



中年「なあ お前はこの村に災厄をもたらした、粛清対象者だ 本来なら殺されなくちゃいけねえ  文句言える立場じゃないってのはわかるだろ?」

海未「違いますっ!!」

中年「だがな、もう時代は変わった… 魔王の復活、起きちまったもんはしょうがねぇわな お前の両親もまあ残念だが、既に終わったことだ  だからよお」

穂乃果「……」



中年男は続ける。



中年「お互い過去は水に流そうぜ?  そしてこれからは、お前はこの村で用心棒をやってくれ  さっきの動きを見るに、腕には自信あるんだろう?」


93 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:17:00 lqyJ26KE
海未「っっ!!!??」ビキッ


なにを言っているんだコイツは。海未は叫びだしそうになった。

今まで散々ありもしない罪を押し付けて邪険に扱っておきながら、今度は利用価値を見つけたからと取り入ろうというのか。


中年「この村も困ってんだよ  きっちり魔物を狩ってくれるんなら、村人もお前を受け入れるさ!だからこれからは仲良くやろうぜ!?なあ!」バッ


穂乃果の腕の中で、村長も男に同調する。


村長「!  そ、そうだな! そうしてくれるのはありがたい! 両親のことは仕方なかったとはいえ、お前の」



パッ



村長「うっ!?」ドシャ


いきなり穂乃果から雑に解放された村長が、体勢を崩し倒れ伏す。


穂乃果「……ふーん  よし、わかった」コクリ


94 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:18:29 lqyJ26KE


海未「…穂乃果?」ビク

中年「わかってくれたか? だが村長はいちおうこの村の頭なんだからよぅ、もう少し丁寧に扱っ」


ズ ダ ッ ! !


中年「て…ッ!!?」

穂乃果「 死 ね っ ! ! !  このクソ野郎がッッ!!!!!」グアッ!!

海未「!?」



殺意の眼光。
本気だ。穂乃果は本気だ。

海未は、力の限り叫んだ。




海未「駄目です穂乃果あっっ!!!!!」




ズドォンッ!!!


95 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:19:27 lqyJ26KE


シュウウ…


中年「あ……… あ?   へ、へへっ…」ペタン

穂乃果「……」


大剣は、男の横スレスレを通って地面にめり込んでいた。


海未「っ…」ホッ








穂乃果「………海未ちゃん?」ギロリ

海未「!?」ビク


ゾクッ!


海未「ぇあ…  その」オロ


96 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:21:18 lqyJ26KE

まさか自分が穂乃果からあんな目で睨まれるとは思わなかった。穂乃果は本気で怒っている。
あの男を庇った私にも、怒りの矛先が向けられたのだ。
当たり前といえば当たり前だ。でも…


海未「…ごめんなさい  でも、それだけは…   あなたには   やって欲しく、なくて…」グ

穂乃果「……」チャキ


それをやると、この子は本当に変わってしまうと感じたから。
思わず、叫んでいた。



クルリ



中年「へぁ?」ビクッ


穂乃果「ふー…っ   …………あ゙あっ!!」ドボ!!

中年「ぐぶっ……!?!?」ゴキ  ボキ


97 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:22:48 lqyJ26KE

剣を背負いなおした穂乃果は男に正面から向き直ると、座り込んでしまっていた男の腹を蹴り上げた。
男の体は、垂直に浮いた。




穂乃果「ぜぇっっっ!!!」グオッッッ!!!


ゴ キャア!!!!


中年「ぶ ぎ 」ミシッ


そして自分の目の高さまであがってきた男の顔面に、拳を叩き込んだ。
鼻骨と前歯が、いっぺんに砕ける音がした。




ゴッシャアッ!!!

海未「ほ、穂乃果っ!!?」


98 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:26:46 lqyJ26KE

中年「ひへ……  へほぉ………」ピク ピク


穂乃果「ふー、ふーっ…!」ザリ




村長「あ…  おあ……ぁ」ガタガタ

穂乃果「っ!」ギロ!!!

村長「ひ!!?」ブルッ!  チョロロロ……




 シーン……




穂乃果「…フン  まあ、アンタは村には必要だろうし…  あたしも、めんどくさいし…」プイ

海未「あ、あの方…  大丈夫なんですか?」

穂乃果「知らないっ   ……しばらく食事には、苦労するかもね」


99 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:28:48 lqyJ26KE

皆遠巻きに見てはいるが、口を開く村人はもう誰もいなかった。



穂乃果「…そろそろ、行こうかな  海未ちゃんも、ここまでくれば安全なんでしょ?」

海未「穂乃果…  本当に、行ってしまうのですか」

穂乃果「見てよ皆のあたしを見る目  流石にもう、この村じゃ暮らせない」



そう言って、軽く笑って。穂乃果は村に、背を向けた。






海未「………わ、私もついていきますっ!!」

穂乃果「……」ピタ


100 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:29:20 lqyJ26KE


穂乃果「……」

海未「あなたと一緒に… 私も」

穂乃果「ごめん 邪魔」

海未「!」ズキ









穂乃果「迷惑だから」

海未「そんな…」



穂乃果は、振り返らない。


101 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:30:33 lqyJ26KE

穂乃果「……村長さん! 村の皆! 安心しなよ、もうあたしは!高坂はっ!この村には戻らない!」

海未「っ!」



穂乃果「妹ももうこの世にはいない!だからさ…っ!   ……だから」


……グ


穂乃果「……ううん、それでも  …どうしてもあたしを殺さなきゃ気が済まないって人は、かかってきな  ちゃんと皆の、全部の怒りを受け止める」

海未「………穂乃果…?」






穂乃果「ま、  あたしにも一応目的があるし、ただで殺されてはあげないけどね?  じゃ、ばいばーい」ヒラッ

海未「!  待ってくださ…!」


102 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:32:04 lqyJ26KE


穂乃果「…………………みんな、ごめんなさい」ポツリ

海未「っ!」ドクン!



打って変わって、消え入りそうな声。けれど海未は、確かに聞いた。

あんな目にあわされても、彼女は自分を責め続けているのか。責任を感じているというのか。
やはり、伝えなければ。 封印が解けたのは、あなたのせいなんかじゃないって…!



海未「穂乃果! 私…!」

穂乃果「ッ! しつこいな!!迷惑なんだよっ!! 絶対に来ないでっっ!!!!」



悲鳴にも似た、叫ぶような声。



海未「ち、違…!? そうじゃな」

ジャキ! ビタッッ!

海未「!!」ゾク

穂乃果「あたしとイきたいって? ならせめて、あたしと同じくらい強いってところ見せてよ…!」ギラリ


103 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:33:27 lqyJ26KE

錆びた冷たい剣先が、海未の細い喉元に触れる。



海未「…………ほの、か…」

穂乃果「……ばいばい」チャキッ


 ザッ…








………こうして、穂乃果は旅に出た。



結局、伝えきれなかった。話をきいてももらえなかった。

自分の不甲斐なさが、悔しくて。 穂乃果の立たされている境遇が、どうしようもなく悲しくて。

海未はその場で泣き崩れた。



 序章 完


104 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:34:07 6BFOSYRg
乙マジで乙


105 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:37:19 lqyJ26KE
ここまで読んでくれたひとアリガトウゴザイマスー(・8・)

続きも一応考えてるけど、あげるとしたらキリのいいとこまで書き上げてからになります!
それがいつになるのかは正直わかりません…
のんびり待っていただければ嬉しいですチュン


106 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 02:41:42 HpaSq0g6
待つぞ〜楽しみに待つぞ!

お疲れ様!


107 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 03:43:24 7yJPsCmw
こういうの大好き。
いいぞもっとやれ。
続きはのんびりお待ちしてます


108 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 05:34:02 rJaIvwMM
こういうのが読みたかった
続きが待ち遠しい


109 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/17(日) 13:53:06 l8nJ.fF2
どれくらいの長さになるんだろ
期待してます


110 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/18(月) 22:46:12 DqAqGgPM

某黒い剣士ばりの復讐鬼と化した穂乃果とはまた重厚な出だしだな


111 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/19(火) 20:40:02 Hop7PQ.U
黒く染まってく穂乃果のSSはいいね
続きも期待してます!!

(定期で生存報告くれると最高です)


112 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/19(火) 23:27:20 UsuM/Qz6
ダークファンタジー系か
かなり面白い

期待してるぞ!


113 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/19(火) 23:30:15 TucTCAZE
読んでて涙でた
良SSだわ
ぜひとも続きを書いていただきたい
期待して待ってます


114 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/20(水) 03:30:19 qBTvkXiQ
今のところラブライブ一切関係ないキャラを借りただけの話だけどどうやって絡めてくのか楽しみ!


115 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/22(金) 20:25:13 N4ew6IBs
まだか


116 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/22(金) 21:20:04 9yJV0Iz.
待ち遠しいね


117 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/23(土) 18:27:54 4MsOABN.
まだかねまだかね


118 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/23(土) 23:49:58 K/tzZGrM


ズドォ!  ゴチュッ!


穂乃果「このあたりの奴らは、どうにも手ごたえがない…」フウ

…ヴォ!


ゴガンッ!!


魔物「ガ……ゥ」ピク ピク…   ドサリ






人里離れた荒地。
積み上げられた魔物の骸を一瞥し、返り血を指で拭いながら高坂穂乃果は小さくひとりごちた。



穂乃果「やっぱあの森って、エグいの揃えてたんだなぁ  まんざら井の中の蛙ってわけでもなさそうだ…」ピッ


119 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/23(土) 23:50:40 K/tzZGrM

村を後にしてしばらく、あえて人が使わないような道を選びながら魔物を探し求めた。
しかし、目当ての魔物には中々出会えない。


穂乃果「ここも…  殺し尽くした、か」キョロ


次の場所へ行こう。
また、いかにもな森なんかがあればいい。
人の手が加わっていないような土地のほうが、魔物は多く湧くから…





穂乃果「……」バッ…!


ボロ布の外套を翻し、もはや錆の塊となった大剣を背負い、穂乃果はその地を後にした。


120 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/23(土) 23:51:28 K/tzZGrM

………………

…………

……


ザッ…


穂乃果「……くそっ  魔物がいない…」ギリ


前の狩場から2日歩いた。
しかし次の狩場が見つかるどころか、魔物一匹とすら遭遇することはなかった。


ジク

穂乃果「もう、雑魚でもいい…  とにかく、殺さないと」グ


じくり、と。右目の傷が疼いた気がする。
腹の底からジワジワと、嫌な感情が渦巻きだす。




穂乃果「殺す…  早く殺さないと  アイツを…!」ダッ


濁った左目で先を見据え。
何かに急き立てられるように、走り出した。


121 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/23(土) 23:52:21 K/tzZGrM


穂乃果「………なんだ、この…   街……?」


走れど走れど、出会えずに。

とうとうたまらなくなって、今まで避けていた道に出た。人が通りやすいよう舗装されている道路だ。
そこからしばらく道なりに進んでいると、巨大な都市に辿り着いた。


穂乃果(あの村とは大違いだ…  これがあの、都会ってやつ…?)ザッ


門の外側からでも、巨大な建造物がいくつも見える。中心には、これまた立派な城が鎮座している。




…ジク ジク

穂乃果(あたしはこんな所に用はない…  けど、早く見つけないと… 殺さないと…!)


122 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/23(土) 23:52:54 K/tzZGrM
門番「……おい、そこの!止まれ!」ガチャ


都市の入り口である関門には、門番がふたり置かれていた。


門番「旅人か?背中のそれは武器だろう  悪いが入洛の前には手続きを…」

穂乃果「いや… 入れてくれなくていい…から   教えてほしい……  んだ」ジグ ジグ

門番「は?」




穂乃果「森…  森がいいや…  深い森は、ない?この辺りに……」




早く…


早く…!


123 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/23(土) 23:53:27 K/tzZGrM
門番「もり? 森とは、森林… のことか?」

穂乃果「そうそう……  その、森」ヘラッ


…ジグッ


門番(なんだ、コイツの目…  クスリでもキメてるのか)ゾクッ





穂乃果「ない、かなぁァ……!?  無ければどこか… 魔物」ググ

門番「…この都市の向こう側にはそこそこ大きな森が広がっている  都市内部から抜ける道はないから、ここから都市境に沿って」

穂乃果「っ!  ありがとう!」ダッ

門番「あ、おい!?」



タタタ…


124 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/23(土) 23:53:56 K/tzZGrM

ザザッ


穂乃果「よし、アイツを殺す…! アイツを殺すっ…!!!」タタタ


右目が疼く。
限界だ、もう今にも…


穂乃果「うゔぅ…!!  あ゙あぁっ」ブルブル




余計なこと言いだす前に殺す。 殺す。 殺す殺す殺す殺す……
 
…とにかく、早く。




ギリィッ!!


穂乃果「………絶対に出てくんなよッッ!!! すぐブチ殺してやるっ!!!!!!」ジグ!




アイツの声が、きこえてくる前に。


125 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/23(土) 23:54:33 K/tzZGrM

………………

…………

……


ガサ ガササッ…  ガサッ!



「グルル… グ…」ジリッ…

「あ、あぁ……!」ガクガク


穂乃果「 ぃ た」ズダ!





穂乃果(魔モノの声がきこえたちがうアイツの声?だ殺すあれはアイツだ)ジャキッ!  …グアッ!!





ゴ チ ュ ! ! ! !  ビチャッ


「きゃあっ!!   …………………え?」




魔物「グ…!」ズチ…!

穂乃果「死ね!!死゙ねえ゙っ!!わ゙あ゙あああああああああああああああっっっっ!!!!!!!」ズゴン! ズゴン! ズゴン!


126 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/23(土) 23:55:18 K/tzZGrM

――― あの日の記憶が蘇る。アイツが語りかけてくる。

嫌だ。いやだ。うるさい! 不快だ…! 消えてよっ!




穂乃果「消えろっ!!消えろ消えろ消えろ!!消えてよぉっっ!!!」ゴドゴドゴドゴドゴドッッ!!!!

魔物「」グチャ! グチャ! グチャ! グチャ…!




「あ、あぅ……」プル プル



………………

…………

……


127 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/23(土) 23:58:16 K/tzZGrM
穂乃果「はーっ、はーっ、はーっ、はーっ、はー…っ!!」


『魔物切れ』を起こしたのは久しぶりだった。

向こうの森では環境に慣れてからは、定期的に殺せていたし…
村を出てからもしばらくは、そこそこ安定して魔物と出会えていたから。


穂乃果(……ようやく、落ち着いた)グイッ


返り血を拭い、辺りを見回す。
ああなってしまうと周りが全く見えなくなり、背後からの襲撃なんかで洒落にならない事態を招く。
そういった意味では、今回森に入ったのは失策だったともいえる。

穂乃果(この森は…  前の所ほど、数に期待は出来ないかもしれない)



穂乃果「ま、不意打ちも無かったし結果オーライ… かな    ……ん?」






「あ…  えっと、終わりましたか…?」ビク ビク


128 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/23(土) 23:59:08 K/tzZGrM
穂乃果「……そういえば、ふたつの声が聞こえてたっけ…?」

「はい…?」

穂乃果「あぁいや…  にしても、全く気が付かないなんて」ポリポリ



今回は本当に限界がきていたようだ。もし両方とも魔物だったらと思うとゾッとする。
しかし幸運にも、そこにいたのは人間だった。






穂乃果「……で、なにしてんの? あんた」

「え、えっと…  その魔物に、襲われかけていました」


穂乃果という新たな恐怖の対象にまだ少し怯えながら、少し前まで魔物のカタチをしていた肉塊を指さす。


129 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:00:43 .wHGOPgs
穂乃果「まあ、そうだったんだろうね  森になんか用でもあった?ないなら外まで送ってやってもいいけど」チャキッ

「え?あ、と  えっと、わたし、その…    あぅ」シュン


答えようとして、うまく答えられずに縮こまってしまった。


穂乃果「…余計なお世話か  んじゃさっさと」クルッ

「!  ま、待ってください!」ガバ



穂乃果「…なに?」

「外、って… すぐそこの、都市のことです、よね?」

穂乃果「そこしかないじゃん この辺りだと」

「で、ですよね…  うぅ、やっぱり」ガックリ


130 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:02:06 .wHGOPgs
穂乃果「…森のどっかに用があるとしても、別に付き合ってやってもいい、けど?   ……居座られても、邪魔だし」ボソッ

「えっ、と…??  あ、用…ですか  うーん…」

穂乃果(なにこのひと)イラッ



「……あの、あなたは  旅人、さん?」

穂乃果(肝心なトコを言わないな… なんであたしに質問すんの)



穂乃果「まあ、そんなところ  さっきここにきたばっかの余所者だよ」

「そう、ですか…  旅人さんは、どうしてこの森に?ここ結構、深いところですよね…?」

穂乃果「それは…」


131 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:04:07 .wHGOPgs

穂乃果(本当の理由説明すんのは… 面倒だな  教える義理もない)ポリポリ



穂乃果「…あんたの悲鳴が聞こえた気がしてね 駆けつけてみたけど…  ま、特に怪我もないみたいだし運がよかったじゃん」フー

「えっ…?///」ドキーン!

穂乃果「?」




「あ…っ! そっ、そうでした!お礼!お礼がまだですよねっ!助けてもらったのに…!」バッ!

穂乃果「は? いや、別に…」

「ありがとうございました  このご恩は、決して忘れません」フカブカー

穂乃果「な! おっ、おおげさだな…!? だいたいあたしは元々、助けるつもりなんて」アセッ



村では家族と園田家の人々とくらいしかまともな交流がなかった穂乃果。
赤の他人から感謝されるという経験に、自分でも驚くほど戸惑った。


132 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:04:41 .wHGOPgs
「本当にもう死んじゃうかと思ったんです  なにかきちんとお礼を…」ゴソゴソ

穂乃果「あーあー、お金とかいらないよ? あたし」

「…それは、良かったです  お金はわたしも持ってませんから」ニコ

穂乃果「……ん?」


金を持ってない?
それは変だ。


穂乃果「一円も持ち歩いてないの? そんな、お姫様みたいなカッコしてるクセに」

「お、お姫様…」


図らずも穂乃果によって救われた人間は、何も知らない穂乃果でも一目で上等だとわかるほどに美しい衣服を纏った少女だった。
そして本人の所作ひとつひとつに漂わせる気品は、どこか園田海未を思い出させる。
きっといいとこ育ちなのだろうと、穂乃果は勝手に判断していたのだ。


「すみません お金は本当に無いんです…  なので、代わりにこれを受け取ってもらえませんか?」チャリッ

穂乃果「うわっ  何コレ…」ギョッ


少女が差し出したのは、美しい装飾が施された腕輪だった。


133 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:05:35 .wHGOPgs
穂乃果(すご… 金目のもの、ってやつ…?)



穂乃果「こんなもの貰えな…  いらないよ」

「で、でもわたし…  ほんとうに何も持ってなくて」オロオロ


穂乃果「ていうか、誰もお礼よこせなんて言ってねーし!」

「それではわたしの気が済まないんですっ!」プクー



穂乃果「…っ」ギロ

「…!」キッ



穂乃果「…いらない!」

「だめっ!」


穂乃果「しつこい!」

「それでも!」


穂乃果「ウザい!」

「がーん!」



…そんな押し問答がしばらく続き。






穂乃果「あ゙ー…  話をもとに戻すけどさぁ、お姫様」ハァー

「お姫様じゃありませんっ」


134 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:06:05 .wHGOPgs
ことり「わたしはことりです!ちゃんと、ことりって呼んでくださいっ」

穂乃果「あー、はいはい  それで話を戻すけど」



穂乃果「あんたは何がしたいの?なんでここにいるわけ?」

ことり「!  …それ、は」グ



またしても僅かに逡巡したが、
今度はすぐに顔をあげて、ことりと名乗る少女は言った。



ことり「…これから、ここに住もうと思って来たんです  わたし、この森で暮らそうかなって」キリッ!

穂乃果「はぁ… なるほど」



ことり「でも、まさか魔物に襲われるなんて…」

穂乃果「そりゃ、襲われるに決まって………   ん」ハテ


135 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:08:26 .wHGOPgs

………ガターッ!


穂乃果「は!?住む!? あんたが、ここにっ!?」ゴーン!

ことり「は、はい…  でも、やっぱり厳しいでしょうか… 難しいですよね」シュン

穂乃果「……っ!?」


こんなの、想定してなかった。
そりゃ、あたしも村で2年間は、森で暮らしていたけども…
流石に一般的な行動じゃなかったはずだ。
海未ちゃんも驚いてたし、あたしだってあんな事が無ければ、森で暮らすなんて発想はまず浮かばなかった。




穂乃果「これが、都会…!? 都会的には当たり前の発想なの…!?」

ことり「はい?」キョトン


136 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:09:15 .wHGOPgs

穂乃果「…ぐぬ」


しかし、困った。実のところ、穂乃果は…


穂乃果(しばらくは… ここを拠点にしようと思ってた、のに…!)クッ


そう。穂乃果も同じく、この森で暮らそうと考えていた。
経験上こういったところの方が、上位の魔物が多いうえ、数にも困らない。
目当ての魔物にも遭遇するかもしれない。歩いて旅をしながら探すより、よっぽど効率がいいのだ。




穂乃果「……あのさ、お姫様」

ことり「ことり!ですっ!」プクー

穂乃果「この森、まさか他にも誰か住んでたりすんの?」

ことり「は、へっ?」


137 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:10:10 .wHGOPgs
ことり「……???」ポカン

穂乃果「人だよ、ひと」



ことり「えっ、と…?  多分、いないんじゃないでしょうか…?  ほかには、そんな人」

穂乃果「そっか、よし…  だったら」


バッ!


穂乃果「申し訳ないけど、出てけ! この森には今日から、あたしが住む!!」ドンッ!

ことり「ほぇ…?  ………えっ!? えええええええっ!!!」ゴーン!




穂乃果の言い放った言葉に、ことりはただただ混乱した。




ことり「…あっ!わかった!冗談! もしかして冗談ですか?それっ   …えへへ♪冗談言われちゃいました  なんだか」パァァ

穂乃果「あ゙!?」ギロリ

ことり「ご、ごめんなしゃ……!? ひっ」カタカタカタ  プルプルプル


138 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:11:21 .wHGOPgs

……フウッ


穂乃果「…ごめん  確かに、ここに来たのはあんたが先だ わかってる  ……でも承知の上での、お願いだ」ザッ  …ガランッ

ことり「え…」



穂乃果「あたしも金は無いけど… 頭ならいくらでも下げるから  お願いします…  ここを、譲ってください」グッ…

ことり「た、旅人さん…!?」アセッ



穂乃果は大剣を下ろし、正座して額を地につけた。



ことり「そ、そんな…!恩人さんなのに、そんな」

穂乃果「……」

ことり「っ…と  とにかく、顔をあげてください」


139 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:12:21 .wHGOPgs
ことり「…えっと、ここに住みたいんですか? 本気で言っているんですか…?」

穂乃果「本気だよ  ここを逃したら次はいつこんな場所見つけられるか…」


ことり「………なら  あなたはここで、暮らせるの…?」

穂乃果「?」






穂乃果「それは、どういう意味? 魔物になら、遅れをとるつもりはない」

ことり「あっ、それもありますけど…!   ほら、寝る場所とか…!」ワタワタ

穂乃果「ね、寝る場所?」



穂乃果(あたしの寝込みでも襲おうっての…?)


140 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:13:51 .wHGOPgs
穂乃果「さあ…? 大型の木が多いし、上に作るかな…?」

ことり「木の上っ!?」ゴーン!

穂乃果「まあ、下よりいくらか安全だし  湿気てなきゃ別に下でもいいけど…  まだ何も決めてない」



ことり「じゃ、じゃあじゃあ!食べ物はどうするのっ  さっきあなたも、お金ないって」

穂乃果「? こんな広い森なんだ 食いもんなんて、いくらでもあるじゃん  木の実に山菜、魚、肉  お金払う必要ないし」

ことり「やっぱり現地調達!? い、いくらでもって簡単に言いますけど!ホントに調達できるのっ!?」

穂乃果「…できるもなにも、あたしはここ2年くらいそうやって過ごしてきたし  旅の道中も」

ことり「んなななっ!?」ズガーン!



ことり「………お、おふろ!! おふろはっ!?」

穂乃果「だいたい川とか泉の水浴びで済ますけど、どうしてもおフロな気分の時は水ためて沸かす」

ことり「」


141 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:14:23 .wHGOPgs

シーン


ことり「……」プルプル

穂乃果(…なんなんだ)


あたしの生活の仕方知ってどうすんの?という疑問しか浮かばなかった。
よくわからないが、都会的には違うやり方があったりするのだろうか…


ことり「…………すっ、すごいっ!すごいよ!?」キラキラキラー!

穂乃果「……はい?」


ガシッ!


穂乃果「な、なに!?」ギョッ

ことり「さすが、旅人さん…! わたしもね、それしかないかなって思ってた  だけど」ギュッ!


唐突にことりから手を握られて、狼狽。
少女がどうして目を輝かせているのか、穂乃果にはサッパリわからなかった。
育ちが特殊なため、やはりところどころ世間的な常識が欠落しているのだ。


ことり「本当にそうやって生きていけるひとがいるなんて…! かっこいい…///」ズズイ

穂乃果「近い!ウザいぃ!」ギャー


142 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:15:00 .wHGOPgs


ことり「…旅人さん! おねがいがあります!」ピシッ

穂乃果「は、はぁ…」グッタリ


ザッ


ことり「ことりに…  生き方を教えてくださいっ!」ガバー

穂乃果「はぁー!?」


今度はことりが、居住まいを正し穂乃果と向きあって頭を下げる。





穂乃果「いや、意味わかんないんだけど!」ガー

ことり「わたしが、ひとりで生きていけるようになるまで…!  あなたの側に、置いてほしいの!」


143 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:17:05 .wHGOPgs
穂乃果「えぇ、いやいや… え? それって」

ことり「わたしも、森で暮らそうって考えた  でもやっぱり、なんとなくのイメージでしか方法がわからない」



ことり「おさかなも釣れない 葉っぱが食べられるかどうかもわからない 木の上になんて登れない」

穂乃果「…そんなんで、よく森に入ろうと思ったもんだ……」



ことり「だから!そういう技術?を、わたしに伝授してくださいっ!おねがいします!!」ペコー

穂乃果「……」


ようやく穂乃果も、この少女が何を言っているのか理解できてきた。
それは、つまり…






穂乃果「…成程  つまりはここで、あたしと一緒に暮らそうって?そしてしばらくの間、何もできない自分の面倒をみろと」

ことり「えっと…  そうなる、のかな?」チュン?


144 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:19:12 .wHGOPgs

ジャ キッッ!!!


ことり「ひぅっ!?」ビク!

穂乃果「ふざけんな!!帰れっ!!そんなことっ!!」ギラリ!


剣を抜いて、思いっきり脅す。
こいつは何をぬかしてるんだ、頭湧いてるんじゃないか?

そんな話があるわけないだろ。

見ず知らずの相手の面倒を手間かけて見てやるだ?ありえない!誰がそんな親切なこと!


穂乃果「甘えんな自分で考えろテメエで生きろ!!こっちは遊びじゃないんだ、いいかっ!?普通はな…!   ふつう、はっ」ビクリ




 普通。

……普通?
あれ、普通って… なんだっけ?


145 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:22:19 .wHGOPgs

普通?ありえない?
そうだっけ?普通は…

あたしのは…… ふつう?



穂乃果「ふつうは…?」



あたしたちが… 高坂家が。
親切にしてもらえないのは、普通だった。 ……そうだ。合ってる。これが普通。



穂乃果「海未ちゃんち、は…」



助けてくれたひと、親切にしてくれたひともいた。

でも、それは特別。海未ちゃんは特別。普通じゃない………


146 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:23:29 .wHGOPgs

じゃあ、あたしはどっち?
あたしは普通?あたしは特別?


穂乃果「えっ、と  あれ……」グラッ



爪弾きにされて、


石を投げられて、


家族を奪われた…



 ふつうなの?



ことり「…だいじょうぶ?」

穂乃果「あ…?」ハッ


ことりが心配そうにこちらを覗き込んでいた。
気付かなかった。




ことり「旅人さん、泣いてるから…」

穂乃果「……」


147 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:24:55 .wHGOPgs

…家族も、特別。

特別だから、親切にするのも普通。されるのも普通。
家族『だけ』に関して言えば、普通。


でも、そうだ。




穂乃果「そうだ…」


そうだった。あたしは…




…私は―――










穂乃果「なかよく、あそびたかった  みんなで…」

ことり「…?」


148 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:25:35 .wHGOPgs

はらはらと、左目から涙が流れ落ちていく。

今までずっと考えもしなかったことが、頭を、心を、縦横無尽に殴りつけてくる。ただただ、混乱している。

言葉が、勝手に吐き出される。



穂乃果「親切にしたら、嫌がられた  でも、親切にしてあげたかった…」

ことり「……」




普通。特別。普通。特別。普通。特別。

ふつう。希少。ふつう。奇抜。ふつう。異常。




穂乃果「だって私は、親切にしてほしかったから……」ポロ ポロ

ことり「…旅人さん」ギュッ



  ガラァン…!



穂乃果「……」

ことり「……」




少女が、大剣を取り落とす。少女が、少女を抱きしめる。


149 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:27:31 .wHGOPgs
ことり「…いきなり、不躾なお願いをしてしまってごめんなさい」

穂乃果「……」


ことり「わたし、もう居場所が無くて…  家族も、みんないなくなっちゃったの  だから…  本当にごめんなさい」

穂乃果「私も…    ひとりぼっちになった    みんな、しんだ」

ことり「っ!………そっか  一緒だね」



穂乃果「私は、みんなとちがう……」

ことり「わたしは一緒だよ  あなたとおんなじ   …だから、もうひとりじゃないよ」



穂乃果「私と、いっしょ…?」

ことり「家族の代わりにはなれない…   でも、わたしもひとりぼっち   あなたのきもち、少しはわかってあげられる」

穂乃果「………きもち?  ……きもち   私、の…」スッ…







穂乃果「穂乃果…  穂乃果は、ふつうがよかったなぁ…」ギュ…

ことり「ことりも、ずっと…  普通が、うらやましかった…」ギュ







いつしか奥に仕舞い込んでいた傷だらけのものに、初めて寄り添ってもらえた気がして。

穂乃果はことりを小さく抱き返した。



未だ齢20にも満たない少女達は、それぞれ何かを噛みしめるように……

静謐な森の中で、抱き合っていた。



 一章:出会い 完


150 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 00:29:50 .wHGOPgs
悲しみと悔しさをバネに書き殴っていくう

読んでくれたひと楽しみにしててくれたひとアリガトウゴザイマス!


151 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 01:01:02 6Ng556OQ
乙!
続きもしてます


152 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 01:02:20 6Ng556OQ
ごめん、ミスった

続き期待してる


153 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 02:04:03 YdKRyv/g
リアルタイムで見させてもらいました。
続きも楽しみにしてます!
HP先行は1日でもいいから当たって欲しいわマジでorz


154 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 06:10:45 whfIb9XE
いいよ面白いよ
続き待機


155 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 08:01:27 4MR3d3TI
これはことりもptに加わるのかな


156 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/24(日) 15:17:26 F9laMOf2
ことりが蛮族並みに武器を振り回すのか


157 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/28(木) 19:55:05 .FdXhEC.
まってるよ


158 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/30(土) 09:17:42 7Zl4YW2g
二章もラストまで書き上げていっぺんにって思ってたけど
思ってたより長くなりそう ていうか、なってる

3週も4週も空けるよりは書けてる分ちょいちょい投下したほうがいいかな?
それともやっぱり半端な切り方はキモチワルイですかね


159 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/30(土) 09:34:24 qsqHN.wA
ちょいちょいより一気投下のほうが嬉しい


160 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/30(土) 12:44:08 2ZNNz60s
ちょっとずつでも早く続きが読みたい派

でも>>1がモチベ保てる方でやってくれるのが一番いい


161 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/30(土) 13:50:58 N3w.pxOk
気になる〜ってのもいいし一気に読めてすかーってのもいい
お任せします


162 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/01/30(土) 23:47:08 OvBkHZbQ
好きなほうで


163 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/05(金) 05:09:02 V9LR2adM
これほんと面白いわ


164 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/05(金) 07:47:02 kLi2hab6
待ってるでー


165 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 00:52:45 T8of6OWY

ズビシ!


穂乃果「いい!? あんたが自立できるまでだから! 面倒見るのはそれまで! わかった!?」カッ!

ことり「うんっ! ありがと〜!ほのかちゃんっ」ホンワカ

穂乃果「くっ…!」ムカァ


穂乃果は一旦、ことりの要求を受け入れることにした。
…というより何故か、なし崩し的にそうせざるを得なくなっていた。


穂乃果「あと、その…!  呼びかたっ!」

ことり「ほのかちゃん?」キョトン

穂乃果「〜〜〜っ!  なんか、なんか嫌! てか気付いたらいつのまにか敬語やめてるし!?」ギャース

ことり「ええ〜っ  じゃあなんて呼べばいいの? よびすては苦手です」

穂乃果「うぐっ…」




穂乃果「…あんたにこれから、生きるためのイロハを叩き込む  そんなあたしを……  えっと」




穂乃果「…………し、師匠?」

ことり「師匠がそのほうがいいっていうのなら…」

穂乃果「す、好きに呼べよ!もう!」ゾワッ


166 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 00:53:31 T8of6OWY

穂乃果「あと、確認しとくけど、そのっ  ………あれは、ち、ちがうから」ゴニョ ゴニョ

ことり「?」

穂乃果「あ、あのときの…  あたしはなっ、なんかの気の迷いで、っていうか…  だからえっと」モニョ モニョ



ことり「あのとき…  あっ、あの時ね♪   ほのかちゃんって、実はかわいいとこ」エヘヘ

穂乃果「 忘 れ ろ っ っ ! ! ! 」ジャキイッ!!

ことり「はひいぃっ!?」ビクゥー!






ことり「……その脅しさえなかったら、照れ隠ししちゃうところもかわいいのに…」ポソッ

穂乃果「なんか言った……?」ギロリ

ことり「めっ、めっそうもございませんです  ししょー…」ギクリ


167 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 00:54:09 T8of6OWY
穂乃果(くそ… ペースが乱されてイライラするっ)


このことりとかいうの、雪穂とも海未ちゃんとも違うタイプだ。
そっか… 人付き合いって、むつかしいんだな…





穂乃果「…もういい  さあ、早速だけど先ずは食べ物からだ  お姫様に狩りはまだ早いかな…」フム

ことり「こ、と、り! わたしお姫さまじゃないもん!」ムー!

穂乃果「よし 山菜、根菜の探し方を教えるよ  魔物にでも出会わない限りは安全だし、楽な方法だから」

ことり「無視!」ガーン

穂乃果「あ、虫が良かった?変わってるな  まあイナゴとかなら、おっ!早速発見」ヒョイ

ことり「ヒィ!? お野菜でお願いしますッ!」


168 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 00:54:49 T8of6OWY

穂乃果「とりあえず…  今ある知識がどんなもんなのかの確認だ」

ことり「?」

穂乃果「?じゃねーよ  野菜食ったことくらいあんでしょ?」

ことり「あっ!わかります! えっと、根菜ですよね? 大根に、さつまいもに、にんじんに〜…」

穂乃果「違う違う違う  畑で収穫するやつ挙げてどーすんだよ  山菜摘みとか行くでしょ?自生してるやつで知ってんのは」

ことり「サン、サイ… ツミ……?  ジ、ジセイ?」キョトン

穂乃果「……」



穂乃果「…冗談だよね?」

ことり「えっ」




ことり「あ、あぁー!……と    ………うんっ」ポムッ




ことり「冗談を言い合えるって、すっごくお友達みたいだよねっ///」ポッ♡

穂乃果「真面目にやる気あんのか……」ズゴゴゴゴゴゴ!

ことり「ご、ごめんなひゃひぃ……!」プルプルプル


169 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 00:55:39 T8of6OWY

穂乃果「自分で山菜採ったことも無いのか…  それが都会…?」ポカーン…

ことり「す、すみませんです…」シュン

穂乃果「ゼンマイとか、つくしんぼとかのことだよ…  この辺の種類は知ってるよね?わかりやすいし」

ことり「つくしんぼ…? なんだかかわいい名前だねっ それもお野菜?」ニコー

穂乃果「ふざけんなよ、もぉー……」ガックリ





穂乃果師匠のレッスンはどうやら、ゼロからのスタートになりそうだった。



………………

…………

……


170 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 00:56:13 T8of6OWY

穂乃果「ちっ、ここらに生ってる実はほとんど虫に喰われてるな…  果実はそのまま食えるからラクでありがたいのにさ…」ブツブツ…

ことり「……」チラ



ことり「ね、ほのかちゃん  ……気になってたこと、訊いてもいいかな?」

穂乃果「あー?」クルリ

ことり「その… 答えたくなかったら別にいいんだけどね?ほのかちゃんって……」

穂乃果「?」



ことり「どうしてそんなに…  こわい言葉遣いなのかなって」

穂乃果「……」

ことり「あ!気に障ったならごめんね!?そ、そういうのも「わいるど」で、かっこいいかもしれないけどっ」アセアセ






ことり「ほのかちゃんには、そういうの…  あんまり、似合ってないような…?  ところどころは普通だったりするし、すごい違和感っていうか…」

穂乃果「………それは」


171 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 00:57:13 T8of6OWY
穂乃果「…しょーがないじゃん 2年間、アイツとしか会話が無かったんだ…  頭に血が上ってる時にしか、喋る機会がなくて  変な癖が…」ボソ

ことり「…?」








ことり「あっ! あとほのかちゃんって、なんだかひとりごとが多」ポム!

穂乃果「ひとの繊細な部分によくもまあ、そうズケズケと」ニッコリ…!

ことり「ひ…っ!? ごごごめ、ごめんなさいっ…!?」ガクガクガク



………………

…………

……


172 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 00:57:53 T8of6OWY

穂乃果「暗くなってきたな…」

ことり「ね、ねぇ ほのかちゃん…  そういえば、どこで寝るつもりなの?」キョロキョロ

穂乃果「んー…」チラ


穂乃果(あたしは適当でいいけど、どーすっかね…)


自分は森で夜を明かすことには慣れているし、ただ木に寄りかかるだけでも充分眠れるのだが。
今は、ことりがいる。


穂乃果(警戒は、あたしだけでなんとかなるだろう  ただ突然何かがあった時、こいつのせいで自由に動けなくなるのはキツい…)


ことりは正直な所、かなりの足手まといだ。ずっと観察していたが、普通にどんくさい。
戦えるどころか、平均的移動速度の魔物相手に対してだって、ただ逃げることすらまともにできないはずだ。
それを考えると、夜に森の中で完全な無防備をさらすのは厳しい。


穂乃果「……」


173 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 00:58:31 T8of6OWY
穂乃果「…よし、今日の特訓はこれまでにしよう  とりあえず次は…」

ことり「とっ、特訓…!?」キラキラ

穂乃果「ん?」



ことり「なんだか、かっこいいね…!  えへへ、特訓…  そっかー、特訓かあ…」ホンワカ

穂乃果「あ…」



穂乃果(………特訓、か  もう、あたしに教えてくれるひとはいなくなって   何の因果か今はあたしが、ものを教える立場…)



穂乃果「…はは」

ことり「?」

穂乃果「剣術でも仕込んでやろうか」

ことり「け、けんじゅ…?」


174 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 00:59:41 T8of6OWY
穂乃果「なんでもない  それより、しっかりした寝床を一箇所決めることにしよう  一番いいのはやっぱり木の上だ」

ことり「!  ほ、ほんとに木の上で寝るんですね…!」ドキドキ



穂乃果(つっても、いまから小屋組むには時間がないな  幸い雨は降ってない  なら最初っからそのまま寝床として機能しそうな木を…)



穂乃果「お姫様、あんたが「この木の上でなら眠れそう」って思える木を探すんだ  なるだけ高いやつがいい」

ことり「ね、ねむれそうな木、とは!」ワクワク

穂乃果「例えばこう、太い枝分かれがあって、体をすっぽり収めることができる形状だとか…   おい、なんで楽しそうなんだ」




ことり「了解しました!行ってきますっ!」ター

穂乃果「待て待て待て! 単独行動はやめろっ!」ガッシー


175 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:00:14 T8of6OWY

それから少し歩き回って。


ことり「あっ、あれとかどうかな?」

穂乃果「ん」


ことりの指差した木は、穂乃果が頭に思い描いていたものよりも遥かに理想的な形状をしていた。
太さも申し分ないし、そこそこ高さもある。


穂乃果(あそこなら、よっぽどな寝相じゃなきゃ落ちもしないか  そろそろ、周りも見えなくなってきた…  決まり、かな)




穂乃果「上出来  今日からしばらくは、あそこがあんたの寝床ね」

ことり「は、はいっ」


176 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:01:07 T8of6OWY

ことり「の、のぼれません…!」グググ  プルプル

穂乃果「…明日、梯子でも作るか」ハァ


ザッ


ことり「え?」

穂乃果「ほら、はやく上がりなよ」


木の根元で穂乃果が屈む。


穂乃果「あたしの肩に乗るんだ そんで、あの枝を右手で掴むでしょ?次に左足を…」

ことり「ま、まってまって」アセアセ




ことり「あの、乗るって…  足で?ほのかちゃんに?」

穂乃果「当たり前だろ  何、逆立ちでも見せてくれんの?」

ことり「肩の上に…?」

穂乃果「あぁ、靴は脱いでくれるとありがたいね」

ことり「そ、そうじゃなくて…///  うぅ///」

穂乃果「?」

ことり(わたし、スカートなのに…  気にしすぎかなぁ?でも、恥ずかしい…)モジリ


177 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:01:43 T8of6OWY

ことり「ん〜!しょっ…!」ヨジヨジ…

穂乃果「どうよ 眠れそう?」

ことり「わ、わぁ…!」ドキドキ



ことり(すごい高い…)プル プル

穂乃果「どんな感じ?」



ことり「っ……」ドキ ドキ






ことり「なんだか… 夢をみてるみたい…」ポー

穂乃果「…?」






ことり「今日は… いろいろ、ありすぎちゃった」

穂乃果「……」ザッ


178 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:02:26 T8of6OWY

様子から見るに大丈夫そうだと判断し、穂乃果も木の根元を払い、寝る支度を始める。


ことり「つらくて、かなしくて…  勇気出したけど、さみしくって…  こわくって」

穂乃果「……」ゴソゴソ



ことり「そして、びっくりして…  また少し、こわくって  でも今度は、どきどきして…  それから、すごくわくわくして」

穂乃果「……」ガサ ガサ



ことり「あんなに、途方にくれていたのに…  今は、わたし…  今日が、いい日だったなって思ってる」

穂乃果「……」バサッ…






ことり「今日が楽しかったって思えたのは…  ほのかちゃんのおかげだよ…」

穂乃果「……」


179 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:02:57 T8of6OWY
ことり「あなたと出会えて、よかったです」ニコッ

穂乃果「………そ」ジャキ…  ザクッ


大剣を側に突き刺し、腰を下ろして木にもたれかかる。
土が湿気っていなくて、よかったと思った。

そして、あの時の会話を少し思い出した。


穂乃果(この子も…  家族を)






ことり「…あっ! そういえば、ほのかちゃんの寝る場所がない!?」

穂乃果「あたしはもともと下で寝るつもりだったんだ  気にしなくていい」


180 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:03:35 T8of6OWY
ことり「そ、そっか…  もう、寝ちゃう?」

穂乃果「暗くなったからね」



ことり「あの…  ごはんは」

穂乃果「明日  …腹減って眠れないとか、ぐずらないでよ」



ことり「暗いね…」

穂乃果「灯りは魔物やら虫やらをひきよせるからダメだ」



ことり「…おふろ入りた」

穂乃果「明日なんとかしてやるから!さっさと寝ろっ!!」ガー!


181 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:04:10 T8of6OWY
ことり「お、おやすみなさい…」シュン

穂乃果「…ん」



『もう居場所が無くて…  家族も、みんないなくなっちゃったの』

穂乃果「……」



今日は色々なことがあったと、ことりは言った。
その色々には、いったいどこまでが含まれているのだろう?



穂乃果「………なあ、あんたさ…」

ことり「……」






穂乃果「…お姫様?」パッ

ことり「すー… すー…」Zzzz

穂乃果「…………適応力は評価してやるよ…」ガックリ


ついさっきまでしつこくちょっかい出してきてたくせにコレだ。
なんだか一気に馬鹿らしくなった。


穂乃果「…寝よう  あたしも」モゾ


182 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:05:09 T8of6OWY


ホー…  ホー…


穂乃果「……」チラ

ことり「すぅー… すぅー…」




穂乃果(戦えない一般人  魔物と出会って、あたしと出会って、慣れてないであろう山道を歩いて、食糧集めに付き合わされた)




穂乃果「適応力、か   それとも… だいぶ、疲れてたんかね  本当は」ポツリ



態度がくだけてからのことりは正直な所、少しうっとおしいと感じていたが。
今のような状況でもああいった振る舞いができるのは、彼女の美点なのかもしれない。
自分で言うのもなんだが、初対面でこんな胡散臭さの塊のような人間を受け入れられるなんて実際、普通じゃないのでは?


穂乃果「……」


しかしそれを考えても、穂乃果には答えが出せない。よくわからない。
なぜなら、まず自分が普通じゃないから。 …それをもう、痛いほどによく理解できたから。



穂乃果(………明日は、ペース落とそうか…  あたし基準じゃ、バテるよね…)ス…



ひとりじゃない夜に落ち着かないのか。どうにも上手く寝付けなかった。
穂乃果は深みに嵌まった思考を、そこで無理矢理断ち切った。


183 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:06:22 T8of6OWY

カキン! カキン!

…ガキン!


穂乃果「よし…  ま、こんなとこかな……」フーッ

ことり「こ、これが… お鍋?」


手頃な石を削ってそこそこ大きめの石鍋を作った。
今までの穂乃果にとってはここまでのものは必要なかったが、
ふたり分をこさえるとなると話が変わってくる。


穂乃果「少し… 休憩させて」ドサ

ことり「あ、はいっ…!ご苦労さまですっ」


石の加工。思ったより重労働だった。
かなり形の良い石を見つけたつもりだったが、ここまで仕上げるのにかなりの時間を消費した。


穂乃果「お腹空いたろ… 昨日採れたやつ、準備しといて…」

ことり「はい!できてますっ」ピシッ


184 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:07:07 T8of6OWY
穂乃果「汲みにいくのも億劫だ……  水魔法、流水」トパッ

トポポポポッ

ことり「ふわあぁぁ〜〜〜!?///」キラキラキラ


あらかじめ石を積み重ねて組んでおいたかまど。
鍋に水も入れた。あとは火を点けるだけ…


ことり「〜〜〜っ! 〜〜〜〜っっ!!」パタパタ

穂乃果「な、なに?  ………あぁ」


何もないところから水を出せた事に驚いているのだろう。
当たり前のようにやっているが、これは穂乃果が高坂だからできることだ。


ことり「魔法、お上手なんですねっ! わたしも習ってたんですけど、全然ダメで…  尊敬します!」

穂乃果「いきなり敬語に戻られても、それはそれで違和感だな…  まあ、確かに昔よりは上手くなった」


生きる為。
必要に駆られたからこそ、魔法もだいぶ上達した。今では、大体の基礎魔法は扱えるようになっている。




穂乃果「…でも、やっぱり魔法はセンスだ  今ならわかる  訓練なんかじゃ埋まらない差は、確実にある」グッ

ことり「?」


185 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:07:55 T8of6OWY

勉強は苦手だったが、魔法は嫌いじゃなかった。練習だって、真面目にやっていた。
そして2年間の森での過酷な日々に、嫌でも腕を上げさせられた。

…しかし、それでも。 妹には敵わなかった。


穂乃果「………すごかったんだ」

ことり「ほのかちゃん…?」

穂乃果「……」




……雪穂。




穂乃果「…ふふ、お姫様には向いてなかったのさ  炎魔法っ」ボッ

ことり「こー!とー!りーっ!」プンスコ


186 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:08:49 T8of6OWY

コト コト


ことり「……ほのかちゃん  ほのかちゃん」

穂乃果「あん?」ズズー… プハァ


木を削って作ってやった器を、何か言いたげに見つめることり。
中には、山菜を煮込んだスープ。
穂乃果はとっくに口をつけているのに、ことりは動こうとしない。


ことり「味は?」

穂乃果「味? まあ…こんなもんでしょ」モグモグ

ことり「こ、こんなもんって!?」




ことり「…お醤油、とかは?」チラ

穂乃果「あるわけないだろバカか」

ことり「」ズゴーン…


187 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:09:41 T8of6OWY
ことり「た、食べて大丈夫なの…?おいしい?」

穂乃果「はん  温室育ちのお姫様はこれだから」ハッ

ことり「むっ! わ、わかった!食べるっ!」パク!



ことり「……っ!」プルプルプル

穂乃果「肉でもあれば割といいダシとれるんだけどな」






ことり「残していい…?」ウップ

穂乃果「粗末にすんな 食え」


188 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:10:28 T8of6OWY

穂乃果「……」


泣きそうな顔で残りを平らげようとすることりを眺めながら、
穂乃果は不思議な気持ちになっていた。


穂乃果(…確かに、今日のはあたしの中でも最低レベルの食事だ  慣れないうちは、この反応も仕方ないはずだけど)


いつもならこれに、少なくとも肉か魚は入れている。山菜を煮ただけなんて、相当切羽詰っている時の献立だ。

けれど。





穂乃果「今日のはなんか結構… おいしい? ような」パク

ことり「ほ、ほんとう!? ことりの分も食べていいよ!」パァァ

穂乃果「食え」ズズーッ

ことり「がーん!」



大きな石鍋でこさえた山菜のスープは、いつもより温かい気がした。


189 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:11:04 T8of6OWY

ことり「ほのかちゃん! おふろに!はいりたい! 昨日なんとかするって言ってた!」ワー

穂乃果「堂々とゴネるようになりやがった…」


漂う気品はどこへ消えてしまったのか。
まだ出会って2日目だというのに。


穂乃果「おフロは…  ドラム缶でも見つからない限りは無理  さすがにあたしでも、こればっかりは…」

ことり「そ、そんなあ…!?」ズーン…

穂乃果「…む」


駄々をこね出したのは、あの食事が原因だろう。
おあずけをくらってまで楽しみにしていたものがアレだったのだ。不満のひとつでもぶつけたくなるのはわかる。
穂乃果も少し、責任を感じていた。




穂乃果「んじゃ、今日は… おフロの水がためれるような何かを探そうか」ポリポリ

ことり「かんたんに見つかるものなの?」

穂乃果「さあね…  ほら、行くよ」ザッ


190 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:11:59 T8of6OWY

グゲゲ…


ことり「あ…!」ゾク

穂乃果「下がって…」ジャキ! ビュッ


ドズゥッ!!


魔物「ゲ、グ!」ドプッ

穂乃果「……」グリッ! ギチチ


二足歩行の獣型の魔物。出会いがしらに大剣での突き。
魔物には反応する暇すら与えられなった。

腹部から背中まで貫通した傷口をさらに抉るように、穂乃果は大剣を大きくひねる。


トッ


穂乃果「雷魔法…」ガシッ


191 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:12:38 T8of6OWY

魔物が苦痛に怯んだ隙に、大剣を手放して跳躍し魔物の頭部を掴む。


穂乃果「放電」バヂィッ!!

魔物「……!」ジュウウ…! ジジ…



ズゥン…



頭を内側から焼かれ、魔物はそのままひっくり返る。


穂乃果「……」ズボッ  チャキ

ことり「……っ」プル プル





穂乃果「…終わったよ」クルリ


192 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:13:34 T8of6OWY
ことり「ほ… ほのかちゃん」ホッ

穂乃果「…そりゃ、怖いか  まあ、多分あたしは大抵の奴には負けないから…  慣れてくれ」



ことり「う、ううん…  あ、魔物ももちろん、こわいけど…」

穂乃果「…?」



ことり「ほのかちゃん…  昨日みたいにならないんだなって  あのほのかちゃんは、あんまり見たくなかったから…」

穂乃果「あ、あぁ……」


納得した。

確かに、魔物切れで ああなった時の自分はきっと、見られたものではないのだろう。
なのにそれが、彼女に見せた最初の姿。 言われてみれば、最悪の出会い方だ。


193 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:14:42 T8of6OWY

穂乃果「大丈夫…  アレはちょっとした、病気みたいなモンだよ  滅多なことじゃ、ああはならないから」

ことり「そ、そうなんだ」


また魔物と出会ったら、変貌してしまうとでも思っていたのだろう。
ことりは明らかに安堵していた。


穂乃果「…さあ、進もう  昨日の復習として、食える山菜があるかどうかも自分で探してみな」

ことり「サンサイは…  いらないです」プイス

穂乃果「……てめぇ」イラッ

ことり「……」








ことり「…えへへ  よかった」ポソッ


194 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:15:23 T8of6OWY


………………

…………

……



穂乃果(くそ… やっぱ何も無いな  流石に、そんなうまくはいかないか…)チラッ

ことり「はぁ… はぁ…  っ」ヨロ…

穂乃果「……」


もう、日が傾いてきた。
ちゃんと目印は付けながら探索していたが、このまま探すとなると今日は寝床を移したほうがいいかもしれない。
戻る時間を考えると、あまり時間は残されていない。

そして、ことりの体力は限界を迎えているようだ。


穂乃果(昨日… ペース落としてやろうって考えてたんだけどな)


ザッ


ことり「ふぅ、ふぅ… えっ?」

穂乃果「…まあ、今日はよく頑張った  あとは、あたしに任せろ」

ことり「…えっ、と」

穂乃果「乗れ  …おぶってやるから」


ことりに背を向け、しゃがんで背中を示す。
大丈夫。人ひとりくらい、軽いものだ…






ことり「気持ちは、うれしいけど…  その、ね?  ……背中の、武器?が」

穂乃果「……はっ!?」ゴーン


195 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:15:55 T8of6OWY

ザッ  ザッ


ことり「…お、重くないですか?」

穂乃果「別に」


仕方なく、背中の大剣はことりに背負わせた。
ことりは思っていたよりずっと軽かったので、大した負担にはならなかった。


穂乃果(しかし、今魔物と遭遇したら…  まあ、尻もちくらいは勘弁してもらうか)

ことり「……」ギュ



穂乃果「んなに強くしがみ付かなくたって、別に落とさないっての」

ことり「……」ギュー






穂乃果「…多分」ボソ

ことり「!?」ゴーン!


196 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:16:42 T8of6OWY


チクリ…


穂乃果「……」

『えへ おねーちゃん… ありがと…』



雪穂を、こうやっておぶってやったことがある。



穂乃果「……っ」

『へへー おとーさんのせなか、おっきいー』



父親に、こうやっておぶってもらうのは好きだった。



穂乃果「…くそっ」グシ

ことり「えっ?」



ここ2日、妙に感傷的になってしまっている気がする。
振り払うように、歩くペースを上げた。



穂乃果「悪いね……  あたし、昨日はああ言ったけど  ホントは風呂の代わりになるような物なんて、そうそう見つかるもんじゃない」

ことり「…そっか」

穂乃果「街まで行ってゴミ捨て場でも漁ったほうが早いかもなぁ」

ことり「……」ギュー


197 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:17:37 T8of6OWY

ガサッ…


穂乃果「ん…」

ことり「!  わぁ…」


ことりを背負ってからまたしばらく歩いて、深い茂みを抜けるとそこには―――


穂乃果「泉、か…  かなり澄んでる」

ことり「きれい!」



そこには、大きな泉が広がっていた。
見える範囲を軽く見渡して、穂乃果は踵を返す。



穂乃果「風呂の水は、ここから汲めばよさそうだ  あとは、器を…」クル

ことり「まって! おろして、ほのかちゃん」

穂乃果「ん?」



ことり「…ここでいい」ニコ


198 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:18:32 T8of6OWY
穂乃果「あ? いや、でも…」

ことり「ここがいい! ほのかちゃんだって、水浴びで済ませたりするんでしょ?」

穂乃果「あたしは全然かまわないけど…」


なんとなく、申し訳なさがあった穂乃果。
風呂くらいはどうにかしてやろうと思っていたのだが。


穂乃果(…ま  本人がいいって言うのなら、いいか)フゥ






穂乃果「んじゃ、時間ももったいないし」ヌギッ!

ことり「ふえぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!??///」ズゴーン!

穂乃果「!?」ビクッ!


いきなり着ていたものを豪快に脱ぎ捨てる穂乃果。
咄嗟に目を背けることり。


穂乃果「……な、なんだよ  うっさいな…」キーン…

ことり「ふっ、ふふっ、服ぅっ!?///」


199 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:19:31 T8of6OWY

穂乃果「へ? あ、もしかして着たまま入るタイプだった?」

ことり「それどんなタイプ!?」ゴーン!



ことり「ほ、ほのかちゃんには恥じらいが無いのっ!?///」カァァ

穂乃果「ん? ……あぁ、確かに  人に見せられるようなカラダじゃないかな」



穂乃果「まぁ今更、自分の見てくれなんてどーでもいい  てか、早く脱げよ時間もったいないって言ったろ」ジト

ことり「ぬぬぬぬぬ脱げっっっ!?!?!?///」ズガァーン!

穂乃果「んだよ どーせキレーな肌してんでしょ何を気にしてんの」ガシィ

ことり「イヤァー!!? えっちー!!!!」ギャー!


ワー! ヤダー!


…!








ことり「ぜ、ぜったいこっち向かないでくださいねっ!」

穂乃果「はいはい…」チャプー

ことり「うぅぅ…///」ヌギヌギ

穂乃果「おっ… 水面にお姫様が映って」

ことり「きゃあああああああ!!!!!!!///」ダーッ

穂乃果「じょ、冗談だって!? ひとりでどっか行くなっ!!!」ザバー


200 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:20:21 T8of6OWY

チャプン


ことり「つめたいっ  …きもちい」

穂乃果「すぐ暗くなるし、長居はしない方がいいな…  気が済んだらあたしに言って」

ことり「うん」ススッ


ちょうどいい深さだ。座っていれば、首まで浸かれる。しばらくはここが風呂代わりになるかもしれない。




…ピト




穂乃果「!」


言われたとおりずっと背を向けていた穂乃果に、控えめに人肌が触れる。



ことり「……」



ことりの、背中だった。


201 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:20:56 T8of6OWY
穂乃果「……???」

ことり「……」


背中合わせで動かないふたり。

なんとなく、無言になる。
穂乃果はこのよくわからない空気が、とても落ち着かなかった。


穂乃果「………ね、ねぇ」

ことり「今日は…  ごめんなさい」

穂乃果「あん?」



チャプ…



ことり「わがままばっかり… 言っちゃって  おふろ、わたしのためだったのに… おんぶまで」

穂乃果「あ、ああ  うん」



ことり「……ほのかちゃんの言うとおり わたし、温室育ちだから…  迷惑しか」

穂乃果「いや… あたしも  初日くらいは美味いもん食わしてやるべきだったな」


202 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:21:31 T8of6OWY
穂乃果「師匠として」

ことり「あははっ」クス



ことり(…あれっ  今の、ほのかちゃんの冗談…?)



ことり「……えへへ///」モジリ

穂乃果「?」



パシャン



ことり「ことり、もっとがんばります!明日からはまた、よろしくおねがいしますっ  ししょー」

穂乃果「よし、明日は魔物の殺し方だ 実戦形式でいくよ」

ことり「師匠!?」ガーン


203 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:22:05 T8of6OWY

穂乃果「一緒は嫌なんだろ? 先に出るから」ザパッ

ことり「ひゃうっ!?///」バッ




ことり(………あ)ズキ…




穂乃果が立ち上がる。突然で慌てたことりの視界に、穂乃果の裸体が写りこむ。

その身体は…



ことり「……ほのかちゃん」

穂乃果「ん?」クルリ



およそ、同年代の女性とは思えないほどに。



穂乃果「あぁ…  あたし、治癒魔法は苦手なんだ  大きいのはどうしても痕が、ね」

ことり「……」グ



『人に見せられるようなカラダじゃないかな』



どこもかしこも傷痕だらけ。

ほっそりと、痛々しく、引き締まっていた。


204 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:22:54 T8of6OWY


………………

…………

……


ガサ  ガサ


ことり「…ほのかちゃん」

穂乃果「ん」



服も着て、草木をかき分け目印を頼りに寝床を目指す。

泉を出てからというもの、ことりはかなり無口になっていた。



ことり「やっぱり… その、右目は」

穂乃果「ああ 開かない」

ことり「…ごめんなさい」

穂乃果「気にしなくていい」






ことり「ほのかちゃんだって… 女の子、なのに」グ

穂乃果「女の子って…」



穂乃果(また妙な雰囲気になった……)ハァ


205 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:23:30 T8of6OWY

ガササッ…


穂乃果「!」

ことり「ま、魔物…!?」

穂乃果「静かに…」ピタ


だいぶ薄暗くなった森。音からして結構距離がある。
穂乃果はじっと目を凝らす。



穂乃果(……ん?)



僅かに動いた音の主を、視界に捉えた。



穂乃果「………喜べ、お姫様  汚名返上だ」スッ…

ことり「へ…?」


206 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:24:06 T8of6OWY
穂乃果「雷魔法、送電っ!」ビッ!



ヂ ッ …


バ チ ィ ッ !



「キュ…!」ドサ




穂乃果「よし… ついてきな」タッ

ことり「は、はいっ」


207 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:24:40 T8of6OWY

トッ


ことり「これは…」

穂乃果「加減したから麻痺してるだけで、まだ生きてるな  見たことはある?  ……こいつは、鹿」



鹿「……」ピク ピク



ことり「はじめて見ました…」ドキ ドキ

穂乃果「頭を落とす」ジャキッ

ことり「っ!?」バッ



穂乃果の宣言を聞いて、ことりはすぐさま目を逸らす。



穂乃果「駄目だ   目を背けるな これはちゃんと見てるんだ」

ことり「えっ」ビク

穂乃果「これは狩りなんだ  こいつは食うために狩るんだ」

ことり「!」



穂乃果「ひとりで生き抜けるようになるんだろ?魔物は殺せなくてもいいかもしれないけど、これは必要なことだから」

ことり「で、でも…」チラ


鹿「……」プルプル


208 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:25:10 T8of6OWY
ことり「ぁ……」ズキリ


倒れている鹿と、目が合った気がした。


穂乃果「………あたしも、そうだった  本当の意味で学べたのは、最近だ…」

ことり「え…?」

穂乃果「いくよ  とにかく目を瞑るな…!」ヴンッ

ことり「っ…!」



 ズ チュッ…!









ことり「……」

鹿「」


………………

…………

……


209 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:25:37 T8of6OWY

ザク ザクッ


ことり「ほのかちゃんって、すごいね」

穂乃果「ん?」ザクッ


血を抜いて寝床に持ち帰った鹿を解体する穂乃果を眺めながら。
ことりは小さく、そうこぼした。


穂乃果「これは… 田舎育ちだからね  出来る奴は多分、そうめずらしくない」ピッ

ことり「田舎かぁー…」






ことり「田舎のひとは、みんなほのかちゃんみたいに大人っぽいの?」

穂乃果「は、はぁ!? あたしが大人!?」ガタァ


210 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:26:16 T8of6OWY
ことり「さっきのって…  命の大切さのお勉強っていうやつだよね?」

穂乃果「ぇはっ?ぁあ   ……んー、どうなんかな  コレはあたしが説明したって、よくわからないと思う」


パッ


穂乃果「でもいずれ、自分で理解できるさ  お姫様が本当にひとりで生きていけるようになりゃ、ね」

ことり「うっ  手厳しいです、師匠…」グヌー

穂乃果「……」



穂乃果(……あたしが、おとな)



これまで生きてきて、人から初めて言われた言葉。
自分はこの2年間で、どう変わってしまったのか。



穂乃果(雪穂はあたしに、子供っぽいのが良いところって言ってくれた  今のあたしを見たら… なんて言うかな…)


………………

…………

……


211 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:27:01 T8of6OWY

穂乃果「よし… さあ、待たせたね  鹿は森ン中じゃ最高級の御馳走だ  今朝のリベンジといかせてもらうよ」

ことり「えーと… な、生肉ですが  もしかして?」ヒキ…

穂乃果「バカ言え 焼くに決まってんでしょ」


適当に切り分けられた鹿肉。しかし、特に調理器具は準備されていない。


ことり「焼く…? どうやって?お鍋で?」

穂乃果「こうする」チャキッ


ガチャン


ことり「……えっ」

穂乃果「炎魔法、火炎」ボッ


朝に組んだ石のかまどに再び火を点ける。
かまどの上に乗せられたのは…

穂乃果の、大剣。


212 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:27:53 T8of6OWY
穂乃果「鉄板焼きだ 肉はやっぱりこの食い方が」

ことり「は、う、うっ、嘘っ!? 嘘ですよねっ!!?冗談ですよね!!?」ガシーッ

穂乃果「なんだなんだ!ひっつくなウザい!!」ペシッ


ことり「焼くって、アレで!? ヤダ!いやです!きたない!きたない!!」ギャー

穂乃果「うるせーな!加熱処理で悪い菌は死ぬんだよ!!細かいこと気にすんな!!」ギャー


ことり「信じられません!!魔物いっぱい倒してるんでしょ!?」ギャー

穂乃果「変わんねーだろ剣もフライパンと同じで鉄だろが!!焼くときへばりつくのも同じ肉なんだから結局一緒じゃねーか!!」ギャー


ことり「剣!?あれが鉄の剣!? 絶対ウソですサビサビハンマーでしょどう見てもっ!!!」ギャー

穂乃果「一応ぶった斬れてはいたろーが!!確かにわりと鈍器みてえな使い方してたけどちゃんと剣なんだよっ!!!」ギャー



………………

…………

……


213 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:28:41 T8of6OWY

ジュゥゥー


ことり「……」

穂乃果「冷めると不味くなる  はよ食え」モグモグ



ことり「あぁ… おかあさん、ことりは食中毒でここまで  自分を粗末にしてごめんなさい…」ポロポロ

穂乃果「おいっ!」



ことり「……いざ」ハシッ

穂乃果「……」


ことりは、意を決して肉を持ち上げる。



ことり(さっきまで…  いきてた)ゴクリ



目の前で狩られて、目の前で切られて、目の前で焼かれた肉。



ことり「っ!」パク


214 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:29:24 T8of6OWY
ことり「……っ」モム モム…

穂乃果「……」ジィー


ゴクン…


ことり「……!」パァァア

穂乃果(お……)



ガタッ!

ことり「おっ、おいしい…!」

穂乃果「……そう」ホッ


ヒョイ ヒョイ


ことり「はむっ はむ…!  はふ」モキュ モキュ

穂乃果「…生焼けには注意しなよ」



ことり「……おいしいっ」ニコニコ

穂乃果(お腹空いてたんだろーな……)ジー

ことり「?」






ことり「……ほのかちゃん? どうしたの?食べないの?」

穂乃果「へ? あっ、ああ、食べる…」パッ


215 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:30:17 T8of6OWY

………………

…………

……


ことり「ほのかちゃん、まだ起きてる?」モソ

穂乃果「ん…  ああ」


食事も済ませ、昨日と同じ定位置についたふたり。
鹿肉の残りは、半分焼いて半分は適当に煮込んでおいた。明日までは持つだろう。


ことり「えっと… お肉、おいしかったねっ」

穂乃果「あれはゼータク品だ  ……そういえば、あたしひとりで全部やって何も教えてなかったか」コホン




穂乃果「鹿の狩り方だけど…  普通は今日みたいに、あんなあっさり狩ることは出来ない  大抵、こっちが見つける前に逃げられるから」

ことり「そうなの?」

穂乃果「よっぽど気配消してりゃ気付かれる前に狩ることもできるけど、あたしら普通に歩いてたしな」

ことり「じゃあ、今日のは…」

穂乃果「逆にこっちに逃げてきた所だったんじゃない? 人間より明確に危険な何か、例えば…  魔物とかから」

ことり「ほぇぇ…  なるほど…」

穂乃果「運よく見つけれたとしても、お姫様には魔法が無いからな… 流石に剣だけじゃあたしも狩れない  銃か弓でも使うか、罠を仕掛けるか」

ことり「………うぅ、もっと味わって食べなきゃでした  もう会えないのかな、しかにく…」

穂乃果「せっかく教えてんのに諦めてんじゃねーよ  てか充分味わってたろう」


216 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:30:47 T8of6OWY

ことり「…おふろ   一生懸命探してくれて、ありがとう」

穂乃果「いや、別に…  あたしもおフロ、好きだし」


ことり「……」

穂乃果「……」




ことり「…き、綺麗な泉だったよね」

穂乃果「ん」





ことり「…………自分の体、大事にしてほしい、な」

穂乃果「今のところ、死ぬつもりはないよ…」






ことり「…うん  おやすみ、ほのかちゃん」

穂乃果「……おやすみ」



………………

…………

……


217 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:31:33 T8of6OWY

……ふたりの共同生活が始まってから、約一ヶ月。


ことりは、森での生活に。穂乃果は、自分ひとりではなくなった生活に。
お互いが慣れ始めていた。




ことり「う〜…  つかれた…  上流まであがるのはやっぱりきついです」

穂乃果「ようやく最初から最後まで全部1人でやりきれたね  ミミズにも慣れたみたいで良かった良かった」

ことり「うっ、うん…  ナレタヨ」ギク

穂乃果「釣果は微妙だったけど」

ことり「精進します…」


夜食である煮魚を平らげ、寝る支度。

いつも通り、木の上に登ることり。その根元に腰を下ろす穂乃果。




ことり「わたしが釣ったお魚おいしかったね!」

穂乃果「はいはい、そうだね  …んじゃ、おやすみ」

ことり「おやすみなさーい」


218 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:32:10 T8of6OWY

………………

…………

……


ガササッ…


穂乃果「っ」ピク



ギチチ…!



穂乃果(…今日はあたしも疲れてんだけどな)ジャキ

「グヴ…」ギチ



真夜中。闇に包まれた森に、招かれざる声と足音が響いた。
隣に刺していた大剣の柄を握る。



穂乃果「……」チラ

ことり「すー… すー…」



穂乃果(…行くか)ザッ


219 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:32:45 T8of6OWY

穂乃果「………くそ」チッ

魔物「ヴブヴ…」


魔物の前に躍り出た穂乃果は、声の主を確認して思わず舌打ちした。



穂乃果(甲殻型… こんな時間にか ツイてないね)チャキ



背中に大剣をおさめる穂乃果。



魔物「グ」ギチイ

穂乃果「…雷魔法、雷撃!」ヂパッ!


220 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:33:41 T8of6OWY
魔物「!」バチチッ!!


甲殻型には、物理攻撃が中々通らない。いまや錆の塊と化してしまった穂乃果の剣ではまともなダメージが与えられない。
そこで効果的な攻撃手段が、魔法なのだが。


魔物「…ヴヴ」ビュオゥ!

穂乃果「っ」トッ


ズガ!


穂乃果「…やっぱ、あんま効いてないな」


魔物の反撃を躱し、呟く。

穂乃果は、基礎レベルの魔法ならどの分野もあらかた扱えるようになっている。
しかし、高火力の上級魔法は未だ会得できていなかった。




穂乃果(わりと得意なのは炎魔法  …でも、ここじゃ火事になりかねない)グ


前の森でも、甲殻型とはかなりの長期戦になった。
この相手がいたおかげで、魔法が上達したともいえるが。


221 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:34:21 T8of6OWY

穂乃果「水魔法!雷魔法!」ドッ! バチ!

魔物「ヴヴウッ!!」ヨロッ…


穂乃果「そろそろか…? でも、こっちも…  一旦、時間あけないと」ザッ




消費した魔力の回復に努めるため、隙を見て身を潜める。ことりと離れすぎてしまうので、距離を取るわけにもいかない。


代々高坂一族は、血液に魔力が通っている。

そして高坂一族は、『血液に魔力が通っていなければならない』。



穂乃果(とりあえず… 2時間くらいは)

魔物「ヴヴ」キョロ キョロ


222 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:34:52 T8of6OWY

魔物「ヴ」ギチッ…

穂乃果「っ!」


穂乃果を探すため、動き出した魔物が向いた方向。

ことりの寝ている、寝床の方向だった。


ガサッ!


穂乃果「おいっ!こっちだ!」ジャキ!

魔物「!」グルンッ



ゴ ガキィンッ!!!



穂乃果「やり合いながら… 時間稼ぐっきゃないかな」ググ…!

魔物「グヴヴ!!!」ギチッ!



………………

…………

……


223 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:35:34 T8of6OWY

チュン  チュン  チュン


穂乃果「ふーーーっ…!」

魔物「」


魔物の息の根が止まったことを確認できたとき、既に夜は明けていた。
木々の隙間から朝日が差し込み、野鳥のさえずりが木霊する。


穂乃果「疲れた…  さすがに」ザッ



ドッ…

穂乃果(どうしよう…  そろそろお姫様、起きる…?)ズリ…


背中から倒れこむようにして、いつもの定位置にもたれる。すると、すぐに眠気が襲ってきた。





穂乃果(あ、やばい…  これ、本気で 寝ちゃう、かも…)ス…


224 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:36:05 T8of6OWY

ことり「……ぁ」パチ

ノビーッ

ことり「ん〜  おはよう、ほのかちゃん…」


  チチチー…


ことり「……あれ?」


穂乃果から、返事がこない。




ことり「よいしょ、よいしょ…  あ、いた  まだ寝てる…?」ザッ

穂乃果「……」スー スー…


木から降りると、いつもの場所に穂乃果はいた。

とても静かに、寝息を立てていた。


225 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:36:42 T8of6OWY
ことり「……めずらしい」ドキドキ

穂乃果「ん…」


ことり(いつもなら先になにか準備してるか、わたしが起きてあいさつした時点ですぐ返事して起きちゃうのに)


どうやら、熟睡してしまっているようだ。
ことりはなぜだか、無性に嬉しくなった。




ことり(寝かせておいてあげよう♪  そうだ!ごはんの準備、しておこうっと)パタパタ


鍋でものを煮込むくらいのことはできるようになった。
昨日採れた食材がかなり残っていたはず…




ことり(ほのかちゃん、褒めてくれるかなぁ ありがとうって、言ってくれるかなぁ)ニコニコ


226 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:37:51 T8of6OWY

ことり「……あ」


かまどと鍋を見て、ふと気付く。
肝心なことを忘れていた。


ことり(ことり、魔法使えない…!)ゴーン


いつも火をつけるのは、穂乃果の魔法だ。
こればっかりは、手伝ってやれない。


ことり「うーん… 水を汲んで、下ごしらえまでだけでも…」




穂乃果も「魔法に頼りすぎは良くない」と言って、水は泉までわざわざ汲みにいくことが多い。
泉までは最短ルートを見つけてあるから、そこまで時間もかからないのだ。


ことり(ひとりかあ…  まぁ、だいじょうぶかな?そんなに遠くないし)




森での生活にも大分馴染んできたことり。
通り慣れた道であることに加え、出会う魔物は穂乃果がいともあっさり倒してしまうため、
ことりの危険に対する恐怖心はかなり薄れていた。


ことり「…うん!  ひとりでできるようになる練習っ」


石鍋を抱えて、泉まで歩き出した。


227 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:38:36 T8of6OWY

………………

…………

……


ガサ…

穂乃果「…はっ!?」ガバ!


バッ!  キョロ キョロ


穂乃果(あたし、完全に寝て…!? あれからどのくらい経った!?)



なにかの気配で目が覚めた。
ここからそう遠くない。ことりだろうか?



穂乃果「おいっ! お姫様!?」




…ガササッ

穂乃果「! おどかすな、心臓に悪い…」クルッ


228 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:39:11 T8of6OWY

魔物「ォゴ」ザッ…

穂乃果「は………?」ゾ ッ


ことりじゃなかった。

こんな近くに魔物が?さっきの気配は、こいつ?




なら、ことりは?




穂乃果「おい……   おいっ!? ふざけるな、返事しろっ!!!」ガァッ!! …………




 シーン……




穂乃果「…………喰った、のか  お前が」

魔物「オ゙ォォ」グパァッ


穂乃果「ッ」ジャキ!!


229 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:39:51 T8of6OWY

ヴォ!  ゴキャア!!!


穂乃果「……」ググ…!

魔物「ゴ」ベギンッ



鉄塊が標的の顔面を横殴りに捉える。
頭蓋が砕け、魔物はほぼ即死した。



穂乃果「……!」グ!!


ガ オ ン ! ! !  グチョッ


魔物「」ズン…


そのまま力を緩めず、振りぬく。
頭が飛ばされ、残された胴体だけの骸が横たわる。




ガッ!


穂乃果「おい…」グッ、ググ!


ブチイッ!  ミチャ


骸の腹の肉を両手で掴み、指が肉を貫くほどに強く握りしめ、引き裂く。


230 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:40:25 T8of6OWY
穂乃果「……」ブチ  ゾブッ グチ


両手が血に染まる。
死肉を爪と腕の力だけで切り開いていく。

胃袋らしきものが見えた。
それをまた、引き裂く。


穂乃果「おいっ」ミチ!  …ビリャッ




ド ロォ…ッ




 ボタ…  ボタ…


穂乃果「……」


ドロドロに、ほぼ消化され終えてしまった何かが溢れた。


231 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:40:57 T8of6OWY
穂乃果「っ…」ガクッ


へたり込んだ。どこかで希望を抱いていた。
無駄だとわかっていながらも、もしかしたら間に合うんじゃないかって…


穂乃果「馬鹿が……  いや」




…ズキン!




穂乃果「あたしのせいか…」ジグッ…


右目が、疼く……







 タッ タッ タッ


232 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:41:36 T8of6OWY

穂乃果「……やっぱりあたしは、厄」

ことり「あれ? ほのかちゃん?」チャプン

穂乃果「っ!!!?」バッ!




ザッ

穂乃果「………お、まえ」

ことり「おはよう!今日はぐっすりだったね♪」ニコー



穂乃果「は…」

ことり「ほら、わたし今ちょうど向こうでお水汲んで」タプ





 パ シ ン ッ ッ !





ことり「っ  ………!?」


ドスンッ   ドポ…





穂乃果「お前…  ふざけんなよ」


233 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:42:03 T8of6OWY

ことりの脳が一瞬、フリーズする。せっかく水を汲んできた石鍋を落としてしまった。
自分の身に何が起きたのかは、少し遅れて理解できた。


ことり「ほのか… ちゃ」ジン ジン


頬に、ヒリつく痛み。

…ぶたれた。


穂乃果の平手が、ことりの横面を張ったのだ。




穂乃果「ふざけんな……!」

ことり「っ!?」ズキリ






ことりを打った穂乃果の顔は、今にも泣き出しそうなほど悲痛に歪んでいた。


234 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:42:45 T8of6OWY

穂乃果「勝手な真似すんなって…  ひとりでどっか行くなって、言ったよね」

ことり「っ!!  それ、は……   でも…」

穂乃果「 で も じ ゃ な い っ っ ! ! ! 」



ビリ! ビリッ



ことり「…!?」

穂乃果「約束は…!  約束だ!!」


ガッ!


ことり「ひ」ビクッ

穂乃果「破っちゃいけないから約束なんだ!! お前のためのルールだったんだッ!!」グイッ!


ことりの胸倉を掴みあげ、穂乃果は吠える。


235 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:43:54 T8of6OWY
穂乃果「小さい約束でも意味があったんだ…!あたしたちのためのルールだったのにっ」グググ…

ことり「う、ぅっ… ぐ」ギチチッ


…パッ  ドサッ!


ことり「っ!かハ!  こほ、こほっ…」

穂乃果「あたしが約束を破ったから…!!」ギリッ!


バッ!


穂乃果「あたしみたいになるんだぞ!!? 軽い気持ちだったのに…!! 雪穂はそのせいで死んだんだッッッ!!!!!!」

ことり「っ!?  ぁ…!」ズキン!




わたしに怒っているはずなのに。

まるで、自分が怒られているかのような顔。




穂乃果「そのせいで…  あたしがルールを破ったせいで、みんなが………  っ」

ことり「…………ほのか、ちゃん」ジワ


236 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:44:36 T8of6OWY

ことりはそこでようやく気付いた。

…わたしは、自分の命を危険にさらしただけじゃない。 自分の命を、危険にさらしたわけじゃない。


ことり「ごめんね ごめんなさい  ほのかちゃん…!」ポロ ポロ




出会った時と同じだ。初めて怒らせた時と同じだ。

わたしは約束を破ることで再び、この人の心の傷を抉ってしまったんだ。




ことり「もうしないよ  勝手なことしないよ  やくそく、まもるよ…!  ごべんなざいっっ」ボロ ボロ ボロ

穂乃果「…………」









穂乃果「…次は無いから  次にまた、あたしとの約束を破るようなことがあったら…    破門だ    あたしは、お前を見捨てる」グスッ

ことり「はい゙っ」ズビ



………………

…………

……


237 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:45:42 T8of6OWY

……――― そうして。



 カン!コン! ガッ! ヒュッ…


ことり「はっ!」カツッ! グルン

穂乃果「おっ…?」


ふたりが森で暮らし始めてから、もう1年の月日が経とうとしていた。




ことり「やあ!とおー!」ブン ビュオッ


カァン!


ことり「あ!しまっ…」

穂乃果「はい、今死んだ」ピタリ






ことり「うぅ、何回やっても…  ちょっとくらい手加減してください!師匠!」ガックリ

穂乃果「逆にこれ以上どうやったら手ぇ抜けるのか教えてよ 弟子」


238 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:46:18 T8of6OWY

ことり「剣術、むつかしいなあ」ムー

穂乃果「そう簡単に並ばれちゃ、あたしの立つ瀬がないけどね」ザッ



ことり「え?もう今日はおしまい?わたしなら、まだ…」

穂乃果「………少し、休憩だ  意外と時間経ってるから  水分とって、ちゃんと休んでな」

ことり「…?」




そう言って、穂乃果はことりから見えない位置の木陰に座り込む。


穂乃果「…ふーっ」グ






……ジグッ   ジグッ…!


穂乃果「っ、抑えろ…! 出てくんなよ…っ!」ギリッ


239 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:47:14 T8of6OWY

3日間、魔物と出会っていない。
この森で過ごした期間は、まだあの森のときほど長くないはずだが。


穂乃果(やっぱり…  あそこほどはいなかった、か…)ジグ



おそらく、偶然ではないだろう。
この森はもう、魔物がかなり少なくなってしまっている。


穂乃果(この前殺したヤツは…  小さい虫型だったっけ)



大型の魔物はもう、殺し尽くしてしまったのかもしれない。 小型のものですら、今はどれくらい残っているやら。

そうなると…






穂乃果「潮時…  かな」チラ


ことり「こーして、こうで…  やあっ!」ヒュッ


240 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:48:00 T8of6OWY

ジク…


殺してない。殺してない。殺してたい。


穂乃果(おちつけ…! 我慢だ  まだ大丈夫でしょ、まだ)グギ…!



ジグ ジグ



殺さなくちゃ。アイツを早く殺さなくちゃ。

雪穂の、仇。 両親の、仇。



穂乃果(我慢だ  大丈夫だ…  ほら、大丈夫)キッ


グ  グ ズ    ス……


穂乃果「……っ」フー…






ザッ


穂乃果「そういえば、さっきのその技は良かったよ  ちょっとびっくりした」

ことり「あっ、ほのかちゃん   技って、これ?」ヒュッ

穂乃果「そうそう、カウンター気味に上手くハマりそうだった  結果ハマってなかったけど」

ことり「そ、そうかな!?」パァァ



穂乃果(ただ、そんなのあたしは教えてないんだけどな  それに魔物相手ってより、対人想定な動きっていうか…)

ことり「見よう見まねだったけど…   えへへ、褒められた///」テレリコ


241 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:48:54 T8of6OWY

穂乃果「それより…   お、お姫様 ちょっと話が」

ことり「ほのかちゃんっ もう休憩はいいから何かしようよ〜  剣術特訓が終わりならわたし、釣りがいいなあ」

穂乃果「っ」グ



穂乃果「………そうだね  そろそろ昼飯の支度しないと」

ことり「今日もことりの方がたくさん釣ります! 今わたしが勝ち越してるんだからねっ?」フスーッ





……大丈夫。あたしはまだ、大丈夫。

だからもう少し、この森で。

ヒヨッ子お姫様の面倒は、あたしがちゃんと見てやらないと。





穂乃果「はん、いつも小っさいのばっか釣って数稼ぎやがって  こないだあたしが30㎝越えのヤマメ釣ったのは忘れちゃったか」

ことり「おっ、大きさは判定に含まれないもん! ていうか、「あたしより多く釣ってみな」とか最初にふっかけてきたのはほのかちゃんだよ!」プンスコ

穂乃果「ふっかけるって…   お姫様、なんかちょっと言葉遣い荒くなった?」

ことり「誰のせいだと思ってるのっ!」



………………

…………

……


242 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:49:35 T8of6OWY

穂乃果「ッッ……」ジク



ことり「ほのかちゃん!」タッ

穂乃果「! 魔物か!?」バッ!

ことり「へっ!?」ビク



穂乃果「………あ」

ことり「えっと…?  もう3匹も釣れたんだよ、って  ほら」


ピチ  ピチ


穂乃果「そ、そう  早いね」

ことり「……具合、悪いの? なんだか、震えてる…?」

穂乃果「大丈夫  ほら、あたしの邪魔してる暇あるんなら4匹目狙ってきな」シッシッ





ブルブル カタカタ


穂乃果「ち……」ジク ジク


243 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:49:58 T8of6OWY

………………

…………

……


ことり「おやすみ、ほのかちゃん」

穂乃果「…ちょっと辺りを見回ってくる」ザッ

ことり「え」




ことり「…今日も?」

穂乃果「ん…  なんかあったら、大声で呼んで  木からは降りないように」

ことり「……」


最近、穂乃果はこうして時々『夜の見回り』に行くようになった。
あまり遠くへは行っていないようだし、朝にはちゃんと戻っている。
ことりも、特に心配しているわけではなかったが…




ことり(なんで最近になってわざわざ見周りを…?)


あれだけ単独行動をさせないよう気を張っていた穂乃果が、自分を置いてひとりで行ってしまう。
少しは信用されるようになったということだろうか?




ことり「…いってらっしゃい 気を付けてねっ」

穂乃果「……」チャキッ


ことりは違和感を抱えながらも、今日もまた、何も訊かずに穂乃果を送り出した。


244 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:50:54 T8of6OWY


ザ ザ ザ




殺す。


穂乃果(大丈夫…  もう少し我慢)ジク


どこだ。


穂乃果(出てくるな…)

穂乃果「うるせえ… お前のせいだ」ジグッ




殺さなくちゃ。早く殺さなくちゃ。

赦さない。お前が殺した。絶対に赦さない。




穂乃果(黙ってろ…! 頼むからっ)グ

穂乃果「ぎ ぃ イ…ッあ゙   ド、こに居ようが見つけ出す…!!どこに行こうが追いかける…っ!!」ジグ!



そもそも、お前がいなければ。

お前が悪い。全部お前のせいなんだ。

そうだ。そうに決まってる。だから…




穂乃果「ゔるさいっっ!!!! だまれだまれだまれぇぇッッッ!!!!!!」




黙ってよ。もう、口を開かないで。

その、ドブを這うような不快な声で。
お前が穂乃果を責めないで。



………………

…………

……


245 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:51:34 T8of6OWY

ポツ… ポツ


ことり「ん…」パチ


目を覚ます。少し薄暗い。
水滴が葉に落ちる音が聞こえる。


ことり「朝…?」ムクッ


パラ パラ


ことり「あー…」








ことり「今日… 雨かぁ」


246 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:52:05 T8of6OWY

ことり「どうしよっか、ほのかちゃ……  あれっ」


いつもの定位置に穂乃果がいない。
辺りを見回すも、近くには見当たらない。



ことり「え…… ほのかちゃん!? ほのかちゃーんっ!!」


返事は、返ってこない。




パタッ   パタパタパタパタ…




ことり「……な、なんで??  どうして…」


こんなことは、今まで一度も無かった。

先に起きていることはあっても、ことりが起きないうちから目の届かないところに行くようなことは…




ザアアアアア……


247 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:52:40 T8of6OWY

雨脚が強くなる。
立ち込める暗雲が、余計にことりの不安を煽る。


ことり「泉のほう? でも…」


『木からは降りないように』




ことり「……どうしよう」




『約束』を破るわけにはいかない。
だから、言われたとおりにするしかなかった。

ただ、呼ぶ。 ただ、待つ。


ことり「ほのかちゃんっ!! ほのかちゃーんっ!!!」



ガササッ…


248 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:53:05 T8of6OWY
ことり「!」


茂みが揺れる。
道とは呼べないような草木の生い茂った場所から、這い出すように顔をのぞかせたのは…


ことり「ほのかちゃん…!」ホッ

穂乃果「……」フラ


ザアアアアアアア……






トトッ


ことり「わわ、もうずぶ濡れ…  早くこっちに」

穂乃果「お姫様……」


249 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:54:18 T8of6OWY

穂乃果「今日の…… 特訓は、休みだ   ごめん」

ことり「あ、雨だもんね  すごく降ってるし、しょうがないよ」



ドッ…

穂乃果「……ひとりに、して  少し」

ことり「ほのかちゃん…?」


いつもの定位置に座り込む穂乃果。
少し、様子がおかしい。


穂乃果「っ…… う、ぐ」ブルッ

ことり「寒い?体冷やしちゃった?」

穂乃果「…ッ!  …………え?今、なんか言った…? よく、きいてなかった… ごめん…」

ことり「えっ、 と……」




ことり「服… 乾かさなくちゃ  そのままだと、風邪ひいちゃうよ…?」

穂乃果「あ、ああ   そうだ、ね   炎、魔法…」ボッ



………………

…………

……


250 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:54:57 T8of6OWY

パチ…  パチ


穂乃果「……」ガタ ガタ

ことり「ど、どうしよっか! 昨日のスープ、あっためなおす?お腹空いてない?」

穂乃果「う、うぅぅっ」ブルブル  ガクガク


大きめのたき火がふたりを照らす。
しかし、穂乃果の震えはおさまらない。






ことり「どうかな?ほのかちゃん…」

穂乃果「ち、ちがう あたしはまだ…! だまれ、だまれっ」ググ


251 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:55:31 T8of6OWY
ことり「ほのかちゃん…!?」

穂乃果「我慢だ、殺す、お前のせい、あたしのせい、まだだめだ、もう限界だ、アイツじゃない、アイツを殺す」ブツブツブツブツ ガタガタガタ


早口に何かを口走りだした穂乃果。まともな返事が返ってこなくなった。
虚ろな左目は、もうことりを見てはいない。




穂乃果「あ、あ、あ   ごめんなさい、ごめんなさい……」ポロ ポロ ポロ

ことり「ッ…!?」ズキ


震える両手で、頭を抱える穂乃果。
大粒の涙が溢れ出す。




穂乃果「殺さなくちゃガマンシロ出ていこうマダダメダここにはもうキットドコカニあいつがいないマモノハイル殺してやる」ガクガクガクガク

ことり「……っ」グ




様子が尋常じゃない。明らかに、只事ではない。
それでも、ことりには何もできない。何もしてやれない。



知らないから。



何も聞いていないから。

何も訊いていないから。

穂乃果のことを、何も知らないから。


252 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:56:37 T8of6OWY

ザアアアアアアア


ことり「ほのか、ちゃん……」

穂乃果「やめて、言わないで、わかってるんだって、わかってるってば、ぜんぶ穂乃果が、もうやめてよぉ…!」ボロ ボロ ボロ


鬼のような形相で怒り出したかと思えば、叱られた子供のように泣きじゃくる。




ことり「ほのかちゃん…!」

穂乃果「ころす殺すごめんなさい うゥぐ おさえろ、殺してやる…!ぅぅ ゆきほ、うみちゃん、おとーさん、おかーさん、ひとりはやだ… あ゙アっ」




ことり「ほのかちゃんっっ!!」ガシッ!

穂乃果「!!」ガバ


ことりが思わず穂乃果の肩を掴むと同時、勢いよく顔をあげた穂乃果。

涙を湛えた左目が、大きく見開かれた。








ことり「! ほのかちゃ」

穂乃果「 い た ………… 」ジ グ


253 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:57:40 T8of6OWY

ことり「えっ…」

穂乃果「 殺 ス ! ! ! ! 」ガッ!


剣を掴み、猛然と立ち上がる。


穂乃果「邪魔だ!?どけっ!!!」ドガ!

ことり「きゃ!」




ゴ ッ ッ !




ことり「っ! ………」ドサッ…


穂乃果「はぁ、はぁ、はっ…!  見つけたこロすコロス消えろ……!!」ジャキッ!




殴り飛ばされ、その勢いで木に頭を打ちつけたことりには目もくれず。

穂乃果は真正面から、その『標的』と対峙する。



魔物「……」ユラリ


254 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:58:16 T8of6OWY

穂乃果「消えろおおッ!!!」グオ!


ガキィン!!


穂乃果「ぎぎ、ぃがァあ……ッッ!! だ、ま れェっ…!!」グググ!

魔物「フ……」ギギッ


袈裟がけの一撃を止められた。
しかし狂気の赴くままに、そのまま力で無理矢理押し込もうとする。






…殺すんだ。コイツはアイツだから。

お前が殺した。お前のせいだお前のせいで…!






穂乃果「お前のせいなんだ!!!お前の」

魔物「少シ落チ着ケヨ  高坂」


255 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 01:59:36 T8of6OWY
穂乃果「!!?」ハッ



ギィンッ!  タッ…



穂乃果「っ……!!」ザッ

魔物「……」スッ


剣を横薙ぎに払い、弾かれるように距離を取る。
混濁していた意識が、一瞬でクリアになった。




穂乃果「今 の、は……   今のは、あたしの願望が作り出した幻聴か?   …………お前」

魔物「……」



穂乃果「言葉が……   人間の言語が、わかるのか」

魔物「……」









ヒト型の魔物は、頭部についている口のような部分を楽しそうに歪ませる。




魔物「サア、ドウカナ」ニイッ…

穂乃果「 見 つ け た 」ギチィ!


256 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:01:47 T8of6OWY
魔物「!」

穂乃果「雷魔法!送電っ!!」バチィ!


ズダッ!


穂乃果「ぜえっ!!」ブオン!

魔物「ッ…」トッ  ズザザ


魔法を放つと同時に間合いを詰め、足元を狙って大剣を振るう。
魔物はそれを大きく後ろに跳躍して躱す。




両者どちらも、穂乃果とことりが寝床まわりに張っていた雨避けのある範囲から外れる。
降りしきる雨の中、ふたつの影が睨み合う。


257 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:02:20 T8of6OWY

ザアアアアアアア



穂乃果「探したよ… ようやく見つけた」チャキ…

魔物「ホウ?  美味ソウナ気配ニ釣ラレテ来テミレバ…  アノ高坂ガ、コノ一介ノ魔物ニ一体何ノ用ダ?」


雨に濡れた髪が、頬に張り付く。
少女は、口の端を吊り上げる。




穂乃果「あたしを知ってんのか  なら話は早いじゃねえか」ハッ

魔物「知ラナイ奴ノ方ガ珍シイダロウナ   何セ、アノ魔王様ヲ封印シタ―――」



ガ! ギィン!!!



穂乃果「その、魔王サマの…!! 居場所を!!吐きやがれってことだっ!!! お前ら魔物なら!!わかんだろッ!!!??」グ グ グ !

魔物「ソウデスカ、デハ教エマス! …トデモ言ウト思ウカ?」ニヤリ


ヂギギギッッ!!


再び、鍔迫り合い。
穂乃果の錆びた大剣と魔物の硬質な腕が擦れ合い、不快な音を響かせる。






魔物「シカシ、ソウダナ…  私ニ勝テタノラ考エテヤラン事モ無イ」


穂乃果「上等だ!!!」ギロ!


258 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:03:30 T8of6OWY

ゴン! ガァン! ギィン! 


魔物「ソノ鉄屑ガ、オ前ノ武器カ! 素敵ナ『勇者ノ剣』ダナ!」ビュ!

穂乃果「刃の無い剣、ちょうどいいハンデだっ! てめえを」ヴォンッ!



ズガ!!



穂乃果「うっかり斬り殺しちまうわけには…!いかねぇからなッ!!」

魔物「クク、大シタ自信ジャナイカ…!勇者サマ!!」ス…




シュビッ…!

穂乃果「!」


穂乃果の右側、見えない死角から一撃が放たれる。



ズバ!

魔物「ホウ…」

穂乃果「だっ!」ブン!


それを鋭く察知し、躱しつつ更に反撃に転じる。
魔物もそれをなんとか避ける。



魔物「トチ狂ッタ獣ノヨウナ奴カト思エバ、意外ト冷静ダ」

穂乃果「るせえ」ジャキ


259 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:04:37 T8of6OWY
魔物「見エテイナイノダロウ?ソノ右目  今ノヲ勘デ避ケタト言ウノナラ、ソレハ寧ロ獣ラシイカ」ククッ

穂乃果「…あの魔王サマといい、お前ら本当におしゃべり好きだよな  そして」



ズダ!!!



魔物「ッ!」

穂乃果「ドブみてえな声も、子ばかにするような喋り方も、あたしをいちいち苛立たせやがる…!」バッ!


一足で距離を詰め、魔物の顔面に掌をかざす。






穂乃果「光魔法!閃光ッ!!!」カッッ!!


260 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:05:41 T8of6OWY

ズパァッ…!


魔物「ガアッ…!?」


穂乃果の右手から強烈な光が弾けた。
森の景色が一瞬、白く塗りつぶされる。




ジュウウ…!


魔物「ウ、グゥ…オオ!」ヨロ


穂乃果「……」グッ…


おそらく顔であろうそこを押さえ、呻きふらつく魔物。
穂乃果は少し距離を取り、静かに剣を握りなおす。






ザアアアアアア……


魔物「チィ、ドコダ…!?」バッ

穂乃果「……」トッ


261 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:06:36 T8of6OWY

視界を奪われた魔物が、防御の体勢をとる。
対して少女は両腕を脱力させ、大剣を引きずるような構え。ステップを踏むように近づく。

僅かな足音を、雨音が掻き消す。



グルン!



剣の間合いに入る直前、片足を軸にして、一回転。
剣にそれ自体の重量と、自分の体重と、遠心力を乗せる。



穂乃果「ここだっ!!!」ヴオ!!





 ゴ ガ ! ! !





魔物「………!!」ビキャ


262 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:08:03 T8of6OWY

狙ったのは、ガードに使われていた両腕。
振る、斬る、というよりも「打ち込む」ように大剣を叩きつけた。

硬質な魔物の両腕が、砕き落とされた。



魔物「コレハ…!」

穂乃果「らあ゙っ!!」ズダ! ドカッ!


ザシャア!


そのまま剣を放り捨て、飛びかかって強引に押し倒す。
両腕を失った魔物にはもう、何も為す術がなかった。






ズチャ…


穂乃果「…決着だ」

魔物「……」


263 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:09:46 T8of6OWY

ザアアアアアアア




雨でぬかるんだ土の上。
仰向けになった魔物に馬乗りになって見下ろす穂乃果。
所謂、マウントポジションの体勢だった。



穂乃果「あたしの勝ちだ そうだろ?」

魔物「…クク、随分ト粗暴ナ戦イ方ダ  ドッチガ魔物ナノカワカッタモノジャナイ」

穂乃果「勿体ぶるなっ!言え!!約束だ!! 魔王は、どこだっ!!!??」

魔物「……」






魔物「…言エナイナ」ニヤリ

穂乃果「なんっ…!!」ビキ


ゴッ!


魔物「ッ」

穂乃果「て、めえ…!」グッ


思わずその面を、殴りつけた。
ヒト型魔物は、抵抗しようともしない。


264 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:11:02 T8of6OWY

魔物「フ…  考エル、トハ言ッタガ… 話シテヤル約束マデシタ記憶ハナイゾ?」

穂乃果「この…っ!」

魔物「我々ノ王ダ  現在、魔王様ノチカラハ完全ニ戻ッテハイナイラシイ…  ソコニ高坂ヲ案内スルワケニハイカナイ」




魔物「…魔王様ガ、オ前ニ負ケルトモ思エナイガナ」ククッ

穂乃果「吐けっ!!なんだ、拷問でも受けたいのかっ!!?」ガッ!

魔物「コレデモ長ク生キテキタ  今更痛ミナドドウトイウ事ハナイ」

穂乃果「ッッ……!!」ギリィッ


歯噛みする。怒りがこみ上げるが、どうしようもない。

このまま殺すか?
しかし、今後これほどまでに自分と意思疎通ができる魔物がはたして穂乃果の前にあらわれるだろうか?
そんな魔物があらわれたとしても、この魔物のように頑なに口を割らないのでは…






穂乃果「くそ……!!」

魔物「私ハモウ充分生キタ  ソシテ最期に、楽シマセテモラッタゾ…………ッ!?」ハッ


265 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:12:15 T8of6OWY

魔物「……魔王様!?」

穂乃果「何っ!!?」バッ!


突然の魔物の言葉に、穂乃果は慌てて周囲を見回す。
雨で視界が悪い。




魔物「……    ! 承リマシタ」コクリ

穂乃果「…!?」


近くには何も見当たらない。






魔物「高坂、魔王様カラノ言伝ダ」

穂乃果「魔王がいるのか!?ここに!?」


266 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:13:36 T8of6OWY

魔物「今ココニハ居ナイ  ……「北の地、古城にて待つ」、ト  ドウヤラ魔王様ハ、オ前ヲ待ッテオラレルヨウダ…」

穂乃果「北…」



穂乃果「魔物は… そうやって意思疎通できるのか   ちょっと、信じらんないけど…  ならあたしに響く、あの声も」

魔物「オ前ノ常識ニ当テハメルナ 魔王様ハ別格ナンダヨ  ……人間トモ、我々トモ、ナ」

穂乃果「…アイツは今も、あたしたちを見てんのか?」

魔物「サアナ…  シカシ、ソウトシカ思エナイ  全テガ見エテオラレルノダロウ」

穂乃果「あたしを待つ、ね  本当にいい度胸だ…!」ギチ






ザアアアアアアアア……


魔物「魔王様ハ高坂ヲ憎ンデイルト思ッテイタンダガ…  アノ様子ダト」

穂乃果「あ?」

魔物「オ前、何カシタノカ?」

穂乃果「アイツに?何もしてねえよ  何かされたのがあたしの方だ」

魔物「フム…?」


267 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:14:43 T8of6OWY

魔物「…マアイイ  良カッタナ、聞キタカッタ事ガ聞ケテ」

穂乃果「ああ、もうお前を生かしとく理由も無くなったわけだ」ジャキ…


穂乃果は剣を拾いあげ、構える。




穂乃果「…お前はアイツだ アイツを殺す 殺す 殺さなくちゃ 殺してやる、魔王…!」ブツ ブツ ブツ

魔物「……」


まるで定められた儀式のように。自分に言い聞かせるように。呟く。
目の前にいるのは何だ? 仇だ。 アイツだ。 消えろ。 消えろ。




魔物「私ハ魔王様デハナイゾ?」

穂乃果「黙れ黙れ魔王っ!!!殺してやる…!殺してやるっ!!消えろぉぉっ!!!」ガアッ!!


268 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:16:07 T8of6OWY

魔物「クククッ……  ナントモ、哀レナ奴ダ…」

穂乃果「あ゙あああっ!!!!」グオ!



ズ ズ………



魔物「!?」

穂乃果「っ!?」ピタ


突如、ぬかるんだ土が闇色に染まる。
そして魔物の体が溶けるように、沈み始めた。


魔物「ア、ア……    魔王、様……」ズズズ



ドロォ…



穂乃果「なに……!?」

魔物「感謝、シマス……… ……  …」ズプ


…ドプンッ


269 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:17:20 T8of6OWY

ザアアアアアアアア……



穂乃果「なに、が…」


その問いに答える声は、無かった。
ただ雨音だけが、虚しく響き渡る。



穂乃果「奴は… どうなった」


さっきまで魔物を組み敷いていた地面に視線を落とす。
魔物は最後、ほとんど液状化して泥に染み込むように消えてなくなってしまった。



『魔王、様……』



穂乃果「まさか… 土壇場でアイツに」



…だとすると、逃げられた?



穂乃果「っ」ジグ!


270 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:18:01 T8of6OWY

ジク ジク…

穂乃果「違う…! 死んだんだ、きっと   だって、消えたんだし…」


右目の疼きを堪え、また、自分に言い聞かす。

やつは殺した。アイツは殺した。あたしが、殺した。 だから消えたんだ…!


穂乃果(…ん  大丈夫)グッ



スゥッ…







穂乃果「っ……  ふー…」フラ


271 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:18:54 T8of6OWY

納得いかない部分を、無理矢理納得させて。
一先ず落ち着きを取り戻す。

冷静に、ヒト型魔物の残した言葉を一つ一つ振り返る。


穂乃果「魔王様、か」




『我々ノ王ダ』


『感謝、シマス』




穂乃果「はっ、随分と慕われてんだな…」


忌み嫌われ、地元から追い出されるどころか命すら狙われていた自分とは正反対だ。
つくづく、勇者という存在が自分から縁遠いものだと実感させられる。




穂乃果「どっちが魔物なのかわかったもんじゃない、確かに言えてるかもね」


272 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:21:04 T8of6OWY

『「北の地、古城にて待つ」、ト』



穂乃果「北、か   よかった… かなり、ギリギリだったけど」


魔王の思惑通りに動くというのが癪だが、とにかく行くべき場所は定まった。
もう、この森に用は無い。
目指すは北だ。

それに、これできっと魔物切れの心配も…



穂乃果(……?)



いや待て。あたしは、どうしてこの森に固執していた?
結果的に目当ての魔物と遭遇できたが、何故自分がああなる前にここを出なかったのか。

魔物切れがあそこまで進行してしまってもなお、森を出なかった理由は…





穂乃果「………お姫様!!?」バシャッ!


273 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:21:38 T8of6OWY

タタッ…


穂乃果「っ…!」




ことり「」




ことりは、額から血を流して倒れていた。
おぼろげに記憶が蘇ってくる。 そうだ。 そうだった…!


穂乃果「これは、あたしが……  くっ」ガバッ




ことりの胸に耳を押し当て、心音を確かめる。


274 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:25:19 T8of6OWY

…トクン  トクン

穂乃果「……っ」フゥッ


心音が、ある。
ひとまず、生きていた。安堵の息をもらす。


穂乃果「治癒魔法…」キィン



ポゥッ…

穂乃果「……」




スゥ…ッ




ことり「……」

穂乃果「痕、残しちゃうな  やっぱり治癒魔法は、苦手だ…」キュッ


傷は塞がった。しかし指で血を拭ってやると、そこには穂乃果が包帯で覆っている額のものと、場所も大きさも似たような傷痕が。




穂乃果「女の子、なのにな    なんちゃって、はは…」










ザアアアアアアアアア………




穂乃果「ごめんな……」


275 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:26:11 T8of6OWY

ことり「…ん」

穂乃果「っ」ビク


ことりが、意識を取り戻した。
穂乃果の体がなぜか、怯えるように震えた。



ことり「あ…  ほのかちゃん」

穂乃果「目… 覚ましちゃったか」



ことり「えっと… わたし」クラッ

穂乃果「体に異常は感じない?頭、痛かったりしないか」

ことり「! そ、そうだっ」ハッ!



穂乃果「ど、どうした  どこか、痛む…!?」アセッ

ことり「もう、平気なの!? ほのかちゃん、だいじょうぶ!?」


276 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:26:54 T8of6OWY

穂乃果「……あ、あたし  は」

ことり「様子… ヘンだった   でも、今は大丈夫みたいだね?」ホッ




ことり「よかったぁ」ホニャ

穂乃果「あたしの心配は、いいんだよ…」ズキ



スクッ…




ことり「?」

穂乃果「お姫様が目覚める前に、行ってしまおうかって考えてた」ポツリ


277 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:27:45 T8of6OWY

ことり「えっ…」


立ち上がってことりに背を向け、そう小さくこぼした穂乃果。










穂乃果「ここでお別れだ、お姫様」

ことり「!?」


あらためて、はっきりと言い放つ。






ことり「な、んで  …お別れ? っ、どうして…!?」

穂乃果「……」


278 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:28:30 T8of6OWY

穂乃果「…無理だったんだよ  やっぱり」

ことり「わかんないよ…!? わたしが、ダメダメだから!?ことりが、なにもできないから」

穂乃果「ちがうっ!そうじゃない…!」




ギリッ


穂乃果「……」




穂乃果「…………あたしは元々、魔王を探してたんだ」

ことり「!」




穂乃果「情報収集の拠点としてこの森を選んだ  そして、さっき魔王の居場所がわかった」

ことり「それって…」

穂乃果「あたしはもう、この森に用はない…」


279 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:29:09 T8of6OWY

ことり「じゃあ…  どこに行くの?」

穂乃果「…北へ」

ことり「北……」


…グッ!


ことり「なら、わたしも一緒に…!」ガバ

穂乃果「駄目だッ!!!」



ことり「なんでっ!?」

穂乃果「邪魔だからだ!!迷惑だからだっ!!」バッ!






ことり「…!」ズキリ

穂乃果「足手まといなんだよ!! うんざりさ、お前のお守りはもう…!!」


280 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:30:20 T8of6OWY

穂乃果(くそ…  あたしが言いたいのはこんな事か? わからない…)




穂乃果「……っ、じゃあね」

ことり「いやっ!!待って」ダッ


穂乃果に駆け寄ることり。
必死にその手で引き留めようと―――



ジャキ! ビタッッ!

ことり「!」ビク

穂乃果「迷惑だっつってんだろッッ!!!!??」ギラリ!



手を伸ばしたことりに向けて。

園田海未にしたように。彼女を拒んだ時のように。

錆びた剣を突きつける。



穂乃果「お前はあたしより弱い!!!あたしとお前は違うんだっ!!!」ガァッ!!

ことり「それ、は…」


281 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:31:49 T8of6OWY

穂乃果は叫ぶ。
他者であることり。家族でも、家族同然でもない存在。

なのに。



穂乃果「迷惑だ…! もうごめんだ  目の前で、死なれるのはっ」

ことり「……っ」



初めて会った時とは、違う感情が渦巻く。
海未の時と同様に。どうしても、一緒にいたくない。自分の側に、居てほし…  く、ない。


…あたしは災厄を招く、厄病神。



キッ!

ことり「ことりは、死なないもん」ズイ

穂乃果「ッ!?」ビキ!




ことりは、引き下がらない。

こいつは、引き下がらない?

なんでだ、なんで…!




ことり「たしかに、わたしは弱くて…  なにもできない」

穂乃果「なら!!!」






ことり「でも…!  わたしも、ほのかちゃんと同じだもん!同じだから、同じでいたいもん!対等でいたいって思ってるもん!!」

穂乃果「……っ」ズキン


282 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:33:10 T8of6OWY

ザッ…


ことり「あ…」

穂乃果「…そんなの、あたしの知ったことじゃない」


そう言い残し、やはり穂乃果は歩き出した……




ことり「……」















ことり「約束を違えるのですか  穂乃果」

穂乃果「っ!!?」バッ!


283 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:33:58 T8of6OWY

聞いたことのないような、凛とした声に思わず振り返る。


穂乃果「……お、」





穂乃果「お姫、様………?」

ことり「わたしは憶えています  あなたはわたしに、こう言いましたよね?」





決して大きいわけではない。なのに、圧倒されるような力強い声。
穂乃果を真っ直ぐに見つめるその顔つきは、知性と、気品と、威厳を感じさせる。





ことり「このわたしが自立できるようになるまでは、面倒を見ると」

穂乃果「!」


284 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:36:45 T8of6OWY

ことり「約束は守るためにあるもの そう言ったのも、あなたですよ」

穂乃果「ぁ…… ぐ、ぅ」


何も、言い返せない。
言葉が正論である以上に、ことりの発するその雰囲気が、半端な口答えをゆるさない。





ザ…


穂乃果「…!」

ことり「わたしと交わした約束を守りなさい  あなたの誓いを果たしなさい  穂乃果」スッ





はっきりと、命令口調。しかし今ことりは、居住まいを正して額を地につけている。

あの出会った日と、同じように。


285 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:39:17 T8of6OWY

ザアアアアアアアアア……



穂乃果「ちょっ、 顔、あげてよ…!いらないからっ、そういう」

ことり「……」




ことり「……わたし、まだ鹿狩れたことないよ?」




穂乃果「えっ…?」


ことり「まだ、食べちゃだめなキノコ、わかんないよ」


そういって、顔をあげたことり。

その顔は…






ことり「魔物、たおせないよ   火、つけれないよ   ひとりじゃ、生きてけないよぉ…!」ポロ ポロ

穂乃果「っ…!!」


くしゃくしゃに。気品も威厳も何もない。

去りゆく飼い主を見つめる、捨てられた子犬のような。

年相応の、いや、それ以上に幼い、ただの少女のそれだった。


286 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:42:01 T8of6OWY

ことり「ごはんが、全然おいしくない山菜のスープでもいいの…! シェフに作らせた、綺麗に盛り付けられたディナーじゃなくてもっ」ポロ ポロ

穂乃果「……」




ことり「ひとりで食べるごはんは冷たいの!!! 寒くて寒くて、食べられないんだもんっ!!!」ポロ ポロ ポロ

穂乃果「…あたしはっ!!!」


ことりの悲痛な叫びに。
穂乃果も気付けば、叫び返していた。




穂乃果「あたしは気ままな旅人じゃない!!魔王に立ち向かう勇者でもないっ!!ただの…!いや、最悪の!!災厄の!!厄病神なんだっ!!!」

ことり「しらない!ほのかちゃんはほのかちゃんだもんっ!!!」


穂乃果「あたしと一緒にいて!困るのはお前なんだよっ!!あたしはお前を不幸にする!!お前のために言ってやってんだ!!!」

ことり「なにそれ!!ぜんぜんわかんない!!だって!!!!」






ことり「ほのかちゃんと一緒にいたわたしは、不幸だって思ったことないのに!!!??」

穂乃果「ッ!?!?」ドクン!


287 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:43:21 T8of6OWY

ことり「楽しくて…! あったかかったんだよ!!?」

穂乃果「何も、知らないくせに…!」ズイッ


グイ!


ことり「あぅ」ビクッ

穂乃果「ここ!憶えてるかっ!?」ビッ


穂乃果はことりの前髪をかきあげ、額の傷痕に触れる。






ことり「え、と……」フイッ

穂乃果「…憶えてる、みたいだな  その態度」


気まずそうに目を逸らすことりを見て、確信する。


288 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:44:53 T8of6OWY

穂乃果「あたしが傷つけた…  わかるか、痕になってるの」サス

ことり「………うん」コクリ



穂乃果「あたしは…  魔物を殺さないでいると、おかしくなる  アイツが、いちいち話しかけてくるせいで…  前に話した、病気ってやつだ」

ことり「……」



穂乃果「これだけで済んだのはむしろラッキーだったかもしれない  もしかしたら、お前を剣で殺してたかもしれなかった」

ことり「っ」ゴクリ

穂乃果「約束…   憶えてたんだ   だから」


少しでも長くここに居ようって。その為に、無謀にも我慢を続けてしまった。
無理矢理押さえこもうとし続けた。
魔物… すぐにでも、殺しに行きたかったのに。



…ああ、そうか。






穂乃果「あたしも…  寒かったのか」

ことり「ほのかちゃん…」


289 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:45:43 T8of6OWY

穂乃果「…連れていけないよ やっぱり」

ことり「ぁ……」ズキン


最初の頃とは、違う…?

この子は今、あたしにとって…




穂乃果「少し大きくなりすぎたよ、お姫様…  あたし、あんたに… あんたに死なれると、多分寝覚めが悪くなる…」

ことり「…っ!」


バッ!


ことり「傷!気にしてないっ!!」

穂乃果「……」

ことり「ことりは絶対死なない!約束するっ!!」

穂乃果「…はは、滅茶苦茶だ  そんな、根拠もなにも……」


290 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:46:57 T8of6OWY

ことり「………だから、ほのかちゃんも    ことりとの約束、守ってよ…!」ポロッ

穂乃果「約束、かぁ……」



 ザアアアアアアアアア



穂乃果「約束…  約束、したもんなぁ…    雪穂、あたしさぁ…  どうすれば正解なのかなぁ…?」

ことり「ほのかちゃぁんっ……  おねがい…っ」ポロ ポロ



約束を破って、殺してしまった。


約束を守ろうとして、傷つけてしまった。






穂乃果「絶対、後悔させる…」

ことり「しない 約束する」グスッ


穂乃果「絶対、傷つける…」

ことり「気にしない 約束するっ」


穂乃果「いつか、殺しちゃうかも…」

ことり「ことりは、しなない! 約束するっ!!」


291 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:49:24 T8of6OWY

穂乃果「不幸にするよ それでもいいの?」

ことり「それは絶対ないっ ほのかちゃんに捨てられちゃうのが、今のわたしにとって一番の不幸だもん」

穂乃果「……」



…フゥッ



穂乃果「呆れるよ  その頑固さじゃ… あたしとの約束なんて、直ぐに破られそうだ」ザッ

ことり「え?」




穂乃果は再び、ことりに背を向ける。

そして…







穂乃果「出発だ  とにかく、ひたすら北を目指す  まずは森を出るよ」

ことり「あ…!」パァァッ



門出を迎える空模様は最悪。
止まない雨に打たれながら。 自ら闇に飲み込まれに行くように。
ふたりの少女は、ぬかるんだ道を歩き出した。







壊れかけの、強くて脆い厄病神と。

何もできない、脆くて強い一般人。



 二章:約束 完


292 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 02:53:10 T8of6OWY
今回ここまで!

奇跡だおかげで筆がノッてるぜちゅぅぅぅん(・8・)
読んでくれてるひとアリガトウゴザイマスっ


293 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 03:11:13 Dw8a/xIE
乙です


294 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 06:02:02 TqCXv0p2
乙かれー
ことりのキャラかなりいいね


295 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 07:28:14 4reHyIpc
ひとりで水汲みないったとこ喰われてないかドキドキした


296 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 09:14:49 3f8u./1.
ことりはこの先戦闘で役に立つの?
魔法使える様になったらいいが


297 : >>257 細かいけど一応修正 :2016/02/06(土) 11:12:26 T8of6OWY

ザアアアアアアア



穂乃果「探したよ… ようやく見つけた」チャキ…

魔物「ホウ?  美味ソウナ気配ニ釣ラレテ来テミレバ…  アノ高坂ガ、コノ一介ノ魔物ニ一体何ノ用ダ?」


雨に濡れた髪が、頬に張り付く。
少女は、口の端を吊り上げる。




穂乃果「あたしを知ってんのか  なら話は早いじゃねえか」ハッ

魔物「知ラナイ奴ノ方ガ珍シイダロウナ   何セ、アノ魔王様ヲ封印シタ―――」



ガ! ギィン!!!



穂乃果「その、魔王サマの…!! 居場所を!!吐きやがれってことだっ!!! お前ら魔物なら!!わかんだろッ!!!??」グ グ グ !

魔物「ソウデスカ、デハ教エマス! …トデモ言ウト思ウカ?」ニヤリ


ヂギギギッッ!!


再び、鍔迫り合い。
穂乃果の錆びた大剣と魔物の硬質な腕が擦れ合い、不快な音を響かせる。






魔物「シカシ、ソウダナ…  私ニ勝テタノナラ考エテヤラン事モ無イ」


穂乃果「上等だ!!!」ギロ!


298 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 13:19:12 V1H9PabI
>>292
乙!!
ことり最高ですね


299 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 16:11:58 V6sAVBAs
夢中になって読んでしまった


300 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/06(土) 16:37:40 IFm94366
今年一番におもしろいSSだわ
続きも期待して待ってます


301 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/07(日) 19:29:49 gAV5sXNo
傷といい気になるところではあるな
姫っぽさを出してるところも話作りのうまさだわ


302 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/07(日) 21:54:54 ih6aP/Eo
>>296
ここのことりの場合戦闘以外の要素で重要って感じじゃね


303 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:00:32 N5AJOES6

ガチャ…


海未「……お邪魔、します」ペコリ




もともと古い家ではありましたが、以前よりもだいぶ煤けてしまったように感じます。
やはり家屋というのは、人が暮らしていないとすぐに…


海未(…あの日以来、誰も入っていないのでしょうね)




変な輩に踏み込まれて、荒らし尽くされているよりはましですけど。




海未「……」


304 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:01:01 N5AJOES6

穂乃果の家族が暮らしていた家。
園田海未は、およそ3年ぶりにここを訪れていた。
穂乃果と雪穂が姿を消してからの2年間も、家の中に入ってまで探そうとはしなかったから。


海未(今まで来れなかったのは…  私の弱さ、そのあらわれ)




もともと疎ましく思われていたこの家。バリケードからも守られておらず、住みたがる村人はいない。
高坂一族が姿を消したこともあり、家の取り壊しの話が進められているという噂を耳にした海未。




海未「遅くなって… ごめんなさい   おじさま、おばさま……」グ




目を閉じ、弔う。

あの日の記憶が、蘇る。



………………

…………

……


305 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:01:36 N5AJOES6

海未『まだふたりは戻っていないのですか…』

ほの母『ええ…  少し様子もおかしかったし、心配』

ほの父『……』



ほの母『一緒に遊んでくれてたのよね?なにか心当たりはないかしら』

海未『………実は』



ドン! バン!



海未『っ!?』ビクッ

ほの父『…!』スクッ

ほの母『あの子たちじゃ、なさそうね…  あなた、お願い』


306 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:02:12 N5AJOES6

『おら!出てこい!いるんだろ高坂ぁ!!』

『お、おまえらが悪いんだからな!?』


ほの母『っ!?』ハッ




グイッ!

海未『きゃ…!?』

ほの母『嫌な予感がする…  海未ちゃん、しばらくそこに隠れてて』



………………

…………

……


307 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:02:37 N5AJOES6

『母親だけか  おい、ガキはどこだ?玄関に履物が無かったってことは…』

ほの母『人の家に土足で上がりこんでおいて、娘たちをガキ呼ばわりなんて随分』

『黙ってな』

ほの母『あなたが質問してきたんじゃない』




海未『…!?』




ほの父『……』ギロリ

『そ、村長から許可は貰ってんだぞ  そんな睨むんじゃねえ…』オドオド



ほの母『で、うちに一体何の用でしょうか?』


308 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:03:11 N5AJOES6

『魔王が復活したらしいな』

ほの母『っ!』

ほの父『…!』

『心当たりあるみてえじゃねえか』




ほの母『…それとうちに、何の関係が』

『お告げだよ お前らが原因なんだろう?』

ほの母『原因って…!』


バン!


ほの母『大ババ様がそう言ったの!?』

『魔王復活と、あと何つってたか…  おい、憶えてるか』

『確か… 災厄の種は蒔かれ、高坂が終わりを… とか』


309 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:03:41 N5AJOES6

ほの母『引き、金……  っ、魔王の復活と私たちは関係ない!封印はいずれ解けてしまうもので、高坂が解こうとして解けるわけじゃ…!』

『封印? そんなもんがあったのか…』

『ま、魔王の存在知ってたってことかよ!本当に、ずっと前からこの村に魔王が!?』

ほの母『ッ…!!』




『…ほぼクロって事でいいな   おい、どっちも後ろを向け』

ほの父『!』

ほの母『…なぜ』

『拘束させてもらう』




ほの父『……』ギリ

ほの母『仕方ない…  今は従いましょう』グッ


310 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:04:04 N5AJOES6

『おい、準備はいいか…  同時にやるぞ』ボソッ

『お、おう…』ビクビク

『ヘマすんなよ 抵抗されるからな』ヒソヒソ




ほの父『……』

ほの母『いつまでこうしていればいいのかしら?』


『もう少しそのままだ』ギラリ…!



  ゴッ!  ガッ!  ドチャ…!



『…行くぞ』ズリ…

『や、やっちまった…  本当に…』






海未『っっ…………!?!?!?』


311 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:04:56 N5AJOES6

海未(あの部屋、でしたね…  私は押し入れの中で、事の一部始終を…)


ブルッ


海未「……」グ…




足が竦む。後悔と自責の念がこみ上げてくる。


海未(私が… 途中からでも、姿をあらわしていたら…?)




もしも、を考えてしまう。
穂乃果の母も、もしもを考えて海未を守るために隠れさせたのだろうが。
もしも自分が堂々とあの場にいれば、少なくともあの時点で殺されることは無かったのでは?


312 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:06:08 N5AJOES6

海未「考えて、しまうんです…  責任の一端は、私にもあったのではないかと   だから」



半開きになっている居間の襖に、手をかける。

今更何も変わらない。何も変えられない。だけど、今まで目を背け続けてきたことが、心に重たかったから。




ススッ…!  パタン




海未「……後ろめたくて  ずっと、ずっと、来れなかったんです…  どうしても」


でも…
この家が無くなる前に、来れて良かった。

高坂の皆が、この家に愛着を持っていたのかどうかはわからないけれど…









海未「……ん?」


313 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:06:29 qPJGh5Lg
番外編かな


314 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:06:42 N5AJOES6

ペラリ


海未「これは…?」


机の上に、メモ書きが一枚。

あの日、我に返って押し入れから飛び出した時は余裕もなく気付かなかったが…




海未「いつ書かれたものでしょうか…  えっと」


【・机の鍵付き引き出し、茶色の封筒  ・本棚四段目左端、巻物】




海未「???」


315 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:07:09 N5AJOES6

本棚…

穂乃果と雪穂の部屋にはありませんでしたよね。
ということは、ご両親のお部屋のことでしょうか?




海未(何を意味しているのでしょう…  私にはわかりません、でも)


これを書いたのはおそらく、高坂家の誰かだろう。

そしてこのメモは、誰かに宛てられたものであるはず。




海未(きっと… これは、今まで誰からも読まれていない)


あの日、村人が来るまでは海未もこの机を穂乃果の両親と囲んでいた。こんなメモは、置かれていなかった。
今、堂々と机の真ん中に置かれていたが… あの日来た村人も会話の中で特にメモには触れてはいなかった。
彼らが部屋に何かを探しに行くそぶりもなかった。

そしてあの日からこの家には、穂乃果も、雪穂も、戻っていないはず…






海未「お部屋… お邪魔しても、よろしいでしょうか」


ぽつりと、そう呟いて。
静かに居間を後にした。


316 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:07:43 N5AJOES6

海未「し、失礼します」ペコリ



一応の、確認。
そのままにしておいても、いずれ家が無くなってしまうかもしれないから。
それに、穂乃果はもうこの村には戻らないと言っていたから。
きっとゆるしてもらえるだろうと、そう自分に言い聞かせる。

とはいえ、なんとなく墓でも荒らしているような感覚だ。
血の繋がりのない他人である自分が、故人の部屋をあらためようというのだから。
ここまで踏み込んでしまっていいのかという疑問と罪悪感がある。



海未「机… 鍵つきなんですよね?  どうしよう…」スッ


ガチッ  ガコガコ


海未「閉まってますよね、当たり前です…」ウーン


考える。
当然、鍵のありかなんて知らないし、聞かされたこともない。








海未「……壊す、しか?」ボソッ


317 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:08:03 N5AJOES6

バッ!

海未「って! な、何を考えているのですか私はっ!?」ブンブンッ


罰当たりすぎます!
いくらなんでも、そこまでの権利が私にあるはずが…!


海未「っ……」チラ






でも…

なぜでしょう。






海未「…だからって、このメモを   ないがしろにしてはいけないような気がするんです、よね」


なんとなく、そう感じるのです。

筆跡からも、込められた思いが伝わってくるような…


318 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:08:28 N5AJOES6

……グ!

海未「……ごめんなさいっ!」ガッ!


ガツ! ガツッ! ガゴ!  ビキャッ




古い木製の机の引き出しは、力任せに何度か引くだけでおかしな音を立て始める。


海未「く…、やあっ!!」グイッッ!




バキャア!!


海未「あうっ」ドテッ






 パラ…  パラ…


海未「……や、やってしまいました   うぅ…」


319 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:08:53 N5AJOES6

海未(これで、本来私なんかが見てはいけないようなものでも入っていたら…  本当に申し訳が)ズーン…


果たして、その茶封筒とやらは…




海未「あ、これですかね   もう開けちゃいますよ、見ちゃいますっ だってここまでやってしまったのですからっ」ペリリ


中には、またしてもメモ紙のようなものが。
ただ、これはかなり年季の入った和紙であると思われる。

そして、そこには。


海未「…………」ジー






 シーン……






海未「………な、なんですか?この…  文字?」


320 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:09:15 N5AJOES6

まじまじと眺め続けたが、なにもわからなかった。
海未は穂乃果たちと違い、幼少期は普通に学び舎に通わせてもらっていたのだが…

理解できない文字。ただなんとなく、文章かな?と推測できる程度の何かがそこに書かれていた。


海未「異国語でもないですよね…? 少なくとも、私はこんなの…」



ハラリ

海未「あっ…」


茶封筒が手から落ちる。


海未「!」






海未が確認していなかった、封筒の表の面。

そこには、日本語でこう書かれていた。




海未「高坂、秘伝……」


321 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:09:35 N5AJOES6

これは。


海未「これは…」


これは、きっと。


海未「きっと、これはきっと、穂乃果と雪穂に託されたもの」ギュ…




やっぱり、メモを残したのは高坂の。

これはきっと、高坂の両親が遺したもの。

ふたりの娘へと、宛てたもの。

そして、きっと…




海未「大切な…  あるいは、重要なもの」


322 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:10:00 N5AJOES6

ガタッ


海未「本棚……  四段目、左端」ゴソ ゴソ


ゴト


海未「あれ… 巻物、これでしょうか…? でも、三段目です」


他にそれらしいものは見当たらない。書物の上にポンと置かれた、古い巻物。
四段目ではなかったが、左端ではあった。おそらくこれで間違いない。



スルスル


海未「これは家系図…? あっ、またメモ紙…」ピラ


挟まっていたメモ紙は、この村の地図と思われるものだった。
誰も行かないような村の外れが赤く囲われている。


そして突き刺さった剣の絵と、二文字の日本語。








海未「………封、印」ドクン


323 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:10:26 N5AJOES6

グイッ!

海未『きゃ…!?』

ほの母『嫌な予感がする…  海未ちゃん、しばらくそこに隠れてて』


パタン…



うちに村人が訪問してくるというだけでも、只事ではないというのに…
加えて、あの様子。

もしも理由が予言の災厄関係だとすると…
とうとうその時がきてしまった?

…まだ何もわからない。でも最悪のケースは想定しておかなければ。




ほの母(最悪は、魔王復活に加えて… 娘たちとコンタクトが取れなくなる、かしら  村のお偉いさん達が、どこまでうちに干渉してくるか)ピッ


素早く、メモ紙にペンを走らせる。




ほの母『……』カリカリ、カリ…


一番ありがたいのは、魔王復活なんて起こっていないこと。起こらないこと。

次点でマシだと呼べるのは、魔王が復活するも娘に頼らずに再び封印しなおしてしまえるパターン。

このメモが役立ってしまうのが、最悪。




ほの母(私の我儘になってしまうけれど、やっぱりできれば…  自分の娘には、これを伝えたくはなかったわね)


324 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:10:48 N5AJOES6

しかし、まだ見ぬ娘の子…
孫にならその役目を押し付けても平気かと問われれば、それもまた心苦しい。


ほの母(しかたない、わよね  魔王が存在している世界  なら高坂である以上は、いずれ誰かが)




ほの母『……』チラ


玄関で時間稼ぎをしてくれている、本来の高坂である自分の伴侶。




ほの母(でもあなたを選んだこと、私は後悔していない)バッ






机の上に置いたメモに、掌をかざす。






ほの母『錯覚魔法、不可視…!』


325 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:11:33 N5AJOES6

対象者を設定。
娘… いや、高坂の血族全員を例外対象にしておこう。

これで、この意味ありげなメモに他の人は気付けない。
メモを見つけた赤の他人に好奇心から家捜しされて、回収でもされたら困る。


ほの母(最悪を考える…  私たちに何かあっても、このメモできっと伝えられる)




これで大丈夫だろうか。備えは万全?


ほの母(最悪…  いや、もっと最悪がある  私たちに何かあった上で、娘たちがここに戻ってこれないパターン  ありえなくはない)


来訪者の様子。
今から私たちは拘束等され、さらに娘たちがこの家に帰って来れないという可能性。既に、身柄を押さえられてしまっている可能性。
考えたくはないが、ゼロではない。






ほの母(だったら…)チラ


先程閉めた、居間の押し入れが目に映る。


326 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:12:00 N5AJOES6

対象者を、もう一人。

大丈夫。あの子なら、娘と同じくらいに信用できる。




ほの母(責任感が強いものね…  もしもの時は、お願いしてもいい?)キィンッ…




本来なら自分たちがやらなければならない、辛い役目。

これを伝えさせるということが何を意味するのか。

それを、その役目を、もし彼女が請け負うことになったとしたら。


ほの母(私は残酷かしら  大きな恩を… 仇で返すことになっちゃうわね  そんな最悪の事態にならないことを、祈るわ)グ…




ドタ ドタ ドタ


ほの母『……』


とうとう家に上がりこまれたのだろう。荒々しい足音が近づいてきた。






 ガララッ!


ほの母『……高坂家に、ようこそ』


327 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:12:23 N5AJOES6

………………

…………

……


ザッ…


海未「洞窟…? こんな所があったのですか…」


巻物に挟めてあった地図を頼りにしばらく歩くと、小さな洞窟があった。
それほど深くないと思われるが…




海未(きっと… ここに封印されていた、ということですよね)


メモに記されている封印という言葉。
すでに魔王は復活してしまっているとはいえ、やはり恐怖心は募る。
それに今、自分がここに入る必要は無い気がするが。


海未(でも、もしかしたら封印以外にも何かがあるかもしれませんし  それに…)




『魔王の封印を解いたのはあたし』




海未「…穂乃果はきっと、この地に来ていた」


328 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:12:47 N5AJOES6

穂乃果の母は言っていた。封印を解くことはできない。封印は勝手に解けてしまうもの。
なのに穂乃果が、自分が封印を解いてしまったと思っているということは。


海未(魔王復活の場に、居合わせてしまった…  そう、考えられます)


地図に描かれている剣。一年前、穂乃果が背負っていた錆びた大剣を指すのだとすれば、辻褄も合う気がする。



ザリッ…



洞窟に足を踏み入れる。
こんなところ、夜は絶対に入れないだろう。明るいうちに来て正解だった。
それでも、奥の方はかなり暗い。


海未「う…  な、何も出ませんよね?」ゾクッ





カツン カツン  カツン…


海未「……」




自分の足音が反響する。


…ひとり黙々と歩くのはなんだか心細いです。陽気に歌でも歌ってみようか、なんて考えてしまうほど。
それに、やっぱり少し怖いです…

ああ、やっぱり今からでも引き返していいでしょうか…?


329 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:13:12 N5AJOES6

ピタ…


海未「…えっ!?」


洞窟の最奥だ。
ここで行き止まりだとわかる。


なぜ、行き止まりだと?

それは、壁が見えたから。


なぜ、壁が見えたのか?

それは、そこに光があったから。



「うーん、誰ですかぁ… むにゃむにゃ」

海未「なっ、なっ…… え!?」プルプル




光源を指さし、言葉にならない言葉を発しようとする海未。
だめだ、頭がおかしくなってしまったようだ。どうやら幻覚を見ているらしい。それに、幻聴もするような…


「ワタシ… ずっと寝てた?なんで起きたんだろ…」クシクシ

海未「あ、と、なんっ、あの、あなた、あなたは…っ!? あなた、なんなんですかっ」


330 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:13:38 N5AJOES6

ノビーッ


「ん〜…っ、ふわ  ワタシ、ですか? えーと…」ハテナ


何かが突き刺さっていたかのような穴。
そこに体を沿えるようにして、青白く発光する小さな小さな女の子?が横たわっていた。
子供、などというレベルではなく、ネズミか何かかとでもいうようなサイズだ。
発光していなかったら、気付かず踏み潰してしまっていたかもしれない。


ピューンッ


海未「えええっ!!?」ビクゥーッ

亜里沙「亜里沙!亜里沙って呼んでください!」クルンッ




飛んだ。当たり前のように浮いている。
海未の頭の周りをくるくると旋回し、無邪気な笑顔を向けてくる。




海未「ぱ、パーになっちゃったんでしょうか、私」ムギー

亜里沙「?」キョトン

海未「痛いです…」ジンジン


ほっぺた、普通に痛いです。夢ではないのでしょうか?
でもこの方法って、本当に夢かどうかわかるんですかね?
痛いっていう、夢…
ああ、駄目です。混乱してます。


331 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:14:06 N5AJOES6
亜里沙「お姉さんっ ワタシ、亜里沙!」クルッ

海未「はい?あっ、ああ、私は海未です 園田海未と申します」ペコリ

亜里沙「海未さん!よろしくですっ!」パァァ


つい、自己紹介をしてしまった。
悪い存在ではなさそうな。
よくわからない存在ではあるが。


海未「魔物の類には見えない…  お伽噺の、妖精って感じがしますね」スッ…  チョイチョイ

亜里沙「きゃあ、くすぐったいです///」クネッ

海未(えっ、すりぬけましたけど!?さわれてません!)ゴーン!






海未「…これは、どうすればいいのでしょう?  あなたは、一体…」

亜里沙「あれっ 海未さん、何を持ってるんですか?」

海未「へっ…」


332 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:14:34 N5AJOES6

亜里沙と名乗る何かが、海未の懐を示す。外側からは見えないはずだが、そこに高坂家で見つけた茶封筒を忍ばせていた。
なんとなく、警戒してしまう。


海未「あ、その… これは」ドキ

亜里沙「そこから魔法を感じます」

海未「っ!?」



亜里沙「魔力と… なにか、魔法の類」

海未「……!  成程、そういえば」


高坂の家系は普通と違う所があった。
村人には知られていないことだが、全員が魔法に関して特殊な能力を持っていた。


海未「魔法を… 生み出せるんですよね   理から、外れた魔法」

亜里沙「?  はらしょ」




ゴソッ


海未「あの… これ、なんだかわかりますか」ピラ

亜里沙「んー? ウ〜ン…」ジー


例の和紙を封筒から取り出し、亜里沙に見せてみる。


333 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:15:07 N5AJOES6

亜里沙「…ゴメンナサイ」シュン

海未「ああいえ、いいのです  別に気に病む必要はありません」パッ



亜里沙「なんだろう… 難しい魔法がジャマしてます」

海未「ふむ…?」

亜里沙「ワタシには、知識が無いみたいです  それを解くことができないので、何もわかりません」


結局、これが何なのかはわからない。
しかし魔法と聞いて、確信できた。

これは…




海未「やはりこれは、穂乃果に届けなければならないものなのでしょう…」

亜里沙「ほのか…」


334 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:15:30 N5AJOES6

亜里沙「…コレ、特別な魔法です」

海未「?」



亜里沙「分野でいうと、知識系統なんですけど  海未さんは得意ですか?」

海未「あ、すみません…  私、魔法は全般苦手で」

亜里沙「段階を踏むヒツヨウがあります  まずは知識系統に堪能な人から、ジャマしてる魔法をハズしてもらわなくちゃ」

海未「知識系統…  そういえば穂乃果は」


魔法は雪穂には敵わない、自分とはレベルが違う、と。
少し嫉妬しているようで、でもどこか自慢げに話していた。


加えて、知識系統…

勉学の分野は、学び舎に行けない分両親がいろいろ教えていたようだ。
なので雪穂は、一般家庭の同年代にも引けを取らないくらいに賢かったのだが…

穂乃果にはどうにも勉強というもの自体が肌に合っていない様子だった。
普通に学び舎に通っていたとしたら、座学を嫌がり運動ではしゃぐタイプだっただろう。



海未(これは… 雪穂に宛てたものだったということでしょうか? しかし…)


335 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:16:32 N5AJOES6

海未「えっと… 亜里沙、でいいんですよね」

亜里沙「ハイッ」クルリン



海未「あなたの言い方だと… これは、かけられている魔法さえ解けば、誰でも読めるようになると取れますが」

亜里沙「そこまではわかりません でも、まず表面の魔法をなんとかしなくちゃいけないのはマチガイないです」

海未「…そうですか」


難しい、知識系統の魔法。穂乃果では解くことができないものかもしれない。

そして、おそらくこれを解くことが出来るであろう雪穂は、もう……


…いや、それでも。




海未「でも、これは…  これは少なくとも、私が持っているべきものではありません」キッ!




それでも海未は、決意した。


336 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:16:54 N5AJOES6

あのメモを見つけたのは偶然じゃない。これはきっと、自分に託された役割だ。

ひとりぼっちになってしまった、妹のようで、姉のような、家族同然のあの子の為に。

…届けるんだ。 それは他の誰でもない、この園田海未がやらなければならない役割だ。


海未「それに…」



『魔王の復活と私たちは関係ない!』



海未(まだ、ちゃんと伝えられていませんからね  おばさまは言ってくれたんですよ、あなたは悪くないんだって)






ザッ


海未「助かりました、亜里沙  ありがとう…」ペコリ

亜里沙「いいんです!お役にたててよかった」ニコー


337 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:17:34 N5AJOES6

ギュ


海未(穂乃果、待っててください  たとえ再び拒まれるとしても、これだけは)




両親にはなんと言おうか。
今まで大切に育ててくれた。本当に感謝している。
なのにこの危険な時世に、一人娘が身一つで旅に出るなどと言い出したら…


海未「親不孝、ですかね…  でも、これが私なりのけじめ  あの日押し入れで震えていただけだった私の、せめてもの贖罪」

亜里沙「どこかにいくんですか?」ピュンッ

海未「あ…」




海未「そう、ですね  すみませんが、私はもうお暇させていただきます  助言、本当にありがとうございました…」

亜里沙「帰っちゃう…? じゃあ、ワタシも一緒に行きます!」ペ カ !

海未「へ?」ポカン


338 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:18:27 N5AJOES6

海未「えっ、と…  私と?あなたが、一緒に?」

亜里沙「迷惑ですか…?」シュン…

海未「そ、そういうわけでは」アセッ

亜里沙「亜里沙、ここでずっとひとりぼっちでした…」クスン

海未「う…」


ただでさえ可愛らしい少女のような見た目なのに、小動物のような小ささも相まって。
なんというか、マスコット?

庇護欲をかきたてられるというか…




海未「……わかりました  私も、ひとりの旅は寂しくなるでしょうし」

亜里沙「やったあ♪」クルリン


339 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:19:38 N5AJOES6
亜里沙「って、あれ?  海未さん、旅に出るんですか?」

海未「はい  でもまずは家に戻って、そのことを両親に伝えます  きっと反対されるでしょうけど… なにも告げずに、いなくなるよりは」




それでも、理解はしてもらえるはず。

自分の両親も、高坂家のことをずっと気にかけてくれていたから。
村内でそこそこ強い立場である園田家が庇っていなければ、高坂家はあの日を迎える前に村から追われていただろう。






海未「あ、そういえば…  亜里沙のことは、なんて説明しましょう」クス

亜里沙「フツゴウがあるなら、海未さん以外には姿を見せないようにすることもできますよ?」

海未「………今更ですけど、あなたはどういう存在なのですか?本当に…」

亜里沙「んー?」キョトン




村の外れ。小さな洞窟の奥で出会った、不思議な存在を受け入れて。

海未もまた、旅に出る。


340 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:20:02 N5AJOES6


 ズズズ…


「よし… いけそう」




ゾ  ゾ  ゾ




  ズ ル リ …… ッ


ツバサ「ふー…」トッ






ツバサ「ようやく肉の器が創り出せるまでになった」グッ  グッ

「これでチカラの半分、といったところでしょうか」

ツバサ「まだ固いわね?エレナ  そんな畏まらなくていいの」

英玲奈「…そうだったな」




バササッ…


「あら…?」

ツバサ「ふふっ、久しぶり  お帰り、あんじゅ」


341 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 16:20:45 N5AJOES6
あんじゅ「確かにその姿を見るのは〜… 久しぶりね、ツバサ    もう結構、回復しちゃった〜?」

ツバサ「全快には程遠い あなたにはこれからもまだまだ頑張ってもらうつもりよ?」ニッ

あんじゅ「くす、お手やわらかに〜   それで、こっちは〜…?」チラ

英玲奈「……」




英玲奈「…新入りだ   英玲奈…と、呼んでくれ」

ツバサ「紹介するわエレナ、この子があんじゅよ  ま、私の右腕ってとこ?」

英玲奈「知っているさ」

あんじゅ「ふぅん…?私ったら有名なのね〜♪ よろしく、英玲奈〜」



 オ  オ  オ  オ  オ  オ



あんじゅ「それじゃあ〜…  あらためて…」ピッ

英玲奈「ああ」


 ザッ…







あんじゅ英玲奈「「 御復活、おめでとうございます 魔王様 」」







ツバサ「さあ……  今度こそ、世界を塗り還してやりましょう♪」バッ…



 三章:託されたもの 完


342 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 22:30:50 WjBImdLM

ARISEってSSだと結構敵周りになるよなw


343 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/11(木) 22:44:50 ClCMGHfw
なんとなく更新したらきてたからびっくりしたwww
やっぱり魔王はツバサさんだったか
話し方からしてなんとなくそう思ってたけど。
他のμ'sメンバーもどう登場するか楽しみだわ


344 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/14(日) 10:22:59 Le9LkiHE
非常によい


345 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/17(水) 01:38:54 KXRhNT0c
ゆっくりでいいぞ


346 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 00:54:11 7MmEFW62
たまんねぇなこりゃ


347 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:17:15 JpYVJny2

 ガサ  トッ…


穂乃果「思ってた以上…  やっぱこの森、深かったんだな」

ことり「結構歩いたねっ  雨も、いつの間にか止んでる」




ふたりはとうとう、森を抜けた。大きな都市の外観が目に飛び込んでくる。
森を出るための目印は付けていなかったので、闇雲に歩いた結果半日以上も経過していた。


穂乃果「疲れてないか」

ことり「ま、まだまだ平気っ」フンスーッ

穂乃果「タフになったなぁ… お姫様」

ことり「!  え、えへへ///」テレリコ

穂乃果「あ、普通に嬉しいんだ…」




人工の建造物を見ると、俗世に戻ってきた心地がする。
草木など、さえぎるものの無い空のもと。 晴れ間が広がり、太陽がふたりの姿を照らす。


穂乃果「いや… 今更だけど、こりゃもうお姫様なんて呼べないか…?」

ことり「ふぇっ?」


348 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:18:13 JpYVJny2
穂乃果「……」ジーッ

ことり「…?」キョトン


穂乃果はあらためて、日に照らされたことりの姿を眺める。

出会った頃のイメージはどこへやら。
あの美しかった衣服は、解れ、破れ、汚れ…  とても上等なものには見えなくなっている。
さらさらに流れていた髪は、頭髪洗剤で洗われることがなくなったおかげでボサボサだ。


今のこの姿、お姫様だなんてとんでもない。
野生的と表現するなら多少は聞こえがマシだが…  ぶっちゃけ、みすぼらしい。


穂乃果「森での生活、人をこんなに変えるんだな…  あたし、あの時海未ちゃんからどんな目で見られてたっけ…?」ズーン

ことり「なんだかスゴク失礼な落ち込み方してませんかっ!?」ガーン




ふたりは再び歩き出す。




ことり「ね  じゃあじゃあっ、ことりって呼ぶ?」ワクワク

穂乃果「なんでだよ 呼ばないよ」ピシャリ

ことり「がーん…」シュン…


349 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:19:01 JpYVJny2

スタ スタ


ことり「あの… こっちは」

穂乃果「都市への入り口」


…ピタリ


ことり「中に… 入る?」

穂乃果「? 別にこの街自体に用はないけど… ちょっとね」


穂乃果は都市の入り口、その大きな門に立たされている門番を見遣る。


穂乃果「お…  今日もご苦労なことで」

ことり「?」




ガチャ!

門番「おい、そこの…!  ん?」

穂乃果「まーだここに突っ立ってたんだ お勤めご苦労さん」


門番「お前、は…  ええと」

穂乃果「あの時は世話になったね、あんたのおかげで助かったよ…」

門番「…ああ、思い出した あの妙な旅人か  よくわからんが…?とりあえず感謝はされておこう」

穂乃果「ん  …もののついで、それだけ言いにきたのさ  じゃあね」ヒラリ

門番「……本当に、妙なやつだ」ガチャッ




テテッ

ことり「ほのかちゃん?」チラ

穂乃果「なんでもないよ、あたしの用は済んだ  さあ、行こうか」ザッ


門番「今日は、連れもいるのか  しかし…」フム


350 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:19:45 JpYVJny2

門番は、あの少女が前に森の場所を尋ねてきたときのことを思い出す。
あの時は…


門番(死人と中毒者を掛け合わせたかのようなひどい目をしていたが、さっきはだいぶマシな顔つきになってたな)


その旅人の歩みに、置いて行かれまいと。横に並ぼうと駆け寄るもう一人の少女の姿が目に映った。

門番(……んん?)




門番「どこか、見覚えのある顔… 気のせいか?」




自分はあんなみすぼらしい者に縁など無いはずだが。自分の親戚か誰かに、似た娘でもいただろうか?
そう考えているうちに、2人の姿は見えなくなる。やはりこの王都に用はなかったらしい。



「おいおい…  ボーッとしやがって、サボってんなよ」

門番「?」クルリ


もうひとりの門番が、気怠そうに話しかけてきた。




「御触書!さっきのが誰だか知らねえが、とにかく手当たり次第配れって言われてたろうが」

門番「ああ、そうだったな…  悪い、忘れていた」チラ


王都で出回っている、顔写真付きの御触書。
最近はここの近くを通った者に、たとえそれが余所者であろうと関係なく配ってしまうように言われていたのだ。
今は捜索願という体になっているものの、例の行方不明になった彼女には莫大な懸賞金までかけられており、どちらかというと手配書のようだった。

大きく拡大された顔写真。
そこには、あどけないながらも整った顔立ちをしたひとりの少女…




門番「…………は?  え、あっ  いや、まさか…」


351 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:20:32 JpYVJny2

………………

…………

……



とにかく、北へ。

方角は定まったものの、相変わらず穂乃果が選ぶルートはというと…
街道よりも、獣道。人多しよりも、魔物多し。


穂乃果「ふっ…!」ゾバ!

ドチャッ…

ことり「……」キョロ キョロ




魔物「」


穂乃果「どう?」ピッ

ことり「うん、他にはもういないみたい」

穂乃果「ん」チャキッ




森を抜け、都市を離れてから。
ここまで三日ほど歩いた。


穂乃果(この辺り… 逆に落ち着かないくらい見渡しがいいな)


352 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:21:03 JpYVJny2

一日前ほどからか。ずっと、開けた平野が続いている。
今のところ魔物とは、それなりに出会えているが…


穂乃果「なんというかまあ、のどかなもんだよね…  天気もいいし」ゴシッ

ことり「返り血を拭いながらそんなこと言われても… 反応に困っちゃうかも」

穂乃果「ちょっと休憩しようか」

ことり「うんっ」




適当な所に腰を下ろす。
暫し、くつろぐ。


ことり「あ…  このお花」

穂乃果「うん?」


353 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:21:38 JpYVJny2
ことり「ふふふ… これ、知ってる?知らないよねっ これはねっ」ドヤー

穂乃果「シロツメクサでしょ? もしくはクローバー」

ことり「がーん!」




ことり「ぜったい知らないと思ったのに…」シュン…

穂乃果「ええー…  なんか、悪かったよ」


ことり「ううん、いいの  …それに、やっぱりほのかちゃんも女の子だねっ♪これ知ってるってことは」パァァ

穂乃果「だって食えるもんな、クローバー」ウンウン

ことり「………サイテーです」ボソ

穂乃果「!?」ガーン


354 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:22:15 JpYVJny2
ことり「そうじゃないのっ! こうやって…」プチッ プチッ

穂乃果「?」


ことりは辺り一面に咲いている花、そのいくつかを摘み始める。


ことり「こうやって… 巻いて、巻いて」セッ セッ

穂乃果「……」




ことりの作業の様子を見て、穂乃果はなんとなくことりが何をしようとしているのか見当がついた。


穂乃果「あぁー… 草相撲とか、やってたなぁ 昔…」ポソッ

ことり「〜♪」




暖かな気温。雲ひとつない空。

ちょうどいい、今の内に軽く寝ておくか と。穂乃果は体を横たえ、目を閉じた。



………………

…………

……


355 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:22:54 JpYVJny2

ことり「できた…」

穂乃果「ん」ムクリ



昼寝をするには最高の環境だったと思う。
それでもぐっすりと眠ることはなく、ことりの漏らした小さな呟きで直ぐに目を覚ます。

いつでも、何が起きても対応できるように。
意識の半分を残したまま眠る癖がついてしまっているから。



ことり「おはようっ  ほら、これ見てっ」ニコー

穂乃果「おー」



満足げな顔でことりが掲げたソレ。

花で編まれた冠だった。


穂乃果「意外な特技ってやつ?器用な所あるんじゃん」フムゥ

ことり「わたし、ほのかちゃんの中だとぶきっちょなイメージなの…?手先が器用ってよく褒められてたのに… うぅ」シュン




ポスン


ことり「どうどう?似合う?」ニコー

穂乃果「はは、また清貧なお姫様だな  ま、今の恰好にはピッタリだと思うよ」

ことり「な、なんか皮肉っぽい…?   …ふふっ」クス

穂乃果「?」



ソレを自分の頭に乗せて、ニコニコと笑みを向けてくることり。
そのお気楽な様子に、呆れ顔を浮かべたつもりだったが…


ことりの反応を見て。
自分が今どんな顔をしているのか、よくわからなくなった。


356 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:23:33 JpYVJny2

ことり「わたし… こっちの方が好き  こっちの冠は、好きだった…」ポソ

穂乃果「…!?」バッ



何か、何かを感じる。気配?殺気?
こっちに、向かってくる?



穂乃果「なんだ、誰だ…?」ザッ

ことり「えっ?」




辺りを見回すと、遠くから何かが向かってくるのが見えた。
あれは…


穂乃果「馬、か…?  なんだ、なんでまっすぐこっちに向かってくる?」

ことり「!?  あれって…!」ドキ




ダカッ ダカッ  ダカッ…!


357 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:24:12 JpYVJny2

ダカッ!


穂乃果「……何の用、かな?」

ことり「あ……」フルッ



真っ直ぐに、こちらへ駆けてきた馬が、3頭。

そして、それぞれの馬に跨る、鎧に身を包んだ人間と思われるものが、3人。



穂乃果「…?」チラ

ことり「っ…!」ギュ…


突然馬で自分たちを囲う行動も不可解だが。
それより…  どうにも、ことりの挙動がおかしい。

…こいつらが囲ったのは、あたしじゃなく、お姫様?





穂乃果「お姫様?  もしかして、心当たりが…」


ことり「王家、騎士団……!!」グ!


「本当に、貴女だったとは…!」ガチャリ


358 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:25:04 JpYVJny2
ことり「その声…! 絵里ちゃん!?」ハッ

絵里「賊の方を捕らえなさい!」バッ


穂乃果「何だ…っ!?」ジャキ




目の前の騎士の号令で、左右のもう二人の騎士が穂乃果に刃を向ける。

左側の騎士が、馬に跨ったまま槍を突きだしてきた。




騎士A「抵抗するな!」ヒュッ

穂乃果「なんなんだ一体っ!」ブン!



バキィンッ!!  カランッ…


騎士A「っ!?」


穂乃果はとっさに大剣を構え、向けられた槍を弾き飛ばす。
騎士は己の槍を少女にあっさり跳ね上げられたことに、呆気にとられてしまった。


359 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:25:57 JpYVJny2
絵里「!」

騎士B「こいつ…!?」チキッ


今度は馬から降りた右側の騎士が槍を構えて襲ってきた。


ことり「ほのかちゃ…!」

穂乃果「離れてて!」ドンッ!


ことりを自分の後ろへ突き飛ばすようにして遠ざけさせ、右側の騎士と向かい合う。




騎士B「逆賊め!」ヒュオッ!

穂乃果「遅ぇ!」スバッ!


顔の位置あたりを狙ってきた槍による突きを、屈んで避ける。


騎士B「そこだ!」

ブン!

穂乃果「っ!」


顔を狙ったのは誘導のためだったようだ。
そのまま真下へ切りつけるように、騎士は槍を振り下ろす。


ゴガァンッ!!


360 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:27:04 JpYVJny2

スカッ…!


穂乃果「…遅いって、言ったんだ」

騎士「ぁ……!?」ボキキッ…


垂直に振り下ろしたはずの騎士の槍は、大きく斜めに逸れていた。当然、穂乃果には掠りもしていない。

騎士は、穂乃果の大剣によって鎧の上から叩き折られた片足のせいで、体勢が崩されてしまっていたことに遅れて気付く。


騎士「ぐ!おぁぁ…!!?」ゴロンッ

穂乃果「あっ…!? 鎧って、案外脆いのか…」




騎士の脚が、本来曲がらないはずの方向に90度近くまで曲がっていた。
確かにもともと、体勢を崩すために狙ったのは間違いない。が…


穂乃果(…少しは加減した、つもりだった)




ことり「いや!やめて!」

穂乃果「!?」バッ


361 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:27:55 JpYVJny2

後方から、ことりの悲鳴。
馬に乗ったままだった方の騎士が、馬から降りてことりの方へ向かっていたようだ。



ことり「離してっ!」ジタバタ

騎士「ど、どうなされたのですか!? 落ち着いてください、我々は味方です!貴女を助けに」

ことり「いやっ!」バシッ!

騎士「なっ…! こ、このっ、いい加減に」イラッ





穂乃果「お姫様!!」ダッ


絵里「 や め な さ い っ ! ! ! 」


362 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:28:43 JpYVJny2

騎士「「っ!!」」ビクリ

穂乃果「!」グッ!


辺りに、女性のものと思われる大声が響き渡る。
2人の騎士が、動きを止める。




穂乃果「どけぇっ!」ゴガン!

騎士A「ぐあ!」ガッシャアッ

ことり「!  ほのかちゃん…っ」


穂乃果はその隙をついて騎士を兜の上から殴りつけ、ことりを胸元に抱き寄せる。

そこから軽く距離を取って、声の主である中心の騎士を睨み付ける。




騎士A「団長…」

騎士B「うぎ、ぁぁ……」ズキン ズキン


絵里「これ以上醜態を晒さないで  国の治安維持に魔物対策まで一任されている、王家の誇る騎士団の名が泣くわ」ギロッ


穂乃果「あんたが… アタマだな」


絵里「……」ガコッ


363 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:30:51 JpYVJny2

中心の騎士が、兜を脱ぐ。


絵里「お久しぶりです、姫様」ファサッ…

ことり「絵里ちゃん…」

穂乃果「姫、様……? えりちゃん?」モヤッ




兜の下からあらわれたのは、ブロンドの髪に真っ白な肌。異国風の女性だった。
顔を見る限りでは、相当若い。


穂乃果「…知り合い、なのか」ヒソ

ことり「う、うん…」


364 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:32:00 JpYVJny2
絵里「賊よ  多少は腕が立つようですが…  悪いことはいいません  武器を捨て、投降しなさい」

穂乃果「あん?」

絵里「今ならまだ、極刑は免れるかもしれないわ 大人しく、その子をこちらへ引き渡してください  …下賤の者が、気安く姫様に触れるなっ」

穂乃果「……」


なんだろう。何か、癇に障るような。今更自分が多少貶されたところで、苛立つこともないと思っていたが。
偉そうな物言いのせいだろうか?




穂乃果「…話が全然読めないけど、向こうの知り合いはああ言ってるよ」クイ

ことり「……」


ことりは、穂乃果の腕の中で大きく息を吸い。




ことり「……いやっ!! わたしは城には戻りません!! …ことりのことは、もう放っておいてください!!」

絵里「っ!?」

穂乃果「…!」


365 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:33:10 JpYVJny2

穂乃果「……ふーっ」


胸を撫で下ろす。
…なぜかそうしたのかは、わからない。

いや… きっと、自分のやるべきことが定まったから落ち着いたんだ。
未だにイマイチ状況が呑み込めてないけれど、お姫様がこう言っているのなら。



穂乃果「そーいうこった  あたしは別に好きでこいつを連れてるわけじゃねーけど」グイッ!

ことり「わ…」ムギュ


再び、彼女を強く胸に抱いて。
挑戦的に騎士の素顔をねめつける。



穂乃果「いきなり人に襲い掛かってくるような危ない輩に、ほいほいとコイツは渡せないね  ……一応、あたしの弟子ってことになってんだ」

絵里「狂人…? あなた、自分が何を言っているか理解しているのかしら  私には全く理解できないのだけど」カキョッ カキョ



騎士は、腰に巻いていたホルスターの様なものに提げている容器の蓋を開けた。



穂乃果「…!?」

絵里「姫様を誑かし、連れまわす…  危ない輩は、危険な存在はどう見たってあなたでしょう?  身柄、押さえさせてもらう」コポ…!


容器から、液体が、水が、浮かび上がる。


366 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:33:45 JpYVJny2
穂乃果「! 魔法かっ  お姫様、離れてろ!」バッ

ことり「っ」タッ


絵里「水複合魔法、霧散・凍結」フッ…


浮かんだ水が、消失する。



ジュワ…



穂乃果「っ!」ビチャ


穂乃果の衣服が、一瞬で水を含んでズブ濡れになった。


そして…




 パ キィーン…!




ことり「ほ、ほのかちゃん!?」

穂乃果「これって…!!」ビキ!  ググ…

絵里「私が剣を抜くまでもない  だから投降しろと言ったのよ」クルリ


367 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:34:22 JpYVJny2

水を含んだ衣服が、凍らされた。肌に張り付いたまま凍った外套が身体の自由を奪う。
この氷、相当な強度だ。腕力ではどうにもなりそうにない。


穂乃果(複合魔法を時間差で…! こいつ)


ひとつの素にふたつの魔法を同時にかける、複合魔法。それだけでも高難度の技術だ。
それに加えて、時間差発動。

父親にはできなかった。母親は、この技術についてこう語っていた。



『私は頑張れば一応出来るけど…  こんな技、ぶっちゃけもう曲芸の領域ね  余裕のない実戦で使いこなすのなんて無理よ』



母にそう言わしめる技術。それを実戦で、ここまであっさりとやってのけてしまう。
そんな人間は、世界にも数えるほどしかいないだろうと教えられた。
だから穂乃果は、そんなレベルの人間なんて実際、世界中探しても『彼女』以外にはいないと思っていた。


つまり、この騎士は…




穂乃果(こいつは…!  雪穂レベルかっ)ググ


絵里「あれに枷をかけて拘束しなさい 王都へ連行する  姫様は、私が…」

騎士A「了解です!」タタッ


368 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:35:20 JpYVJny2

ザッ…


絵里「姫様…」

ことり「ほのかちゃんにかけた魔法を解いて」キッ

絵里「…!」


ギュッ!


ことり「!」

絵里「人攫いに何を吹き込まれたのか存じませんが…  こんな、おいたわしい姿になってしまわれて…」グ



今度は絵里と呼ばれた騎士が、ことりを己の胸に抱く。



ドンッ!

絵里「っ」ヨロ

ことり「わたしは攫われたんじゃない!自分の意思で城を出たの!」



しかしことりは絵里を拒絶し、はっきりとそう言い放つ。



絵里「姫様…!?」

ことり「今更になって、わたしのところに来て…  どうせ、上のひとに言われて仕事でことりを連れ戻しにきただけなんだよね」

絵里「それは」

ことり「絵里ちゃんも、わたしなんかどうでもよかったんだ  『南ことり』が、大事なだけだもんね」

絵里「っ…!」


369 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:36:29 JpYVJny2

バッ!


絵里「そんな!そんなことは! 私は…! 貴女の身を、あの日からずっと案じておりましたっ!」


ことり「一番いてほしいときに居てくれなかったくせにっ!!!」


絵里「……ッ」



ギリッ!



絵里「仕方、なかったのです…  あれから国は、混乱して…  私は、騎士団としての、職務を…」

ことり「……いいの  いいんだよ、絵里ちゃん  無理しなくても」

絵里「姫様…?」パッ







ことり「絵里ちゃんが尊敬してるのは… 大事に思ってるのは、わたしのおかあさんだもんね」

絵里「……!」




ことり「おかあさんへの義理立てで、わたしの面倒を見ようとしてただけ  そうでしょ?」

絵里「それは…」


370 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:39:24 JpYVJny2
ことり「…わたしは、だいじょうぶ  国だって、お飾りのわたしがいなくたってどうにでもなります  だから、もう放っておいて?」

絵里「……」

ことり「ほのかちゃんはね、すごく強くて、すっごく良いひとなの  わたしを助けてくれたんだよ?  だから、だいじょうぶ」ニコ

絵里「………そういう、わけには」






騎士A「熱っ…!?」


絵里「!!?」バッ


絵里は団員の声に、咄嗟に振りむく。
後方では団員の手によって、賊が拘束されているはずだった…

が。





穂乃果「炎魔法、炎鎧…!!」ボ ボ ボ

絵里「なんですって…!?」


賊の体に纏わりつくように、紐状の炎が渦巻いている。


371 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:39:58 JpYVJny2
穂乃果「コレな… うまく加減しないと服がすぐコゲちまうんだよ  あたしの一張羅…  やってくれたね、騎士サマよぉ」グ… ググ

絵里「どういうこと…」


絵里はもう一度、あらためて賊を観察する。
しかし、ただ無駄に大きな剣を背負っているだけにしか見えない。


絵里(仕掛けが仕込まれている様子もない…  魔法、よね? じゃああれだけの火、一体どこから!?)



ポタ… ポタ



騎士A「あ…! 団長の氷がっ」


穂乃果の自由を奪っていた氷は、みるみるうちに融けてゆく。




絵里「貴様…!」チャキ

穂乃果「剣を抜いたな  余裕が無くなってんじゃないの」ニヤリ


372 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:41:03 JpYVJny2

ことり「絵里ちゃん! ほのかちゃんに酷いことしないでっ! もうわたしたちのことは、放っておいてっ!!」


絵里「そういうわけにはいきません…  あなたは私が連れ戻す  …そして、コイツは国家反逆罪 間違いなく打ち首になるでしょう」キッ

穂乃果「あたしは国になんかした憶えは無いんだけどな…  まさか、本当にそいつは」

絵里「この国の王家を知らない、とでも…?  余程の田舎者なのか  それとも、ただしらばっくれているだけなのかしら」

ことり「!  そんなの、言わなくてもいいっ!だってとっくに、わたしはもう…!」





絵里「この国を治めていた、南王家  彼女はその王位正統継承者である南の第一子  南ことり王女よ」

ことり「っ…」

穂乃果「……なるほど、ねぇ」


ようやく、今回の騒動について合点がいった。
自分がおよそ一年間連れまわしていた少女は、この国の王族だったのだ。






絵里「さて… 今の事実を聞いて、あなたの考えは変わったかしら?」

穂乃果「確かにあたしは田舎者さ  不勉強なもんで、国のことなんてよく知らねえけど」ポリ ポリ


373 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:41:59 JpYVJny2
穂乃果「治めていた、ってのは…  過去形だな  今はどうなんだよ」

絵里「……」


予想はついている… というより、過去形である理由は既に聞かされている。
穂乃果は知っている。 ことりの両親はいなくなった…  おそらくすでに、他界しているということを。

…それでも、あえて相手に問うてみる。 我ながら、意地が悪くなったものだと思う。


絵里「…王と、王妃は………    殺された」

穂乃果「魔物か」

絵里「いえ、あれは…」ギリ

穂乃果「まあ、その辺はあたしにゃ関係ないね」






ジャキッ!


絵里「!」

ことり「!」


穂乃果「質問に答えるよ   ……こいつが何者かなんて関係ない!そしてアンタは気に喰わねえ! こいつは!あたしが連れて行くっ!!」ギラ!


374 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:42:45 JpYVJny2

チキッ

絵里「汚らわしい、蛮族が  姫様がどれほど高貴な方であるかなど、理解すらできないのでしょうね」ギロ

穂乃果「はっ、あのお姫様には存外王冠よりも花かんむりのほうが似合ってんよ  それより…」


…わかった気がする。さっきから、どうにも苛ついていた理由。







ことり「ふ、ふたりとも…!? 本当に、戦わなくっても…!」オロ


絵里「説得を試みた私が愚かだった!  姫様は返してもらうわよ!!貴様はこの場で処罰するッ!!!」ヒュオ!

穂乃果「さっきから、姫様、姫様…!  こいつをお姫様って呼んでいいのは!!あたしだけだッ!!!」グアッ!





自分がことりに、皮肉交じりに付けていたアダ名。

本当のことりの身分を知らなかったとはいえ。
その呼び方を我が物顔で使われているのが、どうにもおもしろくない。





絵里「私は王家直属騎士団団長、絢瀬絵里!! 国に、王に!背いた事を!!姫様を誑かし、汚した事を!後悔しなさいっ!!!」

穂乃果「汚らわしい蛮族の高坂穂乃果だっ!! ひとつの家族も守っちゃくれねえ国なんざ、心の底からどうだっていいね!!!」


ガ ギ ン ! ! !


375 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:43:32 JpYVJny2

お互いの初撃がぶつかり合う。
絵里はすぐさま次の攻撃へと転じる。


絵里「はっ!」ズバ!

穂乃果「っ」ビッ


穂乃果は最小限の動きで、その二撃目を躱す。
同時に、左の掌を相手に向ける。


穂乃果「雷ま」

絵里「てぇっ!!」ビュオ!

穂乃果「!」スバッ


魔法を発動させるよりも速く、次の斬撃が襲ってきた。
詠唱を切り上げ、再び回避に移る。


穂乃果(一旦、距離を…!)タッ

絵里「水魔法、槍水!」ビュッ!

穂乃果「ちっ!? 炎魔法、火球!」ボッ!



ジュ パッ!!



絵里「……」ピッ

穂乃果「……」ザリッ…



今度はお互いの魔法がぶつかり合う。
飛ばされた火と水は、どちらも相手を打ち消して消失した。


376 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:44:15 JpYVJny2

穂乃果「…アンタは剣を使うんだな  そこのポンコツ騎士ふたりは、そろって槍だったってのに」クイ

絵里「私には剣の方が合っていた、それだけよ」

穂乃果「悪趣味な鎧はお揃いのくせに、そーゆーとこは自由なんだ」


軽口をたたくが、油断はしない。
相手の挙動をわずかでも見逃さないよう、睨み合う。



絵里(また、炎魔法…  原理はわからないけど、さっきは雷魔法も出そうとしていた  ハッタリというわけでもなさそうだった…)

穂乃果(速い…  のんびり魔法を使わせてもらえる相手じゃなさそうだ  ってことは…)




絵里「どうやら私の水魔法、あなたにはいくら撃っても無駄みたいね」

穂乃果「はん  だったら、どうするよ?」



チキ

ジャキ



絵里「斬り伏せる」ギラ

穂乃果「だよなあ」ギラ


377 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:44:56 JpYVJny2
絵里「首と体がお別れした後、大人しく魔法でやられてればよかったなんて言っても遅いわよ!!」ダッ!

穂乃果「人間相手じゃ加減の仕方がわかんねえ、ぶっ殺されても文句言うなよっ!!」ズダ!



ビッ!

ギィン!


ヴン!

ガァン!


ギン! ガン! ゴンッ!! ヂギギギッ!!



騎士A「す、げえ…」

騎士B「どっちも、バケモンかよ…?」



絵里「はあああああっ!!!!」

穂乃果「だああああああっ!!!!」



ことり「絵里ちゃん…  ほのかちゃん」グ…


378 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:45:32 JpYVJny2

振る。躱される。

突く。弾かれる。

離れる。詰められる。



絵里(認めましょう…  確かに素人にしては、良い動きをする)


鋭く鍛えられた刀剣と。
錆の塊と化した大剣が。

火花を散らし、幾度もぶつかりあう。


絵里(型に嵌まらない、粗削りな動き…  まぁ魔物相手なら、遅れをとることはないかもしれないわね)




絵里は目を細め、神経を尖らせる。




絵里(でも、私には通用しない)ス…

穂乃果「! そこだッ!!」グア!


一瞬、絵里の動きが止まった。
その隙を穂乃果は逃さない。

踏み込んで大剣を振り上げ、大上段に…


379 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:46:00 JpYVJny2

絵里(あなたは見逃さないと思っていたわ)ザッ!


穂乃果「っ!?」ピクリ


既視感。
この構え、どこかで―――


穂乃果「ッッ!!!!」ズダ!


自分の大剣はすでに振り下ろされようとしている。
もう踏みとどまるどころか、軌道を変えることもできそうにない。


ギンッ! ギュオッ!


絵里は向かってきた大剣をいなすように軽く弾きつつ、
身体を捻りながら穂乃果との距離を詰める。




絵里「終わりよ!」グオッ…!


380 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:48:06 JpYVJny2


ゴ ァンッッッ!!!!




絵里「か…っ!?」フラ…




ドシャッ


絵里「あ、ぐ」グワン グワン

穂乃果「……もらうよ」ヒョイ


穂乃果は尻もちをついて倒れた絵里から剣を奪う。


穂乃果「ふっ!」バギン!   カラン、 カラン…


その刀剣を、大剣で叩き折った。






穂乃果「あたしの勝ちだな 騎士サマ」チャキッ

絵里「なんっ…!?くっ  いったい、どうして…」ズキン ズキン


ことり「今のって…」


381 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:49:12 JpYVJny2

あの時、誘われるままに剣を振り下ろしてしまった穂乃果。
とどまることは出来そうになかった。


穂乃果「兜を脱いだままだったのがアンタの敗因さ  あたしは、石頭だからな」

絵里「まさか…? 頭突き… なんて」ズキン


なので穂乃果は、あそこからさらに一歩踏み出した。
絵里が向かってくるであろう軌道上に、自分からも突っ込んだ。

体を捻ったときに一瞬穂乃果から目を背けた絵里は気付けなかった。
振り向いたときには頭がぶつかってしまうほど、向こうから距離を詰められていたことに。




絵里「野生の勘ってやつかしら…  あのカウンターが読まれるなんて」グッ

穂乃果「いや… 前に見たことがあったからな  対人を想定した、独特な動き…」チラ



ことり「あ…」

穂乃果「アンタの動きとは程遠い… へったくそなその技を、あのお姫様が見せてくれてたんだ」ピッ

絵里「!」


382 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:49:56 JpYVJny2

…確かに、私がいつも特訓に使っている場所は。
姫様の部屋の窓から、よく見える位置だった…


絵里「………ふ、ふふっ  ずっと、見られていたのですね」

ことり「ずっとずっと言ってたよ わたし… 絵里ちゃんと、お友達になりたいって」

穂乃果「……」



ザッ…



絵里「……撤退よっ! おそらく、今捜索に出ている小隊の戦力では敵わない!やむをえない… 報告の為にも、一度王都へ帰還します!」バッ


騎士A「い、いいのですかっ!!?」


絵里「もたもたしないの!あなたは負傷者を運びなさい!」


騎士A「りょ、了解っ」

騎士B「団長が、負けた…」




ことり「絵里ちゃん…!」タッ

絵里「……」


383 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:51:02 JpYVJny2
絵里「…すぐに隊を組み直し、連れ戻しに参ります それまで……」

ギロリ!

穂乃果「ん」

絵里「姫様に傷一つでもつけてみなさい、次こそ私の手で直ぐに首を刎ねてやるわ」

穂乃果「あ、は、ははは……   ま、負けたくせに…よく言うよ」(もう傷つけちゃいました、なんて言えないな…)

絵里「…姫様」

ことり「は、はいっ」ピシ

絵里「……」




絵里「…お風邪など召されませぬよう ご自愛ください」

ことり「!」




絵里は再び兜をかぶり、馬に跨る。

騎士たちは、穂乃果とことりから背を向ける。



ことり「絵里ちゃんっ!」

絵里「……」



ことり「わたし…! わたしなら大丈夫だから! 心配してくれて、ありがとっ!」

絵里「…出発!」パシンッ



ダカッ ダカッ  ダカッ…


………………

…………

……


384 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:51:51 JpYVJny2

穂乃果「そろそろ… 行くか」

ことり「うん…  あっ」

穂乃果「?」


なにかに気づいたことり。その視線を追うように、つられて穂乃果も下を見る。


ことり「……」

穂乃果「あー…」


グチャ…


いつのまにか、誰かが踏みつけてしまっていたのだろう。編まれた花のかんむりが、潰れて泥で黒く汚れていた。


穂乃果「えっと…  あたしが踏んじゃってた、かもな」ポリ ポリ

ことり「………これにはね、思い出があるの」スッ




穂乃果「思い出?」

ことり「うん」ギュ


ことりはそれをひろいあげ、浸るように目を閉じる。


385 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:52:28 JpYVJny2
ことり「おかあさんが、作り方を教えてくれたんです」

穂乃果「……」

ことり「それでね…  わたし、絵里ちゃんに作り方教えてあげたんだよ」ニコ

穂乃果「…あの、金髪か」


ヒョイッ


ことり「あっ…」


穂乃果は、ことりからそれを奪い取り。




ポスン


穂乃果「どう?似合う?」

ことり「へ……?」ポカーン



自らの頭の上に載せた。



ことり「………ぷ、ふふっ…  あはははっ」

穂乃果「……」

ことり「あはは!似合ってる!似合ってるよ!?どろんこな所が、ほのかちゃんにぴったり!あははははっ!」

穂乃果「言うようになったじゃねーか、あ?」ジト


386 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:53:10 JpYVJny2

ことり「ひー、ひー…  くるしいです…」ケホッ

穂乃果「笑いすぎでしょ…」




『…お風邪など召されませぬよう ご自愛ください』


穂乃果「……」




穂乃果「…行かなくてよかったのか あいつと……」

ことり「えっ?」ドキ

穂乃果「あいつは…」



きっと、家族ではないのだろう。
しかし、穂乃果の頭に園田海未の姿が浮かぶ。



穂乃果「大切な… 知り合いだったんじゃないの?」

ことり「……ん  絵里ちゃんは… 私のお世話係みたいな人だった、かな」ストン…




ことりは、再び腰を下ろす。


穂乃果「?」

ことり「ね、もうちょっとお話しよう?」ニコ


387 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:54:30 JpYVJny2
穂乃果「話?」

ことり「うん」


ことりは穂乃果に自分の隣に座るよう促した。
それに従って、穂乃果もまた腰を下ろす。


穂乃果「……」ソワ

ことり「わたしたち… 出会ってから、どれくらい経ったかな?」

穂乃果「ん?んー…  わかんないけど、一年くらいは経ってんじゃない?」

ことり「いちねんかぁ」



ことり「一年も… ずっと一緒だったんだねっ、ほのかちゃんと」

穂乃果「ま、そうだね…」






ことり「でも… それなのに ずっと、一緒にいたのに  わたしたち、お互いの事…  なんにも知らなかった」

穂乃果「…!」


388 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:55:13 JpYVJny2
穂乃果「………そう、だね」

ことり「……」



お互いに、感じていた。
この人は、きっと自分と似ていると。

そして自分は、とても普通とは言い難い、辛い境遇に置かれていた。自分には、思い出したくもない過去があった。

もし自分が相手だったら、きっと触れられたくないだろうと思ったから。



穂乃果「訊かなかったし、言わなかった」

ことり「訊かれなかったし、言われなかった」






穂乃果「訊かれたくもなかったし」

ことり「言いたくもなかった」






穂乃果「……」

ことり「……」


389 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:55:40 JpYVJny2

ことり「…わたしね、お姫さまだったの」

穂乃果「知らなかったよ  あたし、知らずに呼んでたんだ」

ことり「うん、そうだろうなって  すぐわかったよ」

穂乃果「すぐ?それは、なんで」

ことり「だって…」



ことり「ほのかちゃんは、わたしに笑ってくれなかったもん」クス

穂乃果「……は?」



ことり「すっごく、うれしかった」

穂乃果「???」






穂乃果「…ごめん、全然意味がわかんない」

ことり「お姫さまにはね… 普通は、みーんな笑いながら近づいてくるの」


390 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:56:22 JpYVJny2
穂乃果「ふぅん…?」

ことり「色んなお金持ちの家の男の子がね、そのご両親と一緒にニコニコしながらことりに挨拶しにくる」

穂乃果「はぁん よくわからんけどスゲーな、自慢話か?」

ことり「…羨ましいって、思う?」

穂乃果「いいや、想像すらできないよ  あたしとは本当に住む世界が違うな」

ことり「それだけならいいんだけどね…」



穂乃果「?」

ことり「そのご家族と少しお話した後にね、わたしが「ごめんなさい、あなたとは結婚できません」っていうの」

穂乃果「あぁ、結婚相手の候補なのか」

ことり「うん、だいたいはそうだね…  おとうさんも、そのつもりでわたしに会わせてたみたいだから」

穂乃果「文字通り、良い御身分だな」フムー

ことり「……」

穂乃果「あっ、ごめん… なんかイヤミっぽくなっちゃうけど、別に」

ことり「ふふ、いいよ」


391 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 22:57:02 JpYVJny2
ことり「そうやってお断りした相手とね、たまにパーティーで再会したりするの」

穂乃果「ぱ、パーティー…  あの、豪華な料理が無尽蔵に出てきて人々は踊り狂うってやつ?お伽噺じみてんなあ…」

ことり「そうなのかな?城ではいっつも開かれてたよ、パーティー」クスッ

穂乃果「それはあたしじゃなくても普通って言わないと思うよ… 多分」



ことり「でね?わたし、そのひとに挨拶するの  ごきげんよう、お久しぶりですね、って」

穂乃果「そりゃまあ、いちおう顔見知りになってるんだし別におかしくは無いだろうな」

ことり「でも、その相手のひとはね…」






ことり「すごく冷たい目でわたしを一瞥して、挨拶も返してくれずに立ち去っちゃう」

穂乃果「!」

ことり「初めて会いに来たときは、あんなに笑いかけてくれてたのにね」


392 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:01:51 JpYVJny2
ことり「…そのご両親も、同じ  自分の家を選ばなかったわたしを、親の仇みたいに睨んでくるようになる」

穂乃果「それは…」

ことり「わたし… 自分に向けられる愛想笑いが、すっごくキライだったの」

穂乃果「……」




ことり「…でも、ほのかちゃんは違った  わたしのこと、最初からにらみつけてたもんね」

穂乃果「いやいや… てか、それはいいの?」

ことり「普通の人は愛想笑いで近づいてくるのに、ほのかちゃんは…  わたしに笑いかけないし、近づいてくるどころか突き放そうとしてた」

穂乃果「……」




ことり「笑ってくれないし、取り繕おうともしない…  きっとわたしがお姫さまだって、知らないんだろうなって」

穂乃果「その割にはあたし、ピンポイントな呼び方してたんだけど」

ことり「あんなぶっきらぼうでバカにするみたいな「お姫様」、初めてだったよ?」フフッ

穂乃果「そ、そんなにか…?」


393 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:02:40 JpYVJny2
ことり「わたしのご機嫌なんてとろうとしない… ぶっきらぼうで、こわいひと」

穂乃果「それが、あたしってか? さっきから、えらい言われようだな」

ことり「すぐバカっていうし、なんだか扱いも雑だし」

穂乃果「ぐぬ…」

ことり「でりかしーは無いし  けっこう色々とテキトーで」

穂乃果「てめっ」






ことり「だけどたくさんのことを教えてくれて、何度も何度も守ってくれた」

穂乃果「……!」






ことり「何より…  ずっと側にいてくれた」

穂乃果「それ、は……  逆だろ  お前があたしに、無理矢理ひっついてただけだ…」

ことり「えへへ、そうだったかも」


394 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:04:38 JpYVJny2

穂乃果「…訊いても、いい? その……」

ことり「うん 大丈夫だよ」

穂乃果「どうして…  どうして家を、城を出た?  少なくとも、城にはあの金髪もいたんだろ?」

ことり「……」



ことり「おとうさんとおかあさんが殺されてからは、城に居場所がなくなっちゃったから… かな」

穂乃果「…居場所」



ことり「さっきも言ったみたいに、元々わたしに心から笑いかけてくれるようなひとはいなかったの」

穂乃果「……」

ことり「それに絵里ちゃんは、ことりと必要以上に距離を縮めようとしなかった… あくまでも、護衛の対象を扱うように 目上の相手を、敬うように」

穂乃果「あぁ… なんとなく、想像つくかも」



ことり「それに… 絵里ちゃんはおとうさんおかあさんが殺されてすぐ、城からいなくなっちゃったんです  お仕事の為だったみたいだけど」

穂乃果「なるほど、ね…」


395 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:05:10 JpYVJny2
ことり「王と王妃が居なくなった城  まるで空いた椅子を奪い合うみたいに、色んなところの名家が家族ぐるみで出入りするようになった」

穂乃果「……」

ことり「執事じゃ対応しきれないくらいの人の数  わたしは毎日、愛想笑いを向けられるようになった  ある意味、にぎやかだった」

穂乃果「……」

ことり「でも…」




ギュ…




ことり「わたしがごはんを食べるときは…  いつも、ひとりだった」

穂乃果「言ってたね…」






ことり「部屋に高級なお料理が、三食きっちり運ばれてくる  でも、一緒に食べてくれるひとはいない」

穂乃果「……」

ことり「おかあさんと食べるチーズケーキは、あんなに美味しかったのに」

穂乃果「……」

ことり「わたしは毎日、ひとり部屋で泣きながらごはんを食べてた  ぜんぜん、美味しくなかった…」


396 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:05:59 JpYVJny2
ことり「…結局みんな、『お姫さまの南ことり』にしか用はないんだって思ったら、たまらなくなって……  それで、城から飛び出したの」

穂乃果「……訊かれたく、なかった?」

ことり「ううん、話せてよかった  ほのかちゃんには、聞いてほしかった」



ことり「…でも  わたしがお姫さまだってわかって、ほのかちゃんはどう思った…?」

穂乃果「あの金髪にも言ったろ お前が何者か、なんて… あたしには、どうでもいいことだよ」

ことり「そっか…    ふふ、ありがとう」

穂乃果「……」グ






…自分の過去、か。






穂乃果「今度は…  今度は、あたしの話を聞いてくれるか?」

ことり「!    話して… くれる、の?  聞いても、いいの?」

穂乃果「聞いたっておもしろいもんじゃないとは思うけどね  小さな村で暮らしてた、ちっぽけな家族の話だ…」



誰かに聞いてほしいと思ったことは無かったけど。

なんとなく、自分も話さないと対等じゃないと思ったから。

…あたしもこの子と、対等でいたいと思ったから。


397 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:06:48 JpYVJny2

………………

…………

……



穂乃果「……そうしてあたしは、殺すための魔物を求めてあの森に入った   これが、お前と出会うまでのあたしの過去」



日も傾いてきた。穂乃果は結局、自分の過去を洗いざらいことりに打ち明けた。

自分の家族が置かれていた境遇。自分が犯してしまった罪。自分が殺してしまった妹と両親のこと。

包み隠さず、ありのままに話した。



穂乃果「長くなっちゃったな…  つまんない話だろ、こんなの」チラ

ことり「っ……!!」ポロ ポロ ポロ

穂乃果「なぁっ!!?」ゴーン!



話すことに知らず知らず夢中になっていたようだ。
ことりが嗚咽を堪えながら涙を流していたことに全く気が付いていなかった。



ことり「ひっく、ぅえ…  ぇぐっ」グシュッ

穂乃果「な、なんでお前が泣くんだよっ」アセアセ

ことり「ごべん、なざい…!」ジュル

穂乃果「はぁ!?」


398 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:07:29 JpYVJny2
ことり「わっ、わだしなんがよりも゙っ ほのがぢゃんは、ずっと…!それ゙なのに゙っ、同じだな゙んて、い゙っしょだなんて、わだし…っ!!」ボロ ボロ

穂乃果「………同じだろ、あたしたちは」



ことり「ぢがうよぉっ…!ぜんぜん…!」

穂乃果「同じさ…  普通じゃなかったから、普通に憧れた…  ひとつ違うとするなら、家族をなくしたところかな」



ことり「それは…  そこは  同じじゃ、ないの?」ズズッ

穂乃果「殺されたのがお前のせいじゃないのなら… きっと、運が悪かったんだろ    あたしのは、自業自得だった」

ことり「……」グス…

穂乃果「約束を、破ったからね」


自嘲するように、小さく笑う。






穂乃果「それで、お前は……」






穂乃果「あたしが災厄の申し子だって知って、どう思った?」

ことり「…っ!」




穂乃果「魔王を復活させて、家族を皆殺しにしちまうような奴に…  まだ、ついていこうと思えるのか」

ことり「関係、ない゙っ!!わたしはほのかちゃんが、厄病神だなんて思わないもんっ!!!」

穂乃果「………そう」


399 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:08:32 JpYVJny2

穂乃果「けど……」ゴクッ…



ことりの両親は、誰に殺された?一体、何に殺された?

絵里は何やら濁していたが… おそらく、魔物だったのではないか?

だとしたら。その、間接的な原因は…


…あたしはお前の、親の仇なのかもしれないのに。



ことり「でも…  素敵な、家庭だったんだね…  家族が、だいすきだったんだね」

穂乃果「…ん、うん」




パッ


穂乃果「そうだね… 自慢の両親に、自慢の妹さ   魔法だって… みんなあたしなんかより、ずっとずっと上手かったんだ!」


暗くしてしまった雰囲気を変えようと。
穂乃果はわざと口調を明るくして話し出す。



ことり「すごいね…っ ほのかちゃんよりも、じょうずだなんて…っ」グシッ


ことりも、穂乃果が気を遣ってくれていることを感じとり、なんとか明るく合わせようとする。



穂乃果「いや、雪穂は本当に凄いんだよ  あたしが10だとしたら…  120はある!」

ことり「ふふふっ、なにそれ…へんなのっ   …でもね?ほのかちゃん」ズビ

穂乃果「ん?」


400 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:09:31 JpYVJny2
ことり「実はことりのおかあさんもね、魔法が上手だったんだよっ」ニパッ

穂乃果「へえ… どのくらいだよ」

ことり「150くらい!」

穂乃果「いい度胸じゃねえか…」




穂乃果「これ聞いてもそう言えるか?雪穂はね、アレがすごかったんだよな〜… おかーさんから出された課題に対して作った魔法がさぁ…」

ことり「む〜… それなら、わたしのおかあさんなんかね?城の使用人が失敗して高ーい壺を割っちゃったときに…」



ふたりは、閉じ込めていた大切な家族との記憶を漁りだす。



穂乃果「あっ!そういえばあの日おとーさん、おかーさんからの誕生日サプライズで泣いてたんだよねー なんかちょっと、かわいかったなぁ」

ことり「絵里ちゃんを引き取って雇うっておかあさんが言って、初めておとうさんとケンカしてたの思い出しちゃった わたし、すっごく泣いたよ〜」




蓋をしていた、己の過去。
話せば話すだけ次々に蘇る、戻らない時間。




穂乃果「雪穂と毎日剣術の特訓  夜に外で、こっそり魔法の練習 おとーさんとおかーさんは、ご飯食べるのあたしが戻るまで待っててくれたんだ」

ことり「おかあさん忙しいのに、わたしのために時間を作って… おとーさんに隠れてこっそり外に出て、お花のかんむりの作り方を教えてくれたの」






失ってから初めて気付くと言われるそれは、確かに幸せと呼べるモノ。






穂乃果「そうだよ…   自慢の家族、だったんだ」ジ ワ
 
ことり「!」


401 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:10:26 JpYVJny2

穂乃果は今まで、何度も悔やんだ。

自分の犯した過ちを。

あの日の出来事を。

片時も忘れたことはなかった。



 けれど…



失った家族に思いを馳せて。

死という現実に向き合って。

悼んだことは、無かったのだと。

今更ながら、気が付いた。



穂乃果「ごめんね…  雪穂、おとーさん、おかーさん」ポロッ…

ことり「っ…! ほのかちゃん」グ



こころなしか少し温かい涙が、左目から溢れる。



穂乃果「せめて… せめてあっちでは、安らかに 平和に過ごせてるといいなあ」ポロ ポロ

ことり「おかあさん… おとうさんっ」ブワッ




穂乃果「そうだ、あたしはまだ…  あたしっ ありがとうって、言わなきゃだったんだ…!  うあああっ  うあああああああああん」ボロ ボロ ボロ…



………………

…………

……


402 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:11:32 JpYVJny2

ザッ


穂乃果「暗くなる前に、少し進もう  ここらはちょっと、ひらけすぎてる」

ことり「うん…」


ふたりして、ひとしきり泣いて。
落ち着いた頃に、穂乃果がそう言って立ち上がった。


空が、赤く焼けている。じきに暗くなるだろう。






穂乃果「ほら、早く立って  今日はそんな動いてないんだからまだ歩けるでしょ        ………………ことり、ちゃん」ポソ

ことり「えっ…!?」バッ!


403 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:12:46 JpYVJny2

穂乃果「な、なにさ」プイス

ことり「いま……?   ことりって、名前で」

穂乃果「っ」ギク




バッ

穂乃果「だ、だってお姫様なんて呼んでも、もう皮肉にもなんないし…っ! だいたい生意気なんだよっ、実はホンモノの姫でしたーとか…!」

ことり「えへへ…///」パァァ



言いながらそっぽを向いてしまった穂乃果の耳は。

燃えるような夕焼けに照らされて、真っ赤に染めあげられていた。






ことり「よーし…! それじゃ、しゅっぱーつ♪」オーッ

穂乃果「ちっ… なんだよ、元気有り余ってんじゃねーか…」ブツブツ



 四章:過去と思い出 完


404 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:18:57 u4snmlL.
乙!
戦闘カッコいいしことりともきちんと打ち解けられて感動しましたわ
続き期待してます


405 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:26:52 YukR5r.A
幸せすぎてなんかこのあとこわいな


406 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/19(金) 23:56:10 VZBY8IrM
ええ最終回やった( ;∀;)


407 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/20(土) 00:37:06 ca5YDp/c

誰かまた死んでしまうキャラがでてしまうのだろうか


408 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/20(土) 04:11:31 PH5XNB2Q
9人全員生き残るってことはなさそう


409 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/20(土) 15:33:16 zwZB5wsI
うみちゃんとかほのかさがしてつかまりそう


410 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/20(土) 19:26:28 .t94g8g2
おもしろいよ��


411 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/20(土) 21:14:10 6pbBKKGU
面白い!


412 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/21(日) 01:19:15 Ce8JYB5.
この穂乃果ちゃんは内山夕実で再生される


413 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/23(火) 08:41:14 GptK6ozs
すげ��いい


414 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/23(火) 19:12:28 zCcxjf96
なんだこれ一気読みしちまった 神か


415 : sage :2016/02/26(金) 22:38:21 /a4x6if2
だんだん穂乃果の口調がぶっきらぼうから
誰もがみんな知っている穂乃果ちゃんのそれに戻っていく過程がえがった


416 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/26(金) 22:40:13 /a4x6if2
失礼間違えた


417 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/02/28(日) 18:02:02 DqvXquZ.
まってるぞ


418 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/03(木) 19:51:23 30smiyfA
まってるまってる


419 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/05(土) 00:17:13 KYku.D.k
全体的に更新止まってるのが多くて寂しいね


420 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/05(土) 07:12:56 /kpwohaw
年度末だし、社会人だと忙しいんじゃないかな


421 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/06(日) 19:25:56 gk/lD/XE
まってるぞ


422 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/06(日) 21:31:09 kNuAYD76
ありがとうございます嬉しい

五章書きあがるまでもうしばらくお待ちくださいっ(・8・)


423 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/07(月) 06:47:03 5Inofe/Y
待ってるよー


424 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/07(月) 07:40:24 iEg9ZVAc
たのしみ


425 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/07(月) 13:04:00 pVUPmE7Q
年度末は学生であれ社会人であれ忙しいのが常
気長に待ってる


426 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 18:51:12 f/hkZsN2
まってるぞ


427 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 19:45:25 tmV2yt1Y

 ガコトン ガコトン ガタトン



海未「……」モグ…

亜里沙「海未さーん…  まだ着かないですか?」

海未「もうそろそろだと思いますよ」ムグムグ  ゴクン

亜里沙「むぅー…  さっきもそう言ってました〜…」ハフーン



馬車に揺られながら、握り飯をほおばりつつ亜里沙を適当にあしらう海未。

乗ったばかりの時は目を輝かせて興奮していた亜里沙だったが。
半日も経てばすでに、この規則的で単調な揺れと代わり映えのしない景色に、慣れを通り越して飽き飽きしてしまったようだ。



亜里沙「あっ、最後のおむすびも食べちゃいました?」

海未「!   ……はい」

亜里沙「早く着かないと海未さんもお腹すかしちゃいますよ〜ぅ…」テローン



村を出てから。
ひとつひとつ、間をおいて。噛みしめ、味わっていた握り飯。

今、その最後の一個を食べ終えてしまった。


428 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 19:47:11 tmV2yt1Y
海未「……」

亜里沙「?   海未さん…?」



海未は村を出る前に、旅に出たいという旨を両親に伝えた。
父親は声を荒げ大反対。母親は厳しい顔のまま黙りこみ、最後まで何も言ってはくれなかった。

その日の夜。後ろ髪を引かれる思いはあったものの、海未は弓と矢筒を背負い、黙って家を出ようとした。


そして、玄関にて。


そこには僅かに温かさの残る握り飯の包みと、小遣いと呼ぶには些か高額である金がそっと置かれていた…




海未「……噛みしめていたのです   私は、恵まれている…」

亜里沙「かみしめ?おむすびをですか?」キョトン

海未「ふふっ」



それから海未は、村と王都を行き来する馬車に乗せて貰って現在に至る。



海未「本当に、もうじき着くと思いますよ  この国で一番栄えているであろう都市、王都に…」


ガ タタン!!


亜里沙「きゃっ  ゆれた!」

海未「おっと…    ?  停止、した?」



御者「なんだ、あれはっ…!?」


429 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 19:48:25 tmV2yt1Y

馬を繰り馬車を走らせる御者の、驚きと恐怖が入り混じったような声が聞こえた。
海未は馬車の窓から顔を出し、御者に問う。


海未「あの、何かありましたか…?」

御者「魔物だ…!?」

海未「!?」バッ


御者の一言に、海未は顔を前方に向け目を凝らす。
すると、目を背けたくなるような光景が目に飛び込んできた。


海未「馬車が、襲われて…! このひとつ前の便ですか!?」

御者「いや、あれは商人ギルドの馬車です…  おかしい 普通この辺りの魔物は、馬車にまで襲い掛かってこようとはしないのに…!」

海未「っ…」

御者「…………もうアレは駄目でしょう  私たちはこれから針路を変え、大きく迂回します  到着が遅れますが、ご容赦を…」グ








海未「………いえ、私はここまでで結構です」ガタッ

御者「は?」


430 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 19:49:11 tmV2yt1Y

海未は素早く御者に運賃を手渡し、馬車から降りて駈け出す。


海未「置き去りにしていただいても構いません!私は大丈夫です! 寧ろ… 危険ですので、決して近づかないで!」ダッ

御者「お客さんっ!!?」



ヒョコッ

亜里沙「海未さん!?何を」パッ

海未「見捨てるわけにはいきません…! 見殺しに、するわけにはっ」タタタ



走りながら、弓に矢をつがえる。

惨状が、間近に迫る。



亜里沙「さ、3匹も…!」

海未「……!!」キリリ…ッ!


431 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 19:50:27 tmV2yt1Y

ヒュオ  ドスッ!!


魔物「ガ!ァア」ヨロ…


駆けてくる海未に気づかなかった獣型の魔物の首に、放たれた矢が突き刺さる。


海未「もう一撃……!!」キリ




ビッ!  シュドッッ!!




魔物「」ズン…


亜里沙「すっ、スゴイ!!?  海未さんっ!!」

海未「ふー…っ!」


首をもたげた魔物の眉間を2本目の矢が捉えた。
一匹目の魔物が横たわる。




海未(大丈夫、ここでも通用している…  この一年は、無駄では無かった)ギュ…


432 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 19:52:26 tmV2yt1Y
亜里沙「弓!すごいですっ! 海未さんはアーチャーだったんですねっ!」

海未「独学の付け焼刃です…  弱いままでは、置き去りにされてしまいますから」キリリ…


一年前、穂乃果が村を出てから。海未はがむしゃらに弓の腕を磨き、村の自衛団にも志願した。
それは、両親の暮らす村を護るために。そして少しでも、自分が強くなるために。

そして今や、バリケードのそばで安全を確保しながらではあったものの、村に襲いくる魔物を一人で狩れるまでに成長していた。



ビシュッ…!   ガキン!


海未「…!?」

魔物「ゥヴヴ」ギチ…

亜里沙「あっ…」 ザ



二匹目の魔物を狙い、放った矢。
それは、硬い外殻に呆気なく弾き返されてしまった。魔物には、傷一つついていない。



海未「そんな…  矢が、通らない…!」ビッ!  カキンッッ

魔物「ヴ…」ギョロリ

海未「!」


甲殻型の魔物が、その眼に海未を捉える。


433 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 19:53:39 tmV2yt1Y

亜里沙「…………物理が、通らない…? あの魔物には」ザ ザ ……


魔物「グウヴ!」ギャウッ

海未「どうすれば…!?」ギリッ

亜里沙「だったらその時は」



ペカッ!

亜里沙「海未さん!もう一度矢を! どこでもいいです、やつを狙って!!」バッ

海未「っ!?」キリリ…!


ビシュ!





亜里沙「炎魔法、燃焼!」ボッ!!

海未「えっ…!?!?」





亜里沙の声を聞いて、反射的に再び矢を放った。

すると弓から離れた矢が、一瞬で炎に包まれる。


 ヒ ュ ボ   ドッッ!!


魔物「ヴ…… ヴ」ギチ


火矢が甲殻を貫く。
魔物の胴体に、小さな穴が穿たれた。


434 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 19:54:30 tmV2yt1Y

亜里沙「雷複合魔法、送電・爆電!!」ヂッ………!




 ズ バ ン ! ! !




魔物「」ジュウウウ……   ズン…


海未「は………」ポカーン




魔物の胴体に小さく開いた穴に向かって、鋭くイカズチが迸ったかと思えば。

炸裂するような音と光。

そして、焦げ臭いニオイとともに絶命する二匹目の魔物。



海未「あ、亜里沙…?」

亜里沙「エヘヘ…  そうだった、自然系統の魔法なら任せてくださいっ」ドヤーッ

海未「……!」



バッ!



海未「とても、頼もしいです…! あと一匹!確実に仕留めますっ!!ちからを貸してください、亜里沙!!」キリリッ

亜里沙「はいっ!ガンバりますっ!」ペカ



………………

…………

……


435 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 19:56:24 tmV2yt1Y
魔物「ギ、ゴォオ……!ォ」ド シャ……


海未「っ……!   はぁ…」




ひとまず、安堵の息を漏らす。亜里沙の魔法の力の助けもあって、なんとか無事に3匹の魔物を全て狩ることが出来た。
海未が駆けつけてからは、馬車に手出しはされていない。


海未「ありがとうございました、亜里沙…」パッ

亜里沙「うぅ、眠い……ぃ」ムニャ

海未「え……!? なんか、透けてっ…!うすくなってませんか!?」ガバ

亜里沙「ちょっとだけ…  海未さんの中で、眠らせてくだしゃい…」スゥゥ…ッ




 フッ…… …




海未「き、消えた……  私の、中???」


436 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 19:57:21 tmV2yt1Y

…亜里沙。 本当に、謎の多い存在だ。
自分の中で眠る? 意味はよく理解できなかったが、おそらくいなくなってしまったわけではないのだろう。


海未(それよりも、今は…!)タッ


半壊している馬車の下へ駆け寄る。




海未「……!!」ズ キ




近づくと、そこには馬車を曳いていたであろう馬の亡骸と。

その馬を繰っていたであろう御者の、魔物によって喰い荒らされた無残な遺体。



海未「っ……、ぐ   …あの!誰かいらっしゃいますかっ! 魔物は退治しました! 誰か!?まだ無事な方は…!」



 ………ガタタ!


「なんだって…?」

「人の声!?魔物は…  じゃあ俺たち、助かったのか!?」

「ちょ、ちょっと待っててくれ!」


海未「!」



馬車から、人の声が返ってきた。


437 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 19:58:46 tmV2yt1Y

ザワ ザワ   ガヤ ガヤ


商人「おお…! あんたが、狩ってくれたのか」バッ


海未「は、はい……  もう少し、早く来れれば良かったのですけど」グ

商人「いや、助かった 本当に感謝してるよ」



ダカッ ダカッ  ダカッ   ガララッ!



海未「あ…」

御者「お客さん!ご無事で…!」



海未を乗せていた馬車は、立ち去らずに遠くから成り行きを見守っていたようだ。
魔物が狩られたのを確認して、海未のもとへ駆けつけてきてくれたのだ。



海未「あの… 代金は私が払うので、この方々も一緒に乗せていってもらえませんか?彼らの移動手段はもう…」

御者「もちろんです  お代なんて取りませんよ」

商人「! 本当か   何から何まで、ありがとう…!」


438 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 19:59:17 tmV2yt1Y

………………

…………

……


ガタン  ガコトン


海未(亜里沙… 大丈夫でしょうか)


あれから姿を現さない。
眠るとは、どのくらいの間だろうか?


海未「……」




海未(本当に助けられました でも…   頼りすぎるのは、きっとよくない)

「ね、あなた」

海未「はい…?」パッ


ギルドの商人たちを共に乗せ、再び王都へ向かう馬車の中。
1人の女性が海未に話しかけてきた。




「ウチと変わらないくらいの年やのに… 強いんやね、あらためてウチからもお礼を言わせて」ペコリ

海未「いえ… 私など」

「命の恩人よ」ニコッ

海未「……はい」


439 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:00:53 tmV2yt1Y

……ググ


海未「でも… 結局、救えなかった人も    私がもっと早く来ていたら…」ギッ

「…あの人が喰われてたおかげで、あなたが助けに来てくれるまでの時間が稼げた  あの人もまた、ウチらを助けてくれたんよ」

海未「……」

「せめて少しでも前向きに考えてあげないと  …誰だって、死んじゃったら  どう嘆いても帰ってこないんやから」

海未「…そう、ですね」

「あなたは優しいね…  少なくとも、あなたに責任なんてないよ」



(…きっと本当はウチのせい、なんや)グ








「あなたも、王都に用が?」パッ

海未「はい  人を探してて…」

「ふぅん…?どこから来たの?」

海未「ここから東にある小さな村です」

「東の?」

海未「はい」

「へえー!そういえばウチのお母さんも東の地の出身やったなぁ」

海未「そうなのですか?あの辺りは広いですが集落は少ないので、私と同郷なのかもしれませんね」ニコ

「あら、笑うと美人さんやねー♪」クスッ

海未「なっ…!?///」カァ


440 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:01:45 tmV2yt1Y
希「ウチは希 あなたは?」

海未「園田海未と申します」

希「海未ちゃん、か」



ガコトン  ガコトン   …ガララッ



御者「到着です!」ガタン



「良かった… 無事に生きて帰れるなんて」ポロッ

「もう駄目かと思ったよな…!」ウルッ

「商品が駄目になっちまったのが悔やまれるぜ」ハハハ



希「着いたみたいや」

海未「ええ」


タッ


希「また会う機会があったらサービスするよ」ニコ

海未「さ、さーびす…? 何をですか?」




「おーい!行くぞー!」

希「はーいっ」


441 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:03:25 tmV2yt1Y
希「じゃあね!海未ちゃん」

海未「は、はい  さようなら…」


ギルドの商人たちは、慌ただしくその場を去って行った。

海未も、早く入洛の手続きを済ませてしまおうと門へ向かう。




……ポンッ!


亜里沙「海未さんっ オハヨウございます!」クルリン

海未「あ…!  亜里沙、っ」ホッ






ピク…


亜里沙「アレ…?なんだろ、微かに……  魔力?」

海未「え?魔法…?」

亜里沙「………いえ、   気のせい、かな?」

海未「? それより、無事でよかったです   少し、頑張らせすぎちゃったみたいですね…」チョイチョイ

亜里沙「やん/// くすぐったい…///」クネ

海未(やっぱり、さわれてないんですけど…)スカッ スカ


442 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:04:29 tmV2yt1Y

門番「はい、これで手続きは完了いたしました」


海未「では…」

門番「あ、お待ちください」

海未「?」


ペラリ


門番「これを」

海未「どうも…」ペコリ

門番「一応決まりになっているので  ご一読いただければ」



亜里沙「それ、なんですか?」クルリン

海未(亜里沙、ちゃんと姿を消してくれているのですね… 声も私にしか聞こえていないようです)





海未「ふむ… 王女失踪、ですか  国も色々大変なのですね…」

亜里沙「おうじょ」





海未「でも私たちが探すのは穂乃果です!ここは人も多いし栄えている、あの子が居る可能性だって少なくはない…  行きますよ、亜里沙!」

亜里沙「おーっ!」ペカ


443 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:07:18 tmV2yt1Y

海未「あの、人を探しているんです 包帯を頭に巻いてる、外套を羽織った女の子なんですが」

「いや、知らないね…」



海未「人を探しています!片目を覆った大剣を背負う少女に心当たりはございませんかっ」

「た、大剣少女?そんなの見かけたら忘れないと思うな…」



海未「錆びついた鉄塊をぶら下げたボロマントの剣士知りませんかっ!?」ガシイッ

「んな奇人見たことも聞いたこともないよ!離してくれ急いでんだ!」

亜里沙「う、海未さん……」



王都には着いたものの…  今の穂乃果に関しては何も手がかりがないので、とにかく手当たり次第に街の人へ聞き込みです。
しかし、成果は芳しくありませんね…




海未「うぅ…  穂乃果、王都に寄ってはいないのでしょうか?」ガックリ

亜里沙「あの… 探すにしても、このやり方さすがにヒコウリツでは…?」

海未「私もそう思います ですが、こうする以外思いつきません…  役所に届けたら捜索してもらえたりするでしょうか」

亜里沙「ん〜…  なにか行き先の手がかりとか無いんですか?その、穂乃果って人の」

海未「ありません……   いや、正確に言えば… 無いこともない、か」



『魔王を、討ちにいく』



海未「…彼女が目指しているのは、魔王の居場所   そこがわかれば、苦労はしませんが…」

亜里沙「……」


444 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:08:32 tmV2yt1Y

魔王の居場所なんて。
わかっているのなら人類はとっくに、あらゆる戦力を動員して総攻撃を仕掛けているだろう。



亜里沙「海未さん、提案なんですけど」

海未「はい…?」

亜里沙「ここでヤミクモに尋ねまわってても、この調子だとちょっと時間を無駄にしちゃいそうですし」ピッ



亜里沙は、海未の懐を指さす。



亜里沙「最初ワタシに質問したじゃないですか  その魔法を解くのも目的のひとつですよね?」

海未「あっ…」ハッ

亜里沙「そっちからアプローチしてみるのはどうですか?手がかりゼロの人探しよりは、手が付けやすいかと」

海未「なるほど… ふむ」



暫し、考える。

頭が些か固かったようだ。自分はどうにも視野が狭いというか、物事に対して思考が極端になりすぎるきらいがある。
高坂家から持ち出した読めない文章。これもある意味、穂乃果についての手がかりのひとつだ。

海未は、亜里沙を指先で撫ぜてやる。



海未「あなたには本当に助けられますね  良い提案です、亜里沙」チョイチョイ

亜里沙「やん♪ エヘヘ…///」テレリ



………………

…………

……


445 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:09:46 tmV2yt1Y
役人「魔法の専門家、ですか…」

海未「はい」


亜里沙の意見を採用し、魔法に精通している人間を探すために役所を訪ねた海未。
窓口の役人は、難しそうな顔をしている。


役人「それは、学び舎の講師の方などでもよろしいのでしょうか?」

海未「いえ、もっと深い知識を持つ方… 本当に、様々な魔法を専門に扱っているような」

役人「ええと…」



役人「申し訳ございません、その道で有名な方は、少なくともこの街にはいらっしゃらないかと…」

海未「…そう、ですか」ガックリ



天下の王都だというのに、この結果。
少なからず気落ちした。

問題の魔法。 あれは学び舎で普通に教わるような知識ではどうにもならない。

しかし、改めて考えると…




海未(魔法、か……   今まで深く考えたことはありませんでしたが、もしかしてこれは  未だ発展途上の技術なのでしょうか)


役人「あの」


446 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:12:46 tmV2yt1Y
海未「はい?」

役人「西の街についてはご存じですか?」

海未「西?」

役人「王都を出てから西にしばらく行くと、ひとつ街があります  小さめの街で、この王都ほどに栄えているわけでもないのですが」





役人「そこには、魔法を専門に扱っている研究所がございます」

海未「!」





役人「詳しいことはわかりませんが、結構な規模であると有名ですよ  そちらを訪ねられてはいかがでしょうか」

海未「研究所…! 魔法の」

亜里沙「おおーっ」


そんな所があったとは。 規模の大きい施設などは大抵が王都にあるものと思っていたが。

魔法の研究所…  これ以上の場所はないだろう。




海未「ありがとうございますっ」ペコ

役人「いえいえ」ニコ


447 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:13:37 tmV2yt1Y
海未「あの… あとひとつ、お聞きしてもいいでしょうか」

役人「はい、なんでしょう?」


海未「…探し人を、届け出ることはできますか? 国の方から、捜索願を出していただけたりとか…」

役人「……」


役人はまた、難しそうな顔。
いや、先程よりも少し苦い表情。




役人「申し訳ございません  一般の方に対して、国はそういった申し出を受け付けません」

海未「!   ……そう、ですか」



役人「…時代が時代ですからね  突然の失踪、行方不明者、身元を特定できない亡骸の発見…  ひとつひとつに対応していたら、とても手が足りません」

海未「……」

役人「王女のケースもありますので、国にとって重要な立場の方であれば… 特別な対応をとられる可能性もあるかもしれませんが」




…無理です。

私も穂乃果も… 所詮、いち村落の一般人。碌な労働力にすらならない、ただの子供です。


448 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:14:21 tmV2yt1Y
亜里沙「海未さん…」

海未「……」


…ペコリ


海未「…わかりました  色々と…丁寧に、ありがとうございました」

役人「はい  また何か不明なことがございましたら、遠慮なくお申し付けください」





…スス

亜里沙「大丈夫ですか…?」ピョコ

海未「ええ、……駄目でもともとでしたから  この程度で落ち込んでなどいられません」ニコ

亜里沙「……」

海未「…さあ、西を目指しましょう! もしかしたら、穂乃果もそこにいるかもしれませんよ!」バッ

亜里沙「お、おーっ!」クルリン


役人(えっ、独り言…?)ヒキ


449 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:15:14 tmV2yt1Y

ザワザワ  ガヤガヤ


亜里沙「あ〜あ〜… 西かぁ   またバシャでの移動になるんですよね〜」ハフーン

海未「そうですね、そうなりますね   馬車いいじゃないですか、のんびりできて…   私は好きですよ?」

亜里沙「最初は楽しかったです… 最初は」テローン

海未「ふむ…」



街を歩きながら、必要な物を買い足していく。
西の街までどのくらいかかるのかもわからない。念の為の食糧と、減った矢の補充と……



海未「あ…! そうです せっかく王都まで来たのですし、あれを買いましょうか」ポム

亜里沙「アレ?」

海未「ちょっとした遊戯を知っているのです きっと良い暇つぶしになるでしょう」



海未はそう言って、雑貨屋に足を踏みいれた。



………………

…………

……


450 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:16:02 tmV2yt1Y

亜里沙「こっち!」ピシ

海未「ゔあん!! 何故なのですぅーーっっ!!?」ガクゥー



ガタタン  ゴトトン



亜里沙「やった♪ これでワタシ、18連勝ですねっ!」ペカー

海未「 ど う し て 負けるのですっっ……!!」グ! メココ

亜里沙「あっ、ババが…」

海未「もう一度です!!!」バッ

亜里沙「そのジョーカー、2枚目なのに…  予備も曲げちゃってどうするんですか海未さん」フスーン



再び馬車に揺られつつ、遊戯に興じる海未と亜里沙。
王都を出てから、数時間。






ガタン…


御者「到着です」


亜里沙「あっ、着いたみたいですよ  わーいカチニゲ〜♪」ピューン

海未「そんな!?」ガーン


451 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:17:52 tmV2yt1Y

ザッ


海未「この街で…  なにかが掴めると良いのですが」

亜里沙「ケンキュウジョはどこかな?」キョロキョロ


確かに王都ほどではないが、十分に栄えていると思われる街。
通りを歩く人々の数が、ここの活気の良さをあらわしている。




海未「ん〜…   私がここに来たのはこれが初めてなので、また役所のお世話に」

亜里沙「海未さん!見て!すっごく大きい建物!」ピシ

海未「っと…」ピタ



亜里沙が興奮気味に指を差した方に顔を向ける。

確かに、驚くほど巨大な建造物が見えていた。



海未「確かに大きい、あれは…  もしかして  あれが、そうなのですかね…?」

亜里沙「?」



海未「あの…! すみません」タッ


452 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:18:39 tmV2yt1Y
「はい?」クルリ


近くを歩いていた通行人の一人に声をかける。




海未「この街にある、魔法の研究所というのは…」

「ああ、あれですよ  あそこに見えてる大きな建物」

海未「!  ありがとうございます…!」ペコ


なるほど、有名にもなるわけだ。
街のどこにいても目に入りそうなほど高く大きく設計された建物。それが魔法の研究所らしい。
魔法という技術の研究。きっと、相当な額が投資されているに違いない。




海未「よし…  いきましょうか、亜里沙」ザッ

亜里沙「れっつごー! ですっ」オーッ



………………

…………

……


453 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:19:38 tmV2yt1Y

海未「お、大きい…」

亜里沙「たかい!」


王都の城より大きいのでは?と思ってしまうほど。
しかしこの建物に、無駄な装飾や煌びやかさなどは皆無だ。ただただ、大きく造ってあるだけ。




海未「いきなり押しかけて追い返されたりしないでしょうか…?」

亜里沙「中からたくさんの魔法を感じます…! 多すぎてぐちゃぐちゃです! むーんっ」




海未「…関係者でもない私が、すんなり入れてもらえるのでしょうか」モニョモニョ ブツブツ

亜里沙「……海未さん?」

海未「私の話なんて聞いてもらえるかどうか…  なんとなく、穂乃果もここにはいないような気もしますし…」ウジウジ ウダウダ

亜里沙「海未さーん  おーいっ」

海未「…で、出直しましょうか?  そうです!今日のところは、ひとまず様子見と」ヨシ!

亜里沙「もぉー!早くいきましょうよっ!」ミャー


454 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:20:22 tmV2yt1Y
受付「御用件は」


海未「その………   魔法について、知りたいことがあって」

受付「どのような魔法についてでしょうか」

海未「知識系統の、えっと…」

亜里沙「解除、解読かな?」

海未「そう、知識系統の魔法の解き方が知りたいのです」

受付「少々お待ちください」ガタッ



受付の女性が裏へ引っ込む。

しばらくして、ひとりの男性を連れて戻ってきた。



受付「こちら、知識系統を専門に扱っている部署の者です」

研究者「こんにちは  …では、あちらでお話を伺いましょう」

海未「は、はいっ」


455 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:21:14 tmV2yt1Y
研究者「ここに客人というのは珍しいんですよ  なにか飲み物でもお出ししましょうか」

海未「そんな、お気遣いなく…」


研究者というよりは、対応役。そんな雰囲気の若い男性。
海未を席に着かせ、机を挟んで海未と向かい合う。


研究者「では、本題に…  魔法について訊きたいことがあると?」

海未「…これを」スッ



重要な物であるはず。人前で出すことには少し抵抗があったが、見せないことにはなにも伝えきれない。
海未は高坂家から持ち出した、例の魔法をかけられている和紙を懐から取り出し、男に差し出す。



研究者「あ、あー……」グヌヌ

海未「何かを知りたい、というよりは…  ここにかけられている魔法を解きたいのです  今は、ただそれだけ」

研究者「これは…」ガタッ


456 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:21:51 tmV2yt1Y

男が、席を立つ。


海未「あの…?」

研究者「………申し訳ございません   自分では役不足のようです 他の者を呼んできますので」




ヒョコッ

亜里沙「やっぱり難しいんですね?」

海未「なんだか少し、申し訳ない気持ちになります…」


亜里沙と小さな声で話しながら、男の後ろ姿を目で追う。




ガチャ


研究者「!   お疲れ様ですっ!」ペコッ

「はいはい、お疲れ様  …ん?」

海未「?」




男が裏へ引っ込もうとしたタイミングで扉が開き、白衣の女性が姿をあらわした。

男はその女性に向かって深く頭を下げる。



海未(目が合いました…)


「…あそこにいるのは、誰?」

研究者「客人です  その、実は…」


457 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:23:58 tmV2yt1Y

「ふ〜ん…  情けないわね、もっと学びなさい」

研究者「は、はい…」


「さて、知識系統…  なんの魔法なのかしら」スタ スタ

研究者「!  貴女みずから…!?」



海未(こっちに来る…  子供? いや、私と同じくらいでしょうか)



男と会話していた白衣の女性が、こちらに向かって歩き出した。
ずいぶん若く見えるが…




「こんにちは  それ、見せてくれる?」

海未「あっ、はい…」スッ


ピラリ


「……なるほどね」


458 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:25:10 tmV2yt1Y
海未「あの…」

「これは確かに相当な知識がいる  ここまで複雑な暗号化の魔法は、なかなかお目にかかれない」


白衣の女性は和紙にさらりと目を通すと、海未の向かいの席に腰を下ろす。




「この魔法を解きたいらしいケド、これは本当にあなたの物なの?」

海未「えっ…?」

「解けないってことは、あなたが魔法をかけたわけじゃないでしょう  どこかから盗んできた物だったりしないか、って訊いてるの」

海未「!!」ギクリ

「これ、言ってみればセキュリティみたいなものよ? 犯罪の片棒担がされるのは勘弁願いたいわ」フゥ




言われてみれば、図星。
これは、よその家から勝手に持ち出したもの。

客観的に見れば海未のやっていることは、極めて犯罪に近いのだと今更気付かされた。



海未「…………家族の、ものです  今は亡き私の家族が、遺したものなんです…」

「ふーん…?」ジト


真実に近い、嘘。
ひどく良心が痛む。しかし、今更後に引くことはできない。




海未「それで…  解けるのでしょうか?この魔法」

「それは愚問ね  私を誰だと思ってるのかしら」フフン


459 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:26:14 tmV2yt1Y
真姫「この西木野真姫、識らないことなんてひとつも無いわ  私に扱えない知識系統の魔法なんて存在しないはず」バッ


亜里沙「ほえー  大した自信家ですねえ、ホントかな?」ヒョコ

海未「こ、こら…!」ボソッ

真姫「?」








真姫「さて…  それじゃ、解くわよ」ピラ

海未「えっ、そんなアッサリ出来てしまうものなのですか…?」

真姫「私なら、ね」




真姫の手が、和紙の文字に触れる。




真姫「………解読、 ……解錠、 …解除」キン…!


460 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:26:42 tmV2yt1Y

真姫「……………ん?」




亜里沙「わー、ホントに解けたみたいです!魔法が消えました!」

海未「!」


ガ タ!


海未「あの!なにが書いてありましたか!?」

真姫「……」



身を乗り出す海未。
しかし、真姫は黙ったまま和紙を手放そうとしない。






真姫「…これは」

海未「返して…! 見せてくださいっ!」グイ!

真姫「あ、ああ  はい」スッ


461 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:27:54 tmV2yt1Y
海未「………………っ!    ………あ、あれ?」


魔法の解かれた和紙に目を落とす。




海未「文に、なった?  でも……  読め、ない」

真姫「……??」ムム


描かれているものの見え方が、変化している。
なにがなんだかわからなかったものが、はっきりとこれは文章なのだと断言できるような法則性のあるものになった。
それを見れば、今までは全体にモザイク処理のような効果がかかっていたのだとわかる。

なのに、それでも読めない。これは、日本語ではない?



ピッ

海未「あ」

真姫「どう見ても記号的よね…?んん? ごめん、コレちょっと調べさせて  ……あぁ、ド忘れ?徹夜明けで、頭が働いてないのかも」コツ コツ



和紙を海未から引っ手繰り、そう言い残して真姫は奥の方へ引っ込んでしまった。



亜里沙「…取られちゃいました!?」ゴーン!

海未「なんとも、マイペースな方ですね…」

亜里沙「えっ  いいんですか?あれ、大事なものなんじゃ…」

海未「………悪い人では、なさそうでしたし」




勝手に持っていかれたことには、多少の不安を覚えるものの。
ひとまずは、あの研究者に任せるのが今できる最善だろうと海未は判断した。

魔法は解けたはずなのに。 海未には結局、何もわからなかったのだから…


462 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:28:43 tmV2yt1Y


………………

…………

……



海未「もう一度です!!」シュビ!

亜里沙「あれやりましょうよぅ  最初に話してくれた、あの…  ソリティア?」

海未「駄目です!ババ抜きをやるのです!」グイー!

亜里沙「海未さん、ガンコ……」ゲンナリ

海未「なぜ勝てないのです…!?何かあるはず、  はっ!? 亜里沙、魔法でズルとかしてるんじゃ」

亜里沙「してませんよぉー!」ワーン




 バ タ ン ! !




海未「ッ!?」ビクッ



真姫「……!」フー、フー


463 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:30:15 tmV2yt1Y

ズカ  ズカ  ズカ!


海未「な、なん…」

真姫「あなた…!」



グイ!



真姫「これ、家族のものだって言ったわね…!?  あなたの家族が遺したもの!確かにそう!言ったわよね!!」

海未「え!?っと、それは」ドキ



どこかの扉が突然、なんの前触れもなく大げさすぎるほどの音を立てて開かれたかと思えば。

戻ってきた真姫は鼻息を荒くし、和紙を海未に突きつけながら詰め寄る。
なにやら、ひどく興奮している様子だ。



真姫「あなたの名前は!?」ズイッ

海未「そ、園田……  海未?」タジ

真姫「園田…! なるほど、園田 それが」ゾ ク












真姫「なら、きっとあなたがそうなのね!?  見つけたわ…!  『魔法使い』の末裔っ!!!」



 五章:魔法とは 完


464 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:32:35 tmV2yt1Y
およそ半分か、このスレ内で終わらせられない気がしてきた


465 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 20:46:12 YnHmvcmY
おつおつ
メンバーも出てきて物語が広がってくね
これからも楽しみにしてます!

生存報告はちょくちょくお願いしますね


466 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 21:30:56 Af35ITOc
お疲れ様です


467 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/12(土) 22:25:36 u8DR8rpk
おもしろす


468 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/13(日) 14:38:43 8WQAPJnI
安定して面白い
むしろこれで中盤なのかと驚いてる


469 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/13(日) 16:27:37 qqp/5urk
王都での魔力なんなのか気になりますな


470 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/13(日) 20:15:10 85gLpEGs
希は魔力ありそう


471 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/13(日) 20:18:09 VydJxHwo
続きが気になりまくりなのだが


472 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/14(月) 01:04:54 8wtnNgm2
まだ出てきてないメンバーはどんな風になるんだろうな
いやまだ希に関しても全然わかってないわけだけど
楽しみ


473 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/16(水) 22:01:02 QzhoP3qM
まってる


474 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/17(木) 00:33:04 qWwsonPY
必ず帰ってくるのよ


475 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/17(木) 00:34:58 WczHtzS.
他のスレと違ってここは焦らんでも大丈夫そう
ゆっくり待つよ


481 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/23(水) 01:21:44 mkwIsOe2
頑張って


482 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/23(水) 06:24:21 Cy/cYrrI
待ってる


483 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/24(木) 12:14:20 7I6z8xDE

ここでの学者真姫ちゃんはメガネが良く似合いそうだな


484 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/29(火) 02:42:27 zG48qd1w
>>1です
更新は4月以降になるけどファイナルで燃え尽きたってきっと完結まで頑張るから!(;8;)
という生存報告


485 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/29(火) 07:13:37 2joFuE.g
おかえり��ファイナルたのしもーぜ


486 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/30(水) 22:15:59 FFqbikPI
まってる


487 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/03/31(木) 16:14:44 fCsG2C/I
まつてーる


488 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/02(土) 00:10:07 n0iI5g96
まつてーる


489 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/02(土) 18:03:28 VJpb.0NY
まってる


490 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/04(月) 19:58:14 ps4kvLUc
まってるまってる


491 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/06(水) 19:19:49 Wqy4fPPU
まだなのか


492 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/07(木) 01:39:34 oRimX.Lo
待ってるよ��


493 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/08(金) 00:45:06 UutUF3IA
まだか


494 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/09(土) 00:22:05 1FbovaPE
完結してくれ


495 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/11(月) 12:27:10 ijkUIxpY
頼むよ


496 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/12(火) 22:36:57 oyAqbCmE
遅っそいよね、でも少しずつちゃんと書いてるよ待たせて申し訳なし
まだ僕はラブライブ好きです…!


497 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/12(火) 23:08:10 DPz4zalY
来てくれたのか!書いてくれてるならいつでもいいよ!


498 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/13(水) 17:52:27 QRfpva7g
更新する限り待ち続けるぞ


499 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/13(水) 22:55:58 ziAd7AtI
生存報告あざーす


500 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 02:40:02 FptpoB3U
まだかよおおお


501 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:16:58 XK5QJxOg

グゥゥー


ことり「あっ…///」カァ

穂乃果「……」


バッ


ことり「………き、きこえた?/// 今の…」

穂乃果「なにが?」

ことり「あっ、いや!? なんでもないのよ!? ナンデモ!///」アセアセ


腹の虫の鳴き声。
ことりは顔を真っ赤にして手で腹をおさえる。




穂乃果(…このままだと、まずいな)


502 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:17:57 XK5QJxOg

北へ、北へと進んでゆく。
進むにつれ、土地の様子がだんだんと変わっていった。

緑が、自然が。景色から失われていくのだ。

今となっては、明らかに人の手によって舗装されたような、無機質な石畳の道路ばかりが目に映る。



穂乃果「食えるものがなかなか見つからないもんな…」キョロ

ことり「!!///」(やっぱり聞かれてた!)ゴーン



舗装された道を避けても、あるのは岩だけでできたかのようなハゲ山ばかり。
そんなルートを選んでも、リスクばかりが大きくなる。

今のところも、魔物とは良いペースで出会えている。なので最近は、歩きやすいルートを選んで北上していた。






 グゴォ…!



穂乃果「っ! ことりちゃん!左だっ!」ジャキ!

ことり「!」タッ


503 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:18:51 XK5QJxOg

穂乃果の声に素早く反応し、ことりは前方に踏み出す。


穂乃果「おらっ…!」ビュオ


穂乃果の左側を歩いていたことりは、穂乃果の邪魔にならないよう大剣の届かない範囲へ。
ことりを挟んで穂乃果の左から姿を現した魔物に、錆の塊を突き出す。



ドッ…!   ギ チ



穂乃果「! 硬…」

魔物「ォオ゙」グアッ


錆びついた大剣は、獣型の魔物を貫ききれず。
硬めの肉に阻まれ、致命傷に至らない。

魔物が巨大な爪を大きく振り上げ、穂乃果に狙いを定める。


ことり「!!  ほのかちゃ」


504 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:19:55 XK5QJxOg
穂乃果「くっ」ズ ボ

魔物「ヴ」ブン!!


穂乃果が剣を魔物から引き抜く。
同時、魔物が爪を振り下ろす。



 ザグ!!!



ことり「っ」ゾワ

穂乃果「は…!」ザッ  チャキ



間一髪。横に転げて魔物の一撃を躱し、剣を構え直す。

誰もいない地面に思い切り腕を叩きつけた魔物は、まだ頭の位置が低い。



グ ア



穂乃果「だ あっ!!!」 ゴ


 メ キャ……!!


505 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:20:54 XK5QJxOg


魔物「」

穂乃果「ふー」チキッ


穂乃果は相手と同じような動作をお返しとばかりに、錆びた鉄塊を叩きつけるように振り下ろして魔物の頭蓋を砕いた。

絶命したのを確認して、大剣を背に収める。




タタッ

ことり「ほのかちゃんっ! もう、ヒヤヒヤさせないでって言ってるのに!もっと安全に戦ってください!」ワー

穂乃果「難しいこと言うね…」




穂乃果(………でも、魔物の質が…  レベルが  うん、全体的に強くなってきてる気がする)


気のせいではないだろう。ことりの言うように、自分でもヒヤリとする場面が多くなってきたように感じる。
それでもこの程度、禁止区域の森で経験したギリギリさと比べれば大したことはないのだが。




穂乃果「ちゃんと、近づいてるってことなのかもな  こいつらの、親玉のトコに…」ボソ



………………

…………

……


506 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:21:46 XK5QJxOg

穂乃果「ここは…」

ことり「街、だね…」ホエー


また道なりにしばらく進むと、大きな街に着いた。
ここのところは立派に舗装されていた道路が続いていたので、人の集まる場所に至るのは別に不思議なことではなかった。


ことり「王都以外の街かぁ…」

穂乃果「……」フム




…どうする?

あたしは、何よりも自分の目的を優先する。
目的を遂げるため、無駄なことはしてられない。寄り道なんて、以ての外。

そう、すべて自分のため。 私がとるべき最善は…




穂乃果「ここ、入ってみよっか」

ことり「えっ」


507 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:23:05 XK5QJxOg
ことり「……」ポカーン

穂乃果「嫌?」

ことり「へっ?あ、イヤじゃない、けど!  うん、わたしは…」ワタ ワタ

穂乃果「……」



ことり「でもなんか、意外…です  どうして街に?」

穂乃果「……人がいるなら、食い物もあるでしょ? 最近、ろくに食べてないからさ」

ことり「あ…」

穂乃果「これは寄り道じゃない  先を見据えて、備えるんだ  あたしだって別に、死に急ぎたいわけじゃないから… ね」


ことり「……」


…いいたいことは、わかります。ほのかちゃんの言う通り、わたしもお腹が空いてるし。

でも…


ことり「わたしのために、とか  無理してたりしない…?」チラ

穂乃果「なんでだよ  あたしもお腹すいたよ  久しぶりに肉たべたいな、肉」

ことり「………そっか!  えへ、わたしも!」パッ




知ってしまった、穂乃果の過去。

他人から恨まれ、謗られ、疎まれ続けていた過去。


ことり(…ほのかちゃん)




かつては独り、森で暮らして。そして今も、人の少ない道を選び進もうとする穂乃果。

それは本当に、魔物を殺したいという理由だけからくるものだったのだろうか。


508 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:24:30 XK5QJxOg

ザワ ザワ


穂乃果「人、いる…  多い」

ことり「王都とは違う雰囲気…」キョロキョロ



ザワザワ…    ガヤ ガヤ



穂乃果「さて、食いもんはどうやって手に入れよーかね」

ことり「あっ、あそこ!お店だよお店!」

穂乃果「む」



穂乃果「店かぁ  うちは買い物とか、たまに両親がやってくれるくらいだった  豚とか牛とか手に入るんだよな…」ジュルリ

ことり「わたし、いちど自分でお買い物やってみたかったの!早くいこ!ほのかちゃんっ♪」ウキウキ











魚屋「ハイ、4匹で1200錢」

ことり穂乃果「「えっ??」」


509 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:25:05 XK5QJxOg
魚屋「はぁ?」ギロ


穂乃果「あっ……!」ハッ

ことり「!  そ、そうでした!」


ペコ!


ことり「ごめんなさい!出直します!」タッ

穂乃果「ご、ごめんなさい」ダッ


頭を下げ、すぐさま逃げるように店から飛び出すふたり。




ことり「……お、おかね!」バッ

穂乃果「そうだよ…  買い物って、金がいるんだ  忘れてた」




穂乃果「…どうしようもないじゃん」

ことり「ええええええーーーーっ………」ゴーン…


510 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:26:05 XK5QJxOg

穂乃果「そういえば、金って…  どうすれば手に入るんだ?」

ことり「民から集める…  民はどうやって集めてるの?」




穂乃果「……」

ことり「……」




…ヒソ ヒソ   コソ コソ


穂乃果「…ん?」



「物乞いか…」ヒソ

「きっと身寄りがないのよ  みて、あの恰好」ヒソ

「売られてないだけマシさ…  しかし、まだ若いのに不憫な」ヒソ


ザワ ザワ


ことり「?」





人通りのある道の真ん中で、金は金はと話しながら途方にくれていると。

気づけばなにやら周囲から注目を集めていた。


511 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:27:20 XK5QJxOg

ポイッ  チャリン


ことり「?」

穂乃果「あ…」


人ゴミの中から、何かが穂乃果たちに向けて投げられた。
穂乃果はそれを拾い上げる。


穂乃果「…お金だ」キラ

ことり「えっ?その小さいのが?」




ことり「お金って、そういうやつなの?」

穂乃果「見たことねーのかよ 普通お金もちだろ、王様お姫様って  あたしもまあ、銅貨より大きいのは見たことないけどさ…」

ことり「わたし、自分でお金さわったことない…  欲しいの誰かに言うだけで、すぐそれが城に届くもん」

穂乃果「うわあ  これが本物か」




キョロキョロ


穂乃果「てかこれ、どうすればいいんだ  誰かが落とした…?」

ことり「落とし物はね、届けてあげるのが大事って習ったよ」ムフー

穂乃果「届けるって、どこに?」

ことり「?」キョトン

穂乃果「……ここ、置いとくか  必要なら取りに来るでしょ」スッ


512 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:28:29 XK5QJxOg

街中をふたり、あてもなく歩く。


穂乃果「……」トボトボ

ことり「あぅ… あのお店からイイにおいします…」

穂乃果「すげーなー… 調理された後のが貰えて、その場で食えるんだ…」

ことり「貰いたいね…」

穂乃果「金さえあればなぁ」


ことり穂乃果「「はぁ…」」グゥゥー




街の中心、大通り。
両脇に様々な店が立ち並んでいる。


穂乃果「なにを売られてても、買えないんじゃなあ」

ことり「…あれ? あのお店、なんだろう」

穂乃果「ん?」




ことりが、ひとつの店を指さす。
店の前には、客を呼び込むためののぼり旗がはためいている。


ことり「買います、って…   お店だと、売るんじゃないの?」

穂乃果「えーと、「質」……   あぁ、あれは質屋だね」

ことり「質屋?」


513 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:29:56 XK5QJxOg
穂乃果「そう、質屋… ものを買い取ってくれる店、   ………そうだ」


はたと、思い出す。


穂乃果「金を得るために、モノを売るための店   そういえば、おかーさんはおとーさんの作ったやつを街に卸して稼いで…」

ことり「売る…」

穂乃果「うん  買うのとは逆に、なにか価値あるものを差し出せば… その分の金が貰えるんだ」



閉鎖的に暮らしており、市場に関わりを持ったことが無かった穂乃果。しかし売買に関しては、知識として知っていた。
そうだ。両親から、座学で教えられていた。


ことり「差し出せば、お金がもらえる…」タタッ

穂乃果「まあでも、あたしらは何にも出せるものが…  って、おい!?」


514 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:31:51 XK5QJxOg

突然駆け出し、一人で店に入っていってしまったことりを追いかけ、穂乃果も遅れて店に入る。


穂乃果「ちょっと、ことりちゃ」タッ


ことり「あの!これをお金と替えてもらえませんかっ」チャリ

店主「はいー…?」


穂乃果「!  あれは……」



この質屋の店主であろう小太りの男の前に、ことりが差し出していたもの。

それは今となっては、穂乃果もとっくに見慣れたもの。 …見慣れすぎて、そんなものがあったという認識も薄れてしまっていたもの。




『すみません お金は本当に無いんです…  なので、代わりにこれを受け取ってもらえませんか?』




穂乃果(ことりちゃんの、腕輪)


515 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:32:26 XK5QJxOg

ことり「どうでしょうか…?」

店主「これは…  はぁ、少々お待ちください 鑑定させていただきます」ガタ




店主(なんだよこれ…  ついてる石が本物の宝石だとしても、傷多すぎるわ泥汚れが隙間に固まってるわで… 買ってもらう気あんのか、まったく)




穂乃果「ことりちゃん、それ…」

ことり「……」


店主「ふー…」キュッ キュ


516 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:33:21 XK5QJxOg
店主(このふたり、身なりからしてみすぼらしいしな  これもどうせオモチャかなんかじゃねーのか…  ん?)キラリ


見た目以上に汚れていた腕輪が綺麗に磨かれ、本来の輝きを取り戻す。
大きな石の結晶に挟まれるようにして、小さく控えめに刻まれた紋章が顔を出した。


店主「はっ………!?」バッ


ことり「?」

穂乃果「ん?」

店主「あ、ああ  いや…!」ドキッ


バッ


店主(ほ、本物か…!?  ついてる宝石は…! 本物! 嘘だろ!? これは王家の!!)プルプル




ことり「あの…」

店主「っ!」ドキ!


517 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:34:44 XK5QJxOg
ことり「買って… もらえませんか?  すこしでも、お金になりませんか…?」ウルッ

店主「……!?」ドクン




店主(物の価値をわかっていない…?どこでコレを  …このガキ共、盗人か? なら)ニヤリ




店主「…そうですねぇ  コホン、本来なら買い取りも拒否させていただくほどに保存状態の悪い品なのですが」パッ

ことり「あぅ…」シュン

穂乃果「……?」ピク



店主「しかし、うちではお客様へのサービスをウリにしております! こちらの品… 特別に!3万銭で買い取らせていただきましょう!」ニッコリ

ことり「!  ほんとうですかっ」パァァ

穂乃果「……」




ことり「ほのかちゃん!3万銭だって!これでご飯たべれるねっ!」

店主「クフッ… ン、   では、こちらの同意書にサインを……」ゴソゴソ




穂乃果「おい」


518 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:36:12 XK5QJxOg

ピ リ



穂乃果の冷えた声が店に響いた。


ことり「え…?」

店主「っ?」ドキッ


穂乃果「おっさん、この剣みてくれよ  いくらで買い取る?」ジャキ!




店主の眼前に大剣が突き出される。


店主「こ、れ  は……  ええと」タジ

穂乃果「きったねぇだろ  手入れ、全然してないんだ」

店主「…そうですね  この状態だと買い取」



穂乃果「色んな血が ベ ッ ト リ こびりついたままなんだよ  ……たくさん殺してきたからさぁ」ニ タ リ

店主「ッ!?」ゾク!


519 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:37:17 XK5QJxOg
ことり「ほ、ほのかちゃん?」



穂乃果は口の端を歪め、ことりを一瞥する。
店主の目には、もはや目の前の生物が少女には見えなかった。


穂乃果「あたしはコイツと違って、世間知らずでもなけりゃ甘くもない…  それと、ウソつきはキライだな?」

店主「あ、ぁ」ブルルッ



穂乃果「それ、いくらで買い取るかもう一度言ってくれ  答えによっちゃ、この剣もあんたに買い取って(うけとって)もらうことになるかも」ス…

店主「ひ」ビク






穂乃果「ちゃんとよーく考えて…  あたしの眼を見て言ってよ  それ、いくらで買うって………?」ギロリ!!

店主「ししっ、しつ!?しつれいしましたぁ!!ぉおおお客様ぁ!!!!」ガバ!


520 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:38:52 XK5QJxOg

………………

…………

……


穂乃果「ここまでとは…」ズシリ

ことり「すごいね… お店のありったけのお金って言ってたけど」ゴクリ




穂乃果の手には、麻袋が握られている。
中に入っている何枚もの大型の金貨が、歩くたびにガシャガシャと音を立てる。


穂乃果「確か銅貨一枚ですごい豪華な晩御飯が食べられるくらい…  金貨… この金貨一枚でどのくらいなんだ…?」

ことり「でも、ちゃんと売れてよかったぁ  これ、3万銭より多いってことだよね?ほのかちゃんスゴイ!買い物上手ってやつだね!」

穂乃果「それを言うなら売り物上手じゃない?  てか、3万どこじゃないよコレ…  桁がみっつかよっつくらい違うと思う」ジャラ




ことり「これでお買い物できる!早くなにか食べようよほのかちゃん!」パァァ

穂乃果「ん…  でも」




穂乃果(あの店は多分、間違いなく吐き出せる最大の金を出してきたんだ  ってことは…  アレにそうするだけの価値があったってこと)


521 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:40:09 XK5QJxOg
ことり「?  でも?」

穂乃果「…売って、よかったの?  あれ、あの腕輪って」

ことり「あ、あぁー…」




ことり「…うん  だってもともと、ほのかちゃんにあげようとしてたくらいだよ?」ニコ

穂乃果「でも、こんな高く…  あの店の男の反応もおかしかったし」

ことり「いいのいいの! きっと役に立てて本望だよ、あの腕輪も」

穂乃果「そうか…?」

ことり「うんっ!そうなの!」



ことり(…もうわたしは、お姫さまじゃないから いいんです)










穂乃果「でもあれだね  これだと食い物より先に必要なものがあるな」

ことり「?」



穂乃果「財布 買いに行こう」


522 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:41:17 XK5QJxOg

ことり「食べたね〜…  けぷ」

穂乃果「料理を食ったって感じがする…  美味かったぁ」



ふたつの財布を購入し、金はひとまず二人で均等に分けた。
それでも明らかに使い切れないほどの金で贅沢に腹ごしらえを済ませ、食後の運動がてら街を歩く。


ことり「これからどうするの?」

穂乃果「そうだな…」



そこそこ時間を使ってしまった。
まだ明るいが、まもなく日も傾いてくるだろう。


穂乃果「宿…  金払って、ひとまず明日まで街で過ごすか」

ことり「宿?」

穂乃果「簡単に言うと、家が借りれるんだよ  寝るとこと… あぁ、お風呂もあるんじゃないかな」

ことり「おふろ!!? 宿いく!いきます!」ガバァ

穂乃果「よし…  あそこに見える、デッカイとこ入ってみよう  金なら多分足りるでしょ」


523 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:43:05 XK5QJxOg

受付「ご予約のお客様でしょうか?」


穂乃果「いいや、飛び込みだけど  ふたりで」

受付「…ここでの料金は、一泊でおひとりさま最低6万銭からとなっておりますが」(何を考えてここに来たんだ、どうみても薄汚い貧乏人…)

穂乃果「これじゃ足りない?」スッ

受付「っ!? 大判金貨…!  じゅ、充分でございます 申し訳ございませんっ」ペコー

ことり「?  なんで謝るの?」キョトン

穂乃果「……ん?」チラ




受付「お二人様ですと、最上級の松の部屋に空きがございますよ〜 いかがでしょう」ニコニコ

穂乃果「ッ!?」ドキ

ことり「最上級ですか〜♪ じゃあその部屋に…」

ガシ

穂乃果「出よう、こと…!っ  ここは、やめておこう」グイ

ことり「ほぇ?」

受付「えっ お客様…」


524 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:46:18 XK5QJxOg

タタタ


穂乃果「ふーっ…  そうだよな…  王女なんだ、当然か」

ことり「はぁ、はぁ  どうしたの?ほのかちゃん…」




ことりを連れて、宿を出た。
受付のカウンターの横の掲示板に貼られていた紙が目に映ったとき、あの金髪の女騎士の姿が思い出された。


穂乃果「……」






穂乃果「ことりちゃんを探してるっていうビラがあったんだ  顔写真付き、懸賞金までかけられて…」

ことり「!」


穂乃果「素性が… 居場所がわれたら、国がまた追っかけてくる  今度は、前回よりめんどくさいことになると思う…」

ことり「ご、ごめんね…  そっか、わたしのせいで」シュン

穂乃果「いや、責めてるわけじゃない  ……せっかくの宿に風呂、ゆっくりしたいじゃん?念のため、だよ」

ことり「……ぅー」

穂乃果「王都からは遠い街だし、すぐに素性がバレるとも思わないけどさ  一応ね…」



………………

…………

……


525 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:47:02 XK5QJxOg

ことり「な、なんだか…  雰囲気が」オドオド

穂乃果「中心部は華やかに栄えてた…  けど、こんなところもあったんだな この街」



大通りを避け、街の端に向かって歩いていった。
すると、立ち並ぶ店はだんだん少なくなり、街の様子も見かける人間の雰囲気もいつの間にか大きく変わっていた。


穂乃果(人の服装も、今のあたしたち寄りじゃないか…  なんとなくだけど、この辺りはさっさと抜けたほうがいい気がする)

ことり「み、見られてる…?」ゾクッ






「聞いたか、あそこに住んでたやつの子供」

「ああ、最近奴隷商のが品薄なんだろ?消えたってことは、そういうことだろうな」

「ヒヒっ  くわばら、くわばら」



ことり「…!?」

穂乃果「……」


526 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:48:25 XK5QJxOg

………………

…………

……



穂乃果「! あそこ…宿じゃない?  まるで」

ことり「「泉ノ宿」…   でも、なんだか」



穂乃果「あたしの住んでた、うちみたいだ」
ことり「きたないっていうか、おんぼろ?」



ことり「はっ!? ご、ごめんね!さっきのところと違いすぎて…!」ゴーン

穂乃果「……別にいいけど」




暗く澱んだ場所を挟んで、中心部から大きく離れたところ。
かつて穂乃果が暮らしていた村のような、田が、畑が一面に広がる、まさしく田舎と形容できる土地に出た。

そして、そこで見つけた宿もまた、高坂家を思い出させるほどに古めかしい木造の建物だった。


穂乃果「客、いるのかな…」

ことり「入ってみようよ!」


527 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:50:04 XK5QJxOg

ガララ


「いらっしゃいませ」ニコ

穂乃果「予約はしてない  飛び込みでふたりだ  空いてる?」キョロ キョロ




穂乃果(…張り紙の類は無いね 辺鄙なとこだし、ここなら安心していいかな…?)

「おふたり用の部屋は空いておりません  おひとりさま用の部屋をふたつならご案内できますが、どうなさいますか?」


ことり「え?それって…」

穂乃果「ああ、かまわない  お願いするよ」

ことり「わたしたち、一緒の部屋じゃないの…?」

穂乃果「そうなるみたいだな  意外と繁盛してるんだよ、きっと」

「お手数おかけします こちらがお部屋の鍵です  それと宿帳にお名前の記入を…」チャリ





「凛ちゃーん  お客様をお部屋までご案内してー」

「はーい」トテテ


528 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:51:16 XK5QJxOg

「こちらと、こちらのお部屋になりますっ」

穂乃果「どーも」



ことり「ここ、おふろってあるんですか?」

「ありますよー!朝から開放されてますから、お好きな時間にどうぞ!」

ことり「!」キラキラ

穂乃果「思ってたよりしっかりしたとこなんだな…」

「では、ごゆっくりー♪」テテッ




従業員に案内され、奥の部屋がいくつか並んだ廊下まで通される。


穂乃果「変わったところだな   受付にいたのも、さっきのも… あたしらと大差ない子供じゃんか」

ことり「あっ、確かにそうだね  大人はいないのかな?」

穂乃果「…てか、お風呂どこなんだっけ  もう入っていいんだよね?」ソワリ

ことり(ほのかちゃんも楽しみにしてたんだなぁ、おふろ)


529 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:52:28 XK5QJxOg

………………

…………

……


カポーン…


ことり「た、他人と入ること前提のおふろだなんて…!///」カァァ

穂乃果「温泉っていうんだってさ デカイ風呂だなぁ」

ことり「え?広さは城のおふろのほうが…」

穂乃果「それこそ一人用じゃないでしょ…」





ことり「ほのかちゃん、知らない人が入ってくるかもしれないんだよ…?そんな堂々としてたら」

穂乃果「別にいいだろ 男女分けられてるだけ贅沢なんじゃないの」スッポンポン

ことり「はぁ〜ぁ……  そういうとこあるよね、ほのかちゃんって…」フゥ

穂乃果「お前たまにあたしのこと本気で見下すよな」

ことり「見下してないよ?  これは本当に理解できないものを見る目だから」

穂乃果「間違いなくバカにしてるな?」ジト





ガララッ!


ことり「きゃっ!?(誰か来ちゃった!)///」ビク!

穂乃果「ん?」



「お背中!お流しいたしますにゃーっ♪」ニパ


530 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:53:27 XK5QJxOg

ザァァ…   ゴシゴシ



ことり(うぅ、城にいた頃みたい…/// この子は使用人、この人は私の使用人…!///)

「お客さん、汚れてますね〜! 石鹸なくなっちゃいそうにゃ」ゴッシ ゴッシ


穂乃果「……」チラ

「ん? ああっ、次はそっちのお客さんもやってあげるね!待ってて!」ニコ

穂乃果「いや、別にいい…」ザパッ



ことり「あ、あの…! もういいですからっ ありがとうございます充分ですっ  えっと…」

凛「凛は凛だよ! どう?気持ちよかった?」

ことり「ほぇっ?う、うんっ  どうも、ありがとう…?」


531 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:54:29 XK5QJxOg
穂乃果「……」


凛「へへ、ちょっと馴れ馴れしかったよね  でも、この辺りで同い年くらいの女の子って珍しいから!お客さんは大人の人ばっかりだし!」

ことり「そうなんだ… えっと、凛ちゃん?で、いいのかな」モジ

凛「うん!あなたは?」

ことり「…ことり、です  よろしくね」

凛「よろしくね! じゃあ、そっちの人は…」

穂乃果「……」フイ


チャプ…


凛「あれっ…」

ことり「ほのかちゃん?」





穂乃果(…なれなれしいな、本当に  そういうの、なんか苦手だ)トプン


穂乃果は自分でもなんだかわからない感情に苛まれ、逃げるようにしてその場から離れて、湯船に浸かった。
…嫌悪?いや、恐怖? 少し、懐かしい。


532 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:55:30 XK5QJxOg
凛「ありゃ…?」シュン

ことり「わ、悪気があるわけじゃないと思うの!  あのね?あのひとは、わたしの…   と、っ」グ

凛「?」

ことり「……………とってもいい子だよっ!  優しくって、強いんだ」

凛「あ〜、確かにすっごく強そうにゃ わかるにゃー」ウンウン










凛「ことりちゃん!ついでにシャンプーもしてあげるね!」ワシャワシャー

ことり「じ、自分でできますぅっ!///」ワー


穂乃果「……」チラ





穂乃果(あたしのことを知らない、他人か…)チャプン



………………

…………

……


533 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:56:43 XK5QJxOg

ことり「ふあーっ…  えへ、きもちよかったね!おふろ!」パッ

穂乃果「そうだね  本当に久しぶりだった…」ペホー


風呂からあがり、備えつけのタオルを手に取る。
結局、後から入ってくる客は一人もいなかった。






凛「ひゃあ〜…」


ことり「?」キラキラ ツヤツヤ

穂乃果「…?」サッパリ

凛「ふたりとも…  すっごく綺麗に」ホエー






凛「本当に汚れてたんだね〜… ことりちゃんなんて、どこかのお姫様みたいにゃ 髪さらさら!」

ことり「あ、あはは…」ギクリ

穂乃果「さて、これからどうすっかね…」

凛「あっ もうすぐご飯の時間なんだけど、ふたりとも夕食は?食べる?」

ことり「!  食べる!」

穂乃果「いただこうかな  あっちの店の方までもっかい歩くには、ちょっと遅いし」

凛「はーい!まいどあり〜♪ 宿代追加料金9百銭×2になりま〜す」ニコー

穂乃果「…それって先に言わなきゃいけないんじゃないのか」


534 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:57:39 XK5QJxOg

ガチャ バタン



穂乃果「……」ポフ…


自分にあてがわれた部屋に入り、ひかえめな大きさのベッドに腰かける。
食事の時間になれば、従業員が部屋まで来るとのことだった。




穂乃果「部屋に、ベッドか  久しぶりだよ」ボソ


我が家と似た、古い木造の建物に小さめの部屋。
あたたかい懐かしさを感じる。



穂乃果(これなら、もしかすると…  熟睡できるかもしれない)コテン


体をベッドに横たえて、目を閉じる。
どうせ、今日はもう他にやることもない。気を張っておく必要も特には…






 …コン コン


穂乃果「…ことりちゃん?」ムクリ


535 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 12:59:51 XK5QJxOg

部屋の扉が控えめに叩かれた。


「失礼します お邪魔してもよろしいですか?」

穂乃果「この声… えと、どうぞ」



ガチャ


「こんばんわ 高坂さん」

穂乃果「あー、受付の   …あれ、食事は?」

花陽「ここの女将をやっています、花陽と申します   ごはんはもう少しお待ちください」ニコ


部屋を訪ねてきたのは、受付にいた従業員の少女だった。






穂乃果「はぁ… どうも」

花陽「さっきは、うちの従業員がすみません  ご迷惑ではありませんでしたか?」

穂乃果「ん…? あぁ、風呂のか… 別にいいよ  ことりちゃんとか、なんだかんだ楽しそうにしてたし」

花陽「ふふ、良かった」


536 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:01:28 XK5QJxOg

穂乃果「……」


…落ち着かない。



穂乃果「あー…と    忙しいでしょ?あたし別に気ぃ遣われなくても平気なんで」

花陽「意外とそうでもないんですよ  部屋に空きがないのは、単に用意できる数が少ないだけですから」アハハ

穂乃果「……」


花陽と名乗る従業員は、どうやらすぐに部屋から出るつもりはないようだ。
とりあえずベッドに腰かけたまま、向かい合う。




穂乃果「なるほど、ね   どーりで風呂に他の客が入ってこなかったわけだ」

花陽「部屋を全部開放しちゃったら…  従業員ふたりだと、なかなかまわすのが厳しいんです」

穂乃果「ふたり…?」



穂乃果「さっきのと、アンタでふたりか? 子供…ってほどじゃなくても、大人には見えないけど」

花陽「そうですね  花陽と、凛ちゃん  この宿は今ふたりだけで経営してます」

穂乃果「ふーん…」



花陽「お食事の下準備も済ませましたから  今日の仕事はひと段落しました」

穂乃果「そっか… 料理も、あんたがやってるんだな」

花陽「お食事がうちの宿の売りですっ!  ……あっ、お、お口に合えばいいんですけど///」テレ

穂乃果「はは」


537 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:02:38 XK5QJxOg

適度な距離感。

女将というだけあって、年齢以上の落ち着きのある態度の花陽。
自然と穂乃果の居心地の悪さは薄れていた。



花陽「よかった、笑ってくれました」クス

穂乃果「?」

花陽「凛ちゃん、ちょっぴり落ち込んじゃってて  お客様を不快にさせたかもって」

穂乃果「あ…」

花陽「うちの宿に来たからには、笑顔になってもらいたいんです お客様には」ニコー

穂乃果「…別に、不快とまでは」






グ…


穂乃果「ただ…  いや、あたしにもよくわかんない  なんか近かったっていうか」

花陽「高坂さん」


538 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:03:56 XK5QJxOg
穂乃果「ん…?」


花陽「見たところ、この辺りの人じゃないですよね? 旅の人…でしょうか」

穂乃果「…まぁ、そんなとこ」

花陽「だったら、ここに来るまでに…  暗い、暗いところを通りましたよね」

穂乃果「暗い…? あぁ」



暗いというのは、雰囲気のことだろうか。それならば心当たりがある。



穂乃果「あの、途中の…  お世辞にも、綺麗とは言い難い」

花陽「「日の差し込まない路」と呼ばれています  ……あの場所には、気を付けてくださいね」

穂乃果「イヤな感じはしたんだ  やっぱ危ないのか」

花陽「はい、夜は特に   ……日の差し込まない、は 比喩です  あそこは、この街が抱える闇」


539 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:04:48 XK5QJxOg
花陽「…あまり脅かすのも、よくないとは思うんですけど  この街に来た旅の人は、中心部の華やかさのせいもあって警戒心が薄くなるので」

穂乃果「大丈夫だ あたしは話でビビるほど弱くはない…  寧ろ現状は正しく教えてもらえるほうが助かるな 頼りないのをひとり連れてるから」

花陽「でしたら、遠慮なく」クスッ





花陽「あそこは… 法の手が届かない   魔物以上に恐ろしい人の姿が溜まるところ」

穂乃果「……」

花陽「家無き人、身分無き人が不当に土地を占拠し  行われるのは盗み、違法取引、人身売買」

穂乃果「…想像以上だ」



花陽「………でも、あそこにいる人たちにとっては善悪とかじゃないんです  きっと皆、必死なんです 生きるために…  だから」

穂乃果「…?」


540 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:05:36 XK5QJxOg

ガチャ…


凛「簡単にゆーと、自分勝手な人間しかいない場所ってことにゃー」

穂乃果「!」

花陽「凛ちゃん」





凛「かーよちん、そろそろご飯の支度しないと」

花陽「もうそんな時間?  でも凛ちゃん、お客様のお部屋には入る前にノックでしょ」

凛「はっ!? 忘れてましたごめんなさい…!」ペコリ

穂乃果「いや、あたしは気にしてないけど」


スス

花陽「では高坂さん、また後ほど」

穂乃果「ん、忠告ありがとう」


花陽が部屋から出て行き、部屋の扉が閉じられる。

しかし部屋の中は、再びふたり。




凛「穂乃果ちゃん!」

穂乃果「えっ」ビク


541 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:06:38 XK5QJxOg
凛「凛、いっぱい話しかけるから!仲良くしてねっ!」ニコー

穂乃果「は、はぁ?」



穂乃果(なんだよ、こいつのどこが落ち込んでるって…?)



穂乃果「…いや、んな暇あったら働けよ」

凛「言われずとも! 仕事に対してはマジメだよー」ニコニコ

穂乃果「……」ゲンナリ





穂乃果「あのさぁー…」ハァ

凛「なんとなくだけど、あなたたちのことは他人みたいに思えないから」

穂乃果「………あ?」



凛「見てたらわかるよっ  きっと穂乃果ちゃんにとってのことりちゃんが、凛にとってのかよちんなんだにゃ」

穂乃果「何言ってんだ…?」



凛「ねえねえ! 気になってたんだ、あれなぁに?」

穂乃果「……剣だけど」

凛「剣!? うわー鉄クズにしか見えないニャ!きたないよー」

穂乃果「よくクビにならないな、お前  今の無礼は女将に報告しとくから」

凛「あっ、やめて  ごめんなさい」ガバ


542 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:08:19 XK5QJxOg
凛「にしても酷いサビにゃ、手入れしてもらったら?  この街の鍛冶屋さんはいい腕だって、前にここに来たお客さん言ってた」

穂乃果「手入れ? あぁ…なるほど」フム


…そういうことも出来るのか。
もはや穂乃果の大剣は今、鈍器としてしか機能していない。
魔物も強くなってきている。備えのひとつとしてやっておいて損はない。



穂乃果「明日行ってみるか…」ボソ

凛「えっとね、中心部のおっきな広場のそばにあるよ! カンカンうるさいからすぐ見つけられると思うにゃー 後で街の地図あげるね」

穂乃果「へ?  あ……」

凛「ふふふ かよちんが使ってる包丁はね、昔そこでつくってもらったんだって」

穂乃果「そっ、そうなのか」ソワ




穂乃果「…………あの、あっ、…ありがと  場所は、助かる」

凛「!  …へへ、どういたしまして〜♪」


543 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:10:15 XK5QJxOg

凛「そろそろいい時間かな?行こっか!穂乃果ちゃん!」

穂乃果「ん? どこに…」


凛「食事のご予約だけど、凛の判断で勝手にオプション付けさせてもらったにゃ! ことりちゃんにはもう声かけてあるから」

穂乃果「よくわかんない…けど、お前が仕事に対してちょっと自由すぎるってのは理解できた」

凛「照れるニャ///」エヘヘ

穂乃果「ほめてねーよ…」


タッ


凛「さあ、案内するね! でもその前に」クルリ


軽やかに身を翻した凛は部屋の扉に手をかけ、再び穂乃果のほうを向く。
屈託のない笑顔で、言った。




凛「穂乃果ちゃんっ 凛のことは、凛って呼んで! 凛は、凛だよっ」ニコ

穂乃果「……!?」ギュ




突如、腹の底から違和感と共に形容できない感情がせりあがってきた。
それをとっさに誤魔化すように、かぶりを振って穂乃果は立ち上がる。


穂乃果「…どこに、何しに行くって」

凛「ご飯はみんなで食べるほうが美味しいにゃ♪」



………………

…………

……


544 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:11:13 XK5QJxOg

カチャ カチャ


花陽「おまたせしました〜っ これで全部ですっ」

ことり「わぁ〜! どれもおいしそうっ!」パァァ


穂乃果「ここで客と席を囲むのか  てか今いる客って、あたしたちだけなの?」キョロ キョロ

凛「これがご飯オプションだよ!まあこのサービス、昔からの常連さんしか知らないと思うけどね〜」

花陽「普通はお部屋にご飯持っていくんです ひとりで落ち着いて食べたいってお客様も当然いますから」

穂乃果「なるほどな  で、凛ちゃん あたしらがそういう客だって考えは出なかったわけ?」

凛「言われてみれば!ごめんなさーい」テヘー

穂乃果「なんか軽いよなあ…  接客ってそんなんでいいのか」フゥ











花陽「……」クス

ことり「…………………え???」ポカーン



穂乃果「ん?」

凛「ニャ?」


545 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:12:07 XK5QJxOg
ガタァ!

ことり「 え ! ? ! ? ! ? ! ? ! ? ! ? 」ゴーン!

穂乃果「行儀悪いぞ ちゃんと座りなよ」


花陽「仲良くなれたんだね、凛ちゃん」ニコ

凛「うん!」




ことり「ななっ、なんでなんで!?ほのかちゃん、わたしにはずぅーっとあんな頑なに……!! なのに凛ちゃんって!?凛ちゃんって!!」ビシィ

穂乃果「うるさいな!箸でヒト指すなよ!」

花陽「高坂さん、私も穂乃果ちゃんって呼ばせてもらっていいですか?」

穂乃果「…はぁ  別に敬語もいらねーよ、あたしもこんなだしさ」プイス

花陽「ふふ、そっか 私も花陽って呼んで貰えたらうれしい  よろしくね、穂乃果ちゃん」

穂乃果「………今日は世話になるしな  よろしく、花陽ちゃん」

ことり「えええ〜〜〜〜〜〜っっ!!!??」ガーン

花陽「ことりちゃんも!よろしくねっ」ニコッ

ことり「ふぇっ? あっ、うん……」






凛「お腹へったにゃ〜!」

花陽「そうだね、いただきますしよう」


穂乃果「いただきます」シレッ

ことり「ぐぬぬぬぬ……! いただきますっ」ムー


546 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:13:40 XK5QJxOg

穂乃果「……」カチャ…


少し大きめのテーブルを挟んで、4人で食事。
しかし家族と食べていたときとは、また違う感覚。




ことり「ね、凛ちゃんはどうしてかよちんって呼んでるの?」

凛「んー?かよちんの名前はお花におひさまの陽って書くんだけど…  どうしてだったけ?昔からかよちんって呼んでるなぁ」

ことり「ふーん…  じゃあわたし、花陽ちゃんのことかよちゃんって呼んじゃおうかなーっ!」

花陽「えへへ、いいですよぉ」

ことり「あだ名って、名前より仲良しの呼び方なんだって絵本で読んだんだーっ」チラッ

穂乃果「……」モグモグ

ことり「わたし、かよちゃんとすぐに仲良しになっちゃうなぁ〜っ?」チラッ チラッ

穂乃果「うわ、米が美味い  ただの白米だよな?なんでだ」

花陽「そ、そうですか?///」テレ

凛「かよちんの家が所有する田んぼでとれたお米だよ!良かったねかよちん!こだわってるもんね〜♪」

穂乃果「すごいな、他の料理もうまいし  さすが、宿の女将やってるだけある」

花陽「あ、ありがとうございます…/// その、炊き方も土鍋で… お酒とか加えて、工夫してたりして///」テレテレ

ことり「むむぅうううううううう!!!?」ポカポカポカ

穂乃果「なんだよ!?食事中だっつの!ウザい!」ペシン

ことり「がーん!」




花陽「ふふふっ」

凛「賑やかで楽しいにゃ〜♪」


547 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:16:14 XK5QJxOg
穂乃果「そうだ、ことりちゃん  明日も中心部… 店とか沢山あったとこに行くわけだけど」

ことり「う?」ピタ



穂乃果「途中通ったヘンなとこ… あそこはやっぱり危ないみたいだ  魔物は出ないだろうけど、人に気を付けて」

ことり「人に?」

穂乃果「うん  そうだな… 簡単に言うと、どうやらあたしよりロクでもない人間が集まるとこらしい」

花陽「!」

ことり「……あそこは、こわいところだなって感じた  わたしも」

花陽「あ、あの」オロ




凛「最低な人間が集まるところだと思うよ  明るくても、ちゃんと警戒して」

花陽「……ぅ」グ

ことり「う、うんっ」



凛「そこで暮らしてた人間が言うのもなんだけどね〜」

ことり「………ん?」



花陽「っ!?」ドキ

穂乃果「そこで…?」


548 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:17:35 XK5QJxOg
凛「凛は小さいころ、そこでかよちんに拾われたんだー 親は死んだのか、それとも凛を捨てたのかわかんないけど いなくなっちゃったからね」


ことり「……!?」ゴク

凛「何が言いたいかって、人が捨てられるのも死ぬのも殺されるのも日常な場所  本当に危ないところなんだよ、って」


花陽(凛ちゃん…)

穂乃果「……」




凛「あはは、ごめんなさい 食べてるときにする話でも無かったニャ   白ごはん、おかわりあるよ!欲しい人ーっ」

穂乃果「もらうよ  正直米だけでも美味い」スッ

凛「はーい!大盛でよそってあげるにゃ♪」




ことり「その、あぅ わたし…」オロ

凛「あぁっ、気を遣わなくてもいいからね  今とっても楽しいし、凛は幸せだから!」


穂乃果「礼儀しっかりしてる花陽ちゃんと小さい頃から一緒でアレなのか  ちょっと甘やかしすぎたんじゃない?女将さん」

花陽「あははっ、そうかもしれません かわいい妹ができたみたいだったから…  でも、うちの誇る立派な従業員ですよ?」



………………

…………

……


549 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:18:34 XK5QJxOg

ガチャ バタン




穂乃果「…静か」


4人での食事を終え、穂乃果とことりはそれぞれの部屋に。
花陽と凛も再び片付けなどで忙しそうにしていたし、もう部屋に来ることは無いだろう。



穂乃果「もう暗いし… さっさと寝よう」ポスン


ベッドに体を投げ出し、目を閉じる。



穂乃果(ひとりの夜… 久しぶりだ)


今日は、不思議な一日だった気がする。
いや、今日というよりも…




穂乃果「変な宿だ 変なトコに来ちゃったな」


この宿に来てから、だ。


550 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:21:34 XK5QJxOg

ごろり、寝返りを打って体の向きを変える。


穂乃果(変な感じだよ いちいちお節介というか…)


恐怖と、違和感と。
それがどっちも、むずがゆくて…

なんで、怖いんだ?
どうして、おかしいって思うんだ?




穂乃果「………あぁ、そうか  親切なんだな  あのふたりは」ポツリ




「普通に」受け入れられている。
「普通じゃない」自分が。


穂乃果(あたしを心配して、忠告してくれた  あたしが苦労しないよう、行き先をわかりやすく示してくれた…)


ここは、あの村とは違うんだ。
普通の人なら… こうやって受け入れてもらえるものなんだ。




穂乃果「あたしは  何も知らないあのふたりにとっては、普通の子供なんだ……」




なにかが腑に落ちたと同時に、すとんと眠りに落ちた。

それは穂乃果にしては、珍しく。
左目から流れる涙にも気が付かないほどに、深い深い眠りだった。


551 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:23:19 XK5QJxOg

凛「お仕事かんりょー!かよちん、寝よう!」

花陽「うん」


モソ


花陽「…凛ちゃん、さっきはごめんね  いや、ありがとう…かな?」

凛「んー?」

花陽「凛ちゃんが自分のこと他の人に話すの、初めてだよね  びっくりしちゃった」

凛「あのふたり、明日帰っちゃうのかなぁ もっと仲良くなりたいにゃ」

花陽「どうだろうね? 長居するつもりじゃなさそうだったけど…」



凛「ふたりは…  特に穂乃果ちゃんは、凛と似てる気がするんだ  一度希望を諦めて、絶望を受け入れた目をしてる」

花陽「…うん わかるよ」

凛「凛はもう、自分が幸せだって理解できた… 割り切れるようになった  でもきっと、穂乃果ちゃんはまだ途中」

花陽「最初は凛ちゃんも、今じゃ考えられないくらい…  冷たくて、こわかったなぁ」クス

凛「でもかよちんが、諦めず何度も何度も笑って話しかけてくれたから  凛は」ニコ




花陽「うちの宿のモットーは、笑顔で帰ってもらうこと」

凛「凛が教えてあげれたらいいな…  きっとあのふたりは、幸せになれるって」

花陽「ふふ やっぱり凛ちゃんは、この宿の自慢の従業員です  おやすみ、凛ちゃん」

凛「へへ…  おやすみ、かよちん」


552 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:24:09 XK5QJxOg

………………

…………

……


ことり「オハヨウゴザイマス……」ムー

穂乃果「よく眠れた?」

ことり「うぅ」



ことり(ベッド、城のに比べてカタかったからかな   あんまりよく眠れなかった…)ドヨン



ことり「ほのかちゃんは?どうだった?」

穂乃果「久しぶりに熟睡できて自分でもビックリだ  ことりちゃんがいなかったおかげかな?」

ことり「おかげって、ひどいよぉ!!」ガーン





トテテッ


凛「おはよーっ! ふたりとも、朝ごはんどうする?あっ、どうなさいますかー?」

ことり「いっしょに食べる!」ハイッ

穂乃果「一緒にって…  さすがに朝は忙しいだろうし、花陽ちゃんたちの都合も」

凛「オプション付き朝食2人分まいどあり〜♪」

穂乃果「……」


553 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:26:02 XK5QJxOg

………………

…………

……


ことり「かよちゃんの作る料理って、あったかいよね〜…」ホッコリ

穂乃果「美味しんだけど、どこか素朴っていうか…  ほんとあの宿、うちでの暮らしを思い出すよ」


昨晩と同じように、4人での騒がしい朝食を終えて。
ふたりは歩いて再び中心部へと向かう。その道中。

穂乃果はこの街の地図を広げる。



穂乃果「凛ちゃんから地図を貰ったんだけど…  そろそろ例の領域だ」ガサリ

ことり「「日の差し込まない路」、だっけ…」



そう話しながら歩くうち、そこらの雰囲気が変わってくる。
微かな異臭が漂い、穂乃果たちのように服とは呼び難いボロキレを纏った人を多く見かけるようになる。

昨日までならば、ふたりはその光景に溶け込めていたが…



「見ろよ、上玉の女が歩いてんぞ  服は汚ねーが… 旅人か?」

「ガキ2人か  ヒヒヒ、ありゃ相当高く売れるだろうぜ」

「クハハ!俺なら嫁にするかなァ」



ことり「っ?」ビク

穂乃果「……」


宿で風呂に入り、洗料まで使って久方ぶりに体を、髪を、清潔にしたふたり。
特に髪の長いことりはそれだけで雰囲気がガラリと変わり、明らかに先日より人目を引いてしまっている。


554 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:27:38 XK5QJxOg
ことり「ね、ねぇ ほのかちゃ」オド


ガシッ!


ことり「ひっ!?」ビク!

男「なぁ、あっちでイイもん売ってるんだ 旅の人にはサービスしてるからちょっと付き合わない?」ニタァ


素通りするかと思われた通りすがりの男が、ことりの腕を掴んだ。
下卑た笑いと大きな体躯に、ことりは嫌悪と恐怖を感じずにはいられなかった。


ことり「ぇ、ぁ……!」ガタ ガタ

男「こわくないって!ちょいと人通り少ないトコに入るけども」グイ

ことり「痛っ!? やだ…!」


 グ メキャ!


男「ぅいぎッ…!?」パッ

穂乃果「結構だ…! あたしらに構うな」ギチチ!


ことりの腕を掴んだ男の腕を、穂乃果が掴む。
男は思わずことりを手放してしまうほどに、強い力で握り「絞め」られる。




男「こ、このガキ…!?」

穂乃果「……」ギロ!

男「うッ」ゾク


555 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:28:50 XK5QJxOg

その後男は大人しくなり、穂乃果が手の力を緩めると同時に走り去っていってしまった。


穂乃果「大丈夫?」

ことり「う、うん…」

穂乃果「…こういう、ところなんだな」




「おいおい… 確かにあっちの隻眼マントは、見るからに、って感じだったがよ…」ヒソ

「ありゃ見た目以上にヤバいな 腕利きの用心棒ってとこだろ、迫力が一般の人間じゃねぇわ」ヒソ

「こっち側のやつじゃないか?さっきの男、あのまま殺されるかと思ったくらいだぞ」ヒソ


ジロジロ  ヒソヒソ…


ことり(今度は、ほのかちゃんが見られてる…)

穂乃果「……」



それから、奇異の目に晒されながらしばらく無言で歩き続けた。
結局「日の差し込まない路」を抜けるまで、ふたりがちょっかいを出されることは無かった。

そして…






???「!  あの顔は…!?まさか」






ふたりの姿を見て、小さくそう呟いた存在がいたことに。
気付いた者は、いなかった。


556 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:30:18 XK5QJxOg

ワイワイ ガヤガヤ


穂乃果「まずは、鍛冶屋だ… 広場はあっちかな」ガサ

ことり「かじや?」


明るく賑わう、中心部へと戻ってきた。
穂乃果は地図を睨みながら、広場へと向かう。


穂乃果「この剣、見てもらおうと思って」

ことり「?」

穂乃果「まあ… 行けばわかる」






広場はすぐに見つかった。
多くの人でごったがえしている。

どこかからカンカンと、金属を打ち鳴らすような聞こえる。



穂乃果「あれだね」

ことり「は、はぐれそう  待って〜」トテテ


557 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:31:48 XK5QJxOg

カン  カァンッ


鍛冶屋「らっしゃい」

穂乃果「これ、直してくれ」チャキ

鍛冶屋「あん?なおすぅ? ……あぁー、サビとるんか」ジロ


だいぶ高齢の男が、不機嫌そうな顔つきで大剣を見つめる。


鍛冶屋「錆を取る事は容易いがね、斬ったあとの手入れくらいせえよ  どう使い続けたらこうなる、全く」

穂乃果「余裕あったら考えとくよ 元に戻せるんならさっさと戻してくれ」

鍛冶屋「けっ、生意気なガキだ…  おら、よこしな」



穂乃果は大人しく、言われたとおりに男に大剣を引き渡した。



鍛冶屋「急ぎか?」

穂乃果「…どのくらいかかる?」

鍛冶屋「今日は仕事、たて込んどるからな  まあ、夜まで引っ張ることはない」

穂乃果「なら、また後で来るよ  金は?」

鍛冶屋「後でいい」


558 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:33:34 XK5QJxOg

ことり「もういいの?」

穂乃果「うん  剣は問題なく元に戻るみたいだ」

ことり「わたしが初めてほのかちゃんと会った時から、剣には見えなかったけど」クス

穂乃果「…正直あたしも、もう原型憶えてない」




穂乃果「さあて、他に備えるものはあるかな」

ことり「ほのかちゃん… 実は、欲しいものがあるんです」キリッ

穂乃果「ん?なに? 金はいくらでもあるんだし、買えるんなら買っときな」

ことり「やった!じゃあじゃあ、まずはこっちのお店!」タタッ

穂乃果「ちょ、ちょっと…  場所わかるの?」

ことり「実は気になったお店ぜんぶ、昨日からチェックしてたから♪」ウキウキ

穂乃果「何をそんな、はしゃいでるんだよ…」



………………

…………

……


559 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:34:21 XK5QJxOg

ことり「や〜ん、どっちもかわいいよぉ! どっちが似合うかなぁ〜」

店員「お客様、あちらで試着いただけますよ」ニッコリ

ことり「わぁ、着ていいんですか!? おーい!ほのかちゃーんっ!」


穂乃果「なるほど、服ねぇ…」


ことりが上機嫌で入った店は、服を扱っているところだった。
次々と多様な服を手にとっては、きゃいきゃいと喜んでいることりを穂乃果は少し離れたところから眺めていた。




ことり「ねー!ほのかちゃんってば!」

穂乃果「なんだよ…」

ことり「今からコレとコレを着るので、どっちが似合ってるか言ってください!」サッ

穂乃果「そっち」

ことり「まだ着てません!」ゴーン

穂乃果「両方買いなよ」

ことり「そ、そういうことじゃないのっ!もう!」プンスコ


560 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:35:41 XK5QJxOg

ことり「これにしようかな… ねぇ、本当に似合ってる?」クルリ

穂乃果「あー、似合ってる似合ってる」

ことり「むぅ… わたし、真剣なのに」プクー

穂乃果「いいじゃん ひらひらなトコとか、ことりちゃんぽいし  かわいいと思うけど」

ことり「えっ///」キュン


店員「購入なさいますか?お会計、着たままでも大丈夫で」

ことり「これください!!」ガッ

穂乃果「く、くいぎみ」

店員「毎度ありがとうございますー」






そうして買った、新しい衣服を纏ったことり。
以前のものが気に入っていたのか、購入したのは前着ていた服と同じような、お姫様をイメージさせる華やかなスカート。
みすぼらしさは消え失せ、再び育ちのよさそうなイメージを与えるようになった。



穂乃果「もう満足した?」

ことり「まだ!」

穂乃果「…あんま荷物にならない程度にしときなよ  服って嵩張るでしょ」


ことり「ううん、次は…  ほのかちゃんの分だよ!」

穂乃果「へ?」


561 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:37:48 XK5QJxOg

ことり「今度はこれ、着てみて!」ムフー

穂乃果「スカートは嫌…  っていうか、まだ着れてるしあたしは今の服でも別に…」ゲンナリ


ことり「あっ、こっちの方がイイ! やっぱりボーイッシュ系似合うね… パンツルックがいいのかな?でもそっちも…!うむむっ」

穂乃果「きいて」






穂乃果「あっ、あれは欲しいな…!」キラキラ

ことり「えっ! ほのかちゃんが着てみたい服!?いったい」バッ

スッ

穂乃果「おおぅ、良い外套…  さすがに今使ってるコレはさ、もう穴とか空いちゃってるから」

ことり「かわいくない!」ゴーン

穂乃果「お前、外套ナメるなよ  寒い夜とか草陰に身を隠すときとか…  コイツにどれだけ助けられたか」シミジミ

ことり「そんなのもう、軍服でも着たらいいよ…」

穂乃果「これ売ってくれ」ヒョイ

店員「毎度ありがとうございます」

ことり「せめて黒は止めようよぉ! ピンク色とかにしようよ!」

穂乃果「ピンクとか目立つし、何よりキモいわ… 無理」

ことり(あっ、少しはまともな感性あるんだ…)ジー

穂乃果「なんかその目、むかつくんだけど」


562 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:39:16 XK5QJxOg

………………

…………

……


穂乃果「おお…  清潔になったって感じ」パッ

ことり「結局ワイルド系で統一しちゃった… まあ、似合ってるけど…」


自分で買った漆黒の外套。それに合うように、ことりが渋々選んで買った服に着替えた穂乃果。
しかし服は結局ほとんど外套に隠れてしまっており、一部が隙間から覗いて見える程度。
やはりイメージは、年頃の少女からかけ離れた荒野の狩人といった風貌。


ことり「ほのかちゃんには一度でいいから、女の子っぽくなってみてほしいなぁ」ハフゥ

穂乃果「あたしは一応、ちゃんと女なんだけど」

ことり「ね、想像してみて? 例えばこの、ことりの服を着たほのかちゃん自身の姿を…!」クルリン

穂乃果「…………………………うぷっ! なんだ、いきなり吐き気…!?」オエ!

ことり「……」






穂乃果「ていうか、この服の代金いくらだった? ことりちゃんが払ってたけど」

ことり「え?あっ…  いいの、それはことりが買いたくて買ったんだから  ほのかちゃんが払わなくたっていいんだよ」

穂乃果「いやいや、あたしの服だろ  確かに金はお互い腐るほどあるけどさ、そこは」

ことり「いいのっ!!!」クワッ

穂乃果「ぅおっ  そ、そう?」ビクッ


563 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:40:12 XK5QJxOg

穂乃果「…ん?」


店を出ようとした穂乃果の目に、ふと留まったひとつの商品。
どこか、見覚えが…



穂乃果「これ…」

ことり「?」


スッ


穂乃果「…これも買う」

店員「980銭です」

ことり「え、なに? なに買ったの?」



買ったものは、店員によって直ぐ小さな包みに包まれた。
穂乃果はそれを受け取ると、ことりにそのまま手渡した。



ことり「へ?」キョトン

穂乃果「それ…  髪結ぶやつだ」


ガサ


ことり「あ…」

穂乃果「いつの間にか失くしてたけどさ  それっぽいの、確か最初つけてたよね?」


564 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:41:07 XK5QJxOg

包みに入っていたのは、緑のリボン。
穂乃果に出会ったばかりの頃のことりは、似たようなリボンで髪を横に結っていた。

森で生活し始めた頃に、枝に引っかかって千切れたからと火の燃料にしてしまったのをことりは思い出した。


ことり「わたし、に?」

穂乃果「服のお返しがわりだよ  失くす前はいちいち髪縛ってたじゃん」


ことり「……」

穂乃果「あたしだけ服、貰いっぱなしなのもなんていうか… キモチワルイし   ……ことりちゃん?」






ギュ


ことり「……」グ…

穂乃果「…………あっ、別にいらなかった?  余計だった、かな…」









ことり「…わたしのほうが、いつも貰ってばっかりなのに」ボソ

穂乃果「え?」


ことり「な、なんでもない! すごくうれしいよ!ありがとっ!」パァァッ

穂乃果「あ、あぁ   そっか、良かった…」ホッ


565 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:41:56 XK5QJxOg

………………

…………

……


穂乃果「そろそろ、鍛冶屋のトコ戻ってみるか  剣、多分もう直ってるでしょ」

ことり「はーい」


服屋を出てから、昼食を済ませ旅に有用なものをいくつか買い揃え、無駄に店をひやかしたりしながら、適当にふらついているうちに。
いつの間にか夕方になっていた。

ふたりは再び、広場の方を目指して歩く。







鍛冶屋「らっしゃい…  ああ、クソガキか」

穂乃果「剣は?」

鍛冶屋「終わっとる  ちょいと待っとけ…」



ガチャリ



鍛冶屋「どうだ」

穂乃果「おお……」チャキ

ことり「わぁ〜! ほんとに剣だったんだ!」


566 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:42:51 XK5QJxOg

大剣は、元の姿を取り戻していた。
穂乃果が祠で引き抜いた、あの時と同じ姿。

いや、引き抜いた時より刃が滑らかになっている気がする。
研ぎ直して貰えたのかもしれない。


ことり「すごい!ちゃんと切れそう!」




穂乃果「…なぁ」

鍛冶屋「あん?」






穂乃果「これ、この剣…  どう思う?」

鍛冶屋「あぁ?」

穂乃果「なにか感じなかったか?それとも…  ただのデカイ鉄の剣としか思わなかった?」

鍛冶屋「質はしっかりしとる  しっかりした出来の、鉄の剣だ  ……それ以上でも以下でもないぞ」

穂乃果「…そう」チャキ




穂乃果(あたしにも、未だにわからない  この『勇者の剣』は… どこが特別なんだ? 魔王を…きっと普通の剣じゃないと思うんだけど)


567 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:43:46 XK5QJxOg
穂乃果「にしても…  ここ、色々売ってんだな」

鍛冶屋「武器から食器までなんでもござれが、ここのセールスポイントよ」

穂乃果「ふうん…」



穂乃果「!  んじゃあ、それ売ってくれ」ピッ

鍛冶屋「これか?そんな大物振り回すやつが使うには小さすぎるだろう」

穂乃果「多分、そのくらいの大きさが丁度いい」








鍛冶屋「錆取り代と合わせて、30万銭」

穂乃果「は!?さっ…!?」

ことり「さんじゅうまん!?さっき食べたおやつの、1000倍!?」ゴーン!

穂乃果「………足元見てねえだろーな、クソジジイ」ギロ

鍛冶屋「それで脅しとるつもりか? ほりゃ、さっさと払えクソガキ」ニヤニヤ

穂乃果「金はあるけど…  こいつ、スゲー腹立たしい」イラァッ


568 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:45:15 XK5QJxOg

支払いを済ませ、鍛冶屋から離れる。



ことり「これからどうする?保存きく食べ物とかも買えたし…」

穂乃果「買い物は終わりだね  もう今から街、出ちゃってもいいんだけど」チラ


空を見る。
すでに薄暗い。じきに日は沈んでしまう。


穂乃果「今出たって、どうせすぐに夜だ  それなら街で… あの宿で寝て、明日の朝出発する方がマシかな」

ことり「………かよちゃんたちの宿は好きだけど  またあの場所抜けなきゃいけないの、やだな…」ボソ




穂乃果「うん、それでさ 今朝のあれで思ったんだけど  …やっぱりことりちゃんも、いざというとき戦う術は持っておいたほうがいい」

ことり「え?」

穂乃果「こっちの剣は、ことりちゃんに   大きさは、剣術教えるときに使ってた棒と同じくらいだ」チキ

ことり「け、剣を!? ことりがっ!?」

穂乃果「積極的に戦えなんて言わないけど、持っておいて損はないと思う  鞘ついてるから、そんな邪魔にもならないし」

ことり「……わかり、ました」ゴクリ



穂乃果の買ったソレを、恐る恐る受け取ったことり。
自身の華やかな容姿と服装にそぐわない、その物騒なものを腰に下げた。

きちんと鞘におさまった、片手でも振るえるであろう重さの、細身の剣。



穂乃果「それじゃ、行こうか」

ことり「はいっ」



………………

…………

……


569 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:46:35 XK5QJxOg

凛「いらっしゃいまー…  あっ!おかえりーっ!」ピョン

穂乃果「おかえりって…   今夜もまた、世話になることにしたよ 部屋空いてる?」


花陽「お食事はどうなさいますか?」ニコ

ことり「食べる!食べます!いっしょがいいな〜♪」ハイッ






穂乃果(帰ってきたら、「おかえり」か…)ムズ



昨日感じていた恐怖と違和感は、いつの間にか懐かしさとくすぐったさに。

…ここは、良い宿だと思う。



ことり「も〜、かよちゃんの料理が楽しみで楽しみで♪」

凛「あはは ことりちゃん、食べるの好きなんだねえ」

穂乃果「オプションとやらが気に入ってるんだろ、きっと」

花陽「ふふ… 今日の食事、期待しててくださいね!」









???(フン、この宿か…)ガサッ



………………

…………

……


570 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:47:37 XK5QJxOg

カポーン…


凛「今日ぉこそは穂乃果ちゃんの背中流すニャアーっ!!」スッポンポーン

穂乃果「いや、仕事しろよ…」スッポンポン

ことり「ふたりとも、少しくらい隠そう…?///」カァァ



凛「傷だらけだねぇ…  もしかして、まだ痛む場所とかある?」ゴシゴシ

穂乃果「…大丈夫、全部治ってるよ  でも気ぃ遣うの遅いよ」





イタダキマース


ことり「すごいすごい!とっても豪華で盛りだくさんだぁ〜♡」

花陽「えへへ、今日は奮発しちゃいました」

穂乃果「こんなん食ったことない…! あのデカイの、肉!?」キラキラ



花陽「おかわり、まだありますよ♪」

穂乃果「………も、もらう」スッ

ことり(また!?ほのかちゃん、食べ過ぎじゃないかな!?)





懲りずに絡んできた凛と風呂を済ませ。

昨晩と比べ明らかに手の込んだ花陽の料理で腹を満たし。


今日もまた、騒がしい時間を過ごした。


571 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:48:58 XK5QJxOg

ことり「それじゃ、おやすみ…  ほのかちゃんっ」

穂乃果「ん  おやすみ」


あとは、明日の出発に備えて眠るだけ。
そして目を覚ませば、この宿ともお別れだ。


穂乃果「……一応、断っとこうかな  突然だと、困らせるかもしれないし」ス…




部屋に戻ることりと別れ、自分の部屋に戻る前に。
穂乃果はこの宿の女将のもとへ足を運んだ。


ガサ ゴソ

花陽「う〜ん… ギリギリ足りると思うけど…」

凛「やっぱり、今夜行っといた方がいいって  凛なら大丈夫だから」


穂乃果「?」


572 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:50:42 XK5QJxOg

受付に姿がなかったので捜し歩くと、
花陽と凛はふたりとも厨房にいた。


穂乃果「どしたの」

凛「あ、穂乃果ちゃん  実はね…」

花陽「り、凛ちゃんっ  穂乃果ちゃんはお客様なんだから…!」アセッ

穂乃果「…今更だ あたしに気なんか、遣わなくていいよ  なにか困りごと?」

花陽「ぁう」





凛「ちょっと、食材の在庫が…ギリギリで  ほんとは仕入れ、明日の予定だったんだけど それじゃ明日の朝ごはんに間に合わないにゃ」

花陽「朝食の仕込みは今日のうちに済ませなくちゃいけなくて  ……食材を卸してくれるところは、夜遅くまでやってるんです  でも…」


凛「仕入れ先は…  中心部にあるんだ」

穂乃果「!  なるほどね…」


573 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:52:26 XK5QJxOg

外はもう既に真っ暗だ。
そして中心部に行く為には…


穂乃果「「日の差し込まない路」、か」

花陽「いつもなら、明るい時に凛ちゃんに行ってもらうんだけど…」



凛「だいじょーぶニャ!凛はこれでも、元住人なんだもん へーきへーき」

花陽「今からなんて駄目だよ…! 食材、全然足りないってわけじゃないんだし」

凛「ううん、今いるお客さんの分きちんと作るなら絶対足りない  もう凛にだってわかる」

花陽「そこは、量を減らすなりメニュー変えるなり工夫して…!」

凛「お客さんからクレームきたらどうするの!それに、料理には妥協しないのが泉ノ宿の… かよちんのポリシーじゃん!!」ガタ

花陽「夜のあの場所が危険だっていうのは、凛ちゃんが一番よく知ってるでしょ!?」ガタッ

穂乃果「ちょ、ちょっと」




食材が足りない? いや、足りなくなった…?

それって、もしかして。


穂乃果「あ……」


574 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:53:50 XK5QJxOg

今晩の食事は、本当に豪華だった。
質だけじゃない。もちろん、量も…



穂乃果「…なら、あたしがついてく」

凛「えっ…?」


穂乃果「凛ちゃんが安全なら、問題ないんでしょ?」

花陽「そ、そんな!?お客様に、そんなこと…!」

穂乃果「いいんだ、世話になったし  それに…」




穂乃果(あるはずだった食材を、あたしたちの為に…   いくら歳が近いからって、会って二日の赤の他人なのにさ)




穂乃果「……親切に、してあげたい  あたしも」

凛「…!」

穂乃果「たちの悪い奴等がいくら出てこようと、あたしなら大丈夫  護りながらの戦いには慣れてるしね  だから… 遠慮なく使ってよ」

花陽「……穂乃果ちゃん」



穂乃果「部屋から剣、取ってくるから  凛ちゃんも行く準備しといて」


575 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:55:20 XK5QJxOg

………………

…………

……


ヒソヒソ  ヒソヒソ…


凛「……!?」ソワ  キョロキョロ

穂乃果「どしたの  さっきからずっとソワソワして」



「日の差し込まない路」を、ふたり縦に並んで歩く。
まっすぐに堂々と進んでゆく穂乃果と、周りの様子に気を配りつつ慎重についていく凛。


凛「お、おかしい  なんで凛たち、遠巻きにされてるだけ…!?  見られてはいるけど、誰も近づいてこない」

穂乃果「あー…」


信じられない、といった顔でブツブツと呟きながら、凛は穂乃果のあとを追う。



凛「若い女がふたりだけ、凛たちはカモ同然なんだよ!?それが隠れもせず堂々と真ん中歩いてるのに…!」

穂乃果「今朝さ、ここの変な奴に絡まれたからテキトーに追っ払ってやったんだよね  その時の影響かも」

凛「!」



「…あれが例の?」ヒソ

「確かに、ただの子供じゃないな…」ヒソ

「もっと汚い身なりしてるって聞いたが」ヒソ



凛(なるほど… 「テキトーに」、ねぇ)ゴクリ


576 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:57:30 XK5QJxOg

聞き耳を立てた凛は、住民の会話を盗み聞いてすぐに納得する。
この場所は、どれほど些細な情報だろうと瞬く間に広まってしまうのだ。


凛「追い払うってすごいよー!  きっとそれで穂乃果ちゃん、危険人物扱いになっちゃったんだニャ」クス

穂乃果「はは、ちから抜けたみたいじゃん」

凛「え?」

穂乃果「…殺気立ってピリピリしてるより、バカみたいに明るく笑ってる方がいいと思うよ 凛ちゃんはさ」

凛「あっ…  ば、ばれてた?」ドキ




凛「へへ、ついてきてくれてありがと!でもバカはヒドイにゃー!」

穂乃果「大事なんだね  あの宿が」

凛「うん! かよちんと泉ノ宿が、今の凛にとっての全てだもん!」

穂乃果「……そっか」


577 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 13:58:31 XK5QJxOg

モソ…


ことり(はぁ…  やっぱり、なんだか上手く寝付けない)


…なんでだろう。昨日の夜もそうだった。
ベッドが硬い? でも、それでも自分は、樹の上でだって眠れていたのに。



ことり「ほのかちゃぁん…」ポソ



普段眠るとき、いつも近くに感じていた少女の名を無意識に小さく呟いた。

ベッドよりも、屋根よりも、自分を安心させてくれる存在を…







 …コツン コツン


ことり「…ふぇ?」ムクリ…


578 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:01:36 XK5QJxOg

…ガチャァン!


ことり「えっ…!?」ガバ

ガララッ

「ち、寝てなかったのね…!」スタッ



部屋の窓が、小さく割られた。
外から錠を開けられ、闇夜に紛れてひとつの小さな影が部屋に入ってきた。



ことり「ッ、 ほの、ムグっ――――!?」ギチ

「大人しくしてなさい…」ギュウッ


何がなんだかわからないうちに、ことりは猿轡を噛まされる。




ことり「んーーーー!! むぅーーーーー!!?」ドタン! バタン!

「暴れるな!」ギチッ!

ことり「むむむーーーーーーーーっ!!!!!!」ガン! バン!


必死に手足を動かし、抵抗する。
振り回した手や足が壁に、床に当たって大きな音を鳴らす。

小さな影は苦戦しながらもことりの手足を縛り上げる。


579 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:02:27 XK5QJxOg
花陽「あの部屋は… ことりちゃん? どうかした?」トタトタ


「…!  くそ、しょうがない」ゴソ  ピッ


ヒラリ…




影は、懐から取り出した紙切れをその場に落として窓から飛び出す。

縛ったことりを、担いだまま。


ことり「むグ…!?」

「…ごめんなさい  あんたに恨みはないけど、生贄になってもらう」タッ







コン コン


花陽「ことりちゃん?さっきなにか大きな音がしたけど…」



………………

…………

……


580 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:03:18 XK5QJxOg

穂乃果「結局、一度も絡まれなかったな 拍子抜けだ」

凛「それは穂乃果ちゃんのおかげだよ!もー、これからもウチで働いちゃえばいいニャ♪用心棒兼荷物持ちとして!」


食材を担いで、再び宿に戻ってきた穂乃果と凛。
特になにも問題は無く、無事に…







花陽「穂乃果ちゃんっっ!!!」







穂乃果「?」

凛「かよちん…?」



戻ってきた、宿の入り口。

目を真っ赤に泣き腫らした、そこの女将がふたりを迎えた。


581 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:05:33 XK5QJxOg

ドタドタドタ!  ガッ


穂乃果「ことりちゃんっ!?」バン!




ことりが寝ているはずの部屋。


部屋の隅には、少しの荷物と、穂乃果が買い与えた細身の剣。

床には、割れて散らばったガラスが少し。

開け放たれたままの窓から、冷たい夜風が吹き込んでいる。



穂乃果「国、か…!?王都か!?」

花陽「ひっく…  あの、これが…」ピラ

凛「!?」



未だ泣き止まない花陽が見せたのは、「838」と書かれた紙切れ。



凛「コレは、じゃあ矢澤一家がっ!?  いやでも、まさか人をなんて……っ!!?」

穂乃果「っ!?  なんだよ何か知ってるのか!? どういうことだ教えてくれ!」ガシ!


582 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:06:43 XK5QJxOg

ギチッ…!


凛「い、痛…!」

穂乃果「あ…っ!? ご、ごめん」パッ


思わず凛の腕を思い切り掴んでしまった。

落ち着け。冷静になれ、冷静に…!



凛「……盗賊団、矢澤一家  「日の差し込まない路」の住人  ここの辺りでは有名にゃ…」

穂乃果「盗賊団…」

花陽「うちも… 何度か食材を盗まれています  盗みをはたらいた時、わざとこの紙切れを残していく… なぜかは、わからないですけど」グスッ







凛「穂乃果ちゃん  ことりちゃんは売られるかもしれない」

穂乃果「は…!?」

花陽「っ」


583 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:07:29 XK5QJxOg
凛「若くて綺麗な女の子  かなり高く売れるから」

穂乃果「……」

花陽「ぁ…」ポロッ…




ジグ…!

穂乃果「うッ…!?」フラッ




ズキン!


穂乃果(あぁ、そういえば…   魔物、殺してなかった… な)ズキン  ズキン




思い出したかのように、右目が痛み出した。

魔物切れだ…


584 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:08:01 /dIsx3gc
お久しぶりの更新量しゅごい


585 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:09:32 XK5QJxOg
花陽「ごめ…!  ごめん、なさい……っ! 私がっ」ポロ ポロ

穂乃果「…あたし、行ってくる」ザッ



凛「待って」

穂乃果「……」





 ズキン…





穂乃果「んだよ  まだ、間に合うかもしれないだろ…!  とにかく、あそこに住んでる奴等を片っ端から」ジグッ

凛「凛が案内する」

穂乃果「…あ?」






凛「凛は、「日の差し込まない路」で人売りが使う取引場所を知ってる」



………………

…………

……


586 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:10:41 XK5QJxOg

ことり「……」

「…もう抵抗、しないのね」



ことり「……」

「ここまで来たら、大声出しても無駄だし…  舌噛まないなら、それ取ってやってもいいわよ」

ことり「……」コクリ



ことりに噛まされていた猿轡が、黒髪の小柄な少女によって外される。



ことり「あなたは…?」

にこ「矢澤にこ  …盗賊よ  はじめまして、王女様」

ことり「……」

にこ「ずいぶん落ち着いてるじゃない  自分の置かれてる状況はわかってる?」

ことり「…立場上、こういう日が来ることも覚悟していました」


587 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:12:35 XK5QJxOg
ことり「わたしを国に引き渡しますか?それとも、人質にして国にお金を要求しますか?」

にこ「私は手っ取り早く、アンタを売っ払うだけだから  その後あんたがどんな扱いを受けるのかは私の知ったことじゃない」



ことり「…そうですか」

にこ「あんたを連れてくるのは一番やりたくないパターンだったんだけどね… 寝たふりでもしてくれてりゃ、こうはならなかったかもしれないのに」


ことり「今は、休憩中?」

にこ「指定時刻になったら、取引相手がここに来るの  それを待ってる」

ことり「……」



手足を縛られたままのことりは、目線で猿轡を示す。



ことり「…どうして、それを外してくれたんですか?」

にこ「はぁ? いや、別に…  深い意味は無いけど」

ことり「……」

にこ「…せっかくだし、私に恨み言のひとつでも言っておけば? 私はこれからアンタを売るのよ」



ことり「…………あなたは」


588 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:13:51 XK5QJxOg

ザッ…


「お姉さま!」

「おねーちゃん!」


にこ「っ! こころ!ここあ!」バッ


奴隷商「やあ、矢澤の  ちゃんと「代わり」は用意できたんだろうね?」

にこ「……」





にこ「…ほら」グイ

ことり「っ」ドシャアッ


乱雑に、にこから突き飛ばされるように転がされたことり。
幼い少女をふたり連れてやってきた男が、目踏みするような目でことりを見る。

連れられている幼い少女たちには、手足と首に鉄の枷が。



奴隷商「ほお…! 歳はそこそこ食ってるみたいだが、コレはかなりの…  ん?この顔、どこかで」

にこ「王女よ  ずっと行方不明だった、あの」

奴隷商「!」ピク


589 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:15:28 XK5QJxOg
奴隷商「…素晴らしいね  よく見つけたものだ」

にこ「一人でもお釣りがくるくらいでしょ?  ……そいつで取引よ  妹たちを、返せ」

奴隷商「……」


ことり(代わり…  そっか、この子は自分の家族のために)








奴隷商「ふむ、では一人だけ返してあげよう  どっちがいいかな?」

にこ「ッ!!」ギリ!



奴隷商「なんだい、その目は?譲歩しているのはこっちだというのに」

にこ「…そいつは間違いなく王女よ  ひとりでも価値は充分に」

奴隷商「本来、「同じくらいの年齢の女の子供ふたり」が取引の条件だった  忘れたかい?」

にこ「でも!!」

奴隷商「若さは大切だよ  子供は躾け方によって様々な使い道がある  需要も相当だ…」


590 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:16:52 XK5QJxOg
奴隷商「しかし、王女とくれば確かにそれだけで価値がある  うまくやれば国から巨額のキレイな金を受け取れるだろう」

にこ「……」

奴隷商「加えてまだ若いといえば若いほうだし、見てくれもいい   だから、一人と換えてあげることなら」

にこ「待って!  じゃあせめて… あと一日待っ」

奴隷商「駄目だ  設けた期日は守ってもらう」





にこ「なら!私がっ! 私が、二人目になる……!!」バッ

ことり「!」

こころ「お姉さま!?いけませんっ!」

奴隷商「……」





にこ「大丈夫、抵抗しないわよ?  私だってまだ若い女だし需要はあるでしょ」

奴隷商「ちんけな盗賊の端くれでしかない君に、その王女と等しい価値があると?」

にこ「こぉ〜んなカワイイ女、どこの富豪も放っとかないニコ〜♡」

ここあ「ダメぇっ!おねーちゃん!!」ポロ ポロ


591 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:17:45 XK5QJxOg

奴隷商「…仕方ないね、まあいいだろう  でもそれだと目玉商品が変わりすぎるしな、捌くトコを変えるか…」ポリポリ


にこ「ふたりとも…  こたろうのこと、頼んだわよ」

こころ「嫌ですッ!?そんなの、いやですぅっ!! お姉さまぁっ!!」ポロポロポロ

ここあ「ぇぐっ、ヒッ…  おねぇぢゃぁ……!!」ボロ ボロ


にこ「ッ〜〜…!  くそっ」グ




ことり「……」ズキ















「ことりちゃんっ!!!!」


592 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:19:16 XK5QJxOg
にこ「!?」


奴隷商「誰だ…!?」


ことり「……!!  ほのかちゃん!? 凛ちゃん!」




凛「穂乃果、ちゃんっ…! 間に合った、みたいだよ、はぁっ はぁ……っ」ヨロ

穂乃果「よしっ…! まだ取引は終わってないな!!?」ジグ…




にこ「お前は、王女についてた用心棒の…!」

穂乃果「おいっ!!!! ことりちゃんを…!!! お姫様を売ろうとしてる奴は誰だっっ!!!!!!???」



その場にいる全員が耳を思い切り塞ぎたくなるほどの大声で穂乃果は怒鳴る。

程なくして、一人の男が手をあげた。



奴隷商「僕だね…  僕はこれから王女を所有し、すぐにでも売りに行くところだった」

穂乃果「てめえか」ギロリ


593 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:21:16 XK5QJxOg

…ズキン



穂乃果「あたしは正直、お前をギタギタにぶちのめしてことりちゃんを強引に奪い返してもいい…  けど」

凛「……」グ



穂乃果「…ここらで力づくの問題起こすのは、どうもタブーみたいだからな」ズキン

奴隷商「わかっているじゃないか」



凛の話によると、「取引の場」で穂乃果が強引にことりを奪い返すという行動は、
『報復』という事態を招くらしい。

明日、街を去る穂乃果たちにとっては関係のない話。それに報復とやらも、穂乃果なら返り討ちにしてしまえるだろう。

しかし、当事者達が姿を消したとなれば。

『報復』の対象は…?



穂乃果「世話になった場所がある 迷惑を掛けたくない人がこの街にいる…  だから」ドササッ!

凛(穂乃果ちゃん…)


ことり(!  わたしたちの荷物を…?)





穂乃果は、自分の荷物とことりの荷物、どちらも全てこの場に持ってきた。

当然、ふたりの財布も。





穂乃果「………あたしが、ことりちゃんを金で買う  それなら、真っ当だろ」

にこ「!!?」


594 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:22:28 XK5QJxOg
奴隷商「ほう…  それで、いくら出せるんだい?」

穂乃果「まず、金の数え方わかんねえんだよな…  これ一枚で何銭なんだ?」スッ

奴隷商「っ!!?  ……なるほど、そこそこ持ってるみたいじゃないか」







ザッ


凛「…久しぶり」

にこ「……」プイ

ことり「…?」


穂乃果と奴隷商の男が話し合っている間に、凛がにこへ歩み寄った。
にこは気まずそうに顔を逸らす。




凛「盗みくらいだったら赦される、なんて言わないし… かと言って、生き抜くためには手段が選べなくなることがあるのもわかる」

にこ「……」

凛「けど… まさか人売りにも手を出すなんてね  正直、失望したよ?  最低限のプライドは守ってるんだと思ってたのに」

にこ「うるさい…」ボソ

ことり「知り合い、なの? 凛ちゃん…」




こころ「お、お姉さま…?今の状況、いったいどういう」

ここあ「ちゃんと、みんなで助かるのっ!?おねーちゃん!」ガバ


凛「っ!? え…」


にこ「……にこには、護らなきゃいけないものがある  プライドなんかよりも、もっとずっと大事なもの」キッ


595 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:23:54 XK5QJxOg
凛「………妹? いたんだ…」


にこ「家族の為なら、この手を汚すことだって…! いや!もう進んで汚そうとでもしなけりゃ護れないの!!」

凛「でも!だからって」

にこ「は! 表で生きれるようになったアンタはもう、綺麗サッパリ忘れちゃったってわけ!?泥水すすってまでしがみつく、私たちの惨めさを!!」

凛「………………ごめん  凛が…何様って感じだよね」


ことり「……」







穂乃果「…そのふたりの子供は何? ロクな扱いされてないように見えるけど」

奴隷商「話すと長くなるね…  とにかく充分なお金を支払ってもらえれば、その時点でこの二人の子供はあなたのものだ 後はどうぞご自由に」

穂乃果「ふぅん…?あたしの?」

奴隷商「取引は公正でなくてはならない…  そして王女は、この子供の代わりとして連れてこられたのだから」

穂乃果「………つまり、ことりちゃんは?」

奴隷商「正確には、王女はまだ僕のものでは無いんだ 君が子供を買うことで、晴れて自由の身となる  あと、あの盗賊もオマケでね」

穂乃果「よくわからん、あたしが馬鹿だからか…?」




 バササッ…




穂乃果「ええと… なんかゴチャゴチャ面倒くさいみたいだけど、この場まとめて全部あたしが買っちまって、それで解決ってわけだ?」


「いいえ〜? 全部まとめて私が貰い受けるのよ♪」


596 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:25:10 XK5QJxOg

穂乃果「ッッ!!?」ゾ ク !




なんだ? …なんだ、この気配。

知ってる? いや、似てる…?



ジャキ!

奴隷商「うわ!?」ビクッ

穂乃果「誰だっ!!?」ギラ!


反射的に剣を構え、叫ぶ。
奴隷商の男は、突然剣を抜いた穂乃果に驚いて尻餅をつく。




凛「ほ、穂乃果ちゃん…?」

にこ「突然なによ…!?」


少し離れたところにいた面々も、穂乃果のただならぬ様子に軽く怯えを見せる。



ズ…!

ことり「え…!?  うそ、やだっ この感じ…!!?」ギュ…!


597 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:27:59 XK5QJxOg

バサ サ サ ………


「久しぶりね〜♪高坂さん」



どこから現れたのか、無数の蝙蝠を模した影が穂乃果の目前に集まってゆく。

それらはやがて、人の姿を形作る。


穂乃果「誰、だ…!?  あたしはお前なんか、知らない」ジグッ  ジグ…




「あなたは知らないでしょうけど、私はあなたを知っている  …いえ、『高坂』を、知っている」ニコッ…

穂乃果「!?」


「ふふ、伝わったかしら〜…? あなたのご先祖には、ずいぶんお世話になったものよ♡」





穂乃果「そうか…  そうか  高坂、そういうことか  …………お前、人間じゃないな」チャキ…

「ああ その剣、なつかしいわね〜…」


凛「穂乃果ちゃん!?どういうことっ!?」






あんじゅ「私はあんじゅ  ツバサの、魔王様の、右腕……♪」

穂乃果「テメエは、魔物……!!!」ズ キ ン ! !


598 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:29:38 XK5QJxOg
にこ「はぁ!?魔物…!? どう見ても人間じゃない…」


あんじゅ「時代、変わったわね〜  もう『魔族』を知ってる人間はいないの〜…?」シュン…

穂乃果「魔族…!?」




ズザッ!

奴隷商「なっ、なんなんだよ一体!? なんだっていいが、取引が済んでからにしてくれよ!!」


あんじゅ「必要ないわ〜♪  ここにいる全員、私が貰っていくのだもの  当然、あなたも」クスッ…

奴隷商「…!?」ゾワッ

あんじゅ「あなたが人売人ね…  あなたのような人間がいるおかげで、こういう狩場が現代でも残ってて… 私に楽をさせてくれる」


ゴクリ

奴隷商(くそ、勘だが…  ここにいるのは不味い  アレは、やばい)


グイッ!!

ここあ「ぐぇぅっ…!?」ゲホ

こころ「痛っ!」ズキ


にこ「なっ…!? こころ!ここあ!」バッ

奴隷商「取引は破談だっ!この子供は持ち帰らせてもらう!後はもう勝手にやっててくれ!」


男は枷をつけた少女を強引に引き摺り、その場から逃げ出そうと背を向けた。




あんじゅ「あら…  ぜんぶ私が貰うって言ったわよね、勝手に持って行かないでくれる〜?」バサッ


599 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:31:15 XK5QJxOg

あんじゅの体から、ひとつ小さな影の蝙蝠が生み出される。

それはまるで生きているかのようにパタパタと、奴隷商の男めがけて飛んでゆく。



あんじゅ「ん、そうね〜…  ひとりくらいなら、見せしめに殺(く)っておいてもいいかしら 面倒も省けそう…  うん♪」クイ





パタタ…    ザ スッ!!

奴隷商「あ………?」ガク…



 ドサッ……





穂乃果「…!」





影の蝙蝠はその形を鋭く変え、一瞬で男の心臓を貫いた。


600 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:33:43 XK5QJxOg
凛「っ…!?  今の、は 魔法?」

にこ「魔物…!? なによ、魔族って一体、何なのよ…!」




奴隷商「」ドロォ…


ここあ「えっ、あ?ち  え??ぇ……!?ヒッ」ガタ ガタ

こころ「ぐぷっ、ぅ!うげぇぇえっ……!!」ビチャ、ビチャッ…!


人間の死。先程まで生きていた男の末路を目の当たりにした幼い子供。
ひとりは恐怖からその光景を受け入れられず、ひとりはショックで嘔吐してしまった。







ことり「あ、あ    あなた、は   お、」







あんじゅ「ふふ、私のことは憶えてる? 元気にしてた〜?」ヒラ


穂乃果「………?   ことり、ちゃん…?」







あんじゅ「今日このタイミングでここに来たのは本当に偶然なのだけれど〜…  あなたも運が悪いわね〜♪」クスッ


ことり「おとうさんを、「食べた」ひと………!!?」

穂乃果「っ!!!」ズキン…!



 六章:ぬくもり 完


601 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 14:35:10 XK5QJxOg
大変お待たせいたしましたちゅん(;8;)


602 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 15:26:02 Jf9DNGOE
気を引こうとすることり可愛すぎか
おつ


603 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 17:40:29 6nh4ziME

面白すぎて>>1から一期に読んでしまった
続きも期待


604 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 17:44:50 220idCso
この更新量 待ってたかいあったぜ


605 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 18:11:27 QY/B48YM
(・8・)


(・8・)


606 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 18:21:28 7pxlzAuU
どんどん話が進んで面白くなっていくな次も楽しみにしてます


607 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 20:39:54 QnweMINY
やばいおもしろい


608 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/20(水) 21:41:28 vaF7umDo
更新量と面白さがあるから全然待てる作品だわ
待ち遠しくもあるが


609 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/21(木) 00:42:30 gpAqgAlM
なんか既視感あったんだが、前にどっかで書いてた?


610 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/21(木) 01:34:21 XgR5DVLk

急展開来たやね
待っててよかた


611 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/21(木) 18:13:29 6vjZn.e2
>>609
書き方とか雰囲気がって意味?
ラブライブssは前からちょくちょく書いてたよ

内容がって意味なら、このスレはここでしか立ててないし話も一応自分で考えてる…
でも設定が王道だから、似たのを他の人が先に書いてる可能性はナキニシモアラズ


612 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/21(木) 20:11:28 ZKrd30po
>>611
いや何故か>>600の一部分だけが初めて読んだ気がしなくて…

どっかに一度投下したのかな?と…

たぶんデジャビュってやつだから気にしないでくれ…


613 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/21(木) 21:20:53 aMo3w2mY
悪気はないのだろうが前にどっかで見たとか言われるのは書く側からするといい気はしないから十分な確信がないなら言わないほうがいい


614 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/22(金) 01:50:22 qEhnI8VA
ことりちゃんの境遇もやっぱり穂乃果ちゃんが原因なのか
よかったら過去作教えてほしい


615 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/22(金) 14:49:01 8WluCTW2
あれだろ前に自分のSS漫画化するって言ってたあらだろこれ
ことほののあら


616 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/22(金) 17:31:50 2/w6YZ0Q
続きが欲しい


617 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/23(土) 21:33:34 brjagq6Q
まだか


618 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:17:37 i6JpVIBw

ことり『はぁ…』


絵里『ここにいましたか… 探しましたよ』


ことり『ひゃっ?』ビクッ




緑が広がる、王都の城の敷地内。
座り込んで溜息をついていた王女に、一人の騎士が声を掛けた。




絵里『姫様… 無断での外出はお控え下さい  近頃、魔物の活動範囲が広がっているのはご存知でしょう?』

ことり『…わたし、もう子供じゃないよ? 庭を散歩するくらい、別に』

絵里『既に王都内部でも数回魔物が目撃されています  今は、城の庭ですら絶対に安全とは言い切れません』

ことり『……』

絵里『もう子供でないというのなら、ご自分の立場もご理解いただけますね?姫様』

ことり『はーい…』


619 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:18:14 i6JpVIBw
絵里『それで、どうなさったのですか?』

ことり『…今日、おかあさんの誕生日』ポソ

絵里『あぁ… もうそんな時期でしたか  道理で、昨日から厨房が随分と忙しなかった気が』



ことり『今年はめずらしくおとうさんも時間取れたみたいで、お祝いパーティー出られそうって  だから…』

絵里『?』



ことり『だから、だからね?  …わたしもなにか、誕生日のプレゼントをしたいなって』

絵里『それは…  ええ、きっと喜ばれるでしょう』


620 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:18:51 i6JpVIBw
ことり『でも、なにをプレゼントしたらいいかわからなくて  悩んでたの…』

絵里『……』

ことり『小さい頃、似顔絵をあげたのは憶えてるけど それはさすがにもう子供っぽいし』

絵里『懐かしいですね』

ことり『だからって、城の人に持ってこさせたのを渡すのもなんか違う気がするし…』

絵里『…なんだって、いいと思いますよ』




騎士は王女の隣に腰を下ろし、手近な花を摘み始めた。

白く小さく咲いているその花を、ひとつ、ひとつ。




絵里『この花でしたよね…  確かここを、こうして?』プチ プチッ

ことり『! そうそう、そこに巻きつけて…   絵里ちゃん、憶えててくれたんだ』

絵里『まだ、あなたにさえ心を許していなかったわたしに… この庭で、姫様が丁寧に教えてくれました』


621 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:19:41 i6JpVIBw

絵里『あなたからの贈り物なら、それが何であろうと… きっと王妃は喜んでくださいますよ』

ことり『花かんむりを…?  でも、これも子供っぽくないかな』

絵里『そうですか?』



絵里『では、コレは私からの王妃へのプレゼントにします』

ことり『えっ』

絵里『個人的には花かんむり、結構良い案だと思いましたので  姫様が違うものにするというのなら、私が…』

ことり『待って!待って! ことりが花かんむりにする!だから絵里ちゃんは違うのにしてっ!』バッ

絵里『はい、わかりました』







ことり『〜♪』プチッ プチッ

絵里『……』ニコッ


622 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:20:12 i6JpVIBw

………………

…………

……


ことり『完成っ』

絵里『ちょうど、そろそろ食事の時間になりますね』

ことり『じゃあ、一緒におとうさんとおかあさん呼びにいこう!多分まだ部屋にいると思うから』

絵里『ええ  では、城に戻りましょうか』














 ズ…



ことり『っ…?』ゾク

絵里『?』


623 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:24:09 i6JpVIBw


絵里『姫様?行きましょう』

ことり『あっ、うん…』



城に入ったと同時に王女を襲った形容しがたい感覚。
しかし、騎士は特に何も感じていないようだ。

騎士が王女を先導するように、王のもとを目指し歩き出す。
王女も、後に続く。







ことり『おかあさん、喜んでくれるといいな』

絵里『心配ありません、きっと』


624 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:24:55 i6JpVIBw

ピチャ…


『そっち、あなたが喰っちゃっていいわよ  私もうお腹いっぱいだし』

『何言ってるの、勿体無くない〜…?』


絵里『はっ…!?』




王と王妃がいるであろう部屋。
中から声が漏れ聞こえてきた。

王とも、王妃とも、違う声が。




『そりゃ、そうだけど  …なんか、そいつ不味そうなのよね  それに、そっちも半分くらいの薄さだし』

『なにグルメ気取ってるのよ〜…  少なくとも、私には違いなんてわからないけれど?』


ことり『?』


625 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:25:34 i6JpVIBw

ことり『おとうさん?おかあさん…? 誰か、来てるの?入るよー』

絵里『待っ…!』


聞こえた会話に不穏な何かを感じた騎士は、咄嗟に王女を止めようとしたが。

既に王女の手は、扉の取っ手に手をかけていた。



ガチャッ
      キィ…






『ま、いらないっていうのなら〜…  せっかくだし、遠慮なく』ゴキャ! ブチィッ…!



ことり『………え?』

絵里『ッ!!?』


部屋の扉を開けた王女の目に、最初に飛び込んできたのは。


今まさに腕をもぎ取られたというのに、痛がるそぶりどころか、微かな声すらも発さない。

瞳孔が開ききった父親の、脱力した姿。





 ポトッ…


626 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:26:22 i6JpVIBw

気の抜けるような軽い音を立てて。

王女の手から離された、花で編まれた冠が床に落ちる。



『んふ……♡』ジュルル…ッ

『あら…? あんじゅ、ほらそこ』

『?』チラ


ことり『え、 っ』ビク




もいだ父親の腕の断面から、滴る血を味わうように口に含む少女と目が合った。




『子供もいたのね  最初感知した時は気付かなかった… 二人して、どこに隠れてたのかしら』

『向こうから来てくれるなんて、良かったわね〜  抵抗されないうちに食べといたら?』




のんびりとした調子の二人分の会話。

しかしそこにあるのは、物言わぬ国王の肉体と、一人の少女と、ゆらゆら漂う黒い靄だけ。


627 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:27:30 i6JpVIBw
『でも、お腹いっぱいなのも本当なのよね  どうしましょうか…』

『ふ〜ん?まあ、まかせるけど〜…  はむっ…』パク


 …ガリッ! ゴキ! ミチッ



絵里『な…!ぅぷっ!?』ゾッ!

ことり『ひっ……!?』


少女が、腕を『食べ始めた』。
人間の腕を、ローストチキンでも食すかのように、ためらいなく。

わざとらしい嫌な音を立てながら。骨ごと齧り取ってゆく。




絵里『………く、  くそ…ッ!? 王妃はどこっ!?化け物め、この』チャキッ!


ことり『………おっ、おと、おとう、さん   あれ…?』フラッ…

『ふふ… 美味しくいただいてます、なんちゃって〜…♪』クスッ


絵里『姫様ッ!!?』


628 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:28:46 i6JpVIBw

騎士が剣を抜いたと同時、王女が部屋に足を踏み入れてしまった。

理解が追い付かず混乱しているのか、それとも眼前に広がる光景を受け止めきれないのか。
ふらつく足取りで近づいて。震える指先を伸ばそうとする。

…まるで、救いを求めるように。


絵里(今、私がすべきことは…!?)ド ク ン






――― 絵里ちゃん。 娘を… あの子のことを、よろしくね?






 ガシッ!


ことり『ぁ……』

絵里『…逃げましょう!!  あなたは…! あなたの身はっ!私が護るわ!!!』


629 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:30:20 i6JpVIBw

騎士は剣を収め、王女の手を引く。
王女はされるがままに、引き摺られるようにして両親の部屋を後にした。

しかし、その目は…  その視線は、ずっと父親に注がれたまま。



ことり『おとうさん、が  どんどん、うそ?食べられてく…  血が、出てる、あれ、おとうさんなの………?? ねえ、絵里ちゃん…』

絵里『ッ……!  ちゃんと前を見なさい!!!転ぶわよっ!!?』ギリッ





『追わないの〜? 逃げちゃってるけど…?』ゴキャ  ペキ  グチュ

『んん、今日はさすがにもう食欲ないし…  攫って手元に置いとくってのも面倒だから』

『悠長ね…  任せるとは言ったけれど まだ全然回復してないくせに、そんな調子でいいの〜…?』ミチチ、ブチッ!  ジュルル…

『大丈夫大丈夫♪  肉の器が作れるまでに戻れば、そこからはトントン拍子よ』



………………

…………

……


630 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:31:59 i6JpVIBw

ことり「ひぐっ、ぅあ…!? ああああっ」ポロ ポロ…!

あんじゅ「きっとあなたは、そういう運命なのよ  今度こそあらためて、ツバサの糧と」スッ


穂乃果「炎魔法、炎弾っ!!」ヴォッ!




ドパッ…!!




あんじゅ「……高坂」シュウウ…

穂乃果「そいつに、指一本でも触れてみろ…!?  楽 に は 死 な さ ね え 」ギロ!




凛「ッ…!?」ゾワ!

にこ(な、なによあの気迫…  いや、殺気は)ブルッ


631 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:33:18 i6JpVIBw

明らかに動揺していることりに手を伸ばしたあんじゅを、
すぐさま炎の塊が襲った。

あんじゅはそれを、軽く払うように消し飛ばして穂乃果に目を向ける。




あんじゅ「あなた…  ツバサと出会って、一度見逃されたのでしょう?  …ふふ、その子と同じじゃない♪」

穂乃果「人型なのか魔族?だか知らねえけど、どうでもいい…   あたしはお前を殺したい これは間違いないから」



あんじゅ「ふぅん…?  私は今のところ、あなたに手を出すつもりは無いのよ? やりあう必要だってないし〜…  それに」

穂乃果「右目が、お前を殺せってうるさいんだよ…  それに」ジグ!



あんじゅ「どうもあなた、ツバサのお気に入りみたいなのよね… だからあなただけなら、この場から逃がしてあげても良かったくらいなのだけれど」

穂乃果「テメエには無かろうが、今のあたしには殺り合うに値する充分な理由がある…!」






『おとうさんを、「食べた」ひと………!!?』






ことり「おとうさん! おかあさんっ……!」ポロ ポロ ポロ…!


穂乃果「殺してやるよ  害虫が……!!!」ジャキ!

あんじゅ「でもまあ、そっちがその気なら…?  前の高坂から受けた屈辱を、褪せず積もった鬱憤を  あなた「で」……♡」


632 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:34:18 i6JpVIBw

過去のショックが蘇ったのか、泣き崩れてしまうことり。

枷を曳く者を失い、なすすべなくその場に留まる、こころとここあ。

事態についていけず、ただ呆然と立ち尽くすだけの、凛とにこ。



そして。

互いに薄く笑みすら浮かべつつ対峙する、穂乃果とあんじゅ。



あんじゅ「にしても…  仮にも勇者よね?なのに連れているのは、その泣き虫さんだけなの?」バッ!

穂乃果「魔王の、右腕…!! 千切り飛ばしてやるッッ!!!!!」グア!





 ス ゥ


ブオン…!





穂乃果「…!?」

あんじゅ「私は影…♪ 在って、視えてて、なのに触れることはできない…」



袈裟掛けに振りぬかれた大剣は、穂乃果に何の手ごたえも伝えずあんじゅの体を通過した。


633 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:34:59 i6JpVIBw
穂乃果「…炎魔法、火球!」ボッ!

あんじゅ「小さな魔法ね 優秀な魔法使いの仲間はいないのかしら?勇者さん」ヒュ


間近で放たれた火の玉を、あんじゅはひらりと躱してしまう。




穂乃果(さっきもそうだった…  剣は避けようともしなかったけど、魔法にはきちんと対処する  つまり)

あんじゅ「ふふ…  前の高坂とは、随分タイプが違うみたいね〜」ニヤッ




ズズッ…




あんじゅ「闇魔法、影縫」

穂乃果「うっ!?あ」ズダッ!


 ジャ キン!


634 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:35:39 i6JpVIBw

穂乃果の足元から、無数の黒い針が飛び出した。

勘だったのか、これまでの経験からくる予測によるものなのかはわからないが…
穂乃果は咄嗟にその場から飛び退き、襲い来る針をなんとか躱すことができた。



ザッ

穂乃果「魔法、使えるのか…!」ジリ

あんじゅ「そこに驚くのね〜 本当に時代は変わったみたい…  なんだか少し、寂しいわ」





にこ「こいつら、なんなの…?  にこの知ってる、魔法じゃない」

凛「穂乃果ちゃん…!」


あんじゅ「……」チラ






…クスッ♡


あんじゅ「ね、イイ余興を思いついちゃった   付き合ってもらおうかしら、高坂さん♪」パッ

穂乃果「あぁ…?」


凛とにこを軽く一瞥したあんじゅが、妖艶な笑みを湛えてそう言った。




あんじゅ「ちょっとした、復讐劇よ」


635 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:36:37 i6JpVIBw

ス…


あんじゅ「そう、私は魔族  魔力で魔法が使えるわ…  かつて私を苦しめた、こんな魔法も使えるようになったの」

凛「…え?」

にこ「わっ、私…!?」


穂乃果「っ!?  おい!!? やめろ!!!」ダッ!

あんじゅ「影蝙蝠」トプ…




あんじゅが、凛とにこのいる方へと手をかざした。
掌から、ふたつの小さな蝙蝠の形をした影が。

それを見た穂乃果は、凛とあんじゅの間へ割入ろうと駆け出したが…

魔法を避けるときに飛び退いてしまったせいだ。距離が、遠い。






穂乃果「逃げて凛ちゃんっっ!!!!」

ことり「はっ…!?」ビクッ



間に合わない。

影の蝙蝠はそれぞれ凛とにこの首筋に、溶けるように沈み込んでいった。



あんじゅ「錯覚魔法、隷属」バ チ ッ


636 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:37:31 i6JpVIBw

フ…


凛「――」

にこ「――」



穂乃果「凛ちゃん!? 凛ちゃんっ!!」

ことり「あ、れ   今まで、わたし…」



感情をコントロールできなくなっていたことりは、穂乃果の叫びによって我に返ることができた。

しかし、肝心の凛は応えない。

それは、にこも同様に。
ふたり共、感情のスイッチが切れてしまったかのように無表情で立ち尽くしている。



穂乃果「なんだ、その魔法…  いったい何を、しやがった…!」ギリ!

あんじゅ「あなたのご先祖のお仲間が得意とした対生物魔法よ  …それの、上位互換とでもいいましょうか」ピッ




凛「――」ユラリ

にこ「――」ス…


ここあ「えっ…」ビクッ

こころ「お姉、さま…!?」



少女ふたりが、その表情を一切変えぬままに動き出した。
凛は、拳を強く握りしめながら。


…にこは、懐から短刀を取り出しながら。


637 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:38:37 i6JpVIBw
ことり「そ、そうだ  ほのかちゃん…!」ヨロ

あんじゅ「そして、こっちで仕上げね」クルリ


穂乃果「駄目!! ことりちゃんっっ!!?」




あんじゅの足元で頽れていたことりが立ち上がろうとする。

ことりの目には穂乃果しか映っていなかった。

穂乃果のもとへ向かおうとしたことりに、あんじゅがするりと手を伸ばす。




ことり「きゃっ…!」

あんじゅ「闇魔法、縛影」ズア


闇がことりの手足を縛る。
こころ、ここあと同じように。体の自由を奪われた。

そしてあんじゅはことりをそのまま胸に抱き寄せ。
自らの腕で、これが枷代わりだとでも言わんばかりに仰々しくことりの細い首を固定した。



ことり「ほ、ほのか、ちゃ」

あんじゅ「さあ、これでシチュエーションは完璧♪」

穂乃果「その手を離せぇぇぇっっ!!!!!!」ダッ!!


638 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:40:20 i6JpVIBw
あんじゅ「慌てないで  あなたの相手は私じゃないから…♡」



ビュッ!

穂乃果「ッ!? 危な…!」ドキ


にこ「――」ザッ





あんじゅとの距離を詰めようとした穂乃果の横から、突然繰り出された斬撃。

穂乃果よりも小柄な黒髪の少女がその手に持つ、短刀によるものだった。


穂乃果「くそっ 誰だよ、お前…?」

ことり「ほのかちゃん!? 後ろっ!!」



ズ ゴ!!



穂乃果「ぁがっ…!?」ビキ!


639 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:40:55 i6JpVIBw

突然の衝撃に、混乱する。

…気付かなかった?馬鹿な。どんな不意打ちでも、あたしは察知くらいできるはず。

なのに…






凛「――」ス


穂乃果「えっ……?」ゾッ…




振り向いて、絶句する。

さっきの一撃は、自分の背後にいた何者かによるものであるはず。
人体の急所である首の後ろを思い切り殴りつける、容赦のない一撃だった。
感触からして、鈍器ではなかった。おそらくは、肘か拳だろう。



その、拳を。 明確な、殺意を。

穂乃果に向けて、振るったのは。

振り向いた、その先にいたのは…





穂乃果「………凛、ちゃん?」ズキン

凛「――」


640 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:42:03 i6JpVIBw

穂乃果「き、気付かないよ そりゃ え? だって、敵じゃない、よね…?  なんで、凛ちゃん…」オロ オロ

ことり「……!?!?」


ことりは、穂乃果が襲われる様をはっきりと見ていた。

その目で見ていたのに、信じられない。 間違いなく、凛がその手で穂乃果に対して攻撃したのだ。




あんじゅ「えげつない魔法よね〜… 本当、いやらしい  先の大戦で私が敗れたのは、この魔法のせい」

ことり「っ!!」




あんじゅ「ま、確かあの時使われたのはもっと雑な… 混乱させる、って感じの魔法だったけれど〜」

ことり(そっか、この人の魔法が原因で…!)キッ

あんじゅ「教えてあげていいわよ? ほら勇者さん、テンパっちゃってるみたいだし♪」

ことり「えっ…!?」


心を読んだかのようなあんじゅの台詞にギクリとすることり。
しかし、あんじゅはただ不敵に笑っているだけ。



ことり「……!」グ



…だいじょうぶ。こわくない。

早く、ほのかちゃんに教えてあげなくちゃ…!


641 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:42:57 i6JpVIBw

にこ「――」ビュオ!

凛「――」ブンッ!


穂乃果「わ… ちょ、ちょっと  まって、りんちゃっ」フラ


もつれる足で、攻撃を躱す。
貼りついたような感情の見えない顔で、ふたりの少女が淡々と穂乃果の命を狙う。



ことり「ほのかちゃんっ!! 凛ちゃんは魔法で操られてるの!! この人の魔法で、だから…!!」



穂乃果「う、ぁれ?  む、村じゃ、なくって…  だからあ、あたし、受け入れてもらえた、や、違った…?」ズキン…

ことり「……!? ほのかちゃんっ!!!?」

あんじゅ「あらら、聞こえてないみたいね〜…  動きも明らかに悪い、まさかここまで効果テキメンだとは…」




凛「――」グオ!

穂乃果「やだ、やめてよ  石、とっても痛いんだ…っ」ジリ



 ゴ ッ ッ ! !



ことり「!」


642 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:44:03 i6JpVIBw

ズシャアッ…!


穂乃果「……ぁ」




凛は、おぼつかない足取りで後ずさる穂乃果に詰め寄り、躊躇なく拳を振りぬいた。

骨と骨がぶつかりあう、鈍い音が響き。

額を真正面から殴られた穂乃果は、そのまま仰向けに倒れ伏す。



ことり「ほのかちゃん!?ほのかちゃんっ!!  おねがい!やめて!?目を覚まして、凛ちゃんっ!?」

あんじゅ「あちゃぁ…  まさか、このまま殺されたりとか無いわよね…? それは流石に、想定外だわ〜…」






にこ「――」ギラリ!


ことり「あ、あぁ……!?」ゾッ



短刀を掲げたにこが、倒れた穂乃果を見下ろす。
感情の無い目が、じっと穂乃果の左胸を見つめていた。



ことり「だめ!!! 起きてっ!!!? ほのかちゃんっっ!!!!!」

あんじゅ(手を出すなと言われたわけじゃないけれど…  これで高坂が死んだら、多分ツバサ何か言ってくるわよね〜…)





あんじゅ「はぁ… 仕方ない、いったん魔法を」スッ

穂乃果「ぅ、く…っ」ザリッ


643 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:44:49 i6JpVIBw
あんじゅ「おっと…?」

ことり「!   ほのかちゃんっ!!!?」



穂乃果「くそ、悪趣味な魔法だ…」ヨロ

にこ「――」ヒュッ…!

穂乃果「ちぃッ」スバッ


体制を立て直し、にこの一振りを避ける。
油断せず次の攻撃を警戒しつつ、凛と向き合う。




凛「――」ザッ

穂乃果「ああ、ぶん殴ってくれたおかげで冷静になれたよ…   はは、結構腕力あるね?凛ちゃん」




ことり「聞いて、ほのかちゃん! 凛ちゃんたち、この人の魔法に操られてるの!」

穂乃果「ありがと、わかってる   ……クソ魔物が、タダで済むと思うな」ギロリ

あんじゅ「ふふ、早とちりしちゃうトコだった♪  …さっきも言ったけれど 私は魔族で、あんじゅよ?魔物扱いはちょっと納得いかないわ〜…」


644 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:46:07 i6JpVIBw

穂乃果「ほざけ!雷魔ほ」バッ


あんじゅ「きゃあ、こわい♡」グイッ!

ことり「ぅグっ……!?」

穂乃果「ッ!!?」ビクッ!



魔法を放とうと穂乃果がかざした掌。
あんじゅはそれに対し、逃げるでも避けるでもなく、堂々と…

締め上げるようにして、その『盾』で身を護る。



ことり「く、苦し…ぃ」ギチ

あんじゅ「軟くて脆い、最強の盾…  あぁ、これを矛盾と言うのかしら?」クスッ

穂乃果「ふ、ざけっ……!!!??」


ドボォッ!!

穂乃果「ぐぇうっ!!」ゲポ

凛「――」


鳩尾に、衝撃。
横にいた凛の蹴りが腹に刺さっていた。



ザグ!!

穂乃果「ぎぃ…ッ!?」ズキ!

にこ「――」


直後、太腿に鋭い痛み。
穂乃果を挟むように凛の反対側に位置取ったにこが、短刀を突き立てたのだ。


645 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:46:41 i6JpVIBw

こころ「どうなって…しまったの、ですか…!  お姉さま…!?」


にこ「――」



ザッ…

穂乃果(くそ、頭ン中… ぐちゃぐちゃだ  一体どうすればいい?あたしは…!)ジグッ…




ことり「わ、わたしの、せいで…! わたしが、いるせいで」

あんじゅ「これよ、これ!ああ、溜飲が下がるというもの…! ほら!!どうしようもないでしょう!? ねえ、『高坂』!!」バッ!


穂乃果「……!」ギリッ




…どうする?

まず、近づかないと。
不用意に遠くから魔法を撃ったら、ことりちゃんで防がれる。
あたしはそんなに器用じゃないから、直線的な軌道を描く魔法しか飛ばせない。


近づいて、どうする?

触れない。剣や手じゃ… 物理じゃダメだ。
でも多分、魔法は効く。
自分からことりちゃんを掴んでいるわけだから、実体が無いってことでもないはずだ。

…よし。なら、突っ込んで近距離からの自然魔法だ。
ぶん殴れればそれでよし。通り抜けるようなら内側から、内臓から燃やし尽くしてやる。


近づくには?

操られてる2人が邪魔だな…
やっぱり、こっちを先にどうにかしないと。



穂乃果(落ち着け…  冷静に、ひとつひとつ)


646 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:47:39 i6JpVIBw

穂乃果は痛む足をかばいつつ、その場から距離を取る。
すると凛とにこは再び、穂乃果を挟みこむような位置を目指してジリジリと散開しだした。




穂乃果「…そもそも、お前の目的は何なんだ   ここに、なにしにきやがった」

あんじゅ「ふ〜ん… 切り替えはできるみたいね?  いいわ、答えましょう 私の本来の目的は…」チラ


こころ「っ!」ドキ

ここあ「ひぅっ」ビク




枷で自由を奪われた子供を一瞥し、あんじゅは続ける。




あんじゅ「ツバサの…  魔王様の食料を、調達しにきた …こういえば、わかりやすいかしら?」

穂乃果「!!!」ビキッ!

ことり「しょく、りょう……!」サァーッ…


647 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:51:44 i6JpVIBw

その一言を聞いた瞬間。
目の前で無残に失われた家族の姿が、穂乃果とことりの脳裏をよぎる。


あんじゅ「私たちは、生きるために人間を食べるの  本来そんな頻繁に食べる必要は無いけれど、一度チカラを失った魔王様は例外」

ことり「………おとうさんは、食べられた  見間違いじゃ、なかった…」

穂乃果「……」




あんじゅ「ツバサにはまだ多くの人間が必要…  でも、手あたりしだいに食べ散らかして目立つのは、なるべく避けたいところ」

穂乃果「……」




あんじゅ「昔だったら城を襲うなんて考えられなかったわ〜  そこそこ戦える人間、多かったもの 現代の腑抜け共とは大違いで」

ことり「…っ」




あんじゅ「そこで、この狩場ってわけ♪ ここは昔から「いらない人間」が集まるところだったから、こっちとしては最高の」

穂乃果「もういい   黙れ………!!!!」ズキン!


648 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:52:43 i6JpVIBw

ズダッ!!



穂乃果「!」


凛「――」グッ

にこ「――」スッ



凛とにこが、同時に駆け出した。
まるで、お互い力を合わせて戦うことが当たり前であるかのような息の合い方だ。

ふたりが穂乃果という獲物めがけ、拳と短刀を振りかざす。


穂乃果「まずはこのふたりに、どうにかして退場願わないとね…!」スバ!


サプッ…


穂乃果は素早く身をかがめ、右から首を狙った刃と、左から頭を狙った拳とを同時に躱す。

すぐさま顔をあげ、拳を握る。




タラリ…




穂乃果(痛いだろうけど、これで少し寝ててもら―――  ……え?)ピチャ




ポタ…  ポタッ…


649 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:53:28 i6JpVIBw

右目を隠した包帯の上から、何かが染み込んでくる感覚。

凛とにこ。ふたりの連携はほぼ完璧だった。
躱された手は互いにスレスレを通りながらも、ぶつかり合うことは無かった。




穂乃果「…………ぁ」




…しかし、片方の少女は知らない。

もう片方の少女が、いつしかその手に刃を握るようになっていたことを。



凛「――」ポタ ポタ

にこ「――」




凛の拳から肘ほどにかけて。
大きく走った一本の切り傷が、生暖かな血を零してゆく。


650 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:54:26 i6JpVIBw

穂乃果「あ、あ   ああぁ………っ!!?」ズキン!!!


ことり「…!?  こ、ここからじゃよく見えない  どうしたの!?ほのかちゃんっ!」




凛「――」ポタ  ポタタ

穂乃果「あ、あぅっ、あたしの、せいだっ    いい今、治すよ……!」


凛は、やはり無表情。
身をかがめてから固まってしまった穂乃果を、己の怪我など意にも介さず冷たく見下ろす。


ズガ!


穂乃果「いたっ…!」



凛が、穂乃果を蹴飛ばした。
普段なら避けることも容易かったであろうその蹴りを、穂乃果は受け身すら取れずまともに受ける。


651 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:54:57 i6JpVIBw

ザッ


にこ「――」スッ…

穂乃果「!  ………てめえっ!」グ!


ズドォッ!!


ことり「!!」

こころ「お姉さまっ!?」



再び穂乃果に刃を向けに来たにこの腹部に、穂乃果は拳を叩き込んだ。



にこ「――」ドシャッ

穂乃果「よくも、凛ちゃんを……っっ!!!」ジャキ!



殴り飛ばされたにこを睨み、鍛冶屋にて鋭い刃渡りを取り戻した大剣を構える。



ことり「ほのかちゃん、それは…!」


652 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:56:57 i6JpVIBw
にこ「――」

穂乃果「お前のせいだ!! ぶっ殺して」グオ!


こころ「あ……!!」








ここあ「『おねーちゃん』!!!  逃げてーーーー!!!!」


穂乃果「ッ!?!?!?!?」ビクゥ!!







 シン……







こころ「っ…!  と、止まった」ホッ

ここあ「おねーちゃんに手を出すなぁっ!! バケモノ女ぁ!!」




ことり「ほのか、ちゃん……?」


穂乃果「……」


653 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:57:51 i6JpVIBw


『おねーちゃん』



穂乃果「…………………なん、で」 ガラァン…





ザッ…


凛「――」

にこ「――」





脱力し、剣を取り落として、立ち尽くした穂乃果。


前方でにこが起き上がる。
後方から凛が近づいてくる。





穂乃果「じゃあ…  どうしろって、いうんだよぉっ…………!!」


654 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 21:59:09 i6JpVIBw

ダッ!

凛「――」グ

にこ「――」ス


あんじゅ「あらあら…♪ ふふっ、今の私の目的はね? こういうあなたを見ることよ 高坂さん♡」

ことり「ほのかちゃん!」



先程と同じように穂乃果を挟んで、凛とにこが殺意を構えて向かってくる。





…避けちゃダメだ。

また、凛ちゃんの手が…
そうだ、早く治してあげなくちゃ。


防ぐか。ええと、どうやって?

凛ちゃんの手には、負担をかけるわけにはいかないし…
じゃあ、黒髪のほうの腕を折るか。いや、それもダメだ。
『妹』を… 悲しませる。から。 傷つけちゃ、ダメだ。


魔法はどうだろう。

身を護るなら、炎鎧?
ダメだ。ひどい火傷はあたしの治癒魔法じゃ治せない。
凛ちゃんの手、ただでさえ怪我してるんだ。


だったら…?



ああ、時間が足りない。考える時間がもう…


655 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:00:05 i6JpVIBw
穂乃果「水魔法、水壁…!」ドッ



ゴパァ!!!



凛「――」ザプ

にこ「――」ザパ



ドドドドドッ……!



ことり「わ…! す、すごい」



穂乃果が掌を地につけると同時、まわりから水が勢いよく噴き出した。
巨大な一本の水の柱となって中心部を、真上を除く360度全方位から護ることのできる魔法だった。


穂乃果「治癒魔法…」キィン


水で身を護りつつ、足の負傷を治癒する。








あんじゅ「……おバカね〜」クスッ

ことり「え…?」



穂乃果(なにしてんだ…  バカか、あたしはっ)ギリ


656 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:00:52 i6JpVIBw
あんじゅ「魔法が得意なわけでもないでしょうに、あんな量の水をいつまで出し続けられるのやら…」

ことり「!」




ドドドドドド


穂乃果(時間稼ぎにしたってこの魔法は悪手だ  このままじゃ、ジリ貧…  考えろ、考えろっ)



どうしよう。どうすればいい?


まず、操られてるふたり。
どうにかしないと…


ひとりだったらなんとかなりそうなんだ。

動き封じて、ぎりぎりって絞め落として。
でもそんな暇ない。もうひとりがすぐに来る。
それにあのふたり、ただの子供にしてはやたら動きがいいんだよ。


こっちも人質取ってみるかな?

あの、黒髪のほうの妹。
それで、うまく片方を牽制できれば。
いや… それで動きを止めるとは思えないな。
凛ちゃんだってそうだ。今は正気じゃないんだから。
そんなの相手に人質なんて、それこそ軟くて脆い役立たずの盾だ。




ドドドドドド


穂乃果「ぐ……ぅ」クラッ


657 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:02:27 i6JpVIBw

噴き出し続ける水。

しかし、穂乃果の体内の魔力は有限。


穂乃果(考えろ…  考えろ)




代々高坂一族は、血液に魔力が通っている。

そして高坂一族は、『血液に魔力が通っていなければならない』。




穂乃果(時間がないんだ…! 考えろ!)



 ジグ…



どうしよう。どうしよう?

いや、どうしようもなくないか?どうしようもないじゃないか。
もう、どうしようもない。どうしようもないよ。


わかっていたじゃないか。
どうにもならないんだって。


一度、学んだはずじゃないか。

何を勘違いしてたんだ?



ことりちゃんが捕まった。
…魔族のせい?

凛ちゃんが怪我をした。
…黒髪のせい?








 違 う だ ろ 。


658 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:03:11 i6JpVIBw

あんじゅ「人間って、欠陥品よ   魔力を使えるのが魔法使い…  なのに、魔法使いが魔力を使い切ると」




ドドドドドド




…タラリ


穂乃果「ぅぶ………?   はぁ、はぁっ」ボタ ボタッ



肉体が警告する。魔力が不足しすぎていると。
全身を侵す、体中の血管が暴れているような不快感。

顔色は青ざめ、なのに鼻からは血が流れ出し始めた。
少しでも血液を体外に出し、血液に対する魔力の濃度を上げようと肉体が防衛本能をはたらかせている。



穂乃果(考えろ考えろ考えろ)ジグ  ジグ



…右目が、疼く。


659 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:04:18 i6JpVIBw

…考えろ。

人のせいにできる立場じゃないだろ。
そう、わかっていたはずだ。


ことりちゃんの父親が食べられた?
あたしが魔王の封印を解いたせいじゃないか。


凛ちゃんが巻き込まれた?
こんなところに連れてくることになったのはあたしのせいじゃないか。


あたしがあの祠に入らなければ。
あたしがあの宿に入らなければ。


そもそも、あたしさえいなければ。




思い出せ。


自分を知らない人間に。
チヤホヤされすぎて、忘れてしまっていたんだろ。

まわりの温かさに。
知らず知らずのうち、魔物切れすらも忘れてしまうほどに。

甘えてしまってたんだろう?



思い出せよ。

お前は誰だ?お前は、何だ?


あたしは、何者…? そうだ、あたしは…


660 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:05:04 i6JpVIBw


ド、 ド、 ド……

バチャ、バチャッ


ことり「っ!」

あんじゅ「さぁて、なにか策は浮かんだのかしら?それとも…」








…ピチャン


穂乃果「」




ことり「ほのかちゃんっ!!!?」

あんじゅ「…魔力が尽きて、死んじゃった?」




徐々に勢いを失い、消えた水柱からあらわれたのは。
うつ伏せに倒れたまま、ぴくりとも動かない穂乃果の姿。


661 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:05:50 i6JpVIBw

ガッ!

凛「――」ググ

にこ「――」スチャ

穂乃果「」



ことり「離してぇっ!!! 離してよっ!!?」ジタ バタ

あんじゅ「ちょ、ちょっと急に暴れないで…!  やば、このまま本当に殺される? もう死んでるかもだけど…」



倒れた穂乃果の姿を捉えた凛が、背中から馬乗りになって体をおさえつける。
にこは再び、短刀を構えつつにじり寄る。





ここあ「ね、ねえ…   おねーちゃん、あの女を殺すのかなぁ…?」

こころ「…ここあ   きっと私たち、見ないほうがいいと思う」ギュ…




にこ「――」ユラ


こころ(こんなの、お姉さまの本意なはずありません… こうなったのも、きっと私たちが捕まってしまったせい…)


662 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:09:05 i6JpVIBw


『ふふ♪ ようやく呼んでくれたのね』


(お前…   黙れ、出てくんな)


『むぅ  久しぶりだってのに、随分とごあいさつじゃない』


(なにが久しぶりだ  ちょっと魔物殺さなかったくらいで直ぐ出てきやがって、いちいちうるせぇんだよ)


『それはあなたが勝手にトラウマで作り出してる幻聴の話よね   私とこうして話すのは、あの日以来よ?』


(あの日…?)


『そう  あなたが独りになったあの日、森の中で私と話したのは憶えてない?』


(…だったら、今更なんの用で出てきやがった  そのドブみてえな声、本気で不快だ…)


『用があるのはそっちじゃないの?   私はずっと待っていただけ   そして私を呼んだのは、紛れもないあなた自身』


(あたしが…?)











『力が欲しいのでしょう?』


663 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:10:47 i6JpVIBw
(ちから、だぁ…?)


『あなたが力を欲したから  それこそ、憎き私にすら縋ってしまうほどに  それほどまでに、力を求めたから』


(…やっぱり、今更じゃねえか  あたしがあの森で何回死にかけたと思ってんだ  いつだって、力不足だった)


『それはあなたのトリガーが、あなた自身の命じゃないって事ね』


(あたしは、自分のことしか考えてねーよ…)


『今の状況をなんとかしたい  だってあの時とは違う、まだどちらも失っていない…』


(……)


『こんな苦境に立たされてしまったのは、自分の力が足りないから…  そう、思ったんじゃないかしら』


(…だったら、なんだってんだ  お前がどうにかしてくれんのか?)


『あなたに力を与えるわ  あなたが焦がれる、大きな大きな力をね』


(なんだ、そりゃ…  はいどうぞ、って渡せるような簡単なモノでもねえだろうに)


664 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:11:58 i6JpVIBw
『簡単よ? あなたは全て委ねるだけでいい』


(委ねる…?)


『憎んで、憎んで、憎み続けた… この私を、受け入れるの』


(お前を…)


『そうすれば、私があなたを『こっち側』に染めてあげる』


(…お前のものに、なるってことか)


『ふふっ♪ …あなたはあの日から、ずっと『境目』で揺れ続けている』


(なるほどな あたしがお前に屈すれば、引き換えに力とやらを得るって話だ)


『ま、そういうこと』


(はは……)











「本当、ナメられたもんだ」


665 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:12:34 i6JpVIBw

ザワ…

ツバサ「!」ピク…



英玲奈「…どうした?」

ツバサ「いえ……   あぁ、なるほど」ズズ…





ツバサ(そう、あんじゅと出会ったのね…♪)クスッ





英玲奈「?」

ツバサ「てっきりこのままフられちゃうのかと思っていたのに♡」



英玲奈「…何の話をしているのか、さっぱりだ」

ツバサ「ふふっ、あんじゅが予期せず良い仕事をしてくれたみたいなの   あの日、殺さずにいてよかった…」









ツバサ(やっぱりあなたは、他とは違う  それがとっても面白いわ…!  さあ、見せて?揺れるあなたの行く末を)ゾク ゾク


666 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:13:46 i6JpVIBw
『どうしようと、どうなろうと、それはあなたの勝手だけど』


「コケにしやがって…  あたしは一度決めたんだ  あたしは、言ったよ」


『それが、あなたの答えなのね』


「ああそうさ  誰がお前なんかに流されるもんか…  あたしは、言った!」


『中途半端で、優柔不断』


「お前があたしを喰らおうって!? はっ!逆だ!! あたしが!!お前を飲み込んでやるんだ…!!」


『ふふ、それもいいでしょう♪  …すべては、自身の意思のまま』











「そうさお前も!!!大きな力とやらも!!! なにもかも全部、このあたしが喰らい尽くしてやんだよッッッ!!!!!!!!!!!!」


667 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:14:29 i6JpVIBw

ズ オ ! ! !



あんじゅ「ッ!!!??」バッ!

ことり「えっ…!!?」ビク!



穂乃果「ふ……  ク、ククッ」








にこ「――」ザッ

穂乃果「あァ…  これが、力…」ボソ



それは、にこが穂乃果の頭を見下ろす位置まで寄ってきた時だった。

穂乃果が僅かに身動ぎし、小さく何かを呟いた。




グ、グ、グ


凛「――」グ…!

穂乃果「っ、と…」ギ、チ   ガバッ!



うつ伏せのまま、凛によって押さえ固められていた右腕を強引に振りほどく。



穂乃果「……」ズ、ズズ…!!


668 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:15:25 i6JpVIBw
あんじゅ(急に…! 『高坂』の気配の中に、何かが混じって…)





 ズ ズ ズ ズ





あんじゅ「は……?」 ゾ ッ ……





自由になった穂乃果の右手。

その掌に、魔力が集う。



ことり「あれは……  闇魔法…!?!?」


















穂乃果「 黒 魔 法 」


669 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:16:29 i6JpVIBw
穂乃果「吸魔ッッ!!!」ガシ!!



ズググ…!

凛「―  」フッ




ドサ…!




穂乃果「こっちもだ…!」グア


ガシィッ!  ズググ!


にこ「―  」フッ  ドサッ





穂乃果の右手が凛の手首、続いてにこの足首と、順に強く握りしめた。

凛とにこは掴まれてすぐに、事切れたように倒れて動かなくなった。





ここあ「おねーちゃん!!」

こころ「お姉さま!?」


ことり「え、え え?」

あんじゅ「影蝙蝠を…  仕込んでいた私の魔力を、抜かれた…」


670 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:17:53 i6JpVIBw


ワー! ワー!



「魔物が出たぞぉ! 大型だ!」

「自衛団を呼べぇぇ!」


村長「なに…!? チィ、またかクソっ   …少し空けます、大ババ様」ガタッ



タタタ…



大ババ「………………災厄、が」ボソ



















大ババ「種が、芽吹こうとしておる…  引き金は」






『災厄の種は蒔かれた 人類の終わりを握るは、高坂の血――――』


671 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:19:01 i6JpVIBw

あんじゅ「魔法で、魔力を吸った…! あれは!!」


穂乃果「クク…!  フ、ハハッ!! アハハハハハハハッ!!!!」ユラリ




ガッッ!!  ググ…!




ことり「ほ、ほのか…  ちゃん…?」


穂乃果はおもむろに立ち上がると、自らが顔に、頭に巻いていた包帯に手をかける。

凛の血で、右目の部分が痛々しく染まった眼帯代わりの包帯を。






グ、ググ……!!  ブチィィッッ!!!






あっさりと、引きちぎってしまった。


672 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:20:39 i6JpVIBw

グ パ


穂乃果「なんだァ、開くじゃんか  よぉく、視えるじゃねーか……!!  くく、ひはははっ」ケタ ケタ



ことり「ッ!!?」

こころ「ひっ…!?」



千切った包帯を乱暴に捨て去った穂乃果。


額には、目立つ古傷がひとつ。

右目にも、上瞼から下瞼にかけて縦に一本、小さな切り傷のような痕が残っている。






ここあ「ぁ、ばっ………    ばけ、もの」ガタ ガタ






その痛々しい上下の瞼が覆う眼球は。


本来白いはずである部分が、ドス黒く染まり。

昔、左目と同じように、美しく透き通る藍色をしていたはずの瞳は…

一目で惹かれてしまうほどの、真紅に。一目で畏れてしまうほどの、深紅に。






穂乃果「そうだ、あたしが高坂穂乃果だ!!!  あたしは…!!厄病神だったぁぁッッッ!!!!!!!!」


673 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:23:24 i6JpVIBw

バッ…

穂乃果「黒魔法、暗黒……!!!!」ズ オオオオ

あんじゅ「っ!!!??」


グイ!


ことり「くっ…」ギチ

あんじゅ「高坂!! これが見えないのかしら!? そんなの撃ったら…!! この子ごと巻き込んじゃうわよ!!?」




穂乃果「……」オオオオオオ


あんじゅ「ちっ…!」ブン!


ドシャッ!!


ことり「っ…! つ」ズキ




人質を突き付けてもなお全く動揺しない穂乃果を見て、
あんじゅはことりを放り出した。
同時に、闇で作られたことりの縛りも消え去った。

あんじゅは両手を前方に構え、詠唱を始める。



あんじゅ「闇魔法、常闇!!」バッ!



ズズズ!


あんじゅ(全力でも、防ぎきれるかどうか…!?)


674 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:24:04 i6JpVIBw
穂乃果「死ね!!!」ゴパァ!!

あんじゅ「ぐ…う!!?」ドプ!!



穂乃果の手から、闇が、黒が、放たれた。

それは、まるで空間ごと飲み込むように、あんじゅの作り出した闇を掻き消してゆく。



ゾ プンッ!!


あんじゅ「くあぁ……!!?」ジュク!


完全には防ぎきれず、あんじゅの手首から先が黒に包まれた。
苦痛に顔を歪め、膝をついてしまう。






ズダ!!


あんじゅ「っ!」

穂乃果「黒魔法、吸魔!!!」グオ


675 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:24:56 i6JpVIBw

ガシィ!!


あんじゅ「魔力、が…! 吸われるっ…!!」ズググ!

穂乃果「ぜんぶ、奪ってやるよ…」ギチ チ



膝をついたあんじゅの首を、魔力を孕んだ右手が掴む。





あんじゅ「く…!  どういう、ことなの?その魔法は…っ! あなたに混じる、その気配は!?」ググ

穂乃果「ハハ! チカラが、魔力が…! 漲るよ!!最高だ!!」

















あんじゅ「そのチカラは、ツバサの…!!!  それは!!!魔王様のっ…………!!!!!!」

穂乃果「あたしが喰らう側だ、お前は…!!!  お前はッ!!!あたしのエサだァッッ!!!!!!」


676 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:26:18 i6JpVIBw


ズググググ……!


あんじゅ「っ、影蝙蝠…!」バササ

穂乃果「ん…!?」



パタタ…



あんじゅ「ハァ、ハァ…!」バササ

穂乃果「おお…  トカゲの尻尾みてーだな」




あんじゅは体から数個の影の蝙蝠を逃がし、
そこから肉体を作り直して穂乃果の手を逃れた。




穂乃果「でも、これさぁ…? 残したのが本体で、逃げ出したのが尻尾って感じじゃねーか、あ?」ニヤニヤ

あんじゅ「……」グ


もとの肉体を残した穂乃果の手には、あんじゅのほとんどの魔力が渡ってしまっていた。
逃げ出したあんじゅには、もうほとんど魔力が残されていない。






 …ズズ


(あんじゅ、帰ってきていいわよ)

あんじゅ「っ!!  ツバサ…!?」


677 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:27:23 i6JpVIBw
あんじゅ「どういうことよ…!? なに!?あの高坂は、なんなの!!」

(まあまあ、落ち着きなさい  食料集めはとりあえずいいわ  寧ろあなたには感謝してるし)



あんじゅ「む…! ちょっと、濁さないでくれる…? 不意打ちとはいえ、一瞬けっこう本気でヤられるかと思った」

(どうかしらね、あなたが最初から油断なく戦っても五分五分か… それでも、負けてたかもしれないわよ?)



あんじゅ「………納得いかない  後で、ちゃんと説明してもらうからね…」バッ

(ええ、殺される前に早く帰ってきて頂戴  私の頼もしい右腕さん♪)





バサササッ…!





ことり「に、逃げてった……?」


678 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:28:20 i6JpVIBw


穂乃果「あぁ… いなくなっちゃったか…ァ  ク、クク、せっかく今から、楽しくなりそぉだったのに」ニタァ


ズズズ…


ことり「え…!?」





穂乃果「逃がした…のにねェ  怒り、わかない  優しくなれたのかなぁ…???」ゾゾゾ

ことり「ほのかちゃん!?」



穂乃果の右目から、伝うように。
皮膚が、右半身が、黒く染め上げられてゆく。

その身に纏う、漆黒の外套に溶け込んでゆくように。

全身が。黒そのものへと変わってゆく。




ことり(やだ…!やだよ  この感覚は、あの人たちと同じ…! いやだっ)ゾワ




穂乃果「気持ちイイんだ…!!  これがあたしの力か  もう、イヤなことなんて、なくなる…」ズゾゾゾゾゾ

ことり「気持ち、悪い…っ!!」グ!


679 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:29:10 i6JpVIBw
穂乃果「あたしの力は、アイツのチカラ…  そっか、へへ…」



ズズズッ



穂乃果「感謝するよ… 『魔王様』…」ウットリ…

ことり「ッ!!?」





…ちがう!


これは、ほのかちゃんじゃない…!

ほのかちゃんは…!
ほのかちゃんの過去は! 絶対こんな事を言わせない!





タッ

ことり「だめだよ!!?ほのかちゃん!!!」ガシッ!

穂乃果「なんだよぅ…… あたし、あっちに行けるんだ  あっちなら、受け入れてもらえそうだ…」


ギュウウ!


ことり「行っちゃダメ!!!そっちは違うよ!!!??」

穂乃果「こっちはさ…  ダメなんだって、あたしは」



ズズズズズ……


680 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:30:13 i6JpVIBw

既に、穂乃果の右半身は真っ黒だ。

じわじわと、黒が左にも及んでゆく。



ことり「待って!!! だめ!!! 行かないで!!!??」

穂乃果「あたしは……」ズズ

ことり「っ」バッ!




 パ チ ン ッ ッ




穂乃果「いて…」ヒリ…

ことり「ほのかちゃんは…!!」ジワ



ことりが、まだ肌色を残していた穂乃果の左頬を思い切り張った。






ポロッ…


ことり「人間でしょ!!?ほのかちゃん……!!!  あなたは、『こっち側』でしょっ!!!!」ポロ ポロ

穂乃果「っ!!?」ズキン!!


681 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:31:03 i6JpVIBw

ジグッ…!



穂乃果「ぐゥ!!  くっ、そぉ……!!!?」ジュゥゥ…

ことり「!」



ギリィッ!!



穂乃果「ざけやがって…! 飲み込むのは、あたしだ……!!」ググ!

ことり「ほのかちゃん…!!!」






あたしは言った。


決めたんだ、お前を…!






穂乃果「あ゙ああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!!!!!!!!」ガッ…!


682 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:31:45 i6JpVIBw

………………

…………

……



穂乃果「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…っ」

ことり「だいじょうぶ…?」



荒く肩で息をする穂乃果。
肉体は、およそ元の色を取り戻していた。

開いた右眼は、そのままの黒に赤だったが。



穂乃果「くそっっ……!!!」ダン!



握りしめた拳を地面に叩きつけ、歯噛みする。



穂乃果(なにが、喰らってやるだ…!  ことりちゃんがいなかったら、あのまま完全に飲まれてた…!)






…あたしはもう少しで、アイツに屈するとこだった。






穂乃果「ちくしょおッ……!!」ギリッ

ことり「っ……」


683 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:32:22 i6JpVIBw

ズリッ…


ここあ「こ、こころ…!?」

ことり「!」




こころ「お姉さま…!」ズリッ  ズリッ…




ひとりの幼い少女が、枷をはめたまま這いずって、姉のもとへ向かっていた。
がむしゃらに。肘と、膝を、地面で擦って傷つけながら。



ことり「……」スク



ことりは、穂乃果がここまで持ってきた荷物のところへ。

自分の鞄から、大金の詰まった財布を探し出す。






ことり「あの…」

こころ「ひっ!?」ビク!


684 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:32:58 i6JpVIBw
ことり「あ…」


ことりが声を掛けただけで、こころは身を竦ませる。

にこは、未だに目を覚まさない。



ここあ「おねーちゃんたちに近づくなぁ!!バケモノの仲間!!」

ことり「っ」ズキ




スッ…




こころ「……??」

ことり「これ…  お金、です   もう、ひとを売ったりしなくてもいいように」



ことりは、自分の財布を足元に…
倒れているにこの隣に、そっと置いた。



こころ「…おかね」

ことり「お姉さんが目を覚ましたら… 渡してあげてね」ニコ


685 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:34:04 i6JpVIBw

穂乃果「凛ちゃん…」

凛「」



凛の腕の傷は、既に血が固まり始めていた。
大きな動脈まで切れてはいなかったようだ。





穂乃果「…治癒魔法」キィン


ポゥッ…


凛「」





傷は、塞いだ。
今は固まった血で見えないが、きっと大きな痕が残ってしまっただろう。



穂乃果「ごめん……」


686 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:34:39 i6JpVIBw

タタッ…


ことり「ほのかちゃん…  凛ちゃん、だいじょうぶ?」

穂乃果「あたしさあ…  忘れてたんだよ」ポツリ






ことり「えっ…」

穂乃果「忘れたかった  勘違いしてた  馬鹿だよなぁ…」






ことり「なにを…?」

穂乃果「甘えてたんだ…  ことりちゃんに、花陽ちゃんに、凛ちゃんに」






穂乃果「………あたしは、さ    正真正銘の、厄病神だってのに…」

ことり「っ…!?」ズキ!


687 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:35:33 i6JpVIBw

ポロッ…!


穂乃果「村じゃなければ、受け入れられる…?  知らないだけじゃん  あたしは、それでも不幸にするよ」ポロ ポロ

ことり「やめて…」



穂乃果「なのに、勘違いしてた…! わかってたはずなのにっ  だってあの宿が、あったかいからさぁ…!」ポロ ポロ ポロ

ことり「やめて…! もう…」ギュッ



穂乃果の左目から、とめどなく涙があふれてくる。

なのに、禍々しい右眼からは一滴のしずくも零れない。




ゴシッ…


穂乃果「…!」ハッ




右腕で、涙を拭った。すると、異様なものが目に映る。




穂乃果「はは…  なんだよ、コレ」


688 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:37:35 i6JpVIBw

傷だらけだった、穂乃果の右腕。

先程の黒の名残なのか、傷痕だけがアザのように真っ黒く染まったままであり。
それはまるで、墨でワザと趣味の悪い虎模様を彫り刻んだかのようだった。




穂乃果「気持ち悪いよ…  もう人間ですら、なくなってく…」ポロ ポロ

ことり「ほのかちゃんは、人間だよ…! だから!もう、やめてよぉ…!」グスッ…!










…もう、二度と。決して、忘れるな。


大切なら、近づけるな。

受け入れられるはずはないし、受け入れられちゃあいけないんだ。



あたしは高坂穂乃果。 災厄を招く、厄病神。



その事実を、命にかえて教えてくれた家族のためにも。

自分という存在自体が間違っているということを。絶対に、忘れちゃいけない。




もう二度と、繰り返さない。


689 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:38:38 i6JpVIBw


………………

…………

……



花陽「あ…!」パァァ



穂乃果「……」ザッ

ことり「た、ただいまっ」



タタッ

花陽「ことりちゃん! よかった…!」

ことり「…心配かけて、ごめんね」ニコ




花陽「えと、凛ちゃんは… 寝ちゃってるんですか?」

穂乃果「ああ、ちょっとね… 色々あって」



穂乃果の背中におぶさった凛は、小さく寝息を立てていた。

一晩中寝ずに宿の前で待っていた花陽は、凛の寝顔を見てさらに破顔する。



花陽「ふふ、もう凛ちゃんたら…  さ、早く中へ  ごちそう作って待ってたんですっ」クルッ

穂乃果「待って…  女将」


690 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:40:13 i6JpVIBw
花陽「?」


穂乃果「あたしたちは、もう出てく…から   凛ちゃんのこと、よろしく頼むね…」

ことり「……」

花陽「え…?」



戸惑う花陽を他所に、宿の入り口に凛を寝かせる。

そして穂乃果は、宿の女将に金を財布ごと手渡す。



花陽「ほ、穂乃果ちゃん…?」



穂乃果「それ、全部で… 宿代と、迷惑料   部屋の窓に、凛ちゃんの怪我…  お金で償えるかどうか、わかんないけど」

花陽「!」


宿の灯りに照らされて。
花陽の目に映った、穂乃果の瞳。


691 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:41:21 i6JpVIBw
花陽「あ…」


穂乃果「……迷惑、かけて  ごめんなさい」フイ



目を合わせた穂乃果は、
気まずげに、恥じらうように、逃げ出すようにして宿を出る。


しかし、その異様な右眼の様相よりも。
花陽に衝撃を与えたのは…




花陽「ッ…」ダッ


ことり「待って、かよちゃ…!」

穂乃果「いいんだ…  あれが、普通の反応なんだよ」





花陽は、宿の奥へ駈け込んでいってしまった。


692 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:42:55 i6JpVIBw

穂乃果「…行こう」

ことり「うん…」











タタタ…


ことり「え?」

花陽「はぁ、はぁっ   まって、これを…!」スッ

穂乃果「…っ」



宿を後にした穂乃果たちを追いかけてきた花陽が差し出したのは、
丁寧に包まれた温かい握り飯だった。






花陽「お土産…です  花陽の宿に来てくれたお客様には、笑顔で帰ってもらわなくちゃいけないの」ニコッ

ことり「……ありがとぅっ、かよちゃん」ギュ…

穂乃果「あったかい、ね」


693 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:43:26 i6JpVIBw

花陽「いつかまた!きっと来てくださいーっ!!!」




そこから、ふたりの姿が完全に見えなくなるまで。

花陽は手を振り続けた。





花陽「……」





…あの、さっきの穂乃果ちゃんの目は。

出会ったばかりの頃の凛ちゃんよりも、深くて、昏くて、悲しい。



花陽「なにが…  あったんだろう…」グ…


694 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:44:34 i6JpVIBw


………………

…………

……



ズイッ


中毒者「ひひひ、ここがドコだか知らないの〜? 女子供2人とは感心しないねぇ…  ひぃへっ」





ことり「……」

中毒者「おぉっ、無視かい?それとも、そうやってオレっちを誘ってんのかな〜…!」スッ


ガシィ!


中毒者「ん…?」

穂乃果「…なんで、寄ってくるんだ?そっちから」ググ




中毒者「ああ、こっちのも悪くねぇな…! ヒヒャヒャ、かわいいじゃね〜か」ニタァ


ボ キ ! ! !


中毒者「痛ェっ!?」バッ!

穂乃果「死にたいんだろ…!!? そうなんだろ、殺してやるよ!!!!!!」


695 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:46:45 i6JpVIBw

ドシャァッ!


中毒者「いてえ!!いてえいてえ、折れたぁッ!?!?!?」

グッッ!!

穂乃果「らあ゙ぁっ!!!」


バキャ!! ドボ!! ガスッ!!


ことり「だめ! やめて!?ほのかちゃんっ!」ガシ!

穂乃果「ふーっ! ふゥーっ!  あ゙ああッ!!」ギリッ!




ズドッ!!


  グシャッ!!


     バキッ!!




中毒者「ぅぼ!!ブっ…!?  ひゃめ…!  お゙!!?」ゴシャ!!


穂乃果「こうなるンだ!!!教えてやるよ!!?叩き込んでやるよ!!!覚悟して近づいてきたんだろーが!!!」ゴッ!ガッ! ベゴキャァ!!!

ことり「やめて、ほのかちゃん…!! ほのかちゃぁんっっ!!!!」ポロ ポロ









穂乃果「ちくしょうがあああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!!」



 七章:侵蝕 完


696 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 22:50:03 i6JpVIBw
>>614
過去作は無事にコレが完結してからでもいい?
完結が何時になるかはわからんちゅんけどねぇ


697 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/29(金) 23:02:21 NyCJFE4k
おつ!


698 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/30(土) 07:52:24 FoX2OU3Y
やべぇ読んでるとなんか恥ずかしくてにやけるわ
とつ


699 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/30(土) 07:52:42 FoX2OU3Y
おつね


700 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/30(土) 08:34:39 R72Wi.AY
おつ この更新量やみつきになるぜ


701 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/30(土) 09:21:58 RnQsbMVI
>>696

最後まで追うからその時は是非お願いします


702 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/30(土) 18:27:16 IG8IJaKQ
過去作あるのか楽しみが増えるぜ


703 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/30(土) 21:12:51 t71rgSqM
仲間が増えるフラグたった?


704 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/04/30(土) 21:19:28 nK8YmWs6
畜生
次の更新が来るまで過去作で耐え凌ごうと思ってたのに


705 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/01(日) 12:06:20 vvH/gU/A
仲間増えるのかこれ


706 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/03(火) 19:58:16 ogJf3CyY
まっとるぞー


707 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/05(木) 23:13:30 6gFom/Mg
少なくとも園田は加わりそう


708 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/06(金) 00:52:29 F2EhzCDY
ボコられてるの俺な


709 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/10(火) 06:09:13 BZ4wNIO6
まだかー?


710 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/13(金) 18:55:56 qkjN83.2
まっとるぞー


711 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/16(月) 22:28:46 A7S9hMDc
まだか


712 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/20(金) 05:42:19 lI72uED2
まだなのか


713 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/20(金) 06:23:04 eeBjAgJk
期待する気持ちはわかるがしたらばで数日おきに催促スレはやりすぎだろ


714 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/20(金) 06:24:57 eeBjAgJk
レスだねうん
スレはやりすぎどころじゃないね


715 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/20(金) 10:28:46 MtZg.Hsw
毎秒立てろ


716 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/20(金) 11:46:36 oJhuBVNY
まあ楽しみなのはわかるけどなwww


717 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 02:54:03 QnB9.gew

パラ…


海未「魔法にかけられた少女と、喋る獣の物語…  ただの童話、ですね」パタム

亜里沙「あっ、待って…」



手に取った本を斜めに読み流し、すぐに閉じる。
何度も繰り返したおかげで、この一連の行動はすっかり身体に染みついてしまった。



海未「あぁ、これ読みたいですか?亜里沙  では、目立たないところで」

亜里沙「べっ、別に読みたくなんて!? それに、ワタシだけ遊んでるわけにはっ」ブンブンッ

海未「ふふ、遠慮しなくてもいいですよ  それに、あなたは充分頑張ってくれています」ニコ





亜里沙「…でも  海未さん」チラ


スッ

海未「こっちの本は…  出版、10年前ですか  新しすぎる…」パタ

亜里沙「……」


718 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 02:54:46 QnB9.gew

………………

…………

……



パラ

海未(これも駄目…)パタム


こんなことをしていていいのだろうか。
あれから何日、この作業を繰り返している?




「…未さん  海………」


パラ

海未(これも駄目)パタム


これを続けたところで、何かがわかるかどうかわからない。
わかったところで、それが役に立つかもわからない。

そんな、先の見えない行動を続けて…
そろそろ、ひと月ほど経ったかもしれない。




「海未…   海未さんっ」


パラ

海未(これも…)パタム


今、あの子はどうしているのだろう。
私がこうして無為な時間を過ごしている間にも、きっと…




「海未!!!!」


海未「ひゃいッ!!?」ビクゥ!


719 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 02:55:24 QnB9.gew

海未「あ……  ま、真姫」

真姫「また、ずいぶん集中してたみたいだけど  どう?何か見つけた?」

亜里沙(うぅ… ワタシの声じゃ気付いてくれなかった)シュン



海未「…特に、成果無し  いつも通りです」

真姫「でしょーね  顔に書いてある」フゥ



王都から見て、西に位置する街。

海未は、そこの様々な記録や書を保管している文化施設にいた。
所謂、図書館のようなものだ。



真姫「もう夕刻よ  …今日も、どうせ朝からいたんでしょう?」

海未「……」


720 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 02:56:56 QnB9.gew

海未「…ただ、様子を見に来たわけではないですよね?  もしかして、かいせ」

真姫「クエストの依頼  大型の魔物がうろついてるらしいわ」

海未「……はぁ」ガックリ

真姫「む…」



真姫「こうしてわざわざ足を運んで、あなたに優先して斡旋してあげてる私に… その対応はどうかと思うわよ」ジト

海未「あっ! す、すみません…」



亜里沙「魔物っ、倒しましょう! 海未さんっ」クルン

海未「有難う御座います、真姫   それで、場所は?」

真姫「えっ、今から行くの? もう暗くなるわよ」






ザッ


海未「…じっとしているのが、落ち着かないんです  今日は、特に」

真姫「そう…  いってらっしゃい」



………………

…………

……


721 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:01:14 QnB9.gew

ビシュ! ズド!


魔物「グゴ…」ドシャ

海未「よし…!あと一匹」



亜里沙「まかせてください!あれは私が」バッ!

海未「!」タッ




その声を聞いた海未は、わざと亜里沙を遮り邪魔になるように前へと踏み込む。




海未「手出し無用ですっ!!!」キリリ…!

亜里沙「っ」ピタ





 ビッ!!  ドス…


722 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:02:14 QnB9.gew

残り最後の魔物が、矢で急所を射抜かれ絶命したことを確認する。
辺りを再び見回して、海未は弓をしまった。



海未「よし、生き残りはいませんね… 戻りましょう、亜里沙」

亜里沙「……」ムーッ

海未「…亜里沙?」




亜里沙「今日も手伝わせてくれませんでした…」プクゥ

海未「あなたの手を煩わせるまでもない相手でしたから」

亜里沙「そっ!? そんな言い方!!」バッ

海未「え?」


亜里沙「そんな、へりくだったような言い方…」シュン

海未「…亜里沙」



亜里沙「……」









亜里沙「ワタシ… 邪魔ですか?」ポツリ

海未「っ!?」


723 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:03:07 QnB9.gew

亜里沙「最近は… 魔物やっつけるとき、全然手伝わせてくれない  調べものだって、力になれてないのに…」

海未「違います、そんなことない」




亜里沙「海未さん、優しいから  亜里沙のことが疎ましくても、言えないだけなんじゃって」

海未「違いますっ!!」

亜里沙「っ」ビク

海未「………不安にさせていたのですね  ごめんなさい」




海未「調べものの手伝い、すごく助かっていますよ  私ひとりでやるより、明らかに捗っています」

亜里沙「でも…」

海未「それと、魔物との戦闘ですが…  あなたには、できるだけ負担をかけたくない」

亜里沙「フタン?」

海未「はい」


724 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:04:14 QnB9.gew
海未「あなたは魔法を使う度、体が薄くなってしまうじゃないですか」

亜里沙「えっ ワタシ、そうなの?」クルリン

海未「自覚は無かったのですね…   体の希薄化、そして度が過ぎると、あなたは眠りについてしまう」

亜里沙「あぁ〜、魔法使うから眠くなっちゃうんですねえ  なるほどっ」

海未「そ、それにも気付いてなかったんですか!?」




海未「あなたの魔法は…  穂乃果と同じような「本物の魔法」は、あなた自身に負担が大きいような気がするのです」

亜里沙「そ、そんな おおげさですよぅ」

海未「いーえ大袈裟ではありません あなたに自覚が無いのならば尚更、魔法の使用は控えてください」メッ

亜里沙「………そんな   でも、それじゃ私…」



グ



亜里沙「私、役に立てないよ  海未さんと一緒にいたいのに」

海未「…何度言わせるのです」フゥ


チョイチョイ


亜里沙「ひゃう///」

海未「私は充分助けられています  それに…  どうして私があなたに負担を掛けたくないのか、わかりませんか?理由」


725 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:05:04 QnB9.gew
亜里沙「?」

海未「あなたには、いざという時に元気でいてほしいからです   亜里沙を、頼りにしているから」ニコ

亜里沙「!」




亜里沙「う、海未さぁん…」ジワ

海未「それに…」




海未「……体が薄くなって、薄くなって そのまま…  もしそれで、消えてしまったりでもしたら…  寂しいじゃ、ないですか 私…」シュン

亜里沙「〜〜〜〜っ!!?///」(海未さんカワイイ!)キューン

海未「……………はっ!?」ガバ



海未「い、行きましょう!/// クエスト完遂、真姫に報告しないとっ///」プイス

亜里沙「ハイッ!」パァァ











亜里沙「海未さん、海未さんっ」

海未「なんですか?」

亜里沙「あの…  えとっ」モジ


726 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:06:23 QnB9.gew

亜里沙「私…  一緒に、いていい?  役に立てなくても、私が、私でも」

海未「もちろんです  たとえ魔法が使えなくても、たとえ何の役に立つこともできない状況になったとしても」





海未「もう、あなたは…  私にとって亜里沙は、今や頼れる相棒であり、良き友人でもある… そんな、大きな存在になっているのですから」

亜里沙「え…!」バッ





海未「……亜里沙?」

亜里沙「そ、そうですかっ…!?   ………えへへ、そっか 相棒で…へへ、エヘヘ/// そっか、ウン そっかぁ…///」ニコニコ

海未「……」



海未(…実は  正直最初は、妹というか いや寧ろ、ペット感覚で連れていたというのは…  秘密にしておきましょう)ズキー






亜里沙「………えへへへへっ///」デレ

海未(それと…  あなたは、自分では気づいていないでしょうけど)

亜里沙「よーしっ、これからはもっと調べ物いっぱいガンバるぞー♪120ぱーせんとデス!」ムフー

海未(ただの偶然かもしれないけれど、あなたは…  常に私を、導いてくれている  立ち止まる私に、道を示してくれる)



海未「頼りにしているというのは、本当で本気なんですよ? 亜里沙」ポソ

亜里沙「良き友人……  ふへへっ///」


727 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:07:15 QnB9.gew

受付「あら、園田様」

海未「真姫を… いや、西木野さんをお願いします」



魔物を狩り終えた海未は、真姫のいる魔法研究所へ。
もう受付の人間に顔と名前を憶えられるほど、ここには足繁く訪れている。



真姫「おかえり  流石、早かったわね」

海未「あの辺りのは一匹残らず狩り終えたつもりです しばらくは大丈夫でしょう」

真姫「報酬は… たぶん明日には届くわ  お疲れさま」



この街に滞在するにあたって、必要な生活費を海未は『クエスト』で稼いでいる。
真姫から仕事を斡旋してもらい、その報酬を食費や宿代に充てている。
そのクエストの内容は… ほとんどが、魔物討伐。



海未「いつも助かってます、真姫」ペコリ

真姫「それはこっちの… この街のセリフ  ここは私を筆頭に、インテリばっかで魔物に立ち向かうヒトがあまりいないし」






真姫「民を護る軍も… 騎士団も、管轄外だし ね」

海未「……」


728 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:08:17 QnB9.gew

……――― 海未が、初めて研究所を訪れた日のこと。



真姫「間違いない…! あなたは『魔法使い』!!そうでしょう!?」グイイー

海未「おっ、落ち着いてください!!」

亜里沙「はわわ」



真姫「ね!魔法、出してみて!出せるんでしょう!?」

海未「なっ、私、魔法は不得手…」

真姫「生み出せるのでしょう!!?火を!水を! 無から、有を!!!」

海未「っ!?」ドキ!



…え?


それは。

その魔法は。

真姫の言う、魔法とは。



海未(穂乃果の…! 高坂の人たちの、魔法のこと…!?)


729 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:09:26 QnB9.gew

ガタァ!


海未「何が…! 何か、わかったのですか!?何が書かれていたのですか!?」

真姫「何もわからなかったのよ!」

海未「………え?」


バッ!


真姫「考え難いことだったけど、私が忘れてしまってるだけかと思った  でもやっぱり違った…」



真姫は大仰に手を広げ、恍惚とした面持ちで語る。
そして海未に向け、和紙を再び突き付ける。



真姫「そうよ、これがどこかの言語なら、この私が知らないなんてことあるわけないのよ  なのにわからない  調べたって、どこの何にも該当しない」

海未「…?」



真姫「つまりはそういうことなのよ!さあ!魔法を見せて!早くっ」ガバー

海未「よ、よくわかりませんが落ち着いて…!?  それと、ひとつ訂正させてくださいっ」



………………

…………

……


730 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:10:33 QnB9.gew

真姫「血の繋がりは無いぃ!?」

海未「す、すみません  私は園田ですが、これを残した人の姓は高坂です」



真姫「なによソレ… あなた完全に他人じゃない…」ガックリ

海未「か、家族ですっ!家族同然ですっ!小さい頃から共に育った、私の家族同然のひとたちなんですっ!」ワー

真姫「…ふむ  それじゃあ」キラン



真姫「ここに連れてきなさい その高坂さんを」

海未「…できません いないので」

真姫「は?」

海未「高坂の姓を持つ人間は、私の知る限りただひとり…  そしてその唯一の高坂の子は今、行方がわからないのです」

真姫「……はぁ〜あ」テローン

海未「…私は今、その子を追っています  彼女の家族が遺した意思を届けるために  ………それと」




…海未は、一呼吸置いて、その事実を言葉で紡ぐ。




海未「あなたの言う通りです  高坂の子は…  高坂穂乃果は、理から外れた魔法を使える人間でした」

真姫「!!!」


731 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:12:21 QnB9.gew


真姫「………ふ、ふふっ ふふふふふ…   そう できれば、この目で確かめたかったけど…  うん」ググッ

海未「……」


パッ


真姫「そうね… 私も落ち着いたし、とりあえずわかったこと… いや、何もわからなかったことと、私の推測、考察、持論」

海未「じ、持論…?」

真姫「それらを全部ひっくるめて、説明するわ  …場所、変えましょうか  ついてきて」








研究所の、とある一室に案内された。
様々な専門書や、よくわからない器具がそこらじゅうに散乱している。



真姫「私のプライベート研究室  散らかっててごめんなさい  適当に座って」

海未「は、はい」

亜里沙「はらしょー… いろんな魔法を勉強してますねぇ、この人」キョロキョロ


732 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:13:57 QnB9.gew

ふたりが向かい合って、腰を下ろす。
すぐに真姫が、話を切り出す。



真姫「まず… あなたは魔法についてどれだけ知っているのかしら 魔法ってのは当然、例の高坂さんの魔法についてよ」

海未「どれだけ、と言われても…  本来必要なはずの素を必要とせずに、薪を燃やしたり夜道を照らしたりしていた、くらいしか…」

真姫「ふむ… 高坂さんは、堂々とそれを使ってた?」

海未「家族以外にはその力は秘密にしていたようでした  本当は、私の独断でこうしてあなたに教えることも…」

真姫「高坂姓は一人しかいないって言ったわよね  家族ってのは?」

海未「え、えっと… これを知っているのは園田家と …高坂家も、もとは4人家族でしたが、3人は……  その、亡くなられて……っ」グ

真姫「なるほど、こんな時代だものね…  ごめんなさい、でも話してくれてありがとう  …納得できた」







海未「………私が知っていることは、話せることは、この程度です」

真姫「じゃあ、今度は私から」




真姫「まず…   魔法って、便利ですごい技術よね  人々が当たり前のように認識している、生活にすら溶け込んでいる技術」

海未「?  それは、もちろん…  私自身は魔法、不得手ですが」

真姫「火を操り、水を凍らせるような自然系統は生活にも魔物対策にも  知識系統はデスクワークなんかに重宝するわね」

海未「はい…  それで?」

真姫「なのに、なぜかしら  その素敵な技術がどのようにして見つかったのか 誰が発見して、伝えた技術なのか  なぜ、誰も知らないの?」

海未「……………え?」


733 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:15:04 QnB9.gew
真姫「知らないのは当たり前  だって、わからないんだもの」

海未「それって…?」

真姫「歴史を遡っても、魔法関係の書物を漁っても、なにもわからない  だから知りようがない  おかしいと思わない?」




真姫「鉄を加工し剣を作る技術のルーツも 作物を人の手で育むという発想の元も 人が火を使うようになった歴史も みんな遺されているのに」

海未「……あっ」ハッ




…考えたこともなかった。
しかし、学び舎でも魔法の歴史について触れた記憶は全くない。

そうだ。明らかにこれは不自然だ。




真姫「魔法だけ  魔法だけは、その歴史背景が何もないの 調べても調べても …まるで、不自然に穴を空けられたようにスッポリ抜け落ちている」

海未「それは… つまり」



海未の中にも、ひとつの仮説が浮かんだ。



海未「意図的に、消されている…!?情報が」

真姫「ふふ、馬鹿ではないみたいね  天才の私も、同じ考えに行き着いた」

亜里沙「ちょくちょくドヤりますね…」ボソッ

海未(亜里沙!静かにしててください!)


734 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:15:40 QnB9.gew
真姫「そこで、このあなたが持ってきた記号」ピラ

海未「!」

真姫「コレ返すわ もう複写済んでるから   …さっきも言ったように、ここに書いてある記号は現存するどの言語にも当てはまらなかった」

海未「……」



真姫「でも適当な落書きにしては規則性がありすぎる  なんというか、文章っぽいわよね?」

海未「はい… そう思います」

真姫「なのに何もわからない  だからこそ、確信できた  これは私の求めている空白を埋める一つのピースなんだ、って」

海未「あなたの求める、空白…?」



真姫「…この研究所ね、私が建てたのよ」

海未「え!?」

真姫「一応、ここの最高責任者 私」ニヤリ

亜里沙「す、すごいー…」ホエー



真姫「どうして私は、ここに建てたと思う?」

海未「へ? ………土地が、広かったから…?」

真姫「そうじゃなくて   どうして、この街に建てたと思う?」


735 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:16:30 QnB9.gew
真姫「研究所よ?人材も市場も、どう考えたって王都に建てたほうがいいじゃない」

海未「あ… それは確かに、最初思いました  こんなに大きい魔法の研究所、なぜ王都でないのかと」



真姫「それはね  この街は、国の管理をあまり受けないから」

海未「…?」

真姫「治安がいいというか、住民の傾向として基本的に頭が良くて閉鎖的なのよね だから自治も、他所より色々認められてる」

海未「えっと、つまり」

真姫「つまり」






真姫「私は国の管理を嫌った  …だって、国家規模での情報操作なんて、国以外には出来ないでしょう?」

海未「!  成程 情報を消し、歴史を隠すなんてことができるとしたら、それは」

真姫「ええ、国家権力… 王族、とかね   だから、国の懐である王都なんて論外だったってわけ」


736 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:17:42 QnB9.gew
真姫「私たちの研究成果が権力で握りつぶされて消えるなんて、考えただけでゾッとするわよ」

海未「…得心が行きました」

真姫「さて、長くなっちゃったけど  ひとつめの仮説、魔法についての情報は意図的に消されている…」

海未「ふむ」

真姫「そして、ふたつめ」ピッ




真姫「魔法に関しては私、色々とアンテナを広げているのよ」

海未「あんてな…?」

真姫「情報を集めてるってこと  そしたらね、ごく稀に妙な噂を耳にする」

海未「噂、ですか」



真姫「「手から大量の水を出した人を見た」「ありえない魔法を使う人間がいたらしい」」

海未「!」

真姫「普通なら、なにかの間違いだと笑い飛ばすような話  でも、時々ぽつぽつと似たような話が出てくるのよね」



真姫「そして噂が流れる時期や内容は違えど、出どころは共通しているということが多々あった」

海未「他にも…  特別な魔法を使える人間は、いる?」


737 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:18:26 QnB9.gew
真姫「ええ、きっとその高坂さん以外にもいると思うわ  そして、彼ら魔法使いはそのことを隠したがっているみたい  まあ当然よね」

海未「当然…?何故です?」キョトン

真姫「は?」



真姫は、信じられないといった顔で海未をしばらく見つめると…

大きく息を吐き、呆れた声で言った。



真姫「あのね… 一時期、やたら研究が流行った錬金術とかあったじゃない  知ってる?」

海未「はい、安価なものを金に変換するという技術ですよね  しかし、結局実現は不可能だったのでしょう?」

真姫「ええ、たしかにそう  だけど」




真姫「それが例え実現したとしてもね、その価値は魔法使いに遠く及ばないと私は思うわ  無から有を生み出す、本物の魔法使いには」

海未「あっ…!」


738 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:19:53 QnB9.gew

海未はそこでようやく気が付いた。
昔から穂乃果や雪穂が、海未の前で堂々と魔法を披露していたためか、特別なものだという認識が浅かったのだ。



海未「火に、水に、光…  それは、それらは 金なんかよりも」

真姫「そうよ 眩しいだけの石コロなんかよりはるかに価値のあるもの それを無限に生み出せるのなら そんな人間が認知されたとしたら」



海未「魔法使いは…  だから、表に出てこない」

真姫「そういうことでしょうね  …私だって正直、儲けとかの勘定抜きにしても、体中いじくりまわして徹底的に調べ上げたいし」ニタァ…

亜里沙「ひいい…」ゾワワ! ガクガク ブルブル


真姫「それでなくても不思議人間だもの イヤでも注目を集めるわよ」

海未「確かに、少し考えればわかることでした  世間に知れれば、きっと碌なことにならない…」




真姫「少し脱線したわね 話を元に戻しましょう」

海未「えっと…」

真姫「ふたつめの仮説… 魔法を生み出す人間、魔法使いが存在する  ま、これはあなたのおかげで仮説の域を抜けられそうだけど」

海未「あ、まだ完全に信じてはいないのですか?高坂の人の話…」

真姫「そりゃそうよ、この目で確認できてないんだから   …でも、9割方信じてるわ」

海未「まあ、血相変えて私に詰め寄ってくるほどでしたからね…」

真姫「根拠としては弱いかもしれない、それでも私は謎の記号を魔法使いに結び付けた  そして、それはおそらく間違ってなかったということ」

海未「存在しないはずの文字こそが、隠された歴史に繋がっているはず…という推測ですか」


739 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:20:36 QnB9.gew
真姫「そしてひとつめの仮説とふたつめの仮説をもとに、私はもうひとつの仮説を立てているの」

海未「…?」




真姫「今、世間に認知されている魔法…  そのルーツは、魔法使いの魔法なのではないか?」

海未「えっ?と、それは…  ど、どういうことでしょう?」




真姫「歴史が辿れない、つまり魔法という技術の出所がわからない  そして、魔法使いはその特性を隠している」




真姫「思うに、魔法っていうのは…  魔法使いの魔法が上位なのではなく、私たち一般人が使う魔法が下位のそれなのではないか、ってね」

海未「ちょ、ちょっとそろそろ頭で処理できなくなってきたような… ええと、こんがらがって難しいです…」


真姫「つまり…」


真姫「魔法っていう技術は、魔法使いの本物の魔法を、一般人が真似ようとして生まれたものなんじゃないかってことよ」

海未「………ああ! 成程」ポム


740 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:22:15 QnB9.gew

真姫「識って操って変質させるのが、俗にいう魔法だけど」



真姫「その原型となったのは… 識らずとも思うさま生み出せる、魔法使いによる魔法  どうかしら?この仮説」

海未「言われてみれば… その説は確かに、しっくりきますね」フム



真姫「だとすると本来、魔法というものの本質は… 無から有を生み出すところにこそあるっ」グッ!

亜里沙「……うーん  無から、ではないんですけど」

海未「え?」



バッ!

真姫「そう!なら出回っているもの、私たちが研究している魔法は魔法ではないの!劣化コピーですらないのよ!ただの、技術なの!」ガタァ

海未「こ、興奮しないでください!?」ガシ

真姫「私の仮説が正しければ、ふたつは明確に区別するべきなんだわ…!  私たちの知っているものは、『魔術』とでも呼ぶべきかしら」ググ




話に熱が入りだしたため、一度海未は真姫を諫め、落ち着けた。

一息ついて、再び話に戻る。




真姫「…ふぅ  話したかったのは一先ず、こんなところよ  それと、あなたとの話で確信に変わったことがもうひとつ」

海未「?」


真姫「魔法使いの能力は、突然変異なんかで発現するものじゃない その能力を持つ血筋… 血統によって受け継がれるものだということ」

海未「穂乃果… 高坂の人はそのようでしたが、他もそうだと何故考えられるのです?」

真姫「秘密を守れているからよ 例えば私が魔法使いで、親が魔法使いじゃなかったとしたら?私は子供の頃にその能力を見せびらかしていたでしょうから」

海未「な、成程…  秘密が守られているのは、その能力のことを知りつつ、誰が魔法使いになるのかもわかっている者のおかげということ…ですか」


741 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:23:10 QnB9.gew

真姫「…私は、隠された魔法の真実が知りたい  その知的好奇心だけで、こんな研究所まで建てちゃった」

海未「……」



真姫「園田海未 あなたとのこの出会いは私にとって、今までのどんな研究よりも大きなものとなったわ」

海未「た、大したことは教えられませんでしたけど…  貴女は最初から魔法使いの存在も、ほぼ確信していたのでしょう?」アセッ

真姫「いえ、高坂という存在と、あの記号…  私はここから真実に近づく」グ



真姫「海未、これからあなたはどうするつもり?」

海未「ええと… 穂乃果についての情報が得られなかったので、あてのない旅に出ようかと」

真姫「最後の高坂を捜すのよね?」

海未「はい… 正直に言うと、私にとっては魔法の真実も… 穂乃果の行方の手掛かりの一つでしかないので」



真姫「海未… もう少し、この街に滞在してみたら?」

海未「へ? 何故…」


742 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:24:19 QnB9.gew
真姫「私は、あの記号を… 文章を解析するつもりなの  今日からすぐに取り掛かるわ」

海未「解析!?そ、そんなことができるのですか!?」


真姫「そこそこの文字数があるし、私は一流の知識系統魔法の使い手  共通する細かい法則性から少しずつ読み解いていくことができる… かも」

海未「これを… 読み解く」ギュ



真姫「時間、どのくらいかかるかはわからないけどね   でも、この街には大きな文化施設があるわ」

海未「文化施設…?」

真姫「たくさんの資料や本が置いてあるの  もちろん、魔法の歴史について、みたいな直球な資料は無いけど…」



真姫「私の建てた仮説が全て正しいものだとして、その視点から読むとなにかわかる本があるかもしれない」

海未「それは…?」

真姫「例えば… そうね、都市伝説の本とかはどうかしら  あるAという街で、発光する宇宙人を目撃〜とかの胡散臭い記事」

海未「……ああ! それが、実はガセでなく… 光魔法を使う魔法使いの話だったりするかもしれないと」

真姫「そうそうそんな感じ  特にこの街は国の手が入ってないほうだから、そういう何かがわかる資料残ってる可能性も高いし」



海未「つまり… あなたの研究成果を待ちつつ、そこで情報収集をしてみるのはどうか、と」

真姫「理解が早い人と話すのは気がラクだわ」クスッ

海未「…そういった自分の手が回らない作業を私にやらせて、少しでも早く真実に近づくため、私をここに引き留めたいのですね?」

真姫「…………そんなところまで理解しなくてイイのに」プイス

海未「しかし、高坂という人間にも興味が尽きない貴女の提案はきっと合理的なのでしょう  穂乃果が見つかることは、私にも貴女にも利であるから」

真姫「…うちで働く?私の助手になる気ない?」

海未「私、魔法は不得手なのです」ニコッ


743 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:25:29 QnB9.gew

亜里沙「どうするんですか?海未さん」ピョコ

海未「そうですね…  正直、王都がダメだと世界のどこを目指していいのかわかりませんし、しばらくここに残ってみましょうか」

真姫「フフ、そうこなくちゃ♪ んじゃ、私は早速取り掛かるから! 良い報告を期待して待ってなさい」ガタ



ガチャッ

研究者「西木野さん!予定していた自然系統の部門の研究なんですけど、明日」

真姫「あ、それ私キャンセル」

研究者「えぇ!?」ゴーン

真姫「ちょーど良かった 管理担当に言っといて 私しばらく研究室に篭るから今ある予定全部キャンセルして、頼み事とかも問答無用で却下しろって」

研究者「ちょっ、貴女がいないと進捗が…!予定、かなり無理に詰めてて」

真姫「うるさいうるさいうるさーい 問答無用 もう決定 あんまりシツコイ奴はクビにしちゃうわよ あ、これも管理に言っといてよろしく〜」

研究者「!?」ズガーン!




海未「す、すさまじい…」

亜里沙「あはは、頼りになりますねっ  カイセキ、お任せしちゃいましょう!」



………………

…………

……


744 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:26:15 QnB9.gew

そのようなやりとりを経て、約ひと月。

海未達は現在に至る。



海未「では…  今日はこれで失礼します」ペコ

真姫「海未、あなた結構ヒドイ顔してるわよ 寝るときはちゃんと寝なさいよね」

海未「真姫に言われたくはありません 目の下の隈、スゴイですよ」

真姫「…私はいいの 慣れてるし」



海未は少し無理した様に笑うと、そのまま背を向けた。
振り返ることなく、研究所を出て行く。



真姫(焦っているんでしょうね… きけば高坂穂乃果って子は、魔王を求めて姿を消したっていうし 今生きているのかもわからない)


グ…


真姫(…待ってなさい、海未  もう少しで…  ちょっとだけ近づけそうなの)




真姫は、今夜も眠らない覚悟を決めて研究室へと戻った。


745 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:27:41 QnB9.gew

スタ スタ…



海未「……」

亜里沙「海未さん、もう宿に戻るの?」

海未「へ? そ、そうですけど」

亜里沙「まだご飯食べてないじゃないですかっ」

海未「あ…」


…忘れていました。

なんだか今日は、気持ちに余裕がないですね…




海未「…いいです 今は、あまり食欲もないので」

亜里沙「ダメっ!ご飯いきましょう!」ワー

海未「ふふ、亜里沙は必要ないじゃないですか」

亜里沙「海未さんが食べないとダメなのっ!体壊しますよ!?朝からずっと頑張ってるのに…! 最近、ちょっぴりヤツレてきてますよっ」

海未「…そう、ですか?鍛錬は、欠かしていないのですが」

亜里沙「もっとダメです! 今日は無理してでも食べてくださいっ」ンモー


海未「………わかりました  そうしましょう」ニコ


746 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:28:54 QnB9.gew
亜里沙「今日はどこで食べるんですかー?」クルリン

海未「静かなお店が良いです…  あっ、あそこにしましょう」



この街で、海未がわりと頻繁に訪れる、落ち着いた雰囲気の定食屋。
価格が少し割高だが、この店の落ち着いた雰囲気と素朴な料理の味が海未はとても気に入っていた。



カラン  コロン


亜里沙「海未さんて、クエスト終えた日はたいていココに来ますよね〜」

海未「う…/// ほ、報酬が入るとなると少しくらい奮発してもいいかなって…!///」カァァ

亜里沙「え、ここ照れるとこなんですか!?なぜに!」ゴーン

海未「なんだか恥ずかしいのですっ!/// 私の卑しさが筒抜けのようでっ!///」

亜里沙「わかんない… 亜里沙、ぜんぜんわかんない…」

海未「こほんっ…  いいですか亜里沙?あまり女性にそういった指摘をするものではありません 「でりかしい」に欠けていると判断されますよ」キリッ

亜里沙「そうかな!? 亜里沙の、そんなにだったかな!?」




店主(あのお客さん、いつも一人で楽しそうだねぇ…)

店員(おお、独り言マイスターだ  今日もトバしてるなぁ)


747 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:29:45 QnB9.gew

店員「日替わり定食になります ごゆっくりどうぞ」カタン






海未「いただきます…」ペチ



店員が離れてから、海未は箸に手を伸ばす。
最初、食欲は本当に無かったはずだが、今なら普通に平らげてしまえそうだ。



海未「ふふ、あなたのおかげですね  また、助けられた…」

亜里沙「?」

海未「いえ、なにも  さあ、明日に向けて栄養補給ですっ」

亜里沙「おー!海未さんもがっつりエネルギーためちゃってください!」


748 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:31:01 QnB9.gew
海未「海未さん「も」ですか?」

亜里沙「ワタシは既にエネルギーまんたんなので!」ムフー!

海未「おおっ、羨ましい  それは一体、どうしてです?」

亜里沙「エッ!?///  だ、だってだって海未さんが…///」モジモジ

海未「???」






くねくね悶えだした亜里沙を放って、しばらく黙々と箸を進めた。

7割ほど食べたところで一息ついて、亜里沙に話しかける。



海未「しかし、亜里沙は本当にすごいですね」

亜里沙「ほぇ? なんのことです?」



海未「穂乃果や… 真姫のいう無限とは少し違いそうですが 寝るだけで回復して、魔法が使えるというところですよ」

亜里沙「あー」

海未「人間の常識では、資源は有限  人間そのもの自体、こうして食事という資源を減らさなければ、魔法どころか体を動かすこともできなくなる」


749 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:31:57 QnB9.gew

亜里沙「海未さん、あの真姫さんもカンチガイしてたみたいですけど  私の魔法は何も無いトコから何かを生み出してるのとは違うのですよ?」

海未「え?」

亜里沙「無から有なんてあり得ません 魔法の本質は、やっぱり変質なんです」  ザ




突然の亜里沙の主張に、軽く戸惑う海未。


海未「ええ、と…  でも、高坂の人も、あなたも… 何も」

亜里沙「真姫さんの言う「本物の魔法」は、『魔力』をもとにしたモノです」ザ

海未「…魔力、ですか?」




海未(ん…? そういえば、何度か亜里沙の口から聞きましたね… えっと、確か)




亜里沙「魔力っていうのは、万能の魔法の素です 全ての魔法に成り得るエネルギー 海未さんにとっての日替わり定食です」

海未「え、これですか?」カチャ

亜里沙「ざっくり言えば、それをもとにして海未さんは歩いて動けるし、本を読めますし、矢を放てますよね」

海未「あっ、な、成程? なんとなく、わかったような…」


亜里沙「魔力っていうのはそういうモノです 火にもなるし水にもなるし光にもなります  というより…「魔法そのもの」になるんです」 ザ…

海未「ふむ…」


750 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:32:38 QnB9.gew
海未「では亜里沙  どこに魔力とやらを持っているのですか?」

亜里沙「ふぇっ?」



 シーン…



亜里沙「それは…  えっと…  アレレ?」チーン

海未「……どうやって、手に入れているのですか?その、魔力を」

亜里沙「あ、あうあう」パクパク









亜里沙「…ひと眠りすれば、自動ちゃーじ?」テヘペロ

海未「……」ゴーン



亜里沙「す、すみませんでした…!知ってると思ったら、あんまり知らなかったみたいです」ズーン

海未「い、いえ別に謝らなくても… そうですよね、知ってることも知らないこともありますよね」


751 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:33:50 QnB9.gew

海未「しかし… それでは結局、「謎の無限?のエネルギーを使っている」というだけで、無い資源が生み出されていることに変わりはない」

亜里沙「そうなりますねー」

海未「魔力…ですか」



亜里沙は、知らないことはあっても間違ったことを言うようには思えない。

基本的に亜里沙は、知っていることならば力強く断言する。
そのせいか、海未は亜里沙の言葉を疑うということがなくなっていた。

魔力というものの存在を、すんなりと受け入れた。



海未(そういったものがあるとして… それを、魔力を 穂乃果たちも持っていた?だとしたら、やはりそれは形あるモノではない…?)フム

亜里沙「海未さん?」



海未(亜里沙も持っているというのなら、それは目に見えず、隠し持てるようなモノでもない… 概念的? 重力、みたいな…?)ムムム

亜里沙「あれ… 海未さん、海未さぁーんっ」






海未「うむむー…?」

亜里沙「うおお〜 海未さん海未さん、おミソ汁冷めちゃいますよ おコメ冷めちゃいますよう 早く食べましょー」



………………

…………

……


752 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:34:22 QnB9.gew

海未「さあて… 今日も、行きますよ」

亜里沙「おおーっ♪ 調べものです、コツコツです!頑張りますっ」



翌日。
海未たちはいつものように、文化施設を訪れる。



海未「ええと、昨日はどこまでチェックしましたかね…  ああ、この辺りでした」ス

亜里沙「ワタシはあっちー」ピューン







 パラ パラ…  パタム



 パラ パラ…  パタム



 パラ パラ…  パタム







海未「……」スッ


紙を捲る音と、本を閉じる音が交互に響く。
海未は機械的に、半分はもはや無意識に、いくつもの本を黙々と確認してゆく。


753 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:35:19 QnB9.gew


パラ…


海未(ん…)ピタ


そうしていると、ある単語が海未の目に留まった。
海未は流れるような動きを止め、その開いた部分を再び読んでみる。



海未「……勇者物語」



その本は、いくつかの短編が纏められた童話集だった。
その中のひとつ、「勇者物語」というストーリー。
勇者という単語が、海未に穂乃果を想起させた。




海未(ふふ、穂乃果は… そういえば こういった物語が好きでした)パラ


そのストーリーは、わかりやすい子供向けの勧善懲悪もの。
人類の希望である勇者が、人々の期待を一身に背負って、平和のため魔王に立ち向かうのだ。


パラ…


どこにでもありふれているような、王道の、シンプルな流れ。

民が、仲間が。勇者という存在を心から慕い、全ての希望を託す。




海未(穂乃果が、目指した…)


パラ…


754 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:36:06 QnB9.gew

亜里沙「海未さ〜ん!」

海未「っ!  あ、亜里沙…」


パタム


海未(なんだか… つい、ボーっとしてしまっていましたね…)




本を閉じ、亜里沙の呼びかけに応える。


海未「何か見つけましたか?」

亜里沙「なにかもなにも、どんピシャです! これ!」サッ


亜里沙が示した本。そのタイトルは。


海未「ほう、「世界の奇妙な都市伝説」…」パラ

亜里沙「光るウチュージン載ってますよ!」ムフウ



自信満々の様子の亜里沙に軽く苦笑し、中身を見てゆく。
何度か都市伝説関連の本も見つけはしたものの、基本的に内容は空振りだった。



海未(発光する飛行物体と宇宙人特集… まあ、真偽はともかく、ありがちな…)


パラ…


海未「……ん?」ピクッ

亜里沙「なにかありましたか?手掛かり!」ピョコ


755 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:38:30 QnB9.gew

海未「「人を惑わす魔女の恐怖」…   魔女、ですか」



たったの2ページしかない記事。
魔女の、魔、という文字につられ、冒頭から丁寧に読んでみる。



海未(生き物を操り、人間をも支配する妖の術を使う魔女)



海未(そのヒトの姿をした悪魔は、とある森の中に出没するとの噂)



海未(その恐ろしい「血筋」は、現代までも絶えることなく脈々と受け継がれている)







真姫「海未っ」


756 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:39:09 QnB9.gew

海未「あ…  真姫?」


後ろに、いつの間にか真姫が立っていた。



海未「どうしました?」

真姫「少し、進んだわよ  解析」

海未「え!!   ………少し?」

真姫「ええ、ほんの少し  最初の部分だけ」



そう報告する真姫の表情は、あまり明るくはない。



真姫「たいしたことわかったワケじゃないけど、一応早いうちに教えとこうと思って」

海未「…ありがとう、ございます 真姫」



真姫は、例の文章のコピーを取り出す。

端の部分を指さしながら、言った。



真姫「ここね、ここ  この二文字の意味が解ったわ」


757 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:40:43 QnB9.gew

真姫「「家族」とか、「繋がり」みたいにもとれるけど…  一番近いのは、「血統」ね」


海未「血統…? ですか」



…高坂家。

魔法使い。

血筋。

血統。



真姫「…間違いないと思う  たったの二文字、たったこれだけだけど…」

海未(やはり…  鍵は、その「血」? でも、だからといって…)



…そこから、穂乃果に繋げることはできません。

家族同然と言い張りながらも。 結局私は、高坂ではなく園田。

そして穂乃果に繋がっているのは、妹、母親、父親…



海未「………あっ」ゴソ…

真姫「ん?」


ふと思い出したように、自分の手荷物を漁りだす海未。

すぐに、何かを取り出す。



海未「そうでした…  これって」ス

真姫「なにそれ…   巻物?」


758 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:42:06 QnB9.gew

海未「これ… 確か、高坂の家の家系図です」

真姫「ふーん? …あ! ってことは、載ってる人間全部魔法使い!?ちょ、見せて見せて!」ガバ

海未「ま、待ってください!」グイ


魔王封印のメモの隠し場所となっていた巻物。
海未はそれを、巻物ごと持ってきていた。

興奮する真姫を押しのけながら、開いてみる。



海未(ここが一番新しいところ… 穂乃果に、雪穂)


そのふたりしか名前がないことに、海未は安心するとともに微妙に落胆。



海未(はは… 流石に、隠し子とか生き別れのきょうだいなんて、いませんよね… 何を馬鹿なことを考えていたのでしょう、私)



視線を滑らせ、その上を辿る。

穂乃果の父親の名前。

隣に、母親の名前。カッコ書きで、旧姓が…



海未「………えっ!?!?!?」ガタ!!


759 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:43:21 QnB9.gew
真姫「うわ、何?」ドキッ

亜里沙「海未さん?」




海未「……!!?」ゴク



…それって。 いやでも、そんなそぶり一度も…



海未(だとすると、ええと…  そうか、魔法!魔法使い! あのちからは)



なんでしょう。なんだろう?

ひとつの答えが出てきそうです。まだ、これで終わりじゃない。決め手が… もうひとつなにか。

なにか引っかかってる。



海未(ええと、魔法…  つまり、あのふたりの関係は)グ


真姫「ど、どーしたのよ  なんか、コワイんだけど」


760 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:44:08 QnB9.gew

海未(言われてみれば、面影…  似てる…?でしょう、か)



フ…ッ

海未「…ん?」


ふたりの顔を必死に思い出していると、なぜか全く別の人物が頭をかすめた。




海未(あれっ… 誰、でしたっけ  今の)



亜里沙「…なにか、わかりましたか?」  …ザ

海未「あっ、亜里」パッ




      『魔力?』



            『命の恩人よ』



『東の村』




海未「ッ――――!!!」


761 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:45:07 QnB9.gew

…引っかかりが、無くなった。

全てを、都合よく、繋げることができる。

違和感は…  特に、ない。



ガタッ

海未「真姫、少し出ます  解析、ありがとうございました」

真姫「…そう」



真姫への礼もそこそこに、本を戻し、すぐに施設を出ようとする。




真姫「あなた…  行って、戻ってくるわけ?」




海未「!  ………わかり、ません  もしかしたら、もうこの街に戻ることはなくなる、かも…」

真姫「……」

海未「…すみません! 今まで、お世話になりました…! でも、またすぐお世話になるかもしれません!」ガバ!



海未は、改めて深く頭を下げた。
真姫は、つまらなそうに髪の毛先をいじりながら海未を見る。



真姫「それって、もし戻ってくることになったらまた面倒見ろって意味? ずいぶん勝手ね」

海未「うっ! そ、それは」グサ

真姫「…あなたに求める報酬は、高坂穂乃果  必ず捕まえて連れてきなさい  逃がさないわよ、助手候補」フン

海未「!  ええ…!  必ず!!」


762 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:45:45 QnB9.gew

亜里沙「よし、行きましょう」ザ

海未「はい…!」



荷物を整え、馬車に乗り、転がるように街を出た。























「ふむ… 視えました!  大丈夫です 落ち着きを失わなければ、このままを維持するだけでうまくいくことでしょう」ニコ


763 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:46:52 QnB9.gew

「では、次のお客様、どうぞ」



「久しぶりですね  …希さん、でしたっけ?」

希「ありゃ? あなたは…」



暗く演出された店内。

中にいるのは、一人の占い師と、一人の客だけ。



希「あー、あー!憶えてるよ、海未ちゃん! あはは、ウチのことは希でいーよ♪ なんや久しぶりやん、元気してた〜?」パタパタ

海未「占い屋…ですか  私の仮説も、確信に変わりました」

希「………ん?」



水晶玉の置かれた机を挟んで、海未は希と向かい合う。


希「な、なんか… 急ぎの用事?」タジ

海未「ええ、急いでいます  だから私を信じて、答えてください 教えてください」












海未「「東條」という姓に… 心当たりは、ありませんか」


764 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:48:15 QnB9.gew
希「……」

海未「…どう、ですか?」


希は、人の好い笑顔を浮かべたまま答えた。


希「…知らないなぁ  あ!気になるひとの名前? それなら、占ったげよか」

海未「亜里沙 どうですか?」



希「は…? ありさ?」

亜里沙「はいっ、間違いありません  海未さん」



希の目には、海未が虚空に向かって話しかけているようにしか見えない。



海未「ならば… この人にも姿を見せて  私にも、希にも 聞こえるように  教えてください」

亜里沙「リョーカイです!」クル リン


パッ!


希「へ…!? なに、これ」




暗い店内に、ひとりと、ひとりと、光るなにか。




亜里沙「ハッキリと魔力を感じます  このひとは、魔法使いです」ピッ

希「ッ!!?」


765 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:49:30 QnB9.gew

海未「…これは私の秘密です  この子が私の秘密です」

希「海未ちゃん…  あなたも?」




海未は首を横に振る。


海未「私は違う…  ただ、この子が魔法使いみたいなものです  私は魔法を使えませんが、どうやら魔法に縁がある」




海未は、懐から例の和紙を取り出した。


海未「私の捜し人、魔法使いの母親の…! 旧姓は、「東條」!!! これは…!!」






真っ直ぐに希の顔を見つめる海未。

やはり、似ている。どこか、似ている。面影がある。

穂乃果の母と、希と、もうひとり。






海未「私の村!! 東の村の、最古参…!! 大ババ様と、同じ姓!! あなたも…!知っているのではないですか!?」


766 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:50:39 QnB9.gew

希「……」

海未「魔法使いが、素性を隠したがっているのも承知の上です…! もちろん、私はあなたをどうこうするつもりはない」スッ



例の文章。例の和紙を、希に差し出す。



希「!  …これ、は」

海未「私にはわからない  でも、あなたならこれが…  これがなんなのか、わかるんじゃないかって」





希「……」


海未「縋れる手掛かりは、それしかないのです…! まだ、見つかってないんです! 早くあの子に、それを届けたい…!」

亜里沙「ワタシからも、お願いしますっ」ペコリ








…フ


希「いいよ  わかった」


767 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:52:16 QnB9.gew
海未「!  なら…!? わかるのですね!?これは、この文字は やっぱり、魔法使いの文化!!」

希「うん、そうなるね   ……恩人やし サービスするって、約束したし」チラ

亜里沙「?」

希「…誠意も、見せてもらえたし」





希「ウチの知ってること、教えてあげる  でも、どこから言ったものやろか…」ムム

海未「では… まず、これは何なのか教えてください ここに書かれているものは…?」ピラ


差し出していた和紙を示す。




希「これはね、呪文」

海未「呪文? って、魔法を使う時の…?   ……………え、それだけ? です、か?」



拍子抜けしてしまった。呪文とは、魔法を使う時の定まった掛け声のようなものだ。

魔法とは、識って、唱えて、発動するもの。海未ですら、知っていたこと。

つまり…



海未「ただの、呪文?  ただの、魔法…  あの子とは、なんの関係もない…?」

希「…そうでもないよ  これは、「ただの魔法」やないからね」


768 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:53:50 QnB9.gew
亜里沙「どういうこと…?」


希「ウチはこれを読めるけど ウチがこれを唱えたところで、この魔法を発動させることはできない」

海未「読めるけれど、使えない? 難しい魔法だということでしょうか?」

希「ううん  これはね、使える人が決まってるんよ」スッ



そういうと、希は店の外へ歩き出した。


海未「ちょっ…!? どこへ」バッ

希「長くなりそうやし、今日は店じまい  少し待ってて」ニコ


希は小走りで、店の外へ出て行った。
薄暗い怪しげな店内に、海未と亜里沙は取り残された。



亜里沙「…スゴイです!海未さんの推理、バッチリ当たってたってことですもんね!」パッ

海未「す、推理というほどのものでも…  それに、全てあなたのおかげですよ」

亜里沙「へ?ワタシ?」キョトン

海未「以前あなたが希の魔力を感じていたことを思い出したおかげで、繋げることができました」

亜里沙「え?そ、そんなことありましたっけ… エヘヘ///」テレ

海未「こうであるはずだ、というより、こうであってほしい、に近い、強引な推測です  こじつけと言っても良いくらい」

亜里沙「結果オーライ!ですねっ!」

海未「ふふっ…  しかし、まだですよ  必要なのは、穂乃果に辿りつくという結果なのですから」


769 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:55:45 QnB9.gew

………………

…………

……


希「この魔法はね、「血統魔法」っていう魔法なんよ」

海未「血統魔法?  …知ってますか?亜里沙」

亜里沙「知らないです… そんなの、あるんだ」



戻ってきた希と、再び向き合う海未と亜里沙。
今は両者とも、机を挟んで椅子に腰を落ち着けている。



希「それを、誰なら使えるのかってことなんやけど…  それを説明するには、魔法使いのところからやなぁ」ポリポリ

海未「あなたも魔法使いなのでしょう?」

希「…うん  ウチは、いわゆる魔法使い  体内に魔力を持ち、それを使うことで魔法を作り出すことのできる一族の末裔」





希「そういう人間のこと、『魔導の血族』っていうんよ」

亜里沙「魔導の、血族」

希「ちなみに、この文字は魔導文字ね  魔導の血族なら、先代が後世に伝え学ばせるよう教えとるはずや  どこの家も」

海未「やはり、魔法使い… いや、魔導の血族 その数は、意外に少なくないのですね」

希「どうやろ…  家ごとに独立してるから、横の繋がりとかは無いんよ  少なくともウチは、他に会ったことないなぁ」


770 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 03:57:56 QnB9.gew
希「で、この血統魔法なんやけど…  これは、魔導の血族 その家ごとに、代々伝わる特別な魔法  唯一無二で、一子相伝」


海未「え…  一子、相伝?」

希「そう」




希「この魔法を扱うことができるのは、その家系に生まれた第一子…  つまり、直系の長男か長女しか使えないってこと」

海未「!!!」




長男、長女。

唯一無二、一子相伝。




海未(雪穂宛てではない…! これは、穂乃果のためのもの)


希「魔導の血族は皆、体内に魔力を持つけれど 血統魔法が応えるのは第一子にだけ 後に産まれる下の子たちは… いわば、分家やね」


771 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:00:48 QnB9.gew

希「そして… ウチも、第一子や  東條の魔法の正統継承者、東條希  だから、ウチにしか応えない秘伝の魔法がある」


海未「その魔法は… また、これとは別のものなのですね」

希「ん、そういうこと ウチのお母さんが本家やったから、私が受け継いだ」

亜里沙「じゃあ、希さんのお母さんもその魔法を使えるの?」

希「………そうやね」




海未「えっと… それは、理解できました  ではつまり、血統魔法… 紙に記されているのは、それだけなのですね?」

希「うん  それじゃ、次に… 東條についての話は、いる?」

海未「…お願いします」




海未(見当は、ついてますけど…   血統魔法、希だけが使える魔法というのは…)




希「まず海未ちゃんの言う、東の村の東條さんたち…  きっと、ウチのお母さんの身内やろねえ 妹がいるって聞いたことあったよ」

海未「でしょうね  ならば大ババ様は… きっと希の祖母であり、魔導の血族だということになる」


772 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:02:09 QnB9.gew

海未「希…  あなたの使える血統魔法というのは、「未来予知」に近いものなのではないですか?」

希「……すごいね  察しが良いんかな、海未ちゃん」



ふたりの間に、一瞬の静寂。

先に口を開いたのは、海未。





海未「ならば!希…!」

希「待って、海未ちゃん」ピッ





しかしそれをすぐに、希が制す。



希「もう少し、話させて  …あなたの目的と、関係あるから」

海未「…!?」


773 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:03:21 QnB9.gew

希「ウチに言いたいんは、こんなとこやろ? 「あなたの魔法で、私の行くべきところを示してほしい」「捜し人の居場所を教えてほしい」」

海未「っ  ……その通り、です」



希「海未ちゃんの目的は、その紙を届けることやんな? …その魔法の、正統継承者のもとに」

海未「はい…」







希「…結論から言うよ  ウチは、あなたに魔法を使ってあげることはできない  ごめんね」

海未「………えっ!? な」ガタ



希「でも、意地悪で言ってるのとちがうよ?  ええと、そうやね…  海未ちゃん、大ババ様ってどんな人?」

海未「は…? 大ババ様、ですか?」


774 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:04:00 QnB9.gew

突然の問い。

話となんの関係があるのかはわからなかったが、海未は正直に答えた。



海未「かなり、お年を召されていて 御自分の部屋からも、出られないようですし… その、私、まともにやりとりをしたことは…」

希「会話したこと、ない?」

海未「村の預言者という立ち位置なので、気軽に会いにいけるわけでもありませんし…  お告げや、預言のときくらいしか」

希「うん  きっとその… ウチのおばあちゃんが、もっとずっと若かったとしてもね  会話なんてできないよ」

海未「………?」





希「東條家に伝わる血統魔法は… 未来を視て、運命の分岐点や、歴史の変わり目なんかを伝える魔法」

海未「……」

希「未来予知、ざっくり言えばそういうことやね  海未ちゃんは名探偵さんになれると思うわ」クス


775 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:04:51 QnB9.gew

海未「それの、どこに不都合が…?」

希「ん 確かに、ウチが海未ちゃんのためにその魔法を使えば… 海未ちゃんに道を示すことはできる  でも、そこじゃない」




机の上の水晶玉を掌で弄びながら、申し訳なさそうな声で希は続ける。




希「一番の理由は…  ウチ、まだ死にたくないんよ」

海未「…は?」

亜里沙「死ぬ…?」







希「おばあちゃん… 大ババ様って人のそれは、老齢からくる呆でも、体力の低下でもない まして、偉い人やから気軽に話せないって問題でもない」


776 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:08:33 QnB9.gew
希「ウチの引き継いだ血統魔法は、未来を視続ける魔法  それを一度使った人間は、未来しかみえなくなる  常に、死ぬまで、未来を眺め続けるんや」

海未「え……」



希「元々、未来なんてあやふやなのにね…  意思を失くして、口から預言を垂れ流すだけの存在  そんなの、生きてるって言えないよ」

海未「なっ、そんな」

希「だから東條がこの魔法を引き継ぐとき、こう教えられる 「使うのは、自分の命より重い事態に備える時」「使うのは、死ぬということ」」

亜里沙「……っ」ゾク






希「海未ちゃんには、感謝してるけど… 自分の命、自分の人生までは、懸けてあげれない  ウチは、お母さんの分まで頑張って生きるんや」

海未「…あなたの、ご両親は」

希「そしてもうひとつ」






希「海未ちゃん あなたは、継承者に血統魔法を届けなければというけれど  それは、誰かに頼まれた? 果たしてそれは、正しいの?」


777 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:09:52 QnB9.gew

海未「え」



希「…血統魔法は、それぞれ家によって全く異なるものやけど  ウチはお母さんが、死に際になって漸く伝えてくれた」


希は、机の上に置かれた和紙の魔導文字に目を落とす。




希「それくらい、不用意には使えない大きなリスクが、ウチの魔法にはあった  何も知らない海未ちゃんが、これを継承者に伝えるとどうなるか…」

海未「っっ!!?」







希「……最悪の場合、死なせちゃうよ?」







今までの自分の行動を、全て否定されてしまった気がした。


778 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:10:53 QnB9.gew

海未「……ぁ」サァ

亜里沙「う、海未さんっ!!」



血の気が引き、頭が真っ白になる。

亜里沙が自分を呼ぶ声が、どんどん遠くなる。




海未(私… は   勝手に、人様の秘密を暴いて…)






間違っていた? 根本が?






海未(自分の、思い込みで…  自分の、罪滅ぼしのために  私は…)




亜里沙「海未さん!?海未さん、しっかりしてっ!!」


779 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:12:15 QnB9.gew


海未(それじゃあ私は、一体…!)ジワ




チリ


亜里沙「雷魔法っ!」パチン!

海未「ひゃんッ!?!?」ビクゥ!




ピリ ピリ




海未「い、痛った…ぁ?」サスサス


希「わ、わぁ〜…  えっちな声出たね///」ポ

亜里沙「元気出ましたか!?ショーキに戻りました!?」パッ




海未「おおおおお、驚かさないで下さいよ!!? 亜里沙ぁっ!!」ガー

亜里沙「よかったぁ、元気になった」ホッ

海未「これは元気とは違いますっ!! 全く!全く、心臓に悪い…!」プンスコ


希「…ぷっ  あはは」

海未「……あ///」カァァ


780 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:14:34 QnB9.gew

希「ごめんね さっきの言い方は良くなかった…  海未ちゃんも、ウチんトコ辿りつくまで色々頑張ってきたんよね  それを」

海未「…いえ  私がどれだけ利己的な行動を取っていたのか、思い知らされました  考えが、足りてなかった…」



何故、穂乃果の両親は自分たちの命が危うくなるまで、それを娘に伝えなかったのか。

何故、専門家にしか解けないようなセキュリティをかけてまで、厳重に保管していたのか。

その理由を、もっとよく考えるべきだったのだ。



海未(おそらく… リスクも、あるのでしょう  便利なだけの魔法なら、直ぐにでも教えてしまえばいいのだから)



希「これから、どうするん?」

海未「……それでも  もしも、これが間違っていたとしても  それでも、彼女を捜します  そして、これを、渡します」グッ



それでも。


それでも、最後はやっぱり、遺されていたから。

メモを記してまで、伝えようとしていたのだから。



海未は、それでも穂乃果のもとへ。


それでも再び、高坂の…



海未は再び、高坂家の意思を。穂乃果に届ける決意を固めた。



亜里沙「……海未さんっ」ニコ


781 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:16:06 QnB9.gew

海未「あなたから聞いた話を添えて、これを渡すことにします  やっぱり私は、そうしなければいけないと思うのです」

希「…うん いいと思う  血統魔法なんてそれこそ唯一無二で、同じものなんて存在しないはずやし  リスクの有無も様々よ、きっと」



雰囲気が少し、明るくなる。
海未も、憑き物が落ちたように晴れやかな表情。

その海未の様子に、希も安堵する。



希「ていうかー…  ホントに魔法使えるんやねえ、この子」

亜里沙「そうですよ! もっとスゴイのも使えます!」ドヤ

希「世の中、不思議がいっぱいやな〜」チョイチョイ

亜里沙「ひゃぅあ!? う、海未さん以外に肌を許してはいません!! イキナリ触らないでくださいっ!!」ピュンッ

希(ええ!?今ウチ…  さ、触れてないんやけど!?)ゴーン


海未「……ふふっ   はぁ、結局手掛かりは無しですか 残念ですっ」ノビーッ





決意は新たにしたものの。

また、振り出しに戻ってしまった。
これで手掛かりはもう無くなった。穂乃果の足取りはつかめない。 ここから、再出発になる。





海未「でも、これも必要な行程でしたね…  危うく、考え無しに 穂乃果をないがしろにしてしまうところでした」

希「……ん?」


782 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:17:46 QnB9.gew
希「…穂乃果? え?」

海未「ええ  この国中を… 虱潰しに捜しまわるしかないでしょうね  あ!大丈夫です、希に命を懸けさせるつもりは」

亜里沙「希さん? どうしました?」




希が、目を白黒させて海未のほうを見ていた。




海未「…希?」



希「そういえば…  まだ、聞いてなかったけど  海未ちゃんが、捜してるひとって」

海未「ああ、名前を言ってませんでしたか? 私がずっと捜しているのは」





別れ際の特徴を思い浮かべながら。

海未はその名を口にした。





海未「あなたの親族とも言える、魔導の血族である少女  名を、高坂穂乃果と言います」

希「……う、海未ちゃん」ガタッ


783 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:19:25 QnB9.gew
海未「?」


希は椅子から立ち上がると、店内の隅のほうで何かを探し出した。


亜里沙「どうしたんでしょーか?」

海未「さあ…」



すぐに一枚の紙を手にし、海未たちのもとに戻ってきた。



希「高坂、穂乃果   ……褐色の外套に、身の丈ほどの錆びついた大剣」

海未「なっっ!!!??」ガタァ!!!



聞いて思わず、立ち上がっていた。

前のめりに、希に詰め寄る。



海未「希っ!!? 知っているのですかっ!!!??」

希「し、知ってるもなにも  海未ちゃんたち、今まで王都に居なかったん?戻ってきたの、いつ?」


784 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:20:34 QnB9.gew
亜里沙「ワタシたち…  馬車から降りてすぐ、商人の居場所を訪ねてまわって」

海未「来て半日と経ってません! まさか、いたのですか…!? ここに来たのですか、穂乃果が!!?」

希「…これ、そこらじゅうに貼られとるよ」ピラ


一枚の紙を手渡される。

そこには…  以前も見た、王女の顔写真。



海未「は…?   ……え!? えええええっっ!?!?!?!?!?」ガバ



その隣に、個性的な特徴を巧くとらえた、とある人物の似顔絵。

右眼が包帯で隠された、若い少女の似顔絵。



亜里沙「このひとが…?」











海未「お、お尋ね者っ!!?  王女誘拐犯!!!??」

希「大罪人、逆賊コウサカホノカ…  もはや、王都で知らない人なんておらんよ」



 八章:魔導の血族 完


785 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:22:58 QnB9.gew
クソ長にして、激ダルの解説回!

頑張って読んで欲しいデス(;8;)ウオオオオ


786 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 04:47:30 pM1tUa6.
待ってました
いつものことだけど続きが気になりすぎる
海未ちゃんかわいい


787 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 05:48:18 ZnURWX4.
いや動き無くても普通に面白いわ


788 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 06:09:16 UlQEg.92
おもろい
亜里沙と絵里の関係性とかあるのかな
楽しみやで


789 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 06:58:28 UQksF2GM
待ってたでガンス 謎が少しずつ解けていってワクワクするな


790 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 09:54:11 KpKskRIk
血統で魔法が決まるなら穂乃果のも未来予知になっちゃうんじゃないの
ほのママが書き記したんだよねこれ


791 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 11:06:31 OLmcaWDQ
>>790
でもほのママは東條では分家だから東條の魔法は知らないしほのパパが書いたのに魔法かけたんじゃないか?


792 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/24(火) 13:27:42 i7rGypUw
>>779
エッチなのは希ちゃんだよね


793 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/25(水) 00:05:16 R25X4tww
設定を掘り下げてくれててだるいどころか面白かった


794 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/25(水) 02:14:06 6cy3Mk56
海未ちゃんはこういう探索の末物事の真相に近づいていく役割が良く似合うな
中の人が同じのあの子じゃないけど


795 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/30(月) 11:15:47 0vY1ZvF6

>>1デス。
私用で海外に出ています。
しかし海外ドメインの書き込みがしたらばでも規制されてるとは知りませんでした…
この書き込みは代行をお願いしたのですが、ssなんぞを代行頼りにわざわざ書き込ませる訳にもいかないし…
エタるつもりは無いけど、帰国が何時になるのか未定だから更新は当分無いと思ってほしい本当ゴメンナサイ!


796 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/30(月) 12:50:01 rV/FqiBE
どこにいるんだよ


797 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/30(月) 16:45:26 29AO8hEo
更新ないのは残念だが楽しみに待ってるよ
海外お気をつけて滞在して下さいね


798 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/30(月) 17:17:35 es0kkHiA
海外とは…早く戻ってきてくれー


799 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/30(月) 17:52:41 njUjSSZY
管理人なんとかして


800 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/31(火) 03:35:56 3CCUdKBs
管理スレで言ってみれば解除してくれるんじゃないの


801 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/31(火) 05:36:11 uDFeznTI
王都からの書き込みかな?


802 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/31(火) 22:03:01 Vu4E4PvA
解除されたみたいですね


803 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/05/31(火) 23:12:12 40IVkCA2
たのんだら解除してくれた

かけるようならお願いします


804 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/02(木) 17:28:39 g7aEfTU.
楽しみにしてます!


805 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/02(木) 17:28:52 g7aEfTU.
楽しみにしてます!


806 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/08(水) 22:45:15 hHN1sOUo
毎日が待ち遠しいです!
ずっと待ってるのでよろしくお願いします!


807 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 06:47:32 LL00tJSw

穂乃果「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!!」ザバッ!!

魔物「ヴラ」ズ ル リ


ドチャ…



爬虫類のような四足の魔物。
その頸を鉄の刃が滑り抜け、巨大な頭部が斬り落とされる。



魔物「 エ サ」ゾルゥ

魔物「ニゲン?!」ゴヒュ!



ことり「っ…!」

穂乃果「黒魔法…」ズ グ



二体のヒト型魔物がことりに目を付けた。
穂乃果は大剣を右手で支えつつ、左手に神経を注ぎ詠唱を始める。






穂乃果「漆黒!!!」ヴォ!!


808 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 06:48:16 LL00tJSw

黒く可視化した魔力が穂乃果の左拳を覆う。



穂乃果「ふッ…!!」ギョパ

ゴド!!!

魔物「ゥゲ」メキョ


一足飛びに距離を詰め、右腕の力だけで大剣の柄頭をヒト型魔物の胴体に捻じ込む。


魔物「オイシ、ナ」ビュ!

穂乃果「!」ガシィッ!


ググ…!


もう一体の魔物が飛び込んできた穂乃果に標的を切り替え、躊躇なく一撃を振り下ろした。
しかしそれを、魔力を纏った左手が正面から掴み止める。



ズズズ!


魔物「?!?」

穂乃果「……っ」ギロ!


809 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 06:49:00 LL00tJSw

掴まれた魔物の腕が、黒に呑まれてゆく。


魔物「ヒ」

穂乃果「があァっ!!!」ボ!!



ド バ!!!!



魔物「」ドシャ



黒に染まった左手を、そのまま押し込むように魔物の頭部めがけ思い切り突き出した。
それだけの動作で頭の上半分が潰し飛ばされた一体が、その場に崩れ落ちる。



魔物「イ  テイ」ヨロ

穂乃果「ッ」グオ


直後、すかさず右腕で大剣を高く持ち上げる。
柄頭を叩き込まれたダメージでフラつくもう一体の魔物の頭上で刃の切っ先が狙いを定めた。





穂乃果「死ね…!!!」ヒュ





ズパン!


810 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 06:50:01 LL00tJSw


魔物「」


縦に両断され、断末魔の叫びすら残さず絶命するヒト型魔物。



ことり「!?  ほのかちゃん、後ろ!!」

穂乃果「……!」バッ





魔物「@@@」ドロ…





穂乃果「何だコイツ…!?」チャキ


形容しがたい姿の魔物が音もなく近づいていた。
見たことのない型だった。


811 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 06:51:09 LL00tJSw
穂乃果「らあ!!」ブンッ


ゾブッ…!


魔物「@」ジュグ



横薙ぎに振られた大剣がその姿を捉える。が…



魔物「@@@」グブプ…

ことり「き、斬れてない…!」

穂乃果「チッ…  ことりちゃん、目ェ閉じてて」パッ



弾力のある、ぬかるみに飲まれたような手ごたえ。
刃は魔物の体を裂くことができなかった。

穂乃果は剣を放り捨て、右の掌をその不定型の魔物にかざす。




穂乃果「光魔法、閃光!!!」


ズパ!!


812 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 06:53:30 LL00tJSw

ジュウウ……!!!


辺りを真っ白に染める、強く鋭い光。
続いて肉が焼け、焦げ付くような音。



穂乃果「ぐ!!?ぅあ゙あああああっっ!!!??」ガバ

ことり「え…!?」

ドシャッ



視界を封じたことりの耳に届いたのは、なんと、穂乃果の叫び声。


ことり「ほのかちゃん!? えっ!?」

穂乃果「う、うぅぅ…っっ!!!」ジュグ



穂乃果は、右眼を掻き毟るように押さえつけ膝をついてしまう。



ことり「どうしたの!?だいじょうぶ!?」

穂乃果「つ、あぁ…大丈夫   く、そ   視えすぎるのも、困りものってか…?」バッ




右手で右眼を覆いながら、ロクに狙いもつけず先程の魔物のいるであろうおおよその位置に左の掌を向ける。




穂乃果「黒魔法、暗黒っ…!」ゴパッ


813 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 06:55:13 LL00tJSw

黒が不定型の魔物を、まわりの大地や草木ごと飲み込み跡形もなく消し飛ばした。



穂乃果「ぎ…っ! ふぅ、ぐ…!  太陽を、直接見たとき… なんかよりも、数段きつい」フラ…

ことり「ほのかちゃん…  あと一体いる」





魔物「 グ ル ゥ ……  ォオオ!!!!」ガァッ…!!!


獣型の魔物が、威嚇するようにその場で吠えた。





ことり「どうする…?いったん、離れる?」

穂乃果「んな心配そうな顔しなくても…  へーきだって」ジャキ…



大剣を両手で構え直し、深呼吸をひとつ。



穂乃果「この一匹で最後だろ…!!  余裕だっ」ズダッ!



………………

…………

……


814 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 06:56:20 LL00tJSw

ことり「ケガ… しなかった?」

穂乃果「ことりちゃんこそ …また隠してたりしてないよね?擦り傷とか」



無数の魔物の骸を見渡し、生き残りがいないことを確認する。
返り血を多少浴びているが、ふたりに目立つ負傷は無かった。



穂乃果「小っさい傷からでもバイキン入って化膿したりすんだから」

ことり「それは何度も聞きましたっ  もー、わたし子供じゃないんだよ?」プクー





穂乃果「んー… 確かに子供だったら、もうちょい素直で手もかからないかな」

ことり「ことり、こども以下!?」ガーン



進むにつれ、加速度的に強さと数を増していた魔物達。
ここのところ、ことりを庇いながらの戦いは、一切の手が抜けなかった。
集中を欠き、ことりを命の危険にさらしてしまったことも何度かあった。



穂乃果「でも最近は、状況に合わせた動きに迷いがないから… 助かってるよ」

ことり「へ………?  え、あぇっ?!そ、そう!?えっ  ……ほめられた!!!??///」ギャーン!



それでも。

穂乃果はことりに、離れろとは言わなかった。冷たい態度を取り、突き放すようなこともしなかった。




…そんなの、いくら言ったところで。 もう無駄だって、わかってるし。


815 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 06:57:08 LL00tJSw
穂乃果「ふふっ…  なんだよ、あたしに褒められるのがそんなに嬉しいの」クス

ことり「いや、ほのかちゃん素直にほめるコトもできるんだなぁって… びっくりしました」

穂乃果「そっちかよ!」ゴーン





 ビュウウ…!



ことり「っ」ブルッ

穂乃果「……」バタタタッ…



突然の横風に身を震わせることり。 穂乃果の纏う漆黒の外套が、吹き付けた風に翻る。



穂乃果「…行くか」ザ

ことり「あっ…!」









穂乃果「なに?」

ことり「待っ、いや  ち、ちがっ、その… えと」


816 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 06:57:53 LL00tJSw
ことり「北って…  どっちだっけ? あっちかな?」ピシ

穂乃果「そっち東」





ことり「そっ、それならこっち…?」ピ

穂乃果「逆、南」





ことり「じゃ!じゃあ西はっ!?  ………あっ」

穂乃果「うん、自分で言っちゃってるな  そっちは西」













穂乃果「だから、あっちが…   いや、「あれ」が   ……あたしの、目的地」

ことり「……っ」グ


817 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 06:59:01 LL00tJSw

開けた荒野。辺りには、視界を遮る大きな木々も建物も存在せず。

そこらを徘徊していた魔物たちは先程全て同時に群がってきていたらしく、
先程の戦闘で一匹残らず穂乃果が殺してしまったようだ。




そして、まわりを見渡せば、唯一。 北に、城のような建物が見えている。




穂乃果「まだ少し距離はあるけど、他の魔物が隠れられるようなところもない  だから… あとは、往くだけだ」

ことり「……そう、だね    あれが、古城    あれが…」






『魔王城』。






歩いて、歩いて、歩き続けて。

ふたりはとうとう、その最北の地に辿り着いた。


818 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:00:29 LL00tJSw

ことり「……」

穂乃果「………………」




穂乃果の旅の、終着点。ことりの胸中は、複雑だった。


ことり(実感が、わかない… 行って、どうなるんだろう? 魔王って、なんなんだろう?)フルッ…





…ぜんぶ、終わっちゃうの?

それは、何が終わるの?

無事に、終わるの?

何を以て、終わりと言えるの…?





穂乃果「………ことりちゃん さ」

ことり「う、うん?」ビク


819 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:01:21 LL00tJSw
穂乃果「あっち向いてホイって、知ってる?」


ことり「…………はい?」







 シーン…







ことり「えっ?」ポカーン

穂乃果「知らないか、お姫様だもんなぁ」フゥ



やれやれ、とワザとらしく肩を竦める穂乃果。



穂乃果「ルールを説明するよ まず…」

ことり「ちょっ、まってまって  知ってます  ことり、知ってるそれ」


820 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:02:23 LL00tJSw
穂乃果「なら話が早い」ポム

ことり「は、早すぎてついていけてないよ! え、どういうことなの!?」



穂乃果「やろう、あっち向いてホイ」

ことり「あれぇ…?  わたしの知ってるヤツと違うのかな  ほのかちゃん、田舎者だもんなぁ」



穂乃果「今、バカにした?田舎、バカにした?」

ことり「あれだよね?指さして、そのほう向いちゃったら負けっていう…  遊び?」

穂乃果「無視したな…  そう、その遊び  それで合ってるよ」

ことり「ええぇ、なんで…?」









穂乃果「いいからやるんだよっ! あ、ジャンケンは!?ジャンケン知ってるな!?」

ことり「し、知ってる!」

穂乃果「最初はグー!」ガバ

ことり「じゃんけんっ!?!?」バッ



「「ぽんっ!!」」


821 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:03:15 LL00tJSw
穂乃果「あっち向いてほいっ!」シュビ

ことり「はっ! …あー!!」ガーン



穂乃果「あたしの勝ち!んで、もう一回だ!じゃーんけーん…!」

ことり「ま、待って待って!勢いが」

穂乃果「待ったなし!あっち向いてほいっ!」シュバ

ことり「うっ!?  …ああぁ!!また負け!?」ゴーン

穂乃果「弱すぎ!!負けた方は罰ゲームだからね次行くよ三回戦じゃーんけーん…!!」グ

ことり「え、罰って!? …う、うおー! じゃんけんぽーんっ!!」シュバ




ワー!

ギャー!




………………

…………

……





穂乃果「なんで避けきれないの  1/4のハズなんだけど」

ことり「…つ、つられちゃうの  指に」


822 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:04:04 LL00tJSw
穂乃果「あ〜あ  ことりちゃんが雑魚すぎて相手になりゃしない」フゥ

ことり「むっ! そんなこと言って、自分が負けたくないから得意な遊びにしたんでしょ」ジト

穂乃果「は?」

ことり「次はことりがルールを決めます  そうだなぁ…  遊び、遊び…  う〜ん?」ムム

穂乃果「……」

ことり「…あれ? ことり、あんまり遊び知らない…!?   あ、そっか! 一緒にやってくれる人いなかったから……」ズーン…

穂乃果「なんなんだよ…」

ことり「や、待って!そうだ、にらめっこ!」パッ

穂乃果「ほほう?あたしも知ってるぞ」

ことり「これで勝負です!やったことないけど!」







ことり「にーらめっこしましょ」モニョモニョ

穂乃果「笑うと負けよ…」ス…


823 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:04:49 LL00tJSw
ことり「あっぷっ」

穂乃果「ぷ」ヌミョーン

ことり「ぶっふーーーーーーー!!??」ブハー







穂乃果「他愛もない」ドヤリ


ことり「ヒーっ!ヒィーッ…! げほ! ふっくく! ヒャー…!! ぅ、おえっ!げっほ、ごほ!!」

穂乃果「ひっでぇ… 気品のカケラも無い」

ことり「気品て!きひっ…!さっきの顔のどっ、どの口がイっひゃー!無理、むりー!おなっ、お腹イタイー!!」ゲラゲラ

穂乃果「…なんか複雑  素直に喜べなくなってきた…」







ことり「はぁ、はぁ… 笑い死んじゃうかと思ったぁ…」

穂乃果「……」ムスーン

ことり「も、もう一回やろう!? さっきのは不意打ちだもん!もう笑わない自信あるよ!」

穂乃果「本当…?」ジト

ことり「ぶふッ! ほ、ほん、とう…ダヨ?  こっち見ないで」プルプル

穂乃果「……」


824 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:05:33 LL00tJSw


ことり「ごっ、ごめんね! 今度こそ本当に大丈夫だから!」

穂乃果「もういいよ  そもそも、ことりちゃんがあたしに何かで勝つっていうの自体イメージできないし」ハァ

ことり「う…」



ことり(でも… 笑ったら負け、かぁ  確かに笑わせるのは…  ん? 待ってほのかちゃんの笑った顔って…  あれ?)


バッ!


ことり「だ、ダメっ! もう一度!!もう一度、勝負です!!」カッ

穂乃果「ぅおおっ? な、なにさ突然」ビク

ことり(見たい! ほのかちゃんが大笑いしてるとこ!)




ことり「ほのかちゃんは変な顔せずに、ちゃんとことりの顔見てて!絶対笑わせるからっ」

穂乃果「え、何そのルール…」

ことり「わーらうーと負ーけよ〜…」








ことり「あっぷっ………   ぷ?」プニ

穂乃果「……」


825 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:06:14 LL00tJSw


シーン…




穂乃果「……」

ことり「…///」カァァ


穂乃果「いや赤くなってんじゃねーよ」








ことり「な、なんで笑わないのー!」プンスコ

穂乃果「あ〜あ、ホントがっかり 失望したよ失望」ハァー

ことり「がーん!」

穂乃果「そーいや海未ちゃんもそうだったけどさぁ、甘いんだよね  恥を捨てきれてないっていうか」

ことり「は、恥を?」

穂乃果「変な顔になるのが恥ずかしいからって、可愛さ残しちゃうみたいな?あ〜本当冷めるよ、こちとら遊びでやってるわけじゃないってのに」

ことり「あれえっ!?遊びだったよね!?もともと遊びだったよね!?」


826 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:06:58 LL00tJSw
ことり「それに! は、恥ずかしがってなんかないもん…! これならどう!?」ムニーィ

穂乃果「……」


シーン


ことり「なら… こ、こう!///」ノペー

穂乃果「……」

ことり「うぅ… じゃあ、こう掴んで、ひっぱっへ… ほー」ニョイーン

穂乃果「……」

ことり「ほほはは、ひょー!ふは!」ヌバァ

穂乃果「……」

ことり「はひゅ、うぶぶーっ  んっ!」デロロン!!



穂乃果「……」

ことり「………」デロデロデロ…



シーン…



ことり「…………ぅ」ジワ

穂乃果「え」




…グスッ




ことり「っ、じゃ  じゃあ、どうすればいいの…?  ま、まぶた、こーして…」ポロ

穂乃果「………ぷ!」


827 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:07:35 LL00tJSw
ことり「できない… ぐすっ、なんで…  うぅ、引っ張りすぎて、お顔いたいー…」ポロ ポロ

穂乃果「ぐくっ!! ふっっつ………!」プルプル

ことり「…え?」




穂乃果「……!!!」プルプルプル

ことり「わ、笑ってる?」ズビッ

穂乃果「っ」







穂乃果「……あっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!!!もー無理!!ひーっ、もーダメ!!ふひゃひゃひゃひゃ!!!!」

ことり「…!」パァァ






ことり「やった…!! ふふふ!ことりの面白い顔で、笑ったね!」ドヤー

穂乃果「おもしろっ…!?ふっひゃーーー!!!ひぃーーっ!!!なんでドヤ顔っ、うっひっひっひ!!!!」ゲタゲタ


828 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:08:25 LL00tJSw
ことり「え………?」


穂乃果「無理〜…!ホント無理、何、泣いてんのっ、ひー…!たかが遊びの、にらめっこでっ うぐくっ!お腹痛い!!!」

ことり「えええ〜〜〜っ!!!??」ゴーン!



ことり「そ、そっち!? あれっ!? わたしの顔は!?」

穂乃果「ひー、くるしー…!ふクっ! あたしの顔っ、チラチラ伺いながら、じわぁ…!て! はっ、半泣きて!」ゲッタ ゲッタ

ことり「ちがう!?コレ違う!!!これ思ってたのと違うよう!!!/// もー笑わないでーーー!!!!!///」ワギャー









穂乃果「ぐぅ…! ごほ、ごほっ  はー…」

ことり「おさまりましたか、師匠………」ギギギギギ

穂乃果「あ、あぁ…   ふひゅっっ! …ん、余裕で」コクリ

ことり「……」


829 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:08:54 LL00tJSw


穂乃果「こほん… も、もう一回やる?」

ことり「………やる」






穂乃果「にーらめっこ、ッ しましょ」ヒクッ…

ことり「わらっ、笑うと、負けよー…っ」プル プル






穂乃果「〜〜〜〜っっ!!!」ブルブルブル

ことり「〜〜〜〜っっ!!!」プルプルプル



………………

…………

……


830 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:10:05 LL00tJSw


ことり「ふー…  なんだか、ヘンに疲れちゃったね…」

穂乃果「ああ、わかる…  あたしも…」



ふたりは、仰向けになって手足を地に投げ出していた。

日はまだ高いが、空模様があまり良くない。
厚い雲が空を覆っていて、薄暗い。






穂乃果「まだ早いけど、少しこのまま… ひと眠りしちゃうか」

ことり「いいの?」

穂乃果「さっき魔力、そこそこ使っちゃったし」

ことり「…そっか   うん、賛成っ」






開けた更地で、無防備に。

数え切れないほどの魔物の亡骸とともに身を横たえたまま、暗い空を見上げるふたり。


831 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:11:40 LL00tJSw
ことり「…わたし、ほのかちゃんがあんなに笑ってるところ初めて見たよ?」

穂乃果「そうかな… そんなにいつも、無愛想だった?」

ことり「んー…  今は慣れちゃったけど、第一印象なんて無愛想どころか、もう…」

穂乃果「もう…なんだよ?その続きはなんなんだよ   ったく、ほんとちょくちょく失礼だよね ことりちゃん…」






ことり「でも良かった  見れて、良かった  ふふ」

穂乃果「……そう」






穂乃果「あぁ、そうだ  罰ゲーム、どうしようかな」

ことり「エッ、ほんとに有効なの  本気だったの?」

穂乃果「当たり前でしょ  勝敗は当然あたしの圧倒的勝利だから、ん〜…」

ことり「待って! …引き分けでいいんじゃないかな?」チラ

穂乃果「ことりちゃんが一度だけあたしの命令に何でも従う、とかどう」

ことり「無視!!」ガガーン


832 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:12:26 LL00tJSw

ことり「め、命令って」ビクビク

穂乃果「ま、なんか思いついたらその時ってことで」

ことり「ううう」



不気味なほどの静けさの中。

ふたりの気の抜けた会話だけが、ぽつぽつと空気に溶けてゆく。



穂乃果「…あたしも、久しぶりに笑えたなって思うよ  よく、眠れそうだ… おやすみ」

ことり「…うん  おやすみ、ほのかちゃん」




目を閉じることり。


ことり(楽しかったな…  ほのかちゃんと思い切り笑いあえて…)




先程まで、複雑な思いを抱いていた胸中は…








ことり(でも   どうして、いきなり…   かよちゃんたちの街を出てからは、ずっと鬼気迫るほど張りつめてたのに)








余計に、混乱してしまっていた。


833 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:12:58 LL00tJSw


………………

…………

……



穂乃果「着いた…」

ことり「……」ゴクッ



休みを取ったふたりが動き出したのが、暮れ方。
今はもう、重たい雲の助けもあって空が鉛色になってしまっている。



穂乃果「…ね、ことりちゃん」

ことり「うん…?」





ギュ…!





ことり「………??   …ふぇっ!!?」


834 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:14:00 LL00tJSw
ことり「え、えっ?///」

穂乃果「……」ギュ



前触れなく、穂乃果から抱き竦められたことり。

かつて森の中で抱き合った時よりも、はっきり強く、固い力で。



穂乃果「手間のかかる奴だけど なんていうか…  うん」

ことり「???///」



穂乃果は、ことりの耳元で。
囁くように、呟くように。




穂乃果「…ありがとう  こんなあたしに、こんなところまで着いてきてくれて  おかげで、まぁ… 退屈しなかった」

ことり「!」


835 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:14:47 LL00tJSw
穂乃果「こっ恥ずかしいけどさ  ありがとうは…  言える時言っとかないと、後悔するから」

ことり「……そんなの」スッ




ギュ




ことり「ことりの台詞だよ…  わたしだって  ううん、わたしのほうが、ありがとうって思ってるよ?」



ことりは穂乃果を抱き返す。
同じように、精一杯、力強く。


ことり「えへへ  突然こんな… 水臭いよ、ほのかちゃん」

穂乃果「ん… 何があるか、わかんないからさ」



ことり「そっか、そうだよね…  でも、わたしは」

穂乃果「うん…」ス…



…たとえ何があろうと、離れるつもりはないんでしょ?

知ってるさ。言わなくたって、もうわかる。







だから。







穂乃果「雷魔法」 バ チ ッ !


836 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:15:34 LL00tJSw

「団長! 報告です!」


絵里「何?大した用じゃないのなら他にまわしてくれるかしら」ガチャコ



重苦しい兜を脱ぎ、後ろに束ねられた長いブロンドを空気にさらしながら、
絵里は憮然と答える。



絵里「戻ったばかりよ、私」

「例の逆賊を知っているという者が」

絵里「……ふーっ  知っている、ね」




大きくため息をつく絵里。
この手の報告は少なくない。懸賞金があまりに多額なためか、口から出まかせを言いに来る輩がいるのだ。
少額の情報提供料くらいなら貰えるかもしれない、とでも考えてしまうのだろう。



絵里「その対応、私じゃないと駄目なのかしら?」

「コウサカホノカに直接会った者を呼んでほしい、と  団長が戻られる前から長いこと居座ってます」


837 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:17:51 LL00tJSw

ガチャ


海未「…!」




絵里「…はじめまして」

亜里沙「!」




閉じ込められるようにして待たされていた狭苦しい個室の扉が開き、
鎧に身を包んだ異国の女性が入ってきた。

小さな机を挟んで、海未と絵里は向かい合う。



絵里「手短に  あなたは、コウサカホノカの情報を持っているの?」

海未「あなたが穂乃果と…  はいっ、私は彼女と… 同じ村の出身なのです」

絵里「そう…」




絵里の、海未を見る目は冷ややかなまま。




絵里「彼女は今どこに? その村に隠れていると?」

海未「それは…っ  私も、それが知りたいのです」

絵里「つまり、知らないのね」


838 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:19:24 LL00tJSw
絵里「…賊の特徴を言ってみなさい」

海未「え、ええと…  錆びた大剣を背負い、片目を包帯で覆って、ボロの外套を」

絵里「全て手配書に書いてあるわ  ごめんなさいね、私は忙しいの」ガタッ


亜里沙「あ…!」

海未「ちょっ…」




もう用は無い、と言わんばかりに席を立つ絵里。




海未「……!  口調は粗暴!!瞳は薄藍!!」

絵里「っ」ピタ


部屋を出ようとした絵里が、足を止めた。




海未「穂乃果と、出会ったのでしょう? 国家を揺るがす大罪人 なのに、囚われていない…  あなたは、捕らえきれなかった」

絵里「……」




海未「貴女は黙って逃がしたのですか? それとも彼女は、抵抗したのではないですか  例えば… 「不可解な魔法」を、使ったりして」

絵里「!!!」


839 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:20:30 LL00tJSw

ゴガァン!!


亜里沙「っ」ビク


絵里「全て喋りなさい」ミシッ…!

海未「……」



金属製の手甲が、机に叩きつけられた。

木製の机が、悲鳴をあげる。



絵里「やつの目的は何…!?何時まで経っても、身代金を要求してくるわけでもない! 姫様を連れまわし、いったい何を目論んでいるの!!?」

海未「……王女を連れている  それが本当だというのなら、その理由は私にも皆目見当がつきません  が」キッ



海未はそこでようやく、絵里を毅然と睨み返す。



海未「彼女の目的は知っています それはきっと、今でも変わっていないはず」




…とても遠回りをしてしまった気がします。
しかし、今度こそ。今度こそ辿り着いてみせますよ。


穂乃果…!




海未「貴女にそれを教えます  しかし、彼女を捜しているのは私も一緒  私に…! 貴女が何処で穂乃果と出会ったのかを教えてください!!」


840 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:22:58 LL00tJSw

………………

…………

……



絵里「魔王を…」

海未「はい  …だからこそ、本当にわからない  本当に穂乃果は、王女を誘拐…連れていたのですか?一体何故…」

絵里「……」



海未は、穂乃果の目的とその動機を簡潔に話した。
絵里も、ことりを見つけたときの場所とそこに至る経緯を海未に説明した。



絵里「…賊に誘拐されたと  そう言われておかしくない状況ではあったから、こうも大事になっているけれど… 姫様は」

海未「?」



絵里「見たところ、姫様は…  御自身の意思で、コウサカと行動を共にしている様子だったわ」

海未「王女の意思で?  …じゃあ!穂乃果は」パァッ

絵里「…まあ、ただの馬鹿な逆賊だという認識は少し改める必要があるかもしれない  でも、あれから信憑性のある情報は全く入ってきていないの」


841 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:24:53 LL00tJSw
絵里「つまり今、彼女たちが何処でどうしているのかは…」

海未「それなのですが  私の考えを、聞いてもらえますか」

絵里「…話しなさい」








海未「穂乃果は、村を出てしばらくして王都を訪れていた  しかし、入洛しようとするでもなく そのまま行方をくらませてしまった」



海未「それから、およそ一年もの間…  動きを見せなかった 人前に出てこなかった  そして一年後、王女と共に再びこの王都付近で目撃された」



海未「そこから数日後、彼女らはあっさりと貴女に発見された  …場所は、ここから北の地 そこに居を構えている様子でも無かった  ならば」



海未「一年経って漸く姿を見せた彼女が、目撃されてたった数日で北に大きく移動していて  そこで雨風を凌いでいるわけでもないというのなら」








海未「謎の一年 空白のその一年で…  掴んだ、とは考えられませんか  彼女の目的、その目指す地を」

絵里「!」


842 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:26:33 LL00tJSw
絵里「まさか…!? それはつまり、魔王の居場所!!?」ガタ

海未「そうだとするなら  穂乃果が真っ直ぐに、目的を果たそうと進んでいるのだとしたら」





絵里「今でも…! あいつと、コウサカホノカと共にいるのなら!」

海未「持つべき指針を手に入れて、動き出したのだとしたら…!」





またしても、縋るような推測。乞い願うような、結論。

目撃情報の少なさは、根拠としても弱すぎる判断材料。



絵里「姫様は… 今」

海未「あの子は… きっと」



しかし、海未は答えに辿り着いた。

それが偶然だったとしても。それが必然だったとしても。

なにかに導かれた結果だったとしても。





「「 北 に ――― ! ! 」」


843 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:27:30 LL00tJSw

………………

…………

……



絵里「私は上に掛け合って、大規模な討伐隊を編成し動かす為の許可を貰いに行く  相手が伝説の魔王だというのなら、国中の戦力を集めなければ」

海未「あの… 自分で言うのもなんですが  我ながらこの仮説、かなり強引だといいますか… その」

絵里「ほんとにね  今更何を言っているの  それに、私も… いえ、国もこの膠着状態に痺れを切らしていた所だし丁度よかった」




絵里「本当に魔王のもとへ… 姫様を連れたまま向かっているのだとしたら  可能性が限りなく小さいものだったとしても無視はできないし」

海未「…そこが危険な場所であろうことは、想像に難くないですからね」

絵里「そうよ  姫様の命が危うい」

海未「しかし、彼女は本当に魔王の居場所を突き止めることができたのでしょうか」

絵里「あなたの話には不思議と説得力があった これで空振りだったとしても、あなたを信じた私の責任よ 気にすることはないわ」


亜里沙「……」


844 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:28:12 LL00tJSw
絵里「園田様 ご協力、感謝いたします  あらためて、私は絢瀬絵里…  一筆書いておくから、報酬はコレ見せて役所で受け取って」ピッ…

海未「こちらこそ  貴重な時間と情報を有難う御座いました」ペコリ



ガチャ  バタン!



海未「……」グ

亜里沙「……」


直筆のサインを書き入れた用紙を残し、あっという間に部屋を出て行ってしまった絵里。

机に残されたそれを握りしめ、海未も続いて席を立つ。




亜里沙「海未さん」

海未「私たちは、私たち  軍の重い腰が上がるのを待っている余裕なんてありません」




根拠がなくても。自信がなくても。

どれだけ強引だとわかっていても。 可能性が限りなく低かったとしても。




海未「兎角、動いてみなければ…  踏みとどまっていても、どうしようもない   行きましょう、亜里沙」

亜里沙「……はいっ!」


845 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:29:01 LL00tJSw

ピリ  ピリッ…



穂乃果「ごめんな…  ビックリしたろ」


ことり「」




魔法の電流によるショックを受けて。
ことりは完全に気を失っていた。

脱力したその体を、穂乃果は崩れ落ちないよう抱き留める。






穂乃果「………罰ゲーム  命令、だよ  ことりちゃん」ポソ


もの言わぬことりに、穂乃果は柔らかく囁く。






穂乃果「どこか…安全なトコ  自信あるってんなら、森ン中でも  あぁ、花陽ちゃんの宿を訪ねてもいい  いざとなったら、お前の城に戻ってでも」


846 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:29:50 LL00tJSw

穂乃果「もし、あたしが二度と戻らなくても…   ことりちゃんなら大丈夫だから   だから、とにかく死なないで」





華奢な体を支えつつ。





穂乃果「あたしの約束はもう、果たせてるはずだ  金を使わない生き方も、しっかり身についてる  それに、ことりちゃんは私なんかよりずっと強いよ」





労わるように、撫でてやり。

慈しむように、かき抱く。





穂乃果「そしてもし、あたしが戻ってきたら   戻って、これたら…    その時は………」


847 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:30:36 LL00tJSw

高くそびえる廃墟のような古城を睨め上げて。



穂乃果「その時は… あたしを、ゆるしてよ  あらためてちゃんと、謝るから  そんで、またさ… あたしを思いっきり、笑わせてくれないかな」





…ここには連れて行けない。


誰にも、邪魔はさせない。

これは、あたしのケジメなんだ。

これは、高坂穂乃果の復讐だ。



だから ―――







「本当に、ここまで来たか  高坂」


穂乃果「ッ!!!??」バッ!


848 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:31:58 LL00tJSw

ザッ…


英玲奈「「久しぶり」だな  ようこそ… 魔王城へ」

穂乃果「…また「それ」か  魔族…とか言ったっけ?」



城の開け放たれた正面入り口。
闇の中から姿を現したのは、一見普通の女性だった。

だが。それが人間でないということはもう、容易に想像がつく。



穂乃果「高坂のご先祖サマと何があったのか知らねーけど  あたしにお前らみたいな知り合いはいねえ」スッ…



穂乃果はことりの体をそっとその場に横たえ、

自らも、その女性に歩み寄る。




英玲奈「ふむ…  くくっ、私がわからないか? つれないな、高坂」

穂乃果「知らねーよ  でも邪魔するんなら、間違いなくあたしの敵だ  死にたくなけりゃ、そこをどけ」ジャキ






英玲奈は愉快そうに口を歪め、穂乃果の前に立ちはだかる。

穂乃果は剣を抜き放ち、真正面から対峙する。






英玲奈「はいわかりましたと素直に退くわけにはいかないな  …しかし、私に勝てたのなら考えてやらん事もないぞ」

穂乃果「上等だ…!!!」


849 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:32:40 LL00tJSw

ガラガラガラ  ガタタンッ



御者「嬢ちゃん、この先に大きめの街があるが…  そこで降ろせばいいのかい?」

海未「街… どんなところですか?」

御者「んー、そこそこ活気のある所さ  中心部では特に商いが盛んだ  代わりに、一部かなり治安の悪い区域もあるって話だが」

海未「今も人が普通に暮らしているのですね  ならば通り過ぎてください」

御者「おいおい…  さらに先って、この大陸の最北端じゃないか? もう、特に何もないと思うが…」

海未「何もなくても構いません   渡した分のお金を返せとは言わないので、どうか北上し続けてください」




かなり早い速度で進む馬車に揺られながら、海未は辺りを見回し続ける。

例の封印の地のような洞窟はないか。はたまた魔物達が隠れ住み着きそうな建物はないか。




御者「そりゃ確かに、金はしっかり受け取ったけどよぉ…  物好きだねえ、嬢ちゃん 一体なに考えてるんだか」

海未「……」




国から… 絵里から受け取った情報提供料と、西の街のクエストで稼いで貯めていた金を使って、
海未は馬車を、御者を雇った。

速度重視で駆ける早馬が、海未たちを北へ北へと運んでいる。


850 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:35:25 LL00tJSw
亜里沙「なんで街に寄らないんですか?」ピョコ

海未「人が豊かに暮らせているのなら、魔王がそこに潜んでいるとは考えにくい  そこは穂乃果の目的地にはなり得ない」



亜里沙「なるほどー…」

海未「加えて、穂乃果の移動手段が歩きのみだと仮定しても…  この辺りには何日も前に辿り付いている計算になる」

亜里沙「目撃されてから、結構経ってるって話ですもんね」

海未「ええ  なのでもし、何かしらの理由で一度立ち寄っていたとしても… とっくに出てしまっている筈でしょうし」





ガタゴトと道を逸れ、馬車が街を通り過ぎようとする。

かつて穂乃果たちが訪れた、凛や花陽が暮らす街を。



海未(ここまでくると、もはや賭けに近いですね… 寄り道、すれ違い、どこかがひとつでもズレて噛み合っていなければ、穂乃果には辿り着けない…)



…ザ  ザ

亜里沙「………えっ」ビク


851 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:35:58 LL00tJSw

ザザ …  … ザ


亜里沙「な…に?  か」 ザ

海未「…亜里沙?」




ズ ズ…!




亜里沙「っ!?!? この感覚って…!?私知ってる、いや似てるっ   ………近づいてきた!!危ないっ!!!」バッ

海未「え」



 パ タ タ …



亜里沙「風魔法、防域っ!!」


852 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:36:39 LL00tJSw

グググ!


客車内部の空気が圧縮され、海未の体を押し包み込む。


海未「ぐっ!?るし…!  亜里沙、何を…」





パタ パタタタ   …バサッ


御者「なっ、なんだアンタ…!? ぐああっ!!!??」ザシュ!

海未「っ!?」





ガタンッッ!!  ドシャアアッ…!!


海未「え…!!?」





馬を操っていた御者の悲鳴。
続いて何かが倒れるような音をたて、馬車は大きく揺れたのちに停止した。




「あなたはタダの人間ね…  なら、こっちに隠れているほうかしら♪」パタタタッ


853 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:37:31 LL00tJSw
あんじゅ「いるんでしょう? 魔法使いさん   闇魔法、常夜」


ゴシャ!! メキキャ


海未「なっ…!」




乗っていた馬車が、粉々に砕かれた。
海未には何が起きているのかサッパリわからなかったが、亜里沙の魔法で固定された大気のおかげで身は守られている。


馬車という足元を突然失い、野に放り出された海未が見たものは、血を流し倒れ伏している御者と馬。

そして、その傍に佇む若い女性。





あんじゅ「ふふ、あなたね…  はじめまして、魔族のあんじゅよ〜♡」ニコ


海未「え、だ、誰?」

亜里沙「このひとは…  違う、これはっ」ザ ザ





海未を背に庇うようにして前に出た亜里沙が、叫ぶ。



亜里沙「敵ですっ!! これは…! これは「人間」じゃありませんッ!!!!」


854 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:38:17 LL00tJSw
あんじゅ「……!? なに、この子  しかも、この感覚…! この気配は、まさか…」


亜里沙「治癒魔法、回復…!!」キィィィィ…





御者「」

馬「…ブ   …ブルルッ」スクッ…


亜里沙の詠唱とともに御者と馬が光に包まれる。
御者はピクリとも動かなかったが、馬は自らの力で立ち上がった。





海未「あ、亜里沙? これは…」

亜里沙「ごめんなさい、運転手さんはもう手遅れみたい…!」



海未に背を向けたまま、あんじゅから目を離さずに。
亜里沙は続ける。



亜里沙「これは、敵です  人間の敵  人ならざるモノの仲間…!  すごく、イヤな気配を感じるっ」


855 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:39:09 LL00tJSw

ザ ザ ザ ザ ザ


亜里沙「「あの時」と同じにおいがするっ!!!!」ザザ!

あんじゅ「驚いた…! やたら強く感じた魔力の気配、その正体は… あなたの方だったというわけね」




海未はまだ、現状を理解できない。
亜里沙が一体、なにを言っているのかわからない。




海未「ええと…」

あんじゅ「こっちはこの子の主人かと思いきや、魔法使いですらない?  不思議〜…」トプン  パタタ…


蝙蝠の形をした影が、海未に向かって放たれた。




亜里沙「光魔法、光線!」ビッッ


ズパン!



あんじゅ「……」

亜里沙「海未さんに手は出させない」ジュウウ…



しかし影の蝙蝠は、すぐさま亜里沙によって撃ち消される。


856 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:39:51 LL00tJSw
あんじゅ「ふふ…♪ やっぱり系統としては、使い魔の類よね  そんなにご主人様が大事〜?」


亜里沙「…海未さん 先に行って」

海未「えっ…!?」



 ザ

ザ

   ………ザ


   ザザ



亜里沙「元気になった、そこの馬で…  先に行ってください  きっと、もうすぐのはず  海未さんの目的は、もうすぐ果たせるはず」



海未「先、に?  ……先に!?  それは、あなたをここに置いていけと!!?」


857 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:40:29 LL00tJSw

バッ!


海未「わからない!よくわからないけど…! それは、嫌ですッ!!」





混乱していて、なにがなんだか、わからない。

明らかに自分は、冷静さを欠いている。

けれど、いやな予感がする。

突然現れた魔法を使う謎の女性。いつもと大きく様子が異なる亜里沙。

なぜか、胸が、ざわつく。

ここで別れてしまったら、もう二度と…?





亜里沙「ね、海未さん…」ニコ


海未「あ、亜里沙?」


858 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:41:21 LL00tJSw

亜里沙「あの…  ワタシ、ワタシね?  ……嬉しかった///」



やはり、背を向けたまま。

しかし、少し恥ずかしそうにたどたどしく言葉を紡ぐ今の様子は…

普段の能天気な、ちょっとどこかトボけた何時もの亜里沙で。



海未「……!?」

亜里沙「あの一言が、とっても嬉しかった  きっと、ずっと、欲しかったから…  えへへ」






伺うように、小さく。

一度だけ、亜里沙は海未を振り返る。





亜里沙「もう一度、言ってほしいな  海未さん、ワタシは…  亜里沙は海未さんにとって、どんな存在だった?」

海未「それは…  っ」


859 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:41:58 LL00tJSw

何時でも確かに、私を導いてくれていた。

いざという時は本当に頼りになる、相棒。



あなたは、私の。



海未「私の…! 自慢の、友人ですっ…!!」

亜里沙「……エヘヘ、泣いちゃいそう」



あんじゅ「そろそろ、いいかしら?」





バッ!


亜里沙「雷魔法、召雷っ!!」ズパッ!!

あんじゅ「闇魔法、影縫!!」ザキン!!



あんじゅの頭上から落雷が降ると同時、
大地から生えた黒い針が亜里沙の体を貫いた。


860 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:42:50 LL00tJSw

海未「亜里沙っ!?」



亜里沙「大丈夫です…!」ス…

あんじゅ「く…っ   まったく、空気を読んであげてたっていうのに ヒドイ仕打ち」ペッ


寸前で防いだものの、身をわずかに焦がしてしまったあんじゅと。

対して、まったく無傷の亜里沙。





あんじゅ「なるほど、実体は無い…か  それはそうよねぇ」

亜里沙「海未さん、思い出して  あなたの目的は何?なにより優先するべき事があるでしょ? …そのために、あんなに頑張ったじゃないですか」

海未「っ……!!  優先、私の」



…私の、目的。

それは、今、ただひとつ。



海未「穂乃果のもとへ…! 私は「これ」を、穂乃果のもとへ!!」グ

亜里沙「行ってください!! ここは、どうか任せて…!! 役割分担ですっ!!」


861 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:43:43 LL00tJSw
あんじゅ「穂乃果…!!?  例の、高坂  …そこの人間、ちょっと待ってもらおうかしら」ビュオ!!

海未「ッ!?」


先程までと比べ、僅かに怒気を孕んだ声色とともに、あんじゅが海未に襲い掛かる。




亜里沙「させない! 水魔法、水槌!!」カッ


 ド パンッ!!!


あんじゅ「ぐ…!」ミシ






タタッ

海未「どうどう… 落ち着いて」

馬「ブルルッ…!」



水の塊があんじゅを抑え込んだ隙に、海未は馬を宥めて跨る。



海未(乗馬は久しぶりですが… なんとかっ)グ


862 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:44:47 LL00tJSw

バッ!


海未「先に行きます!! 先に行って…!待ってますからね、亜里沙っっ!!!」



手綱を取った海未は、すぐに馬を走らせる。




あんじゅ「く、待ちなさい! 高坂には私も用が」ヨロ

亜里沙「行って、海未ちゃん!!! おねーちゃんを、お願いっ!!!」ザ ザザ…!




馬車という枷から解き放たれた早馬が、荒れた大地を駆け抜ける。

海未の後ろ姿は、あっという間に小さくなっていった。




あんじゅ「ち… あなたのご主人様は、何を企んでいるの〜…? あの方角ってことは、高坂も既にツバサのもとへ…?」

亜里沙「何も教える義理はありません」





ザ ザ ザ



   ザザ ザザザ



 ザ   …ザ





あんじゅ「にしても、長く生きてきた私だけど…  初めて見る存在…魔法よ   あなたは、「魔力そのもの」なのね」

亜里沙「……」ザ ザ


863 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:45:55 LL00tJSw

ダカッ  ダカッ  ダカッ!!


海未「……」



後ろ髪を引かれながらも、馬を駆り、その場を離れた海未。

しかし今、海未の頭には。

亜里沙が叫んだ別れ際の一言だけが引っかかっていた。



海未(海未…… 「ちゃん」…?)










『海未ちゃん、もうおねーちゃんも子供じゃないんだし別にいいじゃない』



『行って、海未ちゃん!!! おねーちゃんを、お願いっ!!!』










海未「…………ゆき、ほ…?」



 ダカッ、ダカッ…!


864 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:47:06 LL00tJSw


あんじゅ「昔、獣なんかに己の魔力を与えて使い魔とする魔法使いはいたけれど…  『自我を与えられた魔力』、これは完全に似て非なるもの」

亜里沙「邪魔はさせない…  ここで止める」ザザザ ザ ザ


――― そうだよ。それが、あなたの役割。







あんじゅ「そして… 濃すぎて最初は逆に気付けなかったけれど  あなたの持つ気配…  あなたのその魔力、『高坂』ね?」

亜里沙「炎魔法!! 炎塊嵐!!!!」ボボボボボボッッ!!!!



(……ワタシは時々、自分がわからなかった  誰かの知識が、突然流れ込んでくるみたいに…  自分の中にいる知らない誰かが、ふと表に出てくる)







あんじゅ「ッ…! 実体は無い上、使う魔法は超一流  ほんと、反則じゃないのコレ…!?」バッ

亜里沙「雷水混合魔法、水散電導陣っ!!!」ズバパッッ!!!

あんじゅ「!!?  闇魔法、常闇…っ」ドプ!




(そうだよ  ワタシは本来、何も知らないはずなのに   …だって、ずっと眠ってたんだもん)


――― うん。 私の代わりに… ここまで頑張ってくれて、ありがとね。


865 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:47:56 LL00tJSw
あんじゅ「はぁ、はぁ… カワイイ姿して、とんでもない魔法ばかり  自信、なくすわね…っ  まったく」グイ

亜里沙「く…」スゥゥ…ッ


あんじゅ「……?」





――― でも、あともう少し、頑張ってくれる? あなたの使命を… あなたの、役割を。 あと、もう少しだけ…


(私の、使命…  私の、役割?)





亜里沙「っ  ……風魔法!!迅風刃!!」ヒュパパパパパッ!!

あんじゅ「防げ!闇魔法、影断…!!  ぐぅぅっ」ズパ ズパ  ズパァッ



スゥゥゥゥ…



亜里沙「ふ…ぅっ」ウト…

あんじゅ「ペッ、………なるほどね  魔法を使うたび、気配が薄れてく  あなたは存在そのものが魔力  つまり…」









亜里沙「………っ!!」キッ

あんじゅ「弱点は、ガス欠…   私は、あなたが消滅するまでひたすら耐え凌げばいいってこと…」グ グ グ


866 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:49:28 LL00tJSw

――― そう。私があなたを遺した理由。 あなたは、私の遺志そのもの。 あなたが、そこにいる理由だよ。


(私は…   ワタシはっ)





亜里沙「……炎風混合魔法!!! 起爆炎衝破っっ!!!!」ギン!



  カッ……!!

ドッッッッッ!!!!!!



あんじゅ「闇ま、ぐぅ!!?  が!はぁッ…!!!」ビキ…! ビキッ!!



 パラ  パラ…



あんじゅ「ぐぶぅっ…!!く  ……ふ、ふ  くふッ♡  真正面から、堂々と… 逃げも隠れもせず、大味の魔法をぶづけてくる」ニ タ ァ

亜里沙「まだ…  倒せ、ないの… っ」カクン





グ グ グ !





あんじゅ「純粋ねッ!♡!どっぢが先に、ぐたばるか…っ!!? ァは♪ッ!! こんな真っ直ぐな勝負!なによ楽しイじゃないッ!!!」グバ!!!

亜里沙「ううううっ」スウ ウ ゥ ………




――― あなたは、私のおねーちゃんの為に…


亜里沙「…………ちがう…もん」グ!


867 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:50:47 LL00tJSw

(…………違う! それはワタシの意思じゃないっ   …ワタシは、ただ! 眠っていたワタシを迎えに来てくれた、あの人のために…!)


――― っ!?




亜里沙「違うっ 使命なんて、知らない…っ  ワタシはただ、あの頑張り屋さんの力になりたくて  …自分の意思で、こうしてる」ス ゥ ゥ …

あんじゅ「何コレ、気分い゙い…っっ♪♪  …だからァっ!!!! こッちからも!!!! イくわよっっ!!!!」ブワァッッ!!



バッッ!!!



あんじゅ「全力!!! その魔力に侵入りこめ!!! 自我を乗っ取れ意識を刈れっ!!!! 影蝙蝠、散開っっ!!!!!!」スババババッ!!!!

亜里沙「ワタシに世界を見せてくれた…! ワタシに命を与えてくれた! トモダチのために、こうしてるっ!!!!!!!」ガバ!!!






――― …そっか。 うん、そうだね。 じゃあ… あなたは、あなたの信じるものの為に。 ……頑張って!『亜里沙』っ!


(そうだよ 他の誰でもない!  ワタシは…!  海未さんと一緒に旅をした、今ここにいるワタシはっ!!!!)






あんじゅ「高坂ァァァッッ!!!! 勝負ッッッッ!!!!!!!!!」

亜里沙「ワタシは亜里沙だぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!!!!!」


868 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:51:50 LL00tJSw

ゴバァッッッ!!!!

  ビキ…  ビキビキビキビキッッ!!!!




あんじゅ「お、おおお………ッ!?!?!?!?!?  嘘、肉体の水分までも、凍って……ッッ あ゙」パ キ キキキッ

亜里沙「水複合魔法、極大瀑布・絶対零度……」






パ  キィィーーーーーン………






あんじゅ「」

亜里沙「はぁ、はぁ はぁ……  ぁ、うぅ…ぅ……」ウト… ウト



夥しい量の水の奔流があんじゅを飲み込み、そのまま一瞬で凍りついてしまった。

大地にそそり立つ巨大な氷のオブジェの中で、完全に氷漬け。あんじゅは、身動ぎひとつしない。






 ス ウ ゥゥゥ ゥ……



亜里沙(げん、かい…です …ねむい、すごく………  ワタシが、消えてく…  ワタシ、が、無くなってくのが わかる……)


869 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:52:58 LL00tJSw

…サラ  サラ サラ


亜里沙(えへ、へ……   お別れ、ですね…)







『あ、と、なんっ、あの、あなた、あなたは…っ!? あなた、なんなんですかっ』



『ゔあん!! 何故なのですぅーーっっ!!?』



『私にとって亜里沙は、今や頼れる相棒であり、良き友人でもある』




亜里沙「……♪」







…バッ


亜里沙「これで、最後……!  あなたに恨みはないけれど  ワタシは海未さんの味方で、アナタが海未さんたちの敵だから」ググ


870 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:54:20 LL00tJSw

最期の力を振り絞り。その、小さな掌を氷像にかざす。

亜里沙は、魔力(自身)を魔法に変える。



あんじゅ「」

亜里沙「風魔法! 膨縮爆圧……!!!」







ヒュ   バ キャァァンッッッ!!!!!!!!







気圧差で大気が炸裂し、あんじゅの肉体ごと氷塊が粉々に砕け散る。


同時に、亜里沙の体が無数の光の粒となり。緩やかに、穏やかに、散ってゆく。



 キラ  キラ



亜里沙(ワタシを起こしてくれて、ありがとう…    ガンバって、くださいね  海未 さ ん ……… …  )






 ス      …………― フッ


871 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:55:32 LL00tJSw


………………

…………

……



穂乃果「…決着だ」

英玲奈「流石に…  敵わない、か」




魔王城の入り口。

満身創痍で立ち上がることも出来なくなった英玲奈を、穂乃果が頭上から見下ろしている。




穂乃果「何度も向かってきやがって  ヤりあい出してすぐ理解できただろうに  お前じゃ、あたしには」

英玲奈「そうだな…  力の差は明確だったよ」

穂乃果「……」





英玲奈「それでもな、私はお前に立ち向かうべきだったのさ  …今、この世界で ツバサにとっての障害があるとすれば、それはお前くらいだからな」

穂乃果「あん…?」

英玲奈「どういう経緯があったのかは知らんが 過去に一度、魔王様は間違いなく高坂に敗れている…  ならば」





英玲奈「私は魔王様にとっての唯一の障害の障害となるべく、命を張るしかないんだよ  私の命を魔王様の為に使うには… こうする他なかった」

穂乃果「無駄だって、わかってて…  それでもか」

英玲奈「本当に無駄だったかどうかはわからんぞ? 確かにお前は私を下したが、体力も魔力も消費したろう」

穂乃果「……」

英玲奈「それだけでもいいんだ  悔いは無い  それに、私がいようがいまいが 魔王様がお前に後れをとる事はないと信じている」


872 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:58:12 LL00tJSw
穂乃果「……妄信的だな」


穂乃果は、吐き捨てるように言った。





英玲奈「ああ、私だけじゃない  誰もが信じて疑っていない  魔王様とは、そういう方だ  それこそ、命を懸けて仕えられるほどだ」

穂乃果「……」

英玲奈「人間サマが中心の世界はじきに終わるぞ  すぐに塗り還される…  ツバサなら、やり遂げる」




そう言って、英玲奈は静かに目を閉じた。




英玲奈「さあ、殺すがいい高坂  私との勝負は、お前の勝ちだ」

穂乃果「っ」


873 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 07:59:21 LL00tJSw

殺す。こいつを。

…こいつを?



穂乃果「……」ギ



魔族。その見た目はまさしく、人間そのもの。

目の前に倒れているのは、傷だらけになって弱り切った、自分とそう年齢も変わらないような若い女性。





英玲奈「どうした? 何をためらってる、らしくないな…」ニヤリ

穂乃果「別に…!」



英玲奈「私も人間を喰うんだぞ? お前が今まで殺してきた魔物達となんら変わらん」

穂乃果「うるせえ!!! 黙ってろっっ!!!!!」ガァッ!!!


874 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 08:00:03 LL00tJSw

英玲奈「ここで情をかけるのは侮辱だよ、高坂  そんなこと、私はこれっぽっちも望んじゃいない」

穂乃果「……っ」フイ



英玲奈の開き直りともいえる態度に、
思わず目を背けてしまった穂乃果。



英玲奈「隙ありだっ!!!」バッ!!

穂乃果「なっ!!?」



ズガッッ! ビキ!!



穂乃果「ぐ…」ミシ…





どこにそんな余力を残していたのか。

英玲奈は穂乃果を引き倒し押さえつけ、腕を振り上げた。




英玲奈「死ね!!!」ヴォ!!

穂乃果「……黒魔法!!  暗黒ッッ!!!」ゴパ!



 ゾプン…ッ!!


875 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 08:00:53 LL00tJSw

穂乃果「……ぁ」



英玲奈は、穂乃果の放った黒に取り込まれた。
直撃した禍々しい魔法が、英玲奈を飲み込んでゆく。

この黒に飲み込まれたものが、どこへ往くのか。どこかへ往くことができるのか。…穂乃果にそれを知る術はない。



英玲奈「………これでいい   せいぜい、ツバサを失望させるなよ 高坂…   いや、高坂穂乃果」ズブブ…

穂乃果「お前… は」



四肢の先からズグズグと肉体を奪われてゆく英玲奈の表情は、
苦痛に歪みながらもどこか満足気だった。





英玲奈「なんだろうな…  くく、不思議な気分だ  ……もし、お前が「こっち側」だったなら わた―――」ドプンッ





 ゴプリ……





穂乃果「……」




魔法は消え、英玲奈も完全に飲み込まれて、消えた。

その場に残されたのは、穂乃果と静寂。


876 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 08:01:29 LL00tJSw

穂乃果「…くそっ」ザッ


後味の悪いしこりを腹の奥に感じながらも、穂乃果は城へ踏み込んだ。




穂乃果(なんなんだ…  なんだってんだ!  アイツが… 魔王が、そんなに偉いのかっ)




城の内部の一階。

そこは、ダンスホールのようにガラリと開いた大広間だった。
もとは教会として使われていたのだろうか、正面の割れたステンドグラスから外が見える。

その場に座るための座席などは一切なく、石で組まれた壁に沿って螺旋階段があるだけの無機質な空間。






穂乃果「………考えるな   余計な事は考えなくていい   あたしは、往くだけだ」ダッ






上を目指し、階段を駆け上がる。


877 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 08:02:19 LL00tJSw

ゴガキャア!!!

穂乃果「ふーっ…」チャキ



城の二階層への侵入を阻む扉を大剣で力任せに破壊し、中へ踏み入る。

そこは、灯りの少ない薄暗い空間。 そして…





穂乃果「な……ッ!!?」ゾク!!





魔物「ギ、ゴ、ゴ」ズチュリ

魔物「****」ヴォン…

魔物「ニンゲンダ」ザッ

魔物「シュルル… グブ」ゾゾゾゾ

魔物「オォオォォォ オオオォォ…ォ……」バサァッ!

魔物「エレナサマハ、ヤラレタカ」ス…

魔物「:+#'+%:」フワリ フワリ




侵入者である穂乃果を迎えたのは。

一目見ただけで、「強い」を超えて最早「異質」であると理解るレベルの、魔物。魔物。魔物。魔物。



穂乃果「は、ははっ…」ギチ…



そう。この城こそが、現在の。

現代の、魔なるモノ達の総本山。





穂乃果「……あぁ、いいよ!!ヤってやる!!!! 行くぞ前菜ども!!手当たり次第、ブチ殺してやるァっっ!!!!!」ゴオ!!!


878 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 08:03:37 LL00tJSw


………………

…………

……



ツバサ「……」



古城の、最上階。

魔王ツバサは、ただ座っていた。



ツバサ(………あんじゅ  エレナ  逝ったのね)





あんじゅは、体力の回復に努めるため「食料狩り」に行っていたはず。
ツバサも認めるほどの彼女の実力なら、本来起こり得るはずのない出来事。

…一体、彼女を打ち破ったものは何だったのだろうか。



ツバサ「長いこと… お疲れさま  あなたは、私の最高の相棒だったわ 今までありがとう  あんじゅ…」





英玲奈は、必要ないと止めても聞く耳を持たず、現れた脅威の排除に向かった。
魔族としては新顔だったが、己の美学と理念を譲らない頑固者だった。

…こうなることをわかっていながら。彼女は死地へと赴いた。



ツバサ「あなたの忠義と信念は、本物だった  短い間だったけど、私は感謝しているわよ  エレナ…」


879 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 08:04:20 LL00tJSw

ゴン!! ガンッ!!


ツバサ「……荒いノックね」クス




両の側近をほぼ同時に失った魔王は、しかし不敵に笑みを浮かべ。

来訪者を、ふてぶてしく、超然と、待ち受ける。




バ キ ン ! ! ! !


「おらあッ!!!!」ドガァン!!!!




申し訳程度にかけておいた錠が砕かれ、派手な音を立てて扉が蹴り開けられた。








ツバサ「ふふ、いらっしゃい♪  待っていたわ」バッ!




………………

…………

……


880 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 08:07:01 LL00tJSw


穂乃果「ぜぇ、はぁ…  く、ごほ…   っ」キッ



向かってくる魔物達を薙ぎ倒し。

ひたすら上へ、上へと駈け上がってきた。


再び行く手を遮る、一際大仰な扉をこじ開けると。






「ふふ、いらっしゃい♪  待っていたわ」バッ!



穂乃果「……!!」






良く通る、澄んだ声が響いた。



声の主は、穂乃果の漆黒の外套とは対照的な純白のマントをはためかせた、小柄な少女。



その堂々とした佇まいと、凛々しくも不敵な顔つきは、美しさを通り越し畏敬の念すら抱かせる…






しかし。






穂乃果「声が、姿が、変わっても…!! あたしには、わかるぞ」ギチ…!!


881 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 08:08:36 LL00tJSw

「同胞たちが随分とお世話になったみたいだけど…   ここまで来るだけで随分疲れちゃったんじゃない?大丈夫?」


穂乃果「その、どこか相手を馬鹿にしたような喋り…  そして、向き合うだけで伝わる、背中を這い回るようなオゾましさ」グ!








そうだ。忘れたことなど一度もない。


あの日の出来事は何もかも。今でも、鮮明に思い出してしまう。




あの時感じた、悲しみも。

あの時感じた、後悔も。

あの時感じた、不快感も。

あの時感じた、恐怖も。

あの時感じた、無力さも。

あの時感じた、怒りも。








穂乃果「会いたかったよ…!! なぁ、あたしの事を憶えてるか!!?  「久しぶり」だな、『魔王』ッッ!!!!!」ガァッッッ!!!

ツバサ「私はね、あなたがここまで来るのをとても楽しみにしていたの  本当よ?   ………「久しぶり」ね、『勇者』」ニタァッ…♡



 九章:賢者の遺志と愚者の意地 完


882 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 08:10:28 LL00tJSw
かっ、書き込めるやんけちゅん(^8^)

規制解除お願いしてくれた人と、管理人さん
どうもアリガトウゴザイマスっ


883 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 10:18:23 GUUBkNnQ
お(・8・)つ


884 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/14(火) 11:39:40 KPUnfukE
続き待ってましたクライマックスが近づいて来た感じがしますね
ことりちゃん眠らされたけどこの後のストーリーにかかわるなにかがありそう


885 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/15(水) 17:00:58 Gt9UIjM2
後2話くらいかなー
おつ


886 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/15(水) 19:06:53 mH.mtHIc
面白すぎんよー


887 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/06/18(土) 16:43:05 hJXTlmrE
待ってる甲斐がある


888 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/07/01(金) 12:58:39 0/HcYQns
次の章、結構長くなりそうなのですです

だから明らかにこのスレ内に入りきらないなって量になった場合
次スレ立てて、そこから書き始めようと思います
このスレもったいないけど、話途中で切れない方がふつくしくて素敵なので

もしそうなったときは、次すれ立てましたよろしくねって報告します
ココに入りきりそうだったら、またガバーッと投下します(・8・)


889 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/07/01(金) 15:01:58 x.EL7ut2
はーい


890 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/07/01(金) 17:21:27 uqcD3.E2
ファイトだよ!


891 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/07/02(土) 01:01:03 oaEfyaUM
待ってます!
ファイトだよ!頑張ルビィ!


892 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/07/12(火) 06:27:50 LK8zgvtA
待ってるぞ


893 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/07/13(水) 11:45:25 bgfcUbwA
はよ


894 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/07/18(月) 03:41:42 f8D6O2wU
大丈夫?


895 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/07/19(火) 21:58:04 3PEaE/5U
待ってるぞ


896 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/07/20(水) 09:38:13 mQThIKx.
まだ進捗率50%てトコですゴメンナサイ!
でも生きてるし書いてます

今の調子だと十章、このスレにおさめきるの厳しそうだなぁ…


897 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/07/20(水) 12:08:22 ha8wVzys
生存報告ありがたい
いつまででも待ち続けるぞ


898 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/07/20(水) 15:55:03 ikAQ7zaA
了解です


899 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/07/27(水) 22:17:39 3ieSR02s
待ってるぞ


900 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/07/30(土) 07:19:22 vxBygE7s
まだ待てる


901 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/08/11(木) 03:00:39 0gOXWBzo
待ってます!


902 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/08/14(日) 14:56:22 RVnsKz2w
お待たせしてます
進捗率90%くらいです

そして、次の更新は新スレからのスタートとなることが確定しましたので
一足先にその報告デス

もちろん、新スレ立てたときはまたここに報告しますー


903 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/08/14(日) 15:00:34 G9iaiWLk
まってましたー


904 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/08/14(日) 17:13:11 5.i9KBj6
待ってた


905 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/08/15(月) 00:04:46 iioKPMzo
おっおっ


906 : 名無しさん@転載は禁止 :2016/08/22(月) 01:38:44 liCe2zqw
次スレ立てました!大変お待たせいたしましたちゅぅぅぅん


穂乃果「勇者は剣を引き抜いた」完
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