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伊東静雄を偲ぶ

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1 : 第33回 伊東静雄賞(1) / 2 : 第14回 菜の花フォーラム(1) / 3 : 伊東静雄詩 羨望(1) / 4 : 「夏の終」メモ(改)(1) / 5 : 夏の終(2) / 6 : 照会(1) / 7 : 「夏の終り」(1) / 8 : 「堺のうたびと」(1) / 9 : ありがとうございます。(1) / 10 : 掲示板 引っ越し完了(1)
11 : 伊東静雄を偲ぶ(1683)  (全部で11のスレッドがあります)

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1 第33回 伊東静雄賞 (Res:1)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 1
1伊東静雄顕彰委員会 :2022/11/23(水) 12:21:12
第33回伊東静雄賞は選考の結果、大賞の該当がなく奨励賞二篇下記の通リ決定しました。

  奨励賞 ショートケーキ 川島 洋氏  神奈川県在住
  奨励賞 産痛      有門 萌子氏 東京都在住

贈呈式は、令和五年三月二十六日(日)諫早市内で行います。
奨励賞作品及び選評、佳作四十八篇の作者氏名は「諫早文化」十八号誌上に掲載いたします。
ご希望の方は、振替01820ー4ー24915 諫早市芸術文化連盟まで18号と指定の上お申し込みください。
誌代1部 1,300円(送料含) 事務局 0957-22―1103

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2 第14回 菜の花フォーラム (Res:1)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 2
1伊東静雄研究会 :2022/11/02(水) 11:18:22
伊東静雄 生誕116年「菜の花フォーラム」のお知らせ

日時 令和4年12月10日(土)14時~
場所 諫早図書館 視聴覚ホール
講演 「文芸よもや話ー創作者の目線から
   講師 長崎県文芸協会 会長 寺井順一氏

主催 伊東静雄研究会 後援 諫早市芸術文化連盟

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3 伊東静雄詩 羨望 (Res:1)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 3
1上村紀元:2022/09/07(水) 17:05:10
明治書院出版の高校教科書「精選 文学国語」(2023年)に伊東静雄詩「羨望」が搭載されます。詩集「春のいそぎ」に収められた昭和16年の作品です。多くの高校生に読んでいただきたいと思います。

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4 「夏の終」メモ(改) (Res:1)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 4
1Morgen:2022/09/03(土) 23:22:07
 上村さんからご指摘いただいたように、「夏の終」は昭和15年の作であると、以前、この掲示板で教えて頂いたのを私がド忘れしていたのです。(老化ボケが進んでいます!)

 詩人たちにとっても昭和15年と同17年の環境の違いは、いま想像すろ以上に大きかったではないでしょうか。(以下、自問自答)

 <〝詩人が「海に向かって心はそうあるよりほかはなかった」
 <<壮大なものが徐かに傾いている>>という詩人のつぶやきに、昭和15年と同17年との環境変化が影響しているか? 「壮大なもの」とは何か?

 ・昭和15年の環境・・・対日経済制裁の強化に伴う燃料・食料確保の見通し難。武力による危機脱出を目指して無謀な海外侵攻を進める軍部独裁体制構築がなされた(大東亜共栄圏構総)。世論も、欧米諸国に対する反感・憎悪から明治以来の(欧化)近代化路線を捨てて民族主義化した。人々は将来への期待や夢が持てなくなり「茫漠たる一種の落莫感」(米倉巌『伊東静雄ー憂情の美学』)に囚われたが、まだ内心の自由は保てた。

 ・昭和17年の環境・・・日本は、前年12月8日に米国ハワイを奇襲攻撃し、絶望的世界戦争に自ら参戦した。その後の戦局が展開する中で、早くも同年8月にはミッドウェイ海戦の惨敗やカダルカナル海戦における敗北などにより、戦力大損耗したにもかかわらず、外交努力による局面打開や和平交渉の機会を生かせず、泥沼の破局に進んでいった。本土決戦を余儀なくされる中で、国策推進に反対する国民は非国民として徹底的に弾圧され、国民は黙ってこれに従うしかなく思想信条や言論の自由はほぼ失われた。

 このように考えると、「夏の終」で、詩人が「海に向かって心はそうあるよりほかはなかった」(「壮大なものが徐かに傾いている」とつぶやく)詩人の心象風景(内心の表白)は、昭和15年と同17年では、大きく変わってこざるをえませんので、次のように私なりの読み解きを変更しました。

 ∴昭和15年の<壮大なものが徐かに傾いて>見える風景・・・「壮大なもの」とは目の前に拡がる海を見ての詩人の直観(傾いているように観えたという観察表現)。⇒ 時代が変わるのだという予感・世の中全体が予想もしなかった方向に変わっていくことに対する内心の漠然たる不安感を海のの観察的表現に託して「夏の終」詩に表現している。(米倉「直截的な思念の表白」)。<阪神淡路大震災後、神戸の街を歩くと何もかも傾いているように見えたという個人的経験があります。>

 「政治主義的」見方かとも思いますが、今年2月以降、連日のウクライナ侵攻をするプーチン大統領に対してロシア国民が70数%の支持(世論調査)を寄せるという事実(世論調査結果)―今日のように隅々まで情報化された社会でなお完璧なデマゴギー操作が出来るのかどうか?―詩人の内心の変化のすべてを環境還元法で解釈するのは誤りでしょうが、詩の素人である私たちは時代の影響を考慮しつつ自分なりの詩の読み解きをせざるを得ません。(「解釈は不要」という声が聞こえますが)
 世界は、"COLD WAR 2.0"(新冷戦時代)という全く新しい時代に入りましたが、戦時中~冷戦時代~平和共存時代~米中対立時代という幾世代かの異なる精神環境を経験してきた我々の世代ですが、いま宇宙規模で戦われる厳しい新冷戦時代の新しい環境・感覚に適応できるのかどうか不安でもあります?

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5 夏の終 (Res:2)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 5
1上村紀元:2022/09/01(木) 18:56:30
伊東静雄詩「夏の終」は、昭和15年「公論」10月号に発表されました。大谷正雄著「萩原朔太郎 晩年の光芒」<天性詩の中の伊東静雄>に照会されています。

2Morgen:2022/09/01(木) 20:40:14
ありがとうございます。


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6 照会 (Res:1)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 6
1上村紀元:2022/09/01(木) 19:03:47
照会は間違いで紹介が正しい。

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7 「夏の終り」 (Res:1)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 7
1Morgen:2022/08/31(水) 23:32:31
 毎年この時期になると、伊東静雄の「夏の終」と「夏の終り」が、脳裏に浮かんできます。



 皆様ご存じの通り、「夏の終」は『春のいそぎ』所収、「夏の終り」は『反響』所収でありますが、その初出は(『全集』の「作品年譜」)、「夏の終」は(不明)とされており、「夏の終り」は『文化展望』昭和21年10月号となっております。



 因みに、「書簡」:昭和17年8月7日 池田勉宛(封書)には、以下のように書かれています。(抜粋)

「・・・・・私は三月以来体と頭と双方をこわして閉口しきっていましたが七月半ごろから酷暑の太陽に射られて、いくらか元気を恢復し昨今は大いに快調にて、毎日のように海水浴に大浜に行っています(生徒をつれてではありません)本式に水泳場通いをしたのは生まれて始めてであります。・・・・・」



 このように、大浜海水浴場に通った昭和17年(1942年)夏に「夏の終」が書かれた可能性が高いと思いますが、これは今から丁度80年前のことになります。(静雄35歳、太平洋戦争の開戦直後でもあります。)  

・・・・・ただ(ある)壮大なものが徐かに傾いてゐるのであった・・・・・



 一方の「夏の終り」は、それから4年後の昭和21年、敗戦1年後の夏



夜来の颱風にひとりはぐれた白い雲が

・・・・・水田の面を移り、

ちひさく動く行人をおひ越して

しずかにしずかに村落の屋根屋根や

樹上にかげり

・・・・・さよなら・・・・・さよなら・・・・・

・・・・・さよなら・・・・・さよなら・・・・・

ずっとこの会釈をつづけながら 

やがて優しくわが視野から遠ざかる



 <ただ(ある)壮大なものが徐かに傾いていた>崩壊の危機感が、現実の大悲劇となってしまい、戦時中の人々の苦労が水泡に帰したという空しさ、戦争が終った安堵感。そして、苦しかった思い出のひとつひとつもやがて優しくわが視野から遠ざかる。そんな情景が浮かんでまいります。



 猛烈な台風11号の進路が、大変心配です。

お互いに十分気を付けて、台風準備をしましょう。

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8 「堺のうたびと」 (Res:1)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 8
1Morgen :2022/07/30(土) 02:58:45
猛暑日が続いていますが皆様いかがお過ごしでしょうか。
 
『堺のうた堺の詩歌俳人(うたびと)』第参冊<詩人 伊東静雄>と題する小冊子(1995年10月1日)が「日本の古本屋>に有りましたので、早速購入して読みました。
  (内容)
  江川 ミキ  伊東静雄の幼少の頃
  福地 邦樹  堺の伊東静雄
  春木 吉彦  伊東静雄の詩の舞台<堺>

「伊東静雄の幼少の頃」の中で、ミキさん(姉)は次のように述べられています(口述筆記による)。

 静雄は子供の頃から豪傑で、明るい人でした。声がきれいで歌が上手で音楽好きでした。父も母も歌舞伎が好きで、長崎に来ると夫婦でよく行ってました。映画も好きで、子供たちもよく連れて行ってもらいました。まだ無声映画の頃で、前の方に楽隊がひかえて演奏すると、それに合わせてシーちゃん(静雄の事を私達はそう呼んでいました)は小さな物差しを持って行って、指揮者の真似をして上手に振っていました。(以下省略)
また、「父が借金を残したのは、父の妹の保証をしたためでありました.」と具体的に書かれてもいます。

 伊東静雄は、堺の中世歌謡「隆達節」「隆達小歌」と呼ばれる「今様や新作歌の中世風歌謡」(文禄・慶長年間におおいに流行したという)に興味を寄せ、その節回しで詩を朗詠したのではないかとも推測されますが、「今様のしらべを知っているのは伊東静雄だけだと口にする人もおる。」と、春木さんは書かれています。

 「伊東静雄の歌唱力」「静雄詩朗詠の節回し」などのテーマは面白そうですが、その録音は残されていず、伝えてくれる人ももはやいなくなりました。「声がきれいで歌が上手で音楽好きでした。」というミキさんのお言葉通り、伊東静雄は実は歌唱力が優れていて、16世頃に高三隆達(たかさぶりゅうたつ)が流行らせた小歌の節回しを真似て、近代詩に節付けして朗詠することが出来たのかもしれないと想像してみるのは楽しいですね。

<「隆達節」「隆達小歌」の例>… 7775調が多い。
 東切り窓 月打ち入りて  添い寝の枕 はづかしや 
  (永野 仁著『堺と泉州の俳諧』から)

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9 ありがとうございます。 (Res:1)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 9
1Morgen :2022/07/21(木) 23:20:34
上村さん

掲示板の引っ越しありがとうございました。
今回は、引っ越しのお手伝いもできず、また今後は有料サイトへの移行となり申し訳なく存じております。
沢山の伊東静雄詩愛好者が、当ホームページを閲覧いただき、弛まぬ静雄詩研究が継続され、それらの成果や情報が共有されるよう強く念願いたします。

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10 掲示板 引っ越し完了 (Res:1)All First100 Last50 SubjectList ReLoad 10
1伊東静雄顕彰委員会 上村紀元 :2022/07/15(金) 09:44:15
みなさんのおかげで引っ越し完了しました。掲示板への書き込み、よろしくお願いいたします。

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