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第26回参議院議員選挙(2025年)
1274
:
OS5
:2025/08/11(月) 10:13:52
>>1243
四條畷市:東修平10,894(40.7%) なので他でもけっこう取ったんですね
https://news.yahoo.co.jp/articles/9b761733eb5565af81bfaa03e0c391e838734735
「日本人ファースト」が熱狂的に支持された参院選で、「完全無所属」候補はなぜ12万票も集めたのか 分断より対話を重んじた元現職最年少市長が心に刻む、キング牧師のある言葉
8/11(月) 10:02配信
47NEWS
街頭演説後、聴衆と話し込む東修平=7月12日、大阪市
知名度ほぼゼロ、はたから見れば「泡沫」候補として始めた参院選だった。一人でも多くの有権者に顔と名前を知ってもらうには、分刻みのスケジュールをこなすことが必須。ところが大阪選挙区から立候補した東修平(36)の陣営は、街頭演説を終えてもすぐに移動することができなかった。本人が演説後、握手を求めに行った先で聴衆との対話をやめなかったからだ。場所によっては演説よりも時間を費やした。
あるスタッフが苦笑いする。「こちらも時間を決めて動いているんだよ。『こんなところで話しても票にならないんじゃないの』って思うけど、東から話を打ち切らないんだよね」
7月の参院選では既成政党が軒並み苦戦し、新興政党が躍進した。政党同士の争いが注目される中、あえて「完全無所属」を前面に出して戦った候補者が東だった。当時としては現職最年少の28歳で大阪府四條畷市長に就き、「権力は腐敗する」と2期で退任。「日本人ファースト」が列島を席巻した傍らで、分断ではなく対話を、と説いた。
当選ラインには届かなかったものの12万8000票あまりを集めた候補者の心には、人種間の融和を訴えたノーベル平和賞受賞者、キング牧師のある言葉が刻まれていた。(敬称略。共同通信=古結健太朗)
▽政治とは距離を置こうと思っていた
東が参院大阪選挙区での立候補を表明したのは6月10日のこと。四條畷市長を退任してから半年ほどしかたっておらず、当初は出馬するつもりはなかったという。本人の言葉を借りるなら「しばらく政治とは距離を置こうと思っていたが、沈黙を選ぶことはできなかった」。主要政党から出馬する候補は既にほぼ全員がお披露目を終え、活動を本格化させていた時期だった。出馬表明の場で「完全無所属」で戦うと宣言した。
なぜか。選挙期間中に繰り返していた話がある。「政党政治は限界を迎えつつあると感じています。今は他者の意見から学ぶことより、自分の意見と違う人は敵だとみなす、そんな空気が蔓延しています。この先に訪れる社会は必ず分断です。私はそれだけは避けたい」。政党の論理にとらわれず、国民の声だけを聴く存在としての「完全無所属」が必要だー。そんな思いで、選挙戦に打って出た。
▽たった1人しか来なかった日も
市長選に初挑戦した時と同様、東は有権者との「対話会」から活動を始めた。コミュニティーセンターで小さな会議室を借り、新聞折り込みやSNSで告知し、集まった人と膝詰めで話した。30分間自己紹介した後、参加者の質問や意見に1時間ほどかけて答える。質問が長くなっても最後まで聴き、どんなテーマでも丁寧に一つ一つ答えた。
8年間の市長経験があるとはいえ、人口880万人の大阪府では、わずか5万人の市政トップの知名度はたかが知れていた。参加者がたった1人という会場もあった。それでも公示までに大阪府内全43市町村で開催した。
大阪市浪速区で6月24日に開いた集会の参加者は9人。このうち黒田能弘(82)は冒頭、腕組みをしながら話を聞いていた。東の話に触れるうちに姿勢が徐々に変わり、終盤になって身を乗り出すようにして問いかけた。「明日からでも選挙の準備を手伝いたい」
なぜそこまで見方が変わったのかを終了後に尋ねると、目を輝かせて言葉を返してきた。「血湧き肉躍る感覚。久しぶりに応援したい候補者が出た」。自身も40代で大阪市議選に挑戦し、60代で旧民主党候補の衆院選選対本部長を務めた。経験を、再び生かす時が来た。
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