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鉄道貨物輸送研究スレッド
2550
:
とはずがたり
:2018/06/08(金) 19:23:51
>>934
小田操車場復活について
庄司 幸一
http://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I5144431-00?ar=4e1f&locale=en
http://www.geocities.jp/hokarida/02_tsurumi_line/ts04-002.html
小田操車場の開設
川崎〜浜川崎間の貨物支線に、小田操車場が開設します。
1943年(昭和18年)9月14日の路線図
説明図:1943年9月14日の路線図
小田操車場に関する詳しい資料を持ち合わせていませんので、詳細は不明ですが、太平洋戦争中、京浜工業地帯で生産される軍需物資が増大し、その輸送のため、浜川崎駅だけでは貨物の処理が間に合わず、一方、川崎駅での貨物取扱量には限界があったため、川崎〜浜川崎間の平地部分にある、南武鉄道の川崎新町駅付近に、操車場を設置したと考えています。
2010年2月 7日 (日)
川崎新町配線図
http://senrohaisenzu.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-01e4.html
1961年7月。この時点では東海道線の貨物ルートとは無縁の状態ですね。
東海道貨物支線はまだ開通しておらず、代わりに川崎〜小田操間の貨物線が現役です。1986年時点とは起点→終点方向が逆であったことも重なって、同じ駅とは思えません。
「小田操車場」という名前は聞いたことがあったのですが、実態が不明でした。この配線図を見て初めて実態を知りました。いろいろとナゾがあります。
まず、川崎新町駅のすぐ隣であるにもかかわらず、わざわざ別の名前の停車場としたのはなぜなのでしょうか。普通であれば全部を「川崎新町駅」とするように思うのですが・・・。
それと、最も肝心なところですが、小田操車場の機能は何だったのでしょうか。
両隣が川崎と浜川崎ですからほとんど操車機能は必要とせず、貨物取扱も行なわれていませんので「小田信号場」に近かったような気がするのですが。
しかしながら妙に中途半端な数の仕訳線(?)があったり、行き止まりの出発線(3番線)があったりと、ここでどのような作業が行なわれていたのか興味深いですね。
配線図はT.Mさんよりご提供いただきました。
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