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【論壇系知識人】宮台真司について

1灰人@スキゾキッズ:2015/11/14(土) 12:11:30 ID:hGPG6rpc
◆宮台真司(幻聴として処理される音声で現れなかったが、昨日私が自宅へ母を気遣い携帯で電話する時に、私の声を宮台自身の声と混ぜて登場していた)
京都生まれ。親の都合で小学校時代転校を何度かする。
麻布中高卒、一浪して東大文3合格。東大博士号修得。社会学者。首都大学教授。
小室直樹の授業を橋爪大三郎と共に受けていた。最初に出した本は博士号修得論文(「権力の予期理論」)。
麻布中高は自由な校風のエリート校として知られている。中学時代は学生紛争が起きていた頃だった。
小学生の頃は少女漫画を通して女子とも仲良くできていたが中高は男子校だったので女子との交流はあまりなかった。(?)
小学校時代は四谷学院という塾に通っていた。高校時代は学校をさぼって映画を観に行ったりしていた。
寺山修司の作品にはまっていた事あり。
私が最初に読んだ本は「よのなか」と「ルール」であり、宮台の所を中心に読んだ。次が「サイファ 覚醒せよ」という本で、「終りなき日常を生きろ」(オウム真理教について書かれた本)、「14歳からの社会学」(社会学というより宮台の思想などを書いていた)、「君がモテれば社会が変わる」なども読んだ。「透明な存在の不透明な悪意」は半端にしか読んでない。
社会の難題を解き明かしてくれる知性を持った「論壇系知識人」と私が勝手に名付けている人たちの一人。
弟子にチャーリー(鈴木謙介:関西学院大学社会学部准教授)がいる事で有名。公式ブログはチャーリーが運営していた。
映画好きでゼロ年代前半まで「ダ・ヴィンチ」誌で「オン・ザ・エッジ」という連載を持ち、映画に関する批評をし、「社会」と「世界」という概念を頻繁に使っていた。
「社会」とはコミュニケーション可能な領域(ラカンの象徴界を意識して使っていたように思われる)、「世界」とはコミュニケーション不可能な領域も含めた世界全体を指して語っていたように思う。
「サイゾー」誌では宮崎哲弥と「M2対談」というものをやっていたが、2005年頃に宮崎哲弥は対談相手としての登場をやめ、マル劇トークオンデマンドというネット放送もしている相方との連載に変わった。
99年頃に映画「マトリックス」が流行していた頃に、ネオ(キアヌ・リーヴス)が使っていたサングラスを購入し「M2対談」で登場していた。
精神的に辛い時も精神科に通ったり薬物療法に頼ったりしない。早口でのマシンガントークができる。
「プライド/自尊心」「承認の供給不足」「脱社会的存在」という概念も頻繁に使っていたが、少年犯罪は減少していっている(マスコミがあたかも少年犯罪が増えているかのように報道していた(ゼロ年代始め頃まで))という事実を知ってから「脱社会的存在」という言葉を使うのをやめた。
2ちゃんねるマスコミ板の朝日新聞スレで2001年に「次のキ○ガイ投稿まだーチンチン」といったレスをしたり、
2002年頃は玲奈を中心とする集団による藤田信之(自殺殺人計画)の実行後に玲奈の文章を見た西村博之が「物理的サンクションを加える方がいい」といったレスをしていた頃に「説得改心させてはもったいない、大事に保存しましょう」、私に対しては「あなたにおすすめの哲学者はフロイト、ラカンです。頑張って勉強してください」、玲奈に対して「あなたは2ちゃんねる運営をしましょう」「あなたの事は忘れない」「今まで通りで問題ない」、
藤田信之に対して言葉での虐待後に書いた文章を見て「知性の欠片も感じられない」「どれもキモイ表現ですよ」といったレスを2005年頃までしていた。家族会の支持を得れたら私の権利などどうでもいいと思い、家族会の反応を「〇〇まだー、チンチン」というレスで流していた。「戦争まだーチンチン」「エロまだーチンチン」「公安による秘密作戦まだーチンチン」というレスを2003年頃までしていた。私が河合塾大阪校に通っていた頃は「カンニングまだーチンチン」というレスをしていた。

2灰人@スキゾキッズ:2015/11/14(土) 12:12:45 ID:hGPG6rpc
そうした「〜まだーチンチン」という書き込みをAA(警察アート)で自作自演の顔でラーメン鉢を叩く姿で登場し、藤田信之を「ただのキモい人」とみなしている。私に対して「涙涙のチンチン君」といった表現をしている。
2006年以後(藤田信之、関西学院大学合格後)外出先で何度か会ったように思われる。
女性によくモテる話術の持ち主であり100人以上の女性と寝た事がある(おそらく人妻や女子大生とも)。それに対して「うらやましいか?チンチンの藤田くん」といったレスを2003年頃にしていたように思われる。
ファンが多くいて、私的な講義を行う集会、私塾のようなものを行っていたが、生徒達が自分に依存してくるようになったので解散した。
2ちゃんねる社会学板は玲奈が立てたと思われる宮台真司関連のスレッドやレスで埋め尽くされていた。
ゼロ年代前半から朝まで生テレビに出演しなくなり、生の映像を見る機会はなくなった。Youtubeやマル劇トークオンデマンドの無料配信でしか私の接触メディアで出演する機会はなくなった。関西で講演会はほとんどしていないようで、どこからも関西での講演情報は入って来なかった。
2002年の日韓サッカーワールドカップ後、「サイゾー」誌で「言論の自由は最大限認められるべきだ」という主張をしていて、私が権威に自発的に従ってしまう傾向から2ちゃんねるでの嫌韓言論に対しても「言論の自由ということで容認してもいいのではないか」という書き込みをしてしまう。おそらく、私がよく行くコンビニに「サイゾー」誌が置いてあり立ち読みしたり購読したりしているのを知っていて、言葉での釣りとしてそうした対談をしていたのではないかと思われる。
中塚尚子と斉藤貴男といった左派の知識人を「サヨクのダッチワイフとダッチハズバンド」と言ってケチをつけていた。
桜井亜美(小説家としての名)と長い間付き合っていた事があり、「サイファ」「野獣系で行こう」などで対談本も出している。
様々な領域(思想、宗教、学問、サブカルチャーなど)が互いにコミュニケーションをとらず閉鎖的である事を「島宇宙化している」といった表現をしていた。
女装写真をマスコミに流された事もある。
たとえ仲間のためであっても人を殺してはならないのに「仲間のために人を殺せ、仲間を殺すな、仲間じゃなければ人もノラ犬も空き缶も電信柱も同じ風景と同じだ」といった表現をしている。
2ちゃんねるフジ実況板では「 」(空白、沈黙と言語外の表現を意味?)「いちご大福というハンドルネームをつけてみたらどうでしょう」「(玲奈の書き込みに対して)これは問題発言ですよ」、批判要望板では「中房や工作員をあぶり出せますよ」「秘宝まだーチンチン」といった書き込みをしていたように思われる。
外出先で何度か会ったようだけど話しかけてはくれず私の方からもコミュニケーションをとらなかった。最初に会ったのは2003年11月頃に仁明会クリニック近くのガストだったように思う。岸田秀の「ものぐさ精神分析」を私が読み終え感想を掲示板に書き込んだからだろうか。2013年にデニーズで真っ黒な服装をして登場していた(?)。
2002年末から2003年始め頃、藤田信之を死刑へと誘導するスレで、似非サヨク語を使って私の精神支援の赤十字活動をしてくれていた通訳者(警察の科学的読心術も使った)の福山望の事を2003年4月頃、イラク戦争時に「貝さん」と呼んでいた。福山望はその言葉にキレていた。
中塚尚子とはゼロ年代後半以降対談本などを出していない。東浩紀、斎藤環、橋爪大三郎、大澤真幸といった論壇系知識人とも対談し本を出している。
ミメーシス(感染的模倣)という概念を、【偉大な他者に対する模倣】という意味で、社会学に持ち込んだ。
警察の圧倒的力を背後に活動している玲奈中心主義者の言論活動にやりこめられている私に対して「涙涙のチンチン」と言っている。


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