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Shangri-La――シャングリラ――

1bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/04(水) 15:33:06 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
≪In the world without you, how I would be alive?≫


皆様初めまして、今回初めて小説を書かせて頂きます『bitter(ビター)』と申します。
最初に言っておきますが、かなりの初心者ですのでなるべく温かく…いえ、生温かくでも良いので見守ってくださると嬉しいです。
以下、注意事項です。↓

Ⅰ.ジャンルはファンタジー、天使と悪魔が登場します。ストーリーを進めていく中でどうしても戦闘が入る為に、最小限には抑えますがグロ表現が入る可能性がありますので、苦手な方はご注意下さい。基本はシリアス・バトルをメインに、サブ要素としてギャグや恋愛を混ぜていく予定です。
Ⅱ.作中の人物、地名(国名)は全て架空のものです。盗作は一切しておりませんが、あまりにも酷似している……という場合は一言お知らせ下さると嬉しいです。
Ⅲ.未熟者故にありきたりな設定が目立つとは思いますが、どうかご容赦下さい。
Ⅳ.チェーンメールやアスキーアート等は一切控えて下さい。加えて一行書き込み、明らかな荒らしコメントがあった場合もスルーさせて頂きます。
Ⅴ.最後になりましたが、習作に近いものである上に誤字脱字等の可能性があります(なるべく気をつけますが)ので、あらかじめご了承下さると嬉しいです。

あ、もう一つ。更新は不定期で基本亀ペースです。それでも感想やアドバイス等下さる方がいらっしゃれば喜んでお受けしますので、お暇な時にコメントして下されば泣いて喜びます←

それでは、次レスから開始しますねノ

2bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/04(水) 15:34:58 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp

Episode.1 A White nightmare<白い悪夢>

天使や悪魔……彼ら非科学的な存在を信じたことはあるだろうか。
もし本当にいて、尚且つその役割が入れ替わってしまっていたらと、考えた事はあるだろうか。
下らない、そう笑う者が多いだろう。私も同じ考えを抱いて生きてきた。
―――世界が反転したあの日までは。


鮮やかな茜色がすっかり漆黒(くろ)に塗り変わった午後8時。
空に輝く一番星を合図に、大国ケルントの都市は光を纏う。
闇の濃さをより強調するイルミネーションの中、ゆっくりと移動する3つの影があった。
一つは可愛らしくも気品の漂う少女、もう二つはどうやらその後をつけているらしい怪しげな男達。
視線に気付いた少女――イリーシャ=エステヴァスは紅茶色の髪を揺らし、翡翠の瞳を警戒に光らせて後方へ振り返った。男達の視線は未だ向けられたまま、外される気配は無い。
(またお父様をを狙ってきたんだわ……本当に低脳な人達ね……)
ケルント内で上流貴族として数えられるエステヴァス家。その令嬢であるイリーシャはこれまでの経験から瞬時にそう確定したが、何もしてこない相手方に背を向け立ち去ろうとした瞬間、
「血を寄越せ!!」
「きゃあっ!」
いつの間にか距離を詰めていた男の一人が叫び、それに驚いて尻餅をついてしまった。
瞬時に心を巡るのは単なる驚きではなく、ましてや不用意に背を向けてしまった事への後悔でもない。
――ただ一色の恐怖。
血走り紅く染まった瞳を隠そうともせず更に近付いてくる男の右手には、一本のダガーナイフが握られていた。
イルミネーションの光を鈍く照り返すそれは、紛れも無く殺害を可能とする凶器だ。
「……血っ、て……なん、なのよ……何なのよあんた達ッ」
「血は血だよ、キミ頭悪いの? 大丈夫?」
「っ、!」
すっかり取り乱して叫ぶように吐き出した問いへの、余りにも軽い言葉。同時に背中に何かが当たり、それがもう一人の足だと認識するのにそう時間は掛からなかった。前方にはナイフを持った大男、背後には無邪気な声色の人物。体勢の都合上姿は見えないが、恐らく自身と同年代ぐらいの青年だろう。その口から紡がれた言葉に対し失礼だと言い返す気力も無く、イリーシャは口を噤(つぐ)んだ。
「俺達は天使だ」
「………………は?」
血の次は、天使? 
どうこの場から逃れようか……そちらへ傾いていた思考が一気に彼ら二人の正体へと引き戻され、先程閉じたばかりのイリーシャの口からは、これでもかという程の間を置き疑問府が零れた。
「ふざけるのもいい加減にしなさいよ、貴方達が天使ですって?」
「そ、僕達は天界から来た天使様だよ。……なにその偽者を見るような目」
「当たり前の反応よ! ナイフ持ってる天使なんて聞いた事が無いし、人を襲うような存在じゃないはずだわ。それに、そもそも……」
―― 天使なんて存在しない。言い切ってしまっても良かった筈なのに、何故か最後まで言えずに止まってしまう。構わず言おうと口を開いた時、
「天使なんて……存在しない?」
背後から放たれた、一語一句同じ言葉。心を読まれたような感覚に息が詰まりそうになる。
妙に冷たい声色が、体の芯を刺すような感覚をイリーシャに与えた。
再び黙り込んだ少女に構わず、男達――改め天使二人は続ける。
「まさか存在否定されるなんてねー……流石にショックじゃない? ルイルイ」
イリーシャの背後に佇んでいる、ダークシルバーの長髪をポニーテール風に束ねた青年――シキは相棒にそう笑い掛けた。
ルイルイ――と呼びかけられた190cm越えの大男ルイトは、無造作に切られた肩口までの金髪を片手で掻きながら、「俺は別に。それはお前一人だろう、シキ」と呆れ気味に返す。
その声色は低く、誰がどう聞いても上機嫌ではない。
まだ何か言いたげなシキをスルーし、ルイトは座り込んだままの少女へ視線を戻した。先刻までと寸分違わぬ血走った目が、再びイリーシャを見据える。
「………………」
足が動かない。否、足も手も、何かに縛られているようでピクリとも動かせない。その様はまさに――蛇に睨まれた蛙。
妙に冷静な思考でそんな事を考えていたイリーシャの頭上に、冷たく重い言葉が降りかかる。
「まァ別に殺すって言ってる訳じゃないんだからさ、緊張する事無いって」
「嗚呼、すぐに終わる。即死したくなけりゃあ大人しくしてな」
声色は違えど同じ事を意味する二人の声に抵抗らしい抵抗を示せないまま、ナイフの先端が首筋に触れた。その何とも言えない冷たさに、イリーシャが思わず目を閉じた瞬間、

「その辺りで止めて頂きましょうか」

この状況に不釣合いすぎる、透き通った男声が響いた。

3bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/06(金) 01:22:56 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp

Episode.2 A white evil spirit<白い悪魔>

突如として割り込んだ新たな存在。
イリーシャを除く二名が音を立てて声がした方向を振り返り、警戒を示した。
その視線が向く先は、二メートル程離れた石造りの道に佇む人影。

「チッ……こんな時に乱入者?」
そう悔しげに漏らされたシキの言葉は、白い吐息となり冷めた空気に溶ける。
イルミネーションで染まってしまいつつある夜空の闇の中、やけに眩い輝きを放つ月を背に、その男は立っていた。
やがてその口がもう一度開かれる。
「淑女(レディ)を男二人でとは……醜いとは思いませんか」
「知らないよそんなの、キミみたいな優男お呼びじゃないんだけど」
それぞれが違う冷たさを纏い、交わされる男とシキの会話。
「ちょっと、どういう事なの? 貴方一体……」
今日は本当にどうかしている。目の前で次々と繰り広げられる非現実的な光景に耐え切れず、死の恐怖も忘れてイリーシャは問い掛けた。
天使と名乗る二人と似通う、白いコートのような装束を纏う男へと……一言。
「……、…………」
「……え? どうして……」
イリーシャの問いを受け取った男は、手袋に包まれた指先を唇に添え無言で〝し〟の形を作った。
それは恐らく、今この場で正体を明かす事を拒んだジェスチャー。
どうして教えてくれないのか――そう言おうとしたイリーシャだが、その問いは横槍のごとく真横から迫ったシキの剣(つるぎ)に遮られる。
「ひっ……!」
――ザシュッ
悲鳴を上げ思わず身構えたイリーシャだが、いつまでも襲ってこない痛みと鈍い音に顔を上げた。恐る恐る見た自身の体には、大きな切り傷どころか掠り傷すら無い。
「……切れて、ない?」
(今確かに切れた音がしたのに……)
そう不思議に思った刹那――
「失礼」
頭上からそう呼びかけられたのとほぼ同時、座り込んでいた筈の体が浮いた。驚きの声を上げる間も無く、一瞬にして横抱きに持ち上げられる。状況を把握しようと上を見上げると、透き通った薄群青の瞳と目が合った。
微笑みかけてきたそれが妙に気恥ずかしく、視線を下へ落とす。
「……もう少しの辛抱ですからね」
男は壊れ物のように抱えたイリーシャにそう囁き、返事を聞く前に眼前で剣(つるぎ)を構えるシキへ意識を戻した。その冷静な瞳が癇に障ったらしく、いかにも〝不愉快だ〟と言いたげなシキが男へ詰め寄る。
「勝手に乱入しといて無視とは良い度胸じゃん、そんなに殺されたい……?」
「殺されたいかどうかは別として……気にいらねぇな」
シキの後に続いたルイトも、そう言うと同時に自身の武器を取り出した。
ナイフだった筈のそれは、巨大な斧のような形に変化している。
しかしそれらの光景を目にしても男の余裕が崩れる事は無く、それどころかクスクスとわざとらしい……それでいて馬鹿にするような笑みを零し始めた。
「何が可笑しいんだよテメェ!」
笑い続ける男の頭部を目掛けて、腹を立てたルイトの戦闘斧(バトルアックス)が勢いよく振り下ろされる。
少女を抱えた男の両腕は塞がっている。誰もがその死を確信した瞬間、

4bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/06(金) 01:25:25 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
――音も無く振り上げられた足が斧を弾き飛ばした。
「えっ、…………」
シキとルイト、そしてイリーシャ。誰のものとも分からない小さな声(おと)が、静かな空間に吐き出される。
「これは申し訳御座いません、余りにも滑稽(こっけい)だったものですから……。ですが、私は申し上げた筈ですよ? ……〝その辺りで止めて頂きましょう〟と」
聞こえていたでしょう、と男がルイトを見る。
「まだ〝やる〟おつもりなら、……相応の覚悟を」
瞬間、場が凍りつく。
輝いていた筈のイルミネーションの光もいつの間にか消え、男の碧い瞳が闇に浮かび上がった。その色は何処までも冷たく、鋭い。
「チッ……シキ、撤退するぞ!」
男と真正面の位置で対峙していたルイトはそう言って身を翻し、シキを待たずに駆け出した。
「え、ちょっ……ルイルイ!? 待ってよ!」
相棒の突然の行動についていけず、分かり易く動揺するシキ。
状況が把握出来ないままルイトを見つめていたが、数秒の時間を要してハッとしたように立ち上がると、その背に追いつこうと走り出した。
が、途中で振り返りイリーシャ達に向かって舌を出す。
「ああもうメチャクチャだよっ! キミ達二人共、いつか殺すから!!」

随分と派手な宣戦布告を去り際に残し、天使二人はその場から完全に姿を消した。
再び灯りだした光が、薄暗い夜道を照らす。
そこから暫く進み路地裏に入って漸く、男はイリーシャを解放した。
「お怪我は御座いませんか?」
「ええ、何とか平気よ。有難う……と言えば良いのかしら」
先刻までと何一つ変わらない薄群青の瞳。それは白い肌と白銀の髪によく映えていて、僅かにイリーシャの頬を色付かせた。お陰で安否を聞かれても何処かたどたどしく、「いえ……貴女がご無事で何よりです」と返してきた男の顔をまともに見られずに俯く。
そんな様子を体調不良と捉えたのか、心配そうな声が振ってきた。
「……どうかなさいましたか」
その問いに弾かれたように顔を上げ、首を振る。
「! いっ、いいえ……何でもないわ。それよりも……貴方は何者なのか、聞いても良い?」
現れた瞬間も、抱えられている間もずっと聞きたかった事。
天使達が去った今なら良いだろうかと、イリーシャは目の前の男を見上げ問いの答えを待つ。
それに対し男は一瞬驚いたような表情を浮かべ、それから口を開いた。
「嗚呼、申し遅れました。私は、人間(あなた)達を天使の毒牙から護る為に遣わされた〝白い悪魔〟……」


「バラリオと申します」



――私を救った白い悪魔。その名を聞いた瞬間から、日常が歪み始めた。

5bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/07(土) 01:44:51 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp

Episode.3 Blood of oath<誓約の赤>

――白い悪魔。悪魔……。
目の前の男から告げられた言葉が、頭を巡って止まらない。
先程まで体を支えていてくれた暖かい腕も、心配そうに此方を見ていた瞳も、
今は恐ろしくてしょうがなかった。
無意識に一歩退いたイリーシャの肩を、バラリオの腕が捕える。
その右の掌(てのひら)が迫り、殺されるのかと肩を震わせビクリと身構えた瞬間
――ちゅ、と軽い音が響いた。
同時に感じるのは、額に触れた何かの温もり。
バラリオの右手はイリーシャの左頬にそっと添えられており、離れていく顔に額へキスを落とされた事を理解する。
「……え、何…………」
両頬を朱(あか)に染めたイリーシャの片手を取り自身の両手で包むと、バラリオはその足元で静かに膝を折った。その様を例えるなら、姫に忠誠を誓う誇り高き騎士。
そしてその状態からイリーシャを見上げ、口を開いた。
「どうか怖がらないで……私は貴女を傷つけたりは致しません。ただ、お願いがあるのです」
「お願い……?」
「はい」
人間などよりも遥かに力を持つだろう悪魔が跪き、願いを打ち明ける。
今この瞬間――間違いなく前代未聞の光景が其処(そこ)には在った。
しかし、バラリオが告げた次の言葉を聞きイリーシャの表情が凍りつく。


「私と、契約を結んで頂きたい」




目の前が真っ暗になり、気が付けば彼を拒絶し突き飛ばしていた。
ドサッ――と重い音を立てて倒れたバラリオに構わず駆け出し、息が切れるまで走り続ける。
「っはぁ…………は、……」


「何処へ行かれるのです……?」
「!?」
寂れた家屋の影――大分逃げたから大丈夫だと安心していたところへ掛けられた言葉に、イリーシャは音を立てて振り返る。
視線を移した先には、バラリオが息切れもせずに佇んでいた。
そういえば彼は悪魔――人間の足に追いつけない筈がない。
その姿を目にした瞬間熱が引き冷静な頭でそう理解するが、嫌なものは嫌だと此方を見据える瞳へ叫んだ。
「どうせ人間(わたし)じゃあ貴方に勝つ事なんて出来ないんでしょうけど、嫌よっ! 何で悪魔と契約なんか……」
「落ち着いて下さい、私の話を……」
「嫌! もうどこか行ってよ!! 何度言われようと私は」
「ご家族を見殺しになさっても良いのですか!」


激しい言い合いの末、バラリオの叫びによりその場は夜の静けさを取り戻した。

「……落ち着きましたか?」
「……ええ、御免なさい…………」
暫くして頃合いを見計らって声を掛け、返ってきた謝罪にバラリオは苦笑を浮かべた。
寧ろ謝るべきなのは此方だろうと、イリーシャへ向き直り頭を下げる。
その様子に小さく首を振ったイリーシャが、「それよりも……」と話を切り出した。
「家族を見殺しに、ってどういう事なの?」
自分が悪魔(バラリオ)と契約を交わさなければ家族が死ぬ――そんな言い回しだったように思える。それは何故なのかと――真っ直ぐな疑問をぶつけられたバラリオは近くに転がっていた大きな瓦礫の上に腰を下ろし、イリーシャを隣へ促してから語りだした。
「天界から出た天使達が、この人間界で暴れ始めているのです。天使は……先程貴女も御覧になりましたよね?」
「ええ、あの変な二人組みがそうなんでしょう? ……私には未だに信じられないのだけど」
だってあの人達翼が無かったもの――そう訴えるイリーシャにバラリオは首を横に振り、否定を示すと共に群青の双眸を鋭く細めた。

「いいえ、翼は存在しています。ただ……闇に溶けてしまっているのです」

6月波煌夜:2012/04/07(土) 10:40:47 HOST:proxyag097.docomo.ne.jp
>>bitterさん

こんにちは!
読ませていただきました(≧∀≦)
タイトルからして格好良くて惚れ惚れします…!
イリーシャは反応が初々しくて可愛いし、なんといってもバラリオが素敵すぎる…!
横抱きグッジョブです( ´艸`)

それにしても、あまりの文章力におののきました。もうプロですよねこれ。普通の本読んでる気分です。

これからも見に来ますね(^-^)v
駄文失礼しました←

7bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/07(土) 13:27:07 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
>>かぐやさん

こんにちは!コメント有難う御座います^^
タイトルは大分迷ったのでそう言って頂けて凄く嬉しいです…!
書き込む直前までかなりうだうだやってましたからw←
意味は興味があれば調べてみて下さいなノ

所謂姫抱きですねwその二人は一応メインヒロイン&ヒーロー的存在
なので、どう動かしていこうか考え中です。

いえいえ、恐れ多いです…!!文については現在進行形で迷走中なので←
私も時間がある時にそちらの小説を覗きに行きますね、これからも宜しくお願いしますノ

8bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/07(土) 16:41:43 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
「翼が、闇に……?」
「そうです。しかし、本来天使達(かれら)は何色の羽を持つのか……ご存知ですか?」
「ええと……白の筈よ」
だから闇に溶けるなんて事はあり得ない――暗闇が濃ければ濃い程、その中に在る光(しろ)は際立つのだから。
もしそれが不可能になるとしたら――そこまで考えて、イリーシャはある一つの答えに辿り着いた。

「まさか……黒くなった?」
その言葉を聞いたバラリオは小さく頷いて肯定を示し、懐から一枚の羽根を取り出した。
人類が古来より空想上の存在として描いてきた天使の翼は、例外なく純白(しろ)――しかしバラリオの手の平に置かれた羽根は、それに反して濃い漆黒(くろ)を主張している。
一見鴉(からす)のような黒い羽根――しかし鳥類と言うには異質な雰囲気を纏うそれを手に、バラリオは言った。
「これは、先程の現場で回収した天使の羽根です。白い翼を持つ者など……居ても片手で数えられる程度でしょう」
――今や天使は堕ちてしまった。悪魔を白く塗り替えてしまう程に……。
そう、彼は語った。
今まで一切信じようとしなかった存在とはいえ、正義と悪――その両者を確実に覆した事実。妙な重圧に押し潰されるような感覚に、イリーシャは黙り込んだ。そんな彼女の様子を気に掛けながらも、バラリオは続ける。
「しかし堕ちたとはいえ、彼らはまだ〝聖〟の力をその身に宿しています。……所詮〝魔物〟である悪魔(わたしたち)が単身で止めを刺す事は出来ません。それを可能とする為には……」
「…………?」
何も言えずに俯いていた頭上に突然掛かった影に疑問府を浮かべ、イリーシャは瞳を瞬かせる。顔を上げた先には、此方を覗き込むようにしているバラリオが居た。

「〝聖〟と〝魔〟両方をその身に宿す、人間(あなた)の力が必要です。……そして私との契約を可能とするのは、貴女のみ」
「私だけ……?」
妙に縮まった距離に動揺する間もなく、再び言葉が紡がれる。
その内容を復唱して首を傾げたイリーシャを見て、バラリオは両眼を一旦閉じ
「単刀直入に申しましょう、このまま放置すれば……人間は滅亡します」
淡々と言い切った。
「なっ…………!」
瞼が上がり再び覗いた群青の瞳――まるでガラス玉のように感情の無いそれを前に、イリーシャはただ驚愕を示すしかなかった。
自分を救ったあの時、天使――ルイトへ向けた眼光と全く同じ、氷のように冷たい色を浮かべた二つの瞳。


少しの間二人の間に漂った心地の悪い沈黙を破ったのは、バラリオの声だった。
「もう余り時間がありません、天使達は瞬く間に人々を食い荒らしてしまう……どうかご決断を、貴女の未来の為に」
――選ぶしかない。再び足元に跪いたバラリオの姿に、イリーシャはそう悟った。
愛する父と母、血の繋がりは無くとも家族同然に接してきた使用人や友人達……彼らの命を見捨てるなんて事は、自分には出来ない。
翡翠の瞳に決意を宿して立ち上がり、バラリオに告げた。

「解ったわ。私と、私に関わる人達の未来の為…………貴方と契約します」
――その代わり、しっかり護って頂戴ね。
そう付け足し微笑んだイリーシャの手の甲へくちづけを落とし、バラリオも口元に弧を描く。
そのまま〝契約者(あるじ)〟を見上げ、眩しいものを見るように目を細めた。
「この契約によって、私は貴女の内なる力を手に入れる…………何者からも御護り致しますよ。さぁ、お名前を聞かせて下さい……我が主」

「……イリーシャ=エステヴァス」


瞬間、眩い光が辺りを包んだ。
口移しで口内へ注がれた何かを飲み下し、イリーシャの口端を赤い雫が伝う。
ぐらりと傾いた華奢な体を、バラリオの白い腕が支えた。
「おやおや……流石に少女の身体では、悪魔(わたし)の血液は刺激が強すぎたようですね」
スー、と寝息を立てている少女を助けた時と同じように横抱きにして持ち上げ、その寝顔にそっと囁く。……起きる気配は全く無い。
しかし、これで契約は完了――イリーシャを軽々と抱きかかえたまま、バラリオは人気の無い夜道を進んだ。


「……もう戻る道はありませんよ、イリーシャ様」

9bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/08(日) 13:31:03 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp

Episode.4 New every day <新しい日常>

「……これはまた、立派なお屋敷ですね」


午後22時45分、エステヴァス家表門前。
その堅剛且つ豪勢な門構えを遠目に捉え、バラリオは呟いた。
――豪華絢爛。
そう呼ぶに相応しい広大な敷地と、美しい庭園……窓から察するに部屋数は軽く10を超えるだろう。全てが全て、〝豪邸〟の要素で満たされていた。
正面突破はほぼ不可能――まともに行っては中々骨が折れそうだ……。
「仕方ない……少々大人しくして貰いますよ」
そう言うや否や一瞬にして門の正面へ移動し、朱金(しゅきん)に変化させた瞳で門番を睨むように見据える。
瞬間二人の門番は何かに憑かれたように敬礼し、バラリオの指示を待つ体勢をとった。
まず門を開けるよう命じ、ずり落ちないようイリーシャを抱え直す。
その際肩に走った僅かな痛みは気に留めないまま侵入を果たすと、瞬き一つで瞳の色を戻し此方を見ている門番へ
「ご苦労様、元通り施錠(せじょう)しておいて下さい」
と告げて歩き出した。
一度使用した者には効かない上、有効時間も精々30分のこの能力(ちから)――使う機会は少ないが、こういう時は役に立つのだな……と自分の事ながら納得する。
やがて目の前に迫った屋敷を前に一言、薄い笑みを口元に湛(たた)えながら呟いた。
夜風に踊る銀糸が月明かりを照り返し――妖しく煌(きらめ)く。

「……さて、行きますか」




翌朝。春先とはいえ、風に冷たさが残る3月10日。
来月に誕生日を控える齢(よわい)16の少女イリーシャは、いつになく気だるい目覚めを迎えていた。
だるいというか――重い?
きっと昨夜の騒動で疲れているんだわ、と呟き体を起こした瞬間
「失礼いたします――もうお目覚めでしたか、おはよう御座いますお嬢様。目覚めの紅茶(アーリーモーニングティー)をお持ちしました」
ガチャリと扉が開き、暗い金色の短髪を揺らす青年が顔を覗かせた。
無駄のない動作で一礼し、紅茶を運び入れる彼の名はサイカ=クロフォード――此処、エステヴァス家の執事だ。
普段は父の世話や警護に当たる事が多い為こうして自室で会う事は少ないのだが、しっかり着こなした黒い燕尾服と、凛々しい容貌を裏切らない彼の働きは知っている。
でもどうして今日は此処に――?
目の前でカップに紅茶を注ぐサイカの洗練された手つきを眺めながら、イリーシャは考えた。
そして、差し出されたティーカップを受け取ると同時に口を開く。
「私の所に来るなんて珍しいわね、サイカ。お父様はどうしたの?」
紅茶の優しい香りを楽しみながら答えを待っていると、サイカは一旦給仕の手を止め青碧(せいへき)色の瞳を僅かに泳がせた。

10bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/08(日) 13:32:35 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
「旦那様は既に準備を終えておられました。今日は良いから、イリーシャ様の所へ行きなさいと仰せに……」
言い辛そうという程ではないが、その顔には困ったような笑みが浮かべられている。
「……そうなの。今日、何かあったかしら……」
特別な予定があるとは聞いていないし、急な何かがあるのだろうか――
そう思案すると共に呟いたイリーシャの耳に、今度ははっきりと返答が届いた。
「本日から新しい使用人を迎える事になったのです、恐らくその影響もあるかと」
――旦那様は好奇心が旺盛(おうせい)でいらっしゃるので、とサイカが小さく微笑む。
そこに先程のような感情は無く、ただ素直に笑っている事が窺えた。
それにしても、新しい使用人か――調子を戻したサイカとは逆にまた一つ疑問が増えたイリーシャは、ティーセットを片付け一言添えて退出しようとするサイカを呼びとめ、控えめに尋ねた。
「待って、その新しい使用人になるって人は……もう来ているの?」
「はい、朝食の席で既に控えている筈ですよ」
そう淡々と答え、では私はこれで失礼致します――と一礼したのを最後に、サイカは今度こそ退出した。
彼と入れ違うようにして入室した二つの人影が、パタパタと足音を響かせながらイリーシャの傍らへ近付く。
「お嬢様―、おはよう御座います―」
「ます―」
お揃いの紺色のエプロンドレスを纏い、共に背中まであるストレートのブロンドを揺らす双子のメイド、オレンジの瞳を持つミュウとイエローグリーンの瞳を持つファイだ。
かれこれ3年は一緒に暮らしているのだが、未だに姉か妹かの区別はついていない。
瞳の色まで一致していたらそれこそ区別がつかなかっただろうと、別の意味で背筋が寒くなった。


それから約30分後。
いつも通りミュウとファイの手を借りて身支度を終え、イリーシャは広間を目指していた。
やがて見えてきた入口の扉を抜け、コツンとヒールの音を響かせる。
中の様子を窺うように首を巡らせていると、

「おはよう御座います、お待ちしておりました」

聞き覚えのある澄んだ男声が耳に届いた。
それを聞いた瞬間脳裏に一つの存在が浮かんだが、まさかという風に声の主へ視線を移す。
そうする事で視界に入ったのは、白銀の髪に透き通った薄群青の瞳を持つ青年――


「………………バラリオ?」

11月波煌夜:2012/04/09(月) 09:00:13 HOST:proxyag114.docomo.ne.jp
>>bitterさん

またまたお邪魔します(o^_^o)

イリーシャはお嬢様だったんですね!
執事に双子メイドキタ―――!と歓喜した月波をお許し下さい……
うーん、バラリオはどんな役職になるのでしょうか??

ワクワクしながら待ってます(^-^)/



あ、シャングリラ(カタカナすみません)って“地上の楽園”とか“理想郷”とかいう意味なんですね!
楽園はエデンとかギリシア神話のエリュシオンくらいしか知りませんでした(*´д`*)
でもシャングリラが一番格好良いな……

12bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/11(水) 17:50:37 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp

Episode.5 Monochrome fight<白黒闘争>

「昨夜振りですね、イリーシャ様」

イリーシャだけに届くよう……そう呟いて微笑むバラリオは、昨夜と同じようで全く違う雰囲気を纏い其処に居た。
すらりとした細身の部類ではあるが、華奢な印象は与えない引き締まった躯(からだ)と――それを包むサイカとは対照的な純白(シロ)を主とした燕尾服。
ジャケットの下に着込まれた黒色のベストは銀糸を紡いだ繊細なレースで縁取られ、同色のシャツと共にホワイトタイを際立たせている。
髪も服も白いが眩しすぎる事は無く、黒い革靴と手袋……銀のボタンがシックな美しさを添えていた。
「一体どうやって此処に来……」
契約を交わした事は覚えているが、流石に予期していなかったかたちでの再会。
それもすっかり人間らしくなって現れた悪魔を見上げ、率直な疑問を紡ごうとしたイリーシャの口を、漆黒(クロ)に包まれた人差し指が塞いだ。
その柔らかな唇に指を添えたまま、バラリオが囁く。
「そのお話はまた後程……今はお食事と致しましょう、皆様お揃いですよ」
その言葉が終わると同時に指が離れ、バラリオの体で死角になっていた広間の様子がイリーシャの視界に入った。そこには、既にテーブルに着き談笑している両親と傍らに控えるサイカの姿。
あんなに賑やかなのに、何故少しも気が付けなかったのだろう――そう不思議に思いながらも食事の席へ促すバラリオに従い、ある程度歩み寄った所で両親に声を掛けた。
「おはよう御座います。お父様、お母様」
「おはようイリーシャ」
低いけれど優しい声。これは父、クラスト=エステヴァス――翡翠の瞳が穏やかな光を映している。
「あら、おはよう。今日も可愛らしいわね」
程よく高く、澄んだ美声。これは母、リベイユ=エステヴァス――紅に近い茶色の髪は綺麗に結い上げられ、今日も美しい。
その少し奥で、サイカが小さく頭を下げるのが見えた。
タイミングを見計らってバラリオが椅子を引き、イリーシャが腰掛けた時
「ああそうだ、イリーシャに彼を紹介しなくてはね」
とクラストが切り出す。
「彼……?」
彼――というクラストの視線は確実にバラリオに向いているのだが、イリーシャはわざと疑問府を浮かべ父を見た。
「そこに居る〝白い彼〟だよ、今日から家(うち)の使用人になるんだ。名前は……」
姿を目にしてから薄々気付いてはいたが、どうやら今朝聞いた〝新しい使用人〟とはバラリオの事らしい。
更に言葉を続けようとしたクラストをやんわりと遮り、バラリオが口を開いた。
「失礼。旦那様、後は私(わたくし)が」
「おお、そうか?……では頼もう」
遮られた事に何の不満を吐くでもなく、クラストが頷く。
それに「はい」と返し、バラリオはイリーシャへ向き直ってから続けた。
「お初にお目にかかります、イリーシャ様。私は本日より此処、エステヴァス家の従僕(フットマン)を兼ね、貴女様の護衛を務めさせて頂く……バラリオ=フェレスと申します」
どうぞ宜しくお願い致します――そういって礼をするバラリオの態度は〝初対面〟に対するそれ以外のなにものでもなく、違和感など何一つ無かった。
「……ええ、宜しくお願いするわ」
完璧すぎるが故の恐ろしさ――何となくそんなものを感じた所為か少々口元が引き攣りそうになりながらも、笑顔を作ったイリーシャがそう答える。
それからすぐに、ばちぱちと数回の拍手が響いた。
「良かったわ〜……これであなたも安心ね」
鳴らしていた手を止め、母――リベイユが嬉々とした様子でそう告げる。
その勢いでサイカを振り返り、声色そのままに声を掛けた。
「きっと頼りになるわ、サイカもそう思うでしょう?」
「え、ええ……勿論です奥様」
リベイユに同意を求められ、サイカが小さく頷く。その際口元の弧が僅かに引き攣るが、一瞬の事であった為指摘されることはなかった。


朝食後。
「新しい使用人が来る……今朝そう聞いたけど、貴方の事だったのね」
広間を後にして長い廊下を進みながら、イリーシャがそう話を切り出す。安閑とした空気の中唐突に響いた言葉だったが、一歩後ろを歩くバラリオはまるで気に留めず、言い終わると同時に振り返ったイリーシャと視線を交わせた。
「ええ、契約者(あなた)をお傍で御守りする為には……この役職(ポジション)が最適かと思いまして」
淡々とそう語るバラリオの口元には、相変わらず綺麗な弧が描かれている。
青い宝石のような瞳も流れるようなストレートの銀髪も、リボンで軽く結わえて右肩に掛けている事以外は全て――出会った時のままだ。しかし、それでも見事に人として溶け込んでいるバラリオを翡翠の双眸で捉えたまま、再びイリーシャの口が開かれた。
「それはそうね。でも、どんな方法を使ったの?使用人を新しく入れる予定なんて無かったし……」

13bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/12(木) 22:46:52 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
広間でも尋ねようとしたのだが、流されてしまった素朴な疑問。
それを改めて口にすると共に記憶を探り始めた時、
「嗚呼、それでしたら……ご両親と使用人の皆さんの記憶に、〝新たな使用人を雇用する〟という〝予定〟を上書きさせて頂いたのですよ」
思考を断ち切るように響いたバラリオの声(ことば)に、イリーシャの時間(とき)が一瞬止まる。
記憶に、上書き?――これまでの常識ではまず考えられない方法。しかし、悪魔という存在が目の前に在る時点で常識(そんなもの)は覆されていると言って良い。
先程まで心中で膨らんでいた悩みが急激に萎んでいくのを感じながら、イリーシャは溜息を漏らした。
「……悪魔って、結構便利なのね」
「お褒め頂き光栄です」
「褒めてないわ」
心の底から出た言葉に対しクスリと笑みを零したバラリオに対し、ぴしゃりと言い切る。
まるでダメージを受けない――それどころか益々深まる悪戯っ子のような笑顔を見て、イリーシャはまた一つ溜息を吐いた。


その日の夜――
イリーシャを自室まで送り届けたバラリオは、早い内に大体の造りを覚えておこうと屋敷内を徘徊していた。上流貴族の屋敷に相応しい煌びやかな装飾と、壁に飾られた様々な色合いの絵画――それらを視界の端に捉えつつ歩き続け、やがて厨房付近に差しかかった時。光が漏れる扉の隙間から微かな話し声が聞こえ、そっと歩み寄った。
中に居るのは、漆黒の燕尾服に身を包むサイカのみ。手つきと響いてくる音からして、どうやら食器を片付けている最中らしい。メイドの他に料理人(コック)や家政婦(ハウスキーパー)も居ることには居るのだが、今は事情があり屋敷を離れていると聞いた。その分の仕事は現在、サイカが執事(バトラー)と兼ねて行っているのだとか。
取り敢えず此処で黙っているよりは何か手伝おうか――そう思い扉に手を掛けた瞬間、
――シュッ
「っ!」
突如、鋭い音と共に飛ばされてきたナイフの刃先が迫った。素早く身を引いて避け、金属音を響かせて床に転がったそれを片手で拾い上げる。
前方へ視線を戻すと、完全に開かれた扉の奥から此方を見据えるサイカの姿があった。
「なんだお前か、足音を潜めて近付くな紛らわしい……」
青碧(せいへき)の瞳を警戒に細めたまま溜息を落としたサイカに、ナイフを差し出しながらバラリオが口を開く。
「おや、それは申し訳御座いません。ですが少々直接的すぎるのでは?」
謝罪の後に紡がれたのは、確実に人間の急所――首筋に向けられていた凶器への指摘。
自分でなければ今頃立ってはいられなかっただろうと、バラリオは内心で呟いた。
しかしその呟きが届く筈もなく、ナイフを受け取ったサイカはその代わりとでも言うように白い布を放る。
「私はエステヴァスの使用人として当然の事をしたまでだ。それに……〝あれ〟でやられる程度の輩など此処には必要ない」
布を投げ渡されたバラリオはその意図を察し濡れた食器を手に取りながら、サイカの言葉に耳を傾けた。そして一言、
「……成程、それが貴方の〝美学〟という訳ですね」
と告げる。訪れた沈黙を無言の肯定と受け取り、一呼吸置いてからバラリオは唐突に問い掛けた。
「ときにサイカさん、私の事はお嫌いですか?」
「何故そう思う」
黙った事を指摘されるのかと思えば、全く違う調子で声を掛けてきたバラリオにサイカが無感情に聞き返す。
「……朝食の席で、奥様への賛同を躊躇しているように見受けられましたので」
「気付いていたのか……」
「ええ、他者(ひと)の表情の変化には鋭いつもりですよ。それで……結局どうなのです」
朝方の広間にて――リベイユがバラリオについて語ったあの時、僅かだが確かに浮かべられていた苦笑。
恐らく気付いた者は居ないだろうと思っていた事を指摘され、サイカが呟くように言葉を零す。そして答えを促すバラリオに対し、スッパリと言い切った。

「嫌いだ」
――と。
「……普通そこまで言い切りますか」
「何か言ったか?」
「いえ何でも」

サイカ=クロフォードは自分の心に嘘を吐けぬ真っ直ぐな人間――もとい、〝真っ直ぐすぎて厄介な人間〟。
この夜、黒い執事(バトラー)と白の従僕(フットマン)――対極の色を纏う二人の間で何かが始まった。

14bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/12(木) 22:56:03 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
>>かぐやさん

おお、また来て下さって嬉しいです^^

そして…バラリオの役職は従僕でしたー。ついでにサイカの本性も表に出てます(ぇ)
あ、執事と双子メイドのセットは私の趣味でs←




調べて下さったんですか++
一応テーマでもあるので、近々本編でも登場させようと考えていますノ

15bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/12(木) 23:04:23 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp

すみません、ミスを発見したので訂正しますね;

>>13本文中の
「光が漏れる扉の隙間から微かな話し声が聞こえ」という部分は
「光が漏れる扉の隙間から微かな物音が聞こえ」の間違いです。

以後気をつけます><;

16ファイヤーマンゴータイムなボーボボ:2012/04/13(金) 05:09:47 HOST:ntfkok190145.fkok.nt.ftth4.ppp.infoweb.ne.jp
シャングリラリラる

17bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/14(土) 00:17:01 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp

Episode.6 Reincarnation<再来>

純白を捨て、漆黒に堕ちた天使。
彼らの一度目の襲撃から数日が経過した頃、ある〝怪事件〟が人間界――ケルント国内を騒がせていた。
それは囁かれる噂や新聞、あらゆるかたちでエステヴァス家に伝わる。
シトシトと雨が降り続く中――屋敷の自室で新聞の表紙を飾る記事を暫く目で追った後、イリーシャは傍らで同じ場所を見据えているバラリオに語りかけた。
「〝名門ウィングベル家、謎の失血死を遂げる〟、その後相次いで数人の被害者が……明らかに怪しいわよね、これ」
イリーシャが読み上げた大きな見出しの横には、今回最大の被害を受けたウィングベル一家とその他数名の顔写真が掲載されている。
バラリオはその一人ひとりをじっくりと眺めた後、一面に羅列する文字の一部分を人差し指でなぞった。
「ええ、〝現場と遺体の傍には、決まって漆黒(くろ)い羽根が〟……これは天使のもので間違いないでしょう。本格的に動き出したようですね」
エステヴァスと同じく、ケルント内で名門貴族として知られるウィングベル家。その高度な防犯装置(セキュリティ)の網を掻い潜り、いとも簡単に屋敷の人間を手に掛ける――とても人間の成せる業(わざ)ではない。
「失血死って……」
そう呟き、イリーシャが僅かに青褪める。一体どれ程の血が流れ出たのか――実際そのような状況に身を置いた事は無い為想像にすぎないのだが、その光景を描く脳内では妙に現実的(リアル)な映像が流れていた。
「恐らく動機は数日前の襲撃と同様……お嬢様?」
ぽつりと呟くなり黙り込んでしまったイリーシャに、バラリオが言葉を切って問い掛ける。
「え、あ……御免なさい、続けて頂戴」
生まれてから現在(いま)まで、そこまで大量の出血を目にした事はない。つまりは十分な耐性が無い為に少々意識を飛ばしかけていたイリーシャは、横から響いたバラリオの声に新聞から顔を上げた。
――その表情に浮かぶ、微かだが明らかな〝恐怖〟。隠し切れずに滲み出ているそれは敢えて指摘せずに、バラリオはただ返された言葉通り改めて口を開く。
「家柄問わず被害者全員に共通しているのは、致命傷となった〝逆十字〟の傷跡が首筋に刻まれている事です……恐らくあの夜、貴女にも施される筈だったものでしょう」
「私に……」
あの夜――そう言われて浮かぶのは自分に迫る刃。あの時天使と名乗った男は、確かに〝血を寄越せ〟と言ってきた。
――血を、欲しがっていた。
「……ねえ、バラリオ」
「はい」
「天使にとって人間(わたしたち)の血は……」
一体何なのか――そう問おうとして、イリーシャは言い澱(よど)む。
続きを紡ごうと止まってしまった唇を動かそうとした時、
「御馳走(ごちそう)ですよ」
言葉の先を察したバラリオが淡々とそう告げた。あまりにもあっさりと――そして迷いなく言い切られた答えに、イリーシャは驚愕を隠せずに瞳を見開く。
そんな様子に追い討ちをかけるように、バラリオは続けた。
「言い方を変えるなら甘美なスイーツでしょうか……今の天使達にとって、〝欲〟にとり憑かれた人間の血液程美味なものはありませんから」
遠い昔、神の下天上の世界で暮らしていた天使達――清らかなものしか映さなかった瞳は今や〝欲望〟を求め、その化身とも言うべき人間を貪る。
貴女も人間ならば欲の一つや二つ、その胸に持っているでしょう――そう言ってきたバラリオに小さく頷き、イリーシャは自身に向けられる薄群青の瞳を見つめ返した。
そして一つ、疑問を投げ掛ける。
「悪魔(あなた)にもあるの……?」
確かに人間は、いつの時代も欲と共に生きている。その生を終えない限り、逃れる事は不可能だろう……。
自分も決して例外ではないと分かっているからこそ、生まれた疑問――
それを受けたバラリオは一瞬瞳を伏せ、次の瞬間には微笑を添えて口を開いた。
「いいえ、そもそも私達には人間のように複雑な感情(こころ)は在りませんから……そのような感覚は理解しかねます。唯一在るとすれば……」
――それは、〝Shangri-La(シャングリラ)〟への憧れ。
「Shangri-La(シャングリラ)…………」
何処か遠くを見るような眼差し――そんなバラリオの様子にイリーシャがそう呟いた刹那、


――室内が眩い光に満たされ、凄まじい雷鳴が響いた。

18bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/15(日) 22:14:29 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
「きゃっ……!?」
思わず両手で耳を塞ぎ蹲った少女の様子に確かな〝何か〟を感じ取ったバラリオは、窓から覗く景色を見て眉を寄せた。
外は薄暗いが、つい数分前まで降り続いていた雫は全く見られない。
「これは…………」

その異質な闇に小さな呟きを零した直後、二人の頭上に大きな影が掛かる。
反射的に見上げた双眸で捉えたのは――黒い翼を広げた銀髪の少年。
音も無く侵入した〝それ〟は、標的を捉えるなりにこりと無邪気に微笑んだ。
「久し振りだね、お二人サン。ボクの事覚えてる?」
同じ銀髪の筈なのに、バラリオとは何処か違うダークシルバーの長髪――そして場にそぐわない軽い声色。全てが全て、あの夜と同じ。
――あの時の天使が、其処にはいた。
以前は見えなかった翼が、今はやけにはっきりと視界に映る。
あんな事があったのに忘れる筈がない――
そうは思うも言葉にならず、ただ息を呑むのが精一杯だった。
悪夢の、〝再来〟に……。
喉から出掛かる一言を発する事が出来ず、イリーシャは少年を見据えたまま押し黙る。
その時、
「馬鹿にしてもらっては困りますね」
重たい沈黙を破ったのはバラリオの一声だった。
透き通った氷のような群青の瞳は、先程までと違い冷たく鋭利な光を宿している。
口に出してこそいないものの、その眼光が〝忘れる筈がない〟としっかり告げていた。
「おっと怖い、ちょっとからかっただけなのに大人気ないよー悪魔さん」
「貴方の基準と私を同一視しないで下さい、〝堕ちた天使(フォールンエンジェル)〟。わざわざこんな所まで乗り込んできて……目的は、また〝彼女〟の血液ですか?」
返された言葉をスッパリと切り捨て、声色を変えずに淡々と問うバラリオ。
それに対し天使――シキはイリーシャへ視線を移し、
「まぁそれもあるけど……今回はちょっと違うんだよネ!」
――ザンッ
素早く剣(つるぎ)を振り下ろした。
それは咄嗟に受け止めたバラリオの右腕を斜めに切り裂き、瞬く間に離れていく。
白い腕は傷口から滲む朱(あか)で染まり、唇からは微かな呻きが零れた。
「バラリオっ!」
「あっははははは!!」
思わず叫びに近い声を上げたイリーシャのそれと、シキの高笑いが見事に重なる。
「くく、はははっ……悪魔が人間に跪くなんて本当傑作だよ〜!」
「っ! 貴方いい加減に……!」
悪魔だろうと人間だろうと関係ない――仮にも命を救ってくれた存在が目の前で傷つけられ、嗤(わら)われた。
あまりの仕打ちにイリーシャが無謀にも立ち向かって行こうとした時、
「お待ち下さい、お嬢様」
背後からの声が彼女を止めた。
バラリオは立ち上がった細い体を自身の方へ引き寄せ、危険から護るように包み込む。
「バラリオ、傷は……?」
つい数秒前までは、確かに傷口を押さえ苦しげな息を吐いていた彼。
それがまるで嘘のように、回された腕は力強い。
自身に対する心配と、その他諸々の感情が入り混じった表情を浮かべるイリーシャにいつもの笑顔を作り、バラリオは答える。
「大丈夫ですよ、この程度ならばすぐに治ります……悪魔の治癒能力は人間(ひと)の倍以上ですから。それに……」
「……それに?」
「貴女と私を結ぶ〝契約印(しるし)〟が、この身に力をくれます」
――だから、大丈夫です。
そう告げて、バラリオはもう一度微笑んだ。
こうして話している間にも傷口は癒え、出血の痕は残っているが傷自体はもう殆ど目立たないまでになっている。
契約印(しるし)――そう言ってバラリオが触れた少女の右手の甲には、荊(イバラ)に囲われた薔薇の紋章が浮かび上がっていた。
まさに血汐(ちしお)の如く紅い色彩を放つそれは、あの日の誓いを甦らせる。
「……そうね、そうだったわ」
不安に揺れていた翡翠の瞳は本来の光を取り戻し、微かな笑みさえ浮かべてイリーシャはそう言った。

その光景を見ていたシキは、一人不満げな声を上げる。
「なぁに? 悪魔と人間で恋人ごっこでもしてる訳? ……別にどうでも良いけどさ、今までの間に屋敷を包囲させてもらったよ」
相変わらず無邪気な声色でそう言い捨てるなり翼をはためかせ、漆黒(くろ)い羽根を舞わせながら下方の二人へ距離を詰めた。
「つまりボクが此処に来たのはただの囮(おとり)、時間稼ぎだったんだよ! どう、悔しい? 言ったよね……〝いつか殺す〟って」

19bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/22(日) 17:07:56 HOST:p1181-ipbf1608sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp

Episode.7 Both<共に>

「右に20、左に30、正面と……恐らく裏にもそれぞれ20は配置されているようですね。……よくまぁここまで集めたものです」
「呑気に言っている場合じゃないわ、凄い数よ」

天使――シキが狂ったような笑い声と共に姿を消してから、数分。
無残に砕け散った窓の向こうを眺め、時折指を使いながら見て取れる複数の〝影〟を数えていく。
勿論、感覚的なものも含めて人間の視力でどうにかなる事ではなく、それを行っているのはバラリオである。
少しして紡がれた確認終了の言葉――その動揺が一切感じられない淡々とした声色を〝呑気〟と捉えたイリーシャが、軽く指摘しながら隣に並ぶ。
そのまま少しだけ身を乗り出して暫く目を凝らすも、やがて諦め溜息を落とした。
「はぁ……やっぱり私じゃよく見えないわ。貴方の目が正しいなら100人近くは居るみたいだけど、強そう?」
「いえ、はっきり言って雑魚の寄せ集めです。ただ、数が数ですので……」
そこまで言って、バラリオは黙り込んだ。
この数をどう対処すべきか――それを思案しているのだろう。

「バラリオ、貴方は強い?」


「……はい?」
唐突な問いに思考を遮断され、咄嗟に理解する事が出来なかったのか小首を傾げるバラリオ。
そんな彼の様子に構わず、イリーシャはすかさず問い直した。
「倒せそうなのか、って訊いてるの」
「少々骨は折れますが、不可能ではないかと」
「……そう、なら大丈夫ね」
何が大丈夫なのか――安堵の息を吐いた彼女に対し、バラリオが心中で疑問府を浮かべたのとほぼ同時。
「行きましょう」
そう言うなりイリーシャは窓から離れ、部屋の扉に向かって歩きはじめた。
一瞬遅れて動いたバラリオがその背を追い、彼女の前に立ち塞がる。
「お待ち下さい、何処へ?」
「外よ。此処に篭っていても何も変わらないでしょう、手遅れになる前に動かなきゃ」
「……御尤もです。しかしそれでは」
「行くわ!」
――貴女も危険に晒されてしまう。そう言おうとしたバラリオを遮り、言葉の先を察したイリーシャが声を上げ繰り返す。
私も戦場(そこ)へ行く、と。
「………………」
契約時とよく似た、強い意志を宿した瞳。そのあまりの気迫に押され、言うべき言葉を失ったバラリオは口を閉ざした。
何故。たった一言――そう問う事もせずに、発言する代わりに薄群青の瞳で目の前の少女を見つめる。
対するイリーシャもバラリオを翡翠の瞳に映し、やがて沈黙を破った。
「……こうでも言わないと、きっと貴方は一人で行ってしまうでしょう? それは嫌なの」
契約者と悪魔。それだけの関係だけれど、彼一人を行かせて自分は此処で隠れているなんて――自分だけが危険を避けるなんてことは、したくない。
バラリオはただ無言で、紡がれる言葉に耳を傾けている。
「それに、いくら治りが早くても心配なものは心配だし……私の見えない所で傷ついて欲しくないわ」
そこに在るのは、ただひたすらに一途な感情。
知り合って間もない存在、〝人〟ですらなくともそれを無意味に捨て置く事が出来ない――嗚呼、人間とはそういう生き物だ。
中には薄情な者も居ると聞くが、目の前の少女は前者らしい。
まだ深く触れた事はない人間の心――その複雑な感情が垣間見え、バラリオは意味深な笑みと共に口を開いた。
「つまりは、悪魔である私を心配して下さったと?」
「……そっ、そうよ、分かったなら早く連れてって!」

明らかに照れ隠しを含んだ言葉。
それに対しバラリオはクスリと別の笑みを零すと、ただ一言――小さな体を抱き上げて答えた。


「御意」

20bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/04/29(日) 18:06:14 HOST:p3021-ipbf1310sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
――私が良いと言うまで、腕の力を決して緩めないで下さいね。
そう告げられ一気に景色が変わったかと思えば、既に自室の扉どころか窓からも遠ざかった上空にいた。
言われた通り腕が緩まないようしっかりと力を込め、間もなく訪れるだろう地へ降り立つ瞬間(とき)を待つ。
やがて軽い衝撃を感じ、それと同時に「もう力を抜いて大丈夫ですよ」というバラリオの声が聞こえた。
丁寧な動作で庭園の芝生の上へ降ろしてもらい、周囲を見渡す。
まだ目立った動きはないようだが、漂う重苦しい空気は室内に居た時と変わらない。
寧ろ、更に濃くなっている気がした。

「よぉ、シキは上手く働いたようだな」
――突如鋭く響き、鼓膜を突いた低い男声。
それに気付いて顔を上げた時、前方では既に一人の男が笑みを浮かべていた。
イリーシャは息を呑み、バラリオは彼女を庇うように一歩前へ出る。
「やはり貴方も来ていましたか。お久し振りです、〝ルイルイ〟さん?」
「〝ルイト〟だ、次そう呼びやがったら殺す。相変わらず減らず口じゃねぇか」
「おや、これは失礼。もう一方がそう連呼されていたので、てっきりそちらがお名前かと」
ピリピリと、電流が走っているのかと錯覚させる空気が肌を刺す。
にっこりと完璧なまでの笑顔を浮かべるバラリオとは対照的に、ルイトの額にはハッキリと青筋が浮かんでいた。
――ちょっと、そんなに挑発して大丈夫なの?
緊張で咄嗟に声が出ず目線だけでそう訴えたイリーシャだが、肩越しに振り返ったバラリオの愉しげな瞳に押され、気付けばその眼光から目を逸らしてしまっていた。

「はっ! その澄ました面がいつまで持つか見物だな!!」
ついに堪忍袋の緒が切れたらしいルイトが、一気にバラリオへと走り寄る。
そして戦闘斧(バトルアックス)を構えた両腕を大きく振りかぶった。
直後。
――ザンッ!
「なっ!?」
響いたのはバラリオの悲鳴ではなく、驚愕に震えるルイトの声だった。
空っぽになった腕の中と、地に突き立った形で静止している斧とを交互に見やる。
「流石は〝対悪魔兵器(エクソシスター)〟、破壊までは至らなかったようですね」
傷一つ、ヒビ一つ入っていない戦闘斧(バトルアックス)を眺め、何処かうっとりとした響きさえ持たせてそう言うバラリオ。
その左手には、いつの間に取り出したのか銀(シルバー)のレイピアが握られていた。
「そして私のこれは〝対天使兵器(アンジェスト)〟、これなら貴方と互角に戦う事が出来るでしょう?」
その細い形状の剣と戦闘斧(バトルアックス)とでは著しい差があり、普通に考えて押し負けるのはレイピアの方だ。
しかし、彼はその差をものともせずに斧を薙ぎ払い、今の状況を作った。
――否、差など最初から存在していなかった、と言うのが正解だろう。
一連の動きを追っていたイリーシャは、ただただ目を凝らして、繰り広げられる光景を眺めていた。
「……成程な」
ポツリ、と静寂の中にルイトの声が響く。
「〝対天使兵器(アンジェスト)〟を持ってるっつーことは、お前下っ端じゃねぇな」
アンジェストを所持しているという事実は、数居る中でも屈指の上級悪魔である証――
どおりであの時妙な〝気〟に押されちまった訳だ、と初めて見(まみ)えた夜の事を思い起こしていたルイトの思考に、クスクスと笑む悪魔の声が割り込む。
「ふふっ……さぁ、どうでしょう。どちらであれお相手はさせて頂きますよ」
――そんな事、大した問題ではありませんから。
そう言っている間も笑顔は崩れないままだが、瞳だけは鋭い光を湛え眼前の天使(エモノ)を見据えていた。
「……やっぱいけ好かねぇな、お前」
「それはどうも」
「褒めてねぇ」

「………………」
何処かで聞いたようなやり取りだ。
そんな事を思い、微妙な表情を浮かべたイリーシャの目の前で状況は更に進展する。

「……下らないやり取りは止めだ、こっからは本気で行くぜ?」
そう言ってニヤリと笑むルイトの手には、地から抜かれ万全の状態に戻った戦闘斧(バトルアックス)。
対するバラリオも不適な笑みを浮かべ、手の内のレイピアをしっかりと構え直す。
「お手柔らかに……などと野暮な事は申しません、お好きにどうぞ」
「ハハハッ! 言ったな? 後悔するんじゃねぇぞ、悪魔!!」
「その言葉、そのままお返ししますよ……!」

瞬間、同時に駆け出した両者の間で甲高い金属音が響いた。

21月波煌夜:2012/04/30(月) 17:20:29 HOST:proxyag105.docomo.ne.jp
>>bitterさん

こんにちは(o^_^o)

バラリオかっけえ!と手に汗握ってしまいました←
イリーシャは相変わらず可愛いです。可愛いだけじゃなく、内面の強さがまた素敵です。
お屋敷や戦闘シーンの緻密な描写……惚れ惚れします(*´д`*)
シャングリラ(←カタカナ失礼します)もついに作中に登場、凄く気になるワードですね!
また覗かせてくださいw

22bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/05/03(木) 18:57:22 HOST:p3021-ipbf1310sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
>>かぐやさん

こんにちは!←
思いのほか反応が遅れてしまい、すみません><;

わぁ…そう言って頂けると凄く嬉しいです++
イリーシャは段々キャラが変わっていく予感が拭えませんw
シャングリラ(←私も使うのでカタカナで大丈夫ですよノ)もどういう風に組み込んでいこうかと…細かい展開を思案中です←
コメント有難う御座いました、励みにして頑張りますね^^ノ

23bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/05/03(木) 19:06:32 HOST:p3021-ipbf1310sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp

Episode.8 Special character exertion<本領発揮>

天使と悪魔――両者の戦いが勃発した直後、その光景を上空から眺める二つの影があった。
一つは赤銅(しゃくどう)色のローブに身を包む細身の人物、もう一つはその傍らに寄り添うように存在する黒髪、黒衣の青年だ。
「邪気……」
眼下に広がる景色の一点を見とめそう発した青年の横で、同じようにその場所を見据えていたもう一人も口を開いた。
「……ついに始まりおったか。雑魚が90と名のある天使が2……否、あれは1匹と数えるべきか……?」
大国ケルントの一部を覆う深い闇を切れ長の瞳に映し、紅の髪を靡(なび)かせる〝それ〟は当然のように空中で鎮座しながら、形の良い眉を寄せる。
が、それも一瞬――意味深な言葉を発する唇はやがて弧を描き、愉しげに歪められた。
その様はまさに、ただ成り行きを眺める傍観者の如く。
髪と同じ紅の双眸はその色に反して氷のような光を宿し、静かに眼下を見下ろす。
「奴等、特殊……故に、厄介」
「そうだな。まぁ、〝奴〟は平気だろうがあの娘……」


「このままでは闇に呑まれるぞ」




――キンッ
「……、凄い…………」
つい先程から戦場と化したエステヴァス邸の庭園。
其処で繰り広げられる戦いを目の前に捉えながら、イリーシャは唖然としていた。
零れた言葉は酷く短いもので――しかしそれでも、最大限言い表せたつもりだった。
荒々しい動きながら的確に武器を振り下ろすルイトと、それを避けつつ反撃の隙を狙って剣(つるぎ)を奮うバラリオ――戦闘スタイルが全く違う二人の勝負の行く末は、まだまだ見えそうもない。
両者共息切れさえせずに、刃が重なり合う金属音だけを幾度も響かせていた。
「…………っ!」
不意にバラリオの体勢が崩れ、その様子をしっかりと捉えていたイリーシャは息を呑む。
すぐに次の攻撃が迫り、その背に駆け寄ろうと踏み出した瞬間、
――視界一杯に、〝純白(シロ)〟が広がった。
「…………翼?」
そのままスローモーションのように数秒が経過し、漸く捉えたのは白い背を飾る大きな翼だった。
翼――といっても鳥類や天使のそれとは明らかに形状が異なり、舞い散る羽根は無い。
あえてイメージを当て嵌めるとすれば、〝蝙蝠(コウモリ)〟だろうか。しかし目の前で広がるそれは白く、淡い光さえ纏って其処にあった。
「ふぅ……中々御出来になるようですね、地上で翼を開くなど何時(いつ)振りでしょう……」
軽く膝をついていた状態から立ち上がり、体勢を戻したバラリオがそんな言葉を零す。
「よく言うぜ、今結構ギリギリだったろ」
「どうでしょうね。好きに解釈して下さって構いませんよ」
そう言ってまたもはぐらかすバラリオの眼前へ戦闘斧(バトルアックス)を突きつけたままのルイトは、僅かに眉を寄せ相変わらず笑みを崩さない口元に鋭く舌打ちした。
――どうすればあの余裕を崩せる?
現在ルイトの思考を埋めるのはそればかりで、不意にバサリと豪快な音を立てて翼を解放した。バラリオとは対照的に闇色に染まったそれは、薄暗い曇天の下でもハッキリとその存在を主張する。
二、三度はためかせると数枚の羽根が抜け落ち、風に乗ってイリーシャの元まで届いた。
それが再び風に攫われ彼方へ消えたのとほぼ同時、

『オオォオオォォォオオ――!!』

「「っ……!?」」
突如として響き渡った凄まじい咆哮(ほうこう)。
これにはバラリオも双眸を見開き、背後のイリーシャと共に息を呑む。
周囲――かなりの広範囲から発せられたそれは、どうやら屋敷を取り囲む下級天使達のもので、先刻よりも確実に禍々しさを増していた。
まるで、そのリーダ格が露出させた力に呼応しているかのように。
「どうだ、可愛い奴等だろう? ……集まれば百人力、こうやって」
――バシュッ
「強大な闇を創り出す事も出来るんだぜ!」
ルイトの言葉が終わるや否や、イリーシャの足下が漆黒(クロ)に染まった。
「イリーシャ様っ」
咄嗟に腕を伸ばしたバラリオだが、指先を微かに掠めるのみに終わってしまう。
瞬く間に広がった闇へ引き摺り込まれ、やがて完全にその場から消えてしまった。
空を切った右手を軽く握り締め、今までとは違う笑みで口元を飾る。
「下級(ザコ)でも用途によっては役に立つのですね、流石……部下の使い方がよく解っていらっしゃる」
「ははっ! これでお前の大事な〝契約者〟は闇の底だ、悔しいか?」
心底愉しげに笑うルイトを前に、一瞬バラリオの笑みが消える。
――が、次の瞬間には満面の笑みとして甦った。

「ええ、とても。貴方をこの場から消し去って……私の大事な〝お嬢様〟を返して頂きましょうか」

24bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/05/12(土) 20:46:47 HOST:p3021-ipbf1310sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
「〝お嬢様〟、な……たかが人間の小娘に随分な入れ込みようじゃねぇか」
「契約を交わしたその瞬間から、彼女は私の主ですよ? それに……今は〝ただの悪魔〟ではなく、エステヴァスにお仕えする使用人ですから」
――〝彼女〟を敬うのも、こうしてお屋敷を護るのも当然の事。
瞳に宿る光と言葉でそう示すバラリオに対し、ルイトは気だるげに肩を回す。
ついでに首も軽く捻り、小馬鹿にするようにふん、と鼻を鳴らした。
「俺にはてんで理解出来ねぇ事ばっか言いやがる……なら〝ただの使用人〟として殺してやらぁ!」
その言葉が終わるか終わらないか――停止していた戦闘斧(バトルアックス)が、絶妙なタイミングでバラリオの首筋目掛けて振り下ろされる。
「っ!」
首を斬り落とす勢いで迫った刃先をギリギリのところで避け、芝生に肩膝を着いたバラリオの真横で裂かれた草が舞った。
地を抉った為に、農具のように土と泥を纏った斧――しかしその鋭さは衰えず、更に輝きを増したようにさえ見える。
最もその〝輝き〟は、明けの明星(ルシフェル)とは似て似つかぬものだが。
もはや、かつて〝聖域(サンクチュアリ)〟と称された天界は何処にも無い。
――再び奮われた斧と、それを受け止めた片手剣(レイピア)。
その間で響いた甲高い金属音が鼓膜を突く中、バラリオは再確認のように実感していた。
「……堕ちた、ものですね。……本当に」
そう呟いた声は刃が擦れ合う音に掻き消され、誰にも届かず冷えた空気の中へ溶ける。
暗い影に満ちた心とは裏腹に、〝笑み〟という歪んだ弧を濃くしていく口許。
紅く輝きはじめた双眸を隠そうともせず、バラリオは均衡を保っていた刃を一気に押し返した。
――ガキィンッと一際大きな金属音を響かせ、重なり合っていた斧と剣が離れる。
「うおっ! とっ、と……!」
「余所見をしている暇はありませんよ!」
――ドスッ
「っぐああぁあ……!!」

全てが、一瞬だった。
余りの衝撃に体勢を崩したルイトの隙を利用し、その胸部を目掛けて突き出されたレイピア。
天使だろうと悪魔だろうと、〝急所〟とされる部位は人間と変わらない。
見事に心臓を貫かれたルイトは鈍い音の後に叫びを上げ、刃が抜かれると同時に芝生へ倒れ込んだ。

「……これだから天使は嫌いなんですよ。醜悪で価値の無い、残らず滅ぶべき存在だ」



その頃、屋敷内の調理場。
此処では外の騒ぎの真相など知る由もなく、いつも通りの会話が繰り広げられていた。

「ねー、さっきの音何でしょうねー?」
「何だろーねー、大きな音だったよねー」
「……お前達、口を動かすなら手を倍動かせ」
アフタヌーンティーの準備途中――ティーセットを磨きながら互いに首を傾げる双子のメイドの会話に、執事の一声が割り込む。
それに対しミュウとファイは同時に頬をふくらませ、泡立て器片手にボウルの中身を掻き混ぜているサイカをじとーっと見つめた。
「サイカひどい」
「クロフォードさん冷たーい」
「五月蝿い、それと何処がだ。別に話すなとは言っていないだろう」
――いいから手を動かせ。
口々に不満を述べる二人を再び一喝したサイカだが、内心では先程響いた音の事を気に掛けていた。
大分遠くから聞こえた為方向までは分からないが、確かに鼓膜を突いた騒音。
一度目は何かが――そう、硝子が打ち破られたような音だった。
そして二度目は――、

――ガシャンッ
「あー、割っちゃった……」
碧い装飾が施されたティーカップが、床の上で無残に砕け散る。
手を滑らせてしまった張本人であるファイは、イエローグリーンの瞳を伏せて呟いた。
すぐさま横からミュウの腕が伸ばされ、落ち込むファイを励ましながら手際よくカップを片付けていく。
「また怒られちゃうよー……」
「大丈夫ですよ、ファイ。今週はまだ一度も割っていませんでしたし」
「…………」
「……クロフォードさん?」
自信満々――という風に胸を張って言い切ったミュウだが、普段ならすかさず〝そういう問題ではない〟と突っ込んでくる筈の声が無い事を不思議に思い、オレンジの瞳でサイカを窺い見た。
が――次の瞬間、
薄暗い窓の外へ視線を遣ったまま停止していたサイカが音を立てて調理器具を置き、あっと言う間もなく開け放たれていた扉の向こうへ走って行った。
「えっ、ちょ……クロフォードさん!?」
突然の出来事に対処しきれず――ミュウは声を上げ、ファイは無言でサイカが去った方向を眺めるのが精一杯。
二人は文字通り、何も出来ずに固まっていた。

25名無しさん:2012/05/12(土) 21:36:41 HOST:KD111107161085.au-net.ne.jp
私は、ほぼ十人並みの女の子。
そんな私に突然やって来た。
「ここ、どこ?」
目を開けると同時に言葉が飛び出た。
前にならぶ、何千人の若い男の人。
そして、いきなり知らない女の人がでてきた
「どの方がお好みでしょうか。」
低く、力強い声で聞いてきた。
「えっ!あの・・・」
頭はいろんな事が起きてグルングルンだ。
「あっ!えっと・・・あのひ、人で。」
顔も見れてないまま答えた。
「かしこまりました。」
そう答えると、いきなり真っ暗になった。
「・・おい・・おい・・・大丈夫か?」
体をゆすりながら、優しい声で聞いてきた。
「・・・・・ん・・・・・。」
目を開けると、男の人が立っている。
今までにしたことのないぐらいに目を見開いた。
「・・・・誰!?あっ!!!」
ビックリした。
確かに私が選んだ、さっきの男の人だった。
続く

26bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/05/23(水) 19:24:39 HOST:p4239-ipbf2501sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp

Episode.9 In the inside of darkness<暗闇の中で>




「……ここ、何処…………?」

黒一色の深い闇の中、少女の声がか細く響いた。
しかしそれは数度空間にこだまするだけで、答える者は無い。
美しい紅茶色の髪と透き通った翡翠(エメラルド)の瞳を持つ少女――イリーシャは、淡く青がかった白いドレスの裾を軽く持ち上げ、立ち上がってもう一度辺りを見回す。
しかし何度見ても、闇の向こうにあるかもしれない何かを瞳に映そうと必死に目を凝らしても――結果は同じ、眼前の漆黒(クロ)は重たく出口を閉ざしたままだ。

――あの二人はどうなったかしら。

ふと、浮かべずにはいられなかった疑問。
あの時は、本当にあっという間に視界が闇に覆われて――〝イリーシャ様っ〟
半ば叫ぶようにそう言って手を伸ばしてきた悪魔(バラリオ)の声が、まだ耳の奥に残っている。
そこまで考えて、イリーシャは両手を軽く握り締めた。
ふるふると、小刻みに震えだす身体――

「……結局、足手まといなだけなのね」

ぽつりと零れた言葉は冷静で、嘘偽りの無い事実。
正直――契約から数日経った今でも、悪魔を従えている自覚がはっきりとある訳ではない。
当然〝戦う〟なんて芸当が出来る訳がないのだけれど、それでも何かしたい――そう思って飛び出してきた筈だった。
きっとこの暗闇が開けた先では、まだ彼が戦っている。
此処に落とされてからどれくらいの時が経過したのかは分からないが、〝黙っていても何も変わらない〟――それだけは確かだ。
――誰でもない、自分自身が放った言葉じゃないか。
そう気付いた瞬間心を覆っていた雨雲が晴れ、思考は別の方向へ傾いた。
(何とか、私一人でも抜け出す方法は無いかしら……?)
屋敷を出た頃から姿が見えないもう一人の天使――シキの事も気に掛かる。
しかし、今そんな事を気にしたところで意味は無い。
全てはこの空間を抜け出してからだと、イリーシャは前方の闇を見据えた。

27Keith=Crawford(吸血鬼⑦) ◆l9W5Se6QS6:2012/05/27(日) 18:59:58 HOST:p4239-ipbf2501sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
その頃、戦いの場である庭園。
先刻までよりは幾分か静かになった其処には、緑の芝生を紅に染めて倒れ伏す天使――そして、それを見下ろすように佇む悪魔の姿があった。
「……やはり所詮は雑魚、将を絶ってしまえば大人しくなるのですね」
ぴくりとも動かないルイトを薄群青に戻った双眸で眺め、勝ち誇ったような笑みで口元を歪めるバラリオ。
しかしその瞳に感情は一切無く、ただ氷のような冷たさを纏うだけだった。
ルイトの背を飾る翼は力なく地を這い、周囲の色と同化して殆ど見えない。
それをちらりと見やったのを最後に視線を空へ移し、晴れる気配のない暗雲を見上げる。
が――その視線は十秒も留まる事なく別の場所へと向けられた。
というのも――特に強い力は無さそうだが、悪魔からみても〝猛スピード〟と言える速さで此処に近付いてくる――そんな気配を感じたからだ。
正直天使(これ)以上の面倒事は御免被りたいところだが、放っておいては後で更に面倒が上積みされるだろう。
仕方ない、早々に処理しましょうか――そう溜息交じりに呟くと、バラリオは〝気配〟が迫り来る方向へレイピアの切っ先を向けた。
やがて――静寂の中草を踏む足音が響きだし、それが目の前で停止すると同時に剣を振り上げる。

――ガキィンッ

「っ……!」
鋭い金属音の後――ドサリ、と芝生に倒れ込んだ人物の顔が薄明かりに照らされ、直前まで冷静一色に染まっていたバラリオの双眸が見開かれた。
それと同時に相手の顔にも驚愕が浮かび、信じられないとばかりに二、三度瞳を瞬かせる。
「貴様ッ、バラリオ=フェレス……!?」
「……、一体何をしているのです、サイカさん」
「それは私の台詞だ! 貴様こそ此処で何を……いや、それよりもこの状況は何だ!」
はい、そうです――最早そう返すのも面倒で一方的に問うたバラリオだったが、半ば怒鳴るように勢いよく問い返され、先程までとはまた違う意味で深い溜息を吐いた。
しかしサイカにしてみれば――二度にも及ぶ原因不明の騒音、屋敷から飛び出してみれば不自然な暗闇に覆われた景色、そして極めつけは――何故か傷だらけ(?)の従僕(フットマン)。
此処まで謎が溢れていて〝訊くな〟と言う方が無理、というか一種の拷問である。
「……おい、聞いているのか?」
これは見事に、〝面倒事〟を通り越して〝厄介事〟に遭遇したようだ。
心中でそんな事を考え、表面上は黙り込んでいるだけのバラリオを訝しげに見やり、サイカが再度問い掛ける。
その様子にまた零れそうになる溜息を抑えながら、バラリオは困ったように口を開いた。
「……あぁ、すみません。少々複雑なものですから……」
――嘘は言っていない。
寧ろ軽すぎる表現で、この状況を〝少々〟と言い切ってしまえる自身に驚くばかりだ。
そんなバラリオの心の内など知る筈もなく、サイカの質問攻めは続く。
此処に至るまでの記憶を辿り、〝旦那様と奥様のご様子が変だった〟だの〝お嬢様がお部屋に居なかった〟だのと、まさにマシンガントークの如く並べ立てられた。
よくまぁ途中で息を吸わずに言い切れたものだ――と変なところで感心し、バラリオが返答を放棄しかけた時。
「伏せて!」
「っ!?」
突如発せられた鋭い声と共に、頭を抱えるように添えられていたバラリオの右手がサイカを押し倒す。
それによって背中に強い衝撃が伝わり、サイカは苦しげな息を吐きながら上に圧し掛かる男を睨み上げた。
「げほっ……! 貴様、……ッ」
「申し訳ありません、急を要しましたので」
「知るか! 大体……、……」
大体、〝伏せろ〟と言った直後に押し倒すとは何事だ――感情のままにそう言おうとしたサイカだが、途中何かに気付いた様子で押し黙る。
それを不思議に思い視線を巡らせたバラリオは、すぐに「あぁ……」と納得したように頷いた。
サイカの肩を掴んだ状態の右腕――其処には数枚の羽根が突き立ち、血液を滲ませている。恐らく彼はこれに反応したのだろう。
そう整理しつつ体勢を戻し、未だ言葉を発せずにいるサイカへと腕を伸ばす。
「貴様その羽根……」
「問題ありませんよ。それよりも、今は別の事を考えて下さい」
「……別の事?」
なんとか立ち上がり、何の事かと首を傾げたサイカに対しバラリオは黙って頷いた。

28bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/05/27(日) 19:02:42 HOST:p4239-ipbf2501sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp

わわわ…!>>27は私ですorz
思いっ切り間違えてしまいましたが、スルーして下さいね;;

29bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/06/07(木) 16:53:53 HOST:p4239-ipbf2501sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp

Episode.10 Joint struggle<共闘>


「貴方が、この場を脱する為の手段を」


訳が分からない、そんな表情を崩さないサイカを薄群青の双眸で見据え、バラリオはそう告げた。
このまま残っていれば、訪れるのは間違いなく天使との交戦。
しかも今の状況では、人間であるサイカを巻き込んでしまうという最悪の〝おまけ〟付きだ。
そもそも、天使が張り巡らせた〝気〟の中、人間が〝自力で〟此処まで辿り着く事――それ自体が本来有り得ない事態なのだが、経緯はどうであれ成してしまった以上〝送り返す手段〟が必要となる。
全く、こんな時に余計な面倒を増やして下さって――心中でそう呟いたバラリオの表情に笑みは無く、ただ呆れたような眼差しをサイカへ向けた。
その視線に気付いたサイカは、恐らく彼なりに思案していたのだろう――少しの間を空けてから、

「必要ない」
と言い切った。
その言葉に身体ごと表情を硬直させたバラリオに構わず、サイカは続ける。
「……聞こえているか? 必要性を感じない、と言ったのだ。私とて戦えぬ訳ではない」
「……それは先日の一件で重々承知しております。ですが今は――」
退いて欲しい。
そう態度で示し再度促そうとしたバラリオだが、瞬間揺らいだ空気に口を噤んだ。
剥き出しにされた白刃――サイカはその切っ先をバラリオの首元へ付きつけたまま、元より切れ長い青碧(せいへき)の瞳を更に鋭く座らせる。
「屋敷が襲撃を受けているのだろう、これが他所ならば干渉する気はない。だが――此処(エステヴァス)である以上、穢れを祓(はら)うのは私の役目だ。否定は許さん」
それだけで他者を射殺してしまいそうな――小心者ならば一秒と耐えられないだろう眼光が、容赦なくバラリオへ注がれる。
その双眸には、言葉通り一切の否定を許さない意志が滲み出ていた。


「――――、解りました。その代わり、私もご一緒させて下さいね?」
――恐らくは、もう何を言おうと無駄か。
これ以上の促しは諦め、バラリオがそう告げてサイカを窺い見る。
それに対し剣を下ろしたサイカは、据わらせたままの瞳でバラリオのそれと視線を交え、
「私は貴様が好かん。……それでも良いなら勝手にしろ」
と、不満げだが確かな了承を示した。
思わずクスリと笑みを零したバラリオの様子は既に目に入っていないようで、しっかり逸らされたサイカの双眸は空の闇を見つめている。
「ふふ、有難う御座います。さぁ、―――― 来ますよ」
そう言い終わるや否や、複数の影が飛来する。
バラリオは素早くレイピアを構え、少し離れた前方に立つサイカへ呼び掛けた。
「後ろです!」
「――っ!? 何だこいつらは!」
バラリオの声を合図として奮われたサイカの剣は、確かに対象の首元を貫いた。
――が、止めにはならず、次の瞬間〝ただの影〟となって刃先をすり抜ける。
「説明は後ほど、貴方が覚えていれば致しましょう――今は眼前の敵だけを見て下さい」
「その言葉違えるなよ。それと先程から黙って聞いていれば――」


「従僕(フットマン)が執事(わたし)に命令するなッ!」

サイカの言葉が途切れると同時、鈍い斬音が凍てつく様な空気を揺るがせる。
その足元に、今度こそ絶命した侵入者(天使)が転がり落ちた。
「……分かったな、バラリオ=フェレス」
冷淡に告げたサイカの瞳がバラリオの双眸を捉え、再び交わる青碧(あお)と薄群青(アオ)。
「……貴方という人は、…………」
――本当に人間ですか?
愚問だというのは解っている。
ただ〝苛立ちが募っただけ〟の行動に見えなくもなかったが、それでも充分驚異的に思えて――今はそれだけがバラリオの思考を占めていた。

30bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/06/13(水) 22:30:50 HOST:p4239-ipbf2501sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp
「おい貴様、余所見をするなっ!」
「はいはい。承知していますよ……」

もう幾匹の天使を斬り、どれだけの時間が経過したのか。
元々曇天だった上、それが更に闇に覆われている今の状況では容易に察する事は叶わず、まるで無限の時の中で繰り広げているかのような、そんな戦闘が続く。
同時に繰り広げられている二人の会話も、全くと言って良い程変化がない

――暫くして、サイカに明らかな息切れが表れだした。
それに気付いたバラリオが周囲の天使を退け、その背を護るように立つ。
「そろそろ限界なのでは?」
やはりどんなに優れていても、所詮は〝人間〟か。退けた天使を確実に仕留めながら、バラリオは既に肩を揺らしているサイカに問い掛けた。
「ッ……馬鹿を言うな、まだ戦える」
返されたのは、否定を示す言葉。
肩で息をして、誰がどう見ても疲弊している事が分かる。そんな状態で、どの口がそれを吐くのか。
人間という生き物は、己の限界を知ってなお高みを目指すもの。
大分以前知識としてそう聞いた事はあるものの、実際目の前にしてみると、その無謀さが嫌というほど感じられた。
背中合わせという体勢のせいで確かな表情は窺えないが、どんな顔をしているかは荒く息を吐く様子から大体察しがつく。
「……強情なのですね」
バラリオは独り言のようにそう零し、サイカからは見えない角度のまま眉を寄せた。
その間もレイピアを奮う腕は休ませず、頬に飛び口元へ伝った生温い液体を舌先で舐め取る。
一方のサイカも剣の腕自体はバラリオに劣らず、付着した赤い雫を手の甲で拭いながら言葉を返した。
「捉え方は好きにしろ。此処で逃げるぐらいなら、私は死を選ぶ……!」
だからこれ以上口を出すな。
サイカの言葉が、声が、気迫が――全力でそう示す。
次の瞬間、


「いやー、見上げた覚悟だね。凄いすごーい」

ぱちぱち、と場にそぐわない喝采が響いた。
同時に空中から着地した〝それ〟は、にやり、と無邪気な笑顔で手を鳴らし続ける。
後頭部で一つに結われたダークシルバーの長髪が風に揺れ、その姿に不気味な美しさを添えた。
ルイトと共にこの屋敷に攻め込んだ〝名持ち天使〟、シキだ。
彼が身に纏う天使特有の〝気〟を感じ取れないサイカの瞳には、少しの異質さを除けば〝ただの青年〟として映っていることだろう。
「貴方は…………」
既に分かりきっている筈の、青年の正体。
しかしこの瞬間、バラリオの心中には疑問が生じていた。
――何かが違う。
酷く漠然としたものではあるが、確かに存在する違和感。
それを探ろうとするより早く、シキが動いた。
「さっき振り、とかで良いのかな? 〝白い従僕(フットマン)さん〟」
「何時(いつ)でも良いでしょう、こうして再び顔を合わせたのですから……」
「ははっ! 相変わらず冷たいねー」
何時(いつ)振りの再会だろうと、此処にある状況は変わらない。
そう言い捨てたバラリオに笑みを深めたシキは、次にサイカへと意識を映した。
すぐ側まで歩み寄って腕を伸ばし、白い顎を掴んで上向かせる。
「っ……!?」
ひやり。と、なんとも言えない冷たさを纏い、顎を捉える指。
その心地の悪さに掴まれている本人は眉を顰めたが、自身へ向く鋭い双眸から伝わる威圧に押され、抵抗らしい抵抗をする間もなくされるがままになっていた。
「……へぇ、中々綺麗な顔してるじゃん。まるで人形みたいだね」
苦しげな表情を崩さないサイカの反応を余所に、シキの〝人間観察〟は続く。
「フフッ、キミみたいな子は攫ってコレクションしたくなっちゃうよ」
「なっ……!? きさ――」
嬉々と告げられた言葉。
冗談とも本気とも取れるそれに対しサイカが青褪めた刹那、

白銀の刃が閃いた。


「それ以上、当家の執事に触れないで頂けますか」

刃同様、鋭い声が響く。
バラリオはレイピアの刃先をシキの首筋に押し付けたまま、にこりと微笑んで見せた。
整いすぎたそれは、美しい作り物の笑み。
それに対しシキは不満げに唇を尖らせながら手を下ろし、サイカは見開いていた双眸を僅かに伏せた。
「ちょっと邪魔しないでよー、折角イイとこだったのに」
「残念でしたね。あまり触れられて、彼が穢れてしまってはかないませんから。それに……」

「今はこんな事をしている時ではないでしょう?」
声色にも不満を滲ませるシキの言葉をスッパリと切り捨てると、バラリオは一呼吸置き改めて開いた口でそう告げた。
それに反応を示すように、サイカの瞳に消えかけていた鋭利な光が甦る。
――今成すべきは、侵入者(天使)の殲滅(せんめつ)。
やがて引き結ばれていたシキの口元が弧を描いたのを合図に、二人は同時に得物(えもの)を構えた。

31bitter ◆Uh25qYNDh6:2012/07/18(水) 16:07:06 HOST:p4239-ipbf2501sapodori.hokkaido.ocn.ne.jp

Episode.11 The desperate struggle of 1 to 1<1対1の死闘>



 闇に閃く二つの刃。
 しかしそれを受け止めたのはシキではなく、

 ――対悪魔兵器、戦闘斧(バトルアックス)だった。
 それと同時、覚えのある低い声が耳を突く。


「随分面白ェ事になってんじゃねえか! 俺を忘れんなよ」

「! まさか、何故……」

 悠然と佇む金髪の大男。
 ……忘れる筈もない。先刻散々刃を交えた天使、ルイトだ。
 思わずレイピアを引き、バラリオは唖然とすぐ側に立つルイトを見上げる。
 無表情か冷笑か……今までその二つしかなかった表情が見事に崩れた事を喜び、ルイトは身体を仰け反らせて笑い声を零した。
「ぶっ、はははハハハハッ! 出来るんじゃねえか、そんなツラも。驚いたか?」
 耳、否……鼓膜を直接突かれているような嘲笑。
 正直不快以外のなにものでもなかったが、こればかりは否定出来ずに悔しげに息を吐く。
「驚きましたよ。一体どんな手を使ったのです?」
「それを訊かれて素直に答えると思うか? ……まぁ大した手は使ってねえさ、お前が俺を〝殺しきれてなかった〟だけだ。ほら、あんま余所見してっと――」


「バラリオ=フェレス!」
 
 突如上がった、サイカの鋭い声。
 
 それを受け咄嗟に身を退かせたバラリオの足元に――土を裂く鈍い音を立て、数本のナイフが突き刺さった。

「あちゃー、外しちゃったか。一思いに殺してあげたかったンだけど」
 鉤爪(かぎづめ)型ナックルとして両手に嵌めた〝それ〟を揺らし、シキが悪戯に微笑む。
「……ああ、ちなみにコレ、ボクの対悪魔兵器(エクソシスター)。見せたのは初めてだよね。どう、イカしてると思わないー? キミ達の味気ない剣よりはよっぽどさ」
 サイカの表情が険しくなる。
 その口が何かを発する前に、ルイトが進み出た。
「自慢はその辺にしておけよ、シキ。そこの黒い兄ちゃんが怖い顔してるぜ?」
 〝黒い兄ちゃん〟とは言うまでもなく、サイカの事である。
 益々眉を顰める様子には一向に構わず、シキは不満げな声を上げた。
「ええー、折角持ってきたのにツマンナーい! 何さちょっと綺麗な顔してるからって……あ」
「? どうした」


「イーイ事思いついちゃった。……ルイルイ、耳貸して」

 状況が呑み込めない二人の前――というよりはサイカの前で、何故か展開された侵入者二名の内緒話。

「おい貴様等――――」


「よし、決まりね! という訳でキミはこっち」
「っ……!?」

 問おうとしたサイカの声を、嬉々と口を開いたシキが遮る。
 直後に問答無用で腕を引かれたサイカの、音にならない悲鳴が空気に溶けた。
「……何のつもりです」
 一連の流れを捉えていたバラリオが、サイカが言う筈だっただろう事を声色低く問う。
 数歩進み出たルイトはにやりと笑い、両肩に渡すように乗せていた戦闘斧(バトルアックス)を地に突き立てた。


「なに、別に難しい事はねえさ。これからお前ら二人には、俺達と1対1(タイマン)で戦ってもらう」


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