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試験投下スレッド

1管理人◆5RFwbiklU2 :2005/04/03(日) 23:25:38 ID:bza8xzM6
書いてみて、「議論の余地があるかな」や「これはどうかなー」と思う話を、
投下して、住人の是非をうかがうスレッドです。

937 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:52:19 ID:xsdwI8G2
再テスト

938 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:53:42 ID:xsdwI8G2
 こんなに走ったのはどれくらいぶりだろう。
 不規則に乱れていく息に恐怖感を覚えながら、彼女は暗い地下道を全力で駆けていく。
 走り続ける、彼女――クリーオウ・エバーラスティンは多少剣術を齧っただけの少女である。
 たとえば手から熱線を出すこともできなければ、一キロ先の敵を狙撃銃で射抜くこともできない。
 何より、彼女に人を殺せるような覚悟などない。
 ――何を言いたいのかといえば、つまり人並み以上に夜目はきかないということである。
 そんな状態でほとんど真っ暗な状態の地下道を『逃走する』のは無謀といえた。
 なるほど、彼女は幸運なことに懐中電灯を手にしていた。
 デイパックから出すのに手間取り、その間に殺されてしまうという無様は晒さなかった。
 だが、それでも小さな明かりひとつで、舗装もされていない道を歩けば――
「――っ!」
 無論、転ぶ。
 それでも懐中電灯は手放さなかった。慌てて起き上がり、先ほどよりも草臥れた風に足を進める。
 実を言えば、彼女が転んだのはこれが初めてではない。
 そしてついでにいえば、彼女を追っているのは普通の少女ではない。
(なんで、どうして――!?)
 クリーオウはほとんど恐慌状態に陥りながら、それでもまだ微かに残っていた冷静な部分で思考する。
 先ほど、空から降ってきた追跡者は尋常でない怪力を見せた。
 たぶん脚力も似たようなものだろう。なのに、追いつかれていない。殺されていない。

939 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:54:58 ID:xsdwI8G2
「むぁ〜てぇ〜い」
 後ろから響く声は幾重にも反響し、正確な距離は掴ませないが、それでもまだ追いついてこない。
(逃げられる? 逃げ切れる!?)
 胸中に、わずかな希望が芽生えてくる。
 ピロテースと合流できれば何とかなる。きっと、きっと――
(クエロだって――きっと)
 優しかったクエロ。
 優しい顔の裏に、狡猾を隠していたクエロ。
 ゼルガディスを殺したクエロ。
 せつらを殺したクエロ。
 だけど、最後には自分を逃がしてくれたクエロ。
 無論、それで彼女のしてきたことが帳消しになるなんて思っていない。
 自分がクエロをどうしたいのか――それだって、わからない。
 だけど、いまは走って、なんとしてでもピロテースを――!
「……きゃぅっ!」
 余計な思考は足をもつれさせたらしい。慣れた浮遊感と衝撃。転んだのはこれで何度目だったか。
 だが、今度は懐中電灯を手放してしまった。転んだままでは手を伸ばしてもぎりぎり届かない、そんな位置に電灯は落ちてしまう。
 慌てて手を伸ばす。
 だが、その手が懐中電灯に届くことは、なかった。

940 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:56:07 ID:xsdwI8G2
 ひょい、と目の前で懐中電灯が他の誰かに拾われる。
 混乱しかけるが、すぐに思い直す。追跡者は未だ自分の後ろ。
 ならば、懐中電灯を拾ったのはこの通路の先にいるはずだった――
「ピロテース!」
 歓声とともに、顔を上げる。
 そこには彼女の微笑があった。
「――ばあ」
 ――クエロを殺した、少女の笑顔があった。
 あの凶悪な凶器を片手に、そしてもう片方の手で握った懐中電灯で自分の顔を下から照らしている。
 子供がするようなその悪戯も、だが今のクリーオウにとっては十分な衝撃だった。
 だがもはや悲鳴を上げるような余力もない。それ以前に、地面に這い蹲っているこの体勢では、もう逃げられない。
(い、いつ回り込まれたの……!?)
 胸中で自問して、そして、悟る。
 自分は懐中電灯で足元を照らしながら走るのが精一杯だった。
 だから、一度も背後を確認していない。
 もしかして……この無邪気な雰囲気をまっとた少女は……
(ずっと、後ろにぴったりくっついてんだ……!)
 おそらくは、手を伸ばせば届くような距離に、ずっと。
 前に回りこまれたのは、転んだ隙にひょいと飛び越すように跨れでもしたのだろう。
 ゾッとした。少女がなぜそうしたのかは分からない。だから、ゾッとした。
 眼前の、少女の形をしたモノが、いったい何なのかワカラナイ――
「ね、ね、鬼ごっこはおしまい? じゃ、こんどはお姉さんが鬼ね!」
 そして本当に、邪気の一欠けらも見せずに、笑いながらそれは、
「じゃ、タッチするよ! タッチ!」
 ――零挙動で、鉛の塊を振り下ろした。
 捉えきれない速度。もとより、自分では勝てない存在であることは分かっていた。
(あ……死んじゃう)
 他人事のように、そんなことを考えた。

941 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:57:25 ID:xsdwI8G2
 生が終わる瞬間、その一瞬だけ、誰かの顔がフラッシュバックする。
 それはもう死んでしまった弟分の顔でも、目つきの悪い魔術師の顔でもない。
 この島で出会い、仲間となった者の顔でもない。
 もとより、知っている顔ではなかった。
 銀髪の美丈夫。轟音とともに現れ、そしてすぐに暗闇に消える。
(……誰?)
 走馬灯というのは知らない顔をも浮かび上がらせるものなのか。
 だが、その疑問は、
「金髪の娘、確認するが」
 いつのまにか現れた、新たな人影によって吹き飛ばされた。
 理解する。アレが持つ明かりがいつの間にか消えていたのは、この男が割り込んで遮っていたからだ。
「あ、あの」
 こちらの声に反応してか、男が振り返る。
 そのせいで、ちらりと男の向こう側が見えた。例の少女と目が合う。
 こちらに「静かにして!」とでもいうように唇に人差し指を当てながら、バットを振り下ろそうとしていた。
「危な――!」
「貴様の名前を教えろ」
 再び、轟音。
 そして懐中電灯のものでない、金属同士による火花の明かりが闇を照らした。
「え……?」
 音と光は一度だけではない。なんども、なんども。絶え間なく続き、その度に一瞬だけ男の姿が浮かび上がる。
 そして、そのまるで連続で写した写真のような光景で理解した。
 男が馬鹿馬鹿しいような大剣を手にして、何の気なしに少女の凶撃をいなしているのだと。
 それが、自分を守ってくれているのだと気づいて、
 まるで冗談のようなタイミングで現れた、正義のヒーローのように感じた。
「娘っ!」
「え、あの、私――」
「僕、三塚井ドクロ!」
「名前だ」
 片方の声をうるさそうに無視し、その男が繰り返す。
「わ、私、クリーオウ。クリーオウ・エバーラスティン!」
 答えてしまってから、はたと気づいた。返答は変化をもたらす。そしてそれがいい変化だとは限らない。
 だがそれは杞憂だったようだ。男はひとつ頷き、何かを放り投げてきた。
 暗くて分かりにくかったが、すぐに何か理解する。この島に連れてこられてすっかり慣れてしまった感触。デイパック。
「貴様の保護を頼まれている。オーフェンという人物からだ。それをもってさがっていろ。すぐに追いつく」
「オーフェンが――」
 久しく聞いていなかった名前。自分に関わってこなかった名前。
 思いがけず、胸の奥が熱くなる。
「合流場所と時間はあとで伝える。行け!」
 その声と同時に、釘バットの少女を押しとどめるようにして、男の目の前に一瞬で何かが広がる。
 それに後押しされるように。
 クリーオウは渡されたデイパックから懐中電灯を取り出すと、もと来た道を再び走り始めた。

942 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:58:32 ID:xsdwI8G2
◇◇◇
   
 おかしいな、おかしいな。
 天使の少女はおもいます。
 どうしてこんなにあついのかな。どうしてこんなに体があついのかな。
 天使の少女はかんがえます。
 いままでいくらかけっこをしても、こんなに体があつくなったことはなかったからです。
 どうしてだろう、どうしてだろう。
 そうやってかんがえているうちに、やがて天使の少女はおもいだしました。
 そうだ、この感じは、■くんのことを考えていたときと一緒なんだ、と。
 あいたいなあ、あいたいなあ。
 おもいだした天使の少女はすすみます。
 あの少年の面影を求めて、一生懸命。

 ――これは、少女本人さえ気づいていない彼女の心のササヤキ。

◇◇◇

943 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 20:59:29 ID:xsdwI8G2
「貴様にも質問をするぞ、娘」
 展開された白の線越しに、ギギナは恩人の知人を襲っていた少女に詰問する。
 タンパク質分子の連鎖で構成された蜘蛛の糸は、鋼鉄の五倍の強度を誇る。
 生体変化系第二階位、蜘蛛絲(スピネル)で生成された粘着質の縛鎖は振り下ろされた凶器を受け止め、さらにその自由を奪っていた。
「もう! なんでお兄さんは鬼ごっこの邪魔をするの!? はっ、もしかして――」
 少女はグーにした手を口元に押し付け、
「仲間に入りたかったの? ならジャンケンしないと。いくよー、さーいしょーは――」
「クエロ・ラディーンを殺したのは、貴様か?」
 戯言を無視して、問う。クエロの傷口と、少女の携える凶器は合致するように思えた。
 保護を依頼された少女を先に戻したのは、この話を聞かれたくなかったからだ。
 彼女を気遣ったわけではない。単純に、これはギギナだけの問題だったからである。
 ――そう。いまとなっては、ギギナだけの問題になってしまった。
 ガユス・レヴィナ・ソレルは彼の与り知らぬところで死に、クエロ・ラディーンも目の前で死んでいった。
 ならば、この問題に決着をつけられるのは彼だけだろう。
 誰にも介入されることなく、誰にも影響されることなく。
「殺してなんかないもん! あとで直すもん!」
 そして、実を言えばそれはすでに決着していた。
 頬を膨らませている眼前の少女を見ている内に、湧き上がってきた感情。
「……これが」
 それは、怒りだった。
 お前はこんなものに殺されてしまったのか、宿敵よ?
 こんなくだらないものに、終わらされてしまったのか?
 こんな――
「これが、こんなものが我らの行き着く先かクエロ・ラディーン――!?」
 その怒りを、ネレトーの切っ先に込めて。
「――宣言しよう」
 交渉のために闘争を控えていたが、いまはべつだ。
 蜘蛛の巣の向こうの『敵』を睨みながら、
「貴様が、我らの闘争に介入してきたというのなら――ここで私は、全身全霊を込めて貴様を殺そう」
 ダラハイド事務所の因縁。それを、ここで断ち切ろう。
 そしてその視線を受けた彼女は、まるで初めて目の前に広がる白い糸に気づいたかのように、
「そんな……緊縛プレイなんて……」
 絡めとられた凶器に両手を添えて、 
「そんなのは、まだ早いよぅっ!」
 ――あろうことか、超強度を誇る糸を捻り切った。

944 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:00:16 ID:xsdwI8G2
 少なからず、ギギナは驚愕を覚える。
 先に相手の一撃を受け止め、その膂力は推し量ったつもりだった。
 少なくとも、スピネルで生成された糸を力ずくで断ち切るような怪力ではなかったはずだ。
(力が――上がっている?)
 咒式等の力を発動させたか――あるいは、単なる出し惜しみか。
 だが推測は不要。
 これは楽しむべき闘争ではない。生きるための闘争ではない。
 一瞬でも早く、眼前の敵を消し去る。そのための戦いだ。
 故に迷わず、放つ一撃は常に必殺。
(なんにせよ、これで分かる!)
 全力で放つ、ネレトーでの刺突。
 それを、やはり少女はこともなげに金属バットで防ぐ。
 ――それだけならばまだしも、少女はそのままバットを振りぬいてみせた。
「っ!?」
 弾き、返された――?
 最強の前衛職のひとつである剣舞士。さらにその十三階梯。
 全咒式職のなかでも屈指の腕力を誇るギギナが、押し負けていた。
 体勢の崩れたギギナを前に、天使はとまらない。
 振りぬくバットを引き戻すようなことはせず、まるで独楽のように回転しながら一歩、ギギナに詰め寄る。
 そう、計らずしもそれこそが愚神礼賛の本来の使い方。
 遠心力と彼女自身の絶大な膂力が組み合わされ、まさに暴風のようにギギナを襲う。
「ぬぅ……!」
 力任せだけの攻撃ならば、ギギナの精緻な剣術の前には敵でない。
 不幸だったのは、ここが狭い地下通路だということだ。
 それは大柄なギギナと、長大な屠竜刀ネレトーという組み合わせにとってみれば最悪の条件だった。
 対して彼女――三塚井ドクロは小柄な上、得物も屠竜刀ほどの長さはない。
 故に、彼女はほとんど制限を受けずにその腕力を振るうことができる。
「舐めてかかれる相手ではない、か」
 冷静に考えるのならば、まずは戦場を移すべきか。だが――
「キャハッ! キャハハハっ!」
 眼前の少女は、すでに掘削機の様相である。
 地下道であるという制限もすでに関係ない。彼女の振り回す金属製の棒は、壁だろうがなんだろうがお構いなしに削り取る。
 もはや刃を合わせることすら困難。今の彼女の膂力はギギナと同等、あるいは上回っているかもしれない。
 逃げても背後から襲われるだけだろう。もとより、ドラッケンに後退の選択肢はないが。
 ならば、自分は手も足も出ない――?

945 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:01:18 ID:xsdwI8G2
「……調子に乗るな」
 ギギナの唇からもれるのは地獄の底から響くかのごとき、怨嗟の声。
 こんなものはただの児戯だ。
 竜を始めとする異貌の者共、そして数々の咒式士との死闘を潜り抜けた自分にとって、一体どれほどのものだというのか。
(それは貴様も同じだったはずだろう。ええ? クエロ・ラディーンよ?)
 弔いではない。敵討ちというわけではない。
 ただ、自分は胸の内にある靄には惑わされない。
 ドラッケンの戦士は、その屠竜刀を振るうことによってのみ、煩悩を削ぐ。
 後ろに跳躍。距離をとりネレトーを上段に構える。
 刃先が天井に突き刺さり、固定された。
 構わない。ただ、迫る障害のみを直視する。
 ――回転弾層内に残る咒弾は四つ。
 ひとつは先ほどのスピネルで使用し、もうひとつは地下道を走るために使用した梟瞳(ミネル)の咒式で消費している。
 さらに咒式を紡ぎ、ギギナは魔杖剣のトリガーを引いた。 
「――終わりだ。消えうせろ」
 発動するのは生体強化系第五階位、鋼剛鬼力膂法(バー・エルク)。
 生成されたグリコーゲン、グルコース等によって乳酸を分解、ピルギン酸へと置換。
 脳内における筋力の無意識制限を解除し、全身の強化筋肉が最大限に稼動する。
 ――ギギナの屠竜刀が消えうせた。
 もはや、それは不可視の一撃である。
 少女のスイングを暴風と称するのならば、ギギナの剣戟は落下する彗星のごとく。
 地下道の天井すら切り裂いて、ネレトーが神速をもって振り下ろされる。
 それでも、少女は反応した。

946 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:01:58 ID:xsdwI8G2
「ほぉ―――むぅらぁああああん!」
 キラリと光るその双眸は、ばっちりとネレトーを捕らえきっている。
 故に、彼女は迎え撃つように、正確なタイミングで巨刃を打ち据えることができた。
 ――惜しむらくは、彼女の持っていた得物だろう。
 そう、彼女は忘れていたのだ。
 自分が手にしているのは、愛用の不思議金属でできた撲殺バットではないということを。
 そして――屠竜刀のガナサイト重咒合金が、鉛製の愚神礼賛を寸断した。
「あ――」
 無論、得物を切断しただけでは終わらない。
 振り下ろされた刃は、次に彼女の肩を捕らえた。
 呆然とした彼女の表情を、ギギナの聴視覚が捉える。
 ――狂気にも似た感情が抜け落ちたその顔に、ギギナはようやく見覚えがあることに気づいた。
 昼間、確かに一度出会っている。ほとんど一瞬だったし、その直後のゴタゴタで忘れていたが。
 それなりの人数で組んでいたようだったが、周囲に仲間の影は見えない。
 はぐれたのか、それとも彼女だけが生き残っているのか。
 あるいは、あの時の無害そうだった彼女がこうなっているのも、そのせいなのか――
 それらの想像に対して、なんの感慨も抱かず。
 ギギナはただ、そのまま袈裟切りに彼女を切り捨てた。
 涙も達成感もなく、どこか空虚に。
 小さな体が血を撒き散らしながら地面に倒れ付す。
 その様子をみながら、ギギナはポツリとつぶやいた。
「……これで、終わりか」
 因縁の相手は殺され、その犯人もこうして討ち取った。
 だから、これでお終い。
「存外、なにも感じぬものなのだな」
 何とはなしに、これは自分が求めていたものとは違う気もしていた。
 だが、それを知る方法は自分の中にない。
 ギギナは踵を返した。
 あえて血払いはせずに、殺人の証が付着した屠竜刀を携えて、もと来た道を戻る。
 これをクエロかガユスにでも見せれば、この空虚も満たされるのだろうか?
 それとも、更なる闘争によって欠落は埋まるのだろうか?
 ――彼のその問いに答えられる者は、誰もいない。

947 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:02:42 ID:xsdwI8G2
◇◇◇

 イタイ。イタイ、イタイイタイイタイ。
 天使の少女は繰り返します。
 少女は天使だけれど、それでも切られればイタイのです。
 血を失えば、しんでしまうのです。
 天使の少女は祈ります。しにたくない、しにたくない。
 ■くんにもう一度、あいたい。
 だけど、祈るだけではなにも変わることはありません。
 ――だからお終い。三塚井ドクロのものがたりはここで閉幕。
 さあ、彼女の物語を始めよう。

◇◇◇

948 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:03:37 ID:xsdwI8G2
 クリーオウという名の少女は、クエロの亡骸の傍に座り込んでいた。
 死体を見て項垂れているその姿は、まるで懺悔をしているようにも見える。
(クエロと協力関係にあったと見るのが妥当か)
 あの女ならば、レメディウス事件の時のようにいくらでも取り入ることはできただろう。
 クリーオウはそれを知らないのか、あるいは、知っていても割り切れない性格なのか。
 ギギナは頭をふった。考えても仕方ない。思考は自分の役割では――
(いや――そうだな。これからはそうも言っていられぬのか)
 あの相棒はもういないのだ。面倒くさいことを押し付けてきた相棒は。押し付けることのできた相棒は。
 それでも、いまはそれがとてつもなく億劫だ。
「終わったぞ」
 故に、事務的な言葉をかけるにとどめる。
 幸いこちらの言葉が聞こえなくなるほど茫然自失としていたわけではないらしい。
 振り向かず、だが彼女の注意が確かにこちらに向くことを感じる。
「この――この人はね、クエロって」
「知っている」
「え?」
「……クエロ・ラディーンとは、ここに来る前から浅からぬ縁があった」
「そう、なんだ……」
 クリーオウは僅かに沈黙をはさみ、おずおずといった風に尋ねた。
「クエロって、どんな人だったの……?」
「それは――」
 一言では言い表せない。
 狡猾のみで構成された人間というわけではなかっただろう。
 では正義の咒式士かといえば、無論違う。
 死体を見つめたままの小さな背中を見つめながら、ギギナは思ったままの言葉だけを託した。
「自分の見たものがすべてだ。貴様にとってのクエロを私は知らぬ。
 貴様は、私にとってのクエロ知りたいのか?」

949 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:04:33 ID:xsdwI8G2
「……ううん、いらない。
 クエロは最期に私に逃げろっていってくれた。……私にとっては、それだけで十分だから」
 前に進む分には、足りる。
「立ち上がれるか」
 ギギナの問いにクリーオウは頷き、すぐにひざを地面から離した。
 なるほど。ここまで生き抜いてきただけはあって、それなりに気丈ではあるらしい。
 嫌いではない――こういった小娘ならば、それほどまでには悪くない。
「ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフだ」
「……それ、名前?」
「ギギナでいい」
「じゃあ、ギギナさん。オーフェンは――」
 どこに。そう彼女は続けようとしたのだろう。振り向いた彼女の口元は、そう動いたように見えた。
 だが同時に、クリーオウはどうしようもなくその表情を引き攣らせてもいた。
 血まみれの屠竜刀が問題というわけではないらしい。彼女の眼球は別のものを映している。
 その頃には、ギギナも背後の剣呑な気配に気づいていた。
 振り向き、咄嗟に武器を突き出したのは、攻性咒式士としての反射的な行動だろう。
 次いで襲い掛かる衝撃。『先ほど』とは比べ物にならない程の威力。
 足が地面にめり込むのを確かに感じながら、ギギナはそこにいる襲撃者の姿に思わず目を疑う。
 背後にいたのは、確かに致命傷を負わせたはずの少女だった。
 負わせたはず、というのは、その痕跡が一切認められないからである。
 傷はもちろんとして血痕、血臭、その他諸々。まるで切られたという事実を無しにしてしまったかのごとく。
(竜のような超再生咒式!?)
 答えを見つける隙など与えず、二撃目が振るわれる。
 その襲い掛かる凶器――確かに両断された愚神礼賛も、繋ぎ目すら確認できないレベルで修復されていた。
 だが、そんなことは問題ではない。
 その一撃は屠竜刀を撥ね退け、さらにギギナの体勢を大きく崩させるほど強化されていたが、それは問題ではない。
 なにより変わっていたのは少女の纏う雰囲気だった。

950 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:05:33 ID:xsdwI8G2
 さきほどまでのふざけた雰囲気は微塵も見つけることもできず、あるのはただ明確な攻撃衝動のみ。
 故に、凶器の殴打は二回で止まらなかった。
 D4の入り口付近はギギナが屠竜刀を自在に振るえる程度には広さがある。
 剣術が制限されないのなら、ギギナは咒式を使わずともこの少女に勝てる――その筈であった。
 技術と、単純な身体能力としての性能。どちらに重点を置いたほうがが勝るか、あるいは有能か?
 その問いの答えは様々だろうが、この場でひとつだけいえることがある。
 すなわち――あまりにも差があれば、人並みはずれた身体能力は技術を上回るということである。
 一合、また一合と打ち合うたび、天使の膂力はそのリミッターを外し、より強大になっていく。
 すでにそれは、強化された生体咒式士の目ですら追いきれない領域に入り始めていた。
「ぐっ――!」
 弾く、弾く、弾く。だが、もはやそれは直感に頼ったその場凌ぎという意味でしかない。
 あまりにも隙のない連撃。腕を痺れさせる威力。そこに技術が介入する余地などない。
 すでにたっている土台が違う。いまのギギナは高所から一方的に狙撃されているようなものだ。
 手の届かない神域。確かに、目の前の少女はそこにいた。
 意識せずに、ギギナの口元が歪んだ。獰猛な笑みの形に。
(――くだらないと言ったのは訂正しよう。
 我等が闘争への介入を許すわけではないが、それでも貴様は――)
 腹部を狙って横薙ぎに放たれた愚神礼賛を、下から振り上げるようにしたネレトーで弾く。
 それは先の戦いの焼き直し。
 ギギナの屠竜刀は頭上に掲げられ、天使のバットは腰だめに構えられる。
「我が闘争の相手として、相応しい!」
 回転弾層がトリガーと連動し、落ちた撃鉄が咒弾を砕く。

951 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:06:22 ID:xsdwI8G2
 途端、脳が焼けそうなほどの痛みが走った。
 通常時ならば問題はない。だが力の制限のためか、短時間で連発した第五階位が相当の負担となっている。
 ――故に、この交差で勝負をつけねばならない。
 発動した咒式は幾多の敵を葬ってきたバー・エルク。だが、すでにそれが必殺足り得ないことは分かっている。
 すでに身体能力が違いすぎた。相手の力はすでに数百歳級の竜と遜色ない。
 ギギナが行ったのは、相手に届かなかった自分の土台を刃先が一ミリ届く程度に持ち上げたくらいの意味しかない。
 だが、僅かにでも届くのならば――
「ォ――ォォオオオオオオオ!」
「――!」
 もはや打ち合いとは思えぬほどの衝撃音が、島の地底を揺るがした。
 屠竜刀が愚神礼賛を捉え、愚神礼賛が屠竜刀を打ち据える。
 身体能力ではかなわない。故に、ギギナの目論見は武器破壊。
 物質が衝突する時のエネルギー量は速度の二乗に比例する。
 そして目の前の少女が振るう武器の速度は、先ほどの二倍や三倍ではきかない。
 だからこそ、愚神礼賛の運命も変わらない。

952 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:07:47 ID:xsdwI8G2
 ――愚神礼賛が、先ほどと同じ状態ならば。
「……っ!?」
 愚神礼賛は彼女が修復した。奇妙な魔法で、不完全な力で。
 故に起こった突然変異。それは鉛の塊に過ぎなかった愚神礼賛を、ダイヤ以上の硬度を持つ刃と打ち合えるほどに強化した。
 そして天使の膂力は、すでにギギナを凌駕している。
 ならば、そこから弾き出される運命とは――
「……かっ、は」
 ギギナの敗北に他ならない。
 ネレトーでの一撃を弾かれ、そのまま多少勢いを削がれたものの愚神礼賛は直進。ギギナの胸部を捉えていた。
 相殺してなお、その一撃には筋肉の壁を貫通し、肋骨をへし折る威力がある。
 装甲車並の体重があるにもかかわらず、ギギナは確かに数メートル宙を舞い、そして地面にたたきつけられた。
「ギギナぁっ!」
 朦朧とする意識に、悲痛な叫び。
 クリーオウだった。首だけを動かしてなんとか視界に納める。
(何故――馬鹿なことを)
 ――見れば、彼女は立ち塞がっていた。
 天使の視界には未だギギナが写っている。止めを刺すつもりなのだろう。
 ゆらりとした足取りで、ギギナに向かおうとした。
 その進路を遮るように、クリーオウ・エバーラスティンは立ち塞がっていた。
 肋骨の痛みを無視して、ギギナは声を振り絞った。
「娘、退け!」
 だが、クリーオウは動かない。
 体中が恐怖に引きつってはいたが、それでもそこには否定の意がはっきりと表れている。
 マジク・リン、空目恭一、サラ・バーリン、秋せつら、クエロ・ラディーン。共に、奪われた者達。
 死への恐怖を差し引いても、これ以上の喪失を彼女は認められなかった。
「マジクは私のいないところで死んじゃった! 恭一も私をかばって死んじゃった!
 クエロももういない! もう嫌だよ! どうしてみんないなくなっちゃうの――!」

953 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:09:18 ID:xsdwI8G2
 ……ああ、まったく。
 ギギナはため息を吐いた。多少は気丈かと思ったが、やはりどこにでもいる小娘に過ぎない。
 ならば――
「その背に隠れていることなどできぬ、な」
 血反吐を撒き散らしながら、立ち上がった。
 戦場で咒式士の死体見つけたら、ドラッケン族かどうか判別する簡単な方法がある。
 前向きに、独りで倒れているのがドラッケンだ。
 そうだ――他人に庇われながら死ぬのは、断じてドラッケンではない。
「るぅうううううううううおおおおおおおおおおお!」
 矜持? 誇り? そんなもの、ドラッケンとして刃を振るえば後からついてくる。
 だから走るのだ。激痛に顔をゆがめ、血みどろの姿で、後先考えず雄叫びを上げながら。
 クリーオウを回り込むようにして、ギギナは自分を吹き飛ばした怪物を確認する。
 天使の少女もそれは同じ、ギギナを視界から外すような下手はしない。
 幸いなことに、バー・エルクによる強化はまだ続いていた。故に、疾風と化したギギナの駆ける道はどこまでも直線を描く。
 接敵した後のことなど考えていない。だからこそ最短距離を走り抜ける。
 対して、天使の少女はその場から動かなかった。
 動く必要がなかったからだ。だが、それは余裕という意味ではない。
 愚神礼賛が振り上げられる――光の粒子を纏いながら。
「ぴぴるぴるぴる――」
 無感情な声音で零されていく魔法の擬音。
 たとえばそれは、振り下ろされる聖剣の如く。
 荘厳なまでに凝縮する、神の使いの光。
 彼女の能力で作り変えられた愚神礼賛は、いまやほとんど魔法の杖だ。
 死者蘇生という点でエスカリボルグには及ばないかもしれないが――それでも、害をなすだけならば。
「――ぴぴるぴ〜」
 放たれた。
 七色の奔流。決して触れてはいけない天使の魔法。
 直線で突っ込むギギナに、避ける術はない。
 ――避けるべき状況でもない!

954 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:10:57 ID:xsdwI8G2
「こんな――もので、ドラッケンを止められると思うな!」
 意思に呼応して、屠竜刀ネレトーに組み込まれた、鬼才ジュゼオ・ゾア・フレグン製作の法珠が唸りを上げた。
 咒式干渉結界が自動展開。残っているギギナの咒力が余さず注ぎ込まれ、機関部が悲鳴を上げる。
(耐えてみせろ、私の半身。唯一私が認めた屠竜の刃!)
 刃と光の拮抗は、そう長くは続かなかった。
 その結果に対する原因は、なにか。
 ギギナの矜持が勝ったのか、それとも愚神礼賛の本質が魔法の武器でなかったことによるものか。
 いずれにせよ、ギギナとネレトー――彼らは、向かい来る爆光を切り裂いた。
 天使の少女に生じた、刹那の隙。切り掛かるには足りず、されど確かに存在する。そんな隙。
 迷わず、ギギナはクリーオウと天使の間に滑り込んだ。
 屠竜刀を構える。が。
「……」
 無言のまま振るわれた愚神礼賛に、ただの一合でネレトーは手を離れ、遠くに落ちた。
 魂砕きは地下通路を走るのに邪魔だったため、背負っているデイパックの中だ。
 とりだす時間など、もはや、ない。
 そして、逃げるという選択肢もないのなら――
「零時にC5の石段だ! 行け!」
 せめて、約束は果たそう。背後のクリーオウに声をかけながら、覚悟する。
 同時に、敵の凶器が振り上げられた。こちらは無手。ならば挑むのは零距離での密着戦闘。
 剣舞士の膂力は、大木の幹ですら小指一本で爆砕させる。
 その抜き手を、全力で相手の武器を握っている手首に叩きつけようとして――
 一瞬で、その手を握り締められた。
「ぐ――、ぅ」
 手を握りつぶされそうな痛みが襲ってくる。だというのに、それを行っている少女の表情はどこまでも無感情。
 そのまま天使はギギナの体を軽々と持ち上げ、地面に叩き落した。
 受身すら取らせてもらえず、意識が朦朧とする中、ギギナが見たのは今まさに振り下ろされんとする凶器の影――
「――だめっ!」
 そして、再び彼を庇おうとしている金髪の感触。
(愚か――者、が)
 ――乾いた音が、辺りに響いた。

◇◇◇

955 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:12:47 ID:xsdwI8G2
 彼女は、己が消えていくのを感じていた。
 自分の中にあった喪失感が、さらに自分自身を侵食しているのが分かった。
 最後に――は、なんと言ったのだったか。
 思い出せない。だけど、無性に誰かに会いたくさせられた。
「……いたい……ぁいたいよう……」
 今にも消えそうな、掠れた声。
 それは彼女が消えかかっているからか、それとも別の理由からか。
 激痛は幸運だったのかもしれない。
 それが切欠で、消える寸前の彼女は僅かな時間、取り戻すことができた。
「ねえ……どこにいるの……?」
 最後に『彼』の台詞を聞いたのはいつだったのか。
 すでにそれすら思い出せないほどに、『それ』は侵食している。
 彼女の幼さが残る無感情な顔(死に顔)を彩るものは紅くて、
「桜、くん……!」
 鮮血と知れた。  

◇◇◇

956 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:13:29 ID:xsdwI8G2
 クリーオウ・エバーラスティンは多少剣術を齧っただけの少女である。
 たとえば撲殺した人間を再生することもできなければ、大怪我を負ったまま戦闘することもできない。
 何より、彼女に人を殺せるような覚悟などない。
 ――それらを踏まえたうえで、関係ないと断言できる。
 なぜなら、それはそういう武器だからだ。
 反動と人を撃ってしまった感触に震え、クリーオウは魔弾の射手を手からこぼした。
 ほとんど密着した状態。ここまで近ければ、銃口が真横を向かない限り外れない。
 放たれた銃弾はたった一発。だが確かに相手の腹部を打ち抜いていた。
その穿たれた生命を零していく穴から、腹圧で血と、その奥に蠢く肉の塊が――
「あ――わた、わたし、人を」
 それでもクリーオウ・エバーラスティンはただの少女だ。
 天使の少女は再び回復する。もはや、クリーオウに銃を拾いなおすような勇気などなかった。

957 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:14:39 ID:xsdwI8G2
 ――故に、後を継ぐのは凶戦士である。
 耳元で響いた銃声に、朦朧とした意識は叩き起こされた。
 そして、発見する。地べたに伏している自分の目の前にある見慣れた形状。
「――借りるぞ、眼鏡っ!」
 贖罪者マグナス。彼の相棒が用いていた補助用の魔杖短剣が、いま――クエロの手から、引き継がれた。
 ――奇しくも、ここに決着する。
 ガユス・レヴィナ・ソレル。
 ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ。
 クエロ・ラディーン。
 ジオルグ・ダラハイド事務所の因縁にあった三名が、それを決着させる!
 茫然自失としていた天使の少女の喉笛を、ギギナは寸分の躊躇いもなく掻き切った。
 だがそこから血が噴出すよりも速く、雷速の動きでギギナのマグナスを握っていない方の手が彼女の首を掴んでいた。
 ――いかなる理由かは分からないが、致命傷を与えるだけではこの少女を殺せない。
 ――ならば、もっとも確実な殺害手段は。
「るぅぅぅううううあああああ!」
 いくら元の筋力を取り戻しても、天使の、小柄な少女としての質量は変わらない。
 ギギナは残る力をすべて振り絞って、彼女を――放り投げた。
 放物線を描き、彼女は十数メートルもの距離を飛行し、そしてギギナの目論見どおりに落ちた。
 響く水音と、跳ねる飛沫。
 D-3の地下湖。そこは現在、禁止エリアとなっている。
 進入すればいかなるものであれ、魂ごと消滅するとされる、ある意味での最終兵器。
 そこに、天使の少女は沈んでいった。
 見届けて、今度こそギギナはその場に崩れ落ちる。
 体の欠損を前提にしているような前衛職のギギナだからこそ生きていられるような傷である。
 さすがに、これ以上は意識を保つことができそうになかった。
 昏倒する彼の胸中が、どのような思いで満ちていたか――
 少なくとも、今度は空虚ではなさそうだった。

958 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:15:46 ID:xsdwI8G2
◇◇◇

 ぴぴるぴるぴるぴぴるぴ〜

◇◇◇

959 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:16:37 ID:xsdwI8G2
 さて、ここらでひとつ種を明かそうか。
 なんの種かって? それは聞けば分かる。
 現時刻からほんの二十分ほど前に亡くなったバベル議長は、すべての刻印にちょっとした小細工を加えた。
 それはつまり、三塚井ドクロの刻印に施した小細工を誤魔化すためのカムフラージュである。
 つまり、本命は三塚井ドクロだけってわけだ。
 だからこそ、彼女の刻印は一番その性能を歪められていた。
 ところで、管理者の力は強大だ。
 仮に三塚井ドクロの刻印が解除されても、まあ――絶対甚大な被害を与えるとは思うけど、それでも敵うはずはないね。
 だから、一番賢い――ていうか、ずっこい刻印になるようにバベル議長は仕組んだのさ。
 まず、力の制限を外した。これはいいね。
 次に、刻印の反応自体は消さなかった。これもいいね。管理者にばれないようにしたって訳だ。
 さて、三番目。これが重要なわけだけど、バベル議長は当然、ドクロちゃんの人となりを知っていた。
 それは――まあ――つまり――お世辞にも知的とはいえないところとかさ。
 だからこそ、三番目の細工を組み込んだんだ。
 ある意味彼女の刻印こそが、脱出派が求める完成形だと思うよ。
 ――え? 話がメタで長い上に、なんの種明かしか分からないって?
 いまから話そうとしてたじゃないか。まあいいや。さきに言っちまおう。
 ――呆然としてたクリーオウ・エバーラスティンが、
 対岸に、確かに禁止エリアだった湖から這い出てきた、無傷の三塚井ドクロを見て悲鳴を上げたことについての種明かしさ!

960 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:17:22 ID:xsdwI8G2
◇◇◇

 すでにそれは三塚井ドクロではありません。
 彼女は病を患っていました。自分が自分でなくなる病気です。
 天使の憂鬱。それは個性をその存在の核とする天使から、個性を奪ってしまいます。
 彼女の病状は進行し、すでに『三塚井ドクロ』はほとんど消失してしまっています。
 だけど『天使の少女』は探すのです。
 消えかけた自分で、自分の個性を。
 自分の大切な物を、この島では絶対に出合うことのできない彼を。

 ――これは彼女が紡ぐ、薄い、薄い、消えかけのオハナシ。

961 ◆CC0Zm79P5c:2007/12/07(金) 21:18:39 ID:xsdwI8G2
【D-4/地下/1日目・19:40】
【ギギナ】
[状態]:肋骨全骨折。打撲。昏倒。疲労。
[装備]:屠竜刀ネレトー。贖罪者マグナス。
[道具]:デイパック2(ヒルルカ、咒弾(生体強化系2発分、生体変化系4発分)、魂砕き)
[思考]:クリーオウをオーフェンのもとまで保護。
    ガユスの情報収集(無造作に)。ガユスを弔って仇を討つ?
    0時にE-5小屋に移動する。強き者と戦うのを少し控える(望まれればする)。

【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:右腕に火傷。疲労。精神的ダメージ。錯乱。
[装備]:強臓式拳銃 “魔弾の射手” (フライシュッツェ)
[道具]:デイパック1(支給品一式・パン4食分・水1000ml)
    デイパック2(懐中電灯以外の支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン4食分・水1000ml)
    缶詰の食料(IAI製8個・中身不明)。議事録
[思考]:???
[備考]:アマワと神野の存在を知る。オーフェンとの合流場所を知りました。

※ギギナとドクロちゃんとの戦闘で激しい音が発生しました。
 地下にいた人物、D−4の上にいた人物なら気づく可能性があります。

【B-3/地下通路/一日目・19:40】
【ドクロちゃん】
[状態]:『天使の憂鬱』発症。
[装備]: 愚神礼賛 (シームレスバイアス)
[道具]:無し
[思考]:桜君を探す。攻撃衝動が増加。
[備考]:刻印が解除されました。最長で二十四時間後、彼女は消滅します。

962干渉、感傷、観賞(1/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:27:09 ID:VhcPZXko
 ○<アスタリスク>・9

 介入する。
 実行。

 終了。





963干渉、感傷、観賞(2/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:28:01 ID:VhcPZXko

 黒い鮫の姿をした悪魔が猛り狂い、しずくの上半身に噛みついたまま暴れ回る。
 機械知性体の少女は並外れた頑丈さ故に即死を免れたが、抗う力を失った。
 カプセルを何個かまとめて嚥下し、甲斐氷太が笑う。虚空に白い鮫が出現する。
 白鮫は、黒鮫の顎からはみ出ていた下半身に狙いを定めた。
 不運な獲物が二つに裂ける。
 この玩具には飽きた、とでも言いたげな様子で、二匹の悪魔は残骸を吐き捨てた。
 瞳を真っ赤に輝かせて、甲斐の体が宙に浮かぶ。
 鮫たちが、肉と骨を軋ませながら大きさを増していく。
 暴走している。悪魔も、召喚者も。
 カプセルを咀嚼しつつ、甲斐が背後を振り返る。
 彼の次なる対戦相手は、凶行の現場へ駆けつけた男女だった。
 宮野秀策が魔法陣を描いて触手を召喚し、光明寺松衣子が蛍火を指先に作り出す。
 鮫たちが尾を薙ぎ払った。機械知性体だった物体が二つ、砲弾のごとく飛翔する。
 硬さと速さを兼ね備えた飛び道具は、それぞれ一瞬で二人組に激突した。
 宮野の顔面が肉片の塊と化し、茉衣子の内臓が盛大に破





964干渉、感傷、観賞(3/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:29:30 ID:VhcPZXko

 ○<インターセプタ>・5

 干渉可能な改竄ポイントは数多く存在している。過程や結果は何度でも変えられる。
 ただ、どうしても、宮野秀策と光明寺茉衣子の死を回避することができない。
 死に至るまでの行動も、どのように死ぬのかも、多少は操作できるというのに。
 また一つ、可能性が潰えた。
 十三万八千七百四十三回目の介入は、彼と彼女の死によって終わった。
 これまでの試行錯誤が無駄だったとは思わない。
 宮野秀策がフォルテッシモに倒される結末は、抹消した。
 光明寺茉衣子を小笠原祥子が刺殺する結末は、削除した。
 宮野秀策と零崎人識が相討ちになる結末は、なかったことにした。
 光明寺茉衣子がウルペンによって絶命させられる結末は、跡形もない。
 彼と彼女がハックルボーン神父に昇天させられる結末は、もはやありえない。
 あの二人を生還させることは未だ叶わないが、死を先延ばしにすることはできた。
 歴史が改変され、あの二人を殺すはずだった殺人者たちは別の参加者たちを殺した。
 宮野秀策と光明寺茉衣子の生還を確定した後、被害を最小限に抑える予定ではある。
 だが、あの二人を守ることが最優先だ。
 参加者たちの危機感を煽る必要がある。見せしめとして一人は開会式で死なせる。
 炎の獅子の力は不可欠だ。主催者と戦えば惨敗は必至だが、挑んでもらわねば困る。
 零時迷子を『世界』に嵌め込むため、涼宮ハルヒと坂井悠二の命は助けられない。
 それらを犠牲にせねばあの二人が生き残れないというのなら、犠牲を厭いはしない。
 誰がどれだけ死んでしまっても、彼と彼女は助けたい。

965干渉、感傷、観賞(4/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:30:28 ID:VhcPZXko
 被害者全員を生かすことは、できない。
 たった二名の人間すら救えないかもしれない程度の力しか、使えないのだから。
 ……あの二人を両方とも救うことは、ひょっとすると不可能なのかもしれない。
 無論、諦めてはいない。だが、そのような事態を考慮しないわけにはいかない。
 もしも彼を救えないなら、せめて彼女だけでも生き延びさせたい。
 だから、打てる手はすべて打っておく。なるべく早く、できるだけ速やかに。
 当然、『あの島の時間』と『わたしの時間』は異なるが、それは余裕を意味しない。
 この身が模造品であるならば、短命な粗悪品だったとしてもおかしくはない。
 急がねばならない。

 干渉不能な部分を補うため、操作不能な部外者に協力を乞うべきだと提案する。
 <自動干渉機>に求める。
 対面交渉の許可を。





966干渉、感傷、観賞(5/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:31:20 ID:VhcPZXko

 ○<アスタリスク>・10

 承認する。
 十三万八千七百十四回目以降の介入履歴を消去し、改竄ポイント変更後に介入する。
 実行。

 終了。





967干渉、感傷、観賞(6/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:32:41 ID:VhcPZXko

 霧の中、“吊られ男”の眼前には幾人かの参加者がいる。
 少し前に第三回放送が終わったばかりだ、ということになったところだ。
 以前の『現在』とは少しだけ違うはずだが、似たような『現在』が視線の先にある。
 美貌の吸血姫は、黒衣の騎士を伴い、隻腕の少年と気丈そうな少女を連れて進む。
 光明寺茉衣子が向かっているのかもしれない、C-6のマンションを目指して。
「苦労しているようだね」
 空気を振動させない“吊られ男”の声は、誰の鼓膜も揺らさない。
 しかし、その一言は独白ではなかった。
「お願いがあるのです」
 応じた相手もまた“吊られ男”と同様に『ゲーム』の参加者ではない。
 いつのまにか隣にいた<インターセプタ>を、“吊られ男”は見ようとしない。
「徒労に終わると思うよ」
「徒労に終わるか否かを確認することは……それ自体が徒労だと言うのですか?」
 投げかけられた質問に対し、マグスは苦笑を浮かべた。
「まさか。ありとあらゆる知的好奇心を、ぼくは否定しない」
 時間移動能力者は、悲しげに顔をしかめた。
「では……この殺し合いを企てた悪意すらも肯定する、と?」
 参加者たちが去っていった道から目を逸らし、“吊られ男”は隣人を見た。
「前提が間違っているとしたら、正しい答えは導き出せないな」
 怪訝そうな表情で見上げる彼女に、彼は要点を述べる。
「『知りたがっている』のと『知りたいと言いたがっている』のは違う」

968干渉、感傷、観賞(7/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:33:45 ID:VhcPZXko
 困惑する<インターセプタ>に向かって、“吊られ男”は微笑する。
「この『ゲーム』の主催者は、心の実在が証明された瞬間に消えるのかもしれないよ?
 主催者の正体は、具象化した疑問そのものなんじゃないのかな? 答えを認めたら
 疑問という『器』を維持できなくなって雲散霧消する存在だ、とは思わないかい?
 主催者は本当に『知りたがっている』のかな? 『知りたいと言いたがっている』
 だけじゃないかい? ああ、『主催者が消えた後に答えを残すためのもの』として、
 参加者ではない存在がここにいる、という考え方はできるね。観測装置兼記録媒体
 というわけだ。君の場合は検査機具かもしれない。歴史の改変くらいで消えるなら
 記録の意味がないはずだから。でも、実は『答えを求めているふりをしているだけ』
 なのかもしれないだろう? ――本当に、心の実在は証明できるのかな?」
 突然の長広舌に絶句する彼女へ、彼は断言してみせる。
「主催者は、達成できないと考えている。答えはない、故に消されることはない、と。
 本当は簡単なことなのにね。本来の望みから大きく歪んだあれは、もはや御遣いとは
 呼べない。この『ゲーム』の目的は心の実在を証明すること。でも、主催者の目的は
 永遠に問い続けること。だからこそ主催者は答えを認めようとしない」
「……あなたがどういう方なのか、なんとなく理解できたような気がするのです」
 拗ねたような口調でそう言い、<インターセプタ>は肩を落とした。
「ところで、お願いって何だい?」
「徒労に終わると思っているのでしょう?」 
「聞かないとも断るとも言っていないはずだけど?」
 時間移動能力者の瞳が、マグスの顔を映す。
「この島の南部へ、できれば城の中まで歩いていってほしいのです」
「いいよ。散歩の行き先を変えよう」
「……ありがとう、ございます」
 一礼して、<インターセプタ>は姿を消した。





969干渉、感傷、観賞(8/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:34:37 ID:VhcPZXko

 ○<アスタリスク>・11

 介入する。
 実行。

 終了。





970干渉、感傷、観賞(9/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:35:42 ID:VhcPZXko

 霧の中、“吊られ男”の眼前には幾人かの参加者がいる。
 少し前に第三回放送が終わったばかりだ、ということになったところだ。
 以前の『現在』とは少しだけ違うはずだが、似たような『現在』が視線の先にある。
 美貌の吸血姫は、黒衣の騎士を伴い、隻腕の少年と気丈そうな少女を連れて進む。
 光明寺茉衣子が向かっているのかもしれない、C-6のマンションを目指して。
「さて、行くか」
 空気を振動させない“吊られ男”の声は、誰の鼓膜も揺らさない。
 ささやかな異変は、その一言の直後に起きた。
 美貌の吸血姫が立ち止まり、“吊られ男”のいる辺りを不思議そうに見る。
 何かの痕跡を探るかのように、沈黙したまま、わずかに目を眇めて。
 “吊られ男”は踵を返し、何やら独り言を垂れ流しながら歩き始めた。
「……ふむ」
 短くつぶやいた美姫の足は、“吊られ男”の行く方に向いた。


 しばらく島を歩いた後、辿り着いた城内の一室で、美姫は豪奢な椅子に腰掛けた。
 室内に、人という生物の範疇に含まれている、と表現できそうな者はいない。
 美姫は、無言で部屋の片隅を眺めている。
 その位置には、一組の男女がいた。
  “吊られ男”と“イマジネーター”だ。
「つまり、天使の議長は見つけたけれど管理者には会えなかった、と」
「薔薇十字騎士団とは別系統の管理者なのかと思っていたけれど……犠牲者だった」
「徒労に終わったようだね」
「そういうことになるのかしら」
 『世界』の裏側も、所詮この『世界』の内部だ。決して到達できない場所ではない。

971干渉、感傷、観賞(10/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:36:36 ID:VhcPZXko
「そういえば……そこの彼女や、連れの三人には、私やあなたが見えているの?」
「どうだろう……語りかけたことも話しかけられたこともないから判らないな」
「あなたの後ろをついてきていたように見えたけれど」
「ぼくの隣に、ぼくたちには見えないけど彼女には見える何かがいるのかもしれない。
 例えば、“魔女”が視ている異界の住民は、ぼくの目には全然見えない。この島には
 何がいたって変じゃないよ。木工細工を作るときに使うような接着剤を自由自在に
 操り、接着剤で像を作る才能を持った者だけが認識できる精霊――そういうものが
 今ここにいても不自然じゃないくらいだ」
「…………」
 やがて、ダナティア・アリール・アンクルージュの演説が聞こえ始めた。
 部屋の片隅で、男女が唇を閉ざし、顔を見合わせる。
 美姫はただ静かに顔を上げ、すべてを聞き終えると元の姿勢に戻った。
 白い牙が生えた口から、言葉が零れ落ちる。
「日付が変わる前に潰されるようであれば、見物する価値はあるまい」
 会いに行くか否かの判断は第四回放送後まで保留する、ということらしい。
 部屋の片隅で、男女が対話を再開する。
「行くのかい?」
「あなたは行かないのね」
「せっかくだから、君が見ない光景をぼくは眺めておくよ」
「じゃあ、あなたが見ない光景を私は見届けてくるわ」
 室内に、会話は存在しなくなった。
 後には、ただ“吊られ男”の独り言が無為に漂い続けるのみ。

972干渉、感傷、観賞(11/11) ◆5KqBC89beU:2007/12/17(月) 20:37:50 ID:VhcPZXko

【G-4/城の中の一室/1日目・21:35頃】

【美姫】
[状態]:通常
[装備]:なし
[道具]:支給品一式(パン6食分・水2000ml)
[思考]:気の向くままに行動する/アシュラムをどうするか
    /ダナティアたちに会うかどうかは第四回放送を聞いてから決める
[備考]:何かを感知したのは確かだが、何をどれくらい把握しているのかは不明。

【座標不明/位置不明/1日目・21:35頃】

【アシュラム】
[状態]:状況、状態、装備など一切不明

【相良宗介】
【千鳥かなめ】
[状態]:状況、状態、装備などほぼ不明/千鳥かなめが相良宗介と寄り添いながら
     ダナティアの演説を聞いていたことのみ、既出の話によって確定している

973幻影―illusion―(1/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:55:36 ID:IHp3IC2k
 舌打ちしつつ、甲斐氷太は市街地を歩いている。
 魔界刑事を殺し上機嫌で大の字に寝転んだ数十分後には、もう仏頂面で起きていた。
それまで意識していなかったものに気がついた結果だ。それ以来ずっと、鬱陶しげに
甲斐は周囲を探り続けている。
 妙な気配が甲斐の近くに漂っていた。気配は薄く淡く曖昧であり、だが消える様子が
一向にない。むしろ、徐々に存在感を増しているようですらある。
 南の市街地で暴れ始めた悪魔らしき何かに惹かれ、そちらに行こうかどうか悩んだ
こともあったが、それでも優先したのはこちらの気配を調べる作業だった。
 他の参加者たちに倒される心配がなさそうな標的よりも、後から出てきて漁夫の利を
得ようと企んでいるかもしれない不確定要素を先にどうにかしておいた方がいい、と
甲斐は判断していた。無粋な横槍を入れられては、戦いがつまらなくなってしまう。
 茫漠とした気配は、甲斐の精神をずっと逆撫でし続けている。
 気配の正体は判らない。よく知っている何かのようでありながら、そうではなくて
似ているだけの別物であるような気も同時にする。
 甲斐氷太が“欠けた牙”だとするならば、その感覚は、欠落した部位を苛む幻痛だ。
 呪いの刻印さえなければ、甲斐は事態の本質を把握できたかもしれない。
 刻印の気配と、甲斐に付き纏う気配とは、どういうわけか微妙に似ている。
 例えるなら、猟犬と野獣がそれぞれ同じ香水を全身に浴びているようなものだ。
 周囲に潜む気配には、暗く不吉で禍々しい印象がある。
 夜と闇の領域に属する密やかな何かが、すぐ近くにある。
 暖かな陽光の下では生まれない、鋭く澄んだ空気がある。
 それは、甲斐自身にも共通する要素だ。
 動くものを探しながら、住人のいない街角を甲斐は進む。
 煙草を取り出し、火種が手元にないことを思い出してポケットに戻す。
 ライターは発見できておらず、喫茶店にあったマッチは湿っていた。
 ショーウィンドウに映る己の影を一瞥し、甲斐は吐き捨てるように悪態をつく。
 ガラスの表面に見えるものは、ただの意思なき自然現象でしかない。
 とてつもない強さを誇った“影”は、もはや追憶の中にしか存在しない。
 物部景は死んだ。
 悪魔狩りのウィザードが甲斐氷太と戦う機会は、もう二度と訪れない。

974幻影―illusion―(2/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:56:39 ID:IHp3IC2k
 魔界刑事との死闘によって一度は漂白された頭の中が、急速に赤黒く濁っていく。
 忘れえぬ情念が爆発的に荒れ狂う。思考が疾走を始める。
 ――鮮烈なブルー――鉤爪のような指先が――カプセルを――鏡――ただ心の命じる
ままに――きっと厭なものが――最高に痛快な破壊音を――大気を裂いて泳ぐ――水の
中につながっていて、そこには――闘争の狂喜――“影”は一瞬にして――中と外が
入れ替わる――黒鮫が咆哮を――テメエがどういう野郎かは、この俺が誰より――もう
二度とは元の形に戻らない――消えることのない「笑み」――違う世界が広がって――
赤い瞳は笑っていた――会心の攻撃――見事な回避――この真剣勝負こそが真実だ――
 爽快感は、とうの昔に消え失せていた。
 カプセルの効果で鋭敏になった神経が、虚無感を強調する。
 悪魔を使って超人を噛み殺しても、飢えと渇きは癒えなかった。
 ただ、わずかな間だけ誤魔化すことができていただけだった。
 魔界刑事は、ウィザードと同じ高みには立っていなかった。
 剣道の達人が空手の達人と勝負して勝ったようなものだ。
 確かに本気だった。勝ち取ったものは無意味ではない。
 しかし、それは最初の目的とは違う別のものだった。
 握りしめられた拳の中で、カプセルが潰れ、粘液を漏らす。
 苛立ちを声に乗せて甲斐が叫ぼうとした瞬間、どこからか女の声が聞こえてきた。
『聞きなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ』
 ダナティアの演説は、堂々と、朗々と、高らかに続く。
 その言葉のすべてに対して、甲斐はただひたすらに腹を立てた。
 何様のつもりだ、と。何も知らない奴が偉そうに御託を並べるな、と。
『あたくしを動かすのは……』
 目を血走らせ、悪口雑言を撒き散らしながら、甲斐は天を仰いだ。
『……決意だけよ!』

975幻影―illusion―(3/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:57:22 ID:IHp3IC2k
 それは市街地の片隅からでも見えた。
 南東の方角から曇天の夜空へと赤い柱がそそり立っていた。
 煌々、轟々と迸る閃光は上空の雲を貫いていた。
『刻みなさい。あたくしの名はダナティア・アリール・アンクルージュ』
 赤い閃光が消えた夜空には一筋の光が射し込んでいた。
 上空の曇天を貫いた閃光は強い風を生んでいた。
『あなたたちに告げた者の名です』
 風が雲に生んだ小さな空の切れ目。
 そこから射し込む月光の中、甲斐の視界の端で、何かが動いた。
 甲斐が注視した先にあったのは、ショーウィンドウに映った影だ。
 ガラスの表面に見えるものは、ただの意思なき自然現象ではなかった。
 甲斐は思わず絶句する。

 鮮烈なブルーのゴーストが、背後に“影”を従えて立っていた。

 ダナティアの演説は響き続けていたが、もはや甲斐は気に留めなかった。
 奇麗事で飾られた理想郷などより、ずっと魅力的な戦場がそこにあった。
 瞬時に振り返る。
 だが、ガラスに映っていた姿は、街角のどこにも存在していない。
 慌てて視線を巡らせる。
 甲斐の瞳が再びショーウィンドウを視界に捉え、先ほどとは異なる色彩を発見した。
 ワインレッドのスーツを着た男が、鬼火を掲げ、長い銀髪を風になびかせていた。
 もう一度、甲斐は後方を確認する。やはり誰もいない。
 鏡と化したガラスへと、甲斐は向き直った。

976幻影―illusion―(4/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 00:58:33 ID:IHp3IC2k
 ずっと甲斐の周囲に漂っていた気配は、今や鏡面の向こう側から溢れ出している。
 漆黒の鉤爪が鱗をめがけて振り下ろされ、細長い尻尾が甲冑を下から打ち据える。
 物部景が、死線を楽しむ狂人の笑みを唇に浮かべている。
 宙に舞い上がった大蛇が黒い炎を吐き、“影”が瞬時に厚みを消して地面を滑る。
 緋崎正介が、冷厳でありながら歓喜に満ちた目を細める。
 二匹の悪魔が睨み合う。
 二人は同時にカプセルを掴み、口に含んで咀嚼した。
 悪魔を使役し戦う者たちの楽園が、そこにあった。
「そういうことか。テメエら、そんなところに隠れてやがったんだな」
 甲斐は思う。あいつらはあの『王国』へ行き、だから管理者は生死を見誤った、と。
 トリップの影響で鈍磨した思考は、数々の違和感や疑問点を些事として切り捨てた。
 涙が滲みそうになるのを堪えながら、甲斐は笑う。
 万感の思いを込めて、呼びかける。
「ぃようっ、ウィザード。捜したぜ」
 景の視線と甲斐の視線が、一瞬だけ重なり合った。
 景が甲斐の存在に気づけなかった、という風には見えなかった。
 そして、甲斐に対して一切の興味を示さず、無造作に景は目を逸らした。
 塵芥にすら劣る“どうでもいいもの”をすぐに忘れただけ、とでもいうように。
 少なくとも、甲斐はそう感じ、その印象を確信した。
 甲斐を全否定する情景は、猛毒のごとく精神を熱して蝕んでいく。
「……上等じゃねえか。俺がそっちに行くまで、そこの三枚目で肩慣らしでもしてろ。
 どんな手を使ってでも殴り込みに出向いてやるから、覚悟しとけ」
 狂犬じみた表情筋の歪みで口の端を吊り上げ、甲斐はカプセルを噛み砕いた。
 今の甲斐に迷いはない。力が足りないなら、弱者を捕らえて悪魔を召喚させ、それを
自分の鮫たちに喰わせることでさえ躊躇しない。そうしない理由など一つもない。
 ――すべては、ウィザードと戦うために。

977幻影―illusion―(5/5) ◆5KqBC89beU:2008/04/01(火) 01:00:10 ID:IHp3IC2k


【A-4/市街地/1日目・21:40頃

【甲斐氷太】
[状態]:あちこちに打撲、頭痛
[装備]:カプセル(ポケットに十数錠)
[道具]:支給品一式(パン5食分、水1500ml)
    /煙草(残り十一本)/カプセル(大量)
[思考]:手段を選ばず、鏡の向こうに見える『王国』へ行く
[備考]:『物語』を聞いています。悪魔の制限に気づいています。
    『物語』を発症し、それを既知の超常現象だと誤認しています。
    現在の判断はトリップにより思考力が鈍磨した状態でのものです。
    肉ダルマ(小早川奈津子)は死んだと思っています。

978ヒマな時にオススメです!:2008/05/06(火) 16:52:02 ID:.y9N1576

とある事をすると日記を更新している女の子のサイトです。
むちゃくちゃ生々しい文章なので初めは衝撃受けました。

中毒性が高いので注意が必要です。

ttp://www.geocities.jp/yuuji58287ff/sss/

979名も無き黒幕さん:2008/06/01(日) 08:47:14 ID:xD8AG8vo
2000000以上あった借金全部、この2ヶ月で返済できたし
今日までのオイラは、ここで終わりです。
んで明日からはクリーンな人生が始まるとです!

仕事はクリーンじゃないがね(((*≧艸≦)ププ…ッ ⇒ http:\/0X2B.244.41.0XDB/ppp/B6AqGhf/

980名も無き黒幕さん:2008/06/16(月) 07:32:12 ID:1IzRzkUM
よっしゃー!20万げっとー!!

女の人のマソコって、みんなあんなにぐにぐに動いているもんなんですか??
初めてだったのに、挿れた瞬間でちゃいましたよ。。
ゴムは嫌だって言われるけど、長持ちのためにも次はつけまふ。

http:\/014-tuhan.com/souzai-rank/wahuu/rl_out.cgi?id=08010177&url=http:\/0x2b.0Xf4.0x029%2e219/pr/CT6MyfN/

981たった一度の冴えたやり方(1/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:52:04 ID:wFs0ZlLc
 ○<インターセプタ>・6

 ありとあらゆる存在は、幾重にも重なり合っている可能性の塊だ。
 箱の中の確率的な猫は"生きている猫”であると同時に“死んでいる猫”でもある。
 箱を開けて中身を確かめるわたしもまた“生きている猫を見るわたし”であると同時に
“死んでいる猫を見るわたし”でもある。
 無論、ありとあらゆる可能性を前に、わたしはたった一つの現実しか見出せない。
 猫の死亡が観測された時点で観測者の前から“猫が生きている可能性”は消失する。
 猫の生存が観測された時点で観測者の前から“猫が死んでいる可能性”は消失する。
 二つの可能性は同時に在るが、一つの世界に二つの現実は共存できない。
 現実が一つに収斂された時点で、それ以外の可能性は幻想と化す。
 故に、“今ここにいるわたし”も“わたしが見る現実”も“この世界”に一つだけ。
 どのような可能性がわたしの眼前に残ったとしても、おかしなことなど何もない。
 猫が死なねばならない必然性も、猫が生きねばならない必然性も、そこにはない。
 わけが判らない何かのせいで猫の生死は決まる。
 そして、猫を見るわたしは、不明瞭で曖昧な何かに左右され続けている。
 わたしはそれが悔しくて、だから時間を遡り、世界に再び目を向ける。
 猫の死を覆したいなら、生きている猫のいる現実を観測せねばならない。
 是が非でも、世界の上に新たな現実を上書きせねばならない。
 上書きされる以前の現実が、虚ろな幻想に成り果てて断ち切られても。
 自分勝手な介入者として、何の罪もない人々に迷惑をかけてでも。

982たった一度の冴えたやり方(2/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:53:00 ID:wFs0ZlLc
 文字通りの意味で、蝶の羽ばたきが嵐を起こす可能性すら、この島にはある。
 どれほど些細で微小な相違点だろうが“無視しても構わないもの”ではない。
 ほんのわずかにでも差異があるのなら、それは再現ではなく改変だ。
 世界の上に現実が上書きされれば、かつて在ったすべては色あせ、台無しになる。
 連続性の途絶を滅びだと定義するなら、それは確かにある種の終焉だ。
 その気になれば“かつての現実”をどれでも復元することはできる。だが、実行する
場合には“そのときそこにある現実”を犠牲にする必要がある。後退は不可能であり、
ただ逆方向へも前進できるというだけのことだ。犠牲になる現実の数は減らない。
 可能性は多重に在るが、“この世界の現実”は一つしかありえない。
 当然、“別の世界”には“この世界”とは違う現実がある。しかし、そこでも数多の
可能性が現実になれず幻想と化している。可能性の数は、世界の数を遥かに上回る。
この前提が当てはまらない場所を、わたしは見たことも聞いたこともない。
 所詮、“今ここにいるわたし”も、星の数より多くある可能性の一つでしかないが。

 虹色の淡い光に照らされながら、わたしは静かに目を伏せる。
 唯一無二――そんな言葉が脳裏をよぎった。
 わたしと出会った彼が何人目の坂井悠二だったのか、わたしは知らない。

 今ここにいる自分が本当に自分であるか否かについて、少しだけ彼は語ってくれた。
 ただの人間であった坂井悠二は既に亡く、ここいるのはその模造品だ、と。
 自分もまた坂井悠二ではあるが、故人・坂井悠二とは明確に異なる、と。
 今の自分には、本来の坂井悠二が知りえなかった記憶や感情がある、と。
 もしも仮に、この肉体が故人・坂井悠二と同じ物だったとしても、心は異なる、と。
 同種であり同属であり同類ではあっても同一ではない、と。
 価値観や常識が激変するほどの経験をした彼には、そう言えるだけの資格があった。

983たった一度の冴えたやり方(3/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:54:14 ID:wFs0ZlLc
 坂井悠二は、わたしが何者であるかについても大雑把には知っていた。
 魔界医師メフィストの手術を受けた際、わたしが何をしているのか垣間見たらしい。
 困ったような顔をしながら、君を許すことはできない、と彼は言った。
 現実が上書きされるたび、同じ数だけの現実がそこに生きた皆と共に失われた、と。
 認めよう。彼には、わたしを糾弾する権利がある。
 もはや“最初の現実”と“当時の現実”は別物だと表現しても過言ではなかった。
 わたしは彼らに酷いことをしてきたし、これから先も酷いことをするつもりだ。
 蝶と戯れ、しかし個々の蝶を一匹一匹それぞれ識別しないまま微笑む幼子のように、
わたしもまた『宮野秀策』や『光明寺茉衣子』という種類の生物が絶滅さえしなければ
億千万の『宮野秀策』や『光明寺茉衣子』が犠牲になることをすら容認できる。
 BがAに近似しているなら、Aが在った場所にBを代入し、それを是としてみせる。
 救われる二人が、地獄の苦しみを味わって死んだ彼や彼女とは別の二人だとしても、
わたしはそれを幸福な結末だと言い切ってみせる。
 本物の宮野秀策や光明寺茉衣子とは無関係な、複製に過ぎない二人だろうと、本物が
無事であるという証拠がない以上は守らねばならない。
 あの二人を救うために必要なら、他の参加者全員を破滅させようが、後悔はしない。
 目的のために手段を選ぶつもりは、もうなかった。
 坂井悠二を犠牲にし、零時迷子を利用し、彼が守ろうとした仲間を死なせてでも、
理不尽にすべてを奪い取ってでも、あの二人を助けるつもりだった。
 だが、そんなわたしに彼は言った。
 君を許すことはできない……それなのに、心の底から憎むこともできない、と。

984たった一度の冴えたやり方(4/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:54:55 ID:wFs0ZlLc
 うつむいた表情には、喜怒哀楽が複雑に混在していた。
 君を否定したら、“今ここにいる自分”や“今ここにいる皆”まで否定することに
なってしまう、と彼は言った。
 “今ここにある現実”は、君の干渉がなければありえなかった、と。
 辛く悲しく苦しいけれど、存在しなかった方がマシだったとは思わない、と。
 恨んでいないと言えば嘘になるけれど、それでも殺したいとは思わない、と。
 その意思を愚かだと嘲る権利は、わたしにはない。
 顔を上げて、坂井悠二はぎこちなく笑った。
 こうして姿を現したのは、自己満足だとしても会って話したかったからだろう、と。
 今こうやって話しているという現実は後で上書きされ、“今ここにいる坂井悠二”も
君に消されるのだろうけれど、だからこそ、せめて約束してほしい、と。
 踏みにじったものに見合うだけの素晴らしいものを絶対に掴み取ってみせるから、
数え切れぬほどの犠牲はすべて無駄にしない――そう約束してほしい、と。
 わたしは頷き、約束の対価として、彼の手から水晶の剣を譲り受けた。
 ……“あの現実”も、“あの坂井悠二”も、今はもう記憶の中にしか存在しない。

 数多の現実を渡り歩き様々な光景を覗き見たわたしは、この剣のことも知っている。
 邪を斬り裂く、人ならぬものが創った剣。魔女の血入りの水で洗われ、本来の目的を
――己の“物語”を少しだけ取り戻しかけている、勇者の武器。
 主催者に致命傷を与えられるかもしれない可能性を秘めた、七色に輝く刃。
 こんな物が支給品として都合良く会場内にある理由を、わたしは苦々しく想像する。
 勝利に届きそうで届かない程度の希望を与えて、最終的に絶望する瞬間を最大限に
盛り上げようとしているのかもしれない。
 あるいは、主催者すらも第三者の――“他者の破滅を満喫したい”という願望を抱く
強大な何者かの、掌中に捕らわれた獲物に過ぎないのかもしれない。
 どんな経緯があるにせよ、おそらくは、あまり喜ばしいことではない。

985たった一度の冴えたやり方(5/5) ◆5KqBC89beU:2008/06/24(火) 12:56:20 ID:wFs0ZlLc
 主催者の殲滅さえ成功すれば、後はどうにかできるかもしれない。
 この世界と関わる異世界の幾つかには、死者の蘇生やそれに近い技術があるらしい。
 主催者を排除できれば、犠牲者全員を復活させることすらも夢ではなくなるだろう。
 宮野秀策を見殺しにした場合ですらも光明寺茉衣子を救うことはできなかった。もう
他に手はない。彼と彼女の死が避けられないなら、死なせた後で生き返らせるまでだ。
 有望そうな参加者が主催者の前に立ったとき、わたしは水晶の剣を託そう。
 無論、敗色が濃い参加者に対しては、何の助力もしない。
 残念ながら、勝機は一度しかないのだから。
 いかに主催者が悪趣味だとしても、自分に直接害を及ぼした相手を野放しにするほど
慈悲深くはないだろう。もしも失敗したときは、きっとわたしは殺される。
 万が一、わたしが放置されたとしても、水晶の剣はわたしの手元に残るまい。
 剣を託した参加者が主催者に負けた場合、その結末を改変することは不可能に近い。
 やり直しはきかない。最初で最後の一回がその後のすべてを決定する。
 おかしなものだ。時間移動能力を得る前までは当然だった、こんなにもありふれた
前提条件が、こんなにも恐ろしくてたまらないとは。
 この身の震えは、決戦のときまで止まりそうにない。


【X-?/時空の狭間/?日目・??:??】
※水晶の剣は、生前の坂井悠二から<インターセプタ>が譲り受けました。

986名も無き黒幕さん:2008/07/01(火) 16:50:43 ID:HiZ/tUuU
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