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作品投下専用スレッド2
1
:
管理人★
:2011/02/19(土) 12:48:34 ID:???0
新スレです。
作品を投下するためのスレッドです。トリップを忘れずに。
611
:
命を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:40:10 ID:uEQroVbk0
「……でも、ゆっくりいこうって、言ってくれたから」
きっと一人のままであれば。やっぱりあの時言われたことは正しかったのではないかと思い、敵は誰なんだ、殺すべきは誰だと考えていたのかもしれない。
ミチルがそれを押し留めてくれた。ミチル自体に価値はなくとも、彼女はグラァの価値観を変える切っ掛けになった。
「無理は良くないって、言ってくれたから」
グラァがそう言うと、ミチルは目を見開き、やがて何かを悟ったような顔になって「酷いことを言う……」と呟いた。
「そんなことを言われれば……立ち上がるしかなくなる……」
殺し文句だ、と付け加えられた。グラァ自身にそこまで気障なことを言った覚えはなく、ミチルの声に戸惑うしかなかった。
「離して。もう平気……、それに、近い」
「あ、ああ……」
言われてみれば、両腕を拘束した挙句に息のかかる距離まで近づいて話していた事実に気付き、グラァは慌てて手を離して距離を取った。
もしかすると、状況があまりにも気障なのではなかったか? 思い返せばそんな気がしないでもなく、グラァは赤面する思いがこみ上げてくるのを感じた。
「……そっちが照れてるのはおかしい」
「い、いや……」
言葉に出来なかった。それを見て取ったミチルが、苦笑混じりではあるが表情を崩す。
色が戻った彼女に安心する思いが生まれないではなかったが、それ以上に落ち着かなければいけないのは自分だと言い聞かせ、
グラァは染まりかけた顔を二、三度叩いて仕切りなおすことにした。
「……本当にもう大丈夫? 僕についてこれる?」
「平気……。そっちこそ、私についてきていいのか?」
一瞬首を傾げたが、合点がいった。ミチルを守ると言ったのだから、形式的にはグラァがミチルについていくということなのだろう。
もちろん彼女だって本気でそう思っているわけではないだろうが、一歩先に進むための、それは儀式のようなものなのかもしれなかった。
「うん。僕が君を守る」
だから簡潔にそう言ったグラァだったが、あまりに真っ正直に言ったからなのか、ミチルは少し戸惑い、それでも嫌ではなさそうな微妙な表情になった。
慣れていないのかもしれない。
「……やっぱり、殺し文句だ」
ぼそりと、返事なのか独り言なのか分からない言葉が来るだけだった。
612
:
命を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:40:24 ID:uEQroVbk0
【時間:1日目午後18時00分ごろ】
【場所:C-6】
グラァ
【持ち物:ベナウィの鉤槍、水・食料一日分】
【状況:健康。守れる人を守る。17:30ごろC-5上空に見えたカミュともう一人に合流する】
山田ミチル
【持ち物:コルト ガバメント(9+1/9)、.38Super弾×54、水・食料一日分】
【状況:健康。グラァについていく】
613
:
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:35:29 ID:sxrvJTLI0
ゲリラ投下します。
ベナウィ、長谷部彩、九品仏大志、栗原透子で。
614
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:36:05 ID:sxrvJTLI0
戦はどこにだって転がっている。
それはベナウィという男が、物心ついてから初めて理解したことだった。
武人の家系に生まれたベナウィは、幼いうちから戦場に連れて行かれ、実戦を間近で見ながら育ってきた。
武勲を上げて一族を繁栄させてきた家の、一種の習わしのようなものだった。
戦術、戦略を書から学ぶ一方、時には兵に混じって実戦経験を積み、名実ともに大将となっていく。
なぜ、どのようにして戦が起こるのかを考える時間はなかった。いや、当たり前のように戦が起こりすぎていて疑問に思う余地もなかった。
あることが当然であり、考えるべきはどのようにして敵を倒すか、我軍の損害を減らすか。効率的に殺していくことが功績に直結していた。
まだトゥスクルという國がケナシコウルペという名前であったころの、ベナウィという男はそれが全てだった。
* * *
615
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:36:26 ID:sxrvJTLI0
「……尋ねたいことがあります」
「……はい?」
無言の時間をしばらく続けたかと思えば、藪から棒にというように口を開いたベナウィに、隣を歩く少女、長谷部彩は少し当惑したような顔になっていた。
彼女が泣きはらしてから、落ち着く時間を取って、また人探しのために歩く。それまで必要なことしか聞いてこなかったのだから当然の反応だと言えたが、
ベナウィ自身、なぜこの時に、という気持ちがないではなかった。それでも質問の口を開かせたのは、昔、家族に連れられて歩く時間があったことを思い出したからか。
「貴女の國には、戦はないのですか」
「……ない……ですが」
質問の意図が分からないというより、なぜ今、という語尾の濁し方だった。
そう思うのも当然だったが、まさか自分の後ろをついてくる彩に幼年の日の己が重なったとも言えず、
ベナウィは「貴女も私に國のことを聞いた」と返した。「私も気になったからです」と重ねると、ようやく彩は納得したというように、夜明かりに僅かに浮かんだ影が動いた。
「……平和だと思います。最後に戦争が起こったのが60年ほど昔で」
「そんなに……」
流石に舌を巻く。それだけの期間戦がないというのは相当に政治手腕が優れているか、他を寄せ付けない軍備があるということなのだろう。
市井の民であると思われる彩でさえ高い教養を備えている様子がある以上、國民の教育も行き届いており、かつ内容も充実しているということなのだろう。
ハクオロ皇が常にから語る國のあり方。彩という少女は、それを体現しているかのように思えた。
だが、ベナウィが聞きたかったことはこれではない。
「では、國を守る軍はどのようになっていますか。やはり強大な武力があって、それが抑止力になっている?」
「軍隊は……、ええと、厳密に説明するとあまりに時間がかかってしまいます……から、要点だけ言うと、
あるにはありますし技術力という点でも世界に比肩するものですが、核のような絶対的な抑止力というものではなく、あくまで通常兵器に収まっている形で……あ」
こめかみを摘んでいるベナウィを見て、これでも難しい内容を喋りすぎたと思ったのか、彩は済まなさそうに身を縮こませた。
気にしていないという風に手を振ると、彩はふるふると首を振った。
「……つまり、軍はあるにはあるが、突出したものではないと?」
こくこく、と。理解できる言葉をつまんで要約してみたのだが、合っていたらしくベナウィは息を吐く。
ならば外交手腕が優れているのだろうが、それにしても気になる点が多い。カク、というもっと上位の武力がありながらそれは手にしておらず、
口ぶりからして軍備は最小限に抑えているかのようにさえ感じられる。まるで国力はあるのに軍備の縮小をしなければならないといった風だ。
「では、武勲はどうやって立てているのでしょうか」
「……というと?」
「戦もなく、武人が繁栄できるわけがない。であれば何か他の手段で武勲を立てているものかと……」
「……それは、分かりませんが」
616
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:36:47 ID:sxrvJTLI0
そこで彩は一旦口を閉じた。或いは、そのまま黙っていようと思ったのかもしれない。口を開きかけては閉じる動作を何度か繰り返して、
それでも、というように。
「戦いがなければ繁栄できないというのは……悲しいように思います」
恐らくは、口にしてしまえば自分達の間に変化を起こしてしまうだろうとは分かっていたはずだった。
逡巡していたのはその証に他ならない。
侮辱しているわけではないとは分かっていた。
己の考えを口に出しただけだということも。
「貴女は、残酷なことを言う」
しかしベナウィもまた、これを口にしないわけにはいかなかった。
血を流して家を育ませることを信条としてきたベナウィにとって、紛れも無く彩の言葉は痛恨だった。
彩の住む世界ではそのような生き方は認められたものではないと知って、鉄面皮は貫けなかった。
「そのようにしか生きられない者もいるというのに」
言わなくても済むことを口に出してしまう。トゥスクルでさえやってこなかったことだ。
何故だ? 肚の底から沸き上がる正体不明の感情が止まらず、その事実にベナウィは困惑していた。
彼女とは生きている世界が違うと、最初の邂逅で理解していたはずではなかったか。価値観が違うと納得したはずではなかったか。
その上で付き合い方を考えると、そのように決めたはずではなかったか?
なのに自分は……識ろうとしている。近づこうとしている。それが己を焼き焦がすと知っていながら……。
「……生き方はひとつじゃない……はずです」
自身を灼く炎から離れるには、消してしまえばいい。最後の理性を働かせ、鉄面皮を取り戻そうと放った言葉の槍は、しかし容易く受け止められた。
押しこめばそのまま萎んでしまうだろうとばかり思っていた彼女は――、想像していたよりもも遥かに強い力を以って反発してきた。
ベナウィはさらに何かを言葉にしようとしたが思いつかず、思いつこうと考えていること自体が不毛な行為だと悟る。
やめよう、と思った。何を言っても無駄だからと思ったのではなく、好きにさせようと思ったのだ。
言葉を口にすることが一種の刃となり、傷つけかねないということを承知の上で彩は紡いだ。
武器を取っていなければ生きる術を知らぬ自分に。恐らくは彩自身も、それが己の身を焼き焦がすと分かっていて、だ。
まったく、厄介なものに出会ってしまった。
本心からそう思ったものの、嫌悪感を覚えていない自分もどうかしているという気持ちもあり、強引にでも締めくくってこの時間を終わらせようかと思案した矢先、
突如として目の前が、弾けた。
「ハーッハッハッハ! そこの実に愉快な格好をした、喩えるならばMr.ブシドー! 貴様には実に興味をそそられるぞ!」
強引に締めくくられた。
* * *
617
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:37:14 ID:sxrvJTLI0
「くくく九品仏さぁ〜ん! やめましょうよぉこんなの!」
「何を言うか栗原女史! こんなものがあればこう使わないわけにはいくまい!」
「で、でも危険ですってぇ! ほら今の人、目が、目が! ひぃ!」
「慌てるな愚か者! 探照灯に照らされて目を細めているだけだ! 状況は我軍有利!」
……端的に言うと、屋根の上からベナウィがサーチライトで照らされているのだ。
本当に唐突なタイミングだった。そのようにしか生きられないと言われ、身体の奥底が跳ね上がったかと思えば自分でも想像できないような台詞を言って、
自分自身どうしよう、と軽くパニック状態になりかけていたところに降って湧いた闖入者。それがサーチライトと共に一戸建ての民家の屋根上に陣取る二人組だった。
逆光のせいで彼らの姿は全く分からないし、咄嗟に盾となっているベナウィが前に出させてくれないせいで状況がどうなっているのかも分からなかった。
が、会話を聞く限りでは片方は全く知らされていなかったようで泣きそうな声でもう片方を諌めて……諌めていると彩は思うことにした。
「ああぁこんななら支給品の中身なんて見せなければ良かったよぉ……」
「役に立っているではないか。夜分にはまさにうってつけの代物! これを授かった栗原女史は夜の女王!」
「何ですかそれぇ!?」
……そして件の二人組は、自分達を全く無視して喋っている。
「アヤ、怪我はありませんか」
「え、あ……はい」
先ほどの微妙な空気をまるで感じさせない風に、ベナウィは彩を守ってくれていた。
半分以上は本能というか、身体が動くに任せてやったことであるのだろうし、案じてくれているということに驚嘆を覚えるくらいだったのだが、
実際のところはサーチライトで照らされているだけなので真面目に心配されると申し訳ない気分になってしまう。
「この光の術、直接害を与えるわけではないようですが……」
「えっと」
「光量が強すぎて敵の正体が掴めません。一先ず射線から離れるのが先かと」
「あの」
「敵の狙いが分からない以上、ここに留まるのは危険です。私が隙を作りますからその間に撤退します」
「……はい」
あまりにシリアスな声で言うので、彩は思わずそう言ってしまった。
618
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:37:39 ID:sxrvJTLI0
「あーあー! 聞こえているかそこの二人組! 我輩は九品仏大志である!」
「……私はトゥスクルが侍大将、ベナウィである。わざわざ名乗るとは自信家のようですね」
「ほほう! 侍大将! なるほど面白い、その格好は伊達ではないというわけだな?」
「試してみますか?」
「いいや結構」
ベナウィが曲がりくねった刀身の剣――確かフランベルジェと言うのだったか――を構えかけようとしたのを見て取ったのか、
最初よりは幾分か落ち着いた声が返され、サーチライトは消えた。何となく彩はホッとしてしまう。
必要以上に警戒するベナウィを見ることがなくなったからかもしれない。
「何故攻撃を止める?」
「貴様が仕掛けてくる気配がなかったからだ。必要がなければ攻めない相手とは交渉の余地がある」
逆光がなくなったからか、徐々に話している相手の姿が見えてくる。それでも夜の闇に紛れてはっきりとは分からないものの、
一人はスーツスタイルの男に、もう一人はセーラー服を着た女だと知れ、彩はほんの少し安堵する思いがあった。
ベナウィがまともでないというわけではないが、ここにやってきてから初めてまともな……。
彩は無言で首を振った。これがまともであると認識してしまえば何かが狂ってしまう気がしたからだった。
「さ、最初から話し合いする気があるならそうしましょうよぉ……」
「馬鹿者。暢気に話しかけてそいつがはいそうですか話をしましょうと言ってくる保証があるか。現に栗原女史も見ているのだろうが」
「それは……」
女の方が項垂れるような格好になった。元々男の方の服の裾を必死に掴んで屋根から落ちないようにしていたらしく、
傍目から見ると情けない姿であったが、彩の立場も似たようなものだったし、むしろこの男に振り回されているのであろう境遇に大変そうだ、とすら思っていた。
「なるほど。先ほどの光の術は様子見だったと」
「然り。目眩ましにもなるしな。いざとなれば消して闇に紛れ逃げれば良いと判断したまでだ。もっとも、我輩の辞書に敗北の文字はないがな!」
そして男は高笑い。こんな声を出していれば他の誰かに気付かれそうなものだった。
ベナウィもそれに気づいていないはずがなく、「……詰めの甘そうな男だ」と零していた。彩も同調してしまった。
「さて交渉の時間と行こうか。単刀直入に言おう。情報の交換……と言うほどではないが、各々の現状を確認し合う気はないかね?」
「そうする目的と、こちらに対する利を説明願いたいものですが」
「流石に慎重だな」
「油断や慢心は死を招きます」
フン、と鼻息を荒くした様子で、男は話を続ける。
「話をしようと言ってはいそうですねと乗ってくる保証がないように、たとえ殺し合いをして最後の一人になったところで帰してくれる保証もない。
なればこそ我輩は取るべき道を探さなくてはならん。殺し合いをするべきか、脱出するべきか。
選択肢はどれほど存在するのかをな。ゆえに情報が欲しいのだよ、分かるか侍大将?」
「え……九品仏さん、まさか殺し合いをするのを考えて……だってさっきは世界征服って」
「おい! 真の目的を軽々しく話すな馬鹿者!」
619
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:38:03 ID:sxrvJTLI0
そして男は女の頬を引っ張り始めた。情けない調子で「ごめんなさい」と思しき声まで聞こえる。
ベナウィが神妙な顔をして彩の方を向いた。明らかに興醒めしたような様子だった。
「あの男は馬鹿かうつけ者か、判断に困るのですが」
「……お話は聞いてあげた方が……」
「あれと比較するのは失礼極まりない気がしますが、最初に出会えたのが貴女で良かった気がします」
彩がベナウィの立場でも間違いなくそう思っていたはずなので、彩は特に何も言うことが出来なかった。
「貴様の目的が何であろうと知ったことではありません。が、時間を浪費しているような余裕も無い。
話は聞きますが間違っても協力する気はないと思っていただきたい。よろしいか?」
「フン、構わんよ。こちらも無闇に同志を増やして大名行列するような趣味もない。純粋に情報交換をしたいだけだ。では場所を移すか」
「そうして貰いたいですね」
女の頬を引っ張る格好のまま返答が来る。女の方は仲間が増えないと知って若干表情に失望の色が灯っているような気がしたが、気のせいだろう。
そういえば、と彩は今更ながらに男の声はどこかで聞き覚えのあるような、という引っ掛かりを覚えていた。
* * *
620
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:38:20 ID:sxrvJTLI0
死んだ。木田君が。
意地悪で乱暴で……それでも私にとっては数少ない繋がりのひとつだった木田君が、死んでしまった。
それなのにさほどのショックもなく、「死んじゃったんだ……」の一言で済ませてしまったのはもう心が麻痺しているからなのかもしれない。
だって、始まって早々に私の見ているところで、楽しそうにお話してたのに殺して、そういう人がいて。
でもどこからともなく現れた、ドラマでしか見たことがなさそうな九品仏さんという人が現れて。世界征服をするなんて言い出して。
半分、夢の中の世界にいるような感じだったから木田君の名前が呼ばれても響かなかったのかもしれない。とってもたちの悪い夢ではあるけど。
九品仏さんはどうなのだろうと少し様子を伺ってみたりしたのだけど、特に顔色は変わることはなく……、ううん、石のように固かった。
世界征服だなんて言ってたから、人がたくさん死んだぞ、って喜んでるイメージがあったけど、それはとても失礼な想像だった。
頭のおかしい人だけど……、人、なんだな、って思った。
そんなよく分からない九品仏さんだからこそ、私は安心する気分が生まれていた。なんというか、生々しくないのだ。でもおかしくはない。
自分自身でさえ言葉にできるかどうか……ううん、きっとしーちゃんあたりなら上手にやってくれるんだろうけど、私には分からない。
分からないけど、九品仏さんには、もう少しついていっていいと思った。ついていくしかないじゃなくて。
しばらくすると、九品仏さんは「栗原女史の持ち物はどうか」と尋ねてきた。ふぇ、と返すと、「そろそろ動かなくてはな」と言った。
世界征服のためにな! と付け加えて。そして高笑い。やっぱりこの人はおかしいんじゃないかと少し思ったけど、私は何の含みもなく持ち物を出していた。
やっぱり、そうするしかないから、という気持ちはなかった。自然にそうしていたのだった。
出てきたものはサーチライト。手に収まるほどの携帯小型サイズで、試しにつけてみるとすごく眩しく輝いた。
これならそんな暗闇だって照らせるだろう。明かりのない場所でも大丈夫かな、となんとなくそんなことを思っていると、
でかしたぞ、栗原女史と九品仏さんが褒めてくれた。偶然とはいえ、これを持っていたことでまた少しの間見捨てられなくて済む。ホッとした。
そう思っていたところで、九品仏さんがニイッ、と悪役のような笑みを浮かべた。
見捨てられなくて済むけど、とんでもない泥沼に足を踏み入れてしまったんじゃないか、という確信があった。
実際、とんでもない泥沼だった。
やっとまともそうな人達と出会えたと思ったのに「間違っても協力する気はない」と正面切って言われてしまった。
頭のおかしい集団だと思われたのだろう。私もそう思うよ。
見捨てられたくない……はずなのに、見捨てられたいというか、もうなんというか、助けてよぉ……しーちゃん……。
九品仏さんに散々弄られたほっぺをさすりながら、私はまだ生きている友達の名前を呼んだ。
621
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:38:40 ID:sxrvJTLI0
【時間:一日目 午後7時30分ごろ】
【場所:F-1】
ベナウィ
【持ち物:フランベルジェ、水・食料一日分】
【状況:健康 彩と共に行動】
長谷部彩
【持ち物:藤巻のドス、救急セット、水・食料一日分】
【状況:健康、ベナウィと共に行動】
九品仏大志
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:健康】
栗原透子
【持ち物:サーチライト、水・食料一日分】
【状況:軽い恐慌】
4人の簡単まとめ:
場所を移してそれぞれ情報交換をする。
それぞれ話はするが一緒に行動するつもりはない。
622
:
戦斗、夜叉と合間見ゆ
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/27(金) 23:41:06 ID:ISb2WrHg0
簡単に言えば、そう。思うところがあったからだ。
「んじゃまあ、ここでお別れだ」
しばらく時間が経過し、千堂和樹がようやく落ち着いたころを見計らって、クロウはそう切り出した。
唐突な別れを告げられ、和樹は、いや、彼が連れている二人の少女共々不意を突かれたような驚愕の表情を見せる。
「ちょ、ちょっと待てよ。どういうことだ」
「どうもこうもねえな。俺が動くには邪魔ってとこだ」
「なに……!?」
邪魔、の一語を聞き取った瞬間、和樹の声色が怒りとも悔しさとも取れる、感情を大きくした声で聞き返す。
河南子は予想済み、先刻承知といった色を崩さず、しかし呆れたような冷ややかな目を寄越す。もっと言い方ってもんがあるでしょ。
言葉にするとそんなところだろうが、生憎クロウという男は言葉を選んで喋れるような繊細さは持ち合わせていない。そのようにしか生きられない男だった。
「まず俺には探してるヤツがいるが、そいつはかなりの手練れでな。あんたらを連れて追跡できる余裕がねえ」
「……待てよ、それは」
「二つ。とりあえず何か言うのは全部聞いてからにしてくれ。そいつは既に一人殺ってる。そこの直情女はともかくあんちゃんが連れてる女の子二人は弱い。
悪いが襲われた場合、まず間違いなく殺られるな。正面切って挑まれるならともかく今のヤツは手段を選んでいない」
「ヘイおっちゃん、直情女って誰のことかな」
「三つ。そもそもの話、俺は誰かを保護しようなんて気はサラサラねぇんだ。情報が欲しかっただけだしな。俺の仕事は――」
「ヲフ」
「……ひ、人殺しだ」
シャベルという、地面を掘る道具(河南子に教えてもらった)の切っ先を和樹に向け、脅すつもりで言おうとしたのだが、
決めようとした瞬間を見計らったかのように犬が足元に擦り寄ってきたものだから気勢を削がれた。
犬はまあ落ち着けよとでも言うようにクロウの足に頬ずりしている。「おっちゃんカッコ悪い」河南子の野次が聞こえたと同時、場に失笑が起こった。
てめぇのせいだぞこん畜生。憎々しげに犬を睨んだクロウだったが、犬は舌を出して平和そうな顔を向けるだけだった。
「おっちゃんカッコつけて嘘つかなくていいっしょ」
「本気だよ本気! 後何度言わせんだ! オッチャンじゃねえ!」
「まーまー。後はあたしが代弁したげるから」
まさか犬をけしかけたのはてめぇじゃねえだろうな。そんな風にクロウが思っていると、河南子がニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
こいつ……。直情性悪女だと印象を新たにして、「勝手にしろ」とクロウは憤懣やるたない様子を隠しもせず腕を組んだ。
食って掛かろうとしていた和樹も気勢を削がれており、西園美魚と姫百合珊瑚の二人に至っては口元を隠しつつもくすくすと笑っている。
こうするのも河南子の狙いだったと思うと癪な気分になるので、舌打ちだけはしておく。
「おっちゃんの言ってることは嘘じゃないよ。ああいやおっちゃんが探してるヤツが人殺してるってとこね。少なくともそいつは止めなきゃなんだけど、
言い方から察するにおっちゃんと同じくらい強いらしーんだよね。君ら、あの筋肉ムキムキマンに勝てると思う?」
いや、と和樹たちは素直に首を振った。
「だから、おっちゃんは身体張って君らを守ろうとしてるってわけ」
「……それは」
「君らが強くなるまでの間ね」
和樹が何か言おうとしたのを遮って、河南子はそう続けた。それでいいだろ、と目で言われればクロウも納得せざるを得ず、好きにしろと手を振ってやった。
後々厄介事を抱えることが確約され、どうにでもなれという気分と、穏便に収まるのならいいかという気分がない交ぜとなり、溜息も出てしまったが。
一方の和樹は弱いのなら強くなれ、と当たり前の正論をぶつけられては納得しないわけにもいかず、「……分かった」と返事をする。
様々なものは含んでいるのだろうが、今はそれで収めておくといった和樹の態度に、クロウは意外という感想を抱いた。
「絶対強くなって、今度はあんたと対等に話せるようになってやる」
「……勇ましいね」
河南子の肩越しに和樹から言われても、クロウは無表情に返す。失笑はなかった。恐らく、きっと、正しい道を歩けばこの男は逞しくなるだろうという予感があるからだった。
こういう男を部下に持ちたいものだとしみじみと思ってしまう。しごきがいのある新兵というものはなかなか見つからないものであるからだ。
623
:
戦斗、夜叉と合間見ゆ
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/27(金) 23:41:33 ID:ISb2WrHg0
「そんじゃま、話はついたってことにしとくぜ」
そのまま話を続けると未練が出てきそうだったので、クロウは話を切り上げ、踵を返して山を降ろうとする。
「うむ、キミらも頑張りなよ。行こうかおっちゃ――」
「テメーはこっちじゃねぇ向こうだ!」
ずけずけと隣に並ぼうとした河南子の肩をぐいっと掴んで和樹側に押し出す。
乱暴に突き飛ばされた河南子はたたらを踏みながら「何すんじゃこのアホ!」とクロウを睨む。
「お前があんちゃん達を守ってやるんだよ」
「えー! あたしはおっちゃんと一緒がいい! チャンスが巡ってきたときすぐにぶっ飛ばせないよ!」
「ふざけてんのかお前……アレの色バラすぞコラ」
「ごめんね今すぐぶっ飛ばすわ」
笑顔になった河南子から放たれた鋭い回し蹴りを、クロウは軽い調子でいなす。そのやりとりを唖然と見守っていた和樹たちだったが、
やがて見ている場合ではないと思ったのか次々に口が開かれる。
「ちょ、ちょっと待てよ! 河南子さんはあんたの仲間だろ?」
「そ、そうや。そこまでしてもらうのも……」
「……お気遣いは、ありがたいのですが」
「そーだそーだ!」
そこに交じる河南子。これ以上喋らせるとしっちゃかめっちゃかになりそうだったので、「だーもう!」とクロウは周囲に響くことを承知で叫んだ。
「兄ちゃんはそこの嬢ちゃんから学べってんだよ! 本気で強くなりたいんなら学べ! 盗め! 自分より格上からモノにしろ!」
殆ど怒鳴り声だったためか、美魚や珊瑚はともかく、和樹も河南子でさえも勢いに飲まれてたじろぐ。
ここまで言うつもりはなかったんだよクソ、と内心に毒づきながら、最後のお節介だと言い訳をして、頭をがしがしと擦りながらクロウは続ける。
「そういうワケだから、聞き分けろ、な」
口を開こうとして、しかし口を閉じる河南子。もう蹴りは飛んでくる気配もなく、不満そうな顔が残るだけだった。
それでも聞き分けてくれたことには変わりなく、クロウは河南子の頭を撫でながら「頼むぜ」と言ってやる。
河南子は気に入らなさそうにクロウの腕を跳ね除けて、「ずるい」とだけ言って和樹たちの元に歩いて行った。
和樹たちも反論の言葉もなく、じっとクロウを見るだけだったが、河南子と並んだのを切っ掛けにしたように軽く頭を下げる。
いらねえよ、と首を振って。クロウは改めて和樹たちの元から去っていく。視線を感じたが振り返らなかった。本当に甘っちょろいヤツ、という感慨を抱いて、
やはり未練が残ったじゃねえかと苦笑を浮かべる。その甘っちょろさがどこまで続いて、どんな強さを得るのか見てみたくなってしまっていたのだった。
「ま、それは置いておいて、だ」
駆け足に山を下る。急な勾配であるにも関わらずクロウの足取りは軽い。夜の闇が深くなってきているにも関わらず、木々の間から差し込む僅かな光を頼りに軽快に足を運ぶ。
それはクロウが鍛え上げ、実戦でも培ってきた肉体があるからだけではない。匂いがあった。殺気があった。迂闊なくらいに、ダダ漏れさせていた。
いる。必ずそこにいる。機を窺っていたそれは、しかし一つだけ別れ、回り込むようにして背後から寄ってくる気配に気付いたようだった。
だろうな、とクロウは確信する。和樹たちと話している間から気配はあった。追跡されていたらしかった。さらに闇が深まるのを待って仕掛けるつもりだったのだろうか。
その判断は正しい。いくら多人数であろうが、夜の闇は知覚を脆弱にする。不意打ちのひとつでも仕掛けられたら数の利は用を為さない。
だが。気付いてしまえば話は別だ。仕掛けられる前に仕掛ければいい。完全な夜を迎える前に。これは逃がすための囮ではない。勝つための策だ。
捨て駒なんて真っ平御免だ。俺が殺るんだ。戦ってのはそうだ。大義のために命を捨てるなんてお為ごかしだ。俺が殺りたいと思ったから、戦は始まるんだ。
624
:
戦斗、夜叉と合間見ゆ
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/27(金) 23:41:56 ID:ISb2WrHg0
「そうだろ、トウカよ」
「……やはり貴殿は一筋縄ではいかんか」
獰猛な笑みを浮かべたクロウの目の前に居るのは、茫漠とした、さながら亡霊のように佇む剣士である。
辱を濯ぐべき相手の名を、トウカと言う。
「死にたそうな顔してんな。俺が楽にしてやろうか?」
クロウは戦意を高揚させるつもりで挑発してみたのだが、トウカは口元を少し歪めただけで、そこには卑屈ささえあった。
気に入らない。その一投足を見ただけで、クロウはまともな戦いにはならないだろうと予感できた。
「楽になれるならばそうなりたいものだな」
「お前さんらしくないな。いつもなら『某を愚弄するか』とかなんとか言ってよ、馬鹿正直に怒るところだぜ?」
「そんなことをする某はもう死んだ。今あるのは、主上の刀となり、目の前の敵を叩き切る某だけ」
「……気に入らねえ」
エヴェンクルガ族の性のようなものとはいえ、ここまで紛い物の忠誠心を前面に出されると虫酸が走る。
少なくともクロウの知るトウカは、忠誠心と己の欲は両立させていた。大義を口に出しながらも、武人として血を滾らせることも追い求めていた。
今のコイツは、完全に自分を殺してやがる。気に入らねえ。もう一度口中に吐き捨て、なら腐った性根でも叩き直してやるかとでも思ったクロウに、トウカは嗤った。
そうすることでしか現在を認知できない、世の中を心底見限っている者の嗤いだった。
「気に入らないで済むといいがな」
「……お前、誰を殺った」
言わなければいいと分かっていながら、クロウはそう口にすることを止められなかった。
既に一人は殺しているトウカが、さらに手を血に染めることは見えている。誰がそうなったのかまで知る必要はない。
それは戦場に余計な感傷を持ち込む――。
「エルルゥ殿だが」
――知ったことじゃねえ。
「ああ、そうかい」
口調は冷静だった。
だがひどく煮え滾っていた。
「決めたわ。お前、殺すぜ」
「手合わせ願う。誰にも邪魔されない決闘だ」
「決闘? 何言ってんだ」
せせら笑い、クロウは肩に抱えていたシャベルを振り下ろし、地面に突き刺す。
それが合図だった。斜面を滑り降りてくる影がもう一つ――。四足歩行で毛むくじゃらの、それは獣だった。
クロウに付き従う彼の名は、ゲンジマル。
「殺し合いだよ。手段は選ばねぇ。裏切り者はどうやってでも処分するってな」
「ヲフ」
そしてシャベルを抜き、ありったけ殺意を秘めた視線ともどもトウカへと向ける。
宣戦布告だった。身内の恥は身内で濯ぐ、クロウの誓いであった。
トウカがどのような思いで皆の『母』であったエルルゥを殺害し、自らに見切りをつけたのかは知る由もない。
それが何だ。越えてはいけない一線を踏み越えた者に、同情や憐憫などは与えるだけ無駄だ。かつての仲間は、今は叩くべき敵だった。
クロウへと返される冷笑。できるものかと言っているようだった。
「やってみろ。某もまだ、殺すべき者がたくさんいる。貴殿とはもはや背負っているものが違うのだ」
裏切りの言葉にも反応しねえか。
木で出来ていると思しき刃を腰だめに構え、いつもの抜刀術に入ったトウカに、クロウも応じた。
悪いな、ちょっとだけ付き合ってもらうぜ。その思いが伝わったかは分からなかったが、隣に立つ相棒からは荒く鼻息が吐き出された。
却って、頭を冷やしてくれた。
「来いよ。――ブッ潰す」
「では。――参る」
625
:
戦斗、夜叉と合間見ゆ
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/27(金) 23:42:20 ID:ISb2WrHg0
【時間:1日目午後7時00分ごろ】
【場所:E-5】
千堂和樹
【持ち物:槍(サンライトハート)水・食料一日分】
【状況:健康】
姫百合珊瑚
【持ち物:発炎筒×2、PDA、水・食料一日分】
【状況:健康】
西園美魚
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:健康】
河南子
【持ち物:XM214”マイクロガン”っぽい杏仁豆腐、予備弾丸っぽい杏仁豆腐x大量、シャベル、アイスキャンデー(クーラーボックスに大量)水・食料二日分】
【状況:健康】
【時間:1日目午後7時00分ごろ】
【場所:F-5】
トウカ
【持ち物:木刀、サクヤの支給品、銀のフォーク、UZI(残弾零)、予備マガジン*5、水・食料三日分】
【状況:健康】
クロウ
【持ち物:不明、シャベル、アイスキャンデー、ゲンジマル、水・食料一日分】
【状況:健康】
626
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:20:39 ID:x8I3UeQo0
会いたい、と思って会えたのは。
きっとそれは運命的なことで、本当は素敵なことなんだろう。
再会を喜んで、ひょっとしたらハグなんかもしちゃったりして。
そんなこと、あるわけがなかったのに。あたしはここに生まれ落ちた瞬間から、
楽園を追放されていたんだってことに、気付いていたはずなのに……。
* * *
627
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:21:32 ID:x8I3UeQo0
「……理樹くん?」
朱鷺戸沙耶は、聡明である。
だから、彼が浮かべるその表情の意味も、向けられたショットガンの銃口の意味も、直後に放たれた言葉の意図も一瞬で察してしまった。
「……君は、誰だ」
出会えたのは、紛れも無い幸運だったと言ってよかった。
森を抜け、さあこれから街を探索しようかというところの道で、沙耶と草壁優季は見つけたのだ。
とりあえず方向だけは間違えないようにと、川べりに沿って歩いたことが要因だったのかもしれない。水場は色々と役に立つ。
ともあれ、彼を――、直枝理樹を発見した沙耶は狂喜乱舞(心の中で)した。ついボドドドゥドオーと口走ってしまったような気がするが、
そんなことは沙耶にとっては瑣末なことだった。沙耶にとって理樹とは殆ど唯一の心の拠り所であり、朱鷺戸沙耶の記憶の大部分を占めており、
彼なくしては、とさえ言えてしまうほどの存在だった。だから優季に見せたスパイらしくもなく、大声を上げ、手を振りながら近づいていった。
優季の戸惑う声にも、彼は大丈夫と言うだけだった。説明など後回しだった。ともかく……話がしたかった。
隣で歩いている女の子は、きっと同行者なのだろう。優しい彼のことだ、困っているのを見捨てられずというところだろうと、思ってしまった。
「もう一度言う。君は、誰だ。なんで僕の名前を知ってる」
警戒心――。そんなものではない。明らかに敵を見る目であり、必要とあれば沙耶を、あるいは不安そうに沙耶を窺う優季を撃つだろう。
恐怖や不安からではなく、冷静に下した判断によって。ああ、と沙耶は思う。
ある程度は想定はしていた。自身が『何度目』かを経験していても、理樹がそうだとは限らない。いや、毎回そうだったではないか。
彼は覚えていない。いつでも、いつだって……。
理樹の隣に立つ女の子は、ぎゅっと力強く理樹の腕を掴んでいた。彼女はこちらを敵視している様子ではなかったが、
視線の先は、理樹だけに向かっている。彼を案じる瞳。心配する瞳。理樹は頼られていた。自分が守るまでもなく、守るものを見つけていた。
入り込む隙間なんてない。そのように理解できてしまい、言いようのない喪失感、敗北感がない交ぜとなり、沙耶は泣き出したくなった。
けど、それでも……。すんでのところで堪え、ならばと沙耶は会話を試みる。せめて、彼の最後の優しさを焼き付けようと思った。
好意が自分に向けられなくとも、彼は自分が覚えているあの直枝理樹だと確認したかった。
それからどうするのだ、ということは考えなかった。言葉が欲しかった。自分の中にある理樹と、目の前にいる理樹は繋がっているところがあるのだと、信じたかった。
「そっか、ごめんねいきなり。フェアじゃないことをしたわ。あたしは朱鷺戸沙耶。きみのことを知ってるのは……そうね、あたしがスパイだから」
「誰から聞き出した。言って欲しい。僕の知り合いか?」
「スパイってとこガン無視しないでくれる?」
「知らない人に冗談言われても面白くないよ。僕はもう……身内しか信じない」
身内なんだけどなあ。口に出したかったが、そうしたところで信じてもらえる道理はないし、刺激しかねない。
身内しか信じない――。明確に放たれた、弓矢だった。何があったのかは察することもできないが、相当に辛いことがあったのだろう。
力になってあげたい、と沙耶は思う。望めば理樹のために刃を振るい、引き金だって引ける。許されるならば抱きすくめることだって。
ズキリ、と心が痛む。いや心は既に傷んでいて、やっとの思いで我慢しているのに過ぎないのだ。
距離はこんなにも近いのに。手を伸ばして届かせるには、あまりにも遠い距離がそこにある。
「きみが、きみらが有名だから、ってことにしといて。ほらあたしの服。きみの学校の制服でしょ? 生徒なのよね。リトルバスターズも知ってる」
「……ああ」
628
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:21:58 ID:x8I3UeQo0
ひらひらと袖を振ってみせると、理樹はようやく得心したという風に銃口を少し下げた。
教えてもらったことだ。リトルバスターズの活躍。武勇伝。日々のどんちゃん騒ぎ。楽しそうに語っていた彼の姿も。
「僕を知ってることには納得した。じゃあ僕に近づいてきた理由は何?」
「同じ学校の人間同士、話ができるかなって。草壁さんもそう思うでしょ?」
「えっ、あ……はい」
突然話を振られ、しどろもどろになりながらも優季も頷く。
すぐに気付いたのだが、理樹に寄り添う女の子の制服は優季と同じデザインだ。よっぽどのことでもなければ同じ学校だと思っていい。
優季の様子からすると女の子のことは知っている風ではなかったが、共通項があれば十分。
とにかく、沙耶としては問答無用などという状況に追い込まれることだけは避けたかった。いや、あるいは――、単に、話を続けたいだけなのかもしれなかった。
未だに自分は、理樹のことを好いているらしいのだから。
「愛佳さん、どう思う?」
「あんまり……騙そうとしている風にも見えない、かな」
「そんなっ、騙そうとなんて」
「はいはい草壁さん。そこは察してあげるところよ」
「察するって……でも」
抗議の声をあげようとする優季を、沙耶は押し留める。それに対して、優季は睨めつけてくる。
あなた、さっきまで飛び上がらんばかりに再会を喜んでたじゃないですか。小声で言われるが、詳しくを説明するには時間がなさすぎた。
状況が変わったの、あたしがぬか喜びしてたってことで今は納得して、と言うと、優季は目の前にいる二人と、沙耶とを見比べて、不承不承ながらも頷いた。
誤魔化されたように写ったか、と少し思ったものの、直後に「私を殺さなかった朱鷺戸さんを信じます」と言われると、不覚にも少し心が緩んでしまった。
確かな事情がある、と思ってくれているだけの、なんとありがたいことか。
「もう一つ尋ねてもいいかな」
「ん、なに? スリーサイズ以外でなら何でも答えるけど?」
「君たちは何をしようとしてたの」
「少しはジョークに反応して欲しいわね……」
「その余裕さを含めて気になるんだよ」
どうにもこうにも笑いが起こるような雰囲気ではないらしい。痛むあたしの心も察しろとぼやきたくなったが、伝わるはずもなく。
はぁ、と少し肩を竦めつつ、沙耶は「みんなで脱出かな」と口にする。
正確には『みんな』の中に『理樹くん』が含まれていることが前提条件だが。そして脱出の手段は問わない。
つまるところ、理樹さえ生きていればというところなのだが、そんなことをバカ正直に話すほど沙耶は間抜けではない。アホだとは思われているかもしれないが。
「そう」
「何よ、そっけないな」
口を尖らせてみせたが、信じられてないのは分かるので、一緒に行動しようとか、今はそこまで踏み込むつもりはない。
常に側にいられなくとも、尾行して護衛するとかなどのやりようはいくらでもあるのだ。沙耶の能力をもってすれば。
優季が反対するかもしれないが、そこはどうにか上手い理由を思いついて納得させよう。ダメなら武力行使に訴えてでも――。
思考をそこまで走らせ、なるべく穏便に事を運ぶべく次の言葉を口にしようとした沙耶より前に、理樹が淡白な反応の理由を告げる。
「必要ないから」
「はい?」
「僕達は脱出なんてしない。ここに留まり続ける」
「……は?」
629
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:22:21 ID:x8I3UeQo0
最初の反応は、言葉の意味を察しきれず。次の反応は、理解できた内容が常軌を逸していたからだった。
「思い違いであって欲しいんだけど。今きみが言ったの、ずっとこの島に居るつもりだ、という意味にしか聞こえなかったわ」
「その通りだよ。殺し合いに参加するつもりはないけど、脱出するつもりもない。ここを僕達の根城にして、居続ける」
「馬鹿じゃないの!?」
沙耶の冷静さを装った仮面が剥がれる。一体何を言っているのだ、としか思えなかった。
殺し合いに参加するつもりはない。ここまではいい。理樹らしいやさしい選択だ。そう言うだろうと思っていたからこそ、沙耶は理樹の敵を排除するつもりでいた。
ところが続きがあった。脱出するつもりはない。それは元の日常に帰るつもりがないということであり、捨てたということだ。
あり得ない。沙耶の頭がその一語で満たされる。
「殺し合いをしてるんだよ!? きみよりもっと凶悪なヤツがうじゃうじゃいる!」
「僕が護る。自衛くらいはさせてもらうつもりだから」
「放送聞いてた!? 一定時間ごとにこの首輪を強制的に爆発させるエリアが設定される! ずっと引きこもるのも不可能だって!」
「脱出はしないけど、生き延びるつもりで行動はするから。首輪は解除しないといけないかな」
そんなの無理だ。沙耶が反射的に口にしようとした言葉は、そのまま自らに跳ね返ってくる。
名目上脱出を掲げているならば首輪をどうにかしないといけないのは理樹たちと共通しているからだ。そこを否定すれば、自分たちも嘘をつくことになる。
反論できずに、沙耶は唇を噛んだ。言葉は飲み込むしかなかった。代わりに出来たのは、その真意を問いただすことだけだった。
「……仮に、できたとしても。それ、元の生活に帰る気がないってことでしょ? なんで? だって、きみの日常は――」
「そんなもの、とうの昔に死んでる」
底暗い目。秘めた深淵から紡ぎ出されたと思える、深い決意の意思と全てを飲み込もうとする暗黒があった。
ちがう。理樹の目を見て、沙耶はそう思うことしか出来なかった。体も震えている。怯えてさえいる。
自分の知る理樹はもっと強くて、最後まで諦めない、自らが絶望の淵に立ってさえ手を伸ばそうとする、そんな人間だった。
だからこそ、あたしは彼に惚れて、全てを捧げようって……。
「真人が死んだ。きっともっと死ぬ、これから。失われ続けるだけなんだ。今まであったものなんて。取り戻せない」
「あ……」
「だから創る。ここで得たものだけを頼りに。僕の、そして愛佳さんとの楽園を」
朱鷺戸沙耶は、聡明である。
愛佳さんとの、という言葉と同時、強く彼女の体を抱きしめた理樹を見て、沙耶は全てを悟った。
理樹は、端から未来を受け入れるつもりがない。ここに居る限り、全ては現在に帰属する。失われてしまった先を考える必要なんてない。
井ノ原真人の死も、いやリトルバスターズの死でさえ、ここにいる限りは途上に過ぎない。まだ『受け入れなくて』いいのだ。
ここから離れてしまえば。ここであったことは全て靄のように消え、失われた結果だけが残る未来なのだと、理樹は断定してしまったのだ。
先に進もうとすれば行き止まりであると。未来なんて存在しないと、理解したのだ。
沙耶はよろめく。理樹の結論は同時に――、沙耶をも殺した。
沙耶も同様に、『現在』しかない。夢の中で生まれたような自分が、うたかたの夢でしか生きられない自分が、可能なことは奉公でしかない。
尽くして、その人のために死ぬ。沙耶が生まれた意味を全うするには、これしかないと思っていた。
消えてしまうことはまだ我慢できる。だが生まれてきた意味さえなく無為に消えることは、耐え難い苦痛だった。
だから残ろうとした。未来に生きる、心から愛したひとのために戦ったという思いがあれば、消えることは許容できた。
理樹の結論は……、自分なんていてもいなくてもいい存在だと断言したに等しかった。
それじゃ、あたしがここに居る意味って何?
あたしは『あや』じゃない。帰る場所なんてない。帰属できる集団なんてない。
だから結果しかなかった。理樹くんが生還したのは、朱鷺戸沙耶という存在があったからという、結果が。
その可能性が、なくなった。あたしはいようがいまいが変わらない。理樹くんにも入り込める隙間なんてない。
もう彼に、あたしが関われる余地なんてどこにもないんだ……。
630
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:22:44 ID:x8I3UeQo0
「でも仲間はいる」
崩れ落ちかねなかった沙耶を支えたのは、皮肉なことに自らを殺した理樹本人の言葉だった。
「さっき言ったように、首輪は外さなきゃいけないし自衛のためにやることは山ほどある。そのために仲間は必要だ」
「……仲間」
「だから、その分だけ集めようと思う」
仲間に入らないか? 言外に理樹はそう言っている。それは地獄の淵で垂らされた蜘蛛の糸だった。
手は伸ばさなかった。嫌なら嫌でいいし、自分達に害を及ぼさないならどうだっていい。その程度の認識でしかないのだろう。
それでも……。彼のために仕えられる。代替の効く労力程度の扱いでしかなくても。関われる。側に居られる。
このまま無為に消えてなくなってしまうよりは――。沙耶は掴もうとした。絶望よりはマシだと判じて。
「ちょっと、待ってください」
その間に割って入ったのは、草壁優季だった。
沙耶の前に躍り出るようにして、彼女は理樹の前に立ちはだかった。
意図が分からなかった。自分はともかく、彼女は何も分かっていないはずだ。分かっていることと言えば、
理樹たちが脱出しないと宣言したということ、そして協力者は募るということだ。
優季の視点からすれば、とりあえず協力はできるはずだ。殺し合いをする気がないという時点で、理樹と組むことにデメリットもないはずだ。
なのに何故……彼女は、怒っているかのような顔をしているのだろう。沙耶は分からない問題を出された小学生のように呆然と優季を見つめていた。
「朱鷺戸さんが黙っててって言うから我慢してましたけど……もう我慢できません! 理樹さんでしたっけ? 朱鷺戸さんはあなたのことが好きなんですよ!」
ビシイッ! と。クラスの学級委員長がこらーそこの男子ー! とでも言うように指を指した。
理樹が固まる。隣の愛佳も固まる。沙耶は固まれなかった。
「ほあああああああーーーーーーーーーー!? ななな何いってんですかオノレはぁーーーーーーー!?」
なんでなんでなんで!?
あたし一言も理樹くんが好きだなんて話してない! コイバナNGで来たっつーの!
何だコイツエスパー!? はっまさか闇の生徒会の一員!? そうかコイツ無力なふりをしてあたしを探りに来たスパイね!
ってなんでやねーん! そんな都合のいい設定があるかーいっ! ってあたしも設定デタラメだっつーの!
沙耶は優季に掴みかかろうとした。しかし顔面を片手で抑えられる。抑えられるもんですかという謎の力強さだった。
「そりゃあなたにとっては赤の他人かもしれませんけどね! 朱鷺戸さんはすっごく心配してたんですよ!
名簿を見た時だって仰天してましたし、あなたを見つけたときはとても嬉しそうな顔をしてて!
あなたがどんな目にあったのか私には分かりませんし、きっとどうこう言う資格だってないって分かってます!
でも朱鷺戸さんはあなたのことを想って言ってるんです! 今すぐ考えなおせとは言いませんが、少しは話を聞いてやったらどうなんですか!」
一息にまくし立てると、優季は沙耶の頭を突き飛ばした。沙耶は地面に倒れ込む。話を聞いてやれと言った相手に対してするものじゃないだろうという言葉が浮かんできたが、
それよりも沙耶の心には、じんわりとした感情が生まれてきていることの方が大きく、むしろゲラゲラと子供のように馬鹿笑いしたい気持ちがあった。
察されていたところもあり、勘違いされていた部分もある。名簿を見て驚いたのは『長谷部彩』に対してだし、そこは違う。
でも大筋は間違っていない。どうやらバレバレだったようだ。少なくとも、朱鷺戸沙耶は誰かを好いているという推測まではあったのだろう。
自分の不手際もあるとはいえ、こうも短い時間で見透かされていると恥ずかしさよりも優季の洞察力はいいものがあると賞賛したい気持ちの方が勝り、
沙耶は何かしら救われたようにもなった。そこまで考えられるということは、優季はそれだけ沙耶という人間を見ていたということなのだから。
思えば、そうだ。騙そうとしていないと強く抗議していたのは、この推察があったからだと思えば容易に納得がいく話である。
馬鹿みたいな人だ。フリとはいえ殺そうとした自分のために、理樹のためにしか行動しようとしていなかった自分のために。
きっと彼女は、沙耶と出会っていなければ騙され、裏切られ、無残に殺されていたのだろう。
631
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:23:15 ID:x8I3UeQo0
でもその馬鹿にあたしは救われた。
あたしはいつだって、馬鹿に救われる。
仰向けに倒れたので、空が見える。星が輝いている。月がある。
世界は、こんなにも広いのに……。
「関係ない」
沙耶の思惟を遮ったのは、理樹の声。
あれほど恋焦がれていた少年の声は、今となっては別人の声のようにしか聞こえない。
いや、と沙耶は思う。きっとこれが、真に失恋したということなのだろう。
己の傲慢さにほとほと呆れる。朱鷺戸沙耶という女は、今までずっとフラれた男に尽くせるだけの甲斐性があると思っていたらしいのだから。
「僕は既に愛佳さんを選んでるんだ。だから、朱鷺戸さんの事情は関係ない。僕達はここに残るために。君たちは脱出するために協力する。それでいい」
「なっ、あなた……」
「はいはいはーい! 草壁さんもういいストーップ!」
「ひゃあっ!?」
食って掛かろうとしかねかったので、復活した沙耶は優季を羽交い締めにした。
「あたし、これ以上惚気見せつけられると死んじゃう」
「で、でも!」
なおも抗議しようとする優季だったが、沙耶が耳元で「理解したから。フラれちゃったって」と囁くと、
優季は一転して青褪めたような表情とともに済まなさそうに「ごめんなさい……」と返してくれた。
余計なお節介で機会を潰してしまったと思ったのかもしれない。殺し合いの場で浮かべる思考ではなく、沙耶はかえって愉快な気分になった。
いいじゃないの。殺し合いで人の恋路にうつつを抜かしたって。それが青春ってやつでしょ。
「オーケーオーケー。そんじゃ協定を結びましょうか。あたしは『アンタ』の敵じゃないしアンタもあたしの敵じゃない」
「うん、それなら」
「しばらくはここに留まるんなら、ひとつお願いがあるわね。爆弾か何か作ってくれると嬉しいかなーって」
「簡単に言うね……」
「簡単よ。そこらへんの本屋にでも行って科学の本でも読めばひとつやふたつどうとでもなるって。あっこれあくまでもお願いね、お願い」
「……じゃあ、こちらからも。なつめ――」
「恭介ね。確かにあいつならって気はする。探しとくわ。そっちの愛佳さんはなにかリクエストは?」
話を振ってみたが、ふるふると首を振られた。なるほど、探す人もない、か。
そういえば名簿には小牧という苗字は二人いて、一人は死んだ。つまりは、そういうことだと類推して、沙耶は最後の恋慕の残滓を手繰り寄せた。
探す人も帰る場所もないのは、自分も同じ。もし彼女の位置に自分がいれば……。
暗い情念。人の不幸さえ羨む、恋という名の闇。そこには幸せはない。幸せと恋とは、同一ではない。
それでも焦がれてしまう。たとえそれが己を死に至らしめようとも……。
632
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:23:28 ID:x8I3UeQo0
「それじゃお別れね。草壁さん、先に行ってくれる?」
「え、どうして……」
「後ろから撃たれたらたまんないでしょ? あたし、たった今振られたコワーイ女だし。怖いから殺しとこってあるかもだし? あたしが警戒して――」
「……泣き言、私で良ければ聞きますよ」
「泣かないって」
「失恋って凄く痛いと思います。一人じゃ……辛いですよ」
「……っ」
一人じゃ辛い。その言葉を聞いてしまった。だから。抑えていた涙が出てしまった。決壊してしまった。限界だった。
見られたくない。優季にではなく、理樹に。涙を見せてなお、無関心でいられる恥辱に耐えられなかったのかもしれない。
踵を返した。動じる気配もなかった。沙耶の中にあった最後の大義名分が、崩壊した。
「……ちくしょう……」
優季の手をとって、走った。悔しさを孕んで走った。無念を吐き出して走った。
救われてなお、全部なくなった、朱鷺戸沙耶として生きなくてはならない現実は絶望的だった。
誰かのためにではなく、自分のために生きなくてはならない現実が。
あたしは、なんで生まれてきたんだろう。
あたしの幸せは、どこにあるのだろう……。
* * *
633
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:23:41 ID:x8I3UeQo0
嵐のように、朱鷺戸沙耶は去っていった。
気配が遠ざかるのを待ってから、ショットガンを下ろす。
草壁という少女の言葉から発せられた、朱鷺戸沙耶は直枝理樹を好いていたという内容は、しかし理樹の心には何の波紋も残さなかった。
聞いた瞬間は驚いたのに。今は平常となっている己の心の中を見つめて、それだけ愛佳が大切となったのだろうと結論付ける。
「……あの、理樹くん」
「ん?」
「さっきの」
「気にしてないよ。僕の大切な人はまな……」
「そ、そうじゃなくてっ! ずっとここにいるって事の方……!」
「あ……あー」
顔を真っ赤にした愛佳にそう言われると、こちらの心拍数も急に跳ね上がってきてしまう。
考えてみれば、他人の前で自分は彼女が好きだコールを繰り返していたことも思い出してしまい、乾いた笑いが出てくる。
「いや……うん、それ自体は本気だったけど……もしかして」
「だ、ダメじゃないよ! むしろ驚いたっていうか、理樹君、いつの間にあたしが考えていたことをって……」
「ん……まあ、それは、なんて言うか」
興奮した様子の愛佳に、理樹は微笑む。
言ってしまおうか、少し悩む。なかなか恥ずかしい理論だったからだ。
だが人前で惚気まがいのことをしたのだから今更かという気分にもなったので、言葉を続ける。
「帰る場所なんてないから。ここが僕達の居場所でしかないから。帰る必要なんてないんだ」
理樹にとっては愛佳と一緒に居られる現在こそが、唯一の希望の在処だった。
「うん。やっぱり、あたしと一緒」
愛佳は笑ってくれた。
想いを重ねていられる、幸せがあった。
634
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:23:54 ID:x8I3UeQo0
【時間:1日目20:00ごろ】
【場所:E-6】
草壁優季
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
朱鷺戸沙耶
【持ち物:玩具の拳銃(モデルグロック26)、水・食料一日分】
【状況:手足に擦り傷】
直枝理樹
【持ち物:レインボーパン詰め合わせ、食料一日分】
【状況:健康】
小牧愛佳
【持ち物:缶詰詰め合わせ、缶切り、レミントンM1100(2/5)、スラッグ弾×50、水・食料一日分】
【状況:心身に深い傷】
635
:
Show time
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/12(日) 00:52:44 ID:SMelFDJU0
風が吹いていた。
ざぁっ、とアイリスの花が揺れ、香りを乗せて夕暮れの紅に流れてゆく。
合わせて女性の長いスカートと短く揃えられた髪も揺れる。
足元には死体。老人の死体。
視線の先には人。血塗られた少女。
さらにその背後には男。腕組みをして悠然と佇んでいる男。
ああ、と女性は思った。
これから殺し合いが始まるのだと。
「いやあ、待ってて正解だったよ」
開幕の音頭を取るのは男。仰々しい口調だった。それでいて朗らかで、楽しそうだった。
途中、何者かの声が聞こえてきた。人が死んだ。名前が読み上げられている。
全て蚊帳の外の出来事だった。
「あの爺さん、何をこんなところでボサッとしてるかと思いきゃ」
女性――伊吹公子――は見据える。男の前に立ち、サバイバルナイフを握り締める少女を。
明らかに尋常の様子ではなかった。生気がない。半笑いの表情のようにさえ見える。
この年頃の女の子が浮かべるようなものではない。当たり前か、とも思う。おおよその察しはついていた。
「待ち合わせだったんだな。なるほど、花畑はそれなりに分かりやすい。悪くない。だが、運がなかった」
つかつかと男は歩き、少女の肩に手を置く。少女の体が跳ね上がるのが見て取れた。
殆ど馴れ馴れしいとさえ思えるくらいに、男はねっとりとした手つきで少女の体をさすり、そして、押し出した。
たたらを踏みながら、しかし少女はすぐに中腰の姿勢となる。テニスラケットを構えるかのように。
距離はそれほどもない。数秒も走れば公子の胸にナイフを突き立てられるだろう。
「この女に見つかった」
空を仰ぎ、腕を広げ、さながら悲劇を語る語り部というように男は嘆息しながら言葉を口ずさむ。
「仕方がないことだった。少女は脅されていたんだ。殺さなきゃ俺に殺されるんだ。誰だって自分の命は惜しい。
たとえ非力な老人相手だったとしてもやらなきゃいけなかった。こんな状況じゃなきゃ手に掛けるどころか仲良くお喋りだってできただろうさ」
待ち合わせをしていたわけではない。むしろその段階はとうに過ぎている。出会って、別れた。
公子は銃声を聞きつけて戻ってきたに過ぎない。そこで老人の……、恩師である、幸村俊夫が倒れているのを見つけた。
呆然としているうちに、この二人組がやってきたのだ。待ち伏せだったのだろうということは男の言動から分かった。
実際に手を掛けたのは眼前に居るこの少女だということも。ただ、いきさつを訂正したところで聞き入れられないだろうと公子は思った。
この男は酔っている。自らが演出した劇場に。多少の違いなどどうだって良いに違いないのだ。
「ま、結局はサクッと殺してしまったわけだがな。手慣れたもんだったよ。何せ二人目だったからな。すごいだろ? 生粋の悪党のこの俺と同じキルスコアだ」
今度はけらけらと哄笑しながら、男は実に嬉しそうに言う。
子供みたいだな、と公子は場違いな感想を抱く。彼が喋っている様子だけ見るなら、とても自分と同年代のようには見えない。
置き去りにしたのだな、と思った。悪党になったその瞬間、未来という名の全てを。
いや、元からそういう人間しかここには集まっていないのかもしれないとさえ感じていた。
公子でさえそうだった。未来を保留にして、現在にだけ居続けている。現在を保つことしか選べなかった。
妹を見捨てることが出来ない、その一事のために。
636
:
Show time
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/12(日) 00:53:09 ID:SMelFDJU0
「こんな可愛い面をしているというのに。なのにこいつは平気で殺しやがった。なあ、どう思う?」
気安く。世間話をするように。男は公子に話を振った。自分が仕向けたとは欠片も自覚していなさそうな口調だった。
否、自覚したうえでこの男は喜劇の仮面を取り繕っている。ステージの上で踊る公子達を笑うために。
「――」
公子は口を開いた。だが、一旦閉じた。
それを言ってしまえば、己の進む先が決まりかねないと怯懦したがゆえというのがひとつ。
そして、止めていた時間が進んでしまうだろうという確信にも似た恐怖を感じたというのがひとつだった。
それでも尚。彼女は愚かしいほどに優しかった。
アイリスの花が風に揺れる。
「その女の子は、かわいそうな子だと思います」
「可哀想? はっはっは、そうだな。そりゃそうだ、何故なら――」
「貴方に全てを奪われたから。人の全てを奪うだけの貴方に」
続く言葉を邪魔されたがゆえか、核心を突かれたからか。男は笑みを吹き消し、敵意を伴った険しい顔となる。
この男に対して、公子の言いたいことはそれが全てだった。もはや見る価値もないと断じ、公子は少女に微笑みかけた。
「ね、貴女の名前、教えてもらえる?」
「え……」
おおよそこの場に相応しくない質問であった。
少女が虚を突かれたようにぽかんと口を開けるのも無理はない。
だが公子には必要なことだった。必要なのは理由や同情などではない。繋がりだ。
「私は伊吹公子。学校で教師をやってたんだけど……、まあ、今はちょっと休職中かな。それでもまだ心は先生のつもりよ」
「あ、あ……」
少女は怯える。差し伸べられた言葉に。公子にそんなつもりはなかったが、そのように捉えられているとは想像がついた。
それほどまでに、彼女は奪われている。あの男から――。
紛れも無くそれは、公子にとっての敵だった。
「真帆。その女を殺せ」
低く威圧感のある声が少女を男に振り向かせる前に差し向けられた。
「分かっているはずだ。お前はもう戻れないとな。この期に及んでまだ救ってもらうつもりか」
その言葉で少女の顔が硬くなる。言葉尻から察するに、いくらか説得はあったということらしかった。
恐らくは、きっと、足元に横たわるこの老教師からも……。
「戻れなければ進むしかないわ。決めるのは貴女よ。慣れてしまったら……、その先にあるのは、死ぬより辛い地獄よ」
消失を、喪失を。そればかりが待っているものが、地獄でなくて何だ。
それを公子は知っているから……、自らの命が脅かされようとも、背中を向けるわけにはいかなかった。
因果なものだと思う。あれこれ悩んだ挙句、見ず知らずの他人のために危険な橋を渡っている。
家族のためでもなく、目の前に絶対に許せない敵がいるからという理由であるのが何とも愚かしい。
けれども後悔はなかった。あの男だけは、自分でも殺せるからだ。
637
:
Show time
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/12(日) 00:53:30 ID:SMelFDJU0
「……わたし、は……」
「真帆ッ!」
男が苛立ちを隠しもしない様子で怒鳴る。それでも手出しをする様子はない。
傍観者を気取り、思いのままに他人を操ることに固執している。
それが命取りだ。公子はゆっくりと、気取られないようにしてスカートのポケットに手を入れる。
「……葉月……真帆……」
泣き笑いのような、そんな表情で。
しかし彼女は確かにそう言った。
「――うん。ありがとう」
頷くと同時、公子は走り出す。
真帆の横を通り過ぎる。
駆けて、その先。
「っ、クソが!」
狼狽する男。元より真帆に殺させるつもりだったためか、丸腰の状態である。
やるなら今しかなかった。スカートのポケットの中で握りしめた、銃に装填されている弾丸の数が全てだ。
何発あるかは分からない。狙いも正確につけられない。それでも、全部は外さない。
決意を込めて、拳銃を取り出そうとして――。瞬間、男の顔が豹変する。
「ばぁか」
悪鬼の顔に。
「っ、あ、か……」
男の手には拳銃が握られていた。
公子は胸元からじくじくとなにかが溢れ出るのを感じていた。
銃口からたなびく硝煙。撃たれたのだと分かった。
力が入らない。前のめりに崩れ落ちる。土か花か分からない味が口腔に広がり、ごほっと咳き込んだ。
「丸腰だとでも思ったのか? そんな馬鹿ならもうとっくに死んでるよ。もっとも、俺の場合銃がなくとも女なぞに負けるわけがないが」
せせら笑う声が聴こえる。ならば、自分はまだ生きているということだ。
公子は手のひらにまだある拳銃の感触を確かめる。手放していない。まだやれる。まだ一太刀を浴びせることくらいは可能だ。
死にそうになっているというのに、驚くほど思考は冷静に回っていた。土壇場では女の方が肝が据わるらしいが、どうやら本当のことのようだった。
「手間かけさせやがって……。台無しだ。これはきついお仕置きが必要なようだな、なあ真帆」
注意はとっくに公子から逸れている。あの一発で即死させたと思っているようだった。
全ての力を上半身に集める。数秒、いや一秒で十分だ。それだけの時間身を起こしさせすれば、やれる。
口腔の中に溜まっていたものを静かに吐き出して、公子は息を整えた。
花をかき分ける音が大きくなってくる。隣を通りすぎようとするそのタイミングで――、
638
:
Show time
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/12(日) 00:53:48 ID:SMelFDJU0
「ま、だっ……!」
「なに……!?」
体を起こし、両手に銃を持つ。目の前には驚いた様子の男。明らかに動転している。
ドンピシャ。この至近距離なら避けようがない。それを男も分かっているのか、急いで拳銃の狙いをつけようとしているが間に合わさせない。
既に引き金に指はかかっている。後はほんの少し力を入れさえすれば、誰も彼もから全てを奪おうとするこの男を殺せる。
「……ぁ」
はずだった。
だが、出来なかった。
引き金を引く前に、公子は背中から刃物を深く突き立てられていたからだ。
眼前にいる男の方に、そんな芸当ができる余地はない。
このタイミングで公子に刃物を突き刺せることのできる人物は、一人だけだった。
葉月真帆。彼女しかいなかった。
「……そ、う……」
花をかき分ける音は、二人分あったような気がした。
公子を撃った男は公子に驚いていたが、果たして驚きの対象はひとつだけだっただろうか。
ずるりと刃が引き抜かれる。糸が切れた人形のように公子は再び崩れ落ちた。
引きぬかれた際に背中に力が入ったからなのか、仰向けに倒れる。公子を見下ろす真帆の顔が写った。
歪んだ泣き笑いだった。そこには一言では到底表現することなど構わない、様々に交じり合った混沌とした感情が渦巻いているように公子には思えた。
「これで……これで、許してください……お願いします……」
それは公子に向けたものだったのか、窮地を救われた男に対するものだったのか。
公子には判別はつかなかった。代わりに頭の中にあったのは、かつて親しく過ごした家族の姿と、自分を愛してくれた男の姿だった。
ふぅちゃん……。ゆうくん……。ごめんなさい……、わたしは、また……。
手を伸ばそうとする。届くはずがなかった。遠い、大切な人たちの姿は、何故だか血に塗れているように見えた。
* * *
639
:
Show time
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/12(日) 00:54:05 ID:SMelFDJU0
汚い。
私は、汚い。
葉月真帆を構成するものは、その一語が全てだった。
ひょっとしたら助けてもらえるかもしれないと一瞬思った。
無力な老人などではなく、力を持った人がやっつけてくれるかもしれないと期待した。
しかし無駄だった。女性の力などであの化け物を退けられはしなかった。
だからトドメを刺した。ダメだったのだから見捨てなきゃという打算が働いた。
ますます自分を汚いと思った。腐臭を放っていたものがさらに膿んで、どろりと溶け落ちてゆくのが感じられた。
戻れるかもとありもしない期待を抱いた自分が汚い。
簡単に人を見捨てられるようになった自分が汚い。
命が惜しい自分が汚い。媚びへつらって岸田洋一に懇願する自分が、とても汚い。
岸田洋一がやってくる。
真帆は怯えた羊の顔を作った。この男の前ではいつでも殺される家畜になっておかないといけない。
いつでも殺せるということは、好きなときに殺せるということで、優先順位が低くなるということだ。
殴られるかもしれない。ことによればまた刺されるくらいのことはあるかもしれない。
しかし、死ぬよりはマシだった。だから葉月真帆は服従する。
「やるじゃねえか」
だが、岸田洋一の反応は想像外のものだった。真帆はあっけに取られかける。
楽しそうだった。ただの家畜を見る目ではなかった。面白いオモチャを見つけた子供の目だった。
「俺はな、面白いものが好きだ」
真帆の髪を掴み、ぐいと上に持ち上げる。いぎっ、と思わず苦痛に塗れた声が出た。
そうだ。この男はそれを忘れない。恐怖を与えるということを忘れない。
被虐的な安心感があった。この男はこうでなくてはならないという感覚があった。
「サプライズは好きだ。まさかこの俺にビックリ箱とはな。いいぞ、もっと俺を楽しませろ」
そしてかなぐり捨てる。粘っこい手触りの土の上だった。鉄のような匂いが鼻腔に染み付いてくる。
「良かったな、お前。何もしてなきゃそのまま犯してやるとこだ」
「……はい」
「もっと嬉しそうにしろよ、真帆。お前は認められたんだ。凶悪な殺人鬼の俺に認められたんだぞ」
「……はい、嬉しいです」
「怖い笑顔だ」
見下ろす岸田洋一は、それで一時の満足を得たようだった。
このまま堕ちる。どこまでも堕ちる。岸田洋一の興味を引きながら。
二人で、どこまでも堕ちていきたかった。
それが真帆の唯一の願いだった。
一緒に、沈んで。
640
:
Show time
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/12(日) 00:54:19 ID:SMelFDJU0
【時間:1日目午後18時半ごろ】
【場所:F-4】
岸田洋一
【持ち物:サバイバルナイフ、グロック19(5/15)、予備マガジン×6、各銃弾セット×300、
真帆の携帯(録画した殺人動画入り)、不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
葉月真帆
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:左腕刺傷】
伊吹公子
【持ち物:シグザウアー P226(16/15+1)、予備マガジン×4、9mmパラペラム弾×200、水・食料一日分】
【状況:死亡】
641
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:29:38 ID:GCAYWBHk0
オボロという人間は、一見すれば血気盛んで突っ込むことしか脳がなさそうな単細胞のように感じられる。
しかし彼の実際を知っている人間は、その評価は誤りだと笑うだろう。
確かに、彼は直情な性格であることには違いない。良く言って勇猛果敢、悪く言ってしまえば我慢弱い気質はそれを利用されることもしばしばだ。
それでもオボロは、トゥスクルがまだケナシコウルペと呼ばれていた時代に、独自に軍団を築いてヤマユラの里を賊から守り抜いてきた。
人を束ねるというのは相応の資質がなければ不可能なことである。ただ強いというだけでは信用も信頼も勝ち取れない。
心を把握し心を理解していなければ軍団の長というものは務まらないのだ。
彼を最も信頼し、最も有能な部下の一人だと考えている男は、彼をこう評する。
適切に補佐し冷静に戒める者が側にいれば、オボロは誰よりも強い長となるだろう。
* * *
642
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:30:09 ID:GCAYWBHk0
「ということでだ。寝ろ」
「いや……」
「そないなこと言われてもな……」
「……」
少女が『篝』という名になってからしばらくして。
簡単な食事を取り(とは言ってもパンを齧るだけのことだったが)人心地ついたところで発されたオボロの言葉に、同行者の三人は当惑したように顔を見合わせた。
「なにのために野営の準備をしたと思ってるんだ」
「休憩のためやろ?」
「分かってるなら言うことを聞け」
「いやあのね、寝れると思ってるの」
「以下同文……」
姫百合瑠璃に続いて不満の口をきいた綾之部可憐と篝に、オボロは難しい顔になる。
むしろ喜んで提案を受け入れてくれるものだとばかり思っていたオボロは、どうやら戦場における考え方の違いに大いに隔たりがあるようだと改めて確信していた。
常識、文化の違いと言えるならまだマシで、知識の基板そのものが違う。何せこちらが優秀な携帯食だと評価した『ぱん』なる食べ物をそこの可憐は「まずい」と一刀両断したのだから。
しかも聞くところによると、より美味でより滋養も優れている携帯食があるらしく、オボロは慄然とした気分になったものだった。
一事が万事そうなのだから、自らの常識は彼女らにとって時代錯誤の田舎者の考え方なのかもしれないという疑惑も生まれてくるというもので、オボロは説得するべきかどうか悩んだ。
疲労は軽視していいものではない。休めと言ったのはこの一事に尽きる。
たかが昼から夕刻にかけて歩きまわっただけかもしれないが、その程度と思っていると急激に体に来るのが疲労だ。
しかもそのような時というのはあらゆる判断力が低下し、普段なら気付けるような事柄にも気付けなくなる。奇襲というものはその機を狙って行われるもので、
それを幾度と無く実践し知悉したオボロにとっては早め早めの休息、特に眠るという行為は重要だった。ほんの少し目を閉じただけでも頭の冴えが違ってくる。
彼女らには必要ないとも思えず、ならば別の手段をもって解決する手段があるのだろうかと考えてしまう。
悩んだ末、オボロは正直に尋ねてみることにした。
「疲労は早めの対処をした方がいい。少し目を閉じるだけでかなり違ってくるもんだが……。何か他にいい方法があるなら教えてくれ」
「え? 寝ろってそういう意味なん?」
「……他にどんな意味があるんだ」
「朝まで寝ろって指示かと……」
オボロは頭を抱えた。他の二人にしても同じ考えだったらしく、視界の隅で首を縦に振る姿が見えた。
こいつらは俺より賢いのかバカなのか教えてくれ兄者ぁ! と叫びたくなった。さっきの悩みは一体何だったのか。
「……お前たちのいるニホンとかいう國は分からん……」
「な、なんやよう分からんけど、それくらいやったら大丈夫や。要は交代で見張りしながらちょっと休めってことやろ?」
「ああ……。まあ、もういい……。俺は後にするから、先にお前たちが寝てくれ」
意図は伝わったのなら良しとする気持ちと、もうどうでもいいやという投げやりな気分が半分混ざった口調でそう言ったオボロに、
今度は可憐が「……それはいいのだけど」と口を挟んでくる。
「貴方は大丈夫なの?」
643
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:30:34 ID:GCAYWBHk0
先ほどの醜態を指して言っているのだろうとオボロは思った。言葉は粗野だが自分を案じるところもあるようで、ジッと見つめてくる。
「じっくりと咀嚼したいからこそ休息するんだ。安心しろ、一人でどこかに行ったりはしない。俺の剣に誓ってもいい」
大丈夫、とは言わなかった。正直なところ、未だに腸は煮えくり返っている。妹を、ユズハを殺した者の顔を見ればどうなるか自分自身分かったものではなかった。
ただ、どうするか考える気にはなった。自分と行動を共にしてくれている彼女らをどう守っていくか。大見得を切った者として、どのように責任を果たすか……。
何にしても考える時間、消化するための時間は必要だった。それは嘘偽りのないことで、だからこそオボロは剣に誓うと言ったのだった。
真っ直ぐに見返して太刀を突き出されれば反論のしようもないと思ったのか、可憐は「それならいいけど」と引き下がる。
「……その、ちょっと血の気が多いとは思うけど。オボロはいいリーダーだから。私には分かるから」
「リーダー?」
「う……に、二度は言わない!」
オボロは単純に言葉の意味が分からず聞き返したのだが、可憐はなぜか顔を赤くして怒ったような顔になり、そのままオボロの前から離れた場所に座り込んだ。
篝を見てみたが、彼女は既に目を閉じていた。器用にも、体を赤ん坊のように丸めた格好である。瑠璃を窺ってみたが、肩を竦められた。分からない方が悪いとでも言いたげだ。
そうは言われても分からないものはわからないのだからどうしようもない。頭に『いい』とついていたのだから決して悪い意味ではないのだろうが。
「逢えたら、兄者にでも聞いてみるか……」
ぱちぱちと小さな音を立てる暖かな赤を眺めながら、オボロは独りごちた。
* * *
644
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:30:58 ID:GCAYWBHk0
失敗だったかもしれない、と片桐恵は思った。
何がと言われれば、今一人で居るこの状況が、である。控えめに言っても困っている。
先ほど放送があった。少なからぬ数の人間が死んだ。かつて友人だった者も死んだ。
明乃も早間も、到底岸田に太刀打ちできるような人物ではなかった。当然とは言わなくてもこの状況に放り込まれればそうなってしまうだろうという予感はあった。
少しだけ心も痛む。恵の受けた傷の重さを理解できるとも思わなかったが、上辺ではあっても慰めの言葉くらいはかけてくれる程度の甘い優しさはあったから。
そして思う。人がこれだけ減ったということは、相応にこのゲームに『乗った』輩も多いということで、敵は岸田だけではないと恵に認識させるのには十分過ぎた。
つまりそれは、未だに味方の一人もいない恵にとっては不味い状況だった。ただでさえ非力な女の身である恵に、敵が集団で襲いかかってきたらどうなるか考えるまでもない。
もちろん入る集団は選ばなくてはならないのだが、入るにしても出遅れた感覚もある。
ゲームが開始されてからおよそ六時間。それだけの時間がありながら誰とも行動を共にしていないというのは不審を抱かれる一因足りうる。というか、自分でもそう思う。
これまでやったことと言えば、殆ど我を失った自称『死後の世界の人間』にトドメを刺したことくらいである。
「……馬鹿なのかな、私」
肩に乗っている猫に恵は話しかけた。にゃー、という間延びした返事が来るだけで特に有用な答えが得られるはずもなかった。
恭介がいれば、と臆面もなくそう思ってしまう。あいつなら何の疑いもなく仲間に入れてくれるだろうという想像ができた。
そんな都合の良いことはないと分かりきっているのに。仮に出会えたとしても頼っていいわけがないのに。
一瞬でも考えてしまう自分の甘さに嫌気が差す。先ほどまでそういった手合いを軽蔑しておきながらこの体たらくというのはお笑い草にもならない。
とにかく、自分一人でどうするかを考えなくてはならない。何とかして、相互に身を守りあえるような仲間を作らなくてはならない。
出来なければいずれ殺られる。群れから離れた一頭を仕留めることなど『奴』にとっては造作も無いことだ。
まだ殺されるわけには――。
「……っ」
恵は顔を強張らせた。
恵は視界一面に広がる花畑を歩いていた。だからすぐ近くに来るまで気付かなかった。
二つの死体が転がっていたということに。
一人は老人。これは知っている。
そしてもう一人は若い女性だった。近くにデイパックもあるが、中身は全て抜かれていた。
誰かが殺害して、奪っていったということだ。いつ殺されたのかは正確には恵には分かるはずもなかったが、
少なくとも自分がここを離れ、戻ってくるまでの間には殺されている。近くに潜んでいないという保証もない。
恵は離れ、身を隠しやすくなるであろう山の中に移動することにした。山というよりは森と表現する方が近いが。
腰ほどの高さもある草が生い茂り、真っ直ぐに伸びた木々が群れを成すそこは、身を隠すには最適であると思う一方で、
気をつけなければ木の根などに引っかかって転んでしまいそうだった。身を守るために山の中に入るのに、転んで怪我をしたなどとあっては本末転倒だ。
慌てる必要はない。まだ誰にも見つかってはいないのだから。慎重に足を運ぼうと思ったとき、ふと恵の肩から重さが離れる感触があった。
「にゃ」
猫だった。飛び降りたかと思えば、そのままがさがさと草をかき分けながらどこかへと進んでゆく。
645
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:31:14 ID:GCAYWBHk0
「あ、ちょっと」
思わず静止をかけたが、聞く耳を持たないという風に動きは止まらない。
無視しても良いことには良かった。初戦は行きずりで出会っただけの関係、しかも人間ですらない。
気まぐれに付き合う必要性などどこにもなかった。なかったが――、
「仕方ない……」
恵に行く当てがあるわけでもなかった。人間ですらないが……人間のように、騙そうなどと考えることもない。
罠が待ち受けているわけでもないだろうし、あったとしてもこちらが最大限気をつけていればいいだけの話だ。
楽観的に過ぎるだろうか? 一度俯瞰するように己を見つめ直し、恵はそんなことはないと結論付ける。
油断や慢心というのは容易に『人を信じてしまう』ことだ。優しそうだから大丈夫だろう、という類の不用意な信じ方だ。
気をつけるのはそれで、むしろ行動自体は積極的に起こすべきだ。動かなければ、決して奴は殺せない。
そう考え、猫の後を追う形で足を進めようとした恵は、ふと気付いてふっと苦笑を漏らした。
「あいつみたい」
脳裏に浮かんだのは一人の少年だった。今の恵の思考は、いかにも彼の考えそうなことだった。
* * *
646
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:32:03 ID:GCAYWBHk0
目の行き届く範囲を歩き、枝をかき集めて焚き木にはしてみたものの、所詮はたかが知れている数だった。
既に焚き火は手のひらに収まる程度には小さくなっており、半刻もすれば完全に燃え尽きて灰となるだろう。
それはそれで丁度いいか、ともオボロは思った。一晩中つけていられるわけではないし、焚き火が目立ち敵をおびき寄せてしまうとも限らない。
特に夜半での襲撃は避けたい。オボロ自身、微かにではあるが疲労はないではなかった。余裕こそあれ、無駄に体力を消耗はしたくない。
「らしくないな」
独りごちる。力がありながら使わず後々のことを考えて温存するという思考は己の性分からは離れている。
どちらかと言えば、このような思考は兄者――ハクオロ――の領分だったはずだ。
腹心のドリィ、グラァが側にいればそのようなことを口走っただろうと思うと苦笑も浮かんでくる。
いつからこうなったのだろうと意外なほど冷静になっている己の内を眺め、オボロは、或いはこれが上に立つということなのかもしれないと類推する。
それまでも立場は上の方ではあった。兵を率いる立場ではあったが、それでも上にはハクオロがいた。最終的な判断を委ねられる頭がいた。
しかし今はオボロが頂点である。自分の決断、一挙手一投足が全体の命運を左右するような立場は、生まれて初めてだった。
自分の判断で可憐や瑠璃、或いは篝が命を落とすかもしれない。自分を信じる者に、裏切りの結果を与えてしまうかもしれない。
恐怖はなかった。だが重くはあった。常にこんな思いをしてきたのだと思うとハクオロという男はやはり偉大なのだと、オボロは改めて思わされた。
それでもやらなくてはなるまい。自分はそう決断した。今は目を閉じて休んでいる彼女らの言葉を振り切らず、妹の死を一度は飲み込むという選択をした。
復讐心に狂い、全てを投げ打ってでも妹の敵を討つ自分を、選ばなかったのだから……、
だから、俺はそれでいいんだ。
それがオボロの結論だった。選んだ自分を認め、肯定し、未練がましく頭の片隅に留まっていた『選ばなかった自分』を断ち切った。
側に置いておいた太刀を取り、オボロは立ち上がる。冷たいと思えるほど鋭利な視線を森の奥に向ける。油断なく構え、いつでも戦闘に入れるよう腰を低く落とす。
「そこに居るのは分かっている。寝首をかこうとしても無駄だ。大人しく去るか、そのままゆっくりと出てくるんだな」
人の気配があるのは分かっていた。焚き火の明かりを見つけてやってきたのかは分からなかった。
分かるのは、それが他者であるということだけだった。
「ん〜……? なんやオボロ……」
「瑠璃……なんだかんだ言って寝てたの……?」
オボロのただならぬ調子の声を聞いてか、瑠璃と可憐が起きだしてくる。
瑠璃は浅いながらも眠りについていたようだったが、可憐は目を閉じていただけだったらしい。
己の研ぎ澄ました気とは裏腹にのんびりとした空気が背後では作られていた。
「篝には負けるで」
「……熟睡してる」
可憐の呆れ声が聞こえた。ずいぶんと肝が太いとオボロは思った。
だが、かえってそれがオボロを楽にさせた。視野が広くなったというべきか。戦い一辺倒だった選択肢が薄れ、様々な選択肢が見えてくる。
説得する、交渉する。言葉次第で情報を拾える、或いは味方につけられるのではという考えも出てくる。
オボロは考慮した末、太刀を鞘に収めた。無論すぐに抜けるように手を掛けてはいるものの、一種の譲歩をまずは見せてみせた。
647
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:32:30 ID:GCAYWBHk0
「話をする気なら応じよう。俺達は『生きる』ために行動を共にしている。お前の目的は何だ」
「……同じよ」
そうして木の陰から出てきたのは、一人の少女だった。
「今はまだ『生きて』、事を成すためにここにいる」
恐らくは可憐や瑠璃と同じ文化圏の出身なのだろう。服装は彼女らに似ており、太腿が見えてしまうほどの短い腰巻に、上はそれほど厚くなさそうだが清潔感のある白い服。
髪は後頭部で団子状に結っており、落ち着き払った顔色と合わせて涼しげだという印象をオボロに抱かせた。鈴の音のような声もその雰囲気に似つかわしい。
「えっ、め、恵!?」
さてどう反応したものかとオボロが思っていると、それよりも先に可憐が反応した。
知り合いかとオボロが尋ねる間もなく、可憐はオボロの横まで駆け寄ってきて話を始めた。
「……久しぶり」
「久しぶりって……いや久しぶりだけど! 大丈夫だったの!?」
「ずっと一人だったけど。私のこと心配する余裕があるのね。可憐にまで心配されるとは思わなかったわ」
「余裕というか……いやちょっと待ちなさいまでって何よまでって」
「別に」
「絶対何か含んでる!」
「別に」
「あーもう! あんたって相変わらずムカつくわね!」
オボロは瑠璃の方に向いた。瑠璃は熟睡している篝の頬をつんつんとつついて遊んでいた。
既に状況は問題ないと判断したらしい。オボロは答えを承知で声をかけてみた。
「俺のいる意味は」
「今はないんとちゃう?」
知ってたと心の中で答え、オボロはぎゃーぎゃーと煩い可憐と風と受け流す恵と呼ばれた人物の会話を眺めることにした。
きっとこれでいいのだ、知ったる者同士その方が話はまとまるだろう。分かりきったことだ。
オボロは肩を落とした。
「可憐はどうでもいいの。用があるのはそっち」
「なっ!」
が、指名があった。俺か、とオボロが自分を指差すと恵は神妙に頷いた。
完全に無視される形になった可憐は怒り心頭とまではいかなくとも不満がありありといった様子だったが、
頭であるオボロを邪魔するというわけにもいかず、腕組みをしつつ、上手くやりなさいよと言外に含むように睨んできた。
「見たところあなたがリーダーみたいだし」
「りーだー?」
「とぼけなくても分かるわ。あなたがこの群れをまとめている」
オボロは少し考え、ちょいちょいと可憐を呼び寄せた。
648
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:33:31 ID:GCAYWBHk0
「……何なのよ」
「すまん、りーだー、ってどういう意味だ」
「ああ、貴方外来語分からなかったわね……。ええと、まとめ役。頭でもいいかしら」
「ふむ……」
いきなり可憐を呼びつけ、耳元でささやき合っているオボロを見て恵は首を傾げていたが、こうするより他にないのだ。
分からないことを分からないまま話を進めると話がこじれる結果になりかねないし、オボロは可憐達の文化圏の言葉を殆ど知らない。
取り敢えずこれで分かったことは一つある。恵という人物は、一目見ただけで自分をリーダー……、頭と見抜く洞察力があるということだ。
女が三人、男が一人ということで単に消去法で導き出しただけかもしれないが。
「確かに俺がまとめている。が、俺にしか分からんことなんてないぞ」
「だけど決定権はある。そうでしょ」
特に間違っているとも思わなかったので、オボロは頷いた。
わざわざ自分を指定したのは、自分が決定権があるからということか。
この時点でオボロは恵が単なる情報交換を持ちかけてきたという線は捨てた。そうであるなら相手は可憐でも構わないはずなのだから。
「単刀直入に聞くわ。あなた、殺したことはある?」
恵は澄ました表情を変えないままそう言い放った。
殺したことはあるか? 何を? この場において、その対象は決まりきっている。
隣にいる可憐が息を呑むのが分かった。若干の動揺も見られる。察するに、それまで可憐の知っていた恵はこんなことは言わないような人だったのだろう。
それまで遊んでいた瑠璃も意識をこちらに向け、動向を窺っている。
静寂が広がる中、オボロは答える形で口を開く。
「ここに来る以前の話か? それとも後か?」
牽制する意味で言う。恵が可憐達と同じ文化圏に属する人間なら、逆を言えば可憐達と同じく、ここに来る以前は殺しなどとは縁遠い暮らしだったはず。
オボロは違う。生まれ落ち、そして今日に至るまでいつもどこかで戦が始まり、人が死んでいく、そんな時代に生きていた。
この返答は予測していなかったのだろう。目を丸くし、ややあってから恵は「そういう答え方ができるのね」と唇を歪めた。
感情は読めない。歓喜であるようにも、恐れているようにも見えた。
「ならいいわ。できる人なら教えてあげる。岸田洋一……こいつは危険よ」
「岸田って……あの男?」
挙げられた一人の人物の名前に、先に反応したのは可憐だった。共通の知り合いであるらしいが、同時に危険人物でもあるらしい。
「私は見たわ。ここであいつが人を殺す姿を」
「そんな……。確かに、その……、状況はあんな感じだったけど……」
「バジリスク号にあいつがやって来てからの変事を見たでしょ? ブリッジで船員を皆殺しにしたのもきっと……あいつよ」
殆ど鬼の形相とさえ思える顔で、恵は吐き出すように言った。
話の筋は見えないが、前々から岸田洋一なる人物に疑わしい要素はあったということになる。
しかし皆殺し、か。オボロは奇妙な安心感のようなものを覚える。可憐や恵の暮らす國でも、殺人がないというわけではないということに。
本来、痛ましいことなのかもしれない。しかしオボロにとって、戦がない平和な國で争いもなく暮らしていけるというのは信じがたいことであり、
可憐達をどこかで未知の異人のように思っていたのも確かだった。はっきり言ってしまえば、本当に同じ『人』なのかとさえ感じていたほどで。
もちろん、戦の常態を知っているオボロも争いがあっていいはずがないと感じている。そんなものはないのが一番に決まっている。
しかし『全く』なくなるわけでもないというのも確かなことであり……。
だから、少しは自分の知っている世界と同じだということに安心してしまったのかもしれなかった。
「その岸田洋一なる奴が、誰を殺したのかは分かるか? 特に俺達に似ている格好であるなら是非教えて欲しい」
「……分からない。見てしまったときには殆ど手遅れで、私も見つからないように逃げるのに精一杯だったから。ただ……そういうのはなかったと思う」
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:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:33:57 ID:GCAYWBHk0
恵の指す『そういうの』とは格好のことだろう。
正確には分からないとはいえ、ユズハを殺した可能性としては低いということで、オボロは少し落胆する気分があった。
もしそうであるなら、何の呵責もなく殺してやれるというのに。
「……助けには行かれへんかったんか」
そこに割って入ったのは瑠璃だった。
話を聞いていて思うところがあったのだろう。若干険がある様子はあるが、オボロはそのまま言わせることにした。
「手遅れって言っても、襲われてたんやろ? 見殺しにしたんか」
「……簡単に助けられるならそうしてる。あなたはあいつを知らない。一度でも見れば分かるわ。あいつがどんなに恐ろしい獣か……」
「フォローするわけじゃないけど、あの岸田洋一という男はただ者じゃないわ。オボロよりも背が高くて筋肉も同じくらいはある。それこそプロスポーツ選手かってくらいにはね」
「俺より高いだと……?」
オボロの上背はそこそこある。トゥスクルにはもっと大柄な同僚もいるが、それでもかなり高い部類には入る。
それを超えている上、身体も同等に鍛えてあるとなれば、オボロとしても脅威と認識せざるを得ない。加えて、大勢の人間を皆殺しにできる容赦のなさもあると来ている。
恵が異様なまでに恐れた様子なのも気にかかった。可憐は気づいていないようだが、『獣』と口にしたときの恵は怯えとさえ取れる声色があった。
オボロが威嚇してもそれほど動じていなさそうだった恵が岸田洋一を話題にすると変質した。それほど恐ろしい人物ということになる。
「……ごめん。よう知らんで言ってもうた」
雰囲気を察したのか、それとも可憐も加わったからなのか、瑠璃は引き下がる。
瑠璃も一度は殺すか殺されるかの場に踏み込んだ立場だ。はっきりとでなくとも、感じられるものがあったのかもしれなかった。
「別に。何も知らないならそう言いたくなるのは当然でしょう」
気にしていない風であって、そこには棘が混ざっている。見捨てたということ自体に間違いはないというところなのだろうか。
恵の反応は単純にそれだけでもなさそうなようにオボロには感じられたが、ここに今踏み込む必要はないことだった。
「情報の提供は感謝する。岸田洋一を倒せと言われれば倒そう。それで、お前はどうする? 協力できるなら協力したいところだが」
「私を引き入れると言うの?」
「当然だ。戦力は多ければ多いほどいい。可憐の友人だという信用できる証拠もある」
「随分と信用してるのね。可憐も、今しがた出会ったばかりの私も。正直その判断は甘いのではないかしらと思うけれど」
「そうだな。だが可憐に関してはあれが演技だと言われたら俺は騙されるしかない」
オボロは肩をすくめてみせる。恵もちらりと可憐を見やり、「それもそうね」と渋い顔をしながら頷いた。「ちょっとそれどういうこと!?」と抗議の声が聞こえたものの、
それが却って可憐に対する判断の裏付けとなった。まあそれは仕方ないかといった様子で恵はため息をつくと、「では私は?」と次の回答を求める。
650
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4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:34:16 ID:GCAYWBHk0
「まずはその可憐の友人をやっているというのが一つ。もう一つは……そうだな、動物をこんな状況で大切に保護しているからかな」
「っ!?」
さすがに驚いた顔をされる。当たり前だ。オボロ達の前に出てきてから今まで、そのような気配は微塵も見せなかったのだから。
可憐や瑠璃は、動物? と不思議そうな顔をしていたが、まあこれは当然だ。普通はそうだ。だが自分は違う。質が違う。
「……いつ気付いたの。全く見せた覚えはないのだけど」
「どんな動物かはおおよその想像でしかないがな。足音から小動物と分かったくらいだが。俺達を見つけて隠しただろう。足音が一つ消えたからな。
そして俺が声をかけるまで、お前はその場でじっと身を潜めていた。違うか?」
「よく聞こえる耳ね……」
否定がないことが、肯定の証だった。そしてそれは同時に、恵に対する牽制にもなる。
常に先手はこちらが取っていた。殺ろうと思えばいつでも殺れたという事実を示すことで、恵に舐めた判断は出来ないと理解させる。
実のところ、疑わしいというか、不審に感じている点はある。可憐や瑠璃がオボロの身体的特徴を見て驚いたのに対し、恵にはそれがない。
初めて出会ったのなら言及されてしかるべきだ。それがないということは、彼女は既にこちらについて触れたことがある。
にも関わらず、岸田洋一について話した際に話題に出すことはなかったし、ずっと一人だったという彼女の言が正しいなら自分達の仲間と同行もしていない。
矛盾しているのだ。ならばどちらかに嘘がある。そして嘘をつくというのは後ろめたいことがあるという可能性が高い。
自分のような手合いに一度は遭遇していると見たほうがいい。その情報を隠す理由までは分からないし、これだって推測の域を出ない。
だから、隠していようがそうでなかろうが関係ないという方向性で打って出ることにした。恵を牽制することで、小細工する隙はないと見せたのだ。
目論見通り、恵には有効に働いたようだった。あの澄まし顔が一瞬でも凍りついたときにオボロには確信できた。
「まあ、俺は偵察なんかもやることがあるからな。目と耳が良くなければ務まらん仕事だ」
「ご明察通り、私はこの子を連れてたわ。保護とかじゃなく、単に会話中に騒がれたら困るからというのが理由だけど……」
観念した様子で、恵は袋を開ける。中からはにゃあと鳴き声を上げて動物がひょいと顔を出した。
「あっ、猫」
「おー。可愛い猫やな」
出てきた動物はネコというらしい。小さな体躯に三角形の耳、丸い瞳、しなやかな手足。トゥスクルでも似たような動物は見たことがある。
似てはいるが、それなりに異なる部分もあった。個体差なのか、それとも彼女らの文化圏において独自の発達を遂げたものなのか。
学者ではないオボロにはその程度の想像しか出来なかった。ぱっと華やいだ女性陣の様子を見るに、小動物が女性に人気なのはどの國でも変わらないらしいと思う程度だ。
「……それはいいわ。少し誤魔化されそうになったけど、私がこの子を連れてるからといって、それは信じる理由になるの?」
「ああ。……俺の守りたかった子も動物好きでな。よく可愛がっていた……。その子と重ねてるわけじゃない。
ただ、思いやる心がなければ、言葉も交わせない動物を連れて歩くなど出来ないことだ。それが信じる理由だ」
「そう……」
放送を信じるなら、亡くなったのはユズハばかりではない。アルルゥ、ウルトリィ。共に過ごす仲間が減ってしまった寂しさを噛み締めながら、
オボロは信じようと思ったもう半分の理由を告げた。疑わしい部分はあるにしろ、アルルゥのように好き好んで戦闘の役に立たない動物を可愛がれる精神性の持ち主なら。
信じてみたかった。可憐の友人であるということも含めて、今はそちらに賭けてみたかったのだ。
「オボロ……それって、ユズハさんのこと?」
「いや、別人だ。兄者が大切にしていた家族でな……。それ以上は、今は言いたくはない」
「……ごめんなさい」
これ以上口に出してしまえば、一旦は飲み込んだ怒りが再燃し、爆発させてしまう可能性があった。
可憐もそれが分かったようで申し訳無さそうに体を縮こませたが、「お前が悪いわけじゃないさ」と肩を叩いてやるとこくりと頷いてくれた。
気に病まれるよりは意図を察してくれる方が有難かった。今は、怒りを迸らせている時ではない。
651
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:34:33 ID:GCAYWBHk0
「そういうわけだ。協力し合えるならいいが、どうだ」
「……分かったわ。それじゃ、よろしくお願いするわ」
「こちらこそ頼む。俺はオボロ。で、あっちの団子頭なのが瑠璃だ。あっちの寝てるのは……まあ、起きたときにでも」
「けったいな説明せんといてや……」
「片桐恵。呼び方は好きにしていいわ」
言って、恵は焚き火から少し離れた場所に腰を下ろし、膝を抱えるように座った。歩き詰めだったのだろう、軽く息を吐くと膝裏をぽんぽんと叩き始める。
その様子を見ながら可憐は「あいつ、いつも通りね」と感嘆とも呆れともつかない調子の声を漏らす。
「知らない仲じゃないのに距離を取って、私は平気ですって顔してる」
「そいつの友としてはどう思う」
「実際冷静だと思う。見た目通りに、肝も据わってる感じ。本心じゃどう考えてるか知らないけど」
「疑わしいか?」
「全部信じられるかって言えば嘘になるわよ……。でも、そう簡単に人を殺したりはしないと思う」
自分に言い聞かせるように。どこか祈りを込めた様子で、可憐は言葉を紡ぐ。
友でさえ、ここでは殺し合う。オボロとトウカがそうしたように。願いの向きが僅かに異なるだけで、人と人は容易く刃を向け合う。
己や、己よりも大切な誰かの為に――。
「あいつだって、血の通った人間だもの。殺さなきゃ殺されるかもしれないで、はいそうですよって割り切れる機械のような子じゃないと思いたい」
「俺もそう思いたいものだ」
それで会話を打ち切り、オボロも元いた場所に腰を下ろした。
自分から仲間にしたくせに、疑わしきを見つけようとする己に少々嫌気が差したのだった。
必要なことではあるが、気分がいいものではない。謀略には向いてない性格だと思いながら、オボロは相変わらず熟睡している篝を見やった。
ついに会話中起きることがなかった。案外鈍いのか、それとも大事には至らぬと感じて寝ているのか。最初のころと大違いである。
何にせよ、彼女が起きたときに説明は必要だろうと思いながら、オボロもほんの少しの間、頭を休ませる意味で目を閉じることにしたのだった。
* * *
652
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:34:48 ID:GCAYWBHk0
多少計算外のことはあったものの、概ね結果は悪くないというのが恵の感想だった。
特にあのオボロという男、油断も隙もないということを先ほどの会話で見せてきた。
下手な気は起こさないほうが身のためだ、という釘を差されたに等しかった。
もちろん恵は最初から皆殺しにする気などなく……というより、人数の差から見ても相手にする気などなかった。
しばらく様子を見て、それなりに安全そうな集団であるならという気分で遠巻きに見ていたところを、先手を打たれた。
オボロがただ者ではないと理解すると同時に、やはり恵の実力などそんなものかという認識ができたことも有難かった。
所詮はただの女子高生。隠密行動のレベルだってたかが知れている。自分の力を過大評価せずに済んだという安心感さえあった。
可憐や瑠璃はともかく、オボロについては信用を置いていい。当面、戦闘に関する指示は仰いでおいても問題はない。
こちらとしては岸田さえ殺せればいいのだ。手段は選んでいられない。岸田は必ず殺す。
自分を邪魔し道を塞ぐ者、自分の行いを悪として糾弾する者も排除する。
どうせ何も失うものなどないのだから……。
(ただ……可憐には、いや、友達『だった』人たちには見られたくないものね)
失望されることなど分かりきっている。頭に思い描くまでもなく、友達などという薄っぺらい皮を剥ぎ取って罵倒という名前の槍を突き刺してくる光景は見えていた。
恵はその領域に踏み込んでしまっているのだ。もう戻れない。命が惜しいがために、道徳を破り捨ててしまったのだから。
想像は出来たが、いざ実践されるともっと酷いことになるのも、見えていた。現実はいつだって想像を上回ってくる。
ゆえに。既に渇ききっているこの心にもさらにヒビが入り、もっと壊れてしまうかもしれないと思えば……、
自分が人殺しの化け物であることなど、知られたくはなかった。見られたくはなかった。
(……ひとが、四人)
恵は周囲を胡乱な目で見た。目を閉じているオボロ。どこか落ち着かない様子の可憐。まら知らぬ少女の隣でぼんやりとしている瑠璃。
遠く、見えた。いや実際遠いのだ。同じ場所にいながら恵だけが離れている。望んで手を伸ばしても届かない。
私は、孤独だ。
当たり前になってしまった事実を再認識して、恵は自分の膝に顔を埋めた。
653
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:35:02 ID:GCAYWBHk0
【時間:1日目午後21時00分ごろ】
【場所:F-5】
篝
【持ち物:なし】
【状況:右肩に銃創(治療済み)。寝。】
オボロ
【持ち物:打刀、水・食料一日分】
【状況:健康】
姫百合瑠璃
【持ち物:クロスボウ,水・食料一日分】
【状況:健康】
綾之部可憐
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:健康】
片桐恵
【持ち物:デリンジャー、予備弾丸×9、レノン(猫)、水・食料二日分】
【状況:健康】
654
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