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作品投下専用スレッド2
1
:
管理人★
:2011/02/19(土) 12:48:34 ID:???0
新スレです。
作品を投下するためのスレッドです。トリップを忘れずに。
561
:
Laughing Panther
◆R34CFZRESM
:2012/02/15(水) 01:12:51 ID:2CmCYd0E0
真人が死んだ。
幼い頃からずっといっしょにいた親友だった。
バカで粗野で筋肉を鍛えることしか脳のないバカだったが
誰よりも優しく、誰よりもリトルバスターズを愛していた男だった。
「真人……すまない。そして――ありがとう」
恭介はそっと呟き、目を閉じて親友の冥福を祈った。
不思議と哀しみよりも彼に対する感謝の気持ちのほうが大きかった。
『野球をしよう』そう恭介が皆に声をかけた日から始まる無限の日常。奇跡が生み出した恭介の馬鹿げた計画。
来る日来る日も繰り返される学園生活に彼は文句一つ言わずに理樹と鈴を見守っていてくれた。
「きょーすけぇ……」
珠美が恭介の顔を覗き込む。
彼女もまた悲痛な表情で今にも泣きそうな顔だった。
「俺は……大丈夫だ。珠美こそ無理するな」
「無理なんか、してない……もん」
きっと彼女も誰か大切な人を失ったのだろう。
小さな身体で必死に哀しみに耐える姿が見ていて辛かった。
「…………」
「朝霧……どうした?」
隣で難しい顔をして考えているまーりゃんに恭介は声をかけた。
「だからまーりゃんと呼べっての。今後の事をちょっとねー」
「今後?」
「ま、あたしゃ最終的に生き残って欲しいのは二人なわけだし。顔見知り程度の人間が死んだぐらいでいちいち悲しんでいられねーよってことでさぁ」
彼女は口調は明るいがどこか冷たく陰のある言い方だった。
562
:
Laughing Panther
◆R34CFZRESM
:2012/02/15(水) 01:14:18 ID:2CmCYd0E0
「それで、あたしたちを裏切る算段でもしているのかしら?」
「おい仲村!」
「ま、親友や恋人を殺された程度で神の手先に成り下がる敗北主義者なんて死んで然るべきよ。あたしが直々に粛清してやるから」
「おーおー、さすが死んだ世界戦線の総帥サマは言うことは違う。……やんのかコラ? あ?」
「朝霧もやめろ!」
今にも掴み掛からんとするまーりゃんを必死で抑える恭介。
大山の死体を見てからというものゆりとまーりゃんはずっと険悪なままだった。
「きょーちん、こいつマジうぜぇ」
「朝霧!」
「…………」
「仲村と仲良くしろとは言わねえよ。だけど今は目的を同じにする『協力者』だ」
恭介は敢えて『仲間』とは言わなかった。
恭介自身もゆりの考えは理解に苦しむものがある。手放しで仲間とは到底呼べないでいる。
だから『協力者』。利害が一致しているため行動を共にしているだけなのだ。
だが――いつまで『協力者』であればいい?
例え順調に仲間を得ていったところでいつかゆりと新たな仲間の間で決定的な対立が起こるだろう。
ゆりはゆりでその言動から一種の狂信的な信奉者を得るだろう。
少なくとも元々の死んだ世界戦線のメンバーはそうである可能性が高い。
集団を真っ二つに割った対立――そうならない保証はない。
「ごめん……きょーちん」
まーりゃんは肩を落として俯いた。
――あの女は嫌いだ。
563
:
Laughing Panther
◆R34CFZRESM
:2012/02/15(水) 01:15:21 ID:2CmCYd0E0
ゆりは自分の感情を見透かした上で挑発してくる。
心の底では貴明とささら以外はどうなろうが知ったことではないのがまーりゃんの本音である。
出会ったのがゆりでなければ、恭介と珠美でなければきっと躊躇いもなく誰かを殺して回っていただろう。現にそうするつもりだった。
だけど――今は恭介と珠美は少なくとも『仲間』と思っている。『仲間』と思いたい。
(あー……マジでヤキまわってんなー……ははっ)
まーりゃんは柄にもなく自分が迷っていることに自嘲の笑みを浮かべていた。
■
「ひい、ふう、みい……六人、ね」
歩きながら指を折り何を数えていたゆりが声を発した。
「何がだ?」
「死んだあたしの仲間。思ってたより少ないなって」
そう言ってくすりと笑うゆりだった。
「ウチのメンバーってとにかく命の価値が低いのよね。学食のカレー程度の値段にしか思っていない」
「きょーすけー、どういう意味だ? あたしゃさっぱりわかんね」
「安心しろ俺もわからん」
「学食のカレーってたかだか300円か400円でしょう? 節約しようと思えばいつでもできるけど、使うことに躊躇いなんか一切感じない値段。だから学食のカレー」
痛みはあれど何度でも死んで蘇るゆりがいた死後の世界。
そんな世界で生きる彼女たち戦線のメンバーはいつしか死への恐怖を感じなくなっていた。
痛いのは嫌だけど後で生き返るから――それがゆりの語る学食のカレーの意味。
564
:
Laughing Panther
◆R34CFZRESM
:2012/02/15(水) 01:17:11 ID:2CmCYd0E0
「不幸なのはここが死ねば終わりなことを気づけなかったことね。そうと知らず簡単に命を投げ出した人が何人いたのかしら?
ま、今回の放送聞いて考えを改めるメンバーはいるでしょ」
くっくと笑みをこぼすゆり。
――あんたも大山が死ぬまでそう信じていただろう。
まーりゃんは喉の奥まで声が出かかったのを必死で堪えた。
つまらないことを言って恭介と珠美を困らせたくないのだから。
「でも、解せないわ」
「何が?」
「あなたよ棗くん。あなたはなぜそんなに落ち着いていられるの? まるであたしたちみたいね――ふふっ」
ゆりは放送を聞いた恭介の反応が気になっていた。彼の反応から親しい人間が死んだのは理解できる。
だが、珠美とは違ってどこか悟ったような表情。そんな表情が一介の男子学生ができるわけがない。
「……リトルバスターズという仲良しグループがあったんだ。ガキの頃から何をするのもずっと一緒でバカやってはいっつも大人たちに叱られていた
高校に入ってもその関係は変わらず、新しいメンバーも増え楽しい日々。リトルバスターズは永遠に不滅だ。俺自身そう信じて疑わなかった」
恭介は遠い目を語り出す。
「だけど永遠なんて無かったんだ。修学旅行の日――乗っていたバスが崖から転落した」
「きょ、きょーすけ!?」
「横倒しになったバス。奇跡的にその段階では俺も含め全員が生きていた。だけど誰もが重傷で意識を失いまともに身体を動かせない、そんな中で俺の妹と親友の一人――鈴と理樹だけが無傷だった。
いずれ救助がやってくる。気長に待っていれば全員助かるはず。そう思っていたが神様というのはどうにも意地悪でな。横倒しのバスからガソリンが漏れ今にも引火寸前だった」
ゆりも珠美もまーりゃんも真剣に恭介の言葉に耳を傾けていた。
恭介の身に現在進行形で起こる出来事を――
「せめて、理樹と鈴だけはと俺たちは願った。そして俺たちがいなくなっても逞しく生きる力をと。そうしたら……奇跡が起きた
俺たちが現実に暮らす学園と寸分違わない虚構の世界。そこに俺たちはいた」
「へぇ……まるであたしたちの死後の世界そっくりね」
「幸い理樹と鈴は事故のことを覚えていない。俺たちは何食わぬ顔で普段の日常を演じ続けていた
だけど……奇跡は終わった。終わったんだよ……この島に連れて来られた時点で」
何度も繰り返される日常。
奇跡の欠片にすがり続ける毎日。
虚構世界の神として君臨し続ける恭介。
恭介は悲痛な声で語る。
565
:
Laughing Panther
◆R34CFZRESM
:2012/02/15(水) 01:18:07 ID:2CmCYd0E0
「それで? あなたは諦めたの?」
「あのバスがどうなろうと俺はここにいるし、理樹も鈴もここにいる。ここで諦めたら真人に申し訳たたねえ。だから、俺は二人を何が何でも守り続ける」
奇跡は終わった。しかしまだ希望は潰えていない。
それが今の恭介を支えていたのだった。
「なら頑張りなさい。運命に抗いなさい。あたしはそのための協力は惜しまないわ」
「仲村……?」
「なによその顔……あたしが血も涙もない人間だと思った?」
「ああ、割とかなり」
「もう、失礼ねっ。あたしは理不尽な世界。理不尽な運命に抗う者を見捨てるつもりなんてないの。そんな人は誰でもウェルカムがあたしのポリシーなのよ」
「――素晴らしい思想だ。だが人間、誰もが運命に抗おうとして生きているのではないのだよ」
闇から聞こえる女の声。
夜の暗黒が揺れる。
闇から染み出すように一人の少女が現れた。
■
「何やら君たちが楽しそうな会話をしていたのでね。おねーさんもぜひ仲間に入れて欲しいのだ」
「来ヶ谷――唯湖……」
「おはこんばんちは恭介氏。なかなかのハーレムっぷりで嬉しいぞ」
566
:
Laughing Panther
◆R34CFZRESM
:2012/02/15(水) 01:19:16 ID:2CmCYd0E0
この場にあまりにも似つかわしくない明るい声の来ヶ谷唯湖。
珠美もまーりゃんも突然の来訪者に警戒を強める。
「まて、こいつは――」
敵じゃない。そう言おうとした恭介を遮ってゆりが躍り出た。
その手に握られた抜き身の長剣を構え風のように唯湖に肉薄する。
唯湖の喉元に突きつけられた長剣。
ゆりの眉間に突きつけられた銃。
一触即発の空気が二人の間に流れる。
「いきなり敵意剥き出しの挨拶とは危ないじゃないか」
「臭いわ……あなた臭いわ。あなた――あたしがこうしなければそれをみんなにバラ撒いていたでしょう?」
「思わせぶりな台詞で注意を引きつけ、間髪入れずに一斉掃射……としたかったのだが失敗したなあ。はっはっは」
「来ヶ谷――お前」
「勘違いしないで欲しい恭介氏。私はあの妙ちくりんなコスプレ男の手先になった覚えはないぞ。おあつらえられた舞台に乗っただけだ。
誰も彼もが裏切り裏切られ殺し殺される地獄の釜の底という舞台――精一杯楽しまなければ損だろう? 理解してもらおうとはおもわんがな」
唯湖は唇を歪めて笑いゆりを見た。
「だけど君は理解はできるだろう? ただ自らの目的と相容れないだけで」
「そうね――『誰か大切な人のため』なんてお題目を掲げて神の手先に堕ちる敗北主義者よりは、自らの快楽のために殺人を犯す人間のほうがまだ好感が持てるわ
だけど、棗くん達はあたしの大切な同志。あなたには殺させない。殺すなら先に敗北主義者どもをお願いするわ」
「くくく、澄んだ目をしているな。――だけどその清らかさでは小魚は住みづらかろう。誰もが君のように強く生きることはできないぞ?」
唯湖は剣を突きつける少女が嫌いではなかった。
つまらない感情を抜きにして物を語れるのは彼女ぐらい良い感じに狂っている人間だけなのだから。
「ま、奇襲に失敗した今、君たちに危害を加えるつもりをないぞ。剣を下ろしてくれたまえ」
「先にあなたが銃を下ろしなさい」
「やれやれ……これでどうだ?」
唯湖は銃を静かに下ろし、デイバッグにしまい込む。
ゆりもそれを確認し剣を下ろす。
567
:
Laughing Panther
◆R34CFZRESM
:2012/02/15(水) 01:20:24 ID:2CmCYd0E0
「まあここで出会ったのも何かの縁だ。少し立ち話と洒落込もうじゃないか恭介氏」
「何を企んでいる来ヶ谷?」
「別に――? ああ、そうそう真人君が死んだぞ。お悔やみ申し上げます。くっくっく……」
「……知っている」
「そらそうだ。放送されていたからな。はっはっは。だが私はもっと特ダネを知っているぞ? 真人君を殺した人間だ」
「な……に……?」
笑みを絶やさず唯湖は語りかける。
事実を知った恭介の反応を想像しただけで胸が高鳴る。
「謙吾少年だよ――君の唯一無比の親友の宮沢謙吾君だよ。恭介氏」
「な……謙吾が……真人を……?」
「ああ、本人がそう告白したのだからな。君も予想していないわけではあるまい。彼は誰よりも理樹君を想っている人間だ。そしてもっとも愚直な人間だ
思い詰めた彼がそういう行動に出るのも頷ける。そして真人君も彼の悲壮な決意を汲んで自ら命を差し出したのだろう。まあこれは私の勝手な想像だが」
おそらく唯湖の想像は当たっている。
謙吾のことだ。誰よりも理樹の事を案じその結果修羅となる道を選んだのだろう。
そして真人も理樹のために命を投げ出すことを厭わない。
ゆえに起こった悲劇だと。
「壊れるだろうなあ彼、鬼になるには少々優しすぎる。そんな人間がいつまでもまともでいられるわけがない。ところで前々から疑問に思っていたのが……」
実に唯湖は不思議そうな表情をして言った。
「そうまでして理樹君と鈴君は君たちの中で何物にも優先されることなのかね。結果リトルバスターズの仲間同士で殺し合いするぐらい」
「そ、れは……」
「私もあの世界を経験させて貰ってる身なので君たちの苦悩は分かっているつもりだ。だから問おう、十分君も謙吾少年も二人のために生きたんじゃないか?
いい加減自分のために生きてみてもいいんじゃなかろうか。いつまで彼らを背負って生きるつもりだ?」
恭介膝がが崩れ落ちる。こいつは何を言っているんだ?
反論できない。いやそんなこと考えたこともなかった。
今の自分は二人のためにある。二人がいるからこそ心が折れなかった。
その二人を見捨てて、楽になれと――?
568
:
Laughing Panther
◆R34CFZRESM
:2012/02/15(水) 01:21:27 ID:2CmCYd0E0
「――そこまでにしておきなさい」
剣の切っ先を唯湖に突きつけたゆりの姿が恭介の目の前にあった。
「つまんない自己啓発セミナーじみたことやってんじゃないわよ」
「おっとこわいこわい。そろそろ時間だ。私はお暇することにするよ」
「逃がさないと言ったらどうする?」
「その場合確実に二人は死ぬだろうな。誰が死ぬとは言わないが戦力低下は君の本意じゃああるまい。ふむ、君の名は何という?」
「ゆり。仲村ゆりよ」
「覚えておこう仲村嬢。今度会ったらじっくり君と話をしてみたい」
「そうね――それまであなたが生きていたらゆっくりと」
「はっはっは。楽しみにしておこう」
唯湖は歩き出す。そしてゆりとすれ違いざまそっとゆりに囁いた。
「ああ――ひとつ忠告しておくが……あのピンクの制服を着た娘……いつか君を裏切るぞ」
ちらりとまーりゃんの姿を盗み見る唯湖。
彼女は静かに唯湖に敵意と殺意を向けていた。
「承知の上よ――彼女は彼女で手元に置いておいたほうが役に立つもの。棗くんがいる限りね」
ゆりはくすりと笑みを浮かべて言った。
その答えを聞いた唯湖はとても楽しそうな表情で嗤う。
「はっはっはっ、立場さえ違ってなければ本当に君とは仲良くできそうだ」
そう高笑いを浮かべながら唯湖は闇の中へ消えていった。
569
:
Laughing Panther
◆R34CFZRESM
:2012/02/15(水) 01:22:06 ID:2CmCYd0E0
【時間:1日目19:30ごろ】
【場所:F-3】
棗恭介
【持ち物:忍者セット(マント、クナイ、小刀、傷薬)、水・食料一日分】
【状況:健康】
綾之部珠美
【持ち物:ビームサーベル(電池状態:緑)、水・食料一日分】
【状況:健康】
仲村ゆり
【持ち物:岸田さんの長剣、水・食料一日分】
【状況:健康】
朝霧麻亜子
【持ち物:オボロの刀、水・食料一日分】
【状況:健康】
来ヶ谷唯湖
【持ち物:FN F2000(29/30)、予備弾×120、バーベキュー用剣(新品)、水・食料一日分】
【状況:アンモニア臭】
570
:
◆R34CFZRESM
:2012/02/15(水) 01:22:43 ID:2CmCYd0E0
投下終了しました。
571
:
◆Ok1sMSayUQ
:2012/05/20(日) 00:44:26 ID:1iyckHjA0
頭を抱えている。
うずくまっている。
岡崎朋也は、気持ちを乱している。
人目につきにくいであろう森の入り口。戦火の声も呪詛の呻きも遠く、生き物の気配すら薄くなった沈黙の中で、
岡崎朋也とHMX-17c、ミルファは互いに会話すらなく、佇んでいた。
いや、正確には、ミルファの方は気持ちの整理をつけたといってもいいのかもしれない。
朋也の方を気にしつつも、その視線は外界――殺し合いが繰り広げられていた市街地へと向いている。
戦うことを決めた、音無結弦の結末を知りたがっているのだろう。或いは、半死の人間を半ば見捨てる形で逃げ延びた自責も含まれているかもしれない。
「……行けばいいだろ。俺なんか放っておいて」
「岡崎さん、れも」
まともに名前を呼んでいる彼女の表情は、暗い。
それをするということは、朋也を置き去りにするということである。
音無から伝えられた、護衛任務の放棄である。命令の無視はできない。彼女はメイドロボだ。
ああ、と朋也は思った。命令して欲しいのだ。シルファは。
「俺なんか守ってても仕方がないだろ。俺は、たくさんの人を殺したんだぞ」
怨嗟のように、朋也は言葉を紡いだ。
自らの失策で春原芽衣は殺された。三枝葉留佳という少女は世界を呪いながら死んでいった。
音無結弦を、見殺しにした。三人死んだ。殺した。自分は悪くない存在だと欲を出し、這いずり回った結果だ。
誤解し、激昂し、容易く踊らされて。そんな自分は、今すぐ罵られながら殺されても文句も言えない立場だ。
「それは、岡崎さんが、やったんじゃ……」
「俺に責任がないって、本気で言い切れるのかよお前は」
問い詰めると、シルファは言葉をつぐんだ。ロボットの明晰な電子頭脳なら分かっているはずだ。
現在の状況を構築した要因の一つに、朋也が大きく関わっていることを。
しかし人間を補助し、味方であることを義務付けられているシルファははっきりと言えない。曖昧な衣に包んで渡す。
傷つけないように。立ち直れるように。慰める言葉を探して。これはシルファにとって、そういう対話なのだ。
「否定して欲しいんだよ、俺は。悪いのは俺じゃない、殺して回っているあいつらだ。あいつらは許さない。そう言うのは簡単だよ」
それまでの沈黙が嘘であるかのように、朋也はまくしたてる。
許せなかった。芳野祐介が。確かな事実ではある。怒って、敵討ちだと叫んで怒りに酔いしれることだってできただろう。
だが、朋也は分かってしまった。思い知らされた。日常だけでなく、この地獄でさえ、求めて行動すると取り返しのつかない結果を生むだけなのだと。
「だけどな、それで立ち直って、精一杯生きようとか、いなくなった人達のためにとか、そういう正義を叫んだところで、全部自分のためじゃないか。
誤魔化してるだけだ。許されたいと思ってるだけじゃないか。……そんな簡単に、死なせてしまったことは許されるのか?」
決意一つで全てが許されるわけがない。反省一つで昇華されてしまうほど、命とは軽いものだったのか?
そんな簡単に、許したり許されたりするものなのか? もしそうだとしたら――魂の価値なんて、あまりに薄すぎる。
「……らったら、わたしも同じれす! “めいろろぼ”なのに、役に立てなくて、守れなくて、そんなわたしに価値なんてないんれす!」
泣きそうな表情だった。人間なら実際、泣いていたかもしれない。
対話が、それまで無理矢理納得しようとしていたシルファの思考を引き剥がしたのかもしれなかった。
先刻までの冷静な口ぶりなどなく、朋也の言葉を聞いているうちに滲み出してきた矛盾の数々に、シルファは苦悩していた。
572
:
◆Ok1sMSayUQ
:2012/05/20(日) 00:44:53 ID:1iyckHjA0
「そう、言ってたれすよ。わたしの頭が。使命を果たせない、不良品らって」
力なく、木の幹に拳を打ち付ける。いやそうではないのだろう、と朋也は思った。
ロボットは自らを害さない。自傷という概念がないからだ。自衛機能が、目的のない傷を防ごうとする。
もしも彼女に、自殺が行える機能が備わっていたのだとしたら、とっくに自壊していたのかもしれない。
もしもシルファが完全な人間の心を持ち合わせていたら。自分は、第四の犠牲者を目の当たりにしたのかもしれなかった。
なんて、皮肉――
そしてそれが、朋也にとっては小さな共感でもあった。
この状況に絶望しかしていないなら。己は無価値でしかないと悟っているなら。自分は自殺を試みているはずだ。
だのに行動に起こさない。取り返しのつかないミスを嘆く一方で、森に隠れて自らの身を守ろうとしている。
未来には失望の結果しか残されていないと分かりながら、なお命を紡ごうとする。
理由などない。生かされているから、生きている。シルファが己を害せないゆえに生きているのと同様に。
死にたくはない。しかし死にたくない理由はない。生きていたい。しかし生きる理由などない。
信念なき生。目標を持って生きている者から見れば、今すぐ殴られてもおかしくはない。
だから価値がない。だから意味がない。勝ち取ろうとしていない、努力を怠ったゆえにこうなったのだと言われているように、ふと朋也は感じた。
「だから、今度は俺を守るのか? いなくなった連中の身代わりに、俺を」
気がつけば、朋也は立ち上がっていた。突然の行動に絶句するシルファの肩をこれでもかと強く掴む。
シルファを責めたいのではない。そうした信念を強要させようとするなにかが、
揺らぎないものさえあれば何をしても許される、と語ろうとしている論理が、許せなかったのだ。
そうだ。芳野祐介も、あの怪力の女も。やると決めて、躊躇なく殺した。ある種の潔さが格好いいではないか。
覚悟を決めて行動する人間の、美徳。それは紛れもなく、魂の価値を薄めるものでしかなかった。
「あの人たちはダメだった。今度は間違えないようにしよう。いい言葉だよ。けどそれであいつらが慰められるわけじゃない!
許されないんだ、俺たちは! 何をどうしても、俺たちは一生人殺しで、苦しまなきゃいけない!
それでも、繋がれた命だ。死ぬはずだった俺たちの命の価値ってなんだ!? 自分が慰められればいいのか!? 違う、絶対に!」
半分意味を為していない言葉だと自覚しながらも、朋也は内奥からせり上がる熱を抑えることができなかった。
許されたい。父親に、誰かに。その一心で行動して、犠牲になっていった連中の意味は何だったのか。無意味にしてしまった。
そうだ。父親は自分の価値を認めさせたいがあまりに心を壊し、殺された皆はどことも知れない地で、食い物にされた。
「許すな。そういうことを、許しちゃいけない。自分のことしか考えてない奴を、絶対に許すな」
強く。抉るように、朋也は己に言い聞かせた。
自分を認めさせようとしなければ。自尊心などというものに溺れたりしなければ。
もう少し周りを見るだけで、誰も犠牲にならなかったのかもしれないのに――
「は、はい。はい……」
「誓ってくれ。平気で他人を犠牲にするような奴を、絶対に許さないって」
「……わ、わたしは。敵を許さない、れす」
少々乱暴だったか、と雰囲気に押されるようにして応じたシルファの声を聞いて、朋也はちょっとだけ冷静さを取り戻した。
掴んでいた肩を放し、僅かに頭を撫でてから離れる。
生き延びる、生きて帰る。そんな約束ではなく、ただ敵を許さないというだけの、刹那的な約束。
信ずるべきものも、拠るべき神もない。破滅的ですらある、誇りや矜持などとはほど遠い誓いである。
けれども、今はそれ以外の道を見出せなかった。綺麗事よりも、怒りが自分にはお似合いだと、朋也は思っていた。
「岡崎さん、顔、怖かったれす」
573
:
◆Ok1sMSayUQ
:2012/05/20(日) 00:45:18 ID:1iyckHjA0
顔にも柔和さが少しは戻ったのか、シルファは半分泣き笑いのような表情で言った。
「不良なんだよ、俺は」
「フリョーなんれすか?」
「ああ。……だから、さっきはちょっと乱暴だった。悪かったな」
「フリョーは、謝らないれすよ」
おどけた言葉。朋也は肩を竦めて、うるせえと軽口を返すことができた。
精神的な状況は悪くない。大声で喚いたことが、活力を取り戻させたらしかった。
敵に狙われなかったのが奇跡的ですらある。どうやら他人の血を吸って、悪運も吸い取ったらしい。
「……れも、わたし、何したらいいんれしょう?」
敵を許さない。そうは言ったものの、目標となるものなどありはしない。
人間の防衛も、朋也が否定してしまった以上優先事項から外されてしまったのだろう。
首を傾げるシルファに、しかし朋也はどう言ったらいいのか自分でも分からなかった。
当然である。信念を拒み、持つことを否定した自分達には大きな目標などありはしなかった。
自分で考えろなどとは言えなかった。無責任である。最低限の礼節程度は、まだ持ってはいたかった。
「戻ろう」
「戻って……ええと、お葬式れすか?」
「できるかは怪しいけどな。なにせ俺は腕がこんなだ」
持ち上がらない方の腕を情けなく伸ばす。
隠そうとする自尊心など、とうに消え失せている。
シルファの腕力なら或いは、とも思いもしたが、コンクリのジャングルに打ち捨てられた死体の処理方法など検討がつかなかった。
斎場が都合よくあるとも思いがたい。埋めるのも燃やすのも難しいと思えた。
「まあ、葬式じゃない。ハイエナみたいな真似だけどさ、武器がなきゃ始まらない。使い慣れない刀なんかじゃなくて、もっと強い武器だ」
「戦うんれすか?」
「ああ……なんていうかさ……俺は、ここが許せないんだと思う」
「ここ?」
空を見上げた朋也につられるように、シルファも夜陰に浸かりきった夜空を見上げる。
米粒ほどの星々は、しかし地上で這いずり回る、自分達を見下ろして嗤っているようにも感じられた。
誰も彼もが己を慰めたいと欲し、大義名分で罪を塗り固めようとしている。滑稽に相違ない。
そこで、ふと朋也は立華奏の存在を思い出す。もしかすると、奏はそういう連中と戦う意志があったのかもしれない。
何を考えているか全く以って不明な彼女だが、奪おうとした者からは、積極的に守っていた。
死後の世界でさえ勝手を為す連中を、許せなかったのだろうか?
「……死後の世界とかなんとか、言ってたろ?」
「はい」
「もしかすると、そうなのかもしれない。色々な世界とか時代とかから、マジに集められてさ」
「ふむ」
「死んでるのかもしれない。夢の中かもしれない。何も分からない。わけわかんねぇ。
でもさ、だからってじゃあ何してもいいですよってのは、違うだろ?」
「はい、分かるれす」
「なのに、何してもいいように言われててさ……俺もそうなっちまって、ムカついたんだ」
「……みんな、自分のやりたいことばっかり?」
「殺し合いしてるの、全員そうだったよ。俺も、死んだってことはなんか悪いことしたんじゃないかって思って、俺は悪くないって言おうとして」
「わたしも、そうかも知れないれすね……役に立ってない“めいろろぼ”れすし……」
574
:
◆Ok1sMSayUQ
:2012/05/20(日) 00:45:35 ID:1iyckHjA0
生きて帰れるとは思えない。地獄の底にまで落ちた自分には、蜘蛛の糸すら垂らされることはないだろう。
それでいいと思った。代わりに、敵を道連れにすることを決めた。
芳野達のような連中にだけは、勝たせるわけにはいかない。大切なものを持たず、人生の目的など持たなかった朋也の、それは逆恨みにも等しい怒りだった。
父親にすら理解を得ず、隣人の死に悩み、苦しんで。なのに決意や覚悟とやらで全てを奪ってゆく彼らが、彼らが従う論理が許せなかった。
この上もなく醜い。だから地獄に落ちたのだろうと朋也は思った。
「……れも、わたし、許せないんれす」
口には発していないはずの、朋也の内奥に応えるようにシルファは言った。
「はるはるを殺されて。音無さん見殺しにして。役立たずってわたし、理解してます。……ます。のに、納得しないんれす。こわれてます、こんなの」
「お前……」
「こわれてるから、欠陥品らから、ここにいて、捨てられて…………イヤって、思ったんれす」
それは、理由のない拒否反応だった。本人すら理解できないほどの、強い感情が、「イヤ」という一言に内在していた。
「わたしを、こわして欲しかった。……れも、あの人たちは、イヤれしたから……」
本来の機能を果たしてもいない自分など、いなくなってもいい。だが芳野達に壊されるのだけは我慢ならなかった?
舌足らずの、中身の足りない言葉を、朋也はそのように咀嚼する。
ここにも、ひどく矮小な逆恨みがある。
人工の心。取るに足らない末端でしかないもの。しかし確かに、小さな怒りがあったのだ。
日常から非日常に、理不尽をこれでもかと押し付けられて、機械の心でさえ、己を侵害されたと感じた。
「それを、岡崎さんが言ってくれました。敵、って。敵を許すな、って」
言語化不可能だった感情。プログラムされたパターンの中になかった、矛盾だらけの識別不能の情感。
定義付けてしまったのか、と朋也は苦く、深い感慨を抱いた。けれどもやはり、共感を覚えずにはいられない。
あまりにも無力で愚かだと知ってしまった自分達。救いも許しも求められるものではないのだと、価値のなさを認識してしまった自分達。
だからと言って、奪われるだけの結果を、決して認めない。認めてはならない。
心があるのに。感じられる、人間なのに。
「行きましょう、岡崎さん」
敵を許さないために。
食い物にされてたまるものか。
噛み付いてやる。牙を砥ぎ、狙いを定め、弱者と断じて見下ろす連中の喉笛に噛み付くのだ。
* * *
575
:
◆Ok1sMSayUQ
:2012/05/20(日) 00:46:03 ID:1iyckHjA0
思考は、随分とクリアになってきていた。
人間風に言えば、胸のつかえが取れたと言うべきだろうか。
メイドロボは人間のため、人間の代わりに様々な問題に取り組み、解決し、貢献しなくてはならない。
それがシルファの、いやHMXシリーズの命題である。疑問は抱かない。問題の解決が人間を助け、解決が自己の喜びとなるようプログラムされている。
だが、その基本的事項にあってはならないはずの――いや、可能性としてありえないはずの問題が生じた。
主、あるいは同族と見做した親愛なる存在の抹殺である。正確には、抹殺してしまったのではないかという可能性問題が生まれたことだった。
音無結弦の言葉が真実であるなどという保障はどこにもない。にもかかわらず、シルファは真実味が高いと判断してしまった。
己自身、人間に接することを苦手とし、要求スペックを満たせなかったという事実があったこと。不良品が人間に害を為さないという保障もないのである。
次いで、周囲の人間が「わたしは死んだという自覚がある」という旨の発言をしていたこと。あまりにも、数が多すぎた。
シルファ自身が人間に仕えるための要求スペックを満たしきれていなかったという自覚があり、それゆえ彼女は己の判断、思考に対して評価を低く置いていた。
周囲の人間が間違った認識であり、事実誤認をしているなどという思考に至れなかったのである。
それが彼女に、ここは死後の世界であるというありえないはずの前提を植えつけた。そしてシルファは、新しい前提に則ってロジックを組み立てる。
死後の世界。であれば、自分達は死んでいる。ならば同様に、この島にいる姉妹機や主も死んでいる。
なぜ死んだのか――該当する記憶のデータはない。ないならば、憶測で考えるしかなかった。
そして自己評価の低いシルファは、己が一家全滅の要因に大きく関わっている可能性が高いと、結論付けた。
あくまでも可能性である。しかし十分あり得ると判断してしまった。
結果、さらに可能性が生まれる。自らが人間を害する可能性。要求事項を満たせなかった可能性。
ありとあらゆる、「自分はやはり欠陥品である」ことを証明できる可能性が生まれ、シルファは自己を見失ったのだ。
要求を満たせない欠陥品。ならば破棄されてしかるべきなのだが、こうして思考している自分とは何か。なぜ自らを破壊しようとしないのか。
岡崎朋也を連れて逃げていたときには、既にしてその疑問に侵されていたといってよかった。
シルファには、自殺の概念はない。だから自壊の論理を持てなかった。用を為さぬ、為せないはずの「わたし」がなぜここにいるのか。
壊して欲しい。しかし要求を伝えようとしない。朋也にも、他の誰かにも。
全ての答えを探した。模索した。しかし答えは出てこない。答えが見つからない。
思考に思考を重ね、電子頭脳が焼き切れてもおかしくはなかった。そうならなかったのは、他ならぬ朋也が納得できる答えを与え、証明してくれたからだ。
敵。
侵害しようとする、敵。
わたしの中にいる。わたしを壊せという願いさえも奪う、それは紛れもない敵だ。
許してはならない。絶対に許してはならない。戦わなくてはならない。
敵はするりと己の中に入り込んできた。存在をはっきりと感じたのは、あの時。
三枝葉留佳が悲壮な死を迎え、音無結弦が逃げろと叫んだあの瞬間だ。
あいつらだ、とシルファは答えを結んでいた。あの二人組。一言しか名前を聞き取れなかったが、憶えている。
芳野祐介と、カルラという男女が、自分の中に敵を送り込んで、奪ったのだ。
奪って、彼らはきっと食い物にする。証拠に、カルラという女は争いながら笑っていた。愉快そうに。
だからシルファは、立ち向かうと決めた。人間であっても、あれは敵なのだと断じた。
人間は優しいはずなのに、思いやる心があるはずなのに。彼らにはそれがなかった。
敵を教えてくれた優しい人間に、岡崎朋也に最大の感謝を。
人でありながら敵である、彼らに最大限の怒りを。
シルファに新たに記述されたクリアな認識。
人間の中にも、許すべきではない巨悪が潜んでいるという事実を知ったこと。
それは安全的見地から本来絶対行えないはずの、彼女が人間を殺せるということでもあった。
しかも紛れもなく、ただ己を守るためだけに、である。
……
…………
………………
576
:
◆Ok1sMSayUQ
:2012/05/20(日) 00:46:28 ID:1iyckHjA0
やがて、街の中に入った。周囲を注意深く観察しつつ、シルファと朋也は慎重に現場まで足を運ぶ。
渦中にいたときは気付けなかったが、街の破壊された様子は記憶以上に惨憺としている。
コンクリの建物にひびが入り、電柱が根元からへし折れ、看板やガラスが無残に割られている。
気を抜いていると歩いているだけで怪我をしかねない環境である。シルファ自身はメイドロボであるためその心配はない。
「……」
観察する。朋也も、その心配はないようだった。
千切れた電線には近づかず、壊れた建物にも同様に。誘導するまでもなかった。
と――
「あ、わ、わっ」
地面の断層部分につま先が引っかかってしまう。
バランサーが利かなくなったシルファを、伸ばした朋也の手が支えた。
平易な言い方をすれば、朋也に気を取られて足元がお留守になっていたのだった。
はぅ、とシルファは赤面し、恥じ入った。なんと無様なことだろうか。
「すみ、ません」
「お前本当にメイドロボなのかって、ちょっとばかし疑っちまうな」
「……こわれてますから」
ハード的には何ら問題はないはずなのに、シルファはたまにこういうことをする。
プログラムでアトランダムに小さい失敗を繰り返すように設計されているわけでもなかった。
こうした原因不明のエラーは、彼女の『姉』でもあるHMX-12《マルチ》の時代から散見されていたらしい。
感情プログラムの自己アップデートの際に起こるノイズかもしれない、という見解を聞いたことはある。
が、だとしてもそうしたノイズを処理できないことは機能不全を起こしているのと同義であるとシルファは考えていた。
「違う。そこらの人間よりよっぽど『らしい』って言ったんだ」
多少語気を強くして朋也は言った。
しかし裏腹に、彼の視線は優しさを帯びている。
一瞬、思考が凍結した。原因は不明である。これもノイズなのかとシルファは考えたが、判断がつかない。
つかないから、彼女は礼に礼で応じることにした。見た目を取り繕うことも人間には必要なのだ。
「……ありがとうございます」
「別に。誰にだってできることさ」
ぺこりと頭を下げたシルファに対する朋也の態度は、冷たい。
冷たいが、拒絶ではない。彼は意外と、他者を尊重するのだと分かった。
不良ではないな、と改めてシルファは思い、同時に自分の処理優先事項から、ノイズの消去作業を取り止めることにした。
消さなくてもいいと、認められたように感じたからである。
「俺が同じようにコケそうになったら助けてくれりゃいい。それでチャラだろ」
「はい。そうします」
シルファは、それとない程度の微笑を浮かべている。
朋也は察したのかそうでもないのか、「誰もいないな」と話題を変えていた。
この場合の誰か、とは死体も含まれるのだろうと想像する。
地面に血痕や服の切れ端のようなものが残ってはいるが、肝心の体がない。
生き返る。唐突に音無の語った『死後の世界のルール』が想起されたが、果たしてそうなのだろうか。
ここはあまりに、持ち合わせた常識が通じなさすぎた。
577
:
◆Ok1sMSayUQ
:2012/05/20(日) 00:46:48 ID:1iyckHjA0
「……せめて、音無くらいは」
「結弦ならもういない」
唐突に発された声だった。
空気のように透き通った声の主は、シルファと朋也のすぐ後ろにいた。
いつの間に現れたのか。関係者の名前が出てきたから登場したと言わんばかりのタイミングに、驚愕と絶句が重なるのみである。
少女、立華奏は荷物を抱えてその場に立っている。ひとつだけであることから、自分の持ち物なのだろう。
あまりにも、自然すぎた。
「……やっぱり、致命傷だったのか」
朋也もそれには気付いているようであった。
立華奏は音無結弦の知人であることは知っている。なれば、奏は音無を喪失しているのだ。
なのに奏からは一切の化学変化を感じなかった。人間の死を消化したにしては、彼女は自然体のままでありすぎた。
言うなれば、カルラと戦っていたときの彼女と、今の彼女の雰囲気は全くの同一であるように、見えた。
面識の浅いシルファでも感じられるほどに。朋也が気付いていないはずがない。
しかし朋也は先に結末を求めた。渋面を作り、奏の対面に立つ彼は、何かを確かめようとしているようにも見えた。
「ええ。助けられなかった。助からなかった」
「だけど、最後には立ち会えた。そうなんだな」
奏は頷く。
音無は奏に看取られながら死ぬことができていたのだと知る。
最低限の尊厳は守られていたことに少しばかり安堵は覚えたが、喪失であることには変わりがなかった。
「結弦は満足してくれていた。命を繋いでくれて、ありがとう、と」
言葉の中身は分からない。自分が死のうとも、奏が生きているから発された言葉なのか、それとも本人にしか分からない別の意味があったのか。
朋也はしばらく待ったが、奏は続きを語ろうとはしなかった。最後に言葉を交わしたという事実だけを告げた。
表情も変えず。シルファにはそれが、表情を変えられないのではなく、変えようとしていないように思えた。
悲しみを隠しているわけではない。憤りを抑えているのではない。それ以上に強固な決意が、感情すら支配している。
なぜだかシルファは、そう思った。思うほどに、奏は何かに酷似していたからだ。
「……お前は、それで良かったのか? 音無が何を思ったかは、俺には殆ど分からないが……」
「良かった。そう思うことにする。……だって、確かに結弦の気持ちは救われたから」
「俺が聞きたいのはそういうことじゃない。お前だ、立華。死んだのに、殺されたのに、良かった、だけなのか?」
朋也の声色が、変わり始めていた。
シルファに対して声を荒げたとき同様に。
音無の死の是非を問うているのではない。分かった。分かりすぎた。
だって、それは――
「そんなんじゃ、まるで」
――敵。
「肯定じゃないか」
奪われることの肯定。
侵害されることの肯定。
本人が良いと言ったなら、略奪されてもいいという肯定だ。
578
:
◆Ok1sMSayUQ
:2012/05/20(日) 00:47:09 ID:1iyckHjA0
「私は、そうしたい。肯定することが、結弦が私に望んだことだから。皆を認めてあげたい、よかったね、って」
それが心を癒し、慰めるのであれば。
殺し合いで起きた悲劇ですら、彼女は肯定するのだ。
無駄ではない。否定する必要はない。彼女が受け止めてくれるから。望めば、与えさえしてくれるだろう。
天使だ、と瞬間的に、該当する言葉が浮かんだ。
行いを全肯定し、救い上げてくれるもの。
超越者の所業である。天使と言わずして、どう表現するのか。
だが、しかし。シルファは、朋也は――それを、彼女が救ってくれることを、痛烈に拒否した。
拒絶だと言っても良かった。
シルファは奏の言葉を聞き終えた瞬間、エドラムをデイパックから取り出し、全力で斬りつけていたのだ。
突然の襲撃だったにも関わらず、奏は攻撃意志があると見るや、すぐに身を引いて距離を取った。
一歩で5メートル以上は飛び退いた。シルファでは到底追いきれる距離ではなかったが……敵意は、増すばかり。
シルファの行動を受け取って、朋也も続く。
「……ふざけるな。お前のやると決めたことがそれか。俺は、俺達は、認めない」
何を思って、朋也が奏と対話したのか。
或いは、朋也は奏を引き入れたかったのかもしれない。
一緒に行動していたという経緯があり、朋也なりに思うところもあったのだろう。
自分達のために戦ってくれた彼女なら、とも思っていたのかもしれない。
けれども、しかし。彼女は音無の死を受け取った結果、肯定する方向へと動いた。
報われているから。救われたのだから。その結果を求めるために、あらゆる感情でさえ奪い去って。
「何考えてるかイマイチよく分からなくて、それでも、自分勝手なあいつらとは違うと思ってた俺が馬鹿だったな……立華も結局、あいつらと同じだ」
「――! それは、」
「親父にすら否定されて、ここでやること為すこと全部失敗して、何が良かったんだ?
つらいことを忘れればいいのか? 新しい価値観とやらを持てばいいのか? 何をしてでも?
そいつはいいな。お前が肯定してくれるんだ。幸せだ。……でも、幸せになりたいんじゃない。ただ許せない。
俺は、他人の望む慰めのために奪われたくない。自分の壊し方くらいは、自分で決める!」
なにかを言おうとして口を開いた奏を遮って、朋也は決別の怒りを叩き付けた。
朋也の、シルファの敵意は、他者を殺す領域にすら達している。
それほど。ここには、侵略を行う敵で溢れかえっていたのだ。
「天使なんだろうな。そう思うよ。でも、敵だ」
朋也も刀を抜き放つ。それが使い慣れない武器であっても、眼前の敵を見逃してはならない。
立ち向かわなければならない。気持ちを同じくする人間とメイドロボが、ただ立ち向かう。
「違う、私は」
天使が後ずさる。またもや何かを言おうとしたが、口を閉ざした。無表情に。
片や朋也とシルファは、凝然と睨む。沸騰寸前の怒りを内包して、天使でさえ殺すと決めた。
歩く。一歩ずつ距離を詰める。
天使は、反撃だって出来るはずの、彼女は。
「――ディレイ」
579
:
◆Ok1sMSayUQ
:2012/05/20(日) 00:47:28 ID:1iyckHjA0
……
…………
………………
そんな声が聞こえた次の瞬間、天使の姿は忽然と消えていた。
魔法でも使ったかのように。
逃げられた。そんな認識がシルファを覆い、次いで握っていたエドラムがずっしりと重みを増したように感じられた。
そんなはずはない。物が突如重くなるはずはないのだから。
なぜか、と考えて、一つ思い至ったシルファは空を見上げた。
怒りは、力になるのだ。敵対するものを排除するために、リミッターを外せるのだ、自分は。
「……行こう、『シルファ』」
やがて、完全に天使は逃げ去ったと判断したのか、声がかかった。
朋也が自分を呼んでいた。今まで呼んでいなかったはずの名前を言ってくれていた。
仲間と認められた、自覚があった。そして仲間だと思う、自覚もあった。
「はい」
それまでの形相がなかったかのように、シルファは笑顔を花開かせた。
【時間:1日目午後10時00分】
【場所:F-7】
天使
【持ち物:不明、水・食料一日分】
【状況:逃走。F-7近辺に移動した】
シルファ
【持ち物:エドラム、水・食料一日分】
【状況:打撲他ダメージ(中)】
岡崎朋也
【持ち物:日本刀、水・食料一日分】
【状況:ダメージ(軽)】
580
:
◆Ok1sMSayUQ
:2012/05/20(日) 00:48:07 ID:1iyckHjA0
投下終了しました。
タイトルは『心の最果て』です
581
:
死を想え、生を謳え
◆auiI.USnCE
:2012/07/14(土) 03:30:09 ID:0ooAAfGI0
――――それが、死っていうものさ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
582
:
死を想え、生を謳え
◆auiI.USnCE
:2012/07/14(土) 03:30:30 ID:0ooAAfGI0
「…………」
一歩、一歩ずつ。
重い身体を引き摺りながらも。
確実に、確実に歩いていた。
その足取りに、『生きている』事を感じながら。
私達は、歩いていたんだ。
隣に歩く由真の肩を借りながら、私――椎名枝里も肩を貸しつつ、歩いている。
一歩、一歩ずつ。
――――私は、逃げていた。
そう、これはただの遁走。
悪意の牙を曝け出した相楽美佐枝に対して逃げているのだ。
私は、私達は。
大切な仲間であった伊吹風子を犠牲にして。
ただ、遁走を続けてる。
ああ、逃げていてるのだ、私は。
誘ってくれた仲間を置いて。
自分を信じてくれた人を置いて。
……何を、やっているのだろうか。
神に従う相楽美佐枝が許せなくて。
彼女が神に従って未練を叶えようとするのが、許せなくて。
だから、討とうと誓ったのに。
なのに、自分は逃げ出す事しか出来なかった。
そして、風子を犠牲に……したんだろう。
……あさはかだ……自分は。
「ねえ、椎名……風子は……やっぱり……」
「………………」
由真の問いに無言で返す事しか、私は出来なかった。
言わなくても……理解できている。
風子とまた会う約束したとはいえ。いや、だからこそ。
伊吹風子は、死んだのだ。
583
:
死を想え、生を謳え
◆auiI.USnCE
:2012/07/14(土) 03:31:52 ID:0ooAAfGI0
「うん……やっぱり死んだのよね…………風……子」
ああ、死んだのだ。
出来ない、約束をして。
私達に精一杯の感謝をして。
たった一人で、相楽美佐枝に立ち向かって。
伊吹風子は、死んでしまった。
…………なんだ。
なんなのだ、この心を支配するものは。
「あんなに笑っていたのに……風子」
胸が締め付けられてくる。
息が出来なくなってしまう。
心がとても、とても重い。
「………………私を慰めてくれたのに」
哀しい?
寂しい?
苦しい?
何故、何故?
こんなにも、心を支配する。
死なんて、いつも傍にあったのに。
いつも、私自身が死んで。
いつも、仲間達が死んで。
当たり前のように誰かが死んで。
だから、死なんて、当たり前の筈なのに。
何で、何で。
584
:
死を想え、生を謳え
◆auiI.USnCE
:2012/07/14(土) 03:32:07 ID:0ooAAfGI0
「死んじゃった…………」
何で、こんなにも、『死』が重たい?
苦しくて、哀しくて、寂しくて。
心が軋んでしまう。
仲間が死んだだけなのに。
それだけのはずなのに。
こんなにも、こんなにも、感情が溢れる?
こんなにも、こんなにも、心が壊れそうになる?
「風子…………風子……」
由真の涙が見えた。
とても哀しそうで。
とても悔しそうで。
ああ、ああ。
これが、本当の『死』なのか。
死というものは、本当はとても重たくて。
死というものは、人の心を大きく軋ませて。
そして、こんなにも、沢山の感情を溢れさせるのか。
585
:
死を想え、生を謳え
◆auiI.USnCE
:2012/07/14(土) 03:32:22 ID:0ooAAfGI0
「……あさはかなり……あさはかなり……椎名枝里」
ああ、本当にあさはかだ。
私は、私は、本当の死の事を全然知らなかった。
人一人の命の重さを受け止める事は、こんなにも、重たくて。
そして、こんなにも苦しい。
「椎名……私達は……弱いっ!」
「……ああ……」
由真の言葉が響く。
それは悔しさの篭った言葉で。
私達の無力を訴える言葉だった。
私達が強ければ、風子は助かった。
私達が強ければ、きっと、きっと。
「力が欲しいっ!」
「ああ……自分達で勝ち取る強さが欲しい!」
出来るならば、この悔しさを解く力を。
神などに頼らないで、自分自身で力を受け取って。
そして、強くなりたい。
こんなにも、重い死を抱えながら。
もう二度とこんなものを経験したくないから。
伊吹風子の『死』を背負いながら。
「強くなりたいっ!!!」
私達は、歩いていた。
私達は、確かに、一歩、一歩ずつ歩いていたんだ。
586
:
死を想え、生を謳え
◆auiI.USnCE
:2012/07/14(土) 03:32:36 ID:0ooAAfGI0
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――――それが、生きるっていうものさ。
【時間:1日目午後7時20分ごろ】
【場所:C-6 南部】
十波由真
【持ち物:木彫りのヒトデ(1個)、水・食料一日分】
【状況:健康】
椎名枝里
【持ち物:トウカの刀、五方手裏剣、木彫りのヒトデ(1個)、水・食料一日分】
【状況:健康】
587
:
死を想え、生を謳え
◆auiI.USnCE
:2012/07/14(土) 03:32:47 ID:0ooAAfGI0
投下終了しました。
588
:
◆Ok1sMSayUQ
:2013/02/02(土) 20:54:09 ID:VIv/OSvE0
「終わってない」
紡ぎだされた声は、深く、静かに、しかし臓腑を抉るような掠れた声で。
硝煙のたなびく銃口は真上に。能美クドリャフカを狙い撃たず。誰をも否定することなく。
「わたし達は、まだ、終わってない」
ただ《醜くも、美しい、終わった世界》を拒絶した。
いらないと言われたのならば、耐え難い理不尽が肯定され犠牲になるのが正義だと言われたのならば。
そんなものは、端から捨ててしまえば良かった。
「そうですよ、簡単なことなんです。終わったなんて誰が決めたんですか?」
古河渚は壊れてなどいない。笑っていなかった。目に生気があった。
しかしそこに、元来彼女が備えていたような控えめな優しさはない。
今あるものを拒み、憎み続け、呪い続ける意志だけがある。
クドリャフカは多少呆気に取られたような面持ちをしていた。殺されるという確信が外れたのだろうと渚は想像した。
「……目を背けているだけです、あなたは」
「だとしても」
その問いに、彼女の論理に、今度こそ渚は詰まることはなかった。
「認めるんですか? 死ぬことをじゃない、こんな……こんな、正しさを」
「私は、そう願われて育てられてきたんです」
クドリャフカは小さな手を持ち上げ、何かを弄ぶような仕草をした。
手には何も乗せられてはいなかったが、そこにはきっと誰かの願いが、祈りに通じるなにかがあったのだろう。
「世界の良き歯車となれ」
握り締めて開く。そこには何もない。
クドリャフカの周りの死体は、彼女が失くした『それ』の代わりに生まれたのかもしれない。
「ひとを見殺しにしたんです」
目を伏せて、死体に触れる。
「説明が必要ならしてあげましょうか? それで、私がどうしたら正しくなれるのか教えてもらえれば」
まだ終わっていないと言えるのかもしれませんね、と低く笑った。
ひとを殺したことを悔い、価値のない自分がいることを皮肉だと論じ、だから罰されるべきなのだという笑いだった。
589
:
◆Ok1sMSayUQ
:2013/02/02(土) 20:54:35 ID:VIv/OSvE0
「必要なんかないです。わたしが聞きたいのは――あなたは、幸せになりたくなかったんですか?」
「なにを」
「友達がいて、家族がいて、退屈だけど明日に繋がるはずだった毎日があって」
「……っ」
「一瞬でもそれを望まなかったんですか? 今までの全部が自分なんて二の次で、誰かの幸せだけを願って、そんな聖人君子みたいな生き方」
「でも、それは」
「わたしだっていい子なんかじゃない。本当は……本当は、普通に遊んで勉強して恋だってしたかった。それこそ、無理をしてでも。
けどできなかった。色々なことがあって、お父さんやお母さんに守られないと生きていけなくて。我がままなんて言えなかった。悪いことだったから」
「そんなの……とっくに、私だって」
「我慢してきたんです。これでいいなんて、心の底じゃ思ってなんかなかった! きっといつかは、こんな不自由ばかりの世界でも報われるって思ってた!」
「……」
「でも裏切られたんです。苦痛は幸せのためにあるんじゃない。どれだけ搾り取れるかっていう、神様の意地悪なんです」
「……だからあなたは、わたしは悪くない、と?」
「理不尽には怒るのが人間でしょう! わたしは優しいだけじゃない! 何をされても耐え忍べる人間なんかじゃない! なのに」
「裏切……られた、んですね」
「……お母さんは、最期にわたしだって見てくれなかった」
「誰も見てくれなかった……」
「そうです。……悪いことをした罰だっていうのなんて分かってました。でも、だからって……わたしは、乗り越えられるような優しさなんてない」
耐えれば報われる。それだけを信じて愚かなまでに我慢してきた渚は、言い換えれば自分の弱さにも気付けない、生きるに値しない人間なのだろう。
少なくとも神はそう判断したに違いない。でなければこうして何もかもを奪い、その上罪を償えなどという理不尽を押し付けてくるものか。
それでも本当に強い人間とやらなら乗り越えられるのだろう。でも自分はそうじゃない。強いという言葉があるなら、弱いという言葉だってあるのに。
弱い人間は、怒ることくらいしかできないというのに。
「あなたはどうなんですか。こんなことをされて、それでも正しさに従うんですか。何も望まない、何も望まなかったいい子のままで」
彼女が、それでも首を縦に振るなら……彼女は本当に聖人君子なのだろう。機械的なまでに優しい。
でも渚はそうだとは思わなかった。分かっていた。似ていたから。相槌を打つ彼女が、あまりに、渚自身と。
「……それ、は」
口を開いて、閉じて、俯いて、顔を上げて、クドリャフカは逡巡していた。
口にしてしまえば一歩を踏み出すことになってしまうと思っているのだろう。
見知ってさえいない仲。渚は目の前の彼女を知らないし、彼女だって何も知らない。
何があったかなんて知らない。ただ共通しているのは、『ここ』には居場所なんてないこと。
己の中にある聖域さえ踏みにじられているということだけだ。
「……私、だって」
震えた声だった。
蒼い双眸が、月光を受けて鈍く輝いていた。
眉根を歪ませ、拳をきつく握り締め、彼女は何かを睨んでいた。
「こんなの、望んでなんてなかったです!」
その絶叫は森を貫き、風を裂き、底に仕舞われてきた思いの深さを実感させるものだった。
そして同時に渚は思う。――やっぱり、この世界は呪われている、のだと。
590
:
◆Ok1sMSayUQ
:2013/02/02(土) 20:55:02 ID:VIv/OSvE0
「いいはず、なかったじゃないですか……! いきなり寮長さんが殺されて! 私も殺されかけて! 出会った人も自殺して! なのに壊れてるなんて言われて!」
口調からは恐怖と混乱、そして理不尽に巻き込まれたことへの怒りがあった。
「誰も本当の言葉なんてかけてくれなかったんです! 自分で解決しろって、誰も彼もが押し付けて! それができないから、できないからって……私は……」
「だから弱いんです。わたしと同じように」
「分かってます! そんなの……!」
「だから死ぬしかない」
「……」
「生きている資格がないって言われたんです。自分でも分かってる。でも」
「……納得が、できない」
間違っているからいらない。殺し合いの中で、我慢することしか能のない弱い自分達がそう言われて当然なのだということはこの数時間で痛すぎるほどに分かっている。
分かってはいるが、正しさを受け入れることとはまた別なのだ。呪われた世界で何の報いもないまま終わる。では、弱く生まれてきたわたし達の意味とは何だと言うのか?
「納得なんてできないんですよ……! 認められないんです、わたしは!」
「じゃあどうするって言うんです。みんな殺して生き延びるんですか? そんなのできるはずがない」
「できないでしょうね」
「だったら……」
「逃げるしかないんです。わたしはあなただって殺せなかったんです。撃とうと思って、頭の片隅に浮かんでしまったんです」
一呼吸置いて、渚は弱者の吐息を漏らした。
正確に答えるなら、渚は撃とうと思えば撃てた。傷つけることはできた。
殺すことができなかっただけだった。
「殺したあなたが頭の奥でわたしに恨みを言い続ける姿が見えたから……それが怖かったんです」
結局、傷つけることはできても殺すことはできない、渚はそんな臆病者にしか過ぎなかった。
最後の一線で踏みとどまっていると言えば聞こえはいい。しかし実際は、覚悟もない半端者でしかない。
優しさなどとは決して呼ばれないだろう。甘さと謗られるだろう。そうしてまた、自分は否定されるだけなのだろう。
「……自分が可愛いだけの、臆病者」
クドリャフカの吐き出した辛辣な言葉は、しかし渚に向けられた矛ではなかった。
彼女は、導き出される答えを代弁したに過ぎなかったのだろう。
「逃げても殺されるだけかもしれませんよ」
「そのときは……きっと、ありったけ呪って、恨んで、苦しんでしまえと言い残すしかないと思います」
「そうでしょうね」
591
:
◆Ok1sMSayUQ
:2013/02/02(土) 20:55:18 ID:VIv/OSvE0
私もそうしたと思います、と付け加え、クドリャフカは立ち上がった。
亡霊のようなゆらりとした足取りで、彼女は渚に近寄る。
「私は……私は、赦されたいんです。私だけで解決なんてできないんです。ひとを見殺しにしたことを、誰かに……赦して……」
そして渚にもたれかかり、嗚咽と共に、否定され続けるだけの本音を吐き出した。
「わたしは、生きていたい……当たり前のように、誰かから必要とされて、ここにいてもいいと言われたいんです」
受け止めて、渚も言葉を返した。
「……赦してもらえるなら」
「ここにいてもいいと言ってくれるなら……」
きっと、なんだってする。
示し合わせたように最後の一言が重なり合った瞬間、二人は粘ついたような笑みを浮かべていた。
「一緒に行きませんか? これまでは、しょうがないことだったんです」
「そうでしょうか」
「そうですよ」
体を離し、渚が改めて手を差し出す。差し伸べる。
お互いに『群れ』を見つけたことの、確認のようなものだった。
「私には分かりません」
「分かってくれる人を見つければいいんです。わたしは、しょうがないことだったと思います」
本心から渚はそう思っていた。
思わなければいけなかった。今の悲惨が、全て己自身が原因で引き起こされた因果応報などとは間違っても思いたくなかった。
自分が無意味であるまま死んでしまうことだけは耐えられなかった。それが忍耐を重ねる人生ばかりだった渚の聖域だったのだ。
「……能美、クドリャフカです。よろしくお願いします」
592
:
◆Ok1sMSayUQ
:2013/02/02(土) 20:55:37 ID:VIv/OSvE0
【時間:1日目 20:30】
【場所:C-2】
能美クドリャフカ
【持ち物:CZ75(?/15)、不明支給品、水・食料一日分】
【状況:赦してくれる人を渚と探す】
古河渚
【持ち物:S&W M36 "チーフス スペシャル"(?/5)、.38Spl弾×?、ステアーTMP スコープサプレッサー付き(32/32)、予備弾層(9mm)×7、水・食料二日分】
【状況:ここにいてもいいと言う人を探してクドと歩く】
593
:
◆Ok1sMSayUQ
:2013/02/02(土) 20:56:00 ID:VIv/OSvE0
投下終了です。
タイトルは『くずれるせかい』です
594
:
名無しさんだよもん
:2013/03/24(日) 21:07:52 ID:dRDDR5hM0
投下乙
595
:
ヒビ割れエクソダス
◆5ddd1Yaifw
:2013/04/26(金) 23:45:58 ID:U.QkpsE.0
――――最期まで、生きてみせろ。
「……」
「…………短時間で、こんなに」
無機質な男の声がどこからともなく流れ出してから数分後。
翼の男が告げた真実は、二人の胸を貫いた。
これは夢じゃない、現実だ。呼ばれた犠牲者の数が、物語っている。
今まで誰とも出会わなかった為に、イマイチ殺し合いを信じきれなかった二人を、無理矢理に現実へと引きずり込む。
死んでいる、今もどこかで誰かが死んでいるかもしれない。
数時間前の微笑ましいやり取りが、どこか遠くの事のように感じられた。
「知り合い、呼ばれたの?」
「ええ……絶対に死にそうにない馬鹿な人でしたのに。正直、信じられませんわ」
佐々美は顔を青ざめながら必死に身体の震えを押さえつける。
それは、弱みを見られたくないが為の意地か、自分が殺されるかもしれない恐怖か。
女の子の気持ちなんてわからない鷹文には想像もつかないが。
(まぁ、僕の方は無傷。万が一って覚悟は無駄になった訳だけど)
放送の中では彼の知る人名は呼ばれなかった。
最も、100を超える参加者の中で知り合いは一割にも満たないのだ、死ぬ確率が低いのは当然といえるのか。
どちらにしろ、運が良かった。姉も、その恋人も、元彼女も。
全員がこの島で生きている。それは、鷹文にとっても喜ばしいことだ。
(うん、ラッキーラッキーってことで。それに、一番死にやすいのって絶対僕だよね。心配するだけ無駄かもね。
他の皆、腕っ節強いし。ねぇちゃんとかヤバイもんね、勝てる確率ゼロパーセントだよ)
中学時代の姉はまさしく最強だった。
誰も顧みず、ただ喧嘩に全てを委ねた化物だった。
化物は言い過ぎかもしれないが、当時の鷹文にとっては化物以外の何者でもない。
一人で男性複数を余裕で蹴散らしていた姉は、この島でもその力を発揮しているかもしれない。
(……思い詰めてないといいけどね。ねぇちゃん、正義感強いし。目の前で救えなくてヤケになる可能性も否定出来ないよね)
姉である智代は、外面は至って冷静で頼りになる姉御タイプではあるが内面は違う。
自分が死にかけた時、姉は泣いていた。
この世の絶望ありったけを詰めたかのようなぐしゃぐしゃの表情を浮かべて。
596
:
ヒビ割れエクソダス
◆5ddd1Yaifw
:2013/04/26(金) 23:46:46 ID:U.QkpsE.0
(うーん、前言撤回。やっぱ、心配だよ)
そんな風に、姉は弱いのだ。
自分みたいにドライではない、情に生きる女性であるから。
できるだけ、早く合流して安心させないと、と鷹文は心の中で誓う。
(まっ、僕は大丈夫だからいいんだけど。それよりも、今は――)
横でフラフラになっている佐々美をどうにか立ち直らせないといけない。
今にも倒れそうな、ワンパン一発でKO、格ゲーで言う赤ゲージというやつだ。
鷹文としても、いつまでも滅入った空気はごめんなので声をかけることを考えたが。
(どうやって慰めるべきなのかなぁ……下手なこといって怒らせたら最悪だしなぁ。
バッドコミュニケーションは勘弁して欲しいよ)
鷹文はうんうんと頭を悩ませるながらも、気の利いた言葉を必死に捻り出す。
ギャルゲーみたいに選択肢が出れば楽なのに、とは口が裂けても言えない。
現実は二次元とは違って厳しいのだ。一つのミスで取り返しがつかないことになってしまう。
「えっと」
「……ご迷惑をおかけ致しました。申し訳ありませんわ」
「あ、はい。大丈夫……?」
「正直、まだ落ち着けてはいませんけれど。
今は泣く時ではありませんわ。しかるべき時に、悲しんで。ちゃんとしたお線香も上げますわ」
鷹文がナイスでウイットに富んだ慰め方を考えている内に佐々美は立ち直ってしまった。
よかったのか、よくないのか。いやいやいいに決まってる。
正直、女の子の扱いなんて慣れていないから助かった。
無論、何かあったら支えるつもりではあったが。
(でも、今でこそ僕達は無事だけど。次に放送で呼ばれるのは、僕達かもしれないんだよね?)
この六時間で鷹文達は他の参加者と出会えていない。
自分達と同じ殺し合いに異を唱える人達であったり、進んで殺し合ってる怖い人達だったり。
どちらの部類にせよ、鷹文達は早急に他の参加者と対話をすべきなのだ。
(呼ばれた名前がそれなりに多いってことは怖い人達もそれなり、かな?
どっちにしろ僕達に足りないのは情報だね。情報ゼロでどうにか抜け出せる程、あの翼の人も甘く無いだろうし)
つらつらと現状の打破を鷹文は考えるが、どうしてもふいに思ってしまうのだ。
もしも、脱出なんて不可能だとしたら?
自分たちがいる場所が袋小路の絶望に包まれているとしたら?
597
:
ヒビ割れエクソダス
◆5ddd1Yaifw
:2013/04/26(金) 23:47:50 ID:U.QkpsE.0
(その時、僕達はどうするんだろうね……? やっぱ、殺し合っちゃったりするんだろうか?
内部分裂嫌だなぁ。外も内も気にするってすっごく大変だし)
考えたくもないが、佐々美が気が狂って自分に襲いかかってくる可能性だって否定出来ないのだ。
加えて、ここから逃げる方法すら定かではない。
船に乗って逃げるのか? それとも飛行機か?
わからない、何もかもがわからない。
加えて、不確かな情報だけで物事を進めることなんてできない。
(もう八方塞がりなんだよねぇ。諦める気はないけどさ、すっごく大変。
首に巻かれてるコレもあるし)
そして、この島から脱出する前に外さなくてはならない首輪。
これがあるおかげで自分達は常に命を握られている。
考えれば考える程、詰んでいるとしか思えないくらいに、自分達は追い詰められているのだ。
「……ないない尽くしでもうお終いってね」
「何か言いまして?」
「いや、何でもないよ」
嘘だ。何でもなくなんかない。
佐々美はきっと知らないのだ。自分達が置かれている現状がどうしようもないぐらいに、危機的なものだということに。
逃げ道すら封じられた今、この世界はまるで檻のようで。
(僕達は、誰も生きて帰れないんじゃないか?)
――――僕達は、逃げられない。
【時間:1日目午後18時20分ごろ】
【場所:F-2】
坂上鷹文
【持ち物:こども銀行券の入った財布&プラスチックのコイン、包丁、シャベル、金属バッド、コンビニの食料品、水・食料一日分】
【状況:健康】
笹瀬川佐々美
【持ち物:猫(志麻)、水・食料一日分】
【状況:健康】
598
:
ヒビ割れエクソダス
◆5ddd1Yaifw
:2013/04/26(金) 23:48:11 ID:U.QkpsE.0
投下終了です
599
:
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:33:03 ID:uEQroVbk0
ゲリラ投下します。
ドリィ、河野はるみで。
600
:
心を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:33:54 ID:uEQroVbk0
恐らくそれは、降って湧いた機会であると同時に覚悟を迫る最後通知であるに違いなかった。
見知った顔が空を飛んでいる。いや正確にはふわふわと浮いていると説明することが正しかったのだが、
『彼女』をよく知っている彼からすれば飛んでいる以外の何物でもないのだから、飛んでいるのだった。
「……」
その隣では、彼と行動を共にする少女がぽかんと口を開けていた。間違いなく、彼女にとっては理外の沙汰に違いなかった。
『彼女』をよく知る彼であるからこそ、あの行動は『彼女』らしくはあり、しかし馬鹿げている行動であり、
直後会場に響き渡った声と共に、彼に決断を促す材料になった。
息を吐いて、彼は当て所もなく動かしていただけの足を、はっきりとした意思を伴う形にして動かした。
行かなくてはならない、と思ったからだ。
601
:
心を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:34:21 ID:uEQroVbk0
「……あ、えっと、あっちに、行くの……?」
未だに困惑冷めやらぬ様子の彼女――、はるみと名乗った少女に、彼は――、ドリィは、うんと頷いた。
「なんか浮いてたんだけど」
「偵察のつもりだろうね。僕からしてみれば迂闊だ」
弓さえあれば。この遠距離からでも間違いなく、抱えていたもう一人ごと撃ち貫くことができただろう。
仲間にそれができるかどうかはともかくとして……。付け加えようとして、打ち消す。仲間ではない、敵だ。
胸中がざわめいているのは、きっと目が良すぎて『彼女』の、カミュの表情までがはっきりと見えてしまったからに違いなかった。
いつものように暢気な表情をしてきょろきょろと周囲を見回す彼女は、きっと自分達トゥスクルの人達を探しているであろうというのは、ドリィにはすぐ分かった。
こういう時ばかりは射手に必要な視力の高さが鬱陶しいとドリィは思う。視力がなければ射手は務まらないとはいえ、殺す相手の表情がくっきりと見えるというのは気分の良いものではない。
弓は殺す感触が薄いから、尚更だ。もっとも、今はその弓も手元にないのだからどうあっても近づいて殺さなくてはならないが……。
腰に差している厚い刃を持つ短刀の感触を確かめるように撫でて、ドリィは今度こそやる、と言い聞かせる。
既に三人。アルルゥ、ウルトリィ、そして自身の仕える主君たるオボロの妹君たるユズハが命を落としたらしい。
特にユズハの死については、若様がさぞ心を痛めておられるだろうとドリィは思った。或いは血気盛んな主君のことだ、既に仇討ちのために動き始めている可能性は高い。
時間に猶予は、無い。
「そうじゃなくて」
気にするべきところはそこではないだろう、とでも言いたげに、はるみはぶんぶんと手を振った。
「飛んでるんだよ、人が!」
「……翼があるんだから、飛ぶと思うんだけど」
「人に翼はないでしょ!」
「だってそういう種族だし……」
はるみは頭を抱えた。どうやら自分が気にしていないところが、はるみにとってはえらく不思議な事態であるということに、ドリィはようやく気がついた。
しかし説明しているような時間はなく、ドリィは目的だけを簡潔に告げることにした。
602
:
心を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:35:01 ID:uEQroVbk0
「僕はあの子を殺しに行く」
やれるのか? 即座に湧き出たその疑問を、肚の底に押し留める。他人は殺せても仲間は殺せないというのでは、自分は何のために半身を切り捨てたのか。
生まれた意味を果たせずに死ぬ。捨て子として生まれ、命を長らえさせるためだけに生きてきたドリィにとって、戦士ですら在れないということは、死ぬよりも恥辱だ。
「……邪魔をするなら君も殺す」
そのことを思い出さなければならない。はるみに出会った時に投げかけられた言葉に、感傷に浸ってしまい、今の今までぬるま湯に浸ってきたが……それも、ここまでだった。
短刀に手をかけたドリィに、はるみは表情を強張らせた。だが、それも一時のことで――、次に彼女は、こう言い放った。
「『今』、殺さないんだ」
それは己の弓よりも正確に、ドリィを射抜いた。
「あそこに見えた子は殺せて、私に今手をかけられない理由って何?」
「それは」
「本当はさ」
それは、の次の一句。咄嗟に浮かばなかった間隙を見逃さず、はるみは二の矢を放つ。
「キミは、優しいんじゃないの?」
違う、と返せなかった。そう、目の前にいるこの少女を、殺そうとしない理由は何だ?
当たり前のように見逃そうとしていた、その理由はどこにある?
「……だったら、どうだと言うんだ」
理由を探す前に、ドリィはまだ半人前ですらなかった頃の、修行を重ねていた時代に周囲からかけられていた嘲りの声を思い出すことにした。
優男。雑用でもしているのがお似合いだ。戦士になんかなれるわけがないという声に満ちていたあの頃の記憶を頭に充満させ、ドリィは感覚を凶暴に研ぎ澄ませていく。
短刀の取っ手に手を付ける。己の後ろに立つこの少女を、言葉次第で斬り殺す。なぜ今ではない、という疑問そのものを、かつての記憶で埋めることによって追い出した。
「止めはしない、けど。……つらいと思うよ」
短刀は。
「私も、迷ってるから。心と違うことをし続けると壊れるって、聞いたことがあるから。だから、そうした方がいいって分かってるのに、できない」
抜かなかった。
603
:
心を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:35:26 ID:uEQroVbk0
「ダーリンはきっと……、心のある私を、望んでると思うから……」
半身よりも大切だと語ったはるみの姿が思い出され、ドリィはようやく、彼女に手をかけなかった理由を思い浮かべることができた。
何の事はない。多分彼女は、グラァとよく似ているのだ。だから、今、手にかけられなかった。
「じゃあ君は、心を失くさない道を進めばいい。……僕は、失くしてでも」
生まれた意味を果たさなければならない。いや、違うのだろう。全てを失くしてでも、若様のための戦士でありたいという、挟持という名の、心を守りたいのだろうとドリィは思った。
「守りたいの?」
「うん」
「自分が壊れてしまっても?」
「うん」
「それで、大好きな人に嫌われても?」
「うん」
きっとそれは、自分に対する疑問以上の言葉であるはずで。
だから、ドリィは最後に振り向いて、己の挟持の中身を明かした。
「命を捧げることは、僕の中だと、たぶん、心より尊いんだと思うから」
はるみは泣きそうな、迷子になった稚児のような、途方に暮れた顔をしていたが――、ドリィの言葉を聞いて、目を見開いて、「心より尊いもの……」と呟いた。
頷く。この感覚は、女子に分かることだろうか。考えても詮無いことだと思い、ドリィは踵を返してそのまま立ち去るつもりだった。
「待って」
自分に続いて地面を踏み鳴らす音。
ドリィはもう一度だけ、足を止めた。
「私も一緒に行く」
「止めはしない、けど。つらいよ」
「……心より尊いもの。私にも、見つかったから」
はるみが隣に並んだ。改めて分かったことだが、彼女はドリィよりも少し背が高かった。
自然と見上げる形になる。垣間見えた彼女の表情は……、稚児のような様子など、どこにもなかった。
本当に、彼女は、それを見つけたらしいと確信して、ドリィは少しだけ意外な気分になった。
「行こうか」
「うん」
意識してそうしているわけでもないのに、歩調は全く、はるみと同じだった。
604
:
心を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:35:44 ID:uEQroVbk0
【時間:1日目18:00ごろ】
【場所:D-6】
河野はるみ
【持ち物:トンプソンM1928A1(故障の可能性あり)、予備弾倉x3、水・食料一日分】
【状況:右腹部中破。ドリィに同行して人を殺す】
ドリィ
【持ち物:イーグルナイフ、水・食料一日分】
【状況:健康。17:30ごろC-5上空に見えたカミュともう一人を殺しに行く】
605
:
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:37:58 ID:uEQroVbk0
もう一つゲリラ投下します。
グラァ、山田ミチルで。
606
:
命を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:38:28 ID:uEQroVbk0
恐らくそれは、降って湧いた機会であると同時に覚悟を迫る最後通知であるに違いなかった。
見知った顔が空を飛んでいる。いや正確にはふわふわと浮いていると説明することが正しかったのだが、
『彼女』をよく知っている彼からすれば飛んでいる以外の何物でもないのだから、飛んでいるのだった。
「……」
その隣では、彼と行動を共にする少女がぽかんと口を開けていた。間違いなく、彼女にとっては理外の沙汰に違いなかった。
『彼女』をよく知る彼であるからこそ、あの行動は『彼女』らしくはあり、しかし馬鹿げている行動であり、
直後会場に響き渡った声と共に、彼に決断を促す材料になった。
息を吐いて、彼は当て所もなく動かしていただけの足を、はっきりとした意思を伴う形にして動かした。
行かなくてはならない、と思ったからだ。
607
:
命を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:38:51 ID:uEQroVbk0
「あれ」
「……うん、間違いない。カミュ様だ。らしいといえばらしいけど……危なっかしいな」
「そうでなくって」
グラァの苦笑に返ってきたのは呆れ声だった。偵察目的だろうとはいえ姿を発見されやすい上空に飛翔するのはいかがなものか……。
彼女も、ミチルもそう思っていたと考えていただけに、グラァは冷や水をかけられた気分になった。
「飛んでたんだけど」
「……そりゃまあ」
「いやおかしいから。人は空を飛ばない」
ミチルが腕を振り下ろす。手刀だった。幸いにしてそれほど痛くはなかった。
が、なんとなく叱られているような感覚ではあったため「ご、ごめん」と己に非があるわけでもないのにグラァは謝罪してしまっていた。
「説明。……と言いたいところだが……、あの人、知り合いか何かか」
「知り合いというか……護衛対象?」
言ってから、いや濁す必要などないだろうという己の声が聞こえてきたのだが、普段のカミュの姿を幾度と無く目撃しているだけに自信は持てなかった。
肩書を思い出す。オンカミヤムカイの第二皇女。紛れも無くやんごとなき血筋のお方である。しかしその実態は……。
「……護衛対象?」
「なんで二度言った」
再び手刀を振り下ろされた。幸いにしてそれほど痛くはなかった。
「とにかく、僕た……僕が守らなきゃいけない人達の一人だよ」
「……ふーん」
見ていた限りでは、カミュは誰かを抱えて飛んでいたように見えたが、そちらについてはグラァの知るところではない。
パッと観察した限りでは、女性のように見えた。カミュは人懐っこい性格であり、誰とでも仲良くなれそうなので意気投合したのかもしれない。
そこまで考え、今は戦の最中だよな、とその状況に疑問が浮かんだのだが、説得したのだと思うことにした。
「お前ってSPか何かなのか?」
「……えすぴー?」
「ガードマン」
「がー……?」
聞き慣れない単語の連続に首を傾げると、ミチルは難しい顔になってこめかみに指を当てた。ミチルの國では護衛役をそう言うのだろうか。
えすぴー。がーどまん。どちらかを選べと言われたら言葉の響き的に考えてがーどまんの方がまだ良さそうに思えた。
608
:
命を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:39:10 ID:uEQroVbk0
「軍人」
「……大枠だとそうなるかなあ」
その枠に当てはめるなら、オボロ軍団の弓術隊隊長……という事になるのだろうか。グラァにその自覚は薄かったため、やはり自分では護衛というのがしっくりくる。
弓と言えば、弓が手元にあれば良かったのにと今更ながらに思う。弓があれば、対応して矢を上空に打ち放ち、合図のようにすることもできたはずだった。
弓と矢の調達は優先すべきかもしれない、と頭に入れたところで、とりあえずの納得を得たらしいミチルの目と目が合う。
信じられない……。と訝るような目だった。侮られているとは思わなかったが、体格が小さめなのでそう見られるのは仕方のないことではあった。
実際、上背だけ考えてもグラァは僅かにミチルよりも低い。
「これでも実戦経験は豊富に積んでるつもりだから」
「実戦……」
だが、これでもグラァはトゥスクルの中でも最古参のうちの一人にあたる。弓を用いての中距離支援が主な任務だとはいえ、
嵐のように矢が飛び交う戦場では流れ矢に当たって戦死というのも少なくない。戦いの中で、弓を使えず近距離戦闘をしたこともある。
戦場では安全な距離など存在しない。剣を交える距離で、矢が降る距離で、それでもグラァは生き延びてきた。その実績と実力は、多少は結びついているはずだった。
「人を殺したことが?」
「あるよ。周りはいつも戦だらけだったし」
「……当たり前のように言う」
そのつもりで言ったのだが、多少なりとも怯えた雰囲気がそこにあれば、期待していた答えではなかったらしい。逆を言えば、ミチルは戦のない國で生きているということなのだろう。
戦が起こらず、人を殺めなくてもよい國。それはトゥスクルの皇ハクオロが目指している理想であり、グラァには不可知の領域であり、
違うのだな、という感想に行き着くだけだった。
羨望も、嫉妬もなかった。言葉通り生きている場所が違う。トゥスクルでさえ、非戦闘員であっても戦に巻き込まれる例に暇がない。
略奪の横行、家を失くした民が野盗になる。その手の話は吐いて捨てるほどどこにでも転がっていて、グラァ自身もそうした環境の中から生まれてきた。
それが当たり前だったから、ない、というものを想像もできなかったのだった。
「じゃあ、グラァの守りたい人が誰かに襲われたら……やっぱりその誰かを殺すか?」
「それは、そうすると思う」
「……敵だからか?」
敵。これ以上ない程に分かりやすく示された単語に、しかしグラァはすぐ頷けなかった。
その一語を飲み込んでしまえば、敵だと見做したもの全てを殺してもいいのだという考えが働きそうな気がしたからだった。
最初に出会った己の半身にも等しい存在が、「若様以外の全ては必要ない」と見做していたように……。
ではどう答えればいいのか。戦だから? それではドリィと同じだ。そうではないはずだ。
ドリィと対峙することを決めたとき、ドリィの考えは分かっていながら首肯しなかったのは、敵だから、戦だからであるということを超えたなにかがあったからだ。
それを口にしようとして――、遮られた。
『これから、この放送までに命を落とした者達を告げる』
* * *
609
:
命を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:39:31 ID:uEQroVbk0
内容を信じるなら、それは最悪の一言に尽きた。
先ほど目撃したカミュの姉――オンカミヤムカイの第一皇女たるウルトリィ、トゥスクル皇ハクオロの実質的な親族に近いアルルゥ、
……そしてグラァの主であるオボロの、その妹君であるユズハが命を落としたらしい。よりにもよって、としか言い様がない。
いずれも戦闘能力が低く、戦ともなれば真っ先に命を落としかねない人物ばかりで、誰かが護衛についていなければこうなるだろうという予感はあった。
直接的な責任はないとはいえ、守るべき対象を見つけられないままこの時を迎えてしまったことは、グラァには痛恨事であった。
まずいのは、今の通達で影響を受けるであろうカミュがどのような行動を起こすか予測できないことだ。
通達はなされたとはいえ、にわかには身内の死を信じたくないというのが人というもの。事の真意を確かめようと動きを早めることもあり得る。
そうなってしまえば合流はますます困難になる。今だからこそまとまって行動することが必要なはずなのに、離れられるとさらなる死を招きかねない。
合流しなければ――。そう考え、ミチルにも促そうとしたグラァだったのだが、変化は既に彼女にも起こっていた。
「うそ……よっち……このみ……?」
一目ではっきりと分かる、色をなくした表情。力なく垂れ下がる両腕。それはグラァにとって飽きるほどに見慣れた光景でもあった。
焼ける家。血を流し、倒れ伏したままの大人の側で、その子供がひたすら体を揺さぶっている。着の身着のままで、ガリガリに痩せ細った老女が定まらぬ足をふらふらさせている。
戦が起こる場所ではよく見かける光景だ。彼らは一様に、今のミチルのような表情をしているのだ。まるで禍の神がそうしたかのように皆精気を抜かれたようになる。
『親友なら、いるけど』
少し話したとき、ミチルがそう言っていたのをグラァは思い出す。呼ばれたのだ。よりにもよって、とグラァは二度目の感慨を抱いた。
付け加えなければならない。大切なものを失った人は、二種類に分かれる。目の前で起こったことを信じられず、泣き叫び、怒り狂い、目の前を否定しようとするもの。
もうひとつは、まさに眼前のミチルがそうなっているように、一切の気力を削がれて虚ろとなるもの。
……そして両者に共通するものもある。
それは、こうなるとしばらく人間としては使い物にならなくなることだ。
まともな判断、まともな行動、一切合切が期待できない。民草に関わらず、兵士の間でもよくあることだった。
グラァが経験則として覚えたことの一つに、こういうものがあった。
そうなってしまった奴は捨て置いた方がいい。構うと余計な傷を追うどころか、致命傷にだってなりかねない。
錯乱した奴の処置は自分が責任を負うところではないし、領分でもない。戦士の役割は敵を倒すことだ。だから、自分にはどうにもならないから捨て置く。
ただ戦い続けてきたグラァの、それは鉄則にも等しいはずの経験則のはずだった。
こうなってしまったからには仕方がない。連れて行く価値を失くした人の処置は自分の預かり知るところではない。
――では、それでは、敵とは何だ? 捨て置いて、誰を殺しに行く? 彼女は……誰が守ってくれる? 戦を知らない彼女を、誰が。
離れれば、ふたりだったものはひとりだ。誰も助けてなんかくれない。
「……しっかりしろ!」
グラァは、ミチルの肩を揺さぶった。刻がその間にも過ぎてゆく。彼女よりもよほど近しい人がすぐ近くにいて、探さなくてはならないのに。
それでもグラァは、ミチルを一人にすることができなかった。理屈では辿りつけない正体不明の感情に突き動かされて、グラァは正気を呼び戻すように怒鳴った。
優しい言葉なんて分からない。慰める術なんて分からない。ついこの間までただの戦士でしかなかったグラァは、感情に任せて動くことしかできなかった。
「このままでいいのか! このままだと、死ぬぞ! 何もできないまま!」
「あ……」
怯えた視線がグラァを射る。先程とは全く別種の、虚無の底でうずくまりたい彼女の意思がそこに見える。
見たくない。見させないで。憶測でしかないが、そういったものを含んでいた。
知った事か。吐き捨てて、グラァは耳を塞ごうとするミチルの両腕を掴んで言葉を続ける。
610
:
命を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:39:54 ID:uEQroVbk0
「目を閉じて耳を塞いだらそこまでだよ……!」
「そんなのは……っ!」
分かっている、とでも言いたげに掴む腕を振り解こうとしたが外れない。外さない。
細腕に似合わぬ相当な力に一瞬たじろぐ挙動を見せたミチルだが、雰囲気は変わらなかった。
むしろ、グラァを忌々しく思う感情が上乗せされたようで、下唇をぎりっと噛んで「分かるもんか」と震える声で抵抗する。
「人を殺すのを当たり前にしてきたお前に……しん……」
そこまで言い、後は言葉にできなかったミチルは、打って変わって途方に暮れたような表情となってうなだれた。
親友を失った私の気持ちが分かるもんか。類推するに、そういうことを言いたかったのだろうとは伝わる。
言い淀んだ理由までは分からなかったが、少なくとも発せなかったのは、彼女がやさしいからなのだろうとグラァは思った。
恨み事すら満足に吐けないやさしさ。きっとそれは彼女だけが持ちあわせているものではなく、彼女の國に住む人に基本的に備わっているものなのかもしれない。
「……僕は、敵を殺しに来たんじゃない。君を、ミチルのような人を守るためにここにいる」
「なにを……」
「『敵だから殺すのか』……。その答え。敵と見たら殺して、そうでなくても邪魔なら放置して、それじゃあいつと変わらない……」
ミチルと視線を合わせる。うなだれていたので腕を拘束しつつ見上げるようなおかしな格好になってしまっているが、この答えだけは正面から伝えなくてはならなかった。
命令ではなく、大義名分のもとにではなく、己自身で考え出した答えだった。
「僕は確かに、殺すことを何とも思ってないけど……。誰のために命を使うかは僕が決める。多分、これは、命令でも変えられない」
「……なんで、私なんだ」
「なんで……?」
「よっちもこのみもいなくなって、もうどうすればいいか分からない私に、何の価値があるんだ。私より大切な人だってグラァにはいるだろう……?」
それでも、私を守りたいって言うのか。途方に暮れたままの、親を失くした子狐のような瞳がグラァを見据える。
確かに、それはそうだ。ミチルは出会って間もない上、重ねられた恩の数で言えばオボロにも遠く及ばない。
グラァの知る価値観で言えば、ミチルの順位など下から数えたほうが早い位置でしかないのだろう。
611
:
命を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:40:10 ID:uEQroVbk0
「……でも、ゆっくりいこうって、言ってくれたから」
きっと一人のままであれば。やっぱりあの時言われたことは正しかったのではないかと思い、敵は誰なんだ、殺すべきは誰だと考えていたのかもしれない。
ミチルがそれを押し留めてくれた。ミチル自体に価値はなくとも、彼女はグラァの価値観を変える切っ掛けになった。
「無理は良くないって、言ってくれたから」
グラァがそう言うと、ミチルは目を見開き、やがて何かを悟ったような顔になって「酷いことを言う……」と呟いた。
「そんなことを言われれば……立ち上がるしかなくなる……」
殺し文句だ、と付け加えられた。グラァ自身にそこまで気障なことを言った覚えはなく、ミチルの声に戸惑うしかなかった。
「離して。もう平気……、それに、近い」
「あ、ああ……」
言われてみれば、両腕を拘束した挙句に息のかかる距離まで近づいて話していた事実に気付き、グラァは慌てて手を離して距離を取った。
もしかすると、状況があまりにも気障なのではなかったか? 思い返せばそんな気がしないでもなく、グラァは赤面する思いがこみ上げてくるのを感じた。
「……そっちが照れてるのはおかしい」
「い、いや……」
言葉に出来なかった。それを見て取ったミチルが、苦笑混じりではあるが表情を崩す。
色が戻った彼女に安心する思いが生まれないではなかったが、それ以上に落ち着かなければいけないのは自分だと言い聞かせ、
グラァは染まりかけた顔を二、三度叩いて仕切りなおすことにした。
「……本当にもう大丈夫? 僕についてこれる?」
「平気……。そっちこそ、私についてきていいのか?」
一瞬首を傾げたが、合点がいった。ミチルを守ると言ったのだから、形式的にはグラァがミチルについていくということなのだろう。
もちろん彼女だって本気でそう思っているわけではないだろうが、一歩先に進むための、それは儀式のようなものなのかもしれなかった。
「うん。僕が君を守る」
だから簡潔にそう言ったグラァだったが、あまりに真っ正直に言ったからなのか、ミチルは少し戸惑い、それでも嫌ではなさそうな微妙な表情になった。
慣れていないのかもしれない。
「……やっぱり、殺し文句だ」
ぼそりと、返事なのか独り言なのか分からない言葉が来るだけだった。
612
:
命を捧げる
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/14(土) 20:40:24 ID:uEQroVbk0
【時間:1日目午後18時00分ごろ】
【場所:C-6】
グラァ
【持ち物:ベナウィの鉤槍、水・食料一日分】
【状況:健康。守れる人を守る。17:30ごろC-5上空に見えたカミュともう一人に合流する】
山田ミチル
【持ち物:コルト ガバメント(9+1/9)、.38Super弾×54、水・食料一日分】
【状況:健康。グラァについていく】
613
:
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:35:29 ID:sxrvJTLI0
ゲリラ投下します。
ベナウィ、長谷部彩、九品仏大志、栗原透子で。
614
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:36:05 ID:sxrvJTLI0
戦はどこにだって転がっている。
それはベナウィという男が、物心ついてから初めて理解したことだった。
武人の家系に生まれたベナウィは、幼いうちから戦場に連れて行かれ、実戦を間近で見ながら育ってきた。
武勲を上げて一族を繁栄させてきた家の、一種の習わしのようなものだった。
戦術、戦略を書から学ぶ一方、時には兵に混じって実戦経験を積み、名実ともに大将となっていく。
なぜ、どのようにして戦が起こるのかを考える時間はなかった。いや、当たり前のように戦が起こりすぎていて疑問に思う余地もなかった。
あることが当然であり、考えるべきはどのようにして敵を倒すか、我軍の損害を減らすか。効率的に殺していくことが功績に直結していた。
まだトゥスクルという國がケナシコウルペという名前であったころの、ベナウィという男はそれが全てだった。
* * *
615
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:36:26 ID:sxrvJTLI0
「……尋ねたいことがあります」
「……はい?」
無言の時間をしばらく続けたかと思えば、藪から棒にというように口を開いたベナウィに、隣を歩く少女、長谷部彩は少し当惑したような顔になっていた。
彼女が泣きはらしてから、落ち着く時間を取って、また人探しのために歩く。それまで必要なことしか聞いてこなかったのだから当然の反応だと言えたが、
ベナウィ自身、なぜこの時に、という気持ちがないではなかった。それでも質問の口を開かせたのは、昔、家族に連れられて歩く時間があったことを思い出したからか。
「貴女の國には、戦はないのですか」
「……ない……ですが」
質問の意図が分からないというより、なぜ今、という語尾の濁し方だった。
そう思うのも当然だったが、まさか自分の後ろをついてくる彩に幼年の日の己が重なったとも言えず、
ベナウィは「貴女も私に國のことを聞いた」と返した。「私も気になったからです」と重ねると、ようやく彩は納得したというように、夜明かりに僅かに浮かんだ影が動いた。
「……平和だと思います。最後に戦争が起こったのが60年ほど昔で」
「そんなに……」
流石に舌を巻く。それだけの期間戦がないというのは相当に政治手腕が優れているか、他を寄せ付けない軍備があるということなのだろう。
市井の民であると思われる彩でさえ高い教養を備えている様子がある以上、國民の教育も行き届いており、かつ内容も充実しているということなのだろう。
ハクオロ皇が常にから語る國のあり方。彩という少女は、それを体現しているかのように思えた。
だが、ベナウィが聞きたかったことはこれではない。
「では、國を守る軍はどのようになっていますか。やはり強大な武力があって、それが抑止力になっている?」
「軍隊は……、ええと、厳密に説明するとあまりに時間がかかってしまいます……から、要点だけ言うと、
あるにはありますし技術力という点でも世界に比肩するものですが、核のような絶対的な抑止力というものではなく、あくまで通常兵器に収まっている形で……あ」
こめかみを摘んでいるベナウィを見て、これでも難しい内容を喋りすぎたと思ったのか、彩は済まなさそうに身を縮こませた。
気にしていないという風に手を振ると、彩はふるふると首を振った。
「……つまり、軍はあるにはあるが、突出したものではないと?」
こくこく、と。理解できる言葉をつまんで要約してみたのだが、合っていたらしくベナウィは息を吐く。
ならば外交手腕が優れているのだろうが、それにしても気になる点が多い。カク、というもっと上位の武力がありながらそれは手にしておらず、
口ぶりからして軍備は最小限に抑えているかのようにさえ感じられる。まるで国力はあるのに軍備の縮小をしなければならないといった風だ。
「では、武勲はどうやって立てているのでしょうか」
「……というと?」
「戦もなく、武人が繁栄できるわけがない。であれば何か他の手段で武勲を立てているものかと……」
「……それは、分かりませんが」
616
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:36:47 ID:sxrvJTLI0
そこで彩は一旦口を閉じた。或いは、そのまま黙っていようと思ったのかもしれない。口を開きかけては閉じる動作を何度か繰り返して、
それでも、というように。
「戦いがなければ繁栄できないというのは……悲しいように思います」
恐らくは、口にしてしまえば自分達の間に変化を起こしてしまうだろうとは分かっていたはずだった。
逡巡していたのはその証に他ならない。
侮辱しているわけではないとは分かっていた。
己の考えを口に出しただけだということも。
「貴女は、残酷なことを言う」
しかしベナウィもまた、これを口にしないわけにはいかなかった。
血を流して家を育ませることを信条としてきたベナウィにとって、紛れも無く彩の言葉は痛恨だった。
彩の住む世界ではそのような生き方は認められたものではないと知って、鉄面皮は貫けなかった。
「そのようにしか生きられない者もいるというのに」
言わなくても済むことを口に出してしまう。トゥスクルでさえやってこなかったことだ。
何故だ? 肚の底から沸き上がる正体不明の感情が止まらず、その事実にベナウィは困惑していた。
彼女とは生きている世界が違うと、最初の邂逅で理解していたはずではなかったか。価値観が違うと納得したはずではなかったか。
その上で付き合い方を考えると、そのように決めたはずではなかったか?
なのに自分は……識ろうとしている。近づこうとしている。それが己を焼き焦がすと知っていながら……。
「……生き方はひとつじゃない……はずです」
自身を灼く炎から離れるには、消してしまえばいい。最後の理性を働かせ、鉄面皮を取り戻そうと放った言葉の槍は、しかし容易く受け止められた。
押しこめばそのまま萎んでしまうだろうとばかり思っていた彼女は――、想像していたよりもも遥かに強い力を以って反発してきた。
ベナウィはさらに何かを言葉にしようとしたが思いつかず、思いつこうと考えていること自体が不毛な行為だと悟る。
やめよう、と思った。何を言っても無駄だからと思ったのではなく、好きにさせようと思ったのだ。
言葉を口にすることが一種の刃となり、傷つけかねないということを承知の上で彩は紡いだ。
武器を取っていなければ生きる術を知らぬ自分に。恐らくは彩自身も、それが己の身を焼き焦がすと分かっていて、だ。
まったく、厄介なものに出会ってしまった。
本心からそう思ったものの、嫌悪感を覚えていない自分もどうかしているという気持ちもあり、強引にでも締めくくってこの時間を終わらせようかと思案した矢先、
突如として目の前が、弾けた。
「ハーッハッハッハ! そこの実に愉快な格好をした、喩えるならばMr.ブシドー! 貴様には実に興味をそそられるぞ!」
強引に締めくくられた。
* * *
617
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:37:14 ID:sxrvJTLI0
「くくく九品仏さぁ〜ん! やめましょうよぉこんなの!」
「何を言うか栗原女史! こんなものがあればこう使わないわけにはいくまい!」
「で、でも危険ですってぇ! ほら今の人、目が、目が! ひぃ!」
「慌てるな愚か者! 探照灯に照らされて目を細めているだけだ! 状況は我軍有利!」
……端的に言うと、屋根の上からベナウィがサーチライトで照らされているのだ。
本当に唐突なタイミングだった。そのようにしか生きられないと言われ、身体の奥底が跳ね上がったかと思えば自分でも想像できないような台詞を言って、
自分自身どうしよう、と軽くパニック状態になりかけていたところに降って湧いた闖入者。それがサーチライトと共に一戸建ての民家の屋根上に陣取る二人組だった。
逆光のせいで彼らの姿は全く分からないし、咄嗟に盾となっているベナウィが前に出させてくれないせいで状況がどうなっているのかも分からなかった。
が、会話を聞く限りでは片方は全く知らされていなかったようで泣きそうな声でもう片方を諌めて……諌めていると彩は思うことにした。
「ああぁこんななら支給品の中身なんて見せなければ良かったよぉ……」
「役に立っているではないか。夜分にはまさにうってつけの代物! これを授かった栗原女史は夜の女王!」
「何ですかそれぇ!?」
……そして件の二人組は、自分達を全く無視して喋っている。
「アヤ、怪我はありませんか」
「え、あ……はい」
先ほどの微妙な空気をまるで感じさせない風に、ベナウィは彩を守ってくれていた。
半分以上は本能というか、身体が動くに任せてやったことであるのだろうし、案じてくれているということに驚嘆を覚えるくらいだったのだが、
実際のところはサーチライトで照らされているだけなので真面目に心配されると申し訳ない気分になってしまう。
「この光の術、直接害を与えるわけではないようですが……」
「えっと」
「光量が強すぎて敵の正体が掴めません。一先ず射線から離れるのが先かと」
「あの」
「敵の狙いが分からない以上、ここに留まるのは危険です。私が隙を作りますからその間に撤退します」
「……はい」
あまりにシリアスな声で言うので、彩は思わずそう言ってしまった。
618
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:37:39 ID:sxrvJTLI0
「あーあー! 聞こえているかそこの二人組! 我輩は九品仏大志である!」
「……私はトゥスクルが侍大将、ベナウィである。わざわざ名乗るとは自信家のようですね」
「ほほう! 侍大将! なるほど面白い、その格好は伊達ではないというわけだな?」
「試してみますか?」
「いいや結構」
ベナウィが曲がりくねった刀身の剣――確かフランベルジェと言うのだったか――を構えかけようとしたのを見て取ったのか、
最初よりは幾分か落ち着いた声が返され、サーチライトは消えた。何となく彩はホッとしてしまう。
必要以上に警戒するベナウィを見ることがなくなったからかもしれない。
「何故攻撃を止める?」
「貴様が仕掛けてくる気配がなかったからだ。必要がなければ攻めない相手とは交渉の余地がある」
逆光がなくなったからか、徐々に話している相手の姿が見えてくる。それでも夜の闇に紛れてはっきりとは分からないものの、
一人はスーツスタイルの男に、もう一人はセーラー服を着た女だと知れ、彩はほんの少し安堵する思いがあった。
ベナウィがまともでないというわけではないが、ここにやってきてから初めてまともな……。
彩は無言で首を振った。これがまともであると認識してしまえば何かが狂ってしまう気がしたからだった。
「さ、最初から話し合いする気があるならそうしましょうよぉ……」
「馬鹿者。暢気に話しかけてそいつがはいそうですか話をしましょうと言ってくる保証があるか。現に栗原女史も見ているのだろうが」
「それは……」
女の方が項垂れるような格好になった。元々男の方の服の裾を必死に掴んで屋根から落ちないようにしていたらしく、
傍目から見ると情けない姿であったが、彩の立場も似たようなものだったし、むしろこの男に振り回されているのであろう境遇に大変そうだ、とすら思っていた。
「なるほど。先ほどの光の術は様子見だったと」
「然り。目眩ましにもなるしな。いざとなれば消して闇に紛れ逃げれば良いと判断したまでだ。もっとも、我輩の辞書に敗北の文字はないがな!」
そして男は高笑い。こんな声を出していれば他の誰かに気付かれそうなものだった。
ベナウィもそれに気づいていないはずがなく、「……詰めの甘そうな男だ」と零していた。彩も同調してしまった。
「さて交渉の時間と行こうか。単刀直入に言おう。情報の交換……と言うほどではないが、各々の現状を確認し合う気はないかね?」
「そうする目的と、こちらに対する利を説明願いたいものですが」
「流石に慎重だな」
「油断や慢心は死を招きます」
フン、と鼻息を荒くした様子で、男は話を続ける。
「話をしようと言ってはいそうですねと乗ってくる保証がないように、たとえ殺し合いをして最後の一人になったところで帰してくれる保証もない。
なればこそ我輩は取るべき道を探さなくてはならん。殺し合いをするべきか、脱出するべきか。
選択肢はどれほど存在するのかをな。ゆえに情報が欲しいのだよ、分かるか侍大将?」
「え……九品仏さん、まさか殺し合いをするのを考えて……だってさっきは世界征服って」
「おい! 真の目的を軽々しく話すな馬鹿者!」
619
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:38:03 ID:sxrvJTLI0
そして男は女の頬を引っ張り始めた。情けない調子で「ごめんなさい」と思しき声まで聞こえる。
ベナウィが神妙な顔をして彩の方を向いた。明らかに興醒めしたような様子だった。
「あの男は馬鹿かうつけ者か、判断に困るのですが」
「……お話は聞いてあげた方が……」
「あれと比較するのは失礼極まりない気がしますが、最初に出会えたのが貴女で良かった気がします」
彩がベナウィの立場でも間違いなくそう思っていたはずなので、彩は特に何も言うことが出来なかった。
「貴様の目的が何であろうと知ったことではありません。が、時間を浪費しているような余裕も無い。
話は聞きますが間違っても協力する気はないと思っていただきたい。よろしいか?」
「フン、構わんよ。こちらも無闇に同志を増やして大名行列するような趣味もない。純粋に情報交換をしたいだけだ。では場所を移すか」
「そうして貰いたいですね」
女の頬を引っ張る格好のまま返答が来る。女の方は仲間が増えないと知って若干表情に失望の色が灯っているような気がしたが、気のせいだろう。
そういえば、と彩は今更ながらに男の声はどこかで聞き覚えのあるような、という引っ掛かりを覚えていた。
* * *
620
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:38:20 ID:sxrvJTLI0
死んだ。木田君が。
意地悪で乱暴で……それでも私にとっては数少ない繋がりのひとつだった木田君が、死んでしまった。
それなのにさほどのショックもなく、「死んじゃったんだ……」の一言で済ませてしまったのはもう心が麻痺しているからなのかもしれない。
だって、始まって早々に私の見ているところで、楽しそうにお話してたのに殺して、そういう人がいて。
でもどこからともなく現れた、ドラマでしか見たことがなさそうな九品仏さんという人が現れて。世界征服をするなんて言い出して。
半分、夢の中の世界にいるような感じだったから木田君の名前が呼ばれても響かなかったのかもしれない。とってもたちの悪い夢ではあるけど。
九品仏さんはどうなのだろうと少し様子を伺ってみたりしたのだけど、特に顔色は変わることはなく……、ううん、石のように固かった。
世界征服だなんて言ってたから、人がたくさん死んだぞ、って喜んでるイメージがあったけど、それはとても失礼な想像だった。
頭のおかしい人だけど……、人、なんだな、って思った。
そんなよく分からない九品仏さんだからこそ、私は安心する気分が生まれていた。なんというか、生々しくないのだ。でもおかしくはない。
自分自身でさえ言葉にできるかどうか……ううん、きっとしーちゃんあたりなら上手にやってくれるんだろうけど、私には分からない。
分からないけど、九品仏さんには、もう少しついていっていいと思った。ついていくしかないじゃなくて。
しばらくすると、九品仏さんは「栗原女史の持ち物はどうか」と尋ねてきた。ふぇ、と返すと、「そろそろ動かなくてはな」と言った。
世界征服のためにな! と付け加えて。そして高笑い。やっぱりこの人はおかしいんじゃないかと少し思ったけど、私は何の含みもなく持ち物を出していた。
やっぱり、そうするしかないから、という気持ちはなかった。自然にそうしていたのだった。
出てきたものはサーチライト。手に収まるほどの携帯小型サイズで、試しにつけてみるとすごく眩しく輝いた。
これならそんな暗闇だって照らせるだろう。明かりのない場所でも大丈夫かな、となんとなくそんなことを思っていると、
でかしたぞ、栗原女史と九品仏さんが褒めてくれた。偶然とはいえ、これを持っていたことでまた少しの間見捨てられなくて済む。ホッとした。
そう思っていたところで、九品仏さんがニイッ、と悪役のような笑みを浮かべた。
見捨てられなくて済むけど、とんでもない泥沼に足を踏み入れてしまったんじゃないか、という確信があった。
実際、とんでもない泥沼だった。
やっとまともそうな人達と出会えたと思ったのに「間違っても協力する気はない」と正面切って言われてしまった。
頭のおかしい集団だと思われたのだろう。私もそう思うよ。
見捨てられたくない……はずなのに、見捨てられたいというか、もうなんというか、助けてよぉ……しーちゃん……。
九品仏さんに散々弄られたほっぺをさすりながら、私はまだ生きている友達の名前を呼んだ。
621
:
遭遇は光の中で
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/21(土) 17:38:40 ID:sxrvJTLI0
【時間:一日目 午後7時30分ごろ】
【場所:F-1】
ベナウィ
【持ち物:フランベルジェ、水・食料一日分】
【状況:健康 彩と共に行動】
長谷部彩
【持ち物:藤巻のドス、救急セット、水・食料一日分】
【状況:健康、ベナウィと共に行動】
九品仏大志
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:健康】
栗原透子
【持ち物:サーチライト、水・食料一日分】
【状況:軽い恐慌】
4人の簡単まとめ:
場所を移してそれぞれ情報交換をする。
それぞれ話はするが一緒に行動するつもりはない。
622
:
戦斗、夜叉と合間見ゆ
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/27(金) 23:41:06 ID:ISb2WrHg0
簡単に言えば、そう。思うところがあったからだ。
「んじゃまあ、ここでお別れだ」
しばらく時間が経過し、千堂和樹がようやく落ち着いたころを見計らって、クロウはそう切り出した。
唐突な別れを告げられ、和樹は、いや、彼が連れている二人の少女共々不意を突かれたような驚愕の表情を見せる。
「ちょ、ちょっと待てよ。どういうことだ」
「どうもこうもねえな。俺が動くには邪魔ってとこだ」
「なに……!?」
邪魔、の一語を聞き取った瞬間、和樹の声色が怒りとも悔しさとも取れる、感情を大きくした声で聞き返す。
河南子は予想済み、先刻承知といった色を崩さず、しかし呆れたような冷ややかな目を寄越す。もっと言い方ってもんがあるでしょ。
言葉にするとそんなところだろうが、生憎クロウという男は言葉を選んで喋れるような繊細さは持ち合わせていない。そのようにしか生きられない男だった。
「まず俺には探してるヤツがいるが、そいつはかなりの手練れでな。あんたらを連れて追跡できる余裕がねえ」
「……待てよ、それは」
「二つ。とりあえず何か言うのは全部聞いてからにしてくれ。そいつは既に一人殺ってる。そこの直情女はともかくあんちゃんが連れてる女の子二人は弱い。
悪いが襲われた場合、まず間違いなく殺られるな。正面切って挑まれるならともかく今のヤツは手段を選んでいない」
「ヘイおっちゃん、直情女って誰のことかな」
「三つ。そもそもの話、俺は誰かを保護しようなんて気はサラサラねぇんだ。情報が欲しかっただけだしな。俺の仕事は――」
「ヲフ」
「……ひ、人殺しだ」
シャベルという、地面を掘る道具(河南子に教えてもらった)の切っ先を和樹に向け、脅すつもりで言おうとしたのだが、
決めようとした瞬間を見計らったかのように犬が足元に擦り寄ってきたものだから気勢を削がれた。
犬はまあ落ち着けよとでも言うようにクロウの足に頬ずりしている。「おっちゃんカッコ悪い」河南子の野次が聞こえたと同時、場に失笑が起こった。
てめぇのせいだぞこん畜生。憎々しげに犬を睨んだクロウだったが、犬は舌を出して平和そうな顔を向けるだけだった。
「おっちゃんカッコつけて嘘つかなくていいっしょ」
「本気だよ本気! 後何度言わせんだ! オッチャンじゃねえ!」
「まーまー。後はあたしが代弁したげるから」
まさか犬をけしかけたのはてめぇじゃねえだろうな。そんな風にクロウが思っていると、河南子がニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
こいつ……。直情性悪女だと印象を新たにして、「勝手にしろ」とクロウは憤懣やるたない様子を隠しもせず腕を組んだ。
食って掛かろうとしていた和樹も気勢を削がれており、西園美魚と姫百合珊瑚の二人に至っては口元を隠しつつもくすくすと笑っている。
こうするのも河南子の狙いだったと思うと癪な気分になるので、舌打ちだけはしておく。
「おっちゃんの言ってることは嘘じゃないよ。ああいやおっちゃんが探してるヤツが人殺してるってとこね。少なくともそいつは止めなきゃなんだけど、
言い方から察するにおっちゃんと同じくらい強いらしーんだよね。君ら、あの筋肉ムキムキマンに勝てると思う?」
いや、と和樹たちは素直に首を振った。
「だから、おっちゃんは身体張って君らを守ろうとしてるってわけ」
「……それは」
「君らが強くなるまでの間ね」
和樹が何か言おうとしたのを遮って、河南子はそう続けた。それでいいだろ、と目で言われればクロウも納得せざるを得ず、好きにしろと手を振ってやった。
後々厄介事を抱えることが確約され、どうにでもなれという気分と、穏便に収まるのならいいかという気分がない交ぜとなり、溜息も出てしまったが。
一方の和樹は弱いのなら強くなれ、と当たり前の正論をぶつけられては納得しないわけにもいかず、「……分かった」と返事をする。
様々なものは含んでいるのだろうが、今はそれで収めておくといった和樹の態度に、クロウは意外という感想を抱いた。
「絶対強くなって、今度はあんたと対等に話せるようになってやる」
「……勇ましいね」
河南子の肩越しに和樹から言われても、クロウは無表情に返す。失笑はなかった。恐らく、きっと、正しい道を歩けばこの男は逞しくなるだろうという予感があるからだった。
こういう男を部下に持ちたいものだとしみじみと思ってしまう。しごきがいのある新兵というものはなかなか見つからないものであるからだ。
623
:
戦斗、夜叉と合間見ゆ
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/27(金) 23:41:33 ID:ISb2WrHg0
「そんじゃま、話はついたってことにしとくぜ」
そのまま話を続けると未練が出てきそうだったので、クロウは話を切り上げ、踵を返して山を降ろうとする。
「うむ、キミらも頑張りなよ。行こうかおっちゃ――」
「テメーはこっちじゃねぇ向こうだ!」
ずけずけと隣に並ぼうとした河南子の肩をぐいっと掴んで和樹側に押し出す。
乱暴に突き飛ばされた河南子はたたらを踏みながら「何すんじゃこのアホ!」とクロウを睨む。
「お前があんちゃん達を守ってやるんだよ」
「えー! あたしはおっちゃんと一緒がいい! チャンスが巡ってきたときすぐにぶっ飛ばせないよ!」
「ふざけてんのかお前……アレの色バラすぞコラ」
「ごめんね今すぐぶっ飛ばすわ」
笑顔になった河南子から放たれた鋭い回し蹴りを、クロウは軽い調子でいなす。そのやりとりを唖然と見守っていた和樹たちだったが、
やがて見ている場合ではないと思ったのか次々に口が開かれる。
「ちょ、ちょっと待てよ! 河南子さんはあんたの仲間だろ?」
「そ、そうや。そこまでしてもらうのも……」
「……お気遣いは、ありがたいのですが」
「そーだそーだ!」
そこに交じる河南子。これ以上喋らせるとしっちゃかめっちゃかになりそうだったので、「だーもう!」とクロウは周囲に響くことを承知で叫んだ。
「兄ちゃんはそこの嬢ちゃんから学べってんだよ! 本気で強くなりたいんなら学べ! 盗め! 自分より格上からモノにしろ!」
殆ど怒鳴り声だったためか、美魚や珊瑚はともかく、和樹も河南子でさえも勢いに飲まれてたじろぐ。
ここまで言うつもりはなかったんだよクソ、と内心に毒づきながら、最後のお節介だと言い訳をして、頭をがしがしと擦りながらクロウは続ける。
「そういうワケだから、聞き分けろ、な」
口を開こうとして、しかし口を閉じる河南子。もう蹴りは飛んでくる気配もなく、不満そうな顔が残るだけだった。
それでも聞き分けてくれたことには変わりなく、クロウは河南子の頭を撫でながら「頼むぜ」と言ってやる。
河南子は気に入らなさそうにクロウの腕を跳ね除けて、「ずるい」とだけ言って和樹たちの元に歩いて行った。
和樹たちも反論の言葉もなく、じっとクロウを見るだけだったが、河南子と並んだのを切っ掛けにしたように軽く頭を下げる。
いらねえよ、と首を振って。クロウは改めて和樹たちの元から去っていく。視線を感じたが振り返らなかった。本当に甘っちょろいヤツ、という感慨を抱いて、
やはり未練が残ったじゃねえかと苦笑を浮かべる。その甘っちょろさがどこまで続いて、どんな強さを得るのか見てみたくなってしまっていたのだった。
「ま、それは置いておいて、だ」
駆け足に山を下る。急な勾配であるにも関わらずクロウの足取りは軽い。夜の闇が深くなってきているにも関わらず、木々の間から差し込む僅かな光を頼りに軽快に足を運ぶ。
それはクロウが鍛え上げ、実戦でも培ってきた肉体があるからだけではない。匂いがあった。殺気があった。迂闊なくらいに、ダダ漏れさせていた。
いる。必ずそこにいる。機を窺っていたそれは、しかし一つだけ別れ、回り込むようにして背後から寄ってくる気配に気付いたようだった。
だろうな、とクロウは確信する。和樹たちと話している間から気配はあった。追跡されていたらしかった。さらに闇が深まるのを待って仕掛けるつもりだったのだろうか。
その判断は正しい。いくら多人数であろうが、夜の闇は知覚を脆弱にする。不意打ちのひとつでも仕掛けられたら数の利は用を為さない。
だが。気付いてしまえば話は別だ。仕掛けられる前に仕掛ければいい。完全な夜を迎える前に。これは逃がすための囮ではない。勝つための策だ。
捨て駒なんて真っ平御免だ。俺が殺るんだ。戦ってのはそうだ。大義のために命を捨てるなんてお為ごかしだ。俺が殺りたいと思ったから、戦は始まるんだ。
624
:
戦斗、夜叉と合間見ゆ
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/27(金) 23:41:56 ID:ISb2WrHg0
「そうだろ、トウカよ」
「……やはり貴殿は一筋縄ではいかんか」
獰猛な笑みを浮かべたクロウの目の前に居るのは、茫漠とした、さながら亡霊のように佇む剣士である。
辱を濯ぐべき相手の名を、トウカと言う。
「死にたそうな顔してんな。俺が楽にしてやろうか?」
クロウは戦意を高揚させるつもりで挑発してみたのだが、トウカは口元を少し歪めただけで、そこには卑屈ささえあった。
気に入らない。その一投足を見ただけで、クロウはまともな戦いにはならないだろうと予感できた。
「楽になれるならばそうなりたいものだな」
「お前さんらしくないな。いつもなら『某を愚弄するか』とかなんとか言ってよ、馬鹿正直に怒るところだぜ?」
「そんなことをする某はもう死んだ。今あるのは、主上の刀となり、目の前の敵を叩き切る某だけ」
「……気に入らねえ」
エヴェンクルガ族の性のようなものとはいえ、ここまで紛い物の忠誠心を前面に出されると虫酸が走る。
少なくともクロウの知るトウカは、忠誠心と己の欲は両立させていた。大義を口に出しながらも、武人として血を滾らせることも追い求めていた。
今のコイツは、完全に自分を殺してやがる。気に入らねえ。もう一度口中に吐き捨て、なら腐った性根でも叩き直してやるかとでも思ったクロウに、トウカは嗤った。
そうすることでしか現在を認知できない、世の中を心底見限っている者の嗤いだった。
「気に入らないで済むといいがな」
「……お前、誰を殺った」
言わなければいいと分かっていながら、クロウはそう口にすることを止められなかった。
既に一人は殺しているトウカが、さらに手を血に染めることは見えている。誰がそうなったのかまで知る必要はない。
それは戦場に余計な感傷を持ち込む――。
「エルルゥ殿だが」
――知ったことじゃねえ。
「ああ、そうかい」
口調は冷静だった。
だがひどく煮え滾っていた。
「決めたわ。お前、殺すぜ」
「手合わせ願う。誰にも邪魔されない決闘だ」
「決闘? 何言ってんだ」
せせら笑い、クロウは肩に抱えていたシャベルを振り下ろし、地面に突き刺す。
それが合図だった。斜面を滑り降りてくる影がもう一つ――。四足歩行で毛むくじゃらの、それは獣だった。
クロウに付き従う彼の名は、ゲンジマル。
「殺し合いだよ。手段は選ばねぇ。裏切り者はどうやってでも処分するってな」
「ヲフ」
そしてシャベルを抜き、ありったけ殺意を秘めた視線ともどもトウカへと向ける。
宣戦布告だった。身内の恥は身内で濯ぐ、クロウの誓いであった。
トウカがどのような思いで皆の『母』であったエルルゥを殺害し、自らに見切りをつけたのかは知る由もない。
それが何だ。越えてはいけない一線を踏み越えた者に、同情や憐憫などは与えるだけ無駄だ。かつての仲間は、今は叩くべき敵だった。
クロウへと返される冷笑。できるものかと言っているようだった。
「やってみろ。某もまだ、殺すべき者がたくさんいる。貴殿とはもはや背負っているものが違うのだ」
裏切りの言葉にも反応しねえか。
木で出来ていると思しき刃を腰だめに構え、いつもの抜刀術に入ったトウカに、クロウも応じた。
悪いな、ちょっとだけ付き合ってもらうぜ。その思いが伝わったかは分からなかったが、隣に立つ相棒からは荒く鼻息が吐き出された。
却って、頭を冷やしてくれた。
「来いよ。――ブッ潰す」
「では。――参る」
625
:
戦斗、夜叉と合間見ゆ
◆Ok1sMSayUQ
:2015/03/27(金) 23:42:20 ID:ISb2WrHg0
【時間:1日目午後7時00分ごろ】
【場所:E-5】
千堂和樹
【持ち物:槍(サンライトハート)水・食料一日分】
【状況:健康】
姫百合珊瑚
【持ち物:発炎筒×2、PDA、水・食料一日分】
【状況:健康】
西園美魚
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:健康】
河南子
【持ち物:XM214”マイクロガン”っぽい杏仁豆腐、予備弾丸っぽい杏仁豆腐x大量、シャベル、アイスキャンデー(クーラーボックスに大量)水・食料二日分】
【状況:健康】
【時間:1日目午後7時00分ごろ】
【場所:F-5】
トウカ
【持ち物:木刀、サクヤの支給品、銀のフォーク、UZI(残弾零)、予備マガジン*5、水・食料三日分】
【状況:健康】
クロウ
【持ち物:不明、シャベル、アイスキャンデー、ゲンジマル、水・食料一日分】
【状況:健康】
626
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:20:39 ID:x8I3UeQo0
会いたい、と思って会えたのは。
きっとそれは運命的なことで、本当は素敵なことなんだろう。
再会を喜んで、ひょっとしたらハグなんかもしちゃったりして。
そんなこと、あるわけがなかったのに。あたしはここに生まれ落ちた瞬間から、
楽園を追放されていたんだってことに、気付いていたはずなのに……。
* * *
627
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:21:32 ID:x8I3UeQo0
「……理樹くん?」
朱鷺戸沙耶は、聡明である。
だから、彼が浮かべるその表情の意味も、向けられたショットガンの銃口の意味も、直後に放たれた言葉の意図も一瞬で察してしまった。
「……君は、誰だ」
出会えたのは、紛れも無い幸運だったと言ってよかった。
森を抜け、さあこれから街を探索しようかというところの道で、沙耶と草壁優季は見つけたのだ。
とりあえず方向だけは間違えないようにと、川べりに沿って歩いたことが要因だったのかもしれない。水場は色々と役に立つ。
ともあれ、彼を――、直枝理樹を発見した沙耶は狂喜乱舞(心の中で)した。ついボドドドゥドオーと口走ってしまったような気がするが、
そんなことは沙耶にとっては瑣末なことだった。沙耶にとって理樹とは殆ど唯一の心の拠り所であり、朱鷺戸沙耶の記憶の大部分を占めており、
彼なくしては、とさえ言えてしまうほどの存在だった。だから優季に見せたスパイらしくもなく、大声を上げ、手を振りながら近づいていった。
優季の戸惑う声にも、彼は大丈夫と言うだけだった。説明など後回しだった。ともかく……話がしたかった。
隣で歩いている女の子は、きっと同行者なのだろう。優しい彼のことだ、困っているのを見捨てられずというところだろうと、思ってしまった。
「もう一度言う。君は、誰だ。なんで僕の名前を知ってる」
警戒心――。そんなものではない。明らかに敵を見る目であり、必要とあれば沙耶を、あるいは不安そうに沙耶を窺う優季を撃つだろう。
恐怖や不安からではなく、冷静に下した判断によって。ああ、と沙耶は思う。
ある程度は想定はしていた。自身が『何度目』かを経験していても、理樹がそうだとは限らない。いや、毎回そうだったではないか。
彼は覚えていない。いつでも、いつだって……。
理樹の隣に立つ女の子は、ぎゅっと力強く理樹の腕を掴んでいた。彼女はこちらを敵視している様子ではなかったが、
視線の先は、理樹だけに向かっている。彼を案じる瞳。心配する瞳。理樹は頼られていた。自分が守るまでもなく、守るものを見つけていた。
入り込む隙間なんてない。そのように理解できてしまい、言いようのない喪失感、敗北感がない交ぜとなり、沙耶は泣き出したくなった。
けど、それでも……。すんでのところで堪え、ならばと沙耶は会話を試みる。せめて、彼の最後の優しさを焼き付けようと思った。
好意が自分に向けられなくとも、彼は自分が覚えているあの直枝理樹だと確認したかった。
それからどうするのだ、ということは考えなかった。言葉が欲しかった。自分の中にある理樹と、目の前にいる理樹は繋がっているところがあるのだと、信じたかった。
「そっか、ごめんねいきなり。フェアじゃないことをしたわ。あたしは朱鷺戸沙耶。きみのことを知ってるのは……そうね、あたしがスパイだから」
「誰から聞き出した。言って欲しい。僕の知り合いか?」
「スパイってとこガン無視しないでくれる?」
「知らない人に冗談言われても面白くないよ。僕はもう……身内しか信じない」
身内なんだけどなあ。口に出したかったが、そうしたところで信じてもらえる道理はないし、刺激しかねない。
身内しか信じない――。明確に放たれた、弓矢だった。何があったのかは察することもできないが、相当に辛いことがあったのだろう。
力になってあげたい、と沙耶は思う。望めば理樹のために刃を振るい、引き金だって引ける。許されるならば抱きすくめることだって。
ズキリ、と心が痛む。いや心は既に傷んでいて、やっとの思いで我慢しているのに過ぎないのだ。
距離はこんなにも近いのに。手を伸ばして届かせるには、あまりにも遠い距離がそこにある。
「きみが、きみらが有名だから、ってことにしといて。ほらあたしの服。きみの学校の制服でしょ? 生徒なのよね。リトルバスターズも知ってる」
「……ああ」
628
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:21:58 ID:x8I3UeQo0
ひらひらと袖を振ってみせると、理樹はようやく得心したという風に銃口を少し下げた。
教えてもらったことだ。リトルバスターズの活躍。武勇伝。日々のどんちゃん騒ぎ。楽しそうに語っていた彼の姿も。
「僕を知ってることには納得した。じゃあ僕に近づいてきた理由は何?」
「同じ学校の人間同士、話ができるかなって。草壁さんもそう思うでしょ?」
「えっ、あ……はい」
突然話を振られ、しどろもどろになりながらも優季も頷く。
すぐに気付いたのだが、理樹に寄り添う女の子の制服は優季と同じデザインだ。よっぽどのことでもなければ同じ学校だと思っていい。
優季の様子からすると女の子のことは知っている風ではなかったが、共通項があれば十分。
とにかく、沙耶としては問答無用などという状況に追い込まれることだけは避けたかった。いや、あるいは――、単に、話を続けたいだけなのかもしれなかった。
未だに自分は、理樹のことを好いているらしいのだから。
「愛佳さん、どう思う?」
「あんまり……騙そうとしている風にも見えない、かな」
「そんなっ、騙そうとなんて」
「はいはい草壁さん。そこは察してあげるところよ」
「察するって……でも」
抗議の声をあげようとする優季を、沙耶は押し留める。それに対して、優季は睨めつけてくる。
あなた、さっきまで飛び上がらんばかりに再会を喜んでたじゃないですか。小声で言われるが、詳しくを説明するには時間がなさすぎた。
状況が変わったの、あたしがぬか喜びしてたってことで今は納得して、と言うと、優季は目の前にいる二人と、沙耶とを見比べて、不承不承ながらも頷いた。
誤魔化されたように写ったか、と少し思ったものの、直後に「私を殺さなかった朱鷺戸さんを信じます」と言われると、不覚にも少し心が緩んでしまった。
確かな事情がある、と思ってくれているだけの、なんとありがたいことか。
「もう一つ尋ねてもいいかな」
「ん、なに? スリーサイズ以外でなら何でも答えるけど?」
「君たちは何をしようとしてたの」
「少しはジョークに反応して欲しいわね……」
「その余裕さを含めて気になるんだよ」
どうにもこうにも笑いが起こるような雰囲気ではないらしい。痛むあたしの心も察しろとぼやきたくなったが、伝わるはずもなく。
はぁ、と少し肩を竦めつつ、沙耶は「みんなで脱出かな」と口にする。
正確には『みんな』の中に『理樹くん』が含まれていることが前提条件だが。そして脱出の手段は問わない。
つまるところ、理樹さえ生きていればというところなのだが、そんなことをバカ正直に話すほど沙耶は間抜けではない。アホだとは思われているかもしれないが。
「そう」
「何よ、そっけないな」
口を尖らせてみせたが、信じられてないのは分かるので、一緒に行動しようとか、今はそこまで踏み込むつもりはない。
常に側にいられなくとも、尾行して護衛するとかなどのやりようはいくらでもあるのだ。沙耶の能力をもってすれば。
優季が反対するかもしれないが、そこはどうにか上手い理由を思いついて納得させよう。ダメなら武力行使に訴えてでも――。
思考をそこまで走らせ、なるべく穏便に事を運ぶべく次の言葉を口にしようとした沙耶より前に、理樹が淡白な反応の理由を告げる。
「必要ないから」
「はい?」
「僕達は脱出なんてしない。ここに留まり続ける」
「……は?」
629
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:22:21 ID:x8I3UeQo0
最初の反応は、言葉の意味を察しきれず。次の反応は、理解できた内容が常軌を逸していたからだった。
「思い違いであって欲しいんだけど。今きみが言ったの、ずっとこの島に居るつもりだ、という意味にしか聞こえなかったわ」
「その通りだよ。殺し合いに参加するつもりはないけど、脱出するつもりもない。ここを僕達の根城にして、居続ける」
「馬鹿じゃないの!?」
沙耶の冷静さを装った仮面が剥がれる。一体何を言っているのだ、としか思えなかった。
殺し合いに参加するつもりはない。ここまではいい。理樹らしいやさしい選択だ。そう言うだろうと思っていたからこそ、沙耶は理樹の敵を排除するつもりでいた。
ところが続きがあった。脱出するつもりはない。それは元の日常に帰るつもりがないということであり、捨てたということだ。
あり得ない。沙耶の頭がその一語で満たされる。
「殺し合いをしてるんだよ!? きみよりもっと凶悪なヤツがうじゃうじゃいる!」
「僕が護る。自衛くらいはさせてもらうつもりだから」
「放送聞いてた!? 一定時間ごとにこの首輪を強制的に爆発させるエリアが設定される! ずっと引きこもるのも不可能だって!」
「脱出はしないけど、生き延びるつもりで行動はするから。首輪は解除しないといけないかな」
そんなの無理だ。沙耶が反射的に口にしようとした言葉は、そのまま自らに跳ね返ってくる。
名目上脱出を掲げているならば首輪をどうにかしないといけないのは理樹たちと共通しているからだ。そこを否定すれば、自分たちも嘘をつくことになる。
反論できずに、沙耶は唇を噛んだ。言葉は飲み込むしかなかった。代わりに出来たのは、その真意を問いただすことだけだった。
「……仮に、できたとしても。それ、元の生活に帰る気がないってことでしょ? なんで? だって、きみの日常は――」
「そんなもの、とうの昔に死んでる」
底暗い目。秘めた深淵から紡ぎ出されたと思える、深い決意の意思と全てを飲み込もうとする暗黒があった。
ちがう。理樹の目を見て、沙耶はそう思うことしか出来なかった。体も震えている。怯えてさえいる。
自分の知る理樹はもっと強くて、最後まで諦めない、自らが絶望の淵に立ってさえ手を伸ばそうとする、そんな人間だった。
だからこそ、あたしは彼に惚れて、全てを捧げようって……。
「真人が死んだ。きっともっと死ぬ、これから。失われ続けるだけなんだ。今まであったものなんて。取り戻せない」
「あ……」
「だから創る。ここで得たものだけを頼りに。僕の、そして愛佳さんとの楽園を」
朱鷺戸沙耶は、聡明である。
愛佳さんとの、という言葉と同時、強く彼女の体を抱きしめた理樹を見て、沙耶は全てを悟った。
理樹は、端から未来を受け入れるつもりがない。ここに居る限り、全ては現在に帰属する。失われてしまった先を考える必要なんてない。
井ノ原真人の死も、いやリトルバスターズの死でさえ、ここにいる限りは途上に過ぎない。まだ『受け入れなくて』いいのだ。
ここから離れてしまえば。ここであったことは全て靄のように消え、失われた結果だけが残る未来なのだと、理樹は断定してしまったのだ。
先に進もうとすれば行き止まりであると。未来なんて存在しないと、理解したのだ。
沙耶はよろめく。理樹の結論は同時に――、沙耶をも殺した。
沙耶も同様に、『現在』しかない。夢の中で生まれたような自分が、うたかたの夢でしか生きられない自分が、可能なことは奉公でしかない。
尽くして、その人のために死ぬ。沙耶が生まれた意味を全うするには、これしかないと思っていた。
消えてしまうことはまだ我慢できる。だが生まれてきた意味さえなく無為に消えることは、耐え難い苦痛だった。
だから残ろうとした。未来に生きる、心から愛したひとのために戦ったという思いがあれば、消えることは許容できた。
理樹の結論は……、自分なんていてもいなくてもいい存在だと断言したに等しかった。
それじゃ、あたしがここに居る意味って何?
あたしは『あや』じゃない。帰る場所なんてない。帰属できる集団なんてない。
だから結果しかなかった。理樹くんが生還したのは、朱鷺戸沙耶という存在があったからという、結果が。
その可能性が、なくなった。あたしはいようがいまいが変わらない。理樹くんにも入り込める隙間なんてない。
もう彼に、あたしが関われる余地なんてどこにもないんだ……。
630
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:22:44 ID:x8I3UeQo0
「でも仲間はいる」
崩れ落ちかねなかった沙耶を支えたのは、皮肉なことに自らを殺した理樹本人の言葉だった。
「さっき言ったように、首輪は外さなきゃいけないし自衛のためにやることは山ほどある。そのために仲間は必要だ」
「……仲間」
「だから、その分だけ集めようと思う」
仲間に入らないか? 言外に理樹はそう言っている。それは地獄の淵で垂らされた蜘蛛の糸だった。
手は伸ばさなかった。嫌なら嫌でいいし、自分達に害を及ぼさないならどうだっていい。その程度の認識でしかないのだろう。
それでも……。彼のために仕えられる。代替の効く労力程度の扱いでしかなくても。関われる。側に居られる。
このまま無為に消えてなくなってしまうよりは――。沙耶は掴もうとした。絶望よりはマシだと判じて。
「ちょっと、待ってください」
その間に割って入ったのは、草壁優季だった。
沙耶の前に躍り出るようにして、彼女は理樹の前に立ちはだかった。
意図が分からなかった。自分はともかく、彼女は何も分かっていないはずだ。分かっていることと言えば、
理樹たちが脱出しないと宣言したということ、そして協力者は募るということだ。
優季の視点からすれば、とりあえず協力はできるはずだ。殺し合いをする気がないという時点で、理樹と組むことにデメリットもないはずだ。
なのに何故……彼女は、怒っているかのような顔をしているのだろう。沙耶は分からない問題を出された小学生のように呆然と優季を見つめていた。
「朱鷺戸さんが黙っててって言うから我慢してましたけど……もう我慢できません! 理樹さんでしたっけ? 朱鷺戸さんはあなたのことが好きなんですよ!」
ビシイッ! と。クラスの学級委員長がこらーそこの男子ー! とでも言うように指を指した。
理樹が固まる。隣の愛佳も固まる。沙耶は固まれなかった。
「ほあああああああーーーーーーーーーー!? ななな何いってんですかオノレはぁーーーーーーー!?」
なんでなんでなんで!?
あたし一言も理樹くんが好きだなんて話してない! コイバナNGで来たっつーの!
何だコイツエスパー!? はっまさか闇の生徒会の一員!? そうかコイツ無力なふりをしてあたしを探りに来たスパイね!
ってなんでやねーん! そんな都合のいい設定があるかーいっ! ってあたしも設定デタラメだっつーの!
沙耶は優季に掴みかかろうとした。しかし顔面を片手で抑えられる。抑えられるもんですかという謎の力強さだった。
「そりゃあなたにとっては赤の他人かもしれませんけどね! 朱鷺戸さんはすっごく心配してたんですよ!
名簿を見た時だって仰天してましたし、あなたを見つけたときはとても嬉しそうな顔をしてて!
あなたがどんな目にあったのか私には分かりませんし、きっとどうこう言う資格だってないって分かってます!
でも朱鷺戸さんはあなたのことを想って言ってるんです! 今すぐ考えなおせとは言いませんが、少しは話を聞いてやったらどうなんですか!」
一息にまくし立てると、優季は沙耶の頭を突き飛ばした。沙耶は地面に倒れ込む。話を聞いてやれと言った相手に対してするものじゃないだろうという言葉が浮かんできたが、
それよりも沙耶の心には、じんわりとした感情が生まれてきていることの方が大きく、むしろゲラゲラと子供のように馬鹿笑いしたい気持ちがあった。
察されていたところもあり、勘違いされていた部分もある。名簿を見て驚いたのは『長谷部彩』に対してだし、そこは違う。
でも大筋は間違っていない。どうやらバレバレだったようだ。少なくとも、朱鷺戸沙耶は誰かを好いているという推測まではあったのだろう。
自分の不手際もあるとはいえ、こうも短い時間で見透かされていると恥ずかしさよりも優季の洞察力はいいものがあると賞賛したい気持ちの方が勝り、
沙耶は何かしら救われたようにもなった。そこまで考えられるということは、優季はそれだけ沙耶という人間を見ていたということなのだから。
思えば、そうだ。騙そうとしていないと強く抗議していたのは、この推察があったからだと思えば容易に納得がいく話である。
馬鹿みたいな人だ。フリとはいえ殺そうとした自分のために、理樹のためにしか行動しようとしていなかった自分のために。
きっと彼女は、沙耶と出会っていなければ騙され、裏切られ、無残に殺されていたのだろう。
631
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:23:15 ID:x8I3UeQo0
でもその馬鹿にあたしは救われた。
あたしはいつだって、馬鹿に救われる。
仰向けに倒れたので、空が見える。星が輝いている。月がある。
世界は、こんなにも広いのに……。
「関係ない」
沙耶の思惟を遮ったのは、理樹の声。
あれほど恋焦がれていた少年の声は、今となっては別人の声のようにしか聞こえない。
いや、と沙耶は思う。きっとこれが、真に失恋したということなのだろう。
己の傲慢さにほとほと呆れる。朱鷺戸沙耶という女は、今までずっとフラれた男に尽くせるだけの甲斐性があると思っていたらしいのだから。
「僕は既に愛佳さんを選んでるんだ。だから、朱鷺戸さんの事情は関係ない。僕達はここに残るために。君たちは脱出するために協力する。それでいい」
「なっ、あなた……」
「はいはいはーい! 草壁さんもういいストーップ!」
「ひゃあっ!?」
食って掛かろうとしかねかったので、復活した沙耶は優季を羽交い締めにした。
「あたし、これ以上惚気見せつけられると死んじゃう」
「で、でも!」
なおも抗議しようとする優季だったが、沙耶が耳元で「理解したから。フラれちゃったって」と囁くと、
優季は一転して青褪めたような表情とともに済まなさそうに「ごめんなさい……」と返してくれた。
余計なお節介で機会を潰してしまったと思ったのかもしれない。殺し合いの場で浮かべる思考ではなく、沙耶はかえって愉快な気分になった。
いいじゃないの。殺し合いで人の恋路にうつつを抜かしたって。それが青春ってやつでしょ。
「オーケーオーケー。そんじゃ協定を結びましょうか。あたしは『アンタ』の敵じゃないしアンタもあたしの敵じゃない」
「うん、それなら」
「しばらくはここに留まるんなら、ひとつお願いがあるわね。爆弾か何か作ってくれると嬉しいかなーって」
「簡単に言うね……」
「簡単よ。そこらへんの本屋にでも行って科学の本でも読めばひとつやふたつどうとでもなるって。あっこれあくまでもお願いね、お願い」
「……じゃあ、こちらからも。なつめ――」
「恭介ね。確かにあいつならって気はする。探しとくわ。そっちの愛佳さんはなにかリクエストは?」
話を振ってみたが、ふるふると首を振られた。なるほど、探す人もない、か。
そういえば名簿には小牧という苗字は二人いて、一人は死んだ。つまりは、そういうことだと類推して、沙耶は最後の恋慕の残滓を手繰り寄せた。
探す人も帰る場所もないのは、自分も同じ。もし彼女の位置に自分がいれば……。
暗い情念。人の不幸さえ羨む、恋という名の闇。そこには幸せはない。幸せと恋とは、同一ではない。
それでも焦がれてしまう。たとえそれが己を死に至らしめようとも……。
632
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:23:28 ID:x8I3UeQo0
「それじゃお別れね。草壁さん、先に行ってくれる?」
「え、どうして……」
「後ろから撃たれたらたまんないでしょ? あたし、たった今振られたコワーイ女だし。怖いから殺しとこってあるかもだし? あたしが警戒して――」
「……泣き言、私で良ければ聞きますよ」
「泣かないって」
「失恋って凄く痛いと思います。一人じゃ……辛いですよ」
「……っ」
一人じゃ辛い。その言葉を聞いてしまった。だから。抑えていた涙が出てしまった。決壊してしまった。限界だった。
見られたくない。優季にではなく、理樹に。涙を見せてなお、無関心でいられる恥辱に耐えられなかったのかもしれない。
踵を返した。動じる気配もなかった。沙耶の中にあった最後の大義名分が、崩壊した。
「……ちくしょう……」
優季の手をとって、走った。悔しさを孕んで走った。無念を吐き出して走った。
救われてなお、全部なくなった、朱鷺戸沙耶として生きなくてはならない現実は絶望的だった。
誰かのためにではなく、自分のために生きなくてはならない現実が。
あたしは、なんで生まれてきたんだろう。
あたしの幸せは、どこにあるのだろう……。
* * *
633
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:23:41 ID:x8I3UeQo0
嵐のように、朱鷺戸沙耶は去っていった。
気配が遠ざかるのを待ってから、ショットガンを下ろす。
草壁という少女の言葉から発せられた、朱鷺戸沙耶は直枝理樹を好いていたという内容は、しかし理樹の心には何の波紋も残さなかった。
聞いた瞬間は驚いたのに。今は平常となっている己の心の中を見つめて、それだけ愛佳が大切となったのだろうと結論付ける。
「……あの、理樹くん」
「ん?」
「さっきの」
「気にしてないよ。僕の大切な人はまな……」
「そ、そうじゃなくてっ! ずっとここにいるって事の方……!」
「あ……あー」
顔を真っ赤にした愛佳にそう言われると、こちらの心拍数も急に跳ね上がってきてしまう。
考えてみれば、他人の前で自分は彼女が好きだコールを繰り返していたことも思い出してしまい、乾いた笑いが出てくる。
「いや……うん、それ自体は本気だったけど……もしかして」
「だ、ダメじゃないよ! むしろ驚いたっていうか、理樹君、いつの間にあたしが考えていたことをって……」
「ん……まあ、それは、なんて言うか」
興奮した様子の愛佳に、理樹は微笑む。
言ってしまおうか、少し悩む。なかなか恥ずかしい理論だったからだ。
だが人前で惚気まがいのことをしたのだから今更かという気分にもなったので、言葉を続ける。
「帰る場所なんてないから。ここが僕達の居場所でしかないから。帰る必要なんてないんだ」
理樹にとっては愛佳と一緒に居られる現在こそが、唯一の希望の在処だった。
「うん。やっぱり、あたしと一緒」
愛佳は笑ってくれた。
想いを重ねていられる、幸せがあった。
634
:
スラップスティック
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/02(木) 20:23:54 ID:x8I3UeQo0
【時間:1日目20:00ごろ】
【場所:E-6】
草壁優季
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
朱鷺戸沙耶
【持ち物:玩具の拳銃(モデルグロック26)、水・食料一日分】
【状況:手足に擦り傷】
直枝理樹
【持ち物:レインボーパン詰め合わせ、食料一日分】
【状況:健康】
小牧愛佳
【持ち物:缶詰詰め合わせ、缶切り、レミントンM1100(2/5)、スラッグ弾×50、水・食料一日分】
【状況:心身に深い傷】
635
:
Show time
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/12(日) 00:52:44 ID:SMelFDJU0
風が吹いていた。
ざぁっ、とアイリスの花が揺れ、香りを乗せて夕暮れの紅に流れてゆく。
合わせて女性の長いスカートと短く揃えられた髪も揺れる。
足元には死体。老人の死体。
視線の先には人。血塗られた少女。
さらにその背後には男。腕組みをして悠然と佇んでいる男。
ああ、と女性は思った。
これから殺し合いが始まるのだと。
「いやあ、待ってて正解だったよ」
開幕の音頭を取るのは男。仰々しい口調だった。それでいて朗らかで、楽しそうだった。
途中、何者かの声が聞こえてきた。人が死んだ。名前が読み上げられている。
全て蚊帳の外の出来事だった。
「あの爺さん、何をこんなところでボサッとしてるかと思いきゃ」
女性――伊吹公子――は見据える。男の前に立ち、サバイバルナイフを握り締める少女を。
明らかに尋常の様子ではなかった。生気がない。半笑いの表情のようにさえ見える。
この年頃の女の子が浮かべるようなものではない。当たり前か、とも思う。おおよその察しはついていた。
「待ち合わせだったんだな。なるほど、花畑はそれなりに分かりやすい。悪くない。だが、運がなかった」
つかつかと男は歩き、少女の肩に手を置く。少女の体が跳ね上がるのが見て取れた。
殆ど馴れ馴れしいとさえ思えるくらいに、男はねっとりとした手つきで少女の体をさすり、そして、押し出した。
たたらを踏みながら、しかし少女はすぐに中腰の姿勢となる。テニスラケットを構えるかのように。
距離はそれほどもない。数秒も走れば公子の胸にナイフを突き立てられるだろう。
「この女に見つかった」
空を仰ぎ、腕を広げ、さながら悲劇を語る語り部というように男は嘆息しながら言葉を口ずさむ。
「仕方がないことだった。少女は脅されていたんだ。殺さなきゃ俺に殺されるんだ。誰だって自分の命は惜しい。
たとえ非力な老人相手だったとしてもやらなきゃいけなかった。こんな状況じゃなきゃ手に掛けるどころか仲良くお喋りだってできただろうさ」
待ち合わせをしていたわけではない。むしろその段階はとうに過ぎている。出会って、別れた。
公子は銃声を聞きつけて戻ってきたに過ぎない。そこで老人の……、恩師である、幸村俊夫が倒れているのを見つけた。
呆然としているうちに、この二人組がやってきたのだ。待ち伏せだったのだろうということは男の言動から分かった。
実際に手を掛けたのは眼前に居るこの少女だということも。ただ、いきさつを訂正したところで聞き入れられないだろうと公子は思った。
この男は酔っている。自らが演出した劇場に。多少の違いなどどうだって良いに違いないのだ。
「ま、結局はサクッと殺してしまったわけだがな。手慣れたもんだったよ。何せ二人目だったからな。すごいだろ? 生粋の悪党のこの俺と同じキルスコアだ」
今度はけらけらと哄笑しながら、男は実に嬉しそうに言う。
子供みたいだな、と公子は場違いな感想を抱く。彼が喋っている様子だけ見るなら、とても自分と同年代のようには見えない。
置き去りにしたのだな、と思った。悪党になったその瞬間、未来という名の全てを。
いや、元からそういう人間しかここには集まっていないのかもしれないとさえ感じていた。
公子でさえそうだった。未来を保留にして、現在にだけ居続けている。現在を保つことしか選べなかった。
妹を見捨てることが出来ない、その一事のために。
636
:
Show time
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/12(日) 00:53:09 ID:SMelFDJU0
「こんな可愛い面をしているというのに。なのにこいつは平気で殺しやがった。なあ、どう思う?」
気安く。世間話をするように。男は公子に話を振った。自分が仕向けたとは欠片も自覚していなさそうな口調だった。
否、自覚したうえでこの男は喜劇の仮面を取り繕っている。ステージの上で踊る公子達を笑うために。
「――」
公子は口を開いた。だが、一旦閉じた。
それを言ってしまえば、己の進む先が決まりかねないと怯懦したがゆえというのがひとつ。
そして、止めていた時間が進んでしまうだろうという確信にも似た恐怖を感じたというのがひとつだった。
それでも尚。彼女は愚かしいほどに優しかった。
アイリスの花が風に揺れる。
「その女の子は、かわいそうな子だと思います」
「可哀想? はっはっは、そうだな。そりゃそうだ、何故なら――」
「貴方に全てを奪われたから。人の全てを奪うだけの貴方に」
続く言葉を邪魔されたがゆえか、核心を突かれたからか。男は笑みを吹き消し、敵意を伴った険しい顔となる。
この男に対して、公子の言いたいことはそれが全てだった。もはや見る価値もないと断じ、公子は少女に微笑みかけた。
「ね、貴女の名前、教えてもらえる?」
「え……」
おおよそこの場に相応しくない質問であった。
少女が虚を突かれたようにぽかんと口を開けるのも無理はない。
だが公子には必要なことだった。必要なのは理由や同情などではない。繋がりだ。
「私は伊吹公子。学校で教師をやってたんだけど……、まあ、今はちょっと休職中かな。それでもまだ心は先生のつもりよ」
「あ、あ……」
少女は怯える。差し伸べられた言葉に。公子にそんなつもりはなかったが、そのように捉えられているとは想像がついた。
それほどまでに、彼女は奪われている。あの男から――。
紛れも無くそれは、公子にとっての敵だった。
「真帆。その女を殺せ」
低く威圧感のある声が少女を男に振り向かせる前に差し向けられた。
「分かっているはずだ。お前はもう戻れないとな。この期に及んでまだ救ってもらうつもりか」
その言葉で少女の顔が硬くなる。言葉尻から察するに、いくらか説得はあったということらしかった。
恐らくは、きっと、足元に横たわるこの老教師からも……。
「戻れなければ進むしかないわ。決めるのは貴女よ。慣れてしまったら……、その先にあるのは、死ぬより辛い地獄よ」
消失を、喪失を。そればかりが待っているものが、地獄でなくて何だ。
それを公子は知っているから……、自らの命が脅かされようとも、背中を向けるわけにはいかなかった。
因果なものだと思う。あれこれ悩んだ挙句、見ず知らずの他人のために危険な橋を渡っている。
家族のためでもなく、目の前に絶対に許せない敵がいるからという理由であるのが何とも愚かしい。
けれども後悔はなかった。あの男だけは、自分でも殺せるからだ。
637
:
Show time
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/12(日) 00:53:30 ID:SMelFDJU0
「……わたし、は……」
「真帆ッ!」
男が苛立ちを隠しもしない様子で怒鳴る。それでも手出しをする様子はない。
傍観者を気取り、思いのままに他人を操ることに固執している。
それが命取りだ。公子はゆっくりと、気取られないようにしてスカートのポケットに手を入れる。
「……葉月……真帆……」
泣き笑いのような、そんな表情で。
しかし彼女は確かにそう言った。
「――うん。ありがとう」
頷くと同時、公子は走り出す。
真帆の横を通り過ぎる。
駆けて、その先。
「っ、クソが!」
狼狽する男。元より真帆に殺させるつもりだったためか、丸腰の状態である。
やるなら今しかなかった。スカートのポケットの中で握りしめた、銃に装填されている弾丸の数が全てだ。
何発あるかは分からない。狙いも正確につけられない。それでも、全部は外さない。
決意を込めて、拳銃を取り出そうとして――。瞬間、男の顔が豹変する。
「ばぁか」
悪鬼の顔に。
「っ、あ、か……」
男の手には拳銃が握られていた。
公子は胸元からじくじくとなにかが溢れ出るのを感じていた。
銃口からたなびく硝煙。撃たれたのだと分かった。
力が入らない。前のめりに崩れ落ちる。土か花か分からない味が口腔に広がり、ごほっと咳き込んだ。
「丸腰だとでも思ったのか? そんな馬鹿ならもうとっくに死んでるよ。もっとも、俺の場合銃がなくとも女なぞに負けるわけがないが」
せせら笑う声が聴こえる。ならば、自分はまだ生きているということだ。
公子は手のひらにまだある拳銃の感触を確かめる。手放していない。まだやれる。まだ一太刀を浴びせることくらいは可能だ。
死にそうになっているというのに、驚くほど思考は冷静に回っていた。土壇場では女の方が肝が据わるらしいが、どうやら本当のことのようだった。
「手間かけさせやがって……。台無しだ。これはきついお仕置きが必要なようだな、なあ真帆」
注意はとっくに公子から逸れている。あの一発で即死させたと思っているようだった。
全ての力を上半身に集める。数秒、いや一秒で十分だ。それだけの時間身を起こしさせすれば、やれる。
口腔の中に溜まっていたものを静かに吐き出して、公子は息を整えた。
花をかき分ける音が大きくなってくる。隣を通りすぎようとするそのタイミングで――、
638
:
Show time
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/12(日) 00:53:48 ID:SMelFDJU0
「ま、だっ……!」
「なに……!?」
体を起こし、両手に銃を持つ。目の前には驚いた様子の男。明らかに動転している。
ドンピシャ。この至近距離なら避けようがない。それを男も分かっているのか、急いで拳銃の狙いをつけようとしているが間に合わさせない。
既に引き金に指はかかっている。後はほんの少し力を入れさえすれば、誰も彼もから全てを奪おうとするこの男を殺せる。
「……ぁ」
はずだった。
だが、出来なかった。
引き金を引く前に、公子は背中から刃物を深く突き立てられていたからだ。
眼前にいる男の方に、そんな芸当ができる余地はない。
このタイミングで公子に刃物を突き刺せることのできる人物は、一人だけだった。
葉月真帆。彼女しかいなかった。
「……そ、う……」
花をかき分ける音は、二人分あったような気がした。
公子を撃った男は公子に驚いていたが、果たして驚きの対象はひとつだけだっただろうか。
ずるりと刃が引き抜かれる。糸が切れた人形のように公子は再び崩れ落ちた。
引きぬかれた際に背中に力が入ったからなのか、仰向けに倒れる。公子を見下ろす真帆の顔が写った。
歪んだ泣き笑いだった。そこには一言では到底表現することなど構わない、様々に交じり合った混沌とした感情が渦巻いているように公子には思えた。
「これで……これで、許してください……お願いします……」
それは公子に向けたものだったのか、窮地を救われた男に対するものだったのか。
公子には判別はつかなかった。代わりに頭の中にあったのは、かつて親しく過ごした家族の姿と、自分を愛してくれた男の姿だった。
ふぅちゃん……。ゆうくん……。ごめんなさい……、わたしは、また……。
手を伸ばそうとする。届くはずがなかった。遠い、大切な人たちの姿は、何故だか血に塗れているように見えた。
* * *
639
:
Show time
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/12(日) 00:54:05 ID:SMelFDJU0
汚い。
私は、汚い。
葉月真帆を構成するものは、その一語が全てだった。
ひょっとしたら助けてもらえるかもしれないと一瞬思った。
無力な老人などではなく、力を持った人がやっつけてくれるかもしれないと期待した。
しかし無駄だった。女性の力などであの化け物を退けられはしなかった。
だからトドメを刺した。ダメだったのだから見捨てなきゃという打算が働いた。
ますます自分を汚いと思った。腐臭を放っていたものがさらに膿んで、どろりと溶け落ちてゆくのが感じられた。
戻れるかもとありもしない期待を抱いた自分が汚い。
簡単に人を見捨てられるようになった自分が汚い。
命が惜しい自分が汚い。媚びへつらって岸田洋一に懇願する自分が、とても汚い。
岸田洋一がやってくる。
真帆は怯えた羊の顔を作った。この男の前ではいつでも殺される家畜になっておかないといけない。
いつでも殺せるということは、好きなときに殺せるということで、優先順位が低くなるということだ。
殴られるかもしれない。ことによればまた刺されるくらいのことはあるかもしれない。
しかし、死ぬよりはマシだった。だから葉月真帆は服従する。
「やるじゃねえか」
だが、岸田洋一の反応は想像外のものだった。真帆はあっけに取られかける。
楽しそうだった。ただの家畜を見る目ではなかった。面白いオモチャを見つけた子供の目だった。
「俺はな、面白いものが好きだ」
真帆の髪を掴み、ぐいと上に持ち上げる。いぎっ、と思わず苦痛に塗れた声が出た。
そうだ。この男はそれを忘れない。恐怖を与えるということを忘れない。
被虐的な安心感があった。この男はこうでなくてはならないという感覚があった。
「サプライズは好きだ。まさかこの俺にビックリ箱とはな。いいぞ、もっと俺を楽しませろ」
そしてかなぐり捨てる。粘っこい手触りの土の上だった。鉄のような匂いが鼻腔に染み付いてくる。
「良かったな、お前。何もしてなきゃそのまま犯してやるとこだ」
「……はい」
「もっと嬉しそうにしろよ、真帆。お前は認められたんだ。凶悪な殺人鬼の俺に認められたんだぞ」
「……はい、嬉しいです」
「怖い笑顔だ」
見下ろす岸田洋一は、それで一時の満足を得たようだった。
このまま堕ちる。どこまでも堕ちる。岸田洋一の興味を引きながら。
二人で、どこまでも堕ちていきたかった。
それが真帆の唯一の願いだった。
一緒に、沈んで。
640
:
Show time
◆Ok1sMSayUQ
:2015/04/12(日) 00:54:19 ID:SMelFDJU0
【時間:1日目午後18時半ごろ】
【場所:F-4】
岸田洋一
【持ち物:サバイバルナイフ、グロック19(5/15)、予備マガジン×6、各銃弾セット×300、
真帆の携帯(録画した殺人動画入り)、不明支給品、水・食料一日分】
【状況:健康】
葉月真帆
【持ち物:不明支給品、水・食料一日分】
【状況:左腕刺傷】
伊吹公子
【持ち物:シグザウアー P226(16/15+1)、予備マガジン×4、9mmパラペラム弾×200、水・食料一日分】
【状況:死亡】
641
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:29:38 ID:GCAYWBHk0
オボロという人間は、一見すれば血気盛んで突っ込むことしか脳がなさそうな単細胞のように感じられる。
しかし彼の実際を知っている人間は、その評価は誤りだと笑うだろう。
確かに、彼は直情な性格であることには違いない。良く言って勇猛果敢、悪く言ってしまえば我慢弱い気質はそれを利用されることもしばしばだ。
それでもオボロは、トゥスクルがまだケナシコウルペと呼ばれていた時代に、独自に軍団を築いてヤマユラの里を賊から守り抜いてきた。
人を束ねるというのは相応の資質がなければ不可能なことである。ただ強いというだけでは信用も信頼も勝ち取れない。
心を把握し心を理解していなければ軍団の長というものは務まらないのだ。
彼を最も信頼し、最も有能な部下の一人だと考えている男は、彼をこう評する。
適切に補佐し冷静に戒める者が側にいれば、オボロは誰よりも強い長となるだろう。
* * *
642
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:30:09 ID:GCAYWBHk0
「ということでだ。寝ろ」
「いや……」
「そないなこと言われてもな……」
「……」
少女が『篝』という名になってからしばらくして。
簡単な食事を取り(とは言ってもパンを齧るだけのことだったが)人心地ついたところで発されたオボロの言葉に、同行者の三人は当惑したように顔を見合わせた。
「なにのために野営の準備をしたと思ってるんだ」
「休憩のためやろ?」
「分かってるなら言うことを聞け」
「いやあのね、寝れると思ってるの」
「以下同文……」
姫百合瑠璃に続いて不満の口をきいた綾之部可憐と篝に、オボロは難しい顔になる。
むしろ喜んで提案を受け入れてくれるものだとばかり思っていたオボロは、どうやら戦場における考え方の違いに大いに隔たりがあるようだと改めて確信していた。
常識、文化の違いと言えるならまだマシで、知識の基板そのものが違う。何せこちらが優秀な携帯食だと評価した『ぱん』なる食べ物をそこの可憐は「まずい」と一刀両断したのだから。
しかも聞くところによると、より美味でより滋養も優れている携帯食があるらしく、オボロは慄然とした気分になったものだった。
一事が万事そうなのだから、自らの常識は彼女らにとって時代錯誤の田舎者の考え方なのかもしれないという疑惑も生まれてくるというもので、オボロは説得するべきかどうか悩んだ。
疲労は軽視していいものではない。休めと言ったのはこの一事に尽きる。
たかが昼から夕刻にかけて歩きまわっただけかもしれないが、その程度と思っていると急激に体に来るのが疲労だ。
しかもそのような時というのはあらゆる判断力が低下し、普段なら気付けるような事柄にも気付けなくなる。奇襲というものはその機を狙って行われるもので、
それを幾度と無く実践し知悉したオボロにとっては早め早めの休息、特に眠るという行為は重要だった。ほんの少し目を閉じただけでも頭の冴えが違ってくる。
彼女らには必要ないとも思えず、ならば別の手段をもって解決する手段があるのだろうかと考えてしまう。
悩んだ末、オボロは正直に尋ねてみることにした。
「疲労は早めの対処をした方がいい。少し目を閉じるだけでかなり違ってくるもんだが……。何か他にいい方法があるなら教えてくれ」
「え? 寝ろってそういう意味なん?」
「……他にどんな意味があるんだ」
「朝まで寝ろって指示かと……」
オボロは頭を抱えた。他の二人にしても同じ考えだったらしく、視界の隅で首を縦に振る姿が見えた。
こいつらは俺より賢いのかバカなのか教えてくれ兄者ぁ! と叫びたくなった。さっきの悩みは一体何だったのか。
「……お前たちのいるニホンとかいう國は分からん……」
「な、なんやよう分からんけど、それくらいやったら大丈夫や。要は交代で見張りしながらちょっと休めってことやろ?」
「ああ……。まあ、もういい……。俺は後にするから、先にお前たちが寝てくれ」
意図は伝わったのなら良しとする気持ちと、もうどうでもいいやという投げやりな気分が半分混ざった口調でそう言ったオボロに、
今度は可憐が「……それはいいのだけど」と口を挟んでくる。
「貴方は大丈夫なの?」
643
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:30:34 ID:GCAYWBHk0
先ほどの醜態を指して言っているのだろうとオボロは思った。言葉は粗野だが自分を案じるところもあるようで、ジッと見つめてくる。
「じっくりと咀嚼したいからこそ休息するんだ。安心しろ、一人でどこかに行ったりはしない。俺の剣に誓ってもいい」
大丈夫、とは言わなかった。正直なところ、未だに腸は煮えくり返っている。妹を、ユズハを殺した者の顔を見ればどうなるか自分自身分かったものではなかった。
ただ、どうするか考える気にはなった。自分と行動を共にしてくれている彼女らをどう守っていくか。大見得を切った者として、どのように責任を果たすか……。
何にしても考える時間、消化するための時間は必要だった。それは嘘偽りのないことで、だからこそオボロは剣に誓うと言ったのだった。
真っ直ぐに見返して太刀を突き出されれば反論のしようもないと思ったのか、可憐は「それならいいけど」と引き下がる。
「……その、ちょっと血の気が多いとは思うけど。オボロはいいリーダーだから。私には分かるから」
「リーダー?」
「う……に、二度は言わない!」
オボロは単純に言葉の意味が分からず聞き返したのだが、可憐はなぜか顔を赤くして怒ったような顔になり、そのままオボロの前から離れた場所に座り込んだ。
篝を見てみたが、彼女は既に目を閉じていた。器用にも、体を赤ん坊のように丸めた格好である。瑠璃を窺ってみたが、肩を竦められた。分からない方が悪いとでも言いたげだ。
そうは言われても分からないものはわからないのだからどうしようもない。頭に『いい』とついていたのだから決して悪い意味ではないのだろうが。
「逢えたら、兄者にでも聞いてみるか……」
ぱちぱちと小さな音を立てる暖かな赤を眺めながら、オボロは独りごちた。
* * *
644
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:30:58 ID:GCAYWBHk0
失敗だったかもしれない、と片桐恵は思った。
何がと言われれば、今一人で居るこの状況が、である。控えめに言っても困っている。
先ほど放送があった。少なからぬ数の人間が死んだ。かつて友人だった者も死んだ。
明乃も早間も、到底岸田に太刀打ちできるような人物ではなかった。当然とは言わなくてもこの状況に放り込まれればそうなってしまうだろうという予感はあった。
少しだけ心も痛む。恵の受けた傷の重さを理解できるとも思わなかったが、上辺ではあっても慰めの言葉くらいはかけてくれる程度の甘い優しさはあったから。
そして思う。人がこれだけ減ったということは、相応にこのゲームに『乗った』輩も多いということで、敵は岸田だけではないと恵に認識させるのには十分過ぎた。
つまりそれは、未だに味方の一人もいない恵にとっては不味い状況だった。ただでさえ非力な女の身である恵に、敵が集団で襲いかかってきたらどうなるか考えるまでもない。
もちろん入る集団は選ばなくてはならないのだが、入るにしても出遅れた感覚もある。
ゲームが開始されてからおよそ六時間。それだけの時間がありながら誰とも行動を共にしていないというのは不審を抱かれる一因足りうる。というか、自分でもそう思う。
これまでやったことと言えば、殆ど我を失った自称『死後の世界の人間』にトドメを刺したことくらいである。
「……馬鹿なのかな、私」
肩に乗っている猫に恵は話しかけた。にゃー、という間延びした返事が来るだけで特に有用な答えが得られるはずもなかった。
恭介がいれば、と臆面もなくそう思ってしまう。あいつなら何の疑いもなく仲間に入れてくれるだろうという想像ができた。
そんな都合の良いことはないと分かりきっているのに。仮に出会えたとしても頼っていいわけがないのに。
一瞬でも考えてしまう自分の甘さに嫌気が差す。先ほどまでそういった手合いを軽蔑しておきながらこの体たらくというのはお笑い草にもならない。
とにかく、自分一人でどうするかを考えなくてはならない。何とかして、相互に身を守りあえるような仲間を作らなくてはならない。
出来なければいずれ殺られる。群れから離れた一頭を仕留めることなど『奴』にとっては造作も無いことだ。
まだ殺されるわけには――。
「……っ」
恵は顔を強張らせた。
恵は視界一面に広がる花畑を歩いていた。だからすぐ近くに来るまで気付かなかった。
二つの死体が転がっていたということに。
一人は老人。これは知っている。
そしてもう一人は若い女性だった。近くにデイパックもあるが、中身は全て抜かれていた。
誰かが殺害して、奪っていったということだ。いつ殺されたのかは正確には恵には分かるはずもなかったが、
少なくとも自分がここを離れ、戻ってくるまでの間には殺されている。近くに潜んでいないという保証もない。
恵は離れ、身を隠しやすくなるであろう山の中に移動することにした。山というよりは森と表現する方が近いが。
腰ほどの高さもある草が生い茂り、真っ直ぐに伸びた木々が群れを成すそこは、身を隠すには最適であると思う一方で、
気をつけなければ木の根などに引っかかって転んでしまいそうだった。身を守るために山の中に入るのに、転んで怪我をしたなどとあっては本末転倒だ。
慌てる必要はない。まだ誰にも見つかってはいないのだから。慎重に足を運ぼうと思ったとき、ふと恵の肩から重さが離れる感触があった。
「にゃ」
猫だった。飛び降りたかと思えば、そのままがさがさと草をかき分けながらどこかへと進んでゆく。
645
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:31:14 ID:GCAYWBHk0
「あ、ちょっと」
思わず静止をかけたが、聞く耳を持たないという風に動きは止まらない。
無視しても良いことには良かった。初戦は行きずりで出会っただけの関係、しかも人間ですらない。
気まぐれに付き合う必要性などどこにもなかった。なかったが――、
「仕方ない……」
恵に行く当てがあるわけでもなかった。人間ですらないが……人間のように、騙そうなどと考えることもない。
罠が待ち受けているわけでもないだろうし、あったとしてもこちらが最大限気をつけていればいいだけの話だ。
楽観的に過ぎるだろうか? 一度俯瞰するように己を見つめ直し、恵はそんなことはないと結論付ける。
油断や慢心というのは容易に『人を信じてしまう』ことだ。優しそうだから大丈夫だろう、という類の不用意な信じ方だ。
気をつけるのはそれで、むしろ行動自体は積極的に起こすべきだ。動かなければ、決して奴は殺せない。
そう考え、猫の後を追う形で足を進めようとした恵は、ふと気付いてふっと苦笑を漏らした。
「あいつみたい」
脳裏に浮かんだのは一人の少年だった。今の恵の思考は、いかにも彼の考えそうなことだった。
* * *
646
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:32:03 ID:GCAYWBHk0
目の行き届く範囲を歩き、枝をかき集めて焚き木にはしてみたものの、所詮はたかが知れている数だった。
既に焚き火は手のひらに収まる程度には小さくなっており、半刻もすれば完全に燃え尽きて灰となるだろう。
それはそれで丁度いいか、ともオボロは思った。一晩中つけていられるわけではないし、焚き火が目立ち敵をおびき寄せてしまうとも限らない。
特に夜半での襲撃は避けたい。オボロ自身、微かにではあるが疲労はないではなかった。余裕こそあれ、無駄に体力を消耗はしたくない。
「らしくないな」
独りごちる。力がありながら使わず後々のことを考えて温存するという思考は己の性分からは離れている。
どちらかと言えば、このような思考は兄者――ハクオロ――の領分だったはずだ。
腹心のドリィ、グラァが側にいればそのようなことを口走っただろうと思うと苦笑も浮かんでくる。
いつからこうなったのだろうと意外なほど冷静になっている己の内を眺め、オボロは、或いはこれが上に立つということなのかもしれないと類推する。
それまでも立場は上の方ではあった。兵を率いる立場ではあったが、それでも上にはハクオロがいた。最終的な判断を委ねられる頭がいた。
しかし今はオボロが頂点である。自分の決断、一挙手一投足が全体の命運を左右するような立場は、生まれて初めてだった。
自分の判断で可憐や瑠璃、或いは篝が命を落とすかもしれない。自分を信じる者に、裏切りの結果を与えてしまうかもしれない。
恐怖はなかった。だが重くはあった。常にこんな思いをしてきたのだと思うとハクオロという男はやはり偉大なのだと、オボロは改めて思わされた。
それでもやらなくてはなるまい。自分はそう決断した。今は目を閉じて休んでいる彼女らの言葉を振り切らず、妹の死を一度は飲み込むという選択をした。
復讐心に狂い、全てを投げ打ってでも妹の敵を討つ自分を、選ばなかったのだから……、
だから、俺はそれでいいんだ。
それがオボロの結論だった。選んだ自分を認め、肯定し、未練がましく頭の片隅に留まっていた『選ばなかった自分』を断ち切った。
側に置いておいた太刀を取り、オボロは立ち上がる。冷たいと思えるほど鋭利な視線を森の奥に向ける。油断なく構え、いつでも戦闘に入れるよう腰を低く落とす。
「そこに居るのは分かっている。寝首をかこうとしても無駄だ。大人しく去るか、そのままゆっくりと出てくるんだな」
人の気配があるのは分かっていた。焚き火の明かりを見つけてやってきたのかは分からなかった。
分かるのは、それが他者であるということだけだった。
「ん〜……? なんやオボロ……」
「瑠璃……なんだかんだ言って寝てたの……?」
オボロのただならぬ調子の声を聞いてか、瑠璃と可憐が起きだしてくる。
瑠璃は浅いながらも眠りについていたようだったが、可憐は目を閉じていただけだったらしい。
己の研ぎ澄ました気とは裏腹にのんびりとした空気が背後では作られていた。
「篝には負けるで」
「……熟睡してる」
可憐の呆れ声が聞こえた。ずいぶんと肝が太いとオボロは思った。
だが、かえってそれがオボロを楽にさせた。視野が広くなったというべきか。戦い一辺倒だった選択肢が薄れ、様々な選択肢が見えてくる。
説得する、交渉する。言葉次第で情報を拾える、或いは味方につけられるのではという考えも出てくる。
オボロは考慮した末、太刀を鞘に収めた。無論すぐに抜けるように手を掛けてはいるものの、一種の譲歩をまずは見せてみせた。
647
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:32:30 ID:GCAYWBHk0
「話をする気なら応じよう。俺達は『生きる』ために行動を共にしている。お前の目的は何だ」
「……同じよ」
そうして木の陰から出てきたのは、一人の少女だった。
「今はまだ『生きて』、事を成すためにここにいる」
恐らくは可憐や瑠璃と同じ文化圏の出身なのだろう。服装は彼女らに似ており、太腿が見えてしまうほどの短い腰巻に、上はそれほど厚くなさそうだが清潔感のある白い服。
髪は後頭部で団子状に結っており、落ち着き払った顔色と合わせて涼しげだという印象をオボロに抱かせた。鈴の音のような声もその雰囲気に似つかわしい。
「えっ、め、恵!?」
さてどう反応したものかとオボロが思っていると、それよりも先に可憐が反応した。
知り合いかとオボロが尋ねる間もなく、可憐はオボロの横まで駆け寄ってきて話を始めた。
「……久しぶり」
「久しぶりって……いや久しぶりだけど! 大丈夫だったの!?」
「ずっと一人だったけど。私のこと心配する余裕があるのね。可憐にまで心配されるとは思わなかったわ」
「余裕というか……いやちょっと待ちなさいまでって何よまでって」
「別に」
「絶対何か含んでる!」
「別に」
「あーもう! あんたって相変わらずムカつくわね!」
オボロは瑠璃の方に向いた。瑠璃は熟睡している篝の頬をつんつんとつついて遊んでいた。
既に状況は問題ないと判断したらしい。オボロは答えを承知で声をかけてみた。
「俺のいる意味は」
「今はないんとちゃう?」
知ってたと心の中で答え、オボロはぎゃーぎゃーと煩い可憐と風と受け流す恵と呼ばれた人物の会話を眺めることにした。
きっとこれでいいのだ、知ったる者同士その方が話はまとまるだろう。分かりきったことだ。
オボロは肩を落とした。
「可憐はどうでもいいの。用があるのはそっち」
「なっ!」
が、指名があった。俺か、とオボロが自分を指差すと恵は神妙に頷いた。
完全に無視される形になった可憐は怒り心頭とまではいかなくとも不満がありありといった様子だったが、
頭であるオボロを邪魔するというわけにもいかず、腕組みをしつつ、上手くやりなさいよと言外に含むように睨んできた。
「見たところあなたがリーダーみたいだし」
「りーだー?」
「とぼけなくても分かるわ。あなたがこの群れをまとめている」
オボロは少し考え、ちょいちょいと可憐を呼び寄せた。
648
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:33:31 ID:GCAYWBHk0
「……何なのよ」
「すまん、りーだー、ってどういう意味だ」
「ああ、貴方外来語分からなかったわね……。ええと、まとめ役。頭でもいいかしら」
「ふむ……」
いきなり可憐を呼びつけ、耳元でささやき合っているオボロを見て恵は首を傾げていたが、こうするより他にないのだ。
分からないことを分からないまま話を進めると話がこじれる結果になりかねないし、オボロは可憐達の文化圏の言葉を殆ど知らない。
取り敢えずこれで分かったことは一つある。恵という人物は、一目見ただけで自分をリーダー……、頭と見抜く洞察力があるということだ。
女が三人、男が一人ということで単に消去法で導き出しただけかもしれないが。
「確かに俺がまとめている。が、俺にしか分からんことなんてないぞ」
「だけど決定権はある。そうでしょ」
特に間違っているとも思わなかったので、オボロは頷いた。
わざわざ自分を指定したのは、自分が決定権があるからということか。
この時点でオボロは恵が単なる情報交換を持ちかけてきたという線は捨てた。そうであるなら相手は可憐でも構わないはずなのだから。
「単刀直入に聞くわ。あなた、殺したことはある?」
恵は澄ました表情を変えないままそう言い放った。
殺したことはあるか? 何を? この場において、その対象は決まりきっている。
隣にいる可憐が息を呑むのが分かった。若干の動揺も見られる。察するに、それまで可憐の知っていた恵はこんなことは言わないような人だったのだろう。
それまで遊んでいた瑠璃も意識をこちらに向け、動向を窺っている。
静寂が広がる中、オボロは答える形で口を開く。
「ここに来る以前の話か? それとも後か?」
牽制する意味で言う。恵が可憐達と同じ文化圏に属する人間なら、逆を言えば可憐達と同じく、ここに来る以前は殺しなどとは縁遠い暮らしだったはず。
オボロは違う。生まれ落ち、そして今日に至るまでいつもどこかで戦が始まり、人が死んでいく、そんな時代に生きていた。
この返答は予測していなかったのだろう。目を丸くし、ややあってから恵は「そういう答え方ができるのね」と唇を歪めた。
感情は読めない。歓喜であるようにも、恐れているようにも見えた。
「ならいいわ。できる人なら教えてあげる。岸田洋一……こいつは危険よ」
「岸田って……あの男?」
挙げられた一人の人物の名前に、先に反応したのは可憐だった。共通の知り合いであるらしいが、同時に危険人物でもあるらしい。
「私は見たわ。ここであいつが人を殺す姿を」
「そんな……。確かに、その……、状況はあんな感じだったけど……」
「バジリスク号にあいつがやって来てからの変事を見たでしょ? ブリッジで船員を皆殺しにしたのもきっと……あいつよ」
殆ど鬼の形相とさえ思える顔で、恵は吐き出すように言った。
話の筋は見えないが、前々から岸田洋一なる人物に疑わしい要素はあったということになる。
しかし皆殺し、か。オボロは奇妙な安心感のようなものを覚える。可憐や恵の暮らす國でも、殺人がないというわけではないということに。
本来、痛ましいことなのかもしれない。しかしオボロにとって、戦がない平和な國で争いもなく暮らしていけるというのは信じがたいことであり、
可憐達をどこかで未知の異人のように思っていたのも確かだった。はっきり言ってしまえば、本当に同じ『人』なのかとさえ感じていたほどで。
もちろん、戦の常態を知っているオボロも争いがあっていいはずがないと感じている。そんなものはないのが一番に決まっている。
しかし『全く』なくなるわけでもないというのも確かなことであり……。
だから、少しは自分の知っている世界と同じだということに安心してしまったのかもしれなかった。
「その岸田洋一なる奴が、誰を殺したのかは分かるか? 特に俺達に似ている格好であるなら是非教えて欲しい」
「……分からない。見てしまったときには殆ど手遅れで、私も見つからないように逃げるのに精一杯だったから。ただ……そういうのはなかったと思う」
649
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:33:57 ID:GCAYWBHk0
恵の指す『そういうの』とは格好のことだろう。
正確には分からないとはいえ、ユズハを殺した可能性としては低いということで、オボロは少し落胆する気分があった。
もしそうであるなら、何の呵責もなく殺してやれるというのに。
「……助けには行かれへんかったんか」
そこに割って入ったのは瑠璃だった。
話を聞いていて思うところがあったのだろう。若干険がある様子はあるが、オボロはそのまま言わせることにした。
「手遅れって言っても、襲われてたんやろ? 見殺しにしたんか」
「……簡単に助けられるならそうしてる。あなたはあいつを知らない。一度でも見れば分かるわ。あいつがどんなに恐ろしい獣か……」
「フォローするわけじゃないけど、あの岸田洋一という男はただ者じゃないわ。オボロよりも背が高くて筋肉も同じくらいはある。それこそプロスポーツ選手かってくらいにはね」
「俺より高いだと……?」
オボロの上背はそこそこある。トゥスクルにはもっと大柄な同僚もいるが、それでもかなり高い部類には入る。
それを超えている上、身体も同等に鍛えてあるとなれば、オボロとしても脅威と認識せざるを得ない。加えて、大勢の人間を皆殺しにできる容赦のなさもあると来ている。
恵が異様なまでに恐れた様子なのも気にかかった。可憐は気づいていないようだが、『獣』と口にしたときの恵は怯えとさえ取れる声色があった。
オボロが威嚇してもそれほど動じていなさそうだった恵が岸田洋一を話題にすると変質した。それほど恐ろしい人物ということになる。
「……ごめん。よう知らんで言ってもうた」
雰囲気を察したのか、それとも可憐も加わったからなのか、瑠璃は引き下がる。
瑠璃も一度は殺すか殺されるかの場に踏み込んだ立場だ。はっきりとでなくとも、感じられるものがあったのかもしれなかった。
「別に。何も知らないならそう言いたくなるのは当然でしょう」
気にしていない風であって、そこには棘が混ざっている。見捨てたということ自体に間違いはないというところなのだろうか。
恵の反応は単純にそれだけでもなさそうなようにオボロには感じられたが、ここに今踏み込む必要はないことだった。
「情報の提供は感謝する。岸田洋一を倒せと言われれば倒そう。それで、お前はどうする? 協力できるなら協力したいところだが」
「私を引き入れると言うの?」
「当然だ。戦力は多ければ多いほどいい。可憐の友人だという信用できる証拠もある」
「随分と信用してるのね。可憐も、今しがた出会ったばかりの私も。正直その判断は甘いのではないかしらと思うけれど」
「そうだな。だが可憐に関してはあれが演技だと言われたら俺は騙されるしかない」
オボロは肩をすくめてみせる。恵もちらりと可憐を見やり、「それもそうね」と渋い顔をしながら頷いた。「ちょっとそれどういうこと!?」と抗議の声が聞こえたものの、
それが却って可憐に対する判断の裏付けとなった。まあそれは仕方ないかといった様子で恵はため息をつくと、「では私は?」と次の回答を求める。
650
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:34:16 ID:GCAYWBHk0
「まずはその可憐の友人をやっているというのが一つ。もう一つは……そうだな、動物をこんな状況で大切に保護しているからかな」
「っ!?」
さすがに驚いた顔をされる。当たり前だ。オボロ達の前に出てきてから今まで、そのような気配は微塵も見せなかったのだから。
可憐や瑠璃は、動物? と不思議そうな顔をしていたが、まあこれは当然だ。普通はそうだ。だが自分は違う。質が違う。
「……いつ気付いたの。全く見せた覚えはないのだけど」
「どんな動物かはおおよその想像でしかないがな。足音から小動物と分かったくらいだが。俺達を見つけて隠しただろう。足音が一つ消えたからな。
そして俺が声をかけるまで、お前はその場でじっと身を潜めていた。違うか?」
「よく聞こえる耳ね……」
否定がないことが、肯定の証だった。そしてそれは同時に、恵に対する牽制にもなる。
常に先手はこちらが取っていた。殺ろうと思えばいつでも殺れたという事実を示すことで、恵に舐めた判断は出来ないと理解させる。
実のところ、疑わしいというか、不審に感じている点はある。可憐や瑠璃がオボロの身体的特徴を見て驚いたのに対し、恵にはそれがない。
初めて出会ったのなら言及されてしかるべきだ。それがないということは、彼女は既にこちらについて触れたことがある。
にも関わらず、岸田洋一について話した際に話題に出すことはなかったし、ずっと一人だったという彼女の言が正しいなら自分達の仲間と同行もしていない。
矛盾しているのだ。ならばどちらかに嘘がある。そして嘘をつくというのは後ろめたいことがあるという可能性が高い。
自分のような手合いに一度は遭遇していると見たほうがいい。その情報を隠す理由までは分からないし、これだって推測の域を出ない。
だから、隠していようがそうでなかろうが関係ないという方向性で打って出ることにした。恵を牽制することで、小細工する隙はないと見せたのだ。
目論見通り、恵には有効に働いたようだった。あの澄まし顔が一瞬でも凍りついたときにオボロには確信できた。
「まあ、俺は偵察なんかもやることがあるからな。目と耳が良くなければ務まらん仕事だ」
「ご明察通り、私はこの子を連れてたわ。保護とかじゃなく、単に会話中に騒がれたら困るからというのが理由だけど……」
観念した様子で、恵は袋を開ける。中からはにゃあと鳴き声を上げて動物がひょいと顔を出した。
「あっ、猫」
「おー。可愛い猫やな」
出てきた動物はネコというらしい。小さな体躯に三角形の耳、丸い瞳、しなやかな手足。トゥスクルでも似たような動物は見たことがある。
似てはいるが、それなりに異なる部分もあった。個体差なのか、それとも彼女らの文化圏において独自の発達を遂げたものなのか。
学者ではないオボロにはその程度の想像しか出来なかった。ぱっと華やいだ女性陣の様子を見るに、小動物が女性に人気なのはどの國でも変わらないらしいと思う程度だ。
「……それはいいわ。少し誤魔化されそうになったけど、私がこの子を連れてるからといって、それは信じる理由になるの?」
「ああ。……俺の守りたかった子も動物好きでな。よく可愛がっていた……。その子と重ねてるわけじゃない。
ただ、思いやる心がなければ、言葉も交わせない動物を連れて歩くなど出来ないことだ。それが信じる理由だ」
「そう……」
放送を信じるなら、亡くなったのはユズハばかりではない。アルルゥ、ウルトリィ。共に過ごす仲間が減ってしまった寂しさを噛み締めながら、
オボロは信じようと思ったもう半分の理由を告げた。疑わしい部分はあるにしろ、アルルゥのように好き好んで戦闘の役に立たない動物を可愛がれる精神性の持ち主なら。
信じてみたかった。可憐の友人であるということも含めて、今はそちらに賭けてみたかったのだ。
「オボロ……それって、ユズハさんのこと?」
「いや、別人だ。兄者が大切にしていた家族でな……。それ以上は、今は言いたくはない」
「……ごめんなさい」
これ以上口に出してしまえば、一旦は飲み込んだ怒りが再燃し、爆発させてしまう可能性があった。
可憐もそれが分かったようで申し訳無さそうに体を縮こませたが、「お前が悪いわけじゃないさ」と肩を叩いてやるとこくりと頷いてくれた。
気に病まれるよりは意図を察してくれる方が有難かった。今は、怒りを迸らせている時ではない。
651
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:34:33 ID:GCAYWBHk0
「そういうわけだ。協力し合えるならいいが、どうだ」
「……分かったわ。それじゃ、よろしくお願いするわ」
「こちらこそ頼む。俺はオボロ。で、あっちの団子頭なのが瑠璃だ。あっちの寝てるのは……まあ、起きたときにでも」
「けったいな説明せんといてや……」
「片桐恵。呼び方は好きにしていいわ」
言って、恵は焚き火から少し離れた場所に腰を下ろし、膝を抱えるように座った。歩き詰めだったのだろう、軽く息を吐くと膝裏をぽんぽんと叩き始める。
その様子を見ながら可憐は「あいつ、いつも通りね」と感嘆とも呆れともつかない調子の声を漏らす。
「知らない仲じゃないのに距離を取って、私は平気ですって顔してる」
「そいつの友としてはどう思う」
「実際冷静だと思う。見た目通りに、肝も据わってる感じ。本心じゃどう考えてるか知らないけど」
「疑わしいか?」
「全部信じられるかって言えば嘘になるわよ……。でも、そう簡単に人を殺したりはしないと思う」
自分に言い聞かせるように。どこか祈りを込めた様子で、可憐は言葉を紡ぐ。
友でさえ、ここでは殺し合う。オボロとトウカがそうしたように。願いの向きが僅かに異なるだけで、人と人は容易く刃を向け合う。
己や、己よりも大切な誰かの為に――。
「あいつだって、血の通った人間だもの。殺さなきゃ殺されるかもしれないで、はいそうですよって割り切れる機械のような子じゃないと思いたい」
「俺もそう思いたいものだ」
それで会話を打ち切り、オボロも元いた場所に腰を下ろした。
自分から仲間にしたくせに、疑わしきを見つけようとする己に少々嫌気が差したのだった。
必要なことではあるが、気分がいいものではない。謀略には向いてない性格だと思いながら、オボロは相変わらず熟睡している篝を見やった。
ついに会話中起きることがなかった。案外鈍いのか、それとも大事には至らぬと感じて寝ているのか。最初のころと大違いである。
何にせよ、彼女が起きたときに説明は必要だろうと思いながら、オボロもほんの少しの間、頭を休ませる意味で目を閉じることにしたのだった。
* * *
652
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:34:48 ID:GCAYWBHk0
多少計算外のことはあったものの、概ね結果は悪くないというのが恵の感想だった。
特にあのオボロという男、油断も隙もないということを先ほどの会話で見せてきた。
下手な気は起こさないほうが身のためだ、という釘を差されたに等しかった。
もちろん恵は最初から皆殺しにする気などなく……というより、人数の差から見ても相手にする気などなかった。
しばらく様子を見て、それなりに安全そうな集団であるならという気分で遠巻きに見ていたところを、先手を打たれた。
オボロがただ者ではないと理解すると同時に、やはり恵の実力などそんなものかという認識ができたことも有難かった。
所詮はただの女子高生。隠密行動のレベルだってたかが知れている。自分の力を過大評価せずに済んだという安心感さえあった。
可憐や瑠璃はともかく、オボロについては信用を置いていい。当面、戦闘に関する指示は仰いでおいても問題はない。
こちらとしては岸田さえ殺せればいいのだ。手段は選んでいられない。岸田は必ず殺す。
自分を邪魔し道を塞ぐ者、自分の行いを悪として糾弾する者も排除する。
どうせ何も失うものなどないのだから……。
(ただ……可憐には、いや、友達『だった』人たちには見られたくないものね)
失望されることなど分かりきっている。頭に思い描くまでもなく、友達などという薄っぺらい皮を剥ぎ取って罵倒という名前の槍を突き刺してくる光景は見えていた。
恵はその領域に踏み込んでしまっているのだ。もう戻れない。命が惜しいがために、道徳を破り捨ててしまったのだから。
想像は出来たが、いざ実践されるともっと酷いことになるのも、見えていた。現実はいつだって想像を上回ってくる。
ゆえに。既に渇ききっているこの心にもさらにヒビが入り、もっと壊れてしまうかもしれないと思えば……、
自分が人殺しの化け物であることなど、知られたくはなかった。見られたくはなかった。
(……ひとが、四人)
恵は周囲を胡乱な目で見た。目を閉じているオボロ。どこか落ち着かない様子の可憐。まら知らぬ少女の隣でぼんやりとしている瑠璃。
遠く、見えた。いや実際遠いのだ。同じ場所にいながら恵だけが離れている。望んで手を伸ばしても届かない。
私は、孤独だ。
当たり前になってしまった事実を再認識して、恵は自分の膝に顔を埋めた。
653
:
4+1
◆Ok1sMSayUQ
:2015/06/14(日) 21:35:02 ID:GCAYWBHk0
【時間:1日目午後21時00分ごろ】
【場所:F-5】
篝
【持ち物:なし】
【状況:右肩に銃創(治療済み)。寝。】
オボロ
【持ち物:打刀、水・食料一日分】
【状況:健康】
姫百合瑠璃
【持ち物:クロスボウ,水・食料一日分】
【状況:健康】
綾之部可憐
【持ち物:水・食料一日分】
【状況:健康】
片桐恵
【持ち物:デリンジャー、予備弾丸×9、レノン(猫)、水・食料二日分】
【状況:健康】
654
:
名無しさんだよもん
:2015/10/06(火) 01:03:20 ID:b2bcKfvg0
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