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【33:33:33】投下スレ【条件3:真相への到達】

1 クケケでグギャギャな名無しさん :2012/06/03(日) 06:44:08
作品発表用スレの3スレ目です。
作品に対する意見を募集する場合は、「仮投下」ないしは、それに準ずる注意書きをお願いします。

458 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:51:12
 小暮の方を見やる。あちらもあちらで、リッカーに囲まれている。

 冷たい汗が流れる体で、純也は拳銃を引っ張りだす。

 勝てる見込みはない。

 だが、ここで倒れるわけには……。

 引き金を引く。しかし痛みで朦朧とした意識で当たるはずもなく、無為に銃声を重ねるだけだった。

 そのうち銃を握った腕を舌で貫かれ、純也は倒れた。
遠くで小暮の怒号か悲鳴のような叫びが聞こえるが、その意味を知ることはない。

 死ぬ。漠然と風海は直感する。これまでも何度かあった死の危険。しかし、今度は絶対で、どうにもならないだろうと思った。

 じわじわと近づく蜥蜴の群れ。近くで見ることでわかったことだが、この異形には目が――視覚を司る器官が見られない。
もしかしたら、視覚がない分、聴覚に優れているのかもしれない。今更そんな推測、何かの役に立つとも思えないが。

 これまでか。純也は観念したように目を閉じる。

 遠くで、何かの足音がする。蜥蜴のそれとも人間のそれとも違う。例えるなら、トラやライオンのような猛獣の……。

 かすんだ視界が、その正体をとらえた。こちらに異形が近づいている。あれはなんと表現していいかわからない。
犬の奇形児が成長したらああなっているかもしれない。ところどころ、犬を思わせるようなパーツが黒い布の隙間から見えるのだ。
それは倒れている小暮を踏み潰し、純也の前を通り過ぎていった。
蜥蜴の群れの一部は轢かれ、その音につられるように群れは異形の後を追う。
しかしスピードが違いすぎる。そのうち追い切れず見失ってしまうだろう。

 チャンスだ。

459 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:51:35
 純也は残された命を振り絞って立ち上がる。腕はもう上がらない。指は――手はどこかへいってしまった。止血のしようがない。

 ピクリとも動かない梨花、脊椎や内蔵が潰れている小暮、首から上のない霧絵。 

 三人をぼんやりと眺めてから、純也は歩き出した。

 もう助からない。自分を含めて、誰も。


 だから歩いた。

 生きて脱出する。市民を保護する。

 それが無理ならせめて……。


 純也は霧の向こうにいた人物を見つけて、苦笑する。

 もし神がいるなら、感謝すればいいのだろうか。

 最後の最後で、願いを叶えてくれるなんて。


「兄さん」

 蹲っている男は、間違いなく兄だった。水明は純也を認めて、笑う。

 そして、腹を突き破られて死んだ。

「なんだ兄さん。そのおまじない、役に立たないじゃないか」

 胸元から腹にかけて書かれていた太陽の聖環は破られ、もはや皮に浮いた落書きでしかなかった。

 そこから飛び出したオタマジャクシのような生物は純也の首に食らいつき、食いちぎる。

 そこから先の記憶も意識も、純也にはなかった。

 ただ、諦めたような笑みを浮かべて倒れた。

460 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:51:50
〈B-3/湖畔〉

 対象となる生物――自分と遺伝子的差異のない生物――を追っていた彼が行き着いたのは、この湖畔だった。

 目の前で、水柱が立つ。それを反射的に見上げていたGは、次の瞬間には姿を消していた。

 ちらりと見えたのは、巨大な口。

 デルラゴ。Gと同じく、ここに呼ばれた存在。かつては皆に恐れられ、それゆえに誰もデルラゴが棲む湖には近づかなかった。
このようにして、捕食されるためだ。

 湖畔には再び静寂が訪れた。

 そして数秒後、静寂は再び破られた。
 
 水中から浮上したデルラゴはのたうち回り波紋と飛沫を撒き散らす。
透き通った水に戻っていたはずの湖は、一度目のサイレンのように赤く染まる。
やがて、腹を上にしてデルラゴの巨体がぷかりと水面に浮かんだ。

 その腹から、血の噴水。
中心には、Gが立っていた。その姿は、さきほどよりさらに異質なものだ。
皮膚は返り血もあって赤く染まり、上半身は右肩を中心に肥大化。
その右腕はより凶暴なものになり、デルラゴの腹を引き裂いたらしい巨大な爪は、臓物と体液がこびりついている。

「UAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

 Gは叫んだ。その腕には、どろどろに溶けた骸があった。
 かすかに残る髪の毛や骨格から、Gはそれが対象であると、かつての娘の姿だと察した。

「UAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

 この咆哮の意味するところはしれない。大切な母体の喪失によるものか。
 それともどこかに残った父の性がそうさせたのか。

「UAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

 誰にも――Gにさえも、わからない。

 そばにそびえる時計塔は、ただ淡々と時を刻むのみ。

461 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:52:06
〈C-2/教会〉


「父さん!」

「シェリル!」
 
 その声に、先行したシビルを押しのけて、ハリーは駆け出す。

 自分を求めて走ってきた娘を片腕で抱き上げた彼は、久方ぶりの笑みを浮かべた。

「嘘……本当に……」
 狼狽するシビルをよそにメイソン親子は再会を喜ぶ。
その光景にともえは安堵しつつ、同時に悲しみを感じた。
彼の娘が見つかってよかった。しかし、一方で自分の父は……。

「ちょ、ちょっと待ってハリー」

 娘をおろし、背負っていた美耶子を祭壇に安置したハリーはなんだとシビルに顔を向ける。

「おかしいわ。だってシェリルはもう」

 早口で掻い摘んで過去の事件を説明した。シェリルの失踪から始まり、ギレスピー親子の悲劇のこと。
そしてアレッサとひとつになったシェリルの最期。つまり、ハリーが自分と異なる時代から来ているということ。

 しかし……。

「その、シビル。私も作家の端くれだ。そういう考えを否定する気はない。しかし……」

 困ったように悩んでいるハリーに、シビルは違うと悲鳴を上げた。
まるで『あなたは疲れているんだ』と言われているようなのが癪に障ったようだ。

「ハリー、話を聞いてちょうだい」
「ああ、とりあえずここを出てからだ。行こう、シェリル」
 手を引かれた少女は、しかし首をふった。
「だめ。この街を出るんでしょ?」
「そうだ。帰ろう」 
「だめなの。私はこの街から出られない。だから一緒にここで暮らそう?」
 娘のわがままにハリーは訝しむ。
しかし、それがただのわがままではなく、自身の運命を告白しているのだとすぐに気づいたようで、叱ることはなかった。

462 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:52:20

「私はあなたの娘としての記憶。肉体はもうどこにもない。この街の助けがないと、この形を保てない。だからここから出られない」 
 ここではじめて、ハリーはまともにシビルの話を聞く気になったらしく、彼女の方に目を向けた。
「……そうよ。あなたの娘はもう、どこにもいない。いえ、正確には……」
「ここなの!? アレッサ!」
 シビルの声をかき消すように、乱暴に扉が開かれた。そばにいたともえはびくりと肩を震わせる。
場の雰囲気にのまれて、周囲の警戒を忘れていた。
「……父さん?」
「君は?」
 歩き始め――焦りからか、早歩きになる女性に、ハリーは警戒からか、背後に娘を隠す。
「生きてる……それだけじゃない。昔の姿そっくり」
「『父さん』って……まさかあの時の赤ん坊が」
 警戒するハリー。何かを察したらしいシビル。その二人の目の前で、女性は立ち止まった。
「そう……そうよね。今の私じゃ、わかるわけないわよね」
 女性は、何かを決意したようにハリーをまっすぐに見る。
「私はヘザー。いいえ、シェリル・メイソン――――あなたの娘よ」
 女性――ヘザーは、「信じてもらえるかわからないけど」と付け足して目をそらした。

「すまないが、にわかには信じられない」
「そうよね。過去を知ってるこっちはまだしも、まだ知らない先の話なんて」
「あなたが『ヘザー』ね。渡すように頼まれていたものがあるのだけれど」
 シビルから手渡された人形に、ヘザーは不思議そうな顔をする。追い打ちのように手紙も渡す。

 それに目を通したヘザーは一言。
「気持ち悪い」
 人形も手紙も放り捨てた。
「そうでしょうね」
 シビルは否定しなかった。
「それで」
 ヘザーはハリー――その向こうにいるシェリルに向き直る。
「これはどういうことかしらアレッサ」
「私は、この人と一緒にいたい」
 ハリーの影からシェリルが前に出る。
「だからアレッサと分かれたの。私はシェリルでいたいから」
「ということは、アレッサは別にいるってこと? あっちを倒さなきゃここからは出られない?」
「その必要はないよ。だってもう、この世界は壊れかけてるから」
「待って。じゃあこの街はどうなるの?」
「完全に力を失ったこの街は、外の世界とのつながりを取り戻す。
その前に私の中にある魔力で最後のサイレンを起こして、この世界を裏返す。ひとつの世界として独立するの。
元に戻ったサイレントヒルの裏側で、誰にも認識されない世界として」
「そんなところに父さんを閉じ込める気? 正気なの?」
「ほかに方法がないから。外界で生きる術はあなたに託してしまったから」
「父さん、聞いた? こんなことに付き合ってられないわ。私と出ましょ」
「ま、待ってくれ。私は」
 腕をつかみ引きづられるハリーはヘザーとシェリルを交互に見る。
どちらも自分の娘とはわかりつつも、かといってどちらかを選べないようだ。

463 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:52:31

「待って!」
 額に手をやっていたともえが顔をあげる。
「何か来る!」
 倒れる扉。その向こうに見えるのは闇のそれ。
 黒い煙を立ち上らせ、獣のそれは唸りながら走ってくる。目標はハリーとヘザー。いや、その後ろにある祭壇か。
「ああ、もう」
「またか」

 ヘザーは面倒そうに後頭部を掻き、ハリーは溜息をつく。

「あれをやるよ父さん」
「あれ? そうか、あれか」

 疾駆する異形相手に、二人は武器を構えなかった。
あくまで自然体で、適度に力の抜けた理想的な体勢。

『せーのっ!』

 同時であった。ふたつの蹴りが一閃。交差する場にいた異形の頭部はまるで潰れた紙細工のようにクシャクシャに歪んだ。
その威力はそれだけにとどまらず、紙切れのように吹き飛ばされた異形は教会の長椅子をなぎ倒し、壁に激突してようやく止まった。

「昔はもっとすごかったって言ってたけど、本当だったのね」
「なるほど。本当に私の娘らしい」

 お互いを称える二人をよそに、シビルはその異形に銃を構える。
黒い煙は未だに上がり続け、まるで憑き物が落ちているかのように、その正体があらわになっていく。
 シビルの手に、ともえの手が添えられ、そっと銃口が下がった。
「もう、これ以上は……」
「……そうね」
 黒い煙の中にいたのは、小さな犬だった。汚れてはいるが、元は白い毛並みだったことがわかる。
よろよろと立ち上がった犬は、おぼつかない足取りで祭壇へと向かう。
そして一言、くぅんと鳴いて、祭壇の下に体を横たえた。
「飼い主のところに帰りたかったのかしら」
 銃をしまうシビルに、わからないと首をふるともえ。

464 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:52:58


「これで娘だってわかったかしら」
「ああ、そうだな」 
「だったら」
 ヘザーは手を差し出す。
「だから」
 ハリーは背を向けた。
「私は、ここに残る」 
「どうして」
 納得できないと、表情で雄弁に語るヘザーにハリーは笑う。
「今のでわかった。君は私の自慢の娘だ。今の君なら、外の世界でも、私がいなくても、きっと立派にやっていける。でもこの子は違う」
 シェリルに目を向けるハリー。
「けどそいつは」
「たとえ作り物であったとしても、この子はシェリルだ。私の大事な娘だ」
 だから置いていけない、とシェリルの前で屈みこむ。
「あっそ。そうなんだ」
 やけにあっさりと了承するヘザーに、シビルとともえは顔を見合わせた。
ずいぶんと物分りがいい。ここまでドライな関係だったのだろうか。
「すまない」
 一度振り返り詫びた後、ハリーはシェリルを抱きしめた。

「せいっ」

 その無防備な後頭部へ、ヘザーは蹴りを見舞った。

 鈍い音の後、ハリーはゆっくりと倒れた。

「死んだんじゃない」
「生きてるわよ……多分」

 傍観している二人の前で、ヘザーは父親を背負う。

465 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:53:44

「悪いわね、シェリル。あなたの気持ち、わかっているつもりよ。でも、私の父さんでもあるから」
 シェリルは首をふった。
「こうなるだろうなって思ってたから。だって私だもん」
 彼女は苦笑する。
「もう一度会えて、娘だっていってくれただけで、もういいんだ。もう、アレッサのところに戻るね。
自分の始末は自分でつけなきゃ。父さんに叱られちゃう」
「……こう言うことが正しいのかわからないけど、あんたも私の一部だと思ってるから」
「うん。今度は死なせちゃだめだよ」
「わかってる」
「帰り道を教えてあげる。このままずっと北に向かって。カフェの前を通って、コンビニの横を抜ければ、そこから出られるよ。
後は戻りたい世界があれば、霧の向こうに行ける」
「ありがとう……って言うのは変かしらね」
「私にもわからない。ある意味自業自得だしね」
 シェリルは笑い、ヘザーもつられて頬を歪めた。

「じゃあね」
 消えていく過去の自分から目を背けるように振り返ったヘザーは、シビルとともえに目を向ける。
「私は行くけど、あなたたちはどうする? 私を止める?」
「まさか」
 シビルは肩をすくめた。
「家庭の事情に首を突っ込むほど警察は暇じゃないわ。
とりあえず、この事態は時間が解決するにしても、それまでに保護できるだけの人は保護しておかないと」
「…………あ」
 ヘザーはバツが悪そうにうつむき、「忘れてた」とつぶやく。
「一人、学校の裏山に放ってきちゃった。拾ってきてくれないかしら」
「いいわよ。詳しい場所は?」
「えっと地図は……あれ? ごめん、ちょっと出してくれる?」
 ハリーを担いでいるため、うまく取り出せないヘザーはともえにポケットを探るよう頼む。
「わかった。……見つからないわ」
 困った顔をするともえに、ヘザーは首をひねる。
「これは推測なんだけど」
 シビルは顎に手を添えている。
「この街が元に戻ろうとしているなら、それに不都合なもの――儀式に関係するものや魔力で創りだしたものは消えてしまうんじゃないかしら」
「シェリル……」
 ヘザーは溜息をつく。
「消える前に言っておきなさいよ」

466 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:54:08
「いいわ。とりあえずしらみつぶしに探しておくから。たしか西……左回りね。名前は?」
「アベ。チンピラみたいな男だからすぐわかると思う」
「OK。あなたはどうする?」
 ともえは少し考えこんでから顔を上げた。
「私はハリーの目になるといった。その役割を終えたのなら……」
「そういうつもりならちょうどいいわ」
 ヘザーは自身の父親を顎で示す。
「私こういう状態だから、道案内人が欲しかったのよね。さっき見てたけど、あなた、他人の目を借りたりすることできるの?」
「どうしてそれを」
「そのアベってやつも同じことできたからよ」
「……そう。そうよ」
 話が早い。隠す必要がない。ともえは素直に認めた。
「じゃあよろしく。多分、同じ場所にはつかないだろうから、途中までだけどね。あなたも自分の帰る場所へ帰るといいわ」
「私は……」
 結局、自分は何もできなかった。ここで戻れば、そういうことになるだろう。それでいいのだろうか。
しかし、これ以上ここにいても何かができるとも思えない。

「自分は役立たずだって、凹んでるの?」
「どうして」
「『どうしてわかるの』って? 私もそうだったから。今もそうよ。
どうにか取り戻せたものはあったけど、なくしたままのものもある」
 ヘザーは自嘲するような笑みを浮かべた。
「もっと外の世界を見なさい。そうすれば、自分に何が足りないか、何が必要なのか見えてくるかもよ」
「外の世界……」
 それは、この街の外、という意味ではないだろう。自分の元の世界、夜見島の外、という意味だろう。
憧れていた都会――本土のことだろう。
「…………」
 ともえは何か考えこむように俯き、やがてシビルに向かって顔を上げた。
「お願いがあるんだけど、いい?」
「職務の範囲内ならね」
 苦笑して肩をすくめる彼女にともえは微笑む。
「ジルという女性に会ったら、伝えてほしいの」
 少し躊躇したが、決意を込めて言う。
「夜見島で待ってるって」
 今の自分じゃ、ここに残っていても何もできない。だから、外の世界を目指す。
ケビンとジルに胸を張れるような、そんな人間になれるように。
彼女には、そんな人間になれた自分を見て欲しい。欲を言えば、認めて欲しい。

 誰かを守れるような人間になりたい。
 自分の“譲れないもの”を実現するためにも。

467 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:54:30

「わかったわ」
 ともえの眼差しに何かを感じ取ったのか、シビルは快諾した。


「ヘザー、余裕ができたら会いに行くわ」
「親子で歓迎するわ」
「ともえ、あなたも元気でね」
「ありがとう」

 エンジン音を伴って去っていくシビルの背から、ヘザーへ視線を移す。
「短い間ですが、この太田ともえ、身命を賭してあなたたちを送り届けます」
「期待してるわ」
 ヘザーの笑みにともえも返して、二人は歩き始める。

 ここでの自分の戦いは、もう終わる。

 本番は、向こうへ帰ってからだ。

 未来に向かって、彼女は一歩ずつ、小さいけれども確かな一歩を刻んでいく。 

 その姿には一本、芯が通っているようだった。

468 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:54:41
〈D-3/研究所〉

 さぁ行こう。
 そう促す三四の声と、サイレンはほとんど同時だった。
 あたりの風景はがらりと変わり、周囲に霧が満ちていく。

 ひたり。ひたり。

 どこかで足音がする。

 こちらに近づいてくる。

 レオンが合流しようとしているのかと思ったが、足音が違う。
 これは靴が地面を擦る音ではない。

 裸足で……。

 霧の入り込んだ廊下の奥から、一人の男が現れた。
 青白いを通り越して、真っ青な肌の男。
 首から左腕はドス黒く染まり、その先にある爪はまるで猛獣のようで。

「…………ミヨ?」

 相談しようと彼女を振り返った。
 彼女は自分を見ていない。その男を見ている。

 彼女に腕を掴まれた。

 ぐいっと引っ張られた。

 途端に、体中を熱が走った。

 熱い。

 いや、寒い。

 気が遠くなる……。

 あれ、足が動かない。

 立てない……。

469 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:55:11


 三四は右腕を左手でおさえる。彼女の右手は足元のジェニファーと一緒に転がっており、役目を終えていた。
とっさにジェニファーを盾にしたが、それでも右手を落とされてしまった。
止血点をおさえているため、失血死の危険性は低いが、それでも丸腰だ。無防備になっている。

 しかしどうして。

 さっきまで、何の気配もなかった。

 隠れていた? それがサイレンと霧に紛れてやってきた?

 わからない。むしろ、直感で考えるなら、霧の中に突然現れた、という印象だ。

 そんな疑問や動揺を浮かべながら、三四はその怪物に背を向けて走った。

 ともかく、助けを呼ばなければ。

 自分はまだ、ここでは死ねないのだから。




「よかったですね。機械が無事で」
「ああ。おまけにリーチときてる。こりゃ本当に後は登るだけかもな」
 嬉しそうに恭也に話すジム。しかしその顔は暗い。汗が額を濡らし、かといってそれを彼は拭いもしない。
エレベーターで一階に戻った四人はぞろぞろと鉄の箱から出てくる。最後に出てきたジムは「ちょっと待った」と小さく声を上げた。
「悪い。疲れちまった。少し休ませてくれ」
 了承を待つことなく、ジムは壁に背を預けて座り込んでしまった。
「俺はいいですけど……」
 恭也はジルと三沢に目を向ける。
「色々あったしね。たしかに疲れもするでしょう」
 そういうジルからはまったく疲労は見られない。三沢も同様だ。
ただ、彼らは軍人や警官で、それは当たり前なのかもしれない。
「残りの材料はどこにある」
 三沢はジムの前で屈みこむ。
「心当たりは」
「ない。ただ、黒くてでかい海パン野郎の血ってだけだ。そいつがどこにいるかわからないと」
 三沢は小さく息をもらして立ち上がる。
「ここを探してみるか」
「それしかないようね」
「あ、じゃあ俺ジムさんについてますよ」
「…………」

470 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:55:27
 ジルは考えこむ。たしかに今のジムを連れて回すのは酷だ。
襲われた時のリスクもある。かといってここに置いてきて戦力を分散するのもどうだろうか。
「おい」
「待って。今考えてるから」
「そうじゃない」
 三沢は顎で壁の向こうをさす。
「悲鳴だ。若い女の」
 



「誰か……」

 叫び疲れた喉が痛みを訴える。こんなことならレオンを行かせるべきじゃなかった。
あの怪物の移動速度が思った以上でなかったのが幸いか。

 長時間の圧迫と乱雑ではあるが的確な止血で自由になった左腕で発砲。

 効くとは思えないが、叫ぶ代わりだ。

 エントランスホールまで逃げてきたが、いよいよ後が無い。
 ここから上にあがるか、外に出るか……

「いたぞ!」
 背後の扉が開き、誰かがやってきた。自衛隊に、若い女に少年……よくわからない組み合わせだ。

 だがありがたい。

「助け……」

 かすれた声を絞り出す。

「キョウヤ!」
 そう呼ばれた少年が自分に駆け寄る。
「こっちへ」
 頷く三四は、そのまま彼らのいた部屋へ導かれる。そこには疲れた様子の黒人男性が座り込んでいた。

 その顔は俯いているためわからない。
「ここにいてください」
 それだけ言って、少年は出て行く。三四はようやく一息ついて、その場に座り込んだ。
体が熱い。汗がどっと流れてきた。足も震えて悲鳴を上げている。
弾切れの銃を放り出し、額の汗を拭う。片手は失ったが、どうにか生き延びた。
レオン以外の戦力も得た。あとは……。

471 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:55:38
 肩で息をする三四に、影がかかる。
 緩慢な動きで彼女は首をそらす。

 黒人男性が、自分を見下ろしてた。
 
 濁った瞳と、うめき声を伴って。

 三四は悲鳴を上げようとする。しかし喉は動かず、空気の抜ける音が虚しく響いた。

 拾った銃は虚しい音を奏でるだけ。

 嘘だ。
 
 自分はこんなところで死ぬ人間ではない。

 自分は神に――――





「なんとか倒せましたね」
 恭也は予備弾倉まで使い果たした9mm機関拳銃を置き、H&K VP70に持ち替える。
「ああ」
 三沢は手際よく89式小銃の給弾を済ませる。こちらはまだ弾薬があるので銃を替える必要がない。
彼はグロック17とハンドガンの弾をジルに差し出した。
「使うといい」
「ありがとう」
 武装で不安な点が残ったのはジルだった。持っていたショットガンは弾切れ。予備にしていたハンドガンもたった今使いきった。
「あ、だったら俺も」
 弾たくさんありますから、と渡そうとした恭也に、ジルは首を振った。
「気持ちだけもらっておくわ」
「でも」
 ハンドガンの弾をM92とM92Fカスタム"サムライエッジ2"に詰めている彼女は苦笑する。
「私は狙って当てられるから。量より質よ」
 そう言われると恭也は返す言葉もない。不慣れな以上、仕方のないことだが、彼は弾をばらまいてしまう。
言い換えれば、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、なのである。無駄弾がジルに比べて多すぎるのだ。
そんな彼から弾薬を取り上げることは、早々に戦力外になってしまうことを意味する。
「す、すいません」
「そのうち鍛えてやる」 
 バツの悪そうな恭也に、三沢はぼそっと呟いた。それにジルは再び苦笑。ぶっきらぼうではあるが、根は優しい人間のようだ。

472 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:55:54
 さっきの戦いだってそうだ。

 恭也が本来当てるべきところを、三沢がカバーするように的確に当てていた。
ジルに比べて三沢の弾薬の消費が激しいのはそれが原因だ。

「『黒くてでかい海パン野郎』ってこれのことですかね」
 恭也はうつ伏せに倒れている大男に目を向ける。病的というか、もはやこれが本来の体色なのではと思われる程青い肌。
不自然に発達した左腕。どう見てもまともな人間ではない。黒くはないが、途中で変色したのかもしれない。
海パンは、途中でなくしたのかもしれない。

「どうかしら。一度確認させた方がいいわ」
 ジルとしては、似たような生物をいくつか知っている。
もしそれらと同種――それこそ似たような生物でいいというならいいが、特定の種類に限られている可能性もある。

「大丈夫なのか、あの男は」
 本人がいた手前、今まで口にしなかったのだろう。三沢の疑問に、ジルは顔をしかめた。
「わからない。限界が近いのかもしれない。……そういえばキョウヤ、さっきの人は?」
 戦闘に――狙われていた彼女から自分たちに――集中させるために前へ出ていたため、彼に任せた後のことをジルは知らない。
「ああ、ジムさんと一緒の部屋に避難させましたよ」
「…………」
 その軽率さを叱るべきか、そんな彼に任せた自分を省みるべきかジルは悩んだ。
「しかたない。他の部屋の安全が確認できない以上、あの場ではああするしかなかった」
 それを三沢がフォローした。
「それにあの人、銃を持ってましたし、何かあれば叫びますよ。さっきみたいに」
「……そうね」
 釈然としないものを感じながらも、ジルは頷くしかなかった。

「じゃあ俺、ジムさん連れてきますよ」
 恭也は扉に手をかけ、開く。その先を見たジルは、その光景に既視感を覚えた。
女の体に馬乗りになっているジムの背中。下の彼女はビクビクと震えているだけで、何の言葉もない。
こちらに気づき、振り向いたジムの口や顔は、血に染まっていた。
「ジムさん……?」
 立ち止まり、呆けている恭也に、立ち上がったジムは覆いかぶさろうとする。
 ジムはもう、恭也を仲間と見ていなかった。
 ただ、新鮮な肉としてしか見ていなかった。
 恭也は動けない。あまりのショックに、ジムの変貌を受け入れられないでいるようだ。
 ジムは血と、肉が引っかかった歯を恭也に突き立てようと大きく口を開いた。

473 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:56:13
 
 その口に、小銃の銃身が突っ込まれた。

「もうこいつは、ジムじゃない」
 喉を潰すように三沢は小銃を押してから引き抜き、同時にジムを突き飛ばす。
ある程度距離が開いてからマグナムを構え、躊躇なく引き金を引いた。頭の半分を失ったそのゾンビは、うめき声もなく倒れた。

「そんな……」
 そう嘆いたのは恭也か、ジルか。三沢は頓着せず、倒れている女にも銃弾を浴びせる。おまじないだ。
恭也は放心状態であったが、ジルは経験もあって、こちらに近づく足音にすぐ気がついた。
ジムのあの陽気な言動を頭から振り払うように銃を構えて振り返る。

 そこにいたのは、ラクーン市警の制服を着た若い男だった。
「撃たないでくれ。俺はレオン・スコット・ケネディ。警官だ」
「え、ええ……」
 数瞬、ケビンを想起してしまっていたジルは、わずかに遅れて銃口を下げる。 
まだ警察署がまともに機能していた頃、この青年を見たことはないが、おそらく新米なのだろう。
マービンあたりがそんな話をしていたような気がする。
「私はジル・バレンタイン。元“S.T.A.R.S.”よ。あなたの先輩になるのかしら」
「あ、ああ……」
 するとレオンは気まずそうに視線を下に逃がした。
「どうかしたの?」
「着任早々、大遅刻してね」
「多分、咎める人は誰も居ないわ」
 笑えばいいのか怒ればいいのか、ジルはわからなかった。
「あなただけかしら」
「あと二人、さっきまで一緒にいたんだが、一度別れてな。探してみたら、一人の女の子はもう……」
 レオンは俯く。しかしすぐに切り替えたようで、顔を上げた。
「ミヨ……東洋人で黒尽くめの女性を探しているんだが、見なかったか?」
 その顔は、せめて残りの一人は絶対に助け出してみせると、雄弁に語っていた。
その青臭さは、ジル自身も昔は持っていたものだった。自分の力で市民を守ってみせると、信念や覚悟に燃えていたあの頃。
「…………」
 ジルは言葉にするのを躊躇った。かわりに体をずらし、レオンからは見えなかったであろう部屋の奥を示した。

474 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:56:28

 青年から息を呑む音がする。

「どうしようもなかった」
 会話を聞いていたのだろう。三沢が二人のところへやってきた。
「人員も情報も足りなかった。自分の身を守るのに精一杯で、それどころではなかった」
「くっ」
「レオン!」
 声を上げるジルの前で、レオンは三沢の胸ぐらを両手で掴む。しかしすぐに放し、ずるずると膝をついた。
「なんで……」
 なんで守れない。なんでこうなってしまう。彼の言いたいことはジルにもわかった。
「悪いが悲しんでいる暇はないぞ」
 今度は三沢がレオンの胸ぐらを掴み、横へ投げ出す。
そのまま銃を構えると、先程の大男に向けた。
 見れば、倒したはずの異形は痙攣を繰り返し、立ち上がろうとしていた。
左手の爪はより大きくなり、無表情であったそこには凶悪な怒りを浮かべている。
右胸には亀裂のできたコブのようなものができ、それは肥大化した心臓だと思われる。

「あれは」
「知っているのか」
「似たようなのをさっきな。そいつの血を」
「それってもしかして、ワクチンの」
「ああ、そうだ。知っているのか」
「話は後だ」
 三沢の放つ銃火に合わせて、レオンとジルも発砲する。
遅れて気がついた恭也がそれに加わった。

475 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:56:42
〈A-3/雛城高校〉


 結局、それ以上の弾どころか、銃を構える必要もなかった。
三角頭の断罪者はすごすごと引き返し、その姿は小さくなっていく。

「裁く罪――咎人がいないと判断したか」

 あれはまるで興味がなくなったようだ。
宮田は銃を収め、あれを追うべきか考える。
あれの向かう先には別の罪があるか、異形の本拠地があると考えられる。
闇雲に走り回るよりはよっぽど無難ではあるが……。
しかしそこに『がいこくのお姉ちゃん』がいる保証は……。

「お願いがあるの」

 振り向けば、先程別れたおかっぱ頭の少女がいた。

「お願い?」
「この世界を終わらせて欲しいの」
「…………」
「それが『がいこくのお姉ちゃん』のお願いでもあるから」
 そして少女は、この怪異の成り立ちとそれにまつわるすべてを宮田に聞かせた。
すべて、『がいこくのお姉ちゃん』から直接聞き出したものらしい。
今までそれができなかったのは、この街の力に抑えこまれていたせいだという。
その枷が外れ、『がいこくのお姉ちゃん』のいる場を見つけられるようになったのが先程らしい。

「つまり真実を渡すから、見返りに救済をしろと。そういうことですね?」
 少女は頷いた。
「私はこの学校に縛られているから。お姉ちゃんたちと、皆を救ってほしいの」
 異世界の霊魂は黄泉の門から元に戻る。その記憶によって構成された建造物等もいずれ消滅する。
肉体を持つ生者は自力で脱出できるし、近しい者が救いに来ることもあり得る。
 しかし、それ以外の者とこの歪な世界そのものは残ることになる。
 その後始末を自分に頼みたいということだ。

「もししてくれるなら」

 少女は丁寧にたたまれた求導服と、その上に置かれた土偶のようなものを宮田に差し出した。
「あげる」
「なるほど。報酬としては充分すぎる」
 そもそも、それが自分の目的でもあるのだ。拒む理由などない。

「いいでしょう。僭越ながら、引き受けさせていただきます」

 これが宮田司郎の終わり。

 これが牧野慶の始まり。

476 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:57:46
〈D-3/研究所〉

「弾切れだ!」
「こっちもよ!」
 レオンは歯噛みした。もはや『泣けるぜ』なんて軽口すら出てこない。

 藤田も、あの少女も、三四も、ジェニファーも、

 皆死んだ。

 守れなかった。

 自分の力が足りないから。

 こんな状況だから。自分は新米だから。
いくらでも言い訳はできる。しかし、レオンはそんな言い訳で自分を許したりはしない。
許せないからこそ、こうやって苦悩する。

「俺達でなんとかしますから、二人は下がってください!」

 こんな少年にまで心配される始末だ。

 少年と自衛隊員が前に出る。見殺しにした藤田の姿が脳裏をよぎる。

 もう嫌だ。

 レオンは役立たずの銃を放り捨て、コンバットナイフを構える。そして前の二人を押し抜けて突進した。
「おい、よせ」
 三沢の制止を振りきって、ナイフを腰だめに構える。突進力を利用した刺突。これなら有効かもしれない。
「もう、誰もやらせはしない」
 命懸けの突進。いや、これ以上守れないなら、いっそ本当に。

477 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:58:07

 レオンの刃は大男に届かなかった。

 その異形が、高く跳躍したからだ。

 巨体は自分はもちろん、少年と自衛隊員を飛び越え、

 ジルに向かった。

 彼女はナイフを取り出した。しかし間に合わない。

 間に合ったとしても、女の細腕と小ぶりなナイフ。

 どうしようもない。

 体液が飛び散る。

 悲鳴が上がる。

 

 着地に失敗した大男は、撃たれた両の目をおさえて蹲り、もがき苦しむ。

 レオンとジルは、出入り口に目を向けた。

 銃声はふたつ。

 エントランスホールに入ってきた影もふたつ。

「クリス!」「アーク!」

 その二人の男に、二人は見覚えがあった。

478 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:58:25
〈ジル達に接触する数十分前〉

 対アンブレラ特殊私設部隊と銘打ったはいいものの、まだ作りたての組織で、専門の人間など自分を含めて数人だ。
だから大部分はアメリカ特殊作戦軍の兵士で賄っている。
人員不足のこちらと、先のことを考えて発言権を手に入れたい米国の利害が一致したのだ。

「クリス、ジルのことは」
「もういい」
 ヘリの中、クリス・レッドフィールドの左に座るバリー・バートンはバツが悪そうに頭を掻いた。

 ジルがラクーンシティで消えて久しい。
バリーが救助に向かったが、彼女には接触できなかった。
彼が言うには、ラクーンシティにあと少しで到着するというところで濃霧が突如出現し、気がつけば通り過ぎていたという。
そこで滅菌作戦は発動され、結局着陸すらできないまま帰還するしかなかった。
別件で現場にもいなかった自分が批難することではない。

 その濃霧がなんだったのか解明されないまま、今度は別の場所でそれは起きた。
中西部にあったラクーンシティから随分離れた北東部で、謎の濃霧が発生したのである。
それだけなら偶然の一致、天変地異で済ませていたところだ。
しかし、その濃霧を境に大量の失踪者やゾンビ、B.O.W.が出ているとなれば話は別だ。
クリスは組織されたばかりの部隊を米軍兵士で補強し、現地へ飛ぶことを決めた。

「バミューダトライアングルというものがあります」
 
 クリスの右に座るレベッカ・チェンバースは得意そうに語る。

「迷信だぞそれ」
「例えばの話です」
 バリーの指摘に頬を膨らませたレベッカは、クリスの視線に促されるように続ける。
「その海域では昔から、船舶や航空機、あるいは搭乗した乗務員のみが消えてしまうという伝説があるんです」
「ラクーンシティにも同じことが起きたと?」
「仮説ですけどね。そしてその出口が、今回の現場になっているかもしれません」

 報告によれば、その濃霧を調べようと現地の警察や報道機関が向かったらしい。
当初はバリーのような“空振り”を続けていたが、ここ最近は違うという。
 入ったまま出てこないのだ。それと入れ替わるように、ゾンビやB.O.W.が現れている。
感染拡大を防ぐため、その時点で一帯は完全封鎖。非常事態宣言が発令された。
軍隊が警備と隔離を進める一方、自分たちに出動が要請された。

479 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:58:44

 この件に関し、アンブレラは関与を否定している。
そもそも今の糾弾と裁判の対応に追われている状況を考えれば、覚えがあるにしても知らぬ存ぜぬで通すだろうが。
 
「突入します!」
「わかった」

 パイロットの声に、クリスは立ち上がる。自分たちが乗るヘリを先頭に、後続の部隊がきちんといることを確認する。

 霧を抜けたそこには、街があった。

 まるで悪夢のような街が。

「おい、向こうに見えるのはラクーンの警察署じゃねえか」
「あっちにあるのは時計塔ですよ多分」
「詮索は後だ」

 クリスは備え付けの通信機を手に取る。

「これより機銃掃射によるランディングゾーン(着陸地点)の形成を行う。
その後、その場をコマンドポスト(司令所)として運用する。以降は到着次第指示する」

 スピーカーから発せられるいくつかの『ラジャー』。

「ウヨウヨいやがる」
 窓の外を見るバリーの下で、ゾンビやB.O.W.が機銃によって散らされていく。中にはクリスが見たことのないタイプもいる。
「着陸後はどうするんですか」
「ブリーフィング通り、バリーはアルファチームの指揮をして探索、レベッカたちブラヴォーチームはCP(コマンドポスト)を拠点にして要救護者と負傷者の手当と搬送」 
「自分はワンマンアーミーか」
「ジルと合流するまでだ」
 重々しく着陸したヘリの扉が開いた。クリスはコルトパイソンを構えて降りていく。
「バリー、後の指揮は任せるぞ」
「気ぃつけてな」
 機銃によってバラバラになった死体が転がる道を進む。目の前に霧のかたまりが見えた。
いや、何かが霧を纏っているといった方がいいか。
 近づいてみれば、それは客船だった。老朽化が見られるが、立派な船だ。
それが動き、遠くへ行く。あの方角は、バリーが警察署があると言っていたはずだ。

480 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/02/29(月) 23:59:18

「クリス」
 霧に消えた客船からそちらへ振り返る。
「クラウザーか」 
 別のヘリにいた兵士がそこにいた。ジャック・クラウザーはアメリカ特殊作戦軍から派遣されており、自分の部隊の所属ではない。
しかしこの男はどうにも放っておけないところがあって、折にふれては接触していた。
「これがその……B.O.W.なのか?」
 足元にある残骸にクラウザーは顔をしかめる。
「そうか。初めてだったな」 
 戦地で数々の武勲を立てた男でも、それは通常の戦場だ。B.O.W.が跋扈する場所は経験していないのだ。
彼にとってB.O.W.はCryptid.(未確認生物)と同じなのだろう。
「ブリーフィングで教えただろ?」
「ジョークだと思っていたよ」
 たしかに冗談だとも思いたいし、悪い夢で終わらせたい。クリスは苦笑した。
「ついてくるか」
「いいのか?」
「B.O.W.との付き合い方を教えてやる。もっとも、歴戦の兵士には釈迦に説法かもしれないが」
「そんなことはないさ」
 クラウザーはバツが悪そうに首に手をやった。
 似ているのだ。
 自身の力に満足せず、常に力を求める。それがたとえどんなに危険な力であっても。
 あのアルバート・ウェスカーのように。
 自分に何かができるとは思えないが、目を離せない危うさがあるのだ。
短い付き合いになるかもしれないが、その間だけでも側においておきたい。
 
 市街地戦というのは死角が多い。
機銃が届かない場所も多く、かといって生存者の確認がある以上爆破することもできない。
大きな通りの敵は一掃できても、危険が完全になくなったわけではないのだ。

「どうだ。慣れたか」
 何匹目だったか。クラウザーは倒れたハンターに向けた銃口をおろした。
「でかい爬虫類で、人間よりタフな生物」
「そうだ。そういう考え方でいい。必要以上に恐れる必要はない」
 ホテルに入ったクリスは、慎重に中を探る。
「距離と弾薬にさえ気をつければどうとでもなる」
 階段を上がると、長い廊下の左右に扉が並んでいる。
 
 そのうちのひとつがわずかに揺れた。

481 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:00:43

 クリスは片手を上げてクラウザーに『待て』のサインを送り、そこに近づく。
 慎重にドアノブを回し――――

 何かに気づいたクリスは横に飛んだ。そのまま廊下に伏せた格好で扉に銃を向ける。
 
 扉は勢いよく開き、中から銃口が突き出された。

 罠だ。

 クリスに何者かの銃が向けられた。

「クリス!」
「止せ、撃つな」
 クラウザーはピタリと動きを止める。
「人間……か?」
「お互いにな」
 茶色の短髪の男性が廊下から出てきた。緑のアウターに白のインナー、カーキ色のズボンを履いている。
「対アンブレラ特殊私設部隊のクリス・レッドフィールドだ。君たちを助けに来た」
 立ち上がったクリスに、男は少しバツが悪そうだ。
「あー、すまない。悪いが間に合っている。私立探偵のアーク・トンプソンだ。ここには友人を探しに来ている」

 アークの話によればこうだ。彼はラクーンシティにいる友人を独自に捜索したが、一向に見つからない。
軍に保護されていないか、あるいは死亡者リストに名前が載っていないか、生存者の中で行方を知る者はいないか。
あらゆる線を洗った結果、この濃霧による怪奇現象に行き着いたという。
「なるほど。探偵というのもあながち嘘ではないのかもな」
 肩をすくめるクラウザーに、アークは苦笑いを浮かべた。
「気持ちはわかるが、危険過ぎる。ここから南にあるキャンプに行ってくれないか」
「残念だがこれから北に向かうんだ。俺の身柄を確保したければ令状を持ってきてくれ」
 今度はクリスが肩をすくめる番だ。
「それより」
 アークは懐を探り、数枚の写真を取り出した。受け取ったクリスは眉をしかめる。
「これをどこで」
「独自のルート、とだけ。もしこいつらがここにいるのなら、俺達の装備では力不足だとは思わないか」
「…………クラウザー。取ってきて欲しいものがある。俺たちはこのまま北上する」
「令状は?」
「命令だ」
「なら従うしかないな」
 クラウザーは鼻で息を出してから走りだす。

482 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:01:06
「ジル・バレンタインという女性を知らないか」
「いや。レオン・S・ケネディという男を知っているか」
「知らないな」
「…………」
「…………」 
 二人はやれやれといった具合でホテルを出た。北を目指す彼らの目に、ラクーン大学が映った。
そこから発せられる銃声は、彼らを呼び寄せるには充分すぎた。
 


<Brother and Sister>
 

【Sister】


 そこはあの場から近いところにあった。
「ここは……」
 入江診療所。かつての自分が治療を受けた場所。
「でも」
 周囲を見回す。こんなところにあっただろうか。霧でよく見えないが、記憶ではもっと別の――――

 きゅるるるる……。

 空腹の音色に、少女ははっとなる。
「まあいいですわ」

 ここになら、食べ物があるだろう。なくても、中にいる人に道を聞けばいいのだ。家に帰れば、それなりに食べ物はある。
 
 少女はそこに何があるかわかるはずもなく、ただただ、

 そこを目指す。

483 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:01:28
【Brother】

 入江診療所には誰もいなかった。何もなかった。探す途中で騒がしい音と風景の変化があったくらいで、特別変わったことはなかった。
結局、診療所には手掛かりという手掛かりはなかった。それどころか、まるで人のいた形跡というものがなかった。
放置されたと考えても間違いではないだろう。
 
 だからといって、自分の足が、考えが止まることはない。

 妹を、希望を奪った人間を、許すつもりはない。
 この力で、裁く。


 診療所を出ようとする。
 
 入口を出る。
 前を見る。

 そして、立ち止まり、驚愕する。


「そんな……」


 どうして……。


「にーにー……?」 


 失ったものが――守りたかったものが、そこに――――


「やめ……!」
 腕を突き破ろうとする触手を手でおさえる。
しかし止められない。手の拘束を抜けだした触手は、一直線に沙都子へ向かう。
「あれ……?」
 悟史の制止がぎりぎり間に合った。頭を狙ったそれは逸れて、肩をかすった。
本来皮が裂け、血が吹き出すはずのそこは、粘着性のある何かがボトボトと落ちるだけだった。
「沙都子……?」 
 そんなことありえない。
 人間だったら、そうなるはずはありえない。
 
 つまりそれは……。

484 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:01:42

「マーカスの忘れ形見か。よもやこんなところで目にするとはな」
 
 悟史が動揺しているところに、一人の男が現れた。
黒のサングラスとスーツ。金髪をオールバックにした男。
彼の名は、アルバート・ウェスカー。

「誰だ!」
 悟史は腕を振り、今度は自分の意思で触手を飛ばす。
 当たればケガだけでは済まない威力だ。
 ウェスカーは苦もなくそれを掴んだ。
「そして手に入れ損ねた支配種プラーガか」
 そのまま上に振り上げる。当然、つながっている悟史も宙に舞った。
 
 そこから一気に振り下ろす。

「がっ」

 アスファルトが沈む程の威力に、悟史は呻いた。
 手を離したウェスカーは銃を取り出し、悟史に向ける。
そのまま躊躇なく引き金を引いた。途端に、少年に電撃が浴びせられる。
「テーザー銃だ。銃のようなスタンガンといえばわかるかな。通常の人間では感電死するレベルに改造してあるがね」
「さと……こ……」
 悟史はウェスカーを見ていなかった。呆けて一部始終を眺めている妹を気にしている。
「心配するな。一緒に回収してやろう」
 一緒になれるかは保証できないが。ウェスカーはそれだけ言って、沙都子にもテーザー銃を撃った。
何かが破裂するような音の後、沙都子は横になった。
「どちらも冷凍処理をして運んでおけ。組織への手土産としては十分だ。脱出する」
 耳につけている通信機にそう言うと、霧の向こうからトレーラーが現れ、中から防護服を来た数名がやってきた。
タンクを背負い、ホースを向ける者達に悟史は抵抗できないまま、その意識を体ごと凍らされた。
「クリスも来たか」
 霧で曖昧ではあるが、向こうにヘリの群れが見える。
「私とお前の決着の場はここではない。私の描いたシナリオは別の場を用意してある」
 ウェスカーは目の前に降ろされた縄梯子に掴まる。離脱を始めるヘリに乗り込んだウェスカーは、特に感慨もなく霧の街を見下ろした。
「それまで生き残ることだな、クリス」

485 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:01:54
〈B-4/灯台〉

 ハンクは舌打ちをした。一難去ってまた一難。
あのB.O.W.を片付けたと思えば、今度はあの「化け物」だ。
自身の部隊が全滅し、自身も殴りつけられて気絶するハメになったあの化け物。
ケチのつき始めはこいつからだ。多少の変異はしているものの、こいつで間違いないだろう。

 ハンクは弾切れの銃を放り捨てる。こうなるだろうとは思っていたが、やはり弾が足りない。
コンバットナイフを構えるが、やり合うつもりはない。機を見て逃げる。
時計塔まで来たのだ。救援か、あるいは別の部隊と合流できる可能性があると思ったが……。

 その時、ライトがハンクを照らした。腕で目を守り、とっさに上を向く。

 ヘリだ。ヘリが来たのだ。

“ナイトホーク”か。

 ハンクは腕を振りつつ、通信機に手を伸ばす。

 周波数をあわせ、口を開き、声を。

 
 弾丸の雨に、声は飲まれていった。
 後に残ったのは、バラバラになった男の死体と、穴だらけになった化け物の残骸であった。


「“G”沈黙」
「そう。再起動する前に凍らせておいて。後はマニュアルどおりに」
「了解」
 スタッフに命じたエイダ・ウォンは退屈そうに窓の外を見て、すぐに手元のノートパソコンに視線を戻した。
機銃でGを撃った際に誰か巻き込んだが、瑣末なことだ。
「組織」からの指令は、この現象の調査である。
仮にこれがアンブレラによるものであるなら、その成果を奪取してこいということだ。
すでに軍や別の組織が動いている以上、深入りはできない。それらしいものを回収して早急に離脱するのが無難だ。
ウェスカーもそうするだろう。
「レオン、あなたもここにいるのかしら」
 何が起きているかわからない、この地獄に自ら。いや、ひょっとしたら巻き込まれているのかもしれない。
それでも心配はしていない。レオンの通る道に困難はあれど挫折はないと自分は確信している。
どんな理不尽な運命にも彼は抗ってきたのだ。きっと今回もそうだろう。
「また会える日を楽しみにしているわ」
 誰にも聞こえないセンチメンタルな呟きは、ヘリの騒音にかき消された。

486 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:02:12
〈研究所・1階エントランスホール〉

「ジル、無事だな」
「クリス。あなた……」
「話は後だ」
 クリスは腕をおさえて駆け寄ったジルの前に出て、大男に銃口を向けた。

 ヒュプノスT-型。
 タイラントの派生型にあたるB.O.W.。
複数の細胞同士を競争させ、最後まで残った優秀な細胞をタイラントに組み込むことで生み出された。
通常のタイラントよりも小型であり、左手にはT-002型のような巨大なツメが生えていることが特徴である。 

 ヒュプノスは立ち上がり、咆哮する。すると体はさらに肥大化し、裂けた右胸から心臓と思われる器官が露出した。
より凶暴性を増した面と体に、周囲は息を呑む。

「アーク。どうしてここに」
「行方不明の友人を探すのに一々理由がいるのか? タダ働きだよ」
「……今度何か奢るよ」
「お前の初任給でな」
 ベレッタM8000を構えるアークは小さく笑う。
 
 会話から、彼らが信頼に足る人物と判断したのか、恭也と三沢は口を挟むことなく戦闘を再開した。

「他に武器は!」
「これだけだ」
「拳銃だけじゃムリよ」
 ジルのおさえた手から、血が溢れて落ちていく。弾が足りないのもあるが、これではまともに戦えない。
「心配ない。察しのいい探偵からアドバイスをもらっている」
 クリスは笑い、ややあって背後で扉が乱暴に開く。
「クリス、ここか」
 屈強な軍人は中を見て、瞬時に状況を判断したらしく、持っていた兵器を躊躇なく放った。
「これを使え!」
 クリスとアークの間に、それが転がる。

 RPG-7。

 ソ連の開発した携帯対戦車擲弾発射器である。

487 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:02:34

「レオン、お前がやれ」
「しかし……俺は……」
 クリスの言葉に、レオンは躊躇する。
 今まで何も守れなかった自分に、一体何ができるのか。そう言いたいようだった。
 その肩に、ジルの手が置かれた。
「お願い、あなたしかいないの」
 助けによって傷は浅いとはいえ、ヒュプノスの攻撃で片腕の使えないジル。
残りの4人は――――クラウザーも加勢して5人となった――火力の低い銃器で足止めを行っている。
「…………」
 レオンは無言でそれを手に取り、片膝で構える。
簡素な照準器の向こうに、集中砲火を浴びる大男が見えた。
「……泣けるぜ」
 自嘲か嘆息か。

 レオンの手によって放たれたロケット弾は、吸い込まれるように怪物の胸に命中した。




488 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:02:46
「生存者は」
 キャンプに戻ったクリスを迎えたレベッカは手元の治療道具から顔を上げた。
「3名です」
「こっちを入れて7か……」
「8じゃなくてか」
 バリーに視線を向けられたアークは肩をすくめた。
「細かいことは気にしない」

「レベッカ、久しぶりね。早速で悪いんだけどお願い」
「はい!」
 イスに腰掛けたジルに、レベッカは駆け寄る。

「……7名」
 リストを受け取ったクリスは、テント内を見回す。
そこにはベッドに寝かされていたり、あるいは腰掛けている人々がいた。

 フリーター、ソウジ・アベ
 求導師、ケイ・マキノ
 学生、キョウヤ・スダ
 警察官、シビル・ベネット 
 警察官、レオン・S・ケネディ
 警察官、ジル・バレンタイン
 自衛官、タケアキ・ミサワ

「率直に聞こう。あなたたちはなぜここに来たんだ」
「そんなもん、こっちが聞きたいぜ」
 クリスの問いにアベが呻いた。
「気がついたらこんなところにいたんだよ」
 その言葉にだいたいが頷いた。
「私は違うわね」
 その中で、シビルだけが意見を述べる。
「私は元々、このサイレントヒルの隣にあるブラマ市で警官をやっているんだけれど、前にもこういうことがあったの。
だからバリケードを作っていたんだけど、それでも入ろうとする人達がいて、それにくっついていった形ね」
 結局、その人達は守れなかったけど……。俯くシビルに、レオンは同情的な視線を向けた。
「その時、霧を通りませんでしたか」
 マキノの問いかけに、シビルは「ええ」と答えた。
「この街に何かが起こる時、こんな深い霧が出るの。まるで外部をシャットアウトするような」
「事実、そのようですよ」
「何か知ってるんですか?」
 キョウヤは不思議そうにマキノを見た。
 すると彼は立ち上がり、全員の視線を集中させるように前に出た。
「すべてをお話しましょう」

489 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:03:30

 これは自分が見聞きした成果だと前置きし、マキノは語り始めた。
 
 アレッサ・ギレスピーという少女の出生から宿命。
そこから生じた悲劇。それがいかにしてこの地獄につながったか。
そして一方で、ヘザーを筆頭に人々を救いたがっていたということ。
そのためにメトラトンの印章を各地に設置していたこと。

「んだよ、あいつはとっくに脱出済みかよ」
 ヘザーの無事を聞いて、アベは腕を組んで横になった。
「矛盾していない? そのアレッサって子は私達を苦しめて殺そうと集めたわけでしょ?
なんで同時に救おうとしているのよ。だったら最初からこんなことしなければいいじゃない」
 ジルの考えに数人が頷いた。
「憎しみに囚われた彼女は、彼女の一面でしかないのです。この街に潜在する魔力が彼女の意思を曲解した結果といってもいい。
本来の彼女は、とても優しい心の持ち主なのです。それが魂の分裂や邪神を宿すことで歪になってしまっていた」
「精神疾患……多重人格か」
 ミサワはつぶやく。
「憎しみを吐き出すにつれ、彼女は持ち前の優しさを取り戻していきました。
かといって、完全に憎しみは制御できず、優しさもまた歪な形で現れたのです」
「それがシェリル――ヘザーへの対応の正体ね」
 シビルは思い当たる節があるらしい。

「彼女は自分の半身を憎みつつも救いたいと願い、その一方でこの地獄を終わらせようとした。私はその後始末を託されたのです」
 マキノは懐から奇妙な道具を取り出した。粘土細工のような……土偶というものだろうか。
「ミスター・バートン。あの件は」
「あの目から血を流してるゾンビみたいなやつか。言われたとおり、ふん縛って集めておいた」
「ありがとうございます」
「あいつら何なんだいったい。頭ぶち抜いてもしばらくしたら動きやがる。あんたの言うとおり縛っておかなかったら危なかった」
「屍人というものです。あれは霊魂でも生者でもなく、一方で肉体を持つために特別な手段でないと対処できないのです。
赤い海に還っているものは海がつれていきますが、ここに残ったものは私が始末をつけなければなりません」
「それは我々の救助活動を手伝うということでいいのか」
 クリスにマキノは首をふる。
「いいえ。あなた達が脱出した後、私はメトラトンを完成させてから屍人を解放します。危険ですからね」
「車を一台用意しよう。それで街の外に出てくれ」
「ありがとうございます」
 使うつもりはありませんけどね。マキノは誰にも聞こえないよう呟く。

490 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:03:47

「あの、皆さん信じるんですか」
 レベッカは恐る恐るといった風に声を出した。
「その、魔力がどうとか儀式がどうとか」
「信じるしかないんだよ」
 レオンが諦めたように言った。
「違う場所どころか、違う時間から来た人間だっている。そんなものを説明できるほど科学は発展しちゃいない。
そこに納得できる理屈があるなら、それを信じるしかないんだ」
 レオンに反論するものはいなかった。ここに連れてこられた人間は、大なり小なり心当たりがあるのだろう。

「脱出についてですが」
 マキノは話を続ける。
「この霧はある種の境界になっているのです。
皆さんが異なる時代や異なる場所から来たように、この霧の向こうは地理的に正しい場所や時間につながっているわけではありません。
あなた達が抱く、帰るべき世界という像が導くのです」
「理想の世界に帰れるということかしら」
 ジルは心なしか嬉しそうだ。もし帰れるなら、バイオハザードが起きる前のラクーンシティを彼女は望むだろう。
ひょっとしたら、それ以上の昔かもしれない。
「理想、とは違いますね。たとえば死んだ人間が生きている世界を望んだとしても、心のどこかでその死を受け入れている場合、やはりその人間は死んだままの世界になります。
自分にとっての現実、そう言った方が正しいでしょう。
その死を否定し続けることで、あるいはそういった世界に行き着く可能性は否定しませんが」
「悪いなジル」
 クリスはすまなそうに頭をかく。
「君がそうした場合、俺は君とは一緒の世界に行けないようだ。そんなに器用じゃないんでな」
「わかってるわよ。聞いてみただけよ」
 ジルは居心地悪そうに顔をしかめた。
「自分がいる世界がどうあるべきか、皆さん今のうちに思い描いておくべきでしょう。それでは私はこれで」
 言い残して、マキノはテントを出て行く。
「……止めなくてよかったのか」
 バリーの言葉にクリスは溜息をついた。
「令状がないからな」
「もしかして根に持っているのか?」
「さあな」
 アークは気まずそうに頬を掻いた。



491 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:04:16

 生存者への対応、B.O.W.を筆頭にした怪物の駆除。死体の収集と身元確認によるリスト化。
そういった様々な活動を終え、対アンブレラ特殊私設部隊の任務は終わろうとしていた。

「死体はすべて焼却ですか」
「どんな病原菌を持っているかわからないからな。妥当だろう」
 燃え盛る死体の山を牧野と三沢は眺めていた。
「それにしても……」
 求導師はサイレントヒルの街並みに目を向けた。
「すっかり様変わりしましたね」
「生存者や魂の記憶を元に作られた街なら、それらがいなくなれば消えるのは当然だ」
「これですら偽りの姿ですけどね。完全に元に戻すためには、サイレンで世界が裏返ってから消さなければなりません」
「そろそろタイムリミットか」
「ええ。お急ぎください」
 牧野は微笑む。少し考えたが、三沢は目の前の男に感じていたことを告げることにした。
「君は牧野慶ではないだろう」
「……あなたとは初対面のはずですが」
「そんな気がしただけだ。否定しようが無視しようが構わない」
「私は牧野慶として生き、牧野慶として死ぬ」
 男は相変わらず笑う。
「それだけです」
「そうか」
 三沢はそれ以上追求はしなかった。そのまま背を向け、去っていく。
「心配しなくても、君は救世主だよ」
 最後にそう言い残して。

 
 飛び立っていくヘリの群れ。それらが霧の向こうへ消えていくのを牧野慶――宮田司郎は見送った。

 彼は振り向き、目の前に並ぶ屍人の列を眺める。すべて拘束され、醜くもがいていた。

 メトラトンの印章はすべて指定された場所に配置した。じきに発動するだろう。

 そして――――

492 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:04:49

「今、お前たちを楽にしてやる」
 
 自分が思い描く牧野慶は、救世主としてここに完成する。

 サイレンが鳴る。

 男は持っていた土偶――宇理炎を掲げる。

 変貌する世界の中を、救済の光と炎が駆け巡る。





「終わるんだね」
 光に包まれる世界を仰ぐシェリルに、アレッサは黙って頷いた。
「ごめんね。父さん、連れて来られなかった」
「後悔はしてないんでしょ」
「うん」
「ならいい」
 シェリルの伸ばした手をアレッサは無言で握った。

 幸福は、自由は、やはりヘザーのものだ。自分たちには遠い幻想のようだ。

 もはや羨望も憎悪もない。

 かといって満足したわけでもない。
 
 あるのはただ、無だ。

493 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:05:08

 吐き出すものを吐き尽くしたあとの、燃え尽きたような何か。

 未練がない、というのが一番近いか。

「ハンナは?」
「もう行った」
「次の世界で、幸せになれるといいね」

 この世界の境界を超えるには、自分のあるべき世界の姿を抱く必要がある。
もし、本当に彼女が幸福を――救われることを望んでいるのなら、あるいは。

「綺麗だね」
「そうね。本当に」

 世界の終焉。
 自身の消滅。

 何も残らない。
 はるか昔に自分が望んだこと。それがようやく叶う。

 ずいぶんと回り道をしてしまった。

「でもこれでよかったよね、ヘザー」

 彼女は失ったものを取り戻せた。それだけで充分ではないか。

 彼女は、自分たちの幸福を担っているのだ。

 だから、彼女は幸せでなければならない。

 最後の最後で、その手伝いができた。

 やはり自分には、未練というものはない。


 愛する父と、幸せに。


 それだけを祈って、少女は光に飲まれていった。

494 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:05:29

【雛咲真冬@零〜ZERO〜 死亡】
【エディー・ドンブラウスキー@サイレントヒル2 死亡】
【エドワード(シザーマン)@クロックタワー2 吸収】
【長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム 死亡】
【岸井ミカ@トワイライトシンドローム 死亡】 
【式部人見@流行り神 死亡】
【氷室霧絵@零〜zero〜 死亡】
【小暮宗一郎@流行り神 死亡】
【古手梨花@ひぐらしのなく頃に 死亡】
【霧崎水明@流行り神 死亡】
【風海純也@流行り神 死亡】
【ジェニファー・シンプソン@クロックタワー2 死亡】
【鷹野三四@ひぐらしのなく頃に 死亡】
【ジム・チャップマン@バイオハザードアウトブレイク 死亡】
【ハンク@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ 死亡】
【宮田司郎@SIREN 消滅】

495 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:05:48
〈最後の詩――ヘザー・モリス/ハリー・メイソン/シビル・ベネット/阿部倉司〉

「まだ怒ってるの?」
「怒ってない」
「怒ってるじゃん……」
 家に連れ帰ってから数日、未だにムスッとしている父にヘザーは溜息をつく。
「こんなきかん坊に育ってるとは思わなかった」
「そう育てたのは父さんでしょ」
「育ててない」
「揚げ足とらないでよ」
 自分に似て――いや、自分が似たのか――頑固なところがあるから、しばらくはこの調子だろう。
 
 玄関のベルが鳴ったので、ヘザーは拳銃片手に向かう。
クローディアはもういない。教団も沈静化している。わかっていても、警戒するに越したことはない。
「ヘザー、ちょっといいかしら」
「シビル」
 すっかり顔なじみになった女性警官がそこにいた。
「今日はどうしたの」
「行き倒れを拾ってね」
 彼女は親指で自身のバイクをさす。
「あなたにどうしても会いたいっていうから」
「ああ……」
 そこでぐったりしている男性に、ヘザーは安堵のような声を漏らす。
「あんたもこっちに来たの、アベ」
「仕方ねえだろ。日本に帰る場所はねえしよぉ……高飛びするっきゃよぉ」
 ぐきゅるるるる。
 情けない腹の虫がアベの腹で暴れている。
「とりあえず飯」
「私もランチにしようかしら」
「そうね……」
 ヘザーは少し考えこんでから、室内に顔を向けた。
「ねぇ父さん。外食にしない?」
 今日の昼食は、少しは賑やかになりそうだ。

496 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:06:54
〈最後の詩――須田恭也/三沢岳明〉

「本当についてきてよかったんですか」
「言っただろう。鍛えてやるって」
 田舎道を歩く恭也の後ろを三沢は歩いて行く。
「それにあそこには興味があるんだ。いや、借りかな」
「はぁ……そうですか」
 羽生蛇村まで、あと少し。


〈最後の詩――レオン・S・ケネディ〉

 シーナ島に潜入した二人は注意深く周囲を見回す。
「しかし着任当日に失職とはお前もついていないな」
「悪いな。奢る話はしばらく先になりそうだ」 
「この仕事は対アンブレラ特殊私設部隊の下請けだ。ギャラは折半して俺に奢る分引いて――それがお前の手取りになる」
 元々このシーナ島については、アークがアンブレラとの関連について調べたものをクリスに報告したものだ。
それを受けて、クリスが正式な依頼として排除と調査を命じたのだ。
「今月の家賃くらいは残しておいてくれよ」
「そいつはこれからの働き次第だな」
 アークの言葉にレオンは苦笑した。

497 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:07:47
〈最後の詩――ジル・バレンタイン/太田ともえ〉

「お嬢に会いに遠路はるばる……ご苦労なこってす」
 ぺこりと頭を下げる若い衆にジルもならう。
「突然の訪問で失礼を」
 片言の日本語でも意味は通じたのか、彼は手を上げて首を振る。
「お構いなく。あなた様のことは言付かっておりますので。いつ来ても失礼のないようにと」
「それで、彼女は」
「もうそろそろ帰ってくると思いますよ」
「漁か何か」
「いえ、本土からの船です」
「旅行かしら」
「いえいえ。留学ですよ」
 ほう、とジルが息を吐く。
「“えあめーる”ってのでアメリカのどこかにいるって聞いてます。元は本土の大学に入ったんですがね。そこから……」
 侍女から受け取った日本茶に渋い顔をしたジルは適当な相槌を打つ。
「なんでもこれからの“ぐろーばる”な社会を生き抜くためには積極的に異国と関わる必要があるとかで。
昔、先代やお嬢を含めた島の連中がいなくなっちまうことがありましてね。
数日たってお嬢だけ帰ってきたと思ったら『本土に行く』なんて言うもんですから、気でも触れたのかと島中心配しましたよ。
でもこうして人や物の流通が増えて活気が出てるのを見ると、存外的を射ていたのかもしれませんねえ。
いったい、いなくなっている間に何があったのか……ご存知ですか?」
「ちょっとした事件があって……私はその頃の縁で」
「そいつは手前どもの頭が世話になりまして」
 頭を下げる男に合わせてまた頭を下げるジル。日本人はどうしてこうペコペコするのだろう。
「トモエは立派になったようね」
「後は婿の問題でして。出来が良すぎて島の男は及び腰になっちまい、
ひょっとしたら異人さんでも連れてくるんじゃないかと……ああ、いや、外国の人がだめだっていう話じゃなくて」
 ジルは苦笑し、窓から海を眺めた。そこからは活気あふれる港が見えた。
どんな辺境の閉鎖的な島かと覚悟していたら、むしろ観光地のような賑わいだ。
元からこうではなかったのだろう。多分、ともえが変えたのだ。外の世界を見て、自分の世界を広げた結果だろう。

 自分はこれから、本格的に対アンブレラ特殊私設部隊――BSAAに参加する。おそらく、しばらくは会えないだろう。
ひょっとしたら、もう会えないかもしれない。
 会うのが楽しみだ。

 ジルは茶碗を傾け、コーヒーとは別種の苦味に顔をしかめた。




498 最後の詩 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:08:09

 予定よりすっかり遅くなってしまった。
テロ対策のための厳重な警備とやらのせいで、帰国まで随分時間が掛かった。
ともえはキャリーバッグを転がして、空港の中を早足で進んでいく。
相変わらずの和服姿は向こうで大層珍しがられたが、スーツ姿の自分が想像できないだけで、パフォーマンス目的ではない。

「あ、すみません」
 誰かとぶつかってしまった。英語が出そうになったところを、慌てて日本語で謝る。
「オウ、ソーリー」
 それを英語……いや、片言の日本語で返された。どこかで聞いた声。
 相手の落としたものを手に取る。それは棒状で、袋で隠されているが、日本刀だとすぐにわかった。
 顔を上げると、そこには茶色がかった黒髪、無精髭、彫りが深い……西洋人だ。

 ああ、なんてことだ。

 どうしても笑みを浮かべてしまう。あの背中を、実家においてきた拳銃を思い浮かべてしまう。

「サムライブレード、ですか」
「好きなんですよ、サムライ」
 英語で問うと、今度は流暢な英語が帰ってきた。彼の隣にいた黒人男性が陽気に手を組んで刀を握るジェスチャーをする。

 受け取った刀を掲げて、子どものように笑う彼。

 懐かしさと嬉しさと…………

「あなたは好きですか?」

「ええ」

 そのほかの温かい何かをこめて、

「とっても」

 彼女は微笑んだ。






ホラーゲームバトルロワイアル 
 ――――8年前へ捧ぐ最後の詩

499 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/01(火) 00:16:08
投下終了です。
これにて完結です。
閏年に始まり、閏年に終わるというのも乙なものではないでしょうか。
感慨はありますが、語るのは別の機会に。
それでは。

500 キックキックトントン名無しさん :2016/03/03(木) 00:29:36
乙でした

501 ◆qh.kxdFkfM :2016/03/05(土) 17:52:23
まだ人がいたとは驚きです。
ただいま新企画を構想中ですのでまたお目にかかることもあるかもしれませんね。

502 ◆TPKO6O3QOM :2016/03/13(日) 02:06:40
投下乙です

503 キックキックトントン名無しさん :2016/03/15(火) 00:06:23
うおおおお、投下乙です
すげえ綺麗につながって綺麗に終わった
この死にっぷりと何か寂しさも感じる綺麗なエンディングがまさにホラゲ

504 キックキックトントン名無しさん :2016/03/16(水) 02:28:22
乙です

おおおおお
諦めてたのになんか最終回まで行ってる
感想は読み終えた時に

505 キックキックトントン名無しさん :2016/03/19(土) 06:07:08
投下乙、唐突に完結W
ところで小説版クロックタワー読んでみたんだが、内容が濃くて裏設定やホラー映画ネタとかW、新事実のオンパレードだったんだがWWW

506 キックキックトントン名無しさん :2016/03/19(土) 06:07:46
時計塔2の時期が夏直前、バートン教授とヘレンが元恋愛関係で娼婦を兼ねた召使発言で別れた(今でも尊敬はしている模様)
ゴッツ警部補の職場と家族の様子についてW
ジェニファーの母方がバロウズ出身だったためその繋がりでシザーマン阻止の儀式の為ジェニファーの父が呼ばれたとか
バートン教授が催眠療法時にジェニファーに対シザーマン用の人格を作ったりw、
マルチエンディングで
ジェニファーがシザーマン化したり、メアリー化し邪教の聖母になり邪教徒達の前で・・・(バロウズ家の女性は呪いにより行為がなくても受胎する可能性がとのこと)
時計塔2の登場人物達が邪神の力で人の皮を被ったゾンビになったり・・・読んだことがある人どの位いるのかね?

507 キックキックトントン名無しさん :2016/03/19(土) 21:09:52
読んだことあるw ジェニファー編とヘレン編あったよね。
ゲーム内できっちり設定出してほしかったなーw


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