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【33:33:33】投下スレ【条件3:真相への到達】

1クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/03(日) 06:44:08
作品発表用スレの3スレ目です。
作品に対する意見を募集する場合は、「仮投下」ないしは、それに準ずる注意書きをお願いします。

2クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/03(日) 18:11:27
スレ立て乙です

3クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/03(日) 22:18:02
スレ立て乙です!

4 ◆WYGPiuknm2:2012/06/08(金) 20:22:56
申し訳ありません、延長します

5クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/08(金) 23:57:09
投下乙でした!

阿部ちゃん、占い嫌いの理由ってそんなかよ!
純也・水明に続いてクローディアも殺し合いの根本否定派に……と思ったらシザーに
バッツンされてしまうとは。
ヘザーがクローディアに対して見せた、愛憎混ぜ混ぜな感情は見事でした。

6クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/09(土) 18:12:08
前スレ投下乙です

流石マーダー唯一の期待の星(?)!流石の貫禄シザーマン!そこに痺れる(ry
神まで吸収しちゃって完全回復を遂げた彼は更なるハッスルを見せてくれるのだろうか
しかし阿部ちゃんは相変わらず殺伐とした世界の数少ない清涼剤だな
期待の星が近くに居るからいつ殺られるのかといつもハラハラしてしまうけど…

7クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/09(土) 19:51:34
cAkzNuGcZQさん、投下乙でした!
なんてこった、クローディアが殺されちゃった!この人でなし!(褒め言葉)
ヘザーとクローディアの愛憎渦巻く心理描写がたまらなく切ない!
エドワードはマーダーの星としてハッスルしてくれていますなあ
力も取り戻したことですし、トリックスター的な活躍にも期待できそうな予感!
そして阿部ちゃんの(多分)MMRネタに吹いたw そういえば阿部ちゃんの年齢だとリアルで読んでてもおかしくないな

もうホラゲロワ三大清涼剤は阿部ちゃん・ジム・小暮さんしか考えられないぜ!
この三人にはぜひ死亡フラグを華麗に回避して何事もなかったかのように生還して頂きたいw

8クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/10(日) 01:04:47
投下来てたw
…代理投下してたらさるさん…なんで一時間たったのにさるさんのままなんだよ…
申し訳ないが日曜勤務あるから2時まで起きれないよ…

9クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/10(日) 13:15:13
代理投下中に落ちた者ですが代理の代理、ご苦労様でした
お手数おかけしてすみません
改めて感想書きます

うわあ、上で既に言われているがヘザーとクローディアの愛憎渦巻く心理描写がマジで凄まじいなあ
ここまで濃いのはそうそうないぜ。そしてクローディアはここで脱落かあ…お疲れ様です
シザーマン、さすが一つのホラーゲームの看板しょってるだけあるわあw

ホラゲロワ三大清涼剤…辞書があるなら加えたいなあw

10 ◆cAkzNuGcZQ:2012/06/10(日) 16:36:59
感想ありがとうございます!

>>5
クローディアって、神は人々を救う存在って信じてるんですよね。なのでこんな考察になりました。
レナードのように選ばれた者のみが楽園に行けるって思想だったらまた話は違ったとは思いますが。
ヘザーとクロが見事とは嬉しいお言葉!w ありがとうございます!

>>6
シザーは唯一の強マーダーですからね! というかクリーチry
VS阿部ちゃんは……あるんでしょうか?w 果たして勝つのは期待の星か、天然の星か。

>>7
シザーはいつの間にかはぐれて病院や研究所に突然現れても不思議のないお方!w
阿部ちゃんはきっとマガジン派です。信じてます。

>>9
いつも代理投下ありがとうございます!
ヘザーもクローディアも本当はきっとお互い大好きなんじゃないかなーと妄想したらこんな話が出来ましたw
ホラゲロワ三大清涼剤は何かいつの間にか編纂室に入ってましたw


WIKIへの収録も完了です。ご確認下さい。
代理投下して下さった方々、支援の方もありがとうございました!

11 ◆WYGPiuknm2:2012/06/11(月) 02:19:23
期限までに投下できそうもないので予約を一旦破棄します。
長時間キャラを拘束してしまい、申し訳ありませんでした。

12クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/11(月) 06:22:13
了解であります!
リベンジを期待してますよー。

13 ◆cAkzNuGcZQ:2012/06/11(月) 23:22:52
では代打俺!

霧崎水明@流行り神
長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム

予約で!

14クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/11(月) 23:38:53
予約ktkr

最有力主人公候補の水明さん、次はどう動くのか!?

15 ◆cAkzNuGcZQ:2012/06/16(土) 08:41:54
霧崎水明@流行り神
長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム

投下します。

16鬼の霍乱  ◆cAkzNuGcZQ:2012/06/16(土) 08:42:30
観光パンフレットには載ってすらいない道を南下し、突き当たった頃。
シビルから聞いていた事だったとは言え――――唐突に訪れたそれには、水明もユカリも驚きを隠せなかった。

時刻は丁度午前一時。
何処からともなく響き出すサイレン。
町中が、蠢き始めた。

血と赤錆。赤と黒をベースとした、不快と不安を刺激する風貌が消えて行き、その代わりに辺りを覆い出したのは白い濃霧。
ゴーストタウンには変わりはないが、視覚的、精神的にはまだ優しい、一般的な様相の町並みが現れる。
ほう。と水明が感嘆の息を吐き出した。それに機敏に振り返ったユカリは、彼の前に掌を突き出した。
何かを言おうと開かれた水明の口が、不可思議そうに止まった。

「余計な都市伝説とかはいらないからね」

一拍を置いて水明は、その少しこけた頬に苦笑を見せた。

「別にお勉強をさせようとしたわけじゃないんだがな。ただ、映像化されたキングの『霧』よりはまだ視界が利くようだと思っただけさ」
「……無駄話には変わんないじゃん」

何処となく気恥ずかしさを覚えたのか、ユカリは顔を赤く染め、水明から顔を逸らす。
一頻り、辺りの建物を照らして様子を確認すると、観光パンフレットに挟んでいた一枚の用紙を取り出した。

「ねえ……これってさ、ルールに書いてあったよね……?」

用紙の上に懐中電灯の光を当てるユカリの目線は、とある一点を見つめていた。
水明は、敢えて見ずとも該当箇所は頭に入れてあった。

「オジサンさ、さっき氷室邸が町の一部として機能してるって言ってたよね……? このルールも……やっぱりおんなじなんじゃないのかな?」
「ふむ。つまりルールも町の一部として機能している、と」
「……うん。だって、今のサイレンって……」

言葉を濁すユカリだったが、言わんとする事は水明にも通じていた。

17鬼の霍乱  ◆cAkzNuGcZQ:2012/06/16(土) 08:42:53


“ルール2。サイレンで街は裏返る”


裏返る。その意味の解釈次第ではあるが、“ルール2”が今起きた現象を書き表していると見るには何の不自然さも無い。
そして、ルールの一つが――――それも超常現象としか考えられない事象が確かに機能していると言うのならば、他の全てのルールが同様に機能していると考える事にもまた不自然さは無い。
いくら水明の弟、風海純也の側でルールや名簿と現実に食い違いを見つけようとも、ユカリにとってそれは伝聞に過ぎない。
実体験としてルールを実感したユカリが改めて不安を抱いてしまうのは、やむを得ない事だ。

「そうだな。はっきり言ってしまえば、ルールが町の事象に組み込まれていないと断定することは俺には出来ない」

自ら言い出した事だったが、否定の言葉を期待していたユカリは意外そうに水明を振り返った。
ユカリの目に、真剣な眼差しを返し、水明は続ける。

「サイレンの鳴る町。霧の立ち込める町。それからさっきまでの赤錆の世界は全て“都市伝説・サイレントヒル”の噂として語られているものだ。
 それらの事象が起きたとしても、それは単にサイレントヒルという町の特色とも言える。
 ただ、今の変化がチラシに書かれている“ルール2”と符合しているように見えるのも確かだ。
 つまりこの場合の変化は、そもそもの町の事象として起きたものなのか、ルールとして起きたものなのか、可能性としてはどちらとも取れるってことだな」

曖昧に、ユカリは頷いた。
なんとなしに、用紙に目を落として。

「後者にしても、そもそもの町の事象がチラシに書かれただけだという可能性もあるが……。
 いずれにせよ、どちらと断定するだけの判断材料は無い。だがな、そんなことはどっちでも良いし、どうでも良いことなんだ」
「……どうでもいいって?」
「さっきも言ったが、殺し合いのルールと町の異界化には直接的な関係は無いと俺は考えている。弟のおかげでな。
 ……直接的な関係が無いのなら、ルールを無視したところで怪異の中枢にいる者の気を損ねることも無いだろう? まあ、要するに――――」

水明は一旦言葉を切ると、ユカリに歩み寄り、手を伸ばした。
僅かに構えるユカリだったが、彼の手が目的としたのは、ユカリの持つ用紙とパンフレットだった。

「重要なのは、怪異の原因を突き止めることだ。
 根底から外れているルールが町の事象として組み込まれていたところで、俺達のやることは変わらない。
 君は友人達を見つけたい。俺は原因となったものを突き止め怪異を終わらせたい。それだけさ。そこに殺し合いのルールが関わってくる余地はない。必要以上に構えなくても良いんだ。
 ルールを真に受けて殺し合いに乗るような輩が危険なのは否定しないが、町に跳梁跋扈している魑魅魍魎に比べればまだ話が通じるだろうよ」

言っている間に、水明はパンフレットからもう一枚の用紙を取り出していた。
その用紙は、地図と抱き合わせとなっていたルールの用紙。
それを予め出されていたルールの用紙と合わせ、地図を見ながら右手に取ったペンでパンフレットに書き込みを始める。

18鬼の霍乱  ◆cAkzNuGcZQ:2012/06/16(土) 08:43:20

「それでも、君がどうしても気になるというなら………………よし、こんなところだな」

そしてパンフレットのみをユカリに返し、一度口元を吊り上げると、水明は二枚のルールの用紙に両手をかけた。
――――彼の手の中で、紙の破られる音が繰り返し立てられた。

「ちょっ……!? 何してんの!?」
「これでどうだ? 気休めくらいにはなるだろう?」
「気休めって……いいの? ……地図だってあるのに」
「構わないさ。このルールは俺達には不要なものだからな。地図は今、簡易にだがそのパンフレットに書き写した。心配はいらない。……もう一度言うぞ。殺し合いのルールなんて、今はもうどうでも良いことなんだ」

会話の最中に、バラバラに千切られた用紙が、開かれた水明の手からヒラヒラと地面に落ちた。
その様が、ユカリには妙に儚げに見えた。

「なんか……ごめん」
「ほう? 珍しく素直じゃないか。普段からそうなら岸井くんも楽なんだろうがな」

それは、先程水明が似た者同士の親友に言われたものと同じ様な言い回し。
そうとは気付かず口にした水明に、晴れない顔をしていたユカリは、大きなお世話、とそっけない呟きを返して、いたずら小僧の様に笑う彼を睨みつけた。
水明には、例によって意に介した様子は全く無い。

「さてと。恐らくここはネイサン通りと言って良いんだろう。東に向かえばすぐに町と外との境目だ。何があるのか一応確かめて――――」

そこで言葉を止めた水明は、眉間に皺を刻んでいた。
東からの風に乗る、仄かに漂う異臭。明らかに、先程まで二人が嫌という程嗅いできた臭いだった。
ユカリもそれに気付き、水明に声をかけた。
東に目を向けた二人が見るのは――――闇に混ざる真っ白の濃霧だけ。
しかし、その先に何が居るのかは、二人とも容易に想像がついていた。

「……確かめるのは、次の機会にするとしようか。行こう。もたもたしているとまた厄介なことになりそうだ」
「うん……!」

細切れになったルールの用紙が二人の足に踏みつけられ、蹴られた拍子に舞い上がった。
風に乗ったそれは中空で散り散りにばら撒かれ、ささやかな紙吹雪となり、すぐに霧の中に溶け込む様に消えていった――――。




【E-5/ネイサン通り/二日目深夜】

19鬼の霍乱  ◆cAkzNuGcZQ:2012/06/16(土) 08:43:38


【霧崎水明@流行り神】
 [状態]:精神疲労(中)、睡眠不足。頭部を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)。右肩に銃撃による裂傷(小。未処置)
 [装備]:携帯電話、懐中電灯
 [道具]:10連装変則式マグナム(10/10)、ハンドガンの弾(20発)、宇理炎の土偶(?)
     紙に書かれたメトラトンの印章、自動車修理の工具
     七四式フィルム@零〜zero〜×10、鬼哭寺の御札@流行り神シリーズ×6、食料等、本物のルールと名簿のチラシ、他不明
 [思考・状況]
 基本行動方針:純也と人見を探し出し、サイレントヒルの謎を解明する。
 1:街の南西へ向かい岸井ミカと式部人見を保護する。
 2:アレッサ・ギレスピーと関係した場所、および氷室邸を調査する。
 3:そろそろ煙草を補充したい。
 4:氷室邸は異界からの脱出口になるかもしれない?
 ※ユカリには骨董品屋で見つけた本物の名簿は隠してます。
 ※胸元から腹にかけて太陽の聖環(青)が書かれています。


【長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム】
 [状態]:精神疲労(中)、頭部と両腕を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)
 [装備]:懐中電灯
 [道具]:太陽の聖環の印刷された紙@サイレントヒル3
     地図を書き込んだサイレントヒルの観光パンフレット、(水明が書き写した)名簿
     ショルダーバッグ(パスポート、オカルト雑誌@トワイライトシンドローム、食料等、他不明)
 [思考・状況]
 基本行動方針:チサトとミカを連れて雛城へ帰る
 1:ミカを助けに街の南西に向かう。
 2:とりあえず水明の指示に従う。
 3:チサトを探したい。
 4:無事とはいえシビルが心配。


※[[Edge of Darkness]]〜今作の時間帯の間に、小暮、風海、ミカと電話で連絡を取った可能性も有り得る事とします。
※水明が破り捨てたのは、骨董品屋で水明が書き写したルールの用紙と、裏面に地図が描かれているルールの用紙です。

20 ◆cAkzNuGcZQ:2012/06/16(土) 08:44:51
短めですが、投下終了です。
ご指摘、ご感想ありましたらよろしくお願い申し上げます。

21クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/16(土) 20:59:22
投下乙にございます。

殺し合いとは一体なんであったのかw
サイレン以降だからもう屍人の脅威はないわけだが、
水明さんは多分バイオ勢には弱いもんなあ

22クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/17(日) 03:42:06
投下乙です!

女子高生とオジサンの2人もよいコンビですなぁ。
しかし物理攻撃力の低さはなんとかならないものか。
例えミカと人見と合流できたとて、攻撃力が上がることはないだろうし
ただハーレムが出来上がるだけの予感。

23クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/17(日) 07:01:45
投下乙!

水明さんは静丘勢や闇人には強いけどバイオ勢相手には貧弱なんだよな…。例え4人集ってもリッカー一匹で全滅しそうだ
早いとこシビルやヒロインコンビと合流してくれ!

24 ◆cAkzNuGcZQ:2012/06/19(火) 00:32:27
感想ありがとうございます!

>>21
殺し合いとは……何だったんでしょうねえw
屍人に限らず、闇人の狙撃も怖い水明さんであります。

>>22
女子高生が人見先生の魅力に惹かれてハーレム崩壊も有り得るかと!
物理は……ユカリのテンルーチョップでどうにか。

>>23
屍人闇人も狙撃があります!
リッカーどころか志村一人でも全滅があるのが水明さんのいいところなのかもしれませんw


代理投下ありがとうございました!
WIKI収録も完了です。ご確認下さい。

25クケケでグギャギャな名無しさん:2012/06/22(金) 17:10:14
投下乙です

いいコンビだなあと思える反面、いつ崩壊するのかが怖くなるのがロワなんだよなあ
謎解き系もいけそうだがバイオ勢が来たら終わりそうなのは同意
他の組と合流して欲しいが…もう一波乱あるか?

26 ◆cAkzNuGcZQ:2012/06/27(水) 21:01:53
>>25
感想ありがとうございます!
水明さんは乙式、スプリットヘッドと来てますからね。少し休憩でもよさそうですが、縞パン先生の死体が進行方向にありますなw
果たしてどうなることやら。

次の予約は今しばらくお待ちを……!

27 ◆cAkzNuGcZQ:2012/07/06(金) 00:13:12
ゲリラ投下致しまする。

28蒼い朝  ◆cAkzNuGcZQ:2012/07/06(金) 00:13:40
ふと空を見上げたのは、生物としての本能だろうか。

深い霧と、今は蒼くなりつつある闇。
どす黒い血液で額にへばりつく金髪の隙間から見えるのは、それだけだ。
しかし、確かに感じる気配がある。
予感と言い換えても良いかもしれない。
目に見えるものではないが、遥か頭上から『彼女』の苦手とするものが広がり始める予感。
暗闇が薄まるにつれて、『彼女』の身体を焼くものが静かに密度を増してくる予感。

「このままでは、まずい、ですわね……」

脳を取り込み、記憶の再生までは完了したが、未だに肉体の全てと融合を終えた訳ではない。
この肉体のままでは、間に合わない。急がねば、ならない――――。

迫る危険に、本能が後押しされるかのように。
『彼女』の宿主――――北条沙都子――――の死体の表皮が、唐突に不自然に蠢き始めた。
肉体の表面だけを覆っていた『彼女』の組織。
小柄な身体を動かすだけならばそれでも充分だったのだが、危険を感知した今、悠長に構えている場合ではなかった。

肉が押し潰され、骨が砕ける小気味悪い音が、ワゴン車付近に立つ北条沙都子の肉体から鳴り続けていた。
それは可能な限り早く、効率良く融合を果たす為の作業だった。
体組織を取り込み、『彼女』のものへと変換していく為の単純な作業。
殊に時間のかかる記憶の取り込みは最初に済ませてある。後は、そう時間を取られる事は無い。

やがて、霧の向こうから日光が路地に差し込み始めた、その時。
光に反応するかのように、北条沙都子の小柄な肉体は急速な肥大化を見せた。
衣類が破れ落ち、中から現れたのは滑りつく灰色の体表に数本の触手を携えた、人型のフォルムをした巨大なヒル。身体組織の融合は、完全に果たされたのだ。

今もどこか北条沙都子の面影を残しているそれは、肥大した足でアスファルトの上を滑るように移動し始めた。
『彼女』の躯体の最大の弱点である、紫外線から逃れる為に。
そして、己の食欲を満たす為に。




【E-2/ワゴン車付近/二日目早朝】


【女王ヒル@バイオハザードシリーズ】
 [状態]:第一形態(北条沙都子よりも一回り大きめ程度のサイズ)
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:日光から逃れられる場所で食料を探す
 1:日の当たらない場所へ潜む。
 2:食料を補給する。
※北条沙都子の肉体と融合を果たした事により、北条沙都子に擬態する事が可能です。また、北条沙都子の記憶を持っています。

29クケケでグギャギャな名無しさん:2012/07/06(金) 00:14:40
投下終了であります!
ご指摘、ご感想ありましたらよろしくお願い申しあげます。

30クケケでグギャギャな名無しさん:2012/07/06(金) 21:23:54
投下乙です。

女王ヒルが怪力屍人に(見た目)!
イメージ的に水死人的な感じ? メーデーさんみたいな?
二本脚よりも這いずった方がもう早いような気がするけども、
その辺は沙都子の思考模倣に影響されてんのかな?
足なくちゃ走れないじゃんって。
足なんて飾りなのに!

31 ◆cAkzNuGcZQ:2012/07/06(金) 22:25:34
>>30
感想ありがとうございます!
……の前に、思うところありまして。
せっかく感想下さったのに申し訳ありませんが、修正版投下致します。

32蒼い朝 修正版  ◆cAkzNuGcZQ:2012/07/06(金) 22:30:42
ふと空を見上げたのは、生物としての本能だろうか。

深い霧と、今は蒼くなりつつある闇。
どす黒い血液で額にへばりつく金髪の隙間から見えるのは、それだけだ。
しかし、確かに感じる気配がある。
予感と言い換えても良いかもしれない。
目に見えるものではないが、遥か頭上から『彼女』の苦手とするものが広がり始める予感。
暗闇が薄まるにつれて、『彼女』の身体を焼くものが静かに密度を増してくる予感。

「このままでは、まずい、ですわね……」

脳を取り込み、記憶の再生までは完了したが、未だに肉体の全てと融合を終えた訳ではない。
この肉体のままでは、間に合わない。急がねば、ならない――――。

迫る危険に、本能が後押しされるかのように。
『彼女』の宿主――――北条沙都子――――の死体の表皮が、唐突に、不自然に、蠢き始めた。
肉体の表面だけを覆っていた『彼女』の組織。
小柄な身体を動かすだけならばそれでも充分だったのだが、危険を感知した今、悠長に構えてはいられない。

肉が押し潰され、骨が砕ける小気味悪い音が、ワゴン車付近に立つ北条沙都子の肉体から鳴り続けていた。
それは可能な限り早く、効率良く融合を果たす為の作業だった。
体組織を取り込み、『彼女』のものへと変換していく為の単純な作業。
殊に時間のかかる記憶の取り込みは最初に済ませてある。後は、そう時間を取られる事は無い。

――――周囲の蒼さが消え、霧の向こうから日光が路地に差し込み始めた、その時。
光に反応するかのように、北条沙都子の小柄な肉体は急速な肥大化を見せた。
衣類が破れ落ち、中から現れたのは滑りつく灰色の体表に数本の触腕を携えた、人型のフォルムをした巨大なヒル。
宿主の肉体は全て自身のものとした。身体組織の融合は、完全に果たされたのだ。
これで、死体を操るよりも遥かに俊敏に動く事が出来る。危険から――――『彼女』の躯体の最大の弱点である紫外線から逃れる事が出来る。

数度、感触を確かめる様に触腕を靡かせると、『彼女』は肥大した足でアスファルトの上を滑るように移動し始めた。
ズルリ、ズルリと立てられる擦過音。次第にその音は硬質を帯びていく。まるで、革靴が立てる足音の様な硬質を。
軟体の躯体はいつの間にか凝縮し、滑りついた体表に人間や衣類の質感を持たせている。
数秒後――――『彼女』の全身は、宿主であった北条沙都子の姿へと完全に擬態していた。
攻撃擬態。融合が『彼女』の生物としての生存本能故の行動であるならば、獲物を捉える為の擬態もまた生物としての本能だ。

北条沙都子を模したそれは、光の強まるその場から迅速に離れ行く。
危険から逃れる為に。
己の食欲を満たす為に。

33蒼い朝 修正版  ◆cAkzNuGcZQ:2012/07/06(金) 22:35:19
【E-2/ワゴン車付近/二日目早朝】


【女王ヒル@バイオハザードシリーズ】
 [状態]:人間形態(北条沙都子に擬態)
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:日光から逃れられる場所で食料を探す
 1:日の当たらない場所へ潜む。
 2:食料を補給する。
※北条沙都子の肉体と融合を果たした事により北条沙都子に擬態する事が、また、女王ヒル第一形態になる事が可能となりました。
 第一形態のサイズは、取り込んだ北条沙都子の肉体とそう変わらない大きさとします。
※北条沙都子の記憶を持っています。




---------------------------------------------------------------

以上で修正版投下終了です。
微妙なニュアンスの変更をしたくなりましてこの様な形に。
ご指摘、ご感想ありましたらよろしくお願いします。

34 ◆cAkzNuGcZQ:2012/07/06(金) 22:44:15
>>30
改めまして、感想ありがとうございました!
這った方が早そうな気は、書いた後に自分でも思ったのですw
なので微妙にニュアンス変えてみました。そんな変わってないとかは気にしてはいけませぬw

35クケケでグギャギャな名無しさん:2012/07/11(水) 23:50:24
投下乙です

さて、女王ヒルさんは獲物に出会う事が出来るでしょうかw
ヒルのキモさがよく出てるぜ

36クケケでグギャギャな名無しさん:2012/07/14(土) 20:35:55
投下乙です
あと、先月末から復刻版サイレンマニアックスが販売中だそうですW

37 ◆cAkzNuGcZQ:2012/07/18(水) 23:41:25
っと、反応遅れましたが感想ありがとうございます!

>>35
時間帯は進んでますが一応付近には色んな獲物がおりますな。
よりどりみどりなのではないかとw

>>36
既に購入済みであります!
……去年の内に情報が出ていてくれたならば……。

38 ◆TPKO6O3QOM:2012/08/01(水) 21:27:26
長谷川ユカリ、霧崎水明予約いたしたく候

39クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/01(水) 23:31:36
期待にござ候。

40クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/02(木) 15:01:07
予約キター

41クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/03(金) 02:43:52
水死体で思ったんだが、サイレンマニアックスの魔声で羽生丸の網に掛った死体って
サイレン2で赤い津波に巻き込まれた漁師なのかね?都市伝説調査隊の設定では
数年前に夜見島近海で「羽生丸」という釣り船が行方不明てあったが・・・

42クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/03(金) 21:59:52
あれは完全なフィクションじゃなかったっけ? 原作とは一切関係ないような事をどこかで言ってた気が。
漁師はみんな夜見島かサイレントヒルに飛ばされているはず!w

43クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/03(金) 22:48:22
もしかしたら羽生丸もトルーカ湖に浮かんでたりしてW

44 ◆TPKO6O3QOM:2012/08/04(土) 00:25:17
投下します。

45Obscure  ◆TPKO6O3QOM:2012/08/04(土) 00:26:40
(一) 

 むかしむかし、ある所に大きな門がありました。
 その門の向こうからとてもこわく、とても悪い怪物がおりてきて、人をつかまえては、自分達の仲間にしてしまうのです。

 まわりの村に住んでいる人は怪物がこわくて、だれも外には出られません。

 それを聞いた主さまはとても困りました。
 こまってこまって、うーん。うーん。とうなり声をあげるけど、どうしたらいいかなんてわかりません。

 そこへ神さまに仕える巫女さまがやってきました。
 とてもやさしく、とても良い人です。
 主さまは巫女さまに門を閉じてくれるようにたのみました。

 巫女さまは主さまの願いを聞いて、門へとむかいます。
 やさしい巫女さまは自分のからだを縄にかえて扉を抑えつけてみようと思いました。

 だけども門は巫女さま一人ぶんの力では閉まりません。
 それでも巫女さまは門を抑えつけるのをやめませんでした。

 主さまも村人もやさしい巫女さまを助けるために、次々と新しい巫女さまをつれてきました。

 巫女さまたちはなんども、なんども、門のところへ行きました。

 しかし、最後の巫女さまは好きな人がいたので嫌がりました。

 でもそうしているうちに村人たちは悪い怪物になってしまいます
 主さまも村人もこれまでに縄になった巫女さまたちも怪物になってしまいました。

 やさしいやさしい巫女さまにとってそれはとてもかなしいことです。
 仕方なくからだを縄にかえ、扉を完全に閉じ、村人たちを元に戻しました。

46Obscure  ◆TPKO6O3QOM:2012/08/04(土) 00:27:11

 ある時、いなくなったはずの怪物たちよりもさらに大きな怪物がやってきました。
 その怪物はとおい所から、別の道を通ってやってきたのです。
 大きな怪物はいいました。

『おれにはけんもやりもやくたたずだった。ゆみやもてっぽうもはねかえしたんだ』

 なのにどうしたことだと、怪物は泣き出しました。

『たったのひとことでおれはしんでしまった、もうあいつにはあいたくない。だから、もんをまもるからかわりにおれをかくまってくれ』

 巫女さまは大喜びでいいました。

『わかりました、それじゃあもしあなたが嘘を吐いたときのために、あなたを殺したじゅもんを教えてくれたらかわってあげましょう』

 大きな怪物は口に出さないよう、じゅもんを地面に書きました。

 ――Tu fui,ego eris……

 じゅもんを胸に刻みつけた巫女さまは、好きな人に会いにいこうと歩きはじめました。
 風のささやきが巫女さまの背中を後押しします。
 かいぶつは、小さくなっていく巫女さまの背中を見おくってました。

 いつまでも、いつまでも――見えなくなっても、ずっと。

47Obscure  ◆TPKO6O3QOM:2012/08/04(土) 00:27:50

(二)


 呻き声と拙い足音が通り過ぎる。
 大分距離が離れているが、音はねじ込むように耳朶にその響きを残した。
 傍で、ユカリが安堵の――そして幾ばくかの苛立ちも籠った吐息をつく。
 彼女は、預けた携帯電話の液晶画面を見つめていた。純也からのメール以降、誰からも連絡はない。
 少しでも携帯電話の寿命を延ばすならユカリを咎めるべきだ。ずっと見ていたところで、連絡が来るわけではない。
 だが、このまま放っておこうという気持ちも同時に湧き起こる。多少投げ遣りになる程度には疲れてきているらしい。
 結局のところ、好きにさせたままでいる。使えるか分からない充電器は別にしても、予備の電池は持ち歩いている。
 水明は自身の溜息を呑み込んで、天井を見上げた。淡い光の中で、ぶら下がった白熱灯の表面が鈍く光っている。
 ガソリンスタンドの管理小屋も兼ねたコンビニエンス・ストア内は埃っぽい湿気が充満していた。
 隠れているカウンターの裏は窮屈だった。店員のものだろうか。古いプレイ・ボーイ誌が何冊も床に積まれ、大胆な格好で腰かけた金髪女性が挑戦的な眼差しを投げかけていた。
 カウンターの背後を守るようにして並ぶ冷蔵庫の電源は入っておらず、店内を反射するガラス戸の奥にペットボトルの影が鎮座しているのが分かる。
 水明はカウンターから顔を出した。窓ガラスの向こうで、復活した街路灯が闇を照らし、白い風景を浮かび上がらせている。その霧の中で蠢く人影がゆっくりと消えていく。
 天井から引っ掻くような物音が聞こえた。小鳥が屋根の上で遊んでいる時と似た物音だが、音の主が小鳥のように可愛らしい大きさでないことはその響きから容易に想像がつく。まだ動くことは得策ではないようだ。
 もう何度目になるだろうか。
 何かしらの異常を感じたら立ち止まり、何処かに身を潜め、成り行きを待つ。幸い、隠れる物陰は豊富にあった。しかし、それは同時に死角が多いということでもある。
 自然と早足になるのとは裏腹に、実際の移動時間は減っていった。それでも、岸井ミカが連絡をくれたクラブはもう通りを一本隔てた場所まで来ている。
 だが、そこから動くことができない。身体を腐らせた亡者たちの数が増えている。
 元々そうなのか。それとも、何かに引き寄せられているのか。後者の場合、引き寄せている"何か"について、最悪のケースがどうしてもちらついてしまう。
 もし、人見か小暮のどちらかが岸井ミカを保護出来たならば、おそらくは何らかの連絡があるはずだ。
 それがないということは、まだそれぞれ合流できていないのだ。もしくは、連絡をよこせるような状況にはいないのか。それとも、保護されていたとしても、当の岸井が名乗れるような状態にないのか。
 いや、そもそも電話が繋がらないという状況も考えられる。最後に見た時も、携帯電話の電波状態は圏外であった。
 引いては、本当であれば繋がらない状況で通話できたことが例外なのであって、現在不通であっても不思議はない。そもそも、いつまでも電話が使える保障があるものでもない。 
 だが、用もないのにこちらから電話するのは躊躇われた。
 安否の確認は、一旦気にしてしまえば終わりがない。
 便りがないのは無事な証拠――そう、割り切るのが一番なのだと自戒する。
 物事をどれほど突き詰めていっても疑念は残る。確実ではないのだから――絶対はないのだから、不安は在り続ける。
 ましてや、命を懸けられた状況であれば尚のことだ。
 不安へ対抗するには、人は信じることしかできない。信じることで、心の均衡を保とうとする。
 厳しい目で解すれば、これは逃避と言われるだろう。だが、同時に救いでもある。
 信頼と不安は、常に表と裏だ。
 死のリスクは、いつでもすぐ隣に存在するのだ。暗がりで、そっと息を潜めている。
 亡者の呻き声が、幾分か近くで聞こえた。ユカリが僅かに身じろぎをした。足音が通り過ぎていく。
 亡者たちはどうやら主に視覚に頼っているらしい。聴覚や嗅覚も機能しているようだが、用心して身を隠せば取りあえずは凌ぐことができる。
 しかし、それは彼らが人と差のないことの証でもあるように感じられた。

48Obscure  ◆TPKO6O3QOM:2012/08/04(土) 00:28:14
 水明は、ベルトに挟んだ拳銃の重みに意識を向けた。
 人でないと確信が持てない以上、撃つことは出来ない。いくらでも言い繕えるだろうが、本心は人道的な理由ではないことを己が一番よく知っている。
 単に、怖いのだ。
 明らかな化け物を仕留めることでさえ、吐き気を及ぼすほどの嫌悪感に苛まれた。
 だが、いつか必ず撃たねばならないときが出てくるだろう。覚悟を決めるその時を延々と先送りにできるほど、この町は甘くないはずだ。
 水明は口元を指で揉んだ。口の寂しさが無性に気になった。煙草はカウンター脇の棚に幾つか並んでいるが、手に取る気分にはならなかった。もっとも、吸えるような状況でもないが。
 ふと、中学時代の友人――に含めてしまってもいいだろう――の姿が浮かんだ。団子鼻に引っかかった眼鏡――その度の強いレンズの向こうに、小型犬のような瞳が鈍い光を放っている。
 彼ならば嬉々として、あらゆる真相の可能性を追求しようとひた走るだろうか。
 風の便りで警察機関に就職したと聞いていたが、脳裏に浮上した彼の姿は中学生のままだった。
 多分、とても懐かしい光景を目にしたせいだ。
 己にとって転機と言える、忌まわしい事件――幼馴染とクラスメイトを失ったあの日の公園が、この町に在った。
 霧にこそ包まれていたが、それは記憶に残る景色と寸分違わぬままで眼前に広がっていた。違わぬからこそ、偽物だと断定できる。
 しかし――と、水明は微苦笑に頬を歪めた。サイレントヒルが映し出すのは、その者の心の景色だ。あれは、あの日から彼がずっと前に進めていないことの証左かもしれない。
 足を前に踏み出しているようで、その実、あの公園の敷地内をぐるぐる回っているだけに過ぎないのか。皮肉めいた感情が煙のごとく胸中に立ち昇る。
 古ぼけたファイルを抱えたまま、まだ中学生の自分が内側に眠っている。
 しかし、この町から抜け出せなければその足踏みすら止まってしまう。
 郷愁にも似た想いを掻き消し、水明は巫女の童話に思考を向ける。
 一言で言えば、童話は奇妙なものであった。登場する巫女の身上が、それを語る氷室霧絵自身と所々重なるところから、この内容には彼女の精神が少なからず影響している代物と捉えられる。
 気になるのは、まず、物語の中で事態が解決していないことだ。
 物語は、呪文を胸に刻んだ巫女が封印に身を変えた怪物を残し、想い人の許へ向かうところで終わっている。
 巫女は想い人と一緒になれたであろうことは想像がつく。ハッピーエンドとも言えるかもしれない。
 しかし、扉の件が放置されてしまう。怪物はそのまま大人しくしているだろうか。呪文は使われることはないのか。起承転結の転で止まり、結末にまで至っていないのだ。
 そもそも、何故封印を解く呪文を童話は示しているのだろう。
 憶測とはいえ、アレッサか、町そのものに不都合があるからこそ扉を怪物で封じているのではないか。
 殺し合いのルールがそうであるように、呪文そのものは無意味なのか。
 だが、氷室霧絵は呪文そのものに忌避感を覚えたという。
 門の封印が解け、災厄が齎されることを恐れたのだと彼女は言っていた。
 サイレントヒルは心が大きく影響を与える町だ。童話を読めば、呪文の役割は当然頭に入っている。たとえ、呪文そのものが無意味でも、役割を認識して口に出せば効果は顕在化するかもしれない。
 "言霊"という思想がある。言葉には魂があり、良い言葉を口にすれば吉事が起こり、よくない言葉を口にすれば凶事が起こるという考えだ。名前を付けられることでモノがそれに縛られるようになるのと同じように、言葉に乗っただけでも事象に意味が起こり、型が生まれ、形を持つ。
 事象の具体化は物事を矮小化させることがある反面、枠に嵌めて定義づけられることで力を持つようになることもある。
 後者のケースが、言霊の発現だと言えるだろう。
 例えば、実話怪談の蒐集家の間には"封印された話"というものがある。書いたり話したりすると変事があるので発表できないという代物だ。当然語られないのだから、憶測が憶測を呼び、ファンの間では、どんな恐ろしい話なのだろうと好奇の対象となっている。
 しかし、実際は何の変哲もない、普通の怪談であるらしい。仕事の関係でそうした蒐集家の一人と言葉を交わす機会を得た際に教えてもらったことだ。特別恐ろしいわけでもなく、忌わしい謂れがあるわけでもない。そうであるにも関わらず、語ることができない。

49Obscure  ◆TPKO6O3QOM:2012/08/04(土) 00:28:37
 つまり、原因は内容ではないのだ。語ることそのものに障りがある。都市伝説における"牛の首"も、元を質せばこうした"封印された話"の一つであったのかもしれない。
 内容如何に関わらず、怪談を語ることに怪異が潜む。言葉となることで、怪異が形となって現実を侵食するようになる。
 しかし、そうであればこそ、呪文は隠されるべきではないだろうか。無論、無意味が組み合わさって意味を持ってしまったイレギュラーなケースであるとも考えられなくはない。
 だが、もしも――呪文を教えることこそが目的だとすればどうだろうか。
 気になるのは、この呪文が、あくまで音としてでしか認識できないことだ。異国の言葉を、ダイレクトに意味として脳が理解できるような状況にも関わらずだ。
 この事実こそ、呪文が無意味である証左とも言えるかもしれないのだが、呪文として使われた言葉の意味を考えるとそうではないように思えた。 
 怪物を殺す呪文"Tu fui,ego eris"――墓碑銘に刻まれるラテン語の一つだ。
 意味合いは"私は貴方と同じく生きていた、あなたもやがて私と同じく無に還るだろう"とでもなるだろうか。誰にでも訪れる死の普遍性を示した言葉だ。死の呪文としてそう外れてはいない。
 一方で、直訳すれば"貴方は私であり、私は貴方であった"となる。
 言葉通り受け取れば、巫女と怪物の同一性を示すことにもなるのだ。巫女は怪物であり、怪物は巫女だ。封印の一部として、両者は共通する部分を持つ。
 死の呪文は怪物から伝えられた。主体は怪物になる。とすれば、呪文は後者の意味に変じるのではないだろうか。つまり、封印の交代、もしくは同化だ。
 呪文を唱えたものが、怪物となって封印を担う役割になってしまう。たとえ境界の裂け目を突き止められたとしても、怪物を殺す呪文は町にとって不利益でなくなる。
 いや、こうしたメビウスの環を形作ることこそが真意とすれば、呪文は餌だ。試さないことには呪文が有効かはわからない。そして試せば、裂け目に辿り着いた者は消える。
 同時に複数人いた場合は呪文が無効という経験は残るが、感情として"封印は解けない"という想いが強まる。下手をすれば、現実に封印そのものを強化することにも繋がりかねない。
 伝え手によって二重の意味を同時に持つために、呪文は音としてしか認識できない。
 あくまで町は閉じようとしている。そのまま、永遠の箱庭でも作るつもりなのか。
 目的はさておき、怪物を除けるには別の方法、もしくは呪文が必要と考えた方がいい。
 そして、もう一つ。なぜ氷室霧絵は封印の前に放り出されていたのか。裂け目が見つけられないことに越したことはないのだ。呪文の媒介者として必要だったのか、それとも――。
 思考に沈み込んでいると、近くで間の抜けた低音が聞こえた。
 音の源へ視線を向けると、ユカリが腹部を焦った様子で押さえつけている。指の隙間から似たような鳴き声が漏れた。
 その緊張感を欠いた音色に、水明は失笑した。
 この状況に巻き込まれてから六時間以上経過している。ろくに休憩もしていなければ、食事も摂っていない。一度意識すれば、水明自身の胃も不満を訴えて捩り動こうとする。
 ユカリは無駄な努力を止めたようで、身体を脱力させて溜息を吐いた。

「……なんか、食べる気しないよね。今は普通だけどさ」

 短く詫びた後で、ユカリが囁いた。カウンターのラックに積まれたスナック類のことだろう。何の変哲もないが、つい先ほどまで汚泥と錆に塗れていたことは想像に難くない。

50Obscure  ◆TPKO6O3QOM:2012/08/04(土) 00:28:58

「まあな」

 同意を返すが、手に取りたくない理由はユカリが示したものばかりではない。
 頭をよぎるのは"黄泉竈食い"のことだ。黄泉の国の釜で煮炊きしたものを食べると、二度と浮世に戻ることは出来ない――。
 この町に有るものは、すなわちこの町が生み出したものだろう。人々の心を反映したとしても、それを仲介するのはあくまで町の力だ。
 では、町の力とは何なのだろうか。
 元々、この町は先住民にとっての聖地だった。すなわち、地脈や気と称される大地のエネルギーの強い場所であったと考えられる。
 だが、力そのものに意味はない。力の持つ性質は、その向かう方向に左右されるものだ。
 ヨーロッパからの入植による先住民の迫害、伝染病、刑務所で行われた処刑、そしてアレッサ・ギレスピーの起こした異界化――そうした忌わしい出来事によって力の方向が歪められてしまったのだろう。
 謂わば、何重にも折り重なった"死"に侵食されているのが今のサイレントヒルという土地だと言えるだろう。
 数多の死が土地そのものに影響を与えると言われても、気分的な問題以上の障害がないように思えるかもしれない。
 しかし、そうだとは限らないのだ。
 "穢れ"というものがある。目には見えないが、在ると信じられてきた。思想や宗教というよりも、日本人の文化や思考を形成する上での基盤の一つといってもいいだろう。かといって、日本固有のものではなく、ユダヤ教やイスラム教、ヒンドゥー教などにも同質のものが多く見られる。
 "穢れ"は、"罪"と同様の物として並べられるが、簡単に言えば、人為的なものを"罪"とし、自然的なものを"穢れ"と大別する。神道に於いては、罪は"天津罪"と"国津罪"と二部され、前者は共同体を阻害する犯罪であり、後者は人為的・自然的に人が疵付く事象を指す。"穢れ"は後者に該当する。
 "穢れ"を多く付着させた人間は祭事に関わることを禁じられ、人との接触すら制限されることとなった。人が生きている限り蓄積していくものだが、犯罪や病、出産の際にはより強く身体に付くとされた。その最大のものが、死した際に付く"死穢"である。
 そして、重要なのは"穢れ"は伝染するということだ。 
 三大格式の一つである『延喜式』において、"死穢"は甲乙丙丁と強さが四段階に分けられている。そして、死人を出した――つまり、甲の"穢れ"に包まれた家に招かれ食事をした人間は、乙の"穢れ"に感染し、持ち帰った先の家族までが汚染される。それ故に、人が死んだ場合には三十日の、家畜が死んだ場合には五日の謹慎が定められていた。
 とはいえ、この伝染は人を介するごとに弱まり、期間を経れば消える。禊や祓を受けることで落とすこともできる。
 だが、消える暇もなく"死"が続いたとしたら、どうなるのだろうか。
 無論、そのような場所は世界中にある。
 しかし、サイレントヒルは聖地となるほどの強い力を持つ土地だった。
 そして、おそらくはその力の流れが歪められ、"穢れ"を祓うのではなく、むしろ引き込む様な性質に変わっている。いわば、サイレントヒルという地が一つの大きな付喪神に変じてしまった。
 行き場を無くした"穢れ"は払われることなく、土地に滞留し続けるだろう。それはやがて澱みのようになり、サイレントヒル全体がその中に沈んでいる。
 そうだとすれば、己たちは"穢れ"の中で呼吸し、動き回っていることと同義だ。
 頭をよぎるのは、先ほどまで町を侵食していた血錆のことだ。
 サイレントヒルは、土地そのものの記憶も反映するのだろうか。あの血錆は、土地を汚染する"穢れ"の象徴のようでもある。
 水明は自分の持ち物に視線を置いた。
 持ち物は町の変化に影響を受けない。これはシビルの経験から導き出せるし、影響を受けるならば町に入った時点で変化しているだろう。町の所有物ではないから、影響の外にあると考えるのが自然だ。
 だが、"穢れ"は中に入ったものを汚染する。
 いずれは外から持ち込んだ物も町に囚われる。いや、物だけでなく、人間も――。
 また、情けない音が聞こえた。
 微苦笑を漏らし、水明は鞄からスナックバーを取り出した。そして、羞恥で俯いているユカリに手渡す。入れっぱなしだったせいだろう、包装が潰れてしまっている。

「町に来る前に買っといたもんだ。見てくれは悪くなってしまったが、中身に影響はない」
「……加齢臭が染みついてそう」
「大人の魅力というんだよ、そういうのはな」

51Obscure  ◆TPKO6O3QOM:2012/08/04(土) 00:29:35
 空気の中に、微かに甘い匂いが混じった。
 ふと、水明は違和感を覚えた。周囲に目立つ音は、ユカリの咀嚼する音だけだ。
 それ以外に目立つ音が聞こえない。周囲をうろついていた亡者たちの足音が――ない。天井の気配もなくなっている。
 ユカリも気づいたのか、気味悪そうに首を巡らせている。
 不気味な静寂が店内を包んでいた。

「……外に出てみる。長谷川はまだ中にいるんだ。外で何か起こっても、事態が落ち着くまで絶対に動くな」

 ゆっくりと立ち上がり、水明は出口へと近寄った。
 ガラス戸から外を伺うも、霧の中にあるのは動かぬ家々の影だけだ。その光景は何処か空々しく映った。
 扉を開ける際、蝶番の軋みが酷く致命的な物音のように感じられた。しかし、予感と反して、開けた途端に覆いかぶさってくる襲撃者などはいなかった。
 外に出た水明の周りで、霧が音もなく動いている。
 羽ばたきを耳が拾った。思わず屋根の下から出した顔を引っ込めるが、こちらに気付いた訳ではなさそうだ。羽音は遠ざかっていく。
 音は北から聞こえてくる。通りに出て見やると、湖畔に立つ街路灯の明かりの中で、何かを襲うように急降下する大きな影が見えた。その真下では、複数の人影が霧の中に消えていく。
 通りに居たものたちは、何かを追いかけて行った。そのように見える。
 しかし、全ての亡者たちがある一つの獲物に惹きつけられるなどあるだろうか。
 だが、事実、通りから彼らの姿は消えている。耳を澄ますと、鳥の様な鳴き声が微かに響く。音の方角から推測するに、彼らは湖畔を東へと向かったようだ。
 わざわざ、彼らを呼び集めるようにして誰かが逃げているのか。
 この不自然な光景に水明は口を曲げたが、移動する好機には違いない。
 足早に店に戻って、ユカリを呼んだ。
 怖々とした足取りで、ユカリは水明についてくる。何もいないという状況を怪しむように、忙しなく彼女は周囲を見やっていた。
 ふと、ユカリの動きが止まる。
 釣られて、水明もまた通りの南へと視線を向けた。 
 霧の向こう――十数メートル先に人影が立っていた。詳しい容姿までは分からないが、十代半ばの少女のようだと判別できる。
 影はこちらに気付かれるのを待ってたかのように、一拍の間を置いて南へと去っていく。

「ミカなの!? ねえ!」

 そう叫ぶが早いか、ユカリが駆け出した。

「おい、待て!」

 引きとめようとするも、水明の手をユカリはすり抜けた。
 舌打ちして、水明はユカリの後を追った。思いのほか、彼女は健脚だった。髪を振り乱す彼女との距離は、想像以上に縮まらない。
 少女の影は、こちらを誘うように一定の距離を保ちつつ逃げ続ける。
 あれが、ユカリの知る岸井ミカであるはずがない。水明は彼女の容姿を見たことがないが、それだけは断言できる。
 どうして――この霧で"少女"と判別できるのだ。まるで、霧が少女を避けているようではないか。
 遠目だが、あの影は車の前に飛び出してきた少女と似ている――つまり、アレッサ・ギレスピーと。

「落ち着け、長谷川!」

 漸く追いつき、水明は引き倒すようにユカリの肩を掴んだ。
 過呼吸に陥ったように喘ぐユカリは、それでも水明の拘束を逃れようとしていた。
 水明は通りの先を睨みつけた。
 現れた時と同じように、人影は唐突に消えていた。いや――一瞬だけ、紫紺の裾が霧の中ではためいた気がした。

「ここ、は――ミカは……?」

52Obscure  ◆TPKO6O3QOM:2012/08/04(土) 00:31:52

 ユカリが呆然としたように呟いた。その場で膝をついた彼女から、水明は手を放した。
 随分と走ってしまったようだ。シャツのボタンを幾つか外して、上気する身体を落ち着かせる。
 水明は脇に目を向けた。
 アルケミラ病院と掲げられた建物が、鉄柵門の奥で威圧感を以て水明たちを出迎えていた。




【B-6/キャロル通り・アルケミラ病院前/二日目黎明】



【霧崎水明@流行り神】
 [状態]:精神疲労(中)、睡眠不足、空腹、頭部を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)。右肩に銃撃による裂傷(小。未処置)
 [装備]:携帯電話、懐中電灯
 [道具]:10連装変則式マグナム(10/10)、ハンドガンの弾(20発)、宇理炎の土偶(?)
     紙に書かれたメトラトンの印章、自動車修理の工具
     七四式フィルム@零〜zero〜×10、鬼哭寺の御札@流行り神シリーズ×6、食料等、本物のルールと名簿のチラシ、他不明
 [思考・状況]
 基本行動方針:純也と人見を探し出し、サイレントヒルの謎を解明する。
 1:岸井ミカと式部人見を保護する。
 2:アレッサ・ギレスピーと関係した場所、および氷室邸を調査する。
 3:そろそろ煙草を補充したい。
 4:氷室邸は異界からの脱出口になるかもしれない?
 5:門の怪物を倒すには別の手段、もしくは呪文が必要?
 ※ユカリには骨董品屋で見つけた本物の名簿は隠してます。
 ※胸元から腹にかけて太陽の聖環(青)が書かれています。



【長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム】
 [状態]:精神疲労(中)、頭部と両腕を負傷、全身に軽い打撲(いずれも処置済み)
 [装備]:懐中電灯
 [道具]:太陽の聖環の印刷された紙@サイレントヒル3
     地図を書き込んだサイレントヒルの観光パンフレット、(水明が書き写した)名簿
     ショルダーバッグ(パスポート、オカルト雑誌@トワイライトシンドローム、食料等、他不明)
 [思考・状況]
 基本行動方針:チサトとミカを連れて雛城へ帰る
 1:ミカに会いたい。
 2:とりあえず水明の指示に従う。
 3:チサトを探したい。
 4:無事とはいえシビルが心配。

※キャロル通り付近に居たクリーチャーたちはネイサン通りの公園方面へ移動しました

53 ◆TPKO6O3QOM:2012/08/04(土) 00:32:25
以上です。
指摘等ございましたらお願いします。

54:2012/08/04(土) 11:04:05
霧崎とユカリの安定感はガチ

55クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/04(土) 16:02:50
投下乙でした!

氷室邸脱出口説の考察も順調に進んでおりますな。
どうやら単に呪文を唱えるだけではグラトンは消えてくれない方向性かな?
こうなると更に童話の続きも出てきそうな予感。

そして舞台はアルケミラに!
人見やミカがどうなっているのか。
地味に最近出番の増えたアレッサはどう動くのか。
まさかの団子鼻小型犬眼鏡に出番があるのか。
色々気になってきますな!w

56 ◆TPKO6O3QOM:2012/08/06(月) 19:43:23
備考追記です。


※表世界になったため、ナイト・フラッターはエア・スクリーマーに変化しました。

エア・スクリーマー

出典:『サイレントヒル』シリーズ
形態:多数
外見:ケロイドのような肌をした翼竜
武器:嘴と足の爪
能力:翼で飛行し、上空から急降下して噛みついたり、すれ違いざまに爪で攻撃を仕掛けてくる。
攻撃力★★☆☆☆
生命力★★☆☆☆
敏捷性★★★☆☆
行動パターン:普段は上空を飛び回っている。大きい個体は仲間を呼ぶ習性がある。
備考:ナイト・フラッターの表世界での姿。

57 ◆TPKO6O3QOM:2012/08/06(月) 20:13:19
>>54さん
ケビン組と同じような安定感を持つチームでさあね……ということは……

>>55さん
童話の続き、ありますかね!?

アレッサは裏主役みたいな感じでしょーかねえ

58クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/07(火) 18:11:30
投下乙です

考察は進んでる安定感のあるチーム。なのにサイレントヒルの泥沼にどんどん足を踏み入れてる様で安心できねえw
原作の童話の雰囲気がよく出てていい。続きが来たら…

59 ◆TPKO6O3QOM:2012/08/07(火) 21:19:26
>>58
サイレントヒルを深く理解できることは、町と同化しちまうことに繋がるのかもしれませんねえ。
続き……本当は怖い童話スタイルなのか、ハッピーエンドなのか、ヒロインのキャストが変わっているのか……
気になるところですな

代理投下、ありがとうございました。

60 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/12(日) 11:53:24
隙間録という形に便乗いたしまして、

三上隆平@SIREN2
三上脩@SIREN2
加奈江@SIREN2

予約で!

61クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/12(日) 18:36:53
中々興味深い予約ですな
本筋にどう絡んでくるのか楽しみだ

62クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/15(水) 22:36:45
アグラオフォテスがあれば黄泉竈食いも何とかできそう

63クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/15(水) 22:37:02
アグラオフォテスがあれば黄泉竈食いも何とかできそう

64クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/15(水) 23:04:05
水明先生って多聞ポジション?

65クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/16(木) 07:43:44
>>63
屍人が死ぬ事になってるから、死んでしまうかとw

>>64
共通点はあると思うけどどうだろう?
多聞って結局どんなポジションだったのかよく分からんw
多聞に限らず、サイレンの登場人物みんなに言えるかもしれないけど。

66 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/16(木) 23:06:50
三上隆平@SIREN2
三上脩@SIREN2
加奈江@SIREN2

投下します!

67MEMORY――隙間録・三上脩、加奈江編  ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/16(木) 23:07:55
【 三上脩 】 夜見島/蒼ノ久集落/三上家二階 1976年某日 20時09分29秒




【 三上脩 】 夜見島/蒼ノ久集落/三上家二階 1976年某日 20時09分30秒




【 三上脩 】 夜見島/蒼ノ久集落/三上家二階 1976年某日 20時09分31秒




【 三上脩 】 夜見島/蒼ノ久集落/三上家二階 1976年某日 20時09分32秒




「あのね! おねえちゃんがきょうね、おねえちゃんのおかあさんのおはなししてくれたんだよ」

父親が整えている布団の中から、三上脩の幼い声が上がった。喜びの込められた純粋な声だ。
眠りに落ちる前のほんの僅かな時間。脩がその日一番の出来事を語るのは、三上家の日常的風景だった。

「ん?」
「かみさまがしんだの。そしたらおねえちゃんのおかあさんがうまれたんだって」
「はっはっは。神様か。おねえちゃんがそう言ってたのか?」
「うん!」

満面の笑みを浮かべて頷く脩に対し、父・隆平はぎこちない笑みを返していた。
“お姉ちゃん”――――数ヶ月前に夜見島港の岩場に流れ着いていた少女、加奈江の事だ。
少女は記憶を失っていた。身元を証明する様な私物も無く、その身に何が起きたのか、一体何処の誰なのか、未だに誰にも分からない。
脩が少女に妙に懐いてしまった事や、少女が隆平の亡き妻・弥生に瓜二つだった事等々の事情から、隆平には少女を捨て置く事は出来なかった。
故に発見したその日から、隆平の家で保護する運びとなり、今に至る訳だが――――その加奈江の言動や行動には、誰の目にも奇妙に映るものが多い。
少女が脩に対し、夜見島に古くから伝わる文献――とても一般的には知られていないはずの代物だ――の一部を詩として語っていた事もあった。
少女は一体何者なのか。隆平が少女の事を思い浮かべる度に頭をもたげてくる疑念。
この時にも同様だ。隆平の笑みの裏には、その疑念が生まれていた。

68MEMORY――隙間録・三上脩、加奈江編  ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/16(木) 23:08:40

「それでね、おねえちゃんのおかあさんはね」

隆平は話を続けようとする脩の頭に、緩やかに手を乗せた。
その眼差しは、加奈江の事を案じる気持ちとは裏腹に、優しく、暖かい。

「脩。もう遅いからな。お話はまた明日聞かせてくれるか?」
「わかった!」
「お休み、脩」
「おやすみなさい!」

脩が目を瞑ると、隆平は息子の頭を撫でていた手を静かに離して立ち上がった。
電気が消され、隆平が階段を降りていく足音のみが脩の寝る和室内に届く。
脩は閉じた目の中で加奈江から聞いた“お話”を反芻していた。
明日、父親に話して聞かせる事をとても楽しみに思いながら。




おねえちゃん おはなししてくれた

おおきいかみさま しんだ

おねえちゃんのおかあさん うまれた

いっぱいうまれた

おねえちゃんのおかあさん とんでいった

とおいところ しらないところ いっぱいとんでいった

おねえちゃんもいけないところ いっぱいとんでいった



みかみしゅう 4さい

69MEMORY――隙間録・三上脩、加奈江編  ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/16(木) 23:09:21








【 加奈江 】 夜見島港/沖合 1976年08月03日 05時46分46秒




【 加奈江 】 夜見島港/沖合 1976年08月03日 05時46分47秒




【 加奈江 】 夜見島港/沖合 1976年08月03日 05時46分48秒




【 加奈江 】 夜見島港/沖合 1976年08月03日 05時46分49秒





空が明るさを増していく。
海面に浮かぶ加奈江に、朝日は容赦無く降り注ぎ、身体を徐々に焼いていく。
身を隠す場所は無い。全身を包む海水は黒衣の代わりにはなりはしない。もう加奈江が助かる望みは何処にも無い。

だが、それを選んだのは他ならぬ加奈江自身だ。
母の力を受け入れて母の元へと帰還する。その道も無い訳では無かった。
帰還してさえいれば、こうして光に焼かれる事も無かったのだが――――。

脩。
脩を、守りたい。
脩を、母の住む世界――――虚無の世界へと送り、殻として扱いたくはない。
加奈江はその一心で、母を裏切り、帰還を拒んだのだ。

島民達に追い詰められ、海へと落下した場所が灯台付近だったとはいえ、その灯台にあった小舟が流される二人の側に漂ってきたのは本当に幸運だった。
脩を助ける為の唯一の希望。身体に残された力を振り絞り、どうにか小舟まで泳ぎ切り、脩をそれに乗せる事には成功した。
あいにくそこで力尽き、自らが乗り移る事は叶わなかったが、構わない。舟の上だろうと下だろうと、どうあれ加奈江が陽光から身を守る手段は無いのだから。
残る不安は――――救助隊に発見されるまでの間、脩の体力が持つかどうか。
それは運次第となってしまうだろうが、出来るだけの事はした。助かって欲しい。助かってくれるはずだ。そう祈るしかない。

70MEMORY――隙間録・三上脩、加奈江編  ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/16(木) 23:09:59

加奈江は安らかに両目を閉じた。
これでもう、鳩としての使命も終わりだ。
陽光に曝された身体は、数分もしない内に全てが焼き尽くされるだろう。
呆気無いと言えば、実に呆気無い最後だ。自分が帰還しなかった事に、母は落胆しているだろうか。
それでも加奈江には後悔は無い。
このまま消滅しても。母を裏切る結果となってしまっても。
脩を、守りきれた。それだけで、充分だ。
脩の安否以外には、後悔も、未練も、加奈江の中には無い。

――――ただ。
加奈江の脳裏には、とある疑問が生じていた。
それはあの赤い津波の中での事。
あの津波は、母が自分を呼び戻す為に引き起こした現象だ。
津波そのものは幻に過ぎないが、現世に干渉する母の力が形として現れたものだ。それは、間違いない。
しかし、あの時。
加奈江が赤い津波に呑み込まれ、写し世へと流れる濁流の中で脩を守ろうと必死に抗っていた時。
濁流の中に、“母のものとは異なる力と意志”が紛れ込んでいた事に、加奈江は気が付いたのだ。
母の力が、巻き込まれた島民達を写し世へと引きずり込んでいく最中に、その異なる力が確かに“写し世ではない何処か”へと通じる入り口を開いていた。

加奈江には心当たりの無い、謎の力と意志。
母のものとも、出来損ないの屍霊達のものとも違う力だったが、それでもあの力からは、何処か母と近しいものを感じ取れた。
そして、あの意志からは、何処か加奈江のものと似た想いが感じ取れた。


加奈江と、似た想い――――。
加奈江の、脩に対する想いと似た――――。


あれは――――そう。
誰かに対する、思慕、だったのではないか――――。




しかし、一体あれは、何者の力と、意志だったのか――――。

71MEMORY――隙間録・三上脩、加奈江編  ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/16(木) 23:10:32










閉じていた瞼が光に焼かれ、溶け落ちて。視界が無理矢理に開かれた。
脩が小舟から、加奈江を見つめていた。
何が起きているのかまでは理解し切れていないだろうが、溶けゆく加奈江の身体を、脩が見つめていた。

「脩、見ちゃダメ」

後悔も未練も無かったはずが、たった今生まれた悔いがあった。
このままでは脩に、自身が人間ではないと悟られてしまう。
脩に、泥々に溶解する自身の身体を見せつけてしまう。
それだけは、どうしても嫌だった。

「見ないで」

脩には、醜く消える姿を見られたくなかった。
怯えさせたくなかった。
嫌われたくなかった。
だが、今の加奈江に残された力は無い。
願いを口に出す事すら、加奈江にはもう、出来なくなりつつあった。

「脩、見ないで」

それが最後の言葉となった。
海水と同化する様に、自らの身体が溶けていく。
意識もまた、同様に。


暗く落ちる意識の中。加奈江は、見ないで、とそれだけを願っていた。


脩が見つめ続ける中。加奈江は、ただそれだけを願っていた。






――――Continue to SIREN2

72 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/16(木) 23:16:21
以上で投下終了です。
ご指摘、ご感想ありましたらよろしくお願い申しあげます。

>>61
す、すみません。隙間録という事なので彼ら自体は全く本筋に絡んできません!w

73クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/17(金) 21:15:34
投下乙でした。

遠いところというと、羽生蛇村の堕辰子よりも遠いとこなんでしょうかね。
ニュアンス的に。
SIREN世界だけでなく、他の世界も闇那其の欠片から分岐?

74 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/20(月) 00:54:49
感想ありがとうございます!

>>73
羽生蛇村は加奈江も頑張れば行けるんではないかと思いますw

他の世界も起源は闇那其『だったのかもしれない』、というイメージではありますね。
まあだからといって全てが全く同じで同一世界という訳ではなくパラレルはパラレルなので、例えばバイオとクロックが同一世界、みたいな事は考えてませんが。

というわけでございまして、問題無さそうなのでWIKIに収録させて頂きました。ご確認下さい。

75クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/21(火) 18:51:15
投下乙です

思慕、ねえ…
本ロワの謎が徐々に明かされつつある中で最後はどうなるか…

76 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/21(火) 21:26:11
>>75
感想ありがとうございます!

思慕は、実は本編のどこかで匂わされているのであります。
まあ加奈江の盛大な気のせいという可能性もなきにしもあらずですがw


そんなわけでありまして、隙間録もう一つ行きます。
ジェイムス・サンダーランド@サイレントヒル2

予約で!
そろそろ本編動かせやというお叱りが聞こえてきそうですが、そちらは今しばらくお待ちを。

77 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/25(土) 21:00:49
隙間録
ジェイムス・サンダーランド@サイレントヒル2

投下します!

78 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/25(土) 21:04:33


窓の外には、真っ白い霧が充満していた。
目を凝らしても、映るものは流れゆく霧の動きと、流れの隙間に時折見える木々の陰ばかり。
相変わらずの、ホワイトアウト。“レイクビュー”とは名前負けも良いところだ。
本来は静かで美しい湖畔の景観も、これでは誰かの心を安らげる事は出来そうにない。

やはり、それも――――私のせいなのだろうか。
ホテルの図書室で、木製の小さな椅子に腰を落ち着かせたまま、私はこれまでの経緯を振り返る。
町の異常や、町を跋扈する怪物は、自分と何かしらの関係がある。薄々は勘付いていた事だ。
それと同じく、町に到着してから一度として晴れる事の無かったこの不自然すぎる濃霧も、やはり自分と関係していたのだろうか。

目を背けていたかった現実を覆い隠そうとしていたのか。
それとも無くしてしまった記憶を追いかける焦燥感が形となって現れていたのか。
いや、どちらにしても既に私は現実を理解している。
妻との――――メアリーとの思い出が残るあの部屋で。つい先程確認したビデオテープの映像で、全ての記憶は取り戻されている。
それでも、未だに霧は晴れていない。町も私も、怪異から開放されていない。記憶を取り戻しただけでは、終わらないのだろうか。

――――当然か。結局私は、肝心な事は何も成していないのだから。

耳につけているヘッドフォンの音が途絶えてから、どれくらい経ったのだろう。
聞かされていたのは、絶望と苦痛の始まりの声だった。
妻の担当医から、彼女の余命を告げられた、三年前のあの日の思い出。
もう記憶は取り戻しているというのに。この場で改めて現実を突き付けられて。
呆けた様に眺める霧の中には、この三年間の苦しみが映像となり、走馬灯の様に移り変わって。
最後に浮かんだものは、もう誰の温もりも感じられない、空っぽになってしまった冷たいベッドだった――――。

やはり、向き合わねばならない。
自分の心に対して。そして、死なせてしまった――――いや、殺してしまった妻に対して。
けじめをつけない限りは、この怪異は恐らく永遠に終わりを迎える事は無いのだ。
それが例え、どの様な結論であり、どの様な結末に至ろうとも。決着は、私自身でつけなくてはならない。

私はゆっくりとヘッドフォンを耳から外し、デスクの上に戻した。
そしてナップザックをデスクの上に置き、中から道具を一つ一つ取り出して並べていく。

ブルー・クリーク・アパートの一室で見つけた、『白の香油』。
ガソリンスタンドに置き忘れられていた、『書「失われた記憶」』。
歴史資料館の割れたガラスケースに展示されていた、『黒曜石の酒杯』。
そして、この図書室でつい今しがた手に入れた、『赤の祭祀』。

町をさ迷い歩く中で、何故だか手にしてしまった道具の数々だ。
その理由も、今ならば分かる。
私は惹かれていたのだ。この町の、とある伝承に。

79 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/25(土) 21:05:02



この町は、サイレントヒル。

ここには古から伝わる神達と、それを崇める人々がいた。

彼らは、力を持っていた。非現実的な――――死をも否定する力。

死者を、甦らせる事の出来る力。



もしもその伝承が真実であるならば――――。
トルーカ湖の中央辺りに浮かぶという離れ小島で、これらの道具を用いて死者蘇生の儀式を行えば、メアリーは、還ってくる。

私は、それを求めてしまった。
現実から逃げ出して、都合の良い記憶を作り出し、己の醜さからは目を背けていたくせに。
心のずっと奥底では、妻が甦り幸福だったあの頃を取り戻すという希望を求めていたのだ。



――――そんな事が、許される筈もないのに。



妻の顔に枕を押し付けた時。
枕の下で必死に抵抗していた彼女の力強さは、今の私の手には鮮明に蘇る。
あの痩せ細っていた身体のどこにそんな力を残していたのか。
それは、気を抜いてしまえば私の方が押し負けてしまう程に強い力だった。

三年間の闘病生活で体力などすっかり失われていた筈なのに。
死にたくない。
生きていたい。
その想いを剥き出しにして、メアリーは最後の時まで力強く抵抗した。

そんな、本心では決して死など望んでいなかったメアリーを。

薬の副作用と死の恐怖に苦しみ、外見も性格も醜く変わり果ててしまったメアリーを見ている“私”が辛いから。
治る見込みなど無いメアリーを、いつまでも介護していなくてはならない地獄の様な日々から“私”が解放されたいから。

そんな、己の醜いエゴで殺しておきながら――――あまつさえ、そうする事がメアリーの為なのだと、その責任すら転嫁しておきながら。
彼女と共に幸福に生きる未来を求める事など、許される筈がないではないか――――。

80 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/25(土) 21:05:54




デスクに並べた道具を一瞥し、私はもう一度窓の外に目を向けた。
記憶は全て取り戻した。
この町に来た本来の目的も。
妻が今どこに居るのかも。
その目的の為には、儀式の道具は必要ない。私には、その資格もない。
このまま、ここに置いていこう。

そして、そろそろ向かわなくてはならない。
この先で“私の中のメアリー”が待っている筈なのだ。
これ以上逃げている訳にはいかない。答えを出しに行かなくては。
一面が乳白色で覆われているこの殺風景な霧の世界も、それで晴れてくれると良いのだが。
妻との思い出の景色をこのままにしておくのは、とても忍びないのだから。

私は立ち上がり、図書室の扉を開いて――――。





























――――それが、十時間程前の出来事。

81 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/25(土) 21:06:38
私が図書室を出て、異形と化した妻の幻影と対峙し、そして当初の目的――――トルーカ湖での入水自殺を果たしてから、岸辺で目を覚ますまで。
時間にしてみれば半日も経過していない筈だった。

その間に、一体何が起きたというのだ。

現在の時刻は、午前二時半を回ったところだった。
私は今、再びレイクビューホテルの図書室に戻って来ていた。
いや、“戻って来た”という表現が正しいのかどうかは良く分からない。
レイクビューホテルは、本来とは全く別の場所に存在していたのだから。

そうだ。今は何故か、このサイレントヒルの町並みが変化しているのだ。
濃霧に包まれた岸辺で意識を取り戻し、訳の分からぬままに町の中に戻り、さ迷い歩いて、私はその事に気が付いた。
このホテルもさっきまでは湖の北岸にあった筈だが、今はどういう訳だか湖の東側に存在している。こうして辿り着いたのは、はっきり言えば全くの偶然だ。
その時点では、本当にここが私がさっきまでいたレイクビューホテルなのかどうかも断定は出来なかった。
私がこの図書室まで戻って来たのは、それを確かめる為でもあったのだ。――――いや、他に向かう宛が無かったのも事実なのだが。

そして結論を言えば、位置は変化していても、ここは間違い無くあのレイクビューホテルの様だ。
図書室内の書物も、デスクの上に置きっぱなしのヘッドフォンも、動かした椅子の位置も、私が最後に触ったままの形で残されていた。
建物の間取りも、覚えている限りの範囲では違和感は無い。ここが別のホテルだという可能性はまず無いだろう。

ただ一つだけ、この図書室内にはさっきとは異なる部分があった。
確かにデスクの上に置いた筈の二つの道具と、二冊の本。
死者蘇生の儀式で使用する道具と本が、全て消えて無くなっていたのだ。
どうやら誰かが持ち去ったらしいが、あれらの道具の意味を知っての事だろうか。
誰かが誰かを甦らせようとしているのだろうか。
だとしたら――――。

――――いや。
それは私にとっては大した事ではない。
あれらの道具が何処に消えようと。誰が使おうと。私にはもう関係は無い。
重要なのは――――こちらだ。

私は顔を上げ、窓の外の濃霧に目を向けた。

そう。
重要なのは、こちらだ。
怪異は、今もなお続いている。
終わっていないどころか、その度合いを増している様に思える。
どういう事だ。
私はまだ、罪を償えていないという事なのだろうか。
まだ、思い出せていない記憶があるのだろうか。
それとも、今度こそ私は狂ってしまったというのか。
或いは――――これは私とは無関係の事なのか。

82 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/25(土) 21:08:05



分からない。
私には、何も分からないが。
とにかく、私は戻るしかないのだろう。

もう一度。
この町の中へ。
この、真っ白い霧の中へ。

私の罪が許されたのかどうかを知る為に――――。






【D-3/レイクビューホテル/OPより約14時間前】


【ジェイムス・サンダーランド@サイレントヒル2】
 [状態]:困惑
 [装備]:無し
 [道具]:黒革の手帳
 [思考・状況]
 基本行動方針:怪異の原因を突き止める
 1:私はまだ許されていないのか……?




――――Continue to Silent Syndrome

83 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/25(土) 21:08:29
【アーカイブ解説】

【白の香油@サイレントヒル2】
ガラス瓶に入った白く濁った香油。
Rebirthエンドを見る為の必須アイテム。



【黒曜石の酒杯@サイレントヒル2】
黒曜石で作られた古めかしい杯。
Rebirthエンドを見る為の必須アイテム。



【赤の祭祀@サイレントヒル2】
ある古き神について書かれている。
Rebirthエンドを見る為の必須アイテム。

語れ。
我は真紅のものである。

嘘と霧は、彼らではなく、また我である。
汝らは我が一人であることを知っている。
そう、一人は我である。

おお、信じる者よ。
四百の僕、七千の獣と共に
言葉を聞き、そして語れ。
太陽の下にあっても、
それは忘れてはならない。

無限の盲目と降り注がれる矢、
それは我の復讐である。

枯れ行く花の輝きと否定される死者、
それは我の祝福である。

汝らは我と我の司る全てを
沈黙のうちに称えよ。

赤き心臓の四方へ放つ誇り高き香りよ。
白き酒を満たす杯、全てはそれに始まる。

84 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/25(土) 21:09:45
【書「失われた記憶」@サイレントヒルシリーズ】
この町やその近辺の伝承や歴史について書かれている。
サイレントヒル2ではRebirthエンドを見る為の必須アイテム。
サイレントヒル2・マリア編やサイレントヒル3にも同様のアイテムが登場する。

一、
その名前は、この土地を奪われ、そして追われた彼らの伝承に由来する。

『静かなる精霊眠る場所』、ここでいう精霊とは自然世界における構成要素であり、同時に死者であり、崇めるべき存在だという。
そしてこの伝承は、そう呼ばれるこの土地が、神聖な祭祀のための場であったと語る。

しかし最初に彼らからこの土地を奪い、移住したのは、今この町に住んでいる人々の祖先ではない。それより前にも、移住者たちはいた。
その時は、この町は別の名前であった。だが、それが何という名前なのかは、記録はなく、知る者もいない。
わかっているのは、その名前があったということ、そしてこの町が何らかの原因により、一度は放棄されたということだけである。

二、
根強く期待――それは信仰と言い換えても良い――されているのは、『死者の復活』という奇跡である。

光落ちた丘の上で獣は歌う
その言葉は血に、
その滴は霧に、
その器は夜に
かくして墓は、ただの野に変わり
すべての民は再会の怖れと喜びにふける
スチェルパバの救いの下に
私は迷わず

古い伝承の中にもそれは語られる。
元々、この宗教では必ずしも死は終わりではなく、死者は過去の存在ではない。
死は人を精霊あるいは自然へと帰す通過点でしかない。それも可逆な変化である。

85 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/25(土) 21:15:12
以上で投下終了です。
タイトルは「Born From A Wish――隙間録・ジェイムス・サンダーランド編」です。
長すぎる為に名前欄に入りませんでしたw

というわけでございまして、ジェイムスの参戦時期を決めてみましたが如何でしょう?
ご指摘、ご感想ありましたらよろしくお願い申しあげます。

86クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/26(日) 21:12:41
投下乙でした。

入水エンドから来てたのか。
そして、OPが実質的に一番古い時間ではないってことが判明ですね。
OPの前から存在する参加者は他にも居たってことでしょうかね。
ヨーコとか、ブラッドとか、一話死亡キャラはその口なのかも。

死者蘇生の道具は、登場時期的に死んでた人物が復活している裏付けに繋がっていくんでしょうか。

87クケケでグギャギャな名無しさん:2012/08/26(日) 23:34:48
投下乙です

え〜と、さすがに頭がこんがらってきたw
だが直感的に面白くなってきてるかもなあ
最後に参加者たちがとんでもないババを引かされそうw

88 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/27(月) 20:33:42
感想ありがとうございます!

>>86
ちょっと表現間違えましたw
ジェイムスの参戦時期を決めたのではなく、参戦の時間帯を決めたのでしたw
入水エンドから参加というのは◆dQYI2hux3oさんの「罪と罰」で定められた事です!

ジェイムスは色々考えてこの形になりました。
夕方から参加という方が無理が出てしまう気はするんですよね。
まあ、OP以前の時間が存在するのもSIRENなんかではよくある事! という事で一つw
ヨーコや深紅なども可能性はあるかもしれませんが、個人的にはSDKがそうなんじゃないかと思ってますw
死者蘇生の道具は……どうなるんでしょう? まあ今後の展開次第という事で!

>>87
す、すみませんw
今回の話は要するに、
前半部分が原作でのジェイムス→後半部分がサイレントヒル入りしたジェイムス
となってます。
確かに元ネタが分からないと意味不明かもしれませんね……。

参考までに動画を。
前半部分につきましては↓のパート35〜Rebirthエンド、In Waterエンドを見て頂ければ幸いですw
ttp://www.nicovideo.jp/mylist/15972514

参加者たちは最後……やはり展開次第という事で!

89 ◆cAkzNuGcZQ:2012/08/27(月) 20:34:58
っと、言い忘れ。
代理投下ありがとうございました!
収録は……今回はもう2、3日様子見てからにします。

90ケルブに美味しく頂かれました:ケルブに美味しく頂かれました
ケルブに美味しく頂かれました

91 ◆czaE8Nntlw:2012/09/15(土) 01:09:14
ハリー・メイソン@サイレントヒル
太田ともえ@SIREN2

マービン・ブラナー@バイオハザードシリーズ
ライイングフィギュア@サイレントヒル2

を予約します。

92クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/15(土) 05:32:13
久々の氏の予約はとても嬉しいのですが、一つだけ確認です。

本編中ではなくて議論スレで設定された事ですが、
第ニ回サイレン以前に登場した半屍人は海送り状態で裏世界に取り残され、
次のサイレン以降までは表には出てこれない事に決まっていたと思うのですが、今回のマービンは大丈夫なのでしょうか?

9392:2012/09/15(土) 09:26:56
訂正。
議論スレではなくWIKI編集スレでありました……。失礼。

94クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/15(土) 10:48:02
すみません……失念しておりました…。
では、予約を

ハリー・メイソン@サイレントヒル
太田ともえ@SIREN2
シビル・ベネット@サイレントヒル

バブルヘッドナース@サイレントヒル
ライイングフィギュア@サイレントヒル

に変更させていただきます。

95クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/15(土) 12:01:14
>>94
おお! 期待であります!
しかしトリが!w

96 ◆czaE8Nntlw:2012/09/15(土) 12:30:40
度々申し訳ありません…orz

ハリー・メイソン@サイレントヒル
太田ともえ@SIREN2
シビル・ベネット@サイレントヒル

バブルヘッドナース@サイレントヒル
ライイングフィギュア@サイレントヒル

予約します。

97クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/15(土) 12:36:02
楽しみにしております!

98 ◆czaE8Nntlw:2012/09/16(日) 13:39:26
ハリー・メイソン@サイレントヒル
シビル・ベネット@サイレントヒル
太田ともえ@SIREN2

バブルヘッドナース@サイレントヒル
ライイングフィギュア@サイレントヒル

投下します。

99 ◆czaE8Nntlw:2012/09/16(日) 13:39:53
一面を白く染める霧を懐中電灯の光が丸く切り裂いていく。
ハリー・メイソンは隣を歩くともえの横顔をチラリと眺めると、再び視線を前に戻した。
彼女が着いて来ると聞いた時に感じたのは頼もしさではなく不安だった。恐らくそれは彼女も同じことだろう。民間人が連れ添って行動するより、警察官であるジル達と行動した方が安全なのは言う迄もない。
ただ、自分には我が身の安全を確保するよりも大切な事があった。それは背中の彼女の事であり、愛娘の捜索でもある。
トモエも同じように何か胸に抱くものがあるのだろう、そうでなければ戦闘経験のない一般市民と行動を共にするといった不利益な行動を取るはずはない。生憎とそれが何なのかを伺い知る事は出来ないが。

「どうして…ケビンはあんなことをしたのかしら。」

不意にトモエが口を開いた。本人は気丈に振る舞っているつもりだろうが、彼女がショックを受けているのは誰の目にも明らかだ。
彼女はケビンの死に際して自身に少なからず責任があると考えているようだが、責任があるという点では自分も同じ、あの場にいた全員が責任者だ。
何せ、彼の死をただ見ていることしか出来なかったのだから。

100 ◆czaE8Nntlw:2012/09/16(日) 13:41:50

「彼のことかい?」
「ええ…どうして、ケビンは自分が死ぬと分かってるのにあんな無茶をしたのかしら。……勘違いしないでね、ハリー。私は彼の後を追うつもりはないから。」
「それは安心したよ。私の“目”になってくれるんだろう?目を失っては私も困るからね。」

微笑みを返しながらハリーは言った。
彼が何故あのような行動に出たか。彼と親しかった訳ではないし、どのような性格であったかという事さえ知らない。だから彼が命を失った時にも憐れみの情を抱きこそすれ、悲しいとは思わなかった。
ただ、彼の決意は自分のそれと似通っていたのかもしれない。
自分も、トモエも。そしてケビンも。
何故進んで自分の身を危険に晒す?
まるで自分の命などいらない、くれてやると言うように。そこまでして守るべきものは?

「…私は彼についてよく知らない。君やジル程長い間一緒にいた訳でもないし、ジムのように友人だった訳でもない。でもね、彼の考えた事が少しだけ解るような気がするんだ。」
「どういう事?」
「私は、人間には譲れないものが一つはあると思うんだ。
私にとってのそれは娘だ。私は娘の為ならなんだってする。自分の命だって惜しくはない。
彼はきっと、譲れないものを守ろうとしただけなんじゃないかな。…慰めにしか聞こえないかも知れないが、彼のお陰で私達はここに生きていられるんだ。」
「譲れないもの…?」
「そうだ。君にもあるはずだよ。そうでなければわざわざ私に着いて来たりしないだろう?」

ハリーに疑問を投げ掛けられたともえは一瞬だけためらい、帯に挿した拳銃のグリップをなぞりながらはっきりと告げた。

「私は、ケビンに守ってもらったから。だから私はケビンの代わりに誰かを守ってあげようと思ったの。
ケビンの代わりに誰かを守ってあげる事が、私の“譲れないもの”よ。」
「感謝する。私も、私の譲れないものを早く見つけてやらないとな。」
「ええ、私も……!?
ハリー、あれ!!」

ともえの叫び声にハリーは内心舌打ちしながら振り返った。すぐ前方、15メートル程先にナース服を着たモンスターが歩いている。

(こんなに近くに…霧の所為で気付かなかったか……。)

ハリーは内心で舌打ちしながら振り返った。ミヤコを背負っている状態では銃を撃てない。銃の初心者であるトモエの射撃もあまり期待出来ないだろう。
だが、幸いにも相手は自分達に気付いていない。ならばこのままどこかに隠れてやり過ごすのが得策だ。

101 ◆czaE8Nntlw:2012/09/16(日) 13:43:35

「よし、トモエ。あいつの視界は見えるか試してくれるか?」
「ええ…やってみる。」

しゃがみながら小声でともえに告げる。

「………ダメ。何か変なもので覆われてるみたい。」
「そうか…仕方ないな。なら」

少しここで隠れていよう、と言おうとしたハリーの声は突然の爆音に掻き消された。
爆音の発生源であろう大型の白バイは先程までそこにいたモンスターを断末魔と共に轢き潰し、呆気にとられるハリーの目の前に停車した。流れるような動作でバイクを降りた運転手は無言のままともえに向けて拳銃を構え、引金を引いた。

鈍く重い音を立ててともえの真後ろで先程とは別のモンスターが倒れる。それを確認した運転手はヘルメットを外し、ハリーに再会の挨拶を行った。

「久しぶりね、ハリー。相変わらず元気そうじゃない。」
「シビル!?シビルか!?」






「緊急事態とはいえ、恐がらせてごめんなさいね。トモエさん。」

互いに自己紹介を終えた後、シビルはともえに非礼を詫びた。

「大丈夫。助けてもらったんだから、文句は言わないわ。」
「そういってもらえるとありがたいわね。…ところでハリー、貴方は何故ここに?」

あの奇怪な名簿に名前があった以上ハリーがもう一度サイレントヒルへ来ているであろう事は容易に予想出来たが、その理由が分からない。
娘を失った忌々しい土地に再び来訪する理由が。

「娘を探しているんだ。さっきも言っただろう。そうだ、この辺りで娘を見かけなかったか?」
「娘さん…?いえ、見かけてないけど……。」

おかしい。
ハリーは数年前に娘を失ったはずだ。それもこのサイレントヒルで。なのにこのハリーは未だに娘を探し続けている。

102 ◆czaE8Nntlw:2012/09/16(日) 13:45:10

(このカミカクシの正体はタイムスリップのようなもの、ね…。)

キリサキの言っていた言葉が頭をよぎる。もしハリーが自分よりも過去の存在だとすれば、娘の死に気付いていないのも合点がいく。

しかし、この状況をハリーに対してどう説明すれば良いのだろうか。突然現れて娘の死を告げたところで、彼がそれを信じるとは到底思えない。

(そういえば、死んでいない可能性もあるんだっけ…。)

アレッサが現在も教団によって生かされているというキリサキの推理。本人は推測に過ぎないと言っていたが、もし当たっていたとしたら………。
とりあえず、今この話をするのは止めておこう。ハリーの為にも、自分の為にも。
バイクに寄りかかりながら思案するシビルの横で、ハリーは美耶子を背負い直した。

「彼女は?娘さんじゃなさそうだけど。」
「この子はもう死んでいるんだ。少しの間一緒にいたから、放っておくのも忍びなくてね。」
「ああ…。それで教会に?」
「いや、それだけじゃない。娘が教会に行くと言っていたのを聞いていた人がいてね。」
「なんですって!?」

有り得ない、と叫びそうになるのを必死で抑える。
…どうやら最悪の形でキリサキの推理は当たってしまったらしい。“自分に”届いた手紙と僅かな情報を頼りに教会を目指したハリー。恐らく彼女はまだ“生かされて”いて―――――

(私達を引き合わせようとした、のかしら…。)

「この辺りにシェリルはいなかったんだろう?なら教会の中にいるかも知れない。」
「ハリー、待ちなさい。私も一緒に行くわ。」

既に教会のドアに手を掛けているハリーを押し退け、ドアノブを握る。片手は拳銃を握ったままだ。

(さて……アレッサ、今度は何を伝えたいというの?)

中で待ち受けるのは、アレッサか、『ヘザー』か。あるいはもっと恐ろしいものかも知れないと思いながら、シビルはドアを開けた―――――。

103 ◆czaE8Nntlw:2012/09/16(日) 13:47:30
【C-2/教会玄関前/二日目 黎明】



【シビル・ベネット@サイレントヒル】
 [状態]:精神疲労(中〜大)、肉体疲労(小)
 [装備]:SIG P226(2/15) [道具]:旅行者用バッグ(武器、食料他不明)、グレネードランチャーHP LV4(炸裂弾5/6)@バイオハザードアンブレラクロニクルズ、白バイ、スタンレー・コールマンの手紙と人形
     白バイのサイドボックス(炸裂弾:13、アグラオフォテス弾@オリジナル:23、他不明)
 [思考・状況]
 基本行動方針:要救助者及び行方不明者の捜索
 0:アレッサとヘザーには何か関係が?
 1:ハリー、ともえと教会内部を探索
2:その後キリサキ、ユカリと合流する
 3:前回の原因である病院に行く
 4:ハリーに過去のサイレントヒルでの出来事を伝える

※風海達と情報を共有しました。
 ※白バイのサイドボックスに道具が入っているようです。
  サイドボックスの容量が普通だとは限りません。
※ハリーが自分と異なる時代から来ていることに気付きました。
※アレッサが自分とハリーを教会に呼び寄せたと思っています。


【ハリー・メイソン@サイレントヒル】
 [状態]:健康
 [装備]:ハンドガン(装弾数15/15)、神代美耶子@SIREN
 [道具]:ハンドガンの弾(20/20)、栄養剤×3、携帯用救急セット×1、
     ポケットラジオ、ライト、調理用ナイフ、犬の鍵、
 [思考・状況]
 基本行動方針:シェリルを探しだす
 0:シビル、ともえと教会内部を探索
1:美耶子を安置する
 2:学校に向かう
 3:機会があれば文章の作成
 4:緑髪の女には警戒する

104 ◆czaE8Nntlw:2012/09/16(日) 13:48:13
【太田 ともえ@SIREN2】
 [状態]:右頬に裂傷(処置済み)、精神的疲労(中)、決意
 [装備]:髪飾り@SIRENシリーズ、ケビン専用45オート(7/7)@バイオハザードシリーズ
 [道具]:ポーチ(45オートの弾(9/14))
 [思考・状況]
 基本行動方針:夜見島に帰る。
 0:ハリー、シビルと教会内部を探索
1:ケビンの代わりにハリーを守る
 2:夜見島の人間を探し、事態解決に動く。
 3:事態が穢れによるものであるならば、総領としての使命を全うする。
 ※闇人の存在に対して、何かしら察知することができるかもしれません
 ※幻視のコツを掴みました。

105 ◆czaE8Nntlw:2012/09/16(日) 13:50:24
投下終了です
タイトルは「譲らぬ決意」でお願いします。

106クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/16(日) 19:04:49
投下乙でした!
原作では頭部しか育たなかったともえですが、どんどん心が育っていきますなw
しかしともえがハリーを守る姿はいまいち思い浮かばない……w
シビルは、南行ったけど何も見つからなかったから戻って来た感じですかね。
ハリーシビルの共闘という、原作では実は見られなかった活躍もありそうでニヤニヤします。


非常に細かなことですが、状態表でいくらか改行の行われてない箇所がありますので収録時に修正させて頂きますね!

107クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/16(日) 21:28:55
この世界のシビルと、もともと霊長類最強のハリーの共闘は胸が熱くなるなw

108クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/16(日) 23:25:24
投下乙にございます。

ヘザー・クロに続いて、SH1のキャ同士もリンクし始めましたね。
風間情報のせいで、シビルもまた勘違いしてしまっていますが、今後どう影響するのか期待です。
ともえの成長はIFならではですねえ。ブラッドも、一話死亡でなければSTARSらしい覚醒があったのかも。

109 ◆czaE8Nntlw:2012/09/17(月) 12:56:42
感想ありがとうございます!

>>106
>>108
ともえの成長はケビンとハリーパパのおかげかなーと。せっかく島から出たので、これからも価値観を広げていってもらいたいものですね。

>>107
グレネードランチャー&黄金の右足…クリーチャー逃げて!!

>>106
了解しました。お手数をおかけして申し訳ありません…。

110クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/19(水) 00:24:33
>◆czaE8Nntlwさん

今回の「譲らぬ決意」ですが、タイトルの元ネタはありますかね?

111 ◆czaE8Nntlw:2012/09/19(水) 20:08:04
いえ、オリジナルですので編集していただかなくても大丈夫です。

112クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/19(水) 21:42:50
>>111
了解であります!

113クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/20(木) 21:41:29
投下&代理投下乙です

言いたい事は既に上で言われているがともえの成長とシビルとハリーの共闘とかパロロワならではですなあ

114クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/21(金) 22:16:29
何気に肉体的にも精神的にも健康そのものなパパンすげえw
原作で「彼は特別な訓練を受けていない一般人だから正規の軍人のようにはいかないよ」って設定があったはずだけど
あれは何だったのか…(ゲーム中でもあんまり意味なかったし)

115クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/22(土) 00:24:06
ハリーが訓練を受けていたらコックに継ぐ強さとなっていただろう。

116:クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/22(土) 14:18:50
どっかの復員兵よりやばい事になるだろうな…

117クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/22(土) 19:52:54
銃の命中率だか構えるまでの速さだかを下げてるとかなかったっけ?>一般人だから

親ってのは強いんだよ。
娘関係なかったら、多分一般人なのさ

118クケケでグギャギャな名無しさん:2012/09/22(土) 21:02:14
今からホラゲロワのラジオやるみたいです!
ttp://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/5008/1348314738/l50

119クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/04(火) 19:45:06
来ないなあ…

120クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/04(火) 22:07:02
す、すみません……。
もう少しで予約入れられそうですので、しばしお待ちを!

121クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/04(火) 22:16:40
来ないねえ…………

122クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/04(火) 22:34:43
待ってよw

123 ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/11(火) 23:39:43
ヘレナというテロリストが引き起こした事件も無事解決したことですし!

マービンブラナー@バイオハザードシリーズ

予約致します。

124クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/12(水) 07:12:55
楽しみにしてます!

125 ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/16(日) 21:59:38
すみません、延長でお願いします。

126 ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/18(火) 22:23:48
お待たせ致しました!

マービンブラナー@バイオハザードシリーズ

投下いたします。

127YOU'RE GONNA BE FINE  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/18(火) 22:24:36
夢と現の、曖昧な境目。
不安も、苦痛も、安らかな浮遊感の中へと溶けて薄まる微睡みの世界。
今、彼が体感している感覚は、その心地良さに近しいものだった。

月明かりも街灯も無く、ただ暗闇に覆われているはずの街は、幻想的な光で彩られている。
小さな、優しい光。
街の中を緩やかに漂う、無数の発光体。
エンジェルやフェアリーの姿を連想させるその光は、時には地面から。時には何もない中空から。
何処からともなく現れて、何処へともなく消えていく。

まるでファンタジー映画の世界にでも迷い込んでしまったかのような風景だ。
警察署で意識を取り戻した時から見えていたそれは、今では一層美しさを増していて。
眺めているだけでも安らぎに包まれる様で。

すぐ側を舞う光の一つに、吸い寄せられるように彼は手を翳していた。
軌道を遮るように広げられた掌。軌跡のままに中空を泳ぐ光は、掌に重なるも――――触れる事無く、すり抜けていく。
彼の虚ろな瞳は、そのままただ何となしに光を追った。
光は気紛れに宙を舞いながら、遠ざかる。
やがては闇と同化するかの様に、その輪郭を朧気なものとし、消えていく。

その光と入れ替わる様に、彼の瞳が捉えたものがあった。
光の消えた先。交差する通りの反対側に、一つの人影が見える。
男、だろう。何やら黒い布を纏っている。
こちらには気付かずに通りの奥へと向かっていくが――――あれは、『仲間』だろうか。
幻想的で、安らぎに満ちた世界を共に生き、やがては大いなる存在の元で一つとなる『仲間』なのだろうか。
それとも、まだ『こちら側』には来ていない者か。そちらの可能性も、充分に有り得る。
もしもそうだとしたら――――。

彼は恍惚の笑みを浮かべ、男の後を追うように足を踏み出した。
もしもそうだとしたら、導いてやらねばならない。
あらゆる苦しみの無くなる、安らぎに満ち溢れたこの美しい楽園への道へと導いてやるのだ。
仲間を増やす事。
それが、彼や『仲間達』が遥か彼方、この街ともまた異なる世界に住まう大いなる存在から与えられた使命なのだから。

男は暗闇にそびえ立つ建物の前で足を止めた。
建物の門を奇妙そうに見上げる男の横顔が、彼の眼に映る。
何処か、覚えのある顔だった。彼はあの男を良く知っている。そんな気がした。
だが、男が誰なのか。それを思い出そうとするよりも早く、彼は右手のハンドガンの銃口を向けていた。
男が誰であれ、思い出す必要は無かった。男は『仲間』ではない。それだけが分かれば、用は足りる。
『仲間』ではないなら、こうして『仲間』に引き入れる。それだけの事だ。

ハンドガンの照準が、男の身体に合わさった。
もうすぐあの男は、この素晴らしい世界を共に分かち合う『仲間』の一人となれる。
引き金に乗せた人差し指に、ゆっくりと力が込められていき――――。

128YOU'RE GONNA BE FINE  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/18(火) 22:24:58




「……………………ンァ?」

ふと、一つの抵抗を覚えた。
何かが気になる。何かが躊躇われる。
目の前に掲げたハンドガン。
何かしらの抵抗を、それに覚えた。

このハンドガンは本当にこう使うべきなのかと。
自分の使命は本当にこうする事なのかと。
何かが訴えかけている。

こう使う、とは。
使命、とは。
自分は今、何故あの男を狙っている。
あの男を撃つ事は、本当に自分のやる事なのか。

違う、気がしていた。
ゆっくりと、男から銃口を外し、彼は戸惑いの眼差しで手の中のハンドガンを見つめ直した。
そのハンドガンは――――ベレッタM92F。
ありふれてはいるが、彼の誇りとも言える拳銃。
彼と共に幾多の使命をこなしてきた拳銃だ。

誇り。
使命。
それは、何の。
それは『仲間』を増やす事だったか――――いや、違う。

ベレッタM92F。
そう。それは殺戮を行う為のものではない。
それは、人々を助けるもの。彼の手の中で、幾度となく人々を守ってきた彼愛用の拳銃なのだ。

己の誇り――――警官としての、誇り。

己の使命――――人々を守る、使命。




そうだ。




自分は――――――――――――――――。

129YOU'RE GONNA BE FINE  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/18(火) 22:26:15







「…………はっ」

大きく息を吸い込み、マービン・ブラナーは夢見心地の世界から抜け出した。
やや朦朧としている意識。今の感覚は一体何だ。夢、だったのだろうか。
状況が掴めない。自身が今、何処に立っているかも分からず、マービンは首を巡らせる。
後ろを見れば、赤い湖が視界いっぱいに広がっていた。そこは、橋のすぐ側の十字路だった。

――――そうだ。
自分は、署に向かう為に通りを引き返し、橋を渡ろうとして――――そこで精神に変調をきたしたのだ。
原因は、恐らくこの湖。
どうしてか今の自分は、この赤い湖に惹きつけられている。
橋を渡る途中で、ふと見下ろしたこの湖に見入ってしまい、そして、安寧に包まれたのだ。
今こうしている間でも、気を抜けばまた惹きつけられ、惹きこまれてしまいそうになる。
それも、先程シムラとこの橋を通り抜けた時よりも強く、だ。
まるで母親の様な。ここが己の帰るべき場所であるかの様な。
そんな絶対的な安堵感が、この湖からは感じられていた。

「くそ……っ!」

意識を強く保て。自らに言い聞かせながら、マービンは湖から目を切った。
ある一つの恐怖と予感が、彼を襲っていた。
この症状はもしや進行するのではないか――――絶望へと繋がる、そんな予感が。
無意識に腹部の傷口に視線が落ちる。いや、傷口があった箇所というべきか。
既に完治している傷口。化物の証とも言える身体。
先の警察署では、ゾンビと変わり果ててしまった者達が、リッカーと名付けた異形への変貌を見せつけた。
それと同じように、この身体もいずれ更なる変化を迎えてしまう可能性はあるのではないだろうか。
それが身体だけの事ならば良い。だが、あの惹きつけられる感覚。
確かに今は自我を保てているが、再びあちら側に強く惹きつけられる時が来たら、今度はどうなる。
その時に生存者達の側に自分が居たとしたら、どうなってしまう。
他の人間を巻き込みたくはないが――――抗い切れるものなのだろうか。
こんな有様で、生存者達を救う事が本当に可能なのだろうか。
可能だと、そう信じたいところだが、あの感覚を体験してしまった今ではそれは断言出来るものではない。

『それを選ぶとなると俺達は化け物として疎外され、忌み嫌われて一生、いや永遠に苦しみ続ける事になる。
 それより、化け物としての本能に従って仲間を増やし、俺達の楽園を作る方が楽だとは思わんか』

不意にシムラの声が浮かんだ。
彼と別れてから、そう時間は経っていないはずだ。なのに、早くも彼の言った通りに自分は苦しさを覚えている。
シムラは正しかったのだろうか。
彼が言うように化け物としての本能に従い、この湖に惹きつけられるままに行動する。
確かにそうすれば楽にはなれるのだろうが、それが正しいのだろうか。

130YOU'RE GONNA BE FINE  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/18(火) 22:27:25
――――違う、とマービンは頭の中で再びシムラを否定する。
今の自分が人間ではない。それはどうする事も出来ない事実だ。
それでも。自分が人間ではなく、化け物の一匹にすぎないのだとしても。
それでも、警官ではありたい。シムラに銃を向けたのは、己が警官である為なのだ。
人々を守る使命は忘れてしまいたくはない。例え肉体がどうなろうとも、警官としての誇りだけは失いたくはない。
その誇りを否定する事など、何者にも出来るはずがない。
自分は、間違っていない。そう信じたい。だが、しかし――――。

(抗えなければ、意味は無いんじゃないか……?)

行き着いた先は、苦悩が始まった場所。
答えなどあるはずもない思考。
あてどない迷宮にマービンが陥ろうとしていた、そんな時――――彼の耳に、ギィと鉄の甲高く軋む音が届いた。

「あれは……!?」

聞き慣れた、格子状の鉄門が開かれる音だった。
夢の中での記憶を思い返すように。或いはデジャヴを感じるような感覚で。マービンは『惹きつけられていた際』の記憶を思い出す。
音の方向――――彼の目的地でもあるラクーン警察署へと目を向ければ、門の前に一人の男の姿を捉えた。
見覚えのある姿だ。若干遠目な上、黒い何かを羽織っている為にはっきりとはしないが、それが誰なのかは容貌や仕草から直感的に分かる。
惹きつけられていた時の自分が銃口を突きつけていた男の事を、マービンは今思い出した。

「ケン、ド……?」

ロバート・ケンド。
ラクーン警察署の目と鼻の先に店を構える、ケンド銃砲店の主人。
口は悪いが気の良い男で義理堅く、署員の中にも彼に世話になっている者は多数いた。
ゾンビ事件の発生でラクーンシティがパニックに陥った際、市民の救助活動に尽力してくれた一人でもある。
最後に会ったのは――――ケビンが署に新聞記者やら鉄道職員やらを避難させてくる前だったか。それ以降は連絡も取れなくなってしまった。
安否を気遣ってはいたのだが、まさかこの奇妙な街で再会を果たそうとは。

「ケン…………」

開かれた正門から署の敷地内へと姿を消したケンドに呼びかけようとして、マービンは声を飲み込んだ。
迷いがあった。このまま普通の人間達と合流してもいいものかと。
だが、数秒の逡巡の後、意を決してマービンは駆け出した。
この症状が進行するにしても、今ならまだ抗う事が出来る。
ならば今のうちに出来る限りの事をしたい。例えば自分のような化け物の存在を伝えるだけでも、彼らの生存確率は上がるはずだ。
それに、一般市民とは言えケンドならば信頼出来る。
信頼出来て、協力してくれる者と一緒にいられれば。
生存者を守る、その人間らしい思考を常に保っていられれば。
或いはこの症状の進行も抑えられるかもしれない。そんな、捨て切れない望みに縋って。

131YOU'RE GONNA BE FINE  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/18(火) 22:29:14
マービンが正門に辿り着いた時、辺りにケンドの姿は見当たらない。
開きっぱなしの玄関扉から中の様子を窺うが、そこにも人影は無い。
既に署の奥へと移動してしまったようだ。だが、何処へ。
東と西。左右の扉に目を向ける。先程は閉じられていたはずの西側オフィスへの扉が開いていた。

「こっちか……?」

署の西側でケンドが目的とする部屋。心当たりがあるとすれば、S.T.A.R.S.のオフィスくらいか。
ケンドはS.T.A.R.S.の連中とは懇意にしていた。特にバリーとは妙にウマが合っていたように思える。
ケンドが自ら装備品の搬送を取り行う事も珍しくなく、S.T.A.R.S.オフィスには頻繁に立ち入っていた。
今のこの状況ならば、ケンドが武器を求めてS.T.A.R.S.オフィスに向かう可能性は、限りなく高い。

ミカエル・フェスティバル、兼、新人警察官歓迎会。
企画倒れで終わってしまったパーティ会場内での一応の確認を済ませ、マービンはオフィスを抜ける。
続く倉庫、階段下にもケンドはいない。あるのは腐った市民や同僚達の成れの果てだけだ。
それらを尻目に階段を上がる。二階も前と変わらず、特に異常は見られない。
そして――――S.T.A.R.S.オフィス前。
薄汚れたプレートに表記されたS.T.A.R.S.の文字が、弱々しく明滅する照明の光で照らし出されていた。
ケンドが来るとすればここのはず。その予想が的中したのかどうか。中からは、確かな気配が感じられていた。

「……ケンドか?」

赤錆だらけの扉に向かい、マービンは躊躇いがちに呼び掛ける。
中に居るのがケンドなのか、別の人間なのか、それともゾンビ達が入り込んでいるのか。
可能性は様々だが、とは言え、確かめない訳にはいかない。

マービンの声に、中の気配は動きを止めた。
しばし待つがそれ以上の反応はない。これで最悪でもゾンビのセンは消えたが――――。

「いるなら返事をしてくれ。俺だ。マービンだ」
「……マービン。お前さんか」

扉越しに聞こえてきたのは、抑揚の無い冷たい声。しかし、確かにケンドのものだった。
中にいる者はケンド。それが分かり、無意識にマービンは緊張を緩めていた。

「無事で何よりだ、ケンド。すぐにでも再会を祝いたいところだが……俺の方に厄介事が起きていてな」
「厄介事? ロメロやらキングやらのペーパーバックの世界に入り込んじまうよりも厄介な事なんてあるのか?」
「……さあな。どっちが厄介かなんて俺には分からん。とにかく、落ち着いて俺の話を聞いてくれ。
 今からドアを開けるが、絶対に、撃つんじゃあないぞ」
「…………」

132YOU'RE GONNA BE FINE  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/18(火) 22:29:42
腰のホルスターに銃を収め、マービンはゆっくりと扉を引いた。
そこに生じる違和感。室内には明かりが点いておらず、暗闇に包まれていた。
この身体になってからは多少の暗闇には悩まされる事は無いが、疑問は浮かぶ。

「おい……どうして電気を点けないんだ?」

奇妙に思いながらも、マービンは両腕を上げてオフィス内に足を踏み入れる。
瞬間、視界の端で影が動いた。
左――――顔を向け、バリーのデスク前にいるケンドの姿を捉えると同時に、マービンは三連続の破裂音を聞いた。

「…………え?」

それが3点バーストの銃声だと分かったのは、目の前のケンドの構えと、彼が両手で握るサムライ・エッジを認識した時だ。
遅れてやってきた、身体を駆け抜ける三つの激痛。胸から吹き出す血液が、以前の負傷で既に血に染まっていた彼の制服を、更に赤く染め上げていく。
口からは呻き声と共に血を吐き出して、マービンは胸を押さえながら床に片膝をついた。

「何か妙だと思ったぜ。死に損なっちまったのか?」

何を言っている――――困惑の思いでケンドを見上げ、そして漸く気が付いた。
黒い何かを纏う彼の顔が、人間のように見えている事の不自然さに。

「S.T.A.R.S.の連中がやんちゃ坊主なら、お前さんは落ちこぼれってとこか」

先程遭遇したアジア系の軍人と子供の二人は、人間であるが故に化け物に見えたはずだ。しかし今のケンドにはそれがない。
つまりは――――彼もまた、既に化け物の一匹と成り果てていた。それも、シムラや自分とはまた別種の化け物に、だ。
胸の銃創が蠢き出し、激痛の中に奇妙な感覚を呼ぶ。マービンは片腕までをも床につき、蹲るような姿勢でケンドの声を聞いていた。

「ま、これで殻が一つ増える。安心してくたばっちまいな」
「……カ、ラ……?」
「俺達の『仲間』になるのさ。マービン。お前さんなら良い殻になれる。
 下で熱烈な歓迎パーティ開いてやるぜ。ミカエル・フェスティバル並の盛大なやつだ」
「…………そうか……あんたもか……」

同じだ。マービンは、思う。
種類は違えど、やる事は同じ。彼はもう、シムラと同じ目的を持ってしまっているのだ。
仲間を増やす目的を。人間を殺す目的を。
――――ならば。
胸の銃創から三発の銃弾が押し出され、掌の中に落ちた。
蠢く傷口は、再生の証。完治までは程遠いが、痛みは徐々に和らぎつつある。動くには充分だ。
ケンドからは完全に死角の右腕。すかさずマービンはケンドの顔面目掛け、下から押し出すように手の中の銃弾を投げつけた。
虚を突かれたケンドは驚愕の表情で、しかし、トリガーにかかった指を引く。

銃声がオフィス内で反響し、鮮血が舞った。

133YOU'RE GONNA BE FINE  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/18(火) 22:30:10
「ぐっ……!」

頬から左耳にかけて、焼けつくような熱が走った。恐らく耳は吹き飛んでいるだろう。
だか、それは想定の範疇の事。
ケンドはマービンから顔を背けていた。顔面に投げつけられた銃弾を反射的に避けようとして、だ。当然、銃口はぶれている。
マービンが欲しかったのはその隙だ。
急所にポイントされているであろう銃口を外し、自らがホルスターからベレッタを引き抜く隙が欲しかった。
行動不能に陥らない箇所であれば、銃撃を受けるのは覚悟の上で。
ケンドがその両目を開きマービンを見据えた時、既にマービンはベレッタを突きつけ、狙いを定めていた。

――――再度の銃声は、マービンの手の中から。
ケンドは口を開くも、その声は数発の破裂音に掻き消されていた。
喉に、額に、顎に、風穴が開いていく。黒い体液が飛散する。
断末魔の悲鳴を残す事もなく、ケンドの身体は床に倒れ込んだ。すぐ側のデスクを巻き込みながら。
デスク上に置かれていた組立途中のモデルガンの部品がばら撒かれ、床で細かな音を鳴らしていた。

「悪いが、簡単には死ねないらしいんだ。そのパーティはキャンセルしてくれ。
 ……あんたにこの銃を使わなきゃならんとは、残念だよケンド」

その言葉は、どこか、力なく。
マービンは再び胸を押さえて、脱力したかのようにその場に座り込んだ。
手の中の傷口は、今もそれ自体が生き物であるかの様に蠢いている。
頬や耳もそうだ。胸と同じように蠢いて元に戻ろうとしている。再生の、慣れない奇妙な感覚だった。

「不死身の肉体……助けられたな」

ただの人間であれば確実に致命傷だったはずなのに。
異形と化したケンドを殺せたのは、この身体のおかげだ。
警官に最適な肉体。その一点においては、自らの言葉に間違いはなかった。
自分の選択は、間違ってはいなかったのだ。

――――しかし。
同時に、マービンは理解していた。
この選択は、正しくもなかったのだと。

今の彼が感じているのは、あの安堵感だった。
近くに赤い湖がある訳ではないのに。
意識が先程同様に惹きつけられている。
望まぬ安寧が、容赦無く襲いかかってくる。
その理由は――――どうやら、この血らしい。マービンは、己の血塗れの掌を見返した。
制服の染みを広げていく赤い血液。
首筋に垂れ落ちている赤い血液。
この身体から血を流してしまう程、症状の進行は早まっていくという実感が確かに感じられていた。

134YOU'RE GONNA BE FINE  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/18(火) 22:30:36
これでは、この不死の身体を活かしようもない。
マービンの胸中に、諦めの気持ちが広がっていく。
例えばこの先で――――生存者と共闘する未来が訪れたとしても。
人間を守る為に戦い、血を流す度に意識まで化け物に近付いていくのであれば。
遅かれ早かれ自分が行き着く果ては、シムラやケンドのような人間を殺す存在だ。
警官らしくあろうとすればする程、自分は化け物でしかいられなくなる。本末転倒も良いところではないか。
つまりはこれから先に、自身が生存者達に対して出来る事は何もない――――。

「……いや、まだだ。まだ、一つだけ……俺に出来る事はある」

マービンは立ち上がると、ケンドの身体に歩を進めた。
マービンの開けた風穴からは、黒い液体流れ出ていた。これが何かは不明だが、ケンドが変貌した化け物としての特徴なのだろう。
今のところ、その傷口の再生は見られないが――――いずれ自分のように蘇らないとも限らない。
オフィス内から二つの手錠を見つけ出すと、マービンはケンドの後ろ手にした両手と両足を拘束し、その手錠同士にも自身の装備品である手錠をかける。
海老反り状態での拘束だ。これでケンドが再び蘇ろうとも、身動きは取れない。

次に――――。
入り口まで歩み寄ったマービンは、扉を閉めて内鍵をかけた。
そしてドアノブの側部にベレッタを向けると、僅かな躊躇いの後に、引き金を数回引いた。
耳障りな金属音を立ててドアノブは弾け飛び、床に転がった。

「化け物二匹の拘置、完了だ……」

マービンは、扉にもたれ掛かるように腰を下ろした。
これで、扉を破壊しない限りはマービンはここから出られない。
これから、死ぬまで。いや、死ねないのだから永遠だ。永遠にマービンはここで化け物の看守役を引き受ける事になる。

「永遠に苦しむか……彼の言った通りになりそうだ」

先程も浮かんだシムラの言葉が再び思い出された。
そして、彼との別れ際の言葉も。

「シムラさん。頑固者はあんただけじゃなかった。どうやら、俺も大概らしい」

だが――――それでいい。
下手に抗い、守りたい者達に危害を加えるようになってしまうよりは、その方がずっとマシだった。
マービンは、顔を歪めていた。
それは、自虐的な笑みのような。永遠への恐怖を必死で堪えているような。
どちらともつかぬ、顔だった――――。

135YOU'RE GONNA BE FINE  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/18(火) 22:30:57
































そのまま何をするでもなく、どのくらいが経った時か――――。

136YOU'RE GONNA BE FINE  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/18(火) 22:31:17
マービンの耳に、マシンガンやショットガンのものと思われる銃声が届いた。
それは、署の中での事だろうか。それとも外だろうか。
発砲しているのは人間なのか。それとも化け物同士での抗争か。
何一つ、はっきりとはしない。マービンには分かりようもない。
だが、意識を音に集中させていると、唐突に流れ込んでくる映像があった。
化け物が――――いや、あれが人間か。人間が、マシンガンを持った迷彩服の『化け物』を蹴り倒していた。
不意に耳元で誰かの声が上がる。不自然な程にくぐもっていて判別しにくいが、何処かで聞いた覚えのある声だった。

(これは、何だ……?)

自分が他の誰かに成り変わっているかのような感覚。
惹きつけられて見る幻覚にしては、安らぎとは無縁の映像。
これは、幻覚ではないのだろうか。

しばらくして、映像の中の人間がいるのはこの警察署の前だと気付いた。
やたらと大きな黒衣の犬や、三角錐の金属を被る大男。
その場には、様々な怪物達が入れ替わり立ち替わりでやってきては去っていく。
恐らくこれは、幻覚ではない。すぐ外で起きている現実なのだ。救助に駆け付けられない事をもどかしく思うが――――。
やがて、集まってきた三人の人間達。
その内の二人は、異形の姿に見えるとはいえ、誰なのかは一目で分かった。

「あいつら……来てたのか」

S.T.A.R.S.アルファチームの紅一点。ジル・バレンタイン。
数時間前まで行動を共にしていた脳天気な同僚。ケビン・ライマン。
自分よりも場数を踏んでいる、二人の警察官だ。
マービンは、思わず口元を吊り上げていた。
今度は確かな喜びで、笑みを浮かべていた。
ジルとケビン。彼等もこのおかしな街に来ていた事は、喜んでいい事では無いのかもしれない。
それでも、ここから動けない自分の代わりになってくれる存在がある。
その事実は、マービンの胸に僅かばかりの希望を与えてくれた。

「……お前達なら大丈夫だろう」

マービンは、呟いた。
彼等ならきっと上手くやれる。
自分には出来なかった事を、きっと成し遂げてくれる。
彼等が自分のような化け物になってしまう事は、きっとない。
それは何の根拠もない、妄想に過ぎないものかもしれないが。
そんな願望を乗せて。
期待を込めて。
マービンは、もう一度呟いた。

「お前達なら、大丈夫だ…………!」

137YOU'RE GONNA BE FINE  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/18(火) 22:31:33
【D-2/警察署二階・S.T.A.R.S.オフィス内/一日目深夜】


【マービン・ブラナー@バイオハザードシリーズ】
 [状態]:屍人化への不安と恐怖。ジル達への期待と希望。
 [装備]:ベレッタM92F(4/15)
 [道具]:壊れた無線機
 [思考・状況]
 基本行動方針:他人を傷つけない
 1:屍人化の進行に逆らえる限り逆らう。
※“今のところは”他人を傷つける気は無いようです。



※ケンドの持っていた銃は、サムライエッジ・バリー・バートンモデルです。

138 ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/18(火) 22:32:43
以上で投下終了です。
ご指摘、ご感想などございましたらよろしくお願い申し上げます。

139クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/19(水) 00:06:36
投下乙です

ここのロワは死んでからが本番とはよく言ったなあ…
苦悩しつつ本能に逆らいながらも苦難の道を歩むか…
彼の存在が参加者らにどう影響するのかなあ

140クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/19(水) 09:36:58
屍人が鏡石を使ったらどうなるだろうか

141クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/19(水) 21:13:38
投下乙でした

マービンがめっちゃ悲劇の主人公している!?
ジルに託されたものが、さらに一つ増えましたな
やっぱりマービンは完全屍人に抗っているんですなあ
サイレン鳴ったら、どうなんだろう

142 ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/20(木) 20:59:01
感想ありがとうございます! そして素早い代理投下もありがとうございました!

>>139
逆に言えば死んでも終われないというw まあ終われる人もいますが。
せめて何か影響あるといいなと思いつつも、無駄死にがここのバイオ勢の特徴でもあるような気はしていますw

>>140
屍人は一応あれで生命体ですし、発動しないのではないでしょうかね?
闇人なら……身体が生き返って、直後に取り憑いてた闇霊に殺されるのではないかとw

>>141
マービンは、メタ的なルールに恵まれなかったなあとちょっと思っております。
サイレンなったら……どうなるんでしょうねえ?w


というわけでございまして、ちょっと早い気もしましたがWIKI収録も完了です。
フランクさんの没ネタも収録しておきましたのでご確認下さい。

143クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/22(土) 14:18:10
フランクさんのSS書いた人このロワに参加してくれないかな
もうここ書き手1人しか残ってないし

144クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/22(土) 14:56:54
ま、まだ俺だけじゃないから! 水面下で数人動いてる予定だから! 多分!w
まあほら、半年以内でも3人は書いてるわけだし。悲観的になるにはまだまだ早いはず。
もうちょっと待ってて下さいなw

145クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/22(土) 23:05:27
最近のロワ書き手はあまりつなぎss書けないしこことは馬が合わないだろうな

146クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/23(日) 00:10:10
流石にそんな事はないだろうw>つなぎ書けない

ここに関して言うと、最近は書き手二人がヘレナというテロリストに拘束されていたとかPCぶっ壊れてたとかもあるんでな。
期待してくれてるのは嬉しいんだけど、あまりプレッシャーかけないでくれるとありがたいんだぜ。

147 ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/25(火) 23:33:27
出来る限り年内を目指して。

ジル・バレンタイン@バイオハザード・アンブレラクロニクルズ
ジム・チャップマン@バイオハザード・アウトブレイク
須田恭也@SIREN
三沢岳明@SIREN2

予約で!

148クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/28(金) 00:08:03
もし、ジルがGウィルスがヨーロッパではなくラクーンにあることを知ったらどうなんだろうか・・・

149クケケでグギャギャな名無しさん:2012/12/28(金) 00:58:08
バリーと一緒に乗り込む未来が見えると思ったけど、その前にラクーン壊滅しちゃうしなw
バリー、またも出番得られず。

150 ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/30(日) 17:06:29
すみません、延長致します。

151 ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/31(月) 23:49:30
ジル・バレンタイン@バイオハザード・アンブレラクロニクルズ
ジム・チャップマン@バイオハザード・アウトブレイク
須田恭也@SIREN
三沢岳明@SIREN2

投下致します!

152Survivor ――Eye of the Tiger――  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/31(月) 23:50:23





三沢岳明の精神は、常に悪夢と共にあった。





事の発端は、二年前。三隅郡直下型地震による、羽生蛇村大規模土砂流災害の被災地救助任務の際。
現世にいながらにして垣間見た、現実と常識の外にある『あちら側』の世界。
三沢を引きずり込もうとする、この世のものとは思えぬ空間。

三沢は、それに触れてしまった。

剥き出しの無防備な精神が、直に包み込まれたかのように。
怪異に晒された三沢は、それが幻覚だと否定する余裕すら持てず、感じたがままにそれを受け入れた。

それ以降、頭の中に刻み込まれた怪異の痕。
ふとした時、昼夜を問わず蘇る、悍ましい幻覚と悪夢。
羽生蛇村で救出した少女が化け物となり襲い掛かってくる。無数の手が三沢を捉えようと伸びてくる。
全て、幻覚だ。ただの、悪い夢。恐怖を少し堪えれば、三沢の前には必ず明確な現実が広がっている。だが、すぐにまた別の悪夢。
現実と。悪夢と。また現実と。また悪夢と。目の前は脈絡無く移り変わり。
心を落ち着けられる時も、場所も、最早何処にも得られず。
浮かび上がる恐怖を抱え込む事しか出来ず。強靭な冷静さで押し殺す事しか出来ず。
この二年の中で。
そして、唯一の逃げ道である『現実』すらも曖昧な悪夢と変わらなくなってしまった夜見島の中で。
三沢の精神は、一見したところの沈着な振る舞いの内側で、徐々に崩壊に近付いていった。

その――――「おかげ」と言うべきか。その「せい」と言うべきだろうか。
どちらにせよそれが原因となり、この世ならざるものに対する三沢の直感力は鋭さを増していく。
夜見島での怪異に巻き込まれた際、誰よりも早く事態の異常さを感じ取り、対応出来たのはそれ故だった。

153Survivor ――Eye of the Tiger――  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/31(月) 23:50:57

それは、勘としか言い表せないもの。
己の感覚としてしか認知出来ないもの。
言葉としての体を持ち得ないもの。
無論それは、人の身を超えたものでは決してないが――――。

その直感が、二つの事を告げている。
一つは、彼の後ろを歩く須田恭也の事。
須田は、混ざっている。

今はほんの僅かに、だが。『あちら側』の気配がある。恐らくは、あの永井頼人の成れの果てに感じたものと同質の異変。
いずれ須田が永井のように襲い掛かってくる可能性は充分に有り得るのだろう。

ならば、殺すのか。いや、違う。それを感じ取りながらも、三沢には今すぐに須田をどうこうする気はなかった。
今の須田は紛れもなく人間だ。しかし殺してしまえば、永井のように“蘇る”。或いは死体に取り憑く奴らに一つ武器を与える事に繋がるか。
どうあれ殺す方がリスクが高まる。その時が来るまでは、むしろ対処するべきではないだろう。須田に関しては現状維持のままで良い。

そしてもう一つの事。――――この“世界”についてだ。
警察署内から外に出て、“世界”に直接触れた事でより色濃く感じる“本質”。

羽生蛇村での“本質”とも、夜見島での“本質”とも、ここに在るのはまた別のものなのだと。
漠然とだが、三沢には感じられていた。
この“世界”に潜むものが何であるのか。明確な姿形までは感じ取れようもない。
しかし、この二年間押し殺し続けてきた、己の精神を蝕み行く恐怖と絶望に比べてしまえば。
羽生蛇村や夜見島で体感した、現実に侵食してくる悪夢に比べてしまえば。
この“世界”で感じるそれらは、明らかに――――。

「ふっ、ははっ」

三沢は、小さく笑った。
久しぶりに、悪くない。
薬に頼らずとも、悪くない気分だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

154Survivor ――Eye of the Tiger――  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/31(月) 23:51:46
夜霧に混ざり、明瞭さを無くして静かに揺らぐ、三つの光と三人分の人影。
ジル・バレンタインが足早に追いかける、それらの内の一つから素っ頓狂な声が上がったのは、目視でも一人一人が誰であるのか判別出来る程には距離を詰めた時だった。

「おい、マジかよ、勘弁しろよ!」

――――反射的に周辺に警戒を向ける。
レミントン――ハリー・メイソンが一旦は警察署の前に放棄した物だ――を構えるが、特に反応したものは見当たらない。
つい息を吐き出したのは安堵の表れか。或いは声の主に対する呆れか。
続いて響いた声に、ジルは肩を竦めた。

「何だよこれ!? 犬用!? 犬用なの!?
 ちっくしょう、せっかく見つけた食いもんだと思ったのに……いくら非常時でもこんなもん食えねえって!
 あの家に犬小屋なんて無かったじゃねえか。何でこんなもん置いてんだ。ちぇっ!」

悪態をついた声の主、ジム・チャップマンの手から一つの物体が投げ捨てられる。
やや遅れてその場を通過する際にジルが目を向けてみれば、確認出来た物はパッケージの破られたビーフジャーキーだった。
噛んだ形跡は――――見られない。一応、口にせずには済んだらしい。

「……やっぱりツイてねえなあ俺って。なあ、お前もそう思わない?」

騒がしい独り言は、隣を歩く少年に向けられた。
少年は困惑の目をジムに返すも、律儀に受け答える。

「え? いや、よく分からないけど……大変ですね」
「大変ですね? ……それだけ? 何かもっと気の利いた言い回しとか無いわけ?
 なあミサワ。あんたはどう思うよ?」
「黙っていた方がいい。喋ると余計に疲れるぞ。強要はしないがな」

前を行く軍人には、にべもなく突き放され。

「おいおい、どいつもこいつもコミュニケーション不能かよ。
 ったく、日本人は感情表現が下手ってホントかもね。何考えてるのか全然分からねえ。自己主張が足りないって言うかさ」
「あなたがさっきから煩いのよ、チャップマンさん。ちょっとは黙りなさい」

漸く追いつき隣に並んだジルも、思わず冷たい言葉を浴びせかける。
ジムはポカンと口を開けて振り向くと、オーバーアクション気味に両腕を上げた。

「S.T.A.R.S.の姉ちゃんにそう言われちゃしょうがないけどさ。
 こんな辛気臭い街でスティーブン・セガールみたいに黙りこくってたって気が滅入っちまう。
 ……ああ、俺の事はジムでいいよ。みんなそう呼ぶんだ」
「ジム、ね。私もジルで良いわ」

S.T.A.R.S.なんて、もうないから。
自虐的な言葉を続けようとして、ジルは言い淀む。
ジムの言葉を借りる訳ではないが、今は気の滅入る話題は極力口にしたくはなかった。
ラクーン警察署で見た、数多くの同僚達の死と、ケビンの死に様。
覚悟していた事とは言え、つい先程見せつけられたばかりの度重なる悲劇に、こたえていないと言えば嘘になるのだから。

155Survivor ――Eye of the Tiger――  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/31(月) 23:53:44
それは恐らく、ジムの方も同じなのだろう。
ジムとケビンの間柄は詳しくは知らないが、ラクーンシティの崩壊からこれまでを共に生き延びてきた仲間同士なのは確かだ。
このような振る舞いをしているが、ショックを受けていないとは思えない。
もしかすると、ケビンの死から目を逸らす為に意識的に他愛もない話を続けているのか――――。

「まあ、ケビンだけはジミー、ジミーっつってガキ扱いするみたいに茶化しやがったけどな。
 その呼び方はやめろ って何回言っても聞いちゃくれなかった」

――――と、そう思えたのも束の間だった。
どうやら単に、気遣いの出来るタイプではない、という事らしい。

「それで……えーと、何話してたっけ? ……そうそう、やっぱり俺ってツイてねえんだよ」

そしてなおも口を止めようとしないジムに、今度こそ呆れの息が漏れた。
忠告する気も何処かへ失せてしまったが、ボリュームだけは下げるように一言注意をして、ジルは聞き役に徹する。

「毎日毎日便所とブリーチの臭いが混ざったクセー職場で汗水たらして働いてたよ。
 やる事って言ったら大半がバカ野郎共の相手でさ。面倒臭いったらありゃしねえ。
 人手が足りないってのに仮眠室に酒持ち込んでサボる同僚にゃケツ蹴っ飛ばして文句言ってさ。
 たかだか25セント・コインが券売機に詰まったからってギャーギャー突っかかってくるオバちゃんはまだマシな方だ。
 やたら育っちまったネズミ共はいっつもどっかにクソ引っ掛けてくし。
 ホームから落っこって線路で寝ちまうデブの酔っぱらいなんかは何よりも最悪だぜ? 持ち運ぶ身にもなってみろってんだ。
 こないだなんてパーカーの下にわざわざ南軍Tシャツなんて着込んで見せつけてくるクソガキもいやがった。ありゃ絶対アーリア系だね。
 そんなバカ共の相手してさ、ほとんどそれだけで一日が終わってさ、それからまた次の日だ。毎日、毎日、毎日、毎日。
 代わり映えもしないし良い事なんか何もない。不満だったらいくら並べても並べきれない仕事だったよ。
 それでもさ、我慢出来なかったわけじゃないんだ。そりゃそうだろ? あんなでも真っ当な仕事だもんな。
 ギャング連中みたいに電車ん中でカツアゲしたり物陰でシャブ売ったりしなくてもメシ食ってける。あれに比べりゃマシなもんだ。
 だから俺は愚痴も溢さず……そりゃまあちょっとは愚痴る事もあったけど、ありつけた仕事にしがみつくように頑張ってきたんだよ。
 嫌な事みんな我慢して、我慢して、頑張って働いてさ。つまらない一日だけど、締め括りにはせめて気晴らししたくてさ。
 バスケ見に行ったり、クロスワードパズル解いたり、美人の姉ちゃんのいるバーで一杯やったり。
 そんなどうって事ない楽しみを励みにして、頑張ってたんだ……」

ジムは、そこで口をつぐんだ。
沈黙に釣られて彼の横顔を見れば、淋しげな表情が目に止まる。

「……あの時もあのバーで飲んでたんだよ。
 俺とケビンが知り合ったのもあそこだった。J'sバーさ。
 あんたを見かけた事は多分無いと思うけど場所くらい知ってるだろ?」

ジルは無言で頷いた。
ジャックス・バー。通称J'sバー。
ラクーン警察署からはそれなりに距離が離れているが、ツケが利く、美人がいる、という理由からケビンが足繁く通っていたバーだ。

156Survivor ――Eye of the Tiger――  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/31(月) 23:54:54
「ケビンがシンディにちょっかいかけて、ウィルに睨まれて軽口叩いて。
 俺はそれをクロスワードやりながら眺めてた。いつもとなーんにも変わらない日常だったのにさ……。
 本当にあっという間だったよ。イカれた乞食が店に入り込んできたと思ったら、そいつがウィルに噛みつきやがって。
 それが始まり……変わらないはずの日常が地獄にすり替わっちまった瞬間さ。
 気が付いたら店がクソゾンビ共に囲まれてた。窓の外から何十匹ものゾンビがこっち見てた。
 ワケ分からないまま逃げようとしたよ。入り口からは出られねえ。裏口も駄目だった。どうにか逃げ出せたのは屋上からでさ。
 でも店の周りだけじゃなかったんだ。外に出てみりゃ、とっくに街中がゾンビで埋め尽くされてた。
 現実味なんか無かったけど、とにかくバーにいた連中と一緒になって必死こいて街中逃げ回ったよ。
 俺達最初は八人もいたんだぜ? でも、逃げ回ってる内に一人、また一人っていなくなってってさ。
 シンディは象に踏み潰されちまった。マークやデビットや……ヨーコとは逸れちまったんだけど、あいつらどうなったんだろうなあ。
 …………そんなこんなで、いつの間にやらこの街だろ? ここじゃとうとうケビンまでが死んじまって、残ったのは俺一人。
 未だに信じられねえよ。あのケビンがだぜ? あんなタフな奴まで死んじまった。それなのに何で俺なんかがまだ生きてるんだ?
 ツイてるからか? はっ。そんなわけないよな。ツイてる奴なら最初っからこんな事に巻き込まれねえ。
 つうより、俺が何したって言うんだ? 何にも悪い事なんかしてねえよ。
 俺はただ、いつも通りの細やかな楽しみを満喫してただけじゃねえか。
 なのに、こうだ。気付いたら、家も仕事も友達も、なんもかんも無くなっちまって。
 こんな所でこんな物騒なもん持って歩いてる事にも慣れちまっててさ……。ホント、ツイてねえよ……」

徐々にその声はトーンを落として行き、やがて聞こえなくなった。
そのジムに、ジルは一人の男の姿を重ねていた。
随分と前の事のようにも思えるが、たった半日程前にラクーンシティで出会い、別れた男。確か、ロッソと名乗ったか。
娘を失い自暴自棄になっていた彼の姿が、今のジムと重なって見えた。

彼等ラクーンシティの市民に対して、後ろめたさは強く感じている。
もしもあの事態を未然に防ぐ事が出来た者がいたとすれば、それはアンブレラの正体を知るジル達S.T.A.R.S.の生き残りだけだったのだから。
この数ヶ月、やれるだけの事はやってきた。アンブレラを潰す為に最善を尽くしてきたと信じている。
しかし、たかが数名の警察官が足掻いた程度では、強大な敵の牙城を崩す事はおろか、迫る事すら困難だった。
調査に進展が全く無かった訳ではない。時間さえあれば、いずれはアンブレラ社を壊滅に追い込めたのかもしれないが、あれ程の大惨事が引き起こされてしまった今となっては何もかもが台無しだ。
人口約10万人。その殆どが生ける屍と化したラクーンシティ。
ジル達は、間に合わなかった。守るべき市民を救えなかった。結果としては、そういう事でしかない。
無論全ての元凶はアンブレラであり、理屈の上ではジル達に責任などあろうはずもないが――――彼等市民に慰めの言葉をかける資格があるとも、ジルには到底思えなかった。

ジムに対し、ジルは何も言ってやれずにいる。
今、彼女の耳に入る音は、濃霧の中に反響する四人分の足音のみ。
それすらも妙に耳障りに聞こえるのは、歯痒さからくる苛立ちのせいか――――。

「でもさ……」

居心地悪さの漂う静寂の中で、不意に一つの声が上がった。
ジルはそちらに顔を向ける。ジム、ではない。彼の隣の少年だ。

「俺、ジムさんはツイてる方なんじゃないかって思いますよ」
「はぁ? 何をどう聞いたらそうなるんだ?」

157Survivor ――Eye of the Tiger――  ◆cAkzNuGcZQ:2012/12/31(月) 23:58:02
「ジムさんのいた何とかって街が最悪だったのは分かります。
 でも、その街からは逃げれたんだし、それだけでも悪くないっていうか、ラッキーなんじゃ。
 そりゃあここだって変な化け物とか大蛇とかいたけど、街中を埋め尽くすほどじゃないみたいだし。
 だったらもうジムさんは最悪なんて通り越してるし。さっきまでどん底にいたなら、ここからは登るだけですよ。
 その……研究所にワクチンだってあるかもしれないんでしょ?
 そしたらもうすぐジムさんは病気も治って、後はこの街から逃げ出せば。ね?」

まだどこか幼さを残す少年は、無邪気な顔でそう言った。
青臭くて、安っぽくて、ありきたりな激励。
ジルには、無責任過ぎてとても言えない言葉だ。聞いているこちらが赤面してしまいそうになる。
ただ、少年――――キョウヤと言ったか。彼の言葉が本心からのものだという事は、不思議と伝わってきた。
キョウヤ自身は、素直で前向きな性格なのだろう。心の底からジムを励まそうとしている。
考え方にはその容姿同様まだ幼さが残るようだが、毒気や俗気に染まっていない彼の性格に、ジルは好感を抱いていた。

「そんな風に言うのは簡単だけどよ……。俺が言っちゃなんだけど、ワクチンもあるって決まったわけじゃないしな。
 もしワクチンがあっても、この街だっておかしなもんだ。良く分からねえ怪物共にあのサイレンだもんな。
 それにハリーが言ってただろ? 街の外に出る道が瓦礫や岩で塞がれてたって。簡単に出られるもんなのかねえ」

ジムの言葉を受けてキョウヤが何かを言いかけた、その時。
後ろを振り返る事もなく、前を行く軍人が口を開いた。

「いや。須田の言う事も、あながち間違っちゃいない」
「え、…………三沢さん?」
「死体になるか。あいつらになるか。あそこじゃ他に道は見えなかったがな。
 ここは、どうやら混ざってる。悪い夢の続きにしちゃ生温い。そんなに分は悪くなさそうだ」
「み、三沢さん?」

それは、独り言のようでもあり。
先程からどうも彼という人物が掴み切れずにいた。
キョウヤとは正反対に、まるで本心の読み取れない男だ。

「どういう意味? あなた、何を言ってるの?」
「ちょ、待て待て。あんた何か知ってんの!? ならケチケチしないで教えろよな!」

ジルとジムが率直に問いかけるがミサワは答えない。再び口を閉ざし、ただ先行するだけだった。
ジムは少し歩みを早めると、ミサワの横に並び彼を問い質し始めた。だが、やはりというか取り合ってもらえない様子だ。
そのまま二人の背中に交互に視線を移すと、ジルは幾度目かの溜息を吐き出した。

「随分変わったお友達ね。いつもああなの?」
「さあ……俺もさっき知り合ったんで」
「ああ。そう言えばそうだったわね」

自然と隣り合う形となったキョウヤに、ジルは目を向けた。
視線に気付いたキョウヤはこちらを向くが、ジルと目が合うと慌てたように顔を背けた。

158Survivor ――Eye of the Tiger――  ◆cAkzNuGcZQ:2013/01/01(火) 00:00:34
「聞いても良い?」
「え……っと、何ですか?」
「あなたも“視える”の? トモエやミサワみたいに」

トモエとの話の続きだ。
ミサワと行動を共にしていたから。ミサワやトモエと同じ日本人だから。
聞く理由としてはその程度のものだが、もしもこの少年にも同じ力があるのなら、確認だけはしておきたかった。

「幻視の事……ですよね。まあ、一応」
「ゲンシ?」
「そう言ってました。詳しい事は俺にも、よく……」
「言ってたって、ミサワが?」
「そうじゃなくて。この街に来る前に会った女の人で……って、名前聞いてなかった。えと、教会の人みたいでしたけど」

そう言って少年が話し始めたのは、彼がこの街に迷い込んだ経緯だった。
とは言え基本的にはジルと同じだ。要するに、いつの間にか迷い込んだという事だが。
違うのは、そもそもの居場所。キョウヤが居たのは日本のとある村だったようだ。
幻視とやらが出来るようになったのもその村での事らしい。

「幻視って、日本じゃメジャーなものなの?」
「いや、聞いた事ないです」
「確か、自分以外が見てるものが“視える”のよね? ……さっきから尋問みたいで悪いわね。
 疑うわけじゃないんだけど、ちょっと試させてもらえる?」
「良いですけど……うわっ!」

許可を得るや、ジルは着ていたジャケットを脱ぎ、キョウヤの頭にそれを被せた。
彼の死角を増やし、自分は後ろに付く。これでジルが何をしているのかは、キョウヤは見えないはずだ。通常ならば。
歩くペースを落とし、前の二人を見失わない程度の距離を保ちながら、ジルは幾度かのテストを行った。
ジルの見ているものは何なのか。建物、文字、記号等、様々なもので。
果たしてキョウヤは、その全てを言い当てた。ジルに疑問を抱かせる余地の無い程、完璧な答えだった。

「本当なのね……。どうなってるのかしら」

ジルはキョウヤの頭からジャケットを取ると、それを羽織り直しながら感嘆の声を上げた。
何故か顔を赤らめていたキョウヤはただ一言、分かりません、と呟き返す。
仕組みはまるで分からない。ニンポーとも違うらしい謎の超能力。
怪しげな代物だが、これを使いこなせるのなら、怪物達からの不意打ちを受ける危険性が薄まるのは確かだ。
命を落とす確率は、格段に減る――――。
ふと、トモエの顔が過ぎった。
別行動を取る事になった一般人二人の身は今も気がかりではあったが、トモエにはこの幻視がある。
無理さえしなければ、充分に生き延びる目はあるだろう。それが分かっただけでも、多少は気が楽になる。

「ねえ――――」

この幻視を、キョウヤはどうやって得たのだろうか。自分にも身に付ける事は出来ないだろうか。
そんな疑問を投げかけようとするジルだったが。

159Survivor ――Eye of the Tiger――  ◆cAkzNuGcZQ:2013/01/01(火) 00:01:10
「おい! おいおいおいおい! マジかよ!」

その疑問は、前方の人影からまたも上がった素っ頓狂な声によって遮られた。
思わず苛立ちを乗せた視線を走らせる。
そこはT字路だった。地図上で言えばD-3。
話の間に、目的地まで目と鼻の先の位置にまで来ていた事になる。
ジムは立ち止まり、夜霧の中に朧気にそびえ立つ巨大な陰を見上げていた。
随分と立派そうな建物だ。あそこが「研究所」なのだろう。

「………………?」

陰を見ていると、刺激される記憶があった。
デジャヴ、だろうか。
この建物の陰に、何処か見覚えがあるような。
――――いや、ここは、まさか。

「ここラクーン大学だよ。ワクチンがあるかもも何も、俺達がワクチン作った場所そのものじゃねえか」

困惑か。興奮か。
ジムの声は震えていた。
そんなばかな。ジルも一旦はそう思う。
しかし、記憶の中にあるラクーン大学の姿は、確かに見上げている陰の雰囲気と一致していた。

「ラクーン署の次は大学までかよ。もうわけ分からねえけど、この際ワクチンが手に入るんならどうでも良いや。
 キョウヤの言う通り、確かに運が向いてきたのかもしれねえ。どん底から這い上がれそうな気がしてきたぜ。
 そう、ロッキー3みたいにだ。シュッシュッ! ……へへっ、アイ・オブ・ザ・タイガーが流れてきそう。
 ワクチン作ったら、ハリーやミヤタにも持ってってやらねえとな。……そうだ。景気づけにやっとくか」

ジムはポケットから一枚の硬貨を取り出した。
それを親指でまっすぐ上に弾く。手の甲に落ちたを硬貨をしっかりと掴み、中を確認して――――。

「……裏かよ。締まらねえな」

バツが悪そうな顔を作ってぼやくジムを尻目に、ジルはもう一度建物を見上げた。
ラクーン駅、警察署に続き、現れたラクーンシティの施設。いくら何でも出来過ぎてはいないだろうか。
もしかしたら何かの罠なのか――――そんな考えも過るが、どれだけ案じたところでこの場に大学が存在する理由など分かるはずもない。

「何にしても中に入るしかなさそうね……。期待してるわね」
「はあ」

曖昧に頷くキョウヤの背中を軽く叩き、ジルはジム達に続いた。
――――アイ・オブ・ザ・タイガーが流れてきた。ジムの声だった。




【D-3/クライトン通り・研究所前/二日目黎明】

160Survivor ――Eye of the Tiger――  ◆cAkzNuGcZQ:2013/01/01(火) 00:02:09
【ジル・バレンタイン@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
 [状態]:疲労(中)
 [装備]:レミントンM870ソードオフVer(残弾6/6)、ハンドライト、R.P.D.のウィンドブレーカー
 [道具]:キーピック、M92(装弾数9/15)、M92Fカスタム"サムライエッジ2"(装弾数13/15)@バイオハザードシリーズ
     ナイフ、地図、携帯用救急キット(多少器具の残り有)、ショットガンの弾(1/7)、グリーンハーブ
 [思考・状況]
 基本行動方針:救難者は助けながら脱出。
 1:ワクチンを入手する
 ※闇人がゾンビのように敵かどうか判断し兼ねています。
 ※幻視についてある程度把握しました。


【須田 恭也@SIREN】
 [状態]:健康
 [装備]:9mm機関拳銃(25/25)
 [道具]:懐中電灯、H&K VP70(18/18)、ハンドガンの弾(140/150)、迷彩色のザック(9mm機関拳銃用弾倉×2)
 [思考・状況]
 基本行動方針:危険、戦闘回避、武器になる物を持てば大胆な行動もする。
 1:この状況を何とかする
 2:自衛官(三沢岳明)の指示に従う


【三沢 岳明@SIREN2】
 [状態]:健康(ただし慢性的な幻覚症状あり)
 [装備]:89式小銃(30/30)、防弾チョッキ2型(前面のみに防弾プレートを挿入)
 [道具]:マグナム(6/8)、照準眼鏡装着・64式小銃(8/20)、ライト、64式小銃用弾倉×3、精神高揚剤
     グロック17(17/17)、ハンドガンの弾(22/30)、マグナムの弾(8/8)
     サイドパック(迷彩服2型(前面のみに防弾プレートを挿入)、89式小銃用弾倉×5、89式小銃用銃剣×2)
 [思考・状況]
 基本行動方針:現状の把握。その後、然るべき対処。
 1:民間人を保護しつつ安全を確保
 2:どこかで通信設備を確保する
 ※ジルらと情報交換していますが、どの程度かはお任せします。


【ジム・チャップマン@バイオハザードアウトブレイク】
 [状態]:疲労(中)
 [装備]:89式小銃(30/30)、懐中電灯、コイン
 [道具]:グリーンハーブ×1、地図(ルールの記述無し)
     旅行者用鞄(26年式拳銃(装弾数6/6 予備弾4)、89式小銃用弾倉×3、鉈、薪割り斧、食料
     栄養剤×5、レッドハーブ×2、アンプル×1、その他日用品等)
 [思考・状況]
 基本行動方針:デイライトを手に入れ今度こそ脱出
 0:Risin' up, back on the street Did my time, took my chances〜
 1:ワクチンを入手する
 2:死にたくねえ
 3:緑髪の女には警戒する
 ※T-ウィルス感染者です。時間経過でゾンビ化する可能性があります。

161 ◆cAkzNuGcZQ:2013/01/01(火) 00:04:11
以上で投下終了です。
ご指摘、ご感想などございましたらよろしくお願い申しあげます。


そして、明けましておめでとうございます!
昨年最後の投下兼、今年最初の投下でありました!

今年も頑張って行きたいと思いますので、ホラゲロワをよろしくお願い致します。

162クケケでグギャギャな名無しさん:2013/01/01(火) 00:13:28
明けましておめでとうございます

昨年最後&新年初投下乙でした!

163クケケでグギャギャな名無しさん:2013/01/01(火) 16:06:21
明けましておめでとうございます

昨年最後&新年初投下乙でした!
大学かあ。ワクチンはありそうだがいかにもな場所だなあw

164クケケでグギャギャな名無しさん:2013/01/01(火) 21:01:20
初投下乙です。
コインの効果が切れてしまった!
ジムがゲーム再現の喋り具合でニヤニヤでした

165クケケでグギャギャな名無しさん:2013/01/03(木) 04:06:00
ちょっと遅くなったけどあけましておめでとうございます&投下乙です
皆無事に脱出して欲しいけど、ロワだもんなあ…
まあ一部、この世界に放りだしたままの方がいい奴らもいるけどw

166 ◆cAkzNuGcZQ:2013/01/03(木) 21:12:25
感想ありがとうございます!

>>162
せっかくですので年越し投下なんぞを狙ってみましたw

>>163
アウトブレイク1のラストステージですからね。確かにいかにもですw
ロケランなんかも見つかる可能性大です。

>>164
もう一回投げればいいじゃん! とかは思ってはいけない事なのです。
ふとクリティカルロケランってあるのかなあと思いつきましたが、どうなんでしょうかね。

>>165
実は殺さなくても成り立つ企画になってたりしますけどね!w
まあ、死ぬんですが。それはもうバッサリと。


というわけで、WIKIにも収録完了です。何かしらの抜けがあるようでしたらご指摘願います。
ついでに大学部分のマップも追加してみました。
WIKIのデザインが密かに変更された関係上、以前のようにサイズの大きい画像が表示出来なくなってしまったので、ちょっと表示の仕方変えてみました。

167クケケでグギャギャな名無しさん:2013/01/04(金) 08:26:31
決意のマーク、デビットペアED見たく装甲車も修理できるかもW
そういえばUBCSもクリチャー化していたりして・・・・

168クケケでグギャギャな名無しさん:2013/01/04(金) 18:46:29
AT4とかM4A1とか物騒なものが普通にある大学だからな…

169クケケでグギャギャな名無しさん:2013/01/04(金) 21:38:37
ハンターγが収納されてる時点でまあとんでもないw

170クケケでグギャギャな名無しさん:2013/01/05(土) 18:44:52
あのハンターγってグレッグさんが搬入させたのかな?

171 ◆TPKO6O3QOM:2013/01/05(土) 23:24:37
岸井ミカ、式部人見、予約します

172クケケでグギャギャな名無しさん:2013/01/05(土) 23:50:28
>>171
期待しております!

>>170
まあそうなんだろうね。Tウィルスの研究に使ってたのかな?

173 ◆TPKO6O3QOM:2013/01/06(日) 18:19:07
投下いたします

174The Others  ◆TPKO6O3QOM:2013/01/06(日) 18:19:55

(一)

 ベッドには若い白人女性が横たえられていた。二十歳前後だろうか。金髪のかかった顔は少女のような幼さも伺えた。
 死斑の表見は弱いが、軽く押しても分散しなかった。筋肉は完全に硬直している。少なく見積もっても、死後一日近くは経過しているだろう。
 身に着けたライダースーツは血まみれで、ラクーンなる大学のロゴの大半を塗りつぶしていた。
 死因は、失血性ショック――刃物で斬りつけられた様な深い傷が四本、肩口から背中にかけて刻まれている。大きな獣に襲われたと見えるが、爪痕と表現することは些か躊躇われた。
 ぎこちなく胸元で組まされた両手は、ここに運び込んだ第三者によって為されたのだろう。そこには不器用な優しさが伺えた。
 生き物の気配のない空間の中で、そこだけ人間の温かみが仄かに残っているように思える。もっとも、それは周囲の冷たさを際立たせるだけだったが。
 この病院の中に漂う死の香りに、思わず咽そうになる。環境そのものは己の職場とそう変わらないが、確実に人見の精神をすり減らしていた。
 ここに生きた人間はいない――。
 そう結論づけようとするも、また足音らしき物音が耳に入った。何かに集中していれば気づかないほどの微かに、だが思考の間隙を狙い撃つように耳朶に滑り込んでくる。
 二階に踏み込んだのも、足音を聞いたからだ。
 またポルターガイスト現象かと、人見は頬を歪めた。廃棄された地下鉄駅で体験したばかりだというのに。無論、あれは何らかの人為的な仕掛けに違いはないのだが。
 もっとも、今起こっている事柄はポルターガイスト現象ですらない。
 学生時代、水明が面白くもなさそうに語っていた内容が記憶の水底から浮かび上がる。
 20世紀初頭、フランス警察はポルターガイスト現象に対する調査を行っていた。後年、エミール・ティザーヌなる警官がその報告書を纏め、ポルターガイストで発生する現象を九つの項目に分類した。
 外部からの異物投擲、家具等の強打音、発生源不明の音、扉の開閉、内部の物質移動、異物の侵入および出現、そして温度変化――。ただし、あくまで分類しただけで、それらを満たそうと満たすまいとポルターガイスト現象と確定するわけでもない。大体、人間の認識など信用するにはまったく足りないものなのだから。
 ただ、この項目に当てはめてみるにしても、この病院で起こっているのはこれらの内の異音のみだ。それもおそらく家鳴りの類だろう。
 水明ですら本気でポルターガイスト現象だと騒ぐことはないレベルだ。
 それを足音だと錯覚してしまった己は、やはり疲れているようだ。
 死体から顔を上げる。
 窓ガラスに、ペンライトを持つ自分の姿が映っている。やつれているように見えるのは、ペンライトの青白い光のせいだけではないだろう。
 ふと、窓ガラスの上部に何かが張り付いていることに気付いた。それは――あり得ないことだが――人間の足裏のようだった。蜘蛛の糸を出すスーパーヒーローか何かのように、外壁に誰かが張り付いているとでもいうのか。
 訝しんで動こうとした矢先、爪先が床に落ちていたトレイを蹴とばした。甲高い音を立てて、トレイが床を滑っていく。
 それと重なるようにして、窓ガラスが内側に爆ぜた――。

175The Others  ◆TPKO6O3QOM:2013/01/06(日) 18:20:32


(ニ)

 砕かれる扉の悲鳴が追いかけてくる。
 その音の指先が触れる前に、岸井ミカは裏口の扉を勢いよく開け放った。外は袋小路で、出口は一方にしか開かれていないことなど、彼女の頭からは消し飛んでいた。
 夜気が頬を擽る。無明に近い闇だが、辺りの空気には饐えた腐臭が加わっている。
 カサカサと足元を何かが這い回ってる音が聞こえた。嫌悪に悲鳴を上げる直前、ついに扉が砕かれる音が響いた。複数の呻き声が重なる。
 悲鳴よりも焦りの方が上回った。思わず咽そうになるのも堪え、ミカは足を送った。足元で何かを踏み潰した感触が這い上がってきたが、無理やり無視する。
 風が流れてくる方向――無意識だが、そこへと身体は向かっていた。
 路地を抜け、水音が出迎えた。ぽつぽつと申し訳程度に街路灯が並んでいるが、光は弱弱しい。
 ユカリと一緒にいた男――キリサキだったか――はアルケミラ病院に行けと言っていた。場所は――どこだったろう。
 電話の後、地図を確認する余裕はなかった。今から確認しようにも明かりが無い。携帯電話のバックライトは使えるかもしれないが――。
 脳裏に過るのは、よくあるホラー映画のワンシーンだった。暗闇で迷う人物。背後に立つ殺人鬼。視聴者も、殺人鬼もみんな状況を掴んでいる。分からないのは、暗闇で彷徨っている人物だけ。
 つまり、今の自分――。
 今度の衝動は抑えることができなかった。
 ミカは弾けるように走り出した。周りを覆う闇の至る所から、今にも腐った腕が伸びてきそうだった。それは妄想だが、まったくの幻影とも思えなかった。
 呻き声は聞こえていた。たどたどしい足音も。問題は、それらがあらゆる方角から己に降り注いでいるということだった。
 病院のことは頭から消え去っていた。ただ身を縮ませて、"闇"から逃げ続けるだけだった。
 己の制御がきかない。纏いつくような重い"闇"に、手足が絡み取られそうになる。闇から伸びる手は、ミカの中では質感すら伴っていた。
 視界の中に、白い人影が横切った。走る人影を追って、複数の人影が闇の中に消えていく。
 他にも人が近くにいる――そのことで、ミカは幾ばくか落ち着きを取り戻した。それは、単純に孤独ではないことからの安堵であったかは本人にも分からなかった。
 一旦足を止めて、ミカは首を巡らせた。
 とん――と、質量のない、しかし、意識としては人とぶつかったような、そんな判じ難い感覚をミカは覚えた。
 何かが己の身体を通り抜けて行った――外国の制服を纏った後ろ姿が、瞼の裏に映ったような気がした。
 困惑に拍車をかけるように、後ろの方で、甲高い鳴き声が上がった。まだ距離はあるようだが、また同じものが来るという恐怖にミカは駆られた。
 反射的に、ミカは幻影が走っていった方角に向けて駆け出した。何か直感があったわけではない。単に身体がそちらを向いていたからに過ぎない。
 ふいにまた奥へと走っていく背中が見えた。陽炎のような、どこか揺らめくように人影は闇の奥底へと向かっていく――瞬きをすると、それは見えなくなった。
 左右に立ち並ぶ街灯は炎のように朧気に揺らめき、一種の幻想さを齎していた。
 ミカの前方に続く道だけが異なる次元に取り込まれたかのように、呻き声も何も耳に入ってこない。響くのはアスファルトを叩く足音と己の吐息だけだ。
 暗がりのため、自分がどれだけ走っているのか分からなくなった。ほんの僅かのようでもあるし、もっとずっと長いようにも感じられる。
 ふいに誰かに呼ばれたような心地がしたと同時に、周囲の音が戻ってきた。動悸に上下する胸を抑えながら、ミカは足を止めた。
 息を整えながら、周囲に目を配る。
 薄明の中に、高い塀と鉄柵門が浮かび上がっていた。"アルケミラ病院"と門柱のプレートには掲げられている。たしかユカリの同行者の――キリサキとかいうオジサンの知り合いがいるのが、この病院だったはずだ。
 その門の足元から丸い大きな瞳が、ミカを見返していた。一瞬息が詰まるが、すぐに猫のそれと気づいた。

176The Others  ◆TPKO6O3QOM:2013/01/06(日) 18:21:05
 門扉に手をかけると、双眸はさっと闇の奥へと引っ込んでしまった。
 肩を竦め、力を込める。思っていたよりも門扉の奏でる軋みは大きく、ミカは思わず手を止めた。生じた僅かな隙間にどうにか身を滑り込ませ、門を閉じる。
 入り口らしき扉の窓ガラスから光が漏れていた。人がいる――証だ。
 ミカの口から安堵の吐息が漏れる。
 足を進めていくと、既に先客がいることが知れた。段差の上に、猫がちょこんと座っている。黒い毛皮は周囲の闇に溶け込んでおり、鼻先から腹まで続く白いラインが際立って見えた。
 しゃがみ込み、ミカは舌を鳴らしながら手を差し伸べた。
 猫の方も心細かったのか、案外すぐに警戒を解いてミカの掌に頭を擦り付けた。そのまま抱き上げると、猫は抵抗も少なく腕の中に納まった。伝わってくる温もりが、自身の心を落ち着かせていくのをミカは感じた。
 まだ身体は小柄で、細い。子供と大人の中間といった具合だろう。つまり、同い年かとミカは微笑んだ。
 扉を開ける。ミカを出迎えたのは、懐かしさすら覚える室内灯の明るさと――肌を撫ぜるほどの濃厚な血臭であった。
 喉が引き攣った。
 室内灯の明かりを、床に広がった血の池がぬめりと反射している。その中に、無造作に放られた人の腕や足、正体を知りたくもない物体が散らばっている。
 犠牲になっているのは看護婦だろうか。駅で目撃した男の残骸が否応にも思い出される。
 このまま扉を閉めてしまいたかったが、どこからか聞こえる甲高い声がその衝動を制した。
 嫌悪と恐怖を押し潰し、ミカは病院の中へと足を踏み入れた。
 腕の中の猫に縋るように、ひしと抱き直す。靴裏が、粘り気を帯びた水たまりのような感触を伝えてくる。
 床に散らばる物を見ないようにしながらロビーを観察する。
 血飛沫は壁までも染め上げていた。まるで血のプールで子供がはしゃいだかのような有様だ。
 長椅子やテーブルの幾つかは倒れ、天井近くテレビのブラウン管にまで血飛沫の一部が降りかかっている。
 この病院で何が起こったのかは明白だ。キリサキの知り合いが、この残骸の中に含まれていないとも限らない。
 少なくとも、ミカの来訪を出迎えてくれる人間はいない。
 受付カウンターの奥に扉があった。控室か事務室だろう。カウンターを乗り越えれば入れるが、様々なものが付着した台に手を着くのは躊躇われた。
 とても静かだ。自分の足音が酷く気障りに感じられる。
 診察室、事務室と続けて覗いてみるが、人っ子一人いない。
 ロビーの奥にある扉から顔を出す。
 電燈は点いていない。ロビーから漏れた明かりが、床にミカの影を長く伸ばした。
 闇の中、二階へと続く階段が薄らと見えた。

「……ねえ、誰かいる? いるんだったら、返事して欲しいンですけどー?」

 少し声を抑えて呼びかける。

177The Others  ◆TPKO6O3QOM:2013/01/06(日) 18:21:28
 声はそのまま消えていく。返答は、ただの静寂だった。
 いや――反応はあった。
 ぱたぱたと軽い足音が奥から聞こえたような気がした。
 耳を澄ますと、何か音がする。それらは、会話する複数の肉声のようにも聞こえた。上からではない。
 猫の背を撫でて、一呼吸置く。
 照明のスイッチが分からないため、ミカは携帯電話を取り出した。
 ほんの数メートルだが、周囲の様子が知覚できるようになった。
 壁を確認に、それ伝いに足を進めていく。通路の突き当りの扉が開いていた。
 少し腕をきつくしてしまったのか、猫が不満げに声を上げる。
 扉をくぐると、声はもっと奥から漏れている。
 通路を進むが、自然と注意は後方に向いていた。誰かの足音が付いてくる。そんな妄想が振り払えない。
 自分の足音が、どこか不自然な気さえしてくる。
 ふうと項に息が吹きかけられた心地がして、ミカは思わず振り返った。その先に、ぼうとした白い人影が見え、身体を跳ね上げる。
 いや――違う。それは自分の姿だ。窓ガラスに携帯電話をかざす己が映り込んでいるだけだ。古いガラスなのか、そこに映り込む像は歪んでいるせいで怪しく見えたのだ。
 暗闇にぽうと浮かび上がる自分の姿は酷く頼りない。
 窓ガラスの幾つかは割れていて、そこから風が入ってきたらしい。
 怖がりすぎただけと笑おうとするが、早鐘を打つような鼓動は収まりそうにない。背中への意識も止めることができなかった。
 また不満げに鳴いた猫に、ごめんねと告げる。
 通路の曲り角から、薄く光が伸びている。そこが終着点だと思えた。辿り着けば、今の心細さから解放される。
 足元に注意しながら、ミカは早足に角を曲がった――。
 女と目が――あった。
 音を立てていたのは、エレベーターの扉だ。それが何度も閉まろうとしては、叶わずにまた口を開ける。
 異物が挟まっているからだ。それが邪魔をしている。
 女の――頭だ。長い黒髪の女の頭部が転がっている。開閉の度にごろりと向きを変えていく。
 鼻骨は醜く潰れていた。顔の肉には痕が刻まれ、その幾つかは裂けている。年齢は分からないほどに破損している。
 ただ――目が――。
 転がるのに、眼だけはずっとこちらを向いている。怨めしげに見開かれた瞳が、ミカを睨め上げている。
 嬌声が耳元で聞こえた――。
 気持ちの抑えはもう利かなかった。
 絶叫を上げながら、ミカは元来た道を走り出した。直後に建物全体を揺るがす、大きなサイレンの音が響いた。
 その轟音が更に心を乱していく。ミカは携帯電話に指を走らせた。リダイヤル画面を呼び出す。
 ユカリの声が聞きたい。ユカリの声さえ聴ければ――。
 焦る指が滑り、意図しない番号が発信された。けたたましいコール音が響く――。
 フゥーッと腕の中で猫が威嚇の声を上げた。

178The Others  ◆TPKO6O3QOM:2013/01/06(日) 18:21:55
 思わず立ち止まったミカの鼻先を、大きな獣のような影が横切った。一瞬だが、それは四つん這いの人体模型のように見えた。影は、半開きだったロビーの扉を跳ね飛ばして中へと入った――。
 呆然としていると、いきなり腕を掴まれた。
 横手に引き込まれる。更に悲鳴を上げようとした口を、別の手に覆われた。

「静かにっ」

 鋭い女の声だ。
 目だけを動かすと、薄闇の中で顔の輪郭が見えた。黒髪を肩のあたりで切った美人だ。そして、輪郭が分かることにミカは違和感も持った。
 無明だった通路に、光が生まれているのだ。そもそも病院の様子が一変している。古びているが、錆や汚泥に塗れてはいない。
 そして腕から温もりが消えている。猫が腕の中から逃げ出していたのにも気づかなかったようだ。
 猫はどこにいったのか。眼で探ろうとしていると、女と目があった。

「一旦、上にいくわよ」

 女が囁き、ミカを立たせた。
 ミカが頷き、女の後を追った。 
 ロビーの方では、コール音と共に物が壊れる音が続いている。
 階段に、ぽつぽつと赤い滴が垂れていた。それは――先行のする女の左手から垂れていた。
 上がりきったところで、コール音が止んだ。


【B-6/アルケミラ病院・二階/二日目深夜】


【式部人見@流行り神】
 [状態]:上半身に打ち身、左腕に裂傷、T-ウイルス感染
 [装備]:ペンライト、携帯電話
 [道具]:旅行用ショルダーバッグ、小物入れと財布 (パスポート、カード等)
     筆記用具とノート、応急治療セット(消毒薬、ガーゼ、包帯、頭痛薬など)
     ダグラスの手帳と免許証、地図
 [思考・状況]
 基本行動方針:事態を解明し、この場所から出る。
 1:病院内でヘザーを探す。
 2:ヘザーにダグラスの死を伝える。
 3:怪奇現象は絶対に認めない。例え死んでも。
※ダグラスの知る限りの範囲でのサイレントヒルに関する情報を聞いています。
※ダグラスの遺体から持ち出した物は、
 携帯ラジオ、ペンライト、手帳、免許証の四点です。
※T-ウイルスに感染しました。

179The Others  ◆TPKO6O3QOM:2013/01/06(日) 18:22:18


【岸井ミカ@トワイライトシンドローム】
 [状態]:左掌に擦り傷、腕に掠り傷、極度の精神疲労、挫け気味の決意、吐き気
 [装備]:携帯電話(非通知設定)
 [道具]:黄色いディバッグ、筆記用具、小物ポーチ、三種の神器(カメラ、ポケベル、MDウォークマン)
     黒革の手帳、書き込みのある観光地図、オカルト雑誌『月刊Mo』最新号
 [思考・状況]
 基本行動方針:長谷川ユカリを優先的に、生存者を探す。
 1:二階へと逃げる。
※90年代の人間であるため、携帯電話の使い方は殆ど知りません。
※携帯電話の発信履歴に霧崎水明の携帯番号が記録されました。
※バーから何か道具を持ち出しているかどうかは後続の方に一任します。  


※一階ロビーから事務所に入る扉と事務所の電話はリッカーによって壊されています。
※205号室の窓ガラスが割れています。

180 ◆TPKO6O3QOM:2013/01/06(日) 18:22:51
以上です。
指摘感想等ございましたら、お願いいたします。

181クケケでグギャギャな名無しさん:2013/01/06(日) 23:00:23
投下乙でした! ホラーの雰囲気の描写は流石であります。
人見先生が感染! とうとう流行り神勢にも明確な死が見えてきてしまった。
まあミカが来なければ死んでいた可能性大のようですが……。デイライトは遠いw
相手がリッカーじゃ水明さんも対抗手段無いしなあ。ここからリッカー無双もありうるのかも……?

182さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/09(水) 11:22:15
投下乙です

そういや病院ゾンビいたもんなぁ
リッカー出てきてもおかしくないなw

183さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/10(木) 18:52:11
投下乙です

ゾンビだけでもこの二人では荷が重そうなのにリッカー出たら詰むじゃんかw
さて、感染してしまったが病院で更に他の連中も来るはずだから何とかなる…かな

184 ◆TPKO6O3QOM:2013/01/10(木) 21:13:07
感想、ありがとうございます。
代理投下も感謝です。

>>181
今まで無傷でしたからねえ>流行り神勢
フリンジサイエンスとオカルトに挟まれた人見先生が一皮むけるかの瀬戸際でしょうか。
そういえば、リッカーたん、いまだに勝ち星ないんですよね……


>>182
映画版でも大活躍ですからねえ。
ラクーン病院ならヒルとハンターでしょうが、アルケミラは堅実にリッカーなのです。


>>183
追い詰められてこそ、作戦の立てようがあるというもの。
どのホラー映画でも逆転があるものですし。
水明さん入ったら、二人ともゾンビということもあり得そうですが……。

185さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/10(木) 22:42:16
あのワイルドな立ち絵の水明さんがゾンビになった所を想像した
…うん、何の違和感もないなw

186さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/10(木) 23:30:29
2の絵なら人見さんもなかなかのもんだと思うんだw

187さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/13(日) 14:14:40
このロワを停滞させないようにするにはどうすればいいだろうか。次のロワ語りで少しでもホラゲロワに興味を持つ人を増やせないだろうか

188さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/13(日) 18:30:20
まあ、書き手を呼び込む方法があるなら今頃過疎ロワなんてあるわけないしね。


とりあえず、信用して頂きたいかなあ。
リアルの都合もあるので少しくらい顔見せなくても待っててくれると助かりますw
完結まで頑張る気はありますので!

189さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/13(日) 19:51:54
一番の呼び水は「書き手が発奮するような(あるいは続編書きやすそうな)ストーリーを投下する事」だろうさ
自分は文章なんて書けないけどなー

190さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/13(日) 20:50:30
てか、定期的に投下はされちゃいるしねえ
話の進行度と現存する常駐書き手の数的に、今ぐらいになっちゃうだろう


国内ホラーゲーム業界も、ちと元気ないかなあ

191さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/13(日) 21:16:59
>>189
楽しんでくれてるって分かったり、期待の声があったりするだけでも嬉しいもんですぞw

>>190
と、特殊報道部……いや何でもない。

192さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/13(日) 22:04:15
the last of usとかウォーキング・デッドとかunti downとか、盛り上がってんのが
海外かもねえ
三上さんの新作サバイバルホラーは続報ないし

193さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/14(月) 02:38:27
そういやWORLD WAR Zとサイレントヒル3Dも今年公開だし、海外ホラーは元気だね

個人的にはぜひともSIRENの続編を出して欲しいけど、外山さんやる気無くしちゃったみたいだしなぁ…

194さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/14(月) 11:21:12
サイレントヒル3Dはロビーくんも動くよ!

SIRENはネタ切れなんじゃないかと思うんだよなあw
永井くん主役でスピンオフのアクションゲームとかは出来なくはない……?

195さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/14(月) 20:54:50
ホラーゲーム好きだけど、国内メーカーにどんなの出して欲しい?って聞かれたらわりと困る
アクションはもう海外に任せておいたらいいんじゃないかな
(と言いつつ、海外制作のサイレントヒルはあんまり好きじゃないけど)
自分は戦闘の無いホラーをやりたいなあ

196さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/15(火) 07:51:01
サイレントヒルってアクション要素よりもストーリーと演出に魅力があった印象かな。
だから是非とももう一度日本で作って頂きたいw

197さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/15(火) 12:18:30
サイレントヒルのアクションってそんなに難しくないよね
自分はあんまり怖さも感じない
主人公が冷静っぽいからこっちも落ち着いてプレイできるんだろうか
雰囲気は大好きだけどね

198さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/15(火) 21:03:11
トリガーハッピーな感じじゃなくて、プレイヤーが弱者で逃げたり隠れたりするような奴かなあ

で、できればマルチエンドで仲間が少しずつ減っていく奴!

199さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/15(火) 21:34:37
いや、エアスクリーマーは強敵だったw

まあゲームだからってところはあるけどねw>主人公冷静
でも映画ヘザーのビビり具合は賛否ありそう。

200さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/15(火) 21:35:33
>>198
クロックタワーが近い気がw

201さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/16(水) 20:54:08
クロックはいいよね!

202さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/16(水) 22:41:08
硫酸男とかね!

203さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/18(金) 08:26:27
いよいよ明日がホラゲロワ語りか…

204さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/28(月) 20:22:21
個人的には時空のおっさん話をホラゲーにしてほしい
誰もいないオフィスビル郡で、「異世界の異物」と化した人間に追っかけられたりしたい

205さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/01/28(月) 23:40:29
アクションでもアドベンチャーでもやれそうだね。
アクションは割と最終的にホラーっぽく無くなっちゃうから、アドベンチャーがいいなw

206 ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/14(木) 00:20:49
えー、またも隙間録という形ですが、

吉村一家@SIREN

で予約致します。
誰? とおっしゃる方、羽生蛇村異聞第三話を御覧下さいw
ttp://www.jp.playstation.com/scej/title/siren/1/prologue06/open.html

207さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/02/14(木) 21:55:16
楽しみにしております。

208さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/02/16(土) 13:58:07
キター

209 ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/18(月) 22:55:22
延長致します。

210 ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/22(金) 20:45:30
隙間録、吉村一家

投下致します!

211 ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/22(金) 20:48:25
吉村俊夫 / 大字波羅宿 / 耶辺集落 / 1976年 / 6時00分11秒




何処からか聞こえてくるサイレンに、じわりと不安が掻き立てられていく。




――――気を失っていた。
気怠い微睡みの中で、吉村俊夫はそう認識していた。
何処か息苦しい目覚め。頭の中でサイレンが反響している。微睡みは徐々に意識としての形を成していく。
纏まりつつある意識が感じ取るのは、辺りの様子への違和感だった。
微かな風が、湿った衣服を撫でていた。
その度に走る寒気。体温の下がった身体は肌寒さで震えていた。
泥の臭いが間近に感じられた。
背中に接している感触は冷たく、僅かに泥濘んでいた。

――――何故。
自分は今、何処に倒れている。
答えを求める意思に、瞼は薄く開かれる。
白く、霞む世界。霧。恐ろしい程に深い霧が辺りを包んでいた。
霧を透した向こうに流れているのは、灰色の煙――――いや、あれは雲か。見えているのは、曇天の空。
外だ。自分は今、外にいる。濡れた地面の上に、仰向けに倒れている。
身動きを取れば、鈍い痛みを全身に感じた。
何故痛む。何故倒れている。一体、自分の身に何が起きたというのだ。

気怠さと鈍痛を押し殺し、俊夫はゆっくりと上体を起こす。
泥に濡れた身体。気色の悪さに顔を顰め、視線を上げれば、彼の家が前方にあった。その家もまた泥に塗れ、若干の損壊すら見せていた。
愕然としつつ、覚醒し切れぬ頭で昨夜の記憶を一つ一つ遡る。
夜中に――――大きな、地震があった。それは覚えている。
土砂崩れを懸念して、緊急避難場所に指定されている教会に車で避難しようとしていた事も。
元々俊夫と、妻である吉村郁子の住む耶辺集落一帯は、土砂災害の可能性を指摘されていた地域だ。
この数日の豪雨で地盤が緩んでいる恐れもあり、危険性は更に増していた。
――――そうだ。
俊夫と郁子は、産まれて間もない我が子らを抱えて、万一に備えて避難しようと表に出た。
そして、双子を抱いた郁子が助手席に座るのを手伝い、俊夫自身も運転席に回ろうとしていた、その時。

212 ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/22(金) 20:49:14
「…………土砂……崩れだ……」

俊夫の脳裏に蘇る、恐ろしい記憶。
耳を劈く凄まじい轟音と、何もかもを覆い尽くす巨大な黒い影が、容赦無く俊夫を呑み込んだ筈なのだ。それなのに、何故。

記憶の全てが思い出されるのを見計らった様に、響き続けていたサイレンが木霊を残して消えて行く。
取ってかわる様に聞こえてきたのは、俊夫の最も大切な者の声だった。
この数週間の悩みの種でもあり、同時に喜びでもあった、赤子達の泣きじゃくる声――――。

「…………っ! 郁子っ!」

声は彼の後ろからだった。
首を捻れば、ほんの数メートル先に、やはり泥に塗れた彼の自家用車の後面部が見えた。
俊夫は立ち上がった。身体の痛みなど忘れていた。
助手席に確認出来る、妻の姿。
慌てて車に駆け寄りドアを開けば、郁子は鈍い動作で虚ろな瞳を俊夫に向けた。
彼女もまた、目覚めたばかりなのだろう。一見では怪我をした様子は無い。

「大丈夫か?」
「……私は、平気。たかちゃん達も。俊夫さんこそ怪我はないの?」
「ああ、ちょっと痛むけど大したことないよ」
「……でも……何で私達助かったの? あんな、雪崩みたいな土砂が降ってきたのに……」
「……分からないよ。でも、あれは多分夢なんかじゃない。……家も、駄目みたいだ」

振り返り、損壊した我が家を見るなり、郁子の顔は青ざめた。
恐らくは、先程の俊夫も彼女と同じ様な顔をしていた筈だ。
暮らしていたのはたったの数年。それでも確かに彼等二人の安らぎがあった場所。
子供達も生まれ、これからの未来図を描いていた場所だった。――――それが、失われてしまうかもしれないのだから。
予測されていた災害が実際に起きてしまった今、暫くの間はこの地域に戻って来る事は難しいだろう。
この先、子供達を育てていかねばならないというのに、住む家が無くなってしまってはどうにもならない。
これからの事を考えてしまえば、やり切れない思いばかりが胸の奥底まで広まっていく。

――――ふと田堀の実家の事を思い出す。
田堀は、彼等二人の両親が住んでいる地域だ。
こうなってしまっては、当面はどちらかの家に厄介になるしかないだろう。
ただ、田堀もまた、波羅宿程ではないが土砂災害の危険性を疑われていた地域だった。
あちらは、無事なのだろうか――――。また一つの不安が広がった。

213 ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/22(金) 20:49:35
「……ねえ。お父さん達、大丈夫かな?」

どうやら同じ様な事を連想していたらしく、郁子の表情は硬い。
せめて、彼女の不安だけでも取り除きたい。俊夫は、無理に微笑んだ。

「あっちの方はきっと無事だよ。今頃みんな教会で俺達を心配して待ってるんじゃないか?」
「……そうよね。……みんな大丈夫よね」
「とにかく、教会に行こう。余震が来たら今度こそ危ないかもしれない」
「うん。この子達も早く安全な場所に連れてってあげなきゃね」

俊夫は車のドアを閉めると、窓越しに見える郁子達の姿に目を細めた。
未だ泣き止もうとしない赤子をあやそうと、妻は二人を抱え直していた。
守るべき家族。新米の父親だが、果たすべき義務は分かっている。
自分がしっかりせねばならないのだ。弱音を吐いては、いられない。
俊夫は最後に一度、壊れかけた家を一瞥し、燻ぶり続ける暗い思いから目を背けて運転席へと移動する。

――――と、その俊夫の目に止まったものがあった。
車前方の霧に紛れる一つの影。今までは気が付かなかった影だ。いや、そもそもあの場所に、影などあっただろうか。
乳白色の霧の中で、影は揺らいでいた。揺らぎながら、徐々に近付いてくる。
それが人影なのだと理解するまでには、数瞬を要した。
そして、それが知り合いのものだと判別出来るまで、更に数瞬――――。

「……川崎さん?」

それは、つい最近までこの集落に暮らしていた男だった。
救助に来てくれたのか。一瞬はそう思った。
しかし、男の様子がおかしい事に、俊夫はすぐに気が付いた。

死人の様な灰色の肌。
気でも触れたかの様な不気味な笑み。
目から垂れている赤いものは、血液なのだろうか。
その手に持つ鍬で、一体何をしようとしている。

戸惑いながらも、俊夫は男へと数歩だけ足を踏み出し、もう一度声をかけた。
しかし男は俊夫の言葉に反応するでもなく、突然獣の遠吠えの様な奇声を上げた。

「川……崎、さん……?」

人間味のまるで感じられない声。
常人とは思えぬ異常な容姿と行動に、胸中には漠然とした恐怖が沸き上がる。
男は、本当に気が触れてしまっているのか。
車内の妻に目を向ければ、彼女もまた強張った表情を浮かべていて――――その顔が、驚愕のものに変わる。
彼女の見ている、先――――視線を前に戻した俊夫の口から、小さな悲鳴が漏れた。
男は不気味な笑みを携えたまま、鍬を振りかぶっていたのだ。
そのまま俊夫を目掛けて振り下ろされる鍬。突然の事に、よろける様に後退りをするのが精一杯だった。
足から僅か数センチ先の地面が錆び付いた刃先に抉り取られ、泥が飛び散った。
三歩も下がらぬ内に、身体がボンネットにぶつかった。これ以上、下がれない。だというのに、再び鍬は高く振り上げられた。

214 ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/22(金) 20:49:59
「やめ、てくれ!」

叫び声を上げながら、俊夫は身を捩っていた。
空気の切り裂かれる音が耳のすぐ横を通過する。直後にボンネットに叩き付けられた鍬の刃先が、辺りに鈍い金属音を響かせた。
妻の悲鳴が上がった。子供達の泣き声が増した。
その声に気を引かれたのか――――男の灰色の顔が、車内の三人を覗き込む。そして――――。

「ヒッ……ヒヒ……!」

薄気味悪く引きつらせた顔を、一層醜く歪めた。
郁子達を狙っている――――悍ましさに、背筋には悪寒が走った。
しかしそれ以上に、頭には血が上っていた。顔がかぁっと熱くなり、無意識に身体は動いていた。

「やめろぉ!」

男の身体を両手で突き飛ばす。
腕力に自信などは無い。しかし男は存外に呆気無く地面の上を転がった。
今の内に逃げなくては。動転する気持ちを抑えつけながら、急いで車に乗り込みエンジンをかける。
発進させた車のバックミラーの中で、立ち上がった男の姿が小さくなっていった。

「なんなの……? なんなのあれ!?」
「分からないよ! 正気じゃなかった!」
「川崎さんどうしちゃったの!? どうしてあんな事するのよ!?」
「知らないよっ! 分からない! だから正気じゃなかったんだって! あの顔見な――――」

そして――――それには、何の前触れもなかった。
興奮気味の二人の会話を遮ったのは、走行する車のすぐ前方に降りてきた、強い輝きを放つ一本の光。
避けられない。反射的にハンドルを切る余裕も、叫び声を上げる暇も無かった。
ただ強い焦燥だけを抱いて、俊夫は眩い光の中に突っ込んだ。
激突の衝撃は無かった。――――その筈だった。
しかし、車体は光に捻じ曲げられる様に歪んでいく。その振動が俊夫の全身に伝わっていく。
シートベルトをしていなかった俊夫の身体は前のめりに浮き上がり、ヒビ割れたフロントガラスを音もなく突き破った。

215 ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/22(金) 20:50:21








それは、ほんの一瞬の出来事の様に感じられた――――。

車外に飛び出した直後、俊夫は極彩色の世界に包まれていた。
幾多もの光彩が、身体の中を通り抜けていく様な奇妙な感覚。
自身がどういう状況にあるのか何も分からない。見える物は、様々な彩りの移り変わりのみ。

それは、ほんの一瞬の出来事。
しかし同時に、その一瞬が永遠まで間延びした様でもあった。
俊夫は輝きの中で、一瞬と永遠を同時に感じていたのだ。

一瞬と永遠。交錯する時の狭間で、俊夫は確かに見た。
移り変わる彩りの中に、唯一変わらぬ光が在る。
眼前の光景を二分するかの様に、天より降りる、一筋の真っ白な光の柱。
それはまるで、数日前にも村で観測された光柱(ひかりばしら)現象そのものだった。
或いは、たった今俊夫の車が飛び込んだ光そのものの様に思えた。
唯一異なるのは、光柱の遥か上部に見えるもの。
そこには、太陽の様に一際強く輝く光があった。
そこからは、細く、長く、巨大な腕が生えていた。
二本ずつ。光柱を中心に、左右に対となり。合わせ鏡の様に果てしなく重なって。
それ自身が光を放ち、生物のものとは思えぬ光沢を帯びて――――。

それは、ほんの一瞬の事。
同時に、永遠の事。
光柱との距離は、段々と狭まっていく。
近付いているのは俊夫の方か。光柱の方か。それすら分からないが。
光柱の始まりの場所。上方の強い輝き。その中より落ちてくる物質があった。
初めは小さな点の様な大きさ。それは次第に、人の首程の大きさにまで広がっていく。

216 ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/22(金) 20:50:38
――――不意に、一つの幻覚が、その物質に重なって見えた。

巨大な生物が、見えていた。
落ちてくる物質とは、それの首部分の様だった。
神々しさと、禍々しさを併せ持つ、巨大な生物。
昆虫の様な、海洋生物の様な外形をした、巨大な生物。

怪物。
それが、近付いて来る。
無機質な瞳で俊夫を見下ろし、光の柱から降りてくる。
その光柱も、もう目の前だ。柱からの輝きが、完全に俊夫を包み込もうとしていた。
極彩色の世界が、薄まっていく。ただ一色の白が、世界を塗り替えていく。
頭の中でサイレンが鳴っていた。
いや、それは怪物が鳴いているのか。
しかし――――既に怪物のその姿も光に遮られていた。
怪物が何処まで近付いて来ているのかも、俊夫には見えない。
光の中で、サイレンだけが聞こえていた。

それは、ほんの一瞬の出来事の様に感じられた――――。







その、「一瞬の出来事」の後――――。
俊夫の身体は暗闇の中空へと放り出されていた。
すぐ下には一台の車が走っている。
為す術もなく、俊夫は車に激突し、地面に転がった。
何が起きたのか。俊夫がそれを考える事は一切無かった。
彼の思考は、あの一瞬に見た化け物への戦慄で覆い尽くされていたのだから。

来る。

そのイメージだけが、俊夫を支配していた。
妻の事も、子供達の事も、その最期の時ですら――――彼の脳裏には蘇りはしなかった。




【吉村俊夫@SIREN 1976年時の現世の羽生蛇村に帰還】

217 ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/22(金) 20:51:04













舗装されていない、刈割へと続く泥濘んだ田舎道。
刻まれたタイヤ痕は、不自然に途切れている。
車の代わりに残された物は、一つの小さな肉の塊。
御神体――――村で崇められている神の象徴が、ひっそりとその場に佇んでいる。

神の首は帰還した。
とある力の干渉を受け、異なる世界に引き込まれながらも。
因果律の理に導かれ、うつぼ舟も、白髪の女も必要とされない時と場所に。
一瞬と永遠の交錯する、もう一つの虚母ろ主に。
運命の双子を、牧野怜治と宮田涼子の元へと届ける流れの中に――――。





この日、もう暫くの時を置いて――――この異界に元より存在していた神の首は、志村晃一の手により焼き払われる。
しかし、首は決して失われる事は無い。
既に、「戻って来ている」のだから。
未来も過去もない、閉ざされた世界。
何物の意志でもなく、因果律の理に因り、歪な旋律を繰り返し刻む不安定な世界。
首は、ここにある。
この世界の求導女に拾われ、現世に帰るその時まで。
御首は、ただ静かに、ここにある――――。




【堕辰子の首@SIREN 1976年時の異界化した羽生蛇村に帰還】




――――Continue to SIREN

218 ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/22(金) 20:51:29












これは――――。
もしも宮田司郎がもう暫くの間、あの『空間』に留まっていたならば、見届ける事の出来た筈の彼の過去の『映像』。
宮田司郎の頭の片隅に常に在り続けている、選ぶ事さえ許されなかった運命の分岐点。

雛城高校の地下に生まれたのは、入った者の心の奥底にある無意識を反映する『空間』だった。
かつて、アレッサ・ギレスピーの創り出した異世界に侵食され、人々の潜在意識を具現化する巨大な触媒へと変貌を遂げたこのサイレントヒル。
その時と同質の変貌がこの場所に起こったのは、アレッサ・ギレスピーの訪れに因るものなのか。
それとも――――。





何れにせよ、宮田司郎が立ち去ると同時に二十七年前の『映像』は薄れ行く。
やがて光は姿を隠し、映し出されるものは何もない。この『映像』を見た者は誰もいない。
『空間』は、ただ静かに、そこに在る――――。





※雛城高校の地下に「入った者の心の奥底にある無意識を反映する空間」が存在しています。
 宮田の見た、二十七年前の羽生蛇村の映像は消滅しました。





【光柱現象@SIREN】
堕辰子が降臨する前兆として観測される現象。
SIREN本編では、奈落へと落ち、御神体が求められる全ての時代へ向かう存在となった八尾比沙子が降臨する際に発生していた。
しかし、1976年の儀式が行われる(村が異界化する)数日前に現世の羽生蛇村でもこの現象が観測されている事から、
光柱現象=八尾比沙子の降臨という訳ではない、と思われる。

219 ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/22(金) 20:53:46
以上で投下終了です。
タイトルは『羽生蛇村異聞 第三話・外伝『理尾や丹』――隙間録・吉村俊夫編』です。

ご指摘、ご感想ありましたらお願い申し上げます。

220さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/02/23(土) 21:06:01
投下乙でした。

首が帰還ってことは、原因はだだっこじゃなかったんですねえ。

221さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/02/27(水) 20:13:48
投下乙です

原作に詳しくないんだがどういう事?

222 ◆cAkzNuGcZQ:2013/02/28(木) 00:16:48
感想ありがとうございます!

>>220
そもそも首だけで出来る事って何もないんですよね……。
儀式の際に誤作動を起こして村を異界化させるのは堕辰子本体の方ですし。

>>221
確かに原作を把握されてないと意味不明かもしれませんw
ですが、原作を把握されていないと恐らく詳しく説明をしてもやはりうまく飲み込めないとは思いますので、極力簡潔に要点だけを述べます。

まず前提として、羽生蛇村にはとある「因果律の力」が働いている事をご理解下さい。
今回の登場人物である吉村夫妻の双子の赤ん坊とは、本編にも登場している宮田司郎、牧野慶の二人です。
宮田司郎、牧野慶の二人は、赤ん坊の時に実の両親共々異界に取り込まれてしまったのですが、上記の「因果律の力」により異界から脱出、
(彼らが異界に取り込まれてから脱出までの経緯は、羽生蛇村異聞第三話で僅かに触れられるのみで、公式設定としても一切が不明)
その直後両親は死亡し、双子は牧野怜治、宮田涼子の二人に引き取られる事となります。

今回書いた事で、ロワ本編に影響する事は要するに、

・サイレントヒル内で消えてしまった堕辰子の首が、「因果律の力」により羽生蛇村に戻っていた事。
 (首の帰還の際に羽生蛇村で起きた現象が、同時に吉村夫妻を異界から脱出させた、としています)

・雛城高校の地下の羽生蛇村とは、実際に村があるのではなく、宮田司郎が赤ん坊の頃に体験した『映像』が見えていただけだったという事。

この二点ですね。


簡潔……だったかどうかは分かりませんが、とりあえず説明は以上でありますw
もしもまだ何か不明な点、説明し切れていない点がありましたらお気軽にご質問下さい。

223さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/03/04(月) 12:54:39
ほうほう

224ロック・ボトムからのピープルズ・エルボーでスマック・ダウンされました:ロック・ボトムからのピープルズ・エルボーでスマック・ダウンされました
ロック・ボトムからのピープルズ・エルボーでスマック・ダウンされました

225さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/03/07(木) 19:04:30
>>224は広告でした。

226さあ、良い子の名無しさんあつまれ〜:2013/03/26(火) 12:01:39
上げ

227 ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/12(日) 00:31:05
隙間録ですが、ゲリラ投下致します。

228失われた記憶――隙間録・宮田司郎編  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/12(日) 00:31:52




これは――――。



とある未来で。



とある世界で。



とある次元で。



あったかもしれない、物語――――。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

229失われた記憶――隙間録・宮田司郎編  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/12(日) 00:32:27


「何も起きない、か」

49番目の名前の上に赤い線が浮かび上がってから、もう何時間も経過していた。
現在の名簿に残る名前は『宮田司郎』ただ一つ。殺し合いのルール上、優勝者は宮田の筈だ。
しかしそれからは、サイレンが二度鳴り、世界が二度裏返った以外には、特別な変化は一切起こらなかった。

「これで証明されたな」

「 『サイレントヒルのルール』なんてうそ 」――――おかっぱの少女から聞かせてもらった情報だ。
ルールのチラシに書かれた“Not True”の文字。――――おかっぱの少女から見せてもらった情報だ。

殺し合いなど、まやかしに過ぎなかった。最後の一人となって、それは漸く証明出来た。
そのルール自体はこれまでも特に気にしてはいなかったのだが、これによって『外国のお姉ちゃん』はある程度正しいと証明されたわけだ。
では何故50人もの人間――いや、あの幻覚の中の人々を合わせれば数え切れない程の人数が、だが――この世界に呼び寄せられたのか。
誰が何の目的で、この街に人間達を集めたのか。
楽園とは何なのか。
その辺りの事は、結局未だに何も分からないままだ。
『外国のお姉ちゃん』を見つける事も出来ず、何一つ謎を解き明かす事も出来ずに、宮田は最後の一人となってしまった。

「行くか」

一人になってしまったが、やる事は変わらない。
ここに囚われている人々の救済は、今でも諦めはしていない。
求導師の役目を引き継ぐ。宮田はその決意を改めて思い返す。

230失われた記憶――隙間録・宮田司郎編  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/12(日) 00:32:49
と――――不意に周囲が光を帯び始めた。
暗闇だからこそ感じられる仄かな光。
首を巡らせば、光が宮田を囲む様に――――いや、見える範囲の道の上に広がっていた。

「……何だ?」

光は徐々に強くなる。足元が徐々に白く染まる。
宮田の踝を。膝を。下半身を。白い揺らめきが昇ってくる。
眩く。眩く。光は宮田を、そして、街中を覆い隠していく。
その眩さに耐え切れずに宮田が視線を逃した先は、まだ光に包まれていない漆黒の空。

「っ!? これは……!?」

そこに、宮田は見た。
雲の高さ程の遥か上空で揺らぐ、幾つもの円によって形作られている恐ろしく巨大な紋様を。
見覚えのある紋様。それこそは正に、メトラトンの印章。

「どういう事だ……この光が空に反射しているのか? ……この光そのものが、メトラトンの――――――――うあっ!」

眩さが目に映るもの全てを覆い尽くす。
眩さの中で、匂いも、音も、そして、自らの身体すらも失われていく。
自身の推測が正しいのかどうか。もう宮田には確かめる術が無い。
ただ、その輝きの中に、一人の少女の姿が朧気に浮かび上がっていた様な気がしていた。
とても悲しげな表情で、宮田を見つめる少女の朧気な姿が。

あの少女には、見覚えがある――――。
そう、彼女は――――。
あの時の――――。

記憶の中にある少女の姿が、輝きの中の少女の姿と重なり合う。
だが――――宮田司郎が、意識を保てたのはそこまでだった。
苦痛は無かった。ただ全てが失われていくという喪失感だけが、最期のその時まで残っていた。


【宮田司郎@SIREN 消滅】


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

231失われた記憶――隙間録・宮田司郎編  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/12(日) 00:33:15


サイレントヒルの町は、今、全体が巨大な破魔の魔法陣による輝きで揺らめいていた。
誰にも見通せない輝きの中。異界と化したこの町は、アレッサ・ギレスピーの手により音もなく消滅していく。

この町に生み出されていた者達も。
この町に生み出されていた物達も。
この町に迷い込んでいた者達も。
この町に囚われていた人々も。
この町を異界へと変えた存在も。
そして、アレッサ・ギレスピー本人も。
異界は全てを道連れにして、光の中で消えて行く。

やがて現象は収束を迎える。
光すらも消えて行き、その場所に姿を現したのは、小さな一つの田舎町。
その町は、サイレントヒル。
動くものの姿は何処にも見えない、寂れ果てただけのかつての観光地。

その町に何が起きたのか。
それを解き明かせる者はもういない。

その町に何が起きたのか。
それに気付ける者すらもういない。

謎も。
答えも。
記憶は光の中へと失われたのだから。

232失われた記憶――隙間録・宮田司郎編  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/12(日) 00:34:02
やがてその町には何も知らぬ人々が再び集い、暮らし始めるのだろう。
或いは、そのまま打ち捨てられたままになるのだろう。

どちらだとしても。
その町は、サイレントヒル。
いずれ心に深い闇を抱いた誰かが迷い込む町。

いずれ再び霧は町を隠すだろう。
いずれ再び闇は町を隠すだろう。
しかし、その時の物語を話す者は、今はいない――――。










    ―――――――― GAME OVER ――――――――










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    /Give up/  → /ホラーゲームバトルロワイアル 完結/




※最後の一人になったとしても、何かが起きる事はありません。

233 ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/12(日) 00:35:31
投下終了です。
打ち切りではございませんのでご安心をw

234キックキックトントン名無しさん:2013/05/12(日) 00:56:11
そうだよねw
投下乙ー

235キックキックトントン名無しさん:2013/05/12(日) 20:46:10
まあ、例え最後の一人になっても謎を解かない事にはねえw
やるべき事をやって、押すべきボタンを押して、読むべき資料を読んで、手に入れるべきアイテムを手に入れて
倒すべきラスボスを倒さない事にはtrue endなんて拝めないわなあ
だってホラーゲームロワだもの

236 ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/16(木) 20:53:28
感想ありがとうございます!

>>234
そうなのですw

>>235
まあ、true endでもbadとそう変わらない可能性があるのもホラーゲームですが!


というわけでありまして収録も完了であります。ご確認下さい。

237 ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/17(金) 20:26:27
そろそろ自己リレーを気にしてもいられない予感がしますので、

雛咲真冬@零
福沢玲子@学校であった怖い話
エディー・ドンブラウスキー@サイレントヒル2

予約で!

238 ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/21(火) 22:27:35
すみません、延長致します。

239 ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/25(土) 23:38:08
雛咲真冬@零
福沢玲子@学校であった怖い話
エディー・ドンブラウスキー@サイレントヒル2

と、予約してませんが
羽入@ひぐらしのなく頃に

投下致します。

240さらに深い闇へ  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/25(土) 23:40:41
不気味な程に静まり返った闇夜の中の住宅地。
雛咲真冬は石製の階段上にある建物を懐中電灯の灯りで照らし出していた。
血と、錆と、得体の知れない黒ずみと。
単に荒れ果てているだけではない。御多分に漏れずと言うべきか、建物の壁には生理的な不快感を刺激する、触れる事を躊躇わせる様々なものが浮き出している。
今からこの中に足を踏み入れなければならないのだが、この分であれば内部の様子も大差ないであろう事は想像に難くない。
自分一人ならば、我慢すれば済む話ではあるが――――案内役の玲子に再び不快な思いをさせてしまう事には、多少の後ろめたさを覚えていた。
とは言え、表に一人で居させるのも躊躇われる。今は連れて行く他ないのだろう。
自分のすぐ後ろに立つ玲子に、真冬は目をやった。

「玄関はあそこなんですね?」
「えーと……はい。でも……ホントに入るんですか…… ?」
「ええ。もしかしたら何か分かるかもしれない。行きましょう」

足元に楕円形の光を移し、一段一段慎重に上がっていく。
鉄製の手摺は赤錆で腐り切っていて、触れる事を躊躇わせた。
反面、石段は頑丈そのもので、壁に付着していた様な汚れも無く足を滑らせる様な心配も無い。手摺の世話にならずとも済むのは細やかな幸運か。
階段を昇り切り入り口の様子を確認する真冬の背中に、玲子の声がかけられた。

「でも……荒井先輩は死んじゃってるんですよ? 分かる事なんてあるのかなあ?」

玲子が最初に目を覚ましたアパートの前に、彼等二人は立っている。
巨大ゴキブリの襲ってきた民家から飛び出してみれば、真冬達を見失ったのか、それとも単に外への出口を見つけられなかったのか。
理由は不明だが、虫達は外にまでは追っては来なかった。
音の正体が何だったのか、玲子は知りたがったが、真冬はそれを正確には伝える事はしなかった。
この年頃の少女がゴキブリを恐れる様はよく知っているつもりだ。妹がそうなのだから。
果たして玲子も虫は得意ではないらしく、靴ほどの大きさの虫が襲ってきた、との真冬の事実を濁した返答でも悍しそうに身を震わせていた。
そうして二人は通りに出た。
一つの危機を脱し、安堵の息を吐いたところで、真冬の脳裏に浮かんでいたのは玲子との話に出て来た荒井少年の事。
ゴキブリのせいで聞きそびれてしまったが、玲子は名簿に載っていない人物と行動を共にしていたというのだ。
トイレにあった細田友晴の白骨死体といい、荒井の存在といい、どうにも分からない。
その疑問を玲子に打ち明け、色々と話を聞いてみれば――――。

「――――でね、荒井先輩こう言ったの。『福沢さんの話は僕の記憶に無い事です』って」
「記憶に無い?」
「はい。私達はパラレルワールドから呼ばれたんじゃないかって言ってました」
「それは……SF小説や映画なんかである、あのパラレルワールドという事ですか?」
「他にあるんですか?」
「いえ…………ただ荒井君は本気でそれを信じてたのかなと思って。
 いくらこんな状況とはいえ、あまりにも突拍子もない話だ。こう言ってはなんですが、荒井君にからかわれたのでは?」
「え〜、そんなことないと思いますけど? 後は……そうそう、『僕達は断罪の為に集められたんじゃないか』とか」

241さらに深い闇へ  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/25(土) 23:41:38
その言葉に、真冬は強く惹き付けられた。
断罪。確かジェイムスの霊が似た様な事を話していたと記憶している。
――――そう。『私は罰を受けたんだ』。ジェイムスは確かにそう言っていた。妻を手にかけ、意思を裏切った罪に対する罰を受けたのだと。
罪を裁かれたと考えてたジェイムスと、自分達が呼ばれた理由を断罪の為だと推測していた荒井。これは偶然なのだろうか。
いや、偶然かどうかはさておくとしても、荒井という少年がやはり何かを知っていた可能性は充分に考えられる。
であれば、彼の霊魂に話を聞く理由は一つ増える。
無論話せるかは分からないし、最悪射影機を使わねばならない状況に陥るかもしれないが、危険を押して行くだけの価値はある筈だ。
真冬達がこのアパートの前まで来たのは、それ故だった。

荒井が死んでいるのに分かる事などあるのか。
そう疑問を呟いた玲子に、真冬は振り返ろうとしなかった。何と答えようか、言葉に詰まってしまった。
“ありえないもの”が見える体質。玲子にこの体質を打ち明けるつもりは真冬には無い。
玲子が信用出来ないから、ではない。それは玲子に限った事でもない。
真冬にとっては、それを打ち明けない事は至極当たり前の事だからだ。


――――絶対に誰にも霊が見える事を話してはならない――――


幼い頃からずっと。真冬達兄妹は母深雪にそう言い聞かされて育てられてきた。
心優しく、いつでも誰とでも穏やかに接していた母だったが、その時だけはまるで憑かれた様な気迫を見せて。
何故話してはいけないのか。それを問い返した事はない。真冬も深紅も、それこそ直感的には知っていたからだ。
母から遺伝したというこの能力は、兄妹には感受性の鋭さも与えた。
他人の心が読める、という訳ではないが、他人の心の動きを敏感に感じ取れてしまうのだ。
特に、負の想いに晒された時にそれは顕著になる。それは人に限らず、“ありえないもの”の想いでも。
故に分かってしまう。下手に他人に打ち明ければ、好奇の目に晒されるか、異端視される事になると。――――幼少時代の母がそういった扱いを受けてきた様に。
決して他人とは分かり合えない体質なのだ。心を許せるのは、同じ体質を持つ身内だけ。
友人であろうと、恩人であろうと、親しくしようと考えていても、無意識の内に距離を置いてしまう付き合い方。それが真冬にとっては当然の事。
自らを曝け出さない事には、慣れ切ってしまっている――――。

242さらに深い闇へ  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/25(土) 23:42:07
諦めにも似た冥(くら)さをその瞳に浮かべていた真冬は、結局玲子に振り向く事も答える事もせず、扉に手をかけた。
静寂と闇、そして普段の世界には有り得ない程に強い瘴気が支配する世界の中で、錆び付いた軋みを小さく立ててドアは開く。
内部を覗き見れば、様相は確かに荒れ果ててはいるものの、想像していたよりも幾分かはまともな状態ではあった。
照明も死んでおらず、薄暗い事は薄暗いのだが、懐中電灯無しでも不自由しない程度には明るさを保っている。
とりあえずの危険が無い事を確認し、真冬達は中へ入る。再びの軋みを立てて、ドアは閉まった。
然程広くもない空間。ここは非常階段であるらしい。
四方に灯りを巡らせても、階段以外にはアパート内部へ通じると思われる扉しか見当たらない。

「それで、荒井君はこのアパートの何処に……?」
「この上です。階段の上で……三角形の頭した怪物に襲われて……」

玲子が指した階段上に、真冬は灯りを向けた。アパートに入ってすぐの事だったとは、何となくだが考えていなかった。
とりあえず下からでは死体は見えない。“気配”も今のところ感じられない。

「二階ですか? 三階ですか?」
「あ、三階行けませんでしたよ」
「……そうですか。分かりました。福沢さんはここで待っていて下さい」
「え? でも……」
「無理に見る事はありませんよ。大丈夫、すぐ上なんでしょう? 何かあったら呼んで下さい」

玲子を気遣う気持ちも本音ではあるが、半分は真冬の都合でもある。
もしも荒井の霊と遭遇出来たとしても、玲子に側に居られてはまともに話す事も出来ないのだから。
不安気な玲子に一度だけ微笑むと、真冬はショルダーバッグから射影機を取り出し、階段を上がった。



二階の様相は、基本的には下と同じだった。
奥へのドアが開きっ放しにされている事と、学生服を着た無惨な死体がある事を除けば、だが。
これが荒井少年の成れの果てなのだろう。――――そう考えつつ灯りを死体に向けた刹那、真冬は違和感に首を傾げていた。

(……これは、作り物なのか?)

顔と胸。どちらにも大きく開けられた風穴から見えるのは、生々しい脳味噌や腸ではなく単なる木片と思わしき物質。
真冬とて本物の死体を見た経験は、精神を病んで庭で首を吊った母親のものを含めてほんの数回しかないが、死亡した状態を基とした“ありえないもの”は数多く見てきている。
目の前のそれが、ただの作り物――――人形であり、人の死体では無い事は瞭然だ。
とすると、ここで死んだ筈の荒井の死体は何処に行ったのだろうか。
辺りに意識を集中させるが、やはり“気配”は無い。いや、それどころか――――。

(血の跡すらない……?)

243さらに深い闇へ  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/25(土) 23:42:39
ここには人が殺された様な痕跡すら無い事に、真冬は漸く気が付いた。
場所が違うのだろうか。いや、玲子はすぐ上と言ったのだ。外から見ればこのアパートは三階建てだったが、三階への階段もこの場所には無い。
念の為に開け放されたドアから廊下を見てみるも、そこにあるのは得体の知れない異形の死体のみ。まさか、こちらが荒井という事もあるまい。
真冬はもう一度非常階段の辺りを見回す。やはりあるのは人形だけだ。
もしかすると、荒井が怪物に殺されたというのは玲子の思い違いなのだろうか。
荒井はあくまでも負傷しただけで、玲子が去った後に自力で何処かに逃げたという可能性もあるのではないだろうか。
だが、それでも怪物に襲われたからには血痕の一つや二つはある筈だ。それが一切見当たらないというのは――――。

ふと脳裏を過ぎる、暗い疑念。真冬は階下の玲子に意識を向けた。
思えば、荒井の話は玲子から聞かされただけに過ぎない。その話に信憑性はあるのだろうか。

名簿に載っていない少年の存在。
もしも荒井に関する話の全てが、彼女の狂言だったなら――――。

あるべき場所に無い死体。
もしもこの場所に真冬を誘き寄せる為の、でまかせであったなら――――。

殺し合いの掟が支配する町。
もしも彼女が、真冬を殺そうとしていたのなら――――。

(いや、違う……。彼女が嘘を言っていたようには思えない……)

浮かび上がろうとしていた疑念を、真冬は直ぐ様打ち消した。
確かに理屈の上では、玲子の言動は辻褄が合わず疑わしく思える。
しかし、これまでの彼女が見せてきた怯え、喜び等の様々な感情が偽物だとは、真冬にはどうしても思えないのだ。
人を騙そうとするよりも寧ろ、感情をすぐ顔に出してしまう様な素直さ、率直さ。玲子から感じ取れたのはそんな単純な印象だった。
根拠の根底にあるのは所詮は己の直感でしかないが、真冬本人としてはそれで充分な事。
玲子は少なくとも嘘をついてはいない筈。真冬はそう信じる。玲子を、ではなく、自身の感性を。
――――であるならば、ここでは一体何が起きたというのだろうか。

(福沢さんに聞いてみるのが一番早いんだろうが、その前に……)

この場に唯一残されている不自然な物。人形に、真冬は目を向ける。
玲子の言う通り怪物の襲撃がここであったのだとすれば、この人形が破壊されたのもその際の事である可能性は有る。
何かを、感じ取れるかもしれない。試すならば玲子の居ない今の内だ。
僅かな逡巡の後、真冬は比較的損傷の見られない人形の肩の部分に手を伸ばす。そして、指先がそれに触れた直後――――。

真冬は息を呑んでいた。
脳裏に流れ込んできたある一つの思念。
それは、決して有り得ない筈の思念だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

244さらに深い闇へ  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/25(土) 23:44:15
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



――――ちっ、マジかよ。お前は食堂来るんじゃねえって言ったろ。お前が目に入るだけで吐き気するんだよ。

――――ろくに動けないデブが一緒じゃ勝てねえって。あいつフリースローも届かないんだぜ。マジいらねえ。4人の方がマシだ。

――――昨日の試合凄かったな。コーナーに追い詰めてからのあの連打さ。こんなふうに! ……おい、サンドバッグが動いてんじゃねえ。じっとしてろ。

――――最悪。エディーの隣なんて嫌よ。カビ生えた雑巾の臭いがするのよ。誰か席変わって!

――――あいつ豚のケツから生まれてきたんだってさ。クセーわけだよな。 じゃあマザーファッカーっつったら? 豚のケツとヤってんじゃねえの? ギャハハハ…………



聞こえてくる言葉はいつだって、聞きたくもない言葉だった。
誰かに優しい言葉をかけられた記憶など、ただの一度も無かった。

とろい。
臭い。
気持ち悪い。
頭が悪い。
何言ってるのか分からない。

時には面と向かって。
時にはわざと聞こえる様に。

誰からも蔑まれ、疎まれ、嫌われ、小突かれ、笑われた。
友達なんか一人もいない。
良い思い出なんか何もない。
馬鹿にされるのは当たり前。
チヤホヤされるのは決まって別の誰かの方。
そんな立ち位置を甘んじて受け入れてきた。

理不尽に対して媚びへつらった事もある。
泣きそうになるのを、ただじっと堪えた事もある。
抵抗なんてしなかった。出来やしなかった。
何故かなんて分からない。
いや、そこに理由なんか無かったのかもしれない。理屈なんか無かったのかもしれない。
ただ、とにかく、逆らう事が怖かった。

毎日毎日、腹の中にドス黒いものを感じて暮らしてきた。
それを吐き出す事も出来ず、ずっと抱え込んで耐えてきた。
出来る事なら自分を馬鹿にする奴等を見返してやりたい。
そんな妄想には毎日の様に耽っていた。

245さらに深い闇へ  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/25(土) 23:44:45
でも、それだけだ。出来る事は、妄想に耽るくらいのものだった。
現実には何も変えようとしない。何も変えられない。臆病で、怠惰で、何も取り柄のない人間。
馬鹿にされて当然の、ゴミと変わらない存在だって分かっていた。
見下されて当然の、何の価値もない存在だって分かっていた。

子供の頃から、ずっとそう。
きっとこれからも。ずっと、ずっと――――。





「うあっ……!」

浅い微睡みの中でうなされていたエディー・ドンブラウスキーは、弾かれた様に起き上がった。
いやに不快だった。身体中から汗が吹き出していた。何か夢を見ていた。最低の気分になる夢だ。心臓が早鐘の様に鳴っていた。
何の夢だったか。脳裏には曖昧で断片的な映像が残っている。しかし、その断片を形として紡ぎ合わせようとすればする程、それは纏まりを見せずに忘却の彼方へと消えていく。
汗塗れの額を拭いながら、エディーは困惑混じりの視線で室内を見渡した。
ここは何処だ。自分は何をしていた――――覚醒し切れていない頭で答えを探る。
そう。ここはボウリング場に着く前に立ち寄っていた、二棟並ぶアパートの片側だった。
そのアパートの208号室。少しばかりの休憩の為に寝転がったベッドの上。記憶は徐々に鮮明になる。
逃げてきた。抱えた恐怖を堪えきれなかったから。
死体を見た。また恐怖を覚えた。自分がそうはなりたくなかったから。
怪物が居た。動かなくなるまで殴りつけた。そうしなければ最後の一人になれないから。
最後の一人になる。最後の一人とは、何の事だったか。
頭の中に蘇る、あの音の割れたスピーカーからの声。
――――殺し合いのゲームを匂わせる、あの甲高い声。

「そうだ……俺は…………人を殺したんだ……!」

思い出した事を見計らったかの様に、アパートの何処からかドアが閉まる気配が伝わってきた。
誰かがこのアパートに侵入したらしい。思えば、アパートの外で誰かが話している気配が夢現の意識にも聞こえていたような気がする。
部屋の薄い壁の向こうから聞こえてくる、階段を昇る足音。
エディーの瞳から困惑が消えていき、代わりに狂気の色に染まっていく。
抱え込んだ恐怖が捻じ曲がり、殺意と変わって込み上がる。

こんなゲームではどうせ誰だっていの一番に自分を狙うに決まっている。
殺しやすいカモにしか見られていないに決まっている。
そうはさせない。やられる前にやってやる。
入ってきたのが誰だかは知らないが――――自分をバカにする奴等は、あの犬の様に、あの医者の様に、自分以下の存在に変えてやる。
エディーは醜く顔を歪めると、ベッドから飛び降りた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

246さらに深い闇へ  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/25(土) 23:46:29
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「これが……荒井君」

我に返った真冬は、陥没した人形の顔に向かい呟いていた。
頭の中に流れ込んできた思念は、思いも寄らぬものだった。
玲子と共にこのアパート内部を探索しながら考察を重ねていたのは、紛れもなく目の前で砕けて転がる人形の姿。
俄には信じ難い光景だったが、残留思念が嘘を見せる事は無い。あれは全て本当にあった事なのだ。
動く人形。それが名簿に載っていない荒井少年の正体。
だが、一体それはどういった存在なのだろうか。
精巧に造られた人形には霊が宿るとは、よく囁かれている事だ。
それは真冬が大学時代に学んでいた民俗学の中にも、伝承として残されているものはある。
彼も何らかの霊が人形に取り憑いていたという事ならば、その霊がまだ近くに漂っていてもおかしくは無いのだが――――今もやはりその気配は無い。
そして残念ながら、今の思念から見えた映像からはこの世界に関する情報は何も得られなかった。
荒井の考察も、結局はただの考察以上のものではなかったらしい。
危険を覚悟で調べに来たのは良いが、呆気無く手詰まりとなってしまった。

これからどうするべきか――――真冬が思考を切り替えようとしたその時だった。
ハッとして、真冬は廊下へのドアに向かって振り返った。

(何かが、来る……)

廊下を、歩く気配があった。
ひたひたと。こちらに近付いて来る足音。
物理的に立てられている音ではない。概念として存在している様な、ありえない音。
つまりは、この世のものではない――――真冬の直感が、そう感じ取る。

ゆっくりと、真冬は射影機を構えていた。
荒井の霊だろうか。或いは別の誰かのものか。
何にせよまだ理性を保てている霊ならば良いが、そうでなければ確実に襲ってくる。

開け放されたドアのすぐ手前まで、それはもうやって来ている。
真冬はファインダーを覗き込み、階段付近まで下がった。
四角く切り取られた空間の中で、そいつは姿を現した――――。

「え?」
「あぅ……」

それは、薄紫の髪をした、独特の巫女装束を纏った少女の霊だった。
いや、霊なのか。霊とは――――何かが違う。
実体の無い存在である事は確かだ。しかし、真冬のこれまで見てきた“ありえないもの”とは明らかなる差異が感じられるのだ。
具体的に何がどう違うのか。その説明は真冬にも出来ない。ただ異なる存在であると、直感として理解出来るとしか言えないのだが――――。

247さらに深い闇へ  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/25(土) 23:46:57
「もしかして僕のことが見えるのですか?」

驚きと戸惑いを併せ持つ、感情豊かな表情。
人間と変わらぬ様な振る舞いで、それは話しかけてきた。
これも霊の行動としては、真冬の経験上では記憶に無い事だ。
射影機を下げると、真冬は小さく頷いた。

「本当に見えてるのですか!? 梨花以外の人に僕の姿が見えるなんて……」
「君は……誰なんだ?」
「あぅあぅあぅ……僕は羽入と申します」
「ハニュウ……?」

ハニュウと名乗る、明らかに人ではなく、霊とも異なる精神体。
荒井のこの人形もそうだが、町のルールで彼等を分類するならば――――。

「君は、『鬼』なのか?」
「ぼ、僕は鬼なんかじゃないのです……! 鬼なんかじゃ……」

今度は怒りと悲しみも交えた顔で、ハニュウは呟いた。
その答えには何処か噛み合わない印象を受けるものの、確かに鬼であるならばルールとしては人を追い詰めるもの、つまり人を襲う存在でなければならない筈だ。
なのに荒井もハニュウも人を襲える状況で襲おうとしない。それに、鬼に関しての情報誌にも載っていなかった。となると一体彼等は何だというのだ。
ここに来れば何かが分かると考えていた真冬だったが、求める答えは得られず混乱は増すばかりだ。

「それじゃ、君はどうしてここに?」
「それは――――」

真冬の問いにハニュウが答えかけるのとほぼ同時に、再びの足音が廊下から聞こえてきた。
今度は霊のものではない。明確に、生身の身体を持つものの立てる足音だと分かった。
真冬は咄嗟に射影機をバッグに入れ、鉄パイプを引き抜いた。
廊下には異形の死体があった。このアパート内にも怪物は居るのだ。今近付いて来るのがそうだとしたら、戦わなければならない。
そちらを振り向いたハニュウは、おろおろといった様子で廊下と真冬に交互に視線を動かしていた。

やがて扉口から覗かせる姿。
それは、一見ではどこにでも居る様な男性だった。
特徴として上げれば白人である事と、やや肥満体である事くらいか。彼にはハニュウは見えていない様子。
その男性は何処か虚ろな瞳で真冬を見据えると、独り言の様に呟き出した。

248さらに深い闇へ  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/25(土) 23:47:48
「お前だって……そうなんだろ」

ジェイムスの時と同じく、彼の言葉が日本語として理解出来る事に違和感を覚えるが、とりあえずそれは無視だ。
男性から伝わって来るのは、真冬が最も好まない思いだった。
今までに感じた事もない程に強く、暗く、そして重い、負の思い――――。
その念に晒された真冬が、鉄パイプを握る手に力を篭めてしまったのは不可抗力だった。
だが男性は、真冬のその些細な動きを見逃してはくれなかった。

「その鉄パイプで俺を殺そうとしてるんだろ? 弱そうなやつだって思ってるんだろ?」
「……違います。殺し合いなんてする気はありません。落ち着いて下さい」
「ほらな。やっぱりだ。俺のことバカだと思ってる。騙せると思ってんだ。分かってんだよ。そうさ、誰だってそうなんだ」

どうやら、この町を支配する掟に囚われてしまった人間らしい。
異形の存在ならばともかく、人間と争う気は真冬には無い。
ふとハニュウに目をやると、彼女はやはりおろおろしているだけだった。害を及ぼそうとはしないらしいが、荒井の様に頼りになる訳でもないらしい。
自分で何とか説得するしかない。真冬は、そう判断する。

「落ち着いて下さい。貴方を馬鹿になんてしていません。今からこれを床に置きますから」

真冬は男性を刺激しない様、ゆっくりとしゃがみ込むと、床に鉄パイプを置いた。
そしてそれを、一瞬の迷いの後に、部屋の隅に滑らせる様に蹴り飛ばす。
そこで漸く、男性の目には若干の戸惑いが見えた。ここから、慎重に説得を重ねればきっと――――。

「いいですか、僕は殺し合いをする気はありません。落ち着いて話を聞いて――――」
「真冬さん……? 誰かいたんですか? 何か話し声がしたけど……」

しかし計算外だったのは、背後からかけられた声の主だった。振り返れば、階段の踊場に玲子が居た。
こちらの状況も良く分からずに、階段を上がって来ようとしていた。
そして真冬の止める暇も無く、青年を見つけるなり玲子は叫んでいた――――。

「あ! デブサイク!」

言ってから、玲子は慌てた様子で口を噤んだ。
しかし、すぐに無邪気そうな笑顔を見せる。

「あ、そうか。外人だし言葉分からないよね。キャハハ」

これには流石の真冬も、思わず顔を顰めていた。
視線を男性に戻すと、彼もまたその表情を酷く歪めていた。



――――先程よりも一際濃い負の念を、真冬は確かに感じていた。

249さらに深い闇へ  ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/25(土) 23:48:32
【C-5/西側アパート(ブルークリーク・アパートメント)・非常階段二階/一日目真夜中】

【雛咲真冬@零〜ZERO〜】
 [状態]:脇腹に軽度の銃創(処置済み→無し)、未知の世界への恐れと脱出への強い決意
 [装備]:無し
 [道具]:メモ帳、射影機@零〜ZERO〜、クリーチャー詳細付き雑誌@オリジナル、
     細田友晴の生徒手帳、ショルダーバッグ(中身不明)、懐中電灯
 [思考・状況]
 基本行動方針:サイレントヒルから脱出する
 0:男性(エディー)を説得したいが……
 1:ハニュウに話を聞いてみたい
 2:この世界は一体?
 3:深紅を含め、他にも街で生きている人がいないか探す

【福沢玲子@学校であった怖い話】
 [状態]:深い悲しみ、固い決意
 [装備]:ハンドガン(10/10発)
 [道具]:ハンドガンの弾(9発)、女子水泳部のバッグ(中身不明)、名簿とルールの書かれた紙
 [思考・状況]
 基本行動方針:荒井の敵を撃ち出来るだけ多くの人と脱出する
 0:デブサイク!
 1:真冬についていく
 2:人を見つけたら脱出に協力する。危ない人だったら逃げる
 ※荒井からパラレルワールド説を聞きました
 ※荒井は死んだと思っています

【エディー・ドンブラウスキー@サイレントヒル2】
 [状態]:肉体疲労(中)、女(福沢)に対する怒り
 [装備]:ハンドガン (0/10)
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:とにかく最後の一人になる
 1:最後の一人になる
 ※サイレントヒルに来る前、知人を殺したと思い込んでいます

【羽入(オヤシロ様)@ひぐらしのなく頃に】
 [状態]:精神体
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:???
 0:おろおろ
 1:梨花以外に僕が見えるなんて……

※鉄パイプ@サイレントヒルシリーズが西側アパート・非常階段二階に落ちています。

250 ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/26(日) 00:02:34
以上で投下終了です。
真冬の「大学で民俗学を学んでいた」という点につきましては、
零公式サイト(ttp://www.tecmo.co.jp/product/zero/staff_co.htm)に掲載されている真冬の設定(23歳大卒)と、
刺青に登場する真冬の友人の手紙の内容(ttp://www.cameraslens.com/fatalframewiki/index.php5?title=Kei_Letter_3/ja)からのものです。
攻略本だと21歳と書かれていて、ゲーム内では年齢が明かされず、結局公式設定としての年齢が二つ存在するらしいのですが、本ロワ内では23歳説採用という事でお願い致しますw

ご指摘、ご感想ありましたらお願い申し上げます。

251キックキックトントン名無しさん:2013/05/26(日) 13:52:12
投下乙でした。

福沢、空気読めねえ!
エディーのいじめ描写とか、人物描写に深みが与えられてますね。
サイコメトラーエイジ、思い出した。

252キックキックトントン名無しさん:2013/05/28(火) 15:13:23
投下来てた
投下乙です

はにゅう登場と彼女が見える真冬との邂逅でどうなるかなって時にこれは酷いw
福沢は氏んでもいいかもしれないw
それと確かにここでのいじめ描写とか、人物描写に深みが与えられてていいねえ
さて、アホ女のせいで真冬が脱落して欲しくはないが…

253 ◆cAkzNuGcZQ:2013/05/28(火) 23:19:55
感想ありがとうございます!

>>251
真冬にも妹がおります故、通じるものがあるのでしょう。
志摩さんポジには霧絵が。多分。きっと。

>>252
福沢が死んでは学怖勢が壊滅の危機に!
アホとは言いませんが、ホラーには付き物なキャラにはなれるかもしれませんw


そして代理投下ありがとうございました!
細かい箇所の修正と、収録も完了です。ご確認下さい。

254 ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/11(火) 22:45:53
研究所パート

ハンク@バイオハザード・アンブレラクロニクルズ
レオン・S・ケネディ@バイオハザード2
鷹野三四@ひぐらしのなく頃に
ジェニファー・シンプソン@クロックタワー2
八尾比沙子@SIREN


T-103型@バイオハザードシリーズ
タナトス@バイオハザード・アウトブレイク

予約致します。

255キックキックトントン名無しさん:2013/06/12(水) 21:10:23
バイオハザード・ダークサイドの研究所ステージってORCのデザインに近かったが、
ハンクはどんな反応するのかね?

256キックキックトントン名無しさん:2013/06/12(水) 21:43:19
ふと思ったんだが、八尾比沙子がもし自分が多重人格だと気づいたら
トータルリコール見たくもう一人の自分を否定したりするのかね?

257キックキックトントン名無しさん:2013/06/12(水) 21:48:53
>>255
い、一応アンクロダークロはパラレルとか総集編とか回想録とかの扱いなので、
ハンクが抜けてきた研究所はバイオ2やアウトブレイク寄りという事でお願いします!
ってか、ぶっちゃけダークロ把握してなかったw ハンク出るんですなw

>>256
気付いた時点で主人格に戻るのではないかと。
多重人格というより記憶喪失に近いようですしね、あれ。

258 ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/16(日) 17:53:25
すみません、延長します。

259キックキックトントン名無しさん:2013/06/17(月) 15:00:31
地下研究所で米軍特殊部隊やUSS、UBCSの死体やクリチャーと遭遇したらどんな反応するのかね?
ちなみに地下研究所を警備していたUBCSはバーキンに買収されていた模様

260キックキックトントン名無しさん:2013/06/17(月) 15:08:53
あと、ハンクや他のUSS隊員は地下研究所のアクセス権限を本社から入手していたそうですが、
バーキンと合流しようとしていた米軍(スペックオプス)はアクセス権限を持っていないため警報装置に引っ掛かったそうです。

261キックキックトントン名無しさん:2013/06/17(月) 15:16:54
>>257
八尾さんが記憶喪失のまま気付いた場合、トータルリコール的展開になるかもW

262キックキックトントン名無しさん:2013/06/19(水) 14:21:22
多分淡々と装備回収してそうな気がする…>>259
研究所警備のUBCSの隊員達って割と軽装備だよな…

263 ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:02:31
>>259
うん、何というか、ごめんなさいw その辺りの死体出て来ませんw

というわけでありまして、

ハンク@バイオハザード・アンブレラクロニクルズ
レオン・S・ケネディ@バイオハザード2
鷹野三四@ひぐらしのなく頃に
ジェニファー・シンプソン@クロックタワー2
八尾比沙子@SIREN


T-103型@バイオハザードシリーズ
タナトス@バイオハザード・アウトブレイク

投下致します。

264The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:03:54
一つだけ、腑に落ちた事がある。

幅のそう広くないグレーチングの足場を囲うのは、間隔の広く置かれた格子状で構成される金属製の手摺。
そこから乗り出した半身で、ハンクは空間に立ち昇る熱を感じていた。
作業員の姿など何処にも見当たらないというのに、遥か下方に見える加熱処理用熔鉄炉は愚直に運転を続けており、そのものが放つ熱気で時折揺らいでいる。
――――やはり同じだ。
幾度めかの記憶の確認を行い、ハンクは確信に至る。
エレベーター前の廊下から続くポンプ室も。
動力室と表記された扉を潜った先の――――この部屋にそびえ立つ、施設の心臓部と思われる巨大な柱の様な機器類も。
そして、下階に確認出来る熔鉄プール室も。
この大学の地下階層は、ハンクらU.S.S.αチームがG-ウィルス回収の為に突入し、結果崩壊する運びとなったラクーンシティのアンブレラ地下研究所とほぼ同じ間取りなのだ。
今のところ確認したのはたったの数部屋ではあるが、異なる部分と言えば、設置された金網や器材等の細かな部分を除けば、廊下の長さと荒れ果てている様相くらいのものだ。

何故、これ程までに似通っているのか。
単なる偶然、である筈がない。全く別の街にある二つの巨大施設の間取りと設備が全く同じ物となる偶然など、有り得ないのだから。
無論そうなる可能性が100%無いのかと問われれば否定し切る事は不可能だが、しかし、そんなものは所詮は確率論の戯言。
現実的に捉えるならば、単なる偶然だけで一致する確率は0と見做すべきなのだ。
偶然とするよりは、何者かの意志によりラクーンの研究所を模して造られたと考える方が遥かに自然であり、筋が通る。或いはラクーンがこちらを模した物なのか。
つまるところ――――ここの『ラクーン大学』もまた、ラクーンシティ研究所と同じくアンブレラの所有物だったという事だ。恐らくはラクーンシティにあるラクーン大学も同様に。
だからこそ、この地下施設はラクーンシティ地下研究所と同じ構造で建設されている。
そして、だからこそ――――。

(同じ名称で訴えられる事も無い訳だ……)

何故この大学が、ラクーンシティのラクーン大学との訴訟沙汰に巻き込まれずに存続出来ているのか。
漸く腑に落ちる答えが導き出され、ハンクは一人頷いていた。

(……これ以上は確認の必要もないだろう。とりあえず地下の構造全てをラクーンと同じだと仮定するなら……)

この幾日か、さ迷い歩いていたラクーン研究所。間取りは鮮明に思い浮かべられる。
目的の部屋を定め、ハンクは身体を翻して錆だらけの金属板の上を戻る。
その足が、幾度目かの小さな音を立てた時だった。扉の向こう側から、男の怒鳴り声が発せられたのは。

「オーケーだ! 来い!」

隣のポンプ室に人が雪崩れ込む気配。
誰かがいる。それも複数人。ハンクは静かに扉に近付き、耳を澄ます。
鋼鉄製の分厚い扉と、周囲で絶えず唸る様に上がっている機器類の低周波音に阻まれ、怒声以外の聞こえてくる声に明瞭さは無いが、焦燥混じりの様子は伝わってくる。
飛び降りろ。男の言葉に続き、鉄板を鳴らす軽い衝撃音が――――三回。暫く待つが、四回目の衝撃は無い。
あちら側の人数は三人か。そう思うや否や、まるで車でも衝突したかの様な轟音と振動がハンクまで伝わった。
金属と金属が擦れ合いぶつかり合う耳障りな高音の中で、またも男が怒鳴る。乗るんだ、と。
扉一枚先の向こうが抜き差しならない状況にあるのは容易に想像がついた。
三人の人間が何者かに追われているのだ。追手側は上で見た大男――――恐らくはタイラントの亜種であろうあの禿頭の可能性が濃厚か。
すると今の轟音は、奴が扉を破壊した音だという事になりそうだが、ただ、それにしては奇妙な事が一つ。
追手が奴にしてはポンプ室の気配は静かすぎる。奴が獲物を見つけたならばもっと暴れ狂う筈だ。実際ハンクに対してはそうだった。
それ程の動きが感じられないという事は、彼等を追っているのはまた別の何かなのか。

265The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:04:33
再び衝撃音が響いた。鉄板を重たい何かで叩いた様な音。先の三人同様に、追手が飛び降りた音だろう。
ほぼ同時に、吹き抜けを通じて下方からリフトの稼動音が伝わってくる。
すぐ手前の手摺の隙間から熔鉄プール室を覗き込めば、ハンクのほぼ真下付近の位置で三人の人間がリフトから降りる姿が確認出来た。
見たままに判断するなら、男が一人、女が二人。
男の着衣がラクーン警察署警官隊のユニフォームと似ている事に気付くが、明確にそうだと判別出来る程の距離ではない。

瞬時に浮かぶ損得勘定。仮に男がラクーン署の人間だとして、接触する事にメリットは有るだろうか。
――――流石にそれは不明だ。有るかもしれないし、無いかもしれない。
ただ、彼等の逃げ込んだその先は行き止まりだ。
この動力室もではあるが、下の熔鉄プール室も部屋からの出口は一つしか無く、この段階で既に彼等は追手に追い詰められた格好となってしまっている。
となると、彼等と接触するには必ず彼等を追う相手と対峙せねばならない。
それを選択したとして、果たして得られるリターンに対してリスクは如何程のものだろうか。

三人が60フィート程度の足場を一通り走り切り、漸くそこがデッド・エンドだと気付いた頃、三度の衝撃が鳴った。
それもやはりハンクの位置よりほぼ真下。下階のリフト前の床に突如現れていた物は、モスグリーンの大きな塊。
一瞬後、ハンクはその認識を改める。あれはただの塊ではない。生物だ。それも――――。

(タイラント……あれはまさか、新型か?)

着地の衝撃で身体を屈めていたそいつは、ゆっくりと立ち上がると、おもむろに顔を上げる。
無機質な視線が、ハンクの視線と絡み合った。

「何……?」

僅かに困惑が走った。
何故奴はこちらを見上げたのか。その疑問が浮かんだ。
己の気配を感じ取られたとは思えない。そもそも状況からして奴の狙いはあの三人だ。
それなのに、タイラントはハンクを見上げていた。気付かれる要素など一つも無かったのだが。
直ぐ様ハンクはその睨み合いを打ち切り、ポンプ室の扉を開いて中へ。
そして迷いなく向かいのフロアに飛び移ると、エレベーターへと通じる廊下に素早く走り込む。

266The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:05:09
タイラント。アンブレラ社の造り出したB.O.W.の中でも最高級の性能を持つ“究極の生命体”。
――――と聞いている。
ハンクはアンブレラ社の特殊工作部隊(U.S.S.)に身を置く人間だ。
個人としては人的資源の重要性、貴重性は認識しているが、それはともかくとして、上層部から見れば結局自分達は使い捨ての駒に過ぎない。
その為、任務に必要とされない限りはB.O.W.一種一種の性能などを細かに知らされる機会は無いのだ。尤も、その点に関してはハンク自身も必要性を感じた事は無いのだが。
“究極の生命体”と称されるタイラントに関してもそれは同様であり、実際に戦闘を行った事も、性能を調べた事もハンクには無い。
知能が高い新型タイラントの研究が進んでいる事は小耳に挟んでいたが、知識としてはそれだけだ。
タイラントが非常に強力なB.O.W.である事は理解しているが、それ以上の具体的な性能となれば知る由もない。
確実なのは、戦えば勝敗はどうあれそれなりの手間がかかってしまうという事。

故に、接触は無しだ。
追手が新型タイラントだと分かれば、尚の事危険は冒せない。
タイラントも、アンブレラ社が何かしらの目的で送り込んだものではあるのだろうが、それをフォローする義務もない。
社から直接の任務変更の指示は無いのだ。社の目的を勝手に推測して動くなど愚の骨頂。己は己で、与えられた本来の任務を遂行する為に行動するだけで良い。

――――切り替える。
ハンクはもう一度、研究所の間取りを思い浮かべた。
地下の構造全てをラクーンと同じと仮定するなら、外部との連絡が取れるだけの設備がありそうな場所は、B5のモニター室。
同じくB5の電算室。
B6のセキュリティセンター。
そして、もしも最下層に地下運搬施設や貨物列車までが有るのならば、それも候補の内だ。
場合によっては列車運転室の通信機器を利用する手段もある。
ならば当面の目的地はB5。向かうにはまずB4までエレベーターで降りて、同フロアを通り抜けねばならない。

エレベーターに突き当たる頃に、後方から響いた小さな銃声。
特にそれを気に留めた様子もなく、ハンクは操作スイッチに手をかけた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

267The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:05:51
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「駄目、やっぱり行き止まりです!」
「下もこれじゃあ……無理に通ろうとすれば火傷じゃ済まないでしょうね。レオンくん、どうするの?」
「ああ…………やるしかないだろうな、畜生! 二人共そこから動くなよ!」

沸き上がる焦燥が苛立ちに変わり、怒声として吐き出された。
胸程の高さの手摺に囲われただけの、狭く短いクランク型の足場の上。
額から大量の汗が滲み出るのは、異様に高い室温のせいだけではない。
胸の中に不快感が生じているのは、辺りに強烈に漂う鉄臭さのせいだけではない。
モスグリーンのコートを纏う大男――――冷静沈着なその見た目とは裏腹に、壁や鋼鉄製の扉を腕一本、その身一つでいとも容易く排除して迫る荒々しい怪物。
そいつが今、足場の角を曲がり、感情の一切が欠落した白眼でレオンを見据えてゆっくりと近付いて来る。
――――命を狙われる実感がもたらす緊張と恐怖。自覚しているものはそれだ。
プレッシャーとはこうも重たく伸し掛かってくるものだったとは。出来れば知りたくもなかった。
しかし、そんなものに押し潰される訳にはいかない。
足場の先。先行したは良いが、行き場を無くして立ち尽くしているミヨと少女。
フジタとあの子の分まで守ると決めた二人の女性の命が、レオンの腕には預けられているのだから。
もう失敗は許されない。今度こそ、必ず、守り切る――――。

「勝負するのは自分自身……。勝負するからには……勝たなきゃなっ!」

自然とレオンは叫んでいた。胸中に伸し掛かる圧力を跳ね除けようとする気概を込めて。
煮えたぎる鉄から発せられる焔に不気味に揺らめく大男に、熱く鋭い眼光と共にベレッタを突き付ける。
最早、警告も威嚇射撃も――――情けも躊躇も無い。照準は顔面に定めている。
通路の丁度中間辺りに差し掛かる大男。レオンの指が連続でトリガーを引く。それに合わせてくぐもった銃声が二度響いた。
焔に溶け込むマズルフラッシュ。大男の頬が、続いて額の肉が爆ぜ、赤い血が飛散する。
しかし――――止まらない。衝撃に僅かに仰け反りを見せたものの、大男は変わらず重い足音を響かせた。
三発目の銃声。次に爆ぜたのは鼻の頭。それすらも敵は意に介さず。怯むどころか拳を振り被っていた。

「くそっ!」

零した悪態が掻き消される程の風切り音が、屈み込んだレオンの金髪を掠めた。
振り下ろされた丸太の様な腕を間一髪掻い潜り、レオンは床を滑るように大男の背後に回る。
今ならば距離が取れる――――――――だが。
一瞬の弱気を押し殺して直ぐ様立ち上がると、レオンは振り向きかけた大男の横顔に狙いを付けた。
銃声が立て続けに反響する。ひたすらにトリガーを引く人差し指に反動が伝わり、微かな痺れが生じ出す。
大男の頭が幾度と無く揺れた。こめかみを中心に、鮮血が顔中に広がっていき――――。

268The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:06:07
ベレッタがホールドオープン状態になった時、顔を顰めていたのはレオンの方だった。
撃ち込んだ銃弾は、確かに大男の皮膚を貫きはした。
だが、それだけだ。
皮膚の上。いや、頭蓋の上か。銃弾はそこで潰れていた。明らかに、骨にめり込むまでには至っていない。

「ターミネーターにも……程があるだろ」

仮面の様に変わらぬ表情と、無機質な両眼が、レオンを捉え直す。それがミヨ達二人に向けられない事は願ったりだが。
顔面に開けた筈の穴、最初に撃ち込んだ銃弾の痕を見れば、レオンは呆れた様に小さく息を漏らしていた。
その傷口は蠢き出し、筋繊維の再生を始めていたのだ。

「しかもその図体でロバート・パトリックの方かよ」

今度こそ後ろに距離を取りつつ、弾切れのベレッタを投げ捨ててホルスターからブローニングを引き抜いた。
引き抜いて――――ここから、どうする。
この至近距離で浴びせかけた十発近い銃弾を、耐え抜いたどころか物ともしていない化物に、一体どうやって勝てば良い。
ブローニングに残っていた弾は三発か。四発か。アサルトライフルにも予備の弾は無い。
撃ち尽くせばそれで終わりだ。そして、それだけの弾薬では到底殺せない相手であろう事は、たった一度だけの攻防でも充分過ぎる程に予想がついた。
銃で殺せないのならば、何か、別の手段は――――。

その時レオンの視界に入り込んだ、手を振る少女の姿。ちらりと視線を二人に移す。
何かを考え込む様子で口元に手を当てているミヨの横で、少女は指を差していた。
その手が示すのは、熔鉱炉。思わずレオンは頬に苦笑を刻んだ。

「なるほど、ターミネーターだ……!」

後退りの向きを、熔鉱炉側へ変える。
より一層狭くなる足場。より一層増す熱気。足を炉へと寄せる度に、身体中から汗が噴き出してくる。
熔鉱炉へ突き落とす。十代半ば程の少女が思い付くには少々えぐくて容赦がない手段だが、銃で殺せない以上、今は他に方法が無い。
レオンの考えを知ってか知らずでか、尚も変わらず歩みを止めない大男。
下がろうとするレオンの踵が、遂に手摺にぶつかった。
行き止まり。真後ろの手摺を越えればその下には熔鉱炉。ここが、正念場だ。

269The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:06:21
「さあ、来いよ!」

次の一歩で、大男は右腕を大きく後ろに引いた。
限界まで引かれた右腕から、豪腕のラリアートが襲い来る。
タイミングはギリギリだった。辛うじて身を屈めれば、真後ろの手摺が大きな叫びを上げた。
レオンは大きく一歩踏み込んだ。男の腕の下をすれ違う様に潜り抜ける。身体を捻り、見据えるは巨大な躯体。
下腹部に力を込め、レオンは大男の背中に向けて渾身のショルダータックルを浴びせかけた。
鈍い音と共に重たい衝撃が肩に走る。突き飛ばされた巨体は手摺を越えて熔鉱炉に落ちていく――――その筈だったのだが。

「うっ!?」

壁か何かにぶつかったかの様な手応えだった。
巨体は、微動だにしていない。
熔鉱炉まではたかが数フィート。どんな巨漢相手だろうとその程度の距離を突き飛ばせない程自分の肉体と訓練は柔ではない。それなのに――――。
動揺が硬直を呼ぶ。
瞬間、強い浮遊感を覚えると同時に、目の前の巨体が勢い良く遠ざかっていく。
振り払われた。そう気付いたのは、後方の手摺に身体が打ち付けられる直前だった。

強烈な炸裂音が、背中から全身を貫いた。掠れた呻き声が口から漏れる。
予想だにしていなかった衝撃は、瞬間的にレオンの五感の全てを奪い去った。
その場で身体が崩れ落ちていく感覚も。痛みすらも。レオンは全く感じられずにいた。
限界まで薄れた、ただ手放さないだけの意識の中で、逆光に切り取られた怪物の巨大なシルエットだけが見えていた。
徐々にレオンに近付いてくる、巨大なシルエットだけが――――。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

270The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:06:58
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


閉じた両目の中に映し出されている光景は、まるで現実味が無いものだった。
遥か上方から落下してきたこの視界の主は、比沙子の倍近く程はある高さから研究施設内を見下ろし、徘徊していた。
時折視界の左側に見え隠れしているのは、触れる物全てを破壊するべく進化を遂げたような、巨大で無骨な左腕と爪。
怪物がここで徘徊を始めてから、その左腕は進行を妨げる物全てに幾度と無く振るわれてきた。
廊下に並ぶストレッチャーだろうと、積み重なる瓦礫だろうと、鋼鉄製の扉だろうと、お構いなしだ。
驚愕するしかなかった。まるで現実味の無い光景だが、これは受け入れるしかない事実だ。視界の主は、恐るべき怪物だった。
羽生蛇村で見てきた村人達の成れの果ても、命の危険を考えれば充分に脅威的な存在ではあったが、これの脅威は彼等を軽く凌駕していた。

今もこの怪物は、瓦礫に阻まれている扉へと近付いていく。
それは、先程の比沙子では通れなかった扉の一つ。
視界の端で左腕が動いた。これまで同様、これも破壊する気だ。
耳を塞ぎたい衝動に駆られるが――――それは、無意味だと言う事は嫌という程に思い知らされている。
爪が突き出されるその瞬間、比沙子は反射的に首を竦めるが、その細やかな抵抗を嘲笑う凄まじい音が彼女の耳を容赦無く劈いた。

「っ……」

より強く閉じた両目の中に映し出されている物は、グレーチングの床の上で微動している歪に変形した扉と砕け散った瓦礫や壁。
無理矢理に抉じ開けられた扉の奥に、映像はゆっくりと移動する。
そこは、広々とした闇の中に数畳程度の金属製の足場が突き出しているだけで、上にも下にも闇以外には見えるものは何も無い吹き抜けの空間だった。
その足場は格子状の手摺に囲われていて、下の階に通じると見られる梯子が中心にあるだけの簡易な造りとなっている。
怪物は階下には興味が向かないのか、幾度か辺りに視界を巡らせると、やがて来た道を戻り始めた。
比沙子は、そこで一旦視界を自身に戻し、両目を開いた。

「戻ってくる……!」

今、あの怪物が居るのは『WEST AREA』。これで怪物は、この階層を一通り回り終えてしまった。
あれが探索をしていない場所と言えば最初の分岐点で選ばなかった通路のみ。つまり、比沙子が今居るこのエリアだ。
もたもたしていれば鉢合わせになる。
蒼白の顔面に滲む汗を拭う事もせず、比沙子は電車へと向き直した。
否応無しに目に入る、床に散らばり広がる肉塊と血溜まり。
極力踏みつけぬ様に努めながら慎重に、しかし、迅速に車内に戻る。あれに見つかってしまえば、次にそうなるのは自分だ。
幸いにして、この電車の窓にはシャッターが降りている。扉は、怪物が来る側からは車体の陰となる為に、一見では見つかりはしない筈だ。
問題は、あの怪物が施設内の壁や扉と同様に電車まで破壊しようとした場合だが――――。
そもそも比沙子の居るこちら側のエリアの構成は、電車の他には小部屋が一つ。瓦礫に阻まれて通れない廊下が一つ。
つまり隠れられそうな場所は小部屋か電車か。それしか無いのだ。
扉という扉を破壊して徘徊する怪物から身を隠すならば、まだ電車の方が凌げる率は高い筈。後は運を天に任せるしかない。

271The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:07:26
開閉時の音を出来るだけ抑えようと、出入口の扉を半開きの状態で保ち、比沙子は幻視を再開する。
予想した通り、怪物の薄く濁った視界は連絡通路を越えてこちらのエリアに戻ってくるところだ。
怪物に初めに破壊された扉がその足に踏みつけられ、奇妙な高音を立てて振動している。
その音が視界の中で、そして直にも比沙子の耳に届いてきた。
近くと遠くとで同時に聞こえてくる同じ音。怪物がすぐ側に存在すると、実感としても伝わって来る。
ごくり、と思わず鳴らした喉の音がいやに大きく、耳障りに聞こえてしまう。

怪物はこのエリアの廊下に戻ると、一度視界をぐるりと巡らせた。
それは獲物を見つけ出そうとしているのか。それともとにかく破壊の対象を選ぼうとしているのか。
視界は通路から巡り、比沙子の居る電車で止まる。
まさか、気付かれたのか――――異様に長く感じられる時間の中、不安が身体中を締め付ける。
しかし、実際にはそれはほんの僅かな間の事。すぐに視界は瓦礫で封鎖された通路に向けられた。

怪物は瓦礫の前に立つ。どうやら次の移動先にはその通路を選んだらしい。
この視点からだと良く見える。その通路は、長い一本道だった。100mかそれ以上はあるだろうか。突き当たりには扉らしきものも見える。
これで、状況は変わるかもしれない。比沙子は思った。
これまでの傾向からして、怪物はあの扉を目指すだろう。
怪物が扉の奥へと消えてくれたなら、それはこの電車から離れる絶好の機会だ。
幸運と言うべきか、怪物が施設内を徘徊してくれたおかげで新たな道は開かれている。下の階に通じる梯子。あれだ。
あの様な怪物が徘徊する階に留まるよりは、まだ下の階に逃げた方が安全だろう。
それに、この階の何処を探しても見つからなかった電車の鍵。それは下にあるのかもしれない。
行くべきだ。怪物が、あの通路に入ったならば。

見出せた一つの希望を胸に、比沙子は機を窺う為に幻視を続ける。
だが――――比沙子では手も足も出せなかったその瓦礫を、怪物がものの一撃で破壊してフロアを大きく揺るがした、次の瞬間だった。
バタンッと、大きな音が間近で鳴った。それは怪物の視点ではなく、比沙子の耳に直接飛び込んだものだった。
抱いた希望は、瓦礫と共に脆くも崩れ去っていた。

「え?」

つい、幻視を解いていた。
目の前には閉じられた扉がある。半開きにしていた筈の扉が今、閉まっている。
何が起きたのか、咄嗟には上手く飲み込めないでいた。
だが、ややあって理解する。破壊により生じた大きな振動。それは当然の如く電車まで伝導し、扉を揺らしてしまったのだと。

272The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:07:43
音を立てて扉が閉まる。事象としてはたったそれだけの事。
しかし、この場合においてそれは、何よりも致命的な出来事だった。
事態を飲み込めた時、たちどころに襲い掛かる不安と焦燥。比沙子の表情は凍りついたかの様に強張っていた。
果たして今の音は怪物まで届いてしまっただろうか。
いや、届くだけならまだ良い。問題は怪物の気を引いてしまったかどうかだ。
震える手。比沙子は顔を覆う様に近付ける。確かめる為に、恐る恐ると瞼を閉じる。
そこに捉えたのは――――この、電車だった。
怪物は、既に比沙子の居る電車へと向かおうとしていた。

「ど、どうすれば……!」

幻視は直ちに打ち切った。
このままでは殺される。そうは思うも、何をして良いのか分からない。
狭い車内を見回すも、ここには身を隠せる場所など何処にも無い。
逃げ出そうにも扉は一つ。怪物に見つからずに外に出る事など不可能だ。
使えそうな道具も見当たらず、あるものと言えば「アンブレラヌードル」と表記された非常食くらいのもの。
いっその事、殺されるのを待つよりは外に飛び出してみるか。――――駄目だ。とても走って逃げ切れる自信は無い。
何も答えを出せず、ただ焦燥の中で立ち竦むだけの比沙子の耳に、壁一枚の向こうから咆哮が響いた。
無意識に比沙子は、顔の前で両手を組んでいた。
神へ縋る事。最早彼女に出来る事は、それだけしかなかった。

「ほってろですきりんとすぴりとさんとのみつのびりそんな
 ぐるりやぐるりやぐるりやぐるりや
 きりとやえれんぞきりとやえれんぞきりとや…………あれ?」

そしてその祈りの最中に感じ取るのは、一つの違和感。
足音が遠ざかっていく。怪物が走り去っていくのだ。
こちらに向かって来ないのか。助かったのか。しかし、それは何故。
奇妙に思った比沙子は祈りを止め、遠ざかる足音へと意識を飛ばす。
すると――――閉じた両目の中に映し出されたものは、あの通路のずっと奥に立つガスマスクを被った黒尽くめの人物だった。
突き当たりの扉から出て来てしまったらしい。怪物は、その人物に向かって猛然と走り迫っていたのだ。
逃げて。切実にそう願う比沙子の瞼の裏で、映像は徐々に乱れていく。
それは怪物が比沙子から離れて行く事の証明。だが、比沙子の心は絶望に支配されていた。あの人は、逃げられない――――。
灰色に染まる視界の中、黒尽くめの人物はマシンガンらしき銃を構えて屈み込んだ。
その姿を最後に、映像は完全に砂嵐に覆われた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

273The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:08:35
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「来るわっ! 早く起きてっ! ねえ、早くっ!」

真横でレオンに投げかけられた少女の悲痛な声も耳に入らない様子で、三四は思考を巡らせていた。
モルモットを観察するような視線――それは要するに彼女のデフォルトだが――の先には、床に崩折れたレオンに詰め寄る大男の背中がある。
あれが“タイラント”なのではないか。彼女の思考が行き着いた場所はそこだった。
ノートのニュアンスから推察するに、アンブレラという企業は“タナトス”こそ量産には至っていなかった様だが、“タイラント”という兵器自体は決して“タナトス”一体ではないらしい。
目の前にいるコートの男が“タナトス”なのか、別の“タイラント”なのか、或いは全く別の何かなのか。現時点では明確な判別がつけられる訳ではない。
だが、“タナトス”や上で見たキメラ生物等の研究を進めていた大学施設内で襲いかかって来た、人の姿を模した怪物。
結びつけて考える事は、至極当然の発想というものだ。何より、ノートに書かれていた“タイラント”としての形骸的特徴は一致している様には思える。
とりあえず、この大男を“タイラント”だと仮定すれば――――。
人を素体とした生物兵器。知能が著しく低下しているのは間違いないが、これまでの経過を見ればそれは確かに信じ難い能力を秘めている。
素手の拳で金属を発泡スチロールか何かの様に打ち破り、顔面に銃弾が直撃してもまるで動じない、人間としては途方も無い屈強さ。頑丈さ。
強化されているのは筋力だけでなく、骨格までもなのだろう。更には銃弾による負傷をごく短時間で完治させてしまう再生能力まで兼ね備えている。
何処を取り上げても恐るべき性能だ。
これが仮に“タナトス”なら、芸術作品として唯一無二の存在へと留めようとした研究者の気持ちは分からないではない。
これが仮に“量産されているタイラント”なら、その能力には只々舌を巻く他無い。
どちらにせよこれが“タイラント”であるならば、T-ウィルスなる未知の病原菌が人体に与える影響とその応用性が、雛見沢寄生虫を遥かに凌ぐ事は認めざるを得ない事実。
これを世界に公表すれば、その研究者は確実に未来永劫その名を残す事になる。――――即ち、神になれる。
あのノートを見て。そしてその研究成果と思われるものを目の当たりにして。三四は一研究者として、T-ウィルスに対する興奮、胸の高鳴りを確かに感じていた。
しかしその一方で、先程から自身の胸中で暗い何かがじわりと広がりつつある事も、三四は自覚していた。
嫉妬だろうか。それとも羨望か。正体は分からないが、それは微かな痛みとなって胸の奥で燻り続けている。
いや、それは単なる気のせいに過ぎないのかもしれない。或いはT-ウィルスではない別の事柄に感じている事なのか。
そして現状、そんな些末事に気を取られている場合ではない事も重々承知している。
考えるのは後だ。三四は、差し迫った脅威に注意を戻す。レオンは、未だ動かない。

(こうなれば逃げるのも手かもしれないけど……)

執拗にレオンのみを標的とするこの大男の眼中には、先程から三四と少女の姿は一切入っていない。
がら空きの背面。今ならば通り抜けてリフトへと辿り着くのはそう難しい事ではないだろう。だが――――。

274The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:09:23
(いえ、やってみる価値はあるわね)

大男がレオンの前で立ち止まる。
三四はピクリとこめかみを疼かせ、走り出した。
こちらを見向きもしない敵。警戒していない背面。無防備の背中。チャンスは、今しかない。
後ろの少女が驚く気配を他所に、助走をつけて一息に三四は――――足場を蹴って跳び上がった。
身に纏うマントをたなびかせ、着地するのは不安定な手摺の上。
身体のバランスを取りながら、その目に捉えるのはレオンを見下ろす“タイラント”の後頭部。

レオンの戦闘中、考えていた事だ。
銃弾を弾き返す程の硬度を持つ、強化された骨格。銃弾に貫かれても、即時に再生を始める肉体。
確かに恐るべき性能なのだが――――それにしては不自然な点がある。大男の身に着けている防弾コートだ。
本当に完璧な存在ならば、そんなものは必要無い。
裏を返せば、必要とするだけの理由があるのだ。それはつまり、弱点が無い訳ではないという事の証明になるのではないだろうか。
そうだとしたら、人間を素体としているのだから自ずと狙う急所は見えてくる。
9mm拳銃の銃弾でも彼の肉体を貫ける事はレオンが見せてくれた。後は、何処を貫くか、だ。
今の状況で、それは一つしかない。人体の構造を熟知していて、射撃の腕には絶対の自信を持つ彼女だからこそ出来る事。
それを、三四は試す。試すならば、チャンスは今しかない。逃げ出すのはそれからでも遅くはない。

狙うは人体の急所の一つ、延髄。どの様な屈強な人間だろうとそこを貫けば確実に死ぬ。
レオンを見下ろしている奴のその体勢は、狙いを定めるには実に好都合だった。
頭蓋骨の構造上、それはわざわざ延髄を曝け出して的を広げてくれている様なものなのだから。

“タイラント”が両手を組み合わせて掲げ上げる動作の中に、三四は乾いた銃声を割り込ませた。
放たれた銃弾が、正確に後頭部に突き刺さる。
僅かな血飛沫が舞い、今にも腕を振り下ろさんとしていた“タイラント”の動きが固まった。
それは、単なる仰け反りなのか、それとも推測通りに即死したのか。どちらとも判断の付かぬ一瞬が、随分と不快に感じられた。

果たして――――“タイラント”はゆっくりと、硬直した体勢のまま後ろに倒れ始めた。
巨体が足場を大きく揺らす。振動を避ける様に、三四は手摺から飛び降りた。
念の為にと、足場に沈んだ大男に銃を構えて様子を見るが、その巨体はピクリとも動かない。予想は正しかったようだ。

「まだまだ改良の余地はあるみたいねえ。案外脆かったわ」
「凄い……どうして?」
「芸術作品としてはお粗末だったってことじゃないかしら? まあ、どっちなのかは知らないけれども」

目を丸くする少女に、三四はくすくすと愉快そうに笑みを浮かべた。

275The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:11:11
「それよりもレオンくんね。死んでないといいんだけど。レオンくん。聞こえる? レオンくん」

三四がレオンを振り返れば、彼もまた動く気配がない。
最悪の事態も想定しつつ、二人で呼び掛けながら足を運ぶ。
声に反応したのかどうか。レオンは小さく吐息を吐き出した。
その顔に表情を取り戻すまでは、それから数秒の事。呼び掛けを続ければ、暫くして漸くレオンは顔を上げた。

「………………ミヨ? ……あいつは……?」
「殺したわ。貴方の活躍のおかげよ」
「…………俺の?」
「ええ。間違いなく貴方のおかげ。貴方がいてくれなかったら、とても勝てなかったでしょうねえ。くすくす。さあ、立てるかしら?」
「……っつ。……ああ、どうにか」

痛みを堪えた様子でレオンは三四の差し出した手に掴まった。
派手に手摺に打ち付けられた割には、幸いにも大きな負傷は無いらしい。
頑丈さは案外この大男と良い勝負なのかもしれない。密かに三四は笑う。
立ち上がり、痛みの具合を確かめる様に身体を捻りながらレオンは疑問を口にした。

「凄いな……本当に殺したのか。どうやって?」
「頭を撃っただけよ」
「頭? それなら俺だって散々――――」

中途半端に言葉を切ったレオンの目が三四の背後に移り、そして険しさを帯びた。

「ミヨッ!」

レオンは彼女の名を叫びながら手を伸ばし、突然の事にただ驚くだけの三四の身体を自身の方へと引き寄せる。
床を擦る様な気配が背後からした。三四はレオンの腕の中で気配を振り返り、そして思わず息を呑んだ。

「――――そんな、馬鹿な……!」

一目で彼女の余裕は消え去った。医師として受け入れ難い現実がそこにはある。
延髄を撃ち抜き、確かに殺した筈の大男が目の前で起き上がろうとしているではないか。

「効かなかったわけじゃない…………間違いなく延髄を撃ち抜いた。だからこそ倒れたはず。
 …………なら、延髄ですら再生が可能だということ? 人間がベースである以上そんなの……」

有り得ない。しかし目の前の現実が三四の思考を掻き乱す。
T-ウィルスに因る肉体強化とはこれ程現実離れしているものなのか。
唖然とする三四の背中を、後ろから誰かが押していた。

「ミヨ、驚くのは後にしてくれ! 逃げるぞ!」
「こっち! 早く!」

レオンに腕を引かれて漸く三四は走り出す。
一足先にリフトの確保に向かった少女の後を、やや遅れて二人は追った。

276The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:11:50
大男が立ち上がるよりも早く少女がリフトへ駆け込みスイッチを押し、大きな稼働音を立てて上昇を始めたそれに三四が、続いてレオンが飛び乗った。
一息を吐いた三人は、自然と大男に視線を落としていた。大男もまた、その白眼で彼等を見上げていた。
ダメージなど残した様子も無く平然と歩き出した大男に見送られ、すぐにリフトは専用の狭い吹き抜けへと入り込む。

「……まさか昇って来たりしませんよね……?」

少女の呟きに、三四達は言葉を返せなかった。
恐らくリフトの使用までは出来ないだろうが、あれが壁をよじ登る姿は容易に想像がついてしまう。
冷静さが戻るにつれ、感嘆の思いが胸に湧き上がる。あれがT-ウィルス。あれが“タイラント”なのだと。
同時にその感嘆の中で、あの暗い何かがざわめき出してもいた。ギリ、と歯軋りの音が聞こえた。自身の口の中から。無意識の内に。
それに気付き、三四は心中で首を捻っていた。この燻りは何なのだろうかと。
やはり単なる気のせいではない。嫉妬や羨望とも違う気はするのだが、しかし、何かがある。何かが――――気に食わない。

「……とにかくこの大学から出よう。あんなのがいたんじゃヤバすぎる。命がいくつあっても足りやしない」
「……そうね。こうなったらやむを得ないでしょうね」

正体不明の暗い何かを押し殺し、三四はレオンの当然の提案にそう言葉を返す。
本音を言えばもう少し調査を続けたい気持ちはあるのだが、命と天秤にかける程の事ではないのも確かだ。

「それじゃ――――」
「あの……待って、下さい」

今後の方針を決める為に、と話を纏めようとすれば、二人の会話に割って入るのは遠慮がちに紡がれた少女の小さな声。
三四とレオンが目を向ければ、彼女は真剣味を帯びた面持ちで口を開いた。

「ごめんなさい、まだ行けないの。友達と逸れたんです。探さなくちゃ」
「友達? ……まだ誰かここにいるのか?」
「はい……多分。それに、やらなきゃいけないことがあるんです。お願いします、手伝って下さい!
 私だけじゃなくて、この町に居るみんなに関係のあることなんです! もちろんあなた達にも……」

少女はレオンと三四を交互に見据え、必死さを露にして訴えかけた。
その剣幕に押されて三四もレオンも言葉に詰まり、互いに顔を見合わせる。
少女はどうやら何かを知っているらしい。有益かどうかはともかく、聞ける事は多そうだ。
何から聞くべきか――――決めあぐねている内に、リフトは上階へと到着した。
とりあえず会話は一旦切り上げる事にして、三人は利便性の欠片も感じられない、無駄に複雑な構造のポンプ室を安全に抜ける事に集中する。
次に口を開いたのはレオン。それは、三人が最初に通った廊下に入ってからだった。

「あー……と、そう言えば自己紹介がまだだったな。俺はレオン。警官だ。彼女はミヨ。君の名前は?」
「ジェニファー。ジェニファー・シンプソン」
「よし、ジェニファー。まず教えてくれ。君はこの町の人間なのか? 何が起きてるのか知ってるみたいだが」
「そうじゃないんです。何が起きてるかなんて分からない。でも――――」

そうしてジェニファーと名乗った少女は、何処か切なげな表情でこれまでの経緯を語り始めた。
突拍子も無い事だらけの、俄には信じられない話を。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

277The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:12:18
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「ふぅ……」

エレベーターの扉が開き、B4に降り立つと、ハンクは開口一番で溜息を漏らしていた。
地上に居た筈のタイラントの亜種。そいつの振り返る姿が、通路の遥か先に視認出来たからだ。
十分かそこら。“暫くぶりの”再会を祝おうとでもするつもりか。タイラントはハンクを見つけるなり咆哮を上げていた。
エレベーター周辺の空気までをも大きく震わせる程の咆哮。ハンクの腹の底にまで軽い痺れを届かせる程の咆哮。殺意を滾らせ、タイラントは床を蹴った。

「確かに、逃げ切るのは難しいとは言ったがな……」

上で出会ったアジア系の子供の事が脳裏に浮かぶ。
協力要請をするにはしたが、所詮は子供。それ程の期待はかけていなかった。ある程度のイレギュラーも想定していたつもりだ。
しかし、ここまで事態を面倒にするとは流石に想定外だった。これでは協力どころか寧ろ妨害行為ではないか。
どの様な時間の稼ぎ方をすればこの結果に結びつくのか。その過程には幾らかの興味を持ちつつも、ハンクは呟いた。

「これからは協力する相手は選ぶとしよう」

タイラントとの距離はまだ遠い。
今ならばエレベーターに戻り、上階に逃げる事も可能だが――――。
数秒程の観察と、そしてここでも弾き出される損得勘定。ハンクは、答えを出す。

「効率優先といくか」

扉の駆動音を背に、ハンクはVP70からMP5に持ち変えるとその場に右膝をついて屈み込み、左肘と左膝を合わせてロー・ニーリング・ポジションを取る。
身を隠せる場所も逃げる場所も無い、一本道の通路でのタイラントとの戦闘。
絶体絶命とも言える展開だが、ハンクの目には充分に勝機が見えている。
切り開ける道は、ある。

278The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:12:38
死が躍動して迫ろうとも、ハンクは冷静にMP5の照準を覗き込む。
それを合わせるポイントは既に決定している。フロントサイトの中に捉える、奴の『ウィーク・ポイント』。
次の瞬間、幾筋もの閃光が軽妙な響きを立てて通路内を駆け巡った。
本能か、知能か。タイラントは見事と言うべき反応を見せ、その硬質化した左腕を更に膨らませて上半身を覆い隠した。弾丸を遮断するつもりだ。
だが――――関係無い。ハンクにしてみればそれは滑稽とも言える対応。奴が守るべき箇所はそこではない。ハンクの狙いは元よりそちらにはないのだ。
閃光は集中する。5インチと間隔を開ける事もなくタイラントの“一つの部位”に集弾し、奴の肉を削ぎ落とす。
そしてマガジンから全ての弾丸を撃ち出すよりも早く、ハンクの勝利は確定した。
ほんの20フィートの手前。迫る巨体のサイズからすれば、目前と言い替えても差し支えはない。
そこでタイラントが左脚を踏み出した時、巨体は体勢を不自然に崩していた。
MP5が奏で上げる破裂音の中で、ゴムか何かの千切れる音が。固い物のへし折れる音が。確かに鳴っていた。
いや、それはハンクの耳に直接届いた訳ではない。しかし、タイラントには聞こえた事だろう。それらは、奴の身体の内側から上げられた悲鳴だったのだから。

計算通りだった。
異常な程、凶暴な程に肥大化している上半身と左腕。
反面、比較すると明らかに貧相とも言えてしまう下半身。バランスの取れた肉体とは言い難く、また、程遠い。
ダメージの刻まれた己の身を省みる事もなく、ただ敵を殲滅すべく暴れ狂う究極の名に恥じぬ強靭な生命力。
反面、皮膚や肉は焼け爛れ、右腕は千切れ飛び、確実に負荷はその肉体にかかっているというのに、それに気付く事の出来ない情報処理能力。
究極の生命体の進化が行き着いた先。それが極めて危うい均衡の上に成り立っている事は一目瞭然だった。奴は、肉体を制御し切れていない。
ハンクはそこに付け込んだ。
あれだけの肥大を遂げた半身と左腕であれば、その重量も大したものだろう。
そしてその重さを支えるのは、上半身程の発達を見せていない下半身。特に左脚。奴の重心はそこに掛けられる筈だ。
それさえ見抜ければ、後は狙い撃つだけだった。“一つの部位”――――左大腿部を。
左脚の筋肉や骨を抉り続け、その脚で自重を支え切れなくなった時、奴は勝手に自滅する。

ゴムか何かの千切れる音は、筋繊維の断裂する音。固い物のへし折れる音は、骨の折損する音。
タイラントの左大腿部が、通常では有り得ない角度に曲がっていた。
一度その脚に乗せられた全体重を退ける術は無い。筋繊維はますます捩れて千切れゆく。折れた骨は肉と皮を突き破り、剥き出しとなり外気に晒される。
二度と使い物にならなくなった左脚。翻筋斗打って倒れる巨体は、突進の勢いそのままに床を滑り突っ込んで来る。
ハンクはタイミングを見計らい、それを数歩の助走で軽々と飛び越えた。
丁度真下を滑るタイラントが今、どの様な表情を浮かべているのか。ハンクには伺い知る事は出来ない。それを確かめるつもりもない。
着地したハンクは、背後の一切を気にせず走り始めた。その背中にタイラントの吠え声が届くが、こうして切り抜けてしまえば最早どうでもいい事だ。
これで奴は二度と追っては来れない。ハンクとしてはそれだけで充分だ。止めなど刺す理由は無い。
任務の障害にならなくなったものを一々排除していては、弾薬と労力の無駄でしかないのだから。

「……ふむ。思ったより難しいことでもなかったか」

もう振り返る事もせず、ハンクは長い通路を駆け抜ける。
前方に見えるのはターンテーブル。やはりこのフロアも基本的にはラクーンシティ研究所と同じ造りらしい。
それが分かればこのフロア自体にはもう用は無い。後は目的とする場所に、ただ向かうのみだ。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

279The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:20:12
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


何処か小気味良い、連続した破裂音。
それがガスマスクの人物が構えていた銃から発せられた音である事は、いくら視界が砂嵐に閉ざされていようとも分かる。
怪物への抵抗の為の銃声。しかし、それはほんの数秒で鳴り止んでしまった。
断末魔の悲鳴は聞こえて来なかったが、代わりに怪物の咆哮が比沙子まで届いた。
恐らく、あの人物は殺されてしまったのだろう――――。
状況が許さなかったとはいえ、どうする事も出来ずにいた。
そんな無力感に苛まれていた比沙子だったが、少しして外からの足音をその耳に拾った。
重々しく走る怪物のものではない。もっと軽い、そう、普通の人間の駆け足の様な。

「もしかして……!」

意識を集中させれば、その目には赤色の二つの楕円が映った。
慣れない景色に若干戸惑うも、すぐにそれがガスマスクを通した視界だと気付く。
あの人物は生きていた。背後から怪物が追いかけて来る様子も無い。
倒したのだろうか。しかしあの咆哮は怪物のものだった。一体どういう状況になっているのだろうか。

280 ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:29:56
えー、申し訳ありません。したらば全体NGワードに引っかかったようなのですが、該当箇所が分からない為5行ほど飛ばします。
WIKI収録時には該当部分も収録しておきますのでよろしくお願い申し上げます。

281The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:31:05
扉を開けて電車から出た比沙子は、一先ず通路に目をやった。
怪物が居る筈の通路。そこに見えたのは、想像していたよりも遥かに巨大な体躯をしていた怪物の、床を這いずる姿だった。
怪物はその爛れた顔で、比沙子を睨みつけていた。
背筋に薄ら寒いものが走る。もう慎重に動いている場合ではない。
充満する血の臭いと、目の前に広がる血溜まりの中に、申し訳無いと思いつつも比沙子は足を踏み出した。
――――――――と。



     ど…………………………………………な…………



不意に、何かが聞こえた気がした。
ゾクリ、と再びの悪寒が体内を巡る。
怪物を見て感じたものとはまた別の、異質な悪寒。
現実に気温が下がっているかの様な肌寒さを、比沙子は今、全身で感じ取っていた。

282The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:31:26



     ど……し…………れ………………な…………



聞こえる。
気のせいではない。
人の声。すぐ近くで。
しかし、誰が。何処に――――。



     ど……し…………れ…………んな…………



声は次第に、言葉としての体を成していく。
近付いてくるのではなく、声が耳に馴染んできている、と言った感覚か。
辺りを見回すも、何処にも人の姿はない。
いや、それは人ではない。人成らざる物の声なのだ。
どうしてか、比沙子には直感的に理解出来ていた。
それが、屍人達ともまた違う物だという事も。

逃げなくては。
そう思いながらも、比沙子は動けなかった。
相手が何なのかも、何処に居るのかも分からない状況なのだ。
もしも下手に逃げようとして、動いた先にそいつが居たならば、それこそが命取りになる。

恐怖に身を震わせながら、比沙子は目を瞑った。
相手の位置が分からないなら、見つけ出すしかない。
自らを中心として円を描く様なイメージで、周辺に意識を向ける。
しかし――――暫くの間集中を続けていても、視界は全く変化を見せない。何かが側に居るのは確実な筈なのに。
イメージの円を、比沙子は徐々に広げていく。大きく。大きく。広げていく。
そうして幻視が見つけ出したのは、通路を這いずる怪物の視界だった。
距離はまだまだ離れているが、あちらはあちらでやはり比沙子を捉えている。
あの怪物から逃げる為にも、あまり時間をかけてはいられないのだが――――。

283The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:31:57



     ど……して……れが……んな…………



あの声だ。
反射的に比沙子は、声そのものに意識を向けた。
暗闇が映像に切り替わる。見つけた。その、途端。

「ひっ!」

比沙子は引きつった悲鳴を上げていた。
漸く掴まえた映像の中には、彼女の足元で潰れている男の頭が大きく映し出されていた。
何かが居る場所は、すぐ真下――――。
幻視を解いて視界を戻そうとするより一瞬早く、映像はコロリと動く。比沙子の悲鳴に惹き付けられたかの様に。
途切れる寸前の映像は、間違いなく比沙子を見上げていた。

目を開くとほぼ同時に、それと視線が合った。
赤黒い血溜まりと、生々しい光沢を帯びた肉塊に混じるそれ。
潰れた顔からはみ出していた二つの眼球が、ギロリと比沙子を睨みつけていた。

「…………っ!」

今度は悲鳴すら上げられなかった。ただ目を見開く事しか出来なかった。
とにかくこの場から離れようと身体を動かせば――――靴底の血脂に、足を取られてしまう。
血溜まりの中に思い切り尻餅を付き、鉄臭い飛沫が跳ね上がった。
求導服の所々に赤黒い染みが付着するが、それを気にしている余裕は無い。
今も比沙子を睨みつけている眼球から、青白い燐光を放つ何かがゆらりと迫り上がって来ているのだから。
燐光はやがて人程の大きさまで膨らみ上がる。いや、人の姿を形作ろうとしている。
これが声の正体――――幽霊。

魅入られた様に固まっていた事に、はたと気が付いた。
鈍い痛みをどうにか堪え、比沙子は身体を反転させて立ち上がった。
手に肉塊が絡みつく不快感よりも、恐怖が勝っていた。

駈け出した。
慌てふためき縺れる足で。
血脂が尚も走る邪魔をする。
床の上で足が滑る。
思うように進めない。

もどかしさと恐ろしさを切に感じながらも、比沙子はどうにか連絡通路へと逃げ込んだ。
手摺が目に入った。それを支えにすれば、少しはまともに走る事が出来る筈。
そう期待を抱き、比沙子は手摺を掴む。――――その掌もまた血脂に塗れている事を忘れて。
当然の如く、比沙子の手は手摺から拒まれる。バランスを取る事も叶わず、傾いだ身体はそのまま金属板の上に打ち付けられた。
そして痛みに悶える間もなく、真後ろに感じた気配。

284The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:32:24
奇妙な衝撃と共に、全身に鳥肌が走った。その刹那、見ている景色が脈絡も無く変わった。
白黒の風景。施設内に居た筈が、今はここは、屋外か。
屋外で、息を切らして走っている。何故。またも記憶が途切れたのか。
立ち止まろうとするが、しかし、身体はその意に反して走り続けていた。

(……え? ……何なの、これ……?)

そう声を出した筈が、口を開くどころか自らの意思で動かす事も出来なかった。
身体の自由が全く利かない。いや、そもそもそれは自分の身体ですらない様子。
明度の落ちた暗い視界に見えている腕――――木製のバットと懐中電灯を握るその腕は、明らかに比沙子自身のものではない。
これは別の誰かの視界なのだ。ともすれば幻視とも思える現象だが、そうではない。
呼吸が苦しい。額からの汗が頬を伝わり流れ落ちていく。全身が熱を帯びた様に熱い。
走っているこの誰かの感覚が、自分の事の様に伝わって来ていた。
幻視とは違う。記憶の途切れとも関係無い。全く見当の付けられない現象だった。

出鱈目な呼吸を繰り返し、とにかく誰かは走り続ける。
何処か見覚えのある風景――――そうだ。ここは先程地上の様子を伺おうとした際、捉えた視界の人物が歩いていた場所だ。
この研究施設の上で、この誰かは走っている。

背後から凄まじい破砕音が追い掛けてきた。
走りながら振り返った先、数十メートル程の距離には洋風の建物が存在し、その玄関口に立ち込める粉塵から姿を現したのは通路で這いずっていた怪物だった。
喉が不器用に音を鳴らした。視界は前を向き直し、その後は二度と振り向こうとしなかった。
だが、後方からの連続した振動は、振り返らずとも怪物が駆け出した現実をはっきりと感じ取らせた。
次第に大きさを増していく背後の気配。怪物は容赦無く迫って来ている。距離は縮まる一方だ。
それでもこの誰かは、ただ我武者羅に、我武者羅に。前へ、前へ。喘ぎながらもとにかく足を動かし続けていた。

その抵抗も、たちまちの内に限界を迎えた。
脇腹が痛み出していた。
息を吐き出す事にすら、苦痛を伴っていた。
肺が、心臓が、筋肉が、悲鳴を上げていた。
逃げようとする意思に、最早身体の方は付いていく事が出来ていない。

285The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:32:44
すぐ後ろまで迫った怪物が咆哮を上げたのは、暗闇の前方に鉄柵が見え始めた時。
直後に背中全面に灼熱の痛みが走り、強烈な浮遊感が比沙子を襲った。
弾き飛ばされ、宙を舞った事は理解出来た。軽々と鉄柵を越え、放り出されたのはぽっかりと開けられた大穴の真上。
何かを考える間も与えられず、身体は真っ逆さまに墨色の闇に引きずり込まれた。
比沙子は叫びを上げようとした。それが決して音として発せられない事を忘れて。
誰かは叫びを上げようとしていた。それでも限界まで疲労し切った肺と喉が声を紡ぎ出す事は遂に無かった。

上下の区別もつけられぬ深い闇の中。風圧と重力が全身を縛り付けてくる。空気の壁を切り裂く音が耳を撃ち付けていく。
このまま永遠に落ち続けるのではないか。そんな想像すら過ぎった。恐怖は段々と意識を奪い、更なる深淵へと送ろうとしていた。
身体を縛る圧力も感じなくなり。風切り音も彼方へと遠ざかり。何もかもが闇に混じり消えて行く。
漆黒の世界の中にたった一人取り残された比沙子の脳裏に響いたのは――――。















     どうして おれが こんなめに















「っ…………?」

286The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:33:14
その目に色彩を戻した時、比沙子はまず状況に対する理解が追いつかず、困惑していた。
ごう、と唸りを上げる強風が真上から吹き付けていた。
纏う求導服が風に煽られバタバタとけたたましく音を鳴らし続けていた。
乱れる白髪の隙間から見える薄汚い壁が物凄い勢いで下降していた。

「えっ? ……えっ?」

思わず疑問の声を零す。――――零す事が出来る。
思わず首を巡らせる。――――巡らせる事が出来る。
この視界は紛う事無く比沙子自身のもの。決して他の誰かのものではない。
つまり、自身の置かれている状況に明確なる変化が起きているという事に他ならない。
何がどうなっている。幽霊に襲われた後、何が起きた。連絡通路で這い蹲っていた筈が、今度は何処に来てしまったのだ。
訳の分からぬ状況下で感じているのは、内臓を握り締められているかの様な圧迫感。
それは、たった今見ていた誰かの視界から伝わって来ていたものと全く同じ感覚だった。
比沙子はやはり訳の分からぬままに足元に目を落とした。ところが、金属板の床が見える筈のその場所には何も存在していなかった。
代わりに目に止まったのは、下降している壁とそうは変わらぬ勢いで比沙子から離れていく、遥か下にある三本の橋であり。
その橋こそは、今まで比沙子の居た筈の連絡通路だった。

「そん……な…………!」

漸く事態が飲み込めた。
下降しているのは壁や通路ではない。風など何処からも吹いていない。
比沙子が深い吹き抜けの中を真っ逆さまに落ちているのだ。それこそあの視界の誰かと同じ様に。
天を仰げば、いや、“地を仰げば”と言うべきなのか。
視線を落下先に投げ出せば、薄闇の空間を通した向こうには無機質な灰色の床が見えていた。
重力に囚われてただ落ちていくだけの比沙子を受け止めるべく、床は無慈悲に迫っていた。
目前の未来に比沙子を待ち受けているのは、どうあがいても――――絶望。

「どうして」

漏らした声は、力無く震えていた。その一言には、様々な疑問が乗せられていた。
どうして、足を踏み外してしまった。どうして、あんな怪物や幽霊が居る。どうして、誰にも会えなかった。
どうして。どうして。どうして。どうして――――こんな場所に、自分は来てしまっているのだ。
絶望に支配された心中には、幾つもの謎が目まぐるしく去来して。
疑問としても答えとしても何一つ纏まりを見せずに虚空へと溶けていく。

――――その青白く透き通った燐光は、いつの間にか比沙子のすぐ前に現れていた。
影身の如く。落下していく比沙子の身体と重なり合い。人形(ひとがた)を取った燐光。
ただ空虚な表情と、ただ空虚な眼差しを比沙子に向けている燐光に、比沙子もまた、ただ虚ろな視線を返していた。
ゆっくりと口を開いていく燐光に、写し鏡であるかの様に、比沙子もまた、ゆっくりと口を開いていく。
二つの異なる口から、もう決して誰にも届く事の無い言葉が、小さく重なり紡ぎ出された。

287The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:33:36






     どうして 俺が こんな目に……
     どうして 私が こんな目に……



















アンブレラ地下研究所B7階実験室の天井裏。
八尾比沙子の目には灰色の床に見えていたその場所から、鈍い激突音と肉の爆ぜる音が上がったのは、その直後だった。
反響が闇を駆け巡り、残響へと変わる。
やがて残響も何処かへと鳴りを潜め、辺りは静寂を取り戻す。

何事も無かったかの様にしんと静まり返った漆黒の空間。
そこにあるのは、一つの死骸。――――新堂誠と寸分違わず同じ形に“広がった”八尾比沙子。
それはもう、時と共にただ存在するだけの、ただの肉塊だ。

既にその『実』は捧げられ、その『実』を捧げた神も討たれ、因果律の理からも外れてしまった求導女。
何物からも必要とされぬ、何者からも求められぬ、一人の老婆と変わらぬ存在と成り果てていた彼女を護るものは。



そう。初めから。何も無く――――。





【八尾比沙子@SIREN 死亡】

288The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:34:12
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


“それ”は、一つの側面から見れば完璧な存在だった。
感情は獣に等しいレベルにまで押さえ込まれ、自我は完全に消し去られた。
それでありながら知能は保ち続けており、あらゆる指令を迷い無くこなす従順な兵士。
行動理念としてあるものはただ一つ。与えられた指令を全うする事。
その際には手段など選ぶ事は無い。選ぶ必要性も無い。
“それ”を送り込む事を決めた者達が、成果以外の顛末に気をかけるつもりなど初めから毛頭無いからだ。

「G-ウィルス」と「排除すべき障害」。
目的とする両方が消えたリフトの真下で、それは無機質な佇まいで壁を見上げていた。
目標を見失い、途方に暮れているのではない。
寧ろ、自らを取り巻く流れを敏感に掴み取るが故に、対応を決めあぐねている。そういった感覚だろうか。
最優先とする目標物の気配は二つ。上を遠ざかる物と、下を走る物。
今の状況で、追うべき側はどちらの方か――――。

本能に近しい場所に刻まれた指令を遂行する為だけに、“それ”はおもむろに右腕を振り上げる。
続け様、渾身を以って拳を目の前の壁に叩き付けた。
発破の様な音と振動は、断末魔の叫びの代わりだろうか。壁の一部は容易に排除され、そこには熔鉄プール室の新たなる出口が造り出された。
“それ”が穴から外の様子を窺えば、そこは広く深い吹き抜け。下方に確認出来るのは三本の橋と、橋の上を這いずる“それ”の同族とも言うべき存在。
同族は“それ”を見上げ、その姿を視界に収めると、威嚇する様に吠え声を上げていた。
“それ”もまた、感情の無い目を同族に向けていた。
反応こそ真逆とも言えるが、どちらも込められた想念は同じもの。――――排除。

同族は巨大な左腕を支えに立ち上がろうとしていた。
だがバランスを保てないのか、すぐに床に倒れ込む。幾度試そうとも、結果は全て同じだ。
“それ”は一度身を屈めると、躊躇いも恐怖も見せず、橋に向かった高い跳躍を見せた。
そして緩やかな放物線を描き、着地するのは計算通りの場所。うつ伏せに倒れたまま“それ”を見上げようとする同族の、首の上。

重い衝撃音に混じり、ゴキリと小気味悪い音が鳴った。
“それ”の脚の下で、頬から下は完全に潰れ、首はあらぬ方向に折れ曲がった同族の頭部。
微かな息を残していたが、それも数秒の事。やがて完全に生命活動が停止した事を、“それ”は感覚で感じ取る。
障害の排除の完了を確認すると、“それ”は再び最優先とする目標の追跡に切り替える。同族の死体など、最早気にも止めずに。
目標は、近い。それがあるのは、この深い穴の――――。


【タナトス@バイオハザード・アウトブレイク 死亡】


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

289The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:35:11
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


目標地点の扉口から中を眺めていたハンクの目が、その内部に闇以外の物で初めて捉えたものは、逆さまになって落下していく人らしき物体だった。
それは一瞬の出来事。反射的には見送ったものの――――ゾンビか何かが足を滑らせたのだろう。珍しい事ではない――――取り立てて気にする事も無く。
小さな激突音が耳に届いた後には、その出来事は不要な事として脳内から適切に処理される。

(さて……どうするか)

目的としていた部屋がある筈の場所は、崩落でもしてしまったらしい、果てしなく深い闇が口を広げていた。
本来であれば最初の目標地点はこのモニター室。
ここの設備が機能していなければ、奥の電算室かB6のセキュリティセンターを第二、第三の目的地とする予定だった。
しかし、電算室にはこのモニター室を通らねば辿り着けないし、B6のセキュリティセンターはモニター室の真下だ。
モニター室が崩落している以上、どちらの部屋にも到底進入など不可能。
ラクーンならば電算室へ通じる非常用通路はもう一つあったのだが、こちらでは非常用通路への通風口が金属板で塞がれており、やはり進入は不可能だった。
こうなると期待の持てそうな場所は最下層の地下運搬施設だが、果たしてそこまでが模されているものだろうか。
それ以前にこの崩落が地下のどれ程まで影響を及ぼしているのかも不明だ。
最悪を想定すれば、これより下の階層が壊滅している事も有り得ない話ではないが――――。

(……行ってみるしかないな)

暫しの思案の後、ハンクは次の目的地に同フロアにあるカーゴルームを選択する。
最下層の運搬施設までが同じであれば、カーゴルームにはプラットホーム直通の搬送リフトがある筈。
崩落の影響でリフトは停止している可能性はあるが、その時はレール上を降りていけば良い。
とにかくまずは下の様子を確認する。次の判断は、それからだ。

ハンクは踵を返して廊下を引き返し、カーゴルームのある左に折れた。
直後、たった今までハンクの居た方向から小さな衝撃音が一度。ふと足を止めれば、続けてもう一度。
何気無しにハンクは目を戻す。そこには何も無い。単に何処からかの音が吹き抜けを通じて伝わってきたか。
そう思った次の瞬間――――モニター室の扉口に衝撃が轟いていた。一瞬でその場所に現れた物は、モスグリーンの大きな塊。
それを視認したハンクは、直ぐ様通路を駆け出していた。

「やれやれ」

新型タイラント。何処から現れた。決まっている。単純に上から飛び降りてきたのだ。
では何故現れた。それも単純だ。理由は不明だが、恐らくハンクは奴にもターゲットとして選ばれてしまったという事だろう。

(流石にこんな連戦は御免被りたいものだがな)

通路奥の扉を開き、ハンクは素早く視線を走らせた。
どうやらやはりそこはカーゴルーム。中にはゾンビ等の危険も存在しない。
安全を確保すると、真正面に見えるリフトまで走り開閉スイッチを押す。幸いにもリフトはこの階で待機していたらしく、扉はすぐに開いた。
そして、正常に扉が作動するという事は、少なくとも崩落はリフトの使用には影響を及ぼしていないという事。下までの移動に関しては何ら問題は無いだろう。
リフト内に設置された操作パネルを操れば、リフトはハンクに微かな圧力を与え、低い稼働音を立てて最下層を目指し始めた。
時間の問題で抉じ開けられるであろうカーゴルーム側の扉を、ハンクは深い暗闇を降りるリフト上からただ見上げていた。

290The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:35:28



【Dー3/地下研究所・搬送リフト上/一日目真夜中】


【ハンク@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
 [状態]:健康
 [装備]:USS制式特殊戦用ガスマスク、H&K MP5(30/30)、 H&K VP70(残弾10/18)、コンバットナイフ
 [道具]:MP5の弾倉(30/30)×1、コルトSAA(6/6)×2、無線機、G-ウィルスのサンプル、懐中電灯、地図
 [思考・状況]
 基本行動方針:この街を脱出し、サンプルを持ち帰る。
 0:タイラントから逃げ切る。
 1:地下運搬施設、貨物列車運転室で通信機器を探す。
 2:現状では出来るだけ戦闘は回避する。
 3:アンブレラ社と連絡を取る。



【Dー3/地下研究所・B5カーゴルーム前通路/一日目真夜中】


【タイラントT-103型@バイオハザードシリーズ】
 [状態]:頭部に幾つかの銃創。(回復中)
 [装備]:防弾・対爆性コート(損傷率1%)
 [道具]:不明
 [思考・状況]
 基本行動方針:G-ウィルスの回収
 1:G-ウィルスを追跡、回収。
 2:任務遂行の障害となるものは排除する。



※裏世界での地下研究所B5階モニター室、及びB6セキュリティーセンターは大穴に変わっています。
※タナトス@バイオハザード・アウトブレイクの死骸が地下研究所B4階連絡通路上にあります。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

291The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:36:26
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「人間をゾンビに変えちまうウィルスか……。ここまで来れば非主流(フリンジ)どころじゃない。SFの領域だ」
「でもT-ウィルス、T-ブラッド、デイライトの名称は確かにノートにあったものよ。ゾンビのような人間も確認してる。これが偶然、とはならないんでしょうねえ」
「だろうな。……まあ幽霊はともかくとしても。全く訳の分からない事だらけだよ、この町は」

泣けるぜ。レオンは最後に付け足した。
B1階。開閉スイッチを押し続け、この階層に留めているエレベーターの中。
短い独白を終えた少女は、晴れない顔で三四達二人に視線を這わせ、戸惑い気味にその目を瞬かせていた。
幽霊に襲われた事。幽霊が彼等を導いてくれていた事。人間がゾンビ化するウィルスの事。
常識で測れば戯言として一蹴されるであろう話を、大の大人二人がこうして然程の抵抗も見せずに受け入れているのだ。
侮蔑されるかと構えていただろうに、意表を突かれたといったところだろうか。
果たして、どうかしたのかと三四が伺えば、ジェニファーはぎこちない表情で呟いた。

「信じてもらえないと思ってたんです……。こんな話、いっつも誰も信じてなんてくれないから」
「たまたま上でこのノートを見つけていたからよ。そうじゃなかったらいくらなんでもただのオカルト話で済ませてたわ。ラッキーだったわねえ、お嬢ちゃん」

尤もこの場合、幸運は三四達の方にもあったのだろうが。
あのノート。三四の読み込んだ範囲には、T-ウィルスが人体に入り込んだ際に発症する具体的な症状に関しての記述は見られなかった。
まだ開いていない別のページにそれはあるのかもしれないが、知らずにこの大学を出て行ってしまっては、それこそ何も分からずにゾンビ化して命を落としていたかもしれない。
三四はマントの下で、悍ましさに寒気立つ腕につい触れていた。

「正直言って半信半疑だけど、俺達も手伝うよ。ジェニファー。確認するけど、君の友達はこの大学の何処かにいるんだな?」
「……そのはずです。T-ブラッドを探しに行ったって、マコトが……残った友達が教えてくれました」
「あのアジア系の少年か。でも彼は……」

そう。一人逃げ出した。
怪物を見て逃げ出したのなら、この大学の敷地内に未だ潜んでるという事もあるまい。
彼がその後何処に行ったのか。町に消えてしまったのなら探し当てるのは不可能に近い。つまりは、見捨てる他無いという事になる。
分かっています。少女は、微かに顔を曇らせて頷いた。

「もう一人は……あの子なんだろう?」

レオンが誰を指しているのかは三四にも分かる。
エントランスホールで既にゾンビと化していたあの少女の事だ。
ジェニファーは再び頷いた。

「そのワクチンを打てばあの子も治せるのかな?」
「それは……分かりません」
「いえ、無理でしょうね」

三四は断言する。
何故言い切れるのかと言いたげなレオンの眼差しを真っ向から受け止めて、言葉を紡ぐ。

292The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:36:44
「正確には、症状を抑えたとしても無意味だということよ。
 さっきのあの子、見たでしょう? ウィルスのせいで痛覚が麻痺してるんでしょうね。全く痛みを感じていない。
 仮に正気に戻したとしても、壊死した組織が元に戻るわけじゃないわ。あんな状態じゃショック死するのがオチなのよ。
 きちんとした施設で治療を施せないなら助ける方法はまずないわね」

そして、こんな町では治療を施す事など不可能だろうという事も、三四は冷たく言い放つ。
明言はしないが、あの少女も見捨てるしか無いのだ。

「それで、ここにいるはずのお友達は後一人なのね?」

暗い沈黙が漂い始める中、三四は話を先に進める。
二人が落ち込む気持ちは分からないでもないが、今はその時間も惜しい。

「……はい」
「その子の特徴を教えてくれるかな」
「えっと……アジア系の男の子で、名前はケーイチ。苗字は……よく覚えてないの。アジア系の人の名前って難しくて。瞳の色はブラウンだったわ」
「年齢はどれくらいだった?」
「多分、アーリーティーン……ミドルティーンかも。ごめんなさい、これもよく分からない。アジア系の人って幼く見えるから」
「幼く……」

ふと、隣の男がこちらを向いた気配を感じるが、三四は無視する。徹底的に。

「……とにかく、そのケーイチくんが何処に向かったのかは分からないのよね?」
「……はい」
「だったら、そうねえ。とりあえず三階に戻りましょう。
 お友達もそこで何かを見つけたかもしれないわ。例えばT-ブラッドの保管されてる場所や研究してる場所のヒントとかね。
 もしもそうなら後を追いかけられる。……ううん、もしかしたら戻って来てるかもしれないわね」
「あ……そう、ですね」

それでいいわね。確認する三四に、少女は同意する。
頷き、3と表示されたパネルを押そうと、開閉スイッチを押さえるレオンの前に三四が指を伸ばせば。
その指は、レオンの手によって遮られた。

「いや、一階だ」

はっきりとそう言い切ったレオンは、躊躇わずに1を押した。
すぐに扉は閉まり、エレベーターは低い唸りを立てて動き出す。
今度は、レオンの顔に二人分の怪訝そうな眼差しが集められる番だった。
何故かを問うまでもなく、レオンは続けた。

293The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:36:58
「あの子はもう治せないんだよな……?」
「……え?」
「ミクのこと、ですか?」

レオンは静かに肯定する。

「もしも俺がもっと早くに君達に気付いていれば、あの子だって守れたかもしれないんだよな……。
 でもあの子はもう治せない。ウィルスのせいだとは言え、ゾンビみたいな怪物になっちまったんだ。B級映画も顔負けのモンスターさ。
 あのままだったら彼女は死ぬまで人を襲い続けるんだろう? そんなの、あんまりじゃないか。
 俺だったら、あんな風になってまで生きていたいとは思わない。……死なせてやりたいんだよ」
「……あなたが殺すというの?」
「ああ、そうだ。……ポリシーには反しちまうけどな」

馬鹿馬鹿しい。三四は思う。
ミクと言ったか。確かに哀れに思える最期だが、そんな事はこちらの背負い込む事ではない。
確かに、三四とレオンは彼等の近くには居たらしい。だが、気付かなかったからといって責任を感じる理由にはならない。
ましてやゾンビ化した人間を殺すとなれば、それと対峙しなくてはならないのだ。
自らを危地に追い込んでまで死人同然の者を救済しなければならない道理が何処にあると言うのか。
――――そうは思うのだが。一方で三四は、レオンを止める気にはなれなかった。
チクリ、と微かに刺激される心の奥。それと共に、一人の男性の笑顔がレオンに重なっていた。
富竹ジロウ。まただ。どうして。レオンとジロウに共通点など見当たらないというのに。
強いて言うならば正義感か。それとも優しさか。他の何物でもないあの熱さだろうか。或いはその全てなのだろうか。
三四には分からない。分からないのだが、それでも確かに、レオンには何処かジロウを思い出させる何かがある。
そして、その優しい痛みは――――。

(………………え?)

優しい痛みは、唐突に、暗さを帯びてざわめき出した。
T-ウィルスの成果を間近に見た時に感じていたものと同じ暗いざわめき。
何かが、気に食わない。それは何に対してなのだろうか。
レオンの甘さは寧ろ、今は好ましくすら思えている。気に食わないものなど、この場所には何も無い筈なのだが。

そのざわめきの正体はやはり分からぬままに、エレベーターは一階に到着する。
扉が開く瞬間、幾ばくかの緊張が箱内に走るが、幸いその場には何も居ない。

「待っててくれ」

言い残してレオンは通路に足を踏み入れ、エントランスホールへと消えて行く。
そしてすぐに響き渡った銃声に、ジェニファーが息を呑んだ。
続けて響く、もう一発の銃声。
残響が、やけに耳にこびり付いていた。

294The FEAST  ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:37:14
【Dー3/研究所(ラクーン大学)・1階・エレベーター前通路付近/一日目真夜中】


【鷹野三四@ひぐらしのなく頃に】
 [状態]:健康、サイレントヒルに対する強い怒りと憎悪
 [装備]:9mm拳銃(9/9)、懐中電灯
 [道具]:手提げバッグ(中身不明)、プラーガに関する資料、サイレントヒルから来た手紙、グレッグのノート
 [思考・状況]
 基本行動方針:野望の成就の為に、一刻も早くサイレントヒルから脱出する。手段は選ばない。
 1:デイライトを作る。
 2:プラーガの被験体(北条悟史)も探しておく。
 3:『あるもの』の効力とは……?
 ※手提げバッグにはまだ何か入っているようです。
 ※鷹野がレオンに伝えた情報がどの程度のものなのかは後続の方に一任します。
 ※グレッグのノートにはまだ情報が書かれているかもしれません。


【レオン・S・ケネディ@バイオハザード2】
 [状態]:打ち身、頭部に擦過傷、決意、背中に打撲
 [装備]:ブローニングHP(装弾数3/13)、懐中電灯
 [道具]:コルトM4A1(30/30)、コンバットナイフ、ライター、ポリスバッジ、シェリーのペンダント@バイオハザードシリーズ
 [思考・状況]
 基本行動方針:鷹野とジェニファーを守る
 1:デイライトを作る。
 2:人のいる場所を探して情報を集める。
 3:弱者は保護する。
 4:ラクーン市警に連絡をとって応援を要請する?


【ジェニファー・シンプソン@クロックタワー2】
 [状態]:健康、悲しみ
 [装備]:私服
 [道具]:なし
 [思考・状況]
 基本行動方針:ここが何処なのか知りたい
 1:デイライトを作る。
 2:安全な場所で二人から情報を得る。
 3:ここは普通の街ではないみたい……。
 4:ヘレン、心配してるかしら。


※雛咲深紅@ゾンビは死亡しました。

295 ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/19(水) 23:39:58
以上で投下終了です。全体NGワード嫌いです。

ご指摘、ご感想ありましたらよろしくお願い申し上げます。

296キックキックトントン名無しさん:2013/06/21(金) 19:10:26
タイラントが着ているコートが防弾コートだとどうやって気付いたか描写した方がいいような・・・

297 ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/21(金) 20:13:40
>>296
確かに明確な描写はしてませんが、前話でレオンがコート部分撃って弾丸弾かれてますので、それで気付いてたというつもりではありましたw

298キックキックトントン名無しさん:2013/06/21(金) 23:38:35
投下乙でした。

八尾さんがー!
トイレに隠れる前に、新堂と同じ夏の朝の路上のカエル状態に!
研究所内でのそれぞれの攻防、迫力がありました。
鷹野さんがヒロインルートに入っているような……
タイラントの踏み潰しはもうお約束なんですね

299キックキックトントン名無しさん:2013/06/23(日) 23:20:14
投下乙です

おおお八尾さん…さらば…
しかしハンクの安定さは鉄板ですな
一体どこまでマイペースに突っ走ってくれるのか
ハンクを止めるものは今のところどこにもないように見えるけど…

300キックキックトントン名無しさん:2013/06/26(水) 21:13:16
投下乙です

ああ、八尾さんが…
うん、俺も迫力あってよかったですよ
鷹野さんも含めて今は外の脅威に纏まってはいるが…

301 ◆cAkzNuGcZQ:2013/06/26(水) 21:44:36
感想ありがとうございます!

>>296
ちょっと足してみました!

>>298
あの研究所にはトイレという聖域はないのです。
バイオ2の施設はジェニファー泣かせですな、全く。

>>299
ハンクは下水道で謎のクリーチャーに殴られて気絶しながらも何故か生還出来るというマイペースっぷりですからね!
彼は止まるのでしょうか? 謎です。何となく気付けば脱出してそうでもありますがw

>>300
迫力、出せていたようなら幸いであります!
まだまだ研究所も安心するには早いですからねえ。どうなる事やら。


というわけでありまして、少々の加筆修正を加えてWIKIの方にも収録完了です。
ご確認下さい。

302 ◆TPKO6O3QOM:2013/08/04(日) 22:37:41
投下します

303 ◆TPKO6O3QOM:2013/08/04(日) 22:40:09
 焦げた風が漂っていた。嗅ぎ慣れた硝煙の残滓に、男は鼻を鳴らす。
 爪先が地面に転がった薬莢を蹴とばし、空虚な音が響く。
 男は顔を上げ、不快そうに口を歪めた。
 ラクーン市警察署――纏った殻の奥底から、その言葉と共に酷く鬱屈とした感覚が浮かび上がってくる。
 周囲から漏らされる嘆息と嘲弄、それに対する反発と諦観。それが無意識のうちに殻の表情を変えさせた。
 それを隠すように、男は被った黒布を鼻先まで引き上げた。
 この殻にとって、この地は居心地の悪い場所であるようだ。
 周辺には大規模な戦闘の残滓がいまだに燻っている。破壊の足跡は、東側へと続いているようだ。
 反射的に殻がそちらを避けようと動いたが、律して確認に向かう。
 周囲の物音から、近辺で戦闘は起こっていないのだ。念のため、瞼の裏にもう一つの視界を覗き見る。
 幾つも切り替わっていく中で、同胞のものらしき視界が映る。
 毒づきの内容から察するに、この同胞は拘束されているようだ。力任せに動いているのか、視界が頻繁に揺れる。
 男は目を開いた。同胞の声音を思い出し、殻の表情が不愉快そうに歪んだ。この件は後回しでいい。そう、ずっと後でも構わない。
 殻の記憶にある風景を映した視界は周囲にはなかった。
 意を決して、警察署の影から足を踏み出した。目にしたものに対し、殻が竦み上がるのを抑えられなかった。
 最初は大木の丸太が横たわっているのかと錯覚した。しかし、僅かな光源を反射しているのが鱗と判別できたことで、殻の記憶と物体が結びついていく。
 それは殻の同僚たちの言葉だった。苦々しい表情の肥満した男を前にして、幼さの残る声が巨大な蛇のことを訴えていた。凛とした声がその大蛇に同僚の一人が食い殺されたことを刺す様に告げていた。
 目の前のものが――とても不自然なことではあるが――生き物の胴体であるならば、形状は蛇のそれととてもよく似ていた。
 哂いそうになる膝を制し、男は少しずつ近づいていく。
 壁際で、蛇がその頭部を力なく横たえていた。胴体には無数の弾痕が穿たれている。大きな傷は榴弾によるものか、大きく肉が抉れて焼け焦げていた。
 だらしなく開かれた両顎には、幅広のナイフのような毒牙が光っている。そこに黒い布の一部が引っかかっていた。
 その近くに、刀身の歪んだサムライの剣が棄てられている。蛇の頭部の傷跡は、これによるものだろう。
 男は口元を揉んだ。
 思案にあったのは、この蛇は殻として有効かどうかということだった。だが、あることに気付き、男はその場を立ち去ることにした。
 蛇は生きてはいないのだが、かといって死んでもいなかった。仮死状態とも違う。生と死の丁度その間に跨っているような、とても奇妙な状態にあった。
 これでは纏うことができない。
 眼から赤い涙を流す、奇妙な殻たちと似ている。そういえば、あのサイレンが鳴ってから彼らと遭遇していない。
 また、この地で幾度か鳴っているあのサイレンは、母胎が浮世に干渉した際のものとはどこか違っているような気がしていた。
 母胎以外に、この写し世で力を持つ存在はいないというのに。
 ただし、同胞の数が減っているのは事実だ。戦いに支障を来すほどではないが、確実に減少していることを感じている。己たちは、個にして全である。
 母胎に何かが起こったのか。しかし、母胎からの応えはない。霞のようなものに遮られ、感知することは叶わないでいる。
 このままでは自分たちは有限の存在へと堕ちてしまう。今纏っている殻と同じように――。
 足早に、男は警察署の崩れた塀を出た。
 少々移動した物陰で、眼を閉じる。次々と移り変わっていく視界の中で、見覚えのある顔が見えた。ラクーン市警のジャケットを纏った女の殻だ。他にも複数の武装した殻と一緒のようだ。
 彼女たちの歩く通りにも見覚えがあった。ここより少し南下した場所のはずだ。
 男は嗤いを漏らすと、南方の闇へと消えて行った。

【D-2/二日目深夜】

304 ◆TPKO6O3QOM:2013/08/04(日) 22:41:08
以上です。
ブラッドくんのつもりでございます。
指摘等ございましたら、お願いしまする。

305 ◆TPKO6O3QOM:2013/08/05(月) 12:24:20
タイトルは THE DIVIDEです

306キックキックトントン名無しさん:2013/08/05(月) 21:19:14
投下乙でした!
或いはショッピングモール大乱戦で戦死したのではと思われていたブラッドでしたが、見事に回避してましたかw
ヨーンの口からはケビンの死体が消えているような感じですかね。代わりに残るのが黒い布……まさか……。

307キックキックトントン名無しさん:2013/08/22(木) 13:53:30
投下乙です

確かにそう思うのが一番自然だとは思うが…
さて、ブラッドくんは今後どうなるか…

308 ◆TPKO6O3QOM:2013/08/22(木) 23:07:44
代理投下、ありがとうございました。

>>306さん

一度ばらされて再生したのかもしれません!
ケビンは……どれになったんでしょうねえ?


>>307さん
あまり原作で描写されなかったキャラクターだからこそ、やみんちゅになっても活躍が観たいものですよね

309 ◆TPKO6O3QOM:2013/09/09(月) 20:25:33
真冬、福沢、エディー、予約いたします。

310キックキックトントン名無しさん:2013/09/09(月) 22:42:38
超期待!

311 ◆TPKO6O3QOM:2013/09/10(火) 21:13:10
投下します

312 ◆TPKO6O3QOM:2013/09/10(火) 21:15:51
 
(一)

 真冬の背を冷たい汗が伝っていった。背後からは、玲子がけらけらと嬌声を上げている。
 一瞬前まで歪んでいた青年の顔からあらゆる表情が消え、能面のように静まり返った。
 しかし、得てして能面とは人々の感情の機微を表しているものだ。
 青年の胸中で、昏い想いが吹き荒れていることは容易に想像が付く。いや、もう既に真冬には感じ取れていた。
 青年から伝わってくるのは、アパートを覆う血錆のように赤黒い感情の渦だ。それは水中に落ちた澱みの如く、周囲へ滲みだしていく。
 青年は息荒く肩を震わせる。彼の右手が腰の後ろに隠れた。
 真冬は床を蹴って、青年の腕に跳び付いた。が、一振りで振り払われてしまう。壁に強かに叩きつけられ、真冬は咽た。
 青年の手には拳銃が握られていた。青年の口から、獣じみた吐息が漏れる。銃口はそのまま、踊り場の玲子へと向けられる。
 真冬は素早く立ち上がると、背後から青年に組み付いた。
 青年は唸り声を上げながら、真冬を振り払おうと身を捩った。肩越しに向けられる彼の瞳は、炯炯と赤く光を放っているように見えた。
 歯を食いしばりながら、真冬は振りほどかれぬよう力を込める。青年の動きだけでなく、彼から溢れ込んでくる過去の記憶が真冬を苛んだ。
 周囲からの嘲笑と侮蔑、幾度も傷つけられた自尊心と抑圧された自我――。
 青年の過去は、他者から見ればよくあることと一笑に付されるようなものかもしれない。だが、まさしく他愛もない事柄の一つ一つが、この青年の心をずたずたにしていたのだ。
 おそらく、青年は自分を表現するのが苦手だ。それは真冬も同じだが、自分には妹という理解者が居た。だから、周囲を取り巻く環境と折り合いをつけることが可能になった。
 果たして、青年には想いを吐き出せる相手が居たのだろうか――。

「駄目だ! そんなことをすれば、君も同じだぞ!?」

 彼の感情は正しい。玲子の言葉は無礼だ。だが、彼がこれから起こそうとすることは間違っている。彼を苦しめてきたものたちと同じところまで堕ちてしまう。
 揉み合う最中で、真冬の足がもつれた。突き飛ばされ、真冬は床に転がった。
 青年が銃口を真冬に向けようとし――足を踏み外した。
 真冬の視界から青年の姿が消えていく。それはコマ撮りのように、ひどく緩慢に感じられた。
 肉が叩きつけられる鈍い音が続き、一際大きい落下音が響いた後で何も聞こえなくなった。
 真冬は乱れようとする呼吸を懸命に抑えながら、四つん這いで階下を覗き見た。
 踊り場にいる玲子は無事だった。手で口を覆って目を丸くしている彼女の姿はとても滑稽に見えた。
 彼女の視線の先に、あの青年がいた。
 壊れた柵の間から転げ落ちたのだろう。青年は、一階の非常扉の前で四肢を力なく投げ出している。
 真冬は階段を駆け下りた。鼓動が、痛いほどに激しくなっていく。それに反比例して、心中は冷えて行った。
 懐中電灯に照らされる彼の顔は、蝋のように真っ白見えた。後頭部を壁に預けている。周りの汚泥のせいで、出血しているのかどうかは判別できない。
 彼の被っていた帽子が、少し離れた床に転がっている。 
 
「きみ……大丈夫、かい?」

313過去は未来に復讐する  ◆TPKO6O3QOM:2013/09/10(火) 21:22:14

 あまりに間の抜けた問い掛けだと自戒する。だが、口が酷く渇いていて、そう紡ぎだすのがやっとだった。
 青年に反応は見られない。
 傍らに跪き、首に指を当てる。指先は、脈の振動を伝えてこない。いや、自分の指が震えすぎているだけか。
 思考を放棄しそうになるのを堪えながら、真冬は彼の鼻腔にそっと手の甲を当てた。
 微かだが、呼気が肌の産毛を揺らした。
 深く、真冬は安堵の吐息をついた。
 だが、事態が好転したわけではない。最悪の、一歩手前だったというだけだ。
 青年は頭を打っていて、しかも意識がない。医療知識の乏しい自分でも、下手に動かしてはいけないことは分かる。
 必要なのは医者だが、この町に医者が残っているだろうか。
 とにもかくにも、人手が必要なのは明らかだった。
 真冬は顔を上げた。
 このアパートに入るときに使った扉は、青年の巨体に引っかかって開けることが出来ない。

「なぁんだ。弾入ってないじゃん。お似合いだね、玉なしデーブ」

 降りてきていた玲子が拳銃を放り棄て、おかしそうに嗤う。
 拳銃には弾が込められていなかった――ならば、自分がしたことは一体なんだったのか。
 青年に殺意がなかったとは言わないが、結果として殺人が起きることはなかったのだ。つまり、己がしたことは青年を階段から突き落としただけ――。

「気にすることないですって。こんな不細工は吐いて捨てるほどいるんですよ。で、真冬さんみたいな、恰好いい男の人は代わりが少ないんですから。謂わば、あっちは保健所で処分される可愛くない野良猫で、真冬さんはペルシャ猫です」
「一体何を言ってるんだ、君は!? 人が一人死にかけているんだぞ!? まだ息はあるんだ。人を呼んで、安全な場所に移さないと……!」

 あまりに常軌を逸した玲子の言動に、真冬は振り向きざまに声を荒げた。
 玲子はショックを受けたようにびくりと肩を震わせ、顔を真冬から逸らした。ぼそりと、彼女が何事か独りごちるのが聞こえる。

「……うっわ、まじホワイトキック」
「ほわ――え……?」
「……なんでもないでーす。汚物への隔たりのない優しさっていうのもポイント結構高いんで、問題ないです」

 玲子の顔には、既に先ほどと変わらない笑顔が貼りついていた。

「でもでもー、誰か呼んでくるにもそこのきしょデブが邪魔で出られませんよー? どうするんですかあ?」

 玲子の、妙に甘ったるい声に苛立つもそれを抑え込む。苛立つのは、自分が怖がっているからだ。人殺しになることからどうにか避けようと焦っている。
 それを、妹ぐらいの少女に当たるのはあまりに理不尽だ。

314過去は未来に復讐する  ◆TPKO6O3QOM:2013/09/10(火) 21:22:56

「……二階に上がりましょう。ちゃんとした出入口が他にあるはずです」

 青年を放置するのは気が引けるが、ここで玲子を一人に出来るはずもない。
 階段を上り、二階の通路へと踏み入れる。その際、荒井少年の遺体を玲子に見えぬよう身体で隠した。気休め程度でしかないが。
 一緒にくるつもりなのか。羽入と名乗った少女の霊が、少し間を開けてついてくる。
 拾い直した鉄パイプを握り直し、慎重に進んでいく。
 通路は、気が滅入る風景に変わりないが、真冬たち以外のものはいないようであった。一室だけ扉が開いているのは、あの青年が出てきたからだろう。
 通路の中ほどに、出口と赤く示された扉がある。
 足早に駆け寄ってドアノブを捻るが、扉はびくともしない。

「あ、そのドア開かないんですよ。超MMって感じですよね」

 苦闘する真冬を弄ぶように、玲子が他人事のように告げてくる。流石にむっとしたが、態度には出さないようにした。
 玲子を見て、静かに口に出す。

「それじゃあ、僕たちは外に出られない……?」
「……えっとですねえ、そこの突き当りにある部屋の窓から隣のアパートに行くことができるんですよ。超ウケるっていうか。欠陥住宅ってやつ?」

 玲子は焦らすように、指をくるくると回した。
 苛立ちを溜息にして、真冬たちは通路を進んだ。
 その部屋は、玲子の言葉通り、隣のアパートの非常口と思われる扉とほぼ接するような形になっていた。
 おそらく、今いるアパートよりも古いのだろう。非常口からは濃厚な、饐えた腐臭が漂ってきている。
 窓枠に足をかけたとき、野太い咆哮が響いた。咆哮は壁を震わせる。玲子と羽入が耳を塞いでいた。二人の表情に恐怖が奔る。
 続いて響いてきたのは大きな足音だ。ゆっくりとだが、音の主は――近づいてきている。
 真冬は非常口と窓枠を跨いでバランスを取った。その状態で隣のアパートの廊下を照らす。床に倒れている人影が見えた。
 行くべきか――真冬は逡巡した。
 ドアを破るような破砕音が響き、外壁から落ちた粉塵が真冬の頭にかかった。
 尚も同じような音は続く。何かを探しているのだろうか。
 脳裏に浮かんだのは、テレビコマーシャルで流れていた、マスクを被って鉈やナイフを振りかざす大男たちの姿だ。
 それに似たようなものが入ってきたのだとすれば、あの青年はもう――……。

「真冬さん!」

 玲子が甲高い声を上げた。
 そうだ。迷っている余裕はない。隣のアパートに身体を移す。
 左手で身体を支えながら、玲子に右手を伸ばす。
 玲子の手をしっかりと握り、非常口へと引き込んだ。

「もう、あの白ブタのことなんでどうでもいいですよね!? バッカじゃないですか!?」

315過去は未来に復讐する  ◆TPKO6O3QOM:2013/09/10(火) 21:23:41

 玲子の声に呼応するように、咆哮が上がった。玲子が悲鳴を上げて、走り出した。
 真冬もその後に続く。散らばった薬莢が転がり、不協和音が響いた。後方で、今出てきた部屋の扉が砕かれる音が聞こえる。
 玲子が真冬の方を振り返った。いや、彼女が見たのは真冬の更に後ろのものだ。彼女の顔が大きく引き攣るのが分かった。
 衝動を抑えられず、真冬も振り返った。非常口の向こうに湛えられた闇の中に、紅く光る双眸が見えた。懐中電灯の輪の中で浮かび上がる影は、大きな角を備えた"鬼"のように見えた――。
 ふいに、背中を突き飛ばされた。あまりにも意表を突かれ、真冬はバランスを崩して蹈鞴を踏んだ。

「福沢さん――?」

 走り去っていく玲子の背中が見えた。

≪まふゆ!≫

 羽入の悲鳴とほぼ同時に、真冬の側頭部を衝撃が掠めて行った。途端に平衡感覚が失われ、意識が宙に飛んだ――。



(貮)

 どれほど経ったのだろうか――。
 真冬は声を聞いた。視界に光が戻ってくる。
 頭を打ったせいか、自分の身体の感覚がうまく掴めなかった。床に倒れたまま、身体を起こすことができない。
 血錆に塗れた通路に、転がる死体と薬莢――映る風景は変わらないが、焦点が度々合わずに、ノイズのようなものが飛ぶ。
 聞こえてくるのは男女の話し声だ。
 通路中ほどの部屋の扉が開いていて、声はそこから聞こえてくる。

「――いものだね、これは」

(この声は……高峰先生?)

 捜していた恩師に呼びかけようと喉を震わせるが、声は出ない。

「状況を見るに、自殺……ね、多分。これは……認識票? ≪B・コーエン≫……アメリカ海兵隊員か」

 知的な雰囲気のする女性の声だ。

「恋人かもしれないね、この娘の」
「あるいは家族かも……ところで、これはニッポンの一般的な弔いなんですか? タカミネ先生」
「違うよ、マクスウェルくん。もっとも、日本は地域によって冠婚葬祭の方法が数多あってね。例えば富士山近隣の村では、墓穴に鎌を吊り下げたりする。しかし、太田さん……だったかな。彼女の信仰する神はそんなもの望んじゃいないと思うがね?」

 高峰が、マクスウェルと呼ばれた女性とは別のものに声を掛ける。

316過去は未来に復讐する  ◆TPKO6O3QOM:2013/09/10(火) 21:24:47

「ひどく器の縮こまった神様なんだな、耶蘇教ってのは。こいつはな、化け物に身体を好き勝手されないようにってまじないだよ、外人さん。年頃の娘が可哀相だろう」

 しわがれた声が高峰に応える。

「ふむ……それが君たちの魔除けか。その腰に佩いたものも添えるのかね?」
「…………。刀じゃあ海からくるものを祓えねえ。魔を滅せるのは、こいつだけだ」

 哀悼か――沈黙が少し続いた。

「作家先生よ、一々書き留めるのは癖か何かか?」
「考えというのは、常に抽出しておかないと忘れてしまうものなんだ。此処や君たちの話は実に参考になる。次の作品のね」
「古のものを殺せにゃ、次もくそもあるめえ」
「その方法も練っているのさ。それに、貴方なら斃せるんだろう――?」

 高峰の声が遠くなっていく。

(待ってください、先生――!)

 胸中で叫ぶも、真冬の想いは届かない。
 静かになった通路は、いつの間にか光が入ってきていた。床や壁の汚泥も取り払われて、人の生活ができる光景に変わっていた。
 窓から差し込む光は、首のない死体をどこか優しく包んでいるようにも見える。
 その死体を、やってきた銀髪の軍人がちらりと見下ろし、すぐに興味を失ったように通路の角に消えて行った。
 続いて、手前の通路から二十歳前後の女性が現れた。右手に握られた大ぶりナイフが、薄明に怪しく光っている。また、左手にはネックレスのような、細い鎖状のものを握りしめていた。
 濡れたような黒髪に縁どられた顔は整っているが、憂いに満ちていた。
 女性は死体を意に介した素振りも見せず、高峰たちの声がしていた部屋に入っていった。

「――アンジェラだろ!? おい、待ってくれ!」

 聞き覚えのある声が響いた。女性を追いかけるように、男が飛び出した。

(ジェイムス……?)

 男は、数時間前に遭遇したジェイムスの生前の姿だった。
 真冬は漸く合点がいった。今、己はこのアパートの過去を視ているのだ。
 しかし、そうなると疑問が湧き上がってくる。

(……なぜ、高峰先生の名前が名簿になかったんだ? さっきの会話からしても、先生が“鬼”になっているとは考えられない)

 ジェイムスは、転がる死体を目にして一瞬動きを止めた。
 だがすぐにジェイムスは切羽詰まった口調で、捲し立てつづけた。

「君はあれからどうしたんだ? これはどうなっているんだ!? 私は……――!?」

 ジェイムスは、開いたままの扉を見つけ、そこに飛び込んだ。そして、引き絞るような悲鳴が扉から漏れた。
 やがて、よろめきながら出てきたのはジェームズ一人だけだった。 

「違う……そうじゃない。こんなものは私が望んだものじゃない……! メアリー……君はどこに行ったんだ……? 還してくれ……」

317過去は未来に復讐する  ◆TPKO6O3QOM:2013/09/10(火) 21:25:06

 壁を這うように、ジェームズは手前の通路へと戻っていった。
 風景に、幕を重ねるようにして、視界から光が抜け落ちていく。
 と、赤い閃光が通路を満たした。焼け焦げる臭いと火花の散る音が聞こえる。
  
「これで通れる!」

 ライトの光輪が壁に揺れ、複数の人影が手前の通路から飛び出してくる。
 先頭を切っているのは、ニット帽を被った長身の軍人だ。
 男は奥のドアを蹴り開けると、安全確認らしき動作をした後で大きく腕を振った。

「ケンド! エルザ! 行け! ホソダにリサ! もたつくんじゃねえ!」

 軍人が怒鳴り、後続の人影が次々と扉へ飛び込んでいく。その中に、見覚えのある肥満気味の少年の姿があった。
 一人――バイクウェアを着込んだ少女が留まろうとするような素振りを見せたが、中年の男に止められた。
 その間も発砲音が響いていた。まだ仲間がいるようだ。
 
「リタ、ハリー、ブラッド! ほんと、頼むぞっ」

 通路から声が響く。婦人警官が力強く頷いたが、あと二人の警官はびくりと肩を震わせただけだった。
 じりじりと後退してくる眼鏡の青年が現れた。身に着けた防弾ジャケットには"R.P.D."と書かれているのが見て取れた。手にしているのはショットガンか。
 軍人が援護に付き、スコープのついた突撃銃が火を噴いた。

(細田くんは……彼はこの町で死んだんだ。なら、なぜ彼の死に際の思念が読み取れなかったんだ……?)

 細田の名前もまた、名簿にはなかった。
 名簿に載る人間と載らない人間の違いは何だ。
 細田に関して言えば、彼はとうに死んでいるということだ。しかし、ジェイムスは死んでいたにも関わらず、名簿に載っていた――。
 銃弾で身体をズタボロにされながら、黒いローブとフード付のケープに身を包んだ男が軍人に襲いかかる。

318過去は未来に復讐する  ◆TPKO6O3QOM:2013/09/10(火) 21:25:39

「死ね……死ね……死ね……死ね……」
 
 ラテン語系の言葉を溢す男の口からは幾本ものの触手が蠢いていた。
 青年の散弾が、フードごと頭部を吹き飛ばす。
 二人は時間を稼いでいるのだろう。二重の銃声が響き合い、薬莢が床の上で跳ね続ける。
 銃弾が尽きたか、拳銃に持ち替えた青年が悲鳴を上げた。 

「なんだ、あいつ――!?」

 手前の通路から弾丸のように影が飛び出し、青年の悲鳴が掻き消えた。青年の身体は、糸が切れたように力なく倒れた。一拍遅れて、ごとりと床に丸みを帯びたものが転がる。 

「ロイ――っ……畜生!」

 軍人は踵を返す。その後を、長い爪を備えた類人猿のような怪物が追いかけて行った。
 通路には、青年の死体が残された。


(二)
 
≪まふゆ! まふゆ!?≫

 頭に響く声に、真冬は顔を歪ませた。
 痛みが頭を刺し、吐き気が込み上げてくる。
 胃液を呑み込み、瞼を開いた。くしゃくしゃにした羽入の顔が眼前に広がっている。
 確かめるように手を握ったり開いたりしてみる。ゆっくりと身体を起こす。足がふらつき、肩を壁にぶつけた。それを支えに、もう一度立ち上がる。
 左手を頭に当てると、生乾きの血が指先に付着した。血で髪が固まり、不快な重みを伝えてくる。
 手探りで床を探す。鉄パイプと懐中電灯はすぐに見つかった。倒れた拍子にスイッチがオフになってしまったらしい。
 懐中電灯を点け、瞬きをする。通路からは血錆が消え、代わりにどこからか入り込んだらしい霧が薄く漂っていた。
 ショルダーバッグの中身も散らばっていたが、目についたものだけを回収するに留めた。
 部屋の壁の一部が破壊されている。その真下の床に、拉げた拳銃の残骸が散らばっていた。あの衝撃はこれが掠めて行ったことによるものだろう。

319過去は未来に復讐する  ◆TPKO6O3QOM:2013/09/10(火) 21:26:46

「福沢さん、どこですか……?」

 大声を出したいが、うまく呂律が回らない。倒れた時に打ち付けたのか、脇腹の痛みもぶり返してきていた。
 食い散らかされた警官の死体を避け、北に伸びる通路を照らす。
 折り重なる死体の向こうに、半ばで壊された鉄格子が見えた。

≪まふゆ、あのあの――……≫

 何事か告げようとする羽入を意識的に無視する。
 通路中ほどの部屋の扉が半開きになっていた。読み取った"記憶"の中で、高峰やジェイムスが入っていた部屋だ。
 "204"と刻まれたその部屋を覗きこむ。
 人が出払って随分と経つのだろう。床には朽ちた天井板の破片が散らばり、剥がれた壁紙が垂れ下がっている。
 腐臭に、真冬は咳き込んだ。
 綿のはみ出たベッドマットの上に、女性が寝転がっている。
 死体はもう変色し腐敗が始まっていたが、それでもこの女性が美しかったことは分かった。
 遺体の傍には、大ぶりのナイフが安置されていた。猫や魔物除けのようだが、ナイフそのものは女性が持っていたものだ。
 首に開いた創が第二の口のように見えた。そこから噴出したであろう血潮が、天井や壁を赤茶色に染めている。
 腹の上で組み合わされた両手には、鈍色の認識票が見えた。
 真冬は眉根を寄せた。彼女の胸に、奇妙な形をした枝のようなものが突き立っている。
 マクスウェルの言っていた、奇妙な弔いとはこのことだろう。
 元々、仏教はその教義において遺体の扱いに対し無頓着なこともあり、日本は遺体を丁重に扱うという観念は相対的に希薄な文化を持っている。
 それは戦後からである土葬から火葬への変遷が迅速に広がったことからも分かる。
 また、中世において九相図が多数制作されたことからも推測できるように、曝葬や林葬、水葬なども日常的に行われていた。
 しかし、枝を、それこそ吸血鬼を封じるかのように死体に突き立てる葬儀法などは聞いたことがない。
 ふと、羽入がこの部屋に入ってきていないことが分かった。彼女が何かを怖がるように、入り口の縁から顔だけを覗かせている。
 その視線は、女性に――引いては突き立った枝に注がれているように見えた。
 真冬は直感的に、枝に触れた。
 そこから視えてきたのは、現し世とは全く違う混沌とした世界に聳え立つ大木の姿だった。
 思わず指を離す。同時に伝わってきたのは、あまりにも強すぎる生命の鼓動だった。枝には、まだ生命が息づいている。
 魔を滅する――高峰と一緒に居た太田という男の言葉が蘇る。
 真冬は意を決し、枝を掴んだ。ぐずりと音を立て、女性から枝を引き抜く。心が痛んだが、枝のお蔭か知らないが、彼女の魂はこの部屋に留まっていないようだ。
 触れても、彼女の遺体からは何も流れ込んでこなかった。細田と同じく、魂の痕跡すらない。まったくの空っぽだった。
 枝をショルダーバッグに仕舞い、部屋を出る。

≪あのあの、その枝……僕には近づけないで欲しいのです……≫

 羽入がおずおずと告げてきた。それに、曖昧に相槌だけを打つ。
 気を失ってどれほど時間が経っているのだろう。玲子はとうにアパートから抜け出しているかもしれない。
 死体が山になった通路を選びはしないように思える。

320過去は未来に復讐する  ◆TPKO6O3QOM:2013/09/10(火) 21:27:09
 ならば東か。
 体の向きを変えた時、また傷が痛んだ。壁に手を突き、身体を支えた。
 スポーツバッグを投げ捨て、通路を駆け抜ける玲子が視えた。そして、その後を重戦車のように追いかける"鬼"の姿――。

「福沢さんっ」

 過去の映像でしかないと分かりつつ、真冬は痛みを無視して足を速めた。
 通路の突き当り――婦人警官たちが出て行った扉が破られている。
 階段を駆け下りる。踊り場の壁にも大きな穴が空いていた。悪い予感に焦燥を募らせながら、真冬は外へと続く扉を開けた。
 風が頬を撫ぜる。霧が町中を覆っていた。
 爪先が柔らかいものに触れた。
 懐中電灯で足元を照らした。真冬は息を呑み――そして瞑目し歯を食いしばった。
 玲子は居た。血に染まったセーラー服の切れ端に混じって、路上に散らばっていた。
 真冬は躊躇いなく玲子の肉片に触れた。
 死の間際の記憶が流れ込んでくる。
 外に飛び出た玲子の目の前に、"鬼"が降ってきた。
 はち切れんばかりに膨張した筋肉が上半身を覆い、短い金髪の中から牡牛のような角が一対、皮膚を突き破って生えていた。類人猿のように前かがみになっているが、立ち上がれば二メートルは優に超すだろう。
 捲れた口唇からはみ出した牙に、爛と光らせた紅色の双眸――しかし、その容貌には記憶にある、気の弱さと人の好さが残っていた。
 尻餅をついた玲子の両腕を"鬼"が掴み上げる。

「やめてごめんなさいすいませんもうしませんやめてやめてやめてや――!」

 磔のような格好で持ち上げられた玲子が泣き叫ぶ中、"鬼"は彼女の両腕を人形を壊す様に引き千切った。
 彼女の腕を手の中でに握り潰し、鬼は地面に転がった玲子の足を踏みつける。その上に屈みこみ、痛みに引き付けを起こしている彼女の顎をむしり取った――。
 真冬の指は彼女の亡骸から離れていた。
 羽入が心配そうに見上げてくるが、それに声を掛けてやることはできなかった。
 あの"鬼"は――あの青年だった。真冬が突き落とし、瀕死に追いやった――。人が生きながらにして"鬼"となる――彼の生霊が変じたのだろうか。
 なぜ、彼は自分を殺さなかったのだろう。死んだと勘違いしたのか。だが、玲子への執拗な破壊を見れば、その可能性も疑問が残る。
 判明しているのは、真冬が荒井少年のことに興味を持たなければ、玲子は死なず、青年は人殺しにならなかったということだ。
 玲子の最期に、妹の姿が重なる。慌てて、それを振り払う。妹は――深紅は違うと繰り返す。
 ふと、ずたぼろになった玲子がこちらを見ていることに気付いた。下顎を失くし、露わになった口蓋が唸る。
 彼女は身体の各所を欠損させた姿で真冬に迫ってくる。右肩にくっついた左腕を、ぎこちない動きで真冬に差し出した。ついてきてとでも乞うように――。
 真冬は射影機を構え、ファインダー越しに玲子を見た。

「すいません、福沢さん。もう、僕は一緒には行けないんです……」

 フラッシュと共に、地縛霊の姿は霧消していった。
 二度目の死を与えた事実が、胃液を逆流させる。
 それを呑み込みながら、真冬はある違和感を感じていた。
 霊とは魂に刻まれた記憶の残滓だ。特に地縛霊などは、現世との結節点が限定されているが故に魂そのものの本質とは大きく異なっていることが多々ある。
 しかし、それ以上に今の玲子の霊は脆すぎはしなかっただろうか。まるで、結節点以外の部分が全て抜け落ちてしまっているかのように。
 思考に逃げ込むことで、罪を逃れようとしているのか――真冬は自嘲した。ジェイムスの言葉が脳裏に浮かぶ。
 と、目の前に人影が飛び出した。青い制服を着た、十代半ばほどの少女だ。彼女は真冬に目を向けることなく、走り抜けて行こうとする。

321過去は未来に復讐する  ◆TPKO6O3QOM:2013/09/10(火) 21:28:25

「きみっ――!」

 引き止めようと、思わず手を伸ばす。
 指先が、彼女の肩に触れる。
 イメージが身体を駆け抜けていく。それは、これまででも類を見ないほどに強烈な力を持っていた。
 銀髪の女性を前に、少女が呻き苦しんでいる――
 男性の亡骸に縋りつき、金髪の少女が声を殺して泣いていた――
 黒山羊の姿をした異形を前に、男性が決然とした表情で立ち向かっていく――
 男性に肩車をしてもらい、はしゃぐ少女と、それをみて微笑む女性がいた――
 墓場のような場所で、一組の男女に赤子が拾われる――
 業火に焼かれた少女を、屈強な大男が身を挺して救い出す――
 女性に何度も殴られた後で、黒髪の少女が一人静かに涙を流していた――
 銀髪の少女と戯れ、黒髪の少女が柔らかな笑みを浮かべる――
 黒髪の少女が、隣を歩く女性の手を握ろうと、そっとを手を伸ばす――
 次々と、イメージが水泡のように湧き上がり、弾けて消えていく。
 やがて、混沌が満たす空間に、ひとつの巨大なモノが視えた。
 それは、言葉の枠に無理やり嵌めこむとすれば"サカナ"だろうか。
 その巨大な"サカナ"が死に、朽ちた遺骸は無数の欠片となって混沌の中に広がっていく。
 欠片は光や大地に変じるものもあれば、白い竜のような異形へと変じるものもあった。
 やがて、その欠片の一つが緑豊かな大地に降り立った――。
 弾かれるように、真冬は後ずさった。
 少女の姿はもうどこにもない。

「羽入、あの少女は何処に?」

 足元の少女に問い掛ける。羽入はただふるふると首を横に振った。

≪あのあの、まふゆは何故泣いているのですか?≫

 頬に触れると、指先を涙が濡らした。
 あの少女が持つ、父親への強い思慕に影響されたのだろうか。玲子の死に涙を流さなかったというのに。
 真冬は一つ息を溢した。少女のイメージの中に、ある一つの言葉が根強く残っていた。
 "病院"――少女は強くそれを念じていたようであった。
 それは使命感のように真冬の中にも残り、自然と爪先を西へと向けさせる。
 病院が何処にあるのか。真冬は知らなかったが、今は既に分かっていた。
 真冬は霧に包まれた路地を歩き出した。その少し後ろを、羽入が恐る恐るといった素振りでついていった。




&color(red){【福沢玲子@学校であった怖い話 死亡】}

322過去は未来に復讐する  ◆TPKO6O3QOM:2013/09/10(火) 21:29:07

【C-6/マンソン通り/二日目深夜】

【雛咲真冬@零〜ZERO〜】
 [状態]:側頭部に裂傷(止血)、吐き気、脇腹に軽度の銃創(処置済み→無し)、罪悪感
 [装備]:鉄パイプ、懐中電灯
 [道具]:メモ帳、射影機@零〜ZERO〜、細田友晴の生徒手帳、ショルダーバッグ(中身不明)、滅爻樹の枝@SIREN2
 [思考・状況]
 基本行動方針:サイレントヒルから脱出する
 0:病院に行く
 1:ハニュウに話を聞いてみたい
 2:この世界は一体?
 3:深紅を含め、他にも街で生きている人がいないか探す

【羽入(オヤシロ様)@ひぐらしのなく頃に】
 [状態]:精神体
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:???
 1:真冬にくっついていく
 

【C-6/カッツ通り/一日目真夜中】

【エディー・ドンブラウスキー@サイレントヒル2】
 [状態]:鬼、真っ裸
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:???????
 ※サイレントヒルに来る前、知人を殺したと思い込んでいます


※クリーチャー詳細付き雑誌@オリジナルは紛失しました。
※東側アパート(ウッドサイド・アパート)の二階通路に、福沢の水泳部バッグ(ハンドガンの弾(9発)、名簿とルールの書かれた紙)が転がっています。

323 ◆TPKO6O3QOM:2013/09/10(火) 21:29:35
以上です。
指摘等ございましたらお願いいたします。

324キックキックトントン名無しさん:2013/09/12(木) 23:56:54
投下乙でした! 顎なのに、顎無くなった!w
アパシー福沢流石の口の悪さです。因果応報とは正にこの事……。そりゃエディーも鬼と化して顎引っこ抜くというものw
真冬の霊視で見えたアパートやアレッサの過去の映像、色々謎が深まりますね。
というか真冬、長らく放置されてたはずが気付けば立派なサイコメトリストとして活躍しそうな雰囲気に!
病院に人を集めてるらしいアレッサの意図も気になるところ。
そんなに遠くないから真冬だけじゃなくてエディーも行きそうなんだよなあ……。

325キックキックトントン名無しさん:2013/09/13(金) 21:45:06
投下来てたあ
投下乙です

ホラーで口の悪い女がくたばるのは鉄板だなあ、ざまあw
ただ鬼になったエディーがやっかいというか福沢の置き土産がやっかいなw
そして透視で色々見えたがこれは…核心を突きつつあるのか、それともただ混乱の助長でしかないのか…

326 ◆TPKO6O3QOM:2013/09/14(土) 11:03:06
代理投下ありがとうございました。

>>324さん
アイデンティティが崩壊にございます。
アパシー、口悪いですからねえ。
サイコメトラーとして、大塚寧々を相棒に迎えそうな真冬さん。
リッカーにそれだけ御飯あげたいんでしょう>病院


>>325さん
いい人は生き残るが鉄則にございますからな。
ホラーは教訓的です。
鬼になったエディーがどちらに行くかが問題になってくるでしょうね。
核心か、混乱か……どう繋がっていくのでしょうか

327 ◆cAkzNuGcZQ:2013/10/31(木) 22:24:59
ハロウィンということで投下……したかったのですが!
全然間に合わなかったため、せめて予約致します。

鷹野三四@ひぐらしのなく頃に
ジェニファー・シンプソン@クロック・タワー2
レオン・S・ケネディ@バイオハザード2

予約で!

328キックキックトントン名無しさん:2013/11/03(日) 10:21:57
楽しみ!

329キックキックトントン名無しさん:2013/11/03(日) 11:07:34
予約キタ―!
楽しみです!

330 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/04(月) 22:43:30
すみません、延長で!

331 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 22:38:22
鷹野三四@ひぐらしのなく頃に
ジェニファー・シンプソン@クロック・タワー2
レオン・S・ケネディ@バイオハザード2

投下致します。

332Against the Wind  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 22:40:47
三階での捜索は、エレベーター通路側の部屋から始まり、タナトスの研究者らしき人物の死体が発見された部屋で終わりを迎えた。
総数は四部屋。どの部屋も共通して捜索すべき箇所は少なく、要した時間は総じて一時間足らずといったところか。
結論から言えば、この捜索ではデイライトに関する件でのさしたる進展は望めなかった。
とは言え何も得られなかった訳では無い。収穫としては、まずは二つ目の部屋。ジェニファーの友人達が放置していったリュックサックだ。
中からはデイライト生成に関するメモが発見された。
そのメモはジェニファーから聞いていた説明を補足するものであり、彼女の話の信憑性を高める物となった。
リュックからは他にデイライト関連の品は見つけられなかったが、別の事で三四達の気を引いた物があった。
それは、日記。このリュックを持ち運んでいたミクという少女とも、本来のリュックの持ち主である「ヨーコさん」とも無関係と思われる日記だ。
生じる一つの小さな疑問。日記はそれなりに嵩張り、重量もあるサイズの物だった。
同じくその場に放置されていたジェニファーの鞄の様に本人の私物であればまだしも、荷物にしかならない他人の日記をこんな状況下で持ち運んでいたのはどういった訳だろうか。
ジェニファーに確認してみれば、彼女はこの日記の存在すら知らなかったと言う。
訝しげに思いながらパラパラとページを捲る三四だったが、疑問の答えと思しき文字は程なくしてその目に入り込んできた。

“サイレントヒル”

日記のあちらこちらに確認出来る、その名称。
それは、かつてサイレントヒルを訪れた事のある人物の物だったのだ。
となれば、サイレントヒルに関する何かしらの手がかりが記されている可能性が、この日記にはある。
だからこそミク、もしくはヨーコはそれをリュックに入れていた。恐らくはそういう事なのだろう。
三四が手を止めたページには特に町自体に関わる様な記述は見られなかったが、初めから目を通してみるだけの価値はある。
時間が許せばすぐにでも読み進めたいところだが、しかし、現在の状況で優先すべきはデイライトの方だ。
日記の事は気には留めておくも先送りとした。
とりあえずリュックはジェニファーが持ち、入っていたハンドガンの弾はレオンに手渡され、ジェニファーの鞄の方はそのままここに捨てていく事となった。

一つ目、三つ目の部屋では別段取り上げる程の事は無く、次の収穫は最後の部屋での事。
こちらの部屋では三人は、どうにも奇妙な現象に見舞われた。
それは室内の捜索を一通り済ませ、これといった収穫も得られずに苛立ちを募らせていた時だった。
パサリ、と。背後で細やかに上がった物音が一つ。
三人が振り向けば、それまでは何も無かった筈の部屋の中心付近の床上に見覚えのない用紙が落ちていたのだ。
何かの拍子に物が落ちる。本来ならば取り立てて気にするでもない事象だが、この場合はそうもいかない。
この室内には剥き出しで放置されていた用紙など何処にも無かったし、それ以前に問題なのは、用紙の周りには何も無い事だ。棚も机も、何も無い。
用紙は忽然とその場に現れたのだ。
一体それは何処から落ちて来たのか。三人が三人とも何となしに辺りを見回してみるも、特に異常は見当たらない。
微かな困惑を覚えつつ用紙を拾ってみれば、枚数は二枚。
それは何者かに宛てられた作戦の指令書と、“カプセルに入れられた人間らしきもの”の写真であり、その内容は――――

333Against the Wind  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 22:42:32
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

作戦指令書
1.作戦名 エンペラーズ・マッシュルーム
2.作戦エリア ラクーン大学周辺4ブロック区間内
3.作戦時間 午前5時35分より60分間
4.武装 基本武装C-2+エキストラクター
5.目的 「T」の生体血液サンプル採取(コードネーム:T-ブラッド)
 及び「T」本体の殺害、遺体回収

補足
今作戦においては、T-ブラッドの採取と痕跡の消去が最優先事項となる。
殺害組の遺体回収が困難と判断された場合は、遺体と作戦エリアを完全破壊すべし。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

――――驚くべき事にT-ブラッドの回収を目的としていた。
すると写真に写っているものは、恐らくはこの作戦の対象者。T-ブラッドの保有者である“T”――――即ちタナトスなのだろう。
その外見が、地下で一戦交えたコートの怪物と似通ったものである事も、三四の推測を後押ししていた。
指令書と写真を覗き込んだレオンがすぐに悪態を吐いたが、それも已む無しだ。
T-ブラッドが何処かに採血された状態で保管されているならば良いが、最悪を見越せば血液入手の為にはコートの大男と同等の怪物と戦う羽目になり兼ねないのだから。

三四達はもう一度、困惑混じりの視線を部屋中に巡らせた。
あまりにも不自然だ。
室内は全員で調べたのだ。これ程までに重要な手がかりの存在に誰一人気付けなかったなどという事があるだろうか。
幾重にもケーブルが走っている天井を改めて見上げれば、見落としていた隙間に気付く事も出来た。天井裏に通じているのかもしれない。
ケーブルにしても、天井裏にしても、用紙を引っ掛けるなり置いておくなりする事くらい物理的には可能だろうが――――。
仮に皆が皆、何処かに保管されていた用紙を見落としたとしてもだ。或いは、天井から落ちてきたのだとしても。
探していた手がかりの方から勝手に三四達の前に現れるというのは、あまりにも都合が良すぎないだろうか。
果たしてその手がかりは、信用に足るものなのか。何かの罠なのではないか。三四の胸中に猜疑心が巣食い始めた時だった。

「もしかして……ヨーコ……さん?」

ジェニファーが何処にともなく呟いた。
デイライトを作る為に。ウィルスに感染したミクを助ける為に。ここまでジェニファー達を導いてきたという幽霊の名前を。
ヨーコなる人物が何者なのかは知る由もないが、その幽霊が助け舟を出してくれたのだとジェニファーは考えたらしい。
三四も日常ではオカルト好きを自称しているとは言え、所詮は趣味の範疇の事。本質的にはリアリストだ。
先程のジェニファーの話の中でも、流石に幽霊の件だけは手放しでは信用する気になれずにいた。
しかし、例えばオヤシロ様の生まれ変わりとされている古手梨花の見せた予知能力や、このサイレントヒルの町など。
明らかに科学的な説明の付けられない事象を体験してしまえば、頭ごなしに否定するつもりは無い。
幽霊だろうと、何だろうと、目の前に現れてくれるのであれば受け入れる事は吝かではないのだ。
仮にその幽霊が本当に存在してジェニファー達の守護霊代わりをしていたのなら、ここで道標が現れる事は出来過ぎとまでは言い切れないのだが。

334Against the Wind  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 22:43:11
「幽霊……ねえ。お礼を言った方が良いのかしら? ……ヨーコさん?」

若干の抵抗を感じながらも問いかけてみたものの、三四の声に反応したものは何も無く。

「……ラップ音の一つも鳴らしてくれないなんて随分とケチなのね。それくらいのサービスをしてくれてもバチは当たらないと思うけど?」

言葉を軽い挑発に変えてみるが、結果は変わらない。
結局、その用紙が罠なのか道標なのか、その現象が何だったのかは結論が出せないままに、何とも言えぬ気持ちの悪さを残して捜索は終わってしまった。
T-ブラッドの保有者の外見。確かに重要な手がかりであり、それを特定出来たであろう事は一歩の前進とは言える。
用紙がどういった理由、現象で現れたにせよ、この場合の三四達にはそれを収穫として受け取る以外の選択肢は無いだろう。
ただ、それも進展と呼ぶには中途半端なものである事は間違いなかった。
三四達が最優先で見つけ出したかったものはT-ブラッドの在処に関する情報であり、用紙にはその肝心の部分については一切書かれていなかったのだから。
この階での捜索ではもう少し直接的な手がかりが見つかるかと期待していたが、ここから先を導くヒントは得られず仕舞い。後は手探りで動くしかない。
せめてケーイチなる少年が何かしらの成果を持ち帰って来てくれれば話はまた変わってくるのだが、その少年は未だに行方知れずだ。
戻らないのは、T-ブラッドを探し続けているからか、または何処かで負傷でもして動けないでいるせいか。
最悪を見越せばとっくに命を落としているか、そうでなくともマコトと言う学生と同じくこの大学から逃げ出してしまったかもしれない。
どうあれ戻る確証もないその少年を、ただ手をこまねいて待っている訳にもいかない。

そして話し合われた次の行動方針。
とは言え、その目的は変わる事はない。
探すべきものは、デイライトの材料であるT-ブラッド。そしてジェニファーの友人ケーイチだ。
問題となるのは、何処を探すか、なのだが、これに関してはレオンから一つの提案が上がった。

「二手に別れよう。俺は地下を探す。二人は二階と一階を探してくれ」

その理由としてレオンが説明した事柄は二つ。
一つは、もう一時間近くも戻って来ないケーイチの身を案じた為。
少年が死んでいたり逃げ出したりしている可能性よりも、まだ何処かで生き延びている可能性。レオンはそちらを見ているのだ。
生きているならば一刻も早く保護しなくてはならないと思うレオンの気持ちは、流石に三四も否定出来ない。
二手に別れた方が捜索の効率が良く、合理的であると見る事も正しくはある。

335Against the Wind  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 22:44:51
そしてもう一つは、三四とジェニファーの身を案じての事だった。
地下階層にはまだ捜索していない部分がある事は知っている。エレベーターには三四達の行っていない、B4階へのパネルがあったのだから。
ただ、地下に降りるという事は、あのコートの怪物と再び遭遇する危険があるという事。
地下にT-ブラッドがあるかもしれない、少年が入り込んでるかもしれないと考えれば、危険を承知で向かわなければならない。
だが、その危険な道に三四達を連れて行く訳にはいかない。そうレオンは考えたようだ。
反面、二階と一階はレオンと三四で大まかにではあるが回っている。コートの怪物と比較すれば危険が少ない事も分かっている。
レオンの立場で極力他の人間の安全を確保するとなれば、この捜索方法は正しいのかもしれないが――――。

「分かってるのかしら。この場合、危険なのは私達よりもあなたの方よ?
 この写真見たわよね。さっき見回った範囲では、こんなカプセルは見当たらなかったわ。
 なら、未調査の地下にある可能性は濃厚よねえ? 秘密の研究ということなら、尚更隠し場所には人目につかない地下を選ぶのが人情というものじゃなくて?
 今度はさっきのコートの彼だけじゃない。この写真のやつも一緒になって襲いかかってくるかもしれないわ。そうしたら、どうやって切り抜ける気?」
「さあな。でも今はあいつの弱点も分かってる。後頭部だろ? そっちの奴だって似たようなもんなら、やってやるさ。
 それに俺一人だけならいざって時は逃げ出して体勢を立て直せる。何とかしてみせるよ」

どうやら決意は固いらしい。
三四はふっと溜息を吐き、レオンにタナトスの写真を差し出した。

「一つだけ約束してちょうだい。T-ブラッドにしてもケーイチくんにしても、見つけたらそれを一区切りとして一旦戻ってくること。
 あくまでも可能性が濃厚というだけで、どちらも地下で見つかるとは限らないわ。欲ばって深追いするのは厳禁よ」
「……OK。分かってる」

三人は一先ず最初の部屋に戻った。
やはり少年の姿は無いが、ここでの目的は彼ではない。
T-ブラッドを――――というよりはタナトスを見つけた場合に備えて、血を取るのに必要な注射器を確保する為だ。
そこは様々な実験器具が置かれていた部屋。注射器があった事は最初に確認していた。
念の為にとそれぞれが数本ずつの注射器を手にすると、そのままエレベーターに向かい、乗り込んだ。

「それじゃあ、さっきの約束を忘れないで」

言い残して三四とジェニファーは一階で降りる。
ラジャー、と親指を立てるレオンは一人B4階へ。


そして、探すべきものは存外早くに見つかる事になったのだが――――。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

336Against the Wind  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 22:45:25
ゾンビの様に変貌してしまったミクの死体のあったエントランスホールから、たった扉一枚を隔てた向こう側。
赤黒く変色している大量の血液と、一面に撒き散らされた臓物や排泄物と、それらが醸し出す悪臭の中。
ケーイチは、物言わぬ残骸と成り果てていた。
腹部を中心として分断され、互いから数メートル離れた場所に無造作に捨てられていた上半身と下半身。
その上半身側に屈み込んだミヨの後ろで、ジェニファーは今、血の気の引いた唇を震わせて立ち尽くしていた。

予想出来ていた事ではあった。
ミクがああした状態で発見された以上、同行していたケーイチが無事である可能性は限りなく低い。
廊下や室内に足を踏み入れる際、その先には彼の死体が有るのでは、との思いが過ぎったのも一度や二度ではなかった。
彼の無事を願う一方で、既に何があろうと受け入れるだけの覚悟は決めていたつもりではいたのだ。
しかし、こうして現実にケーイチの死を目の当たりにしてしまえば、心構えは容易く砕け散り、恐怖はジェニファーを縛り付ける。
久方ぶりに強く鼻を刺激する生臭い死臭。込み上げてくる吐き気を辛うじて堪えられたのは、偏に他人が側に居たからに過ぎなかった。

ミヨの身体越しに見えているケーイチから、涙が滲むその目を背ける。
この町に迷い込んでから頭の片隅にちらついていた幾つもの悍ましい記憶。それが、ケーイチの死体に呼び起こされる様に、その姿を顕にしていた。
何度目になるのだろう。こうして人の死を見せつけられるのは。
この一年と少しの間に、二度も巻き込まれたクロック・タワー事件で。ジェニファーは多くの人間の死に触れてきた。

全ての始まりは、あの日。
グラニット孤児院で暮らすジェニファーら四人の孤児の引取先が決まり、新しい生活に対する期待と不安を胸にして転居に向かったあの日。
その屋敷で待ち受けていたのは、約束された幸せな日々とは程遠い、異形の怪人による悪夢の様な殺戮の時間だった。
シャワールームの天井から吊り下げられていたローラ。二階の窓から中庭へ叩き落とされたアン。ジェニファーに最期の言葉を残して息絶えたロッテ。
白骨死体として発見されたのは、十年前に何処かへ回診に出たきり行方不明になっていた父、ウォルター・シンプソン。
揉み合っている拍子に時計塔の操作盤に激突して感電死したのは、孤児院の教師『だった筈の』、メアリー・バロウズ。
幼き日々を過ごした親友達も、心の何処かではいつかの再会を願っていた父親も、信頼していた恩師も。あの日ジェニファーは、大切にしていた存在全てを失った。

それから一年が経ち、再び振りかかる事になった悪夢。
ジェニファーの目の前で巨大な鋏に貫かれた警備員。置物の様に『飾り付けられていた』研究者。
バロウズ家の魔像を預かってしまったせいで事件に巻き込まれてしまった、図書館のサリバン館長や司書達。
シザーマンを退治する手立てを求めて向かったイギリスのバロウズ城での殺戮劇では、それこそ扉を潜る先々に転がっていた、見知った人々の死体。死体。死体。

そして今、この町だ。
何度目になるのだろう。こうして人の死を見せつけられるのは。こうして恐怖に竦み上がるのは。
少し前まで言葉を交わしていた者達が、次に出会った時には無惨な死を遂げている。
どれだけ経験しようとも、その本能を刺激する原始的な恐怖には慣れるものではなかった。
後何度、己はこの死の恐怖に耐えなければならない。後何度、己はそれを繰り返さなくてはならない。
それとも次こそは、今度こそは、己がそうなる番なのか――――。

337Against the Wind  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 22:45:49


シャキン


唐突に耳の中に甦る、金属と金属の擦り合わさる音。ジェニファーはビクリと身体を震わせた。
聞こえた訳ではない。単なる気のせいに過ぎない音だ。
ただ、それはジェニファーにとって死の象徴とも言える音。
怯えた心が呼び覚ます、繰り返される悪夢の記憶。
鋏から連続して奏でられる金属音が、どこまでもジェニファーを追いかけてくる。

(ヘレン……)

震える心の中で、ジェニファーは呼び掛けていた。
今の彼女が最も会いたいと願う、誰よりも信頼を寄せる女性。共にバロウズ城の危機を乗り越え生還した、聡明な研究者。
ジェニファーの現在の保護者であり、親友であり、姉妹同然の存在でもある、ヘレン・マクスウェルの名前を。
切に願う。助けに来てほしい。このおかしな町から、自分を救い出してほしいと。
脳裏に浮かぶヘレンの姿。
想像の中のヘレンは、ジェニファーの元に駆け寄り、震える身体を抱きしめてくれる。
もう大丈夫、一緒にこの町から逃げましょう。ジェニファーの目をしっかりと見つめ、そう優しく微笑んでくれる。
それからジェニファーの手を取って、出口まで導いてくれる――――。

(…………ううん。違う……駄目よ!)

はたと気付き、ジェニファーは自身の妄想を取り消す様に首を振っていた。
違う。
違う。
違う。
それでは、ヘレンまでがこの危険な町に迷い込んでしまう事になる。
ヘレンに会いたい。助けてもらいたい。それは本心だが、頼れない。こんな状況に彼女を巻き込みたくはない。
ヘレン――――。今頃彼女はどうしているだろう。
ジェニファーがこの町に迷い込んでから、もう六、七時間は経ってしまっている。
帰りの遅いジェニファーを心配して、苛立っているだろうか。
ノランと一緒に居ると勘違いして、彼のところに怒鳴りこんでいるだろうか。
それともゴッツ警部――――いや、ゴッツ警部補に連絡を取り、一緒に捜索をしているかもしれない。
と、不意に思い出されたある言葉に、ジェニファーはハッと息を呑んだ。
ケーイチ達が言っていた。この町にはケーイチ達三人のそれぞれの知人も迷い込んでいるらしい、と。
何の根拠でケーイチ達がそう考えていたのかまでは今ではもう分からない。具体的な話し合いは研究所についてから、と後回しにしていた為だ。
だがもしもその話が正しいものだとすれば、ジェニファーだけが例外という事があるのだろうか。
ケーイチ達の知人の様に。ケーイチ達やジェニファー本人の様に。
ジェニファーの友人達もまたこの町に迷い込んでしまっている可能性は充分有り得る事なのではないか。
町をさ迷うヘレンの、ノランの、ゴッツ警部補の姿が見えてくる様だ。

338Against the Wind  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 22:47:00

違う。

先程の様にそう否定するが、一度思い至った最悪の想像は容易に掻き消えようとはしてくれず。
冷たい塊が胸中を圧迫し始めていた。まるで溶ける事の無い氷を胸に閊えさせてしまったかの様に。しかし――――。

(もしそうなら、なんとかしなくっちゃ……!)

裏腹に、ジェニファーの瞳は力強さを増していた。
心は冷たい恐怖に震えている。頼れる人に助けを求めたい気持ちもそのままに残っている。
ただ今は、それらの弱気な感情に勝る想いがジェニファーの身体の内から湧き上がって来ていた。
それは、クロック・タワー事件の中で常にあった単純な想い。
生きていたい。二度と大切な者達を失いたくはない。そんな本能的な強さを持った想いだ。
その必死さ、生を求めて足掻く力強さこそが、ジェニファー・シンプソンを二度のクロック・タワー事件から生き延びさせた強さなのだ。
耳障りな鋏の音が、ジェニファーの中から遠ざかって行く。

(でも、どうやって? なんとかしなくちゃって、何をすればいいのかしら……)

恐怖心に乱されない冷静さを取り戻し、ジェニファーは置かれた状況を振り返る。
とにかく今はデイライトを作る事が最優先だ。それに関しては皆でT-ブラッドを探し続ける他無い。
問題はその後。生き延びる為には、巻き込まれてしまっているかもしれない友人達を助ける為には、これから何をしていけば良いのだろう。
無数に居るらしい怪物や幽霊を全て倒す事は、恐らく不可能に近い。
ただ町から逃げ出すくらいならば可能かもしれないが、それでは万が一ヘレン達が巻き込まれていた場合は助けられない事になる。
それに居るかどうかも分からない人間を探すなど、傍から見ればただの愚行だ。流石にミヨやレオンが協力してくれるとは思えない。
だったら、どうする。これから何と戦えば良い。何を目的として、何処に向かって進めば良い。
シザーマンが起こしたクロック・タワー事件とは違い、今回の事件は立ち向かうべき敵の姿がまるで見えていない。
サイレントヒル。マコトとミヨの、赤の他人で面識もない筈の二人が口にしたこのアメリカの田舎町の名称。
異なる国々に住む筈の人間達が迷い込み、ゾンビや悪霊などという化物が当たり前の様に存在している異常な町。
現時点で判明しているのはその程度の事でしかない。つまりは、何も分かっていないも同然だ。そんな状況で、一体どう動けば良いというのか。

339 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 22:59:10
すみません、したらば全体NGワードに引っかかりました……。しばらくお待ち下さい。

340 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 23:06:26
解決致しました! 投下続行します。

341 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 23:06:43
(分からない……分からないわ。……ヘレン。あなたならこういう時、どうするの……?)

問い掛ける様に、ジェニファーはもう一度ヘレンに思いを馳せた。
仮にここに迷い込んだのが自分などよりも遥かに賢明で知識も豊富なヘレンならば、まず何をしただろう。
自分にはヘレン程の頭の良さは無い。パソコンには触りたくもないし、本を読んでいれば頭痛がする始末だ。
そんな人間に、ヘレンの思考をトレースする事など出来る筈も無いが――――。


――――ジェニファー。この屋敷の中にシザーマンを完全に倒す方法があるはずよ――――


甦ったのは、バロウズ城でのヘレンの言葉。
それを切欠として、ジェニファーの思考は広がり出す。
そうだ。ヘレンの思考をトレース出来ないとしても、あの時のヘレンの行動をトレースする事は出来る。
クロック・タワー事件の時、ヘレンは一般の出入りが禁止されている図書館の希観本閲覧室で、バロウズ城の歴史が記された書物を見つけ出してきた。
あのバロウズ城の中では、ヘレンの推察通りにシザーマンを退治する方法が隠されていた。
その行動をトレースして、例えばあの時入り込んだバロウズ城を、今迷い込んでるサイレントヒルの町と重ね合わせたとしたら。
北イングランドの歴史を探る事で見つけ出したバロウズ城の歴史の様に、この町の歴史を調べる事で何かの手がかりを得られるのでは。
バロウズ城の内部に隠されていたシザーマン退治の方法の様に、この町の何処かを探る事で現状を打破するヒントが得られるのでは。
具体的に何を調べれば良いのか。それはこの町にある施設次第ではあるが、すぐに思い浮かんだものはやはり図書館や新聞社などだ。
レオンが戻り、デイライトを作れたとしたら、次はそれらの施設を探す提案をしてみるのも手かもしれない――――。

(……ありがとう、ヘレン)

何となくヘレンが力を貸してくれた様な気がして、ジェニファーは口の中で呟いた。
ほんの僅かにだが見えた希望。無論それは単なる可能性の話であり、調べたところで無駄骨に終わるかもしれないが、何も見えないままでいるよりは幾分かはマシだ。
俯いていた顔を上げると、それに合わせたかの様にジェニファーの横で動く気配があった。死体を調べていたミヨが立ち上がったのだ。
ミヨはジェニファーには目もくれず、黙りこくったまま壁際まで歩を進めると、その場に落ちていた金属バットを拾い上げた。ケーイチが持っていたバットだ。
何かを調べているようだが、それを気にするよりもジェニファーの目を引いているもの。
それまでミヨの身体に隠れていたケーイチの半身が、改めて視界に入っていた。
その惨たらしくグロテスクな姿に、吐き気がぶり返しそうになる。申し訳ないとは思うも、それは生理現象に近い。自分ではコントロール出来ない。
それでもジェニファーは、今度はケーイチから目を背ける事はしなかった。
生気の失われたその顔に、あの不敵な笑みが重なった。巧みな話術も聞こえてくる様だ。
出会ってからこれまで、この異常な状況下でも場を明るく保とうと努めていたムードメーカーの少年。
不意をついて襲いかかってきた幽霊にも果敢に挑み、皆を守ろうとする勇気のある少年だった。

342 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 23:07:05
だが、それだけだ。ジェニファーが知ってる事はたったのそれだけ。
ケーイチが何を大事にしているのか。何を好んで何を嫌うのか。彼の事は何も知らない。
心は痛みこそしているが、それは悲しみのせいではない。哀れんでいるせいだ。
今は、彼の為に涙を流す事も出来ない。聞いた筈の名前も思い出せない。その程度の関係しか築けていない。
当たり前と言えば当たり前だ。彼は、たったの数時間前に出会った人間に過ぎないのだから。
ただ――――それでも、ケーイチに抱いた好感は本物だ。
ケーイチだけではない。ミクやツカサもそう。
もっと長い時を重ねられたならば、彼等も皆ジェニファーの大切な者の一人になった筈なのだ。
だからせめて、今度は目を背けずに。

(どうか、安らかに……)

ただ一言の、祈りを捧げた――――。











「ねえ、ジェニファーちゃん」

唐突に耳に入り込んだ声に、ケーイチ達の死を偲ぶジェニファーの意識は現実に引き戻される。
目を向ければ、ミヨは拾い上げていた金属バットのグリップエンドを険しい顔付きで眺めていた。
その厳しい視線をジェニファーに移し、ミヨは言った。

「このバットは彼が持っていたもの?」
「え? ……ええ。会った時から持ってたけど……」
「ふぅん。そう。……それじゃあ、もしかして……」

一旦、ミヨは勿体振るかの様に間を置いた。
そして続けられた、次の言葉。

「もしかして、『マエバラ』。……彼、『ケーイチ・マエバラ』って名前じゃあなかったかしら?」


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

343 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 23:08:01
「マエ……バ……ラ……?」

鸚鵡返しに呟き、記憶を探る様に眉を潜めたジェニファーは、やがて何かに気付いた素振りでその目を大きく見開いた。
その表情を見るだけでも分かる。三四の出した答えはどうやら正解だという事が。

「そう言えば……そんな風な名前だったかも。でも、どうして……」

言い終える直前、ジェニファーはハッと口元に手を当てていた。
美しく整った顔が驚愕と悲哀に曇っていく。

「……知り合い、だったんですか……?」
「まあ、そうね」

それを聞くとジェニファーは、悲しげに目を伏せた。こちらの心情を勝手に想像して気を使ってくれるらしい。
彼女から他の質問は上がらず、また、三四からも聞くべき事は特に無い。辺りには沈黙だけが残される。
考え事を再開したい三四にとっては、好都合だった。

ゾンビの様な変貌を遂げた少女の死体のあったエントランスホールから、たった扉一枚を隔てた向こう側。
黒へと変色しつつある大量の血液と、撒き散らされた臓物や排泄物と、それらが醸し出す悪臭の中。
少年は、物言わぬ残骸と成り果てていた。

身体の損壊は著しく、体外へ流れ出た血液も尋常な量ではない為に分かり辛くはあるが、恐らく死亡してからは一時間から一時間半程度が経過しているだろう。
それは、三四とレオンがジェニファーと出会った頃。ゾンビ化していたミクを発見した頃。あの時には既に、少年は死んでいた可能性があるという事になる。
蒼白化の進んだ顔面部を観察してみれば、表情筋は弛み切り、恐らくは死の直前苦悶に歪んでいたであろうその顔からは、既に一切の感情が消えている。
それに希望を見る者は多い。全ての苦痛から解放され、安らぎを得た表情なのだと。
だがそうではない。グリーフ・ワークで心に安らぎを得るのは生者の方であり、死体そのものには関係無い。これはただの反応に過ぎないのだ。
例え生きたまま脳を切り開かれようとも。例え生きたまま腹を裂かれて腸を引きずり出されようとも。
生前にどの様な耐え難い苦痛があろうとも、死を迎えれば全ては同じ。
肉体からは中枢神経の支配が消失する。全ての筋肉は不随意状態となり、速やかなる弛緩が進んでいく。強張りも歪みも無くなり、苦しんだ痕跡は全て消えていく。
そうして死亡から三十分程も経てば“安らかな顔”の出来上がりだ。
死体が得るものは安らぎでも苦痛でもない。死の先にあるもの――――死んだ肉体を司るのは、単なる物理的、化学的反応なのだ。
環境により、ある程度の差異こそ生じようとも、これは誰にでも起こる事。
死がもたらす現象は、誰に対しても例外は無く、総じて平等に訪れる。

――――いや。訪れなくてはならない筈なのだが。

この場で臓物を撒き散らして死んでいた少年。
ジェニファーがこの町で出会い、これまでの行動を共にしてきたという友人達の一人。
三四には見覚えのある顔だった。生前のあのやんちゃな顔は、まだ記憶には鮮明に残っている。
ケーイチ。すぐ側で青ざめているジェニファーの友人とは、三四の知るあの前原圭一と瓜二つだったのだ。
いや、瓜二つという表現は適切ではない。これが単なる別人だとは考えられない理由が幾つも存在しているのだから。
前原圭一は、この手で心臓を撃ち抜いた。確かに死んだ筈だ。その死人が何故、この町を彷徨っていたのか。
これもオヤシロ様の祟りだとでも言うのか。
冥界と現世が激突して霊魂が流入したせいか。
地底人や鬼ヶ淵村の珍獣オッシーの仕業か。
それとも遂に現れた寄生虫型宇宙人がクローン人間を作り上げたのか。
いずれかだとしたら、自慢のスクラップ帳に追記してもいいくらいなのだが。

344 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 23:09:40
「……ふん」

自虐気味に鼻を鳴らして下らぬ戯言を取り下げると、三四は眉間に深い皴を寄せ、苛立ちに疼くこめかみに手を当てた。
現実的に考えるならば、この死体はあの前原圭一とは別人という事になる。
そもそも死体とは、死後そのまま放置しておけば弛緩した顔は重力に引っ張られ、生前では見られない程に平坦化した状態で死後硬直を起こしてしまうもの。
それ故、生前と死後では顔面部に若干の異なりが見られ、印象は変わってしまうのだ。
その場合、例え身内が確認したとしても本人だと判別しにくいケースがあるにはある。逆に、別人を本人だと判別してしまうケースもだ。
これはその後者で、前原圭一に似た人物を本人だと思い込んでしまっているのではないだろうか。

その可能性に対して、三四が導き出した答えは――――否だ。
全くの別人であるならば、どうして服装までがあの時の前原圭一と同じとなる。
この金属バットもそうだ。これは入江京介が監督を務めていた野球チーム『雛見沢ファイターズ』で使用していた金属バットだった。
無論似た様なバットなど何処にでもあろうが、グリップエンドを確認すれば、見覚えのある文字で『さとし』と名前まで書かれている。
『北条悟史』のバットに書かれていた文字と同じものだ。
更にはジェニファーに確認した前原の姓。決して珍しいとは言えないが、ありふれているとも言えない姓だ。
たまたま前原圭一と同じ服装をしていて、たまたま北条悟史のバットに似たバットを持ち歩き、たまたま同姓同名で顔までそっくりの人物が、たまたま雛見沢でも日本でもない遠い異国の地で三四の前に現れた――――。
そんな偶然を認めろとでも言うのか。それこそ一笑に付したくもなる話だ。

では――――前原圭一は死んでいなかった可能性を見るべきか。
確かに三四自身、彼の絶命を直接確認した訳ではない。
前原圭一を射撃したあの時。月明かりだけが頼りの暗い林の中で、相手は遠距離を走っていたのだ。
至近距離から頭を撃ち抜いた園崎魅音、園崎詩音、竜宮礼奈、北条沙都子の四人とは状況が異なる。心臓を狙いはしたが、その狙いが多少ずれたとしてもおかしくはない。
であれば、あの時点での前原圭一は即死しておらず、仮死状態に陥っただけという可能性も僅かながらには存在するだろう。
だが、あれからしばらくの間に彼に息があったとしても、如何なる名医だろうともあの状況から蘇生させる事など不可能だ。
それこそT-ウィルス。あんな状態のミクを生かし続けたあの強力なウィルスに感染したというなら話は違うのだろうが、雛見沢に存在するウィルスではない以上、そんな仮説は無意味。
それ以前に、前原圭一達の死体処理の報告は間違いなく受けている。
『鷹野三四の焼死体』の様に、わざわざ死を偽装する者が山狗の中に居たとも思えない。
あの時、前原圭一は、確実に死んだのだ。

それならば、別人とも本人とも言い難いこの前原圭一は何なのだ。
十五年先の未来に住むというレオンの様に、時間を越えて過去から連れて来られてきたのか。
有り得ない。前原圭一が三四に撃たれる前の五体満足な頃の時間軸上から時間旅行してきたと仮定するなら、三四が射撃した事実そのものが存在しなくなる筈だ。
では未来の技術でSF小説に登場する様なクローン人間でも造り上げたか。
それも無い。ただの子供である前原圭一のクローンなどを造ったからといって、労力に対して見返りは何だ。誰に何の得が有るというのだ。
それでは残る可能性は何だ。死者が蘇ったとでも言うのか。
三四をこの町に招待した連中は、死を覆す事すらやってのけるとでも――――。

(いえ……待って……)

ふと思い出された映像に、三四は眉間に深く皺を刻む。
それは、三四がこの町に迷い込んだばかりの時のもの。
その時は唯の思い込み、見間違いだと切り捨て、特には気に止めようともしなかった霧の中のあの影の事。

345Against the Wind  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 23:10:50

(古手……梨花)

三四は、圭一の顔面を見返した。
あれが、思い込みや見間違いではなく、正真正銘の古手梨花だったとしたら。
確かに殺した筈の彼女も、この前原圭一と同様に生きてこの町を彷徨い歩いている事になる――――。
そう気が付いた三四が抱いたのは、一つの疑念だった。

(古手梨花……前原圭一……これは、偶然なの?)

それは、彼等が蘇った事――――ではない。彼等が如何にして蘇ったのか、この際原理などはどうでも良くなってしまった。
今、三四にとって重視すべきは、果たして古手梨花や前原圭一が三四の前に現れたのは偶然なのか、という事なのだ。
その疑念から、連鎖的に次々と思い出されるのはこれまでの様々な事柄。
フラッシュバックは最初に送られてきた小包にまで遡る。
そうだ。改めて振り返ってみれば、最初から何もかもが不自然だったのではないか。

三四がその生涯を捧げた雛見沢症候群と、雛見沢寄生虫の研究。
――――サイレントヒルから送られてきた物は、雛見沢寄生虫を遥かに凌ぐ性質を持った寄生虫、プラーガ。

あらゆる障害を排除して、達成するまで後一歩と迫った悲願。
――――その最重要事項である滅菌作戦を目前にして、プレゼントされたのは拉致に等しい遠い異国への海外旅行。

その異国を歩いて最初に目にしたものは、殺した筈の女王感染者の姿。
その異国で初めてまともに出会った人間は、何処か富竹ジロウを思わせる熱さと眼差しを持った青年。
その異国で最初に入り込んだ施設で見たものは、これもやはり雛見沢症候群を遥かに凌ぐ性質を持ったT-ウィルスと、やはり殺した筈の前原圭一――――。

(いいえ……偶然と見るにはあまりにも出来過ぎてる……)

これらの事が偶然とは、どうしても三四には思えない。
サイレントヒルへの招待――――祖父の研究が永劫の存在となる事の邪魔をして。
プラーガとT-ウィルス――――雛見沢症候群を上回る発見と研究を突きつけて。
レオン・S・ケネディ――――未だ抱えている己の未練と後悔を暴き立てて。
そして古手梨花生存の可能性――――作戦の根本となる重要人物の死を覆して。
この町に入ってから三四の前に現れたのは、悲願成就の為に命を賭して行ってきたこれまでの全ての事を妨害するものばかりではないか。

無意識に、爪を噛む。
或いは被害妄想か。いつの間にか三四自身、雛見沢症候群を発症し、妄想に囚われていると疑うべきか。
いや、違う。雛見沢症候群はただ幻覚を見せるだけの病気ではない。
己の身体、精神の状態が、症候群の症状に当てはまるものではない事は判断出来ている。

偶然でも被害妄想でもない。となれば、これは必然だ。
何者かの意志が存在している事こそ、疑いようもない事実なのだ。
それは誰だ。決まっている。このサイレントヒルの町から三四に対してプラーガと招待状を送り付けてきた連中だ。

346Against the Wind  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 23:12:18
虫唾が走った。己の中にある、例の暗いざわめきを自覚する。
へどろの様に泥々とした不快感が、胸中に湧き出して広がっていく。
己がその苛立ちを何に対して感じているのか。一体何が気に食わなかったのか。漸く、その答えが見えた気がしていた。

「……面白いわねぇ」
「……え?」
「ジェニファーちゃん、あなた、オカルトは好き?」
「…………オカルト?」

T-ウィルスが気に食わなかったのではない。レオンの甘さに対して苛立ちを募らせていたのではない。
それらを見せつけられていた事。その後ろに見え隠れしていた何者かの意志を無自覚の内に感じ取っていた事。
三四が感じていた暗い感情は、そこにこそ向けられていたのだ。

「この子……圭一くんね。死んだはずなの。
 ああ、ここでじゃないわよ? 雛見沢っていう日本のとある村でね、銃で心臓を撃たれて死んだはずなのよ。
 だから、こんなところにいるはずがないのだけれど」
「…………ミヨ?」

全ては否定。
祖父の悲願を。
祖父の名を神のものとする研究を。
人生も、倫理も、プライドも、何もかもを投げ打って漸くここまで辿り着いた鷹野三四を。
己のしてきた事、しようとしていた事の全てが今、この町に否定されている。
三四を招待した連中のせせら笑う顔が、声が、浮かんでくる様だ。

「面白いでしょう? 死んだはずの人間と一緒にあなた歩いてたのよ? ねえ、それってどんな気分かしら?」
「……何を……言ってるの?」

そのイメージとは真逆に、ジェニファーは困惑の顔を向けていた。
三四は、口元だけを吊り上げて笑みを作る。

「…………ごめんなさい。冗談よ」

気に食わない。
苛立ちの対象を、漠然と思い浮かべて三四は思う。
彼女にあの手紙を送り付けてきた連中が何者なのかは知った事ではない。
連中が何を企んでいるのかも、どうでも良い事だ。
しかし『連中』が、何処までも三四を否定し、嘲笑うつもりだと言うのであれば――――。

347Against the Wind  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 23:13:03
三四は戸惑い固まるジェニファーの横を通り抜けると、今度は前原圭一のもう一つの部位――――下半身のチェックを始める。
ポケットに入っている物は何も無い。どうやら彼もT-ブラッドの在処に関するメモ等の物は最初から持っていなかったようだ。
ならば、こんな薄汚い場所にはもう用は無い。

「いつまでもこうしていても仕方ないわね。行きましょうジェニファーちゃん。T-ブラッド、早く見つけないとね」

受けて立ってやろう。
そしてこの町の何処かに隠れ潜んでいる『連中』を引きずり出して、思い知らせてやらねばならない。
この鷹野三四を否定出来る者など、もう何処にも存在しない事を。

鷹野三四は神となる。
神を試せる者など、何人足りともいやしない――――。



【Dー3/研究所(ラクーン大学)・1階裏口通路付近/一日目深夜】


【鷹野三四@ひぐらしのなく頃に】
 [状態]:健康、サイレントヒルに対する強い怒りと憎悪
 [装備]:9mm拳銃(8/9)、懐中電灯
 [道具]:手提げバッグ(中身不明)、プラーガに関する資料、サイレントヒルから来た手紙、グレッグのノート、UBCSの作戦指令書
 [思考・状況]
 基本行動方針:この町に自分を招待した連中を排除する。
 1:まずはデイライトを作る。
 2:手紙を送りつけた連中を排除する。
 3:日記を確認したい。
 4:プラーガの被験体(北条悟史)も探しておく。
 5:『あるもの』の効力とは……?
 ※手提げバッグにはまだ何か入っているようです。
 ※鷹野がレオンに伝えた情報がどの程度のものなのかは後続の方に一任します。
 ※グレッグのノートにはまだ情報が書かれているかもしれません。
 ※ジェニファーからこれまでの経緯を聞きました。


【ジェニファー・シンプソン@クロックタワー2】
 [状態]:健康、悲しみ
 [装備]:私服
 [道具]:ヨーコのリュックサック(試薬生成メモ、ハリー・メイソンの日記@サイレントヒル3)
 [思考・状況]
 基本行動方針:怪異を終わらせる為に町を調べる
 0:ミヨ……?
 1:デイライトを作る。
 2:レオンたちについていく。
 3:もしも自分の知り合いが迷いこんでいるなら助ける。
 4:日記を確認したい。
 5:町を調べる。

348Against the Wind  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 23:13:42
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


異常に膨れ上がったその背中。一つの覚悟を決めて、逆手に握ったコンバットナイフを思い切り突き立てる。
僅かな抵抗を感じさせるも刃は肉の中に沈み込み、黒い皮膚の上には僅かな血液が滲み出た。
そのまま力任せにナイフを手前に動かせば、皮膚の裂け目は大きく広がり、光沢を帯びたピンク色の生々しい肉を覗かせた。
銃を撃つのとは違い、直接的に手に伝わる気色の悪い不快な感触。いくら怪物の死骸でも、人とそうは変わらぬ形のものを切り裂く実感とは精神的にも歓迎出来る事ではない。
決して気乗りはしなかったが、注射器の針がその硬質化した皮膚を通らなかったのだから、この作業もやむを得ない。
ナイフを引き抜くと、その肉の裂け目には染み出してくる様に血液が溜まり始める。レオンは改めて注射器を手に取った。

B4階は、先程降り立ったB1階よりも更に広い構造となっている階層だった。
長い廊下を抜けると、まず最初に所謂ターンテーブルらしき設備と、その床に飛び散っていた肉の塊がレオンを出迎えた。
グロテスクなその肉塊。よく見てみれば中には真っ赤に染まったシャツや、ズボンがある事に気が付いた。それは紛れも無く人間の死体なのだ。
まさかケーイチか、との思いが頭をもたげたが、その死体の服装は聞いていたケーイチの服装とは異なっている。恐らくは別人だろう。
そう判断するのとほぼ同時に思い出されたのは、ジェニファーと出会う前に上ですれ違った、レオンを人殺しと誤解した少年の姿だった。
マコト、だったか。この服装はそちらの少年のものと一致している様に思える。
レオンはふと風を感じ、上を見上げた。そこはターンテーブルを外に出す為の吹き抜けとなっていた。
ミヨと共にこの大学に入った時、最初の広場にリフトらしきものの大穴を確認した事を思い出す。位置関係から察するに、あの大穴がここに繋がっていたらしい。
マコトはあの後一人で外に逃げ出そうとしたが、誤って大穴から転落してしまった――――そんな顛末だろうか。

やるせない思いを舌打ちとして残し、レオンは次のフロアに移った。
そのフロアは、ターンテーブルのあった場所よりも二回り程広く、深い吹き抜けだった。
足場は中央の小部屋に伸びている連絡通路のみ。その上で見つけたのが、このやたらと巨大な人間“らしきもの”の死骸だ。
初見ではそのゴツゴツとした見た目に、岩か何かが転がっているのかと錯覚したが、良く見てみればそれには腕があり、脚がある。サイズこそ有り得ないものだが、生物の形をしている。
調べてみれば、写真とは随分と印象が異なるものの、それが探すべき対象である“タナトス”だと気付くまでには然程の時間もかからなかった。
薄ら寒さすら覚える程に巨大な躯体。一見としてはコートの怪物を遥かに凌駕しそうな化物が、何故ここでこうして死骸と化しているのか。
事実をありのままに、単純に考えると、この化物を殺せる程の力を持った敵がまだ他に存在するという事だ。
しかし、この際そちらまでは気にしてもいられない。
いくら規格外の力を持った敵が存在しようとも、今この場にいる訳ではない。
前向きに捉えれば危険に直面せずに済んだという事だ。目的物であるT-ブラッドを安全に入手出来るのなら、それに越した事はない。

「……これで良し」

三本分の注射器をその血液で満たし、銃を抜いてある空のホルスターにしまい込む。
ワクチン製造の為に必要な量は不明だが、足りなければまた取りに来れる故に心配は無いだろう。
レオンは立ち上がると、前方の小部屋を見た。そこからは更に二本の連絡通路が左右の壁に伸びている。この先にもまだフロアは存在しているのだ。
もしかしたらケーイチはこの奥に入り込んでいるのかもしれない。このタナトスを殺した奴に襲われているのかもしれない。そんな想像がレオンの中に浮き上がる。
だが、T-ブラッドを手に入れた今、一刻も早くワクチンを作りに戻らねばならない。
ミヨとジェニファーへのウィルスの感染を防ぐ事。彼女達を守る事。それが今のレオンの第一の役割だ。
ともすれば少年を見捨ててしまう判断を下さねばならない状況に、胸中にはやり切れなさが増していくが――――これもまたやむを得ない。
思いを断ち切る様に、レオンは踵を返した。

349Against the Wind  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 23:14:22

「ん……?」

その時だ。視界の端――――左手に、何かが動いた様な気配があった。
反射的に視線を走らせるが、気配があったと感じた場所。そこはただの吹き抜けだった。
眼前に広がる深い穴を覗き込んでも、暗闇の中に見える物は何も無い。

「気のせい……か?」

呟き、通路を戻ろうと体勢を戻したレオンの、やはり視界の端。今度は逆側だ。
またしても何かの気配がちらついた。はっとして目で追うが、今と同じくその場はただの吹き抜け。足場も何も無い場所だ。
そんな所に何かが居る筈もないが、しかし今、確かに何かが過ぎった気がしていた。青白い何かが、スッと動いていた様な――――。

「何だ……?」

じわりと、空気が変化した様な感覚に見舞われた。
無意識に銃を握り締める手に力が篭もる。
何かが居るような気配。気のせいだと一蹴し切れない予感。
それでも辺りを見回しても何も居ない、感覚と現状がずれている様な心地の悪さ。

額に滲む汗が、やけに冷たく感じられた。
冷や汗をかいている――――レオンは張り詰めた緊張感を逃がす様に、意識的にふうっと息を吐き出した。
と、目の前に現れた違和感。
空間に溶けて消えていく、白い息。

「……息が、白い……?」

違う、冷や汗ではない。レオンは気付く。
冷たいのは汗ではない。
いつの間にか気温そのものが先程よりも下がっている。身体が冷えているのだ。
急に、何故。何が起きている。恐らくは今の気配と関連性がある筈。しかし、それは何だ。
辺りへの警戒を怠らず、一歩だけ、レオンは慎重に脚を踏み出した。







     ひと ごろし め







寒気立つ背中の後方から、何かが聞こえた。

350Against the Wind  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 23:15:37
【Dー3/研究所(アンブレラ地下研究所)・B4階連絡通路上/一日目深夜】


【レオン・S・ケネディ@バイオハザード2】
 [状態]:打ち身、頭部に擦過傷、決意、背中に打撲
 [装備]:コンバットナイフ、ブローニングHP(装弾数13/13)、懐中電灯
 [道具]:コルトM4A1(30/30)、ハンドガンの弾×10発、“T”の写真、T-ブラッド(注射器に三本分)、ライター、ポリスバッジ、シェリーのペンダント@バイオハザードシリーズ
 [思考・状況]
 基本行動方針:鷹野とジェニファーを守る
 1:現状への対処。
 2:T-ブラッドを持ち帰り、デイライトを作る。
 3:人のいる場所を探して情報を集める。
 4:弱者は保護する。
 5:ラクーン市警に連絡をとって応援を要請する?
 ※ジェニファーからこれまでの経緯を聞きました。






※大学一階の裏口からエントランスホール、二階の学長室からバルコニーまでの壁がそれぞれ壊されています。また、実験室とエレベーターの天井には大きな穴があいています。
※上記の破壊痕はサイレン後の世界には影響がないかもしれません。
※大学の三階実験室に、ジェニファーの丈夫な手提げ鞄(分厚い参考書と辞書、筆記用具入り)が置かれています。また生成機にはV-ポイズン、P-ベースが設置されています。
※研究所地下は、ラクーンシティの地下研究所にエレベーターで直結しています。エレベーター前の通路は原作よりも長くなっているようです。
※ヨーコが今後どういう行動を取るのかは後続の方にお任せします。
※ターンテーブルを動かすには専用の鍵が必要です。
※地上の穴の縁、及びターンテーブルそのものにコンソールが設置されています。
※タナトス@バイオハザード・アウトブレイクの死骸が地下研究所B4階連絡通路上にあります。

351 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/08(金) 23:16:26
以上で投下終了です。
ご指摘、ご感想などありましたらお願い申し上げます。

352キックキックトントン名無しさん:2013/11/10(日) 17:57:48
投下乙です!

鷹野さんの気が狂ったかと思ったら、原作では元々だった!
ヨーコは、視えなくても仕事してますな。
レオンに迫る新堂だけど……新堂だもんなあ、所詮

353 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/11(月) 22:45:19
>>352
感想ありがとうございます!
狂っているのは人なのか町なのか。そんなサイレントヒルであります。
新堂も仕事するかも分かりません!w 学怖でも幽霊になってからが本番なシナリオもありましたしねえ。


続きましてゲリラ投下行きます。

354ゼロの調律  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/11(月) 22:46:52


漂う空気に乗せられている、肺の中にこびりつく様な生臭さと鉄臭さ。
壁や床の上をコーティングしている、焼け焦げた肉とも泥々と溶けかかった粘膜とも付かない質感を施した、正体不明の赤黒い汚れ。
静寂だけが支配する筈の空間に時折聞こえてくる、亡者達が獲物を求めてさ迷い歩く足音と呻き声。
思わず鼻を覆いたくなる様な。目を背けたくなる様な。耳を塞ぎたくなる様な。
立ち入る者の心の内を不快と不穏で彩る、その裏返った世界では最早ありふれているとも言えるのに、誰もが決して馴染む事のない光景。

その一部と化しているラクーン大学エントランスホールに、血溜まりの中、うつ伏せに倒れた一人の少女の肉体がポツンと残されていた。
身体にくっついている事が不思議な程、千切れかかっている左腕。
元よりはみ出していた状態で這いずり回ったせいで、余計に床に擦りつけられ引き摺り出されたピンク色の腸。
最後に獲物を掴み取ろうとした為か、爪の剥がれかかっている右腕は前方に伸ばされたまま床の上に落とされており、白く濁りを見せた目の上には二つの小さな風穴が開いていた。
レオン・S・ケネディによって射殺された、ゾンビと化した一人の少女、雛咲深紅の肉体だ。

彼女の肉体は既に死体。その身体には、魂は存在しない。
この町に迷い込み、この町の中で命を落とした、この町に『呼ばれし者』達――――それは、名簿に載っている者、載っていない者を問わず、だが。
『今の』サイレントヒルにおいて彼等の魂、精神は、『澱み』に取り込まれる運びとなっている。
そして、その魂が『澱み』から出て来る事は、日野貞夫の持つ鏡石の異例を除いては有り得ない事。
そう、それには只一人の例外も無い。決して有り得ない事なのだ――――。





ゆらりと、横たわる雛咲深紅の身体に触れる何かがあった。
それは、誰の目にも決して映らない力だった。
いつの間に触れたのかも、何処から近づいたのかも、誰も知る事はない。
緩やかに、静かに、しかし、確かな強さを持って存在する奇妙な力。
何者にも捉えられず、認識もされない。理解出来るのは、その力が生み出した後の結果だけだ。



――――人々の潜在意識を反映し、具現化する、サイレントヒルの町そのものの性質――――



その力に触れられた雛咲深紅の身体から、一つのエネルギー体が立ち昇る。
それは、雛咲深紅本人の身体に残る魂の残滓から創り上げられたもの。
ともすればそれは、幽霊、と呼ばれる存在に見えるだろう。
厳密に言えばそうではない。雛咲深紅の霊魂は既に『澱み』に囚われているのだから。
言うなればそれは、かつてのサイレントヒルでジェイムス・サンダーランドの精神より生まれたレッドピラミッドシングやバブルヘッドナース、或いはマリアに近しい存在。
町の力が何者かの精神を反映し、生み出したのは、憐れな意識と魂の分身達。
元となる精神が、雛咲深紅や雛咲真冬、氷室霧絵のものなのか。それとも別の誰か――――この町に既に囚われている何者かのものなのか。そこまでを特定出来る者は誰もいないが。
雛咲深紅達が住まう世界での“ありえないもの”とされる存在が、このサイレントヒルの世界でも生み出される理由がそれなのだ。
そしてそれ故に、雛咲深紅達の知る“ありえないもの”とは若干の差異も生じてしまっているのだが。

355ゼロの調律  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/11(月) 22:47:27







ジェニファー・シンプソンが心を痛めて、鷹野三四が僅かな好奇心を覗かせて、雛咲深紅の死体の横を通り過ぎた時。
誰にも聞かれる事のない形にならない安堵の呟きが、エントランスホール内に溶け込む様にして消えた。
『深紅』は儚げな笑みを浮かべて、胸を撫で下ろしていた。
死に際の彼女が心配していた事――――ジェニファーの安否を確認出来たから。
ジェニファーを手助けしてくれる協力者も出来た様子だから。
しかし、気がかりが全て無くなった訳ではない。
今の『深紅』の思い残したもの。それはあのホテルでの事だ。

あの不思議な感覚を覚えた一室。
あの部屋で唯一動かす事の出来た日記から読み取れた二人の少女の、一つの想い。
深紅の真冬への想いを膨れ上がらせ、そのまま彼女の脳裏に焼き付いた故にこうして『霊体』となった今も気にかける事の出来るあの想い。

父親への、思慕。

ハリー・メイソンという男性。
その娘と思われる二つの姿を見せた少女。
イメージの中にもあった霧の町。
あのホテルには必ず何かがある筈。
それは、この町との関係も隠されているのかもしれない。
誰かに伝えなくてはならない。
『地縛霊』と化してしまった為、『深紅』は最早ここから動く事は出来ないが。
どうにかして誰かに伝えたい。
あの想いを、伝えなくてはならない。


誰かに。


誰かに――――。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

356ゼロの調律  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/11(月) 22:49:04


研究所――――地図上ではそう表記されていた筈の区域内の棟。
広々として殺風景なエントランスホールで四人を出迎えたのは、一人の少女の死体だった。
年の頃は、十五、六だろうか。まだ中高生だと思われる。
左腕は千切れかけ、腸は跳びだしている上に、額には銃痕まで残された無残な死に方。
三沢は推察する。彼女もまた、『あっち側』に行ってしまった為に生き残りの誰かに殺されたのだろうと。
ゾンビの様な連中は銃を使わない。また、三沢の知る限りの、ではあるが、銃を扱う化け物共に殺されたのなら彼女も奴等の仲間入りをしている筈。
それが、理由だ。
見い出せた期待を一笑するかの様に現れた惨劇。
ロッキーのテーマを口ずさんでいたジムも気が滅入ってしまったらしく、少女を見るなり歌を止めてしまっていた。

「……ジム。それで、どっちに行けばいいの?」
「あ、ああ。……こっちだよ。ついてきな」

ジルの促しにより、重い空気の漂う場で三人が動き出す。
出来る事をやる。
まだ十代の子供であろうと、死に様が憐れであろうと、死者にかまけてはいられない。それは三沢も正しい選択だと考える。
そういった判断が下せるのは彼女がそれなりに修羅場をくぐり抜けている事の証明だ。
永井頼人とそうは変わらぬ年齢だろうに、やはり国柄というものか。
入り口から左側にあった通路に入ったジムの後を、ジル、須田の二人が続いた。

動かないのは、三沢のみ。
三沢は一人、この場に来た時からジム達には聞こえない声を――――目の前で死んでいる少女の霊体の声を聞いていた。
これは悪夢や幻覚ではない。しかし、化け物の様な敵意や害意は一切感じられない、三沢も初めて見る種類の『あっち側』の存在。
少女が訴えかけている必死の想いを、三沢は確かに感じ取っていた。

“南のホテルへ” “あの部屋の少女” “ハリー・メイソン” “彼の……こども……?”

高ぶっている感情を吐き出す様に、繰り返されている四つの言葉。
そこに何かがあるというのか。ハリー・メイソンとは警察署で出会った男の事なのか。
彼の子供とは、シェリル・メイソンを指しているのだろうか。
疑問は浮かぶが、何だそれはと問い掛けようとも、少女の霊はただ繰り返すのみ。

「南のホテル、か」

確認するでもなく、ぽつりと呟いて。
三沢は身体を返して少女に背を向けた。
少女はいつまでも、ただ言葉を繰り返していた。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

357ゼロの調律  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/11(月) 22:50:08


ジムが言うには、細い通路の突き当たりにはエレベーターがあり、ウィルスのワクチンを作る為にはそれで三階に行かねばならないらしい。
まずはそのワクチン精製の機械が存在しているかどうかを確認しなければ始まらない、との事だ。
仮に材料が揃おうとも、その機械がなければワクチンは作れないのだから、言わんとする事は恭也にも分かる。

「あれ、ミサワはどうしたんだ?」

それはそれとして最初に生じた問題は、この僅かな移動の中でも三沢がただ一人ついてきていないという事だった。

「え……? あ、俺見てきます」
「おいおい、頼むぜ、まったくさ」

二つの溜息を背中で聞き、恭也は早足で短い一本道を戻る。
エントランスホールに入れば、果たして三沢は未だ少女の死体の前に立ち尽くしていた。

「三沢さん。あの……もう行かないと。みんな待ってますよ」

声をかけるが、反応はない。
恭也の声が聞こえない程に少女の死を悼んでいるのか。しかし、そういう感じにも思えない。
訝しげに首を傾げる恭也が気付いたのは、三沢の視線だ。
三沢は少女の死体の前に立ちながらも、死体そのものを見ている訳ではないのだ。
彼の視線は、虚空の一点を凝視している様に止まっている。
恭也もそちらを見やるが特に目立つものは無い。一体、何を見ているのか。

「三沢さん?」

やはり返事はない。
三沢が何を見ているのか。それを再度意識した瞬間、恭也の視界が若干の乱れを帯びた。
唐突に飛び込んできた映像に、僅かに呻きながらも恭也は――――それを見た。

(な、なんだ、これ……?)

死体となって床に倒れている少女。その上に立つ、色褪せた彼女の姿を。
そして聞いた。
南のホテルへ。あの部屋の少女。ハリー・メイソン。彼の子供。
何度も何度も、ただその四つの言葉だけを繰り返す、彼女の声を。

358ゼロの調律  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/11(月) 22:50:31

「っはぁ……」

吐息と共に幻視を解く。
慌てたように少女の死体を確認するが、彼女の姿などは何処にも見えやしない。
しかし死体の位置からしても、今のは、間違いなく三沢の見ていた映像だ。
今のは、幽霊というやつなのだろうか。いや、そうとしか思えないのだが。
率直に言えば奇妙な男だとは恭也も思っていたが、まさかそんなものが見えていようとは――――。

「南のホテル、か」

二度の呼び掛けにも無反応だった三沢が口を開き、ぼそりと呟いたのは、幻視の中の少女が散々繰り返していた単語の一つ。
振り返った三沢が、漸く恭也に目を向けた。

「どうした?」
「いや、どうしたって……今“視えてた”のって……本物の幽霊なんですか?」
「さあな」

それだけを残すと三沢は恭也の横を通り、エレベーターへの通路へと入っていく。
おせえよ、とのジムの悪態が聞こえてきた。二言三言、ジムはそのまま騒がしく喚いている。
恭也もそのまま戻ろうとして――――ふと足を止め、少女の死体を見返した。
他に何も見えないその場所に、儚げに立つ少女の姿が思い出される。
今も少女はあの言葉を繰り返しているのだろうか。
“視える”者にしか映らない姿で。“聴こえる”者にしか届かない声で。
まっすぐと、恭也を見つめて――――。

背筋に寒いものが走り、恭也は小さく身震いをした。


【Dー3/研究所(ラクーン大学)・1階エレベーター前通路付近/二日目黎明】

359ゼロの調律  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/11(月) 22:51:21
【三沢 岳明@SIREN2】
 [状態]:健康(ただし慢性的な幻覚症状あり)
 [装備]:89式小銃(30/30)、防弾チョッキ2型(前面のみに防弾プレートを挿入)
 [道具]:マグナム(6/8)、照準眼鏡装着・64式小銃(8/20)、ライト、64式小銃用弾倉×3、精神高揚剤
     グロック17(17/17)、ハンドガンの弾(22/30)、マグナムの弾(8/8)
     サイドパック(迷彩服2型(前面のみに防弾プレートを挿入)、89式小銃用弾倉×5、89式小銃用銃剣×2)
 [思考・状況]
 基本行動方針:現状の把握。その後、然るべき対処。
 0:「南のホテルへ、あの部屋の少女、ハリー・メイソン、彼のこども」か……
 1:民間人を保護しつつ安全を確保
 2:どこかで通信設備を確保する
 ※ジルらと情報交換していますが、どの程度かはお任せします。


【須田 恭也@SIREN】
 [状態]:健康
 [装備]:9mm機関拳銃(25/25)
 [道具]:懐中電灯、H&K VP70(18/18)、ハンドガンの弾(140/150)、迷彩色のザック(9mm機関拳銃用弾倉×2)
 [思考・状況]
 基本行動方針:危険、戦闘回避、武器になる物を持てば大胆な行動もする。
 0:今の……幽霊?
 1:この状況を何とかする
 2:自衛官(三沢岳明)の指示に従う
 ※少女(深紅)の地縛霊の言葉を、三沢への幻視を通して聞きました。

360ゼロの調律  ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/11(月) 22:51:55
【ジル・バレンタイン@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
 [状態]:疲労(中)
 [装備]:レミントンM870ソードオフVer(残弾6/6)、ハンドライト、R.P.D.のウィンドブレーカー
 [道具]:キーピック、M92(装弾数9/15)、M92Fカスタム"サムライエッジ2"(装弾数13/15)@バイオハザードシリーズ
     ナイフ、地図、携帯用救急キット(多少器具の残り有)、ショットガンの弾(1/7)、グリーンハーブ
 [思考・状況]
 基本行動方針:救難者は助けながら脱出。
 1:ワクチンを入手する
 ※闇人がゾンビのように敵かどうか判断し兼ねています。
 ※幻視についてある程度把握しました。


【ジム・チャップマン@バイオハザードアウトブレイク】
 [状態]:疲労(中)
 [装備]:89式小銃(30/30)、懐中電灯、コイン
 [道具]:グリーンハーブ×1、地図(ルールの記述無し)
     旅行者用鞄(26年式拳銃(装弾数6/6 予備弾4)、89式小銃用弾倉×3、鉈、薪割り斧、食料
     栄養剤×5、レッドハーブ×2、アンプル×1、その他日用品等)
 [思考・状況]
 基本行動方針:デイライトを手に入れ今度こそ脱出
 1:ワクチンを入手する
 2:死にたくねえ
 3:緑髪の女には警戒する
 ※T-ウィルス感染者です。時間経過でゾンビ化する可能性があります。



※『呼ばれし者』の魂は『澱み』に囚われる為、浮遊霊化、地縛霊化、怨霊化等の現象で生まれるクリーチャーは魂とは違う存在(岩下明美の例を出すと魔力の塊)とします。
※この場合の『呼ばれし者』の浮遊霊等は、性質としては零のそれと殆ど変わらないものとします。
 それ故、本来の霊への対抗手段である射影機や裂き縄等でも封印は可能です。
※これに伴い、『呼ばれし者』以外の幽霊(氷室邸から発生した浮遊霊等)は、本来の霊魂の存在である故に魔力の塊では無い事とします。
※流行り神の『死者の霊魂』化につきましても、こちらの設定を当てはめさせて頂きます。
※裏世界での研究所の破壊痕が、サイレン後の表世界に影響しているかどうかは後続の方に一任します。

361 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/11(月) 22:53:18
以上で投下終了です。
ご指摘、ご感想ありましたらよろしくお願い申し上げます。

362キックキックトントン名無しさん:2013/11/14(木) 21:55:07
投下乙でした。

ピエールも、そういえば視えちゃう人だった!
深紅の真意は伝わるのか。
ホテルって何かあったっけ……?
デイライト取ったら、このパーティはホテル行きかー

363 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/17(日) 09:43:54
感想ありがとうございます!

ピエールとは瀧の方か三沢の方かで色々と意味合いが変わってしまいそうですが!w
ホテルは……きっと何かがあるのでしょう。多分。

地味に収録の方も完了してました! ご確認をお願い申し上げます。

364キックキックトントン名無しさん:2013/11/20(水) 13:46:11
久々に来たら投下来てた
投下乙です

34さんは良くも悪くも主催者ら(?)打倒に動くが…
新堂は死んでもウザいというか確かにここは死んでからが本番なんだよなあw
対主催チームの1つではあるがこのまま安定するか、それとも…

ああ、幽霊がいるこのロワだとこういうフラグもあるんだよなあ
良くも悪くも一筋縄じゃいかねえなあw
デイライト取った後の行動が気にはなるが…

365 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/21(木) 00:12:37
感想ありがとうございます!

本番というよりは、ワンチャンあるといった感じですかね?w
デイライトは何気に新堂の活躍(?)次第ということになってしまったこのチームです。
デイライト取る前もどうなることやら!


そんなわけでございまして、

雛咲真冬@零

羽入@ひぐらしのなく頃に

予約致します!

366 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/26(火) 22:06:51
すみません、延長で!

367 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/27(水) 21:14:42
雛咲真冬@零
羽入@ひぐらしのなく頃に

投下致します。

368 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/27(水) 21:17:21
予感は、初めから抱いていた。
世界を跨いだばかりの時には、それは漠然としたもので。
その時が近付くにつれて、徐々に明瞭な形としての纏まりをみせていく。
――――自らの生まれ変わりである古手梨花が、いつ、また死を迎えるのか。その予感。

絶望という名のヤスリに心を削り取られ、抱いていた希望や勇気が粉屑と化して消えたのは梨花だけの事ではない。
もっとずっと以前から――――羽入もそれは同じだった。
雛見沢村の前身、鬼ヶ淵村でオヤシロ様として祀りあげられた千年前。勝手に掲げ上げられた血塗られた戒律。
誰かを虐げ、傷付ける行為など、一度足りとも見たいと思った事は無いのに。気付けば凶々しい神として崇められて。
大勢の人々が自らの名の下に、自らの目の前で、残酷な拷問と恐怖の中で命を落としていった。
それを否応無しに見せつけられて。
誰にも聞いてもらえぬ悲痛な叫びを上げていたのは何時の頃までだったろう。
誰にも聞いてもらえぬ無駄な叫びと気が付いたのは何時の頃からだったろう。
大層な立場に置かれ、大層な名前を付けられはしたが、ただ祀り上げられただけの神はいくら泣き叫ぼうとも想い一つを伝える事も出来やせず。
その内に羽入は絶望に疲れ果て、感情を押し殺し、ただあるがままに目の前に訪れる惨劇を眺め、諦め、受け入れる様になった。
関わる事の出来ない存在が奇跡を願ったところで、何かが起きる事は無い。
希望も勇気も塵と消えた、運命の流れに逆らう事を止めた傍観者。
梨花の生まれるずっと昔から、羽入は絶望を味わい尽くし、その立場に甘んじてきたのだ。
決して人の傷付く様に、死に、慣れた事はない。
ただ、人の死を嘆き、悲しみ、心の痛みを訴えようとも、何も変わりはしない。何も変えられはしない。それに気付いただけ。
だから羽入は、自らの心を閉ざす事を覚えてしまった。

梨花と過ごしたこの百年を超える時の中でもそう。
自身の言葉が通じ、自身の姿を見てくれる梨花と出会えた時は本当に嬉しかったのに。
誰とも心を通わせられず、一人ぼっちで過ごした千年間を経て、漸く出会えた奇跡と思えたのに。
それよりほんの少しだけ先の未来に待ち受けていたのは、何度挑もうとも免れる事の出来ぬ数多の惨劇の繰り返しだった。
それが運命なのだと悟り、とても立ち向かえるものではないと諦めたのは梨花より幾分も早かった。
奇跡など、起こせるものではないと。期待を込めれば込める程、反動の痛みは大きいものなのだと。その身を持って知っていたから。
羽入は虚ろな目で、ただじっと悲劇が通り過ぎる時を待つ事を選んだ。
抗うのを止めて、終わらないループの中で梨花と共に永遠を過ごす事を選んだ。
傍観者としての立場に戻り、そうある方が楽なのだと幾度となく梨花にも伝えたのは、自身に言い聞かせる為でもあったのか――――。

――――しかし。
心は、削れて無くなった訳ではない。閉ざしてしまっただけだ。
何も出来ず、関われず、ただ傷付く心の痛みを和らげるだけの振る舞いの中にも。
梨花と共に惨劇を打ち破り、幸せを掴み取りたい。昭和58年6月の先の世界を見てみたい。
そう期待する想いは、閉ざしてしまった扉の奥に、間違いなくあったのだ。
だからこそ羽入は、あの世界で泣いていた。
初めから終わりの予感は抱いていようとも、サイコロの目が6ばかり出る様な奇跡が続いたあの世界で。
圭一を失い、部活メンバーが次々と殺され、ほんの一手にして最悪へとすり変わったあの世界で。
伝わってきた梨花の心――――あの時の梨花のあまりの絶望感に揺さぶられて。
心の扉は抉じ開けられ、心は表に曝け出されて。羽入は堪らえ切れず、涙を流していたのだ。


羽入と梨花を載せた山狗達のワゴン車が『何か』に襲われた、あの一瞬までは。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

369 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/27(水) 21:18:10
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


あまりにも突発的に現れたのは、羽入の予感すら覆す、意外過ぎる力だった。
それは、羽入の持つ力――――カケラを移動する際に使用する力に近しい物。
だが、異なるのはその強さ。精神体だけならいざ知らず、実体までを飲み込もうとする力の存在など羽入は知らない。
包み込まれた直後、驚愕に涙は止まっていた。反射的に羽入は自身の力を反発させていた。それは防衛本能からの行動だったのだが、時は既に遅かった。
例えるならば、小石が水中に落ちて消えるかの様に呆気無く。
瞬き一つの時の後、気が付いてみれば羽入はただ一人、見知らぬ霧の町の中に立っていたのだ。

≪あぅあぅ……今のは、何だったのですか? ……梨花? 梨花ー?≫

一緒に力に飲み込まれた筈の梨花もワゴン車も、辺りには見当たらない。
それは、羽入が力に引きずり込まれる際、僅かながらも同質の力で反発してしまった故だろうか。
梨花の気配を探ろうとするも、町を覆う異様な瘴気に阻まれて上手くいかない。あの予感も、今は不思議と感じられずにいた。
ただ、瘴気の中に巨大な何物かがいる事には、羽入は気付いていた。
余りにも巨大過ぎる為に、漠然とした何かとしてしか認識出来ないが、恐らくはそれが羽入をこの場所に引き寄せたもの。
途方に暮れた羽入は狼狽えながらも、自身と同じ様に力に飲み込まれた筈の梨花を探す為、霧の中に足を踏み出した。

――――それが、真冬と出会う数日前の事。

この数日間、町を彷徨い歩いていた羽入は、ここでもなお様々な惨劇を見せつけられる事となった。
信じ難い事に、この町には現実には有り得ない様な怪物達までが徘徊していたのだ。
爬虫類が人間になった様な。太古の昔に大空を舞っていた翼竜の様な。顔の潰れた看護婦の様な。肉を腐らせた犬の様な。その姿は多種多様だ。
普通の人々もまた存在していた。彼等も羽入と同じく何処からかこの町に引きずり込まれたらしく、その目には一様に戸惑いや怯えが乗せられていた。
その中にはワゴン車に乗車していた山狗達の姿もあった。
羽入に気付く事無く、羽入の目の前を通り過ぎて行った人間はどのくらいの数にのぼるだろうか。
そっちには化け物がいる。行っては殺される。ハッとして手を伸ばそうとしても、その手が引き止められるものなど何も無く。
言葉を伝える術を持たぬ羽入の思いは誰にも届く事は無く。虚ろな目で彼らの後ろ姿を見送る事しか出来ず。
やがて人々が通り過ぎた先から聞こえてくるのは絶叫や、命乞い。時には銃声もあったが――――羽入が再び生きたままの彼等を目にする事は、遂に無かった。

羽入が見てきた怪物の中には、意外なものもあった。
黒い靄の中に人の顔を携えた怪物。
黒い布を全身に巻いた人程の大きさの得たいの知れない白い怪物。
不思議と何処か通じるものを感じはしたものの、決してそれは羽入にとって喜ばしい事ではなかった。
それらは羽入の姿を認識し、あろうことか襲ってきたからだ。
無論羽入は逃げ出した。自らが決して物理的な死を迎える存在ではないとは言え、五感を失っている訳ではない。殴られれば痛いのだ。
幸いにして振り切るのは難しくはなかったが――――。
ただ見ている事しか出来ない惨劇に心を痛めて、怪物達には追い回されて、それでも梨花は見つけられずに不安は募るばかり。後はこれの繰り返し。
羽入があのアパートで真冬と出会ったのは、そんな中での事だった。


◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

370 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/27(水) 21:20:13
病院までの道すがら。羽入はこの町に取り込まれてからの経緯を打ち明けてくれた。
彼女が真実を語っていたのかどうか。話の内容だけを見るならばそれは、実のところ真冬には受け入れ難くはある。
理由は明白だ。真冬がこの世界に迷い込み、まず最初に把握した筈の町の掟と羽入の話。両者は、どう都合良く解釈しようとも噛み合っていないからだ。
だが、これまで真冬がこの町で見てきたもの。
無害な『鬼』である、羽入や荒井。
過去の映像ではっきりと見た、『名簿』に記されていない人物である高峰準星や細田友晴。
それらと羽入の話を照らし合わせてみれば、自ずとある推論が浮かび上がってくる。

「一つだけ確認させてくれないか」
≪なんなのですか?≫
「君は、この町の掟……ルールを知っているか?」
≪ルール……なのですか?≫

少しだけ考える素振りを見せた後、羽入は首を横に振った。
真冬よりも数日も早くこの町に迷い込み、さ迷い歩いていた筈の羽入が、たったの何時間か町に居ただけの真冬や玲子が見つけて認識した殺し合いのルールを知らないというのだ。
更に問えば、あの真冬達の姓名の載せられた名簿の事も知らないと彼女は答える。
あの奇妙なDJによる放送については、聞きはした様だが何の事なのかさっぱり分からなかったと言う。回数も、あの放送の一度きりとの事。
となれば、やはり思い浮かべた推論は正しい可能性が高いのではないだろうか。

つまりは、そぐわないのは羽入の話ではなく、町のルールとやらの方なのだ。

身体に重くのしかかり、思わず噎せ返ってしまう程に強烈な瘴気が充満した、現実からかけ離れた歪んだ世界。
いつからこの世界が存在しているのか。そこまでは羽入の話からでは読み取れないが、ともあれ掟までが初めから存在していたのではないらしい。
羽入の見てきたこの町の中では、ルールも目に止まらなければ、互いに殺し合っていた人間なども誰一人としていなかったのだから。
名簿もそうだ。これまでに何人の人間が命を落としてしまったのかは不明だが、羽入の話を聞く限りその数は決して少なくはない。
しかし、あの名簿の名前の中で、死亡者の証明と見られる赤い直線が引かれていたのは数名程度だった筈だ。こちらもやはり、噛み合っていない事柄だ。
名簿に記載した人間達に殺し合いをさせる――――そんな掟が現れたのは、恐らくは真冬が迷い込む直前なのではないだろうか。
そう考えるなら、羽入がルールや名簿を知らない事も頷ける。
掟が掟として成り立っていないのも、そもそもこれまで掟など無かったのだとすれば、当然の事。
寧ろ、町で起きている事を後から無理矢理に掟としての形に当て嵌めただけの様な印象すら受ける。
ただ、名簿の方は真冬や玲子、ジェイムスの他にも、深紅や玲子の知り合いの名前までが記載されていたのだから、まるっきりの出鱈目だとは言い切れないのだが。
そして名簿と言えば、気にかかるのは名前の記載されていなかった人物の事。
こちらは細田友晴の事から推測すれば、考えたくはないがその生存は絶望的と見るべきだろうか。
という事は、高峰準星も、恐らくは――――。

恩人の顔が脳裏を過ぎる。
自身の本来の目的が行方不明となっていた高峰の救出だった事を思い出し、真冬は悔しげに目を細めた。
罪悪感にも似た後ろめたさを、高峰に対しても感じてしまっている。それはやはり、先程の青年の件を引きずっているからなのだろうか。
尤も、高峰がまさかこの様な事態に陥ようとは夢にも思わなかったし、真冬がここに来た時には既に手遅れだったという事になるのだ。口惜しくとも、割り切るしかない。
せめて遺体を見つけてやりたいとは思うが――――今は他に、優先しなければならない事がある。

371 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/27(水) 21:20:46
病院。アパート前で触れたあの少女は、そう強く念じていた。
病院に何があるのか。少女はそこで何をするつもりなのか。一切は不明だが、あの少女は追わねばならない。
思い描くのは、少女に触れた瞬間に真冬の全身を巡った、様々な移り変わりを見せたあのイメージ。
一見では深紅よりも年下と見られるその華奢な外見の中には、あの強烈な感情の他にも、凄まじいまでの力が感じられたのだ。
それは到底人智の及ぶ所には有ろう筈もない存在。
そして、常識では計り知れないこの町の怪異とも何かしらの関連性がある事。
力と町。この二つの繋がりが直接的に見えた訳ではないが、直感的に真冬はそう感じ取っていた。
少女には何かがある。この町を脱出する為の何らかの鍵となる筈だ。
故にあの少女は追わなければならないのだが――――真冬が少女を追う理由はそれだけではない。
あの感情とイメージの裏には、ほんの微かにだが触れられた想いがあった。“聲”と言い換えても良い。

――――助けて。

そう願う“聲”が、あの時真冬には確かに聞こえていたのだ。
触れてしまった悲痛な叫び。心の奥深くまで直接響いた少女の想い。
少女の事情は知らずとも、感じた想いは本物だ。
真冬には、それを捨て置く事は出来なかった。
あの想いこそが、真冬の足を少女へと向かわせている理由なのだ。
ともすればそれは、少女への感情移入をしてしまっているのかもしれないが――――。





≪まふゆ≫

背後からの呼び声に、少女の顔は薄れ行く。真冬は足を止めた。
肩越しに見やれば、そこには羽入が立ち尽くしていた。
どうしたのかと問えば、羽入はまっすぐと真冬を見つめて、言った。

≪あの、お願いがありますです≫
「お願い……って?」
≪その、その…………まふゆ、あのカメラを僕に見せてほしいのです≫
「カメラ……射影機を? 構わないけど、どうして?」
≪あぅあぅ……お願いしますです≫

眉を潜め、真冬は肩にかけているショルダーバッグに目を向けた。
射影機はバッグに入れているが、羽入はそれを見てどうしようと言うのだろうか。
若干の迷いの後、結局真冬は射影機を取り出した。
羽入が直接触れる事は出来ない為、彼女の見易い位置に射影機を掲げ上げる。
羽入はまじまじとそれを見つめた後、やっぱり、と一言呟くと、そのまま何かを考える様に俯き、黙り込んだ。
何がやはりなのか。羽入は射影機を知っているのか。疑問は生じるも、とりあえず真冬は羽入の次の言葉を待つ。
やがて顔を上げた羽入の表情からは、出会った時からこれまでずっと見せていた憂いが隠されていた。
その代わりに表れているのは、ある種の強さを持った力の篭もる表情。
言葉にも、眼差しにも、真剣味を乗せて。羽入は口を開いた。

372 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/27(水) 21:21:54
≪まふゆ。そのカメラで……僕を撮ってくれませんですか……!≫

その言葉に、真冬は思わず羽入の顔を見返していた。
わざわざ射影機の確認までして、そう口にする以上、まさか単純に撮影してほしいという話ではあるまい。
ましてや玲子の成れの果てがどういう最期を遂げたのかは羽入も見ていたのだ。射影機がただのカメラではない事には気付いている筈だが――――。

「それは……これで撮影する事の意味を分かってて言ってるんだね?」

羽入は躊躇いなく、静かに頷いた。
射影機で霊を撮影するとは、つまりは死を迎えさせる事に等しい。
羽入は、精神体ではあっても単なる霊体ではない。
その羽入を射影機で撮影した場合、結果としてどうなるのかはやってみなくては真冬にも分からないが、少なくとも羽入本人は覚悟を決めている様子だ。
こうなれば戸惑うのは真冬の方だ。霊を封じる行為そのものに抵抗は無いが、羽入の様に人とそう変わらぬ振る舞いを見せる無害なものが対象となれば流石に躊躇われる。

「だけど、どうして? それに何の意味があるんだ?
 僕は、出来れば君にもこのまま協力してもらいたいと思ってる。
 物に触れる事が出来なくても、知恵を貸してはもらえるだろう?
 でもカメラに君を収めてしまうとそれも出来なくなってしまう」
≪違います、まふゆ。だからこそ、なのです。僕もまふゆを手伝いたい。だからこそ僕を撮ってほしいのです≫
「それは……どういう事なんだ?」
≪あぅあぅあぅあぅ……ごめんなさい。僕も漠然と感じているだけで、何と説明すれば良いのかは分からないのです。でも……≫

一旦そこで羽入は口を閉ざした。
真冬は一言の相槌を打ち、羽入の言葉を促す。

≪傍観する事しか出来ない今のままよりも、きっとお役に立てると思いますです≫

再びの眼差しが、真冬に向けられた。
強い想いの篭められたその瞳を、羽入はゆっくりと閉じていく。
それを受けて、真冬は――――迷いながらも、分かった、と了承の意を示して射影機のファインダーを覗き込んだ。
自らの手で羽入を消す事に躊躇いは残るが、羽入も何か考えあっての決断だ。
確かに伝わってくる彼女の決意と決断を無下にする事こそ、真冬には冒涜の様にも思えていた。

ファインダーの中に、一風変わった巫女装束を纏った少女が立っている。
覚悟を決めたその顔には今、優しい微笑みが浮かべられている。
流れる夜霧は、その少女を妙に神秘的に映し出していた。
真冬は何も言わずに、そのままシャッターを切った。
目映い一瞬のフラッシュが、ファインダー越しの空間を真冬の目に焼き付かせる。
霧に反射する光の中。まるで時間でも止まってしまったかの様に長く感じられた一瞬の中。
羽入のその身体は、捻じ曲がる様に歪んでいく。
小さく。丸く。羽入自身のその身で出来上がっていく命の球体。
それは野球のボール程の大きさまで縮み、仄かに滞空した後――――吸い込まれる様にして射影機に取り込まれていった。

373 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/27(水) 21:22:47
「……ん? これ、は……?」

そして次の瞬間、真冬は異変に気付き、息を呑んだ。
羽入を取り込んだ射影機が、光り輝き始めていた。
何が起きているのか。驚愕の中でも理解出来る。
輝きが増すに連れ、真冬の手の内に圧が広がる。射影機に力が漲っていく様子が、確かに感じ取れる。

「羽入……そうか」

羽入の言っていた事はこれだったのだ。
“ありえないもの”への対抗手段となるこの射影機。
それに自らを封印させる事により、射影機の力を底上げ出来るのだと、彼女は気が付いたのだろう。
どうして羽入がそれに気付いたのか。そして、どうしてこれ程の献身を見せるのか。そこまでは真冬には分からないが。
この強烈な瘴気の満ちた異常な町で、羽入の力で強化された射影機は必ず真冬の助けになる事だろう。それだけは、疑う余地の無い事実だ。

射影機の輝きは徐々に落ち着きを見せていく。
それは何処か、射影機へと力を移し終わった事を羽入が伝えている様な。そんな気がして。

「ありがとう……羽入」

真冬は無意識に、羽入への礼の言葉を口にしていた。
そうして、名残惜しそうに射影機をバッグにしまおうとし――――。

≪どういたしまして、なのです!≫
「うわっ」

予想だにしていなかったその声に、思わず身体を仰け反らせてしまった。
それは彼が手に持つ射影機からのものだ。

≪上手く行きましたのです。これで僕もお役に立てますのです!≫
「あ、ああ……そうか」

再び、嬉しそうな声が聞こえてくる。
姿は無いが、どうやらこうなった今も自由に話せはするらしい。
それもまた、所謂霊体と羽入の差異という事になるのだろうか。
言っては何だが、何処と無く拍子抜けした気分も覚える。
苦笑を浮かべて再度の礼を伝えると、少しだけ考えた後、今度こそ真冬は射影機をバッグにしまい込む。
そして鉄パイプと懐中電灯を改めて握り直し、向かうべき方向へと灯りを差し込んだ。
眼前に見えているのは、乳白色の濃霧。
アパート前で気絶していた時以来発生している霧は、一向に収まろうとはしてくれなかった。
単純な明るさで言えば血と錆のあの時よりも幾らかはまともではあるとは言え、見通しの悪さは然程変わるものではない。
町を覆い隠すものが闇から霧へと変化しただけの事。今も数十メートル先すら見えはしない。
不快による視覚的な圧迫感は和らごうとも、漂い続ける瘴気の強さは相変わらずだ。町の本質は今も同じなのだ。
この町が、危険である事もまた、変わらない――――。
それでも、先には進まなくてはならない。
見た事も無い筈の目的地の外観と、そこまでの地図を鮮明に脳裏に描き出し、真冬は歩みを再開させる。
少女から伝わった映像に、導かれる様にして。

374 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/27(水) 21:23:41
【C-6/レンデル通り/二日目深夜】


【雛咲真冬@零〜ZERO〜】
 [状態]:側頭部に裂傷(止血)、吐き気、脇腹に軽度の銃創(処置済み→無し)、罪悪感
 [装備]:鉄パイプ、懐中電灯
 [道具]:メモ帳、羽入@射影機@零〜ZERO〜、細田友晴の生徒手帳、ショルダーバッグ(中身不明)、滅爻樹の枝@SIREN2
 [思考・状況]
 基本行動方針:サイレントヒルから脱出する
 0:病院に行く
 1:この世界は一体?
 2:深紅を含め、他にも街で生きている人がいないか探す
 3:羽入の知人であるらしい「古手梨花」を気に留めておく










雛咲真冬の住まう世界の、とある地方――――氷室邸の在る地方に伝わる伝承には「五神鏡」と名付けられた五枚の鏡が登場する。
伝承には『その昔、その地に降り立った五体の神がその地を離れる際、それぞれの力を封じた鏡を創り、災厄からその地を守る神器とした』とあり、更に一部の伝承では「もう一枚の鏡」が存在している。
それは『更なる大きな災厄を封じる為、五枚の鏡、全ての神の力を結集し何らかの儀式を行い創られた』とされ、『御神鏡』と名付けられているのだが――――。
その御神鏡は、単なる伝承ではない。
それは、氷室邸の地下深くに人知れず存在している、現世と異界を隔てる“黄泉の門”を封じる要として祀られた鏡。
それは、裂き縄の儀式の失敗により起きた禍刻で、“黄泉の門”から溢れ出た瘴気に晒され悪霊と化した縄の巫女の魂を完全に浄化した鏡。
紛う事無き神から受け伝えた宝器として、実在している鏡なのだ。
そして、かつて麻生邦彦――射影機の発明者――が氷室邸に立ち寄った際に完成させたとされる射影機。
数奇な運命に見舞われた宗像美琴、雛咲深雪の手を経て雛咲真冬に受け継がれた射影機の内部に組み込まれているのは、その御神鏡の一欠片――――。

その射影機を羽入が一目見た時、彼女はその内部に秘められた特殊な力に気が付いた。
羽入や、羽入をこの町に引きずり込んだものとはまた異なるのだが、しかし、何処か懐かしさすら覚える特殊な力。
それは、『神』として崇められた者達の、超常の力。
この力を通してならば、惨劇にも抗えるのではないか。
羽入自身の力だけでは何かに宿る事など出来はしないが、この力に身を任せるならば、或いは――――羽入の脳裏を巡ったそれは、漠然とした予感に過ぎなかったが。

高鳴る思いがあった。
諦めの極地に追いやられ、凍りついてしまったと思い込んでいた気持ちが動き出す。
何かに抗う。
誰かを助ける。
ただそれだけの事が、実体を持たない羽入にとっては幻想や夢物語にも等しくて。
惨劇を傍観し、人々を見殺しにするだけの今から抜け出せる。
そう思ってしまえば、この高鳴りを止める事は出来なくて。

だからこそ、羽入は今――――。

375 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/27(水) 21:24:57
.




 まふゆー! まふゆー! だからこの枝は近づけないでほしいのですー!
 刺さらなくても怖いのですー! 離してほしいのですー! 出して下さいなのですー!
 あぅあぅ……聞こえませんですか、まふゆー!? まふゆー!?





【羽入(オヤシロ様)@ひぐらしのなく頃に】
 [状態]:射影機(御神鏡)に封印されている、抗う決意
 [装備]:無し
 [道具]:無し
 [思考・状況]
 基本行動方針:人々を助ける手助けをしたい
 0:あぅあぅあぅあぅ……
 1:真冬に協力する
 2:出来れば梨花を見つけたい


※射影機内部の御神鏡の欠片に羽入が宿りました。それ故、射影機の性能が大幅に上昇しています。
 具体的な効力に関しては後続の方に一任します。

376 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/27(水) 21:26:06
以上で投下終了です。
ご指摘、ご感想などありましたらよろしくお願い申し上げます。

377 ◆cAkzNuGcZQ:2013/11/27(水) 23:41:21
すみません、一箇所修正です。

【C-6/レンデル通り/二日目深夜】
→【B-6/レンデル通り/二日目深夜】

とさせて頂きます。

378キックキックトントン名無しさん:2013/11/28(木) 21:40:59
投下乙でした。

途中まで感動系で来て、一気に落として来ましたな。真逆方向に。
さすが部活組は一味違う。
そして、真冬の主人公格化が止まらない!
ひぐらし世界もまたサカナさんが関わっているのでしょうか。

379キックキックトントン名無しさん:2013/11/28(木) 22:06:13
乙でした
惨状を打開できそうなアイテム(?)誕生嬉しいですねえ
元々他のロワとは毛色の違うこの作品、なるべく多くの善人に生き残って欲しいものでありますです

380 ◆cAkzNuGcZQ:2013/12/01(日) 23:25:53
感想ありがとうございます!

>>378
ホラゲで兄さんというポジはなんでか主役ではない気がします。
零の真冬しかり。流行り神の水明さんしかり。SIRENの牧野しかりでございます。
なので、せめて二次創作ではと思いまして! 嘘ですが。
サカナさん多分鳴神学園とかにも関わっているのではないかと!

>>379
アイテム強化もホラゲらしいかなと、いつかやってみたいとは思っておりました!
生き残るのは果たして何人程になるんでしょうねえ。ロワでなくともホラーとなれば少なくなってしまいがちではありますがw


そして代理投下ありがとうございました。
収録の方も完了です。ご確認下さい。

381キックキックトントン名無しさん:2013/12/06(金) 12:57:05
投下乙です

はにゅうをそういう風にもっていくかあ
抗って打開して欲しいとは思うが…
みんながみんな合流したらしたでなあ、梨花や34さんの問題もあるしなぁ

382 ◆cAkzNuGcZQ:2013/12/08(日) 22:23:43
感想ありがとうございます!

羽入と射影機の設定が相性良かった気はします。
どのような効力になるのかはまだ不明なんですけどもね!w


次の予約は、出来れば今週には何とかしたいところであります。

383キックキックトントン名無しさん:2014/01/04(土) 14:58:39
そういえば鷹野って 三沢と階級同じだったっけ・・・

384キックキックトントン名無しさん:2014/01/05(日) 22:04:02
鷹野の方は特権みたいな感じだけどな

385 ◆TPKO6O3QOM:2014/01/07(火) 21:56:16
ハンク投下します。

386Let the Right One In  ◆TPKO6O3QOM:2014/01/07(火) 21:59:10
 
 リフトはゆっくりと降下していく。鈍い駆動音と振動、蛍光灯の煌き――その協奏は、人を苛立たせようという悪意のようにも見えた。もっとも、焦ったところでリフトの降下速度は上がらない。
 警告音に混じって、分厚い金属がこじ開けられていく音が降ってくる。
 問題は、時間をどう稼ぐか――だ。
 扉が断末魔を上げた。踏切音を聞く前に、ハンクは身を横に投げ出していた。一呼吸後、かつてハンクの居た空間を巨体が踏み潰す。
 床板が拉げ、突然の荷重にレールが悲鳴を上げた。ひりつく様な振動が足元から駆け上がる。コートの裾を煩わしげに払い、タイラントは悠然とハンクに目を向けた。
 地鳴りのような踏込み。猛烈な圧を纏いながら、タイラントの拳が振り下ろされる。半歩下がったハンクの鼻先を、烈風が掠めていく。間髪入れず、タイラントの蹴りが繰り出された。右方からの横凪を、踵を中心に回転させて体を入れ替えて掻い潜る。そのまま足を送り、ハンクは前方に身を滑らせた。
 最中、銃を左手に移し、ナイフを逆手に握る。タイラントの横に抜け、ハンクはタイラントの右膝に踵を叩き込んだ。軸足に横からの衝撃を受け、巨体が傾いだ。態勢を崩し、タイラントは床に膝を着く。
 その間に、ハンクは蹴りだした足を軸に更に体勢を入れ替え、タイラントの正面へと詰める。タイラントの急所は手の届く場所に落ちてきている。鋭い息吹と共に、ハンクはナイフを心の臓目掛けて突き立てた。タイラントが着用する複合繊維のコートは防弾にこそ優れているが、鋭利なものによる刺突には弱い。
 刃がコートを裂く――しかし、急所には届かない。咄嗟にタイラントが上半身を捻ったためだ。鋼のような胸筋に阻まれる。
 動きの止まったハンクを捕えようと、巨大な掌が迫る。ハンクは小さく後ろに跳んだ。タイミングを合わせ、着地からすぐにハンクは足を前に蹴り出した。タイラントの手を踏み台に、更にハンクの身体は宙を舞った。膝の屈伸で衝撃を和らげるも、貫くような痛みが関節に奔る。一度間合いを取って仕切り直しにしたいところだが、如何せん空間は限られている。
 右手と両足で壁を掴み、下方のタイラントを見下ろす。間をおかずに壁を蹴り、ハンクは横に跳んだ。
 ハンクの姿を追って、タイラントが首を巡らせる。タイラントは、ハンクの着地を待っているのだ。獲物が一番無防備になる瞬間を、己が仕掛けるタイミングを――。
 木偶のようだと、ハンクは唇を歪めた。
 視界の中で、タイラントが向き直る姿が緩慢に映る。緩やかな落下の中、ハンクは銃の引き金を引いた。
 銀光を湛えた瞳を弾丸の霰が貫く。鮮血を迸らせて呻くタイラントに、ハンクは暇を与えずに更に弾丸を叩き込んでいく。双眸は二つの血だまりと化した。銃声を頼ったか、タイラントはハンクに向かって突進してきた。
 しかし、その動きは精細に掛けている。ハンクは軽く横にステップを踏んだ。通り過ぎていく突風を感じながら、タイラントの側頭部に弾丸を叩き込む。鮮血が弾け、耳周りは血肉の塊と変じた。
 視覚と聴覚を潰されては、"B.O.W."の最高傑作と言えど動く動けまい。その回復にも時間を要するだろう。もっとも、ニンジャは例外だ。彼らは物理法則の外に居る。
 タイラントは駄々をこねる子供のように振り回していたが、ハンクは既にその間合いの外だ。
 リフトはついに最下層に差し掛かった。壁が途切れ、外の風が入ってくる。生じた隙間にハンクは身を滑り込ませた。
 眼前には細い通路が伸びている。記憶と同じであれば、ここを抜けた先に資材搬入用のためのプラットホームがあるはずだ。
 しかし、そこに至るまでの間、"B.O.W."に遭遇しても逃げ場はない。火力にも不安は残るが、それを憂慮する暇はなさそうだ。
 ハンクは走り出した。目的地への到着を告げるブザーを背中で聴く。空になっていた弾倉を交換する。
 果たして、通路の先にプラットホームはあった。しかし、それは一般的な地下鉄のそれと同じような形となっていた。
 単線ではなく、二路線――アップタウン方面とダウンタウン方面ということだろう。
 不可解な光景だった。これでは一般人が容易に最深部へと侵入出来てしまう。いや、侵入という言葉は不適切だ。あまりに無防備に、このアンブレラ施設は開かれているのだから。
 前提が間違っているのかもしれない。
 そもそも隠す必要がないのだとしたら――たとえば、この町にはアンブレラ社の関係者しか住んでいないとすればどうだ。この光景に合点がいく。
 地上部分がラクーンシティの施設を模していることにも説明がつく。つまり、匠の遊び心だ。

387Let the Right One In  ◆TPKO6O3QOM:2014/01/07(火) 21:59:44
 かつて過ごしたロックフォード島を筆頭に、訪れたことのあるアンブレラの施設の幾つかも、凡人の己からすれば非合理的にしか見えない構造や機関が散見されていた。それを介し愛でられるかどうかが境目となるのだろう。あれらと比すれば、ここの首肯は大層分かりやすいものだ。
 暗闇を眩い光が裂いた。レールを軋ませる甲高い音が響く。
 ハンクが降りたプラットホームとは反対側に車両が停車し、ドアを開閉する空気音が聞こえた。
 今の状況で列車が運行を続けている――その非現実感に、ハンクは小さく鼻を鳴らした。如何なる時でもストライキを起こさない企業は、消費者にとって最高の取引相手だ。
 せっかく動いている列車を利用しない手はない。
 この町それ自体がアンブレラ社の広大な施設なのだから、別の場所で通信手段を探せばいい。
 ハンクは線路に降りた。
 足元から振動を感じ取る。ハンクは急いで反対側に渡ると、最後部の車両に組み付いた。それを待っていたかのように、車両はゆっくりと動き出す。
 後方で咆哮が上がった。たった今、ハンクが駆け抜けてきた通路からだ。見やれば、あのタイラントがもう追ってきていた。
 明かりがその双眸に反射して鈍く光る。
 潰した両目は完治していた。新型の治癒力を甘く見ていたらしい。
 もっとも、以前の護衛任務の際にアンブレラ社のお偉方が新型と言っていたのを聞いただけで、旧型とどう違うのかは全く知らないのだが。せめて、ニンジャが素体となっているかだけでも訊いておくべきだったと悔いる。
 タイラントはハンクの姿を認めると、憤懣を晴らすように壁に拳を打ち付けた。砕け落ちるタイルを置き去りにして、タイラントは駆け出した。勢いのままに、タイラントは線路へと跳び込んだ。
 彫像のような雄姿が、ハンクの視界で白々と浮かび上がる。
 刹那の後――その姿は銀光によって掻き消された。轟音と、金属が拉げる悲鳴が交差する。やる気のないブレーキ音がハンクの耳朶を揺らした。
 タイラントを撥ね飛ばしたことに気付かないのか、下り列車が緩やかに停車する。その姿は見る間に小さくなっていく。
 ハンクは肩を竦め、ドアを開けて車両の中に入った。

388Let the Right One In  ◆TPKO6O3QOM:2014/01/07(火) 22:00:06


【Dー3/北回り地下鉄車内/一日目真夜中】

【ハンク@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
 [状態]:健康
 [装備]:USS制式特殊戦用ガスマスク、H&K MP5(30/30)、 H&K VP70(残弾10/18)、コンバットナイフ
[道具]:コルトSAA(6/6)×2、無線機、G-ウィルスのサンプル、懐中電灯、地図
 [思考・状況]
 基本行動方針:この街を脱出し、サンプルを持ち帰る。
 0:世界の車窓から〜地下鉄編〜
 1:アンブレラ社との連絡手段を探す。
 2:現状では出来るだけ戦闘は回避する。


【Dー3/地下研究所・地下鉄路線/一日目真夜中】

【タイラントT-103型@バイオハザードシリーズ】
 [状態]:頭部に複数の銃創、全身打撲(回復中)
 [装備]:防弾・対爆性コート(損傷率20%)
 [道具]:不明
 [思考・状況]
 基本行動方針:G-ウィルスの回収
 1:G-ウィルスを追跡、回収。
 2:任務遂行の障害となるものは排除する。

389 ◆TPKO6O3QOM:2014/01/07(火) 22:00:39
以上です。
指摘等ございましたらお願いします。

390キックキックトントン名無しさん:2014/01/10(金) 23:15:07
投下乙です!
コート先生がもてあそばれている!w
向かうところ敵無しで、敵有ったら逃げ出すハンクさんを捉えられるクリーチャーはいるのだろうか?
コート先生も電車に轢かれて死亡かと思ったら生きてるよ!
ハンクを追うのか、研究所に戻るのか気になるところ。

391 ◆TPKO6O3QOM:2014/01/11(土) 21:40:42
>>390さん
ハンクさんは生存能力突出しているお方ですから。
出口塞いで強制戦闘しかありませんね…
G−ウイルス、レオンも持ってますものね

392 ◆TPKO6O3QOM:2014/01/11(土) 21:42:34
聴けるところに誰もいないですし、サイレン二周目、投下します。

393サイレン二周目  ◆TPKO6O3QOM:2014/01/11(土) 21:43:05

 町に報せの音が駈け巡る。
 その轟きは大気を震わせ、土地に根差した穢れを幾重にも塗り固め、包み隠していく。
 地面の汚泥は薄れ、家々を覆った血錆は抜け落ちる――。
 それを手助けするように、霧が降り出した。たちまち街路は白濁とした河となり、屋根は鉛白色の海へと沈んだ。
 死した者たちの足跡(そくせき)すら一夜の夢であったかのように、全ては等しく白に覆われていく。
 変貌が鎮まった頃、底抜けに陽気な声が響きだした。

 ――紳士淑女の皆様お待たせしました。"トリック・オア・トリート"の時間です!

 誰も居ない、誰も聴いていない。夜闇だけが漂う中で、聲は虚ろに響いていく。

 ――クイズに見事正…………賞品を手にいれ…か? それ……と…………もぅ……間……ばぁつ……ぅ――……
 
 明朗だった声に罅割れが生じ、錆びついていく。やがて、声は消え、ノイズだけが微かに漏れ出していく。
 それはそうだ。放送など、本来無かったのだから。存在などしない、嘘偽りのものだったのだから。
 何しろ、殺し合いの掟など、そもそもこの"町"には無いのだから。
 嘘は続かねば、真へと裏返らない。殺し合いを知らぬ者、信じぬ者が増えた今、一度形を得た虚像はその輪郭を失いつつあった。
 何より、殺し合いを望み、"町"に変化を与えた主は既に居なくなってしまったのだ。
 掟が無ければ、放送に意味はない。意味なきものを繋ぎとめることなど出来はしない。
 故に、元の無へと還っていく。
 何も視えず、声も届かず、誰からも認識されない中で、形無きものが在り続けることなど出来はしない。
 只でさえ、この"町"は移ろい易い場所なのだから――。
 闇に混じるノイズは、時折、大勢の人間たちの呻き声のようにも響いた。
 その中で――

「――父さん」

 微かに、少女の請うような声が混じった。
 しかし、それは一度だけで、ノイズすら暗がりの中へ吸い込まれていった。

394 ◆TPKO6O3QOM:2014/01/11(土) 21:43:32
以上です。
指摘等ありましたらお願いします。

395キックキックトントン名無しさん:2014/01/14(火) 00:24:05
投下乙でした!
まさかここで放送が来るとは思わなかった。放送だったのかどうかはともかくとして……w
一つ質問ですが、この時間帯は深夜でいいんですよね?

396キックキックトントン名無しさん:2014/01/14(火) 20:51:45
投下乙です

ロワの名物の放送が終わったがパロロワでも異端なホラゲーロワに相応しい放送(?)だぜw

397キックキックトントン名無しさん:2014/01/15(水) 22:59:07
代理ありがとうございます。

>>395さん
深夜ですね。
サイレン通知ですから、放送なんて飾りです。えらい人にはそれが分からんのです。

>>396さん
ルールもねえ!殺し合いもねえ!放送もねえ!
死人のでるクロスオーバーってとこでしょうかなあ

398 ◆TPKO6O3QOM:2014/02/22(土) 21:30:51
ハンクの続き、予約いたします

399 ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:14:18
ハンク、投下します。

400 ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:16:20
 規則的な振動と軋み。スチール製の椅子から伝わる冷気が、じわりと身体へと広がっていく。
 掴む者のいない吊り革がゆらゆらと揺れているのを、ハンクはなんともなしに見上げていた。
 蛍光灯の色のせいもあるだろうか。話し声のない車内は、静かな湖底を連想させる。
 同乗している唯一の客は胴で二分割されていて、話し相手になってくれそうにない。
 熊のような口髭を蓄えた壮年の男だ。下半身は少し離れた床に転がっている。断面から零れ落ちた臓器と排泄物が床を酷く汚していた。
 拝借したコルト・アナコンダの残弾は乏しいが、あのタイラントへの強力な対抗力になる。銃把のエンブレムには、"S.T.A.R.S."と刻まれている。たしか、ラクーン市警にアンブレラ社が創設した私兵部隊だったか。
 夏に部隊が壊滅したと聞いている。それで、この男はここに左遷されたのだろう。
 汚れた車窓の外は一刻前と変わらぬ暗闇のままだ。ガスマスクに覆われた自分の顔を見続けさせられるのは陰気な心地にさせられた。
 列車は二度停車していたが、そこで下車するのは避けた。あのタイラントの追跡を避けるためだ。仕組みは分からないが、タイラントはハンクに狙いを定めていた。
 減速を始めていた列車に轢かれた程度で機能停止はしないだろう。索敵能力の範囲が分からないのだから、念を押しておくに越したことはない。
 運転士に話を聞きに運転台に向かったが、内部からの出入口は設けられていなかった。ハイジャックを懸念しての対策だろう。こちらの呼び声に反応しないのは、運転手がドイツ人かニッポン人のどちらかに違いない。彼らは命よりも時間を尊重する。特にニッポン人はハラキリがあるので必死だ。
 時間に追われる生き方しか出来ないのは不幸だ。もっとも、自分たちも似たようなものだと、ガラスに映る己に自嘲を投げかける。もう一人の自分は軽く肩を竦めて見せた。
 耳障りな音を立てて、列車が減速を始めた。
 反動を伴って車両が停車し、扉が開く。
 いつまでも乗り続けていくというわけにもいかないだろう。ハンクはゆらりと立ち上がった。降りるのを待っていたかのように、ハンクがプラットフォームに両足を着いた途端に扉が閉まる。
 忠実なる運転士の顔を見てみたかったのだが、その欲求は諦めるしかないようだ。列車のテールランプを見送る。ふと、闇に消えていく車内に複数の人影があったように見えた。
 人の気配などなかった筈だがと訝しむも、事実は事実だ。さすがに疲労が蓄積してきたのだろう。
 周囲に目を馳せる。薄明りに照らされた構内に乗客はおろか、駅員の姿すらない。選択を間違ったようだ。この町の関係者と接触できる最後のチャンスだったのかもしれないのに。
 一つ嘆息し、ハンクは階段を上った。人気のない構内は、深い虚穴を思わせた。ライトの心細い明かりで見ていく。外と同じで血と汚泥に塗れ、設置された機材にも破壊された跡がある。床も複数の足跡や傷で荒れていた。

401DIE HARD  ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:16:59
 乗客が静かだったことが不思議なくらいの惨状だ。宙吊りになった蛍光灯が火花を散らして明滅する。
 塩化ビニルが剥がれた床の上で、何かがライトを反射した。拾い上げると社員証のようだ。マモル・イツキ――写真にある眼鏡を掛けた東洋人の名前らしい。超科学研究社なる会社の名も記されていた。おそらく、ケンブリッジ大学とは何の関係もないに違いない。
 それを放り捨てて、ハンクは更に足を進める。駅員の事務所で通信機材を見つけた。だが、操作しても反応は返ってこなかった。周波数を変えても、耳障りなノイズが漏れてくるだけだ。
 事務所を後にして探索を続けたが、この駅には地上に出る階段が見つからない。見つかったのは、先の社員証の持ち主だけだった。
 しばしして、ブルーシートに覆われた穴を見つけた。吹き上がる風で敗れたシートが捲れ上がり、昏い穴が口を開けているのが見えた。工事途中といった様相だ。改装中なのかもしれない。
 ガスマスクを外すと、饐えた臭いを風が運んできているのを感じられた。相当奥に続いているようだ。風音の反響の中で、機械の駆動する音が混じっている。この奥にアンブレラ社の施設があるのだろうか。
 床に、何かが引きずった跡がある。穴の縁に手を掛けると、指に粘液が付いた。糸を引くそれを壁に擦り付ける。あまり好ましくない先客がいるようだが、引き返す時間も惜しい。
 マスクを被り直したハンクは穴に足を踏み入れた。短機関銃の銃把を握り直し、注意深く進んでいく。
 駅と打って変わって、この工事中の通路は散らかっていた。材木の破片や、風化しかけたビニール袋などが転がっている。大きな布きれもあり、浮浪者の寝床にでもなっていたようだ。
 風の抜けていく響きは、生き物の体内に居るかのような錯覚を覚えさせられた。
 耳が足音を拾った。ハンクは素早く振りかえり、ライトと銃口を向ける。しかし、闇が広がるだけで音も聞こえてこない。息を殺し、相手の出方を待つ。
 聴覚に神経を集中させるが、不規則な風音のみが耳朶を通り抜けていく。
 しばしそのまま時間が過ぎていく。細く息を吐き出しながら、ハンクは踵を返した。
 ここまで脇道はなかった。尾行されていたとしても、前に進むしかない。
 通路の勾配は下へ下へと向かっている。延々と続く単調な景色は、人の感覚を惑わせる。
 周囲がびりびりと音を立て始めた。
 振動と共に、サイレンの轟音が穴を奔り抜けていく。一度聞いたものよりも大きく感じるのは地下にいるせいだろうか。
 膨れ上がった音圧に身体は押され、その波はハンクの内臓を震わせる。
 グローブ越しに、壁の感触が変わったことに気付く。今まで続いていた有機的な質感から、素朴な岩肌のそれへと――。
 ライトに照らし出されるのは、ごく普通の岩穴であった。
 覚醒前に幻覚剤か何かをやはり投与されていると考えた方がいい。
 通路の先は、巨大な地下空洞だった。一体どれほどの広さがあるのか。空間の端にまでライトの光が届かない。
 天井の高さも相当の物だろう。霧が頭上に立ち込めているが、音の反響具合からそのぐらいの見当は付けられる。
 霧はまるで生き物の集合体の如く、ゆらゆらと蠢き続けている。時折、それは人間の顔へ、または複数の人間が折り重なっているかのようにも変化していく。霧はゆっくりと流動していた。
 霧に動きがあるということは、抜け穴があるということだ。はぐれかけた霧の一辺が、あたかも掴み取られたように塊へと引き込まれた。
 地形のせいか、風がさも人の呻きかのように唸る。機械音に聞こえたのは、これだったのだろうか。
 ぬかるんだ地面には複数の足跡が残っていた。駅へと戻る足跡は酷く荒れている。

402DIE HARD  ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:17:21
 それを辿って進んでいくと、古ぼけた電球の明かりが見えた。
 岸壁をくり抜いたのだろう。開けっ放しの鉄扉の向こうに、煉瓦造りの通路が現れる。
 低い天井から吊るされた電燈はずっと奥まで続いていた。その奥から、微かな稼働音が地鳴りのように通路に響いている。
 手近な扉を開けると、年代物の長机が並んでいる。会議室だろうか。
 埃を被った床の上に、真新しい紙片が落ちていた。手帳のページが破れたもののようだ。
 手に取ると、几帳面な筆跡でニッポン語が綴られていた。読めないが、何故だか内容は分かった。

≪――3時間経過
 ケンド氏らと再会した。バートン氏とは別行動になったようだ。
 拾った地図は役に立たない。
 それもそのはずだ。この町は、複数の記憶が混ざり合って形作られているらしいのだから。
 夢の中のような唐突さで、知らない町の中に見慣れた風景が現れる。ただし、それには意味を伴っているのではないかと思う。
 役割を担うために、形を求めて置き換わっているというべきか。
 たとえば、元々町の警察署があった場所に、ラクーンシティの警察署が在するという風に。何かしらの法則があるのかもしれない。
 この町は、ゴードン氏やスミス氏の住まうサイレントヒルという町がベースとなっているようだ。
 犬堂警部曰く、サイレントヒルは"都市伝説"の町として有名らしい。都市伝説とは、Urban Legendの直訳だ。邦訳もされていないブルンヴァンの著書を読んでいるとは、頭が下がる。
 警察の仕事に関係しているとは思えないので、単に趣味なのだろう。
 彼女は幻の町というよりも、怪異譚に事欠かない町という意味で使っていると思われる。ポイント・プレザンドも、その内"都市伝説"の町に入るに違いない。
 血塗られた歴史と邪神を奉ずる異教に彩られた、人を惑わす呪われた町。実に魅惑的だ。次々作の題材を得られるとは、まさしく禍福は糾える縄のごとしということ他あるまい。
 そういえば、喜代田女史が"何を触っても同じ女の子のようなモノが視える"と言っていた。
 曖昧なのは、その少女が"少女"と捉えられないかららしい。女の子の姿を借りた"何か"ということだろうか。
 この言葉にマクスウェルくんが強く反応していた。
 彼女の恐ろしい体験には子供の姿をした悪魔が出てくる。得てして、子供というものは人ならざるものが好む対象だ。
 この"少女"が、この偽りの町の鍵を握っていると考えてもいいだろう。
 道すがら、レッドフィールド嬢とシュライバー氏に出会った。
 シュライバー氏はサイレントヒルに救う"教団"について追っていたらしい。
 彼の調査によると、サイレントヒルでは"21の秘跡"なる儀式に基づいた殺人事件が続いていたという。犯人と目された人物が死んだ後も。
 シュライバー氏に、件の"少女"について訊いてみた。
 "教団"幹部の娘ではないかと、彼は答えた。アレッサ、もしくはシェリルという名前のようだ。名が二つある理由については分からない。諱と字のようなものか?
 これから彼らに教えられた地下鉄駅へと向かう。怪物が徘徊する地上を行くよりは安全だろう。
 もっとも、町全体が悪意を向けてくる現状ではさしたる違いはないかもしれないが。
 ところで、私に由来する場所もあるのだろうか。この町に誘い込まれる直前まで関心を寄せていたのは氷室邸だが……。≫

403DIE HARD  ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:17:38
 
 研究者の遺留品ではなさそうだ。己と同じように、この町に紛れ込んでしまった手合いか。床に残された足跡の様子から、このメモの主は慌てて部屋を後にしたようだ。
 この東洋人は、施設の趣向に惑わされ非科学的な方向に思考が進んでしまっている。きっとキングやクーンツといった下らない書籍を愛好しているのだろう。
 床に積もった埃の厚みは、この部屋がしばらく使われていないことを示していた。
 紙片を放り捨て、部屋を出る。
 他の扉を開くと、タイル張りの手術台のようなものが置かれ、錆びついた器具が幾つも捨て置かれていた。
 錆は時間の経過だけが原因ではあるまい。床や寝台にも血が幾重にもこびり付き、先の幻影のような赤茶けた染みを残している。
 この部屋で行われていたのは、救助のための治療ではなさそうだ。
 ブーツが何かを踏み潰した。足を除けると、埃の塊の中から小さな骨が覗いている。
 がん、と扉の方から音が響いた。まるで、人が荒々しくノックでもしたかのように。無論、あくまで比喩だ。扉は内側へ開きっ放しになっているのだから。
 顔を背けると、もう一度扉が鳴った。
 ハンクは一人頷いた。扉の建付けが悪い。
 手術台の上には、小さなコップが置かれていた。残った液体は酒のようだ。それと燃え尽きた煙草。どうしたわけか、残ったフィルターにはニコチンの跡がない。
 その周辺からは埃が取り払われている。置かれて間もないようだ。
 音がまた響くが、もうハンクの注意を留めることはなかった。
 壁や天井に張り巡らされた複数のパイプからも、ここが何かしらの研究施設であることは違いない。だが、残された設備は何世代も前の代物だ。
 この洞穴自体も、炭鉱跡か何かを流用しているようだ。
 パイプが小刻みに震え、その内側を羽音のような響きが駆け抜けていく。
 腐った床板を踏み抜きそうになった。重心を上手くずらして、それに耐える。
 使用されている文字が漢字であることにハンクは眉を潜めた。先ほど拾った社員証に東洋人が映っていたように、この町はチャイナタウンやリトル・トーキョーのような移民街なのかもしれない。
 そうだとすると――名前は忘れてしまったが、初老の男が言っていた、"サイレントヒル"なる町ではないことを更に裏付ける。
 ただし、先ほどのメモにも出てきたことから無関係とも思えない。
 ふと、吐く息が白くなっていることに気付いた。周囲の気温が下がっている。
 霧が満ちていたことからも、町の中央にある湖と何処かで通じているに違いない。
 天井のパイプを伝う水滴が、床板を叩いて音を上げた。
 酷い環境だ。
 およそ、精緻な研究を行う場所からは程遠い。さすがにこれは匠の遊び心では済まされない。
 東洋人は根本部分で閉鎖的な民族だ。アンブレラ社がこの町に根付くまでの苦難が感じられた。
 その後、大学の地下に設けられた研究所の完成とともに廃棄されたのだろう。
 それでも、何かしらの利用価値はあったと伺える。
 空調、水道、ガス、電気といったインフラが、こうして生きている。これらを維持するには必ず人の手による管理が欠かせない。
 だが、何のために――。

404DIE HARD  ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:17:53
 まず思い浮かんだのは、資料の保管庫としてだ。だが、紙資料の保存には劣悪な状況に思える。マイクロフィルムやコンピューターに落とし込んでいるのなら、そもそもこんな不便な施設など必要ない。
 あとは、動かせない施設があるか。例えば、原子炉のような。
 もしそうであれば、稼働を停止していても長期間に渡ってメンテナンスが必要だ。
 入れ替わりに電車に乗り込んだのは、その作業員だと考えるのが自然だろう。
 進んでいくと、通路に人影が見えた。男だ。男は床に座り込み、背を力なく壁に預けている。乾いた血だまりが、石造りの床を赤茶色に染めていた。
 躊躇なく、ハンクは引き金を引いた。男の頭が弾け、力なく身体は床に転がる。
 近づくと、死んでいたのはまたしても東洋人だった。黒っぽい民俗衣装に身を包んだ隻眼の初老で、半ばで折れたカタナを握っている。間違いなくニンジャだ。
 胸部に穿たれた複数の銃痕が死因のようだ。帯にはカタナの鞘と、奇妙な形の枝が差し込まれていた。下半身の硬直が完全ではないのか、ハンクの力にくにゃりと関節が曲がった。
 ニンジャを倒せるのは同じニンジャか、サムライだ。つまり、ムサシやボクデンのようなサムライがいる――。
 もしくはイセノカミかもしれない。カミはニッポン語で神のことを示すと聞いたことがある。要するに、イセノカミは剣の神ということだ。
 このニンジャはそうしたサムライの餌食となったのだ。サムライが銃を持ったのだから、それこそ虎が翼を得たようなものだ。
 戦慄に、冷たい汗が背中を流れた。遠くで大きく軋む音が聞こえた。
 その直後、ひたひたという複数の足音を耳が拾った。音はハンクを挟む形で近づいてくる。
 手近な部屋に隠れるか――。その考えをあざ笑うかのように、足音の主たちは既に現れていた。電燈の下、青白く浮き上がる複数の人影が揺れる。
 個々の顔に表情はなく、只ひり付きそうなまでの害意だけが伝わってくる。ここまで接近されるまで気づかないとは、不覚という言葉だけでは許されない失態だ。
 幽鬼めいた姿を包むのは、手術着めいた白装束――。

(ニンジャでは――ない)

 安堵の吐息と共に、ハンクは前方に向けて短機関銃の引き金を引く。
 硝煙の中で人影の群れが銃弾に躍る。しかし、一人とて倒れたものはいない。
 感染者の一種か――。
 姿かたちがまともな為に油断した。
 手持ちの銃弾は決定的に足りていない。仕留めるのではなく、切り抜けることに専念する方が利巧だろう。
 少しでも感染する危険を避けるために、東洋人の死体から引き抜いたカタナの鞘を右手で握り直す。
 歩み寄る人の群れからは、幾多も目にしてきた感染者とは異質なものを感じた。感染者たちは純粋な食欲に突き動かされていて、意志というものは存在しない。
 しかし、この群れには意志がある。目の前に立つ黒ずくめの男を引き裂いてやろうと、殺意を湛えている。戯れに赤外線映像装置を起動すると、男たちは消えて暗闇だけが残った。電燈の白い光だけが浮いている。
 群衆はまったく熱を帯びていないということだ。慌てて装置を切ると、男たちの姿が戻る。
 "幽霊"という言葉が自然と浮かんできた。

405DIE HARD  ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:18:14
 幽霊――か。
 幽霊と戦ったことは、未だかつて一度もない。知らない相手とのやり取りは、最初の一手にかかっている。
 ふと銃撃を加えた際の光景を思い返し、ハンクは空になった短機関銃を前方に投げつけた。それを追いかけるように、群れとの間合いを詰める。
 銃身を頭に受けた男が頭を仰け反らせた。
 それを確認し、ハンクはマスクの下で鼻を鳴らした。
 あろうことか、彼らは質量を持って存在している。幽霊の風上にも置けない連中だ。これから導かれる結論は一つだった。
 触れられるのだから、倒せる――。それが道理であり、あらゆる対人戦闘の原理だ。原理は決して違えない。
 だんという音を立て、ハンクは床を踏み蹴った。敵の配置をその刹那に掌握する。一息の内に先頭の男の前まで踏み込んだ。
 この距離を己は知っている。左手はナイフを引き抜いていた。鋼が掠れた音を立てた。
 ハンクを捕えようとする腕を手の甲で跳ね上げ、鞘を向う脛に振り下ろす。バランスを崩した男に当て身を食らわせ弾き飛ばした。
 振り向き様に、別の男の首筋を鞘で打ち据える。力の方向に身体を任せながら床でハンクの身体が円を描く。足を払われ、男が転倒した。
 素早く跳ね起き前方へと飛び込む。受け身を取って立ち上がる寸前、囲む男たちの足元を鞘が一閃する。倒れた男たちに、ぱらぱらと天井から落ちた粉塵が降りかかった。
 それらを乗り越え、別の男が諸手を掲げてハンクに掴みかかる。その相手の両手を、左右交互の蹴りで弾き鞘の一撃で顎を跳ね除けた。
 そうして出来上がった隙間にハンクは身を低くして滑り込む。右足を踏みしめて挙動にブレーキをかけた。
 ハンクは右足を軸に反転し、前方の男の膝に爪先を叩き込んだ。下半身の動きを挫かれ、掴みかかろうとしていた男は膝を付いた。その太腿にナイフを突き立て、息吹と共に引き裂く。更に鞘を握った右手を叩きつけて突き放した。男は壁にぶつかる寸前に、霧のようにして消えた。
 "幽霊"だ。そのぐらいのことはあるだろう。
 勘だけを頼りに左右の相手に裏拳を鋭く打ち込み、更に前進する。身体は熱を帯びてきていたが、ハンクは心なしか涼気を感じていた。汗のせいか。感覚がとても鋭く、伸び広がっていく。
 己に振り下ろされる腕を左で受け止め、それと同時に蹴りを腹に叩き込んだ。思いのほか蹴り足は深く腹部に突き刺さり、もんどりうって床に転がる。
 手首を返し、鞘で別の男を捉える。引き寄せ、胸部にナイフによる刺突を叩き込む。男の顔が苦しげに歪んだように見えたのは錯覚か――。
 確認する間もなく、この男も霧散して行った。
 肩に強い力が加えられた。掴まれたと認識する前に、ハンクは床を短く蹴っていた。組み付いてきた相手の身体を逆に手足で絡め、半身の捻りの勢いのままに相手を投げ倒す。
 その最中、握られていた戦闘服の一部が引き千切られた。
 床に倒れた相手の頸部を踵で踏み砕く。
 彼らの動きは感染者と大きな違いはないが、数が多いという部分まで似通っている。早々にここを抜けなくては、いずれ力尽きるのはこちらの方だ。
 横から迫る腕を鞘の一閃で軌道を逸らす。蹈鞴を踏んだ相手の首を左で掴む。呼吸を合わせ、踏込と同時に腕を外へと振り切った。引き寄せた爪先で足を払われたこともあり、相手は宙を回転して壁へと強かに打ち付けられた。
 その音を背に受けながら、ハンクは迫る相手の膝裏に鞘を差し込んだ。膝を掬い上げられて倒れる男と入れ替わるように新手が間合いに踏み込んでくる。
 返す鞘で手を払い、膝に踵を踏み下ろす。丁度いい位置に下がった相手の肩を踏み台に、ハンクは宙に躍り出た。男たちの包囲を飛び越え、ハンクは床で受け身を取った――。
 狭い通路は終わり、三つの通路が交差する場所に出た。中央は階段で、通路の片方には先の男たちが犇めいているのが見えた。
 突然、背後の壁が崩れ落ちた。砕けた煉瓦と土埃の幕を突き破って、巨大な肉塊としか表現のしようのない物体が現れる。

406DIE HARD  ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:18:35
 背部からは肋めいた骨が表皮を突き破って不完全な外殻を形成し、毒々しい色の触手が全身を取り巻いて全身を波打たせていた。腐敗した臓器という印象をハンクは覚えた。
 下敷きになった男たちが無表情に抵抗するのを、腕らしき肉腫が叩き潰す。
 嘴のような器官を縦に裂き、肉塊は鼓膜を劈かんばかりの咆哮を上げた。
 繰り出された触手を、寸でのところで躱す。空を切った触手は壁に突き刺さった。壁は音を立てて崩れた。
 ハンクは鞘を放り捨て、代わりに二挺のリボルバーを引き抜いた。
 肉塊が触手を振り上げた。それが振り抜かれんとする直前に、銃口が火を噴いた。集中砲火を受け、触手が根元から弾け飛ぶ。
 残った一発で、壁を這うパイプを撃ち抜く。噴出した高熱の蒸気が、ハンクと肉塊の間を覆う。
 空の拳銃を明後日の方向に投げ捨て、ハンクは身を翻して駆け出した。
 右と左、幾ばくかの間をおいて拳銃が床を跳ねる。その直後、拳銃が落ちた床を叩き割る、重い音が響いた。
 騙されたことに気付いた肉塊が怒号を上げた。
 それを無視して、ハンクは階段を駆け上がる。背後から大波の如く押し寄せる殺気に、首筋が痛みすら覚えた。
 上り切ったところで、ひゅんという微かな風切音を耳が拾った。躊躇わず、身を低くし前方に飛び込む。頭上を触手が通り過ぎ、壁を穿った。
 通路を駆け抜ける自らの足音を聞く。
 途中、壁の一部が煤けて、崩れていた。床には空薬莢が散らばっている。あの"B.O.W."か"幽霊"かは分からないが、既に一戦行われていたようだ。
 通路は曲がりくねり、さながら迷路のようだ。頭の中で白紙の地図を作りながら角を曲がっていく。方角が分からないので無意味だが、少なくとも自己満足は得られる。それに、相手から距離を稼ぐことの方が先決だった。
 あの大型"B.O.W."の前では、手に入れた44マグナム弾も豆鉄砲と同じだろう。急所を狙い撃ち出来れば話は変わるだろうが、あの成りでは頭部が何処か見定めるのは難しい。
 仕留めるなら、最低でもスラッグ弾の装填されたショットガンが欲しい。欲をかくなら対物火器だ。キルゴア中佐よろしく、ワーグナーを奏でながら散歩ができる。
 気のせいか、施設を満たす低い駆動音が大きくなっている。
 奥に進むと、丁字路にぶつかった。
 耳が足音を拾う。右からだ。足音は軽い。子供のもののようだ。左の通路には、空薬莢が点々と落ちている。米軍等が使用する5.56×45mmだ。
 ハンクは迷わず左へ足を向けた。子供は役に立たない。大学での一件で懲りている。一方で、銃は決して間違えない。ひょっとすれば、神を信じるに値する施しがあるかもしれない。
 空薬莢を追い、ハンクは角を次々と曲がっていく。その間も、薬莢は所々で落ちていた。
 中ほどで、壁に大きな穴が空いていた。瓦礫が通路に散乱している。あの"B.O.W."の仕業だろう。穴の縁には粘着性の液体や肉片がこびり付いていた。
 通路を進むにつれて、耳を聾する騒音が近づいてくる。
 やがて、それは注意を想起させる張り紙のある扉の向こうからのものだと判明した。通路の角に、重そうな扉が狭苦しそうに身を収めている。
 開けると、唸り声のような振動と音の波が通路にあふれ出した。
 部屋には巨大なボイラーが幾機も鎮座していた。様々な口径のパイプが迷路のように絡み合い、大きなドラムの並びに向かって収束していく。
 ドラムの表面は錆こそ浮いていないが、劣化によるざらつきが目立ってきていた。
 稼働しているのが不思議なほどに旧式のボイラー装置だ。
 こんな施設では交換もままならず、大事に延命させてきたのだろう。
 ライトに映し出される金属の塊の群れは、あたかもこの施設の墓碑のようだ。
 当然だが、通信機器は見つからなかった。
 ハンクはボイラー室を後にした。
 "B.O.W."が作った穴をまた見つけた。

407DIE HARD  ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:18:55
 あの"B.O.W."は所構わず破壊し、この施設内を移動していたようだ。
 古い施設だけに、崩落の危険は高い。伝達手段の捜索は、また見送った方が無難かもしれない。
 それに、脱出路さえ分からなくては合流地点の指示もできない。
 ふと、足音が聞こえ、瞬時にハンクは音の方向へと拳銃を向けた。空薬莢の落ちる通路の奥から、また子供のように軽い足音が聞こえてくる。
 まるでハンクを誘うように、足踏みするような音まで混じった。
 薄闇の落ちた通路は何処へ続くとも知れず、ずっと奥に伸びている。赤外線映像装置を起動するも、子供たちの姿を捕捉することは出来なかった。
 ハンクは溜息を一つ吐くと、穴の縁に手を掛けた。
 ライトで足回りがしっかりしていることを確かめる。
 中は――倉庫だろうか。
 木製の重厚な棚がドミノ倒しのように崩れ、紐綴じの書籍が床を埋めている。
 粘液で濡れた棚を踏み越えていく。
 ブーツの底が支柱を削り、音を立てる。ハンクの体重を受け、棚が軋みを立てた。
 もう一方の穴から差し込む光を目指して進んでいく。
 穴から出る前に、瞬時に周囲を確認した。
 気配や呻き声などはない。滑るように穴から通路に出る。
 爪先が空薬莢を蹴飛ばした。近道になったのか、それとも迷っただけか。判別は付かなかった。
 いや、変化はあった。血痕が点々と残っている。飛沫の様子から、銃の主が向かった先を判読した。
 辿っていくと、通路の一部に赤い絨毯が敷かれているのが見えた。
 床だけではない。壁や、天井、ぶら下がった電球も赤く染まっている。
 ブーツが水気を帯びた物質を踏み潰す。 
 執拗に解体され、叩き潰された人体の一部だ。それが天井や壁に張り付いている。
 散乱する着衣の残骸から、飛び散った肉塊が"U.B.C.S."の隊員だと分かった。短い銀髪の頭部が、裂けんばかりに口を開いたまま転がっていた。眼は苦悶と恐怖に見開かれている。
 その風貌に記憶の引っかかりを覚えたが、思い出したところでもう既に死人だ。
 用があるのは、その傍にある銃だ。"U.B.C.S."で支給されるアサルトライフルの砲身下部に、M203が装着されている。
 グレネードも弾倉も空だが、千切れたポーチの中に榴弾が一発、冷凍弾が三発残っていた。後者は"B.O.W."の拘束用に用いられるものだ。これが支給されたとすれば、この男は少しばかり特殊な任務を帯びていたようだ。
 砲身をスライドさせて、榴弾を込めておく。冷凍弾はポーチに仕舞った。
 聖書に、インスタントヌードルの重しの任務を解かれる日がやって来たようだ。
 歩みを再開して間もなく、違和感がハンクの足を止めさせた。
 刺すような冷気が己に注がれているのを感じる。
 "幽霊"たちか。否、と直感が告げる。
 赤外線映像装置を起動し、ハンクは身構えた。右端で、周囲よりわずかに温度が高い部分が映る――。

408DIE HARD  ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:19:17
 右側面の壁を突き破り、肉塊が飛び出す。
 ハンクは既に前方に身を投げ出している。起き上がるのと同時に、床を蹴って後方に大きく距離を取った。
 視界で、"B.O.W."は白く浮かび上がる。再会の喜びか、甲高い咆哮が上がる。抱擁の代わりに、ハンクはその中央目がけてM203の引き金を引いた。
 榴弾が白い軌道を残し、"B.O.W."に着弾する。
 鈍い爆発音を、悲鳴が打ち消した。"B.O.W."から白い肉片が飛び散るのを確認する。目論見通り、こちらのプレゼントを"受け入れ"てくれたらしい。
 不利と判断したか、"B.O.W."は壁をまた突き破って姿を消した。
 装置を切り、"B.O.W."の血肉に染まった通路を見る。破裂した肉片がパイプや照明から垂れ、否応にもサイレンが鳴るまで視えていた幻影が重なってくる。
 滴り落ちる体液の下を通るのは気が進まないが仕方あるまい。逃走は早いに越したことはない。
 排莢し、M203に冷凍弾を込める。
 あの"B.O.W."の狙いが己であることは確実となった。
 四面楚歌は慣れているが、タイラントと正体不明の大型"B.O.W."にストーキングされる状況は御免被りたかった。
 出来ることならば、片方は仕留めておきたいのが本音だ。その二者に同時に襲われれば、チェックメイトだ。投了するしかない。
 その絶好の機会が、たった今だったのだ。
 あの一撃で仕留められなかったのだから、大型"B.O.W."を無力化する手立ては皆無だ。タイラントすら凌ぐ生命力を、あの"B.O.W."は擁していることになる。
 残る手は、ナパームで焼き払うことぐらいか――。
 突如として、視界が暗闇に閉ざされた。
 装置を起動すると、おぼろげに辺りが浮かび上がる。電燈のあったところが白く熱を残していた。
 照明が消えたのだ。"B.O.W."が逃げる最中、送電線に触ったのかもしれない。
 施設の稼働音はまだ続いていた。照明とは別の系統となっているのだろう。
 舌打ちし、装置と入れ替わりでハンドライトのスイッチを入れる。
 赤外線では"幽霊"が視えないが、ハンドライトの明かりだけでは"B.O.W."に後れを取る危険がある。
 八方塞がりだ。聖書の任務を解くのは、まだ時期尚早らしい。
 ゆらゆらと白い人影が見えた。来客が多いことだ。ナイフを抜き、構える。
 また足音が聞こえた。ハンクを誘う、子供の足音――。
 乗ってやるか――。
 ハンクは足音の方へと駆け出した。
 相手の手札が見えないことが気に食わない。罠だとしても、それが相手の役なのであれば対応の仕様がある。 
 しくじったところで、せいぜいが死ぬだけだ。
 足音を頼りに、ライトに浮かび上がる通路を進んでいく。目隠し鬼の遊戯をしているような気分になる。姿の視えない、子供たちとの遊び。
 しかし、この場合、鬼は誰になる――。
 幾つものの角を曲がり、方向感覚が鈍くなってきたところで足音が途絶えた。足元で、空薬莢が転がる。
 堰を切ったように、周囲の音があふれ出す。ボイラーの唸る音が耳朶を叩いた。この音の中で、子供の足音だけを聞き分けていたというのか――。
 ハンクは、先ほどのボイラー室に戻されたようだ。
 所詮子供の仕業に過ぎないか。いや――。

409DIE HARD  ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:19:38
 
(なるほど。オーバールック・ホテルか――)

 マスクの下で、ハンクは苦笑を刻んだ。何故だか、視えない子供には己の考えが全て曝け出されているような気分になった。
 ボイラー室に入り、制御盤を開く。専門外の、しかも異国の文字で書かれた装置。内容は分かっても、意味までは及ばない。
 しかし、これからすることは制御ではなく、破壊だ。ボイラーを暴走させ、"B.O.W."を施設ごと焼き払う――。
 旧式のボイラーだ。まともな安全装置が働いていないことを願う。
 各機の絞りを捻り、圧力を最大にまで上げる。給水バルブも全て閉じた。
 異変を報せる警報が鳴り響く。
 喧しいことこの上ないが、好都合だ。
 ボイラー室を出て、ハンクは拳銃を通路に向けて撃った。銃声が一つ、二つと通路を駆け抜けていく。居場所は伝わったはずだ。
 視界は既に、赤外線による白黒の世界に切り替わっている。
 ボイラー室の対面には部屋がない。つまり、壁の向こうは岩壁だということだ。
 深く、鋭く――呼吸を繰り返す。これまでの行動から、大型“B.O.W.”は獲物の不意を突こうと動いている。その余りある膂力を使って――。
 違う。そうではない。
 その策は二度も失敗しているのだ。狩人は利巧だ。同じ轍は踏まないだろう。しかも、致命傷ではないとはいえ、内部で榴弾を炸裂させられたのだ。弱ってもいる。
 そして、獲物は同じ武器をまだ離していない――。
 ハンクは床を蹴った。背後の床を、白い肉塊が押し潰す。天井のパイプを伝って来たのだろう。警報で、パイプの軋みを聞き取ることができなかったのだ。
 天地逆転の視界の中で、“B.O.W.”はボイラー室の扉を塞ぎ、口惜しげに吠え立てる。
 ハンクはM203の引き金を引いた。着弾と同時に弾頭に込められた薬品が飛び散り、白い肉塊を黒く変えていく。
 身体を転がし、素早く排莢する。間髪入れず、二発目、三発目を“B.O.W.”に浴びせかける。
 忽ちの内に、“B.O.W.”は大きな氷塊と化した。免れた触手の一本が、小刻みに痙攣していた。
 残りは時間が解決してくれる。ボイラーの異音は、警報と並ぶまでに大きくなってきていた。
 あとは自分が脱出するだけでいい――。
 足音に、ハンクは鼻を鳴らした。最後までエスコートをしてくれるようだ。
 己は間違っていた。子供は役に立たないのではなく、あの娘が役に立たなかっただけだ。
 アサルトライフルを捨てる。
 足音に導かれるまま、ハンクは足を速めた。
 この警報の中で、子供の足音だけははっきりと聞こえていた。
 そもそも子供の足音は、本当に耳で聞いているのだろうか――。
 どうであれ、聞こえ、それが己を助けてくれているのだから気にしても仕方ない。
 大分息が上がってきた。床板の材質がコンクリートのそれに変わっている。金網の仕切りを潜り抜ける。遠くに、水の流れが聞こえていた。地下水脈か、下水道があるようだ。
 足音は通路の突き当りで消えた。分厚いコンクリートの壁に、鉄骨をコの字に曲げただけの簡易階段が上へ続いている。天井は目視できないほどに高い。
 それに手を掛け、ハンクは登り始めた。
 中ほどで、ハンクの体重に耐えきれなかった鉄骨が一つ外れた。一瞬の浮遊感に肝を冷やす。
 重心を変えながら、鉄骨を握り直す。慎重に足を掛け、再開する。
 視界に、鉄の扉が見えた。幸いなことに、扉は半開きになっている。

410DIE HARD  ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:20:03
 爆音と共に、振動がハンクを襲った。
 ついにボイラーが耐えられずに爆発が起こったようだ。引火性のガスや燃料を巻き込めば、どれほどの規模で爆発が広がるのかを予想するのは困難だ。
 手足を急かす――と、ふいに足が下方に引っ張られた。衝撃で右手が階段を取り逃し、左腕一本に自身の体重がかかった。ハンクの口から苦鳴が漏れる。
 足を見やると、触手が絡みついている。
 あの“B.O.W.”だ。凍った肉体を無理やり剥ぎ取ったのだろう。随分と小さくなっている。全身を波打たせ、“B.O.W.”が残った触手をハンクに向けて振り上げる。

(往生際の悪いの奴だ……)

 ハンクの右手もまた、コルト・アナコンダを引き抜いていた。
 三発の銃声は、猛獣の方向のように縦穴を貫いた。肉腫が大きく弾け、体液と肉片が噴き出していく。
 最後に一発――足に絡みついた触手を撃ち抜いた。
 力を失った“B.O.W.”とリボルバーが穴の底に落ちていく。ちらりと、そこに炎の揺らめきが見えた気がした。
 ハンクは残りの階段に飛びついた。素早く階段を上り、縦穴の縁に手を掛ける。外の様子を伺う暇はない。腕を引き絞り、上体を持ち上げる。
 ハンクを、霧に包まれた夜空が出迎えた。
 しかし外気との再会を喜ぶ間もなく、ハンクは地面を転がった。
 一拍の後、鉄扉を吹き飛ばし、竜のような火柱が夜空を焦がす。轟音が轟き、南の方でも炎が夜闇を裂いたのが見えた。
 爆炎と爆風は施設どころか、地下通路そのものも舐めつくしたのだろう。
 施設の真上にある土地や道路で陥没が起きたかもしれないが、知ったことではない。
 足に絡みついたままだった触手の残骸を振り落とすと、ハンクはマスクを外し、喘いだ。
 酸素を求め、肺が伸縮を繰り返す。戦闘服の破れから入り込んだ夜気が、火照った体を冷ましていく。
 南の先――霧の向こうに、背の高い時計塔が見えた。

411DIE HARD  ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:20:20


【Bー4/下水道入り口/一日目黎明】

【ハンク@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ】
 [状態]:健康、疲労(中)
 [装備]:USS制式特殊戦用ガスマスク、 H&K VP70(残弾7/18)、コンバットナイフ
[道具]:無線機、G-ウィルスのサンプル、懐中電灯、地図
 [思考・状況]
 基本行動方針:この街を脱出し、サンプルを持ち帰る。
 1:アンブレラ社との連絡手段を探す。
 2:現状では出来るだけ戦闘は回避する。
※戦闘服の左肩部が破れています。


【タイラントNEMESISーT型@バイオハザードシリーズ 消滅】

※悪魔の研究所は焼失しました。名前のない駅にも影響があったかもしれません。
※B-2,B-3で爆発による崩落が起きた可能性があります。
※B-4の灯台部分に時計塔@クロックタワーシリーズか、バイオハザードシリーズがあります。
※研究所とC-3駅の間に、列車に乗降できるポイントがあるようです。

412 ◆TPKO6O3QOM:2014/02/23(日) 14:20:44
以上です。指摘等ございましたらお願いいたします。

413キックキックトントン名無しさん:2014/02/26(水) 22:51:06
投下来てた! 投下乙でした!

真冬以外のところでも前ロワ(?)の名残が見えてきて、
まさかハンクが解決ポジに収まるのか……と思いきや手がかりらしきものスルーはおろか消滅させてる!
ネメシスさんも暴れ回ったけどここで退場とは、少々相手が悪かったようで。色んな意味で流石のハンクさんでありました!
つか、ハンク一人でタイラントシリーズ制覇しちゃったんですなw
そして最後に出てきた時計塔……嫌な予感しかしないw

414キックキックトントン名無しさん:2014/03/03(月) 20:38:11
同じく投下来てた
投下乙です

パンクさんの考察は凄いと思うがこの人は今回のロワと相性が悪い部分もあるからなあ…
消滅させたかあ…
そしてネメシスさんがここで退場かあ。ただ怖いのはバイオ系の化け物だけではないがな
今のところはハンクさん無双だがこの先はどうなるか
そして時計塔キター

415 ◆TPKO6O3QOM:2014/03/04(火) 21:16:24
感想ありがとうございます。

>>413さん
ハンク、空気読まなさすぎですね、読み返すと・・・w
真冬とか水明さんとかだったら謎に迫るんでしょうけれども!
タイラントシリーズも、真っ黒くて素早い奴が天敵ってぇことでしょう。

>>414さん
殺し合いだったらもっと活き活きとするんでしょうがねえ
殺し合いって任務じゃなきゃ今と似たような感じかも^ω^;
物理的にどうにかできる相手なら敵なしですが、完全に無質量の相手だと打つ手なしでしょうね。
逃げるしか・・・あれ、今まで変わらないw
時計塔、果たしてどっちでしょうね!?

416キックキックトントン名無しさん:2014/04/25(金) 18:52:02
生きてるか?

417キックキックトントン名無しさん:2014/04/26(土) 08:15:36
死んでいようと生き返る。

418キックキックトントン名無しさん:2014/05/21(水) 17:49:14
・・・・・・・

419キックキックトントン名無しさん:2014/05/28(水) 12:05:12
・・・・・・・

420キックキックトントン名無しさん:2014/06/05(木) 19:25:51
鋭意執筆中なのでございます

421 ◆TPKO6O3QOM:2014/07/06(日) 12:56:36
本編はまだ完成に至らないので、隙間録投下いたします。

422Still waiting――隙間録・ルーシー・マレット編  ◆TPKO6O3QOM:2014/07/06(日) 12:57:21

 ドアが外側から叩かれ、大きく軋みをあげる。
 ドアに立てかけられた机が僅かに跳ねた。
 おばけの呻き声が、ドアの隙間から部屋に入り込んでくる。怖気がルーシーの背中を撫でた。
 ルーシー・マレットは、部屋の中をうろうろと歩き回るママの背中を追っていた。首を動かす度に、二つ結いにした金髪がふわりと揺れた。
 逃げ込んだのは二部屋しかない狭いアパートだ。床は、草を緻密に編み込んだらしい、風変わりな敷物で覆われている。らしいというのは、敷物は全体的に朽ちていたし、赤黒く汚い黴がこびり付いていてあまり見ていたくなかったからだ。
 ルーシーは重くなってきた瞼を擦った。こんな時間まで起きていられたためしはない。
 ベッドのくまさんが恋しくて、ルーシーの腕が空を抱いた。
 もっとも、今何時なのかは分からなかった。そもそもルーシーは時計が読めなかったし、ママがいつの間にか時計が止まっているとぼやくのも聞いていた。
 夜、隣町に行くと怖い顔のママに起こされたのだ。
 何故と訊いたが、ハンドルを握るママは答えてくれなかった。ただ、町が騒がしいことは感じていた。何か、怖いことが起きていると。
 車が途中で使えなくなり、彼女はママと共にラクーンシティー郊外の山道を行くことになった。
 森を不気味な霧が覆っていたが、ママがずっとルーシーの手を握り続けてくれていたからそれほど怖くなかった。
 霧の向こうで動く影を幾度か見た。
 その度に、ルーシーはママと隠れんぼをしなければならなかった。隠れんぼはルーシーの好きな遊びだ。だけど、この隠れんぼはいつもほど楽しく感じられなかった。
 やがてママの背中の上で、ルーシーは隣町に辿り着いた。
 ルーシーたち以外にも、ラクーンシティから多数の人たちが逃げ延びて来ていた。
 おまわりさんやお医者さんたちが一番せわしく動いていた。リンダ・パールというお医者さんにルーシーは診てもらった。
 何処も怪我していないことを確かめると、パール先生はルーシーの頭を撫でてくれた。
 ママが強張っていた頬を緩めた。ルーシーは、それが一番嬉しかった。
 でも、その状態は長くは続かなかった。町は森よりも深い霧に覆われていて、その中にはおばけが沢山いることが分かったからだ。
 大人たちの誰かがヒステリックに叫んだ。

「こんな町、知らないぞ!?」

 最初は大勢居たのに、霧の中を進む内に散り散りになり、人数は少なくなっていった。
 もうしばらくの間、ルーシーたちは三人で行動していた。
 一緒に居てくれたのはアカサカという日系人のおまわりさんだ。だけど、アカサカはほんの少し前にルーシーたちをおばけから逃がすために別れてしまった。
 アカサカは、すぐ合流するから大丈夫と言っていた。彼の、安心させてくれる声音はルーシーの耳に未だ残っている。
 ただ、おばけは他にもいたのだ。追われるに追われ、逃げるに逃げて、ルーシーたちは建物の二階に追い込まれた。 
 ママを追うのに飽きて、ルーシーは窓の外を見た。どの窓にもガラスはなかった。代わりに錆びた金属の格子がはめ殺しにされていて、隙間から覗くしかなかった。
 地面を揺らすようなサイレンが轟いてから、霧は消えている。
 ラクーンシティのように立派な時計塔が、屋根の上から頭一つ飛び出していた。その時計の針は、ママの腕時計と同じ場所で止まっているようだ。
 みしりと音が鳴った。そちらに目を向ける。扉の蝶番や枠の方が耐えられなくなってきたらしい。
 扉を叩きつける音は増えている。重なる声は、山から吹き降ろす風のように変じていた。
 ついに蝶番が跳ね跳んだ。隙間に指が突っ込まれる。そのまま肉が削げるのも気にせず、おばけは二の腕まで部屋に侵入した。生気のない肌は深い傷がいくつも刻まれていた。肉が滴り落ちる。
 ママがルーシーの名を呼んだ。返事を返す前に、ママはルーシーを抱き上げた。
 大きな引き戸のクローゼットの前で下ろされた。ママの手にはバールの他に、古びた傘が握られている。
 ママが膝をつき、ルーシーに視線を合わせた。ママが微笑む。

423Still waiting――隙間録・ルーシー・マレット編  ◆TPKO6O3QOM:2014/07/06(日) 12:58:00

「ルーシー、私のちっちゃいお姫様。また隠れんぼの時間よ」
  
 ママが引き戸を開けた。

「ここがルーシーの隠れ場所よ。ママは別のところを探すわ」
「ママははいらないの?」
「同じところに居たら、隠れんぼがすぐ終わってしまうでしょう? ママは別のところ。ルーシーはね、じっと待つの」
「うごいちゃ、だめなの?」
「そう。物音が聞こえなくなるまで。ママが呼ぶまで。前にお庭にオポッサムが来たでしょう? 赤ちゃんは茂みの中でじっとしていたわね。オポッサムの赤ちゃんに出来るんだから、ルーシーは勿論出来るわね?」
「うん。わたしできるよ」
「賢いわ。ルーシー……ルーシー、愛してる。本当に愛している」

 ママがルーシーを抱きしめた。痛いほどに。そして何度も額にキスをした。
 ルーシーをクローゼットの中に入れ、戸に手を掛けた。

「でもね、近くで誰かの探す声が聞こえたらすぐに答えなさい」
「しらないひとでも?」
「そうよ。知らない人でも。鬼さんじゃないから」

 最後に頬にキスをして、ママは戸を閉めた。戸の隙間から光が細く入ってくるも、中はほとんど暗闇だ。
 ルーシーに状況を報せてくれるのは音だけだ。間もなく、扉が倒れ、その音が床の上で跳ねた。呻き声が入ってくる。ばんっと、傘が開く音がした。
 ママの声がした。こっちよ、マヌケども、こっちに来なさい!――そう叫んでいる。ママは部屋の外に出たらしい。叫びながらバールで通路の壁を何度も何度も叩く。
 呻き声と足音が遠ざかっていく。
 嫌な静けさが辺りを包んだ。銃声や声が聞こえはしたが、それは遠くだった。
 自分の息遣いだけが闇を占める。ルーシーは身動きをしなかった。
 ママはまだ来ない。アカサカも来ない。
 心細くて、ルーシーの目には見る見るうちに涙が溜まっていった。
 すぐ隣に何かがいる気がする――ベッドの下やクローゼットの中で隠れている、いつものあいつらだ。
 クローゼット。そう何しろ、今ルーシーはクローゼットにいるのだ。ここはブギーマンの世界だ。
 ブギーマンの指先がルーシーの周囲で蠢くのが、はっきりと分かっている。だけど、気づいていないぶりをしなくちゃならない。
 動いては駄目だ。指をしゃぶってもいけない。
 漏れ入ってくる光の中で、粒子がきらきらと舞っている。
 ルーシーはずっと待ち続けた。辛抱強く――待っていれば、ママがまた抱きしめてくれるから。ママの顔を思い浮かべる。
 優しいママ――。ママの温もりが、手や額や頬にまだ残っている。それをルーシーは掻き集めるようにして身体を丸めた。
 近くで銃声がした。反響が通路を駆け抜ける。

424Still waiting――隙間録・ルーシー・マレット編  ◆TPKO6O3QOM:2014/07/06(日) 12:58:12

「ラクーン市警察のものです。誰かいませんかー? 助けに来ましたよー!」

 ややくぐもっているが人の声だ。ブギーマンが声にびっくりして、ルーシーから手を引っ込めたのを感じた。
 すぐに声をあげそうになったが、ルーシーはとどまった。まだ部屋におばけがいるかもしれないからだ。
 ほかに物音がしないことを確認して、ルーシーは声を上げた。

「いる! わたし、ここにいる!」

 戸を開けようとしたが、じっときつく身体を丸めていたせいか痺れて上手く動かなかった。

「どこかな? おまわりさんに教えてくれないかな?」

 足音が部屋に入ってくる。と、銃声と共に何故か電気が消えた。
 ルーシーは半ばパニックになりながら嗚咽混じり声を重ねた。
 
「クローゼットのなか! おまわりさん!」

 戸に指を掛けたが、重くてルーシーには開けられなかった。
 代わりに拳を何度も戸に叩きつけた。
 拳が空を叩いた。戸が開けられる音がした。むっとする据えた臭いがルーシーを迎える。
 薄明りに、おまわりさんの肥満した輪郭が浮かび上がった。

「こんばんわ、お嬢ちゃん」

 闇に馴れた視界で、おまわりさんの顔がなんとなく分かった。見覚えがある。最初の頃に集団を護衛してくれていた一人のはずだ。たしか、ハリーという名前の――。
 黒衣を頭から被ったおまわりさんは、ルーシーに優しく微笑んで銃口を向けた。

425 ◆TPKO6O3QOM:2014/07/06(日) 12:58:41
以上です。
指摘等ございましたら、お願いいたします。

426キックキックトントン名無しさん:2014/07/06(日) 17:51:30
投下乙です

ここにきてルーシーまでキター
そして黒衣を頭から被ったおまわりさんとか…候補が複数いるからなあ…
ホラーの主人公はラスボス倒しても時間置いたら何度も襲われるのが鉄板なんだよなあw

427 ◆TPKO6O3QOM:2014/07/06(日) 20:06:31
>>426
ありがとうございます^^
時間帯的にはオープニングよりも前の時間帯となります。
マーフィーたちがまだ生きていたかもしれない頃ですね。
ラクーン市警だけでも相当いますものね>おまわり
オープンワールド系だとボス、いつの間にか生き返ってますよね^^;

428キックキックトントン名無しさん:2014/09/23(火) 15:30:28
偶にこっちにきて投下あるか見てるよ

429キックキックトントン名無しさん:2014/09/24(水) 07:32:29
>>428さん
ありがとうございます。
申し訳ない。進めちゃいるので。

430 ◆TPKO6O3QOM:2014/09/28(日) 17:53:18
本編はまだまだ掛かりますので、繋ぎでまた隙間録投下させていただきます。
◆cAkzNuGcZQ氏は8月中には投下出来そうとのことでしたが、遅れているようです。

431Hereafter――隙間録・S.T.A.R.S.ブラボーチーム編  ◆TPKO6O3QOM:2014/09/28(日) 17:55:43
 ――アークレイ山地

 木々から毀れる月明かりがきらきらと森の中を揺蕩う。
 ロマンティックともいえる光景だが、抜けてきた風は微かな腐臭を運んできていた。
 葉擦れの音に紛れて、決定的なものを聞き漏らすのではないか。蠢く夜霧に異変はないか。
 リチャード・エイケンの瞳は周囲の変化を見逃すまいと忙しく動いていた。M3の銃把を握る掌に、じわりと汗が滲む。
 背後には、横転した海兵隊のジープが物言わず佇んでいる。ズタズタに引き裂かれた兵隊たちも乗ったままだ。しかし、腕や足を失った者が増えているようだ。
 今考えれば、人間の仕業であるはずがなかった。ボディに残った無数の引っ掻き傷を忌々しく見やる。
 だが、ほんの少し前まで、精鋭の海兵隊員たちを一方的に屠る存在が居るなど想像もしなかった。
 皮膚が腐り落ちた犬や人間たちと戦う訓練など、どんな軍隊もしているはずがない。
 今自分が生きているのは、純粋に運が良かったからだろう。危ない場面は何度もあった。
 リロードが間に合わなければ、己も無残な姿で横たわっていたに違いない。
 鼻先まで迫った。腐汁に満ちた口腔が浮かんだ――HBOには暫くチャンネルを合わせることは出来なくなりそうだ。
 合流したエンリコ・マリーニは無線に向かって話している。
 レベッカ・チェンバースからの連絡だった。周波数が一時的に変えられたため、リチャードの無線機からは聞こえていない。
 彼女の無事に、一先ずリチャードは胸を撫で下ろしていた。
 そして、彼女の単独行動を許してしまったことを悔やんでもいた。
 初任務とはいえ、レベッカもプロだ。訓練はみっちり叩きこまれている。
 それで問題ないと判断されたからこそ、今回の調査メンバーに組み込まれたのだ。
 過度の干渉は、彼女自身を軽んじていることになる。
 レベッカは――己の妹ではないのだ。幼い妹は、とうの昔に苦痛のない場所に行ってしまった。
 無為な投影は、己にも、レベッカにも良い結果を及ぼさないことをリチャードも自覚していた。
 レベッカからの無線を終え、上司の眉間に渋い皺が寄った。
 あまり好い報せではないに違いない。エンリコの立派な体躯が幾分小さくなったように見えた。
 リチャードは、少し前に受けたケネス・J・サリヴァンからの連絡を口にした。

「ケネスからの報告です。着陸地点(ランディング・ゾーン)から北北西、1ヤード程の地点で大きな洋館を発見したと。フォレストも一緒です」
「先行し、現地の確保をしておけと伝えろ」

 ケネスに連絡後、リチャードはエンリコを仰ぎ見た。

「レベッカは、なんて?」
「ビリー・コーエンの足蹠は不明。そして、エドワードが死んだそうだ」

 言い方は簡潔だが、表情からは深い慚愧が伺えた。
 結果論でしかないが、二人一組で動いておくべきだったと考えているのだろう。
 夜という、捜索に不都合のある時間帯を選んだのは、事件がほぼ全て日暮れから夜明け前の間に起こっていたからだが、完全に裏目に出てしまっている。
 視えないのは相手も同じ――それは人間が相手の場合に通じることだ。

「ケネスたちには伝えるな。この状況だ。多少なりとも動揺はさせたくない――」

 言い終わらぬ内に、エンリコの拳銃が火を噴いた。忍び寄ってきていた犬が短い悲鳴を上げて横たわる。
 ぞっとする吼え声が近づいてきていた。

432Hereafter――隙間録・S.T.A.R.S.ブラボーチーム編  ◆TPKO6O3QOM:2014/09/28(日) 17:57:00

「アルファチームへの連絡はどうなっている?」
「駄目ですね。この霧のせいかもしれません」

 本部で待機しているはずのブラッド・ヴィッカーズからの応答はない。インカムからは耳障りなノイズだけが返ってくる。
 上空が地表よりも温度が高い場合、電波通信が不規則になるケースがある。逆転層というのだが、同時にこれは霧や蜃気楼を作り出す原因にもなっていた。
 ただ、チーム内の通信が問題なく行われていることが引っかかる。
 地を爪が蹴る音を耳が拾う。リチャードは身を反転させ、M3を構えた。散弾が犬の顔を吹き飛ばす。
 エンリコの冷静な声が飛んでくる。

「レベッカが潜んでいるのは此処から7時の方角だ。用途は不明だが、森の中を線路がはしっているらしい。合流の後、洋館に向かえ。ここは私が対処する」

 エンリコに頷くと、リチャードは森の奥へ向かって駆け出した。銃声は、遠雷の如く森に響いていく。




 ――アークレイ山地・洋館付近

 ケネス・J・サリヴァンは舌打ちをした。
 夜霧が深い。暗視装置(ナイト・ビジョン)を持ってこなかったことが悔やまれる。どうしても発見が遅れがちになってしまう。
 掴みかかろうとするゾンビの顎を、M590の銃底で跳ね上げる。蹈鞴を踏んだその腹が散弾で引き裂かれた。腐った脂肪を撒き散らしながら、ゾンビが倒れた。
 リチャードからの連絡を待たずして、彼らは移動を開始していた。
 襲撃を受け、待機しているのが不可能になったためだが。
 フォレスト・スパイヤーから放たれた榴弾を受け、ゾンビが爆散する。焼け焦げた血肉の臭気が風に混じった。 

「屈め!」

 フォレストの言葉に、ケネスは即座に膝を落とした。
 複数発銃声が響き、その数と同じだけの甲高い断末魔が背後で聞こえた。犬たちまで寄ってきたらしい。
 膝の屈伸から身体を前に押し出し、脇から手を伸ばしてきたゾンビから間合いを取った。
 自分たちは町で起こる猟奇殺人の調査に来たはずだが、いつの間にか低俗なグラインドハウスの真っただ中にいる。
 フォレストが目にしたという、巨大なヘビの影というのもあながち見間違いじゃなさそうだ。
 自嘲し、ゾンビたちに向き直る。
 大前提として、彼らがゾンビ――生き返った死者なわけはない。
 ブードゥー教を否定するつもりはないが、死者は生き返らない。これは覆らない真実だ。
 重篤な疾病症に罹患した者たちと判断するべきだろう。
 狂犬病――これが彼らの狂暴性に一番近いように思われる。
 ただし、通常の狂犬病ならば脳神経組織への影響に留まる。著しい皮膚疾患を伴うことなどは聞いたことがない。
 化学反応に依る物だとすれば、糜爛剤に類するマスタードガスあたりか。
 甚だしい皮膚組織への腐食性はホスゲンオキシムが思い浮かぶ。しかし、糜爛剤はどれも刺激性の臭気が発生する。低所に留まる特徴があるため油断はできないが、自分たちへの影響は一先ず無視していい。
 化学兵器に汚染された狂犬病患者――か。

(噛まれれば、不味いな……)

433Hereafter――隙間録・S.T.A.R.S.ブラボーチーム編  ◆TPKO6O3QOM:2014/09/28(日) 17:58:00
 発砲――血煙を残し、頭を失ったゾンビが倒れる。
 ことの真相はどうあれ、このゾンビたちがアークレイ山地近辺で起きている遭難事件、猟奇殺人事件の元凶と見て間違いないだろう。
 実際、遭難事件はアークレイ山地のこのポイント付近で多く起きている。
 近づいてくる洋館は、このゾンビたちの塒である可能性は高い。
 散弾を使い切ったM590で、飛びかかってきた犬を叩き潰した。 
 銃身が曲がってしまったM590を放り捨て、ケネスは洋館に向かって走った。霧が、心なしか深くなっているように感じる。
 先に到着したフォレストが扉を開け、牽制射撃を行っていた。
 飛び込めば、一息つける。
 と、ケネスは足を止めた。止めざるを得なかった。 
 先ほどまであった洋館がない。夜霧の向こうにあるのは、見たことのない街並みだ。湿気を孕み、澱んだ空気。両腕のない人影が、霧の中を蠢いている。
 町の其処彼処で銃声と悲鳴が交錯し、響き合っていた。そして、地を揺るがすサイレンが――。

「旦那、どうした!?」

 フォレストの鋭い声が突き刺さった。
 目を瞬かせる。洋館は、確とケネスの視界の中にあった。当然だが、町など何処にもない。
 止まっていた足を駆る。すぐ後ろに、犬たちの気配を感じた。
 フォレストはもう、半身を扉の向こうに入れている。両手にそれぞれ握られた銃火器が交互に火を噴く。
 ケネスが飛び込むのと同時に、彼は扉を閉めた。重苦しい音が屋内に響いた。
 拳銃を構えたまま、中々整わない呼吸に苛立つ。訓練を怠ってはいないが、年齢による身体能力の低下は日に日に大きくなる。
 肩を大きく上下させながら、ケネスは周囲を観察した。
 100平米を優に超える、広大な玄関ホールだ。中央には二階のバルコニーへと続く、これまた豪華な装飾が施された幅広の階段が据えてある。階段へは赤い絨毯が敷かれ、細微な装飾と貴金属に彩られた台の上には各種美術品が並べられていた。
 高い天井には豪奢なシャンデリアが輝き、ケネスたちの影を床に落としていた。
 その床には大理石が敷き詰められており、鏡のような光沢を見せている。ガス灯の揺らめきが、白い壁に不定形の影を形作っていた。
 かりこりと、犬たちが引っ掻いている。唸り声も扉越しに聞こえて来ていた。

「肝冷やしたぜ……犬ども背にして棒立ちになるなんざ、どういう了見だよ。ジョン・ウェインの真似事か?」
「……洋館を、見失ったんだ。知らない、霧の町が広がっていた」

 床に腰を下ろしたフォレストに事実を告げる。今目にしたものは自分でも信じられないが、嘘で誤魔化す理由もない。
 とはいえ、予想していなかったのだろう。フォレストは虚を突かれた表情をした。

「老眼ってなあ、幻影まで見えるようになんのかい? ハロー、旦那。俺、視えてる? ボク、フォレスト・スパイヤー」

 フォレストが手を振りながら、意地の悪い笑みを浮かべた。
 任された仕事は完璧にこなす男だが、度の過ぎた諧謔を好むところがある。クリス・レッドフィールドやジョセフ・フロストと同様に問題を多々起こしていた。
 これで機動隊のライマンまで加わるようならば、エンリコやバリーの胃に大きな穴が空いたに違いない。
 じろりと睨みつけると、彼はこれ見よがし肩を竦めて見せた。

「ディッキー坊やは子守、俺は老人介護。ほんっと優しさに満ちた職場だぜ」

 無視して、ケネスは無線機を取り出した。
 結果的に、洋館入り口に犬たちを引き寄せる形となってしまった。向かってくるエンリコたち4人に忠告しておく必要がある。
 場合によっては、一度ヘリコプターに戻った方が賢明かもしれない。
 しかし、ケネスの呼びかけに応ずる声はいない。エンリコたちどころか、パイロットのケビン・ドゥーリーさえ応答しない。先程の乱戦で壊れてしまったのだろうか。
 ふと手許に目を落とし、ケネスは頬を歪めた。

434Hereafter――隙間録・S.T.A.R.S.ブラボーチーム編  ◆TPKO6O3QOM:2014/09/28(日) 17:59:34
 
「フォレスト、今、何時になる」

 アーウェン37に弾を込めているフォレストがわざとらしい溜息を吐いた。

「……本当に老眼かよ、旦那。てめえの手首に巻いてんだろが――ありゃ、止まっちまってる」
「私のもだよ」

 腕時計の針は、ヘリコプターが不時着した時刻付近で停止していた。フォレストの腕時計もまた、同じ時刻を示している。
 フォレストが苦笑した。

「あらまあ、奇遇ね。まだ、一時間と経っちゃいねえと思うぜ」

 おそらく、正しいだろう。ケネスは重く嘆息した。

「長い夜になりそうだ――おい、何処に行く?」

 玄関ホールの奥にある扉に向かうフォレストを呼び止めた。
 フォレストは肩越しに、アーウェン37を掲げて見せた。

「見回りだよ。嬢ちゃんたちが来る前に、ある程度掃除しとく。旦那は此処を確保しておいてくれ」

 言い残し、フォレストは扉の向こうに消えた。
 足音は遠ざかり、やがて外の風音以外は聞こえなくなった。

435Hereafter――隙間録・S.T.A.R.S.ブラボーチーム編  ◆TPKO6O3QOM:2014/09/28(日) 17:59:49

 
 ――洋館二階東テラス

 フォレスト・スパイヤーは肩で扉を押し開けた。
 テラスは森の生ぐさい空気に満ちていた。夜霧が白絹のように、辺りを取り巻いている。
 左腕に力が入らない。左肩から袈裟切りに刻まれた裂傷からは、熱い血潮が滴り落ちていた。

(――しくじった)

 朱色に変貌した食人鬼は、比べようもない敏捷さで躍りかかってきた。
 始末は付けたが、ほとんど刺し違いに近い結果だ。
 よろめきながら、フォレストはテラスの縁を掴んだ。
 夜霧が幾つもの白い手となって伸びてくる。四肢を掴み、引きずり込もうとする。何処へ――。
 眼前に、町が見えた。大きな湖を中心に据えた、霧に包まれた町――。
 己を誘う霧の魔手を振り払うも、縋る数は増えていく一方だ。
 銃声が、フォレストの意識を連れ戻した。夜霧は幾分薄くなっていた。
 聞き慣れた音だ。速射の間隔も、耳に馴染んだものだ。
 フォレストの頬が、力なく笑みを刻んだ。
 ――お早い到着だな、相棒……。
 霞む視界に、小さな黒い影が複数横切った。
 カァーッと気障りな鳴き声が聞こえる。呼応し、複数の昂揚した鳴き声が銃声を塗りつぶしていく。
 アーウェン37を構えようとしたが、意に反し、右手は銃把を離してしまった。膝から力が抜け、フォレストは尻餅を付いた。
 ――だが、ちっとばかり遅かったようだぜ。
 フォレストの"人"としての意識は、そこで途絶えた。

436 ◆TPKO6O3QOM:2014/09/28(日) 18:01:33
以上です。
感想・指摘等ございましたらお願いいたします。

437キックキックトントン名無しさん:2014/10/20(月) 17:41:24
投下乙です

ブラボーチームも来てたのかあ
だが相手が悪すぎるなあ

438 ◆TPKO6O3QOM:2014/10/23(木) 21:59:45
>>437さん
ありがとうです^^
ちょびっと垣間見ただけで、足踏みこめてはいないですけどね
設定上はブラボーのが有能そうなんですよね、S.T.A.R.S.

439 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:42:39
今月でホラーゲームバトルロワイアルは発起から8年になります。
それを記念し、最終回を投下します。
閏年のおかげでどうにか間に合いました。

440最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:43:37
〈始まりは一人の少女だった〉

 燃え盛る炎の中、彼女は自身の生まれ変わりを男に預けた。
 遠ざかる男の背中、消えていくハリー・メイソンの姿を見届けたアレッサ・ギレズビー。
 その心には、連れて行かれる半身――――シェリル・メイソンへの羨望があった。
 一度ひとつになったことで、彼女の記憶が、思い出が自分にもあるのだ。
 優しい両親、温かい家庭……自分がどれだけ望んでも手に入らなかったものが、彼女にはあった。
 自分がこのサイレントヒルに呼ぶまで、彼女はその幸福を何の疑問もなく、何の苦労もなく享受していた。

 それがただ、羨ましかった。

 その時は、それまでだった。

 自分の体が炎に焼かれ、自分の命が闇に消えていくのは――肉体を失くし、サイレントヒルの一部となることは受け入れた。


 それから17年の時が経ち、再びシェリルはこの町にやってきた。
ヘザーと名を変えた彼女を救うべく、アレッサは彼女の前に現れる。
自分と同じ苦しみを与えるわけにはいかない。それは善意の行為で、彼女の優しさであった。

 しかし、ヘザーはそれを否定した。

 メモリーオブアレッサという名の異形が消えていく中、アレッサの心で育ったのは違和感であった。

 なぜ自分の想いをわかってくれないのか。どうして自ら辛い道を選ぶのか。

 疑問―――困惑。

 なぜ彼女の行為は肯定され、どうして自分の思想は否定されるのか。

 愛に包まれて育ったシェリルと、業に苛まれて生きてきた己の姿が互い違いに浮かぶ。

 ――――許せない。

 困惑は憤怒になった。世界に対して、運命に対して。
自分が何をした。生まれた環境が違うだけで、どうしてここまで苦しまなければならない。

 シェリルへの羨望は、ヘザーへの憎悪に変わった。

 恵まれた半身は、自分を否定し見下した。ここでしか存在できない自分とは違い、肉体のある彼女はどこへだって行ける。
なんだってできる。それが認められる。彼女はよくて、自分はだめで、そんな世界を、因果を――――

 許さない。

441最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:44:10

 
 闇の中で、少女の感情は芽生え、成長していく。
霧の街は、その想いを受け入れた。街と体内に残った神の残滓がそれを歪めて叶えた。

 始めは、霧で街を外界から隔て、裏に世界を作るだけであった。
ここまでは、いつものサイレントヒルと相違ない。

 次に、アレッサは別の少女と出会った。

 ハンナ。

 彼女もまた、理不尽に苦しみ抜いた少女だった。

 生まれながらに病弱で、その生涯のほとんどを寝たきりで過ごし、最後には最愛の母に否定され殺された。

 そんな彼女が、アレッサの思想に共感し協力したのは、当然といえるだろう。


 ハンナには外界を渡る“船”と、こちらに引きずり込む“手”があった。

 一度入ったら出られない箱庭を作ったアレッサは、ハンナによってそこに他者を閉じ込める術を得た。
 それでも霊魂が精々で、肉体のあるものを呼びこむことはできなかった。

 蓄積されていく霊的な存在。外界と、そこを生きる者たちへの復讐は叶わない。

 しかしこの時はそれでよかったのだ。結果的に彼女の望みは成就する。

 ある時、彼女は舞台の中心部に、穴が開いているのを見つけた。
 
 物理的なものではない。霊的なものだ。

 それは黄泉の門と呼ばれるもので、その穴は空間に対する扉であった。

 自分たちの概念では存在しない異世界の門。
おそらくは、霊的なものが充満したこの世界を、この門は黄泉のそれと認識したのだろう。 
それは、アレッサにとっては好機であった。あとはハンナの手が黄泉の門から異世界の存在を引きずり込む。
 異世界の者は同じ世界の者を呼び寄せ、それは連なり積み重なる。

 この頃、箱庭にも変化が現れた。サイレントヒルは見るものによって景色を変える。
それはこの街が対象の心理や回想を読み取り反映するからであり、それが集まれば、それはひとつの現実と化す。
言うまでもなく、それは外見の単純なコピーとは雲泥の差である。
亡者の記憶を読み取ったサイレントヒルはその姿を変容させ、歪なひとつの舞台を形作った。

442最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:44:54
 


 やがて力は集まり、願いは叶う。

 霊魂から始まり、死体や施設。ついには―――。

 生者さえ、呼べるようになったのだ。

 呼ばれし者が満ち、黄泉の門に門番を置いて封じることで、箱庭は完成した。

 誰も出られない。誰も助けられない。

 自分の憤怒を、憎悪を解消するための楽園。

 あの理不尽な世界を否定するための術。


 そうして始まったこの宴。

 偽りのルールを掲げて呼ばれし者を殺し合わせる一方、異形たちにも襲わせる。

 まるで自分が受けてきた苦痛を与えるように。

 それが当たり前だと、それで平等だと。

 誰かに言い聞かせるように。

 サイレントヒルは罪を裁く場という者がいる。その認識は間違いではない。
彼らが無自覚に享受する安寧――幸福は、自分にとっては大罪なのだから。


「助けて欲しかったんでしょ」
 闇の中から聞こえるハンナの声に、アレッサは振り向いた。
「わかるよ」
 水面に映る腕の群れにハンナは目を向ける。
「私もそうだから。でも、誰も助けてくれないから。だから私たちは叫ぶしかないの。苦しいって。悲しいって」
 ハンナは波紋を広げながら、アレッサから遠ざかっていく。
「もういくね。もう限界だから。あなたにはもう会えないと思う」
 それはアレッサも同じことだった。サイレントヒルを導き、この宴を維持する力は、もう残されていない。
同じ世界の住人だけであるならば、もっと長くサイレントヒルの魔力で抑えつけられたかもしれない。
しかし、多種多様な世界の住人も組み合わされば、とたんにその抵抗は大きくなる。

443最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:45:19

 アレッサが作り、贄を押し込めていた箱庭にはもうじき亀裂が入り、やがて壊れるだろう。
あるべき魂はサイレントヒルの魔力で変質した黄泉の門を通して、あるべき世界へ戻り、この街も元の姿を取り戻す。
肉体をもつ者は肉体があるがゆえにすぐに戻れるわけではないが、その存在が近しい人間――――同じ世界の住人を呼び寄せる。助けはすぐに来るだろう。

 生者を呼ぶ方法には種類や法則がある。最初からこの町を知っているものは容易い。
この町を認識することで、ある種のつながりが生まれる。
この町に来ようとしている者はなおのことだ。来ようとしている意思を汲んで引き込めばいい。
呼ばれし者がここに呼ばれることで、それを起点にその呼ばれし者と関係のある人間を呼び込み、その人間もまた呼ばれし者にする。
アレッサはそうして生者たちを集めた。そうして宴を始めた。

 だが、それももう終わる。

 足元の水面に映像が映る。そこには黄泉の門とその門番が映っていた。
グラトンの姿はすでにおぼろげで、もうすぐ消滅するだろう。
そうなれば、ここに封じ込めていた霊的な存在は消えていく。
今のサイレントヒルはこの霊的な存在を集約することで維持されている以上、それはこの箱庭の瓦解を意味する。

 だが、せめてその前に。

 アレッサの背後に異形たちが現れる。ここまで取っておいた切り札。消える前に、せめて一人でも多く。
そのために放たないでおいた『鬼』。しかし、今の自分にはこの鬼たちを向かわせる魔力はない。
ただでさえ足りない魔力をシェリルに分けているのだ。どこかで魔力を補充する必要がある。そのための目星はつけてある。

 これを乗り切れば、この宴を生き残れる。

 それを教えるつもりはない。精々苦しんで死んで欲しい。
自分だって、いつ終わるともしれない苦痛の時を生きてきたのだ。
そうしていい権利があるはずだ。呼ばれし者がそうなっていい義務があるはずだ。

 そんな独りよがりの理屈に身を任せて、アレッサは歩き始めた。

「お姉ちゃん」

 そこに、おかっぱ頭の少女が現れた。

「やっと見つけた」

 アレッサは構わず、闇へと消えていこうとする。自分にとっての最後の詩を綴るために。

「お願いがあるの」

 そこでようやく、彼女は足を止めた。

444最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:45:52



〈『オヤシロさま』は、ずっと見ていた〉


 今日も楽しかったのです、梨花。こんな日がいつまでも続くといいのに。
え? 眠れないから話をしろ? まったく梨花はお子様なのです。
僕がいない間はきっと涙で枕びしょびしょだったのです。
あぅあぅ。冗談なのです。だからそのワインはしまうのです。
……しまったですか? じゃあ何の話をしますですかねー。
あの話の続き? あ、そういえば梨花はあの話の途中で寝ちゃったのです。
梨花はすぐにおネムしちゃうお子様だから寝かしつけるのはチョロいのです。
あぅあぅ。これも冗談なのです。キムチは冷蔵庫に封印するのです。
……じゃあ再開するですよ? あの血と錆と霧の街で、僕が何を見てきたのか。

 あれから、僕はまふゆのカメラの中に居たのです。まふゆが行動するために、いつまでも傍観者じゃ駄目だと思ったのです。
ただ、本当はいきなり見知らぬ土地に来て、何の手掛かりもなく動きまわるのは危険なのです。
助けを待ってじっとしているのが一番なのです。結局、誰も助けにこないまま、戻って来たのですけど。

 どうして戻ってこれたのかは、僕にもはっきりとはわからないのです。
ただ、僕なりに考えはあるのです。
僕たちみたいな存在――梨花たちのような存在も――は、往々にしてその土地に依存しているのです。
僕にとっては、それはここなのです。つまり、僕と雛見沢は、見えない線でつながっているのです。

この線、実はゴムひもみたいなものなのです。
だから、引っ張られて別の場所へ連れて来られても、線は切れずに、伸びただけなのです。
ゴムは伸ばしたらどうなるか梨花知ってますか。そうです。ゴムは縮もうと――戻ろうとするのです。
この力があの街の引っ張る力より強くなれば、枷や重りになる物体のない僕は意外とあっさり元に戻れるのです。
修正力? その言葉が適切かはわからないのですが、多分そうなのです。

 考えられるとすれば、今まで抑え込めていたその修正力を、抑え込めることができなくなるほどに街の力が弱くなった、ということなのです。
ほかの人もそうなのかはわからないのです。僕と同じような力なのか、同じだとしても加えられる力まで同じだとは限らないのです。
けど、多分、街の力全体が弱くなっていったんだと思うのです。

 だから何度も言ったように、家出でもなければ逃亡でもないのです。
だからどうにか無事に帰ってきて早々、あんな仕打ちはあんまりなのです。シュークリームじゃこの機嫌は直らないのです!
 …………え、そんなに? しかもそれ以外にも……。
 …………わかったのです! 今回だけですよ、あぅあぅ☆
 まったく。梨花も一度あの街に行けば、嫌でもわかるのです。あんなところ、行きたくて行く場所じゃないのです。

 すっかり話がそれました。元に戻すのです。
ええと、その後太った男がやってきて、何やら叫んでいたのです。多分、感情に任せて適当に走っていただけなのです。
やっぱりというか、僕にはまったく気づいていませんでした。
その頃になると、修正力のおかげか、僕の存在もすっかり曖昧になっていましたから、しかたないといえばしかたないのです。
多分、梨花でも集中していなきゃ見つけられないのです。

445最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:46:21

 まふゆが男の人――もうあれは鬼です。僕とは違う意味で――を必死で説得しました。
でも、だめでした。カメラを構えたのですが、もう遅かったのです。
弾き飛ばされたカメラと、その中に入っていた僕は、まふゆがバラバラにされていくのを眺めているしかありませんでした。
 その悲鳴か血の臭いのせいかしりませんが、腐った人間たちがうめき声を上げて、道に溢れていったのですよ。
ゾンビってやつなのです。ホラー映画じゃないですよ。
ちゃんとこの目で……ああ、でも、人から言われるとそういう撮影にしか思えないのです。
でもそれくらい、あの街は危険で異常なのです。梨花は行っちゃダメなのですよ。
部活の皆で? あー、たしかにそれは心強いですが、多分無理なのです。山狗とかとは次元が違いすぎるのです……。

 腕も足もなくなってしまったまふゆは何かブツブツ呟いていたのですが、もう虫の息で僕には聞き取れなかったのです。
ゾンビの群れは太った男に覆いかぶさって、外側からはゾンビしか見えなくなってしまったのです。

 太った男は抵抗をしたのか、そのゾンビの山はわずかに揺れたのです。でも多勢に無勢。すぐに抵抗は終わったのです。
『ァァアァアァアアァァッァアァ』
 腕に、脚に、噛み付かれた太った男は、悲鳴のつもりなのか、威嚇のつもりなのか、叫んだのです。
やがて声は途切れ、血だけがそこから飛び出して……。

 その光景を最後に、僕もまたこの街から消えていったのです。
僕はカメラに封印されていたのですが、そのカメラもカメラに封印する技術も、あの街にとっては異物なのです。
だからそこに居続けることはできなかったのです。仮にまふゆがいても、修正力によって長くはなかったでしょう。

 結局僕は例によって例のごとく傍観者でしたのですよ。
梨花だったらどうだったのでしょう。そこでも、惨劇に挑戦するのです?
梨花? 梨花ー。……寝ちゃいましたのです。
でも、悪いことばかりだったんじゃないんですよ? あの世界の境界を超えるには、意志が必要なのです。
自分の世界に帰りたいという意志が。自分がいるべき世界への思想とでも言うのかもしれません。
だから僕は、この幸福な日々の世界にたどり着くことができたのです。

 明日も楽しい日になるといいですね、梨花。

446最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:46:41
〈A-3/雛城高校・裏山(四鳴山)〉

 ヘザーたちは、その場を動こうとしなかった。というより、動けなかった。

 ヘザーは突然の喪失で心の整理を必要としたし、阿部もまた、気を遣っていた。
彼は泣きじゃくる女と子供を無理やり連れ回せるほどの押しはないし、むしろ巻き込まれるタイプであった。
そしてエドワードは、演技ゆえに自主性をほとんど放し、大人二人の言動に依存している。

 結果、三人は自発的に動こうとしなかったため、動くには外的なきっかけを必要とした。

 そのきっかけになったのが、二度目のサイレンだ。

 はっとなり、周囲の変化を見回すヘザー。阿部もやることができてこれ幸いとばかりに、目をあちこちに動かす。
エドワードはそれを契機に泣き真似をやめ、さほど興味が無さそうに霧に沈む山を見た。

「これで元通りってか……?」
「随分薄くなった気がするけどね、霧」
「ってことは、前よりずっと安全になったってことか?」
「そりゃ、見えやすくなったわけだし」
「よかったなぁ」
「うん!」
 阿部に話を振られたエドワードは、内心のどうでもよさを隠して無邪気な返事。
本当は色々と“やりやすい”濃霧の方が都合が良かったのだが。

「?」

 この停滞した空気がさっさと流れ出さないか。退屈に感じた心でぼんやりと前を見ていると、霧の中から誰か現れた。
遠くから来て、だんだん近づいたという現れ方ではない。霧の中に、突然出てきたのだ。

「アレッサ!」
 誰だ、と自分が問う前に、ヘザーが口を開いた。アレッサと呼ばれた少女は、ヘザーに構わず、自分を一直線に見ていた。

 そして手をかざし――――

「ぐっ」

 エドワードは胸を抑え、たまらず悲鳴を出す。まるで心臓を鷲掴みにされたようだ。そして力が抜けていく。

 これは、自分の魔力を吸い取ろうとしている。
唐突に出てきたあたりから怪しいとは思っていたが、間違いない、この女は自分側の存在だ。

 ――――まともな人間じゃない。

447最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:46:52
「お、おい!」

 阿部の驚く声は無視する。もはや擬態をしている場合ではない。
エドワードは瞬時に元の異形へ姿を変え、愛用のハサミを――――

「があっ――――」

 自身の胸を突き破る金属の棘――背後から槍で刺されたのだと気づくのに、数秒かかった。
振り返ればそこにいたのは、三角錐を被った男。

「てめえ!」

 阿部がその処刑人に掴みかかるが、あっさりと振り払われて吹き飛ばされる。
そのまま大木の幹に頭を打ち付けた阿部は、それきり動かなくなった。

 その間にも魔力を吸われたエドワードは徐々に干からび、萎み、やがて小さな骸を晒した。

 小さな年老いた老人のような白骨。

 それがそこに残されたもので、エドワード――――シザーマンの末路だった。
  


「いったいこれはどういうこと!」

 めまぐるしく変わる状況に、ヘザーはヒステリックな叫びを上げる。
アレッサはそれに反応することなく、走りだす。

 ここでの目的は達した。

「待ちなさい!」

 後はヘザーを誘導してから、霧にまぎれて消えればいい。

 それまでがアレッサに残された役目。
 
 そこから先は、シェリルの役目だ。

448最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:47:25

〈B-6/アルケミラ病院〉


 以前より薄くなった霧の中、一人の男がそこに現れた。霧とともに現れた男は、もはや人とは呼べなかった。
土気色――茶色にさえ映る皮膚。右肩には赤く大きな目があり、そこから太い血管や筋繊維が伸びている。
かろうじて残っている白衣が、その男を医者か科学者だと示しているが、もう誰もそうだとは思わないだろう。
 
 G――G-ウイルスで誕生したその生命体は、かつてはウィリアム・バーキンと呼ばれた研究者だった。
G-ウイルスを開発した彼は、その後瀕死の重症からG-ウイルスを自身に投与し、再起を図る。
たしかに彼は窮地を脱したが、それにより彼は鬼――怪物と化した。
さらに言えば、その際のT-ウイルスの流出がラクーンシティのバイオハザードを引き起こしたわけだが、それはもう、彼にとってはどうでもよかった。
 

〈Persist〉

「いいか、慎重にだぞ」
「わかってるわよ」
 病院に入った水明とユカリは、懐中電灯を片手に通路を進む。
まばらに生き残った電灯はほとんど役に立たず、時折光ってはすぐに消える。
「向こう見ずは控えてくれ。何が起こるかわからん」
「わかってるって。うるさいなぁ」
 これでも自制しているのだ。本当なら、一にも二にも走ってしまいたい。
チサトのこともある。できるだけ早くミカに会いたかった。
 窓か扉でも壊れているのか、どこからともなく風が入ってくる。
それに伴う物音はまだいいが、霧まで入ってくるから視界がより悪くなる。
暗い闇に加えて白い霧。それを照らすのは懐中電灯と、たまに仕事をする電灯のみ。

 途中で階段を見つけたが、まずは一階ということでそこを探した。
しかし鍵が掛かっていたり壊れていたりして、入れるところは限られており、入れたところはあまりなかった。

「どうしたの?」
 ユカリが拾った栄養剤と救急キットをショルダーバッグにつめていると、そばの水明が足元の物体をじっと見ていた。
それは怪物の死体で、とても正視できるものではない。

 まるで人がトカゲにでもなったようなそれは、何かに引き裂かれて事切れていた。
「ここから離れた方がいいかもしれない」
「なんでよ」
「さっきも同じような亡骸を見たが、どうも数が多い」
「いいじゃん。襲ってくるわけじゃ――襲ってこなくなって」
 それは好都合な話であった。
「これ以上の脅威が近くにいるかもしれないんだぞ」
「味方かもしれないでしょ。もしかしたら、ミカはその人たちに保護されてるのかも」
 咄嗟に浮かんだ考えだが、案外的を射ているかもしれない。ユカリは内心頷いた。
「これが人の手によるものとは」
「もういいじゃん、どっちでも。ていうかさ、じゃあここでグダグダやって何か解決するわけ?」

449最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:47:56

 たまった鬱憤というものがあった。
 それはここに迷い込んだことに始まり、自分の常識や能力が通じないことによる無力感、
出会ったこの男の荒唐無稽とも言える薀蓄や仮説。
今までの不可思議と勝手が違うこともあるが、自分の思い通りにならないことが大きな原因。
 いつもなら、わからないにしても行動すればどうにかなった。
自分はそれを諌める――コントロールする側であったし、行動はほとんど確実に報われていた。

 だが現状はこうだ。
理解できないことは多く、それでも自分なりに行動しようとすれば途端に注意や邪魔が入る。
理屈ではわかるのだが、だからといって簡単に割り切れる程大人でもない。

 イライラする。
 一言でいえば、これだ。

「気をつけるに越したことはない。でなければ、命を失いかねない」
 水明はそれだけ言って、ユカリが二階へ脚を運ぶのを止めはしなかった。
明確な危機ではないため、肯定しきれない一方で、否定もできないのだろう。

 二階に上がると、にわかに何かの気配を感じた。それは人間なのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
ともかく、ここには何かいる。ユカリにはそれがわかった。
「これを見てくれ」
 水明が懐中電灯を足元に向ける。そこには血痕と、赤黒く染まったガーゼが落ちていた。
「負傷と、その治療の痕跡だ。血液の変化具合からいって、そう経ってはいない」
「ほらね」
 それ見たことかと言わんばかりにユカリは胸を張る。
「やっぱりここにミカがいるのよ」
「そうと決まったわけでは……仮にいたとしても、負傷している」
「そりゃこんなところにいれば怪我だってするわよ。あたし達だってそうでしょ。
大切なのは、それを治療できるくらいの元気がある――生きているってことよ」
「……かもな」
 情況証拠が少ないゆえか、調子が出てきたユカリに配慮してか、水明はそれ以上異を唱えることはなかった。
 踊り場から通路へ出ると、そこも一階と似たようなものだった。
老朽化というのはないのだが、破損や汚染がひどい。どこからともなく入ってくる霧も合わさってひどい有様だ。
救いは数少ない電灯がたまに仕事をするくらいか。

 奥に見えた扉を開く。そこはまた道で、扉が三つあるのがぼんやり見えた。
奥に閉まったのが一つ。右に開いたままのが一つ。そして左に、

「センパイ?」

450最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:48:09

 ミカがいた。彼女は、左側の扉から出てきたところだった。
すぐに明かりが消えるが、見逃すものかと懐中電灯を向ける。
「ちょっ。眩しいなぁもう」
 反射的に目を隠されたが、それは間違いなく――――

「ミカ!」

 自分の大切な後輩だった。

 ユカリは走りだす。今度は止められなかった。
いや、もう止められるものか。今度こそ、自分は彼女を捕まえるのだ。

 こんな風に。

 戸惑うミカを、ユカリの腕が包む。もう離さないとでも言うように、強く。
「センパイ、こーいうのはあたしの役目じゃ……らしくないですよ」
「うっさいバカ。バカァ……」
 涙ぐむユカリにつられるように、ミカの目にも涙が浮かぶ。

 腕に感じる熱や音。たしかにミカはここにいる。
この残酷な世界においても、それは確かなる事実であった。

 ようやく、ようやく掴んだ。
  
 この一年は、ムダではなかった。
 
 感動や歓喜がとめどなく溢れてくる。
もう何かいらなかった。これで充分だった。

 この瞬間が、幸福が永遠だったらいいのに。
 
 ユカリは願う。
 
 そしてその願いは、叶う。

451最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:48:22

〈Cautious〉

 一瞬だった。
 空気が揺れ、それだけで目の前の二人が物言わぬ肉塊になった。
 
 潰れて混ざった少女たちに言葉はなかった。
悲鳴を上げる暇どころか、気づくこともできなかっただろう。
 
 水明は飛んできた血を避けることもできず、呆然とするしかなかった。
「何が起きたの……」
 ミカに遅れて、人見が左の扉から出てきた。
調査で得られた情報が確かなら、そこはナースセンターのはずだ。
 
 右の扉そば――手術準備室前に、影があった。
形は人のようでいて、そうではない。一部が人間のそれとはかけ離れている。
 
 パッと電灯から光が走る。

 その正体はやはり、怪物だった。
全体的に赤茶色に染まっているのもあるが、特異なのは右半身。
突起のように張り出した肩、脇の辺りにある巨大な眼球。そしてその手に握られた鉄パイプ。
そこから垂れ落ちる血や引っ掛かっている肉が、少女二人の殺害を無言で証明している。

『UAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA』

 怪物は、吼える。

 それがオカルトの産物でないと、水明は信じられるだろうか。
 それが科学の産物であると、人見は思うだろうか。

 いずれにせよ、

 今はただ、目の前の現実を受け入れねばなるまい。

「逃げろ!」

 先に動けたのは水明だった。人見の前に立ち、銃を構え――――

 それより早く、異形の手から触手が伸びた。

 それは水明の口を潜り、彼はたまらず膝をつく。

「あ、ああ……」

 目の前で一連の悪夢を見てしまった人見は意味のない言葉を垂れ流し、ただ呆けて眺めているしかなかった。

452最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:48:48
 数秒の後、ようやく。

「こんなこと……信じない」

 それだけ言い残し、横に振るわれた鉄の棒に頭を潰された。


 ただ、走った。

 いや、自分はそう思っているだけで、本当は歩くような速さだろう。

 何もかも捨てて走った。

 あの怪物はどこかへ行ったらしい。追ってもこないし、姿も見えない。それ以上は考えられなかった。

 式部人見も、長谷川ユカリも、岸井ミカも、頭の隅にすらなかった。
この街の謎がどうとか、そのためにどうするとか、そんな考えもなくなった。

 ああ、なんて愚か……いや、傲慢だったのだろうか。

 心のどこかで、思っていたのかもしれない。

 まるで自分が特別で、それが当然であるのだと。

 だから自分が謎を解いて、事態を解決に導くのが役目だと。


 胸をおさえた水明は自嘲した。結局やったことといえば、薀蓄や推測を披露して悦に入っていただけ。

 何の事はない。自分も、その他大勢に過ぎなかったのだ。

 吹けば飛ぶような、安い命。

 その生命も、もうすぐ尽きる。

 理屈ではない。ただ、そう直感する。本能がそうだといっている。おそらく間違いではないだろう。

 だから、ただひとつの願いのために走った。

 その時が来るまでに、あいつに会いたかった。

453最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:49:00
 <Wild animal>

 霧は薄くなったが、だからといって遠くまで見渡せるわけではない。
その一方で、より光が届くようになったことはマイナスだ。
いよいよ外での活動が辛くなれば、施設を渡り歩くか、そこで夜を待つしかあるまい。

 いや、もはやそれを考える必要もないだろう。

 もう、もたない。

 体中から剥がれていく同化した同胞の霊魂。
おそらく同胞のほとんどはもうここにはいないし、残った同胞もまともに動けないだろう。
自分が行動できるのは、捕食によって総量が増えている恩恵だ。こうしている今も自身が殻から抜けていっている。

 この街を抜けた先にあるのは別の世界。あるいは母体か。

 なんらかの理由でここに封印された異物が、なんらかの理由で解放されようとしている。

 おぼろげながら、そんな気がした。

“それ”は一直線に走る。目が使えなくても、鋭い鼻がある。その鼻に入る臭いがあれば、追跡には充分だ。

 そこには求めるものがある。
 
 そしてそこには、相変わらず邪魔者がいる。

 奴と戦うのはこれで四度目――戦わなかったものを含めれば五度目――か。

 どれも奴の手で――奴さえいなければ――殻の確保を阻止された。

 しかし、もうあの時の殻ではない。これには、より一層の力がある。まだ、力は残されている。

 自分が殻を確保するのが先か、自分が消えるのが先か。

 仮に殻を確保できたとしても、それは意味がないのかもしれない。

 理屈ではないのだ。この感情は――――

 執着は。

 ――――今更か。


“それ”は小さく鼻を鳴らした。

454最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:49:23
〈B-3/路上〉

 小暮という男は実直な男である。腹の中ではどう思おうと、上司の命令には忠実である。
ゆえにせっかく再会できたにも関わらず、その上司と別れることになっても、それは受け入れねばならなかった。

「よろしいのですか」
「自分は、部下でありますから」
 遠のく背をじっと見ていた彼に、霧絵は問う。二度目のサイレンが鳴ったことで、闇の代わりに霧が視界を狭めていた。
「氷室さんはよろしいのでありますか」
「風海さまのおっしゃることに間違いはありませんでしたから」
「そのとおりであります」
 これに欠陥や矛盾があれば、僭越ながら指摘していたものだが、理に適っている以上、それを否定することはできない。

「それでは、参りましょうか」
「はい」
 背中に感じるしっかりとした重み――命の感触に小暮は気を引き締める。
自分だけの問題ではない。ここには、この手には、守るべきものがある。
「小暮さま」
「なんでありますか」
「もし私が足手まといと思われましたら、捨てていってください」
「またそんなことを」
「拒まれるのは承知しております。しかしだからこそ、小暮さまのような方が私のせいで命を落とされるのは忍びないのです」
「ぬぅ……」
 そうまで言われては、頷くのも礼儀ではあるが……やはり……。
「いえ、だめであります。氷室さんは自分が守ると――それが自分の本分でありますから」
「ありがとうございます」
「こちらこそ、氷室さんには感謝しております」
 不思議そうな顔をする霧絵。
「自分一人では、ここまで心を穏やかにはできなかったでしょう。氷室さんがいてくれたから、ここまで安心できたのであります」
 言ってから、小暮はそこに気恥ずかしさを覚えた。厳つい顔に、朱が広がる。
ゴホゴホと場を紛らせる咳を吐く。しかし奇妙な雰囲気は拭えず、ある種の気まずさが流れた。

 しかし、それもどこか心地よくて……。

455最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:49:37
「小暮さま……」

 霧絵の囁く声、感じる温もりと柔らかさ。
にわかに感じる“女”に、小暮はさらに心を乱す。

「私は」

 そこで霧絵ははっと声を漏らす。

「これは……いえ、しかし。まさか」

 見れば、彼女は闇を見上げ――いや、見ている先は氷室邸か。

「黄泉からあふれる災厄を防ぐ門。しかしここでは、その役目はむしろ逆……」

 霧絵は小暮を見る。その顔は切迫していて、何かを自分に伝えたいようだ。


「小暮さま――!」

 何かが爆ぜる音がした。

「氷室さん……?」


 提灯が――彼女が持っていた明かりが落ちる。
闇をかき消し、自分を照らしていた光が消えていく。

 ずるりと落ちていく体を止めようとすると、滑って叶わなかった。

 意図せず、自身の手を見る。

 
 その手は赤く染まっていた。

「氷室さん!」

 眼下の彼女は――正確にはその背中から――流血していた。
ぽっかりと開いた穴から流れる血が、まるで別世界のもののようで信じられなかった。

 しゃがみ抱きかかえた霧絵の肌はさらに白く――蒼白になっていた。

456最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:49:54

「小暮さま……」

 わずかに揺れる腕を彼女は小暮に伸ばす。

 生きている。

 その事実に小暮は安堵や歓喜をした。まだ生きている。まだ守れる。

 死んでいないのだ。

 その事実さえあれば充分。

 使命感が、普段ならば逃亡や気絶を図る小暮の心を支えていた。
いつものように仲間などいない、絶望的な状況が彼から逃げ道をなくしていた。  

「氷室さん、大丈夫であります。傷は浅いであります。すぐに治療すれば治るでしょう」
 その冷たい手を握る。

「…………あ」

 小暮の言葉に安心を感じたのか、

「ありがとうございます」

 霧絵は微笑む。

 
 そして彼女の顔は爆ぜた。


 飛び散る血液や脳漿……彼女を形作っていたすべて。

 そのすべてを顔中に浴びた小暮は、


「う…………うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 叫ぶしかなかった。その声に群がるように、鋭い何かが殺到する。

457最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:50:31
〈Cautiously〉


「小暮さん!?」

 小暮たちより少し離れたところ、騒ぎを聞きつけた純也は振り返る。
 
 その腹に、痛みが走る。

「なっ」

 右脇腹に感じる熱。見れば、そこからじわりと赤い染みが広がっている。

 撃たれた。

 そう判断するのに数秒。

 それが間違いだと気づくのに数秒。
 
 霧の向こうからやってくる影に気づくのに数秒。

 粘着質のある音を伴ってやってきた異形。

 蜥蜴。第一印象はこれだ。赤茶色に変色した肌に、露出した脳。血をしたたらせた長く鋭い舌。

 人間どころか、普通の生物ではない。

 瞬時に、純也は痛感した。

「風海……!」
 膝を折った純也に近づく梨花もまた、その存在に気づく。

「逃げるんだ梨花ちゃん!」

 激痛で震えた声でそう叫んだ。返事の代わりに彼女は走り、霧の向こうへ消えていく。

 いや、そうはならなかった。短い悲鳴を上げて、彼女は倒れる。白い霧に混じって、赤い血が広がった。

 一体ではなかった。梨花とは入れ替わりに、蜥蜴の異形が複数やってきた。

 それがリッカーとラクーンシティでは呼ばれていたことを風海は知らない。

458最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:51:12
 小暮の方を見やる。あちらもあちらで、リッカーに囲まれている。

 冷たい汗が流れる体で、純也は拳銃を引っ張りだす。

 勝てる見込みはない。

 だが、ここで倒れるわけには……。

 引き金を引く。しかし痛みで朦朧とした意識で当たるはずもなく、無為に銃声を重ねるだけだった。

 そのうち銃を握った腕を舌で貫かれ、純也は倒れた。
遠くで小暮の怒号か悲鳴のような叫びが聞こえるが、その意味を知ることはない。

 死ぬ。漠然と風海は直感する。これまでも何度かあった死の危険。しかし、今度は絶対で、どうにもならないだろうと思った。

 じわじわと近づく蜥蜴の群れ。近くで見ることでわかったことだが、この異形には目が――視覚を司る器官が見られない。
もしかしたら、視覚がない分、聴覚に優れているのかもしれない。今更そんな推測、何かの役に立つとも思えないが。

 これまでか。純也は観念したように目を閉じる。

 遠くで、何かの足音がする。蜥蜴のそれとも人間のそれとも違う。例えるなら、トラやライオンのような猛獣の……。

 かすんだ視界が、その正体をとらえた。こちらに異形が近づいている。あれはなんと表現していいかわからない。
犬の奇形児が成長したらああなっているかもしれない。ところどころ、犬を思わせるようなパーツが黒い布の隙間から見えるのだ。
それは倒れている小暮を踏み潰し、純也の前を通り過ぎていった。
蜥蜴の群れの一部は轢かれ、その音につられるように群れは異形の後を追う。
しかしスピードが違いすぎる。そのうち追い切れず見失ってしまうだろう。

 チャンスだ。

459最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:51:35
 純也は残された命を振り絞って立ち上がる。腕はもう上がらない。指は――手はどこかへいってしまった。止血のしようがない。

 ピクリとも動かない梨花、脊椎や内蔵が潰れている小暮、首から上のない霧絵。 

 三人をぼんやりと眺めてから、純也は歩き出した。

 もう助からない。自分を含めて、誰も。


 だから歩いた。

 生きて脱出する。市民を保護する。

 それが無理ならせめて……。


 純也は霧の向こうにいた人物を見つけて、苦笑する。

 もし神がいるなら、感謝すればいいのだろうか。

 最後の最後で、願いを叶えてくれるなんて。


「兄さん」

 蹲っている男は、間違いなく兄だった。水明は純也を認めて、笑う。

 そして、腹を突き破られて死んだ。

「なんだ兄さん。そのおまじない、役に立たないじゃないか」

 胸元から腹にかけて書かれていた太陽の聖環は破られ、もはや皮に浮いた落書きでしかなかった。

 そこから飛び出したオタマジャクシのような生物は純也の首に食らいつき、食いちぎる。

 そこから先の記憶も意識も、純也にはなかった。

 ただ、諦めたような笑みを浮かべて倒れた。

460最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:51:50
〈B-3/湖畔〉

 対象となる生物――自分と遺伝子的差異のない生物――を追っていた彼が行き着いたのは、この湖畔だった。

 目の前で、水柱が立つ。それを反射的に見上げていたGは、次の瞬間には姿を消していた。

 ちらりと見えたのは、巨大な口。

 デルラゴ。Gと同じく、ここに呼ばれた存在。かつては皆に恐れられ、それゆえに誰もデルラゴが棲む湖には近づかなかった。
このようにして、捕食されるためだ。

 湖畔には再び静寂が訪れた。

 そして数秒後、静寂は再び破られた。
 
 水中から浮上したデルラゴはのたうち回り波紋と飛沫を撒き散らす。
透き通った水に戻っていたはずの湖は、一度目のサイレンのように赤く染まる。
やがて、腹を上にしてデルラゴの巨体がぷかりと水面に浮かんだ。

 その腹から、血の噴水。
中心には、Gが立っていた。その姿は、さきほどよりさらに異質なものだ。
皮膚は返り血もあって赤く染まり、上半身は右肩を中心に肥大化。
その右腕はより凶暴なものになり、デルラゴの腹を引き裂いたらしい巨大な爪は、臓物と体液がこびりついている。

「UAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

 Gは叫んだ。その腕には、どろどろに溶けた骸があった。
 かすかに残る髪の毛や骨格から、Gはそれが対象であると、かつての娘の姿だと察した。

「UAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

 この咆哮の意味するところはしれない。大切な母体の喪失によるものか。
 それともどこかに残った父の性がそうさせたのか。

「UAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

 誰にも――Gにさえも、わからない。

 そばにそびえる時計塔は、ただ淡々と時を刻むのみ。

461最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:52:06
〈C-2/教会〉


「父さん!」

「シェリル!」
 
 その声に、先行したシビルを押しのけて、ハリーは駆け出す。

 自分を求めて走ってきた娘を片腕で抱き上げた彼は、久方ぶりの笑みを浮かべた。

「嘘……本当に……」
 狼狽するシビルをよそにメイソン親子は再会を喜ぶ。
その光景にともえは安堵しつつ、同時に悲しみを感じた。
彼の娘が見つかってよかった。しかし、一方で自分の父は……。

「ちょ、ちょっと待ってハリー」

 娘をおろし、背負っていた美耶子を祭壇に安置したハリーはなんだとシビルに顔を向ける。

「おかしいわ。だってシェリルはもう」

 早口で掻い摘んで過去の事件を説明した。シェリルの失踪から始まり、ギレスピー親子の悲劇のこと。
そしてアレッサとひとつになったシェリルの最期。つまり、ハリーが自分と異なる時代から来ているということ。

 しかし……。

「その、シビル。私も作家の端くれだ。そういう考えを否定する気はない。しかし……」

 困ったように悩んでいるハリーに、シビルは違うと悲鳴を上げた。
まるで『あなたは疲れているんだ』と言われているようなのが癪に障ったようだ。

「ハリー、話を聞いてちょうだい」
「ああ、とりあえずここを出てからだ。行こう、シェリル」
 手を引かれた少女は、しかし首をふった。
「だめ。この街を出るんでしょ?」
「そうだ。帰ろう」 
「だめなの。私はこの街から出られない。だから一緒にここで暮らそう?」
 娘のわがままにハリーは訝しむ。
しかし、それがただのわがままではなく、自身の運命を告白しているのだとすぐに気づいたようで、叱ることはなかった。

462最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:52:20

「私はあなたの娘としての記憶。肉体はもうどこにもない。この街の助けがないと、この形を保てない。だからここから出られない」 
 ここではじめて、ハリーはまともにシビルの話を聞く気になったらしく、彼女の方に目を向けた。
「……そうよ。あなたの娘はもう、どこにもいない。いえ、正確には……」
「ここなの!? アレッサ!」
 シビルの声をかき消すように、乱暴に扉が開かれた。そばにいたともえはびくりと肩を震わせる。
場の雰囲気にのまれて、周囲の警戒を忘れていた。
「……父さん?」
「君は?」
 歩き始め――焦りからか、早歩きになる女性に、ハリーは警戒からか、背後に娘を隠す。
「生きてる……それだけじゃない。昔の姿そっくり」
「『父さん』って……まさかあの時の赤ん坊が」
 警戒するハリー。何かを察したらしいシビル。その二人の目の前で、女性は立ち止まった。
「そう……そうよね。今の私じゃ、わかるわけないわよね」
 女性は、何かを決意したようにハリーをまっすぐに見る。
「私はヘザー。いいえ、シェリル・メイソン――――あなたの娘よ」
 女性――ヘザーは、「信じてもらえるかわからないけど」と付け足して目をそらした。

「すまないが、にわかには信じられない」
「そうよね。過去を知ってるこっちはまだしも、まだ知らない先の話なんて」
「あなたが『ヘザー』ね。渡すように頼まれていたものがあるのだけれど」
 シビルから手渡された人形に、ヘザーは不思議そうな顔をする。追い打ちのように手紙も渡す。

 それに目を通したヘザーは一言。
「気持ち悪い」
 人形も手紙も放り捨てた。
「そうでしょうね」
 シビルは否定しなかった。
「それで」
 ヘザーはハリー――その向こうにいるシェリルに向き直る。
「これはどういうことかしらアレッサ」
「私は、この人と一緒にいたい」
 ハリーの影からシェリルが前に出る。
「だからアレッサと分かれたの。私はシェリルでいたいから」
「ということは、アレッサは別にいるってこと? あっちを倒さなきゃここからは出られない?」
「その必要はないよ。だってもう、この世界は壊れかけてるから」
「待って。じゃあこの街はどうなるの?」
「完全に力を失ったこの街は、外の世界とのつながりを取り戻す。
その前に私の中にある魔力で最後のサイレンを起こして、この世界を裏返す。ひとつの世界として独立するの。
元に戻ったサイレントヒルの裏側で、誰にも認識されない世界として」
「そんなところに父さんを閉じ込める気? 正気なの?」
「ほかに方法がないから。外界で生きる術はあなたに託してしまったから」
「父さん、聞いた? こんなことに付き合ってられないわ。私と出ましょ」
「ま、待ってくれ。私は」
 腕をつかみ引きづられるハリーはヘザーとシェリルを交互に見る。
どちらも自分の娘とはわかりつつも、かといってどちらかを選べないようだ。

463最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:52:31

「待って!」
 額に手をやっていたともえが顔をあげる。
「何か来る!」
 倒れる扉。その向こうに見えるのは闇のそれ。
 黒い煙を立ち上らせ、獣のそれは唸りながら走ってくる。目標はハリーとヘザー。いや、その後ろにある祭壇か。
「ああ、もう」
「またか」

 ヘザーは面倒そうに後頭部を掻き、ハリーは溜息をつく。

「あれをやるよ父さん」
「あれ? そうか、あれか」

 疾駆する異形相手に、二人は武器を構えなかった。
あくまで自然体で、適度に力の抜けた理想的な体勢。

『せーのっ!』

 同時であった。ふたつの蹴りが一閃。交差する場にいた異形の頭部はまるで潰れた紙細工のようにクシャクシャに歪んだ。
その威力はそれだけにとどまらず、紙切れのように吹き飛ばされた異形は教会の長椅子をなぎ倒し、壁に激突してようやく止まった。

「昔はもっとすごかったって言ってたけど、本当だったのね」
「なるほど。本当に私の娘らしい」

 お互いを称える二人をよそに、シビルはその異形に銃を構える。
黒い煙は未だに上がり続け、まるで憑き物が落ちているかのように、その正体があらわになっていく。
 シビルの手に、ともえの手が添えられ、そっと銃口が下がった。
「もう、これ以上は……」
「……そうね」
 黒い煙の中にいたのは、小さな犬だった。汚れてはいるが、元は白い毛並みだったことがわかる。
よろよろと立ち上がった犬は、おぼつかない足取りで祭壇へと向かう。
そして一言、くぅんと鳴いて、祭壇の下に体を横たえた。
「飼い主のところに帰りたかったのかしら」
 銃をしまうシビルに、わからないと首をふるともえ。

464最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:52:58


「これで娘だってわかったかしら」
「ああ、そうだな」 
「だったら」
 ヘザーは手を差し出す。
「だから」
 ハリーは背を向けた。
「私は、ここに残る」 
「どうして」
 納得できないと、表情で雄弁に語るヘザーにハリーは笑う。
「今のでわかった。君は私の自慢の娘だ。今の君なら、外の世界でも、私がいなくても、きっと立派にやっていける。でもこの子は違う」
 シェリルに目を向けるハリー。
「けどそいつは」
「たとえ作り物であったとしても、この子はシェリルだ。私の大事な娘だ」
 だから置いていけない、とシェリルの前で屈みこむ。
「あっそ。そうなんだ」
 やけにあっさりと了承するヘザーに、シビルとともえは顔を見合わせた。
ずいぶんと物分りがいい。ここまでドライな関係だったのだろうか。
「すまない」
 一度振り返り詫びた後、ハリーはシェリルを抱きしめた。

「せいっ」

 その無防備な後頭部へ、ヘザーは蹴りを見舞った。

 鈍い音の後、ハリーはゆっくりと倒れた。

「死んだんじゃない」
「生きてるわよ……多分」

 傍観している二人の前で、ヘザーは父親を背負う。

465最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:53:44

「悪いわね、シェリル。あなたの気持ち、わかっているつもりよ。でも、私の父さんでもあるから」
 シェリルは首をふった。
「こうなるだろうなって思ってたから。だって私だもん」
 彼女は苦笑する。
「もう一度会えて、娘だっていってくれただけで、もういいんだ。もう、アレッサのところに戻るね。
自分の始末は自分でつけなきゃ。父さんに叱られちゃう」
「……こう言うことが正しいのかわからないけど、あんたも私の一部だと思ってるから」
「うん。今度は死なせちゃだめだよ」
「わかってる」
「帰り道を教えてあげる。このままずっと北に向かって。カフェの前を通って、コンビニの横を抜ければ、そこから出られるよ。
後は戻りたい世界があれば、霧の向こうに行ける」
「ありがとう……って言うのは変かしらね」
「私にもわからない。ある意味自業自得だしね」
 シェリルは笑い、ヘザーもつられて頬を歪めた。

「じゃあね」
 消えていく過去の自分から目を背けるように振り返ったヘザーは、シビルとともえに目を向ける。
「私は行くけど、あなたたちはどうする? 私を止める?」
「まさか」
 シビルは肩をすくめた。
「家庭の事情に首を突っ込むほど警察は暇じゃないわ。
とりあえず、この事態は時間が解決するにしても、それまでに保護できるだけの人は保護しておかないと」
「…………あ」
 ヘザーはバツが悪そうにうつむき、「忘れてた」とつぶやく。
「一人、学校の裏山に放ってきちゃった。拾ってきてくれないかしら」
「いいわよ。詳しい場所は?」
「えっと地図は……あれ? ごめん、ちょっと出してくれる?」
 ハリーを担いでいるため、うまく取り出せないヘザーはともえにポケットを探るよう頼む。
「わかった。……見つからないわ」
 困った顔をするともえに、ヘザーは首をひねる。
「これは推測なんだけど」
 シビルは顎に手を添えている。
「この街が元に戻ろうとしているなら、それに不都合なもの――儀式に関係するものや魔力で創りだしたものは消えてしまうんじゃないかしら」
「シェリル……」
 ヘザーは溜息をつく。
「消える前に言っておきなさいよ」

466最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:54:08
「いいわ。とりあえずしらみつぶしに探しておくから。たしか西……左回りね。名前は?」
「アベ。チンピラみたいな男だからすぐわかると思う」
「OK。あなたはどうする?」
 ともえは少し考えこんでから顔を上げた。
「私はハリーの目になるといった。その役割を終えたのなら……」
「そういうつもりならちょうどいいわ」
 ヘザーは自身の父親を顎で示す。
「私こういう状態だから、道案内人が欲しかったのよね。さっき見てたけど、あなた、他人の目を借りたりすることできるの?」
「どうしてそれを」
「そのアベってやつも同じことできたからよ」
「……そう。そうよ」
 話が早い。隠す必要がない。ともえは素直に認めた。
「じゃあよろしく。多分、同じ場所にはつかないだろうから、途中までだけどね。あなたも自分の帰る場所へ帰るといいわ」
「私は……」
 結局、自分は何もできなかった。ここで戻れば、そういうことになるだろう。それでいいのだろうか。
しかし、これ以上ここにいても何かができるとも思えない。

「自分は役立たずだって、凹んでるの?」
「どうして」
「『どうしてわかるの』って? 私もそうだったから。今もそうよ。
どうにか取り戻せたものはあったけど、なくしたままのものもある」
 ヘザーは自嘲するような笑みを浮かべた。
「もっと外の世界を見なさい。そうすれば、自分に何が足りないか、何が必要なのか見えてくるかもよ」
「外の世界……」
 それは、この街の外、という意味ではないだろう。自分の元の世界、夜見島の外、という意味だろう。
憧れていた都会――本土のことだろう。
「…………」
 ともえは何か考えこむように俯き、やがてシビルに向かって顔を上げた。
「お願いがあるんだけど、いい?」
「職務の範囲内ならね」
 苦笑して肩をすくめる彼女にともえは微笑む。
「ジルという女性に会ったら、伝えてほしいの」
 少し躊躇したが、決意を込めて言う。
「夜見島で待ってるって」
 今の自分じゃ、ここに残っていても何もできない。だから、外の世界を目指す。
ケビンとジルに胸を張れるような、そんな人間になれるように。
彼女には、そんな人間になれた自分を見て欲しい。欲を言えば、認めて欲しい。

 誰かを守れるような人間になりたい。
 自分の“譲れないもの”を実現するためにも。

467最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:54:30

「わかったわ」
 ともえの眼差しに何かを感じ取ったのか、シビルは快諾した。


「ヘザー、余裕ができたら会いに行くわ」
「親子で歓迎するわ」
「ともえ、あなたも元気でね」
「ありがとう」

 エンジン音を伴って去っていくシビルの背から、ヘザーへ視線を移す。
「短い間ですが、この太田ともえ、身命を賭してあなたたちを送り届けます」
「期待してるわ」
 ヘザーの笑みにともえも返して、二人は歩き始める。

 ここでの自分の戦いは、もう終わる。

 本番は、向こうへ帰ってからだ。

 未来に向かって、彼女は一歩ずつ、小さいけれども確かな一歩を刻んでいく。 

 その姿には一本、芯が通っているようだった。

468最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:54:41
〈D-3/研究所〉

 さぁ行こう。
 そう促す三四の声と、サイレンはほとんど同時だった。
 あたりの風景はがらりと変わり、周囲に霧が満ちていく。

 ひたり。ひたり。

 どこかで足音がする。

 こちらに近づいてくる。

 レオンが合流しようとしているのかと思ったが、足音が違う。
 これは靴が地面を擦る音ではない。

 裸足で……。

 霧の入り込んだ廊下の奥から、一人の男が現れた。
 青白いを通り越して、真っ青な肌の男。
 首から左腕はドス黒く染まり、その先にある爪はまるで猛獣のようで。

「…………ミヨ?」

 相談しようと彼女を振り返った。
 彼女は自分を見ていない。その男を見ている。

 彼女に腕を掴まれた。

 ぐいっと引っ張られた。

 途端に、体中を熱が走った。

 熱い。

 いや、寒い。

 気が遠くなる……。

 あれ、足が動かない。

 立てない……。

469最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:55:11


 三四は右腕を左手でおさえる。彼女の右手は足元のジェニファーと一緒に転がっており、役目を終えていた。
とっさにジェニファーを盾にしたが、それでも右手を落とされてしまった。
止血点をおさえているため、失血死の危険性は低いが、それでも丸腰だ。無防備になっている。

 しかしどうして。

 さっきまで、何の気配もなかった。

 隠れていた? それがサイレンと霧に紛れてやってきた?

 わからない。むしろ、直感で考えるなら、霧の中に突然現れた、という印象だ。

 そんな疑問や動揺を浮かべながら、三四はその怪物に背を向けて走った。

 ともかく、助けを呼ばなければ。

 自分はまだ、ここでは死ねないのだから。




「よかったですね。機械が無事で」
「ああ。おまけにリーチときてる。こりゃ本当に後は登るだけかもな」
 嬉しそうに恭也に話すジム。しかしその顔は暗い。汗が額を濡らし、かといってそれを彼は拭いもしない。
エレベーターで一階に戻った四人はぞろぞろと鉄の箱から出てくる。最後に出てきたジムは「ちょっと待った」と小さく声を上げた。
「悪い。疲れちまった。少し休ませてくれ」
 了承を待つことなく、ジムは壁に背を預けて座り込んでしまった。
「俺はいいですけど……」
 恭也はジルと三沢に目を向ける。
「色々あったしね。たしかに疲れもするでしょう」
 そういうジルからはまったく疲労は見られない。三沢も同様だ。
ただ、彼らは軍人や警官で、それは当たり前なのかもしれない。
「残りの材料はどこにある」
 三沢はジムの前で屈みこむ。
「心当たりは」
「ない。ただ、黒くてでかい海パン野郎の血ってだけだ。そいつがどこにいるかわからないと」
 三沢は小さく息をもらして立ち上がる。
「ここを探してみるか」
「それしかないようね」
「あ、じゃあ俺ジムさんについてますよ」
「…………」

470最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:55:27
 ジルは考えこむ。たしかに今のジムを連れて回すのは酷だ。
襲われた時のリスクもある。かといってここに置いてきて戦力を分散するのもどうだろうか。
「おい」
「待って。今考えてるから」
「そうじゃない」
 三沢は顎で壁の向こうをさす。
「悲鳴だ。若い女の」
 



「誰か……」

 叫び疲れた喉が痛みを訴える。こんなことならレオンを行かせるべきじゃなかった。
あの怪物の移動速度が思った以上でなかったのが幸いか。

 長時間の圧迫と乱雑ではあるが的確な止血で自由になった左腕で発砲。

 効くとは思えないが、叫ぶ代わりだ。

 エントランスホールまで逃げてきたが、いよいよ後が無い。
 ここから上にあがるか、外に出るか……

「いたぞ!」
 背後の扉が開き、誰かがやってきた。自衛隊に、若い女に少年……よくわからない組み合わせだ。

 だがありがたい。

「助け……」

 かすれた声を絞り出す。

「キョウヤ!」
 そう呼ばれた少年が自分に駆け寄る。
「こっちへ」
 頷く三四は、そのまま彼らのいた部屋へ導かれる。そこには疲れた様子の黒人男性が座り込んでいた。

 その顔は俯いているためわからない。
「ここにいてください」
 それだけ言って、少年は出て行く。三四はようやく一息ついて、その場に座り込んだ。
体が熱い。汗がどっと流れてきた。足も震えて悲鳴を上げている。
弾切れの銃を放り出し、額の汗を拭う。片手は失ったが、どうにか生き延びた。
レオン以外の戦力も得た。あとは……。

471最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:55:38
 肩で息をする三四に、影がかかる。
 緩慢な動きで彼女は首をそらす。

 黒人男性が、自分を見下ろしてた。
 
 濁った瞳と、うめき声を伴って。

 三四は悲鳴を上げようとする。しかし喉は動かず、空気の抜ける音が虚しく響いた。

 拾った銃は虚しい音を奏でるだけ。

 嘘だ。
 
 自分はこんなところで死ぬ人間ではない。

 自分は神に――――





「なんとか倒せましたね」
 恭也は予備弾倉まで使い果たした9mm機関拳銃を置き、H&K VP70に持ち替える。
「ああ」
 三沢は手際よく89式小銃の給弾を済ませる。こちらはまだ弾薬があるので銃を替える必要がない。
彼はグロック17とハンドガンの弾をジルに差し出した。
「使うといい」
「ありがとう」
 武装で不安な点が残ったのはジルだった。持っていたショットガンは弾切れ。予備にしていたハンドガンもたった今使いきった。
「あ、だったら俺も」
 弾たくさんありますから、と渡そうとした恭也に、ジルは首を振った。
「気持ちだけもらっておくわ」
「でも」
 ハンドガンの弾をM92とM92Fカスタム"サムライエッジ2"に詰めている彼女は苦笑する。
「私は狙って当てられるから。量より質よ」
 そう言われると恭也は返す言葉もない。不慣れな以上、仕方のないことだが、彼は弾をばらまいてしまう。
言い換えれば、下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、なのである。無駄弾がジルに比べて多すぎるのだ。
そんな彼から弾薬を取り上げることは、早々に戦力外になってしまうことを意味する。
「す、すいません」
「そのうち鍛えてやる」 
 バツの悪そうな恭也に、三沢はぼそっと呟いた。それにジルは再び苦笑。ぶっきらぼうではあるが、根は優しい人間のようだ。

472最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:55:54
 さっきの戦いだってそうだ。

 恭也が本来当てるべきところを、三沢がカバーするように的確に当てていた。
ジルに比べて三沢の弾薬の消費が激しいのはそれが原因だ。

「『黒くてでかい海パン野郎』ってこれのことですかね」
 恭也はうつ伏せに倒れている大男に目を向ける。病的というか、もはやこれが本来の体色なのではと思われる程青い肌。
不自然に発達した左腕。どう見てもまともな人間ではない。黒くはないが、途中で変色したのかもしれない。
海パンは、途中でなくしたのかもしれない。

「どうかしら。一度確認させた方がいいわ」
 ジルとしては、似たような生物をいくつか知っている。
もしそれらと同種――それこそ似たような生物でいいというならいいが、特定の種類に限られている可能性もある。

「大丈夫なのか、あの男は」
 本人がいた手前、今まで口にしなかったのだろう。三沢の疑問に、ジルは顔をしかめた。
「わからない。限界が近いのかもしれない。……そういえばキョウヤ、さっきの人は?」
 戦闘に――狙われていた彼女から自分たちに――集中させるために前へ出ていたため、彼に任せた後のことをジルは知らない。
「ああ、ジムさんと一緒の部屋に避難させましたよ」
「…………」
 その軽率さを叱るべきか、そんな彼に任せた自分を省みるべきかジルは悩んだ。
「しかたない。他の部屋の安全が確認できない以上、あの場ではああするしかなかった」
 それを三沢がフォローした。
「それにあの人、銃を持ってましたし、何かあれば叫びますよ。さっきみたいに」
「……そうね」
 釈然としないものを感じながらも、ジルは頷くしかなかった。

「じゃあ俺、ジムさん連れてきますよ」
 恭也は扉に手をかけ、開く。その先を見たジルは、その光景に既視感を覚えた。
女の体に馬乗りになっているジムの背中。下の彼女はビクビクと震えているだけで、何の言葉もない。
こちらに気づき、振り向いたジムの口や顔は、血に染まっていた。
「ジムさん……?」
 立ち止まり、呆けている恭也に、立ち上がったジムは覆いかぶさろうとする。
 ジムはもう、恭也を仲間と見ていなかった。
 ただ、新鮮な肉としてしか見ていなかった。
 恭也は動けない。あまりのショックに、ジムの変貌を受け入れられないでいるようだ。
 ジムは血と、肉が引っかかった歯を恭也に突き立てようと大きく口を開いた。

473最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:56:13
 
 その口に、小銃の銃身が突っ込まれた。

「もうこいつは、ジムじゃない」
 喉を潰すように三沢は小銃を押してから引き抜き、同時にジムを突き飛ばす。
ある程度距離が開いてからマグナムを構え、躊躇なく引き金を引いた。頭の半分を失ったそのゾンビは、うめき声もなく倒れた。

「そんな……」
 そう嘆いたのは恭也か、ジルか。三沢は頓着せず、倒れている女にも銃弾を浴びせる。おまじないだ。
恭也は放心状態であったが、ジルは経験もあって、こちらに近づく足音にすぐ気がついた。
ジムのあの陽気な言動を頭から振り払うように銃を構えて振り返る。

 そこにいたのは、ラクーン市警の制服を着た若い男だった。
「撃たないでくれ。俺はレオン・スコット・ケネディ。警官だ」
「え、ええ……」
 数瞬、ケビンを想起してしまっていたジルは、わずかに遅れて銃口を下げる。 
まだ警察署がまともに機能していた頃、この青年を見たことはないが、おそらく新米なのだろう。
マービンあたりがそんな話をしていたような気がする。
「私はジル・バレンタイン。元“S.T.A.R.S.”よ。あなたの先輩になるのかしら」
「あ、ああ……」
 するとレオンは気まずそうに視線を下に逃がした。
「どうかしたの?」
「着任早々、大遅刻してね」
「多分、咎める人は誰も居ないわ」
 笑えばいいのか怒ればいいのか、ジルはわからなかった。
「あなただけかしら」
「あと二人、さっきまで一緒にいたんだが、一度別れてな。探してみたら、一人の女の子はもう……」
 レオンは俯く。しかしすぐに切り替えたようで、顔を上げた。
「ミヨ……東洋人で黒尽くめの女性を探しているんだが、見なかったか?」
 その顔は、せめて残りの一人は絶対に助け出してみせると、雄弁に語っていた。
その青臭さは、ジル自身も昔は持っていたものだった。自分の力で市民を守ってみせると、信念や覚悟に燃えていたあの頃。
「…………」
 ジルは言葉にするのを躊躇った。かわりに体をずらし、レオンからは見えなかったであろう部屋の奥を示した。

474最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:56:28

 青年から息を呑む音がする。

「どうしようもなかった」
 会話を聞いていたのだろう。三沢が二人のところへやってきた。
「人員も情報も足りなかった。自分の身を守るのに精一杯で、それどころではなかった」
「くっ」
「レオン!」
 声を上げるジルの前で、レオンは三沢の胸ぐらを両手で掴む。しかしすぐに放し、ずるずると膝をついた。
「なんで……」
 なんで守れない。なんでこうなってしまう。彼の言いたいことはジルにもわかった。
「悪いが悲しんでいる暇はないぞ」
 今度は三沢がレオンの胸ぐらを掴み、横へ投げ出す。
そのまま銃を構えると、先程の大男に向けた。
 見れば、倒したはずの異形は痙攣を繰り返し、立ち上がろうとしていた。
左手の爪はより大きくなり、無表情であったそこには凶悪な怒りを浮かべている。
右胸には亀裂のできたコブのようなものができ、それは肥大化した心臓だと思われる。

「あれは」
「知っているのか」
「似たようなのをさっきな。そいつの血を」
「それってもしかして、ワクチンの」
「ああ、そうだ。知っているのか」
「話は後だ」
 三沢の放つ銃火に合わせて、レオンとジルも発砲する。
遅れて気がついた恭也がそれに加わった。

475最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:56:42
〈A-3/雛城高校〉


 結局、それ以上の弾どころか、銃を構える必要もなかった。
三角頭の断罪者はすごすごと引き返し、その姿は小さくなっていく。

「裁く罪――咎人がいないと判断したか」

 あれはまるで興味がなくなったようだ。
宮田は銃を収め、あれを追うべきか考える。
あれの向かう先には別の罪があるか、異形の本拠地があると考えられる。
闇雲に走り回るよりはよっぽど無難ではあるが……。
しかしそこに『がいこくのお姉ちゃん』がいる保証は……。

「お願いがあるの」

 振り向けば、先程別れたおかっぱ頭の少女がいた。

「お願い?」
「この世界を終わらせて欲しいの」
「…………」
「それが『がいこくのお姉ちゃん』のお願いでもあるから」
 そして少女は、この怪異の成り立ちとそれにまつわるすべてを宮田に聞かせた。
すべて、『がいこくのお姉ちゃん』から直接聞き出したものらしい。
今までそれができなかったのは、この街の力に抑えこまれていたせいだという。
その枷が外れ、『がいこくのお姉ちゃん』のいる場を見つけられるようになったのが先程らしい。

「つまり真実を渡すから、見返りに救済をしろと。そういうことですね?」
 少女は頷いた。
「私はこの学校に縛られているから。お姉ちゃんたちと、皆を救ってほしいの」
 異世界の霊魂は黄泉の門から元に戻る。その記憶によって構成された建造物等もいずれ消滅する。
肉体を持つ生者は自力で脱出できるし、近しい者が救いに来ることもあり得る。
 しかし、それ以外の者とこの歪な世界そのものは残ることになる。
 その後始末を自分に頼みたいということだ。

「もししてくれるなら」

 少女は丁寧にたたまれた求導服と、その上に置かれた土偶のようなものを宮田に差し出した。
「あげる」
「なるほど。報酬としては充分すぎる」
 そもそも、それが自分の目的でもあるのだ。拒む理由などない。

「いいでしょう。僭越ながら、引き受けさせていただきます」

 これが宮田司郎の終わり。

 これが牧野慶の始まり。

476最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:57:46
〈D-3/研究所〉

「弾切れだ!」
「こっちもよ!」
 レオンは歯噛みした。もはや『泣けるぜ』なんて軽口すら出てこない。

 藤田も、あの少女も、三四も、ジェニファーも、

 皆死んだ。

 守れなかった。

 自分の力が足りないから。

 こんな状況だから。自分は新米だから。
いくらでも言い訳はできる。しかし、レオンはそんな言い訳で自分を許したりはしない。
許せないからこそ、こうやって苦悩する。

「俺達でなんとかしますから、二人は下がってください!」

 こんな少年にまで心配される始末だ。

 少年と自衛隊員が前に出る。見殺しにした藤田の姿が脳裏をよぎる。

 もう嫌だ。

 レオンは役立たずの銃を放り捨て、コンバットナイフを構える。そして前の二人を押し抜けて突進した。
「おい、よせ」
 三沢の制止を振りきって、ナイフを腰だめに構える。突進力を利用した刺突。これなら有効かもしれない。
「もう、誰もやらせはしない」
 命懸けの突進。いや、これ以上守れないなら、いっそ本当に。

477最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:58:07

 レオンの刃は大男に届かなかった。

 その異形が、高く跳躍したからだ。

 巨体は自分はもちろん、少年と自衛隊員を飛び越え、

 ジルに向かった。

 彼女はナイフを取り出した。しかし間に合わない。

 間に合ったとしても、女の細腕と小ぶりなナイフ。

 どうしようもない。

 体液が飛び散る。

 悲鳴が上がる。

 

 着地に失敗した大男は、撃たれた両の目をおさえて蹲り、もがき苦しむ。

 レオンとジルは、出入り口に目を向けた。

 銃声はふたつ。

 エントランスホールに入ってきた影もふたつ。

「クリス!」「アーク!」

 その二人の男に、二人は見覚えがあった。

478最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:58:25
〈ジル達に接触する数十分前〉

 対アンブレラ特殊私設部隊と銘打ったはいいものの、まだ作りたての組織で、専門の人間など自分を含めて数人だ。
だから大部分はアメリカ特殊作戦軍の兵士で賄っている。
人員不足のこちらと、先のことを考えて発言権を手に入れたい米国の利害が一致したのだ。

「クリス、ジルのことは」
「もういい」
 ヘリの中、クリス・レッドフィールドの左に座るバリー・バートンはバツが悪そうに頭を掻いた。

 ジルがラクーンシティで消えて久しい。
バリーが救助に向かったが、彼女には接触できなかった。
彼が言うには、ラクーンシティにあと少しで到着するというところで濃霧が突如出現し、気がつけば通り過ぎていたという。
そこで滅菌作戦は発動され、結局着陸すらできないまま帰還するしかなかった。
別件で現場にもいなかった自分が批難することではない。

 その濃霧がなんだったのか解明されないまま、今度は別の場所でそれは起きた。
中西部にあったラクーンシティから随分離れた北東部で、謎の濃霧が発生したのである。
それだけなら偶然の一致、天変地異で済ませていたところだ。
しかし、その濃霧を境に大量の失踪者やゾンビ、B.O.W.が出ているとなれば話は別だ。
クリスは組織されたばかりの部隊を米軍兵士で補強し、現地へ飛ぶことを決めた。

「バミューダトライアングルというものがあります」
 
 クリスの右に座るレベッカ・チェンバースは得意そうに語る。

「迷信だぞそれ」
「例えばの話です」
 バリーの指摘に頬を膨らませたレベッカは、クリスの視線に促されるように続ける。
「その海域では昔から、船舶や航空機、あるいは搭乗した乗務員のみが消えてしまうという伝説があるんです」
「ラクーンシティにも同じことが起きたと?」
「仮説ですけどね。そしてその出口が、今回の現場になっているかもしれません」

 報告によれば、その濃霧を調べようと現地の警察や報道機関が向かったらしい。
当初はバリーのような“空振り”を続けていたが、ここ最近は違うという。
 入ったまま出てこないのだ。それと入れ替わるように、ゾンビやB.O.W.が現れている。
感染拡大を防ぐため、その時点で一帯は完全封鎖。非常事態宣言が発令された。
軍隊が警備と隔離を進める一方、自分たちに出動が要請された。

479最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:58:44

 この件に関し、アンブレラは関与を否定している。
そもそも今の糾弾と裁判の対応に追われている状況を考えれば、覚えがあるにしても知らぬ存ぜぬで通すだろうが。
 
「突入します!」
「わかった」

 パイロットの声に、クリスは立ち上がる。自分たちが乗るヘリを先頭に、後続の部隊がきちんといることを確認する。

 霧を抜けたそこには、街があった。

 まるで悪夢のような街が。

「おい、向こうに見えるのはラクーンの警察署じゃねえか」
「あっちにあるのは時計塔ですよ多分」
「詮索は後だ」

 クリスは備え付けの通信機を手に取る。

「これより機銃掃射によるランディングゾーン(着陸地点)の形成を行う。
その後、その場をコマンドポスト(司令所)として運用する。以降は到着次第指示する」

 スピーカーから発せられるいくつかの『ラジャー』。

「ウヨウヨいやがる」
 窓の外を見るバリーの下で、ゾンビやB.O.W.が機銃によって散らされていく。中にはクリスが見たことのないタイプもいる。
「着陸後はどうするんですか」
「ブリーフィング通り、バリーはアルファチームの指揮をして探索、レベッカたちブラヴォーチームはCP(コマンドポスト)を拠点にして要救護者と負傷者の手当と搬送」 
「自分はワンマンアーミーか」
「ジルと合流するまでだ」
 重々しく着陸したヘリの扉が開いた。クリスはコルトパイソンを構えて降りていく。
「バリー、後の指揮は任せるぞ」
「気ぃつけてな」
 機銃によってバラバラになった死体が転がる道を進む。目の前に霧のかたまりが見えた。
いや、何かが霧を纏っているといった方がいいか。
 近づいてみれば、それは客船だった。老朽化が見られるが、立派な船だ。
それが動き、遠くへ行く。あの方角は、バリーが警察署があると言っていたはずだ。

480最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/02/29(月) 23:59:18

「クリス」
 霧に消えた客船からそちらへ振り返る。
「クラウザーか」 
 別のヘリにいた兵士がそこにいた。ジャック・クラウザーはアメリカ特殊作戦軍から派遣されており、自分の部隊の所属ではない。
しかしこの男はどうにも放っておけないところがあって、折にふれては接触していた。
「これがその……B.O.W.なのか?」
 足元にある残骸にクラウザーは顔をしかめる。
「そうか。初めてだったな」 
 戦地で数々の武勲を立てた男でも、それは通常の戦場だ。B.O.W.が跋扈する場所は経験していないのだ。
彼にとってB.O.W.はCryptid.(未確認生物)と同じなのだろう。
「ブリーフィングで教えただろ?」
「ジョークだと思っていたよ」
 たしかに冗談だとも思いたいし、悪い夢で終わらせたい。クリスは苦笑した。
「ついてくるか」
「いいのか?」
「B.O.W.との付き合い方を教えてやる。もっとも、歴戦の兵士には釈迦に説法かもしれないが」
「そんなことはないさ」
 クラウザーはバツが悪そうに首に手をやった。
 似ているのだ。
 自身の力に満足せず、常に力を求める。それがたとえどんなに危険な力であっても。
 あのアルバート・ウェスカーのように。
 自分に何かができるとは思えないが、目を離せない危うさがあるのだ。
短い付き合いになるかもしれないが、その間だけでも側においておきたい。
 
 市街地戦というのは死角が多い。
機銃が届かない場所も多く、かといって生存者の確認がある以上爆破することもできない。
大きな通りの敵は一掃できても、危険が完全になくなったわけではないのだ。

「どうだ。慣れたか」
 何匹目だったか。クラウザーは倒れたハンターに向けた銃口をおろした。
「でかい爬虫類で、人間よりタフな生物」
「そうだ。そういう考え方でいい。必要以上に恐れる必要はない」
 ホテルに入ったクリスは、慎重に中を探る。
「距離と弾薬にさえ気をつければどうとでもなる」
 階段を上がると、長い廊下の左右に扉が並んでいる。
 
 そのうちのひとつがわずかに揺れた。

481最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:00:43

 クリスは片手を上げてクラウザーに『待て』のサインを送り、そこに近づく。
 慎重にドアノブを回し――――

 何かに気づいたクリスは横に飛んだ。そのまま廊下に伏せた格好で扉に銃を向ける。
 
 扉は勢いよく開き、中から銃口が突き出された。

 罠だ。

 クリスに何者かの銃が向けられた。

「クリス!」
「止せ、撃つな」
 クラウザーはピタリと動きを止める。
「人間……か?」
「お互いにな」
 茶色の短髪の男性が廊下から出てきた。緑のアウターに白のインナー、カーキ色のズボンを履いている。
「対アンブレラ特殊私設部隊のクリス・レッドフィールドだ。君たちを助けに来た」
 立ち上がったクリスに、男は少しバツが悪そうだ。
「あー、すまない。悪いが間に合っている。私立探偵のアーク・トンプソンだ。ここには友人を探しに来ている」

 アークの話によればこうだ。彼はラクーンシティにいる友人を独自に捜索したが、一向に見つからない。
軍に保護されていないか、あるいは死亡者リストに名前が載っていないか、生存者の中で行方を知る者はいないか。
あらゆる線を洗った結果、この濃霧による怪奇現象に行き着いたという。
「なるほど。探偵というのもあながち嘘ではないのかもな」
 肩をすくめるクラウザーに、アークは苦笑いを浮かべた。
「気持ちはわかるが、危険過ぎる。ここから南にあるキャンプに行ってくれないか」
「残念だがこれから北に向かうんだ。俺の身柄を確保したければ令状を持ってきてくれ」
 今度はクリスが肩をすくめる番だ。
「それより」
 アークは懐を探り、数枚の写真を取り出した。受け取ったクリスは眉をしかめる。
「これをどこで」
「独自のルート、とだけ。もしこいつらがここにいるのなら、俺達の装備では力不足だとは思わないか」
「…………クラウザー。取ってきて欲しいものがある。俺たちはこのまま北上する」
「令状は?」
「命令だ」
「なら従うしかないな」
 クラウザーは鼻で息を出してから走りだす。

482最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:01:06
「ジル・バレンタインという女性を知らないか」
「いや。レオン・S・ケネディという男を知っているか」
「知らないな」
「…………」
「…………」 
 二人はやれやれといった具合でホテルを出た。北を目指す彼らの目に、ラクーン大学が映った。
そこから発せられる銃声は、彼らを呼び寄せるには充分すぎた。
 


<Brother and Sister>
 

【Sister】


 そこはあの場から近いところにあった。
「ここは……」
 入江診療所。かつての自分が治療を受けた場所。
「でも」
 周囲を見回す。こんなところにあっただろうか。霧でよく見えないが、記憶ではもっと別の――――

 きゅるるるる……。

 空腹の音色に、少女ははっとなる。
「まあいいですわ」

 ここになら、食べ物があるだろう。なくても、中にいる人に道を聞けばいいのだ。家に帰れば、それなりに食べ物はある。
 
 少女はそこに何があるかわかるはずもなく、ただただ、

 そこを目指す。

483最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:01:28
【Brother】

 入江診療所には誰もいなかった。何もなかった。探す途中で騒がしい音と風景の変化があったくらいで、特別変わったことはなかった。
結局、診療所には手掛かりという手掛かりはなかった。それどころか、まるで人のいた形跡というものがなかった。
放置されたと考えても間違いではないだろう。
 
 だからといって、自分の足が、考えが止まることはない。

 妹を、希望を奪った人間を、許すつもりはない。
 この力で、裁く。


 診療所を出ようとする。
 
 入口を出る。
 前を見る。

 そして、立ち止まり、驚愕する。


「そんな……」


 どうして……。


「にーにー……?」 


 失ったものが――守りたかったものが、そこに――――


「やめ……!」
 腕を突き破ろうとする触手を手でおさえる。
しかし止められない。手の拘束を抜けだした触手は、一直線に沙都子へ向かう。
「あれ……?」
 悟史の制止がぎりぎり間に合った。頭を狙ったそれは逸れて、肩をかすった。
本来皮が裂け、血が吹き出すはずのそこは、粘着性のある何かがボトボトと落ちるだけだった。
「沙都子……?」 
 そんなことありえない。
 人間だったら、そうなるはずはありえない。
 
 つまりそれは……。

484最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:01:42

「マーカスの忘れ形見か。よもやこんなところで目にするとはな」
 
 悟史が動揺しているところに、一人の男が現れた。
黒のサングラスとスーツ。金髪をオールバックにした男。
彼の名は、アルバート・ウェスカー。

「誰だ!」
 悟史は腕を振り、今度は自分の意思で触手を飛ばす。
 当たればケガだけでは済まない威力だ。
 ウェスカーは苦もなくそれを掴んだ。
「そして手に入れ損ねた支配種プラーガか」
 そのまま上に振り上げる。当然、つながっている悟史も宙に舞った。
 
 そこから一気に振り下ろす。

「がっ」

 アスファルトが沈む程の威力に、悟史は呻いた。
 手を離したウェスカーは銃を取り出し、悟史に向ける。
そのまま躊躇なく引き金を引いた。途端に、少年に電撃が浴びせられる。
「テーザー銃だ。銃のようなスタンガンといえばわかるかな。通常の人間では感電死するレベルに改造してあるがね」
「さと……こ……」
 悟史はウェスカーを見ていなかった。呆けて一部始終を眺めている妹を気にしている。
「心配するな。一緒に回収してやろう」
 一緒になれるかは保証できないが。ウェスカーはそれだけ言って、沙都子にもテーザー銃を撃った。
何かが破裂するような音の後、沙都子は横になった。
「どちらも冷凍処理をして運んでおけ。組織への手土産としては十分だ。脱出する」
 耳につけている通信機にそう言うと、霧の向こうからトレーラーが現れ、中から防護服を来た数名がやってきた。
タンクを背負い、ホースを向ける者達に悟史は抵抗できないまま、その意識を体ごと凍らされた。
「クリスも来たか」
 霧で曖昧ではあるが、向こうにヘリの群れが見える。
「私とお前の決着の場はここではない。私の描いたシナリオは別の場を用意してある」
 ウェスカーは目の前に降ろされた縄梯子に掴まる。離脱を始めるヘリに乗り込んだウェスカーは、特に感慨もなく霧の街を見下ろした。
「それまで生き残ることだな、クリス」

485最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:01:54
〈B-4/灯台〉

 ハンクは舌打ちをした。一難去ってまた一難。
あのB.O.W.を片付けたと思えば、今度はあの「化け物」だ。
自身の部隊が全滅し、自身も殴りつけられて気絶するハメになったあの化け物。
ケチのつき始めはこいつからだ。多少の変異はしているものの、こいつで間違いないだろう。

 ハンクは弾切れの銃を放り捨てる。こうなるだろうとは思っていたが、やはり弾が足りない。
コンバットナイフを構えるが、やり合うつもりはない。機を見て逃げる。
時計塔まで来たのだ。救援か、あるいは別の部隊と合流できる可能性があると思ったが……。

 その時、ライトがハンクを照らした。腕で目を守り、とっさに上を向く。

 ヘリだ。ヘリが来たのだ。

“ナイトホーク”か。

 ハンクは腕を振りつつ、通信機に手を伸ばす。

 周波数をあわせ、口を開き、声を。

 
 弾丸の雨に、声は飲まれていった。
 後に残ったのは、バラバラになった男の死体と、穴だらけになった化け物の残骸であった。


「“G”沈黙」
「そう。再起動する前に凍らせておいて。後はマニュアルどおりに」
「了解」
 スタッフに命じたエイダ・ウォンは退屈そうに窓の外を見て、すぐに手元のノートパソコンに視線を戻した。
機銃でGを撃った際に誰か巻き込んだが、瑣末なことだ。
「組織」からの指令は、この現象の調査である。
仮にこれがアンブレラによるものであるなら、その成果を奪取してこいということだ。
すでに軍や別の組織が動いている以上、深入りはできない。それらしいものを回収して早急に離脱するのが無難だ。
ウェスカーもそうするだろう。
「レオン、あなたもここにいるのかしら」
 何が起きているかわからない、この地獄に自ら。いや、ひょっとしたら巻き込まれているのかもしれない。
それでも心配はしていない。レオンの通る道に困難はあれど挫折はないと自分は確信している。
どんな理不尽な運命にも彼は抗ってきたのだ。きっと今回もそうだろう。
「また会える日を楽しみにしているわ」
 誰にも聞こえないセンチメンタルな呟きは、ヘリの騒音にかき消された。

486最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:02:12
〈研究所・1階エントランスホール〉

「ジル、無事だな」
「クリス。あなた……」
「話は後だ」
 クリスは腕をおさえて駆け寄ったジルの前に出て、大男に銃口を向けた。

 ヒュプノスT-型。
 タイラントの派生型にあたるB.O.W.。
複数の細胞同士を競争させ、最後まで残った優秀な細胞をタイラントに組み込むことで生み出された。
通常のタイラントよりも小型であり、左手にはT-002型のような巨大なツメが生えていることが特徴である。 

 ヒュプノスは立ち上がり、咆哮する。すると体はさらに肥大化し、裂けた右胸から心臓と思われる器官が露出した。
より凶暴性を増した面と体に、周囲は息を呑む。

「アーク。どうしてここに」
「行方不明の友人を探すのに一々理由がいるのか? タダ働きだよ」
「……今度何か奢るよ」
「お前の初任給でな」
 ベレッタM8000を構えるアークは小さく笑う。
 
 会話から、彼らが信頼に足る人物と判断したのか、恭也と三沢は口を挟むことなく戦闘を再開した。

「他に武器は!」
「これだけだ」
「拳銃だけじゃムリよ」
 ジルのおさえた手から、血が溢れて落ちていく。弾が足りないのもあるが、これではまともに戦えない。
「心配ない。察しのいい探偵からアドバイスをもらっている」
 クリスは笑い、ややあって背後で扉が乱暴に開く。
「クリス、ここか」
 屈強な軍人は中を見て、瞬時に状況を判断したらしく、持っていた兵器を躊躇なく放った。
「これを使え!」
 クリスとアークの間に、それが転がる。

 RPG-7。

 ソ連の開発した携帯対戦車擲弾発射器である。

487最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:02:34

「レオン、お前がやれ」
「しかし……俺は……」
 クリスの言葉に、レオンは躊躇する。
 今まで何も守れなかった自分に、一体何ができるのか。そう言いたいようだった。
 その肩に、ジルの手が置かれた。
「お願い、あなたしかいないの」
 助けによって傷は浅いとはいえ、ヒュプノスの攻撃で片腕の使えないジル。
残りの4人は――――クラウザーも加勢して5人となった――火力の低い銃器で足止めを行っている。
「…………」
 レオンは無言でそれを手に取り、片膝で構える。
簡素な照準器の向こうに、集中砲火を浴びる大男が見えた。
「……泣けるぜ」
 自嘲か嘆息か。

 レオンの手によって放たれたロケット弾は、吸い込まれるように怪物の胸に命中した。




488最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:02:46
「生存者は」
 キャンプに戻ったクリスを迎えたレベッカは手元の治療道具から顔を上げた。
「3名です」
「こっちを入れて7か……」
「8じゃなくてか」
 バリーに視線を向けられたアークは肩をすくめた。
「細かいことは気にしない」

「レベッカ、久しぶりね。早速で悪いんだけどお願い」
「はい!」
 イスに腰掛けたジルに、レベッカは駆け寄る。

「……7名」
 リストを受け取ったクリスは、テント内を見回す。
そこにはベッドに寝かされていたり、あるいは腰掛けている人々がいた。

 フリーター、ソウジ・アベ
 求導師、ケイ・マキノ
 学生、キョウヤ・スダ
 警察官、シビル・ベネット 
 警察官、レオン・S・ケネディ
 警察官、ジル・バレンタイン
 自衛官、タケアキ・ミサワ

「率直に聞こう。あなたたちはなぜここに来たんだ」
「そんなもん、こっちが聞きたいぜ」
 クリスの問いにアベが呻いた。
「気がついたらこんなところにいたんだよ」
 その言葉にだいたいが頷いた。
「私は違うわね」
 その中で、シビルだけが意見を述べる。
「私は元々、このサイレントヒルの隣にあるブラマ市で警官をやっているんだけれど、前にもこういうことがあったの。
だからバリケードを作っていたんだけど、それでも入ろうとする人達がいて、それにくっついていった形ね」
 結局、その人達は守れなかったけど……。俯くシビルに、レオンは同情的な視線を向けた。
「その時、霧を通りませんでしたか」
 マキノの問いかけに、シビルは「ええ」と答えた。
「この街に何かが起こる時、こんな深い霧が出るの。まるで外部をシャットアウトするような」
「事実、そのようですよ」
「何か知ってるんですか?」
 キョウヤは不思議そうにマキノを見た。
 すると彼は立ち上がり、全員の視線を集中させるように前に出た。
「すべてをお話しましょう」

489最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:03:30

 これは自分が見聞きした成果だと前置きし、マキノは語り始めた。
 
 アレッサ・ギレスピーという少女の出生から宿命。
そこから生じた悲劇。それがいかにしてこの地獄につながったか。
そして一方で、ヘザーを筆頭に人々を救いたがっていたということ。
そのためにメトラトンの印章を各地に設置していたこと。

「んだよ、あいつはとっくに脱出済みかよ」
 ヘザーの無事を聞いて、アベは腕を組んで横になった。
「矛盾していない? そのアレッサって子は私達を苦しめて殺そうと集めたわけでしょ?
なんで同時に救おうとしているのよ。だったら最初からこんなことしなければいいじゃない」
 ジルの考えに数人が頷いた。
「憎しみに囚われた彼女は、彼女の一面でしかないのです。この街に潜在する魔力が彼女の意思を曲解した結果といってもいい。
本来の彼女は、とても優しい心の持ち主なのです。それが魂の分裂や邪神を宿すことで歪になってしまっていた」
「精神疾患……多重人格か」
 ミサワはつぶやく。
「憎しみを吐き出すにつれ、彼女は持ち前の優しさを取り戻していきました。
かといって、完全に憎しみは制御できず、優しさもまた歪な形で現れたのです」
「それがシェリル――ヘザーへの対応の正体ね」
 シビルは思い当たる節があるらしい。

「彼女は自分の半身を憎みつつも救いたいと願い、その一方でこの地獄を終わらせようとした。私はその後始末を託されたのです」
 マキノは懐から奇妙な道具を取り出した。粘土細工のような……土偶というものだろうか。
「ミスター・バートン。あの件は」
「あの目から血を流してるゾンビみたいなやつか。言われたとおり、ふん縛って集めておいた」
「ありがとうございます」
「あいつら何なんだいったい。頭ぶち抜いてもしばらくしたら動きやがる。あんたの言うとおり縛っておかなかったら危なかった」
「屍人というものです。あれは霊魂でも生者でもなく、一方で肉体を持つために特別な手段でないと対処できないのです。
赤い海に還っているものは海がつれていきますが、ここに残ったものは私が始末をつけなければなりません」
「それは我々の救助活動を手伝うということでいいのか」
 クリスにマキノは首をふる。
「いいえ。あなた達が脱出した後、私はメトラトンを完成させてから屍人を解放します。危険ですからね」
「車を一台用意しよう。それで街の外に出てくれ」
「ありがとうございます」
 使うつもりはありませんけどね。マキノは誰にも聞こえないよう呟く。

490最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:03:47

「あの、皆さん信じるんですか」
 レベッカは恐る恐るといった風に声を出した。
「その、魔力がどうとか儀式がどうとか」
「信じるしかないんだよ」
 レオンが諦めたように言った。
「違う場所どころか、違う時間から来た人間だっている。そんなものを説明できるほど科学は発展しちゃいない。
そこに納得できる理屈があるなら、それを信じるしかないんだ」
 レオンに反論するものはいなかった。ここに連れてこられた人間は、大なり小なり心当たりがあるのだろう。

「脱出についてですが」
 マキノは話を続ける。
「この霧はある種の境界になっているのです。
皆さんが異なる時代や異なる場所から来たように、この霧の向こうは地理的に正しい場所や時間につながっているわけではありません。
あなた達が抱く、帰るべき世界という像が導くのです」
「理想の世界に帰れるということかしら」
 ジルは心なしか嬉しそうだ。もし帰れるなら、バイオハザードが起きる前のラクーンシティを彼女は望むだろう。
ひょっとしたら、それ以上の昔かもしれない。
「理想、とは違いますね。たとえば死んだ人間が生きている世界を望んだとしても、心のどこかでその死を受け入れている場合、やはりその人間は死んだままの世界になります。
自分にとっての現実、そう言った方が正しいでしょう。
その死を否定し続けることで、あるいはそういった世界に行き着く可能性は否定しませんが」
「悪いなジル」
 クリスはすまなそうに頭をかく。
「君がそうした場合、俺は君とは一緒の世界に行けないようだ。そんなに器用じゃないんでな」
「わかってるわよ。聞いてみただけよ」
 ジルは居心地悪そうに顔をしかめた。
「自分がいる世界がどうあるべきか、皆さん今のうちに思い描いておくべきでしょう。それでは私はこれで」
 言い残して、マキノはテントを出て行く。
「……止めなくてよかったのか」
 バリーの言葉にクリスは溜息をついた。
「令状がないからな」
「もしかして根に持っているのか?」
「さあな」
 アークは気まずそうに頬を掻いた。



491最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:04:16

 生存者への対応、B.O.W.を筆頭にした怪物の駆除。死体の収集と身元確認によるリスト化。
そういった様々な活動を終え、対アンブレラ特殊私設部隊の任務は終わろうとしていた。

「死体はすべて焼却ですか」
「どんな病原菌を持っているかわからないからな。妥当だろう」
 燃え盛る死体の山を牧野と三沢は眺めていた。
「それにしても……」
 求導師はサイレントヒルの街並みに目を向けた。
「すっかり様変わりしましたね」
「生存者や魂の記憶を元に作られた街なら、それらがいなくなれば消えるのは当然だ」
「これですら偽りの姿ですけどね。完全に元に戻すためには、サイレンで世界が裏返ってから消さなければなりません」
「そろそろタイムリミットか」
「ええ。お急ぎください」
 牧野は微笑む。少し考えたが、三沢は目の前の男に感じていたことを告げることにした。
「君は牧野慶ではないだろう」
「……あなたとは初対面のはずですが」
「そんな気がしただけだ。否定しようが無視しようが構わない」
「私は牧野慶として生き、牧野慶として死ぬ」
 男は相変わらず笑う。
「それだけです」
「そうか」
 三沢はそれ以上追求はしなかった。そのまま背を向け、去っていく。
「心配しなくても、君は救世主だよ」
 最後にそう言い残して。

 
 飛び立っていくヘリの群れ。それらが霧の向こうへ消えていくのを牧野慶――宮田司郎は見送った。

 彼は振り向き、目の前に並ぶ屍人の列を眺める。すべて拘束され、醜くもがいていた。

 メトラトンの印章はすべて指定された場所に配置した。じきに発動するだろう。

 そして――――

492最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:04:49

「今、お前たちを楽にしてやる」
 
 自分が思い描く牧野慶は、救世主としてここに完成する。

 サイレンが鳴る。

 男は持っていた土偶――宇理炎を掲げる。

 変貌する世界の中を、救済の光と炎が駆け巡る。





「終わるんだね」
 光に包まれる世界を仰ぐシェリルに、アレッサは黙って頷いた。
「ごめんね。父さん、連れて来られなかった」
「後悔はしてないんでしょ」
「うん」
「ならいい」
 シェリルの伸ばした手をアレッサは無言で握った。

 幸福は、自由は、やはりヘザーのものだ。自分たちには遠い幻想のようだ。

 もはや羨望も憎悪もない。

 かといって満足したわけでもない。
 
 あるのはただ、無だ。

493最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:05:08

 吐き出すものを吐き尽くしたあとの、燃え尽きたような何か。

 未練がない、というのが一番近いか。

「ハンナは?」
「もう行った」
「次の世界で、幸せになれるといいね」

 この世界の境界を超えるには、自分のあるべき世界の姿を抱く必要がある。
もし、本当に彼女が幸福を――救われることを望んでいるのなら、あるいは。

「綺麗だね」
「そうね。本当に」

 世界の終焉。
 自身の消滅。

 何も残らない。
 はるか昔に自分が望んだこと。それがようやく叶う。

 ずいぶんと回り道をしてしまった。

「でもこれでよかったよね、ヘザー」

 彼女は失ったものを取り戻せた。それだけで充分ではないか。

 彼女は、自分たちの幸福を担っているのだ。

 だから、彼女は幸せでなければならない。

 最後の最後で、その手伝いができた。

 やはり自分には、未練というものはない。


 愛する父と、幸せに。


 それだけを祈って、少女は光に飲まれていった。

494最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:05:29

【雛咲真冬@零〜ZERO〜 死亡】
【エディー・ドンブラウスキー@サイレントヒル2 死亡】
【エドワード(シザーマン)@クロックタワー2 吸収】
【長谷川ユカリ@トワイライトシンドローム 死亡】
【岸井ミカ@トワイライトシンドローム 死亡】 
【式部人見@流行り神 死亡】
【氷室霧絵@零〜zero〜 死亡】
【小暮宗一郎@流行り神 死亡】
【古手梨花@ひぐらしのなく頃に 死亡】
【霧崎水明@流行り神 死亡】
【風海純也@流行り神 死亡】
【ジェニファー・シンプソン@クロックタワー2 死亡】
【鷹野三四@ひぐらしのなく頃に 死亡】
【ジム・チャップマン@バイオハザードアウトブレイク 死亡】
【ハンク@バイオハザード アンブレラ・クロニクルズ 死亡】
【宮田司郎@SIREN 消滅】

495最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:05:48
〈最後の詩――ヘザー・モリス/ハリー・メイソン/シビル・ベネット/阿部倉司〉

「まだ怒ってるの?」
「怒ってない」
「怒ってるじゃん……」
 家に連れ帰ってから数日、未だにムスッとしている父にヘザーは溜息をつく。
「こんなきかん坊に育ってるとは思わなかった」
「そう育てたのは父さんでしょ」
「育ててない」
「揚げ足とらないでよ」
 自分に似て――いや、自分が似たのか――頑固なところがあるから、しばらくはこの調子だろう。
 
 玄関のベルが鳴ったので、ヘザーは拳銃片手に向かう。
クローディアはもういない。教団も沈静化している。わかっていても、警戒するに越したことはない。
「ヘザー、ちょっといいかしら」
「シビル」
 すっかり顔なじみになった女性警官がそこにいた。
「今日はどうしたの」
「行き倒れを拾ってね」
 彼女は親指で自身のバイクをさす。
「あなたにどうしても会いたいっていうから」
「ああ……」
 そこでぐったりしている男性に、ヘザーは安堵のような声を漏らす。
「あんたもこっちに来たの、アベ」
「仕方ねえだろ。日本に帰る場所はねえしよぉ……高飛びするっきゃよぉ」
 ぐきゅるるるる。
 情けない腹の虫がアベの腹で暴れている。
「とりあえず飯」
「私もランチにしようかしら」
「そうね……」
 ヘザーは少し考えこんでから、室内に顔を向けた。
「ねぇ父さん。外食にしない?」
 今日の昼食は、少しは賑やかになりそうだ。

496最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:06:54
〈最後の詩――須田恭也/三沢岳明〉

「本当についてきてよかったんですか」
「言っただろう。鍛えてやるって」
 田舎道を歩く恭也の後ろを三沢は歩いて行く。
「それにあそこには興味があるんだ。いや、借りかな」
「はぁ……そうですか」
 羽生蛇村まで、あと少し。


〈最後の詩――レオン・S・ケネディ〉

 シーナ島に潜入した二人は注意深く周囲を見回す。
「しかし着任当日に失職とはお前もついていないな」
「悪いな。奢る話はしばらく先になりそうだ」 
「この仕事は対アンブレラ特殊私設部隊の下請けだ。ギャラは折半して俺に奢る分引いて――それがお前の手取りになる」
 元々このシーナ島については、アークがアンブレラとの関連について調べたものをクリスに報告したものだ。
それを受けて、クリスが正式な依頼として排除と調査を命じたのだ。
「今月の家賃くらいは残しておいてくれよ」
「そいつはこれからの働き次第だな」
 アークの言葉にレオンは苦笑した。

497最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:07:47
〈最後の詩――ジル・バレンタイン/太田ともえ〉

「お嬢に会いに遠路はるばる……ご苦労なこってす」
 ぺこりと頭を下げる若い衆にジルもならう。
「突然の訪問で失礼を」
 片言の日本語でも意味は通じたのか、彼は手を上げて首を振る。
「お構いなく。あなた様のことは言付かっておりますので。いつ来ても失礼のないようにと」
「それで、彼女は」
「もうそろそろ帰ってくると思いますよ」
「漁か何か」
「いえ、本土からの船です」
「旅行かしら」
「いえいえ。留学ですよ」
 ほう、とジルが息を吐く。
「“えあめーる”ってのでアメリカのどこかにいるって聞いてます。元は本土の大学に入ったんですがね。そこから……」
 侍女から受け取った日本茶に渋い顔をしたジルは適当な相槌を打つ。
「なんでもこれからの“ぐろーばる”な社会を生き抜くためには積極的に異国と関わる必要があるとかで。
昔、先代やお嬢を含めた島の連中がいなくなっちまうことがありましてね。
数日たってお嬢だけ帰ってきたと思ったら『本土に行く』なんて言うもんですから、気でも触れたのかと島中心配しましたよ。
でもこうして人や物の流通が増えて活気が出てるのを見ると、存外的を射ていたのかもしれませんねえ。
いったい、いなくなっている間に何があったのか……ご存知ですか?」
「ちょっとした事件があって……私はその頃の縁で」
「そいつは手前どもの頭が世話になりまして」
 頭を下げる男に合わせてまた頭を下げるジル。日本人はどうしてこうペコペコするのだろう。
「トモエは立派になったようね」
「後は婿の問題でして。出来が良すぎて島の男は及び腰になっちまい、
ひょっとしたら異人さんでも連れてくるんじゃないかと……ああ、いや、外国の人がだめだっていう話じゃなくて」
 ジルは苦笑し、窓から海を眺めた。そこからは活気あふれる港が見えた。
どんな辺境の閉鎖的な島かと覚悟していたら、むしろ観光地のような賑わいだ。
元からこうではなかったのだろう。多分、ともえが変えたのだ。外の世界を見て、自分の世界を広げた結果だろう。

 自分はこれから、本格的に対アンブレラ特殊私設部隊――BSAAに参加する。おそらく、しばらくは会えないだろう。
ひょっとしたら、もう会えないかもしれない。
 会うのが楽しみだ。

 ジルは茶碗を傾け、コーヒーとは別種の苦味に顔をしかめた。




498最後の詩 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:08:09

 予定よりすっかり遅くなってしまった。
テロ対策のための厳重な警備とやらのせいで、帰国まで随分時間が掛かった。
ともえはキャリーバッグを転がして、空港の中を早足で進んでいく。
相変わらずの和服姿は向こうで大層珍しがられたが、スーツ姿の自分が想像できないだけで、パフォーマンス目的ではない。

「あ、すみません」
 誰かとぶつかってしまった。英語が出そうになったところを、慌てて日本語で謝る。
「オウ、ソーリー」
 それを英語……いや、片言の日本語で返された。どこかで聞いた声。
 相手の落としたものを手に取る。それは棒状で、袋で隠されているが、日本刀だとすぐにわかった。
 顔を上げると、そこには茶色がかった黒髪、無精髭、彫りが深い……西洋人だ。

 ああ、なんてことだ。

 どうしても笑みを浮かべてしまう。あの背中を、実家においてきた拳銃を思い浮かべてしまう。

「サムライブレード、ですか」
「好きなんですよ、サムライ」
 英語で問うと、今度は流暢な英語が帰ってきた。彼の隣にいた黒人男性が陽気に手を組んで刀を握るジェスチャーをする。

 受け取った刀を掲げて、子どものように笑う彼。

 懐かしさと嬉しさと…………

「あなたは好きですか?」

「ええ」

 そのほかの温かい何かをこめて、

「とっても」

 彼女は微笑んだ。






ホラーゲームバトルロワイアル 
 ――――8年前へ捧ぐ最後の詩

499 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/01(火) 00:16:08
投下終了です。
これにて完結です。
閏年に始まり、閏年に終わるというのも乙なものではないでしょうか。
感慨はありますが、語るのは別の機会に。
それでは。

500キックキックトントン名無しさん:2016/03/03(木) 00:29:36
乙でした

501 ◆qh.kxdFkfM:2016/03/05(土) 17:52:23
まだ人がいたとは驚きです。
ただいま新企画を構想中ですのでまたお目にかかることもあるかもしれませんね。

502 ◆TPKO6O3QOM:2016/03/13(日) 02:06:40
投下乙です

503キックキックトントン名無しさん:2016/03/15(火) 00:06:23
うおおおお、投下乙です
すげえ綺麗につながって綺麗に終わった
この死にっぷりと何か寂しさも感じる綺麗なエンディングがまさにホラゲ

504キックキックトントン名無しさん:2016/03/16(水) 02:28:22
乙です

おおおおお
諦めてたのになんか最終回まで行ってる
感想は読み終えた時に

505キックキックトントン名無しさん:2016/03/19(土) 06:07:08
投下乙、唐突に完結W
ところで小説版クロックタワー読んでみたんだが、内容が濃くて裏設定やホラー映画ネタとかW、新事実のオンパレードだったんだがWWW

506キックキックトントン名無しさん:2016/03/19(土) 06:07:46
時計塔2の時期が夏直前、バートン教授とヘレンが元恋愛関係で娼婦を兼ねた召使発言で別れた(今でも尊敬はしている模様)
ゴッツ警部補の職場と家族の様子についてW
ジェニファーの母方がバロウズ出身だったためその繋がりでシザーマン阻止の儀式の為ジェニファーの父が呼ばれたとか
バートン教授が催眠療法時にジェニファーに対シザーマン用の人格を作ったりw、
マルチエンディングで
ジェニファーがシザーマン化したり、メアリー化し邪教の聖母になり邪教徒達の前で・・・(バロウズ家の女性は呪いにより行為がなくても受胎する可能性がとのこと)
時計塔2の登場人物達が邪神の力で人の皮を被ったゾンビになったり・・・読んだことがある人どの位いるのかね?

507キックキックトントン名無しさん:2016/03/19(土) 21:09:52
読んだことあるw ジェニファー編とヘレン編あったよね。
ゲーム内できっちり設定出してほしかったなーw


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