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オリロワA part2
1
:
◆H3bky6/SCY
:2025/04/02(水) 21:46:15 ID:MiWqrB860
登場人物全員悪人
【wiki】
ttps://w.atwiki.jp/orirowaa/
【したらば】
ttp://jbbs.shitaraba.net/otaku/16903/
【地図】
ttps://w.atwiki.jp/orirowaa/pages/10.html
【過去スレ】
ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/otaku/12648/1737876475/
2
:
◆H3bky6/SCY
:2025/04/02(水) 21:46:50 ID:MiWqrB860
【ルール】
・これは恩赦である。これは慈悲である。これは救済である。
・参加者は『ヤマオリ記念国際刑務所(通称:アビス)』に服役中の囚人です。
・囚人たちは刑務作業として孤島で殺し合いを行います。
・作業時間は24時間。制限時間を超えて時点で生存者数に関わらず刑務作業は終了します。
・スタート時に参加者は会場のどこかにランダムに転移させられます。
・全ての参加者は爆弾付きの首輪を装着させられています。
【世界観について】
・とある事件によって全人類が超力を使えるようになった世界です。
・災厄を乗り越えたことにより人類が進化を遂げました。
・この世界の住民は超力と呼ばれる異能力を持ちます
・現代アスリート並みの身体能力がこの世界の平均値です。
・軽い交通事故程度なら行動不能にならない耐久力を持ちます。
【刑務所(アビス)について】
・アビスは通称であり正式名称は『ヤマオリ記念特別国際刑務所』です。
・罪の重さではなく何らかの理由で制御不能と判断された罪人が収監されています。
・世界のどこにあるのかは秘匿されているため不明です。
・地の底を謡っていますが地下にあるとは限りません。
【超力(ネオス)について】
・新人類が一人一つ持つ異能力です。
・基本的に発現する超力は一人に一つですが、特別な事情によって複数の超力を持つ人間がいる事もあります。
・20年前を境に『開闢の日』を契機に超力を得た『オールド世代』と、生まれた時からネオスを持つ『ネイティブ世代』に分かれます。
【超力無効化機構(システムA)について】
・超力を無効化するためにとある超力を元に開発されたシステムです。
・起動には大規模な設備が必要であり、まだ運用は試作段階のシステムです。
・受刑者に嵌められていた枷はメインシステムの機能を受信する子機のようなものであり、枷単体では効果はありません。
【地図について】
・無人島が舞台となります。
・地図で表示される範囲外に出た場合即座に首輪が爆破されます。
・島の中央には無人のブラックペンタゴンが存在しています。
・施設の要望があれば参考にしますのでキャラシートのついでに書き込んでください。
【ブラックペンタゴンについて】
・孤島の中央にそびえる謎の施設。
・5面それぞれに入口があり、3階建てで地下はない。
・内部の施設は本編の描写によって決まります。
3
:
◆H3bky6/SCY
:2025/04/02(水) 21:47:03 ID:MiWqrB860
【支給品について】
・受刑者にはデジタルウォッチが支給されます。
・武器などのランダムアイテムの支給はありません。
・服装は全員一律で囚人服となります。収監期間にっては色あせたりします。
・義手、義眼などの生活に必要な物は没収されません。
・服役中も刑務官から隠し持っていたという設定の物は持ち込み可とします、ただし相応の見つからなかった理由は設定してください。
【デジタルウォッチについて】
・生体電池によって稼働しているため生きた人間が装備している限りは電池切れはしません。
・起動できるのは初回起動時に登録された使用者のみです。
・空中に投影されたデジタル画面をタッチ操作可能です。
・時計、地図、方位磁石、メモ、名簿、ライト、バイタル確認などの機能を持っています。
・時代的に標準的な機能であるため受刑者からすれば驚くようなものではないですが、服役期間の長い参加者にとっては驚きがあるかもしれません。
・恩赦ポイントの確認と使用が行えます。
【恩赦ポイントについて】
・殺害した相手の刑期がポイントとして獲得できます。
・刑期のない無期懲役、死刑囚は刑期100年として扱われます。
・恩赦ポイントは刑務作業中にも使用可能です。
・恩赦ポイントは刑務作業終了後に1P=3ヶ月の恩赦として清算されます。余剰Pは1Pを$1000に換金できます。
【交換リストについて】
・暫定リストは下記しますが、作中で暫定リストに載っていないモノを乗っていることにして購入しても構いません。
・事前にリストに載せてほしい物資があるなら記入してください。
・傾向としては武器類はやや安めで嗜好品は価格が高めです。
【首輪について】
・首輪の前面には刑期の数字(無期懲役は「無」、死刑囚は「死」の一字)が書かれています。
・首輪が爆発すると誰であろうと確実に死亡します。
・通常の手段では取り外すことはできません。
・バイタルチェックの停止した首輪にデジタルウォッチを接触させると刑期分の恩赦Pが入手できます(一回限り)。
・刑務官はルールを逸脱したと判断した場合、受刑者の首輪を爆破する権利を持ちます。
【定時放送について】
・6時間ごとに放送が行われます
・死亡者の発表と禁止エリアの追加が行われます
・何か大きな連絡事項があればここで伝えられます
・このパートは企画主である私が書きますので募集などは行いません
【禁止エリアについて】
・禁止エリアは放送から2時間後に有効になります。
・禁止エリアに立ち入った場合、首輪は警告音を鳴らし5分後に爆破されます。
・禁止エリアは刑務終了まで解除されません。
4
:
◆H3bky6/SCY
:2025/04/02(水) 21:47:35 ID:MiWqrB860
【投下について】
・投下の際には必ずトリップを付けてください。
・作品には必ずタイトルを付けてください。
・投下被りを避けるため投下開始時と投下終了時には宣言を行ってください。
【予約について】
・予約を行う際にはトリップをつけてください
・予約は必須ではありません
・予約期間は予約開始から3日とします
・1作以上投下された書き手のみ3日の予約延長ができます
・分割投下は無しです
・自己リレーとなるキャラを含む予約は作品の投稿から24時間は禁止します(投下は可)
・何らかの事情で予約を破棄した場合、同キャラを含む予約を3日間禁止します(投下は可)
・トリップ変更などでこれらルールを回避しようとした場合は悪質とみなし1発アウトとします(管理人からは分かりますので)
・上記ルールは進行状況によって変更される場合があります
【書き手枠について】
・書き手枠は7名とします
・書き手枠は投票で2票以上獲得したキャラクターから選出してください
・書き手枠を使用する際は予約が必須となりますので必ず予約を行って下さい
・予約の際は書き手枠であると分かるように明記してください
・1予約の中で書き手枠の使用は1名までにしてください
【作中での時間表記】(深夜0時スタート)
深夜:0〜2
黎明:2〜4
早朝:4〜6
朝:6〜8
午前:8〜10
昼:10〜12
日中:12〜14
午後:14〜16
夕方:16〜18
夜:18〜20
夜中:20〜22
真夜中:22〜24
【状態表テンプレート】
・各話の最後に以下のテンプレに従って状態を表記してください。
【現在エリア/詳細位置/日付・時間】
【キャラクター名】
[状態]:
[道具]:
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.
1.
2.
・死亡者が出た時は以下のように表記してください。
【キャラ名 死亡】
5
:
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:01:41 ID:mhGsU9Mk0
新スレ有難うございます。
予約破棄した分に予約が被っていないので、投下いたします。
6
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:03:44 ID:mhGsU9Mk0
真実にどのような意味があるのか。
イグナシオ・"デザーストレ"・フレスノは未だに自分の中で確固たる答えを持てていなかった。
自分が知っていることに価値があるのか。
残酷だろうと、恨まれようと他人に伝え広めるべきなのか。
場合によるとしかしいようがない。
しかし確かなことは。
真実を抱えている者の価値は、その内容だけで決まることはありはしない。
――――――そう、彼は信じていた。
――――――――
◇
――――――――
北鈴安里がスプリング・ローズを見逃したことについて、咎める気はなかった。
自分が彼女を止めるための手段は、あのまま戦い続け辛勝し半殺しにして刑務作業終了まで放置するくらいしかなかっただろう。
そんなことができる保証はない、できたとしても彼女にもこちらにも負担もその後の危険も大きすぎる。
戦闘欲求を除いた冷静な目線で見ると、見逃すという選択肢は全く合理的な部類ではあった。
まだ私は倒れるわけにはいかない。死闘は避けて体力は温存するべき。
まだ私には、やるべきことがある。
すなわち彼女の説得は、自分には無理だと思っていた。
自分と同じように、暴力に囲まれた中で生きてきたということは分かっている。
しかも彼女は若くして超力を使いこなし、それ一本でのし上がり生きてきている。
彼女がストリートギャングのボスになったのは9歳のころ。
そこから4年間――加えてそれ以前にも、おそらくそれ以外の世界に触れることすらなく同じ生き方を続けている。
その歳のころ、自分は。ほとんど超力を使いこなせていなかった。
暴力に囲まれた中で、何とか暴力を使えなくても生きていかざるを得ない。
ひ弱で無力な"ナチョ"ちゃん。
それが当時、周りから見られていた"僕"の姿。
今の彼女の年齢、13歳の頃まではそういう生き方をしていた。
自分が本当の意味で戦闘ができるようになったのはその後。
本格的に戦いに充足を感じるようになったのも。
荒れた世界こそ、自分の居場所であると信じるようになったのも。
今は刑務作業の場でも、探偵行為という選択肢を取っている。
自分は彼女の倍も生きて、様々なことを振り返ることができるから。
それを長々しく言ったところで共感されない。聞いてもらえないし伝わらないだろう。
刹那的に戦いが好きという面で繋がりはあれど、それ以上には広がらない。
彼女を見張る、そして自暴自棄な行動をしないと約束した安里。
生きてきた世界はまるで違うが、同じ身体変化系の超力を持つ彼ならば。
彼女を説得できる可能性があるかもしれないと、僅かな期待が無かったわけではない。
自分で考えて欲しいと言ったのも、彼の純粋な感情に頼りたいと思ったからでもある。
しかしここは、戦闘にならなかっただけでも良しとしなければならない。
そういう場面。
それなればやるべきことは、今までと変わらない。
刑務作業の中で、子供や冤罪を訴える人々を護る。
そして探偵として、刑務作業の目的について調査する。
全てを満足に達成できるとは、最初から思ってはいなかった。
安里の言った、スプリングには生きていてほしいという意志。
安里ほどの気持ちは込められないかもしれないが、同じ思いは抱いている。
彼女が子供や冤罪の人々を殺さない形で、それを達成してくれることを願うしかない。
さて、刑務官オリガ・ヴァイスマンがある程度収監者の思考をどれだけ離れていても読み取れるというのは周知の事実だ。
全員を同時に常に意識して監視しているということはないだろうし、休憩中など注意を払ってない時間も幾らでもあるだろう。
だからこそ他の刑務官などのスタッフにも思考が漏れないようにという意味で盗聴にも気を付けていた。
しかし開始後数時間以上経った今、もはやそれを警戒する意味はなくなった。
刑務開始地点の近くで早々に主催の下に辿り着くというような幸運すぎる偶然は、無かった。
もう自分の行動指針は主催側に完全に漏れている、そう考えて動くほかない。
それでも自分が処分されないのは、結局この殺し合いの盤上の駒に自分は過ぎないと扱われているからだろう。
よほどのことが無い限り、参加者を刑務官側の意志により途中で処分はしないということだ。
7
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:04:19 ID:mhGsU9Mk0
その上で、自分はどうするのか。
子供や冤罪の収監者を護るという行動指針は、刑務作業の目的には反するかもしれないがルールには何も反することはない。
これが原因で刑務官側から咎められ身の危険が迫るということは、恐らくは無いはずだ。
しかし安里に協力を要請したことはこれだけ。
もう一つの行動指針、この刑務作業の目的を調査しようとしていること。
安里とスプリングの2人に、このことを伝えるべきか考えていた。
誰かに話した上で協力を頼めば、自分に巻き込んで監視側から目を付けられてしまう可能性がある。
スプリングに至っては、正しく恩赦が得られないことを恐れ反発する恐れや、統制が取れない存在である以上このことを周りに吹聴してしまう可能性もある。
刑務官に素直に従いたくない存在がここには多いにしても、間違いなく良いことにはならないだろうと思っていた。
しかしスプリングが去った以上、残るのは安里。
お互いに支え合うと言った以上、必然的に一緒に行動することにはなる。
調査の事を隠し通して行動するのは難しく、流石に何か怪しまれはするだろう。
彼の事だからこちらに気を遣って、深く問い詰めたりして来ることも無いだろうが。
今だってそう。
思案している自分を安里は時々気にしながらも、何かを話しかけようとしてくることはない。
それでも、彼は思考を停止しているような人間ではないことはわかっている。
スプリングを見逃した経緯もについて、自分の中でどのように考えたのか詳しく説明してくれた。
こちらの質問にも詰まることこそあっても、考えた上で誠実に答えてくれた。
頭の中に残っているのは、安里から聞いた言葉。
"暫くは、生きてみたい"という言葉。
自分の意志でしっかり考えて、この刑務作業の場でどうするか考えたいということ。
ならば。
自分は、私は。
どう考えてどうしたいんだ。
――――今まではいつも、こうしてはいなかったんじゃないか。
――――こんな相手に関わったことも、無かったんじゃないか。
自分が過ごしていた場所。
誰もが、明日はないかもしれないと思っていた。
ラテンアメリカでも最悪に治安の荒れた地域。
誰もが、生きるのに必死だった。
僅かにそうではない人間はいて、自分もそっち側ではあった。
犯罪組織に探偵として依頼を受けても、その扱いはだいたい鉄砲玉を兼ねている。
真実を暴く過程で災害のように派手に暴れて、相手の力を削ってくれたら有り難いと。
誰かと一緒に動くことがあっても、それはある程度戦う覚悟を決めている戦闘力のある人間。
そして必要とあれば、自分は最前線で暴れて彼らを逃がす捨て駒、しんがり。
あるいは戦闘の不得手な、一般の人々に依頼される場合も偶にあった。
そういう場合はもっと単純。
危ないから、巻き込まれたくないならついて来ないで下さいと言う。
それは事実であり、そして戦闘にあまり横入りされたくないという、自分の戦闘欲求を満たしたいがための理由付け。
彼に協力を要請したのは、なぜだったか。
強い生きがいもなく、引きこもっていた彼。
しかしそのままでいれば、穏健でない参加者に発見されていつか襲われていただろう。
氷の檻が外部への脅しとなるかは怪しく、むしろ敵対者をおびき寄せる目印として機能していた
アビスが凶悪な犯罪者の巣窟である以上、比較的平和な世界で生きてきた彼の常識は通用しない。
運よく逃れ続けることができても、禁止区域の設定が行われる以上自分から動かざるを得なくなる可能性は十分にある。
彼に協力を要請して、生きがいを与えたのは自分だ。
無駄に死んでほしくなかったという思いがあったからなのか?
上手いこと協力者として彼を利用したかったからなのか?
どちらも理由を構成してはいる。
しかし完全な理由には――――不十分。
8
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:05:09 ID:mhGsU9Mk0
「アンリ君、私の行動目的についてですが」
目線を交わしてから、口を開いていく。
安里は、ようやっと話すことができたことに、詰まった空気が崩れて安堵しているようで。
スプリングの事についてまだ引きずっていて、悩んでもいるかのようで。
考えることでまだ頭がいっぱいなのか、あまり感情をこめず返してくる。
「なんですか?」
「子供や冤罪の人々を護りたいということは、既に伝えました。
――――もう一つ、目的があります。
――――どうか、真剣に聞いてください」
よく自分は怪しげだとか、ミステリアスだとか他人から言われるものではあるが。
そういう雰囲気を可能な限り抑えて、真剣に伝えようとする。
安里は、自分の中で考えていた様々なことを落ち着けて一度中断しなければならず戸惑う表情。
しっかり聞いてくれる状態になるのを待って。
そして、悉皆りこっちを見つめてきた彼に話を続けていく。
「これを伝えたら、そして君がこれに協力するならば。
君は主催者達からきっと目を付けられることになる。
私としては、無理にそこまで協力していただきたいとは考えてはいません」
安里に対して、できるだけ気を遣ったように話していく。
大事なのは彼の意志。
「行動指針について、聞きますか?
すぐに結論を出していただく必要も、ありませんよ。
しっかり考えてください。
どうか、自分を軽く扱わずに」
その言葉を受けて、即答はしない安里。
先延ばしにするならそう言ってほしいと伝えることもできるが。
この先何があるかわからない以上。
どうかできる限り、時間がかかっても今結論を出してほしいとも思う。
そして意を決し、彼は話し出していく。
「話してください。
お願いします、フレスノさん。
きっと悪いことじゃないって。
信頼してますから」
マスクをして口元は見えないながらも、真剣な顔の了承の言葉。
「フレスノさんの提案なら。
ボクに命を捨てようとさせることの、わけは、ないですよね。
主催者に目を付けられて危険があるとしても。
きっとそれでも、やる価値があることなんですよね。
それなら――――――――」
――――――――
――――――――
「――――そんなこと。
断るわけがないじゃ無いですか」
「ありがとうございます、アンリ君」
微笑む彼に対して、手を差し出す。
それに彼が応え、握手をする。
小賢しいことをしてしまった。
彼が自分からこのようなことを提案されて、断るわけがない。
そんなことはわかっていたはず。
自分の意志は、その上でもそうしようと考えた。
つまり"私"は、自分を任せられる協力者が欲しかった。
自分が斃れても成果だけでなく、抱える思いをも正しく託せる相手が。
戦闘欲求に支配され力ずくの解決をしがちな自分に、暴力以外の手段を与えてくれる相手が。
常に共に行動し自分の目的、指針を共有できる相手が。
今日は死ぬかもしれないと、日々の中で良く思っていた。刹那的に長らく生きていた。
しかし一度終わったと思った後の残りの人生だからこそ、少し違うことをしたいと思ったのは確かにある。
人殺しという罪を犯しながら、もう誰も殺したくないと思える精神。
それは決して自分の育ってきたような荒れた環境では、生まれ得ない物。
そんな相手に出会ったのは、運命なのか。
冤罪の人間では、いけなかった。
あの可愛らしい仔犬の看守の依頼として、冤罪の相手は危険に晒すことなく護るべき。
だからこそ殺人の罪を犯した上で、それを後悔している相手に。
私は協力者として出会いたかったのだろう。
そして、幸運にも最初に出会うことができた。
手を放すタイミングが分からなそうに、戸惑いの表情を浮かべる安里。
優しく手を放し、改めてもう一度方針を考えましょうと話してデジタルウォッチの画面を出していく。
安里も同じように、恥ずかしそうにしながら画面を開いていく。
9
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:05:47 ID:mhGsU9Mk0
彼の精神は未だ不安定。
何かきっかけがあれば、再び人を殺めようとしてしまうこともあるのかもしれない。
それを自分は、出来る限りは止めたいと思う。
しかし人を殺すことは、単純に悪いと言えることでもない。
探偵活動と言いながら。それを邪魔して危害を加えてきた相手を事情も汲まず数多く殺してきた自分は間違いなく凶悪犯罪者ではある。
しかし政府もまともに機能せず個人の人権すら存在しないような世界で、暴虐な相手に対抗するための殺しは悪なのだろうか。
刑務所も死刑制度も機能しない荒れた世界で、何とか協力して生きていこうとする集団の輪を乱す相手を殺すのは悪なのだろうか。
食糧すらも入手しにくい状況で取り合いとなり、生きるために仕方なく相手を殺すのは悪なのだろうか。
きっと安里が想像も及ばない海外のニュース等でしか見ていない出来事を、こちらは体験して来ている。
この刑務作業の中も殺しが避けられない状況は存在するであろうし、今後長く生存していれば出くわす可能性も高い。
刑務作業の表の目的である、犯罪者の始末という事に則ってしまっているにしても。
しかし今の彼は、明確な目的を得ている。
広い視野を得たうえで、考えても考えても相手を殺す選択肢しかないのかもしれないと彼が辿り着いたら、自分はそれを止めはしないだろう。
自分で考えて、自分を制御して、その目的のために何が必要かを考え続けて成長してほしいと、そう思う。
彼が無期懲役でアビスから出ることが難しいにしても、何かを掴んで自分よりは長生きして欲しいと思っている。
自身の超力で聴いた、彼の歩みながら悩み続ける声。
"そんなことどうでもいいだろう、生きてればどうにかなる!"
自分の中のラテン系らしい陽気な精神は、そういうことを言ってくる。
そのような強気な言葉を信じてくれるような相手なら、どれだけ楽だっただろう。
しかし、そうではないからこそ良かったのかもしれない。
自分は彼を理解することは出来やしない。
生きてきた環境があまりにも違いすぎる。
そんな彼が未だに悩み続けて、自分で生き方を探そうとし続けている。
彼は自分の中で常に悩み続けるだろうし、後悔も背負っていくのだろう。
しかしそんな機会すら得られなかったし得ようとしなかった自分は、彼にそれをできる機会を与えたいと思っている。
とある看守達に思いを託されたことは、依頼者を伏せて伝えることはなかった。
どこまであのヴァイスマンが個人の意志を読めるかは不明だ。
彼らも恐らく看守としてのルールは破っていないにしても、可能な限り彼らの顔や名前を思い浮かべないに越したことはない。
例えばAG-1は、ロボットである以上ヴァイスマンの監視から逃れている可能性もあるのだろうか。
気付かれずに何かを成し遂げる可能性も、あるのだろうか。
そもそもヴァイスマン自身は、この刑務作業に対して如何なる意識を抱いているのか。
彼の意向次第で思考が読まれても、捻じ曲げられたり情報が勝手に付加されてしまう可能性だって無くはない。
何ならばこのようなことを考察すること自体も、危険なのだろうか。
探偵として色々考えてしまうのも、また考え物なのかもしれない。
――――――――
◇
――――――――
調査で得られた内容について、イグナシオは安里に共有した。
とはいえまだ得られた情報は少ない。
例えば、この島が世界のどこなのかについてすら、イグナシオは未だにそれらしい情報に辿り着けていない。
植物以外、動物などの生物の存在は感じられない島。
植物に詳しい者なら、島に生えている植物の種類からこの島の存在する地域を割り出すことも可能なのかもしれない。
万が一この島が刑務作業の舞台のためだけに用意されたという異常事態だったとしても、島のモデルが何処の地域なのかくらいはわかるだろう。
しかし生憎、イグナシオはそちらの専門家ではない。
荒れた工業地帯のところどころに茂る草が、ナピアグラスかジョンソングラスかシグナルグラスかシルバーグラスなのかもわからない。
仕事上植物の知識が必要な時はスマートフォンのAI画像認識アプリで種類を調べたり、質問サイトを利用したりしていた。
装備しているそれらしい電子機器、デジタルウォッチにはそんな機能は搭載されてはいない。
現代人らしく情報ツールに頼りすぎていた自分について少しばかり後悔するが、知識が無い以上そこを突き詰めることもできない。
誰かその辺に詳しい参加者がいることを期待するしかないだろう。
10
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:06:17 ID:mhGsU9Mk0
今後の方針としては2つ考えられた。
スプリングの行った先を追って、彼女の戦いを横から止めようとするか。
先程の調査で発見した安里、スプリングとは別の人物の行動跡を追うか。
とはいえ両方の足跡は、そこまで別方向に向かっているわけではなく。
情報を得るためにも、それ以外の目的のためにも今まで遭っていない相手とは遭遇しておきたい。
スプリングの事を一度は見逃すといった以上、追えば状況次第だが余計な争いになるのも明白。
F-2方面へ二人は歩みを進めていた。
そんな二人は。
強大な何者かの"存在感"と遭遇することになる。
荒れて様々なものが散らばり、草も茂っている工業地帯の道路を強く踏みしめる足音。
新人類だからこそ感じるのか、風の感触や匂いなのか様々な感覚を基にした、気配。
明らかに、只物でない相手。
姿は見えないにしても、その存在感。
比較的平和な地域で生きてきた安里は。
その存在感を感じても、慄くことしかできない。
この気配の正体は、いわゆる殺気なのだろうか。
未だに夜闇は開けてなく、暗さも併せて人間の本能的な恐怖心に訴えかけてくる。
思考が回らなくなってくる。
逃げたいのか、立ち向かうべきなのか。
もう死は怖くないと思ったはずなのに、心の底から湧き出てくる恐れの感情。
原因は凶悪犯罪者にポイントを渡したくないという論理的判断の帰結なのか。
生物の本能的なものであるのか。
安里の姿を見かねたイグナシオ。
安里を引き連れて、気配から離れるように動く。
向こうも気が付いてはいるだろうが、できるだけ離れた距離で対面できるように。
しかし、氷竜と化そうとして身体の周りを氷で覆おうとする安里を。
手を強く握り、真剣な目線で静止させるイグナシオ。
そして、穏やかで柔らかい表情で微笑むのだった。
安里はそれが何故なのか理解はできない。
考えは巡るが、任せることにする。
イグナシオを信頼していたから。
果たして。
工場か倉庫かの建屋に遮られて見えなかった向こう側から、相手が姿を現す。
鍛え上げられそびえたつ筋骨隆々のシルエット。
そこに不思議と違和感なく調和する、柔らかく三つ編みにされた漆黒の髪が揺らめく、女性。
誰が呼んだか、"漢女"という名称で形容するのが良く似合う。
その身長は日本人男性の平均を上回る安里よりも高く、さらに大柄なイグナシオと比べても遜色ない。
不思議なことに、安里は安心したような懐かしむような普段よりもさらに穏やかなようなイグナシオの表情を見た。
一方で女はいつでもかかって来なさいとばかりに悠然と立ち、こちらに強く注視している。
先に口を開いたのは、イグナシオ。
「樹魂さん、ですよね。
変わっていない。その戦うことに向かって一心に鍛えられたその体躯」
その感情は読み取ることができない。
嬉しいのか、寂しいのか。
ただただ穏やかに淡々と話す、妖しくも聞こえる声を安里は聞いた。
「失礼。貴殿とは過去に出会った事があっただろうか」
女が口を開いた。
聞いてみれば女性らしく低音ではない声だが、そこには空気も震えそうな威厳と威圧感が詰まっている。
イグナシオはその声を聴いて、穏やかで妖しい笑みを深めていく。
「中央アメリカ地峡、砂浜のリゾート。
あの時お会いした、ナチョですよ。
思い出して頂けないでしょうか。
先代の"Desastre"」
イグナシオが相手に向けず、自分の脇へ向かって手を差し出し超力を行使する。
女は表情を険しくして身構えるが、戦闘態勢ではない。
やがて50cm程度に抑えられた範囲に再現される、工業地帯でない風景。
周りと同様の暗闇からは、轟く大気の振動、轟音。
不思議と大気が熱気を増すかのように、赤熱していく。
ほどなくして、50㎝の範囲には。
5メートルほど上までに及ぶ赤熱した巨大な石柱が、突如出現した。
岩と岩が激突するようなと例えていいのか、えもいわさぬ轟音が轟く。
石柱は、無機質に模様が無く見える。
違う、模様が無く見えるのは高速で動いているから、
石柱は地面の下に向かってめり込むように動いていた。
安里はその現象がどのような由来で起きているのか考えるが、理解できない。
イグナシオの超力がその土地における過去の状況の再現だという事は、すでに聞いている。
しかしこのような現象を起こす過去の地球の出来事とは、いったい何なのだろうか。
11
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:06:43 ID:mhGsU9Mk0
現象から発される光が2人と周囲の建物、それに加えて離れて立つ女の身体を照らしていく。
安里は女の顔を見た。
不思議がりも恐れもせず、厳ついながらも納得して穏やかな表情。
安里も彼女とイグナシオの間に、何らかの関係があったのではないかと確信する。
イグナシオが手を下げると、不可思議現象の起きていた範囲はは何もなかったかのように痕跡なく消滅する。
彼の超力は現実の地形や建物に対して、影響を及ぼすことはない。
そして僅かに息切れする様子を見せる。
あまりに太古の事象を再現するのには、それだけの体力の消耗が伴うらしい。
超力の行使を目に焼き付けた女は、優しく慈しみ懐かしむように語り掛ける。
「そうか……あの"ナチョ"が。
我と同様に監獄へ収まることになろうとはな」
柔らかな月明かりが照らす、向き合う二人の世界。
イグナシオに聞きたいことが溢れている安里。
彼女は何者か、どういう関係なのか、先程再現した現象は何か。
気を遣う以前に、割り込む気は起きようもかった。二人の心知れ合うような対面には。
「本当に良く、育ったものだ」
「ええ。あの時の貴方のお陰です」
女性の威圧感は消えていない。
安里にはわからない、これが闘志というものなのか。
イグナシオは戦いたくないから、自分の超力を見せたのではないだろうか。
違う、彼は戦いたいという欲求を心の底では抱えている。
まさか、それすらも相手は見抜いているというのか、
張り詰めた空気。
「貴方はきっと今も変わってない。
強い相手と手合わせしたいと願っている。
そうなのですね?」
イグナシオの、すでに答え知ったかのような問い。
女性は無言で、威圧感をさらに強める。
恐らくそれが肯定の意志なのだろう。
悩む安里。自分はどうすればいいのか。
しかしそれを慮るかのように、イグナシオが続ける。
「申し訳ありませんが、今の私には貴方と戦うつもりがありません。
この通り、巻き込まれたような子と二人で行動しています。
この場はお互い、引きませんか?」
これはいつものイグナシオ。
怪しげでミステリアスで、本心を隠したような穏やかな口上。
「戦いたくない――――か。
あの初めて出会った際と、同じことを言うのだな。」
色々な意味が含まれたような、女性の重い言葉。
安里はイグナシオの性質をわかってはいる。
複雑に、安心も、心配もしてしまっている。
それでも二人に注視して身体は動かないし、言葉も出ない。
「良いだろう、そちらに連れもいることだ。
言葉は不要と済ませることもできまい。
しばし、昔話に付き合うのも悪くはない」
とりあえず、すぐに戦いになることはないと知り。
この場は安心し安里は強く息を吐く。
イグナシオもそこへ向けて、告げていく。
「失礼しました、アンリ君。
彼女は、幼少期の私が一時を共に過ごしていた相手です。
命の恩人、と言ってもいいでしょうか」
――――――――
◇
――――――――
"ナチョ"が物心付く頃から9歳の時までは、彼の住む国は世界でも非常に平和な国と言われていた。
ギャング構成員など、潜在的に危険な人物を開闢の日以前にほぼ逮捕し尽くすことで混乱を乗り越えたのである。
あらゆる人間が簡単に暴力を振るえる世界になりながらも、その影響は矮小にとどまっていた。
子供同士の喧嘩もだいぶ派手になりはしたが、人類が進化したことにより耐久力も回復力も上がったので大きな傷害事件にはほぼならない。
国内にある巨大な刑務所の存在が国民に知れ渡り、凶悪事件を起こせば収監されるとあって治安が荒れそうな気配はなかった。
12
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:07:23 ID:mhGsU9Mk0
『昔の風景を、真実を見せて(トランスミシオン・エスセーナス)』。
開闢の日を迎え6歳のナチョに発現した超力は、周囲に過去の風景を再現する力。
過去に起きた事実を、他人も立ち会う中で明瞭に提示することができる。
学校の中で、彼は争いの仲裁役として頼りにされるようになっていった。
そう、嘘をついた相手がいても、過去に残された事実を変えることは出来ない。
言った言わない、やったやらないの話になっても、超力で提示された客観的な事実には納得するしかない。
彼の将来の夢は法曹。現場に行って犯罪の証拠を見出す検事。
誰からもその事を肯定されて、強い力は持たないながらも平和な世界で健やかに育っていた。
――――――――
――――――――
鄙びてくすんで古ぼけた、旧市街の一角。
通りからそれて薄暗い、狭くなった路地。
建物の壁には、ギャング等の縄張りを示すペイントが何重にも塗り替えられている。
薄汚れた暗い部屋。くたびれたベッドにすり減ったシーツ。
あちこちに染み着いてしまっている、まぐわい果てた人間の体液や体臭の残り香。
部屋には防虫用、消臭用としてミントの香りが漂っていた。
ミントの仲間は荒れ果てた河川敷でもしぶとく生きていて、虫を避けるためのハッカ油が細々と作られていて。
それだって時には、身体の各部に薄めず塗りたくられ拷問のように使われることすらあって。
"ナチョ"が、一時期長い時間を過ごしていた部屋の風景。
自分の身体を対価にすることで、この地域を支配する者の庇護を受け何とか居場所を得ることができる。
今の彼とは全く以って違う姿。発育の悪い細身の男子。
見た目に気を遣う役目であるから、不健康なほどやせ細ってはいない。
髪に赤色のアクセントはなく、瞳の色も淀んだワインレッド。
表情として浮かべる穏やかな笑みは、絶望と生きる意味への諦めからにじみ出てきている物。
暴力や支配に関した強力な超力を会得し使いこなし、若くして高い地位を得る者もいた。
しかし少なくとも当時のナチョは、そういう存在にはなれない側の人間だった。
――――――――
◇
――――――――
大金卸樹魂、安里がイグナシオから説明されたその日本人女性の名前。
落ち着いた姿を落ち着いて見れば、体躯による威圧感こそあれど。
その女性、漢女は淑やかにも見える立ち振る舞いも、微笑みを見せることもできるのだった。
まるで年齢相応か、もっと若い日本人女性らしさを見せるかのように。
「弟子を取ったのか、ナチョ」
「いいえ。彼はこの場で出会った同行者です」
「すまぬ、不思議と信頼し合っているように見えた物でな」
樹魂はイグナシオを愛称で呼び続ける。
彼女の中での彼の印象はもちろん過去のものとは違う。
一方で、当時からの親しみは地続きで存在している。
「私だって貴方を師匠と呼べるほど、多くの事を学ばせていただいたわけではありません。
自分なりに生き方を探して、その中で自分なりに腕を磨いたんです」
「ふっ、可愛らしさは失せているが。
数多くの戦いに揉まれて美しさを増している、今の貴殿は」
「其方こそ、長らく収監されていたのでしょうに。その体は全く衰えてもいない。
肌の色は、夜の世界で引きこもってた昔の私みたいに白く透き通ってますけどね」
「そう言うな。適度な日光浴も時々はしたい物だがな。
あの燦燦と陽が降り注いでいた海岸のような場所で」
昔の風景を想像し、懐かしむ二人。
細かい所を見ると樹魂は齢を重ね顔の彫りが深くなったりもしているが、イグナシオは触れはしない。
相手は身体を鍛えぬいた戦士であると同時に、一人の女性であると意識するかのように。
「ここまで忙しくて、アンリ君には私の出自について何も話してはいませんでしたね。
私は中央アメリカに位置する、エルサルバドルという国に生まれました」
「エルサルバドル――――――――あっ」
13
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:07:49 ID:mhGsU9Mk0
国名を聞いて、安里は思い浮かべる。
昔はニュース等でもで時々報道されていた、アメリカの南にある国。
開闢の日から数年経った後のGPA初期に、とある一つの大事件、不祥事が発生した国。
それに収拾をつけるかのように、GPAは根強く治安回復活動を続けていた。
そして数年前、やっと平和が取り戻されたという。
エルサルバドル経済の復興に日本の資本が協力していたらしいという話も聞く。
――――――――
◇
――――――――
中米の地峡部に位置する人口650万人ほどの小国、エルサルバドル。
他の中米諸国同様、近代には繰り返しの政変、反政府活動、そしてマフィアの隆盛に大きく苦しめられていた国。
しかし2020年以降、この国は奇跡の治安回復を成し遂げていた。
時の大統領はマフィアの脅威に対して非常事態宣言を発動、明確な犯罪の証拠がなくともマフィアの構成員と疑わしい者を即座に逮捕できる体制を整える。
それに付随して施設も大々的に整備され、特に脱獄困難で4万人を収容可能という巨大刑務所はマフィアに対抗する政府の姿勢の象徴ともなった。
政府は刺青をしているだけで逮捕、マフィアの親族というだけで逮捕というような冤罪が疑われるような事例を発生させながらも、
7万人という実に国民の1パーセント以上を逮捕収監することによりマフィアを大幅に弱体化、排除することに成功する。
結果として治安は大幅に回復し、冤罪があろうとマフィアが蔓延るよりはマシという世論もあり政権は国民から大きな支持を受けるようになった。
近隣する大国のアメリカも、アメリカでも活動する中米系のマフィアを弱体化させたこと、国内治安を安定させることでアメリカへの移民を減らしたことを評価。
独裁、強権的な政治を行いながらも、アメリカも保守的な政権であるため良好な関係を築くことに成功する。
そして始まったのが、巨大刑務所へのアメリカで逮捕された犯罪者の受け入れである。
エルサルバドル系の移民の犯罪者はもとより、それ以外のラテンアメリカ系の移民の犯罪者をも送致し収監する。
その代わりアメリカは、刑務所の維持費等として資金提供を行う。
アメリカ側の法的根拠は、アメリカ大統領による敵性外国人法の発令。
最初にベネズエラ系の移民犯罪者200人程が、刑務所へ航空機により送致された。
こちらも同様に証拠無しでの逮捕などの疑惑を発生させ人権団体から批判されたものの、アメリカが移民への反感情の強い状勢であったため差し止めには至らず。
折しも、開闢の日を前にしZ計画の露呈を発端とした騒動が世界中で広まっている状勢で、アメリカでもそれに関した事件が多々発生していた。
それらの事件の犯人たちも、アメリカは対価を払うことでエルサルバドルへの送致を進めていくこととなる。
国家事業としての刑務所ビジネスが、一つの形となっていった。
さて、開闢の日でのウイルス散布による人類の進化は当然犯罪者にも発生する。
その危険性を危惧する意見は当然世界中で飛び交うことになる。
巨大刑務所においても、当初は収監者をその前に抹殺すべき等の過激な意見すら存在した。
それは流石に人権を軽視しすぎるということで行われず、対策としてアメリカを始めとする国より技術や資金の支援を受け刑務所の設備を拡充した。
更に、ウイルスを刑務所へ入れないよう暫くの隔離・感染対策が行われ、一般への感染が行き渡った後にGPAの人員等も立会いの下で刑務所内へもウイルスの導入を行うことになった。
結果として看守や警察にもある程度新人類の体力や、超力に対する理解が行き渡った後に収監者は超力に目覚めることなる。
当初は常時発動型の超力等による混乱はあったものの、この時は一定の秩序を保ち続けることに成功した。
しかし無理のあるビジネスの歪みは決して解消されることなく、蓄積がさらに進んでいく。
アメリカは開闢の日以降も増え続ける犯罪者を送致、押し付け続けていく。
更には親米のラテンアメリカ諸国の中からも、同様に犯罪者を送致する国が出始めていく。
そのたびに刑務所の拡充は行われていき、超力犯罪を起こした子供向けの施設なども作られる。
そして、収監者の数もこれまでにないペースで増え続けていく。
開闢の日より3年ほどたった頃には、収監者数は30万人を超える程になっていた。
14
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:08:20 ID:mhGsU9Mk0
そしてある時、刑務所政策は決定的な崩壊を迎える。
超力に慣れて使い方を理解してきた、マフィアやラテンアメリカの反米組織が秘密裏に活動を始めたのだった。
彼らは一時的な連合を組み、強力な超力の持ち主たちを少数精鋭として選出し刑務所の崩壊を計画する。
目的は、巨大刑務所に収監されている同胞たちを解放するため。
当然国内の軍・警察は反応、即座にGPAや米軍にも治安維持の協力を要請する。
しかし犯罪組織の連合の勢力を小さく見積もってしまっていた軍は、接触早々に苦戦してしまうこととなる。
犯罪組織側は捕えた兵士を超力を使い洗脳したり、可能な限り残虐な方法で処刑し動画を公開したりしていった。
そして対策不足を実感したGPAの軍では、内部で意見が紛糾してしまう。
数十〜百人程度の少数精鋭による行動のため初動が遅れ、兵器人員を大量に投入することができず刑務所の崩壊はこのままでは止められないとなる。
30万人以上ともなる収監者が解放され戦闘になればどうなるのか、想像もつかなかった。
アメリカ大陸以外の国は当事者意識が薄いため、この場はどうしようもないとし戦力の損耗を防ぐため兵を出すのを渋る。
アメリカも当初は抗戦の意志だったが本国からの無人機やミサイルの攻撃が超力により妨害、迎撃されたため打ち切りとなり諦め気味となる。
今後の犯罪者の流入は、メキシコまでにおいて取り締まりを強化し地道に何とか抑える方針とすることが早々に決定した。
ラテンアメリカ諸国もこうなると、超力による予想のつかない大規模戦闘を恐れ小規模な戦闘を行ったきり手を出すことができなくなってしまった。
30万人を超える、新人類と化した犯罪者達が。
その日、エルサルバドルに解き放たれた。
多くの犯罪者は自分の元居た組織に復帰していった。
一方で所属のない犯罪者、組織が消滅済みの犯罪者、アメリカから追放された犯罪者など、周辺に落ち着く者も多かった。
結果としてエルサルバドルに加え、もともと治安があまり良くなかったその周辺3国の広い地域が力が支配し血で血を洗う無政府状態に突入する事態となった。
特にエルサルバドルでは開闢の日当時は治安が安定していたこともあり、戦闘向けでない超力を発現していた者が多かったため一般人が超力で犯罪者に対抗することも困難だった。
大統領ほか政府高官も国外へ避難し、国の統制を取ることは困難となる。
これがエルサルバドル刑務所襲撃事件の顛末。
そして中米超力治安危機と呼ばれ、現在まで続く国際事案となっている。
――――――――
――――――――
その日。
"ナチョ"の日常が崩壊した日。
刑務所が襲撃され、崩壊したという報道は即座に国内を駆け巡る。
落ち着いて対処しろというニュース、即座に避難しろというニュース。
いったい何を信じればいいのか。
それを考え結論を出す間もなく、脱獄者たちの波はナチョの住む地域の近くまで押し寄せて来た。
脱獄者たちの即席で作り上げたギャングが、家の周りに押し寄せ略奪せんとする。
ナチョの家も平均的エルサルバドル人らしく、攻撃的な超力を発現したものは誰もいなかった。
内戦を乗り越え祖父の代から引き継いできた、小銃を手に父が立ち向かう。
ナチョは家の奥へ隠れ、聞こえるのは周りの音だけ。
悲鳴。人殺しと叫ぶ家族の声。
誰が殺されたのか、想像するまでもないだろう。
頭の中はいっぱいで、誰の声も聞こえなくなった。
家に乗り込んでくる女性の脱獄者らしき人間が、自分を家族から引き離す。
何処へ連れていくのと、問うこともできずに。
――――――――
――――――――
15
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:08:41 ID:mhGsU9Mk0
ナチョは事件直後の最も混乱していた時期を、何とか死なずに生き延びた。
しかしながら彼を囲む世界は、地上に現れた地獄として続いていく。
荒れた世界でも、人々は死にたくないから何とか生きている。
まるで群雄割拠のような、誰もが生き繋ぐために戦わなければいけない世界。
無政府状態で、力のないものがどうやって生きていくのか。
自警団に守られたコミュニティか、あるいはギャングとも言えるような暴力組織か。
どのようなものにしろ、何らかから庇護を受けて生活していくしかない。
南米から闇取引やタンカーの襲撃で、石油は時々入ってくる。
電気もまともに通っているとはいいがたく、自家発電機が所々でうるさく稼働している。
石油を略奪し、バイクや車で走り回り略奪を繰り返すギャング団もいる。
特に意味もなく苛つきを解消する程度のために、子供を加害して時には殺害する。
それを咎めるような者すらこの世界にはもういなかった。
どれだけ虐げられようと、どうしようもない。
力が無く、弱いから悪いのだ。
死にたくないならば、抵抗なんて何もできやしない。
少しでも力のある子どもは、コミュニティで戦闘をする大人の見習いのようなことをさせられる。
見張り役、小柄さを活かした運び屋など。
そうでもない子供は。
生きるか死ぬかもわからない劣悪な環境で、雑用仕事をさせられていた。
食糧が不足すれば、真っ先に見捨てられるであろう立場。
例えば、スカベンジャー的な生活をしている子供の集団がいた。
ゴミが石の代わりに敷き詰められたかのような、荒れ果てた河川敷。
洪水になれば海に流れるだろうと、適当な期待で誰かが捨て始めたのか。
まだまともな意識がある人間なら、絶対に入りたがらないであろう熱気と悪臭の淀んだ場所。
子供たちはゴミを手工業的に加工して拙い製品にして、何とか物々交換等でしのいでいた。
食物だってある。
カビのまだらに生えているトウモロコシ粉のパン。
黒く柔らかく、傷んで発酵臭のあるバナナ。
栽培中に根腐れ病にかかってまともに食べられる部分の少ないキャッサバ。
ゴミから沸いた虫やネズミを捕らえることもできる。
開闢の日を越えて進化した人類は、毒物耐性も高まってはいるからそう死ぬことはなかった。
例えば中米で流行し問題になっていた難病シャーガス病ですら、発病率も死亡率も特に治療しなくても大幅に減ったのだから。
あるいは土地の所有者もはっきりしない中での、略奪に怯えながらの農業。
子供が任されるのは特に生産性が低かったり、略奪に遭いやすく守りも固まっていない土地。
政府が機能しないので土地の所有者も境界もはっきりせず、誰もが適当に思い思いに度々争いながらも拙い技術で作物を作っている。
食糧の貯えをみかじめ料として払えなければ、芋なんかを植えても十分成長する前に略奪されてしまう。
バナナなら皮だって、バナナの樹本体の茎だって食べていた。
サトウキビの搾りかすをさらにかじったりするのは日常茶飯事だ。
キャッサバだって手間をかけて毒抜きをするような人は、もうどこにもいなかった。栄養分の流出がもったいない。
子供たちは、街中や河川敷から集めたゴミを燃やした灰を肥料として撒いたりしていた。
ゴミから発生した有害物質が植物の可食部に生物濃縮される結果になろうと、植物が少しでも良く育つならなんでもよかった。
気分が悪くなろうと体調を崩そうと、運悪く耐性を超える毒素を摂取して死の危険があろうと腹を満たす食糧が何より大事だった。
普段は隠れ潜んで、たまに来る海外からの食糧支援を頼りに生活する手もある。
ほぼ運任せだが何とか他者よりも先に得て、隠し持って何とか過ごすのだ。
それだって探知やらの超力に長けた者が強さを発揮して、争いは少ないにしても早い者勝ちの奪い合い。
16
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:10:17 ID:mhGsU9Mk0
ナチョは。
幸か不幸か。
彼は周りの子供の中でも、特に目を引く可愛らしさと美しさを持っていた。
彼は白人系の血が濃く、薄暗い中で過ごせば過ごすほど透き通るような白い肌となっていく。
熱気に包まれて薄汚れ荒れ果てていく世界の中で、彼の姿は一層浮いて輝いて見えた。
彼が女性の脱獄者から連れ去られた後。
まるで商品か何かのように幾人かの人々の手の下を渡り、売り飛ばされ。
たどり着いたのが、薄暗いバラックのような娼館。
治安崩壊した中では、もはやギャングやマフィアのシノギとなるほどの大きな金を生み出すことはない。
秩序は存在せず、ここを縄張りとしている者共が思い思いに、中に住まわされた人間を好きに扱っていく。
人類が進化し肉体が強化されようと、男女の性差による体力の差異は存在していた。
それでも、それに加えて超力が存在する。
戦闘に使える超力ならば、女性だろうと幾らでも男性に劣らないほど戦闘員としての役割をこなすことができた。
そうして男女問わず疲れた人々の性欲のはけ口となるのが、イグナシオら見栄えが良く生産活動にも戦闘にも役に立たない人々の仕事だった。
子供だろうと働かざるを得ない。女も男も。休まることなく、身体をを汚されていくのが永劫に続く。
白くか細い身体を、日々の生きていくための戦いで鍛えられた肉の塊が軋ませ押しつぶしていく。
新時代の人類は身体が丈夫だ。
下手なことをしても怪我をしにくいし、治療するし、死なない。
これも幸運なのか、不幸なのか。
暴力による加害欲求と性欲を同時に満たそうとする人々が、彼を叩きのめしていく。
自分の後ろから入れられた、他人の欲望を吐き出すための身体の一部かあるいは異物かが。
自分の腹を中から押しやり、膨らみ盛り上げるようにするのを。
俯くたびに、何度見てきただろう。
人間の、特に男性の身体というのはよくできていて。
分かりやすく身体の突き出た部分を適度に扱えば、脳が快感に襲われる。
だからといってこんな生き方は嫌だ。
身体は喜んでいるとしても、理性が喜んでいない。
加えられる身体の痛みも、死を身近に感じる苦しみさえも快楽に結び付けられようとしていく悍ましさが怖い。
自分は被害者だと、こんな生き方は本当は嫌だとそう訴えたかった。
それを証明しようと、自身の超力を使用して過去に流れた声を再現しようとしたことがあった。
貴方が無理やり僕に嬌声を吐かせているだけだ、そう強要したじゃないかと反論したことがあった。
そんな真実は、笑い飛ばされるだけ。
あるいは相手の怒りを買って、殴られて踏み潰されるだけ。
更なる痛みや苦しみと共に、自分から求めてそして吐いた言葉だろうと捻じ曲げられる。
何度も繰り返して思い知る。自分の超力は役に立たない。
力こそが真実で、力を持たない自分はどんな思いを抱えていようとそれは何もかもゴミのように捨てられていく。
時には、同じ建物にいる女の所から持って来たのか完全に女物の服を着せられ。
女の子にはないものがあるなと、女の子になれと男性器を何度も殴られ、圧し潰され、電流を流され。
意味が分からない。無理やり嘘をつかせて、それを咎めて何が楽しんだ。
真実とは。正しさとは。
若年層のモラルも目に見えて徐々に低下し、仕事に疲れた子供の性欲や暴力のはけ口になることも増えていった。
同年代や時には年下の相手から、お前は戦う必要がなくて楽だなと口汚く罵られ叩かれ汚される。
子供らしい純情な恋愛なんて物は、この環境では全て吹き飛んでいたように見えた。
こっちの苦しみの気持ちなんてわからないだろう、大変さもわからないだろう。
しかし相手の子供だってどこかで苦しんでいると思うと、言い返すことは出来なかった。
17
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:10:52 ID:mhGsU9Mk0
人間だから、食事は大事だ。
殴られた圧力に身体が負けて、口から出て来た吐瀉物もかき集めて再度食べなければならない。
他人が押し付ける欲望の果てに自分に向かって注がれた体液だって、養分として食べなければならない
やせ細ってみすぼらしくなれば、自分の居場所は加速度的に狭くなっていつかなくなるだろう。
末路はどうなるのか。
海外へ売り飛ばされる子供達がどうなるのか知る由もないが、一部は臓器売買や人体実験に回されたらしい。
自分もそっちへ売り飛ばされるのだろうか。
そうやって少しでも身を捨てて誰かの役に立てて死ぬのは、悪くはないかもしれない。
しかしここの辺りは治安が悪すぎて、海外からのブローカーもあまり来ないという話だ。
再生医療や人工臓器も、超力を活用した医療技術も発達して生の人体の需要は減っている。
取引のリスクリターンが釣り合わないなら、そんな話は来ないだろう。
そもそも海外に行く機会は、もう過去に消えてるじゃないか。
自分は見栄えが良いが最上位に入るほどじゃない、海外に売られなかった国内居残り組の奴隷だ。
それならばこの地で死んでいくのか。
ごみ溜めに捨てられて、その身体は虫や鼠や鳥に貪り食われるのか。
そしてその動物をまた、路上生活する子供たちがとらえて食べていく。
素晴らしい資源循環だ。生態系万歳。
あるいは人肉する食べることに抵抗の薄くなった人間に、そのまま焼いて煮炊きされ腹に収まるのかもしれない。
死はとても身近だ。生と隣りあわせだ。
生きていても絶望しかない。死後のことはいくらでも想像する。
まるで針の筵に囲まれた落とし穴で、落ちたら死ぬ奈落の底から逃れようと、風に揺れるか細い一本の上から垂れる糸にしがみ付いているよう。
風が吹くたび身体が、心が痛んでいく。
それでも彼は生きていた。自分から死にたいとまで思えてはいなかった。
死んで天国に行けるなどと信じている子供たちは、大概もう他人に踏みつぶされ糧となって死んでいた。
いつか死が訪れて苦しみから解放されることを望みながらも、生きていた。
死が訪れそうな場面を偶然にも何度か乗り越える経験をしながら、生きていた。
――――――――
――――――――
死はとても身近だ。
客として自分を汚した相手だって同じ建物に閉じ込められた人々だって、この荒れた世界では死はとても身近だ。
数が減ればどこかから攫われてきたのかまた新しい人間が新入りとして入って、汚されていったり。
ナチョは運良く生きていたが、その生命が終わる日がいつ来るかはわからない。
それはそう遠くない。
例えば、今日なのかもしれない。
ナチョが見慣れない顔の女性。最近この地域に入ってきてコミュニティに所属したばかりなのだろう。
そいつがナチョの内臓を潰すように強く痛みを与えたり、首を強く締めようとしている。
4年もこんな生活をしていたナチョにとって、こんなことは今まで無かったわけじゃない。
酷く扱われた結果、気絶したことは何度もある。
今までは運良く、死なずに目を覚ますことができていたけれど。
ただ今日は何かが違った。相手か、あるいはナチョの方か。虫の居所が悪かったとでもいえばいいのかもしれない。
永劫に続く絶望。
ナチョは。
もう全部終わってと。
いや世界なんて無ければよかったのにと。
それなら自分の苦しみも無かったのにと。
何も無かったならと。
そう強く願った。
その時、彼の身体に潜む超力がその意志に応えた。
力を放出する感覚。
眼前に出現するのは。
巨大な赤熱する石柱。
呆然とするナチョ。
自分が何かをしたのだという確信はあれど。
一体何が起きているのか把握することができない。
久々に、自分の超力を発動して。
そして、知らない現象が起きている。
その感覚は心地よく、今までにない疲れ方も心地よいものだと。
彼は不思議とそう思った。
指一本動かせず立てなくなるほどの、心地よい疲労感。
石柱が消えた後に残るのは、肉と骨と内臓と血液がはじけ飛んで高熱で焼け焦げた残骸。
――――――――
――――――――
18
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:11:29 ID:mhGsU9Mk0
『女がいる。
怪物みてえなムキムキマッチョの怪力野郎だ。
強い奴らをボコったりぶっ殺したりしてやがる。
そいつをぶっ殺せ』
ナチョに言い渡された、戦闘の指令。
人間をぺしゃんこにする攻撃的な超力を発現したナチョが初めて受け取る、戦闘の指令。
『そうしたらテメエも戦闘役の仲間入りだ。
もっとまともな食い物にもありつける。
舐めてかかる奴もいなくなるんだよ。
浅ましいクソ女どもの真似してるみてえな生活、テメエも卒業してえだろ』
ギャングの正式メンバーになるために、誰か一人を殺さなければならない。
よくある掟ではある。
そしてその言外の意味は。
戦わなければ殺す。負けても殺す。
体の良い鉄砲玉である。
新しい能力に目覚め、未だに使いこなせなくて危険な存在。
それが今のナチョ。
強くて目障りな奴にぶつけてしまおう。
別に死んでも構わないし、厄介者が消えるだけ。
そいつを始末できれば良いが、そこまでは期待しない。
手傷でも追わせれば御の字。
ナチョは、怖かった。
破壊的な超力を使うのは心地よい。
それでも自分を乱暴に扱い加害してきた奴らとは、自分は違うと思いたかった。
戦って生きていくなんて自分には向いてない。
治安が安定して、真実を見せれば自然とそれが保証される世界こそが彼の望み。
しかし、自分が戦わなかったらどうなるのだろう。
他の子供にそんな強い奴の、被害者にはなって欲しくないという僅かな感情がある。
自分が、やらなければ。自分に与えられた役目だ。
そう。なんとか戦って、生きるんだ。
死んでも、他の子供は助かってほしい。
でもやっぱり戦いたくもない。死にたくもない。
違う、そもそも自分は死にたかったはずじゃないのか。
自分はどうしたいんだ。
考えても考えてもわからないまま、彼はターゲットの下へ歩みだす。
――――――――
――――――――
太平洋沿いの、日光照りつける海岸とその裏に見える様々なカラフルな建物。
もはやリゾート地としての用をも為さなくなり、かつての賑わいはない場所。
通りを歩く人々の姿はほぼ見えず、皆が建物に潜んで生活している。
打ち捨てられた別荘、ペンションやホテルは落書きにあふれてしまっている。
やや乾燥した地勢だが、人々が植えた名残でヤシやバショウやプルメリアの仲間が時々薪に伐られながらも何とか生きている。
建物がツタにおおわれるようなことはないが、その分豪雨や日射によりくすんで薄汚れているのが目立つ。
澄み渡る青空に反して、砂浜は海や川の上流から流されてきたゴミが散らかっていた。
もはやそれを片付けようとする人々も存在しないのだ。
その中にまともなパラソルが一つ、開いていたのが目立っていた。
その下にいるのは筋骨隆々の女性、身体のサイズに見合った大きなビーチベッド。
その巨女は、サングラスをかけ水着姿で悠然とパラソルの下で周囲を気にせず休んでいた。
ただ一人で、自由に。誰にも邪魔されることなく。
それがどれだけ異様なことなのか。
今は外国人ともあれば、よほどの事でもない限り強盗に遭うか身代金目的に誘拐される時世である。
その有り余る力を、すでに周りに証明した後なのだろう。
向かっていくのは一人の少年暗殺者。
今までほとんど外にも出ていなかったかのような病的な色白の肌が、青黒い髪をコントラストとして引き立てている。
細く痩せていかにも戦い慣れしていなそうな姿だが、油断ならない。
新時代に誰もが手にした力である超力は、当人の見た目にそぐわない殺人の奇跡を起こしうるのだから。
「少年。我に、挑もうとするか」
19
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:12:11 ID:mhGsU9Mk0
只の子供ではないと見抜いたのか、巨女はナチョを強く見る。
たどたどしいながらも威厳のような凄みのあるスペイン語。
少年の身体からは、隠しようもない仄暗い殺気が未熟ながらも発されているのだから。
息を呑む少年。
しかし既に超力の間合いに、巨女を収めることに成功した。
ゆっくりと、焦ることなく超力を発現していく。
人間をぺしゃんこにする、必殺の力だ。
これで彼女のすべてが終わって、自分のすべてが始まる。
完全に満足とはいかないまでも、世界が変わる。
大地の様子が砂浜から変化する。
轟音。黒く、ところどころ赤熱した荒々しい土地。
そして程なく――――赤熱する石柱が出現した。
少年の、ナチョの視界が覆いつくされる。
終わった。
『遅いな』
轟音にも負けず、届いてくる巨女の声。
ナチョは自分の背後を見やる。
そこには立ち上がり、高速で動いた後なのか三つ編みを揺らしている水着の巨女の姿。
躱されたのだ。
驚愕と、恐怖の入り混じった声を挙げながら慄くナチョ。
超力は、解除されてしまう。
『それだけか?』
短い疑問のような声を出す巨女。
先ほどから声が聞き取れない。
恐らく彼女の母語でしゃべっているのだろう。
ナチョはその意味の分からない声に、恐ろしい威圧感と恐怖を感じ取ってしまう。
体力はまだある。狂気のような叫びと共に。
ナチョはさらに繰り返し、超力を巨女に向かって発現する。
しかし当たりはしない。
タイミングは調整してみた。
超力発現から、石柱落下のタイミングは早くなってきた。
それでも巨女は躱してくる。
『その超力に頼りきりでは、我を斃すことは出来ぬ』
諭すような巨女の声。
疲れ切っているナチョ。もう後はない、一発が限界だろう。
攻撃はしてこず、様子を見ながら近づいてくる巨女。
まだだ、最大のチャンスをうかがうんだ。
「――――――――少年、貴殿は、何故我に、挑もうとする?
戦わなければならぬと、本心で、考えているのか?」
しばし小難しい顔で思考をしてから、問いかける巨女。
拙いながらも、再びスペイン語の声がナチョの頭に届いた。
ナチョの本心を突いたかのような問い。
それでも、まともな答えがあるはずはない。
今の感情に乗せて、ナチョが返した言葉は。
「嫌だ…………嫌だよ。
戦いたいく、ない。
でも、でも…………!
お姉さんを殺せば――――僕は!!」
その言葉と共に、残りの全力を出してナチョが超力を発動する。
発動の瞬間を目を開いて見届ける。
巨女から決して目を離さないようにする。
巨女は動きが遅れている、躱せない。
ナチョはそう判断した。
しかし。
巨女は気合を入れた掛け声とともに、天上に何か熱を纏ったような拳を突き出す。
同時に石柱が現れ――――ぶつかり合った。
哀れ、赤熱する石柱は巨女を押しつぶす役割を果たせず、割れて砕ける。
超力の範囲外へ逸れた破片は、境界線で消滅していく。
そのまま力を込めた拳撃を、更に虚空より迫る石柱のある天上へ巨女は繰り返し。
力尽きて気を失うナチョは。
その自分の力が完全に破れる光景を、不思議な感覚で眺めていた。
「それでも、斃したいのならば、戦い方を学べ。
かわいい、坊やよ」
20
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:12:31 ID:mhGsU9Mk0
ふと最後に声が聞こえたような、気がした。
――――――――
――――――――
ナチョが目が覚めたのは、レストランの店内。
割れた窓が補修され、中にも外と同じようにスプレーの落書きがあるが。
テーブルと座席と厨房が、そういう施設であることを主張している。
周りを見回すと、厳つい男たちがのされて倒れていた。
下手人は――――間違いなく、横になった自分の隣に座るこの巨女だろう。
水着から、白いシャツとスカートを合わせた服装に着替えてサングラスを外していても。
その威圧感は何も変わりようがない。
レストラン、ナチョにはまったく縁がない建物。
物々交換は主流となりつつあったが、貨幣によるやり取りが完全に機能停止していたわけではない。
もはや政府は頼りにならないが、そもそも自国紙幣の管理を諦め米ドルが流通していたような国だ。
アメリカに価値が保証される米ドルでの経済は、何とか回ってはいた。
レストランのような建物も、ギャングが居座り客に席代をせびるような環境ながらも何とか運営されていた。
レストランの残飯にたかる人々がいて、それすらも奪い合いが発生して。
弱かったり、足が遅かったりすると質の悪いものしか食べられない。
それがナチョが周りの人々から聴いていた、レストランの様子。
目が覚めたナチョを、巨女は優しく気遣い。
粗末な木の板でできた、メニューを眺めている。
そして、拙いスペイン語でナチョに反しかける。
「すまない。これは、どのような料理だ?
生憎、言葉はある程度使えるが、字は解さないのだ」
その声に、威圧感はまるでなかった。
幼少期にナチョが見た異人の旅行者のような、優しく悩むような声。
ナチョは、気が抜けてしまった。
こんなことが、あっていいのだろうか。
まるで観光案内をするガイドのようなことを、自分がしろというのか、
こんな荒れた世界で。
ただ、今までの荒れた生活をも忘れられそうな気がするこの雰囲気。
ナチョは嫌ではなかった。
簡単かつゆっくりとしたスペイン語、また数少ない日本語の語彙やジェスチャを混ぜながらナチョは巨女に説明していった。
注文が決まり、巨女はカバンから米ドル札と硬貨を出して支払いを行っていく。
運ばれてくるのは、ミヌータと呼ばれる日本のかき氷とほぼ同じデザート。
そしてもう一つはアロス・コン・レーチェと呼ばれる、コメを甘く煮て固めたいわゆるライスプディングのようなデザート。
現地の料理店で出された甘味を味わっていく巨女。
異国の味jは口に合った様で、頬を赤らめ表情を崩しながら食べ進める。
ナチョもどれだけぶりかとなる美味しい食事を、並んで食べた。
それなりに楽しい戦闘だったと、巨女がナチョの分まドル札で食事代を払ってくれた。
これが、幼きイグナシオと大金卸樹魂の出会いのあらましである。
――――――――
――――――――
戦いに挑むナチョには実は見張り役が一人ついていたが。
その戦闘の派手さ、そしてそれをいなした巨女に恐れて逃げていったと樹魂は語る。
つまりナチョは元の住処に帰るわけにもいかず。
樹魂の案内役のような形に納まり暫く行動を共にすることになる。
ナチョにとっては日常が破壊され、開けた特別な出来事。
しかし何のことはない。樹魂にとっては日常の一幕である。
この時点でも彼女はすでに様々な国を旅してきており、だからこそスペイン語も少し扱えたりするのだ。
強者との手合わせを行う中で、樹魂に見惚れる等して案内を申し出る人間は時々いた。
樹魂は現代人らしくスマートフォンなどに頼ることもあるものの、何処でも電波が確保されているわけではない。
それに現地の人間を通してでないと知りえない話なども、樹魂は結構好きなのだった。
21
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:13:18 ID:mhGsU9Mk0
まともな食事を食べた上で、体を動かすことは楽しかった。
体力があれば、超力を試しに色々使うことが出来る。
その性質に関しても、詳しく調べることが出来る。
樹魂は自分のトレーニングの横で訓練するナチョを眺め、言語が辿々しいのもあるが時々短く的確に言葉を述べていく。
日本の学校をそれなりの成績で出ている樹魂だから、地学に対する知識がある程度はあった。
しかし直接答えは示さず、自分で考える力を育てさせる。
ナチョの前に出現する石柱は、やはり今まで使っていたた過去の風景を再現する力の延長だった。
遠い過去、地球が開闢する頃の隕石衝突か、あるいはその衝突後に飛び散った破片の再衝突か。
ナチョの超力が効果を及ぼすのは、半径5mの円状の範囲より狭い広さに限る。
そして垂直方向に対しては円柱状に広がっていく。
垂直方向の上限も、詳しく把握していないがおそらく5m程度だろう。
現代の刑務作業の中、スプリング・ローズとの戦闘において使用した水中環境の再現でも範囲は5mを少し超える天井の近くまで。
その範囲でも隕石の質量は、数十か数百トンはあるであろう。
速度は天文学的であろう。
それをタイミングを計り打ち砕き耐えきった樹魂の恐ろしさ。
岩石流のような肉体の動き、地震のような戦闘の余波、火山のような高熱、氷河期のような冷気。
治安崩壊した中米で、湧き出てきた各所の実力者をふらっと表れて蹴散らしていた大金卸。
彼女が"Desastre(災害)"の称号を賜るのも自然なことであった。
唯一つ彼女のちょっとした要望は。
酸素濃度の高かった時代、いわゆる石炭紀なぞをを再現できないかということ。
疲労回復効果で、もっとたくさん動ける。戦える。
当時の彼には結局できることはなかったが、ちょっとした超力を使いこなす練習の目安にはなった。
ナチョが役立てるのは、樹魂の戦闘服の補修くらい。
その服は、日本の学生服を基にして戦闘に耐えるよう丈夫に作られた特製。
奴隷時代より、自分の服を自分でなんとか繕う術は心得ていた。
もちろん樹魂も長く旅をするので、それくらいは心得ていたが。
裁縫という共通した話題が話せるのは、嬉しかったものである。
そして更なる戦いを求めて、樹魂が新天地へ去っていく日。
戦い方は見よう見まねのトレーニングで、実践を目前に見て学ばせてもらった。
体を動かして戦うのは、超力を振るうのは楽しい。
そういう感覚が、未熟ながらナチョには芽生え始めていた。
それでも彼女から見て自分はまだ可愛らしい"ナチョ"に過ぎない。
今の力で挑んでも意味はない、再び一歩も及ばず実力差を知らされるのだろう。
でもきっと、いつの日か。
『強く育てよ、ナチョ』
――――――――
――――――――
彼女が去った後は積極的に、訪れる外国人の護衛などに関わるようになった。
ジャーナリストや慈善活動家などの外国人には、どうしても護衛が必要で。
樹魂から教わった礼儀正しい雰囲気の日本語を使うことで、主に日本人に気に入られ使ってもらえるようになった。
報酬として子供支援の寄付に使われる教科書を真っ先に読ませてもらったりして、真っ当な知識を蓄えた。
日本の学校を出ていた彼女程度の学力が、自分だって欲しい。
争いはどこにでも、いつでもたくさん起きる。
護衛という名目のもと、身体と超力を振るい戦うのは楽しかった。
マグマオーシャン時代の炎と、全球凍結時代の氷をを自分の力にできたことは特に嬉しかった
憧れた彼女と同じ、熱と冷気をつかさどる力。
超力を使いこなし始めてから、不思議と戦う際は目の色は太古の地球のマグマのように輝くようになった。
普段の目の色も、今までより幾段と鮮やかになった。
髪も不思議と、伸びるたび徐々に赤いアクセントが差すようになる。
成長し変貌していく。心も身体も。
でも。ああ、自分は。
どうしてこうなってしまったんだろうな。
歪んだ心は、更に歪んだ形になっていく。
歪みによる痛みを、何とか他の形で代替しようかの如く。
加害するだけじゃない。
この身体が傷つく痛みだって、限界まで戦って死が見えた時の感覚だって。
もう性的なことはしたくないと脳は考えるが、ぽっかりと性的快楽に埋められていた心の穴はあって。
戦闘によって相手を傷つけると、こちらが傷つくと。
その穴が埋まっていく。恍惚感を感じる。
楽しかった、気持ちよかった。
22
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:13:44 ID:mhGsU9Mk0
ああ、自分は。
どうしてこうなってしまったんだろうな。
イグナシオは日々を過ごし、力を徐々に蓄えていく。
しかしギャング組織を自力で作ろうとは決してしなかった。
そして、戦闘ができる探偵としての道を歩み始める。
自分や他者を守るための、戦う力は。
言いがかりから逃れて、真実を証明するための力として使うことが出来る。
世界が力に塗れて真実を覆い隠すなら、自分はその中で力を持つことで真実を貫き通そう。
しかし、戦いは楽しい。
あの女性に教えられて、それに自分の心の傷が合わさって。
精神にそういう感情が根付いている。
ああ。強さのない真実なんて意味がない。
僕は、真実を貫きたかった。
でも今の私は、もうそうではなくなっていた。
探偵として探り当てた真実が、自分の戦いに、生死に掛かっている状況。
何かを自分自身に賭けてこその、戦いのスリル。
それを味わいたい。
そんな風に、心が思ってしまっている。
自分だけが知ることができる確実な真実を、戦いの餌にしてしまいたいのだ。
真に自分を信じたり、他人を想っていたりする人間と、似て非なる。
そういう人たちと一緒にされたら、そういう人たちからは自分は尊厳を踏みにじるように見えるだろう。
確信できるのは、これはきっと生来の歪みではないということ。
だから、ほかの子供には。
こうなっては欲しくない。
他人の知られたくない秘密を抱えていることは、戦いを呼ぶ。
何処で誰の過去を掘っているのか、知ったものではないから。
存在自体が、怖いから。
色々な相手が自分を嫌い、敵に回っていく。
なまじ力がある、真実を押し通す力がある自分は。
嫌われ者だ。
――――――――
――――――――
その後GPAは威信をかけて、長期間の対策を練って徐々に事態の収拾を図ろうとする。
その努力にもかかわらず、結局エルサルバドルの治安が取り戻されたのは10年以上経った後であった。
システムAが超力取締りに使える程度まで充分な実用化が行われたことも、一応は治安回復の後押しとなった。
しかしこれは陸橋となっている中米において、太平洋側の狭い面積だけを構成しているエルサルバドルだからこそできたことである。
周辺3国は太平洋・カリブ海両方に接し陸橋の主要部分を構成し、不法移民や麻薬流通のルートとして重要となっている。
エルサルバドルから逃げた犯罪者も更に加わり、未だに超力犯罪が日常に遍く溢れる状態が続き人々は大きく苦しんでいる。
エルサルバドルの刑務所は復興されたが、当然警備は増強された。
それだけでなく一部の凶悪な超力の持ち主や、影響力の強い犯罪者を収めることはもうなかった。
そのような犯罪者は抹殺されるか、別の刑務所(アビス)へ送られるからである。
逮捕前のイグナシオは、治安の回復したエルサルバドルを去って周辺国で活動していた。
暗い泥底を共に過ごした人々とも、生き別れた家族とも再び会うことはなかった。
彼らは結局どうしようもなく、苦しい環境で命を散らしたか。
生き延びた者は治安と産業の回復した中で、それなりの職業で働いているか。
そんな噂こそイグナシオは耳にするが、関わりたくはないし関わってはいけないと思っていた。
自分の居場所は、もう故郷にはなかった。
この自分の心を強く動かす欲求が満たされる世界は、外の国にしかなかった。
アビスに送られる前に抱えていた案件は、保守派政権のアメリカから伝わる黒い噂。
犯罪を起こす恐れのあるラテンアメリカ系やアラブ系の移民を、何者かが注意や逮捕することもなく抹殺していると。
巨大刑務所が一度崩壊したからこそ、そのようなことが起きているのか。
アメリカに行った友人や家族と連絡が取れないと、市井の人々から相談を何度か受けていたイグナシオ。
懇意にして色々依頼を受けてる犯罪組織からも、丁度いいと利害が一致した。
個人でどうこうできることかは、わからない。
しかし戦いの匂いと隠された真実の匂いが、狂った探偵を引き寄せた。
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◇
――――――――
23
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:14:17 ID:mhGsU9Mk0
荒れ果てた世界で過ごした過去のことは、今でも焼け付くようでいくらでも思い出せる。
しかしさすがにこれをそのまま伝えては、衝撃的すぎるし長くなりすぎる。
イグナシオは全てを思い出しながらも、ところどころを掻い摘んで、暗すぎる部分は伏せて安理に。
そして樹魂と別れてからのことは、彼女にも話すように聞かせていった。
「探偵か――――超力を活かした、良い職業に就いたな。
人を助けようとするか」
「人助けだけしているように見えますか?」
感慨深く、成長した姿のイグナシオを眺める樹魂。
しかし探偵は、いつものように。
ミステリアスに、感情が読めない笑みを浮かべながら話す。
安理はその雰囲気に、冷や汗が流れる。
「最初は仲間と助け合ったりとか、真っ当なこともしていました。
しかし不都合な真実を暴こうとしていると。
面倒がって、嫌われて周りから皆消えていく。
必然的に、戦いと関わる運命。
僕が、私がこうなるとわかって助けたのですか?」
「そうではない。
しかし我に影響を受けた者は、結構な数存在すると話に聴く。
それも事実であるな」
イグナシオの話を聴いた安理も、この巨女が魅力的な存在であることは理解できる。
その強大な力が、単純に人を呼び寄せる。
そして可愛らしいものを好むその精神、それを受けたならば虜になるのも理解できてしまう。
しかし、それがイグナシオのような人物像を生み出してしまったのか。
「貴方は強い悪党をたくさん倒しましたが。
始末したり、警察に渡すことにまでの拘りはありませんでしたから。
今まで各地の二番手三番手くらいの奴らが台頭したり。
生き残って改心しなかった奴は、またのし上がったり。
隣国から自分の支配地を作ろうとするやつが入ってきたり。
結局荒れた世情にすぐ元通りでしたよ」
樹魂はフリーの放浪の格闘家。
強い個人でこそあるが、国一つに与えられる影響はそこまで大きくはないといえる。
「貴方は混沌の世界に現れた救世主に見えました。
しかしそれは、世界が荒れていたから偶々そこではそう見えただけでした。
結局GPAが組織的に何とかしようとするまで、あの国は変わらなかった。
貴方も、アビスに収まるに相応しい悪党ですよ」
怪しい笑み。細くなった目の奥で瞳が輝き赤い眼光が巨女を刺す。
「――――そして私も。
強くなって力を押し通せと、世の中に迎合するなと。
そう教えたのは貴方。
しかしその道に進んでしまった私も同様に、罪人に相応しい」
自嘲するような微笑とともに、イグナシオは吐き捨てる。
「――――だが、貴殿は戦い抜き成長した。
そして我の前にこうして姿を顕してくれている。
これ以上に望むことは、我にはありはしない」
そんなことわかっていると。言外に伝えるように。
泰然と佇み微笑を浮かべ、心を明るくして話していく。
彼女が望むのは、唯一心躍らせる戦闘だ。
服についた汚れも、この刑務作業中の戦闘でついたものだろう。
安理は自分の心理も想像も全く及ばない相手を、初めて眼前で意識した。
話は通じても、心根が違っている。
「私は歩みませんよ――――貴方と同じ道は。
私は子供を惑わしたくはない。
これからの世界は平和になるべきだと思います。
子供もまともに生きる道があるなら、それを選んでほしいと思っています。
この刑務作業の中でもその想いは変わりはしません」
戦い抜いて実力をつけた戦闘狂、イグナシオ。
しかしその背中に背負うのは、それとは相反する思い。
「我も可愛らしい子供が一方的に虐げられる状況は、好まぬ」
「そう言いながらも自身にも他人にも戦闘を優先させようとするのでしょう、貴方は」
「その通り。この身を焦がす戦いこそ、我が本分」
お互い心は分かりあっている。
しかし、話は通じはしない。
「貴殿こそどうなのだ?
最初に戦いたくはないと述べたであろうに。
その身体は何故、熱を帯びている?」
そう――――分かりあっている。
24
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:15:01 ID:mhGsU9Mk0
「はははっ。
貴方と戦いたいなんて思ってませんよ。
力を解放する快感なんて期待してませんよ。
痛みを味わいたいなんて期待してませんよ」
怪しげな微笑みをやや崩し始める、イグナシオ。
くり返し、くり返し言葉を吐く。
「まるで貴殿自身を言葉で抑えつけているようだな。
無為なことをする。
貴殿はもうあの可愛らしいナチョではないだろう。
"デザーストレ"」
「ええ。その通りです。それでも言います。
どうか矛を収めてくださいませんか。
貴方が手を出せば、私は――――応じざるを得なくなる」
巨女は――――当然の如く話を聞き入れはしない。
手合わせのため、構えを作り出す。
さて。
今まで人生のように、この戦いの果てに生き残れるのか。
運よく生き残ってきた、今までは。
彼女は命を奪うことには拘らないが、命を懸けた戦いには拘る。
こちらは一応手合わせとして、殺し合いまで行くつもりはない。
しかし戦いが楽しみすぎる。
守れるか怪しい建前。
安里くんには迷惑をかけるな。
どのような言葉を――――――――
「やめてください…………!
やめてください!
フレスノさん!
大金卸さん!」
第三者を排除するかのように、二人の間に張り詰めていた空気であったが。
結城を出して沈黙を破るのは、平和な日本に生きてきた青年の安理。
「フレスノさんが戦いたいと思っているの、伝わってきます。
でも――――それ以外の目的だってある。
それを大事にしたいとも思っていた。
僕が見てきたフレスノさんは、そうだった。
そうでしょう?」
イグナシオの前に立ち、二人の間に割り込む安里。
心知り合っている、2人の間に立ち塞がる。
邪魔な存在に、ならなければならない。
「それなら……!
貴方がフレスノさんを戦わせたいなら。
僕は、そうさせたくはない!」
叩きつけた言葉。
イグナシオは、笑みを崩し驚くような表情。
樹魂は――威厳を崩さないまでも、戦いを邪魔されやや不愉快そうになる。
その顔に、安里は恐れを抱くが。
言葉は続けていく。
「たぶん――貴方が何を望むのか、僕にも分かります。
力を以ってその意志を貫けって、貴方はフレスノさんにそう教えた。
力をぶつけ合いたいと貴方は思ってる」
女性らしさを逸脱した、暴力を振るうために鍛えられた塊のような猛々しい肉体。
そして武人らしく落ち着いているが、戦闘欲求が溢れている佇まい、言葉遣い。
それに対する安里の回答は。
「それなら、その相手はフレスノさんじゃなくてもいいはずだ」
氷幕が白く覆っていく。囚人服を来た陰鬱な青年を。
パキパキと音を立てて氷は徐々に肥大していく。
身構える樹魂。より驚くイグナシオ。
しかしこれは攻撃の構えではなく、変化のための準備。
氷は2mを超える塊となり――――ひび割れ。
中から、柔らかい女性の声が響き渡る。
「貴方に勝てるかはわからないし、たぶん難しいと思います。
強さを見せて、この場は引いてもいいって思ってもらえればいいけれど。
それすらできるかもたぶん怪しい。
でも僕の心が、やらないよりはマシだと言っている」
25
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:15:34 ID:mhGsU9Mk0
氷は徐々に崩れていく。
姿を現すのは、神話からでてきたような白さを持ったドラゴン。氷龍。
「だから貴方がこっちの事情を汲まないように。
僕も、汲まない。
戦うのはフレスノさんじゃなくて、僕だ!」
樹魂は、この場に現れた闘える新たな存在に笑みを見せる。
イグナシオは――――。
「アンリくん」
安里の変化した氷龍。
そちらへ向かって、手を伸ばして。
超力を発現した。
何事かと、誰もが思う。
氷龍の身体は、再び氷に覆われていく。
全球凍結の氷だ。
「覚悟もしっかりできていないのに戦うのは悪手です。
本気で戦わなければ、危険ですよ。
少し頭を冷やしてください」
しかし。
その氷は。
打ち砕かれていく。
氷龍の身体から生成された新たな氷が、身体を固めていた氷を打ち砕いた。
氷龍は、優しく話していく。
「フレスノさん、戦いだしたら止まらないでしょう。
また僕が止めるんですか?
そしたら、止められるかわからないですよもう。
間違いなくさっきの戦いよりも大きな戦いになりますよね。
それなら、僕が行きます。
そしてフレスノさんが控えに入ってください。
僕が何とか頑張ります、貴方が戦わなくて済むように。
だって、貴方は探偵をしなきゃ。
そのために、こんなところで傷ついちゃだめですから」
イグナシオは、心が揺れ動く。
真実を明らかにしたいという意思を、助けようとしてくれる行動。
今までの自分は、救われることなんてない。
もう遅いんだ全ては。
しかし、心の中の昔の自分は。
泣いて、彼に礼を叫んでいるような気がした。
こんな相手がいて欲しかった
純粋な心の方を肯定してくれる、優しい親みたいな相手がいてくれたら。
より善い形であの地獄から抜け出せていたら。
自分は真っ当に、例えばGPAの部隊なんかで働いていたのだろうか。
もう遅い。
こんな思い、いろいろな意味で言葉には出せない。
「可愛いな」
そんな脇で一言、氷龍へ発した樹魂。
氷龍の可愛らしさは、安里も自分で認めるところだ。
でもそんな場合ではないだろう。
「それだけではなく――――美しいな」
何故そんなことをと安理は思う。
いや。
何故って考えるほうが、おかしいのか。
彼女にとっては戦いこそが日常で。
戦いの前で相手の見た目を褒めたりすることだって、普通のことなのだろう。
もう一つの褒める言葉。
戦闘に向いた姿だからなのか。
動物としての優美さなのか。
それはきっと。
両方。
「ありがとうございます。大金卸さん」
26
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:16:21 ID:mhGsU9Mk0
大金卸さん。
その在り方は理解できないけど。
貴方も、僕は結構美しいと思う。
恥ずかしいし、言っても喜んでくれるかわからないから言えないけれど。
女性としての性別の垣根を越えた、男性的な姿。
自分が抱える性別の悩みを、彼女はすでに振り切ったか。
あるいは最初からなかったのか。
その悠然として自信にあふれた姿。
「不思議だ。もしかしたら。
貴方と手合わせしたいのは、イグナシオさんのためであり、僕の願いでもあるなのかもしれません」
氷漬けに一度されたせいか、冷静になって思考は回る。
自分はなんでこんな超力で生まれたのか。
わからない。
ネイティブ世代なのだから、答えなんてないだろう。
その意味を探したいと言う思いはあった。
この超力は、もともと外ではほとんど使ってはいなかった。
からかわれるのが、嫌だったから。
自室とか、極稀には夜とか、外出して自然の中とか人目につかないところで使っていた。
この能力はなんなのだろうか。
雌として生きるためなんだろうか。
殺めてしまった彼があの時、ありのままの自分を完全に受け入れてくれていたら。
それで納得できていたのか。
それなら、なぜこんなに人外として力がある。
戦うための力なのか。
殺すための力なのか。
そうではないと思いたい。
それだけのためではないと思いたい。
答えが欲しい。
それを見つけるのは、自分自身だ。
きっと、自分の自信からだ。
イグナシオは今の彼自身の、半端者の状態を受け入れてるのだろうか。
でもそれはたくさん生きてきて、自信受け入れる成熟した精神もあるからだろう。
僕はまだわからない。
どうせ一日生き延びたとしても、無期懲役で超力も再び制限される身分だけど。
それならこの刑務作業で何かが欲しい。
自分で自分の在り方を決めたい、分かりたい。
覚悟は完全にはできてない。
僕はそんな極まった人間じゃない。
だからこそ、今しかないんじゃないかって予感もある。
自分を捨てて他人を助けることで、自分の心を救うんじゃなくて。
自分の心を自分の力で救うことが。
僕にできるのかはわからない。
イグナシオは聞こうとした。
人を傷つけるのが怖くないのか。
聞くまでもなかった。
そうなったら自分が止めると、この前に言ったのだから。
自分は、見ているだけではない。
水を差す形になるかもしれなくても。
お互いやりきったと思えたところで止める。
それでも。
いつか戦いたいと願っていた相手との決戦。
そして、託された願い。
自分がこの後どうなるのかは、彼の戦いに掛かっている。
「もしや、貴殿は。
イグナシオのことが、好きなのか?」
突如問われる、鋭い問い。
雌の人外になったのだから、わるいはそういう感情があるのではないか。
単純な、大金卸の女の子らしい興味からの発言。
安里は悩み、辿々しく答えを出す。
「――――――――僕は。
誰かが好きとか、そういうことを軽々しく言ってはいけない人間です。
そういう罪を負っています。けれど。
お互いを抑え合って支え合うと約束したから。
その言葉を守りたい心は、大切にしたい」
「そうか――――良い心掛けだ」
答えになっているのかはわからない。
しかし、乙女はそれに納得を示し頷く。
安里も一つ質問を投げかける。
27
:
災害の開闢
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:18:46 ID:mhGsU9Mk0
「一つ聞いていいですか?
僕らの前に、赤髪の小さい少女とは戦いませんでしたか?」
「いや、ないな」
スプリング・ローズと戦闘していたか。
それは知らなければならなかった。
戦いに乗せる思いが、また違ってきてしまう。
しかしその心配は無かったようだ。
「わかりました。
貴方に恨みはありません。
それでも、全力を懸けます!」
氷龍の瞳は、海王星のような青さから木星のような柔らかい褐色へと変化していた。
一粒の涙がしたたり落ち、地面にたたきつけられ広がって小さな氷の花を咲かせる。
説明のつきようのない、何がこもっているのかも透明で何も写さずわからない不思議な一滴。
彼が断片的に想像した。イグナシオの過去に同情した慈しみ。
強大な相手に立ち向かう恐れと怖さ、そして自身の選んだ現実に立ち向かうという運命への感傷。
自分で自分の心の動きも説明できない心を痛めた青年が。
それでも何かを変えたいと、立ち向かおうとする。
【F-1/工業地帯/一日目 黎明】
【大金卸 樹魂】
[状態]:疲労(中)
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.強者との闘いを楽しむ。
0.北鈴安里と戦う。
1.新たなる強者を探しに行く。
2.万全なネイ・ローマンと決着をつける。
3.ネイとの後に、呼延光と決着を付ける。
【北鈴 安里】
[状態]:健康
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.自分の罪滅ぼしになる行動がしたい。
0.大金卸樹魂と戦う。イグナシオを消耗させないために。
1.暫くは、生きてみたい。
2.イグナシオの方針に従う。
3.本当に恩赦が必要な人間がいるなら、最後に殺されてポイントを渡してもいい。けれど、今はもう少し考えたい。
4.スプリング・ローズには死んでほしくない。
※イグナシオの過去、大金卸とのあらましについて断片的に知りました。少なくとも回想で書かれた全てを聞いているわけではありません。
まだ聞いていない部分について、今後間違った妄想や考察をする可能性もあります。
【イグナシオ・"デザーストレ"・フレスノ】
[状態]:腕に軽い傷
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.子供や、冤罪を訴える人々を護る。刑務作業の目的について調査する。
0.樹魂と安里の戦いを見守る。
1.自分の死に場所はこの殺し合いかもしれない。
※ラテン・アメリカの犯罪組織との繋がりで、サリヤ・K・レストマンのことを知っています。
※島内にて“過去に島民などがいた痕跡”を再現できないことに気付きました。
28
:
◆koGa1VV8Rw
:2025/04/03(木) 03:20:36 ID:mhGsU9Mk0
以上です。
29
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:15:25 ID:6HRUWNl60
投下します
30
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:15:35 ID:6HRUWNl60
◆
爆撃にでも遭ったかのような、そんな惨状を晒す一角。
呼延光と、大根卸樹魂が拳を交えた場所を、スプリング・ローズが歩いている。
ローズの目指す先はブラックペンタゴン。いかにも刑務者が集まるだろう、馬鹿でかい建造物へと赴いて、適当な奴を見繕って殺すのだ。
その為にローズは最短距離を選んで進み、Gー1からF-2へと入っていた。
このまま進めば、草原を突っ切る事になるが、ローズにとっては瑣事でしかない。道を行く為に迂回して、時間を空費するよりもマシだった。あと遠回りはダルい。
「……ゴジラでも居たのかよ」
崩壊した工場に、倒れたクレーン。上下逆になって転がっているフォークリフト、中程で砕けて居る電柱に街灯。時々爆ぜる音を立てて燃えている街路樹。
旧時代も人間ならば、市街戦でも起きたのかと思う所だが、今の時代の人間ならば、超力(ネオス)を用いた闘争を疑う。ましてや“ネイティブ世代”なら尚更だ。
「此奴等と闘(や)るのは流石に骨だな」
冷静に戦力を測る。ローズの刑期を考えれば、この破壊を為した奴等の相手をする必要は無く、ローズは実にあっさりと、此処で暴れた連中を相手にしない方針を決定した。
但し、相手が喧嘩を売ってこなければ、という条件が着くが。
売られた喧嘩ならば、買わねばならない。買った上で、手段を選ばずに、ブチのめさねばならない。
それこそが、ローズの生きてきた世界。弱肉強食が唯一無二の法だった世界。
恩赦は欲しいが、未だ相手を選ぶ余裕は有る。少なくとも、残り6時間を切るまでは。
“燃費”のことも考えれば、20時間以上残っているというのに、こんな奴等を相手に消耗するのは愚劣にも程が有る。
それでも、売られた喧嘩は買うし、買った以上は殺す。
それはそれとして、これ以上旧工業地帯に留まる意味は無い。
ここで暴れたフィジカルモンスターズ達とカチ合う可能性が有るのだから。
サッサとここから離れて、ブラックペンタゴン辺りで手頃な獲物を狩る。そう決めたローズは、ふと立ち止まって、周囲の様子を窺った。
奇妙な臭いを、ローズの鼻は捉えていた。
数としては、一つ。
しかして嗅ぎ取れる臭いは、三つ。
人と獣が混じり合った、亜人系超力者の其れに似ているが、あくまでも似ているだけで、明白に異なる。
複数の人間の臭いが混じり合って、一つの臭いを形成している。
その臭いが、近付きつつある。
明らかに、ローズの事を察知していて、ローズの方へと向かってきている。
────ケッ…胸糞悪ぃ……。
ローズには、心当たりが有った。
物心ついた時から一人ぼっちで、他者との繋がりに飢えていたストリート・チルドレンが発現させた超力。
自分自身の存在を“個”から“群”へと変化させ、殺した相手を己が内に取り込み、自己の総量を増やしていく超力(ネオス)。
取り込んだ者達のデスマスクを全身に貼り付け、10以上の死面と会話をしながら徘徊し、取り込んだ者達の数だけ増した身体能力で、更なる死を齎す存在。
ハイヴ(巣)と名乗り、ローズの“飼い主”から、“レギオン”と呼ばれた子供。
手当たり次第に人を襲い、アイアンハート及びイースターズにも甚大な被害を齎し、ローズが血みどろの死闘を演じた末に取り逃がし、ネイ・ローマンに仕留められた少女。
その少女と、近しい臭い。
正確には異なる超力だが、大まかな区分は同じだろうと当たりを着ける。
殺されれば、取り込まれる。
誰とも知れない奴の一部として、生き続ける羽目になる。
────“アレ“と同類なら…殺る気だよなぁ……。
話し合いなど意味を為さないだろう。“レギオン”もまた、殺して群れの一部として取り込む事でしか、他者と関われず、関わろうとしなかったのだから。
こんな所で死ぬ気は無く。ましてや何処の誰とも知らない奴の一部になるのも嫌だった。
だが、”逃げる”という選択は、今は無い。
“牧師”の威光が通じ無い、衝動と欲望と享楽に従って生きる刹那主義者が掃いて捨てるほど居る、ストレート・ギャングの世界では、強さこそが全てだ。
“弱さ”を少しでも示せば、骨も残らず貪り食われる。
そんな世界で生きてきたローズの選択に、どんな相手か全く判らない状態で、逃げるという選択肢は存在し無い。
誘われる様に、ローズは匂いの元へと歩いて行き、一つの人影に邂逅するのだった。
◆
31
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:16:18 ID:6HRUWNl60
◆
「や、やあ、お嬢、さん。僕のファミリーになろう」
娑婆でなら即時に通報されそうな笑顔で、即時に善意の通行人に制圧されそうな事を言う男。本条清彦。
無銘から得た30P全てと引き換えにしたボディ・アーマーで全身の守りを固め、五指を半端に開いた両手を胸元に構て、禁断症状を起こした薬物中毒患者の様に震えながら、ローズへとにじり寄る。
「変なクスリでもやってるのか?」
ラリってんのか此奴。
本条清彦と一言交わして、ローズは心底そう思った。
異様に気配が薄い癖に、胸糞悪い臭いとイカれた言動の所為で、妙に記憶に残る男だ。
別れて一分経たぬうちに、この男の姿形や声を思い出せなくなる自身は有るが、臭いと言動は当分忘れられそうに無い。
殺して取り込む事を“ファミリーになる”というのならば、此奴がやろうとしているのは、そういう事だろう。
ローズの決断は早かった。
鈍く湿った音が聞こえ、本条が白目を剥いて膝をついた。
「きっっしょ!!チビのガキだと思って、ザケた事吐かしてんじゃねぇぞ!?あーーーーーッ!」
元より暴力の切符を握りしめ、屍で出来たハイウェイを後ろを省みるどころか、ロクに前すら見ずに暴走するローズだ。刑務に乗って居るか居ないかなど関係無い。
気に入らないから殺す。気色が悪いから殺す。今までも、これからも、些細な理由で他者を殺傷し続ける。
ローズの取った行動は、単純に先手必勝。素早く距離を詰めると、鋭い蹴りで本条の睾丸を蹴り上げたのだ。
弧を描くように蹴り上げ、爪先ではなく足の甲で、太腿と足の間に睾丸を挟み打つ。年齢に不相応な暴力の蓄積に基づく、殺傷効果を突き詰めた蹴撃。
急所を護るファウルカップの存在と、脚に負った火傷の痛みで、蹴りの勢いが鈍らなければ、本条の睾丸は左右ともに潰れていただろう。
幸にして潰れる事は無かったが、激痛により本条は尻を上げる格好で地面に倒れ込んだ。
「わざわざケツ上げてよぉ!掘ってくださいってかーーーーッッ!!!」
加減など微塵も感じさせ無い、渾身の爪先蹴りが、本条の肛門へと突き刺さる。
プロテクターがあるとは言え、金的と並ぶ急所に追撃を受け、獣じみた叫びを上げてのたうち回る本条へと、ローズは更なる追撃を敢行。
激しく動き回る本条のコメカミに、再度の爪先蹴り。頭部が派手に揺れて、完全に気絶した本条の動きが止まった。
「ケッ…こんなカスが無期懲役かよ。得したが、腑に落ちねぇなぁ……。取り込んだ奴等はどうした?」
“アビス”に送られる犯罪者は、程度の差は有るが、全員が只者では無い。
先刻出逢ったアンリの様に、他者に危害を加えられない様な気質の者であっても、そこいらの警官程度なら蹴散らせる奴だって居る。
ましてや下されし沙汰が“無期懲役”の重犯罪者。それがこんなにも脆い訳が無い。
第一殺した奴を取り込んでいるのに、こうまで脆い訳が無い。
“レギオン”との死闘を思い出し、ローズは気を引き締めると、油断無く本条の息の根を止めに掛かる。
足を上げて、本条の頭へと思い切り踏み下す。
再生能力持ちでも、頭部を潰せばほぼ全てが絶命する。
一方的に殴り倒した相手に対して、一切の油断無く殺しに行ったのは、苛烈にして欺き欺かれが常のストリート・ギャングの抗争の体験が為せる業だった。
32
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:16:40 ID:6HRUWNl60
「あ……?」
気がついた時には、地面に転がってお空を眺めていた。
踏み下ろした足を払われ、軸足を掬われたのだと瞬時に悟り、全身の発条を駆使して跳ね飛ぶ事で、倒れていた場所から離れる。
立ち上がると同時に、人体に穴を穿てそうな程に鋭い視線を、本条が倒れていた場所へと向ける。
視界を覆ったのは、黒い影。
靴の底だと認識するより速く、ローズの鼻っ柱に蹴りが直撃。ローズの矮躯がゴム毬のように路面を跳ねながら転がっていく。
────さっきまでの…奴じゃ無ぇ!
取り込んだ奴等の身体能力を使うだけでは説明がつか無い。
動きの質そのものが、劇的に向上────どころか別人のそれと化している。
取り込んだ人間に姿を変え、技能までをも再現する超力(ネオス)。おそらくは取り込まれた者の超力(ネオス)さえも。
ならば此方も、超力(ネオス)を用いて、変身────しようとした矢先、胃の部分に蹴りが突き刺さり、血の混じった胃液を吐き散らしながら、ローズの身体は再度地を転がる。
立て直そうにも、立て直す暇を得られ無い。
変身も、出来そうに無い。
否。この窮地を凌ぐには、何も全身が変わる必要は無い。
敵の攻勢を中断させられれば、それで良い。
右腕に意識を集中。渾身の力を込めて、振るい抜く。
赤い体毛に覆われた巨腕が空を裂き、ローズへの更なる追撃を停止させた。
「やってくれたじゃねぇか……」
鼻から口へと流れ込んできた血と、口内に残る胃液の為に、舌が粘ついて上手く呂律が回らないが、戦意を表明する言葉は滞り無く紡げた。
怒りと屈辱に血走ったローズの眼は、鋭い目付きと長い黒髪の精悍な男を捉えていた。
「バラバラにしてやるよ」
全身が膨張する、
筋肉が膨れ上がる。
骨格が獣へと変わる。
鋭い爪牙が生え伸びる。
赤い獣毛が身体中を覆う。
矮躯の少女の姿は消え失せ、今此処に在りしは、人狼(ヒトオオカミ)。
「狩の…時間だ」
ローズが地を蹴って、男────無銘へと飛び掛かった。
◆
33
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:17:41 ID:6HRUWNl60
◆
狼の腕から繰り出される突きの連打。
踏み込みも回転も伴わぬ手打ちの連続。
それだけに回転数は多く、手打ちが故の打撃の軽さは、鋭利な爪がカバーする。
防具越しであっても、身体の何処に当たれば、皮膚が裂け肉を抉り、鮮血が噴き出す。打撃では無く刺突のラッシュ。
一撃でも被弾が許されぬ爪の連撃を、無銘は悉く躱し、捌く。
手打ちであるが故に、繰り出される爪は引きが早く、そして再度襲来するまでの間が極小しか存在し無い。
掴みに行く事は困難で、踏み込む事は許され無い。
組みに行けば、爪と牙が身体に食い込む。
無銘ほどの達者が、防戦一方に徹しているのは、鋭く速い爪も有るが、ローズが未だ右腕しか使っていない所にある。
迂闊に踏み込む、杜撰な攻撃を行う、そんな真似をするならば、左の凶爪が無銘の身体を裂き抉る。
攻めるに際しては、ローズの攻め手を挫く一工夫を凝らした上でなければならなかった。
無銘には、勝算が有る。
ローズの攻撃的な性状は、一方的な攻撃を行いながらも、その実全く攻勢が成果に繋がっていないと言う事に耐えられまい。
対して無銘は、如何なる状況下でも、精神の安定と平静を保てる超力(ネオス)が有る。
このまま攻勢を凌ぎ続ければ、ローズは焦れて無理な攻撃を行う。
その時こそが、勝機だった。
眼球。眉間。人中。鼻孔。喉笛。鳩尾。心臓。胃。臍。肝臓。
人体の急所を狙って放たれる爪撃の数々が、ローズの踏んできた場数の数を雄弁に物語る。
成る程確かに、齢十三で“アビス”に落とされ、刑務者に選ばれるだけの事があった。
苛烈な精神と、それに相応しい凶猛な超力(ネオス)。その二つがローズに齎した無数の闘争。それにより蓄積された経験値。
戦闘の技能について学んだ事こそ無いが、超力(ネオス)による超強化と膨大な経験が併さって、ローズは確かに強者と呼ばれるに相応しく。
強者たるローズの攻勢を凌ぎ続ける無銘もまた、強者と呼ばれるに相応しかった。
爪が当たれば、それだけで決着となる連打を、無銘は悉く躱し捌く。
先刻の、死に際して至った“境地”。
あの経験が、無銘を更なる高みへと導き、ローズの攻撃を全て無為に終わらせる。
攻めに攻め続けるローズの顔が、怒りに歪む。
咆哮。飢えた虎ですらが、恐慌して逃げ出すだろう怒声と共に、大振りの右の爪撃。
振われた爪は、無銘の左肩から右脇腹にかけて、凄惨な切り傷を作るものだったが、雑極まりない大振りが、今更無銘に当たる筈も無く。
半歩退がってローズの攻撃を空振らせた無銘は、渾身の前蹴りをローズの臍を狙って放つ。
確かに命中した蹴りは、異様な手応えを伝えて来た。
明らかに、ローズの身体へと、ダメージが通っていない。
身体の表面────体毛の部分で、威力が吸収されてしまっていた。
狼のそれとなったローズの口元が歪む。
人の姿であったなたば、嘲笑を浮かべている事が分かっただろう。
無理攻めは、無銘の狙いを精確に読んだ上での行為。
無銘の思惑通りに動いて、攻撃を誘い、並の超力(ネオス)ならば弾く強靭な体毛と、頑強な筋肉で攻撃を受け止め、無銘の晒した隙を突く。
初めて振われた左爪が、無銘の胸を切り裂いた。
ローズの舌打ちが響く。
無銘はローズの身体を足場に用いて、大きく後方に跳躍。
迫る凶爪による損傷を、最小限に留めていた。
確かに爪をくれてやったが、アレではプロテクターを裂いただけだ。
瞬時に無銘の傷を測り、ローズは猛然と地を蹴って攻め掛かった。
仕切り直すなど許さ無い。攻めて攻めて攻め殺す。
脳の自認が肉体に作用して、身体機能をも変質させる。“ネイティブ”世代に顕著な特性。
肉体そのものを変異させるローズが、この特性を発現してい無い訳が無く。
昂る精神が、身体能力を更に更に引き上げる。
ローズは血に狂った餓狼そのままに、無銘目掛けて疾駆する。
繰り出す左右の凶爪。上下左右から無銘の肉体を切り裂くべく振るい続ける。
亜人系超力者は、それだけで人の域を超えた身体能力を発揮する。
ましてや、並の亜人系を超える強化率を持つローズの人狼形態は、大振りの攻撃ですらが、常人には被弾してから漸く気付く程の速度に達している。
それ程の速度で振われる凶爪は、人体など骨すら容易に断ち切るだろう。
受ければ致命の、認識困難な攻撃の嵐。
34
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:18:13 ID:6HRUWNl60
だが、それすらも、無銘の“達した”境地の前には何ら結果を齎すことが出来無い。
傍目から見れば、ローズの攻撃が無銘の身体を透過しているようにも見えるだろう。
実際には透過しているのでは無く、無銘の体表ギリギリを、爪が過ぎ去っているだけだ。
無銘の動きが極小で、爪と無銘の間の距離が、ゼロに等しい為に、傍目には爪が無銘の身体を透過しているように見えるのだ。
だが、無銘もまた、踏み込めない。
踏み込む動きをすれば、爪で切り裂かれて絶命する。
それが分かっているからこそ、無銘は前に出ずに、再度ローズの忍耐が限界を迎えるのを待つ事にする。
無銘のこの戦い方は、偏にローズの変身が、人と獣の双方の中間形態である事により成立している。
北鈴安理の様に、幻想の生物に変身する能力であれば、幻想生物特有の異能を以って、無銘が未知の攻撃を行えただろう。
家族だった王星宇の様に、完全な獣に変異する能力ならば、無銘は人とは勝手の異なる相手に、苦戦を強いられただろう。
だが、ローズの変身する姿は人狼(ヒトオオカミ)。人に似た狼であり、狼に似たヒトである。
狼の身体能力に、人の技巧を併せ持つ────と言えば聞こえは良いが。
それは単純に中途半端でもあるということ。
なまじ人の動きをする為に。無銘の様な達者ならば“読む”事を可能とする。
なまじ人に似た身体構造の為に、狼の身体能力を活かしきれない。
だからこそ、無銘はローズの猛攻を、無傷でやり過ごせている。
ローズが焦れて無理押しをする時を、じっと待っていられる。
嵐の海の様な激情を持つローズと異なり、無銘の制振は凪いだ冬の海の様に、熱も揺らぎも存在し無い。
ローズが隙を晒すのを待つも良し、燃費の悪い“ネイティブ”が疲労するのを待つも良し。
35
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:19:00 ID:6HRUWNl60
無銘の狙いは、ローズも読めている。
再度隙を晒しても、この男が乗ってくるとは思え無い。
そこで、今度は別の手を用いる。
深く踏み込む。両腕を大きく広げて、無銘を抱きしめに行くかの様に前に出る。
爪を振るうだけでは当たらない。ならば密着して捕らえる。
捕らえて、膂力で潰す。
無銘が攻撃してきても、人狼(ヒトオオカミ)の耐久力で耐える。
その意図のもと、広げたローズの両腕が閉じる────事は無く。
ローズの視界が回転する。
踏み込んだ脚を刈られて、転倒させられたのだ。
咄嗟に地面に手を突いて、身体を支えようとした矢先。
ローズの鳩尾に、無銘の爪先が突き刺さる。体毛と筋肉に阻まれ、ダメージこそ無かったものの。ローズの身体は地面へと倒れ込んだ。
間髪入れずに上体を起こし────無銘の蹴りが鼻面へと直撃する。
顔が上を向き、晒された喉へと突き刺さる爪先蹴り。
ローズの口から、短い息と、苦鳴が漏れる。
このままでは嵌め殺される
身体を起こしたところへ、顔を蹴られる。
蹴られて倒れ、起きあがろうとすれば、また蹴られる。
かといって転がったままでは踏みつけられるだろう、
嫌になる程に、巧い相手だった。
ローズと複数回殺し合って、未だに決着を見ていない、“アイアンハート”のネイ・ローマンですら、超力抜きではこの男の比較対象となりはし無い。
獣そのものの唸り声を上げて、ローズは身体を起こす。再度飛来する蹴り脚へと、大きく開けた口で喰らい付く。
確かに噛み付き、骨まで一気に噛み砕いた筈が───虚しく牙が噛み合った事に、ローズの脳裏に疑問が浮かぶよりも早く。
鼻面を左から右へと薙がれて、必然的にローズの顔が横を向く。
ローズの意図するところを読まれて、無銘が蹴りの軌道を変えたのだと、ローズは気づけぬままに、首へlと踵を叩き込まれて、再度地面を転がった。
このまま馬鹿正直に起きあがろうとすれば、延々蹴られ続ける羽目に陥る。
読み合いでもローズの上を行かれている以上、この状態から抜け出す為には、無銘を確実に上回っている身体能力を使うより他になく。
ローズははうつ伏せになると、四肢の全力を駆使して跳ね飛び、跳躍先で奇跡的に残っていた街灯を、折れる程の勢いで蹴って、無銘へと飛び掛かった。
今までの様な回避では、ローズとの激突は避けられ無い。
必然的に、無銘の取る行動は回避しか無く。
ローズの追撃を避ける為に、ギリギリまで引き付けてから横っ飛びに飛んで回避する。
「殺った!」
狼の眼は、無銘の動きを完全に捉えていた。
ローズの身体が空中で向きを変え、四肢を突いて四足獣の様に着地。同時に未だに宙に在る無銘へと跳躍する。
距離が近く、四肢を調薬に用いた為に爪は振るえず。勢いに任せて自重を用いた体当たりを無銘へと見舞う。
宙に在る無銘の両手が、迫るローズへと突き出される。
両腕でを以って押し留める?そんな事は不可能だ。彼我の勢いと体重さを考えれば、無銘の腕が折れるだけだ。
そんな事を、歴戦の武人である無銘が理解していない訳が無く。
ローズの身体に無銘の両手が触れた、その瞬間。
無銘は全力で、ローズの身体を支えとし、跳び箱の要領で己の身体を上方へと打ち上げていた。
ローズが蹴り折った街灯が、地面に落ちて硬い音を立てた。
36
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:19:41 ID:6HRUWNl60
「F×ck!!」
必殺を期した攻撃を、曲芸じみた方法で回避され、ローズが罵声を放つ。
双方共に同時に着地し、攻勢に出たのは、今までと同じく、スプリング・ローズ。
狼そのものの低い姿勢で、猛速の超低空タックル。
姿勢が低すぎる為に迎撃する事は出来はしない。本来此処まで低いタックルなど、人類には行えないが、人狼(ヒトオオカミ)の身体ならば話は異なる。
人と狼の身体を併せ持つ強みを活かし、狼そのものの低空タックルから、両腕を用いたクラッチ。
捕まえて仕舞えば、身体の現状さと腕力を活かして絞め殺す。
対する無銘は、タイミングを精確に見極めて、低い位置に在るローズの背中へ覆い被さりにいく。
背中に被さった後、ローズが抵抗する間も無く寝技へ持ち込み、足首なり膝なりを破壊する。
その為の詰み筋を瞬時に脳裏に描き、実行しようとした無銘の身体は、強い衝撃を感じた直後。空中へと飛ばされていた。
「今まで私が殺し合った相手はなぁ、喧嘩殺法使う奴ばっかだと思ったかぁ!?格闘技使う奴だって居たんだぜ!!」
無銘が瞬時に詰み筋を脳裏に描いたように、ローズもまた、無銘を詰ませる為の筋道を思い描いていたのだ。
左右に逃げれば、方向転換して追撃。被さって来れば、四肢を使って全速で跳ね起きる事で、無銘を宙へと飛ばす。
目論見通りに無銘を飛ばし、引導を渡すべく、ローズは五指の先から爪を生え揃わせた両手を翳し、駆け出した直後に、視界の右側が不意に暗くなった。
「あ……?」
最初に覚えたのは困惑。次いで、激痛。
右眼を潰された事に気付いたローズが、怒りの咆哮を上げる。
今までの戦闘で、過剰なまでに分泌されていたアドレナリンが、憤怒により更に分泌されて、痛みを瞬時に抑え込む。
血走った眼で敵を睨みつけたローズの視界には、五点接地を完璧に決めて立ち上がる無銘の姿。
────ヤロウ…コレが切り札って訳だ。
右眼を潰されたものの、無銘の超力(ネオス)が、何かしらの飛び道具を使うものだと知れたのは、大きな収穫だ。
不意を突かれて目をやられたが、二度目は無い。
飛び道具が切り札なら、接近する事で、用いさせなければ良い。
ローズのスタイルは近接戦闘特化だ。何も問題にはなりはし無い。
突撃、右目が潰れている為に、今までよりも深く踏み込み、打撃というよりも投げの間合いで爪を振るう。
狙いが狂って爪が当たらずとも、この距離ならば腕が当たる。人狼(ヒトオオカミ)の膂力ならば、無銘を薙ぎ倒すには余り有る。
勢い込んで振るった爪の描く軌跡から、無銘の姿が消失した。
愕然とするより早く、ローズの視界が縦に回転する。
何が起きたのか理解する事すらできず、ローズの延髄に硬さと重さを伴ったものが叩き付けられた。
37
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:20:04 ID:6HRUWNl60
迫る真紅の人狼(ヒトオオカミ)。
人の狡知と闘志を有し、獣の力と速度とタフネスを有する難敵。
一撃一撃が、ボディアーマー越しに無銘を戦闘不能にする強打。
ローズの攻撃を全てを躱してはいるものの、余裕など一切無い。
一撃でも当たれば終わる。対して何撃入れればローズは倒れる?
ローズの攻撃を全て躱し、ローズが斃れるまで攻撃を繰り返す。
考えただけで、気が遠のくが、無銘は無心に淡々と行い続ける。
ローズの爪が迫る。
真紅の死が、無銘を逃さぬと、必ず殺すと、迫り来る。
無銘は身を沈め、ローズの右腕の下を潜り抜けた。
右眼は潰れ、更に右腕で行った大振りの攻撃が、無銘が後背に回り込むだけの死角を生んだ。
ローズの背後に回り込んだ無銘は、ローズの右膝裏を蹴り抜いて片膝を突かせると、腰を落とし中段正拳突きの構えを取る。
踏み込みにより生じた推進力と、身体運用の妙により突き出した右拳に乗せた己が全自重。
この二つを併せた、無銘の繰り出せる最大最強の一打が、ローズの延髄を直撃した。
致命の急所へと撃ち込まれた、文字通りの全身全霊。
時速百キロを遥かに超える速度で、無銘の全体重を乗せた拳が、延髄を撃つ。
頑強な体毛と、屈強の身体を持つ亜人系超力者であっても、耐える事はでき無い一撃。
しかし、無銘の顔には疑念が浮かんでいた。
生命を“断ち切った”手応えが存在しないのだ。
無銘の疑問は、即座に晴れた。
過去に無銘が対峙した、変身した亜人系超力者の悉くを切って落とした断頭の一拳。
無銘の全霊で放たれた鉄槌を延髄に受けて、それでもなお耐え切るローズの耐久力は、秀でているなどという言葉では表せない。
獣のタフネスと、燃え盛る戦意とで、落頭する筈の一撃を耐え切ったのだ。
「こんな…所で…くたばって…られるか!」
ローズの脳裏に浮かぶのは、イースターズの面々。共に生き、共に死ぬと決めた家族。
ローズの力が無ければ、“牧師”の庇護が有っても“喰われる側”に回る弱き者たち。
帰らねば、ならなかった。イースターズこそが、ローズの戻る場所だった。
こんな警務で死んで、死体袋に収まる訳には行かなかった。
38
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:20:30 ID:6HRUWNl60
凄まじい勢いで隆起したローズの筋肉が、無銘の拳を押し戻す。
赤い竜巻と見紛う勢いで、ローズの身体が旋回し、無銘へと右の裏拳が飛ぶ。
無銘は身を沈めて回避。回避した先へ掴みにきたローズの左手を避ける為に前転し、再度ローズの後ろに回る。
旋回の勢いのままに、無銘の方へと向き直ったローズの顎へ、全身のバネを使ったカンガルーキック。
並の身体強化系の超力者の脛骨ならば、確実に顎が砕け、脛骨が折れる程の痛烈な蹴撃が、ローズの顔を上向かせ、数歩後ずらさせる。
低い動きで、無銘はローズへと迫る。その動きを例えるならば、蛇。
獲物に這い寄り、毒牙を突き立てる毒蛇の様に、ローズの隙に乗じて攻め掛かる。
ローズへ正面からの攻勢など出来はしない。攻撃したタイミングに合わせてカウンターを放たれれば、無銘はそれだけで死にかねない。
だからこそ、後ろへと回る。死角へと、潜り込む。
そして一点に集中して攻撃を加え、ダメージを蓄積させて、斃す。
無銘から見ても、ローズは怪物だ。タフネスも身体能力も、それらを支える戦意も、全てが世の獣人達に冠絶している。
その怪物を斃すには、これしか無かった。
立て直したローズの視界に無銘の姿は無く。また後ろへと回られたと誤認したローズの身体が回転する。
無銘は素早く立ち上がると、後ろを向いて隙を晒したローズの延髄に、体重の乗った渾身の肘打ちを直撃させた。
ローズの膝から力が抜け、全身が崩れ落ちる。
油断無く、無銘はローズの息の根を止めるべく、右足を上げて、俯せに倒れたローズの首へと踏み落とす。
鈍い手応え。
骨を踏み砕いた感触は無く。
踏み下ろした足は、いつの間にか仰向いたローズの手に掴まれていた。
信じ難いタフネスだった。強靭だとか頑丈という言葉で表せる域を超えている。
無銘の戦歴に於いても、此処までのタフネスを誇る相手は存在しなかった。
無銘の足首に凄まじい負荷がかかる。
ローズが無銘の足首を捻じ折ろうとしているのだ。
対する無銘は、ローズの加える捻りと同じ方向に身体を回転させ、足首が捻じ折られる事を阻止。
左足をローズの口へと突き込み、思い切り身体を回転させて、ローズの口腔から喉奥を蹂躙する。
凄惨な攻撃に、ローズの手が緩んだ隙に、無銘は跳躍。ローズの手から逃れると、コメカミへと爪先蹴り。
凄まじい勢いでローズの身体が跳ね飛び、5mの距離を飛んで、路面に両手足を突いて着地する。
「やって…くれ、たじゃねえ、か……。アタ…シに、此、処まで、やった…奴は……何、年、ぶりだ?」
ローズの四肢が膨張する。筋肉に凄まじい力を込めて、ローズは“奥の手“の開陳を決めた。
「ローマ…ンの、野、郎を…殺す…為…に考えた、ん、だが、なぁ……テ、メェで…試し、てやるよ……」
無銘が行った執拗な首攻めで、発声機関が傷ついたのか、声が途切れ途切れで、発音もおかしいが、それでもローズの殺意を窺い知るには充分だ。
39
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:21:03 ID:6HRUWNl60
野獣そのものの咆哮を轟かせ、アスファルトの路面が砕ける音を残し、ローズの姿が描き消えた。
無銘の前後左右でアスファルトが砕ける音が連続し、あらゆる方向から殺意が押し寄せる。
無銘の眼にも、真紅の影としか映らぬローズの速度。
超絶の速度で跳ね回り、前後左右はおろか上下からも猛攻を仕掛けて来る。
壮絶な破壊を齎すネイ・ローマンの超力(ネオス)を回避して、致命の一撃を叩き込む為に、考案した戦闘法。
乱れ飛ぶ言葉で狙いと予測を困難とし、高速で死角へと回り込んで痛打を見舞う。
相手は想定していたローマンに非ず。しかして基礎戦闘力ではローマンを遥かに超越する無銘なれば、試しとするには充分に過ぎた。
振われる凶爪禍爪凶爪狂爪。躱したと思えば二の爪が既に身体に触れ、更に三の爪が襲い来ている。
僅か数秒で、ボディアーマーは既に意味を為さぬ程に切り裂かれ、全身が赤い霞に覆われて、それでもなお深傷を負わぬ無銘の回避能力は、新人類を基準としても、人間の域を超えている。
それ程の無銘の能力を以ってしても、ローズの優位を揺るがす事は叶わない。
跳ね回るローズの速度と、間断無く振われる爪は、反撃を行う事を不可能とし、回避すらも赦さない。
無銘に出来る事は、振われる爪から受ける傷を、最小に抑えることくらいだった。
だが、ローズの様子を具に見れば、明確に焦っている事が見て取れただろう。
最初からこの嵐の様な攻撃を用いなかったのは、身体への負荷を無視できないからだ。
アスファルトが砕ける程の勢いで跳び続ければ、四肢へ掛かる負担が時間と共に乗算的に増して行く。
更にローズの変身は任意発動型。意図的に“力んで”いる状態である為に、必然的に負荷は大きい。燃費の悪い“ネイティブ”ならば尚更だ。
しかも、今のローズは無銘の攻撃で首を痛めている。飛ぶ際の振動と衝撃が、首の負傷を悪化させ続ける。
首の痛みに、四肢の負荷、これまでの戦いの疲労。無銘が全身から鮮血を噴いているとはいえ、ローズが先に力尽きてもおかしくは無かった。
ローズの猛攻が始まって83秒が経過した時。遂にローズは“決めに”行った。
獲物に襲い掛かる四肢を突き、低い姿勢で構える。
その姿は、人狼(ヒトオオカミ)では無く、完全な狼のそれ。
脳の自認が肉体に作用して、身体機能をも変質させるネイティブの特性が、ローズの身体を完全な狼のものへと変貌させた。
周囲に転がるアスファルトの破片が、宙に舞う程の咆哮。
咆哮と共に、真紅の狼が奔る。
狙うは、体当たり。
完全に狼と化した事で獲得した速度と、重量を以って無銘の身体を砕いて潰す。
突っ込んでくるローズに対し、無銘は微笑を以って迎えた。
絶命の窮地。困難を絵に描いた様な強敵。
死して後に、これ程の敵に巡り合う────その幸運感謝し、巡り合わせの皮肉を思う、
再度死しても良しと思う程の敵ではあったが、無銘には、護らねばならぬ“家族”が居る。
心静かに、無銘はローズと距離を測る。
ローズの行った猛攻を凌ぐ間に、ローズの動きには大分目が慣れてきた。
だからこそ、細かい動きは追えないが、迫るローズとの距離を測る事は出来た。
ローズの突撃を、精確に見極めて跳躍。空中で百八十度回転して、ローズの背中に飛び乗ると、両手をローズの頭に置き、全力で頭を押さえつけた。
40
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:21:41 ID:6HRUWNl60
「ゴガっ!」
猛速で奔る勢いそのままに、アスファルトに顔面を叩き付けられ、ローズの動きが止まる。
アスファルトが砕ける勢いで顔を打ちつけ、ローズの牙が数本折れ砕けて口内の傷を抉り出す、強い痛みを与えて来る。
無銘は素早くローズの胴に脚を回すと、両腕を喉に絡み付けて裸締めを掛けた。
無銘を振り解くべく暴れ回るローズだが、両手足でガッチリとホールドされては、狼の姿では振り解けない。
人狼であったならば、無銘の腕を切り裂いて脱出出来たろうが、狼の身体では不可能だ。
ましてやこれ迄に受けたダメージが大き過ぎる。
それでも尚、ローズは数分に渡って暴れ回り、意識が断絶する寸前。無銘の腕の力が脱けた。
◆
◆
「はあーっ…はぁー」
人狼の姿を維持する余力も無くなって、人の姿で俯せに倒れて、ローズは荒い息を吐いていた。
アスファルトの冷たさが、火照った身体に心地良い。
体の熱が、アスファルトに吸われていく感覚と、痛みと疲労が、全身に広がっていく感覚。
勝敗を分けたのは、結局は人と獣のタフネスの差。
一撃貰えば死ぬ闘いを長時間続け、多量に出血し、死力を振り絞って裸締めを掛けて、激烈な集中と死闘を行った無銘の体力が、ローズの意志より先に尽きたのだ。
恐ろしい、敵だった。
最初に沈めたカスが、この強敵を殺して取り込んだとは到底思えない。
きっと此奴が本人格。それが倒れたのだから、もうこの敵は無力。
そう思ったローズは、無銘に止めを刺すべく身体を起こそうとして…動けなかった。
苦笑する。これ程までに疲労したのは“レギオン”以来か?いや、奴以上か。
取り敢えず、自分と同じく伸びているであろう強敵の姿を眺めて、勝利の余韻に浸るべく身体の向きを変えて────見知らぬ女が立っていた。
41
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:24:22 ID:6HRUWNl60
「無銘さんが負けるなんてねぇ…んん、これは相討ちかな」
呑気な言葉とは裏腹に、ローズが感じたのは濃厚な死の気配。
「無銘さんが勝てば良し、勝てなくても弱らせて、私が仕留める。完璧な役割分担だね」
空気が震え、ローズの眉間に穴が開いた。
────アタシ、右眼、此奴が。
隠され続けていた、“家族”の切り札に、ローズが気づいた時には既に手遅れで。
「ようこそ、今日から貴女も私達(ファミリー)よ」
ローズの意識が、巨大な力に飲み込まれ、魂が加工され、狭苦しい弾倉へと押し込められる。
今までに体験したドラッグセックスも、遠く及ばぬ至高の悦楽。
自我が溶け、再構築されて、新たな“家族”の一員として造り替えられる。
「君には、生きてほしいと思う」
加工されるローズの意識に浮かぶ、アンリの声。
────私は死んでいないぜ、此奴らの家族(ファミリー)になっただけさ。
リフレインするアンリの声に応えて、スプリング・ローズは、弾丸と為った。
【スプリング・ローズ 死亡】
◆
42
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:24:43 ID:6HRUWNl60
◆
「無銘さんは暫く戦えそうに無し…スプリングちゃんに頼るしかないね」
凄惨な暴力を受けて、絶賛気絶中の本条を無視して、サリヤは今後について考える。
「ああ、任せとけよ」
「じゃあ、戦闘は任せたよ。仕留めきれなかったら、私がやるから」
立ち尽くす女の口から、女と少女の声が聞こえる。
「後二人、見つけないと」
「残り二つ、埋めないと」
女と少女。二つの声が唱和する。
「ブラックペンタゴンへ、いこうと思うんだ」
「あそこなら、狩る獲物には事欠かないしな」
サリヤの意志に、ローズも否を唱え無い。
後二人家族にしなければならず、その為には、刑務者が多く集まるだろう、ブラックペンタゴンは最適の場所だ。
「家族に加えたい奴が居てねぇ、多分向かってるだろうし、ブラックペンタゴン」
「誰だよ。其奴は?」
「メリリン・"メカーニカ"・ミリアン 。私の親友でね。寂しがってると思うんだ」
「だったら、“家族”にむかえてやらないと」
復活した死者は、先ず家族や親しかった者の元へ向かうとされる。
メリリンを求めて、ブラックペンタゴンを目指すサリヤの姿は、正しく蘇った死者そのものだった。
【F-3/旧工業地帯・廃工場近く/1日目・黎明】
【本条 清彦】
[状態]:
喉にダメージ(大)、全身にダメージ(小) 肛門と睾丸に大ダメージ 気絶中(現在はサリヤの姿)
[道具]:なし
[恩赦P]:18pt(スプリング・ローズの首輪から取得)
[方針]
基本.群生として生きる。弾が減ったら装填する。
1.殺人によって足りない3発の人格を補充する。
2.それぞれの人格が抱える望みは可能な限り全員で協力して叶えたい。
※現在のシリンダー状況
Chamber1:本条清彦(男性、挙動不審な根暗、超力は影が薄く人の記憶に残りにくい程度 睾丸と肛門に大ダメージ 気絶中
Chamber2:欠番(前2番の山中杏は無銘との戦闘により死亡、超力は口づけで魅了する程度だった)
Chamber3:無銘(前3番の剛田宗十郎は弾丸として撃ち出され消滅、超力は掌に引力を生み出す程度だった 全身に切り傷。気絶中)
Chamber4:欠番
Chamber5:サリヤ・K・レストマン(女性、詳細不明、超力は指先から空気銃を撃ち出す程度)
Chamber6:スプリング・ローズ(前6番の王星宇は呼延光との戦闘により死亡、超力は獣化する程度だった)
※30pでボディアーマーを取得。スプリング・ローズとの戦闘で全損しました。
43
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:24:56 ID:6HRUWNl60
投下を終了します
44
:
復活
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/03(木) 19:28:13 ID:6HRUWNl60
状態表に誤りが有りました。
正しくは此方です
【F-2/旧工業地帯・廃工場近く/1日目・黎明】
【本条 清彦】
[状態]:
喉にダメージ(大)、全身にダメージ(小) 肛門と睾丸に大ダメージ 気絶中(現在はサリヤの姿)
[道具]:なし
[恩赦P]:18pt(スプリング・ローズの首輪から取得)
[方針]
基本.群生として生きる。弾が減ったら装填する。
1.殺人によって足りない3発の人格を補充する。
2.それぞれの人格が抱える望みは可能な限り全員で協力して叶えたい。
3.ブラックペンタゴンへ行って“家族”を探す
※現在のシリンダー状況
Chamber1:本条清彦(男性、挙動不審な根暗、超力は影が薄く人の記憶に残りにくい程度 睾丸と肛門に大ダメージ 気絶中
Chamber2:欠番(前2番の山中杏は無銘との戦闘により死亡、超力は口づけで魅了する程度だった)
Chamber3:無銘(前3番の剛田宗十郎は弾丸として撃ち出され消滅、超力は掌に引力を生み出す程度だった 全身に切り傷。気絶中)
Chamber4:欠番
Chamber5:サリヤ・K・レストマン(女性、詳細不明、超力は指先から空気銃を撃ち出す程度)
Chamber6:スプリング・ローズ(前6番の王星宇は呼延光との戦闘により死亡、超力は獣化する程度だった)
※30pでボディアーマーを取得。スプリング・ローズとの戦闘で全損しました。
45
:
◆H3bky6/SCY
:2025/04/03(木) 22:13:14 ID:8mTtMhxA0
みなさま投下乙です
>災害の開闢
壮絶なイグナシオの過去、刑務所の崩壊によって北斗の世界並みの無法地帯と化した中米、
力がなければ食い物にされ、力を得てもいいように使われる地獄、延々と描写される地獄によってイグナシオの今がいかにして生まれたかが伝わってくる
戦闘のスリルに依存しながら、自分と同じように傷つく子どもを救いたいという意志もわかる
大金卸さん顔が広い上に、色んな所に影響を与えている、こんなのもう戦闘狂の母じゃん
武力だけではなく全てを飲み込む包容力がある、まあ正義感で動いている訳ではないので根本解決に至らない、まさに気まぐれに全てを破壊する自然災害
そしてその自然災害の前に、立ちふさがる安里くん、戦力的には厳しいのは目に見えているが精神的な成長は感じられる、葛藤を抱えながら前に進むこいつも主人公属性がある
>復活
本条さんだけ怖さの質が犯罪者じゃなくてホラーだよ
スプリング・ローズは喧嘩慣れしてるだけあって戦法がえげつない、防具がなければ初手で潰れちゃってたよ、本条さんは速攻ボコられる自分の役割をよくわかってる
技術を凌駕する獣人系の凄まじいフィジカルとタフネス、あの無名さんと引き分けるのは相当すごい凄いよ、今後はこれが本所さんの他の人格と組み合わさるとなると恐ろしい
本条さんはキャラの因縁ごと取り込んでいくのでフラグの玉手箱状態、誰が回収するのかも気になってきたよ
46
:
◆A3H952TnBk
:2025/04/05(土) 17:30:57 ID:/N3eAxJ20
投下します。
47
:
サニーサイド・アップ
◆A3H952TnBk
:2025/04/05(土) 17:31:36 ID:/N3eAxJ20
◆
舞台の外。世界の裏側。
充満するタバコの匂い。
噎せ返るよう欲望の臭い。
ぐちゃぐちゃに乱れたシーツ。
すっかり草臥れたベッド。
撒き散らされた避妊具。
だらしなく弛んだ男の背中。
互いに一糸を纏うこともなく。
微睡むような時間に取り残される。
互いに退廃と堕落を纏いながら。
緩やかな時間に身を任せている。
幼い頃から、ずっと慣れ切っているもの。
幼い頃から、ずっと慣れ親しんでいるもの。
全てを見下して、悪意を手玉に取って。
男達を悦ばせては、女王を気取っている。
暴力団の幹部。
大企業の重役。
テレビに出てくる政治家。
著名なプロデューサー。
成功した資産家。
成金じみたタレント。
どこかの教授、どこかの実業家、どこかのアーティスト。
その他エトセトラ。
どれだけの男達と関係を持ったのか、もう数えられない。
稀代の悪女。傾国の少女。誰かが私をそう蔑んだ。
抑えきれない野心に飲まれて、延々と突き動かされてきた。
平穏を蔑んで、鼻で笑った末の有り様。
誰に望まれた訳でもなく、自分で堕落の道へと進んだ。
何もかもを愚物と断じて、私は悪女に成り果てた。
自業自得。全ては自分のせい。
だというのに、酷く遣る瀬無い気持ちになる。
時折、虚しさが押し寄せてくる。
ラブホテルのテレビが、呆然と付きっぱなしになっている。
映像が流れている。ゴールデンタイムを外れる時間帯の、音楽番組。
――私の姿が、そこに映し出されている。
期待の超新星。流星のような大スター。完全無比の可憐なアイドル。
番組の司会が、私をそんなふうに讃えている。
皆が私を可愛い、綺麗、大好きと褒めそやしている。
画面に映る私の姿は、ばっちりと決まっている。
笑顔がきらめき。メイクもしっかり。歌もダンスも完璧。
だというのに、そんな自分を死んだような目で見つめている。
私は、何をやっているんだろう。
男が発する煙草の匂いに包まれながら。
茫然と、そんなことを思ってしまう。
48
:
サニーサイド・アップ
◆A3H952TnBk
:2025/04/05(土) 17:32:02 ID:/N3eAxJ20
どれだけライブで煌めいても、どれだけステージで輝いても。
本当の私は、きっと“こっち”なのだ。
卑怯で、卑劣で、狡猾で、悪辣で。
色んな男たちに股を開いては、金と権力を都合よく支配してきた。
自分が一声を掛ければ、男たちは容易く従ってしまう。
自分が色目を使えば、男たちは何でも与えてくれる。
そんな生き方を捨てられないままでいるから。
いつまでも自分の理想と現実が乖離していく。
想いが浮遊して、穢れた身体が取り残される。
アイドルとしての自分。悪女としての自分。
延々と溶け合わずに、混濁を繰り返す。
板挟みのまま、折り合いを付けられず。
自分という存在の根底が、ひどくあやふやになる。
私は、アイドルであって。
私は、アイドルじゃない。
太陽になんか、なれやしない。
私は、いつまでも“お月さま”。
“氷”のように冷ややかな、影のお姫様。
まばゆい太陽を演じ続けても。
どれだけ日向(サニーサイド)に憧れても。
手を伸ばしたところで、光を掴めやしない。
紙切れの月(ペーパームーン)にしかなれない。
それでも、―――それでも。
恋い焦がれずにはいられない。
だって、アイドルは。
あんなにも眩しいから。
だから、華やかな姿を乗せて。
みんなに笑顔を届けよう。
この脚で舞台に立って。
快活な仮面を、表に出そう。
根っからの、悪女のくせして。
今さら輝ける世界に憧れている。
――お母さんやお父さん、見てくれてるかな。
そんなことを、ふいに思ってしまう。
自分で何もかも捨てたくせに。
きっとこれが、私の背負う悪徳。
理想と現実。あるべき姿と、ままならない心。
その軋轢と矛盾こそが、私に与えられた罰。
鑑 日月は、悪人だ。
◆
49
:
サニーサイド・アップ
◆A3H952TnBk
:2025/04/05(土) 17:32:57 ID:/N3eAxJ20
◆
――――貴方にとって、“悪”とは?
「正しいことと、悪しきこと」
「守るべき規律と、耐え難い欲望」
「その軋轢が生む不協和音」
「妥協を出来なかった“歪み”の産物」
「……ええ。私にとって」
「酷く身近に思えるものよ」
◆
50
:
サニーサイド・アップ
◆A3H952TnBk
:2025/04/05(土) 17:33:39 ID:/N3eAxJ20
◆
顔を見上げてみれば。
紺色だった空は、少しずつ赤い色を帯びていた。
世界がほんのりと、明るさを取り戻していく。
朝焼けを迎えつつある景色が、少女の瞳に鮮明に焼き付く。
揺れ動く雲。呆然と横たわる色彩のコントラスト。
仄かな闇を湛えた青色と、焦がれるような光を抱えた赤色。
――――夜が明けて、朝が訪れて。
――――そばにいた“家族”と共に目を覚ます。
そんな密林の日常では、いつも見つめてきた情景だった。
煩わしい首輪に手を触れながら、アイは“ヒトたち”と共に歩き続ける。
叶苗の手に引かれながら、とぼとぼと平野を進んでいた。
“とりあえず、安全な場所を探す”。
“あなたたちをこんな場所に置いておくわけにはいかないから”。
そう伝えた日月に先導されるように、弱々しい歩幅で歩いている。
あてもなく、行く先も分からないように。
アイは、ただ流されるように“どこか”を目指していく。
どこに向かっているのか。
どこへ行こうとしているのか。
アイには分からなかったけれど。
それでも自分の手を引いてくれる叶苗に着いていくしかなかったし。
自分たちを導く日月の背中に、ぼんやり従うことしか出来なかった。
アイは幼いなりの思考で、現状を見つめる。
あの“黒い男”に脅かされて、叶苗がずっと辛そうにしていて。
何もかも怖くて仕方なくて、けれど叶苗は守らなきゃいけなくて。
それでも“炎のヒト”は、何もしてこなくて。
それから結局、自分が叶苗を傷つけてしまって――。
もう抵抗なんか、する気はなかった。
これ以上、叶苗を傷つけたくなかった。
震えてて、怯えてて。
自分と同じように、違う匂いがしたヒト。
叶苗は、これまで出会ってきたヒトとは違う気がした。
叶苗も、きっと自分も同じ。
ひとりぼっちになってしまっている。
叶苗は、自分のことを案じてくれている。
自分のために、何かしようとしてくれている。
――ヒトというものが、嫌いだった。
自分をあのジャングルから引き剥がして。
自分を狭いところに押し込めようとするから。
家族(ゴリラ)を遠いところに追いやったから。
あいつらがいる世界というものは――。
ひんやり冷たくて、四角い世界に覆われているから。
ヒトはいつだって、ヒトを縛ろうとしている気がする。
その理由も、その意味も理解できなかった。
それがひどく怖くて、分からなかったから。
恐ろしいから、身を守ろうとした。
分からないから、抗おうとした。
あの暗くて冷たい世界から、抜け出そうと藻掻いてきた。
けれど、それも果たせないまま。
日が昇っては落ちる流れを繰り返したらしくて。
こんな見知らぬ場所に放り込まれて。
訳も分からないまま、叶苗だけを信じている。
51
:
サニーサイド・アップ
◆A3H952TnBk
:2025/04/05(土) 17:34:05 ID:/N3eAxJ20
夜が明けて、日の光を取り戻しつつある空。
澄んだ茜色。朝焼けの景色が浮かびつつある空。
歩き続けるアイは、そんな風景をただ見つめる。
家族同然のゴリラ達が“夜行性の狩猟動物”を避けていたのと同じように、ヒトは夜を恐れるらしくて。
日の落ちた暗闇の影を忌避して、太陽の下で行動するらしい。
ヒトは、日差しの生き物。夜を避けて、光の中に居続ける。
そういうモノらしかった。そういう生き物らしかった。
――――夜を恐れる、ヒトのはずなのに。
この場所で見かけたヒトは、みんな“月”のよう見えた。
ほの暗さを抱えて、ぼんやりと漂っている。
なにかが物悲しくて、おぼろげに浮かんでいる。
日月は、何も言わずに歩いていた。
微かに見える横顔は、ほんのりと強張っていた。
どこか怒り出しそうにも、泣き出しそうにも見える。
自分がどこにいるのか、分からないように戸惑っている。
胸を締め付けられる痛みを抱えたまま、よろよろと歩いている。
その感情の機敏は、アイには理解できなかったけれど。
それでも日月が抱える何かを、漠然と察していた。
ひどく辛そうで、ひどく戸惑っている――。
そんな日月の姿を、アイは見つめていた。
叶苗は、ただアイの手を握っていた。
この手を離さないように、アイとのつながりを保ち続けて。
日月に導かれるがままに、無言で歩を進めている。
迷いの中に身を置き続けるように、目を伏せていた。
“ブラッドストーク”。叶苗が伝えた名前を振り返るアイ。
その名前のヒトと、叶苗に何があったのかは分からないけれど。
それでも、何かただならないものがあることは察していた。
叶苗には、家族がいない。家族と離れて、ひとりぼっちでいる。
そのことと、何か繋がりがあるのかもしれない。
何をすればいいかじゃなくて、何をしたいか。
日月の問いかけに対し、叶苗はまだ答えを見出せていない。
いまだ葛藤の中に身を委ねて、とぼとぼと歩いている。
今の彼女にできることは、アイと共に在り続けることだった。
ヒトの心に疎くとも、アイは幼いなりの思考で周囲を見つめる。
みんな、何か悲しいものを背負っていた。
みんな、暗いなにかを抱えている。
自分がずっと傷ついているのに、それでも歩かないといけない。
自分がずっと嫌な気持ちでいるのに、それでも進まないといけない。
生きるか死ぬか。食うか食われるか。
命がけの密林で生きてきたアイにとって、どこか奇妙な観念だった。
奇妙だからこそ、そこにヒトの難しさを感じ取っていた。
空は、次第に光を帯び始める。
明朝。夜明けの時。朝が目を覚ますころ。
闇が遠くに行って、太陽が顔を覗かせる。
朝の茜色を越えて、あたたかな輝きに照らされる。
そのとき、夜に仄かに浮かぶ“月”のようなヒトたちは。
いったいどうやって、生き抜いていくのだろう。
まぶしい世界で、どんなふうに生きていくのだろう。
ヒトは、わからない。
ヒトは、むずかしい。
ヒトは、こわい。
ヒトは、つらそう。
ヒトは、かなしそう。
アイの心に、いくつもの思考が浮かぶ。
疑問と問答を繰り返しては、答えは出てこなくて。
結局いまのアイは、ただ叶苗の手を離さないことしかできなかった。
――なんで、閉じこめられてしまったんだろう。
アイは、再び思いを馳せる。
わるい。あく。つみ。ばつ。さばき。けいき、けいむ、けいむしょ。
あのヒトたちは、いつだってわけのわからない言葉を使ってくる。
それが酷く不気味で、理解ができなくて、怖くて。
だから今のアイは、まだ“悪”について考えることができなかった。
全員が悪人。全員が罪人。
それは、どういうことなのか。
生存競争が当然の世界にいたアイにとって。
それは、雲のように掴めない命題だった。
◆
52
:
サニーサイド・アップ
◆A3H952TnBk
:2025/04/05(土) 17:34:44 ID:/N3eAxJ20
◆
――――貴方にとって、悪とは?
「幾ら逃げようとも、振り払えないもの」
「どれだけ走り抜けても、いつまでも纏わりつく」
「例え復讐を成したとしても」
「ママも、パパも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも」
「何も語りかけてはくれない」
「悪っていうものは、きっとそういうこと」
「……だから、赦されたかったのかな」
「アイちゃんを、守ることで」
◆
53
:
サニーサイド・アップ
◆A3H952TnBk
:2025/04/05(土) 17:35:33 ID:/N3eAxJ20
◆
――――貴女は、親切な人ですから。
彼女の言葉が、脳内で反響を繰り返す。
あの聖女の微笑みが、脳裏に焼き付いている。
その声を、その表情を思い出すだけで。
胸の内を、ひどく搔き乱される。
喜びと憎しみが、同時に押し寄せてくる。
愛おしい偶像から認められたことの高揚。
憎らしい才能へと手が届かないことへの嫉妬。
どれだけ焦がれても、どれだけ研鑽を積んでも。
結局自分の本質は、悪でしかない。
何処までもおぞましく、穢れていて。
踏み外した道を取り戻す術を、未だに掴めていない。
正しい道を行くなんて、当たり前の生き方すらできない。
自分の中の悪徳と狂気に、いつまでも折り合いを付けられない。
戸惑って、彷徨い歩いて、そうして答えを掴み取れない。
自分にできることは、ただ擦り減らしていくことだけだった。
理想と現実の軋轢の中で、摩耗していくことしかできなかった。
鑑日月は、ジャンヌ・ストラスブールのようになりたかった。
自らの清濁すべてを飲み込んで、確固たる偶像として其処に在り続ける。
そんなまばゆい存在として、立ち続けたかった。
自分という悪徳の人間に対しても、分け隔てなく対等に接して。
影の中で小さく輝く光を見出して、背中を押してくる。
そんなジャンヌの在り方に、日月は手を伸ばしたかった。
自分は、負けたくない。
自分は、ああはなれない。
相反する感情が、幾度も押し寄せてくる。
矛盾に揺らぐ心が、意識を苛み続ける。
ああ、彼女は――太陽なのだ。
自分のような月とは違う。
なりたかった。自分も、太陽に。
恋焦がれた偶像の輝きを、手に入れたかった。
けれども、ステージの上で得られたものは。
いつだって、偽りの光だけ。
だって自分は、悪女のままだったから。
自分の悪徳を捨てることも、割り切ることも出来なかったから。
男達の下卑た欲望を満たすことで、権威を手に入れる。
金も力も意のままに支配して、女王で在り続ける。
――もう、抜け出す方法も忘れた。
きっと、抜け出すことすら出来ないのだと悟っていた。
穢れた世界に浸かり切って、どうすればいいのかも分からなかった。
男達は私を求めて、私は男達を手玉に取る。
そんな生き方を何年も続けてきたから、自分自身が絡め取られていた。
雁字搦めのまま、日月は日陰の中に佇んでいる。
ここに射す光は、仄暗い月光だけだった。
日向の輝きに照らされるだけの、弱くおぼろげな光。
闇の中で照ることしか出来ない、みじめな光。
54
:
サニーサイド・アップ
◆A3H952TnBk
:2025/04/05(土) 17:35:59 ID:/N3eAxJ20
結局自分は、何をしているのだろう。
日月は自問自答を繰り返す。
このアビスへと収監される前、自分の理想が奪われるかもしれなかった会談。
そこで精神を破綻させて、誰も彼もを虐殺して。
その記憶は今でも脳裏にこびりついている。時に悪夢として蘇ることさえある。
それでも、そのトラウマを乗り越えてでも、自分はまだ偶像でいたかった。
自分は、悪女のままで終わりたくなかった。
自分は、偶像のままでいたかった。
どっちが本当の自分なのか。
答えなんて、とうに諦めているのに。
それでも日月には、縋りたいものがあった。
光へと手を伸ばして、掴み取りたかった。
絶対に生き残って、再びステージの輝きの中に立つ。
そう誓った。そう誓ったはずなのだ。
だからこそ、殺人すらも厭わない覚悟を決めていた。
そう、殺さなければならないはずなのに。
今の自分は、霧の中を往くように彷徨い歩いている。
あの聖女に背中を押されるがままに、歩を進めている。
氷藤叶苗とアイを託されて、ただ呆然と北東の廃墟を目指していた。
安全な場所を探す。貴方たちを此処に置いておく訳にもいかない。
そう伝えて、日月は二人を先導していた。
廃墟の中で身を潜められる場所を探すべく、D-7の橋を目指していた。
なんで、こんなことをしているのだろうか。
日月の心に、答えは浮かび上がらない。
この二人を殺してでも、恩赦ポイントを稼がなきゃいけないはずだ。
ましてや自分は、死刑を言い渡されているのだから。
頭ではそう理解している。
理解しているのに、答えは導き出せない。
善性と悪性のはざまで、日月は吐き気を感じながら脚を動かす。
自分は優しい人間じゃない。ジャンヌは、間違っている。
そう言い聞かせてもなお、濁った鬱屈が胸の内で蠢き続ける。
振り返りはしなかった。
叶苗達の様子を見つめたりはしなかった。
二人を案じている自分なんか、居てほしくなかったから。
自分は、何を望んでいる。
自分は、どう在りたい。
自分は、偶像で居たい。
自分は、悪女で居るしかない。
自分は――――結局どっちだ?
芸能界に身を置いていた時と変わらない屈折。
光の中で輝くために、悪の中に身を置き続ける。
矛盾の中で押し潰されて、叫びたくなるような悲嘆に駆られる。
何もかもが、嫌になる。
手を伸ばしても届かない自分が、憎らしい。
あの太陽に焦がれる自分を、殺してやりたくなる。
そんな屈辱と絶望に苛まれながら、日月はただ歩き続ける。
明朝の空。もはや月の光は届かない。
仄暗い宵闇は、静かに過ぎ去っていく。
影の中に潜む全てが暴かれていく。
まるで心の奥底を、抉り出すかのように。
◆
55
:
サニーサイド・アップ
◆A3H952TnBk
:2025/04/05(土) 17:36:44 ID:/N3eAxJ20
◆
――――貴方にとって、“悪”とは?
「手を伸ばせば、容易く届くモノ」
「万人に与えられた、罪の果実」
「故に、誰もが忌避する」
「しかし、僕にとっては」
「それが、己自身なんだ」
◆
56
:
サニーサイド・アップ
◆A3H952TnBk
:2025/04/05(土) 17:37:31 ID:/N3eAxJ20
◆
日月達は、廃墟へと向かう橋の前で立ち尽くした。
不安げに表情を強張らせながら、それでも身構える叶苗。
なけなしの勇気を振り絞るように、きっと相手を見据えるアイ。
日月は、ゆっくりと目を見開いていた。
眼前に佇む受刑者の姿を、じっと睨んでいた。
淡い月のように、秀麗な男だった。
深い夜のように、影を背負った男だった。
静かな微笑みを、穏やかに讃えながら。
その男は、橋の前で立ち尽くしている。
まるで来訪者を待ち受けていたかのように。
日月は、足を止めていた。
叶苗達を無意識に庇うように、右手で二人を制して。
そのまま彼女は、眼前で立つ男を睨んだ。
男は、ただ静かに佇んでいる。
仄かな朝焼けに照らされながら。
まるで輝く月のように、静寂の中で存在感を放つ。
どこか異様さを感じる微笑みを携えて。
その唇を、ゆっくりと開いた。
「僕は――――氷月 蓮」
氷月 蓮は、鑑 日月をじっと見据えていた。
その声は、ひどく安心するように安らかだった。
ふっと油断をすれば、言葉の一つ一つに耳を貸してしまいかねない。
そんな魅力的で、不気味なほどに優しげな声色。
男はそんな声を、まるで静かに語らうように喉から発していく。
「僕は、恩赦を求めてはいない」
吟遊詩人のように、穏やかな語り口。
ただの言葉が、まるで詩のように紡がれる。
その表情の流麗さに、日月は思わず目を奪われそうになり。
それでも自分に発破を掛けて、意識を保っていく。
「あと5年の刑期を済ませれば、晴れて釈放の身だからね」
氷月は、自らの首輪へとすっと触れる。
刑期は30年。そのうえで、残りは5年と語る。
氷月蓮という犯罪者のことも、日月は聞いたことがなかった。
「だからこそ、僕には殺し合う理由もない」
外見の年齢から察するに、恐らくは旧時代の少年犯罪者。
遠い過去に罪を犯して、開闢を経てアビスへと収監された者。
日月は、目の前の男を冷静に分析する。
「僕はただ、この24時間を生き抜きたい」
そんな日月の警戒をよそに、男は淡々と言葉を紡ぎ続ける。
穏やかな微笑みが、後方の叶苗やアイに向けられる。
アイはびくりと震えて、叶苗はそんなアイを庇うように氷月を見据える。
「そのためにも、共に身を守るための“同行者”を求めている」
そして、氷月はすっと右手を差し出す。
日月達と結びつく意思を示すように。
自らの望みを、彼女たちへと告げる。
「必要があれば、君たちに協力もしよう」
そうして男は、優しく微笑みかけながら。
目の前の少女達へと、ゆっくりと伝える。
「どうか、仲間に入れてはくれないかな」
――氷月蓮。
悪しき月。忌まわしき月光。
闇の中を彷徨い歩く、静かなる月狂。
57
:
サニーサイド・アップ
◆A3H952TnBk
:2025/04/05(土) 17:38:23 ID:/N3eAxJ20
彼の犯した罪は、アビスとしては大したものではない。
中学校のクラスや教師達を支配した殺人鬼。
3名の同級生をその手で刺殺した少年犯。
他の凶悪犯に比べれば、酷く小規模なものだ。
世間をセンセーショナルに騒がせた程度で、時と共に忘れ去られた。
社会を揺るがした訳でも無ければ、大量殺人に手を染めた訳でもない。
では氷月 蓮は、所詮“その程度”の犯罪者なのか。
――――それは、決して違う。
こと殺人において、誰よりも優れていた男が。
殺意という衝動に、飼い慣らされた少年が。
たかがその程度で“満足してくれた”。
それが奇跡なのだ。それが幸運だったのだ。
例え異能を持たずとも、この男は。
その気になれば“もっと殺せた”のだ。
何人も。何十人だろうと。
強かな手段によって、何処までも冷酷に。
そして今、この殺人鬼は鎖から解き放たれた。
超力という衝動を抱えて、殺人の舞台へと躍り出る。
彼は、自らの殺意を遂行すべく。
己が身を潜めるための集団へと、目を付けた。
朝が来る。夜が明ける。
彷徨う月たちが、白日の下に晒される。
サニーサイドの上。光の届く世界。
闇の中へと身を潜めることは、最早叶わない。
そのとき彼女たちは、いかにして足掻くのか。
いかにして、生きていくのか。
脆く揺らぐ月は朧気に、空へと浮かび続ける。
【D-7/橋の前/1日目・早朝】
【氷月 蓮】
[状態]:健康
[道具]:Tシャツ、ナイフ3本、フォーク3本、デジタルウォッチ
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.恩赦Pを獲得して、外に出る
1.この集団の中に入り込む。
2.集団の中で殺人を行う。
【鑑 日月】
[状態]:肉体の各所に火傷、深い屈折
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.アビスからの出獄を目指す。手段は問わない
1.ジャンヌに対する葛藤と嫉妬を抱えつつ、彼女の望み通りに叶苗とアイを保護する。
2.ジャンヌ・ストラスブールには負けたくない。彼女を超えて、自分が真の偶像(アイドル)であることを証明したい。
【アイ】
[状態]:全身にダメージ(中)、疲労(小)、不安
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.故郷のジャングルに帰りたい。
1.(かなえを傷つけたくない、でもどうすればいいかわからない)
2.(あいつ(ルーサー・キング)は、すごくこわい)
3.(ここはどこだろう?)
4.(ぶらっどすとーく?ずっとむかしきいたような、わからないような……)
【氷藤 叶苗】
[状態]:胴体にダメージ(中)、罪悪感、尻尾に捻挫、身体全体に軽い傷や打撲、刑務服のシャツのボタンが全部取れている
[道具]:鋼鉄製の手甲(ルーサーから与えられた武器)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.家族の仇(ブラッドストーク)を探し出して仕留める。
1.アイちゃんを助けたい。
※ルーサー・キングから依頼を受けました。
①ルメス=ヘインヴェラート、ネイ・ローマン、ジャンヌ・ストラスブール、恵波流都、エンダ・Y・カクレヤマ。
以上5名とその他の“目ぼしい受刑者”を対象に、最低3名の殺害。
②1人につき15万ユーロの報酬。4名以上の殺害でも成果に応じて追加報酬を与える。協力者を作って折半や譲渡を約束しても構わない。
③遂行の確認は恩赦ポイントの回収履歴、および首輪現物の確認で行う。
④第2回放送直後、B-2の港湾で合流して途中経過や意思の確認を行う。
④依頼達成の際には恩赦後のアイの安全と帰還を保障する。
[共通備考]
※デジタルウォッチには恩赦ポイントの増減履歴を参照する機能があります。
どの受刑者の首輪からポイントを回収したのかを確認することも可能です。
※首輪には装着者を識別する囚人番号と個人名が刻まれています。
※交換リストに「参加者詳細名簿-80P」があります。
58
:
名無しさん
:2025/04/05(土) 17:38:53 ID:/N3eAxJ20
投下終了です。
59
:
◆H3bky6/SCY
:2025/04/05(土) 21:21:37 ID:mGd2IUME0
投下乙です
>サニーサイド・アップ
太陽になれぬ月たちの話。全員悪人のアビスの中でもそれぞれの悪への距離感は違うのがよくわかる
悪女として生きてきた日月は悪性を厭いながら、理想との乖離に苦しんで
叶苗は自身の振り払えない悪性をアイを守ることで赦されようとして、アイは理解できないままに悪を抱える
そんな悪性に苦しむ面々の前に現れる自身の悪性を肯定する真の悪、ついに氷月さんが集団にもぐりこんだ!
内部に潜り込んだ悪意に叶苗やアイが気づけるのか、その辺は裏社会に生きてきた日月さんに期待したいところ
60
:
◆A3H952TnBk
:2025/04/06(日) 20:47:50 ID:xT11dHHg0
ルーサー・キング、ギャル・ギュレス・ギョローレン
ゲリラ投下します。
61
:
キング・ホリデイ
◆A3H952TnBk
:2025/04/06(日) 20:49:27 ID:xT11dHHg0
◆
――徐々に明るくなりつつある明朝。
紺色と茜色の色彩が混じり、雲が揺れ動く空の下。
深い森を抜けた先、開けた草原。
荒涼とした涼しげな風が吹く中で。
二人の受刑者が、無言のままに対峙していた。
片方は、老齢の偉丈夫だった。
黒い肌と皺の刻まれた険しい顔立ち。
190cmを超える屈強な体格。
全身から威圧感を滲み出す、異様な老人だった。
その男はどっしりと佇み、眼前の相手を見据える。
ルーサー・キング。
欧州裏社会を支配する闇の帝王。
巨大組織を統べる“牧師”である。
相手は、可憐なギャルだった。
悪人らしからぬ、キラキラと煌めいた風貌。
金髪青眼の美少女が、ブレーザーの学生服を身に纏っている。
目元はパッチリ、肌も潤いを保ち続けている。
地の底に放り込まれた者とは思えない、青春の体現者だった。
ギャル・ギュレス・ギョローレン。
史上最悪のギャルテロリスト。
世界各地で破壊を繰り返した享楽の爆弾魔だ。
新時代における最大規模のマフィアを統べる悪漢。
新時代を奔放に駆け抜けた爆炎のテロリスト。
――夜明けの時。最初の放送を目前に控える中。
二人の大悪党が、この地にて合間見えた。
まるで大樹のような存在感で佇むキング。
その目を細めて、静かに眼前の相手を見据える。
老獪な威厳に満ちた顔が、沈黙を保ち続ける。
対するギャルは、飄々とした笑みを崩さない。
闇の帝王に睨まれながらも、可憐な佇まいを貫く。
大きな眼差しが、真っ直ぐに牧師を捉え続ける。
対峙する二人の間に、沈黙が続く。
不気味な静寂が、その場に流れる。
一触即発の睨み合い。
永遠にも似た刹那。
二人の悪党は、一定の距離を保ち。
互いに立ち尽くしたまま、相手をじっと見据える。
つい先刻、牧師がドン・エルグランドと対峙した場面と同じように。
生半可な犯罪者や警察がこの光景を目にすれば、卒倒しかねないだろう。
互いに稀代の悪党。裏世界を牛耳る帝王と、社会を揺るがす爆弾魔。
その接触自体が、一種の事件にも等しいのだ。
やがて、長い沈黙と緊張を経た後。
先に動き出したのは、ギャルの方だった。
62
:
キング・ホリデイ
◆A3H952TnBk
:2025/04/06(日) 20:49:58 ID:xT11dHHg0
彼女はその細い右腕を、すっと上げた。
どこか能天気に見えるほどに、緩やかな動きだった。
そうして肘を曲げて、右手をパーの形にする。
――ゆらゆらと、手を振っていた。
大悪漢ルーサー・キングに対して、気さくに挨拶をした。
「さっきから同窓会みたいなんだけど。ウケる」
手を振って挨拶しながら、へらへらとした笑みを見せるギャル。
そんなテロリストの様子を見て、キングもまたフッと苦笑する。
「ハッ。てめえは相変わらずらしいな」
――そう、相変わらずだった。
キングは、目の前のギャルを見据えながら呟く。
かつて関わっていた頃と、彼女はまるで変わっていない。
「今もテロリストか?依頼は請け負っているのか」
「もうプロは卒業しちゃった!今はただのギャル☆」
「そうかよ。そりゃ残念だ」
ギャル・ギュレス・ギョローレンは、請負のテロリストだった。
各国の要人や組織からの依頼を受け、爆弾テロを実行する傭兵である。
凶悪にして、常に標的を確実に仕留める爆弾魔。
破滅的でありながら、紛れもなく凄腕(プロフェッショナル)。
そうしてギャルは10年以上に渡って活動を続けてきた。
「久しぶりだな、ギャル・ギュレス・ギョローレン」
「おひさ、ルーさん☆」
キングは、その爆弾魔の名を口にする。
この牧師もまた、一時はそんな彼女を雇った“顧客”の一人だった。
ディビット・マルティーニとの取引が空振ったキングは、この刑務でギャルを雇うことも視野に入れていた。
氷藤叶苗という小娘を駒にしたものの、キングはあまり期待をしていなかった。
もしも生きて仕事を果たしたのならば、報酬をくれてやるつもりではいるが。
あのような小物が、第二回放送まで無事に切り抜けられるとは考えにくい。
よって奴に関しては適当な鉄砲玉となって、目ぼしい受刑者を道連れにしてくれれば上出来と考えていた。
例えジャンヌ・ストラスブールに制圧されたとして、奴を誘き寄せるくらいの役目を果たすのなら良し。
そう思っていた矢先に、過去に馴染みのある傭兵と再会したのだ。
まだキングが娑婆にいた頃、彼はギャルを雇って幾つかのテロ行為に関与した。
潔癖な政治家の排除。破壊工作による世論の扇動。敵対組織への見せしめ――。
それらの仕事の見返りとして、ギャルが窮地に陥った際には『キングス・デイ』が匿ったこともあった。
直接対面の回数は限られていたものの、彼らの間にはビジネスの繋がりがあった。
尤も、雇われテロリストとしては既に廃業していたらしい。
元々気まぐれで奔放な女であることは知っていた。
故にキングは、そのことを気に病んだりはしない。
それからキングは、ギャルの姿をじっと見つめる。
その顔立ち。その外見。目を細めて、彼女の容貌を眺める。
そんなキングの様子に気づいたギャルは、きょとんとした表情を見せる。
やがて少しの間を置いてから、キングは言葉を口に出した。
「……噂には聞いていたが、本当らしいな」
「なにが?」
「開闢を経て、てめえは“老いを失っている”と」
――両者が最後に会ったのは8年前。
その時からギャルは、全く姿が変わっていなかった。
裏社会では、以前から噂が囁かれていた。
享楽の爆弾魔は、いつまでも歳を取らない。
ギャルテロリストは、時が止まっている。
10年以上前から、永遠のJKとして活動し続けていると。
故にキングは、そのことを問いかける。
噂に聞いていた事柄を、改めて目の当たりにして。
彼は取り止めもなく、思ったことを口にしていた。
対するギャルは、ふっと微笑みを浮かべる。
悠々と、何処か掴みどころもなく。
しかし微かながらも、思う所があるように。
そんな笑みを見せて、享楽のテロリストは言葉を返した。
「そんなん、今はどうでもいいじゃん?」
ぱちん。
キュートなウインクと共に。
ギャルの目元で、きらきらと星が舞った。
◆
63
:
キング・ホリデイ
◆A3H952TnBk
:2025/04/06(日) 20:50:54 ID:xT11dHHg0
◆
『そのガキは?』
『“生き残り”だよ。あの爆破工作で親を亡くしたらしい』
『わざわざ拾ってきたのか?』
『他に身寄りも無いらしいんでな』
『無口なガキだな』
『ずっとこの調子だ』
『……名前は?』
『タチアナ。そう名乗ってた』
『やれやれ。妙な話だ』
『まぁな』
『テロの犠牲者が、テロ組織に拾われるってことか』
『そういうことだ。皮肉なもんだがな』
『リーダーは何と?』
『“立派な戦士に育てろ”とさ』
◆
64
:
キング・ホリデイ
◆A3H952TnBk
:2025/04/06(日) 20:51:37 ID:xT11dHHg0
◆
ルーサー・キングとギャル・ギュレス・ギョローレン。
一触即発の空気は、既に消え失せていた。
過去のよしみもあり、両者はすんなりと情報交換へと移った。
これまで出会ってきた相手について、互いに開示し合った。
情報交換の最中も、ギャルは常に飄々とした態度だった。
ディビット・マルティーニやドン・エルグランドという悪漢達のことは当然知っていた。
ジャンヌ・ストラスブールの名にも、幾らかの反応を示していた。
尤も、言ってしまえばそれだけだった。
彼女は「へぇ〜」とか「ふーん」といった、掴みどころのない反応を返すばかり。
その相手と面識が有るのか無いのか、それさえも定かではない。
雲のようにゆらゆらとした反応をするギャルを見据えながら、キングは思考する。
――“享楽の爆弾魔”。
その悪名に恥じず、彼女は既に複数の戦闘を切り抜けていた。
彼女が交戦してきた者達の中には、幾つか関心のある名があった。
アンナ・アメリナ。
紛争における“超力の戦術的価値”を証明して、国際社会を震撼させた軍人だ。
開闢時代における“戦争”のパイオニアと言っても過言ではない。
戦後、仮にも勝者側の指揮官である彼女は“戦犯”として裁かれた。
その裏側には様々な思惑があったとされるが――キングにとっては無関係の話だった。
この刑務ではギャルの襲撃に遭い、早々に命を落としたらしい。
――運が無かった、と言えばそれまでだが。
国から見放された時点で、奴はとうに運の尽きだったのだろう。
ハヤト=ミナセ。
ケチな小悪党でしかない若造の名を、キングは知っていた。
ネイ・ローマンと何らかの確執があると、耳に挟んでいたからだ。
故にキングは、ハヤトに対して干渉するつもりはなかった。
適当に泳がせておけば、奴は勝手にローマンと揉め事を起こしてくれる。
ギャル曰く、“ハーたんにはゴチになった”とのことだ。
何を言っているのか意味が分からなかったが、元々そういう女だ。
故にそれ以上は突っ込まなかったし、さらっと流すことにした。
どうやら“ウサギの亜人”と共に居たらしいが――そのことには関心を抱かなかった。
そして、もう一人。
――――夜上 神一郎。
アビスの中でも異質な立ち位置にいる受刑者。
模範囚として看守達からの信頼を勝ち取っている“神父”。
懲役を言い渡された存在であるにも関わらず、獄中死や死刑の際には死にゆく囚人への祝福に立ち会ったり。
時には神父として囚人の懺悔を引き受けたりなど、ある種破格とも言える立場を与えられていた。
奴がこの地において、何を目的に動いているのかは分からないが。
その存在については、記憶に留めておくことにした。
他にも旧時代のテロリスト、アルヴド・グーラボーンが死んだ話を聞いたり。
北米を震撼させた殺人鬼、フレゼア・フランベルジェと思われる女は“もう長くない”と見立てたり。
後は、かつて“下部組織”との関わりがあった女と思わしき受刑者を仕留めていたり。
その女が、サムライのような男と行動を共にしていたりなど。
キングは、ギャルからの情報提供を咀嚼していく。
既に彼女は、幾つもの交戦を経ている。
その過程でポイントも稼いでいるのだろう。
囚人服から学生服へと着替えている辺りからして、そのことは明白だ。
「ポイントは余ってるんだろう?」
故にキングは、問いかける。
豪胆にして、不敵な笑みを浮かべながら。
「なら、てめえに伝えたいことがある」
目の前の爆弾魔へと、自らの意思を訴える。
威圧感に満ちた佇まいに対しても、ギャルは調子を崩さない。
二人の悪党は、沈黙の狭間に立つ。
やがて漆黒の帝王が、ゆっくりと口を開いた。
「――――服を用意してくれ」
「迫力たっぷりに言うことそれ?」
予想外の注文と言わんばかりに、ギャルから茶々を入れられた。
65
:
キング・ホリデイ
◆A3H952TnBk
:2025/04/06(日) 20:55:11 ID:xT11dHHg0
「てかルーさん、人からなんかタカったりすんだ」
「カネなら幾らでも動かせるがな。恩赦ポイントなんざ知らねえんだよ」
されどキングは意に介することもなく、自嘲気味に苦笑しながら言葉を続ける。
彼の見通し通り、ギャルは既に100Pを超える恩赦ポイントを確保している。
先程最期を見届けたアルヴド・グーラボーンの刑期も既に回収していた。
「暫く我慢していたんだが、流石に冷えてきたんだ。老体にゃ堪えるのさ」
「ぜんぜん自分のこと老体って思ってないくせに」
「まぁな。だが冷えてきたのは事実なもんでね」
キングは何処か冗談めかして、苦笑いと共に言う。
その風格と威圧感で、何事もなく誤魔化してきたが。
ドン・エルグランドとの交戦以降、キングの囚人服はずぶ濡れのままなのだ。
川に落ちたジャンヌ・ストラスブールのように、衣服を乾かせるような超力を備える訳でもない。
故に暫くの間は、帝王らしからぬ貧相な出で立ちに甘んじることにしていたのだが。
「おまけに生乾きで臭ってきやがった」
「そりゃマジで最悪だわ。着替えた方がいいよ」
流石に数時間もこの状態となれば、着心地や匂いにおいて最悪という訳だ。
そうしてルーサーは、何の悪びれもせずにギャルへと物資の提供を打診した。
さっきまで飄々としていたギャルが、急速に何とも言えぬ表情へと変わっていく。
それからほんの少し、考え込む様子こそ見せたものの。
「ルーさん、どんな服がいいの?」
――何だかんだで、ギャルはあっさりと承諾。
美容や身だしなみに人一倍の拘りを持つ彼女には、それが如何に嫌な状態であるのかを理解できたようだった。
ギャルはデジタルウォッチを参照し、物資交換リストを確認しながら問いかける。
それからキングは、暫し考えた後に口を開く。
「なあ、アルマーニはあるか」
「いやあるわけないっしょ。しれっと選り好みすんなし」
「聞いてみただけさ。美学ってモンは大事だ」
余りにもふてぶてしい注文に、再びツッコミを入れてしまうギャル。
やっぱり承諾取り消そうか、なんて一瞬思いを過ぎらせたが。
肝心のキングの堂々とした態度を見て、渋々交換リストを確認する。
「で?どうなんだ」
「スーツなら頼めるっぽいケド。あ、ブランドとか無いかんね」
「何だ、ケチ臭えな」
「ちょっと期待してたんかい」
悪態を吐くキングに対し、ギャルは真顔でツッコミを続ける。
「まあいい、それで頼む。シャツはダークカラーに出来るか?俺の拘りなんだ」
「へいへい」
文字通り王様のように注文をつけてくるキングに対し、やれやれと言った様子でギャルは従っていく。
“好きな衣服”、恩赦ポイント10P。デジタルウォッチを操作して選択し、物資の交換を決定する。
――次の瞬間、アタッシュケースが転送された。
衣服はきっちりと梱包された状態で送られてくる。妙に律儀なことだ。
キングはそれを手に取って中身を確認し、満足気な反応を見せる。
「ああ、それと煙草と食料も頼む」
「めっちゃ図々しくない?」
「ポイント全部掻っ攫わないだけ良いだろう」
それから立て続けに、更なる注文がやってきた。
幾ら闇の帝王と言えど、図々しさが極まっている。
何なんだこの爺さん――そう言いたげなギャルだったが。
別にポイントは大量に余っているし、昔のよしみを今は無下にするつもりもなかった。
そういう訳で、結局は受け入れることになった。
◆
66
:
キング・ホリデイ
◆A3H952TnBk
:2025/04/06(日) 20:56:30 ID:xT11dHHg0
◆
ルーサー・キングは、紙巻きの煙草を咥えていた。
刑務開始直後と同様に超力の摩擦で着火して、悠々と喫煙をしていた。
煙を口から吐きながら、彼は空を見上げている。
遥か彼方では、茜色と紺色が混濁しつつある。
熾烈なる夜を超えて、朝を迎えようとしているのだ。
闇夜のような、漆黒のスリーピーススーツを纏っていた。
シャツも紺色で纏めて、全身のコーディネイトをダークカラーで統一している。
唯一ネクタイのみが濃赤となっており、色彩としての強い印象を残す。
娑婆においてルーサー・キングは、常に暗黒のようなスーツを愛用していた。
肌の色というアイデンティティを投影するかのように、その出で立ちは漆黒を基調としていた。
アビスに投獄されて以来、フォーマルな衣服を纏う機会を失って久しかったが――。
その威厳は失われることもなく、己を包み込むスーツを完璧に着こなしていた。
尤もキングは「ヴァイスマンの野郎め。やっぱり服も煙草も安物だな」などと不満を零していたが。
「そういや、言いそびれていたが」
やがて喫煙の最中に、キングはふいに話を振った。
至福のひと時を過ごす牧師を、何とも言えぬ表情で眺めていたギャルだったが。
「さっきてめえが話していたサムライらしき男と会った」
彼が告げたサムライという言葉に反応し、耳を傾けた。
情報交換の際、ギャルは“サムライのような男”と交戦したことを伝えていた。
「如何にもサムライみてえな出で立ちだったが、ありゃあ純血のアジア人じゃねえな。
青い目や顔立ちからして、白人か何かの血が混ざってるんだろう。
そして奴は、鋼鉄だろうと容易く両断する超力を持っていた」
キングはサムライの特徴を語る――それがギャルが対峙した男であるのかを、直接確かめるかのように。
“当たり”と言わんばかりに、ギャルはひゅうと口笛を吹いた。
征十郎・H・クラーク。ギャルが交戦し、その同行者を殺害した相手だった。
「奴は南に向かってたぜ。大方、ブラックペンタゴンを目指してるんだろう」
キングは征十郎が撤退した方角を指し示し、行き先の見当を付ける。
ギャルはそちらの方向を一瞥して、ふっと微笑を浮かべた。
つい先刻は取り逃がした敵。その巧者ぶりによって、享楽の爆弾魔を出し抜いた武士。
相手が仇討ちを狙っているのと同様――ギャルにとってもまた、落とし前を付けたい獲物だった。
不完全燃焼のまま終わるなんてのは、アガらないからだ。
「あざっす、ルーさん☆」
故にギャルは、ピースでキングに応える。
そうしてくるりと可憐に身を翻し、その場から立ち去ろうとした。
「――――なあ」
そんなギャルの背中に、キングが呼びかける。
去る寸前だったギャルは、ぴたりと足を止める。
「最後に一つ、話しておきたいことがある」
彼女と別れる前に、自らの中で浮かんだ疑問を投げかけることにした。
ギャルは微かに振り返り、視線をキングへと向ける。
「妙だと思わねえか、この刑務」
この刑務のルールを咀嚼し、自らの立ち回りを思案した時から、キングには思うことがあった。
――刑期ごとに割り振られた“恩赦”を巡っての殺し合い。
この刑務を要約するならば、そんな所だ。
アビスの管理者達は受刑者を何らかの形で選出し、彼らをこの舞台へと送り込んでいる。
そうして首輪で生殺与奪を握った上で、互いに争い合うことを求めている。
24時間の制限時間を生き延びることができれば、無事に生還の道が開かれる。
そして恩赦ポイントに応じて報酬が与えられ、刑期の短縮へと割り当てることすら出来る。
「何のためだ?」
ではアビスは、何故そんな刑務を始めた。
そのことにキングは疑問を抱く。
67
:
キング・ホリデイ
◆A3H952TnBk
:2025/04/06(日) 20:58:42 ID:xT11dHHg0
「単に受刑者の数減らしなら、さっさと死刑囚や無期の連中を間引きでもすりゃあいい。
ここはアビスだ。誰を消したところで幾らでも真相を闇に葬れる」
収監されている人数を間引きしたいだけなら、重罪犯を秘密裏に処理すればいいだけのこと。
あるいは、例えば自分――ルーサー・キングのような厄介な存在を闇に葬りたいのか。
それも違うだろう。仮にもキングを含めた多数の囚人の生殺与奪を握れるのなら、始末のためにこんな回りくどい手段を取る必要はない。
「受刑者同士を争わせることに意味があるのか?その点に関しても引っ掛かることがある」
ならば、受刑者同士の殺し合い自体に意味があるのか。
そうなるとルールの不可解な点が、他にも浮かび上がってくる。
「なぜ“複数の生還者”が出る仕組みになっている?
恩赦を狙わねえ奴らからすれば、最悪徒党を組んで制限時間まで只管やり過ごしゃいいだけの話になる」
この刑務は24時間のタイムリミットに到達すれば、生存人数に関係なく終了を迎える。
つまり恩赦を求めずにただ生存だけを目的にする受刑者からすれば、同じ目的を持った連中と徒党を組んで身を守ればいいだけの話になる。
複数人で身を寄せ合えば裏切りのリスクも生じるのも確かだが、そもそもこの刑務は“最後の一人”になる必要がないのだ。
よって消極的な集団を作って只管やり過ごすという立ち回りにさえ、一定の価値が生じてしまう。
「それに――恩赦ポイントってのは、何なんだ?」
そして、それは奇しくもディビット・マルティーニとエネリット・サンス・ハルトナも行き着いた思考だった。
この刑務は一度獲得した恩赦ポイントの譲渡や奪取が不可能。故に死点が多数発生する構造となっている。
更に恩赦を本気で狙う重罪犯からすれば、必然的に大量のポイントを貯金しなければならなくなる。
「そいつがくたばった途端、蓄えられたポイントの貯金は全て水の泡になっちまうんだぜ。
なぜ他の受刑者が集めたポイントを奪うことが出来ない?
この刑務は、場に残る“賭け金”がどんどん減っていく構造になっている」
つまり終盤になればなるほど膠着状態になるし、刑期と恩赦の差し引きが出来ずに“詰む”受刑者が出てくる。
仮に残り人数が減った時点で“場に残されたポイント”の総数が、恩赦の目標値を下回っていたとすれば。
無期懲役の囚人は娑婆に出られるチャンスを失い、死刑囚はその後の刑罰による死が確定する。
要するに、もはや刑務を遂行する意味すら失うのだ。
「初めから“ポイントの奪い合い”にするか、“生還の定員”を設けりゃいいじゃねえか。
そうしねえから“戦う旨味のない受刑者”が生まれてやがる」
キングは、腑に落ちない様子でそう呟く。
何故この刑務はこのようなルールになっているのか。
最初から刑務の強制力を高めるルールにすればいいというのに。
まるで意図的に抜け道と欠陥が用意されているように思える。
悪辣な受刑者達が主体的に争うことを期待していたのか。
それともなにか別の理由があるのか。
あるいは――この刑務のルールとやらに、今後何らかの変化が生じる仕組みになっているのか。
「アビスの連中は、何を考えてやがるのか」
その答えは、未だ導き出せない。
故にキングは、眉間に皺を寄せながら言う。
そんな彼に話を、ギャルはただ無言で聞き届けていたが。
「なんで、あーしにその話振ったん?」
「別に、大した理由はねえよ」
やがてギャルは、キングに対してそう問いかける。
キングはその表情を微かに緩めて、苦笑しながら答えた。
「てめえなら、何かを掴んでるだろうだと思っただけさ」
.
68
:
キング・ホリデイ
◆A3H952TnBk
:2025/04/06(日) 21:01:19 ID:xT11dHHg0
――悪かったな、足を止めちまった。
ふてぶてしい笑みを見せながら、キングはそう詫びる。
キングの眼差しが告げていた。もう行っても構わない、と。
「ね、ルーさん」
「何だ」
「次会ったら、ルーさんも殺すかも」
「そうかい。そりゃ楽しみだ」
最後にキングとギャルは、そんな遣り取りを交わした。
――こうして穏便に事が片付いたのも、過去のよしみと単なる気まぐれでしかない。
そう伝えるように、ギャルは「にひひ」と悪戯な笑みを浮かべる。
対するキングもその意思に応えるように、不敵な笑いを見せていた。
「じゃーねっ」
「ああ。あばよ」
互いに別れの言葉を告げて、二人は背を向けて歩き出す。
ギャルはキングの語った言葉を、内心で咀嚼していた。
そして、この刑務が始まる前。
自らに“ジョーカー”としての取引を持ちかけてきた看守長との会話を振り返る。
夜明けを迎えつつある空の下で、微かに物思いに耽ったギャルだったが。
――――あーしは、今を楽しめれば何でもいいや。
やがて享楽の爆弾魔は、飄々とその場を去っていく。
つい先刻。旧知の仲であったアルヴドから、何処か憐れむような言葉を投げかけられたのを思い出す。
そのことも含めて、思うところはあったけれども。
何があろうと、結局自分には関係のない話だ。
そう結論づけて、今の彼女はそれ以上考えることを止めた。
【C–3/草原/一日目・早朝】
【ギャル・ギュネス・ギョローレン】
[状態]:疲労(小)、キラキラ
[道具]:学生服(ブレザー)。注射器、血液入りの小瓶×10
[恩赦P]:119pt
[方針]
基本.どかーんと、やっちゃおっ☆
1.悔いなく死ねるくらいに、思いっきり暴れる。
2.もうちょい小瓶足しといたほうがいいかもねー。
3.征十郎を追って南下する?
※刑務開始前にジョーカーになることを打診されましたが、蹴っています。
※ジョーカー打診の際にこの刑務の目的を聞いていますが、それを他の受刑者に話した際には相応のペナルティを被るようです。
※恩赦ポイントの増減は以下の通りです。
59P:前話時点
+100P:アルヴド・グーラボーンの首輪(無期懲役)
-10P:小瓶セット(3ヶ)×2
-10P:好きな衣服(漆黒のスーツ)
-10P:タバコ(1箱)
-10P:食料(1食)
=119P
【ルーサー・キング】
[状態]:左腕に軽い負傷、腹に微小ながらダメージ
[道具]:漆黒のスーツ、私物の葉巻×1、タバコ(1箱)、食料(1食)
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.勝つのは、俺だ。
1.生き残る。手段は選ばない。
2.使える者は利用する。邪魔者もこの機に始末したい。
※彼の組織『キングス・デイ』はジャンヌが対立していた『欧州の巨大犯罪組織』の母体です。
多数の下部組織を擁することで欧州各地に根を張っています。
※ルメス=ヘインヴェラート、ネイ・ローマン、ジャンヌ・ストラスブール、恵波流都、エンダ・Y・カクレヤマは出来れば排除したいと考えています。
※他の受刑者にも相手次第で何かしらの取引を持ちかけるかもしれません。
※沙姫の事を下部組織から聞いていました
※ギャル・ギュレス・ギョローレンが購入した物資を譲渡されました(好きな衣服、煙草一箱、食料)
69
:
名無しさん
:2025/04/06(日) 21:01:54 ID:xT11dHHg0
投下終了です。
70
:
◆H3bky6/SCY
:2025/04/06(日) 22:16:19 ID:xgNiCoDM0
ゲリラ投下乙です
>キング・ホリデイ
キングは裏社会を牛耳っているだけあって裏社会の面々をよく把握している、この辺の情報を生かして人を動かしている反社の鑑
昔のよしみで着替えをせびる暗黒街の皇帝、いつまでも濡れ鼠じゃかっこはつかないもんね、けどタバコと食料までせびるのはちゃっかりしてるぜ
開闢以降不老であるという謎多きギャルの秘密の一端が明かされた、直接的な因果までは不明だけど血行が良くなったんだろうか
キングが征十郎と出会ったことにより、いろんな因縁がどんどんブラックペンタゴンに収束していく、人口密度がえらいことになりそう
71
:
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:41:15 ID:WJkbnCdc0
投下します
72
:
BY-SEXUAL
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:42:11 ID:WJkbnCdc0
────自分を、知りたかった。
何故こんな超力(ネオス)を手に入れてしまったのか。
そんな風に考えたことは一度や二度じゃない。
むしろ、そう考えていない時間の方が少ないくらいだった。
物心がついた頃から、この力に悩まされてきた。
至って健全な男子として育ってきたからこそ、この姿になることが心底嫌だった。
身体も思考もクラスの男子たちとなんら変わらないのに、超力のせいで揶揄われた。
直接的ないじめがあった訳じゃない。
暴力を振るわれたわけでも、孤立させられたわけでもない。
けれどボクへ向けられる男子たちの目が、薄ら笑いが、ひそひそ話が。
生理的に受け付けず、ただでさえ脆弱な心を急速に摩耗させた。
────男のくせに。
やめてくれ。
────男のくせに。
そんな目で見ないでくれ。
────男のくせに。
もう、構わないでくれ!
いつの間にか、ボクは人が怖くなった。
それを自覚したのは、性別の違いが強く浮き出る思春期の頃。
ボクの超力を聞きつけて、変身してみてくれと強請った男子の目が怖くて。
同じ男のはずなのに、まるで理解できなくて。
自分という存在が分からなくなった。
不登校になったのは、それから一週間後だ。
本当の性別はどちらなのかだとか、生殖器はどうなっているのかだとか。
そんな質問を投げられている内に、嘔吐と目眩に見舞われて授業どころじゃなくなった。
母さんは、こんな自分を心配してくれて。
父さんは、基本的な勉強を教えてくれた。
聞くのが怖かったから真相は分からないけれど、きっとボクへ負い目を感じていたんだろう。
部屋に引きこもるようになってからはネットに触れてばかりで、そういう調べ物をすることも多かった。
超力の影響で人生を歪ませられる子供は、どうやらそう珍しくないらしい。
そんな子供たちを集めた施設なんかもあったらしいけど、見知らぬ人と出会うのが怖くて行く気になれなかった。
人を畏れたボクは、みるみる内に醜くなっていった。
過食による肥満気味の体型。
睡眠不足による目周りのクマ。
ホルモンバランスの乱れで荒れに荒れた肌。
とても人前に出れるような姿じゃなくて、それを自分と認めたくなくて。
パソコンのモニターが真っ黒になる瞬間、自分の顔が映し出されるのが嫌だった。
けれど、皮肉なことに。
ボクが引きこもる原因となった雌龍の姿は。
どんな絵画よりも美しく、可愛らしかった。
73
:
BY-SEXUAL
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:42:43 ID:WJkbnCdc0
今思えば、とんだ矛盾だ。
ボクはこの氷龍の姿が嫌いなのに。
ボクはこの氷龍の姿が好きだった。
いつしかボクは、氷龍の姿に依存するようになった。
人間としてのボクは醜悪だけれど、氷龍としてのボクは誰もが目を奪われる美しさを持っているから。
周囲と隔絶された状況なのに自尊心が保たれていたのは、この超力があったからだ。
ボクは無意識に、雌龍の姿が本当の自分だと思い込むようにしていたのかもしれない。
だからこそ、SNS上の関係で親交を深めた〝彼〟に拒絶された時──頭が真っ白になってしまったんだ。
男でいたいのか。
女でいたいのか。
ボクはきっと、選べない。
そんな中途半端で薄弱な意思が、こんな深淵(アビス)まで堕とさせた。
もうとっくにドン底だけど。
これ以上、下がないからこそ。
例え届かないとしても、光を見上げたい。
その為の一歩として、変わりたかった。
劇的な変化でも進化でもなく、ほんの些細なきっかけでいい。
超力を使えるこの刑務作業の間で、手がかりを見つけたい。
──フレスノさん。
──ローズさん。
──大金卸さん。
ボクがこの刑務作業で出会った人達は、世間的に見れば悪人なのだろう。
けれど実際に言葉を交わしてみて、ボクの思う〝悪人〟と大きく乖離していることに気が付けた。
刑務所の中でも人と関わる事を避けてきたから、この刑務作業がなければ一生知ることはなかっただろう。
彼らには、彼らの人生がある。
彼らには、彼らの苦悩がある。
彼らには、彼らの決断がある。
そうして紡がれた軌跡が。
この刑務作業を通じて、交わった。
だから、ボクも。
これがボクの物語だと、胸を張って誰かに語れるように。
北鈴安里を見つけるために、戦いたい。
自分の意思で。
自分の超力で。
────ボクは、答えを探すんだ。
◾︎
74
:
BY-SEXUAL
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:43:32 ID:WJkbnCdc0
睨み合いが続く。
不動立ちの大金卸は、無言のまま龍の双眸へと威圧交じりの視線を叩き付ける。
面積の大きい正面を見せた無防備な構え、とも見れるであろう漢女の格好。
けれど相対するは、かの大金卸樹魂。
まるで受けを想定していない、武術の何たるかを知らぬ佇まいであろうと、並の武闘家が裸足で逃げ出す覇気を伴えば。
それが彼女の〝臨戦態勢〟なのだと察するに余りあるであろう。
北鈴安里もそうだった。
猛者との実戦経験などない彼にとって、大金卸という相手はあまりに強大。
勝てるビジョンなどまるで見えないが、それでいいとばかりに安里は冷気を纏った吐息を声に乗せる。
「────いきます」
貴殿から来い、と。
己を試すような大金卸の瞳へ、凍てついた挑戦心を駆動させる。
初手から大振りな攻撃をするほど考え無しではない。
ざらめ雪を思わせる煌びやかな翼が羽ばたけば、凍て刺すような冷風が雹の礫を運ぶ。
時速で換算すれば180kmを越える氷の弾丸は、強靭な新人類の肉体であっても流血に至るであろう。
無論、これで決まるとは思っていない。
自分と大金卸との間に聳える壁はどの程度の高さなのか。
夥しい程の礫へどう出るのかを見て、彼女との力量差を推し量るつもりであった。
けれど次の瞬間、氷龍は目を疑うこととなる。
──ぱらり、ぱらりと。
凶礫が大金卸の肉体に触れる寸前、粉砕されてゆく。
まるで氷が自らの意思で、ひとりでに砕け散っているように映る珍妙な光景。
十、二十。そのまま三十の礫が破壊されても尚、安里はその現象を理解できない。
まるでタネのわからないマジックを何度も見せられているような感覚だった。
対して、立会人のイグナシオは確かに見た。
絶え間なく射出される機関銃の如き礫群を、的確に打ち落としてゆく大金卸の拳を。
最小限の動き、最低限の所作であるがゆえに。
安里の目は、それを〝行動〟と認識することさえ出来なかった。
「────ぇ、」
ようやく異変に気がついた安里。
漏れ出たのは、あまりにも間抜けな声。
仄暗い闇に慣れた目が偶然、彼女の拳が僅かに動くのを見てしまったから。
そこから導き出される答え──イグナシオが既に到達していたそれに気がついて、氷龍は焦燥のままに手を変える。
「っ、これ、なら……!」
身を屈め、氷爪纏う両手を地面へ叩きつける。
安里の手元、固いコンクリートの床が盛り上がったかと思えば、剣山の如く鋭利な氷柱が群れを成して漢女へと伸びる。
まるで氷で出来た大蛇のように。
地を這い襲い掛かるそれは、否が応にも不動の両足を崩さざるを得ないはずだ。
しかし大金卸は動かない、動こうとしない。
このままでは直撃してしまう、と。
安里は思わず彼女の身を案じた。
75
:
BY-SEXUAL
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:44:38 ID:WJkbnCdc0
「────せぇぁッッ!!!!」
しかしそれは、杞憂を通り越して侮辱。
漢女の咆哮と共に繰り出される地面への下段突き。
動作など見えず、突きが繰り出された後の大金卸の姿と────床ごと砕け散り、彼女を避けて後方へ伸びる氷柱群という結果だけが安里の目に映った。
笑いすら込み上がる。
同じ土俵に立ててすらいない。
闘争に身を置いている大金卸と、争いとは無縁の生活を送ってきた安里。
言葉に表すよりも大きく、この目で見なければ信じ難いほどの厚みが両者の間に存在する。
(…………やはり、ダメだ)
諦観するイグナシオ。
まるでかつての自分を見ているようだった。
戦いのイロハを知らず、超力に頼り切った奇襲で必殺を決めに掛かった愚かな〝ナチョ〟。
姿形こそ違えど、今イグナシオが見ている氷龍はそれであった。
狼狽を隠せず、荒げた吐息が白く舞う。
どうすればいい、次はどうすれば。
安里の動揺を見抜いた大金卸はといえば。
変わらず退屈そうに、不動のまま氷龍の蒼い虹彩を見据える。
「曲芸を見せるだけであれば、退がれ」
鋭い、研ぎ澄まされた刃物の如き睥睨。
傍らのイグナシオは思わず顔を強張らせる。
彼女の下で鍛錬を重ねた日々を思い出し、畏敬に似た感情を抱いた。
力をつけ、争い事に慣れたイグナシオの心胆でさえ揺らぐのならば。
それを直接浴びた安里の心情は、察するに余りある。
「────っ、は……! は、……!」
極度の緊張により過呼吸気味となる安里。
上手く脳へと酸素が供給されず、逃げ出したい気持ちに駆られる。
それを必死に抑え付けられている最大の理由は、イグナシオの存在だ。
もしもここで大人しく負けを認めれば、大金卸は迷わずイグナシオに矛先を向けるであろう。
それだけは、ダメだ。
自分を変えたいという欲望の以前、彼を消耗させたくないという大前提の思いからこの漢女へ挑んだのだから。
繋ぎ止められた精神は、辛うじて形を保つ。
「ほう」
それを見て、大金卸は短く唸る。
ここで立ちはだかる選択を取った以上、安里の戦意を汲まねばならない。
であれば、殺す気で来い。
半端な覚悟で挑むのならば、容赦はしない。
76
:
BY-SEXUAL
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:45:39 ID:WJkbnCdc0
(────わかっています、大金卸さん)
安里とてそれは承知している。
人を傷つけるため、力を振るうことが怖かった。
自分を拒絶した〝彼〟を殺してしまった時のように、加減を間違えてしまいそうで。
自分が自分でなくなるような感覚が嫌で、出来ればこの刑務作業でもそうなりませんようにと願っていた。
けれど、そんなことは言っていられない。
全力で、覚悟を決めて、戦わなければならない。
「すぅぅ────……」
汚れた工業地帯の空気を肺いっぱいに取り込む。
人間の十倍以上もの肺活量によるそれは、大気の振動を伴った。
やがて安里の胸がはち切れんばかりに膨らみ、海王星のような瞳孔がカッと見開く。
「──────ッ!」
瞬間、氷龍の口から放たれるは白銀の吹雪。
地球誕生以来、生物が立ち向かうことを諦めてきた自然災害の再現。
なるほど確かに。
人に向けられるには、あまりに無慈悲な災厄。
超低温の酷寒を浴びればたちまち眠るように意識を失い、そのまま氷像と化すであろう。
だからこそ、安里はこの力を振るうことを避けてきた。
大金卸樹魂は。
初めて、構えらしい構えを見せる。
上半身を大きく右に捻り、丸太のような右腕を肩の位置で引く。
それは殴るというよりも、〝投擲〟のような予備動作だった。
「つぇ────りゃァッ!!!!」
銀色の息吹へ、魔拳が振るわれる。
赤熱化した剛腕が、砲弾の如き熱波を生み出した。
形を持たぬ熱気と冷気の衝突。
それを制したのは、温度の高い方。
急速な気温差により猛烈な勢いで水蒸気が散り、周囲に濃霧をもたらす。
鱗を灼く熱気に安里が怯み、氷のブレスは役目を終えた。
何が起きた、と瞠目する氷龍。
対して拳を構えたまま、にやりと口角を釣り上げる漢女。
その両脚は、未だ不動。
三度に渡る猛攻をもっても、傷一つ付けるどころか一歩動かすことすら出来なかった。
77
:
BY-SEXUAL
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:46:18 ID:WJkbnCdc0
「………………そん、な」
ここまで遠いのか。
ここまで高いのか。
心中の泣き言を自覚して、みるみるうちに戦意が削ぎ落とされてゆく。
一丁前に啖呵を切っておきながらこのザマ。
自分はまだ何も得られていないし、大金卸もまた満ち足りていない。
だからもっと、戦わなければいけないのに。
だからもっと、立ち向かわなければいけないのに。
どうしてか、安里の身体は動こうとしなかった。
「今度は此方から」
安里の萎縮を感じ取ったのか、漢女が言う。
抵抗を試みようと目を見開くが、もう遅い。
翼をはためかせる暇もなく、爪を叩き付ける暇もなく。
一足跳びで肉薄を終え、拳を振り上げる大金卸の姿が視界を覆った。
◾︎
────怖い。
勝てない相手と戦うということが、こんなに怖いことだったなんて。
覚悟を決めず戦うことが、こんなに不安だったなんて。
ボクの思考は後悔と無念に包まれた。
やっぱりボクは変われない。
口先ではようやくそれらしい事を言えても、結局は臆病で半端な人間だ。
フレスノさんはなんて言うだろう。
よく頑張ったと、きっとそう言ってくれる。
彼は優しい人だから、ボクのことを責めたりはしないだろう。
大金卸さんだって、多分命を奪うことはしない。
ボクはそもそも敵として見られていないのだから、命を絶つまでもないと思われているはずだ。
けれどそれはつまり。
この戦いが、無意味で終わるということ。
何かを掴みたかったのに。
何かを変えたかったのに。
不思議と、迫り来る大金卸さんがゆっくりに映る。
一秒後、ボクは彼女に敗北するだろう。
けれどその一秒間は、残酷なまでに長く感じた。
ああ、どうして。
どうしてボクは、こうなった。
ボクも、なりたかった。
フレスノさんのように、子供を救うという夢を持ちたかった。
大金卸さんのように、性別の垣根を越えて堂々と生きたかった。
二人とも、引き篭っていたボクとはまるで異なる世界を歩んできたんだろう。
時には命の危機に瀕したり、挫けそうな逆境にぶち当たったりしたはずだ。
ボクは、そういう人生を歩もうとしなかった。
傷つくことも、傷つけられることも怖かったから。
そうならないように、壁を避けて歩いてきたんだ。
そんなボクが彼女を満足させるなんて、所詮は夢物語だったんだ。
コンマ数秒後に届くであろう彼女の拳を前に、ボクができた悪あがきといえば。
長い尻尾で、顔を隠すことくらいだった。
その行動に、自分が嫌になる。
この期に及んでもまだボクは引き篭ろうとしている。
ああ、やっぱりボクは。
大金卸さんのようには、なれない。
78
:
BY-SEXUAL
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:47:01 ID:WJkbnCdc0
『なあ、アンリ』
『ちょっとは胸張れよ』
『自分で自分を認めなきゃ、どうにもならねえだろ』
────違う。
この人のようになんて、ならなくていい。
誰かのようになんて、ならなくていい。
ボクは、ボクだ。
誰かの背中を追うよりも先に、やることがあるだろう。
理想を夢見る前に、一歩踏み出すことを忘れていた。
他人に夢を着せようとするな。
誰かのように、なんて近道をしようとするな。
北鈴安里という人間を受け入れなくちゃ、なにも始まらない。
果てない夢を見るのは、その後でいい。
臆病で卑劣な安里。
それを受け入れるのは、確かに嫌だけど。
それでもいい、それでもいいんだ。
こんな自分でも、胸を張って生きようとすれば。
──きっとなにか、変われるはずだから。
それを自覚した瞬間、途端に恐怖が消え去った。
絶対に勝てるはずがないと思っていた大金卸さんへ、反逆心が湧き上がった。
勝つとか負けるとか、そういう話じゃない。
彼女はきっと北鈴安里を〝ナメて〟いる。
だったら、見返してやろう。
ボクは貴方が思っているより、少しはやる人間なんだって。
荘厳な顔立ちを驚きに染められたのなら、もうそれで十分だ。
迫る拳。
到達する事が確定している痛みと衝撃。
ボクはそれから逃れることを放棄して、尻尾を突き出した。
渾身の一撃だと、確信した。
躊躇も悩みも捨てて放ったそれは、自分でも驚くくらい冴え渡っていた。
大金卸さんの目が、ほんの少しだけ見開いたのが見えて。
──ボクの意識は、そこで途絶えた。
◾︎
79
:
BY-SEXUAL
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:47:41 ID:WJkbnCdc0
氷龍がゆっくりと倒れ伏す。
巨躯がドライアイスのように溶けて、気を失う安里の姿が顕となる。
それを静かに見下ろす漢女の顔は、どこか憂いを帯びていた。
「…………見事であった」
ぽたり、ぽたりと。
彼女の胸に刻まれた一文字の裂傷から、赤い雫が滴り落ちる。
無機質な床に垂れたそれは、白み始めた空の下、鮮やかに晒された。
────奇跡的な一撃だった。
盾に使われていた筈の尾が靭り、明確な攻撃の意志を持って刺突を繰り出した。
大金卸が両脚を離れた瞬間、隙と呼べるのは本当にその一瞬。
天文学的なタイミングに放たれた尾撃を、漢女は空中で身を捻り躱そうとしたが、失敗。
直撃を避けはしたものの、血飛沫が舞った。
しかしその動揺は彼女の動きを阻害するに至らず、反撃の拳で安里の顎を揺らして決着。
勝敗で言えば誰が見ても安里の惨敗。
けれどその終幕を、イグナシオは信じられないものを見るかのような目で見ていた。
「まさか…………こんな、ことが」
イグナシオの記憶にある大金卸樹魂とは、無敵の存在であった。
共に行動をした時間は長くはなかったが、いつも先陣を切る彼女は苦戦らしい苦戦を見せなかった。
だからこそイグナシオは、自ら彼女に立ち向かうことを避けてきた。
そんな無敵の存在が。
大金卸樹魂が血を流している。
それが如何に異常な光景なのか、イグナシオだからこそ理解する。
「アンリくん、君は」
イグナシオは安里を、かつての自分(ナチョ)と重ねていた。
きっとこの戦いも一方的で終わると思っていたし、途中まではそうだった。
「とても、立派でしたよ」
けれど終局の間際。
安里は殻を脱ぎ捨て、一矢報いてみせた。
恐怖を克服した安里は、あの時のナチョとの決定的な違いを見せつけた。
地に座り安里の身体を支えるイグナシオ。
その顔は柔らかく、どこか慈悲に満ちていた。
恵愛の視線を向ける大人の姿。大金卸は確かに、イグナシオの成長を感じ取る。
「ナチョよ、彼は」
「……ええ。かつての私と同じく、己の在り方に悩む一人でした」
「そうか」
けれど、きっともう悩んではいないだろう。
大金卸が見た氷龍の目は、高い壁を乗り越えたかのように燃え上がり。
火星のような、鮮やかな色を持っていたから。
「目が覚めたら伝えてくれ。〝強くなれ〟、と」
だからこそ余計な助言はしない。
我を通したいのならば、更に力をつけろ。
大金卸から見て、北鈴安里はそれが出来る人間だったから。
仁王立ちでイグナシオを見据える漢女の瞳は、かつて見た〝師〟のそれであった。
「変わりませんね、貴方は」
だからこそ、イグナシオは。
寝息を立てる安里を抱きかかえ、漢女を睨む。
「──やっぱり貴方は、史上最低の悪人だ」
予想だにしない言葉に、大金卸は面食らう。
垣間見た過去の情景を懐かしむこともせず、突き刺すような敵意を顕にするイグナシオ。
漢女は彼の意図を掴みかねて、思わず訊いた。
80
:
BY-SEXUAL
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:48:25 ID:WJkbnCdc0
「なぜ、そう思う」
「自覚がないのですね、貴方らしい」
沈み始めた月と、昇り始めた太陽。
工業地帯の向こうの海原、顔を出す朱色に照らされる両者の顔。
二人の顔には、陰りが掛かっていた。
「大金卸樹魂の在り方は人を狂わせる。何処にも属さず、何にも染まらず、己の力だけで闇の中を突き進む────そんな自由の象徴に焦がれ、何人の子供が道を外したと思いますか」
大金卸樹魂。
投獄される以前は、半ば伝説のような存在として各国に語られていた。
裏社会、組織、政治、宗教、情勢。
開闢の日を経て目まぐるしく移り変わる世界を、裸足で渡り歩く自由の宣教師。
忍び寄る悪意を身一つで振り払い、気ままに闘争を繰り広げる格闘家。
命を奪う事に拘らず、結果として人を救う立場となったことも何度かある。
その大きな背中を見て。
虐げられ、誰かの喰い者にされるだけであった弱者は強く憧れて。
戦いの道を選び、邪道に走らせる。
こんな生き方をしてもいいのだと、闘争という狂気に充てられる。
「強くなれ、と。貴方が何気なく投げたその言葉に従い、何人が志半ばに倒れたか。弱者に無関心な貴方はきっと興味がないでしょう」
ナチョがそうであったように、彼女を狙う使い捨ての少年兵は幾人も居た。
彼女の戦力を鑑みて、大人数で動いたところで被害が大きくなるだけだと判断した組織からの刺客。
無論それは彼女を討つためではなく、己の縄張りで勝手する者を黙認しないという周囲への〝アピール〟目的だ。
向けられるその悉くを大金卸は打ち倒し、強くなれと激励を投げて立ち去って行った。
そうして、言葉通り組織へ背いた子供達は。
彼女の言う〝強さ〟を得る前に、裏切り者として処刑された。
彼女の在り方を目指した子供達は。
人を傷付ける為に超力を鍛え、裏社会に目を付けられて始末された。
「…………、……」
大金卸はその事実を知らない。
過去に拘らず、前を進む事しか知らぬ彼女は。
自分が過去に打ち倒した者がどうなろうとも、記憶の片隅に留めることすらない。
大金卸にとって自分に見逃された者は、〝敗者〟でしかないのだから。
「貴方が強者を屠ることを責めるつもりはありません。けれど貴方の生き方は、弱者にまで手を掛けているのも同然なのですよ」
大金卸は押し黙る。
イグナシオの面罵をただただ受け入れるかのように、言葉を挟まず聞き手に回る。
その態度、魅力的とさえ取れる基盤こそが人を狂わせる要因なのだと。
なんの腹積もりもなくそれをしてのける大金卸は、死ぬまで理解できないだろう。
「けれど、本当にタチが悪いのは」
一方的に捲し立てていたイグナシオが、一呼吸置く。
やがて苦虫を噛み潰したような、複雑な面持ちを、手元で眠る安里へと伏せた。
「────誰も、貴方を恨めないことだ」
大金卸樹魂の生き様に脳を灼かれた者は。
たとえ死の間際であろうと、自身の行いに悔いを持たない。
一度でも漢女のようになれたなら。
一度でも弱者から抜け出せたのなら。
この選択は間違いではなかったのだと、心の底から生涯に誇りを持つのだ。
81
:
BY-SEXUAL
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:49:22 ID:WJkbnCdc0
己の人生を狂わせた大金卸へ、恨み言を吐くことさえ許されない。
そのカリスマ性はもう、半ば〝洗脳〟にも似ている。
違いと言えば、本人の悪意の有無だろうか。
それが無いからこそ、〝タチが悪い〟とイグナシオが評する形となったのだが。
その中には、きっと。
大金卸と出逢わなければ、ごく普通の人生を歩めた者もいるだろう。
振り翳された自由は闇に堕ちた者だけでなく、内藤四葉のような少女にも影響を及ぼした。
もしもあの瞬間、少女の前に大金卸が現れなければ。
内藤四葉は、こんな深淵に堕ちることなどなかったはずだ。
「樹魂さん、貴方の本当の罪は、人を救える力を持ちながら微塵も〝正義感〟を持ち合わせていないことです」
「…………正義感、か」
ジャンヌ・ストラスブールが民を導く御旗ならば。
大金卸樹魂は、闇夜の中静かに佇む灯台。
その光を目指して藻掻く道を選んだ者は、理想の海に溺れ死ぬ。
救いの手を差し伸べるわけでもなく、振り返るわけでもなく。
己の言動に責任を持たず、欲望を満たす様は────紛れもなく〝悪人〟だった。
「もし樹魂さんが正義感で行動していれば、歴史に名を刻む英雄になり得たはずです。なのに貴方は、修羅の道を選んだ。……それこそが、貴方の罪だ」
念押しするように、固く告げるイグナシオ。
大金卸は瞳を閉じて、彼との記憶を想起する。
彼と築き上げた師弟じみた関係もまた、ナチョが強敵となるようにという打算の下での成り立ちであった。
「ナチョは、我のことを恨んでいるのか?」
だからこそ、問う。
心当たりがあるからこそ、イグナシオの糾弾から目を背けない。
それを受けた男は数秒黙り込み、観念したかのような面持ちで口を開いた。
「さっき、誰も貴方を恨むことが出来ないと言いましたね」
つい先程イグナシオ自身が述べた言葉の反芻。
大金卸は静かに頷き、彼の続きを待つ。
やがて自嘲と共に紡ぎ出された言葉は、酷く震えていた。
82
:
BY-SEXUAL
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:50:12 ID:WJkbnCdc0
「私も、その一人ですよ」
────頭では分かっている。
幼きあの日、彼女と出会ったことで戦闘に享楽を見出すという異常性が染み付いてしまった。
それがノイズとなり、探偵業に支障が出ることもしばしばある。
もしも自分に手を差し伸べてくれたのが、安里のような善意に満ちた人間であれば。
こんな地獄に堕ちることもなく、もう少しマシな人生を歩めたのかもしれない。
けれど。
心の中は、まるで違う。
彼女と出会わなかった世界など、想像できない。
自分の人生は、大金卸樹魂なくしては有り得ないと断言出来てしまう。
心の底から、彼女と出逢えて良かったと────そんな風に思ってしまう。
だからこれは。
恨み言ではなく、彼女への〝忠告〟。
どうかこれ以上罪を重ねないでくださいと、弟子からの〝願い〟だった。
「…………ナチョよ、我は────」
大金卸の言葉を遮るかのように、遠くで爆音が響き渡る。
工業地帯から北東の方角、音の方向を見遣れば遠目に映る森林地帯から発せられる赤と白の輝きに続き────そこから少し離れた場所にて、大規模な水蒸気爆発。
時刻は黎明、その瞬間まさしくフレゼアとジルドレイの衝突と、恵波流都と葉月りんかの死闘が行われていた。
「行くのですか」
大金卸の心情を見抜いたイグナシオの問い。
少しの沈黙、それこそが答え。
ああやはりこの人は、どこまでも自分の欲に忠実だ。
昂然とした面持ちにどこか苦悩の陰を乗せて、やがて重々しく告げた。
「…………ああ」
「そうでしょうね。ならば最後にひとつ、これだけは言わせてください」
「聞こう」
この人の闘争意欲は止められない。
誰よりもそれを理解しているイグナシオは、安里の頭を撫でながら大金卸の瞳を見据えて。
「たまには貴方も、〝善意〟というもので動いてみたらいい」
と、助言を下す。
地の底で何を言うかと、己の行いを棚に上げた台詞に心中で毒づくが。
それでも、今からでも。
たとえこんな救いようのない場所だけであろうとも。
大金卸には、〝英雄〟として生きて欲しかった。
83
:
BY-SEXUAL
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:50:53 ID:WJkbnCdc0
対して、漢女は。
「…………考えておこう」
それだけを告げ、巨躯が掻き消える。
床に刻まれた足跡だけが、彼女が存在していたことの証拠となった。
「……偉そうに。お前が善を語る資格などないだろう、イグナシオ」
残されたイグナシオは、独りごちる。
普段携える微笑みは、自分自身を嘲笑うように歪んでいて。
どこか満足気な顔を浮かべる安里とは対象的だった。
「アンリくん、ありがとうございます」
その感謝は、何に対するものか。
きっと、気付かせてくれたことに対して。
暴力とは怖いことだ、いけないものなのだと。そんな当たり前のことを今更になって気付かせてくれた。
善意とは決して腐り落ちぬものなのだと、大金卸に一矢報いて証明してくれた。
まるで長年の悪夢から醒めたような、澄み切った感覚。
探偵の目は、海辺へと向けられる。
朝焼けに染まる漆黒を映す双眸は、どこまでも遠く。
旅愁の彼方を見つめていた。
【F-1/工業地帯/一日目 黎明】
【北鈴 安里】
[状態]:顎と脳にダメージ、疲労(大)、気絶中
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.自分の罪滅ぼしになる行動がしたい。
1.暫くは、生きてみたい。
2.イグナシオの方針に従う。
3.本当に恩赦が必要な人間がいるなら、最後に殺されてポイントを渡してもいい。けれど、今はもう少し考えたい。
4.スプリング・ローズには死んでほしくない。
※イグナシオの過去、大金卸とのあらましについて断片的に知りました。少なくとも回想で書かれた全てを聞いているわけではありません。
まだ聞いていない部分について、今後間違った妄想や考察をする可能性もあります。
【イグナシオ・"デザーストレ"・フレスノ】
[状態]:腕に軽い傷
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.子供や、冤罪を訴える人々を護る。刑務作業の目的について調査する。
1.安里の目が覚めるまで待つ。
2.自分の死に場所はこの殺し合いかもしれない。
※ラテン・アメリカの犯罪組織との繋がりで、サリヤ・K・レストマンのことを知っています。
※島内にて“過去に島民などがいた痕跡”を再現できないことに気付きました。
◾︎
84
:
BY-SEXUAL
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:51:22 ID:WJkbnCdc0
工業地帯を風の如く駆け抜ける漢女。
高速で溶けていく周囲の景色を気にも留めず、彼女の頭の中にはイグナシオの言葉が反響していた。
『たまには貴方も、〝善意〟というもので動いてみたらいい』
彼の言うことは、理解出来る。
己の生き方が一般的に見て逸脱しているというのも、承知の上だ。
けれど、やはり理解できない。
人の言う〝善意〟とはなんなのか、分からない。
────大金卸樹魂は生まれつき、善意が欠落していた。
幼い頃から、己の欲望に従い生きてきた。
誰かのために動くということを、一度足りともしてこなかった。
その気紛れが好転し、結果として善意のように見えることはあったが、大金卸からすればあくまで私利私欲を叶えただけ。
大金卸樹魂は、怪物と呼ばれて然るべき存在なのだ。
『何故ですか、師範』
『何故私は、後継者になれないのですか』
疾走の最中、かつての記憶を思い返す。
開闢の日より12年前、大金卸が13の頃。
日本の山奥、秘境の村と呼ばれる地────かつて〝拳聖〟と呼ばれた老人が師範を務める道場の門下生として、武を磨いていた。
彼女の天賦の才は幼い頃から遺憾無く発揮され、他を寄せ付けぬ圧倒的な強さを誇った。
ゆえに次の後継者は彼女で決まりだと、他ならぬ大金卸自身が確信していたが。
『お前の武は、我欲に満ちている』
その一言により、その夢は潰えた。
同時に、他者のために拳を振るえるのならば後継を認めようと告げられた。
けれど彼女が拳を振るうのは、常に自分のためだったから。
大金卸樹魂はひたすらに武を磨き、師範を越えることで道場を制する道を選んだ。
異常と言えよう。
上辺だけであろうとも、他者の為に力を振るえると一言宣言すればいいだけなのに。
拳聖とまで呼ばれた伝説の師範を、武力で打ち倒す道を選んだのだから。
それほどまでに、大金卸は〝善意〟を理解出来なかった。
それを気にせずとも。
満ちた人生を歩めているのだから、それでいいと思っていた。
けれど、あの脆弱だったイグナシオの変貌は。
彼を戦わせない為にと立ち向かった安里の進化は。
きっと、善意からくるものなのだろう。
であれば少し、興味がある。
他人の為に力を振るうということが、何を意味するのかは想像すら出来ないけれど。
それでも、その先にあるであろう光景に────少しだけ、興味が湧いた。
【E-2/工業地帯付近 草原/一日目 黎明】
【大金卸 樹魂】
[状態]:胸に軽微な裂傷と凍傷、疲労(中)
[道具]:なし
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.強者との闘いを楽しむ。
0.爆発地点(C-3、D-2付近)へ向かう。
1.新たなる強者を探しに行く。
2.万全なネイ・ローマンと決着をつける。
3.ネイとの後に、呼延光と決着をつける。
4.善意とはなにか、見つけたい。
85
:
◆NYzTZnBoCI
:2025/04/07(月) 23:51:40 ID:WJkbnCdc0
投下終了です。
86
:
◆H3bky6/SCY
:2025/04/08(火) 20:39:26 ID:VFi70Rnw0
投下乙です
>BY-SEXUAL
超力社会の歪みを受けて性別すら曖昧だった安理くんがイグナシオ、ローズ、大金卸さんと様々な出会いを通じて不確かな自分を掴もうとしている
無敵の漢女に一矢報いるまでの成果を見せた素晴らしき成長コンテンツ、しかしジュナイブルな成長物語をやるにはこの刑務作業は環境が過酷すぎるぞ、安理くんはこの先生きのこれるのか
大金卸さんはありのまま無邪気にふるまってその漢女気で人を惹きつけて多くの人へ影響を与える武の人たらし、その影響の被害者であるナチョとしても憧れを振りまくから憎めないのは性質が悪い
周囲の影響を顧みず自らの道を突き進む、影響力があるからこそ自然災害のように周囲に被害と恵みをもたらす悪、被害を考えればシャバから遠ざかってアビス墜ちもやむなしか
87
:
STAND&FIGHT
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:37:12 ID:8Jj.OZX.0
投下します
88
:
STAND&FIGHT
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:37:46 ID:8Jj.OZX.0
◆
「そこを、通させては貰えないか」
仁成の要望に、応えるものは、無言の圧力。
無言で構えを取って立つエルビスの放つ殺意が、仁成の全身に重く伸し掛かる。
まるで、今にも転がり落ちる巨岩を目の前にぢているような、即座に行動を起こさなければ、己が死ぬという圧力。
「無期懲役同士、互いに見逃す訳も無し、か」
常人ならば、錯乱して逃げ出すか、忘我のままエルビスに撲殺される。それ程の“圧”を受けて、泰然自若と応じる仁成。
四葉の様な、闘争の歓喜と戦意に満ちている訳でも無い。平常心のままに、自然体で立って入る。
四葉とエルビスとの戦闘で、刃に紫花が斬り飛ばされ、剣風で吹き散らされた場所に立ち、エルビスの圧を悠然と受け流している。
「実力行使か」
エルビスの構えはセミ・クラウチ。見惚れる程に極まっている構えだが、その為にエルビスの使う戦技は、仁成には筒抜けだった。
拳闘士。感じる圧と、眼前の立ち姿を見れば力量すら看破出来る。
強者。それも破格と呼んでも過言では無い程の。
仁成は全身の力を抜いて立つ。一見すれば弛緩している様にも見えて、その実何処にも隙など無い。
エルビスがどんな攻撃をしてきても対応出来るだろう距離を保ち、仁成はエルビスの状態を観察する。
エルビスの褐色の肌は複数箇所が赤く変わり、呼吸は常態より僅かに深い。
仁成と入れ替わるように逃げて行った少女の存在を考えるに、あの少女と戦って。相応に疲労したのだろう。
動かないのは、疲労の回復を待っているのと、紫花の腐敗毒で、仁成が弱るのを待っているのだろう。
加えて咲き乱れる紫花が放つ腐敗毒。花の無い場所に立っていて尚、身体を蝕む猛毒。
時間が経つ程に、エルビスは回復し、仁成は削られていく。
睨み合って時間を無為に過ごすのは、愚行というべきだった。
仁成は緩やかな歩調で歩き出す。晴れた春の日に、花を観ながらそぞろ歩くような、戦意も闘志も感じさせ無い歩行。
あまりの“気”の無さと、緩やかでかつ隙の無い歩き方に、さしももエルビスも動け無い。
一歩。二歩。三歩…六歩を歩いた仁成は、流れる様な極々自然な動きで、懐からグロック22を抜いて、発砲した。
狙いは、腹。
人体の中でも最も可動せず、骨に守られてい無い内臓が詰まった部位は、当たれば甚大なダメージを齎す。
歩く動作に完全に組み込まれた銃撃は、エルビスに何の動きもさせる事なく。見事に腹部に命中した。
89
:
STAND&FIGHT
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:38:12 ID:8Jj.OZX.0
────思ったよりも呆気無い。いや、拳闘士(ボクサー)だから、不意の銃撃には脆いのか?
感じた圧と、構えから感じ取った技量に比して、あまりにも脆く崩れ落ちたエルビスをみて、そんな感慨を抱きながらも、仁成の歩む足は止まら無い。
エルビス・エルブランデスの事は知っている。
逃亡生活の最中に名を聞いた、常勝無敵の王者。
"災害(Desastre)”と並ぶ中南米の裏社会で轟く伝説。
顔を見るのは初めてだが、構えを見ただけで、王者(エルビス)だと確信できた。
だからこそ、銃を用いた。拳の届く範囲内に踏み込む事なく、決着を着けに行った。
不意の銃撃を卑怯とは思わない。殺し合いに乗っている相手に卑怯もラッキョウも無いが、新時代に於いての対人戦闘は、未知の超力(ネオス)による奇襲を避ける為に、先ずは距離を置いて対処する。
日本ですら、警官は暴徒鎮圧用のゴム弾を装填した散弾銃を標準装備して、犯罪者を遠距離から制圧する。
日本以外の国では、逮捕歴が無い為に超力(ネオス)が未知の犯罪者は、射殺前提で対処される。
超力(ネオス)の存在を考えれば、初見の相手に対して銃を用いる事は、卑怯でも何でも無い。
ましてや相手は『ネオシアン・ボクス』の絶対王者、エルビス・エルブランデス。
身長は250cmを超え、体重が220kgもある様な、人というよりもバケモノと呼ぶのが相応しい者達が、フィジカルとタフネスにものを言わせて壊し合う人外魔境。
そこに君臨した、常勝不敗の“絶対王者”。
ボクシングはエルビスの世界であり、エルビスの帝国。
そのエルビス・エルブランデスの拳の届く範囲で戦うなど、余程の阿呆か戦闘狂か、それともエルビスの事を知らぬ無知か、エルビスを舐めているか。
仁成はその何れにも該当せず、エルビスの脅威を正しく把握している。殴り合えば、死ぬと。
転がしてしまえば話は別だが、エルビスがそう簡単に倒れるかどうか、ましてや咲き乱れる紫花が、寝技に持ち込むことを封じている。
何にしても、エルビスの実力を知っているからこそ、銃を用いる事を、仁成は正当な行為だと認識している。
仁成は全く恥じる事も、省みることも無く、蹲ったエルビスへと近付き、4mの距離を置いて立ち止まると、銃口をエルビスの頭に向ける。
この距離なら外さない。エルビスが反撃してきても、対応出来る。
そう、確信して引き金を引き────。
◆
90
:
STAND&FIGHT
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:38:39 ID:8Jj.OZX.0
────アレは…何だ?
視界に写る光源が何なのか、ぼんやりと思考する。
────照明……?天井?
視界の中に広がる板と、点在する光源。
あれは天井だと認識する。
────天井!?
自分が何故天井を見上げているのか、理解できぬままに、上を向いて宙を舞っている現状を、脳が正しく認識した。
途端に、激しく頸とアゴが痛み出す。
仁成は、己が何故宙を舞っているのかを、正しく把握した。
エルビスは、飛来する銃弾を見切っていたのだ。
その上で、敢えて受けた。
そして、無力化された振りをして、油断した仁成が近づいてくるのを待ち、立ち上がって瞬足で距離を詰めて、渾身のアッパーを決めたのだ。
気が付いたら天井を見上げていたというのは、殴られて意識が僅かな時間断絶したのだ。
身を捻る。床を見る。着地を決め────視界の端に“死”が映った
即座に両腕を上げて、頭部をガード。頭部を肩に押し付けて、更に迫る“死”と逆方向へ跳ぶ事で、襲い来る拳に備える。
衝撃。今まで生きてきた人生で、初めてだと断言できる衝撃。
感じた感触は、拳というよりも、岩。
それも雲よりも高い高空から落ちてきた巨岩、だった。
常人ならば、ガードした腕ごと、頭を殴り潰される。
そうで無くとも、腕の骨が砕ける。
人類最高クラスの肉体を有する仁成だからこそ、そうならずに済んだ拳撃。
気づいていなければ────気付くのが遅れていれば、死んでいたと確信できる威力。
仁成の体は、床と水平に6mも宙を飛び、床に接触、数度バウンドして漸く止まった。
拳を受けた両腕に、酷い痺れが走り、仁成は舌打ちした。
────こんな拳、三度も受ければ腕が使えなくなる。
痺れる腕を上げて、構えようとした時には、すでにエルビスが2mの距離にまで接近していた。
仁成は素早く身を沈めることで、エルビスの拳打から逃れつつ、伸ばした右脚を旋回させて。エルビスの足を狩りに行く。
ボクサーは根本的に蹴り技に脆い。
蹴りを用いず、左右の拳だけで戦う拳闘士であれば、当然と言える。
上段や中段には、反応も対応も能うだろうが、下段ともなればそうはいかない。
ましてや仁成の放った蹴りは、地面スレスレの高さを旋回している。
ボクサーには対処出来ない────認識できるかも分からない蹴りである。
それを────エルビスは当然のように躱してのけた。
それも、跳躍だの後退だのといった動きでは無く、仁成の蹴り脚を跨ぐという形で。
驚愕に見開かれた仁成の眼は、それでもなお、仁成を殺すべく繰り出されたエルビスの拳を、冷静に見極めている。
両手を床に着き、左足の力と合わせて跳躍。エルビスの拳が届く範囲外まで逃れると、更に跳躍 エルビスとの間に7m程の距離を稼ぐと、手に持った拳銃の引き金を引く。
仁成が引き金を引くより早く、エルビスが右拳を、左から右へと振るい出した。
銃弾が発射され、銃声が響く。同時に振るい抜かれるエルビスの拳。
仁成の前髪が拳風で逆立ち、仁成の耳は、空気が引き裂かれる音を聴いた。
91
:
STAND&FIGHT
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:39:09 ID:8Jj.OZX.0
「嘘だろ……」
人類最高峰の身体能力を持つ仁成の耳は、確かに聴いた。エルビスの拳に銃弾が粉砕された音を。
タイミングを読んで、適切に拳を振るう。
言ってしまえば単純だが、実際にやられると、驚きを禁じ得ない。
更に、銃弾を弾き飛ばしたのでは無く、打ち砕いたとなれば、尚更だ。
驚愕して動きの止まった仁成を、エルビスが見逃す筈は無く、猛速で距離を詰めて、顎。鳩尾。心臓。肝臓。胃へと殆ど同時に放たれる六連撃。
全てが急所を狙う、岩すら砕く剛拳。どれか一つでも受ければ、それだけで勝敗が決しかねない。
仁成は咄嗟に後ろへと飛ぶ。エルビスの拳が起こした風が、仁成の肌を粟立たせた。
死地から逃れた安堵を噛み締めながら、グロックをエルビスへと向ける。
何処でも良い。当たりさえすれば良い。当たって、エルビスの動きが止まれば良い。
その意図の元放たれた銃弾は、虚しく床を穿っただけの結果に終わる。
仁成が銃口を向ける動きを始めると同時に、後ろへとエルビスが回り込んでいた。
仁成の背筋を悪寒が走り抜けた。このままでは、隙だらけの背面に、エルビスの拳が飛んでくる。
腎臓、背骨、延髄。何処を撃たれても致命傷となる。
脇の下に銃を突っ込み、後ろも見ずに発砲。銃声は、二度。
エルビスが後ろへと飛んだ事を感じつつ、空中で身を捻る。
着地するより早く、再度発砲。
当たるかどうかは,どうでも良い。エルビスの行動を阻害出来ればそれで良い。
更に念を入れて、後ろへと転がる。
床に転がるのと殆ど同じタイミングで、仁成の頭のあった位置を、エルビスの拳が通過した。
大気を引き裂く轟音に、仁成の背を冷たいものが走る。
視界に映ったエルビス目掛けて、銃口を向ける。
エルビスが仁成へと拳を撃ち下ろす。
撃ったところで、銃弾がエルビスの拳に粉砕されるだけと知り、仁成は転がってエルビスの拳を躱し、素早く立ち上がると、エルビスへとまた銃口を向けた。
エルビスの姿が消える。凄まじいフットワークで、仁成の側背へと回り込んでくる。
仁成は、エルビスが動いたタイミングで前進。エルビスが直前まで立っていた位置へと立つと、改めてエルビスと向かい合った。
此処まで濃密な攻防を繰り広げ、経過した時間は、20秒と経っていない。
腹から血を流すエルビスを見て、筋肉を締めて銃弾が深いところへ到達する事を防いだ事を知り、防いだとはいえ、腹部に銃弾を受けてアレだけの動きをしたエルビスに対し、仁成は脅威の認識を更に引き上げる。
92
:
STAND&FIGHT
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:40:15 ID:8Jj.OZX.0
◆
◆
仁成は息を整えながら、銃を仕舞う。
エルビスを相手に、馬鹿正直に正面から撃ったところで通用し無い。
それに、腐敗毒で銃が痛む。機構が複雑な自動拳銃にとって、この環境は酷というものだった。
だからといって、使わ無いというのは愚行である。
エルビスに対して、『銃撃に対処する』という行動を強要できる。このアドバンテージを捨てる気は毛頭無い。
隠し持った上で、此処ぞというべき時に使う。
隠し持つ事で、常にエルビスに『銃を何時使われるか』という事を警戒させ、意識と思考のリソースを割かせる。
銃を使わずとも、持っているだけで、これだけの利益を得る事ができる。
仁成は銃を何時でも使える様に、懐にしまうと、右半身をエルビスに向けて立つ。
居合の構え────。鞘内と構え間合いと動きを隠し、神速の抜刀で敵を斬り伏せる剣技。
エルビス視界からは、仁成が腰に帯びた刀は、完全に隠匿されていた。
構えを崩さぬまま、仁成はエルビスへと距離を詰める。
エルビスが動いても動かずとも、間合いに入った刹那を逃す事は無い。
間合いに入ると同時に、抜刀する。
居合に於ける抜刀とは、即ち斬撃である。
間合いに入れば、斬り殺すという事だ。
エルビスは、不動。
クラウチング・スタイルで立ち、その両眼は、仁成の一挙手一投足はおろか、呼吸や瞬きすら見逃さぬとばかりに、仁成を見据えている。
物理的な圧力すら感じさせる眼差しを浴びて、仁成は泰然自若とした、弛緩すら感じさせる態で、エルビスへと迫る。
間合いにエルビスが入る。
仁成は更に近づく。
エルビスは未だ動かず。
やがて、エルビスを刃圏に捉えた仁成の全身が駆動する。
全身の筋肉と関節を連動させ、神速の抜刀が、エルビスを両断せんと鞘走る。
だが、仁成が“抜き”に行くよりも、極小の差で早く、エルビスが猛然と地を蹴った。
仁成は何度目になるか判らない驚愕に襲われる。
理術で言うならば、仁成の“気”を読んだのだろう。平常心のままに斬りにいく仁成の“気”を読むとは、凄まじい感覚だった。
だが、納得出来ない。
何故?拳闘士でしか無いエルビスが、蹴り技を簡単に回避し、更には剣技にすら対応出来るのか?
有り得ない。有り得ない。
そう思う仁成はエルビスの戦場を知らぬ。
エルビスの君臨した帝国を知らぬ。
◆
93
:
STAND&FIGHT
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:40:54 ID:8Jj.OZX.0
◆
ネオシアン・ボクス。
“目の肥えた”観客達に、身体能力が飛躍的に上昇した強者達による“制限無しの殴り合い”を観せるところから始まり。
『開闢の日』により、筋肉と骨の強度が、心肺機能が、各内臓の能力が、劇的に高まった為に誕生した、旧時代では有り得ぬ巨躯の人間による殴り合いへと変わり。
最終的には、常時発動型の亜人ですらが、リングに立つ様になった裏格闘技。
競技としての体裁を保つ方向へと進んだ“表”と違い、見せ物として発展していったネオシアン・ボクスは、際限無く過激で、戦うものには過酷な戦場だ。
階級制・無し。時間制限・無し。ラウンド制・無し。両の拳のみを攻撃に用いるというだけの制限しか無く、背面への攻撃や、倒れている相手への攻撃すら有り。
“表”では全面的に禁止されている超力(ネオス)ですらが、飛び道具の類でなければ認められる。
禁止されている事ですら、審判や客にバレなければ使用し放題。
この血生臭く混沌に満ちたルール下で、旧時代からのボクシング技術のみで戦い抜き、絶対王者として君臨したエルビス・エルブランデス。
必然として、凡ゆる攻撃を体験している。
見えない飛び道具を撃ってくる者が居た。長い腕で、直立したまま足を刈ってくる者が居た。
何の前触れも無く腕を増やして、複数の腕で殴りつけてくる者も居た。
蟹のような甲殻で全身を覆った巨人。タコのような身体を巧みに運用した男。毒針を高速で打ち込んで来た小柄な男。馬鹿力と爆撃で猛攻を掛けてきたアメリカ人。放電能力を持った半病人のような男。
エルビスより巨きい者。エルビスよりも力が強い者。エルビスよりも速い者。全員が全員。強力な超力(ネオス)を用いて来た。
だが、エルビスよりも強い者は一人として居なかった。
それが、エルビスがネオシアンボクスという王国に君臨出来た理由。
無敵の双拳を以って全ての敵対者を撃ち砕いた戦王は、人類の極峰といえどもそうは容易く首は取れぬ。
ましてや、エルビスは先の四葉との一戦で、対武器も経験した。
既に戦王の武に隙は無く、只々実力で上回る以外に、抗する術など有りはしない。
右手を強かに打たれ、仁成の手から刀が飛んだ。
◆
94
:
STAND&FIGHT
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:41:19 ID:8Jj.OZX.0
◆
王者(チャンピオン)の名など要らない。
無敗の称号も。
常勝の誉も。
この双つの拳で対峙した敵悉くを撃ち倒した誇りも。
全て要らない。
只一つ望むものは────、
身体は必要だ。自由を掴む為に。
技術は必要だ。恩赦を得る為に。
戦歴は必要だ。闘って勝つ為に。
名も栄誉も誇りも捨て去り。
『ネオシアン・ボクス』の絶対王者は、ただ一人の女への愛の為に戦う。
◆
95
:
STAND&FIGHT
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:41:58 ID:8Jj.OZX.0
◆
1m四方も無い、狭い空間に、殺意と闘志が漲り鬩ぎ合い、致命の拳打が乱れ飛ぶ。
━━━━勝てないな。“今”は。
エルビスのラッシュを避け続けながら、仁成は“今”の勝率について、冷徹に思考を重ねていた。
顔の数mm横を、”死”が疾り抜ける。
躱してカウンターのストレート。躱した先へフック。
エルビスの拳に弾かれ、弾かれた拳に思い痺れが広がっていく。
拳闘(ボクシング)は、エルビス・エルブランデスの君臨する“帝国“だ。
咲き乱れる紫骸は王者(エルビス)の布いた法(ルール)。
寝技に持ち込む事を固く禁じ、従わぬ者には腐敗の罰が下される。
ならばと組みつけばどうなるか。
仁成の刑務服の、腕から胸の部分が溶けている事が、雄弁に物語る。
タックルに行った際に、接触した部分から咲いた紫骸に溶かされたのだ。
極めるな。投げるな。掴むな。組むな。転がるな。
STAND(立って)&FIGHT(戦え)。
紫骸の花は、王者(エルビス)の王権の証。
叛けば腐敗の罰が下される。
立って戦う限り、エルビス・エルブランデスは絶対の“強”を誇る武王である。
その双拳は、数多の敵を撲殺して来た鋼の戦鎚。
新たに戦鎚が吸う血の主は、只野仁成。
────転がせれば、どうにでも料理できるんだが。
胸中に思うも、意味は無い。
エンダが居れば、彼女の能力で、花の上に幕を敷いてもらうことで、寝技に持ち込めるのにと思うが、居ない者を頼っても仕方が無い。
────仕切り直すか。
ヤミナがどうやって二階へ行ったのかは定かでは無いが、エルビスが居る以上、誰も二階へは行けないだろうし、ヤミナも降りる事は出来はしまい。
エルビスの顔へと鋭い左ジャブを放つ。
エルビスが顔を僅かに振って回避したところへ、親指を突き出して眼窩を狙うも、逆に額を指目掛けて叩きつけて来た為に、急いで左手を引っ込める。
次いで右のフック。スウェーで躱したところへ、そのまま右の肘をエルビスの喉へと叩き込む。
あっさりとブロックされ、砲丸でもぶつけられたのかと思う程に、重い拳が腹へと直撃し、仁成は盛大にゲロを吐きながら後退る。
────さっきの娘。此奴と戦って、良く生き残れたな!
入れ替わりで逃げていった少女(四葉)の事を思い出して、僅かに苦笑を浮かべた。
仁成が逃げる時間を作ってやった様なものだが、エルビスの脅威を身を以て知った以上、あの少女は最早捨て置けない。
回復する前に、殺しておくべき“強敵”だった。
96
:
STAND&FIGHT
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:42:21 ID:8Jj.OZX.0
「まぁその前に、こっちが…殺されそうなんだが」
距離を詰めてくるエルビスへと、背を向けて逃げ出す────と見せ掛けての右の後ろ蹴り。
エルビスが拳を振るうタイミングに合わせ、回避と攻撃を兼ねた奇襲。
強かに足の甲を打たれて、右足が跳ね上がる。
その勢いを活かして、大きく前方へと飛び、前方宙返りをしながら、銃を抜く。
発砲。エルビスは当然の如く回避。側面へ回り込んで距離を詰めてくるのに合わせて、再度発砲。
躱されるも、その間に着地を決めて、仁成はエンダがと合流する為に走り出す。
エルビスが当然の様に追ってくる。
絶対王者に刃を向けた愚者を屠らんと、戦鎚を振るって追ってくる。
仁成が振り返る。
このまま逃げても追ってくる。
追いつかれれば、死ぬ。
拳を握る。
取る構えは、理想的な中段正拳突きの構え。
世の格闘家や武道家が見れば、我を忘れて見惚れ、いつかは俺もああなりたいと、そう願わずにはおれない。それ程に完成された構え。
だが、“拳”の業が、エルビス・エルブランデスに通じるのか。
拳の絶対王者に届くのか。
届く自信が、仁成には有った。
身体の回転。踏み込みによる推力。体重移動。全身の筋肉と骨を連動させ、仁成の肉体が生み出せる全ての力を込めて、中段正拳突きを放つ。
彼我の距離は、4m。
拳など到底届かず。代わりに届いた物があった。
拳に押し出された空気が、剛体と化してエルビスを襲う。
曰く、“遠当て”。曰く、“百歩神拳”。
触れずして敵を撃つと言う絵空事。
然し、旧人類を超越する身体能力を持った新時代の人間が、極限にまで鍛え上げた肉体と、“達した”功を併せ持ちいる時。絵空事は現実のものとなる。
人類の極峰たる只野仁成にとっては、夢物語に等しい魔拳も、極当たり前の様に使える技術に過ぎない。
これで斃れる訳はないが、確実に動きは止まる。
その隙に逃げる。逃げてエンダと合流する。
この条件下に於いて、エルビス・エルブランデスは、あの大海賊、嵐の王(ワイルドハントマン)ドン・エルグランテに匹敵、或いは凌駕する絶対者だ。
逃げる事も、数を頼む事も、仁成は卑怯とは思わない。
闘争など、所詮は只の手段に他ならないのだから。
◆
97
:
STAND&FIGHT
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:42:56 ID:8Jj.OZX.0
◆
剛体と化した空気が、仁成の拳に代わってエルビスを打ち倒す。
その────筈が。
エルビスの拳が、放たれた魔拳を粉砕した。
仁成の口から、間抜けな声が出て漏れた。
仁成は知らぬ。先刻逃げていった少女(四葉)が、未熟とはいえ既に遠当ての絶技を披露していたことを。
一度見て仕舞えば、同じ拳技など練度を問わず、拳の絶対王者、エルビス・エルブランデスには通用しない。
致命の隙を晒した仁成へと、エルビスが迫り、絶死の戦鎚が振われ、乾いた破裂音がした。
◆
98
:
STAND&FIGHT
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:43:16 ID:8Jj.OZX.0
◆
「死ぬかと思った……」
仁成は廊下をフラフラと歩いている。
エルビスの決めの一打に対し、咄嗟に後ろへと跳びながら、銃撃を行えたのは、エルビス・エルブランデスならば、遠当ての魔拳といえども対処出来ると、心の何処かで思っていた為だろうか。
銃撃を受けたエルビスの動きが止まり、後ろに大きく飛ばされた仁成は、距離を稼ぐことに成功し、何とか逃走に成功できた。
この結果が、偶然か必然かは兎も角、仁成は生きている。
あの紫骸の王国で、無敵の絶対王者と交えて、生きているだけでも胸を張れる成果だったが、仁成の評定は暗い。
「あんなのが居たら二階には行けないし、さっき逃げていった娘がエンダに出逢っても拙い」
エルビスと戦い、生き延びただけで無く、相応の疲労と負傷をさせた少女(四葉)は、どう考えても脅威だ。
手負いであることに変わりは無いが、エンダが一人で出会えば殺されかねない。
速やかに、エンダと合流し、エルビスとあの少女(四葉)に対し、備えるべきだろう。
「とんでも無い階BOSSが居たもんだ」
愚痴をこぼすと、身体d中の痛みを堪えながら、仁成はエンダとの合流を急ぐのだった。
【E-4/ブラックペンタゴン1F 南西ブロック 階段前/1日目・早朝】
【只野 仁成】
[状態]:疲労(大)、全身に傷、ずぶ濡れ、服の全面が溶けている、精神汚染:侮り状態
[道具]:デジタルウォッチ、、グロック19(装弾数22/13)、図書室の本数冊
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.生き残る。
0.放送までブラックペンタゴンに留まる。
1.エンダに協力して脱出手段を探す。
2.今のところはまだ、殺し合いに乗るつもりはない。
3.エンダが述べた3人の囚人達には警戒する。
4.家族の安否を確かめたい。
5.エンダと合流してエルビス及び少女(四葉)に対処する
※エンダが自分と似た境遇にいることを知りました。
※ヤミナの超力の影響を受け、彼女を侮っています。
◆
99
:
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:45:22 ID:8Jj.OZX.0
◆
エルビスは腹筋に力を込めて、腹部に刺さった銃弾を排出する。
筋肉を締めて攻撃を防ぐのは、当たり前のように用いる防禦の手段だが、それでも鋼の刃や銃弾ともなれば只では済まない。
“アビス”に落とされる死刑囚や無期刑を受けた囚人達を、少なくとも四人殺さねばならない以上、傷を受けるのが愚行というもの。
その為に、少女(四葉)にしろ男仁成)にしろ、攻撃を受けずに躱す事に専念したのだが、それでも銃弾を二発も受ける事になったのは痛恨のミスだった。
傷は軽微に留めたとはいえ、傷つき疲労して誰も殺せていないというのは問題だった。
逃げた男女、何方も手負。
男は軽傷だが近くに居るいる。
女は重傷だが、距離を稼がれた。
さて、何方を追って仕留めるか。
それとも此処に留まるか。
黙考しながら、エルビスは拳を繰り出す。
左右のストレートが空を切り裂き、離れた壁が打撃音を立てた。
「便利な技だ」
エルビス・エルブランデス。拳の絶対王者。
その才と武練とは、拳の究極といっても良い魔技を、二度見ただけで会得させた。
新たなる武器を手に、常勝の戦王(チャンピオン)は、何処へと向かうのか
【エルビス・エルブランデス】
[状態]:疲労(大)、幾らかの裂傷、腹に銃創(軽) 強い覚悟
[道具]:
[恩赦P]:0pt
[方針]
基本.必ず、愛する女(ダリア)の元へ帰る
1.男(仁成)と少女(四葉)何方を追うか
2."牧師"と"魔女"には特に最大限の警戒
3.ブラックペンタゴンを訪れた獲物を狩る。
100
:
◆VdpxUlvu4E
:2025/04/11(金) 10:47:13 ID:8Jj.OZX.0
投下を終了します
題名ですが
STAND & FIGHT
です
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