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コンペロリショタバトルロワイアル Part5

1 ◆lvwRe7eMQE:2024/09/29(日) 23:36:36 ID:E2fLuZUk0
コンペロリショタバトルロワイアルへようこそ
俺ロワ・トキワ荘にて進行中のリレーSS企画です。
当企画では新規書き手様を随時募集中です。

流血等人によっては嫌悪を抱かれる内容を含みます。閲覧の際はご注意ください。

wiki
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ルール
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376僕を連れて進め ◆lvwRe7eMQE:2025/04/24(木) 01:34:52 ID:hjXWG/gY0

「なにを、なにを笑っているッッ──────────!!!!?」

どうなっている。なぜ、こんなことになっている。

ネモの協力者であり、孫悟空という人物の息子と思われる少年。
最初に血気術の類似技のような青の光芒に巻き込まれ、体を焼かれた際は憤り腸が煮えくり返るところだったが、無惨は怒りを抑えて言ったのだ。

私はネモという参加者の仲間で、孫悟空はネモの協力者だ。敵ではない。
その胴着……ネモから聞いた特徴と一致する。お前は、悟空の息子の孫悟飯ではないか? 私達が争う必要はない。

悟飯は呆気にとられたように立ち止まり、無惨は敵意が消えたのかと構えを解いた。
しかし、それが無惨の勘違いであったことは、最早いうまでもない。

「お父さんは騙されている」

しきりに繰り返す悟飯の言葉を、無惨は未だに理解できずにいた。

「……なんの、話だ」

こうして対話を試みようと、疑問を投げかけることすら無意味だと分かっていながら、無惨はたまらず声を漏らす。

「おかしいと思っていたんだ。お父さんがここにいるなら、シャルティア、ヤミ、黒ドレスの女、シュライバーのような悪い奴等がのさばっているはずがない」

「どういう理屈だ」

「お父さんが、全員やっつけていなきゃおかしいんだ。ネモとかいう奴がお父さんを騙したんだな。
 僕も騙されたんだ。美柑さんか、沙都子さんか、イリヤさんか──────いや、もう誰でも良いや。
 だから、絶対に騙されないぞ。お前らがお父さんを騙せても、僕は騙されない」

本当の気狂いを目の当たりにして、無惨が抱いた感情は呆れだった。

「貴様は殺してやる。よくも、お父さんを騙したな」

「孫悟空など、顔も知らぬというのにッッ!!!!」

その推理は破綻している。妄想にしても、支離滅裂すぎる。
美柑、沙都子、イリヤ、全く聞いた覚えのない名前を連ねて、騙されたと吹聴して悟空が同じ状況に陥っているという判断。
あの脳内でどのような思考を経てから、この結論に達したとでもいうのか。
同じく悟飯が口にしたあのシュライバーの方が、まだ話が通じていた。

背の鉄線を翼のように展開し、悟飯を覆う。
正面から突貫する悟飯の顔面を潰すべく、茨の腕が振るわれる。

「────────ッ」

悟飯は微動だにしない。
油断と慢心。
かわせばいいものを、何を思ったか直接防ごうとでも考えたのか。
無惨は悟飯の笑みを見て、それが驕りであると軽蔑する。

(馬鹿め)

その強さは鬼の始祖をも超えるが、所詮は人間だ。
人間の持つ体の強度には上限がある。どれだけの怪力を誇り、神速を持ち、技量を高めたとしても、肉体の耐久には超えられない上限が存在するのだ。
腕を乱雑に、暴力的に、一直線に振り回すだけの単調な攻撃ではあるが、それこそ無惨が人を超えた鬼である証。
ゆえに、技など不要。隔絶した強さがあるのだから、振り回せばいずれ当たり死ぬのだから。
どんな生物であろうと、当たりさえすれば、あの継国縁壱といえど八つ裂きの肉片に変わという確信があった。
奴も同じだ。悟飯も当たれば、殺せるのだ。

377僕を連れて進め ◆lvwRe7eMQE:2025/04/24(木) 01:35:25 ID:hjXWG/gY0


銃声のような弾ける爆音が炸裂した。


「────!!? ッッ、ぐぉ……!!」

幼い手の中に、鉄線が束ねられ、茨の腕がその脇に挟まれ止められる。
一瞬にして全ての攻撃の軌道を読み、悟飯はその全てを制圧した。
固められた触手たちは、微動だにしない。その力の差はまるで、蟻と象が綱引きをしているようだ。

「おおっ……ぉッ!!!」

無惨は、触手の付け根を脆くして、自ら後方へ飛び退く。
ブチブチと皮膚が裂ける音を耳にしながら、無惨は体を引き千切って悟飯から離脱する。

(縁壱ですら……あの化け物すら、避けていたぞッ!!!?)

乃亜の言うハンデとやらか? シュライバー、魔神王との戦闘で疲労したのか?
言い訳のように理由を探すが、そのどれも他ならない無惨自身が否定する。
単に強いのだ。あの悟飯という少年は、無惨が対峙した何者をも凌ぐ。
縁壱が背筋を冷やした斬撃も、悟飯にとってはあっさりと捌けてしまう。女子供の張り手と、何ら変わらないというだけの話だ。

「──────!!!」

悟飯の眉が僅かに歪む。
無惨の腹部が裂けていき、ギザギザの歯が生えたかと思うと、大きく開口したのだ。
牙だらけの口腔から、音もなく空気が放出される。
不可視かつ感知不可の衝撃波が、無惨を起点に前方へと一帯を飲み込んだ。
鉄筋の建造物が圧し折れ、アスファルトの道路は粉々に砕かれ、窓ガラスは一斉に割れる。
突風が吹き荒れ、砂塵を巻き起こし、粉塵になった破片は刃のように荒れ狂う。
砂埃の立つ中で人影を認識して、無惨は瞠目した。

「終わりか?」

ニタニタと笑い、挑発的な表情を浮かべた悟飯は仁王立ちで立っていた。
胴着が僅かに破けて、砂埃が悟飯を汚していたが、当の悟飯本体には傷一つついていない。

「く、ッ────!!!」

無惨の、全ての脳が同様の結論を導き出す。

逃亡。

踵を返し、騒音に釣られてやってきた龍亞と神戸しおを認め、そして一切の情も関心もなく無惨は走り去ろうとする。
無言で走る。彼らに逃げろと、一言声を掛ける手間すら惜しんだ。

ネモと再合流の際に、二人を使って信用を得るだとか、他の参加者へ無惨の姿をした魔神王による誤解を解かせるといった事は、全て頭から抹消された。
優先すべきは無惨自身の命、生き続ける事こそが無惨にとっての宿願。

「情けない奴め」

無惨の顔面に拳が飛び込む。
駆ける方向へ置かれたように振るわれた打撃は、見事に顔面を潰して埋め込まれていく。
尻餅をつき、そのまま頭から後転する。

「ぐおォオオオォ……!!」

無惨は自身の前方へ回り込んだ悟飯を睨み付ける。
逃げに徹した無惨を、あっさり追い抜く脚力。
さしもの無惨も愕然とした。

「どうした? セルだって、まだ抵抗はしたぞ」

知らぬ。そんな者、興味もない!!

叫び。無惨は悟飯から離れようと飛び退いた。
だが、その距離は一向に縮まらない。

「きさ……ッ!!?」

音もなく悟飯が既に肉薄していたのだ。
棘を生やした腕を鈍器のように振り回して、叩き潰そうとする。
だが、それよりもずっと素早く、悟飯の打撃の雨が降り注いだ。

378僕を連れて進め ◆lvwRe7eMQE:2025/04/24(木) 01:36:07 ID:hjXWG/gY0

「ぐおおおおおおおおおああああああああああああああッッ!!!!」

全身を打ち付ける拳の連打。
無惨の腕を無造作に振り回すそれと同じく、技などではなく、ただ思いっきり殴りつけるだけの代物。
ひたすらに力の限り、これまでの鬱憤を晴らすかのように拳に様々な感情を入れる。
幸い、目の前のこれは簡単には壊れない。
何回殴ってもすぐに治ってくれる。

「ご、ッ……ぉ……ぉ、ぐ……ッ……」

数秒間、機関銃のように連続して殴られ続けた無惨は、赤黒いボロボロの肉塊のようになっていた。
それでも気の感知は悟飯に、無惨からまだ暴力的な生命が損なわれていないことを知らせる。
まだまだ終わらない。悟飯はそれに感謝すらして、笑みをより激しく歪めた。
殴っても良い奴を、思うがままに殴れるので心が落ち着いた。
雛見沢症候群による狂乱の中で、昂ったサイヤ人の闘争心が満たされていく。
この時だけは、狂気より戦闘への喜びが勝っていた。

「お前を殴っていると……蛆虫が、見えなくなる」

「な……な、ん……」

ぐじゅると肉塊が蠢いて、俊國と呼ばれた無惨の擬態を形作っていく。
修復された口で、呂律の回らないままに理不尽に対し抗議をする。

「お前のせいか? あの蛆虫は、お前が見せているんだな」

サイヤ人の戦闘本能が、暴力を行っている時のみ雛見沢症候群の幻覚を抑えているとは、悟飯が知る由もない。
無惨を殴れば、幻覚が消える。ダメージを与え続けて殺せば、これは治るのだと短絡的な結論に至るのは早かった。
とにかく何でもいい。誰かを壊していれば、狂気はさらなる狂気で上書きできる。
どうせ狂うのなら首を掻くより、誰かを壊して喜びを得る狂気の方がマシだった。

「ふ、ふざ……ふざけるなぁッ!!!」

じり、と砂を踏み鳴らす音が近づき、仰向けで地べたに倒れた無惨を見下ろす悟飯。
無惨は上体を起こして、顎から鼻の下までをキツツキの嘴のように変形させる。
嘴は湾曲し、縄のようにたわむと、悟飯の首元へと向かった。

(首輪の爆破には耐えられまい)

どれだけの埒外の化け物であろうとも、乃亜により一度は捕縛され枷を嵌められている。
忌々しくもそれは無惨も例外ではない。
乃亜に逆らう者、全ての命を奪い去れる首輪という絶対の戒め。
無理に外そうものなら、即座に起爆する。
例え鬼の始祖を赤子扱いするような、宇宙最強の戦士であっても、その爆破には耐えきれない。

「……ふっ」

首輪に触れる寸前、悟飯の強靭な拳の中に嘴が掴まれていた。
掌の中で自身の血を滲まなせながら、ぎりっと手を軋ませ、万力のように締めつけて、無惨を釣り上げたように持ち上げる。
伸びた餅のように伸縮する体が、撓っては引き寄せられ、無惨は地面へ叩きつけられた。

「っ、ぐごッ……!!」

固い地面に叩きつけては持ち上げて、再び振り下ろす。
作業のように延々とその行為を繰り返し、アスファルトには罅が入り、それが徐々に広がりクレーターのようになっていく。
巨大な団扇を仰いで風を送り込むかのように、連続して叩きつけられる無惨。
全身の肉が潰れて、骨が突き出し、その骨もまた荒いアスファルトの表面と摩耗して擦り減って、砕けていく。
血が全身を染めて、肌色の箇所が見つからない程に真っ赤になって、悟飯はそれでもまだ手を緩めない。

「お、ぉ……お、ッ……ぐ、が……ぁッ、ああああああああああああああああああッッッ!!!」

伸ばした嘴を自ら切断し、無惨は悟飯に振り回された勢いのまま後方へ吹き飛ぶ。

「貴様ァアアアアアアァアアアアアア!!!」

無惨は空中で姿勢を戻して、地面へと着地を決める。
棘を生やした腕を伸張させ、悟飯へと振り翳すがあっさりとキャッチされた。

悟飯は腕を握ったまま、無惨へ好戦的な視線を飛ばす。

379僕を連れて進め ◆lvwRe7eMQE:2025/04/24(木) 01:36:28 ID:hjXWG/gY0

「う、ッ……ぁ、ぐ……おおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ────!!!」

掴まれた腕を引き千切るように、無惨は俊國の体躯で乗せられるだけの体重を掛けて、体を前のめりに斜め下へ傾ける。
鋼鉄のような、悟飯の拳の中に握り込まれた腕の箇所はそのままに、無惨の腕はぶちぶちと音を立てて千切れていった。

「なッ……!!?」

そして千切れた腕の切断面から、柄が西洋風の刀が顕われた。
無惨の腕の中に埋め込まれていた刀は、体内から押し上げられた肉に多段ロケットの要領で体外へと飛び出す。
悟飯もまさか取れた腕の内部から、武器が仕込まれていたとは想像できずに、驚嘆が判断と行動を僅かに鈍らせた。

(奴に過去さえ────挟めれば!!)

ブックオブジエンドの力は切りつけた対象に過去を挟む。
殺せなくとも良い。殺傷力など不要。
一度当てれば、あとは無惨にとって都合のいい過去改変を行い、この不毛で無意味な戦闘を打ち切って終わりにできる。

(奴の体は鋼のように硬いが、不意を突けば脆くなる。
 一定の強度を維持するのに集中が必要らしい)

首輪を狙った嘴の攻撃を受けた時、悟飯の手からは僅かに血が滴っていた。
本来ならば、そこで無惨の血を送り込めば、毒にできたのだが乃亜のハンデにより毒性が抹消されており、効果はなかったが、あの時確かに悟飯は血を流したのだ。
悟飯も無惨と同じくハンデによる弱体化で、気を緩めた箇所への不意打ちであれば、僅かだが傷を入れることは可能である。それを無惨は、自らの目ではっきりと見た。

(頼む……頼むから、斬られろ!! 今すぐにッ!!!)

悟飯の胸に、ブックオブジエンドの先端数mmが刺さる。
十分だった。十分すぎる戦果だ。
ほんの僅かでいい。虫に刺された程度に切れさえすれば、それでどうにかなるのだ。

「波ァッッ!!!」

だが、切っ先は服を裂いて、悟飯の胸板に触れる寸前、膨大な衝撃に襲われ刀身が砕けた。

「ぐあ、ッ……ご……ぉッ……!!!」

悟飯が高めた気を体外に放出し、豪風のように彼を中心に荒れ狂う。
悟飯の意志により指向を得た疾風は、無惨1人へと叩き込まれる。
咄嗟にシルバースキンを纏いながらも、瞬時にスーツが罅割れ砕けていく。
さらに悟飯は両手を翳して、気功弾を繰り出して、集中砲火を行った。

「がああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」

シルバースキンが完全に解除され、生身の状態で全身が焼かれていく。
それでも、夜ランプだけは庇い死守して、日光の直撃を回避しているのだけは流石は鬼の始祖というべきか。
しかし、日光で死ぬか、悟飯に嬲り殺しにされるかの違いでしかなく。また、そのどちらもそう遠くない内に達成されてしまう予感が無惨にはあった。

「ぐ、ぅ……く、ァ…………ァ、ぉ……」

体内の肉を操作して、皮が焼けて爛れた筋繊維が丸見えになった無惨の肉体が、膨らんでいく。
手段は最早一つ。
全身の細胞を肉片にして、この場からの迅速な離脱。
首回りの細胞は活動が制限されている。だから、それ以外の四肢を爆散させ、悟飯の目晦ましとする。
首から上の頭部と、鎖骨から下の胸部を残して、他全ての肉片を弾けば、乃亜の制限に触れる事無く肉体を分散させることが叶う。
まだ、シュライバーや魔神王などの猛者どもが跋扈するこの島で、肉体を一気に消耗することに不安は残るが、手近な子供を殺して肉を補充すれば問題はない。
ここに居残り、悟飯に殺されるよりはずっとマシだ。

「逃がすか」

体が爆散するコンマ数秒前、無惨の額が掴まれる。
まさか、と思った。無惨は戦慄し視線を上方へ向けて、全身を打ち震わせる。
悟飯がいた。無惨を掴んで、気を込めている。

「────────ッッッ!!!!」

無惨の顔が下顎だけを残して、掌から放出された光線に喰い千切られた。

無惨にとっての不幸は、悟飯が気を操る技を持っていた事だろう。
肉片を飛ばすまでの間に、無惨の体内で気が無数に分裂し変動していた事に気付いた悟飯は、無惨の行動に予想がついた。
セルのような、核(コア)さえあれば、如何なる肉体の欠損からも回復する再生力を目の当たりにしていたのも、憶測を促進させる。
無惨の戦闘手段も鑑みて、肉体を細切れにして逃亡を図るという行動へ先手を打てた。
瞬時に距離を縮め、無惨の肉体操作が及ばない首輪付近の頭部へと攻撃を仕掛ける。
予想通り、首輪付近の部位にダメージを与えてやれば、分裂しかけた気の動きが停止した。

380僕を連れて進め ◆lvwRe7eMQE:2025/04/24(木) 01:37:03 ID:hjXWG/gY0

(ど……どうすれ、ば……)

初めてだ。怒りではなく、純粋なまでに答えを欲していたのは。
もう誰でも良い。この答えを知りたい。
どうすれば、無惨はこの窮地から脱することができるのか。
あらゆる事柄に、自分一人で対処し続けた無惨にとっての、初めての限界であったともいえる。

「──────た、助けないと……」

龍亞の肉眼では、あの二人の戦闘を全て追いかけられず、気付けば無惨が一方的に嬲られているという認識にしかならなかった。
だが、自分達が置かれているのが窮地であるのは理解しており、また無惨が死ねば次は自分達の番だ。
カードを取り出し、デュエルディスクにセットしようとする。

「駄目!」

その腕をしおに抱き付かれる形で妨害される。

「何やってんだよ! 無惨を助けないと、次はオレ達が……」
「あの人がやられているから、あの男の子は私達を無視しているんだよ? もし龍亞君が攻撃してやり返しにきたら、私達じゃどうにもならないよ!
 あの人だから、まだあの程度で済んでるって分からないの!!?」

しおの言葉に、龍亞もはっとして手を止めた。

悟飯は無惨を叩きのめすのに夢中になっている。その理由までは推し量れないが、自分達に気付きながら無視しているのだ。
もしも、それを邪魔するようなことをすれば、真っ先に龍亞達を襲うだろう。
そして為す術もなく殺される。

「龍亞君……あの人、置いて逃げちゃお?」

しおの判断は非常ではあったが、これ以上なく合理的な判断だった。
龍亞から見てもしおは無惨に対して全く思い入れがないのは分かる。
それで肝心の戦闘で役に立たないのなら、せめて時間を稼いでいる間に逃げるというのは、むしろ当然の考えだ。
龍亞も無惨を見捨てることを、一瞬でも考えなかったと問われれば嘘になる。

「私達が一緒に戦っても、あの男の子には勝てないよ。
 あの服装……きっと、悟空お爺ちゃんの子供の悟飯君だから……すごく強いと思う。
 私達は早くネモさん達にそれを知らせようよ。悟空お爺ちゃんなら、やっつけてくれるから」

パワーツール、スターダスト……主戦力のカードは二枚残っている。
しおを連れてここから離脱する上での戦力は十分でもないが、不足もしていない。
無惨を犠牲にして逃げたとして、自分達を責める者も多分いないだろう。
ネモやあのメリュジーヌだって悟飯という男の子に勝てるビジョンが浮かばない。
龍亞としおが残ったところで、死体が二つ増えるだけだ。

「……いや、駄目だ。無惨は助ける」

しおは、龍亞を見つめながら、そのあとでゴミを見るような目で無惨へと一瞥をくれた。

「どうするの? 龍亞君が喧嘩で悟飯君を倒すの?」

奇麗事ならいくらでも言えるが、現実的な課題として悟飯を退ける手段がないのだ。
しおの声は、彼女にしては低いドスの効いた声になっていた。

「オレ達が逃げても、あの悟飯って子は追いかけてくるよ。
 まだ、壁になってくれる無惨がいた方が、安全なくらいだ」

逃げたとして、既に龍亞達を認識した悟飯がそのまま放置する方が違和感がある。
無惨を殺してから、すぐに追い付ける自信があるかもしれない。
メリュジーヌのように空を飛べるのなら、上空から探索されたら一たまりもないだろう。
だから、まだ戦力が充実した今の内に手を打つべきだ。

「たしか……あれが使えれば」

ランドセルを下ろして、龍亞が珍妙な機械を一個取り出した。

「なにそれ」

「ぴょんぴょんワープくんDX……て、言うんだけど……ワープって意味わかるかな?」

「……分かるよ。いくつだと思ってるの?」

低学年だからって、大分馬鹿にされているのかなと、僅かに不機嫌な声でしおは返事をする。
龍亞も少し気まずくなりながら、機械をがちゃがちゃと弄り出す。
名前の通りワープできるアイテムであれば、この場からの安全な離脱には役立つ。

381僕を連れて進め ◆lvwRe7eMQE:2025/04/24(木) 01:37:44 ID:hjXWG/gY0

「動くの?」
「い……いや、その……」

だが、もしもそうであるならば、何故ここまで龍亞がこれを使おうとしなかったのか。
すぐに悟飯と遭遇する前に、ネモや最低でも悟空がいる筈のカルデアまでワープすればいいものを。

「ちょ、調子が悪いみたいで……」

元々、それはシカマルの支給品だった。
沙都子とメリュジーヌからの退避に使用する予定であったものでもあり、
影真似の術でメリュジーヌを封じて、その間に梨沙に起動を指示する策だったのだが、
メリュジーヌの想定以上の力量に動きを封じるので手一杯になり、指示が出せず、
なおかつ「無垢なる湖光」の発動で、ランドセル内にしまっていたというのに当たり所が悪かったのか、故障してしまっていた。

「くそっ……動けって、おい!」

龍亞はパンパンと機械を叩く。
機械のランプは点灯するので、完全な故障ではないようだが、内部の接触が悪くなっているようだ。


「叩いても意味ないよ……龍亞君、私より未来の世界の人なんでしょ? 機械に詳しいよね」


さとうと一緒に何気なく見ていたテレビの洋画でムキムキのおっさんが、飛行機を罵倒して飛ばしていた場面を想起させた。
もちろん、あんなものはフィクションだ。そう簡単に壊れた機械が治るわけがない。

「そ……そうだけど……」

幾分、しおよりは機械の扱いに長けているが、ネオドミノシティの一般人が扱える家電の域は超えていない。
遊星のようなメカニックではない龍亞には、やはり即興で機械を修理するような芸当は難しい。

「それ、ネモさんは直せなかったの?」

しおに具体的な策は明かさなかったが、首輪の解析には自信がある様子だったのは分かる。
機械にも人一倍明るく、修理ぐらいならできそうだった。

「なんか、ネモも見たことがない技術で、ダヴィンチとかいう人がいればどうにかなりそうだって言ってたけど……」
「あの人の剣なら……」
「え?」
「もしかしたら、だけど……龍亞君────」

しおは声を潜めて、龍亞へ耳打ちした。

「飛翔せよ!! スターダスト・ドラゴン!!!」

デュエルディスクにセットされたカードが光を帯び、星屑の龍が実体を持ち現出する。

「なんだ?」

無惨を甚振っていた悟飯も、凄まじい光量を放ちながら大空へと舞い上がるドラゴンの姿に意識を向けた。
それを召喚した龍亞と横にいるしおを、初めて敵として意識する。
無惨に比べ、戦闘力は皆無である為に後回しにしても構わないと考えていたが、特殊な力を持つのなら容赦はしない。

「シューティング・ソニック!!」

ドラゴンの口腔から光が集約し、ブレスとなって放流される。
青く煌びやかな光芒は濃縮された高密度のエネルギー。
悟飯は両腕を交差して、眼前に翳し気を練り上げて防御力を上げていく。
体に圧し掛かる重圧を感じながら、悟飯はさらに気を上げて肉体を補強。

「無惨さん!! これ直して!!!」

龍の咆哮と息吹の衝撃音に掻き消されそうなほどのしおの叫びを、鬼の聴覚は鋭敏に聞き取った。
無惨は、ぐじゅぐじゅと蠢いて再生を続ける皮も被っていない、赤黒い肉の表面を剥き出しにしたまま駆け出す。

(あの剣……私の前で、実験していた時に……)

まだ龍亞と合流する以前、無惨はブックオブジエンドの使い勝手を試していた。
それは砕いた石に切りつけて、砕ける前の石へと修繕するというもの。
石を砕かなかった過去を挟んで、砕けた現在の結果を改変したのだ。
しおはその理屈までは知り得なかったが、実質壊れたものを直せる力であることまでは分かった。
だから、この機械もあるいは……。

382僕を連れて進め ◆lvwRe7eMQE:2025/04/24(木) 01:38:02 ID:hjXWG/gY0

「何をする気だ!!!」

ブレスを耐えきり、悟飯は無惨の後を追って走る。
無惨の速さもまさしく疾風のように素早いが、悟飯は稲妻のような豪速。
二者の距離は瞬時に縮まっていく。

「この……この、私に……近寄るなあああああああああああああ!!!!」

筋骨隆々な悟飯の腕が振り翳された時、無惨は雄叫びをあげた。
その瞬間、悟飯は浮遊感に襲われる。足元から何かに押し上げられて浮かんでいるかのように。

「ぐ、ッ……!!」

無惨の足がアスファルトを砕いてり込み、樹木のように地に根を張っていたのだ。
それらが悟飯の足元から飛び出し、ギザギザの牙だらけの口腔を開いて衝撃波を繰り出す。
悟飯にダメージはない。ただ凄まじい衝撃に気を取られ、空中へ打ち上げられただけだ。
けれども、その数秒のタイムロスさえあれば、無惨が龍亞としおの元へ辿り着くには十分な時間である。

「これで……なんの意味もなければ、殺してやるぞォ!!!」

「……!!?」

一切、取り繕わない純粋な殺意の咆哮を受けて、龍亞としおはたじろぐ。
無惨の刀身の折れた剣が、ぴょんぴょんワープくんDXに突き刺さった。
もしも、これで何の動作もなければ、悟飯が無惨を殺す前に、自分達が先に無惨に肉片へと変えられてしまうだろうと予感する。
時間にして一秒も待たずして、ぴょんぴょんワープくんDXから機械の起動音が鳴る。
パソコンを立ち上げたようなその音を聞き、龍亞としおの表情は明るくなり、また無惨の殺意が薄れた。

「貴様ら動くな────ここから転移を……」

一分前まで、龍亞としおの安否など眼中になかった無惨が、それらを考慮して指示を飛ばすまでに余裕が戻っている。
メリュジーヌとシカマル達の交戦に無惨も立ち合い、ぴょんぴょんワープくんDXが壊れなかったという過去を挟み、
ついでに機械の操作方法を覚えたという過去改変も行い、無惨は手慣れた鮮やかな手つきで操作を開始する。

「はあああああああああああああああ!!!」

だが、隕石のように上空から滑空してくる悟飯の咆哮に、再び全員の表情が緊張で強張った。
倒せたとは無惨も思わなかったが、上空での滞空時間ならば身動きも取れないだろうと予想していた。
しかし悟飯は飛べる。気をホバーリングの要領で噴射し、一気に空から大地へと帰還する。
凄まじい速度で衝撃波を巻き起こし、轟音を奏で、周囲一帯を焦土にできる破壊力を伴うおまけつきで。


「くず鉄のかかし!!」


悟飯の前方に、ゴーグルを掛けた鉄製のミリタリーなデザインをした案山子が突如として出現する。
それと激突し、全ての余波とそこから発生した破壊力が、消失する。
背後の無惨達は風で吹かれたように髪や服を揺らしてはいるが、直接その身が傷付けられる事はない。

「あいつらが使っていた、変なカードか!?」

モクバが使用する妙な剣士もカードから出現していたが、この案山子も同じ存在だ。
戦闘力をいくら引き上げたところで、絶対に破壊されない。

「……だが、それがなんだ」

悟飯は案山子の奥にいる龍亞を睨み付けて、凶悪そうな笑みを浮かべる。
確かに戦闘で破壊されない力は厄介だが、それが永続でないことも明白。
悟飯の攻撃が収束するとともに、案山子から感じられるエネルギーも徐々に薄まっていく。
恐らくは、一度だけあらゆる攻撃から身を守ってくれる力であり、二度目の発動はインターバルが必要。
イリヤ達を回復するのに、カードを使った経験もあり、悟飯の推測は的確だった。

383僕を連れて進め ◆lvwRe7eMQE:2025/04/24(木) 01:38:30 ID:hjXWG/gY0

「次で────ッ」

案山子の力が弱まると同時に、悟飯は僅かに身を引く。
腰を落として上体を前屈みにしてから、両腕を脇に添えて外側へ向ける。
気を高め、これ以上無駄な抵抗を許さず、一撃で全員を消し飛ばそうとする算段だった。

「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああ!!!」

上弦の鬼すら震えあがらせそうな、憤懣を無惨は爆発させる。
龍亞としおは肩をすぼめた。性格は前々から分かっていたが、このタイミングでどうしてまた怒鳴り出すのか分からないのだ。

(この機械……据え置きだと……乃亜、貴様ァッッ!!!)

その理由は一つ、このぴょんぴょんワープくんDXの欠陥による怒り。
無惨が、ブックオブジエンドにより得た情報から分かったのは、このぴょんぴょんワープくんDXそのものはこの場に留まるということだった。

(奴に、すぐ追い付かれてしまうではないか!!!)

仮にこれを使用し、逃走してもその場に残った機械を利用されて、すぐに追跡されてしまう。
ちなみに、説明書には一切これらのことは記載されていない。乃亜の悪意ある支給品の一つと言えよう。
しかも下手に逃走に使えば、既に行先を指定しているのだから、再び再起動すれば簡単に移動できてしまう。
その使い方も、目の前で操作している無惨を見れば、悟飯でも簡単に分かる。
この機械はそれらの欠陥から、マーダーの襲撃から逃げ延びられるだけの性質を持っておらず、乃亜はそれを敢えて周知していない。
当たりの支給品に見せかけた、大外れの機械なのだ。

(ララ・サタリン・デビルーク!! なぜロクな物を作らないのかッ!!
 乃亜といい、貴様らは私に何の恨みがある!!)

ぴょんぴょんワープくんDXの過去を遡った際に、邂逅した開発者のララという少女にも苛立ちをぶつける。
ブックオブジエンドの副作用により、まるでその場で立ち合ったかのような過去改変、常人であれば精神を病むかもしれない症状だった。

(くだらぬ技術で、どこまで私を陥れるつもりだッ!!)

もっとも、自己以外の全てに関心が薄く、昆虫のような生物である無惨には些細なこと。
むしろ、ララという少女のトラブル体質に腹正しさを覚えるほどだ。

「何やってんだよ、早く……」

龍亞からすれば、機械の操作を中断して叫ぶ無惨に、困惑するほかない。

「黙れぇ!!!」
「え、ぇ?」

怒鳴られ委縮しながら、前方を見れば悟飯が力を溜め切ったのか、掌をこちらへ向けている。
青の光が、龍亞達を照らす。くず鉄のかかしの再発動には、一時間待たなくてはならない。

(あの光線を食らえば、機械ごと私が消し飛ばされる────)

一刻の猶予もない。
無惨の脳が、恐るべき速さで思考する。
この局面を巻き返す策を。

「く、ぅ……ァ、おおおおおあああああああああああああああああああああ!!!」

そして、無惨の背から伸びた鉄線が悟飯に絡みついた。
攻撃を放たれる前に、妨害をするつもりか。そう考えて絡みついた手足の筋肉に力を入れる。
引き千切ろうとした寸前、不意に絡んだそれは前方へ、悟飯は無惨へと吸い寄せられていく事に気付く。

「ッ?」

絡んだ鉄線は、わざわざ、悟飯を自らの懐へ引き寄せようとしているのだ。
接近すれば、容赦のない悟飯の打撃を連続で食らう羽目になるというのに。
あの機械に、自分を乗せようとしているのか? そこに狙いがあるのかもしれない。
困惑し逡巡してから、結論を出すのに一秒。

384僕を連れて進め ◆lvwRe7eMQE:2025/04/24(木) 01:39:05 ID:hjXWG/gY0

「なに、ッ!!」

振り下ろされた無惨の伸張した両腕に無数の口が形成され、それらが大きく吸息していた。
僅かでも動揺していた悟飯が、引き込まれるだけの引力が発生する。
そのまま、悟飯もぴょんぴょんワープくんDXの内部へと連れ込まれる。
同時に無惨は、胸から生やした触手で機械の操作を続行。

「無惨、何を……」

龍亞の前方、手を伸ばせば届く距離に悟飯が接近していた。
二者の視線が交錯し、両者ともに驚きの色に染まっている。

どうして、自分を引き込んだ?
どうして、あの男の子を近づけたの?

両者の疑問は方角こそ違えど、同様のものであり理解が追い付かない。
次の瞬間、ぴょんぴょんワープくんDXが起動する。

それは丁度、引き寄せられた悟飯のいる場所まで効果が適用され、四人はその場から姿を消した。


「なんとかしろ────────」


再び彼らが姿を現したのは、数秒後、海馬コーポレーションから遠く離れた北西の方角。


「貴様の息子の不始末は、貴様がつけろォォォォ!!!!!」


そして、目の前にある近未来的な施設に向かって、無惨は大声で叫ぶ。

無惨の前に広がる施設の名は、人理継続保障機関フィニス・カルデア。
モチノキデパートで、ネモの行先と聞かされた場所であり、またネモの仲間である孫悟空との待ち合わせ場所であると聞いた施設である。

無惨の狙いは一つ。
化け物を超えた悪魔のようなあの怪物を殺すために、悟飯ごとぴょんぴょんワープDXを使い場所を移動したのだ
あれを打破しうる唯一の可能性に賭けて。


「なんとかしろォ!!! 孫悟空ぅぅぅぅッッ!!!!!」


無惨の叫びが、木霊した。





【ぴょんぴょんワープくんDX@To LOVEる -とらぶる- ダークネス】
奈良シカマルに支給。
元祖ぴょんぴょんワープくんと違って服も一緒に転送できるのだが、この機械本体が置いてきぼりにされるので、帰りは自力でどうにかするしかない。
また、この欠点を乃亜は説明書に記載していない。
原作では、地球の地名と星の名前を間違え、沖縄に行こうとしたララ達を地球から離れた惑星にワープさせたポンコツだが、そこは乃亜によって修正されている。
ロワ会場内なら、何処にでも転移できる。また、二回使用すると12時間使用不可。

385 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/24(木) 01:39:34 ID:hjXWG/gY0
続きはまた後ほど投下します。

386 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:36:47 ID:ppi/jbBE0
投下します

387黒く染まってゆく純粋 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:37:17 ID:ppi/jbBE0
雨が降っていた。乃亜が用意した箱庭の島で、局所的に数百メートルの規模にのみ水が微細な粒となって、大地を濡らしていく。


「理解できんな」


豪雨の中で、銀髪の少年ゼオンがマントを靡かせながら、髪と同じく白銀の眼光を滾らせる。
彼の真横にはクレーターのような巨大な大穴が空いていた。
それは干上がった湖である。山稜の中にあった黒の湖は、その内に蓄えた全ての水分を天高く打ち上げたのだ。


「貴様ほどの実力者が、そこまで引け腰になるとは、解せん」


ポタポタと大地を水が打つ音が響く。
ゼオンは額に張り付く濡れた髪をうっとおしそうに、頭を振って払う。


「僕だって万全じゃない。こう見えて、全盛期からは程遠いんだよ。
 それを差し引いても、孫悟飯と悟空と戦うのは避けたいけどね」


それも同じく、白銀の輝きだった。
甲冑を纏った少女は銀の長い絹のような髪をかき上げる。
水に打たれてしなやかさを失いながら、美髪は艶めかしさを増していく。
背後には西洋風の巨城が聳え立ち、それが紅蓮の炎を上げて大炎上していた。
ホグワーツ魔法魔術学校。乃亜がコピーした精細な複製は、見るも無残な灰燼へと変容していく。

「……そうか? 俺からすれば、てめえは随分と力を持て余しているように思えるがな。
 試してみたいとは考えないのか、その力がどこまで通じるか」

「別に……。
 僕の目的は優勝し、願いを叶えることだけだ。今すぐに、君が僕の願いを叶えてくれるというのなら、靴でも舐めようか?」

「ほざきやがる。思ってもない事を口にしやがって」

金色の瞳が煌びやかに光彩を放つ。
少女、メリュジーヌのその目がゼオンには気に入らなかった。
何処かの、間抜けを想起させるその眼光が忌々しい。すぐにでも消し去ってやりたい。


「さて、じゃれ合いもこの辺で良いかい?
 話はさっきも言ったように、孫悟空を殺すまで君と協力体制を築きたい」
昂る殺気を全身で受けながら、身震いもせずメリュジーヌは子供を宥めるような声で言う。
そう、この程度はじゃれ合いだった。
二人を取り囲む山々も波のように連なった丘も灰色の山肌が生み出す断崖も、魔術の学び舎を覆い隠すかのような霧の帳すらも。
ほんの数分前まで、確かにあったそれらは全て焼却され、いまや大地がすすり泣く涙の如く降り注ぐ雨と、燃え盛るホグワーツしか残されていない。
地形すら呆気なく、更地へと変えた二人の少年少女の激戦の跡が容赦なく広がり、その中央で彼らはようやく会話を始めたのだった。

「悟空の肉親である孫悟飯は、奇病で暴走状態……放置すれば自死する……だったな?」

「その通り。
 だが、思いのほか毒が効きすぎているようでね。僕も遠目で見た程度だが、病状は芳しくない。
 悟空と潰し合う前に、首を掻いて死んでしまいそうなんだ」

メリュジーヌの話は、要約すれば優勝を目指すうえで目障りな孫悟空ともう一人の参加者の排除。
実力という意味で障害となる悟空と、首輪を外す算段を整えた誰(ネモ)かが組んでおり、殺し合いの破綻を目論んでいる。
優勝を狙うマーダーとしては、目の上のタンコブであることは明白だ。

「君が一戦交えた絶望王と、悪魔の少女……そしてシュライバーだったかな? 彼らを殺すのに僕が協力してもいい」

メリュジーヌからの譲渡として、悟空以外の参加者の排除にも意欲を見せていた。

「……てめえと手を組むのも悪くねえが、一度悟空という男を見させて貰う。
 その男の強さを測らせろ。その上で、改めて返事をしようか」

悪い話ではなかった。
ゼオンも既に一度、格下と侮ったエリス、イリヤ、ニケ……そして取るに足らないゴミ。
前者の三人ならばともかく、あの虫けらにすら不覚を取った事は、ゼオンの頭を冷やすには十分な醜態だ。
輝いて、空に浮かぶニケの下でふんぞり返り、腕を組み増上慢な表情を晒したあのゴミは必ず消してやる。
だが、今も傍にいるであろうあの三人は、腹正しくはあるが、地力はゼオンでも認めざるを得ない。
例え乃亜の借り物を利用していたとしてもだ。

徒党を組まれるのは厄介、それに対抗するには同じく数の力をこちらも利用するのが最も手っ取り早い。

「連中が首輪の解析を進めているという話も、本当かどうか分かったものじゃねえからな」

「見るのは良いけど、どうするつもり?」

呆れたように嘆息してからメリュジーヌは口を開く。
ゼオンを説得するために、少なくない負担を強いて自らの実力を示したのだ。
それが、この更地でありこの程度の規模の力では、孫悟空には届かないとゼオンへと分かりやすく伝えたつもりだった。
それなのに、まだ納得がいかないのか?
メリュジーヌは冷血な表情を、僅かに苛立ちで曇らせる。

388黒く染まってゆく純粋 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:37:33 ID:ppi/jbBE0

「正面から会いに行くさ……俺は今のところ、クソマジシャンしか殺していねえからな。
 奴等が正義の味方を気取るのなら、マーダーを殺しただけの俺を一方的に排除はしないだろ」

ゼオンは意図せずとはいえ、その手に掛けたのはマーダーしかいない。
ポイント制などその時は予想もしていなかった為に、ジャックに殺害を任せていたからこその偶然だが、それを利用しない手はない。
自らを対主催と偽り、悟空とネモへ接触する。それがゼオンの考えであった。

「そう上手くいくかな?」
「俺の顔を知っている風使いの女と帽子のガキは、てめえが追い払ってくれた。
 絶望王の小間使いはジャックが皆殺しにし、先程やり合った連中もカルデアからは離れた場所にいる。
 俺がマーダーと知る連中は多くない」
「君が虐めたマレウス……ルサルカは? もし悟空達に取り入っていれば」
「あの雌猫が、先に襲ったとでも話せばいい。奴が悪辣なのはてめえも知っているだろ。
 連中が賢ければ、俺の言う事も信憑性が増すさ」

もっとも、あの馬鹿女に騙されているようなら、どのみち先は永くないがなと付け加える。

「ルサルカを信じきり、仮に俺を追い出す位なら、放っておいてもあの女が集団を崩壊させるだろ」

いずれにしろ。ゼオンが欲していたのは情報であった。
メリュジーヌと組むか、ここで対立し消すか。その判断材料が不足している。

「てめえが納得できないというのなら、ここで続きを始めるのも面白いかもな」
「そうなれば、死ぬのは君だと思うよ。僕も加減をしてあげる義理がない」
「試してみるか? 本体のドラゴンならばまだしも……分身如きが、デカい口を叩きやがって」

竜族に近い魔力、だが不完全で歪。
ゼオンの想像だが、何かのドラゴンが体の一部を切り離した分身に近い存在ではないか?
髪の毛を使い魔に変える能力を体得しているゼオン故に行き付いた憶測だった。

「……なるほど、頭は悪くないみたいだ」

シャルティアほど見積もりが甘い訳ではないらしい。
あの先の挑発も、むしろメリュジーヌの正体を見破りその実力を理解していることの証左。
口調こそ辛辣だが、はっきりと先の戦闘を参考にメリュジーヌの力を認めている。
分身の身で、自身に勝るとも劣らぬ力を発揮しているのだと。
悟空に対しても、顔を合わせればその脅威を正しく理解できるだろう。

「安心しな。俺も借りを返さなきゃならんゴミ共が腐るほど居る」

ゼオンの胸で、千年リングが妖しく光る。
メリュジーヌにはその悪光が、ゼオンから正気を奪っているようにしか思えなかった。

「この殺し合いを潰すような真似はしねえ……奴等には、地獄すら生温い苦痛を味合わせて消してやる」

深い憎悪がこもった声に偽りはない。

「いいよ。今回は君の好きにさせてあげよう」

必要な情報さえ渡せば、判断を誤る事はない。
その為に、悟空との邂逅を要求するというのであれば、従ってもいい。

悟空達と出会い寝返るという可能性も一瞬考慮したが、怒りに呑まれたゼオンにそのような思考はないだろう。

メリュジーヌは構えを解いて、戦意がない事と要求を呑むという意思を示す。

ゼオンは再び銀の瞳を輝かせ、笑みを浮かべた。


■■■■■■

389黒く染まってゆく純粋 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:38:20 ID:ppi/jbBE0


「俺の名はゼオンという……沙都子という参加者から、ここの事を聞いたんだ。
 是非、協力したいと思っている」

きな臭い。
リルトット・ランパードの嗅覚は、めざとくゼオンの胡散臭さを嗅ぎ分けた。

「あの赤ビッチの言う通りなら、こいつはマーダーなんだろ」

「そいつは勘違いだな。先に、奴の方から襲ってきたのさ。
 少々やり過ぎてしまったが、それは謝ろう。すまなかったなと伝えてくれ。
 だが、いいのか? そんなのを連れて……随分と重要なことをしているようだが」

ゼオンは一切悪びれる様子もなく、言葉だけの謝罪を告げた。
ルサルカという女も大概な人でなしというのは、リルも実感している。
体内に取り込んだ燃料、あれは魂だ。
どういった術式かは知らないが、滅却師の力が外部の霊子を取り込み集めるものであるように、ルサルカの力は魂に限定されるが他者の命を奪い去りその身に蓄積する。
少なくない数だ。ルサルカが異能を行使し世の摂理を捻じ曲げ、身勝手な自分の渇望を顕わす、その消費に堪えうる備蓄した魂の数、100以上は確実。
殺人の数で今更動じる感性は、リルも持ち合わせていないが、あんな血生臭い術式を保持して正気でいられるのは、やはりどうしようもない人でなしでしかありえない。
ゼオンの言うように、先にルサルカが襲ったというのも、無駄に信憑性を帯びる。

「悪いな、ゼオン……おめえの気持ちは嬉しいけどよ。一旦帰ってくれ」

リルの横に立つ孫悟空も、同じ見解だった。
ルサルカやシュライバーの力は、人間を食らったもの……完全体を目論んだセルに近い。
しかし、現状は協力体制を維持している。悟空は善人ではあるが正義には固執しない。
目的と正義の優先順位が入れ替わる事はない。ルサルカと一戦交えて、確執のあるゼオンを受け入れる気はない。

「……ならば。何をしようとしているか、そいつを教えてもらえないか?」

強い。

悟空という男は、ゼオンが一目で格上と認めざるを得ない実力者だった。
本人はあっけからんとしているが、その実、体に積み重ねた修練の跡は悍ましいほど。
戦いの場数も桁違いに踏んでいる。迂闊に手を出せば、痛い目を見るのはこっちだ。
横にいるリルという女も手練れのようだが、悟空と比較すればまるで大人と子供である。

390黒く染まってゆく純粋 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:38:36 ID:ppi/jbBE0

(あのドラゴン女が言うことは正しかったようだな……だが)

もう一つの、首輪解析に関してはまだ正否を確認できていない。
特に誰が、外そうとしているのかを知りたい。

「俺も少なくないリスクを抱えて、命懸けでここまで来たんだ。
 受け入れてもらえないのなら構わないが……せめてリターンは欲しい」

言っていることも一理ある。
このゼオンが本当に対主催であるのなら、こちらの事情でまだ危険な殺し合いの最中へと送り返さねばならない。

『ネモ……どうすりゃいい? こいつを追い出しちまうの、ちょっと可哀想な気もするけどよー』

悟空はキャプテンのネモが寝ている間に、プロフェッサーのみ限定で念話を開通することに成功していた。

『駄目よ。悟空君、ゼオンは凶悪なんだから』

それはルサルカの助力によるもの。

『おめえが先に悪さしたんじゃねえんか?』
『失礼ね。私はここでは被害者しかやってないわ』

ネモが首輪の解析をしている間、プロフェッサーに対しパスが通じているように契約を誤認させて、ついでにルサルカも念話に参加できるように調整したらしい。
プロフェッサーも感心して、ルサルカの魔術の腕を称賛しており、悟空には良く分からなかったが。

『……できれば、首輪の解析のことを広められたくはありませんねー』

とにかく、いざという時はプロフェッサーの頭脳を借りられるのは、難しいことを考えずに済み悟空にとっても有難かった。

『仲間にしちまうか? こいつ強そうだしよ』

『正直、ここに来るきっかけになった沙都子氏が信用できないんですよねー』

念話で悟空と通じながら、プロフェッサーは懸念を口にしていく。
やはり気になったのは、メリュジーヌの気を感じなかったという悟空の証言。
ありえない。あの竜という生命力あふれる上位種に、悟空がまるで気を察知しないなどありえるだろうか?
さらに、悟空が気を感知できなかったものはもう一人いる。
それはネモと合流後、最初に交戦した天使の少女カオスだ。
悟空はカオスが天使という種族であり、メリュジーヌも同じような種族で、人間とは異なる別種の気は探れないかも、と考えていたが。
ネモはカオスが、宗教や伝承に伝わる天使と同義ではないことを見抜いている。
サイボーグや悟空の言う人造人間に近い同種の存在だ。ゆえに、気がなかったのではないか?

こうして、カオスと悟空が遭遇したメリュジーヌに、奇妙な共通点が見出せるのだ。

だがそれ以外に、カオスとメリュジーヌを繋げられる接点はない。
実際に悟空が見たその少女騎士の容姿は、メリュジーヌそのものなのだから。
カオスに変身能力があることを知らないネモ達では、結局の所疑惑止まりでしかなく、ドラゴンは通常の気の探知には引っ掛からないと言い張られれば、否定できない。

『シカマル氏も襲われたといっていましたからねー』
『そっかぁ……そういやオラは会ってないけど、デパートで会った奴等が沙都子に悪さされたって話してたんだっけな』

何よりの決め手は、シカマルの証言だ。
残念だが現段階では、沙都子はマーダーの容疑から外せず、ゼオンも同様だ。
丁重にお引き取り願う他ない。

391黒く染まってゆく純粋 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:38:52 ID:ppi/jbBE0

「カルデアという場所につけば、話を聞けると思ってここへ来たんでな。
 他に……探さなきゃならねえ、奴もいたっていうのに……」

含みのある声でゼオンは続ける。
リルは果たしてそれが、何の感情を抱いて吐露した言葉なのか判断に悩んだ。
ただ異様なまでに、悔しさを滲ませているのは分かる。

「おめえ……」

一瞬、悟空が同情的な表情を浮かべ、それをゼオンが捉える。
この手のやり方はゼオンの性に合わず気に入らないが、相手が相手だ。手段は選ばない。
それに嘘も言っていない。真っ先に探して、消さねばならないガッシュを後回しにしている悔しさは、本物だ。
ただ憎しみをカモフラージュするために、悔しいという感情で覆っているに過ぎない。

「絆されてんじゃねえよ」

リルが肘で悟空の脇を小突く。
戦闘では無類の強さを誇るが、腹芸は不得意なのが危なっかしい。
念のために、リルが悟空とゼオンの会話に立ち会っていなければ、今頃言い包められていたのではないかと、呆れてしまった。

「……分かってるって」

同情もあるが、悟空も危ない橋を渡れないのは自覚している。
ゼオンも下手に招き入れれば、厄介だ。少なくとも制限されている悟空がそう考える程度には、高い実力がある。
悟空が同じ年の頃に比べれば、ゼオンは遥かに強い。非常に鍛え上げられた強者であるだろう。
ここで戦ったとしても、負ける気はないが、カルデアとそこで眠るネモを無傷で守り切れる自信はない。

(なるほど、これは厄介だ)

何処かに頭脳となる人物がいる。
姿を見せないが、悟空に的確な指示と知恵を授けている者がいる。
ここまでのやり取りで、ゼオンが収集した情報を元に出した結論だった。
力づくでは悟空に適わず、策を巡らせてもその何者かに阻まれる。
想像より厄介だ。ともなれば、メリュジーヌと手を組めるのは僥倖なのかもしれない。

「すまねえ……ここは帰ってくれ」

頭を深々と下げて、悟空はこれ以上の会話は無駄だと暗に伝えた。
口調こそは穏やかで、悟空なりに丁寧で真摯であったが、非常に固い決意を伺わせる。
潮時だなとゼオンは思った。
これ以上は、何も引き出せない。メリュジーヌと方針を決めるのに時間を使った方が有意義でもある。


(だが)


脅威の度合いは理解した。


すべき優先事項も、ゼオンの脳内に的確に並び変わる。

目下の目的は、メリュジーヌと組んだ孫悟空とカルデア一派の排除。

(貴様の実力……見せてもらおうか)

手を出すべきではない。
それを理解しながら、しかしゼオンは握った五指を開く。
勝ち目のない格上ではあるが、同時にその力を知りたいという欲がゼオンを支配したのだ。
ゼオンと歳はそう変わらない外見だが、内に刻み込んだ研鑽は、強靭な肉体を築き上げるのに貢献している。
単に肉体の比較だけで、既に竜族にすら差し迫っている。たかだか人間がだ。

392黒く染まってゆく純粋 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:39:09 ID:ppi/jbBE0

(オレがバオウを超える力を手に入れる為に、貴様の力の根源を知る必要がある)

だからこそだ。
その手段が邪神であろうとも、この男のような鍛錬の末に手にしたものであろうとも、ゼオンは選り好みなどしない。貪欲に手を伸ばす。

この選択のリスクを知りながら、悟空という男の力の一端を見ないという選択は選べない。

人の身で、メリュジーヌすら畏怖させたその力の秘密を、暴いてやる。

戦意を開放し、ゼオンの雷牙が悟空を襲う。


「なんとかしろ────────」


その寸前。


「貴様の息子の不始末は、貴様がつけろォォォォ!!!!!」


けたたましい叫び声にゼオンは眦を動かした。


「なんとかしろォ!!! 孫悟空ぅぅぅぅッッ!!!!!」


木霊する絶叫は、紛れもなくゼオンの眼前の男の名を指していた。
叫んでいるのだ。悟空を呼び出し助けを求めるかのように。


「………………ご、悟飯……?」


悟空がこぼした声を、ゼオンもそしてリルも聞き逃さなかった。



■■■■■■

393黒く染まってゆく純粋 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:39:30 ID:ppi/jbBE0
「助けて! 悟空お爺ちゃん!!」

しおが、悟空へと助けを求めて叫んでいる。


「孫悟空ぅぅぅぅぅ!!!!!!!」


血まみれの少年が、声を張り上げ同じく悟空を呼ぶ。
誰だこいつは?

二人が襲われていることは分かった。相手が誰であれ、カルデアに危害を及ぼすのであれば、悟空は容赦しない。
それなのに、悟空は拳を握ることすらできずに、固唾を呑んで佇む。

「…………お父さん?」

どちらが悪者か、悟空には分からなかったのだ。
何故なら、しお達を襲っているのは悟飯だ。あの心優しい自分の息子なのだ。
しおは弱いとはいえ、殺し合いに意欲的であり、血まみれの少年も誰だか分からない。
襲われた悟飯にやり返されて、手に負えないから悟空に縋っていることも考えられる。

「あ、あの……龍亞、て言うんだけど……ネモと会えたなら、オレのこと聞いてないかな」

もう一人、緑髪を後ろに結んだ男の子がいて、悟空と目が合い気まずそうに自己紹介をする。

『龍亞氏ですね……シカマル氏と同じく、モチキノデパートで会った対主催です』

プロフェッサーから更新された情報をもとに、その特徴も一致していた。

『しお氏と無惨氏と違い。彼だけは、信じていいかと』

ネモからのお墨付きである以上、この少年は信じられるはずであり、だからこそ悟空を混迷させる。
悟飯から……対主催を襲ったのではないかと、ありえない推測が生じる。

「どうなってんだ……悟飯、何があった」

「お父さん……騙されているんだ」

「オラ、何が何だか……騙されてるって、オラがしおにってことか?」

「全員にですよ。ネモとかいうやつに騙されているんだ」

きょとんとして、悟空は意味を咀嚼するのに数秒を要した。
最初、しおがマーダーであることを知って、諍いが起きたのかと考えてもみたのだが、悟飯はまるで自分と悟空以外の全員がマーダーのような言い方だ。
会ったこともないネモの事すら、何の根拠があるのか騙していると断言している。

「もしも、藤木って奴に何か言われたんなら、マーダーはあいつの方だぞ」

あるいは、藤木に遭遇してネモの悪評を吹き込まれたのかもしれない。
モチノキデパートにいた無惨、しお、龍亞のことも聞かされていたのなら、悟飯が誤解するも無理からぬことだった。
ゆっくりと誤解を解こう。悟空は一歩、悟飯に近付いた。

「……誰ですか」

だが予想に反して、悟飯は藤木の名に反応しない。

「落ち着け、ネモは悪い奴じゃねえ……しおにも、ここまでしなくても大丈夫だ。
 そこの無惨ちゅうのも、オラは良く知らねえけど、殺し合いがやりたい訳じゃないみたいだしさ」

「お父さん、そこから離れてください」

老いた父親の介護をする息子のような、慈しみと倦厭を乗せた声色だった。
この時、悟空は初めて致命的な齟齬が生じていることに気付く。
マーダーに騙されているとか、そういう次元の話ではないもっと深刻な根深い問題だ。
だが、何が食い違っているか……そこを擦り合わせたいのに、悟飯が全く応じてくれないのだ。

394黒く染まってゆく純粋 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:39:53 ID:ppi/jbBE0

「僕が、お父さんを守ります……それしかもう方法はないんですよ」

「な……なに、言ってんだ……」

守る……? 守る?

悟空はおろか、その場に居合わせる羽目になったゼオンもリルも、無惨、しお。
悟空を通じて、状況を把握するカルデア内のプロフェッサー、梨沙、ルサルカすら唖然としたに違いない。
僅かでも悟空と接していれば、その強大さを理解できるはずなのだ。
ましてや、息子の悟飯は誰よりも悟空の強さを知っているというのに。

「お父さんが生き残って、ドラゴンボールで全員を生き返らせるんです」

「いっ!!?」

そして、悟飯の掲げるゴールを口にした時、悟空はすべてを理解した。

間違いなく。
襲ったのが悟飯で、襲われたのは無惨達なのだと。
この場にいる全てが、この見解で一致した瞬間だった。

(ドラゴンボールの話で首輪が反応しねえってことは、ここにマーダーは……いや、分からねえ。ネモもそれで見分けるのはやめとけって話してたな。
 そ……そんなことより、悟飯のことだ。あ……あいつ、ど……どうしちまったんだ……)

「僕がここにいる奴らも乃亜も全員やっつけます。
 だけど、僕はもう永くない。だからお父さんには、のび太さんを生き返らせてほしい……いや、ジュジュさんもケルベロスも……みんなを」

「ちょ……ちょちょ、ちょっとタンマッ!!!」

頭がおかしい。

自分の息子に言っていい言葉ではないが、悟空の心の声は完全に悟飯からは正気が失われているようにしか見えない。

『な……なんかよ、悟飯の様子が変だ。ネモ、お前なんか分かんねえか?』

『……カメラ越しによるナースの診断ですが、まず首のリンパに異常があるのは間違いないですー』

カルデアの監視カメラを通して、プロフェッサー達は外部の状況も把握している。

『悟空氏もお気づきかと思いますが、掻いたような跡と血が滲んでいますので、激しい掻痒感があるのではないかと』

『そ……そう……? なんだ?』

『とても、痒いという意味です。
 首の皮と肉を毟ってしまうほどに……これが、悟飯氏の乱心と関係あるかは断定できませんが……
 もしかしたら、言動も含めて何かの症状である可能性は否定できませんね』

『な……なんかの病気なんか……』

『頭部外傷に伴う障害で、人格が変わるというのは有名ですし、
 自然界には宿主を操って、捕食したりする寄生虫もいます。
 様々な異世界が巻き込まれたこの世界で、人の精神を汚染する作用を持った別世界の寄生虫やウィルス細菌が、持ち込まれた事は否定できません。
 聖杯戦争でも、呼び出した英霊から理性を奪い狂化させ、使役する手法もありますね。
 外的な要因で、悟飯氏の人格に異常が生じている可能性は、魔術と科学の両面から見ても非常に高いと思います。
 もっとも、彼のここまでの動向が分かりませんから、正確なことはなんとも……しっかり診断できれば別ですが』

『ば……バビディの魔術みてえなのに、掛かっちまったかもしれねえのか』

『……少なくとも、私が会った時は温厚だけど、キレたら一気に爆発するタイプだったわ』

395黒く染まってゆく純粋 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:41:02 ID:ppi/jbBE0

『スーパーサイヤ人は気性が荒くなっちまうんだ……でもよ、そういうキレ方とも違う気がすっぞ』

『ここまでの話から察するに、誰かに騙されて、疑心暗鬼になっているようですが……』


「誰と話しているんです────」


凍り付いたかのように、悟空は背筋を冷やした。
念話が全て、悟飯に筒抜けだったのだ。

(どういうことよ……セキュリティは強めにしたのに)

納得いかないのはルサルカだ。
乃亜の傍受も想定して、幾重にも防壁を張った念話をあっさりと盗聴するなど、信じられない。


「ルサルカ?……あいつは、僕を見捨てて逃げた奴だ。こんなところにいるのか?
 それに……悪いやつの気もする。人間じゃないやつがいるのか……なんなんだ、この声……」


ルサルカどころか、吸血鬼に覚醒した梨沙の存在すら言い当てている。
カルデア内で、プロフェッサーとルサルカは顔を合わせた。

(…………感受性が高まっている?)

強烈な被害妄想と幻覚、並びに感知能力が増幅されている。
なまじ気を操る術を得ていたが為に、そちらの索敵能力も促進されているのだろう。
念話についても同じように、今の悟飯は敏感なアンテナで常に電波をキャッチしている。

「そうか……お父さん……お父さんの頭にも、蛆がいるのかッ!!!」

「う……うじィ!!?」

「そいつが、こんな幻聴を聞かせているんだ!! 僕もたまに変な声が聞こえて……首から蛆が出るんだ!!
 クッソォ!!! お父さんまで……く、お父さん負けないで、僕の話を聞いて!!!」

雛見沢症候群は症状が悪化することで、特に雛見沢では常人では感知できない霊体の羽入の声を聞くことができる。
無論、正気ではない時に幻聴のように聞こえる声で、さらに病状が悪化してしまうのだが。


「え……? あ、……ぁ、うあああああああああああああああああああああああッッ!!!!?」


悟飯もその例に漏れない。
念話という概念を知らず、幻聴にしか聞こえない声に、摩耗しきった正気はさらに擦り減っていく。
 
「あ、ッ……ひ、ィッ……ぁ、ぁ…………うぎぉッ……ぁ……は、はっ……ァ……。
 ああああああッッ、また蛆が、蛆が……蛆がああああああああああああああああああああ!!!」

急に騒ぎ出すと、首を掻きむしり出す。

396黒く染まってゆく純粋 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:41:18 ID:ppi/jbBE0

「お……おい……」

虫に刺された箇所を掻くというような、そんなかわいい規模ではない。
真っ赤に染まった首筋を、さらに引き裂いて血がにじんでいく。
爪の中に赤黒い皮と肉が爪垢と混じっていた。
何度も、こんな行為を繰り返してきているのだ。

「…………な、なんだ……どうなってんだ……」

百戦錬磨の戦士たる悟空ですらも、こんなことは初めてだ。
操られ正気を失った仲間と戦ったこともある。
余程の事でなければ、悟空は動じない。だが、その悟空ですら完全に許容量をパンクしていた。

カメラで様子を見ているカルデア内のプロフェッサー達も。
この場にいるリルと無惨達とゼオンですら。

首を掻いて苦しんでいる悟飯を、制止することもせず、壮絶な光景に圧倒されていた。

「や……やめろッ!!」

ようやく我に返り、絞り出した声は悟空らしからぬ動揺が込められている。

「わ……ワケわかんねえ、こと言ってるけどよ……」

不味い。
プロフェッサーとルサルカは、即座に悟空に声を飛ばそうとする。
精神に異常をきたした相手に否定は逆効果だ。

「う……蛆なんか、ど……何処にもいねえだろ?」

悟空がそのような知識を知っているはずもなく。
しかし、悟飯が傍受し様子がおかしくなった手前、迂闊な念話は逆効果になるために、助言もできない。


「やめろ────孫悟空!!」


次いで動いたのはゼオンだった。

この場の状況に、彼も全てを呑み込めた訳ではなかった。

ただ、分かるのだ。あの悟飯の抱く感情が。
ゼオンは決して認めないが。

397黒く染まってゆく純粋 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:41:42 ID:ppi/jbBE0

「お……おめえ、さっきから変だぞ!! ネモに見てもらえ、頭の病気みてえだからよ!!!」

信じられる父親に、見捨てられるかのような絶望に浸食される表情

「違う……違うんです!! そいつが僕に薬を盛った奴かもしれないんだ!!!」

悟空の声を聞き、瞳孔を開いて唖然とする悟飯の姿は……まるで。

「だって変だ。なんでシュライバーは僕が病気だって教えるんだ?
 あいつ、わざわざ海馬コーポレーションまで来て……く……黒幕がいるんだ!!!
 お父さんの頭の中に蛆を仕込んで、騙して……僕に、おかしな毒を飲ませるように指示して……シュライバーもそいつの仲間かもしれない……」

「だから……ネモに……」

親に子の声が届かないことへの絶念を、ゼオンは誰よりもよく知っている。

「この口下手がッ……!!」

「り……リル?」

舌打ちをして、リルは苛立ちながら会話に割り込む。

「少し黙ってろ」

最も不味いのは、悟飯の主張の否定だ。どれだけ支離滅裂であっても、否定するのだけは不味い。

「分かった。お前の言う通り、ネモは怪しい。だから離れたとこで────」


一旦会話を合わせて、カルデアから離れ、対処法をネモとルサルカが思いつくまでの時間を稼ぐ。
もしここで、二人の戦闘が始まれば、首輪の解析が全ておじゃんだ。



「お父さんは僕より、そんな奴を信用するのかッッ!!!!」


だが、リルの声は最後まで紡がれることはなかった。

398黒く染まってゆく純粋 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:42:17 ID:ppi/jbBE0
「ジガディラス・ウル────────────」


消すしかない。

ゼオンの判断は素早い。

悟飯と悟空で潰しあい共倒れするのであれば理想だが、そう上手くはいかないだろう。
不運なことに、こんな場面に立ち会ったばかりに、巻き込まれてしまった。
メリュジーヌの言うことを信じれば、無差別に暴れまわり、殺戮の対象はゼオンとて例外ではなく。
高まる気の増幅は、ゼオンを以てして無視できないもの。
悟空を殺すべく、発狂させたらしい悟飯を消すことは本末転倒だが、この場面で、悟飯の暴走を許せばゼオンの生存も致命的なものとなる。
先の悟空への力試しとは、危険度の次元が異なっているのを肌で実感していた。
一度、あれの狂気が爆発すれば、目に付くすべてを屍に変えるまで悟飯は止まらない。
悟空の対応は後回しにして、ここは確実な生還を優先する。


「な、ッ────────────────!!!?」


全魔力を注ぎ込んだ雷の収束、それが解き放たれる前に悟飯が肉薄していた。
伸ばしたゼオンの右腕と水平に、悟飯腕が翳され、掌に圧縮された青の光芒がゼオンを呑み込んだ。


「ぜ……ゼオンッッ!!!?」


一瞬だった。


左手だけを残したまま、光の放流にゼオンは姿を消したのだ。


「悟飯ッ!!」


ゼオンの気が消えた。

制限により、気の感知は著しく低下しているが、間違いなく肉体と共にゼオンの気は消失しているであろうと悟空は察した。
恐らくは死んでしまった。殺されたのだ。
目の前の、息子に……悟空が最も信頼し望みをおいた、あの悟飯に。

399黒く染まってゆく純粋 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:43:35 ID:ppi/jbBE0


「リルッ!! おめえはしお達を頼むッ!!!」


地べたに無感情に転がった子供の幼い紅葉のような手を見て、悟空は自身の戦闘力をコントロールする。
非戦闘時に抑えていた気を引き上げて、かつて敵対したフリーザやセルを前にした時のように眼光を輝かせる。

ゼオンがマーダーかは分からない。ルサルカを襲ったという話も、当のルサルカの態度を考えると悟空達と合流する前はマーダー側だったかもしれず、結論は安易に出せない。
ただ一つだけ言えるのは、悟飯は何も知らなかったということだ。
何も知らず、何も関係のない他者をあっさりと殺してみせた。


「……そうか、グルなんだな」


そして、笑っているのだ。

詰まっていた問題を解いて、すっきりしたかのような晴れやかな顔をしていた。

「お父さんは……僕を殺す気だったのか」

まただ。理屈の通らない瞑想した推理を、得意げに披露してくる。

「セルに殺されたのは僕のせいだから……お父さんは、僕に復讐するつもりで殺し合いを開いたんだな!!」

瞼が糸で吊り上げられたように眉へ寄せられ、眼球を露出させて悟飯は狂った微笑を見せる。

「子供の姿なのも、生きているのを隠していたからだ!! 殺し合いの準備をする為に! 
 お母さんも……知っていたのか? お父さんと……一緒に……? ぴ……ピッコロさんも、クリリンさんも……みんな、知ってたんじゃないか……」

笑ったかと思えば、今度は混乱しパニックになったように頭を抱える。


「…………お前は何も悪くねえ」


表情が絶え間なく変容し続ける悟飯へ。
ほんの僅かな時、戦士ではなく父親としての表情を覗かせ、悟空は穏やかに言う。


「か……痒いッ……蛆が、ァッ……う、ぐッ……あがああああああああああああ!!!」


しかし、その声は狂気の慟哭に掻き消され。
頭髪から両手は滑っていき、首元へ爪を立てて皮を引き裂く。

「痒いぃぃぃッッ!!!」

鉄の首輪が、掻くのに邪魔そうだった。

400 ◆lvwRe7eMQE:2025/04/28(月) 03:44:54 ID:ppi/jbBE0
続きはまた後ほど投下します

401 ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:13:20 ID:hFBrpIWg0
投下します

402残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:14:07 ID:hFBrpIWg0
空間が震えあがり、罅割れるような轟音が木霊する。

悟飯の打撃が散弾のように炸裂し、両腕を楯にした悟空がその全てを防いでいく。

悟空は重厚な岩石のように、微動だにしない。
ひたすらにじっと打ち付けられる拳に耐え続ける。

「──────ッ!!」

だが、空へと突き上げるアッパーが悟空のガードを砕いて、顎へと刺さる。
悟空はそのまま打ち上げられ、宙を舞う。
ヒュンッと音だけを残して悟飯が消えた。
飛ばされた悟空の頭上へと移動し、両手を組んで振り下ろす。
ハンマーのように落ちたそれは悟空の顔面に直撃し、真っ逆さまに地面へと激突。
クレーターを作り、砂塵を巻き上げる。
もくもくと土煙があがるなか、それらを呑み込んで青の光弾が降り注ぐ。
数十メートルのクレーターはさらに規模を広げ、窪んだ地形はどんどん大地を侵食する。
ものの二秒の間に百を超える気弾が放たれた。
クレーターは消失し、大地はさも最初から平面であったかのように更地となってしまう。
舗装された道路も、脇に植えられた木も、人の生活を支える電柱も、住宅や店といったあらゆる施設も。
人間が築き上げた文明が一瞬にして原始時代にまで還ったのだった。

「……何故、やり返さないんだ」

悟飯はゆるやかに空から下降しながら、何もない場所に立つ自身の敵へと問いかける。

「……」

胴着の所々に穴や切れ目を作り、土や埃で顔を汚しながら、悟空はそこに生存していた。
体の節々から血を流しているものの、何も残らない無の中で、ただ一個の生命として健在。
力強い瞳を濁さないまま、悟飯を見つめていた。

「ふざけているのか……何なんだよォ!!!」

誰に対しても礼儀正しく、父親にすら敬語で話す悟飯らしからぬ荒々しい声。

ゼオンの消失を合図に、幕が下りた孫親子の戦闘。
常に攻撃を仕掛けるのは悟飯で、防御に回っているのは悟空であった。

殴っている間は痒みが消える。蛆が見えない。
だが、やられっぱなしの悟空が不気味に見えないといえば嘘になる。

雛見沢症候群の凶暴性をも上回る怪訝さが、悟飯に全力を出させるのを躊躇わせた。

「何を企んでいるんだ……お前はァッ!!!」

悟空も為すがままだが、しっかりと防御は固めており、ダメージを最低限に抑えている。
死ぬ気がないのは伝わってくる。だからといって、何も話さずただただ殴られ続けているのが分からない。

「時間稼ぎか……一体……く、ぅ……ぎゃ、ぁ……ッ!!?」

思案にふけようとした途端、首の痒みが再発。
まだ見えないが、このままでは蛆が体内から肉と皮を喰い破って続々と出てくると、直感する。

痒みを振り払うように大地を蹴る。風を切って加速する。
悟空へ肉薄し、拳を見舞う。立てた腕に阻まれる。
もう片方の腕で打撃を放つもいなされる。
常人では目で追う事すら困難な打撃の応酬、その実態は悟飯の拳を悟空が常にさばきながら後退していく、防戦一方の光景。
これを、悟飯は自分の実力で追い込んでいるなどとは考えない。悟空はあえて、防御の姿勢しか取っていない。

それが────無性に腹立たしい。

403残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:14:32 ID:hFBrpIWg0
鐘を槌を打つような鳴動が鳴り渡る。
悟飯の拳が悟空の顔面を捉え、その前方に悟空のバツの字になった腕が、防壁のように組まれていた。

「美柑さん、沙都子さん、イリヤさんのように……僕を陥れる気なのかァ!!!」

何もわからないが、何かをしてくるのだけは分かっている。それがたまらなく不気味で嫌で気持ち悪くて、恐ろしい。
内から湧き出す恐怖を、憎悪に変えて悟飯は拳に乗せる。
目の前に居るのは、敬愛すべき偉大なる父であったのに、最早得体の知れない正体不明の何かにしか見えない。

そうだった。

美柑も最初から、あんな風に見ていたような気がする。

シュライバーと命懸けで戦って、助けて、守ったのに。
差し伸べた手を払われた。見るからに、化け物を見るような目で怖がって。
シュライバーの時なら、まだ自分に非があると悟飯も認められたものを、リーゼロッテの時だって、しっかり悟飯が守ろうとしても美柑は終ぞ歩み寄る事はなく。
喧嘩になったのび太の肩を持ったり、美柑は徹底して悟飯を排除しようとしていた。
しかも、のび太まで利用して、傷付けさせて追い出す口実を作ろうとまでして。

「お父さんも、僕をやっつけたいんだろ!!」

何故、はっきりと言わないのか。
嫌いなら嫌いでそう言えばいい。いなくなってほしいなら、自分に直接伝えれば良い。

「みんな卑怯者だッ!! 
 ドロテアもモクバも……全員、悪い奴なんだよッッ!!!」

唯一信じられた父親すら、今は何を考えているのかも分からない。
自分の言う事に耳を傾けず、ずっとネモとあろうことか、あのルサルカなんかを信じているのだ。
自分を除け者にして、何かを話して企んでいる。
あのゼオンとかいう子供もそうだ。きっと、悟空の仲間で、自分を殺すように合図を受けたに違いない。
少なくとも悟飯と悟空を除けば、この場で一番強いのはゼオンか無惨のどちらかだ。
先程出そうとしてきた技も、制限された悟飯が直接受ければ、少なくないダメージを負うことになる。
悟空はそうやって、自分を削って苦しめようとしている。悟飯はその妄想を本気で信じていた。

「はああああああああああああッッ!!!」

憎悪が怒りとなり、悟飯の中に秘められた力がマグマのように溢れ出す。
髪が逆上がり、黒の頭髪は白くクリームのような色合いへと変色し、風のように巻き上がる透明なオーラは金色へと染まる。
瞳孔から青く、黒の瞳は碧眼へ。髪は完全な変化を遂げ、獅子のような黄金色に成る。
雛見沢症候群L5+にまで、症状が悪化した事による激しい感情が作用した。
本来、一度の変身でインターバルが必要なスーパーサイヤ人の制限を、悟飯は力づくで突破したのだ。

「……よく分かった」

燃え上がる怒りと憎しみ、そして自身に向けられた殺意を浴びながら、悟空はゆっくりと構えを解く。
顎を上げて、何かに気付いたかのように目を光らせる。

404残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:14:52 ID:hFBrpIWg0

「ネモッ! ルサルカッ!! 聞こえっか?」

大きく張り上げられた声に、カルデア内の二人は唖然とした。
先程、念話を傍受され悟飯の精神に、悪影響を与えたことを忘れたのか?
返事をしたくともできないというのに。そう、言いたくなった二人の心を読んだかのように、悟空の声だけが一方的に送られてくる。

「考えてみりゃあよ、目の前で内緒話なんかされたら気分も悪くなる。
 こうやって、オラが声を出して話せば、大丈夫だと思う。だから返事してくれ」

『……それで、何よ。急にこっちに声をかけてきて、あの悟飯(こ)にも話してる事筒抜けだって分かってるわよね?』


「おう、別に隠す事じゃねえ。
 悪いんだけどよ。マリーン達に頼んで、小恋を連れて来てくれ」


『小恋!!?』


そう叫んだのは、ずっと念話を聞きながら沈黙を守っていた的場梨沙。
この緊急事態に、殆ど一般人の梨沙に介入できることはないと、成り行きを見守っていたが、とうとう声を出すのを我慢できなくなった。


『悟空氏……彼女に、何をさせる気でしょう?』

「悟飯の体力を回復させる」


ルサルカは目を見開く。
プロフェッサーの眼鏡はフレームがズレて、双眸と水平に並んでいたレンズが斜めに傾いた。

『あの、悟空氏ー……聞き間違いでしょうか……?』

「さっきの攻撃で分かったんだ。悟飯はオラよりもずっと戦ってきたみたいで、体力を消耗している。
 だから回復させる」

『何言ってるのよ!! 小恋にそんなことさせて……』

梨沙の怒鳴り声が悟空の頭の中に反響する。

「で……でっけえ、声出すなよ……」

咄嗟に、耳に指を入れるが、直接頭に聞こえてくるので意味はないなと悟空はすぐに諦めた。

「安心しろって、小恋が危なくなったらオラがなんとかすっから」

『それもあるけど、そこには龍亞やリルにしおもいるんでしょ? 悟飯って子から、守ってあげないと駄目じゃない!!』

「ああ、守るさ。けどその為に悟飯と戦わなくちゃ駄目だろうしよ」

『だ……だったら……』

体力がないなら、それは悟空にとって有利なことのはずである。
だから、梨沙は困惑した。そのアドバンテージを自分から手放す理由が、全く分からない。

(なに……分からないの、私だけ?)

ルサルカとプロフェッサーを交互に見つめるが、二人とも頭上にクエスチョンマークを浮かべているかのように、釈然としない形相をしていた。
自分だけではなく、もっと頭が良くて戦いにも詳しい二人ですら、悟空の考えに追い付けていないのだ。

「何の……つもり、ですか……これは……」

念話を聞いていた悟飯も眉をあげて訝しむ。

「このまま戦うのはフェアじゃねえ……悟飯、お前には体力を回復してもらう」
「嘘だ……そうやって僕を────ッッ」

悟空がそう言った直後、水風船に小さく針で穴を開けて水が漏れたかのように、悟飯の手足から血が吹き出す。
当の悟飯も、自分の視界がブラついた事に驚嘆した。

405残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:15:14 ID:hFBrpIWg0

「見ろ。お前の体から血が溢れ出している。
 スーパーサイヤ人の負担に、体力をなくした体が耐えきれなくなっているんだ」

「……、……ッ……!!」

指摘されてみれば、確かに異様な倦怠感を抱いていることに、気付いた。
ヤミとの初戦と同じく、体力の配分を誤りかけていたのだ。

『フェア…………? ねえ、悟空君……あなた、頭おかしくなったんじゃないでしょうね』

「自壊衝動(ボケ)てきてる、おめえよりは、まともさ」
 それよりも、早くしてくれねえか」

『分かりましたー。お二人とも、少々お待ちくださいー」

プロフェッサーを睨み付け、ルサルカはどういうつもりだ、と声に出さず異議を唱える。
同じく梨沙もルサルカほどの敵意はないものの、疑問を視線に込めて見つめていた。

「悟空氏の考えは全く分かりませんが……」
「でしょうね? はっきり分かったわ。あの親子、馬鹿よ」

シュライバーを相手に、止めを刺す機会を逃した悟飯の失態は記憶に新しい。

「いるのよ、あの手の馬鹿が」

あの二人の本質をルサルカは理解できた気がした。
度が付く戦闘馬鹿だ。人種としては、黒円卓のベイなどが近いか。何なら、ザミエルとも話が合うかもしれない。

「大丈夫なの? 小恋だって……」
「どうしたの? おねえちゃんたち」

一人だけ、名指しで指名された小恋はきょとんとして、首をかしげていた。
梨沙は不安そうに見下ろして、彼女を庇うように腕を広げる。

「駄目よ、やっぱり……あんなところに悟空もいるからって、危険だわ」
「気持ちは分かります。しかし、ここは悟空氏に賭けてもいいかもしれません。
 気付きませんでしたか? 乱心していた悟飯氏が……敬語に戻っていることに」

プロフェッサーの指摘を受けて、梨沙ははっとした。

────何の……つもり、ですか

言われてみれば、荒い言動になっていた悟飯が再び敬語を使っていたのだ。

「小恋氏の護衛は我々が全力を尽くします。
 今は、悟空氏の指示に従ってみましょう」

肩をすくめ広げた腕を腰の横へ下ろしながら、梨沙は唇を噛んだ。

406残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:15:38 ID:hFBrpIWg0
「おにいちゃん!」
「よ、小恋。さっそくで悪いけど、悟飯を治してやってくれ、できそうか?」
「うん!!」


マリーンに連れられ、近づいてくる小恋を見て、悟飯は肩をビクッと震わせた。

「安心しろ。デンデみたいなもんだ。じっとしてりゃすぐに回復する」

手を伸ばしてきた人間を警戒する野良猫のような仕草に、悟空は苦笑する。

「いたいのいたいの、とんでけー」

「…………、ッ」

傷が治っていく。
母親が子供に気休めで言うような呪文を唱えて、本当に体のダメージが癒えていくのだ。
これがチユチユの実の能力。
ネモが首輪解析の間、空いた時間で悟空が試行錯誤ながら、小恋に能力の練習をさせた成果もあり、発動自体は安定して行えるようになっていた。
もっとも、あらゆる傷を治せる医者いらずの回復力には、まだまだ遠く及ばないが。

「どう? いたくない?」

小恋がにっこりと微笑み、悟飯はたじろいで目を逸らした。
ほんとうに体が楽になったのだ。なにか、企みがあるのではと思っていたのに、この笑みには裏表がない。

「よし! 小恋、下がってろ」

「うん! リルお姉ちゃんのところにいってるね」

おねえちゃーん、と呑気な声をあげながら、リルに抱き着く小恋を見て、悟飯は最後まで彼女に殺意を向けることができなかった。
最後にはあの娘だって殺さなくてはいけないのに、それを分かっていながら、どうしても殺意を抱けない。

「よーし、じゃ……始めっか」

胸の前で、左腕を横に向け右腕に挟み軽く締め上げる。
一挙手一投足がゆるやかで軽やかに、ぐっと手足をほぐして、運動前の準備体操のように体をほぐす。
これから、実の息子と命懸けの殺し合いをするとは思えない穏やかな動作。

「はッ!!!」

体操を終えた悟空は、だらりと両腕を腰まで落とす。
深呼吸を一度行い、それから全身に力を漲らせる。
髪が逆立ち、根元から毛先まで漆の髪が金色へと染め上がる。
悟空もまた同じくスーパーサイヤ人へと変身した。


「……来いよ、悟飯」


左腕を腰に沿え、右腕はゆらりと空へ向ける。


「全力でぶつかってこい」


構えを取った悟空の姿は、不動の守護神のような幼い矮躯に見合わぬ格を放っていた。
どんな不条理があろうとも、いかな絶望と災厄が振り掛かろうとも。
彼さえいてくれれば、絶対に何とかしてくれるという、理屈のない安心感。

407残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:16:13 ID:hFBrpIWg0

「…………ッ、……!!」

セルなんかにも勝てなかった悟空が、何故ああも大きく見えるのか。
そして、何故か脳裏に浮かんだのは、勝てないと分かっていながら、自分に歯向かってきた一人の少女だった。

────まだ、私は負けてないよ

たった一人で、挑み。光の中に消えた銀髪の少女。
彼女に、何故だか今の悟空は重なって見えた。

悟飯は戸惑うように、思考して、そして止めた。
結局、意味がないのだ。自分の決定は絶対で、それを覆せる力を悟空は持っていない。
もしも自分が間違いだというのなら、その手で正してみせろ。
そう暗に告げるように、悟飯は構えすら取らずに、力強く悟空を見つめる。
結局、どんな奇麗事も力がなければ通す事はできないのだから。

無様に消し飛んだ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンのように。


二者の視線が交錯する────!!



世界から二人の姿が消えた。



けたたましく響き渡る轟音。砲弾を機関銃のように乱射したかのような破壊をもたらす音。
発生する衝撃波は、ビルを縦にかち割り、窓ガラスを粉々に粉砕する。
木々を揺らして、樹冠から葉が毟られ空に舞う。幹は風圧だけで圧し折られた。
やっていることは簡単だ。ただ殴り合う。まるで子供の喧嘩の延長線上。
しかし、一つの拳が世界を軋ませる。
殴るというひたすらに単調で、技巧を有さない人間の初歩的な攻撃が、空から舞い落ちる流星群のような破壊力を秘めていた。
人という矮小な生き物の中に、地形すら容易く変えてしまう破壊力が眠っている。


悟空の頬に拳がめり込む。

悟飯の脇腹に蹴りが刺さる。


光をも置き去りにする速さで殴り合っていた金色の戦士達が、汗と唾液を撒き散らしながら吹き飛ばされた。

408残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:17:27 ID:hFBrpIWg0
「魔閃光!!」


悟飯が両手を重ね、光芒を射出する。
体内のエネルギーを練り上げ、破壊力を持たせた気の塊。
圧縮された気が奔流し、灼熱の殺意を纏って襲いかかる。
悟空は自らを弾丸と化す。
狙いは一つ。
魔閃光に正面からぶつかり、拳を殴りつけて射線を強引に反らすこと。
自らを焼かんと迫る光を捻じ伏せ、悟空はさらに加速。
手に痺れを残しながら、拳を握り直し悟飯へと急接近。

拳が激突した。

二人を中心に暴風が荒れ狂い、大地が沈み岩石が浮力を得て空へと打ち上がる。

悟空は、顔面を捉えた悟飯の拳を手で抑える。
悟飯は、肘打ちを身を反らして避ける。
さらに、飛び上がった悟空の蹴りを左腕で受け止め、ガラ空きのボディへ右ストレート。
ぐるんっと体を捻らせ、悟空は飛んでくる拳を避けて地面へと着地。
そのまま、頭上に降ってくる踵を飛び退いて避けるも、悟飯は瞬く間に悟空へと肉薄。

「ぐォ……ッ!!」

悟空の鳩尾に拳が突き刺さる
フ、と鼻で笑いながら悟飯は拳を捻りながら深く埋めていく。
悟空が苦悶の形相を晒すのを楽しむように。

「ッ、!!!」

だが、悟飯の顔面を青の光が照らす。
そっと物を置くような自然な仕草で、顔の前に悟空の掌が翳されていた。
瞬間、光が弾け凄まじい衝撃が悟飯を殴りつける。
大地に線を二つ引きながら両者が後退した。

「はァ……は、ぁ……」

腹を抑えながら、膝を折る悟空。

「……この程度で、バテないでくださいよ」

顔を横に向けたまま、直立を崩さない悟飯。

ダメージは、悟空の方が受けている。
彼我の被害状況を比較し、そして悟飯は苦笑しながら挑発を飛ばした。

「同じスーパーサイヤ人の筈なんだけどな……」

荒くなった息を整えるように、悟空は深呼吸を行う。
ふぅと溜息も吐きながら、苦笑いで悟飯を見つめる。
乃亜の言うハンデを考慮した上で、悟空は悟飯との実力は自分と横並びになっていると認識していた。
それは、悟飯とやり合ったらしきシュライバーとの手合わせで得た情報も参照した分析だ。
精度は決して低くない。
計算を狂わす要素として、雛見沢症候群さえなければ。

409残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:17:50 ID:hFBrpIWg0

(怒る事で、悟飯は潜在能力を解放していた……。
 今の悟飯はずっと怒り続けている。ハンデありのオラじゃ、ちと厳しいな)

強さの均一化を図った上で外的要因も加わり、同じスーパーサイヤ人でも差が生じている。
何故、怒り続けているのか。
ネモの言うように寄生虫かウィルスか細菌か、頭に何らかの障害が起きているのか。
悟空に判別は付かないが、悪い物が憑りついているのは確かである。
それゆえに、悟飯の怒りは止めどなく、潜在能力を爆発させる着火剤として機能している。


「波ァ!!」


悟空から二つの光の放流が放たれる。
悟飯が両腕を振るい、それらを弾き飛ばす。光が逸れた先に悟空はいない。
ヒュンヒュンと風を切る高速音だけが耳朶を打つ。

「フン」

悟飯はその場に立ちつくし、眼球だけを目まぐるしく動かす。

ゴゥンッッ!! と、鋼鉄を打ち合うような音が轟いて、悟空と悟飯の腕が交差する。
鈍器は刃物で鍔迫り合いになっているかのように、筋張った肉の鎧に覆われた腕がせめぎ合う。
悟空のもう片方の拳が飛ぶ。悟飯の顔面を貫き、そして幻のように消え去った。
残像拳。幻術の類を一切必要としない。目の錯覚を起こさせるスピードで走り、世界に色の付いた影絵を残す技。

腕を伸ばし切った悟空へ悟飯の蹴りが放たれ、またそれも実体をなくす。
風を切る音を響かせ、超スピードで発生する幻影が次々に現れては消失する。
殴っては消え、蹴り飛ばせば貫通する。

縦横無尽に轟音を木霊させ、無数の幻影が殺される。
高速の騙し合いのなか、飽いたように再び世界に実体を伴った姿を見せたのは悟飯。

「ぐあああああああッッ!!!」

天地を揺るがす雷鳴のような衝撃音が空気を裂いた。
遥か高空へと吹き飛ばされた悟空が、痛烈な叫びを吐き散らす。
顔面、腹部、右肩。三点に深く刻まれたのは、容赦なき拳の痕跡。
残像を見破り、先んじて一撃を叩き込んだのは、他ならぬ悟飯だった。

「だりゃあああああああああああッッ!!!」

気をみなぎらせ、咆哮と共に宙に浮かぶ悟空。
刹那、気力が爆発的推進力へと変貌する。
雷撃の如く落下する悟空のドロップキックが、頭上から死角を貫いて襲いかかる!

410残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:18:08 ID:hFBrpIWg0

「はあッ!!」

悟飯はじっと佇みながら、片腕だけを翳して受け止めた。
地面を砕き、浮き上がった岩盤がさらに細分化され石になり、砂に変わる。
かまいたちのような、触れるものを切り裂き粉砕する衝撃波の中央で、冷ややかな目をして悟飯は腕に気を込める。
推進力に後押しされた悟空を、気で発生させた浮力で押し返す。
その瞬間、残像を残して悟空が消えた。

「ッ、……!」

身を屈め、両手を地に付けたまま悟飯の視線の下へと移動。
姿勢を後ろに傾け、両足を天に跳ね上げる。
全体重を支える腕の力で身体を持ち上げ、二つの靴裏が悟飯を撃ち上げた!!
バゴンッ!!!という破裂音が響き、悟飯は空に強制的に跳躍させられた。
両腕を開き、太鼓を打つように空気を裂いて、体に圧し掛かった慣性を殺す。

「はああああああああああああああ!!!!!」

地上から、高射砲が連射するかのように、光の砲弾が悟飯を追う。
音速を優に超える砲弾が、行き場をなくすように悟飯の視界を覆い隠す。

「だァッッ!!!」

光の弾幕を睨み付け、気合を放った途端、旋風が巻き起こり全ての光が吹き消された蝋燭の火のような呆気なさで、掻き消された。
さらに旋風は隕石のように勢いを増し地上へ拡大する。
上空から悟空を押し潰さんと、広大なドーム状になって堕ちていく。
悟空は腕を力ませ、二つの拳を握り込んだまま、外側へ広げる。
放たれた気が爆風となり、旋風のドームと衝突。
荒れ狂う大気の気流が、蛇の共食いのように絡み合う。爆音を轟かせ、二つの見えざる力が消滅した。

「お父さんが、僕を回復させた理由が分かりましたよ」

巻き上がった石がコツコツと音を奏でながら、悟空と悟飯に降り注ぐ。
悟飯は固体の雨の中に、わざわざ下降して、地に足を着ける。
舞空術の制限により、長時間の飛行が縛られていたのもあるが、あえて悟空と同じ視線で話してやろうという傲慢さが伺えた行為だった。

411残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:18:39 ID:hFBrpIWg0

「自分が負けた時、お父さんは自分が疲れているのを言い訳にしたかったんだ。
 僕が回復していたから負けたんだ。実力じゃないと、自分を誤魔化したかったんだ」

フェアな勝負と言っていたが、それは違う。
悟空は自分に勝ち目がないのを一目で悟っていたのだ。
だが、負けるのを認めたくなく敢えて敵に塩を送り、負ける理由を作りたかった。

「やはり、お父さんは僕を恐れている」

失望の色を込めた視線で、悟空を見つめる。

「美柑さん達と同じだ」

恐怖し慄き、卑怯な手段で身を守ろうとする。
美柑が自分を非難する側へ回り、なにもせず責任も負わず、守られるだけで自分の手は汚さない。
悟空も同じじゃないかと、悟飯の中でドロドロとした負の感情が蠢いていた。

「分かりますよ。お父さんはカッコつけてるだけだ」

一瞬だけ、僅かだけあの偉大な父親と会えた安堵と、全く変わっていないかもしれないという信頼が悟飯の感情の中に生まれたが、拳を交えてはっきりした。
悟空よりも悟飯の方が強いのだ。
こんな場所でコソコソ隠れて、自分が死ぬのを待っていたのだろう。
シュライバーや沙都子をを使って、追い込んで自滅するのを心待ちにしていたのだ。
それが失敗したら、フェアな戦いだと嘯いて、自分のプライドを守るのに必死になっている。

「いつ、その目があの目になるか……」

美柑達が向けた、あのような目にいずれ変わるのだ。
悟空であってもそれは例外ではないと、悟飯はそう信じ込んでいる。

「僕が少し本気を出したら、お父さんは本当の恐怖を知ることになるんだ」

心底、悟空を馬鹿にしたような笑みを浮かべて、悟飯は確信した。
美柑もイリヤも沙都子もカオスもモクバもドロテアもヤミも日番谷も……誰もかれもが、全員最後にはあの目をする。
人間を見るそれではない視線、信じられない怪物を見るあの目線。
悟飯だって血の通った人間だ。
良かれと思い、皆を守ろうとしたのに一方的に差別され、排除されるあの疎外感。

「……ああ、想像以上だ。互角と思ってたけど、お前の方が全然強えや」

悟空は、ふっと糸が切れたように朗らかに笑って断言した。
乃亜によるハンデがなければ、悟空が遥かに悟飯を上回る。これはれっきとした事実であり、覆せない道理だ。
しかし、それは悟空が常に修行を続け力量を維持しながら、アップデートを重ねたがゆえに。
もしも悟飯が学者ではなく、武闘家として生涯を打ち込んだのなら、悟空とはまるで手も足も出ない程に差をつけていた事だろう。
その才能と潜在能力は、まさしく宇宙最強の可能性を未だに秘めている。
この殺し合いでは、悟空の修行によって得た力量は完全には発揮できない。
悟飯と悟空の戦闘レベルは、ほぼ同一にまで調整されている。
そうなってしまえば、あとはそれぞれの地力によって強さは変動していくのだが。

「困った事に、全く攻撃が通じてねえ……」

へへ、と笑う悟空。
軽い調子であったが、声には重い感情が乗せられていた。

412残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:19:10 ID:hFBrpIWg0

「あの男……本気か? 貴様ァッ!!」
『悟空君!? 大丈夫なんでしょうね!! あなた、本当に────』

無惨とルサルカの譴責が耳朶と脳内の両方に響き渡る。
眉を下ろしながら、「うるせえなあ」と呟く悟空に、二人はほぼ同じタイミングで激しい殺意を抱いた。

「言っていることのわりに、まだまだ余裕そうですね……」
「まあ、強えけど……勝てないほどじゃないかな」
「そうですか……それなら、もう少し本気を出しましょうか?」

まだまだ、強がりを言えるらしい。
悟飯は、初めて父親に憐れみを抱いた。
セルにすら勝てなかったあんな人が、どうやって自分に勝つのだろうと、心の底から疑問だった。
そして、本気を出せばあんな態度は二度と取れないだろうと確信する。

「はッ!!」

黄金の気が、さらに膨れ上がり悟飯を覆うオーラの波が荒々しく歪んでいく。
バチッという音が、何度も発生して、紫電が弾けては消える。
地鳴りのように大地が鳴動する。
悟飯の周りから亀裂が生じて、地割れのように大地が罅割れだした。

「今、降参すれば許してあげるかもしれませんよ?」

意地悪な表情で、悟飯は悟空に問いかける。

「おめえの悪い癖だ。普通にやりゃあ勝つのに、油断して負けちまうのはな」

減らず口を叩く悟空に、悟飯は乾いた笑いを浮かべて、より抑えられた力を解放した。

「────ハハ」

逆立った髪はより鋭利に天を刺し、気の放流は激しく隆々と燃え盛る焔のように鼓動。
世界が破裂したかのような爆音を轟かせた後、濛々と土煙を吹き上げて、その金色の戦士は顕現する。

「お父さんは、なれないでしょう。これに」

雷の獰猛さと、見た者を氷結させるかのような冷たい碧眼で、悟空を睨みながら悟飯は口許をより一層吊り上げた。
スーパーサイヤ人を超えたスーパーサイヤ人2。
乃亜のハンデは、サイヤ人の強化態への変身を抑えるものであり、前者が12時間、後者が24時間のインターバルを挟まなくてはならない非常に重い制約を課せられている。
しかし、悟飯はその両方の制限をも超越して、インターバルを踏み倒しスーパーサイヤ人2へと変身した。
怒りにより潜在能力を発揮する悟飯に、凶暴性を加速させる雛見沢症候群が最悪のベストマッチを起こした事による、バトルロワイアルのバグである。

「悔しいが……オラには乃亜のハンデを破れる力がねえ」

悟空は、突き付けられた事実を否定せず頷いて、認めてしまった。
元より、無知や無邪気さから非常識な行動に出ることはあっても、悟空は冷静である事が多い。
友の死に怒りを見せることはあれど、悟飯のように感情を激しく発露させるのは得意ではない。
また、潜在能力も悟飯には遥かに劣る。

「ずるくねえか? 乃亜の野郎、いい加減なハンデにしやがって」

現状、悟空がなれるのは通常のスーパーサイヤ人。
それもセルゲームの時期にまで調整され、さらに殺し合いを破綻させないように規模を落とされた劣化品。
積み重ねた修行の優位性すら、取り上げられてしまっている。

「スーパーサイヤ人じゃ、お前のスーパーサイヤ人2にはとても勝ち目がない」

悟空の評価は的確であった。

413残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:19:40 ID:hFBrpIWg0

『ねえ……考えがあるのよね? ねえ、そうよね?』

(一刻も早く、この場からの離脱を────しかし、体の再生が終わらぬッ……)

的確過ぎるが故に、生き汚い魔女と鬼は取り乱す。

(あの猿野郎、何を落ち着いてやがんだ)

また両者の霊圧を比べた上で、やはり悟空の勝機は薄いと判断したリルは焦燥に駆られながら、解せないと言わんばかりの目で悟空を見つめる。
あの目は、まだ死んでいない。
言ってしまえば似ている。涅マユリや浦原喜助のような、常に手段を保持して隠し続ける狸連中のそれに。

「苦しまずに終わらせてあげますよ」

悟飯は憐憫に満ちた目で悟空を見て、掌を翳した。
仮にも父親を相手に、甚振るような趣味は悟飯にはない。
雛見沢症候群の狂気の中で、少しばかり残された良心がその選択をさせる。

(あの人……やばいんじゃ……!?)

龍亞の手がパワーツールのカードに触れる。

「ものみな眠る小夜中に
 In der Nacht, wo alles schlaft」

ルサルカの渇望が、彼女の声帯を通じて世界に唱えられる。

通じるか否かは最早問題ではない。
最大戦力の敗北が決定した時点で、最善手を打たねばならない。
もっとも単純なのは、戦力の加算。つまり一対一ではなく、複数人で悟飯をリンチすること。
上手く行くとは限らないが、ただでさえ低い勝率をさらに引き上げるには、この方法しか存在しない。

「ルサルカ──────それに、他の奴等も手ぇ出さねえでくれ!!!」

だが、その無駄な足掻きとも言える抵抗も、他ならぬ悟空自身に制止される。

『まだ、カッコ付ける気!!?』

「いいんですよ。全員で、掛かって来たって」

ルサルカは苛立ちながら、頭にキンキン響かせるのを狙ったかのような声を上げる。
悟飯も軽蔑するような表情で、共闘を促してくる。
スーパーサイヤ人2になれない悟空に、悟飯への対抗手段は皆無であるというのに。
悟空はまだ諦観したわけでもなく、狂って壊れたのでもない。

「前々から、思い付いてはいたんだけどよ……」

本気で勝利するという自信の元、余裕を見せていた。

「調整が難しくて、開発は諦めてたんだ」

悟空を覆う金色のオーラの膜がぴたりと止んだ。
鋭い目付きは、釣り上がった眦が丸まった事で穏やかなものへと変容する。

414残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:21:38 ID:hFBrpIWg0

(あれは……)

思い当たる節がある。セルゲームの前に悟空が考案した、穏やかなスーパーサイヤ人だ。
変身の負担に体を慣らせるようにと、日常生活を送れるまでに気性の荒さと不必要な力をそぎ落とした形態である。
しかし、あくまで負担を軽減させた形態であり、この場で必要な即戦力に繋がる代物ではない。

「だがよ……殺し合い(ここ)でなら、できるかもしれねえと思ったんだ」

消失したオーラ、無風のまま佇む悟空からは嵐の前の静けさと言わんばかりの、威風が滾っている。
沈黙する世界の中、悟空は丸まった眦をあげた。そのまま拳を握り込み、両腕を曲げながら腰を落とす。


「────いくぞ!!」


咆哮と共に叫ばれる神より与えられし真紅の奥義。
静寂を破り、紅蓮の闘気が悟空を包み込む。悟飯はこの光景を知っていた。


「界王拳!!」


燃え盛る炎のように、赤の気が悟空から発せられ炎々と揺らめいていく。
上昇していく気の放流に、悟空はこめかみに血管を浮かべて耐えるかのように、苦悶に形相を歪めさせる。
体内で爆破物を調合し、合成させているかのような精密性を必要とする気のコントロールに悟空は苦戦していた。

「ぐっ……ぐぐ、ァ……ォ、おおおおおおおおおッッ!!!!」

高まり続ける暴力的な気の上昇は、悟空という入れ物すら容易く破壊せしめるだけの猛烈さを秘めている。
悟飯は悟空がスーパーサイヤ人の状態で、界王拳を使用した姿を見たことがない。
疑問に思ってはいたのだ。だが、悟空と過ごした精神と時の部屋での一年間の修行の中にヒントがある。
悟空は無理なく、必要以上に体を虐める手法を良しせず、それは悟飯にも伝えている。
スーパーサイヤ人の変身は、体に負担を強いる。
そして、界王拳も同様に変身者に強烈な反動を残してしまう。
恐らく、この二つの併用は理論上は可能であっても実現は不可能なのだ。
例え、サイヤ人という強固な肉体を保持していようとも、二つの異なる肉体の異常強化には耐えきれないと悟空は判断し、セルゲームですら使うことはなかった。

「自殺行為ですね……そんなもの……」

口では無駄と嘲りながら、しかし悟飯は悟空から目を反らさない。
真紅に輝く悟空を見て、その瞳に孕んでいた先程までの狂気は薄らいでいた。

ありえない。使えるのなら、セル戦の何処かで使用していた。悟飯相手に勝ち目がないと悟った悟空のやけであり、盛大な自害行為に過ぎない。
勝手に死なれるくらいなら、この手で殺してやれと、雛見沢症候群の狂気が悟飯へ囁く。
報酬システムのポイントにもなる。それに、自分を殺してくるような奴等と手を組んでいる奴に、自殺なんかで許してやるものか。
愛情の裏返った憎しみが、悟飯を凶行へ突き動かそうとする。

「……お父さんのプライドをズタズタにしてやる」

しかし、気弾を溜めた手を持ち上げようとして、狂気を超えた狂気が悟飯を押し留まらせる。

415残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:22:09 ID:hFBrpIWg0

「はああああああああああああァァァァァァァッッ!!!!」


試してみたくなったのだ。己の力を。
苦戦など感じなかったスーパーサイヤ人を超えたスーパーサイヤ人のその限界を。
なにより、見てみたい。悟空のスーパーサイヤ人だけに頼らない新たな可能性を。

悟飯を蝕むあらゆる狂気が捻じ伏せられ、この瞬間のみ戦闘民族サイヤ人の闘争心が全てを凌駕した。


「おおおおおおおおッッ!!! あああああああああああああッッ!!!」


爆発的な気の暴走が発生し、とうとう肉体が耐えきれずに弾け飛んだかと思わせる程の赤い閃光。
悟飯が目を細めた瞬間、光は最高潮の眩さに達した。


「……待たせたな」


赤の輝きを、金色の輝きすら霞むほどの濃度に圧縮させ、全身に纏わせる悟空の姿がそこにはあった。


「あの世で一度、パイクーハンという達人とやり合った時、一瞬だけ成功したんだ」


懐かしむように、この世にはもういないライバルの一人を思い浮かべて、悟空は口を開いた。


「気のコントロールさえうまく調整すれば、重ね掛けはできるってことは分かった。
 だが、スーパーサイヤ人は気性だけじゃなく、気の増幅も激しくなっちまう。
 あの世と違い、現世じゃ肉体の反動が変わってくるから、成功はしないはずだ」


悟空の習得した全ての変身において、界王拳の重ね掛けの条件を満たす形態は存在していない。

「穏やかな心と気のコントロールを極めた。
 そんなスーパーサイヤ人なんてものがあれば、話は別だったかもしれねえけど……そう上手くはいかねえ。
 界王様の技と、スーパーサイヤ人は相性が悪いんだよなあ」

その点、スーパーサイヤ人4は3のような激しいエネルギー消耗を抑えており、一見すれば最適な形態でもあるのだが、調整にまだまだ手間取りそうだった。
仮にスーパーサイヤ人4の界王拳が成功するのであれば、それはもっと長い時間を有して、研鑽を重ねる必要がある。

416残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:22:43 ID:hFBrpIWg0

「この首輪だ。乃亜はオラ達の気を吸収する仕組みを作って、この中に組み込んだんだ」

にぃと悟空は悪戯が成功した子供のような表情で、悟飯に笑みを向ける。

「高まり過ぎた気は、全て首輪に吸収されちまう。それは気のデカさを一定まで首輪(こいつ)が調整してくれるってことだ。
 界王拳もスーパーサイヤ人だって関係なくな……」

ネモから首輪の仕組みを聞いた時に、悟空は既に技の構想を練っていた。

「だから、やれると思ったのさ。
 乃亜のハンデが掛かっている間だけは、気のデカさを気にせずに、二つの異なる技と変身の気の配合にだけ集中できる。オラの負担が減るんだ」

首輪に備わった機能、エネルギー吸収装置に気の調整を一部代理で運用させ、悟空の負担を軽減させ二つの力を配合し、肉体へと馴染ませる。
穏やかなスーパーサイヤ人になったのも、気の調節を行いやすくするためだ。

「こいつがオラの奥の手……スーパー界王拳さ」

相対する悟飯に圧し掛かるプレッシャーは、偽りではなかった。
少なくともこの島で、シュライバーに次いで本気の悟飯を害せる敵が目の前に現れたのだ。
下に向けていた拳が自然と持ち上がり、小さく歓喜で震えていた。

「でも、所詮は界王拳。フリーザにも通じない弱い技じゃないですか」

地面に足一つ分の窪みを作って、悟飯が消える。

「僕には通じませんよ」

悟空の眼前にまで瞬時に駆け、振り被った拳が激突する。

「!!!?」

じりっと砂と靴裏の擦れる音が足元から鳴り、悟空は数十センチ後退した。
悟飯の一撃を受けながら、強固な防御の姿勢を崩さないまま耐えきったのだ。
拳から伝う悟空の頑強さを、直に察知した悟飯は瞠目する。

「安心しろ。悟飯、お前をガッカリさせないだけの力はあるつもりだ」

紅の気が逆風となって悟飯に襲い掛かる。
悟飯は後方へ飛び退き、距離を稼ぎ気弾を数発打ち込む。

「おおおッッ!!」

だが、深い谷底で爆音が轟き反響しているかのような独特な音が、けたたましく響く。
火薬が炸裂した弾丸のように悟空が加速。

「はァッ!!」

気弾を過ぎ去り、肉薄する悟空。
悟飯が、腕を横薙ぎに振るって殴りつける。
赤い残影を残して、悟空が消失する。次の瞬間、悟飯の背後から拳が数発叩き込まれた。

417残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:23:13 ID:hFBrpIWg0

「チッ……!」

速い。
残留する痛みに表情を歪めながら、悟飯は舌打ちをする。

「だりゃああああああッ!!!」

そしてパワーも速度上昇に伴い、飛躍的に跳ね上がっている。
眼前に迫りラッシュを叩き込む悟空に、悟飯がガードを強いられる程に。
立てた両腕からギシギシと骨が軋んでいき、肉が潰され皮が裂けそうな衝撃が伝わる。
消耗後の無茶な戦闘で手玉に取られたヤミを除けば、ここまで悟飯が圧倒されたのは殺し合いの中では初めてだ。

「ぐ、ォッ、がああああああああああッッ!!」

圧されていく。絶対の強さを不動のものとした悟飯の表情が、苦々しく歪む。
だが、同時に狂気によるものではなく、純粋な喜びから溢れた微笑も浮かばせていた。

「フ、ふふ……ははっ……」

悟飯が全力を出した上で、弱者を甚振る蹂躙ではない戦いが、この島でようやく行えるのだ。
それが何故だか無性に嬉しい。そして楽しかった。
恐怖や猜疑に満ちた視線ではなく、憎しみや厭悪のような敵意に満ちた形相でもない。
悟空が悟飯に向けたものは、怪物としか扱われなかった悟飯が、最も欲するものであった。

「うおおおおおおおおおおォォォォォッッ!!!」

だから、本気で後先考えずに、全てを出し切ってぶつけてみたい。
ここにいる全員を殺す等、もうどうでもよくなってきた。
この戦いを目一杯楽しんでから、その後に考えればいい。

「ぐァッ!!」

悟飯の打撃が悟空を殴り飛ばす。

「が、ァ……!!」

悟空が悟飯の顎を蹴り上げる。

目にも止まらぬ打撃の応酬が続き、常人の肉眼では視認すら出来ない攻防が展開される。

「大したパワーだ……だけど、いつまで続きますかね?」

空を大地を海を、世界を構成する全ての物質を鳴動させ、紅蓮の戦士と金色の戦士の激突は続く。
だが、その渦中にある悟飯は既に戦いの終焉を予感していた。

「スーパーサイヤ人と、界王拳の併用も長くはもたない。そうでしょう?」

自身の肉体に浴びせられる拳が弱体化しているのを、悟飯は感じ取っていた。
界王拳の弱点は、長期戦には不向きな強烈な反動である。
戦闘力の前借り、積もり積もった負債は何処かで返却しなくてはならず、返しきれない負債は破産という形で崩壊する。
ただでさえ、体を酷使するスーパーサイヤ人を使い、そこに界王拳のというドーピングまで重ねれば、今の悟空に圧し掛かる負債は計り知れないものとなる。

「ああ……だから、早めにケリつけさせてもらう!!」

指摘されるまでもなく、悟空本人が最も理解している欠点だ。
体にズキズキと鋭い痛みが生じており、掛けた負担がデメリットとして表面化している。
悟空の勝利は早期決着の他にない。

418残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:23:50 ID:hFBrpIWg0

「させませんよ!!」

飛んでくる打撃をいなして、悟飯は屈んで、悟空の懐に潜り込みアッパーを数発叩き込む。
後方へ退きながら、悟空は鳩尾を押さえて向き直る。
自ら突っ込んでくる悟飯と視線が交錯した。
悟空の敗北は時間の経過により、確固たるものとなる。
手段を選ばなければ、悟飯は悟空から付かず離れず、悟空が界王拳に耐え切れずに自爆するのを、攻撃を避け続けながら待てばいい。
だが、そうではなく。自身の強さによって、引導を渡すことを悟飯は選択した。

「お前だって時間がねえだろ?」

悟空もまた、確信を得た表情で悟飯へ問い返す。
カオスとの交戦でスーパーサイヤ人2に変身したからこそ、そのハンデの重さを理解していた。
初戦のシュライバーとの戦闘で、乃亜のハンデによる強制変身解除を悟飯は経験している。
もしも、またおかしなタイミングで変身を解除されれば、厄介なことになる。
界王拳との併用とはいえ、悟空はまだスーパーサイヤ人しか使用しておらず、ハンデが緩い可能性もあるのだ。
戦いを長引かせ、不測の事態を起こすのは悟飯としても避けたい。

「まあ……うだうだ言ってっけどよ……」

二つの拳面が激突し、烈風を引き起こす。

「時間切れなんて決着が一番つまらねえ、お前もそう思っているんだろ?」

白状すれば、悟空はずっとこの殺し合いに呼ばれてから、邪とも言える願望を一つ抱いていた。
それは、かつての悟空すら追い付けぬほどの高みへと上り詰めた悟飯との戦い。
セルに向けられたその最強の拳を、今度は自分が交えてみたいという願い。
悟空の時代では前線を退き、戦いの勘も衰えている。
究極の力は眠りにつき、目覚めさせる手段もあるかもしれないが、それでもセルゲームの時のような圧倒的な力の昂りは期待できそうにない。
この時代の最も戦闘の感覚が研ぎ澄まされ、まだ見ぬ潜在能力を滾らせた悟飯の力が見たいのだ。
悟空の我儘ではあるが、学者ではなくこのまま武道家としての可能性を存分に発揮するような、そんな将来の一端をこの身で体感したい。

「はあああああああああああああああッッッ!!!!」

悟飯からの猛攻を受けながら、徐々にダメージを蓄積され、悟空は界王拳の反動との板挟みになる。
内からも外からも肉体が壊され続け、ズキズキと軋めく音が鳴り響いている。
やはり、長くは戦えない。この楽しい時間を伸ばす事はできないが、この時間をより最高なものとする為に、悟空は残された全ての気を凝縮させ体外に纏う。

419残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:24:15 ID:hFBrpIWg0

(効かねえ攻撃を何発入れても埒があかねえ。パワーを維持できる今のうちに、やれるだけの一撃を叩き込む)

戦闘力のピークは過ぎ、このままパワーは下落していく一方だ。常にこの瞬間が維持できる最高の戦力であると考えた方が良い。
対して悟飯は、まだまだ戦力を維持したまま気の流れに淀みすらない。
遠からぬうちに拮抗した戦闘は、段々と悟空の弱体化で、悟飯の蹂躙へと変容する。
その前に、まだ攻撃が通る今のうちに、最大の攻撃をぶち当てる。

(つっても、ダラダラ気を溜める暇もくれねえ……さて、どうすっか……)

課題となるのは、気のチャージャだ。
悟飯を一撃で倒すだけの攻撃には、大量の気を溜める必要がある。
それらを、悟空が防御しながら行うのは困難だ。
猛攻をいなしながら、悟空はその頭脳をフルに回転させる。

「よし────」

そして、見つけた。

「はあああああッッ!!!」

悟飯が僅かに後退し助走を付けて、悟空へと突撃する。
爆風を巻き上げて、地盤を砕き、戦場に轟音が轟く。
その砂塵の中で、悟飯は手ごたえを感じない。
爆風の外へ、悟空が後方へ飛び退いて避けていた。
光すら追い付けないかのような高速。
さらに追尾するように肉薄する悟飯から、悟空は瞬時に加速して猛攻を読み切り避けていく。

瞬間、光の嵐が空を裂く。
弾幕が絨毯爆撃のように悟空の周囲に展開された。
それらを悟空は全て紙一重で、掠めることなく避ける。
赤い残光だけを残しながら、無駄のない動きで絶の回避。
この動き、悟飯には見覚えがあった。

「これは、シュライバーの動きか?」

魂(エネルギー)を効率的に速度へと変換させる燃焼。
齎された速度を、さらに活かすべく編み出した高速走法の技。
悟空は、一度見たシュライバーの速さを高い精度で模倣し再現してみせたのだ。
あらゆる防御を捨て、ただただ接触の拒絶に全てを賭して望む渇望と制約により成り立つ神速。
神技と呼ぶにふさわしい観察眼と経験の融合により、悟空はその神速を模倣する。
活動位階の段階までなら、限りなく近づけているレベルへ。

420残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:24:37 ID:hFBrpIWg0

「か」

右側の脇下で、両手を腰の横で重ね合わせる。
悟空の喉から低い声が絞り出された。
光の殺意に囲まれながら、その集中は乱れない。
掌に集まった青光の破壊力を底上げすることにのみ、悟空の意識は注がれる。

「め」

悟飯は両腕を振り上げ、空に無数の気弾を撃ち放つ。
一定の高度まで上昇してから、雨あられのように気弾が大地へと落下していく。
避けていく悟空の行先を絞るように、気弾の勢いが増す。

悟空の狙いは、一撃必殺。
全ての防御を跳ね上がったスピードによる回避に委ねて、大技に残された気を全て注ぎ込み一発で悟飯を沈めること。
だが、この戦術には一つの致命的な弱点がある。
肉体の強度に気を回せない事だ。
通常、悟空達の操る気功術は体内のエネルギーを練り上げることで、あらゆる力も速さも肉体の頑強さも、全てが総合的に強さとして跳ね上がる。
だが、悟空はシュライバーの神速を得るために、この瞬間速さ以外のほぼ全てに充てられるエネルギー充填を空にした。

「────────ッ、ぐ……!!」

光の雨が、悟空の肩をかすめる。
たったそれだけで、酸を浴びせられたように悟空の顔は苦痛の形相を浮かべる。

これこそが、あの絶対回避の渇望を抱くシュライバーの神速、その代償。

現在の悟空の耐久力はゼロにも等しい。

防御に一切の気を回さずに、全ての気を攻撃のチャージとスピードへ振り分けている為に、現在の耐久性は著しく低下しているのだ。
耐久力を棄てた悟空にとって、たった一撃、スーパーサイヤ人2の悟飯の拳が掠めるだけで、それは死を意味する。

「次から次へと……お父さんは、色んな技を見せてくれますね」

無数の爆撃が天地を裂き、大地を焼く。
轟音の渦を縫うように、悟空が飛ぶ。目にも映らぬ速さ。だが悟飯の瞳は、それを捉えていた。
忙しくなく視界を回しながら、悟飯を笑っていた。
楽しいのだ。圧倒してもしきれない、簡単には倒させてくれない敵が。
実力の近しい者同士で、苦戦しながら、次はどう対処して相手はどう出るか、戦術を考えるのがこの上なく楽しい。

初めてだった。相手を上回り圧殺するのでも、格上に嬲られ甚振られるのでもない。
接戦で、しのぎを削り競い合うというのは。

421残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:25:09 ID:hFBrpIWg0

「……へへ」

悟空すら笑っていた。一手ミスをすれば、即座に死を迎える極限状態にありながら。
汗が頬を滑り落ちるのを感じながら、悟空も戦いを楽しんでいたのだ。

「はは……」

口角を吊り上げながら、悟飯は脳内で軌道を計算する。

耐久力がゼロであるということは、あらゆる攻撃を必ず避けなければいけない。
それは、全ての選択肢が回避に偏るということに他ならない。
であるならば、回避される前提で攻撃を放ち、かわさせることで行動を限定させればいい。

爆撃の角度、悟空の動き、すべてを読み切る。

次の瞬間、爆煙の奥から悟空が迫った。まさに読んだ通り。


「は」


悟飯が地面を蹴る。肉体が空間を断ち割るように走る。
爆風に巻かれながらも、視線を逸らさない。

そして。


「捉えた!!」


悟空の眼前に、悟飯が立ち塞がった。
まるで待ち伏せていたかのように。いや、まさしく待っていた。

親の先を読む息子の目が、初めて父を追い詰めた瞬間だった。

掌に気を溜めて、灼熱の光を練り上げる。
ものの一秒もせずに済む工程が、とても長く感じられた。
これは、そうだ。高揚感というものだろう。
達成感とも満足感とも言える。そして、淀みのない嬉しさ。
勝利を目前に、高まる熱狂が悟飯を武者震いさせる。

422残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:25:42 ID:hFBrpIWg0


「ッッ!!?」


その瞬間、悟空は朗らかに笑う。刹那、ビシュンッという音を残し消失した。
別の異次元への侵入をコンマ数秒のみ可能とし、元の次元へ座標を指定し高速で転移する。
ラードヤット星人の持つ特殊技能、瞬間移動。
バトルロワイアルにおいて、長距離の移動は封じられたが、戦闘時の極短距離の移動ならば発動に問題はない。

悟空が転移し、再びこの物質世界に帰還したのは、悟飯の背後。
意表を突き、精神の動揺の合間、ガラ空きとなった背中に特大のかめはめ波を叩き込む。
手の中に高エネルギー体を強く意識し、脇下で構えた両手を、悟空はあらん限りの力で突き出した。

「読んでいましたよ」

だが、眼前に広がるのは、不敵な笑みを向け正面から悟空を見つめる悟飯。


「しま……」


戦闘使用時の瞬間移動に制約がないのなら、いざという時の緊急回避に持ち出す事も容易に想像がつく。
一年間、共に修行し鍛え上げた仲だ。悟空の思考パターンを読めないほど、悟飯は馬鹿ではない。
だから、わざわざ爆撃攻撃で行き場を潰し、遠回りな方法で追い込んだ。
追い詰めれば、必ず悟空は瞬間移動を使ってくる、その使用後に生じる隙を作るために。


「さよなら」


瞬間移動を用いた悟空が出現するであろう箇所を予測し、的確に掌を翳していた。


(勝った)


大地が震え、魔光が悟空を妖しく照らす。

迸る気の奔流が空間を染めて、破壊の光が轟々とした咆哮と共に弾ける。

防御力を意図的に下げている悟空に、直接受けるという選択肢は潰えている。
時間を掛けて溜めたかめはめ波で相殺したとして、膨大な気力を集中させた一撃を無駄打ちした事になる。
もう一度、それと同等以上の攻撃を溜める前に、界王拳のタイムリミットが訪れる。
そろそろ肉体にも激痛が走る頃合い。
悟飯にはまだ体力も残され、仮にスーパーサイヤ人2を解除されても、戦闘を継続できる。
勝敗は決したのだと、確信した。

423残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:26:15 ID:hFBrpIWg0

(ああ、でも……)

勝利を目前にした高揚感は最高潮に達しながら、寂しさを感じていた。
燃え盛る炎が高い火柱を上げながら、燃やす薪を全て炭に変えてしまい、後はただ萎んでいき消滅するのを待つだけのような、そんな悲痛さを覚えたのだ。
何故だか、終わりにしたくなかった。
まだまだこれからだというのに、もっと殺して全員をドラゴンボールで蘇生しなくてはいけないのに。

(つまらないな)

心の何処かで、この楽しい時間を終わらせるのが、自分が勝利してしまうことが嫌だと、拒絶する悟飯がいる。



「いやだよ……お父さんを、殺すなんて……」



心の声を口にしてしまう程に、こんな結末を迎えることへ激しい忌避を抱く。




「──────めぇぇぇッッ!!」




信じがたい光景が現出した。



「おとうさ…………!!?」



逆さまの姿勢、倒立のまま、一つの人影が前進してくる。
その両の掌には、青く脈動し輝く光球。
悟飯の放った気功波の表面を荒れる海面を滑るように進む。


「波ァッッ!!!!」


雷鳴のような咆哮と共に、悟空が地に降り立つ。
その瞬間、放たれた輝きが、惨劇(かなしみ)を砕く。



(やっぱり、凄いや……お父さんは……)



閃光を前にして、悟飯の顔はとても穏やかだった。

雛見沢症候群の研究者がこの光景を見れば、とても驚愕することだろう。
L5+の発症者が見せる表情では、決してあり得ないと。

もしも、悠久の雛見沢(とき)を繰り返す魔女が見ていたのであれば──月下に照らされた二人の少年少女の決闘を思い起こし、誇らしく言うのだろう。
これを人は奇跡と言うのよと、怨敵であり何よりも親愛の情を抱く、ただ一人の親友に語り掛けるように。

424残酷な宿命を嗤え ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:26:45 ID:hFBrpIWg0



■■■■■■



(悟空氏はここまで考えていたのでしょうかー)

悟空は結果として悟飯を殺さずに制圧してみせた。

完全な正気を失いながら暴れ狂う悟飯を、ただ一人の犠牲者も出さずに。

もしも、この場にいる全員が総動員して悟飯の排除を行えば、絶対に死亡者が出ていた。
体力を回復させ、自らフェアな戦いを申し出て、悟飯を不必要に追い込むことを決してせずに。
だからこそ、悟飯は周りにいた無惨達や、悟空が守るカルデアを狙うというダーティな手段も取れたというのに、そうはしなかった。

命を奪い合う。血塗られた殺し合いを。
悟空は試合へと変えた。

魔女のような誰かが仕組んだ惨劇を、悟空という戦士の強さが覆したのだ。

全てを考えて念密な計画を練っていたのだろうか、それともただの偶然だったのか。

プロフェッサーの頭脳を以てしても、その思考を予測する事はできない。

「キャプテンの目に、狂いはありませんでしたねー」

そして、考えるのをやめて、ふっとプロフェッサーは顔を綻ばせる。

何度も多用できない切札のスーパーサイヤ人を切ったとはいえ、悟飯を相手にしたのだからこの戦果はベストだ。
悟飯の調査を行い、もしも彼を完全に正気に戻せたのなら、最強の戦力が二人、対主催につく事になる。

嬉しそうにプロフェッサーは、これからのタスクを整理し始めた。





「殺せ、殺してしまえ。孫悟空」




カメラのマイクを通して、鬼舞辻無惨の声がカルデア内に届くまでは。

425 ◆lvwRe7eMQE:2025/05/04(日) 19:27:29 ID:hFBrpIWg0
投下終了です。続きはまた後ほど投下します


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