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魔界都市新宿 ―聖杯血譚― 第3幕
1
:
◆zzpohGTsas
:2016/09/20(火) 21:48:52 ID:DjcyjtZg0
「ああ、分ってるよ。初めはものすごくうまくいってたんだね。『珊瑚島』みたいにね」
ラーフは黙って士官の顔を見た。一瞬間、かつてこの浜辺をおおっていた、あの不思議な魅惑の面影を思い浮かべた
しかし、島は朽ち木のようにかさかさに干からびてしまったのだ
――サイモンも死んだ――そして、ジャックのやつが……涙がとめどなく流れ、彼はからだを震わせて嗚咽した
彼はこの島にきてから初めて、心ゆくばかり泣いた。全身をねじ切るような悲しみの激しい発作に、彼は身を委せて泣いた
今、島は焼けただれ、荒廃に帰そうとしていた。その光景を前にして、濛々たる黒煙の下で彼は声を上げて泣いた
この激情につりこまれて、他の少年たちも、からだを震わせて嗚咽し始めた
それらの少年たちの間に立って、からだは汚れ、髪はべったりとくっつき、洟は垂れ放題のまま、ラーフは、無垢(イノセンス)の失われたのを、
人間の心の暗黒を、ピギーという名前をもっていた真実で賢明だった友人が断崖から転落していった事実を、悲しみ、泣いた
――ウィリアム・ゴールディング、蠅の王
.
665
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:45:29 ID:eP/lXdxU0
奇しくも、アレックスとマーガレットは、迫る妖糸に対して同じ反応を取った。
マーガレットは、幻十の周囲に小規模の、アクリルで出来ているような透明感を持った、球状の泡めいたもの無数に創造。
アレックスの周囲にも、彼自身が創造した同形状の泡が生み出されていた。互いに、互いが生み出した泡に魔力を込めた瞬間だった。
アメジスト色の爆発が球の内部で発生。爆発は、球の外に出る事はなかった。両者が発生させた泡範囲内にはせつらの操る糸が配置されて『いた』。
この場にもし、ナノマイクロのサイズを視認出来る者がいれば、理解出来た事だろう。泡を素通りした部分の糸が、綺麗さっぱりと、『消滅』している事が。
泡の正体は、小規模のサイズにまでパッケージングされた閉鎖空間であり、彼らはその内部で、俗に『メギドラ』と呼ばれる魔術を発動させていた。
俗に、万能属性とも称されるこの属性の魔術は、悪魔や神が操る魔法の中でも極めて高等の物に分類される。この属性は、相手の有する耐性や概念防御を、貫く。
せつらの操る糸であっても、それは同じ。メギドラの直撃をモロに受けた妖糸は、燃えるでも崩れるでもなく、跡形もなく消滅。せつらの意思と断絶され、無害な糸屑に変貌してしまったのだ。
「出来るな」
マーガレットに対し感嘆の言葉を漏らすせつら。余りにも、其処には感情が無い。
小石が転がっている、セミが足元で死んでいる。その程度の情感しか、言葉に込めていなかった。
「自慢のマスターさ」
「気味悪いわ」
着地と同時にそう言った幻十に対し、鳥肌すら立つ思いでマーガレットがそう言った。
目の前にいる、サーヴァント、秋せつらの実力を脳内で反芻するマーガレット。
網膜に映るステータスは、三騎士のクラスと比べても遜色はないにしても、面白みはそれ程ない。サーチャーと言う特異なクラスである事にも、それ程驚かない。
問題はただ一点、強い、と言うその事実。幻十が再三以上に渡って語っていた、秋せつらは強い、と言うその言葉を肌で彼女は実感していた。
成程、必要以上に幻十が意識していた理由もよく解る。せつらの強さは、異常だ。武器は確かに、幻十と同じ糸なのだろう。
同じ糸の筈なのに、幻十と同じ武器である気がしない。彼よりももっと恐ろしく、そして鋭いモノを振るっているような錯覚にすら陥ってしまうのだ。
冬至の夜に浮かぶ凍てついた満月に似た美貌を持つ魔人、秋せつら。彼の手で操られる魔線は、余人が魔線と見る以上の力を、得てしまうのだろうか?
確かに――これは、今の幻十では荷が重かろう。
しかし、せつらは知らない。自身が『出来る』と判断した、自らの親友だった男のマスターである才媛もまた、魔界都市の住民の手綱を握るに相応しい怪物である事を。
「手間の掛かる男……援護してあげるから何とかしなさい」
そう告げるのと同時に、マーガレットは、ペルソナ辞典から一枚のカードを取り出し、そのカードに刻印されたペルソナをこの世界に招聘させた。
黒い烏帽子兜を被り、真紅の鎧具足を装備した美男子だ。無論、鎧を纏っているという服装上、柔な優男の外見ではない。鍛えられた、武者の外見だ。
幼名を牛若丸。最も知られる所の名を、源九郎義経(ヨシツネ)。平安末期から鎌倉初期にかけて八面六臂の活躍をした、源平合戦の立役者。
鞍馬山で武芸の鍛錬を積み、大胆な知略・奔放な剣術で多くの敵を惑わせ、源氏側を勝利に導いた大武将である。そして、幻十の言っていた、物理攻撃を無効化するペルソナの正体である。
ヨシツネが剣先を、幻十に向けたその瞬間だった。
淡い光のようなものが幻十の身体を包み込み、その光が彼の体に吸収されていったのだ。一秒も、その間経過していない。
――補助魔法……!!――
アレックスが今この瞬間、地上に着地した。そして、マーガレットが幻十に対して行った術の正体を看破した。
それは、アレックスの世界で言う所の『ブレス』。それは、悪魔達の世界で言う所の『カジャ』。即ち、素の身体能力を強化させる魔術である。
魔術の世界に於いて他者の能力の強化は最難関と言われる程難度の高い術ではあるが、マーガレットレベルになるとそれを行う事など、児戯も同然。
『ヒートライザ』。それが、マーガレットが幻十にしてみせた強化の魔術の正体。その効果は、戦闘に関わる全ての能力の向上、であった。
「――こう言うサポートを必要としない程には、強くありたいものだな」
その言葉と同時に、幻十の両腕が、残像も追いつかない速度で霞んだ。
せつらが、アレックスが。その動きに追随した。両名共に、後手に回ってしまった。腕、指、どちらの動きも、先ほどの幻十のそれよりも遥かに迅速だったからだ。
いや、速度が跳ね上がったのは、身体の動きだけじゃない。美の精緻たる幻十の腕指、それによって操られる必殺の糸条の速度もまた、恐るべきスピードに達していた。
666
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:46:05 ID:eP/lXdxU0
せつらの指が、痙攣にも似た動きを見せた。いや、それは肉体の反射的な動きではない。
一見して痙攣や引き付けに見えるような動きでも、それは、せつらにとっては計算と意図で編まれた動き。“私”の人格は、そう言う動きを行わないのだ。
その証拠が、せつらの操る魔糸の動きだ。彼の周囲に展開されていた糸が、せつらの指の指示に従い、蛇の様に動き始めた。
ある糸は薙ぎ払われ、ある糸は地面から一気に弾け飛び、ある糸は上下左右に回転運動を始めた。その動きが無秩序なそれでない事は、迫り来る幻十の糸を切断し返しているところからも、証明済み。尤も、他人にはナノマイクロというミクロの世界での攻防など、認識出来よう筈もないが。
アレックスについて言えば、かなり危なっかしいながらも、無事に糸を防げていた。
黒贄によって齎された腕の骨折は、荒療治ながらも自前の回復魔術で回復されており、振るえばまだ痛みが鈍く起こるその腕に魔力剣を携えて、チタン妖糸を斬り払っている。
人修羅になって得た事による優れた知覚能力で糸を認知出来るとは言え、アレックスには絶対的に、せつら・幻十の操る妖糸に対する経験値が足りていない。
防げはする、致命傷も免れられる。だが、其処から攻めに転ぜられない。防ぐだけが精一杯なのだ。しかも見た様子、幻十はまだ糸を操る本数を増やせるらしい。
本気でアレックスを対処しようとしているのなら、忽ち彼の霊基に大ダメージを与えられていよう。そうしない理由は簡単だ、出来ないから、である。
幻十の目的は、あくまでも秋せつら。その軸は、全くブレていない。もしもこの場に、ナノマイクロサイズのものを視認出来る水準にある、
文字通りの『神の目』を持った存在が居るのであれば、きっと解るだろう。明らかに、せつらに降りかかる糸の数が、アレックスよりも遥かに多い事に。
幻十がせつらを特別視している事は、今更説明するべくもない。だから現に、せつらの方に妖糸の数を多く向かわせている。勿論それは正しい。
しかしあの、“私”を名乗る恐るべき魔人が特別だとか、私的な因縁があるからだとか、必ずしもそれが全てではないのだ。
この<新宿>で行われている聖杯戦争の中でも最強のマスター……いや、それどころか、だ。
二名が知る中で最強の魔女、宇宙の真理や魂の秘密すらその手に掴んだろうガレーン・ヌーレンブルク。
幻十どころかせつらですら、最高の魔女であると言う認識を同じにするあの高田馬場の魔女に匹敵する魔才を誇る、マーガレットが施した最強の補助魔術・ヒートライザ。
これによる絶大なブーストを得ていて尚――せつらに届かない、と言うこの現実。その通り、単純に、『せつらの方がまだ強いから彼を優先して攻撃している』……それだけの話なのだ。
――デタラメね……――
せつらの強さを、知らなかった訳じゃない。
幻十から口頭で、マーガレットはその強さを知らされていた。自分と同じ技を使う、魔界都市最強の魔人の一人。そう言っていたか。
正直、彼女が使役する黒魔人について、彼女自身が抱いているイメージは最悪の閾値を優に上回る。美しいだけの、唾棄すべき魔王だと本気で思っている。
思っているが、この男が有する、魔人としての見識だけは、本物だとも思っていた。間違いない。幻十は嘘を平気で吐く。だが、せつらに関する嘘は、ない。
全て本気で話していると、短い付き合いでマーガレットは理解していた。理解していて――尚。その話には誇張や贔屓、忖度が含まれているのでは、と。この瞬間までは思っていた。
一切、そんなモノはなかった。
幻十の語ったせつらの強さは、全て違わず真実のものだった。幻十が強く意識をする訳だ。
自分と同じ技を使い、自分と同じだけの背丈を持ち、そして、自分と並ぶ比類なき美貌を持つ男。ライバルとして意識するのも、頷ける。
667
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:46:22 ID:eP/lXdxU0
本数にして千など容易く超える程の数量で押し寄せる、必殺の妖糸が、マーガレットに悉く当たらない。
糸を操るせつらは、理解しているだろう。マーガレットに近づいた瞬間、海をも叩き割るせつらの断線が、ドライフラワーを力尽くで揉んだように粉々になっているのを。
理屈は理解している。彼女の周りを目まぐるしく、まるで惑星を周期する衛星宜しく旋回する、球状の焔と冷気を見れば、何が起こっているのか魔人には解るのだ。
要するにマーガレットが行っている手品は、熱相転移だ。熱したグラスを急激に冷やせば、グラスが砕け散る。やらかした者も、数多かろう。
一般的な、それこそ、市井の家庭でもやりがちなミスである。コレを究極の領域にまで高めた現象を、意図的に操作して。マーガレットはせつらの糸を対処していた。
アギ(火炎)の魔術とブフ(氷結)の魔術のどちらも覚えさせたペルソナを装備し、そのペルソナが放つ太陽表面に近しい超高熱と絶対零度の極低温で、
極端な相転移を行っているのだ。無論耐えられない。直撃すれば、物質は必壊、生命体は即死だ。何せ、原子核のレベルで、その熱相転移を受けたものは消滅させられてしまうのだから。
マーガレットが思う以上に、この場には、デタラメな人物しかいなかった。
そもそも彼女は気付いているのだろうか。音の速度を超越するスピードで迫る、1/1000マイクロのチタン妖糸を、丁寧に原子核レベルで破壊して対処している自分こそが。
傍目から見れば怪物そのものとしか映らない、と言う事実に。
【防ぎ方を変えろマスター、次は原子核を破壊された状態を維持したまま来るぞ】
そんな馬鹿な、と突っ込む気すら最早起きない。
やりかねないと思ったからだ。原子核レベルでの破壊とはとどのつまり、消滅に等しい。
石をハンマーで砕くのとは訳が違う。石は叩き割っても、元々石であったものは残る。だが、原子レベルでの消滅は、跡形も無くなる。
形も存在も、消えて、滅びるのだ。そんな状態になった後でも、攻撃が叩き込まれる。ありえない話だ、言うまでもなく。
だが、秋せつらと呼ばれるあのサーチャーなら、やりかねない。目にした者に、これから自分は滅び去るのだと否応なしに想起させる、死神の美を持つせつらなら。やってしまうのだろうと、マーガレットは思っていた。
今度はマーガレットは、迎撃を選ばなかった。
逃げた。と言うよりは、糸の範囲内から退散した、と言うべきか。駆けたり跳ねたり、避けたりしてではない。空間転移、即ちワープを利用して、だ。
せつらから三〇m程離れた地点まで転移したマーガレット。其処はせつらと幻十が、必殺の魔糸を乱舞させている大殺界の圏外だった。
無論計算して其処まで退避したのだ、が。所詮こんなもの、その場凌ぎに過ぎない。あの美麗極まる魔人がその気になれば、糸の殺戮範囲は、倍以上に跳ね上がるであろうから。
一歩引いた所から見て初めて解る、恐るべき攻防である。
青、白、橙、赤、黄。それらの色は、せつら・幻十・アレックスの三名の周囲で高速で点滅する光の色だった。
色の正体は火花であった。せつらの手指から伝わる指示を受け、神業の如き軌道で迫る殺線の嵐。それが防がれる際に生じる、せつらの糸の断末魔だ。
戦況をどうやって、こっちに有利な方に転がそうか。
せつらの意識が此方に向く、ほんの僅かな時間を利用し、目まぐるしく脳を回転させるマーガレットだったが――。
思いも寄らぬ形で、それはやって来た。但しそれは……マーガレットの側よりも、やって来た側のほうに、不利を押し付けてしまいそうだったが。
668
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/03(金) 00:46:41 ID:eP/lXdxU0
残りは今日の夜投下します。今回の投下はこれで終了です
669
:
名無しさん
:2020/01/03(金) 11:11:36 ID:EdffP4Zg0
あらいらっしゃい!ご無沙汰じゃないっすか〜(投下乙です)
令呪の効果でセオリー通りの戦い方をするようになった黒煮、人体損壊前提の戦いをやめた事でかえってその異常な身体能力ぶりが分かることになったな
そしてマーガレットさんはやっぱりマスターで参加して良い能力じゃ無いねこれ…。頑張って育てた番長を瞬殺されたのを思い出しました(隙自語)
『私』のせつらは相変わらず底が知れない。この乱戦も終わりが近付いてきてるが、どう終結するのだろうか
670
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:49:37 ID:3fIroC7g0
投下します
671
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:50:03 ID:3fIroC7g0
トラウマから来る、過呼吸。
それは、戦争の渦中に身を置いていた兵隊にとっては、極めて身近で、誰もが陥る可能性を秘めた発作である。
戦中での体験と記憶が、平和な日常を過ごしている最中に突如としてフラッシュバックを起こし、パニック障害などを引き起こす。
戦争と言う過酷極まる世界を生き抜いてきた兵士が、過酷とは無縁の平和な日常の中で、その精神を蝕まれるのだ。皮肉な結果以外の何物でもない。
北上は、艦娘としての自負で、PTSD一歩手前のそのトラウマの発作を抑えていた。
抑えられたのが、奇跡だとすら思っていた。プライドは元々人並みだと思っていたが、それでも、あの瞬間だけは、北上は自分のメンタルの存外の強さを褒めてやりたかった。
上落合のマンションで遭遇した、絶世の美貌を誇るアサシンとの不意の再会は、安定傾向にあった北上のメンタルを掻き乱すには十分過ぎる程のパワーがあった。
北上の語彙では、到底表現不可能――と言うより、人界の言葉では表象不可能な程である、あの美貌は、本来の意味とは全く異なる意味で、直視に堪えない。
見ようと決意するだけで、深海棲艦の跋扈する海域に突入する以上の覚悟が必要になる美貌など、凡そ、この世の物ではない。
そして、その美貌から繰り出される、艦娘の象徴である艤装は勿論、アレックスが操るサーヴァントとしての力すら及ばぬ、『不思議』以外の何物でもない殺しの技。
極め付けが、悪辣を極めるあの性格。艦娘の敵である所の、深海棲艦ですらが、個体によっては会話と交渉の余地がある程度には、良識と呼べるものが僅かながらにあった。
あの麗しい魔人には――それがない。あるのは徹底して、己のエゴと悪性だけ。悪逆を成す為だけに、この世に生を授かった、純然たる魔人。それが彼、浪蘭幻十と言うアサシンだった。
そんな、恐るべき男に、北上もアレックスも、殺されかけた。
よくぞ、生きているものだと彼女は思う。判断一つ、しくじっていれば彼女らは本当にあのマンションで命を落としていたのだ。
それほどまでの激戦だった。尤も……、激戦と言うのは彼女らから見た場合であって、幻十から見れば、蟻でも蹴散らすかの如き一方的な蹂躙劇であったのだが。
それ程まで痛い目をあわされた人物に出会ってしまえば、心が掻き乱されるのも、仕方の無い話であった。
況して絵画館で出くわした時は、アレックスと言う頼れる相棒が居なかったのだ。動揺を超えて戦慄・恐慌に近い状態にも、なろうと言う物だ。
「……なぁ、嬢ちゃん」
絵画館の中を疾走しながら、塞は、後ろを追随する北上に対して言葉を投げかけた。
早く逃げねば、拙い。塞は、自身の予感を信頼している。良い方の、では無く、悪い方の予感の方をだ。そちらは嫌な話だが、良く当たるのだ。
尤も、塞でなくても容易に想像出来るかもしれない。この絵画館は、間違いなく、幻十の手によって戦場と化す。
それも、建物としての形が残っていれば良い方。最悪、建物の跡形もない程、壮絶な戦いが繰り広げられるだろうと言う予感すら彼にはあるのだ。
無論のこと、そんなのに巻き込まれれば一たまりも無い。逃げるが勝ち、という物だった。
「アンタ、あのアサシンの事……知ってたな?」
「……」
どうして、そう思ったの? などと、北上は言えなかった。
シラを切って押し通す事が出来ないと、彼女は思ったからだ。故にこその、沈黙。そしてその行為は、自らがアサシン・浪蘭幻十の事を知っていた、と言う事を雄弁に語っていた。
672
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:50:20 ID:3fIroC7g0
塞も、知らなかったと言う言葉を発させる事は許さない。状況証拠があそこまで揃っていれば、塞でなくとも馬鹿でも解る。
あの、思い出すだけで冷や汗が吹き出るような、恐ろしい美貌のアサシンを見た時の、異様な恐怖と震えが、証拠の一つ目。
と言っても、北上のこのリアクションは塞は責められない。彼自身ですら、戦慄と忌憚の念をあの美貌には隠しえなかったからだ。
況して異性である北上が、あの美しさを目の当たりにして無事でいられるだろうか? それを思えば、成程、北上のあの反応は、証拠として数えるのは無理があるのかもしれない。
だが――もう一つの証拠がそれを許さない。あの時北上は、確かにこのような旨の言葉を叫んだのだ。『あのアサシンと戦ってはいけない』……と。
これを聞けば、誰だって思うだろう。北上は過去に、あのアサシンとコンタクトを取っていたばかりか、交戦の経験すらあるのだ、と。
其処を、塞は疑らなかった。彼女の言葉を額面通りに受け取り、そして素直に解釈した。そしてその解釈は正しかった。正しすぎた、とも言う。
北上の言った通りだった。あのサーヴァントとは、戦っては行けなかった。此方側が有していた情報が余りにも少なかった為、
今更挑んでしまった事を悔いるのは非生産的だと言わざるを得ない。そうと解っていても、歯噛みせずにはいられない。
鈴仙の能力を歯牙にもかけない、奇妙な実力の持ち主だと解っていれば……早々に退散していたものを。
「悪いが、その気になった俺は、黙秘権なんて上品な考え方を遵守するつもりはない。質問が非難を飛び越えて、拷問に変わる前に答えて欲しいんだが……」
「知ってたって言うか……戦った事があります」
やはりそうか、と塞と鈴仙。其処までは予想出来た。
「別に黙ってた訳じゃないよ。聞かれなかったからさ」
それを言われると塞も弱い。何故なら塞は、同盟相手の過去の交戦記録の事を、軽んじていた傾向があったからだ。
無論、度外視していた訳じゃない。聞こうとは思っていたが、今回の、ジョナサン・ジョースターの退場と、遠坂凛の討伐を兼ねた作戦のセッティングで、聞く機会を逸していたと言うのも大きい。
だが一番の問題は、塞自体の心に蟠っていた、自身が知っているサーヴァントの情報を秘そうとしていた気持ちである。
北上が従えるサーヴァント、アレックスは戦力的にも申し分ない存在なのだが、同時に、危うい面も多々見られる、おっかない爆弾だった。
強さと同じぐらい、抱える際の不安要素が大きい存在。それがアレックスだ。そんなサーヴァントを同盟相手として取り込むに辺り、
いつでも手を切れるように――この場合サーヴァントを消滅させる事と同義だ――考えていたのだ。
そのやり口の一つが、塞の知っているサーヴァントの知識を秘す、という物だった。手口を知っている敵と戦うのと、全くの初見の敵と戦うのとでは、
兵法のド素人が考えても後者の方が苦戦する率が高い事は自明である。小賢しい手だと言われれば返す言葉もないが、その賢しい一手が決め手にもなる。塞はそれを狙った。
仮に塞に対して誰か他の主従と戦った事があるか、と聞かれても彼はしらばっくれる手段を選んでいただろう。シラを切り通せる自信があるからだ。
何故なら塞はこの<新宿>での聖杯戦争に於いて、『実際に交戦した経験は今回が初めての事』だからだ。
紺珠の薬で予知した、あり得た未来での戦いにしても、それを完璧にフィードバック出来ているのは鈴仙だけなのだ。塞は本当に、交戦経験は幻十とのそれが初めてだ。
だから、語れない。知らないフリだって出来るのだ。何故ならば、サーヴァント同士の本気の戦いを目の当たりにした事は、実際問題本当になかったのだから。
それが完全に裏目に出た。
自分の手札を晒す事を覚悟で、北上とジョナサンと情報共有するべきだったと臍をかむ思いだ。
「戦ってよく無事だったな、嬢ちゃん」
「無事じゃなかったよ……腕斬り落とされたし……。現に私の右腕、義手です」
「オイオイ、マジかよ……」
形だけ驚くフリをするが、実際塞は、北上が過去に右腕が欠損された状態で活動していた事を情報筋から聞いて知っている。この場面でシラを切ったのは、その筋の詮索を避ける為である。
673
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:50:42 ID:3fIroC7g0
絵画館の中を走りながら、塞は考える。今後の身の振り方、それについてだ。
塞自身の偽らざる本音を語るのなら、幻十は始末しておきたい。可能な限りではなく、是が非でもだ。
何故なら彼は現状に於いて唯一、鈴仙が如何なる原理の術を使うのか、理解している存在となるからだ。
幾度も述べた通り、鈴仙の強さの本質は、『何故強いのかと言うタネをその応用性の高さの故に理解させない』事にある。ために、タネが割れればその威力が損なわれる。
生かしておける、筈がない。では殺せるのか、と言われればそれもNO。あのアサシン、浪蘭幻十の強さは、余りにも底知れない。
認めるのも腹立たしいが、幻十の底はきっと、鈴仙のそれよりも深い。少なくとも、鈴仙の及ぶ相手ではないだろう。
だからこそ、アレックスを回収しておく必要がある。
現状、北上を見捨てて塞と鈴仙だけで逃走すれば、確実に、幻十らから逃げ出す事は可能であろう。
だが、有用なコマは揃えて置きたい。アレックスはただ強いだけのサーヴァントではない。絵画館で自分達のピンチを――意図はしていないだろうが――救った、
旧知の間柄のサーヴァントを除けば唯一であろう、浪蘭幻十と交戦して生き残ったサーヴァントなのだ。
その交戦の結果が、どれ程無様で、手痛い敗北を喫したかなどは重要ではない。戦って、生き延びた。この事実が重要なのだ。
つまり、幻十と交戦した経験値があり、しかも強いサーヴァントなのだ。対幻十を見据えるのならば、これ程重要な手札はあるまい。
見捨てるには、惜しい。だから、アレックスと合流する腹積もりなのだ。これを達成すれば、すぐに、逃げる。手筈としてはそのつもりだった。
――だが、そう簡単に行かない事も、解っている。
【まだ戦ってるわよ、マスター】
念話を飛ばしてくる鈴仙。
絵画館から脱出し、其処から百m程離れた地点に行ってからの事だった。
「すご、何アレ……」
北上が目を瞠らせながら、彼方の模様を眺めている。
此処からでは距離的に、ゴマ粒程度の大きさにしか見えない何かが、文字通り目にも留まらぬ速さで縦横無尽に動き回っているのだ。
しかもその粒と粒が衝突する度に、拳銃の射程を優に越える程距離を離した此方側にまで、爆音と聞き間違える程の大音が響き渡るのだ。
あの粒がサーヴァントである事は、疑い様もない。遠くの物を見るスキルが艦娘には必須である都合上、この程度の距離ならば北上は、
人の顔の識別は勿論無造作に転がった針の一本ですら認識する事が出来るのだが……今回に限ってはそれが出来ない。
単純に、サーヴァント同士のスピードが速すぎるからだ。攻め手も対手も解らないレベルで、彼らは速く動いている。況や、行っている動作など言うに及ばず。
「と、言うか……。神宮球場、だっけか……? あの球場の名前。……影も形もないんだがな……」
気付きたくない過失にでも気付いてしまったかのような、塞の言葉。
彼の言葉を認識した鈴仙と北上が、あっ、と声を上げる。ない。本当にない。絵画館付近にある建物の中で最も有名……いや。
人によっては絵画館の方がおまけと言う認識であろうレベルで有名な、あの球場が見当らないのだ。
……見当らない。その言い方は正しくない。それらしい物は、見付かるのだ。
『瓦礫と砂煙と鉄骨』、と言う形でだが。残骸、と言った方が語弊がないかもしれない。
戦いの余波で破壊されたと見て、間違いはないだろう。サーヴァントであってもあの規模の建築物、自らの意思で壊そうと思い立ち、
構造物の破壊を主眼に置いて力を振るわねば出来ないだろう。それを、サーヴァント個人を殺そうと言う事を目的とした活動……その余波で破壊せしめるなど、尋常の技ではない。ともすれば、彼らからしたら戦ってたら何か壊れてしまった……レベルの考えなのかも知れない。
674
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:51:05 ID:3fIroC7g0
とてもではないが、割って入るどころの話ではない。
それどころか、近づくだけで命の危険がある壮絶な戦いぶりだ。<新宿>の市街地であの規模の戦いを繰り広げて、よく『建物の損壊だけ』で済んでいるものだ。
場所が場所なら、NPCの命など紙屑同然、酸鼻極まる血風山河が築きあがっている事だろう。そうなってないのは、戦っているサーヴァントの理性の強さの賜物であろうか。
何れにしても、アレックスとの合流は困難である事は間違いない。波長を用いた鈴仙の障壁にしても、限度がある。収まるのを待つか、と塞が考えていた時だった。
傍観など許さぬとでも言うように、彼は即断即決を余儀なくされた。命辛々幻十から逃げ出してきた、聖徳記念絵画館が崩落し始めた、その瞬間を目の当たりにして、だ。
「オイオイオイ!!」
さしもの塞も焦る。無茶苦茶だ。
此処からでも、崩落の瞬間がよく見える。強い衝撃を受けて粉々になった、と言うよりは、建物そのものを果物だとか野菜だとかに見立てるように、綺麗に寸断。
斬られた破片が落ちて行く、と言う風な見え方がこの場合正解なのだろう。健在の切り口が、ヤスリやかんな掛けをしたように滑らかなのがその証拠だ。
およそ、人の技ではない。当たり前の話だが、建造物はスイカやメロンみたいに、簡単に斬れない。これを容易にやってのける技を如何して、人の技と言えるのか。
「ヤバ……!! 早く離れよう!! 離れた内にも入らないって、此処だと!!」
塞や鈴仙としても北上と同意見だが、この艦娘の少女の場合、なまじ交戦した経験がある上手痛いダメージがあると言う事実がある為、意見が生々しい。
百や二百、どころか、km単位で距離を離したとて、幻十相手では安全ではないのだろう。そしてそれは事実その通り。
指先に乗る程度の極小さな糸球一個で、地球を一周してお釣りが来るレベルの長さが賄えるチタン妖糸を操るせつらや幻十にしてみれば、百mと言う肉眼で見える範囲など、机の上の鉛筆でも手に取るような容易さでカバーできてしまうのだから。
【能力を使って効率よく呼び寄せられないか?】
鈴仙を頼ってみる塞。彼女が誇る、波長を操る力は応用性も然る事ながら、適用出来る範囲についても広大無辺。
念話可能範囲や、サーヴァントを知覚出来る範囲が向上している事からも、能力のカバー範囲はかなり広い。
前述の応用性と、カバー出来る範囲の広さを駆使すれば、此処にいながらにしてアレックスを呼び寄せられるのでは、と塞が思うのも無理はなかろう。
【出来るけど、問題ありね】
【何?】
【戦いで心が昂ぶってる相手には、効き目が薄いと言う事】
此方から任意の振幅の波動を飛ばす事で、それが何かの意図を以って放たれた合図やサインだと認知させるテクニックは、ある。
現に月の世界から逃げ落ちる前の鈴仙はそれを行う司令塔の役割を担っていたし、幻想郷に落ち延びた時代でも、師である永琳とこのテクニックを駆使した訓練も行っている。
だがこの技を今回行うにあたり、問題が三つある。一つは、アレックスが鈴仙の波長に気付けるだけの知覚能力が備わっているかどうかだ。
しかしアレックスはどうも、鈴仙の波長については感じ取っているフシがある事に、彼女は気付いている。この点は、問題はないだろう。
あとの二つが問題だ。その内の一つが、今のアレックスが鈴仙の合図に気付くか如何かである。これは一つ目の問題点とは全く意味合いが異なる。
要するに、『戦闘でヒートアップしているアレックスが、その合図に気付けるのか?』、なのだ。
波長による合図は視覚や聴覚、嗅覚の訴求力を用いない。それはある意味で大きなメリットなのだが、今回はその、五感に訴えない部分が強いデメリットとなっていた。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:51:19 ID:3fIroC7g0
そして最大の問題は――鈴仙は、波長による合図やサインと言うのを、『アレックスと事前に打ち合わせしていない』のである。
前提として、合図やサインは、作戦実行前にこう言う意味である、と示し合わせるから意味があるのである。
世の中にはその事前の話し合いなしに、ぶっつけ本番でやってのける者もいるのだが、それはしかし、半身と形容されるレベルで通じ合った仲にのみ限る。
当然の事、鈴仙とアレックスは其処までの仲じゃない。鈴仙のサインに気付くのか如何か、余りにも微妙なラインだった。
【この位置から不精して波長を放っても、多分モデルマンも気付かないと思うわ。ある程度間近の位置にまで接近する必要がある】
【鉄火場にこっちから、か……。一応聞くが理由は?】
【波長の意味が解らなくても、流石に私達が明白に映る位置にまで行けば、向こうだってこっちの意図に気付くでしょうからね】
成程それはその通りだ。
合図やサインの意味を事前に教えていなくとも、流石に鈴仙らが近場にまで接近すれば、アレックスも此方の狙いに気付く筈である。
……あのアレックスが苦戦を強いられるレベルの火事場に向かって行く、と言うリスクは凄まじいが、確度が高い作戦は現状、これしかなかろう。
「敗北を、認めねばならんか……」
此方の手を汚す事無く、ジョニィとジョナサンの主従を脱落させ、そして、黒贄の主従を消耗させる。
それが理想であったが、現実の方はと言えば、看過出来ぬダメージを鈴仙が負ったばかりか、予期せぬ闖入者のせいでプランは滅茶苦茶に引っ掻き回される始末。
当初のプラン通りに事が運ぶ、などと言うのは、神秘や超常の世界の住民であるサーヴァントが跋扈する<新宿>では、それこそあり得ない話。
それを、痛い火傷で以って、塞は思い知らされる羽目になった。となれば、彼に出来る事は一つだ。傷口をこれ以上広げないよう、退散する事。それだけだ。
――メフィスト病院とやらで治療出来るのか、我が身で試す必要があるかも知れんな……――
噂で聞いていた、その勇名。
どんな患者でも、タダ同然の値段で診療、治療する、聖者のアジールの如きあの病院の治療。
噂の程を、これから負うかも知れぬ手傷の診察を以って、体験する事になるかもしれないと。塞は、アレックスの下へと駆け出しながら、思うのであった。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:51:37 ID:3fIroC7g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
鈴仙の気配に気付いたのは、人修羅としての桁外れた知覚能力を持つアレックスだけじゃなかった。
と言うより、この場にいる全員が気付いていた。せつらと幻十の二名は、索敵の為に張り巡らせていた、戦闘以外の用途に用いる妖糸で。
マーガレットの方は、完全なる野生の勘と、ペルソナ能力によって向上している知覚能力の合わせ技で。波長を操り気配遮断の真似事をしている鈴仙の存在を看破した。
鈴仙が波長を飛ばすまでもなかった。
サーヴァントが、自分以外のサーヴァントを感知出来る圏内に入るまで、まだ余裕があるだろう。鈴仙自身がそう踏んでいた所で、アレックスらは気付いたのだ。
嬉しくない誤算だった。下手すれば命に関わる、致命的なアクシデントである。それはそうだろう。何せ其処にいるのはアレックスだけではない。
と言うより、塞と鈴仙が当初いると認識していた人物が、ほぼ総代わりしていたのだ。ジョナサンがいない、ジョニィもいない。黒贄も、遠坂凛も見当らない。
其処にいるのは先ず、アレックス。次に、聖徳記念絵画館で鈴仙を襲撃した、秀麗美貌の容姿を誇る黒いアサシン・浪蘭幻十。
加えて、そのアサシンに匹敵する、雪降る夜の研ぎ澄まされた明けき月光に似た、怜悧な美貌を持った黒いコートのサーチャー・秋せつら。
そして、幻十とせつら、どちらかのマスターと思しき、匂うような美女である、マーガレット。
――最悪……!!――
鈴仙が思わず胸中で零した。
絵画館で幻十から自分達を逃したサーヴァントが、インバネスではない方のコートを着た、あのサーチャーである事に鈴仙は気付いている。
あの時彼女は、自分達に助け舟を出してくれたサーヴァントは、此方側に友好的な性格の人物であるのではと思い込んでいた。
だが、違う。断言しても良い。あのサーヴァントは此方に対して一切の友誼を築く気もないし、況して敵意など抱こうものなら一片の慈悲もなくこちらを葬る気概でいる。
絵画館で戦っていた筈の両名が如何して、此処で戦っているのか? そんな疑問は、目の前に広がる確かな現実の前に、吹き飛んでしまっていた。
『雲に妖糸を巻き付けさせ、それを用いた超高速の振り子運動で鈴仙達に先んじてアレックスのところに向かっていた』、と言われても、彼女は最早驚かなかったろう。
目の前の現実に対してどう動けば、自分達は命を零さずに済むのか? その思案に、彼女は脳の全ての機能を費やしていると言っても過言じゃないのだから。
「前を見ないで!! 下を向いてて!!」
一喝する鈴仙。その意味を推量するよりも早く、塞の方は目を素早く瞑って俯く事が出来た。北上の方も、同じ反応を取っていた。
敵を見ない、敵から目線を外す。それは命の取り合いにおいては自殺行為以外の何物でもなかろうが、今回のケースでは鈴仙は、全く間違った指示を下していない。
視界の先四十m先にいる敵が、幻十だけならば、鈴仙はこんな言葉を発さない。精神を安定させる波長を飛ばせば、幻十の美を直視した事で生じる、
塞と北上の精神的動揺は中和し打ち消す事が可能である。二人――せつらと共にいるのであれば、それはもう不可能となる。
この世の美ではなかった。
目に焼きつく、と言うのは正にこの事を言うのであろう。子供でも知る慣用表現を、そのまま使わざるを得ない程に、幻十は、美しい。
網膜に焼き付いて消えないのだ。瞳を閉じても、瞼の裏側、光を拒絶した視界の只中に、あの男の輝かしい美貌が勝手に結ばれ始めるのだ。
幻十自身の人間性を加味すれば、アレは魔界の美、悪魔が人を蟲惑する為の美と表現するのが適切だろう。どちらにしても、人間の世界に在って良い美しさじゃない。
――それに匹敵する美貌の持ち主が、隣にいるのだ。無論誰かは言うまでもない。秋せつらである。
相手の容姿を、目の当たりにする。その行為は、精神に何らかの影響を大なり小なりの波を立たせるのだ。
際立って美しかったり醜いものを見れば、必然、それを見てしまった者の精神的なコンディションは、平時のそれとは逸脱したものになる。
妖糸を操る魔人の美は、鈴仙にですら正気を保たせるのに波長を操る力を駆使させねばならない程なのだ。それと同レベルの美しさの者が二人も、同じ空間に居並んでいる。常人が許容出来る、脳のキャパシティの限度を超えている。目で見れば、確実に精神に異常を来たす。それを考慮したが故の、『見るな』、と言う判断であった。
――チッ、そう言う事かよ……――
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:51:49 ID:3fIroC7g0
北上が塞達の側にいるという都合上、勿論の事アレックスは、塞が北上を保護する為に此処から遠く離れた所で待機していた、と言う事実を知っている。
その本来の目的を忘れて、北上同伴で此処までやって来たと言う事は、要するに、そう言う事である。作戦は失敗、早く逃げろ。とでも言いたいのだろう。
そんな要求呑めるか、と威勢よく突っぱねたい所であったが、アレックスはその欲求を押し殺した。
人修羅になる、と言う事は、バーサーカーの狂化のように、理性を捨ててしまう事ではないのだ。アレックスには、状況を的確に判断し、空気を読めるだけの理性があった。
この状況は、アレックスの方が圧倒的に不利だ。幻十一人だけならばまだアレックスでも喰らい付ける余地はあったが、此処にせつらがいるとなると、途端に旗色が悪くなる。
況してこちらは黒贄やパム達との連戦で、疲弊している状態。肉体的なコンディションの面でも、有利とは言えないのだ。
今現在の状況下で、幻十を下せるのか、と問われれば、アレックスは――心底不服だが――否と答える他ないのである。
――逃げるって言ってもよ……――
此処から逃げ果せる、それは良い。だが一番の問題は、逃げられるのか、と言う点なのだ。
今アレックスらの動向を注視しているのは、物言わぬ案山子などではない。
冥府(タルタロス)からの脱走者を逃がさなかったとされる、番犬ケルベロスよりも、抜け目も隙もあったものじゃない魔人達なのである。
隙を突いて逃げようにも、ナノマイクロのチタン糸は地面は勿論空中にすら張り巡らされており、基本的に気付かれずに逃走は不可能。
強行突破をしようにも、張り巡らされた妖糸はせつらと幻十の意思一つで、核爆発ですら防ぎきるシェルターですらベニヤの様に破断させる断線に変じるのだ。
ならば、チタン糸の繰り手を葬れば良いのかといえば、これを達成するのはチタン妖糸の大殺界から逃れる事よりも遥かに困難である。
せつらも幻十も、身体に纏わせたチタン妖糸で飛び道具の類は基本的に無効化。触れた瞬間、弾丸や、ガンドを初めとした魔術的な飛び道具は破壊されるからだ。
接近して殴ろうなどもっての外。拳が触れた瞬間、手首や肘、肩の付け根から、攻撃した側の腕が斬り飛ばされるからである。
無論そうする前段階で、妖糸が殺到すると言うおまけ付きである。それならばとマスターを狙おうにも、幻十のマスターに至っては贔屓目に見て幻十とほぼ互角の強さだ。
せつらのマスターについてはアレックスは知らないが、少なくとも、マーガレットを狙おう物なら、マーガレットの迎撃で苦戦している間に、幻十ないしせつらの追撃を受け、そのまま脱落するだろう。
状況としてはかなり、詰みに近い。
聖杯戦争に於いて当然遵守するべきあらゆるセオリーが、この場面では封殺されているのだ。
サーヴァントを狙って葬る事は勿論、定石中の定石である、マスター狙いも困難。その状態から、比喩抜きで蟻の這い出る隙間もない程、
必殺のトラップが張り巡らされている場所からほぼ無傷に近い状態で逃げ果せるなど、一見すれば無理な話である事だろう。
――しかしそれは、『人修羅としての力を限定して使用した時の話』。
この力を、誰に憚るでも遠慮するでもなく、相手を葬る事のみに活用した時なら、今の場面、詰みの限りではないのだ。
腰を低く落とし上体をやや捻るような体勢に移行するアレックス。
一瞬、ほんの一瞬の事だった。アレックスは、鈴仙の方向からでは口元が見えなくなるよう上半身を捻る、その前に。
唇だけの動きで、鈴仙にメッセージを伝えた。『死ぬなよ』。その短い言葉を鈴仙は――受け取った。冷や汗が、背筋を逆らって伝い上がる程の緊張感を、同時に、彼女は受け取ってもいたのだが。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:52:04 ID:3fIroC7g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
向き不向きの問題であるだとか、得手不得手の問題であるだとか、そう言う次元の問題を超えて、そもそもが人間と言う種族は戦闘に向いていない。
子供に聞いたとて解るだろう。人とチーターとではどちらが速いか? 人と熊とではどちらの膂力が上なのか? 人と猿とではどちらの握力が上なのか?
論ずるまでもなく、人は負ける。人はチーターより速く野を駆けられないし、人と熊が相撲を取ったとて容易く嬲り殺しにあうし、猿の握力は人の筋肉を容易く毟り取る。
人と言う種族はその生態からして、野生の世界でのレベルの闘争に全く向いていないのだ。無論、鍛錬と努力を重ねてゆけば、人は強くなれる。
だが、人がどれ程武術の鍛錬を積み重ねて行こうが、羆には人間は勝てない。武の何たるかも、武の字の書き方すら解らぬ羆に、人は絶対に、文明の利器の助けを借りねば勝てぬのだ。
人修羅という種族は、人が人の形を維持したまま、その常態と生態を戦闘に特化したものに変質させる事にあると、アレックスは直感的に認識していた。
アレックスがまだ人間であった頃の、身体能力、そして魔術を発動する上でその威力の決め手となる、魔力の出力。その、桁が違う。
彼が知る上で、特に戦闘面で秀でている種族の代表と言えば、ドラゴンの類や魔王・魔神などに代表される悪魔の面々であるが……今の彼は、
その彼らをも軽快に上回る戦闘スペックを有するに至っていた。全く恐ろしい変化だと、今だってアレックスは思っている。
アレックスに施された人修羅への変化とは言ってしまえば、車のガワをそのままに、エンジンや下回り、シャシーにマフラーなど。
スペックの決め手となる全ての内部構造を入れ替えたようなものなのだ。こんなもの、通常罷り通る訳がない。
車のボディが、エンジンを筆頭とした内部構造のスペックに適するように計算された力学の賜物であるように、
人間の身体もまたそのスペックを大きく逸脱しないように精緻の妙なるを以って計算された賜物なのである。
極論を言えば、軽自動車のエンジンをF1カーに組み込まれるようなそれに変更したとて、最高のスペックが発揮出来る筈がないのだ。間違いなく、自壊する。
人の身体でもそれは同じで、例え人間にチーターよりも速い速度や熊以上の腕力、猿以上の握力を与えたとしても、その力に肉体の方が耐えられない筈なのだ。
人修羅化には、そのあって然るべき自壊がない。デメリットが皆無なのだ。
人間としての身体と、保有していた意思をそのままに、圧倒的な出力を得る。そんな措置、誰が信じられようか。常識で考えれば、そんな上手い話、あり得ない。
そのあり得ないが、此処に体現されている。アレックスと言う体現者は、人修羅化の奇跡を、幻十やせつら、魔王パムに黒贄礼太郎と渡り合っていた。そんな事実を以って、その素晴らしさと恐ろしさを如実に表していたのであった。
――デメリットらしいデメリットがあるとすれば……――
それは、人修羅のスペックが『高すぎる』と言う点にあろうか。
人修羅の身体は、戦闘に特化し過ぎているのだ。寧ろ、それ以外に何か秀でているところがあるのか? と疑問に思うレベルで、戦闘しか想定していない。
殴る、蹴る、斬る、貫く、叩く、壊す、砕く、潰す、穿つ、皆殺しにする、殺戮する、蹂躙する、支配する。その為の力であるように、アレックスには思えてならない。
アレックスは、人修羅の力を、フルに発揮していない。発揮するには、<新宿>の舞台が余りにも小さすぎるからだ。東京の一区画など、容易く破壊してお釣りが来る。
フルスペックを発揮する事で、聖杯戦争の全てに決着が着くのなら、無論迷わずアレックスはそうしていた。が、彼に残っていた勇者としての矜持が。
そして、北上を慮る気持ちが。それを許さなかった。北上を思う理由は単純明快、彼女を初めとした、<新宿>は勿論その近隣の区に住まう住民も、巻き添えで死ぬからだった。
その慮りを、アレックスは今は捨てた。
<新宿>を破壊しないレベルで……しかし、人修羅の力の何たるか目に焼き付けさせるレベルで広範に破壊を齎らすレベルで。
彼は今、己が身体に溜められた凄絶な力の一端を、解き放とうとしていた。
「む……」
今までとは違う攻撃に、アレックスが移行していると最初に気付いたのはせつらだった。
アレックスの周りを取り巻く、力の本流。その変化を如実に、せつらの糸が感じ取ったのだ。
幻十もまた、気付く。気付いた速度はせつらに負けたが、幻十の場合、正真正銘本物の人修羅――それに真贋がある事は尤も、幻十もアレックスも知らない――と、
交戦した経験がある事から、せつらよりも早く事態の深刻さを理解した。無論それは、マーガレットにも、言えた事なのだが。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:52:22 ID:3fIroC7g0
――アレックスが、動いた。
紫色の魔力剣を生み出し、その剣を、居合い抜きの要領で横一文字に振りぬく。それら一連の動作を、稲妻が閃くようなスピードで達成するアレックス。
この場にいる全てのサーヴァントは、迎撃する、と言う選択肢を頭から捨てていた。受け、防ぎ、躱す。無傷でやり過ごせるような手段を、この場で選んだ。
同じ武器を扱うと言う都合上、せつらと幻十が選んだ防御方法は全く同じ。妖糸を身体の周囲に展開させ、無類無敵の防御結界を構築すると言うもの。
但し幻十の場合、この場に守るべきマスターが存在する為に、その結界をマーガレットのほうにも張り巡らさねばならなかった。
そして鈴仙の方は、空間の波長を操り、任意の空間……つまり、鈴仙と塞、北上の周囲の空間に目には見えない波打ちを生じさせ、物理的に歪ませた。
其処に何らかの攻撃が叩き込まれれば、その波打ちの形に沿うように、攻撃が逸れて行くのだ。弾丸を放てば、意味不明の方向に跳ね返される。近づいて剣の一撃を叩き込もうにも、あらぬ方向に攻撃が滑り体勢が崩される。無敵に近い、防御法である。
各人が、これは、と思ったその防御法が、紙みたいに切り裂かれた。
焦点温度数十万度に達するレーザー光線ですら焼き切れず、戦車の砲弾だって容易く絡め取った後に細切れにするチタン妖糸が、要点を切裂かれて糸屑に変貌する。
暴力的な加速による突破を逸らし、あらゆるものをも粉砕する瞬間的な圧力と衝撃も分散し無効化する空間の揺らぎが、木っ端めいて斬り刻まれる。
各々が防げる、と思った防御方法を、知らぬとばかりに乗り越えてきたものの正体は、空間中に生じた、紫色の光の筋であった。
引っ掛けるもの、固定するものの存在しない空間に、その光る紫色の筋は刻まれており、まるで、その空間に亀裂が生じ始めた風にも見える。
この場の面々は知らなかろうが、もしも、閻魔刀と言う刀を振るうアーチャーと面識があったのなら、次元斬と呼ばれる技を思い出すだろう。今アレックスが放った、『死亡遊戯』なる技には、その次元斬と良く似ていた。
光の筋が、幻十とせつら、鈴仙の方に生じ始めている。その、光筋の本数はそれぞれの面子に対して一本づつ。合計、三本。
爆発的に、その紫の光の筋が増え始めた。増殖、と言う言葉すら最早生温いレベルで三名の周囲にその光筋は展開されて行く。
直撃してしまえば、空間にすら作用する術だって、紙程度の防御力も発揮しない強烈な斬撃エネルギーを秘めた光の筋が、敵や同盟相手の区別なく、無差別に生じているのだ!!
この場から退避する、と言う結論を下す速度が速かったのは、幻十の方だった。
<新宿>における聖杯戦争の主催者、エリザベスなる女が従える方の人修羅との戦いで、その恐るべき強さを肌身で実感していたが故の、判断速度だった。
現状の自分では、人修羅と言う存在に対し有効的な一撃を加える事は難しい。彼はそう判断したのだ。故に、逃げる。
自分の身の回りで奥義・死亡遊戯によって発生した断裂の数が三本目に差し掛かった時の事だった。
幻十とせつら、この二名の糸使いは、体内にすらチタン妖糸を隠し持っている。口内は勿論、胃や大・小腸の中、果ては血管内にまで。
ナノマイクロサイズと言う極小のサイズをフルに用いて、体内の至る所に秘匿しているのだ。その体内の妖糸を操り、幻十は、神経系にその糸を巻き付かせた。
これも、幻十やせつらが、主に二通りの目的を以って使う方法である。一つは、拷問。神経や痛覚に直接糸を付着させ、常人ならばショック死、
縦しんば耐えられるだけの訓練を受けてきた者であっても泣いて命乞いをする程の激痛を与え、自白を強要させるという物。
そしてもう一つの使い方が、自己強化。自身の指の動きを光の速度で伝達するチタン妖糸を神経に巻きつかせる事で、自らの反射神経、運動神経を爆発的に向上させるのだ。
この神業にも例えられる技術を以って、幻十は自らを強化。
その後に、大きくバックステップを刻み、アレックスから遠ざかり始めた。その速さたるや、宛ら突風だ。
マーガレットの施したヒートライザの魔術も相まった凄まじい移動速度。それは瞬きよりも速いスピードであり、死亡遊戯の殺界から彼はもう遠のいていた。
彼がアレックスから逃げ出していた時には、マーガレットの姿は、既に此処にない。空間転移を使えるのだ、馬鹿正直に走って逃げる必要性はない。技の範囲内までワープすれば、それで良いだけなのだ。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:52:40 ID:3fIroC7g0
幻十らは、アレックスから退散する道を選んだ。
だが、せつらの方は残る道を選んだ。厳密に言えば、残るのではなく、可能な限り抵抗し無理なら諦める、と言う程度のものであるが。
せつらの魔技の精髄を込めた必殺の断線が、絶妙な撓りを以ってアレックスの方へと迫る。
物質的な特性――硬い、柔らかい、熱い、冷たい、吸収しやすい、跳ね返す……。そう言った特質の全部を無視して万物を切断する、アレックスの放った死亡遊戯による空間切断。
その空間の切断現象自体を切裂きながら、せつらの魔糸が音を立てずしてアレックスへと近づいて行く、が。その空間切断を十回程斬り返した後、糸そのものが、
アレックスの技の威力に耐え切れなくなり、細切れに散らばってしまい、せつらの与えた魔法の全てが解けてしまった。
これ以上の相手はしてられない、と思ったか。
せつらは黒いコートの表面に妖糸を電瞬の速度で葉脈状に這わせ、その後糸を張り巡らせたコートを翻す。
アレックスの放つ死亡遊戯の空間断裂が、軌道を変えられたレーザー光の如くに、コートにぶつかったその瞬間に跳ね返されてしまった。
その、翻す、と言う動作を幾度も繰り返しながら、せつらは、空中に飛び上がり、そのまま飛翔する。
雲に巻きつけた妖糸を伸縮させ空に飛び上がり、その最中に迫る空間の切断現象を、コートの翻しで捌きながら。
この美しい魔人は、漆黒の翼を羽ばたかせて空を我が物顔で飛行する大鴉のように、その場から簡単に逃げ去ってしまったのだった。
こうしてこの場から、アレックスが殺すべき敵の姿は消えてなくなった。
ものの見事に、逃げられてしまった。歯噛みするアレックス。味方を巻き込む覚悟で放った攻撃ですらも、せつらと幻十の両名を殺しきるには、一手届かないのか。
あれが、今回の聖杯戦争に於いて最強レベルの鬼札に該当するサーヴァントであるのは間違いないだろう。
脱落する可能性も低いだろうし、アレックスが生き残っていればいるほど、再度ぶつかる未来だって当然起こりうる。
その間に、あの二人が消耗している事。そして、それまでの間に<新宿>の環境が煮詰まって行き、アレックスが本気を出しても問題がないレベルになっている事を、彼は祈った。
――事此処にいたって漸くアレックスは、自身が攻撃を放った存在が、せつらと幻十以外に居た事に気付いた。
厳密に言えば、敵と言うカテゴリーに分類される存在は上の二名だけだが、それ以外にも、結果的に攻撃範囲に巻き込んでしまった存在が居たではないか。
鈴仙・優曇華院・イナバ。彼女の存在を失念する程に、人修羅の持つ攻撃的な性情は、激しいのであろうか?
恐る恐る、鈴仙の方に目線を向けるアレックス。
魔力反応から、生きている事は解る。が、実際にどの程度の状態で生きているのかがまだ未知なのだ。
同じ生きているは生きているでも、胴体が別れていたりだとか、両手両足がなくなっているでは、意味がない。それは死に掛けとか、風前の灯とか言う状態なのだから。
「ぜぇ……ぜぇ……!!」
結論を述べるのなら、鈴仙は五体満足の状態で生きていた。
但し、目に見えて心労が伝わってくるレベルで、消耗しているらしい。自身の疲弊を、彼女は取り繕う事すらしなかった。
肩は大きく上下し、その口からは荒い息を喘がせて。眦にはたっぷりの涙を湛えている。余程、アレックスの死亡遊戯を逸らす事にプレッシャーがあったらしい。
それは、無理からぬ話であろう。何せ判断一つしくじれば、防御不能の必殺の断線が、鈴仙の知覚能力を遥かに超えた速度で叩き込まれるのだ。
此方に来るであろう空間切断現象、これがどのタイミングで、どんな軌道で放たれるのかを先読みし、それに応じた空間操作を行わねばならないのだ。
例え鈴仙と同じレベルで、これが出来る能力者であっても、全うな精神の持ち主なら間違いなく心労と緊張の極限に達し、精神その物が壊れ、気絶と言う形で現れる。
これを成し遂げられるのは最早奇跡でも起きない限り有り得ず――そして鈴仙は、その奇跡をモノにしたのだった。
「……無事だったか」
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:53:43 ID:3fIroC7g0
そう呟く自分の言葉に、アレックスは、鈴仙の安否を気遣う様子が欠片もない事に気付いた
この言葉が誰の為に向けられた言葉なのか、といえば、それは彼女の背後に居る北上の方であった。
切断された空間は、程なくして戻る。永久に斬られたままではないのだ。こちらの側から見たら、風景が左右、上下にズレていても、
何秒かすればズレているラインから戻って行く。何故なら斬られているのは風景、空間を切断した斬線を通して見た遠方の光景に過ぎず、実際のものは斬られてないからだ。
が、その空間切断現象で、実際に実体を斬られたものならば話は別。実物が斬られている以上、当然、その斬られたものに自己修復機能がなければ斬られたままなのだ。
そしてその斬られたままの状態のものこそが、地面。巨人が、そのサイズ相応の定規を引いて滅茶苦茶に線を引いたみたいに、地面に刻まれた直線の深い溝。それこそが、アレックスの放った死亡遊戯の名残だった。
刻まれた溝は、見事に鈴仙の佇む範囲までに滅茶苦茶に走っている。
明らかに鈴仙を巻き込んでいたであろうラインは、ザッと数えるだけでも数十本はある。アレックスは褒めた。鈴仙よりも、自分をだ。
よく、『この程度の本数で済んだものだ』、と。もしも自分の理性が少し、殺意の方向に強く振り切れていたのなら。鈴仙に降りかかっていた空間切断の数は倍加していた。
そして何よりも、アレックスの理性の強固さを物語るのが、空間切断が実際に起こった範囲である。地面の溝を見れば、それは明白だ。
鈴仙よりも後ろ。つまり、塞と北上が居る範囲には、全く刻まれていないのだ。これはアレックスが特に己に律していた、北上を巻き込まない。
その意思が反映されていたが故だった。……尤も、それにしたって、後二m程度切断現象がズレていたら、塞の方が五体をズタズタにされていたのだが。かなり、危ういラインであったようだ。
「二度と渡りたくない綱だったけどね……!!」
当然過ぎる実感を込めて、鈴仙が言った。アレックスに対する恨み節すら、受け取る事が出来る。
「悪いな。結局誰も倒せないまま、傷だけを負っちまった」
「いや、気にするなよモデルマン。正直予想外の事態が重なり過ぎだ。これをアンタの責めに帰す訳には行かんよ」
そもそもの目的が、黒贄礼太郎と遠坂凛の排除と、ジョナサンとジョニィの主従の排除――無論これは秘密である――であった。
誰に憚られる事なく水面下に黒贄達を倒せるかと思いきや、あれよあれよと言う間に横槍が増えて行き、挙句の果てには、遠くで待機していた塞達にも累が及ぶ。
こんなもの、予測が出来なくて当然だ。無論、乱入を想定していなかった塞ではない。ないが、多少なりの相手なら鈴仙は兎も角、アレックスなら捻じ伏せられると思っていた。
その、捻じ伏せられない相手が立て続けに来たのなら、それは、この場にいる誰の責任でもない。本当に、天運に恵まれなかった。それだけの話なのだろう。
「運が悪かった。そう思っとけよ、モデルマン」
「って言っても……何時までも運が悪かった、じゃ済ませられないんだよね」
北上のこのネガティヴな言葉は当たり前の発言だった。一時の運の落ち込みが、この聖杯戦争に於いては致命傷になり得る。
それは、紺珠の薬を服用していなければ、この一日で二度も死亡の憂き目に合っていた未来を観測した鈴仙達以上に。
実際に運気の落ち込みで腕を切り落とされた北上だからこそ、重い発言だった。腕の一本で、済んだだけ北上は幸運だったとすら言える。
妖糸の繰り手に遭遇すれば、如何なる者も生きては帰れない。それが、魔界都市の住民の常識だった事を鑑みれば、今の北上の現況は、奇跡以外の何物でもないのだから。
次に運が悪かった時は、死ぬ時かも知れない可能性が高いのだ。
況して聖杯戦争は消耗戦。リソースが目減りする事はあれど、回復する可能性など絶無に近い。
疲労、心理的ストレス、魔力の消耗に精神の磨耗など。体力的にも精神的にも落ち込んだ状態で襲撃にあえば、死ぬ確率の方が高いのは当たり前の話である。
それを、運が悪いでは切り捨てられない。本当に、命が懸かっている話なのだ。天運に見放されたから諦めろは、通用しない。
「あのアーチャー……ジョナサンさん達は如何するんですか?」
北上が尤もな疑問を口にする。
今回の戦いの第二目標を知らせていない以上、北上達のジョナサン達に対する認識は、同盟相手・仲間である。その無事を気にするのは、自然な成り行きだった。
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:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:54:46 ID:3fIroC7g0
「同じアーチャー……遠方のものを見る事、感じ取る手段が豊富な者どうしの連絡手段は、秘密裏に伝えている。そこに連絡が入るまで、今はこの二組で行動だ」
大嘘だ。そんな物はない。
鈴仙の能力を使えばそう言うコンタクトを取る手段はない事もないが、範囲は有限なものの上、送り手は兎も角受け手がそのコンタクトの意図を掴めない可能性が高いメソッドである。やる意味もないし、やる気もない。そもそもあの主従には、早期脱落を願っているのだ。助け舟を出す筈もなかった。
「……無事で居ると良いな」
それは暗に、塞の方針を北上が認めたに等しい発言でもあった。
「此処から離れよう。多分、人が集まってくる」
これだけ派手にサーヴァントが暴れ、況して、<新宿>内でも取り分けて有名な施設が二つも消滅したのである。
人が集まらぬ筈がない。急いでこの場から退散する必要がある。その塞の提案に、北上とアレックスは頷いた。
鈴仙は、脂汗と冷や汗のハイブリッドとなった体液で、体中をグッショリとさせながら、光の波長を操って、ステルス処理を全員に施した。
――いなくなってみれば、この場に残るのは凄惨な破壊の爪痕。
形あるものがなにもなく、秩序だった地面が何処にもない。ただただ、耕された地面と、立ち込める石煙。元が何処を構築していたのか解らない程粉々になった、建材の瓦礫だけが。広がり散らばるカオスの坩堝が広がるだけの、都会の真ん中の都市<新宿>には似つかわしくない風景だった。
【四ツ谷、信濃町方面(聖徳美術絵画館・神宮球場跡地)/1日目 午後4:20分】
【ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]肉体的損傷(大)、魔力消費
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]不明
[道具]不明
[所持金]かなり少ない。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する。
2.聖杯戦争を止めるため、願いを聖杯に託す者たちを説得する。
3.外道に対しては2.の限りではない。
4.黒贄礼太郎を殺す。
[備考]
・佐藤十兵衛がマスターであると知りました
・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
・ロベルタが聖杯戦争の参加者であり、当面の敵であると認識しました
・一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
・塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の主従の存在を認識。塞と一応の同盟を組もうとは思っていますが、警戒は怠りません
・塞がライドウと十兵衛の主従と繋がりを持っている事を知りません
・北上&モデルマン(アレックス)と手を組んでいますが、モデルマンに起こった変化から、警戒をしています
・遠坂凜を追跡することに決めました。
・遠坂凛が魔術に通暁した者である事を理解しました
・現在魔王パムとマーガレットの戦いの余波で、かなり遠くまで吹っ飛ばされている状態です。何処まで飛ばされたのかは、後続の書き手様にお任せします
【アーチャー(ジョニィ・ジョースター)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]肉体的損傷(中)、魔力消費(中)、漆黒の意思(ロベルタ)
[装備]
[道具]ジョナサンが仕入れたカモミールを筆頭としたハーブ類
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を止める。
1.殺戮者(ロベルタ)を殺害する
2.マスターと自分の意思に従う
3.次にロベルタ或いは高槻涼と出会う時には、ACT4も辞さないかも知れません
4.黒贄礼太郎を殺す
[備考]
・佐藤十兵衛がマスターであると知りました。
・拠点は四ツ谷・信濃町方面(新宿御苑周辺)です。
・ロベルタがマスターであると知り、彼の真名は高槻涼、或いはジャバウォックだと認識しました
・一ノ瀬志希とそのサーヴァントあるアーチャー(八意永琳)がサーヴァントであると認識しました
・アレックスがランサー以外の何かに変質した事を理解しました
・メフィスト病院については懐疑的です
・塞の主従についても懐疑的です
・現在ジョナサンと合流する為、彼を追跡中です
683
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:55:38 ID:3fIroC7g0
【塞@エヌアイン完全世界】
[状態]疲労(中)、魔力消費(中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いスーツとサングラス
[道具]集めた情報の入ったノートPC、<新宿>の地図
[所持金]あらかじめ持ち込んでいた大金の残り(まだ賄賂をできる程度には残っている)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を獲り、イギリス情報局へ持ち帰る
1.無益な戦闘はせず、情報収集に徹する
2.集めた情報や噂を調査し、マスターをあぶり出す
3.『紺珠の薬』を利用して敵サーヴァントの情報を一方的に収集する
4.鈴仙とのコンタクトはできる限り念話で行う
5.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める
6.ジョナサンにはさっさと死んで頂く。……って言うか、くたばったのか?
[備考]
・拠点は西新宿方面の京王プラザホテルの一室です。
・<新宿>に関するありとあらゆる分野の情報を手に入れています(地理歴史、下水道の所在、裏社会の事情に天気情報など)
・<新宿>のあらゆる噂を把握しています
・<新宿>のメディア関係に介入しようとして失敗した何者かについて、心当たりがあるようです
・警察と新宿区役所に協力者がおり、そこから市民の知り得ない事件の詳細や、マスターと思しき人物の個人情報を得ています
・その他、聞き込みなどの調査によってマスターと思しき人物にある程度目星をつけています。ジョナサンと佐藤以外の人物を把握しているかは後続の書き手にお任せします
・バーサーカー(黒贄礼太郎)を確認、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
・遠坂凛が魔術師である事を知りました
・ ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
・セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を警察内部から得ています
・<新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
・<新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
・佐藤十兵衛の主従と遭遇。セイバー(比那名居天子)の真名を把握しました。そして、そのスキルや強さも把握しました
・葛葉ライドウの主従と遭遇。佐藤十兵衛の主従と共に、共闘体制をとりました
・セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
・ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています
・ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、北上&モデルマン(アレックス)の主従の存在を認識しました
・上記二組の主従と同盟を結ぼうとしていますが、ジョナサンの主従は早期に手を切り脱落して貰おうと考えています。また、彼らにはライドウと十兵衛とコネを持っている事は伝えていません
・ジョナサンとアーチャー(ジョニィ)lを黒贄礼太郎に殺害させる計画を立てました。
・北上とモデルマンには自分たちと一緒に最後に残る組になって欲しいと思っています
・現在ジョナサンの主従と別れている状態です
【アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)@東方project】
[状態]疲労(極大)、精神的疲労(極大)、肉体的損傷(大)、魔力消費(中)、かなりの恐怖
[装備]黒のパンツスーツとサングラス
[道具]ルナティックガン及び自身の能力で生成する弾幕、『紺珠の薬』
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:サーヴァントとしての仕事を果たす
1.塞の指示に従って情報を集める
2.『紺珠の薬』はあまり使いたくないんだけど!!!!!!!!!!!!
3.黒贄礼太郎は恐ろしいサーヴァント
4.糸使い怖い怖い怖い怖い怖い
5.モデルマン絶対制御出来るサーヴァントじゃないと思う……
6.つらい。それはとても
[備考]
・念話の有効範囲は約2kmです(だいたい1エリアをまたぐ程度)
・未来視によりバーサーカー(黒贄礼太郎)を交戦、真名を把握しました。また、彼が凄まじいまでの戦闘続行能力と、不死に近しい生命力の持ち主である事も知りました
・遠坂凛が魔術師である事を知りました
・ザ・ヒーローとバーサーカー(ヴァルゼライド)の存在を認識しました
・この聖杯戦争に同郷の出身がいる事に、動揺を隠せません
・セイバー(ダンテ)と、バーサーカー(ヴァルゼライド)の真名を把握しました
・ルーラー(人修羅)の存在を認識しました。また、ルーラーはこちらから害を加えない限り、聖杯奪還に支障のない相手だと、朧げに認識しています
・ダンテの宝具、魔剣・スパーダを一瞬だけ確認しました
・アーチャー(ジョニィ・ジョースター)に強い警戒心を抱いています
・アサシン(浪蘭幻十)とサーチャー(秋せつら)、マーガレットに対し非常に強い警戒心を抱いています
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:56:19 ID:3fIroC7g0
【北上@艦隊これくしょん(アニメ版)】
[状態]疲労(中)、精神的ダメージ(大)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]鎮守府時代の緑色の制服
[道具]艤装、61cm四連装(酸素)魚雷(どちらも現在アレックスの力で透明化させている)
[所持金]三千円程
[思考・状況]
基本行動方針:元の世界に帰還する
1.なるべくなら殺す事はしたくない
2.戦闘自体をしたくなくなった
[備考]
・14cm単装砲、右腕、令呪一画を失いました
・幻十の一件がトラウマになりました
・住んでいたマンションの拠点を失いました
・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)、塞&アーチャー(鈴仙・優曇華院・イナバ)の存在を認識しました
・右腕に、本物の様に動く義腕をはめられました。また魔人(アレックス)の手により、艤装がNPCからは見えなくなりました
【“魔人”(アレックス)@VIPRPG】
[状態]肉体的損傷(小)、魔力消費(小)、人修羅化、思考が若干悪魔よりに傾いてきている
[装備]軽い服装、鉢巻
[道具]ドラゴンソード
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:北上を帰還させる
1.幻十に対する憎悪
2.聖杯戦争を絶対に北上と勝ち残る
3.力を……!!
[備考]
・交戦したアサシン(浪蘭幻十)に対して復讐を誓っています。その為ならば如何なる手段にも手を染めるようです
・右腕を一時欠損しましたが、現在は動かせる程度には回復しています。
・幻十の武器の正体に気付きました
・バーサーカー(高槻涼)と交戦、また彼のマスターであるロベルタの存在を認識しました
・一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)、メフィストのマスターであるルイ・サイファーの存在を認知しました
・マガタマ、『シャヘル』の影響で人修羅の男になりました
魔人・アレックスのステータスは以下の通りです
(筋力:A 耐久:A 敏捷:A 魔力:A 幸運:A。魔術:B→A、魔力放出:Bと直感:B、勇猛:Bを獲得しました)
685
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:56:31 ID:3fIroC7g0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
遠坂凛が、自分の使役するサーヴァントである黒贄礼太郎が戦っているだろうフィールドに赴いたのは、全部が終わった後の事だった。
つまり、鈴仙達が去り、ジョナサン達が吹っ飛ばされ、魔王パムがレイン・ポゥを連れて退散し、せつらと幻十とマーガレットが後を濁さずして消えた後の、
瓦礫だけが広がる神宮球場跡に、タイミングを見計らってやって来たのだ。
当然の事、目的は黒贄礼太郎の回収である。
アレを野放しにするのは拙い、と言う当たり前の理屈だ。最早全てが敵に回っている凛にとって、あのサーヴァントは最後のセーフティだから、早く回収したいのだ。
そしてそれと同じ位、あの災厄を放置するのは危険なのだ。何せアレは放っておけば人を殺す。再現とか限度とか、そんなものはあの男には設定されていない。
上限を与えていなければ、億の人数だって殺し尽くすだろうあの男の手綱は、この手で握らねばならない。それは、堕ちきった凛の心に残った、僅かな理性と良心の発露でもあった。
――そして結論を述べるのなら、その理性と良心を完全に捨ててしまいそうな局面に、凛は直面する。
「あ、おーい凛さーん。こっちですよー」
朗らかな笑みを浮べながら黒贄礼太郎は、凛の方に対して、『血で濡れたジュラルミン製のライオットシールドを持った側の手を振るっていた』。
……早い話が、手遅れだったと言う訳だ。
考えてみれば、当たり前の話だ。サーヴァント達がこれだけ野放図に暴れまわったのだ。NPCが集まるに決まっている。
これは凛や黒贄達が知らないのも無理からぬ話だが、鈴仙は自らの能力を用い、外部に戦闘によって生じた大音をシャットアウトする結界を展開させていたのだ。
それがなくなってから、なおも大暴れを続けていれば、遠くない内に野次馬が集まるに決まっているのである。
鈴仙やアレックス、幻十にせつらに魔王パム、そしてジョニィらは、その野次馬が集まる前にこの場から遠ざかっていた。
――黒贄だけは、NPCが集まり終えたその『後』に、のこのことこの場に戻ってきた。そして、うっかり衝動を爆発させた。
他区から応援にやって来ていた機動隊員の首を、拾った木の小枝を振るって撥ね飛ばした後で、その隊員が持っていたライオットシールドを奪い、大暴れ。
「たまには盾を武器にするのも悪くありませんな」などと言いながら、振るった盾の縁でNPCの首を圧し折り、大脳が飛び散る程の勢いで頭部を破壊し、胴体をグシャグシャに潰して回って、殺戮の時間を謳歌していた。
時間にして、五分とちょっと。
それだけの時間で、この場に集まっていた総計七二九人のNPCを殺しつくして見せたのだ。
……結果的にの話になるが、今この場に於いて、凛と黒贄の姿を目撃しているNPCはいない。何故ならば黒贄礼太郎が、全てのNPCを殺してしまったからだ。
「……気絶したいわよ、もう」
築かれた血の川、死体の大地を踏みつけながら、黒贄礼太郎は凛の所へ駆け寄って言った。
死体の放つ強烈な死臭に慣れてしまっている自分が居る。その事実を悲嘆する事すらしなくなった自分がいる事に、凛は、確かに気付いていたのだった。
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:56:50 ID:3fIroC7g0
【四ツ谷、信濃町方面(聖徳美術絵画館・神宮球場跡地)/1日目 午後4:40分】
【英純恋子@悪魔のリドル】
[状態]意気軒昂、肉体的ダメージ(大)、魔力消費(中)、廃都物語(影響度:小)
[令呪]残り二画
[契約者の鍵]有
[装備]サイボーグ化した四肢
[道具]四肢に換装した各種の武器(現在マーガレットとの戦いで破壊され使用不能)
[所持金]天然の黄金律
[思考・状況]
基本行動方針:私は女王(魔王でも可)
1.願いはないが聖杯を勝ち取る
2.戦うに相応しい主従をもっと選ぶ
3.新生した自分の力を遠坂凛に示して勝つ
4.あの銀髪の美女……私の生涯最大の強敵……勝たなきゃ
[備考]
・アーチャー(パム)と事実上の同盟を結びました
・パムから、メフィスト病院でキャスター(メフィスト)がドリー・カドモンで何を行ったか、そして自分の出自を語られました
・遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)、セリュー・ユビキタス&バーサーカー(バッター)の所在地を掴みました
・メイド服のヤクザ殺し(ロベルタ)、UVM社の社長であるダガーの噂を知りました
・自分達と同じ様な手段で情報を集めている、塞と言う男の存在を認知しました
・現在<新宿>中に英財閥の情報部を散らばせています。時間が進めば、より精度の高い情報が集まるかもしれません
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、ランサー(高城絶斗)の存在を認知しました
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルームとの交戦及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世をテレビ越しに目視した影響で、廃都物語の影響を受けました
・次はもっとうまくやろうと思っています
・口上と必殺技名を幾つか考えつきました
・アーチャー(ジョニィ・ジョースター)とモデルマン(アレックス)の存在を認識しました。またジョナサン・ジョースターも認識しました
・マーガレットに強い対抗意識を燃やしています
・現在拠点へと出戻り中です
【アサシン(レイン・ポゥ)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]霊体化、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、エネルギーに変換すればパージされた極大の万里の長城に対して特攻しこれを破壊しうる程のストレス
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯獲得
1.マスターを狙って殺す。その為には情報が不可欠
2.天昇じゃなくて昇天しろ馬鹿共
3.ああああああああああもう休ませろよおおおおおおおおおおおおおおお
[備考]
・遠坂凛が実は魔術師である事を知りました
・アーチャー(パム)と事実上の同盟を結びました。凄まじく不服のようです
・パムから、メフィスト病院でキャスター(メフィスト)がドリー・カドモンで何を行ったか、そして自分の出自を語られました
・ライドウに己の本性を見抜かれました(レイン・ポゥ自身は気付いておりません)
・魔王パムを召喚した者に極大の殺意
・現在拠点へと出戻り中です
【アーチャー(魔王パム)@魔法少女育成計画Limited】
[状態]肉体的ダメージ(中)、実体化、黒羽一枚Lost
[装備]魔法少女の服装
[道具]
[所持金]一応メフィストから不足がない程度の金額(1000万程度)を貰った
[思考・状況]
基本行動方針:戦闘をしたい
1.私を楽しませる存在めっちゃいる
2.聖杯も捨てがたい
3.神崎蘭子とかいうアイドルに逢ってみたい
4.あの女(マーガレット)……できる
5.あの男(アレックス)……次は遠慮なく戦いたい
[備考]
・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)と事実上の同盟を結びました
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、ランサー(高城絶斗)の存在を認知しました
・すごくテンションが上がっています
・口上と必殺技名を幾つか考えつきました
・アーチャー(ジョニィ)のスタンド、タスクACT4により、宝具である黒羽を一枚破壊されました。聖杯戦争中、如何なる手段を用いても復活することはありません
・現在拠点へと出戻り中です
687
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:57:18 ID:3fIroC7g0
【マーガレット@PERSONA4】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]青色のスーツ
[道具]ペルソナ全書
[所持金]凄まじい大金持ち
[思考・状況]
基本行動方針:エリザベスを止める
1.エリザベスとの決着
2.浪蘭幻十との縁切り
3.令呪の獲得
[備考]
・浪蘭幻十と早く関係を切りたいと思っています
・<新宿>の聖杯戦争主催者を理解しています。が、エリザベスの引き当てたサーヴァントが何者なのか理解しました
・バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
・〈新宿〉の現状と地理と〈魔震〉以降の歴史について、ごく一般的な知識を得ました
・遠坂凛と接触し、悪人や狂人の類でなければ保護しようと思っています
・バーサーカー(バッター)とセリュー・ユピキタスの動向を探る為に浪蘭幻十の一晩の実体化を許可しました
・メフィスト病院について知りました。メフィストがサーヴァントかマスターかはまだ知りません
・ザ・ヒーロー及び、クリスチファー・ヴァルゼライドを速やかに撃破したい思っています
・他の主従との同盟を考えています
・幻十がメフィスト病院に、緒方智絵里と三村かな子を誘導した事を知りました。両者の名前は知りません。
・幻十との付き合い方を修得しつつあります。
・アレックスの変貌に気付いています
・現在神宮球場から離れた所に居ます。場所はどこかは、お任せします
【アサシン(浪蘭幻十)@魔界都市ブルース魔王伝】
[状態]魔力消費(極小)、疲労(小)
[装備]黒いインバネスコート
[道具]チタン妖糸を体内を含めた身体の様々な部位に
[所持金]
[思考・状況]
基本行動方針:<新宿>聖杯戦争の主催者の殺害
1.せつらとの決着
2.那珂に対する報復
3.せつらめ……やはり一筋縄じゃいかないか
[備考]
・北上&モデルマン(アレックス)の主従と交戦しました
・交戦場所には、戦った形跡がしっかりと残されています(車体の溶けた自動車、北上の部屋の騒動)
・バーサーカー(ヴァルゼライド)とザ・ヒーローの主従を認識しました
・〈新宿〉の現状と地理と〈魔震〉以降の歴史について、ごく一般的な知識を得ました
・バーサーカー(バッター)とセリュー・ユピキタスの動向を探る為に一晩の実体化の許可を得ました。どこに糸を巡らせるかは後続の方にお任せします
・夜の間にマーガレットに無断で新宿駅の地下を糸で探ろうと思っています
・メフィスト病院について知りました。メフィストがサーヴァントかマスターかはまだ知りません
・メフィスト病院に、緒方智絵里と三村かな子を誘導しました。両者の名前は知りません。
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
・アーチャー(那珂)以外は、大雑把な戦い方と声を把握しただけで、個人の識別には使えません。
・ランサー(高城絶斗)は声しか知りませんが、魔糸を消したのはランサーだと推測しています。
・アーチャー(那珂)の姿と戦い方を知りました。
・アーチャー(那珂)に対して極大の殺意
・346所属のアイドルの中にマスターがいるかも知れないと推測しました。
・北上とアーチャー(那珂)の関係性に気付きました。
・一ノ瀬志希、雪村あかり、伊藤順平、英純恋子の四人のマスターの姿形と個人情報を把握しました。
・アーチャー(鈴仙)と塞の存在を認識しました
・アレックスの変貌に気付いています
・現在神宮球場から離れた所に居ます。場所はどこかは、お任せします
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第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:57:35 ID:3fIroC7g0
【サーチャー(秋せつら)@魔界都市ブルースシリーズ】
[状態]疲労(小)
[装備]黒いロングコート
[道具]チタン製の妖糸
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の探索
1.サーヴァントのみを狙う
2.ダメージを負ったらメフィストを利用してやるか
3.ロクでもない街だな
4.今の状態の幻十なら楽だが……どうせ宝具はアレだろうしな。面倒だから早く倒したい
[備考]
・メフィスト病院に赴き、メフィストと話しました
・彼がこの世界でも、中立の医者の立場を貫く事を知りました
・ルイ・サイファーの正体に薄々ながら気付き始めています
・ウェザー&セイバー(シャドームーン)の主従の存在を知りました
・不律、ランサー(ファウスト)の主従の存在に気づいているかどうかはお任せ致します
・現在、メフィストの依頼を受けて、眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の存在を認識、そして何を行おうとしているのか凡そ理解しました。が、呪いの条件は未だに解りません
・眠り病の呪いをかけるキャスター(タイタス1世(影))の捜索をメフィストに依頼されれ、受けました。
・浪蘭幻十がサーヴァントとして召喚されていることをメフィストから知らされました。
・浪蘭幻十のクラスについて確信に近い推察をしました。
・討伐令に乗る気は有りません。機会があれば落ち首広いはするつもりです。
・アーチャー(鈴仙)と塞、モデルマン(アレックス)と北上の存在を認識しました
【遠坂凛@Fate/stay night】
[状態]精神的疲労(極大)、肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、疲労(大)、額に傷、絶望(中)
[令呪]残り一画
[契約者の鍵]有
[装備]いつもの服装(血濡れ)→現在は島村卯月@アイドルマスター シンデレラガールズの学校指定制服を着用しております
[道具]魔力の籠った宝石複数(現在3つ)
[所持金]遠坂邸に置いてきたのでほとんどない
[思考・状況]
基本行動方針:生き延びる
1.バーサーカー(黒贄)になんとか動いてもらう
2.バーサーカー(黒贄)しか頼ることができない
3.聖杯戦争には勝ちたいけど…
4.それと並行して、新たな拠点にも当たりをつけておきたい
[備考]
・遠坂凛とセリュー・ユビキタスの討伐クエストを認識しました
・豪邸には床が埋め尽くされるほどの数の死体があります
・魔力の籠った宝石の多くは豪邸のどこかにしまってあります。
・精神が崩壊しかけています(現在聖杯戦争に生き残ると言う気力のみで食いつないでる状態)
・英純恋子&アサシン(レイン・ポゥ)の主従を認識しました。
・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)が<新宿>衛生病院で宝具を放った時の轟音を聞きました
・今回の聖杯戦争が聖杯ではなく、アカシックレコードに纏わる操作権を求めて争うそれであると理解しました
・新国立競技場で新たに、ライダー(大杉栄光)の存在を認知しました。後でバーサーカー(黒贄礼太郎)から詳細に誰がいたか教えられるかもしれません
・あかりが触手を操る人物である事を知りました
・ジョナサンとアーチャー(ジョニィ・ジョースター)、モデルマン(アレックス)、アーチャー(魔王パム)の存在を認識しました
・黒贄礼太郎に対し、ジョニィ・ジョースター、アレックス、魔王パム。以上三騎のサーヴァントの攻撃は『絶対回避する』よう令呪を使いました
【バーサーカー(黒贄礼太郎)@殺人鬼探偵】
[状態]健康
[装備]『狂気な凶器の箱』
[道具]『狂気な凶器の箱』で出た凶器
[所持金]貧困律でマスターに影響を与える可能性あり
[思考・状況]
基本行動方針:殺人する
1.殺人する
2.聖杯を調査する
3.凛さんを護衛する
4.護衛は苦手なんですが…
5.そそられる方が多いですなぁ
6.幽霊は 本当に 無理なんです
[備考]
・不定期に周辺のNPCを殺害してその死体を持って帰ってきてました
・アサシン(レイン・ポゥ)をそそる相手と認識しました
・百合子(リリス)とルイ・サイファーが人間以外の種族である事を理解しました
・現在の死亡回数は『2』です
・自身が吹っ飛ばした、美城に変身したアサシン(ベルク・カッツェ)がサーヴァントである事に気付いていません
・ライダー(大杉栄光)が未だに幽霊ではないかと思っています
・現在、ジョニィ、アレックス、パムの攻撃は全部回避する状態です
689
:
第一回<新宿>殺人鬼王決定戦
◆zzpohGTsas
:2020/01/04(土) 00:58:39 ID:3fIroC7g0
投下終了します。
アイギス登場してなくて草。嘘つきの達人か自分は。
葛葉ライドウ&セイバー(ダンテ)
白のセイバー(チトセ・朧・アマツ)
予約します
690
:
名無しさん
:2020/01/04(土) 16:15:30 ID:y4DtK9rs0
乙です
どいつもこいつも自重しない暴れっぷりですねクォレハ…、新宿壊れちゃ〜う(絶望)
原作読んでても思ったけど妖糸は攻撃と防御も当然として、探索能力がチートだなぁ
691
:
名無しさん
:2020/01/05(日) 00:28:37 ID:bF7jQkDM0
乙です 見返してみるとこの大破壊が1日中の出来事であるの恐ろしすぎですね
新宿が文字通り魔都の惨状を呈してきてオラわくわくすっぞ
692
:
名無しさん
:2020/02/27(木) 17:57:00 ID:UMf5GpMA0
亀ながら乙です
バージルニキは脱厨二病したんやで
しかし、菊池世界と狂太郎世界はホント魔界や・・・・
693
:
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:19:50 ID:TJVZO0ns0
投下します
694
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:20:24 ID:TJVZO0ns0
スタリ、と男達が着地した頃には、新国立競技場はもう彼方の光景だった。
血を吸った見たいに真っ赤なコートは、気障という言葉を具現そのもの。これを嫌味なく着こなす、上半身を裸にした銀髪の男性。
夜の闇を鋏で裁断したような、黒いマントと学生服を着用した、鋭いもみ上げの美青年。
そして、その学生服の青年の周りを、懐いた文鳥かインコみたいに飛び回る、年齢にして十歳かそこらの少女。但し、ただの少女ではない。飛び回ると言うのは文字通り、青年の周りを飛行していると言う意味であり、その浮力は、長く伸ばした後ろ髪を翼の形にして羽ばたかせて得ているのだ。間違っても、人間の少女ではありえなかった。
「なぁ少年……。アレが世に言う、液状化現象、って奴か?」
振り返りながら、コートを纏う男性の方が、傍らに立つ学生服の青年に問いかけた。コートの男の名はダンテ、学生服の青年はライドウ、と言う。
「違う」
ライドウの返事には、ユーモアの欠片もなかった。ただ事実だけを、短く率直に述べる。明快ではあるが、とっつき難い語り口だった。
場所は、<新宿>は市ヶ谷に居を構える大企業、大日本印刷の本社ビル。
魔震の影響によって跡形もなく倒壊した旧社屋の残骸が撤去された後当企業は、当時に於いては最先端を往く耐震・耐火・耐風構造を兼ね備えた、超高層ビルと変貌。
今では<新宿>の『顔』の企業としての地位を欲しいがまま、高層ビルが立ち並ぶ市ヶ谷のビル街にあって一際の高階層を誇るその建物は、宛ら貴族か王侯のようだった。
ダンテとライドウは、先程まで自分達が血で血を洗う死闘を演じていた場所。即ち、新国立競技場の方面に目線を向けていた。
端的に言えば、競技場全体が、『沈んでいる』。ダンテが液状化、と言う言葉を用いたのも、頷ける。
黒いタール状の何かに、競技場と言う一個の建物が、底なし沼に沈没するように引きずり込まれているのだ。
建物だけが、ズブズブと沈んで行く。その光景を齎しているであろう、あの黒いタールのようなものが、あの場に最後に乱入して来たサーヴァント。
ランサー・高城絶斗――或いは、ベルゼブブか――の宝具によるものだとは、ライドウもダンテも理解している。
「モー・ショボー。お前はベルゼブブがあぁいう化身を用いる事があるのは、知ってるか?」
ライドウは自らが使役する悪魔の一人。
モンゴルの民間伝承に伝わる、人の命と精気を吸い取る凶鳥であるモー・ショボーに問いを投げかけた。
ベルゼブブは魔界に於いてルシファーに次ぐと称される程強壮な力を誇る魔王であり、その力たるや一つの神話体系の主神に迫るか超える程なのだ。
強大な力を持つ悪魔と言うのは概して、人間の世界で活動する場合や隠密活動を行う際、その世界で行動するに相応しい化身と言うものを幾つも持つ。
ライドウはベルゼブブがそう言った化身を持っていて当たり前だと判断しているが、あんな年端も行かない少年の姿の化身で活動するベルゼブブと言うのは、彼としても聞いた事がない。だから、同じ悪魔であるモー・ショボーに彼は問うたのだ。
「うーん……わかんない。昔聞いた話だとね、女性の姿で行動してた世界もあったらしいんだけど……」
それは、別に珍しくない。
悪魔は誘惑する事も仕事の内であるのだから、当然、美しい女性としての姿で行動する者もいる。勿論その逆、美男子として行動する者だって。これはライドウがデビルサマナーとしての教育と訓練を経た、『里』の知識だ。
「少年、俺の目にはあのハエ小僧……自らの意思で魔界からやって来た、ってタマには見えなかったぜ」
これはライドウも、ダンテと同じ意見だった。
単純だ、ライドウはタカジョーを見た時、ステータスが視認出来たのだ。言うまでもなく、サーヴァントとしてのステータス、である。
これが意味する所は非常に大きい。サーヴァントとしてこの世界に顕界していると言う事は、必然、『サーヴァントとしての霊基に縛られている』事を意味する。
サーヴァントと言う存在は、ライドウからすれば『弱い』存在だった。無論、サーヴァントが持つ宝具や身体能力、異能の数々は、ライドウであっても油断出来ない。
それとは異なる意味。つまり、在り方が弱いのだ。マスターから供給される魔力が太い生命線、命綱……その癖、選ばれるマスターはランダム性が強く、
魔力が全くないのは勿論魔道の知識を欠片も有していない者がマスターに選ばれる。要するに、存在を維持出来るソースの供給元が事実上一つしかないから、弱いのだ。
695
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:20:50 ID:TJVZO0ns0
サーヴァントをこの世からパージしたいのなら話は簡単で、マスターを殺せば問題は解決である。
無論これは、少し頭が働く者であるのなら参加者全員が想到する結論であろう。しかしこれは真理であり、完全な対処・防御は不可能を極める。
マスターはサーヴァントより弱いと言うのは当たり前の帰結であり、後者の方から積極的に攻撃されれば、マスターとしては成す術もない。
そもそも、下手なサーヴァントならダンテの力を借りずして葬り去れるライドウの方が、聖杯戦争の参加者として異常なのだ。大半のマスター側の存在は、抵抗を許さぬまま殺されてしまうのがオチであろう。
「ベルゼブブ程の悪魔がサーヴァントとして縛られているのなら、これ程あり難い事もない」
「殺せるからだろ?」
「ああ」
相変わらずおっかないガキだ、と零すダンテ。剣呑な笑みが、その表情に張り付いていた。
化身や分霊にまで落魄しようとも、ベルゼブブと言う悪魔は凄まじく厄介である。
魔術や異能を発動させるのに適した、霊長とは根本的に異なる構造の身体。人間などには及びもつかない深淵たる魔道の知識。
そして其処から繰り出される恐るべき魔術の数々。単純な身体能力の面でも人類など遥かに超越しており、戯れに腕や羽を振るうだけで、死体の山を築く事だって造作もない。
これに加え、複雑怪奇な魔界の政界で磨いた権謀術数と話術の腕前は、人のみならず同じく『舌』で高い地位を築いた悪魔ですら惑わされてしまう。
魔界のNo2、ルシファーに次ぐ魔界の副王たる地位は、決して飾りではない。一神話体系の主神に匹敵、或いはそれをも上回る強壮たる悪魔は、ライドウであっても苦戦を免れない。どころか、本気で倒そうとするのなら虎の子である仲魔の一匹二匹、犠牲に入れる事すら彼は視野に入れるだろう。
そんな悪魔が、マスター……即ち人間の儚い命にその存在の有無が左右されているのだ。
そう、見方を変えればあのランサー……高城絶斗は、マスターを殺されるか否かによって、生殺与奪を握られているに等しい。
これは、ライドウにしてみればあり難い事この上ない。何せ、『マスターを殺せば自動的にベルゼブブ程の悪魔がこの世界から退場する』のだ。
マスターとサーヴァントの関係は、一蓮托生。これは、ライドウと言うトップマスター、ダンテと言うトップサーヴァントの関係にですら、同じ事が言えるのだ。
ベルゼブブよりも遥かに弱いマスターを殺せば、かの蝿王を魔界に叩き返せる。そんな考え方を、人は非情だと思おう。しかし、その考えは厳とした事実であるのだ
無論、ライドウとて血の通った人間だ。マスターを殺してベルゼブブを退場させる方策は、最終手段だと認識している。
だが同時に、その最後の手段に踏み切らねばならないと判断した時、この男は一切の迷いを抱かない。
あの悪魔のマスターが例え年端もいかない、それこそ、ライドウの齢の半分も生きていない少年少女であろうとも、愛剣たる赤口葛葉の鋭い剣身を閃かせるだろう。
「だがそう上手くいくかね、少年。下の毛すら生えてないガキの姿だったとは言えよ、ベルゼブブはベルゼブブだぜ? お前と同じ程度の強さのマスターだったら如何するんだ?」
それは、ライドウも当然視野に入れている。
ライドウはこれだけ極まった強さを持った男でありながら、まだ、自分より格上のマスターがいるのではないかと言う疑いを捨てきれない。
彼は警戒心が強い。だから聖杯戦争の舞台である<新宿>に呼ばれた時から、その思いを抱き続けていた。
その疑いが補強されたのが、先の新国立競技場で戦った、ザ・ヒーローと言う男との戦いである。
強かった。恐ろしく、強かった。
きっとあの青年は、自分のように、『戦う事を生まれた時から宿命付けられていた存在ではなかった』のだろう。ライドウはそう思っていた。
ライドウは生まれた時から、平安の時代より伝わる葛葉の本流四家の一つ、葛葉『ライドウ』を襲名する事を宿命付けられていた。
その宿命の故に課せられた、彼の幼年期の生活ぶりは、人権の意識と言うものがまだまだ未熟であった大正時代の世に於いても、常識外れのそれであった。
母元から離されたのは齢三歳の頃、紙を丸めてチャンバラ遊びに興じるのが普通であろう四歳の頃には、重さ一kgを超える真剣を握らされていた。
その翌年には剣術の鍛錬の他、古くは安倍晴明の時代より連綿と伝わる陰陽道の秘儀、神道の極意を叩き込まれていた。
正邪を問わぬ、人がその人生の全てを賭しても学び切る事など不可能な程の量の魔道の知識を、ライドウはものの二年で会得。
人の命など何とも思わぬ悪魔が跋扈する異界の世に、一月もの間放り込まされ、見事生還を果たしたのは十歳の頃。歴代で最も若い頃だった。
696
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:21:10 ID:TJVZO0ns0
『葛葉ライドウ』と言う名に課せられた宿命の故に、ライドウは強く在らねばならなかった。
名の故に、強くなければならない。常人ならば当の昔に発狂していてもおかしくない、過酷な鍛錬、膨大な量の座学を、彼は難なく克服、乗り越え今に至る。
最強、最優の座を目指す為には、決して逃してはならない『時期』がある。その座を勝ち得るには、どれだけ若い年齢で、その座を意識出来るかがつとに大切なのだ。
その時期を逃してしまえば、もうその人物は最強足り得ない。同じ才能を持った者が同じだけの質の努力を経た場合、その努力を相手より前の時期に行っていた者が勝るのは、当然の話なのだ。
剣を交えれば、ライドウは手に取るように解ってしまうのだ。相手がどの時期に、鍛錬を積んだのか如何かが。
ザ・ヒーローは、『遅い』。最強、或いは最優……。その何れをも目指すにも、遅すぎた位だろう。にも関わらず彼が見せた、ライドウを瞠若させた強さの源とは何か?
最強を目指すのに必要なファクターに、時期という物は確かに重要である。だが、世の理は葛葉の里で課される鍛錬よりもずっと残酷だ。
ある者が十年の歳月を経て獲得した力に、たった一年同じだけの努力を積むだけで容易に到達するどころか、軽々と上回ってしまう『才能』と言う物が、確かにある。
そしてその才能こそが、実を言えば葛葉の名に於いて最も重視される。ライドウが強いのは、才能も桁外れな上に、その才能を伸ばすのに費やした時間の量が膨大だからなのだ。
きっと、ザ・ヒーローと言う青年は、己の秘められた才能に気付いてなかったのだろう。気付かない方が良かったのかも知れない。
サマナーの才能とは殺しの才能と紙一重。市井に生きる一般人ならば、そんなもの、気付くどころか厳重に蓋をして封印するべきなのだ。
だが何処かで、ザ・ヒーローは、その才能を開花させざるを得なかったのだろう。そして、開花するだけじゃなかった。
アレだけの強さを育ませるだけの環境にも、恵まれた事は容易に想像出来る。ライドウであっても、予想も想像も出来ない死線の数々を、あの男は潜り抜け生き残ったのだ。
弱いなどと、ライドウは欠片も思わない。ザ・ヒーローが手にしていた大業物・ヒノカグツチの剣を見れば、元々は彼は悪魔を使役して戦う事ぐらいお見通しだ。
悪魔を使役して戦っていれば、殺されていたのは自分だったかも知れない。そう言うifを、ライドウは冷静に分析する。
あんな強さのマスターが居ると解れば、余裕などかましていられない。自分が最強のマスターなどと、自惚れられる訳がない。
当たり前の様に、自分より強いマスターの存在を意識する。その隙のない姿勢こそが、ライドウを強者足らしめる所以なのだ。
「俺でも勝てぬ程強いのなら……」
「強いのなら?」
「心胆で補う他あるまい」
結局は、其処に行き着く。
才能、努力、そして培ってきた経験。戦闘に於いてはそう言ったファクターが蓋し重要な、決め手になる事は間違いない。
だが、戦う者が人間である以上。戦闘と言う行為そのものが、不確定要素に左右される水物としての要素が強いものである以上。
最後の最後で決め手になるのは、当の本人のメンタリティ。即ち、『気合と根性』なのだ。泥臭い精神論は、精も根も尽き果て、絞る油すらなくなったその時に、覿面の効果を発揮するのだ。それこそ、パワーバランスの大小を、引っ繰り返しかねない程に。
「……。まぁ……それが決め手になるのは否定しないがね」
「? 何だ、歯切れが悪い」
「気合と根性に重きを置いた究極形と、直近で戦ったばかりでね」
「クリストファー・ヴァルゼライドか」
「気合と根性って、タチの悪いカンフル剤なんだなぁって思ったね。キメすぎると馬鹿になる。お前はそうならんように気をつけるんだな? 少年」
「肝に銘じておこう」
言うやライドウは、大日本印刷の超高層ビルから見下ろす事の出来る、<新宿>の姿を眺めながら。
胡坐をかき始めたのである。いや、胡坐ではない。仏教やヨーガの僧侶が、修行や鍛錬の際に用いる座法……結跏趺坐だ。
葛葉一族は、平安の時代に晴明が編み出した悪魔召喚の術を子々孫々に受け継がせる事と同時に、その技術をより高みへと昇華させる事を重要な使命の一つとした。
故に、外来の技術は積極的に取り入れもした。古くは仏教、密教、修験道の一門と交流親睦を深め、彼らの業と修行法、思想を、一族のルーチンに取り入れた。
其処から時代は下り、戦国時代や安土桃山時代にキリシタンと、密航していた海の向こうのデビルサマナーからも、技術を会得した事もある。
……尤もそちらの方は、穏当に、とは行かなかったが。幾許の血を、葛葉もキリシタン・デビルサマナーも、流す事になったのだが。
697
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:21:30 ID:TJVZO0ns0
今、ライドウが行っている結跏趺坐も、斯様な歴史の中で一族が取り入れたモノの一つ。インドの地において、ヨーガと呼ばれる修行法の応用だ。
独自の呼吸を以って体内のチャクラを開門、それを続ける事によって得られる効果は、魔力の回復と言う極めてシンプルなもの。
しかし、その効果はシンプルにして極めて有効的。特に、魔力の多寡が勝敗を分ける聖杯戦争に於いて、この技術の有無は凄まじく大きい。
なにせ、原則聖杯戦争が開催してしまえば事実上回復の手段は存在せず、目減りが続くだけの魔力(≒生体マグネタイト)と言うソースを、回復させる事が出来るのだ。
とはいえ、この技術にしたって、生半な者が行ったところで、サーヴァントを維持し続けるだけに必要な魔力以上の回復は出来ない。
強いて言えば、サーヴァントの自然消滅を遅れさせる程度に過ぎないだろうが、達者であるライドウにはそれはない。
トップサーヴァントに値する強さのダンテの維持以上に必要な魔力を、ライドウはこの結跏趺坐でカバー出来るのだ。デビルサマナーとして培った技術が、活きる瞬間だった。
腕を組み、彼方を眺めるダンテ。
彼は滅多な事で、胸中を他人に図らせる事はさせない。生涯の殆どを悪魔の殲滅に費やした男は今。
英霊として召し上げられたその身で世界に呼び起こされ、何を考えているのか。時に、ライドウですら推量しかねる所がある。
だが今なら、何となく彼が考えている事が解るのだ。彼自身が兄と呼んでいた、アーチャーの英霊。
弓兵の名を関するクラスを宛がわれながら、太刀の扱いを飛び道具以上に得意とする異端のサーヴァント、バージルの事を、考えているに相違ない。
考えているのは、これからの事か。それとも、殺し方の事か。
どちらにしても、出会った瞬間殺し合うような間柄である。血の臭いが香るような未来を幻視出来ようヴィジョンを、思い描いているのかも知れない。
「……やれやれ、落ち着く暇もありゃしないな、少年」
「そうだな……」
半目の状態から開眼に移るライドウ。そして、不敵な笑みを浮べて、上空を見上げるダンテ。
良い空だった。<新宿>が例えこんな陰惨な地獄に変貌したとて。地上がどれ程血で汚れ、死肉の塵に塗れようと。
空の蒼だけは、汚し得ぬ普遍の美を保っているかのようだった。それは王者の蒼だった。古の昔より、天空を統べる神こそが最高の神であると定義した神話は数限りない。
それも、どれ程手を伸ばそうとも届く事は有り得ない高みと、腕をどれだけ広げようと抱えきる事等不可能な広大無辺さを天空が誇る以上、詮無き事であった。
地上数百mの高層ビルの頂点に立とうとも、未だ空の高さの果てには及ばない。
人は、築き上げたテクノロジーなしで、空を飛ぶことは勿論、数秒間の浮遊すら行う事は出来ない。
然るに――今、地上から何百mも高い場所に居るダンテ達から見て、また更に数百mを上回る高さを飛んでいるあの黒点は、この世の王か何かなのか?
千里眼とも形容されるダンテの視力が、その黒点を人間だと認める。いや、厳密に言えば、人間の姿をした何か、か。
そしてその人間が、ついさっきまで同じ場所にいた人物そのものだとも、彼は認めた。成程、ベルゼブブの魔の手から、逃げ果せたらしい。大した嬢ちゃんだ、ダンテは笑みを強めながら、此方目掛けて流星宜しくの勢いで急降下する女性を歓迎した。
698
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:21:44 ID:TJVZO0ns0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大日本印刷に着地しようとしたチトセ・朧・アマツを熱く迎え入れたのは、ダンテが懐から引き抜いた白い大型拳銃、アイボリーから放たれた弾丸だった。
軍属として飽きる程目の当たりにしてきた、馴染み深い代物。チトセにとっての拳銃とは正しくそれだったが、眼下三〇〇m先の銀髪の男が構える拳銃は、
一言で言えば奇形そのものだった。何を如何考えれば、拳銃をあそこまでデカく出来るのだ? 拳銃の利点である携帯性と軽量性、その全てをアレはかなぐり捨てている。
何と、戦う気なのだ? 戦車と戦う為の拳銃だと言われても、チトセには理解出来るし納得も出来る。それ程までの、気違い染みたサイズだった。
その銃口の照準が確実にチトセの方に向けられるや否や、白鍵の名を関する大型拳銃は、花火のような火柱を銃口から吹き上がらせながら、必殺の弾丸を放っていた。
放たれた弾丸は一発限り。しかし、その一発に秘められた威力は、星辰奏者が発動する星辰光の攻撃的な力に、勝るとも劣らない。
つむじ風が、チトセの身体に鎧われた。無論、目には見えない。不可視の鎧だ。荒れ狂う風の鎧に、アイボリーの弾丸が触れた瞬間、弾自体が意思でも持ったかの如く、急なカーブを描いて弾丸がチトセから逸れて行く。飛び道具の防御方法としては実に単純だが、これが実に、有効的。チトセはこの防御法があるからこそ、生前は、銃など全く恐れていなかった程であるが……流石に今回ばかりは肝が冷えた。風に、弾丸が触れた時、本気で、撃ち殺されると思ったからだ。それ程までの、ダンテの弾丸の威力よ。
急降下のスピードを一切減速させる事無く、チトセは、大日本印刷のヘリポートに着地する。
衝撃は、膝にも足にもない。高所からの落下に備え、軍靴の靴底に圧縮した空気を用いて生み出したエアクッションを配置させていたからである。
この措置の故に、直ぐ攻撃態勢に移行出来る。チトセはダンテの方を振り返った。位置関係は、ダンテ達から見て十m程後ろ。
彼の背後を取れるよう着地位置は狙ったが、そんな浅知恵はお見通しであったらしい。チトセが振り返り、彼女の傍にサヤが実体化を始めた時には、既にダンテとライドウは此方に銃口を向けていたのだ。
「随分あわてんぼうな登場のしかただな、ネオナチ・ガール。トイレが近いんだったらあっちから下に降りなよ」
階下へと繋がる出入り口の方角にしゃくりながら、ダンテが言った。
品のないジョークに眉をしかめるどころか、怒気を飛ばすのはサヤ・キリガクレその人だった。両足に力を込め、チトセの命令一つで何時でも飛びかかれる様な状態に移行する。
「生憎と……ガール呼ばわりされる程の歳でもなくてね。挑発のつもりで言ったのだろうが、素直に褒め言葉として受け取ってやるよ」
と言うより、チトセからすれば、ダンテの方がずっと若く見える。
新国立競技場が、ダンテと言う男との初邂逅の場であったとは言え、あの時は状況が状況であった為、その場に居た全員の容姿を具に観察する事は出来なかった。
一対一の今の状況下なら、冷静に頭を働かせてその容貌を眺める事が出来る。チトセからすれば、隣に居るライドウとさして歳も変わらぬ子供だ。
贔屓目に見ても、ダンテの年齢など二十代前半程度だろう。ボーイどころか、ガキとすら言えるような顔立ちと肌のハリを持ったその青年がしかし、年齢に対して余りに不相応な、殺しの技術と戦いの天稟を誇る事は、新国立競技場でチトセも理解している。なまじその強さの源が不透明な以上、星辰奏者や魔星よりも、遥かに厄介な相手であった。
「そうかい、じゃあ言い方を変えるぜ、ネオナチ・レディ。しかしその服装、かなり危ねぇな? ユダ公のナチハンターに叱られちまう前に服装を変えた方が良い。この国じゃマイクロビキニが婦女子の指定制服らしいぜ?」
「そんな国滅んでしまえ」
チトセの言葉のその部分については、ライドウも賛同していた。サヤは……言及を避けておこう。少なくとも、かなり欲望駄々漏れの笑みを浮べていた。
「何しに此処に来た」
ダンテの傍に佇むライドウがそう言った。
物怖じ一つせず、チトセの方をジッと見据える黒衣の学生に、この類稀な星辰奏者は、死神の姿を見た。
雰囲気も佇まいも、書生のそれではあり得なかった。実直そうな雰囲気の中に、危険な程に鋭く研ぎ澄まされた、恐るべき死の輝きを宿すこの男に、
チトセは、ダンテと同じ程の脅威を確信する。どんな修羅場を潜り抜ければ、こんな雰囲気を、しかも、この年代で醸し出せるというのか?
戦士を育て上げるのは古の昔から、弾丸が飛び交い、剣槍が林の如く立ち並ぶ戦場であると相場が決まっている。ライドウから静かに放射される殺気の質は間違いなく、命の重みが紙より軽い戦場で磨かれたそれであった。
699
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:21:56 ID:TJVZO0ns0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
大日本印刷に着地しようとしたチトセ・朧・アマツを熱く迎え入れたのは、ダンテが懐から引き抜いた白い大型拳銃、アイボリーから放たれた弾丸だった。
軍属として飽きる程目の当たりにしてきた、馴染み深い代物。チトセにとっての拳銃とは正しくそれだったが、眼下三〇〇m先の銀髪の男が構える拳銃は、
一言で言えば奇形そのものだった。何を如何考えれば、拳銃をあそこまでデカく出来るのだ? 拳銃の利点である携帯性と軽量性、その全てをアレはかなぐり捨てている。
何と、戦う気なのだ? 戦車と戦う為の拳銃だと言われても、チトセには理解出来るし納得も出来る。それ程までの、気違い染みたサイズだった。
その銃口の照準が確実にチトセの方に向けられるや否や、白鍵の名を関する大型拳銃は、花火のような火柱を銃口から吹き上がらせながら、必殺の弾丸を放っていた。
放たれた弾丸は一発限り。しかし、その一発に秘められた威力は、星辰奏者が発動する星辰光の攻撃的な力に、勝るとも劣らない。
つむじ風が、チトセの身体に鎧われた。無論、目には見えない。不可視の鎧だ。荒れ狂う風の鎧に、アイボリーの弾丸が触れた瞬間、弾自体が意思でも持ったかの如く、急なカーブを描いて弾丸がチトセから逸れて行く。飛び道具の防御方法としては実に単純だが、これが実に、有効的。チトセはこの防御法があるからこそ、生前は、銃など全く恐れていなかった程であるが……流石に今回ばかりは肝が冷えた。風に、弾丸が触れた時、本気で、撃ち殺されると思ったからだ。それ程までの、ダンテの弾丸の威力よ。
急降下のスピードを一切減速させる事無く、チトセは、大日本印刷のヘリポートに着地する。
衝撃は、膝にも足にもない。高所からの落下に備え、軍靴の靴底に圧縮した空気を用いて生み出したエアクッションを配置させていたからである。
この措置の故に、直ぐ攻撃態勢に移行出来る。チトセはダンテの方を振り返った。位置関係は、ダンテ達から見て十m程後ろ。
彼の背後を取れるよう着地位置は狙ったが、そんな浅知恵はお見通しであったらしい。チトセが振り返り、彼女の傍にサヤが実体化を始めた時には、既にダンテとライドウは此方に銃口を向けていたのだ。
「随分あわてんぼうな登場のしかただな、ネオナチ・ガール。トイレが近いんだったらあっちから下に降りなよ」
階下へと繋がる出入り口の方角にしゃくりながら、ダンテが言った。
品のないジョークに眉をしかめるどころか、怒気を飛ばすのはサヤ・キリガクレその人だった。両足に力を込め、チトセの命令一つで何時でも飛びかかれる様な状態に移行する。
「生憎と……ガール呼ばわりされる程の歳でもなくてね。挑発のつもりで言ったのだろうが、素直に褒め言葉として受け取ってやるよ」
と言うより、チトセからすれば、ダンテの方がずっと若く見える。
新国立競技場が、ダンテと言う男との初邂逅の場であったとは言え、あの時は状況が状況であった為、その場に居た全員の容姿を具に観察する事は出来なかった。
一対一の今の状況下なら、冷静に頭を働かせてその容貌を眺める事が出来る。チトセからすれば、隣に居るライドウとさして歳も変わらぬ子供だ。
贔屓目に見ても、ダンテの年齢など二十代前半程度だろう。ボーイどころか、ガキとすら言えるような顔立ちと肌のハリを持ったその青年がしかし、年齢に対して余りに不相応な、殺しの技術と戦いの天稟を誇る事は、新国立競技場でチトセも理解している。なまじその強さの源が不透明な以上、星辰奏者や魔星よりも、遥かに厄介な相手であった。
「そうかい、じゃあ言い方を変えるぜ、ネオナチ・レディ。しかしその服装、かなり危ねぇな? ユダ公のナチハンターに叱られちまう前に服装を変えた方が良い。この国じゃマイクロビキニが婦女子の指定制服らしいぜ?」
「そんな国滅んでしまえ」
チトセの言葉のその部分については、ライドウも賛同していた。サヤは……言及を避けておこう。少なくとも、かなり欲望駄々漏れの笑みを浮べていた。
「何しに此処に来た」
ダンテの傍に佇むライドウがそう言った。
物怖じ一つせず、チトセの方をジッと見据える黒衣の学生に、この類稀な星辰奏者は、死神の姿を見た。
雰囲気も佇まいも、書生のそれではあり得なかった。実直そうな雰囲気の中に、危険な程に鋭く研ぎ澄まされた、恐るべき死の輝きを宿すこの男に、
チトセは、ダンテと同じ程の脅威を確信する。どんな修羅場を潜り抜ければ、こんな雰囲気を、しかも、この年代で醸し出せるというのか?
戦士を育て上げるのは古の昔から、弾丸が飛び交い、剣槍が林の如く立ち並ぶ戦場であると相場が決まっている。ライドウから静かに放射される殺気の質は間違いなく、命の重みが紙より軽い戦場で磨かれたそれであった。
700
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:22:14 ID:TJVZO0ns0
「偶然……と言って信じてくれるのなら、話は早いのだが」
「この地において、最早必然と偶然の境は曖昧だ」
「まぁ、当然の物言いだな」
サーヴァントなる、奇跡と神秘を操る超常の存在が跋扈する魔都<新宿>において、そのサーヴァント自身が、お前の下にやってきたのはたまたまだ。
そんな事を言って、誰が信じると言うのだろうか? 必然性があって、足を運んだ。誰もがそう考えるであろう。
例えチトセとライドウの立場が逆であっても、彼女は、必然性の方を信じたであろう。しかし、タチの悪い事には、今回は偶然の方が正しいのだ。
新国立競技場を虚無に叩き落した、タカジョーのディープホールから逃れるのに、チトセは必死だった。
大気の操作と言う極めて広範な事象を操ると言うチトセの星辰光の都合上、彼女の能力は凄まじく万能である。
気流操作によるルート調節と、圧縮した空気の噴出を利用すれば、空への飛翔は訳はない。但しこれは相当に無茶苦茶な応用の仕方なので、チトセとしても消耗する。
可能な限り緊急の回避手段としてしか使いたくなかったが……あの時は、こんな緊急時にしか使えないような無理なやり方を連続して使わなければ、到底逃げ果せなかったのだ。
げに恐るべきは高城絶斗。少年の皮を被った、残虐なる死蝿の王。
そう言った存在から逃走する以上、チトセであっても本気にならざるを得ない。
彼女がどれだけ必死だったかなど、ゼファーに抉られた右目の代わりに嵌められた、星辰光の増幅装置をむき出しにしている現状を見れば窺い知れよう。
そう、普段以上に魔力と体力を消費する方法で必死に飛び回っていたものだから、チトセとしても、着地場所を確かめる余裕がなかった。
大日本印刷を選んだのも、本当に偶然。たまたま新国立競技場から離れてなく、かつ、自分が着地するのに適した高さのビルだったから選んだ。それだけなのだ。
――その屋上に、ダンテとライドウがいる事に気付いたのは、もう着陸の姿勢を移行し終えた、高度五〇〇程上空地点であった。
今更軌道の修正も出来ない事、そしてダンテの方が急降下しつつあるチトセの姿に気付いたのを認識した時、彼女は腹を括った。
此処で進路変更する方が、悪手と考えたのだ。斯様な理由で、こうしてチトセは、この大日本印刷屋上に足を運んだと言うわけなのだった。
「ねぇ、どうするニンゲン? サツリクするの?」
ライドウの傍を飛び回る少女が無邪気にそう口にする。
飛び回る、と言っても、ジャンプしながらとかそう言う意味ではない。文字通り、空を飛んでいる。
長く伸ばした後ろ髪を鳥の翼の様に固めさせ、それを羽ばたかせて空中を浮遊しているのだ。無論、そんな航空力学やら何やらを無視した飛行法を実践出来ている時点で、その少女、モー・ショボーが人間ではない事は明白であるし、それを使役するライドウもまた、通常の人間ではあり得なかった。
「まぁ待て、早まるなよ鳥頭。少年もな? ……っても、少年の場合は理解してるか」
「無論」
鳥頭呼ばわりされてカンカンになってるモー・ショボーの抗議を無視しながら、ダンテは、チトセの方に目線を投げかけた。
やはり、改めて見ても、恐るべき戦士だった。ライドウの使役する、あの正体不明の少女もまた油断出来ない敵だったが、ダンテの場合は、桁が違う。
銃口を、此方に向けて警戒している。姿勢としてはそう言う所だが、その姿勢から、チトセを殺しに行けるルートが銃弾を放つと言う行為だけではないのだ。
ダンテは其処から、ありとあらゆるルートでチトセを殺す方法に持って行く事を可能としている。銃をしまって、背負う大剣で斬り殺すも、拳で殴り殺すも、
彼程の男であるのならば自由自在。今この状況で、ダンテが如何動くのかが解らない。チトセが選べるカードに比して、ダンテの選べるカードは、膨大であった。
意気軒昂を維持していたサヤの身体に、緊張が走るのをチトセは感じた。責められない。チトセ自身も、言いようのない緊張感を感じているからだった。
「アンタが敵じゃない、と信用する手段が、ない事もないぜ。ネオナチ・レディ」
「それはありがたいな。操に関わる事以外なら、その手段に従うのも吝かじゃない」
「ハッ、アンタが良い女なのは認めるが……ベッドでリードする気風が強そうに見えるのは、ちょっとな。俺の好みじゃねぇからパスだぜ」
不敵な笑みを浮べたまましかし、瞳だけは冷たい殺意を帯びさせながら、ダンテは言った。
701
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:22:37 ID:TJVZO0ns0
「こっちから要求するのは二つだ」
「欲張りだな、坊や。二兎を追うものは一兎も得ず、と言う故事を知らんか?」
「昔からケーキの切り分けの時にチョコのプレートが乗ってないのを渡されると暴れちまう性格なんだ、すまんなネオナチ・レディ」
「一つ目」
「お前のマスターは何処だ?」
「此処にいる女がそうだと言ったら、如何する?」
言ってチトセはサヤの方を指差す。緘黙しながら、サヤはダンテの方を睨めつけていた。
「嘘だな」
即座に反論したのはライドウの方だった。
「そう思った根拠は、何故かな? 黒衣の美男子殿」
「其処の女は余りにも実体的な存在感が希薄だ。肉を伴った存在ではない。魔力だけで編まれた者だろう」
「正解だ。大した目を持っている」
率直にそう言ったチトセの嘆息は本当だった。
ライドウの指摘の通り、サヤはそもそもがチトセのマスターでもなければ、本当の意味での人間ではない。
彼女なるはチトセというセイバーが保有する宝具だ。生前のサヤ・キリガクレ同様の性格と姿形、行動原理と本質を兼ね備えた、動く自律兵器である。
しかもサヤは、彼女自身が消滅しても、チトセと言う存在には何らの影響を与えない。要は通常の聖杯戦争みたいに、マスターが死ねばサーヴァントも死ぬ、と言う事がないのだ。無論、チトセが死ねば彼女の宝具であるところのサヤも、消滅は免れないが……。
「彼女は私の従者……ああいや、宝具とも言うべき存在でね。厳密に言えば、人間ではないよ」
「比翼連理の片割れが宝具になったようなものか」
ライドウの言葉に、一瞬であるがチトセは苦い顔を浮べてしまう。生前のしがらみや縁を、思い出してしまったからだ。
「で、本題に答えて貰おうかね、レディ。お宅のマスターは何処でアンタをオペレートしてんだ?」
「その質問にはこう答えるしかない。私は天涯孤独の一匹狼、マスター不在の身の上だ。とね」
チトセの言葉を聞いた瞬間、ダンテは不敵な笑みを一瞬、真顔のそれに転じさせる。
真意を、測りかねているのが見て取れる。普通なら……つまり、聖杯戦争の常識に照らし合わせるのなら、チトセの発言は妄言虚言の類でしかない。
マスターに活動リソースのほぼ全てを依拠して貰っているサーヴァントにとって、マスターのバックアップがないと言う事は消滅を意味するのだ。
そう言う現状を理解しているのなら、通常、彼女の台詞等信じて貰える筈がないのだが……?
「どう見るね、少年」
「嘘ではない、と思う」
意外な事に、ライドウは、チトセの言葉を信じていた。無論、全てを全て、と言う訳ではなかろうが。
「お前がマスターなしで行動出来るのは、セイバー。貴様が受肉しているからだと言う事実に関係しているのだろう?」
「詳しい原理の諸々を、説明出来る訳ではないが……。私が普通のサーヴァントとはちょっと勝手が異なる身体であるらしい事は、理解している。恐らくお前の言った事が概ね正しいのではないか? 黒衣の」
自身の成り立ちについて、無責任極まる発言であるが、これが事実であるのだから仕方がない。
チトセは自分自身が、魔力によって形作られている所の、通常のサーヴァントとは全く異なる、確かな実体を持った受肉したサーヴァントであると言う自覚はある。
そしてそれが、自身がマスターという楔なしで活動出来る最も大きなファクターである事も、何となくではあるが理解している。
だが、それだけ。理論理屈だけは頭では理解しているものの、それが果たして正しいモノなのかがチトセには曖昧なのだ。何せ彼女には、正真正銘正式なサーヴァントとして使役された記憶なぞない訳だ。今回の受肉したサーヴァントの感覚こそが、彼女の初めてのそれなのだ。魔力のみによって形成されたサーヴァントだった時の感覚と、比較する事等出来ないし、そもそも彼らの悩みや思いなども、共有出来る筈もないのだ。
702
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:23:16 ID:TJVZO0ns0
「成程ね、レディ自身も良く解ってないわけか。ま、それはそれで構わない。それは良いんだが、もっと踏み込んだ質問をさせて貰うぜ」
ダンテの方を見据えるチトセとサヤ。意に介した様子もなく、ダンテは言った。
「アンタ、如何言う経緯で<新宿>に居るんだ?」
やはり聞かれる事だろうな、とチトセは思った。当然の事、彼女にして見れば予測された質問の一つである。
彼女自身、全くイレギュラーな方法論で此処<新宿>に召喚され、イレギュラーな法則によって成立している人物である事は、この身を以ってよく理解している所だ。
ならば必然、こんな疑問が湧いて出るだろう。この招かれざる客は、如何なる理由によって、この地に呼び寄せられたのか? と言う疑問だ。
欺く必要性もない、だからチトセは隠す事もなく、自らの身の上を詳らかにした。
メフィスト病院によって、ドリー・カドモンなる神秘のアイテムを依代にする事で顕現した特殊なサーヴァントである事。
そして、この身を<新宿>に召喚せしめた人物が、メフィストと言う名の白衣白皙の美魔人と、ブラックスーツを纏った金髪の美青年であった事。
その事情を説明し終えた時には、ライドウもダンテも、押し黙ったままだった。嘘だ、と一蹴するには、妙なリアリティがある。
それに二人の目は節穴じゃない。悪魔との交渉で鍛えた眼力と、生涯通して悪魔との死闘に身を捧げた事によって得られた直感が。チトセの発言を嘘じゃないと認識しているのだ。
「ドリー・カドモン、ね……」
チトセが説明した事項の中で、特に気になった単語の名を、ダンテは口にした。
「一神教の逸話に曰く、神が物質世界に顕現するのに相応しい、土で出来た至高の人形(ヒトガタ)の事を、アダム・カドモンと呼ぶ。それに関係するのか?」
ライドウの言葉に、肩を竦めるチトセ。
「関係するのか? と聞かれても困るのが私としての正直な感想だな。神とも悪魔とも無縁の世界からやって来たのでね。神秘学には疎いのだよ」
「羨ましい世界だね、宗教対立とは無縁のさぞや平和なんだろうさ」
「そうでもないさ」
神や悪魔が観測されてない世界ではあったが、宗教そのものはしっかりと、チトセのいた世界では極東黄金教と言う形で息づいてた。
尤も、アレはアレでロクな物でもなかったが……それは今、チトセの語るべき所ではないのであった。
「セイバー。お前以外に、ドリー・カドモンに固着されたサーヴァントはいるのか?」
ライドウの質問。
「間違いなくいる。それが何体居るのかは私としては知る由もないがな。だが間違いなく、私だけじゃないのは確かだ」
「いやに断言するな、レディ。根拠でもあるのかい」
「そうと思しき者と直近で争ったばかりでね。その者が私と同じ証拠を示せと言われれば出来ないが……戦っていて、『これは間違いない』、そう思ったんだ」
チトセが言っているのは、新国立競技場で戦った黒のアーチャー、魔王パムの事だった。
あの場所で目の当たりにした様々なサーヴァント達。彼らから感じた情報を統合するに、パムだけが、やけに異質だった。
存在感が非常に明瞭でクッキリしていたと言うのだろうか。他のサーヴァント達は皆不明瞭と言うか、ぼんやりとしたものが何処か感じられるのに対し、パムについてはそれがない。確かにこの時代に生きる、一個の人間の風に思えたのだ。
「<新宿>での今後を考えるに、考慮すべき材料だろうな。受肉したサーヴァント連中も……メフィスト病院も」
703
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:23:29 ID:TJVZO0ns0
元より、メフィスト病院はライドウ達にとって、最も警戒するべき施設の一つであった。
あからさまに怪しいからである。その名の胡散臭さもそうだが、真に恐るべきは施設そのもの。
聖杯戦争本開催前のインターバル期間、ライドウ達は当然の如く、メフィスト病院を視察に赴いた事がある。
加えて、ロビーと其処に隣接する患者以外でも立ち入り出来る区域だけとは言え、内部に足を踏み入れた事も。
あの白亜の大宮殿を見た感想としては、魔界そのもの、であった。見掛けは二十一世紀、当世の現代的な機能の数々を兼ね備えた病院そのもの。
であるのにも関わらず、内部のテクノロジーのほぼすべてが、当世の技術水準のそれを二〜三世紀先を軽々に上回るそれ。
それだけならまだしも、一階のロビー部分だけで、ライドウですらが舌を巻くレベルで大掛かりな魔術の仕掛けが、
ライドウが注意深く観察しなければ認識も出来ない程巧妙に隠されていたのだ。
葛葉の里ですら、メフィスト病院の内部に比べれば、行楽地にあるような忍者屋敷見たいな子供騙しの代物にしか見えない程だった。
あんな場所に無策で足を踏み込もうものなら、それこそ、ライドウ達の主従ですら、生きては帰れないだろう。
何れは攻略する施設。そうとライドウらが認識していながら、攻略を後回しにせざるを得ないなど、恐るべしメフィスト病院。これを魔界と呼ばずして何と呼ぶ。
――そして今ライドウ達は、このメフィスト病院と言う名の施設と、其処の主たるサーヴァントとそれを操るマスターに対する警戒値を、極限の閾にまで引き上げさせていた。
――ブラックスーツに金髪の男、か……――
勿論メフィストなる存在や、彼が生み出したとされる不特定多数の受肉したサーヴァントも、警戒するべき存在達である。
だが、真に警戒するべき存在は、他に居る。それこそが、今ライドウが思案している人物。チトセが語っていた、メフィストのマスターであると思しき男。
アバドン王事件に際して、水面下で暗躍していた男の特徴と、事件以降方々の悪魔から得られた証言の数々から得た情報と、符合する。
その男こそ、今ライドウとダンテが、今回の聖杯戦争に際して聖杯以上に追い求めている存在である可能性が高い。
だが、追い求める、と言う事の方向性が違った。男達は、メフィストのマスターを、抹殺・排除対象として見ていた。
『大魔王・ルシファー』……。もしも、メフィスト病院と彼の大魔王が繋がっていたのであれば、これ程厄介な物はない。
ルシファーの計画は大胆かつ綿密、大掛かりな上に要点をしくじった際の保険の数も多い。
そしてそれで居て、計画の立案者であるルシファーは、プランの要点に全く絡まない。故に、計画の全貌が掴み難い。
しかし、そう言う計画の常として、掛かる時間とコストは恐ろしく膨大だ。幾らルシファーとは言え、空手の状態で<新宿>にやって来て、
全くの無の状態から大掛かりな悪巧みを誰にも悟られず練り上げられるのか、と言われれば疑問符が浮かび上がる。恐らくは困難を極めよう。
だが、その困難も、メフィストと彼が操るテクノロジーにかかれば、一切合財帳消しとなる。現に、後付で聖杯戦争に新たなサーヴァントを召喚すると言う反則的な手法を、いとも容易く実行出来てしまっているではないか。ルシファーが有する悪魔の頭脳と、メフィストが有する脅威のテクノロジー。ライドウにとって、合わさってこれ程悪夢的な組み合わせもなかった。
「オーケー。一つ目の質問については、概ね納得の行く答えが得られた。これについてはもういい。……んで、だ。俺としてはこっちの方が聞きたいんだよな」
「む……?」
怪訝そうに眉を上げるチトセに対し、ダンテは、声を低くにこう言った
「クリストファー・ヴァルゼライドについて教えて欲しい」
704
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:24:00 ID:TJVZO0ns0
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ヴァルゼライド総統閣下について……?」
サヤが思わず、そう零した。
ヴァルゼライド。その名は、星辰体が地上の法則を侵食、支配した後の新西暦のアドラー帝国民にとっては、畏怖を以って語られる名であった。
チトセとサヤが没する頃には、ヴァルゼライドと言うキャラクターは、神話の世界の住民と同じだけの神韻と光輝を放つ固有名詞だった。
彼が生前行ってきた武勇伝に尾鰭や脚色が付いたエピソードが無数に生み出され、最終的には英雄のようだと言う同じ意味の、
『ヴァルゼライドのようだ』と言う形容詞が新しい言葉として文壇の世界でも使われ始めた程には、彼の名前はあの世界にとって凄まじい意味を持っていた。
神話の世界に名実共に足を踏み入れてしまったあの男はそれこそ、彼の反目に回り、敵対する道を選んだチトセ・朧・アマツを上司とするサヤレベルであっても。
今彼と敵対していると言う事実を忘れさせてしまう。無意識の内に『総統閣下』と呼んでしまう位には、その症状は深刻だった。
「かのバーサーカーは現状俺達が最優先で抹殺するべき対象だ」
ライドウの言葉に、チトセとサヤは反応する。サヤは驚いたような顔をしていたが、チトセの表情は、疑いの色が強かった。
「勝てるのか?」
チトセの言葉は、嘲りの意味合いは一切なかった。
純粋な興味だった。ヴァルゼライドの強さは、チトセと言う女性は良く知っていた。
英雄、閃剣、光刃、煌刀、雷神、獅子の如き者、勝利を齎す者。アドラー帝国の住民及び同盟国から呼ばれた肯定的な字の数は、優に数百は超える。
魔王、凶剣、羅刹、狂人、破壊者、戦場の餓狼、魂の賊、混沌を齎す者。一方で、敵対者から呼ばれて来た悪罵や忌み名の数も、容易く千に届く。
呼ばれた異名の数は、そのままヴァルゼライドの強さだった。取るに足らぬ者は、此処までの羨望と憎悪を掻き集められない。
英雄として齎した功績が大きすぎるから。時の寵児或いは風雲児として集めた憎悪が凄まじすぎるから。そして何よりも、強過ぎるから。
打ち立てた諸々の事実は歴史となり、時を経た歴史が、伝説へと昇華されるのだ。そのヴァルゼライドを、殺す。ライドウはそうのたまった。
彼と同じ時代を駆け抜けた者の一人として、チトセは、本当に気になったのだ。それが出来るのか如何かがだ。
「惜しいところまで追い詰めたんだが、引っ繰り返されてね。たいした腕白坊主だったよ」
軽い調子でそう言うダンテだったが、歯噛みするような思いが言葉からは感じ取れる。大物を仕留め損なった狩人さながらの態度だ。
そして、その言葉の内容は嘘ではなかろう。現にチトセが、新国立競技場でヴァルゼライドを目の当たりにした時には、既に彼の身体は死に体であった。
全身血塗れであるのは言うに及ばない。勿論その血はヴァルゼライド当人の物であるのは間違いなかった。
生きているのが不思議な程に傷だらけで、遠めで見ても有り得ない程傷ついていたのが良く解る程。そして極め付けに、その傷から露出した内臓が見えた位である。
身体のどこかを小突けば死ぬであろう程消耗していた、クリストファー・ヴァルゼライド。その仕掛け人がダンテであったとしても、チトセは驚かない。この男なら、倒しても不思議ではなかったからだ。
「交戦したセイバーが一番、奴の強さを理解しているのは間違いないだろうし、俺自身、彼のバーサーカーが如何言う戦い方をするのかを見たから解るつもりだ」
ライドウは言葉を其処で切った後、射抜かんばかりの真っ直ぐな目線を、チトセに投げかけてから、口を開いた。
「だが、所詮は見ただけに過ぎん。本物の知識とは呼べない。だからこそ、お前に聞きたい。セイバー。奴について詳しく教えろ」
705
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:24:20 ID:TJVZO0ns0
チトセとしては、しらばっくれると言う態度を取る事も出来たのだが、得策ではないのでやめた。
簡単な話だ。ライドウ達は新国立競技場のフィールド部分で、チトセとヴァルゼライドが旧知の間柄を匂わすような会話を交わしている場面を、目にしている。
こんなものを見れば、誰だとて思うであろう。チトセとヴァルゼライドは、生前は同じ世界同じ時代を生きた人間であったのだと。そしてそれは、疑いようもない事実なのだった。
「教えるのは構わないが……何を知りたい?」
「馬鹿みてぇな威力のビームを発射する事と、ファイティングスピリッツとガッツに溢れた馬鹿だってのは理解してる。だが、それだけじゃないだろう」
「と、言うと?」
「どんなマジックにもカラクリがあるって事だ」
マジック……と言うと、星辰光(アステリズム)の事だろうかとチトセは判断する。
事情を知らない人間が、星辰奏者が能力を発動する様を見れば、成程確かに、マジックかトリックの類だと疑ってしまうであろう。
だが何かを説明しようにも、ヴァルゼライドの能力は、誰ならんダンテが言った通り。超高威力のビームを超高出力、超高速度で放つだけなのだ。
当たれば必殺、掠れば致命傷。ビームそのものも特徴も、これ以上説明のしようがない程シンプル。正直、此処から先更に踏み込んで説明しようにも、チトセには、説明出来る自信がなかった。
「何度斬っても、何度撃っても。あのバーサーカーは死ぬ事は勿論、倒れる事すらなかった。寧ろ、こっちが追い立てれば追い立てる程、その強さと脅威が増してる風に見えた」
ダンテは、語り続ける。
「手負いの獣は凶暴だ、って言うのは解るが、アレはそう言う次元を超えてる。内臓をこの手でぶっ壊しても、動いてたぐらいだからな」
ジッと、チトセの目を見据えながら、ダンテはこう言った。
「あんな戦闘続行能力、ファイティングスピリッツだとか気合と根性だとかじゃ、とてもじゃないが説明出来ねぇ。気持ちだけじゃ超えられない位のダメージを負わせてたんだからな。だから俺は、あのヴァルゼライドって言うバーサーカーは、驚異的なタフネスを保障する何かしらの肉体的特質か、宝具を持ってるんじゃないかと推察してる。それを、教えてくれや」
ヴァルゼライドと言うサーヴァントの素性も過去も知らぬダンテからすれば、そう思うのは当たり前の話だった。
超常と異常の見本市のようなサーヴァント達ではあるが、その強さと異常性には、明白に理由と言うものがある。
龍の血を浴びただとか飲んだだとか、半神だったり半魔だったりだとか、神から授かった武器や防具を持っているだとか、何でも良い。
人間を逸脱した強さには、何らかの理由が伴ってなければ説明がつかないのだ。これについては、ライドウもダンテも同じ意見である。
ライドウが今の強さを得れたのは、筆舌に尽くし難い鍛錬と実戦経験を積んだと言う過去があるからだ。
ダンテが悪魔狩人として名を馳せたのは、魔剣士スパーダと言う最上位の格(グレード)の悪魔を父に持ち、その上で実戦経験を重ねて行ったと言う過去があるからだ。
強さだけならば、成程ただの訓練の積み重ねで得られるものではあるだろう。だが、身体的な特質は鍛えるだけでは得られない。
ダンテは、ヴァルゼライドが見せたおぞましいまでの戦闘続行を、後天的に得たか付与されたかの特異性。
或いは、親に相当する何かから遺伝された形質だと判断していた。そうでなければ、説明が付かない。まさかあんなタフネスが、何の理由もなく付いてくる筈がないと、考えていたのだ。それは、確かに正しい推理だろう。……ヴァルゼライド以外であったなら。
――……そんな宝具ありましたっけ? お姉様……?――
――……知らんぞそんなの――
チトセとサヤは、果てしなく困っていた。如何説明すれば良いのか。そして、説明したとて納得してくれるのか? その筋道が、全く立てられない。
ダンテの見立て通り、チトセとサヤは、ヴァルゼライドの事を一から十まで全部説明出来る。
生い立ちから使用する星辰光、行動理念から何まで。全て具に教える事が可能だ。だからこそ、本当にダンテは受けいれてくれるのかが不安だった。
『ヴァルゼライドの戦闘続行能力は別に体に再生能力が備わっているとかそんなのではなく、自前の気合と根性の賜物だ』、など。頭で理解してくれるのだろうか?
ヴァルゼライドの死後、彼が辿った足跡と、携わっていた諸々の研究計画を、チトセは徹底的に洗った。
彼が聖戦と呼んでいたと言う、実践しようとした計画の内容は到底許容出来る物ではない。
しかし、聖戦を成そうとしていた過程で考案された諸々の技術そのものについては、罪はない。
ヴァルゼライド主導下で生まれたテクノロジーや成果物をサルベージし、今度はアドラー帝国の平和の為に利用しようとチトセは考えたのだ。
706
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:24:34 ID:TJVZO0ns0
が、ヴァルゼライドと言う男は、後々に自分の計画について尻尾を掴ませない為に、日記やメモ書きの類を一切残さなかった。
それこそ、彼が傍に置き、絶大な信頼を置いていた副官の彼女にすら、その仔細を一切教えていなかった程である。
計画の為に成すべき事、計画達成の為に必要な研究の過程や成果の、あれやこれ。ペーパーに換算すれば何万枚など優に下らぬ密度の内容を、
ヴァルゼライドは全て頭の中に記憶していたのだ。全ては、彼が本当に成したかった事を隠し通す為に。
結果、チトセ達はヴァルゼライド当人の方面から、その足跡をあらう事は不可能だった。余りにも彼自身が残した物的な遺産が少なすぎたからである。
尤も、追跡不可能だったのはヴァルゼライドの方面からだけだ。
帝国の頭脳部であり、ヴァルゼライドの計画の要であった、星辰奏者及び星辰光、そして様々な新兵器の研究と開発機関。
つまり、アドラー帝国の軍人や官僚が言う所の、叡智宝瓶(アクエリアス)の方面を徹底的にチトセは絞り上げた。
ヴァルゼライドに対しどの様な強化措置を施したのか、だとか、あの男が指示した内容は何だだとか。
兎に角、チトセが疑問に思った事、ヴァルゼライドが携わった事。全て、根掘り葉掘りに詰問した。
だから、解る。クリストファー・ヴァルゼライドの能力は、一般的な星辰奏者の枠内に納まる程度の力である、と。
確かに彼は、死のリスクが極端に高い、星辰奏者への改造手術を複数回にも渡って行い、自己の能力を極限まで高めていた。
だがそれにしたって、強化されるのはあくまで行使する星辰光(アステリズム)だけであって、新しい身体的な特徴が付与される訳ではないのだ。
ヴァルゼライドを英雄たらしめていたのは、星辰光ではない。況して、埒外の再生能力だとかそう言う類のものでもない。
程度の大小こそあれ、ヒトならば誰もが有しているであろう、気合と根性。それこそが、星辰光以上の彼の武器なのである。
「……気合と根性の可能性とやらを、お前達は何処まで信じる?」
「決め手の一つにはなるだろう」
ライドウは即答した。戦いはメンタル面が兎角重要となる。だから、泥臭い精神論は、全く馬鹿に出来ない。それどころか、ライドウの言うようにチェックメイトを決める最後の一手にすらなり得る。
「だが、物理法則を無視する程の物ではない。それこそ、臓腑の全てを破壊されれば、どんな気合も――」
「その気合と根性で、総統閣下は動いているのだぞ?」
不機嫌そうに、ライドウの顔が歪んだ。言葉尻を奪われたからと言うよりも、チトセが嘘を吐いた……と思っているが故の表情だろう。
「お前達は到底認めないし信じもしないだろう。だが安心しろ。奴と同じ国家に生を受け、同じ国家とその国民に共に忠義を誓った私でも、馬鹿らしくて信じられん」
「――だが」
「それでもやはり、事実なのだ。お前達が望んでいるような答えはない。ヴァルゼライドのタフネスは、正真正銘自前の気合と根性のみに拠るもの。それだけだ」
ダンテもまた、鋭い目つきでチトセとサヤを交互に睨めつけていた。
優れた戦士の眼力には、独特の、磁力とも魔力とも言える圧力が内在される事をチトセは知っている。
目の前の気障な紅コートの青年もまた、その圧力を、極限に近いレベルで保有する男だった。この目で睨まれれば、悪魔ですら震え上がるであろう。
「……困ったな。如何するよ少年。このレディ、嘘吐いてる風に見えないんだが」
ややあって、溜息を吐いてからダンテはそう言った。眉間を指で押さえながらの、呆れたような態度であった。
「奇遇だな。俺も、真実を語っている風に見える」
ライドウの場合は仲魔を用いた読心術がある為、その者が嘘を吐いているのか否かがすぐ解る。
だが、ライドウのような稼業に従事している者は往々にして、仲魔の読心術が使えないケースに遭遇する事がある。
それは、読心術そのものを封印されている事もあるし、心を閉ざしたり無意識を維持したりと言う風な方法で無効化する事もある。
そう言った時には、ライドウは自分の目と経験で、人間を判断せねばならないのだ。そしてライドウは、多くの悪魔と接したり騙されて行く内、目も経験も洗練されていった。故に解る、チトセは、嘘を吐いていない。いや、吐いている風には見えないと言うべきか。
707
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:25:27 ID:TJVZO0ns0
「お姉様が虚言を吐くような御方に、一瞬でも見えたとでも?」
「可能な限り嘘であって欲しかった……と言いたいが、まぁ、もしかしたら本当はそうなんじゃないかとは思ってたよ。あの馬鹿のタフネスについてはな」
「ヤケに総統……ヴァルゼライドに御執心じゃないか」
湧いて出た疑問を、率直にチトセは口にする。
「アレは私達も追っている獲物でね。理由は……まぁ、お前達からすれば下らない私怨だよ」
「けど、レディ達にすりゃ殺すに足る意味があるんだろ?」
苦笑いをチトセは浮べる。
「私怨の怖さは稼業柄よく知ってるよ。痴情のもつれ、金やビジネスチャンスの横取り、縄張り争い。そんなこんなの恨みつらみで、殺しを依頼される事もあってね」
「引き受けたのか?」
「当店はコンプライアンスを遵守し誠実な運営をモットーとしてるんだ。週休六日の、何処に出しても恥かしくないホワイトとクリーンさがウリだ、断ってるよ」
ライドウの言葉にダンテは流暢にそう返したが、逆の意味でライドウの呆れと軽蔑を買っていた。目線が冷たい。
週休どころか年休十日もないレベルで働き詰めだった事があるチトセとしては、想像も出来ない程怠惰な世界であった。
「前世からの縁。綺麗な言葉で着飾るのなら、私がヴァルゼライドを追うのはそう言う事だ。お前達は何だ。令呪か? それとも、やはり恨みか?」
ヴァルゼライドがこの<新宿>で、ルーラーから睨まれた結果、令呪。
つまりサーヴァントの活動リソースであるところの魔力の塊を報酬に設定されたお尋ね者になった事は知っている。
嘗て、登り詰めるところまで登り詰め、誰しもが認める絶頂期のまま壮絶な最期を遂げた男。生前英雄と呼ばれ、死後神とすら扱われた男。それがヴァルゼライドだ。
そんな男がこの世界では、指名手配されたお尋ね者、しかも生死問わず(デッドオアアライブ)と言うレベルなのに、払われる報酬がケチなリソース一つと来ている。
笑ってしまうような転落劇だが、同時に、欲に目が眩み思考が利得に蝕まれた程度の主従に、アレが遅れを取るとは思えない。悉くを返り討ちにするだろう。
だが、目の前の男達ならば或いは? ともチトセは思うのだ。思うのだが……この主従は令呪だとか私怨だとかと言う確執とは、一線を画した所に立っていて、その観点からヴァルゼライドを殺そうとしている風に見えるのだ。
「義務だ」
チトセの疑問にライドウは即答した。ライドウの語り口は解りやすい。簡潔明瞭で、長々とした会話を好まない。そう言うクチだった。
「指名手配されたから狙うのではない。こんなもの、ルーラー側の匙一つで、それこそ俺だってされかねない。討伐令を敷かれたからと言って、全てが悪とは限らん。が――このバーサーカー達だけは明確に邪魔だ」
目線を一瞬、<新宿>の街に向けるライドウ。
高度な建築技術が齎す高層ビルディングの数々。東アジア随一の名に偽りなしの人々の活気。
都会である。建築物の数でも、店の数でも、行き交いする人間の数でも、交通の便でも、流通する金の量でも。この街は、都会の要件を最高に近いレベルで満たしている。
ライドウやチトセの時代からは、信じられない程大都会であった。この光景を見ても何の感慨も湧かないのは、生まれた時代が近しかったダンテだけである。
ライドウにとってこの世界は、彼が生きていた大正十五年から順調に文明のレベルを上げて行き、その末に到達した未来だった。
そしてチトセにとってこの世界は、写真や文献の中でしか存在を確認する事が出来なかった、亡国アマツの在りし日の光景だった。本の中で綴られていた世界は嘘ではなかったと。<新宿>の街を歩く度に、彼女は何度も思ったのだ。
「帝都を守護する事は俺の任務だ。故にこそ、己の勝利と目的の為に、無秩序で、非生産的な破壊を、邁進の過程で生み出す奴らを生かしてはおけない」
「それが、ヴァルゼライドを殺す理由か?」
「不足に思うか?」
「まさか。十分過ぎる程だ。寧ろ、お前の気持ちは良く解っている側だと言う自信すらある」
ライドウらが今居る場所から眺める<新宿>の風景は、見事なまでの都会の絵図だった。
このありきたりな、メトロポリスの姿はしかして、誰が見ても異常としか言いようのない姿を見せつけていた。荒廃である。これは、数百m規模の高層建築の屋上から見たら特に顕著だった。
708
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:25:46 ID:TJVZO0ns0
まるで其処だけ、原子爆弾でも炸裂させられ産み出された爆心地のようなところになっている場所がある。
それが元は家だったと判別など出来ようもない、見るも無惨な瓦礫の堆積が広がるその様子は、家主からすれば地獄か悪夢としか映らないであろう。
アスファルトで補強された道路が、滅茶苦茶になっている所がある。どんな力をどんな方向から、そしてどのような形で以って訴えかけたのか?
トラックの運転にすら耐え得るアスファルトは粉々で、ライドウ達であっても、如何なる手段で破壊したのかの想像を不可能にさせている。
他にも、目に付く目に付く。破壊の痕跡、崩れた建物。
その全てが全て、ヴァルゼライドの手によるものだとはチトセも思っていない。しかし、これらの破壊の内何割かは、彼が関与してると言う事は理解している。
と言うより、彼の宝具が多くの建造物を破壊し、人の命を奪って行ったのを、此処<新宿>でチトセは真実目の当たりにしている。
彼が精練潔癖であるとは欠片も思ってない。こんな破壊のザマを見せ付けられてしまえば、チトセはライドウに同意せざるを得ない。
仮にこんな大層な暴れ方を、母国アドラーでされようものなら、彼女とてライドウ同様、下手人を生かしてはおかなかっただろう。それは、力ある統治者の義務としての行動であたt。
――だが
「この世界は、お前の生きた場所ではなかろう。何故義務を押し通そうとする?」
知識としてではあるが、<新宿>における聖杯戦争、その参加者であるところのマスター達は皆、偶発的にこの地に呼び出された事は知っている。
呼び出されたと言うのは手紙やメールや電話などと言った連絡手段を介してから、ではない。
契約者の鍵なるものに触れた瞬間に、時間や空間の制約を越えてこの地に呼び出されると言う、強制的なやり方だったそうじゃないか。
その者にとってこの<新宿>が未来、過去の姿である者もいるだろう。現にチトセにとってこの<新宿>は、遥か古、それこそ御伽噺のレベルで昔の時間軸の姿なのだ。
ライドウにとって<新宿>……つまり東京が、未来のそれなのか過去のそれなのかはチトセも解らない。だが、強制的にこの地に招かれたのだろう事は想像に難くない。
ならば、義理を通す必要など、ないのではないか。義務やモラルは時として枷となる事はチトセも知っている。
ライドウならば、その桎梏から解き放たれれば、今以上に強くなれるのでは? ならばそうするべきだろうと、暗にチトセはそう言っていた。強制的に招かれて、殺し合いを強要されているのなら。思う所の一つや二つは、ある筈だろうに。
「例え此処が俺が守護すると決めた帝都でなかろうと、其処が、帝都の未来の形の一つである以上。あり得た姿の一つであるのなら、俺はその責務を全うする義務がある」
迷う素振りすら、ライドウは見せない。彼の言葉は鋼のような確かさを持っていた。
紋切り型の定型句にしか聞こえないような言葉はしかし、決して嘘偽りも、建前もない。本当の言葉である事が伝わってくる。
「違う世界なのだから、守護の責務も違うものだと解釈する。そんな選択肢は俺にはない。奴らがやりたいように破壊と死を振り撒くのなら、俺もやりたいように奴らに報いを与えるだけだ」
「真面目な男だなぁ、お前は」
降参、とでも言わんばかりに諸手を挙げるチトセ。
カマかけのつもりだったが、どだい、そんな物が通用しない手合いだと今ので良く解った。
これ以上は鉄の塊に木の釘を打ち込むようなものだろうと判断し、即刻これ以上の問答を諦めてしまった。
「マスターの方にも、ヴァルゼライドと戦う覚悟があるのかを問うては見たつもりだったが……無駄な質問だったな。これでは私が恥をかいただけだ」
「どのような意図があっての事かは知らないが、下らない事をしたな。俺達は機会があればあのバーサーカーを殺すぞ」
「獲物を先取りされたからと言って、逆恨みするような真似はせんよ」
その点については、チトセは本心を語っている。聖杯戦争は想像以上に、参戦しているサーヴァントのレベルが高い。
これならば誰かしらが、ヴァルゼライドの首を獲ってもおかしくない程の魔境だ。横取りされたからと言って、憤る事もない。……とは言え、新国立競技場でヴァルゼライドを魚雷で爆殺しようとした、あのアーチャーについては如何にも、許そうと言う気にはなれないのだが。
「おっと……オイ、少年。銃声を聞かれちまったからかね。人の気配がこっちまで上がってくるぜ」
709
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:26:17 ID:TJVZO0ns0
何かに気付いたような顔でダンテが言った。
考えてみれば、当たり前の話……と言うより、今までが遅過ぎた位である。ダンテの持つ拳銃は、サプレッサー(消音器)の類も全く装備されていない。
いやそれどころか、つけた所で意味など欠片もない程、馬鹿でかい銃声が響き渡る、文字通りのモンスターガンである。
そんなものを、特に何も防音措置を施してない、野外の真っ只中で発砲すれば必然、人が集まってくるのは当然の話だ。
銃声を聞いて上へと向かっているのは、恐らくはこのビルの持主である会社に雇われた、警備の者であろうか。
「構わん。どうせそのセイバーが来た時点で、河岸は変えるつもりだった。良い頃合だろう」
ほう、とチトセは考える。 ダンテもチトセも、空を飛ぶと言う手段を有してはいない。
やろうと思えば出来ると言うだけで、鳥類のように生物学的に飛べて当然の特徴を持っている訳でもなく、簡単に飛べるメソッドを確立させている訳でもない。
魔力と言うリソースを潤沢に使って、空を飛ぶ真似事をしているだけなのだ。実際にこれは普通に目的地に歩いたり走って移動するよりも、
余程非効率的で、魔力の燃費も悪く、最悪次の敵と戦う頃にはガス欠だって引き起こしかねない、無駄なやり方なのである。
チトセとサヤから見て、高城が生み出した黒泥から逃れる為に用いたダンテ達のやり方は、その無駄な物に該当すると見ていた。
あんなもの、何度も連発して行う物ではなかろう。ライドウも、そう思ってるに相違ない。ならばどうやって、此処から脱出するのか。これが見物だった。まさか飛び降りる事はあるまい。この周辺は<新宿>の中でも人通りは多い。そんな事をすれば、悪目立ちするだけだ。
「……あそこだな」
「了解」
と言ってライドウは、此処から概算百と三〇m程の距離を離した所にある、高層ビルに目を留める。
高層と言っても、今ライドウ達が佇んでいるビルよりは高さは低い。世間一般的に見て、高層のカテゴリに分類される程度の高さ、と言うだけだ。
……今、自分達がいる所よりも、『低い』ビル。それを事実とした認識した瞬間、チトセはハッとした。
「……正気か?」
「ヘイ、ネオナチ・レディ。お前さん、あのイカレバーサーカーを自分達だって殺すんだ。そう言ったけど、秘策はあるのか?」
チトセが思い描いている事を実行に移す前に、ダンテがそんな事を聞いてきた。これはダンテのみならず、ライドウとて気になっている所だった。
これまでの話を統合すると、ヴァルゼライドと言う戦士の最大の骨子は、『シンプルに強い』と言う点に集約されると二名は判断した。
超々高威力のレーザーを放ち、そのレーザーの持つ熱量をそのまま刀に纏わせる白兵戦。そして、多少の傷など物ともしない気合と根性。
それだけで、喰らい付いてくるサーヴァントだ。泥臭いが、それが同時に危険でもある。凝った能力は脆い所がある。
凝っている、複雑な能力。そう言うものはそれだけ、能力を発動するのに必要な工程が多いと言う事を意味し、そのプロセスの何処かを挫けば失敗に終わる事が多い。
ヴァルゼライドにはそれがない。余りにも戦闘スタイルがシンプルで、無駄がないからだ。シンプルとは単調であると同時に、完成もされているのだ。
その通り、ヴァルゼライドの戦い方は完成されていた。その単調単純な能力すらも、彼の戦いにとっては弱点足り得ないどころか、重要なパーツとして構築されている。
防御など意味を持たないレベルで極限威力の攻撃を持った男が、不死身のタフネスで戦闘を続け、隙を見せたら必殺の一撃が叩き込まれる。
その単純で、それ故に攻略が困難を極める戦い方を相手にするのが至難の業である事は、ダンテをして殺しきれなかったと言う事実を鑑みても明らかだ。
その、これ以上となくシンプルで、であるが故に究極の強さを持つヴァルゼライドを、チトセは狙っていると言う。
生前からの縁とか、因縁があるだとか。そんなものは如何でも良い。殺すのならば、どうやって? が重要になる。
当然全盛期のヴァルゼライドを知っているのなら、その強さだって無論周知している筈だ。
となれば、自分達に語っていないだけで、必勝の秘策があるのだろう。ライドウもダンテもそう考えたのだ。無策で挑む程、目の前の女傑は馬鹿じゃない。口にこそしていないが、これはライドウもダンテもチトセに対して抱いている共通の見解だった。
「……気合と、根性かな」
不敵な笑みを浮べてそう言ったチトセに対し、ダンテは肩を竦めた。ライドウの方は、もうチトセの方を見向きもしていなかった。
ライドウは屋上の縁の部分に立て付けられた、転落防止のネットフェンスに向かって、抜刀。
チトセですら視認が難しい程の速度で抜き放れた佩刀は、フェンスの一部を切断。切り離されたフェンスの網目部分を掴み、それを内側に引き倒させた。
710
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:27:04 ID:TJVZO0ns0
「そのセリフがブラフな事を祈るぜ。誰だって気合と根性で動き続けられるんだったら、この世界は終わりだからよ」
この言葉を最後に、ダンテもチトセから目線を外した。言い切る頃にはライドウは、先程切り離したフェンスから十m程離れた所にまで移動をしていた。
それまで、ライドウの周りを飛行していたモー・ショボーは、彼の背中におんぶの要領で抱きつき始め、それを契機に、ライドウが走った。時速、五十km。
十mの助走距離のうち、五mを切った段階で、彼は自らに可視化された緑色の魔力光……もとい、マグネタイトを纏わせ、その状態で、先程開けたフェンスとフェンスの間を抜けた。
空の世界に身を投げるかと思いきや、ライドウもダンテも屋上の縁の部分で膝を屈ませ――脚部のバネを一気に解放。
すると、まるでカタパルトから放たれた岩石めいた勢いで、跳躍が始まった。瞬きをする頃には、既に二名は豆粒の大きさだった。
本当にこんなやり方で、遥か先のビルの屋上まで向かって行くとは思わなかった。しかも魔力を無意味に燃やしている様子もない。彼らからすれば効率的なやり方だ。
「……つくづくデタラメな主従でしたね」
もう呆れて物も言えない様子らしく、サヤは、ライドウが切り離したフェンスと、彼らが去って行った方角を交互に見つめながらそう言った。
「お姉様。やはり総統を相手に策など……」
「凝ったものは用意出来ない。だから、先程あのセイバーに言った事は嘘ではない。最終的には根比べの様相を示すだろう」
この世界に於いて、生前のチトセの最も大きいアイデンティティの一つだった、アマツの血筋から来る強い権力、と言う長所は何の意味もない。
従って、金と権威に物を言わせた仕掛けは何も用意出来ない事を意味する。あり合せの物と、彼女の有する機転と要領の良さで、足りぬ物を補うしかない。
その補うと言う行為にしたって、ヴァルゼライドとの戦いでは、何らの意味も成さないだろう。
例え、もしこの世界でもチトセの権力が有効に働いていたとしても、その権力で用意した様々な罠や策謀を踏み越えて来るだろう。
そう言う小賢しい策略を全て乗り越えて来たから、生前のヴァルゼライドは英雄なのである。今更そんな物が通用するとは思えない。
能力にしたってそうだ。ヴァルゼライドの能力は帝国は勿論他国にも知れ渡っていたので、当然の事としてチトセもそれを知らない筈がない。
だが、チトセにしたって元は帝国内では上から数えた方が遥かに速い程に高い位置(グレード)にいた女だ。無論ヴァルゼライドもチトセの力は知っている。
自分の能力の本質も、それを基にした応用の数々も、全部理解していると見て間違いない。そしてその全てを、気合と根性で踏み越えて来るのだ。
「全く、弩級の阿呆を敵に回したものだよ」
苦笑いを浮かべ、くつくつと笑い始めるチトセ。
「……たとえお姉様が、総統との戦いを避ける。そう仰っても、私は従う所存に御座います」
「綺麗な言葉を使うのだな。逃げる、ではなく『避ける』とは」
押し黙るサヤ。
「そう言う、賢いやり方が出来る程頭が良くないのだよ。残念な事にな」
711
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:27:20 ID:TJVZO0ns0
普通――。
二度目の生を偶然とは言え授かって。しかも、生前に振るっていた能力も、やや格落ちしているとは言え問題なく行使出来る。
そうと決まれば、普通人はどう生きる? 慎ましやかに生きるのもアリだろう。道徳に反しているが、その能力を振るって魔王の如く君臨するのも、理解は出来る。
チトセはそれをしなかった。ヴァルゼライドが、此処にいたからだ。いたとて、無視すると言う選択肢もあっただろう。
知らぬ存ぜぬを貫いて、市井に生きる、チトセ・朧・アマツとして振舞う事だって、容易だった筈。それを、彼女は蹴った。
惰弱ながらもしかし、確かにまともでささやかに生きる術を自らかなぐり捨ててまで。この女は、血に塗れた茨で舗装された、地獄への道を駆け抜けようとしているのだ。
「ク、クク、ククククク……」
眼帯を押さえ、不気味に笑う、憧れの人を、サヤは困惑気味に見つめていた。
「なぁ、サヤ……。今更ながらに気付いたのだが……」
ほぅ、と一息吐いてから、チトセは、広がる青空を見上げ、こう言った。
「馬鹿も、厄介な風邪と同じで、うつりやすいものであるらしい」
全く、つくづく総統閣下は罪な奴だと思いながら。
チトセは己の能力を部分的に解放、大気を操り、光の屈折を操り、ステルス迷彩を自らとサヤに発動させ、透明化。
その一秒後で、屋上へと繋がるペントハウスが勢い良く開け放たれ、さすまたや警棒を持った警備員達が現れた。
誰もいない事を訝しむ彼らを眺めながら、チトセ達は、透明化を維持したまま、ライドウ達が此処を去る為に斬り離したフェンス、その先から飛び降りた。
去り際に聞いたのは、フェンスが切り取られている事に気づいた警備員達の、慌てた声と、駆け寄る音であった。
【市ヶ谷、河田町方面(大日本印刷本社ビル)/1日目 午後3:30】
【葛葉ライドウ@デビルサマナー葛葉ライドウシリーズ】
[状態]健康、魔力消費(小)、廃都物語(影響度:小)、アズミとツチグモに肉体的ダメージ(大→中)
[令呪]残り三画
[契約者の鍵]有
[装備]黒いマント、学生服、学帽
[道具]赤口葛葉、コルト・ライトニング
[所持金]学生相応のそれ
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の主催者の思惑を叩き潰す
1.帝都の平和を守る
2.危険なサーヴァントは葬り去り、話しの解る相手と同盟を組む
3.正午までに、討伐令が出ている組の誰を狙うか決める(現在困難な状態)
4.バーサーカーの主従(ロベルタ&高槻涼)を排除する
5.バーサーカー(ヴァルゼライド)の主従も最優先で排除
[備考]
・遠坂凛が、聖杯戦争は愚か魔術の知識にも全く疎い上、バーサーカーを制御出来ないマスターであり、性格面はそれ程邪悪ではないのではと認識しています
・セリュー・ユビキタスは、裏社会でヤクザを殺して回っている下手人ではないかと疑っています
・上記の二組の主従は、優先的に処理したいと思っています
・ある聖杯戦争の参加者の女(ジェナ・エンジェル)の手によるチューナー(ラクシャーサ)と交戦、<新宿>にそう言った存在がいると認識しました
・チューナーから聞いた、組を壊滅させ武器を奪った女(ロベルタ&高槻涼)が、セリュー・ユビキタスではないかと考えています
・ジェナ・エンジェルがキャスターのクラスである可能性は、相当に高いと考えています
・バーサーカー(黒贄礼太郎)の真名を把握しました
・セリュー・ユビキタスの主従の拠点の情報を塞から得ています
・セイバー(シャドームーン)の存在を認識しました。但し、マスターについては認識していません
・<新宿>の全ての中高生について、欠席者および体のどこかに痣があるのを確認された生徒の情報を十兵衛から得ています
・<新宿>二丁目の辺りで、サーヴァント達が交戦していた事を把握しました
・バーサーカーの主従(ロベルタ&高槻涼)が逃げ込んだ拠点の位置を把握しています
・佐藤十兵衛の主従、葛葉ライドウの主従と遭遇。共闘体制をとりました
・ルシファーの存在を認識。また、彼が配下に高位の悪魔を人間に扮させ活動させている事を理解しました
・新国立競技場で新たに、バージル、セイバー(チトセ・朧・アマツ)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました。真名を把握しているのはバージルだけです
・アサシン(レイン・ポゥ)の本性を、モコイの読心術で知りました
・ランサー(高城絶斗)の正体に勘付きました
・現在<新宿>上空を、使役する悪魔モー・ショボーの神風で飛行中です。着地地点は次の書き手様にお任せします
・キャスター(タイタス1世)の産み出した魔将ク・ルームとの交戦及び、黒贄礼太郎に扮したタイタス10世をテレビ越しに目視した影響で、廃都物語の影響を受けました
712
:
修羅の道行
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:27:32 ID:TJVZO0ns0
【セイバー(ダンテ)@デビルメイクライシリーズ】
[状態]肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中)、放射能残留による肉体の内部破壊(回復進度:小)、全身に放射能による激痛
[装備]赤コート
[道具]リベリオン、エボニー&アイボリー
[所持金]マスターに依存
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯の破壊
1.基本はライドウに合わせている
2.人を悪魔に変身させる参加者を斃す
3.バージルとタカジョーを強く意識
[備考]
・人を悪魔に変身させるキャスター(ジェナ・エンジェル)に対して強い怒りを抱いています
・バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライド)の異常な耐久力を認識しました
・宝具『天霆の轟く地平に、闇はなく』が掠めた事で、体内で放射能による細胞破壊が進行しています。悪魔としての再生能力で治癒可能ですが、通常の傷よりも大幅に時間がかかります
※現在主従共に移動中です。移動場所は後続の書き手様にお任せします
【セイバー(チトセ・朧・アマツ)@シルヴァリオ ヴェンデッタ】
[状態]肉体的ダメージ(中)、魔力消費(中の大)、実体化
[装備]黒い軍服
[道具]蛇腹剣
[所持金]一応メフィストから不足がない程度の金額(1000万程度)を貰った
[思考・状況]
基本行動方針:バーサーカー(クリストファー・ヴァルゼライドとの戦闘と勝利)
1.余り<新宿>には迷惑を掛けたくない
2.聖杯を手に入れるかどうかは、思考中
[備考]
・現在<新宿>の何処かに移動中。場所は後続の書き手様にお任せします
・新国立競技場で新たに、セイバー(ダンテ)、アーチャー(バージル)、アーチャー(八意永琳)、アーチャー(那珂)、アーチャー(パム)、ランサー(高城絶斗)、ライダー(大杉栄光)、アサシン(レイン・ポゥ)の存在を認知しました
・アーチャー(八意永琳)とそのマスターには、比較的好意的な考えを持っております
・サヤ「あのアーチャー様は、お姉様には本当に僅差には劣りますが、美しい方でしたね……性格も宜しいですし」
・サヤ「泥投げて来たあのクソガキ殺す!! 絶対殺してやる!!」
・サヤ「お姉様の服装にナチス要素はありません」
713
:
◆zzpohGTsas
:2020/03/17(火) 00:30:51 ID:TJVZO0ns0
投下を終了します。これと同時に、
一ノ瀬志希&アーチャー(八意永琳)
ジョナサン・ジョースター&アーチャー(ジョニィ・ジョースター)
不律&ランサー(ファウスト)
キャスター(メフィスト)
遠坂凛&バーサーカー(黒贄礼太郎)
を予約します。もしかしたら自身のプロット構築不足で出ないキャラクターがいるやも知れませんが、ご容赦の程願います
714
:
名無しさん
:2020/03/17(火) 11:49:54 ID:PKGpSCI.0
投下乙です
ベルゼブブによる考察はライドウ×デビチルのクロスといった感じで楽しかった。というか戦闘・探索だけでなく魔力回復も出来るライドウやばい
あとダンテとライドウにもドン引かれる総統閣下で草
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