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南 京

1 NAME :2012/08/23(木) 21:49:19
南 京

63 NAME :2015/10/12(月) 01:41:02
【世界記憶遺産】
「大虐殺」は虚偽や疑問点だらけ 憤る声も
2015.10.11 11:50更新
http://www.sankei.com/world/news/151010/wor1510100053-n1.html

国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に、中国が申請した「南京大虐殺文書」が登録された。中国側はこれまで、「反日プロパガンダ」の一環として「南京」を利用してきたが、識者らによって虚偽や疑問点が次々と暴かれている。

「犠牲者数」変遷

 「南京大虐殺」は1937(昭和12)年12月13日、当時の中華民国の首都・南京陥落後、旧日本軍の占領下にあった最初の6週間に、多くの中国人が殺されたと喧伝(けんでん)される事件だ。死者数については中国側は「30万人」と主張しているが、近年の日本国内での研究で虚偽であることが定説となっている。 国内では平成17年度の高校教科書検定で、「20万人以上とする説が有力」とした記述が検定を合格するなど、「大虐殺派」(十数万人以上)の学者の見解が流布した時期もあるが、研究が進むにつれ、「一定程度の虐殺はあった」とする「中間派」(2万〜4万人)や、そもそも虐殺はなかったとする「事件否定派」の勢いが増している。 否定派の根拠は、南京の人口は日本軍占領前が20万人、占領1カ月後が25万人だったことなどだ。少なくとも、中国が唱える30万人説や大虐殺派の主張は検討に値しないといえる。
問われる信憑性

 虐殺の“証拠”にも多くの疑問符が付いている。 南京攻略戦で、旧日本軍の2将校が日本刀で「百人斬り」を行ったとされる当時の報道。処刑された将校の遺族が「報道は事実無根で名誉を傷つけられた」として毎日、朝日両新聞などを訴え、東京高裁は平成18年5月の控訴審判決で、記事について「信じることはできず、甚だ疑わしいものと考えるのが合理的」とした。 訴追された2将校に対する裁判でも、外国人記者による脚色などが影響し、死刑判決が下ったことが専門家の研究で明らかになっている。

 中国の「南京大虐殺記念館」に展示されている“虐殺写真”の信憑(しんぴょう)性も無きに等しい。例えば「日本兵」とされる人物が、ひざまずいて後ろ手に縛られた中国人とみられる男の首を刀で斬ろうとしている写真。人物によって影の方向が異なるなど、極めて不自然な点が指摘されているのだ。 中国系米国人ジャーナリスト、アイリス・チャン氏が18年前に米国で出版し、50万部以上のベストセラーとなった「ザ・レイプ・オブ・南京」は、多数の不正確な記述や無関係な写真掲載が出版当初から問題となった。チャン氏はこの著書を通じて中国による反日プロパガンダ(政治宣伝)に米国社会を巻き込んだが、2004年に自殺している。

「プロパガンダ」

 こうした多くの虚偽や疑問点があるにもかかわらず世界記憶遺産に登録されたことに、識者らからも憤りの声が噴出している。 「『南京事件』は日本をおとしめるための戦時プロパガンダだ」。日本の民間団体が今年7月にユネスコに提出した登録反対書簡を監修した拓殖大の藤岡信勝客員教授はこう断じ、「登録の不当性と記憶遺産の政治的悪用に抗議する意思を世界に示すため、日本はユネスコに支払っている分担金の拠出を拒否すべきだ」と訴える。

ともに反対書簡を監修した明星大の高橋史朗教授は、「今後は日本が反論しても『国際機関が認めたではないか』と返され、何を言っても始まらない状況になってしまう恐れがある」と影響を懸念。「国家戦略として官民一体の態勢をつくり、恒常的に対応していく必要がある」と話す。 南京事件研究家の阿羅健一さんは「非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない」とする日本政府の公式見解について、「ユネスコ側から見れば日本政府が事件があったと認めていることになる」と指摘、政府見解の見直しを求めた。 平成24年2月に南京事件を否定する発言をした名古屋市の河村たかし市長は10日、「いわゆる『南京事件』については、根本から議論があるところである。今回のユネスコ登録は極めて残念であり、政府は速やかに抗議すべきである」とコメントした。

64 NAME :2015/11/19(木) 23:35:15
自民党:南京大虐殺「虐殺当てはまる事実は」再検討の動き
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e8%87%aa%e6%b0%91%e5%85%9a%e5%8d%97%e4%ba%ac%e5%a4%a7%e8%99%90%e6%ae%ba%e3%80%8c%e8%99%90%e6%ae%ba%e5%bd%93%e3%81%a6%e3%81%af%e3%81%be%e3%82%8b%e4%ba%8b%e5%ae%9f%e3%81%af%e3%80%8d%e5%86%8d%e6%a4%9c%e8%a8%8e%e3%81%ae%e5%8b%95%e3%81%8d/ar-BBnc7Tz

自民党国際情報検討委員会の原田義昭委員長は19日の党本部の会合で、旧日本軍による「南京大虐殺」について「虐殺の概念に当てはまる事実があったのか。もう一回歴史的な事実を総合的に検討すべきだ」と述べ、政府に対し、南京大虐殺に関する見解の再検討を求める意向を示した。

 会合では、10月に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に中国が申請した南京大虐殺の資料が登録された問題を議論した。出席議員からは「南京事件がなかったという意見もある。歴史認識を再構築すべきではないか」「あいまいな表現をしているから国際社会からあらぬ誤解を受ける」などの意見が出た。 政府は南京大虐殺について「非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない」との見解を示している。原田氏は外務省に対して、政府見解の基となる資料の提示を求める考えを示した。【小田中大】

65 NAME :2015/12/02(水) 22:11:49
南京大虐殺:生存者が語る…最後の証言集会、東京で9日
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e5%8d%97%e4%ba%ac%e5%a4%a7%e8%99%90%e6%ae%ba%e7%94%9f%e5%ad%98%e8%80%85%e3%81%8c%e8%aa%9e%e3%82%8b%e2%80%a6%e6%9c%80%e5%be%8c%e3%81%ae%e8%a8%bc%e8%a8%80%e9%9b%86%e4%bc%9a%e3%80%81%e6%9d%b1%e4%ba%ac%e3%81%a7%ef%bc%99%e6%97%a5/ar-AAfVcnZ

◇市民団体の連絡組織「南京大虐殺60カ年全国連絡会」

 市民団体の連絡組織「南京大虐殺60カ年全国連絡会」が約20年にわたり毎年、中国・南京大虐殺(1937年12月)の生存者を日本へ招き、各地で証言集会を開いてきたが、今月上旬、大阪と名古屋、東京で開く3回で最後を迎える。来日に協力してきた南京大虐殺記念館(中国・南京市)が、生存者の高齢や健康不安を理由に終了を要請した。関係者は今後、現地での交流を呼び掛ける。

 今年は、陳徳寿さん(83)が5日に大阪、7日に名古屋、9日に東京で証言する。陳さんは当時、南京城内に住み、父やおばが日本兵に銃剣で刺し殺されたという。戦後の生活についても話す予定だ。

 連絡会は96年に最初の本格的な集会を開いた。以後も毎年、生存者を招いて10日間ほど各地で集会を開いた。招いた生存者は計30人以上で、川の中に隠れて生き延びた男性や性暴力を受けた女性らがさまざまな被害を語り、会場ごとに数十〜数百人が聞いた。渡航や滞在費は、日本の市民カンパと入場料でまかなった。

 連絡会共同代表の一人で「ノーモア南京名古屋の会」事務局の平山良平さん(67)によると、記念館とは「証言者が語る史実を定着させたい」との思いが一致していた。2001年に来日した女性は、平山さんら世話役にさえ笑顔を見せず、目も合わせなかった。「怒りを直接感じた。証言ビデオとは違う」と振り返り、証言集会が絶えることを惜しむ。

 生存者と事前に現地で会って招いてきた「銘心会南京」=大阪府=の松岡環代表(68)によると、年々、生存者が亡くなり、寝たきりになるなどしているが、話せる人は今も多い。01年からは会員らとともに現地で交流会を開くなど慰問に努めている。「本来は日本人が南京へ行くべきだ。地元で会って現状を見て、つながり続けよう」と呼び掛ける。

 集会の日時と会場は次の通り。5日午後1時半、大阪市北区天神橋3のPLP会館▽7日午後6時半、名古屋市中区大井町のイーブルなごや(女性会館)▽9日午後6時半、東京都文京区本郷1の全水道会館。【花岡洋二】

66 NAME :2015/12/14(月) 23:43:20
【世界記憶遺産】
中国版「アンネの日記」こそが南京大虐殺がなかった証拠だ! 藤岡信勝(拓殖大客員教授)
2015.12.14 14:00更新
http://www.sankei.com/premium/news/151129/prm1511290009-n1.html

そもそも1970年代前半までの歴史教科書には「南京事件」は全く載っていなかった。朝日新聞の本多勝一記者が中国共産党中央委員会の招待で四十日間、中国共産党の用意した語り部をあてがわれて「取材」した記事が「中国の旅」として報道されたのが、全ての始まりである。

事件があったのだということを広く認知させる役割を果たしたのは、秦郁彦氏の『南京事件』(中公新書、1986年)だった。同書では4万人説が唱えられ、当時は30万人説などと比べて良識的な研究として読まれたが、今では全く時代遅れの本となった。 なぜなら、同書で公平な第3者としてあつかわれ、事件のイメージをつくるベースとなっている欧米のジャーナリストが、その後の研究で国民党から金を受け取ってプロパガンダ本を書いたエージェントであったことがわかったからだ。秦氏が中公新書を絶版としなかったので、同書は未だに影響力をもっている。

東中野修道・亜細亜大教授の『「南京虐殺」の徹底検証』(1998年、展転社)以後の「事件否定派」の研究を真面目に読んでいただきたいと念願する。

例えば、日本テレビで10月4日の深夜に放映され、10月11日に再放送された「南京事件-兵士達の遺言」は、城外の戦闘をテーマにしたものであって、市民の「虐殺」とは別の話なのに、これを混同して描いていた。虐殺の存在を肯定する立場の人々は、両者の分割線を絶えず曖昧にする。 中国共産党の南京事件の定義ははっきりしていて、「南京陥落後の1カ月半の間に、南京城内で非戦闘員の市民30万人を不法に殺害した」というものである。これが「虐殺」に関わるテーマである。

http://blog.goo.ne.jp/mayumilehr/e/ba7c323938bb4c49f843826f525a69cc
http://www.at-douga.com/?p=14681

そもそも中国がユネスコの記憶遺産を政治利用できることに気付いたのは、2009年にオランダが申請した「アンネの日記」が登録されたことがヒントになったといわれている。「その手があったか」ということで、「南京」を日本叩きの外交カードにするために、中国はこの制度の利用を思いついたのである。

67 NAME :2015/12/14(月) 23:49:28
 第2に、女性の日記であるという共通性を利用し、「中国版・アンネの日記」として打ち出せば世界的に宣伝するのに都合がいいと考えたのだろう。一種の「コバンザメ商法」で、「アンネの日記」の知名度に乗っかって「程瑞芳の日記」を世界的に有名にしようと狙ったと思われる。ただし、アンネ・フランクがうら若い女性であったのに対し、「東洋のアンネ」はすでに孫のいる女だった。

安全区には1万人以上の敗残兵が、武器を持って潜伏していた。後に摘発された武器弾薬は、トラック50台分に及んだ。彼等は軍服を脱ぎ捨て、民間人の服装をして、便衣兵となっていた。こうした行動は戦時国際法違反であり、民間人に潜り込んだ敵兵を摘出して掃討することは戦闘の一環で合法的な行為だった。 日本軍は12月14、15、16の3日間、掃討戦を展開した。

程瑞芳は、実は東京裁判に供述書を提出し、11人の娘が連れ去られ強姦されたこと、1人の男が部屋に入って強姦したこと、1軒の家が焼かれ主人が殺されたこと、の3件を証言していた。 阿羅氏は、程瑞芳日記の記述を、(1)漠然とした記述(2)噂話(3)虚偽(4)程瑞芳自身が見た被害-の4つに分類した。 「虚偽」というのは「ある場所では死体で路面が見えなくなっている」といった記述である。東京裁判で検察側が提出した記録によれば、安全区内にあった死体は175体であった。路面が見えなくなるどころか、死体を見つけるのが大変である。

かくて「程瑞芳自身が見た被害」をまとめると、強姦8件、略奪6件、拉致1件、殴打1件、となる。東京裁判に提出した供述書の被害よりも強姦件数が減っていることに注目していただきたい。 仮に、強姦8件以下の被害が確かに程瑞芳の目撃した被害だとしても、つまり、彼女がこの点で嘘を書いていないと仮定しても、この資料の結論は全く奇妙なことになる。ここには殺人の記録が皆無だからである。前記・松岡氏の言う通り、これが、「中国人が、南京大虐殺をその当時、その場で記録した文章」だとすれば、この資料からは「『南京大虐殺』では殺人はなかった」という結論になる。これは矛盾した、無意味な命題であるから、結局は「南京大虐殺はなかった」という命題に書きかえられる。

多数の非行は敗残中国兵の所業

 それだけではない。これらの不法行為はそもそも日本人がやったのかどうかに疑問がある。というのは、1938年1月4日付けのニューヨークタイムスに次のような記事が掲載されているからである。 「中国軍の大佐と6人の将校が金陵女子大学に隠れ、略奪したり、少女を強姦して日本兵がやったように見せかけていた。大佐は宣教師によって、難民収容所を管理する2番目の地位に就けられていた」

南京の日本軍は、掃討や警備などのため宿営所を出る時は、中隊、小隊、分隊といった単位ごとに同一の行動をとった。夜間外出は禁止されていた。脱走すれば厳罰に処せられる。 さらに重要なことは、南京陥落直後から市内は全面停電となり、クリスマスころまで復旧しなかったことである。禁を犯して外出し、地理も分からない真っ暗闇の敵国の首都を、敵の敗残兵が武器をもって身を潜めているなか、女性をとらえて強姦するという行為に及んだ日本兵は何人いただろうか。殆ど考えられない。ところが、「南京安全地帯の記録」では、強姦事件の半数は夜間に起こっているのである。これは敗残中国兵の仕業であることが明白だ。

68 NAME :2016/08/05(金) 15:36:49
【新閣僚に聞く(詳報)】稲田朋美防衛相詳報(4) 南京事件「百人斬りはなかったと思っています」「30万人、40万人という数がどうであったかは重要」
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e3%80%90%e6%96%b0%e9%96%a3%e5%83%9a%e3%81%ab%e8%81%9e%e3%81%8f%ef%bc%88%e8%a9%b3%e5%a0%b1%ef%bc%89%e3%80%91%e7%a8%b2%e7%94%b0%e6%9c%8b%e7%be%8e%e9%98%b2%e8%a1%9b%e7%9b%b8%e8%a9%b3%e5%a0%b1%ef%bc%88%ef%bc%94%ef%bc%89-%e5%8d%97%e4%ba%ac%e4%ba%8b%e4%bb%b6%e3%80%8c%e7%99%be%e4%ba%ba%e6%96%ac%e3%82%8a%e3%81%af%e3%81%aa%e3%81%8b%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%81%a8%e6%80%9d%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%84%e3%81%be%e3%81%99%e3%80%8d%e3%80%8c%ef%bc%93%ef%bc%90%e4%b8%87%e4%ba%ba%e3%80%81%ef%bc%94%ef%bc%90%e4%b8%87%e4%ba%ba%e3%81%a8%e3%81%84%e3%81%86%e6%95%b0%e3%81%8c%e3%81%a9%e3%81%86%e3%81%a7%e3%81%82%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%81%8b%e3%81%af%e9%87%8d%e8%a6%81%e3%80%8d/ar-BBvhcPX

【普天間飛行場移設】 --普天間飛行場の移設先は辺野古が唯一の解決策だと思っているとおっしゃった。移設が進んでいない根本的な原因は

「まずはですね、普天間の辺野古移設に至った、決められた経緯でありますけれども、この問題の本質は、普天間飛行場が世界一危険な飛行場といわれ、まさしく市の中心部、ど真ん中、小学校の近くにあるということだと思っております。そういったこの問題の本質を、やはり住民の皆さま方にしっかりと説明をしていくことが必要だろうと思っております。そして大きな議論の末に裁判所で国と県が和解をして和解条項が成立したわけでありますので、その和解条項に基づいて今、国も提訴し、さらには協議を進めていくんだということも引き続き説明した上で誠実に対処していく必要がある。引き続き粘り強く取り組んでいく必要があると思っております」

 --防衛相として沖縄に訪問したい考えは 「この問題については、知事や県民の皆さん方にもしっかりと説明をする必要があると思っております。いま具体的にスケジュール的なものを検討しているわけではありませんけれども、その必要があると考えております」

【中韓メディアによる右翼批判】 --防衛相就任が決まってから中国や韓国から右翼政治家と批判されている。受け止めは。自分自身ではどういう政治家だと考えているか。

 「たぶん弁護士時代に関わっていた裁判などをとらえられたりされているのではないかと思っておりますけれども、私自身は歴史認識の問題について、さまざまな評価はあるでしょうけれども、一番重要なことは客観的な事実が何かということだと思います。私自身の歴史認識に関する考え方も一面的なものではなくて、やはり客観的事実が何かであるかということを追求してきたつもりであります」

 「その上で、私は先ほども申し上げましたように、東アジア、太平洋地域の平和と安定、そして、そのためには中国、韓国との協力的な関係を築いていくということは不可欠だろうというふうに思っております。いつでもそういった交流というか、話し合いの場を自分から設けていきたい。そして議論することによって私に対する誤解もたぶん払拭されていくのではないかというふうに考えております」

 --中谷元・前防衛相は訪中を追求していたが訪中の考えは 「機会があれば訪中したいと思っております」

69 NAME :2016/08/05(金) 15:39:04
【南京事件】 --海外メディアは歴史問題について追及している。南京事件について考えを聞きたい。外務省の見解では非戦闘員の殺害や略奪行為があったことは否定できないが、正しい数は諸説あるのでどれかというのは取りませんとしている。この見解に対する考えは

 「私が弁護士時代に取り組んでいたのは南京大虐殺の象徴的な事件といわれている(昭和12年の南京攻略戦で報道された)百人斬りがあったかなかったか、私は、これはなかったと思っておりますが、そういったことを裁判として取り上げていたわけであります。それ以上の歴史認識についてはここでお答えすることは差し控えたいと思います」

 --外務省の正式見解についてはどうか。南京入城の際に民間人殺害があったと。 「30万人、40万人という数が南京大虐殺の数として指摘をされています。そういった点については、私は大変研究も進んでいるので、何度も言いますけども、歴史的事実については、私は客観的事実が何かということは最も重要だろうというふうに思います」

 --数は分からないが、民間人の虐殺や略奪があったという見解についてはどうか 「数はどうであったかとは、私は重要なことだというふうに思っております。それ以上にこの問題について、お答えする立場にないと思っております」

 --たとえば秦郁彦は、わりと右のほうだと思うが、日本軍の陣中日記や作戦の詳報などを見て、捕虜になって捕まった人が軍事裁判にかけられず殺されている。無法な殺害に当たるので、その意味では数万の殺害は認めざるを得ないと。数万の殺害は認めるのか 「秦先生を含めさまざまな見解が出ています。何が客観的な事実かどうか、これをしっかりと見極めていくことが重要で、それ以上について私がお答えできる立場にないと思います」

--外務省の見解についてはどうか 「外務省の見解が政府の見解と反するということではない。というか、当たり前のことですけれども」

 --その見解を取るのか。従うのか 「大臣も、というか、私は歴史的な問題については客観的な事実がすべてであり、数は関係ないというご意見もありますけれども、数も含めて客観的事実が何かということをしっかりと検証していくことが重要だと思っております」

 --捕虜の殺害はどうか 「私がここで秦先生の見解について何かコメントする立場にはありません」

【世論調査】 --共同通信が4日に行った世論調査で防衛相起用について「評価しない」が43%、「評価する」が32%ということで評価しないが上回った。今後この結果を受けてどう取り組まれるか 「わが国の防衛という大変重要な責務についてしっかりと取り組んでいくということだと思います」

70 NAME :2017/01/18(水) 04:42:19
「南京大虐殺記念館」名誉館長が来日 講演で「世界記憶遺産登録を勧めたのはフィリピンの閣僚」と主張
2016.12.16 13:17更新

「南京大虐殺記念館」名誉館長の朱成山氏が来日し、15日夜、東京都千代田区の在日本韓国YMCA国際ホールで講演した。犠牲者数や存否をめぐって議論がある「南京事件」について、朱氏は「30万人という被害者の数は歴史的事実。国際法廷で出た結論だ」と述べ、「30万人以上になるのは確実だ」と主張した。国連教育科学文化機関(ユネスコ)記憶遺産に中国の「南京大虐殺文書」が登録された問題では、「われわれのアイデアではない。勧めてくれたのはフィリピンの閣僚だ」と経緯を明かした。(WEB編集チーム 三枝玄太郎)

朱氏はこの日の講演で、「名古屋で講演したとき、右翼が『南京の人口が20万人なのに、被害者数が30万人に上るのはおかしい』と質問した」エピソードを紹介し、1937年5月時点で南京の人口は101万人余りだったと主張。「20万人は国際安全区の中に収容された数だ」と反論した。面積も3・86平方キロというのは国際安全区の面積で、南京行政区は476平方キロあったと説明した。

世界記憶遺産に中国の「南京大虐殺文書」が昨年登録されたことについては、フィリピンの閣僚の名前を挙げ、「(米の牧師で極東軍事裁判で証人として証言した)ジョン・マギー氏のフィルムを見た際、『これは記憶遺産になりますよ』と勧められた」と述べた。

 マギー・フィルムとは、南京事件の犠牲者を撮影したとする16ミリフィルム。多くの遺体が映っているが、戦闘で死んだものなのか虐殺されたものなのかは分かっていない。フィルムは極東軍事裁判に証拠としては提出されていない。 最後に朱氏が「世界平和のため、一緒にがんばっていきましょう」と呼びかけると、会場の約150人から拍手がわき起こった。

 一方、在日本韓国YMCA国際ホールの外では、右派系の市民団体が「南京大虐殺の集会がこちらであるそうです、それよりも(日中戦争の発端となった盧溝橋事件の直後、北京郊外で日本人200人以上が中国人部隊に殺害された)通州事件を取り上げたらどうか」「日本ヘイトをやめろ」などと抗議する姿もあった。 会場では、こうした団体が朱氏に質問することを呼びかけていたためか、質疑応答はなく、報道関係者以外の参加者が会場を撮影すると、スタッフが「つまみ出すぞ」「誰の許可を得てやっているんだ」と声を荒らげる場面もあった。

71 NAME :2017/01/18(水) 04:49:56
【歴史戦】
アパホテルを中国外務省が批判 客室の書籍「南京大虐殺」を否定
2017.1.18 00:09更新
http://www.sankei.com/politics/news/170118/plt1701180004-n1.html

【北京=西見由章】日本のビジネスホテルチェーン大手のアパグループが運営するアパホテルの客室に、「南京大虐殺」や「慰安婦の強制連行」を否定した書籍が備えられていることに対し、中国外務省の華春瑩報道官は17日、「日本国内の一部勢力は歴史を正視しようとしない。正しい歴史観を国民に教育し、実際の行動でアジアの隣国の信頼を得るよう促す」と述べた。中国外務省が日本の民間の言論にまで批判の矛先を向けるのは異例だ。

 華氏は「強制連行された慰安婦と南京大虐殺は、国際社会が認める歴史的事実であり、確実な証拠が多くある」と主張した。 この問題はアパホテルに宿泊した中国人と米国人の男女が12日、中国版ツイッター・微博で書籍について指摘し、中国国内のネット上で非難の声が上がっていた。中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報は、日本で営業している中国の旅行社がアパホテルの取り扱いを中止したと報じた。

【歴史戦】
「南京大虐殺」否定書籍 アパホテル「撤去しない」
2017.1.18 00:11更新
http://www.sankei.com/politics/news/170118/plt1701180005-n1.html

中国国内で非難の声が上がっているのは、アパグループの元谷外志雄代表のエッセーをまとめた本とされる。アパグループは17日、客室から撤去する考えがないとする見解を公式サイト上に掲載した。 同社は「特定の国や国民を批判することを目的としたものではなく、あくまで事実に基づいて本当の歴史を知ることを目的としたもの」と説明。その上で「日本には言論の自由が保障されており、一方的な圧力によって主張を撤回するようなことは許されてはならない」との考えを強調した。

72 NAME :2017/01/23(月) 22:27:06
「南京事件なかったのでは」姉妹都市・名古屋の河村市長
http://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e3%80%8c%e5%8d%97%e4%ba%ac%e4%ba%8b%e4%bb%b6%e3%81%aa%e3%81%8b%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%81%ae%e3%81%a7%e3%81%af%e3%80%8d%e5%a7%89%e5%a6%b9%e9%83%bd%e5%b8%82%e3%83%bb%e5%90%8d%e5%8f%a4%e5%b1%8b%e3%81%ae%e6%b2%b3%e6%9d%91%e5%b8%82%e9%95%b7/ar-AAm7YUX?ocid=iehp#page=2

名古屋市の河村たかし市長は23日の記者会見で、日中戦争中の1937年に起きた南京事件について「いわゆる南京事件はなかったのではないか。中国は『30万人、市民を虐殺』と言っているが、本当なら日本人が全員南京に行って土下座しないといけない」と述べた。

 アパグループ(東京)が運営するホテルの客室に南京事件に否定的な書籍を置き、中国で批判されていることに関連し、記者の質問に答えた。ホテル客室への書籍配置については「内容は別として、それはそれで結構なこと」と理解を示した。

 河村氏は「市民虐殺はなかったのではないか。通常の戦闘行為はあったが、政府見解でも『虐殺』は認めていない」とも述べた。一方で政府は、被害者の人数は諸説あるとしつつ、「日本軍の南京入城後、非戦闘員の殺害や略奪行為等があったことは否定できない」(外務省ホームページ)との見解を示している。 河村氏は2012年に同様の発言をし、名古屋市は姉妹友好都市の南京市との交流が途絶えるなどの影響がでた。河村氏は持論について「撤回するつもりはない」と述べた。


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