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漫画・ライトノベル以外の書籍スレ

102修都 ◆7VC/HIVqJE:2017/04/09(日) 17:07:46 ID:MDyIz2QM
アン・エリス・ルアレン「宇梶静江(詩人・古布絵作家・運動家)」(『ひとびとの精神史6巻 70年代』)
 70年代、日本国内にも暴力革命を主張する極左団体はおり、彼らはアイヌに対する日本の支配をプロパガンダに取り入れた
 →多くのアイヌは暴力的な革命運動に引っ張り込まれることに激怒し、困惑した。一方で、アイヌ社会は差別と歴史的トラウマの中にいた
 東京に移り住んだアイヌたちは民族的出自を隠すことを余儀なくされた→1972年2月8日、宇梶静江は朝日新聞でアイヌの交流を呼びかけた→73年、東京ウタリ会結成
 →調査によってアイヌと日本人の平均収入の差は47〜60パーセント開きがあるということがわかった
 75年、東京には401世帯679人のアイヌが在住、そのうちの94パーセントが55年以降に上京していた。独身世帯は60.3パーセント
 16歳から30歳までの割合は東京在住アイヌの44.8パーセント。平均収入は世帯で月12万5千円、個人は9万7千4百円程度だった(都民の平均収入は月20万9千円)
 調査に協力したほとんどがアイヌ文化についての知識は少なかった
 東京ウタリ会は、アイヌたちの集会などに使える生活館設立を考えた。東京都はアイヌに対する生活相談員としてウタリ相談者を任命。初代は宇梶
 →約1年間、過度の労働→別の方法でアイヌをサポートする方向に進んでいく
 77年、初めて公共の場で祖先を敬い祖先の魂を送るイチャルパを開催。東京ウタリ会は解散→イチャルパは2003年まで行われなかった
 80年代、4つのアイヌの団体が発足
 2008年、北海道洞爺湖のG8サミットでアイヌたちは協働して先住民族サミットアイヌモシリを開催、世界各地の先住民族が集まって提言をまとめ、G8首脳団に提出した
 →宇梶も共同代表として参加
 70年代のアイヌの政治的結集は男性によって主導されがちで、法廷闘争や糾弾が行われていた
 →アイヌ女性たちは異なるアプローチをとった→伝統的な着物の刺繍や布を使った作品づくり。意義主張を文化活動によって表現
 97年、アイヌ文化振興法→日本に民族マイノリティがいるという事実を認めたが、先住民族の権利の確立などには触れられていない
 →また、この法律の範囲は北海道アイヌに焦点があてられている。政府の責任は文化復興を支援することのみ
 宇梶は、アイヌの知恵と文化が深く尊いのであって、私や個人個人のアイヌが偉いのではないと述べている


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