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【4月25日限 4 意見・感想】
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講義に出席された方はこちらに意見や感想、アドバイス、参考史料(資料)等を書き込んでください。
なお、こちらに書き込むことで出席とみなします。〆切は4月25日(木) 23:59までとします。
これを過ぎると出席点に加算されませんので、〆切厳守でお願いいたします。
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報告お疲れ様です。3回の森倉です。
松尾さんの今回の報告が特に伊勢に視点を当てたものであり、私の出身地が三重県内であることから地形が想像しやすくて、理解できる内容も多かったです。しかし、報告を聞いている全ての人が地形をすぐに想像できるわけではないので、路線図を表示しながら報告してくださると聞いている人の理解も深まりますし、TAさんが述べていた「始点と終着点にしか目を向けられていない」という課題に準備の時点で気づけると感じました。また、語句の意味についての脚注が欲しいなと感じました。また、御召列車の史料が少ないという可能性からしたい研究が難しくなる可能性があるということを今回の報告から知ることができました。自分のしたい研究にはどれほど史料があり卒論としてまとめられる可能性があるのか目星を立てることが重要であることに自分自身気づけたのでこれからの自分の報告に活かそうと感じました。
史料が少ないということで多少の研究転換が必要だとは思いますが、頑張ってください。
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報告お疲れ様です。3回の森倉です。
松尾さんの今回の報告が特に伊勢に視点を当てたものであり、私の出身地が三重県内であることから地形が想像しやすくて、理解できる内容も多かったです。しかし、報告を聞いている全ての人が地形をすぐに想像できるわけではないので、路線図を表示しながら報告してくださると聞いている人の理解も深まりますし、TAさんが述べていた「始点と終着点にしか目を向けられていない」という課題に準備の時点で気づけると感じました。また、語句の意味についての脚注が欲しいなと感じました。また、御召列車の史料が少ないという可能性からしたい研究が難しくなる可能性があるということを今回の報告から知ることができました。自分のしたい研究にはどれほど史料があり卒論としてまとめられる可能性があるのか目星を立てることが重要であることに自分自身気づけたのでこれからの自分の報告に活かそうと感じました。
史料が少ないということで多少の研究転換が必要だとは思いますが、頑張ってください。
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報告お疲れ様です。3回生の下山菜々子です。
今回の報告の中で、「不要不急の外出」は禁止されているものの、皇室に関する寺社へは参拝が許可されたという部分に興味を持ちました。政府がこれを打ち出したという話を議論の中でされていましたが、そこで気になったのが政府や、大軌、参急をはじめとする私鉄がこれを推し進めるようなイベントだったり、プランを立てていたのかという点です。(現代で言うところのgo to travelとか、伊勢ツアーみたいなもの)
また、もし宇治山田市の塩野氏がスローをテーマとした観光プランみたいなものをプランとして推奨していたら、面白いかなーと思いました。
また、参拝の許可が降りたと言うことで、どれぐらい参拝客が増えたのかも気になりました。
わかりにくかったらすみません。
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報告お疲れさまでした。4回生の塚本です。
今回の報告で取り上げられた、塩野庄四郎が“参拝のスロー化”を1934年11月出版の『大神都特別聖地国営計画に対する一考案 : 仮想案概要書』内で述べていますが、前年の『読売新聞』に「大神都計画に調査委員会 内務省議決定」(1933年6月28日付)という記事があり、計画に関する調査委員会が設立されたとあります。神社局長や都市計画課長などが協議に加わったとあり、路線確立に加えて都市計画という性格もあると分かります。もし塩野の主張を地域振興と関係させたい場合には、内務省の神社行政に加え、都市行政に関しても目を向ける必要があると思います。
それと情報提供を一点行いたいと思います。歴代知事編纂会【編】『日本の歴代市長:市制施行百年の歩み 第2巻』(歴代知事編纂会、1984年)によると、1935年11月29日〜1946年3月27日にかけて宇治山田市長であった斎藤真澂は、元参急専務という肩書であったと1935年11月30日付の『読売新聞』に書いてあったので、大軌・参急と宇治山田市との関係性を見ていく上で役立つかと思います。
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報告お疲れ様です。3回生の溝口です。
鉄道の敷設や施設・設備などの設置によってスピード参拝が可能になったことを受けて、参拝のスロー化に関する案も提示されていたという点に関心を持ちました。議論でも言及されていたように、沿線上の自治体と鉄道会社や政府との相違を見出す研究は非常に興味深いと思います。
発表内でおっしゃっていたら申し訳ないのですが、本文レジュメ4ページの「(房子内親王が)宇治山田までは国鉄線を利用したが、伊勢神宮参拝後、当日中に橿原神宮まで移動しているため、多くの庶民が大軌・参急を利用した聖地の巡礼を行ったと思われる」という点に関して、こちらは何か史料などは残っているのでしょうか。
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報告お疲れ様でした。三回生の泉です。関西の鉄道会社に関する歴史ということで、ユニークな研究だと思いましたが、同時に史料を探すことが難しい研究であると感じました。そのため、もっと違う視点から研究を進めるべきではないかと思いました。例えば、政府側の関西私鉄に関する見解を扱うというのは一つの手法なのではないかと考えました。また、いっそのこと「神都構想」についてテーマを定め、それに関西の私鉄会社がどのような影響を及ぼしたのかを研究してみるのでもよいのではないかと思いました。
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報告お疲れ様でした。4回生の服部です。
鉄道から聖地を見るという視点が面白く思いました。3月の報告から短い期間での報告となり大変だったかと思います。
史料探しに苦労されているように見えましたが、今回の質疑応答でいくつかヒントがあったかと思うので、粘り強く頑張ってください。
大変な時期かと思いますがお互い頑張りましょう。
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報告お疲れ様でした、4回の河嶋です。
「神都構想」は、1933年頃から具体化し、内務省主導でやっていたので、やはり政治的観点から「神都構想」を見る必要があるのではないかと思いました。以下参考文献です。
〇橋爪紳也「都市再編過程における娯楽施設整備の役割に関する研究」(大阪大学 工学博士 甲第4166号、1990年3月24日)
〇「明治維新にみる伊勢神宮―空間的変貌の過程」岩田真美・桐原健真編『カミとホトケの幕末維新:交錯する宗教世界』法藏館、2018年11月
〇「大神都特別聖地計畫實施國營に關する建議案」『都市公論』16巻3号、都市研究会、1933年3月、104頁
〇「伊勢の聖地に神都大學設置に關する建議案 」『近代日本教育制度史料』第12巻、大日本雄弁会講談社、1956年、508頁
〇「橿原神宮神域を中心に神都特別聖地計畫實施の件(第二二一七號)」( 第70回帝国議会 衆議院 請願委員会 第11号 昭和12年3月24日)
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報告お疲れ様です。3回生の石山航です。
昭和期の鉄道輸送が単なる人的輸送の役割だけでなく、聖地巡礼の娯楽的側面を国民に与えていた点は非常に興味深いと感じました。
御召列車を運転する機会はあまり多くないとの言及があり、史料5の一例が挙げられていましたが他にも大東亜戦争期の事象や御召列車の基礎情報が紹介されているとより分かりやすいと感じました。以下、御召列車の特徴が挙げられていたので添付しておきます。
御召列車の運行には、�@御召列車と並走する列車があってはいけない、�A御召列車を追い抜く列車があってはいけない、�B高架で御召列車の上を通過する列車があってはいけない、という御召列車三原則があり、古くから厳格に適用されてきた。
補足:〜5/6まで東京九段下の昭和館にて鉄道(超特急)の展示があり、HPを見ると御召列車の言及もありましたので何か参考になればと思います。
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報告お疲れ様です。4回生のシュです。
戦前期の鉄道に関する知識がありませんので意見とか助言とかができませんが、鉄道と聖地参拝の関係から関西の鉄道会社に関する歴史を研究することがすごくユニークな研究だと思い、戦前期の鉄道は単なる移動手段だけでなく、聖地巡礼という活動を支えることによって、娯楽及び政治面の点は特に面白く感じました。
大変な時期かと思いますがお互い頑張りましょう。
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報告お疲れ様です。三回生の大西です。
昭和期の聖地開発に関して、関西の主要私鉄から見るという、面白い観点だと感じました。伊勢における動向を探るのであれば、名古屋方面とのアクセスも見ておいた方が良いのではないかと感じました。というのも、当時から名古屋都市圏は大きな都市であり、そこからの参拝客はどのような経路をたどったのか、一日で聖地巡礼したのであれば、どこで時間を使ったのかを見ることによって、滞在時間(その地域に落とすお金)も見えてくるのではないかと感じました。また、地域振興という観点で見るのであれば、門前町の古くからある商店や飲食店などに、帳簿などを見せていただくのも良いのかもしれないと思いました。
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報告お疲れ様でした。4回生の木全です。
鉄道会社による聖地開発と鉄道の関係性を見ようとした研究は興味深いものであったと思います。
ただこれまで松尾くんが取り扱ってきた御召列車との関係性が不明瞭であったかと思います。
ずっと御召列車を取り扱ってきただけに中々手放す覚悟をするのは容易ではないと思いますが、史料が見つからないということであれば先生方も仰られていたように一度手放す覚悟を持つことも必要であるかなと思います。
大変な時期かつ、前回の補講から時間も無い中やってこられたため、だいぶしんどいとは思いますが、残りの期間お互いに頑張りましょう!
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報告お疲れ様でした、3回生の鬼木です。
質疑の際に「神都構想」に関する話が上がっていたと思われますが、鉄道をはじめとした交通の面のみならず政治的な一面からも、これは非常に重要となってくるであろう要素の一つであるように思われました。また、この「神都構想」ないしは御召列車による社会的効果(地域振興などを含む)について今後検討することになれば、「交通ー空間」の規定関係は正確に押さえておく必要が生じるのではないかとも感じました。たとえば、橿原神宮や畝傍御陵といった空間が大軌などの交通を規定したと仮定するとしても、神都構想に見られるような政治的・交通的観点から関西圏の空間を再規定する流れが無かったとも一概には言い切れないように思われます。報告を聞くのは今回が初めてでしたが、松尾さんの鉄道好き(違ったらスミマセン笑)が伝わってくる内容でした。良い卒論になるよう応援しています!
PS:質疑の際も含め、非常に煩雑な文章・内容で本当に申し訳ないです!(汗
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報告お疲れ様でした。3回生の鈴木です。私は三重県に行ったことが無い為、少しイメージしきれない部分はありましたが、聖地巡礼と私鉄の利用についての関連性はとても興味が湧きました。「不要不急の外出」が禁じられていながらも、皇室に関する場所への参拝は許可され、むしろ推奨されていた事例はとても興味深いと感じました。
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報告お疲れ様でした。3回生の鈴木です。私は三重県に行ったことが無い為、少しイメージしきれない部分はありましたが、聖地巡礼と私鉄の利用についての関連性はとても興味が湧きました。「不要不急の外出」が禁じられていながらも、皇室に関する場所への参拝は許可され、むしろ推奨されていた事例はとても興味深いと感じました。
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報告お疲れ様でした。3回生の鈴木です。私は三重県に行ったことが無い為、少しイメージしきれない部分はありましたが、聖地巡礼と私鉄の利用についての関連性はとても興味が湧きました。「不要不急の外出」が禁じられていながらも、皇室に関する場所への参拝は許可され、むしろ推奨されていた事例はとても興味深いと感じました。
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報告お疲れ様です。3回生の内藤貴也です。
時代背景に満州への進出といった、全体主義になる時代であると思います。聖地へのアクセスを向上させることを通し、ある種の天皇への信仰心を高めるといった、政治的ないし軍国主義的な意図があったのではないかと感じました。
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報告お疲れ様です。3回生の中川美祈です。
関西圏の私鉄会社を人的輸送だけでなく、聖地開発の面から捉えられていて、素直に「そんな取り組みがなされていたんだ」と初めて知ったことが多くありました。中でも、交通の利便化が進んでいる時だからこそスロー化の提案をした塩野庄四郎のお話が面白いなと思いました。スピード化によって、どのように鉄道利用者数や経済面が変化していったのかというグラフがあればいいなと思いました。史料が少ないということでしたので、なければ申し訳ないです。松尾さんのしたい研究ができることを願ってます。頑張ってください。
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報告お疲れさまでした。7回生の長友です。
複数の聖地を巡るルートが普及した背景として新聞広告が挙げられましたが、鉄道会社による一般参拝客向けのツアーやプロモーション等が組まれていたのか気になりました。
また御召列車によって一般客の参拝がより盛り上がり、交通網がより整備されたりといった因果関係も生まれるのではないかと思いました。
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報告お疲れ様です。3回生の八木宣大です。
御召列車について、どれだけ研究を突き詰めても参考研究があったら卒業論文にできないという点に、改めて研究の難しさを感じました。戦時中という背景において鉄道がどのように使われたのか、政府が神社を使ってどのように国威発揚を目指したのかという点を興味深く聞かせていただきました。
発表については、ナショナリズムという点まで言及するのであれば政府と鉄道会社にどのようなやりとりがあったのかについての史料も欲しかったなと思いました。また、レジュメについても、線路などに言及するのであれば、地図を載せていただけたらありがたかったです。
神社関係者として、戦時期の鉄道というテーマはとても惹かれるものがありました。先行研究の壁を打ち破るべく、頑張ってください。応援しています!
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報告お疲れ様でした。4回の白井です。
先行研究整理欄で「お召列車が与えた影響についての具体的検討に余地があると考えている」とありましたが、そもそも影響力というものを史料から考察する際には、記述されていない部分にも考察を巡らせる必要性があります。ですが、最後の課題の欄では「お召列車運転の記事を見つけても割とアッサリした記事で、深く書かれていないこともあり、」との記述があり、史料に書かれてあることのみに依存して影響力を論じようとしている姿勢が伺えます。影響力を論じたいのであればもう少し手法的な部分に関して再検討すべきだと感じました。
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報告お疲れ様です。3回生の三浦です。
先ず、私が無知なこともありますが語句に脚注を付けるなどの説明が欲しいと思いました。
聖地巡礼をお召し列車という観点から考察するテーマはとても面白いと思います。今回は一般市民が皇室に習って聖地巡礼をしていたことが述べられていました。では、当時の学校教育における修学旅行で伊勢周辺に参拝しに行く場合、同じように列車が使われたのか気になりました。
史料が少ないと思いますが頑張ってください。
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報告お疲れ様です。4回生の橋本です。
私自身、近畿日本鉄道を利用して通学しているのですごく興味深い内容であると思いながら聞いていました。また、御召列車というのを初めて聞いたのでどのような列車だったのか気になりました。
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報告お疲れ様でした。三回生の北村曉理です。
伊勢神宮や橿原神宮など、身近な土地名が沢山出てきてわかりやすかったです。研究したい内容があっても資料が見つからない苦労を身に染みて感じました。
「観光資源の保護と観光地の土地整備」という現代にも通じる問題に触れていて、研究の着眼点として凄く興味深かったです。
「神都構想」やナショナリズムについて触れるなら、他の方も仰っていたように、政治的な要素も含めて考える必要が出てくると思います。
史料探し頑張ってください!応援しています。
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報告お疲れ様でした、4回生の岸愛深です。今回は、大軌系列会社の各聖地や、都市空間に関することであったと思いますが、まずは報告としての長さが少し足りなかったのかな、というのが率直な感想でした。授業内で指摘もあったように史料が少なく、研究自体が難しいと思いますが、卒論までお互い頑張っていきましょう。
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ご報告お疲れ様でした、4回生の山田です。
今回の発表では同じ聖地への大軌系会社の事例でも御召列車に焦点を当てることで差異を見出したいというオリジナリティにしたい論点は伝わったと思うので、史料があるかどうか早急に調べることが必要だと思いました。
ただ、これから研究を進めていくなら、なぜその研究をするのかや史料の具体的内容の精査を今一度やりなおすことも大切だと思いました。
これからまた頑張っていきましょう!
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報告お疲れ様です。3回の森倉です。
松尾さんの今回の報告が特に伊勢に視点を当てたものであり、私の出身地が三重県内であることから地形が想像しやすくて、理解できる内容も多かったです。しかし、報告を聞いている全ての人が地形をすぐに想像できるわけではないので、路線図を表示しながら報告してくださると聞いている人の理解も深まりますし、TAさんが述べていた「始点と終着点にしか目を向けられていない」という課題に準備の時点で気づけると感じました。また、語句の意味についての脚注が欲しいなと感じました。また、御召列車の史料が少ないという可能性からしたい研究が難しくなる可能性があるということを今回の報告から知ることができました。自分のしたい研究にはどれほど史料があり卒論としてまとめられる可能性があるのか目星を立てることが重要であることに自分自身気づけたのでこれからの自分の報告に活かそうと感じました。
史料が少ないということで多少の研究転換が必要だとは思いますが、頑張ってください。
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報告お疲れ様です。三回生の大西です。
昭和期の聖地開発に関して、関西の主要私鉄から見るという、面白い観点だと感じました。伊勢における動向を探るのであれば、名古屋方面とのアクセスも見ておいた方が良いのではないかと感じました。というのも、当時から名古屋都市圏は大きな都市であり、そこからの参拝客はどのような経路をたどったのか、一日で聖地巡礼したのであれば、どこで時間を使ったのかを見ることによって、滞在時間(その地域に落とすお金)も見えてくるのではないかと感じました。また、地域振興という観点で見るのであれば、門前町の古くからある商店や飲食店などに、帳簿などを見せていただくのも良いのかもしれないと思いました。(諸所ノ御知ラセ:2024/04/25(木) 18:22:43)
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