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【5月11日2限 意見・感想】
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授業に出席された方はこちらに意見・感想を書き込んでください。
なお、こちらに書き込むことで出席とみなします。〆切は5月17日 (水)23:59 までとします。
これを過ぎると出席点に加算されませんので、〆切厳守でお願いいたします。
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3回生の塚本遼平です。報告お疲れさまでした。
今回の発表では、現代詩の社会における受容の変遷から、その背景にある原因を述べられていたと思います。
そこで興味深かったのは、教養主義の没落が現代詩の"凋落″と結びつけていたことです。
これまで司馬遼太郎の小説(福間良明)や専門知との関係性と絡めた教養主義関連の研究はありましたが、詩と結びつけられた研究は無かったと思うので、すごく気になりました。
そのため、受け手の大衆化が現代詩の盛衰に大きく関係していると考えられ、その面から研究を進めても良いと思います。
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報告お疲れさまでした。3回生の山田渚紗です。
私は、「授業で習った詩」というと中学の時にかなり時間をかけてしっかりと授業の中で勉強をして、発表までした覚えがあったので、先生がどう指導するかで学校によってかなり差があったのではないかと感じました。(私の国語の先生はかなり詩が好きだった記憶があるので)
また、レジュメの中で「受験を意識した中高の効率化で、詩歌の授業が削られ」とありましたが、そのような仮定があるのであれば「前回の報告を受けて」の部分で1968年と2000年が区切りの年という記述を踏まえた上で、実際に指導要領などから何年から「受験を意識した中高の効率化が図られたのか」など具体的な時代の移り変わりが知りたいと興味を持ちました。
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報告お疲れさまでした。3回生の八木大輔です
確かに報告にもあったように記憶を辿ってみても思い浮かぶ詩が「おれはかまきり」しかなかったので土日で教科書見直しました。懐かしい作品に沢山出会えましたが、やはりこちらも報告通り受験効率化の弊害なのだと改めて実感しました
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報告お疲れさまでした。3回生の河嶋です。教養主義の中で詩の受容がなされたと思うが、散文(和歌・短歌、俳句、詩)は高尚なものであるというイメージが強く、そもそも凋落するほどの受容が現代詩にあったのか気になった。1987年に出版された『サラダ記念』は現代でも刷られて売れており、また、現代詩集として異例の数万部を売り上げた最果タヒに密着したNHKの「ノータレ」というドキュメンタリー番組が2020年2月3日放送されている、つまり、ある意味現代詩には一定の受容が永続的にあると考える。また、講義でもあったように、現代詩を読む受け手側の捉え方が重要であり、現代詩の享受を探るのが良いと思う。
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報告お疲れ様です。4回生の桂です。
詩がどのように見られてきたかを述べた報告だったと思います。
まず私が思ったことは、この研究は読み手から見た現代詩なのか、書き手から見た現代詩なのかが言及されていないことです。例えば、史料6では書き手としての立ち位置から現代詩を評価しているのに対して、史料7では読み手としての立ち位置から現代詩を評価しているように思います。読み手と書き手で話が混ざっているため、詩に対して正しい評価が出来ていないように感じました。
要素が混在しているという点では、現代詩と「ポエム」を混在させているのも評価軸がばらばらになってしまっている原因であると思いました。
また横井君自身が詩を書く人であるため、現代詩というものにかなりのバイアスがかかっているように思います。これは前述した内容にも繋がりますが、横井君自身が書き手であるため、現代詩への評価がかなり世間離れしています。例えば、P4の最終行にある「心の傷を癒すために、詩を書くということは、まああることであった」という部分は詩を書かない自分には理解できませんでした。これを一般論として書いているのは危険だと思います。
そして根本問題ですが、現代詩が社会的に凋落したという評価そのものが正しいとは言えないと思います。ここにも横井君のバイアスが入っているように感じますが、詩が社会的凋落したことを示す史料に加えて、何をもって「社会的凋落」とするのかを定めないと論じることができないように感じました。
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報告お疲れ様です。3回生の岩間です。私は詩というのは中学生に習って以来関わりがなく、好きか嫌いかで聞かれたとしても答えることが出来ないため、どの人に聞き込みをするかということは研究を進めて行く上で重要になってくると感じました。詩というのは自分の心情を綴ったものであるので周りから見ると恥ずかしいと思われる場合もありますが、書いている本人はそのような感情を抱くことはないので、詩を書く人だけでなく本の作家も近いものがあると思うので、そこも同時に研究していく事がより同時代の背景を探ることができると思いました。
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報告お疲れさまでした。
今回の詩の世間的なイメージの歴史にクローズアップされた報告、非常に興味深かったです。例で挙げられていた2chにおける詩の揶揄という点に重点が向けられていましたが、2chの文化的性格からも分かるように世間一般の声を表しているかどうかには疑念がありました。サブカルチャーの文化圏に2chは存在しますが、2chは嘲笑的な性格のある文化圏であり、実際としてサブカルチャーの詩文化は70年代より、『ユリイカ』などの月刊誌の土壌のもとで成長してきた分野のように思います。
現代における文化の細分化と多様的すみわけに着目されるとより面白い研究になるかなと思いました。
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報告お疲れ様です。3回生の橋本です。
今回の現代詩を用いた発表で、私の中高生の時を思い出した時、そういえば一切現代詩の授業がなかったなと思い出し、その当時の国語の先生が現代詩は「本当に複雑で難しくて、苦手な子の方が多い」と言っていたことを思い出しました。
また、中学時代に学校が主催した強制的に全校生徒に詩を書かせて提出するイベントがあって、私も書いたのですがものすごく恥ずかしかったことも思い出しました。
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報告お疲れ様です。3回生の白井です。
授業中にも言及させていただいた 手塚マキと歌舞伎町ホスト75人from Smappa! Group(2020)『ホスト万葉集』講談社. や サラリーマン川柳、シルバー川柳などの例を鑑みると、短詩形文学そのものに対する関心はしろ高まりつつあると言え、東洋大学日本文学の高柳先生が特にz世代を中心に、以前より大衆に近いものとして短詩形文学が親しまれていると紹介していた記憶もあります。
このような大衆化の流れによって短詩形文学に対するジャッジを下す人々のが増え、特に5chのような匿名掲示板では否定的な意見も増えたのではないかと感じました。
また、レジュメ2ページで竹内洋『教養主義の没落』を引用して居られましたが、私自身も当該書籍は読んだことがあり、教養主義は全共闘でなく、大学のレジャーランド化や、高等教育の第二次適応学生によって完全に失墜した物であると私は解釈していたので、仮にレジメの通りに全共闘に教養主義失墜の責任があると仮定した場合、短詩形文学が教養主義的教養癖の傾向が強い全共闘世代的プチ教養主義によって淘汰されるとは考え辛いのでは無いかと思いました。
また、聞き取りレジメのPさんのインタビューにおいて、彼が政治には興味がないし、そのような運動には近づきたくないと感じていると言った旨の発言をしていたのには大変驚きました。
『教養主義の没落』では「私達のような固苦しい理想主義的な、人類だとか社会だとか芸術だとか学問だとかばかりを年中議論の対象にしている者たちは避け、もっと愉しくスポーツをしたりダンスをしたりして、日常生活の小さな娯楽を求めている青年たちの方に共感するのが本心だというにでは、私は失望せざるを得なかった。」と言う一節があり、Pさんのインタビューからは現代になりより加速しているシニシズムの影を感じると共に、まさに竹内が指摘した高等教育第二次適応学生とはこのような人物を指すのではないかと感じました。
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報告お疲れ様でした。4回生幡鎌です。
今回の報告を聞いていて、年代設定と研究範囲が曖昧かなと感じました。広い視点を持つことは大切ですが、歴史学の研究をする上では対象を絞らざるを得ないと思います。また、研究をする上で「現代詩とはそもそも何なのか」「何をもって凋落とするのか」という事項をきちんと定めた方が良いと思います。人によっては現代詩とポエムは別物だと考える人もいるので、その辺も説明した方が良いのかなと思います。
また、それと関連して現代詩以外の文化(俳句、短歌、小説、歌詞)などの文学的な作品と比較する必要があるのかなと思いました。現代詩に出来て、他の作品に出来ない表現、逆に他の作品じゃないとできない表現があると思うので、そこの比較から現代詩の立場を明らかにできるのかなと思います。あとは日本史以外にも日本文学の先生方に現代詩の特徴を聞いてみても良いと思いました。
まだまだ大変な時期が続くと思いますが、一緒に頑張りましょう。
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報告お疲れさまでした。4回生の戸川です。
2ちゃんねるを史料として活用できるとは思っていなかったため、興味深く拝聴しました。他の方々の意見をふまえると、やはり「現代詩」をどう定義づけるかはこの研究において鍵を握ると思います。それを行ってから、卒論へ向けて再度研究を進めていくべきだと感じました。
これからも一緒にがんばろう!
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報告お疲れ様です。3回生の田中拓磨です。
現代において、詩があまり盛んでなく、詩に対する悪口を言う人もいることを初めて知りました。私は、小学校の授業や中学校の授業でしか詩に触れたことがなく、最近は詩に触れていません。現代において、詩があまり盛んではないのは、私のように学校の授業以外で詩に触れたことがない人が多いこともあるのかなと思いました。
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報告お疲れさまでした。3回生の木全です。
現代詩に関する研究、大変興味深い内容でした。
私個人としても報告内でもあったように中学生以後は特に詩に触れた経験というものがありませんでした。その影響もあるかと思いますが、あまり「現代詩」という取り上げられているもののイメージがし辛かったように感じました。
なのでそもそも現代詩が具体的にどの時代からの詩を指すのかなど明示していただけたらもう少しすっと内容が入ってきたかと思います。
次回以降の報告ではその点を意識していくともっといい報告になるのではないかと思います。頑張ってください。
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報告お疲れ様でした。4回生の吉田です。
現代詩の社会的地位について報告を聞いて、考察の曖昧さはあるもののすごくおもしろかったです。私も他の方と思ったことはほとんど似ていますが、詩を作る人と全く詩作の経験が無い人の人が混ざっているのに史料3〜7をまとめて論じてしまっていることにまず引っかかりました。作る人の「自分の気持ちがモロに出る」恥ずかしさと読む側の受け取り方は全く異なるものだと思います。また、作らない人は必ずしも否定的な意見ではないように思います。そこはやっぱり普段から詩を作る横井くんの主観が入っていると思うのでもう一度客観的に読んでみたらと思います。凋落しているという結論ありきで進んでしまっているのではないかという気もしたのでそこから見直したらいいのではないかなと思いました。
これからも羽目は外さずに頑張りましょう!
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報告お疲れ様でした。
4回生の一ノ瀬風雅です。
聞き取り調査ではもともと詩に興味のあった人ばかりを対象にしているイメージがあるが、凋落について調査するのであれば、興味を持ってない人についても聞き取り調査を行う必要があるのかなと思いました。ほかにも詩に関する教育の変遷やマスコミの詩の取り扱い方の変化などについても調べた方がいいと思いました。
聞き取り調査の方で対象者に政治思想について質問してる部分があったが、なぜ質問したのかよくわからなかったです。
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