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【6月2日4限 意見・感想】
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授業に出席された方はこちらに意見・感想を書き込んでください。
なお、こちらに書き込むことで出席とみなします。
期限は1週間です。
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報告お疲れ様です。4回生の齊藤です。
鉄道敷設から地域の過疎化を見ていく視点は新しいと思いました。
ただ、鉄道会社も会社なので利益を出すことは大切にしていたのではないかと思いました。そのため、信越鉄道開通時にすでに過疎と呼ばれる地域にわざわざ鉄道を敷くのかなとも思いました。ある程度利益が見込める地域を中心として敷いたのではないかと思いました。
また、時代が現代に近づけば自家用車を持つ人も増えてくるため、駅があるから都市が活性化したと言い切るのは難しくなると思いました。鉄道を中心に見ていくのであれば、遠くに行くための交通手段の主流が鉄道といえる時代に絞って研究を進めていくのもありなのかなと個人的には思いました。
就活等で忙しい時期とは思いますが、お互いに研究を頑張りましょう。
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報告お疲れ様でした!M1の坂本です。ご存知の通り、私も内陸県出身ですので、なんとなくシンパシーを感じつつ、今回の報告を拝聴しておりました。ただ、長野と奈良の決定的に異なる点は、(これもご存じのことと思いますが)奈良は大阪や京都といった大都市へかなり容易にアクセスできる部分であると考えます。
とはいえ、両県の交通事情にはやはり共通する部分も多分にあるように私は見ています。奈良においても、近鉄という鉄道が交通において大きなウェイトを占めていますし、かつては木津川を経由して京都とヒト・モノのやり取りをしていました(今はその辺りをJR奈良線が走っています)。そして、奈良を見ていると、鉄道の他、国道24・25号であったり、阪奈道路や西名阪自動車道などの高速道路であったりが京阪(神)とのヒト・モノの流れに大きな役割を果たしていますし、それ故に人々が奈良から流出してしまっているような印象を持っています。
おそらく長野にも、全く同一でないにせよ似たような事情があるのではないかと推察いたします。ですので、長野の交通事情はどうなっていて、それらがいつ、どのように形成されたかを一度整理し、その中で鉄道がいかなる位置にあるのかを検討されると、研究の意義がはっきりし、最終的に卒論の「はじめに」あたりを書く材料になるのではと思われます。
報告前日より、お困りごとをお抱えと伺っておりましたので、差し出がましくも私見を申し述べました。小出くんの研究の一助となれましたら幸いです。これからやはり暑さの厳しい季節になってまいりますので、くれぐれも体調にお気をつけて今後も研究に取り組んでいただければと思います。応援しています!
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4回生の那波です。
質問と重複するのですが、今回の報告では長野県地域の過疎問題が明治期の鉄道敷設事業によって始まった、という仮定の下でなされていましたが、果たしてその仮定がどれくらい正しいのかという点については慎重に検討してみるといいのかなと思いました。
私がネットで軽く調べた限りでは、信越鉄道が通っている地域においても、現在過疎地域として認定されているところが多く存在しているように感じました。
また報告を聞いていると、鉄道が通らないから過疎になる、鉄道が通れば過疎にならない、という論理が色濃く反映されているように思ったのですが、鉄道が通るということは人の出入りの両方が増えうることだと思うので、鉄道によって過疎が進むことも多分にあるように個人的には考えています。
(要地と要地を繋ぐための鉄道敷設という側面を考えると、その間に存在する町からは人の流出のほうが増えるかなと思います。)
そのため、個人的には今後研究をしていく上では一度鉄道と過疎は別個にして考えてみてからのほうがいいのかなと思いました。
小出くん自身がもし鉄道をメインで行いたいのであれば、まず鉄道とその周辺分野のみに焦点を当て、その後時間の余裕があれば過疎について見てみる、といった流れのほうが自身の論理に囚われずに研究ができるように思います。
様々忙しい時期だとは思いますが、お互いに頑張りましょう。
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報告お疲れ様でした。4回生の新山です。
今回の報告は地域鉄道の敷設が過疎問題に繋がったのではないかという研究でしたが、以前私がつついた地方や鉄道というところで通じるものがあり、非常に興味深く聞かせていただきました。
そこで気になった点としては地域住民の声が今回挙げられていた史料の中からはあまり見られなかったことがありますが、授業内で地域住民の声が見える史料はいくらか見つかっていると言われていたので、そういった史料にある人々の生の声を内容に反映することが出来れば、研究の深みが増すのではないかと思いました。
また、先生方が長野県史以外の市町村史も見ていく必要があると言われておりましたが、確かに市町村史はその土地土地によってどの部分の史料が厚いか、どの分野に力を入れて製作されているかといった目次からわかるところだけでもその土地の特性が見えてくることがあるので、市町村史の目次に目を通すだけでも収穫があると思います。
私も3回生の時に岡山県内の全市町村史(岡山県でも盛んに市町村史が作られているのでかなり沢山ありました)を(必要に迫られて)読み漁ったことがあるのですが、県立図書館に開館から閉館まで籠って死に物狂いで読んで丸3日かかりました。でも、おそらく本気を出せば1週間以内に市町村史の整理をすることも可能になるので、時間のできた時に勢いで取り組まれてみるといいのかなと思います。
根気が必要な研究でとても大変だと思いますが頑張ってください!次回の報告も楽しみにしています!
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3回生の加納誠也です。発表お疲れさまでした。
私は鉄道に対してはあまり詳しくはないので、今回の発表では明治時代の長野県をイメージしながら聞くことができました。また、鉄道を通して過疎を見るという試みはおもしろいと感じましたが、過疎問題というのは言うまでもなくその地域の人々にとっては死活問題であるため、今後の研究では、地元の人々が過疎問題をどのように乗り越えるのかという点も念頭に置いて進められると、より研究の中身が濃くなるのではないかと思いました。
卒論の完成に向けて頑張ってください。
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報告お疲れさまでした。4回生の舟久保です。
過疎に関してですが、鉄道より高速道路の建設やマイカーの普及が進んだ高度経済成長期の方に過疎の原因が隠されている様にも感じました。車があればどこへでも行くことが可能で、それに伴い県外(都市部)への人口流出が発生したと考えます。高度経済成長期は都市と農村の経済差が開いた時期でもあると思うので、こちらも当たってみると良いかと思います。
小出くんは長野県の過疎の研究をしたいのか、長野県の鉄道の研究をしたいのかをもう一度研究の将来性なども吟味して考えられると良いかと思います。
色々と忙しい時期かと思いますが、お互い頑張りましょう。
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3回生のZHAO WENBOです。発表お疲れさまでした。
過疎問題についての起源と具体的な出来事が明確に定義されていないためこれから深く探究に値する。一番関心を持っているのが過疎問題の戦前と戦後の異なる部分、社会との関連性、現代の過疎地域がどんな影響を受けたのかについてです。また、私は鉄道にあまり詳しく知らないですが、信越鉄道が長野県の地域経済の発展を積極的に促進したのが認めない事実ですが、経済の差の拡大されてしまったのも看過できない問題です。
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3回生の桂です。報告お疲れ様です。
過疎問題と明治の鉄道事業を繋げて考えるのはとても面白い見方だなと思いました。
質問で当時の鉄道がどれくらい利用しやすいものだったのかを聞いたのですが、今みたいに鉄道が当たり前の交通手段として利用されるようになった転換期の長野県の人口流入出とその層を見てみたら過疎と繋げられる上に当時地方に住んでいた人々の考え方も見れて面白いのではないかなと思いました。
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報告お疲れさまでした。4回生の斉藤亘輝です。
鉄道の敷設と過疎問題というテーマ設定は大変興味深かったです。図表も多くの史料を基に丁寧にまとめられていて、筆者の努力が感じられるところでした。
ただ、人口の減少が果たして鉄道の敷設による影響であるのか、その裏付けが深くされていないと感じられました。鉄道敷設と人口減少の因果関係については、当時の文献史料を用いながら慎重に検討する必要があるかもしれません。
また、報告を聞く中で、長野県が広大であると改めて感じられました。よって恐らく、長野県の中でも、鉄道敷設の影響を受けた地域と受けていない地域、水運や道路整備による影響を受けた地域が見られると思います。加えて、交通網の発達により産業が発展した地域や逆に人口が流出した地域など、地域によってその影響は様々でしょう。この点で、当時の人々の鉄道に対する意識や、利用した目的について理解できる史料を各地域で集められれば、長野の人々の移動、そして過疎化に繋がる背景が明らかにできるかもしれません。
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報告お疲れ様でした。3回生の牧大雅です。
鉄道と過疎問題という視点は、初めは面白い視点だと思いましたが、色んな方の指摘を読み、聞いてみると、やはり鉄道が通っている地域の経済効果は大きく、
人口移動も流動的だという点から、交通インフラが地域に与える影響を確定的に求めるのは難しいように思われます。鉄道というと地域の人口の増減に関わる
というよりかは、むしろ人の往来が激しい分地域外の人々の流出入に影響を与えるというイメージが私の中では強いので、それが直ちに過疎問題との関連に結
びつくのか慎重にならざるを得ません。今後の研究では、鉄道の敷設が本当に過疎問題と関連があるのか、をお住まいの地域や周辺地域に住む人々や行政機関
の方にインタビューをして、その影響や関係性に関してどう考えているのか、を質問してみることも必要ではないか、と感じました。
これからの研究の進展を祈念致します。頑張って下さい。
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発表お疲れ様です。4回生の石原航希です。
ご自身が長野県出身だということもあって、研究に対して大変な熱意を感じることができました。
今回は主に明治期の過疎について調べられていたと思うのですが、大正・昭和・平成などの他の時代と比べて、過疎になる原因に違いがあったり、また共通点があったりするのでしょうか?
また、長野県の過疎問題に関する要因は県全域に当てはまるものなのでしょうか?
引き続き研究頑張って下さい。
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報告お疲れ様でした。3回生の水谷春都です。
他の方々も指摘されていますが、鉄道の敷設によって過疎問題が始まったとする仮定の
根拠が弱いと感じました。自分は特に鉄道に関して詳しい訳ではないのですが、以前
地理学の授業で、鉄道→心理的・空間的距離が縮まる(うろ覚えです)という話を
聞いたので、地域によってはその仮定が当てはまるのではないかと思います。過疎問題に
繋がる人口減少というのは鉄道が敷設されたからといって急速に進むものではないと
思うので、自分の出身県である秋田県で人口減少の一因となっている、
子ども世代の進学先や就職先といった辺りは当時どうだったのか気になります。
人口の増減に関わらず、子どもの割合が後の時代の人口減少に繋がったのではないか、
と自分は感じました。
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報告お疲れ様でした。3回生の阪口です。
過疎という現代的な問題を、地域交通の観点と、明治時代まで遡って考えるという視点は、面白いと思いました。
今回の報告では、鉄道の敷設が過疎地の選定をしたという結論には至っていないようでしたが、他の鉄道周辺の経済効果や住民の声と鉄道が敷かれなかった地域の差を調べ、多くのデータを取り、鉄道の効果がどの程度のものであるのかを精査する必要があると感じました。
また、現在、過疎と呼ばれている地域について、あえて現代に立ち帰り、いつから過疎地域と認識されるようになったのか、その原因は何かを考えてみるのも良いと思いました。そうすることで、鉄道敷設に限定されない、過疎の原因を見つけることができるのではないかと思いました。
大変な作業になると思いますが、いい研究となるよう、応援しています。
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発表お疲れ様です。3回生の鈴木菖子です。
過疎問題を鉄道と結びつけて考えることは無関係ではないので面白いと思いました。
質問では定めた仮定が本当に合っているのかを調べる必要があるという意見がありました。
私もこれには賛成で、その仮定が合っているのか合っていないのかを研究し、合っていないのであれば、なぜその仮定が合っていないのかを明確にする必要があると思いました。
それが終わった上で研究する時代の範囲を増やすかを決めるべきだと思いました。
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発表お疲れ様でした。4回生の山内です。
私と同じ鉄道研究をされているのでとても興味深く聞かせていただきました。質問でもあったように、鉄道が通ったら発展して通っていないところは衰退したというのは少し無理があると思うので検討した方がいいと思います。新幹線の開通によりストロー現象が起こる場合があり、長野新幹線(北陸新幹線)の開通によって多少影響があるのではないかと個人的には考えているので、時代を広げて研究するのであれば、そこら辺を見るのもありかと思います。
同じ鉄道研究をしているもの同士頑張りましょう!
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報告お疲れさまでした。3回生の戸川です。
鉄道を主軸に研究されているとのことで、鉄道好きの私としては非常に興味深く拝聴しました。特に信越鉄道が開通した際に、鉄道駅のおかれた長野地区はますます栄えたものの、誘致に失敗した松代地区は寂れてしまったとの内容は、興味深かったです。
授業内でも指摘いたしましたが、鉄道開通後に鉄道が通らなかった地域は過疎になってしまったとおっしゃっていました。しかし県内の地区ごとの人口は、程度の差こそあれ基本的に増加の傾向を示しており、根拠としては不十分だと感じました。
今回提示された郡単位の人口増加を表す資料は、篠ノ井線開通以前のものでしたので、もし開通以後のデータがあれば、小県などが篠ノ井線開通によって過疎化が進んだという主張にも説得力が出てくるのではないかと思いました。
今後の研究の成功をお祈りしています。
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報告お疲れ様でした。3回生の幡鎌です。
今回の報告は長野県の中でも信越鉄道が通された地域を中心に扱われていたことかと思います。ただ、報告を聞いていて長野県北部の鉄道が通された地域と通されなかった地域のみに焦点が当たっており、長野県中部から南部にかけての地域についてはあまり触れられていなかったように感じました。(南部の交通網が整備されたのが、もっと後の時代なので当然かもしれません。)長野県全体に注目してしまうと地域が広すぎるのではないかと感じたので、先生が仰っていたようにもう少し地域を限定してみると良いのかなと思いました。
また、先発的に鉄道を通されて開発が進んだ地域と後発的に高速道路の開通などで開発が進んだ地域ではどのように異なるのかが気になりました(インフラが先にできた地域と後にできた地域の発展の違いについてです)。個人的な意見ですが、今まではインフラが先に整備された地域の方が発展しているだろうと考えていましたが、最近では、実は後に整備された地域の方が勢いがある分、発展しているのかなとも考えています。
また、つい最近「コンパクトシティ」というものがあることを知りました。これは地方の旧市町村の役場周辺のエリアなどに人を集約させて効率的な街づくりを行なうというものらしいのですが、このように行政主体で人を移動させた(特定の地域に住まわせた、移動するように促した)事例が過去にもあったのではないかと考えました。第三者が、他県から今回研究対象としている長野県の地域への移動を促した場合と逆に他県への移動を促した場合があると考えたため、周辺の地域にも目を配る必要性が出てくるのではないかなと思いました。
以上が報告を聞いていて考えた点です。少しでもお役に立てれば幸いです。卒論の完成、応援しております。
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報告お疲れ様です。三回生の横井です。
信越鉄道が長野県社会にもたらした変化について、考察されていました。
ただ、信越鉄道が、例えばそこに住む人々の考えに影響を与えた、という考察ならともかくとして、産業や人口に影響を与えたというのは、あまり不思議のない結論であるため、当たっているところも多いだろうと思います。
個人的には、図表6、7では、人口グラフだけでなく、年齢分布もデータとして欲しいと思いました。そこまでしなくても、村の人口から、去年の人口+出生届の数を引けば、村の外からやって来た人の人口が割り出すことができ、より鉄道の影響が明らかになってくるかと思いましが、年齢分布も加えて知ることができれば、それがどういう要因によるものなのかも分かるかと思います。青年の人が多ければ、長野より発展していないところから出稼ぎに来ているのかも知れませんし、老年の人が多ければ、長野を終の住処として隠居する人が多かったのかも知れません。
これからも研究を頑張ってください。応援しています。
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報告お疲れ様です!4回生の天井です。
現在の長野県の過疎化が、戦前社会と繋がりがあるのではないかという視点が凄く面白かったです。ですが、他の方も仰っていたように過疎化=鉄道の敷設の影響にするにはまだ根拠も史料も少ないのかなと思いました。高速道路などの影響もそうですが、就業的な理由や心理的な理由なども影響してきそうです。鉄道の敷設について、人々の感想などあればそこに焦点を少し当ててみてもいいのかなと思いました。
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報告お疲れ様です!4回生の天井です。
現在の長野県の過疎化が、戦前社会と繋がりがあるのではないかという視点が凄く面白かったです。ですが、他の方も仰っていたように過疎化=鉄道の敷設の影響にするにはまだ根拠も史料も少ないのかなと思いました。高速道路などの影響もそうですが、就業的な理由や心理的な理由なども影響してきそうです。鉄道の敷設について、人々の感想などあればそこに焦点を少し当ててみてもいいのかなと思いました。
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