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【4月14日4限 意見・感想】
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意見・感想等を一言以上書いていただきますようお願いいたします。
また、ここに書き込むことで出席したとみなします。
なお、期限は1週間で、それ以降は書き込んでも出席点となりませんので、皆様早めに書き込んでいただきますようお願いします。
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3回生の加納誠也です。発表お疲れさまでした。
発表を聞いて、最初に感じたことは、先行研究について詳しく書かれていた点です。「先行研究」という言葉は、今までの研究入門や基礎講読、史料講読で聞いたことはあったものの、私自身具体的にどういったことをするのかはイメージできていなかったため、この発表を元に先行研究を準備していきたいと思いました。
次に、発表のテーマである「大正自由教育」に関しては、高校の日本史の教科書で、そういったものの存在は知っていましたが、具体的な中身までは知らなかったので、かなり興味深い内容だと思いました。
また、成城学園と成蹊学園の2つの学校法人のカリキュラムと、それにまつわるエピソードを通して、このことは決して過去の問題ではないと感じ、現在の教育の在り方を考えさせられるテーマであると実感しました。
卒論の完成にむけて、これからも頑張ってください。
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EI1発目の報告お疲れ様でした!修士1回の坂本です。
史料をしっかり読み込み、成城・成蹊の2校における教育の状況をきちんと把握、整理できている点が素晴らしかったです。4月中旬とは思えないほどの充実ぶりでした。授業内、あるいは掲示板でのコメントを踏まえ、この調子で頑張ってください!
これは私の所感ですが、自由教育が頓挫した要因の一つは、そのシステムの煩雑さにあるように思います。時間割を自由に構築できるというシステムは、確かに生徒の個性であったり、特質であったりを活かすことができるとは思うのですが、その反面、模倣画一主義的教育より手間がかかるのもまた事実です。いわゆる自覚の足りない生徒が、そうした煩わしい制度を活用していなかったと考えると、偏差値が低下し、自由教育が挫折するのもむべなるかなという気がします。
つづいて、授業中に申し述べました意見2点を、こちらでも書かせていただきます。
1.成城の教員はどのような人物であったか?
史料14に「自学の直接の指導の任に当たるべき筈の諸先生の自学に対する認識不足」「よりよき指導案作成に努力して下さらぬ点」が指摘されているのを踏まえると、教員も自由教育をしっかりと研究してきた人ばかりではないように見受けられます。今回『事報』で記事を発見した教員だけでも、その経歴を把握されるとよいかもしれません。
2.東京の教育の実態はどうであったか?
私立と公立との比較分析をされていくことを今後の課題とされてきましたが、個人的には東京の教育事情も気になりました。すなわち、成城・成蹊の両校がどのような土壌のもとで誕生したのかという地域色の問題を鑑みる必要があるかなと思います。都市と地方の差異もそうですし、同じ(一緒くたにするのも問題ですが、東京と同じく地方・農村と対極にあると捉えていただければ結構です)大都市の大阪・京都などとも異なる、東京ならではの事情が、両校創設の背景にあるような気がしました。
早い時期の発表で、戸惑われたこともあったかと思いますが、大変面白い報告でした。今後も無理をせず、楽しく研究していただけたらと思います。応援しています!
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これまでの大正自由教育の先行研究の整理が非常にきれいで、研究史の穴が分かり易く提示されていると共に、細見さんの研究の意義が提示できていて参考にさせていただきたいなと感じました。
今回の報告では、主に教育の受け手側である生徒や保護者に視点を向けていましたが、そもそも大正自由教育というのは同時代の社会において広く認知される存在だったのでしょうか。少し、細見さんのやりたいこととは異なってくるかもしれませんが、世間(メディア)からの評価など、第3者からどのように思われていたのかを見ることも、大正自由教育の実態を探るという点では大切かなと感じました。
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報告お疲れさまでした。3回生の桂です。
大正自由教育を受け手側から見ることで今も昔も生徒は怠惰に過ごしてしまうものなのだなと感じて面白かったです。
受験競争を避けるために私立学校に入学するという動きが見られるという報告がありましたが、これは保護者の意思が反映された行動だと思いました。保護者は今の生活レベルを落とさないために子どもたちを私立学校に入れている気がします。教育のユーザーは生徒ですが、学校のユーザーは保護者だと自分は思うので公立学校について調べるのであれば公立学校の保護者も調べてみてほしいです。
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発表お疲れさまでした。4回生の大間です。
今回の発表もこれまでの大正自由教育の歴史から先行研究の整理、本文に至るまで非常にキレイにまとまっていてすごいなと思いました。
私もこんな風にできたら…と尊敬してしまいました。
受験戦争が苛烈であったとのことでしたが、その社会背景にはどのようなものだったのか気になりました。
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報告お疲れ様でした。4回生の新山です。
今回の報告では、成城学園・成蹊学園を中心とした史料を元に、自由教育を受けさせたい保護者の気持ちや教育方法の変化をわかりやすく示されていて大変参考になりました。
報告の中で気になった点としては、最初の方に教育の受け手側について明らかにしたいと言われていましたが、保護者の思いに関する資料は示されていましたが、生徒個人の考えに関する資料は教師の日誌の一部分にしかなかったとおもいます。生徒が自身の教育に対する考えを述べているものがあれば、より受け手側が自由教育をどう捉えていたのかが見えてくると思いました。
決して長くはない限られた期間を対象とされているので史料も限定されているとは思いますが、研究頑張ってください!応援してます!
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報告お疲れさまでした。3回生のZHAOです。
成城高等科進路先の図表を通じて1929年から1937年までの生徒は東京と京都へ進学する傾向がほかの地域と比べると高い。この原因についてさらに深く探究してみたい、なぜ東京と京都で先進的な教育資源を持つのか、その教育史の変遷にも興味深いである。
また、国家主義的な教育目的と衝突しないことを前提にした大正自由教育はあくまでも制限性がある。
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4回生の那波です。
まず率直に、非常に文章がわかりやすく、構成も明瞭で、クオリティの高さを感じました。
わかりやすく相手に伝えられるということは、それだけ嚙み砕いて理解ができているということだと思います。
非常に刺激をもらえる報告でした。
以下気になった点について述べようと思います。
まず質問で聞いたことと重複するので詳しくは書きませんが、第2章第1節での時系列と因果関係のねじれが気になりました。
今後公立も調べたりなど、研究の作業を広げていくと思うのですが、一旦自身の身に付けた知識や史料を整理してみるといいのかなと思います。(なお私自身も整理する必要があるなと最近感じております。)
次に、たまに出てくる曖昧な表現が気になりました。
個人的には、「安定した進路」という表現が特に気になりました。
私個人の意見にはなりますが、「安定した進路」という表現のニュアンスには、「一般的」というニュアンスも含まれているように感じます。
我々の時代で考えたとき、「安定した進路」という表現に当てはまる進路は、大学に行って就職する・公務員になるなどでしょうか。
このように、単に経済的に安定するから「安定した進路」というわけではなく、みんながそうだから、といったニュアンスが入る気がします。
そう考えたとき、大正期において、大学に進学する、ということは一般的なのでしょうか。
昨年度の松本さんの報告において、大学というものが官僚の育成という一面を持っていたという話もありましたし、そもそも大学全入時代は戦後に入ってからだったように思います。
ゆえに、大学への進学という進路は、特殊な進路であるように思います。
そのため、当時にとって大学への進学がどのようなものであったのかを捉えなおしてみると、大正自由教育の中で問題となった大学への接続問題に対する見方も変わってくるように思います。
以上長々とすみません。
様々忙しい時期だとは思いますが、お互いに頑張りましょう。
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報告お疲れ様でした。4回生の舟久保です。
非常に内容がまとまっており、わかりやすいなと感じました。
若しすでに調べられたりされていれば申し訳ありませんが、
2つの学校を建設し、大正自由教育を行う当初に思い描いていた想像と現実のギャップなどはあったのでしょうか。この部分から細見さんの研究目的である大正自由教育の成果や限界が少しわかるかもしれません。
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発表お疲れ様です。4回生の石原航希です。
大正自由教育において、保護者の意向が反映されているとありましたが、今でも中学受験などは本人の意思以外にも両親の影響も少なからず存在すると思います。今も昔も共通項があるといった点で今回の発表は興味深いものでした。
もしかしたら、大正自由教育という軸から逸れてしまうのかもしれませんが、私立教育と公立教育の共通点と相違点が私も気になりました。
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報告お疲れ様でした。4回生の鳥井です。
先行研究の整理および本文の論の組み立てがしっかりしており、とても把握しやすかったです。
質問としては、教育を行う側に注目したいとのことですが、今回の報告では教員からの評価が中心となっており、教育を受けた生徒本人たちの意見は見受けられなかったように感じます。今後教育を受けた人々の記述を探す予定などはあるのかが気になりました。
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研究発表お疲れ様でした。3回生の鈴木菖子です。
研究発表の大体の流れを把握することが出来ました。テーマや問題点の着目する点が明確でわかりやすい発表だったと思いました。私はまだ研究したいテーマが決まっていないので、どの様なことに興味を持ち現在の研究テーマに至ったのか知りたくなりました。
第1章第2節では自由教育を求めて、外部から入学する者、転学する者について書かれていました。成城学園から転学するために退学した者は一定数いて、どの高校へ転学したかは不明であるという内容が書かれていましたが、どの高校へ転学したのかが不明であるならば、退学した者が皆より良い自由教育を求めていたとは考えにくいのではないかと感じました。
私の通っていた学校は明治時代に創立されたので、大正自由教育が社会で注目されたことによる影響があるのではと、身近なことのように考えられて興味がわく研究内容でした。
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報告お疲れ様でした。3回生の吉田です。
大正自由教育について基礎知識がさほど無い私でしたが、内容が充実していて且つ上手くまとめられていたため、非常に理解しやすかったです。私も今回の発表を聞いて、今まで考えていたテーマではなく教育史をやってみるのもありだなと考えるようになりました。自由教育の限界の背景に生徒の「自覚」の欠如があるという点からも、他の方がおっしゃっているように生徒の目線からの史料にも当たってみることが有効なのではないかなと思いました。
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発表お疲れ様でした。4回生の天井です。
発表の流れがとても分かりやすくて、何が課題でこれから何を明らかにしていきたいのかがよく分かりました。
質問としては、自由教育を求めたからと言うよりは、公立学校での画一主義的な教育に対する批判などから入学を決めたケースもあったとありましたが、それはイコールの関係ではなくまた別の問題なのでしょうか?
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発表お疲れ様でした。
まず冒頭のまとめが非常にわかりやすく、また細見さんの研究の意図もとても伝わってきたためぜひ参考にしたいなと思いました。
発表の中で公立と私立での教育の違いがとても気になりました。次の発表でそちらを掘り下げると述べられていたのでとても楽しみです。
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報告お疲れ様でした。
実際に学校で教育を受ける生徒に限らず、保護者にまで言及されていて興味深かったです。学校や教育を話題にする際、教員ー生徒間で完結してしまいがちなので新鮮でした。
今回の報告を聞いて、大正自由教育からは都会色の強さが感じられました。
私個人の経験から、地方では昔から「個」より「集団」が重視される傾向にあると考えています。日常の中で農業や催事といった集団行動が求められ、少しでも目立った行動をすると白い目を向けられがちな地方で、個性が尊重される自由教育はむしろ広まりにくかったのではないかと思いました。
また、自由教育導入による教員の負担は大きかったと思います。私自身かつて教職課程を取っていた身で、学習指導要領の内容が少し違うだけで教育の在り方がガラリと変わることもあると学び、なんて大変な世界なんだ、と驚愕しました。画一主義的な教育から子どもの個性を尊重した教育へと方針が変わったことで、例えば自由教育導入初期の教員は「従来のやり方」は通じない、加えて前例も少ない中で生徒を指導していくことに苦労したと思われます。
なので個人的には、自由教育という新たな教育の在り方は教員の志望率や採用者・退職者数に何かしらの影響を与えたのか、という点に興味が湧きました。
教員志望とのことでしたので、この研究は今後ご自身の教育方針の決定していく中でも大きな力になると思います。実習と研究の両立は大変かと思われますが、今後も頑張ってください。
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発表お疲れ様でした。4回生の橘川亜美です。
先行研究や全体のストーリーが非常にまとまっていて、すごくわかりやすかったです。私も参考にしたいと思いました。
やはり大正自由教育の受け手側に注目して研究するのは、史料が少なくてとても大変だと思います。今回の発表も学校側の史料が少し目立っていたと感じました。また質問でもありましたが、教育方法を地方に持って帰って取り入れたという学校のこともすごく気になったので、そこらへんについても詳しく調べてみると面白いのかなぁと感じました。
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発表お疲れさまでした。3回生の戸川です。
まず、今回の発表は内容が整理されていて、理解しやすかったです。参考にしたいと思いました。
大正自由教育については、今回初めて知りました。当日の質問でも触れましたが、そもそも国定教科書を使わない学校の存在が認められていたということに驚きました。
教育の受け手側の研究が少ないというのは、私も本当にそのとおりだと思います(ただこれまでは気づいていませんでした…)。考えてみれば、私も教職課程を履修するなかで、教育を施す側の文献は読んできましたが、教育を受けた側の文献は読んだ(見つけた)記憶がありません。この研究が、教育に新たな視点をもたらすことになるのではないかと思います。
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報告お疲れ様でした。3回生の幡鎌です。
私は戦後教育の「学生に委ねられる自由な思考」と「学生に対し画一的に施される暗記の詰め込み」のせめぎ合いに対して興味があるので、大正期の自由教育というテーマは非常に興味深いものでした。教育というのはどうしても成果主義的な部分があり、教育を受ける側がどのように思うかよりも結果としてどのような実績が挙げられるかという部分が重視されてしまう分野であると思います。そのため教育について評価する際にはどうしてもそのような実績重視のフィルターがかかってしまうことは避けられないのではないかと考えています。今回の報告は受け手の観点から大正自由教育を再評価したものであると思いますが、実際どの程度自由教育は成功していたのか分析するのであれば、公立の学校との実績の比較をする必要があるのではないかと思いました。また、教育の格差があった時代は、単に教育の良し悪しだけでなく、教育を受けている学生たちのバックグラウンドも重要となってくると思うので、私立学校の自由教育、公立学校の教育を受けている学生がそれぞれどのような層の人たちだったのかも気になりました。
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報告お疲れさまでした。4回生の齊藤です。
生徒たちの自主性を重んじる自由教育がいいのか、詰込み型の教育がいいのかは長年の問題であり、答えの見えない問題であると思いました。筆記試験を課さない入試は多様性を重視する一方で、学力の低下を引き起こしてしまう可能性を孕んでいます。現代の教育においても、多くの学校では詰込み型の教育が採用されています。しかし、これでは生徒の個性を生かした教育はしにくいと思います。私自身も今回の報告を聞き、一概にどちらがいいとは言えませんでした。
現行の詰込み型の教育と自由教育を見ている細見さんはこの両者をどう捉えているのかをもう少し詳しく知りたいなと思いました。
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報告お疲れ様でした。三回生の横井来季です。
史料がまとめられ、また、内容もしっかりしていたと思います。
画一的な集団教育ではない、自由主義的な教育をしていた成城・成蹊学園の内情についての史料を知れました。
同校の自由主義教育は、最終的に衰退していくことになる、と聞きました。
となると、同時代の外国における自由教育は、政府の干渉や戦争によって影響を受けたかどうかは、やはり気になるところです。
受けていなかったらそれは何故か、ということを比較してみれば、同校が衰退した理由もよりはっきりするように思いました。
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