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魔神「また、世界は滅んでしまいましたね」
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https://www.youtube.com/watch?v=84ptpYMNpU4
魔神「だから言ったでしょう?」
魔神「あなたにできる事なんて何もなくて」
魔神「あなたが何かを足掻くたびに、世界が一つ終わっていく」
魔神「無意味で、無価値で、無能で、無力で」
魔神「どうしようもなくどうしようもない、罪深き虚空」
魔神「それが、あなた」
魔神「だから、諦めましょう?」
魔神「だから、屈しましょう?」
魔神「だから、もうやめましょう?」
魔神「……そうすればきっと、楽になれるから」
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『終末よりも、一歩先に座す魔神』。
彼女がそんな風に呼ばれ始めたのは、一体いつの事だっただろう。
彼女の世界には、終わりだけが広がっていた。
彼女の視界では、何もかもが終わっていた。
彼女は、盤の上に垂らされる真っ黒なタールのようなものだった。
小さないくつもの小部屋に分けられた、個性豊かな広い、広い盤面。
尊くも美しいそれぞれの小部屋は、それぞれに息づいていて、それぞれに命を営んでいる。
それら世界の上から、誰にも望まれていないのに無遠慮に注ぎ込まれる、際限なき黒い粘液。
「終わり」と名付けられたその黒い粘液は何もかもを飲み込んで、何もかもを塗り潰していく。
魅力的な小部屋も、風変わりな小部屋も、類稀な小部屋も、平穏な小部屋も。
真っ黒に塗り潰し、あらゆる個性を等価に消し去り、ゼロへと堕とす最後の絶望。
彼女がそんなものになってしまった理由は遥か遠い過去に埋もれて、もう思い出す事はできない。
最初からそんなものだったのかもしれないし、途中から作り変えられてしまったのかもしれない。
ただ一つ漠然とわかっていることは、この地獄にだけは、きっと終わりなんてないことだ。
小部屋は、世界は、盤上にどこまでも果てしなく続いている。広がっている。
彼女はそれを塗り潰し続ける。生命の彩りを、死滅の黒に染め上げ続ける。
愛しいと思える世界たちを、愛しいと思いながら終わらせ続ける。
それはきっと、彼女が愛しさの最期の一片を捨てるその日まで、彼女を苛む絶望であり続けるのだろう。
何故愛しいと思うことができていたのかも、もはや彼女には思い出すことはできなかったが。
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男「……」
男「……、あれ?」
男「いや、えっと。おかしいな」
男「俺は確か、死んだんじゃなかったっけ」
男は目を覚ましました。寝起きだからか、記憶が曖昧です。
頭も何だかフラフラします。体に力が入りません。
最後に「自分はもう死ぬのだな」と妙に潔く人生を諦めた記憶だけがぼんやり残っています。
ここはどこなのでしょうか。自分に何があったのでしょうか。
横になったまま見上げた所によるとどこかの家の中ですが、知らない天井です。
おぼろげな記憶を辿って、ようやく少し思い出してきました。
まずはそう、とても、お腹が空いていたことを。
男「……そうだ」
男「俺は、餓えて死んだはずだったんだ」
男「干ばつと不作で食う物がなくなって、村の住人は半分が外に逃げ出して」
男「それでも魔物が恐くて村から出ようとしなかった残りの半分と一緒に、俺も村に残って」
男「それで……結局誰も戻らずに、俺は、飢えて死んだはずだった」
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思い出すと途端に空腹を意識してしまいますが、けれど今感じるのは、
意識が途絶える寸前まで感じていたような、魂の最後の一粒まで乾き尽くすような
痛切な飢えではありませんでした。
喉は潤い、胃の腑にはほんのわずかに、けれど確かに食べ物の重みがありました。
男は生きていました。そして当分、死ぬことは無さそうでした。
男「……なんかいい匂いがするな」
魔女「おはようございます」
男「うわぁっ!??!!?」
男の傍には、いつの間にか女の子が座っていました。
彼女が座っている椅子の横には小さなテーブルがあって、その上に湯気の立つ料理が皿に載っていました。
寝起きで、そして死にかけて意識が朦朧としていたとはいえ、気付かないのはおかしいぐらい近くに
女の子は自然に座っていたので、男はとても驚きました。
しかもその上、女の子はとてつもなく美人なのでした。美少女なのでした。
黒いような赤いような艶やかな髪を垂らして、夜空のように輝く瞳と、澄んだ肌の持ち主でした。
不思議な衣装を着ていて、それは旅支度をした行商人にも似ていました。
干ばつで辺り一帯が干上がるまでは、よく行商人も村を訪れていたのでした。
女の子が着ているのは、行商人のものよりもよほど上等で、風変わりな外套でしたが。
魔女「お腹を空かせているようなので、食事を用意してみたのですが」
魔女「食べられそうですか? 起きられますか?」
男「ええっと……」
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男「あなたは、旅の人ですか?」
男「僕は飢え死にしかけていたと思うんですが、もしかしてあなたが……」グゥゥ
魔女「」キョトン
男「あ……」///
魔女「えっと……よければ、冷める前に召し上がってはいかがですか?」
魔女「お話は、食べ終わった後にいくらでもいたしますし」
魔女「毒とか、そういうのは入っていませんから」
男「……すみません、お言葉に甘えます」
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初対面で寝起きに驚いて、それでも格好つけて質問をしようとして、
それさえも自分の腹の虫に遮られてしまった情けない男は、
これ以上情けない姿を女の子にさらす前に、とりあえず腹の虫を黙らせることにしました。
何より、死にそうではなくなっていても、男はとってもお腹が空いていたのでした。
男「もぐもぐ」
男「もぐもぐ」
男「もぐもぐもぐ」
男「……っはー! 美味かった!」
魔女「そうですか?」
男「あ、いや! すみません、すごくおいしかったです」
魔女「いえいえ。それは何よりです」
魔女「作った甲斐もありますし」
男「ごちそうさまでした」
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男「あ、お礼もまだでしたね……すみません、本当にありがとうございました」
男「旅の方、なんですよね? 貴重な食料まで使わせてしまって」
男「何かお返しできる物があればよかったんですが」
魔女「構いませんよ。食料には困っていませんでしたし」
魔女「旅の方、かどうかは怪しいところですけど」
男「?」
男「あ、そうだ。あなたが見つけてくれた時、僕はどうなってましたか?」
男「空腹で朦朧としていて、ここ数日の記憶が曖昧で」
男「見た所、ここは村の誰かの家の中みたいですが」
魔女「地図に載っていたこの村を探し当てて、中を歩いてみたら」
魔女「あなたが道に倒れていたので……近くにあったこの家を借りさせて貰いました」
魔女「鍵もかかっていませんでしたし、緊急時と思って。問題だったでしょうか?」
男「いえ、助かりました」
男「問題も……ないと思います」
男「もう、何も」
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男「僕の他に、行き倒れている村の人はいませんでしたか?」
男「というか、他のみんなはどこに……?」
魔女「……それは」
女の子は言い淀みました。
それを見て、男は何もかも察してしまいました。
もともと、そんな気はしていたのです。
村の中は、あまりにも静かすぎたのでした。
食事を終えた男と女の子は、村の中を見て回りました。
言うまでもなく。誰も彼もが、死んでいました。
飢えて倒れて、死んでいました。
男「酷いもん、ですね」
男「他人事みたいに言う事じゃないかもしれませんが……」
男「これはもう、なんていうか」
男「ひどいな……」
魔女「……そうですね」
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男「これでよし、と」
男「すみません、手伝ってもらっちゃって」
男「食事の分の恩だって返せそうにないのに、これじゃ借りっぱなしですね」
魔女「お気になさらず。わたしは単に、そういうモノなんです」
魔女「それに、手で掘るよりは随分と楽にできたはずですし……」
男「確かに、魔女さんの魔法はすごかったです」
男「土がズゴゴッて盛り上がって、一瞬で穴ができましたからね」
魔女「大したことじゃないです」
魔女「これでちゃんと、村の方たちを埋葬できますね」
男「はい。お陰でみんなも……せめて、安心して向こうに行けると思います」
男「そうだと、いいな」
魔女「……ですね」
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魔女「男さんは、これからどうされるおつもりですか?」
男「……どうしましょうかね」
男「親父は随分前に魔物に食われちまったし」
男「母さんも、二ヶ月くらい前に栄養が悪くて体調を崩して……でしたから」
男「いわゆる天涯孤独ってやつなんですよね、俺」
魔女「……」
男「ま、村がこんなにあっさり全滅しちゃうと、世の中そんなもんなのかなって気もしてきました」
男「とりあえずは、先に村を出た人達の後を追って……」
男「運が良ければ街に辿り着いて、仕事でも探して」
男「運が悪ければ、魔物に食われて終わり、ですかね」
魔女「……」
魔女「運が悪ければよかったと、思ってますか?」
男「はい、少しだけ」
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男「感謝はしてるんです、本当に」
男「死にたいわけでもなくて……みんなの埋葬もできましたし、それはよかった」
男「でも、どうしたらいいんでしょうね?」
男「知り合いも家族も、みんな死んじゃって」
男「俺、ほとんど村から出たことも無いような田舎者ですから」
男「死にたいわけではないけど……これからどう生きたらいいのかは、正直、わからないです」
魔女「……」
魔女「……なら」
魔女「わたしと一緒に、来ませんか?」
男「えっ?」
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魔女「わたしは旅をしています」
魔女「どこまでも、どこまでも」
魔女「いままでも、これからも」
魔女「ずっとずっと、旅をしています」
魔女「いつかどこかに辿り着くことがあるのかも、わかりません」
魔女「どこから来たのかも、もう思い出すことはできません」
魔女「ずっとわたしは一人でしたが――」
魔女「いつかどこかで、ずっと昔には、そうではなかったような気もします」
魔女「だから、その」
魔女「……わたしと一緒に、行きませんか?」
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魔女はとてもとても口下手でした。
そもそも男には食料も旅の知識も何も持ち合わせがなかったので、
旅慣れた案内人であり食料も道具も持っている魔女への同行に、否などあるはずもありません。
助けたことを恩に着せてもいいですし、もっと高慢に「連れていってやるからありがたく思え」でも、
男は言われた通りありがたく思うぐらいの状況なのでした。
ですがそんなやり方を魔女は使わず、自分の事を、曖昧で漠然と、ほとんど何もわからないような
説明なのか何なのかもはっきりしない言い方で口にしました。
それを聞いて男は、魔女が一人で旅をしている理由の一つが、察せられたような気がしました。
あるいは結果なのでしょうか。一人で旅をしていた結果として、こうなってしまったのでしょうか。
ただ一つ漠然とわかったことは、この親切で口下手な少女は、
きっと自ら望んで一人旅をしているわけではないという事でした。
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男「……僕はきっと、役には立てないと思いますよ? 旅の知識もないですし」
魔女「だ、大丈夫です。水の探し方から世界地図まで、頭に入っていますから」
男「食料もないですし、道具もお金もないですし」
魔女「大丈夫です。どれも余裕がありますし、必要になったらどうにかします」
男「そんなにイケメンでもないですし」
魔女「大丈夫で……えっ?」
男「そんな僕が旅の道連れで、大丈夫ですかね?」
魔女「……えっと、はい」
魔女「大丈夫、です」
男はとてもとてもジョークのセンスが壊滅的なのでした。
けれどそれはもしかしたら、にこりともせずに生真面目に返事をする魔女と、
いい感じに噛み合っているのかもしれません。
こうして。
滅んでしまった辺境の村の、最後の生き残りの男と。
謎めいた旅人の魔女は、旅の道連れになったのでした。
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【村の外】
男「ふぅ……こんなもんかな」ドサッ
魔女「荷物の準備はできましたか?」
男「えぇ、まぁ」
男「といっても、村中探しても大した物はありませんでしたけどね」ハハハ
男「品定めにも付き合ってもらって、ありがとうございました」
魔女「いえ、そのぐらいは」
男「というか、魔女さんの荷物も少しはお持ちしましょうか?」
男「どうせ荷物持ちぐらいしかできることもなさそうですし……」
魔女「大丈夫です。魔法で軽くしているので」
魔女「というより、言い出し難かったのですが、荷物自体大抵の物は魔法でその場で作れるんです」
魔女「いわゆる錬金術の類ですが……この荷物も格好ばかりで、本当はなくてもどうにかなります」
男「マジですか」
魔女「すみません」
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