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エルヴィン・スミス「まぁ、気にするな」
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扉を開けて外へ出ると陽の光が目に刺さり、目を細めた。
夏の焦げるような陽射しではないがまだ晴れている日は動けば暑い。
だが吹く風の冷たさを感じ、少しずつ気温は下がってきてはいるようだと彼は思った。
兵団の服を着込んだ彼は職務へ就くべく歩を進めた。
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「おはようございます」
兵団の中でも上に位置する立場の彼は告げられる部下からの挨拶を返しながら執務室へ向かう。
部屋へ入ればいつもどおりの書類の山、見慣れた日常風景だった。
換気のために窓を開けてから席に着くと慣れた様子で山になったそれらを片付けていく。
不意に書類が巻き上がり床へ相当量が落ちた。
軽く舌打ちをして開け放っていた窓を閉めようと立ち上がる。
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その拍子に机にあった机上の暦表が倒れた。
仕方なくそれを拾って元に戻す。月は10月。
ああ、そういえば誕生日だったな。
暦表に手を掛けたままの彼の頭にそんなことがよぎった。
はっとして頭を軽く振り、目頭を指で押さえる。
そうして振り払おうとしたが記憶が昔を辿ることを止めることができなかった。
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「だから! そう思い込ませたい意図があるんじゃないか?」
珍しく大声を上げてエルヴィンは同じ訓練兵へ熱弁を振るっていた。
珍しい、とは言うがこういった話になると彼は大概こうなってしまう。
普段はどちらかと言えば落ちついた雰囲気なのだが巨人や壁外の事となると毎回のように同じ説を唱え始める。
“壁外に人類がいないと何故言える?”
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それを真面目に聞いているものはほぼいない。
エルヴィンと同じように調査兵団へ進むと決めているナイルでさえ考えすぎだ、屁理屈だと茶化していた。
エルヴィンは時折悔しそうにしていることもあったがその説を繰り返し思い出したように話していた。
時が経ち、エルヴィンとナイルはある酒場の娘に気を捕らえられた。
取り合いの火花でも散らすのかと思われたがエルヴィンはあっさりと身を引いた。
あっさりと見えただけかもしれないが。
ここで二人の道は別たれた。
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「ナイル! すげぇな! 憲兵団入りかよ!」
「……ああ」
「俺は上位には入れなかったからなぁ……」
「おっ、エルヴィンだ。あいつ、調査兵団に行くんだってよ」
「ぶれねぇな。変なことばっか言ってたしな」
「…………」
訓練兵団を卒業するナイルは最終的に10位以内に成績を修め、憲兵団へ入団した。
それは後の妻、マリーと共になるためだった。
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「……よう、エルヴィン」
「ナイルか」
「やっぱり調査兵団に行くんだな」
「ああ」
「…………俺は」
ナイルが何かを言おうとすると、エルヴィンはそれを遮るように彼の肩を軽く叩いた。
「まぁ、気にするな」
そう言ってエルヴィンは去っていった。
この選択でナイルは心の奥に小さな淀みは残っていたが後悔はしていなかった。
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マリーを妻に迎え、子供もできた。
3人目がマリーのお腹に宿った頃に世界が動いた。
その中心はエルヴィンが率いる調査兵団だった。
「お前は誰を信じる?」
エレンが知性巨人に拐われ、またそれを奪還後エルヴィンが王政召集された。
その召集時に何故だかナイルは彼に連れ出されてしまった。
馬車の中で問われたこの問いに、ナイルはまともに答えることはできなかった。
自分にできることは与えられた仕事をこなし、上の命令に従うだけだと姿勢を崩さなかった。
何よりも、家族が大事だった。
王政に口を出せば目をつけられる。その後どうなるかなど火を見るより明らかだ。
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「ナイル師団長?」
ナイルははっとして暦表から手を離した。
思いに耽り、扉を叩く音も耳に入っていなかったようだ。
「ああ、悪い。なんだ」
「書類が床に散らばったままですよ。お疲れなんじゃないですか?」
「いや。それに疲れているからと休めるわけでもないしな」
「色々と、忙しいですからね」
「そうだな……新しい事を始める時は忙しくなる」
そう言って開け放たれたままの窓へ向かった。窓はキィーっと音をたて、閉まった。
「……昼から少し出てくる。遅くなるかもしれん」
「わかりました。お気をつけて」
思うところがあり、ナイルは少々遠出をすることにした。
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あの時、エルヴィンは笑っていた。
前王政に処断されたあの時。
散々調査兵団を存続させるべきだと拷問を受けながらも主張していたことを全て却下され下された処罰。
処刑。
連れていかれるその瞬間、エルヴィンは笑った。
ナイルは動揺しながらも彼を見ていることしかできなかった。
何か……と思いがかすめた時。
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「ウォール・ローゼが突破されました!!」
とんでもない報告が耳に入った。
その場所はナイルの家族が暮らす町だった。
場は騒然とし、いち早くピクシス司令が人々を守るため命を下したが王政はそれを止めた。
彼らは人類の半数を見殺しにすると判断した。
ウォール・シーナの扉を閉鎖し何人たりとも入れてはならぬと。
ナイルはその判断に、逆らった。刃向かい、戦うことも覚悟した。
しかしナイルが戦うことにはならなかった。
すぐにザックレー総統が大勢の武装した部下を連れ立ち場を制圧したからだ。
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首謀はピクシスだと自ら言ったがそうではない。
これは全てエルヴィンの博打だ。
「エルヴィン……お前の勝ちのようだな……」
そう労ったがエルヴィンは浮かない顔のまま不穏なことを言うだけだった。
その後の己の変わり身の軽快さに多少の嫌悪を抱きながらもまた、ナイルは与えられた仕事をこなした。
以前と変わりない。だが、以前よりは風通しが良くなったと感じる。
そして元調査兵団所属のヒストリアが女王に就任し、
2ヶ月後にはウォール・マリア内の巨人を減らすため、巨大な槌がエレンによって生成された。
更にその1ヶ月後。
ウォール・マリア奪還作戦が決行された。
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人気のない静かなその場所は秋の花が周辺に咲き乱れ、そこここには花束が置かれている。
途中で買った花束を手に握り、こんなものを好むだろうかと思いながらもナイルは目的の場まで進んでいく。
目的の場に着くとそこで足を止めた。
風が少し強い。吹く風がナイルの身体を煽り、冷やしていく。
上着がバタバタとはためくが、何をするでもなく立ち尽くしていた。
じっと睨むように見つめる。
「……よう、久しぶりだな」
しばらく見つめたあと、ポツリと口を開いた。
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「今日は誕生日だったよな? おめでとう。似合わねぇと思うがプレゼントだ」
そう言って花束を軽く上げて見せ、また下ろした。
「なんだな……先に逝くとは思っていたが」
「何も俺が謝ろうとした時に逝くことはねぇだろうよ」
「……エルヴィン」
そこにはウォール・マリア奪還から物言わず帰還したエルヴィンが眠っていた。
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「子供の時から……ずっと茶化してきたよな」
「お前の言う、壁外に人類がいるっていう話」
「本当にいたな。お前の言っていたことは間違っちゃいなかった」
「同時に巨人共が俺らと同じってのには今でも微妙な気分だが」
そこでナイルはふっと自嘲の笑みを浮かべる。
ぐっと持っていた花束を握りしめ、眉間を寄せて目を細めた。
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「エルヴィン……ごめんな。信じなくて」
風が一段と強く吹き、花束の花が少し散った。
花弁は高く舞い、どこかへ行ってしまった。
一寸、吹き荒れた風の中で佇むナイルの耳に誰かが呟いたような気がした。
それは懐かしい昔馴染みの友人の声に似ていた。
罪悪に駆られた自分の心が聞かせた幻聴だとわかっていてもお前ならきっとそう言いそうだと寂しく笑った。
そうしてナイルは持っていた花束をそっとそこに捧げた。
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踵を返し、霊園を後にする。
日々の職務は家族を、開かれた壁内を守るためでもある。
これからまた、厳しい未来が待っているかもしれない。
だがやるべきことをやるだけだ。
一度振り返り、霊園に向かって敬礼をする。
そして、再び真っ直ぐと自らの日常へと歩き出した。
終
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乙
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