■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■

( ^ω^) ひびを想うようです
1名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 00:53:34 ID:.uYxZaL60





          ( ^ω^) ひびを想うようです




.

2名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 00:55:01 ID:.uYxZaL60

( ^ω^)「……」

「あ、ブーン君? 何してるの?」

 僕は聞いている。彼女の声を。
 透明感のある、柔らかな声を。


「私? 私は花に水をあげてたところだよ」

 僕は聞いている。窓辺のベッドにもたれ掛かって。
 季節外れの青空から降り注ぐ、暖かな日差しを浴びて。

 窓の隙間から冷たい風が入り込む。
 風は、白色のカーテンと、ベッドに横たわる一輪の花を揺らして、
 部屋の空気に溶けていく。


「ほらこの花、初夏に見せてあげた時より綺麗でしょ? 覚え」

3名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 00:55:16 ID:idTIvoAQ0
wktk支援

4名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 00:56:30 ID:.uYxZaL60

( ^ω^)「……」

 また隙間風が部屋を通り抜け、花弁が寂しげに揺れる。
 このまま水も与えずに放っておけば、明日には枯れてしまうだろう。

 白い盤の時計に目をやると、針は十時を回るところだった。

 夜明け前からの冷え込みは和らいだが、風が吹けば身が強張ってしまう。
 それでも平気でいられるのは、この冬晴れの陽光と、首に巻いたマフラーのお陰だ。


 二月も中頃。
 昨日まで、雪催いの空が続いていたというのに。
 今は綿雲がぽつぽつと泳いでいる程度で、すっかりと晴れ渡っている。

( ^ω^)「……」

 でも。
 いつかこの小さな雲も、消え去ってしまうのだろうか。
 徒雲となり、身を散らし、その白を青い空に溶かして。

5名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 00:58:04 ID:.uYxZaL60

 それが良い事なのか、それとも違うのか、僕には分からない。

( ^ω^)「……」

 それでも、僕は見ている。
 彼女の顔を、見ている。


 ζ(゚ー゚*ζ


 ずっと近くで。
 両手で支えながら、重たい、重たい、彼女を見ている。

 僕が巻いているマフラーは、彼女から貰ったものだ。
 彼女の首に白いマフラーが巻かれているのを、見たくなかったから。

 白。小さな頃、好きだった色。

6名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 00:59:32 ID:.uYxZaL60

 冬は白い。雪は白い。
 白さは、寒さだ。白さは、冷たさだ。

 でもこのマフラーからは、むしろ温かさを覚えてしまう。
 それが日差しと混ざり合って、眼の下に生温い波を送ってくる。


( -ω-)「……」

 瞼が重い。
 これまでの日々を小夜すがら想っていたのだから、無理もないのだろう。

 初めて出会った日の、麗らかな朝の空。
 偶然が呼び起こした、鮮やかな海の色。
 繋ぐ手をすり抜けた、ささやかな昼の風。
 寒空の下で揺らいだ、密やかな炎の光。


 ああ、もしもあの時、あの亀裂に、あのひびに気付いていたら。
 何かが、変わっていただろうか。
 何も、変わらなかっただろうか。

 有り得ない事だと分かっていても、思い返す度に――。

7名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:01:03 ID:.uYxZaL60

( ^ω^)「……」

( -ω-)「……」

 瞼を閉じた。彼女の顔が視界から消える。
 まどろみが体を満たしていく。

 誰かと共有する時間にも季節というものがあるとしたら、冬の後には何が来るだろうか。
 霜枯れた世界に、産声は響くのだろうか。


 たとえ何も産まれないとしても。

 今はまだ。

 今はまだ、この気持ちを手放したくはない。



 * * *
.

8名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:02:30 ID:.uYxZaL60

 * * *



( -ω-)「……」


( ^ω^)「……?」

 気が付くと、僕は海底に立っていた。
 闇を溶かした瑠璃色が広がる、何一つ泳がない海の底。


 息は出来る。服は濡れていない。
 肌寒さはあるが、臭いや水の重さも感じない。
 裸足の為か、ひんやりとした感触がする。

 上から差し込む光はない。
 眼前には大小さまざまな岩が転がっているのみで、見渡す限り海の砂漠。
 水は無尽蔵にあるというのに、何もかもが渇き切っていた。

 これは、夢だ。

9名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:04:16 ID:.uYxZaL60

 振り返ると、巨大な城郭がそびえていた。
 色は純白。
 青い世界から切り離され、その色はくっきり浮き出ている。


 両開きの扉も白色だ。
 見るからに重たげで堅固な扉。
 しかし一歩踏み出すと自ら開き、ぼやけた光がいくつも飛び出した。

 加えて一筋の虹が足元へと伸び、中へ中へと誘う。
 ゆっくりと足を乗せ、渡る。
 今にも壊れそうな、淡く、暗い、虹の橋。

 歩き終えると虹は石塊へ変わり果て、その場で砕け散った。
 遅れて扉が閉まり、城が僕を閉じ込める。


( ^ω^)「……」

 広々とした城内は外装と同じく白に塗り潰され、一点の色彩も存在しない。
 照らすものは見当たらないが、内部の様相ははっきりと目に映る。
 寒さは海と同じだ。思わず肌が粟立つ。

10名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:05:30 ID:.uYxZaL60

 ――白のせいだ、白の。


 活きているものも枯れているものもない。
 それでも空気は、外より潤いに満ちていた。
 立っているだけで、漠然とした安堵感が体を巡っていく。


( ^ω^)「!」

 しかし何故か水気は、有無を言わさず体に染み込んできた。
 そのまま体内を駆け巡り、胸を裂いて溢れ出ていく。
 言いようのない憂愁を滲ませて。鈍い痛みを残しながら。

 僅かに身を丸くして呻くと、小さな雰囲気の変化が感じ取れた。
 胸を押さえて顔を上げる。
 向かい側の壁に、灰色の扉が現われていた。

11名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:07:03 ID:.uYxZaL60

( ^ω^)「……」

 あの向こうに、何かがある気がする。
 ぼんやりとした確信を携えて、足を動かす。
 奥の方へ歩んではいるが、進んでいくというよりは、戻っていくような感覚だった。


 床を踏み、扉との距離を縮める度に、じんわりとした痛みが胸を襲った。
 緩い鼓動に合わせて痛みが走り、裂け目からとめどなく水がこぼれる。
 でも痛みに対しては、嫌悪感や拒否感は生まれない。


 遂に、目と鼻の先までに近付く。
 扉の取っ手も等しく灰色で、掴んだ掌には、冷たさではなく温かさが伝わった。

 迷わず、開ける。

12名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:08:23 ID:mZ0JJMoE0
期待

13名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:08:30 ID:.uYxZaL60

 開いた先には、荒れ果てた大地が広がっていた。
 枯木がぽつぽつと立ち、万年雪が点々としていて、見上げた空は白い。
 月はどこにも見当たらなかった。


 どこまでも、どこまでも、索莫のにおいに咽た荒れ地。

 だがそこには、ここにある世界の一切が詰まっていそうだった。


( ^ω^)

 躊躇なく、踏み出す。
 全身を荒野に押し込むと、扉は音もなく閉まり、かき消えた。
 足には靴が履かされ、胸の傷は無くなっている。

 背後には前方と同じく、何一つ殺さない殺風景。

14名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:10:00 ID:.uYxZaL60

( ^ω^)「!」

 立ち尽くしていると、七色の風が雲を払い、凪いでいた世界に色を与えた。

 雪は大地へ染み込み、枯木たちは生気に満ち、次々と草木が芽吹いていく。
 どこからか飛来した鶯が陽光の到来を告げると、瑞枝から桃色の花が咲き乱れた。

 次に光る疾風が駆けていき、大地の隅々までも緑へと洗い流す。
 荒涼は消え去り、いくつものしゃぼん玉が空に舞い踊った。


 煌びやかな光景の中、鐘の音が世界を包み込んだ。
 音は四回響き、木霊しながら、耳に絡んではすり抜けていく。

 鐘声の木霊も去っていく頃、右隣に人の気配が生まれた。
 自然に顔を向けると、そこには彼女の微笑む顔。


ζ(゚ー゚*ζ

15名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:11:30 ID:.uYxZaL60

 彼女がいる。彼女の顔がある。
 若草のような彼女の全身が、ここに存在している。

 やはり、これは夢だ。

 しかし夢だからといって、虚空感に刺されはしない。
 幻でもいい。今は、それでもいい。
 この目に映せるのなら、ただの記憶でも。新しい表情でなくてもいい。


ζ(゚ー゚*ζ『覚えてる? 始めて会った時の朝』

( ^ω^)「覚えてるお、今でも思い出せるお」

( ^ω^)「どうせ一人のままだろう、と思ってた事も」

 彼女の儚げな声が、花々を可憐な妖精に変えた。
 東風にはためく妖精たちの中には、空で舞い遊ぶ者もいた。
 鶯は雲雀へと姿を変成させ、空高く飛翔して共に戯れる。

 風は緑のさざ波となって地平線を目指し、それを一匹の雄鹿が追っていった。

16名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:13:03 ID:.uYxZaL60

ζ(゚ー゚*ζ『離れて生きるのは初めてだったから、上手く口を動かせなくて』

ζ(゚ー゚*ζ『私、噛んじゃってたよね』

( ^ω^)「そうだったお」

( ^ω^)「裏表ないような微笑みを向けられたのが久々だったから、というのもあるけど」

( ^ω^)「僕も、同じだったお」

 苦笑の混じった声を漏らす。いつの間にか辺りには闇が沈んでいた。
 朧げな三日月の光が、眠る妖精たちを艶めかしく照らす。

 しばらくすると、叢雲が夜空を削り始めた。
 雲は霞みながら、夜を払いながら、次第に天を覆っていく。
 更には黄色い砂をも取り込んで、その足を大草原にこぼした。


 花曇りへ移り変わると、妖精の一群は空へ住処を移した。
 風は声を止め、かすかな寒気が流れ。
 やがて妖精たちは自らを水にして、地上へと降り注いだ。

17名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:14:47 ID:.uYxZaL60

 彼女と僕は木陰に隠れ、雨をやり過ごした。
 葉は白ではなく瑞々しい新緑で、葉面には多くの蛍火が宿っていた。

ζ(゚ー゚*ζ「まだ白い傘を持ってるの?」

( ^ω^)「今はまだ、持ってるお」

 水たまりに描かれ続ける波紋を、僕たちはただただ眺める。

 降りしきるのは慈雨なのか、それとも身を知る雨なのか。
 僕には分からない。


 黒い南風がやってくると勢いは増し、水はひと固まりの瀑布となって流れ落ちた。
 滝は怒涛の勢いで大地を穿ち、周囲に濃霧をまき散らした。

 直後、再び七色の風が吹き抜け、雨雲の喧騒をかき消していく。

 大地に、静穏が訪れた。
 眼前には果てしない海原が出来上がっていた。

18名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:16:00 ID:.uYxZaL60

 南風は黒でなくなり、雲の集団を一つ残らず追いやった。
 燕が高く飛び、碧空は熱い光を降らせ始める。

 草原は砂浜へと変貌し、辺りには棕櫚の木が立ち並ぶ。
 すぐ傍では口の赤い鳥が、新たな時の流れを喜んでいた。


ζ(゚ー゚*ζ『あの海で会えたのは、偶然だったと思う?』

( ^ω^)「偶然だったと思うお」

( ^ω^)「でも、もしかすると偶然じゃなかったのかも知れないお」


 鋭い光を受け、縹色の海はきらきらと輝きを返している。
 その眩さに目を細めながら、海鳥が憩う渚を歩く。

 ときおり潮風が首筋に囁きかけ、ささやかな爽快感をもたらしてくれた。

19名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:17:30 ID:.uYxZaL60

ζ(゚ー゚*ζ『一緒に見たあの海は、本当に綺麗だった』

( ^ω^)「今までにないくらい、鮮やかだったお」

 何もかもを包んでしまいそうな、茫洋たる大海原。


ζ(゚ー゚*ζ『何でだと思う?』

( ^ω^)「あの時の僕が、あの時の僕だったから」

 水平線を這う入道雲の上には、薄い弓張月が浮かんでいた。
 消え入りそうに見えても、強かな存在感を放って。

 以前より月が膨らんでいるのは、彼女が一緒にいるからかも知れない。


 もし、自分の心の欠片を瓶に詰めて流したら、どこに行き着くだろう。
 月に辿り着いてくれれば嬉しいけれど。
 きっと、違うのだろう。

20名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:19:00 ID:.uYxZaL60

ζ(゚ー゚*ζ『あっ』

 彼女がにわかに声を上げ、海の方を指さす。
 指の先、高く伸びる雲の峰から、小さな片雲が追い出されていった。
 無論、色は白だ。数多の光を跳ね返し続ける、白。

 雲の切れ端は何を思ったのか、単なる欠片へと変質し、海へ沈んでしまった。
 だがしばらくして、波の穂が浜辺に欠片を届けてきた。
 目を凝らして見ると、それは白い貝だった。二枚貝だ。


 手に取ってみたが、本当に、何の変哲もない貝だった。

 ただ、開く事は叶わなかった。
 あらん限りの力を込めても、軋み一つ上げない。

ζ(゚ー゚*ζ『ちょっと見せて?』

 彼女に手渡すと、白い貝は薄紅色へ変色した。
 そのまま力を込めると、あろう事か、貝は瞬く間に開いてしまった。

21名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:20:39 ID:.uYxZaL60

 途端、羽を休めていた海鳥たちがハーモニーを奏で始める。
 それだけでは飽き足らず、啼声を上げながら天高く羽ばたいて。
 そのまま群れをなし、空の青を引き連れ飛び去っていった。


 暮れ初める水平線には、神々しいまでの火球が溺れかけていた。
 黄金色に光るそれは、空を燃え上るような茜色に染めつつ、徐々に姿を隠していく。

 揺れる水面に光の線を映しながら。
 僕の胸に一抹の轟きを残しながら。

 やがて夕靄が残照を纏い、彼女の顔が分からなくなった。
 さりながら、彼女の心に水がたたえられている事は感じ取れた。
 あの頃の僕の心が、魚の形になり始めていた事も分かっていた。


 時は流れを止めず、空は濃紺となって、月の輝きが光の粒を散りばめる。
 彼女の顔は月映えに煌めいて、浮世離れした雰囲気を醸し出していた。

22名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:22:06 ID:.uYxZaL60

ζ(゚ー゚*ζ『覚えてる? 日々草』

( ^ω^)「覚えてるお」

 他でもない彼女が、教えてくれた事だから。

ζ(゚ー゚*ζ『初夏から晩秋にかけて咲く花』

( ^ω^)「そうだお。そして、室内以外では冬を越せない」

( ^ω^)「あと、毒を持ってるんだおね」

ζ(゚ー゚*ζ『でもね、毒を持ってるから』

ζ(゚ー゚*ζ『迂闊に食べちゃうと大変なんだよ。そんな事する人がいるかなんて分からないけど』

( ^ω^)「でも、細胞の異常を抑える働きもあるんだお」

ζ(゚ー゚*ζ『あ、それと前は言ってなかったんだけど、薬としても使われてるんだって』

( ^ω^)「どっちが勝ると思うかお」

23名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:23:34 ID:.uYxZaL60

ζ(゚ー゚*ζ『私には分からないなあ』

( ^ω^)「娑羅双樹みたいになるかも知れないかお」


 海とは反対側。地平すら見えない暗闇を、一筋の光が貫いてきた。
 赤い光は勢いよく夜の帳をめくり、鮮烈な輝きをもって何もかもを染め上げた。

 この世の万物を照らすかのような、神秘の力を込めた暁光。

 光明を目にした棕櫚は、海が現れる前の姿へ戻った。
 次いで、七色の風が通り過ぎる。

 新緑の葉は遠方からの日光を全て吸い込み、自身にも山吹色を漲らせた。
 空には青が帰り、真砂は黄金の草原へ様変わりした。


( ^ω^)「そういえば」

ζ(゚ー゚*ζ『何?』

24名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:25:01 ID:.uYxZaL60

( ^ω^)「あの時……僕が歩いている時に丁度良く会えたのは、偶然かお?」

ζ(゚ー゚*ζ『どうかなあ? 偶然だと思うけど?』

 そう言う彼女の妖しげな微笑みに、僕の心は安らいだ。
 自然に笑みがこぼれ、心を縛るものも無くなってしまいそうになる。


( ^ω^)「そうかお」

ζ(゚ー゚*ζ『きっと、ね』

 彼女が囁くと、澄み切った青空を雁の群れが飛んでいった。
 どうしてか雁は、いくつもの涙を海に滲ませてから、彼方へ去っていく。
 そして涙の混ざった海は、白露へ変わって辺りに立ち込めた。

 露は次第に木々の周囲へ集い、山吹色の樹冠を紅く彩った。
 海があった場所は、輝く野原が覆い尽くしてしまった。

25名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:26:31 ID:.uYxZaL60

( ^ω^)「……手」

ζ(゚ー゚*ζ『何?』

( ^ω^)「繋いでもいいかお?」

ζ(゚ー゚*ζ『いいよ』


 彼女と手を繋ぐと、目の前に並木道が生まれた。
 葉は風に揺らめいて、あるものは落ち、あるものは飛んでいき、

 ゆっくり、


 ゆっくり、


 時間をかけながら、

 大地に紅い絨毯を作った。

26名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:28:00 ID:.uYxZaL60

ζ(゚ー゚*ζ『どこかに、あの……紅葉でも、見に行く?』

( ^ω^)「紅葉なら、ここにあるお」

ζ(゚ー゚*ζ『うん、分かった! じゃあ時間は……』

 彼女が紅葉を散らし、地をいっそう紅くする。
 その様を眺めながら、手を繋いだまま歩いていく。

 天地を繋ぐ梯子にも似た、長く続く、一筋の道。


ζ(゚ー゚*ζ『もうすぐ着くよ』

( ^ω^)「そうかお」

 彼女が呟き、風は色を失くした。

 冷たい風が繋ぐ手を揺さぶると、樹葉の紅は宙に砕け、全てを空に溶かし込んだ。
 一つの青も見えない夕空が、世界を縁取っていった。

27名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:29:31 ID:.uYxZaL60

ζ(゚ー゚*ζ『この道でいいの?』

( ^ω^)「……」

 僕は口を閉じる他なかった。
 そのまま、歩みを進める。

 ふと気が付けば、周りには枯木が連なっていた。
 冷えて固まった地には、朽葉が哀愁を乗せて転がっていく。


 地が固まっていると感じたのは、今だからだ。
 地が冷え込んでると感じたのも、今だからだ。


 時が経ち、空の紅は白い粒へ移ろい、鶴と共に地上へ舞い降りた。
 夜の幕が下り、星が遠くで仲間を呼んだ。

28名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:31:01 ID:.uYxZaL60

 ふと見上げると、より膨らんだ月が、淡い虹を着て浮かんでいた。
 今にも満ちそうな小望月は、微笑むように、絶えず明かりを寄越してくれた。

 月冴ゆる夜。
 底冷えは増し、こごり雲が飛び交い、細雪も降り募る。
 同時、見えない冷気が体に襲いかかってきた。


ζ(゚ー゚*ζ『寒いね』

 しかし彼女が声を漏らすと、それだけで寒さは緩んだ。
 僕と彼女の胸から小さな炎が生まれ、ほのかな光を振り撒いていた。


ζ(゚ー゚*ζ『暖かいね』

 心地良い温かみに身を委ね、思わず目を閉じる。
 彼女を想うだけでも、日溜まりの中に居るように感じる。

 だから。

29名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:32:30 ID:.uYxZaL60





 少しの間くらい、手をほどいてもいいと思った。

 彼女が薄氷の上にいるという事になんて、気が付かなかった。




 勿論、その薄氷がひび割れ。彼女が、落ちてしまった事にも。

 僕は、すぐには気が付かなかった。




.

30名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:34:02 ID:.uYxZaL60

 彼女が落ちた冷たい水は、思い描いた事のないような鈍色をしていた。
 探そうと手を入れたが、空回りするばかりで、塩辛さだけが口の中に伝わった。

 水に映る月影も、決して掴めなかった。


 ――ああ、もしもあの時、あの亀裂に、あのひびに気付いていたら。

 ――何かが、変わっていただろうか。

 ――何も、変わらなかっただろうか。

 ――有り得ない事だと分かっていても、思い返す度に、胸が、割れてしまいそうになる。



 水面の光につられて見上げた空には、既望の月が浮かんでいた。


 彼女は満月を待たずに、泡沫と消えてしまった。

31名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:35:39 ID:.uYxZaL60

 鶴が寒さに凍え、動きを止める。
 そのまま白い林となり、瞬く間に僕を取り囲んだ。


 なす術もなく俯く僕に、冷たい雨がぶつかってきた。
 林に傘は無く、容赦なく降りかかる氷雨に、僕はただ、濡れそぼって立ち尽くす。

 知らぬ間に出来た胸の傷は、深く凍てつき、治る気配すらなくなっていた。
 でも、彼女と居られないのなら。
 不死身になれる薬があったとしても、僕は飲まないだろう。


( ^ω^)「……」

 息は白くなり、吐く度に足元へ垂れていく。
 祈りも願いも胸に浮かびかけては、雪煙となって消え失せていく。

 冷たさだけが、体を包んで。
 ささやかな火種すら消して、凍りつかせていく。

32名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:37:00 ID:.uYxZaL60

 氷霜を身に付けた樹木の下には、再び万年雪が降り積もっていた。
 白い、白い、冷たい、雪が。

 月は既に不動のものとなり、明かりさえ薄れ、霞み始めていた。
 星も去り、寂然とした夜の空には、徒雲もなく。
 このまま百代の暗闇となって、全てを呑み込んでしまうように思えた。


( ^ω^)「!」

 突如。どこからか分からないが、小さな爪音が、冷え切った空気を駆け抜けてきた。
 何が近付いているのだろうか。

 音の主は、響きを大きなものにして近付き、遂に目の前に現れた。
 それは一匹の、凛々しい駿馬だった。


 駿馬は「自分は龍から遣わされたものだ」と言った。
 そして「このままで居れば、外では千の秋が過ぎてしまう」とも言った。

33名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:38:42 ID:.uYxZaL60

ζ(゚ー゚*ζ「雪を見てしまったから、もう一緒にはいられないの」

 馬の声に続いて聞こえた声色に、驚きを禁じ得なかった。

 いつの間にか馬の傍らに、天の羽衣を羽織った彼女がいたのだ。
 もがり笛の中で立つ彼女は、今までの、どの記憶にもない顔をしていた。


ζ(゚ー゚*ζ『これ、あげる』

 彼女はあの時の貝殻を二つに分け、一つを僕に渡した。
 手に取ると、貝殻は薄紅色の花へと形を変えた。
 あの暑い日、彼女がつぶさに教えてくれた、あの花へと。


ζ(゚ー゚*ζ『お母さんが教えてくれたの。どんな感情も、一月も経てば形が変わるって。
       大きくなってるのか小さくなってるのか、それとも形を変えてるのか……
       それは、人によるみたいだけどね』


ζ(゚ー゚*ζ「さあ、行って」

 彼女がそう言うのなら、従わない訳にはいかなかった。
 僕の歩く道を決めたのが、彼女の存在だったのだから。

34名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:40:00 ID:.uYxZaL60

 僕が背中に飛び乗ると、馬は勢いよく駆け出し、飛び立った。

 ありとあらゆる悲哀を振り切るように。
 凍み付いた世界から抜け出すように。

 彼女がくれた小さな餞を胸に当てると、少しずつ、痛みが引いていく気がした。

 ありがとう。

 ありがとう。


 馬が向かう先は、雲の切れ間。
 光筋がこじ開けんとする、雪雲の切れ間。

 一握りの名残惜しさを携えたまま、馬にしがみ付いて空を仰ぐ。
 濁った灰色に塗り固められていた、鈍重な雲の裏。


 それは近付くにつれ、鈍くも綺麗な光を帯びた、銀色へと変わっていった。

35名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:41:00 ID:.uYxZaL60

 * * *
















 * * *
.

36名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:42:02 ID:.uYxZaL60

( -ω-)「……」

( ^ω^)「……」

 目が、覚めた。
 随分と長い間、幻の中に閉じこもっていた。

 ぼんやりとした視界が、徐々に輪郭を取り戻していく。


( ^ω^)「……」

 時計を見る。
 夢に潜り込んでから、数分しか経っていなかった。

 数分。
 長い人生と比べてみれば、ほんの、露の間の出来事。


「てる? 日々草」

( ^ω^)「……」

37名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:43:30 ID:.uYxZaL60

 床に置かれた携帯電話のボタンを押すと、動画が再生され、彼女の声が聞こえた。
 去年の秋に撮り、保存したものだ。
 どうやら眠りにつく前、無意識に一時停止していたようだ。

 電源ボタンを押して、ホーム画面に戻す。
 表示されたのは、今年の雪の日にかまくらの中で、枝に点けてみた炎だった。

 携帯電話を閉じ、再び床に戻した。
 代わりに彼女の写真を両手で持ち、眺める。


( ^ω^)「……」

 ベージュのコートを着て、雪だるまの隣に立つ彼女。
 顔に笑みをたたえ、指で自慢げにピースサインを作っている彼女。
 僕の知らない所で、逆さ別れをした彼女。

 重いな、と感じた。
 心の雪に、決して消えない跡を残すほどに。

38名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:45:00 ID:.uYxZaL60

 写真の中に僕は映っていない。
 彼女一人だけだ。僕は、入れない。

 彼女の姿はこんなにも近くにあるのに、その距離がとてつもなく遠い。


 彼女はもう、嘘すらつけない。
 彼女はもう、どんなしぐさも出来ない。

 彼女の温度は、もう二度と感じられない。


 雪の降りしきるあの日に、あの知らせを聞いて。
 白いマフラーをした彼女の、白い顔を見た時から。

 僕は奇跡という言葉に縋る気にもなれず、ただただ暗い部屋でさまよっていた。

 何度、彼女を想っただろう。
 何度、日々を想っただろう。

 想えば想うほど、彼女との過去は大きな楔となって胸に深く食い込んでいった。

39名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:46:30 ID:.uYxZaL60

( ^ω^)「……」

 誰かと道を共にしようとするなど、昔は考えられなかった。
 一人で暮らしていけるのだから、ずっと一人でいいと思っていた。

 真っ白な雪の冷たさなんて一人でも凌げるから、それでいいと。


 白は孤独な色だと、今の僕は思う。
 全ての光を反射し、何かから色を与えられるまで、ずっと、ずっと、
 そのままでいようとする。

 小さい頃に白が好きだったのは、
 無意識の内の孤独感を重ねていたからかも知れない。


 でも、家にあったノートは落書きだらけだった。
 どうでもいい言葉を書き込んだり、色とりどりの鉛筆を使って絵を描いたり。
 唯一真っ白なのは、卒業アルバムの寄せ書きページくらいだろう。

40名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:48:00 ID:.uYxZaL60

 結局僕は、温かな光を求めてアンテナを広げていたんだ。
 独りよがりな白い世界から、抜け出したかったんだ。

 他でもない、彼女の体温で。


 春の麗らかな朝、彼女の笑顔と出会い、それから度々会うようになって。
 夏は海岸で偶然顔を合わせ、色鮮やかな海を眺めながら、色んな話をしてくれて。

 秋の昼間は紅葉を一緒に見ようと、風の中、手を繋ぎながら悩んだりして。
 冬は周囲の人にも手伝って貰ってかまくらを作り、中で火を点けたりしてみて。

 そして今日は。ああ、今日は。


 今日は彼女が去ってから、一ヶ月が経ってしまう日だ。


( ^ω^)「……」

 彼女は僕に、様々な色を教えてくれた。
 なら、今僕はどの道に進むべきだ?

41名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:49:30 ID:.uYxZaL60

 悲しみなど忘れ、また新しい人を見つけるべきか?
 彼女との思い出を抱え、一人で生きていくべきか?
 それとも彼女がいるかも知れない場所へ、僕も向かうべきなのだろうか?

 たとえ僕が後を追ったとしても、そこに彼女がいるとは限らない。
 会える確証はどこにもない。

 永遠に一人きりとなってしまう事も、有り得るだろう。


 やはり、分からない。上手く足を動かせない。

 一人でいた頃は一人でも良かったから、平気で歩けた。

 彼女と過ごしていた頃は、彼女との未来をイメージし続けたから、それに向かって進んだ。
 しかし膨らませ続けたイメージは、既に割れ、霧散してしまった。


 道標が、どこにも見えない。

42名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:51:00 ID:.uYxZaL60

( ^ω^)「……」

 それでも。
 進む道が分からなくとも、今、しなければならない事は分かる。

 たとえ望まない永訣だったとしても、時計の針は戻せないのだから。



( ^ω^)「……」

 黒いコートを羽織り、彼女の写真をポケットに入れる。
 白いベッドに横たわる花を持って、冬の色をした屋外へ出た。


 僕の部屋はアパートの四階にあり、街を遠くまで眺められる。
 昨日までの大雪からか、道も家も雪に覆われ、雪庇のある屋根すらあった。

 時たま、冷たい風が静かにさざめいていく。
 手が僅かに悴むが、日光がある為、多少は平気だ。

43名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:52:30 ID:.uYxZaL60

 滑らないよう慎重に歩みを進め、アパートの階段を下りていく。
 迷路の出口へ向かっていくように。


( ^ω^)「……」

 目的の場所は、アパート裏の公園。
 晴れた日に、子供たちが遊んでいるのをよく見かける公園だ。

 雪は脛の中ほどまで積もっており、進んでいくのには労力を要した。
 寒い。冷たい。少しだけ苦しさもある。

 けれども、行かなければならない。
 去年の秋に彼女と手を繋いだ、あの場所へ。


 ざくざく、ざくざくと、重い足を動かして進む。
 眩い光を跳ね返している公園前の雪は、若干軟らかい。

44名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:54:04 ID:.uYxZaL60

( ^ω^)「……」

 公園に着くと、そこは小さな銀世界となっていた。
 ベンチもブランコも、綿帽子を被っている。

 足跡を残しながら雪道を歩き、冷えた風にも吹かれながら、遂に辿り着いた。


( ^ω^)「……」

 公園の入口付近を固めている木々の、一つに近付く。
 根の辺りに積る雪をかき分け、雪の穴を作り上げた。
 冷たさは、気にならなかった。

( ^ω^)「……」

 ふと、木を見上げる。
 葉は一つも残っておらず、枝には雪が積もっている。
 白い雪。冬の、白が。

45名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:55:31 ID:.uYxZaL60

 冬は、何もかも剥き出しにする。
 木は葉を落とし、空気は渇き、芽吹くものは何もない。
 吐く息も、白くなってしまう。

 人々が暖め合うのは、白い息を吐かないようにする為だ。
 自分達の孤独を分かち合い、孤独を消す為だ。

 僕は、彼女と分かち合った。
 彼女と、密やかな炎を灯し合った。
 寒空の下で揺らいだとしても、ずっと消さないと誓い合った。


( ^ω^)「……」

 穴に、持ってきた花と彼女の写真を入れ、その上を雪で覆った。


 もう、僕は。
 彼女を悲しむ事が出来たのだから、孤独ではない。

46名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:57:04 ID:.uYxZaL60

 もう、この悲しみの中に心を閉じ込めてはおかない。
 代わりに、心の隅に悲しみを置いておこう。

 彼女との日々を、彼女との別れを、忘れたくはない。
 僕の世界を広げてくれた、僕の心を飾ってくれた彼女を、忘れる事など出来はしない。

 どんな声が聞こえようと、どんな眼差しが突き刺さろうと構わない。
 僕は、この気持ちを消さずに進んでいく。


(  ^ω)「……」

 埋めた花に、背を向けた。
 白雪に跡を残して、太陽が照らす道を歩く。


 悲哀を雪が隠してくれるというのなら、その下からは何が芽吹くだろう。
 雪解けの後には、何が残っているだろう。

 今はまだ、分からない。
 それでも、きっと何かが生まれてくれる。そんな気が、している。

47名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 01:58:31 ID:.uYxZaL60

(  ^ω)「……」

( ^ω^)「「さようなら」」

( ^ω^)「「ありがとう」」

(  ^ω)

(   ^)

(    )

 空の色も風も光も、次の季節を目指していく。

 まだ鶯の声は聞こえないが、冬はじきに終わりを迎えるだろう。
 次の春が来て、また誰かと一緒に道を歩く時が来ても。


 僕は、決して絶やさないだろう。
 彼女が灯してくれた、大切な火々を。

 僕をそっと照らしてくれる、たった一つの……

48名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 02:00:00 ID:.uYxZaL60

 ……かけがえのない、ひとひらの炎を。





          ( ^ω^) ひびを想うようです

                 おわり







.

49名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 02:01:20 ID:.uYxZaL60
以上です。
ありがとうございます。
すみませんが、今日はもう寝ます。さようなら。

50名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 13:00:42 ID:qFX4cLm2O
おつ!

51名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 17:41:58 ID:HHl7twX.0
おつ

52名も無きAAのようです:2013/02/25(月) 18:56:47 ID:npTb3Wz20
良いね

53名も無きAAのようです:2013/02/26(火) 00:00:15 ID:cbp4aSZc0
綺麗な文章だなあ

■掲示板に戻る■ ■過去ログ倉庫一覧■