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「これは、とある異世界の、とある少女たちの物語――」
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このイシュノマータ大陸を貫き、大陸を二分しているイーシュル山脈、
そしてその頂点に君臨する山、大霊峰・イシュリンスガル。
本来であれば、人間どころか獣人や魔人ですら生存することが難しい程に高度になるその山の頂点に、
存在しないはずの陰があった。
16、7才ほどの少女が立っていたのだ。
酸素はほぼ無いといっても過言ではないほどに薄くなり、
気温も0℃を余裕で下回っているはずのこの場所に、一人のワーピース姿の少女が悠々と立っている。
山の強風に靡く長髪がバサっと広がり、彼女が着ている蒼いワンピースのはためきとも相俟って、
神々しさすら感じてしまう。
その様子はまるで――――
蒼の神話のようであった。
「風が、変わった……」
少女は呟く。
「これは……少しまずいことが起きそうです」
透き通った声が響くが、山に吹き荒れる強風はその声をもかき消す。
「ふふっ……。楽しくなりそうですね」
彼女のその声を聞いたものは……否、その姿を見たものさえ、
そこにはいないのであった。
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お引越し
したらば初ですが何卒
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期待
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大霊峰・イシュリンスガルの麓の地形を利用されて作られた大都市、ルゼイベル。
周辺の中小国家から『大帝国』の通称で恐れられているイシュルス・ルゼイベル帝国の首都であり、
山脈を利用した難攻不落の立地と強大無比な大軍隊をもって綴られてきた、
1000年の歴史を誇る大都市であった。
とはいえ、500年前の魔王を交えた大戦乱から今日までこれといって大きな戦争など起きていなく、
帝国に所属する軍隊も主な仕事は治安維持と魔物退治などであった。
500年前の大戦乱で消耗しきった人類は大条約を結び、
それまで行われていた争いごとの一切の停止を宣言すると同時に、
各国協力して復興作業に専念することを誓っていた。
その立地からか比較的被害の少なかったイシュルス・ルゼイベル帝国、
その他いくつかの大国を中心として500年間平和は保たれてきたのである。
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その帝国の首都・ルゼイベルの東端にある小さな商店街。
住民の殆どが知り合いのような、
暖かい空気が溢れるこの小さな商店街の裏路地に――
少しだけ空間の歪みができていた。
それは、唐突のことで。
外見だけ見ればものすごく些細なことで。
暗い路地裏にできたほんの小さな歪みなど、
誰にも気づかれることはなかったのだった。
もちろんその小さな歪みが異世界へつながっていたことなど――
誰も知るはずがなかった。
-
大帝国の中でも抜きん出て繁栄しているこの『王都』にそびえ立つ、
この国の王が住まう王城。
塀に囲まれてなお威厳を放つその城の最上階、つまり王の間に、一人の兵士が入ってきた。
「恐れながら、王、直接報告させていただきたく!」
本来であれば入室するだけで特別な許可が必要なはずの神聖な場に、
武装した兵士が入って来るなど通常であれば決して許される行為ではなかった。
王の側近護衛がその兵を止めようとするが、
兵士の様子を見た王がそれを止める。
「よい、その様子では何かただ事ではないことが起きているのだろう?そこの兵、すまんな、発言を許可する」
「しかし……いえ、わかりました。報告をお願いします」
王の言葉とあれば側近であろうと逆らえない。
兵士は一度礼をし、口を開く。
「はっ!じ、実はたった今、海上偵察部隊の兵から報告を受けたのですが――」
――――「アミディアル島に、魔王の兆しあり、と」
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500年前の大戦乱で完全に倒されたはずである魔王。
遥か昔の伝記に、魔王は数百年に一度復活することが出来るいう記述が残されているが、
信じている者はほとんどいなく伝説レベルの話とされていた。
しかし、それが実際に起こったというのだ。
その報告はやがて真実であることが分かり、全世界が一気に混乱に陥るのだが……
件の小さな商店街の歪みが発生したのは、
まだその話が世界に伝わるほんの少し前のことだったのである
-
その頃、現実世界で――
「ん、なんだろう……あそこ、なんか歪んでない……?」
世界を超えて同調した空間の歪みを認識した者が、一人――――
-
夏休みも中盤に差し掛かり、お盆ということもあって、
久しぶりにμ'sの練習は3日続きで休みになっていた。
久しぶりの休日ということで少し浮かれていたにこだったが、
昨日の夜、気付いてしまったのだ。
これからの3日間、完全に暇であることを。
他のメンバーは、墓参りだったり帰省していたり生徒会の仕事があったり……
なんやかんや言って完全に予定がないのは、にこだけなのであった。
というわけで久しぶりに何もしないで家でごろごろと休日を堪能しようかなーと思っていたのだが、
毎日の朝練の習慣か、
休日であるにも関わらず柄にもなく早起きしてしまったにこ。
母親も久しぶりに休みが続いているので、
妹たちの世話やご飯作りなどは今はにこの責務から外れていたため、
朝から完全に暇を持て余すことになっていた。
もちろん宿題の存在などはにこの頭の片隅にさえいることを許されていない。
-
とりあえずPCを立ち上げてみたが何もやる気がおきず、
かと言って寝ているだけでは時間の無駄遣い感が半端なかったので、
とりあえず外に出てみた。
後悔した。
茹だるような暑さとよく言うが、
茹だるどころか溶けるまであった。
寧ろ焦げるまであった。
街の中心から少し離れているとは言え、
田舎というほどでは全くないにこの家の周りだったが、
一歩外に出てみるとセミの声しか聞こえない。
完全に真夏の日差しであった。
-
「なんて暑さよ……ふざけてんじゃないの……?」
額からにじみ出てきた汗を拭いつつ、
こんなとこにはいてられないとばかりにすぐ家の中に戻ろうとしたにこだったが――
「ん、なんだろう……あそこ、なんか歪んでない……?」
少し先の道の空気が、歪んでいることに気付いたのだ。
「小さいけど、陽炎なんてレベルじゃない歪みよね、あれ……」
余りにも暑い夏の日差しと、暑さにやられた頭が作り出した幻覚かという考えが一瞬頭をよぎったが……
その瞬間。
少し離れたところにあったその歪みが、急に膨らんだのである。
「え、ちょ、待って、あれはやばくない!?」
どんどん膨らみながらこちらに急接近してくるその歪みをどうすることもできずに――
次の瞬間、にこはその歪みに取り込まれた。
-
首都ベルゼイルの南端の街、イシャローン。
商業で栄えるその街の東端に位置する、
小さな商店街の裏路地で発生していた小さな空間の歪みも全く同時刻に膨らみを見せたが、
それに気付いた者は――
誰もいなかった。
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「あれ、お姉さまは?」
「さあ……どこかに遊びに行ったんじゃないの?」
「こころー、ここあー、朝ごはんよー」
「あ、はーい!」
「お姉さま……?」
-
「い、今のなんだったの……って……!?」
歪みに取り込まれ、少しの間気絶していたにこが次に目を覚ましたのは、
全く見知らぬ土地だった。
レンガ造り風の建物が立ち並び、かなり入り組んだ塀路地の行き止まり。
蔦に覆われた塀に取り囲まれ、倒れていたにこからは切り取られた空しか見えない。
「えっとぉ……ここはぁ……」
現実逃避のためしばらくに間寝転がったままでいてみたが、どうやら夢は覚めないらしい。
何をしても、覚める様子はない。
頑固な夢である。
ならばこの夢が覚めるまで付き合ってやろうとにこは決意する。
「そうそう、夢よ夢。どこからどうみてもね。うんうん、大丈夫」
そう言って自分を鼓舞しながら立ち上がると、辛うじて塀の向こう側が見えた。
背伸びしてなんとか見える塀の外の景色は、
信じがたいこと先程までにこが立っていた場所とは程遠いものだったのだ。
レンガ調の家が立ち並び、店のようなもの見える。
強いて言うならヨーロッパ風の景色ではあったが、とても現代のものとは思えないのだ。
第一、店の看板に使われている文字が全く見たことのない字だった。
アルファベットでもなく、Хорошоでもなく、もちろん日本語でもない。
東京にこんな場所があるなんて見たことも聞いたこともない。
そしてなによりもにこが異常に感じているのは、先程までの茹だるような灼熱が消えていることであった。
-
さっきまでの暑さは文字通り嘘のように消えていて、
爽やかな風が通り抜ける初夏ぐらいの過ごしやすい気温になっていたのだ。
「ど、どういうこと……」
状況の把握が全く追いつかないでいるにこに、更なる混乱が齎された。
塀の先の少し大きな通りに、馬車が走っていたのだ。
もちろんそれだけでも大混乱の対象だが、さらに驚くべきは、
その馬車を引いている者である。
なんと、
人が馬車を引いていたのだ。
いや、正確には、
馬っぽい人が、である。
馬の耳と馬の尻尾を付け、
軽く500kgとかありそうな重々しい馬車を軽々と引いていたのだ。
5人ほど人が乗っているのに、
なに食わぬ顔で普通にダッシュで馬車を引いているのである。
それだけで明らかに人間の力ではないことが証明されるだろう。
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「え、なに……?なんなのよここは……?」
全くついていけない。
全くついていけないが、いつまでもこの行き止まりの路地に突っ立っているわけにも行かない。
いや、これは夢だ。そうだった。
だから外にどんな光景が広がっていようが別に驚く必要もないのだ。
寧ろよくできた方の夢である。
しかし夢であるにせよ、餓死とかは御免被りたい。
とはいうものの、何をすればいいのか見当もつかない。
てかここどこだよ。
私のまったり休日はどこに行ったんだよ。
それが、夢とかは置いといて正直なところのにこの心境であった。
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一旦ここまで
地の文初めてだけど何卒よろしくお願いします
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乙です
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良ssの予感
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厨二全開でワロタ
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あっちから来ました
期待
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名前が出ねーと何にもわかんねーや
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真面目にプロット作る気になったのでもう少しお待ちを
あと、酉ってここでも8桁?
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せやぞ
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こういうの好き
期待
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遅くなってすいません、生存報告と酉テストかねて少しだけ
*
軽く放心状態になって呆然としているにこの耳に、
少し遠くから少女二人分の声が聞こえてきた。
「あれ、なんか塀の向こうに人の気配がする……かも?」
「んー?今の時間帯ならみんな商店街か魔物狩りとかのはず……誰だろ?」
聞こえてきた声は、どちらもにこと同じぐらいの歳の少女のようであった。
「げ、やばっ、近付いてくる……って、ん?この声……?」
その少女たちの声が少しずつ近付いてくることに焦るが、
聞こえてきたその声に、にこはある疑念を抱く。
なんか、ものっそい聞いたことのある声だったのだ。
-
混乱に混乱が積み重なって立ちすくむにこだったが、
非情なことに少女二人の足音と話し声はどんどん近づいてくる。
そして、塀の向こうのその声が近付いて鮮明になるほどに、にこの疑念は深くなっていった。
「この声……穂乃果と凛にそっくり……?」
そう、その二人の声は、まんまパッショネイトの二人だったのだ。
飽きるほどに聞いた、あの声。
今の状況では少し安心する声ではあるが……
「なんで、あの二人までここにいるの……?」
まさか二人も自分と同じようにあの『歪み』によってここに飛ばされてきたのだろうか。
そもそもあの『歪み』はなんなのかまったくもって分かっていないのだが。
本当に意味がわからない。
混乱の極み。
西木野風に言うとイミワカンナイ!
ちょっと怒ったような感じで、軽く上ずり気味にいうのがポイント。
はい、りぴーとあふたみー?
イミワカンナイ!
<<イミワカンナイ!>>
-
「あ、本当にいたー!」
「だから言ったでしょー。でも、誰だろうあの娘?」
にこの現実逃避はそこで強制的に打ち切られた。
塀で区切られた路地に、件の少女二人がとうとうやってきたのだ。
かなり危機的状況であるが……にこの脳内は他の事でいっぱいになっていた。
いや、件の少女二人のこと、という意味では他の事とは言い切れないのかもしれないが。
まああのそっくりな声を聞いていたら予想は出来るけれど……そう、その少女たちは顔も完全にほのりんと一致していた。
顔と声で見ると、何も疑うことなくパッショネイトだと確定できる。
ずっと一緒にいたにこから見ても、紛う事なきほのりんだ。
・・・・・・・・
顔と声だけ見れば。
にこが二人の正体を確定しきれずにいるのには、二つ程理由があった。
一つ目は、にこを見ても何の反応もしないし、まだ誰何の声が聞こえること。
二つ目は……
その頭から生えているブツのせいだった。
-
そう、
二人の頭からは、
――耳が生えていたのである。
サイドテールの方からは犬耳が、
オレンジ頭の方からは猫耳が。
当たり前のようにしっぽも装着済みであった。
-
短くてすいません
プロット構成中です
-
みてるぞ
-
なぜかパッショネイトな二人で草
-
獣耳ほのりん?いけるやん!
-
にこが呆然としている間にも、どんどんと近付いて来るパッショネイト(仮)。
どんどんと近付いて来る犬耳と猫耳。
どんどんと近付いて来る犬しっぽと猫しっぽ(揺れてる)。
どんどんと近付いてくるry。
一方、前にも後ろにも動けない矢澤。
両者の距離は狭まるばかり。
いよいよ二人との距離が10m程になったとき、あちらから何やら話しかけてきた。
「おーい、そこの子〜」
と思ったらそこの子呼ばわりされた。
よりにもよってオレンジ頭に。
一年坊主にそこの子呼ばわり。
屈辱。
……い、いや、そんなこと言ってる場合じゃない。
-
「見ない顔だけど、どこから来たのー?」
今度は茶色頭の方。いや、あれもオレンジっていうのかな?
なんにせよ、にこには答えられない質問だ。
いや、正しい回答は「自宅です。」なんだけど、この状況じゃ多分、そう答えても場を乱すだけである。
それにしても、今はっきりと『見ない顔』と言われたってことは、あの二人は本当ににこがにこだと分かっていないということなんだろう。
先程の果てしない屈辱と相俟って、かなりの精神的ダメージが来るな、これは。
ずっと一緒にいた仲間に、見ない顔なんて言われるのは流石に少し堪える。
耳と尻尾が生えた代わりに記憶が飛んでいってしまったのだろうか。
本当に訳がわからないよ。
まあそうも言っていられない、パっショネイトはどんどん近付いて来ている。
とりあえずここは……
「逃げるが、吉」ボソッ
-
説明したってどうせ信じないだろうし、どう説明したらいいのかもさっぱりだ。
第一、ほのりんがにこのことを認識していない時点で何かがおかしいのだ。
一度頭の中を整理したい。
つまり、ここは逃げるが吉。
「左右は壁、前はほのりん、後ろも……壁、だよね」
逃げ道は、ない。
どうやら、壁を乗り越えるか破壊するしかないようだ。
まあいくらにこにーにこちゃんといえど、石壁を素手で破壊するのは流石に無理。
となると、選べる選択肢は――
「ねえねえ、どこから来たのー、って……あれ、なんで塀に足かけてるの!?」
「なんで塀乗り越えようとしてるの!?なんで逃げるにゃ!?」
少しがさつな感じに積み上げられたレンガの塀だったので、足場や手をかける箇所がたくさんあって、案外と登りやすかった。
これならほのりんが10mをダッシュしてくる前までにはギリギリ向こう側にいけそうだ。
とりあえずここは逃げて、状況を整理したい。
ここで捕まっても、答えられないものが8割を占める質問攻めをされるだろうし、捕まるわけにはいかないのだ。
-
「ちょ、待ってってば!何もしないから!って……あーもう、こうなったら追いかけるよ!」
「おうともよっ!」
そこは諦めて見逃してくださいよー、と思うが、まああの二人の性格からしてそれはまずないのだろう。
パッショネイトなら狙った獲物は逃がさないもの。
「まあ、あの二人が本当にほのりんなのかはわかんないんだけど、ねっ……っと、よいしょっ」
まあ、顔も声も言動や雰囲気も、耳と尻尾とにこへの対応以外は全て完全にほのりんと同期しているのだ。
ここまでくれば多分性格も一緒だろう。
「なんかどっちからも馬鹿っぽい雰囲気漂ってるし」ボソッ
「なんか今馬鹿にされた気がするにゃ」クワッ
耳良いなおい。
「え?い、いいから追いかけてって、ほら、例のやつで……」
「あ、そっか、わかった……ちょっとまって……よし、いくよ」
なんか相談し始めたが、振り向いては行けない。
そんな気がする。
「よし、ここを越えればあっち側に――」
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「ハール・サナイレ・ア・ラ・モーラ……」
「縮地っ!」
あと少しで塀を登り切れるかという時に、突然猫い方が何やら呟きだした。
かと思ったら……
にこはふと、塀に張り付いている自分の下に風が通るのを感じた。
それはまるで、人が走り抜けたかのような、いや、もっと強い風……しかし、それが何の風なのかを確認している暇はなかった。
なぜなら、他に確認しなければならない案件ができたからだ。
なんと……いきなり誰かが、自分の足首を掴んできたのである。
わやビビったわ。
まあ、察しの良い方なら、その手の主が誰なのかなんてもう気づいているだろう。
「にへへっ、追いついたにゃ〜」
そう、10mほど離れた場所にいたはずの猫耳が、ニヤケ顔でにこの足首を掴んでいやがったのである。
-
文崩れてきたすいませんここまで
ほのりんの口調を分けるのが難しい
-
がんばれ
-
読み返してみたらわかりにくかったので、名前入れることにします
*
にこ「なっ、なんであの距離から……っ」
明らかに、おかしい。
少なくとも両者の距離は10mはあったはずなのだ。
それを2秒で走ってくるとか、何処のウサインだよ。
いや、ウサインがどれくらい早いのかは知らないけど。
少なくとも、静止した状態からあの距離を2秒で駆けてきてそのままにこの足首を掴むのは、ウサインでも無理なはず。
それなのに――――
リン「つっかまーえたー!」
この猫耳は、息一つ切らさず、その芸当をやってのけたのだ。
ウサイン以上の、世界記録を塗り替えるようなことを、平然と。
にこが上を向いてえさこら塀を登っている間に――つまり、この猫耳さんが何かをブツブツつぶやいていたとき――……一体、何が起こっていたのだ。
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ホノカ「あ、リンちゃんナイス〜!」
と、にこが呆然としている間にホノカも追いついてきてしまっていた。
リンの移動術については全くもって謎のままだけど、とりあえず、2人がかりで取り押さえられる前に逃げないと本格的にまずい。
となったら……、
にこ「なんの恨みがあるわけじゃないけど、ちょーっと失礼するわよ!」
リン「にゃ?」
瞬間、にこの右足――リンに掴まれていた方――が、激しく動いた。
リンの手を振り払うために、にこが足を思いっきり蹴り上げたのだ。
にこのセリフで手の力を少し抜いていたリンは案の定振り払われ、地面に腰を突く。
びっくりしている様子のリンを尻目に、急いで塀を登るにこ。
再びリンが起き上がってまた足首をつかまれたら、もう同じ手は通用しないだろう。
ここで逃げないと――っ!
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ホノカ「シャル・リュ・サナイレ・カレッツ・セイハール!」
しかし、にこは大事なことを失念していた。
そう――敵は二人いるということを。
ホノカ「束縛っ!」
犬耳がさっきの猫耳のような謎の言葉を紡いだかと思うと、その瞬間にこの目に信じられない光景が飛び込んでくる。
ホノカ「水よ、かの者を捕えよ――」
ホノカの両手のひらから――水が出てきたのだ。
更に、その水は意思を持つかのように形を形成し、檻のような形になったかと思うとにこを取り囲んだ。
その水の檻が完全体になり、形が完成すると同時に――
――にこの体は、まるで金縛りにあったように、全くいうことを聞かなくなった。
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ホノカ「よしっ、うまくいったみたい」
リン「あーもう、いきなり足振り抜かないでよ、危ないにゃー!」
ホノカ「あははっ、見事にスポンっ!って足抜けて、リンちゃん尻から落ちて行ったもんね〜!」
リン「も〜!この子、どこの子かわからないけど、絶対説教してやるんだから!」
度重なる混乱と、いきなり体の動きを止められたショック、そして目の前の少女達のハイテンションにやられたのか、ついににこの頭は思考を放棄したようだった。
今はただ、昨日まで会っていたはずの、自分のことを忘れた2人の少女を懐かしく思っているので精一杯のにこだった。
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ホノカ「で、いろいろ聞きたいことはあるんだけど……」
リン「何から話してもらえばいいんだろう?」
あの戦闘(?)が終わった、帰り道。
リンとホノカが住んでいるという場所に案内してくれるそうで、当然にこも連行されていた。
右手はリンに、左手はホノカにがっちりホールドされ、逃げられないように捕まえられながら、半ば引きずられながら歩くにこ。
ホノカ『よし、じゃあ着くまで質問タイムだね!』
リン『それといきなり逃げたことのお説教!』
とは言っていたものの。
ほぼ完全に尋問であった。
にこ「本当に私の事わからない……の?」ボソッ
リン「ん?えっと、ごめん、なんか言ったかにゃ?」
にこ「あ、いや、なんでもない……」
今はあんまり変なことは言わないほうがいい……と、思う。
パッショネイト共は完全ににこのことを忘れている。
悔しいけど、反応からしてそれは間違いない。
そして、状況からしてにこがあの『歪み』によって飛ばされたところは目撃していないだろうし、
にこがどこかからやってきて迷子になっていたと勘違いしてくれている。
本当のことを話したら明らかに怪しまれるだろうし、今はこの状況を利用して迷子のにこっちを演じる方が利口だろう。
まあ、本当は逃げ切れるのが一番良かったんだけど。
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リン「まあいいいや、じゃあまずは名前から!えっと、私はリン!リンでもリンちゃんでも、気軽に呼んでにゃ〜」
にこ「あ、うん、わかったわ、リン」
ホノカ「で、私がホノカ!あなたの名前も教えて?」
にこ「わかった、ホノカね」
さっきも互いのことを呼んでいたので分かってはいたが、やっぱり名前もそのままだ。
まあ、これは慣れているからやりやすい。
にこ「えっと、私は矢澤にこ、よ」
リン「ヤザワ・ニコ……ヤザワちゃんか、変な名前〜」
ホノカ「というか、苗字持ってるってことは、ひょっとして貴族様?ごめん、ニコ家、って聞いたことないけど……」
にこ「あーいやいやいや、まってまって、違うの」
ひょっとして、いや、ひょっとしなくても、とんでもない勘違いを生んでるよねこれ。
なんでバリバリ日本語通じてる癖に名前と苗字は反対なんだ……。
にこ「ごめん、私が生まれたところでは苗字から先に言うのが決まりで……だから、名前はニコ・ヤザワ。にこが名前よ」
リン「あ、何だ、そうだったんだ!じゃあ、ニコちゃん、か。よろしくね!」
ホノカ「じゃあ、その苗字をつけるのもその地方の習慣?それとも、本当に貴族様……?」
にこ「あー、えっと、そうそう、習慣なのよ、苗字付けるの」
どうやら、この辺りでは貴族ぐらいしか苗字をつけないのが習慣らしい。
…………ん?
いや、待てよ。
落ち着こう。
…………貴族?
この情報化社会の時代に?
…………いやいやいや、これは夢、そう、夢……
-
ちょっと進んだ
乙ですよ
-
ホノカ「ところで、そのあなたが生まれたところってどこなの?」
リン「苗字と名前が逆なんて、ここらでは聞いたことないにゃ〜」
にこ「え、えっと……東京の端っこの……」
ホノカ「トーキョ?どこそれ?」
だめだ、喋れば喋るほどボロが出ていく……。
というか、日本語通じてるのに東京知らないだと?
いよいよやばいやつじゃないですかそれ?
にこ「えーっと……ま、まあ、とりあえず、ずーっと遠くの方、かな」
リン「そっかー……まあ、いつかニコちゃんの生まれた所のこと、詳しく聞かせてね」
リンはそう言った。
そう流してくれた。
にこ「う、うん、ごめん」
はたから見たら完全に怪しいであろう私の言葉を、ちゃんと聞いてくれた。
どうやら、無理やり逃げようとしなくてもよかったのかもしれない。
にこが知っている凛と同じで、本当は空気が読める優しい猫さんのようだった。
-
ホノカ「……ん?……あれ……?」
リン「ん?どうしたの、ホノカちゃん?」
リンは納得してくれた様子だったが、それとは反対にどこか不服そうな様子のホノカ。
まずい、何か変なことでも言ってしまっただろうか。
リン「何かあった?」
ホノカ「いや……トーキョって……どこかで聞いたことあるような……」
にこ「ほ、本当っ?」
ニコが心配になっていると、ホノカの口から思いがけない言葉が飛び出してきた。
完全に記憶が飛んでるわけじゃなくて、本当は少し残ってる……とかだろうか?
それなら、ここがどこかとか、どうやって帰れるかとかもわかるかも……。
ホノカ「あ、そうだ、ハナちゃんが言ってたんだ!」
……とか思っていた時期が私にもありました。
ハナちゃんどちら様。
リン「あれ、そうだっけ?」
ホノカ「そうそう確かハナちゃんも、トーキョ……?ってところから来たとか、言ってたような言ってないような!」
リン「何か朧げにゃー……」
ホノカ「いや、言ってたって!言ってた……はず!」
相変わらず頭は弱い感じのホノカ。
なのに自信ありげに言い切っているところが穂乃果らしいといえばらしかった。
-
にこ「あの……ハナちゃん、って……?」
リン「あ、そっか……えっとね、ハナちゃんはパナちんにゃ!」
ホノカ「そうそう、すっごく優しい子だよ!」
説明になっていなかった。
駄目だこいつら。
ハナちゃんはパナちんにゃ!って……
……ん?
パナちん……?
んんん?
-
リン「まあ、会ったらわかるよ!」
にこ「会ったらって……今から会えるの?」
ホノカ「うんっ、私たちと同じとこで寝泊まりしてるからね!」
そうだったのか。
ホノカとリンはあんまり手がかりを持っていないみたいだけど、
そのハナちゃんって人がにこの知っている『ハナちゃん』だとすれば何かわかるかも知れない。
ホノカはトーキョを知っている人物だ、と言っていたし、
パッショネイトの2人よりも情報を持っている可能性は高いはず。
-
リン「あ、でも、日中は大体出かけてるから今はまだ帰ってきてないかもね〜」
にこ「そうなんだ……ねえ、ホノカとリンが住んでる所って、どんなところなの?」
先程から気になっていたのだ。
この中世ヨーロッパのような町並みにアパートとかマンションのような建物があるのだろうか。
ホノカ「あれ、言ってなかったっけ?」
リン「リン達、働いてるとこに住まわしてもらってるんだにゃ」
にこ「働いてるところ?」
下宿をしているということだろうか?
ホノカ「うん、まあもうすぐ着くから、楽しみにしてて♪」
そう言ってにこを先導するように少し足を速めるホノカ。
人をぐいぐい引っ張っていく性格も、変わらずそのままみたいで、少し安心するニコだった。
リン「パナちんも帰ってるといいけどね〜」
リンのパナキチも相変わらずなようだった。
……いや、まだ決まったわけじゃないよね、うん。
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乙です
次で花陽も出るのかな
-
寝てた……
更新遅くてすいません
-
続き楽しみにしてます
無理せず自分のペースで書いてください
-
遅くなりました
***は場面とか語り手が変わるという押さえで
-
***
**
*
コンコンコン、と、ベッドからかなり離れた位置にある扉が三回ノックされた。
本や紙の類い、いろんなおもちゃや楽器、文房具や魔道具などが散乱しているただっ広い部屋に、重厚な木の扉を叩く音が虚しく響き渡る。
「メルシェ様、おはようございます!……入りますよ!」
申し訳程度に三秒ほど時間が空いたのち、躊躇いなく両開きの大きな木の扉がガバッと開けられた。
大きく開けられた入り口からズカズカと部屋の中に踏み込んでくるのは、30代ほどの女性。
レースなどの装飾がついた服を着ていて、まさにメイド、といった感じの女性である。
雑然とした部屋の中を慣れたように整理しながら進んで行き、ただっ広い部屋の最奥に置いてあるベッドへと歩いていく。
「メルシェ様、いい加減起きてください、朝ですよ!……って、今日はもう起きてらっしゃったんですか、珍しいですね」
「あ、えっと……ま、まあ、ね」
「……?……まあ、早く起きるのはいいことです、さっ、起きてらっしゃるなら早くベッドから出てきてください、朝食はもう出来ていますよ!」
「ええ、……今行くわ」
「……き、今日は妙に素直ですね……また変なことを企んでるのでしたら、レイガ様に叱られない程度になさることをおすすめしますよ?」
そう言い残し、部屋の中に『メルシェ』と呼ばれた少女を残してメイドは出て行った。
少女は、メイドが部屋を出ていくのを素直に見送り、扉が閉まると同時に一つため息を吐く。
-
ドアの向こうから、ばたばたとメイドが外を駆けていく音が聞こえた。
どうやら、使用人達の朝はかなり忙しいらしい。
それに、ベッドの上の少女は今は知らないことだが、
件のメイドは数いる使用人達を束ねるメイド長であるのだから、殊更忙しいはずであった。
今日も数ある仕事を乗り切るために、朝から奔走しているのである。
ーーもちろん、その少女が本当は『メルシェ』様とは別人だったなど、考えもせずに。
「さあて……これは一体どうなっているのかしらね……?」
アイドル研究部のお盆休みに山の中の別荘に避暑に来ていたはずの赤毛の少女は、
『メルシェ』と呼ばれた青毛の少女の身に乗り移っていることが夢なんかではないことをもう一度確認して、またひとつため息を吐くのであった。
*
**
***
-
***
**
*
にこの目の前には。
信じられない光景が、というか人物が立っていた。
いや、正確には先ほどから予想くらいはしていたが……やはり面と向かって相対すると、
喜びなどの感情よりも驚きや困惑の気持ちがどうしても勝ってしまうようだった。
ほのりんに連れられてきた建物からにこ達を出迎えるように出てきたのは、
紫紺の瞳に栗色の髪を携えた、見覚えのある、ありすぎる顔。
「…………花、陽……?」
この不思議な世界に来てから、早くも3人目の知り合いと再会を果たした。
ただ、花陽の場合はどうもパッショネイトの二人とは違うみたいだ。
「に、にこ、ちゃん……?……にこちゃぁああん!!」
にこは、自分と同じくらいに驚きながらも、
自分の数百倍も嬉しそうな顔をした少女に、されるがままに抱きつかれるのだった。
-
感動の涙か嬉し涙か、激しく泣きながら自分をしっかりと抱きしめる花陽の頭を撫でつつ、
ホノリンに連れてこられた建物を見上げた。
でかでかと掲げられた看板には、にこには読めない異国の文字が書きなぐられているが、
看板の両端にあるジョッキと肉の絵を見る限りは恐らく酒場や居酒屋など、そういった雰囲気の店なのだろう。
「フィオレイクリッド、って読むらしいよ、あれ」
最初は花陽の反応に驚いていたパッショネイト達だが、
同郷の友達だと話すと納得したように頷き、そっとしておいてくれるようにそれぞれ建物の中に戻っていった。
もっとも、ホノカは中でなにやら仕事をしているらしいが、リンはすぐに飽きたようにもどってきている。
「らしいって……リンはあの文字読めるんじゃないの?」
「読めないこともないけど……リンとホノカちゃんだって、ここに来たのは1年ちょっと前だし、文字の勉強なんてやろうと思ったことすらないね」
何故か自慢げに猫耳を反らすリン。
「なんかねー、フィオルが火で、エイクが酒で、リッドが家……みたいな感じの意味らしいけど……」
「……火酒の家……?」
「ね、意味わかんないよね?まあそんなもんだって」
後から聞いた話だが、この世界の識字率はかなり低いらしい。
文字を使いこなせるのは、上流階級や商人達を除くと、
ほんの少数の自ら文字を勉強した者しかいないのだそうだ。
-
「自分が働いてる店の名前への認識がそれでいいのか……」
「常連さんたちはみんなロイザの酒場、って呼んでるらしいですよ……?」
と、腕の中から返事が返ってきた。
「あ、花陽、落ち着いた?」
「は、はい、ごめんなさい……」
5分くらいにこに抱きついたまま泣いていたが、ようやく収まったようだ。
「……でも、半分諦めかけてたのに、またあっちの世界の誰かと会えるなんて……本当に、生きてて良かった……っ!」
なんか、ものすごく崇められているが、にこも花陽にあっていなければ途中で心が折れていただろう。
花陽がにこのことを覚えてくれていたのは、にこにとっても本当にありがたいことだったのだ。
まあなにはともあれ、とりあえずは現状の把握と情報の交換である。
「花陽、これまであなたがどうしてきたのかと、この世界について……教えてくれるわね」
「もちろんです……!全部、話します」
「なになに?何の話にゃー?」
「リンちゃん、ホノカちゃん呼んできてもらえるかな?……二人にも、全部聞いて欲しいから」
涙が少し乾かないままの紫根の瞳は、それでも強い決心に彩られていた。
-
ここまで
-
こういうの好き
エタらないように頑張ってほしい
-
まってる
-
一旦建物の中に入ったほうが話しやすいだろうということで、
にこもロイザの酒場ことフィオレイクリッドにお邪魔させてもらうことになった。
外見はレンガ調の造りだったが、中に入ってみると案外と木の造りが多く、
アットホームな感じで落ち着く雰囲気になっていた。
宴卓と思われる大きなテーブルが何個か並べられ、店の中央はカウンター席が設けられている。
壁の装飾や積まれている酒樽も相まって、まさに“ファンタジーの居酒屋”という内装だった。
花陽「あ、私たちの部屋は二階なんだ〜」
にこがきょろきょろ見渡していると、花陽が声をかけてくれた。
一階は店の部分とキッチンで、二階に店員達の部屋が設けられているそうだ。
リン「リン達、同じ部屋なんだよ〜」
ホノカ「3人に増えたから大きな部屋がもらえたんだよ!」
にこ「へぇ、同じ部屋なのね〜……」
リンが花陽のことをパナちんと呼んでいるあたりからして恐らく花陽に関する記憶も消えているはずなのに、
どうもすごく仲がいいと思ったらそういうことだったらしい。
同じ部屋で生活を共にしてるならそりゃあ仲良くなるはずである。
-
階段を上がっていくと、2階もこれまたファンタジーでよく見るような内装をしていた。
木のドアが等間隔で並び、さながらファンタジーの宿屋である。
現代世界のビルやアパートの冷たい金属の扉とは違い、木の扉はそれだけでなぜか温かみを感じるから不思議である。
正直なところ、このファンタジーな雰囲気に少しだけ好奇心とか冒険本能とかそのへんがくすぐられているにこであった。
花陽「あ、この部屋だよ〜」
廊下を歩き続け、一番奥の部屋の前で花陽はやっと立ち止まった。
確かに造り的に一番大きそうな部屋である。
ホノカ「汚いけど気にしないでね!」
にこ「あーうん、別に私は大丈夫よ」
-
ドアを開けてくれた花陽に続いて中に入ってみると、これまた木の造りが落ち着く雰囲気の部屋だった。
確かに少し雑然としてはいるが、思ったより綺麗に整理されている。
恐らく花陽の努力の結果だろう。
中央にはごちゃごちゃと物が乗った机が置いてあり、部屋の奥には2段ベッドが設置されていた。
その横には布団も1セット敷かれている。
それ以外には特に大きな家具はなく、その分部屋がかなり広く見える。
質素ではあるが貧乏臭い感じは全くなく、住みやすそうな部屋であった。
花陽「さ、座って座って」
座布団は3枚しかないらしかったので、敷きっぱなしだった布団の上に座らせてもらった。
にこ「それじゃあ落ち着いたところで……」
花陽「うん……。じゃあ、長くなると思うけど、私がここに来るまでのいきさつを……全部話すね」
にこ「ええ、お願い」
ホノカ「え……いきさつもなにも、ハナちゃんはダンジョンに潜るために、田舎の地元から街に出てきた……んでしょ?」
花陽「うん、そう言っていたんだけど……実は、半分くらいは嘘なんだ、その話」
リン「え……ど、どういうこと、だにゃ……?」
花陽「じつは……遡ること、大体1年くらいかな……」
そう言って、花陽は訥々と話し始めた。
花陽がこの世界に来たこと、そして、ホノカとリンと出会うまでの、全ての経緯を……
-
***
**
*
8月某日、快晴。
どこを見渡しても青い空が続くばかりで、雲の欠片すら見当たらない。
周りを見渡すと、東京では見られないような一面の山景色が広がっている。
立ち並ぶ木の影はどれも濃く地面に張り付いていて、太陽の光の強さを物語っていた。
花陽は、お盆のお墓参りのために実家に帰省していた。
祖父母の実家は、都市部から離れたかなりの山の奥にあり、
この気候に恵まれた土地でひっそりと稲作を営んでいる。
小規模ながら高級米に登録されているらしく、艶も香りも、そしてもちろん味も最高品質だ。
花陽が一番好きなお米のブランドであり、そもそもお米好きの始まりがこの祖父母の稲作だったりする。
毎年遊びに来るたびに涼しい風が田んぼを吹き抜けていて、
山の涼気が気持ちいい場所だったので、今年も楽しみにしていた……のだが。
今年の夏の熱気はその涼気をも上回っていたらしい。
涼しかったはずの山の景色も、この暑さが生み出した陽炎で東京に似たり寄ったりの歪みに彩られていた。
小泉婆「こりゃあ、お米さんたちも干からびちまうねえ……」
小泉爺「しばらく雨も降ってねえしなぁ……ほれ、花陽ちゃん、外は暑いじゃろうて、中入りんさい」
花陽「あ、うん、ありがとう……でも、お米が心配だし、ちょっと様子見てきてもいいかな?」
爺「それはいいけども……気いつけて行きなさいな?」
婆「はっはっは、花陽ちゃんは本当にお米が大好きだねえ」
花陽「うん!ありがとう!」
爺「花陽ちゃんが見にいってあげたら、米たちも喜ぶじゃろうて」
婆「西瓜でも切って待ってるから、早く戻って来んさいよ〜」
花陽「本当に!?やったぁ、すぐ行ってくるね!」
-
花陽「うーん……やっぱり少ししおれてるかも……」
祖父母の米の管理はやはり完璧で、水もきちんと張ってあったが、
それでもやはり端の方の直で太陽に当たる部分の米達はどうしても少し元気がないように見える。
夏のまだ稲穂が青い時期にたっぷりと栄養を溜め込まないと、米は秋に美味しく実らないのだ。
花陽「早く次の雨が降ってくれるといいんだけど……」
近くにあったハス口のついたホースでしおれていたあたりに軽く水をかけてあげた。
水が蒸発する際に少しは温度も下がるし、それまで水が防護膜替わりにもなってくれるだろう。
花陽「気休め程度だけど……元気に育って美味しくなってね……!」
お米が美味しく育つことが花陽の喜びでもあるのだ。
ぜひ美味しく育ってもらわなくては……。
最後に若稲にエールを送って立ち上がった、ちょうどその時――
――ふと、強い風が吹いた。
さっきまで凪のように無風だったのを吹き飛ばすかのように、強く強く吹く夏風。
花陽「きゃっ……いきなり……」
夏の突風にしては、とてもじゃないが強すぎる。
驚きながら、風向きの方を見上げる。
その風上にあったのは――
花陽「な、なにあれ……!?」
――大きな大きな夏の入道雲が、すぐそばに迫っていたのだ。
空から降りてきたように、稲スレスレに地を這う巨大な入道雲。
それは止まることを知らないようにどんどんこちらに近付いてくる。
そしてすぐに……何も出来ないで立ち尽くしていた花陽のところまで来て――
花陽「っ……きゃぁっ……!?」
地を這う夏の入道雲は、花陽を丸々飲み込んでしまった。
-
にこ「で、目が覚めたら、この世界にいたと……」
花陽「うん……忘れてるかもと思ったけど、やっぱりはっきりと覚えてるものだね、あの日のことは」
どうも、花陽はかなりにこに酷似した状況でこの世界に来ているらしい。
お盆休みの一日目の朝ということは、時期的にもぴったり合致する。
花陽はにこと同じ原因でこちらの世界に来たと考えるのが自然だろう。
しかし、ここで不可解な問題が二つほど浮上するのだ。
一つは、あちらの世界から飛ばされた時期は全く同じなのに、
こちらの世界に来た時期がにこと花陽で半年間以上ものズレを喫していること。
そしてもう一つが……
リン「え〜っと〜……あの〜……」
ホノカ「話が全く見えないのですけれども……」
ここまで話を聞いておいて、聞かせておいて――
――ホノカとリンの件については、全く糸口が見いだせないということ。
-
ここまで
こんなに間を空けてこの更新量で申し訳ないです
-
乙です
-
ホノリンの頭の上には、完全にはてなマークが浮かんでいる。
花陽に元の世界のことを話してもらったら、
もしかしたら記憶がもどるかも知れないという期待が少しあったが……ダメだったみたいだ。
多分、『違う世界』という概念のとこからすでに受け入れられていないのだろう。
そもそも詳しい説明もしていないし。
にこ「というか、私たちも詳しいことはよくわからないのよね……」
花陽「うん……突然連れてこられてきただけっていうか……そもそも、誰の意思でこんなことが起こってるのかもわからないし」
リン「えちょっと待ってちょっと待って、にこちゃんもパナちんも同じ感じでこっちにきて?こっちで出会って?かよちんがにこちゃんと?同じで?故郷が?世界?にゃ?」
にこ「おっ、落ち着きなさいリンっ」
ホノカ「あ、そういえば今日のメインはシャキゼの煮付けって言ってたなぁ……余ったら食べれるかなぁ……」
花陽「ほ、ホノカちゃん!帰ってきて!」
-
二人が落ち着いたところで改めて、にこと花陽がわかる状況を詳しく話した。
にこがこの世界に来たときのことも。
あっちの世界がどんな場所だったのかも。
――ホノカとリンが、元の世界では自分たちと仲が良かった、ということも。
リン「やっぱりまだよくわかんないけど、ニコちゃんもパナちんも、こことは別の世界の『トーキョ』ってとこから来て……」
ホノカ「で、私たちもそっちの世界にいて、ニコちゃんたちと仲が良かった……と」
にこ「そういうこと……信じがたい話なのはわかるけど、私たちだって未だに混乱してるし」
花陽「なんで私たちだけ記憶があって、リンちゃんたちの記憶はないのかも……わからない、よね」
リン「うん……でも……思いたる節がないわけではない、かも……」
にこ「ほ、本当!?」
ホノカ「リンちゃん……」
リン「ホノカちゃん……言っちゃって、いいよね?」
ホノカ「うん……そうだね、花陽ちゃんにはいつか話そうと思ってたことでもあるし」
花陽「え……どういうこと……?」
リン「……実はリンたち、1年半くらいより前の記憶が一切ないんだ」
にこ「――え……?」
花陽とにこの話が終わってバトンタッチするように、二人も自分たちの過去を話し始めてくれた。
ゆっくりと、二人で思い出しながら話していく。
-
*
――――
――
ホノカとリンが覚えている中で一番古い記憶は、約一年半前。
それまでの記憶を全くなくし、混乱ていた二人が置かれた状況は……
怪物に追いかけられ、ただただ走って逃げるしかない。
自分がなぜここにいるのかも、ここがどこなのかも、なぜ逃げているのかも、わからない。
そんな状況だったそうだ。
リン「すごい怖かったのは、今でもちゃんと覚えてる。……でも、不思議と不安にはならなかったんだよね」
ホノカ「私も。……でもそれは、きっと多分、リンちゃんがいてくれたから、なんだと思う」
リン「リンも……手をつないで一緒に逃げてる子が、名前はわからないのに……なんでか絶対に信じていい存在だ、って……そう思えた」
お互いの名前もわからず、わかることは、自分の名前と逃げなければ死ぬということだけ。
それなのにその時の二人は、お互いの事を信用していて、
一緒に居ればきっと逃げ切れる……そう思えてならなかったそうだ。
まるで、ずっと前から友達だったように。
花陽「そう、だったんだ……」
ホノカ「う……な、なんか恥ずかしい話になっちゃったね……」
リン「う、うん……まあともかく、リンたちはその時よりも前の記憶がない、ってわけだにゃ」
二人はそのあと、走って逃げているところをロイザさんに助けられ、
そのままここフィオレイグリッドで働かせてもらうことになったらしい。
この店で働いている従業員は、皆そういった事情を抱えているワケあり少女達ばかりなのだそうだ。
それを店主であるロイザさんが雇い、代わりに衣食住をもらっているということらしい。
二人がこの店で寝泊まりしながら働いているのはそういうことだったわけか。
ホノカ「まあ、このあたりからはハナちゃんに話したことあったよね」
花陽「うん……冒険者になって、食材とかを調達しながら、この店でずっと働いてきた……んだよね」
ホノカとリンにそんな過去があったとは……。
にこたちと同じようにこちらの世界に来て、そこで記憶を失ったのか、
ずっとこの世界で生きてきて、ある日突然記憶をなくしたのか……。
今はわからないが、前者なら、にこたちと一緒に元の世界に帰れるかもしれない。
本当にわからないことだらけだが、協力できる仲間が増えて良かった。
あの時ホノリンから逃げ切れなかったことは、よかったことだったらしい。
手のひら返しだけど、神様に感謝感謝。
-
*
ホノカ「あ、そうだ、ニコちゃんもここに住もうよ!」
にこ「えっ?」
リン「あ、そうだね、それがいいにゃ!」
にこ「え、でも……」
ホノカ「だって、ハナちゃんと同じ状況ってことは、帰るところもやることもないんだよね?」
にこ「うっ……まあ、そうだけど……」
確かに今のにこは完全にホームレスである。
願ってもない話だった。
花陽「私もそうしたらいいと思うよ、にこちゃん!」
にこ「うん……そうね、じゃあお言葉に甘えて……」
ホノカ「やった!じゃあさっそくロイザさんに話しつけてくる!」
リン「あ、リンも行くにゃ!」
二人一緒に立ち上がり、走りながら部屋を出ていった。
一階へドタドタと降りていく音が聞こえる。
にこ「記憶なくなっても、変わらずテンション高いままね……」
花陽「うん……にこちゃん、本当に会えてよかった……ありがとう」
突然にこに礼を言ってくる花陽。
にこ「花陽……別にお礼を言われるようなことはしてないわよ、むしろ私のほうが礼を言うべきだわ」
花陽「にこちゃん……うん、どういたしまして、ありがとう。これからもよろしくね」
にこ「ええ、よろしく、花陽」
ホノカとリンも、よろしく。
-
ロイザ「ふん……あんたがニコかい?」
にこ「あ、はい、矢澤にこ……じゃなかった、ニコ・ヤザワです」
あれから数分後、にこはホノリンによって酒場フィオレイクリッドの店主である、ロイザの前に案内されていた。
なかなかに巨体な方で、歴戦の女将さん感ハンパない。オーラやべえ。
ロイザ「ふん……この娘らからも聞いたかもしれないが、ここで住みたいっていうならある程度の働きはしてもらわなきゃいけないよ」
リンとホノカをはじめとして、ここで働いている人たちのほとんどはウェイトレスのような接客、
それと皮むきや掃除などの雑用が主な仕事内容になっているらしい。
それに加えて料理が得意な者はロイザが仕切る台所を支え、
リンとホノカのように戦闘が可能な者は食材調達なども担っているようだ。
洗濯や部屋の管理など、自分達のことは各々が各々でしっかりこなしているらしく、
食事だけはロイザが店の残り物なども使いながら提供してくれるそうだ。
なかなかうまく回っているなぁとロイザの手腕に感心しながらも、にこは自分に出来ることを考えてみた。
仕事で忙しい母親に代わって家事全般を担当することが多いにこは、
炊事を始めとした居酒屋の裏方仕事というものにはそこそこの自信があった。
アルバイト経験も多少ならあるし、接客の基本くらいは心得ている。
ここで働かせてもらうことにしたのは、案外大正解だったのかもしれないとにこは思い始めてきた。
にこ「えっと、戦闘経験はないですけど……料理とか接客なら大丈夫です」
花陽「にこちゃん、家事とか得意だもんね〜」
ロイザ「そうなのかい?まあそれはありがたい話なんだが……魔法のオーラを感じたから、てっきり戦闘方面に精通してるんだと思ってたよ」
にこ「ま、魔法の……?」
なんじゃそれは初耳だぞと花陽達を見るが、首をかしげているだけだった。
ロイザ「あぁ、しかもこりゃ、結構強い魔法なんじゃないかい?多分私と同種の……火魔法、だね」
ここでにこは、脳内にある仮定を立てざるを得なかった。
この世界に来て初めてホノリンに会った時のことを思い出したのだ。
一瞬のうちに十メートルの距離を詰めたリンと、手のひらから水を出しにこを束縛したホノカ。
まあ確かに猫耳犬耳が平然とのさばっている世界なのだし、考えられない話ではないだろう。
花陽達の方を振り向いて、小声で問いかける。
にこ「ひょーっとして、この世界って――魔法とか、あっちゃったりする?」
花陽「」コクコク
にこ「うっわぁー…………」
この世界についてにこが知らないことは、まだまだ沢山ありそうだった。
-
それから十数分後。
にこたちは、というかにこは、いきなりロイザに無理難題をふっかけられていた。
ロイザ「よし、ここからあの案山子をぶち抜いてみな」
そう言ってロイザが指差す案山子は、にこが立つ場所から20mほど先のもの。
にこ「……はい?」
*
事の発端まで遡ってみる。
*
ロイザ「魔法を使ったことがないだぁ!?」
にこ「は、はい……」
にこの台詞に驚き目を見開くロイザに、少し萎縮しながら答える。
魔法のオーラとやらを感じるのに魔法が使えない、というのはかなり珍しいケースなのだそうだ。
そもそも魔法があるという事実を初めて知ったのだが、
花陽はさておきホノカとリンが不思議そうな目で見ていたのでそのことは伏せておいたほうがいいだろう。
ロイザ「でもこれだけ魔力を感じるんだったら……よし、ニコ、ちょっとついてきな」
そういって出口の方へ歩き出すロイザ。どこかへ連れて行かれるようだ。
-
数分ほど歩き、見知らぬ景色にキョロキョロするにことついてきた花陽やホノリンを連れてロイザが入っていったのは、洋風の大きな建物だった。
店主が店から離れていいのかと一瞬心配になったが、
店の雰囲気からして夜に賑わうような営業形態なのだろう。
花陽たちもあまり心配していないようだったし。
建物の中に入ると、フィオレイクリッドの酒場と同じように木組みの内装ではあったが、
酒場よりは少し現代風の造りになっていた。
ロイザが受付のような場所に話をしに行く。
受付「あ、ロイザさん、ご無沙汰してます!」
ロイザ「おお、クラリアじゃないか!久しぶりだね」
ロイザがクラリアと呼んだ女性は、
街に歩く人々と比べるとこちらも建物の内装と同じように現代風な服を着ていた。
女性用のスーツに近いような格好をしていて、少し懐かしい感じもする。
そして頭には、当たり前のように犬耳を装着していた。
いや、生えてんのか。
ホノカの犬耳は持ち主の性格を表すかのようにキリッと立っているが、
クラリアのそれはすこしペタンとしていて髪に垂れていた。
かわいい。
-
クラリア「今日はどうしたんですか?」
ロイザ「ちょっと試し打ちをしたくてね。訓練場を借りてもいいかい?」
クラリア「えっと……はい、今の時間なら大丈夫ですよ。でも、どうしたんですか、また急に。新しい魔法でも開発しました?」
ロイザ「まさか。今日は私じゃなくて、こっちさ」
そこでロイザが後ろにいたにこを指差す。
にこを視認したクラリアは、少しの間固まり、やがてこう口を開いた。
クラリア「……かッ、かわいい……」
にこ「……は、はい?」
クラリア「なんですかこの小さくて可愛い生き物は……ッ」
なんかさっきまでのイメージがいきなり壊されたんですが。
あわあわと口がわななき手まで震えているクラリア。
ロイザ「おい……一応この子らと同じ年だからな?」
クラリア「ふぇっ!」
にこ「……???」
リン「にこちゃん、クラリアちゃんはロリコンさんなんだにゃ」ボソッ
にこ「え、えぇ……」
さらっと大変なことをカミングアウトされたクラリアであったが、
勝手に幼女扱いされたにことしてはそこまで気の毒には思えないのであった。
ロイザ「まあこいつの実力テストってわけだ、三十分ほど借りるよ」
クラリア「わ、わかりました……」
まだ呆然としている様子のクラリアにひらひらと手を振りながら、ロイザは入ってきた扉に向かう。
どうやら目的の場所は建物の外にあるらしい。
にこも、リンとホノカに背中を押されるがままに仕方なくすたすた歩くロイザを追いかけるのだった。
未だに口を開けたままのクラリアを全員華麗に放置して。
-
一度外に出たあとにロイザが向かったのは、
確かに『訓練場』という風貌をした道場のような建物だった。
中に入ってみると、畳が敷き詰められているなんてことは流石になく、
広々とした土のような地面と高い天井、そして端には案山子のようなものが並べられているだけだった。
音ノ木坂の体育館より一回り以上も広い。
にこ「ここは……?」
花陽「にこちゃん、ここは冒険者ギルドの訓練場だよ」
花陽がこそっと教えてくれる。
にこ「冒険者……ギルド?」
出た出た、異世界定番大規模機関。
冒険者という職業が存在していることは花陽の話を聞いている時にわかっていたが、
やはり冒険者が集う冒険者ギルドというのも存在しているらしい。
花陽「ここは、本来なら駆け出し冒険者の戦闘訓練とか、他にも模擬戦の時とかに使われるんだけど……」
そんな場所でロイザさんは一体何をする気なのでしょうか。
私戦闘経験はないって言いましたよね?
そんなにこの心境など何も気にしていないようで、ロイザは案山子の方へすたすた歩いていく。
入口のところに立ち止まっているにこ達を尻目に、
ロイザは一つの案山子に手をかけ――そのまま引っこ抜いた。
その手で案山子並木から少し離れたところに手に持つ案山子を刺し直す。
え、それ移動式なんすか。
勝手にそんなことしていいんすか。
知りませんからね。
とそこで、ロイザがこちらを向いて手招きし出す。
左手で案山子を指差しながら右手で手招きしている。
行きたくない。
果てしなく行きたくない。
しかし、アルバイトの採用試験という手前、行かないというわけには行かないのだろう。
というか、ホノリンの早く行けアピールがすごいので行かざるを得ない。
わかったわかった押すな尻尾振るな。
渋々ロイザの元へ向かい、彼女の指示通り案山子から20mほど離れた場所に立つ。
そこでロイザの口から出た言葉が――
ロイザ「よし、ここからあの案山子をぶち抜いてみな」
というわけである。
にこ「……はい?」
思わずとぼけ顔になってしまったにこにーにこちゃんを責めないでほしい。
この方は何をおっしゃってらっしゃる。
-
にこ「え、っと……どうやってですか……?」
ロイザ「だから、魔法を使ってだよ。大丈夫、撃ち方は教えるから」
にこ「え、えぇ……」
そんな簡単に言いますけどねロイザ姐さん。
ロイザは戸惑うにこの後ろに周り、腕を取った。
まさに手とり足とり教えてくれるらしい。
ロイザ「まず、魔力が体に流れてるのがわかるだろ?」
わかりません。
ロイザ「その魔力を手のひらに集めて、呪文を唱えてバーンだ。わかるかい?」
わかりません。
ロイザ「ほら、やってみな」
わかりませんんんんんんんんんんんん!?
花陽「あの、ロイザさん、初心者にそれじゃいくらなんでも……」
花陽せんせええええええええ!
ロイザ「そうかい?……うーむ……」
花陽「あ、あの、あれなら私が教えますから!」
ロイザ「そうだねぇ……まあそっちのほうがかえって早いか。習得するのにそこそこ時間もかかるだろうし、私は一回店に戻ってるから、出来そうになったら呼んどくれ」
この女性、習得に時間がかかるとわかっていながらの先程の無茶ぶりだったらしい。
なんというか、流石である。
リン「あ、じゃあそのときはリンが知らせに――」
ロイザ「リンは店で皮むきだノルマまだ終わってないだろう、ほらホノカ、あとは頼んだよ」
ホノカ「あいあいさぁ!」
リン「そ、そんにゃ!」
ロイザ「ほら、行くよ」
そういってリンの首根っこを掴みズルズルと引きずっていくロイザ。
どの世界でも強い女性は強いようである。
リン「ふにゃぁああああ!パナちぃぃぃいいん……ホノカちゃぁぁぁん……にこちゃああぁん……たぁすぅけぇ……」
ガチャッ
非常にも閉じる扉。
にこ「…………」
花陽「…………」
ホノカ「…………」
とりあえず見なかったことにして、にこは心配そうに扉の方を見つめる花陽に師事を仰ぐのだった。
-
花陽「じゃ、じゃあ気を取り直して……」
ロイザが悲鳴をあげるリンを連れ去ったあと、
端の方で何が楽しいのか尻尾を振りながらこちらを見ているホノカを尻目に、にこは花陽から魔法の基礎を教わり始めるのだった。
花陽「まず、ロイザさんも言ってたけど、最初は魔力の認識からだね」
にこ「魔力、ねぇ……」
花陽「頭の先から足の先までゆっくり循環してる感覚、っていうか……一番大切なのは、イメージ、かな」
にこ「イメージ……」
花陽に言われたとおりに、体の中に「魔力」とやらが循環しているのをイメージしてみる。
目を閉じ、意識を集中させるにこ。
花陽「そう、意識を集中させて……イメージがはっきりしたら、その循環している魔力を手のひらに集めるの」
にこ「手のひらに……む、難しいわね……」
ちなみに後から聞いた話だが、手のひらだけではなく指の先や手に持った杖の先、上級者だと足ですら魔法を発動させることができるらしい。
とはいえ初心者は手のひらが一番感覚を掴みやすいらしいが。
花陽「手のひらに魔力が集まった感じがしたら……そのエネルギーを、魔法として形に出して外に吐き出す、っていう感じ」
にこ「ふむ……エネルギーを……魔法として、吐き出す……!」
花陽の指示に従い、手のひらのエネルギーを外に吐き出そうとすると……。
にこ「わわっ、な、なにこれ!?」
いきなりにこの脳内に文章が浮かんできたのだ。見覚えのない字のはずなのに、何故か、読める。
花陽「それが出てきたら成功してる証だよ!ゆっくりその文を読み上げてみて!」
にこ「え、えっと……火よ、敵を穿て……フィオル・エノ・バルーファ!」
たどたどしくにこが詠唱をし終わると同時に。
にこの手のひらから発射するように現れた炎の塊は、そのまま勢いよくスピードを上げ――
――20m先にあった案山子の胴体を、やすやすと突き抜いてしまった。
-
非常にマイペース更新ですいません
月二目指します
-
乙です
-
内容忘れちゃうぜよー
-
***
**
*
本だの玩具だの楽器だのが散乱しただだっ広い白基調の部屋で、差し込んできた朝日が少女の水色に透く髪を照らす。
少女は――本人は知らないことだが――この世界ではとても高価な、透明度の高い大きな両開きの鏡の前に座った。
物語の中でしか見たことがなかったような大きな角ばった櫛で、まだ見慣れない青髪を梳くメルシェ――に乗り移った、真姫。
優雅に髪を梳かしているように見えるその心情はといえば。
――正直、混乱どころの話ではなく、私たち……入れ替わってる!? 的な流行ネタをやってる場合ではないことは確かで、
本場イミワカンナイ!を三連発ほどしたいところではあるが声も変わりCVも変わってしまったのでそれも抑えなければいけない。
朝起きて状況を確認したあと、軽く現実逃避気味にどうせ入れ替わるならにこちゃんとがよかったなぁなどと考えていた時に急に人が入ってきたときは本当に焦ったが、
反応を見る限りどうやらバレていないようだし、しばらくは出来るだけバレないように行動しつつ状況把握と情報収集に努めるのが一番だろうと思った真姫。
というわけで、とりあえずはこのお姫様生活を楽しんでみることにしたわけだ。
鏡に映った少女の身なりがある程度整ったことを確認して立ち上がる。
とは言っても、真姫――メルシェが着ているのは、目を覚ました時に着ていたままのフリルのついた白いパジャマのままなのだが。
ぱっと部屋を見回した限りクローゼットらしきものはなく、一応他人(?)の部屋であるし物色するのも気が引けたので、
迷った末に寝巻きのまま行動することに決めたのだ。
メルシェ(真姫)「何か言われたら……寝ぼけていたことにしましょう、うん」
真姫らしくないずぼらな計画ではあるが、いくら真姫ちゃんといえど混乱してるのだから仕方がない。
µ’s内きっての秀才真姫ちゃんといえど、混乱していてはその実力も発揮できないのだ。
覚悟を決めて部屋の外へ続く扉へ歩き出す。
――と、そのとき。
ガッ、と右足に何かにつまずく感触とともに、真姫の視界が傾く。
すんでのところで左足を踏み出して転倒することは避けられたが……やはり真姫は相当な混乱状態にあるらしかった。
まき は こんらん している!
誰かキーのみを持ってきて!
-
物が散乱した部屋に心の中で小さく悪態を吐きつつ、今度はしっかり足元を見ながら広い部屋を横断する。
扉の前に立ち、大きく息を吸って、またゆっくりと吐いた。
メルシェ(真姫)「バレたらどうなるかわかったものじゃないけど……いいえ、きっと大丈夫……よし!」
覚悟を決めた真姫は、ゴクリと息を一つ飲み、木製の大きな扉に手をかけた。
緊張して力の入らない右手に左手を添え、両手にぐっと力を込めて扉を押して――。
――引き扉だったことに気づき、少し赤面しつつ何事も無かったように扉を引いた。
今度はすんなりと開きました。
-
部屋の外に出てみると、どうやら真姫――メルシェの部屋は建物の最上階に位置していたらしく、
三、四つ同じような部屋の扉がある他は、下の階へ続く螺旋階段があるだけだった。
いかにも西洋の貴族の豪邸といったような内装で、シャンデリアっぽい照明がぶら下がっていたりペルシャっぽい絨毯が敷いてあったりしている。
西木野邸よりも豪華である。さすがに。
メルシェ(真姫)「さっきの人も下へ降りてたっぽいし……とりあえず下に行ってみますか」
慣れない声の独り言に未だ戸惑いつつ、起こしに来てくれたメイドさんが言っていたことを頭の中で思い出してみた。
*
『メルシェ様、いい加減起きてください、朝ですよ!……って、今日はもう起きてらっしゃったんですか、珍しいですね』
『あ、えっと……ま、まあ、ね』
『……?……まあ、早く起きるのはいいことです、さっ、起きてらっしゃるなら早くベッドから出てきてください、朝食はもう出来ていますよ!』
『ええ、……今行くわ』
『……き、今日は妙に素直ですね……また変なことを企んでるのでしたら、レイガ様に叱られない程度になさることをおすすめしますよ?』
*
話の流れからして、恐らく朝食をとりに行けばいいのだろう。
すなわち、真姫ちゃんの大冒険第一話のゴールはとりあえず食卓というわけだ。
しかし、レイガ様とやらがどういった立ち位置の人物なのかはわからないが、
できればあまり関わりたくないものである。
というか、メルシェのことを深く知る人物にあまり接しすぎると確実にボロが出る。確実に。
残念ながら真姫は自分の演技力にそこまでの自信はないのだ。
かといって部屋にこもっているわけにも行かないのでどうしようもないのだが、
できるだけ穏便に、かつ早急に元に戻る手段を探したい真姫だった。
まあとにもかくにも、まずは無事朝食にありつけてからの話なのだが。
-
白基調の、大理石にも似た石材でできた階段を裸足でペタペタと降りていき、食卓がありそうな階を目指す。
メルシェの部屋があった階のひとつ下は、最上階と同じように寝室らしき部屋がいくつかあるだけだった。
その階を通り過ぎてさらに螺旋階段を下る。
見取り図でもあってくれれば助かるのだが……。
メルシェ(真姫)「流石に……ない、わよね」
デパートや学校じゃあるまいしそんなものが壁に掛かっていても雰囲気をぶち壊すだけだろう。
一応少し探してみたが壁に掛かっているのは高そうな絵画ばかりである。
メルシェ(真姫)「はぁ……」
ついつい溜息が漏れる。目が覚めてからまだ一時間も経っていないのに、
どうやら既に少々疲労がたまっているようだった。
――だから、なのかもしれない。
「あ、あの……メルシェ様?ど、どうかなさいましたか……?」
真姫が――後ろに居た人物に全く気づかなかったのは。
-
***
**
*
冒険者ギルドの訓練場。
ロイザ「……かなりのオーラは感じていたが、まさかここまでとはね……」
リン「ニコちゃんすごいにゃ……」
花陽に魔法の打ち方を教わってから数十分後。
にこの前には、腹に穴を開けられていたり首から上が吹っ飛ばされていたりと、ひどい有様になっている案山子が二十体ほど、
そしてそれを呆然と見ながら感想を述べるロイザとリンの姿があった。
-
花陽の教え方がうまいおかげか、あれから数発撃って魔法とやらのコツをなんとか掴んだにこ。
花陽がどんどん褒めてくれるおかげでおだったにこは、
助手に回ったホノカがセットしていく案山子に向けて次々と覚えたての火魔法をぶっ放していった。
どうやら、褒められると伸びるタイプらしかった。
こうして、ホノカがロイザたちを呼びにいく頃には、訓練場に置いてあった案山子は軒並み破壊されるのだった。
ロイザ「しかしこりゃあ、派手にやったねぇ……」
にこがぶっ壊した案山子の山からひとつを手に取るロイザ。
ちょ、それ首が皮一枚で繋がってるやつぅぅやめて持ち上げないでぇぇ!
胴体をぶらんぶらん揺らされている案山子に冥福を祈りつつ、後ろに居た花陽にこっそり聞いてみる。
にこ「……花陽、これってそんなにすごいの?」
花陽がおだててくれているだけかと思っていたのだが、ロイザたちも予想以上に驚いているので花陽に聞いてみることにしたのだ。
花陽「すごいなんてもんじゃないよ!私なんて魔法を覚えるのに一週間もかかったんだよ……?」
にこ「そ、そうなの?……でも花陽の教え方も上手だったし……」
花陽「そうだったとしてもこんな一朝一夕に習得できるものじゃないし、何よりすごいのはこんなに連続で撃ててることだよ」
にこ「え、どういうことよ」
連続で打たせたのは花陽と穂乃果なのだが。
-
ロイザ「ニコ、あんた体に力が入らなくなったりしてないかい?」
ロイザにそう問われ、試しに手を握ったり開いたりしてみる。
にこ「確かに……すこし力が抜けた感じがするかも……」
リン「こ、これだけやって少しなんだ……」
リンが頬をひくつかせてそう呟いた。
ホノカ「ずっと横で見てたけど、かなり連続で魔法球打ってたのに全然魔力切れする様子ないんだもん」
ロイザ「初めてでこれとは……ウチじゃなくて国の魔法師団ででも働いた方がいいんじゃないかい……?」
何やら散々な(?)評価を受けているにこであったが。
本人としてはよく分からないままよく分からないことについて持ち上げられて、
むず痒いやら何やらで少し居心地が悪かった。
ロイザ「これだけの潜在能力があるなら、後衛でかなり戦力になってくるね……」
力が入りにくくなった右手をグーパーしているにこなどお構いなしに、なにやらロイザが物騒なことをつぶやいている。
あ、あれ?ロイザさん?わたし戦闘要員にはならないって言いましたよね?
……あ、いや、言ってはないか。
……いやいやいやいや、それに準じたことは言ってたはずだし、戦闘要員になる気はさらさらないのだが……。
-
ロイザ「よし決めた」
顎に手を当ててなにやらブツブツ考え事をしていた様子のロイザが、
その手を外してぽん、と手を打ち、にこの方に向き直る。
ロイザ「ニコ、あんたはフィオレイクリッド専属の冒険者になって、ハナヨと一緒にダンジョンに潜ってもらう」
ロイザの言葉を聞いたにこは、数瞬の間を置いて。
にこ「え……えぇえっ!?」
冒険者の仕事内容もダンジョンなるものがどういうものなのかもよくわからないが、
一つはっきりとわかることは、明らかににこが想像していた酒場の従業員ライフとは程遠いものであるということ。
-
にこ「ちょ、ちょーっと待ってください、私いきなり戦闘とかそういうのは……」
花陽「そうです、いくらなんでもいきなりすぎると思います……!」
花陽もにこに続いてロイザを止めようとしてくれる。
ロイザ「それを決めるのはお前たちじゃなくて私だよ。あくまでお前たちはウチの従業員なんだ、命令は聞いてもらう」
しかし、ロイザは気を変えるつもりはないようである。
リン「ロ、ロイザさん、本気……?」
ホノカ「確かにニコちゃんの魔法はすごいけど、いきなりダンジョンは……しかも、ニコちゃんはこの世界のことはよく知らな――」
にこ「ホノカっ!」
話してはいけないことを口にしようとしたホノカを咄嗟に止める。
そのことは……まだ四人だけの秘密にしておいたほうがいい、と思う。
ホノカ「あ、ご……ごめん」
思った以上に大きな声で呼び止めてしまったからか、申し訳なさそうに謝ってくるホノカに、にこも罪悪感が湧いてしまう。
しかし、そんなにこたちを置いて、ロイザ本人は。
ロイザ「ニコにはハナヨとタッグを組んで冒険者になってもらう、もうそう決めた」
これ以上何を言っても意見を変えてはくれないだろうと、そう思わせるようなはっきりとした口調で。
もう一度同じ内容を繰り返すのだった。
にこ「わかり、ました……」
そして。
有無を言わせないロイザの言い分に、にこは従うしかないのだった。
-
月二とはなんだったのか……
m(_ _)m
-
おつ
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おだつって道民かよ
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>>98
なぜバレたッ
*
にこの返事にひとまずは満足したのか、ロイザはひとつ頷いて言葉を続けた。
ロイザ「まあそういうことだ、ハナヨ、よろしく頼むよ」
花陽「は、はい……」
ロイザ「ほら、話は終わりだ、店に戻るよ」
ホノリン「……はーい」
ホノカとリンは未だ納得していない様子だったが、反論しても無駄だと悟ったのか、渋々といった様子でロイザに従う。
しばらくの間呆然と固まっていたにこと花陽だったが、遅れて再起動し、慌ててロイザたちを追いかけた。
*
受付の前を通った時に「まっ、また来てね……!」と顔を赤らめながら手を振ってきたクラリアをガン無視し、
綺麗なオレンジ色に染まる夕焼け空を見ながら異世界でも夕日は赤いんだなぁなどと考えていると、隣を歩く花陽が話しかけてきた。
花陽「なんか……すごいことになっちゃったね」
にこ「うん……まさかいきなり冒険者になるとは……」
まあ、異世界に飛ばされている時点でいきなりも何も今更なのかもしれないけど。
花陽「ロイザさんだって、にこちゃんのこと嫌いだからとかそういうのじゃないと思うんだけど……」
にこ「大丈夫、わかってるわ」
泊めてくれるのを許してくれた時点で、ロイザが人のいい人間だということくらいは理解している。
それに、ぱなほのりんがここまで信用しいてる人なのだ。
無理やり冒険者にされたから憎んでやるー、とかいうのも筋違いな話である。
そもそも、住み働きを許してくれている時点で、にこはロイザの言う通りフィオレイクリッドの従業員であり、
本人の言う通りその店主である彼女の指示に従ってしかるべきなのだ。
まあ、だからといって、はいわかりましたご主人様とまで従順になれるほど、にこは出来た人間ではなかった。
なかった、が。
にこ「でも……確かに大変だろうけど、ここまできたらやらないわけにもいかないし」
花陽「うん……」
にこ「……それに」
花陽「それに……?」
にこ「花陽が一緒にやってくれるなら……私は大丈夫」
花陽「に、にこちゃん……」
この、頼りがいがないように見えて意外としっかりしている少女と一緒ならば、
きっと何があっても大丈夫だろう、と。
にこ「迷惑かけるかもだけど、これからよろしくね」
花陽「にこちゃぁん……!」
うるうるした目で、唐突ににこに抱きついてくる花陽。
にこ「ちょ、ちょっと!離しなさいって歩きにくい!」
花陽「にこちゃぁぁぁんん!」
涙目になりながらにこの右腕にぶら下がる花陽と、その腕を振り回しつつもしっかりと顔を赤らめるにこをみて、ひそかにニヤつくホノリンなのであった。
-
ちょうどいい機会なので、フィオレイクリッドまでの帰り道に、
花陽にこの世界のダンジョンと冒険者というものについて解説を求めてみることにしたにこ。
花陽「うーん……詳しいところまで話すと長くなるんだけど……」
そう言って、まずこの世界についての情報から分かっている限りでダンジョンに関することを話し始める花陽。
手に入る情報を元に花陽が予想した限りでは、という注釈はつくが、
聞くところによるとこの星は、惑星全体の大きさ、陸地の実質的な面積のどちらもほとんど地球と大差ないそうだ。
ということは大陸の形まで一緒なのかとも一瞬思い花陽に問い詰めたにこだったが、
どうやらアバウトながらも世界地図は存在するらしく、それを見せてもらった花陽曰く全くと言っていいほど構造は違うらしかった。
そんな広大な面積の中に、圧倒的存在感をもって高く太い塔という形で屹立するダンジョンは、全部で五つあるらしい。
ダンジョンなんて物騒なものは一つで十分だと思っていたにこはそうであると信じ込んでいたのだが、
どうもそうは問屋が卸さないらしい。
にこ「五個もあるのね……それって、全部昔からあったの?」
花陽「えっと……だいぶ古い話から持ってくるんだけど、ダンジョンって五百年前の魔王が絡んだごたごたの時に、五つともほぼ同時に出来たらしいんだよね」
にこ「待った待った、魔王……?」
ダンジョンや冒険者まではまだ許せたが、いきなり魔王とはどういうことだ。
花陽「そうそう、魔王さん。っていうのも、五百年前にダンジョンを作った張本人っていうのが、その当時魔王と呼ばれていた存在らしいんだよね」
どこの世界でも魔王というのはつくづく厄介な存在らしい。
どうにもついていけないにこを置いて花陽が話すには、もとは魔界と呼ばれるこの世界ではない場所に住んでいた魔王と魔王率いる魔物たちが、
どういうわけかある時いきなりこの世界に押し寄せてきて、そのときに世界を繋いだ扉かつ魔王軍の拠点となったのが五つのダンジョンらしい。
五百年前の冬のある朝唐突に、その当時の五大都市と呼ばれた人口が集中していた都市のど真ん中にそれぞれ出現した五本の太く高い塔。
そこから勢い良く飛び出してきた魔王軍に人間軍はひどく手こずったらしいが、とりあえず既にその時大暴れしていた魔王は倒されてるらしいので、その話は置いといていただいてダンジョンの話に戻る。
花陽「まあまとめると、五百年前に魔王っていう人が世界の大都市に五つダンジョンを作って、魔王は倒されたもののダンジョン自体は残ってて、そこに潜るのが冒険者って呼ばれる人たち、っていうことだよ」
ダンジョンをそのまま放っておくと厄介なことになるらしく、その内部にあるモンスターの素材や宝箱、そして名を馳せ名声を轟かせることを求めてダンジョンに潜るのが、
冒険者ギルドに登録して潜ることを許された冒険者たち、ということらしい。
にこ「入るだけで許可が必要なほど危険な場所とか……」
花陽「い、いや、まあ、ギルド側も新人が危険な目に遭うといろいろ困ることになるんだし、それににこちゃんならきっと大丈夫だよ……!」
思わず遠い目をするにこに、必死にフォローを入れる花陽。
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ロイザ「うーむ……時間も時間だし、とりあえず今日は全員店の方を手伝ってもらうかねぇ……よし、お前ら、とりあえず手洗ってこーい」
ダンジョンなどに関する説明は花陽に丸投げすることにしたらしく、黙って前を歩いていたロイザだったが、
フィオレイクリッドまで戻ってきたのと花陽たちの話がとりあえずは一区切りついたらしいことを見計らって、ホノリンも含めて四人に指示を出す。
ホノカ「はーい!」
元気よく返事を返して走っていくホノカに続いて、裏口から店の中に入る。
フィオレイクリッドには入口が二つあり、店側の入口と、直接キッチンや食在庫があるスペースへと繋がる裏口が設えてある。
昼間はほとんど客が来ないので表口を使うことも多いらしいが、
夕方以降の客が入ってくる時間帯、それから食料の搬入の時などは裏口を使うことになっているらしい。
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更新きてた
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水道で手を洗っていると、後ろから誰かが話しかけてきた。
「あれ?あなただぁれ?」
にこ「へ?」
振り向いてみると、リンとホノカの中間くらいの鮮やかめなオレンジのセミロングを携えた、
ウェイター調のメイド服を着た女の子が首をかしげてこちらを見つめていた。
「どこから入ってきたの?おうちはどこかな〜?」
にこ「いやあの、私、迷子じゃないわよ?」
「へ?」
……なぜこの世界はこうどいつもこいつも人を幼女扱いするのだろうか。
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リン「あ、ラフィナちゃん、その子がさっき言ってた新入りさんだよ!」
ラフィナ「……え、この子が!?迷子じゃなくて!?」
横から声をかけてきたリンに驚きの声を返す、ラフィナと呼ばれた少女。
にこ「挨拶が遅れてすまないわね、矢澤にこよ……って、あー……ニコ・ヤザワ、の方がいいのかしら?」
前半はラフィナに、後半は花陽に向けて言う。
花陽「うん、私もハナヨ・コイズミで名乗ってるし、それでいいんじゃないかな?」
ラフィナ「ってことは、ニコちゃんでいいかな?迷子と間違えてごめんだよ、うちはラフィナ!よろしくだよ!」
ラフィナはにこが差し出した手を握ると、ぶんぶんと上下に振り回す。
彼女も、フィオレイクリッドで住み働きをしているそうだ。
言ってみれば職場仲間ということになる。
そういえば他にも何人か職場仲間がいるということは聞いていたが、
特に顔合わせする間もなく冒険者ギルドの訓練場まで連れて行かれたので、ラフィナ始め他の店員との初対面が今の今まで引きずられていたわけだ。
にこ「ラフィナ以外にもまだ私と顔合わせしてない子もいるのよね?」
ホノカ「うん!今は買い出しに行ってるはずだけど……」
とそこで、裏口が開いて誰かが入ってくる。
-
「ただいま〜……って、そ、そちらの方は……?」
「リン、昼に話していた?」
リン「そうそう!あ、シャキゼだにゃ!持つよ〜」
噂をすればなんとやら、恐らくこれから同僚になるであろう女性が二人、魚や野菜が入った袋を抱えて入ってきた。
片方は女性というにはまだ少し早いくらいの、にこたちと同年代の可愛らしい子で、
身長はにこよりも少し低いくらいだ。
ふわふわしたグレーの髪は肩にかかるくらいで、その上には白いもふもふした長い耳が二本。
誰がどう見てもうさ耳である。かわええ。
その横に立つ女性は、二十歳に行くか行かないかというところで、
にこよりよっぽど高い身長に長い水色の髪をなびかせている。
まあ、にこより高いとは言え、絵里より少し上、といったぐらいなのだが。
落ち着いた雰囲気の人で、耳は生えていない。
いや、ちゃんと人間の耳はあるけど。
にこ「あー、えっと、ニコ・ヤザワと申しますです」
シエル「あ、あの、シエルと申しますです……!え、えと……よろしくです……」
ヘレナ「あー、ヘレナという。ニコ、よろしくな」
にこ「ええ、よろしく、シエル、ヘレナ」
-
二人と握手を交わし、改めて周りを見渡す。
美少女しかいなかった。
ラフィナは活発系なかわいい子で、ヘレナは美人系のお姉さんだ。
シエルは、はっと振り向くほどの、というわけではないが、見つめれば見つめるほどどんどん可愛くなってくるタイプの子である。
うさ耳も非常に似合っていて、萌えを全身で表現しているような女の子だ。
これは後から聞いた話だが、シエルがフィオレイクリッドのアイドルと呼ばれているらしいのもうなずける話であった。
久しぶりに自分の可愛さに自信を失いかけるにこであった。
ちなみに、うさ耳に驚かなくなったくらいには異世界に染められ始めているということに、全く気づいていないにこであった。
ヘレナ「ハナヨと同郷と言っていたか。わからないことはハナヨ含め、私たちにどんどん聞いてくれ」
にこ「ええ、ありがと。花陽たちを含めて六人、か。私が七人目ってことね」
-
ヘレナ「あーいや、実はもう一人いるんだよ。今は出てきていないが」
シエル「というか、多分今日はもう出てこないんじゃないかな……?」
ラフィナ「あー、今日は珍しく昼ちゃんと出てきてたしね……」
にこ「えっと……?あ、病気の方とか……?」
リン「いやいや、ただのニートだにゃ」
リンの唐突なセリフに思わず吹き出してしまう。
にこ「に、ニート?」
ラフィナ「そう、ニートだよ」
ヘレナ「食事と歯磨きと風呂以外には部屋から出てこなく、仕事は一日一回程度にはするがそれもほとんど人の来ない昼間しかしない」
ホノカ「部屋で何をしているのかというと九割がた寝てるだけ」
リン「部屋から連れ出そうとするとうさぎの獣人は太陽光に少し弱いという言い訳を使い回し、それでも無理矢理引っ張り出そうとしたら部屋の入口にバリケードを築き出す」
ひどい言われようである。
いや、ひどい駄人間である。
シエル「ごめんなさい、昔からはミシャルはそういう傾向があって……」
なぜか申し訳なさそうに言うシエル。
ラフィナ「あ、その駄ニートはシエルちゃんの妹で、ミシャルっていう名前のニートだよ」
姉妹だったのか。
シエルは真面目そうな子なのに、それに反してそのミシャルとやらは大層自由人らしい。
-
にこ「それ、よくロイザさんが許すわね……」
ロイザ「別に許しているわけじゃないが……言っても聞かないんだよ」
奥の方で何やらやっていたロイザが戻ってきて、話に割り込む。
ロイザ「ま、本当に最低限のことくらいはやってるんだし、やれば出来る娘だからそこまで追い立ててもないんだがね」
そう言ってその話を終わらせ、話題を変えるロイザ。
ロイザ「何はともあれ、ニコも今日からうちの仲間入りだ、仲良くしてやってくれ」
ヘレナ「ああ、また更に賑やかになるな。しかし、部屋はどうするんだ?もう空き部屋もないだろう?」
ロイザ「多少狭くなるかもしれないが、ハナヨたちの部屋にブチ込むよ。いいだろお前ら?」
リン「もとよりそのつもりだにゃ!」
ホノカ「どんとこい!」
ロイザ「てなわけだ、ハナヨ、洗濯物とか風呂とかについては適当に教えてやっといてくれ」
花陽「了解です!」
にこ「よろしくね、三人とも。ラフィナ、シエル、ヘレナもこれからよろしく。あとロイザさんも、本当にいろいろありがとうございます」
ロイザ「あぁ。これからは家族も同然になるんだから、早いうちに打ち解けてそういう堅苦しいのはやめにしてくれよ?」
にこ「はい……でも、感謝の気持ちくらいはちゃんと伝えさせてください」
ロイザ「どうにもそういうのはむず痒いんだがな……ちゃんと受け取ったよ。ま、その分は酒場でもダンジョンでもしっかり働いてもらうから、いいってことさ。さ、お前ら、今日もバシバシ働くよ!」
「「「おーー!」」」
約一名抜けているそうだが、フィオレイクリッドのほぼ全員の叫びが重なる。
思っていた以上に賑やかな職場に、これからの暮らしが少し楽しみになるにこであった。
-
*
ここまで
オリキャラ苦手な人ごめんなさい
これからもたくさん出てきます許してください
-
なろうにありそう
-
期待はしとくで
-
*
――カポーン……
風呂桶のSEが響き渡る。
ちゃぷちゃぷというお湯の音と、弛緩したため息も聞こえてくる。
そう、銭湯であった。
いえす銭湯。びば銭湯。
にこ「はぁ〜……」
花陽「暖まるぅ〜……」
時刻はすでに真夜中を過ぎていて、露天風呂から見える夜空には星が瞬いている。
にこたちは、フィオレイクリッドのすぐ近くにある銭湯で体を伸ばしていた。
なんでも、実はフィオレイクリッドはダンジョンにそこそこ近い距離に立地しているらしく、
ここら一体は武器防具屋や冒険者ギルド、それに銭湯やそれこそ酒場など、冒険者のための店や施設が集中しているらしい。
実際、真夜中だというのに街中にはいかにも冒険者といったゴリマッチョなおっさんや、
腰に剣をさしてフードを目深にかぶったお姉さんなどがうようよしていた。
現代日本にいたら確実に逮捕されてる。
異世界危ない怖えぇ。
まあ、そういうわけでフィオレイクリッドの従業員は毎日こうして近くの銭湯に入りに来ているらしい。
この世界では風呂文化は比較的広まっていて、毎日入る人も少なくないらしい。
にこにとっては非常にありがたい話であった。
日本人に風呂無し生活とか耐えられないのだ。
-
ちなみに、ダンジョンは塔なのだからそんなに近くならフィオレイクリッドから見えるはずじゃね?
とにこは疑問に思ったのだが、
花陽に聞いたところ「なんか異界化して空間ごと切り離されてるらしいんだぁ」
などというイミフーな回答を得ていた。
わけがわからないよ。
とはいえ、ダンジョンに近いというのは確かなことらしく、
銭湯にもムキムキな女性たちの姿もちらほら見受けられた。
女性の冒険者というのは、確かに比率的には男性より少ないが、かといってそこまで珍しいものでもないそうだ。
まあ真夜中なので数はさらに少なく、大抵が酒場帰りの酔い醒ましらしかったが。
なんかふらふらしてるし。
大丈夫かあれ。
-
リン「それにしても、ニコちゃん初日から大活躍だったにゃ〜」
にこが危なっかしい冒険者風の女性をハラハラと眺めていると、
リンがふにゃぁと気持ちよさそうに目を細めながら話しかけてきた。
ラフィナ「ほんとだよ!ホノカちゃんとリンちゃんよりよっぽど働いたんじゃない?」
ホノカ「失礼なー!ラフィナちゃんこそニコちゃんに仕事を教えるとか言って軽くサボってたくせに!」
ラフィナ「ぎ、ぎくりっ」
ヘレナ「お前たち……人のこと言えない以前に、銭湯でばしゃばしゃ騒がない!」
ホノラフィ「は、はいっ!」
シエルが、ヘレナさんのほうが声大きい……と言いかけがたヘレナのひと睨みで口をつぐんだ。
まあ客も少ないし露天風呂なので、大きい声を出してもそこまで迷惑にはならないと思うが。
店員の中でのヒエラルキーは、やはり一番年長のヘレナが支配しているらしい。
というよりかは、ヘレナが先生で他が園児のような感じに近かったが。特に三馬鹿が。
にこが自分の馬鹿さは棚に上げてそう評価していると、ヘレナが改めてにこに話しかけてくる。
ヘレナ「だが、確かにニコはよく働いてくれていたな」
ニコ「ありがと。まあ、みんながいろいろ教えてくれたしね。というか、ヘレナも料理すごかったじゃない」
ヘレナにタメ口でそう返す。
溢れ出るヘレナのオーラから、最初の方はつい敬語で話していたのだが、
本人から堅苦しいのはやめてほしいと言われて直すことにしていた。
にこは未だに慣れてないらしいが。
ヘレナ「まあ、毎日やっていることだしなぁ」
シエル「ニコさんも、料理とか接客とかすごかったです……!」
シエルが何やら目をキラキラさせながら見つめていた。
ちなみにうさ耳は濡れてペタンと垂れ下がっている。
かわいい。かわええ。
にこ「まあ、私だって割と毎日やってたし……」
-
にこ「でも、フィオレイクリッドって人気なお店なのね、すごい忙しかったわよ」
花陽「まぁ、ダンジョンのすぐ近くだから、っていうのもあるけどね」
ヘレナ「別に、ウチじゃなくたってここらの酒場ならあの時間帯はたいていバカ騒ぎさ」
ラフィナ「それに、ちょっとしたお祝いごとがあるとすぐにあの倍くらいの大騒ぎになるんだよ!」
にこ「それは……恐ろしいことになりそうね」
ホノカ「うん、あれはヤバイ」
遠い目をするホノカ。
今日だって、にこは制服を着せられた上で料理接客皿洗いと、初日とは思えないくらいにこき使われていた。
なにせ、酒と食事を運ぶという作業のためだけで常に四、五人は走り回っていて手が空かないし、
今までどうやってニート含め八人で回してきたのかと驚く程である。
厨房担当のロイザとヘレナはもはや残像レベルの動きだった。
その倍とか、店員はさぞ阿鼻叫喚であろうことは容易く想像できてしまう。
ロイザ曰く、できないことはやらせないが人数も人数なのでやれることはとことんやらせる、だそうで、
その宣言は本気だということを初日から思う存分理解するにこであった。
日本だったらブラックになりかねない仕事量である。
まあ、ここは異世界なんだからいつまでもあっちの世界のたらればを言ってても仕方ないか、と割り切ることにするにこだった。
-
にこ「ふぁ〜……それにしても、店の方はロイザさんとミシャルだけで大丈夫なの?」
ついついあくびをしながらみんなに尋ねる。
ここらの酒場は大抵夜の十二時を目処に閉店するらしく、
フィオレイクリッドもそれにならって既に閉店はしていたが、店の中や台所は大変な惨状になっていた。
あれだけ大騒ぎしていればまあそうなるのだろうが、
現代日本ではまず見られないような惨状だった。
ただ、皿を割ったらロイザが切れるので、常連客はみんなそこまでは暴れない。
さすがはロイザさんである。
そのロイザがにこたちに言ってくれた、あとは私とミシャルに任せろ、という言葉に甘えてしまったが、
あれを二人で片付けるのはものすごい重労働なのではないだろうか。
しかも、片方はまだ見ぬ駄ニートである。
にこが心配になるのも無理はなかった。
ヘレナ「大丈夫だ、問題ない」
ホノカ「基本的に片付けは次の日の朝やるから、ロイザさんたちは最低限のことしかやってないし」
リン「たぶん、ミシャルちゃんを引きずり出す方が大変」
にこ「そ、そうなんだ……」
シエル「ごめんなさい……」
にこ「いや、シエルが謝ることじゃ……というか、みんな夜ご飯は?」
申し訳なさそうな顔をするシエルをなだめつつ、気になっていたことを聞いてみる。
忙しすぎて忘れていたが、ゆっくりリラックスしていると急に空腹を思い出してきた。
にこは、フィオレイクリッドの料理の味見以外ではこの世界に来てから何も口にしていなかったりする。
元々燃費がいい方ではあるが、流石にお腹がすいていた。
ラフィナ「このあと帰って、余り物でロイおばさんが作ってくれてるのを食べるんだよん」
花陽「余り物っていってもお客さんに出してたものとほとんど変わらないし、ロイザさんの料理は絶品なんだよ?」
にこ「そうなんだ……じゃあ、楽しみにしてないとね」
ホノカ「今日はニコちゃんの歓迎会もあるし、きっと楽しくなるね!」
リン「だにゃ!」
既に深夜を回っているというのに、これからまだ騒ぐつもりらしい。
全く元気なものである。
にこは、せめて今くらいゆっくり休もうと、
温かい湯船に体を沈めて異世界の銭湯を堪能するのであった。
-
*
にこ達が全員風呂から上がった時には、深夜一時になっていた。
この世界の時計文化はかなり進んでいて、電波時計のようなものも存在しているらしい。
ただ、電波ではなく魔法が使われているらしいが。
なぜこの世界で時計文化がそこまで進んでいるのかというと、そこには冒険者の存在が大きく関わっている。
冒険者の仕事の中には時間指定のものも多くあるし、それにダンジョンの中では太陽が見えないので大雑把な時刻さえ全くわからないのだ。
それ故に冒険者の中で時計は必需品で、自然とその性能も上がっていったらしい。
そういうわけで正確に時を刻んでいる銭湯の時計を、にこはしょぼくれた目で見つめていた。
流石に眠いのである。
これから帰って夜ご飯だそうだが、途中で寝落ちる自信が軽くある。
いや、この騒がしい中にいたら寝れないか。
ちなみにだが、銭湯の会計は全てヘレナが行っていた。
そのあたりの生活費はロイザが店の儲けから出してくれているらしく、
財布の管理は年長であるヘレナの仕事になっている。
給料というかお小遣いもちゃんと別にもらえる、とリンが元気な声で教えてくれたが、
基本的に必要経費は全部店が出してくれるのだそうだ。
ロイザさん、太っ腹すぎる。イケメンすぐる。
ロイザに対しては、どこまでも頭が上がらなくなりそうなにこであった。
-
にこが眠い目をこすりながらフィオレイクリッドへ帰ると、
ホノカ達が言っていた通り店の中はほとんど片付けられっていなかった。
代わりに一つだけ大きいテーブルは綺麗になっていて、
ちょうどロイザが料理をその机に運んでいるところだった。
ラフィナ「たっだいまー!」
シエル「あ、ロイザさん、手伝います」
ロイザ「おう、おかえり。じゃあシエル、飲み物を頼む」
シエルに続き他の面々も手伝ったので、夕食の準備はすぐに終わった。
花陽「あれ、そういえばミシャルちゃんは?」
ヘレナ「そういえば帰ってきた時から見ていないが……まさかもう引きこもりに戻ったのか?」
ロイザ「あぁ、あの子なら気持ちよさそうに寝てたから起こさなかったが……そうだな、飯もできたし誰か起こしてきてくれ」
ホノカ「はーい!」
ラフィナ「あ、うちも行くー!」
リン「リンもー!」
ホノラフィリンがバタバタと階段を駆け上がっていく。
どうやら、あの元気トリオは普段から仲がいいらしい。
まさにかしまし娘だ。
しばらくして、ドアをドンドンと叩く音が二階から聞こえてくる。
リン「ミシャルちゃーん!開けるにゃー!」
ホノカ「無駄な抵抗はやめて今すぐ出てくるんだー!」
ミシャルは案の定引きこもっていたらしい。
部屋の中から抵抗している音が聞こえるので、もう起きてはいるようだ。
ラフィナ「リンちゃん、ホノカちゃん……いくよ?」
ラフィナ「せーのっ」
そして、ラフィナの掛け声と同時にドアが突き破られる音が聞こえてくる。
バリケードを無理やり突破したらしい。
物騒な三人娘であった。
うぎゃー、とにこが聞いたことがない声が響き、
やがて三人娘がひとりの少女を担いで運んできた。
三人は馴れた手つきだったので、珍しい光景でもないようだ。
-
連れてこられたその少女は身長がかなり低く、にこよりも目線が下だった。
珍しいこともあるものだ。
おっと、誰か来たようだ。
その少女の頭にはうさぎの耳が生えていて、銀色の髪はツインテールにくくってある。
耳と髪を合わせて計四本飛び出ているが、何故か調和しているから不思議である。
顔もとても可愛らしい感じの子だった。
おそらく日本に住んでいたらオタクになっていただろうな、と直感で感じるにこ。
そのオーラからもツインテールからも、
にこはどことなくミシャルにシンパシーを感じるのだった。
ミシャル「うぐ……ラフィナたちはいつも強引なんだよ……」
ラフィナ「だって、そうしないとミシャルちゃん出てこないじゃん」
ミシャル「……むぅ」
ロイザ「やっときたか。ミシャル、そこの黒い髪の子が新人のにこだよ」
ミシャル「え、また新人さん?やった、また僕の仕事が少し減る」
リン「今でもほとんど働いてないくせに……」
にこ「あー、えっと……よ、よろしく?」
ミシャル「うん、ニコっていったか。僕の分までキリキリ働いてくれ」
にこ「……」
-
感じていたシンパシーが一気に崩れていく音がした。
聞いていた以上の堕ニートっぷりである。
その上ボクっ娘とか、キャラが強すぎるだろ……と元アイドル評論家のにこは感じていた。
自分よりキャラが濃いとか、許せない。
まあ、実際アイドルになれそうなくらいに可愛い容姿なのは確かだったが。
シエル「ごめんなさい、ごめんなさい……」
にこ「いや、だからシエルが謝ることじゃないって……というかミシャル、私が来たからには少しは働いてもらうわよ!」
どうにもこの堕ニートが腹立つにこは、ミシャルに向かってそう宣言する。
ミシャル「ふぇ?」
にこ「私も故郷に下の兄弟がいたからシエルの気持ちもわかるし、人が働いてるのに寝てるとか許せないし。あとなんかムカつく」
ミシャル「理不尽!?」
にこ「てわけで、覚悟しときなさいよ」
ミシャル「うへぇ……ロイザ、この人何とかしてよ」
顔を面倒くさそうに歪めたミシャルはロイザに助けを求めるが、
ロイザ「まあ確かに丁度いい機会だな。ニコ、いっちょ絞ってやってくれ」
と振られる。
にこ「了解です!」
ミシャル「うわぁあん!シエル姉〜!」
シエル「……」
さらにシエルに泣きつくミシャルだったが、シエルはシラーっと目をそらした。
シエルもいろいろ溜まっていたらしい。
ミシャル「ハナヨ!ハナヨなら!」
花陽「にこちゃん、私もいろいろ手伝うからなんでも言ってね!」
ミシャル「うがあーー!」
四面楚歌のミシャルであった。
まあ、自業自得である。
こうしてにこはフィオレイクリッドの全住人との顔合わせを終え、
その濃ゆいメンツで夜ご飯を食べることになった。
まあ、大騒ぎになったのは言うまでもないだろう。
ここまで騒いでなぜ皿が一枚も割れないのか不思議でならないにこであった。
-
*
ラフィナ「じゃあみんな、おやすみだよ!」
ヘレナ「ああ、おやすみ」
にこ「ええ、みんないろいろありがとね」
シエル「うんん、気にしないでニコさん。……ほら、行くよミシャル」
ミシャル「う……食べ過ぎた……」
各々が夜の挨拶をして、自室に戻っていく。
調子に乗って食べ過ぎたらしいミシャルは、姉であるシエルにズルズルと引きずられていた。
ホノカ「なんでにこちゃんの歓迎会でミシャルちゃんの方が食べ過ぎてるんだか……」
花陽「ミシャルちゃん、元々食細いのにね……」
-
リン「あ、にこちゃんはリンたちの部屋ね!」
手招くリンについて行き、にこは三人の部屋へ入った。
昼にも来たので部屋に入るのは二回目だが、部屋の住人として入るのは初めてである。
花陽「今日から四人部屋かぁ」
ホノカ「うん、また楽しくなるね〜!」
にこ「なんか、急に押し入って悪いわね」
リン「大丈夫だって、多い方が楽しいんだし!」
それにね、とリンは続ける。
リン「うまく説明出来ないけど……ニコちゃんなら何か安心するというか。パナちんのときと同じ感じがするんだよね」
ホノカ「あ、それホノカも!」
リン「ほんと?」
ホノカ「うん……今日会ったばかりのはずなのに、不思議だよねぇ」
-
花陽「だって、良かったねにこちゃん」
にこ「うん……本当にありがとね、三人とも」
微笑む花陽、そしてホノカとリンに、にこは心からそう告げる。
にこ「あのとき二人に会ってなかったら花陽にも会えてなかったし……それどころか今日野宿だったわね、多分」
リン「へへっ、感謝するにゃ!」
ホノカ「えっへん!」
花陽「もう、また二人はすぐ調子のって〜」
胸を張る二人と、それを見て笑いながら突っ込む花陽。
なんだかこんな景色見たことあるなぁ、と、
にこの脳裏にふといつかの思い出がフラッシュバックした。
もちろん、元の世界の記憶である。
にこ「ほんっと……変わらないわね」ボソッ
-
ホノカ「え?」
にこの呟きにホノカが反応する。
にこ「あ、いや……前の世界にいたあんたたちと、全然変わんないなって思って、さ」
リン「前の世界……か」
リン「……リンは、やっぱりまだ信じきれないよ」
猫耳をペタンとさせ、俯きながらそういうリン。
そのリンの呟きから、話題は昼に話していたものに移った。
花陽「リンちゃん……」
リン「今日一日考えてたけど……やっぱり、リンは信じきれない、なぁ……」
ホノカ「確かに、私もまだ信じきれてはないけど……でも、納得できる部分もあったと思うんだ」
にこ「ホノカ?」
リン「ホノカちゃん?」
ホノカ「……前からずっと考えてたんだ。ホノカとリンちゃんは……どこから来たんだろ、って」
珍しく真面目な顔をしたホノカがそう続ける。
ホノカ「記憶がないって……やっぱり、怖いんだ」
ホノカ「いろいろ不安になるし、自分が何者なのかすら分からないなんて……」
ホノカ「正直、リンちゃんや店のみんながいなかったらとっくの間に折れてたと思うなぁ」
花陽「ホノカちゃん……」
ホノカの素直な思いに、みんな押し黙ってしまう。
この世界でも天真爛漫に振舞っていたホノカがこんなに悩んでいたとは、
にこはもちろんずっと一緒に過ごしてきた花陽とリンですら思ってもみなかったのだろう。
だからね、とホノカは続ける。
ホノカ「にこちゃんとハナヨちゃんの話が、やけに腑に落ちたというか……まあ、ホノカもまだ半信半疑、って感じだけどさ」
にこ「そうね……私ですら半信半疑なんだし、そりゃそうなるわよ」
にこ「……でも、いきなりポッと出てきた私の話を半分でも信じてくれて……ありがとね」
そう言うにこに、ホノカは笑って返す。
なんだか、この世界に来てから柄にもない事を言ってばかりだなと思うにこだった。
-
リン「でも、さ……」
花陽「リンちゃん?」
リン「……えと……いや、ほら、話もまとまったし、もう寝ようよ!」
ずっと黙っていたリンが何か言いかけるが、首を振ってから誤魔化すかの様にそう提案する。
にこが部屋の時計を見上げると、長針は既に二時を回っていた。
そりゃ眠いはずである。
にこ「そうね……もう夜も遅いし」
ホノカ「あ、でもにこちゃんの布団まだないじゃん!」
花陽「あ、そっか……じゃあにこちゃん、今日は私と一緒に寝る?」
にこ「うぇっ!?」
花陽「私はベッドじゃなくて布団だから、二人よりは少し広いし」
リン「あ、それいいね、そうしなよ!」
にこ「いや、でも……」
渋るにこ。
申し訳なさというよりも、流石に高校生にもなって恥ずかしいのである。
何をやっているんだ、にこぱなのチャンスなのに。
にこ「まあ、床で寝たいってわけじゃないし……花陽がいいなら、お言葉に甘えて」
花陽「どうぞどうぞ!」
-
ホノカ「それじゃ、もう寝よっか」
ホノカの言葉で、それぞれ寝床に入っていく。
二段ベッドの上はリンが使っているらしく、リンが上の段に手をかけたかと思うと、
「にゃっ」という掛け声とともに一気に上の段へ飛び移った。
身軽すぎるだろ、猫人族。
リン「明かり消すよ〜」
そのまま上の段から天井の紐に手を伸ばし、電気を消そうとするリン。
ちなみににこはまだ知らないことだが、正確には電気ではなく魔力で動く魔道具である。
花陽「ほら、にこちゃんも早くおいでよ」
にこ「で、では失礼して……」
-
リン「えいっ」
にこがもぞもぞと花陽の布団に入ると同時に、リンが紐を引いて明かりを消した。
カーテンもついていない窓から少しだけ月明かりが漏れているが、それ以外はほとんど真っ暗である。
東京ならこんなことはありえないなぁと思いつつ、にこは目を閉じようとした。
花陽「ふふっ……なんか合宿の時のこと思い出しちゃうね」
すると、花陽がにこに小声で話しかけてくる。
にこ「そうね……あのときは海未が怖かったんだっけ」
そう返して、同じく小声で笑うにこ。
花陽「そうそう、みんなで枕投げたりして」
ちなみに同じ布団の中なので、顔が近い。
にこぱなキマシタワーである。
祭りである。
いいぞ^〜。
にこ「……ねえ」
花陽「なぁに?」
にこ「……必ず……必ず帰りましょうね、元の世界へ」
花陽「うん……そうだね。にこちゃんに会えて私も希望が持てた気がする……うん、帰ろう、必ず」
花陽はそういうと、にこに小指をすっと差し出した。
少しきょとんとしてから、にこはその意図を理解して、自分の小指で握り返す。
-
リン「こーら、二人とも早く寝るにゃ」
針がどうのこうのという歌を小さく歌っていると、リンが上からそう声をかけてくる。
にこ「あ、ごめん……」
花陽「ふふっ、おやすみなさい、みんな」
ホノカ「……すぅ……」
ホノカは、もう既に寝ているらしかった。
にこは聞こえてきた寝息に小さく笑ってから、改めて静かに目を閉じるのだった。
同じように花陽も目を閉じたが……まだ眠ろうとしていないものが一人。
それは、声をかけてきたリン本人であった。
リンは、さきほど言いかけてやめたことについて一人考えていた。
ニコとハナヨは、リンが違う世界から来た人間だと言った。
ニコとハナヨは、必ず元の世界に帰ると言った。
では自分は……もしその言葉が本当で、もし記憶が戻って、もし元の世界に帰る手段が見つかったとして。
全ての条件が揃ったとして……自分は、どちらの世界を選べばいいのだろうか、と。
この記憶が知っているこの世界と、この記憶が知らない元の世界……一体どちらを選ぶべきなのか、と。
一人そう考えるリンに、答えを教えてくれる者はいない。
何も知らない顔をした三日月は、静かに空に佇むばかりであった。
-
遅筆でごめんなさい
まだまだ続きます
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自分ペースで進めればええんやで
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面白いなこれ
待ってるぜ
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>>129
まだまだ続けてくれよ…
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