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雑談

790笑月:2012/12/09(日) 22:40:48
皆様>
情報提供、ありがとうございました。

けいさん>
>東京から名古屋に移送された人数や人物は判明しているのでしょうか?
東京の被告の確定時期が6〜7月(竹内、石塚、河津、高木、川中子)の5名と思ってました。
そのため、3月確定の奈良が入っていたのは意外でした。
奈良より後に確定した山崎や島田は宮城ですね。
しかし、この年移送されずに東京拘置所に残ったのは3人なので、最後の3人(川中子、綿引、岩田)は東京拘置所に残ったと見るのが妥当かもしれませんね。
>奈良は52年2月1日のようです(中部日本新聞 昭和32年2月17日 朝刊7面)。
>川辺ですが、雑誌のタイトルは「更生保護と犯罪予防」(1978.2)でした。
詳細な情報、ありがとうございましたm(__)m
今度見てみようと思います。
>この頃の中日新聞には、獄中の死刑囚の様子が時折記事になっています。
先に述べられた高木、奈良、河津、石塚も登場するのでしょうか?
>東京や宮城では統計上該当者がいないので、名古屋移送(57年1名獄死)ではないか…とご指摘を受けたことがあります。
その意見は非常に興味深いですね。
そこで、手元にある統計資料から考察してみたところ、1952年の年末時点の名古屋での収容者は7名(矯正統計年報)で、名古屋の死刑囚としては1953,54年に執行された各1名が必ず含まれる(検察統計年報の名古屋高検による執行指揮)ことから、東京からの移送は最大5名となり、かつ、検察統計年報で1954-57年に名古屋地検が執行指揮を執っているケースが5件ある(この間名古屋管区にて一審で死刑が確定した者なし)ため、東京からの移送者は全て死刑執行されたと見るのが妥当だと思います。
>『六十五人の死刑囚』は検索したところ、「日本の古本屋」に出ていました。
ありがとうございます。早速注文しました。




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