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雑談

514相馬:2011/11/27(日) 20:54:03
>AFUSAKAさん
ありがとうございます。
最近は多忙のため、遠征はできていません。
大阪は重大事件がオンパレードで、非常に興味深いのですが・・・・。

11月には、長野一家3人殺害の控訴審公判(松原智浩被告の公判)を傍聴しました。
11月14日の公判では、控訴審にしては事件の詳細が語られました。
1時30分から開始され、冒頭では伊藤の調書が読み上げられたのですが
被害者父子の行状は、本当にひどいものでした。
以下、伊藤の調書の概要です。
・平成17年頃、暴力団事務所に騙されて連れて行かれ、暴行を受けた。養子縁組をさせられ、借金をさせられた。
・M(本件の被害者に殺された男性。組員)に引き渡され、理不尽な暴力を振るわれ、監視され従わされた。
・Mから専務(被害者父子のうち、息子)を紹介される。Mが刑務所にいる間、専務の命令で働かされた。
・専務、Mを射殺。「言うことを聞かなかったら殺す」と専務に脅され、恐ろしかった。自分も簡単に殺すと思った。
・会長(被害者父子のうち、父親)は、暴力団とつながりがある。
・午前1時30分に、ようやく(被害者たちにやらされていた)仕事は終わる。2、3時間眠れれば良い方だった。
・家が火事になっても、被害者たちは帰らせてくれなかった。
・専務は、Mさんのことを思い出させ、監視カメラで動向をチェックされていた。
・会長は、「伊藤にはもう食べさせるものはない」と言っており、食べさせられないことも。会長のところに来てから体重は大幅に減った。
・会長に理由なく怒鳴られる、殴られるなど、頻繁にあった。専務にもやられた。
・どこに逃げても、会長や専務は、捕まえる手段を知っていた。
・寝るとき少し物音しても、飛び起きてしまう。ノイローゼ状態で、自殺も考えた。自殺しようと思ったこともあったが、直前に妻にかけた電話で気が萎えた。
・松原も暴力を受けていたが、僕の方がひどい。立場は自分と同じと思う。松原も、簡単には自由になれないと思った。
・(松原について)いい先輩という印象。
・殺したあとの処置は考える余裕なく、頭が回らない。松原も同じだったと思う。細かいことが考えられない精神状態だった。
・会長が起きてきたら、生きて帰れないどころか、もっとひどいことになる。
・松原が自分を引き止めていたら、どうなっていたか解らない。自殺していたかもしれない。

このあと、松原被告への被告人質問が、控訴審初公判に続いて行われました。
被害者に申し訳なく思っているためか、あるいは、死刑になるのは自分だけでいいという考え(初公判でそうのべていました)のためか
伊藤との認識の相違、被害者らの行状を語ることに非常に遠慮がちでした。
しかし、伊藤の調書と大枠において同じことを言っていました。
松原被告も、伊藤と同様の立場であり、伊藤ほどひどくやられなかったのは
・職人出身のため器用であり、仕事が上手くこなせた。なので、被害者らが暴力を振るう口実が伊藤ほどは生じなかった(それでも結局、伊藤ほどでなくとも暴力は振るわれた)。
・職人として仕事に慣れていたため、伊藤ほどびくびくせず、被害者たちの嗜虐性をそそらなかった。
・伊藤と違い、四六時中、被害者らのそばで働かされていた訳ではなかった。
というだけの話らしいです。
松原被告も、被害者(会長だったと記憶)から、「調子に乗っていたら殺すぞ」と脅されていました。

なお、原判決では
1・被害者たちと同居して衣食住が保証された
2・逃げられたはずなのに逃げなかったのは安易
と認定されていましたが
1については、伊藤と松原の部屋は鍵が壊されており、プライバシーがあったか怪しいものです。
また、事件直前に、松原被告は実家から餅を持ち帰っており、食べ物に窮している様子だったとのこと(松原被告の母親証言)。
2については、両親が長野にいたので、自分が逃げたら両親にも危害が加えられるので逃げられなかった、と述べていました。

率直にいえば、この事件で死刑が出ることは非常に納得できないのですが
裁判長はやたらと公判を早く進めたがってるようで、期待はできないなと思いました。
ちなみに、裁判長は、オウムの井上被告に無期懲役判決を出した、井上弘通です。




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