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公判情報

399insect:2010/09/04(土) 11:21:39
>ゆいさん
ありがとうございます。僕もお礼代わりに投稿させていただきます。

焼田具明被告の裁判は裁判員裁判であり、被告人もネクタイにスーツ、爪先だけ革のサンダルという制度施行以前はありえなかった出で立ちで現れた。顔は強面だったがハキハキした仕草や罪状認否で「すいません」を繰り返し深く頭を下げる様はエリート金融マンだった過去の一縷が垣間見えた。
検察が描いた事件の構図はまるで現実は小説よりも奇なりを地で行くものだった。
被告人は昭和40年4月5日に生まれ、大阪市立大学を卒業後都市銀行に勤め、妻との間に3人の子どもを儲け生駒市にマンションを購入した。銀行退職後の歩合制のプルデンシャル生命でも銀行時代のツテでローンのアドバイスを仕事として営業成績を上げ、月収は100万から多いときで1500万に達した。一方被告人は平成16年頃ゲイバーに頻繁に行くようになり、ニューハーフバーとニューハーフヘルスの2人の「(外見上は)女性」にはまり、女性(ユキノ)をママとするラウンジ「ネピレム」を開店させるなどした。彼女?との旅行代や飲食費で多額の金を浪費した。同時期に被害者とも不動産の仕事関係で知りあい、「焼田さんの一途な気持ちを応援する」と言ってくれ、誰にも言えなかった自分の性癖を理解してくれると親交を深めた。ところが平成19年頃から自分の性癖が妻にばれて夫婦関係が悪化し、家族に月50万の仕送りをしていたことやお気に入りのナミエの店で多額の飲食費を浪費していたり、ローンのアドバイスの収入が減ったり、ネピレムが経営悪化したことから、お金に困り、親やサラ金から借り入れるなどした。
金に困った焼田は被害者にローンのアドバイスで得た報酬の請求にいくと口論になりそのなかで「オカマ」というニューハーフの世界では差別語に値する言葉を被害者が使ったことから「内心は馬鹿にしていたのか」と激怒、被害者を投げ飛ばした。投げ飛ばされた被害者は「何すんじゃあ!あんたいい加減にしときや」とぺティナイフを手に取り威嚇し、側面をペタペタ被告人に当てて、「オカマ」という言葉をまた使ったため、殺意をもって背部を投げ捨てられたぺティナイフで突き刺し、仰向けになった被害者に馬乗りになって背部や頸部を数回突き刺したうえ頸部を両手で絞めて右背部刺創に基づく出血性ショックで死亡させた。その後現金5万7000円や通帳3冊、腕時計を窃取した。さらに遺体を風呂場に約10ヶ月放置し、臭いがきつく蛆が沸くことから腹を割いてコーヒーの粉や漂白剤を掛けるなどした。
事件後雑踏のなかで被害者の呻き声が聞こえるなど精神安定剤を服用しなければ生活できなくなった。警察には重大な違法捜査の疑いがあり、容疑者の拘束には裁判所が発行する逮捕令状が必要だが、任意同行されて持ち物を全部預けられ10人の取調官に、黙秘権の告知なく終始俯いていたが「焼田、顔を上げろ。お前が広田のこと愛してたのは知ってるぞ」などと机をドンドン叩かれて午後11時頃終わり、留置所で泊まるのは嫌だったことからビジネスホテルで捜査官と泊まることになった。ホテルでは捜査官の間の真ん中のベッドで寝かされるなど軟禁状態に置かれ、警察が言う任意同行の前に自殺を図ったことなどない。被害者に対する被害弁済は出来ていない。
弁護人は違法捜査を裁判員裁判がチェック機能を果たす面もあるとして量刑に反映させるよう求めた。なおホテル内で捜査官の一人が班長の禿げた頭をからかったことで厳しい取り調べをする警察にもこんな一面があるのだということや雑談で学生時代被告人が応援団にいた話などで被告人のなかで友情が芽生え、ホテル内でもある程度の自由はあったが逃げ出そうという気持ちはなかった。
被告人は事件後母親が自殺した下りになると天井を見上げて必死に涙を堪えていた。人を殺した経験というのはこれまでにない精神的不安が圧し掛かり、幼少期に寺で雷雨のなか母親を必死に探した記憶が思い出されたと調書で述べていた。裁判員の一人の温厚そうな50歳くらいのチリチリ頭の男性は休廷するとき傍聴人に深く頭を下げていた。この裁判員裁判では大型プロジェクターは使われず、傍聴人が映し出されたモニターの文字を見ることはなかった。




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