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空海と密教の掲示板

1空海と密教の掲示板:2011/07/17(日) 13:05:56
(*)空海と密教
http://lovelyinfo.blog24.fc2.com/blog-entry-617.html


(*)空海 - Wikipedia
空海(くうかい、宝亀5年(774年) - 承和2年3月21日(835年4月22日))は、平安時代初期の僧。弘法大師(こうぼうだいし)の諡号(921年、醍醐天皇による)で知られる真言宗の開祖である。


(*)エンサイクロメディア空海
http://www.mikkyo21f.gr.jp/

2空海と密教の掲示板:2011/07/17(日) 13:09:13
(*)「空海と密教美術展」(東京)
http://kukai2011.jp/
2011年(平成23年)7月20日(水)〜9月25日(日)、東京国立博物館平成館(上野公園)にて開催です。
空海が唐から請来したもの、自筆の書、指導して造った仏像など空海ゆかりの作品と、その時代の作品を中心に、真言密教の名品の数々(空海直筆の書、仏像曼荼羅など)を展示です。

(1)「密教美術1200年の原点−その最高峰が大集結します。
(2)展示作品の98.9%が国宝・重要文化財で構成されます。
(3)全長約12mの「聾瞽指帰」をはじめ、現存する空海直筆の書5件を各巻頭から巻末まで展示します。
(4)東寺講堂の仏像群による「仏像曼荼羅」を体感できます。
(5)会場全体が、密教宇宙を表す“大曼荼羅”となります。

3空海と密教の宗教掲示板:2011/07/17(日) 13:20:37
空海と密教美術展 金剛峯寺で搬出、法要
ttp://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20110623-OYT8T00683.htm
和歌山県高野町の高野山金剛峯寺所蔵の国の重要文化財「飛行三鈷杵(ひぎょうさんこしょ)」が、2011年7月20日に東京国立博物館(東京都台東区)で開幕する「空海と密教美術」展(読売新聞社など主催)に出展されることになり、搬出作業と法要が22日、同寺で行われた。

 飛行三鈷杵は密教法具の一種で、長さ23・6センチの銅製で金メッキが施されている。806年(大同元年)、修行のために中国に渡った空海が恩師から贈られ、真言密教の道場にふさわしい地への導きを願って中国から投げたところ、高野山の松の木に引っかかったとされる。

 空海の肖像画を納めている御影堂(みえどう)に封印して保管されているが、同展で、8年ぶりに公開されることになった。

 この日、飛行三鈷杵は布袋や木箱で幾重にも包まれて御影堂から運び出され、本坊で庄野光昭宗務総長らが封印を解くための法要を営んだ。その後、厳重に梱包(こんぽう)され、美術品運搬専用トラックで東京へと出発した。

 庄野宗務総長は、「高野山の数ある宝物のうちで、一番重要なもの。多くの人に見て頂きたい」と話していた。

(2011年6月23日 読売新聞)

4空海 掲示板:2011/08/13(土) 14:07:15
「空海 至宝と人生」(NHK BSプレミアム)
http://www.nhk.or.jp/bs/kuukai/

第1集 :2011年8月7日(日) 午後7時30分〜9時 仏像革命
(再放送)2011年8月21日(日)午前9時30分〜11時

 京都・東寺(教王護国寺)の講堂に並ぶ21体の仏像。空海が晩年に姿形から配置まで構想したという「立体曼荼羅」だ。穏やかな表情の仏像の中にあって、怒りの表情を露わにし、ひときわ目を引くのが不動明王や降三世明王など5体の明王たち。なぜ怒りの仏像なのか?慈悲だけでは人は救えないのか?それまで日本にはなかった仏像を生み出した空海の人間観や宗教観に迫る。
 時空を超えて旅をするのは、作家・夢枕獏。現代の大仏師・松本明慶と立体曼荼羅の制作過程を推理し、中国・西安を訪ね、空海が見たかも知れない唐の時代の明王像に対面した。そして旅の思索を元に、怒りの仏像誕生のドラマ脚本を執筆。そのドラマが番組の中で演じられる。


第2集 :2011年8月8日(月) 午後8時〜9時30分 名筆の誕生
(再放送)2011年8月21日(日)午前11時〜午後0時30分

 空海は平安時代の三筆と称えられ、優れた直筆の書をいくつも残している。その中には、空海の人生が刻まれたものも少なくない。なぜ仏教を選ぶのか、青春の思いを戯曲仕立てで書いた「聾瞽指帰 (ろうこしいき)」。最澄との交流を物語る書簡「風信帖(ふうしんじょう)」。空海の名声が高まっていくきっかけとなった密教儀礼の名簿「灌頂歴名(かんじょうれきめい)」。そして字体も多様で、読ませるより見せるというにふさわしいデザイン文字のようなものまである。
 現代を代表する二人の書家・石川九楊と岡本光平が、空海の書の臨書などを試みながら、書に秘められた空海の思いと人生を読み解いていく。空海晩年の作といわれる書には新たな発見もあった。



第3集 :2011年8月9日(火) 午後8時〜9時30分 曼荼羅の宇宙
(再放送)2011年8月21日(日)午後0時30分〜2時

 空海自らが「密教の教えは深く、文字では伝えられないので、絵図を用いて表現する」と語っているように、密教美術は造形の宝庫であり、多彩さと秀逸さは仏教美術の中でも群を抜いている。その頂点に立つのが「両界曼荼羅図」。日本には空海が初めてもたらしたといわれる。平安時代の色彩を鮮やかに残す曼荼羅に描かれた巨大な宇宙空間から数センチの微細な仏の顔まで、高画質映像で仔細にとらえ、そこに込められたメッセージを解き明かしていく。
 曼荼羅の宇宙を体感するのは、国際的に活躍する気鋭のダンサー森山開次。空海が修行した地で、空海が見た星空も追体験。マンダラから得たパワーを新作のダンスにして表現する。

5空海 掲示板:2011/08/13(土) 14:10:02
1200年秘密のパワースポットで集客、空海ゆかり井戸を今秋、初公開へ 大覚寺門跡
ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110721/art11072113510005-n1.htm

 旧嵯峨御所として知られる真言宗大覚寺派の大本山、大覚寺門跡(京都市右京区)が今秋、平安時代に造られた真言宗開祖の弘法大師・空海(774〜835年)ゆかりの井戸「閼伽井(あかい)」の初公開に踏み切る。参拝者の減少を受け、社寺巡りなど近年のパワースポットブームにもあやかった“集客作戦”。同寺は、1200年の歴史を誇り、清浄の水を生み続ける「秘所」の効果を期待している。

 空海ゆかりの井戸は、大覚寺に隣接し日本最古の庭池とされる大沢池(おおさわのいけ)の近くにあり、境内の心経宝塔(しんぎょうほうとう)の南側に位置する。「閼伽」とは、仏教で仏前などに供養する水を意味する。

 同寺によると、約1200年前の平安時代初期に寺の前身となる嵯峨天皇の離宮「嵯峨院」が建立された頃、嵯峨天皇と親交を深めた空海がこの地で嵯峨院持仏堂「五覚院」を建てた際に閼伽井を掘ったとされる。閼伽堂内にあり、これまで一般公開せず、仏前に供える水をくむ特別な井戸として受け継いできた。

 初公開に踏み切るきっかけは、参拝者の減少。人気観光スポットの嵐山に近く、歴代天皇や皇族が住職に就き「嵯峨御所」とも呼ばれた格式の高さを誇りながら、近年は苦境が続いているという。このため、このまま伝統と格式に安住せず、由緒ある歴史遺産を効果的に集客につなげることを発案した。

 近年盛り上がりをみせるパワースポットブームに着目し、日本に真言密教をもたらした空海ゆかりの井戸を、今秋の観光シーズンに合わせてアピールする。

 現在、公開に向けて新たな電動ポンプの設置や周辺の整備工事を進めており、大覚寺は「歴史と由緒のある閼伽井の水で清め、祈願することで何かを感じていただければ」としている。


2011.7.21

6空海 掲示板:2011/08/13(土) 14:13:13
「空海と密教美術展」立体曼荼羅8体が東京“降臨”  東京国立博物館「空海と密教美術展」
ttp://sankei.jp.msn.com/life/news/110807/art11080707550004-n1.htm

 京都の東寺(とうじ)(教王護国寺)と聞くと、高校時代、毎日のように通学路から仰ぎ見た五重塔が思いだされる。広い境内の中ほどに「講堂」があり、たまに思い立って入ると、優しく導いてくれそうな菩薩に、武器を手に怒髪天をつく明王(みょうおう)…。表情も動作も多様な21尊がそろい踏みし、不思議な一体感と高揚感を作り出していた。

 弘法大師空海が、国立の寺院だった東寺を嵯峨(さが)天皇より託されたのは50歳のとき。30代で唐に渡り、インド伝来の密教を日本に持ち帰った空海だが、そろそろ真言密教の究極の姿を見せて集大成としたいと思ったのだろうか。布教のための講堂建設を朝廷に願い出て、仏像21尊による「立体曼荼羅(まんだら)」を構想した。

 その配置は絶妙だ。中央に鎮座するのは密教の中心尊・大日如来で、同時に密教の五智(ごち)(5種の知恵)をそなえた「五智如来」のリーダーも務める。向かって右は金剛波羅蜜多(こんごうはらみった)菩薩(ぼさつ)が率いる「五大菩薩」、左には不動明王が仕切る「五大明王」。そして、周囲を警護するのは6体の守護神「天部(てんぶ)」だ。

 このうち選抜メンバーというべき8体(すべて国宝)が、「空海と密教美術展」のため東京国立博物館に“出張”している。「1体ずつ360度、じっくり鑑賞できる貴重な機会です」と話すのは、同館教育講座室長の丸山士郎さん。確かに東寺講堂では、須弥壇(しゅみだん)(仏像を安置する場)に並ぶ諸像と向かい合うしかない。降三世(ごうざんぜ)明王の背面にもう一つ顔があったなんて、今まで知らなかった。

 そもそも、なぜ「立体」で曼荼羅を表現したのか。丸山さんによれば、空海は留学を終えて国に提出した報告書『御請来(ごしょうらい)目録』の中で、「密教は奥深く、文章で表すことは困難である。かわりに図画をかりて悟らないものに開き示す」と表明したという。実際、空海は密教の教義を絵で示した「胎蔵界(たいぞうかい)曼荼羅」「金剛界(こんごうかい)曼荼羅」を唐から持ち帰り、両曼荼羅によって密教宇宙を伝えようとした。しかし、それだけでは満足しなかったらしい。「密教の修行では、仏の姿を思い浮かべて『真言』を唱え、手で複雑な印を結ぶ必要があります。例えば降三世明王は両手の小指を絡めていますが、お経には『両手を胸に当てる』としか書かれていない。やはり立体だとイメージしやすいですよね」。とりわけ密教ならではの尊格、明王の多くは多面多臂(ためんたひ)(腕)の異形であり、彫刻なしには想像しづらいだろう。

 立体曼荼羅21尊の構成について、空海が主に参照したのは金剛界曼荼羅の基になる経典『金剛頂経(こんごうちょうきょう)』。しかし作風は、仏の容姿をより詳しく描いた胎蔵界曼荼羅の影響が大きいと丸山さんは見る。「しかも空海は、中国でインドの仏像を見たのではないかと思うんです」

 なるほど、彫りの深い風貌のみならず、筋肉質の身体表現はインドの菩薩像を思わせる。「梵天(ぼんてん)の厚い胸とキュッと締まったウエストは、かなり空海の理想に近かったと思いますよ」

 講堂完成を前に生涯を閉じた空海だが、晩年、仏師らに熱く指示する姿が目に浮かぶ。弘法大師が作り上げた密教宇宙はいまなお、私たちを言葉を超えた力で包み込んでくれる。

7空海と密教の掲示板:2011/09/06(火) 06:31:33
一個人SPA! 2011年10月号  (2011年8月26日発売)
空海と密教美術

天才空海の生涯と、仏像・曼荼羅など密教至宝の秘密。

真言宗の開祖、弘法大師空海。仏教を学ぶために入唐してわずか2年で密教を習得して帰国し、日本で布教活動を行った。彼が密教の教えと共に持ち帰った、様々な請来品や空海ゆかりの品は密教を深く理解するためのものであり、美術的にも優れたものばかりだった。
空海の生涯と思想、そして仏像、曼荼羅といった美しき密教美術の至宝を紹介する。

8バーバリー バッグ ビジネス:2012/10/26(金) 18:18:39
はじめまして。突然のコメント。失礼しました。
バーバリー バッグ ビジネス http://www.burberryfactory.com/バーバリー-バッグ-バーバリー-バッグ-メンズ-c-24_25.html

9バーバリー バッグ:2012/11/01(木) 13:02:56
匿名なのに、私には誰だか分かる・・・(^_^;)ありがとう。。。
バーバリー バッグ http://www.burberryfactory.com/バーバリー-バッグ-c-24.html


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