したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

まだ理解出来ていない人との会話に疲れた人用スレ【叶えた人専用】

149幸せな名無しさん:2019/05/21(火) 23:44:50 ID:w9cGbg1s0
幻想かどうかは世界をよく観察して見ればいい。

まずひとつ目。
今部屋にいてパソコンの画面を見ているとする。

「今部屋にいる」という認識は、記憶思考から参照したもの。
今この瞬間の、本当に今起こっている現実は「パソコンの画面」だけであるはず。

記憶からの参照、または思考を根拠にして「今部屋にいる」としているだけであって、「今この瞬間の経験」においてはそれは真の現実ではない。
「パソコンの画面」だけが真実であり、それ以外は思考。
という意味で現実は幻想のようなものと言われる。

ふたつめ。
その「パソコン画面」。
それを「パソコン画面」としているのも思考記憶の参照による。
四角い箱を見た瞬間に「これはパソコン画面!」と瞬時にレッテルが起こる。
その参照先は果たして正しいのか?
それは本当に「パソコン画面」なのか?
どこからともなく思考が起こり、「これはパソコン画面!」と勝手にレッテル付けしているから、四角い箱が「パソコン画面」として存在しているだけであり、思考が無ければそれは「パソコン画面」なのだろうか?


3つ目。
思考のレッテルを剥がしたら今この瞬間には四角い箱が目の前にある。
「四角い箱」というレッテルまで剥がしたら「、、、」となる。
それが本当の現実。

こちら側に意識を向けて、その「、、、」という現実が映っている視覚があると思う。
視覚があるということは、こちら側に私がいるということだが、その状況もレッテルではないか?
「私が視覚でパソコン画面を見ている」という事柄自体が全部思考ではないか?

思考を丸ごと横に置いたとしたら、私も「、、、」となり、もちろん「視覚」という機能も「、、、」となる。
これは視覚だけではなく五感全部に言える。

ちょっとややこしいので簡単にすると、今この瞬間の本当にある現実は、思い込みや記憶を横に置いて見た時、そこにはまるでただ1枚の大きなカラー写真が置いてあるのと同じではなかろうか?
ついでに「大きな1枚のカラー写真」もレッテルであるからそれも剥がすとやはり「、、、」となる。
「、、、」を、思考によるレッテル付けで分離させ、「私が視覚でパソコン画面を見ている」という状況を瞬時に創り出している。
なので現実は幻想。

またまたついでに「思考」もレッテルを剥がせば「、、、」。
本当の現実は「、、、」しかない。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板