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潜在意識なんかやめて幸せになろう
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:
幸せな名無しさん
:2017/05/05(金) 15:12:50 ID:6AvvbEJY0
叶った世界は存在しません。
自分の部屋を見回してみれば、いろんなものがあるはずですが、それはかつて自分が望んで得たものも多いはずです。
読みたくて買った本、使ってみたくて買ったスマホ、飲みたくて買った水、望んだもので溢れているでしょう。
それでも、エゴに言わせれば、「もっと良いものが欲しい。もっと幸せを与えてくれるものがあるはずだ。もっと素晴らしい人と出会いたい。今それを持っていない」とこのように叶ってないものしか見えません。
ゆえに、叶ってないものしか存在しないのです。
叶ったものは見えなくなるからです。
ゆえに、叶っても不幸なのです。
しかし、それを認めたくはないのが自我というものです。
今あるものを確かにあると認めるには、心静かにあるものを見つめてゆくことが肝要です。
釈迦という人が勧めているヴィパッサナー(気付きの瞑想)は、あるもをあると認めていくことを説いています。
あるものはある。そこにエゴが介入することは不可能です。なぜなら、あるものはあるからです。
宗教やスピリチュアルも本来必要ではありません。知識の有無は問題ではありません。
自分がなぜ何かを言いたくなってしまうのか?は自分しか分からないことですし、自分が沈黙することも自分にしかできません。
自分が沈黙しないかぎり、自分が沈黙することはできません。
ヴィトゲンシュタインは「語りえないことについては、沈黙するしかない」と言いました。
ニーチェは「友たるものは、推察と沈黙に熟達した者でなければならない。」と言いました。
真なる沈黙とはいかなるものか。私が沈黙してもなお、そこにあるものとは何か。
そこは私たちが初めからいたところであり、ずっとそこにいるのです。
ですから、スピリチュアルにしろ宗教にしろ哲学にしろ、プラグマティックに活用すればよいのです。知識があろうとなかろうと同じことですから。好きなことを学べばよいのです。
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