[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
レス数が900を超えています。1000を超えると投稿できなくなるよ。
完璧認定2
882
:
幸せな名無しさん
:2025/06/13(金) 16:45:09 ID:lgxXajPU0
私が「完璧認定」をするとき、それは何に対して行われているのか。
静かに観察してみると、それは「思考」に対してであることがわかります。
思考とは、記憶をもとにした過去の再構築にすぎません。
つまり「完璧認定」とは、過去の出来事やその解釈に対して、「それでよかった」と許可を与える行為とも言えるでしょう。
しかし、「今ここ」に目を向ければ、そこには認定の必要すらない完璧さが広がっています。
思考を介さず、ただ在るこの瞬間。
そこには欠けたものが何ひとつない。
それにもかかわらず、思考はこう語りかけてきます。
・「○○がないと、私は完璧ではない」
・「○○を失えば、私は不完全になる」
このような思考は、条件付きの完璧さを自分に課し、その条件への執着を生み出します。
「完璧じゃないから叶えちゃダメ」
「だから、完璧になるまで努力しなきゃ」
「頑張ってもダメだった、どうすれば…」
こうして私たちは、今ここにある完全性を見失い、思考に基づく過去の物語に絡め取られます。
「それでよかった」「完璧だった」と認めきれないとき、執着が生まれ、その執着は「現実の流れ」を堰き止めるブレーキになってしまうのです。
なぜなら、
「条件を満たさなければ、完璧ではない」という前提が、「今」という自由な流れを押しとどめるからです。
けれども、
「それでも、すでに完璧だった」と認めることができたとき、求めることへの渇望も、失うことへの恐れも、その根を失っていきます。
そして、世界は変わりはじめます。
情動で無理やり動かそうとするのではなく、現実の流れが自然と軽くなり、人間関係の調和、タイミングの一致、必要な出来事が必要なときに起こる。
それは、不思議なほど「軽やかな展開」となって現れはじめるのです。
条件付きでない、フラットな完璧さ。
それこそが、本当の自由と創造性を育む、静かな土壌なのかもしれません。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板