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完璧認定2

882幸せな名無しさん:2025/06/13(金) 16:45:09 ID:lgxXajPU0
私が「完璧認定」をするとき、それは何に対して行われているのか。

静かに観察してみると、それは「思考」に対してであることがわかります。
思考とは、記憶をもとにした過去の再構築にすぎません。
つまり「完璧認定」とは、過去の出来事やその解釈に対して、「それでよかった」と許可を与える行為とも言えるでしょう。

しかし、「今ここ」に目を向ければ、そこには認定の必要すらない完璧さが広がっています。
思考を介さず、ただ在るこの瞬間。
そこには欠けたものが何ひとつない。

それにもかかわらず、思考はこう語りかけてきます。

・「○○がないと、私は完璧ではない」
・「○○を失えば、私は不完全になる」

このような思考は、条件付きの完璧さを自分に課し、その条件への執着を生み出します。

「完璧じゃないから叶えちゃダメ」
「だから、完璧になるまで努力しなきゃ」
「頑張ってもダメだった、どうすれば…」

こうして私たちは、今ここにある完全性を見失い、思考に基づく過去の物語に絡め取られます。
「それでよかった」「完璧だった」と認めきれないとき、執着が生まれ、その執着は「現実の流れ」を堰き止めるブレーキになってしまうのです。

なぜなら、
「条件を満たさなければ、完璧ではない」という前提が、「今」という自由な流れを押しとどめるからです。

けれども、
「それでも、すでに完璧だった」と認めることができたとき、求めることへの渇望も、失うことへの恐れも、その根を失っていきます。

そして、世界は変わりはじめます。

情動で無理やり動かそうとするのではなく、現実の流れが自然と軽くなり、人間関係の調和、タイミングの一致、必要な出来事が必要なときに起こる。

それは、不思議なほど「軽やかな展開」となって現れはじめるのです。

条件付きでない、フラットな完璧さ。
それこそが、本当の自由と創造性を育む、静かな土壌なのかもしれません。


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