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潜在意識メソッドの共通点を見ることで核心に迫るスレ

91:2014/03/17(月) 19:26:58 ID:pgRuSjvM0

「蓋について」

罪悪感など不快な症状が出たら感じつくすという表現が挙がっていますが、今回は感情と観念の違いについて見ていきつつ、何が俗に言う「蓋をする」になっているのか注意深く探っていきます。これはメソッドの兼用が生まれる理由も同時にわかります。

はっきり言いますと・・・
論理的に考えれば感情と観念は違うものです。
すごく似ているので一緒だという前提で取り扱っているメソッドもあります。
繊細なところなんですが・・・

よく、セドナだけだといまいちだった人が「あとは問題まるごとオポノポノでクリーニングしました」と書いてあることがあります。セドナだけで良いはずのところオポノポノも使うと。明らか本人にとって役割が違うことを示しています。本来のセドナの有効性を発揮できているならオポノポノはいりません。
上記のような発言をされている方は無意識に「セドナは感情の処理」「オポノポノは記憶の処理」と分けています。

まず「記憶」と言うものの解釈を説明します。
「記憶」は他の言葉に直すならばニュアンスは違えど「観念」です。
例えば。
「上司」という単語を意識したとき胸が嫌な気分でざわついた人は上司にいじめられた経験があったり、テレビや人の話で上司とは嫌なものだという情報を得たり・・・「上司=嫌なもの」の観念(体験の記憶)を自然と内在化していたのです。

反対に、上司と恋に落ちた人は上司と言う言葉を聞いて、嫌だなというものよりも違う意味で胸がざわついたと思います。「上司=素敵な人」みたいな観念というところでしょうか。たった一人のサンプルで、観念はいくらでも生まれます。
よく男性の場合、父親との関係は上司の関係に影響すると心理学でいわれていますが、「自分の上に立つもの」を身近に経験するのは父親ですから、いろいろと「権威」に対して父親との経験を感じさせてくれるような人を自分で引き寄せているんです。(もちろん生きてきた中で観念はころころ変わる(変えることができる)ので一概に言えませんが。)

よって記憶をクリーニングするとは、そのものにまつわる自分の観念(体験の記憶)を消すということです。セドナも観念の解放があるので、本当はそれでOKです。

さて、感情ですが。セドナは即効性があると謳われているのでオポノポノより入っていける方が多いかと思います。同じクレンジングという言葉ですが即効性と感じられているのは今その感情の解放を実感できているからです。気分がすっと楽になった気持ちが即効性があると感じられている所以です。
このときは本来何も起こっていませんが、ネガティブエネルギーに支配されて「ネガティブな私はいけないわ」「やばい!ネガティブ引き寄せるぞ・・・」という本当に現実を動かせる観念が働き出すのです。再度申しますがエネルギーを感じること自体は現実を動かす力はありません。そのあと「でもうまくいっちゃうんだよね私」で平和解決です。なので、エネルギーは積極的に感じると消える性質だとわかれば、あまりにひどい感情(エネルギー)が襲ってきた時は感じたほうがいいという見解になります。

蓋という言葉は観念には使えません。エネルギーに使うのです。
付き合える不安に押しつぶされそうなときというは、最初にふとよぎった不安という感情エネルギーを蓋しているため、まるで冷蔵庫(心の中)に入れたご飯が外どんどん腐って悪臭を放つような状態と同じになっているのです。
観念の解放は後で落ち着いてから、イメージングや「なる」をすれば良いのです。もちろんオポノポノの記憶のクリーニングもこの段階のほうが有効ということになります。

ちなみにその観念と感情の違いの複雑さによって、感情の手放しが感情の蓋になっていることが多いです。感情を感じきることに抵抗があるとどうしても「この悲しい気持ちを解放します」が心の中では「この悲しい気持ちとっととうせろー」に摩り替わってしまうのです。セドナをする事で感情に蓋をするという皮肉なことが起きるのです。
セドナの大本の指南書に毎回のように「感情をしばらく感じてみてから・・・」という言葉が入っているのはこの摩り替わりを懸念していたのかと勝手に思っています。

以上、蓋についてです。


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